*選択本願念仏集
選択本願念仏集 「行文類」 引用箇所や ¬本山蔵版本¼ では、 題号の下に 「源空集」 の撰号がある。
◎標宗
▼南無阿弥陀仏 ▽往生の業には、 念仏を*先となす。
先 宗要、 肝要、 かなめの意。 ¬往生院本¼ ¬廬山寺本¼ 等は 「先」 となっているが、 親鸞聖人への伝授本は 「本」 となっていた。 「本」 は根本最要の意で、 「先」 と同意。
◎南無阿弥陀仏 往生之業念仏為↠*本
◎ 原漢文の底本は本派本願寺蔵版。 盧山寺蔵草本、 往生院蔵元久元年写本、 法然院蔵延応元年刊本、 龍谷大学蔵吉野時代刊本、 大派依用十行本と対校されている。
本 他本では 「先」。
◎二門章
【1】 道綽禅師、 *聖道・*浄土の二門を立てて、 聖道を捨ててまさしく浄土に帰する文。
道綽禅師、立↢聖道・浄土二門↡、而捨↢聖道↡正帰↢浄土↡之文
◎二門章 ○引文
1.安楽集
¬*安楽集¼ の上にいはく、
¬安楽集¼上云。
「▲問ひていはく、 一切衆生はみな*仏性あり。 *遠劫よりこのかた多仏に値ひたてまつるべし。 なにによりてか、 いまに至るまでなほみづから*生死に*輪廻して*火宅を出でざるや。
遠劫 遠く久しい昔。
「問曰。一切衆生皆有↢仏性↡、遠劫以来応↠値↢多仏↡。何因至↠今、仍自輪↢迴生死↡不↠出↢火宅↡。
▲答へていはく、 大乗の聖教によらば、 まことに二種の勝法を得てもつて生死を*排はざるによる。 ここをもつて火宅を出でず。 何者をか二となす。 一にはいはく聖道、 二にはいはく往生浄土なり。 それ聖道の一種は、 今の時証しがたし。 ▽一には大聖 (釈尊) を去れること遙遠なるによる。 ▽二には*理は深く解は微なるによる。
排はざる 排除しない。
理は深く解は微なる 教理は深遠であるのに、 衆生の理解する能力はとぼしい。
答曰。依↢大乗聖教↡、良由↠不↧得↢二種勝法↡以排↦生死↥。是以不↠出↢火宅↡。何者為↠二。一謂聖道、二謂往生浄土。其聖道一種今時難↠証。一由↧去↢大聖↡遥遠↥、二由↢理解微↡。
▲このゆゑに ¬*大集月蔵経¼ にのたまはく、 ªわが*末法の時のうちの億々の衆生、 行を起し道を修せんに、 いまだ一人として得るものあらじº と。 当今は末法、 これ*五濁悪世なり。 ただ浄土の一門のみありて通入すべき路なり。
是故大集月蔵経云。我末法時中億億衆生、起↠行修↠道、未↠有↢一人得者↡。当今末法*現是五濁悪世、唯有↢浄土一門↡、可↢通入↡路。
現 他本では欠く。
▲このゆゑに*¬大経¼ にのたまはく、 ªもし衆生ありてたとひ一生悪を造れども、 命終の時に臨みて、 十念相続してわが名字を称せんに、 もし生ぜずといはば、 正覚を取らじº と。
大経にのたまはく… 道綽禅師が ¬大経¼ の第十八願の文意と ¬観経¼ 下下品の文意とを合せられた本願取意の文。
是故大経云。若有↢衆生↡、縦令一生造↠悪、臨↢命終時↡、十念相続、称↢我名字↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。
▲また一切衆生はすべてみづから量らず。 もし大乗によらば、 *真如*実相*第一義空、 かつていまだ心を措かず。 もし小乗を論ぜば、 *見諦修道に修入し、 乃至、 *那含・*羅漢、 *五下を断じ*五上を除くこと、 道俗を問ふことなく、 いまだその分あらず。 たとひ人天の果報あれども、 みな*五戒・*十善のためによくこの報を招く。 しかるを持得するものは、 はなはだ希なり。 もし起悪造罪を論ぜば、 なんぞ暴き風*駃き雨に異ならん。 ここをもつて諸仏の大慈、 勧めて浄土に帰せしめたまふ。 たとひ一形悪を造れども、 ただよく意を繋けて専精につねによく念仏せば、 一切の諸障自然に消除して、 さだめて往生することを得。 なんぞ思量せずしてすべて去く心なきや」 と。
大経にのたまはく… 道綽禅師が ¬大経¼ の第十八願の文意と ¬観経¼ 下下品の文意とを合せられた本願取意の文。
見諦修道 声聞乗の修道階位である見道 (見諦)・修道・無学道の三道のうちの前二のこと。 見道は四諦の道理を明瞭に観察する段階、 修道はさらにそれを繰り返して修習してゆく段階をいう。
那含羅漢 阿那含果、
阿羅漢果のこと。 →
四果
五下 三界のうち最下の欲界に衆生をつなぎとどめる五種の煩悩。 貪欲・瞋恚・身見・戒取・疑をいう。
五上 三界のうち色界、 無色界に衆生をつなぎとどめる五種の煩悩。 無明・憍慢・掉挙・色染・無色染をいう。
駃 異本には 「駛」 とある。
又復一切衆生、都不↢自量↡。若拠↢大乗↡、真如実相第一義空、曾未↠措↠心。若論↢小乗↡、修↢入見諦修道↡、乃至那含・羅漢、断↢五下↡除↢五上↡、無↠問↢道俗↡、未↠有↢其分↡。縦有↢人天果報↡、皆為↢五戒・十善↡、能招↢此報↡。然持得者甚希。若論↢起悪造罪↡、何異↢暴風駃雨↡。是以諸仏大慈、勧帰↢浄土↡。縦使一形造↠悪、但能繋↠意、専精常能念仏、一切諸障自然消除、定得↢往生↡。何不↢思量↡、都無↢去心↡也。」
◎二門章 ○私釈
わたくしにいはく、 ひそかにはかりみれば、 それ立教の多少、 宗に随ひて不同なり。
私云。窃計、夫立教多少、随↠宗不同。
しばらく有相宗 (*法相宗) のごときは、 三時教を立てて〔釈尊の〕一代の聖教を判ず。 いはゆる*有・空・中これなり。
有空中 有は 「阿含経」、 空は 「般若経」、 中は ¬華厳経¼ ¬解深密教¼ の教説。
且如↢有相宗↡、立↢三時教↡而判↢一代聖教↡。所謂有・空・中是也。
無相宗 (*三論宗) のごときは、 二蔵教を立ててもつて一代の聖教を判ず。 いはゆる*菩薩蔵・*声聞蔵これなり。
如↢無相宗↡、立↢二蔵教↡以判↢一代聖教↡。所謂菩薩蔵・声聞蔵是也。
*華厳宗のごときは、 五教を立てて一切の仏教を摂す。 いはゆる*小乗教・*始教・*終教・*頓教・*円教これなり。
始教 大乗初門の教え。
終教 大乗終極の教え。
円教 完全円満な究極の教え。
如↢華厳宗↡、立↢五教↡而摂↢一切仏教↡。所謂小乗教・始教・終教・頓教・円教是也。
法華宗 (*天台宗) のごときは、 四教五味を立ててもつて一切仏教を摂す。 「四教」 といふは、 いはゆる*蔵・通・別・円これなり。 「五味」 といふは、 いはゆる*乳・酪・生・熟・醍醐これなり。
蔵通別円 天台宗の教判にいう化法の四教。 蔵は三蔵教 (小乗の教え)、 通は通教 (声聞・縁覚・菩薩に通ずる大乗初門の教え)、 別は別教 (菩薩だけに説かれた教え。 空・仮・中の三諦が各別であるような法門)、 円は円教 (完全円満な三諦円融の法門)。
如↢法華宗↡、立↢四教・五味↡以摂↢一切仏教↡。四教者、所謂蔵・通・別・円是也。五味者、所謂乳・酪・生・熟・醍醐是也。
*真言宗のごときは、 二教を立てて一切を摂す。 いはゆる*顕教・*密教これなり。
如↢真言宗↡、立↢二教↡而摂↢一切↡。所謂顕教・密教是也。
いまこの*浄土宗は、 もし道綽禅師の意によらば、 二門を立てて一切を摂す。 いはゆる*聖道門・*浄土門これなり。
今此浄土宗者、若依↢道綽禅師意↡、立↢二門↡而摂↢一切↡。所謂聖道門・浄土門是也。
・ 宗名
問ひていはく、 それ宗の名を立つることは、 本、 華厳・天台等の*八宗・九宗にあり。 いまだ浄土の家においてその宗の名を立つることを聞かず。 しかるをいま浄土宗と号する、 なんの証拠かあるや。
八宗九宗 三論・成実・法相・倶舎・華厳・律の南都六宗に、 天台・真言の平安二宗を加えて八宗といい、 さらに禅宗を加えて九宗とする。
問曰。夫立↢宗名↡、本在↢華厳・天台等八宗・九宗↡。未↠聞↧於↢浄土之家↡立↦其宗名↥。然今号↢浄土宗↡、有↢何証拠↡也。
答へていはく、 浄土宗の名、 その証一にあらず。 *元暁の ¬*遊心安楽道¼ にいはく、 「▼浄土宗の意、 本凡夫のためなり、 兼ねては聖人のためなり」 と。 また*慈恩 (窺基) の ¬*西方要決¼ にいはく、 「この一宗による」 と。 また*迦才の ¬*浄土論¼ にいはく、 「この一宗ひそかに要路たり」 と。 その証かくのごとし。 *疑端に足らず。
疑端に足らず 疑う余地がない。
答曰。浄土宗名、其証非↠一。元暁¬遊心安楽道¼云。「浄土宗意、本為↢凡夫↡、兼為↢聖人↡。」又慈恩¬西方要決¼云。「依↢此一宗↡。¼又迦才¬浄土論¼云。「此之一宗、窃為↢要路↡。」其証如↠此。不↠足↢疑端↡。
・ 判教
ただし諸宗の立教は、 まさしくいまの意にあらず。 しばらく浄土宗につきて略して二門を明かさば、 一には聖道門、 二には浄土門なり。
但諸宗立教、正非↢今意↡。且就↢浄土宗↡、略明↢二門↡者、一者聖道門、二者浄土門。
・ 判教 ・ 聖道門
初めの聖道門とは、 これにつきて二あり。 一は大乗、 二は小乗なり。
且就↢浄土宗↡、略明↢二門↡者、一者聖道門、二者浄土門。 初聖道門者、就↠之有↠二。一者大乗、二者小乗。
大乗のなかにつきて*顕密・*権実等の不同ありといへども、 いまこの ¬集¼ (*安楽集) の意、 ただ*顕大および*権大を存ず。 ゆゑに*歴劫迂回の行に当れり。 これに准じてこれを思ふに、 *密大および*実大を存ずべし。 しかればすなはち、 いま*真言・*仏心 (禅宗)・*天台・*華厳・*三論・*法相・*地論・*摂論、 これら八家の意まさしくこれにあり、 知るべし。
権実 権大乗 (一時的に方便として仮に説かれた大乗教) と実大乗 (仏意にかなった真実の大乗教)。
顕大 大乗の中の顕教。
権大 大乗の中の権教。
歴劫迂回の行 ながい間かかって回り道をして、 さとりをひらく行法。
密大 大乗の中の密教。
実大 大乗の中の実教。
就↢大乗中↡、雖↠有↢顕密・権実等不同↡、今此集意、唯存↢顕大及以権大↡。故当↢歴劫迂迴之行↡。准↠之思↠之、応↠存↢密大及以実大↡。然則今真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論、此等八家之意、正在↠此也。応↠知。
次に小乗とは、 すべてこれ小乗の*経・*律・*論のなかに明かすところの*声聞・*縁覚、 *断惑証理・*入聖得果の道なり。 上に准じてこれを思へば、 また*倶舎・*成実・諸部の*律宗を摂すべきのみ。
断惑証理 煩悩を断ち切ってさとりを開くこと。
入聖得果 聖者の位に入って、 証果を得ること。
次小乗者、総是小乗経律論之中所↠明声聞・縁覚断惑証理、入聖得果之道也。准↠上思↠之、亦可↠摂↢倶舎・成実、諸部律宗↡而已。
おほよそこの聖道門の大意は、 大乗および小乗を論ぜず。 この*娑婆世界のなかにおいて、 *四乗の道を修し四乗の果を得。 四乗とは三乗のほかに仏乗を加ふ。
凡此聖道門大意者、不↠論↢大乗及以小乗↡。於↢此娑婆世界之中↡、修↢四乗道↡、得↢四乗果↡*。四乗者、三乗之外加↢仏乗↡。
◇ 他本には 「也」 の字あり。
・ 判教 ・ 浄土門
次に往生浄土門とは、 これにつきて二あり。 一には*正しく往生浄土を明かす教、 二には*傍らに往生浄土を明かす教なり。
正しく往生… 聖道門を捨てて、 ただ往生浄土の法門のみをまさしく説く教。
傍らに往生… 聖道門を説く中に、 その方便法として、 かたわらに往生の行法が説かれている教。
次往生浄土門者、就↠此有↠二。一者正明↢往生浄土↡之教、二者傍明↢往生浄土↡之教。
・ 判教 ・ 浄土門 ・ 正明往生浄土 (所依経論)
初めに正しく往生浄土を明かす教といふは、 いはく三経一論これなり。 「三経」 とは、 一には ¬*無量寿経¼ 、 二には ¬*観無量寿経¼ 、 三には ¬*阿弥陀経¼ なり。 「一論」 とは、 *天親の ¬*往生論¼ (浄土論) これなり。 あるいはこの三経を指して*浄土の三部経と号す。
浄土の三部経 浄土三部経の呼称は法然上人に始まる。
初正明↢往生浄土↡之教者、*三経一論是也。三経者、一¬無量寿経¼二¬観無量寿経¼三¬阿弥陀経¼也。一論者、天親¬往生論¼是也。或指↢此三経↡、号↢浄土三部経↡也。
◇ 他本には 「謂」 の字あり。
問ひていはく、 三部経の名またその例ありや。
問曰。三部経名、亦有↢其例↡乎。
答へていはく、 三部経の名その例一にあらず。 一には*法華の三部、 いはく ¬*無量義経¼・¬*法華経¼・¬*普賢観経¼ これなり。 二には*大日の三部、 いはく ¬*大日経¼・¬*金剛頂経¼・¬*蘇悉地経¼ これなり。 三には*鎮護国家の三部、 いはく ¬法華経¼・¬*仁王経¼・¬*金光明経¼ これなり。 四には*弥勒の三部、 いはく ¬*上生経¼・¬*下生経¼・¬*成仏経¼ これなり。
法華の三部 ¬無量義経¼ を ¬法華経¼ の開経とし、 ¬普賢観経¼ (¬観普賢経¼) を結経とする。
大日の三部 密教でよりどころとする三部の経典。
鎮護国家の三部 当時、 国家安泰を祈るための経典として、 この三部が採用されていた。
答曰。三部経名、其例非↠一。一者法華三部、謂¬無量義経¼・¬法華経¼・¬暜賢観経¼是也。二者大日三部、謂¬大日経¼・¬金剛頂経¼・¬蘇悉地経¼是也。三者鎮護国家三部、謂¬法華経¼・¬仁王経¼・¬金光明経¼是也。四者弥勒三部、謂¬上生経¼・¬下生経¼・¬成仏経¼是也。
いまはただこれ弥陀の三部なり。 ゆゑに浄土の三部経と名づく。 弥陀の三部はこれ浄土の正依経なり。
今者唯是弥陀三部。故名↢浄土三部経↡也。弥陀三部者、是浄土正依経也。
・ 判教 ・ 浄土門 ・ 傍明往生浄土
次に傍らに往生浄土を明かす教といふは、 ¬華厳¼・¬法華¼・¬*随求¼・¬*尊勝¼ 等のもろもろの往生浄土を明かす諸経これなり。 また ¬*起信論¼・¬*宝性論¼・¬*十住毘婆沙論¼・¬*摂大乗論¼ 等のもろもろの往生浄土を明かす諸論これなり。
次傍明↢往生浄土↡之教者、¬華厳¼・¬法華¼・¬随求¼・¬尊勝¼等、明↢諸往生浄土↡之諸経是也。又¬起信論¼・¬宝性論¼・¬十住婆沙論¼・¬摂大乗論¼等、明↢諸往生浄土↡之諸論是也。
・ 判教 ・ 立二門意
おほよそこの ¬集¼ (*安楽集) のなかに聖道・浄土の二門を立つる意は、 聖道を捨てて浄土門に入らしめんがためなり。 これにつきて二の由あり。 △一には大聖 (釈尊) を去れること遙遠なるに由る。 △二には理深く解微なるに由る。
凡此¬集¼中、立↢聖道・浄土二門↡意者、為↠令↧捨↢聖道↡入↦浄土門↥也。就↠此有↢二由↡。一由↧去↢大聖↡遥遠↥、二由↢理解微↡。
この宗のなかに二門を立つることは、 独り*道綽のみにあらず。 *曇鸞・*天台 (智顗)・*迦才・*慈恩 (窺基) 等の諸師みなこの意あり。
此宗之中立↢二門↡者、独非↢道綽↡、曇鸞・天台・迦才・慈恩等諸師、皆有↢此意↡。
・ 判教 ・ 立二門意 ・ 論註
しばらく曇鸞法師の ¬*往生論の註¼ (上) にいはく、 「▲つつしみて龍樹菩薩の ¬十住毘婆沙¼ (*易行品) を案ずるにいはく、 ª菩薩、 *阿毘跋致を求むるに、 二種の道あり。 一には難行道、 二には易行道なりº と。 ▲ª難行道º とは、 いはく*五濁の世に*無仏の時において阿毘跋致を求むるを難となす。 この難にすなはち多くの途あり。 ほぼ*五三をいひてもつて義意を示さん。 一には*外道の*相善、 *菩薩の法を乱る。 二には*声聞の自利、 大慈悲を障ふ。 三には無顧の悪人、 他の勝徳を破す。 四には*顛倒の善の果、 よく*梵行を壊る。 五にはただこれ自力のみにして他力の持つなし。 かくのごとき等の事、 目に触るるにみなこれなり。 たとへば陸路より歩行するはすなはち苦しきがごとし。 ▲ª易行道º とは、 いはくただ仏を信ずる因縁をもつて浄土に生ぜんと願ずれば、 仏の願力に乗りてすなはちかの清浄の土に往生することを得。 *仏力住持して、 すなはち大乗*正定の聚に入る。 正定はすなはちこれ阿毘跋致なり。 たとへば水路より船に乗りてすなはち楽なるがごとし」 と。 以上
無仏の時 すでに釈尊が入滅されて仏がおられない時代。
五三 少々。 若干。
菩薩の法 自利利他の行。
顛倒の善の果 六道のうちの人天に生れる善い果報。 善果であっても迷いの境界であるので顛倒の語を付す。
仏力住持して 仏の本願力が支えたもってという意。
且曇鸞法師¬往生論註¼云。「謹案↢龍樹菩薩十住婆沙↡云、菩薩求↢阿跋致↡、有↢二種道↡。一者難行道、二者易行道。難行道者、謂於↢五濁之世、於無仏時↡、求↢阿跋致↡為↠難。此難乃有↢多途↡。粗言↢五三↡以示↢義意↡。一者外道相善乱↢菩薩法↡、二者声聞自利障↢大慈悲↡、三者無顧悪人破↢他勝徳↡、四者顛倒善果能壊↢梵行↡、五者唯是自力無↢他力持↡。如↢斯等↡事触↠目皆是。譬如↢陸路歩行則苦↡。易行道者、謂但以↢信仏因縁↡願↠生↢浄土↡。乗↢仏願力↡便得↣往↢生彼清浄土↡。仏力住持即入↢大乗正定之聚↡。正定即是阿毘跋致。譬如↢水路乗↠船則楽↡。」已上
このなかの▼難行道は、 すなはちこれ聖道門なり。 易行道は、 すなはちこれ浄土門なり。 難行・易行、 聖道・浄土、 その言異なりといへども、 その意これ同じ。 天台 (智顗)・迦才これに同じ、 知るべし。
此中難行道者、即是聖道門也。易行道者、即是浄土門也。難行・易行、聖道・浄土、其言雖↠異其意是同。天台・迦才同↠之。応↠知。
・ 判教 ・ 立二門意 ・ 西方要決
また ¬*西方要決¼ にいはく、 「仰ぎておもんみれば、 釈迦、 *運を啓けて弘く有縁を益す。 教、 *随方に闡けて*ならびに*法潤に霑ふ。 親しく*聖化に逢ひて、 道、 三乗を悟りき。 福薄く、 因疎かなるものを勧めて浄土に帰せしめたまふ。 この業をなすものはもつぱら弥陀を念じ、 一切善根、 回らしてかの国に生ず。 弥陀の本願誓ひて娑婆を度したまふ。 上現生の*一形を尽し、 下臨終の十念に至るまで、 ともによく決定してみな往生を得」 と。 以上
