1271◎六ろく要よう鈔しょう第だい六ろく 旧きゅう本ほん 新しん末まつ

 

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「序分義」文

【25】◎次つぎに 「又う云うん定じょう善ぜん」 とらいふは、 「序分じょぶん義ぎ」 の文もん、 すなはち七縁しちえんの中なかの第六だいろく・第七だいしち両りょう縁えんの名ななり。

◎次ニ言↢「▲又云定善ト」等↡者、「序分義ノ」文、即七縁ノ中ノ第六・第七両縁ノ名也。

問とふていはく、 なんがゆゑぞ略りゃくして二に縁えんの名なを出いだすや。

-問テ云ク、何ガ故ゾ略シテ出ス↢二縁ノ名ヲ↡乎。

答こたふ。 前さきに引ひくところの三心さんしんの中なかに、 第三だいさんの心しんにいふところの 「随ずい喜き過去かこ今こん生じょう一切いっさい凡ぼん聖しょう三業さんごう所修しょしゅ世せ出しゅっ世せ間けん善根ぜんごん」 とらはこれ定じょう散さんなり。 このゆゑに散善さんぜんは仏ぶつ自じ開かいとして往おう生じょうの行ぎょうを顕あらわす。 定じょう善ぜんは韋い提だいの請しょうに答こたへて往おう生じょうの観かんを示しめす。 この定じょう散さんの機きおのおの他た力りきに帰きして往おう生じょうの益やくを得う。 いま名みょう題だいを表ひょうする、 けだしその意こころか。

-答。前ニ所ノ↠引ク之三心ノ之中ニ、第三ノ之心ニ所ノ↠云フ「▲随喜過去今生一切凡聖三業所修世出世間善根ト」等者是 レ定散也。是ノ故ニ散善ハ為シテ↢仏自開ト↡顕ス↢往生ノ行ヲ↡。定善ハ答テ↢韋提ノ請ニ↡示ス↢往生ノ観ヲ↡。此ノ定散ノ機各帰シテ↢他力ニ↡得ウ↢往生ノ益ヲ↡。今表スル↢名題ヲ↡、蓋シ其ノ意歟。

問とふ。 本書ほんしょのごときは、 顕けん行ぎょうは前さきにあり、 示じ観かんは後のちに居こす、 いまなんぞ前ぜん後ごする。

-問。如キ↢本書ノ↡者、顕行ハ在リ↠前ニ、示観ハ居ス↠後ニ、今何ゾ前後スル。

答こたふ。 序分じょぶんの説相せっそう、 夫ぶ人にんの意こころまづ当とう機きによりて定じょう善ぜんを請しょうずといへども、 如来にょらい一切いっさいの諸しょ機きを摂せっせんがためにまづ散善さんぜんを開ひらきて後のちに定じょう善ぜんを示しめす。 正宗しょうしゅうの説相せっそう、 まづ請しょう問もんに応おうじ、 後のちに自じ開かいを顕あらわす。 いま正宗しょうしゅう説相せっそうの次し第だいに就つきて前ぜん後ごかくのごとし。

-答。序分ノ説相、夫人ノ之意先ヅ依テ↢当機ニ↡雖ヘ↠請ズト↢定善ヲ↡、如来為ニ↠摂センガ↢一切ノ諸機ヲ↡先ヅ開テ↢散善ヲ↡後ニ示ス↢定善ヲ↡。正宗ノ説相、先ヅ応ジ↢請問ニ↡、後ニ顕ス↢自開ヲ↡。今就テ↢正宗説相ノ次第ニ↡前後如シ↠此ノ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「散善義」文

【26】次つぎの一いっ句くは、 「散善さんぜん義ぎ」 の奥おくの後ご序じょの文もんなり。

次ノ一句者、▲「散善義ノ」奥ノ後序ノ文也。

「浄じょう土どの要よう」 とはその二にの意こころあり。 一いちには要門ようもんの義ぎ、 すなはち定じょう散さんなり。 二にには要法ようぼうの義ぎ、 すなはち念仏ねんぶつなり。 ¬事じ讃さん¼ (法事讃巻下) に 「故使こし如来にょらい選せん要法ようぼう」 といふがごとし。 すなはち真要しんようの義ぎこれを本ほん意いとなす。

-「▲浄土ノ要ト」者有リ↢其ノ二ノ意↡。一ニハ要門ノ義、即定散也。二ニハ要法ノ義、即念仏也。如シ↣¬事讃ニ¼云ガ↢「▲故使如来選要法ト」↡也。即真要ノ義是ヲ為ス↢本意ト↡。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『礼讃』二文

【27】次つぎの所引しょいんの文もん、 ¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ の前序ぜんじょの文もんなり。 三心さんしんの釈しゃく、 ほぼ ¬疏しょ¼ の釈しゃくに同おなじ。 ゆゑに別べっして解げせず。

次1272ノ所引ノ文、▲¬往生礼讃ノ¼前序ノ文也。三心ノ之釈、粗同ジ↢¬疏ノ¼釈ニ↡。故ニ不↢別シテ解セ↡。

「乃ない至し」 といふは深心じんしんの釈しゃくなり。

-言↢「▲乃至ト」↡者深心ノ釈也。

問とふ。 この中なかになんぞ深心じんしんの釈しゃくを略りゃくするや。

-問。此ノ中ニ何ゾ略スル↢深心ノ釈ヲ↡乎。

答こたふ。 深心じんしんの釈しゃくは第だい二に巻かんの中なかに智ち昇しょうの釈しゃくを載のせてすでにもつてこれを引ひく。 ゆゑにいまこれを略りゃくす。

-答。深心ノ之釈ハ▲第二巻ノ中ニ載テ↢智昇ノ釈ヲ↡既ニ以テ引ク↠之ヲ。故ニ今略ス↠之ヲ。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 五ご念ねん・四し修しゅを明あかすところの文もんなり。

-次ニ「▲乃至ト」者、所ノ↠明ス↢▲五念・▲四修ヲ↡文也。

「又う菩ぼ薩さつ」 の下しも 「足そく応おう知ち」 に至いたるまでは四し修しゅの法ほうを明あかす結文けつもんなり。 上かみにまさしくかの四し修しゅの法ほうを明あかすところの文もんの意こころのいはく、 「一いちには恭く敬ぎょう修しゅ。 かの仏ぶつおよびかの一切いっさいの聖しょう衆じゅ等とうを恭く敬ぎょう礼拝らいはいす。 二にには無余むよ修しゅ。 もつぱらかの仏ぶつ名みょうを称しょうして、 かの仏ぶつおよび聖しょう衆じゅ等とうを専念せんねん専想せんそう専せん礼讃らいさんして余よ業ごうを雑まじへず。 三さんには無む間けん修しゅ。 相続そうぞくして恭く敬ぎょう礼拝らいはい、 称名しょうみょう讃歎さんだん、 憶念おくねん観察かんざつ、 回え向こう発願ほつがんす。 心々しんしん相続そうぞくして余よ業ごうをもつて来きたし間まじへず。 また貪瞋とんじん煩悩ぼんのうをもつて来きたし間まじへず。 随犯ずいぼん随懴ずいさんして、 念ねんを隔へだて時ときを隔へだて日ひを隔へだてずして常つねに清浄しょうじょうならしむ。 四しには長じょう時じ修しゅ。 畢ひつ命みょうを期ごとなして誓ちかひて中ちゅう止しせず」 以上取意。

-「▲又菩薩ノ」下至マデハ↢「足応知ニ」↡明ス↢四修ノ法ヲ↡之結文也。上ニ正ク所ノ↠明ス↢彼ノ四修ノ法ヲ↡之文ノ意ノ云ク、「▲一ニハ者恭敬修。恭↢敬礼↣拝ス彼ノ仏及ビ彼ノ一切ノ聖衆等ヲ↡。▲二者無余修。専ラ称シテ↢彼ノ仏名ヲ↡、専↢念専↣想専↤礼讃シテ彼ノ仏及ビ聖衆*等ヲ↡不↠雑ヘ↢余業ヲ↡。▲三者無間修。相続シテ恭敬礼拝、称名讃嘆、憶念観察、廻向発願ス。心々相続シテ不↧以テ↢余業ヲ↡来シ間マジヘ↥。又不↧以テ↢貪嗔煩悩ヲ↡来シ間マジヘ↥。随犯随懴シテ、不シテ↢隔テ↠念ヲ隔テ↠時ヲ隔テ↟日ヲ常ニ使シム↢清浄ナラ↡。▲四者長時修。畢命ヲ為シテ↠期ト誓テ不↢中止セ↡。」 已上取意

問とふ。 四し修しゅの法ほうとは、 論蔵ろんぞう等とうに深じん位いの菩ぼ薩さつの所修しょしゅの法ほうを論ろんず。 いはく ¬倶く舎しゃ論ろん¼ の二に十じゅう七しち (玄奘訳智品) にいはく、 「一いちには無余むよ修しゅ。 福徳ふくとく・智慧ちえ二に種しゅの資し糧りょう修しゅして遺のこすことなきがゆゑに。 二にには長じょう時じ修しゅ。 三大さんだい劫こう阿あ僧そう祗耶ぎなを経へて修しゅして倦うむことなきがゆゑに。 三さんには無む間けん修しゅ。 精しょう勤ごん勇ゆう猛みょうにして刹せつ那な刹せつ那なに修しゅして廃はいすることなきがゆゑに。 四しには尊そん重じゅう修しゅ。 所学しょがくを恭く敬ぎょうして顧こ惜しゃくするところなく修しゅして慢まんなきがゆゑに。」 以上 この論文ろんもん宗しゅう家けの釈しゃく義ぎと相そう違い一いちにあらず。 無余むよ修しゅとは、 かれは福ふく智ちの資し糧りょう円満えんまんして遺余いよなき義ぎに約やくす、 これは一いち行ぎょう余よを雑ぞうすることなき義ぎに約やくす。 長じょう時じ修しゅとは、 かれは三大さんだい阿あ僧そう祇ぎ劫こう長じょう遠おんの義ぎに約やくし、 これは一いっ生しょう畢ひつ命みょうの期ごに約やくす。 なんぞ相そう違いするや。

-問。四修ノ法ト者、論蔵等ニ論ズ↢深位ノ菩薩ノ所修ノ法ヲ↡也。謂ク¬倶舎論ノ¼二十七ニ云、「一ニハ無余修。福徳・智*恵二種ノ資糧修シテ無キガ↠遺ノコスコト故ニ。二ニハ長時修。経テ↢三大劫阿僧祗耶ヲ↡修シテ無キガ↠倦コト故ニ。三ニハ無間修。精勤勇猛ニシテ刹那刹那ニ修シテ無ガ↠*廃スルコト故ニ。四ニハ尊重修。恭↢敬シテ所学ヲ↡無ク↠所↢顧惜スル↡修シテ無ガ↠慢故ニ。」 已上 此ノ論文与↢宗家ノ釈義↡相違非ズ↠一ニ。無余修ト者、彼ハ約ス↧福智ノ資糧円満シテ無キ↢遺余↡義ニ↥、此ハ約ス↢一行無キ↠雑スルコト↠余1273ヲ義ニ↡。長時修ト者、彼ハ約シ↢三大阿僧祇劫長遠ノ之義ニ↡、此ハ約ス↢ー生畢命ノ之期ニ↡。何ゾ相違スル乎。

答こたふ。 論説ろんせつしかりといへどもいまの修しゅ行ぎょうに就つきて随ずい義ぎ転用てんようす。 すなはちいまの所引しょいん 「已い勉めん」 とらは、 かの論説ろんせつを顧かえりみて設もうくるところの釈しゃくなり。

-答。論説雖ヘ↠然ト就テ↢今ノ修行ニ↡随義転用ス。即今ノ所引「▲已勉ト」等者、顧テ↢彼ノ論説ヲ↡所ノ↠設クル釈也。

「所しょ作さ善法ぜんぼう」 以下いげの三さん句くは自利じりの行ぎょうに約やくす。 この中なかに無余むよ・無む間けん・尊そん重じゅうの三修さんしゅを含容がんようす。

-「▲所作善法」已下ノ三句ハ約ス↢自利ノ行ニ↡。此ノ中ニ含↢容ス無余・無間・尊重ノ三修ヲ↡。

「教きょう化け衆しゅ生じょう」 以下いげの三さん句くは利他りたの行ぎょうに就つきて長じょう時じ修しゅに約やくす。

-「▲教化衆生」已下ノ三句ハ就テ↢利他ノ行ニ↡約ス↢長時修ニ↡。

「然今ねんこん」 とらは、 かの大だい菩ぼ薩さつ四し修しゅの行ぎょう、 今こん時じ煩悩ぼんのう繋け縛ばくの凡ぼん夫ぶ修しゅ行ぎょう分ぶん絶たえたり。 ただ回え願がん往おう生じょうの心しんを発おこせば、 一いっ生しょうの一いち行ぎょうにおいて分ぶんに四し修しゅを具ぐする義ぎを明あかすなり。

-「▲然今ト」等者、彼ノ大菩薩四修ノ之行、今時煩悩繋縛ノ凡夫修行分絶タリ。只発セバ↢廻願往生之心ヲ↡、明ス↧於テ↢一生ノ一行ニ↡分ニ具スル↢四修ヲ↡義ヲ↥也。

「到とう彼ひ」 以下いげは論蔵ろんぞう等とう所説しょせつの四し修しゅ、 かの浄じょう土どにおいて自じ然ねん任運にんうんに具ぐ足そくする益やくを明あかす。

-「▲到彼」以下ハ明ス↧論蔵等所説ノ四修、於テ↢彼ノ浄土ニ↡自然任運ニ具足スル益ヲ↥也。

【28】「又う云うん若にゃく欲よく捨専しゃせん」 とらは、 雑修ざっしゅの失しつを判はんずる解げ釈しゃくなり。

「▲又云若欲捨専ト」等者、判ズル↢雑修ノ失ヲ↡之解釈也。

問とふ。 本書ほんしょの文もんの中なかにはつぶさに専雑せんぞう二に修しゅの得失とくしつを挙あぐ。 いまの所引しょいん*失しつを略りゃくして得とくを出いだす、 なんの意こころかあるや。

-問。本書ノ文ノ中ニハ具ニ挙グ↢専雑二修ノ得失ヲ↡。今ノ之所引略シテ↠失ヲ出ス↠得ヲ、有ル↢何ノ意カ↡耶。

答こたふ。 第だい二に巻かんの中なかに得とくを判はんずる文もんを引ひき、 当巻とうかんの中なかに失しつを判はんずる釈しゃくを引ひく。 両りょう処しょあひ照てらしてこれを知しらしむ。 なかんづく雑修ざっしゅは化土けどの因いんなるがゆゑにこの巻かんにこれを引ひく。

-答。▲第二巻ノ中ニ引キ↢判ズル↠得ヲ文ヲ↡、当巻ノ之中ニ引ク↢判ズル↠失ヲ釈ヲ↡。両処相照シテ令↠知ラ↠之ヲ也。就テ↠中雑修ハ化土ノ因ナルガ故ニ此ノ巻ニ引ク↠之ヲ。

「乃ない由ゆ雑縁ぞうえん乱動らんどう」 とらは、 十じゅう三さんの失しつを挙あぐ。 中なかにおいて初はじめの四しは四しの得とくを翻対ほんたいしてその義ぎを知しるべし。 ▲第だい二に巻かんの新本しんほんの鈔しょうに解げするがごとし。 第だい五ご以下いげはこの四しの中なかより開かい出しゅつす、 知しるべし。

-「▲乃由雑縁乱動」等者、挙グ↢十三ノ失ヲ↡。於テ↠中ニ初ノ四ハ翻↢対シテ▲四ノ得ヲ↡可シ↠知ル↢其ノ義ヲ↡。如シ↢第二巻ノ新本ノ鈔ニ解スルガ↡。第五以下ハ自リ↢此ノ四ノ中↡開出ス、応↠知ル。

問とふ。 第だい五ごの失しつに 「係け念ねん」 とらいひ、 第六だいろくの失しつに 「憶想おくそう」 とらいふ。 なんの差別しゃべつかある。

-問。第五ノ之失ニ云ヒ↢「係念ト」等↡、第六ノ之失ニ云フ↢「憶想ト」等↡。有ル↢何ノ差別カ↡。

答こたふ。 「係け念ねん」 とらはこれ初心しょしんに約やくす、 「憶想おくそう」 とらは後ご心しんに約やくするなり。

-答。「▲係念ト」等者是 レ約ス↢初心ニ↡。「▲憶想ト」等者約スル↢後心ニ↡也。

問とふ。 いま出いだすところの失しつはこれ第だい九くに至いたる。 第だい十じゅう以下いげの失しつを載のせざるなんの由ゆえかあるや。

-問。今所ノ↠出ス失ハ是 レ至ル↢第九ニ↡。不ル↠載1274セ↢▲第十以下ノ之失ヲ↡有ル↢何ノ由カ↡乎。

答こたふ。 別べつの由ゆえなきか。 専修せんじゅの得とくをいふにすでに四し種しゅを出いだす。 よりて雑修ざっしゅの失しつ四し種しゅを出いでず。 このゆゑに四しの失しつと十じゅう三さんの失しつとただ開合かいごうの異いなり。 これをもつてこれをいふに、 四しの失しつの外ほかに広こう略りゃく引用いんようすべからく時ときに随したがふべきか。 しかりといへどもなほあながちにその由ゆえを求もとめばその要ようなきにあらず。 いはく第だい九くの失しつに慚ざん愧ぎ・懴さん悔げあることなしといふに就つきて興ごうの釈しゃく文もんを出いだして懴さん悔げの相そうを明あかす。 その懴さん悔げを示しめすに煩悩ぼんのう賊害ぞくがいの劣れっ機きに関あずからず、 つひに真心しんしん徹到てっとうの勝しょう利りを顕あらわす。 その徹到てっとうの心しんはすなはち至し誠じょう心しん、 すなはち三心さんしん発得ほっとくの義ぎを顕あらわす。 これ大要たいようなるがゆゑに前ぜん後ご懴さん悔げの文もん義ぎを次ついでんがために、 自下じげの失しつを略りゃくして懴さん悔げの釈しゃく文もんを引ひき具ぐすらくのみ。

-答。無↢別ノ由↡歟。云ニ↢専修ノ得ヲ↡既ニ出ス↢四種ヲ↡。仍テ雑修ノ失不↠出↢四種ヲ↡。是ノ故ニ四ノ失ト十三ノ之失ト只開合ノ異ナリ。以テ↠之ヲ言フニ↠之ヲ、四ノ失ノ之外ニ広略引用須クキ↠随↠時ニ歟。雖↠然ト猶強ニ求メ↢其ノ由ヲ↡者非ズ↠無ニ↢其ノ要↡。謂ク▲第九ノ失ニ就テ↠云ニ↠無ト↠有コト↢慚愧・懴悔↡出シテ↢興ノ釈文ヲ↡明ス↢懴悔ノ相ヲ↡。示ニ↢其ノ懴悔ヲ↡不↠関カラ↢煩悩賊害ノ劣機ニ↡、終ニ顕ス↢真心徹到ノ勝利ヲ↡。其ノ徹到ノ心ハ即至誠心、即顕ス↢三心発得ノ義ヲ↡也。是 レ大要ナルガ故ニ為ニ↠次ツイデンガ↢前後懴悔ノ文義ヲ↡、略シテ↢自下ノ失ヲ↡引キ↢具スラク懴悔ノ之釈文ヲ↡耳。

「乃ない至し」 といふは、 前序ぜんじょの終おわりより六ろく時じの下しもの所引しょいんの文前もんぜんに至いたるまで省略しょうりゃくするがゆゑなり。

-言「▲乃至ト」者、自リ↢前序ノ終↡至マデ↢六時ノ下ノ所引ノ文前ニ↡省略スルガ故也。

「上中じょうちゅう下げ」 の下しもは分別ふんべつの釈しゃくなり。 三品さんぼんの懴さん悔げその意こころ見みつべし。

-「▲上中下ノ」下ハ分別ノ釈也。三品ノ懴悔其ノ意可シ↠見ツ。

「久く種しゅ」 とらは、 出しゅつ離りのためのゆゑに菩ぼ提だい心しんの上うえに修しゅするところの善ぜんを 「解げ脱だつ分ぶんの善根ぜんごん」 といふものなり。

-「▲久種ト」等者、為ノ↢出離ノ↡故ニ菩提心ノ上ニ所ノ↠修スル之善ヲ云フ↢「解脱分ノ善根ト」↡者也。

「能如のうにょ」 とらは、 聖しょう人にん等とうの如法にょほうの懴さん悔げを顕あらわす。

-「▲能如ト」等者、顕ス↢聖人等ノ如法ノ懴悔ヲ↡。

「若にゃく不ふ」 とらは、 これ薄はく地じ底てい下げの類たぐい自じ力りきの懴さん悔げ成じょうじがたき義ぎを顕あらわす。 かくのごときの下機げき三品さんぼんの懴さん悔げを修しゅすることあたはずといへども、 真心しんしん徹到てっとうその功こうまつたく上かみにいふところの三品さんぼん随分ずいぶん如法にょほうの懴さん悔げに同おなじ。 このゆゑにいま 「上かみと同おなじ」 といふなり。

-「▲若不ト」等者、是 レ顕ス↢薄地底下ノ之類自力ノ懴悔難キ↠成ジ義ヲ↡也。如ノ↠此ノ下機雖ヘ↠不ト↠能↠修スルコト↢三品ノ懴悔ヲ↡、真心徹到其ノ功全ク同ジ↢上ニ所ノ↠言フ之三品随分如法ノ懴悔ニ↡。是ノ故ニ今云↢「▲与ト↠上同ジト」↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『観念法門』文

【29】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん総そう不ふ論ろん照しょう」 とらは、 ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ の護ご念ねん縁えんの釈しゃく、 これ弥陀みだ摂取せっしゅの心光しんこう念仏ねんぶつの人ひとを摂せっして余よに亘わたらざることを明あかす。

次ノ所引ノ文、「▲又云総不論照ト」等者、¬観念法門ノ¼護念縁ノ釈、是 レ明ス↧弥陀摂取ノ心光摂シテ↢念仏ノ人ヲ↡不コトヲ↞亘ラ↠余ニ也。

つぶさなる文もん載のせて第三だいさん巻かんの未まつにあり。 よりてその下しもにおいてほぼ註ちゅう解げし畢おわりぬ。

-具ナル文載テ在リ↢▲第三巻ノ未ニ↡。仍テ於テ↢其ノ▲下ニ↡粗註1275解シ畢ヌ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『法事讃』文

【30】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん如来にょらい出しゅつ現げん」 とらは ¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) の釈しゃく。 この讃さん略りゃくして一代いちだいの説せっ教きょうを標ひょうしてつひに念仏ねんぶつその出しゅつ要ようたることを勧すすむ。

次ノ所引ノ文、「▲又云如来出現ト」等者¬法事讃ノ¼釈。此ノ讃略シテ標シテ↢一代ノ説教ヲ↡遂ニ勧ム↣念仏為コトヲ↢其ノ出要↡。

「如来にょらい」 とらは、 これ 「能のう於お娑しゃ婆ば国こく土ど五ご悪あく世せ」 (小経) 等とうの経きょう文もんによる。

-「▲如来ト」等者、是 レ依ル↢「▲能於娑婆国土五濁悪世」等ノ之経文ニ↡。

「随ずい宜ぎ」 とらは対たい機きの意こころなり。 「或説わくせつ多た聞もん」 は声しょう聞もんの教きょうを指さす。 「或説わくせつ少しょう解げ」 は縁覚えんがくの教きょうに約やくす、 以い上じょう小乗しょうじょう。 「或わく教きょう福ふく慧え」 は菩ぼ薩さつの教きょうを指さす、 これはこれ大だい乗じょう。 前さきの二に乗じょうに加くわへてすなはち三さん乗じょうとなす。 もし円えん宗しゅうによらば菩ぼ薩さつ乗じょうにおいてまた大だい小しょうを摂せっす、 三蔵さんぞう教きょうの菩ぼ薩さつあるがゆゑなり。 「福ふく慧え」 といふは、 六ろく度どの中なかに前さきの五ごはこれ福ふく、 後のちの一いちは慧えなり。 「或わく教きょう禅念ぜんねん」 は仏心ぶっしん宗しゅうに約やくす。 ゆゑにこの中なかに大だい小しょう・権実ごんじつ・教きょう内ない・教きょう外げ一代いちだいの意こころを含がんす。

