0279◎無量寿経釈 まさしく善導ぜんどうによりかたはらに諸しょ師しによるならびに愚ぐ懐かいを述のぶ

天臺黒谷沙門源空記

 

◎▲まさにこの ¬経きょう¼ を釈せんとするに、 略りゃくして五意ごいあり。 一いちには↓大たい意い、 二には↓立りっ教きょう開かい宗しゅう、 三さんには↓浄教じょうきょうの不ふ同どう、 四しには↓釈名しゃくみょう、 五ごには↓入にゅう文もん解げ釈しゃくなり。

◎将ニ↠釈セント↢此ノ¬経ヲ¼↡、略シテ有↢五意↡。一ニ者大意、二ハ立教開宗、三ニハ浄教ノ不同、四ニハ釈名、五ニハ入文解釈ナリ。

大意

一いちに↑大たい意いとは、 釈しゃ迦か無む勝しょう浄じょう土どを捨すててこの穢土えどに出いでたまふ事ことは、 もと浄じょう土どの教きょうを説ときて衆しゅ生じょうを勧進かんじんして浄じょう土どに生しょうぜしめんがためなり。 弥陀みだ如来にょらい穢土えどを捨すててかの浄じょう土どに出いでたまふ事ことは、 もと穢土えどの衆しゅ生じょうを導みちびきて浄じょう土どに生しょうぜしめんがためなり。 これすなはち諸仏しょぶつの浄じょう土どに出いでて穢土えどに出いでまします御ご本ほん意いなり。 善導ぜんどう釈しゃくして (玄義分) いはく、 「釈しゃ迦かはこの方ほうより発遣はっけんす」 と。 云々 これすなはちこの ¬経きょう¼ の大たい意いなり。

一ニ大意ト者、釈迦捨テヽ↢無勝浄土ヲ↡出タマフ↢此ノ穢土ニ↡事ハ、本 ト説テ↢浄土之教ヲ↡勧↢進シテ衆生ヲ↡為ナリ↠令ンガ↠生↢浄土ニ↡。弥陀如来捨テヽ↢穢土ヲ↡出↢彼ノ浄土ニ↡事ハ、本 ト導テ↢穢土ノ衆生ヲ↡為ナリ↠令↠生↢浄土ニ↡。是 レ則チ諸仏ノ出テ↢浄土ニ↡出マス↢穢土ニ↡御本意也。善導釈云、「▲釈迦ハ此方ヨリ発遣ス。」云云 是 レ則チ此ノ¬経ノ¼大意也。

立教開宗

二にに↑立りっ教きょう開かい宗しゅうとは、 また分わかちて二にとなす。 一いちには↓諸しょ宗しゅうの立りっ教きょうの不ふ同どう、 二には↓まさしく二に教きょうを立たつ。

二ニ立教開宗ト者、亦 タ分テ為ス↠二ト。一ニハ諸宗ノ立教ノ不同、二ハ正ク立ツ↢二教ヲ↡。

立教開宗 諸宗立教不同

一いちに↑諸しょ宗しゅうの立りっ教きょうの不ふ同どうとは、 法相ほっそうには三さん時じ 云々。 三論さんろんには二に蔵ぞう 云々。 天台てんだいにはあるいは五味ごみ、 あるいは四し教きょうなり 云々。 花け厳ごんには五ご教きょう、 あるいは十じっ宗しゅう 云々。 真言しんごんにはあるいは二に教きょう、 あるいは十住じゅうじゅう心しん 云々。

一ニ諸宗ノ立教ノ不同ト者、法相ニハ三時 云云。三論ニハ二蔵 云云。天臺ニハ或ハ五味、或ハ四教ナリ 云云。花厳ニハ五教、或ハ十宗 云云。真言ニハ或二教、或ハ十住心 云云。

立教開宗 正立二教

二にに↑まさしく二に教きょうを立たつとは、 綽しゃく禅ぜん師じの意こころ、 略りゃくして二に教きょうを立たててもつて仏ぶっ教きょうを判はんず。 一いちには聖しょう道どうの教きょう、 二にには浄じょう土どの教きょうなり。 一いちに聖しょう道どうの教きょうとは、 もしは小乗しょうじょう、 もしは大だい乗じょう、 もしは顕けん教ぎょう、 もしは密みっ教きょうのなか 云々。 二にに浄じょう土どの教きょうとは、 小乗しょうじょうのなかにはまつたく浄じょう土どの法門ほうもんを説とかず。 大だい乗じょうのなかには多おおく往おう生じょう浄じょう土どの法ほうを説とく、 これを名なづけて浄じょう土どの教きょうといふ。 いまこの ¬経きょう¼ はまさしくこれ浄じょう土どの教きょうに摂せっす↢ 云々。

二ニ正ク立↢二教↡者、綽0280禅師ノ意、略シテ立テ↢二教ヲ↡以テ判ズ↢仏教ヲ↡。一ニハ聖道ノ教、二ニハ浄土ノ教ナリ。一ニ聖道教ト者、若ハ小乗、若ハ大乗、若ハ顕教、若ハ密教ノ中 云云。二ニ浄土ノ教ト者、小乗ノ中ニハ全ク不↠説↢浄土ノ法門ヲ↡。大乗ノ中ニハ多ク説↢往生浄土ノ法ヲ↡、名テ↠之ヲ謂↢浄土教ト↡。今此ノ¬経ハ¼正是 レ摂ス↢浄土ノ教ニ↡ 云云。

次つぎに 「横截おうぜつ五ご悪趣あくしゅ」 (大経巻下) の文もんをもつて、 二に門もんを分別ふんべつするなり。 そもそも三さん乗じょう・四し乗じょうの聖しょう道どうは、 正しょう像ぞうすでに過すぎて末法まっぽうに至いたるより、 ただ教きょうのみありて行証ぎょうしょうなし。 ゆゑに末法まっぽうの近来このごろは断惑だんわく証しょう理りなし。 断惑だんわく証しょう理りなきがゆゑに、 これをもつて生しょう死じを出いづる輩ともがらなし。 往おう生じょう浄じょう土どの法門ほうもんは、 いまだ煩悩ぼんのうの迷まよいを断だんぜずといへども、 弥陀みだの願力がんりきによりて極楽ごくらくに生しょうずるもの、 永ながく三界さんがいを離はなれて六道ろくどう生しょう死じを出いづ。 ゆゑに往おう生じょう浄じょう土どの法ほう、 これいまだ断惑だんわくせずして三界さんがいを出いづる法ほうなり 云々。

次ニ以テ↢「▲横截五悪趣ノ」文ヲ↡、分↢別スル二門ヲ↡也。抑モ三乗・四乗ノ聖道ハ、正像既ニ過テ至ヨリ↢末法ニ↡、但有テ↠教ノミ無シ↢行証↡。故ニ末法ノ近来ハ無↢断惑証理↡。無ガ↢断惑証理↡故ニ、以テ↠之ヲ無シ↧出ル↢生死ヲ↡之輩↥。往生浄土之法門ハ、雖↠未ダ↠断↢煩悩之迷ヲ↡、依テ↢弥陀ノ願力ニ↡生ズル↢極楽ニ↡者 ノ、永ク離テ↢三界ヲ↡出↢六道生死↡。故往生浄土之法、是未↢断惑↡出↢三界↡法 云云。

ゆゑに末代まつだいの出しゅつ離り生しょう死じ・往おう生じょう浄じょう土ど、 さらにもつて階かなふべからざる事ことなるがゆゑに、 心こころあらん人ひと、 もし生しょう死じを出いでんと欲ほっせば、 かならず浄じょう土どの門もんに帰きすべし。

故ニ末代ノ出離生死・往生浄土、更ニ以テ不↠可↠階事ナルガ故ニ、有ラン↠心之人、若欲↠出ント↢生死ヲ↡者、必ズ可↠帰ス↢浄土ノ門ニ↡。

ゆゑに道どう綽しゃく禅ぜん師じ (安楽集巻下) この ¬経きょう¼ の 「横截おうぜつ五ご悪趣あくしゅ」 の文もんを釈しゃくしていはく、 「もしこの方ほうの修しゅ治じ断除だんじょによらば、 まづ見惑けんわくを断だんじて三さん塗ずの因いんを離はなれ、 三さん塗ずの果かを滅めっす。 後のちに修惑しゅわくを断だんじて人天にんでんの果かを離はなる。 これみな漸ぜん次じの断除だんじょにして、 横截おうぜつと名なづけず。 もし弥陀みだの浄じょう国こくに往おう生じょうすることを得うれば、 娑しゃ婆ばの五ご道どう一いち時じにたちまちに捨すつ。 ゆゑに横截おうぜつと名なづく。 截ぜつは五ご悪趣あくしゅのその果かを截きるなり」 と。

故ニ道綽禅師釈テ↢此ノ¬経ノ¼「横截五悪趣ノ」文ヲ↡云ク、「▲若依バ↢此ノ方ノ修治断除ニ↡、先ヅ断テ↢見惑ヲ↡離レ↢三塗ノ因ヲ↡、滅ス↢三塗果ヲ↡。後ニ断テ↢修惑ヲ↡離レ↢人天ノ果ヲ↡。此皆漸次ノ断除ニシテ、不↠名↢横截ト↡。◆若得レバ↣往↢生コトヲ弥陀ノ浄国ニ↡、娑婆ノ五道一時ニ頓ニ捨ツ。◆故ニ名↢横截ト↡。截ハ五悪趣ノ截ル↢其ノ果↡也。」

天台てんだい・真言しんごんみな頓とん教ぎょうと名なづくといへども、 惑わくを断だんずるがゆゑになほこれ漸ぜん教ぎょうなり。 いまだ惑わくを断だんぜずして三界さんがいの長ながき迷まよいを出しゅっ過かするがゆゑに、 この教きょうをもつて▼頓とん中ちゅうの頓とんとするなり。

天臺・真言皆雖↠名↢頓教↡、断ルガ↠惑ヲ故ニ猶 ヲ是 レ漸教也。未ダ↠断↠惑ヲ出↢過スルガ三界之長迷ヲ↡故ニ、以テ↢此ノ教ヲ↡為ル↢頓中ノ頓ト↡也。

浄教不同

三さんに↑浄教じょうきょうの不ふ同どうとは、 往おう生じょう教きょうにおいて根本こんぽんあり、 また枝し末まつあり。 たとへば真言しんごんのごとし 云々。 この ¬経きょう¼ をもつて根本こんぽんと名なづけ、 余よ経きょうをもつて枝し末まつと名なづく 云々。 またこの ¬経きょう¼ をもつてまさしく往おう生じょうの教きょうと名なづけ、 余よ経きょうをもつてかたはらに往おう生じょうの教きょうと名なづく 云々。 またこの ¬経きょう¼ をもつて有う所しょ往おう生じょうの教きょうと名なづけ、 他た経きょうをもつて無む所しょ往おう生じょうの教きょうと名なづく 云々。 またこの ¬経きょう¼ をば往おう生じょう具ぐ足そくの教きょうと名なづけ、 他た経きょうをば不ふ具ぐ足そくの教きょうと名なづく。

三0281ニ浄教ノ不同ト者、於↢往生教ニ↡有↢根本↡、亦有↢枝末↡。例バ如↢真言ノ↡ 云云。以テ↢此ノ¬経ヲ¼↡名ケ↢根本ト↡、以テ↢余経ヲ↡名ク↢枝末ト↡ 云云。亦以テ↢此ノ¬経ヲ¼名ケ↢正往生ノ教ト↡、以テ余経ヲ↡名ク↢傍往生ノ教↡ 云云。亦以テ↢此ノ¬経ヲ¼↡名↢有所往生ノ教ト↡、以テ↢他経ヲ↡名ク↢無所往生ノ教ト↡ 云云。亦 タ此ノ¬経ヲバ¼名ケ↢往生具足ノ教ト↡、他経ヲバ名ク↢不具足ノ教ト↡。

釈名

四しに↑釈名しゃくみょうとは 云々。

四ニ釈名ト者 云云。

入文解釈

五ごに↑入にゅう文もん解げ釈しゃくとは、 この ¬経きょう¼ 一いち部ぶ二に巻かん、 分わかちて三段さんだんとなす。 はじめ 「我が聞もん如にょ是ぜ」 より 「願がん楽ぎょう欲聞よくもん」 に至いたるまでは、 これ↓序分じょぶんなり。 次つぎに 「乃往ないおう過去かこ久く遠おん無む量りょう」 より下げ巻かんの 「略しゃく説せつ之耳しに」 に至いたるまでは、 これ↓正宗しょうしゅうなり。 次つぎに 「其有ごう得聞とくもん彼ひ仏ぶつ名みょう号ごう」 より 「靡不みふ歓かん喜ぎ」 に至いたるまでは、 これ*流る通ずうなり。

五ニ入文解釈ト者、此ノ¬経¼一部二巻、分テ為ス↢三段ト↡。始メ自↢「▲我聞如是」↡至マデハ↢于「願楽欲聞ニ▲」↡、此序分也。次ニ自↢「▲乃往過去久遠無量」↡至デハ↢于下巻ノ「略説之耳ニ▲」↡、是 レ正宗也。次ニ自リ↢「▲其有得聞彼仏名号」↡至デハ↢于「靡不歓喜ニ▲」↡、是 レ流通也。

入文解釈 序

はじめに↑序じょにつきて通つうあり別べつあり。 通つうとは 云々。 別べつとは 云々。

始付テ↠序ニ有↠通有↠別。通ト者 云云。別ト者 云云。

入文解釈 正宗分

次つぎに↑正宗しょうしゅうにつきて、 略りゃくして四し段だんあり。 一いちには↓四し十じゅう八はち願がんの興こう意い、 二にには↓依え願がん修しゅ行ぎょう、 三さんには↓所得しょとくの依え正しょう、 四しには↓往おう生じょうの行ぎょう業ごうなり。

次ニ付テ↢正宗ニ↡、略有リ↢四段↡。一ニハ四十八願ノ興意、二ニハ依願修行、三ニハ所得ノ依正、四ニハ往生ノ行業ナリ。

入文解釈 正宗分 四十八願興意

一いちに↑四し十じゅう八はち願がんの興こう意いといふは、 ¬双巻そうかん経ぎょう¼ (大経巻上意) にいはく、 「乃往ないおう過去かこ久く遠おん無む量りょう不可ふか思議しぎ劫こうに、 仏ぶつ世よに出いでたまふあり、 錠じょう光こう如来にょらいと名なづく 云々。 次つぎの仏ぶつをば光遠こうおんと名なづく。 乃ない至し第だい五ご十じゅう三さんの仏ぶつをば処しょ世せ如来にょらいと名なづく 云々。

一ニ四十八願ノ興意トイハ、○¬双巻経¼云、「乃往過去久遠無量不可思議劫ニ、有リ↢仏出↟世、名ク↢錠光如来↡ 云云。次ノ仏ヲバ名ク↢光遠ト↡。乃至第五十三ノ仏ヲバ名ク↢処0282世如来ト↡ 云云。

その次つぎに仏ぶつましまして、 世自せじ在王ざいおう如来にょらいと名なづく↢ 云々。

◇其ノ次ニ在シテ↠仏、名ク↢世自在王如来ト↡ 云云。

時ときに国王こくおうあり。 離垢りく浄じょう王おうか、 無む諍じょう念王ねんおうか、 所詮しょせん一体いったい異い名みょうなり。 仏ぶつの所説しょせつを聞ききて、 無む上じょうの道心どうしんを発おこす、 すなはち金輪こんりんの位くらいを棄すてて、 行ぎょうじて沙門しゃもんとなり、 万まん乗じょうの機きを辞じして、 無む上じょう道どうを求もとむ。 高才こうざい勇哲ゆうてつにして、 世よと超ちょう異いせり。 号ごうして法蔵ほうぞうといふ。 世自せじ在王ざいおう如来にょらいの所みもとに詣もうでて、 乃ない至し

◇時ニ有↢国王↡。離垢浄王歟、無諍念王歟、所詮一体異名也。聞↢仏ノ所説↡、発ス↢無上ノ道心ヲ↡、即棄テヽ↢金輪之位ヲ↡、行テ作↢沙門↡、辞↢万乗之機ヲ↡、求ム↢無上道ヲ↡。高才勇哲ニシテ、与ト↠世超異セリ。号テ曰↢法蔵ト↡。詣テ↢世自在王如来ノ所ニ↡、乃至

ここにおいて世自せじ在王ざいおう仏ぶつ、 すなはちために広ひろく二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸仏しょぶつの刹せつ土どの人天にんでんの善悪ぜんあく、 国こく土どの麁そ妙みょうを説ときて、 その心願しんがんに応おうじてことごとく現げんじてこれを与あたふ。

◇於是世自在王仏、即為 メニ広ク説テ↢二百一十億諸仏ノ刹土ノ人天之善悪、国土之麁妙ヲ↡、応ジテ↢其ノ心願ニ↡悉ク現テ与フ↠之ヲ。

時ときにかの比丘びく仏ぶつの所説しょせつの厳ごん浄じょうの国こく土どを聞ききて、 みなことごとく覩と見けんして無む上じょう殊しゅ勝しょうの願がんを超ちょう発ほつす。 その心しん寂静じゃくじょうにして志こころざし所しょ著じゃくなきこと、 一切いっさいの世せ間けんによく及およぶものなし。 五ご劫こうを具ぐ足そくし、 思し惟ゆいして荘しょう厳ごん仏国ぶっこくの清浄しょうじょうの行ぎょうを摂取せっしゅす。

◇時ニ彼ノ比丘聞↢仏ノ所説ノ厳浄ノ国土ヲ↡、皆悉ク覩見シテ超↢発ス無上殊勝之願ヲ↡。其ノ心寂静ニシテ志無コト↢所著↡、一切ノ世間ニ無↢能ク及ブ者↡。具↢足シ五劫ヲ↡、思惟シテ摂↢取ス荘厳仏国ノ清浄之行ヲ↡。

阿あ難なん仏ぶつにまうさく、 かの仏ぶつの国こく土どの寿じゅ量りょういくばくかと。 仏ぶつののたまはく、 その仏ぶつの寿じゅ命みょう四し十じゅう二に劫こうなりと。 時ときに法蔵ほうぞう比丘びく二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸仏しょぶつの妙みょう土どの清浄しょうじょうの行ぎょうを摂取せっしゅす。」 と。 以上

◇阿難白ク↠仏ニ、彼ノ仏ノ国土ノ寿量幾何ク。仏ノ言ク、其仏寿命四十二劫ナリ。時ニ法蔵比丘摂↢取ス二百一十億諸仏ノ妙土ノ清浄之行ヲ↡。」已上

また ¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼ (巻上) にいはく、 「その仏ぶつすなはち二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの仏ぶつの国こく土どのなかの諸天しょてん・人民にんみんの善悪ぜんあく、 国こく土どの好醜こうしゅを選せん択じゃくして、 ために心しん中ちゅう所欲しょよくの願がんを選せん択じゃくす。

◇又 タ¬大阿弥陀経ニ¼云ク、「其ノ仏即選↢択シテ二百一十億ノ仏ノ国土ノ中ノ諸天・人民之善悪、国土之好醜ヲ↡、為ニ選↢択ス心中所欲ノ願↡。

楼夷るい亘こう羅ら仏ぶつ ここには世自せじ在王ざいおう仏ぶつといふ 経きょうを説ときおはりぬ。 曇どん摩迦まか ここには法蔵ほうぞうといふ すなはちその心こころを一いちにして、 すなはち天眼てんげんを得えて徹てっ視しし、 ことごとくみづから二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸佛しょぶつの国こく土どのなかの、 諸天しょてん・人民にんみんの善悪ぜんあく、 国こく土どの好醜こうしゅを見み、 すなはち心しん中ちゅうの所願しょがんを選せん択じゃくして、 すなはちこの二に十じゅう四し願がん経きょうを結むすび得えたり。 ¬平びょう等覚どうがく経きょう¼ またこれに同おなじ

◇楼夷亘羅仏 此ニハ云↢世自在王仏ト↡ 説キ↠経ヲ畢ヌ。曇摩迦 此ニハ云↢法蔵↡ 便ニ一シテ↢其心ヲ↡、即得テ↢天眼ヲ↡徹視、悉ク自ラ見↢二百一十億ノ諸佛ノ国土ノ中ノ、諸天・人民之善悪、国土之好醜ヲ↡、即選↢択心中ノ所願ヲ↡、便チ結ビ↢得タリ是ノ二十四願経ヲ↡。¬平等覚経¼亦復同↠之

このなかに選せん択じゃくとは、 すなはちこれ取捨しゅしゃの義ぎなり。 いはく二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸佛しょぶつの浄じょう土どのなかに、 人天にんでんの悪あくを捨すてて人天にんでんの善ぜんを取とり、 国こく土どの醜しゅうを捨すてて国こく土どの好こうを取とるなり。 ¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼ の選せん択じゃくの義ぎかくのごとし。 ¬双巻そうかん経ぎょう¼ の意こころまた選せん択じゃくの義ぎありといへり。 「二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸仏しょぶつの妙みょう土どの清浄しょうじょうの行ぎょうを摂取せっしゅす」 といふ、 これなり。

◇此ノ中ニ選択ト者、即是 レ取捨ノ義也。謂ク於0283↢二百一十億ノ諸佛ノ浄土ノ中ニ↡、捨テ↢人天之悪ヲ↡取↢人天之善ヲ↡、捨テヽ↢国土ノ之醜ヲ↡取ル↢国土之好ヲ↡也。¬大阿弥陀経¼選択ノ義如シ↠是ノ。¬双巻経ノ¼意 ロ亦 タ有↢選択ノ義↡謂リ。云↣「摂↢取スト二百一十億諸仏ノ妙土ノ清浄之行ヲ↡」、是 レ也。

選せん択じゃくと摂取せっしゅとその言ことば異ことなりといへども、 その意こころこれ同おなじ。 しかれば不ふ清浄しょうじょうの行ぎょうを捨すてて、 清浄しょうじょうの行ぎょうを取とるなり。 上かみの天人てんにんの善悪ぜんあく、 国こく土どの麁そ妙みょう、 その義ぎまたしかなり。 これに准じゅんじて知しるべし。

◇選択ト与↢摂取↡其ノ言雖モ↠異ナリト、其ノ意是 レ同ジ。然バ者捨テ↢不清浄ノ行ヲ↡、取ル↢清浄行ヲ↡也。上ノ天人之善悪、国土之麁妙、其ノ義亦 タ然ナリ。准ジテ↠之ニ応シ↠知ル。

それ四し十じゅう八はち願がんに約やくして、 一往いちおうおのおの選せん択じゃく摂取せっしゅの義ぎを論ろんぜば、 第一だいいちに無む三さん悪趣まくしゅの願がんとは、 覩と見けんするところの二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの土どのなかにおいて、 あるいは三さん悪趣まくしゅある国こく土どあり。 あるいは三さん悪趣まくしゅなき国土こくどあり。 その三さん悪趣まくしゅある麁そ悪あくの国こく土どを選えらび捨すてて、 その三さん悪趣まくしゅなき善ぜん妙みょうの国こく土どを選えらび取とる。 ゆゑに選せん択じゃくといふなり。

◇夫約シテ↢四十八願ニ↡、一往各 ノ論↢選択摂取之義ヲ↡者、◇第一ニ無三悪趣ノ願ト者、於テ↧所↢覩見スル↡之二百一十億ノ土ノ中ニ↥、或ハ有↧有ル↢三悪趣↡之国土↥。或ハ有↧無キ↢三悪趣↡之国土↥。選ビ↧捨テヽ其ノ有ル↢三悪趣↡麁悪ノ国土ヲ↥、選ビ↧取ル其ノ無↢三悪趣↡善妙ノ国土ヲ↥。故ニ云↢選択ト↡也。

第だい二にに不ふ更きょう悪趣あくしゅの願がんとは、 かのもろもろの仏ぶつ土どのなかにおいて、 あるいはたとひ国こく中ちゅうに三さん悪道まくどうなしといへども、 その国くにの人天にんでん寿じゅ終じゅうの後のちに、 その国こく土どより去さりてまた三さん悪趣まくしゅに更かえる土どあり。 あるいは悪道あくどうに更かえらざる土とあり。 すなはちその悪道あくどうに更かえる麁そ悪あくの国こく土どを選えらび捨すてて、 その悪道あくどうに更かえらざる善ぜん妙みょうの国こく土どを選えらび取とる。 ゆゑに選せん択じゃくといふなり。

◇第二ニ不更悪趣ノ願ト者、於↢彼ノ諸ノ仏土ノ中ニ↡、或ハ有↧縦ヒ雖↣国中ニ無ト↢三悪道↡、其ノ国ノ人天寿終之後ニ、従↢其ノ国土↡去テ復更カヘル↢三悪趣ニ↡之土↥。或ハ有↧不ル↠更ラ↢悪道ニ↡之土↥。即選ビ↧捨テヽ其ノ更ル↢悪道ニ↡麁悪ノ国土ヲ↥、選↧取ル其ノ不ル↠更ラ↢悪道ニ↡善妙ノ国土ヲ↥。故ニ云↢選択ト↡也。

第三だいさんに悉皆しっかい金色こんじきの願がんとは、 かの諸しょ土どのなかにおいて、 あるいは一ひとつの土どのなかに黄こう白びゃく二に類るいの人天にんでんある国こく土どあり、 あるいは純じゅん黄金おうごん色じきの国こく土どあり。 すなはち黄こう白びゃく二に類るいの麁そ悪あくの国こく土どを選えらび捨すてて、 すなはち黄金おうごん一色いっしきの善ぜん妙みょうの国こく土どを選えらび取とる。 ゆゑに選せん択じゃくといふなり。

◇第三ニ悉皆金色ノ願ト者、於↢彼ノ諸土ノ中ニ↡、或ハ有ニ↧一ノ土之中ニ有ル↢黄白二類人天↡之国土↥。或ハ有↢純黄金色之国土↡。即選↢捨テヽ黄白二類ノ麁悪ノ国土ヲ↡、即チ選ビ↢取ル黄金一色ノ善妙ノ国土ヲ↡。故ニ云↢選択ト↡也。

第だい四しに無有むう好醜こうしゅの願がんとは、 かの諸仏しょぶつの土どのなかにおいて、 あるいは人天にんでんの形ぎょう色しき好醜こうしゅ不ふ同どうの国こく土どあり。 あるいは形ぎょう色しき一類いちるいにして好醜こうしゅあることなき国こく土どあり。 すなはち好醜こうしゅ不ふ同どうの麁そ悪あくの国こく土どを選えらび捨すてて、 無有むう好醜こうしゅの善ぜん妙みょうの国こく土どを選えらび取とる。 ゆゑに選せん択じゃくといふなり。

◇第四ニ無有好醜ノ願0284ト者、於↢彼ノ諸仏ノ土ノ中ニ、或ハ有↢人天形色好醜不同之国土↡。或ハ有↧形色一類ニシテ無キ↠有ルコト↢好醜↡之国土↥。即選↢捨テヽ好醜不同麁悪ノ国土ヲ↡、選ビ↢取ル無有好醜善妙国土ヲ↡。故ニ云↢選択ト↡也。

乃ない至し第だい十じゅう八はちの念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんとは、 かの諸仏しょぶつの土どのなかにおいて、 あるいは布施ふせをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは持じ戒かいをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは忍辱にんにくをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは精しょう進じんをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは禅ぜん定じょうをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは般若はんにゃ 第一だいいち義ぎを信しんずる等とうこれなり をもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。

◇乃至第十八念仏往生ノ願ト者、於↢彼ノ諸仏ノ土ノ中ニ、或ハ有↧以テ↢布施ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢持戒ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢忍辱ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢精進ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢禅定ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢般若ヲ↡ 信↢第一義ヲ↡等是 レ也 為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。

あるいは菩ぼ提だい心しんをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは六念ろくねんをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは持じ経きょうをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは持じ呪じゅをもつて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 あるいは起き立りゅう塔像とうぞう、 飯食ぼんじき沙門しゃもんおよび孝きょう養よう父母ぶも、 奉事ぶじ師し長ちょう等とうの種々しゅじゅの行ぎょうをもつておのおの往おう生じょうの行ぎょうとする国こく土ど等とうのあり。 あるいはもつぱらその国くにの仏ぶつの名なを称しょうするを往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。

◇或ハ有↧以テ↢菩提心ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢六念ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢持経ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢持呪ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧以テ↢起立塔像、飯食沙門及以孝養父母、奉事師長等ノ種種之行ヲ↡各 ノ為スル↢往生ノ行ト↡之国土等ノ↥。或ハ有↧専ラ称スルヲ↢其ノ国ノ仏ノ名ヲ↡為スル↢往生ノ行ト↡之土↥。

かくのごとく一いち行ぎょうをもつて一仏いちぶつの土どに配はいするは、 これしばらく一往いちおうの義ぎなり。 再往さいおうこれを論ろんぜば、 その義ぎ不ふ定じょうなり。 あるいは一いちの仏ぶつ土どのなかに、 多た行ぎょうをもつて往おう生じょうの行ぎょうとするの土どあり。 あるいは多たの仏ぶつ土どのなかに、 一いち行ぎょうをもつて通つうじて往おう生じょうの行ぎょうとする土どあり。 かくのごとく往おう生じょうの行ぎょう種々しゅじゅに不ふ同どうなり。 つぶさに述のぶべからず。

◇如ク↠此ノ以テ↢一行ヲ↡配↢一仏ノ土ニ↡者、是 レ且ク一往之義也。再往論ゼバ↠之ヲ、其ノ義不定ナリ。或ハ有↧一ノ仏土ノ中ニ、以テ↢多行ヲ↡為スルノ↢往生ノ行ト↡之土↥。或ハ有↧多ノ仏土ノ中ニ、以テ↢一行ヲ↡通テ為スル↢往生ノ行ト之土↥。如↠是ノ往生ノ行種種ニ不同ナリ。不↠可↢具ニ述↡也。

すなはちいま前さきの布施ふせ・持じ戒かい、 乃ない至し孝きょう養よう父母ぶも等とうの諸しょ行ぎょうを選えらび捨すてて、 専せん称しょう仏号ぶつごうを選えらび取とる。 ゆゑに選せん択じゃくといふなり。 しばらく五いつつの願がんに約やくして略りゃくして選せん択じゃくを論ろんずること、 その義ぎかくのごとし。 自余じよの諸願しょがんこれに准じゅんじて知しるべし。

