1130◎六要ろくよう鈔しょう第三だいさん 旧きゅう末まつ

 

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ○ 信一念

【58】◎「それ真実しんじつの信しん楽ぎょうを按あんずれば」 とらは、 これわたくしの御おん釈しゃくなり。

◎「▲夫レ按ズレバト↢真実ノ信楽ヲ↡」等者、是 レ私ノ御釈ナリ。

上かみの第だい二に巻かんに行ぎょうの一念いちねんおよび信しんの一念いちねんありといひて、 行ぎょうの一念いちねんを証しょうするに流る通ずうの文もんを出いだす。 いま当巻とうかんに至いたりて信しんの一念いちねんを証しょうするに、 第だい十じゅう八はちの願がん成じょう就じゅの文もんおよび諸文しょもん等とうを出いだす。 その意こころ見みつべし。

-上ノ▲第二巻ニ言テ↠有ト↢行ノ一念及ビ信ノ一念↡、証スルニ↢行ノ一念ヲ↡出ス↢▲流通ノ文ヲ↡。今至テ↢当巻ニ↡証スルニ↢信ノ一念ヲ↡、出ス↢▲第十八ノ願成就ノ文及ビ▲諸文等ヲ↡。其ノ意可シ↠見ツ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ・『涅槃経』文

【59】次つぎの所引しょいんの文もん、 ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ は、

次ノ所引ノ文、▲¬涅槃経¼者、

かの聞もん不ふ具ぐ足そくの文もんを出いだして聞もん具ぐの義ぎを示しめす。 これ聞もんとはただ耳みみに触ふるるのみにあらず、 よく仏願ぶつがんを聞ききて信しん解げを生しょうずる義ぎを顕あらわす。 ゆゑにこの文もんを引ひきてその義ぎを顕あらわすなり。

-出シテ↢彼ノ聞不具足ノ之文ヲ↡示ス↢聞具ノ義ヲ↡。是 レ顕ス↧聞ト者非ズ↢只触ノミニ↟耳ニ、能ク聞テ↢仏願ヲ↡生ズル↢信解ヲ↡義ヲ↥。故ニ引テ↢此ノ文ヲ↡顕ス↢其ノ義ヲ↡也。

聞もん不ふ具ぐ足そくに三さん重じゅうの釈しゃくあり。 初はじめは部ぶ数しゅによる、 次つぎは読よまずして他たのために解げ説せつすることを嫌きらふ、 後のちは諍じょう論ろん・名みょう聞もん・利り養よう・諸しょ事じの意い楽ぎょうを嫌きらふ。

-聞不具足ニ有リ↢三重ノ釈↡。▲初ハ依ル↢部数ニ↡、▲次ハ嫌フ↢不シテ↠読為ニ↠他ノ解説スルコトヲ↡、▲後ハ嫌フ↢諍論・名聞・利養・諸事ノ意楽ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ○ 横超五種八難

【60】「横おう超ちょう↓五ご趣しゅ↓八難はちなん」 とらは、 これ如来にょらい本願ほんがんの威い力りき、 他た力りき信心しんじんの勝しょう利りを明あかすなり。

「▲横超五趣八難」等者、是明↢如来本願ノ威力、他力信心ノ之勝利ヲ↡也。

「↑五ご趣しゅ」 といふは五ご道どう、 常つねのごとし。

-言↢「五趣ト」↡者五道、如シ↠常ノ。

「↑八難はちなん」 といふは ¬律りつの名みょう句く¼ (巻中) にいはく、 「一いちには地じ獄ごく、 二にには餓鬼がき、 三さんには畜ちく生しょう、 四しには長ちょう寿じゅ天てん、 五ごには北ほく州しゅう、 六ろくには仏前ぶつぜん仏ぶつ後ご、 七しちには世智せち弁聡べんそう、 八はちには諸根しょこん不具ふぐ。」 以上 章しょう安あん大だい師しの ¬仁王にんのうの私記しき¼、 その説せついささか異いなり。 初はじめの四しは前さきのごとし、 五ごには辺へん地じ、 六ろくには諸根しょこん不具ふぐ、 七しちには邪見じゃけん、 八はちには不ふ見けん仏ぶつなり。

-言↢「八難ト」↡者¬律ノ名句ニ¼云ク、「一ニハ地獄、二ニハ餓鬼、三ニハ畜生、四ニハ長寿天、五ニハ北州、六ニハ仏前仏後、七ニハ世智辨聡、八ニハ諸根不具。」 已上 章安大師ノ¬仁王ノ私記¼、其ノ説聊異ナリ。初ノ四ハ如シ↠前ノ、五ニハ辺地、六ニハ諸根不具、七ニハ邪見1131、八ニハ不見仏也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ○ 十種益

【61】「十種じっしゅの益やく」 とは、

「▲十種ノ益ト」者、

問とふ。 いづれの経きょう論ろんによりてこの益やくを立たつるや。

-問。依テ↢何ノ経論ニ↡立↢此ノ益ヲ↡乎。

答こたふ。 諸しょ経きょう論ろんならびに師し釈しゃくの意こころによりて要ようを取とりてこれを立たつ、 広ひろく論ろんぜば限かぎりなし。

-答。依テ↢諸経論ニ師釈ノ意ニ↡取テ↠要ヲ立ツ↠之ヲ、広ク論ゼバ無シ↠限。

第一だいいちに 「冥みょう衆しゅ護持ごじの益やく」 とは、 かの ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ に明あかすところの現げん生しょう護ご念ねん増ぞう上じょう縁えんの益やくのごとし。 いはくかの文もんにいはく、 「仏ぶつののたまはく、 もし人ひともつぱらこの念ねん弥陀みだ仏ぶつ三昧ざんまいを行ぎょうずれば、 常つねに一切いっさい諸天しょてんおよび四し天てん大王だいおう・龍りゅう神じん八はち部ぶ、 随逐ずいちく影よう護ご愛あい楽ぎょう相見そうけんすることを得えて、 永ながくもろもろの悪あく鬼き神じん、 災さい障しょう・厄難やくなん横おうに悩乱のうらんを加くわふることなし。」 以上 この釈しゃくこれ ¬般舟はんじゅ経きょう¼ の説せつによる。

-▲第一ニ「冥衆護持ノ益ト」者、如シ↢彼ノ¬観念法門ニ¼所ノ↠明ス現生護念増上縁ノ益ノ↡。謂ク彼ノ文ニ云、「▲仏ノ言ハク、若シ人専ラ行ズレ↢此ノ念弥陀仏三昧ヲ↡者、常ニ得テ↢一切諸天及ビ四天大王・龍神八部、随逐影護愛楽相見スルコトヲ↡、永ク無シ↣諸ノ悪鬼神、災障・厄難横ニ加フルコト↢悩乱ヲ↡。」 已上 此ノ釈是 レ依ル↢¬般舟経ノ¼説ニ↡。

第だい二にに 「至し徳とく具ぐ足そくの益やく」 とは、 ¬大だい経きょう¼ の下げ巻かん流る通ずうの文もんにいはく、 「まさに知しるべし、 この人ひとは大だい利りを得うとなす。 すなはちこれ無む上じょうの功く徳どくを具ぐ足そくするなり。」 これその益やくを明あかす。

-▲第二ニ「至徳具足ノ益ト」者、¬大経ノ¼下巻流通ノ文ニ云、「▲当ニシ↠知ル、此ノ人ハ為ス↠得ト↢大利ヲ↡。即是 レ具↢足スルナリ無上ノ功徳ヲ↡。」是 レ明ス↢其ノ益ヲ↡。

第三だいさんに 「転悪てんあく成じょう善ぜんの益やく」 とは、 ¬観かん経ぎょう¼ の下げ品ぼん中生ちゅうしょうの中なかに、 「猛みょう火か変へんじて清涼しょうりょうの風かぜとなる」 と説とく等とう、 その証しょうなり。

-▲第三ニ「転悪成善ノ益ト」者、¬観経ノ¼下品中生ノ中ニ、説↣「▲猛火変ジテ為ナルト↢清涼ノ風ト↡」等、其ノ証也。

第だい四しに 「諸仏しょぶつ護ご念ねんの益やく」 とは、 ¬弥陀みだ経きょう¼ に 「このもろもろの善ぜん男なん子し・善ぜん女人にょにん、 みな一切いっさい諸仏しょぶつのためにともに護ご念ねんせらる」 と説とく等とう、 その文もんなり。

-▲第四ニ「諸仏護念ノ益ト」者、¬弥陀経ニ¼説ク↧「▲是ノ諸ノ善男子・善女人、皆為ニ↢一切諸仏ノ↡共ニ所ラルト↦護念セ↥」等、其ノ文也。

第だい五ごに 「諸仏しょぶつ称しょう讃さんの益やく」 とは、 ¬大だい経きょう¼ の上じょうにいはく、 「それしかして後のち、 仏道ぶつどうを得えたらん時ときに至いたりて、 あまねく十方じっぽうの諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつのために、 その光こう明みょうを歎たんぜられん、 またいまのごとくならん」 と。 以上 当益とうやくを説とくといへども、 理り現げんに及およぶべし。

-▲第五ニ「諸仏称讃ノ益ト」者、¬大経ノ¼上ニ云、「▲至テ↧其 レ然シテ後、得タラン↢仏道ヲ↡時ニ↥、普ク為ニ↢十方ノ諸仏・菩薩ノ↡、歎ゼラレン↢其ノ光明ヲ↡、亦如ナラント↠今ノ也。」 已上 雖↠説ト↢当益ヲ↡理可シ↠及ブ↠現ニ。

また ¬観かん経ぎょう¼ にいはく、 「もし念仏ねんぶつする者ものは、 まさに知しるべし、 この人ひとはこれ人にん中ちゅうの分ふん陀利だり華けなり。」 以上 釈しゃく尊そんこれを歎たんず、 諸仏しょぶつよろしく同おなじかるべし。

-又¬観経ニ¼云ク、「▲若シ念仏スル者 ノハ、当ニシ↠知ル、此ノ人ハ是 レ人中ノ分陀利*華ナリ。」 已上 釈尊歎ズ↠之ヲ、諸仏宜クシ↠同カル。

¬観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく、 「すなはちこれ六道ろくどう生しょう死じの因いん行ぎょうを閉絶へいぜつして、 永ながく常じょう楽らく浄じょう土どの要門ようもんを開ひらくなり。 ただちに弥陀みだの称しょう願がんのみにあらず、 またすなはち諸仏しょぶつあまねくみな同おなじく慶よろこぶ。」

-¬観念法門ニ¼云ク、「▲即是閉↢絶シテ六道生死ノ之因行ヲ↡、永ク開ク↢常楽浄土1132ノ之要門ヲ↡也。非ズ↢直ニ弥陀ノ称願ノミニ↡、亦乃諸仏普ク皆同ク慶ブ。」

第六だいろくに 「心光しんこう常じょう護ごの益やく」 とは、 ¬観かん経ぎょう¼ にいはく、 「光こう明みょうあまねく十方じっぽう世せ界かいを照てらして念仏ねんぶつの衆しゅ生じょうを、 摂取せっしゅして捨すてたまはず。」 以上

-▲第六ニ「心光常護ノ益ト」者、¬観経ニ¼云ク、「▲光明遍ク照シテ↢十方世界ヲ↡念仏ノ衆生ヲ、摂取シテ不↠捨タマハ。」 已上

¬観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく、 「かの仏ぶつの心光しんこう常つねにこの人ひとを照てらして、 摂しょう護ごして捨すてたまはず。」 以上

-¬観念法門ニ¼云ク、「▲彼ノ仏ノ心光常ニ照シテ↢是ノ人ヲ↡、摂護シテ不↠捨タマハ。」 已上

第七だいしちに 「心しん多た歓かん喜ぎの益やく」 とは、 あるいは (大経巻上) 「▲至し心しん信しん楽ぎょう」 といひ、 あるいは (大経巻上・巻下) 「歓かん喜ぎ踊ゆ躍やく」 といふ、 真実しんじつ心しんを得うる時とき、 かならず歓かん喜ぎすべき義ぎなり。

-▲第七ニ「心多歓喜ノ益ト」者、或ハ云ヒ↢「至心信楽ト」↡、或ハ云フ↢「▲歓喜踊躍ト」↡、得ル↢真実心ヲ↡之時、必可キ↢歓喜ス↡義也。

第八だいはちに 「知ち恩おん報徳ほうとくの益やく」 とは、 ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ (意) に ¬般舟はんじゅ経きょう¼ を引ひきて、 この念仏ねんぶつ三昧ざんまいに四事しじ助じょ歓かん喜ぎあることを明あかす。 すなはち 「三さん世ぜの諸仏しょぶつこの念ねん阿あ弥陀みだ仏ぶつ三昧ざんまいを持たもちて、 四事しじ助じょ歓かん喜ぎしてみな成じょう仏ぶつすることを得う」 といへるこれなり。

-▲第八ニ「知恩報徳ノ益ト」者、¬観念法門ニ¼引テ↢▲¬般舟経ヲ¼↡、明ス↣此ノ念仏三昧ニ有コトヲ↢四事助歓喜↡。即言ヘル↧「三世ノ諸仏持テ↢是ノ念阿弥陀仏三昧ヲ↡、四事助歓喜シテ皆得ト↦成仏スルコトヲ↥」是也。

また ¬法ほう事じ讃さん¼ にあるいは (巻下) 「砕骨さいこつ慚謝ざんしゃ阿弥あみ師し」 といひ、 あるいは (巻上・巻下) 「砕身さいしん慚謝ざんしゃ釈しゃ迦か恩おん」 といひて、 かならず二に尊そんの恩おんを報ほうずべき義ぎを明あかす。 みなその意こころなり。

-又¬法事讃ニ¼或ハ云ヒ↢「▲砕骨慚謝阿弥師ト」↡、或ハ云テ↢「▲砕身慚謝釈迦恩ト」↡、明ス↧必ズ可キ↠報↢二尊ノ恩ヲ↡義ヲ↥。皆其ノ意也。

第だい九くに 「常行じょうぎょう大だい悲ひの益やく」 とは、 当巻とうかんの下しもに引用いんようするところの ¬大だい悲ひ経きょう¼ の説せつのごとき、 これその義ぎなり。

-▲第九ニ「常行大悲ノ益ト」者、如キ↧当巻ノ▲下ニ所ノ↢引用ル↡之¬大悲経ノ¼説ノ↥、是 レ其ノ義也。

第だい十じゅうに 「入にゅう正定しょうじょう聚じゅの益やく」 とは、 第だい十じゅう一いちの願がん所説しょせつの益やくなり。 もとこれ処しょ不ふ退たいの位くらいを説とくといへども、 現げん生しょうの中なかにかつがつその益やくを得う。 これすなはち如来にょらい摂取せっしゅの益やくのゆゑなり。 ゆゑに龍りゅう樹じゅ尊そんの ¬十住じゅうじゅう婆ば沙しゃ¼ (巻五易行品) に判はんじて 「即そく時じ入にゅう必ひつ定じょう」 といふなり。

-▲第十ニ「入正定聚ノ益ト」者、第十一ノ願所説ノ益也。本是 レ雖↠説ト↢処不退ノ位ヲ↡、現生ノ之中ニ且カツガツ得ウ↢其ノ益ヲ↡。是則如来摂取ノ益ノ故ナリ。故ニ龍樹尊ノ¬十住婆沙ニ¼判ジテ云↢「▲即時入必定ト」↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ・『論註』二文

【62】次つぎに ¬論ろんの註ちゅう¼ の文もん、 所引しょいんに二にあり。

次ニ▲¬論ノ註ノ¼文、所引ニ有↠二。

初はじめの文もんは下げ巻かんの善ぜん巧ぎょう摂せっ化けの章しょう段だんの釈しゃくなり、 前さきの所引しょいんのごとし。 かしこは広引こういん、 ここは略りゃく挙こ。 菩ぼ提だい心しんすなはち浄じょう土どの信心しんじんたる義ぎを証しょうすなり。

-▲初ノ文ハ下巻ノ善巧摂化ノ章段ノ釈也、如シ↢▲前ノ所引ノ↡。彼者広引、此ハ者略挙。証ス↧菩提心即為タル↢浄土ノ信心↡義ヲ↥也。

【63】次つぎの文もんは上じょう巻かんの荘しょう厳ごん身業しんごう功く徳どく成じょう就じゅの釈しゃく。 文もんの下もとに ¬観かん経ぎょう¼ に 「諸仏しょぶつ如来にょらい是ぜ法界ほうかい身しん 乃至 従じゅう心しん想そう生しょう」 と説とくに就つきてその問答もんどうある答こたえの中なかの言ことばなり。

▲次1133ノ文ハ上巻ノ荘厳身業功徳成就ノ釈。文ノ之下ニ就テ↣¬観経ニ¼説ニ↢「▲諸仏如来是法界身 乃至 従心想生ト」↡、有ル↢其ノ問答↡答ノ中ノ言也。

上かみに水像すいぞうの譬たとえを挙あげ、 いま木もく火かの喩たとえを出いだして、 おのおの凡心ぼんしんおよびその仏心ぶっしん不ふ一いち不異ふいの義ぎ趣しゅを顕あらわすらくのみ。 ただしこの釈しゃくの意こころ、 もつとも心こころを措おくべし。 かならずしも一切いっさいこの深じん理りを知しりて往おう生じょうを願がんずべきにはあらず、 ただ法ほうにおいてその功く能のうあることを顕あらわす。 その功く能のうとは、 すなはちこれ弥陀みだ法界ほうかい身しんのゆゑに、 帰き命みょうの心しんを発おこせば機き法ほう不離ふりにしてかならず往おう生じょうを得う。

-上ニ挙ゲ↢▲水像ノ譬ヲ↡、今出シテ↢▲木火ノ喩ヲ↡、各顕スラク↢凡心及ビ其ノ仏心不一不異ノ之義趣ヲ↡耳ノミ。但シ此ノ釈ノ意、尤可シ↠*措↠心ヲ。不↧必シモ一切知テ↢此ノ深理ヲ↡可キニハ↞願ズ↢往生ヲ↡、只顕ス↣於テ↠法ニ有コトヲ↢其ノ功能↡。其ノ功能ト者、即是 レ弥陀法界身ノ故ニ、発セバ↢帰命ノ心ヲ↡機法不離ニシテ必ズ得↢往生ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ・「定善義」文

【64】次つぎに大だい師しの釈しゃくの 「定じょう善ぜん義ぎ」 の文もん、 同おなじき経きょう文もんを解げす、 その意こころ見みつべし。

▲次大師ノ釈ノ「定善義ノ」文、解ス↢同キ経文ヲ↡、其ノ意可シ↠見ツ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ ・『止観』文

【65】次つぎに ¬止し観かん¼ の文もんは、 菩ぼ提だい心しんを明あかす。

▲次¬止観ノ¼文ハ、明ス↢菩提心ヲ↡。

これすなはちまた聖しょう道どう・浄じょう土どの大だい菩ぼ提だい心しん、 その相そう異いに似にたれども和会わえすればこれ一いちなることを顕あらわす。 菩ぼ提だいといふは所しょ求ぐの果か、 心しんは能のう求ぐの心しん、 つひに違いせざるがゆゑに。

-是則亦顕ス↢聖道・浄土ノ大菩提心、其ノ相似タレドモ↠異ニ和会スレバ是 レ一ナルコトヲ↡。言↢菩提ト↡者所求ノ之果、心ハ能求ノ心、終ニ不ルガ↠違セ故ニ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 横超

【66】「横おう超ちょう」 とらは、 二に双そう四し重じゅう、 教きょう相そう前さきのごとし。

「▲横超ト」等者、二双四重、教相▲如シ↠前ノ。

「大願だいがん清浄しょうじょうの報ほう土ど」 とらは、

-「▲大願清浄ノ報土ト」等者、

問とふ。 かの浄じょう土どの中なかに、 品ほん位い浅深せんじん経きょう説せつ分ぶん明みょうなり。 いまの釈しゃくいかん。

-問。彼ノ浄土ノ中ニ、品位浅深経説分明ナリ。今ノ釈如何。

答こたふ。 いまの文もんに載のするがごとく、 三輩さんぱい九く品ぼんは横おう出しゅつの教きょうの意こころ、 所しょ生しょうの土どはこれ化土けどなり。 いまは真実しんじつ報ほう土どの相そうを明あかす。

答。如ク↠載ルガ↢今ノ文ニ↡、三輩九品ハ横出ノ教ノ意、所生之土ハ是 レ化土也。今ハ明ス↢真実報土ノ之相ヲ↡。

¬般舟はんじゅ讃さん¼ には 「不ふ覚かく転てん入にゅう真如しんにょ門もん」 といひ、 ¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) には 「未み籍しゃく思し量りょう一念いちねん功こう」 といふ。 これおそらくは自じ然ねん流る入にゅう薩さつ婆は若にゃ海かいの深じん義ぎといふべきか。

-¬般舟讃ニハ¼云ヒ↢「▲不覚転入真如門ト」↡、¬法事讃ニハ¼云フ↢「▲未籍思量一念功ト」↡。是恐クハ可↠謂↢自然流入薩婆若海之深義ト↡歟。

また同おなじき讃さん (法事讃巻下) にいはく、 「正しょう門もんはすなはちこれ弥陀みだ界かい。 究く竟きょうの解げ脱だつ根源こんげんを断だんず。」 以上 すでに究く竟きょうといふ、 なんぞ極ごく果かといはざらん。

-又同キ¬讃ニ¼云、「▲正門ハ即是弥陀界。究竟ノ解脱断ズ↢根源ヲ↡。」 已上 既ニ言フ↢究竟ト↡、盍ゾラン↠言↢極果ト↡。

ただし 「無む上じょう正しょう真しん道どう」 といふは、 分ぶん証しょうの位くらいあり、 究く竟きょうの位くらいあり。 もし差別しゃべつ門もんによらばしばらく分ぶん証しょうに約やくすべし。 もしはこれ初しょ地じ、 もしはこれ初しょ住じゅう、 宗教しゅうきょうの意こころによりて差しゃ異いあるべし。 もし平びょう等どう門もんによらばすなはち極ごく果かに約やくすべし。 往おう生じょう・成じょう仏ぶつ始し終じゅうの益やくなりといへども、 時ときに前ぜん後ごなし、 これ同どう時じなるがゆゑに。

-但シ言↢「▲無上正真道ト」↡者、有リ↢分証ノ位1134↡、有リ↢究竟ノ位↡。若シ依ラバ↢差別門ニ↡且ク可シ↠約ス↢分証ニ↡。若ハ是初地、若ハ是初住、依テ↢宗教ノ意ニ↡可↠有↢差異↡。若シ依ラバ↢平等門ニ↡即可シ↠約ス↢極果ニ↡。往生・成仏雖↢始終ノ益也ト↡、時ニ無シ↢前後↡、是 レ同時ナルガ故ニ。

「横おう超ちょう」 といふは、 かの自じ力りきの次し第だい竪断しゅだん証入しょうにゅうの称しょうに異いなり。

-言↢「▲横超ト」↡者、異ナリ↢彼ノ自力ノ次第竪断証入ノ称ニ↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『大経』発願文

【67】次つぎに ¬大だい経きょう¼ の文もん、 所引しょいんに三さんあり。

▲次ニ¬大経ノ¼文、所引ニ有リ↠三。

初はじめの文もんは上じょう巻かん。 次上つぎかみの文もんいはく、 「時ときにかの此丘びく仏ぶつの所説しょせつを聞きき、 厳ごん浄じょうの国こく土どみなことごとく覩と見けんす。」 下しもは所引しょいんのごとし 上下かみしも合がっして聞法もんぼう発願ほつがんとなす。 中なかにおいて上かみの文もんは聞法もんぼう見けん土ど、 いまの文もんはまさしくその勝しょう願がんを発おこすことを明あかす。

-初ノ文ハ上巻。次上ノ文ニ云、「▲時ニ彼ノ此丘聞キヽ↢仏ノ所説ヲ↡、厳浄ノ国土皆悉ク覩見ス。」 下ハ如↢所引ノ↡ 上下合シテ為ス↢聞法発願ト↡。於テ↠中ニ上ノ文ハ聞法見土、今ノ文ハ正ク明ス↠発コトヲ↢其ノ勝願ヲ↡。

義ぎ寂じゃく師し (大経義記巻中) いはく、 「この時ときに法蔵ほうぞういまだ初しょ地じに登のぼらずといへども、 しかも仏力ぶつりきによりてまたしばらく見みることを得うるがゆゑに、 超ちょう発ほつ無む上じょう殊しゅ勝しょう願がんとは、 正しょう発願ほつがんなり。 この時ときすでに解げ発心ほっしんの終おわりにあり。 世せ間けんの中なかにおいてさらに上うえあることなし。 これによりてすなはちよく証しょう位いに入いることを得う。 ゆゑに超ちょう発ほつ無む上じょう勝しょう願がんといふ。」 以上

-義寂師ノ云ク、「此ノ時ニ法蔵雖↠未ダ↠登↢初地ニ↡、然モ由テ↢仏力ニ↡亦得ガ↢暫ク見コトヲ↡故ニ、▲超発無上殊勝願ト者、正発願也。此ノ時既ニ在リ↢解発心ノ終ニ↡。於テ↢世間ノ中ニ↡更ニ無シ↠有コト↠上。因テ↠此ニ便能ク得ウ↠入コトヲ↢証位ニ↡。故ニ云↢超発無上勝願ト↡。」 已上

