*選択せんじゃく本願ほんがん念仏ねんぶつしゅう

選択本願念仏集 「行文類」 引用箇所や ¬本山蔵版本¼ では、 題号の下に 「源空集」 の撰号がある。

標宗

南無阿弥陀なもあみだぶつ おうじょうごうには、 念仏ねんぶつ*さきとなす

 宗要、 肝要、 かなめの意。 ¬往生院本¼ ¬ざん本¼ 等は 「先」 となっているが、 親鸞聖人への伝授本は 「本」 となっていた。 「本」 は根本最要の意で、 「先」 と同意。

南無阿弥陀仏 往生之業念仏為↠

 原漢文の底本は本派本願寺蔵版。 盧山寺蔵草本、 往生院蔵元久元年写本、 法然院蔵延応元年刊本、 龍谷大学蔵吉野時代刊本、 大派依用十行本と対校されている。
 他本では 「先」。

二門章

【1】 道綽どうしゃくぜん*しょうどう*じょうの二もんてて、 しょうどうててまさしくじょうするもん

 道綽禅師、立↢聖道・浄土二門↡、而捨↢聖道↡正帰↢浄土↡之文

◎二門章 引文

1.安楽集

 ¬*安楽あんらくしゅう¼ のじょうにいはく

¬安楽集¼上云。

ひていはく、 一切いっさいしゅじょうはみな*仏性ぶっしょうあり。 *遠劫おんごうよりこのかたぶつひたてまつるべし。 なにによりてか、 いまにいたるまでなほみづから*しょう*りんして*たくでざるや

遠劫 遠く久しい昔。

「問曰。一切衆生皆有↢仏性↡、遠劫以来応↠値↢多仏↡。何因至↠今、仍自輪↢迴生死↡不↠出↢火宅↡。

こたへていはく、 大乗だいじょう聖教しょうぎょうによらば、 まことに二しゅ勝法しょうぼうてもつてしょう*はらはざるによる。 ここをもつてたくでず。 何者なにものをか二となす。 一にはいはくしょうどう、 二にはいはくおうじょうじょうなり。 それしょうどうの一しゅは、 いまときしょうしがたし。 一には大聖だいしょう (釈尊)れること遙遠ようおんなるによる。 二には*ふかさとりなるによる

排はざる 排除しない。
理は深く解は微なる 教理は深遠であるのに、 しゅじょうの理解する能力はとぼしい。

答曰。依↢大乗聖教↡、良由↠不↧得↢二種勝法↡以排↦生死↥。是以不↠出↢火宅↡。何者為↠二。一謂聖道、二謂往生浄土。其聖道一種今時難↠証。一由↧去↢大聖↡遥遠↥、二由↢理解微↡。

このゆゑに ¬*大集だいじゅう月蔵がつぞうきょう¼ にのたまはく、 ªわが*末法まっぽうときのうちの億々おくおくしゅじょうぎょうおこどうしゅせんに、 いまだ一にんとしてるものあらじº と。 当今とうこん末法まっぽう、 これ*じょくあくなり。 ただじょうの一もんのみありて通入つうにゅうすべきみちなり

是故大集月蔵経云。我末法時中億億衆生、起↠行修↠道、未↠有↢一人得者↡。当今末法現是五濁悪世、唯有↢浄土一門↡、可↢通入↡路。

 他本では欠く。

このゆゑに*¬だいきょう¼ にのたまはく、 ªもししゅじょうありてたとひ一しょうあくつくれども、 命終みょうじゅうときのぞみて、 十ねん相続そうぞくしてわが名字みょうじしょうせんに、 もししょうぜずといはば、 しょうがくらじº と

大経にのたまはく… 道綽どうしゃくぜんが ¬大経¼ の第十八願の文意と ¬観経¼ 下下げげぼんの文意とを合せられた本願取意の文。

是故大経云。若有↢衆生↡、縦令一生造↠悪、臨↢命終時↡、十念相続、称↢我名字↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。

また一切いっさいしゅじょうはすべてみづからはからず。 もし大乗だいじょうによらば、 *真如しんにょ*実相じっそう*だいくう、 かつていまだしんかず。 もし小乗しょうじょうろんぜば、 *見諦けんたい修道しゅどう修入しゅにゅうし、 ない*ごん*かん*だん*じょうのぞくこと、 道俗どうぞくふことなく、 いまだそのぶんあらず。 たとひ人天にんでんほうあれども、 みな*かい*ぜんのためによくこのほうまねく。 しかるをとくするものは、 はなはだまれなり。 もしあく造罪ぞうざいろんぜば、 なんぞあらかぜ*あめことならん。 ここをもつて諸仏しょぶつだいすすめてじょうせしめたまふ。 たとひ一ぎょうあくつくれども、 ただよくこころけて専精せんしょうにつねによく念仏ねんぶつせば、 一切いっさい諸障しょしょうねん消除しょうじょして、 さだめておうじょうすることを。 なんぞ思量しりょうせずしてすべてしんなきや」 と

大経にのたまはく… 道綽どうしゃくぜんが ¬大経¼ の第十八願の文意と ¬観経¼ 下下げげぼんの文意とを合せられた本願取意の文。
見諦修道 声聞乗しょうもんじょうの修道階位である見道けんどう (見諦けんたい)・しゅどう学道がくどうの三道のうちの前二のこと。 見道はたいの道理を明瞭に観察かんざつする段階、 修道はさらにそれを繰り返して修習してゆく段階をいう。
那含羅漢 阿那あなごん阿羅あらかんのこと。 →四果しか
五下 三界さんがいのうち最下のよくかいしゅじょうをつなぎとどめる五種の煩悩ぼんのう貪欲とんよくしん身見しんけん戒取かいしゅをいう。
五上 三界のうち色界しきかい色界しきかいに衆生をつなぎとどめる五種の煩悩。 みょうきょうまん掉挙じょうこ色染しきぜん色染しきぜんをいう。
 異本には 「駛」 とある。

又復一切衆生、都不↢自量↡。若拠↢大乗↡、真如実相第一義空、曾未↠措↠心。若論↢小乗↡、修↢入見諦修道↡、乃至那含・羅漢、断↢五下↡除↢五上↡、無↠問↢道俗↡、未↠有↢其分↡。縦有↢人天果報↡、皆為↢五戒・十善↡、能招↢此報↡。然持得者甚希。若論↢起悪造罪↡、何異↢暴風駃雨↡。是以諸仏大慈、勧帰↢浄土↡。縦使一形造↠悪、但能繋↠意、専精常能念仏、一切諸障自然消除、定得↢往生↡。何不↢思量↡、都無↢去心↡也。」

◎二門章 私釈

 わたくしにいはく、 ひそかにはかりみれば、 それ立教りっきょう多少たしょうしゅうしたがひてどうなり

私云。窃計、夫立教多少、随↠宗不同。

しばらくそうしゅう (*法相宗) のごときは、 三きょうてて〔釈尊しゃくそんの〕一だい聖教しょうぎょうはんず。 いはゆる*くうちゅうこれなり

有空中 有は 「ごんぎょう」、 空は 「般若はんにゃきょう」、 中は ¬ごんぎょう¼ ¬解深げじん密教みっきょう¼ の教説。

且如↢有相宗↡、立↢三時教↡而判↢一代聖教↡。所謂有・空・中是也。

そうしゅう (*三論宗) のごときは、 二ぞうきょうててもつて一だい聖教しょうぎょうはんず。 いはゆる*さつぞう*しょうもんぞうこれなり

如↢無相宗↡、立↢二蔵教↡以判↢一代聖教↡。所謂菩薩蔵・声聞蔵是也。

*ごんしゅうのごときは、 五きょうてて一切いっさい仏教ぶっきょうせっす。 いはゆる*小乗教しょうじょうきょう*始教しきょう*終教じゅうきょう*頓教とんぎょう*円教えんぎょうこれなり

始教 大乗初門の教え。
終教 大乗終極の教え。
円教 完全円満な究極の教え。

如↢華厳宗↡、立↢五教↡而摂↢一切仏教↡。所謂小乗教・始教・終教・頓教・円教是也。

ほっしゅう (*天台宗) のごときは、 四きょうててもつて一切いっさい仏教ぶっきょうせっす。 「四きょう」 といふは、 いはゆる*ぞうつうべつえんこれなり。 「五」 といふは、 いはゆる*にゅうらくしょうじゅくだいこれなり

蔵通別円 天台てんだい宗の教判にいうほうの四教。 蔵は三蔵教 (小乗の教え)、 通は通教 (しょうもん縁覚えんがく・菩薩に通ずる大乗初門の教え)、 別は別教 (菩薩だけに説かれた教え。 くうちゅうの三諦が各別であるような法門)、 円は円教 (完全円満な三諦さんたいえんにゅうの法門)。
乳酪生熟醍醐 →五味ごみ

如↢法華宗↡、立↢四教・五味↡以摂↢一切仏教↡。四教者、所謂蔵・通・別・円是也。五味者、所謂乳・酪・生・熟・醍醐是也。

*真言しんごんしゅうのごときは、 二きょうてて一切いっさいせっす。 いはゆる*顕教けんぎょう*密教みっきょうこれなり

如↢真言宗↡、立↢二教↡而摂↢一切↡。所謂顕教・密教是也。

いまこの*じょうしゅうは、 もし道綽どうしゃくぜんこころによらば、 二もんてて一切いっさいせっす。 いはゆる*しょうどうもん*じょうもんこれなり

今此浄土宗者、若依↢道綽禅師意↡、立↢二門↡而摂↢一切↡。所謂聖道門・浄土門是也。

宗名

 ひていはく、 それしゅうつることは、 もとごん天台てんだいとう*しゅう・九しゅうにあり。 いまだじょういえにおいてそのしゅうつることをかず。 しかるをいまじょうしゅうごうする、 なんの証拠しょうこかあるや

八宗九宗 三論さんろん成実じょうじつほっそうしゃごんりつの南都六宗に、 天台てんだい真言しんごんの平安二宗を加えて八宗といい、 さらに禅宗ぜんしゅうを加えて九宗とする。

問曰。夫立↢宗名↡、本在↢華厳・天台等八宗・九宗↡。未↠聞↧於↢浄土之家↡立↦其宗名↥。然今号↢浄土宗↡、有↢何証拠↡也。

こたへていはく、 じょうしゅう、 そのしょう一にあらず。 *元暁がんぎょうの ¬*遊心ゆうしん安楽あんらくどう¼ にいはく、 「じょうしゅうこころもとぼんのためなり、 ねてはしょうにんのためなり」 と。 また*おん (窺基) の ¬*西方さいほう要決ようけつ¼ にいはく、 「この一しゅうによる」 と。 また*ざいの ¬*じょうろん¼ にいはく、 「この一しゅうひそかにようたり」 と。 そのしょうかくのごとし。 *たんらず

疑端に足らず 疑う余地がない。

答曰。浄土宗名、其証非↠一。元暁¬遊心安楽道¼云。「浄土宗意、本為↢凡夫↡、兼為↢聖人↡。」又慈恩¬西方要決¼云。「依↢此一宗↡。¼又迦才¬浄土論¼云。「此之一宗、窃為↢要路↡。」其証如↠此。不↠足↢疑端↡。

判教

 ただし諸宗しょしゅう立教りっきょうは、 まさしくいまのこころにあらず。 しばらく浄土宗じょうどしゅうにつきてりゃくして二もんかさば、 一にはしょうどうもん、 二にはじょうもんなり

但諸宗立教、正非↢今意↡。且就↢浄土宗↡、略明↢二門↡者、一者聖道門、二者浄土門。

・ 判教 聖道門

はじめのしょうどうもんとは、 これにつきて二あり。 一は大乗だいじょう、 二は小乗しょうじょうなり

且就↢浄土宗↡、略明↢二門↡者、一者聖道門、二者浄土門。 初聖道門者、就↠之有↠二。一者大乗、二者小乗。

大乗だいじょうのなかにつきて*顕密けんみつ*権実ごんじつとうどうありといへども、 いまこの ¬しゅう¼ (*安楽集)こころ、 ただ*顕大けんだいおよび*権大ごんだいぞんず。 ゆゑに*歴劫りゃくこう迂回うえぎょうあたれり。 これにじゅんじてこれをおもふに、 *密大みつだいおよび*実大じつだいぞんずべし。 しかればすなはち、 いま*真言しんごん*仏心ぶっしん (禅宗)*天台てんだい*ごん*三論さんろん*法相ほっそう*ろん*摂論しょうろん、 これら八こころまさしくこれにあり、 るべし

権実 権大乗 (一時的に方便として仮に説かれた大乗教) と実大乗 (仏意にかなった真実の大乗教)。
顕大 大乗の中の顕教。
権大 大乗の中の権教。
歴劫迂回の行 ながい間かかって回り道をして、 さとりをひらく行法。
密大 大乗の中の密教。
実大 大乗の中の実教。

就↢大乗中↡、雖↠有↢顕密・権実等不同↡、今此集意、唯存↢顕大及以権大↡。故当↢歴劫迂迴之行↡。准↠之思↠之、応↠存↢密大及以実大↡。然則今真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論、此等八家之意、正在↠此也。応↠知。

つぎ小乗しょうじょうとは、 すべてこれ小乗しょうじょう*きょう*りつ*ろんのなかにかすところの*しょうもん*縁覚えんがく*断惑だんわく証理しょうり*入聖にっしょうとくどうなり。 かみじゅんじてこれをおもへば、 また*しゃ*成実じょうじつしょ*律宗りっしゅうせっすべきのみ

断惑証理 煩悩ぼんのうを断ち切ってさとりを開くこと。
入聖得果 聖者の位に入って、 証果を得ること。

次小乗者、総是小乗経律論之中所↠明声聞・縁覚断惑証理、入聖得果之道也。准↠上思↠之、亦可↠摂↢倶舎・成実、諸部律宗↡而已。

おほよそこのしょうどうもんたいは、 大乗だいじょうおよび小乗しょうじょうろんぜず。 この*しゃかいのなかにおいて、 *じょうどうしゅし四じょう。 四じょうとは三じょうのほかに仏乗ぶつじょうくわ

凡此聖道門大意者、不↠論↢大乗及以小乗↡。於↢此娑婆世界之中↡、修↢四乗道↡、得↢四乗果↡。四乗者、三乗之外加↢仏乗↡。

◇ 他本には 「也」 の字あり。

・ 判教 浄土門

つぎおうじょうじょうもんとは、 これにつきて二あり。 一には*まさしくおうじょうじょうかすきょう、 二には*かたわらにおうじょうじょうかすきょうなり

正しく往生… 聖道門しょうどうもんを捨てて、 ただ往生浄土の法門のみをまさしく説く教。
傍らに往生… 聖道門を説く中に、 その方便法として、 かたわらに往生の行法が説かれている教。

次往生浄土門者、就↠此有↠二。一者正明↢往生浄土↡之教、二者傍明↢往生浄土↡之教。

・ 判教 ・ 浄土門 正明往生浄土 (所依経論)

はじめにまさしくおうじょうじょうかすきょうといふは、 いはく三ぎょうろんこれなり。 「三ぎょう」 とは、 一には ¬*無量寿むりょうじゅきょう¼ 、 二には ¬*かん無量寿むりょうじゅきょう¼ 、 三には ¬*阿弥陀あみだきょう¼ なり。 「一ろん」 とは、 *天親てんじんの ¬*おうじょうろん¼ (浄土論) これなり。 あるいはこの三ぎょうして*じょうの三きょうごう

浄土の三部経 浄土三部経の呼称は法然ほうねん上人に始まる。

初正明↢往生浄土↡之教者、三経一論是也。三経者、一¬無量寿経¼二¬観無量寿経¼三¬阿弥陀経¼也。一論者、天親¬往生論¼是也。或指↢此三経↡、号↢浄土三部経↡也。

◇ 他本には 「謂」 の字あり。

 ひていはく、 三きょうまたそのれいありや

問曰。三部経名、亦有↢其例↡乎。

こたへていはく、 三きょうそのれい一にあらず。 一には*ほっの三、 いはく ¬*りょうきょう¼・¬*法華ほけきょう¼・¬*賢観げんかんきょう¼ これなり。 二には*大日だいにちの三、 いはく ¬*大日だいにちきょう¼・¬*金剛こんごう頂経ちょうきょう¼・¬*しつきょう¼ これなり。 三には*ちんこっの三、 いはく ¬法華ほけきょう¼・¬*仁王にんのうきょう¼・¬*金光こんこう明経みょうきょう¼ これなり。 四には*ろくの三、 いはく ¬*上生じょうしょうきょう¼・¬*しょうきょう¼・¬*成仏じょうぶつきょう¼ これなり

法華の三部 ¬りょうきょう¼ を ¬法華ほけきょう¼ の開経とし、 ¬げん観経かんぎょう¼ (¬観普賢経¼) を結経とする。
大日の三部 密教でよりどころとする三部の経典。
鎮護国家の三部 当時、 国家安泰を祈るための経典として、 この三部が採用されていた。

答曰。三部経名、其例非↠一。一者法華三部、謂¬無量義経¼・¬法華経¼・¬暜賢観経¼是也。二者大日三部、謂¬大日経¼・¬金剛頂経¼・¬蘇悉地経¼是也。三者鎮護国家三部、謂¬法華経¼・¬仁王経¼・¬金光明経¼是也。四者弥勒三部、謂¬上生経¼・¬下生経¼・¬成仏経¼是也。

いまはただこれ弥陀みだの三なり。 ゆゑにじょうの三きょうづく。 弥陀みだの三はこれじょう正依しょうえきょうなり

今者唯是弥陀三部。故名↢浄土三部経↡也。弥陀三部者、是浄土正依経也。

・ 判教 ・ 浄土門 傍明往生浄土

 つぎかたわらにおうじょうじょうかすきょうといふは、 ¬ごん¼・¬ほっ¼・¬*ずい¼・¬*尊勝そんしょう¼ とうのもろもろのおうじょうじょうかす諸経しょきょうこれなり。 また ¬*信論しんろん¼・¬*宝性論ほうしょうろん¼・¬*じゅう毘婆びば沙論しゃろん¼・¬*摂大乗しょうだいじょうろん¼ とうのもろもろのおうじょうじょうかす諸論しょろんこれなり

次傍明↢往生浄土↡之教者、¬華厳¼・¬法華¼・¬随求¼・¬尊勝¼等、明↢諸往生浄土↡之諸経是也。又¬起信論¼・¬宝性論¼・¬十住婆沙論¼・¬摂大乗論¼等、明↢諸往生浄土↡之諸論是也。

・ 判教 立二門意

 おほよそこの ¬しゅう¼ (*安楽集) のなかにしょうどうじょうの二もんつるこころは、 しょうどうててじょうもんらしめんがためなり。 これにつきて二のゆえあり。 一には大聖だいしょう (釈尊)れること遙遠ようおんなるにる。 二にはふかさとりなるに

凡此¬集¼中、立↢聖道・浄土二門↡意者、為↠令↧捨↢聖道↡入↦浄土門↥也。就↠此有↢二由↡。一由↧去↢大聖↡遥遠↥、二由↢理解微↡。

このしゅうのなかに二もんつることは、 ひと*道綽どうしゃくのみにあらず。 *曇鸞どんらん*天台てんだい (智顗)*ざい*おん (窺基) とうしょみなこのこころあり

此宗之中立↢二門↡者、独非↢道綽↡、曇鸞・天台・迦才・慈恩等諸師、皆有↢此意↡。

・ 判教 ・ 立二門意 論註

しばらく曇鸞どんらんほっの ¬*往生論おうじょうろんちゅう¼ (上) にいはく、 「つつしみて龍樹りゅうじゅさつの ¬十じゅう毘婆びばしゃ¼ (*易行品)あんずるにいはく、 ªさつ*阿毘あびばっを求むるに、 二しゅどうあり。 一には難行なんぎょうどう、 二にはぎょうどうなりº と。 ª難行なんぎょうどうº とは、 いはく*じょく*ぶつときにおいて阿毘あびばっもとむるをなんとなす。 このなんにすなはちおおくのみちあり。 ほぼ*五三をいひてもつて義意ぎいしめさん。 一には*どう*相善しょうぜん*さつほうみだる。 二には*しょうもん自利じりだい慈悲じひふ。 三には無顧むこ悪人あくにん勝徳しょうとくす。 四には*顛倒てんどうぜん、 よく*梵行ぼんぎょうやぶる。 五にはただこれりきのみにしてりきたもつなし。 かくのごときるるにみなこれなり。 たとへばろくより歩行ぶぎょうするはすなはちくるしきがごとし。 ªぎょうどうº とは、 いはくただぶつしんずる因縁いんねんをもつてじょうしょうぜんとがんずれば、 ぶつ願力がんりきりてすなはちかの清浄しょうじょうおうじょうすることを*仏力ぶつりき住持じゅうじして、 すなはち大乗だいじょう*正定しょうじょうじゅに入る。 正定しょうじょうはすなはちこれ阿毘あびばっなり。 たとへばすいよりふねりてすなはちらくなるがごとし」 と

無仏の時 すでに釈尊がにゅうめつされて仏がおられない時代。
五三 少々。 若干。
菩薩の法 自利利他の行。
顛倒の善の果 六道のうちの人天に生れる善い果報。 善果であっても迷いの境界であるので顛倒の語を付す。
仏力住持して 仏の本願力が支えたもってという意。
正定の聚 →正定聚しょうじょうじゅ

且曇鸞法師¬往生論註¼云。「謹案↢龍樹菩薩十住婆沙↡云、菩薩求↢阿跋致↡、有↢二種道↡。一者難行道、二者易行道。難行道者、謂於↢五濁之世、於無仏時↡、求↢阿跋致↡為↠難。此難乃有↢多途↡。粗言↢五三↡以示↢義意↡。一者外道相善乱↢菩薩法↡、二者声聞自利障↢大慈悲↡、三者無顧悪人破↢他勝徳↡、四者顛倒善果能壊↢梵行↡、五者唯是自力無↢他力持↡。如↢斯等↡事触↠目皆是。譬如↢陸路歩行則苦↡。易行道者、謂但以↢信仏因縁↡願↠生↢浄土↡。乗↢仏願力↡便得↣往↢生彼清浄土↡。仏力住持即入↢大乗正定之聚↡。正定即是阿毘跋致。譬如↢水路乗↠船則楽↡。」已上

このなかの難行なんぎょうどうは、 すなはちこれしょうどうもんなり。 ぎょうどうは、 すなはちこれじょうもんなり。 難行なんぎょうぎょうしょうどうじょう、 そのことばことなりといへども、 そのこころこれおなじ。 天台てんだい (智顗)ざいこれにおなじ、 るべし