◇即今選↢捨テヽ前ノ布施・持戒、乃至孝養父母等ノ諸行ヲ↡、選ビ↢取ル専称仏号ヲ↡。故ニ云↢選択ト↡也。且ク約シテ↢五ノ願ニ↡略シテ論コト↢選択ヲ↡、其ノ義如↠是0285ノ。◇自余ノ諸願准ジテ↠之ニ応シ↠知ル。

問とひていはく、 あまねく諸願しょがんに約やくして麁そ悪あくを選捨せんしゃして善ぜん妙みょうを選取せんしゅすることは、 その理りしかるべし。 なんがゆゑぞ第だい十じゅう八はち願がんに、 一切いっさい諸しょ行ぎょうを選捨さんしゃして、 ただひとへに念仏ねんぶつの一いち行ぎょうを選取せんしゅして往おう生じょうの本願ほんがんとなしたまふや。

◇問曰ク、普ク約シテ↢諸願ニ↡選↢捨シテ麁悪ヲ↡選↢取コトハ善妙ヲ↡、其ノ理可↠然ル。何ガ故ゾ第十八願ニ、選↢捨テ一切諸行ヲ↡、唯偏ニ選↢取テ念仏ノ一行ヲ↡為シタマフ↢往生ノ本願ト↡乎。

答こたへていはく、 聖しょう意い測はかりがたし。 たやすく解げするにあたはず。 しかりといへどもいま試こころみに二義にぎをもつてこれを解げせん。 一いちには勝しょう劣れつの義ぎ、 二にには難なん易いの義ぎなり。

◇答曰ク、聖意雖シ↠測リ。不↠能ハ↣輒ク解スルニ↡。雖↠然ト今試コヽロミニ以↢二義ヲ↡解ン↠之ヲ。一ニ者勝劣ノ義、二ニ者難易ノ義ナリ。

はじめに勝しょう劣れつとは、 念仏ねんぶつはこれ勝しょう、 余よ行ぎょうはこれ劣れつなり。

◇初ニ勝劣ト者、念仏ハ是 レ勝、余行ハ是 レ劣ナリ。

ゆゑはいかんとなれば、 名みょう号ごうはこれ万徳まんどくの所しょ帰きなり。 しかればすなはち弥陀みだ一仏いちぶつの所しょ有うの四智しち・三身さんしん・十じゅう力りき・四し無畏むい等とうの一切いっさいの内ない証しょうの功く徳どく、 相好そうごう・光こう明みょう・説法せっぽう・利り生しょう等とうの一切いっさいの外げ用ゆうの功く徳どく、 みなことごとく阿あ弥陀みだ仏ぶつの名みょう号ごうのなかに摂しょう在ざいす。 ゆゑに名みょう号ごうの功く徳どくもつとも勝しょうとするなり。 余よ行ぎょうはしからず。 おのおの一隅いちぐうを守まもる。 これをもつて劣れつとするなり。

◇所以者何レバ、名号ハ者是 レ万徳之所帰也。然バ則チ弥陀一仏ノ所有ノ四智・三身・十力・四無畏等ノ一切ノ内証ノ功徳、相好・光明・説法・利生等ノ一切ノ外用ノ功徳、皆 ナ悉ク摂↢在ス阿弥陀仏ノ名号之中ニ↡。故ニ名号ノ功徳最モ為ル↠勝ト也。余行ハ不↠然ラ。各 ノ守ル↢一隅ヲ↡。是ヲ以テ為スル↠劣ト也。

たとへば世せ間けんの屋舎おくしゃのごとし。 その屋舎おくしゃの名みょう字じのなかには棟むね・梁はり・椽たるき・柱はしら等とうの一切いっさいの家具けぐを摂せっす、 棟むね・梁はり等とうの一々いちいちの名みょう字じのなかには一切いっさいを摂せっすることあたはず。 これをもつて知しるべし。 しからばすなはち仏ぶつの名みょう号ごうの功く徳どくは余よの一切いっさいの功く徳どくに勝しょうたり。 ゆゑに劣れつを捨すてて勝しょうを取とりてもつて本願ほんがんとなしたまふか。

◇譬バ如シ↢世間ノ屋舎ノ↡。其屋舎ノ名字之中ニハ摂ス↢棟・梁・椽・柱等ノ一切ノ家具ヲ↡、棟・梁等ノ一一ノ名字ノ中ニハ不↠能ハ↠摂コト↢一切ヲ↡。以↠之ヲ応↠知ル。◇然バ則チ仏ノ名号ノ功徳ハ勝タリ↢余ノ一切ノ功徳ニ↡。故ニ捨テヽ↠劣ヲ取テ↠勝ヲ以テ為シタマフ↢本願ト↡歟。

次つぎに難なん易いの義ぎとは、 念仏ねんぶつは修しゅしやすく、 諸しょ行ぎょうは修しゅしがたし。

◇次ニ難易ノ義ト者、念仏ハ易ク↠修シ、諸行ハ難シ↠修。

ゆゑに諸仏しょぶつの心こころは、 慈悲じひを体たいとす。 この平びょう等どうの慈悲じひをもつて、 あまねく一切いっさいを摂せっするなり。 仏ぶつの慈悲じひは一人いちにんをも漏もらさず、 あまねく一切いっさいを利りすべし。

故ニ諸仏ノ心者、慈悲ヲ為↠体ト。以↢此ノ平等ノ慈悲ヲ↡、普ク摂↢一切ヲ↡也。仏ノ慈悲ハ不ズ↠漏↢一人ヲモ↡、普ク可シ↠利↢一切ヲ↡。

まづ宗しゅうに約やくしてこれをいはば、 昔むかし法蔵ほうぞう比丘びく、 真言しんごん宗しゅうの心こころによらば、 三密さんみつの章しょう句くをもつて往おう生じょうの別願べつがんとすれば、 無畏むい・不ふ空くう・恵果えか・法全ほうぜんは往おう生じょうすべし、 自余じよの諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

先ヅ約シテ↠宗ニ言バ↠之ヲ者、昔 シ法蔵比丘、由バ↢真言宗ノ心ニ↡、以テ↢三密ノ章句ヲ↡為バ↢往生ノ別願ト↡、無畏・不空・恵果・法全往生スベシ、自余ノ諸宗之人ハ不↠可↠生ズ。

次つぎに仏心ぶっしん宗しゅうの意こころによりて、 見けん性しょう成じょう仏ぶつをもつて別願べつがんとすれば、 恵可えか・僧璨そうさん・弘忍こうにん・恵え能のうは往おう生じょうすべし、 自余じよの諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢仏心宗ノ意ニ↡、以テ↢見性成仏ヲ↡為↢別願ト↡、恵可0286・僧璨・弘忍・恵能往生スベシ、自余諸宗之人不↠可↠生ズ。

次つぎに法ほっ華け宗しゅうの意こころによりて、 一いち乗じょう実相じっそうをもつて別願べつがんとすれば、 章しょう安あん・天台てんだい・妙みょう楽らく・道邃どうすいは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢法華宗ノ意ニ↡、以テ↢一乗実相ヲ↡為↢別願ト↡、章安・天臺・妙楽・道邃ハ可↠生、諸宗之人不↠可↠生ズ。

次つぎに華け厳ごん法界ほっかいの意こころによりて、 海印かいいん頓現とんげんをもつて別願べつがんとすれば、 賢首けんじゅ・清涼しょうりょうは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢華厳法界ノ意ニ↡、以↢海印頓現↡為↢別願↡、賢首・清涼ハ生ベシ、諸宗之人ハ不↠可↠生。

次つぎに無む相そう宗しゅうの意こころによりて、 八はっ不ぷ中ちゅう道どうをもつて別願べつがんとすれば、 嘉か祥じょう・興皇こうおうは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢無相宗ノ意↡、以テ↢八不中道ヲ↡為↢別願ト↡、嘉祥・興皇ハ生ベシ、諸宗之人ハ不↠可↠生ズ。

次つぎに有う相そう宗しゅうの意こころによりて、 唯識ゆいしき唯心ゆいしんをもつて別願べつがんとすれば、 玄げん奘じょう・慈じ恩おんは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢有相宗ノ意ニ↡、以テ↢唯識唯心ヲ↡為↢別願ト↡、玄奘・慈恩ハ生ベシ、諸宗之人ハ不↠可↠生ズ。

次つぎに四し分ぶん宗しゅうによりて、 二に百ひゃく五ご十戒じっかいをもつて別願べつがんとすれば、 南山なんざん・東西とうざいの律りっ師しは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢四分宗ニ↡、以↢二百五十戒ヲ↡為↢別願ト↡、南山・東西之律師ハ生ベシ、諸宗之人ハ不↠可↠生ズ。

次つぎに ¬梵網ぼんもう¼ の意こころによりて、 五ご十じゅう八戒はちかいをもつて別願べつがんとすれば、 恵威えい・明みょう曠こうは生しょうずべし、 諸しょ宗しゅうの人ひとは生しょうずべからず。

次ニ由↢¬梵網ノ¼意↡、以↢五十八戒ヲ↡為バ↢別願ト↡、恵威・明曠ハ生ズベシ、諸宗之人ハ不↠可↠生ズ。

しかるに念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんは、 真言しんごん・止し観かんの行ぎょう人にん同おなじくこれを修しゅし、 華け厳ごん・達だつ磨まの人ひとまたもつてこれを修しゅするに妨さまたげなし。 無む相そう・有う相そうの行ぎょう人にん、 四し分ぶん・五ご分ぶんの律りっ師し、 念仏ねんぶつ妨さまたげなくして、 往おう生じょう憑たのみあり。 しかればすなはち真言しんごん等とうの八はっ宗しゅう、 ともに往おう生じょう慈悲じひの願網がんもうに漏もれざるなり。

然ニ念仏往生ノ願ハ、真言・止観ノ行人同ク修シ↠之ヲ、華厳・達磨ノ人又 タ以テ修スルニ↠之ヲ無シ↠妨ゲ。無相・有相之行人、四分・五分之律師、念仏無シテ↠妨、往生有リ↠憑。然バ則チ真言等八宗、共ニ不↠漏↢往生慈悲ノ願網ニ↡也。

しかのみならずもし布施ふせをもつて別願べつがんとすれば、 戒日かいにち孤ひとり往おう生じょうすべし、 一切いっさい貧びん窮ぐの人ひとは生しょうずべからず。

加之若以テ↢布施ヲ↡為バ↢別願ト↡、戒日孤可↢往生ス↡、一切貧窮之人ハ不↠可↠生ズ。

もし起き塔とうをもつて別願べつがんとすれば、 育王いくおう一ひとり往おう生じょうすべし、 一切いっさい困乏こんぼうの倫ともがらは往おう生じょうすべからず。

若シ以テ↢起塔ヲ↡為バ↢別願ト↡、育王一リ可↢往生ス↡、一切困乏ボク之倫ハ不↠可↢往生↡。

もし稽けい古こ・讃仰さんごうをもつて別願べつがんとすれば、 訪ほう・生しょう・光こう・基きの倫ともがらは生しょうずべし。

若シ以テ↢稽古・讃仰ヲ↡為バ↢別願ト↡、訪・生・光・基之倫ハ可↠生ズ。

もし多た聞もん・広学こうがくをもつて別願べつがんとすれば、 生しょう・肇じょう・融ゆう・叡えいの類たぐいは生しょうずべし。

若以テ↢多聞・広学ヲ↡為バ↢別願ト↡、生・肇・融・叡之類ハ可↠生ズ。

もし棄家きけ・捨欲しゃよくをもつて別願べつがんとすれば、 出しゅっ家けの二に衆しゅは生しょうずべし、 在ざい家けの両りょう輩はいは生しょうずべからず。

若以↢棄家・捨欲ヲ↡為バ↢別願ト↡、出家ノ二衆ハ生ベシ、在家ノ両輩ハ不↠可↠生ズ。

もし貴家きけ・尊そん宿しゅくをもつて別願べつがんとすれば、 一人いちにん・三公さんこうは生しょうずべし、 九く民みん・百ひゃく黎れいは生しょうずべからず。

若0287シ以↢貴家・尊宿ヲ↡為バ↢別願ト↡、一人・三公ハ生ズベシ、九民・百黎ハ不↠可↠生ズ。

しかるにいまの念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんは、 有智うち・無智むちを選えらばず、 持じ戒かい・破は戒かいを嫌きらはず、 少しょう聞もん・少しょう見けんをいはず、 在ざい家け・在俗ざいぞくをいはず、 一切いっさいの有う心しんのもの、 唱となへやすく生しょうじやすし。 一月いちげつの万水ばんすいに浮うかぶに水みずの浅深せんじんの無む嫌けんのごとく、 太陽たいよう世せ界かいを照てらして地じの高低こうていを選えらばざるがごとし。

然ニ今ノ念仏往生ノ願ハ、不ズ↠選↢有智・無智ヲ↡、不↠嫌ハ↢持戒・破戒ヲ↡、不↠云↢少聞・少見ヲ↡、不↠云↢在家・在俗ヲ↡、一切ノ有心之者 ノ、易ク↠唱ヘ易シ↠生。如ク↧一月ノ浮↢万水ニ↡無↦嫌水ノ浅深ノ↥、如シ↧太陽照テ↢世界ヲ↡不ガ↞選↢地ノ高低ヲ↡。

法ほっ照しょう釈しゃくして (五会法事讃巻本) いはく、 「貧とんを簡えらばず」 と。 云々 たとひ少しょう聞もん・少しょう見けんといへども、 名みょう号ごうを唱となへばすなはち生しょうずべし。 たとひ多た聞もん・多た見けんとへども、 仏ぶつ名みょうを称しょうせばすなはち生しょうず。 たとひ月卿げっけい・雲客うんかくといへども、 念仏ねんぶつするものはすなはち生しょうず。 たとひ田でん夫ぶ・野や人にんといへども、 称しょう念ねんすればすなはち生しょうずず 云々。 万ばん機きを一願いちがんに摂せっし、 千品せんぼんを十じゅう念ねんに納おさむ。 この平びょう等どうの慈悲じひをもつて、 あまねく一切いっさいを摂せっするなり この意こころ釈しゃくすべし 云々

法照釈云ク、「不↠簡↠貧。」云云 設ヒ雖↢少聞・少見ト↡、唱ヘバ↢名号ヲ↡即生ズベシ。設ヒ雖↢多聞・多見↡、称バ↢仏名ヲ↡即生ズ。設雖↢月卿・雲客↡、念仏スル者 ノハ即生ズ。設ヒ雖↢田夫・野人↡、称念スレバ即生ズ 云云。万機ヲ摂シ↢一願ニ↡、千品ヲ納ム↢十念ニ↡。以テ↢此ノ平等ノ慈悲ヲ↡、普ク摂スル↢一切ヲ↡也 可↠釈↢此ノ意↡也 云云

問とひていはく、 一切いっさいの菩ぼ薩さつその願がんを立たつといへども、 あるいはは已い成じょう就じゅあり、 あるいは未み成じょう就じゅあり。 いぶかし、 法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつの四し十じゅう八はち願がんはすでに成じょう就じゅすとやせん、 はた未み成じょう就じゅとやせん。

○問曰ク、一切ノ菩薩雖ドモ↠立↢其ノ願ヲ↡、或ハ有↢已成就↡、或ハ有↢未成就↡。未審シ、法蔵菩薩ノ四十八願ハ已ニ為ン↢成就トヤ↡、将 タ為ン↢未成就トヤ也。

答こたへていはく、 法蔵ほうぞうの誓願せいがんは、 一々いちいちに成じょう就じゅしたまへり。 すべてもつて信受しんじゅす、 あへて狐疑こぎすることなかれ。 なんとなれば、 極楽ごくらく世せ界かいのなかにすでに三さん悪趣まくしゅなし。 まさに知しるべし、 これすなはち第一だいいちの無む三さん悪趣まくしゅの願がんを成じょう就じゅするなり。 なにをもつてか知しることを得うるは、 すなはち無む三悪さんまく趣しゅの願がん成じょう就じゅの文もん (大経巻上) に 「亦やく無む地じ獄ごく・餓鬼がき・畜ちく生しょう、 諸難しょなん之し趣しゅ」 といふこれなり。

◇答曰ク、法蔵ノ誓願ハ、一一ニ成就シタマヘリ。僉テ式モテ信受ス、敢テ莫↢狐疑スルコト↡。◇何ナン者、極楽世界ノ中ニ既ニ無↢三悪趣↡。当ニ↠知ル、是 レ即成就スル↢第一ノ無三悪趣之願ヲ↡也。何ヲ以カ得ハ↠知コトヲ、即チ無三悪趣ノ願成就ノ文ニ云↢「亦無地獄・餓鬼・畜生、諸難之趣」↡是 レ也。

またかの国くにの人天にんでんすでにもつて一人いちにんも三さん十じゅう二に相そうを具ぐせずといふことあることなし。 まさ知しるべし、 これすなはち第だい二に十じゅう一いちの具ぐ三さん十じゅう二に相そうの願がんを成じょう就じゅするなり。 なにをもつて知しることは得うるは、 すなはち具ぐ三さん十じゅう二に相そうの願がん成じょう就じゅの文もん (大経巻下) に 「生しょう彼ひ国こく者しゃ、 皆悉かいしつ具ぐ足そく三さん十じゅう二に相そう」 といへるこれなり。

○又 タ彼ノ国ノ人天既ニ以テ無シ↠有コト↢一人モ不↟具↢三十二相ヲ↡。当ニ↠知ル、是 レ即成↢就スル第廿一ノ具三十二相ノ願ヲ↡也。以↠何ヲ得ハ↠知コトハ、即チ具三十二相ノ願成就ノ文ニ云ル↢「生彼国者、皆悉具足三十二相ト」↡是 レ也。

かくのごとく初はじめ無む三さん悪趣まくしゅの願がんより終おわり三さん法忍ぼうにんの願がんに至いたるまで、 一々いちいちの誓願せいがんみなもつて成じょう就じゅしたまへり。 第だい十じゅう八はちの念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がん、 あに孤ひとりもつて成じょう就じゅせざらんや。 しからばすなはち念仏ねんぶつの人ひとみなもつて往おう生じょうすべし。 なにをもつて知しることを得うるは、 すなはち念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がん成じょう就じゅの文もんに (大経巻下) 「諸しょ有う衆しゅ生じょう、 聞もん其ご名みょう号ごう、 信心しんじん歓かん喜ぎ、 乃ない至し一念いちねん、 至し心しん回え向こう、 願がん生しょう彼ひ国こく、 即得そくとく往おう生じょう、 住じゅう不ふ退転たいてん」 といへるこれなり。 およそ四し十じゅう八はち願がん荘しょう厳ごんの浄じょう土ど、 華池けち・宝閣ほうかく願力がんりきにあらざることなし。 なんぞそのなかにおいて独ひとり念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんを疑ぎ惑わくすべきや。

◇如↠是初メ自リ↢無三悪趣0288ノ願↡終リ至デ↢三法忍ノ願ニ↡、一一ノ誓願皆 ナ以テ成就タマヘリ。第十八ノ念仏往生ノ願、豈 ニ孤リ以テ不↢成就↡乎。然バ則チ念仏之人皆 ナ以テ往生スベシ。◇以↠何ヲ得ハ↠知コトヲ、即チ念仏往生ノ願成就ノ文ニ云ル↢「諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念、至心廻向、願生彼国、即得往生、住不退転ト」↡是 レ也。◇凡ソ四十八願荘厳ノ浄土、華池・宝閣無↠非コト↢願力ニ↡。何ゾ於テ↢其ノ中ニ↡独リ可キ↣疑↢惑ス念仏往生ノ願ヲ↡乎。

しかのみならず一々いちいちの願がんの終おわりにみな 「若にゃく不爾ふに者しゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく」 といふ。 しかるに阿あ弥陀みだ仏ぶつ成じょう仏ぶつ以い来らい於お今こん十劫じっこうなり、 成じょう仏ぶつの果かもつて成じょう就じゅしたまへり。 まさに知しるべし、 一々いちいちの願がん虚むなしく設もうくべからず。 ゆゑに上かみに引ひくところの ¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ にいはく、 「かの仏ぶついま現げんに世よにましまして成じょう仏ぶつしたまふ。 まさに知しるべし、 本誓ほんぜい重じゅう願がん虚むなしからず、 衆しゅ生じょう称しょう念ねんすればかならず往おう生じょうを得う」 と。 以上 釈しゃく家け願がんの旨むねを得えたり、 すべからく仰ぎょう信しんすべきのみ。

◇加之一一ノ願ノ終ニ皆 ナ云↢「若不爾者不取正覚ト」。而ニ阿弥陀仏成仏已来於今十劫ナリ、成仏之果以テ成就タマヘリ。当ニ↠知ル、一一ノ願不↠可ラ↢虚設ル↡。故ニ上ニ所ノ↠引¬往生礼讃¼云、「彼仏今現在↠世成仏。当↠知、本誓重願不↠虚、衆生称念必得↢往生↡。」已上 釈家得タリ↢願ノ旨ヲ↡、須ク可↢仰信ス↡耳ノミ。

問とひていはく、 ¬経きょう¼ (大経巻上) には 「十じゅう念ねん」 といひ、 釈しゃくには 「十じっ声しょう」 といふ。 念ねん声しょうの義ぎ、 一いち異いいかん。

◇問曰ク、¬経ニハ¼云↢「十念ト」↡、釈ニハ云↢「十声ト」↡。念声之義、一異如何。

答こたへていはく、 念ねん声しょうこれ一いちなり。 なにをもつてか知しることを得うれば、 ¬観かん経ぎょう¼ 下げ品ぼん下げ生しょうにいはく、 「令声りょうしょう不ふ絶ぜつ、 具ぐ足そく十じゅう念ねん称しょう南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 称しょう仏ぶつ名みょう故こ、 於お念々ねんねん中ちゅう除じょ八はち十じゅう億劫おくこう生しょう死じ之し罪ざい」 と。 以上 いまこの文もんによるに、 声しょうすなはちこれ念ねん、 念ねんすなはちこれ声しょうなること、 その意こころ暁あきらかなり。

◇答曰ク、念声是一ナリ。何ヲ以カ得レバ↠知コトヲ、¬観経ノ¼下品下生云ク、「令声不絶、具足十念称南無阿弥陀仏、称仏名故、於念念中除八十億劫生死之罪」。已上 今依ルニ↢此ノ文ニ↡、声即是念、念即是声ナルコト、其ノ意暁カナリ矣。

しかのみならず ¬大だい集じゅう月蔵がつぞう経きょう¼ (大集経巻四三日蔵分念仏三昧品意) にいはく、 「大念だいねんは大仏だいぶつを見み、 小しょう念ねんは小しょう仏ぶつを見みる」 と。 感かん禅ぜん師じ (群疑論巻七) いはく、 「大念だいねんとは大だい声しょうに念仏ねんぶつするなり、 小しょう念ねんとは小声しょうしょうに念仏ねんぶつするなり」 と。 またこの意こころによりて念ねん声しょうこれ一いちなり。 まさに知しるべし、 念ねんはすなはちこれ唱しょうの訓くんなり。

◇加之¬大集月蔵経ニ¼云ク、「大念ハ見↢大仏ヲ↡、小念ハ見↢小仏ヲ↡。」感禅師云ク、「大念ト者大声ニ念仏スルナリ、小念ト者小声ニ念仏スルナリ。」亦依↢此ノ意ニ↡念声0289是一ナリ。当ニ↠知ル、念ハ即是 レ唱ノ訓也。

問とひていはく、 ¬経きょう¼ (大経巻上) には 「乃ない至し」 といひ、 釈しゃくには 「下至げし」 といふ。 乃ない下げの義ぎ、 その意こころいかん。

◇問曰ク、¬経ニハ¼云↢「乃至ト」↡、釈ニハ云↢「下至ト」↡。乃下之義、其ノ意如何。

答こたふ。 乃ない至しと下至げしとその意こころこれ一いちなり。 ¬経きょう¼ に 「乃ない至し」 といふは、 従じゅう多た向こう少しょうの言ことばなり。 多たとは上じょう尽じん一いち形ぎょうなり。 少しょうとは下至げし十じっ声しょう・一いっ声しょう等とうなり。 釈しゃくに 「下至げし」 といふは、 下げとは上じょうに対たいする辞ことばなり。 いふところの下げとは、 下至げし十じっ声しょう・一いっ声しょう等とうなり。 対たいするところの上じょうとは、 上じょう尽じん一いち形ぎょうなり。

◇答。乃至ト与↢下至↡其ノ意是一ナリ。¬経ニ¼云↢「乃至ト」↡者、従多向少之言 バ也。多ト者上尽一形也。少者下至十声・一声等也。釈ニ云↢「下至ト」↡者、下ト者対スル↠上ニ之辞 バ也。所ノ↠言下ト者、下至十声・一声等也。所ノ↠対スル上ト者、上尽一形也。

上じょう下げ相対そうたいの文もんその例れい一いちにあらず。 しばらく宿命しゅくみょう通つうの願がん (大経巻上) にいふがごとし、 「たとひわれ仏ぶつを得えんに、 国こく中ちゅうの天てん・人にん宿命しゅくみょうを識しらず、 下しも百ひゃく千億せんおく那由他なゆたの諸劫しょこうの事ことを知しらざるに至いたらば、 正しょう覚がくを取とらじ」 と。 かくのごとく五ご神通じんずうおよび光こう明みょう・寿じゅ命みょう等とうの願がんのなかに、 一々いちいちにみな 「下至げし」 の言ことばを置おけり。 これすなはち多たより少しょうに至いたる、 下げをもつて上じょうに対たいする義ぎなり。 まさに上かみの八種はっしゅの願がんに准じゅん例れいするに、 いまこの願がんのなかの 「乃ない至し」 とは、 すなはちこれ下至げしなり。 このゆゑにいま善導ぜんどう所引しょいんの解げ釈しゃくの 「下至げし」 の言ことばは、 その意こころ経きょう旨しに冥めいせり。

◇上下相対之文其ノ例非↠一ニ。且ク如↢宿命通ノ願ニ云ガ↡、「設我得↠仏ヲ、国中ノ天・人不↠識↢宿命↡、下至↠不↠知↢百千億那由他諸劫ノ事↡者、不↠取↢正覚↡。」◇如↠是ノ五神通及以光明・寿命等ノ願ノ中ニ、一一ニ皆置ケリ↢「下至」之言ヲ↡。是 レ則従↠多至↠少ニ、以テ↠下ヲ対スル↠上ニ之義也。◇方ニ准↢例スルニ上之八種之願ニ↡、今此ノ願ノ中ノ「乃至ト」者、即是 レ下至也。是ノ故ニ今 マ善導所引ノ解釈ノ「下至」之言ハ、其ノ意冥セリ↢経旨ニ↡。

ただこの願がんを解げすること、 善導ぜんどう諸しょ師しとその意こころ不ふ同どうなり。 諸しょ師しの釈しゃくは別べっして十じゅう念ねん往おう生じょうの願がんといふは、 もし十じゅうを満みてずは、 すなはち生しょうずることを得えず。 善導ぜんどうの意こころは総そうじて念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんといふ。 員数いんじゅを限かぎらず、 称しょう念ねんすればみな生しょうず。 諸しょ師し別べっして十じゅう念ねん往おう生じょうの願がんといふは、 その意こころすなはち周あまねからざるなり。 しかるゆゑは、 上かみは一いち形ぎょうを捨すて、 下しもは一念いちねんを捨すつるゆゑなり。 善導ぜんどうは総そうじて念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんといふは、 その意こころ広ひろく周あまねきなり。 しかるゆゑは、 上かみは一いち形ぎょうを取とり、 下しも一念いちねんを取とるがゆゑなり。

◇但解コト↢此ノ願ヲ↡、善導与↢諸師↡其ノ意不同ナリ。諸師之釈ハ別シテ云↢十念往生ノ願ト↡者ハ、若不バ↠満↠十ヲ、即不↠得↠生ルコトヲ。善導之意ハ総ジテ云↢念仏往生ノ願ト↡。不↠限↢員数ヲ↡、称念レバ皆生ズ。◇諸師別シテ云↢十念往生ノ願ト↡者、其ノ意即不ル↠周カラ也。所↢以然ル↡者ハ、上ハ捨テ↢一形ヲ↡、下ハ捨ル↢一念ヲ↡之故也。善導ハ総ジテ言↢念仏往生ノ願↡者、其ノ意広ク周キ也。所↢以然ル↡者、上ハ取リ↢一形ヲ↡、下 モ取ルガ↢一念ヲ↡之故也。

そもそもこの四し十じゅう八はちの願がんは、 みな抜ばっ苦く・与よ楽らくの義ぎあり。 しかるゆゑは、 大だい悲ひは抜ばっ苦くなり、 大だい慈じは与よ楽らくなり。 第一だいいちの無む三さん悪趣まくしゅは、 大だい悲ひ抜ばっ苦くなり。 第だい二にの不ふ更きょう悪趣あくしゅは、 またこれ大だい悲ひ抜ばっ苦くなり。 第三だいさんの悉皆しっかい金色こんじきは、 これ与よ楽らくなり。 第だい四しの無有むう好醜こうしゅは、 またこれ与よ楽らくなり。

抑モ此ノ四十八ノ願ハ、皆有0290↢抜苦・与楽之義↡。爾ル故者ハ、大悲者ハ抜苦ナリ、大慈者ハ与楽也。第一ノ無三悪趣ハ、大悲抜苦也。第二ノ不更悪趣ハ、亦是 レ大悲抜苦也。第三ノ悉皆金色者ハ、是 レ与楽也。第四ノ無有好醜ハ、又是 レ与楽也。