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『大経』重誓偈文

【68】次つぎの文もんはこれまた同おなじき重じゅう誓せいの偈げ最初さいしょの二句にくなり。

▲次ノ文ハ是又同キ重誓ノ偈最初ノ二句ナリ。

これ法蔵ほうぞうの発願ほつがんを明あかす文もんなり。 義ぎ寂じゃくの意こころによらば、 初はじめの一いち行ぎょうは満願まんがんの果かを望のぞまんと判はんず。

-是 レ明ス↢法蔵ノ発願ヲ↡文也。依ラバ↢義寂ノ意ニ↡、初ノ一行ハ判ズ↠望ント↢満願ノ果ヲ↡。

問とふ。 「超ちょう世せの願がん」 とはいづれの願がんを指さすや。

-問。「▲超世ノ願ト」者指↢何ノ願ヲ↡耶。

答こたふ。 諸しょ師し不ふ同どうなり。 影ようと興ごうとの二師にしは別べっして摂しょう身しん・摂しょう土どの五ご願がんを指さす。 寂じゃくの意こころは通つうじて六八ろくはちの願がんを指さす。 この中なかにすべからく義ぎ寂じゃくの意こころによるべし。 もし身しん土どに限かぎらば第だい十じゅう八はちを除のぞく、 仏ぶつ意いに違いするがゆゑに。 集しゅう主しゅの意こころによらば広こうは六八ろくはちに亘わたり、 略りゃくは十じゅう八はちを指さす。 凡ぼん夫ぶ済さい度ど別べっ意ちの弘ぐ願がん、 諸仏しょぶつに超こえたるがゆゑに 「超ちょう世せ」 といふなり。

-答。諸師不同ナリ。影ト興トノ二師ハ別シテ指ス↢摂身・摂土ノ五願ヲ↡。寂ノ意ハ通ジテ指ス↢六八之願ヲ↡。此ノ中ニ須ク↠依↢義寂之意ニ↡。若シ限ラバ↢身土ニ↡除ク↢第十八ヲ↡、違スルガ↢仏意ニ↡故ニ。依ラバ↢集主ノ意ニ↡広ハ亘ル↢六八ニ↡、略ハ指ス↢十八ヲ↡。凡夫済度別意ノ弘願、超タルガ↢諸仏ニ↡故ニ云↢「超世ト」↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『大経』勧修益文

【69】後のちの文もんは下げ巻かん修益しゅやくを勧すすむる文もん。

▲後1135ノ文ハ下巻勧ムル↢修益ヲ↡文。

「必得ひっとく」 とらは、 義ぎ寂じゃく師し (大経義記巻下) のいはく、 「もしよく精しょう進じんして五ご善ぜんを持たもてば、 すなはちよくかならず五ご悪あくを超こえ五ご痛つうを絶たちて五ご焼しょうを去すつことを得えて、 安あん身じん養よう神じんの国くにに往おう生じょうす。」

-「▲必得ト」等者、義寂師ノ云ク、「若シ能ク精進シテ持テバ↢於五善ヲ↡、則能ク必得テ↧超ヘ↢五悪ヲ↡絶チ↢五痛ヲ↡去コトヲ↦五焼ヲ↥、往↢生ス安身養神ノ之国ニ↡。」

「横截おうぜつ」 とらは、 また (大経義記巻下) いはく、 「もし穢土えどに就つきては下げ三さんを悪あくとなし人天にんでんを善ぜんとなす、 いま浄じょう土どに対たいしては五ごをみな悪あくと名なづく。 ひとたび往おう生じょうを得えつれば五ご道どう頓とんに去すつ、 ゆゑに横截おうぜつといふ。 往おう生じょうしぬれば期ごせざるに悪あくを去すつ、 生しょうじぬれば悪あく自じ然ねんに杜ふさぐ、 ゆゑに悪道あくどう自じ然ねん閉ぺいといふ。」 以上

-「▲横截ト」等者、又云ク、「若シ就テハ↢穢土ニ↡下三ヲ為シ↠悪ト人天ヲ為ス↠善ト、今対シテハ↢浄土ニ↡五ヲ皆名ク↠悪ト。一タビ得ツレバ↢往生ヲ↡五道頓ニ去ツ、故ニ云フ↢横截ト↡。往生シヌレバ不ルニ↠期セ去ツ↠悪ヲ、生ジヌレバ者悪自然ニ杜フサグ、故ニ言フ↢悪道自然閉ト↡。」 已上

「昇しょう道どう」 とらは、 また (大経義記巻下) いはく、 「ひとたび無為むいの道どうに昇のぼりぬれば功こうを終おふれども窮ぐう極ごくあることなし。 十じゅう念ねん志こころざしをもつぱらにすればかならず往おう生じょうを得う、 ゆゑに易い往おうなり。 百ひゃく千人せんにんの中なかにしかもその一いちもなし、 ゆゑに無む人にんなり。」 以上

-「▲昇道ト」等者、又云ク、「一タビ昇ヌレバ↢無為之道ニ↡終オフレドモ↠功ヲ無シ↠有コト↢窮極↡。十念専ニスレバ↠志ヲ必ズ得ウ↢往生ヲ↡、故ニ易往也。百千人ノ中ニ而モ無シ↢其ノ一モ↡、故ニ無人也。」 已上

「其ご国こく」 とらは、 また (大経義記巻下) いはく、 「その国くに逆ぎゃく違いして人ひとをして往ゆかざらしむるにあらず、 ただし自じ然ねんの業ごう牽ひきて往ゆくことを得えざらまくのみ。」 以上

-「▲其国ト」等者、又云ク、「非ズ↣其ノ国逆違シテ令ルニ↢人ヲシテ不↟往、但シ自然ノ業牽テ不ザラマク↠得↠往コトヲ耳。」 已上

また憬きょう興ごうの釈しゃく、 「易い往おう」 (述文賛巻下) 以下いげ第だい二に巻かんのごとし。 かの釈しゃくを引ひくに就つきて前ぜん後ごの文もんを出いだしてほぼこれを解げすらくみ。

-又憬興ノ釈、「易往」以下▲如シ↢第二巻ノ↡。就テ↠引ニ↢彼ノ釈ヲ↡出シテ↢前後ノ文ヲ↡粗解スラク↠之ヲ耳ノミ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『大阿弥陀経』文

【70】次つぎに ¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼ の文もんは、 言ことばに増減ぞうげんあれどもその意こころまつたく同おなじ。

▲次ニ¬大阿弥陀経ノ¼文者、言ニ有レドモ↢増減↡其ノ意全ク同ジ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 断

【71】次つぎにわたくしの御おん釈しゃく。

次ニ私ノ御釈。

「断だんといふ」 とらは、 仏力ぶつりきによるがゆゑにいまだ惑わくを断だんぜずといへども、 頓とんに生しょう死じを絶たちてすみやかに無む生しょうを証しょうす。 この義ぎによるがゆゑにこれを 「断だん」 といふなり。 これすなはち上かみの横おう超ちょう断だんの義ぎを解げす。

-「▲言ト↠断ト」等者、由ルガ↢仏力ニ↡故ニ雖↠未ダ↠断↠惑ヲ、頓ニ絶テ↢生死ヲ↡速ニ証ス↢無生ヲ↡。依ガ↢此ノ義ニ↡故ニ言↢之ヲ「断ト」↡也。是 レ則解ス↢▲上ノ横超断ノ義ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 二経文

【72】次つぎに二に経きょうの文もん。

▲次ニ二経ノ文。

所引しょいんの意こころ、 これ四流しるすなはち生しょう老ろう病びょう死したる義ぎを証しょうす。 ただ 「生しょう死じ」 といひ 「生しょう老ろう死し」 といふ、 文もん字じ少すくなしといへどもおのおの余よの苦くを摂せっす。 彼此ひし広こう略りゃく開合かいごうの異いなり。 四流しるの名みょう目もく当巻とうかんの本ほんのごとし。

-所引ノ之意、是 レ証ス↧四流即為タル↢生老病死↡之義ヲ↥。只云ヒ↢「▲生死ト」↡云フ↢「▲生老死ト」↡、文字雖↠少シト各摂ス↢余ノ苦ヲ↡。彼此広略開合ノ異也。四流ノ名目▲如1136シ↢当巻ノ本ノ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『般舟讃』文

【73】次つぎに大だい師しの釈しゃく、 その文もんに二にあり。

▲次ニ大師ノ釈、其ノ文ニ有リ↠二。

初はじめは ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の後ご序じょの始はじめの文もんなり。 これ穢え浄じょうに就つきてその厭えん欣ごんを勧すすむ。

-▲初ハ¬般舟讃ノ¼後序ノ始ノ文ナリ。是 レ就テ↢穢浄ニ↡勧ム↢其ノ厭欣ヲ↡。

「凡ぼん夫ぶの生しょう死じ」 といふは、 これ分段ぶんだん生しょう死じを指さす。 凡ぼん夫ぶ執著しゅうじゃくして生しょう死じに輪りん廻ねす。 このゆゑに誡いましめて 「厭いとはずはあるべからず」 といふ。 「弥陀みだの浄じょう土ど」 は菩ぼ提だいの宝所ほうしょなり。 愚ぐ人にん軽きょう慢まんして涅ね槃はんを遠おん離りす。 このゆゑに勧すすめて 「忻ねがはずはあるべからず」 といふ。

-言↢「▲凡夫ノ生死ト」↡者、是 レ指ス↢分段生死ヲ↡。凡夫執著シテ輪↢廻ス生死ニ↡。是ノ故ニ誡テ言↠「▲不ト↠可ラ↠不ズハアル↠厭ハ」。「▲弥陀ノ浄土ハ」菩提ノ宝所ナリ。愚人軽慢シテ遠↢離ス涅槃ヲ↡。是ノ故ニ勧テ言↠「▲不ト↠可ラ↠不ズハアル↠忻ハ」。

「形名ぎょうみょう」 とらは、 これ頓とん証しょう無む生しょうの理りを顕あらわす。 下しもの文もんに判はんじて (般舟讃) 「唯仏ゆいぶつ与よ仏ぶつ得とく知ち本元ほんげん」 といふ、 現げん生しょうの中なかにかつがつその理りに契かなひ、 往おう生じょうの後のちよろしくその徳とくを顕あらわすべし。

-「▲形名ト」等者、是 レ顕ス↢頓証無生ノ之理ヲ↡。下ノ文ニ判ジテ云↢「▲唯仏与仏得知本元ト」↡、現生ノ之中ニ且カツガツ契ヒ↢其ノ理ニ↡、往生ノ之後宜クシ↠顕ス↢其ノ徳ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『礼讃』文

【74】次つぎの釈しゃくは ¬礼讃らいさん¼ の前序ぜんじょの終おわりの文もんなり。 上かみに専修せんじゅ・雑修ざっしゅの得失とくしつを明あかして、 いま専修せんじゅに就つきて信しん行ぎょうを勧進かんじんす。

▲次ノ釈ハ¬礼讃ノ¼前序ノ終ノ文ナリ。上ニ明シテ↢専修・雑修ノ得失ヲ↡、今就テ↢専修ニ↡勧↢進ス信行ヲ↡。

「善ぜん自じ」 とらは、 いふこころは涯分がいぶんを顧かえりみよとなり。 一本いっぽんには已いとす、 いま己こを正しょうとす。

-「▲善自ト」等者、言イ ハ顧ヨトナリ↢涯分ヲ↡。一本ニハ為↠「巳ト」、今「己ヲ」為↠正ト。

「上じょう在ざい」 とらは、 ¬大だい経きょう¼ (巻下) には説ときて 「一いっ世せ勤ごん苦く」 といふ。 これすなはち後ご楽らくを知しらず、 迷まよひて一旦いったんの策しゃく励れいをもつて苦くとなす。 これ実じつ義ぎにあらずゆゑに似じ如にょといふ。

-「▲上在ト」等者、¬大経ニハ¼説テ云フ↢「▲一世勤苦ト」↡。是則不↠知↢後楽ヲ↡、迷テ以テ↢一旦ノ策励ヲ↡為ス↠苦ト。此レ非ズ↢実義ニ↡故ニ云フ↢似如ト↡。

「前念ぜんねん」 とらは、 往おう生じょうを得うる利り益やくの速疾そくしつなることを明あかす。 あるいは (観経) 「如にょ弾だん指し頃きょう即そく生しょう彼ひ国こく」 といひ、 あるいは (観経) 「如にょ一念いちねん頃きょう即そく生しょう彼ひ国こく」 といふ、 これその義ぎなり。 ただしわが上しょう人にん別べつに一いち義ぎを存ぞんじたまふ。

-「▲前念ト」等者、明ス↧得ル↢往生ヲ↡利益ノ速疾ナルコトヲ↥。或ハ云ヒ↢「▲如弾指頃即生彼国ト」↡、或ハ云フ↢「▲如一念頃即生彼国ト」↡、是 レ其ノ義也。但シ我ガ上人別ニ存ジタマフ↢一義ヲ↡。

¬愚ぐ禿とく鈔しょう¼ (巻上) にいはく、 「本願ほんがんを信受しんじゅするは、 前念ぜんねん命終みょうじゅう。 即得そくとく往おう生じょうは、 後ご念ねん即そく生しょうなり。」 以上 これ平生へいぜい業ごう成じょうの義ぎに就つきて横おう超ちょう頓速とんそくの益やくを顕あらわすところなり。

-¬愚禿鈔ニ¼云ク、「▲信↢受スルハ本願ヲ↡、前念命終。即得往生ハ、後念即生ナリ。」 已上 是 レ就テ↢平生業成ノ之義ニ↡所↠顕ス↢横超頓速ノ益ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 真仏弟子

【75】「言ごん真しん仏ぶつ弟子でし」 といふ等とうは、

言↢「▲言真仏弟子ト」↡等者、

「散善さんぜん義ぎ」 の意こころ。 二に尊そん諸仏しょぶつの意こころに随ずい順じゅんす、 ゆゑにこの名なあり。 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の意こころ、 仏ぶつ語ごを行ぎょうじて安楽あんらく土どに生しょうずるをもつてまたこの称しょうを得う。 彼此ひしの二に文もん、 同おなじく浄じょう土ど修しゅ行ぎょうの人ひとをもつて真しん仏ぶっ子しと名なづく。 もつとも信仰しんごうすべし。

-▲「散善義ノ」意。随↢順ス二尊諸仏ノ之意ニ↡、故ニ有リ↢此ノ名↡。▲¬般1137舟讃ノ¼意、以テ↧行ジテ↢仏語ヲ↡生ズルヲ↦安楽土ニ↥又得ウ↢此ノ称ヲ↡。彼此ノ二文、同ク以テ↢浄土修行ノ之人ヲ↡名ク↢真仏子ト↡。尤モ可シ↢信仰ス↡。

「由斯ゆし」 とらは、

-「▲由斯ト」等者、

問とふ。 往おう生じょうの益やくを得うべしというべし。 なんぞ大だい涅ね槃はんを超証ちょうしょうすといふや。

-問。応シ↠言↠可ト↠得↢往生ノ之益ヲ↡。何ゾ云↣「▲超↢証スト大涅槃ヲ↡」耶。

答こたふ。 往おう生じょうは初益しょやく、 涅ね盤はんは終じゅう益やく。 また生しょう即そく無む生しょうの義ぎによれば、 往おう生じょうすなはちこれ涅ね槃はんの極ごく理りなり。 このゆゑに勝しょうに従したがひて証しょう涅ね槃はんといふ。 これ必ひっ至し滅めつ度どの意こころによるらくのみ。

-答。往生ハ初益、涅盤ハ終益。亦依レバ↢生即無生之義ニ↡、往生即是涅槃ノ極理ナリ。是ノ故ニ従テ↠勝ニ云フ↢証涅槃ト↡。是 レ依ラク↢必至滅度ノ意ニ↡耳。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 触光柔軟願文

【76】次つぎに ¬大だい経きょう¼ の二に文もんは、 三さん十じゅう三さんと四しとの両りょう願がんなり。 第だい三さん十じゅう三さんは触光そっこう柔にゅう軟なんの願がん。

▲次ニ¬大経ノ¼二文ハ、三十三ト四トノ之両願也。第三十三者ハ触光柔軟ノ願。

問とふ。 光こう明みょうの功く徳どくは第だい十じゅう二ににあり、 なんぞ重かさねて願がんずるや。

-問。光明ノ功徳ハ在リ↢▲第十二ニ↡、何ゾ重テ願ズル耶。

答こたふ。 かの摂しょう仏身ぶっしんはすなはち光体こうたいたり、 この摂しょう衆しゅ生じょうはすなはち光用こうゆうたり。 体用たいゆう異ことなるがゆゑに二に願がんこれ別べつなり。

答。彼ノ摂仏身ハ即為タリ↢光体↡、此ノ摂衆生ハ即為タリ↢光用↡。体用異ナルガ故ニ二願是 レ別ナリ。

「蒙もう我が」 とらは、 ¬平びょう等どう覚がく経きょう¼ (巻一)・¬大だい阿あ弥陀みだ¼ (巻上) ともに 「見けん我が」 といふ。 「蒙もう」 は冥みょう応おうに約やくし、 「見けん」 は顕益けんやくに約やくす。 ただし 「見けん」 といふといへども心見しんけんに約やくすれば、 同おなじく冥みょう利りに属ぞくす。 この願がんまさしく如来にょらいの無む瞋しん善根ぜんごんの利りを顕あらわす。 これ歓かん喜ぎ光こう所しょ照しょうの益やくなり。

-「▲蒙我ト」等者、¬▲平等覚経¼・¬▲大阿弥陀¼共ニ云フ↢「見我ト」↡。「蒙ハ」約シ↢冥応ニ↡、「見ハ」約ス↢顕益ニ↡。但シ雖↠言ト↠「見ト」約スレ↢心見ニ↡者、同ク属ス↢冥利ニ↡。此ノ願正ク顕ス↢如来ノ無嗔善根ノ之利ヲ↡。是 レ歓喜光所照ノ益也。

問とふ。 光こう明みょうの所しょ治ち、 瞋しん恚にに限かぎるや。

-問。光明ノ所治、限↢嗔恚ニ↡耶。

答こたふ。 「柔にゅう軟なん」 といふに就つきて無む瞋しんに蒙こうぶるといへどもかねてまた無む貪とん・無痴むちを摂せっすべし。 知しるゆゑは、 成じょう就じゅの文もん (大経巻上) にいはく、 「この光ひかりに遇あふ者ものは、 三さん垢く消しょう滅めつし、 身しん意い柔にゅう軟なんにして、 歓かん喜ぎ踊ゆ躍やくす。」 以上 柔にゅう軟なん・歓かん喜ぎは願がんの意こころの顕あきらかなるに就つきて無む瞋しんの益やくを説とく。 三さん垢く消しょう滅めつはその消しょう滅めつ広ひろく貪とん痴ちに亘わたることを顕あらわす。

-答。就テ↠言ニ↢「▲柔軟ト」↡雖↠蒙ト↢無嗔ニ↡、兼テ復可シ↠摂ス↢無貪・無癡ヲ↡。所↢以知↡者、*成就ノ文ニ云ク、「▲遇↢斯ノ光ニ↡者 ノハ、三垢消滅シ、身意柔軟ニシテ、歓喜踊躍ス。」 已上 柔軟・歓喜ハ就テ↢願ノ意ノ顕ナルニ↡説ク↢無嗔ノ益ヲ↡。三垢消滅ハ顕ス↣其ノ消滅広ク亘コトヲ↢貪癡ニ↡。

問とふ。 身しんと心しんとにおいて柔にゅう軟なんの義ぎを論ろんずること差別しゃべついかん。

問。▲於テ↢身ト与 トニ↟心論ズルコト↢柔軟ノ義ヲ↡差別如何。

答こたふ。 ¬論ろんの註ちゅう¼ の意こころによるに、 仏ぶつ三業さんごうをもつてもろもろの衆しゅ生じょうの虚こ誑おうの三業さんごうを治ちしたまふ。 すでに三業さんごうを治ちす、 身心しんしんともに柔にゅう軟なんの益やくを得うることその義ぎ分ぶん明みょうなり。

-答。依ニ↢¬論ノ註ノ¼意ニ↡、仏以テ↢三業ヲ↡治シタマフ↢諸ノ衆生ノ虚誑ノ三業ヲ↡。既ニ治ス↢三業ヲ↡、身心共ニ得コト↢柔軟ノ益ヲ↡其ノ義分明ナリ。

¬論ろんの註ちゅう¼ の下げにいはく、 「衆しゅ生じょう身見しんけんをもつてのゆゑに三さん塗ずの身しん・卑ひ賎せんの身しん・醜しゅう陋るの身しん・八難はちなんの身しん・流る転てんの身しんを受うく。 かくのごときらの衆しゅ生じょう、 阿あ弥陀みだ如来にょらいの相好そうごう光こう明みょうの身しんを見みたてまつれば、 上かみのごときの種々しゅじゅの身業しんごうの繋け縛ばく、 みな解げ脱だつすることを得えて、 如来にょらいの家いえに入いりて畢ひっ竟きょうじて平びょう等どうの身業しんごうを得う。」

-¬論1138ノ註ノ¼下ニ云、「▲衆生以ノ↢身見ヲ↡故ニ受ク↢三途ノ身・卑賎ノ身・醜陋ノ身・八難ノ身・流転ノ身ヲ↡。◆如キ↠是ノ等ノ衆生、見タテマツレバ↢阿弥陀如来ノ相好光明ノ身ヲ↡、如キノ↠上ノ種々ノ身業ノ繋縛、皆得テ↢解脱スルコトヲ↡、入テ↢如来ノ家ニ↡畢竟ジテ得↢平等ノ身業ヲ↡。」

また (論註巻下) いはく、 「衆しゅ生じょう邪見じゃけんをもつてのゆゑに心しんに分別ふんべつを生しょうじて、 もしは有うもしは無む、 もしは非ひもしは是ぜ、 もしは好こうもしは醜しゅう、 もしは善ぜんもしは悪あく、 もしは彼ひもしは此し、 かくのごときらの種々しゅじゅの分別ふんべつあり。 分別ふんべつをもつてのゆゑに長ながく三さん有ぬに淪しずみて、 種々しゅじゅの分別ふんべつの苦く・取捨しゅしゃの苦くを受うく。 長ながく長じょう夜やに寝いねて、 出しゅつ期ごあることなし。 この衆しゅ生じょうもし阿あ弥陀みだ如来にょらいの平びょう等どうの光こう照しょうに遇あひ、 もし阿あ弥陀みだ如来にょらいの平びょう等どうの意こころ業ごうを聞きけば、 これらの衆しゅ生じょう上かみのごときの種々しゅじゅの↓意い業ごうの繋け縛ばく、 みな解げ脱だつすることを得えて、 如来にょらいの家いえに入いりて畢ひっ竟きょうじて平びょう等どうの意い業ごうを得う。」 以上

-又云、「▲衆生以ノ↢邪見ヲ↡故ニ心ニ生ジテ↢分別ヲ↡、若ハ有若ハ無、若ハ非若ハ是、若ハ好若ハ醜、若ハ善若ハ悪、若ハ彼若ハ此、有リ↢如↠是ノ等ノ種々ノ分別↡。以ノ↢分別ヲ↡故ニ長ク淪テ↢三有ニ↡、受ク↢種々ノ分別ノ苦・取捨ノ苦ヲ↡。長ク寝テ↢長夜ニ↡、無シ↠有コト↢出期↡。◆是ノ衆生若シ遇ヒ↢阿弥陀如来ノ平等ノ光照ニ↡、若シ聞ケバ↢阿弥陀如来ノ平等ノ意業ヲ↡、是等ノ衆生如ノ↠上ノ種々ノ意業ノ繋縛、皆得テ↢解脱スルコトヲ↡、入テ↢如来ノ家ニ↡畢竟ジテ得↢平等ノ意業ヲ↡。」 已上

二に文もん次ついでのごとく身心しんしんの益やくを明あかす。

-二文如ク↠次ノ明ス↢身心ノ益ヲ↡。

問とふ。 いまの解げ釈しゃくの中なかに柔にゅう軟なんの言ことばなし、 いかん。

-問。今ノ解釈ノ中ニ無シ↢柔軟ノ言↡、如何。

答こたふ。 柔にゅう軟なんの言ことば、 しばらく瞋しんに約やくすといへども広ひろく論ろんぜば貪とん痴ち二に惑わくを遮しゃせず。 いまの解げ釈しゃくの中なかに、 ↑意い業ごうの益やくを解げするに柔にゅう軟なんと言いはず、 ただ繋け縛ばく解げ脱だつの徳とくを明あかす。 ここに知しんぬ、 この義ぎすなはちこれ柔にゅう軟なんなり。 これに準じゅんじて知しるべし、 身業しんごうに明あかすところの繁け縛ばく解げ脱だつ、 同おなじく柔にゅう軟なんたりといふことを。

-答。柔軟ノ之言、且ク雖↠約スト↠嗔ニ広ク論ゼバ不↠遮セ↢貪癡ノ二惑ヲ↡。今ノ解釈ノ中ニ、解スルニ↢意業ノ益ヲ↡不↠言↢柔軟ト↡、只明ス↢繋縛解脱ノ之徳ヲ↡。是ニ知ヌ、此ノ義即是 レ柔軟ナリ。准ジテ↠之ニ可シ↠知ル、身業ニ所ノ↠明ス繁縛解脱、同ク為タリトイフコトヲ↢柔軟↡。