此中難行道者、即是聖道門也。易行道者、即是浄土門也。難行・易行、聖道・浄土、其言雖↠異其意是同。天台・迦才同↠之。応↠知。

・ 判教 ・ 立二門意 西方要決

また ¬*西方さいほう要決ようけつ¼ にいはく、 「あおぎておもんみれば、 しゃ*うんひらけてひろえんやくす。 きょう*随方ずいほうひらけて*ならびに*法潤ほうにんうるおふ。 したしく*聖化しょうけひて、 どう、 三じょうさとりき。 ふくうすく、 いんおろそかなるものをすすめてじょうせしめたまふ。 このごうをなすものはもつぱら弥陀みだねんじ、 一切いっさい善根ぜんごんめぐらしてかのくにしょうず。 弥陀みだ本願ほんがんちかひてしゃしたまふ。 かみ現生げんしょう*ぎょうつくし、 しも臨終りんじゅうの十ねんいたるまで、 ともによくけつじょうしてみなおうじょう」 と

運を啓けて 運は好機が至ること。 機縁が熟して釈尊が世に出られたことを示す。
随方に闡けて あらゆるところに広まって。
法潤に霑ふ 法のめぐみをほどこす。
聖化 釈尊の教化。

又¬西方要決¼云。「仰惟、釈迦啓↠運弘益↢有縁↡、教闡↢随方↡並霑↢法潤↡。親逢↢聖化↡、道悟↢三乗↡。福薄因疎、勧帰↢浄土↡。作↢此業↡者、専念↢弥陀↡、一切善根、廻生↢彼国↡。弥陀本願、誓度↢娑婆↡。上尽↢現生一形↡、下至↢臨終十念↡、倶能決定皆得↢往生↡。」已上

またおなじきじょにいはく、 「それおもんみれば、 うまれて*ぞうして、 しょう (釈尊)ることこれはるかに、 どう、 三じょうあずかりて*かいするにほうなし。 人天にんでん両位りょうい躁動そうどうしてやすからず。 ひろこころひろきものは、 よくひさしくしょするにへたり。 もししきおろかにぎょうあさきものは、 おそらくは*ゆうおぼれん。 かならずすべからくあとしゃとおくしてしん*浄域じょういきましむべし」 と

像季 像法の末。 →像法ぞうぼう
契悟するに方なし さとりに至る方法がない。
幽途 暗く蒙昧な地獄・畜生ちくしょうの三途。 →さん
浄域 浄土。

又同後序云。「夫以、生居↢像季↡、去↠聖斯遥。道預↢三乗↡、無↠方↢契悟↡。人天両位、躁動不↠安。智博情弘、能堪↢久処↡也。若識痴行浅、恐溺↢幽途↡必。須↧遠↢跡娑婆↡、栖↦心浄域↥。已上

このなかの三じょうはすなはちこれしょうどうもんこころなり。 じょうはすなはちこれじょうもんこころなり。 三じょうじょうしょうどうじょう、 そのことなりといへども、 そのこころまたおなじ。 浄土宗じょうどしゅう学者がくしゃづすべからくこのむねるべし

此中三乗者、即是聖道門意也。浄土者、即是浄土門意也。三乗・浄土、聖道・浄土、其名雖↠異、其意亦同。浄土宗学者、先須↠知↢此旨↡。

たとひさきよりしょうどうもんがくするひとといへども、 もしじょうもんにそのこころざしあらば、 すべからくしょうどうててじょうすべし。 れいするに、 かの曇鸞どんらんほっ*ろん講説こうせつてて*一向いっこうじょうし、 道綽どうしゃくぜん*はん広業こうごうさしおきてひとへに西方さいほうぎょうひろめしがごとし。 上古じょうこ賢哲けんてつなほもつてかくのごとし。 末代まつだい愚魯ぐろむしろこれにしたがはざらんや

涅槃の広業 ¬涅槃経¼ を講ずるという広大な事業。

設雖↧先学↢聖道門↡人↥、若於↢浄土門↡有↢其志↡者、須↧弃↢聖道↡帰↦於浄土↥。例如↧彼曇鸞法師捨↢四論講説↡一向帰↢浄土↡、道綽禅師閣↢涅槃広業↡偏弘↦西方行↥。上古賢哲、猶以如↠此。末代愚魯、寧不↠遵↠之哉。

・ 判教 師資相承

 ひていはく、 しょうどう諸宗しょしゅうおのおの*師資しし相承そうじょうあり。 いはく天台てんだいしゅうのごときは、 *もん*南岳なんがく (慧思)*天台てんだい (智顗)*章安しょうあん*智威ちい*慧威えい*玄朗げんろう*湛然たんねんだい相承そうじょうせり。 真言しんごんしゅうのごときは、 *大日だいにち如来にょらい*金剛こんごうさっ*龍樹りゅうじゅ*龍智りゅうち*こん*くうだい相承そうじょうせり。 自余じよ諸宗しょしゅうまたおのおの相承そうじょう*血脈けつみゃくあり。 しかるにいまいふところの浄土宗じょうどしゅう師資しし相承そうじょう血脈けつみゃくありや

師資相承 師から弟子へと法脈が伝えられていくこと。
血脈 法脈が正しく継承されることを、 親の血が子に伝わることに喩えていう。

問曰。聖道家諸宗、各有↢師資相承↡。謂如↢天台宗↡者、慧文・南岳・天台・章安・智威・慧威・玄朗・湛然、次第相承。如↢真言宗↡者、大日如来・金剛薩埵・龍樹・龍智・金智・不空、次第相承。自余諸宗、又各有↢相承血脈↡。而今所↠言浄土宗、有↢師資相承血脈譜↡乎。

こたへていはく、 しょうどう血脈けつみゃくのごとく浄土宗じょうどしゅうにまた血脈けつみゃくあり。 ただしじょうしゅうにおいて*しょまたどうなり。 いはゆるざん*おんほっ*みん三蔵さんぞう*道綽どうしゃく*善導ぜんどうとうこれなり。 いましばらく道綽どうしゃく善導ぜんどうの一によりて、 師資しし相承そうじょう血脈けつみゃくろんぜば、 これにまた*両説りょうせつあり。 一には*だい流支るし三蔵さんぞう*慧寵えちょうほっ*道場どうじょうほっ*曇鸞どんらんほっ*大海だいかいぜん*法上ほうじょうほっ以上いじょう、 ¬*安楽あんらくしゅう¼ にでたり。 二にはだい流支るし三蔵さんぞう曇鸞どんらんほっ道綽どうしゃくぜん善導ぜんどうぜん*かんほっ*小康しょうこうほっ 以上いじょう*とうそう両伝りょうでんでたり。

諸家また不同なり… 中国浄土教をざん流、 みん流、 道綽どうしゃく善導ぜんどう流の三流に分けたもの。 法然ほうねん上人独自の見解である。
両説 法然上人が用いられたのは後者である。
唐宋両伝 道宣どうせん撰の ¬続高僧伝¼ と賛寧さんねい撰の ¬宋高僧伝¼ のこと。 両伝によって六師をあげたのは、 法然聖人の選択によるものである。 浄土宗の相承をいう場合は、 この六師からだいを除いて五祖とすることが多い。

答曰。如↢聖道家血脈↡、浄土宗亦有↢血脈↡。但於↢浄土一宗↡、諸家亦不同。所謂廬山慧遠法師・慈愍三蔵・道綽・善導等是也。今且依↢道綽・善導之一家↡、論↢師資相承血脈↡者。此亦有↢両説↡、一者菩提流支三蔵・慧寵法師・道場法師・曇鸞法師・大海禅師・法上法師。已上出↢¬安楽集¼↡ 二者菩提流支三蔵・曇鸞法師・道綽禅師・善導禅師・懐感法師・小康法師。已上出↢¬唐¼¬宋¼両伝↡

二行章

【2】 善導ぜんどう和尚かしょう正雑しょうぞうぎょうてて、 雑行ぞうぎょうてて正行しょうぎょうするもん

 善導和尚、立↢正雑二行↡、捨↢雑行↡帰↢正行↡之文

◎二行章 引文

1.観経疏

 ¬*観経疏かんぎょうしょ¼ のだい(*散善義) にいはく

¬観経疏¼第四云。

ぎょうにつきてしんつといふは、 しかもぎょうに二しゅあり。 一には*正行しょうぎょう、 二には*雑行ぞうぎょうなり

「就↠行立↠信者、然行有↢二種↡。一者正行、二者雑行。

正行しょうぎょうといふは、 もつぱら*おうじょうきょうによりてぎょうぎょうずるもの、 これを正行しょうぎょうづく。 いづれのものかこれや。 一心いっしんにもつぱらこの ¬かんぎょう¼・¬弥陀みだきょう¼・¬無量寿むりょうじゅきょう¼ とう*読誦どくじゅし、 一心いっしんにもつぱらそうとどめてかのくに*ほう荘厳しょうごん*観察かんざつ憶念おくねんし、 もしらいせばすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつ*らいし、 もし口称くしょうせばすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつ*しょうし、 もし讃歎さんだんようせばすなはち一心いっしんにもつぱら*讃歎さんだんようす。 これをづけてしょうとなす

往生の経…行ずる 「往生の経」 は浄土三部経を指す。 「往生経の行によりて行ずる」 と読む異本もある。
二報荘厳 依正二報の荘厳相。 →しょう二報にほう

言↢正行↡者、専依↢往生経行↡行者、是名↢正行↡。何者是也。一心専読↢誦此観経・弥陀経・無量寿経等↡、一心専↢注思↣想観↤察憶↯念彼国二報荘厳↡、若礼即一心専礼↢彼仏↡、若口称即一心専称↢彼仏↡、若讃歎供養即一心専讃歎供養、是名為↠正。

またこのしょうのなかにつきて、 また二しゅあり

又就↢此正中↡、復有↢二種↡。

一には一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんじて、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざが*せつごんはず念々ねんねんてざるもの、 これを*正定しょうじょうごうづく。 かのぶつがんじゅんずるがゆゑに

時節の久近 時間の長短。

一者一心専↢念弥陀名号↡、行住坐臥、不↠問↢時節久近↡、念念不↠捨者、是名↢正定之業↡、順↢彼仏願↡故。

もし*礼誦らいじゅとうによるをすなはちづけて*助業じょごうとなす

礼誦等 正行しょうぎょうのうちの称名以外の行業ぎょうごう読誦どくじゅ観察かんざつ礼拝らいはい讃嘆さんだんようの助業をいう。 →助業じょごう

若依↢礼誦等↡、即名為↢助業↡。

この正助しょうじょぎょうのぞきてのほかの自余じよ諸善しょぜんをことごとく*雑行ぞうぎょうづく。 もしさき正助しょうじょぎょうしゅすれば、 しんつねに〔弥陀みだぶつに〕親近しんごんして憶念おくねんえず、 づけてけんとなす。 もしのち雑行ぞうぎょうぎょうずれば、 すなはちしんつねに*間断けんだんす。 *こうしてしょうずることをべしといへども、 おおざつぎょうづく」 と

間断 とだえること。

除↢此正助二行↡已外自余諸善悉名↢雑行↡。若修↢前正助二行↡、心常親近憶念不↠断、名為↢無間↡也。若行↢後雑行↡即心常間断、雖↠可↢迴向得↟生、衆名↢疎雑之行↡也。」

◎二行章 私釈

 わたくしにいはく、 このもんにつきて二のこころあり。 一にはおうじょう行相ぎょうそうかす。 二には二ぎょう*得失とくしつはん

得失 すぐれた点と劣った点。

私云。就↢此文↡有↢二意↡。一明↢往生行相↡、二判↢二行得失↡。

往生行相

はじめにおうじょう行相ぎょうそうかすといふは、 善導ぜんどう和尚かしょうこころによらば、 おうじょうぎょうおおしといへどもおおきにわかちて二となす。 一には正行しょうぎょう、 二には雑行ぞうぎょうなり

初明↢往生行相↡者、依↢善導和尚意↡、往生行雖↠多、大分為↠二。一正行、二雑行。

・ 往生行相 正行

はじめの正行しょうぎょうとは、 これにつきて開合かいごうの二のあり。 はじめのかいを五しゅとなし、 のちごうを二しゅとなす

初正行者、付↠之有↢開合二義↡。初開為↢五種↡、後合為↢二種↡。

・ 往生行相 ・ 正行 開 (五種正行)

はじめのかいを五しゅとなすといふは、 一には読誦どくじゅ正行しょうぎょう、 二には観察かんざつ正行しょうぎょう、 三には礼拝らいはい正行しょうぎょう、 四には称名しょうみょう正行しょうぎょう、 五には讃歎さんだんよう正行しょうぎょうなり

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 1.読誦正行

だい一の読誦どくじゅ正行しょうぎょうは、 もつぱら ¬かんぎょう¼ とう読誦どくじゅするなり。 すなはちもん (散善義) に、 「一心いっしんにもつぱらこの ¬かんぎょう¼・¬弥陀みだきょう¼・¬無量寿むりょうじゅきょう¼ とう読誦どくじゅす」 といふこれなり

第一読誦正行者、専読↢誦¬観経¼等↡也。即文云↣「一心専読↢誦此観経・弥陀経・無量寿経等↡」是也。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 2.観察正行

だい二に観察かんざつ正行しょうぎょうは、 もつぱらかのくにしょうほう観察かんざつするなり。 すなはちもん (同) に、 「一心いっしんにもつぱらそうとどめてかのくに*ほう荘厳しょうごん観察かんざつ憶念おくねんす」 といふこれなり

二報荘厳 依正二報の荘厳。 →しょう二報にほう

第二観察正行者、専観↢察彼国依正二報↡也。即文云↰「一心専↢注思↣想観↤察憶↯念彼国二報荘厳↡」是也。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 3.礼拝正行

だい三に礼拝らいはい正行しょうぎょうは、 もつぱら弥陀みだらいするなり。 すなはちもん (同) に、 「もしらいせばすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつらいす」 といふこれなり

第三礼拝正行者、専礼↢弥陀↡也。即文云↣「若礼即一心専礼↢彼仏↡¼是也。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 4.称名正行

だい四に称名しょうみょう正行しょうぎょうは、 もつぱら弥陀みだみょうごうしょうするなり。 すなはちもん (同) に、 「もし口称くしょうせばすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつしょうす」 といふこれなり

第四称名正行者、専称↢弥陀名号↡也。即文云↣「若口称即一心専称↢彼仏↡」是也。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 開 5.讃嘆供養正行

だい五に讃歎さんだんよう正行しょうぎょうは、 もつぱら弥陀みだ讃歎さんだんようするなり。 すなはちもん (同) に、 「もし讃歎さんだんようせばすなはち一心いっしんにもつぱら讃歎さんだんようす、 これをづけてしょうとなす」 といふこれなり。 もし讃歎さんだんようとをかいして二となさば、 六しゅ正行しょうぎょうづくべし。 いまごうによるがゆゑに五しゅといふ

第五讃歎供養正行者、専讃↢歎供↣養弥陀↡也。即文云↢「若讃歎供養、即一心専讃歎供養、是名為↟正」是也。若開↣讃歎与↢供養↡、而為↠二者、可↠名↢六種正行↡也。今依↢合義↡故云↢五種↡。

・ 往生行相 ・ 正行 

つぎごうを二しゅとなすといふは、 一には正業しょうごう、 二には助業じょごうなり

次合為↢二種↡者、一者正業、二者助業。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 合 1.正業

はじめの正業しょうごうは、 かみの五しゅのなかのだい四の称名しょうみょうをもつて正定しょうじょうごうとなす。 すなはちもん (散善義) に、 「一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんじて、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざが*せつごんはず念々ねんねんてざるもの、 これを正定しょうじょうごうづく。 かのぶつがんじゅんずるがゆゑに」 といふこれなり

時節の久近 時間の長短。

初正業者、以↢上五種之中第四称名↡、為↢正定之業↡。即文云↧「一心専↢念弥陀名号↡、行住坐臥不↠問↢時節久近↡、念念不↠捨者、是名↢正定之業↡。順↢彼仏願↡故↥」是也。

・ 往生行相 ・ 正行 ・ 合 2.助業

つぎ助業じょごうは、 だい四の口称くしょうのぞきてのほかの読誦どくじゅとうの四しゅをもつてしかも助業じょごうとなす。 すなはちもん (同) に、 「もし礼誦らいじゅとうによるをすなはちづけて助業じょごうとなす」 といふこれなり

次助業者、除↢第四口称↡之外、以↢読誦等四種↡、而為↢助業↡。即文云↧「若依↢礼誦等↡、即名為↦助業↥」是也。

 ひていはく、 なんがゆゑぞ五しゅのなかにひと称名しょうみょう念仏ねんぶつをもつて正定しょうじょうごうとなすや

問曰。何故五種之中、独以↢称名念仏↡為↢正定業↡乎。

こたへていはく、 かのぶつがんじゅんずるがゆゑに。 こころはいはく、 称名しょうみょう念仏ねんぶつはこれかのぶつ*本願ほんがんぎょうなり。 ゆゑにこれをしゅすれば、 かのぶつがんじょうじてかならずおうじょう。 そのぶつ本願ほんがん*しもいたりてるべし

本願の行 しゅじょう往生の正定業として、 本願に選び定められた行。 →正定しょうじょうごう
 次章の本願章を指す。

答曰。順↢彼仏願↡故。意云、称名念仏是彼仏本願行也。故修↠之者、乗↢彼仏願↡、必得↢往生↡也。其本願義、至↠下可↠知。

 往生院本では 「其仏」。

・ 往生行相 雑行

 つぎ雑行ぞうぎょうは、 すなはちもん (同) に、 「この正助しょうじょぎょうのぞきてのほかの自余じよ諸善しょぜんをことごとく雑行ぞうぎょうづく」 といふこれなり。 こころはいはく、 雑行ぞうぎょうりょうなり、 *つぶさにぶるにいとまあらず。 ただしばらく五しゅ正行しょうぎょう翻対ほんたいしてもつて五しゅ雑行ぞうぎょうかすべし。 一には読誦どくじゅ雑行ぞうぎょう、 二には観察かんざつ雑行ぞうぎょう、 三には礼拝らいはい雑行ぞうぎょう、 四には称名しょうみょう雑行ぞうぎょう、 五には讃歎さんだんよう雑行ぞうぎょうなり

つぶさに… くわしく述べることはできない。

次雑行者、即文云↧「除↢此正助二行↡已外、自余諸善、悉名↢雑行↥」是也。意云。雑行無量、不↠遑↢具述↡。但今且、翻↢対五種正行↡、以明↢五種雑行↡也。一読誦雑行、二観察雑行、三礼拝雑行、四称名雑行、五讃歎供養雑行也。

 往生院本では欠く。

・ 往生行相 ・ 雑行 1.読誦雑行

だい一に読誦どくじゅ雑行ぞうぎょうといふは、 かみの ¬かんぎょう¼ とう*おうじょうじょうきょうのぞきてのほかのだい小乗しょうじょう*顕密けんみつ諸経しょきょうにおいてじゅ読誦どくじゅするをことごとく読誦どくじゅ雑行ぞうぎょうづく

往生浄土の経 浄土三部経。

第一読誦雑行者、除↢上¬観経¼等往生浄土経↡已外、於↢大小乗顕密諸経↡、受持読誦、悉名↢読誦雑行↡。

・ 往生行相 ・ 雑行 2.観察雑行

だい二に観察かんざつ雑行ぞうぎょうといふは、 かみ極楽ごくらく*しょうのぞきてのほかの大小だいしょう顕密けんみつ*事理じり観行かんぎょうをみなことごとく観察かんざつ雑行ぞうぎょうづく

事理 事は具体的な差別の事相、 理は普遍的な平等の理性を指す。

第二観察雑行者、除↢上極楽依正↡已外、大小・顕密・事理観行、皆悉名↢観察雑行↡。

・ 往生行相 ・ 雑行 3.礼拝雑行

だい三に礼拝らいはい雑行ぞうぎょうといふは、 かみ弥陀みだ礼拝らいはいするをのぞきてのほかの一切いっさいしょぶつさつとうおよびもろもろの*てんとうにおいて礼拝らいはい*恭敬くぎょうするをことごとく礼拝らいはい雑行ぞうぎょうづく

世天 梵天・帝釈天などの天の神々のこと。 →梵天ぼんてん帝釈たいしゃく

第三礼拝雑行者、除↣上礼↢拝弥陀↡已外、於↢一切諸余仏・菩薩等、及諸世天等↡、礼拝恭敬、悉名↢礼拝雑行↡。

・ 往生行相 ・ 雑行 4.称名雑行

だい四に称名しょうみょう雑行ぞうぎょうといふは、 かみ弥陀みだみょうごうしょうするをのぞきてのほかの自余じよ一切いっさいぶつさつとうおよびもろもろのてんとうみょうごうしょうするをことごとく称名しょうみょう雑行ぞうぎょうづく

第四称名雑行者、除↣上称↢弥陀名号↡已外、称↢自余一切仏・菩薩等、及諸世天等名号↡、悉名↢称名雑行↡。

・ 往生行相 ・ 雑行 5.讃嘆供養雑行

だい五に讃歎さんだんよう雑行ぞうぎょうといふは、 かみ弥陀みだぶつのぞきてのほかの一切いっさいしょぶつさつとうおよびもろもろのてんとうにおいて讃歎さんだんようするをことごとく讃歎さんだんよう雑行ぞうぎょうづく

第五讃歎供養雑行者、除↢上弥陀仏↡已外、於↢一切諸余仏・菩薩等、及諸世天等↡、讃歎供養、悉名↢讃歎供養雑行↡。

このほかまた*布施ふせ*かいとうりょうぎょうあり。 みな*雑行ぞうぎょうごん摂尽しょうじんすべし

雑行の言に摂尽すべし 雑行という言葉の中に含みおさめることができる。

此外亦有↢布施・持戒等無量之行↡。皆可↣摂↢尽雑行言↡。

二行得失

 つぎに二ぎょう*得失とくしつはんぜば、 「もしさき*正助しょうじょぎょうしゅすれば、 しんつねに〔阿弥陀あみだぶつに〕親近しんごんして憶念おくねんえず、 づけてけんとなす。 もしのち雑行ぞうぎょうぎょうずるは、 すなはちしんつねに*間断けんだんす。 こうしてしょうずることをべしといへども、 おおぞうぎょうづく」 (散善義) と、 すなはちそのもんなり。 このもんこころあんずるに、 正雑しょうぞうぎょうにつきて五ばん相対そうたいあり。 一にはしんたい、 二には近遠ごんおんたい、 三にはけんけんたい、 四にはこうこうたい、 五には純雑じゅんぞうたいなり

得失 すぐれた点と劣った点。
正助二行 正定しょうじょうごう助業じょごうのこと。 助業は正定業としての称名念仏におのずからともないつく。
間断 とだえること。

次判↢二行得失↡者、「若修↢前正助二行↡、心常親近、憶念不↠断、名為↢無間↡也。若行↢後雑行↡、即心常間断、雖↠可↢廻向得↟生、衆名↢疎雑之行↡」即其文也。案↢此文意↡、就↢正雑二行↡、有↢五番相対↡。一親疎対、二近遠対、三有間無間対、四回向不回向対、五純雑対也。