-「▲随宜ト」等者対機ノ意也。「▲或説多聞ハ」指ス↢声聞ノ教ヲ↡。「▲或説少解ハ」約ス↢縁覚ノ教ニ↡、已上小乗。「▲或教福*恵ハ」指ス↢菩薩ノ教ヲ↡、此ハ是 レ大乗。加テ↢前ノ二乗ニ↡即為ス↢三乗ト↡。若シ依ラバ↢円宗ニ↡於テ↢菩薩乗ニ↡又摂ス↢大小ヲ↡、有ガ↢三蔵教ノ菩薩↡故也。言↢「福*恵ト」↡者、六度ノ之中ニ前ノ五ハ是 レ福、後ノ一ハ恵也。「▲或教禅念ハ」約ス↢仏心宗ニ↡。故ニ此ノ中ニ含ス↢大小・権実・教内・教外一代ノ意ヲ↡也。

「種々しゅじゅ」 とらは、 すなはち随分ずいぶん得とく度どの益やくを許ゆるす。 これ根こん性じょう利り者しゃの類たぐいに就つきてしばらく論ろんずるところなり。 かの鈍根どんこん無智むちの機きにおいてはその益やくを得えがたし。 これがために設もうくるところは称名しょうみょうの行ぎょうなり。 このゆゑに結けっして 「無過むか念仏ねんぶつ往おう西方さいほう」 といふなり。

-「▲種々ト」等者、即許ス↢随分得度ノ之益ヲ↡。是 レ就テ↢根性利者ノ之類ニ↡且ク所↠論ズル也。於テ↢彼ノ鈍根無智ノ機ニ↡者難シ↠得↢其ノ益ヲ↡。為ニ↠之ガ所ハ↠設ル称名ノ行也。是ノ故ニ結シテ云↢「▲無過念仏往西方ト」↡也。

問とふ。 いふところの結けっ句く、 まことに宗しゅう旨しなり。 ただし▽いまこれを除のぞく、 要須ようしゅを失しっするをや。

-問。所ノ↠云結句、誠ニ宗旨也。但今除ク↠之ヲ、失スルヲヤ↢要須ヲ↡耶。

答こたふ。 一代いちだいの化儀けぎ、 聖しょう道どう・浄じょう土ど転てん入にゅうの教きょう旨し、 利り根こん・鈍根どんこん潤益にんやくの次し第だい、 念仏ねんぶつ往おう生じょう終しゅう窮ぐの極談ごくだん、 文もんの意こころ分ぶん明みょうなり。 しかるに一いっ句くを除のぞくことは、 ことさらにその由ゆえを標ひょうす。 万善まんぜん諸しょ行ぎょうは化土けどの業因ごういんなり。 このゆゑに広ひろく上かみの諸しょ句く 「種々しゅじゅ」 以下いげ 「往おう西方さいほう」 に至いたるまでを引ひく。 末まつ後ごの二句にくは↓下しもにおいて別載べっさいす。

-答。一代ノ化儀、聖道・浄土転入ノ教旨、利根・鈍根潤益ノ次第、念仏往生終窮ノ極談、文ノ意分明ナリ。而ニ除コトハ↢一句ヲ↡、故ニ標ス↢其ノ由ヲ↡。万善諸行ハ化土ノ業因ナリ。是ノ故ニ広ク引ク↢上ノ之諸句「種々」已下至マデヲ↢「往西方ニ」↡。末後ノ二句ハ於テ↠▲下ニ別ニ載ス。

問とふ。 ↑下しもにおいて載のするところ同おなじくこれ当巻とうかん二に十じゅうの願がんの下もとにこれを引ひくところなり。 かの願がんすなはちまた諸しょ行ぎょうの願がんなり。 なんぞ別べつとなすや。

-問。於テ↠下ニ所↠載スル同ク是 レ当巻▲二1276十ノ願ノ下ニ所↠引↠之ヲ也。彼ノ願即亦諸行ノ願也。何ゾ為↠別ト乎。

答こたふ。 植じき諸しょ徳本とくほんの願がんたりといへども、 また聞もん其ご名みょう号ごうと説とくゆゑなり。

-答。雖ヘ↠為タリト↢植諸徳本之願↡、又説↢▲聞其名号ト↡故也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『般舟讃』二文

【31】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん」 とらは、 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の釈しゃく。

次ノ所引ノ文、「▲又云ト」等者¬般舟讃ノ¼釈。

「万劫まんごう」 とらは、 これ十信じっしん一万いちまん劫ごうの修しゅ行ぎょう長じょう遠おんにして煩悩ぼんのう間けん隔きゃくし修しゅ功こう続つづきがたきことを明あかす。 これ ¬瓔珞ようらく¼ 所説しょせつの漸ぜん教ぎょうによりてこの義ぎ相そうを明あかす。 ¬観かん経ぎょう¼ 所説しょせつの頓とん教ぎょうに引いん入にゅうせしめんがためなり。

-「▲万劫ト」等者、是 レ明ス↢十信一万劫ノ之修行長遠ニシテ煩悩間隔シ修功難コトヲ↟続キ。是 レ依テ↢¬瓔珞¼所説ノ漸教ニ↡明ス↢此ノ義相ヲ↡。為↠令ンガ↣引↢入セ¬観経¼所説ノ之頓教ニ↡也。

「門々もんもん」 とらは、 所引しょいんのいまの文もんの中ちゅう間げんに五ご十じっ句く二に十じゅう五ご行ぎょうあり。 彼ひ等とうの偈げを除のぞきてかくのごとく引ひかるることは、 漸ぜん教ぎょうの難なん行ぎょう修しゅ習じゅうの説相せっそう・義ぎ趣しゅ隣となれるがゆゑに、 いま次ついでこれを引ひきすなはち 「修功しゅこう」 といひまた 「苦く行ぎょう」 といふ、 その功相こうそう同おなじ、 「証しょう法忍ほうにん」 といひ 「証しょう無む生しょう」 といふ、 その益やくまた同おなじ。

-「▲門々ト」等者、所引ノ今ノ文ノ中間ニ有リ↢五十句二十五行↡。除テ↢彼等ノ偈ヲ↡如ク↠此ノ被ルヽコトハ↠引、漸教ノ難行修習ノ説相・義趣隣レルガ故ニ、今引キ↢次テ之ヲ↡即云ヒ↢「▲修功ト」↡又云フ↢「▲苦行ト」↡、其ノ功相同ジ、云ヒ↢「▲証法忍ト」↡云フ↢「▲証無生ト」↡、其ノ益又同ジ。

しかるに上かみの文もんには 「六道ろくどう恒ごう沙じゃ劫こう未み期ご」 といひて難なん行ぎょうの堪たへざることを示しめし、 いまこの讃さんには 「須しゅ臾ゆ命みょう断だん仏ぶつ迎こう将しょう」 といひて易い行ぎょうの頓益とんやくを勧すすむ。 上下かみしもあひ扶たすけて勧かん入にゅうせしむるなり。

-而ニ上ノ文ニハ云テ↢「▲六道恒沙劫未期ト」↡示シ↢難行ノ不コトヲ↟堪、今此ノ讃ニハ云テ↢「▲須臾命断仏迎将ト」↡勧ム↢易行ノ頓益ヲ↡。上下相扶テ令ル↢勧入セ↡也。

「一食いちじき」 とらは、 あるいは一念いちねんといふ、 なほ短たん時じたり。

-「▲一食ト」等者、或ハ云フ↢一念ト↡、猶為タリ↢短時↡。

「貪瞋とんじん」 とらは、 貪瞋とんじんはこれ因いん、 能のう障しょうの路みちたり。 人天にんでんはこれ果か、 所しょ障しょうの報ほうたり。 その生しょう因いんをいへば五ご戒かい・十じゅう善ぜん、 しかるに貪瞋とんじんによりてかの戒善かいぜんを障さふ。 このゆゑに人天にんでんの善ぜん果かを受うけず、 ただいたづらに身みを三悪さんあく四し趣しゅに安あんず。 いまこの義ぎを示しめして大要たいようを鈔しょうすらくのみ。

-「▲貪瞋ト」等者、貪瞋ハ是 レ因、為タリ↢能障ノ路↡。人天ハ是 レ果、為タリ↢所障ノ報↡。言ヘバ↢其ノ生因ヲ↡五戒・十善、而ニ依テ↢貪瞋ニ↡障フ↢彼ノ戒善ヲ↡。是ノ故ニ不↠受ケ↢人天ノ善果ヲ↡、只徒ニ安ズ↢身ヲ三悪四趣ニ↡。今示シテ↢此ノ義ヲ↡鈔スラク↢大要ヲ↡耳。

【32】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん定じょう散さん倶回くえ」 とらは、

次ノ所引ノ文、「▲又云定散倶廻ト」等者、

上かみに ¬観かん経ぎょう¼ の序分じょぶん ▲「汝にょ是ぜ凡ぼん夫ぶ」 等とうの句くを料りょう簡けんする下しもにおいていまの▲定散じょうさん倶回くえの文もんを出いだし、 また 「諸仏しょぶつ如来にょらい」 等とうの句くを解げ了りょうする下しもにおいていまの ▲「韋い提だい即そく是ぜ」 の釈しゃくを載のせておのおの愚解ぐげを加くわふ。 当巻とうかん新本しんほんの鈔しょうを見みるべきなり。

-上ニ於テ↧料↢簡スル¬観経ノ¼序分「汝是凡夫」等ノ句ヲ↡之下ニ↥。出シ↢今ノ定散倶廻ノ之文ヲ↡、又於テ↧解↢了スル「▲諸仏如来」等ノ句ヲ↡之下ニ↥載テ↢今ノ「韋1277提即是ノ」之釈ヲ↡各*加フ↢愚解ヲ↡。可キ↠見ル↢当巻新本ノ鈔ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『論註』文

【33】次つぎの所引しょいんの文もん、 「論ろん註釈ちゅうしゃく」 とは、 上じょう巻かん本論ほんろんの 「真実しんじつ功く徳どく相そう」 (浄土論) の文もんを解げするところの註ちゅうの釈しゃくなり。

次ノ所引ノ文、「▲論註釈ト」者、上巻所ノ↠解スル↢本論ノ「▲真実功徳相ノ」文ヲ↡之註ノ釈也。

いま 「不ふ実じつ功く徳どく」 の文もんを引ひきて真実しんじつ功く徳どくを顕あらわすところの釈しゃくに翻対ほんたいす。 つぶさには第だい二に巻かんの中なかにあり。

-今引テ↢「▲不実功徳ノ」之文ヲ↡翻↧対ス所ノ↠顕ス↢真実功徳ヲ↡之釈ニ↥。具ニハ在リ↢▲第二巻ノ中ニ↡。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『安楽集』二文

【34】次つぎの所引しょいんは ¬安楽あんらく集しゅう¼ の文もん、 上じょう巻かんの釈しゃくなり。

次ノ所引者▲¬安楽集ノ¼文、上巻ノ釈也。

十じゅう二に門もんの内うち、 大文だいもん第三だいさんに四し番ばんの釈しゃくあり。 その第三だいさん番ばんにまた五ご番ばんあり、 いまの所引しょいんは第だい五ご番ばんなり。

-十二門ノ内、大文第三ニ有リ↢四番ノ釈↡。其ノ第三番ニ亦有↢五番↡、今ノ所引者第五番也。

「大だい集じゅう」 とらは、 ¬大だい集じゅう¼ 一いち部ぶ三さん十巻じっかんの外ほかに 「日蔵にちぞう分ぶん」 および 「月蔵がつぞう分ぶん」 おのおの一いち十巻じっかんあり。 ゆゑに 「大だい集じゅう月蔵がつぞう分ぶん」 といふなり。

-「▲大集ト」等者、¬大集¼一部三十巻ノ外ニ有リ↢「日蔵分」及ビ「月蔵分」各一十巻↡。故ニ云↢「大集月蔵分ト」↡也。

「我が末法まっぽう」 とは、 これ滅めつ後ご三さん時じの中なか末法まっぽうの時ときにおいて聖しょう道どうの修しゅ行ぎょう証しょうを得えがたきことを明あかす。

-「▲我末法ト」者、是 レ明ス↧滅後三時ノ之中於テ↢末法ノ時ニ↡聖道ノ修行難コトヲ↞得↠証ヲ也。

問とふ。 本ほん経きょうの中なかにいまだこの文もんを勘かんがへず、 いかん。

-問。本経ノ之中ニ未 ズ ダ↠勘↢此ノ文ヲ↡、如何。

答こたふ。 取しゅ意いの文もんなり。 この ¬集しゅう¼ の上じょう巻かん大文だいもん第一だいいちに教きょう興こうの由よしを明あかし、 時機じきに約やくする下しもに截のするところの文もんなり。 いはくかの ¬経きょう¼ の中なかに、 つぶさに五箇ごこの五ご百ひゃく年ねんの間あいだ法ほう住じゅうおよび隠没おんもつの相そうを顕あらわす、 あきらかに初はじめの三さんの五ご百ひゃく年ねんの中なかには次ついでのごとく戒かい定じょうおよび慧え堅けん固ごなり、 第だい四しの五ご百ひゃくには造ぞう寺じ堅けん固ごなり、 第だい五ごの五ご百ひゃくには闘とう諍じょう堅けん固ごにして白びゃく法ほう隠没おんもつすることを説とく文もんの意こころなり。

-答。取意ノ文也。此ノ¬集ノ¼上巻大文第一ニ明シ↢教興ノ由ヲ↡、約スル↢時機ニ↡下ニ所ノ↠截スル文也。謂ク彼ノ¬経ノ¼中ニ、具ニ顕ス↢五箇ノ五百年ノ間法住及以ビ隠没ノ之相ヲ↡、明ニ説ク↢初ノ三ノ五百年ノ中ニハ如ク↠次ノ戒定及ビ恵堅固ナリ、第四ノ五百ニハ造寺堅固ナリ、第五ノ々百ニハ闘諍堅固ニシテ白法隠没スルコトヲ↡之文ノ意也。

この正しょう文もんの言ことば、 当巻とうかんの奥おくに重かさねてこの ¬集しゅう¼ を引ひくにこの文もんあり。

-此ノ正文ノ言、▲当巻ノ之奥ニ重テ引ニ↢此ノ¬集ヲ¼↡有↢此ノ文↡也。

問とふ。 起き行ぎょう修道しゅどう簡別けんべつの言ことばなし、 浄じょう土どに亘わたるべし。 なんぞ聖しょう道どうに限かぎる。

-問。起行修道無シ↢簡別ノ言↡、可シ↠亘ル↢浄土ニ↡。何ゾ限ル↢聖道ニ↡。

答こたふ。 聖しょう道どうの修しゅ行ぎょうは戒かい定じょう慧えにあり、 これ自じ力りきを策はげむ。 浄じょう土どの得道とくどうは功こうを他た力りきに帰きす。 ゆゑに綽しゃく公こうの意こころ、 深ふかく聖しょう道どう修しゅ入にゅうの方ほう軌きに達たっしてこの釈しゃくを設もうくなり。

-答。聖道ノ修行ハ在リ↢戒定恵ニ↡、是 レ策ム↢自力ヲ↡。浄土ノ得道ハ帰ス↢功ヲ他力ニ↡。故ニ綽公ノ意、深ク達シテ↢聖道修入ノ方軌ニ↡設ク↢此ノ釈ヲ↡也。

問とふ。 聖しょう道どうの教きょう、 末法まっぽうの中なかに修しゅ行ぎょう得とく果かその証しょうなきにあらず。 なんぞ 「未有みう一人いちにん」 とらいふや。

-問。聖道ノ之教、末法ノ之中1278ニ修行得果非ズ↠無ニ↢其ノ証↡。何ゾ云↢「▲未有一人ト」等↡乎。

答こたふ。 いまの釈しゃくの意こころ、 少しょうはこれ無むに属ぞくす、 多た分ぶんに約やくするか。 末法まっぽうに少しょう分ぶんまた諸しょ教きょうの証しょうあらんことを遮しゃせず。

-答。今ノ釈ノ之意、少ハ是属ス↠無ニ、約スル↢多分ニ↡歟。不↠遮セ↣末法ニ少分又有ランコトヲ↢諸教ノ証↡也。

「当今とうこん」 とらは、 綽しゃく公こうの釈しゃくなり。

-「▲当今ト」等者、綽公ノ釈也。

問とふ。 綽しゃく公こうの伝でんによるに大宋だいそう貞じょう観かん一いち十じゅう九く年ねん乙きのと巳のみ入にゅう滅めつ、 年とし八はち十じゅう四し。 仏滅ぶつめつの時じ代だい異い説せつありといへども、 しばらく一説いっせつに拠よるに仏滅ぶつめつ以い来らいかの乙きのと巳のみに至いたるまで一千いっせん一いっ百ぴゃく九く十じゅう三年さんねんなり、 しかれば正しょう像ぞうおのおの千年せんねんの内うち像法ぞうぼうの半なかばなり。 なんぞ 「末法まっぽう」 といふ。

-問。依ニ↢綽公ノ伝ニ↡大*宗貞観一十九年乙巳入滅、年八十四。仏滅ノ時代雖ヘ↠有ト↢異説↡、且拠ルニ↢一説ニ↡仏滅已来至マデ↢彼ノ乙巳ニ↡一千一百九十三年ナリ。然レ者正像各千年ノ内像法ノ半也。何ゾ云↢「末法ト」↡。

答こたふ。 いま問とふところはこれ正しょう像ぞうおのおの千年せんねんの説せつによる。 これはこれ一いち義ぎ。 いま正しょう法ぼう五ご百ひゃく年ねんの説せつを存ぞんじてかくのごとく釈しゃくするなり。

-答。今所↠問者是依ル↢正像各千年ノ説ニ↡。此ハ是 レ一義。今存ジテ↢正法五百年ノ説ヲ↡如ク↠此ノ釈スル也。

問とふ。 前さきの答こたえのごとくは聖しょう道どうに少すこしき修しゅ証しょうあらんことを遮しゃせずと。 云々 しかるにいまの釈しゃくに 「唯ゆい有う一門いちもん」 といふ。 唯ゆいの言ことばは余よを遮しゃす、 なんぞ鉾む盾じゅんせるや。

-問。如ク↢前ノ答ノ↡者不ズト↠遮セ↣聖道ニ少シキ有ランコトヲ↢修証↡ 云云 。而ニ今釈ニ云↢「▲唯有一門ト」↡。「唯ノ」言ハ遮ス↠余ヲ、何ゾ鉾楯セル乎。

答こたふ。 聖しょう道どうの修しゅ行ぎょうは少しょう分ぶん得道とくどう、 浄じょう土どの修しゅ行ぎょうは全分ぜんぶん獲ぎゃく益やく、 みな仏ぶっ加かを蒙こうぶりて一いちとしても虚むなしからず。 ゆゑに 「唯ゆい」 といふなり。

-答。聖道ノ修行ハ少分得道、浄土ノ修行ハ全分獲益、皆蒙テ↢仏加ヲ↡不↢一トシテモ而虚カラ↡。故ニ云↠「唯ト」也。

【35】次つぎに 「又う云うん」 とは、 同おなじき (安楽集) 下げ巻かんの文もん、 大門だいもん第七だいしちに両りょう番ばんある内うち二番ばんの釈しゃくなり。

次「▲又云ト」者、同キ下巻ノ文、大門第七ニ有ル↢両番↡内二番ノ釈也。

上かみのつぶさなる文もん (安楽集巻下) にいはく、 「第だい二に段だんの中なかに此彼ひしの修道しゅどう功こうを用もちゐる軽重きょうじゅうあつて報ほうを獲うる真しん偽ぎを明あかすとは、 もし発心ほっしんして西にしに帰きせんと欲ほっせば、 ひとへに少しょう時じの礼観らいかん念ねん等とうを用もちゐよ。 寿いのちの長じょう短たんに随したがひて、 臨りん命みょう終じゅう時じに光台こうだい迎こう接しょうして、 迅とくかの方ほう位いに至いたりて不ふ退たいに階かなふ。 このゆゑに ¬大だい経きょう¼ にいはく、 十方じっぽうの人天にんでんわが国くにに来らい生しょうせんもの、 もしつひに滅めつ度どに至いたらずしてさらに退転たいてんあらば、 正しょう覚がくを取とらじ。 この方ほうには多時たじにつぶさに施せ・戒かい・忍にん・進しん・定じょう・慧えを修しゅす。」 以上

-上ノ具ナル文ニ云ク、「▲第二段ノ中ニ明スト↢此彼ノ修道用ヰル↠功ヲ経重アテ而獲ル↠報ヲ真偽ヲ↡者、◆若シ欲セ↢発心シテ帰セント↟西ニ者、単ニ用ヰヨ↢少時ノ礼観念等ヲ↡。随テ↢寿ノ長短ニ↡、臨命終時ニ光台迎接シテ、迅ク至テ↢彼ノ方位ニ↡階カナフ↢不退ニ↡。◆是ノ故ニ¬大経ニ¼云、十方ノ人天来↢生センモノ我ガ国ニ↡、若シ不シテ↣畢ツヰニ至ラ↢滅度ニ↡更ニ有ラ↢退転↡者、不↠取↢正覚ヲ↡。此ノ方ニハ多時ニ具ニ修ス↢施・戎・忍・進・定・恵ヲ↡。」 已上

また下しもに ¬経きょう¼ によりてつぶさに横おうに五ご悪趣あくしゅを截きる義ぎを述のぶ。 その大たい意い 「もし弥陀みだの浄じょう刹せつに往おう生じょうすることを得えつれば、 娑しゃ婆ばの五ご道どう一いち時じに頓とんに捨すつ。 ゆゑに横截おうぜつと名なづく」 といへる文等もんとうなり。 繁しげきによりてこれを略りゃくす。

- 又下ニ依テ↠¬経1279ニ¼具ニ述ブ↧横ニ截キル↢五悪趣ヲ↡義ヲ↥。其ノ大意云ヘル↧「▲若得ツレバ↣往↢生スルコトヲ弥陀ノ浄刹ニ↡、娑婆ノ五道一時ニ頓ニ拾ツ。故ニ名クト↦横截ト↥」之文等也。依テ↠繁ニ略ス↠文ヲ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【36】「然今ねんこん」 以下いげ 「之し願がん也や」 に至いたるまで四し丁ちょう半はん余よ百ひゃく十じゅう二に行ぎょうはわたくしの御おん釈しゃくなり。 中なかにおいて三さんとす。

「▲然今」以下至マデ↢「之願也ニ▲」↡四丁半余百十二行ハ私ノ御釈也。於テ↠中ニ為↠三ト。

▽一いちに文もんの始はじめより 「一いち異い之義しぎ答とう竟きょう」 といふに至いたるまでは、 三さん経ぎょうの意こころに就つきてくわしく信心しんじん一いち異いの義ぎを明あかし、 また諸しょ機きの心しん行ぎょう、 往おう生じょうの差別しゃべつの相そう等とうを判はんず。

-一ニ自↢文ノ之始↡至マデハ↠云ニ↢「一異之義答竟ト▲」↡、就テ↢三経ノ意ニ↡委ク明シ↢信心一異ノ之義ヲ↡、又判ズ↢諸機ノ心行、往生ノ差別ノ相等ヲ↡。

▽二にに次下つぎしもの問答もんどうは、 また三さん経ぎょうに就つきて隠顕おんけんの義ぎを明あかし、 つひに三さん経ぎょう一心いっしんの義ぎを成じょうず。

-二ニ次下ノ問答ハ、又就テ↢三経ニ↡明シ↢隠顕ノ義ヲ↡、終ニ成ズ↢三経一心ノ之義ヲ↡。

三さんに 「夫ふ濁じょく世せ」 の下しもは、 標ひょうするところの第だい二に十じゅうの願がんを引ひかんがために、 まづほぼ願がん意いを叙じょしまた願がん名みょうを出いだす。

-三ニ「▽夫濁世ノ」下ハ、為ニ↠引ンガ↢所ノ↠標スル第二十ノ願ヲ↡、先ヅ粗叙シ↢願意ヲ↡又出ス↢願名ヲ↡。

初段しょだんの中なかに、 初はじめより 「是也ぜや」 といふに至いたるまで二に十じゅう一いち行ぎょう余よは、 ほぼ三さん経ぎょうに亘わたりて自解じげの義ぎを述のぶ。 一いち流りゅうの深じん義ぎ短たん解げに及およびがたし。 志こころざしと智ちとあらん後弟こうてい等とう、 かつは師し伝でんを稟うけ、 かつは料りょう簡けんを加くわへて領りょう解げすべからくのみ。

-△初段ノ之中ニ、自↠初至マデ↠云ニ↢「是也ト▲」↡二十一行余者、粗亘テ↢三経ニ↡述ブ↢自解ノ義ヲ↡。一流ノ深義難シ↠及↢短解ニ↡。有ラン↢志ト与 ト ↟智之後弟等、且ハ稟ケ↢師伝ヲ↡、且ハ加テ↢料簡ヲ↡可カラク↢領解ス↡耳ノミ。