乃ない至し十じゅう八はちの念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんに二ふたつの意こころあり。 出しゅつ離り生しょう死じはこれ抜ばっ苦くなり、 往おう生じょう極楽ごくらくはこれ与よ楽らくなり。 生しょう死じの衆しゅ苦く一いち時じによく離はなれて、 浄じょう土どの諸楽しょらく一念いちねんによく受うく。 もし弥陀みだに念仏ねんぶつの願がんなく、 衆しゅ生じょうこの願力がんりきに乗じょうぜずんば、 五苦ごく逼迫ひっぱくの衆しゅ生じょう、 いかんが苦く界かいを離はなるべし。 過去かこ生々しょうしょう世々せせ弥陀みだの誓願せいがんに値あはざりければ、 今いまに三界さんがい皆かい苦くの火か宅たくにありて、 いまだに四し徳とく常じょう楽らくの宝ほう城じょうに至いたらず。 過去かこみなもつてかくのごとし。 未み来らいまたむなしく送おくるべし。

乃至十八ノ念仏往生ノ願ニ有リ↢二ノ意↡。出離生死ハ是 レ抜苦也、往生極楽ハ是 レ与楽也。生死衆苦一時ニ能ク離テ、浄土ノ諸楽一念ニ能ク受ク。若シ弥陀ニ無ク↢念仏ノ願↡、衆生不ン↠乗↢此ノ願力ニ↡者バ、五苦逼迫ノ衆生、云何ンガ可シ↠離ル↢苦界ヲ↡。過去生生世世不リケレバ↠値ハ↢弥陀ノ誓願ニ↡者、于↠今在テ↢三界皆苦ノ火宅ニ↡、未ニ↠至ラ↢四徳常楽之宝城ニ↡。過去皆 ナ以テ如シ↠此ノ。未来亦空ク可シ↠送ル。

今こん生じょういかなる福ふくありてかこの大願だいがんに値あへる。 たとひ遇あふといへども、 もし信しんぜざれば、 値あはざるがごとし。 すでに深ふかくこれを信しんず、 いままさしくこれ値あふなり。 ただしたとひ心こころにこれを信しんずといへども、 もしこれを行ぎょうぜずんば、 また信しんぜざるがごとし。 すでにこれを行ぎょうず、 まさしくこれ信しんずるなり。 願力がんりきむなしからず、 行ぎょう業ごう誠まことあり、 往おう生じょう疑うたがいなし。 すでに生しょう死じを離はなれ、 衆しゅ苦くを離はなるべし。 すなはちこれ大だい悲ひ抜ばっ苦くなり。

今生有テカ↢何ナル福↡値ル↢此ノ大願ニ↡。設ヒ雖↠遇ト、若シ不↠信ゼ者、如シ↠不ルガ↠値ハ。既ニ深ク信ズ↠之ヲ、今正ク是値ナリ。但設ヒ心ニ雖↠信ト↠之ヲ、若シ不ンバ↠行↠之ヲ、又如シ↠不↠信。既ニ行↠之ヲ、正ク是 レ信ナリ。願力不ズ↠空カラ、行業有リ↠誠、往生無↠疑ヒ。既ニ離↢生死ヲ↡、可↠離ル↢衆苦ヲ↡。即是 レ大悲抜苦也。

次つぎに極楽ごくらくに往おう生じょうの後のち、 身心しんしんもろもろの楽らくを受うけ、 眼めに如来にょらいを拝見はいけんし、 聖しょう衆じゅを瞻仰せんごうせん、 見みるごとに眼根げんこんの楽らくを増まし、 耳みみに深じん妙みょうの法ほうを聞きき、 聞きくごとに耳に根こんの楽らくを増まさん。 鼻はなに功く徳どくの法香ほうこうを聞かぎ、 聞かぐごとに鼻び根こんの楽らくを増ます。 舌したに法ほう喜き・禅悦ぜんえつの味あじを嘗なむ、 嘗なむるごとに舌根ぜっこんの楽らくを増ます。 身みには弥陀みだの光こう明みょうを蒙こうむる、 触ふるるごとに身根しんこんの楽らくを増ます。 意こころに楽らくの境きょうを縁えんず、 縁えんずるごとに意い根こんの楽らくを増ます。

次ニ往↢生ノ極楽ニ↡之後、身心受ケ↢諸ノ楽ヲ↡、眼ニ拝↢見シ如来ヲ↡、瞻↢仰セン聖衆ヲ↡、毎↠見ル増シ↢眼根ノ楽ヲ↡、耳ニ聞↢深妙ノ法ヲ、毎↠聞増ン↢耳根ノ楽ヲ↡。鼻ニ聞↢功徳ノ法香ヲ↡、毎↠聞増ス↢鼻根ノ楽ヲ↡。舌ニ嘗ム↢法喜・禅悦ノ味ヲ↡、毎↠嘗増ス↢舌根ノ楽ヲ↡。身ニハ蒙ル↢弥陀ノ光明ヲ↡、毎ニ↠触ル増ス↢身根ノ楽ヲ↡。意ニ縁ズ↢楽之境ヲ↡、毎ニ↠縁増ス↢意根ノ楽ヲ↡。

極楽ごくらく世せ界かいの一々いちいちの境きょう界がい、 みな離苦りく得楽とくらくの計はかりごとなり。 風かぜの宝樹ほうじゅを吹ふくもこれ楽らくなり、 枝えだ・条こえだ・華はな・菓このみ常じょう楽らくを韻いんず。 かの金こがねの岸きしを洗あらふもこれ楽らくなり、 微み瀾らん四し徳とくを廻流えるす。 洲しゅう鶴かく囀ささやくもこれ楽らくなり、 根力こんりき覚道かくどうの法門ほうもんなるがゆゑに。 塞鴻さいこうの鳴なくもこれ楽らくなり、 念仏ねんぶっ法僧ぽうそうの妙みょう法ほうなるがゆゑに。 宝ほう地じを歩あゆむもこれ楽らくなり、 天てん衣ね趺あしうらを受うけ宝ほう宮ぐに入いるもこれ楽らくなり、 天てんの楽がくの耳みみに奏そうす。 これすなはち弥陀みだ如来にょらい、 慈悲じひの御おん心こころ念仏ねんぶつの誓願せいがんを発おこして、 われら衆しゅ生じょうに苦くを抜ぬき楽らくを与あたふる心こころなり。

極楽世界ノ一一境界、皆 ナ離0291苦得楽之計ゴト也。風ノ吹クモ↢宝樹ヲ↡是 レ楽也、枝・条・華・菓韻ズ↢常楽ヲ↡。彼ノ洗フモ↢金ノ岸ヲ↡是 レ楽也、微瀾廻↢流ス四徳ヲ↡。洲鶴囀モ是 レ楽也、根力覚道ノ法門ナルガ故ニ。塞鴻ノ鳴モ是 レ楽也、念仏法僧ノ妙法ナルガ故ニ。歩モ↢宝地ヲ↡是 レ楽也、天衣受ケ↠趺ヲ入ルモ↢宝宮ニ↡是 レ楽也、天ノ楽ノ奏ス↠耳ニ。是 レ則チ弥陀如来、慈悲ノ御心発テ↢念仏之誓願ヲ↡、我等衆生ニ抜キ↠苦ヲ与ル↠楽ヲ心也。

次つぎに別べっして女人にょにんに約やくして発願ほつがんして (大経巻上意) いはく、 「たとひわれ仏ぶつを得えんに、 それ女人にょにんありて、 わが名みょう字じを聞きき、 歓かん喜ぎ信しん楽ぎょうして、 菩ぼ提だい心しんを発おこし、 女身にょしんを厭いとふ、 寿じゅ終じゅうの後のち、 また女像にょぞうとならば、 正しょう覚がくを取とらじ」 と。 矣 これにつきて疑うたがいあり。 上かみの念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんは男女なんにょを嫌きらはず、 来迎らいこう引いん接じょうも男女なんにょに亘わたる。 繋け念ねん定生じょうしょうの願がんまたしかなり。 いま別べつにこの願がんあり、 その心こころいかん。 つらつらこの事ことを案あんずるに、 女人にょにんは障さわり重おもくしてあきらかに女人にょにんに約やくせずは、 すなはち疑ぎ心しんを生しょうぜん。 そのゆゑは、 女人にょにんは過とが多おおく障さわり深ふかくして、 一切いっさいの処ところに嫌きらはれたり。 道宣どうせん (浄心誡観巻上) 経きょうを引ひきていはく、 「十方じっぽう世せ界かいに女人にょにんある処ところにはすなはち地じ獄ごくあり」 と。 云々

次ニ別シテ約シテ↢女人ニ↡発願云ク、「▲設我得↠仏、其有↢女人↡、聞↢我名字↡、歓喜信楽、発↢菩提心↡、厭↢於女身↡、寿終之後、復為↢女像↡者、不↠取↢正覚↡。」矣 付↠此ニ有↠疑ヒ。上ノ念仏往生ノ願ハ不↠嫌↢男女ヲ↡、来迎引接モ亘ル↢男女ニ↡。繋念定生ノ願又 タ然 カ也。今別ニ有↢此ノ願↡、其ノ心云何ン。倩ラ案ルニ↢此ノ事ヲ↡、女人ハ障重シテ明ニ不↠約↢女人ニ↡者ハ、即生ン↢疑心ヲ↡。其ノ由 ヘ者、女人ハ過多ク障リ深シテ、一切ノ処ニ被タリ↠嫌。道宣引テ↠経ヲ云ク、「十方世界ニ有ル↢女人↡処ニハ即有↢地獄↡。」云云

しかのみならず内うちに五ご障しょうあり、 外ほかに三さん従しょうあり。 五ご障しょうとは、 「↓一者いっしゃ不ふ得とく 云々。 ↓二に者しゃ帝たい釈しゃく、 ↓三者さんしゃ魔ま王おう、 ↓四し者しゃ転輪てんりん王おう、 ↓五ご者しゃ仏身ぶっしん」 (法華経巻四提婆品) と云々

加之内ニ有↢五障↡、外ニ有↢三従↡。五障ト者、「一者不得 云云。二者帝釈、三者魔王、四者転輪王、五者仏身。」云云

↑一者いっしゃ不ふ得とく作さ梵天ぼんてん王のうとは、 色界しきかい初禅しょぜんの王おう、 梵衆ぼんしゅ・梵ぼん輔ほの王おうなり。 かれはなほ消しょう滅めつの境きょう、 輪転りんでんの質しつなり。 無む量りょうの梵王ぼんのう、 かはるがはる居こすとも、 まつたく女身にょしんをもつて高台こうだいの閤かくに登のぼるものなく、 三朱さんしゅの襟えりを刷はからふものなし。 これなほかたし、 いかにいはんや往おう生じょうをやと。 これを疑うたがふべきが故ゆゑに、 別べっして女人にょにん往おう生じょうの願がんを発おこす。

一者不得作梵天王ト者、色界初禅之王、梵衆・梵輔之王也。彼ハ尚消滅之境、輪転之質ナリ。無量ノ梵王、更カハルガハル居トモ、全ク以テ↢女身ヲ↡無ク↧登↢高台ノ閤ニ↡者 ノ↥、無シ↧刷ラウ↢三朱之襟↡者 ノ。此 レ尚 ヲ難シ、何ニ況ヤ往生ヲ哉ト。可↠疑↠之故0292ニ、別シテ発ス↢女人往生ノ願ヲ↡。

↑二に者しゃ帝たい釈しゃくとは、 欲界よくかい第だい二にの天てん、 須しゅ弥み八万はちまんの頂いただき、 三さん十じゅう三さん天てんの王おう、 殊しゅ勝しょう殿でんの主しゅなり。 かれまた五ご衰すいの形かたち、 摩ま滅めつの境きょうなり。 そこばくの帝たい釈しゃく替かわり移うつるといへども、 いまだ女身にょしんをもつて帝たい釈しゃくの宝ほう座ざに登のぼるものあらず。

二者帝釈ト者、欲界第二ノ天、須弥八万之頂、三十三天ノ王、殊勝殿ノ主也。彼 レ又 タ五衰之形、摩滅之境ナリ。若干帝釈替リ移ルト云ドモ、未ダ↧以テ↢女身ヲ↡登ル↢帝釈ノ宝座ニ↡者 ノアラ。

↑三者さんしゃ魔ま王おうとは、 欲界よくかいの第六だいろく天てん、 他化たけ自じ在ざいの王おうなり。 なほ業報ごうほうの質しつ、 遷変せんぺんの処ところ。 百ひゃく千せんの魔ま王おう移うつり居こするといひ、 いまだ女身にょしんの魔ま王おうといふ事ことあらず。

三者魔王ト者、欲界ノ第六天、他化自在ノ王也。尚 ヲ業報之質、遷変之処。百千ノ魔王移リ居ルト云ヒ、未ダ↠有ラ↢女身魔王ト云事↡。

↑四し者しゃ転輪てんりん聖じょう王おうとは、 東とう・西ざい・南なん・北ぼく四し洲しゅうの王おう、 金こん・銀ごん・銅どう・鉄てつ四し輪りんの王おうなり。 そのなかにいまだ一人いちにんも女にょ輪王りんのうといふものあらず。

四者転輪聖王ト者、東・西・南・北四洲之王、金・銀・銅・鉄四輪之王也。其ノ中ニ未ダ↣一人モ有ラ↢女輪王ト云モノ↡。

↑五ご者しゃ仏身ぶっしんとは、 仏ぶつになることは男なん子しなほ難かたし、 いかにいはんや女人にょにんをや。 ▼大梵だいぼんの高台こうだいの閤かくにも嫌きらはれ、 梵衆ぼんしゅ・梵ぼん輔ほの雲くもを望のぞむことなく、 帝たい釈しゃくの柔にゅう軟なんの床ゆかにも下くだされて、 三さん十じゅう三天さんてんの華はなを翫もてあそぶことなし。 六天ろくてん魔ま王おうの位くらい、 四し種しゅ輪王りんのうの跡あと、 望のぞみ永ながく絶たえて影かげだにも指ささず。 天てん上じょう・天てん下げのなほ賎いやしき生しょう死じ有漏うろの果か報ほう、 無む上じょう消しょう滅めつの拙つたなき身みにだにもならず。 いかにいはんや仏ぶつ位いをや。

五者仏身ト者、成コトハ↠仏ニ男子尚 ヲ難シ、何ニ況ヤ女人之哉。大梵ノ高台閤ニモ被↠嫌ハ、無ク↠望ムコト↢梵衆・梵輔之雲ヲ↡、帝釈柔軟ノ床ニモ被テ↠下、無シ↠翫コト↢三十三天之華ヲ↡。六天魔王之位、四種輪王之跡、望ミ永ク絶テ影ダニモ不↠指。天上・天下ノ尚 ヲ賎キ生死有漏ノ果報、無常消滅ノ拙キ身ニダニモ不ズ↠成。何ニ況ヤ仏位ヲ哉。

申もうすに憚はばかりあり、 思おもへば恐おそれあり。 三惑さんわくたちまちに尽つき二死にしながく除のぞきて、 長じょう夜やここに明あけて覚月かくげつまさに円まどかなり。 四智しち円えん明みょうの春はるの苑そのに三さん十じゅう二に相そうの華はな鮮あざやかに発ひらき、 三身さんしん即一そくいつの秋あきの虚そら八はち十じゅう種好しゅこうの月つき清きよく澄すめり。 位くらいは妙みょう覚がく高こう貴きの位くらい、 四し海かい潅かん頂じょうの法王ほうおうなり。 形かたちは仏ぶっ果か円満えんまんの形かたち、 三点さんてん法ほっ性しょう円融えんゆうの聖容せいようなり。

申ニ有↠憚リ、思ヘバ有リ↠恐レ。三惑頓ニ尽キ二死永ク除テ、長夜爰明テ覚月正ニ円ナリ也。四智円明之春ノ苑ニ三十二相之華鮮カニ発キ、三身即一之秋ノ虚ソラ八十種好之月清ク澄メリ。位ハ妙覚高貴之位、四海潅頂之法王也。形ハ仏果円満之形、三点法性円融之聖セイ容也。

実じつには男なん子しだにも善財ぜんざい大だい士しの一いっ百ぴゃく一いち十じゅうの城しろに求もとめんがごとく、 雪山せっせん童どう子じの四句しくの半はん偈げに身みを投なげんがごとく、 仏ぶつにはなるべしと申もうして候そうろふに、 緩ゆるく行おこなひ疎おろそかに求もとめては、 まつたく叶かなふべからず候そうろふ。 されば 五ご千せんの上じょう慢まんこれ男なん子しなれども、 成じょう仏ぶつの座ざを去さりてしかも起たつ。 五ご闡提せんだい羅らが沙門しゃもんなる、 無む間けんの業ごうを結むすびてしかも落おつ。 およそ仏道ぶつどうに嫌きらはれ、 仏ぶっ家けに棄すてらるるもの、 勝しょう計げすべからず。

実ニハ男子ダニモ如↢善財大士ノ一百一十ノ城ニ求ンガ↡、如シテ↢雪山童子ノ四句ノ半偈ニ身ヲ投ンガ↡、仏ニハ可シト↠成申シテ候ニ、緩ク行ヒ疎ニ求テハ、全ク不↠可↠叶フ候。サレ0293バ 五千上慢是 レ男子ナレドモ、去テ↢成仏ノ座ヲ↡而モ起タツ。五闡提羅ガ沙門ナル、結テ↢無間之業ヲ↡而モ落ツ。凡ソ仏道ニ被↠嫌、仏家ニ被↠棄テ者 ノ、不↠可↢勝計ス↡。

いかにいはんや女人にょにんの身みは諸しょ経きょう論ろんのなかに嫌きらはれ、 在々ざいざい所々しょしょに頻ひん出しゅつせられたり。 三さん塗ず八難はちなんにあらずは趣おもむくべき方かたもなく、 六趣ろくしゅ四し生しょうにあらずは、 受うくべき形かたちもなし。

何ニ況ヤ女人ノ身ハ諸経論ノ中ニ被レ↠嫌ハ、在在所所ニ被タリ↢頻出↡。非ハ↢三塗八難ニ↡無ク↢可キ↠趣ク方モ↡、非ハ↢六趣四生ニ↡、無シ↢可↠受形モ↡。

しかればすなはち富楼ふる那な尊者そんじゃの成じょう仏ぶつの国くにには (法華経巻四五百弟子授記品) 「無有むう諸しょ女人にょにん、 亦やく無む諸しょ悪道あくどう」 等とうといへり。 三さん悪道まくどうに等ひとしめて永ながく女人にょにんの跡あとを削けずる。 天親てんじん菩ぼ薩さつの ¬往おう生じょう論ろん¼ のなかには、 「女人にょにん及ぎゅう根欠こんけつ、 二に乗じょう種しゅ不ふ生しょう」 と、 根欠こんけつ・敗種はいしゅに同おなじくして、 遠とおく往おう生じょうの望のぞみを絶たつ 云々。 諸仏しょぶつの浄じょう土ど思おもひ寄よるべからず。

然バ則チ富楼那尊者ノ成仏ノ国ニハ云ヘリ↢「無有諸女人、亦無諸悪道」等ト↡。等メテ↢三悪道ニ↡永ク削ヅル↢女人ノ跡ヲ↡。天親菩薩ノ¬往生論ノ¼中ニハ、云テ↢「女人及根欠、二乗種不生ト」↡、同シテ↢根欠・敗種ニ↡、遠ク絶ツ↢往生之望ヲ↡ 云云。諸仏ノ浄土不↠可ラ↢思ヒ寄ル↡。

この日本にっぽん国こくに、 さしも 貴とうとくやむごとなき霊れい地ち・霊験れいげんの砌みぎりには、 みなことごとく嫌きらはれたり 云々。

此ノ日本国ニ、サシモ 貴ク無↠止霊地・霊験ノ砌ニハ、皆 ナ悉ク被タリ↠嫌ハ 云云。

まづ比ひ叡山えいざんはこれ伝でん教ぎょう大だい師しの建こん立りゅう、 桓かん武む天皇てんのうの御ご願がんなり。 大だい師しみづから結界けっかいして谷たにを堺さかひ、 峯みねを局かぎりて女人にょにんの形かたちを入いれず。 一いち乗じょうの峯みね高たくく立たて、 五ご障しょうの雲くも聳そびゆることなく、 一いち味みの谷たに深ふかくして三さん従しょうの水みず流ながすことなし。 薬やく師し医い王おうの霊像れいぞう耳みみに聞ききて眼めに視みず、 大だい師し結界けっかいの霊れい地ち遠とおく見みて近ちかく臨のぞまず。

先ヅ比叡山ハ是 レ伝教大師ノ建立、桓武天皇之御願也。大師自ラ結界シテ堺ヒ↠谷ヲ、局テ↠峯ヲ不ズ↠入↢女人ノ形ヲ↡。一乗ノ峯高ク立テ、五障之雲無ク↠聳コト、一味之谷深クシテ三従之水無シ↠流コト。薬師医王ノ霊像聞テ↠耳ニ不↠視↠眼ニ、大師結界ノ霊地遠ク見テ近ク不ズ↠臨。

高こう野や山さんは弘法こうぼう大だい師し結界けっかいの峯みね、 真言しんごん上乗じょうじょう繁はん昌じょうの地ちなり。 三密さんみつの月輪がつりんあまねく照てらすといへども、 女人にょにん非器ひきの闇やみをば照てらさず。 五ご瓶びょうの智ち水すい等ひとしく流ながるといへども、 女身にょしん垢穢くえの質しつには灑そそがず。 これらの所ところにおいて、 なほその障さわりあり。 いかにいはんや出しゅっ過か三界さんがい道ごうの浄じょう土どにおいてをや。

高野山者ハ弘法大師結界ノ峯、真言上乗繁昌之地ナリ。三密ノ之月輪雖ドモ↢普ク照スト↡、不ズ↠照↢女人非器之闇ヲバ↡。五瓶之智水雖ドモ↢等ク流ルト↡、不ズ↠灑ガ↢女身垢穢之質ニハ↡。於テ↢此等ノ所↡、尚 ヲ有リ↢其ノ障↡。何ニ況ヤ於↢出過三界道之浄土ニ↡之哉。

しかのみならずまた聖しょう武む天王てんのうの御ご願がん、 十じゅう六ろく丈じょう金銅こんどうの遮しゃ那なの前みまえ、 遥はるかにこれを拝見はいけんすといへども、 なほ扉とびらの内うちには入いらず。 天てん智ぢ天王てんのうの建こん立りゅう五ご丈じょうの石像せきぞう、 弥み勒ろくの前みまえ高たかく抑あおぎてこれを拝礼らいはいすといへども、 なほ壇だん上じょうには障さわりあり。

加之又 タ聖武天王ノ御願、十六丈金銅ノ遮那ノ前ミマヘ、遥ニ雖ドモ↣拝↢見スト之ヲ↡、尚 ヲ不ズ↠入↢扉ノ内ニハ↡。天智天王0294之建立五丈石像、弥勒ノ前ミマヘ高ク抑テ雖ドモ↣拝↢礼スト之ヲ↡、尚 ヲ壇上ニハ有↠障。

乃ない至し金こん峯ぶの雲くもの上うえ、 醍だい醐ごの霞かすみのなか、 女人にょにんは影かげをせず。 悲かなししきかな、 両りょう足そくを備そなふといへども、 登のぼらざる法ほうの峯みねあり、 沓ふまざる仏ぶつの庭にわあり。 恥はずかしきかな、 両りょう眼がんはあきらかなりといへども、 見みざる霊れい地ちあり、 拝はいせざる霊像れいぞうあり。 この穢土えどの瓦が礫りゃく・荊けい棘きょくの山やま、 泥木でいもく素そ像ぞうの仏ぶつにだにも障さわりあり。 いかにいはんや衆宝しゅほう合ごう成じょうの浄じょう土ど、 万徳まんどく究く竟きょうの仏ぶつをや。 これによりて往おう生じょうその疑うたがいあるべきがゆゑに、 この理りを鑑かんがみて別べつにこの願がんあり 云々。

乃至金峯ノ雲ノ上、醍醐ノ霞ノ中、女人ハ不ズ↠影ヲセ。悲キ哉、雖ドモ↠備ト↢両足ヲ↡、有リ↢不ル↠登法ノ峯↡、有↢不ル↠沓フマ仏ノ庭 ハ↡。恥哉、雖ドモ↢両眼ハ明ナリト↡、有リ↢不ル↠見霊地↡、有リ↢不ル↠拝霊像↡。此ノ穢土ノ瓦礫・荊棘之山、泥木素像ノ仏ニダニモ有↠障。何ニ況ヤ衆宝合成之浄土、万徳究竟之仏ヲ乎。因テ↠茲ニ往生可ガ↠有ル↢其ノ疑↡故ニ、鑑テ↢此ノ理ヲ↡別ニ有↢此ノ願↡ 云云。

善導ぜんどう (観念法門) この願がんを釈しゃくしていはく、 「すなはち弥陀みだの大願だいがん力りきによるがゆゑに、 女人にょにん仏ぶつの名みょう号ごうを称しょうして、 まさしく命いのち終おわる時ときにすなはち女身にょしんを転てんじて男なん子しとなることを得う。 弥陀みだ接手せっしゅし、 菩ぼ薩さつ身みを扶たすけて宝ほう華けの上うえに坐ざして、 仏ぶつに随したがひて往おう生じょうし、 仏ぶつの大だい会えに入いりて無む生しょうを証しょう悟ごす。 また一切いっさいの女人にょにんもし弥陀みだの名みょう願力がんりきによらずは、 千劫せんごう・万劫まんごう・恒ごう河が沙しゃ等とうの劫こうにも、 つひに女身にょしんを転てんずることを得うべからず。 あるいは道俗どうぞくありていはく、 女人にょにん浄じょう土どに生しょうずることを得えずとは、 これはこれ妄説もうせつなり、 信しんずべからず」 と。 云々 これすなはち女人にょにんの苦くを抜ぬきて女人にょにんの楽らくを与あたへる慈悲じひの御おん意こころの誓願せいがん利り生しょうなり。

善導釈シテ↢此ノ願ヲ↡云ク、「▲乃由ガ↢弥陀ノ大願力ニ↡故ニ、女人称テ↢仏ノ名号ヲ↡、正ク命終ル時ニ即転テ↢女身ヲ↡得↠成コトヲ↢男子ト↡。弥陀接手シ、菩薩扶テ↠身ヲ坐テ↢宝華ノ上ニ↡、随テ↠仏ニ往生シ、入テ↢仏ノ大会ニ↡証↢悟ス無生ヲ↡。◆又 タ一切ノ女人若シ不↠因ラ↢弥陀ノ名願力ニ↡者ハ、千劫・万劫・恒河沙等ノ劫ニモ、終ニ不↠可↠得↠転↢女身ヲ↡。或ハ有↢道俗↡云ク、女人不↠得↠生コトヲ↢浄土ニ↡者、此ハ是 レ妄説ナリ、不↠可↠信也。」云云 是 レ則チ抜テ↢女人ノ苦ヲ↡与ヘル↢女人ノ楽ヲ↡慈悲ノ御意ノ誓願利生也。

入文解釈 正宗分 依願修行

また↑その後のち不可ふか思議しぎ兆ちょう載さい永劫ようごうに菩ぼ薩さつの無む量りょうの行ぎょう願がんを積しゃく植じきして、 難なん行ぎょう苦く行ぎょうして劫こうを積つみ徳とくを累かさぬ。 ある人ひといはく、 その因いん行ぎょうは多おおく↓六ろく度どを摂せっす。 その果か徳とくとといふは多おおく三身さんしんを摂せっす。 ¬法ほっ華け¼ (巻一序品巻六常不軽品) にいはく、 「声しょう聞もんを求もとめんとするものには、 説応せつおう四し諦たい法ほう」 と。 云々

又 タ其ノ後不可思議兆載永劫ニ積↢植テ菩薩ノ無量ノ行願ヲ↡、難行苦行シテ積ミ↠劫ヲ累ヌ↠徳ヲ。或人云、其ノ因行ハ者多ク摂ス↢六度ヲ↡。云↢其ノ果徳ト↡者多ク摂ス↢三身ヲ↡。¬法華ニ¼云ク、「為↠求↢声聞↡者、説応四諦法。」云云

↑六ろく度どとは、 一いちには檀だん、 二にには戒かい、 三さんには忍にん、 四しには進しん、 五ごには禅ぜん、 六ろくには恵えなり。 初はじめの檀だんにつきて無む量りょうあり。 いはく国こく城じょう・妻さい子し・奴卑ぬひ・僕ぼく従じゅう・聚落じゅらく・田でん地じ・園林おんりん・象ぞう馬め・車しゃ乗じょう・珍宝ちんぽう・輦れん輿よ等とう、 もろもろの身しん外げの一切いっさい財物ざいもつ、 よくこれを施与せよす。 乃ない至し眼げん・耳に・鼻び・舌ぜつ・身しん、 頭目とうもく・髄脳のうずい、 一切いっさいの身みの上うえの諸根しょこん、 よくこれを捨しゃ与よす。 しからばすなはち弥陀みだ如来にょらい菩ぼ薩さつの道どうを行ぎょうずる時とき、 檀だんを修しゅして劫海こうかいを送おくる。

六度ト者、一ニハ檀、二ニハ戒、三ニハ忍、四ニハ進、五ニハ禅、六ニハ恵也。付テ↢初ノ檀ニ↡有リ↢無量↡。謂ク国城・妻子・奴卑・僕従・聚落・田地0295・園林・象馬・車乗・珍宝・輦輿等、諸ノ身外ノ一切財物、能ク施↢与ス之ヲ↡。乃至眼・耳・鼻・舌・身、頭目・髄脳、一切ノ身ノ上ノ諸根、能ク捨↢与ス之ヲ↡。然バ則チ弥陀如来行↢菩薩ノ道↡之時、修シテ↠檀ヲ送ル↢劫海ヲ↡。