・ 二行得失 1.親疎対

だい一にしんたいといふは、 づ 「しん」 といふは、 *正助しょうじょぎょうしゅするものは阿弥陀あみだぶつにおいてはなはだもつて*親昵しんじつとなす。 ゆゑに ¬しょ¼ (*定善義)かみもんにいはく、 「しゅじょうぎょうおこして*しんにつねにぶつしょうすれば、 ぶつすなはちこれをきこしめす。 につねにぶつ*礼敬らいきょうすれば、 ぶつすなはちしんにこれをたまふ。 しんつねにぶつねんずれば、 ぶつすなはちこれをりたまふ。 しゅじょうぶつ憶念おくねんすれば、 ぶつしゅじょう憶念おくねんしたまふ。 *彼此ひしの三ごうあひしゃせず。 ゆゑに親縁しんえんづく」 と。 つぎに 「」 といふは雑行ぞうぎょうなり。 しゅじょうぶつしょうせざれば、 ぶつすなはちこれをきたまはず。 ぶつらいせざれば、 ぶつすなはちこれをたまはず。 しんぶつねんぜざれば、 ぶつすなはちこれをりたまはず。 しゅじょうぶつ憶念おくねんせざれば、 ぶつしゅじょう憶念おくねんしたまはず。 彼此ひしの三ごうつねにしゃす。 ゆゑに疎行そぎょうづく

正助二行 正定業と助業のこと。 →正定しょうじょうごう助業じょごう
親昵 親しみ、 むつまじくすること。
 諸本にはこの字なし。
彼此 彼は阿弥陀仏、 此は念仏のしゅじょうを指す。

第一親疎対者、先親者、修↢正助二行↡者、於↢阿弥陀仏↡以為↢親昵↡。故¬疏¼上文云。「衆生起行、口常称↠仏、仏即聞↠之。身常礼↢敬仏↡、仏即見↠之。心常念↠仏、仏即知↠之。衆生憶↢念仏↡者、仏亦憶↢念衆生↡。彼此三業不↢相捨離↡、故名↢親縁↡也。」次疎者雑行也。衆生口不↠称↠仏、仏即不↠聞↠之。身不↠礼↠仏、仏即不↠見↠之。心不↠念↠仏、仏即不↠知↠之。衆生不↣憶↢念仏↡者、仏不↣憶↢念衆生↡。彼此三業、常相捨離。故名↢疎行↡也。

◇ 他本には 「甚」 の字あり。
 盧山寺本、 往生院本では 「心口」。
 他本では欠く。
 他本では欠く。
 他本では欠く。

・ 二行得失 2.近遠対

だい二にごんおんたいといふは、 づ 「ごん」 といふは、 正助しょうじょぎょうしゅするものは阿弥陀あみだぶつにおいてはなはだもつてちかちかしとなす。 ゆゑに ¬しょ¼ (定善義)かみもんにいはく、 「しゅじょうぶつんとがんずれば、 ぶつすなはちねんおうじてまえ現在げんざいしたまふ。 ゆゑに近縁ごんえんづく」 と。 つぎに 「おん」 といふは雑行ぞうぎょうなり。 しゅじょうぶつんとがんぜざれば、 ぶつすなはちねんおうぜず、 まえげんじたまはず。 ゆゑにおんづく。 ただし親近しんごんこれ一にたりといへども、 善導ぜんどうこころわかちて二となす。 そのむね ¬しょ¼ (同)もんえたり。 ゆゑにいましゃくするところなり

第二近遠対者、先近者、修↢正助二行↡者、於↢阿弥陀仏↡甚為↢鄰近↡。故¬疏¼上文云。「衆生願↠見↠仏、仏即応↠念現在↢目前↡。故名↢近縁↡也。」次遠者、雑行也。衆生不↠願↠見↠仏、仏即不↠応↠念、不↠現↢目前↡。故名↠遠也。但親近義、是雖↠似↠一、善導之意、分而為↠二。其旨見↢¬疏¼文↡。故今所↢引釈↡也。

 他本では 「甚以」。

・ 二行得失 3.無間有間対

だい三にけんけんたいといふは、 づ 「けん」 といふは、 正助しょうじょの二ぎょうしゅするものは弥陀みだぶつにおいて憶念おくねん間断けんだんせず。 ゆゑに 「づけてけんとなす」 といふこれなり。 つぎに 「けん」 といふは、 雑行ぞうぎょうしゅするものは弥陀みだぶつにおいて憶念おくねんつねに間断けんだんす。 ゆゑに 「しんつねに間断けんだんす」 といふこれなり

第三無間有間対者、先無間者、修↢正助二行↡者、於↢阿弥陀仏↡憶念不↢間断↡。故云↣「名為↢無間↡」是也。次有間者、修↢雑行↡者、於↢阿弥陀仏↡憶念常間断。故云↢「心常間断↡」是也。

阿弥陀仏 他本では 「弥陀仏」。 以下同。

・ 二行得失 4.不回向回向対

だい四にこうこうたいといふは、 正助しょうじょぎょうしゅするものは、 たとひえつこうもちゐざれども*ねんおうじょうごうとなる。 ゆゑに ¬しょ¼ (*玄義分)かみもんにいはく、 「いまこの ¬かんぎょう¼ のなかの十しょうぶつしょうするは、 すなはち十がんぎょうありてそくせり。 いかんがそくする。 ª南無なもº といふはすなはちこれみょう、 またこれ発願ほつがんこうなり。 ª阿弥陀あみだぶつº といふはすなはちこれそのぎょうなり。 このをもつてのゆゑにかならずおうじょう」 と。 つぎに 「こう」 といふは、 雑行ぞうぎょうしゅするものは、 かならずこうもちゐるときおうじょういんとなる。 もしこうもちゐざるときにはおうじょういんとならず。 ゆゑに 「こうしてしょうずることをべしといへども」 といふこれなり

自然に往生の業となる 称名念仏は本願によって往生行と選定されているので、 しゅじょうが往生のためにこうする必要は全くなく、 称名すればそのままで往生の業因となる。

第四不回向回向対者、修↢正助二行↡者、縦令別不↠用↢回向↡、自然成↢往生業↡。故¬疏¼上文云。「今此観経中十声称仏、即有↢十願・十行↡具足。云何具足。言↢南無↡者、即是帰命。亦是発願廻向之義。言↢阿弥陀仏↡者、即是其行。以↢斯義↡故、必得↢往生↡。」已上 次回向者、修↢雑行↡者、必用↢回向↡之時、成↢往生之因↡。若不↠用↢回向↡之時、不↠成↢往生之因↡。故云↠雖↠可↢回向得↟生是也。

・ 二行得失 5.純雑対

だい五にじゅんぞうたいといふは、 づ 「じゅん」 といふは、 *正助しょうじょぎょうしゅするものはもつぱらこれ極楽ごくらくぎょうなり。 つぎに 「ぞう」 といふは、 これもつぱら極楽ごくらくぎょうにあらず。 人天にんでんおよび三じょうつうず、 また十ぽうじょうつうず。 ゆゑにぞうといふ。 しかれば*西方さいほう行者ぎょうじゃすべからく雑行ぞうぎょうてて正行しょうぎょうしゅすべし

正助二行 正定業と助業のこと。 →正定しょうじょうごう助業じょごう
西方の行者 西方の極楽浄土に往生を願う行者。

第五純雑対者、先純者、修↢正助二行↡者、純是極楽之行也。次雑者、是純非↢極楽之行↡。通↢於人天及以三乗↡、亦通↢於十方浄土↡。故云↠雑也。然者西方行者、須↧捨↢雑行↡修↦正行↥也。

 往生院本では欠く。

 ひていはく、 この純雑じゅんぞう経論きょうろんのなかにおいてその証拠しょうこありや

問曰。此純雑義、於↢経論中↡有↢其証拠↡乎。

こたへていはく、 だい小乗しょうじょう*きょう*りつ*ろんのなかにおいて純雑じゅんぞうもんつること、 そのれい一にあらず。 大乗だいじょうはすなはち*ぞうのなかにおいてしかも雑蔵ぞうぞうつ。 まさにるべし、 七ぞうはこれじゅん、 一ぞうはこれぞうなり。 小乗しょうじょうはすなはち*ごんのなかにおいて雑含ぞうごんつ。 まさにるべし、 三ごんはこれじゅん、 一ごんはこれぞうなり。 りつにはすなはち*二十のけんててもつて戒行かいぎょうかす。 そのなかにさきの十九はこれじゅんのちの一はぞうけんなり。 ろん (八犍度論) にはすなはち八けんてて諸法しょほう性相しょうそうかす。 さきの七けんはこれじゅんのちの一はこれぞうけんなり。 *賢聖げんじょうしゅうのなか、 とうそう両伝りょうでんには*ほうてて高僧こうそう行徳ぎょうとくかす。 そのなかにさきの九はこれじゅんのちの一はこれぞうなり。 ない、 ¬*大乗だいじょう義章ぎしょう¼ に*じゅ法門ほうもんあり。 さきの四じゅはこれじゅんのちの一はこれ雑聚ぞうじゅなり。 また顕教けんぎょうのみにあらず。 密教みっきょうのなかに純雑じゅんぞうほうあり。 いはく*さんの ¬*仏法ぶっぽう血脈けちみゃく¼ にいはく、 一には*胎蔵界たいぞうかいまん陀羅だら血脈けちみゃくしゅ、 二には*金剛界こんごうかいまん陀羅だら血脈けちみゃくしゅ、 三には*ぞうまん陀羅だら血脈けちみゃくしゅさきの二しゅはこれじゅんのちの一しゅはこれぞうなり。 純雑じゅんぞうおおしといへども、 いまりゃくして小分しょうぶんぐるのみ。 まさにるべし、 純雑じゅんぞうほうしたがひて不定ふじょうなり

八蔵 仏の説法を八種に分類したもの。 胎化蔵たいけぞうちゅう陰蔵いんぞう摩訶まかえん方等蔵ほうどうぞう・戒律蔵・十住じゅうじゅうさつぞう金剛蔵こんごうぞう・仏蔵・雑蔵ぞうぞう。 ¬さつ処胎しょたいきょう¼ に見える説。
四含 ¬じょうごんぎょう¼ ¬ちゅうごんぎょう¼ ¬増一ぞういつごんぎょう¼ ¬ぞうごんぎょう¼ のこと。 →ごん
二十の犍度 犍度は章のこと。 教団の生活・儀式などに関する規定を二十章に分類整理したもの。 ¬分律ぶんりつ¼ に説く。
賢聖集 諸種の ¬高僧伝¼ を指していう。
十科の法 訳経・解義げぎしゅうぜん明律みょうりつ・護法・観通・ゆいしん読誦どくじゅ・興福・雑科。
五聚の法門 教聚・義聚・染聚ぜんじゅ・浄聚・雑聚ぞうじゅ
山家 天台てんだい宗のこと。
胎蔵界の曼陀羅 大日だいにち如来の慈悲のはたらきを図示したもの。 ¬大日経¼ にもとづく。 →まん荼羅だら
金剛界の曼陀羅 大日如来の智慧ちえのはたらきを図示したもの。 ¬金剛こんごう頂経ちょうきょう¼ にもとづく。 →まん荼羅だら
雑曼陀羅 大日如来以外の諸尊を中尊とする曼荼羅。 →まん荼羅だら

答曰。於↢大・小乗経・律・論之中↡立↢純雑二門↡、其例非↠一。大乗即於↢八蔵之中↡、而立↢雑蔵↡。当↠知、七蔵是純、一蔵是雑。小乗即於↢四含之中↡、而立↢雑含↡。当↠知、三含是純、一含是雑。律即立↢二十揵度↡、以明↢戒行↡。其中前十九是純、後一是雑揵度也。論則立↢八揵度↡、明↢諸法性相↡。前七揵度是純、後一是雑揵度也。賢聖集中、¬唐¼・¬宋¼両伝、立↢十科法↡明↢高僧行徳↡。其中前九是純、後一是雑科也。乃至¬大乗義章¼、有↢五聚法門↡、前四聚是純、後一是雑聚也。亦非↢顕教↡、密教之中、有↢純雑法↡。謂山家¬仏法血脈譜¼云。一胎蔵界曼陀羅血脈譜一首、二金剛界曼陀羅血脈譜一首、三雑曼陀羅血脈譜一首、前二首是純、後一首是雑。純雑之義雖↠多、今略挙↢小分↡而已。当↠知、純雑之義、随↠法不定。

 往生院本では欠く。

これによりていま善導ぜんどう和尚かしょうこころ、 しばらくじょうぎょうにおいて純雑じゅんぞうろんずるなり。 この純雑じゅんぞう*内典ないてんのみにかぎらず、 *てんのなかにそのれいはなはだおおし。 しげきことをおそれていださず

内典 仏教の書物。
外典 仏教以外の書物。

因↠茲、今善導和尚意、且於↢浄土行↡論↢純雑↡也。此純雑義、不↠局↢内典↡、外典之中其例甚多、恐↠繁不↠出矣。

ただしおうじょうぎょうにおいて二ぎょうわかつこと、 善導ぜんどうのみにかぎらず。 もし道綽どうしゃくぜんこころによらば、 おうじょうぎょうおおしといへどもつかねて二となす。 一にはいはく念仏ねんぶつおうじょう、 二にはいはく万行まんぎょうおうじょうなり。 もし*かんぜんこころによらば、 おうじょうぎょうおおしといへどもつかねて二となす。 一にはいはく*念仏ねんぶつおうじょう、 二にはいはく*諸行しょぎょうおうじょうなり。 しん (源信) これにおなじ。 かくのごときの三、 おのおの二ぎょうてておうじょうぎょうせっす。 はなはだそのむね*自余じよしょはしからず。 行者ぎょうじゃこれをおもふべし

自余の諸師 じょうようおん (523-592)、 天台てんだい大師智顗ちぎ (538-597)、 嘉祥かじょう大師吉蔵きちぞう (549-623) などを指す。

但於↢往生行↡、而分↢二行↡不↠限↢善導一師↡。若依↢道綽禅師意↡者、往生行雖↠多、束而為↠二。一謂念仏往生、二謂万行往生。若依↢懐感禅師意↡、往生行雖↠多、束而為↠二。一謂念仏往生、二謂諸行往生。慧心同↠之 如↠是三師、各立↢二行↡、摂↢往生行↡。甚得↢其旨↡、自余諸師不↠然。行者応↠思↠之。

◎二行章 引文

2.往生礼讃

 ¬*おうじょう礼讃らいさん¼ にいはく、 「もしよくかみのごとく念々ねんねん相続そうぞくして、 *畢命ひつみょうとなすものは、 十はすなはち十ながらしょうじ、 ひゃくはすなはちひゃくながらしょうず。 なにをもつてのゆゑに。 *雑縁ぞうえんなく正念しょうねんるがゆゑに。 ぶつ本願ほんがん相応そうおうするがゆゑに。 きょうせざるがゆゑに。 ぶつ随順ずいじゅんするがゆゑに

畢命を期となす 命がおわる時を限りとする。
外の雑縁 外からのさまざまな妨げ。

¬往生礼讃¼云。「若能如↠上念念相続、畢命為↠期者、十即十生、百即百生。何以故、無↢外雑縁↡、得↢正念↡故、与↢仏本願↡得↢相応↡故、不↠違↠教故、随↢順仏語↡故。

 他本では欠く。

もし*せんてて*雑業ぞうごうしゅせんとほっするものは、 ひゃくときまれに一二をせんときまれに五三を。 なにをもつてのゆゑに。 雑縁ぞうえん乱動らんどうして正念しょうねんうしなふによるがゆゑに。 ぶつ本願ほんがん相応そうおうせざるがゆゑに。 きょうそうするがゆゑに。 ぶつじゅんぜざるがゆゑに。 *ねん相続そうぞくせざるがゆゑに。 *憶想おくそう間断けんだんするがゆゑに。 *がん*慇重おんじゅう真実しんじつならざるがゆゑに。 *とんしん諸見しょけん煩悩ぼんのうきたりて間断けんだんするがゆゑに。 ざん悔過けかあることなきがゆゑに。 また相続そうぞくしてかのぶつおんほうぜんとおもはざるがゆゑに。 しん*軽慢きょうまんしょうじて、 業行ごうぎょうをなすといへどもつねに*名利みょうり相応そうおうするがゆゑに。 *にんおのづからおおひて*どうぎょうぜんしき親近しんごんせざるがゆゑに。 ねがひて雑縁ぞうえんちかづきて、 おうじょう正行しょうぎょう*自障じしょう障他しょうたするがゆゑなり

 念仏を専修せんじゅすること。
雑業 念仏以外のさまざまな行業ぎょうごう。 →雑行ぞうぎょう
係念相続せざる 浄土に想いをかけることが相続しない。
憶想間断する 仏をおもう心がとだえる。
回願 浄土を願生すること。
慇重 あつく重いこと。
人我 我執。 自己にとらわれること。
同行 同じく往生を願う者。
自障障他 みずからさまたげ、 他人をもさまたげること。

若欲↣捨↠専修↢雑業↡者、百時希得↢一二↡、千時希得↢五三↡。何以故、乃由↣雑縁乱動失↢正念↡故、与↢仏本願↡不↢相応↡故、与↠教相違故、不↠順↢仏語↡故、係念不↢相続↡故、憶想間断故、廻願不↢慇重真実↡故、貪瞋諸見煩悩来間断故、無↠有↢慚愧懺悔心故↡。又不↣相続念↢報彼仏恩↡故、心生↢軽慢↡雖↠作↢業行↡常与↢名利↡相応故、人我自覆不↣親↢近同行善知識↡故、楽近↢雑縁↡、自↢障障↣他往生正行↡故。

 他本では欠く。
懺悔心 他本では 「悔過」。

なにをもつてのゆゑに。 、 このごろみづから諸方しょほう道俗どうぞく見聞けんもんするに、 *解行げぎょうどうなり、 *専雑せんぞうあり。 ただこころをもつぱらにしてなすものは、 十はすなはち十しょうず。 ぞうしゅしてしんいたさざるものは、 せんがなかに一もなし。 この二ぎょう得失とくしつさきにすでにべんずるがごとし

専雑 専修と雑修。 →せんじゅ雑修ざっしゅ

何以故。余比日自見↢聞諸方道俗↡、解行不同、専雑有↠異。但使↢専↠意作↡者、十即十生。修↠雑不↢至心↡者、千中無↠一。此二行得失、如↢前已弁↡。

あおねがはくは一切いっさい往生人おうじょうにんとう、 よくみづからおのれがのう思量しりょうせよ。 今身こんじんにかのくにしょうぜんとがんぜば、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざがにかならずすべからくしんはげまし、 おのれをこくして昼夜ちゅうやはいすることなかるべし。 畢命ひつみょうとなせ。 まさしく*ぎょうにありて少苦しょうく似如たれども、 前念ぜんねん命終みょうじゅうしてねんにすなはちかのくにしょうじて、 長時じょうじ永劫ようごうにつねに*無為むい諸楽しょらくく。 ない成仏じょうぶつまでしょうず。 あにこころよきにあらずや。 るべし」 と

無為の諸楽 無為むいはんのさまざまな楽しみ。

仰願一切往生人等、善自思↢量己能↡。今身願↠生↢彼国↡者、行住坐臥、必須↢励↠心剋↠己昼夜莫↟廃。畢命為↠期、上在↢一形↡、似↢如少苦↡、前念命終後念即生↢彼国↡、長時永劫常受↢無為法楽↡。乃至成仏不↠経↢生死↡、豈非↠快哉。応↠知。」

 他本では 「正」。
法楽 往生院本では 「諸楽」。

◎二行章 私釈

 わたくしにいはく、 このもんるに、 いよいよすべからくぞうててせんしゅすべし。 あにひゃくそく百生ひゃくしょう専修せんじゅ正行しょうぎょうてて、 かた*千中せんちゅう一の雑修ざっしゅ雑行ぞうぎょうしゅうせんや。 行者ぎょうじゃよくこれを思量しりょうせよ

千中無一 千人の中に一人も往生する者がいないということ。

私云。見↢此文↡弥須↢捨↠雑修↟専。豈捨↢百即百生専修正行↡、堅執↢千中無一雑修雑行↡乎。行者能思↢量之↡。

本願章

【3】 弥陀みだ如来にょらいぎょうをもつておうじょう本願ほんがんとなさず、 ただ念仏ねんぶつをもつておうじょう本願ほんがんとなしたまへるもん

 弥陀如来、不↧以↢余行↡為↦往生本願↥、唯以↢念仏↡為↢往生本願↡之文

◎本願章 引文

1.大経

 ¬*無量寿むりょうじゅきょう¼ のじょうにのたまはく、 「たとひわれぶつを得たらんに、 十ぽうしゅじょうしんいたしんぎょうして、 わがくにしょうぜんとほっして、 ないねんせんに、 もししょうぜずといはば、 しょうがくらじ」 (第十八願)

¬無量寿経¼上云。「設我得↠仏、十方衆生、至↠心信楽欲↠生↢我国↡乃至十念、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。」

2.観念門

 ¬*観念かんねん法門ぼうもん¼ にかみもんきていはく、 「もしわれぶつにならんに、 十ぽうしゅじょう、 わがくにしょうぜんとがんじて、 わがみょうごうしょうすることしもしょういたらんに、 わが願力がんりきりて、 もししょうぜずは、 しょうがくらじ」 と

¬観念法門¼引↢上文↡云。「若我成仏、十方衆生、願↠生↢我国↡、称↢我名字↡、下至↢十声↡、乗↢我願力↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。」

名字 往生院本では 「名号」。

3.往生礼讃

 ¬*おうじょう礼讃らいさん¼ におなじきかみもんきていはく、 「ªもしわれぶつにならんに、 十ぽうしゅじょう、 わがみょうごうしょうすることしもしょういたるまで、 もししょうぜずは、 しょうがくらじº と。 かのぶついまげん*にましましてぶつになりたまへり。 まさにるべし、 本誓ほんぜい*重願じゅうがんむなしからず、 しゅじょう称念しょうねんすればかならずおうじょうすることを」 と

 ¬選択集¼ 延書のべがき本 (りゃくおう四年本転写本、 存覚ぞんかく上人相伝本) には 「世」 の字を欠く。
重願 深重の誓願。 第十八願のこと。

¬往生礼讃¼同引↢上文↡云。「若我成仏、十方衆生、称↢我名号↡、下至↢十声↡、若不↠生者、不↠取↢正覚↡。彼仏今現在世成仏。当↠知、本誓重願不↠虚。衆生称念必得↢往生↡。」

◎本願章 私釈

総別二願

 わたくしにいはく、 一切いっさい諸仏しょぶつおのおの*総別そうべつしゅがんあり。 「そう」 といふは*ぜいがんこれなり。 「べつ」 といふは*しゃの五ひゃく大願だいがん*やくの十二の上願じょうがんとうのごときこれなり。 いまこの四十八のがんはこれ弥陀みだ別願べつがんなり