運を啓けて 運は好機が至ること。 機縁が熟して釈尊が世に出られたことを示す。
随方に闡けて あらゆるところに広まって。
法潤に霑ふ 法のめぐみをほどこす。
聖化 釈尊の教化。
又¬西方要決¼云。「仰惟、釈迦啓↠運弘益↢有縁↡、教闡↢随方↡並霑↢法潤↡。親逢↢聖化↡、道悟↢三乗↡。福薄因疎、勧帰↢浄土↡。作↢此業↡者、専念↢弥陀↡、一切善根、廻生↢彼国↡。弥陀本願、誓度↢娑婆↡。上尽↢現生一形↡、下至↢臨終十念↡、倶能決定皆得↢往生↡。」已上
また同じき後序にいはく、 「それおもんみれば、 生れて*像季に居して、 聖 (釈尊) を去ることこれはるかに、 道、 三乗に預かりて*契悟するに方なし。 人天の両位は躁動して安からず。 智博く情弘きものは、 よく久しく処するに堪へたり。 もし識痴かに行浅きものは、 おそらくは*幽途に溺れん。 かならずすべからく跡を娑婆に遠くして心を*浄域に栖ましむべし」 と。 以上
契悟するに方なし さとりに至る方法がない。
幽途 暗く蒙昧な地獄・
餓鬼・
畜生の三途。 →
三途
浄域 浄土。
又同後序云。「夫以、生居↢像季↡、去↠聖斯遥。道預↢三乗↡、無↠方↢契悟↡。人天両位、躁動不↠安。智博情弘、能堪↢久処↡也。若識痴行浅、恐溺↢幽途↡必。須↧遠↢跡娑婆↡、栖↦心浄域↥。已上
このなかの三乗はすなはちこれ聖道門の意なり。 浄土はすなはちこれ浄土門の意なり。 三乗・浄土、 聖道・浄土、 その名異なりといへども、 その意また同じ。 浄土宗の学者、 先づすべからくこの旨を知るべし。
此中三乗者、即是聖道門意也。浄土者、即是浄土門意也。三乗・浄土、聖道・浄土、其名雖↠異、其意亦同。浄土宗学者、先須↠知↢此旨↡。
たとひ先より聖道門を学する人といへども、 もし浄土門にその志あらば、 すべからく聖道を棄てて浄土に帰すべし。 例するに、 ▼かの曇鸞法師は*四論の講説を捨てて*一向に浄土に帰し、 道綽禅師は*涅槃の広業を閣きてひとへに西方の行を弘めしがごとし。 上古の賢哲なほもつてかくのごとし。 末代の愚魯むしろこれに遵はざらんや。
涅槃の広業 ¬涅槃経¼ を講ずるという広大な事業。
設雖↧先学↢聖道門↡人↥、若於↢浄土門↡有↢其志↡者、須↧弃↢聖道↡帰↦於浄土↥。例如↧彼曇鸞法師捨↢四論講説↡一向帰↢浄土↡、道綽禅師閣↢涅槃広業↡偏弘↦西方行↥。上古賢哲、猶以如↠此。末代愚魯、寧不↠遵↠之哉。
・ 判教 ・ 師資相承
▼問ひていはく、 聖道家の諸宗おのおの*師資相承あり。 いはく天台宗のごときは、 *慧文・*南岳 (慧思)・*天台 (智顗)・*章安・*智威・*慧威・*玄朗・*湛然、 次第相承せり。 真言宗のごときは、 *大日如来・*金剛薩埵・*龍樹・*龍智・*金智・*不空、 次第相承せり。 自余の諸宗またおのおの相承の*血脈あり。 しかるにいまいふところの浄土宗に師資相承の血脈の譜ありや。
師資相承 師から弟子へと法脈が伝えられていくこと。
血脈 法脈が正しく継承されることを、 親の血が子に伝わることに喩えていう。
問曰。聖道家諸宗、各有↢師資相承↡。謂如↢天台宗↡者、慧文・南岳・天台・章安・智威・慧威・玄朗・湛然、次第相承。如↢真言宗↡者、大日如来・金剛薩埵・龍樹・龍智・金智・不空、次第相承。自余諸宗、又各有↢相承血脈↡。而今所↠言浄土宗、有↢師資相承血脈譜↡乎。
答へていはく、 聖道家の血脈のごとく浄土宗にまた血脈あり。 ただし浄土一宗において*諸家また不同なり。 いはゆる廬山の*慧遠法師、 *慈愍三蔵、 *道綽・*善導等これなり。 いましばらく道綽・善導の一家によりて、 師資相承の血脈を論ぜば、 これにまた*両説あり。 一には*菩提流支三蔵・*慧寵法師・*道場法師・*曇鸞法師・*大海禅師・*法上法師。 ▲以上、 ¬*安楽集¼ に出でたり。 二には菩提流支三蔵・曇鸞法師・道綽禅師・善導禅師・*懐感法師・*小康法師。 以上、 *唐・宋両伝に出でたり。
諸家また不同なり… 中国浄土教を廬山流、 慈愍流、 道綽・善導流の三流に分けたもの。 法然上人独自の見解である。
両説 法然上人が用いられたのは後者である。
唐宋両伝 道宣撰の ¬続高僧伝¼ と賛寧撰の ¬宋高僧伝¼ のこと。 両伝によって六師をあげたのは、 法然聖人の選択によるものである。 浄土宗の相承をいう場合は、 この六師から菩提流志を除いて五祖とすることが多い。
答曰。如↢聖道家血脈↡、浄土宗亦有↢血脈↡。但於↢浄土一宗↡、諸家亦不同。所謂廬山慧遠法師・慈愍三蔵・道綽・善導等是也。今且依↢道綽・善導之一家↡、論↢師資相承血脈↡者。此亦有↢両説↡、一者菩提流支三蔵・慧寵法師・道場法師・曇鸞法師・大海禅師・法上法師。已上出↢¬安楽集¼↡ 二者菩提流支三蔵・曇鸞法師・道綽禅師・善導禅師・懐感法師・小康法師。已上出↢¬唐¼¬宋¼両伝↡
◎二行章
【2】 善導和尚、 正雑二行を立てて、 雑行を捨てて正行に帰する文。
善導和尚、立↢正雑二行↡、捨↢雑行↡帰↢正行↡之文
◎二行章 ○引文
1.観経疏
¬*観経疏¼ の第四 (*散善義) にいはく、
¬観経疏¼第四云。
「▲行につきて信を立つといふは、 しかも行に二種あり。 一には*正行、 二には*雑行なり。
「就↠行立↠信者、然行有↢二種↡。一者正行、二者雑行。
▲正行といふは、 もつぱら*往生の経によりて行を行ずるもの、 これを正行と名づく。 いづれのものかこれや。 ▽一心にもつぱらこの ¬観経¼・¬弥陀経¼・¬無量寿経¼ 等を*読誦し、 ▽一心にもつぱら思想を注めてかの国の*二報荘厳を*観察し憶念し、 ▽もし礼せばすなはち一心にもつぱらかの仏を*礼し、 ▽もし口称せばすなはち一心にもつぱらかの仏を*称し、 ▽もし讃歎供養せばすなはち一心にもつぱら*讃歎供養す。 これを名づけて正となす。
往生の経…行ずる 「往生の経」 は浄土三部経を指す。 「往生経の行によりて行ずる」 と読む異本もある。
言↢正行↡者、専依↢往生経行↡行者、是名↢正行↡。何者是也。一心専読↢誦此観経・弥陀経・無量寿経等↡、一心専↢注思↣想観↤察憶↯念彼国二報荘厳↡、若礼即一心専礼↢彼仏↡、若口称即一心専称↢彼仏↡、若讃歎供養即一心専讃歎供養、是名為↠正。
▲またこの正のなかにつきて、 また二種あり。
又就↢此正中↡、復有↢二種↡。
▲一には一心にもつぱら弥陀の名号を念じて、 *行住坐臥*時節の久近を問はず念々に捨てざるもの、 これを*正定の業と名づく。 かの仏の願に順ずるがゆゑに。
時節の久近 時間の長短。
一者一心専↢念弥陀名号↡、行住坐臥、不↠問↢時節久近↡、念念不↠捨者、是名↢正定之業↡、順↢彼仏願↡故。
▲もし*礼誦等によるをすなはち名づけて*助業となす。
礼誦等 五正行のうちの称名以外の
行業。
読誦・
観察・
礼拝・
讃嘆供養の助業をいう。 →
助業
若依↢礼誦等↡、即名為↢助業↡。
▲この正助二行を除きてのほかの自余の諸善をことごとく*雑行と名づく。 ▽もし前の正助二行を修すれば、 心つねに〔阿弥陀仏に〕親近して憶念断えず、 名づけて無間となす。 もし後の雑行を行ずれば、 すなはち心つねに*間断す。 *回向して生ずることを得べしといへども、 衆く疎雑の行と名づく」 と。
間断 とだえること。
除↢此正助二行↡已外自余諸善悉名↢雑行↡。若修↢前正助二行↡、心常親近憶念不↠断、名為↢無間↡也。若行↢後雑行↡即心常間断、雖↠可↢迴向得↟生、衆名↢疎雑之行↡也。」
◎二行章 ○私釈
わたくしにいはく、 この文につきて二の意あり。 一には往生の行相を明かす。 二には二行の*得失を判ず。
得失 すぐれた点と劣った点。
私云。就↢此文↡有↢二意↡。一明↢往生行相↡、二判↢二行得失↡。
・ 往生行相
初めに往生の行相を明かすといふは、 善導和尚の意によらば、 往生の行多しといへども大きに分ちて二となす。 一には正行、 二には雑行なり。
初明↢往生行相↡者、依↢善導和尚意↡、往生行雖↠多、大分為↠二。一正行、二雑行。
・ 往生行相 ・ 正行
初めの正行とは、 これにつきて開合の二の義あり。 初めの開を五種となし、 後の合を二種となす。
初正行者、付↠之有↢開合二義↡。初開為↢五種↡、後合為↢二種↡。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 (五種正行)
初めの開を五種となすといふは、 一には↓読誦正行、 二には↓観察正行、 三には↓礼拝正行、 四には↓称名正行、 五には↓讃歎供養正行なり。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 1.読誦正行
第一の↑読誦正行は、 もつぱら ¬観経¼ 等を読誦するなり。 すなはち文 (散善義) に、 「△一心にもつぱらこの ¬観経¼・¬弥陀経¼・¬無量寿経¼ 等を読誦す」 といふこれなり。
第一読誦正行者、専読↢誦¬観経¼等↡也。即文云↣「一心専読↢誦此観経・弥陀経・無量寿経等↡」是也。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 2.観察正行
第二に↑観察正行は、 もつぱらかの国の依正二報を観察するなり。 すなはち文 (同) に、 「△一心にもつぱら思想を注めてかの国の*二報荘厳を観察し憶念す」 といふこれなり。
第二観察正行者、専観↢察彼国依正二報↡也。即文云↰「一心専↢注思↣想観↤察憶↯念彼国二報荘厳↡」是也。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 3.礼拝正行
第三に↑礼拝正行は、 もつぱら弥陀を礼するなり。 すなはち文 (同) に、 「△もし礼せばすなはち一心にもつぱらかの仏を礼す」 といふこれなり。
第三礼拝正行者、専礼↢弥陀↡也。即文云↣「若礼即一心専礼↢彼仏↡¼是也。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 4.称名正行
第四に↑称名正行は、 もつぱら弥陀の名号を称するなり。 すなはち文 (同) に、 「△もし口称せばすなはち一心にもつぱらかの仏を称す」 といふこれなり。
第四称名正行者、専称↢弥陀名号↡也。即文云↣「若口称即一心専称↢彼仏↡」是也。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 5.讃嘆供養正行
第五に↑讃歎供養正行は、 もつぱら弥陀を讃歎供養するなり。 すなはち文 (同) に、 「△もし讃歎供養せばすなはち一心にもつぱら讃歎供養す、 これを名づけて正となす」 といふこれなり。 もし讃歎と供養とを開して二となさば、 六種正行と名づくべし。 いま合の義によるがゆゑに五種といふ。
第五讃歎供養正行者、専讃↢歎供↣養弥陀↡也。即文云↢「若讃歎供養、即一心専讃歎供養、是名為↟正」是也。若開↣讃歎与↢供養↡、而為↠二者、可↠名↢六種正行↡也。今依↢合義↡故云↢五種↡。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 合
次に合を二種となすといふは、 一には正業、 二には助業なり。
次合為↢二種↡者、一者正業、二者助業。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 合 1.正業
初めの正業は、 上の五種のなかの第四の称名をもつて正定の業となす。 すなはち文 (散善義) に、 「△一心にもつぱら弥陀の名号を念じて、 *行住坐臥*時節の久近を問はず念々に捨てざるもの、 これを正定の業と名づく。 かの仏の願に順ずるがゆゑに」 といふこれなり。
時節の久近 時間の長短。
初正業者、以↢上五種之中第四称名↡、為↢正定之業↡。即文云↧「一心専↢念弥陀名号↡、行住坐臥不↠問↢時節久近↡、念念不↠捨者、是名↢正定之業↡。順↢彼仏願↡故↥」是也。
・ 往生行相 ・ 正行 ・ 合 2.助業
次に助業は、 第四の口称を除きてのほかの読誦等の四種をもつてしかも助業となす。 すなはち文 (同) に、 「△もし礼誦等によるをすなはち名づけて助業となす」 といふこれなり。
次助業者、除↢第四口称↡之外、以↢読誦等四種↡、而為↢助業↡。即文云↧「若依↢礼誦等↡、即名為↦助業↥」是也。
問ひていはく、 なんがゆゑぞ五種のなかに独り称名念仏をもつて正定の業となすや。
問曰。何故五種之中、独以↢称名念仏↡為↢正定業↡乎。
答へていはく、 かの仏の願に順ずるがゆゑに。 意はいはく、 称名念仏はこれかの仏の*本願の行なり。 ゆゑにこれを修すれば、 かの仏の願に乗じてかならず往生を得。 その仏の本願の義、 *下に至りて知るべし。
下 次章の本願章を指す。
答曰。順↢彼仏願↡故。意云、称名念仏是彼仏本願行也。故修↠之者、乗↢彼仏願↡、必得↢往生↡也。*其本願義、至↠下可↠知。
其 往生院本では 「其仏」。
・ 往生行相 ・ 雑行
次に雑行は、 すなはち文 (同) に、 「△この正助二行を除きてのほかの自余の諸善をことごとく雑行と名づく」 といふこれなり。 意はいはく、 雑行無量なり、 *つぶさに述ぶるに遑あらず。 ただしばらく五種の正行に翻対してもつて五種の雑行を明かすべし。 一には↓読誦雑行、 二には↓観察雑行、 三には↓礼拝雑行、 四には↓称名雑行、 五には↓讃歎供養雑行なり。
つぶさに… くわしく述べることはできない。
次雑行者、即文云↧「除↢此正助二行↡已外、自余諸善、悉名↢雑行↥」是也。意云。雑行無量、不↠遑↢具述↡。但*今且、翻↢対五種正行↡、以明↢五種雑行↡也。一読誦雑行、二観察雑行、三礼拝雑行、四称名雑行、五讃歎供養雑行也。
今 往生院本では欠く。
・ 往生行相 ・ 雑行 1.読誦雑行
第一に↑読誦雑行といふは、 上の ¬観経¼ 等の*往生浄土の経を除きてのほかの大小乗*顕密の諸経において受持し読誦するをことごとく読誦雑行と名づく。
往生浄土の経 浄土三部経。
第一読誦雑行者、除↢上¬観経¼等往生浄土経↡已外、於↢大小乗顕密諸経↡、受持読誦、悉名↢読誦雑行↡。
・ 往生行相 ・ 雑行 2.観察雑行
第二に↑観察雑行といふは、 上の極楽の*依正を除きてのほかの大小、 顕密、 *事理の観行をみなことごとく観察雑行と名づく。
事理 事は具体的な差別の事相、 理は普遍的な平等の理性を指す。
第二観察雑行者、除↢上極楽依正↡已外、大小・顕密・事理観行、皆悉名↢観察雑行↡。
・ 往生行相 ・ 雑行 3.礼拝雑行
第三に↑礼拝雑行といふは、 上の弥陀を礼拝するを除きてのほかの一切の諸余の仏・菩薩等およびもろもろの*世天等において礼拝*恭敬するをことごとく礼拝雑行と名づく。
第三礼拝雑行者、除↣上礼↢拝弥陀↡已外、於↢一切諸余仏・菩薩等、及諸世天等↡、礼拝恭敬、悉名↢礼拝雑行↡。
・ 往生行相 ・ 雑行 4.称名雑行
第四に↑称名雑行といふは、 上の弥陀の名号を称するを除きてのほかの自余の一切の仏・菩薩等およびもろもろの世天等の名号を称するをことごとく称名雑行と名づく。
第四称名雑行者、除↣上称↢弥陀名号↡已外、称↢自余一切仏・菩薩等、及諸世天等名号↡、悉名↢称名雑行↡。
・ 往生行相 ・ 雑行 5.讃嘆供養雑行
第五に↑讃歎供養雑行といふは、 上の弥陀仏を除きてのほかの一切の諸余の仏・菩薩等およびもろもろの世天等において讃歎供養するをことごとく讃歎供養雑行と名づく。
第五讃歎供養雑行者、除↢上弥陀仏↡已外、於↢一切諸余仏・菩薩等、及諸世天等↡、讃歎供養、悉名↢讃歎供養雑行↡。
このほかまた*布施・*持戒等の無量の行あり。 みな*雑行の言に摂尽すべし。
雑行の言に摂尽すべし 雑行という言葉の中に含みおさめることができる。
此外亦有↢布施・持戒等無量之行↡。皆可↣摂↢尽雑行言↡。
・ 二行得失
次に二行の*得失を判ぜば、 「△もし前の*正助二行を修すれば、 心つねに〔阿弥陀仏に〕親近して憶念断えず、 ▽名づけて無間となす。 もし後の雑行を行ずるは、 すなはち▽心つねに*間断す。 ▽回向して生ずることを得べしといへども、 衆く疎雑の行と名づく」 (散善義) と、 すなはちその文なり。 この文の意を案ずるに、 正雑二行につきて五番の相対あり。 一には↓親疎対、 二には↓近遠対、 三には↓有間無間対、 四には↓回向不回向対、 五には↓純雑対なり。
得失 すぐれた点と劣った点。
正助二行 正定業と助業のこと。 助業は正定業としての称名念仏におのずからともないつく。
間断 とだえること。
次判↢二行得失↡者、「若修↢前正助二行↡、心常親近、憶念不↠断、名為↢無間↡也。若行↢後雑行↡、即心常間断、雖↠可↢廻向得↟生、衆名↢疎雑之行↡」即其文也。案↢此文意↡、就↢正雑二行↡、有↢五番相対↡。一親疎対、二近遠対、三有間無間対、四回向不回向対、五純雑対也。
・ 二行得失 1.親疎対
第一に↑親疎対といふは、 先づ 「親」 といふは、 *正助二行を修するものは阿弥陀仏においてはなはだもつて*親昵となす。 ゆゑに ¬疏¼ (*定善義) の上の文にいはく、 「▲衆生行を起して*心口につねに仏を称すれば、 仏すなはちこれを聞しめす。 身につねに仏を*礼敬すれば、 仏すなはち心にこれを見たまふ。 心つねに仏を念ずれば、 仏すなはちこれを知りたまふ。 衆生仏を憶念すれば、 仏衆生を憶念したまふ。 *彼此の三業あひ捨離せず。 ゆゑに親縁と名づく」 と。 次に 「疎」 といふは雑行なり。 衆生仏を称せざれば、 仏すなはちこれを聞きたまはず。 身に仏を礼せざれば、 仏すなはちこれを見たまはず。 心に仏を念ぜざれば、 仏すなはちこれを知りたまはず。 衆生仏を憶念せざれば、 仏衆生を憶念したまはず。 彼此の三業つねに捨離す。 ゆゑに疎行と名づく。