¬経きょう¼ (悲華経巻九檀波羅蜜品意) にいはく、 「所しょ施せの目め一いち恒ごう河が沙しゃのごとく、 乞眼こつげん婆羅ばら門もんのごとし。 飲血おんけつの衆しゅ生じょうありて身分しんぶんの生しょう血けつを乞こへる、 施ほどこすところの生しょう血けつは四し大海だいかいの水みずのごとし。 噉完だんかんの衆しゅ生じょうありて身分しんぶんの脂し肉にくを乞こふ、 施ほどこすところの完かんは千せんの須しゅ弥み山せんのごとし。 しかのみならず捨すつるところの舌したは、 大だい鉄てっ囲ち山せんのごとし。 捨すつるところの耳みみは、 純じゅん陀羅だら山せんのごとし。 捨すつるところの鼻はなは、 毘布びふ羅ら山せんのごとし。 捨すつるところの歯はは、 嗜ぎ闍しゃ崛山くっせんのごとし。 捨すつるところの身しん皮ぴは、 三千さんぜん大千だいせん世せ界かいの諸しょ有うの地じのごとし」 と。 云々

¬経ニ¼云、「所施ノ目如↢一恒河沙ノ↡、如シ↢乞眼婆羅門↡。有テ↢飲血ノ衆生↡乞ヘル↢身分ノ生血ヲ↡、所ノ↠施生血ハ如↢四大海ノ水ノ↡。有テ↢噉完ノ衆生↡乞↢身分ノ脂肉ヲ↡、所ノ↠施完ハ如シ↢千ノ須弥山ノ↡。加之所ノ↠捨ル舌ハ、如シ↢大鉄囲山ノ↡。所ノ↠捨ル耳ハ、如シ↢純陀羅山ノ↡。所ノ↠捨ル鼻ハ、如シ↢毘布羅山ノ↡。所ノ↠捨ル歯ハ、如シ↢嗜闍崛山ノ↡。所ノ↠捨ル身皮ハ、如シ↢三千大千世界ノ諸有ノ地ノ↡。」云云

しかのみならずある時ときには肉山にくせんとなりて衆しゅ生じょうに食噉じきだんせられ、 ある時ときには大魚だいぎょとなりて身分しんぶんを衆しゅ生じょうに与あたふ。 菩ぼ薩さつの慈悲じひ、 これをもつて知しるべし 云々。 衆しゅ生じょうの貪欲とんよく、 これをもつて知しるべし 云々。 飲血おんけつ・噉肉だんにくの衆しゅ生じょうは情なさけなし、 菩ぼ薩さつ利り生しょうの膚はだえを破やぶり、 求ぐ食じき著じゃく味みの凡ぼん夫ぶは憚はばかりなし、 薩さっ埵た慈悲じひの肉にくを食じきす。 かくのごとく一劫いっこう二に劫こうにあらず、 兆ちょう載さい永劫ようごうの間あいだ、 四し大だい海水かいすいの血ちを流ながし、 千せん須しゅ弥み山せんの肉にくを竭つくす。 捨すてがたきをよく捨すて、 忍しのびがたきをよく忍しのびて檀だん度どを満まんじ、 尸羅しら波羅はら蜜みつを満足まんぞくす 云々。

加之或ル時ニハ成テ↢肉山ト↡被レ↣食↢噉セ衆生ニ↡、或ル時ニハ成テ↢大魚ト↡与↢身分ヲ衆生ニ↡。菩薩ノ慈悲、以テ↠之ヲ可シ↠知ル 云云。衆生ノ貪欲、以テ↠之ヲ可シ↠知 云云。飲血・噉肉之衆生ハ無シ↠情 ケ、破リ↢菩薩利生之膚ヲ↡、求食著味之凡夫ハ無↠憚、食ス↢薩埵慈悲之肉ヲ↡。如↠是ノ非↢一劫二劫ニ↡、兆載永劫之間、流↢四大海水之血↡、竭ツクス↢千須弥山之肉↡。難キヲ↠捨テ能ク捨テ、難ヲ↠忍能ク忍テ満↢檀度↡、満↢足ス尸羅波羅蜜ヲ↡ 云云。

忍辱にんにく・精しょう進じん・禅ぜん定じょう・智恵ちえ六ろく度ど円満えんまんし、 万まん行ぎょう具ぐ足そくす 云々。

忍辱・精進・禅定・智恵六度円満シ、万行具足ス 云云。

入文解釈 正宗分 所得依正

次つぎに↑果位かいの三身さんしん 常つねのごとし。

次ニ果位ノ三身 如↠常ノ。

法身ほっしんとは 常つねのごとし。

法身ト者 如↠常。

報身ほうじんとは、 前因ぜんいんに報むくいて感得かんとくするところの身しんなり。 髪かみを布しきて泥どろを掩おおへる功こう紺こん瑠璃るり頂ちょうを感かんじ、 血ちを流ながし肉にくを割さきて勒おさめ紫磨しま金ごんの虎とらを得う。 禽きんに代だいし慈じむなしからずして、 早はやく鵝が王おうの相そうを得う。 獣じゅうに代だいし悲ひ誠まことありて、 はるかに鹿王ろくおうの膞はぎを感かんず。 脳のうを破やぶりて他たの病やまいを治じせしがゆゑに、 いま医い王おう・大だい医い王おうとなる。 肉にくを施ほどこして商しょう人にんに与あたへんがゆゑに、 いま船せん師し・大だい船せん師しとなる。 灯とう燭しょくを施ほどこせるがゆゑに、 光こう明みょう無む量りょうの仏ぶつとなる。 殺せっ生しょうを断だんずるがゆゑに、 寿じゅ命みょう無む量りょうの聖ひじりとなる。 宝たからをもつて人ひとに与あたへしかば衆宝しゅほう国こく土どの主しゅとなる、 床じょうをもつて人ひとに施ほどこして大宝だいほう華け王おうの座ざを得えたり。

報身ト者、報テ↢前因ニ↡所ノ↢感得スル↡身也。布テ↠髪掩↠泥之0296功感ジ↢紺瑠璃頂ヲ↡、流シ↠血ヲ割↠肉ヲ之勒メ得↢紫磨金ノ虎ヲ↡。代シ↠禽ニ之慈不シテ↠空カラ、早ク得↢鵝王之相ヲ↡。代シ↠獣ニ之悲有テ↠誠、遥ニ感ズ↢鹿王之膞ハギヲ↡。破テ↠脳ヲ治シガ↢他ノ病ヲ↡故ニ、今成ル↢医王・大医王ト↡。施テ↠肉ヲ与ンガ↢商人ニ↡故ニ、今成ル↢船師・大船師ト↡。施ガ↢灯燭ヲ↡故ニ、成ル↢光明無量ノ仏ト↡。断ガ↢殺生ヲ↡故ニ、成ル↢寿命無量ノ聖ト↡。以テ↠宝ヲ与カバ↠人ニ成ル↢衆宝国土之主ト↡、以テ↠床ヲ施テ↠人ニ得タリ↢大宝華王之座ヲ↡。

布施ふせを庫こ蔵ぞうとなして百ひゃっ福ぷく荘しょう厳ごんの財ざいを収おさめ、 持じ戒かいを良りょう田でんとなして三さん菩ぼ提だいの種しゅう子じを下くだす。 忍辱にんにくの鎧よろいを著きて固かたく魔ま王おうの十じゅう軍ぐんと戦たたかひ、 精しょう進じんの駿しゅん馬めに乗のりて早はやく嶮難けんなんの六ろく度どを超こゆ。 静じょう慮りょの利り剣けんをもつて結けっ使ちの首くびを裁きり、 禅ぜん定じょうの深水じんすいをもつて諸欲しょよくの垢あかを洗あらひ、 智恵ちえの船筏せんばつをもつて生しょう死じの大海だいかいを渡わたり、 般若はんにゃの明みょう灯とうを挑かかげて無む明みょう長じょう夜やを照てらす。 およそ万まん行ぎょうの因いんに答こたへて万徳まんどくの果かを感かんずること、 依え因いん感かん果か華はなの果みを結むすぶがごとし。 業ごうに酬むくひて報ほうを招まねく、 響ひびきの声こえに随したがふに似にたり。 これすなはち法蔵ほうぞう比丘びくの実修じっしゅの万まん行ぎょうに酬むくひて、 弥陀みだ如来にょらい実じっ証しょうの万徳まんどくを得えたまへる報身ほうじん如来にょらいなり。

布施ヲ為シテ↢庫蔵ト↡収メ↢百福荘厳之財ヲ↡、持戒ヲ為シテ↢良田ト↡下ス↢三菩提之種子ヲ↡。著テ↢忍辱ノ鎧ヲ↡固ク戦ヒ↢魔王之十軍ト↡、乗テ↢精進ノ駿馬ニ↡早ク超↢嶮難之六度ヲ↡。以テ↢静慮ノ利剣ヲ裁キリ↢結使ノ首ヲ↡、以テ↢禅定ノ深水ヲ↡洗ヒ↢諸欲ノ垢ヲ↡、以テ↢智恵ノ船筏ヲ↡渡リ↢生死ノ大海ヲ↡、挑テ↢般若ノ明灯ヲ↡照ス↢無明長夜ヲ↡。凡ソ答テ↢万行ノ因ニ↡感コト↢万徳ノ果ヲ↡、依因感果如シ↢華ノ結ガ↟果ヲ。酬テ↠業招ク↠報ヲ、似タリ↢響ノ随フニ↟声ニ。是則チ酬テ↢法蔵比丘ノ実修ノ万行ニ↡、弥陀如来得タマヘル↢実証ノ万徳ヲ↡報身如来也。

次つぎに応身おうじんとは、 始し終じゅう応同おうどうの身しんなり 云々。

次ニ応身ト者、始終応同ノ身也 云云。

次つぎに仏ぶつの色身しきしん相好そうごうの功く徳どくとは、 その身しん量りょうをいへば、 六ろく十じゅう万億まんおく 云々。 その身色しんじきをいへば、 百ひゃく千せん万億まんおく 云々。 この身しん量りょうの所得しょとくの依え正しょうは、 これすなはち別べつのものにあらず、 六ろく度ど万まん行ぎょうの修因しゅいんに酬むくひたり。 四し十じゅう八はち願がん一々いちいちに相そう異いなし。 本願ほんがんのごとし。 名なに顕あらわれたる所得しょとくの依え正しょうは、 聴ちょう聞もんの人々ひとびと申もうさずとも前さきにこれを知ち食じきせん。 もしこれを釈しゃくせば一々いちいちの依え正しょう、 四し十じゅう八はち願がんによりて釈しゃくす。 別べつにこれあり、 これを読よむべし。

次仏ノ色身相好ノ功徳ト者、云↢其ノ身量ヲ↡者、六十万億 云云。言↢其ノ身色ヲ↡者、百千万億 云云。此ノ身量之所得依正者、此 レ則チ非↢別ノ者ニ↡、酬タリ↢六度万行之修因ニ↡。四十八願一一無↢相異↡。如↢本願ノ↡。顕タル↠名ニ所得ノ依正者、聴聞ノ人人不↠申前ニ知↢食ン之ヲ↡。若シ釈↠之ヲ一一ノ依正、依↢四十八願ニ↡釈ス。別ニ在0297↠之 レ、可シ↠読ム↠之ヲ。

入文解釈 正宗分 往生行業

四しに↑往おう生じょうの行ぎょう業ごうとは、 来らい意い云々うんぬん これに二にあり。 一いちには↓二に行ぎょうを分わかち、 二にには↓文もんによりて別べっ釈しゃくす。

四ニ往生ノ行業ト者、来意云云 此ニ有リ↠二。一ニハ分↢二行ヲ↡、二ニハ依テ↠文別釈ス。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行

一いちに↑二に行ぎょうを分わかつとは、 また分わかちて三さんとなす。 一いちには↓まさしく二に行ぎょうを分わかち、 二にには↓善導ぜんどうによりて得失とくしつを論ろんず、 三さんには↓感かん師し等とうの義ぎをもつて善導ぜんどうの義ぎを助たすく。

一ニ分ト↢二行ヲ↡者、亦分テ為ス↠三ト。一ニハ正ク分↢二行ヲ↡、二ニハ依テ↢善導ニ↡論ズ↢得失ヲ↡、三ニハ以テ↢感師等ノ義ヲ↡助↢善導之義ヲ↡。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 正分二行

一いちに↑二に行ぎょうを分わかつとは、 また分わかちて二にとす。

一ニ分↢二行ヲ↡者、亦分テ為↠二ト。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 正分二行 分

一いちにはまさしく二に行ぎょうを分わかつ。 善導ぜんどうらによらば、 往おう生じょうの行ぎょう大おおきに分わかちて二にとす。 一いちには念仏ねんぶつの行ぎょう、 二にには余よの諸しょ行ぎょう 云云。 余よの諸しょ師しはいまだかならずしもかくのごとく分別ふんべつせず 云々。 これによりて往おう生じょうの正行しょうぎょう、 凡ぼん夫ぶたやすくもつて了さとるべきことかたし 云々。

一ニハ正ク分ツ↢二行ヲ↡。依ラバ↢善導等ニ↡、往生之行大ニ分テ為↠二ト。一ニハ念仏ノ行、二ニハ余ノ諸行 云云。余ノ諸師ハ未ダ↢必モ如↠此ノ分別↡ 云云。依テ↠之ニ往生ノ正行、凡夫輒ク以テ難シ↠可コト↠了 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 正分二行 釈

二にに略りゃくして相そうを釈しゃくせば、 これにまた二にとなす。 一いちには念仏ねんぶつを釈しゃくし、 二にには余よ行ぎょうを釈しゃくす。 一いちに念仏ねんぶつとは、 あるいは仏ぶつの相好そうごうを観かんじ、 あるいは光こう明みょうを観かんず、 あるいは帰き命みょうの想そうにより、 あるいは引いん接じょうの想そうによりて、 一心いっしんに弥陀みだ仏ぶつの名みなを称しょう念ねんす、 これを名なづけて念仏ねんぶつとなす。 相好そうごうを観かんずとは 云々。 光こう明みょうとは 云々。 帰き命みょうの想そうとは 云々。 引いん接じょうの想そうとは 云云。 たとひまた観念かんねんなきも、 ただ称名しょうみょうを信しんずるもまた往おう生じょうを得う 云々。

二ニ略シテ釈↠相ヲ者、此ニ亦為ス↠二ト。一ニハ釈シ↢念仏ヲ↡、二ニハ釈ス↢余行ヲ↡。一ニ念仏ト者、或ハ観↢仏ノ相好ヲ↡、或ハ観↢光明ヲ↡、或ハ依↢帰命ノ想ニ↡、或ハ依テ↢引接想ニ↡、一心ニ称↢念弥陀仏ノ名ヲ↡、名テ↠之ヲ為ス↢念仏ト↡。観ズト↢相好ヲ↡者 云云。光明ト者 云云。帰命想ト者 云云。引接想ト者 云云。設ヒ亦無キモ↢観念↡、但信ズル↢称名ヲ↡亦得↢往生↡ 云云。

二にに余よの諸しょ行ぎょうを釈しゃくすとは、 極楽ごくらくを求もとむは、 かならずしも念仏ねんぶつのみにあらず。 おのおの楽ぎょう欲よくに随したがひて種々しゅじゅの行ぎょうを修しゅす、 その行ぎょう相そう広ひろく経きょう論ろんにあり、 つぶさにこれを引ひくにあたはず。

二ニ釈スト↢余ノ諸行ヲ↡者、求ム↢極楽ヲ↡者ハ、必シモ不ズ↢念仏ノミ↡。各ノ随↢楽欲↡修↢種種ノ行ヲ↡、其ノ行相広ク在リ↢経論ニ↡、不↠能ハ↢具ニ引↟之ヲ。

諸しょ経きょうに説とくところその業ごう多おおしといへども、 その要ようを結けっするに三さん意いを出いでず。 ゆゑに ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ (下巻) にいはく、 「諸しょ経きょうの行ぎょう業ごう、 総そうじてこれをいはば、 ¬梵網ぼんもう¼ の戒品かいぼんを出いでず。 別べつのしかもこれを論ろんぜば、 六ろく度どを出いでず。 細くわしくその相そうを明あかすにその十じゅう三さんあり。 一いちには財ざい・法等ほうとうの施せ。 二にには三さん帰き・五ご戒かい・八戒はっかい・十戒じっかい等とうの多た少しょうの戒かい行ぎょう。 三さんには忍辱にんにく。 四しには精しょう進じん。 五ごには禅ぜん定じょう。 六ろくには般若はんにゃ 第一だいいち義ぎを信しんずる等とうこれなり。 七しちには発ほつ菩ぼ提だい心しん。 八はちには修しゅ行ぎょう六念ろくねん 仏ぶつと法ほうと僧そうと戒かいと施せと天てんと、 これを六念ろくねんといふ、 九くには読誦どくじゅ大だい乗じょう。 十じゅうには守しゅ護ご仏法ぶっぽう。 十じゅう一いちには孝順きょうじゅん父母ぶも・奉事ぶじ師し長ちょう。 十じゅう二にには不ふ生しょう憍きょう慢まん。 十じゅう三さんには不ふ染ぜん利り養ようなり」 と。

諸経ニ所↠説ク雖ドモ↢其ノ業多シト↡、結ルニ↢其ノ要ヲ↡不↠出↢三意ヲ↡。故ニ¬往生要集ニ¼云ク、「▲諸経行業、総而言↠之ヲ、不↠出↢¬梵網ノ¼戒品ヲ↡。別ノ而モ論バ↠之ヲ、不↠出↢六度ヲ↡。細ク明スニ↢其ノ相ヲ↡有↢其ノ十三。◆一ニハ財・法等ノ施。二ニハ三帰・五戒・八戒・十戒等ノ多少0298ノ戒行。三ニハ忍辱。四ニハ精進。五ニハ禅定。六般若 信↢第一義↡等是也。七ニハ発菩提心。八ニハ修行六念 仏ト法ト僧ト戒ト施ト天ト、謂↢之ヲ六念ト↡、九ニハ読誦大乗。十ニハ守護仏法。十一ニハ孝順父母・奉事師長。十二ニハ不生憍慢。十三ニハ不染利養也。」

一いちには布施ふせとは 云々。 九くに読誦どくじゅ大だい乗じょうとは 云々。 このなかに持じ教きょう・持じ呪じゅあり 云々。

一ニハ布施ト者 云云。九ニ読誦大乗ト者 云云。此ノ中ニ有↢持教・持呪↡ 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依善導

次つぎに↑善導ぜんどうによるに二にあり。 一いちにはまづ↓二に行ぎょうを釈しゃくす、 二ににはまさしく↓得失とくしつを論ろんず。

次ニ依ルニ↢善導ニ↡有リ↠二。一ニハ先ヅ釈ス↢二行ヲ↡、二ニハ正ク論ズ↢得失ヲ↡。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依善導 釈二行

一いちに↑二に行ぎょうとは、 一いちには正行しょうぎょう、 二にには雑ぞう行ぎょうなり。 (散善義) 「正行しょうぎょうといふは、 もつぱら往おう生じょう経きょうによりて行ぎょうを行ぎょうずるもの、 これを正行しょうぎょうと名なづく。 何者なにものかこれなるや。 一心いっしんにもつぱらこの ¬観かん経ぎょう¼・¬弥陀みだ経きょう¼・¬無む量りょう寿じゅ経きょう¼ 等とうを読誦どくじゅし、 一心いっしんにかの国くにの二に報ほうの荘しょう厳ごんを専せん注ちゅうし思し想そうし観察かんざつし憶念おくねんす。 もし礼らいするにはすなはち一心いっしんにもつぱらかの仏ぶつを礼らいす、 もし口くちに称となへんにはすなはち一心いっしんにもつぱらかの仏ぶつを称となへ、 もし讃嘆さんだん供く養ようせんにはすなはち一心いっしんにもつぱら讃嘆さんだん供く養ようす、 これを名なづけて正しょうとなす。

一ニ○二行ト者、一ニハ正行、二ニハ雑行也。「◇言↢正行ト↡者、専ラ依↢往生経ニ↡行ズル↠行ヲ者 ノ、是ヲ名ク↢正行ト↡。◇何者カ是ナルヤ也。一心ニ専ラ読↢誦シ此ノ¬観経¼・¬弥陀経¼・¬無量寿経¼等ヲ↡、一心ニ専↢注シ思↣想シ観↤察シ憶↯念ス彼ノ国ノ二報ノ荘厳ヲ↡。若礼ニハ即一心ニ専ラ礼↢彼ノ仏ヲ↡、若口ニ称ンニハ即一心ニ専ラ称↢彼ノ仏ヲ↡、若シ讃嘆供養ンニハ即一心ニ専ラ讃嘆供養ス、是ヲ名テ為ス↠正ト。

またこの正しょうのなかにつきて、 また二に種しゅあり。 一いちには一心いっしんにもつぱら弥陀みだの名みょう号ごうを念ねんじて、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがに時じ節せつの久く近ごんを問とはず念々ねんねんに捨すてざるもの、 これを正定しょうじょうの業ごうと名なづく、 かの仏願ぶつがんに順じゅんずるがゆゑに。 もし礼誦らいじゅ等とうによるをばすなはち名なづけて助業じょごうとなす。 この正しょう助じょ二に行ぎょうを除のぞきて以外いげの自余じよの諸善しょぜんをばことごとく雑ぞう行ぎょうと名なづく。 もし前さきの正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅすには、 心しんつねに親近しんごんして憶念おくねん断だんぜざれば、 名なづけて無む間けんとするなり。 もし後のちの雑ぞう行ぎょうを行ぎょうずるには、 すなはち心しんつねに間断けんだんす、 回え向こうして生しょうずることを得うべしといへども、 すべて疎そ雑ぞうの行ぎょうと名なづく」 と。 云々

◇又 タ就テ↢此ノ正ノ中ニ↡、復 タ有リ↢二種↡。◇一ニ者一心ニ専ラ念↢弥陀ノ名号ヲ↡、行住坐臥ニ不↠問ハ↢時節ノ久近ヲ↡念念ニ不ル↠捨テ者 ノ、是ヲ名↢正定之業ト↡、順ルガ↢彼仏願ニ↡故ニ。◇若シ依ルヲバ↢礼誦等ニ↡即名テ為ス↢助業ト↡。◇除↢此ノ正助二行ヲ↡已外ノ自余ノ諸善ヲバ悉ク名ク↢雑行ト↡。◇若シ修ニハ↢前ノ正助二行ヲ↡、心常ニ親近シテ憶念不レバ↠断、名テ為スル↢無間ト↡也。若シ行ニハ↢後ノ雑行ヲ↡、即心常ニ間断ス、雖ドモ↢可ト↢廻向シテ得↟生コトヲ、衆テ名ク↢疎雑之行ト↡。」云云

わたくしにいはく、 この文もんにつきて二ふたつの意こころあり。 一いちには往おう生じょうの行ぎょう相そうを明あかし、 二にには二に行ぎょうの得失とくしつを判はんず。

◇私ニ云ク、就テ↢此ノ文ニ↡有リ↢二ノ意↡。一ニハ明↢往生ノ行相ヲ↡、二ニハ判ズ↢二行0299ノ得失ヲ↡。

はじめに往おう生じょうの行ぎょう相そうを明あかすとは、 善導ぜんどう和か尚しょうの意こころによるに、 往おう生じょうの行ぎょう多おおしといへども大おおきに分わかちて二にとなす。 一いちには正行しょうぎょう、 二にには雑ぞう行ぎょうなり。

◇初ニ明スト↢往生ノ行相ヲ↡者、依ルニ↢善導和尚ノ意ニ↡、往生ノ行雖ドモ↠多ト大ニ分テ為ス↠二ト。一ニハ正行、二ニハ雑行ナリ。

はじめに正行しょうぎょうとは、 これにつきて開合かいごうの二義にぎあり。 はじめには開かいして五ご種しゅとし、 後のちには合がっして二に種しゅとす。

◇初ニ正行ト者、就↠此ニ有↢開合ノ二義↡。初ニハ開テ為↢五種ト↡、後ニハ合シテ為↢二種ト↡。

はじめに開かいして五ご種しゅとすとは、 一いちには読誦どくじゅ正行しょうぎょう、 二にには観察かんざつ正行しょうぎょう、 三さんには礼拝らいはい正行しょうぎょう、 四しには称名しょうみょう正行しょうぎょう、 五ごには讃嘆さんだん供く養よう正行しょうぎょうなり。

◇初ニ開テ為↢五種ト↡者、一ニハ読誦正行、二ニハ観察正行、三ニハ礼拝正行、四ニハ称名正行、五ニハ讃嘆供養正行也。

第一だいいちに読誦どくじゅ正行しょうぎょうとは、 もつぱら ¬観かん経ぎょう¼ 等とうを読誦どくじゅするなり。 すなはち文もんに 「一心いっしん専せん読誦どくじゅ此し ¬観かん経ぎょう¼・¬阿あ弥陀みだ経きょう¼・¬無む量りょう寿じゅ経きょう¼ 等とう」 といへるこれなり。

◇第一ニ読誦正行ト者、専ラ読↢誦スル¬観経¼等ヲ↡也。即文ニ云ヘル↢「一心専読誦此¬観経¼・¬阿弥陀経¼・¬無量寿経¼等ト」↡是也。

いふところの等とうとは上かみの三さん経ぎょうを指さす。 いま余よ経きょう諸典しょてんを等取とうしゅするにはあらず、 たとへばかの ¬法ほっ華けの記き¼ の第だい五ご (法華文句記巻六上) のなかに妙みょう楽らく大だい師し十力じゅうりき等とう功く徳どくの文もんを釈しゃくするに 「所言しょごん等者とうしゃ、 非ひ唯ゆい供く仏ぶつ兼けん浄じょう土ど行ぎょう」 といふがごとし。

所ノ↠言等ト者指ス↢上ノ三経ヲ↡。今非ズ↣等↢取ルニハ余経諸典ヲ↡、例バ如シ↧彼ノ¬法華ノ記ノ¼第五ノ中ニ妙楽大師釈ルニ↢十力等功徳ノ文ヲ↡云ガ↦「所言等者、非唯供仏兼浄土行ト」↥。

かくのごときらの例れいはなはだ多おおし。 繁しげきを恐おそれて出いださず。 学者がくしゃさらに検かんがへよ。 しかのみならず五ご種しゅの正行しょうぎょうみな弥陀みだ一仏いちぶつの功く徳どくに限かぎる。 ゆゑに観察かんざつ・礼拝らいはい・称名しょうみょう・讃嘆さんだん四箇しかの正行しょうぎょう、 すでにただかの弥陀みだの依え正しょうにあり。 あに読誦どくじゅの行ぎょう独ひとり他た経きょうを兼かねんや。

如↠此ノ等ノ例甚ダ多也。恐テ↠繁ヲ不↠出サ。学者更ニ検ヘヨ。加之五種正行皆 ナ限ル↢弥陀一仏ノ功徳ニ↡。所以ニ観察・礼拝・称名・讃嘆四箇ノ正行、既ニ唯在↢彼ノ弥陀ノ依正ニ↡。豈ニ読誦ノ行独リ兼ンヤ↢他経ヲ↡。

第だい二にに観察かんざつ正行しょうぎょうとは、 もつぱらかの国くにの依え正しょう二に報ほうを観察かんざつするなり。 すなはち文もんに 「一心いっしん専せん注ちゅう思し想そう観察かんざつ憶念おくねん彼ひ国こく二に報ほう荘しょう厳ごん」 といへるこれなり。

○第二ニ観察正行ト者、専ラ観↢察スル彼ノ国ノ依正二報ヲ↡也。即文ニ云ヘル↢「一心専注思想観察憶念彼国二報荘厳ト」↡是 レ也。

第三だいさんに礼拝らいはい正行しょうぎょうとは、 もつぱら弥陀みだを礼拝らいはいする等とうなり。 すなはち文もんに 「若にゃく礼即らいそく一心いっしん専礼せんらい彼ひ仏ぶつ」 といへるこれなり。

◇第三ニ礼拝正行ト者、専ラ礼↢拝スル弥陀ヲ↡等ナリ。即文ニ云ヘル↢「若礼即一心専礼彼仏ト」↡是 レ也。

第だい四しに称名しょうみょう正行しょうぎょうとは、 もつぱら弥陀みだの名みょう号ごうを称しょうするなり。 すなはち文もんに 「若にゃく口く称しょう即そく一心いっしん専せん称しょう彼ひ仏ぶつ」 といへるこれなり。

◇第四ニ称名正行ト者、専ラ称スル↢弥陀ノ名号ヲ↡也。即文ニ云ヘル↢「若口称即一心専称彼仏ト」↡是 レ也。

第だい五ごに讃嘆さんだん供く養よう正行しょうぎょうとは、 もつぱら弥陀みだを讃嘆さんだんし供く養ようするなり。 すなはち文もんに 「若にゃく讃嘆さんだん供く養よう即そく一心いっしん専せん讃嘆さんだん供く養よう是ぜ名みょう為い正しょう」 といへるこれなり。 もし讃嘆さんだんと供く養ようとを開かいして二にとすれば、 六種ろくしゅ正行しょうぎょうと名なづくべきなり。 いまは合ごうの義ぎによるがゆゑに五ご種しゅといふ。

◇第五ニ讃嘆供養正行ト者、専ラ讃↢嘆シ供↣養スル弥陀ヲ↡也。即文ニ云ヘル↢「若0300讃嘆供養即一心専讃嘆供養是名為正ト」↡是 レ也。◇若シ開テ↣讃嘆ト与トヲ↢供養↡而為↠二ト者、可↠名ク↢六種正行ト↡也。◇今ハ依↢合ノ義ニ↡故ニ云↢五種ト↡。

次つぎに合がっして二に種しゅとすとは、 一いちには正しょう業ごう、 二にには助業じょごうなり。

◇次ニ合テ為↢二種ト↡者、一ニ者正業、二ニ者助業ナリ。

はじめに正しょう業ごうとは、 上かみの五ご種しゅのなかの第だい四しの称名しょうみょうをもつて正定しょうじょうの業ごうとす。 すなはち文もんに 「一心いっしん専念せんねん弥陀みだ名みょう号ごう、 行住ぎょうじゅう坐臥ざが不ふ問もん時じ節せつ久く近ごん念々ねんねん不ふ捨しゃ者しゃ、 是ぜ名みょう正定しょうじょう之し業ごう。 順じゅん彼ぴ仏願ぶつがん故こ」 といへるこれなり。