問とふ。 如来にょらいの所しょ治ち三業さんごうに亘わたらば、 経きょう文もんなんがゆゑぞ口く業ごうを挙あげざる。

-問。如来ノ所治亘ラ↢三業ニ↡者、経文何ガ故ゾ不ル↠挙↢口業ヲ↡。

答こたふ。 ただこれ文もんの略りゃくせるなり。 義ぎはかならずこれあり、 口くをもつて身しんに摂せっす。 すなはち開合かいごうならくのみ。 あるいは色しき・心しんといひ、 あるいは身しん・意いといふに、 口くはこれ身しんの摂しょう、 また色しきの摂しょうなり。 その益やくあまねく三業さんごうに渉わたることを信しんずべし。

-答。唯是 レ文ノ略セルナリ。義ハ必有リ↠之、以テ↠口ヲ摂ス↠身ニ。即開合ナラク耳ノミ。或ハ云ヒ↢色・心ト↡、或ハ云ニ↢身・意ト↡、口ハ是身ノ摂、又色ノ摂也。可シ↠信ズ↣其ノ益普ク渉コトヲ↢三業ニ↡。

ゆゑに ¬論ろん¼ と ¬註ちゅう¼ と同おなじく三業さんごうに亘わたりてその功く徳どくを嘆たんず。 ¬註ちゅう¼ (論註巻下) に荘しょう厳ごん口く業ごうの徳とくを釈しゃくしていはく、 「衆しゅ生じょう憍きょう慢まんをもつてのゆゑに、 正しょう法ぼうを誹ひ謗ほうし、 賢げん聖じょうを毀呰きしし、 尊そん長ちょうを捐えん斥しゃくす。 かくのごときの人ひと、 抜舌ばつぜつ瘖おん瘂あの苦く・言ごん教きょう不ふ行ぎょうの苦く・無む名みょう聞もんの苦く、 かくのごときらの種々しゅじゅの諸しょ苦くを受うくべし。 衆しゅ生じょう阿あ弥陀みだ如来にょらい至し徳とくの名みょう号ごう説法せっぽうの音おん声じょうを聞きけば、 上かみのごときの種々しゅじゅの口く業ごうの繋け縛ばく、 みな解げ脱だつすることを得えて、 如来にょらいの家いえに入いりて畢ひっ竟きょうじて平びょう等どうの口く業ごうを得う。」 以上

-故ニ¬論ト¼与 ト ↠¬註¼同ク亘テ↢三業ニ↡嘆ズ↢其ノ功徳ヲ↡。¬註ニ¼釈シテ↢荘厳口業ノ徳ヲ↡云ク、「▲衆1139生以ノ↢憍慢ヲ↡故ニ、誹↢謗シ正法ヲ↡、毀↢呰シ賢聖ヲ↡、捐ステ↢斥シヤクキラフス尊長ヲ↡。◆如ノ↠是ノ人、応シ↠受ク↢抜舌瘖瘂ノ苦・言教不行ノ苦・無名聞ノ苦、如↠是ノ等ノ種々ノ諸苦ヲ↡。衆生聞ケバ↢阿弥陀如来至徳ノ名号説法ノ音声ヲ↡、如ノ↠上ノ種々ノ口業ノ繋縛、皆得テ↢解脱スルコトヲ↡、入テ↢如来ノ家ニ↡畢竟ジテ得↢平等ノ口業ヲ↡。」 已上

問とふ。 摂取せっしゅの益やくを蒙こうぶることは、 十じゅう二にと当願とうがんといづれの願がんの益やくぞや。

-問。蒙コトハ↢摂取ノ益ヲ↡、十二ト当願ト何ノ願ノ益ゾ耶。

答こたふ。 一仏いちぶつの光こう明みょうさらに隔へだつるところなし。 両りょう願がんの利り益やくあながちに違い害がいせず。 ただ第だい十じゅう二には摂しょう法身ほっしんなるがゆゑに仏ぶつの自利じりに約やくす。 第だい三さん十じゅう三さんは摂しょう衆しゅ生じょうなるがゆゑに仏ぶつの利他りたに約やくす。 ゆゑに摂取せっしゅの益やくは利他りたの辺へんに就つきて、 しばらく当願とうがんに約やくするにその義ぎ便べんあり。

-答。一仏ノ光明更ニ無シ↠所↠*隔ル。両願ノ利益強ニ不ズ↢違害セ↡。但第十二ハ摂法身ナルガ故ニ約ス↢仏ノ自利ニ↡。第三十三ハ摂衆生ナルガ故ニ約ス↢仏ノ利他ニ↡。故ニ摂取ノ益ハ就テ↢利他ノ辺ニ↡、且ク約スルニ↢当願ニ↡其ノ義有リ↠便。

このゆゑに憬きょう興ごうは当願とうがんを名なづけて (述文賛巻中) 「蒙光もうこう獲ぎゃく利り」 といふ、 寂じゃくは (大経義記巻中) 「光こう明みょう摂しょう益やくの願がん」 といふ。 両りょう師しの立りつ名みょうその意こころここにあり。

-是ノ故ニ憬興ハ当願ヲ名テ云↢「蒙光獲利ト」↡、寂ハ云↢「光*明摂益ノ之願ト」↡。両師ノ立名其ノ意在リ↠斯ニ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 聞名得忍願文

【77】第だい三さん十じゅう四しは聞もん名みょう得忍とくにんの願がん。

-▲第三十四ハ聞名得忍ノ願。

問とふ。 ただ聞もん名みょうの力ちからただちに無む生しょうを得うること、 たとひ仏願ぶつがんなりといへども信しんじがたし、 いかん。

-問。唯聞名ノ力直チニ得コト↢無生ヲ↡、縦ヒ雖↢仏願也ト↡難シ↠信ジ、如何。

答こたふ。 四し十じゅう八願はちがんみな徒と設せつならず。 すでにこれ仏願ぶつがんなり、 なんぞ疑ぎ惑わくを抱いだかん。 もしこの願がんを疑うたがはば余よ願がんもまたしかるなり。 たとひただ聞きくといへどもただ仰信ごうしんすべし。 いはんや聞もん名みょうとはすなはち称名しょうみょうなるべし。

-答。四十八願皆不↢徒設ナラ↡。既ニ是 レ仏願ナリ、何ゾ抱カン↢疑惑ヲ↡。若シ疑ハヾ↢此ノ願ヲ↡余願モ亦然ナリ。縦ヒ雖↢但聞ト↡唯可シ↢仰信ス↡。況ヤ聞名ト者即可シ↢称名ナル↡。

なにをもつてか知しることを得うる。 次下つぎしもの女人にょにん往おう生じょうの願がん、 聞もん名みょうと説とくといへども、 ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ にこの願がんを引ひきて 「称しょう仏ぶつ名みょう号ごう」 といふ。 もつとも準じゅん拠きょすべし。

-何ヲ以テカ得ル↠知コトヲ。次下ノ女人往生ノ之願、雖↠説ト↢▲聞名ト↡、¬観念法門ニ¼引テ↢比ノ願ヲ↡云フ↢「▲称仏名号ト」↡。尤可シ↢准拠ス↡。

問とふ。 所しょ被ひの機き、 衆しゅ生じょうといふは凡ぼん聖しょうの中なかにはいづれぞ。

-問。所被ノ之機、言↢▲衆生ト↡者凡聖ノ中ニハ何ゾ。

答こたふ。 これはこれ凡ぼん夫ぶ。 衆しゅ生じょうの名な凡ぼん聖しょうに通つうずといへども、 その聖しょうにおいてはみな菩ぼ薩さつといふ。 いま衆しゅ生じょうといふ、 ただこれ凡ぼん夫ぶなり。

-答。此ハ是 レ凡夫。衆生ノ之名雖↠通ズト↢凡聖ニ↡、於↢其ノ聖ニ↡者皆云↢菩薩ト↡。今云フ↢衆生ト↡、只是凡夫ナリ。

問とふ。 いふところの 「無む生しょう」 はいづれの位くらいに得うるや。

-問。所ノ↠言フ「▲無生ハ」何1140ノ位ニ得耶。

答こたふ。 地じ上じょうの無む生しょうなり。 ただしあるいは初しょ地じ、 あるいは第七だいしち地じ、 得とく無む生しょうの位くらい異い説せつありといへどもともに地じ上じょうなり。

-答。地上ノ無生ナリ。但シ或ハ初地、或ハ第七地、得無生ノ位雖↠有↢異説↡共ニ地上也。

問とふ。 当巻とうかんの中なかにこの二に願がんを引ひく、 なんの意こころかあるや。

-問。当巻ノ之中ニ引ク↢此ノ二願ヲ↡、有↢何ノ意カ↡耶。

答こたふ。 まづ上かみの願がんを引ひくことは、 触光そっこう柔にゅう軟なんはこれ光こう明みょうの益やくなり。 けだし光こう明みょう・名みょう号ごうの勝しょう利りによりてその往益おうやくを得うること肝要かんようたるがゆゑに。

-答。先ヅ引コトハ↢上ノ願ヲ↡、触光柔軟ハ是 レ光明ノ益ナリ。蓋シ依テ↢光明・名号ノ勝利ニ↡得コト↢其ノ往益ヲ↡為ガ↢肝要↡故ニ。

¬礼讃らいさん¼ の釈しゃくにいはく、 「以い光こう明みょう名みょう号ごう摂せっ化け十方じっぽう。」 以上

-¬礼讃ノ¼釈ニ云ク、「▲以光明名号摂化十方。」 已上

黒谷くろだに ¬三さん部ぶ経きょうの講こう釈しゃく¼ (三部経大意) にいはく、 「光こう明みょうの縁えん・名みょう号ごうの因いん、 因縁いんねん和わ合ごうしてしかも摂取せっしゅ不ふ捨しゃの益やくを蒙こうぶる。」 以上

-黒谷¬三部経ノ講釈ニ¼云、「光明ノ之縁・名号ノ之因、因縁和合シテ而モ蒙ル↢摂取不捨ノ之益ヲ↡。」 已上

次つぎの願がんは同おなじく聞もん名みょうの益やくを説とくがゆゑに。

-次ノ願ハ同ク説ガ↢聞名ノ益ヲ↡故ニ。

問とふ。 聞もん名みょうの益やくを説とくことはただこの願がんのみにあらず、 その数かずこれ多おおし。 なんぞ限かぎりて引ひくや。

-問。説コトハ↢聞名ノ益ヲ↡非ズ↢但 ヾ此願ノミニ↡、其ノ数多シ↠之。何ゾ限テ引耶。

答こたふ。 多たを引ひき一いちを引ひく、 その義ぎ妨さまたげなし。 聞もん名みょうを尽つくさずは、 この難なん尽つくることなからん。 しかるに無む生しょう忍にんは行ぎょう者じゃの所しょ期ごなり。 その勝しょう益やくに就つきてことにこれを引ひくか。

-答。引キ↠多ク引ク↠一ヲ、其ノ義無シ↠妨。不ハ↠尽↢聞名ヲ↡、此ノ難無ラン↠尽コト。而ニ無生忍ハ行者ノ所期ナリ。就テ↢其ノ勝益ニ↡殊ニ引↠之歟。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『如来会』文

【78】次つぎに ¬如来にょらい会え¼ の文もん、

▲次ニ¬如来会ノ¼文、

意こころ ¬大だい経きょう¼ に同おなじ。 かれは 「柔にゅう軟なん」 と説とき、 これは 「安楽あんらく」 といふ。 安楽あんらくはすなはちこれ柔にゅう軟なんの義ぎ広ひろく三業さんごうに亘わたる、 その義ぎ知しんぬべし。

-意同ジ↢¬大経ニ¼↡。彼ハ説キ↢「▲柔軟ト」↡、此ハ云フ↢「▲安楽ト」↡。安楽ハ即是柔軟ノ之義広ク亘ル↢三業ニ↡、其ノ義応シ↠知ル。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 諸経文

【79】次つぎに ¬大だい¼・¬観かん¼ 等とうの経きょう文もん。

▲次ニ¬大¼・¬観¼等ノ経文。

あるいは上かみに引ひきあるいは下しもにこれを引ひくといへども、 もしは一いっ句くを略りゃくしもしは一言いちごんを抜ぬきて、 上かみの文もんを助じょ成じょうして讃揚さんようすらくのみ。

-雖↢或ハ上ニ引キ或ハ下ニ引ト↟之ヲ、若ハ略シ↢一句ヲ↡若ハ抜テ↢一言ヲ↡、助↢成シテ上ノ文ヲ↡讃揚スラク而已。

「其有ごう」 とらは、 下げ巻かん (大経) の中なか 「仏告ぶつごう弥み勒ろく」 の下しも、 勧人かんにん修捨しゅしゃの文もんなり。 義ぎ寂じゃく師し (大経義記巻下) 同おなじき科か段だんを釈しゃくしていはく、 「これすなはち勧すすめて無む染ぜん清浄しょうじょう心しんを修しゅ習じゅうせしむ。」 以上

-「▲其有ト」等者、下巻之中「▲仏告弥勒ノ」之下、勧人修捨ノ文也。義寂師釈シテ↢同キ科段ヲ↡云、「此即勧テ令ム↣修↢習セ無染清浄心ヲ↡。」 已上

「智慧ちえ明みょう達だつ功く徳どく」 とらは、 その徳とくまづ生しょう後ごの益やくを指さす。 ただしまた現げん生しょうに通つうずる義ぎあるべし。 もしその義ぎに約やくせば、 念仏ねんぶつ修しゅ行ぎょうの人ひとかならずしも智慧ちえ功く徳どくを獲ぎゃく得とくすべしといふにはあらず。 その頓断とんだん生しょう死じの功こうを謂おもふに、 義ぎ智ちを得え功く徳どくを得うるに当あたるなり。

-「▲智恵明達功徳ト」等者、其ノ徳先ヅ指ス↢生後之益ヲ↡。但シ亦可シ↠有↧通ズル↢現生ニ↡義↥。若シ約セバ↢1141其ノ義ニ↡、非ズ↠謂ニハ↤念仏修行ノ之人可シト↣必シモ獲↢得ス智恵功徳ヲ↡。謂フニ↢其ノ頓断生死ノ之功ヲ↡、義当ル↣得エ↠智得ルニ↢功徳ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『安楽集』五文

【80】次つぎに ¬安楽あんらく集しゅう¼ の上じょうの文もん。 所引しょいんに総そうじて五ご段だんあり、 「乃ない至し」 の言ことばを置おきてその文もんの別べつを示しめす。

▲次ニ¬安楽集ノ¼上ノ文。所引ニ総ジテ有リ↢五段↡、置テ↢「乃至ノ」言ヲ↡示ス↢其ノ文ノ別ヲ↡。

【81】最初さいしょの文もんは、 第一だいいち大門だいもんに九く門もんを作つくる中なかに、 いまの文もんは第だい二にの章しょう段だんの釈しゃくなり。 また当とう章しょうの中なかに六ろくある内うち、 いまの文もんは初はじめに ¬大集だいじっ経きょう¼ の説せつによる。

▲最初ノ文者、第一大門ニ作ル↢九門ヲ↡中ニ、今ノ文ハ第二ノ章段ノ釈也。又当章ノ中ニ有ル↠六之内、今ノ文ハ初依ル↢¬大集経ノ¼説ニ↡。

よりて ¬集しゅう¼ (安楽集巻上) の正しょう文もん 「方ほう軌き者しゃ」 の下しも、 「大集だいじっ経きょう」 の上かみに見みるに、 「於お中ちゅう有う六ろく第一だいいち」 等とうの六ろく字じあり。 初はじめの所引しょいん四し行ぎょう余よはこれその釈しゃくなり。

-仍テ¬集ノ¼正文「方軌者ノ」下、「大集経ノ」上ニ見ニ、有リ↢「▲於中有六第一」等ノ之六字↡。▲初之所引四行余者是 レ其ノ釈也。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 上じょう巻かんの終おわりならびに下げ巻かんの始はじめを略りゃくす、 ゆゑにこの言ことばあり。

-次ニ「▲乃至ト」者、略ス↢上巻ノ終並ニ下巻ノ始ヲ↡、故ニ有リ↢此ノ言↡。

【82】次つぎの文もんは下げ巻かんの大門だいもん第だい四しに三番さんばんある中なかに、 二にに彼此ひしの諸しょ経きょうを引ひきて多おおく念仏ねんぶつ三昧ざんまいを明あかして宗しゅうとする中なかに八番はちばんの釈しゃくあり。 いまの文もんはその第三だいさん番ばんに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ による文もんなり。

▲次ノ文ハ下巻ノ大門第四ニ有↢三番↡中ニ、二ニ引テ↢彼此ノ諸経ヲ↡多ク明シテ↢念仏三昧ヲ↡為スル↠宗ト之中ニ有リ↢八番ノ釈↡。今ノ文ハ其ノ第三番ニ依ル↢¬涅槃経ニ¼↡文也。

「而作にさ」 とらは、 ある一本いっぽんを見みるに、 「作さ」 をもつて 「住じゅう」 となす。 もし 「作さ」 の義ぎによらば、 諸仏しょぶつ世せ尊そん、 その行ぎょう人にんのためにかつは供く養ようを受うけかつは利り益やくを施ほどこす。 もし 「住じゅう」 の義ぎによらば、 諸仏しょぶつ世せ尊そん、 その人ひとの辺へんに住じゅうして前さきのごとく受じゅ施せす。 いまの文もんはかの ¬経きょう¼ の第だい十じゅう八巻はちかん取しゅ意いの文もんなり。

-「▲而作ト」等者、見ニ↢或ル一本ヲ↡、以テ↠「作ヲ」為ス↠「▲住ト」。若シ依ラバ↢「作ノ」義ニ↡、諸仏世尊、為 メニ↢其ノ行人ノ↡且ハ受ケ↢供養ヲ↡且ハ施ス↢利益ヲ↡。若シ依ラバ↢「住ノ」義ニ↡、諸仏世尊、住シテ↢其ノ人ノ辺ニ↡如ク↠前ノ受施ス。今ノ文ハ彼ノ¬経ノ¼第十八巻取意ノ文也。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 同おなじき八番はちばんの中なかに、 これ第だい四し・第だい五ごの両りょう番ばんを除のぞく。

-次ニ「▲乃至ト」者、同キ八番ノ中ニ、此レ除ク↢第四・第五ノ両番ヲ↡。

【83】次つぎは ¬智ち論ろん¼ による第六だいろく番ばんの文もんなり。

▲次ハ依ル↢¬智論ニ¼↡第六番ノ文ナリ。

これによりて本ほんの中なかに 「依え大だい」 の*下しもに 「第六だいろく」 (安楽集巻下) の字じあり。 いまの文もんはかの ¬論ろん¼ の第七だいしち巻かんの中なかの取しゅ意いの文もんなり。

-依テ↠之ニ本ノ中ニ「依大ノ」之下ニ有リ↢「▲第六ノ」之字↡。今ノ文ハ彼ノ¬論ノ¼第七巻ノ中ノ取意ノ文也。

【84】次つぎの文もんは上じょう巻かん第三だいさん大門だいもんに三番さんばんある中なかに、 第一だいいちに発ほつ菩ぼ提だいを明あかす文もんにまた四し番ばんあり。 その中なかの第一だいいちに菩ぼ提だいの心しんの功く用ゆうを出いだす初はじめの文もんなり。

▲次1142ノ文ハ上巻第三大門ニ有ル↢三番↡中ニ、第一ニ明ス↢発菩提ヲ↡文ニ又有リ↢四番↡。其ノ中ノ第一ニ出ス↢菩提ノ心ノ功用ヲ↡初ノ文ナリ。

「大だい経きょうにのたまはく」 とは、 三輩さんぱいの文もんを指さす。 現げん行こうの本文ほんもんにいささかその異いあり。 「周しゅう遍へん法界ほっかい」 をあるいは 「遍へん周しゅう」 といふ。 また 「法界ほっかい」 の下しもにさらに二句にくあり、 「此し心しん究く竟きょう等とう若にゃく虚こ空くう」 の八はち字じこれなり。

-「▲大経ニ云ト」者、指ス↢三輩ノ文ヲ↡。現行ノ本文ニ聊有リ↢其ノ異↡。「周遍法界ヲ」或ハ云フ↢「▲遍周ト」↡。又「法界ノ」下ニ更ニ有リ↢二句↡、「▲此心究竟等若虚空ノ」八字是也。

「傾きょう無む」 とらは、 いふこころは無始むし輪りん回ねの苦く報ほうを断たつ。 ¬止し観かん¼ の一いち (巻一上) にいはく、 「善悪ぜんあく輪環りんかんす。」 ¬弘ぐ決けつ¼ (輔行巻一) に釈しゃくしていはく、 「善ぜんは非ひ想そうに通つうじ、 悪あくは無む間けんに極きわまる。 昇のぼりてまた沈しずむ、 ゆゑに名なづけて輪りんとなす。 無始むし無む際さいなり、 これを喩たとふるに環かんのごとし。」 以上

-「▲傾無ト」等者、言イ ハ断ツ↢無始輪廻ノ苦報ヲ↡。¬止観ノ¼一ニ云ク、「善悪輪環ス。」¬弘決ニ¼釈シテ云ク、「善ハ通ジ↢非想ニ↡悪ハ極マル↢無間ニ↡。昇而復沈ム、故ニ名テ為ス↠輪ト。無始無際ナリ、喩ニ↠之ヲ如シ↠環ノ。」 已上

この文もんの前ぜん後ごにおのおの 「乃ない至し」 といふ。 上かみの 「乃ない至し」 に就つきて、

-此ノ文ノ前後ニ各言フ↢「乃至ト」↡。就テ↢▲上ノ「乃至ニ」↡、

問とふ。 常じょう途ずの義ぎに準じゅんずるに、 乃ない至しといふは、 もしは一段いちだん、 もしは一いち部ぶの中なかにおいて、 中なかを略りゃくする言ことばなり。 いま ¬大だい経きょう¼ の釈しゃく文もんを引ひくは上じょう巻かん、 上かみに ¬智ち論ろん¼ の釈しゃく文もんを引ひくは下げ巻かん。 逆ぎゃく次しの引用いんよう錯乱さくらんの上うえ、 「乃ない至し」 の言ことばその義ぎ思おもひがたし、 いかん。

-問。准ズルニ↢常途ノ義ニ↡、言↢乃至ト↡者、於テ↢若ハ一段、若ハ一部ノ中ニ↡、略スル↠中ヲ言也。今引クハ↢¬大経ノ¼釈文ヲ↡上巻、上ニ引クハ↢¬智論ノ¼釈文ヲ↡下巻。逆次ノ引用錯乱ノ之上、「乃至ノ」之言其ノ義難シ↠思ヒ、如何。

答こたふ。 所難しょなんまことにしかなり。 ただし試こころみにこれを解げせば、 上下かみしもの 「乃ない至し」 ともに所引しょいんの ¬大だい悲ひ経きょう¼ の文もんに対たいす。 かの文もんは下げ巻かんの第だい五ご大門だいもんに四し番ばんある中なかに、 第一だいいちにひろく修道しゅどうの延促えんそくを明あかして、 すみやかに不ふ退たいを獲えしめんと欲ほっする中なかに、 多おおくの経きょう説せつを引ひくその一いちの文もんなり。 ただし中ちゅう間げんに上じょう巻かんの文もんを引ひく意こころは、 ¬大論だいろん¼ に明あかすところの念仏ねんぶつ三昧ざんまいと ¬大だい悲ひ経きょう¼ の相続そうぞく念仏ねんぶつと、 これ一法いっぽうなるがゆゑに。 その二に文もんの中なかに、 菩ぼ提だい心しんを挙あげてこの心しん念仏ねんぶつを信しん行ぎょうする信心しんじんたることを顕あらわさんがためのゆゑに、 中ちゅう間げんにこれを引ひきて上下かみしもに被かぶらしむるなり。

-答。所難誠ニ然ナリ。但シ試ニ解セバ↠之ヲ、上下ノ「乃至」共ニ対ス↢所引ノ¬大悲経ノ¼文ニ↡。彼ノ文ハ下巻ノ第五大門ニ有ル↢四番↡中ニ、第一ニ汎ク明シテ↢修道ノ延促ヲ↡、欲スル↠令ント↣速ニ獲↢不退ヲ↡之中ニ、引ク↢多ノ経説ヲ↡其ノ一ノ文也。但シ中間ニ引ク↢上巻ノ文ヲ↡意ハ、¬大論ニ¼所ノ↠明ス念仏三昧ト与 ト ↢¬大悲経ノ¼相続念仏↡、是 レ一法ナルガ故ニ。其ノ二文ノ中ニ、挙グ↢菩提心ヲ↡為ノ↠顕サンガ↧此ノ心信↢行スル念仏ヲ↡之信心タルコトヲ↥故ニ、中間ニ引テ↠之ヲ被シムル↢上下ニ↡也。

【85】後のちの文もんの中なかに 「若にゃく専せん」 とらは、 これ自利じりに約やくして往おう生じょうの益やくを明あかす。 「若にゃく能のう」 とらは、 これ利他りたに約やくして大だい悲ひの益やくを明あかす。

▲後ノ文ノ之中ニ「▲若専ト」等者、是 レ約シテ↢自利ニ↡明ス↢往生ノ益ヲ↡。「▲若能ト」等者、是 レ約シテ↢利他ニ↡明ス↢大1143悲ノ益ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『般舟讃』三文

【86】次つぎに大だい師しの釈しゃく、 総そうじて八文はちもんあり。

▲次ニ大師ノ釈、総ジテ有リ↢八文↡。

初はじめの釈しゃくの中なかに 「唯恨ゆいこん」 とらは、 疑うたがいを誡いましめ信しんを勧すすめてその冥みょう応おう自じ然ねんに忤たがはざることを示しめす。 「忤ご」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「五故ごこ切せつ、 逆ぎゃくなり。」