親昵 親しみ、 むつまじくすること。
心 諸本にはこの字なし。
彼此 彼は阿弥陀仏、 此は念仏の衆生を指す。
第一親疎対者、先親者、修↢正助二行↡者、於↢阿弥陀仏↡*以為↢親昵↡。故¬疏¼上文云。「衆生起行、*口常称↠仏、仏即聞↠之。身常礼↢敬仏↡、仏即見↠之。心常念↠仏、仏即知↠之。衆生憶↢念仏↡者、仏*亦憶↢念衆生↡。彼此三業不↢相捨離↡、故名↢親縁↡也。」次疎者雑行也。衆生*口不↠称↠仏、仏即不↠聞↠之。身不↠礼↠仏、仏即不↠見↠之。心不↠念↠仏、仏即不↠知↠之。衆生不↣憶↢念仏↡者、仏不↣憶↢念衆生↡。彼此三業、常*相捨離。故名↢疎行↡也。
◇ 他本には 「甚」 の字あり。
口 盧山寺本、 往生院本では 「心口」。
亦 他本では欠く。
口 他本では欠く。
相 他本では欠く。
・ 二行得失 2.近遠対
第二に↑近遠対といふは、 先づ 「近」 といふは、 正助二行を修するものは阿弥陀仏においてはなはだもつて隣く近しとなす。 ゆゑに ¬疏¼ (定善義) の上の文にいはく、 「▲衆生仏を見んと願ずれば、 仏すなはち念に応じて目の前に現在したまふ。 ゆゑに近縁と名づく」 と。 次に 「遠」 といふは雑行なり。 衆生仏を見んと願ぜざれば、 仏すなはち念に応ぜず、 目の前に現じたまはず。 ゆゑに遠と名づく。 ただし親近の義これ一に似たりといへども、 善導の意分ちて二となす。 その旨 ¬疏¼ (同) の文に見えたり。 ゆゑにいま引き釈するところなり。
第二近遠対者、先近者、修↢正助二行↡者、於↢阿弥陀仏↡*甚為↢鄰近↡。故¬疏¼上文云。「衆生願↠見↠仏、仏即応↠念現在↢目前↡。故名↢近縁↡也。」次遠者、雑行也。衆生不↠願↠見↠仏、仏即不↠応↠念、不↠現↢目前↡。故名↠遠也。但親近義、是雖↠似↠一、善導之意、分而為↠二。其旨見↢¬疏¼文↡。故今所↢引釈↡也。
甚 他本では 「甚以」。
・ 二行得失 3.無間有間対
第三に↑無間有間対といふは、 先づ 「無間」 といふは、 正助の二行を修するものは弥陀仏において憶念間断せず。 ゆゑに 「△名づけて無間となす」 といふこれなり。 次に 「有間」 といふは、 雑行を修するものは弥陀仏において憶念つねに間断す。 ゆゑに 「△心つねに間断す」 といふこれなり。
第三無間有間対者、先無間者、修↢正助二行↡者、於↢*阿弥陀仏↡憶念不↢間断↡。故云↣「名為↢無間↡」是也。次有間者、修↢雑行↡者、於↢阿弥陀仏↡憶念常間断。故云↢「心常間断↡」是也。
阿弥陀仏 他本では 「弥陀仏」。 以下同。
・ 二行得失 4.不回向回向対
第四に↑不回向回向対といふは、 正助二行を修するものは、 たとひ別に回向を用ゐざれども*自然に往生の業となる。 ゆゑに ¬疏¼ (*玄義分) の上の文にいはく、 「▲いまこの ¬観経¼ のなかの十声仏を称するは、 すなはち十願十行ありて具足せり。 いかんが具足する。 ª南無º といふはすなはちこれ帰命、 またこれ発願回向の義なり。 ª阿弥陀仏º といふはすなはちこれその行なり。 この義をもつてのゆゑにかならず往生を得」 と。 以上 次に 「回向」 といふは、 雑行を修するものは、 かならず回向を用ゐる時に往生の因となる。 もし回向を用ゐざる時には往生の因とならず。 ゆゑに 「△回向して生ずることを得べしといへども」 といふこれなり。
自然に往生の業となる 称名念仏は本願によって往生行と選定されているので、 衆生が往生のために回向する必要は全くなく、 称名すればそのままで往生の業因となる。
第四不回向回向対者、修↢正助二行↡者、縦令別不↠用↢回向↡、自然成↢往生業↡。故¬疏¼上文云。「今此観経中十声称仏、即有↢十願・十行↡具足。云何具足。言↢南無↡者、即是帰命。亦是発願廻向之義。言↢阿弥陀仏↡者、即是其行。以↢斯義↡故、必得↢往生↡。」已上 次回向者、修↢雑行↡者、必用↢回向↡之時、成↢往生之因↡。若不↠用↢回向↡之時、不↠成↢往生之因↡。故云↠雖↠可↢回向得↟生是也。
・ 二行得失 5.純雑対
第五に↑純雑対といふは、 先づ 「純」 といふは、 *正助二行を修するものはもつぱらこれ極楽の行なり。 次に 「雑」 といふは、 これもつぱら極楽の行にあらず。 人天および三乗に通ず、 また十方浄土に通ず。 ゆゑに雑といふ。 しかれば*西方の行者すべからく雑行を捨てて正行を修すべし。
西方の行者 西方の極楽浄土に往生を願う行者。
第五純雑対者、先純者、修↢正助二行↡者、純是極楽之行也。次雑者、是純非↢極楽之行↡。通↢於人天及*以三乗↡、亦通↢於十方浄土↡。故云↠雑也。然者西方行者、須↧捨↢雑行↡修↦正行↥也。
以 往生院本では欠く。
問ひていはく、 この純雑の義、 経論のなかにおいてその証拠ありや。
問曰。此純雑義、於↢経論中↡有↢其証拠↡乎。
答へていはく、 大小乗の*経・*律・*論のなかにおいて純雑二門を立つること、 その例一にあらず。 大乗はすなはち*八蔵のなかにおいてしかも雑蔵を立つ。 まさに知るべし、 七蔵はこれ純、 一蔵はこれ雑なり。 小乗はすなはち*四含のなかにおいて雑含を立つ。 まさに知るべし、 三含はこれ純、 一含はこれ雑なり。 律にはすなはち*二十の犍度を立ててもつて戒行を明かす。 そのなかに前の十九はこれ純、 後の一は雑犍度なり。 論 (八犍度論) にはすなはち八犍度を立てて諸法の性相を明かす。 前の七犍度はこれ純、 後の一はこれ雑犍度なり。 *賢聖集のなか、 唐・宋両伝には*十科の法を立てて高僧の行徳を明かす。 そのなかに前の九はこれ純、 後の一はこれ雑科なり。 乃至、 ¬*大乗義章¼ に*五聚の法門あり。 前の四聚はこれ純、 後の一はこれ雑聚なり。 また顕教のみにあらず。 密教のなかに純雑の法あり。 いはく*山家の ¬*仏法の血脈の譜¼ にいはく、 一には*胎蔵界の曼陀羅の血脈の譜一首、 二には*金剛界の曼陀羅の血脈の譜一首、 三には*雑曼陀羅の血脈の譜一首。 前の二首はこれ純、 後の一首はこれ雑なり。 純雑の義多しといへども、 いま略して小分を挙ぐるのみ。 まさに知るべし、 純雑の義、 法に随ひて不定なり。
八蔵 仏の説法を八種に分類したもの。 胎化蔵・中陰蔵・摩訶衍方等蔵・戒律蔵・十住菩薩蔵・金剛蔵・仏蔵・雑蔵。 ¬菩薩処胎経¼ に見える説。
四含 ¬
長阿含経¼ ¬
中阿含経¼ ¬
増一阿含経¼ ¬
雑阿含経¼ のこと。 →
阿含
二十の犍度 犍度は章のこと。 教団の生活・儀式などに関する規定を二十章に分類整理したもの。 ¬四分律¼ に説く。
賢聖集 諸種の ¬高僧伝¼ を指していう。
十科の法 訳経・解義・習禅・明律・護法・観通・遺身・読誦・興福・雑科。
五聚の法門 教聚・義聚・染聚・浄聚・雑聚。
山家 天台宗のこと。
胎蔵界の曼陀羅 大日如来の慈悲のはたらきを図示したもの。 ¬大日経¼ にもとづく。 →
曼荼羅
金剛界の曼陀羅 大日如来の
智慧のはたらきを図示したもの。 ¬
金剛頂経¼ にもとづく。 →
曼荼羅
答曰。於↢大・小乗経・律・論之中↡立↢純雑二門↡、其例非↠一。大乗即於↢八蔵之中↡、而立↢雑蔵↡。当↠知、七蔵是純、一蔵是雑。小乗即於↢四含之中↡、而立↢雑含↡。当↠知、三含是純、一含是雑。律即立↢二十揵度↡、以明↢戒行↡。其中前十九是純、後一*是雑揵度也。論則立↢八揵度↡、明↢諸法性相↡。前七揵度是純、後一是雑揵度也。賢聖集中、¬唐¼・¬宋¼両伝、立↢十科法↡明↢高僧行徳↡。其中前九是純、後一是雑科也。乃至¬大乗義章¼、有↢五聚法門↡、前四聚是純、後一是雑聚也。亦非↢顕教↡、密教之中、有↢純雑法↡。謂山家¬仏法血脈譜¼云。一胎蔵界曼陀羅血脈譜一首、二金剛界曼陀羅血脈譜一首、三雑曼陀羅血脈譜一首、前二首是純、後一首是雑。純雑之義雖↠多、今略挙↢小分↡而已。当↠知、純雑之義、随↠法不定。
是 往生院本では欠く。
これによりていま善導和尚の意、 しばらく浄土の行において純雑を論ずるなり。 この純雑の義*内典のみに局らず、 *外典のなかにその例はなはだ多し。 繁きことを恐れて出さず。
内典 仏教の書物。
外典 仏教以外の書物。
因↠茲、今善導和尚意、且於↢浄土行↡論↢純雑↡也。此純雑義、不↠局↢内典↡、外典之中其例甚多、恐↠繁不↠出矣。
ただし往生の行において二行を分つこと、 善導一師のみに限らず。 もし道綽禅師の意によらば、 往生の行多しといへども束ねて二となす。 一にはいはく念仏往生、 二にはいはく万行往生なり。 もし*懐感禅師の意によらば、 往生の行多しといへども束ねて二となす。 一にはいはく*念仏往生、 二にはいはく*諸行往生なり。 恵心 (源信) これに同じ。 かくのごときの三師、 おのおの二行を立てて往生の行を摂す。 はなはだその旨を得。 *自余の諸師はしからず。 行者これを思ふべし。
自余の諸師 浄影寺慧遠 (523-592)、 天台大師智顗 (538-597)、 嘉祥大師吉蔵 (549-623) などを指す。
但於↢往生行↡、而分↢二行↡不↠限↢善導一師↡。若依↢道綽禅師意↡者、往生行雖↠多、束而為↠二。一謂念仏往生、二謂万行往生。若依↢懐感禅師意↡、往生行雖↠多、束而為↠二。一謂念仏往生、二謂諸行往生。慧心同↠之 如↠是三師、各立↢二行↡、摂↢往生行↡。甚得↢其旨↡、自余諸師不↠然。行者応↠思↠之。
◎二行章 ○引文
2.往生礼讃
¬*往生礼讃¼ にいはく、 「▲もしよく上のごとく念々相続して、 *畢命を期となすものは、 十はすなはち十ながら生じ、 百はすなはち百ながら生ず。 なにをもつてのゆゑに。 *外の雑縁なく正念を得るがゆゑに。 仏の本願と相応するがゆゑに。 教に違せざるがゆゑに。 仏語に随順するがゆゑに。
畢命を期となす 命がおわる時を限りとする。
外の雑縁 外からのさまざまな妨げ。
¬往生礼讃¼云。「若能如↠上念念相続、畢命為↠期者、十即十生、百即百生。何以故、無↢外雑縁↡、得↢正念↡故、与↢仏本願↡*得↢相応↡故、不↠違↠教故、随↢順仏語↡故。
得 他本では欠く。
▲もし*専を捨てて*雑業を修せんと欲するものは、 百の時に希に一二を得、 千の時に希に五三を得。 なにをもつてのゆゑに。 雑縁乱動して正念を失ふによるがゆゑに。 仏の本願と相応せざるがゆゑに。 教と相違するがゆゑに。 仏語に順ぜざるがゆゑに。 *係念相続せざるがゆゑに。 *憶想間断するがゆゑに。 *回願*慇重真実ならざるがゆゑに。 *貪・瞋・諸見の煩悩来りて間断するがゆゑに。 慚愧・悔過あることなきがゆゑに。 ▲また相続してかの仏の恩を報ぜんと念はざるがゆゑに。 心に*軽慢を生じて、 業行をなすといへどもつねに*名利と相応するがゆゑに。 *人我おのづから覆ひて*同行善知識に親近せざるがゆゑに。 楽ひて雑縁に近づきて、 往生の正行を*自障障他するがゆゑなり。
専 念仏を専修すること。
係念相続せざる 浄土に想いをかけることが相続しない。
憶想間断する 仏をおもう心がとだえる。
回願 浄土を願生すること。
慇重 あつく重いこと。
人我 我執。 自己にとらわれること。
同行 同じく往生を願う者。
自障障他 みずからさまたげ、 他人をもさまたげること。
若欲↣捨↠専修↢雑業↡者、百時希得↢一二↡、千時希得↢五三↡。何以故、*乃由↣雑縁乱動失↢正念↡故、与↢仏本願↡不↢相応↡故、与↠教相違故、不↠順↢仏語↡故、係念不↢相続↡故、憶想間断故、廻願不↢慇重真実↡故、貪瞋諸見煩悩来間断故、無↠有↢慚愧*懺悔心故↡。又不↣相続念↢報彼仏恩↡故、心生↢軽慢↡雖↠作↢業行↡常与↢名利↡相応故、人我自覆不↣親↢近同行善知識↡故、楽近↢雑縁↡、自↢障障↣他往生正行↡故。
乃 他本では欠く。
懺悔心 他本では 「悔過」。
▲なにをもつてのゆゑに。 余、 このごろみづから諸方の道俗を見聞するに、 *解行不同なり、 *専雑異あり。 ただ意をもつぱらにしてなすものは、 十はすなはち十生ず。 雑を修して心を至さざるものは、 千がなかに一もなし。 この二行の得失、 前にすでに弁ずるがごとし。
何以故。余比日自見↢聞諸方道俗↡、解行不同、専雑有↠異。但使↢専↠意作↡者、十即十生。修↠雑不↢至心↡者、千中無↠一。此二行得失、如↢前已弁↡。
▲仰ぎ願はくは一切の往生人等、 よくみづからおのれが能を思量せよ。 今身にかの国に生ぜんと願ぜば、 *行住坐臥にかならずすべからく心を励まし、 おのれを剋して昼夜に廃することなかるべし。 畢命を期となせ。 まさしく*一形にありて少苦に似如たれども、 前念に命終して後念にすなはちかの国に生じて、 長時永劫につねに*無為の諸楽を受く。 乃至成仏まで生死を経ず。 あに快きにあらずや。 知るべし」 と。
無為の諸楽 無為涅槃のさまざまな楽しみ。
仰願一切往生人等、善自思↢量己能↡。今身願↠生↢彼国↡者、行住坐臥、必須↢励↠心剋↠己昼夜莫↟廃。畢命為↠期、*上在↢一形↡、似↢如少苦↡、前念命終後念即生↢彼国↡、長時永劫常受↢無為*法楽↡。乃至成仏不↠経↢生死↡、豈非↠快哉。応↠知。」
上 他本では 「正」。
法楽 往生院本では 「諸楽」。
◎二行章 ○私釈
わたくしにいはく、 この文を見るに、 いよいよすべからく雑を捨てて専を修すべし。 あに百即百生の専修正行を捨てて、 堅く*千中無一の雑修雑行を執せんや。 行者よくこれを思量せよ。
千中無一 千人の中に一人も往生する者がいないということ。
私云。見↢此文↡弥須↢捨↠雑修↟専。豈捨↢百即百生専修正行↡、堅執↢千中無一雑修雑行↡乎。行者能思↢量之↡。
◎本願章
【3】 弥陀如来、 余行をもつて往生の本願となさず、 ただ念仏をもつて往生の本願となしたまへる文。
弥陀如来、不↧以↢余行↡為↦往生本願↥、唯以↢念仏↡為↢往生本願↡之文
◎本願章 ○引文
1.大経
¬*無量寿経¼ の上にのたまはく、 「▲たとひわれ仏を得たらんに、 十方の衆生、 心を至し信楽して、 わが国に生ぜんと欲して、 乃至十念せんに、 もし生ぜずといはば、 正覚を取らじ」 (第十八願) と。
¬無量寿経¼上云。「設我得↠仏、十方衆生、至↠心信楽欲↠生↢我国↡乃至十念、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。」
2.観念門
¬*観念法門¼ に上の文を引きていはく、 「▲もしわれ仏にならんに、 十方の衆生、 わが国に生ぜんと願じて、 わが名号を称すること下十声に至らんに、 わが願力に乗りて、 もし生ぜずは、 正覚を取らじ」 と。
¬観念法門¼引↢上文↡云。「若我成仏、十方衆生、願↠生↢我国↡、称↢我*名字↡、下至↢十声↡、乗↢我願力↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。」
名字 往生院本では 「名号」。
3.往生礼讃
¬*往生礼讃¼ に同じき上の文を引きていはく、 「▲ªもしわれ仏にならんに、 十方の衆生、 わが名号を称すること下十声に至るまで、 もし生ぜずは、 正覚を取らじº と。 かの仏いま現に*世にましまして仏になりたまへり。 まさに知るべし、 本誓*重願虚しからず、 衆生称念すればかならず往生することを得」 と。
世 ¬選択集¼ 延書本 (暦応四年本転写本、 存覚上人相伝本) には 「世」 の字を欠く。
重願 深重の誓願。 第十八願のこと。
¬往生礼讃¼同引↢上文↡云。「若我成仏、十方衆生、称↢我名号↡、下至↢十声↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。彼仏今現在世成仏。当↠知、本誓重願不↠虚。衆生称念必得↢往生↡。」
◎本願章 ○私釈
・ 総別二願
わたくしにいはく、 一切の諸仏おのおの*総別二種の願あり。 「総」 といふは*四弘誓願これなり。 「別」 といふは*釈迦の五百の大願、 *薬師の十二の上願等のごときこれなり。 いまこの四十八の願はこれ弥陀の別願なり。
総別二種の願 すべての仏に共通する誓願 (総願) とそれぞれの仏菩薩の独自の誓願 (別願)。
釈迦の五百の大願 ¬悲華経¼ に見える。
薬師の十二の上願 ¬薬師本願経¼ に見える。
私云。一切諸仏、各有↢総別二種之願↡。総者、四弘誓願是也。別者、如↢釈迦五百大願、薬師十二上願等↡是也。今此四十八願者、是弥陀別願也。
・ 発願時所
問ひていはく、 弥陀如来、 いづれの時、 いづれの仏の所にしてかこの願を発したまへるや。
問曰。弥陀如来、於↢何時何仏所↡而発↢此願↡乎。
答へていはく、 ¬寿経¼ (*大経・上) にのたまはく、 「▲仏、 阿難に告げたまはく、 ª乃往過去久遠無量不可思議*無央数劫に、 定光如来世に興出したまひて、 無量の衆生を教化し*度脱して、 みな道を得しめて、 すなはち滅度を取りたまへり。 ▲次に如来まします、 名づけて光遠といふ。 乃至 次を処世と名づく。 ▲かくのごとき諸仏 五十三仏なり。 みなことごとくすでに過ぎて、
答曰。¬寿経¼云。「仏告↢阿難↡。乃往過去久遠無量、不可思議無央数劫、*錠光如来、興↢出於世↡、教↢化度↣脱無量衆生↡、皆令↠得↠道乃取↢滅度↡。次有↢如来↡、名曰↢光遠↡。乃至 次名↢処世↡。如↠此諸仏、五十三仏也 皆悉已過。