「然ねん常じょう没もつ」 の下しもはまた大だい師し釈しゃく義ぎの言ことばを借かりて、 ほぼ定じょう散さん難なん成じょうの義ぎを弁べんず。

-「▲然常没ノ」下ハ又借テ↢大師釈義之言ヲ↡、粗弁ズ↢定散難成之義ヲ↡。

息慮そくりょ・廃悪はいあくは序題じょだい門もんの意こころ、 立相りっそう住じゅう心しんは像観ぞうかんの意こころなり。

-▲息慮・▲*廃悪ハ▲序題門ノ意、▲立相住心ハ▲像観ノ意也。

「縦じゅう尽じん」 とらは華座けざ観かんの釈しゃく、 「無む相そう離り念ねん」 以下いげはまたこれ像観ぞうかんの意こころなり。

-「▲縦尽ト」等者*花座観ノ釈、「▲無相離念」以下ハ又是像観ノ意也。

「門もん余よ」 といふは、 上かみの所引しょいんの序題じょだい門もんの釈しゃくに拠よる。

-言↢「▲門*余ト」↡者、拠ル↢▲上ノ所引ノ序題門ノ釈ニ↡。

竪しゅ出しゅつ・竪しゅ超ちょう・横おう出しゅつ・横おう超ちょう、 これらの名みょう義ぎ第三だいさんの本ほんにあり。 このゆゑに愚解ぐげかの下もとに載のせ畢おわりぬ。

-▲竪出・竪超・▲横出・横超、是等ノ名義在リ↢▲第三ノ本ニ↡。是ノ故ニ▲愚解載↢彼ノ下ニ↡畢ヌ。

「已い顕けん真実しんじつ行ぎょう之し中ちゅう」 とは、

-「▲已顕真実行之中ト」者、

問とふ。 第だい二に巻かんのいづれの釈しゃく文もんを指さすや。

-問。指↢第二巻ノ何ノ釈文ヲ↡乎。

答こたふ。 かの巻かんの終おわりに念仏ねんぶつ・諸善しょぜんの比ひ校きょう対論たいろんを挙あぐるに、 初はじめに四し十じゅう八対はったいを出いだすよりこのかた終おわり 「他た力りき真しん宗しゅう之し正しょう意い也や」 (行巻) といふに至いたるまで二に丁ちょう有余うよ、 ことに浄じょう土ど超勝ちょうしょうの至し徳とくを嘆たんず。 彼ひ等とうを指さすか。

-答。彼ノ巻ノ終ニ挙ルニ↢念仏・諸善ノ比校対論ヲ↡、初ニ出スヨリ↢▲四十八対ヲ↡已来終至マデ↣于云ニ↢「他力真宗之1280正意也ト▲」↡二丁有余、殊ニ嘆ズ↢浄土超勝ノ至徳ヲ↡。指ス↢彼等ヲ↡歟。

「復ぶ就じゅ」 とらは、

-「▼復就ト」等者、

また問とふ、 あるいは 「専せん行ぎょう」 といひあるいは 「雑心ざっしん」 といふまた 「五ご専せん」 といふ。 これらの名みょう目もくいづれの典てんに出いでたるぞや。

-又問。或ハ云ヒ↢「専行ト」↡或ハ云ヒ↢「雑心ト」↡又云フ↢「▲五専ト」↡。此等ノ名目出タルゾヤ↢何ノ典ニ↡耶。

答こたふ。 あながちに本拠ほんきょなし。 所対しょたいあるがゆゑに義ぎをもつてこれを名なづく。 すでに 「雑ぞう行ぎょう」 といふ、 「専せん行ぎょう」 あるべし、 専雑せんぞうを対たいするがゆゑに。 すでに 「専心せんしん」 といふ、 「雑心ざっしん」 あるべし、 所対しょたい前さきに同おなじ。 また 「雑ぞう行ぎょう」 といふ、 「雑心ざっしん」 あるべし、 心しん行ぎょうを対たいするがゆゑに。 五ご種しゅを合がっする時ときなんぞ五ご専せんと言いはざらん。 今こん師し処々しょしょにかくのごとき名みょう目もく等とうを用もちゐらる、 もつとももつて巧ぎょうなりとなす。

-答。強ニ無シ↢本拠↡。有ガ↢所対↡故ニ以テ↠義ヲ名ク↠之ヲ。既ニ云フ↢「雑行ト」↡、可シ↠有ル↢「専行」↡、対スルガ↢専雑ヲ↡故ニ。已ニ云フ↢「専心ト」↡、可シ↠有ル↢「雑心」↡、所対同ジ↠前ニ。又云フ↢「雑行ト」↡、可↠有↢「雑心」↡、対スルガ↢心行ヲ↡故ニ。合スル↢五種ヲ↡時盍ゾン↠言↢五専ト↡。今師処々ニ被ル↠用↢如↠此ノ之名目等ヲ↡、尤以テ為ス↠巧ナリト。

¬愚ぐ禿とく鈔しょう¼ (巻下) の中なかに 「七しち深信じんしん」 といひ、 「六ろく決けつ定じょう」 といひ、 また 「六即ろくそく」・「三印さんいん」・「三さん無む」・「三さん随ずい順じゅん」 等とうといふ。 けだし一轍いってつなり。

-¬愚禿鈔ノ¼中ニ云ヒ↢「▲七深信ト」↡、云ヒ↢「六決定ト」↡、又云フ↢「▲六即」・「三印」・「三無」・「▲三随順」等ト↡。蓋シ一轍也。

第だい二に段だんの中なかに

-△第二段ノ中ニ

「此し経きょう応おう有う顕けん彰しょう」 とらは、 この経きょうはこれ ¬小経しょうきょう¼ を指さす。 その顕説けんぜつとは、 ただ善本ぜんぽん徳本とくほんの功く能のうを憑たのみて、 心こころを利他りたの願力がんりきに措おかず自じ力りきの心こころを励はげます、 この分斉ぶんざいに約やくす。

-「▲此経応有顕彰ト」等者、此ノ経ハ是 レ指ス↢¬小経ヲ¼↡。其ノ顕説ト者、只*憑テ↢善本徳本ノ功能ヲ↡、不↠措ヲカ↢心ヲ於利他ノ願力ニ↡励ス↢自力ノ心ヲ↡、約ス↢此ノ分斉ニ↡。

その隠説おんぜつとは難信なんしんの法ほう、 これすなはち願力がんりき不ふ思議しぎの法ほう、 信心しんじんを本ほんとなす。 これを甚難じんじんとなす。 諸仏しょぶつの証誠しょうじょうその意こころここにあり。 ゆゑに顕説けんぜつに約やくしてあるいはこの ¬経きょう¼ の多た善根ぜんごんの文もんを引ひき、 あるいは無過むか念仏ねんぶつの解げ釈しゃくを引ひく。 △前さきにこの句くを除のぞくはここに載のせんがためなり。 口く称しょう自じ力りきの行ぎょう門もんは二に十じゅうの願がんの分ぶん、 聞もん名みょうを説とくがゆゑに、 これによりていまこの文等もんとうを引ひくなり。

-其ノ隠説ト者難信之法、是則願力不思議ノ法、信心ヲ為ス↠本ト。是ヲ為ス↢甚難ト↡。諸仏ノ証誠其ノ意在リ↠斯ニ。故ニ約シテ↢顕説ニ↡或ハ引キ↢此ノ¬経ノ¼▲多善根ノ文ヲ↡、或ハ引ク↢▲無過念仏ノ解釈ヲ↡。前ニ除クハ↢此ノ句ヲ↡為↠載ンガ↠此コヽ也。口称自力之行門者二十ノ願ノ分、説ガ↢聞名ヲ↡故、因テ↠茲ニ今引↢此ノ文等ヲ↡也。

「言ごん彰しょう者しゃ」 の下しもは隠説おんぜつの意こころに約やくす。 所引しょいんの文もんに述のぶるところの義ぎ深ふかく思し択ちゃくすべし。

-「▲言彰者ノ」下ハ約ス↢隠説ノ意ニ↡。所引ノ之文ニ所ノ↠述ル之義深ク可シ↢思択ス↡。

「是以ぜい」 以下いげはその三さん経ぎょう一いっ致ちの旨むねを結けっし、 また信しん為い能のう入にゅうの要ようを彰あらわす。

-「▲是以」以下ハ結シ↢其ノ三経一致ノ之旨ヲ↡、又彰ス↢信為能入ノ之要ヲ↡。

「大だい信心しんじん海かい甚じん以い」 とらは、

-「▲大信心海甚以ト」等者、

問とふ。 仏力ぶつりきによるがゆゑに発ほっ起きせしめばなんぞ入いりがたからんや。

-問。由ガ↢仏力ニ↡故ニ令メ↢発1281起セ↡者何ゾ叵カラン↠入リ乎。

答こたふ。 他た力りきの信しんを得うることはなはだ難かたきがゆゑなり。 もし他た力りき真実しんじつの信しんを得えばはなはだ往ゆきやすかるべし。 「真実しんじつ」 以下いげ、 下しもの句くの意こころこの義ぎを顕あらわすなり。

-答。得コト↢他力ノ信ヲ↡甚ハダ難キガ故也。若シ得エ↢他力真実ノ信ヲ↡者甚ハダ応シ↠易カル↠往キ。「▲真実」以下、下ノ句ノ之意顕ス↢此ノ義ヲ↡也。

第三だいさん段だんは二に十じゅうの願がんに就つきてその大たい意いを述のべ、 また得とく名みょうを出いだす。 大たい意い見みつべし。

-△第三段者就テ↢二十ノ願ニ↡述ノベ↢其ノ大意ヲ↡、又出ス↢得名ヲ↡。大意可シ↠見ツ。

得とく名みょうといふは、 「植じき諸しょ徳本とくほん」・「不ふ果か遂すい者しゃ」・「至し心しん回え向こう」、 ともに経きょう文もんに就つきてこの願がん名みょうあり。 「係け念ねん定生じょうしょう」 は真源しんげんこれを名なづく、 黒谷くろだにこれに拠よる。

-言↢得名ト↡者「▲殖諸徳本」・「▲不果遂者」・「▲至心廻向」、共ニ就テ↢経文ニ↡有リ↢此ノ願名↡。「▲係念定生ハ」真源名ク↠之ヲ、黒谷拠ル↠此ニ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 第二十願文

【37】次つぎの引文いんもんの中なかに、 所引しょいんの願がんは第だい二に十じゅうなり。

▲次ノ引文ノ中ニ、所引ノ願者第二十也。

当願とうがんの意こころは、 ひとへに善本ぜんぽん徳本とくほんの功く力りきを憑たのみて仏ぶっ智ち難なん思じの他た力りきを信しんぜず。 しかりといへどもつひに係け念ねんの因いんによりて果か遂すいせしむるなり。

-当願ノ意者、偏ニ*憑テ↢善本徳本ノ功力ヲ↡不↠信ゼ↢仏智難思ノ他力ヲ↡。雖ヘ↠然リト終ニ依テ↢係念ノ之因ニ↡令ル↢果遂セ↡也。

問とふ。 「果か遂すい」 といふは、 御ご廟びょう・黒谷くろだにともに三さん生しょう果か遂すいの義ぎを判はんず。 今こん師し同おなじや。

-問。言↢「▲果遂ト」↡者、御廟・黒谷共ニ判ズ↢三生果遂ノ之義ヲ↡。今師同ジヤ乎。

答こたふ。 三さん生しょうの義ぎ違い害がいすべからず。

-答。三生ノ之義不↠可↢違害ス↡。

問とふ。 当願とうがんの益やく化土けどたらば、 果か遂すいする所ところは報ほう土ど往おう生じょうの益やくたるべきか。

-問。当願ノ之益為ラ↢化土↡者、所↢果遂スル↡者可キ↠為↢報土往生ノ益↡歟。

答こたふ。 一いっ生しょう聞もん名みょう・一いっ生しょう化け生しょう・一いっ生しょう報ほう土ど、 かくのごとく意こころを得えば果か遂すいの益やく報ほう土どなるべからくのみ。 ¬大だい経きょう¼ の下げにいはく、 「もしこの衆しゅ生じょう、 その本罪ほんざいを識しりて、 深ふかくみづから悔け責しゃくして、 かの処ところを離はなれんと求もとめば、 すなはち意こころのごとく無む量りょう寿じゅ仏ぶつの所みもとに往詣おうげいすることを得えん。」 以上 かの往詣おうげい仏ぶっ所しょの時ときを指さして果か遂すいといふなり。

-答。一生聞名・一生化生・一生報土、如ク↠此ノ得エバ↠意果遂ノ之益可カラク↢報土ナル↡耳。¬大経ノ¼下ニ云ク、「▲若シ此ノ衆生、識テ↢其ノ本罪ヲ↡、深ク自ミ 悔責シテ、求メバ↠離レント↢彼ノ処ヲ↡、即得ン↣如ク↠意ノ往↢詣スルコトヲ無量寿仏ノ所ニ↡。」 已上 指シテ↢彼ノ往詣仏所ノ之時ヲ↡云↢果遂ト↡也。

問とふ。 かの転てん生しょうとはその生しょうを改あらためず、 なんぞ三さん生しょうならんや。

-問。彼ノ転生ト者不↠改メ↢其ノ生ヲ↡、何ゾ三生ナラン乎。

答こたふ。 生しょうを改あらためずといへども、 三種さんしゅの障さわりを離はなれて三種さんしゅの益やくを得う。 義ぎ転てん生しょうに当あたる。 例れいせば変へん易にゃく生しょう死じのごときこれなり。

-答。雖↠不ト↠改メ↠生ヲ、離テ↢三種ノ障ヲ↡得ウ↢三種ノ益ヲ↡。義当ル↢転生ニ↡。例セバ如キ↢変易生死ノ↡是也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 胎生文

【38】次つぎに 「又う言ごん」 とは、 同おなじき (大経) 下げ巻かんの文もん、 これ衆しゅ生じょう仏ぶっ智ちを疑ぎ惑わくして罪福ざいふくを信しんずる者もの胎たい生しょうを受うくることを説とく。

次ニ「▲又言ト」者、同キ下巻ノ文、是 レ説ク↧衆生疑↢惑シテ仏智ヲ↡信ズル↢罪福ヲ↡者受コトヲ↦胎生ヲ↥也。

この下しもの所引しょいんは果か遂すいの益やくに就つきて名みょう号ごうの利りを説とく諸文しょもんを出いだす。

-此下1282ノ所引ハ就テ↢果遂ノ益ニ↡出ス↧説ク↢名号之利ヲ↡諸文ヲ↥。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 三十偈文

【39】次つぎに 「又う言ごん」 とは、 三さん十じゅう偈げの文もん。

次ニ「▲又言ト」者、三十偈ノ文。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『如来会』文

【40】次つぎの所引しょいんは、 ¬如来にょらい会え¼ の文もん。 不果ふか遂すいをもつて 「不ふ生しょう」 と説とくことは、 いふところの果か遂すい即そく往おう生じょうなるゆゑなり。

次ノ所引者、▲¬如来会ノ¼文。以テ↢不果遂ヲ↡説コト↢「▲不生ト」↡者、所ノ↠言フ果遂即往生ナル故ニ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『平等覚経』文

【41】次つぎに ¬覚かく経きょう¼ の文もん。 五ご言ごん六言ろくごん、 字じ数しゅ異ことなりといへども、 文言もんごん・義ぎ趣しゅおほきに ¬大だい経きょう¼ の三さん十じゅう偈げに同おなじ。

次ニ▲¬覚経ノ¼文。五言六言、字数雖ヘ↠異ナリト、文言・義趣大ニ同ジ↢¬大経ノ¼三十偈ニ↡矣。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『観経』文

【42】次つぎに ¬観かん経ぎょう¼ の文もん。 流る通ずうに至いたりて仏ぶつ名みょうを付ふ属ぞくする仏ぶつ語ごなり。

次ニ▲¬観経ノ¼文。*至テ↢流通ニ↡附↢属スル仏名ヲ↡之仏語也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『小経』文

【43】次つぎに ¬小経しょうきょう¼ の文もん。 「生しょう彼ひ国こく」 に至いたるまでは少しょう善根ぜんごん不ふ生しょうの義ぎを説とく。 「聞説もんせつ」 以下いげは名みょう号ごう執しゅう持じの益やくを説とくところなり。

次ニ▲¬小経ノ¼文。至マデハ↢「生彼国ニ」↡説ク↢少善*根不生之義ヲ↡。「▲聞説」已下ハ所↠説↢名号執持ノ益ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「定善義」文

【44】次つぎの所引しょいん等とうは、 宗しゅう家けの解げ釈しゃく、 総そうじて九く段だんあり。

次ノ所引等ハ、▲宗家ノ解釈、総ジテ有リ↢九段↡。

初はじめは 「定じょう善ぜん義ぎ」。 ¬経きょう¼ の念仏ねんぶつ摂取せっしゅの文もんを解げする釈しゃく、 三さん経ぎょうの意こころを標ひょうす、 その文もん見みつべし。

-初ハ「定善義」。解スル↢¬経ノ¼念仏摂取ノ文ヲ↡釈、標ス↢三経ノ意ヲ↡、其ノ文可シ↠見ツ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「散善義」三文

【45】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん決けつ定じょう深信じんしん」 とらは、 「散善さんぜん義ぎ」 の釈しゃく。

次ノ所引ノ文、「▲又云決定深信ト」等者、「散善義ノ」釈。

三さん経ぎょうの意こころに就つきて深信じんしんを釈しゃくする中なかに、 ¬弥陀みだ経きょう¼ による解げ釈しゃく以下いげ要ようを取とりて引ひかる。 第三さいさん巻かんの本ほんにつぶさに三心さんしんの釈しゃくを載のせらるによりてこの文もんあるがゆゑに、 その所引しょいんの下しもにほぼ註ちゅうを加くわへ畢おわりぬ、 よりて重かさねて解げせず。

id="z1282-10a"就-テ↢三経ノ意ニ↡釈スル↢深信ヲ↡中ニ、依ル↢¬弥陀経ニ¼↡解釈以下取テ↠要ヲ被ル↠引。▲第三巻ノ本ニ由テ↢具ニ被ルニ↟載セ↢三心ノ之釈ヲ↡有ガ↢此ノ文↡故ニ、▲其ノ所引ノ下ニ粗加ヘ↠註ヲ畢ヌ、仍テ不ズ↢重テ解セ↡。

問とふ。 第三だいさんにこれを引ひく、 なんぞ重かさねて引ひくや。

-問。第三ニ引ク↠之ヲ、何ゾ重テ引耶。

答こたふ。 第三だいさんには広ひろく引ひき当巻とうかんには略りゃくして引ひく。 また両りょう巻かんにおいてたがひに除取じょしゅあり、 異いなきにあらず。

-答。第三ニハ広ク引キ当巻ニハ略シテ引ク。又於テ↢両巻ニ↡互ニ有リ↢除取↡、非↠無ニ↠異也。

「得とく生しょう」 の下しもに 「乃ない至し」 といふは、 「又う深心じんしん」 の下しも四し重じゅうの難なんの中なかに第だい四しに 「推験すいげん明みょう知ち」 といふに至いたるまで二に十じっ丁ちょう半はん余よ、 除のぞくところこれなり。 ただし除のぞくところの内うち 「大益だいやく也や」▲ に至いたるまで十じゅう八はっ丁ちょう余よ、 第三だいさん巻かんの本ほんにこれを引ひくがゆゑに除のぞく。 「又う深心じんしん」 の下しも四し十じゅう余よ行ぎょう、 かの巻かんに同おなじく除のぞく。 ただしこの文もんに 「諸仏しょぶつ言ごん行ぎょう不ふ相そう違い失しつ縦令じゅうりょう」 といふ十じゅう字じ、 かの巻かんにこれを除のぞきてこの巻かんにこれを引ひく。

-「得生ノ」之下ニ言↢「▲乃至ト」↡者、「▲又深心ノ」下四重ノ難ノ中ニ至マデ↣第四ニ云ニ↢「推験明知ト▲」↡*二丁半余1283、所↠除ク是也。但シ所ノ↠除ク内至マデ↢「大益也ニ」↡十八丁余、▲第三巻ノ本ニ引ガ↠之ヲ故ニ除ク。「▲又深心ノ」下四十余行、彼ノ巻ニ同ク除ク。但シ此ノ文ニ云フ↢「▲諸仏言行不相違失縦令ト」↡十字、彼ノ巻ニ除テ↠之ヲ此ノ巻ニ引ク↠之ヲ。

「経中きょうちゅう説せつ」 の下しもに 「乃ない至し」 といふは、 「釈しゃ迦か讃嘆さんだん極楽ごくらく種々しゅじゅ荘しょう厳ごん」 といふところの十じゅう字じこれなり。

-「経中説ノ」下ニ言↢「▲乃至ト」↡者、所ノ↠云↢「▲釈迦讃嘆極楽種々荘厳ト」↡十字是也。

【46】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん然望ねんもう仏願ぶつがん」 とらは、 「散善さんぜん義ぎ」 の釈しゃくに下げ上じょう品ぼんの 「称しょう仏ぶつ名みょう故こ我が来迎らいこう汝にょ」 (観経意) の文もんを解げする釈しゃくなり。

次ノ所引ノ文、「▲又云然望仏願ト」等者、「散善義ノ」釈ニ解スル↢下上品ノ「▲称仏名故我来迎汝ノ」之文ヲ↡釈也。

その上かみの文もんにいはく、 「所聞しょもんの化け讃さんただ称しょう仏ぶつの功こうを述のべて、 われ来きたりてなんぢを迎むかふといふ、 聞もん経きょうの事じを論ろんぜず。」 已上

-其ノ上ノ文ニ云、「▲所聞ノ化讃但述テ↢称仏之功ヲ↡、我来テ迎フト云↠汝ヲ、不ズ↠論ゼ↢聞経ノ之事ヲバ↡。」 已上

「雑散ぞうさんの業ごう」 とは、 経きょうの題だいを聞きくはこれ雑ぞう行ぎょうなり。 また餐受さんじゅの心しん浮ふ散さんせしむるがゆゑに雑散ぞうさんの業ごうと名なづく。 称名しょうみょうの業ごうとはこれ正しょう業ごうなり、 散さんを摂せっして心しんを住じゅうせしむ。 ゆゑに同おなじからず。

-「▲雑散ノ業ト」者、聞ク↢経ノ題ヲ↡者是 レ雑行也。又餐受ノ心令ムルガ↢浮散セ↡故ニ名ク↢雑散ノ業ト↡。称名ノ業ト者是 レ正業也、摂シテ↠散ヲ住セシム↠心ヲ。故ニ不↠同也。

「如にょ此し」 とらは、 これに三さん義ぎあり。 一いちにいはく、 「三さん部ぶ経きょう」 を指さす。 いはく 「この経きょう」 とはすなはちこれ ¬観かん経ぎょう¼、 「および諸しょ部ぶ」 とはすなはち大だい小しょう二部にぶの経きょうを指さす。 二ににいはく、 一代いちだいの教きょうを指さす。 「如にょ此し経きょう」 とはこれ三さん部ぶを指さす、 「諸しょ部ぶ」 中ちゅうとは広ひろく諸しょ経きょうを指さす。 三さんにいはく、 広ひろく一代いちだいの諸しょ大だい乗じょう経きょうをもつていま浄じょう土どの三さん部ぶに収おさむる意こころなり。

-「▲如此ト」等者、此ニ有リ↢三ノ義↡。一ニ云、指ス↢「三部経ヲ」↡。謂ク「此ノ経ト」者即是 レ¬観経¼、「及ビ諸部ト」者即指ス↢大小二部ノ経ヲ↡也。二ニ云、指ス↢一代ノ教ヲ↡。「如此経ト」者是 レ指ス↢三部ヲ↡、「諸部」中ト者広ク指ス↢諸経ヲ↡。三ニ云、広ク以テ↢一代ノ諸大乗経ヲ↡今収ムル↢浄土ノ三部ニ↡意也。

【47】次つぎの所引しょいんは、 同おなじき (散善義) 流る通ずうの釈しゃく、 上かみの所引しょいんの付ふ属ぞく阿あ難なんの仏ぶつ語ごを解げする釈しゃくなり。

次ノ所引者、▲同キ流通ノ釈、解スル↢▲上ノ所引ノ附属阿難ノ仏語ヲ↡釈也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『法事讃』三文

【48】次つぎの所引しょいんの文もん、 三段さんだんともにこれ ¬事じ讃さん¼ の下げの釈しゃく。

次ノ所引ノ文、三段共ニ是 レ▲¬事讃ノ¼下ノ釈。

その中なかに初はじめは ¬経きょう¼ の少しょう善ぜん不ふ生しょうの意こころを解げする讃さん、 次つぎの両りょう偈げはこれ五ご濁じょく劫末こうまつの衆しゅ生じょう邪見じゃけんにして信しんじがたきことを明あかす。 意こころは堅けん固ごの信心しんじんを勧発かんぽつして永ながく輪りん回ねを絶たつにあり。 後のちの一いち偈げ半はんは、 あるいは一いっ句くを載のせあるいは二句にくを載のせて処々しょしょにこれを引ひく。 諸しょ教きょう念仏ねんぶつ勝しょう劣れつを対たい比ひする簡要かんようの文もんなり。