◇初ニ正業ト者、以テ↢上ノ五種之中ノ第四ノ称名ヲ↡為↢正定之業ト↡。即文ニ云↢「一心専念弥陀名号、行住坐臥不問時節久近念念不捨者、是名正定之業。順彼仏願故ト」↡是 レ也。

次つぎに助業じょごうとは、 第だい四しの口く称しょうを除のぞきて外ほかの、 読誦どくじゅ等とうの四し種しゅをもつてしかも助業じょごうとなす。 すなはち文もんに 「若にゃく依え礼誦らいじゅ等即とうそく名みょう為い助業じょごう」 といへるこれなり。

◇次ニ助業ト者、除↢第四ノ口称ヲ↡之外ノ、以↢読誦等ノ四種ヲ↡而モ為ス↢助業ト↡。即文ニ云↢「若依礼誦等即名為助業ト」↡是 レ也。

問とひていはく、 なんがゆゑぞ五ご種しゅのなかに独ひとり称名しょうみょう念仏ねんぶつをもつて正定しょうじょうの業ごうとするや。

◇問曰ク、何ガ故ゾ五種之中ニ独リ以テ↢称名念仏ヲ↡為スル↢正定ノ業ト↡乎。

答こたへていはく、 かの仏願ぶつがんに順じゅんずるがゆゑに。 意こころのいはく、 称名しょうみょう念仏ねんぶつはこれかの仏ぶつの本願ほんがんの行ぎょうなり。 ゆゑにこれを修しゅするもの、 かの仏ぶつの願がんに乗じょうじてかならず往おう生じょうすることを得う。 願がん虚むなしからざるによるがゆゑに、 念仏ねんぶつをもつて正定しょうじょうの業ごうとなす。 本願ほんがんの義ぎは下しもに至いたりて辨べんずべし。

◇答曰ク、順ルガ↢彼ノ仏願ニ↡故ニ。意ノ云ク、称名念仏ハ是 レ彼ノ仏ノ本願ノ行也。故ニ修スル↠之ヲ者 ノ、乗テ↢彼ノ仏ノ願ニ↡必ズ得↢往生スルコトヲ↡。由ルガ↢願不↟虚故ニ、以テ↢念仏ヲ↡為ス↢正定之業ト↡。本願ノ義ハ至テ↠下ニ応シ↠辨ズ。

ただし正定しょうじょうとは、 法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつ二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸仏しょぶつの誓願せいがん海かいのなかに、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんを撰せん定じょうするがゆゑに定じょうといふなり。 選せん択じゃくの義ぎ、 また前さきのごとし、 これらの意こころによるがゆゑに、 念仏ねんぶつをもつて名なづけて正定しょうじょうの業ごうとするものなり。 読誦どくじゅ等とうの行ぎょうはすなはち本願ほんがん選せん択じゃくの行ぎょうにあらざるがゆゑに名なづけて助じょとなす。 念仏ねんぶつはまたこれ正中しょうちゅうの正しょうなり、 読誦どくじゅ等とうはこれ正中しょうちゅうの助じょなり。 正しょう助じょ異ことなりといへども、 同おなじく弥陀みだにあるがゆゑに正しょうとなすといへども、 しかも勝しょう劣れつの義ぎなきにあらず。

但正定ト者、法蔵菩薩於テ↢二百一十億諸仏ノ誓願海ノ中ニ↡、撰↢定ス念仏往生之願ヲ↡故ニ云↠定ト也。選択之義、亦如↠前ノ。依ルガ↢此 レ等ノ意ニ↡故ニ、以テ↢念仏ヲ↡名テ為スル↢正定之業ト↡者 ノ也。読誦等ノ行ハ即非ルガ↢本願選択之行ニ↡故ニ名テ為ス↠助ト。念仏ハ亦是 レ正中之正ナリ、読誦等ハ是 レ正中之助ナリ。正助雖↠異ナリト、同ク在ガ↢弥陀ニ↡故ニ雖↠為スト↠正ト、然モ非ズ↠無キ↢勝劣之義↡。

次つぎに雑ぞう行ぎょうとは、 すなはち文もんに 「除じょ此し正しょう助じょ二に行ぎょう以外いげ自余じよ諸善しょぜん悉しつ名みょう雑ぞう行ぎょう」 といへるこれなり。 意こころのいはく、 雑ぞう行ぎょう無む量りょうなり、 つぶさに述のぶるに遑いとまあらず。 いましばらく五ご種しゅの正行しょうぎょうに翻対ほんたいしてもつて五ご種しゅの雑ぞう行ぎょうを明あかす。 一いちには読誦どくじゅ雑ぞう行ぎょう、 二にには観察かんざつ雑ぞう行ぎょう、 三さんには礼拝らいはい雑ぞう行ぎょう、 四しには称名しょうみょう雑ぞう行ぎょう、 五ごには讃嘆さんだん供く養よう雑ぞう行ぎょうなり。

○次ニ雑行ト者、即文ニ云ヘル↢「除此正助二行已外自余0301諸善悉名雑行ト」↡是 レ也。意ノ云ク、雑行無量ナリ、不ズ↠遑アラ↢具ニ述ルニ↡。◇今且ク翻↢対シテ五種ノ正行ニ↡以テ明↢五種ノ雑行ヲ↡也。一ニハ読誦雑行、二ニハ観察雑行、三ニハ礼拝雑行、四ニハ称名雑行、五ニハ讃嘆供養雑行也。

第一だいいちに読誦どくじゅ雑ぞう行ぎょうとは、 上かみの ¬観かん経ぎょう¼ 等とうの往おう生じょう浄じょう土どの経きょうを除のぞきて以外いげの大だい小乗しょうじょう顕密けんみつの諸しょ経きょうにおいて受じゅ持じし読誦どくじゅするを、 ことごとく読誦どくじゅ雑ぞう行ぎょうと名なづく。

◇第一ニ読誦雑行ト者、除テ↢上ノ¬観経¼等ノ往生浄土ノ経ヲ↡已外ノ於↢大小乗顕密ノ諸経ニ↡受持シ読誦スルヲ、悉ク名↢読誦雑行ト↡。

第だい二にに観察かんざつ雑ぞう行ぎょうとは、 上かみの極楽ごくらくの依え正しょうを除のぞきて以外いげの、 大だい小しょう、 顕密けんみつ、 事理じりの観かん行ぎょうをみなことごとく観察かんざつ雑ぞう行ぎょうと名なづく↢。

◇第二ニ観察雑行ト者、除テ↢上ノ極楽ノ依正ヲ↡已外ノ、大小、顕密、事理ノ観行ヲ皆 ナ悉ク名ク↢観察雑行ト↡。

第三だいさんに礼拝らいはい雑ぞう行ぎょうとは、 上かみの礼拝らいはい弥陀みだを除のぞきて以外いげの、 一切いっさいの諸しょ余よの仏ぶつ・菩ぼ薩さつ等とうおよびもろもろの世せ天てん等とうにおいて礼拝らいはい恭く敬ぎょうするをばことごとく礼拝らいはい雑ぞう行ぎょうと名なづく。

◇第三ニ礼拝雑行ト者、除テ↢上ノ礼拝弥陀ヲ↡已外ノ、於テ↢一切ノ諸余ノ仏・菩薩等及ビ諸ノ世天等ニ↡礼拝恭敬スルヲバ悉ク名ク↢礼拝雑行ト↡。

第だい四しに称名しょうみょう雑ぞう行ぎょうとは、 上かみの称しょう弥陀みだ名みょう号ごうを除のぞきて以外いげの自余じよの一切いっさいの諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつ等とうおよびもろもろの世せ天てん等とうの名みょう号ごうを称しょうするをば、 ことごとく称名しょうみょう雑ぞう行ぎょうと名なづく。

◇第四ニ称名雑行ト者、除テ↢上ノ称弥陀名号ヲ↡已外ノ称ヲバ↢自余ノ一切ノ諸仏・菩薩等及ビ諸ノ世天等ノ名号ヲ↡、悉ク名ク↢称名雑行ト↡。

第だい五ごに讃嘆さんだん供く養よう雑ぞう行ぎょうとは、 上かみの弥陀みだ仏ぶつを除のぞきて以外いげの一切いっさいの諸しょ余よの仏ぶつ・菩ぼ薩さつ等とうおよびもろもろの世せ天等てんとうにおいて讃嘆さんだん供く養ようするをば、 ことごとく讃嘆さんだん供く養よう雑ぞう行ぎょうと名なづく。

◇第五ニ讃嘆供養雑行ト者、除テ↢上ノ弥陀仏ヲ↡已外ノ於テ↢一切ノ諸余ノ仏・菩薩等及ビ諸世天等ニ↡讃嘆供養スルヲバ、悉ク名ク↢讃嘆供養雑行ト↡。

この外ほかにまた布施ふせ・持じ戒かい等とうの無む量りょうの行ぎょうあり、 みな雑ぞう行ぎょうの言ことばに摂しょう尽じんすべし。

◇此ノ外ニ亦 タ有↢布施・持戒等ノ無量之行↡、皆 ナ可シ↠摂↢尽ス雑行之言ニ↡。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依善導 論得失

次つぎに↑二に行ぎょうの得失とくしつを判はんずとは、 「もし前さきの正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするには、 心しんつねに親近しんごんして憶念おくねん断だんぜざれば、 名なづけて無む間けんとするなり。 もし後のちの雑ぞう行ぎょうを行ぎょうずるにはすなはち心しんつねに間断けんだんす。 回え向こうして生しょうずることを得うといへども、 すべて疎そ雑ぞうの行ぎょうと名なづく」 と、 そなはちその文もんなり。

◇次ニ判ト↢二行ノ得失ヲ↡者、「若シ修ニハ↢前ノ正助二行ヲ↡、心常ニ親近シテ憶念不レバ↠断、名テ為スル↢無間ト↡也。若シ行ニハ↢後ノ雑行ヲ↡、即心常ニ間断ス。雖ドモ↠可シト↢廻向シテ得↟生コトヲ、衆テ名クト↢疎雑之行ト↡」、即其ノ文也。

この文もんの意こころを案あんずるに、 正しょう雑ぞう二に行ぎょうにつきて五ご番ばんの相対そうたいあり。 一いちには親しん疎そ対たい、 二にには近遠ごんおん対たい、 三さんには無む間けん有う間けん対たい、 四しには不ふ回え向こう回え向こう対たい、 五ごには純じゅん雑ぞう対たいなり。

◇案ルニ↢此ノ文ノ意ヲ↡、就テ↢正雑二行ニ↡有リ↢五番相対↡。一ニハ親疎対、二ニハ近遠対、三ニハ無間有間0302対、四ニハ不廻向廻向対、五ニハ純雑対也。

第一だいいちに親しん疎そ対たいとは、 まづ親しんとは、 正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするものは、 阿あ弥陀みだ仏ぶつにおいてはなはだもつて親昵しんじつを結むすぶ。 ゆゑに ¬疏しょ¼ の上かみの文もん (定善義) にいはく、 「衆しゅ生じょう行ぎょうを起おこして、 口くちにつねに仏ぶつを称しょうすれば、 仏ぶつすなはちこれを聞ききたまふ。 身みにつねに仏ぶつを礼らい敬きょうすれば、 仏ぶつすなはちこれを見みたまふ。 心こころにつねに仏ぶつを念ねんずれば、 仏ぶつすなはちこれを知しりたまふ。 衆しゅ生じょう仏ぶつを憶念おくねんすれば、 仏ぶつまた衆しゅ生じょうを憶念おくねんしたまふ。 彼此ひしの三業さんごうあひ捨しゃ離りせず。 ゆゑに親縁しんえんと名なづくるなり」 と。

◇第一ニ親疎対ト者、先ヅ親ト者、修スル↢正助二行ヲ↡者 ノハ、於↢阿弥陀仏ニ↡甚ダ以テ結ブ↢親昵ヲ↡。故ニ¬疏ノ¼上ノ文ニ云、「衆生起シテ↠行ヲ、口ニ常称レバ↠仏ヲ、仏即聞タマフ↠之ヲ。身ニ常ニ礼↢敬レバ仏ヲ↡、仏即見↠之ヲ。心常ニ念レバ↠仏ヲ、仏即知↠之ヲ。衆生憶↢念レバ仏ヲ↡者、仏亦憶↢念タマフ衆生ヲ↡。彼此ノ三業不↢相 ヒ捨離↡。故ニ名クル↢親縁ト↡也。」

次つぎに疎そとは、 雑ぞう行ぎょうなり。 親しんを翻ほんじてこれをいはば、 衆しゅ生じょう仏ぶつを称しょうせずは、 仏ぶつすなはちこれを聞きこしめさず。 身みに仏ぶつを礼らいせずは、 仏ぶつすなはちこれを見みたまはず。 心こころに仏ぶつを念ねんぜずは、 仏ぶつすなはちこれを知しろしめさず。 衆しゅ生じょう仏ぶつを憶念おくねんせずは、 仏ぶつ衆しゅ生じょうを憶念おくねんしたまはず。 彼此ひしの三業さんごうつねにあひ捨しゃ離りするがゆゑに疎そ行ぎょうと名なづくるなり。

◇次ニ疎ト者、雑行也。翻テ↠親謂バ↠是ヲ者、衆生不ハ↠称↠仏ヲ、仏即不↠聞メサ↠之ヲ。身ニ不↠礼↠仏ヲ、仏即不↠見↠之ヲ。心ニ不↠念↠仏ヲ、仏即不↠知メサ↠之ヲ。衆生不↣憶↢念セ仏ヲ↡者、仏不↣憶↢念タマハ衆生ヲ↡。彼此ノ三業常ニ相 ヒ捨離スルガ故ニ名↢疎行ト↡也。

第だい二にに近遠ごんおん対たいとは、 まづ近ごんとは、 正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするものは、 阿あ弥陀みだ仏ぶつにおいてはなはだもつて隣近りんごんとするなり。 ゆゑに ¬疏しょ¼ の上かみの文もん (定善義) にいはく、 「衆しゅ生じょう仏ぶつを見みんと願がんぜば、 仏ぶつすなはち念ねんに応おうじて、 現げんに目めの前まえにまします。 ゆゑに近縁ごんえんと名なづくるなり」 と。

◇第二ニ近遠対ト者、先ヅ近ト者、修スル↢正助二行ヲ↡者 ノハ、於↢阿弥陀仏ニ↡甚ダ以テ為↢隣近↡也。故ニ¬疏ノ¼上ノ文ニ云、「衆生願↠見↠仏ヲ、仏即応ジテ↠念ニ、現ニ在ス↢目ノ前ニ↡。故ニ名クル↢近縁ト↡也。」

次つぎに遠おんとは、 これ雑ぞう行ぎょうなり。 近ごんを翻ほんじてこれをいはば、 衆しゅ生じょう仏ぶつを見みんと願がんぜざれば、 仏ぶつすなはち念ねんに応おうぜず、 目めの前まえに現げんじたまはず。 ゆゑに遠おんと名なづくるなり。 ただし親近しんごんの義ぎこれ一いちに似にたりといへども、 善導ぜんどうの意こころ分わかちてしかも二にとなす。 その旨むね ¬疏しょ¼ の文もんに見みえたり。 ゆゑにいま引いん釈しゃくするところなり。

◇次ニ遠ト者、是 レ雑行也。翻テ↠近ヲ謂↠是ヲ者、衆生不レバ↠願↠見ト↠仏ヲ、仏即不ズ↠応↠念ニ、不↠現タマハ↢目ノ前ニ↡。故ニ名ル↠遠ト也。但シ親近ノ義是 レ雖ドモ↠似タリ↠一ニ、善導之意 ロ分テ而モ為ス↠二ト。其ノ旨見タリ↢¬疏¼文ニ↡。故ニ今所↢引釈↡也。

第三だいさんに無む間けん有う間けん対たいとは、 まづ無む間けんとは、 正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするものは阿あ弥陀みだ仏ぶつにおいて憶念おくねん間断けんだんせざるがゆゑに、 「名みょう為い無む間けん」 といへるこれなり。

◇第三ニ無間有間対ト者、先ヅ無間ト者、修スル↢正助二行ヲ↡者 ノハ於↢阿弥陀仏ニ↡憶念不ルガ↢間断↡故ニ、云ヘル↢「名為無間ト」↡是 レ也。

次つぎに有う間けんとは、 これ雑ぞう行ぎょうなり。 無む間けんを翻ほんじてこれをいはば、 雑ぞう行ぎょうを修しゅするものは、 阿あ弥陀みだ仏ぶつにおいて憶念おくねんつねに間断けんだんす。 すなはち文もんに 「若行にゃくぎょう後ご雑ぞう行ぎょう即心そくしん常じょう間断けんだん」 といへるこれなり。

◇次ニ有間ト者、是 レ雑行也。翻↢無間ヲ↡謂↠是ヲ者、修スル↢雑行ヲ↡者 ノハ、於↢阿弥陀仏ニ↡憶念常ニ間断ス。即文ニ云↢「若行後雑行即心常0303間断ト」↡是 レ也。

第だい四しに不ふ回え向こう回え向こう対たいとは、 正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするものはたとひ別べっして回え向こうを用もちゐずといへども、 自じ然ねんにしかも往おう生じょうの業ごうとなる。 ゆゑに ¬疏しょ¼ の上かみの文もん (玄義分) にいはく、 「いまこの ¬観かん経ぎょう¼ のなかの十じっ声しょうの称しょう仏ぶつ、 すなはち十じゅう願がん十行じゅうぎょうありて具ぐ足そくす。 いかんが具ぐ足そくする。 南無なもといふはすなはち帰き命みょう、 またこれ発願ほつがん回え向こうの義ぎなり。 阿あ弥陀みだ仏ぶつといふはすなはちこれその行ぎょうなり。 この義ぎをもつてのゆゑにかならず往おう生じょうを得う」 と。 以上

◇第四ニ不廻向廻向対ト者、修スル↢正助二行ヲ↡者 ノハ縦令ヒ別シテ雖↠不↠用↢廻向ヲ↡、自然ニ而モ成ナル↢往生之業ト↡。故ニ¬疏ノ¼上ノ文ニ云ク、「今此ノ¬観経ノ¼中ノ十声ノ称仏、即有↢十願十行↡具足ス。云何ンガ具足スル。言↢南無ト↡者即帰命、亦是 レ発願廻向之義ナリ。言↢阿弥陀仏↡者即是 レ其ノ行ナリ。以テノ↢斯ノ義ヲ↡故ニ必得↢往生↡。」已上

次つぎに回え向こうとは、 これ雑ぞう行ぎょうなり。 不ふ回え向こうを翻ほんじてこれをいはば、 すなはち雑ぞう行ぎょうを修しゅするものは、 かならず回え向こうを用もちゐる時とき往おう生じょうの因いんとなる。 もし回え向こうを用もちゐざる時ときは往おう生じょうの因いんとならず。 ゆゑに 「雖すい可か回え向こう得とく生しょう」 といへるこれなり。

◇次ニ廻向ト者、是 レ雑行也。翻↢不廻向ヲ↡謂↠是者、即修スル↢雑行↡者 ノハ、必ズ用ル↢廻向ヲ↡之時 キ成ル↢往生之因ト↡。若シ不ル↠用↢廻向ヲ↡之時ハ不↠成↢往往之因ト↡。故ニ云↢「雖可廻向得生ト」↡是 レ也。

第だい五ごに純じゅん雑ぞう対たいとは、 まづ純じゅんとは、 正しょう助じょ二に行ぎょうを修しゅするものは、 純もっぱらこれ極楽ごくらくの行ぎょうなり。

◇第五ニ純雑対ト者、先ヅ純ト者、修ル↢正助二行ヲ↡者 ノハ、純ラ是 レ極楽之行也。

次つぎに雑ぞうとは、 これ雑ぞう行ぎょうなり。 純じゅんを翻ほんしてこれをいはば、 雑ぞう行ぎょうを修しゅするものは、 これ純もっぱら極楽ごくらくの行ぎょうにあらず。 人天にんでんおよび三さん乗じょうに通つうじ、 また十方じっぽうの浄じょう土どに通つうず。 ゆゑに雑ぞうといふなり。 しかれば西方さいほうの行ぎょう者じゃすべからく雑ぞう行ぎょうを捨すてて正行しょうぎょうを修しゅすべきなり。

◇次ニ雑ト者、是 レ雑行也。翻シテ↠純ヲ謂↠是ヲ者、修↢雑行↡者、是 レ純ラ非ズ↢極楽之行ニ↡。通↢於人天及以ビ三乗ニ↡、亦 タ通ズ↢於十方ノ浄土ニ↡。故ニ云↠雑ト也。◇然者西方行者須 ベ クキ↧捨テ↢雑行ヲ↡修ス↦正行ヲ↥也。

問とひていはく、 この純じゅん雑ぞうの義ぎは、 経きょう論ろん中ちゅうにおいてその証しょう拠こあるや。

◇問曰ク、此ノ純雑ノ義ハ、於テ↢経論中ニ↡有ル↢其証拠↡也。

答こたへていはく、 大だい小乗しょうじょうの経きょう・律りつ・論ろんのなかにおいて純じゅん雑ぞう二に門もんを立たつること、 その例れい一いちにあらず。

◇答曰ク、於↢大小乗経・律・論之中ニ↡立ルコト↢純雑二門ヲ↡、其ノ例非ズ↠一ニ。

大だい乗じょうにはすなはち八蔵はちぞうのなかにしかも雑蔵ぞうぞうを立たつ。 八蔵はちぞうとは、 安然あんねん和か尚しょうの ¬教きょう時義じぎ¼ (巻四) のなかに ¬菩ぼ薩さつ処胎しょたい経きょう¼ を引ひきていはく、 「一いちには胎たい化け蔵ぞう、 二にには中ちゅう陰蔵いんぞう、 三さんには摩訶まか衍えん方等ほうどう蔵ぞう、 四しには戒律かいりつ蔵ぞう、 五ごには十住じゅうじゅう蔵ぞう、 六ろくには雑蔵ぞうぞう、 七しちには金剛こんごう蔵ぞう、 八はちには仏蔵ぶつぞう」 と。 まさに知しるべし、 七蔵しちぞうはこれ純じゅんなり、 一蔵いちぞうはこれ雑ぞうなり。

◇大乗ニハ即於↢八蔵之中ニ↡而立↢雑蔵↡。八蔵ト者、安然和尚ノ¬教時義¼中引テ↢¬菩薩処胎経ヲ¼↡云ク、「一ニハ胎化蔵、二ニハ中陰蔵、三ニハ摩訶衍方等蔵、四ニハ戒律蔵、五ニハ十住蔵、六ニハ雑蔵、七ニハ金剛蔵、八ニハ仏蔵。」当ニ↠知ル、七蔵ハ是 レ純ナリ、一蔵ハ是 レ雑ナリ。

小乗しょうじょうにはすなはち四し含ごんのなかにしかも雑含ぞうごんを立たてたり。 四し含ごんとは、 一いちには ¬増一ぞういつ阿あ含ごん¼、 二にには ¬長じょう増一ぞういつ阿あ含ごん¼、 三さんには ¬中ちゅう増一ぞういつ阿あ含ごん¼、 四しには ¬雑ぞう増一ぞういつ阿あ含ごん¼ なり。 まさに知しるべし、 三含さんごんはこれ純じゅんなり、 一含いちごんはこれ雑ぞうなり。

◇小乗ニハ即於テ↢四含之中ニ↡而立0304タリ↢雑含ヲ↡。四含ト者、一ニハ¬増一阿含¼、二ニハ¬長阿含¼、三ニハ¬中阿含¼、四ニハ¬雑阿含ナリ¼。当ニ↠知ル、三含ハ是 レ純ナリ、一含ハ是 レ雑ナリ。

律りつにはすなはち二に十じゅう犍けん度どのなかにしかも雑ぞう犍けん度どを立たてたり。 二に十じゅう犍けん度どとは、 一いちには受戒じゅかい犍けん度ど、 二にには説戒せつかい犍けん度ど、 三さんには安あん居ご犍けん度ど、 四しには自恣じし犍けん度ど、 五ごには皮ひ革かく犍けん度ど、 六ろくには衣え犍けん度ど、 七しちには薬やく犍けん度ど、 八はちには迦絺かち那な犍けん度ど、 九くには鳩く睒せん弥み犍けん度ど、 十じゅうには瞻せん婆ば犍けん度ど、 十じゅう一いちには呵か責しゃく犍けん度ど、 十じゅう二にには人にん犍けん度ど、 十じゅう三さんには覆ふ蔵ぞう犍けん度ど、 十じゅう四しには遮しゃ犍けん度ど、 十じゅう五ごには破は僧そう犍けん度ど、 十じゅう六ろくには滅めつ諍じょう犍けん度ど、 十じゅう七しちには尼に犍けん度ど、 十じゅう八はちには説法せっぽう犍けん度ど、 十じゅう九くには房ぼう犍けん度ど、 二に十じゅうには雑ぞう犍けん度どなり。 まさに知しるべし、 前さきの十じゅう九くはこれ純じゅんなり、 後のちの一いちは雑ぞう犍けん度どなり。

◇律ニハ則チ於テ↢二十犍度之中ニ↡而モ立タリ↢雑犍度ヲ↡。二十犍度ト者、一ニハ受戒犍度、二ニ者説戒犍度、三ニ者安居犍度、四ニハ自恣犍度、五ニハ皮革犍度、六ニハ衣犍度、七ニハ薬犍度、八ニハ迦絺那犍度、九ニハ鳩睒弥犍度、十ニハ瞻婆犍度、十一ニハ呵責犍度、十二ニハ人犍度、十三ニハ覆蔵犍度、十四ニハ遮犍度、十五ニハ破僧犍度、十六ニハ滅諍犍度、十七ニハ尼犍度、十八ニハ説法犍度、十九ニハ房犍度、二十ニハ雑犍度ナリ。当ニ↠知ル、前ノ十九ハ是 レ純ナリ、後ノ一ハ雑犍度也。

論ろんにはすなはち八はち犍けん度どのなかにしかも雑ぞう犍けん度どを立たてたり。 八はち犍けん度どとは、 一いちには業ごう、 二にには使し、 三さんには智ち、 四しには定じょう、 五ごには根こん、 六ろくには大だい、 七しちには見けん、 八はちには雑ぞうなり。 まさに知しるべし、 前さきの七しちはこれ純じゅんなり、 後のちの一いちはこれ雑ぞう犍けん度どなり。

◇論ニハ則チ於テ↢八犍度之中ニ↡而モ立タリ↢雑犍度ヲ↡。八犍度ト者、一ニハ業、二ニハ使、三ニハ智、四ニハ定、五ニハ根、六ニハ大、七ニハ見、八ニハ雑ナリ。当ニ↠知ル、前ノ七ハ是 レ純ナリ、後ノ一ハ是 レ雑犍度也。

また小乗しょうじょう経量きょうりょう部ぶに、 五ご蔵ぞうのなかにしかも雑蔵ぞうぞうを立たてたり。 五ご蔵ぞうとは、 一いちには修しゅ多羅たら蔵ぞう、 二にには毘尼びに蔵ぞう、 三さんには阿毘あび曇どん蔵ぞう、 四しには雑蔵ぞうぞう、 五ごには呪蔵じゅぞうなり。 まさに知しるべし、 四しは純じゅんなり、 一いちは雑ぞうなり。

又 タ小乗経量部ニ、於↢五蔵之中ニ↡而モ立タリ↢雑蔵ヲ↡。五蔵ト者、一ニハ修多羅蔵、二ニハ毘尼蔵、三ニハ阿毘曇蔵、四ニハ雑蔵、五ニハ呪蔵ナリ。当ニ↠知ル、四ハ純ナリ、一ハ雑ナリ。

また賢げん聖じょう集しゅうのなかに、 唐宋とうそう両りょう伝でんに十じっ科かのなかにしかも雑ぞう科かを立たてたり。 十じっ科かの法ほうとは、 一いちには訳やく経きょう、 二にには義解ぎげ、 三さんには習禅しゅぜん、 四しには明みょう律りつ、 五ごには護ご法ほう、 六ろくには感通かんつう、 七しちには読誦どくじゅ、 八はちには遺身ゆいしん、 九くには興福こうぶく、 十じゅうには雑ぞう科かなり。 まさに知しるべし、 前さきの九くはこれ純じゅんなり、 後のちの一いちはこれ雑ぞう科かなり。

○又 タ賢聖集ノ中ニ、唐宋両伝ニ於↢十科ノ之中ニ↡而モ立タリ↢雑科ヲ↡。十科法ト者、一ニハ訳経、二ニハ義解、三ニハ習禅、四ニハ明律、五ニハ護法、六ニハ感通、七ニハ読誦、八ニハ遺身、九ニハ興福、十ニハ雑科ナリ。当ニ↠知ル、前ノ九ハ是 レ純ナリ、後ノ一ハ是 レ雑科也。

乃ない至し ¬大だい乗じょう義ぎ章しょう¼ には五ご聚じゅの法門ほうもんを立たてたり。 そのなかに雑聚ぞうじゅあり。 五ご聚じゅとは、 一いちには教きょう聚じゅ、 二にには義ぎ聚じゅ、 三さんには染聚ぜんじゅ、 四しには浄じょう聚じゅ、 五ごには雑聚ぞうじゅなり。 まさに知しるべし、 前さきの四し聚じゅはこれ純じゅんなり、 後のちの一いちはこれ雑ぞうなり。

◇乃至¬大乗義章ニハ¼立タリ↢五聚ノ法門ヲ↡。其ノ中ニ有↢雑聚↡。五聚ト者、一ニハ教聚0305、二ニハ義聚、三ニハ染聚、四ニハ浄聚、五ニハ雑聚ナリ。当ニ↠知ル、前ノ四聚ハ是 レ純ナリ、後ノ一ハ是 レ雑也。

また顕けん教ぎょうのみにあらず、 密みっ教きょうのなかに純じゅん雑ぞうの法ほうあり。 いはく山さん家げの ¬仏法ぶっぽう血けち脈みゃくの譜ふ¼ (意) にいはく、 「一いちには胎蔵たいぞう界かい曼まん荼羅だら血けち脈みゃくの譜ふ一首いっしゅ、 二にには金剛こんごう界かいの曼まん荼羅だら血けち脈みゃくの譜ふ一首いっしゅ、 三さんには雑ぞう曼まん荼羅だら血けち脈みゃくの譜ふ一首いっしゅ」 と。 前さきの二に首しゅはこれ純じゅんなり、 後のちの一いちはこれ雑ぞうなり。