総別二種の願 すべての仏に共通する誓願 (総願) とそれぞれの仏菩薩の独自の誓願 (別願)。
釈迦の五百の大願 ¬悲華ひけきょう¼ に見える。
薬師の十二の上願 ¬薬師本願経¼ に見える。

私云。一切諸仏、各有↢総別二種之願↡。総者、四弘誓願是也。別者、如↢釈迦五百大願、薬師十二上願等↡是也。今此四十八願者、是弥陀別願也。

発願時所

 ひていはく、 弥陀みだ如来にょらい、 いづれのとき、 いづれのぶつみもとにしてかこのがんおこしたまへるや

問曰。弥陀如来、於↢何時何仏所↡而発↢此願↡乎。

こたへていはく、 ¬寿経じゅきょう¼ (*大経・上) にのたまはく、 「ぶつなんげたまはく、 ª乃往ないおう過去かこおんりょう不可思議ふかしぎ*央数おうしゅこうに、 定光じょうこう如来にょらい興出こうしゅつしたまひて、 りょうしゅじょう教化きょうけ*だつして、 みなどうしめて、 すなはちめつりたまへり。 つぎ如来にょらいまします、 づけて光遠こうおんといふ。  つぎしょづく。 かくのごとき諸仏しょぶつ 五十三ぶつなり。 みなことごとくすでにぎて

答曰。¬寿経¼云。「仏告↢阿難↡。乃往過去久遠無量、不可思議無央数劫、錠光如来、興↢出於世↡、教↢化度↣脱無量衆生↡、皆令↠得↠道乃取↢滅度↡。次有↢如来↡、名曰↢光遠↡。乃至 次名↢処世↡。如↠此諸仏、五十三仏也 皆悉已過。

錠光 他本では 「定光」。

そのときつぎぶつまします、 *世自せじ在王ざいおう如来にょらいづく

爾時次有↠仏、名↢世自在王如来↡。

とき国王こくおうあり。 ぶつ説法せっぽうきてしん*えついだきて、 いで*無上むじょう正真しょうしんどうこころおこし、 くにおうてて、 ぎょうじて*沙門しゃもんとなる。 なづけて*法蔵ほうぞうといふ。 *高才こうざい勇哲ゆうてつにして*超異ちょういせり。 世自せじ在王ざいおう如来にょらいみもともうでたまふ

無上正真道の意 菩提心に同じ。 →だいしん
法蔵 →法蔵ほうぞうさつ
世と超異せり 世の常の人に超えすぐれている。

時有↢国王↡、聞↢仏説法↡、心懐↢悦予↡、尋発↢無上正真道意↡、棄↠国捐↠王、行作↢沙門↡、号曰↢法蔵↡。高才勇哲、与↠世超異。詣↢世自在王如来所↡、乃至

ここに世自せじ在王ざいおうぶつ、 すなはち〔法蔵ほうぞう比丘びくの〕ためにひろく二ひゃく一十おく諸仏しょぶつ*せつ人天にんでん善悪ぜんあくこく*粗妙そみょうきて、 その心願しんがんおうじてことごとくこれをげんしたまふ

刹土 梵語クシェートラ (kşetra) の音写 「刹」 (国土の意) と、 この語の漢訳の 「土」 を合成した語。
粗妙 粗末なところとすぐれたところ。

於↠是世自在王仏、即為広説↢二百一十億諸仏刹土、天人之善悪、国土之麤妙↡、応↢其心願↡、悉現与↠之。

天人 他本では 「人天」。

ときにかの比丘びくぶつ所説しょせつ厳浄ごんじょうこくき、 みなことごとく*けんして、 えて無上むじょう殊勝しゅしょうがんおこす。 そのしん寂静じゃくじょうにして、 こころざし所着しょじゃくなく、 一切いっさいけんによくおよぶものなし。 五こうそくして荘厳しょうごん仏国ぶっこく清浄しょうじょうぎょうゆい*摂取せっしゅしきº と

時彼比丘、聞↢仏所説↡、厳浄国土、皆悉覩見、超↢発無上殊勝之願↡。其心寂静、志無↢所着↡、一切世間無↢能及者↡。具↢足五劫↡思↢惟摂↣取荘厳仏国清浄之行↡。

なんぶつにまうさく、 ªかのぶつこく寿量じゅりょういくばくぞやº と。 ぶつののたまはく、 ªそのぶつ寿命じゅみょう四十二こうなり。 とき法蔵ほうぞう比丘びくひゃく一十おく諸仏しょぶつ妙土みょうど清浄しょうじょうぎょう*摂取せっしゅしきº」 と

阿難白↠仏。彼仏国土寿量幾何。仏言。其仏寿命四十二劫。時法蔵比丘、摂↢取二百一十億諸仏妙土清浄之行↡。」已上

¬*だい阿弥陀あみだきょう¼ (上) にのたまはく、 「そのぶつ (世自在王仏) すなはち二ひゃく一十おくぶつこくちゅう諸天しょてん人民にんみん善悪ぜんあくこく好醜こうしゅ選択せんじゃくす。〔法蔵ほうぞう比丘びくの、〕心中しんちゅう所欲しょよくがん選択せんじゃくせんがためなり。 楼夷るいこうぶつ ここには世自せじ在王ざいおうぶつといふ。 きょうきをはりて、 どん摩迦まか ここには*法蔵ほうぞうといふ。 すなはちそのしんを一にして、 すなはち天眼てんげんてっしてことごとくみづから二ひゃく一十おく諸仏しょぶつこくのなかの諸天しょてん人民にんみん善悪ぜんあくこく好醜こうしゅ、 すなはち心中しんちゅう所願しょがん選択せんじゃくして、 すなはちこの二十四の願経がんきょう結得けっとくす」 と ¬*平等覚びょうどうがくきょう¼ またこれにおなじ。

法蔵 →法蔵ほうぞうさつ

¬大阿弥陀経¼云。「其仏即選↢択二百一十億仏国土中諸天・人民之善悪、国土之好醜↡、為選↢択心中所欲願↡。楼夷亘羅仏、此云↢世自在王仏↡ 説↠経畢、曇摩迦、此云↢法蔵↡ 便一↢其心↡、即得↢天眼↡、徹視悉自見↢二百一十億諸仏国土中、諸天・人民之善悪、国土之好醜↡、即選↢択心中所願↡、便結↢得是二十四願経↡。」¬平等覚経¼亦復同↠之

選択摂取

 このなか、 「選択せんじゃく」 とはすなはちこれ取捨しゅしゃなり。 いはく二ひゃく一十おく諸仏しょぶつじょうのなかにおいて、 人天にんでんあく人天にんでんぜんり、 こくしゅうこくこうるなり。 ¬だい阿弥陀あみだきょう¼ の選択せんじゃくかくのごとし。 ¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・上)こころまた選択せんじゃくあり。 いはく、 「ひゃく一十おく諸仏しょぶつ妙土みょうど清浄しょうじょうぎょう摂取せっしゅす」 といふこれなり。 *選択せんじゃく摂取せっしゅとそのことばことなりといへども、 そのこころこれおなじ。 しかれば清浄しょうじょうぎょうてて、 清浄しょうじょうぎょうる。 かみてんにん善悪ぜんあくこく*粗妙そみょう、 そのまたしかなり。 これにじゅんじてるべし

選択と… 「選択」 (取捨の義) と 「摂取」 は本来、 同義であるが、 後者は 「捨」 の義がかくれているので、 通常は取捨の両意に通ずる 「選択」 の語が用いられている。
粗妙 粗末なところとすぐれたところ。

此中選択者、即是取捨義也。謂於↢二百一十億諸仏浄土中↡、捨↢人天之悪↡、取↢人天之善↡、捨↢国土之醜↡、取↢国土之好↡也。¬大阿弥陀経¼選択義如↠是。¬双観経¼意、亦有↢選択義↡。謂云↣「摂↢取二百一十億諸仏妙土清浄之行↡」是也。選択与↢摂取↡、其言雖↠異、其意是同。然者捨↢不清浄行↡、取↢清浄之行↡也。上天人之善悪、国土之麤妙、其義亦然。准↠之応↠知。

それ四十八がんやくして、 一往いちおうおのおの選択せんじゃく摂取せっしゅろんぜば

夫約↢四十八願↡、一往各論↢選択摂取之義↡者、

だい一に*悪趣まくしゅがんは、 *けんするところの二ひゃく一十おくのなかにおいて、 あるいは三悪趣まくしゅあるこくあり。 あるいは三悪趣まくしゅなきこくあり。 すなはちその三悪趣まくしゅあるあくこく選捨せんしゃして、 その三悪趣まくしゅなき善妙ぜんみょうこく選取せんしゅす。 ゆゑに選択せんじゃくといふ

無三悪趣の願 国土に地獄・餓鬼がき畜生ちくしょうの三悪趣がないようにと誓われた願。

第一無三悪趣願者、於↧所↢覩見↡之二百一十億土中↥、或有↧有↢三悪趣↡之国土↥。或有↧無↢三悪趣↡之国土↥。即選↧捨其有↢三悪趣↡麤悪国土↥、選↧取其無↢三悪趣↡善妙国土↥、故云↢選択↡也。

だい二に*不更ふきょう悪趣あくしゅがんは、 かの諸仏しょぶつのなかにおいて、 あるいはたとひくにのなかに三悪道まくどうなしといへども、 そのくに人天にんでん寿いのちおわりてのちに、 そのくによりりてまた三悪趣まくしゅかえあり。 あるいは悪道あくどうかえらざるあり。 すなはちその悪道あくどうかえあくこく選捨せんしゃして、 その悪道あくどうかえらざる善妙ぜんみょうこく選取せんしゅす。 ゆゑに選択せんじゃくといふ

不更悪趣の願 国土の人天が再び三悪趣にたちかえることがないようにと誓われた願。

第二不更悪趣願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧縦雖↣国中無↢三悪道↡、其国人天、寿終之後、従↢其国↡去、復更↢三悪趣↡之土↥。或有↧不↠更↢悪道↡之土↥。即選↧捨其更↢悪道↡麤悪国土↥、選↧取其不↠更↢悪道↡善妙国土↥。故云↢選択↡也。

だい三に*悉皆しっかい金色こんじきがんは、 かの諸仏しょぶつのなかにおいて、 あるいは一のなかに*おうびゃくるい人天にんでんあるこくあり。 あるいはもつぱら黄金色おうごんじきこくあり。 すなはちおうびゃくるいあくこく選捨せんしゃして、 黄金おうごんしき善妙ぜんみょうこく選取せんしゅす。 ゆゑに選択せんじゃくといふ

悉皆金色の願 国土の人天がすべて黄金色となるようにと誓われた願。
黄白二類 黄色人と白色人。

第三悉皆金色願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧一土之中有↢黄白二類人天↡之国土↥。或有↢純黄金色之国土↡。即選↢捨黄白二類麤悪国土↡、選↢取黄金一色善妙国土↡。故云↢選択↡也。

だい四に*無有むう好醜こうしゅがんは、 かの諸仏しょぶつのなかにおいて、 あるいは人天にんでん形色ぎょうしき好醜こうしゅどうこくあり。 あるいは形色ぎょうしきるいにして好醜こうしゅあることなきこくあり。 すなはち好醜こうしゅどうあくこく選捨せんしゃして、 好醜こうしゅあることなき善妙ぜんみょうこく選取せんしゅす。 ゆゑに選択せんじゃくといふ

無有好醜の願 国土の人天のすがたかたちに美醜の差がないようにと誓われた願。

第四無有好醜願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↢人天形色好醜不同之国土↡。或有↧形色一類無↠有↢好醜↡之国土↥。即選↢捨好醜不同麤悪国土↡、選↢取無↠有↢好醜↡善妙国土↥。故云↢選択↡也。

ないだい十八の*念仏ねんぶつおうじょうがんは、 かの諸仏しょぶつのなかにおいて、 あるいは*布施ふせをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*かいをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*忍辱にんにくをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*精進しょうじんをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*禅定ぜんじょうをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*般若はんにゃ *だいしんずるとうこれなり。 をもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*だいしんをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*ねんをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*持経じきょうをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*じゅをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいは*起立きりゅう塔像とうぞう*飯食ぼんじき沙門しゃもんおよび*孝養きょうよう父母ぶも*奉事ぶじ師長しちょうとう種々しゅじゅぎょうをもつておのおのおうじょうぎょうとなすこくとうあり。 あるいはもつぱらそのくにぶつみなしょうしておうじょうぎょうとなすあり

念仏往生の願 →選択せんじゃく本願ほんがん
持経 経典を受持し、 読誦どくじゅすること。
持呪 真言しんごん陀羅尼だらにをとなえること。
起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。
飯食沙門 出家者に食事をささげること。
孝養父母 父母に孝行をすること。
奉事師長 師匠や目上の人に仕えること。

乃至第十八念仏往生願者、於↢彼諸仏土中↡、或有↧以↢布施↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持戒↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢忍辱↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢精進↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢禅定↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢般若↡{信↢第一義↡等是也}為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢菩提心↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢六念↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持経↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢持呪↡為↢往生行↡之土↥。或有↧以↢起立塔像、飯食沙門及以孝養父母、奉事師長等種種之行↡、各為↢往生行↡之国土等↥。或有↧専称↢其国仏名↡、為↢往生行↡之土↥。

かくのごとく一ぎょうをもつて一ぶつはいすることは、 これしばらく*一往いちおうなり。 *再往さいおうこれをろんぜば、 その不定ふじょうなり。 あるいは一ぶつのなかに、 ぎょうをもつておうじょうぎょうとなすあり。 あるいはぶつのなかに、 一ぎょうをもつてつうじておうじょうぎょうとなすあり。 かくのごとくおうじょうぎょう種々しゅじゅどうなり。 つぶさにぶべからず

一往 ひとまずの意。
再往 さらにくわしくの意。

如↠此以↢一行↡配↢一仏土↡者、是且一往之義也。再往論↠之、其義不定。或有↧一仏土中以↢多行↡為↢往生行↡之土↥。或有↧多仏土中以↢一行↡通為↢往生行↡之土↥。如↠是往生行、種種不同。不↠可↢具述↡也。

すなはちいまさき布施ふせかいない孝養きょうよう父母ぶもとう諸行しょぎょう選捨せんしゃして、 専称せんしょう仏号ぶつごう選取せんしゅす。 ゆゑに選択せんじゃくといふ。 しばらく五のがんやくしてりゃくして選択せんじゃくろんずること、 そのかくのごとし

即今選↢捨前布施・持戒乃至孝養父母等諸行↡、選↢取専称仏号↡。故云↢選択↡也。

自余じよ諸願しょがんはこれにじゅんじてるべし

且約↢五願↡略論↢選択↡。其義如↠是。自余諸願、准↠之応↠知。

 ひていはく、 あまねく諸願しょがんやくしてあく選捨せんしゃ善妙ぜんみょう選取せんしゅすること、 そのしかるべし。 なんがゆゑぞ、 だい十八のがんに、 一切いっさい諸行しょぎょう選捨せんしゃして、 ただひとへに念仏ねんぶつぎょう選取せんしゅしておうじょう本願ほんがんとなしたまふや

問曰。暜約↢諸願↡、選↢捨麤悪↡選↢取善妙↡、其理可↠然。何故、第十八願、選↢捨一切諸行↡、唯偏選↢取念仏一行↡、為↢往生本願↡乎。

こたへていはく、 *聖意しょういはかりがたし。 たやすくすることあたはず。 しかりといへどもいまこころみに二のをもつてこれをせば、 一には勝劣しょうれつ、 二にはなんなり

聖意 仏のみこころ。

答曰。聖意難↠測、不↠能↢輒解↡。雖↠然今試以↢二義↡解↠之、一者勝劣義、二者難易義。

勝劣義

はじめの勝劣しょうれつとは、 念仏ねんぶつはこれしょうぎょうはこれれつなり。 所以ゆえんはいかんとならば、 みょうごうはこれ万徳まんどくするところなり。 しかればすなはち弥陀みだぶつのあらゆる**しん*りき*無畏むいとう一切いっさい*内証ないしょうどく*相好そうごう*こうみょう説法せっぽう*利生りしょうとう一切いっさい*ゆうどく、 みなことごとく阿弥陀あみだぶつみょうごうのなかに摂在しょうざいせり。 ゆゑにみょうごうどくもつともしょうとなす。 ぎょうはしからず。 おのおの一ぐうまもる。 ここをもつてれつとなす。 たとへばけん屋舎おくしゃの、 その屋舎おくしゃ名字みょうじのなかにはとう*りょう*てんちゅうとう一切いっさい家具けぐせっせり。 とうりょうとうの一々の名字みょうじのなかには一切いっさいせっすることあたはざるがごとし。 これをもつてるべし。 しかればすなはちぶつみょうごうどく一切いっさいどくすぐれたり。 ゆゑにれつててしょうりてもつて本願ほんがんとなしたまへるか

内証 内に証明されたさとり。
利生 しゅじょうやくすること。
外用 外に現れたはたらき。
 棟をささえる横木。 はり。
 家の棟から軒に掛け渡して屋根をうけている横木。 たるき。

初勝劣者、念仏是勝、余行是劣。所以者何。名号者是万徳之所↠帰也。然則弥陀一仏所有四智・三身・十力・四無畏等一切内証功徳、相好・光明・説法・利生等一切外用功徳、皆悉摂↢在阿弥陀仏名号之中↡。故名号功徳、最為↠勝也。余行不↠然、各守↢一隅↡、是以為↠劣也。譬如↧世間屋舎名字之中、摂↢棟・梁・椽・柱等一切家具↡、棟・梁等一一名字中、不↞能↠摂↢一切↡。以↠之応↠知。然則仏名号功徳、勝↢余一切功徳↡。故捨↠劣取↠勝、以為↢本願↡歟。

◇ 草本、 往生院本では 「其屋舎」 とあり。

難易義

つぎなんとは、 念仏ねんぶつしゅしやすし、 諸行しょぎょうしゅしがたし

次難易義者、念仏易↠修、諸行難↠修。

このゆゑに ¬*おうじょう礼讃らいさん¼ にいはく、 「ひていはく、 なんがゆゑぞ、 かんをなさしめずしてただちにもつぱら名字みょうじしょうせしむるは、 なんのこころかあるや。 こたへていはく、 すなはちしゅじょうさわりおもく、 *きょうほそしんあらし。 *しきあがたましいびて、 かん成就じょうじゅしがたきによるなり。 ここをもつて大聖だいしょう (釈尊) れんして、 ただちにもつぱら名字みょうじしょうせよとすすめたまふ。 まさしく称名しょうみょうやすきによるがゆゑに、 相続そうぞくしてすなはちしょうず」 と

境は細く心は粗し 観念の対象は微妙で細やかであるのに、 観念する心の方は粗雑である。
識颺り神飛びて 心のはたらきがうわつき、 精神がつねに動揺して。

是故¬往生礼讃¼云。「問曰。何故不↠令↠作↠観、直遣↣専称↢名字↡者、有↢何意↡也。答曰。乃由↣衆生障重、境細心麤、識颺神飛、観難↢成就↡也。是以大聖悲憐、直勧専称↢名字↡。正由↢称名易↡故、相続即生。」已上

また ¬おうじょう要集ようしゅう¼ (下) に、 「ひていはく、 一切いっさい善業ぜんごうおのおのやくあり、 おのおのおうじょう。 なんがゆゑぞただ念仏ねんぶつもんすすむるや。 こたへていはく、 いま念仏ねんぶつすすむることは、 これ種々しゅじゅ妙行みょうぎょう*しゃせんとにはあらず。 ただこれ男女なんにょせん*行住ぎょうじゅう坐臥ざが*えらばず、 *しょ諸縁しょえんろんぜず、 これをしゅするにかたからず、 ない臨終りんじゅうおうじょうがんするに、 その便びんたるは念仏ねんぶつにしかざればなり」 と

 排すること。
簡ばず 区別しない。
時処諸縁 時間や場所、 さまざまな条件。

又¬往生要集¼「問曰。一切善業、各有↢利益↡、各得↢往生↡。何故唯勧↢念仏一門↡。答曰。今勧↢念仏↡、非↣是遮↢余種種妙行↡。只是男女・貴賤、不↠簡↢行住坐臥↡、不↠論↢時処諸縁↡、修↠之不↠難。乃至臨終願↢求往生↡、得↢其便宜↡、不↠如↢念仏↡。」已上

ゆゑにりぬ、 念仏ねんぶつやすきがゆゑに一切いっさいつうず。 諸行しょぎょうかたきがゆゑにしょつうぜず。 しかればすなはち一切いっさいしゅじょうをして平等びょうどうおうじょうせしめんがために、 なんりて、 本願ほんがんとなしたまへるか

故知、念仏易故通↢於一切↡、諸行難故不↠通↢諸機↡。然則為↠令↢一切衆生、平等往生↡、捨↠難取↠易為↢本願↡歟。

もしそれ*造像ぞうぞうとうをもつて本願ほんがんとなさば、 *びん困乏こんぼうたぐいはさだめておうじょうのぞみをたん。 しかも富貴ふきのものはすくなく、 貧賤びんせんのものははなはだおおし。 もし智慧ちえ高才こうざいをもつて本願ほんがんとなさば、 *どん下智げちのものはさだめておうじょうのぞみをたん。 しかも智慧ちえのものはすくなく、 愚痴ぐちのものははなはだおおし。 もし*もんけんをもつて本願ほんがんとなさば、 少聞しょうもん少見しょうけんともがらはさだめておうじょうのぞみをたん。 しかももんのものはすくなく、 少聞しょうもんのものははなはだおおし。 もし*かいりつをもつて本願ほんがんとなさば、 かいかいの人はさだめておうじょうのぞみをたん。 しかもかいのものはすくなく、 かいのものははなはだおおし。 自余じよ諸行しょぎょうこれにじゅんじてるべし。 まさにるべし、 かみ諸行しょぎょうとうをもつて本願ほんがんとなさば、 おうじょうるものはすくなく、 おうじょうせざるものはおおからん。 しかればすなはち弥陀みだ如来にょらい法蔵ほうぞう比丘びくむかし平等びょうどう慈悲じひもよおされて、 あまねく一切いっさいせっせんがために、 *造像ぞうぞうとうとう諸行しょぎょうをもつておうじょう本願ほんがんとなしたまはず。 ただ称名しょうみょう念仏ねんぶつぎょうをもつてその本願ほんがんとなしたまへり

造像起塔 仏像を造り、 塔寺を建てること。
貧窮困乏の類 経済的に貧しく生活が困窮している人。
愚鈍下智のもの 愚かでの劣ったもの。
多聞多見 仏の教えを多く見聞して学問があること。
持戒持律 戒律を堅くたもつこと。