-其ノ中ニ▲初ハ解スル↢¬経ノ¼少善不生ノ意ヲ↡讃、▲次ノ両偈1284者是 レ明ス↢五濁劫末ノ衆生邪見ニシテ難コトヲ↟信ジ。意ハ在リ↧勧↢発シテ堅固ノ信心ヲ↡永ク絶ツニ↦輪廻ヲ↥。▲後ノ一偈半ハ、或ハ載セ↢一句ヲ↡或ハ載テ↢二句ヲ↡処々ニ引ク↠之ヲ。諸教念仏対↢比スル勝劣ヲ↡簡要ノ文也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『般舟讃』文

【49】次つぎの両りょう偈げは、 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の文もん。

次ノ両偈者、▲¬般舟讃ノ¼文。

初はじめの文もんに 「一切いっさい如来にょらい」 とらは、 これ諸しょ仏道ぶつどう同どうの義ぎを明あかす。 「随ずい機き」 とらは、 これ諸しょ教きょう一分いちぶんの利り益やくを明あかす。 根こん性じょう利りなる者ものはみな益やくを蒙こうぶる。 「各得かくとく」 とらは、 かの諸しょ教きょうつひに真門しんもんに入いるをその益やくとすることを明あかすなり。

-初ノ文ニ「▲一切如来ト」等者、是 レ明ス↢諸仏道同ノ之義ヲ↡。「▲随機ト」等者、是 レ明ス↢諸教一分ノ利益ヲ↡。根性利ナル者 ノハ皆蒙↠益ヲ也。「▲各得ト」等者、明↧彼ノ諸教終ニ入ルヲ↢真門ニ↡為スルコトヲ↦其ノ益ト↥也。

「乃ない至し」 といふは、 「門々もんもん不ふ同どう八万はちまん四し」 の下しも九く行ぎょうこれなり。

-言↢「▲乃至ト」↡者、「▲門々不同八万四ノ」下九行是也。

次つぎの一いち偈げの内うち、 初はじめの二句にくは第三だいさん巻かんの末まつに略りゃくしてこれを引ひくといへども、 いま当巻とうかんにおいてまつたく一いち偈げを引ひく。 「仏ぶっ教きょう」 とらは、 これまたまさしく一代いちだいの説せっ教きょうあまねく諸しょ機きに応おうずることを明あかす。 下げ根こんの修しゅ行ぎょうもし成じょうぜずはたやすく常住じょうじゅうの果かを得うべからず。 ゆゑに西方さいほうの門もんに入いるべしと勧すすむるなり。

-▲次ノ一偈ノ内、初ノ之二句ハ▲第三巻ノ末ニ略シテ雖↠引ト↠之ヲ、今於テ↢当巻ニ↡全ク引ク↢一偈ヲ↡。「仏教ト」等者、是 レ又正ク明ス↣一代ノ説教普ク応ズルコトヲ↢諸機ニ↡。下根ノ修行若シ不↠成ゼ者不↠可↣輒ク得↢常住ノ之果ヲ↡。故ニ勧ムル↠可シト↠入↢西方ノ門ニ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『礼讃』文

【50】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う云うん」 とらは、 ¬礼讃らいさん¼ の序じょの釈しゃく、 前さきの専せん雑ぞう二に修しゅの得失とくしつを結けっする釈しゃくなり。

次ノ所引ノ文、「▲又云ト」等者、¬礼讃ノ¼序ノ釈、結スル↢前ノ専雑二修ノ得失ヲ↡釈也。

「千せん中ちゅう」 とらは、

-「▲千中ト」等者、

問とふ。 前さきには一いち二に、 三さん五ごの往おう益やくを許ゆるす。 いまなんぞ相そう違いする。

-問。前ニハ許ス↢一二、三五ノ往益ヲ↡。今何ゾ相違スル。

答こたふ。 与よ奪だつの意こころなり。 与あたへて少しょう分ぶんを許ゆるし奪うばひて 「無む一いち」 といふ。 また教きょう意いによるに、 化土けどの生しょうにおいてしばらく一いち二に、 三さん五ごの往おう生じょうを許ゆるす。 しかるに自じ力りきの道みちは化け益やくなほ難かたし。 ゆゑに見聞けんもんするところ現在げんざいの得益とくやくいまだその証しょうを得えず。 ゆゑに千せんが中なかにその一ひとりもなしといふ。

-答。与奪ノ意也。与ヘテ許シ↢少分ヲ↡奪テ云フ↢「無一ト」↡。又依ニ↢教意ニ↡、於↢化土ノ生ニ↡且ク許ス↢一二、三五ノ往生ヲ↡。而ニ自力ノ道ハ化益猶難シ。故ニ所↢見聞スル↡現在ノ得益未ダ↠得↢其ノ証ヲ↡。故ニ云↣千ガ中ニ無ト↢其ノ一モ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 元照釈文

【51】次つぎに元がん照じょうの釈しゃく (弥陀経義疏)。

次ニ▲元照ノ釈。

文もんの意こころ見みやすし。 ただし 「碑ひの経きょう」 に就つきて、

-文ノ意易シ↠見。但シ就テ↢「▲碑ノ経ニ」↡、

問とふ。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ の中なかに龍りゅう舒じょ ¬浄どう土どの文もん¼ を勘載かんさいしていはく、 「一心いっしん不ふ乱らんよりしかも下しもにいはく、 もつぱら名みょう号ごうを持たもつ、 称名しょうみょうをもつてのゆゑに諸罪しょざい消しょう滅めつす。 すなはちこれ多た善根ぜんごん福徳ふくとくの因縁いんねんなり。 いまの世よに伝つたはれる本ほんにはこの二に十じゅう一いち字じを脱だっす。」 以上 いま用もちゐるところは 「持じ」 をもつて 「称しょう」 となす。 また 「多た功く徳どく」 の三さん字じ加か増ぞうす。 また 「福徳ふくとく」 の上かみに 「多た」 の一いち字じあり。 字じ数しゅの増減ぞうげん相そう違いいかん。

-問。¬選択集ノ¼中ニ勘↢載テ龍舒¬浄土ノ文1285ヲ¼↡云ク、「▲自リ↢一心不乱↡而モ下ニ云ク、専持↢名号ヲ↡、以ノ↢称名ヲ↡故ニ諸罪消滅ス。即是 レ多善根福徳ノ因縁ナリ。今ノ世ニ伝レル本ニハ脱ス↢此ノ二十一字ヲ↡。」 已上 今所↠用者以テ↠「▲持ヲ」為↠「▲称ト」。又「▲多功徳ノ」三字加増ス。又「福徳ノ」上ニ有リ↢「▲多ノ」一字↡。字数ノ増減相違云何。

答こたふ。 試こころみに二義にぎを出いだす。 一いちには ¬経きょう¼ (小経) には 「不可ふか思議しぎ功く徳どく」 と説とき、 ¬論ろん¼ (浄土論) には 「真実しんじつ功く徳どく相そう」 と判はんず。 ゆゑに言ことばにこれを略りゃくすといへども義ぎかならずあるべし、 ゆゑに功く徳どくといふ。 すでにこれ無む上じょう大だい利りの功く徳どくなり。 大だいは多た勝しょうに通つうず、 ゆゑにいひて多た善根ぜんごん福徳ふくとくとなす。 みなことごとく円えん備びせり、 ゆゑに 「福徳ふくとく」 の上かみに 「多た」 の字じを加くわふるか。 二にには石せき碑ひの本ほんにおいて異い本ほんあるか。 「持じ」 と 「称しょう」 との両りょう字じすなはちこれによるらくのみ。

-答。試ニ出ス↡二義ヲ↡。一ニハ¬経ニハ¼説キ↢「▲不可思議功徳ト」↡、¬論ニハ¼判ズ↢「▲真実功徳相ト」↡。故ニ言ニ雖↠略スト↠之ヲ義必可シ↠在ル、故ニ云↢功徳ト↡。既ニ是 レ無上大利ノ功徳ナリ。大ハ通ズ↢多勝ニ↡、故ニ曰テ為↢多善根福徳ト↡。皆悉円備セリ、故ニ「福徳ノ」上ニ加↢「多ノ」字ヲ↡歟。二ニハ於テ↢石碑ノ本ニ↡有↢異本↡歟。「持ト」「称トノ」両字即由ルラク↠此ニ耳ノミ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『弧山疏』文

【52】次つぎの所用しょようの文もん、 「弧こ山ざんの疏しょ」 とは、 智ち円えん法ほっ師しの ¬小経しょうきょうの疏しょ¼ なり。

次ノ所用ノ文、「▲弧山ノ疏ト」者、智円法師ノ¬小経ノ疏¼也。

「執しゅう持じ」 とらは、 ¬智度ちど論ろん¼ (巻五六滅諍乱品) にいはく、 「信力しんりきのゆゑに受うけ念力ねんりきのゆゑに持たもつ。」 以上 寂じゃく師しの ¬大だい経きょうの義記ぎき¼ の下しもに受じゅ持じの義ぎを釈しゃくしていはく、 「受じゅとは心しんに領りょう納のうをなすがゆゑに、 持じとは記きを得うること忘わすれざるがゆゑに。」 以上 これらの釈しゃく、 その意こころみな同おなじ。

-「▲執持ト」等者、¬智度論ニ¼云、「信力ノ故ニ受ケ念力ノ故ニ持ツ。」 已上 寂師ノ¬大経ノ義記ノ¼下ニ釈シテ↢受持ノ義ヲ↡云、「受ト者作ナスガ↢心ニ領納ヲ↡*故ニ、得コト↠記ヲ不ルガ↠忘レ故ニ。」 已上 此等ノ之釈、其ノ意皆同ジ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『大経』文

【53】次つぎに 「大本だいほん」 とは、 ¬大だい経きょう¼ の下げ巻かん流る通ずうの文もんなり。

次ニ「▲大本ト」者、¬大経ノ¼下巻流通ノ文也。

「仏ぶつ語ご弥み勒ろく其有ごう」 以下いげを流る通ずうとする中なかに四し段だんある内うち、 第一だいいちの嘆たん経きょう勧学かんがくに五ごあり。 その五ごの中なかにおいていまの所引しょいんは四し・五ご両りょう段だん。 ▽所引しょいんの初はじめより ただしまさしくは上かみの 「仏ぶつ語ご弥み勒ろく」 より 「之し難なん無過むか此し難なん」 といふに至いたる、 四しに難なんを挙あげて信しんを勧すすむ。 「故こ我が法ほう」 より下しも 「信しん順じゅん如法にょほう修しゅ行ぎょう」 といふに至いたるまでは五ごに結けっして修しゅ行ぎょうを勧すすむ。

-「▲仏語弥勒其有」已下ヲ為スル↢流通ト↡中ニ有ル↢四段↡内、第一ノ嘆経勧学ニ有リ↠五。於テ↢其ノ五ノ中ニ↡今ノ所引者四・五両段。自リ↢所引ノ初↡ 但シ正ハ自リ↢上ノ「▲仏語弥勒」↡ 至ル↠云ニ↢「之難無過此難ト」↡、四ニ挙テ↠難ヲ勧ム↠信ヲ。「▲故我法ヨリ」下至マデハ↠云ニ↢「信順如法修行ト」↡、五ニ結シテ勧ム↢修行ヲ↡。

△第だい四しに難なんを挙あげて信しんを勧すすむる中なかにまた分わかちて二にとなす。 ▽文もんの初はじめより 「亦やく為い難なん」 に至いたるまでは、 これまづ総そうに約やくす。 「若にゃく聞もん」 以下いげは、 次つぎに別べつに約やくするなり。

-第四ニ挙テ↠難ヲ勧ル↠信ヲ之中ニ又分テ為↠二ト。自1286リ↢文ノ之初↡至マデハ↢「亦為難ニ」↡、是 レ先ヅ約ス↠総ニ。「▲若聞」已下ハ、次ニ約スル↠別ニ也。

総そうに約やくする中なかに浄じょう影ようの意こころ (大経義疏巻下意) によるに、 「難なん値ちとらは、 生うまれて仏ぶつ時じに当あたる、 これを名なづけて値ちとなす、 目めに覩みるを見けんと称しょうす。 これみな難かたし。 難得なんとくとらは、 手てに経きょう巻かんを得うる、 これを名なずけて得とくとなす、 耳みみに聴きくを聞もんといふ。 また領りょう誦じゅすべし、 これを目なづけて得とくとなす。 耳みみに餐さんするを聞もんと称しょうす。 これらみな難かたし。 菩ぼ薩さつとらは、 菩ぼ薩さつ勝しょうの下しもはその行ぎょう法ほうこれを聞きくことはなはだ難かたきことを明あかす。 遇ぐう善ぜん知ぢ識しき能のう行ぎょう亦難やくなんは修しゅ行ぎょうの難なんを明あかす。

-△約スル↠総ニ之中ニ依ニ↢浄影ノ意ニ↡、「▲難値ト等者、生レテ当ル↢仏時ニ↡、名テ↠之ヲ為ス↠値ト、目ニ覩ヲ称ス↠見ト。此皆難シ也。▲難得ト等者、手ニ得ル↢経巻ヲ↡、名テ↠之ヲ為ス↠得ト、耳ニ聴ヲ曰フ↠聞ト。亦可シ↢領誦ス↡、目ナヅケテ↠之ヲ為↠得ト。耳ニ餐スルヲ称ス↠聞ト。此等皆難シ。▲菩薩ト等者、菩薩勝ノ下ハ明ス↢其ノ行法聞コト↠之ヲ甚難コトヲ↡。▲遇善知識能行亦難ハ明ス↢修行ノ難ヲ↡。

△別べつに約やくする中なかに難なん中ちゅうとらは、前さきの三さんに約対やくたいす。 いまいふところは見仏けんぶつの難なんを除のぞく この ¬経きょう¼ の中なかに修学しゅがくすることもっとも難かたきことを明あかす、 余義よぎ・余よ法ほうは処々しょしょによろしく説とくべし。 浄じょう土どを開顕かいけんして人ひとをして往おう生じょうせしめ、 独ひとりこの一いっ経きょうこれをもつとも難かたしとなす。」 以い上じょう遠おんの意こころ

-約スル↠別ニ之中ニ▲難中ト等者、約↢対ス前ノ三ニ↡。 今所↠言者除↢見仏ノ難ヲ↡ 明ス↢此ノ¬経ノ¼中ニ修学スルコト最モ難コトヲ↡、余義・余法ハ処処ニ宜ク↠説ク。開↢顕シテ浄土ヲ↡教↢人ヲシテ往生セ↡、独リ此ノ一経為ス↢是ヲ最モ難シト↡。」 已上遠意

この釈しゃくの意こころに就つきてわたくしに解げするところあり。 いはゆる初はじめの中なかに 「聞もん亦難やくなん」 に至いたるまでは広ひろく一代いちだいに約やくす。 まさしくこれを総そうとなす。 その文もんの中なかにおいて「如来にょらい」 とらは、 仏ぶつの在ざい世せにおいてその仏宝ぶっぽうに約やくす、 「諸仏しょぶつ」 以下いげはその滅めつ後ごにおいてこれ法宝ほうぼうに約やくす。 「菩ぼ薩さつ」 とらは、 これ僧宝そうぼうに約やくす。 「遇善ぐうぜん」 とらは、 これ総そうに属ぞくすといへども別べつの意こころを帯たいするか。 これすなはちこの文もん浄教じょうきょうの意こころを存ぞんず。 その中なかにいまは起き行ぎょうの辺へんに約やくす。

-就テ↢此ノ釈ノ意ニ↡私ニ有リ↠所↠解スル。所謂初ノ中ニ至マデハ↢「聞亦難ニ」↡広ク約ス↢一代ニ↡。正ク為ス↢之ヲ総ト↡。於テ↢其ノ文ノ中ニ↡「▲如来ト」等者、於テ↢仏ノ在世ニ↡約ス↢其ノ仏宝ニ↡。「▲諸仏」已下ハ於テ↢其ノ滅後ニ↡是 レ約ス↢法宝ニ↡。「▲菩薩ト」等者、是 レ約ス↢僧宝ニ↡。「▲遇善ト」等者、是 レ雖ヘ↠属スト↠総ニ帯スル↢別ノ意ヲ↡歟。是則此ノ文存ズ↢浄教ノ意ヲ↡。其ノ中ニ今ハ約ス↢起行ノ之辺ニ↡。

「若にゃく聞もん」 以下いげは別べつの中なかの別べつなり。 いはく安心あんじんに約やくしてこの信心しんじんを得うる、 難なんが中なかの難なんなり。 この信行しんぎょうを結けっして下しもに 「信しん順じゅん如法にょほう修しゅ行ぎょう」 と説とく。 かつは一いち流りゅう口く伝でんの宗しゅう旨しにより、 かつは一分いちぶん短慮たんりょの領りょう解げに就つきていささかもつてこれを記しるす。 他たは与くみすべからず、 愚意ぐいを述のぶらくのみ。

「▲若聞」已下ハ別ノ中ノ之別ナリ。謂ク約シテ↢安心ニ↡得ル↢此ノ信心ヲ↡、難ガ中ノ難也。結シテ↢此ノ信行ヲ↡下ニ説ク↢「▲信順如法修行ト」↡。且ハ依リ↢一流口伝ノ宗旨ニ↡、且ハ就ク↢一分短慮ノ領解ニ↡聊以テ記ス↠之ヲ。他ハ不↠可ラ↠与クミス、述ノブラク↢愚意ヲ↡耳ノミ。

△第だい五ごに結勧けっかん修しゅ行ぎょうの文もんの中なかに、 「是故ぜこ」 とらは、

-第五ニ結勧修行ノ文ノ中ニ、「▲是故ト」等者、

浄じょう影よう師し (大経義疏巻下) のいはく、 「我が法ほうといふはこの経きょう法ぼうを挙あぐ。 如にょ是ぜ作さとは、 この ¬経きょう¼ 弥陀みだ如来にょらいの修願しゅがん修しゅ行ぎょうを宣説せんぜつして身しんを得え土どを得うるを如にょ是ぜ作さと名なづく。 如にょ是ぜ説せつとは、 如来にょらい衆しゅうのために宣説せんぜつするを如にょ是ぜ説せつと名なづく。 如にょ是ぜ教きょうとは、 如来にょらい上じょう来らいに人ひとを教おしへて往おう生じょうせしむるを如にょ是ぜ教きょうと名なづく。」 以上

-浄影師ノ云ク、「言↢我法ト↡者挙グ↢此ノ経法ヲ↡。▲如是作ト者、此ノ¬経¼宣↢説シテ弥陀1287如来ノ修願修行ヲ↡得エ↠身ヲ得ヲ↠土ヲ名ク↢如是作ト↡。▲如是説ト者、如来為ニ↠衆ノ宣説スルヲ名ク↢如是説ト↡。▲如是教ト者、如来上来ニ教ヘテ↠人ヲ往生セシムルヲ名↢如是教ト↡。」 已上

義ぎ寂じゃく師し (大経義記巻下) のいはく、 「如にょ是ぜ作さとは、 いはく神通じんずう輪りん、 かれをして発心ほっしんせしむるがゆゑに。 如にょ是ぜ説せつとは、 いはく記き説せつ輪りん、 心しんを知しりて説とくがゆゑに。 如にょ是ぜ教きょうとは、 いはく教きょう誡かい輪りん、 教きょう授じゅ教きょう誡かいするがゆゑに。」 以上

-義寂師ノ云、「▲如是作ト者、謂ク神通輪、令 シムルガ↢彼ヲシテ発心セ↡故ニ。▲如是説ト者、謂ク記説輪、知テ↠心ヲ而説クガ故ニ。▲如是教ト者、謂ク教誡輪、教授教誡スルガ故ニ。」 已上

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『涅槃経』三文

【54】次つぎに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ の文もん。

次ニ▲¬涅槃経ノ¼文。

これ上かみの ¬大だい経きょう¼ に知ち識しき信心しんじんの勝しょう徳とくを説とくに就つきて、 他た経きょうたりといへどもひそかに上かみの文もんに会えす。 すなはち上じょう来らい処々しょしょにこれを述のぶるがごとし。 弥陀みだの名みょう号ごうは涅ね槃はんの義ぎなるがゆゑに、 その内ない証しょうに付つきてこれを得合とくごうせらる。 今こん師しの己こ証しょう由ゆえあるものなり。 この ¬経きょう¼ の所引しょいんにその三段さんだんあり。

-是 レ上ノ¬大経ニ¼就テ↠説ニ↢知識信心ノ勝徳ヲ↡、雖↠為タリト↢他経↡窃ニ会ス↢上ノ文ニ↡。即如シ↢上来処々ニ述ルガ↟之ヲ。弥陀ノ名号ハ涅槃ノ義ナルガ故ニ、付テ↢其ノ内証ニ↡被ル↣得↢合セ之ヲ↡。今師ノ己証有ル↠由者也。此ノ¬経ノ¼所引ニ有リ↢其ノ三段↡。

「如にょ経きょう中ちゅう」 とは、 これ初はじめに善ぜん知ぢ識しきの徳とくならびに信心しんじんの益やくを讃説さんせつす。 「又う言ごん」 の下しもは次つぎに信しん不ふ具ぐ足そくの相そうを説ときて信しんの相そうを知しらしむ。 また 「又う言ごん」 の下しもは後のちに譬喩ひゆを説ときてまた知ち識しきを嘆たんず。 初はじめの段だんは見みつべし。

-「▲如経中ト」者、是 レ初ニ讃↢説ス善知識ノ徳并ニ信心ノ益ヲ↡。「▲又言ノ」之下ハ次説テ↢信不具足ノ之相ヲ↡令シム↠知ラ↢信ノ相ヲ↡。又「▲又言ノ」下ハ後ニ説テ↢譬喩ヲ↡又嘆ズ↢知識ヲ↡。初ノ段ハ可シ↠見ツ。

【55】△第だい二に段だんの中なかに、 「是ぜ名みょう没もつ没もつ已い」 とらいふは、

第二段ノ中ニ、言↢「▲是名没々已ト」↡等者、

かの ¬経きょう¼ の第だい三さん十じゅう二に巻かん (北本巻三二師子吼品 南本巻三〇師子吼品) にいはく、 「恒ごう河がの辺ほとりに七種しちしゅの人ひとあるがごとし、 寇こう賊ぞくを恐畏おそれてすなはち河か中ちゅうに入いる。 ↓第一だいいちの人ひとは水みずに入いりてすなはち沈しずむ。 ↓第だい二にの人ひとは没もっすといへども還かえりて出いづ、 出いでをはりてまた没もっす。 ↓第三だいさんの人ひとは没もっしをはりてすなはち出いづ、 出いでてさらに没もっせず。 ↓第だい四しの人ひとは入いりをはりてすなはち没もっす、 没もっしをはりて還かえりて出いづ、 出いでをはりてすなはち住じゅうしてあまねく四し方ほうを観みる。 ↓第だい五ごの人ひとは入いりをはりてすなはち沈しずむ、 沈しずみをはりて還かえりて出いづ、 出いでをはりてすなはち住じゅうす、 住じゅうしをはりて方ほうを観み、 観みをはりてすなはち去さる。 ↓第六だいろくの人ひとは入いりをはりてすなはち去さる。 浅あさき処ところにすなはち住じゅうして賊ぞくの近遠ごんおんを観みる。 ↓第七だいしちの人ひとはすでに彼ひ岸がんに至いたりて大山だいせんに登のぼり上あがりてまた恐怖くふなし。 もろもろの怨賊おんぞくを離はなれて大だい快け楽らくを受うく。」 以上

-彼ノ¬経ノ¼第三十二巻ニ云、「如シ↣恒河ノ辺ニ有ガ↢七種ノ人↡、恐↢畏テ寇賊ヲ↡則入ル↢河中ニ↡。第一ノ人者入テ↠水ニ即沈ム。第二ノ人者雖ヘ↠没スト還テ出ヅ、出已テ復没ス。第三ノ人者没シ已テ即出、出デヽ更ニ不↠没セ。第四ノ人者入リ已テ便チ没ス、没シ已テ還テ出ヅ、出デ已テ即住シテ遍ク観ル↢四方ヲ↡。第五ノ人者入リ已テ即沈ム、沈ミ已テ還テ出ヅ、出已テ即住ス、住シ已テ観ミ↠方ヲ、観ミ已テ即去ル。第六ノ人者入リ已テ即去ル。浅キ処1288ニ即住シテ観ル↢賊ノ近遠ヲ↡。第七ノ人者既ニ至テ↢彼岸ニ↡登リ↢上テ大山ニ↡無シ↢復恐怖↡。離テ↢諸ノ怨賊ヲ↡受ク↢大快楽ヲ↡。」 已上