◇亦 タ非ズ↢顕教ノミニ↡、密教之中ニ有↢純雑ノ法↡。謂ク山家ノ¬仏法血脈ノ譜ニ¼云ク、「一ニハ胎蔵界曼荼羅血脈ノ譜一首、二ニハ金剛界ノ曼荼羅血脈ノ譜一首、三ニハ雑曼荼羅ノ血脈ノ譜一首。」前ノ二首ハ是 レ純ナリ、後ノ一ハ是 レ雑ナリ。

かくのごときの純じゅん雑ぞうの義ぎ多おおしといへども、 しましばらく略りゃくして少しょう分ぶんを挙あぐのみ。 まさに知しるべし、 純じゅん雑ぞうの義ぎ、 法ほうに随したがひて不ふ定じょうなり。 しかればすなはちいま善導ぜんどう和か尚しょうの意こころ、 しばらく浄じょう土どの行ぎょうにおいてしかも純じゅん雑ぞうを論ろんずるなり。

◇如↠斯ノ純雑之義雖ドモ↠多ト、今且ク略シテ挙グ↢少分ヲ↡而已。当ニ↠知ル、純雑之義、随テ↠法ニ而不定ナリ。然バ則チ今 マ善導和尚ノ意 ロ、且ク於テ↢浄土ノ行ニ↡而モ論ル↢純雑ヲ↡也。

またこの純じゅん雑ぞうの義ぎただ内典ないでんのみに局かぎらず、 外げ典てんのなかにその例れいはなはだ多おおし。 繁しげきを恐おそれて出いださず。 矣。

◇又 タ此ノ純雑ノ義唯不ズ↠局↢内典ノミ↡、外典ノ之中ニ其ノ例甚ダ多シ。恐テ↠繁ヲ不↠出サ。矣。

要ようを取とりてこれをいはば、 正しょうにはすなはち読誦どくじゅ・観察かんざつ・礼拝らいはい・讃嘆さんだん等とうの五ご種しゅの不ふ同どうありといへども、 称名しょうみょうを取とりて正行しょうぎょうとなす。 雑ぞうにはすなはち疎そ遠おん・有う間けん・回え向こう・雑ぞう等とうの五義ごぎの不ふ同どうありといへども、 純じゅん雑ぞうの義ぎを取とりて名なづけて雑ぞう行ぎょうとなす。

取↠要ヲ言バ↠之ヲ、正ニハ即雖ドモ↠有リト↢読誦・観察・礼拝・讃嘆等ノ五種ノ不同↡、取テ↢於称名ヲ↡為ス↢正行ト↡。雑ニハ即雖ドモ↠有リト↢疎遠・有間・廻向・雑等ノ五義ノ不同↡、取↢純雑ノ義ヲ↡名テ為ス↢雑行ト↡。

ただし往おう生じょうの行ぎょうにおいてかくのごとく二に行ぎょうを分わかつこと、 ただ独ひとり善導ぜんどうの一いっ師しに限かぎるにあらず。 道どう綽しゃく禅ぜん師じの意こころによらば、 往おう生じょうの行ぎょう多おおしといへども束つかねて二にとす。 一いちにはいはく念仏ねんぶつ往おう生じょう、 二ににはいはく万まん行ぎょう往おう生じょうなり。 念仏ねんぶつはこれ正しょうなり、 万まん行ぎょうはこれ雑ぞうなり。 もし懐え感かん禅ぜん師じの意こころによらば、 往おう生じょうの行ぎょう多おおしといへども束つかてしかも二にとなす。 一いちにはいはく念仏ねんぶつ往おう生じょう、 二ににはいはく諸しょ行ぎょう往おう生じょうなり 恵え心しんこれに同おなじ。 念仏ねんぶつは前さきのごとし、 諸しょ行ぎょうはこれ雑ぞうなり。 かくのごとく三さん師しは、 言ことば異いにして意こころ一いちなり。 おのおの二に行ぎょうを立たてて往おう生じょうの行ぎょうを摂せっすること、 はなはだその旨むねを得えたり。 もつとも帰依きえあるべし。 余師よしはしからず。 行ぎょう者じゃ思し択ちゃくすべし。

○但於↢往生ノ行ニ↡如↠此ノ分コト↢二行ヲ↡、非ズ↣唯独リ限ルニ↢善導ノ一師ニ↡。◇依↢道綽禅師ノ意ニ↡者、往生行雖ドモ↠多ト束テ而為↠二ト。一ニハ謂ク念仏往生、二ニハ謂ク万行往生ナリ。念仏ハ是 レ正ナリ、万行ハ是 レ雑ナリ。◇若シ依↢懐感禅師ノ意ニ↡者、往生行雖ドモ↠多ト束テ而モ為ス↠二ト。一ニハ謂ク念仏往生、二ニハ謂ク諸行往生ナリ 恵心同↠之ニ。念仏ハ如シ↠前ノ、諸行ハ是 レ雑ナリ。◇如↠是三師ハ、言異ニシテ意一ナリ。各ノ立テヽ↢二行ヲ↡摂コト↢往生ノ行ヲ↡、甚ダ得タリ↢其ノ旨ヲ↡。最モ可↢帰依有↡。◇余師ハ不↠然ラ。行者思択スベシ。

また善導ぜんどう和か尚しょう ¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ (意) のなかに細くわしく二に行ぎょうの得失とくしつを判はんず。 謹つつしんでかの文もんを案あんずるにいはく、 「もしよく上かみのごとく念々ねんねん相続そうぞくして、 畢ひつ命みょうを期ごとするものは、 十じゅうはすなはち十じゅうながら生しょうじ、 百ひゃくはすなはち百ひゃくながら生しょうず。 なにをもつてのゆゑに。 外げの雑縁ぞうえんなくして正しょう念ねんを得うるがゆゑに。 仏ぶつの本願ほんがんと相応そうおうするがゆゑに。 教きょうに違いせざるがゆゑに。 仏ぶつ語ごに随ずい順じゅんするがゆゑに。

◇又 タ善導和尚¬往生礼讃ノ¼中ニ細ク判ズ↢二行0306ノ得失ヲ↡。謹デ案ルニ↢彼ノ文ヲ↡云、「若シ能ク如↠上ノ念念相続シテ、畢命ヲ為↠期ト者 ノハ、十ハ即十ナガラ生ジ、百即百ナガラ生ズ。何ヲ以ノ故ニ。無シテ↢外ノ雑縁↡得ルガ↢正念↡故ニ。与↢仏ノ本願↡相応スルガ故ニ。不ルガ↠違↠教ニ故ニ。随↢順スルガ仏語ニ↡故ニ。

もし専せんを捨すてて雑業ぞうごうを修しゅするものは、 百ひゃくが時ときに希まれに一いち二にを得え、 千せんが時ときに希まれに五ご三さんを得う。 なにをもつてのゆゑに。 雑縁ぞうえん乱動らんどうして正しょう念ねんを失しっするによるがゆゑに。 仏ぶつの本願ほんがんと相応そうおうせざるがゆゑに。 教きょうと相そう違いするがゆゑに。 仏ぶつ語ごに順じゅんぜざるがゆゑに。 係け念ねん相続そうぞくせざるがゆゑに。 憶想おくそう間断けんだんするがゆゑに。 回え願がん慇おん重じゅう真実しんじつならざるがゆゑに。 貪瞋とんじん諸見しょけんの煩悩ぼんのう来きたりて間断けんだんするがゆゑに。 慚ざん愧ぎ悔過けかの心しんあることなきがゆゑに。 また相続そうぞくして念ねんじてかの仏ぶつの恩おんを報ほうぜざるがゆゑに。 心しんに軽きょう慢まんを生しょうじて、 業ごう行ぎょうをなすといへどもつねに名みょう利りと相応そうおうするがゆゑに。 人にん我がみづから覆おおひて同どう行ぎょう善ぜん知ぢ識しきに親近しんごんせざるがゆゑに。 雑縁ぞうえんに楽このみ近ちかづきてみづからも障さへ他たの往おう生じょうの正行しょうぎょうをも障さふるがゆゑなり。

◇若捨テヽ↠専ヲ修スル↢雑業ヲ↡者 ノハ、百ガ時ニ希ニ得↢一二ヲ↡、千ガ時ニ希ニ得↢五三ヲ↡。◇何ヲ以テノ故ニ。由↣雑縁乱動シテ失ルニ↢正念ヲ↡故ニ。与↢仏ノ本願↡不ルガ↢相応↡故ニ。与↠教相違ルガ故ニ。不↠順↢仏語ニ↡故ニ。係念不ルガ↢相続↡故ニ。憶想間断ルガ故ニ。廻願不ルガ↢慇重真実↡故ニ。貪瞋諸見ノ煩悩来テ間断ルガ故ニ。無キガ↠有ルコト↢慚愧悔過心↡故ニ。◇又 タ不ルガ↣相続シテ念ジテ報↢彼ノ仏ノ恩ヲ↡故ニ。心ニ生ジテ↢軽慢ヲ↡、雖↠作スト↢業行ヲ↡常ニ与↢名利↡相応ルガ故ニ。人我自ラ覆テ不ルガ↣親↢近同行善知識↡故ニ。楽↢近テ雑縁ニ↡自モ障ヘ障ル↢他ノ往生ノ正行ヲモ↡故ナリ。

なにをもつてのゆゑに。 余よこのごろみづから諸方しょほうの道俗どうぞくを見聞けんもんするに、 解げ行ぎょう不ふ同どうにして専雑せんぞう異ことなるあり。 ただ意こころをもつぱらにしてなさしむるものは、 十じゅうはすなはち十じゅうながら生しょうず。 雑ぞうを修しゅして至し心しんならざるものは、 千せんがなかに一いちもなし。 この二に行ぎょうの得失とくしつ、 前さきにすでに辨べんずるがごとし。

◇何ヲ以テノ故ニ。餘比日コノゴロ自ラ見↢聞ルニ諸方ノ道俗ヲ↡、解行不同ニシテ専雑有↠異。但使ル↢専シテ↠意ヲ作サ↡者 ノハ、十ハ即十ナガラ生ズ。修シテ↠雑ヲ不↢至心↡者 ノハ、千ガ中ニ無シ↠一モ。此ノ二行得失、如↢前ニ已ニ辨ルガ↡。

仰あおぎ願ねがはくは一切いっさいの往おう生じょうの人等にんとうよくみづから思し量りょうすべし。 すでによく今身こんじんにかの国くにに生しょうぜんと願がんぜんものは、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがにかならずずすべからく心こころを励はげましおのれを克こくして昼ちゅう夜やに廃はいすることなく畢ひつ命みょうを期ごとなすべし。 上かみ一いち形ぎょうにありて小しょう苦くに似にたれども、 前念ぜんねんに命終みょうじゅうして後ご念ねんにはすなはちかの国くにに生しょうじて、 長じょう時じ永劫ようごうにつねに無為むいの諸楽しょらくを受うく。 乃ない至し成じょう仏ぶつしてまた生しょう死じを逕へず。 あに快こころよきにあらずや。 知しるべし」 と。 以上

◇仰ギ願ハ一切ノ往生ノ人等善ク自ラ思量スベシ。已ニ能ク今身ニ願ン↠生↢彼ノ国ニ↡者 ノハ、行住坐臥ニ必ズ須 ベ クシ励シ↠心ヲ克テ↠己 レヲ昼夜ニ莫↠廃畢命ヲ為↟期ト。上在テ↢一形ニ↡似↢如ドモ小苦ニ↡、前念ニ命終シテ後念ニハ即生テ↢彼ノ国ニ↡、長時永劫ニ常ニ受↢無為ノ諸楽ヲ↡。乃至成仏テ亦 タ不↠逕↢生死ヲ↡。豈 ニ非↠快キニ哉。応↠知ル。」已上

わたくしにいはく、 およそこの文もんはこれ行ぎょう者じゃの至し要ようなり。 専雑せんぞうの訓おしえ・得失とくしつの誡いましめ、 はなはだもつてねんごろなり。 極楽ごくらくを求もとむ人ひと、 なんぞ寸すん府ぷに貯たくわへざらんや。 もしそれ雑ぞうを抛なげうちて専せんを修しゅするものは、 百ひゃくはすなはち百ひゃくながら生しょうずべし。 迂うを棄すてて直じきに向むかふがごとし、 あにもつて屆いたらざらん。 専せんを捨すてて雑ぞうを修しゅするものは、 千せんがなかに一いちもなし。 夷いを捨すてて嶮けんに趣おおむくがごとし、 つひにもつて達たっせざらん 矣。

私ニ云ク、凡ソ此ノ文者ハ是 レ行者ノ至要也。専雑之訓・得失之誡、甚ダ以テ苦 ゴロ也。求0307ム↢極楽ヲ↡之人、盍ゾ↠貯↢寸府ニ↡哉。若シ夫レ抛テ↠雑ヲ修スル↠専ヲ者 ノハ、百ハ即百ナガラ生ベシ。如シ↢棄テ↠迂ヲ向ガ↟直ニ、豈 ニ以テ不ン↠屆イタラ也。捨テ↠専ヲ修スル↠雑ヲ者 ノハ、千ガ中ニ無シ↠一モ。如シ↢捨テヽ↠夷ヲ趣クガ↟嶮ニ、遂ニ以テ弗ン↠達 矣。

¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ の下げにいはく、 「問とふ。 もし凡ぼん下げの輩ともがらまた往おう生じょうを得うれば、 いかんが、 近代ごんだいかの国こく土どにおいて求もとむるものは千万せんまん。 得うるものは一いち二にも無なきや。 答こたふ。 綽しゃく和か尚しょうのいはく、 信心しんじん深ふかからず、 存ぞんずるがごとく亡もうずるがごときゆゑに。 信心しんじん一いちならず、 決けつ定じょうせざるが故ゆゑに。 信心しんじん相続そうぞくせず、 余よ念ねん間へだつるがゆゑに。 この三さん相応そうおうせざるがゆゑに往おう生じょうすることあたはず。 もし三心さんしんを具ぐするもの往おう生じょうせずは、 この処ことわりあることなし。 導どう和か尚しょういはく、 もしつぶさによく上かみのごとく念々ねんねん相続そうぞくして畢ひつ命みょうを期ごとするものは、 十じゅう即そく十じっ生しょう、 百ひゃく即そく百生ひゃくしょう。 若にゃく欲捨よくしゃ専修せんじゅ雑業ぞうごう者しゃ、 百ひゃく時じ希け得とく一いち二に。 千せん時じ希け得とく三さん五ご」 と。 以上

¬往生要集ノ¼下ニ云、「▲問。若シ凡下ノ輩亦得バ↢往生↡、云何ガ、近代於↢彼ノ国土ニ↡求ムル者 ノハ千万。得ルモノハ無キヤ↢一二モ↡。◆答。綽和尚ノ云、信心不↠深、若ク↠存ルガ若キ↠亡ルガ故ニ。信心不↠一、不ルガ↢決定↡故ニ。信心不ズ↢相続↡、余念間ルガ故ニ。此ノ三不ルガ↢相応↡故ニ不↠能ハ↢往生ルコト↡。若具↢三心↡者不↢往生↡者、無↠有ルコト↢是ノ処 リ↡。◆導和尚云、若シ具ニ能ク如↠上ノ念念相続シテ畢命ヲ為↠期ト者 ノハ、十即十生、百即百生。若欲捨専修雑業者、百時希得一二。千時希得三五。」已上

この問答もんどうの意こころあきらかなり。 善導ぜんどう和か尚しょうの二に修しゅをもつて、 極楽ごくらくに往おう生じょうする行ぎょうを決けっせんと欲ほっするものなり。 意こころのいはく、 もし専修せんじゅによりて行ぎょう用ゆうするものは、 千万せんまんことごとく生しょうず。 もし雑業ぞうごうによりて欣ごん求ぐするものは、 一いち二にも生しょうじがたし。 すでに恵え心しんの意こころ、 西方さいほうの行ぎょうにおいては、 導どう和か尚しょうをもつてしかも指し南なんとなす。 その余よの末学まつがく、 むしろ依え馮ひょうせざらん。 すでに知しりぬ、 恵え心しんなほもつて叙用じょゆうす、 いかにいはんやその余よの世せ人にんにおいてをや。

此ノ問答ノ意明ナリ。以テ↢善導和尚ノ二修ヲ↡、欲スル↠決↧往↢生極楽ニ↡之行ヲ↥者 ノ也。意ノ云ク、若シ依↢専修ニ↡而行用スル者 ノハ、千万悉ク生ズ。若シ拠テ↢雑業ニ↡而欣求スル者 ノハ、一二モ叵シ↠生ジ。既ニ恵心ノ意、於テハ↢西方ノ行ニ↡、以テ↢導和尚ヲ↡而モ為ス↢指南ト↡。其ノ余ノ末学、寧ロ不ラン↢依馮セ↡。既ニ知ヌ、恵心尚 ヲ以テ叙用ス、何ニ況ヤ於↢其ノ余ノ世人ニ↡乎。

なかんづく、 わが輩ともがら賢げん愚ぐを隔へだつることは、 万々まんまん里りなり。 人ひとの情こころ念々ねんねんに下げ劣れつのゆゑに、 時じ代だいを去さることは二に百きゃく回えなり 矣。 仏法ぶっぽう日々にちにちに澆ぎょう薄はくするがゆゑに、 いかんぞ近代ごんだいの浅識せんしきの徒ともがら、 愚ぐに処しょして賢げんを誚そしり、 末すえに居こして本もとを非ひせんや。 しからばすなはち決けつ定じょうしてかの極楽ごくらく国こく土どに生しょうずることを得えんと欲ほっす。 この答こたえの意こころによりて、 雑ぞうを捨すてて専せんを修しゅすべし。 これ先徳せんどくの意こころなり。 懈け慢まんすべからず、 ゆめゆめ。

就↠中、我ガ輩 ラ隔ルコト↢賢愚ヲ↡者ハ、万万里ナリ焉。人ノ情 ロ念念ニ下劣之故ニ、去ルコト↢時代ヲ↡者二百廻ナリ 矣。仏法日日ニ澆薄スルガ之故ニ、云何ゾ近代ノ浅識之徒 ガラ、処テ↠愚ニ誚リ↠賢ヲ、居シテ↠末ニ非センヤ↠本ヲ。然バ則チ決定シテ欲↠得ト↠生↢彼ノ極楽国土ニ↡。由テ↢此ノ答ノ意ニ↡、捨テ↠雑ヲ修スベシ↠専ヲ。是 レ先徳ノ意ナリ。不↠可↢懈慢0308↡、努力努力。

また綽しゃく禅ぜん師じの三信さんしん三さん不ぷ、 またこれ専雑せんぞう二に修しゅの義ぎなり。 答こたえのなかの二に文もんは一いち意いを成じょうぜんがためなり、 師資しし儡同らいどうして差たがふことなきのみ。

又 タ綽禅師三信三不、亦是 レ専雑二修之義ナリ。答ノ中ノ二文ハ為ナリ↠成ンガ↢一意ヲ↡、師資儡同シテ無↠差コト而已ノミ。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義

次つぎに↑感かん師し・智ち栄よう等とうによりて善導ぜんどうの義ぎを補ほ助じょせば、 これに七しちあり。 一いちには智ち栄よう、 二にには信しん仲ちゅう、 三さんには感かん師し、 四しには天竺てんじくの覚親かくしん、 五ごには日本にっぽんの源信げんしん、 六ろくには禅林ぜんりん、 七しちには越えっ州しゅうなり。

次ニ依テ↢感師・智栄等ニ↡補↢助セ善導之義↡者バ、是ニ有↠七。一ニハ智栄、二信仲、三ニハ感師、四ニハ天竺覚親、五ニハ日本源信、六ニハ禅林、七ニハ越州。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 感師

一いちに感かん師しとは、 ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ (巻四意) にいはく、 「問とひていはく、 前ぜん後ごに意こころを発おこす衆しゅ生じょう阿あ弥陀みだ仏国ぶっこくに生しょうぜんと欲ほっするもの、 深ふかく懈け慢まん国こく土どに染ぜん著じゃくして、 進すすみて阿あ弥陀みだ仏ぶつの国こく土どに生しょうずることあたはず。 千万せんまんの衆しゅ、 時ときに一人いちにんありて、 阿あ弥陀みだの国くにに生しょうず。 この ¬経きょう¼ をもつて准なぞらふるに生しょうずることを得うべきことかたし、 いかん。

一ニ感師ト者、¬群疑論ニ¼云、「問曰ク、前後ニ発ス↠意ヲ衆生欲↠生↢阿弥陀仏国ニ↡者 ノ、深ク染↢著シテ懈慢国土ニ↡、進テ不↠能ハ↠生ルコト↢阿弥陀仏国土ニ↡。千万衆、時ニ有↢一人↡、生ズ↢阿弥陀ノ国ニ↡。以テ↢此ノ¬経ヲ¼↡准ルニ難↠可↠得↠生ルコト、何ン。

答こたへていはく、 この ¬経きょう¼ この言ごん教きょうあるによるがゆゑに、 善導ぜんどう禅ぜん師じもろもろの衆しゅ生じょうを勧すすめて、 もつぱら西方さいほう浄じょう土どの業ごうを修しゅすは、 四し修しゅ墜だすることなく、 三業さんごう雑まじることなくして、 余よの一切いっさいのもろもろの願がん行ぎょうを廃はいして、 西方さいほうの一いち行ぎょうを唯願ゆいがんし唯ゆい行ぎょうせしむ。 雑修ざっしゅのものは万まんに一いちも生しょうぜず。 専修せんじゅの人ひとは千せんに一いちも失しつなし。 すなはちこの ¬経きょう¼ の下しもの文もんにのたまはく、 何なにをもつてのゆゑにみな懈け慢まんにして執しゅう心しん牢ろう固こならざるによる。 ここに知しりぬ、 雑修ざっしゅのものは執しゅう心しん不ふ牢ろうの人ひととす。 ゆゑに懈け慢まんに生しょうずるなり。 まさしく ¬処胎しょたい経きょう¼ の文もんとあひ当あたれり。 もし雑修ざっしゅせず、 もつぱらこの業ごうを行ぎょうずる、 これすなはち執しゅう心しん牢ろう固こにして、 さだめて極楽ごくらく国こくに生しょうず」 と。 云々

答曰ク、由↣此ノ¬経ニ¼有↢斯ノ言教↡故ニ、善導禅師勧テ↢諸ノ衆生ヲ↡、専修↢西方浄土ノ業ヲ↡者ハ、四修靡↠墜、三業無シテ↠雑、廃シテ↢余ノ一切ノ諸願行ヲ↡、唯↢願シ唯↣行セシム西方ノ一行ヲ↡。雑修之者 ノハ万ニ不↢一モ生↡。専修之人ハ千ニ無シ↢一モ失↡。即此ノ¬経ノ¼下ノ文ニ言ク、何ヲ以テノ故ニ皆由↣懈慢ニシテ執心不↢牢固↡。是ニ知ヌ、雑修之者 ノハ為↢執心不牢之人ト↡。故ニ生ズル↢懈慢ニ↡也。正ク与↢¬処胎経ノ¼文↡相 ヒ当レリ。若シ不↢雑修↡、専行ズル↢此ノ業ヲ↡、此 レ即執心牢固ニシテ、定テ生ズ↢極楽国ニ↡。」云云

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 智栄

二にに智ち栄ようとは その文もん別べっ紙しにありこれを見みつべし。

二ニ智栄ト者 其ノ文在↢別紙↡可↠見↠之ヲ。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 信仲

三さんに信しん仲しゅう その文もん別べつにありこれを見みつべし。

三ニ信仲 其ノ文在↠別可↠見↠之。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 覚親

四しに天竺てんじく覚親かくかん その文もん別べつにありこれを見みつべし、 あるいは取しゅ意い暗あんにこれを釈しゃくすべし。

四ニ天竺覚親 其ノ文在↠別可↠見↠之ヲ、或ハ取意暗可↠釈↠之。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 源信

五ごに日本にっぽんの源信げんしんに二にの意こころあり。 一いちには三さん重じゅうの問答もんどう、 二にには専修せんじゅ等とう 十じゅう門もんを立たつ。 もつぱら念仏ねんぶつ往おう生じょうを明あかして、 諸しょ行ぎょうを捨すつ 云々 そのなかに第八だいはち門もんに至いたりて、 念仏ねんぶつと諸しょ行ぎょうとを相対そうたいして、 三番さんばんの問答もんどうあり。 後ご日じつにこれを釈しゃくすべし。 これすなはち諸しょ行ぎょうを捨すてて、 念仏ねんぶつを取とる、 取捨しゅしゃの意こころなり。 次つぎに第だい十じゅう門もんに至いたりて、 また十じゅう門もんの料りょう簡けんあり。 いはく極楽ごくらくの依え正しょう乃ない至し第だい十じゅうの助道じょどうの人法にんぽうなり。 そのなかに第だい二にの往おう生じょうの階かい位いのなかに、 二にの問答もんどうあり。 善導ぜんどうの専雑せんぞう二に修しゅの義ぎをもつて、 問答もんどうし決けsつ択ちゃくす。 その問答もんどう、 別べつにこれを書しょす、 見みるべし。 ゆゑに知しりぬ、 恵え心しんの意こころ、 はじめには二に行ぎょうにおいて取捨しゅしゃを論ろんじ、 次つぎには善導ぜんどうの得失とくしつの義ぎを用もちいる 云々。

五ニ日本ノ源信ニ有↢二ノ意↡。一ニハ▲三重ノ問答、二ニハ専修等 立↢十門↡。専明↢念仏往生↡、捨↢諸行ヲ↡ 云云 其ノ中ニ至テ↢第八門ニ↡、相↢対シテ念仏ト諸行トヲ↡、有↢三番0309ノ問答↡。後日ニ可↠釈↠之。是 レ則チ捨テヽ↢諸行ヲ↡、取ル↢念仏ヲ↡、取捨ノ意也。次ニ至↢第十門ニ↡、亦 タ有↢十門ノ料簡↡。謂ク極楽ノ依正乃至第十ノ助道ノ人法也。其ノ中ニ第二ノ往生ノ階位ノ中ニ、有↢▲二ノ問答↡。以テ↢善導ノ専雑二修ノ義ヲ↡、問答シ決択ス。其ノ問答、別ニ書ス↠之ヲ、可シ↠見。故ニ知ヌ、恵心ノ意、始ニハ於テ↢二行ニ↡論ジ↢取捨ヲ↡、次ニハ用ル↢善導ノ得失ノ義ヲ↡ 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 禅林

六ろくに禅林ぜんりんとは、 すなはち当とう寺じの権ごん律りっ師し永観ようかんなり。 すなはち善導ぜんどう・道どう綽しゃくの意こころによりて、 ¬往おう生じょう十じゅう因いん¼ を作つくりて永ながく諸しょ行ぎょうを廃はいして、 念仏ねんぶつの一門いちもんにおいて十じゅう因いんを開かいす。 あに但たん念仏ねんぶつの行ぎょうにあらずや。

六ニ禅林ト者、即チ当寺ノ権律師永観也。即依テ↢善導・道綽ノ意ニ↡、作テ↢¬往生十因ヲ¼↡永ク廃シテ↢諸行ヲ↡、於↢念仏ノ一門ニ↡開ス↢十因ヲ↡。豈 ニ非ズ↢但念仏ノ行ニ↡哉。

入文解釈 正宗分 往生行業 二行 依感師等義 越洲

七しちに越えっ洲しゅうとは、 また同おなじく当とう寺じの三論さんろんの碩徳せきとく、 越えっ洲しゅう珍海ちんかいなり。 これまた同おなじく ¬決けつ定じょう往おう生じょう集しゅう¼ 一巻いっかんを作つくりて、 十じゅう門もんを立たてて、 往おう生じょうの法ほうを明あかす。 そのなかにまた善導ぜんどうの前さきの文もんによる。 かたはらに諸しょ行ぎょうを述じゅつすといへども、 まさしくは念仏ねんぶつ往おう生じょうを用もちゐる。 ここに知しりぬ、 往おう生じょうの行ぎょう業ごうにおいて、 専雑せんぞうの二に修しゅを論ろんじて、 雑ぞう行ぎょうを捨すててもつぱら正行しょうぎょうを修しゅする事ことは、 天竺てんじく・震旦しんたん・日域じちいき、 その伝来でんらい尚ひさししのみ 云々。

七ニ越洲ト者、亦同ク当寺ノ三論ノ碩徳、越洲珍海也。是 レ亦 タ同ク作テ↢¬決定往生集¼一巻ヲ↡、立テヽ↢十門ヲ↡、明ス↢往生ノ法ヲ↡。其ノ中ニ亦 タ依↢善導ノ前ノ文ニ↡。傍ニ雖ドモ↠述ト↢諸行ヲ↡、正クハ用ル↢念仏往生ヲ↡。爰ニ知ヌ、於↢往生之行業ニ↡、論ジテ↢専雑ノ二修ヲ↡、捨テヽ↢雑行ヲ↡専ラ修↢正行ヲ↡事ハ、天竺・震旦・日域、其伝来尚ヒサシヽ矣 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈

二にには来らい意い。 上かみには↑文もんによりて別べつに釈しゃくすとは、 経きょうの文もんによりて別べつに釈しゃくすとは、 経きょう文もんによりて念仏ねんぶつの行ぎょうを釈しゃくするなり。 その文もんに七しちあり。 一いちには前さきの↓四し十じゅう八はち願がんのなか 「乃ない至し十じゅう念ねん若にゃく不ふ生しょう者じゃ」 の文もん、 二にには↓願がん成じょう就じゅの 「諸しょ有う衆しゅ生じょう聞もん名みょう号ごう」 等とうの文もん、 三さんには↓三輩さんぱい往おう生じょうのなか上じょう輩はい生しょうを明あかす 「一向いっこう専念せんねん」 の文もん、 四しには同おなじく↓中ちゅう輩はい生しょうのなか 「一向いっこう専念せんねん」 の文もん、 五ごには同おなじく↓下げ輩はいのなか 「一向いっこう専念せんねん」 の文もん、 六ろくには↓流る通ずうの初はじめ 「其有ごう得聞とくもん彼ひ仏ぶつ名みょう号ごう」 等とうの文もん、 七しちには同おなじく↓流る通ずうのなかの 「当来とうらい之し」 等とうの文もんなり。 この七文しちもんみなもつぱら一向いっこうに念仏ねんぶつ往おう生じょうを明あかす 云々。