若夫以↢造像起塔↡、而為↢本願↡則貧窮困乏之類、定絶↢往生望↡。然富貴者少、貧賤者甚多。若以↢智慧高才↡、而為↢本願↡者、愚鈍下智者、定絶↢往生望↡。然智慧者少、愚痴者甚多。若以↢多聞多見↡、而為↢本願↡者、少聞少見輩、定絶↢往生望↡。然多聞者少、少聞者甚多。若以↢持戒持律↡、而為↢本願↡者、破戒無戒人、定絶↢往生望↡。然持戒者少、破戒者甚多。自余諸行、准↠之応↠知。当↠知、以↢上諸行等↡、而為↢本願↡者、得↢往生↡者少、不↢往生↡者多。然則弥陀如来、法蔵比丘之昔、被↠催↢平等慈悲↡、暜為↠摂↢於一切↡、不↧以↢造像・起塔等諸行↡、為↦往生本願↥、唯以↢称名念仏一行↡、為↢其本願↡也。

 他本では 「者」。

ゆゑに*法照ほっしょうぜんの ¬*ほうさん¼ にいはく、

「かのぶつ*因中いんちゅう*ぜいてたまへり。 きてわれをねんぜばすべて*むかへにきたらん。

因中 いんの時。 法蔵菩薩であった時。
迎へに来らん 親鸞聖人は 「迎えかえらしめん」 (行文類訓) と読まれた。

びん富貴ふきとをえらばず、 下智げち高才こうざいとをえらばず、

もんにして浄戒じょうかいたもつをえらばず、 かいにして罪根ざいこんふかきをもえらばず。

ただしんして*おお念仏ねんぶつせば、 よく*瓦礫がりゃくをしてへんじてこがねとなさしめん」 と

多く念仏 親鸞聖人は 「多念仏」 (唯信鈔文意) とも読まれ、 勝れた徳をもつ念仏の意とされた。
瓦礫 かわらや小石。

故法照禅師¬五会法事讃¼云。「彼仏因中立↢弘誓↡、聞↠名念↠我、総迎来。不↠簡↣貧窮将↢富貴↡、不↠簡↣下智与↢高才↡、不↠簡↢多聞持浄戒↡、不↠簡↢破戒罪根↡、但使↢廻心多念仏↡、能令↢瓦礫変成↟金。」已上

誓願成就

 ひていはく、 一切いっさいさつはそのがんつといへども、 あるいは成就じょうじゅあり、 また成就じょうじゅあり。 いぶかし、 法蔵ほうぞうさつの四十八がんはすでに成就じょうじゅすとやなさん、 はた成就じょうじゅとやなさん

問曰。一切菩薩、雖↠立↢其願↡、或有↢已成就↡、亦有↠未↢成就↡。未審、法蔵菩薩四十八願、已為↢成就↡、将為↠未↢成就↡也。

こたへていはく、 法蔵ほうぞう誓願せいがん、 一々に成就じょうじゅ

答曰。法蔵誓願、一一成就。

いかんとならば、 極楽ごくらくかいのなかにすでに三悪趣まくしゅなし。 まさにるべし、 これすなはち*悪趣まくしゅがん (第一願)成就じょうじゅするなり。 なにをもつてかることをる。 すなはちがん成就じょうじゅもん (*大経・上) に、 「またごく餓鬼がき畜生ちくしょう諸難しょなんしゅなし」 といふこれなり

無三悪趣の願 国土に地獄・餓鬼がき畜生ちくしょうの三悪趣がないようにと誓われた願。

何者、極楽界中、既無↢三悪趣↡。当↠知、是即成↢就無三悪趣之願↡也。何以得↠知、即願成就文云↢「亦無↢地獄・餓鬼・畜生、諸難之趣↡」是也。

またかのくに人天にんでん寿いのちおわりてのちに、 三悪趣まくしゅかえることなし。 まさにるべし、 これすなはち*不更ふきょう悪趣あくしゅがん (第二願)成就じょうじゅするなり。 なにをもつてかることをる。 すなはちがん成就じょうじゅもん (*大経・下) に、 「またかのさつない成仏じょうぶつまで悪趣あくしゅかえらず」 といふこれなり

不更悪趣の願 国土の人天が再び三悪趣さんまくしゅにたちかえることがないようにと誓われた願。

又彼国人天、寿終之後、無↠更↢三悪趣↡。当↠知、是即成↢就不更悪趣之願↡也。以↠何得↠知、即願成就文云↢「又彼菩薩乃至成仏不↟更↢悪趣↡」是也。

また極楽ごくらく人天にんでんすでにもつて一にんとして三十二そうせずといふことあることなし。 まさにるべし、 これすなはち*三十二そうがん (第二十一願)成就じょうじゅするなり。 なにをもつてかることをる。 すなはちがん成就じょうじゅもん (*同・下) に、 「かのくにうまるるものは、 みなことごとく三十二そうそくす」 といふこれなり

具三十二相の願 国土の人天がすべて仏の三十二相を得るようにと誓われた願。 →さんじゅうそう

又極楽人天、既以無↠有↢一人不↟具↢三十二相↡。当↠知、是即成↢就具三十二相願↡也。以↠何得↠知、即願成就文云↧「生↢彼国↡者、皆悉具↦足三十二相↥」是也。

かくのごとくはじ悪趣まくしゅがん (第一願) よりおわ*とく法忍ぼうにんがん (第四十八願)いたるまで、 一々の誓願せいがんみなもつて成就じょうじゅす。 だい十八の念仏ねんぶつおうじょうがん、 あにひとりもつて成就じょうじゅせざらんや。 しかればすなはち念仏ねんぶつひとみなもつておうじょうす。 なにをもつてかることをる。 すなはち念仏ねんぶつおうじょうがん成就じょうじゅもん (*同・下) に、 「*もろもろのしゅじょうありて、 そのみょうごうきて信心しんじんかんして、 ないねんしんいたしてこうしてかのくにしょうぜんとがんずれば、 すなはちおうじょう退転たいてんじゅうす」 といふこれなり

得三法忍の願 他方国土の菩薩が名号を聞けば、 音響おんこうにん柔順にゅうじゅんにんしょう法忍ぼうにんの三法忍をさとり、 不退転を得るようにと誓われた願。 →三法忍さんぼうにん
もろもろの…回向して 親鸞聖人は 「あらゆる衆生、 その名号を聞きて信心歓喜せんこと、 乃至一念せん。 至心に回向したまへり」 (信文類訓) と読まれた。

如↠是初自↢無三悪趣願↡、終至↢得三法忍願↡、一一誓願、皆以成就。第十八念仏往生願、豈孤以不↢成就↡乎。然則念仏之人、皆以往生。以↠何得↠知、即念仏往生願成就文云↧「諸有衆生、聞↢其名号↡、信心歓喜、乃至一念。至心廻向。願↠生↢彼国↡、即得↢往生↡、住↦不退転↥。」是也。

おほよそ四十八がん荘厳しょうごんじょうは、 華池けち宝閣ほうかく*願力がんりきにあらずといふことなし。 なんぞそのなかにおいてひと念仏ねんぶつおうじょうがんわくすべきや。 しかのみならず一一のがんおわりに、 「もししからずは、 しょうがくらじ」 といふ。 しかも阿弥陀あみだぶつぶつになりたまひてよりこのかたいまに十こう成仏じょうぶつちかいすでにもつて成就じょうじゅせり。 まさにるべし、 一々のがん*せつすべからず

虚設 むなしくもうけること。

凡四十八願荘↢厳浄土↡、華池宝閣無↠非↢願力↡、何於↢其中↡独可↣疑↢惑念仏往生願↡乎。加之、一一願終、云↢「若不爾者不取正覚」↡。而阿弥陀仏、成仏已来、於↠今十劫、成仏之誓、既以成就。当↠知、一一之願、不↠可↢虚設↡。

ゆゑに善導ぜんどういはく (礼讃)、 「かのぶついまげん*にましましてぶつになりたまへり。 まさにるべし、 本誓ほんぜい*重願じゅうがんむなしからず、 しゅじょう称念しょうねんすればかならずおうじょう」 と

 ¬選択集¼ 延書のべがき本 (りゃくおう四年本転写本、 存覚ぞんかく聖人相伝本) には 「世」 の字を欠く。
重願 深重の誓願。 第十八願のこと。

故善導云。「彼仏今現在世成仏。当↠知、本誓重願不↠虚。衆生称念必得↢往生↡。」已上

念声是一

 ひていはく、 ¬きょう¼ (大経・上) には 「十ねん」 といふ、 〔善導ぜんどうの〕*しゃくには 「十しょう」 といふ。 ねんしょういかん

 ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ と ¬礼讃らいさん¼ に示される本願取意の文を指す。 本章のはじめに引用がある。

問曰。¬経¼云↢「十念」↡、¬釈¼云↢「十声」↡。念・声之義如何。

こたへていはく、 ねんしょうこれ一なり。 なにをもつてかることをる。 ¬かんぎょう¼ のぼん下生げしょうにのたまはく、 「こえをしてえざらしめて、 十ねんそくして、 ª南無なも阿弥陀あみだぶつº としょうせば、 ぶつみなしょうするがゆゑに、 念々ねんねんのうちにおいて八十億劫おくこうしょうつみのぞく」 と。 いまこのもんによるに、 しょうはこれねんなり、 ねんはすなはちこれしょうなり。 そのこころあきらけし

答曰。念・声是一。何以得↠知。¬観経¼下品下生云。「令↢声不↟絶具↢足十念↡、称↢南無阿弥陀仏↡。称↢仏名↡故、於↢念念中↡除↢八十億劫生死之罪↡。」今依↢此文↡、声即是念、念則是声、其意明矣。

 往生院本では欠く。

しかのみならず ¬*大集だいじゅう月蔵がつぞうきょう¼ にのたまはく、 「大念だいねん大仏だいぶつ小念しょうねん小仏しょうぶつる」 と。 かん (*懐感) の ¬しゃく¼ (*群疑論) にいはく、 「大念だいねんといふは大声だいしょうぶつねんじ、 小念しょうねんといふは小声しょうしょうぶつねんずるなり」 と。 ゆゑにりぬ、 ねんはすなはちこれしょうなりと

大集月蔵経 以下の引文は実際には ¬大集経だいじっきょう¼ 「日蔵にちぞうぶん」 にある。

加之、¬大集月蔵経¼云。「大念見↢大仏↡、小念見↢小仏↡。」感師釈云。「大念者、大声念仏。小念者、小声念仏。」故知、念即是唱也。

乃下合釈

 ひていはく、 ¬きょう¼ (大経・上) には 「ない」 といひ、〔善導ぜんどうの〕しゃくには 「下至げし」 といふ。 そのこころいかん

問曰。¬経¼云↢「乃至」↡、¬釈¼云↢「下至」↡、其意如何。

こたへていはく、 ない下至げしとそのこころこれ一なり。 ¬きょう¼ に 「ない」 といふは、 よりしょうかふことばなり。 といふはかみ*ぎょうつくすなり。 しょうといふはしもしょう・一しょうとういたるなり。 しゃくに 「下至げし」 といふは、 とはじょうたいすることばなり。 とはしもしょう・一しょうとういたるなり。 じょうとはかみぎょうつくすなり

答曰。「乃至」与↢「下至」↡、其意是一。¬経¼云↢「乃至」↡者、従↠多向↠少之言也。多者上尽↢一形↡也。小者下至↢十声・一声等↡也。¬釈¼云↢「下至」↡者、下者対↠上之言也。下者下至↢十声・一声等↡也。上者上尽↢一形↡也。

 往生院本、 法然院本では 「少」。

上下じょうげ相対そうたいもんそのれいおおしといへども、 *宿命しゅくみょうつうがん (第五願) にのたまはく (*同・上)、 「たとひわれぶつたらんに、 くにのうちの人天にんでん宿命しゅくみょうらずして、 しもひゃく千億せんおく那由他なゆた諸劫しょこうらざるにいたるといはば、 しょうがくらじ」 と。 かくのごとく*神通じんずうおよびこうみょう寿命じゅみょうとうがんのなかに、 一々に 「下至げし」 のことばく。 これすなはちよりしょういたり、 をもつてじょうたいするなり

宿命通の願 国土の人天がすべて宿命通 (過去の境界を知る智慧ちえ) を得るようにと誓われた願。
五神通…寿命等の願 四十八願の中の第五 (宿命しゅくみょうつうの願)、 第六 (天眼通てんげんつうの願)、 第七 (てんつうの願)、 第八 (心通しんつうの願)、 第九 (じん足通そくつうの願)、 第十二 (こうみょう無量の願)、 第十三 (寿命無量の願)、 第十四 (しょうもん無量の願) を指す。

上下相対之文、其例惟多。宿命通願云。「設我得↠仏、国中人天、不↠識↢宿命↡、下至↠不↠知↢百千億那由他諸劫事↡者、不↠取↢正覚↡。」如↠是五神通、及以光明・寿命等願中、一一置↢「下至」↡之言↡。是則従↠多至↠少、以↠下対↠上之義也。

 往生院本では 「雖」。

かみの八しゅがんれいするに、 いまこのがんの 「ない」 はすなはちこれ下至げしなり。 このゆゑにいま善導ぜんどう引釈いんしゃくするところの 「下至げし」 のことば、 そのこころそうせず

例↢上八種之願↡、今此願「乃至」者、即是下至也。是故今善導所↢引釈↡下至之言、其意不↢相違↡。

ただし善導ぜんどうしょとそのこころどうなり。 *しょしゃくにはべっして十ねんおうじょうがん (第十八願) といふ。 善導ぜんどうひとそうじて念仏ねんぶつおうじょうがんといへり。 しょべっして十ねんおうじょうがんといふは、 そのこころすなはちあまねからず。 しかる所以ゆえんは、 かみ*ぎょうて、 しもねんつるゆゑなり。 善導ぜんどうそうじて念仏ねんぶつおうじょうがんといふは、 そのこころすなはちあまねし。 しかる所以ゆえんは、 かみぎょうり、 しもねんるゆゑなり

諸師の釈 こう (八世紀の人) は 「諸縁信楽十念往生題」 (無量寿経論釈) とし、 源信げんしん和尚かしょうの師、 良源りょうげん (912-985) は 「聞名信楽十念定生願」 (極楽浄土九品往生義) としている。

但善導与↢諸師↡、其意不同。諸師之釈、別云↢十念往生願↡、善導独総云↢念仏往生願↡。諸師別云↢十念往生願↡者、其意即不↠周也。所↢以然↡者、上捨↢一形↡下捨↢一念↡之故也。善導総言↢念仏往生願↡者、其意即周也。所↢以然↡者、上取↢一形↡下取↢一念↡之故也。

三輩章

【4】 *ぱい念仏ねんぶつおうじょうもん

 三輩念仏往生之文

◎三輩章 引文

1.大経

 「ぶつなんげたまはく、 ª十ぽうかい諸天しょてん人民にんみん、 それしんいたしかのくにしょうぜんとがんずることあるに、 おほよそ三ぱいあり。 その上輩じょうはいは、 いえよくてしかも*沙門しゃもんとなりて、 だいしんおこして*一向いっこうにもつぱら*無量寿むりょうじゅぶつねんじ、 もろもろのどくしゅしてかのくにうまれんとねがふ。 これらのしゅじょうは、 寿いのちおわときのぞみて、 無量寿むりょうじゅぶつ、 もろもろの大衆だいしゅとそのひとまえげんじて、 すなはちかのぶつしたがひてそのくにおうじょうして、 すなはち七ぽうはなのなかにおいてねん化生けしょうして*退転たいてんじゅうす。 智慧ちえ勇猛ゆうみょう神通じんずうざいなり。 このゆゑになん、 それしゅじょうありてこんにおいて無量寿むりょうじゅぶつたてまつらんとおもはば、 *無上むじょうだいしんおこし、 どく修行しゅぎょうしかのくにしょうぜんとがんずべしº と

仏告↢阿難↡。十方世界諸天人民、其有↢至↠心願↟生↢彼国↡。凡有↢三輩↡。其上輩者、捨↠家棄↠欲、而作↢沙門↡、発↢菩提心↡、一向専念↢無量寿仏↡、修↢諸功徳↡、願↠生↢彼国↡。此等衆生、臨↢寿終時↡、無量寿仏、与↢諸大衆↡、現↢其人前↡。即随↢彼仏↡往↢生其国↡。便於↢七宝花中↡、自然化生、住↢不退転↡。智慧勇猛、神通自在。是故阿難、其有↢衆生↡、欲↧於↢今世↡、見↦無量寿仏↥、応↧発↢無上菩提之心↡、修↢行功徳↡、願↞生↢彼国↡。

 ぶつなんかたりたまはく、 ªその中輩ちゅうはいは、 十ぽうかい諸天しょてん人民にんみん、 それしんいたしてかのくにしょうぜんとがんずることあるに、 ぎょうじて沙門しゃもんとなることあたはずといへども、 おおきにどくしゅし、 まさに無上むじょうだいしんおこして、 一向いっこうにもつぱら無量寿むりょうじゅぶつねんじ、 多少たしょうぜんしゅし、 *斎戒さいかい奉持ぶじし、 *塔像とうぞう起立きりゅうし、 沙門しゃもん飯食ぼんじきせしめ、 *ぞうけ、 とうともし、 さんじ、 こうき、 これをもつて*こうしてかのくにしょうぜんとがんずべし。 そのひとおわりにのぞみて、 無量寿むりょうじゅぶつそのしんげんして、 *こうみょう*相好そうごうつぶさに真仏しんぶつのごとし。 もろもろの大衆だいしゅとそのひとまえげんじたまふ。 すなはちぶつしたがひてそのくにおうじょうして、 退転たいてんじゅうす。 どく智慧ちえいで上輩じょうはいのもののごとしº と

塔像 堂塔と仏像。
 仏殿にかける絹の天蓋てんがい (かさ)。

仏語↢阿難↡。其中輩者、十方世界諸天人民、其有↢至↠心願↟生↢彼国↡。雖↠不↠能↧行作↢沙門↡、大修↦功徳↥、当↧発↢無上菩提之心↡、一向専念↦無量寿仏↥。多少修↠善、奉↢持斎戒↡、起↢立塔像↡、飯↢食沙門↡、懸↠繒然↠灯、散↠華焼↠香。以↠此迴向願↠生↢彼国↡。其人臨↠終、無量寿仏、化↢現其身↡、光明相好、具如↢真仏↡。与↢諸大衆↡、現↢其人前↡。即随↢化仏↡、往↢生其国↡、住↢不退転↡。功徳智慧、次如↢上輩者↡也。

 ぶつなんげたまはく、 ªそのはいは、 十ぽうかい諸天しょてん人民にんみん、 それしんいたしてかのくにしょうぜんとほっすることあるに、 たとひもろもろのどくをなすことあたはずとも、 まさに無上むじょうだいしんおこして、 一向いっこうこころをもつぱらにして、 ないねん無量寿むりょうじゅぶつねんじて、 そのくにしょうぜんとがんずべし。 もし深法じんぽうかんしんぎょうして、 わくしょうぜず、 ないねんかのぶつねんじ、 至誠しじょうしんをもつてそのくにしょうぜんとがんず。 このひとおわりにのぞみて、 *ゆめにかのぶつて、 またおうじょうすることをどく智慧ちえいで中輩ちゅうはいのもののごとしº」 (*大経・下)

夢に ¬延応版本¼ (右訓)、 ¬本山蔵版本¼ 等では 「夢のごとくに」 と読む。

仏告↢阿難↡。其下輩者、十方世界諸天人民、其有↢至↠心欲↟生↢彼国↡。仮使不↠能↠作↢諸功徳↡、当↧発↢無上菩提之心↡、一向専↠意、乃至十念、念↢無量寿仏↡、願↞生↢其国↡。若聞↢法↡歓喜信楽、不↠生↢疑惑↡、乃至一念、念↢於彼仏↡、以↢至誠心↡、願↠生↢其国↡。此人臨↠終、夢見↢彼仏↡、亦得↢往生↡。功徳智慧、次如↢中輩者↡也。

◎三輩章 私釈

 わたくしにひていはく、 上輩じょうはいもんのなかに、 念仏ねんぶつのほかにまたしゃよくとうぎょうあり。 中輩ちゅうはいもんのなかに、 また*起立きりゅう塔像とうぞうとうぎょうあり。 はいもんのなかに、 まただいしんとうぎょうあり。 なんがゆゑぞただ念仏ねんぶつおうじょうといふや

起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。

私問曰。上輩文中、念仏之外、亦有↢捨家棄欲等余行↡。中輩文中、亦有↢起立塔像等余行↡。下輩文中、亦有↢菩提心等余行↡。何故唯云↢念仏往生↡乎。

こたへていはく、 善導ぜんどう和尚かしょうの ¬*観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく、 「またこの ¬きょう¼ (大経)かんはじめにのたまはく、 ªぶつ (釈尊)一切いっさいしゅじょう*根性こんじょうどうきたまふに、 *じょうちゅうあり。 その根性こんじょうしたがひて、 ぶつ、 みなもつぱら無量寿むりょうじゅぶつみなねんぜよとすすめたまふ。 そのひといのちおわらんとほっするときぶつ (阿弥陀仏)聖衆しょうじゅとみづからきたりて*迎接こうしょうしたまひて、 ことごとくおうじょうしめたまふº」 と。 このしゃくこころによるに、 三ぱいともに念仏ねんぶつおうじょうといふ

上中下 ¬大経¼ (下) の三輩段を指す。 →三輩さんぱい

答曰。善導和尚¬観念法門¼云。「又此経下巻初云。仏説。一切衆生、根性不同有↢上中下↡。随↢其根性↡、仏皆勧専↢念無量寿仏名↡。其人命欲↠終時、仏与↢聖衆↡自来迎接、尽得↢往生↡。」依↢此釈意↡、三輩共云↢念仏往生↡也。

・ 棄余唯念

 ひていはく、 このしゃくいまださきなんしゃせず。 なんぞぎょうててただ念仏ねんぶつといふや

問曰。此釈未↠遮↢前難↡、何棄↢余行↡、唯云↢念仏↡乎。

こたへていはく、 これに三のこころあり。 一には諸行しょぎょうはいして念仏ねんぶつせしめんがためにしかも諸行しょぎょうく。 二には念仏ねんぶつ助成じょじょうせんがためにしかも諸行しょぎょうく。 三には念仏ねんぶつ諸行しょぎょうの二もんやくして、 おのおの三ぼんてんがためにしかも諸行しょぎょう