これはこれ譬喩ひゆなり。 譬ゆの意こころに合がっせば、 ↑第一だいいちは闡提せんだい、 ↑第だい二には造悪ぞうあく、 ↑第三だいさんは内凡ないぼん、 ↑第だい四しは四果しか、 ↑第だい五ごは支し仏ぶつ、 ↑第六だいろくは菩ぼ薩さつ、 ↑第七だいしちは仏ぶつなり。 この中なかにいまは第だい二にの人ひとを出いだすなり。

-此ハ是 レ譬喩ナリ。合セ↢譬ノ意ニ↡者、第一ハ闡提、第二ハ造悪、第三ハ内凡、第四ハ々果、第五ハ支仏、第六ハ菩薩、第七ハ仏也。此ノ中ニ今ハ出ス↢第二ノ人ヲ↡也。

「云うん何が名みょう為い聞もん不ふ」 とらは、

-「▲云何名為聞不ト」等者、

問とふ。 この所引しょいんの文もん、 まつたく載のせてもつて第三だいさん巻かんの末まつにあり、 なんぞ重かさねて引ひくや。

-問。此ノ所引ノ文、全載テ以テ在リ↢▲第三巻ノ末ニ↡、何ゾ重テ引ク耶。

答こたふ。 かの所引しょいんはその文もん多おおきにあらず。 いまは一いち具ぐの文もん、 所引しょいんこれ多おおし。 広こう略りゃくを異いとなす。 また第三だいさん巻かんには聞もん具ぐ足そくをもつて信心しんじんを顕あらわさんと欲ほっす。 当巻とうかんの中なかには不ふ具ぐ足そくをもつて不ふ信しんを顕あらわさんと欲ほっす。 両りょう処しょの所引しょいん異いなきにあらざらくのみ。

-答。彼ノ所引者其ノ文非ズ↠多ニ。今ハ一具ノ文、所引是 レ多シ。広略ヲ為↠異ト。又第三巻ニハ以テ↢聞具足ヲ↡欲ス↠顕サント↢信心ヲ↡。当巻ノ之中ニハ以テ↢不具足ヲ↡欲ス↠顕サント↢不信ヲ↡。両処ノ所引非ラク↠无キニ↠異耳。

【56】△第三だいさん段だんの中なかに、 ▲「第一だいいち真実しんじつ善ぜん知ぢ」 とらは、

第三段ノ中ニ、「第一真実善知ト」等者、

問とふ。 すでに諸仏しょぶつならびに諸しょ菩ぼ薩さつをもつて善ぜん知ぢ識しきとなす。 浄教じょうきょうを伝つたふといへども、 凡ぼん夫ぶの知ち識しきその分ぶんに関あずかりがたし。 さらに仰信ごうしんの義ぎあるべからざるか。

-問。已ニ以テ↢諸仏ニ諸菩薩ヲ↡為ス↢善知識ト↡。雖↠伝ト↢浄教ヲ↡、凡夫ノ知識難シ↠関アヅカリ↢其ノ分ニ↡。更ニ不↠可↠有↢仰信ノ義↡歟。

答こたふ。 体たいに剋こくしてこれをいはば、 その本ほんは仏ぶつと菩ぼ薩さつとにあるべし。 ただしたしかに如来にょらいの教きょう意いを相そう承じょうして伝来でんらいせしめば、 またすなはち善ぜん知ぢ識しきたるべし。 諸しょ教きょうの相そう承じょうみなもつてかくのごとし。 かれらかならずしも仏ぶつ・菩ぼ薩さつ等とうならず。 なんぞ浄教じょうきょうに限かぎらん。 なかんづく ¬観かん経ぎょう¼ 中ちゅう下げ以下いげ四し品ほんの知ち識しき、 みなこれ凡ぼん夫ぶ末代まつだいの劣れっ機き。 その知ち識しきに遇あひて往おう生じょうを得うべきことこれ仏ぶつ意いなり。

-答。剋シテ↠体ニ言ハヾ↠之ヲ、其ノ本ハ可シ↠在↣仏ト与 トニ↢菩薩↡。但シ慥ニ相↢承シテ如来ノ教意ヲ↡令メ↢伝来セ↡者、又即可↠為↢善知識↡也。諸教ノ相承皆以テ如シ↠此ノ。彼等不↢必シモ仏・菩薩等ナラ↡。何ゾ限ラン↢浄教ニ↡。就↠中¬観経ノ¼中下已下四品ノ知識、皆是凡夫末代ノ劣機。遇テ↢其ノ知識ニ↡可コト↠得↢往生ヲ↡是 レ仏意也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『華厳経』二文

【57】次つぎに ¬華け厳ごん経ぎょう¼ の文もん、 また二に段だんあり。

次ニ▲¬*花厳経ノ¼文、又有↢二段↡。

初はじめの文もんは総そうじて善ぜん知ぢ識しきの義ぎを説とく、 次つぎはまた別べっして如来にょらいの大恩だいおんを説とく。 「大だい師し」 といふは、 すなはちこれ釈しゃ迦か牟尼むに仏ぶつなり。

-▲初ノ文ハ総ジテ説ク↢善知識ノ義ヲ↡、▲次ハ又別シテ説ク↢如来ノ大恩ヲ↡。言1289↢「▲大師ト」↡者、即是釈迦牟尼仏也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『般舟讃』文

【58】次つぎに大だい師しの釈しゃく、 これに四し段だんあり。 初はじめの三さん偈げおよび一いっ句くは ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の文もん。

次ニ▲大師ノ釈、此ニ有リ↢四段↡。初ノ之三偈及一句者¬般舟讃ノ¼文。

初はじめの偈げの中なかに「莫論まくろん」 とらは、 疑礙ぎげの心しんを誡いましめて不疑ふぎの心しんを勧すすむ、 不疑ふぎの心しんとはすなはち信心しんじんなり。 「浄じょう土ど」 とらは、 日にっ中ちゅうの礼らい (礼讃) に 「行ぎょう者じゃ心しんを傾かたむけて常つねに目めに対たいせよ」 といふはすなはちこの意こころなり。 「忤ご」 とは、 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「五故ごこの切せつ、 逆ぎゃくなり。」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「宜故ぎこの切せつ、 逆ぎゃくなり。」 「莫論まくろん」 とらは、 仏ぶつの引いん摂じょうと不ふ引いん摂じょうとその回え心しんと不ふ回え心しんとによることを明あかす。

-▲初ノ偈ノ之中ニ「▲莫論ト」等者、誡テ↢疑碍ノ心ヲ↡勧ム↢不疑ノ心ヲ↡、不疑ノ心ト者即信心也。「▲浄土ト」等者、日中ノ礼ニ云↢「▲行者傾テ↠心ヲ常ニ対セヨト↟目ニ」者乃此ノ意也。「▲忤ト」者、¬玉篇ニ¼云ク、「五故切、逆也。」¬広韻云、「宜故切、逆也。」「莫論ト」等者、明ス↫仏ノ引接ト与 ト ↢不引接↡由コトヲ↪其ノ廻心ト与 トニ↩不廻心↨。

次つぎの一いち偈げはこれその次つぎにあらず、 その中ちゅう間げんに七しち十じゅう九く行ぎょうを隔へだつ。 「讃仏さんぶつ」 とらは弥陀みだの恩おんを讃さんず。 次下つぎしもの句くに 「不ふ蒙もう」 とらいふ、 弥陀みだなるがゆゑなり。

-▲次ノ一偈者此 レ非ズ↢其ノ次ニ↡、其中間ニ隔ツ↢七十九行ヲ↡。「▲讃仏ト」等者讃ズ↢弥陀ノ恩ヲ↡。次下ノ句ニ云フ↢「▲不蒙ト」等↡、弥陀ナルガ故也。

次つぎの一いち偈げは中なかに一いっ句くを隔へだつ。 「本ほん師し」 といふはこれ釈しゃ迦かを讃さんず。 前ぜん後ごあひあはせて二に尊そんを嘆たんずるなり。

-▲次ノ一偈者中ニ隔ツ↢一句ヲ↡。言↢「▲本師ト」↡者是 レ讃ズ↢釈迦ヲ↡。前後相并セテ嘆ズル↢二尊ヲ↡也。

次つぎの一いっ句くすなはち同おなじき次つぎなり。 浄じょう土どに生しょうずるは本ほん師しの力ちからなり。 生しょうずることを得うればすなはちまた仏恩ぶっとんを報ほうずるなり。

-▲次ノ一句即同キ次也。生ズル↢浄土ニ↡者本師ノ力也。得レバ↠生ズルコトヲ乃又報ズル↢仏恩ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『礼讃』文

【59】第だい二に段だんの文もん、 「仏ぶっ世せ」 の下しもこの八はっ句くは初しょ夜やの礼らい (礼讃) なり。

▲第二段ノ文、「仏世ノ」之下此ノ八句者初夜ノ礼也。

「仏ぶっ世せ」 とらは、 ¬経¼ (大経巻下) に 「如来にょらい興こう世せ」 とら説とく意こころなり。

-「▲仏世ト」等者、¬経ニ¼説ク↢「▲如来興世ト」等↡意ナリ。

「人にん有ぬ」 とらは、 ¬経¼ (大経巻下) に 「聞法もんぼう能のう行ぎょう」 とら説とく意こころ、 「自じ信しん」 とらは、 ¬経きょう¼ (大経巻下) に 「若にゃく聞もん斯し経きょう」 とら説とく意こころ、 「大だい悲ひ」 とらは、 総そうじて上じょう来らいの聞法もんぼう能のう行ぎょう信しん楽ぎょう受じゅ持じの勝しょう益やくを結けっするなり。 「伝でん」 の字じと 「弘ぐ」 とおのおの一本いっぽんによる、 ともに乖そむかざるか。 伝でんはすなはち伝通でんずう、 弘ぐは弘ぐ通ずうなり。

-「▲人有ト」等者、¬経ニ¼説ク↢「▲聞法能行ト」等↡意、「▲自信ト」等者、¬経ニ¼説↢「▲若聞斯経ト」等↡意、「▲大悲ト」等者、総ジテ結スル↢上来ノ聞法能行信楽受持ノ之勝益ヲ↡也。「▲伝ノ」字ト与 ト ↠「▲弘」各依ル↢一本ニ↡、共ニ不↠乖カ歟。伝ハ即伝通、弘ハ々通也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『法事讃』二文

【60】第三だいさん段だんの文もん、

▲第1290三段ノ文、

「帰き去きょ」 とらは、 第三だいさん巻かんの末まつに引用いんようするところの ¬疏しょ¼ の 「定じょう善ぜん義ぎ」 水観すいかんの讃さん、 けだし一徹いってつなり。 かしこには 「魔ま郷きょう」 といひここには 「他た郷きょう」 といふ。 一いち字じ殊ことなりといへども大たい意いこれ同おなじ。

-「▲帰去ト」等者、▲第三巻ノ末ニ所ノ↢引用スル↡之¬疏ノ¼「定善義」水観ノ之讃、蓋シ一*徹也。彼ニハ云ヒ↢「▲魔郷ト」↡此ニハ云フ↢「▲他郷ト」↡。一字雖ヘ↠殊ナリト大意是 レ同ジ。

「帰家きけ」 とらは、 日にっ中ちゅうの礼らい (礼讃) に 「努ぬ力りき翻迷ほんめい還げん本ほん家け」 といふなり。 いまこの ¬鈔しょう¼ の本ほんに 「帰き本ほん家け」 といふ。 流布るふの本ほんに 「本ほん」 の一いち字じなし、 これ異い本ほんか。 「本ほん家け」 といふはあたかも ¬礼讃らいさん¼ に 「本国ほんごく」 といふがごとし。 たとひ 「本ほん」 の字じなくとも本ほん家けの義ぎなり。

-「▲帰家ト」等者、日中ノ礼ニ云↢「▲努力翻迷還本家ト」↡也。今此ノ¬鈔ノ¼本ニ云フ↢「▲帰本家ト」↡。流布ノ本ニ無シ↢「本ノ」之一字↡、是 レ異本歟。云↢「本家ト」↡者宛モ如シ↣¬礼讃ニ¼云ガ↢「▲本国ト」↡也。縦ヒ無トモ↢「本ノ」字↡本家ノ義也。

「一切いっさい」 とらは、 十じゅう地じの願がん行ぎょう自じ然ねんに成じょうずるなり。 「悲喜ひき」 とらは唱しょう讃さんの偈げなり。 これまた二に世せ尊そんの恩おんを頂ちょう載だいして報ほうじがたき志こころざしを述のぶ。 いまこの一いち偈げ別段べつだんたりといへども又う云うんといはず、 よりて前段ぜんだんに属ぞくす。

-「▲一切ト」等者、十地ノ願行自然ニ成ズル也。「▲悲喜ト」等者唱讃ノ偈也。是又頂↢載シテ二世尊ノ恩ヲ↡述ブ↢難キ↠報ジ志ヲ↡。今此ノ一偈雖↠為↢別段↡不↠云↢又云ト↡、仍テ属ス↢前段ニ↡。

【61】第だい四し段だんの初はじめに、

▲第四段ノ初ニ、

「十方じっぽう」 とらは、 同おなじき (法事讃) 後ご序じょの文もん、 まづ生しょう死じの輪りん回ね無む際さいなることを述のべ、 しかして後のちに難得なんとくの人身にんじん、 難聞なんもんの浄じょう土ど、 難発なんぽつの信心しんじんにおいてたちまちに得えたちまちに聞ききたちまちに発おこすことを述のぶらくのみ。

-「▲十方ト」等者、同キ後序ノ文、先ヅ述ベ↢生死ノ輪廻無際ナルコトヲ↡、然シテ後ニ述ラク↧於テ↢難得ノ人身、難聞ノ浄土、難発ノ信心ニ↡忽ニ得エ忽ニ聞キヽ忽ニ発スコトヲ↥而已。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【62】「真しん知ち」 以下いげは、 わたくしの御おん釈しゃくなり。

「▲真*知」以下ハ、私ノ御釈也。

「無む念ねん」 とらは、 ¬礼讃らいさん¼ の前序ぜんじょに雑修ざっしゅの失しつを判はんずる解げ釈しゃくなり。 十じゅう三さんの失しつの内うちに初はじめの九くの失しつは、 当巻とうかんの始はじめにおいてすでにこれを挙あげ訖おわりぬ。 いまの所引しょいんは、 かの失しつの余よ残ざん、 第だい十じゅう以下いげ四しの失しつこれなり。

-「▲無念ト」等者、¬礼讃ノ¼前序ニ判ズル↢雑修ノ失ヲ↡之解釈也。十三ノ失ノ内ニ初ノ之九ノ失ハ、於テ↢▲当巻ノ始ニ↡既ニ挙ゲ↠之ヲ訖ヌ。今ノ所引者、彼ノ失ノ余残、第十以下四ノ失是也。

「悲ひ哉さい」 とらは、 集しゅう主しゅ悲ひ情じょうを述のべらるる意こころなり。

-「▲悲哉ト」等者、集主被ルヽ↠述ベ↢悲情ヲ↡意也。

「大だい小しょう」 とらは、 本願ほんがんの嘉か号ごう、 けだしこれ如来にょらい不可ふか思議しぎ他た力りきの功く徳どくなり。 しかるに諸善しょぜんに準じゅんじておのが善根ぜんごんとなすゆゑに信しんを生しょうぜず、 このゆゑに真しんの報ほう土どに入いらず。 釈しゃく意いかくのごとし。

-「▲大小ト」等者、本願ノ嘉号、蓋シ是 レ如来不可思議ノ他力ノ功徳ナリ。而ニ准ジテ↢諸善ニ↡為ス↢己ガ善根ト↡故ニ不↠生ゼ↠信ヲ、是ノ故ニ不↠入↢真ノ報土ニ↡也。釈ノ意如シ↠斯ノ。

「久く出しゅつ」 とらは、 万まん行ぎょう諸善しょぜんはこれ聖しょう道どうの意こころ。 双樹そうじゅ林りん下げはこれ ¬観かん経ぎょう¼ に約やくす、 十じゅう九くの願がんの意こころ。 善本ぜんぽん徳本とくほんはこれ ¬小経しょうきょう¼ に約やくす、 二に十じゅうの願がんの意こころ、 すなはちこれ難なん思じ往おう生じょうの心しんなり。 選せん択じゃく願海がんかいはこれ ¬大だい経きょう¼ の意こころ、 すなはち難なん思議じぎ往おう生じょうこれなり。

-「▲久出ト」等者、▲万行諸善ハ是 レ聖道ノ意1291。▲双*樹下ハ是 レ約ス↢¬観経ニ¼↡、十九ノ願ノ意。▲善本徳本ハ是 レ約ス↢¬小経ニ¼↡、二十ノ願ノ意、乃是 レ難思往生ノ心也。▲選択願海ハ是 レ¬大経ノ¼意、即難思議往生是也。

「果か遂すい」 とらは、 かくのごとく展転てんでんして仮けより真しんに入いる、 方便ほうべんの門もんを出いでて真実しんじつの門もんに入いる、 すなはち果か遂すいの願がんの成じょうずるところなり。 これひとへに今こん師し不共ふぐの別べっ意ち、 人ひとこれを知しらず仰あおぎて信しんずべきなり。

-「▲果遂ト」等者、如ク↠此ノ展転シテ従リ↠仮入ル↠真ニ、出デヽ↢方便ノ門ヲ↡入ル↢真実ノ門ニ↡、即果遂ノ願ノ之所↠成ズル也。是 レ偏ニ今師不共ノ別意、人不↠知↠之ヲ可キ↢仰テ信↡也。

「信しん知ち」 以下いげは聖しょう道どうの教きょうその利りこれ短みじかく、 浄じょう土ど真しん宗しゅうその益やく長ながきことを明あかすなり。

-「▼信知」以下ハ明ス↢聖道ノ教其ノ利是 レ短ク、浄土真宗其ノ益長キコトヲ↡也。

「拠こ経きょう家け披ひ師し釈しゃく」 とらは、 ¬観かん経ぎょう¼ の 「玄げん義ぎ」 説人せつにん門もんの釈しゃく。 この門もんを立たつることはこれ余よ人にんの諸説しょせつに簡けん異いしてただ仏説ぶっせつをもつて依え憑ひょうせしめんがためなり。

-「▲拠経家披師釈ト」等者、¬観経ノ¼「玄義」説人門ノ釈。立ルコト↢此ノ門ヲ↡者是 レ為↧簡↢異シテ余人ノ諸説ニ↡唯以テ↢仏説ヲ↡令シメンガ↦依*憑セ↥也。

この釈しゃく文もんにおいて、 「弁説べんぜつ」 とらはまづ章しょう門もんを標ひょうす。 「凡ぼん諸しょ」 以下いげは総そうじて五ご種しゅ起き説せつの不ふ同どうを挙あぐ。 いふところの五ご種しゅはもと ¬大論だいろん¼ に出いでたり。 ¬論ろん¼ の第だい二に (大智度論初品) にいはく、 「一いちには仏ぶつ自口じく説せつ、 二にには仏ぶつ弟子でし説せつ、 三さんには仙人せんにん説せつ、 四しには諸天しょてん説せつ、 五ごには変へん化げ説せつなり。」 以上

-於↢此ノ釈文ニ↡、「▲辨説ト」等者先ヅ標ス↢章門ヲ↡。「▲凡諸」以下ハ総ジテ挙グ↢五種起説ノ不同ヲ↡。所ノ↠言五種ハ本出タリ↢¬大論ニ¼↡。¬論ノ¼第二ニ云、「一者仏自口説、二者仏弟子説、三者仙人説、四者諸天説、五者変化説ナリ。」 已上

¬論ろん¼ といまの釈しゃくと開合かいごうの異いなり。 ¬論ろん¼ には仙天せんてんを開かいしてもつて両りょう説せつとなして鬼き神じんを立たてず。 これすなはち仙せんは内ない外げありといへどもともにこれ人類にんるい、 天てんは六欲ろくよくおよび四し禅ぜんこれみな天道てんどう。 人天にんでん異ことなるがゆゑに開かいして二に種しゅとなして鬼き神じんを立たてず。 諸天しょてんみな八はち部ぶ鬼き神じんを兼かぬ。 このゆゑに天てんに摂せっして別べつにこれを立たてず。 釈しゃくには天仙てんせんを合がっす、 ともに五ご通つうを備そなへて徳とくあひ似にたるがゆゑに別べっしてこれを立たてずして別べつに鬼き神じんを立たつ。 諸しょ経きょうの中なかにまさしくその説せつあり。 いはく ¬法ほっ華け¼ の十じゅう羅ら刹せつ女にょ、 ¬薬やく師し¼ の十じゅう二に神じん将しょうのごときらなり。 ゆゑに別べっしてこれを立たつ。 論説ろんせつ・釈しゃく義ぎおのおのその由ゆえあり。

-¬論ト¼与 ト ↢今ノ釈↡開合ノ異也。¬論ニハ¼開シテ↢仙天ヲ↡以テ為シテ↢両説ト↡不↠立↢鬼神ヲ↡。是則仙者雖↠有↢内外↡共ニ是 レ人類、天者六欲及以ビ四禅是皆天道。人天異ナルガ故ニ開シテ為シテ↢二種ト↡不↠立↢鬼神ヲ↡。諸天皆兼ヌ↢八部鬼神ヲ↡。是ノ故ニ摂シテ↠天ニ不↢別ニ立↟之ヲ。釈ニハ合ス↢天仙ヲ↡、共ニ備ヘテ↢五通ヲ↡徳相似セルガ故ニ不シテ↢別シテ立↟之ヲ別ニ立ツ↢鬼神ヲ↡。諸経ノ之中ニ正ク有リ↢其ノ説↡。謂ク如キ↢¬法*花ノ¼十羅刹女、¬薬師ノ¼十二神将ノ↡等也。故ニ別シテ立ツ↠之ヲ。論説・釈義各有リ↢其ノ由↡。

「爾に者しゃ」 以下いげ一いち行ぎょう余よは、 聖しょう人にんわたくしにまさしく四し種しゅの権説ごんせつによらずしてただ仏ぶつ自口じく説せつ三さん経ぎょうの説せつを依え用ようすべきことを明あかすことを結けっするなり。

-「▲爾者」以下1292一行余者、聖人私ニ結ス↧正ク明コトヲ↦不シテ↠依ラ↢四種ノ権説ニ↡唯可コトヲ↞依↢用ス仏自口説三経ノ説ヲ↡也。

問とふ。 説人せつにん門もんの釈しゃくにその三段さんだんあり。 初はじめはまづ総そうじて五ご種しゅの起き説せつを挙あぐ。 いまの所引しょいんはこれ初段しょだんなり。 次つぎに今こん ¬経きょう¼ 仏ぶつの自じ説せつたることを明あかす。 いはゆる下しもに (玄義分) 「今こん此し ¬観かん経ぎょう¼ 是ぜ仏ぶつ自じ説せつ」 といふ八はち字じこれなり。 後のちに 「問曰もんわつ」 の下しも、 問答もんどう料りょう簡けんはその説処せっしょ・所しょ為い等とうを明あかす。 第三だいさんの問答もんどうたとひ略りゃくを存ぞんずといへども、 第だい二にの文段もんだんもつともこれを引ひくべし。 初はじめに五ご説せつを挙あぐることはその中なかにいまの ¬経きょう¼ まさしくこれ仏説ぶっせつたることを明あかさんがためなり。 しかるにその文もんを略りゃくす。 所詮しょせんを忘わすれたるに似にたり、 その意こころいかん。

-問。説人門ノ釈ニ有リ↢其ノ三段↡。初ハ先ヅ総ジテ挙グ↢五種ノ起説ヲ↡。今ノ之所引ハ是 レ初段也。次ニ明ス↣今¬経¼為コトヲ↢仏ノ自説↡。所謂下ニ云フ↢「▲今此¬観経¼是仏自説ト」↡八字是 レ也。後ニ「▲問曰ノ」下、問答料簡ハ明ス↢其ノ説処・所為等ヲ↡也。第三ノ問答縦雖↠存ズト↠略ヲ、第二ノ文段尤可シ↠引ク↠之ヲ。初ニ挙コトハ↢五説ヲ↡為メ↠明サンガ↣其ノ中ニ今ノ¬経¼正ク是 レ為コトヲ↢仏説↡也。而ニ略ス↢其ノ文ヲ↡。似タリ↠忘タルニ↢所詮ヲ↡、其ノ意如何。

答こたふ。 かくのごときの引文いんもん、 広こう略りゃく時じに随したがふ。 かの文もんを略りゃくするによりてわたくしに詞ことばを加くわへられてまさしく釈しゃくの意こころを述のぶ。 これに二にの意こころあり。 一いちにはかの釈しゃくこれ仏ぶつの自じ説せつといふといへども四し種しゅ信用しんように足たらずといはず。 ただしいはずといへどもその意こころ顕然けんねんなり。 ゆゑに釈しゃくの意こころを探さぐりてかくのごとく釈しゃくせらる、 由ゆえなきにあらざるか。 二ににはかの釈しゃくにはただ今こん此し観かん経ぎょうといひて三さん経ぎょうに亘わたらず、 ゆゑに仏説ぶっせつをもつて三さん経ぎょうに通つうぜんがためにわたくしにこの釈しゃくあり。 これ自由じゆにあらず、 三さん部ぶ同おなじく仏説ぶっせつと標ひょうするゆゑなり。