-初ノ釈ノ之中ニ「▲唯*恨ト」等者、誡メ↠疑ヲ勧テ↠信ヲ示↢其ノ冥応自然ニ不コトヲ↟忤タガハ。「忤」¬玉篇ニ¼云、「五故切、逆也。」

「莫論まくろん」 とらは、 これ念仏ねんぶつすればかならず摂取せっしゅに預あずかりて求もとめざるにおのづから益やくすることを顕あらわす。

-「▲莫論ト」等者、是 レ顕ス↧念仏スレバ必預テ↢摂取ニ↡不ルニ↠求メ自ヲ 益スルコトヲ↥。

「意い在ざい」 とらは、 いふこころは仏願ぶつがんの意こころただ専心せんしん決けつ定じょうして回え心しんするにあり。 「専心せんしん」 といふは、 すなはちこれ一心いっしん専念せんねんの心しんならくのみ。

-「▲意在ト」等者、言イ ハ仏願ノ意唯在リ↢専心決定シテ廻心スルニ↡。言↢「▲専心ト」↡者、即是 レ一心専念ノ心ナラク耳ノミ。

【87】次つぎの文もんはこれ弥陀みだの仏恩ぶっとんを讃さんず。 苦くの娑しゃ婆ばを出いづることはひとへに如来にょらいの恩おんなり。

▲次ノ文ハ是 レ讃ズ↢弥陀ノ仏恩ヲ↡。出コトハ↢苦ノ娑婆ヲ↡偏ニ如来ノ恩ナリ。

【88】次つぎの文もんはこれ釈しゃ迦かの仏恩ぶっとんを嘆たんず。 「本ほん師し」 といふは、 教きょう主しゅ釈しゃく尊そん。 二に尊そんの力ちからによりて往おう生じょうの益やくを得う。 報恩ほうおんを勧すすめんがためにこの二に文もんを引ひく。

▲次ノ文ハ是 レ嘆ズ↢釈迦ノ仏恩ヲ↡。言↢「▲本師ト」↡者、教主釈尊。依テ↢二尊ノ力ニ↡得ウ↢往生ノ益ヲ↡。為ニ↠勧メンガ↢報恩ヲ↡引ク↢此ノ二文ヲ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『礼讃』二文

【89】次つぎの文もんは初しょ夜やの ¬礼讃らいさん¼ の偈げなり。

▲次ノ文ハ初夜ノ¬礼讃ノ¼偈也。

「仏ぶっ世せ」 とらは、 総そうじて仏ぶっ出しゅつの世よに遇あひがたきことを明あかし、 兼かねて仏法ぶっぽう難遇なんぐうの意こころを含ふくむ。 ¬大だい経きょう¼ (巻下) に 「如来にょらいの興こう世せ、 値もうあひがたく見みたてまつりがたし。 諸仏しょぶつの経きょう道どう、 得えがたく聞ききがたし。 菩ぼ薩さつの勝しょう法ぼう諸しょ波羅はら蜜みつ、 聞きくことを得うることまた難かたし」 といへる意こころによるがゆゑなり。

-「▲仏世ト」等者、総ジテ明シ↠難コトヲ↠遇↢仏出ノ之世ニ↡、兼テ含ム↢仏法難遇ノ之意ヲ↡。依ルガ↧¬大経ニ¼云ヘル↢「▲如来ノ興世、難ク↠値マウアヒ難シ↠見タテマツリ。諸仏ノ経道、難ク↠得難シ↠聞。菩薩ノ勝法諸波羅蜜、得コト↠聞コトヲ亦難シト」↡之意↥故也。

「遇聞ぐうもん」 とらは、 別べっして浄じょう土どの法ほうに遇あひがたきことを明あかす。

-「▲遇聞ト」等者、別シテ明ス↠難コトヲ↠遇↢浄土ノ之法ニ↡。

「希有けう法ほう」 とは、 弥陀みだの教きょうなり。 同どう文もん (大経巻下) に 「善ぜん知ぢ識しきに遇あひて、 法ほうを聞ききて↓よく行ぎょうずること、 これまた難かたしとなす」 といへる意こころによるがゆゑなり。

-「▲希有法ト」者、弥陀ノ教也。依ルガ↩同文ニ云ヘル↧「▲遇テ↢善知識ニ↡、聞テ↠法ヲ能ク行ズルコト、此亦為スト↞難シト」之意ニ↨故也。

「自じ信しん」 とらは、 これみづから信しんじ他たを教おしふる、 ともにまことに仏恩ぶっとんを報ほうずるにあることを明あかす。 上かみに↑能のう行ぎょうといふその言ことばの中なかに、 自利じり利り人にんの二に益やくを含がんすなり。

-「▲自信ト」等者、是 レ明ス↤自ミ 信ジ教フル↠他ヲ、共ニ在コトヲ↣真ニ報ズルニ↢仏恩ヲ↡。上ニ云フ↢能行ト↡其ノ言ノ中ニ、含ス↢自利々人ノ之二ノ益ヲ↡也。

【90】次つぎに同おなじき (礼讃) 日にっ中ちゅうの真身しんしん観かんの讃さん。

▲次1144ニ同キ日中ノ真身観ノ讃。

▲「唯ゆい有う」 とらは、

-「▲唯有ト」等者、

問とふ。 経きょう文もんにはただ 「念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう摂取せっしゅ不ふ捨しゃ」 と説ときて (観経) 余よを遮しゃする言ことばなし、 なんぞ 「唯ただ」 といふや。

-問。経文ニハ只説テ↢「▲念仏衆生摂取不捨ト」↡無シ↢遮スル↠余ヲ言↡、何ゾ云↠「唯ト」耶。

答こたふ。 次下つぎしもの句くに 「本願ほんがん為い強ごう」 といふ。 ここに 「唯ゆい有う」 といふ義ぎを知しるべし。 如来にょらい、 もと深じん重じゅうの願がんを発おこしたまふ時とき、 諸しょ行ぎょうを選えらび捨すてて本願ほんがんとなさず、 念仏ねんぶつを選えらび取とりて独ひとり本願ほんがんとなしたまふ。 因いん位にの本願ほんがんすでに諸しょ行ぎょうを遮しゃす、 正しょう覚がくの心光しんこう利り益やくなんぞ違いせん。 捨すつるところの行ぎょうなるがゆゑに余よ行ぎょうを照てらさず、 取とるところの行ぎょうなるがゆゑにただ念仏ねんぶつを摂せっす。 彼此ひしの行ぎょう人にん摂せっ不ぷ、 知しんぬべし。

-答。次下ノ句ニ云フ↢「▲本願為強ト」↡。可シ↠知ル↧此ニ云フ↢「唯有ト」↡之義ヲ↥。如来、本モト発シタマフ↢深重ノ願ヲ↡時、選ビ↢捨テゝ諸行ヲ↡不↠為↢本願ト↡、選↢取テ念仏ヲ↡独為シタマフ↢本願ト↡。因位ノ本願既ニ遮ス↢諸行ヲ↡、正覚ノ心光利益何ゾ違セン。所ノ↠捨行ナルガ故ニ不↠照サ↢余行ヲ↡、所ノ↠取ル行ナルガ故ニ唯摂ス↢念仏ヲ↡。彼此ノ行人摂不、応シ↠知ヌ。

ゆゑにこの ¬讃さん¼ において三さん経ぎょうの説せつを出いだす。 初はじめの二句にくは総そうじて当観とうかんの説せつを標ひょうす、 唯ゆい有うの一いっ句くは別べっして当観とうかんに就つきて摂取せっしゅの益やくの限かぎりて念仏ねんぶつにあることを示しめす。

-故ニ於テ↢此ノ¬讃ニ¼↡出ス↢三経ノ説ヲ↡。▲初ノ二句ハ総ジテ標ス↢当観ノ説ヲ↡、唯有ノ一句ハ別シテ就テ↢当観ニ↡示ス↣摂取ノ益ノ限テ在コトヲ↢念仏ニ↡。

「当とう知ち」 とらは、 ¬大だい経きょう¼ の意こころを明あかす。 「十方じっぽう」 とらは、 ¬小経しょうきょう¼ の意こころによる。 「専せん称しょう」 とらは、 別べっして ¬小経しょうきょう¼ を指さして総そうじて三さん経ぎょう名みょう号ごうを宗しゅうとすることを明あかす。

-「▲当知ト」等者、明ス↢¬大経ノ¼意ヲ↡。「▲十方ト」等者、依ル↢¬小経ノ¼意ニ↡。「▲専称ト」等者、別シテ指シテ↢¬小経ヲ¼↡総ジテ明ス↢三経名号ヲ為スルコトヲ↟宗ト。

「十じゅう地じ」 とらは、 これ衆しゅ生じょう本ほん有うの具ぐ徳とく、 法ほっ性しょうの土どに至いたりてまさに顕現けんげんすべきことを明あかす。 これ十じゅう地じ究く竟きょうの徳とくを顕あらわす、 さらに本ほん無む今こん有うの徳とくにあらず。 もし酬しゅう因いん感かん果かの理りによりてその自じ力りき修しゅ入にゅうの義ぎを論ろんずれば、 成じょうといふべきか、 彰しょうといふべからず。 また自じ然ねんといふべからざるのみ。

-「▲十地ト」等者、是 レ明ス↧衆生本有ノ具徳、至テ↢法性ノ土ニ↡方ニ可コトヲ↦顕現ス↥。是 レ顕ス↢十地究竟ノ之徳ヲ↡、更ニ非ズ↢本無今有之徳ニ↡。若シ依テ↢酬因感果ノ之理ニ↡論ゼバ↢其ノ自力修入ノ之義ヲ↡、可↠云↠成ト歟、不↠可↠云↠彰ト。又不↠可カラ↠云↢自然ト↡而已ノミ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『観念法門』文

【91】▲次つぎの文もんは ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ の釈しゃくなり。

▲次ノ文ハ¬観念法門ノ¼釈也。

この文もん同おなじく真身しんしん観かんの意こころによる。 上かみの文もんには 「唯ただ」 といひこの釈しゃくには 「x但ただ」 といふ。 雑業ぞうごうの行ぎょう者じゃ照摂しょうしょうを蒙こうぶらず、 念仏ねんぶつの行ぎょう人にん独ひとり光こう摂しょうを得う。 深ふかく経きょうの意こころを解げすること解げ釈しゃく分ぶん明みょうなり。

-此ノ文同ク依ル↢真身観ノ意ニ↡。上ノ文ニハ云ヒ↠「▲唯ト」此ノ釈ニハ云フ↠「▲但ト」。雑業ノ行者不↠蒙↢照摂ヲ↡、念仏ノ行人独得↢光*摂ヲ↡。深ク解スルコト↢¬経ノ¼意ヲ↡解釈分明ナリ。

「心光しんこう」 といふは、 これ光ひかりに身相しんそう・心想しんそうを分わかちてその体たい各別かくべつなるにあらず、 ただ義ぎ門もんに就つきてよろくその意こころを得うべし。 仏ぶつの慈悲じひ摂しょう受じゅの心しんをもつて照しょう触そくするところの光ひかり、 これを 「心光しんこう」 と名なづく。 これ念仏ねんぶつの行ぎょう、 仏心ぶっしんと相応そうおうす。 その仏心ぶっしんとは慈悲じひを体たいとなす。

-言↢「▲心光ト」↡者、此非ズ↧光ニ分テ↢身相・心想ヲ↡其ノ体各別ナルニ↥、只就テ↢義門ニ↡宜クシ↠得↢其ノ意ヲ↡。以テ↢仏1145ノ慈悲摂受ノ之心ヲ↡所ノ↢照触スル↡光、名ク↢之ヲ「心光ト」↡。是 レ念仏ノ行、相↢応ス仏心ト↡。其ノ仏心ト者慈悲ヲ為ス↠体ト。

これをもつて経きょう (観経) にいはく、 「仏心ぶっしんとは大だい慈悲じひこれなり。 無む縁えんの慈じをもつてもろもろの衆しゅ生じょうを摂せっす。」 以上 このゆゑに称名しょうみょうの行ぎょう人にんを照しょう触そくする大だい悲ひの光ひかり、 心しんの称しょうを得うらくのみ。 これに準じゅんじてわたくしに案あんずるに、 観仏かんぶつ三昧ざんまい所観しょかん所見しょけんの光こう明みょう等とう、 身光しんこうの名なに預あずかるべきものか。

-是ヲ以テ¬経ニ¼ク云、「▲仏心ト者大慈悲是ナリ。以テ↢無縁ノ慈ヲ↡摂ス↢諸ノ衆生ヲ↡。」 已上 是ノ故ニ照↢触スル称名ノ行人ヲ↡之大悲ノ光、得ラク↢心ノ称ヲ耳。准ジテ↠之ニ私ニ案ズルニ、観仏三昧所観所見之光明等、可キ↠預カル↢身光之名ニ↡者耶。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・「序分義」文

【92】次つぎの所引しょいんの文もん、 「序分じょぶん義ぎ」 の中なかの示じ観かん縁えんの釈しゃくなり。

▲次ノ所引ノ文、「序分義ノ」中ノ示観縁ノ釈ナリ。

「心しんといふ」 とらは、 観かん成じょうの相そうに約やくす。 ただし外そとに観門かんもんの益やくを標ひょうすといへども、 内うちに念仏ねんぶつ所得しょとくの益やくを顕あらわす。 知しるゆゑは、 清浄しょうじょう業ごうといふ。 まづ懴さん悔げに約やくして清浄しょうじょうを釈しゃくすといへども、 後のちに念仏ねんぶつ滅罪めつざいの義ぎに就つきて清浄しょうじょうの義ぎを釈しゃくす。

-「▲言↠心ト」等者、約ス↢観成ノ相ニ↡。但シ雖↣外ニ標スト↢観門ノ之益ヲ↡、内ニ顕ス↢念仏所得ノ之益ヲ↡。所↢以知ル↡者、云フ↢清浄業ト↡。先ヅ約シテ↢懴悔ニ↡雖↠釈スト↢清浄ヲ↡、後ニ就テ↢念仏滅罪之義ニ↡釈ス↢清浄ノ義ヲ↡。

すなはちかの文もん (序分義) にいはく、 「下しもの観門かんもんによりて専心せんしんに念仏ねんぶつすれば、 想おもいを西方さいほうに注とどめて、 念々ねんねんに罪つみ除のぞこるゆゑに清浄しょうじょうなり。」 以上 その機きまた (序分義意) 「煩悩ぼんのう賊害ぞくがい失しつ此し法財ほうざい」 といふ。

-則彼ノ文ニ云、「▲依テ↢下ノ観門ニ↡専心ニ念仏スレバ、注トヾメテ↢想ヲ西方ニ↡、念々ニ罪除コル故ニ清浄也。」 已上 其ノ機又云フ↢「▲煩悩賊*害失此法財ト」↡。

これ念仏ねんぶつ所しょ被ひの機きを顕あらわす。 ゆゑに知しんぬ、 得うるところの無む生しょうの益やく、 これまた念仏ねんぶつの益やくにあるべし。 ゆゑに 「踊ゆ躍やく」 といふ。 「この喜よろこびによる」 といひ、 「喜き忍にんを得う」 といふ、 これ信心しんじん歓かん喜ぎの得益とくやくを顕あらわす。

-是 レ顕ス↢念仏所被ノ之機ヲ↡。故ニ知ヌ、所ノ↠得ル無生ノ之益、是又可シ↠在ル↢念仏ノ之益ニ↡。故ニ云フ↢「▲踊躍ト」↡。云ヒ↠「▲因ヨルト↢此ノ喜ニ↡」、云フ↠「▲得ト↢喜忍ヲ↡」、是 レ顕ス↢信心歓喜ノ得益ヲ↡。

「悟ご忍にん」 といふは、 仏ぶっ智ちを悟さとるがゆゑに。 「信忍しんにん」 といふは、 すなはちこれ信心しんじん成じょう就じゅの相そうなり。 上しょう人にん当巻とうかんにこの文もんを引ひかるること、 さらに観門かんもんの益やくに備そなへられず、 これ念仏ねんぶつ得益とくやくの辺へんによりて引ひかるるところなり。

-言↢「▲悟忍ト」↡者、悟ガ↢仏智ヲ↡故ニ。言↢「▲信忍ト」↡者、即是 レ信心成就ノ相也。上人当巻ニ被コト↠引↢此ノ文ヲ↡、更ニ不↠被↠備↢観門ノ之益ニ↡、是 レ依テ↢念仏得益ノ之辺ニ↡所↠被↠引也。

「此し乃ない」 とらは、 玄はるかに正しょう説せつに先さきだつてその利り益やくを挙あげて、 人ひとをしてこれを悕ねがはしむ、 ゆゑに 「玄談げんだん」 といふ。 「未み標ひょう」 とらは、 得忍とくにんといふといへどもいまだ分斉ぶんざいを明あかさず、 ゆゑに 「未み標ひょう」 といふ。

-「▲此乃ト」等者、玄ハルカニ先サキダテ↢正説ニ↡挙テ↢其ノ利益ヲ↡、令 シム↢人ヲシテ悕↠之ヲ、故ニ云フ↢「玄談ト」↡。「▲未標ト」等者、雖↠言ト↢得忍ト↡未↠明↢分斉ヲ↡、故ニ云フ↢「未標」↡。

「勇ゆう猛みょう」 とらは、 しばらく観法かんぽう修しゅ行ぎょうの相そう貌みょうに就つきてその策しゃく励れいを勧すすむ。 ¬智度ちど論ろん¼ (巻五初品意) にいはく、 「禅ぜん定じょう・智慧ちえ精しょう進じんにあらざれば成じょうぜず。」 以上 けだしこの義ぎなり。

-「▲勇猛ト」等者、且ク就テ↢観法修行ノ相貌1146ニ↡勧ム↢其ノ策励ヲ↡。¬智度論ニ¼云、「禅定・智恵非レ↢精進ニ↡者不↠成ゼ。」 已上 蓋シ比ノ義也。

「此多した」 とらは、 薄はく地じ信しん外げの凡ぼん夫ぶたりといへども、 いま他た力りき超ちょう絶ぜつの強縁ごうえんによりて信根しんこんを成じょう就じゅす。 ゆゑに得忍しんにんに就つきてこれを十信じっしんといふ。

-「▲此多ト」等者、雖↠為ト↢薄地信外ノ凡夫↡、今依テ↢他力超絶ノ強縁ニ↡成↢就ス信根ヲ↡。故ニ就テ↢得忍ニ↡謂フ↢之ヲ十信ト↡。

このゆゑに上しょう人にんの 「正しょう信しん偈げ」 (行巻) にいはく、 「韋い提だいと等ひとしく三忍さんにんを獲えて、 すなはち法ほっ性しょうの常じょう楽らくを証しょうす。」 下しもの文もんにまたいはく、 「金剛こんごう心しんを獲うるもの、 すなはち韋い提だいと等ひとしく、 すなはち喜き・悟ご・信しんの忍にんを獲ぎゃく得とくすべし。」

-是ノ故ニ上人ノ「正信偈ニ」云ク、「▲与↢韋提↡等ク獲テ↢三忍ヲ↡、即証ス↢法性之常楽ヲ↡。」下ノ文ニ亦云フ、「▲獲↢金剛心ヲ↡者、則与↢韋提↡等ク、即可シ↣獲↢得ス喜・悟・信ノ之忍ヲ↡。」

「非解ひげ」 とらは、 これ古こ来らい諸しょ師しの義ぎを嫌きらふなり。

-「▲非解ト」等者、是 レ嫌↢古来諸師ノ義ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・「散善義」文

【93】次つぎに 「散善さんぜん義ぎ」 流る通ずう分ぶんの中なかにその七しちある内うち、 第だい四し段だんの文もん。

▲次ニ「散善義」流通分ノ中ニ有ル↢其ノ七↡内、第四段ノ文。

「正しょう顕けん」 とらは、 よく仏ぶつ意いを得え深ふかく経きょう旨しを探さぐりて、 念仏ねんぶつの徳とくの余よの雑業ぞうごうに超こえたることを嘆たんず。 「定じょう善ぜん義ぎ」 には 「自余じよの衆しゅ行ぎょうはこれ善ぜんと名なづくといへども、 もし念仏ねんぶつに比くらぶればまつたく比ひ校きょうにあらず」 といひ、 いまの文もんにはまた 「まことに雑善ぞうぜんをもつて比ひ類るいとすることを得うるにあらず」 といふ。 二に尊そんの正しょう意い、 大だい師しの高判こうはん、 念仏ねんぶつ諸しょ行ぎょう勝しょう劣れつ、 よろしく知しるべし。

-「▲正顕ト」等者、能ク得エ↢仏意ヲ↡深ク探テ↢経旨ヲ↡、嘆ズ↣念仏ノ徳ノ超タルコトヲ↢余ノ雑業ニ↡。「定善義ニハ」云ヒ↧「▲自余ノ衆行ハ雖↠名ト↢是 レ善ト↡、若シ比ブレ↢念仏ニ↡者全ク非ズト↢比挍ニ↡也」↥、今ノ文ニハ亦云フ↣「▲実ニ非ト↢雑善ヲモテ得ニ↟為スルコトヲ↢比類ト↡。」二尊ノ正意、大師ノ高判、念仏諸行勝劣、宜ク↠知。

「分ふん陀利だり」 とは、 蓮はちすの中なかの好こう華け、 西天さいてんにこれを翫もてあそぶことここの桜おう梅ばいのごとし。 このゆゑにこれをもつていまの行ぎょう人にんに喩たとふ。

-「▲分陀利ト」者、蓮ノ中ノ好花、西天ニ翫ブコト↠之ヲ如シ↢此コヽノ桜梅ノ↡。是ノ故ニ以テ↠之ヲ喩フ↢今ノ行人ニ↡。

憬きょう興ごう師しのいはく、 「分ふん陀利だり華けはすなはち白びゃく蓮れん華げなり、 水陸すいろくの華はなの中なかにもつとも尊そん勝しょうとなす。」

-憬興師ノ云ク、「分陀利花ハ即白蓮*華ナリ、水陸ノ花ノ中ニ最モ為ス↢尊勝ト↡。」

¬大日だいにち経きょう¼ によるに蓮れん華げに五ごあり。 一いちには鉢は頭摩ずま、 二にには優う鉢羅ばら、 おのおの二に色しきあり、 いはく赤あかと白しろと。 三さんには倶く勿も頭ず、 また二に色しきあり、 いはく赤あかと白しろと。 四しには泥ない盧る鉢羅はら、 この華はな極きわめて香かぐわし、 牛ご糞ふんより生しょうず。 五ごには分ふん荼だ利迦りか、 葉々ようようあひ承うけて円えん整じょうして愛あいしつべし、 最さい外げの葉よう極きわめて白しろく、 内ない色しきやうやく微み黄おうなり、 この華はな極きわめて香かぐわし。

-依↢¬大日経ニ¼↡蓮花ニ有↠五。一ニハ鉢頭摩、二ニハ優鉢羅、各有リ↢二色↡、謂ク赤ト与 ト ↠白。三ニハ倶勿頭、亦有リ↢二色↡、謂ク赤ト与 ト ↠白。四ニハ泥盧鉢羅、此ノ花極テ香シ、従リ↢牛糞↡生ズ。五ニハ分荼利迦、葉々相承テ円整シテ可シ↠愛シツ、最外ノ葉極テ白ク、内色漸ク微黄ナリ、此ノ花極テ香シ。

「蔡さい華け」 といふは、 これ蓮れん華げの名な。

-言↢「▲蔡*華ト」↡者、是 レ蓮*花ノ名。

¬論ろん語ご¼ の意こころによるに、 「蔡さい」 とは亀かめなり。 意こころは亀かめの遊あそぶところの華はななるがゆゑにすなはち亀かめといふ、 その体たい蓮れん華げなり。 華はなの中なかに蓮はちす勝すぐれ、 蓮れん華げの中なかにこの華はなことに勝すぐれたり。 むべなるかな、 この華はな、 経きょうには題目だいもくたり、 仏ぶつにはまた眼まなこたり、 あに凡種ぼんしゅに比ひせんや。 しかるに仏ぶつ世せ尊そん念仏ねんぶつの人ひとをもつて、 この好こう華けに譬たとへたまふ。 もつとも奇きとするに足たれり。

-依ニ↢¬論語ノ¼意ニ↡、「蔡ト」者亀也1147。意ハ亀ノ所ノ↠遊ブ之花ナルガ故ニ即云フ↠亀ト、其ノ体蓮*花ナリ。花ノ中ニ蓮勝レ、蓮*花ノ之中ニ此ノ花殊ニ勝タリ。宜ナル哉カナ、此ノ花、経ニハ為タリ↢題目↡、仏ニハ亦為タリ↠眼、豈ニ比センヤ↢凡種ニ↡。而ニ仏世尊以テ↢念仏ノ人ヲ↡、譬タマフ↢此ノ好*花ニ↡。尤足レリ↠為スルニ↠奇ト。

¬妙みょう法ほう蓮れん華げ¼ に当体とうたい・譬喩ひゆの二義にぎありといへどもともに所しょ行ぎょうの法ほう、 いまの ¬観かん経ぎょう¼ の説せつは能のう行ぎょうの人ひとを嘆たんず。 もし所しょ行ぎょうに約やくせば定さだめてまた同おなじかるべし。 能所のうじょ殊ことなりといへども、 おそらくは弥陀みだ・妙みょう法ほう同体どうたいの深じん旨しを顕あらわすか。