答曰。斯有↢三意↡、一為↧廃↢諸行↡帰↦於念仏↥、而説↢諸行↡也。二為↣助↢成念仏↡、而説↢諸行↡也。三約↢念仏諸行二門↡、各為↠立↢三品↡而説↢諸行↡也。

 草本、 往生院本では 「癈」。 以下同。

・ 棄余唯念 1.廃立

 一に、 諸行しょぎょうはいして念仏ねんぶつせしめんがためにしかも諸行しょぎょうくといふは、 善導ぜんどうの ¬観経疏かんぎょうしょ¼ (*散善義) のなかに、 「かみよりこのかた*じょうさん両門りょうもんやくくといへども、 *ぶつ本願ほんがんのぞむるに、 こころしゅじょうをして*一向いっこうにもつぱら弥陀みだぶつみなしょうせしむるにあり」 といふしゃくこころじゅんじて、 しばらくこれをせば、 上輩じょうはいのなかにだいしんとうぎょうくといへども、 かみ本願ほんがん (第十八願)のぞむるに、 こころただしゅじょうをしてもつぱら弥陀みだぶつみなしょうせしむるにあり。 しかるに本願ほんがんのなかにさらにぎょうなし。 三ぱいともにかみ本願ほんがんによるがゆゑに、 「*一向いっこう専念せんねん無量寿むりょうじゅぶつ(*大経・下) といふ

定散両門 定善・散善の行法。 →じょうぜん散善さんぜん
仏の本願に望むるに意 「仏の本願の意を望まんには」 と読む説もある。 この場合の 「意」 は本願に属すが、 本文の場合は釈尊の意となる。
一向専念… 「一向にもつぱら無量寿仏を念ず」

一為↧廃↢諸行↡帰↦於念仏↥、而説↢諸行↡者、準↧善導¬観経疏¼中云↫「上来雖↠説↢定散両門之益↡、望↢仏本願意↡在↪衆生一向専称↩弥陀仏名↨」之釈意↥、且解↠之者、上輩之中、雖↠説↢菩提心等余行↡、望↢上本願意↡、唯在↣衆生専称↢弥陀名↡。而本願中更無↢余行↡、三輩共依↢上本願↡故、云↢「一向専念無量寿仏」↡也。

 往生院本では 「准」。
 草本、 往生院本では 「仏名」。

一向いっこう」 は二こう・三こうとうたいすることばなり。 れいするに*かの五じく (印度) に三あるがごとし。 一は一向いっこう大乗だいじょう、 このてらのなかには小乗しょうじょうがくすることなし。 二は一向いっこう小乗しょうじょう、 このてらのなかには大乗だいじょうがくすることなし。 三は大小だいしょう兼行けんぎょう、 このてらのなかには大小だいしょうがくす。 ゆゑに兼行けんぎょうといふ。 まさにるべし、 大小だいしょう両寺りょうじには一向いっこうことばあり。 兼行けんぎょうてらには一向いっこうことばなし

かの五竺に… 伝教でんぎょう大師さいちょう (766または767-822) の ¬さん学生がくしょうしき¼ ¬顕戒けんかいろん¼ に見える説。

「一向」者、対↢二向・三向等↡之言也。例如↣彼五竺有↢三種寺↡。一者一向大乗寺、此寺之中、無↠学↢小乗↡。二者一向小乗寺、此寺之中、無↠学↢大乗↡。三者大小兼行寺、此寺之中、大小兼学故云↢兼行寺↡。当↠知、大小両寺有↢一向言↡、兼行之寺無↢一向言↡。

 草本、 往生院本では欠く。

いまこの ¬きょう¼ (同・下) のなかの一向いっこうもまたしかなり。 もし念仏ねんぶつのほかにまたぎょうくわへば、 すなはち一向いっこうにあらず。 もしてらじゅんぜば兼行けんぎょうといふべし。 すでに一向いっこうといふ、 ねざることあきらけし。 すでにさきぎょうくといへども、 のちに 「一向いっこう専念せんねん」 といふ。 あきらかにりぬ、 諸行しょぎょうはいしてただ念仏ねんぶつもちゐるがゆゑに一向いっこうといふ。 もししからずは一向いっこうことばもつとももつて*しがたきか

消し 「消す」 は消釈すること。 解釈すること。

今此¬経¼中一向亦然。若念仏外、亦加↢余行↡、即非↢一向↡。若准↠寺者、可↠云↢兼行↡。既云↢一向↡、不↠兼↠余明矣。既先雖↠説↢余行↡、後云↢一向専念↡。明知、廃↢諸行↡唯用↢念仏↡故云↢一向↡。若不↠然者、一向之言、最以叵↠消歟。

 草本、 往生院本では 「爾」。

・ 棄余唯念 2.助正

 二に、 念仏ねんぶつ助成じょじょうせんがためにこの諸行しょぎょうくとは、 これにまた二のこころあり。 一には*同類どうるい善根ぜんごんをもつて念仏ねんぶつ助成じょじょうす。 二には*るい善根ぜんごんをもつて念仏ねんぶつ助成じょじょう

同類の善根 正定業しょうじょうごうと同じ種類の善根。 五正行ごしょうぎょう (どくじゅ観察かんざつ礼拝らいはい・称名・さんだんよう) のうち前三後一の助業を指していう。 →助業じょごう
異類の善根 前三後一以外のさまざまな善根で、 称名念仏を修するための助けとなる行。

二為↣助↢成念仏↡説↢此諸行↡者、此亦有↢二意↡。一以↢同類善根↡助↢成念仏↡、二以↢異類善根↡助↢成念仏↡。

はじめに同類どうるい助成じょじょうとは、 善導ぜんどう和尚かしょうの ¬かんぎょうしょ¼ (散善義) のなかに、 五しゅ助行じょぎょうげて念仏ねんぶつぎょう助成じょじょうすこれなり。 つぶさに*かみ正雑しょうぞうぎょうのなかにくがごとし

上の正雑二行 二行章を指す。

初同類助成者、善導和尚¬観経疏¼中、挙↢五種助行↡、助↢成念仏一行↡是也。具如↢上正雑二行之中説↡。

つぎるい助成じょじょうとは、

次異類助成者、

上輩じょうはいにつきて正助しょうじょろんぜば、 「一向いっこうにもつぱら無量寿むりょうじゅぶつねんず」 (大経・下) とはこれ正行しょうぎょうなり、 またこれ*所助しょじょなり。 いえよく沙門しゃもんとなりて、 だいしんおこす」 (同・下) とうはこれ助行じょぎょうなり、 またこれ*能助のうじょなり。 いはくおうじょうごうには念仏ねんぶつほんとなす。 ゆゑに一向いっこう念仏ねんぶつしゅせんがために、 「いえよく沙門しゃもんとなりて、 まただいしんおこす」 (大経・下) とうなり。 就中なかんずく出家しゅっけ発心ほっしんとうは、 しばらく*初出しょしゅつおよび*初発しょほつす。 念仏ねんぶつはこれ*長時じょうじ退たいぎょう、 むしろ念仏ねんぶつ*ぼうすべけんや。

所助 (異類の善根によって) 助けられる行。
能助 (称名念仏を) よく助けるところの行。
初出 在家からはじめて出家すること。
初発 はじめて菩提心をおこすこと。 →だいしん
長時不退の行 ながく退転しないで修する行。
妨礙 さまたげること。

先就↢上輩↡而論↢正助↡者、「一向専念無量寿仏」者、是正行也。亦是所助也。「捨家棄欲而作沙門発菩提心」等者、是助行也。亦是能助也。謂往生之業念仏為↠本故、為↣一向修↢念仏↡、捨家棄欲而作↢沙門↡、又発↢菩提心↡等也。就中、出家発心等者、且指↢初出及以初発↡。念仏是長時不退之行、寧容↣妨↢礙念仏↡也。

中輩ちゅうはいのなかに、 また*起立きりゅう塔像とうぞう*懸繒げんぞう燃灯ねんとうさん焼香しょうこうとう諸行しょぎょうあり。 これすなはち念仏ねんぶつ助成じょじょうなり。 そのむね ¬おうじょう要集ようしゅう¼ (中)えたり。 いはく*助念じょねん方法ほうほうのなかの*方処ほうしょ供具くぐとうこれなり。

起立塔像 堂塔を建て、 仏像を造ること。
懸繒 絹の天蓋てんがい (かさ) を仏殿にかけること。
助念方法 ¬往生要集¼ 大文第五。 念仏の助けとなる方法を説いている。
方処供具 「助念方法」 に説かれる七種助念の一。

中輩之中、亦有↢起立塔像・懸繒・然灯・散花・焼香等諸行↡。是則念仏助成也。其旨見↢¬往生要集¼↡、謂助念方法中方処・供具等是也。

 他本では 「燃」。

はいのなかに、 また発心ほっしんあり、 また念仏ねんぶつあり。 助正じょしょうさきじゅんじてるべし

下輩之中、亦有↢発心↡、亦有↢念仏↡。助正之義、准↠前可↠知。

・ 棄余唯念 3.傍正

 三に、 念仏ねんぶつ諸行しょぎょうやくして、 おのおの三ぼんてんがためにしかも諸行しょぎょうくといふは

三約↢念仏諸行↡各為↠立↢三品↡而説↢諸行↡者、

念仏ねんぶつやくして三ぼんつとは、 いはくこの三ぱいのなかに、 つうじてみな 「一向いっこう専念せんねん無量寿むりょうじゅぶつ(大経・下) といふ。 これすなはち念仏ねんぶつもんやくしてその三ぼんつ。 ゆゑに ¬おうじょう要集ようしゅう¼ (下)*念仏ねんぶつ証拠しょうこもんにいはく、 「¬双巻そうかんぎょう¼ (大経) の三ぱいごう浅深せんじんありといへども、 しかもつうじてみな ª一向いっこう専念せんねん無量寿むりょうじゅぶつº といふ」 と かん (懐感) これにおなじ。

念仏証拠門 ¬往生要集¼ 大文第八。 念仏を勧める経論の文を証拠としてあげる。

先約↢念仏↡立↢三品↡者、謂此三輩中通皆云↢「一向専念無量寿仏」↡、是則約↢念仏門↡立↢其三品↡也。故¬往生要集¼念仏証拠門云。「双巻経三輩之業、雖↠有↢浅深↡、然通皆云↢一向専念無量寿仏↡。」{感師同↠之}

つぎ諸行しょぎょうもんやくして三ぼんつとは、 いはくこの三ぱいのなかにつうじてみなだいしんとう諸行しょぎょうあり。 これすなはち諸行しょぎょうやくしてその三ぼんつ。 ゆゑに ¬おうじょう要集ようしゅう¼ (下)*諸行しょぎょうおうじょうもんにいはく、 「¬双巻そうかんぎょう¼ (大経) の三ぱいまたこれをでず」 と

諸行往生門 ¬往生要集¼ 大文第九。 浄土に往生するためのさまざまな行業について説く。

次約↢諸行門↡立↢三品↡者、謂此三輩中通皆有↢菩提心等諸行↡、是則約↢諸行↡立↢其三品↡也。故¬往生要集¼諸行往生門云。「双巻経三輩、亦不↠出↠此。」已上

 おほよそかくのごときの三どうありといへども、 ともにこれ一向いっこう念仏ねんぶつのための所以ゆえんなり。 はじめのはすなはちこれ廃立はいりゅうのためにく。 いはく諸行しょぎょうはいせんがためにく、 念仏ねんぶつりゅうせんがためにく。 つぎはすなはちこれ助正じょしょうのためにく。 いはく念仏ねんぶつ正業しょうごうたすけんがために諸行しょぎょう助業じょごうく。 のちはすなはちこれ傍正ぼうしょうのためにく。 いはく念仏ねんぶつ諸行しょぎょうの二もんくといへども、 念仏ねんぶつをもつてしょうとなし、 諸行しょぎょうをもつてぼうとなす。 ゆゑに三ぱいつうじてみな念仏ねんぶつといふ。 ただしこれらの三*殿最でんさいりがたし。 ふ、 もろもろの学者がくしゃ取捨しゅしゃこころにあり。 いまもし善導ぜんどうによらば、 はじ(廃立) をもつてしょうとなすのみ

殿最 最は軍のさきがけ、 殿はしんがりであることから、 優劣の意。

凡如↠此三義、雖↠有↢不同↡、共是所↣以為↢一向念仏↡也。初義即是為↢癈立↡而説。謂諸行為↠癈而説、念仏為↠立而説。次義即是為↢助正↡而説。謂為↠助↢念仏之正業↡而説↢諸行之助業↡。後義即是為↢傍正↡而説。謂雖↠説↢念仏諸行二門↡、以↢念仏↡而為↠正、以↢諸行↡而為↠傍。故云↢三輩通皆念仏↡也。但此等三義、殿最難↠知。請諸学者、取捨在↠心。今若依↢善導↡、以↠初為↠正耳。

輩品開合

 ひていはく、 三ぱいごうみな念仏ねんぶつといふ。 そのしかるべし。 ただし ¬かんぎょう¼ の九ぼんと ¬寿経じゅきょう¼ (大経) の三ぱいと、 もとこれ*開合かいごうなり。 もししからば、 なんぞ ¬寿経じゅきょう¼ の三ぱいのなかにはみな念仏ねんぶつといひ、 ¬かんぎょう¼ の九ぼんいたりてじょうちゅうの二ほんには念仏ねんぶつかず、 ぼんいたりてはじめて念仏ねんぶつくや

開合の異 詳しく説きひらいたのと、 合せ説いたのとの相違。

問曰。三輩之業、皆云↢念仏↡、其義可↠然。但¬観経¼九品与↢¬寿経¼三輩↡、本是開合異也。若爾者、何¬寿経¼三輩之中皆云↢念仏↡、至↢¬観経¼九品↡上・中二品不↠説↢念仏↡、至↢下品↡始説↢念仏↡也。

こたへていはく、 これに二のあり

答曰。此有↢二義↡。

一には*問端もんたんにいふがごとく、 ¬双巻そうかん¼ (大経) の三ぱいと ¬かんぎょう¼ の九ぼんとは開合かいごうならば、 これをもつてるべし、 九ぼんのなかにみな念仏ねんぶつあるべし。 いかんがることをる。 三ぱいのなかにみな念仏ねんぶつあり。 九ぼんのなかなんぞ念仏ねんぶつなからんや。 ゆゑに ¬おうじょう要集ようしゅう¼ (下) にいはく、 「ふ。 念仏ねんぶつぎょう、 九ぼんのなかにおいてこれいづれのほんしょうぞや。 こたふ。 もしせつのごとくぎょうぜば、 *上上じょうじょうあたれり。 かくのごとくその勝劣しょうれつしたがひて九ぼんわかつべし。 しかるに ¬きょう¼ (観経)くところの九ぼん行業ぎょうごうはこれ一たんしめす。 じつりょうなり」 と。 ゆゑにりぬ、 念仏ねんぶつまた九ぼんつうずべしといふことを

問端 問いのはじめ。
上上 上品上生のこと。 →ぼん

一如↢問端云↡、¬双巻¼三輩¬観経¼九品開合異者、以↠此応↠知、九品之中皆可↠有↢念仏↡。云何得↠知、三輩之中皆有↢念仏↡、九品之中盍無↢念仏↡乎。故¬往生要集¼云。「問。念仏之行、於↢九品中↡是何品摂。答。若如↠説行理当↢上上↡。如↠是随↢其勝劣↡応↠分↢九品↡。然経所↠説九品行業、是示↢一端↡、理実無量。」已上 故知、念仏亦可↠通↢九品↡。

二には ¬かんぎょう¼ のこころはじひろじょうさんぎょうきて、 あまねく*しゅとうず。 のちにはじょうさんぜんはいして、 念仏ねんぶつぎょうす。 いはゆる *汝好にょこう持是語じぜごとうもんこれなり。 その*しもにつぶさにぶるがごとし。 ゆゑにりぬ、 九ぼんぎょうはただ念仏ねんぶつにありといふことを

衆機に逗ず 多くの機類に対応する。 「逗」 は目標に合うように与えるの意。
汝好持是語等の文 ¬観経¼ ずうぶんの 「なんぢ、 よくこの語をたもて。 この語を持てといふは、 すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり」 とある文を指す。
 念仏付属章を指す。

二¬観経¼之意、初広説↢定散之行↡、暜逗↢衆機↡。後癈↢定散二善↡、帰↢念仏一行↡。所謂「汝好持是語」等之文是也。其義如↢下具述↡。故知、九品之行、唯在↢念仏↡矣。

利益章

【5】 念仏ねんぶつやくもん

 念仏利益之文

◎利益章 引文

1.大経

 ¬*無量寿むりょうじゅきょう¼ のにのたまはく、 「ぶつろくかたりたまはく、 ªそれかのぶつみょうごうくことをることありて、 *かんやくし、 ないねんせん。 まさにるべし、 このひとだいとなす。 すなはちこれ無上むじょうどくそくすº」 と

歓喜踊躍 よろこんで踊りあがること。

¬無量寿経¼下云。「仏語↢弥勒↡。其有↧得↠聞↢彼仏名号↡、歓喜踊躍、乃至一念↥。当↠知、此人為↠得↢大利↡。則是具↢足無上功徳↡。」

2.往生礼讃

 善導ぜんどうの ¬礼讃らいさん¼ にいはく、

それかの弥陀みだぶつみょうごうくことをることありて、

かんして一ねんいたすもの、 みなまさにかしこにしょうずることをべし」 と

善導¬礼讃¼云。「其有↠得↠聞↢彼弥陀仏名号↡、歓喜至↢一念↡皆当↠得↠生↠彼。」

◎利益章 私釈

 わたくしにひていはく、 かみの三ぱいもんじゅんずるに、 念仏ねんぶつのほかにだいしんとうどくぐ。 なんぞかれらのどくめずして、 ただひと念仏ねんぶつどくむるや

私問曰。准↢上三輩文↡、念仏之外挙↢菩提心等功徳↡。何不↠歎↢彼等功徳↡、唯独讃↢念仏功徳↡乎。

こたへていはく、 *聖意しょういはかりがたし。 さだめてふかこころあらんか

答曰。聖意難↠測、定有↢深意↡。

しばらく善導ぜんどうの一によりてしかもこれをいはば、 もとそれぶつはまさしくただちにただ念仏ねんぶつぎょうかんとほっすといへども、 したがひて一往いちおうだいしんとう諸行しょぎょうきて、 三ぱい浅深せんじんどう分別ふんべつす。 しかるをいま諸行しょぎょうにおいてはすでにててめたまはず。 きてろんずべからざるものなり。 ただ念仏ねんぶつの一ぎょうにつきてすでにえらびて讃歎さんだんす。 おもひて分別ふんべつすべきものなり

且依↢善導一意↡、而謂↠之者、原夫仏意正直雖↠欲↠説↢唯念仏之行↡、而随↠機一往説↢菩提心等諸行↡、分↢別三輩浅深不同↡。然今於↢諸行↡者、既捨而不↠歎。置而不↠可↠論者也。唯就↢念仏一行↡、既選而讃歎。思而容↢分別↡者也。

もし念仏ねんぶつやくして三ぱい分別ふんべつせば、 これに二のこころあり。 一には観念かんねん浅深せんじんしたがひてこれを分別ふんべつす。 二には念仏ねんぶつ多少たしょうをもつてこれを分別ふんべつ

若約↢念仏↡分↢別三輩↡、此有↢二意↡。一随↢観念浅↡、而分↢別之↡、二以↢念仏多少↡、而分↢別之↡。

浅深せんじんかみくところのごとし。 「もしせつのごとくぎょうぜば、 *上上じょうじょうあたれり」 (往生要集・下) と、 これなり

聖意 仏のみこころ。
上上 上品上生のこと。 →ぼん

浅深者、如↢上所↟引。「若如↠説行理当↢上上↡」是也。

つぎ多少たしょうは、 はいもんのなかにすでに十ねんないねんかずあり。 じょうちゅう両輩りょうはいはこれにじゅんじてしたがひてぞうすべし。 ¬*観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく、 「*日別にちべつ念仏ねんぶつ万遍まんべん、 またすべからくときによりてじょう荘厳しょうごん*礼讃らいさんすべし。 はなはだ精進しょうじんすべし。 あるいは三まん・六まん・十まんるものは、 みなこれ上品じょうぼん上生じょうしょうひとなり」 と。 まさにるべし、 三まん以上いじょうはこれ上品じょうぼん上生じょうしょうごう、 三まん以去いこ上品じょうぼん以下のごうなり。 すでに念数ねんじゅ多少たしょうしたがひて*ほん分別ふんべつすることこれあきらけし

品位 三輩九品の区別階位。

次多少者、下輩文中、既有↢十念乃至一念数↡。上・中両輩准↠此随増。¬観念法門¼云。「日別念仏一万遍、亦須↣依↠時礼↢讃浄土荘厳事↡、大須↢精進↡。或得↢三万・六万・十万↡者、皆是上品上生人。」当↠知、三万已上、是上品上生業、三万已去、是上品已下業。既随↢念数多少↡、分↢別品位↡是明矣。

 他本では欠く。
 草稿本、 往生院本では欠く。

大利無上

いまこの 「一ねん」 といふは、 これかみ念仏ねんぶつがん成就じょうじゅ (第十八願成就文) のなかにいふところの一ねんはいのなかにかすところの一ねんとをす。 がん成就じょうじゅもんのなかに一ねんといふといへども、 いまだどくだいかず。 またはいもんのなかに一ねんといふといへども、 またどくだいかず。 この〔通分ずうぶんの〕一ねんいたりて、 きてだいとなし、 めて無上むじょうとなす。 まさにるべし、 これかみの一ねん

今此言↢一念↡者、是指↧上念仏願成就之中、所↠言一念、与↦下輩之中所↠明一念↥也。願成就文中、雖↠云↢一念↡、未↠説↢功徳大利↡。又下輩文中、雖↠云↢一念↡、亦不↠説↢功徳大利↡、至↢此一念↡、説為↢大利↡、歎為↢無上↡。当↠知、是指↢上一念↡也。

この 「だい」 とはこれ小利しょうりたいすることばなり。 しかればすなはちだいしんとう諸行しょぎょうをもつて小利しょうりとなし、 ないねんをもつてだいとなす。 また 「無上むじょうどく」 とはこれ有上うじょうたいすることばなり。 ぎょうをもつて有上うじょうとなし、 念仏ねんぶつをもつて無上むじょうとなす。 すでに一ねんをもつて一無上むじょうとなす。 まさにるべし、 十ねんをもつて十無上むじょうとなし、 また百念ひゃくねんをもつてひゃく無上むじょうとなし、 また千念せんねんをもつてせん無上むじょうとなす。 かくのごとく*展転てんでんしてしょうよりいたる。 念仏ねんぶつ恒沙ごうじゃなれば、 無上むじょうどくまた恒沙ごうじゃなるべし。 かくのごとくるべし。 しかればもろもろのおうじょうがんせんひと、 なんぞ無上むじょうだい念仏ねんぶつはいして、 あながちに有上うじょう小利しょうりぎょうしゅせんや

此大利者、是対↢小利↡之言也。然則以↢菩提心等諸行↡而為↢小利↡、以↢乃至一念↡而為↢大利↡也。又無上功徳者、是対↢有上↡之言也。以↢余行↡、而為↢有上↡、以↢念仏↡而為↢無上↡也。既以↢一念↡為↢一無上↡。当↠知、以↢十念↡為↢十無上↡、又以↢百念↡為↢百無上↡、又以↢千念↡為↢千無上↡。如↠是展転従↠少至↠多、念仏恒沙、無上功徳、復応↢恒沙↡。如↠是応↠知。然則諸願↢求往生↡之人、何癈↢無上大利念仏↡、強修↢有上小利余行↡乎。