錠光 他本では 「定光」。
▲その時に次に仏まします、 *世自在王如来と名づく。
爾時次有↠仏、名↢世自在王如来↡。
▲時に国王あり。 仏の説法を聞きて心に*悦予を懐きて、 尋いで*無上正真道の意を発し、 国を棄て王を捐てて、 行じて*沙門となる。 号けて*法蔵といふ。 *高才勇哲にして*世と超異せり。 世自在王如来の所に詣でたまふ。 乃至
世と超異せり 世の常の人に超えすぐれている。
時有↢国王↡、聞↢仏説法↡、心懐↢悦予↡、尋発↢無上正真道意↡、棄↠国捐↠王、行作↢沙門↡、号曰↢法蔵↡。高才勇哲、与↠世超異。詣↢世自在王如来所↡、乃至
▲ここに世自在王仏、 すなはち〔法蔵比丘の〕ために広く二百一十億の諸仏の*刹土の人天の善悪、 国土の*粗妙を説きて、 その心願に応じてことごとくこれを現与したまふ。
刹土 梵語クシェートラ (kşetra) の音写 「刹」 (国土の意) と、 この語の漢訳の 「土」 を合成した語。
粗妙 粗末なところとすぐれたところ。
於↠是世自在王仏、即為広説↢二百一十億諸仏刹土、*天人之善悪、国土之麤妙↡、応↢其心願↡、悉現与↠之。
天人 他本では 「人天」。
▲時にかの比丘、 仏の所説の厳浄の国土を聞き、 みなことごとく*覩見して、 超えて無上殊勝の願を発す。 その心寂静にして、 志所着なく、 一切世間によく及ぶものなし。 五劫を具足して荘厳仏国の清浄の行を思惟し*摂取しきº と。
時彼比丘、聞↢仏所説↡、厳浄国土、皆悉覩見、超↢発無上殊勝之願↡。其心寂静、志無↢所着↡、一切世間無↢能及者↡。具↢足五劫↡思↢惟摂↣取荘厳仏国清浄之行↡。
▲阿難、 仏にまうさく、 ªかの仏の国土の寿量いくばくぞやº と。 仏ののたまはく、 ªその仏の寿命四十二劫なり。 時に法蔵比丘▽二百一十億の諸仏の妙土の清浄の行を*摂取しきº」 と。 以上
阿難白↠仏。彼仏国土寿量幾何。仏言。其仏寿命四十二劫。時法蔵比丘、摂↢取二百一十億諸仏妙土清浄之行↡。」已上
¬*大阿弥陀経¼ (上) にのたまはく、 「その仏 (世自在王仏) すなはち二百一十億の仏の国土中の諸天・人民の善悪、 国土の好醜を選択す。〔法蔵比丘の、〕心中の所欲の願を選択せんがためなり。 楼夷亘羅仏 ここには世自在王仏といふ。 経を説きをはりて、 曇摩迦 ここには*法蔵といふ。 すなはちその心を一にして、 すなはち天眼を得、 徹視してことごとくみづから二百一十億の諸仏の国土のなかの諸天・人民の善悪、 国土の好醜を見、 すなはち心中の所願を選択して、 すなはちこの二十四の願経を結得す」 と。 ¬*平等覚経¼ またこれに同じ。
¬大阿弥陀経¼云。「其仏即選↢択二百一十億仏国土中諸天・人民之善悪、国土之好醜↡、為選↢択心中所欲願↡。楼夷亘羅仏、此云↢世自在王仏↡ 説↠経畢、曇摩迦、此云↢法蔵↡ 便一↢其心↡、即得↢天眼↡、徹視悉自見↢二百一十億諸仏国土中、諸天・人民之善悪、国土之好醜↡、即選↢択心中所願↡、便結↢得是二十四願経↡。」¬平等覚経¼亦復同↠之
・ 選択摂取
このなか、 「選択」 とはすなはちこれ取捨の義なり。 いはく二百一十億の諸仏の浄土のなかにおいて、 人天の悪を捨て人天の善を取り、 国土の醜を捨て国土の好を取るなり。 ¬大阿弥陀経¼ の選択の義かくのごとし。 ¬*双巻経¼ (大経・上) の意また選択の義あり。 いはく、 「△二百一十億の諸仏の妙土の清浄の行を摂取す」 といふこれなり。 *選択と摂取とその言異なりといへども、 その意これ同じ。 しかれば不清浄の行を捨てて、 清浄の行を取る。 上の天・人の善悪、 国土の*粗妙、 その義またしかなり。 これに准じて知るべし。
選択と… 「選択」 (取捨の義) と 「摂取」 は本来、 同義であるが、 後者は 「捨」 の義がかくれているので、 通常は取捨の両意に通ずる 「選択」 の語が用いられている。
粗妙 粗末なところとすぐれたところ。
此中選択者、即是取捨義也。謂於↢二百一十億諸仏浄土中↡、捨↢人天之悪↡、取↢人天之善↡、捨↢国土之醜↡、取↢国土之好↡也。¬大阿弥陀経¼選択義如↠是。¬双観経¼意、亦有↢選択義↡。謂云↣「摂↢取二百一十億諸仏妙土清浄之行↡」是也。選択与↢摂取↡、其言雖↠異、其意是同。然者捨↢不清浄行↡、取↢清浄之行↡也。上天人之善悪、国土之麤妙、其義亦然。准↠之応↠知。
それ四十八願に約して、 一往おのおの選択摂取の義を論ぜば、
夫約↢四十八願↡、一往各論↢選択摂取之義↡者、
第一に▲*無三悪趣の願は、 *覩見するところの二百一十億の土のなかにおいて、 あるいは三悪趣ある国土あり。 あるいは三悪趣なき国土あり。 すなはちその三悪趣ある粗悪の国土を選捨して、 その三悪趣なき善妙の国土を選取す。 ゆゑに選択といふ。
無三悪趣の願 国土に地獄・餓鬼・畜生の三悪趣がないようにと誓われた願。
第一無三悪趣願者、於↧所↢覩見↡之二百一十億土中↥、或有↧有↢三悪趣↡之国土↥。或有↧無↢三悪趣↡之国土↥。即選↧捨其有↢三悪趣↡麤悪国土↥、選↧取其無↢三悪趣↡善妙国土↥、故云↢選択↡也。
第二に▲*不更悪趣の願は、 かの諸仏の土のなかにおいて、 あるいはたとひ国のなかに三悪道なしといへども、 その国の人天寿終りて後に、 その国より去りてまた三悪趣に更る土あり。 あるいは悪道に更らざる土あり。 すなはちその悪道に更る粗悪の国土を選捨して、 その悪道に更らざる善妙の国土を選取す。 ゆゑに選択といふ。
不更悪趣の願 国土の人天が再び三悪趣にたちかえることがないようにと誓われた願。
第二不更悪趣願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧縦雖↣国中無↢三悪道↡、其国人天、寿終之後、従↢其国↡去、復更↢三悪趣↡之土↥。或有↧不↠更↢悪道↡之土↥。即選↧捨其更↢悪道↡麤悪国土↥、選↧取其不↠更↢悪道↡善妙国土↥。故云↢選択↡也。
第三に▲*悉皆金色の願は、 かの諸仏の土のなかにおいて、 あるいは一土のなかに*黄・白二類の人天ある国土あり。 あるいはもつぱら黄金色の国土あり。 すなはち黄・白二類の粗悪の国土を選捨して、 黄金一色の善妙の国土を選取す。 ゆゑに選択といふ。
悉皆金色の願 国土の人天がすべて黄金色となるようにと誓われた願。
黄白二類 黄色人と白色人。
第三悉皆金色願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧一土之中有↢黄白二類人天↡之国土↥。或有↢純黄金色之国土↡。即選↢捨黄白二類麤悪国土↡、選↢取黄金一色善妙国土↡。故云↢選択↡也。
第四に▲*無有好醜の願は、 かの諸仏の土のなかにおいて、 あるいは人天の形色好醜不同の国土あり。 あるいは形色一類にして好醜あることなき国土あり。 すなはち好醜不同の粗悪の国土を選捨して、 好醜あることなき善妙の国土を選取す。 ゆゑに選択といふ。
無有好醜の願 国土の人天のすがたかたちに美醜の差がないようにと誓われた願。
第四無有好醜願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↢人天形色好醜不同之国土↡。或有↧形色一類無↠有↢好醜↡之国土↥。即選↢捨好醜不同麤悪国土↡、選↢取無↠有↢好醜↡善妙国土↥。故云↢選択↡也。
乃至、 第十八の▲*念仏往生の願は、 かの諸仏の土のなかにおいて、 あるいは*布施をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*持戒をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*忍辱をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*精進をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*禅定をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*般若 *第一義を信ずる等これなり。 をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*菩提心をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*六念をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*持経をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*持呪をもつて往生の行となす土あり。 あるいは*起立塔像、 *飯食沙門および*孝養父母、 *奉事師長等の種々の行をもつておのおの往生の行となす国土等あり。 あるいはもつぱらその国の仏の名を称して往生の行となす土あり。
持経 経典を受持し、 読誦すること。
持呪 真言や陀羅尼をとなえること。
起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。
飯食沙門 出家者に食事をささげること。
孝養父母 父母に孝行をすること。
奉事師長 師匠や目上の人に仕えること。
乃至第十八念仏往生願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧以↢布施↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持戒↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢忍辱↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢精進↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢禅定↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢般若↡{信↢第一義↡等是也}為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢菩提心↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢六念↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持経↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持呪↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢起立塔像、飯食沙門及以孝養父母、奉事師長等種種之行↡、各為↢往生行↡之国土等↥。或有↧専称↢其国仏名↡、為↢往生行↡之土↥。
かくのごとく一行をもつて一仏の土に配することは、 これしばらく*一往の義なり。 *再往これを論ぜば、 その義不定なり。 あるいは一仏の土のなかに、 多行をもつて往生の行となす土あり。 あるいは多仏の土のなかに、 一行をもつて通じて往生の行となす土あり。 かくのごとく往生の行、 種々不同なり。 つぶさに述ぶべからず。
一往 ひとまずの意。
再往 さらにくわしくの意。
如↠此以↢一行↡配↢一仏土↡者、是且一往之義也。再往論↠之、其義不定。或有↧一仏土中以↢多行↡為↢往生行↡之土↥。或有↧多仏土中以↢一行↡通為↢往生行↡之土↥。如↠是往生行、種種不同。不↠可↢具述↡也。
すなはちいま前の布施・持戒、 乃至孝養父母等の諸行を選捨して、 専称仏号を選取す。 ゆゑに選択といふ。 しばらく五の願に約して略して選択を論ずること、 その義かくのごとし。
即今選↢捨前布施・持戒乃至孝養父母等諸行↡、選↢取専称仏号↡。故云↢選択↡也。
自余の諸願はこれに准じて知るべし。
且約↢五願↡略論↢選択↡。其義如↠是。自余諸願、准↠之応↠知。
問ひていはく、 あまねく諸願に約して粗悪を選捨し善妙を選取すること、 その理しかるべし。 なんがゆゑぞ、 第十八の願に、 一切の諸行を選捨して、 ただひとへに念仏一行を選取して往生の本願となしたまふや。
問曰。暜約↢諸願↡、選↢捨麤悪↡選↢取善妙↡、其理可↠然。何故、第十八願、選↢捨一切諸行↡、唯偏選↢取念仏一行↡、為↢往生本願↡乎。
答へていはく、 *聖意測りがたし。 たやすく解することあたはず。 しかりといへどもいま試みに二の義をもつてこれを解せば、 一には勝劣の義、 二には難易の義なり。
聖意 仏のみこころ。
答曰。聖意難↠測、不↠能↢輒解↡。雖↠然今試以↢二義↡解↠之、一者勝劣義、二者難易義。
・ 勝劣義
初めの勝劣とは、 念仏はこれ勝、 余行はこれ劣なり。 所以はいかんとならば、 名号はこれ万徳の帰するところなり。 しかればすなはち弥陀一仏のあらゆる*四智・*三身・*十力・*四無畏等の一切の*内証の功徳、 *相好・*光明・説法・*利生等の一切の*外用の功徳、 みなことごとく阿弥陀仏の名号のなかに摂在せり。 ゆゑに名号の功徳もつとも勝となす。 余行はしからず。 おのおの一隅を守る。 ここをもつて劣となす。 たとへば世間の屋舎の、 その屋舎の名字のなかには棟・*梁・*椽・柱等の一切の家具を摂せり。 棟・梁等の一々の名字のなかには一切を摂することあたはざるがごとし。 これをもつて知るべし。 しかればすなはち仏の名号の功徳、 余の一切の功徳に勝れたり。 ゆゑに劣を捨てて勝を取りてもつて本願となしたまへるか。
内証 内に証明されたさとり。
利生 衆生を利益すること。
外用 外に現れたはたらき。
梁 棟をささえる横木。 はり。
椽 家の棟から軒に掛け渡して屋根をうけている横木。 たるき。
初勝劣者、念仏是勝、余行是劣。所以者何。名号者是万徳之所↠帰也。然則弥陀一仏所有四智・三身・十力・四無畏等一切内証功徳、相好・光明・説法・利生等一切外用功徳、皆悉摂↢在阿弥陀仏名号之中↡。故名号功徳、最為↠勝也。余行不↠然、各守↢一隅↡、是以為↠劣也。譬如↧世間屋舎*名字之中、摂↢棟・梁・椽・柱等一切家具↡、棟・梁等一一名字中、不↞能↠摂↢一切↡。以↠之応↠知。然則仏名号功徳、勝↢余一切功徳↡。故捨↠劣取↠勝、以為↢本願↡歟。
◇ 草本、 往生院本では 「其屋舎」 とあり。
・ 難易義
次に難易の義とは、 念仏は修しやすし、 諸行は修しがたし。
次難易義者、念仏易↠修、諸行難↠修。
このゆゑに ¬*往生礼讃¼ にいはく、 「▲問ひていはく、 なんがゆゑぞ、 観をなさしめずしてただちにもつぱら名字を称せしむるは、 なんの意かあるや。 答へていはく、 すなはち衆生障重く、 *境は細く心は粗し。 *識颺り神飛びて、 観成就しがたきによるなり。 ここをもつて大聖 (釈尊) 悲憐して、 ただちにもつぱら名字を称せよと勧めたまふ。 まさしく称名の易きによるがゆゑに、 相続してすなはち生ず」 と。 以上
境は細く心は粗し 観念の対象は微妙で細やかであるのに、 観念する心の方は粗雑である。
識颺り神飛びて 心のはたらきがうわつき、 精神がつねに動揺して。
是故¬往生礼讃¼云。「問曰。何故不↠令↠作↠観、直遣↣専称↢名字↡者、有↢何意↡也。答曰。乃由↣衆生障重、境細心麤、識颺神飛、観難↢成就↡也。是以大聖悲憐、直勧専称↢名字↡。正由↢称名易↡故、相続即生。」已上
また ¬往生要集¼ (下) に、 「▲問ひていはく、 一切の善業おのおの利益あり、 おのおの往生を得。 なんがゆゑぞただ念仏一門を勧むるや。 答へていはく、 いま念仏を勧むることは、 これ余の種々の妙行を*遮せんとにはあらず。 ただこれ男女・貴賤、 *行住坐臥を*簡ばず、 *時処諸縁を論ぜず、 これを修するに難からず、 乃至、 臨終に往生を願求するに、 その便宜を得たるは念仏にしかざればなり」 と。 以上
遮 排すること。
簡ばず 区別しない。
時処諸縁 時間や場所、 さまざまな条件。
又¬往生要集¼「問曰。一切善業、各有↢利益↡、各得↢往生↡。何故唯勧↢念仏一門↡。答曰。今勧↢念仏↡、非↣是遮↢余種種妙行↡。只是男女・貴賤、不↠簡↢行住坐臥↡、不↠論↢時処諸縁↡、修↠之不↠難。乃至臨終願↢求往生↡、得↢其便宜↡、不↠如↢念仏↡。」已上
ゆゑに知りぬ、 念仏は易きがゆゑに一切に通ず。 諸行は難きがゆゑに諸機に通ぜず。 しかればすなはち一切衆生をして平等に往生せしめんがために、 難を捨て易を取りて、 本願となしたまへるか。
故知、念仏易故通↢於一切↡、諸行難故不↠通↢諸機↡。然則為↠令↢一切衆生、平等往生↡、捨↠難取↠易為↢本願↡歟。
もしそれ*造像起塔をもつて本願となさば、 *貧窮困乏の類はさだめて往生の望みを絶たん。 しかも富貴のものは少なく、 貧賤のものははなはだ多し。 もし智慧高才をもつて本願となさば、 *愚鈍下智のものはさだめて往生の望みを絶たん。 しかも智慧のものは少なく、 愚痴のものははなはだ多し。 もし*多聞多見をもつて本願となさば、 少聞少見の輩はさだめて往生の望みを絶たん。 しかも多聞のものは少なく、 少聞のものははなはだ多し。 もし*持戒持律をもつて本願となさば、 破戒無戒の人はさだめて往生の望みを絶たん。 しかも持戒のものは少なく、 破戒のものははなはだ多し。 自余の諸行これに准じて知るべし。 まさに知るべし、 上の諸行等をもつて本願となさば、 往生を得るものは少なく、 往生せざるものは多からん。 ▼しかればすなはち弥陀如来、 法蔵比丘の昔平等の慈悲に催されて、 あまねく一切を摂せんがために、 *造像起塔等の諸行をもつて往生の本願となしたまはず。 ただ称名念仏一行をもつてその本願となしたまへり。