-¬妙法蓮花ニ¼雖↠有ト↢当体・譬喩ノ二義↡共ニ所行ノ法、今ノ¬観経ノ¼説ハ嘆ズ↢能行ノ人ヲ↡。若シ約セバ↢所行ニ↡定亦応シ↠同カル。能所雖↠殊也ト、恐クハ顕ス↢弥陀・妙法同体ノ之深旨ヲ↡歟。

また ¬涅ね槃はん¼ (北本巻一八梵行品 南本巻一六梵行品) にいはく、 「これ人にん中ちゅうの蓮れん華げ、 芬ふん陀利だり華け。」 以上

-又¬涅槃¼云、「是人中ノ蓮*花、芬陀利*華。」 已上

しかるにかの文もんの意こころは、 仏ぶつに譬たとへてこれを説とく。 これに準じゅんじてこれを思おもふに、 念仏ねんぶつの行ぎょう人にんすなはち如来にょらい功く徳どくの義ぎ分ぶんを備そなふ。 この喩たとえかの染香ぜんこう人にんの身みにその香こう気けあるがごとし。 これすなはちいまこの弥陀みだの名みょう号ごうは、 かの法ほっ性しょう無漏むろの果か徳とくより流る出すいするところの妙みょう好香こうこうなり。 これを唱となへこれを念ねんずるに、 口くちに薫くんじ心こころに薫くんじて、 知しらざるにおのづから無む量りょう万徳まんどくの功く徳どくの香こう気けあり。 ゆゑに潜ひそかに仏ぶつの功く徳どくの気き分ぶんを備そなふ。 このゆゑに弥陀みだの五智ごちの功く徳どくを信しん知ちして、 名みょう号ごうを称しょう念ねんすれば、 本覚ほんがくの心蓮しんれん冥みょうにやうやく生長しょうちょうして、 諸法しょほう無む生しょう甚深じんじんの一いち分ぶんの理りを開発かいほつするなり。 もつともこれを貴たっとむべし。

-而ニ彼ノ文ノ意ハ、譬ヘテ↠仏ニ説ク↠之ヲ。准ジテ↠之ニ思ニ↠之ヲ、念仏ノ行人即備フ↢如来功徳ノ義分ヲ↡。此ノ喩如シ↣彼ノ染香人ノ身ニ有ガ↢其ノ香気↡。是 レ則今此ノ弥陀ノ名号ハ、自リ↢彼ノ法性无漏ノ果徳↡所↢流出スル↡之妙好香也。唱ヘ↠之ヲ念ズルニ↠之ヲ、薫ジ↠口ニ薫ジテ↠心ニ、不ルニ↠知自ヲ 有リ↢無量万徳ノ功徳ノ香気↡。故ニ潜ニ備フ↢仏ノ功徳ノ気分ヲ↡。是ノ故ニ信↢知シテ弥陀ノ五智ノ功徳ヲ↡、称↢念スレバ名号ヲ↡、本覚ノ心蓮冥ニ漸ク生長シテ、開↢発スル諸法無生甚深ノ一分ノ理ヲ↡也。尤可シ↠貴ブ↠之ヲ。

「即そく入にゅう」 とらは、 すなはちこれ往おう生じょうすなはち始し益やくたり。 「道どう場じょう」 とらは、 すなはちこれ成じょう仏ぶつすなはち終じゅう益やくたり。

-「▲即入ト」等者、即是往生即為タリ↢始益↡。「▲道場ト」等者、即是成仏即為タリ↢終益↡。

問とふ。 ¬経きょう¼ の文もんのごときは、 まづ (観経) 「当とう座ざ道どう場じょう」 といひて初はじめに成じょう仏ぶつの果かを説とき、 次つぎに (観経) 「生しょう諸仏しょぶつ家け」 といひて後のちに往おう生じょうの益やくを挙あぐ。 いまの釈しゃく前ぜん後ご相そう違いいかん。

-問。如↢¬経ノ¼文ノ↡者、先ヅ云テ↢「▲当坐道場ト」↡初ニ説キ↢成仏ノ之果ヲ↡、次ニ云テ↢「▲生諸仏家ト」↡後ニ挙グ↢往生之益ヲ↡。今ノ釈前後相違如何。

答こたふ。 ¬経きょう¼ は従じゅう果か向因こういんの義ぎにより、 釈しゃくは従じゅう因いん至果しかの意こころを存ぞんず。 影よう略りゃく互ご顕けん、 その義ぎ炳然へいねんたり。

-答。¬経ハ¼依リ↢従果向因ノ之義ニ↡、釈ハ存ズ↢従因至果ノ之意ヲ↡。影略互顕、其ノ義炳然ナリ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『浄土文』文

【94】次つぎの文もんは龍りゅう舒じょの ¬浄じょう土どの文もん¼ なり。

▲次1148ノ文ハ龍舒ノ¬浄土ノ文¼也。

龍りゅう舒じょは所ところの名な、 「王おう日にっ休きゅう」 とは、 字あざなこれ虚こ中ちゅう、 王おう虚こ中ちゅうといふ。 これはこれ儒じゅ士し国学こくがく進しん士しなり。 ただしいまの引文いんもん日にっ休きゅうが言ことばにあらず。 この ¬浄じょう土どの文もん¼ に三人さんにん跋ばつをば加くわふ。 その中なかに最初さいしょに加くわふるところの参政さんせい周しゅう大だい資しが作さくなり。 しかるにいまただちに 「日にっ休きゅうがいはく」 といふは、 これ言ことばの総そうぜるなり。 例れいせば経きょうの中なかにその言ことば弟子でしの語ごたるありといへども総そうじて経きょうにいはくといふがごとし。 意こころは日にっ休きゅうが所作しょさくの文もんにいはくといふ、 作者さくしゃを著あらわさざることはただ省略しょうりゃくすらくのみ。

-龍舒ハ所ノ名、「王日休ト」者、字是 レ虚中、云フ↢王虚中ト↡。此ハ是 レ儒士国学進士ナリ。但シ今ノ引文非ズ↢日休ガ言ニ↡。此ノ¬浄土ノ文ニ¼三人加フ↠跋ヲバ。其ノ中ニ最初ニ所ノ↠加ル参政周大資ガ作ナリ。而ニ今直ニ言↢「日休ガ云ト」↡者、是 レ言ノ総ゼル也。例セバ如シ↧経ノ中ニ雖↠有ト↣其ノ言為タル↢弟子ノ語↡総ジテ云フガ↦経ニ言ト↥。意ハ云フ↢日休ガ所作ノ文ニ云ト↡、不コトハ↠著サ↢作者ヲ↡只省略スラク耳ノミ。

「謂い弥み勒ろく菩ぼ薩さつ」 とらいふは、 「涌ゆ出しゅつ品ぼん」 (法華経巻五寿量品) にいはく、 「われらが阿あ惟ゆい越おっ致ち地じに住じゅうせる、 この事じの中なかにおいて、 また達たっせざるところなり。」 以上

-言↢「▲謂弥勒菩薩ト」↡等者、「涌出品ニ」云ク、「我等ガ住セル↢阿惟越致地ニ↡、於テ↢是ノ事ノ中ニ↡亦所ナリ↠不ル↠達セ。」 已上

弥み勒ろく菩ぼ薩さつは釈しゃく尊そんの付ふ属ぞく、 当来とうらいの導どう師し、 衆しゅうの帰き仰ごうするところ、 所得しょとくの地じをいふに、 阿あ惟ゆい越おっ致ちなり。 念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃさらに自じ力りき修しゅ行きょうの功こうなくして、 ただ南無なも他た力りきの一念いちねんをもつて往おう生じょうの時とき得うるところ、 同おなじく阿あ惟ゆい越おっ致ちたり。 この奇き特どくを嘆たんず。 このゆゑにこれを引ひく。

-弥勒菩薩ハ釈尊ノ付属、当来ノ導師、衆ノ所↢帰仰スル↡、謂フニ↢所得ノ地ヲ↡阿惟越致ナリ。念仏ノ行者更ニ無シテ↢自力修行ノ之功↡、只以テ↢南無他力ノ一念ヲ↡往生之時所↠得、同ク為タリ↢阿惟越致↡。嘆ズ↢此ノ奇特ヲ↡。是ノ故ニ引ク↠之ヲ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『大経』文

【95】次つぎに ¬大だい経きょう¼ の文もん。

▲次ニ¬大経ノ¼文。

広ひろく此土しど他た方ほうの仏ぶつ土どおよび無む量りょうの土どの大だい小しょうの菩ぼ薩さつ、 みな仏ぶっ智ちに乗じょうじてかの土どに往おう生じょうすることを説とく。 中なかにおいていま初はじめに大だい菩ぼ薩さつの往おう生じょうを明あかす文もんなり。

-広ク説ク↧此土他方ノ仏土及ビ無量ノ土ノ大小ノ菩薩、皆乗ジテ↢仏智ニ↡往↦生スルコトヲ彼ノ土ニ↥。於テ↠中ニ今初ニ明ス↢大菩薩ノ往生ヲ↡文也。

「この世せ界かい」 とはすなはちこれ娑しゃ婆ばなり。

-「▲此ノ世界ト」者即是娑婆ナリ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『如来会』文

【96】次つぎの文もん見み易やすし。 「又う言ごん」 は前さきの如ごとし。

▲次ノ文易シ↠見。「▲又言ハ」如シ↠前ノ。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『超玄記』文

【97】次つぎに用欽ようきんの釈しゃく。

▲次ニ用欽ノ釈。

これ往おう生じょうしぬればすなはち不ふ退たいに至いたりてすみやかに一いっ生しょう補ふ処しょに登のぼる益やくを嘆たんずるなり。

-是 レ歎ズル↧往生シヌレバ即至テ↢不退ニ↡速ニ登ル↢一生補処ニ↡益ヲ↥也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 私釈

【98】次つぎにわたくしの解げ釈しゃく。

▲次ニ私ノ解釈。

問とふ。 上かみの所引しょいんの龍りゅう舒じょの文もんのごときは、 弥み勧ろく菩ぼ薩さつ現在げんざいに得うるところ、 阿あ惟ゆい越おっ致ち不ふ退たいの位くらいなり。 念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃは安楽あんらく土どに生しょうじて同おなじくかの位くらいを得う。 弥み勧ろくは現益げんやく、 行ぎょう者じゃは当益とうやく、 その位くらいあひ同おなじ。 ゆゑに 「便同べんどう」 といふ。 しかるにいまの釈しゃくは、 弥み勧ろくの所得しょとく、 行ぎょう者じゃの所得しょとく、 彼此ひしともに極ごく果かの当益とうやくに約やくす、 その意こころいかん。

-問。如↢▲上ノ所引ノ龍舒ノ文ノ↡者、弥勧菩薩現在ニ所↠得ル、阿惟越致1149不退ノ之位ナリ。念仏ノ行者ハ生ジテ↢安楽土ニ↡同ク得↢彼ノ位ヲ↡。弥勧ハ現益、行者ハ当益、其ノ位相同。故ニ云フ↢「▲便同ト」↡。而ニ今ノ釈者、弥勧ノ所得、行者ノ所得、彼此共ニ約ス↢極果ノ当益ニ↡、其ノ意如何。

答こたふ。 以い前ぜんの料りょう簡けんはその意こころまことにしかり。 ただしいまの釈しゃくの意こころは弥み勧ろく菩ぼ薩さつはいま等覚とうがく補ふ処しょの位くらいに居こして当来とうらいに三さん会ねの正しょう覚がくを唱となふべし。 念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃはいま薄はく地じなりといへども、 往おう生じょうの時ときすなはち地じ上じょうに至いたりて分ぶんに涅ね槃はん常じょう楽らくの理りを証しょうす。

-答。以前ノ料簡ハ其ノ意実ニ爾リ。但シ今ノ釈ノ意ハ弥勧菩薩ハ今居シテ↢等覚補処ノ之位ニ↡当来ニ可↠唱↢▲三会ノ正覚ヲ↡。念仏ノ行者ハ今雖↢薄地也ト↡、▲往生ノ之時便至テ↢地上ニ↡分ニ証ス↢涅槃常楽ノ之理ヲ↡。

¬論ろんの註ちゅう¼ (巻下) にいはく、 「煩悩ぼんのうを断だんぜずして涅ね槃はんの分ぶんを得う。」 以上

-¬論ノ註ニ¼云、「▲不シテ↠断ゼ↢煩悩ヲ↡得↢涅槃ノ分ヲ↡。」 已上

¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「ひとたび到いたりぬればすなはち清しょう虚この楽らくを受うく。 清しょう虚こはすなはちこれ涅ね槃はんの因いんなり。」 以上

-¬般舟讃ニ¼云、「▲一タビ到ヌレバ即受ク↢清虚ノ楽ヲ↡。清虚ハ即是 レ涅槃ノ因ナリ。」 已上

¬*往おう生じょう礼讃らいさん¼ (玄義分) にいはく、 「すなはちかの法ほっ性しょうの常じょう楽らくを証しょうす。」 以上

-¬往生礼讃¼云、「▲即証ス↢彼ノ法性之常楽ヲ↡。」 已上

分極ぶんごく殊ことなりといへども開かい悟ごこれ同おなじ。 前ぜん後ごの領りょう解げおのおのその意こころあり。

-分極雖↠殊開悟是 レ同ジ。前後ノ領解各有リ↢其ノ意↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『楽邦文類』二文

【99】次つぎに*智ち覚かく禅ぜん師じ。

▲次智覚禅師。

神棲じんせい安あん養にょうの賦ふを作つくる、 載のせて ¬楽邦らくほう文類もんるい¼ の第だい五ごにあり。 かの賦ふ総そうじて四し百ひゃく二に十じゅう一いち言ごんあり、 その中なかにいまこの所引しょいんの十じゅう字じはその結けっ句くなり。

-作ル↢神棲セイ安養ノ之賦ヲ↡、載テ在リ↢¬楽邦文類ノ¼第五ニ↡。彼ノ賦総ジテ有リ↢四百二十一言↡、其ノ中ニ今此ノ所引ノ十字ハ其ノ結句也。

次上つぎかみの句くにいはく、 「それあるいは三宝さんぼうを誹ひ謗ほうし律りつ儀ぎを破壊はえする、 風刀ふうとう体からだを解とく際きわに逼せまり、 業ごう鏡きょう形かたちを照てらす時ときに当あたりて、 善ぜん知ぢ識しきに遇あひて不ふ思議しぎを現げんず。 剣林けんりん七しち重じゅうの行ごう樹じゅに変へんじ、 火か車しゃ八徳はっとくの蓮れん池ちに化けす。 地じ獄ごく消しょう沈ちんし湛たん爾じとして怖ふ心しんまつたく息そくし、 天てん華げ飛ひ引いんし俄が然ねんとして化け仏ぶつこれを迎むかふ。 慧え眼げん心しんに明あきらかに、 香こう炉ろ手てに随したがふ。 懴しんに応おうじて蓮れん華げ萎しぼまず、 記きを得えて宝林ほうりん久ひさしきにあらず。」 以下いげ所引しょいんのごとし

-次上ノ句ニ云、「其 レ或ハ誹↢謗シ三宝ヲ↡破↢壊スル律儀ヲ↡、逼セマリ↢風刀解ク↠体ヲ之際ニ↡、当テ↢業鏡照ス↠形ヲ之時ニ↡、遇テ↢善知識ニ↡現ズ↢不思議ヲ↡。剣林変ジ↢七重之行樹ニ↡、火車化ス↢八徳之蓮池ニ↡。地獄消沇湛爾トシテ而怖心全ク息シ、天*華飛引シ俄然トシテ而化仏迎フ↠之ヲ。慧眼明カニ↠心ニ、香炉随フ↠手ニ。応ジテ↠懴シンニ而蓮*花不↠萎マ、得テ↠記ヲ而宝林非ズ↠久キニ。」 已下▲如シ↢所引ノ↡

また初はじめの句くにいはく、 「弥陀みだの宝刹ほうせつ安あん養にょうの嘉か名みょう、 報ほう土どに処しょして楽らくを極きわめ、 十方じっぽうにおいてもつとも清きよし。 二に八はちの観門かんもん、 定じょう慧えを修しゅして冥みょうに往ゆき、 四し十じゅうの大願だいがん、 散心さんしんを運はこびて化け生しょうす。 しかしてすなはち世よを畢おわるまで受じゅ持じし一いっ生しょう帰き命みょうすれば、 仙人せんにん雲くもに乗のりて法ほうを聴きき、 空界くうかい唄ばいを作なして讃詠さんようす。 紫し金こん台だいの上うえに身み登のぼりて本願ほんがん虚むなしきにあらず。 白びゃく玉ぎょく毫ごうの中なかに神じん化けして一心いっしんにみづから慶よろこぶ。」 以上

-又初ノ句ニ云、「弥陀ノ宝刹安1150養ノ嘉名、処シテ↢報土ニ↡而極メ↠楽ヲ、於テ↢十方ニ↡而最モ清シ。二*八ノ観門、修シテ↢定*恵ヲ↡而冥ニ往キ、四十ノ大願、運テ↢散心ヲ↡而化生ス。爾シテ乃畢マデ↠世ヲ受持シ一生帰命スレバ、仙人乗テ↠雲ニ而聴キヽ↠法ヲ、空界作テ↠唄ヲ而讃詠ス。紫金台ノ上ニ身登テ而本願非ズ↠虚キニ。白玉毫ノ中ニ神化而一心ニ自ミ 慶ブ。」 已上

繋はんじてことごとく引ひかず、 いささか冠かん履りを出いだす。

-繋ジテ不↢悉ク引↡、聊出ス↢冠履ヲ↡。

【100】次つぎに元がん照じょうの釈しゃく。

▲次ニ元照ノ釈。

同おなじき ¬文類もんるい¼ の三さんに、 無む量りょう院いんに弥陀みだの像ぞうを造つくる記き、 おほよそ六ろっ百ぴゃく五ご十じゅう字じある中なかに、 いまこの所引しょいんは中ちゅう間げんの九く十じゅう二字にじこれなり。

-同キ¬文類ノ¼三ニ、無量院ニ造ル↢弥陀ノ像ヲ↡記、凡ソ有ル↢六百五十字↡中ニ、今此ノ所引ハ中間ノ九十二字是也。

「嗚呼おこ」 といふは傷しょう嘆たんの声こえなり。

-言↢「▲嗚呼」↡者傷嘆ノ声也。

次上つぎかみの詞ことば (楽邦文類巻三) にいはく、 「▽あるいは名みょう相そうに束縛そくばくし、 あるいは豁達かったつに沈ちん冥みょうす。 ゆゑに念仏ねんぶつを貶へんじて麁そ行ぎょうとなし、 浄じょう業ごうをいるかせにして小しょうの道どうとするものあり。 隅すみを執しゅうしてみづから蔽かくし、 盲もうにして聞きくところなし。 聞きくといへども信しんぜず、 信しんずといへども修しゅせず、 修しゅすといへども勤つとめず。 ここにおいて浄じょう土どの教きょう門もんあるいはほとんどにして息そくす。」 以上

-次上ノ詞ニ云、「或ハ束↢縛シ於名相ニ↡、或ハ沈↢冥ス於豁クワツ達ニ↡。故ニ有リ↧貶ジテ↢念仏ヲ↡為シ↢麁行ト↡、忽イ ニシテ↢浄業ヲ↡為スルモノ↦小ノ道ト↥。執シテ↠隅ヲ自ミ 蔽シ、盲ニシテ無シ↠所↠聞ク。雖↠聞ト而不↠信ゼ、雖↠信ズト而不↠修セ、雖↠修スト而不↠勤メ。於↠是浄土ノ教門或ハ幾ホトンドニシテ乎息ス矣。」 已上

念仏ねんぶつを麁そとなし浄じょう業ごうを小しょうとなして、 信しんぜず勤つとめざる、 痛いたむところここにあり。

-念仏ヲ為シ↠麁ト浄業ヲ為シテ↠小ト、不↠信ゼ不ル↠勤メ、所↠痛ム在リ↠斯ニ。

「明教みょうきょう」 とらは、

-「▲明教ト」等者、

三さん大だいの部ぶの中なかにかの ¬玄げん義ぎ¼・¬文もん句ぐ¼ に就つきてこれをいふ。 一代いちだいの高覧こうらん、 数かず三さん五ご遍へん、 五ご時じ八はっ教きょう一いっ宗しゅうの恢弘かいこう、 天台てんだいに至いたりてよりこのかた分別ふんべつ熾し盛じょうなり。 このゆゑに世よ挙こぞりてその十徳じっとくを称しょうす。 その教きょう相そうに明あきらかなること智解ちげ知しんぬべし。 観かんに就つきてこれを言いはば ¬止し観かん¼ の意こころによる、 止し観かんの明静みょうじょうなること前代ぜんだいいまだ聞きかず。 円頓えんどん実相じっそう一念いちねん三千さんぜん、 己こ心しん中ちゅう所しょ行ぎょうの法門ほうもんを説とく。 観かん解げの明了みょうりょうなることまたもつて知しんぬべし。

-三大ノ部ノ中ニ就テ↢彼ノ¬玄義¼・¬文句ニ¼↡言フ↠之ヲ。一代ノ高覧、数三五*遍、五時八教一宗ノ恢弘、至テヨリ↢天臺ニ↡来コノカタ分別熾盛ナリ。是ノ故ニ世挙テ称ス↢其ノ十徳ヲ↡。明ナルコト↢其ノ教相ニ↡智解応シ↠知ヌ。就テ↠観ニ言ハヾ↠之ヲ依ル↢¬止観ノ¼意ニ↡、止観ノ明静ナルコト前代未↠聞。円頓実相一念三千、説ク↢己心中所行ノ法門ヲ↡。観解ノ明了ナルコト亦以テ可シ↠知ヌ。

「臨りん終じゅう」 とらは、

-「▲臨終ト」等者、

¬霊りょう応おう伝てん¼ の一いち、 天台てんだい大だい師しの別伝べつでんの中なかにいはく、 「二部にぶの経きょうを唱となへて最さい後ごの聞もん慧えとなす。 ¬法ほっ華け¼ を聴ききをはりて讃さんじていはく、 法門ほうもんの父母ぶも慧解えげして由ゆ生しょうなり。 本ほん迹じゃく広大こうだいにして微み妙みょうにして測はかりがたし。 乃至 ↓¬無む量りょう寿じゅ経きょう¼ を聴ききをはりて讃さんじていはく、 ↓四し十じゅう八願はちがん浄じょう土どを荘しょう厳ごんす。 華池けち宝閣ほうかく ¬瑞応ずいおう刪伝さんでん¼ には宝樹ほうじゅといふ 往ゆき易やすくして人ひとなし。 ↓火か車しゃあひ現げんずれどもよく改かい悔けすればなほまた往おう生じょうす。 いはんやわが戒かい慧え薫くん修じゅうせるをや。 乃至 三昧さんまいに入いるがごとくして大隋だいずいの開皇かいこう十じゅう七年しちねん歳さいの次つぎ丁ひのとの巳み十じゅう一月いちがつ二に十じゅう四し日にち未ひつじの時ときをもつて入にゅう滅めつす。」 以上

-¬霊応伝ノ¼一、天臺大師ノ別伝ノ中ニ云ク、「唱テ↢二部ノ経ヲ↡為ス↢最後ノ聞恵1151ト↡。聴↢¬法*華ヲ¼↡竟テ讃ジテ云ク、法門ノ父母恵解シテ由生ナリ。本迹広大ニシテ微妙ニシテ難シ↠測リ。 乃至 聴↢¬無量寿経ヲ¼↡竟テ讃ジテ曰、四十八願荘↢厳ス浄土ヲ↡。*花池宝閣 ¬瑞応刪伝ニハ¼云↢宝樹ト↡ 易シテ↠往無シ↠人。火車相現ズレドモ能ク改悔スレバ者尚復往生ス。況ヤ吾ガ戒恵薫修セルヲヤ耶。 乃至 如シテ↠入ルガ↢三昧ニ↡以テ↢大隋ノ開皇十七年歳ノ次丁ノ巳十一月二十四日未時ヲ↡入滅ス。」 已上

問とふ。 この文もんの中なかにただ ↑¬大だい経きょう¼ を讃さんず。 「観かん経ぎょうを挙きょす」 といふなんの拠よりどころかあるや。

-問。此ノ文ノ之中ニ唯讃ズ↢¬大経ヲ¼↡。云フ↠「▲挙ト↢観経ヲ↡」有↢何ノ拠カ↡乎。

答こたふ。 この文もんの中なかに↑火か車しゃあひ現げんずれども改かい悔けすれば往おう生じょうすといふ。 この文もんによるがゆゑに 「観かん経ぎょうを挙きょす」 といふ。

-答。此ノ文ノ中ニ云フ↢火車相現ズレドモ改悔スレバ往生スト↡。由ガ↢此ノ文ニ↡故ニ云フ↠「挙ト↢観経ヲ↡。」

「浄じょう土どを讃さんず」 とは、 ¬双巻そうがん¼ を讃さんじて↑四し十じゅう八願はちがん荘しょう厳ごん浄じょう土どといふ文もんの意こころなり。

-「▲讃ズト↢浄土ヲ↡」者、讃ジテ↢¬双巻ヲ¼↡云フ↢四十八願荘厳浄土ト↡之文ノ意也。

「達たつ法ほう」 とらは、 法界ほうかい唯心ゆいしん、 ¬華け厳ごん経ぎょう¼ の意こころ。

-「▲達法ト」等者、法界唯心、¬花厳経ノ¼意。

隋ずい朝ちょう終しゅう南なんの*杜と順じゅん法ほっ師し、 よく ¬経きょう¼ 旨しに達たっす。 このゆゑにしかいふ。 かの華け厳ごん宗しゅう、 震旦しんたんの弘ぐ通ずう五師ごしの中なかに立たてて初しょ祖そとなす。 この後のち智ち儼ごん・法蔵ほうぞう・澄ちょう観かん・宗しゅう密みつならくのみ。