-答。如ノ↠此ノ引文、広略随フ↠時ニ。依テ↠略スルニ↢彼ノ文ヲ↡私ニ被テ↠加ヘ↠詞ヲ正ク述ブ↢釈ノ意ヲ↡。此ニ有リ↢二ノ意↡。一ニハ彼ノ釈雖ヘ↠言フト↢是 レ仏ノ自説ト↡不↠言↢四種不ト↟足↢信用ニ↡。但シ雖ヘ↠不ト↠言其ノ意顕然ナリ。故ニ探テ↢釈ノ意ヲ↡如ク↠此ノ被ル↠釈セ、非ザル↠無ニ↠由歟。二ニハ彼ノ釈ニハ只云テ↢今此観経ト↡不↠亘↢三経ニ↡、故ニ以テ↢仏説ヲ↡為ニ↠通ゼンガ↢三経ニ↡私ニ有リ↢此ノ釈↡。是 レ非ズ↢自由ニ↡、三部同ク標スル↢仏説ト↡故也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『大論』文

【63】次つぎに ¬大論だいろん¼ の文もん。 四依しえの釈しゃく、 その意こころ顕著けんちょなり。 くわしく述のぶるにあたはず。

次ニ▲¬大論ノ¼文。四依ノ之釈、其ノ意顕著ナリ。不↠能↢委ク述ルニ↡。

「依義えぎ」 の下しも 「如人にょにん」 とらは、 指ゆびをもつて語ごに譬たとへ、 月つきをもつて義ぎに喩たとふ。 玄げん悟ごの賓ひんは直じき爾にに月つきを看みて指ゆびを見みず。

-「依義ノ」之下「▲如人ト」等者、以テ↠指ヲ譬ヘ↠語ニ、以テ↠月ヲ喩フ↠義ニ。玄悟ノ之賓ハ直爾ニ看テ↠月ヲ不↠見↠指ヲ也。

「依え了りょう義ぎ」 の下しもに 「有う一いち」 とらは、 了りょう不ふ了りょうの義ぎ。 諸しょ経きょうの異い説せつ、 諸しょ宗しゅうの所談しょだん、 領りょう解げまちまちなりといへども、 いまの教きょうの宗しゅうただ仏説ぶっせつをもつて了りょう義ぎ経きょうとなすこと、 この論ろん灼しゃく然ねんなり。

-「依了義ノ」下ニ「▲有一ト」等者、了不了ノ義。諸経ノ異説、諸宗ノ所談、領解雖↠区ナリト、今ノ教ノ之宗唯以テ↢仏説ヲ↡為コト↢了義経ト↡、此ノ論灼然ナリ。

¬大だい経きょう¼ の下げにいはく、 「如来にょらいの智慧ちえ海かいは、 深広じんこうにして涯底がいたいなし。 二に乗じょう測はかるところにあらず、 ただ仏ぶつのみ独ひとり明了みょうりょうなり。」 以上 弥陀みだの五智ごち深奥じんおうの理り、 三さん乗じょう・五ご乗じょうその境きょう界がいにあらず。 このゆゑにいま菩ぼ薩さつ等とうの説せつは信用しんように足たらざることを談だんず。 この義ぎをもつてのゆゑに了りょう義ぎ経きょうの名なは仏説ぶっせつに被かぶらしむるなり。

-¬大経ノ¼下ニ云、「▲如来ノ智恵海ハ、深広ニシテ無シ↢涯底↡。二乗1293非ズ↠所ニ↠測ル、唯仏ノミ独リ明了ナリ。」 已上 弥陀ノ五智深奥之理、三乗・五乗非ズ↢其ノ境界ニ↡。是ノ故ニ今談ズ↢菩薩等ノ説ハ不コトヲ↟足↢信用ニ↡。以テノ↢此ノ義ヲ↡故ニ了義経ノ名ハ被シムル↢仏説ニ↡也。

深心じんしんの釈しゃく (散善義) にいはく、 「仏ぶつを除のぞきて已い還げんは、 智ち行ぎょういまだ満まんぜずして、 その学がく地じにあり。 正習しょうじゅうありて二に障しょういまだ除のぞこらず、 果か願だんいまだ円まどかならざるによりて、 これらの凡ぼん聖しょうはたとひ諸仏しょぶつの教きょう意いを測しき量りょうすれども、 いまだ決けつ了りょうすることあたはず。 平章びょうしょうすることありといふともかならずすべからく仏ぶっ証しょうを請しょうじて定じょうとなすべし。」 以上

-深心ノ釈ニ云、「▲除テ↠仏ヲ已還ハ、智行未ダシテ↠満ゼ、在リ↢其ノ学地ニ↡。由テ↧有リテ↢正習↡二障未 ズ ダ↠除コラ、果願未ダルニ↞円ナラ、◆此等ノ凡聖ハ縦使ヒ測↢量スレドモ諸仏ノ教意ヲ↡、未 ズ ダ↠能↢決了スルコト↡。雖フ↠有ト↢平章スルコト↡、要ズ須クシ↧請ジテ↢仏証ヲ↡為ス↞定ト也。」 已上

「一切いっさい衆しゅ中ちゅう比丘びく」 とらは、

-「▲一切衆中比丘ト」等者、

問とふ。 仏ぶつを除のぞきて已い還げんはみな所信しょしんにあらず。 いまの釈しゃくのごときはこれを用もちゐるべしや。

-問。除テ↠仏ヲ已還ハ皆非ズ↢所信ニ↡。如↢今ノ釈ノ↡者可シ↠用ル↠之ヲ耶。

答こたふ。 信用しんようするところの仏ぶつ自口じく説せつ了りょう義ぎ経きょうとは、 所説しょせつの理りに約やくす。 いま 「比丘びく僧そう第一だいいち」 とらは、 無む仏ぶつ世せの時ときその形ぎょう体たいに約やくしてこれを判はんずるところなり。

-答。所ノ↢信用スル↡之仏自口説了義経ト者、約ス↢所説ノ理ニ↡。今「比丘僧第一ト」等者、無仏世ノ時約シテ↢其ノ形体ニ↡所↠判ズル↠之ヲ也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【64】「爾に者しゃ」 以下いげは、 またわたくしの御おん釈しゃく。 四依しえを知しりて行ぎょうを修法しゅほうすべきことを結けっす。

「▲爾者」以下ハ、又私ノ御釈。結ス↧知テ↢四依ヲ↡可コトヲ↞修↢法行ヲ↡。

また浄教じょうきょう末法まっぽう五ご濁じょくの機きに相応そうおうしてたしかに道どうを得うべきことを明あかすとして、 広ひろく本文ほんもんを引ひきて人ひとを勧すすめらる。

-▲又明ストシテ↧浄教相↢応シテ末法五濁ノ*之機ニ↡慥可コトヲ↞得↠道ヲ、広ク引テ↢本文ヲ↡被ル↠勧メ↠人ヲ也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『安楽集』四文

【65】次つぎに綽しゃく公こうの釈しゃく、 ¬安楽あんらく集しゅう¼ の文もん、 所引しょいんに四しあり。

▲次ニ綽公ノ釈、¬安楽集ノ¼文、所引ニ有リ↠四。

初はじめに 「然ねん修道しゅどう之し身しん」 とらは下げ巻かんの文もん。 大文だいもん第だい五ごに四しの料りょう簡けんあり、 その中なかに一いちにひろく修道しゅどうの延促えんそくを明あかす文もんなり。

-初ニ「▲然修道之身ト」等者下巻ノ之文。大文第五ニ有リ↢四ノ料簡↡、其ノ中ニ一ニ汎ヒロク明ス↢修道ノ延促ヲ↡文也。

「経きょう一いち」 とらは、 これ十信じっしん外げ凡ぼんの退たい位いを指さす。 「証しょう不ふ退たい」 とは、 これ三賢さんげんの位くらい、 内凡ないぼん不ふ退たいなり。 「当今とうこん」 とらは、 信しん外げ常じょう没もつの凡ぼん夫ぶの類たぐいなり。

-「▼逕一ト」等者、是 レ指ス↢十信外凡ノ退位ヲ↡。「▲証不退ト」者、是 レ三賢ノ位、内凡不退ナリ。「▲当今ト」等者、信外常没ノ凡夫ノ類也。

【66】第だい二にに「有う明みょう教きょう興こう」 とらは、 上じょう巻かん大文だいもん第一だいいちの初はじめの文もん。

第二ニ「▲有明教興ト」等者、上巻大文第一ノ初ノ文。

「勧かん帰き」 とらは、 「浄じょう土ど」 の下しも 「若にゃく機き」 の上かみに 「若にゃく教きょう赴ふ時機じき、 易い修しゅ易悟いご」 の九字くじあり。 また 「難なん入にゅう」 の下しも 「正しょう法ぼう念ねん」 の上かみに 「是故ぜこ」 の字じあり。 これらの字じ至し要ようにあらざるによりておのおの除のぞかるるか。

-「▲勧帰ト」等者、「浄土ノ」之下「若1294機ノ」之上ニ有リ↢「▲若教赴時機、易修易悟ノ」九字↡。又「難入ノ」之下「正法念ノ」上ニ有リ↢「▲是故ノ」字↡。是等ノ之字依テ↠非ルニ↢至要ニ↡各被ルヽ↠除歟。

所引しょいんの経きょう文もんその意こころ見みつべし。

-▲所引ノ経文其ノ意可シ↠見ツ。

次つぎに ¬月蔵がつぞう¼ の文もん、 この ¬集しゅう¼ 聖しょう道どうの証しょうしがたきことを証しょうせんがためにこの ¬経きょう¼ を引ひく。 ときに 「我が末法まっぽう時じ中ちゅう」 とらいう文もん、 いまの ¬経きょう¼ の説せつによる取しゅ意いの文もんなり。

-次ニ▲¬月蔵ノ¼文、此ノ¬集¼為ニ↠証センガ↢聖道ノ難コトヲ↟証シ引ク↢此ノ¬経ヲ¼↡。時云↢「▲我末法時中ト」等↡文、依ル↢今ノ¬経ノ¼説ニ↡取意ノ文也。

「計け今こん」 以下いげは綽しゃく公こうのわたくしの釈しゃく。 ▲この釈しゃくの上かみにまた同おなじき ¬経きょう¼ を引ひきて仏ぶつの出しゅっ世せに四し種しゅの法ほうありて衆しゅ生じょうを化度けどすることを明あかす。 一いちには説せっ経きょう、 二にには光こう明みょう、 三さんには神通じんずう、 四しには名みょう号ごうなり。 この ¬経きょう¼ の意こころを引ひきてその後のちに結けっして 「今こん時じ」 とらいふ。

-「▲計*今」以下ハ綽公ノ私ノ釈。此ノ釈ノ之上ニ又引テ↢同キ¬経ヲ¼↡明ス↧仏ノ出世ニ有テ↢四種ノ法↡化↦度スルコトヲ衆生ヲ↥。一者説経、二者光明、三者神通、四者名号ナリ。引テ↢此ノ¬経ノ¼意ヲ↡其ノ後ニ結シテ云↢「*今時ト」等↡也。

「即当そくとう」 とらは、 綽しゃく公こうの在ざい世せ第だい四しの五ご百ひゃく年ねん中ちゅうたるによりてかくのごとく釈しゃくするなり。

-「▲即当ト」等者、綽公ノ在世依テ↠為ニ↢第四ノ五百年中↡如ク↠此ノ釈スル也。

【67】第三だいさんは下げ巻かん第六だいろく大門だいもんに三番さんばんある中なかの第三だいさん段だんなり。

▲第三ハ下巻第六大門ニ有ル↢三番↡中ノ第三段也。

「この経きょう」 といふはすなはちこれ ¬大だい経きょう¼、 ¬大だい経きょう¼ はすなはちこれ念仏ねんぶつなり。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ にいはく、 「この経きょうの止し往じゅうは、 すなはち念仏ねんぶつの止し住じゅうなり。」 已上 けだしこの義ぎなり。

-言↢「▲此ノ経」↡者即是¬大経¼、¬大経ハ¼即是 レ念仏ナリ。¬選択集ニ¼云、「▲此ノ経ノ止往者、即念仏ノ止住也。」 已上 蓋シ此ノ義也。

【68】次つぎに ¬大だい集じゅう¼ の文もん、 大文だいもん第三だいさんの小しょう科かにこれを載のす。

次ニ▲¬大集ノ¼文、大文第三ノ小科ニ載ス↠之ヲ。

当巻とうかんの初はじめにこの文もんを引ひくといへども、 おのおの至し要ようによりて重じゅう引いんをはばからずこれを載のせらるるか。

-▲当巻ノ之初ニ雖↠引ト↢此ノ文ヲ↡、各依テ↢至要ニ↡不↠憚カラ↢重引ヲ↡被↠載↠之ヲ歟カ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【69】「爾に者しゃ」 以下いげは、 わたくしの御おん釈しゃくなり。

「▲爾者」以下ハ、私ノ御釈也。

「至我しが」 とらは、 下しもに引ひかるるところの ¬末法まっぽう灯とう明みょう記き¼ 両りょう説せつの内うち ¬周しゅう異い記き¼ の意こころ。 仏ぶつ涅ね槃はんの後のちわが延えん暦りゃく二に十じゅう年ねん辛かのと巳のみに至いたるまで、 一千いっせん七しち百ひゃく五ご十じっ歳さいなり。 これに就つきてこれを勘かんがふるに、 同おなじき二に十じゅう一年いちねん壬みずのえ午うまより元仁げんにん元年がんねん甲きのえ申さるに至いたるまで、 四し百ひゃく二に十じゅう三さん箇か年ねんなり。 よりて仏ぶつ涅ね槃はん、 件くだんの甲きのえ申さるに至いたるまで二に千せん一いっ百ぴゃく七しち十じゅう三年さんねんなり。 しかるに 「八はち十じゅう」 といふ。 その 「八はち」 の字じ、 書しょ生しょうの誤あやまりか。 よろしく 「七しち」 といふべきなり。

-「▲至我ト」等者、下ニ所ノ↠被ルヽ↠引¬末法灯明記¼両説ノ内¬*周異記ノ¼意。仏涅槃ノ後至マデ↢我ガ延暦二十年辛巳ニ↡、一千七百五十歳也。就1295テ↠之ニ勘ルニ↠之ヲ、自↢同二十一年壬午↡至ルマデ↢于元仁元年甲申ニ↡、四百二十三箇年也。仍テ仏涅槃、至マデ↢件ノ甲*午ニ↡二千一百七十三年ナリ。而ニ云フ↢「八十ト」↡。其ノ「八ノ」之字、書生ノ誤歟。宜クキ↠云↠「七ト」也。

「已以いい」 とらは、 しばらく正しょう法ぼう五ご百ひゃく年ねんの説せつによる。 もしこの説せつによらば、 欽明きんめい天皇てんのう治ち十じゅう五ご年ねん、 貴き楽らく二に年ねん壬みずのえ申さるの暦れき、 始はじめて末法まっぽうに入いる。 その壬みずのえの申さるよりこの元仁げんにん元年がんねん甲きのえ申さるに至いたるまで、 六ろっ百ぴゃく七しち十じゅう三さん箇か年ねんなり。

-「▲已以」等者、且ク依ル↢正法五百年ノ説ニ↡。若シ依ラバ↢此ノ説ニ↡、欽明天皇治十五年、貴楽二年壬申ノ之暦、始テ入ル↢末法ニ↡。自↢其ノ壬ノ申↡至マデ↢此ノ元仁元年甲申ニ↡、六百七十三箇年也。

しかるに 「八はち十じゅう」 といふその 「八はち」 の字じ誤あやまりまた前さきに同おなじ、 よろしく 「七しち」 といふべし。 もし正しょう法ぼう千年せんねんの説せつによらば、 後ご冷泉れいぜい院いんの御ぎょ宇う、 永えい承しょう七年しちねん壬みずのえ辰たつ始はじめて末法まっぽうに入いる。 かの壬みずのえ辰たつよりこの元仁げんにん元年がんねん甲きのえ申さるに至いたるまで、 一いっ百ぴゃく七しち十じゅう三さん箇か年ねんなり。 次ついでをもつてこれを検かんがふるに、 かの元仁げんにん甲きのえ申さるの翌年よくねん、 嘉か禄ろく元年がんねん乙きのと酉のとりの暦れきよりいま延文えんぶん五ご年ねん庚かのえ子ねに至いたるまで、 一いっ百ぴゃく三さん十じゅう六ろっ箇か年ねんなり。 ゆゑに仏ぶつ涅ね槃はん当年とうねん庚かのえ子ねに迄いたるまで、 二に千せん三さん百ぎゃく九く箇か年ねんなり。

-而ニ云フ↢「八十ト」↡其ノ「八ノ」之字誤又同↠前ニ、宜クシ↠云↠「七」也。若シ依ラ↢正法千年ノ説ニ↡者、後冷泉院ノ御宇、永承七年壬辰始テ入ル↢末法ニ↡。自リ↢彼ノ壬辰↡至マデ↢此ノ元仁元年甲申ニ↡、一百七十三箇年也。以テ↠次ヲ検ルニ↠之ヲ、自↢彼ノ元仁甲申ノ翌年、嘉禄元年乙酉之暦↡今至マデ↢延文五年庚子ニ↡、一百三十六箇年也。故ニ仏涅槃迄イタルマデ↢于当年庚子↡、二千三百九箇年也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『末法燈明記』文

【70】「披ひ閲えつ」 とらは、 これより以下いげ当巻とうかんの終おわりに至いたるまでは、 ただし六ろくの本ほんなり ことごとくこれ ¬末法まっぽう灯とう明みょう記き¼ の文もんなり。

「▲披閲ト」等者、自↠此已下至マデハ↢当巻ノ終ニ↡、 但六本也 悉ク是 レ¬末法灯明記ノ¼文ナリ。

作者さくしゃ最さい澄ちょう、 謚し号ごう伝でん教ぎょう、 山さん家けの大だい師し。 本書ほんしょの位い署しょにすなはち 「伝でん教ぎょう大だい師しの作さく集しゅう」 といふ。 これすなはち後のちの人ひとこれを安あんずるところなり。 この書しょはこれ仏法ぶっぽう・王法おうぼう治化ちけの理りを演のべ、 すなはち真諦しんたい・俗諦ぞくたい相そう依えの義ぎを明あかす。 また正しょう像ぞう末まつの三さん時じ異ことなるがゆゑに機きに利り鈍どんあり。 ゆゑに一法いっぽうにおいてみな讃さん毀きあり、 たがひに取捨しゅしゃあり。 かくのごとき事じ等とうつぶさにもつてこれを明あかす。 一々いちいちの文言もんごんつぶさに解げするにあたはず。 引用いんようの意こころは、 この ¬記き¼ の意こころ、 能修のうしゅの機き所学しょがくの教きょう、 機き教きょうあひ順じゅんじて益やくを獲うべきがゆゑに、 つぶさに末まっ世せ五ご濁じょくの衆しゅ生じょう、 無む戒かい・放逸ほういつにして修しゅ行ぎょう立たちがたきことを明あかす。 ゆゑに引ひきて浄教じょうきょうの修しゅ行ぎょうをあひ勧すすめて、 ひとへにひとたび仏ぶつ名みょうを称しょうしひとたび信しんを生しょうずる者もの、 所しょ作さの功く徳どくつひに虚むなしからざることを知しらしめんと欲ほっするなり。

-作者最澄、謚号伝教、山家ノ大師。本書ノ位*署ニ即云フ↢「伝教大師ノ作集ト」↡。是則後ノ人所↠安ズル↠之ヲ也。此ノ書ハ是 レ演ベ↢仏法・王法治化ノ之理ヲ↡、乃チ明ス↢真諦・俗諦相依ノ之義ヲ↡。又正像末ノ三時異ナルガ故ニ機ニ有↢利鈍↡。故ニ於テ↢一法ニ↡皆有リ↢讃毀↡、互ニ有リ↢取捨1296↡。如キ↠此ノ事等具ニ以テ明ス↠之ヲ。一々ノ文言不↠能↢具ニ解スルニ↡。引用ノ意者、此ノ¬記ノ¼之意、能修ノ之機所学ノ之教、機教相順シテ可ガ↠獲↠益ヲ故ニ、具ニ明ス↢末世五濁ノ衆生、无戒・放逸ニシテ修行難コトヲ↟立。故ニ引テ相↢勧メテ浄教ノ修行ヲ↡、偏ニ欲スル↠令ント↠知ラ↧一タビ称シ↢仏名ヲ↡一タビ生ズル↠信ヲ者、所作ノ功徳終ニ不コトヲ↞虚カラ也。

「於お中ちゅう」 とらは三段さんだんの総そう標ひょう、 「初決しょけつ」 以下いげはその別べっ釈しゃくなり。

-「▲於中ト」等者三段ノ総標、「▲初決」已下ハ其ノ別釈也。

【71】「大だい乗じょう基き」 は、 法相ほっそうの祖師そし慈じ恩おん大だい師し窺基ききこれなり。 「賢劫げんごう経きょう」 とは、 旧もと ¬賢劫げんごう三昧ざんまい経きょう¼ といふ。 十じゅう三巻さんかんあり、 あるいは十巻じっかんとなす、 法ほう護ごこれを訳やくす。 正しょう像ぞうの法ほうの時じ節せつの延促えんそくにおいて多おおくの説せつありといへども、 常つねに二に説せつを存ぞんず。 一いちには正しょう法ぼう・像法ぞうぼうおのおの一千いっせん年ねん、 二にには正しょう法ぼう五ご百ひゃく・像法ぞうぼう千年せんねんなり。 ゆゑに正しょう法ぼうの時ときこれ異い説せつなり。 しかるに基師きしの意こころ、 いま正しょう法ぼう五ご百ひゃくの説せつによりて ¬賢劫げんごう経きょう¼ を引ひきてこの義ぎを成じょうずるなり。

「▲大乗基」者、法相ノ祖師慈恩大師窺基是也。「▲賢劫経ト」者、旧云↢¬賢劫三昧経ト¼↡也。有リ↢十三巻↡、或ハ為ス↢十巻ト↡、法護訳ス↠之ヲ。於テ↢正像ノ法ノ時節ノ延促ニ↡雖ヘ↠有ト↢多ノ説↡、常ニ存ズ↢二説ヲ↡。一ニハ正法・像法各一千年、二ニハ正法五百・像法千年ナリ。故ニ正法ノ時是 レ異説也。而ニ基師ノ意、今依テ↢正法五百ノ之説ニ↡引テ↢¬賢劫経ヲ¼↡成ズル↢此ノ義ヲ↡也。

「此し千せん五ご百ひゃく年ねん」 とは、 ¬本書ほんしょ¼ 「年ねん」 の字じの下しもにおいて 「後ご」 の一いち字じあり、 異い本ほんあるか。 かの字じある本ほんもつとも理りに叶かなふか。

-「▲此千五百年ト」者、¬本書¼於テ↢「年ノ」字ノ*下ニ↡有リ↢「後ノ」一字↡、有↢異本↡歟。有ル↢彼ノ字↡本尤叶↠理歟。

「准じゅん余よ」 とらは、 ¬賢劫げんごう経きょう¼ の外ほか余よ経きょうの説せつを指さす。 これ諸説しょせつによらば正しょう法ぼう千年せんねんを満足まんぞくすべしといへども、 女人にょにんの出しゅっ家け得とく度どを許ゆるすによりてその半分はんぶんを減げんず。 ここに千年せんねんの義ぎには尼あま八はっ敬きょうを修しゅするをもつて減げんぜずといふ。 しかるにいま 「尼に不ふ順じゅん」 とらいふは、 もし八はっ敬きょうを修しゅせば減げんずべからずといへども修しゅせざるがゆゑに更きょう増ぞうせずといふなり。 「不依ふえ彼ひ」 とは、 いふこころはこれ八はっ敬きょうによらざらくのみ。

-「▲准余ト」等者、¬賢劫経ノ¼外指ス↢余経ノ説ヲ↡。是 レ依ラバ↢諸説ニ↡雖↠可↣満↢足ス正法千年ヲ↡、依テ↠許ニ↢女人ノ出家得度ヲ↡減ズ↢其ノ半分ヲ↡。爰ニ千年ノ義ニハ云フ↧尼以テ↠修スルヲ↢八敬ヲ↡不ト↞減ゼ。而ニ今言↢「▲尼不順ト」等↡者、若シ修セバ↢八敬ヲ↡雖↠不ト↠可↠減ズ云フ↣不ガ↠修セ故ニ不ズト↢更ニ増セ↡也。「▲不依彼ト」者、言ハ是 レ不ラク↠依↢八敬ニ↡而已。