造像起塔 仏像を造り、 塔寺を建てること。
貧窮困乏の類 経済的に貧しく生活が困窮している人。
愚鈍下智のもの 愚かで智慧の劣ったもの。
多聞多見 仏の教えを多く見聞して学問があること。
持戒持律 戒律を堅くたもつこと。
若夫以↢造像起塔↡、而為↢本願↡*則貧窮困乏之類、定絶↢往生望↡。然富貴者少、貧賤者甚多。若以↢智慧高才↡、而為↢本願↡者、愚鈍下智者、定絶↢往生望↡。然智慧者少、愚痴者甚多。若以↢多聞多見↡、而為↢本願↡者、少聞少見輩、定絶↢往生望↡。然多聞者少、少聞者甚多。若以↢持戒持律↡、而為↢本願↡者、破戒無戒人、定絶↢往生望↡。然持戒者少、破戒者甚多。自余諸行、准↠之応↠知。当↠知、以↢上諸行等↡、而為↢本願↡者、得↢往生↡者少、不↢往生↡者多。然則弥陀如来、法蔵比丘之昔、被↠催↢平等慈悲↡、暜為↠摂↢於一切↡、不↧以↢造像・起塔等諸行↡、為↦往生本願↥、唯以↢称名念仏一行↡、為↢其本願↡也。
則 他本では 「者」。
ゆゑに*法照禅師の ¬*五会法事讃¼ にいはく、
「かの仏の*因中に*弘誓を立てたまへり。 名を聞きてわれを念ぜばすべて*迎へに来らん。
因中 因位の時。 法蔵菩薩であった時。
迎へに来らん 親鸞聖人は 「迎え来らしめん」 (行文類訓) と読まれた。
貧窮と富貴とを簡ばず、 下智と高才とを簡ばず、
多聞にして浄戒を持つを簡ばず、 破戒にして罪根の深きをも簡ばず。
ただ心を回して*多く念仏せば、 よく*瓦礫をして変じて金となさしめん」 と。 以上
多く念仏 親鸞聖人は 「多念仏」 (唯信鈔文意) とも読まれ、 勝れた徳をもつ念仏の意とされた。
瓦礫 かわらや小石。
故法照禅師¬五会法事讃¼云。「彼仏因中立↢弘誓↡、聞↠名念↠我、総迎来。不↠簡↣貧窮将↢富貴↡、不↠簡↣下智与↢高才↡、不↠簡↢多聞持浄戒↡、不↠簡↢破戒罪根↡、但使↢廻心多念仏↡、能令↢瓦礫変成↟金。」已上
・ 誓願成就
問ひていはく、 一切の菩薩はその願を立つといへども、 あるいは已成就あり、 また未成就あり。 いぶかし、 法蔵菩薩の四十八願はすでに成就すとやなさん、 はた未成就とやなさん。
問曰。一切菩薩、雖↠立↢其願↡、或有↢已成就↡、亦有↠未↢成就↡。未審、法蔵菩薩四十八願、已為↢成就↡、将為↠未↢成就↡也。
答へていはく、 法蔵の誓願、 一々に成就す。
答曰。法蔵誓願、一一成就。
いかんとならば、 極楽界のなかにすでに三悪趣なし。 まさに知るべし、 これすなはち▲*無三悪趣の願 (第一願) を成就するなり。 なにをもつてか知ることを得る。 すなはち願成就の文 (*大経・上) に、 「▲また地獄・餓鬼・畜生、 諸難の趣なし」 といふこれなり。
無三悪趣の願 国土に地獄・餓鬼・畜生の三悪趣がないようにと誓われた願。
何者、極楽界中、既無↢三悪趣↡。当↠知、是即成↢就無三悪趣之願↡也。何以得↠知、即願成就文云↢「亦無↢地獄・餓鬼・畜生、諸難之趣↡」是也。
またかの国の人天寿終りて後に、 三悪趣に更ることなし。 まさに知るべし、 これすなはち▲*不更悪趣の願 (第二願) を成就するなり。 なにをもつてか知ることを得る。 すなはち願成就の文 (*大経・下) に、 「▲またかの菩薩、 乃至成仏まで悪趣に更らず」 といふこれなり。
不更悪趣の願 国土の人天が再び三悪趣にたちかえることがないようにと誓われた願。
又彼国人天、寿終之後、無↠更↢三悪趣↡。当↠知、是即成↢就不更悪趣之願↡也。以↠何得↠知、即願成就文云↢「又彼菩薩乃至成仏不↟更↢悪趣↡」是也。
また極楽の人天すでにもつて一人として三十二相を具せずといふことあることなし。 まさに知るべし、 これすなはち▲*具三十二相の願 (第二十一願) を成就するなり。 なにをもつてか知ることを得る。 すなはち願成就の文 (*同・下) に、 「▲かの国に生るるものは、 みなことごとく三十二相を具足す」 といふこれなり。
又極楽人天、既以無↠有↢一人不↟具↢三十二相↡。当↠知、是即成↢就具三十二相願↡也。以↠何得↠知、即願成就文云↧「生↢彼国↡者、皆悉具↦足三十二相↥」是也。
かくのごとく初め無三悪趣の願 (第一願) より終り▲*得三法忍の願 (第四十八願) に至るまで、 一々の誓願みなもつて成就す。 第十八の念仏往生の願、 あに孤りもつて成就せざらんや。 しかればすなはち念仏の人みなもつて往生す。 なにをもつてか知ることを得る。 すなはち念仏往生の願成就の文 (*同・下) に、 「▲*もろもろの衆生ありて、 その名号を聞きて信心歓喜して、 乃至一念、 心を至して回向してかの国に生ぜんと願ずれば、 すなはち往生を得て不退転に住す」 といふこれなり。
得三法忍の願 他方国土の菩薩が名号を聞けば、
音響忍・
柔順忍・
無生法忍の三法忍をさとり、 不退転を得るようにと誓われた願。 →
三法忍
もろもろの…回向して 親鸞聖人は 「あらゆる衆生、 その名号を聞きて信心歓喜せんこと、 乃至一念せん。 至心に回向したまへり」 (信文類訓) と読まれた。
如↠是初自↢無三悪趣願↡、終至↢得三法忍願↡、一一誓願、皆以成就。第十八念仏往生願、豈孤以不↢成就↡乎。然則念仏之人、皆以往生。以↠何得↠知、即念仏往生願成就文云↧「諸有衆生、聞↢其名号↡、信心歓喜、乃至一念。至心廻向。願↠生↢彼国↡、即得↢往生↡、住↦不退転↥。」是也。
おほよそ四十八願荘厳の浄土は、 華池・宝閣、 *願力にあらずといふことなし。 なんぞそのなかにおいて独り念仏往生の願を疑惑すべきや。 しかのみならず一一の願の終りに、 「もししからずは、 正覚を取らじ」 といふ。 しかも阿弥陀仏、 仏になりたまひてよりこのかたいまに十劫、 成仏の誓すでにもつて成就せり。 まさに知るべし、 一々の願*虚設すべからず。
虚設 むなしくもうけること。
凡四十八願荘↢厳浄土↡、華池宝閣無↠非↢願力↡、何於↢其中↡独可↣疑↢惑念仏往生願↡乎。加之、一一願終、云↢「若不爾者不取正覚」↡。而阿弥陀仏、成仏已来、於↠今十劫、成仏之誓、既以成就。当↠知、一一之願、不↠可↢虚設↡。
ゆゑに善導いはく (礼讃)、 「▲かの仏いま現に*世にましまして仏になりたまへり。 まさに知るべし、 本誓*重願虚しからず、 衆生称念すればかならず往生を得」 と。 以上
世 ¬選択集¼ 延書本 (暦応四年本転写本、 存覚聖人相伝本) には 「世」 の字を欠く。
重願 深重の誓願。 第十八願のこと。
故善導云。「彼仏今現在世成仏。当↠知、本誓重願不↠虚。衆生称念必得↢往生↡。」已上
・ 念声是一
問ひていはく、 ¬経¼ (大経・上) には 「十念」 といふ、 〔善導の〕*釈には 「十声」 といふ。 念・声の義いかん。
釈 ¬観念法門¼ と ¬礼讃¼ に示される本願取意の文を指す。 本章のはじめに引用がある。
問曰。¬経¼云↢「十念」↡、¬釈¼云↢「十声」↡。念・声之義如何。
答へていはく、 念・声は是一なり。 なにをもつてか知ることを得る。 ¬観経¼ の下品下生にのたまはく、 「▲声をして絶えざらしめて、 十念を具足して、 ª南無阿弥陀仏º と称せば、 仏の名を称するがゆゑに、 念々のうちにおいて八十億劫の生死の罪を除く」 と。 いまこの文によるに、 声はこれ念なり、 念はすなはちこれ声なり。 その意明らけし。
答曰。念・声是一。何以得↠知。¬観経¼下品下生云。「令↢声不↟絶具↢足十念↡、称↢南無阿弥陀仏↡。称↢仏名↡故、於↢念念中↡除↢八十億劫生死之罪↡。」今依↢此文↡、声*即是念、念則是声、其意明矣。
即 往生院本では欠く。
しかのみならず ¬*大集月蔵経¼ にのたまはく、 「▼大念は大仏を見、 小念は小仏を見る」 と。 ▼感師 (*懐感) の ¬釈¼ (*群疑論) にいはく、 「大念といふは大声に仏を念じ、 小念といふは小声に仏を念ずるなり」 と。 ゆゑに知りぬ、 念はすなはちこれ唱なりと。
大集月蔵経 以下の引文は実際には ¬大集経¼ 「日蔵分」 にある。
加之、¬大集月蔵経¼云。「大念見↢大仏↡、小念見↢小仏↡。」感師釈云。「大念者、大声念仏。小念者、小声念仏。」故知、念即是唱也。
・ 乃下合釈
問ひていはく、 ¬経¼ (大経・上) には 「乃至」 といひ、〔善導の〕釈には 「下至」 といふ。 その意いかん。
問曰。¬経¼云↢「乃至」↡、¬釈¼云↢「下至」↡、其意如何。
答へていはく、 乃至と下至とその意これ一なり。 ¬経¼ に 「乃至」 といふは、 多より少に向かふ言なり。 多といふは上*一形を尽すなり。 少といふは下十声・一声等に至るなり。 釈に 「下至」 といふは、 下とは上に対する言なり。 下とは下十声・一声等に至るなり。 上とは上一形を尽すなり。
答曰。「乃至」与↢「下至」↡、其意是一。¬経¼云↢「乃至」↡者、従↠多向↠少之言也。多者上尽↢一形↡也。*小者下至↢十声・一声等↡也。¬釈¼云↢「下至」↡者、下者対↠上之言也。下者下至↢十声・一声等↡也。上者上尽↢一形↡也。
小 往生院本、 法然院本では 「少」。
上下相対の文その例多しといへども、 *宿命通の願 (第五願) にのたまはく (*同・上)、 「▲たとひわれ仏を得たらんに、 国のうちの人天宿命を識らずして、 下百千億那由他諸劫の事を知らざるに至るといはば、 正覚を取らじ」 と。 かくのごとく*五神通および光明・寿命等の願のなかに、 一々に 「下至」 の言を置く。 これすなはち多より少に至り、 下をもつて上に対する義なり。
宿命通の願 国土の人天がすべて宿命通 (過去の境界を知る智慧) を得るようにと誓われた願。
五神通…寿命等の願 四十八願の中の第五 (宿命通の願)、 第六 (天眼通の願)、 第七 (天耳通の願)、 第八 (他心通の願)、 第九 (神足通の願)、 第十二 (光明無量の願)、 第十三 (寿命無量の願)、 第十四 (声聞無量の願) を指す。
上下相対之文、其例*惟多。宿命通願云。「設我得↠仏、国中人天、不↠識↢宿命↡、下至↠不↠知↢百千億那由他諸劫事↡者、不↠取↢正覚↡。」如↠是五神通、及以光明・寿命等願中、一一置↢「下至」↡之言↡。是則従↠多至↠少、以↠下対↠上之義也。
惟 往生院本では 「雖」。
上の八種の願に例するに、 いまこの願の 「乃至」 はすなはちこれ下至なり。 このゆゑにいま善導の引釈するところの 「下至」 の言、 その意相違せず。
例↢上八種之願↡、今此願「乃至」者、即是下至也。是故今善導所↢引釈↡下至之言、其意不↢相違↡。
ただし善導と諸師とその意不同なり。 *諸師の釈には別して十念往生の願 (第十八願) といふ。 善導独り総じて念仏往生の願といへり。 ▼諸師の別して十念往生の願といふは、 その意すなはちあまねからず。 しかる所以は、 上*一形を捨て、 下一念を捨つるゆゑなり。 善導の総じて念仏往生の願といふは、 その意すなはちあまねし。 しかる所以は、 上一形を取り、 下一念を取るゆゑなり。
諸師の釈 智光 (八世紀の人) は 「諸縁信楽十念往生題」 (無量寿経論釈) とし、 源信和尚の師、 良源 (912-985) は 「聞名信楽十念定生願」 (極楽浄土九品往生義) としている。
但善導与↢諸師↡、其意不同。諸師之釈、別云↢十念往生願↡、善導独総云↢念仏往生願↡。諸師別云↢十念往生願↡者、其意即不↠周也。所↢以然↡者、上捨↢一形↡下捨↢一念↡之故也。善導総言↢念仏往生願↡者、其意即周也。所↢以然↡者、上取↢一形↡下取↢一念↡之故也。
◎三輩章
【4】 *三輩念仏往生の文。
三輩念仏往生之文
◎三輩章 ○引文
1.大経
「▲仏、 阿難に告げたまはく、 ª十方世界の諸天・人民、 それ心を至しかの国に生ぜんと願ずることあるに、 おほよそ三輩あり。 ▲その上輩は、 家を捨て欲を棄てしかも*沙門となりて、 菩提心を発して*一向にもつぱら*無量寿仏を念じ、 もろもろの功徳を修してかの国に生れんと願ふ。 これらの衆生は、 寿終る時に臨みて、 無量寿仏、 もろもろの大衆とその人の前に現じて、 すなはちかの仏に随ひてその国に往生して、 すなはち七宝の華のなかにおいて自然に化生して*不退転に住す。 智慧勇猛、 神通自在なり。 このゆゑに阿難、 それ衆生ありて今世において無量寿仏を見たてまつらんと欲はば、 *無上菩提の心を発し、 功徳を修行しかの国に生ぜんと願ずべしº と。
仏告↢阿難↡。十方世界諸天人民、其有↢至↠心願↟生↢彼国↡。凡有↢三輩↡。其上輩者、捨↠家棄↠欲、而作↢沙門↡、発↢菩提心↡、一向専念↢無量寿仏↡、修↢諸功徳↡、願↠生↢彼国↡。此等衆生、臨↢寿終時↡、無量寿仏、与↢諸大衆↡、現↢其人前↡。即随↢彼仏↡往↢生其国↡。便於↢七宝花中↡、自然化生、住↢不退転↡。智慧勇猛、神通自在。是故阿難、其有↢衆生↡、欲↧於↢今世↡、見↦無量寿仏↥、応↧発↢無上菩提之心↡、修↢行功徳↡、願↞生↢彼国↡。
▲仏、 阿難に語りたまはく、 ªその中輩は、 十方世界の諸天・人民、 それ心を至してかの国に生ぜんと願ずることあるに、 行じて沙門となることあたはずといへども、 大きに功徳を修し、 まさに無上菩提の心を発して、 一向にもつぱら無量寿仏を念じ、 多少善を修し、 *斎戒を奉持し、 *塔像を起立し、 沙門に飯食せしめ、 *繒を懸け、 灯を燃し、 華を散じ、 香を焼き、 これをもつて*回向してかの国に生ぜんと願ずべし。 その人終りに臨みて、 無量寿仏その身を化現して、 *光明・*相好つぶさに真仏のごとし。 もろもろの大衆とその人の前に現じたまふ。 すなはち化仏に随ひてその国に往生して、 不退転に住す。 功徳・智慧次いで上輩のもののごとしº と。
塔像 堂塔と仏像。
繒 仏殿にかける絹の天蓋 (かさ)。
仏語↢阿難↡。其中輩者、十方世界諸天人民、其有↢至↠心願↟生↢彼国↡。雖↠不↠能↧行作↢沙門↡、大修↦功徳↥、当↧発↢無上菩提之心↡、一向専念↦無量寿仏↥。多少修↠善、奉↢持斎戒↡、起↢立塔像↡、飯↢食沙門↡、懸↠繒然↠灯、散↠華焼↠香。以↠此迴向願↠生↢彼国↡。其人臨↠終、無量寿仏、化↢現其身↡、光明相好、具如↢真仏↡。与↢諸大衆↡、現↢其人前↡。即随↢化仏↡、往↢生其国↡、住↢不退転↡。功徳智慧、次如↢上輩者↡也。
▲仏、 阿難に告げたまはく、 ªその下輩は、 十方世界の諸天・人民、 それ心を至してかの国に生ぜんと欲することあるに、 たとひもろもろの功徳をなすことあたはずとも、 まさに無上菩提の心を発して、 一向に意をもつぱらにして、 乃至十念無量寿仏を念じて、 その国に生ぜんと願ずべし。 もし深法を聞き歓喜信楽して、 疑惑を生ぜず、 乃至一念かの仏を念じ、 至誠心をもつてその国に生ぜんと願ず。 この人終りに臨みて、 *夢にかの仏を見て、 また往生することを得。 功徳・智慧次いで中輩のもののごとしº」 (*大経・下) と。
夢に ¬延応版本¼ (右訓)、 ¬本山蔵版本¼ 等では 「夢のごとくに」 と読む。
仏告↢阿難↡。其下輩者、十方世界諸天人民、其有↢至↠心欲↟生↢彼国↡。仮使不↠能↠作↢諸功徳↡、当↧発↢無上菩提之心↡、一向専↠意、乃至十念、念↢無量寿仏↡、願↞生↢其国↡。若聞↢法↡歓喜信楽、不↠生↢疑惑↡、乃至一念、念↢於彼仏↡、以↢至誠心↡、願↠生↢其国↡。此人臨↠終、夢見↢彼仏↡、亦得↢往生↡。功徳智慧、次如↢中輩者↡也。
◎三輩章 ○私釈
わたくしに問ひていはく、 上輩の文のなかに、 念仏のほかにまた捨家棄欲等の余行あり。 中輩の文のなかに、 また*起立塔像等の余行あり。 下輩の文のなかに、 また菩提心等の余行あり。 なんがゆゑぞただ念仏往生といふや。
起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。
私問曰。上輩文中、念仏之外、亦有↢捨家棄欲等余行↡。中輩文中、亦有↢起立塔像等余行↡。下輩文中、亦有↢菩提心等余行↡。何故唯云↢念仏往生↡乎。
答へていはく、 善導和尚の ¬*観念法門¼ にいはく、 「▲またこの ¬経¼ (大経) の下巻の初めにのたまはく、 ª仏 (釈尊)、 一切衆生の*根性の不同を説きたまふに、 *上・中・下あり。 その根性に随ひて、 仏、 みなもつぱら無量寿仏の名を念ぜよと勧めたまふ。 その人命終らんと欲する時、 仏 (阿弥陀仏)、 聖衆とみづから来りて*迎接したまひて、 ことごとく往生を得しめたまふº」 と。 この釈の意によるに、 三輩ともに念仏往生といふ。
答曰。善導和尚¬観念法門¼云。「又此経下巻初云。仏説。一切衆生、根性不同有↢上中下↡。随↢其根性↡、仏皆勧専↢念無量寿仏名↡。其人命欲↠終時、仏与↢聖衆↡自来迎接、尽得↢往生↡。」依↢此釈意↡、三輩共云↢念仏往生↡也。
・ 棄余唯念
問ひていはく、 この釈いまだ前の難を遮せず。 なんぞ余行を棄ててただ念仏といふや。
問曰。此釈未↠遮↢前難↡、何棄↢余行↡、唯云↢念仏↡乎。
答へていはく、 これに三の意あり。 一には諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説く。 二には念仏を助成せんがためにしかも諸行を説く。 三には念仏・諸行の二門に約して、 おのおの三品を立てんがためにしかも諸行を説く。
答曰。斯有↢三意↡、一為↧*廃↢諸行↡帰↦於念仏↥、而説↢諸行↡也。二為↣助↢成念仏↡、而説↢諸行↡也。三約↢念仏諸行二門↡、各為↠立↢三品↡而説↢諸行↡也。