 他本では 「者」。

特留章

【6】 *末法まっぽう万年まんねんのちぎょうことごとくめっし、 こと念仏ねんぶつとどめたまふもん

末法万年の後 行と証が欠けて教えのみがのこる末法の時代が一万年続いた後は、 その教えすらもないほうめつの時に入るという。 →三時さんじ

 末法万年後、余行悉滅特留↢念仏↡之文

◎特留章 引文

1.大経

 ¬*無量寿むりょうじゅきょう¼ のかんにのたまはく、 「*当来とうらい*経道きょうどう滅尽めつじんせんに、 われ慈悲じひをもつて*哀愍あいみんして、 ことにこのきょうとどめて止住しじゅうすること百歳ひゃくさいならしめん。 それしゅじょうありてこのきょうふもの、 こころ所願しょがんしたがひてみな*とくすべし」 と

経道滅尽 諸経に説かれたさとりへの道が滅びること。
得度 迷いの世界を離れて、 さとりの世界に生れること。

¬無量寿経¼下巻云。「当来之世、経道滅尽、我以↢慈悲↡哀愍、特留↢此経↡、止住百歳。其有↢衆生↡、値↢斯経↡者、随↢意所願↡、皆可↢得度↡。」

◎特留章 私釈

 わたくしにひていはく、 ¬きょう¼ (大経・下) にただ 「どくきょう止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といひて、 まつたくいまだ 「どく念仏ねんぶつ止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といはず。 しかるにいまなんぞ 「どく念仏ねんぶつ」 といふや

私問曰。¬経¼唯云↢「特留此経止住百歳」↡、全不↠云↢「特留念仏止住百歳」↡。然今何云↣「特留↢念仏↡」哉。

こたへていはく、 このきょう*せんずるところまつたく念仏ねんぶつにあり。 そのむねさきえたり。 ふたたいだすにあたはず。 善導ぜんどうかんしん (源信) とうこころまたかくのごとし。 しかればすなはちこのきょうの 「止住しじゅう」 は、 すなはち念仏ねんぶつ止住しじゅうなり

詮ずるところ 説きあらわすところ。

答曰。此¬経¼所詮、全在↢念仏↡、其旨見↠前、不↠能↢再出↡。善導・懐感・慧心等意、亦復如↠是。然則此¬経¼止住者、即念仏止住也。

しかる所以ゆえんは、 このきょう*だいしんことばありといへども、 いまだだいしん*行相ぎょうそうかず。 また*かいことばありといへども、 いまだかい行相ぎょうそうかず。 しかるにだいしん行相ぎょうそうくことはひろく ¬*だいしんぎょう¼ とうにあり。 かのきょうさきめっしなば、 だいしんぎょうなにによりてかこれをしゅせん。 またかい行相ぎょうそうくことはひろ*大小だいしょう戒律かいりつにあり。 かの戒律かいりつさきめっしなば、 かいぎょうなにによりてかこれをしゅせん。 自余じよ諸行しょぎょうこれにじゅんじてるべし

行相 内容、 実践の方法。
大小の戒律 大乗および小乗の戒律。 ¬瓔珞ようらくきょう¼ のさんじゅ浄戒じょうかい、 ¬梵網ぼんもうきょう¼ の十重じゅうじゅう四十八しじゅうはち軽戒きょうかいなどを大乗戒とし、 ¬分律ぶんりつ¼ ¬五分律¼ ¬じゅう誦律じゅりつ¼ などの律蔵に説かれる戒律を小乗戒という。

所↢以然↡者、此¬経¼雖↠有↢菩提心之言↡、未↠説↢菩提心之行相↡。又雖↠有↢持戒之言↡。未↠説↢持戒之行相↡。而説↢菩提心行相↡者、広在↢¬菩提心経¼等↡。彼経先滅、菩提心之行、何因修↠之。又説↢持戒行相↡者、広在↢大・小戒律↡、彼戒律先滅、持戒之行、何因修↠之。自余諸行、准↠之応↠知。

ゆゑに善導ぜんどう和尚かしょうの ¬おうじょう礼讃らいさん¼ にこのもんしゃくしていはく、

万年まんねんに三ぼうめっしなば、 この ¬きょう¼ (大経) じゅうすること百年ひゃくねんあらん。 そのとききて一ねんせん、 みなまさにかしこにしょうずることをべし」 と

故善導和尚¬往生礼讃¼釈↢此文↡云。「万年三宝滅、此経住百年、爾時聞一念、皆当↠得↠生↠彼。」

 またこのもんしゃくするにりゃくして四のこころあり。 一には*しょうどうじょうきょう住滅じゅうめつぜん、 二には十ぽう西方さいほうきょう住滅じゅうめつぜん、 三にはそつ西方さいほうきょう住滅じゅうめつぜん、 四には念仏ねんぶつ諸行しょぎょうぎょう住滅じゅうめつぜんなり

聖道浄土二教 →聖道門しょうどうもん浄土門じょうどもん

又釈↢此文↡略有↢四意↡。一者聖道・浄土二教住滅前後、二者十方・西方二教住滅前後、三者兜率・西方二教住滅前後、四者念仏・諸行二行住滅前後也。

一にしょうどうじょうきょう住滅じゅうめつぜんといふは、 いはくしょうどうもん諸経しょきょうさきめっす、 ゆゑに 「経道きょうどう滅尽めつじん」 といふ。 じょうもんのこのきょうひととどまる、 ゆゑに 「止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といふ。 まさにるべし、 しょうどうえん浅薄せんぱくにして、 じょうえん深厚じんこうなりといふことを

一聖道・浄土二教住滅前後者、謂聖道門諸経先滅、故云↢「経道滅尽」↡。浄土門此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、聖道機縁浅薄、浄土機縁深厚也。

二に十ぽう西方さいほうきょう住滅じゅうめつぜんといふは、 いはく*ぽうじょうおうじょう諸教しょきょうさきめっす、 ゆゑに 「経道きょうどう滅尽めつじん」 といふ。 西方さいほうじょうおうじょうはこのきょうひととどまる、 ゆゑに 「止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といふ。 まさにるべし、 十ぽうじょうえん浅薄せんぱくにして、 西方さいほうじょうえん深厚じんこうなり

十方浄土往生の諸教 ¬随願往生十方浄土経¼ 等の教説を指す。 →十方じっぽう随願ずいがんおうじょうきょう

二十方・西方二教住滅前後者、謂十方浄土往生諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。西方浄土往生此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、十方浄土機縁浅薄、西方浄土機縁厚也。

三に*そつ西方さいほうきょう住滅じゅうめつぜんといふは、 いはく ¬*上生じょうしょう¼・¬*しん¼ とう上生じょうしょうそつ諸教しょきょうさきめっす、 ゆゑに 「経道きょうどう滅尽めつじん」 といふ。 おうじょう西方さいほうのこのきょうひととどまる、 ゆゑに 「止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といふ。 まさにるべし、 そつちかしといへどもえんあさく、 極楽ごくらくとおしといへどもえんふか

上生 ¬ろく上生じょうしょうきょう¼ を指す。 →上生経じょうしょうきょう
心地 ¬だいじょうほんじょうしんかんぎょう¼ を指す。 →心地しんじかんぎょう

三兜率・西方二教住滅前後者、謂¬上生¼・¬心地¼等上生兜率諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。往生西方此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、兜率雖↠近縁浅、極楽雖↠遠縁也。

四に念仏ねんぶつ諸行しょぎょうぎょう住滅じゅうめつぜんといふは、 諸行しょぎょうおうじょう諸教しょきょうさきめっす、 ゆゑに 「経道きょうどう滅尽めつじん」 といふ。 念仏ねんぶつおうじょうはこのきょうひととどまる、 ゆゑに 「止住しじゅう百歳ひゃくさい」 といふ。 まさにるべし、 諸行しょぎょうおうじょうえんもつともあさく、 念仏ねんぶつおうじょうえんはなはだふかし。 しかのみならず、 諸行しょぎょうおうじょうは縁すくなく、 念仏ねんぶつおうじょうは縁おおし。 また諸行しょぎょうおうじょうちか末法まっぽう万年まんねんときかぎる。 念仏ねんぶつおうじょうとお法滅ほうめつ百歳ひゃくさいうる

四念仏・諸行二行住滅前後者、謂諸行往生諸教先滅、故云↢「経道滅尽」↡。念仏往生此経特留、故云↢「止住百歳」↡也。当↠知、諸行往生機縁最浅、念仏往生機縁甚也。加之、諸行往生縁少、念仏往生縁多、又諸行往生近局↢末法万年之時↡、念仏往生遠霑↢法滅百歳之代↡也。

 他本では欠く。

 ひていはく、 すでに 「われ慈悲じひをもつて*哀愍あいみんして、 とくにこのきょうとどめて止住しじゅうすること百歳ひゃくさいならん」 (大経・下) といふ。 もししからば釈尊しゃくそん慈悲じひをもつてしかも経教きょうきょうとどめたまはんに、 いづれのきょういづれのきょうか、 しかもとどまらざらんや。 しかるをなんぞきょうとどめずして、 ただこのきょうとどめたまふや

問曰。既云↧「我以↢慈悲↡哀愍特留↢此経↡止住百歳」↥。若爾者、釈尊以↢慈悲↡而留↢経教↡。何経何教而不↠留也。而何不↠留↢余経↡唯留↢此経↡乎。

こたへていはく、 たとひいづれのきょうとどむといへども、 べっして一きょうさば、 またこのなんらじ。 ただとくにこのきょうとどむる、 そのふかこころあるか

答曰。縦雖↠留↢何経↡、別指↢一経↡者、亦不↠避↢此難↡。但特留↢此経↡有↢其意↡歟。

もし善導ぜんどう和尚かしょうこころによらば、 このきょうのなかにすでに弥陀みだ如来にょらい念仏ねんぶつおうじょう本願ほんがん (第十八願)けり。 しゃ慈悲じひをもつて念仏ねんぶつとどめんがために、 ことにこのきょうとどめたまふ。 きょうのなかにはいまだ弥陀みだ如来にょらい念仏ねんぶつおうじょう本願ほんがんかず。 ゆゑに釈尊しゃくそん慈悲じひをもつてこれをとどめたまはず

若依↢善導和尚意↡者、此経之中、已説↢弥陀如来念仏往生本願↡。釈迦慈悲、為↠留↢念仏↡、殊留↢此経↡。余経之中、未↠説↢弥陀如来念仏往生本願↡。故釈尊慈悲以而不↠留↠之也。

おほよそ四十八がんみな本願ほんがんなりといへども、 こと念仏ねんぶつをもつておうじょう*のりとなす。 ゆゑに善導ぜんどうしゃくしていはく (法事讃・上)

 規範。 法則。

*ぜいもんおおくして*四十八なれども、 ひとへに念仏ねんぶつあらわしてもつともしたしとなす。

四十八 →四十八願しじゅうはちがん

ひとよくぶつ (阿弥陀仏)ねんずれば、 ぶつかえりてねんじたまふ。 専心せんしんぶつおもへば、 ぶつひとりたまふ」 と

凡四十八願皆雖↢本願↡、殊以↢念仏↡為↢往生規↡。故善導釈云。「弘誓多門四十八、偏摽↢念仏↡最為↠親。人能念↠仏仏還念。専心想↠仏仏知↠人。」已上

 ゆゑにりぬ、 四十八がんのなかに、 すでに念仏ねんぶつおうじょうがん (第十八願) をもつて本願ほんがんちゅうおうとなすといふことを。 ここをもつてしゃ慈悲じひことにこのきょうをもつて止住しじゅうすること百歳ひゃくさいするなり。 れいするに、 かの ¬かん無量寿むりょうじゅきょう¼ のなかに、 じょうさんぎょうぞくせずして、 ただひと念仏ねんぶつぎょうぞくしたまふがごとし。 これすなはちかの仏願ぶつがんじゅんずるがゆゑに、 念仏ねんぶつぎょうぞく

故知、四十八願之中、既以↢念仏往生之願↡、而為↢本願中之王↡也。是以釈迦慈悲、特以↢此経↡止住百歳也。例如↧彼¬観無量寿経¼中、不↣付↢属定散之行↡、唯孤付↦属念仏之行↥。是即順↢彼仏願↡之故、付↢属念仏一行↡也。

 ひていはく、 百歳ひゃくさいのあひだ念仏ねんぶつとどむべきこと、 そのしかるべし。 この念仏ねんぶつぎょうは、 ただ*かの時機じきこうむらしむとやなさん、 はた*しょう像末ぞうまつつうずとやなさん

かの時機 法滅ほうめつの時代の機類。
正像末 →三時さんじ

問曰。百歳之間、可↠留↢念仏↡其理可↠然。此念仏行唯為↠被↢彼時機↡、将為↠通↢於正・像・末法之機↡也。

 草稿本、 往生院本では欠く。

こたへていはく、 ひろしょうぞう末法まっぽうつうずべし。 のちげていますすむ。 そのるべし

答曰。広可↠通↢於正・像・末法↡。挙↠後勧↠今、其義応↠知。

摂取章

【7】 弥陀みだこうみょうぎょうのものを照らさず、 ただ念仏ねんぶつ行者ぎょうじゃ*摂取せっしゅするもん

摂取 摂取不捨の意。 →せっしゅしゃ

 弥陀光明、不↠照↢余行者↡、唯摂↢取念仏行者↡之文

◎摂取章 引文

1.観経

 ¬かん無量寿むりょうじゅきょう¼ にのたまはく、 「無量寿むりょうじゅぶつに八まんせん*そうあり。 一々のそうに八まんせん*随形好ずいぎょうこうあり。 一々のこうに八まんせんこうみょうあり。 一々のこうみょうあまねく十ぽうかい念仏ねんぶつしゅじょうらし、 摂取せっしゅしててたまはず」 と

 すがたかたちの顕著な特徴。
随形好 相に付属するこまかな特徴。

¬観無量寿経¼云。「無量寿仏有↢八万四千相↡、一一相各有↢八万四千随形好↡、一一好復有↢八万四千光明↡、一一光明、遍照↢十方世界↡、念仏衆生摂取不↠捨。」

 草稿本、 往生院本では欠く。
 草稿本、 往生院本では欠く。

2.観経疏

 同経どうきょうの ¬しょ¼ (定善義) にいはく、 「ª無量寿むりょうじゅぶつº よりしも ª摂取せっしゅしゃº にいたるまでよりこのかたは、 まさしくしん*別相べっそうかんずるに、 ひかり*えんやくすることをかす。 すなはちその五あり。 一にはそう多少たしょうかし、 二には*こう多少たしょうかし、 三にはひかり多少たしょうかし、 四にはひかりらす遠近おんごんかし、 五にはひかりおよぶところのところ、 ひとへに*摂益しょうやくこうむることをかす。

別相 仏身の一部分のすがた。 総相に対す。
有縁 念仏のしゅじょうを指していう。
 随形好ずいぎょうこうのこと。
摂益 摂取せっしゅしゃやくのこと。

同経¬疏¼云。「従↢無量寿仏↡下至↢摂取不捨↡已来、正明↧観↢身別相↡、光益↦有縁↥。即有↢其五↡。一明↢相多少↡、二明↢好多少↡、三明↢光多少↡、四明↢光照遠近↡、五明↣光所↠及処偏蒙↢摂益↡。

ひていはく、 つぶさに衆行しゅぎょうしゅしてただよくこうすれば、 みなおうじょう。 なにをもつてかぶつひかりあまねくらすにただ念仏者ねんぶつしゃせっする、 なんのこころかあるや。

問曰。備修↢衆行↡但能廻向、皆得↢往生↡。何以仏光暜照、唯摂↢念仏者↡、有↢何意↡也。

こたへていはく、 これに三あり。

答曰。此有↢三義↡。

一には親縁しんえんかす。 しゅじょうぎょうおこしてくちにつねにぶつしょうすれば、 ぶつすなはちこれをきたまふ。 につねにぶつ*礼敬らいきょうすれば、 ぶつすなはちこれをたまふ。 しんにつねにぶつねんずれば、 ぶつすなはちこれをりたまふ。 しゅじょうぶつ憶念おくねんすれば、 ぶつまたしゅじょう憶念おくねんしたまふ。 *彼此ひしの三ごうあひしゃせず。 ゆゑに親縁しんえんづく。

彼此 彼は阿弥陀仏、 此は念仏の衆生を指す。

一明↢親縁↡。衆生起行口常称↠仏、仏即聞↠之。身常礼↢敬仏↡、仏即見↠之。心常念↠仏、仏即知↠之。衆生憶↢念仏↡者、仏亦憶↢念衆生↡。彼此三業不↢相捨離↡、故名↢親縁↡也。

二には近縁ごんえんかす。 しゅじょうぶつんとがんずれば、 ぶつすなはちねんおうじてげんじてまえにまします。 ゆゑに近縁ごんえんづく。

二明↢近縁↡。衆生願↠見↠仏、仏即応↠念現在↢目前↡。故名↢近縁↡也。

三には増上縁ぞうじょうえんかす。 しゅじょう称念しょうねんすれば、 すなはちこうつみのぞきて、 いのちおわらんとほっするときぶつ聖聚しょうじゅとみづからきたりて*迎接こうしょうしたまふ。 *もろもろの邪業じゃごうよくふるものなし。 ゆゑに増上縁ぞうじょうえんづく。

もろもろの邪業繋 種々のよこしまな罪の障り。

三明↢増上縁↡。衆生称念、即除↢多劫罪↡。命欲↠終時、仏与↢聖衆↡自来迎接。諸邪業繋、無↢能礙者↡。故名↢増上縁↡也。

自余じよ衆行しゅぎょうはこれぜんづくといへども、 もし念仏ねんぶつくらぶれば、 まつたく*比校ひきょうにあらず。 このゆゑに、 諸経しょきょうのなかに処々しょしょひろ念仏ねんぶつ*のうむ。 ¬無量寿むりょうじゅきょう¼ の四十八がんのなかのごときは、 ただもつぱら弥陀みだみょうごうねんじてしょうずることをかす。 また ¬弥陀みだきょう¼ のなかのごときは、 一にちにちもつぱら弥陀みだみょうごうねんじてしょうずることをと。 また十ぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつむなしからずと*証誠しょうじょうしたまふ。 またこの ¬きょう¼ (観経)じょうさんもんのなかには、 ただもつぱらみょうごうねんじてしょうずることをあらわせり。 このれい一にあらず。 ひろ念仏ねんぶつ三昧ざんまいあらわしをはりぬ」 と

功能 作用。 はたらき。

自余衆行、雖↠名↢是善↡、若比↢念仏↡者、全非↢比挍↡也。是故諸経中、処処広讃↢念仏功能↡。如↢無量寿経四十八願中↡、唯明↧専↢念弥陀名号↡得↞生。又如↢弥陀経中↡、一日七日、専↢念弥陀名号↡得↠生。又十方恒沙諸仏証誠不↠虚也。又此経定散文中、唯標↧専↢念名号↡得↞生。此例非↠一也。広顕↢念仏三昧↡竟。」

 草稿本、 往生院本では 「摽」。

3.観念法門

 ¬*観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく、 「またさきのごときの身相しんそうとうひかり一々あまねく十ぽうかいらすに、 ただもつぱら阿弥陀あみだぶつねんずるしゅじょうのみありて、 かのぶつ心光しんこうつねにこのひとらして、 *摂護しょうごしててたまはず。 すべて*雑業ぞうごう行者ぎょうじゃ照摂しょうしょうすることをばろんぜず」 と

余の雑業 念仏以外のあらゆる行業ぎょうごう。 →雑行ぞうぎょう

¬観念法門¼云。「又如↠前身相等光、一一遍照↢十方世界↡、但有↧専↢念阿弥陀仏↡衆生↥、彼仏心光常照↢是人↡摂護不↠捨。総不↠論↣照↢摂余雑業行者↡。」

◎摂取章 私釈

 わたくしにひていはく、 ぶつこうみょうただ念仏者ねんぶつしゃらして、 ぎょうのものをらさざるはなんのこころかあるや

私問曰。仏光明唯照↢念仏者↡、不↠照↢余行者↡、有↢何意↡乎。

こたへていはく、 するに二のあり。 一には親縁しんえんとうの三のもんのごとし。 二には本願ほんがん、 いはくぎょう本願ほんがんにあらざるがゆゑに、 これを照摂しょうしょうしたまはず。 念仏ねんぶつはこれ本願ほんがんのゆゑに、 これを照摂しょうしょうしたまふ

答曰。解有↢二義↡。一者親縁等三義、如↠文。二者本願義、謂余行非↢本願↡、故不↣照↢摂之↡、念仏是本願、故照↢摂之↡。

ゆゑに善導ぜんどう和尚かしょうの ¬*礼讃らいさん¼ にいはく、

六時礼讃 ¬おうじょう礼讃らいさん¼ のこと。

弥陀みだ身色しんじき金山こんぜんのごとし。 相好そうごうこうみょうは十ぽうらす。

ただぶつねんずるのみありて*光接こうしょうこうむる。 まさにるべし、 本願ほんがんもつともこわしとなす」 と

光接 異本には 「光摂」 とある。

故善導和尚¬六時礼讃¼云。「弥陀身色如↢金山↡、相好光明照↢十方↡、唯有↢念仏↡蒙↢光摂↡。当↠知、本願最為↠強。已上

光摂 往生院本、 法然院本、 大派依用本では 「光接」。

 またくところのもん (定善義) のなかに、 「*自余じよ衆善しゅぜんすいみょうぜんにゃく念仏ねんぶつしゃぜん比校ひきょう」 といふは、 こころのいはく、 これじょうもん諸行しょぎょうやくしてろんするところなり。 念仏ねんぶつはこれすでに*ひゃく一十おくのなかに選取せんしゅするところの*妙行みょうぎょうなり。 諸行しょぎょうはこれすでに二ひゃく一十おくのなかに選捨せんしゃするところの*粗行そぎょうなり。 ゆゑに 「*ぜん比校ひきょう」 といふ。 また念仏ねんぶつはこれ*本願ほんがんぎょうなり。 諸行しょぎょうはこれ本願ほんがんにあらず。 ゆゑに 「ぜん比校ひきょう」 といふ

自余衆善… 「自余の衆善は、 これ善と名づくといへども、 もし念仏に比ぶれば、 まつたく比校にあらず」
二百一十億のなかに… ¬大経¼ (上) の 「ときに法蔵比丘びく、 二百一十億の諸仏の妙土の清浄しょうじょうの行をせっしゅしき」 という文によっていう。
妙行 すぐれた行業ぎょうごう
粗行 劣った行業。
全非比校也 「まつたく比校にあらず」
本願の行 衆生往生の正定業として、 本願に選び定められた行。 →正定しょうじょうごう