二ニハ来意。上ニハ依↠文ニ別ニ釈スト者、依↢経ノ文ニ↡別ニ釈者、依↢経文ニ↡釈↢念仏ノ行ヲ↡也。其ノ文ニ有↠七。一ニ者前ノ四十八願ノ中「乃至十念若不生者ノ」文、二ニハ願成就ノ「諸有衆生聞名号」等ノ文、三ニハ明↢三輩往生ノ中上輩生↡「一向専念ノ」文、四ニハ同ク中輩生ノ中「一向専念ノ」文、五ニハ同ク下輩ノ中「一向専念ノ」文、六ニハ流通ノ初「其有得聞0310彼仏名号」等ノ文、七ニハ同ク流通ノ中ノ「当来之」等ノ文ナリ。此ノ七文皆 ナ専ラ一向明↢念仏往生ヲ↡ 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 本願文

一いちに ↑「▲たとひわれ仏ぶつを得えんに、 十方じっぽうの衆しゅ生じょう乃ない至し十じゅう念ねんして、 もし生しょうぜずは」 (大経巻上意)、 これ四し十じゅう八はち願がんのなかの第だい十じゅう八はち念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんなり 云々。 四し十じゅう八はち願がん等ひとしく微み妙みょう殊しゅ勝しょうなりといへども、 中なかにおいてまた要ようあり不ふ要ようあり。 第一だいいちの無む三さん悪趣まくしゅ乃ない至し第だい四し十じゅう八はちの得とく三法さんぼう忍にん、 いづれの願がん最要さいようなり 云々。 愚ぐ僧そういまだ知しらず 云々。 祖師そし善導ぜんどう (法事讃巻上) その要ようを出いだしていはく、 「弘ぐ誓ぜい多た門もんにして四し十じゅう八はち、 ひとへに念仏ねんぶつを標ひょうしてもつとも親しんとす。 人ひとよく仏ぶつを念ねんずれば仏ぶつ還かえりて念ねんじたまふ。 専心せんしんに想仏そうぶつすれば、 仏ぶつ人ひとを知しろしめす」 と。 云々 次つぎに念仏ねんぶつ門もんにおいて独ひとりこの願がんを発おこす、 諸しょ行ぎょう門もんに別べつにこの願がん由ゆなし 云々。 願力がんりき往おう生じょうの義ぎこれを釈しゃくすべし。

一ニ「設我得↠仏、十方衆生乃至十念、若不↠生者」、是 レ四十八願ノ中ノ第十八念仏往生ノ願也 云云。四十八願等ク雖ドモ↢微妙殊勝ナリト↡、於テ↠中ニ亦 タ有リ↠要有リ↢不要↡。第一ノ無三悪趣乃至第四十八ノ得三法忍、何ノ願最要ナリ 云云。愚僧未ダ↠知 云云。祖師善導出テ↢其ノ要ヲ↡云ク、「▲弘誓多門四十八、偏標↢念仏↡最為↠親。人能念↠仏仏還念。専心想仏、仏知↠人。」云云 次ニ於↢念仏門ニ↡独リ発↢此ノ願ヲ↡、於↢諸行門ニ↡別ニ無↢此ノ願由↡ 云云。願力往生ノ義可↠釈↠之。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 願成就文

二にに↑願がん成じょう就じゅの 「▲もろもろの衆しゅ生じょうありてその名みょう号ごうを聞きき、 信心しんじん歓かん喜ぎして乃ない至し一念いちねんせん」 (大経巻下) 等とうとは、 これに三さんあり。 一いちには来らい意い、 二にには一念いちねん・十じゅう念ねん等とうの義ぎ諸しょ師し不ふ同どうなり、 三さんには唯除ゆいじょ五ご逆ぎゃくの義ぎ 云々。 一いちに来らい意いとは 云々。 二にに一念いちねん・十じゅう念ねんの義ぎ諸しょ師しと不ふ同どうとは 云々。 三さんに唯除ゆいじょ五ご逆ぎゃくの義ぎとは 云々。 この二に文もんをもつてこれを案あんずるに、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの義ぎ、 事ことすでに切畢せっぴつす、 何なんの疑うたがいかあらんや 云々。

二ニ願成就ノ「諸有↢衆生↡聞↢其名号↡、信心歓喜乃至一念」等ト者、此ニ有リ↠三。一ニハ来意、二ニハ一念・十念等ノ義諸師不同ナリ、三ニハ唯除五逆ノ義 云云。一ニ来意ト者 云云。二ニ一念・十念ノ義与↢諸師↡不同ト者 云云。三ニ唯除五逆ノ義ト者 云云。以↢此ノ二文ヲ↡案ルニ↠之ヲ、念仏往生ノ義事已ニ切畢、有ラン↢何ノ疑カ↡哉 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 上輩文

三さんには↑三輩さんぱいのなか、 上じょう輩はいに 「▲一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿じゅ」 (大経巻下) とは、 上かみに二に文もんをもつて念仏ねんぶつ往おう生じょうの義ぎを明あかすといへども、 いまだその品秩ほんちつを分わかたず。 ゆゑにいま一いちの念仏ねんぶつをもつて三品さんぼんとして、 もつてその品秩ほんちつを分わかつ。 これに二にの意こころあり。 一いちには念仏ねんぶつ往おう生じょうにつきて三品さんぼんあり、 中ちゅう下げを捨すてて上じょう品ぼんを欣ねがはしめんとして、 品秩ほんちつを分わかつ。 二にには行ぎょう者じゃをしてみづから念仏ねんぶつの位くらいの分斉ぶんざいを知しらしめんとす。 一いちに中ちゅう下げを捨すてて上じょう品ぼんを欣ねがふとは 云々。 二にに次位じいを知しるとは 云々。

三ニハ三輩中、上輩「一向専念無量寿ト」者、上ニ以↢二文ヲ↡雖ドモ↠明ト↢念仏往生ノ義ヲ↡、未ダ↠分↢其ノ品秩ヲ↡。故ニ今開テ↢一ノ念仏ヲ↡為テ↢三品ト↡、以テ分ツ↢其ノ品秩ヲ↡。此ニ有リ↢二ノ意↡。一0311ニハ付↢念仏往生ニ↡有↢三品↡、捨テヽ↢中下ヲ↡為↠令↠欣↢上品ヲ↡、分↢品秩ヲ↡。二ニハ為↠使メ↣行者ヲ知↢自念仏ノ位ノ分斉ヲ↡。一ニ捨テヽ↢中下ヲ↡欣↢上品ヲ↡者 云云。二ニ知↢次位ヲ↡者 云云。

問とふ。 今いまの三輩さんぱいの文もんを見みるに、 念仏ねんぶつの外ほかにもろもろの行ぎょう業ごうを説とく。 なんぞただ念仏ねんぶつといふや。 ゆゑに上じょう品ぼんのなかに、 念仏ねんぶつの外ほかに出しゅっ家け・受戒じゅかい・発心ほっしん・修諸しゅしょ功く徳どくを挙あげたり。 中ちゅう品ぼんのなかに、 念仏ねんぶつの外ほかに菩ぼ提だい心しんおよび斎戒さいかい等とうの善ぜんを説とく。 下げ品ぼんのなかに、 念仏ねんぶつの外ほかに発ほつ菩ぼ提だい心しんを説とく。 なんがゆゑぞただ念仏ねんぶつ往おう生じょうといふや。

問。見↢今三輩之文ヲ↡、念仏之外ニ説↢諸ノ行業ヲ↡。何ゾ唯謂↢念仏ト↡哉。所以ニ上品ノ中ニ、念仏ノ外ニ挙タリ↢出家・受戒・発心・修諸功徳ヲ↡。中品ノ中ニ、念仏ノ外ニ説ク↢菩提心及ビ斎戒等ノ善ヲ↡。下品ノ中ニ、念仏ノ外ニ説↢発菩提心↡。何ガ故ゾ唯云↢念仏往生ト↡乎。

答こたふ。 この問といもつともしかるべし。 仏ぶつ意い測はかりがたし、 凡ぼん下げたやすく解げしがたし。 しかるにいま善導ぜんどう等とうの意こころによりて、 今いまこの文もんを案あんずるに略りゃくして二にの意こころあり。 一いちには但たん念仏ねんぶつ往おう生じょう、 二にには助じょ念仏ねんぶつ往おう生じょう。

答。此ノ問最モ可↠然ル。仏意難シ↠測リ、凡下輒ク難シ↠解シ。然ニ今依↢善導等ノ意ニ↡、今案ルニ↢此ノ文ヲ↡略シテ有↢二ノ意↡。一ニハ但念仏往生、二ニハ助念仏往生。

一いちに但たん念仏ねんぶつとは、 およそ三品さんぼんの義ぎを論ろんずる事ことは、 もと一法いっぽうにつきてこれを論ろんず、 九く品ぼんの煩悩ぼんのう等とうのごとし。 いま往おう生じょうの行ぎょうも、 またしかるべし。 なんぞかならずしも行ぎょうの多た少しょうにつきて、 三品さんぼんを論ろんぜん。 ゆゑにいま本願ほんがん念仏ねんぶつの行ぎょうにつきて、 三品さんぼん往おう生じょうの旨むねを説とくなり。 何なにをもつてこれを知しる、 三品さんぼんの文もんにともに念仏ねんぶつにおいて一向いっこうの言ことばを置おけり。

一ニ但念仏ト者、凡ソ論ル↢三品之義ヲ↡事者、本付↢一法ニ↡論↠之ヲ、如↢九品ノ煩悩等ノ↡。今 マ往生之行モ、亦 タ可↠然ル。何ゾ必モ付テ↢行ノ多少ニ↡、論ン↢三品ヲ↡。故ニ今付テ↢本願念仏ノ行ニ↡、説ク↢三品往生之旨ヲ↡也。以↠何ヲ知↠之ヲ、三品ノ文ニ共ニ於テ↢念仏ニ↡置ケリ↢一向之言ヲ↡。

いはく上じょう品ぼん (大経巻下) に 「一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿じゅ仏ぶつ」 と説とき、 乃ない至し下げ品ぼん (大経巻下) に 「一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿じゅ仏ぶつ」 と説とく。 およそ余よ所しょに准じゅんずるに、 一向いっこうといふは余よ行ぎょうを嫌きらはざる意こころなり。 ゆゑにいま念仏ねんぶつにつきて三品さんぼんを立たてて、 品秩ほんちつを分別ふんべつするなり 云々。

謂ク上品ニ説キ↢「一向専念無量寿仏ト」↡、乃至下品ニ説ク↢「一向専念無量寿仏ト」↡。凡ソ准ルニ↢余所ニ↡、云↢一向ト↡者不↠嫌↢余行ヲ↡意也。故ニ今付テ↢念仏ニ↡立テヽ↢三品ヲ↡、分↢別スル品秩ヲ↡也 云云。

これもまたわたくしの義ぎにあらず。 ゆゑに善導ぜんどうの釈しゃく (観念法門) にいはく、 「この ¬経きょう¼ の下げ巻かんの初はじめにいはく、 仏ぶつ、 一切いっさい衆しゅ生じょうの根こん性じょうの不ふ同どうを説とくに、 上じょう・中ちゅう・下げあり。 その根こん性じょうに随したがひて、 仏ぶつみな勧すすめてもつぱら無む量りょう寿仏じゅぶつの名みなを念ねんぜしむ。 その人ひと命いのち終おわらんと欲ほっする時ときに、 仏ぶつ、 聖しょう衆じゅとみづから来迎らいこうしたまふ」 と。 釈しゃくの意こころによりて、 三輩さんぱいともに念仏ねんぶつ往おう生じょうといふなり。

此モ亦非ズ↢私ノ義ニ↡。故ニ○善導ノ釈ニ云、「此ノ¬経ノ¼下巻ノ初ニ云、仏説クニ↢一切衆生ノ根性ノ不同ヲ↡、有リ↢上・中・下↡。随テ↢其ノ根性ニ↡、仏皆勧テ専ラ念シム↢無量寿仏ノ名ヲ↡。其ノ人命欲↠終ント時ニ、仏与↢聖0312衆↡自来迎タマフ。」◇依テ↢釈ノ意ニ↡、三輩共ニ云↢念仏往生ト↡也。

問とひていはく、 この釈しゃくいまだ前さきの難なんを遮しゃせず、 なんぞ余よ行ぎょうを棄すててただ念仏ねんぶつといふや。

◇問曰ク、此ノ釈未ダ↠遮↢前ノ難ヲ↡、何ゾ棄テ↢余行↡唯云↢念仏ト↡乎。

答こたへていはく、 これに三さんの意こころあり。 一いちには諸しょ行ぎょうを廃はいして念仏ねんぶつに帰きせんがためにしかも諸しょ行ぎょうを説とく。 二にには念仏ねんぶつを助じょ成じょうせんがためにしかも諸しょ行ぎょうを説とく。 三さんには念仏ねんぶつ・諸しょ行ぎょうの二に門もんに約やくして、 おのおの三品さんぼんを立たてんがためにしかも諸しょ行ぎょうを説とく。

◇答云ク、此ニ有リ↢三ノ意。一ニハ為ニ↧廃シテ↢諸行ヲ↡帰ンガ↦於念仏ニ↥而モ説ク↢諸行ヲ↡也。二ニハ為↣助↢成ンガ念仏ヲ↡而モ説ク↢諸行ヲ↡也。三ニハ約↢念仏・諸行ノ二門ニ↡、各ノ為↠立↢三品ヲ↡而説ク↢諸行ヲ↡也。

一いちに諸しょ行ぎょうを廃はいして念仏ねんぶつに帰きせしめんがためにしかも諸しょ行ぎょうを説とくとは、 善導ぜんどうの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ (散善義) のなかに 「上じょう来らい雖説すいせつ定じょう散さん両りょう門もん之し益やく、 望仏もうぶつ本願ほんがん、 意い在ざい衆しゅ生じょう一向いっこう専せん称しょう弥陀みだ仏ぶつ名みょう」 といへる釈しゃくの意こころに准じゅんじて、 しばらくこれを解げせば、 上じょう輩はいのなかに菩ぼ提だい心しん等とうの余よ行ぎょうを説とくといへども、 上かみの本願ほんがんの意こころに望のぞめば、 ただ衆しゅ生じょうをしてもつぱら弥陀みだの名みなを称しょうせしむるにあり。 しかるに本願ほんがんのなかにさらに余よ行ぎょうなし。 三輩さんぱいともに上かみの本願ほんがんによるがゆゑに、 (大経巻下) 「一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿仏じゅぶつ」 といふなり。

◇一ニ為ニ↧廃↢諸行ヲ↡帰↦於念仏ニ↥而説クト↢諸行ヲ↡者、◇准↧云ヘル↢善導ノ¬観経ノ疏ノ¼中ニ「上来雖説定散両門之益、望仏本願、意在衆生一向専称弥陀仏名ト」↡之釈ノ意ニ↥、且ク解↠之者バ、上輩之中ニ雖ドモ↠説ト↢菩提心等ノ余行ヲ↡、望メバ↢上ノ本願ノ意ニ↡、唯在リ↣衆生ヲシテ専ラ称ムルニ↢弥陀ノ名ヲ↡。◇而ニ本願ノ中ニ更ニ無シ↢余行↡。三輩共ニ依ルガ↢上ノ本願ニ↡故ニ、云↢「一向専念無量寿仏ト」↡也。

「一向いっこう」 とは二に向こう等とうに対たいする言ことばなり。 例れいせばかの五ご天竺てんじくに三さんの寺てらあり。 一いちには一向いっこう大だい乗じょう寺じ、 この寺てらのなかには小乗しょうじょうを学がくすることなし。 二にには一向いっこう小乗しょうじょう寺じ、 この寺てらのなかには大だい乗じょうを学がくすることなし。 三さんには大だい小しょう兼けん行ぎょう寺じ、 この寺てらのなかには大だい小しょう兼学けんがくす。 ゆゑに兼けん行ぎょう寺じといふ。 まさに知しるべし、 大だい小しょうの両りょう寺じには一向いっこうの言ことばあり。 兼けん行ぎょうの寺てらには一向いっこうの言ことばなし。

◇「一向ト」者対スル↢二向等ニ↡之言也。◇例バ彼ノ五天竺ニ有リ↢三ノ寺↡。一ニ者一向大乗寺、此ノ寺ノ之中ニハ無↠学↢小乗ヲ↡。二ニ者一向小乗寺、此寺ノ中ニハ無↠学↢大乗ヲ↡。三ニ者大小兼行寺、此ノ寺之中ニハ大小兼学ス。故ニ云↢兼行寺ト↡。当ニ↠知ル、大小両寺ニハ有↢一向ノ言↡。兼行之寺ニハ無シ↢一向ノ言↡。

いまこの ¬経きょう¼ のなかの一向いっこうもまたしかなり。 もし念仏ねんぶつの外ほかにまた余よ行ぎょうを加くわへば、 すなはち一向いっこうにあらず。 もし寺てらに准じゅんぜば、 兼けん行ぎょうといふべし。 すでに一向いっこうといふ、 余よを兼かねざることを明あかしぬ。 すでにまづ余よ行ぎょうを説とくといへども、 後のちに一向いっこう専念せんねんといふ。 あきらかに知しりぬ、 諸しょ行ぎょうを廃はいして、 ただ念仏ねんぶつを用もちゐるゆゑに一向いっこうといふ。 もししからずは一向いっこうの言ことばもつとももつて消けしがたきか。

◇今此ノ¬経ノ¼中ノ一向モ亦然ナリ。若シ念仏ノ外ニ亦 タ加ヘバ↢余行ヲ↡、即非↢一向ニ↡。若シ准↠寺ニ者、可↠云↢兼行ト↡。◇既ニ云↢一向ト↡、不ルコト↠兼↠余ヲ明シ矣。既ニ先雖ドモ↠説ト↢余行ヲ↡、後ニ云↢一向専念ト↡。明ニ知ヌ、廃シテ↢諸行ヲ↡、唯用↢念仏ヲ↡故ニ云↢一向ト↡。若シ不↠爾ラ者一向之言最0313モ以テ叵キ↠消歟。

◇二にには念仏ねんぶつを助じょ成じょうせんがためにこの諸しょ行ぎょうを説とくとは、 これにまた二にの意こころあり。 一いちには同類どうるいの善根ぜんごんをもつて念仏ねんぶつを助じょ成じょうす。 二にには異い類るいの善根ぜんごんをもつて念仏ねんぶつを助じょ成じょうす。

二ニハ為ニ↣助↢成ンガ念仏ヲ↡説クト↢此ノ諸行ヲ↡者、此ニ亦有↢二ノ意↡。一ニハ以↢同類ノ善根ヲ↡助↢成ス念仏ヲ↡。二ニハ以テ↢異類ノ善根ヲ↡助↢成ス念仏ヲ↡。

はじめに同類どうるいの助じょ成じょうとは、 前さきに善導ぜんどうの専修せんじゅ正行しょうぎょうのなかの助念じょねんこれなり。 前さきにくはしく申もうしおはりぬ 云々。

○初ニ同類助成ト者ハ、前ニ善導ノ専修正行ノ中ノ助念是 レ也。前ニ委ク申シ了ヌ 云云。

二にに異い類るいの善ぜんとは、 これ ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ の意こころなり。 かの ¬集しゅう¼ のなかに、 十じゅう門もんを立たてて念仏ねんぶつ往おう生じょうを釈しゃくす。 しばらくそのなかの第だい四しは正しょう修しゅ念仏ねんぶつ、 第だい五ごは助念じょねん方法ほうほうなり 云々。

○二ニ異類ノ善ト者、是 レ¬往生要集ノ¼意也。彼ノ¬集ノ¼中ニ、立テ↢十門ヲ↡釈ス↢念仏往生ヲ↡。且ク其ノ中ノ第四ハ正修念仏、第五ハ助念方法ナリ 云云。

正しょう修しゅ念仏ねんぶつとは、 これに五ご念ねん門もんあり。 そのなかの第だい四し観察かんざつ門もんはまさしくこれ念仏ねんぶつ門もんなり 云々。

正修念仏ト者、此ニ有↢五念門↡。其ノ中ノ第四観察門ハ正ク是 レ念仏門也 云云。

助念じょねん方法ほうほうに七しちあり。 その七しちとは 云々。 しばらく第七だいしちの総結そうけつ要よう行ぎょう (要集巻中) に 「問とひていはく、 上かみの諸門しょもんのなかに」 等とう 云々。

助念方法ニ有↠七。其ノ七ト者 云云。且ク第七ノ総結要行ニ「▲問テ云ク、上諸門中」等 云云。

この義ぎはすなはちいまの ¬経きょう¼ の意こころに似にたり。 これはすなはち異い類るいの善根ぜんごんをもつて念仏ねんぶつを助じょ成じょうするなり。 かの ¬集しゅう¼ の意こころ念仏ねんぶつを助たすくるをもつて、 決けつ定じょう往おう生じょうの業ごうとなす 云々。 能助のうじょに随したがはば、 諸しょ行ぎょう往おう生じょうといふべし。 いまはしばらく所助しょじょに随したがひて、 これをもつてまた念仏ねんぶつ門もんとなす。

此ノ義ハ即似タリ↢今ノ¬経ノ¼意ニ↡。此ハ即以テ↢異類ノ善根ヲ↡助↢成スル念仏ヲ↡也。彼ノ¬集ノ¼意以↠助↢念仏ヲ↡、為↢決定往生ノ業ト↡ 云云。随↢能助ニ↡者、可↠謂↢諸行往生ト↡。今ハ且ク随テ↢所助ニ↡、以テ↠此ヲ亦為ス↢念仏門ト↡。

三さんに念仏ねんぶつと諸しょ行ぎょうとに約やくして、 おのおの三品さんぼんを立たつとは、 いまの文もんのなかに菩ぼ提だい心しんおよび造像ぞうぞう等とうのもろもろの善根ぜんごんは余よ経きょうに准じゅんずれば、 おのおのこれ一いちの往おう生じょうの業ごうなり。 しかればすなはちこの文もんは菩ぼ提だい心しんのもろもろの善根ぜんごんに約やくして、 おのおの三品さんぼんを立たて、 往おう生じょうを明あかすなり。 いはゆるしばらく菩ぼ提だい心しんにつきて、 上じょう品ぼんあり、 中ちゅう品ぼんあり、 下げ品ぼんあり。 上じょう品ぼんの発心ほっしんをもつて、 上じょう品ぼんの業ごうとなす。 乃ない至し下げ品ぼんの発心ほっしんをもつて、 下げ品ぼんの業ごうとす 云々。 菩ぼ提だい心しんすでにしかなり、 造像ぞうぞう等とうまたかくのごとし。

○三ニ約↢念仏ト諸行トニ↡、各立ト↢三品ヲ↡者、今ノ文ノ中ニ菩提心及ビ造像等之諸善根ハ准レバ↢余経ニ↡、各ノ是 レ一ノ往生ノ業也。然バ則チ此ノ文ハ約テ↢菩提心ノ諸ノ善根ニ↡、各ノ立テ↢三品ヲ↡、明ス↢往生ヲ↡也。謂ル且ク付テ↢菩提心ニ↡、有↢上品↡、有↢中品↡、有↢下品↡。以↢上品発心ヲ↡、為ス↢上品業ト↡。乃至以↢下品発心ヲ↡、為↢下品ノ業ト 云云。菩提心已ニ然ナリ、造像等亦如↠是ノ。

ゆゑに知しりぬ、 この文もんは諸しょ行ぎょうにつきて三品さんぼんを分わかつといふ事こと、 これまたわたくしの義ぎにあらず。 ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ のなかにこれらの文もんを引ひきて、 また諸しょ行ぎょう往おう生じょうの証しょうとなす。 ゆゑにまたこの解げを作つくる。 しかのみならず善導ぜんどうの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ に 「復有ぶう三種さんしゅ衆しゅ生じょう」 (観経) の文もんを釈しゃくするに、 ほぼこの義ぎを見みたり 云々。

故ニ知ヌ、此ノ文ハ付↢諸行ニ↡分ト↢三品↡云事、是 レ亦 タ非ズ↢私ノ義ニ↡。▲¬往生要集ノ¼中ニ引テ↢此 レ等ノ文ヲ↡、亦 タ為ス↢諸行往生ノ証ト↡。故ニ亦 タ作ル↢此ノ解ヲ↡。加之善0314導¬観経ノ疏ニ¼釈↢「▲復有三種衆生ノ」文↡、粗見タリ↢此義↡ 云云。

念仏ねんぶつに約やくして、 三品さんぼんを立たつるは、 ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ のなかにこの三品さんぼんの文もんを引ひきて、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの証しょう拠ことなす。 その意こころこれに同おなじ。 これすなはち但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうの義ぎなり。

約↢念仏ニ↡、立↢三品↡者、¬往生要集ノ¼中ニ引テ↢此ノ三品ノ文ヲ↡、為ス↢念仏往生ノ証拠ト↡。其ノ意同↠之ニ。是 レ則チ但念仏往生ノ義也。

問とふ。 念仏ねんぶつの一法いっぽうにつきて、 いかんぞ三品さんぼんを分わかつ。

問。付テ↢念仏ノ一法ニ、何分↢三品ヲ↡。

答こたふ。 これにしばらく三さん義ぎあり。 一いちには返数へんじゅの多た少しょうに約やくす、 二にには時じ節せつの長じょう短たんに約やくす、 三さんには観念かんねんの浅深せんじんに約やくす。

答。此ニ且ク有↢三義↡。一ニハ約ス↢返数ノ多少ニ↡、二ニハ約ス↢時節ノ長短ニ↡、三ニハ約ス↢観念ノ浅深ニ↡。

一いちに返数へんじゅに約やくして分わかつとは、 善導ぜんどうの釈しゃく (観念法門意) にいはく、 「▲毎日まいにち三万さんまん返べんは上じょう品ぼんの業ごう」 と。 云々 これをもつてこれを案あんずるに、 二に万まんは中ちゅう、 一万いちまんは下げなり。 これすなはち返数へんじゅの多た少しょうに約やくして三品さんぼんを分わかつ義ぎなり。 九く品ぼんこれに准じゅんずべし。

一ニ約シテ↢返数ニ↡分ト者、善導ノ釈ニ云、「毎日三万返ハ上品ノ業。」云云 以テ↠之ヲ案ルニ↠之ヲ、二万ハ中、一万ハ下ナリ也。是 レ則チ約↢返数多少ニ↡分↢三品ヲ↡義也。九品准ベシ↠之ニ。

二にに時じ節せつに約やくすとは、 源信げんしん僧そう都ず ¬弥陀みだ経きょうの記き¼ のなかにかの ¬経きょう¼ の七日しちにちの念仏ねんぶつをもつて上じょう品ぼんとす。 かれによりてこれを准じゅんぜば、 あるいは十じゅう日にちの念仏ねんぶつをもつて上々じょうじょう品ぼんとするべし。 これすなはち一往いちおう時じ節せつの久く近ごんに約やくして三品さんぼんを分わかつなり。 九く品ぼんこれに准じゅんず。

二ニ約ス↢時節↡者ハ、源信僧都¬弥陀経ノ記ノ¼中ニ以↢彼ノ¬経ノ¼七日ノ念仏ヲ↡為↢上品ト↡。彼ニ因准↠之、或ハ以↢十日ノ念仏ヲ↡可↠為↢上々品ト↡。是 レ即チ一往約シテ↢時節ノ久近ニ↡分↢三品ヲ↡也。九品准↠之ニ。

三さんに観念かんねんの浅深せんじんに約やくすとは 云々。

三ニ約ト↢観念ノ浅深ニ↡者 云云。

これをもつてこれを案あんずるに、 いまの文もんも念仏ねんぶつにつきて三品さんぼんを立たつるなり。 これによりてこれを案あんずるに、 いま三輩さんぱいの文もんに、 但たん念仏ねんぶつの義ぎあり、 助じょ念仏ねんぶつの義ぎあり、 また諸しょ行ぎょう往おう生じょうの義ぎあり。 仏ぶつ一音いっとんをもつて法ほうを演説えんぜつす、 衆しゅ生じょう類るいに随したがひておのおの解げを得う 云々。 仏ぶつ意い多た含ごんなり。 いましばらく三さん解げを作つくる。 次つぎにこの三さん義ぎにつきて、 傍ぼう正しょうを論ろんじ、 但たん念仏ねんぶつをもつて正しょうとし、 余よの二にを傍ぼうとす。 なにをもつてのゆゑに。 仏ぶつの本願ほんがんに准じゅんずるがゆゑに。 前ぜん後ごの多た文もんによるがゆゑに 云々。

以↠之ヲ案ルニ↠之ヲ、今ノ文モ付↢念仏ニ↡立↢三品ヲ↡也。依↠之ニ案↠之ヲ、今三輩ノ文ニ、有↢但念仏義↡、有↢助念仏ノ義、亦 タ有↢諸行往生ノ義↡。仏以↢一音↡演↢説法↡、衆生随↠類各得↠解 云云。仏意多含也。今且ク作ル↢三解ヲ↡。次ニ付↢此ノ三義ニ↡、論↢傍正ヲ↡、以テ↢但念仏ヲ↡為↠正ト、余ノ二ヲ為↠傍ト。以ノ↠何ヲ故ニ。准↢仏ノ本願ニ↡故ニ。依ルガ↢前後ノ多文ニ↡故ニ 云云。

次つぎに中ちゅう輩はいの造像ぞうぞうにつきて、 道どう鏡きょうならびに志し法縁ほうえんをもつて釈しゃくすべし。 二にに願がん生しょう往おう生じょう 云々。 中ちゅう輩はいにまた諸しょ行ぎょうおよび助念じょねんならびに但念たんねんあり 云々。