廃 草本、 往生院本では 「癈」。 以下同。
・ 棄余唯念 1.廃立
一に、 諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説くといふは、 善導の ¬観経疏¼ (*散善義) のなかに、 「▲上よりこのかた*定散両門の益を説くといへども、 *仏の本願に望むるに、 意、 衆生をして*一向にもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり」 といふ釈の意に准じて、 しばらくこれを解せば、 上輩のなかに菩提心等の余行を説くといへども、 上の本願 (第十八願) に望むるに、 意ただ衆生をしてもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり。 しかるに本願のなかにさらに余行なし。 三輩ともに上の本願によるがゆゑに、 「▲*一向専念無量寿仏」 (*大経・下) といふ。
仏の本願に望むるに意 「仏の本願の意を望まんには」 と読む説もある。 この場合の 「意」 は本願に属すが、 本文の場合は釈尊の意となる。
一向専念… 「一向にもつぱら無量寿仏を念ず」
一為↧廃↢諸行↡帰↦於念仏↥、而説↢諸行↡者、*準↧善導¬観経疏¼中云↫「上来雖↠説↢定散両門之益↡、望↢仏本願意↡在↪衆生一向専称↩弥陀仏名↨」之釈意↥、且解↠之者、上輩之中、雖↠説↢菩提心等余行↡、望↢上本願意↡、唯在↣衆生専称↢弥陀*名↡。而本願中更無↢余行↡、三輩共依↢上本願↡故、云↢「一向専念無量寿仏」↡也。
準 往生院本では 「准」。
名 草本、 往生院本では 「仏名」。
「一向」 は二向・三向等に対する言なり。 例するに*かの五竺 (印度) に三寺あるがごとし。 一は一向大乗寺、 この寺のなかには小乗を学することなし。 二は一向小乗寺、 この寺のなかには大乗を学することなし。 三は大小兼行寺、 この寺のなかには大小兼ね学す。 ゆゑに兼行寺といふ。 まさに知るべし、 大小の両寺には一向の言あり。 兼行の寺には一向の言なし。
かの五竺に… 伝教大師最澄 (766または767-822) の ¬山家学生式¼ ¬顕戒論¼ に見える説。
「一向」者、対↢二向・三向等↡之言也。例如↣彼五竺有↢三*種寺↡。一者一向大乗寺、此寺之中、無↠学↢小乗↡。二者一向小乗寺、此寺之中、無↠学↢大乗↡。三者大小兼行寺、此寺之中、大小兼学故云↢兼行寺↡。当↠知、大小両寺有↢一向言↡、兼行之寺無↢一向言↡。
種 草本、 往生院本では欠く。
いまこの ¬経¼ (同・下) のなかの一向もまたしかなり。 もし念仏のほかにまた余行を加へば、 すなはち一向にあらず。 もし寺に准ぜば兼行といふべし。 すでに一向といふ、 余を兼ねざること明らけし。 すでに先に余行を説くといへども、 後に 「一向専念」 といふ。 あきらかに知りぬ、 諸行を廃してただ念仏を用ゐるがゆゑに一向といふ。 もししからずは一向の言もつとももつて*消しがたきか。
消し 「消す」 は消釈すること。 解釈すること。
今此¬経¼中一向亦然。若念仏外、亦加↢余行↡、即非↢一向↡。若准↠寺者、可↠云↢兼行↡。既云↢一向↡、不↠兼↠余明矣。既先雖↠説↢余行↡、後云↢一向専念↡。明知、廃↢諸行↡唯用↢念仏↡故云↢一向↡。若不↠*然者、一向之言、最以叵↠消歟。
然 草本、 往生院本では 「爾」。
・ 棄余唯念 2.助正
二に、 念仏を助成せんがためにこの諸行を説くとは、 これにまた二の意あり。 一には*同類の善根をもつて念仏を助成す。 二には*異類の善根をもつて念仏を助成す。
同類の善根 正定業と同じ種類の善根。
五正行 (
読誦・
観察・
礼拝・称名・
讃嘆供養) のうち前三後一の助業を指していう。 →
助業
異類の善根 前三後一以外のさまざまな善根で、 称名念仏を修するための助けとなる行。
二為↣助↢成念仏↡説↢此諸行↡者、此亦有↢二意↡。一以↢同類善根↡助↢成念仏↡、二以↢異類善根↡助↢成念仏↡。
初めに同類の助成とは、 善導和尚の ¬観経の疏¼ (散善義) のなかに、 五種の助行を挙げて念仏一行を助成すこれなり。 つぶさに*上の正雑二行のなかに説くがごとし。
上の正雑二行 二行章を指す。
初同類助成者、善導和尚¬観経疏¼中、挙↢五種助行↡、助↢成念仏一行↡是也。具如↢上正雑二行之中説↡。
次に異類の助成とは、
次異類助成者、
先づ上輩につきて正助を論ぜば、 「一向にもつぱら無量寿仏を念ず」 (大経・下) とはこれ正行なり、 またこれ*所助なり。 ▼「家を捨て欲を棄て沙門となりて、 菩提心を発す」 (同・下) 等はこれ助行なり、 またこれ*能助なり。 いはく△往生の業には念仏を本となす。 ゆゑに一向に念仏を修せんがために、 「家を捨て欲を棄て沙門となりて、 また菩提心を発す」 (大経・下) 等なり。 就中出家・発心等は、 しばらく*初出および*初発を指す。 念仏はこれ*長時不退の行、 むしろ念仏を*妨礙すべけんや。
所助 (異類の善根によって) 助けられる行。
能助 (称名念仏を) よく助けるところの行。
初出 在家からはじめて出家すること。
長時不退の行 ながく退転しないで修する行。
妨礙 さまたげること。
先就↢上輩↡而論↢正助↡者、「一向専念無量寿仏」者、是正行也。亦是所助也。「捨家棄欲而作沙門発菩提心」等者、是助行也。亦是能助也。謂往生之業念仏為↠本故、為↣一向修↢念仏↡、捨家棄欲而作↢沙門↡、又発↢菩提心↡等也。就中、出家発心等者、且指↢初出及以初発↡。念仏是長時不退之行、寧容↣妨↢礙念仏↡也。
中輩のなかに、 また*起立塔像・*懸繒・燃灯・散華・焼香等の諸行あり。 これすなはち念仏の助成なり。 その旨 ¬往生要集¼ (中) に見えたり。 いはく*助念方法のなかの*方処供具等これなり。
起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。
懸繒 絹の天蓋 (かさ) を仏殿にかけること。
助念方法 ¬往生要集¼ 大文第五。 念仏の助けとなる方法を説いている。
方処供具 「助念方法」 に説かれる七種助念の一。
中輩之中、亦有↢起立塔像・懸繒・*然灯・散花・焼香等諸行↡。是則念仏助成也。其旨見↢¬往生要集¼↡、謂助念方法中方処・供具等是也。
然 他本では 「燃」。
下輩のなかに、 また発心あり、 また念仏あり。 助正の義前に准じて知るべし。
下輩之中、亦有↢発心↡、亦有↢念仏↡。助正之義、准↠前可↠知。
・ 棄余唯念 3.傍正
三に、 念仏・諸行に約して、 おのおの三品を立てんがためにしかも諸行を説くといふは、
三約↢念仏諸行↡各為↠立↢三品↡而説↢諸行↡者、
先づ念仏に約して三品を立つとは、 いはくこの三輩のなかに、 通じてみな 「一向専念無量寿仏」 (大経・下) といふ。 これすなはち念仏門に約してその三品を立つ。 ゆゑに ¬往生要集¼ (下) の*念仏証拠門にいはく、 「▲¬双巻経¼ (大経) の三輩の業、 浅深ありといへども、 しかも通じてみな ª一向専念無量寿仏º といふ」 と。 感師 (懐感) これに同じ。
念仏証拠門 ¬往生要集¼ 大文第八。 念仏を勧める経論の文を証拠としてあげる。
先約↢念仏↡立↢三品↡者、謂此三輩中通皆云↢「一向専念無量寿仏」↡、是則約↢念仏門↡立↢其三品↡也。故¬往生要集¼念仏証拠門云。「双巻経三輩之業、雖↠有↢浅深↡、然通皆云↢一向専念無量寿仏↡。」{感師同↠之}
次に諸行門に約して三品を立つとは、 ▼いはくこの三輩のなかに通じてみな菩提心等の諸行あり。 これすなはち諸行に約してその三品を立つ。 ゆゑに ¬往生要集¼ (下) の*諸行往生門にいはく、 「▲¬双巻経¼ (大経) の三輩またこれを出でず」 と。 以上
諸行往生門 ¬往生要集¼ 大文第九。 浄土に往生するためのさまざまな行業について説く。
次約↢諸行門↡立↢三品↡者、謂此三輩中通皆有↢菩提心等諸行↡、是則約↢諸行↡立↢其三品↡也。故¬往生要集¼諸行往生門云。「双巻経三輩、亦不↠出↠此。」已上
おほよそかくのごときの三義不同ありといへども、 ともにこれ一向念仏のための所以なり。 初めの義はすなはちこれ廃立のために説く。 いはく諸行は廃せんがために説く、 念仏は立せんがために説く。 次の義はすなはちこれ助正のために説く。 いはく念仏の正業を助けんがために諸行の助業を説く。 後の義はすなはちこれ傍正のために説く。 いはく念仏・諸行の二門を説くといへども、 念仏をもつて正となし、 諸行をもつて傍となす。 ゆゑに三輩通じてみな念仏といふ。 ただしこれらの三義は*殿最知りがたし。 請ふ、 もろもろの学者、 取捨心にあり。 いまもし善導によらば、 初め (廃立) をもつて正となすのみ。
殿最 最は軍のさきがけ、 殿はしんがりであることから、 優劣の意。
凡如↠此三義、雖↠有↢不同↡、共是所↣以為↢一向念仏↡也。初義即是為↢癈立↡而説。謂諸行為↠癈而説、念仏為↠立而説。次義即是為↢助正↡而説。謂為↠助↢念仏之正業↡而説↢諸行之助業↡。後義即是為↢傍正↡而説。謂雖↠説↢念仏諸行二門↡、以↢念仏↡而為↠正、以↢諸行↡而為↠傍。故云↢三輩通皆念仏↡也。但此等三義、殿最難↠知。請諸学者、取捨在↠心。今若依↢善導↡、以↠初為↠正耳。
・ 輩品開合
▼問ひていはく、 三輩の業みな念仏といふ。 その義しかるべし。 ただし ¬観経¼ の九品と ¬寿経¼ (大経) の三輩と、 本これ*開合の異なり。 もししからば、 なんぞ ¬寿経¼ の三輩のなかにはみな念仏といひ、 ¬観経¼ の九品に至りて上・中の二品には念仏を説かず、 下品に至りてはじめて念仏を説くや。
開合の異 詳しく説きひらいたのと、 合せ説いたのとの相違。
問曰。三輩之業、皆云↢念仏↡、其義可↠然。但¬観経¼九品与↢¬寿経¼三輩↡、本是開合異也。若爾者、何¬寿経¼三輩之中皆云↢念仏↡、至↢¬観経¼九品↡上・中二品不↠説↢念仏↡、至↢下品↡始説↢念仏↡也。
答へていはく、 これに二の義あり。
答曰。此有↢二義↡。
一には*問端にいふがごとく、 ¬双巻¼ (大経) の三輩と ¬観経¼ の九品とは開合の異ならば、 これをもつて知るべし、 九品のなかにみな念仏あるべし。 いかんが知ることを得る。 三輩のなかにみな念仏あり。 九品のなかなんぞ念仏なからんや。 ゆゑに ¬往生要集¼ (下) にいはく、 「▲問ふ。 念仏の行、 九品のなかにおいてこれいづれの品の摂ぞや。 答ふ。 ▽もし説のごとく行ぜば、 理*上上に当れり。 かくのごとく▽その勝劣に随ひて九品を分つべし。 しかるに ¬経¼ (観経) に説くところの九品の行業はこれ一端を示す。 理実に無量なり」 と。 以上 ゆゑに知りぬ、 念仏また九品に通ずべしといふことを。
問端 問いのはじめ。
一如↢問端云↡、¬双巻¼三輩¬観経¼九品開合異者、以↠此応↠知、九品之中皆可↠有↢念仏↡。云何得↠知、三輩之中皆有↢念仏↡、九品之中盍無↢念仏↡乎。故¬往生要集¼云。「問。念仏之行、於↢九品中↡是何品摂。答。若如↠説行理当↢上上↡。如↠是随↢其勝劣↡応↠分↢九品↡。然経所↠説九品行業、是示↢一端↡、理実無量。」已上 故知、念仏亦可↠通↢九品↡。
二には ¬観経¼ の意、 初め広く定散の行を説きて、 あまねく*衆機に逗ず。 後には定散二善を廃して、 念仏一行に帰す。 いはゆる *「▲汝好持是語」 等の文これなり。 その義*下につぶさに述ぶるがごとし。 ゆゑに知りぬ、 九品の行はただ念仏にありといふことを。
衆機に逗ず 多くの機類に対応する。 「逗」 は目標に合うように与えるの意。
汝好持是語等の文 ¬観経¼ 流通分の 「なんぢ、 よくこの語を持て。 この語を持てといふは、 すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり」 とある文を指す。
下 念仏付属章を指す。
二¬観経¼之意、初広説↢定散之行↡、暜逗↢衆機↡。後癈↢定散二善↡、帰↢念仏一行↡。所謂「汝好持是語」等之文是也。其義如↢下具述↡。故知、九品之行、唯在↢念仏↡矣。
◎利益章
【5】 念仏利益の文。
念仏利益之文
◎利益章 ○引文
1.大経
¬*無量寿経¼ の下にのたまはく、 「▲仏、 弥勒に語りたまはく、 ªそれかの仏の名号を聞くことを得ることありて、 *歓喜踊躍し、 乃至一念せん。 まさに知るべし、 この人は大利を得となす。 すなはちこれ無上の功徳を具足すº」 と。
歓喜踊躍 よろこんで踊りあがること。
¬無量寿経¼下云。「仏語↢弥勒↡。其有↧得↠聞↢彼仏名号↡、歓喜踊躍、乃至一念↥。当↠知、此人為↠得↢大利↡。則是具↢足無上功徳↡。」
2.往生礼讃
善導の ¬礼讃¼ にいはく、
「▲それかの弥陀仏の名号を聞くことを得ることありて、
歓喜して一念を至すもの、 みなまさにかしこに生ずることを得べし」 と。
善導¬礼讃¼云。「其有↠得↠聞↢彼弥陀仏名号↡、歓喜至↢一念↡皆当↠得↠生↠彼。」
◎利益章 ○私釈
わたくしに問ひていはく、 上の三輩の文に准ずるに、 念仏のほかに菩提心等の功徳を挙ぐ。 なんぞかれらの功徳を歎めずして、 ただ独り念仏の功徳を讃むるや。
私問曰。准↢上三輩文↡、念仏之外挙↢菩提心等功徳↡。何不↠歎↢彼等功徳↡、唯独讃↢念仏功徳↡乎。
答へていはく、 *聖意測りがたし。 さだめて深き意あらんか。
答曰。聖意難↠測、定有↢深意↡。
しばらく善導の一意によりてしかもこれをいはば、 原それ仏意はまさしくただちにただ念仏の行を説かんと欲すといへども、 機に随ひて一往菩提心等の諸行を説きて、 三輩の浅深不同を分別す。 しかるをいま諸行においてはすでに捨てて歎めたまはず。 置きて論ずべからざるものなり。 ただ念仏の一行につきてすでに選びて讃歎す。 思ひて分別すべきものなり。
且依↢善導一意↡、而謂↠之者、原夫仏意正直雖↠欲↠説↢唯念仏之行↡、而随↠機一往説↢菩提心等諸行↡、分↢別三輩浅深不同↡。然今於↢諸行↡者、既捨而不↠歎。置而不↠可↠論者也。唯就↢念仏一行↡、既選而讃歎。思而容↢分別↡者也。
もし念仏に約して三輩を分別せば、 これに二の意あり。 一には観念の浅深に随ひてこれを分別す。 二には念仏の多少をもつてこれを分別す。
若約↢念仏↡分↢別三輩↡、此有↢二意↡。一随↢観念浅↡、而分↢別之↡、二以↢念仏多少↡、而分↢別之↡。
浅深は上に引くところのごとし。 「△もし説のごとく行ぜば、 理*上上に当れり」 (往生要集・下) と、 これなり。
聖意 仏のみこころ。
浅深者、如↢上所↟引。「若如↠説行理当↢上上↡」是也。
次に多少は、 下輩の文のなかにすでに十念乃至一念の数あり。 上・中の両輩はこれに准じて随ひて増すべし。 ¬*観念法門¼ にいはく、 「▲*日別に念仏一万遍、 またすべからく時によりて浄土の荘厳を*礼讃すべし。 はなはだ精進すべし。 あるいは三万・六万・十万を得るものは、 みなこれ上品上生の人なり」 と。 まさに知るべし、 三万以上はこれ上品上生の業、 三万以去は上品以下の業なり。 すでに念数の多少に随ひて*品位を分別することこれ明らけし。
品位 三輩九品の区別階位。
次多少者、下輩文中、既有↢十念乃至一念数↡。上・中両輩准↠此随増。¬観念法門¼云。「日別念仏一万遍、亦須↣依↠時礼↢讃浄土荘厳*事↡、大須↢精進↡。或得↢三万・六万・十万↡者、皆是上品上生人。」当↠知、三万已上、是上品上生業、三万已去、*是上品已下業。既随↢念数多少↡、分↢別品位↡是明矣。
事 他本では欠く。
是 草稿本、 往生院本では欠く。
・ 大利無上
いまこの 「一念」 といふは、 これ上の念仏の願成就 (第十八願成就文) のなかにいふところの一念と下輩のなかに明かすところの一念とを指す。 願成就の文のなかに一念といふといへども、 いまだ功徳の大利を説かず。 また下輩の文のなかに一念といふといへども、 また功徳の大利を説かず。 この〔流通分の〕一念に至りて、 説きて大利となし、 歎めて無上となす。 まさに知るべし、 これ上の一念を指す。
今此言↢一念↡者、是指↧上念仏願成就之中、所↠言一念、与↦下輩之中所↠明一念↥也。願成就文中、雖↠云↢一念↡、未↠説↢功徳大利↡。又下輩文中、雖↠云↢一念↡、亦不↠説↢功徳大利↡、至↢此一念↡、説為↢大利↡、歎為↢無上↡。当↠知、是指↢上一念↡也。
この 「大利」 とはこれ小利に対する言なり。 しかればすなはち菩提心等の諸行をもつて小利となし、 乃至一念をもつて大利となす。 また 「無上の功徳」 とはこれ有上に対する言なり。 余行をもつて有上となし、 念仏をもつて無上となす。 すでに一念をもつて一無上となす。 まさに知るべし、 十念をもつて十無上となし、 また百念をもつて百無上となし、 また千念をもつて千無上となす。 かくのごとく*展転して少より多に至る。 念仏恒沙なれば、 無上の功徳また恒沙なるべし。 かくのごとく知るべし。 しかればもろもろの往生を願求せん人、 なんぞ無上大利の念仏を廃して、 あながちに有上小利の余行を修せんや。
此大利者、是対↢小利↡之言也。然則以↢菩提心等諸行↡而為↢小利↡、以↢乃至一念↡而為↢大利↡也。又無上功徳者、是対↢有上↡之言也。以↢余行↡、而為↢有上↡、以↢念仏↡而為↢無上↡也。既以↢一念↡為↢一無上↡。当↠知、以↢十念↡為↢十無上↡、又以↢百念↡為↢百無上↡、又以↢千念↡為↢千無上↡。如↠是展転従↠少至↠多、念仏恒沙、無上功徳、復応↢恒沙↡。如↠是応↠知。然*則諸願↢求往生↡之人、何癈↢無上大利念仏↡、強修↢有上小利余行↡乎。