「八はっ敬きょう」 といふは ¬律りつの名みょう句く¼ (巻中) にいはく、 「一いちには百ひゃく歳さいの尼あま初しょ夏かの比丘びくの足あしを礼らいす。 二にには比丘びくを罵め謗ほうすることを得えず。 三さんには比丘びくの罪つみを挙あげてその過か失しつを説とくことを得えず。 四しには僧そうに従したがひて受戒じゅかいす。 五ごには僧そうに従したがひて出しゅつ罪ざいす。 六ろくには半月はんがつ教きょう授じゅを求もとむ。 七しちには僧そうによりて安あん居ごす。 八はちには僧そうによりて自恣じしす。」 以上

-言↢「▲八敬ト」↡者¬律ノ名句1297ニ¼云、「一ニハ百歳ノ尼礼ス↢初夏ノ比丘ノ足ヲ↡。二ニハ不↠得↣罵↢謗スルコトヲ比丘ヲ↡。三ニハ不↠得↧挙テ↢比丘ノ罪ヲ↡説コトヲ↦其ノ過失ヲ↥。四ニハ従テ↠僧ニ受戒ス。五ニハ従テ↠僧ニ出罪ス。六ニハ半月求ム↢教授ヲ↡。七ニハ依テ↠僧ニ安居ス。八ニハ依テ↠僧ニ自恣ス。」 已上

また ¬涅ね槃はん¼ を引ひきて末法まっぽうの中なかに法ほうを持たもちて滅めっせざることは菩ぼ薩さつの堪たゆるところ凡ぼん愚ぐに関あずからざることを証しょうす。 このゆゑにいま 「上じょう位いによる」 とらいふ。 「亦やく不ふ同どう」 とは、 「同どう」 の字じこれまた異い本ほん 「用よう」 となす。 「同どう」 の字じ 「用よう」 の字じおのおの一いち途ずあり。 もし 「同どう」 の字じによらばこれ菩ぼ薩さつと凡ぼん夫ぶと同おなじからずといふ、 もし 「用よう」 の字じによらば凡ぼん夫ぶに被かぶらしめず、 いふこころは凡ぼん愚ぐの輩やからさらにかの上じょう位いの菩ぼ薩さつの法ほうを持たもつことを慣なれざる意こころなり。

-又引テ↢▲¬涅槃ヲ¼↡証ス↢末法ノ中ニ持テ↠法ヲ不コトハ↠滅セ菩薩ノ所↠堪ル不コトヲ↟関↢凡愚ニ↡。是ノ故ニ今云↧「▲拠ルト↢上位ニ↡」等↥。「▲亦不同ト」者、「同ノ」字是又異本為ス↠「用ト」。「同ノ」字「用ノ」字各有リ↢一途↡。若シ依ラバ↢「同ノ」字ニ↡是 レ云↢菩薩ト凡夫ト不ト↟同、若シ依ラバ↢「用ノ」字ニ↡不↠被シメ↢凡夫ニ↡、言ハ凡愚ノ輩更ニ不↠慣↢彼ノ上位ノ菩薩ノ持コトヲ↟法ヲ意也。

次つぎに千せん五ご百ひゃく年ねんの問答もんどうの答こたえの中なかに、 「大だい迦か葉しょう等とう七賢しちげん」 とらは、

-次ニ▲千*五百年ノ問答ノ々ノ中ニ、「▲大迦葉等七賢ト」等者、

問とふ。 附ふ法蔵ほうぞうを案あんずるに、 馬め鳴みょう以い前ぜんにその十じゅう人にんあり。 いはく大だい迦か葉しょう・阿あ難なん尊者そんじゃ・商しょう那な和わ修しゅ・優婆うば鞠きく多たならびに提だい多迦たか、 弥み遮しゃ迦か・仏ぶっ陀だ難提なんだい・仏ぶっ陀だ密みっ多たと、 脇きょう比丘びくおよび富那ふな奢しゃ比丘びくとこれなり。 いかんぞいひて 「七しち賢けん聖じょう」 とするや。

-問。案ズルニ↢附法蔵ヲ↡、馬鳴以前ニ有リ↢其ノ十人↡。謂ク大迦葉・阿難尊者・商那和修・優婆鞠多ニ提多迦、与↢弥遮迦・仏陀難提・仏陀密多↡、与↢脇比丘及ビ富那奢比丘↡是也。云何ゾ言テ為↢「七賢聖ト」↡乎。

答こたふ。 その数かずまことにしかなり。 いま試こころみにこれを推すいするに、 これ七人しちにんの賢けん聖じょうといふにはあらざるべし。 けだしその位くらいを顕あらわして七賢しちけん七しち聖しょうに登のぼる人ひとといふか。

-答。其ノ数誠ニ爾ナリ。今試ニ推スルニ↠之、是応シ↠非ザル↠云ニハ↢七人ノ賢聖ト↡。蓋シ顕シテ↢其ノ位ヲ↡云↧登ル↢七賢七聖ニ↡人ト↥歟。

「至し六ろっ百ぴゃく年ねん九く十じゅう」 とらは、 馬め鳴みょう菩ぼ薩さつは附ふ法蔵ほうぞうの中なかには第だい十じゅう一代いちだいの祖師そしなり。 すなはち富那ふな奢しゃ比丘びくの弟子でし。 いま ¬摩訶まか摩耶まや経きょう¼ の意こころによるに、 かの ¬経きょう¼ (摩訶摩耶経巻下意) に説ときていはく、 「如来にょらい滅めつ後ご六ろっ百ぴゃく歳さいをはりて、 九く十じゅう六種ろくしゅ 六種ろくしゅ五ご種しゅこれ異い説せつなり もろもろの外げ道どう等とう、 邪見じゃけん競きおひ起おこりて仏法ぶっぽうを毀き滅めつするに、 一いちの比丘びくあり、 名なづけて馬め鳴みょうといふ。 善よく法要ほうようを説ときて一切いっさいのもろもろの外げ道どうの輩やからを降伏ごうぶくす。」 以上

-「▲至六百年九十ト」等者、馬鳴菩薩ハ附法蔵ノ中ニハ第十一代ノ之祖師也。即富那奢比丘ノ弟子。今依ルニ↢¬摩訶摩耶経ノ¼意ニ↡、彼ノ¬経ニ¼説テ云、「如来滅後六百歳已テ、九十六種 六種五種是異説也 諸ノ外道等、邪見競ヒ起テ毀↢滅スルニ仏法ヲ↡、有リ↢一ノ比丘↡、名テ曰フ↢馬鳴ト↡。善ク説テ↢法要ヲ↡降↢伏ス一切ノ諸ノ外道1298ノ輩ヲ↡。」 已上

「七しち百ひゃく年ねん中ちゅうに龍りゅう樹じゅ」 とらは、 龍りゅう樹じゅはまたこれ附ふ法蔵ほうぞうの中なかの比羅ひら比丘びくの弟子でし第だい十じゅう三代さんだいの祖師そしなり。 また同おなじき ¬経¼ (摩訶摩耶経巻下意) にいはく、 「如来にょらい滅めつ後ご七しち百ひゃく歳さいをはりて、 一いちの比丘びくあり、 名なづけて龍りゅう樹じゅといふ。 善よく法要ほうようを説ときて邪見じゃけんの憧どうを滅めっし、 正しょう法ぼうの炬かがりびを燃ともさん。」 以上

-「▲七百年中ニ龍樹ト」等者、龍樹ハ又是 レ附法蔵ノ中ノ比羅比丘ノ弟子第十三代ノ祖師ナリ。亦同キ¬経ニ¼云、「如来滅後七百歳已テ、有リ↢一ノ比丘↡、名テ曰フ↢龍樹ト↡。善ク説テ↢法要ヲ↡滅シ↢邪見ノ憧ヲ↡、燃トモサン↢正法ノ炬ヲ↡。」 已上

「一千いっせん年ねん中ちゅう開かい不ふ」 とらは、 智ち者しゃ不ふ浄じょう観かんの意こころを説とくといへども、 多た欲よくの人ひと愛あい境きょうに着じゃくするがゆゑに信受しんじゅにあたはず、 還かえりて瞋しんを起おこす。 ただし 「開かい」 と 「聞もん」 とその異い本ほんあり。 「開かい」 は能のう化けのこの観かんを教おしふる意こころによる開演かいえんの義ぎなり。 「聞もん」 は所しょ化けに約やくす、 聴ちょう聞もんの意こころなり。

-「▲一千年中開不ト」等者、智者雖↠説ト↢不浄観ノ意ヲ↡、多欲ノ之人着スルガ↢愛境ニ↡故ニ不↠能↢信受ニ↡、還テ起ス↠瞋ヲ也。但シ「開ト」与 ト ↠「聞」有リ↢其ノ異本↡。「開ハ」拠ル↧能化ノ教フル↢此ノ観ヲ↡意ニ↥開演ノ義也。「聞ハ」約ス↢所化ニ↡、聴聞ノ意也。

「ここにいはく千せん五ご百ひゃく年ねん」 とらは、 本書ほんしょの中なかに 「爰曰えんわつ」 の字じなし、 異い本ほんあるか。 「拘く睒せん弥み」 とは、 第だい二にの字じあるいは 「睒せん」 あるいは 「𦖠せん」、 本ほんに異いあるか。 「睒せん」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「式しき冉ぜんの切せつ、 しばらく視みる貌かおばせ。」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「失染しつぜんの切せつ、 しばらく見みる。」 以上 「𦖠せん」 字じにおいてはいまだこれを勘見かんけんせず。 またこの国くにの名な俗ぞくに陜きょうの音おんを用もちゐる。 かたがた睒せんの字じをもつて正しょうとすべきか。

-「▲爰曰ク千五百年ト」等者、本書ノ之中ニ无シ↢「爰曰ノ」字↡、有↢異本↡歟。「▲拘睒弥ト」者、第二之字或ハ「睒」或ハ「𦖠」、本ニ有↠異歟。「睒」¬玉篇¼云、「式*冉切、暫視ル貌。」¬広韻ニ¼云ク、「失染切、暫見。」 已上 於↢「𦖠」字ニ↡者未ダ↣勘↢見之ヲ↡。又此ノ国ノ名俗ニ用ヰル↢陜ノ音ヲ↡。旁以テ↢「睒ノ」字ヲ↡可↠為↠正ト乎。

次つぎに ¬大集だいじっ経きょう¼ の第だい五ご十じゅう一いち。 ¬安楽あんらく集しゅう¼ に末法まっぽうの時じ中ちゅうに聖しょう道どうの証しょうしがたきことを判はんずるに、 この経きょう文もんによる。 末法まっぽうの時ときにおいて戒かい定じょう慧えの三学さんがくなきがゆゑなり。

-次ニ▲¬大集経ノ¼第五十一。▲¬安楽集ニ¼判ズルニ↢末法ノ時中ニ聖道ノ難コトヲ↟証シ、依ル↢此ノ経文ニ↡。於テ↢末法ノ時ニ↡无ガ↢戒定恵ノ三学↡故也。

「基き般若はんにゃ会え釈しゃく云うん」 とらは、

-「▲基般若会釈云ト」等者、

問とふ。 ▲上かみにこの文もんを出いだす重じゅう累るいいかん。

-問。上ニ出ス↢此ノ文ヲ↡重累如何。

答こたふ。 上かみに正しょう法ぼう・像法ぞうぼうの時じ分ぶんを定さだめ、 かねて末法まっぽうの時じ代だいをいはざることを示しめす。 いまは前さきに末法まっぽうの時じ分ぶんをいはざることは法ほうの滅尽めつじんに約やくす。 ただし法滅ほうめっすといへども末法まっぽうなきにあらず。 この義ぎを顕あらわさんがために重かさねてこれを引用いんようす、 所引しょいん異いなるがゆゑにその過とがなし。 上しょう人にんこの ¬鈔しょう¼ に再用さいようを痛いたまず、 よろしく準じゅん拠きょとすべし。

-答。上ニ定メ↢正法・像法ノ時分ヲ↡、兼テ示ス↠不コトヲ↠言↢末法ノ時代ヲ↡。今ハ前ニ不コトハ↠言↢末法ノ時分ヲ↡約ス↢法ノ滅尽ニ↡。但シ雖↢法滅スト↡非ズ↠無ニ↢末法↡。為ニ↠顕サンガ↢此ノ義ヲ↡重テ引↢用ス之ヲ↡、所引異ナルガ故ニ無↢其ノ過↡也。上人此ノ¬鈔ニ¼不↠痛↢再用ヲ↡、宜クシ↠為↢准拠ト↡。

次つぎの問答もんどうの中なかに仏滅ぶつめつの時じ代だいに両りょう説せつを挙あぐる中なかにいづれを用もちゐるべきや。

-次ノ▲問答ノ中ニ仏滅ノ時代ニ挙ル↢両説ヲ↡中ニ可↠用↠何ヲ耶1299。

答こたふ。 ただ両りょう説せつを挙あげて殿最でんさいを判はんぜず。 いかんが是ぜいかんが非ひ、 たやすく用捨ようしゃしがたし。 ただわが聖しょう人にん ¬周しゅう異い記き¼ による。 上かみに如来にょらい涅ね槃はんの時じ代だいをいふに、 周しゅうの第だい五ごの主しゅ穆王ぼくおう壬みずのえ申さるわが元仁げんにんに至いたるまで、 その年ねん記きを勘かんがふるにすでに二に千せん百ひゃく余よと結けっするゆゑなり。 はたまたただ聖しょう人にんこれを用もちゐたまふのみにあらず、 常じょう途ずの所用しょよう大たい略りゃくまた同おなじ。

-答。只挙テ↢両説ヲ↡不↠判ゼ↢殿最ヲ↡。何ガ是何ガ非、難シ↢輒ク用捨シ↡。但我ガ聖人依ル↢¬周異記ニ¼↡。上ニ云ニ↢如来涅槃ノ時代ヲ↡、周ノ第五ノ主穆王壬申至マデ↢我ガ元仁ニ↡、勘ルニ↢其ノ年記ヲ↡既ニ結スル↢二千百余ト↡故也。将又匪ズ↢啻聖人用タマフノミニ↟之ヲ、常途ノ所用大略亦同ジ。

次つぎに ¬大だい集じゅう¼ の文もん。

-次ニ▲¬大集ノ¼文。

問とふ。 この文もんにただ 「仏ぶつ涅ね槃はんの後のち」 といひて時じ分ぶんを指ささず。 なんぞ末法まっぽう無む戒かいの義ぎを証しょうするや。

-問。此ノ文ニ唯云テ↢「仏涅槃ノ後ト」↡不↠指↢時分ヲ↡。何ゾ証スル↢末法無戒ノ義ヲ↡耶。

答こたふ。 文段もんだんの前ぜん後ごいまだ広ひろくこれを撿かんがへず。 山さん家げの高覧こうらん疑うたがいを成じょうずべからず、 さだめて末法まっぽうにおいてこの義ぎを説とくか。 ただ所引しょいんの文もんつぶさならざらくのみ。

-答。文段ノ前後未 ズ ダ↢広ク撿ヘ↟之ヲ。山家ノ高覧不↠可↠成ズ↠疑ヲ、定テ於テ↢末法ニ↡説ク↢此ノ義ヲ↡歟。只所引ノ文不ザラク↠具サナラ而已。

【72】次つぎに問答もんどうの下しも 「次つぎに破持はじ僧そうの事じを定さだむ」 といふ文段もんだんに当あたるか。

次ニ▲問答ノ下当ル↧云↣「▲次ニ定ムト↢破持僧ノ事ヲ↡」之文段ニ↥歟。

当段とうだんの中なか、 問答もんどうに四しあり、 いまは初しょ重じゅうなり。 この問といの意こころのいはく、 仏ぶっ教きょうは破は戒かいを聴ゆるさず、 いはんや無む戒かいをや。 しかるに末法まっぽう無む戒かいの義ぎを立りゅうせば、 今こん時じの僧侶そうりょすでに世せ宝ほうにあらず、 供くを受うくるに足たらず。 なんぞ過とがを表ひょうするやとなり。

-当段ノ之中、問答ニ有リ↠四、今ハ初重也。此ノ問ノ意ノ云、仏教ハ不↠聴サ↢破戒ヲ↡、況ヤ无戒ヲヤ哉。而ニ立セ↢末法无戒ノ義ヲ↡者、今時ノ僧侶既ニ非ズ↢世宝ニ↡、不↠足↠受ルニ↠供ヲ。何ゾ表スルヤト↠過ヲ也。

「豈がい無む」 とらは譬たとえをもつてこれを責せむ。 他た瘡きずを加くわへざるにあにみづからこれを傷いたまんや。 いふこころは益やくなしとなり。 いま本書ほんしょを見みるに 「豈がい」 と 「無む」 との中なかに 「非ひ」 の一いち字じあり。 本ほんに異いあるか。 この字じあるに対たいしてその意こころ得えやすし。 ただしこれなしといへども、 その文点もんてんを読よむに違いするところなきか。

-「▲豈无ト」等者以テ↠譬ヲ責ム↠之ヲ。他不ルニ↠加↠瘡疵ヲ豈自ミ 傷マンヤ↠之ヲ。言ハ无ト↠益也。今見ニ↢本書ヲ↡「豈ト」与 トノ↢「无」↡中ニ有リ↢「非ノ」一字↡。本ニ有↠異歟。対シテ↠有ニ↢此ノ字↡其ノ意易シ↠得。但シ雖↠无ト↠之、読ニ↢其ノ文点ヲ↡无↠所↠違スル歟。

答こたえの意い趣しゅは、 三さん時じの行ぎょう事じ経きょう説せつわたくしなし、 みだりに邪活じゃかつを存ぞんじてあに正しょう理りを枉まげんや。 ただし世供せぐを受うくるさらに虚こ受じゅにあらず。 末法まっぽうの中なかには名みょう字じの比丘びく世せ宝ほうたるがゆゑに痛いたむべきにあらずとなり。

-▲答ノ意趣者、三時ノ行事経説无シ↠私、妄ニ存ジテ↢邪活ヲ↡豈枉ケンヤ↢正理ヲ↡。但シ受ル↢世供ヲ↡更ニ非ズ↢虚受ニ↡。末法ノ之中ニハ名字ノ比丘為タルガ↢世宝↡故ニ非ズト↠可ニ↠痛ム也。

第だい二に重じゅうの問といは、 前さきの答こたえに末法まっぽうの比丘びく名みょう字じを上じょうとなすといふに就つきてその説せつを問とふ。 これによりてその答こたえに ¬大集だいじっ経きょう¼ の第だい九く巻かんの文もんを出いだす。 文もんの意こころ見みつべし。

-▲第二重ノ問ハ、就テ↠云ニ↢前ノ答ニ末法ノ比丘名字ヲ為スト↟上ト問↢其ノ説ヲ↡也。依テ↠之ニ其ノ▲答ニ出ス↢¬大集経ノ¼第九巻ノ文ヲ↡。文1300ノ意可シ↠見ツ。

第三だいさん重じゅうの問といは、 ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ に破は戒かいの僧そうを供くして現当げんとうの益やくを失うしなふことを明あかす、 いはんや無む戒かいをや。 また ¬大だい集じゅう¼ を引ひきて名みょう字じの比丘びくを尊とうとむべきことを証しょうすといへども、 同おなじき ¬経きょう¼ の中なかにまた ¬涅ね槃はん¼ にあひ同おなじき説せつあり。 よりて一仏いちぶつの所説しょせつの中なかに讃さん毀き異ことなることを問とふ。

-▲第三重ノ問ハ、¬涅槃経ニ¼明ス↧供シテ↢破戒ノ僧ヲ↡失コトヲ↦現当ノ益ヲ↥、況ヤ无戒ヲヤ乎。又引テ↢¬大集ヲ¼↡雖↠証スト↠可コトヲ↠尊ム↢名字ノ比丘ヲ↡、同キ¬経ノ¼之中ニ又有リ↧相↢同ジキ¬涅槃ニ¼↡之説↥。仍テ問↢一仏ノ所説ノ之中ニ讃毀異ナルコトヲ↡也。

答こたえの意い趣しゅは、 制せい許こ時ときに随したがふ。 破は戒かいを制せいするは正しょう法ぼうの時ときに約やくし、 名みょう字じを許ゆるすはこれ像法ぞうぼうおよび末法まっぽうに約やくす。

-▲答ノ意趣者、制許随フ↠時ニ。制スル↢破戒ヲ↡者約シ↢正法ノ時ニ↡、許ス↢名字ヲ↡者是 レ約ス↢像法及ビ末法ニ↡也。

第だい四し重じゅうの問といは、 前さきの所しょ立りゅうに就つきてその拠よりどころを問とふ。

-▲第四重ノ問ハ、就テ↢前ノ所立ニ↡問↢其ノ拠ヲ↡也。

答こたえの中なかに証しょうを出いだすに重々じゅうじゅうの義ぎにおいてその十じゅう三さんあり。

-▲答ノ中ニ出スニ↠証ヲ於テ↢重々ノ義ニ↡有リ↢其ノ十三↡。

一いちには▲以い前ぜんに引ひくところの ¬大集だいじっ経きょう¼ の説せつをすなはちまづ証しょうとなす。

-一ニハ▲以前ニ所ノ↠引ク¬大集経ノ¼説ヲ即先ヅ為ス↠証ト。

二にには ▲¬涅ね槃はん¼ の第三だいさん、 この文もんの中なかに略りゃくするところ三さんあり。 初はじめに 「丘尼びく」 の下しも 「有破うは」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは二に行ぎょう余よあり。 その欠文けつもんにいはく、 「優婆うば塞そく・優婆うば夷いこのもろもろの国王こくおう・大臣だいじんおよび四部しぶの衆しゅう、 まさにもろもろの学人がくにん等とうを勧励かんれいして、 上かみの定じょう・戒かい・智慧ちえを増ぞう長じょうすることを得えしむべし。 もしこの三品さんぼんの法ほうを学がくせざることあらば懈け怠だいなり。」 以上

-二ニハ¬涅槃ノ¼第三、此ノ文ノ之中ニ所↠略スル有↠三。初ニ「丘尼」下「有破ノ」之上ニ言↢「▲乃至ト」↡者有リ↢二行余↡。其ノ闕文ニ云、「優婆塞・優婆夷是ノ諸ノ国王・大臣及ビ四部ノ衆、応シ↧当ニ勧↢励シテ諸ノ学人等ヲ↡、令シム↞得↣増↢長スルコトヲ上ノ定・戒・智恵ヲ↡。若シ有バ↠不コト↠学セ↢是ノ三品ノ法ヲ↡懈*怠ナリ。」 已上

次つぎに 「功く徳どく」 の下しも 「是我ぜが」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは一いち行ぎょう余よあり。 その欠文けつもんにいはく、 「まさに小しょう罪ざいあることなかるべし、 わが涅ね槃はんの後のちその方面ほうめんに持じ戒かいの比丘びくありて正しょう法ぼうを護持ごじせん。 壊え法ほうの者ものを見みてはすなはちよく駆く遣けんし呵か責しゃくし恋れん治ちせよ。」 以上

-次ニ「功徳ノ」下「是我ノ」之上ニ言↢「▲乃至ト」↡者有リ↢一行余↡。其ノ闕文ニ云ク、「当ニシ↠无カル↠有コト↢小罪↡、我ガ涅槃ノ後其ノ方面ニ有テ↢持戒ノ比丘↡護↢持セン正法ヲ↡。見テハ↢壊法ノ者ヲ↡即能ク駆遣シ呵*責シ恋治セヨ。」 已上

後のちに 「無む量りょう」 の下しも 「如にょ是ぜ」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは除のぞくところの文言もんごんに六ろく行ぎょう余よあり。 その中なかに前さきの ¬涅ね槃はん¼ の文もんの残のこり一いち行ぎょう余よ。

-後ニ「無量ノ」下「如是ノ」之上ニ言↢「▲乃至ト」↡者所ノ↠除ク文言ニ有リ↢六行余↡。其ノ中ニ前ノ¬涅槃ノ¼文ノ残一行余。

三さんに ¬大集だいじっ経きょう¼ の文もん第だい二に十じゅう八はち、 一いち行ぎょう有余うよ。

-三ニ▲¬大集経ノ¼文第二十八、一行有余。、

四しに同おなじき三さん十じゅう八はち、 二に行ぎょう有余うよ。 彼此ひしの文もんにいはく、 「もしは善ぜん比丘びく法ほうを壊えする者ものを見みて、 置おきて嘖せむべからず。 まさに知しるべし、 この人ひとは仏法ぶっぽうの中なかの怨あだなり。 また ¬大集だいじっ経きょう¼ の二に十じゅう八はちにいはく、 もし国王こくおうありてわが法ほうの滅めっせんを見みて捨すてて擁よう護ごせずは、 無む量りょう世せにおいて修しゅする施せと戒かいと慧えとことごとくみな滅失めっしつして、 その国くにの内うちに三種さんしゅの不ふ祥しょうの事じを出いだし、 乃ない至し命終みょうじゅうして地じ獄ごくに生しょうぜん。 また同おなじき ¬経きょう¼ の三さん十じゅう一いちにいはく、 仏ぶつののたまはく、 大王だいおうなんぞ如法にょほうの比丘びく一人いちにんを守しゅ護ごして無む量りょうのもろもろの悪あく比丘びくを護まもらじ。 いまわれただ二に人にんの賞しょう護ごを聴ゆるす。 一いちには羅ら漢かん八はち解げ脱だつを具ぐする、 二にには須しゅ陀だ洹おん人にんなり。」 以上