-隋朝終南ノ杜順法師、能ク達ス↢¬経¼旨ニ↡。是ノ故ニ云フ↠爾。彼ノ花厳宗、震旦ノ弘通五師ノ之中ニ立テヽ為ス↢初祖ト↡。此ノ後智儼・法蔵・澄観・宗*密ナラク而已ノミ。

「参禅さんぜん」 等とうは、

-「▲参禅」等者、

智ち覚かく禅ぜん師じ禅ぜんの大たい祖そなりといへども、 弥陀みだ仏ぶつを念ねんじ西方さいほう国こくを欣ねがひて安あん養にょうの賦ふを造つくる。 心しん行ぎょう知しんぬべし。 また所造しょぞうあり、 いはゆる ¬万善まんぜん同どう帰き集しゅう¼ これなり。

-智覚禅師雖↢禅ノ大祖ナリト↡、念ジ↢弥陀仏ヲ↡欣テ↢西方国ヲ↡造ル↢安養ノ賦ヲ↡。心行可シ↠知。又有↢所造↡、所謂¬万善同帰集¼是ナリ。

かの第だい二に (巻上) にいはく、 「問とふ。 唯心ゆいしんの浄じょう土ど十方じっぽうに周しゅう遍へんす、 なんぞ質しつを蓮台れんだいに託たくし形かたちを安あん養にょうに棄すてて、 しかも取捨しゅしゃの念ねんを興おこすことを得えん。 あに無む生しょうの門もんに達たっせんや。 欣厭ごんえんの情じょう生しょうず、 なんぞ平びょう等どうを成じょうぜん。 答こたふ。 唯心ゆいしんの仏ぶつ土どは心しんを了りょうしてまさに生しょうず。

-彼ノ第二ニ云ク、「問。唯心ノ浄土周↢遍ス十方ニ↡、何ゾ得エン↧託シ↢質ヲ蓮台ニ↡棄ステヽ↢形ヲ安養ニ↡而モ興コトヲ↦取捨ノ之念ヲ↥。豈達センヤ↢無生ノ之門ニ↡。欣厭ノ情生ズ、何ゾ成ゼン↢平等ヲ↡。答。唯心ノ仏土者了シテ↠心ヲ方ニ生ズ。

¬如来にょらい不ふ思議しぎ境きょう界がい経きょう¼ にいはく、 三さん世ぜ一切いっさいの諸仏しょぶつみな所しょ有うなし、 ただ自じ心しんによる。 菩ぼ薩さつもしよく了りょう知ちすれば、 諸仏しょぶつおよび一切いっさいの法ほうみな唯心ゆいしん量りょうなり。 随ずい順じゅん忍にんを得えてあるいは初しょ地じに入いり、 身みを捨すててすみやかに極楽ごくらく仏ぶつ土どに生しょうず。 ゆゑに知しんぬ、 識心しきしんまさに唯心ゆいしんの浄じょう土どに生しょうず。 境きょうに著じゃくすればただ所縁しょえんの境きょうの中なかに堕だす。 すでに因いん果がを明あきらむるに差しゃなし。 すなはち知しんぬ、 心しん外げに法ほうなしといふことを。 また平びょう等どうの門もん、 無む生しょうの旨むね、 すなはち教おしえを仰あおいで信しんを生しょうずといへども、 それ力りき量りょういまだ充みたずして心しん浮うかび境きょう強こわく習じゅう重おもきにいかん。 すべからく仏国ぶっこくに生しょうじてもつて勝しょう縁えんによりて、 忍力にんりき成じょうじやすくしてすみやかに菩ぼ薩さつの道どうを行ぎょうずべし。

-¬如来不思議境界経ニ¼云ク、三世一切ノ諸仏皆無シ↢所有↡、唯依ル↢自心ニ↡。菩薩若シ能ク了知スレバ、諸仏及ビ一切ノ法皆唯心1152量ナリ。得テ↢随順忍ヲ↡或ハ入リ↢初地ニ↡、捨テヽ↠身ヲ速ニ生ズ↢極楽仏土ニ↡。故ニ知ヌ、識心方ニ生ズ↢唯心ノ浄土ニ↡。著スレバ↠境ニ祗タヾ堕ス↢所縁ノ境ノ中ニ↡。既ニ明ムルニ↢因果ヲ↡無シ↠差。乃チ知ヌ、心外ニ無トイフコトヲ↠法。又平等ノ之門、無生ノ之旨、雖↢即仰テ↠教ヲ生ズト↟信ヲ、其 レ奈イカン↢力量未ダシテ↠充ミタ心浮ビ境強ク習重キニ↡。須クシ↧生ジテ↢仏国ニ↡以テ仗テ↢勝縁ニ↡、忍力易シテ↠成ジ速ニ行ズ↦菩薩ノ道ヲ↥。

¬起き信しん論ろん¼ にいはく、 衆しゅ生じょう初はじめてこの法ほうを学がくして正しょう信しんを求もとめんと欲ほっするに、 その心しん怯こう弱にゃくにして娑しゃ婆ばに住じゅうせば常つねに仏ぶつに値あはずして信心しんじん成じょうじがたきをもつて、 意こころに退たいせんと欲ほっせば、 まさに知しるべし、 如来にょらいに勝しょう方便ほうべんましまして信心しんじんを摂しょう護ごす。 いはく意こころをもつぱらにして念仏ねんぶつする因縁いんねんをもつて、 願がんに随したがひて仏ぶつ土どに生しょうずることを得えて、 常つねに仏ぶつを見みたてまつりて永ながく悪道あくどうを離はなる。 もし人ひともつぱら西方さいほうの阿あ弥陀みだ仏ぶつを念ねんずればすなはち往おう生じょうすることを得う、 常つねに仏ぶつを見みるがゆゑにつひに退たいあることなし。

-¬起信論ニ¼云、衆生初テ学シテ↢是ノ法ヲ↡欲スルニ↠求メント↢正信ヲ↡、其ノ心怯弱ニシテ以テ↧住セバ↢娑婆ニ↡不シテ↢常ニ値↟仏ニ信心難キヲ↞成ジ、意ニ欲↠退セント者、当ニシ↠知、如来ニ有マシテ↢勝方便↡*摂↢護ス信心ヲ↡。謂ク以テ↢専ニシテ↠意ヲ念仏スル因縁ヲ↡、随テ↠願ニ得テ↠生コトヲ↢仏土ニ↡、常ニ見タテマツリテ↢於仏ヲ↡永ク離ル↢悪道ヲ↡。若シ人専ラ念ズレバ↢西方ノ阿弥陀仏ヲ↡即得ウ↢往生スルコトヲ↡、常ニ見ルガ↠仏ヲ故ニ終ニ無シ↠有コト↠退。

¬往おう生じょう論ろん¼ にいはく、 遊戯ゆげ地じ門もんとは、 かの国こく土どに生しょうじて無む生しょう忍にんを得えをはりて、 生しょう死じの園そのに還かえり入いり地じ獄ごくを教きょう化けして苦くの衆しゅ生じょうを救すくふ。 この因縁いんねんをもつて浄じょう土どに生しょうぜんことを求もとむ。

-¬往生論ニ¼云ク、遊戯地門ト者、生ジテ↢彼ノ国土ニ↡得↢無生忍ヲ↡已テ、還リ↢入リ生死ノ園ニ↡教↢化シテ地獄ヲ↡救フ↢苦ノ衆生ヲ↡。以テ↢此ノ因縁ヲ↡求ム↠生ゼンコトヲ↢浄土ニ↡。

¬十じゅう疑ぎ論ろん¼ にいはく、 智ち者しゃは熾し然ねんに浄じょう土どに生しょうぜんことを求もとめて生しょう体たい不可ふか得とくなりと達たっす。 すなはちこれ真しんの無む生しょう、 これを心しん浄じょうなるがゆゑにすなはち仏ぶつ土ど浄じょうなりといふ。 愚ぐ者しゃは生しょうのために縛ばくせられて、 生しょうを聞ききてはすなはち生しょうの解げをなし、 無む生しょうを聞ききてはすなはち無む生しょうの解げをなす、 生しょう即そく無む生しょう、 無む生しょう即そく生しょうなることを知しらず。 この理りに達たっせず横おうにあひ是非ぜひす、 これはこれ謗法ほうぼう邪見じゃけんの人ひとなり。」 以上

-¬十疑論ニ¼云ク、智者ハ熾然ニ求テ↠生ゼンコトヲ↢浄土ニ↡達ス↢生体不可得ナリト↡。即是 レ真ノ無生、此ヲ謂フ↢心浄ナルガ故ニ即仏土浄ナリト↡。愚者ハ為ニ↠生ノ所ラレテ↠縛セ、聞テハ↠生ヲ即作シ↢生ノ解ヲ↡、聞テハ↢無生ヲ↡即作↢無生ノ解ヲ↡、不↠知↢生即無生、無生即生ナルコトヲ↡。不シテ↠達セ↢此ノ理ニ↡横ニ相是非ス、此ハ是 レ謗法邪見ノ人也。」 已上

すべて六ろく重じゅうの問答もんどうある中なかに、 いま初しょ重じゅうを挙あげて後のちの五ごこれを略りゃくす。

-都テ有ル↢六重ノ問答↡之中ニ、今挙テ↢初重ヲ↡後ノ*五略ス↠之ヲ。

「上じょう品ぼんに登のぼりき」 とは、

-「▲登ト↢上品ニ↡」者、

真歇しんけつの了りょう禅ぜん師じの ¬浄じょう土ど説せつ¼ にいはく、 「智ち覚かく禅ぜん師じのごときはすなはち宗しゅう門もんの標準ひょうじゅん、 浄じょう業ごうの白はく眉びなり。 仏法ぶっぽうを興こう隆りゅうし、 億万おくまん人にんを勧すすめて白びゃく業ごうを修しゅせしむ。 臨りん終じゅうにあらかじめ時ときの至いたるを知しりて種々しゅじゅの殊しゅ勝しょうはなはだ至いたる、 舎しゃ利り鱗いろくずのごとくに身みに砌あつまる。 むかし撫ぶ州しゅうの一いちの僧そうありて、 年としを経へて禅ぜん師じの塔とうを旋せん遶にょうす。 すなはちいまの西さい湖この浄じん慈ず寺じの寿じゅ わたくしにいはく、 つぶさには延寿えんじゅといふ 禅ぜん師じの塔たっ頭ちゅうなり。 人ひとそのゆゑを問とふ。 いはく病やまいによりて冥みょうに入いりしに、 閻王えんおう陽数ようしゅいまだ艾がいせざるをもつて放ゆるしてまた生いけることを得えしむ。 次つぎに殿でんの左ひだりを見みるに画え僧そう一幀いっせつを供く養ようせり。 閻王えんおう礼拝らいはいすること勤ごん致ちなり。 つひに主しゅ吏りに扣とふ、 これはこれ何人なんぴとぞと。 吏りのいはく、 杭こう州しゅうの永よう明みょう寺じの寿じゅ禅ぜん師じなり。 天てん下げに死しする者もの、 冥みょう俯ふに経きょう由ゆして判はん生じょうを案あんぜられずといふことなし。 ただこの人ひとのみ修しゅ行ぎょう精しょう進じんにして、 ただちに極楽ごくらくの上じょう品ぼんに生しょうず。 王おう希有けうなりとおもへらく、 ゆゑに像ぞうを図ずして恭く敬ぎょうす。」 以上

-真歇ケツノ了禅師ノ¬浄土説ニ¼云ク、「如キハ↢智覚禅師ノ↡乃チ宗門ノ之標准、浄業ノ之白眉也1153。興↢隆シ仏法ヲ↡、勧テ↢億万人ヲ↡修セシム↢白業ヲ↡。臨終ニ預ジメ知テ↢時ノ至ルヲ↡種々ノ殊勝甚ハダ至ル、舎利鱗イロクヅノ如ニ砌アツマル↢于身ニ↡。嘗有テ↢撫州ノ一ノ僧↡、経テ↠年ヲ旋↢遶ス禅師ノ之塔ヲ↡。即今ノ西湖ノ浄ジン慈ズ寺ノ寿 私ニ云ク、具ニハ云↢延寿ト↡ 禅師ノ塔頭也。人問↢其ノ故ヲ↡。謂ク因テ↠病ニ入シニ↠冥ニ、閻王以テ↢陽数未ダルヲ↟艾セ得エシム↢放ユルシテ還マタ生イケルコトヲ↡。次ニ見ニ↢殿ノ左ヲ↡供↢養セリ画僧一*幀セツヲ↡。閻王礼拝スルコト勤致ナリ。遂ニ扣トフ↢主吏ニ↡、此ハ是 レ何 ン人ゾト。吏ノ曰ク、杭州ノ永明寺ノ寿禅師也。天下ニ死スル者、無↠不云コト↧経↢由シテ冥俯ニ↡案ゼラレ↦判生ヲ↥。唯此ノ人ノミ修行精進ニシテ、径タヾチニ生ズ↢極楽ノ上品ニ↡。王*以オ ↢為ラ オモヘリ 希有也ト↡、故ニ図シテ↠像ヲ恭敬ス。」 已上

「業儒ごうじゅ」 とらは、

-「▲業儒ト」等者、

「劉りゅう」 は*劉りゅう遺い民みん、 「雷らい」 は*雷らい次じ宗そう。 ともにこれ*廬ろ山ざんの十じゅう八賢はちけんの中なか、 俗ぞく士し六人ろくにんのその二になり。

-「▲劉ハ」劉遺民、「▲雷ハ」雷次宗。共ニ是 レ廬山ノ十八賢ノ中、俗士六人ノ之其ノ二也。

¬楽邦らくほう文類もんるい¼ の第三だいさん、 元がん照じょうの無む量りょう院いん造ぞう弥陀みだの像ぞうの記きにいはく、 「弥陀みだの教きょう観かん、 大蔵だいぞうに載のりて多おおからずとせず。 しかるに仏ぶっ化け東とう流るして数す百ひゃく年ねんの間あいだ、 前人ぜんにんほとんど知しる者ものなし。 晋しんの*慧え遠おん法ほっ師し、 廬ろ山ざんの東林とうりんに居こして神じん機き独抜どくばつして天てん下げの倡しょうたり。 池いけを鑿ほり蓮はちすを栽うへ、 堂どうを建たて誓ちかいを立たてて、 もつぱら浄じょう業ごうを崇あがむ。 号ごうして*白びゃく蓮れん社しゃとなす。 当とう時じの名僧めいそう・巨儒きょじゅ期ごせずしてみづから至いたる。 慧持えじ・道どう生しょうは釈しゃく門もんの俊しゅん彦げん、 劉りゅう遺い民みん・雷らい次じ宗そうは文ぶん士しの豪傑ごうけつ、 みな伏膺ふくようして教おしえを請こひてその社しゃに預あずかる。 このゆゑに後世こうせい浄じょう社しゃをいふ者もの、 かならず東林とうりんをもつて始はじめとなす。 その後のち、 善導ぜんどう・懐え感かんおほいに長ちょう安あんに闡ひらき、 智ち覚かく・慈じ雲うんさかんに淅石せつせきに振ふるふ。 末まつ流りゅう狂きょう妄もうして正しょう道どう梗塞こうそくす。」 上かみの所引しょいん△或わく*束そく以下いげこの次つぎなり

-¬楽邦文類ノ¼第三、元照ノ無量院造弥陀ノ像ノ記ニ云ク、「弥陀ノ教観、載テ↢于大蔵ニ↡不↠為セ↠不ズト↠多カラ。然ニ仏化東流シテ数百年ノ間、前人殆無シ↢知ル者↡。晋ノ*恵遠法師、居シテ↢廬山ノ之東林ニ↡神機独抜シテ為タリ↢天下ノ*倡↡。鑿ホリ↠池ヲ栽ヘ↠蓮ヲ、建タテ↠堂ヲ立テヽ↠誓ヲ、専崇ム↢浄業ヲ↡。号シテ為ス↢白蓮社ト↡。当時ノ名僧・巨儒不シテ↠期而自至ル。*恵持・道生ハ釈門ノ之俊彦、劉遺民・雷次宗ハ文士ノ之豪傑、皆伏膺シテ請テ↠教ヲ而預ル↢其ノ社ニ↡焉。是ノ故ニ後世言↢浄社ヲ↡者、必以テ↢東林ヲ↡為ス↠始ト。厥ノ後、善導・懐感大ニ闡ヒラキ↢於長安ニ↡、智覚・慈雲盛ニ振フ↢于*淅セツ石ニ↡。末流狂妄シテ正道梗塞ス。」 上ノ所引或ハ東以下此次也

「*柳りゅう子し厚こう」 はこれまた儒じゅ士し、 官かん礼らい部ぶたり、 もつぱら西方さいほうを修しゅす。 この人ひとの作さく、 龍りゅう興こう寺じに浄じょう土ど院いんを修しゅする記きあり。

-「▲柳子1154厚」者是又儒士、官為タリ↢礼部↡、専ラ修ス↢西方ヲ↡。此ノ人ノ作、有リ↧龍興寺ニ修スル↢浄土院ヲ↡記↥。

この元がん照じょうの記きとこの記碑きひと、 同おなじき ¬文類もんるい¼ 同巻どうかんの中なかにあり。 その記きの初はじめ (楽邦文類巻三) にいはく、 「中州ちゅうしゅうの西にし、 数す万まん里りに国くにあり、 身毒しんどくといふ。 釈しゃ迦か牟尼むに如来にょらい示じ現げんの地ちなり。 かの仏ぶつののたまはく、 西方さいほう過か十じゅう万まん億おくの仏ぶつ土どに世せ界かいあり、 極楽ごくらくといふ。 仏ぶつを無む量りょう寿じゅ如来にょらいと号ごうす。 その国くに三毒さんどく・八難はちなんあることなし、 衆宝しゅほうもつて飾かざりとなす。 その人ひと十纏じってん・九く悩のうあることなし、 群ぐん聖じょうもつて友ともたり。 よく誠じょう心しんの大願だいがんありて心しんをこの土どに帰きする者もの、 まことに念力ねんりき具ぐ足そくすれば、 すなはちかの国くにに往おう生じょうす。 しかして後のち三界さんがいの外ほかに出いず。 それ仏道ぶつどうにおいて退転たいてんする者ものなし、 その言ことば欺あざむくところなし。」 以上 総そうじて四し百ひゃく三さん十じゅうばかりの字じあり。 いま少すこしき始はじめを挙あげて多おおく文もんを略りゃくすらくのみ。

-此ノ元照ノ記ト与 ト ↢此ノ記碑↡、在リ↢同キ¬文類¼同巻ノ之中ニ↡。其ノ記ノ初ニ云、「中州之西、数万里ニ有リ↠国クニ、曰フ↢身毒ト↡。釈迦牟尼如来示現之地ナリ。彼ノ仏ノ言ハク、西方過十万億ノ仏土ニ有リ↢世界↡、曰↢極楽ト↡。仏ヲ号ス↢無量寿如来ト↡。其ノ国無シ↠有コト↢三毒・八難↡、衆宝以テ為ス↠*飾ト。其ノ人無シ↠有コト↢十纏・九悩↡、群聖以テ為タリ↠友。有テ↢能ク誠心ノ大願↡帰スル↢心ヲ是ノ土ニ↡者、苟マコトニ念力具足スレバ、則往↢生ス彼ノ国ニ↡。然シテ後出ヅ↢三界ノ之外ニ↡。其 レ於テ↢仏道ニ↡無シ↢退転スル者↡、其ノ言無シ↠所↠欺ク也。」 已上 総ジテ有リ↢四百三十許字↡。今少シキ挙テ↠始ヲ多ク略スラク↠文ヲ耳。

「白はく楽天らくてん」 とは、 字あざなを居きょ易いといふ。 太たい子しの賓客ひんかく、 翰林かんりんの主人しゅにん、 名なを禅ぜん派ぱに列つらね、 心こころを浄じょう土どに帰きす。 世よみなこれを文殊もんじゅの化け身しんと称しょうす。 文殊もんじゅ師利しりは ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ の同聞どうもん衆しゅの中なかの菩ぼ薩さつの上じょう首しゅ、 また ¬観かん経ぎょう¼ の耆ぎ闍しゃの上じょう首しゅたり。 また法ほっ照しょうに対たいして教おしふるに念仏ねんぶつをもつてす。 その化け身しんとして自じ行ぎょう化他けたもつぱら西方さいほうを修しゅする、 まことに由ゆえあり。

-「▲白楽天ト」者、字曰フ↢居易ト↡。太子ノ賓客、翰林主人、烈ネ↢名ヲ禅派ニ↡、帰ス↢心ヲ浄土ニ↡。世皆称ス↢之ヲ文殊ノ化身ト↡。文殊師利ハ¬阿弥陀経ノ¼同聞衆ノ中ノ菩薩ノ上首、又為タリ↢¬観経ノ¼耆闍ノ上首↡。又対シテ↢法照ニ↡教ルニ以ス↢念仏ヲ↡。為シテ↢其ノ化身ト↡自行化他専ラ修スル↢西方ヲ↡、誠ニ有リ↠由ユヘ也。

白はく氏し西方さいほう浄じょう土どの幀せつを画がする記き (白氏文集) にいはく、 「わが本ほん師し釈しゃ迦か如来にょらい説ときていはく、 これより西方さいほうに十じゅう万億まんおくの仏ぶつ土どを過すぎて世せ界かいあり、 極楽ごくらくと号ごうす。 乃至

-白氏画スル↢西方浄土ノ*幀ヲ↡記ニ云ク、「我本師釈迦如来説テ言ク、従↠是西方ニ過テ↢十万億ノ仏土ヲ↡有リ↢世界↡、号ス↢極楽ト↡。 乃至

あきらかにこの娑しゃ婆ば世せ界かいの微み塵じんの衆しゅ生じょうを観かんずるに、 賢けん愚ぐとなく貴き賎せんとなく幼艾ようがいとなく、 心こころを起おこして仏ぶつに帰きすることある者もの、 手てを挙あげ掌たなごころを合あわせてかならずまづ西方さいほうに向むかひ、 怖ふ厄やく苦く悩のうある者もの、 口くちを開ひらき声こえを発はっしてかならずまづ阿あ弥陀みだ仏ぶつを念ねんず。 また金こがねに範はんし土つちを合あはせ、 石いしに刻きざみ紋あやに織おり、 乃ない至し水みずに印いんし沙すなを聚あつめて、 童どう子しの戯たわむるる者ものことごとく阿あ弥陀みだ仏ぶつをもつて上じょう首しゅとせざることなし。 そのしかしてしかることを知しらず、 これによりて観かんずれば、 これかの如来にょらいこの衆しゅ生じょうに大だい誓願せいがんあり、 かの国こく土どに大だい因縁いんねんあり。 乃至

-諦ニ観ズルニ↢此ノ娑婆世界ノ微塵ノ衆生ヲ↡、無ク↢賢愚ト↡無ク↢貴賎ト↡無ク↢幼艾ト↡、有ル↢起シテ↠心ヲ帰スルコト↟仏ニ者、挙ゲ↠手ヲ合テ↠掌ヲ必先ヅ向ヒ↢西方ニ↡、有ル↢怖厄苦悩↡者、開キ↠口ヲ発シテ↠声ヲ必ズ先ヅ念ズ↢阿弥陀仏ヲ↡。又1155範シ↠金ニ合セ↠土ヲ、刻ミ↠石ニ織リ↠紋ニ、乃至印シ↠水ニ聚テ↠沙ヲ、童子ノ戯ルヽ者、莫シ↠不コト↧率コトゴトク以テ↢阿弥陀仏ヲ↡為セ↦上首ト↥。不↠知↢其ノ然シテ而然コトヲ↡、由テ↠是ニ而観ズレバ、是 レ彼ノ如来有リ↣大↢誓願於此ノ衆生ニ↡、有↣大↢因縁於彼ノ国土ニ↡矣。 乃至

弟子でし居きょ易い、 焚香ぼんこう稽首けいしゅし、 仏前ぶつぜんに跪ひざまずきて慈悲じひ心しんを起おこし、 弘ぐ誓ぜい願がんを発おこす。 願ねがはくはこの功く徳どく一切いっさい衆しゅ生じょうに回施えせす。 一切いっさい衆しゅ生じょうわがごとく老おいたる者もの、 わがごとく病やまいする者ものあらば、 願ねがはくはみな離苦りく得楽とくらく、 断悪だんあく修善しゅぜんせん。 南なん瞻せん部ぶを越こえずしてすなはち西方さいほうを覩みて、 白びゃく毫ごうの大光だいこう念ねんに応おうじて来感らいかんし、 青しょう蓮れんの上じょう品ぼん願がんに随したがひて往おう生じょうせん。 現在げんざいの身みより未み来らい際さいを尽つくすまで、 常つねに親近しんごんするを得えて供く養ようせん。 重かさねてこの願がんを宣のべんと欲ほっしてしかも偈げをもつて讃さんじていはく、 極楽ごくらく世せ界かい清浄しょうじょうの土どにはもろもろの悪道あくどうおよび衆しゅ苦くなし。 願ねがはくは老身ろうしんが病びょう苦くのごとくならん者もの、 同おなじく無む量りょう寿じゅ仏ぶつの所みもとに生しょうぜん。」 以上