則 他本では 「者」。
◎特留章
【6】 *末法万年の後に余行ことごとく滅し、 特に念仏を留めたまふ文。
末法万年の後 行と証が欠けて教えのみがのこる末法の時代が一万年続いた後は、 その教えすらもない
法滅の時に入るという。 →
三時
末法万年後、余行悉滅特留↢念仏↡之文
◎特留章 ○引文
1.大経
¬*無量寿経¼ の下巻にのたまはく、 「▲*当来の世に*経道滅尽せんに、 われ慈悲をもつて*哀愍して、 特にこの経を留めて止住すること百歳ならしめん。 それ衆生ありてこの経に値ふもの、 意の所願に随ひてみな*得度すべし」 と。
経道滅尽 諸経に説かれたさとりへの道が滅びること。
得度 迷いの世界を離れて、 さとりの世界に生れること。
¬無量寿経¼下巻云。「当来之世、経道滅尽、我以↢慈悲↡哀愍、特留↢此経↡、止住百歳。其有↢衆生↡、値↢斯経↡者、随↢意所願↡、皆可↢得度↡。」
◎特留章 ○私釈
わたくしに問ひていはく、 ¬経¼ (大経・下) にただ 「特留此経止住百歳」 といひて、 まつたくいまだ 「特留念仏止住百歳」 といはず。 しかるにいまなんぞ 「特留念仏」 といふや。
私問曰。¬経¼唯云↢「特留此経止住百歳」↡、全不↠云↢「特留念仏止住百歳」↡。然今何云↣「特留↢念仏↡」哉。
答へていはく、 この経の*詮ずるところまつたく念仏にあり。 その旨前に見えたり。 再び出すにあたはず。 善導・懐感・恵心 (源信) 等の意またかくのごとし。 しかればすなはち▼この経の 「止住」 は、 すなはち念仏の止住なり。
詮ずるところ 説きあらわすところ。
答曰。此¬経¼所詮、全在↢念仏↡、其旨見↠前、不↠能↢再出↡。善導・懐感・慧心等意、亦復如↠是。然則此¬経¼止住者、即念仏止住也。
しかる所以は、 この経に*菩提心の言ありといへども、 いまだ菩提心の*行相を説かず。 また*持戒の言ありといへども、 いまだ持戒の行相を説かず。 しかるに菩提心の行相を説くことは広く ¬*菩提心経¼ 等にあり。 かの経先に滅しなば、 菩提心の行なにによりてかこれを修せん。 また持戒の行相を説くことは広く*大小の戒律にあり。 かの戒律先に滅しなば、 持戒の行なにによりてかこれを修せん。 自余の諸行これに准じて知るべし。
行相 内容、 実践の方法。
大小の戒律 大乗および小乗の戒律。 ¬瓔珞経¼ の三聚浄戒、 ¬梵網経¼ の十重四十八軽戒などを大乗戒とし、 ¬四分律¼ ¬五分律¼ ¬十誦律¼ などの律蔵に説かれる戒律を小乗戒という。
所↢以然↡者、此¬経¼雖↠有↢菩提心之言↡、未↠説↢菩提心之行相↡。又雖↠有↢持戒之言↡。未↠説↢持戒之行相↡。而説↢菩提心行相↡者、広在↢¬菩提心経¼等↡。彼経先滅、菩提心之行、何因修↠之。又説↢持戒行相↡者、広在↢大・小戒律↡、彼戒律先滅、持戒之行、何因修↠之。自余諸行、准↠之応↠知。
ゆゑに善導和尚の ¬往生礼讃¼ にこの文を釈していはく、
「▲万年に三宝滅しなば、 この ¬経¼ (大経) 住すること百年あらん。 その時に聞きて一念せん、 みなまさにかしこに生ずることを得べし」 と。
故善導和尚¬往生礼讃¼釈↢此文↡云。「万年三宝滅、此経住百年、爾時聞一念、皆当↠得↠生↠彼。」
またこの文を釈するに略して四の意あり。 一には*聖道・浄土二教の住滅の前後、 二には十方・西方二教の住滅の前後、 三には兜率・西方二教の住滅の前後、 四には念仏・諸行二行の住滅の前後なり。
又釈↢此文↡略有↢四意↡。一者聖道・浄土二教住滅前後、二者十方・西方二教住滅前後、三者兜率・西方二教住滅前後、四者念仏・諸行二行住滅前後也。
一に聖道・浄土二教の住滅の前後といふは、 いはく聖道門の諸経は先に滅す、 ゆゑに 「経道滅尽」 といふ。 浄土門のこの経は特り留まる、 ゆゑに 「止住百歳」 といふ。 まさに知るべし、 聖道は機縁浅薄にして、 浄土は機縁深厚なりといふことを。
一聖道・浄土二教住滅前後者、謂聖道門諸経先滅、故云↢「経道滅尽」↡。浄土門此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、聖道機縁浅薄、浄土機縁深厚也。
二に十方・西方二教の住滅の前後といふは、 いはく*十方浄土往生の諸教先に滅す、 ゆゑに 「経道滅尽」 といふ。 西方浄土往生はこの経特り留まる、 ゆゑに 「止住百歳」 といふ。 まさに知るべし、 十方浄土は機縁浅薄にして、 西方浄土は機縁深厚なり。
二十方・西方二教住滅前後者、謂十方浄土往生諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。西方浄土往生此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、十方浄土機縁浅薄、西方浄土機縁厚也。
三に*兜率・西方二教の住滅の前後といふは、 いはく ¬*上生¼・¬*心地¼ 等の上生兜率の諸教は先に滅す、 ゆゑに 「経道滅尽」 といふ。 往生西方のこの経特り留まる、 ゆゑに 「止住百歳」 といふ。 まさに知るべし、 兜率は近しといへども縁浅く、 極楽は遠しといへども縁深し。
三兜率・西方二教住滅前後者、謂¬上生¼・¬心地¼等上生兜率諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。往生西方此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、兜率雖↠近縁浅、極楽雖↠遠縁也。
四に念仏・諸行二行の住滅の前後といふは、 諸行往生の諸教は先に滅す、 ゆゑに 「経道滅尽」 といふ。 念仏往生はこの経特り留まる、 ゆゑに 「止住百歳」 といふ。 まさに知るべし、 諸行往生は機縁もつとも浅く、 念仏往生は機縁はなはだ深し。 しかのみならず、 諸行往生は縁少なく、 念仏往生は縁多し。 また諸行往生は近く末法万年の時を局る。 念仏往生は遠く法滅百歳の代に霑ふ。
四念仏・諸行二行住滅前後者、*謂諸行往生諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。念仏往生此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、諸行往生機縁最浅、念仏往生機縁甚也。加之、諸行往生縁少、念仏往生縁多、又諸行往生近局↢末法万年之時↡、念仏往生遠霑↢法滅百歳之代↡也。
謂 他本では欠く。
問ひていはく、 すでに 「われ慈悲をもつて*哀愍して、 特にこの経を留めて止住すること百歳ならん」 (大経・下) といふ。 もししからば釈尊、 慈悲をもつてしかも経教を留めたまはんに、 いづれの経いづれの教か、 しかも留まらざらんや。 しかるをなんぞ余経を留めずして、 ただこの経を留めたまふや。
問曰。既云↧「我以↢慈悲↡哀愍特留↢此経↡止住百歳」↥。若爾者、釈尊以↢慈悲↡而留↢経教↡。何経何教而不↠留也。而何不↠留↢余経↡唯留↢此経↡乎。
答へていはく、 たとひいづれの経を留むといへども、 別して一経を指さば、 またこの難を避らじ。 ただ特にこの経を留むる、 その深き意あるか。
答曰。縦雖↠留↢何経↡、別指↢一経↡者、亦不↠避↢此難↡。但特留↢此経↡有↢其意↡歟。
もし善導和尚の意によらば、 この経のなかにすでに弥陀如来の念仏往生の本願 (第十八願) を説けり。 釈迦、 慈悲をもつて念仏を留めんがために、 殊にこの経を留めたまふ。 余経のなかにはいまだ弥陀如来の念仏往生の本願を説かず。 ゆゑに釈尊、 慈悲をもつてこれを留めたまはず。
若依↢善導和尚意↡者、此経之中、已説↢弥陀如来念仏往生本願↡。釈迦慈悲、為↠留↢念仏↡、殊留↢此経↡。余経之中、未↠説↢弥陀如来念仏往生本願↡。故釈尊慈悲以而不↠留↠之也。
おほよそ四十八願みな本願なりといへども、 殊に念仏をもつて往生の*規となす。 ゆゑに善導釈していはく (法事讃・上)、
規 規範。 法則。
「▲*弘誓、 門多くして*四十八なれども、 ひとへに念仏を標してもつとも親しとなす。
人よく仏 (阿弥陀仏) を念ずれば、 仏還りて念じたまふ。 専心に仏を想へば、 仏、 人を知りたまふ」 と。 以上
凡四十八願皆雖↢本願↡、殊以↢念仏↡為↢往生規↡。故善導釈云。「弘誓多門四十八、偏摽↢念仏↡最為↠親。人能念↠仏仏還念。専心想↠仏仏知↠人。」已上
ゆゑに知りぬ、 四十八願のなかに、 すでに念仏往生の願 (第十八願) をもつて本願中の王となすといふことを。 ここをもつて釈迦の慈悲、 特にこの経をもつて止住すること百歳するなり。 例するに、 かの ¬観無量寿経¼ のなかに、 定散の行を付属せずして、 ただ孤り念仏の行を付属したまふがごとし。 これすなはちかの仏願に順ずるがゆゑに、 念仏一行を付属す。
故知、四十八願之中、既以↢念仏往生之願↡、而為↢本願中之王↡也。是以釈迦慈悲、特以↢此経↡止住百歳也。例如↧彼¬観無量寿経¼中、不↣付↢属定散之行↡、唯孤付↦属念仏之行↥。是即順↢彼仏願↡之故、付↢属念仏一行↡也。
問ひていはく、 百歳のあひだ念仏を留むべきこと、 その理しかるべし。 この念仏の行は、 ただ*かの時機に被らしむとやなさん、 はた*正像末の機に通ずとやなさん。
かの時機 法滅の時代の機類。
問曰。百歳之間、可↠留↢念仏↡其理可↠然。此念仏行唯為↠被↢彼時機↡、将為↠通↢於正・像・末*法之機↡也。
法 草稿本、 往生院本では欠く。
答へていはく、 広く正像末法に通ずべし。 後を挙げて今を勧む。 その義知るべし。
答曰。広可↠通↢於正・像・末法↡。挙↠後勧↠今、其義応↠知。
◎摂取章
【7】 弥陀の光明余行のものを照らさず、 ただ念仏の行者を*摂取する文。
弥陀光明、不↠照↢余行者↡、唯摂↢取念仏行者↡之文
◎摂取章 ○引文
1.観経
¬観無量寿経¼ にのたまはく、 「▲無量寿仏に八万四千の*相あり。 一々の相に八万四千の*随形好あり。 一々の好に八万四千の光明あり。 一々の光明あまねく十方世界の念仏の衆生を照らし、 摂取して捨てたまはず」 と。
相 すがたかたちの顕著な特徴。
随形好 相に付属するこまかな特徴。
¬観無量寿経¼云。「無量寿仏有↢八万四千相↡、一一相*各有↢八万四千随形好↡、一一好*復有↢八万四千光明↡、一一光明、遍照↢十方世界↡、念仏衆生摂取不↠捨。」
各 草稿本、 往生院本では欠く。
復 草稿本、 往生院本では欠く。
2.観経疏
同経の ¬疏¼ (定善義) にいはく、 「▲ª無量寿仏º より下 ª摂取不捨º に至るまでよりこのかたは、 まさしく身の*別相を観ずるに、 光*有縁を益することを明かす。 すなはちその五あり。 一には相の多少を明かし、 二には*好の多少を明かし、 三には光の多少を明かし、 四には光の照らす遠近を明かし、 五には光の及ぶところの処、 ひとへに*摂益を蒙ることを明かす。
別相 仏身の一部分のすがた。 総相に対す。
有縁 念仏の衆生を指していう。
好 随形好のこと。
摂益 摂取不捨の利益のこと。
同経¬疏¼云。「従↢無量寿仏↡下至↢摂取不捨↡已来、正明↧観↢身別相↡、光益↦有縁↥。即有↢其五↡。一明↢相多少↡、二明↢好多少↡、三明↢光多少↡、四明↢光照遠近↡、五明↣光所↠及処偏蒙↢摂益↡。
▲問ひていはく、 つぶさに衆行を修してただよく回向すれば、 みな往生を得。 なにをもつてか仏の光あまねく照らすにただ念仏者を摂する、 なんの意かあるや。
問曰。備修↢衆行↡但能廻向、皆得↢往生↡。何以仏光暜照、唯摂↢念仏者↡、有↢何意↡也。
▲答へていはく、 これに三義あり。
答曰。此有↢三義↡。
▲一には親縁を明かす。 衆生、 行を起して口につねに仏を称すれば、 仏すなはちこれを聞きたまふ。 身につねに仏を*礼敬すれば、 仏すなはちこれを見たまふ。 心につねに仏を念ずれば、 仏すなはちこれを知りたまふ。 衆生仏を憶念すれば、 仏また衆生を憶念したまふ。 *彼此の三業あひ捨離せず。 ゆゑに親縁と名づく。
彼此 彼は阿弥陀仏、 此は念仏の衆生を指す。
一明↢親縁↡。衆生起行口常称↠仏、仏即聞↠之。身常礼↢敬仏↡、仏即見↠之。心常念↠仏、仏即知↠之。衆生憶↢念仏↡者、仏亦憶↢念衆生↡。彼此三業不↢相捨離↡、故名↢親縁↡也。
▲二には近縁を明かす。 衆生仏を見んと願ずれば、 仏すなはち念に応じて現じて目の前にまします。 ゆゑに近縁と名づく。
二明↢近縁↡。衆生願↠見↠仏、仏即応↠念現在↢目前↡。故名↢近縁↡也。
▲三には増上縁を明かす。 衆生称念すれば、 すなはち多劫の罪を除きて、 命終らんと欲する時、 仏、 聖聚とみづから来りて*迎接したまふ。 *もろもろの邪業繋よく礙ふるものなし。 ゆゑに増上縁と名づく。
もろもろの邪業繋 種々のよこしまな罪の障り。
三明↢増上縁↡。衆生称念、即除↢多劫罪↡。命欲↠終時、仏与↢聖衆↡自来迎接。諸邪業繋、無↢能礙者↡。故名↢増上縁↡也。
▲自余の衆行はこれ善と名づくといへども、 もし念仏に比ぶれば、 まつたく*比校にあらず。 このゆゑに、 諸経のなかに処々に広く念仏の*功能を讃む。 ¬無量寿経¼ の四十八願のなかのごときは、 ただもつぱら弥陀の名号を念じて生ずることを得と明かす。 また ¬弥陀経¼ のなかのごときは、 一日七日もつぱら弥陀の名号を念じて生ずることを得と。 また十方恒沙の諸仏の虚しからずと*証誠したまふ。 またこの ¬経¼ (観経) の定散の文のなかには、 ただもつぱら名号を念じて生ずることを得と標せり。 この例一にあらず。 広く念仏三昧を顕しをはりぬ」 と。
功能 作用。 はたらき。
自余衆行、雖↠名↢是善↡、若比↢念仏↡者、全非↢比挍↡也。是故諸経中、処処広讃↢念仏功能↡。如↢無量寿経四十八願中↡、唯明↧専↢念弥陀名号↡得↞生。又如↢弥陀経中↡、一日七日、専↢念弥陀名号↡得↠生。又十方恒沙諸仏証誠不↠虚也。又此経定散文中、唯*標↧専↢念名号↡得↞生。此例非↠一也。広顕↢念仏三昧↡竟。」
標 草稿本、 往生院本では 「摽」。
3.観念法門
¬*観念法門¼ にいはく、 「▲また前のごときの身相等の光一々あまねく十方世界を照らすに、 ただもつぱら阿弥陀仏を念ずる衆生のみありて、 かの仏の心光つねにこの人を照らして、 *摂護して捨てたまはず。 すべて*余の雑業の行者を照摂することをば論ぜず」 と。
¬観念法門¼云。「又如↠前身相等光、一一遍照↢十方世界↡、但有↧専↢念阿弥陀仏↡衆生↥、彼仏心光常照↢是人↡摂護不↠捨。総不↠論↣照↢摂余雑業行者↡。」
◎摂取章 ○私釈
わたくしに問ひていはく、 仏の光明ただ念仏者を照らして、 余行のものを照らさざるはなんの意かあるや。
私問曰。仏光明唯照↢念仏者↡、不↠照↢余行者↡、有↢何意↡乎。
答へていはく、 解するに二の義あり。 一には親縁等の三の義、 文のごとし。 二には本願の義、 いはく余行は本願にあらざるがゆゑに、 これを照摂したまはず。 念仏はこれ本願のゆゑに、 これを照摂したまふ。
答曰。解有↢二義↡。一者親縁等三義、如↠文。二者本願義、謂余行非↢本願↡、故不↣照↢摂之↡、念仏是本願、故照↢摂之↡。
ゆゑに善導和尚の ¬*六時礼讃¼ にいはく、
六時礼讃 ¬往生礼讃¼ のこと。
「▲弥陀の身色は金山のごとし。 相好の光明は十方を照らす。
ただ仏を念ずるのみありて*光接を蒙る。 まさに知るべし、 本願もつとも強しとなす」 と。 以上
光接 異本には 「光摂」 とある。
故善導和尚¬六時礼讃¼云。「弥陀身色如↢金山↡、相好光明照↢十方↡、唯有↢念仏↡蒙↢*光摂↡。当↠知、本願最為↠強。已上
光摂 往生院本、 法然院本、 大派依用本では 「光接」。
また引くところの文 (定善義) のなかに、 「△*自余衆善雖名是善若比念仏者全非比校也」 といふは、 意のいはく、 これ浄土門の諸行に約して比論するところなり。 念仏はこれすでに*二百一十億のなかに選取するところの*妙行なり。 諸行はこれすでに二百一十億のなかに選捨するところの*粗行なり。 ゆゑに 「*全非比校也」 といふ。 また念仏はこれ*本願の行なり。 諸行はこれ本願にあらず。 ゆゑに 「全非比校也」 といふ。
自余衆善… 「自余の衆善は、 これ善と名づくといへども、 もし念仏に比ぶれば、 まつたく比校にあらず」
二百一十億のなかに… ¬大経¼ (上) の 「ときに法蔵比丘、 二百一十億の諸仏の妙土の清浄の行を摂取しき」 という文によっていう。
妙行 すぐれた行業。
粗行 劣った行業。
全非比校也 「まつたく比校にあらず」
又所↠引文中、言↧「自余衆善雖↠名↢是善↡、若比↢念仏↡者、全非↢比挍↡也」者、意云、是約↢浄土門諸行↡、而所↢比論↡也。念仏是既二百一十億中、所↢選取↡妙行也。諸行是既二百一十億中、所↢選捨↡麤行也。故云↣全非↢比挍↡也。又念仏是本願行、諸行是非↢本願↡、故云↣全非↢比挍↡也。
◎三心章
【8】 念仏の行者かならず三心を具足すべき文。
念仏行者必可↣具↢足三心↡之文
◎三心章 ○引文
1.観経
¬観無量寿経¼ にのたまはく、 「▲もし衆生ありてかの国に生ぜんと願ずるものは、 三種の心を発して即便往生しなん。 なんらをか三となす。 一には至誠心、 二には深心、 三には回向発願心なり。 三心を具すればかならずかの国に生ず」 と。
¬観無量寿経¼云。「若有↢衆生↡、願↠生↢彼国↡者、発↢三種心↡、即便往生。何等為↠三。一者至誠心、二者深心、三者廻向発願心。具↢三心↡者、必生↢彼国↡。」
2.観経疏