-四ニ▲同キ三十八、二行有余。彼此ノ文ニ云ク、「若ハ善比丘見テ↢壊スル↠法ヲ者ヲ↡、置テ不↠可↠嘖。当↠知、是ノ人ハ仏法ノ中ノ怨ナリ。又¬大集経ノ¼二十八ニ云ク、若シ有テ↢国王1301↡見テ↢我ガ法ノ滅センヲ↡捨テヽ不ズハ↢擁護セ↡、於テ↢无量世ニ↡修スル施ト戒ト恵ト悉ク皆滅失シテ、其ノ国ノ内ニ出シ↢三種ノ不祥ノ事ヲ↡、乃至命終シテ生ゼン↢地獄ニ↡。又同キ¬経ノ¼三十一ニ云、仏ノ言、大王寧守↢護シテ如法ノ比丘一人ヲ↡不ジ↠護↢无量ノ諸ノ悪比丘ヲ↡。今我唯聴ス↢二人ノ賞護ヲ↡。一ニハ羅漢ノ具スル↢八解脱ヲ↡、二ニハ須陀洹人ナリ。」 已上

五ごには ¬涅ね槃はん¼ の第七だいしち。

-五ニハ▲¬涅槃ノ¼第七。

この文もんの中なかに 「如にょ是ぜ」 の下しも 「聴ちょう諸しょ」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは、 略りゃくするところの文言もんごん三さん行ぎょう余よあり。 その欠文けつもんにいはく、 「須しゅ陀だ洹おんの身しんを化作けさし 本書ほんしょこの二字にじの上かみに如にょ是ぜの二字にじ見みえず 乃ない至し阿羅あら漢かんの身しんおよび仏ぶつの色身しきしんを化作けさし、 魔ま王おうこの有漏うろの形かたちをもつて無漏むろの身しんとなしてわが正しょう法ぼうを壊えせん。 これ魔波まは旬じゅんは正しょう法ぼうを壊えせんがためにまさにこの言ことばをなすべし。 仏ぶつ舎しゃ衛え国こく祇陀ぎだ精しょう舎じゃにましまして。」 以上

-此ノ文ノ之中ニ「如是ノ」之下「聴諸ノ」之上ニ言↢「▲乃至ト」↡者、所ノ↠略スル文言有リ↢三行余↡。其ノ闕文ニ云ク、「化↢作シ 本書此ノ二字ノ上ニ如是ノ二字不↠見 須陀洹ノ身ヲ↡乃至化↢作シ阿羅漢ノ身及ビ仏ノ色身ヲ↡、魔王以テ↢此ノ有漏ノ之形ヲ↡作テ↢无漏ノ身ト↡壊セン↢我ガ正法ヲ↡。是 レ魔波旬ハ為ニ↠壊センガ↢正法ヲ↡当ニシ↠作↢是ノ言ヲ↡。仏在テ↢舎衛国祇陀精舎ニ↡。」 已上

問とふ。 この ¬経きょう¼ を引ひきをはりて解げ釈しゃくの中なかに 「八はち不ふ浄じょう物もつ」 といふ、 何物なにものを指さすや。

-問。引キ↢此ノ¬経ヲ¼↡已テ解釈ノ中ニ云フ↢「▼八不浄物ト」↡、指ス↢何物ヲ↡乎。

答こたふ。 上かみの ¬経きょう¼ の中なかにいふところの 「奴婢ぬひ僕ぼく使し」 等とうか。 「奴婢ぬひ」 を一いちとなし、 「僕ぼく使し」 を一いちとなし、 「牛ご羊よう象ぞう馬め」 を分わかちて四しとなす。 「銅どう鉄てつ」 異いなりといへども 「釜ふ鑊かく」 を一いちとなし、 「大だい小しょう」 別べつなりといへども 「銅盤どうばん」 を一いちとなす。 合がっして八種はっしゅなり。

-答。上ノ¬経ノ¼之中ニ所ノ↠言フ「▲奴婢僕使」等歟。「奴婢ヲ」為シ↠一ト、「僕使ヲ」為シ↠一ト、「牛羊象馬ヲ」分テ而為ス↠四ト。「銅鉄」雖ヘ↠異ナリト「釜鑊ヲ」為シ↠一ト、「大小」雖ヘ↠別ナリト「銅盤ヲ」為ス↠一ト。合シテ八種也。

六ろくに同おなじき ¬経きょう¼ (北本如来性品意南本四依品意) の第六だいろく。

六ニ▲同キ¬経ノ¼第六。

ただ経名きょうみょうを挙あげて言ごん句くを載のせず。 その現文げんもんにいはく、 「仏ぶつ菩ぼ薩さつに告つげてのたまはく、 善ぜん男なん子し譬たとへば迦羅から林りんのごとし。 その樹じゅ衆しゅ多たにして閼あっ菓かいまし九く分ぶんあり。 この人ひと識しらずして齎もつて来きたり市いちに詣もうでて衒うる。 この林はやしの中なかにただ一樹いちじゅあり、 鎮ちん頭迦ずかと名なづく。 この迦羅から樹じゅ、 鎮ちん頭迦ずか樹じゅと二菓にか相そう似じして分別ふんべつすべからず。 その菓か熟じゅくする時とき一ひとりの女人にょにんありてことごとくみな拾ひろひ取とる。 鎮ちん頭迦ずか菓かは載のせてただ一いち分ぶんあり。 迦羅から迦かこれを売うるに凡ぼん愚ぐなる小しょう児にはまた別わかたざるがゆゑに、 迦羅から迦か菓かを買かひて噉くらひをはりて命終みょうじゅうす。 智ち人にんの輩ともがらありてこの事じを聞ききをはりてすなはち女人にょにんに問とう、 姉しいづれの処ところにおいてこの菓かを持とりて来きたれる。 この時ときに女人にょにんすなはち方所ほうしょを示しめす。 諸人しょにんすなはちいふ、 かくのごときの方所ほうしょに無む量りょうの迦羅から迦か樹じゅありてただ一根いっこんの鎮ちん頭迦ずか樹じゅあり。 諸人しょにんこれを知しりをはりて笑わらひて捨すて去さりぬ。 善ぜん男なん子し、 大衆だいしゅの中なかの八はち不ふ浄じょうの法ほうもまたかくのごとし。 この衆しゅの中なかにおいてかくのごときの八法はっぽうを受用じゅゆうすること多おおし。 ただ一人いちにん清浄しょうじょう持じ戒かいなるありてかくのごときの八はち不ふ浄じょうの法ほうを受うけず、 しかも諸人しょにん非ひ法ほうを受畜じゅちくすることを知しれり。 しかして同どう事じにしてあひ捨しゃ離りせざること、 かの林はやしの中なかの一いちの鎮ちん頭迦ずか樹じゅのごとし。」 以上

-但挙テ↢経名ヲ↡不↠載セ↢言句ヲ↡。▲其ノ現文ニ云、「仏告テ↢菩薩ニ↡言、善男子譬ヘバ如シ↢迦羅林ノ↡。其ノ樹衆多ニシテ閼菓乃シ有リ↢九分↡。是ノ人不シテ↠識シラ齎モテ来テ詣デヽ↠市ニ而衒ウル。是ノ林ノ中ニ唯有リ↢一樹↡、名ク↢鎮頭迦ト↡。是ノ迦羅樹与ト↢鎮頭迦樹↡二菓相似シテ不↠可↢分別ス↡。其ノ菓熟スル時有テ↢一ノ女人↡悉ク皆拾ヒ取ル。鎮頭迦菓ハ載唯1302有リ↢一分↡。迦羅迦売ルニ↠之ヲ凡愚ナル小児ハ復不ガ↠別タ故ニ、買テ↢迦羅迦菓ヲ↡噉ヒ已テ命終ス。有テ↢智人ノ輩↡聞↢是ノ事ヲ↡已テ即問フ↢女人ニ↡、姉於テ↢何ノ処ニ↡持トテ↢是ノ菓ヲ↡来レルゾ。是ノ時ニ女人即示ス↢方所ヲ↡。諸人即言フ、如ノ↠是ノ方所ニ有テ↢無量ノ迦羅迦樹↡唯一根ノ鎮頭迦樹アリ。諸人知リ↠之ヲ已テ笑テ而捨テ去ヌ。善男子、大衆ノ之中ノ八不浄ノ法モ亦復如シ↠是ノ。於テ↢是ノ衆ノ中ニ↡多シ↣受↢用スルコト如ノ↠是ノ八法ヲ↡。唯有テ↢一人清浄持戒ナル↡不↠受↢如ノ↠是ノ八不浄ノ法ヲ↡、而モ知レリ↣諸人受↢畜スルコトヲ非法ヲ↡。然而同事ニシテ不コト↢相 ヒ捨離セ↡、如シ↢彼ノ林ノ中ノ一ノ鎮頭迦樹ノ↡。」 已上

七しちに ¬十じゅう輪りん経ぎょう¼ の文もん、

-七ニ▲¬十輪経ノ¼文、

八はちにまた同おなじき ¬経きょう¼ の文もん、

-八ニ又▲同キ¬経ノ¼文、

九くに ¬大集だいじっ経きょう¼ の文もん第だい五ご十じゅう二に、

-九ニ▲¬大集経ノ¼文第五十二、

十じゅうに ¬賢げん愚ぐ経きょう¼ の文もん、

-十ニ▲¬賢愚経ノ¼文、

十じゅう一いちにまた同おなじき ¬経きょう¼ の文もん。

-十一ニ又▲同キ¬経ノ¼文。

この文もんの中なかに 「所印しょいん也や」 の下しもに 「乃ない至し」 といふは、 この経きょう文もんの残のこり三さん行ぎょう余よあり。 その終おわりの文もんにいはく、 「この人ひとなほよくもろもろの人天にんでんのために涅ね槃はんの道どうを示しめす。 この人ひとすなはちすでに三宝さんぽうの中なかにおいて心しんに敬きょう信しんを生しょうず、 一切いっさいの九く十じゅう五ご種しゅの外げ道どうに勝すぐれたり。 その人ひとかならずよくすみやかに涅ね槃はんに入いる、 一切いっさいの在ざい家けの俗人ぞくにんに勝すぐれたり。 ただし在ざい家け得忍とくにんの人ひとを除のぞく。 このゆゑに天人てんにんまさに供く養ようすべし。」 以上

-此ノ文ノ之中ニ「所印也ノ」下ニ言↢「▲乃至ト」↡者、此経文ノ残有リ↢三行余↡。其ノ終ノ文ニ云、「是ノ人猶能ク為ニ↢諸ノ人天ノ↡示ス↢涅槃ノ道ヲ↡。是ノ人便已ニ於テ↢三宝ノ中ニ↡心ニ生ズ↢敬信ヲ↡、勝タリ↢於一切ノ九十五種ノ外道ニ↡。其ノ人必ズ能ク速ニ入ル↢涅槃ニ↡、勝タリ↢於一切ノ在家ノ俗人ニ↡。唯シ除ク↢在家得忍ノ人ヲ↡。是ノ故ニ天人応シ↢当ニ供養ス↡。」 已上

次つぎに ¬大だい悲ひ経きょう¼ は十じゅう二に番ばんなり。 本書ほんしょ所引しょいんの経名きょうみょうの上かみに 「又う」 の一いち字じあり。

-次ニ▲¬大悲経ハ¼十二番也。本書所引ノ経名ノ之上ニ有リ↢「又ノ」一字↡。

この経きょう文もんの終おわり 「法界ほっかい故こ」 の下しもに 「乃ない至し」 といふは、 ¬維ゆい摩ま経きょう¼ の文もん十じゅう三番さんばんなり。 経名きょうみょう文言もんごん合がっして一いち行ぎょう余よ。 その現文げんもんにいはく、 「次つぎに ¬維ゆい摩ま経きょう¼ にいはく、 仏ぶつの十じゅう号ごうの中なかに初はじめの三号さんごうを聞きく、 仏ぶつもし広ひろく説とかば劫こうを経ふるとも尽つきじ。」 以上

-此ノ経文ノ終「法界故ノ」下ニ言↢「▲乃至ト」↡者、¬維摩経ノ¼文十三番也。経名文言合シテ一行余。其ノ現文ニ云、「次¬維摩経ニ¼云、仏ノ十号ノ中ニ聞ク↢初ノ三号ヲ↡、仏若シ広ク説カバ経トモ↠劫ヲ不ジ↠尽キ。」 已上

問とふ。 多おおくの文もんの中なかにこの経きょう文もんを除のぞく、 なんのゆゑかあるや。

-問1303。多ノ文ノ之中ニ除ク↢此ノ経文ヲ↡、有ル↢何ノ故カ↡乎。

答こたふ。 上かみの諸文しょもんは、 みな像末ぞうまつに名みょう字じの僧そうを貴たっとぶことを証しょうすること、 その義ぎ分ぶん明みょうなり。 ゆゑにつぶさにこれを引ひく。 いまは仏号ぶつごうを讃さんず、 その義ぎいささか異いなり。 ゆゑにしばらく略りゃくすらくのみ。

-答。上ノ諸文者、皆証スルコト↣像末ニ貴コトヲ↢名字ノ僧ヲ↡、其ノ義分明ナリ。故ニ具ニ引ク↠之ヲ。今ハ讃ズ↢仏号ヲ↡、其ノ義聊異ナリ。故ニ且ク略スラク耳。

問とふ。 この義ぎのごとくならば本書ほんしょになんぞ煩わずらはしくこの文もんを引ひくや。

-問。如クナラ↢此ノ義ノ↡者本書ニ何ゾ煩ク引↢此ノ文ヲ↡乎。

答こたふ。 上かみに名みょう字じの比丘びくの行状ぎょうじょうを説ときて、 もろもろの沙門しゃもんひとたび仏ぶつ名みょうを称しょうするに功く徳どく虚むなしからざることを嘆たんず。 この ¬経きょう¼ にまた仏号ぶつごうの徳とくを説とくがゆゑに、 その義ぎを助たすけんがために引用いんようするところなり。

-答。上ニ説テ↢名字ノ比丘ノ行状ヲ↡、嘆ズ↧諸ノ沙門一タビ称スルニ↢仏名ヲ↡功徳不コトヲ↞虚カラ。此ノ¬経ニ¼亦説ガ↢仏号ノ徳ヲ↡故ニ、為ニ↠助ンガ↢其ノ義ヲ↡所↢引用スル↡也。

【73】そもそも後のちに教きょうを挙あげて比ひ例れいする中なかに五ご経きょうの文もんを出いだす。 ただし経きょう題だいを挙あげてみなその文もんを略りゃくす。 これ文もん繁しげきによりて本書ほんしょに譲ゆずるか。 しかして後ご学がくをして見みやすからしめんために、 ひとへに本書ほんしょに任まかせ重かさねて経名きょうみょうを牒でっしてことごとくもつてこれを載のす。

抑▲後ニ挙テ↠教ヲ比例スル之中ニ出ス↢五経ノ文ヲ↡。但シ挙テ↢経題ヲ↡皆略ス↢其ノ文ヲ↡。是 レ依テ↢文繁キニ↡譲ル↢本書ニ↡歟。然而為ニ↠令シメンガ↢後学ヲシテ易カラ↟見、偏ニ任セ↢本書ニ↡重テ牒シテ↢経名ヲ↡悉ク以テ載ス↠之ヲ。

そのつぶさなる文もん (末法灯明記) にいはく、 「しばらく ¬像法ぞうぼう決けつ疑ぎ¼ にいふがごとし。 もしまた人ひとありて塔とう寺じを造つくり三宝さんぽうを供く養ようすといへども敬きょう重じゅうを生しょうぜず。 僧そうを請しょうじて寺てらに在おくとも飲食おんじき・衣え服ぶく・湯薬とうやくを供く養ようせず、 返かえりてさらに乞こつ貸たいして僧そうの食じきを噉だんす。 貴き賎せんを問とはず一切いっさいもつぱら衆僧しゅそうの中なかにおいて不ふ饒にょう益やくをなし、 侵損しんそんし悩乱のうらんせんと欲ほっす。 かくのごとき人ひとの輩やから永ながく三さん塗ずに堕だす。 いま俗間ぞくけんを見みるにさかんにこの事じを行ぎょうず。 時じ運うんおのづからしかなり、 人ひとにあらざるがゆゑに。 しかるに檀越だんおつすでに檀越だんおつの志こころざしなし、 たれか僧そうに僧そうの行ぎょうなしと誹そしることを得えん。

-其ノ具ナル文ニ云、「▲且ク如シ↢¬像法決疑ニ¼云ガ↡。若シ復有テ↠人雖ヘ↧造リ↢塔寺ヲ↡供↦養スト三宝ヲ↥不ズ↠生ゼ↢敬重ヲ↡。請ジテ↠僧ヲ在ヲケドモ↠寺ニ不↣供↢養セ飲食・衣服・湯薬ヲ↡、返テ更ニ乞貸シテ噉ス↢僧ノ食ヲ↡。不↠問↢貴賎ヲ↡一切専ラ欲ス↧於テ↢衆僧ノ中ニ↡作シ↢不饒益ヲ↡、侵損シ悩乱セント↥。如↠此ノ人ノ輩永ク堕ス↢三塗ニ↡。今見ニ↢俗間ヲ↡盛ニ行ズ↢此ノ事ヲ↡。時運自ヲ 爾ナリ、非ガ↠人ニ故ニ。爾ニ檀越既ニ无シ↢檀越ノ志↡、誰カ得ン↠誹ルコトヲ↣僧ニ無シト↢僧ノ行↡。

また ¬遺ゆい教きょう経ぎょう¼ にいはく、 一日いちにち車しゃ馬めに乗じょうずれば五ご百ひゃく日にちの斉さいを除のぞく、 当代とうだい行ぎょう者じゃの罪つみなんぞ持じ斉さいの徳とくを呈あらわさん。

-▲又¬遺教経ニ¼云、一日乗ズレバ↢車馬ニ↡除ク↢五百日ノ斉ヲ↡、当代行者ノ之罪何ゾ呈サン↢持斉ノ之徳ヲ↡。

また ¬法ほう行ぎょう経きょう¼ にいはく、 わが弟子でしもし別べっ請しょうを受うけば、 国王こくおうの地じの上うえを行いくことを得えざれ、 国王こくおうの地じの水みずを飲のむことを得えざれ。 五ご百ひゃくの大だい鬼き常つねにその前まえに遮さえぎり、 五ご千せんの大だい鬼き常つねに従したがひて罵ののしりて仏法ぶっぽうの大賊だいぞくなりといふ。

-▲又¬法行経ニ¼云、我ガ弟子若シ受ケバ↢別請ヲ↡、不レ↠得↢国王ノ地ノ上ヲ行コトヲ↡、不レ↠得↠飲コトヲ↢国王ノ地ノ水ヲ↡。五百ノ大鬼常ニ遮ギリ↢其ノ前ニ↡、五千ノ大鬼常ニ従テ罵テ言イフ↢仏法ノ大賊ナリト↡。

¬鹿ろく母子もし経きょう¼ にいはく、 別べっ請しょうせば五ご百ひゃくの羅ら漢かんなほ福田ふくでんと名なづくることを得えざれ、 もし一ひとりの似じ像ぞうの悪あく比丘びくに施せすれば無む量りょうの福ふくを得う。 当代とうだいの道人どうにんすでに別べっ請しょうを好このむ。 いづれの処ところにか福ふくを殖うへん、 持じ戒かいの人ひとあにこれに加くわへんや。 すでに王おう地じの上うえを践ふまず、 また王おう地じの水みずを飲のむことを許ゆるさず、 五ご千せんの大だい鬼き常つねに大賊だいぞくなりと罵ののしる。 ああ持じ戒かいの僧そうの罪つみ、 なんぞそれにおいて過とがを改あらためんや。

-▲¬鹿母子経ニ¼云ク、別請セバ五百ノ羅漢猶不ジ↠得↠名コトヲ↢福田ト↡、若シ施スレバ↢一ノ似像ノ悪1304比丘ニ↡得ウ↢无量ノ福ヲ↡。当代ノ道人已ニ好ム↢別請ヲ↡。何ノ処ニカ殖ヘン↠福ヲ、持戒ノ之人豈ニ加ヘンヤ↠之ニ。既ニ不↠践フマ↢王地ノ上ヲ↡、亦不↠許サ↠飲コトヲ↢王地ノ水ヲ↡、五千ノ大鬼常ニ罵ル↢大賊ナリト↡。嗟乎持戒ノ僧ノ罪、何ゾ於テ↠其ニ改メン↠過ヲ乎。

また ¬仁王にんのう経ぎょう¼ にいはく、 もしわが弟子でし官かんのために使つかへらればわが弟子でしにあらず、 大だい小しょうの僧そう統とうを立たててともにあひ摂しょう縛ばくせばその時ときに当あたりて仏法ぶっぽう滅没めつもつしなん。 これを仏法ぶっぽうを破はし国くにを破はする因縁いんねんなりとなす。 云々

-▲又¬仁王経ニ¼言ク、若シ我ガ弟子為ニ↠官ノ所レバ↠使ツカヘ非ズ↢我ガ弟子ニ↡、立テヽ↢大小ノ僧統ヲ↡共ニ相 ヒ摂縛セバ当テ↢爾ノ之時ニ↡仏法滅没シナン。是ヲ為ス↧破シ↢仏法ヲ↡破スル↠国ヲ因縁ナリト↥。 云云

¬仁王にんのう¼ 等とうを推すいするに、 僧そう統とうを拝はいするをもつて破は僧そうの俗ぞくとなす。 かの ¬大だい集じゅう¼ 等とうに無む戒かいを称しょうしてもつて世よを済すくふ宝たからとなす。 あに破は国こくの蝗いなごを留とどめんとしてつひに保家ほけの宝たからを棄すてんや。 すべからく二に類るいを分わかたずしてともに一いち味みを餐さんすべし。 僧そう尼に跡あとを絶たたずして鳴鐘みょうしょう時ときを失うしなはず。 しかればすなはち末法まっぽうの教きょうに允かなひて国くにを有たもつ道どうを令よくせん。」 以上

-推スルニ↢¬仁王¼等ヲ↡、拝スルヲ↢僧統ヲ↡以テ為ス↢破僧之俗ト↡。彼ノ¬大集¼等ニ称シテ↢无戒ヲ↡以テ為ス↢済フ↠世ヲ之宝ト↡。豈留メントシテ↢破ノ国ノ之蝗ヲ↡遂ニ棄ステンヤ↢保家ノ之宝ヲ↡。須クシ↧不シテ↠分↢二類ヲ↡共ニ餐ス↦一味ヲ↥。僧尼不シテ↠絶タヽ↠跡ヲ鳴鐘不ズ↠失ハ↠時ヲ。然レバ乃允カナテ↢末法ノ之教ニ↡令ヨクセン↢有タモツ↠国ヲ之道ヲ↡。」 已上

 

六ろく要よう鈔しょう第だい六ろく 旧きゅう本ほん 新しん末まつ

 

延書は底本の訓点に従って有国が行った(固有名詞の訓は保証できない)。
失を略して得を出だす 「得を略して失を出だす」 の間違いか。
底本は◎本派本願寺蔵明徳三年慈観上人書写本。 Ⓐ本派本願寺蔵文安四年空覚書写本、 Ⓑ興正派興正寺蔵蓮如上人書写本 と対校。
花→Ⓐ華
則→Ⓐ即
等→Ⓑ等[不]
恵→Ⓐ慧
廃→◎Ⓑ癈
恵→Ⓐ慧
加→Ⓑ迦
宗→◎ⒶⒷ宋
廃→◎Ⓑ癈
余→◎ⒶⒷ依(◎「余」と右傍註記)
憑→Ⓐ馮
至→Ⓐ至[経]
根→Ⓑ提
二→(本派本願寺蔵版本)二十(延書はこれによる)
故→(本派本願寺蔵版本)故[持者](延書はこれによる)
徹→Ⓐ轍
知→Ⓑ如
樹→Ⓐ樹[林](延書はこれによる)
憑→Ⓐ馮
之 Ⓐになし
今→Ⓑ命
今→◎ⒶⒷ爾
周→Ⓑ同
午→Ⓐ「申歟」と右傍註記(延書はこれによる)
署→◎ⒶⒷ暑
下 Ⓑになし
五→Ⓐ二
冉→◎ⒶⒷ由
怠→Ⓐ怠[有破戒等也]
責→Ⓐ嘖