-弟子居易、焚香稽首シ、跪テ↢於仏前ニ↡起シ↢慈悲心ヲ↡発ス↢弘誓願ヲ↡。願クハ此ノ功徳廻↢施ス一切衆生ニ↡。一切衆生有ラバ↢如ク↠我ガ老タル者、如ク↠我ガ病スル者↡、願クハ皆離苦得楽、断悪修善セン。不シテ↠越↢南瞻部ヲ↡便覩テ↢西方ヲ↡、白毫ノ大光応ジテ↠念ニ来感シ、青蓮ノ上品随テ↠願ニ往生セン。従リ↢現在ノ身↡尽スマデ↢未来際ヲ↡、常ニ得テ↢親近スルコトヲ↡而供養セン也。欲シテ↣重テ宣ント↢此ノ願ヲ↡而モ偈ヲモテ讃ジテ曰ク、極楽世界清浄ノ土ニハ無シ↢諸ノ悪道及ビ衆苦↡。願クハ如ナラン↢老身ガ病苦ノ↡者、同ク生ゼン↢無量寿仏ノ所ニ↡。」 已上

また白はくの詩しにいはく、 「余よが年とし七しち十じゅう一いち、 また吟ぎん哦がを事こととせず、 経きょうを看みれば眼力がんりきを費ついやし、 福ふくをなせば奔ほん波ぱを畏おそる、 もつて心眼しんげんを度どすることなし。 一いっ声しょうせよ阿あ弥陀みだ、 行ゆきても阿あ弥陀みだ、 坐ざしても阿あ弥陀みだ。 たとひ忙いそがしきこと鑚きるに似にたれども、 阿あ弥陀みだを廃はいせず。 日ひ暮くれて途みち遠とおし、 余よが生しょうすでに蹉跎さたたり。 あまねく勧すすむ法界ほうかいの衆しゅう、 同おなじく阿あ弥陀みだを念ねんぜよ。 達たっせる人ひとはわれを笑わらふべし、 多おおく阿あ弥陀みだを却さく。 達たっせるもまたいかん、 達たっせざるもまたいかん、 旦たん暮ぼに清浄しょうじょうの心しんをもつて、 ただ阿あ弥陀みだを念ねんぜよ。」 以上

-又白ノ詩ニ云、「余ガ年七十一、不↣復事トセ↢吟哦ヲ↡、看レバ↠経ヲ費シ↢眼力ヲ↡、作セバ↠福ヲ畏ル↢奔波パヲ↡、無シ↣以テ度スルコト↢心眼ヲ↡。一声セヨ阿弥陀、行ユキテモ也阿弥陀、坐シテモ也阿弥陀。縦然 タトヒ 忙シキコト似タレドモ↠鑚ルニ、不↠*廃セ↢阿弥陀ヲ↡。日暮テ而途遠シ、余ガ生已ニ蹉跎タリ。普勧ム法界ノ衆、同ク念ゼヨ↢阿弥陀ヲ↡。達セル人ハ応シ↠笑フ↠我ヲ、多ク却サク↢阿弥陀ヲ↡。達セルモ又作麼生 イカン 、不ルモ↠達セ又如何。旦暮ニ清浄ノ心ヲモテ、但タヾ念ゼヨ↢阿弥陀ヲ↡。」 已上

「然皆ねんかい」 とらは総結そうけつなり。

-「▲然皆ト」等者総結ナリ。

上かみのごときの高僧こうそう・碩儒せきじゅ、 おのおの仏ぶっ教きょうに達たっせる。 みな所しょ解げを記きするにみづからも西方さいほうを念ねんじ、 他たをしても生しょうを願がんぜしむ。 ただこの人ひとのみにあらず、 しばらく少しょうを挙あぐらくのみ。

-如ノ↠上ノ高僧・碩儒、各達セル↢仏教ニ↡。皆記スルニ↢所解ヲ↡自ミ モ念ジ↢西方ヲ↡、令 シム↢他ヲシテモ願ゼ↟生ヲ。非ズ↢唯此ノ人ノミニ↡、且ク挙ラク↠少ヲ耳。

所引しょいんの文もんの次下つぎしもの詞ことば (楽邦文類巻三) にいはく、 「これをもつてこれを観かんずるに、 剛ごう明みょう卓抜たくばつの識しきを屓そむき、 生しょう死じ変へん化げの数ことわりを達たっするにあらざるよりは、 それたれかよくこれを信しんぜんや。」 以上

-所引ノ之文ノ次下ノ詞ニ云ク、「以テ↠是ヲ観ズルニ↠之1156ヲ、自↠非↧屭ソムキ↢剛明卓抜ノ之識ヲ↡、達スルニ↦生死変化ノ之数コトハリヲ↥者、其 レ孰タレカ能ク信ゼン↢於此ヲ↡哉。」 已上

まさに知しるべし、 明みょう智ち博達はくたつを恃たのまず、 急きゅうに生しょう死じ迅速じんそくの理り数しゅを顧かえりみて、 もつぱら仏力ぶつりきを憑たのみよろしく西にしに帰きすべきなり。

-当ニ↠知、不↠恃タノマ↢明智博達ヲ↡、急ニ顧テ↢生死迅速ノ理数ヲ↡、専憑ミ↢仏力ヲ↡宜クキ↠帰ス↠西ニ也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 仮

【101】「仮け」 等とうといふは、 集しゅう主しゅのわたくしの釈しゃく。

▲言↢「仮」等ト↡者、集主ノ私ノ釈。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 大師釈三文

【102】大だい師しの解げ釈しゃく。 三文さんもんを引ひく中なかに、 初はじめの二句にくは ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の文もん、 次つぎの一いっ句くは ¬法ほう事じ讃さん¼ の下げ。 あるいは 「仮け」 を 「化け」 となす、 本ほんの不ふ同どうか。 後のちの二句にくはまた ¬般舟はんじゅ讃さん¼。 これらの諸文しょもんみな聖しょう道どう八万はちまんの諸しょ教きょう広ひろく諸しょ機きに被かぶらしむることを顕あらわす。

▲大師ノ解釈。引ク↢三文ヲ↡中ニ、▲初之二句ハ¬般舟讃ノ¼文、▲次ノ之一句ハ¬法事讃ノ¼下。或「仮ヲ」為ス↠「化ト」、本ノ不同歟。▲後ノ之二句ハ又¬般舟讃¼。此等ノ諸文皆顕ス↢聖道八万ノ諸教広ク被シムルコトヲ諸機ニ↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 偽

【103】「偽ぎ」 等とうといふは、 外げ道どうの教きょうを明あかす。

▲言↢「偽」等ト↡者、明ス↢外道ノ教ヲ↡。

「六ろく十じゅう二に見けん」 といふは、 ¬律りっ宗しゅうの名みょう句く¼ の意こころによるに、 総そうじて五ご陰おんに就つきて六ろく十じゅう見けんあり。 まづ色陰しきおんにおいてその四句しくを作つくる。 一いちには即色そくしき是我ぜが、 二にには離り色しき是我ぜが、 三さんには我が大色だいしき小しょう色しき在ざい我が中ちゅう、 四しには色しき大だい我が小しょう我が在ざい色しき中ちゅうなり。 下しもの四し陰おん、 これに準じゅんじて知しるべし。 もしは受じゅもしは想そうもしは行ぎょうもしは識しき、 色しきの一いち字じを改あらためて前さきのごとく句くを作つくる。 ゆゑに一陰いちおんにおいておのおの四し見けんあり。 五ご陰おんの四し見けん四五しごの数かず合がっして二に十じゅうとなる。 しかも三さん世ぜに歴へてこの二に十じゅうあり、 すなはち六ろく十じゅうとなる。 この外ほか別べつに断だん・常じょうの二に見けんを加くわふ。 このゆゑに総そうじて六ろく十じゅう二に見けんあり。

-言↢「▲六十二見ト」↡者、依ニ↢¬律宗ノ名句ノ¼意ニ↡、総ジテ就テ↢五陰ニ↡有リ↢六十見↡。先ヅ於テ↢色陰ニ↡作ル↢其ノ四句ヲ↡。一ニハ即色是我、二ニハ離色是我、三ニハ我大色小色在我中、四ニハ色大我小我在色中ナリ。下ノ之四陰、准ジテ↠之ニ可シ↠知。若ハ受若ハ想若ハ行若ハ識、改テ↢色ノ一字ヲ↡如ク↠前ノ作ル↠句ヲ。故ニ於テ↢一陰ニ↡各有リ↢四見↡。五陰ノ四見四五之数合テ成ル↢二十ト↡。而モ歴ヘテ↢三世ニ↡有リ↢此ノ二十↡、則成ル↢六十ト↡。此ノ外別ニ加フ↢断・常ノ二見ヲ↡。是ノ故ニ総ジテ有リ↢六十二見↡。

「九く十じゅう五ご種しゅ」 といふは、 これ外げ道どうの種類しゅるいを挙あぐ。 九く十じゅう五ご種しゅ、 九く十じゅう六ろく種しゅ、 経きょう論ろんの異い説せつ、 除取じょしゅ由ゆえあり。

-言↢「▲九十五種ト」↡者、是 レ挙グ↢外道ノ種類ヲ↡。九十五種、九十六種、経論ノ異説、除取有リ↠由。

▼六ろく師し外げ道どう、 弟子でしおのおの一いち十じゅう五ご人にんあり、 合がっして九く十じゅう人にん、 師し弟てい合論ごうろんすれば九く十じゅう六種ろくしゅなり。

-六師外道、弟子各有リ↢一十五人↡、合テ九十人、師弟合論スレバ九十六種ナリ。

▼かの九く十じゅう六種ろくしゅの中なかにおいて、 その一類いちるいの小乗しょうじょうの計けに同おなじきあり。 ゆゑにその一いちを除のぞきて九く十じゅう五ごといふ。 その計け小乗しょうじょうに同おなじき辺へんありといへども、 実じつにこれ旧く法ほうなり。 このゆゑに斥しりぞけて九く十じゅう六種ろくしゅみなこれ邪道じゃどうなりといふ。

-於テ↢彼ノ九十六種之中ニ↡、有リ↣其ノ一類1157ノ同ジキ↢小乗ノ計ニ↡。故ニ除テ↢其ノ一ヲ↡云フ↢九十五ト↡。雖↠有ト↧其ノ計同ジキ↢小乗ニ↡辺↥、実ニ是 レ旧法ナリ。是ノ故ニ斥テ言フ↢九十六種皆是邪道ナリト↡。

九く十じゅう六ろくとは、 ¬華け厳ごん¼・¬智ち論ろん¼・¬薩さつ婆多ばた論ろん¼ 多た分ぶんの説せつ。 九く十じゅう五ごとは ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ の説せつ、 この ¬経きょう¼ の意こころは九く十じゅう六種ろくしゅの所しょ計けみなこれ戒禁かいごん取見しゅけんなり。 しかるにこの中なかにおいてその一種いっしゅ真しんの涅ね槃はん四し禅ぜん等とうにありと執しゅうするあり、 ゆゑに説ときてただちに三さん途ずに堕だすといはず、 この義ぎ辺へんによりて九く十じゅう五ごといふ。

-九十六ト者、¬花厳¼・¬智論¼・¬薩婆多論¼多分ノ之説。九十五ト者¬涅槃経ノ¼説、此ノ¬経ノ¼意者九十六種ノ所計皆是 レ戒禁取見ナリ。而ニ於テ↢此ノ中ニ↡有リ↤其ノ一種執スル↣真ノ涅槃在ト↢四禅等ニ↡、故ニ不↤説テ云↣直ニ堕スト↢三途ニ↡、依テ↢此ノ義辺ニ↡言フ↢九十五ト↡。

大だい師しの解げ釈しゃくこの説せつによるらくのみ。

-▲大師ノ解釈由ラク↢斯ノ説ニ↡耳。

「唯仏ゆいぶつ」 とらは、 五ご種しゅたりといへども、 六種ろくしゅたりといへども、 その外そとの一いちなり。

-「▲唯仏」等者、雖↠為ト↢五種↡、雖↠為ト↢六種↡、其ノ外ノ一也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 傷嘆

【104】「誠じょう知ち」 とらは、 傷しょう嘆たんの詞ことばなり。

「▲誠知ト」等者、傷嘆ノ詞也。

ただし悲ひ痛つうすといへどもまた喜よろこぶところあり、 まことにこれ悲喜ひき交きょう流るといふべし。 「不ふ喜き」・「不ふ快け」 はこれ恥ち傷しょうを顕あらわす。 定じょう聚じゅの数かずに入いると真しん証しょうに近ちかづくとひそかに自じ証しょうを表あらわす、 喜快きけなきにあらず。

-但シ雖↢悲痛スト↡又有リ↠所↠喜ブ、寔ニ是 レ可シ↠謂フ↢悲喜交流ト↡。「▲不喜」・「▲不快ハ」是 レ顕↢恥傷ヲ↡。入ト↢定聚ノ数ニ↡与 ト ↠近ク↢真証ニ↡*表ス↢潜ニ自証ヲ↡、非ズ↠無ニ↢喜快↡。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『涅槃経』文

【105】次つぎに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼、 所引しょいん広博こうはくなり。 つぶさに解げするにあたはず、 よろしく大たい意いを知しるべし。

▲次ニ¬涅槃経¼、所引広博ナリ。不↠能↢具ニ解スルニ↡、宜クシ↠知ル↢大意ヲ↡。

問とふ。 いまこの文もんを引ひく、 なんの要ようかある。

-問。今引ク↢此ノ文ヲ↡、有↢何ノ要カ↡耶。

答こたふ。 弥陀みだの名みょう号ごうと涅ね槃はんの理りと、 その名な異ことなりといへどもその性しょうこれ同おなじ。 この義ぎ、 ↓文もん↓義ぎともに分ぶん明みょうなり。

-答。弥陀ノ名号ト与 ト ↢涅槃ノ理↡、其ノ名雖↠異也ト其ノ性是 レ同ジ。此ノ義、文義共ニ分明也。

まづ↑文もんといふは、

-先ズ言↠文ト者、

¬大だい経きょう¼ の下げにいはく、 「それ菩ぼ薩さつありて疑ぎ惑わくを生しょうずる者ものは、 大だい利りを失しっすとなす。 このゆゑにまさにあきらかに諸仏しょぶつの無む上じょうの▽智慧ちえを信しんずべし。」 以上

-¬大経ノ¼下ニ云ク、「▲其 レ有テ↢菩薩↡生ズル↢疑惑ヲ↡者 ノハ、為ス↠失スト↢大利ヲ↡。是ノ故ニ応シ↣当ニ明ニ信ズ↢諸仏ノ無上ノ智恵ヲ↡。」 已上

また (大経巻下) いはく、 「まさに知しるべし、 この人ひとは大だい利りを得うとなす。 すなはちこれ無む上じょうの功く徳どくを具ぐ足そくするなり。」 以上

-又云、「▲当ニシ↠知ル、此ノ人ハ為ス↠得ト↢大利ヲ↡。則是 レ具↢足スルナリ無上ノ功徳ヲ↡。」 已上

あるいは智慧ちえといひあるいは功く徳どくといふ、 その言ことば殊ことなりといへどもともにこれ名みょう号ごうなり。 これ弥陀みだを指さして嘆たんじて無む上じょうといふ。 しかるに諸しょ教きょうの中なかに無む上じょうと称しょうするは涅ね槃はんの一法いっぽうなり。

-或ハ云ヒ↢智恵ト↡或ハ云フ↢功徳ト↡、其ノ言雖↠殊也ト共ニ是 レ名号ナリ。是 レ指シテ↢弥陀ヲ↡嘆ジテ云↢無上ト↡。而ニ諸教ノ中ニ称スル↢無上ト↡者涅槃ノ一法ナリ。

いはく ¬智ち論ろん¼ の意こころ、 大だい乗じょうの法ほうの中なかに大般だいはつ涅ね槃はんをもつて無む上じょうとなす。 また ¬喩伽ゆが¼ (巻六六摂決択分意) にいはく、 「また次つぎにいかなるか有う上じょうの法ほう、 いはく涅ね槃はんを除のぞきて余よの一切いっさいの法ほうなり。 まさに知しるべし、 涅ね槃はんはこれ無む上じょうの法ほうなり。」 以上

-謂ク¬智論ノ¼意、大乗ノ法ノ中ニ大1158般涅槃ヲ以テ為ス↢無上ト↡。又¬喩伽ニ¼云、「復次ニ云何ナルカ有上ノ法、謂ク除テ↢涅槃ヲ↡余ノ一切ノ法ナリ。当ニ↠知ル、涅槃ハ是 レ無上ノ法ナリ。」 已上

彼此ひしの無む上じょう知しるべし、 一法いっぽうなり。

-彼此ノ無上可シ↠知、一法ナリ。

次つぎに↑義ぎといふは、

-次言↠義ト者、

上かみに出いだすところの ¬大だい経きょう¼ の文もんの中なかに△智慧ちえといふは、 三徳さんどくの中なかにしばらく般若はんにゃを挙あぐ。 もし一徳いっとくを挙あぐれば三徳さんどく具ぐ足そくす。 これはこれ三徳さんどく離はなれざるがゆゑなり。 無む上じょうの功く徳どくはすなはちこれ名みょう号ごう、 名みょう号ごうはすなはちこれ三徳さんどくの秘ひ蔵ぞうなり。 しかるにその名みょう号ごうはまつたくこれ弥陀みだ、 弥陀みだはすなはちこれ涅ね槃はんの妙みょう理りなり。

-上ニ所ノ↠出之¬大経ノ¼文ノ中ニ言↢智恵ト↡者、三徳ノ之中ニ且ク挙↢般若ヲ↡。若シ挙レバ↢一徳ヲ↡三徳具足ス。此ハ是 レ三徳不ルガ↠離故也。無上ノ功徳ハ即是 レ名号、名号ハ即是 レ三徳ノ秘蔵ナリ。然ニ其ノ名号ハ全ク是 レ弥陀、弥陀ハ即是 レ涅槃ノ妙理ナリ。

ゆゑに ¬事じ讃さん¼ (法事讃巻下) にいはく、 「弥陀みだの妙みょう果かを号ごうして無む上じょう涅ね槃はんといふ。」 以上 これ正しょう報ぼうに就つきて涅ね槃はんの名なを立たつ。

-故ニ¬事讃ニ¼云ク、「▲弥陀ノ妙果ヲ号シテ云フ↢無上涅槃ト↡。」 已上 是 レ就テ↢正報ニ↡立ツ↢涅槃ノ名ヲ↡。

また (法事讃巻下) いはく、 「極楽ごくらくは無為むい涅ね槃はんの界さかいなり。」 これ依え報ほうに約やくして涅ね槃はんの義ぎを論ろんず。

-又云、「▲極楽ハ無為涅槃ノ界ナリ。」是 レ約シテ↢依報ニ↡論ズ↢涅槃ノ義ヲ↡。

また (法事讃巻上) いはく、 「畢ひつ命みょうにただちに涅ね槃はんの城みやこに入いる。」 以上 これ所しょ入にゅうの城みやこを名なづけて涅ね槃はんといふ。

-又云、「▲畢命ニ直ニ入ル↢涅槃ノ城ニ↡。」 已上 是 レ所入ノ城ヲ名テ曰フ↢涅槃ト↡。

¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「念仏ねんぶつはすなはちこれ涅ね槃はんの門もんなり。」 以上 ここに涅ね槃はんといふは能のう入にゅうの門もんに約やくす。

-¬般舟讃ニ¼云、「▲念仏ハ即是 レ涅槃ノ門ナリ。」 已上 此ニ云ハ↢涅槃ト↡約ス↢能入ノ門ニ↡。

依え正しょう・能所のうじょ、 ただこれ弥陀みだ円満えんまん無む上じょう涅ね槃はんの功く徳どくなり。

-依正・能所、唯是弥陀円満無上涅槃ノ功徳ナリ。

また阿あ闍じゃ世せ五ご逆ぎゃくの重じゅう罪ざい、 さだめて阿鼻あび獄ごくの中なかに入いるべしといへども、 この経きょう会えに来きたりて滅罪めつざい解げ脱だつす。 この重病じゅうびょうを療りょうするは醍だい醐ごの妙みょう薬やくなり。 いまこの念仏ねんぶつまたこの病やまいを滅めっす。 これによりて先徳せんどく、 この念仏ねんぶつをもつてかの醍だい醐ごに同どうず、 これ一法いっぽうなるがゆゑに。

-又阿闍世五逆ノ重罪、定テ雖↠可ト↠入ル↢阿鼻獄ノ中ニ↡、来テ↢此ノ経会ニ↡滅罪解脱ス。療スルハ↢此ノ重病ヲ↡醍醐ノ妙薬ナリ。今此ノ念仏又滅ス↢此ノ病ヲ↡。依テ↠之ニ先徳、以テ↢此ノ念仏ヲ↡同ズ↢彼ノ醍醐ニ↡、是一法ナルガ故ニ。

かくのごときの甚深じんじんの義ぎあるをもつてなり。 処々しょしょに多おおく引ひき、 いま文もんこれを引ひく。

-以↠有ヲ↢如ノ↠此ノ甚深ノ義↡也。処々ニ多ク引キ、今文引↠之ヲ。

邪臣じゃしん並ならびに外げ道どうの名なを挙あぐるに就つきて、

-▲就テ↠挙ルニ↢邪臣並ニ外道ノ名ヲ↡、

一いちより四しに至いたるまでは列つらぬるところ見みつべし。 上かみは大臣だいじんの名な、 下しもは外げ道どうの名な。

-自↠一至マデハ↠四所↠列ヌル可シ↠見ツ。上ハ大臣ノ名、下ハ外道ノ名。

第だい五ご行ぎょうの下しもに 「婆蘇ばそ仙せん」 とは、 経きょうに出いだすところの六ろく師しの内うちにあらず、 かの 「吉徳きっとく」 闍じゃ世せを誘さそふる言ことばに引ひくところの古こ仙せんの名みょう字じなり。

-第五行ノ下ニ「▲婆蘇仙ト」者、非ズ↢¬経ニ¼所ノ↠出ス六師ノ之内ニ↡、彼ノ「吉徳」誘フル↢闍世ヲ↡言ニ所ノ↠引ク古仙ノ之名字也。

第六だいろく行ぎょうの上かみに 「迦か羅鳩らく駄迦だか旃延せんえん」 とは、 六ろく師しの第だい五ご、 この名なよろしく第だい五ご行ぎょうの下しも婆蘇ばそ仙せんの所ところにあるべし。 第六だいろくの邪臣じゃしんを無む所しょ畏いと名なづく、 いまこれを挙あげず。 もしこれを挙あぐれば、 これすなはち第六だいろく行ぎょうの上かみ 「尼に揵けん陀だ若にゃ提だい子し」 を挙あぐる所ところにあるべし。 「若にゃ提だい子し」 はその下しもにあるべし。

-第六1159行ノ上ニ「▲迦羅鳩駄迦旃延ト」者、六師ノ第五、此ノ名宜クシ↠在↢第五行ノ下婆蘇仙ノ所ニ↡。第六ノ邪臣ヲ名ク↢無所畏ト↡、今不↠挙↠之ヲ。若シ挙ゲレ↠之ヲ者、是則可シ↠在ル↧第六行ノ上挙ル↢「尼揵陀若提子ヲ」↡所ニ↥。「若提子」者可シ在↢其ノ下ニ↡。

問とふ。 名みょう字じ在没ざいもつ、 次し第だい前ぜん後ご、 なんぞかくのごときなるや。

-問。名字存没、次第前後、何ゾ如ナル↠此ノ耶。

答こたふ。 かくのごときの用捨ようしゃ、 時ときによりて不ふ定じょうなり。 「婆蘇ばそ仙せん」 は要ようなきに似にたりといへども、 邪臣じゃしん所用しょようの本説ほんせつの名ななるがゆゑに、 また由ゆえなきにあらず。 第六だいろく行ぎょうの上かみに 「尼に揵けん陀だ若にゃ提だい子し」 を置おくことは、 「婆蘇ばそ仙せん」 を除のぞきて 「吉徳きっとく」 に次つぐがゆゑにこれを上かみに置おくにあらず、 ただ隣りん次じによる。 また無む所しょ畏いの名なを挙あげずといへども、 本文ほんもんにあるがゆゑに省略しょうりゃくすらくのみ。

-答。如キノ↠此ノ用捨、依テ↠時ニ不定ナリ。「婆蘇仙」者雖↠似タリト↠無ニ↠要、邪臣所用ノ本説ノ名ナルガ故ニ、亦非ズ↠無ニ↠由。第六行ノ上ニ置コト↢「尼揵陀若提子ヲ」↡者、除テ↢「婆蘇仙ヲ」↡次ツグガ↢「吉徳ニ」↡故ニ非ズ↢之ヲ置ニ↟上ニ、只依ル↢隣次ニ↡。又雖↠不ト↠挙↢無所畏ノ名ヲ↡、在ガ↢本文ニ↡故ニ省略スラク而已。

問とふ。 もし文もんにあるに譲ゆずらば、 上かみの五ごも同おなじかるべし、 なんぞ上かみの五ごを出いだして下しもの一いちを略りゃくするや。

-問。若シ譲ラバ↠在ニ↠文ニ、上ノ五モ可シ↠同カル、何ゾ出シテ↢上ノ五ヲ↡略スル↢下ノ一ヲ↡耶。

答こたふ。 初はじめを出いだして後のちを略りゃくし、 多たを挙あげて少しょうを省しょうす。 初はじめに就つき多たに就つく、 なんの過とがあらんや。 また挙あぐるところの六ろく師しの名なにおいて文もん字じこれ異いなり。 ただし異いありといへども、 音こえの通つうずるにおいては異いとするに足たらず、 その音こえの異ことなるにおいてはよろしく異い本ほんとすべし。