同経の ¬疏¼ (*散善義) にいはく、 「▲¬経¼ (観経) にのたまはく、 ª一には至誠心º と。 ª至º は真なり。 ª誠º は実なり。 一切衆生の*身口意業に修するところの*解行、 *かならず真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。 外に賢善精進の相を現じ、 内に虚仮を懐くことを得ざれ。 *貪瞋・邪偽・奸詐百端にして悪性侵しがたし。 事、 *蛇蝎に同じ。 三業を起すといへども名づけて雑毒の善となす。 また虚仮の行と名づく。 真実の業と名づけず。 もしかくのごとき安心・起行をなせば、 たとひ身心を苦励して、 *日夜十二時急に*走り急になして、 *頭燃を救ふがごとくすとも、 すべて雑毒の善と名づく。 この雑毒の行を回らして、 かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、 これかならず不可なり。 なにをもつてのゆゑぞ。 まさしくかの阿弥陀仏の*因中に菩薩の行を行じたまひし時に、 乃至一念一刹那も、 三業に修するところ、 みなこれ真実心のうちになしたまひしによりてなり。 *おほよそ*施為・趣求するところ、 またみな真実なるべし。
解行 知解と修行。 教法を理解し行を実践すること。
かならず…得ざれ 親鸞聖人は 「かならず真実心のうちになしたまへるを須ゐんことを明かさんと欲ふ。 外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、 内に虚仮を懐いて」 (信文類訓) と読まれた。
貪瞋邪偽奸詐百端 むさぼり、 いかり、 よこしまな心、 いつわりの心が無数にあり、 絶えず起ること。
蛇蝎 へびやさそり。
日夜十二時 一日中。
走り 親鸞聖人は 「走め」 (信文類訓) と読まれた。
因中 因位の時。 法蔵菩薩であった時。
おほよそ…真実なるべし 親鸞聖人は 「おほよそ施したまふところ趣求をなす、 またみな真実なり」 (信文類訓) と読まれた。
施為趣求 衆生に施しを行う利他 (施為) と、 さとりを求める自利 (趣求) のこと。
同経¬疏¼云。「経云。一者至誠心。至者真、誠者実。欲↠明↣一切衆生身口意業所修解行、必須↢真実心中作↡。不↠得↣外現↢賢善精進之相↡。内懐↢虚仮↡、貪瞋邪偽姧詐百端、悪性難↠侵、事同↢蛇蝎↡。雖↠起↢三業↡、名為↢雑毒之善↡、亦名↢虚仮之行↡、不↠名↢真実業↡也。若作↢如↠此安心起行↡者、縦使苦↢励身心↡、日夜十二時、急走急作、如↠灸↢頭*然↡者、衆名↢雑毒之善↡。欲↧迴↢此雑毒之行↡、求↦生彼仏浄土↥者、此必不可也。何以故、正由↧彼阿弥陀仏、因中行↢菩薩行↡時、乃至一念一刹那、三業所修皆是真実心中作↥。凡所↠施為↢趣求↡、亦皆真実。
然 往生院本、 法然院本、 大派依用本では 「燃」。
▲また真実に二種あり。 一には*自利の真実、 二には利他の真実なり。 自利の真実といふは、 また二種あり。 一には真実心のうちに、 自他の諸悪および*穢国等を*制捨して、 *行住坐臥に一切の菩薩の諸悪を制捨するに同じく、 われもまたかくのごとくならんと想ふなり。 二には真実心のうちに、 自他の凡聖等の善を勤修して、 真実心のうちに、 口業をもつてかの阿弥陀仏および依正二報を讃歎し、 また真実心のうちに、 口業をもつて三界・六道等の自他の依正二報の苦悪の事を*毀厭し、 また一切衆生の三業所為の善を讃歎す。 善業にあらざるをばつつしみてこれを遠ざかれ、 また*随喜せざれ。 また真実心のうちに、 身業をもつて合掌礼敬し、 *四事等をもつてかの阿弥陀仏および依正二報を供養す。 また真実心のうちに、 身業をもつてこの生死三界等の自他の依正二報を軽慢し厭捨し、 また真実心のうちに、 意業をもつてかの阿弥陀仏および依正二報を思想し観察し憶念して、 目前に現ずるがごとくにし、 また真実心のうちに、 意業をもつてこの生死三界等の自他の依正二報を軽賤し厭捨し、 *不善の三業をばかならずすべからく真実心のうちに捨つべし。 *またもし善の三業を起さば、 かならずすべからく真実心のうちになすべし。 *内外明闇を簡ばず、 みなすべからく真実なるべし。 ゆゑに至誠心と名づく。
自利の真実… 真実心をもって自利利他すること。 親鸞聖人は自利真実を自力の真実、 利他真実を他力の真実の意とされた。
制捨 とどめ捨て去ること。
毀厭 厭いきらうこと。
四事 供養に用いる四種の品。 飲食・衣服・臥具 (寝具)・薬湯のこと。
不善の…捨つべし 親鸞聖人は 「不善の三業はかならず真実心のうちに捨てたまへるを須ゐよ」 (信文類訓) と読まれた。
またもし善の…名づく 親鸞聖人は 「またもし善の三業を起さば、 かならず真実心のうちになしたまへるを須ゐて、 内外明暗を簡ばず、 みな真実を須ゐるがゆゑに至誠心と名づく」 (信文類訓) と読まれた。
内外明闇 内心と外相、 智明と愚闇のこと。
又真実有↢二種↡。一者自利真実、二者利他真実。言↢自利真実↡者、復有↢二種↡。一者真実心中、制↢捨自他諸悪及穢国等↡、行住坐臥、想↧同↣一切菩薩制↢捨諸悪↡、我亦如↞是也。二者真実心中、勤↢修自他凡聖等善↡。真実心中口業、讃↢歎彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中口業、毀↢厭三界・六道等自他依正二報苦悪之事↡、亦讃↢歎一切衆生三業所為善↡。*若非↢善業↡者、敬而遠↠之、亦不↢随喜↡也。又真実心中身業、合掌礼敬、四事等供↢養彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中身業、軽↢慢厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。又真実心中意業、思↢想観↣察憶↤念彼阿弥陀仏及依正二報↡、如↠現↢目前↡。又真実心中意業、軽↢賤厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。不善三業、必須↢真実心中捨↡。又若起↢善三業↡者、必須↢真実心中作↡、不↠簡↢内外明闇↡、皆須↢真実↡故名↢至誠心↡。
若 草稿本、 往生院本では欠く。
▲ª二には深心º と。 ª深心º といふはすなはちこれ深信の心なり。 また二種あり。
二者深心。言↢心↡者、即是信之心也。亦有↢二種↡。
▲一には決定して深く、 自身は現にこれ*罪悪生死の凡夫、 *曠劫よりこのかたつねに没しつねに流転して、 *出離の縁あることなしと信ず。
罪悪生死の凡夫 常に罪悪を犯し、 正使の迷いの世界に
流転している凡夫。 →
補註3
出離の縁 迷いの世界を離れ出るてがかり。
一者決定深信↢自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無↟有↢出離之縁↡。
▲二には決定して深く、 かの阿弥陀仏の、 四十八願をもつて衆生を摂受したまふこと、 疑なく慮りなくかの願力に乗りてさだめて往生を得と信ず。
二者決定深信↧彼阿弥陀仏四十八願、摂↢受衆生↡、無↠疑無↠慮、乗↢彼願力↡、定得↦往生↥。
▲また決定して深く、 釈迦仏のこの ¬観経¼ の*三福・*九品・*定散二善を説きて、 かの仏の*依正二報を証讃して、 人をして欣慕せしめたまふを信ず。
又決定深信↧釈迦仏説↢此観経三福九品定散二善↡、証↢讃彼仏依正二報↡、使↦人欣慕↥。
▲また決定して深く、 ¬弥陀経¼ のなかに、 十方恒沙の諸仏、 一切凡夫を証勧したまふ、 決定して生ずることを得と信ず。
又決定深↧信弥陀経中、十方恒沙諸仏、証↢勧一切凡夫↡、決定得↞生。
▲また深信とは、 仰ぎ願はくは、 一切の行者等、 一心にただ仏語を信じて身命を顧みず、 決定して*より行じて、 仏の捨てしめたまふをばすなはち捨て、 仏の行ぜしめたまふをばすなはち行じ、 仏の去らしめたまふ処をばすなはち去る。 これを仏教に随順し、 仏意に随順すと名づけ、 これを仏願に随順すと名づく。 これを真の仏弟子と名づく。
より行じて 「依行」 を親鸞聖人は 「行によりて」 (信文類訓) と読まれた。
又深信者、仰願一切行者等、一心唯信↢仏語↡、不↠顧↢身命↡、決定依↠行、仏遣↠捨者即捨、仏遣↠行者即行、仏遣↠去処即去。是名↧随↢順仏教↡、随↦順仏意↥、是名↣随↢順仏願↡、是名↢真仏弟子↡。
▲また一切の行者ただよくこの ¬経¼ (観経) によりて深信して行ずるものは、 かならず衆生を誤たじ。 なにをもつてのゆゑに。 仏はこれ満足大悲の人なるがゆゑに。 *実語のゆゑに。 仏を除きてよりこのかたは*智行いまだ満たずして、 その*学地にありて、 *正習二障ありていまだ除かず、 *果願いまだ円かならざるによりて、 これらの凡聖はたとひ諸仏の教意を*測量すれども、 いまだ決了することあたはず。 *平章することありといへども、 かならずすべからく仏の証を請じて定となすべし。 もし仏の意に称へばすなはち*印可して、 ª*如是如是º とのたまふ。 もし仏の意に可はざれば、 すなはち ªなんぢらの所説、 この義不如是º とのたまふ。 印したまはざるは、 すなはち*無記・無利・無益の語に同じ。 仏の印可したまふは、 すなはち仏の正教に随順す。 もし仏のあらゆる言説は、 すなはちこれ正教・正義・正行・正解・正業・正智なり。 もしは多、 もしは少、 もろもろの菩薩・人・天等を問はず、 その是非を定む。 もし仏の所説は、 すなはちこれ*了教なり。 菩薩等の説は、 ことごとく不了教と名づく、 知るべし。 このゆゑにいまの時、 仰ぎて一切の有縁の往生人等に勧む。 ただ深く仏語を信じて*専注奉行すべし。 菩薩等の*不相応の教を信用して、 もつて疑礙をなし、 惑ひを抱きてみづから迷ひて、 往生の大益を廃失すべからず。
実語 真実の言葉で説くこと。
智行 智慧と修行。
学地 まだ学ぶべきことの残っている修行中の階位。 これに対して、 煩悩を断じて学ぶべきもののなくなった位を無学地という。
果願 さとりを求める願。
平章 道理を正しく明らかにすること。
如是如是 そのとおりそのとおり。
無記 無意味、 無価値なこと。
了教 真実を完全に説きあらわしている教え。 了義教に同じ。
専注奉行 心を専一にして行 (念仏) を修すること。
不相応の教 仏の意にかなわない教え。
又一切行者、但能依↢此経↡深↢信行↡者、必不↠悞↢衆生↡也。何以故、仏是満足大悲人故、実語故、除↠仏已還、智行未↠満、在↢其学地↡、由↧有↢正習二障↡未↞除、果願未↠円。此等凡聖、縦使測↢量諸仏教意↡、未↠能↢決了↡、雖↠有↢平章↡、要須↧請↢仏証↡為↞定也。若称↢仏意↡、即印可言↢如是如是↡。若不↠可↢仏意↡者、即言↢汝等所説、是義不如是↡。不↠印者即同↢無記・無利・無益之語↡、仏印可者、即随↢順仏之正教↡。若仏所有言説、即是正教・正義・正行・正解・正業・正智。若多若少、衆不↠問↢菩薩・人・天等↡、定↢其是非↡也。若仏所説即是了教、菩薩等説尽名↢不了教↡也。応↠知、是故今時、仰勧↢一切有縁往生人等↡、唯可↧深信↢仏語↡、専注奉行↥。不↠可↧信↢用菩薩等不相応教↡以為↢疑礙↡、抱↠惑自迷*廃↦失往生之大益↥也。
廃 往生院本では 「癈」。
▲また深心は ª深信なりº とは、 決定して自心を建立して、 教に順じて修行して、 永く疑錯を除きて、 一切の*別解・*別行・*異学・*異見・*異執のために、 退失し*傾動せられざるなり。
又深心深信者、決定建↢立自心↡、順↠教修行、永除↢疑錯↡、不↧為↢一切別解・別行・異学・異見・異執↡之所↦退失傾動↥。也。
▲問ひていはく、 凡夫は智浅く、 *惑障処深し。 もし*解行不同の人に、 多く経論を引きて来りてあひ妨難し、 証して ª一切の罪障の凡夫往生を得ずº といふに逢はんに、 いかんがかの難を*対治して、 信心を成就して、 決定して直に進みて、 *怯退を生ぜざらんや。
惑障 煩悩の障害。
対治 しりぞけること。
怯退 おそれて退くこと。
問曰。凡夫智浅、惑障処深。若逢↧解行不同人、多引↢経論↡来、相妨難証、云↦一切罪障凡夫、不↞得↢往生↡者、云何対↢治彼難↡成↢就信心↡、決定直進不↠生↢怯退↡也。
▲答へていはく、 もし人ありて多く経論の証を引きて、 ª生ぜずº といはば、 行者すなはち報へていへ、 ªなんぢ、 経論をもつて来り証して «生ぜず» といふといへども、 わが意のごときは決定してなんぢが破を受けず。 なにをもつてのゆゑに。 しかもわれまた、 これかのもろもろの経論を信ぜざるにはあらず。 ことごとくみな仰信す。 しかるに仏かの経を説きたまふ時は、 *処別に、 時別に、 *対機別に、 利益別なり。 またかの経を説きたまふ時は、 すなはち ¬観経¼・¬弥陀経¼ 等を説きたまふ時にあらず。 しかるに仏の説教は、 *機に備ひて時また不同なり。 かれすなはち通じて人・天・菩薩の解行を説く。 いま ¬観経¼ の定散二善を説くは、 ただ韋提および仏の滅後の*五濁・*五苦等の一切凡夫のために、 証して «生ずることを得» とのたまふ。 この因縁のために、 われいま一心にこの仏教によりて決定して奉行す。 たとひなんぢら百千万億ありて «生ぜず» といふとも、 ただわが往生の信心を増長し成就せんº と。
処別 場所が異なっていること。
対機別 教えの対象となる人の資質や能力が異なっていること。
機に備ひて 教えの対象となる人の資質や能力にあわせて。
答曰。若有↠人多引↢経論証↡云↠不↠生者、行者即報云。仁者雖↧将↢経論↡来証噵↞不↠生、如↢我意↡者、決定不↠受↢汝破↡。何以故、然我亦不↢是不↟信↢彼諸経論↡、尽皆仰信。然仏説↢彼経↡時、処別・時別・対機別・利益別。又説↢彼経↡時、即非↧説↢観経・弥陀経等↡時↥。然仏説教備↠機、時亦不同。彼即通説↢人・天・菩薩之解行↡。今説↢観経定散二善↡、唯為↢韋提及仏滅後五濁・五苦等一切凡夫↡、証言↠得↠生。為↢此因縁↡、我今一心依↢此仏教↡、決定奉行。縦使汝等百千万億、噵↠不↠生者、唯増↢長成↣就我往生信心↡也。
▲また行者さらに向かひて説きていへ。 ªなんぢよく聴け。 われいまなんぢがためにまた決定の信相を説かん。 たとひ*地前の菩薩・*羅漢・*辟支仏等、 もしは一、 もしは多、 乃至、 十方に*遍満して、 みな経論の証を引きて «生ぜず» といはば、 われまたいまだ一念の疑心を起さじ。 ただわが清浄の信心を増長し成就せん。 なにをもつてのゆゑに。 仏語は決定成就の了義にして、 一切のために破壊せられざるによるがゆゑにº と。
地前の菩薩 初地の位以前の菩薩。 菩薩五十二位の修道階位のうち
十地の階位以前の
十信・
十住・
十行・
十回向の四十位を指していう。 →
菩薩
又行者更向説言。「仁者善聴、我今為↠汝更説↢決定信相↡。縦使地前菩薩・羅漢・*辟支等、若一若多、乃至遍↢満十方↡、皆引↢経論証↡言↠不↠生者、我亦未↠起↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我清浄信心↡。何以故、由↫仏語決定成就了義、不↪為↢一切↡所↩破壊↨故。
辟支 草稿本、 往生院本では 「辟支仏」。
▲また行者よく聴け。 たとひ*初地以上十地以来、 もしは一、 もしは多、 乃至、 十方に遍満して、 異口同音にみないはく、 ª釈迦仏、 弥陀を指讃し、 三界・六道を*毀呰して、 衆生を勧励し、 «専心に念仏し、 および余善を修して、 この一身を畢へて後に必定してかの国に生ず» といふは、 これはかならず虚妄なり、 依信すべからずº と。 われこれらの所説を聞くといへども、 また一念の疑心を生ぜずして、 ただわが決定して上上の信心を増長し成就せん。 なにをもつてのゆゑに。 すなはち仏語は真実の*決了の義なるによるがゆゑに。 仏はこれ実知・実解・実見・実証にして、 これ疑惑の心中の語にあらざるがゆゑに。 また一切の菩薩の異見・異解のために破壊せられず。 もし実にこれ菩薩ならば衆く仏教に違はじ。
初地以上十地以来 第一
歓喜地から第十
法雲地までの十地の菩薩。 →
十地
決了 決定了解の略。 真実をはっきりと了解して不確かなことが少しもないこと。
又行者善聴。縦使初地已上十地已来、若一若多、乃至遍↢満十方↡、異口同音、皆云↧釈迦仏指↢讃弥陀↡、毀↢呰三界・六道↡、勧↢励衆生↡、専心念仏、及修↢余善↡、畢↢此一身↡後、必定生↢彼国↡者、此必虚妄、不↞可↢依信↡也。我雖↠聞↢此等所説↡、亦不↠生↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我決定上上信心↡。何以故、乃由↢仏語真実決了義↡故、仏是実知・実解・実見・実証、非↢是疑惑心中語↡故。又不↧為↢一切菩薩異見・異解↡之所↦破壊↥。若実是菩薩者、衆不↠違↢仏教↡也。
▲またこの事を置け。 行者まさに知るべし。 たとひ*化仏・*報仏、 もしは一、 もしは多、 乃至、 十方に*遍満して、 おのおの光を輝かし、 舌を吐きて、 あまねく十方に覆ひて、 一々に説きてのたまはく、 ª釈迦の所説にあひ讃め、 一切の凡夫を勧発して、 «専心に念仏し、 および余善を修して、 *回願してかの浄土に生ずることを得» といふは、 これはこれ虚妄なり、 さだめてこの事なしº と。 われこれらの諸仏の所説を聞くといへども、 *畢竟じて一念の疑退の心を起して、 かの仏国に生ずることを得ずと畏れじ。 なにをもつてのゆゑに。 一仏は一切仏なり。 あらゆる知