又所↠引文中、言↧「自余衆善雖↠名↢是善↡、若比↢念仏↡者、全非↢比挍↡也」者、意云、是約↢浄土門諸行↡、而所↢比論↡也。念仏是既二百一十億中、所↢選取↡妙行也。諸行是既二百一十億中、所↢選捨↡麤行也。故云↣全非↢比挍↡也。又念仏是本願行、諸行是非↢本願↡、故云↣全非↢比挍↡也。

三心章

【8】 念仏ねんぶつ行者ぎょうじゃかならず三しんそくすべきもん

 念仏行者必可↣具↢足三心↡之文

◎三心章 引文

1.観経

 ¬かん無量寿むりょうじゅきょう¼ にのたまはく、 「もししゅじょうありてかのくにしょうぜんとがんずるものは、 三しゅしんおこして即便すなわちおうじょうしなん。 なんらをか三となす。 一には至誠しじょうしん、 二には深心じんしん、 三にはこう発願ほつがんしんなり。 三しんすればかならずかのくにしょうず」 と

¬観無量寿経¼云。「若有↢衆生↡、願↠生↢彼国↡者、発↢三種心↡、即便往生。何等為↠三。一者至誠心、二者深心、三者廻向発願心。具↢三心↡者、必生↢彼国↡。」

2.観経疏

 同経どうきょうの ¬しょ¼ (*散善義) にいはく、 「¬きょう¼ (観経) にのたまはく、 ª一には至誠しじょうしんº と。 ªº はしんなり。 ªじょうº はじつなり。 一切いっさいしゅじょう*しん口意くいごうしゅするところの*解行げぎょう*かならず真実しんじつしんのうちになすべきことをかさんとほっす。 ほか賢善けんぜん精進しょうじんそうげんじ、 うち虚仮こけいだくことをざれ。 *貪瞋とんじんじゃかん百端ひゃくたんにして悪性あくしょうおかしがたし。 *蛇蝎じゃかつおなじ。 三ごうおこすといへどもづけて雑毒ぞうどくぜんとなす。 また虚仮こけぎょうづく。 真実しんじつごうづけず。 もしかくのごとき安心あんじん起行きぎょうをなせば、 たとひ身心しんしんれいして、 *にち十二きゅう*はしきゅうになして、 *ねんはらふがごとくすとも、 すべて雑毒ぞうどくぜんづく。 この雑毒ぞうどくぎょうめぐらして、 かのぶつじょうしょうずることをもとめんとほっせば、 これかならず不可ふかなり。 なにをもつてのゆゑぞ。 まさしくかの阿弥陀あみだぶつ*因中いんちゅうさつぎょうぎょうじたまひしときに、 ないねんせつも、 三ごうしゅするところ、 みなこれ真実しんじつしんのうちになしたまひしによりてなり。 *おほよそ*施為せいしゅするところ、 またみな真実しんじつなるべし

解行 知解と修行。 教法を理解し行を実践すること。
かならず…得ざれ 親鸞聖人は 「かならず真実心のうちになしたまへるをもちゐんことを明かさんとおもふ。 外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、 内に虚仮を懐いて」 (信文類訓) と読まれた。
貪瞋邪偽奸詐百端 むさぼり、 いかり、 よこしまな心、 いつわりの心が無数にあり、 絶えず起ること。
蛇蝎 へびやさそり。
日夜十二時 一日中。
走り 親鸞聖人は 「もとめ」 (信文類訓) と読まれた。
因中 いんの時。 法蔵菩薩であった時。
おほよそ…真実なるべし 親鸞聖人は 「おほよそ施したまふところ趣求をなす、 またみな真実なり」 (信文類訓) と読まれた。
施為趣求 しゅじょうに施しを行う利他 (施為) と、 さとりを求める自利 (趣求) のこと。

同経¬疏¼云。「経云。一者至誠心。至者真、誠者実。欲↠明↣一切衆生身口意業所修解行、必須↢真実心中作↡。不↠得↣外現↢賢善精進之相↡。内懐↢虚仮↡、貪瞋邪偽姧詐百端、悪性難↠侵、事同↢蛇蝎↡。雖↠起↢三業↡、名為↢雑毒之善↡、亦名↢虚仮之行↡、不↠名↢真実業↡也。若作↢如↠此安心起行↡者、縦使苦↢励身心↡、日夜十二時、急走急作、如↠灸↢頭然↡者、衆名↢雑毒之善↡。欲↧迴↢此雑毒之行↡、求↦生彼仏浄土↥者、此必不可也。何以故、正由↧彼阿弥陀仏、因中行↢菩薩行↡時、乃至一念一刹那、三業所修皆是真実心中作↥。凡所↠施為↢趣求↡、亦皆真実。

 往生院本、 法然院本、 大派依用本では 「燃」。

また真実しんじつに二しゅあり。 一には*自利じり真実しんじつ、 二には利他りた真実しんじつなり。 自利じり真実しんじつといふは、 また二しゅあり。 一には真実しんじつしんのうちに、 自他じた諸悪しょあくおよび*こくとう*制捨せいしゃして、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざが一切いっさいさつ諸悪しょあく制捨せいしゃするにおなじく、 われもまたかくのごとくならんとおもふなり。 二には真実しんじつしんのうちに、 自他じた凡聖ぼんしょうとうぜん勤修ごんしゅして、 真実しんじつしんのうちに、 ごうをもつてかの阿弥陀あみだぶつおよびしょうほう讃歎さんだんし、 また真実しんじつしんのうちに、 ごうをもつて三がい・六どうとう自他じたしょうほうあく*えんし、 また一切いっさいしゅじょうの三ごうしょぜん讃歎さんだんす。 善業ぜんごうにあらざるをばつつしみてこれをとおざかれ、 また*ずいせざれ。 また真実しんじつしんのうちに、 身業しんごうをもつて合掌がっしょう礼敬らいきょうし、 *とうをもつてかの阿弥陀あみだぶつおよびしょうほうようす。 また真実しんじつしんのうちに、 身業しんごうをもつてこのしょうがいとう自他じたしょうほう軽慢きょうまん厭捨えんしゃし、 また真実しんじつしんのうちに、 ごうをもつてかの阿弥陀あみだぶつおよびしょうほうそう観察かんざつ憶念おくねんして、 目前もくぜんげんずるがごとくにし、 また真実しんじつしんのうちに、 ごうをもつてこのしょうがいとう自他じたしょうほう軽賤きょうせん厭捨えんしゃし、 *ぜんの三ごうをばかならずすべからく真実しんじつしんのうちにつべし。 *またもしぜんの三ごうおこさば、 かならずすべからく真実しんじつしんのうちになすべし。 *ない明闇みょうあんえらばず、 みなすべからく真実しんじつなるべし。 ゆゑに至誠しじょうしんづく

自利の真実… 真実心をもって自利利他すること。 親鸞聖人は自利真実を自力の真実、 利他真実を他力の真実の意とされた。
制捨 とどめ捨て去ること。
毀厭 厭いきらうこと。
四事 供養に用いる四種の品。 飲食・衣服・臥具 (寝具)・薬湯のこと。
不善の…捨つべし 親鸞聖人は 「不善の三業はかならず真実心のうちに捨てたまへるをもちゐよ」 (信文類訓) と読まれた。
またもし善の…名づく 親鸞聖人は 「またもし善の三業を起さば、 かならず真実心のうちになしたまへるをもちゐて、 内外明暗を簡ばず、 みな真実を須ゐるがゆゑに至誠心と名づく」 (信文類訓) と読まれた。
内外明闇 内心と外相、 智明と愚闇のこと。

又真実有↢二種↡。一者自利真実、二者利他真実。言↢自利真実↡者、復有↢二種↡。一者真実心中、制↢捨自他諸悪及穢国等↡、行住坐臥、想↧同↣一切菩薩制↢捨諸悪↡、我亦如↞是也。二者真実心中、勤↢修自他凡聖等善↡。真実心中口業、讃↢歎彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中口業、毀↢厭三界・六道等自他依正二報苦悪之事↡、亦讃↢歎一切衆生三業所為善↡。若非↢善業↡者、敬而遠↠之、亦不↢随喜↡也。又真実心中身業、合掌礼敬、四事等供↢養彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中身業、軽↢慢厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。又真実心中意業、思↢想観↣察憶↤念彼阿弥陀仏及依正二報↡、如↠現↢目前↡。又真実心中意業、軽↢賤厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。不善三業、必須↢真実心中捨↡。又若起↢善三業↡者、必須↢真実心中作↡、不↠簡↢内外明闇↡、皆須↢真実↡故名↢至誠心↡。

 草稿本、 往生院本では欠く。

 ª二には深心じんしんº と。 ª深心じんしんº といふはすなはちこれ深信じんしんしんなり。 また二しゅあり

二者深心。言↢心↡者、即是信之心也。亦有↢二種↡。

一にはけつじょうしてふかく、 しんげんにこれ*罪悪ざいあくしょうぼん*曠劫こうごうよりこのかたつねにもっしつねにてんして、 *しゅつえんあることなしとしん

罪悪生死の凡夫 常に罪悪を犯し、 正使の迷いの世界にてんしている凡夫。 →補註3
出離の縁 迷いの世界を離れ出るてがかり。

一者決定深信↢自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無↟有↢出離之縁↡。

二にはけつじょうしてふかく、 かの阿弥陀あみだぶつの、 四十八がんをもつてしゅじょう摂受しょうじゅしたまふこと、 うたがいなくおもんぱかりなくかの願力がんりきりてさだめておうじょうしん

二者決定深信↧彼阿弥陀仏四十八願、摂↢受衆生↡、無↠疑無↠慮、乗↢彼願力↡、定得↦往生↥。

またけつじょうしてふかく、 しゃぶつのこの ¬かんぎょう¼ の*ぷく*ぼん*じょうさんぜんきて、 かのぶつ*しょうほう証讃しょうさんして、 ひとをしてごんせしめたまふをしん

又決定深信↧釈迦仏説↢此観経三福九品定散二善↡、証↢讃彼仏依正二報↡、使↦人欣慕↥。

またけつじょうしてふかく、 ¬弥陀みだきょう¼ のなかに、 十ぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ一切いっさいぼん証勧しょうかんしたまふ、 けつじょうしてしょうずることをしん

又決定深↧信弥陀経中、十方恒沙諸仏、証↢勧一切凡夫↡、決定得↞生。

また深信じんしんとは、 あおねがはくは、 一切いっさい行者ぎょうじゃとう一心いっしんにただぶつしんじて身命しんみょうかえりみず、 けつじょうして*よりぎょうじて、 ぶつてしめたまふをばすなはちて、 ぶつぎょうぜしめたまふをばすなはちぎょうじ、 ぶつらしめたまふところをばすなはちる。 これを仏教ぶっきょう随順ずいじゅんし、 ぶつ随順ずいじゅんすとづけ、 これを仏願ぶつがん随順ずいじゅんすとづく。 これをしんぶつ弟子でしづく

より行じて 「依行」 を親鸞聖人は 「行によりて」 (信文類訓) と読まれた。

又深信者、仰願一切行者等、一心唯信↢仏語↡、不↠顧↢身命↡、決定依↠行、仏遣↠捨者即捨、仏遣↠行者即行、仏遣↠去処即去。是名↧随↢順仏教↡、随↦順仏意↥、是名↣随↢順仏願↡、是名↢真仏弟子↡。

また一切いっさい行者ぎょうじゃただよくこの ¬きょう¼ (観経) によりて深信じんしんしてぎょうずるものは、 かならずしゅじょうあやまたじ。 なにをもつてのゆゑに。 ぶつはこれ満足まんぞくだいにんなるがゆゑに。 *じつのゆゑに。 ぶつのぞきてよりこのかたは*智行ちぎょういまだたずして、 その*がくにありて、 *正習しょうじゅうしょうありていまだのぞかず、 *がんいまだまどかならざるによりて、 これらの凡聖ぼんしょうはたとひ諸仏しょぶつ教意きょうい*測量しきりょうすれども、 いまだ決了けつりょうすることあたはず。 *平章びょうしょうすることありといへども、 かならずすべからくぶつしょうしょうじてじょうとなすべし。 もしぶつみこころかなへばすなはち*いんして、 ª*にょにょº とのたまふ。 もしぶつみこころかなはざれば、 すなはち ªなんぢらの所説しょせつ、 このにょº とのたまふ。 いんしたまはざるは、 すなはち*無記むき無利むりやくおなじ。 ぶついんしたまふは、 すなはちぶつ正教しょうきょう随順ずいじゅんす。 もしぶつのあらゆる言説ごんせつは、 すなはちこれ正教しょうきょう正義しょうぎ正行しょうぎょう正解しょうげ正業しょうごう正智しょうちなり。 もしは、 もしはしょう、 もろもろのさつにんてんとうはず、 その是非ぜひさだむ。 もしぶつ所説しょせつは、 すなはちこれ*了教りょうきょうなり。 さつとうせつは、 ことごとく了教りょうきょうづく、 るべし。 このゆゑにいまのときあおぎて一切いっさいえん往生人おうじょうにんとうすすむ。 ただふかぶつしんじて*専注せんちゅう奉行ぶぎょうすべし。 さつとう*相応そうおうきょう信用しんようして、 もつて疑礙ぎげをなし、 まどひをいだきてみづからまよひて、 おうじょう大益だいやく廃失はいしつすべからず

実語 真実の言葉で説くこと。
智行 智慧ちえと修行。
学地 まだ学ぶべきことの残っている修行中の階位。 これに対して、 煩悩ぼんのうを断じて学ぶべきもののなくなった位を無学地という。
正習二障 正使と習気のさわり。 →正使しょうじじっ
果願 さとりを求める願。
平章 道理を正しく明らかにすること。
如是如是 そのとおりそのとおり。
無記 無意味、 無価値なこと。
了教 真実を完全に説きあらわしている教え。 了義教に同じ。
専注奉行 心を専一にして行 (念仏) を修すること。
不相応の教 仏の意にかなわない教え。

又一切行者、但能依↢此経↡深↢信行↡者、必不↠悞↢衆生↡也。何以故、仏是満足大悲人故、実語故、除↠仏已還、智行未↠満、在↢其学地↡、由↧有↢正習二障↡未↞除、果願未↠円。此等凡聖、縦使測↢量諸仏教意↡、未↠能↢決了↡、雖↠有↢平章↡、要須↧請↢仏証↡為↞定也。若称↢仏意↡、即印可言↢如是如是↡。若不↠可↢仏意↡者、即言↢汝等所説、是義不如是↡。不↠印者即同↢無記・無利・無益之語↡、仏印可者、即随↢順仏之正教↡。若仏所有言説、即是正教・正義・正行・正解・正業・正智。若多若少、衆不↠問↢菩薩・人・天等↡、定↢其是非↡也。若仏所説即是了教、菩薩等説尽名↢不了教↡也。応↠知、是故今時、仰勧↢一切有縁往生人等↡、唯可↧深信↢仏語↡、専注奉行↥。不↠可↧信↢用菩薩等不相応教↡以為↢疑礙↡、抱↠惑自迷廃↦失往生之大益↥也。

 往生院本では 「癈」。

また深心じんしんは ª深信じんしんなりº とは、 けつじょうしてしん建立こんりゅうして、 きょうじゅんじて修行しゅぎょうして、 ながさくのぞきて、 一切いっさい*べつ*別行べつぎょう*がく*けん*異執いしゅうのために、 退失たいしつ*傾動きょうどうせられざるなり

又深心深信者、決定建↢立自心↡、順↠教修行、永除↢疑錯↡、不↧為↢一切別解・別行・異学・異見・異執↡之所↦退失傾動↥。也。

ひていはく、 ぼんは智あさく、 *惑障わくしょうところふかし。 もし*解行げぎょうどうひとに、 おお経論きょうろんきてきたりてあひ妨難ぼうなんし、 しょうして ª一切いっさい罪障ざいしょうぼんおうじょうずº といふにはんに、 いかんがかのなん*たいして、 信心しんじん成就じょうじゅして、 けつじょうしてじきすすみて、 *怯退こうたいしょうぜざらんや

惑障 煩悩ぼんのうの障害。
対治 しりぞけること。
怯退 おそれて退くこと。

問曰。凡夫智浅、惑障処深。若逢↧解行不同人、多引↢経論↡来、相妨難証、云↦一切罪障凡夫、不↞得↢往生↡者、云何対↢治彼難↡成↢就信心↡、決定直進不↠生↢怯退↡也。

こたへていはく、 もしひとありておお経論きょうろんしょうきて、 ªしょうぜずº といはば、 行者ぎょうじゃすなはちこたへていへ、 ªなんぢ、 経論きょうろんをもつてきたしょうして «しょうぜず» といふといへども、 わがこころのごときはけつじょうしてなんぢがけず。 なにをもつてのゆゑに。 しかもわれまた、 これかのもろもろの経論きょうろんしんぜざるにはあらず。 ことごとくみな仰信ごうしんす。 しかるにぶつかのきょうきたまふときは、 *処別しょべつに、 べつに、 *たいべつに、 やくべつなり。 またかのきょうきたまふときは、 すなはち ¬かんぎょう¼・¬弥陀みだきょう¼ とうきたまふときにあらず。 しかるにぶつ説教せっきょうは、 *ととのひてときまたどうなり。 かれすなはちつうじてにんてんさつ解行げぎょうく。 いま ¬かんぎょう¼ のじょうさんぜんくは、 ただだいおよびぶつめつ*じょく*一切いっさいぼんのために、 しょうして «しょうずることを» とのたまふ。 この因縁いんねんのために、 われいま一心いっしんにこの仏教ぶっきょうによりてけつじょうして奉行ぶぎょうす。 たとひなんぢらひゃく千万億せんまんおくありて «しょうぜず» といふとも、 ただわがおうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせんº と

処別 場所が異なっていること。
対機別 教えの対象となる人の資質や能力が異なっていること。
機に備ひて 教えの対象となる人の資質や能力にあわせて。

答曰。若有↠人多引↢経論証↡云↠不↠生者、行者即報云。仁者雖↧将↢経論↡来証噵↞不↠生、如↢我意↡者、決定不↠受↢汝破↡。何以故、然我亦不↢是不↟信↢彼諸経論↡、尽皆仰信。然仏説↢彼経↡時、処別・時別・対機別・利益別。又説↢彼経↡時、即非↧説↢観経・弥陀経等↡時↥。然仏説教備↠機、時亦不同。彼即通説↢人・天・菩薩之解行↡。今説↢観経定散二善↡、唯為↢韋提及仏滅後五濁・五苦等一切凡夫↡、証言↠得↠生。為↢此因縁↡、我今一心依↢此仏教↡、決定奉行。縦使汝等百千万億、噵↠不↠生者、唯増↢長成↣就我往生信心↡也。

また行者ぎょうじゃさらにかひてきていへ。 ªなんぢよくけ。 われいまなんぢがためにまたけつじょう信相しんそうかん。 たとひ*ぜんさつ*かん*辟支びゃくしぶつとう、 もしは一、 もしはない、 十ぽう*遍満へんまんして、 みな経論きょうろんしょうきて «しょうぜず» といはば、 われまたいまだ一ねんしんおこさじ。 ただわが清浄しょうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせん。 なにをもつてのゆゑに。 ぶつけつじょう成就じょうじゅ了義りょうぎにして、 一切いっさいのために破壊はえせられざるによるがゆゑにº と

地前の菩薩 しょの位以前の菩薩。 菩薩五十二位の修道階位のうち十地じゅうじの階位以前の十信じっしん十住じゅうじゅう十行じゅうぎょうじゅうこうの四十位を指していう。 →さつ

又行者更向説言。「仁者善聴、我今為↠汝更説↢決定信相↡。縦使地前菩薩・羅漢・辟支等、若一若多、乃至遍↢満十方↡、皆引↢経論証↡言↠不↠生者、我亦未↠起↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我清浄信心↡。何以故、由↫仏語決定成就了義、不↪為↢一切↡所↩破壊↨故。

辟支 草稿本、 往生院本では 「辟支仏」。

また行者ぎょうじゃよくけ。 たとひ*しょ以上いじょうらい、 もしは一、 もしはない、 十ぽう遍満へんまんして、 異口いく同音どうおんにみないはく、 ªしゃぶつ弥陀みださんし、 三がい・六どう*毀呰きしして、 しゅじょう勧励かんれいし、 «専心せんしん念仏ねんぶつし、 およびぜんしゅして、 この一しんへてのち必定ひつじょうしてかのくにしょうず» といふは、 これはかならずもうなり、 しんすべからずº と。 われこれらの所説しょせつくといへども、 また一ねんしんしょうぜずして、 ただわがけつじょうして上上じょうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせん。 なにをもつてのゆゑに。 すなはちぶつ真実しんじつ*決了けつりょうなるによるがゆゑに。 ぶつはこれじっじつ実見じっけん実証じっしょうにして、 これわく心中しんちゅうにあらざるがゆゑに。 また一切いっさいさつけん異解いげのために破壊はえせられず。 もしじつにこれさつならばおお仏教ぶっきょうたがはじ

初地以上十地以来 第一かん喜地ぎじから第十法雲ほううんまでの十地の菩薩。 →十地じゅうじ
決了 けつじょう了解りょうげの略。 真実をはっきりと了解して不確かなことが少しもないこと。

又行者善聴。縦使初地已上十地已来、若一若多、乃至遍↢満十方↡、異口同音、皆云↧釈迦仏指↢讃弥陀↡、毀↢呰三界・六道↡、勧↢励衆生↡、専心念仏、及修↢余善↡、畢↢此一身↡後、必定生↢彼国↡者、此必虚妄、不↞可↢依信↡也。我雖↠聞↢此等所説↡、亦不↠生↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我決定上上信心↡。何以故、乃由↢仏語真実決了義↡故、仏是実知・実解・実見・実証、非↢是疑惑心中語↡故。又不↧為↢一切菩薩異見・異解↡之所↦破壊↥。若実是菩薩者、衆不↠違↢仏教↡也。

またこのけ。 行者ぎょうじゃまさにるべし。 たとひ*ぶつ*報仏ほうぶつ、 もしは一、 もしはない、 十ぽう*遍満へんまんして、 おのおのひかりかがやかし、 したきて、 あまねく十ぽうおおひて、 一々にきてのたまはく、 ªしゃ所説しょせつにあひめ、 一切いっさいぼん勧発かんぽつして、 «専心せんしん念仏ねんぶつし、 およびぜんしゅして、 *がんしてかのじょうしょうずることを» といふは、 これはこれもうなり、 さだめてこのなしº と。 われこれらの諸仏しょぶつ所説しょせつくといへども、 *畢竟ひっきょうじて一ねん退たいしんおこして、 かの仏国ぶっこくしょうずることをずとおそれじ。 なにをもつてのゆゑに。 一ぶつ一切いっさいぶつなり。 あらゆる