-答。出シテ↠初ヲ略シ↠後ヲ、挙テ↠多ヲ省ス↠少ヲ。就キ↠初ニ就ク↠多ニ、有ラン↢何ノ過カ↡乎。又於テ↢所ノ↠挙ル六師ノ之名ニ↡文字是異ナリ。但シ雖↠有ト↠異、於↢音ノ通ズルニ↡者不↠足↠為ニ↠異ト、於テハ↢其ノ音ノ異ナルニ↡宜クシ↠為↢異本ト↡。

第三だいさんの名なの中なかに、 一本いっぽんには 「那な闡せん」、 一本いっぽんには 「刪闍さんじゃ」 、 一本いっぽんには 「耾せん子し」 、 一本いっぽんには 「𦕑ち子し」。

-第三ノ名ノ中ニ、一本ニハ「那闡」、一本ニハ「刪サン闍」、一本ニハ「耾セン子」、一本「𦕑チ子」。

第だい四しの名なの中なかに、 一本いっぽんには 「翅し金きん」、 一本いっぽんには 「翅し舎しゃ」。

-第四ノ名ノ中ニ、一本ニハ「翅シ金」、一本ニハ「翅舎」。

第六だいろくの名なの中なかに、 一本いっぽんには 「犍けん子し」、 一本いっぽんには 「提だい子し」。

-第六ノ名ノ中ニ、一本ニハ「犍子」、一本ニハ「提子」。

以い上じょう参しん差し、 本ほんに異いあるか。 ただし二に説せつの中なかに、 「刪闍さんじゃ」・「𦕑ち子し」・「阿あ耆ぎ舎しゃ」・「欽若きんにゃ」・「提てい子し」 の名な、 ¬止し観かん¼ の第だい十じゅうこれらの字じたり、 ゆゑに予よそのかみ円えん宗しゅうを学がくせし時とき、 明めい師しの説せつを受うくなり、 この名みょう字じなり。

-已上参差、本ニ有↠異歟。但シ二説ノ中ニ、「刪闍」・「𦕑チ子」・「阿耆舎」・「欽若ニャ」・「提子ノ」名、¬止観ノ¼第十為タリ↢比等ノ字↡。故ニ豫*当初ソ  ミ学セン↢円宗ヲ↡時、受也↢明師ノ説↡、此ノ名字也。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 私釈

【106】「是以ぜい」 とらは、 わたくしの解げ釈しゃくなり。

「▲是以ト」等者、私ノ解釈也。

この解げ釈しゃくの意こころ、 上かみに述のぶるところのごとく、 弥陀みだの真しん教きょう、 涅ね槃はんの極ごく理り、 内ない証しょうこれ一いちにして差別しゃべつあることなし。 このゆゑにともに難なん治ちの三さん機きを治ちす。 もつてこの義ぎを顕あらわすをこの釈しゃくの意こころとす。

-此ノ解釈ノ意、如ク↢上ニ所ノ↟述ル、弥陀ノ真教、涅槃ノ極理、内証1160是 レ一ニシテ無シ↠有コト↢差別↡。是ノ故ニ共ニ治ス↢難治ノ三機ヲ↡。以テ顕スヲ↢此ノ義ヲ↡為ス↢斯ノ釈ノ意ト↡。

「三さん機き」 といふは、 文もんの始はじめに挙あぐるがごとし。 一いちには謗ほう大だい乗じょう、 二にには五ご逆ぎゃく罪ざい、 三さんには一闡いっせん提だい、 これその機きなり。

-言↢「▲三機ト」↡者、如シ↠挙ガ↢▲文ノ始ニ↡。一ニハ謗大乗、二ニハ五逆罪、三ニハ一闡提、是 レ其ノ機也。

「三さん病びょう」 といふは、 すなはちこの三さん機き、 根こんに約やくすれば三さん機き。 喩たとえに寄よせては病びょうといふ。

-言↢「▲三病ト」↡者、即此ノ三機。約スレバ↠根ニ三機、寄テハ↠喩云フ↠病ト。

「聖しょう聞もん」 といふは、 「聖しょう」 の字じ正ただしからず、 書しょ生しょうの誤あやまりか。 「声しょう」 をもつて本ほんとなす。

-言↢「▲聖聞ト」↡者、「聖ノ」字不↠正、書生ノ誤歟。以テ↠「声ヲ」為↠本ト。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ○ 私問

【107】「夫ふ拠きょ」 以下いげ 「思し量りょう耶や」 に至いたるまでは、 わたくしの問といの詞ことばなり。

「▲夫拠」以下至マデハ↢「思量耶ニ」↡、私ノ問ノ詞也。

「報導ほうどう」 以下いげ答こたえの中なかに所引しょいん ¬論ろんの註ちゅう¼ の文もんは、 上じょう巻かんの釈しゃくなり。 総説そうせつをはりての後のち、 都すべて八はち重じゅうの問答もんどうある中なかに、 第だい二に以下いげ七番しちばんの問答もんどう、 巻かんを尽つくすに至いたるまでなり。

-「▲報導」以下答ノ中ニ所引¬論ノ註ノ¼文者、上巻ノ釈也。総説竟ノ後、都テ有ル↢八重ノ問答↡之中ニ、第二以下七番ノ問答、至マデ↠尽スニ↠巻ヲ也。

問とふ。 ▲かの初しょ重じゅうの意こころ、 何事なにごとをか問答もんどうする。

-問。彼ノ初重ノ意、問↢答スル何事ヲカ↡。

答こたふ。 念仏ねんぶつ所しょ被ひの機きを問とふに就つきて、 答こたえの中なかに意こころのいはく、 ¬大だい経きょう¼ には説ときて諸しょ有う衆しゅ生じょうといひてしかも五ご逆ぎゃくと誹ひ謗ほう正しょう法ぼうとを除のぞき、 ¬観かん経ぎょう¼ はつぶさに九く品ぼんの機きを説ときてしかも五ご逆ぎゃくを摂せっしてなほ謗法ほうぼうを除のぞく。 ゆゑにその余よはことごとく信仏しんぶつの因縁いんねんによりてみな生しょうずることを述のぶ。

-答。就テ↠問ニ↢念仏所被ノ之機ヲ↡、答ノ中ニ意ノ云ク、¬大経ニハ¼説テ云テ↢諸有衆生ト↡而モ除キ↢五逆ト誹謗正法トヲ↡、¬観経ハ¼具ニ説テ↢九品ノ之機ヲ↡而モ摂シテ↢五逆ヲ↡猶除ク↢謗法ヲ↡。故ニ述ノブ↧其ノ余ハ尽ク依テ↢信仏ノ因縁ニ↡皆生ズルコトヲ↥。

第だい二にの問答もんどうはこの義ぎに就つきて来きたる、 その意こころ見みつべし。

-▲第二ノ問答ハ就テ↢此ノ義ニ↡来ル、其ノ意可シ↠見。

「一者いっしゃ五ご逆ぎゃく二に者しゃ誹ひ謗ほう正しょう法ぼう」 とらは、

-「▲一者五逆二者誹謗正法ト」等者、

問とふ。 鸞らん師しの意こころ、 まつたく謗法ほうぼうの機き往おう生じょうの益やくを許ゆるすべからざるや。

-問。鸞師之意、全ク不↠可↠許ス↢謗法之機往生ノ益ヲ↡乎。

答こたふ。 いまの文もんのごときはこれを許ゆるさざるか。 ただし下げ巻かんの荘しょう厳ごん心業しんごう功く徳どく成じょう就じゅの解げ釈しゃくのごときは、 かの謗法ほうぼうなほ解げ脱だつを得うることを許ゆるす。 その解げ釈しゃく△当巻とうかんの初はじめに三さん十じゅう三さんの願がんの身心しんしん柔にゅう軟なんの利り益やくを解げする段だんに載のす、 ゆゑにいまこれを略りゃくす。 かの釈しゃくに生しょうずることを許ゆるすは摂しょう受じゅ門もんの意こころ、 これ回え心しんに約やくす。 いまの釈しゃくに許ゆるさざるは抑おく止し門もんの意こころ、 未み回え心しんに約やくす。

-答。如↢今ノ文ノ↡者不↠許↠之ヲ歟。但シ如↢下巻ノ荘厳心業功徳成就ノ之解釈ノ↡者、許ス↣彼ノ謗法尚得コトヲ↢解脱ヲ↡。其ノ解釈載ス↧当巻ノ初ニ解スル↢三十三ノ願ノ身心柔軟ノ利益ヲ↡之段ニ↥、故ニ今略ス↠之ヲ。彼ノ釈ニ許スハ↠生コトヲ*摂受門ノ意、是 レ約ス↢廻心ニ↡。今ノ釈ニ不ルハ↠許サ抑止門ノ意、約ス↢未廻心ニ↡。

第だい六ろく重じゅうの中なかに、 初はじめに 「在心ざいしん」 とは、 すなはちこれ心しんに約やくす。 次つぎに 「在縁ざいえん」 とは、 これはこれ境きょうに約やくす。 後のちに 「在ざい決けつ定じょう」 といふはこれ時じに約やくすなり。

-第六重ノ中1161ニ、初ニ「▲在心ト」者、即是約ス↠心ニ。次ニ「在縁ト」者、此ハ是 レ約ス↠境ニ。後ニ「在決定ト云ハ」是 レ約スル↠時ニ也。

「無後むご心しん」 とは、 四し修しゅの中なかに長じょう時じ修しゅの意こころ。 「無む間けん心しん」 とは、 すなはち無む間けん修しゅなり。

-「▲無後心ト」者、四修ノ之中ニ長時修ノ意。「▲無間心ト」者即無間修ナリ。

問とふ。 「無む間けん心しん」 とは、 平生びょうじょうに約やくすとやせん、 臨りん終じゅうに約やくすとやせん。

-問。「無間心ト」者、為セン↠約ストヤ↢平生ニ↡、為セン↠約ストヤ↢臨終ニ↡。

答こたふ。 いまの釈しゃくのごときは、 時じ分ぶんの急きゅうなるをもつてこの心しんに依止えじす、 ゆゑに臨りん終じゅうに約やくす。 ただし総そうじてこれをいはば平生びょうじょうを遮しゃせず。 機き根こんまちまちなるがゆゑに、 たとひ尋じん常じょうなりといへどもこの心しんに住じゅうする類たぐい、 なんぞこれなからんや。

-答。如↢今ノ釈ノ↡者、以テ↢時分ノ急ナルヲ↡依↢止ス此ノ心ニ↡、故ニ約ス↢臨終ニ↡。但シ総ジテ言ハヾ↠之ヲ不↠遮セ↢平生ヲ↡。機根区ナルガ故ニ、縦ヒ雖↢尋常ナリト↡住スル↢此ノ心ニ↡類、何ゾ無ラン↠之哉。

「此し中ちゅう」 とらは、 念ねんに三さん義ぎあり。 いはゆる時じ節せつと観念かんねんと称しょう念ねんとなり。 いまはただ時ときを嫌きらふ。 観念かんねんと称名しょうみょうとはその用捨ようしゃなし。 鸞らん師しの意こころ二義にぎを存ぞんずるか。 もし導どう家けによらば、 ただこれ称名しょうみょうなり。 十じゅう八はちの願文がんもん、 下々げげの十じゅう念ねん、 ともに異い論ろんなし。

-「▲此中ト」等者、念ニ有リ↢三義↡。所謂時節ト観念ト称念トナリ。今ハ唯嫌フ↠時ヲ。観念ト称名トハ無シ↢其ノ用捨↡。鸞師ノ之意存ズル↢二義ヲ↡歟。若シ依ラバ↢導家ニ↡、唯是 レ称名ナリ。十八ノ願文、下々ノ十念、共ニ無シ↢異論↡。

第八だいはちの問といの意こころは、 その観かんと称しょうとたがひに妨さまたげあるべきことを訝いぶかる。 答こたえの意こころすでに業ごう事じ成じょう弁べんといふ。 いふこころは称しょうに約やくするにおいてしかもその頭ず数しゅを記しるすべからざるか。

-▲第八ノ問ノ意ハ、訝イブカル↢其ノ観ト称ト互ニ可コトヲ↟有↠妨。▲答ノ意已ニ云フ↢業事成辨ト↡。言心ハ於テ↠約スルニ↠称ニ而モ不ル↠可↠記ス↢其ノ頭数ヲ↡歟。

「不ふ縁えん」 とらは、 口く授じゅを伝つたへず、 また筆点ひってんなし。 先徳せんどくこれを嘆なげく、 たれか恨うらみとせざらん。 ただしその涯分がいぶん推すい知ちの領りょう解げ開発かいほつ、 よろしく人ひとの根こん性じょうによるべきか。

-「▲不縁」等者、不↠伝↢口授↡、又無シ↢筆点↡。先徳嘆ク↠之ヲ、誰カ不ラン↠為セ↠恨ト。但シ其ノ涯分推知ノ領解開発、宜クキ↠依↢人ノ根性ニ↡乎。

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・ 大師釈二文

【108】次つぎに大だい師しの釈しゃく、 所引しょいんに二にあり。

▲次ニ大師ノ釈、所引ニ有↠二。

初はじめは ¬散善さんぜん義ぎ¼ 下げ品ぼん下げ生しょう二に種しゅの重じゅう罪ざい除取じょしゅの問答もんどう、 問端もんたんは見みつべし。

-初ハ「散善義」下品下生二種ノ重罪除取ノ問答、▲問端ハ可シ↠見ツ。

答こたえの中なかの意こころに就つきて、

-▲就テ↢答ノ中ノ意ニ↡、

問とふ。 「抑おく止し門もん」 に約やくするなんの証しょうかあるや。

-問。約スル↢「抑止門ニ」↡有↢何ノ証カ↡耶。

答こたふ。 諸願しょがんみな不ふ取しゅ正しょう覚がくをもつて当願とうがんの意こころを結けっす。 しかるに 「唯除ゆいじょ」 (大経巻上大経巻下) の句くその言ことばの外ほかにあり。 これをもつて証しょうとす。

-答。諸願皆以テ↢不取正覚ヲ↡結ス↢当願ノ意ヲ↡。而ニ「唯除ノ」句在リ↢其ノ言ノ外ニ↡。以テ↠之ヲ為↠証ト。

問とふ。 「五ご逆ぎゃくの已作いさ」 なんの証しょうかあるや。

-問。「▲五逆ノ已作」有ル↢何ノ証カ↡耶。

答こたふ。 ¬経きょう¼ の序分じょぶんの中なかに、 闍じゃ世せこれを造つくり、 調じょう達だつこれを作つくる、 ゆゑに 「已作いさ」 といふ。

-答。¬経ノ¼序分ノ中ニ、闍世造リ↠之ヲ、調達作ル↠之ヲ、故ニ云フ↢「已作ト」↡。

「此義しぎ」 とらは、 この釈しゃくの意こころ、 ただ二に種しゅの重じゅう罪ざいを抑おく止しするのみにあらず、 また多た劫こうを抑おく止しする義ぎあり。 もしただその重じゅう罪ざいを抑おく止しせば、 この言ことば、 上かみに 「もし造つくらば還かえりて摂せっして生しょうずることを得えしめん」 といふ句くの下しもにあるべきか。 すでにかの土ど多た劫こうの華け合ごう、 三種さんしゅの障しょう礙げを挙あげて、 その次つぎにこれを結けっす。 知しんぬべし、 上かみは罪業ざいごうの抑おく止しを標ひょうし、 下しもは多た劫こう障しょう重じゅうの抑おく止しを結けっすといふことを。 純じゅん一いつの報ほう土ど一向いっこう化け生しょうなり、 仮かりに華け合ごうと説とくはこれすなはち胎たい生しょう、 化土けどの相そうに約やくす、 よろしくこれを思し択ちゃくすべし。

-「▲此義1162ト」等者、此ノ釈ノ之意、匪ズ↣啻タヾ抑↢止スルノミニ二種ノ重罪ヲ↡、又有リ↧抑↢止スル多劫ヲ↡之義↥。若シ只抑↢止セ其ノ重罪ヲ↡者、此ノ言、可↠在ル↧上ニ云↢「▲若シ造ラバ還テ*摂シテ得エシメント↟生ズルコトヲ」之句ノ下ニ↥歟。已ニ挙テ↢彼ノ土多劫ノ花合、三種ノ障ヲ↡、其ノ次ニ結ス↠之ヲ。可↠知、上ハ標シ↢罪業ノ抑止ヲ↡、下ハ結スト云コトヲ↢多劫障重ノ抑止ヲ↡。純一ノ報土一向化生ナリ、仮ニ説クハ↢「*花合ト」↡此 レ即胎生、約ス↢化土ノ相ニ↡、宜クシ↣思↢択ス之ヲ↡。

【109】次つぎは ¬法ほう事じ讃さん¼ 序じょの中なかの文もんなり。

▲次ハ¬法事讃¼序ノ中ノ文也。

「到とう彼ひ」 とらは、 華け開かい・華け合ごうの差しゃなきことを顕あらわす。 「以い仏ぶつ」 とらは、 まさしく逆ぎゃく謗ほう闡提せんだいみな生しょうずることを顕あらわす。 すなはち不ふ生しょうと示しめすは抑おく止しの意こころたり、 ゆゑに上かみの釈しゃくに次ついでこの文もんを引ひくなり。

-「▲到彼ト」等者、顕ス↠無コトヲ↢花開・花合ノ之差↡。「▲以仏ト」等者、正ク顕ス↢逆謗闡提皆生ズルコトヲ↡。即示スハ↢不生ト↡為タリ↢抑止ノ意↡、故ニ次デ↢上ノ釈ニ↡引↢此ノ文ヲ↡也。

・ 逆謗摂不 ・ 智周

二 Ⅱ ⅲ e ロ ・『往生十因』文

【110】次つぎの所引しょいんの文もん。

▲次ノ所引ノ文。

「淄し州しゅう」 といふは、 これ居こ所しょの名な。 名なをば智ち周しゅうといふ、 法相ほっそうの祖師そし。 いまの釈しゃくは ¬最さい勝しょう王おう経きょうの疏しょ¼ の文もんなり。

-言↢「▲淄州ト」↡者、是 レ居所ノ名。名ヲバ曰フ↢智周ト↡、法相ノ祖師。今ノ釈ハ¬最勝王経ノ疏ノ¼文ナリ。

問とふ。 いまの引文いんもんは ¬十じゅう因いん¼ の第三だいさんの章しょうの中なかに載のるがごとし、 いかんぞ ¬十じゅう因いん¼ に云いはくといはざるや。

-問。今ノ引文者、如シ↠載ルガ↢¬十因ノ¼第三ノ章ノ中ニ↡、如何ゾ不↠云↢¬十因ニ¼云ト↡耶。

答こたふ。 禅林ぜんりんの先徳せんどく淄し州しゅうの釈しゃくを引ひく、 いまこの ¬文類もんるい¼ また淄し州しゅうを引ひく。 彼此ひしの引用いんようおのおのかの師しによる。 「淄し州しゅうによる」 といふにすでに本拠ほんきょあり、 ただちにその名なを載のするその科とがなし。

-答。禅林ノ先徳引ク↢淄州ノ釈ヲ↡、今此ノ¬文類¼又引ク↢淄州ヲ↡。彼此ノ引用各依ル↢彼ノ師ニ↡。云フニ↠「依ルト↢淄州ニ↡」既ニ有リ↢本拠↡、直タ ニ載スル↢其ノ名ヲ↡無↢其ノ科↡耶。

いま引用いんようの意こころは、 上かみに引ひくところの註ちゅう家け・宗しゅう家け二師にしの釈しゃく、 すでに五ご逆ぎゃく・謗法ほうぼうの往おう生じょうを明あかす。 しかるに謗法ほうぼうの相そうは ¬論ろんの註ちゅう¼ にこれを釈しゃくす、 五ご逆ぎゃくはいまだ解げせず。 このゆゑにその罪相ざいそうを示しめさんがためなり。 なかんづくにもし小乗しょうじょうの五ご逆ぎゃくによらば、 人ひとみなたやすくこれを犯おかさずとおもへらく。 もし大だい乗じょう五ご逆ぎゃくの説せつによらば、 人々にんにん一々いちいちにこの罪つみを遁のがれがたし。 常つねに十じゅう悪あくを行ぎょうずる、 すなはちこの摂しょうなるがゆゑに、 よりてかつは慚ざん愧ぎ悔過けかの心しんを生しょうぜんがため、 かつは済さい度どの大だい悲ひ深じん重じゅうの仏恩ぶっとんを念報ねんぽうせしめんがために、 これを引ひかるるか。

-今引用ノ意ハ、上ニ所ノ↠引ク之註家・宗家二師ノ之釈、既ニ明ス↢五逆・謗法ノ往生ヲ↡。而ニ謗法ノ相ハ¬論ノ註ニ¼釈ス↠之ヲ、五逆ハ未ダ↠解セ。是ノ故ニ為↠示サンガ↢其ノ罪相ヲ↡也。就ニ↠中若シ依ラバ↢▲小乗ノ五逆ニ↡、人皆以↢為ヘリラク輒ク不ト↟犯サ↠之ヲ。若シ依ラバ↢▲大乗五逆ノ之説ニ↡、人々一々ニ難シ↠遁レ↢此ノ罪ヲ↡。常ニ行ズル↢十悪1163ヲ↡、即此ノ摂ナルガ故ニ、仍テ且ハ為 メ↠生ゼンガ↢慚愧悔過ノ之心ヲ↡、且ハ為ニ↣念↢報セシメンガ済度ノ大悲深重ノ仏恩ヲ↡、被↠引↠之ヲ歟。

「薩遮さっしゃ尼に乾けん子じ経きょう」 といふは、 訳者やくしゃは流支るし、 この経きょう十巻じっかん、 あるいは八巻はっかんあり、 また七巻しちかんあり。

-言↢「▲薩遮尼乾子経ト」↡者、訳者流支、此経十巻、或ハ有リ↢八巻↡、又有リ↢七巻↡。

「彼かの経きょうにいはく」 とは、 ¬十じゅう因いん¼ (往生拾因) のごときは、 次上つぎかみの文もんにいはく、 「もし ¬十じゅう輪りん経ぎょう¼ によらば、 この四し重じゅうの中なかにおいて近ごん無む間けん業ごうを説とくがゆゑに。」 以上 次つぎにいまの文もんあり、 しかるあひだ 「彼ひ」 は ¬十じゅう輪りん経ぎょう¼ を指さす。 しかるにいまのごときは ¬薩遮さっしゃ尼に乾けん子じ経きょう¼ に混こんずべし。 このゆゑに彼ひの字じ意いを得えて見みるべし。 いま出いだすところの罪つみ、 かの ¬経きょう¼ (地蔵十輪経巻三無依行品) にこの四しを説ときて 「四し近ごん無む間けん大だい罪悪ざいあく業ごう」 といふ、 正逆しょうぎゃくをば説ときて 「根本こんぽん罪ざい」 といふなり。

-「▲彼経ニ云ト」者、如↢¬十因ノ¼↡者、次上ノ文ニ云、「若シ依ラバ↢¬十輪経ニ¼↡、於テ↢此ノ四重ノ中ニ↡説ガ↢近無間業ヲ↡故ニ。」 已上 次ニ有リ↢今ノ文↡、然ニ間「彼」者指ス↢¬十輪経ヲ¼↡。而ニ如↠今ノ者可シ↠混ズ↢¬薩遮尼乾子経ニ¼↡。是ノ故ニ彼ノ字得テ↠意ヲ可シ↠見ル。今所ノ↠出ス罪、彼ノ¬経ニ¼此ノ四ヲ説テ云フ↢「四近無間大罪悪業ト」↡、正逆ヲバ説テ云↢「根本罪ト」↡也。

 

六要ろくよう鈔しょう第三だいさん 旧きゅう末まつ

 

延書は底本の訓点に従って有国が行った(固有名詞の訓は保証できない)。
下 ¬安楽集¼ の本文では 「第六に ¬大智度論¼ によるに」 とある。 下は上の間違いか。
往生礼讃 所引の文は 「玄義分」 に見える。
束 底本では 「東」。 既引文に合わせて改めた。
底本は◎本派本願寺蔵明徳三年慈観上人書写本。 Ⓐ本派本願寺蔵文安四年空覚書写本、 Ⓑ興正派興正寺蔵蓮如上人書写本 と対校。
花→Ⓐ華
則→Ⓐ即
華→Ⓑ花
措→Ⓑ借
成就文 Ⓐ「第十二願」と右傍註記
隔→Ⓑ摂
明→Ⓑ故
恨→Ⓑ限
摂→Ⓑ接
害→Ⓑ苦
華→Ⓑ花
華→ⒶⒷ花
華→Ⓑ花
八→◎Ⓑ人
恵→Ⓐ慧
遍→Ⓐ返
華→Ⓑ花
密→Ⓑ察
摂→Ⓑ接
五→◎Ⓐ六(Ⓐ「五歟」と右傍註記)
幀→◎ⒶⒷ Ⓐ「[玉云洗列切残帛又音雪 広云子悦切―縷桃花也今製綾花]」と上欄註記
以為 右Ⓐオモヘラク
恵→Ⓐ慧
倡 Ⓐ「倡歯羊切説文云楽也」と上欄註記
淅 Ⓐ「之列反」と左傍註記
飾→Ⓐ錦
幀→◎
廃→◎ⒶⒷ癈
表潜→Ⓐ潜表
当初 右Ⓐソノカミ
摂→Ⓑ接
摂→Ⓑ接