次ニ付テ↢中輩ノ造像ニ↡、以↢道鏡并ニ志法縁ヲ↡可↠釈ス。二ニ願生往生 云云。中輩ニ亦有↢諸行及ビ助念并但念↡ 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 中輩文

四しには↑中ちゅう輩はいの 「一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿仏じゅぶつ」 (大経巻下) の文もん。 中ちゅう輩はいにまた諸しょ行ぎょう往おう生じょう・助念じょねん往おう生じょう・但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうの由よしあり 云々。

四0315ニハ中輩ノ「▲一向専念無量寿仏ノ」文。中輩亦有↢諸行往生・助念往生・但念仏往生之由↡ 云云。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 下輩文

五ごには↑下げ輩はいにまた三さんあり。 前さきのごとく下げ輩はいの 「一向いっこう専念せんねん」 (大経巻下) の文もん、 上じょう輩はいに例れいして知しるべし、 別べつにこれを釈しゃくせず 云々。 往おう生じょうの業ごうを修しゅするに、 三さんの意こころあり。 一いちには但たん念仏ねんぶつ、 二にには助念じょねん、 三さんには但たん諸しょ行ぎょうなり。 聴ちょう聞もんの人々ひとびとおのおの御おん心こころに任まかせて、 修行せしめたまふべし。 ただし導どう師しの愚意ぐいは善導ぜんどうによる 云々。 以い上じょう正宗しょうしゅうおはりぬ。

五ニハ下輩亦有↠三。如↠前ノ下輩「▲一向専念ノ」文、例シテ↢上輩ニ↡可↠知ル、別ニ不↠釈↠之 云云。修↢往生ノ業ヲ↡、有↢三ノ意↡。一ニハ但念仏、二ニハ助念、三ニハ但諸行也。聴聞ノ人人各ノ任テ↢御心ニ↡、可↧令↢修行セ↡給↥。但導師ノ愚意ハ者依↢善導ニ↡ 云云。已上正宗了ヌ。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 無上功徳文

六ろくに↑流る通ずうのはじめに、 「↓それかの名みょう号ごうを聞きくことを得うることありて、 歓かん喜ぎ踊ゆ躍やくして乃ない至し一念いちねんせん。 まさに知しるべし、 この人ひとはすなはちこれ無む上じょう功く徳どくを具ぐ足そくす」 とは、 この文もんに四しの意こころあり。 一いちには↓来らい意い、 二にには↓助念じょねんおよび諸しょ行ぎょうを廃はいして但たん念仏ねんぶつを明あかす、 三さんには↓一念いちねんを挙あげて十じゅう念ねん等とうに況きょうす、 四しには↓信心しんじん不為ふい誹ひ謗ほうを生しょうず。

六ニ流通ノ初ニ、「▲其有↠得↠聞↢彼名号↡、歓喜踊躍乃至一念。当↠知、此人則是具↢足無上功徳↡」ト者、此ノ文ニ有↢四ノ意↡。一ニハ来意、二ニハ廃シテ↢助念及ビ諸行ヲ↡明↢但念仏ヲ↡、三ニハ挙テ↢一念ヲ↡況ス↢十念等ニ↡、四ニハ生ズ↢信心不為誹謗ヲ↡。

一いちに↑来らい意いとは、 上かみの正宗しょうしゅうは、 まさしく時会じえの衆しゅ生じょうのために念仏ねんぶつ往おう生じょうの法ほうを説とくなり。 いまの流る通ずうとは、 ただ当とう時じ大だい利り益やくを獲うるのみにあらず、 後のち五ご百ひゃく歳さいまた念仏ねんぶつ往おう生じょうの法ほうを説とくなり。 遠とおく妙みょう道どうに沾うるおす等とう 云々。

一ニ来意ト者、上ノ正宗ハ、正ク為↢時会ノ衆生ノ↡説ナリ↢念仏往生ノ法ヲ↡也。今ノ流通ト者、非ズ↣但 ダ当時獲ノミニ↢大利益ヲ↡、後五百歳亦 タ説↢念仏往生ノ法ヲ↡也。遠沾↢妙道ニ↡等 云云。

二ににはこれは上かみの↑助念じょねんおよび諸しょ行ぎょうを廃はいして但たん念仏ねんぶつを明あかすゆゑとは、 上かみの本願ほんがんの願がん成じょう就じゅの文もんに但たん念仏ねんぶつを明あかすといへども、 上かみの来迎らいこうの願等がんとうのなかおよび次つぎの三輩さんぱいの文もん、 助念じょねんの往おう生じょう・諸しょ行ぎょうの往おう生じょうを明あかす。 これによりてもろもろの往おう生じょうの行ぎょう者じゃ、 但念たんねん・助念じょねん・諸しょ行ぎょうにおいて、 疑ぎ網もうを懐いだきていまだ決けっせず。 ゆゑに流る通ずうに至いたりて、 はじめには助念じょねん・諸しょ行ぎょうの二に門もんを廃はいし、 但たん念仏ねんぶつの往おう生じょうを明あかず。

二ニハ此ハ廃シテ↢上ノ助念及ビ諸行ヲ↡明↢但念仏↡故ト者、上ノ本願ノ願成就ノ文ニ雖↠明↢但念仏ヲ↡、上ノ来迎ノ願等ノ中及ビ次ノ三輩ノ文明↢助念ノ往生・諸行ノ往生ヲ↡。依↠之ニ諸往生ノ行者、於↢但念・助念・諸行ニ↡、懐テ↢疑網ヲ↡未ダ↠決。故ニ至↢流通ニ↡、初ニハ廃シ↢助念・諸行ノ二門ヲ↡、明↢但念仏ノ往生ヲ↡。

いはく 「↑それかの仏ぶつの名みょう号ごうを聞きくことを得うることありて」 と。 云々 善導ぜんどう釈しゃく (礼讃) いはく、 「▲それかの弥陀みだ仏ぶつの名みょう号ごうを聞きくことを得うることありて、 歓かん喜ぎして一念いちねんに至いたるものみなまさにかしこに得とく生しょうすべし」 と。 云々

謂ク「其有↠得↠聞↢彼仏名号↡。」云云 善導釈云、「其有↠得↠聞↢彼弥陀仏名0316号↡、歓喜至↢一念↡皆当↠得↢生彼↡。」云云

この義ぎまたわたくしの意こころにあらず、 すなはち善導ぜんどうの御おん意こころなり。 この ¬経きょう¼ の三輩さんぱいのなかに助念じょねんおよび諸しょ行ぎょうを説とき、 後のちに流る通ずうのなかでこれを廃はいしてただ念仏ねんぶつを明あかす。

此ノ義亦 タ非ズ↢私ノ意ニ↡、即チ善導ノ御意也。此ノ¬経ノ¼三輩ノ中ニ説↢助念及ビ諸行ヲ↡、後ニ流通ノ中廃シテ↠之ヲ唯明↢念仏ヲ↡。

その次し第だい ¬観かん経ぎょう¼ に似にる。 ¬観かん経ぎょう¼ のなかには、 まづ広ひろく機き縁えんに逗とうじ、 十じゅう三さん定じょう善ぜん・三福さんぷく九く品ぼんの業ごうを説ときて諸しょ行ぎょう往おう生じょうを明あかす。 その次つぎに仏ぶつこの法ほうをもつて、 付ふ属ぞくしたまふ文もん (観経) にいはく、 「仏ぶつ阿あ難なんに告つげたまはく、 なんぢよくこの語ごを持たもて」 等とうと。 云々。

其ノ次第似↢¬観経¼↡。¬観経ノ¼中ニハ、先ヅ広ク逗↢機縁ニ↡、説テ↢十三定善・三福九品ノ之業ヲ↡明ス↢諸行往生ヲ↡。其ノ次ニ仏以↢此ノ法ヲ↡、付属シ給タマフ文ニ云ク、「▲仏告↢阿難↡、汝好持↢是語↡」等 云云。

善導ぜんどう釈しゃく (散善義) していはく、 「仏告ぶつごう阿あ難なんより汝好にょこう持じ是語ぜご以下いげは、 まさしく弥陀みだ名みょう号ごうを付ふ属ぞくして、 遐か代だいに流る通ずうすることを明あかす。 上じょう来らい定じょう散さん両りょう門もんの益やくを説とくといへども、 仏ぶつの本願ほんがんに望のぞむるに、 意こころ衆しゅ生じょうをして一向いっこうにもつぱら弥陀みだ仏ぶつの名なを称しょうせしむるにあり」 と。 以上

善導釈云ク、「▲従↢仏告阿難↡汝好持是語已下、正明↧付↢属弥陀名号↡、流↦通於遐代↥。上来雖↠説↢定散両門之益↡、望↢仏本願↡、意在↣衆生一向専称↢弥陀仏名↡。」已上

これすでにかくのごとく、 今いまの ¬経きょう¼ まかくのごとし。 ▼上かみには機き縁えんに逗とうじてしばらく助じょ念仏ねんぶつ往おう生じょうおよび諸しょ行ぎょう往おう生じょうの旨むねを説とくといへども、 仏ぶつの本願ほんがんに准じゅんずるゆゑに、 流る通ずうの初はじめに至いたりて諸しょ行ぎょうを廃はいして但たん念仏ねんぶつに帰きするなり。 助じょ行ぎょうなほこれを廃はいす、 いはんや但たん諸しょ行ぎょうをや 云々。

此 レ已ニ如↠此ノ、今ノ¬経¼亦 タ如↠此ノ。上ニハ逗ジテ↢機縁ニ↡且ク雖↠説ト↢助念仏往生及ビ諸行往生之旨ヲ↡、准↢仏ノ本願ニ↡故ニ、至テ↢于流通ノ初ニ↡廃シテ↢諸行ヲ↡帰スル↢但念仏ニ↡也。助行猶 ヲ廃ス↠之ヲ、況ヤ但諸行ヲ哉 云云。

三さんに↑上かみに念仏ねんぶつ往おう生じょうを説とくに、 意こころ三品さんぼんを説とくに、 一念いちねんを挙あぐ、 いはんや十じゅう念等ねんとうの文もんは、 ただ下げ品ぼんの一念いちねん往おう生じょうを明あかすのみにあらず、 一念いちねんを挙あげて十じゅう念等ねんとうに況きょうし、 兼かねて上中じょうちゅう二に品ぼんの往おう生じょうを明あかす。 ゆゑに一念いちねんなほ往おう生じょうす、 いはんや十じゅう念ねんをや。 十じゅう念ねんなほ往おう生じょうす、 いはんや多た念ねんをや。 一日いちにちなほ往おう生じょうす、 いはんや一月いちがつをや。 一月いちがつなほ往おう生じょうす、 いはんや三月さんがつ・一いち夏げ・九く旬しゅんをや。 一いち夏げなほ往おう生じょうす、 いはんや一年いちねんをや。 一年いちねんなほ往おう生じょうす、 いはんや一いっ生しょうをや 云々。

三上説ニ↢念仏往生ヲ↡、説↢意三品↡、挙↢一念↡、況十念等文者、只非↠明↢下品一念往生ヲ↡、挙↢一念↡況↢十念等↡、兼明↢上中二品往生↡。所以ニ一念猶 ヲ往生ス、況ヤ十念ヲ哉。十念尚 ヲ往生ス、況ヤ多念ヲ哉。一日猶 ヲ往生ス、況ヤ一月ヲ哉。一月猶 ヲ往生ス、況ヤ三月・一夏・九旬ヲ哉。一夏尚 ヲ往生ス、況ヤ一年ヲ哉。一年尚往生ス、況ヤ一生ヲ哉 云云。

四しに↑生しょう信心しんじん不為ふい誹ひ謗ほうといふは、 但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうの文もん義ぎかくのごとし。 たれの人ひとかこれを聴ききて踊ゆ躍やく歓かん喜ぎせざらん。 しかるにある人ひとこれを聴ききて誹ひ謗ほうをなす。 まさに知しるべし、 この人ひとは五ご劫こうのなかに大だい地じ獄ごくに堕だすべし。 ゆゑに ¬称しょう揚よう諸仏しょぶつ功く徳どく経きょう¼ (巻下) にいはく、 「それ阿あ弥陀みだ仏ぶつの名みょう号ごう功く徳どくを讃嘆さんだんし称しょう揚ようすることを信しんぜず、 しかも謗ほう毀きすることあるものは、 五ご劫こうのなかにまさに地じ獄ごくに堕だしてつぶさに衆しゅ苦くを受うくべし」 と。 云々

四ニ云↢生信心不為誹謗ト↡者、但念仏往生ノ文義如↠此ノ。誰人カ聴↠之ヲ不↢踊躍歓喜↡。然ニ有0317人聴↠之ヲ為↢誹謗ヲ↡。当ニ↠知ル、此ノ人ハ五劫ノ中ニ可↠堕↢大地獄ニ↡。故ニ¬称揚諸仏功徳経ニ¼云、「其有↧不↠信↤讃↢嘆シ称揚↣コトヲ阿弥陀仏名号功徳ヲ↡、而モ謗毀スルコト↥者、五劫之中ニ当ニ↧堕シテ↢地獄ニ↡具ニ受↦衆苦ヲ↥。」云云

いはく、 まさに地じ獄ごくに堕だすべしいまだいづれの地じ獄ごくといはず、 つぶさに衆しゅ苦くを受うくといひていまだ何なんの苦くとも説とかず。 もしは等活とうかつ地じ獄ごくの砕さい刺しし磨ま眷けんの苦くか、 もしは衆合しゅごう地じ獄ごくの両りょう山ぜん合来ごうらいの苦くか 云々。 御ご聴ちょう聞もんの人々ひとびと、 有智うち・無智むち、 若にゃく男なん若にゃく女にょ、 貴き賎せん・上じょう下げ、 願ねがはくはおのおの信心しんじんを生しょうじて誹ひ謗ほうをなさざることを 云々。

云、当ニ↠堕↢地獄↡未ダ↠謂↢何ノ地獄ト↡、具ニ受クト↢衆苦ヲ↡云テ未ダ↠説↢何ノ苦トモ↡。若ハ等活地獄砕刺シ磨眷ノ苦歟、若ハ衆合地獄ノ両山合来ノ苦歟 云云。御聴聞ノ人人、有智・無智、若男若女、貴賎・上下、願各各生↢信心ヲ↡不↠為↢誹謗ヲ↡ 云云。

しかればすなはち無む量りょう劫こうのなかにおいて、 たまたまにはじめてこれを聞きくことを得う、 聞きかばすなはち踊ゆ躍やく歓かん喜ぎすべし、 なんぞ軽きょう易いの思おもひをなさん、 いかんしてまた誹ひ謗ほうせんや 云々。 設満せつまん大千だいせん火かの義ぎこれを釈しゃくすべし。

然バ則チ於↢無量劫之中ニ↡、適ニ始テ得↠聞↠之、聞者即可↢踊躍歓喜↡、何為↢軽易之思↡、何シテ亦為ン↢誹謗↡哉 云云。設満大千火之義可↠釈↠之ヲ。

入文解釈 正宗分 往生行業 別釈 特留此経文

七しちに ↑「当来とうらいの世よに経きょう道どう滅尽めつじんせんに、 ↓われ慈悲じひ哀愍あいみんをもつて、 ことに此この経きょうを留とどめ止し住じゅうすること百ひゃく歳さいせん」 (大経巻下) とは、 この文もんを釈しゃくするに多おおくの意こころあり。 一いちには↓来らい意い、 二にには↓まさしく諸しょ行ぎょうを廃はいし但たん念仏ねんぶつを明あかす、 *三さんには↓聖しょう道どう・浄じょう土ど二に教きょうの滅尽めつじんの久く近ごんに約やくして往おう生じょうを勧すすむ、 四しには↓十方じっぽう浄じょう土ど・往おう生じょう極楽ごくらく二に教きょうの滅尽めつじんの前ぜん後ごに約やくして往おう生じょうを勧すすむ、 五ごには↓上生じょうしょうと往おう生じょうとの二に教きょうの滅尽めつじんの久く近ごんに約やくしてまた往おう生じょうを勧すすむ、 六ろくには↓釈しゃ迦かの慈悲じひ・弥陀みだの本願ほんがんに約やくして往おう生じょうを勧すすむ。

七ニ「▲当来之世経道滅尽、我以↢慈悲哀愍↡、特留↢此経↡止住百歳ト」者、釈↢此ノ文ヲ↡有↢多ノ意↡。一ニ者来意、二ニ者正廃↢諸行↡明↢但念仏↡、三ニ者約↢聖道・浄土二教滅尽久近ニ↡勧↢往生ヲ↡、四ニハ約↢十方浄土・往生極楽二教滅尽前後ニ↡勧ム↢往生ヲ↡、五ニハ約↢上生ト往生トノ二教ノ滅尽ノ久近ニ↡亦 タ勧↢往生ヲ↡、六ニハ約↢釈迦ノ慈悲・弥陀ノ本願ニ↡勧ム↢往生ヲ↡。

一いちに↑来らい意いとは、 上かみの正宗しょうしゅうの五ご文もんならびに流る通ずうの初はじめの文もん、 但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうの義ぎ、 文もん理りともに顕あらわれ了りょうす。 しかるにいまこの文もんの意こころは、 諸しょ行ぎょう往おう生じょうの義ぎ、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの経きょう論ろん、 巻かんを重かさね軸じくを並ならべてともに正しょう法ぼう・末法まっぽうの間あいだに流布るふす、 誠まことに念仏ねんぶつと諸しょ行ぎょうとの両りょう行ぎょうの是非ぜひ傍ぼう正しょう、 暗あんにもつて定さだめがたし。 あるいは諸しょ行ぎょう往おう生じょうの経きょうを見みて諸しょ行ぎょう往おう生じょうの旨むねを執しゅうす、 あるいは念仏ねんぶつ往おう生じょうの経きょうを見みて念仏ねんぶつ往おう生じょうの旨むねを執しゅうす。 いずれか是ぜ、 いづれか非ひ、 仏ぶつにあらずは知しりがたし。

一ニ来意ト者、上ノ正宗ノ五文并ニ流通ノ初ノ文、但念仏往生ノ義、文理共ニ顕レ了ス。然ニ今此ノ文ノ意ハ、諸行往生ノ義、念仏往生ノ経論0318、重↠巻ヲ並テ↠軸ヲ共ニ流↢布ス正法・末法之間ニ↡、誠ニ念仏ト諸行トノ両行ノ是非傍正、暗ニ以テ難↠定。或ハ見↢諸行往生之経ヲ↡執↢諸行往生之旨ヲ↡、或ハ見↢念仏往生之経ヲ↡執ス↢念仏往生之旨ヲ↡。何カ是、何カ非、非ズ↠仏ニ者難シ↠知リ。

しかるにいままた百ひゃく年ねんの時とき但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうの意こころを挙あげて、 今いまの時ときの但たん念仏ねんぶつ往おう生じょうを勧すすむるなり。 これまたわたくしの義ぎにあらず、 浄じょう影ようの ¬双巻そうかん経ぎょう疏しょ¼ (大経義疏意) にいはく、 「後のちをもつて今いまを勧すすむ」 と。 ゆゑに上かみに次つぎてこの文もん来きたるなり。

然ニ今復 タ挙テ↢百年之時但念仏往生ノ意↡、勧↢今時ノ但念仏往生ヲ↡也。此 レ亦 タ非↢私ノ義ニ↡、浄影¬双巻経疏¼云、「以↠後ヲ勧↠今ヲ。」故ニ上ニ次テ此ノ文来也。

二にに↑くはしく重かさねて諸しょ行ぎょうを廃はいし念仏ねんぶつを明あかすとは、 諸しょ行ぎょうにつきて略りゃくして十じゅう三さんあり、 前さきに申もうすがごとし。 一いちには布施ふせ乃ない至し十じゅう三さんは不ふ染ぜん利り益やくなり。 要ようを取とりてこれをいふに、 十じゅう三さんのなかにつきて、 持じ戒かい往おう生じょうあり、 持じ経きょう往おう生じょうあり。

二ニ委重テ廃↢諸行ヲ↡明↢念仏ヲ↡者、付↢諸行ニ↡略有↢十三、如シ↢前ニ申↡。一ニハ布施乃至十三ハ不染利益也。取テ↠要ヲ言ニ↠之ヲ、付↢十三ノ中ニ↡、有↢持戒往生↡、有↢持経往生↡。

持じ戒かいといふは、 ¬四し分ぶん¼・¬五ご分ぶん¼・¬十誦じゅうじゅ¼・¬僧そう祗ぎ¼・¬梵網ぼんもう¼・¬地持じじ¼・¬纓絡ようらく¼ 等とうの大だい小しょうの戒きょう経かい、 三さん帰き・五ご戒かい乃ない至し声しょう聞もんの具ぐ足そく戒かい、 菩ぼ薩さつの十重じゅうじゅう・四し十じゅう八はち軽きょう戒かい乃ない至し三聚さんじゅ浄じょう戒かいを持たもつなり。 しかるにかの百ひゃく歳さいの時ときに経きょう道どう滅尽めつじんす。 これらの戒かい経きょうことごとく滅尽めつじんしなば、 かの時ときにすでに戒かい経きょうなし。 戒かい経きょうなきがゆゑに受戒じゅかいのものなし。 受戒じゅかいのものなきがゆゑに持じ戒かいのものなし。 持じ戒かいのものなきがゆゑに破は戒かいのものなし。 破は戒かいのものなきがゆゑにただ無む戒かいの衆しゅ生じょうのみあり。

云↢持戒ト↡者、依↢¬四分¼・¬五分¼・¬十誦¼・¬僧祗¼・¬梵網¼・¬地持¼・¬纓絡¼等ノ大小戒経↡、持↢三帰・五戒乃至声聞具足戒、菩薩十重・四十八軽戒乃至三聚浄戒ヲ↡也。然ニ彼ノ百歳ノ時ニ経道滅尽ス。是 レ等ノ戒経悉ク滅尽ナバ、彼ノ時ニ已ニ無↢戒経↡。無↢戒経↡故ニ無↢受戒ノ者 ノ↡。無↢受戒者↡故ニ無↢持戒ノ者 ノ↡。無↢持戒ノ者 ノ↡故ニ無↢破戒ノ者↡。無↢破戒ノ者↡故ニ有↢唯無戒衆生↡。

しかりといへどもただ至し誠じょうに弥陀みだの名みなを念ねんずれば、 つひに往おう生じょうを得うるなり。 この ¬経きょう¼ に持じ戒かいの言ことばありといへども、 いまだ持じ戒かいの行ぎょう相そうを説とかず。 持じ戒かいの行ぎょう相そうを説とくは、 広ひろく大だい小しょうの戒律かいりつにあり。 かの戒律かいりつまづ滅めっしなば、 持じ戒かいの行ぎょう何なにによりてかこれを修しゅせん。 ゆゑに善導ぜんどう釈しゃくして (礼讃) いはく、 「▲万年まんねん三宝さんぼう滅めつ」 等とうと。 云々。

雖↠然ト唯至誠ニ念↢弥陀ノ名ヲ↡、遂ニ得↢往生↡也。此ノ¬経ニ¼雖↠有↢持戒之言↡、未↠説↢持戒之行相ヲ↡。説↢持戒行相ヲ↡者ハ、広ク在↢大小ノ戒律ニ↡。彼ノ戒律先ヅ滅ナバ、持戒之行何ニ因テカ修ン↠之ヲ。故ニ善導釈云ク、「万年三宝滅」等 云云。

これをもつてこれを案あんずるに、 たとひ今いまの時ときのわれら、 もつぱら戒かい行ぎょうを持たもたずといへども、 もし一心いっしんに念仏ねんぶつせば、 何なんぞ往おう生じょうを遂とげざらん。 いはんや今日こんにち随分ずいぶんに一戒いっかい・二に戒かいを持たもたんをや。 ゆゑに知しりぬ、 別べつに戒品かいぼんを持たもたずといへども、 もしよく念仏ねんぶつせば、 往おう生じょう極楽ごくらくを遂とぐべしといふ事ことを。 このなかに聴ちょう聞もんに集しゅう来らいの人々ひとびと、 あるいは戒品かいぼんを持たもち、 あるいは戒かいを持たもたず、 持じ戒かいも破は戒かいも無む戒かいも、 一心いっしんに念仏ねんぶつして往おう生じょうを期ごすべし。

以テ↠之ヲ案0319ルニ↠之ヲ、設ヒ今時ノ我等、専雖↠不↠持↢戒行ヲ↡、若シ一心ニ念仏セバ、何ゾ不↠遂↢往生ヲ↡。況ヤ今日随分ニ持ム↢一戒・二戒ヲ↡哉。故ニ知ヌ、別ニ雖↠不↠持↢戒品ヲ↡、若シ能ク念仏セバ、遂ベシト↢往生極楽ヲ↡云事ヲ。此ノ中ニ聴聞集来ノ人人、或ハ持↢戒品ヲ↡、或ハ不↠持↠戒、持戒モ破戒モ無戒モ、一心ニ念仏シテ可↠期↢往生ヲ↡。

この ¬経きょう¼ に菩ぼ提だい心しんの言ことばありといへども、 いまだ菩ぼ提だい心しんの行ぎょう相そうを説とかず。 しかるに菩ぼ提だい心しんの行ぎょう相そうを説とくは、 広ひろく ¬菩ぼ提だい心しん経ぎょう¼ 等とうにあり。 かの ¬経きょう¼ まづ滅めっしなば、 菩ぼ提だい心しんの行ぎょう何なにによりてこれを修しゅしてか往おう生じょうしたまはん。

此ノ¬経ニ¼雖↠有↢菩提心之言↡、未ダ↠説↢菩提心之行相ヲ↡。而ニ説↢菩提心之行相ヲ↡者、広ク在↢¬菩提心経¼等ニ↡。彼ノ¬経¼先ヅ滅ナバ、菩提心之行何ニ因テ修シテカ↠之ヲ往生シ給ハン。

また次つぎに読誦どくじゅ往おう生じょうあり。 読誦どくじゅとは、 持じ経きょう・持じ呪じゅの往おう生じょうなり。 持じ経きょうにつきて、 ¬華け厳ごん¼ あり、 ¬法ほっ華け¼ ありおよび諸しょ大だい乗じょう経きょうあり。 しかるにいまかの百ひゃく歳さいの時ときの衆しゅ生じょうはこれらの諸しょ経きょう滅尽めつじんするがゆゑに、 この ¬経きょう¼ を持たもたずこの ¬経きょう¼ 留とどまるがゆゑに、 ¬経きょう¼ によりて念仏ねんぶつしてすなはち往おう生じょうを得うべし。 ゆゑに善導ぜんどう釈しゃくして (礼讃) いはく、 「万年まんねん三宝さんぼう滅めつ」等とうと。 云々。

復次ニ有↢読誦往生↡。読誦ト者、持経・持呪ノ往生也。付テ↢持経ニ↡、有↢¬華厳¼、有↢¬法華¼↡及ビ有↢諸大乗経↡。然ニ今彼ノ百歳ノ時ノ衆生ハ此等ノ諸経滅尽ルガ故ニ、雖↠不↠持↢此ノ¬経¼↡此ノ¬経¼留ルガ故ニ、依テ↠¬経ニ¼念仏シテ即得ベシ↢往生ヲ↡。故ニ善導釈シテ云、「万年三宝滅」等 云云。

これをもつてこれを案あんずるに、 今いまの時ときたとひ ¬華け厳ごん¼・¬法ほっ華け¼ 等とうを持たもたずといへども、 ただよく念仏ねんぶつせばなんぞ往おう生じょうを遂とげざらん。 いま聴ちょう聞もんに集しゅう来らいの人々ひとびとの御おん中ちゅうに、 あるいは ¬華け厳ごん¼ の普ふ賢げんの十じゅう願がんを持たもつ人ひとあり、 あるいは持たもたざる人ひとあり。 あるいは ¬法ほっ華け¼ を持たもつ人ひとあり、 あるいは持たもたざる人ひとあり。 諸しょ大だい乗じょう経きょうまたかくのごとし。 持じ経きょう・不ふ持じ経きょうを簡えらばず、 転読てんどく・不ふ転読てんどくを論ろんぜず、 往おう生じょうの志こころざし御おんましませばただよく弥陀みだの名みょう号ごうを念ねんずべし。

以テ↠之ヲ案ルニ↠之ヲ、今時設ヒ雖↠不↠持↢¬華厳¼・¬法華¼等ヲ↡、但能ク念仏セバ何ゾ不ン↠遂↢往生ヲ↡。今 マ聴聞集来ノ人人ノ御中ニ、或ハ有↧持ツ↢¬華厳ノ¼普賢ノ十願ヲ↡人↥、或ハ有↢不ル↠持人↡。或ハ有↧持ツ↢¬法華ヲ¼↡人↥、或ハ有↢不↠持人↡。諸大乗経亦 タ如↠此ノ。不↠簡↢持経・不持経ヲ↡、不↠論↢転読・不転読↡、往生ノ志 シ御坐唯能ク可↠念↢弥陀ノ名号ヲ↡。

次つぎに持じ呪じゅにつきて、 呪じゅとはこれ諸しょ陀羅尼だらになり。 陀羅尼だらににつきて、 随ずい求ぐあり、 尊そん勝しょうあり、 宝ほう篋きょう印いんあり、 光こう明みょう真言しんごんあり、 およびもろもろの神呪じんじゅあり。 持たもてばみな往おう生じょうを得う。 しかるにかの百ひゃく歳さいの時ときには経きょう道どう滅尽めつじんといひて、 これらの陀羅尼だらにことごとく滅尽めつじんすべし。 これによりてかの時ときの衆しゅ生じょう、 一人いちにんも持じ呪じゅのものあることなし。 もししかれば、 たとひ呪じゅを持たもたずといへども、 みな弥陀みだの名みょう号ごうを念ねんじてことごとく往おう生じょうを得う。 たとひ今いまの時ときのわれらも、 神呪じんじゅを持たもたずといへども、 もしよく念仏ねんぶつせばなんぞ往おう生じょうせざらん。

次ニ付テ↢持呪ニ↡、呪ト者此 レ諸陀羅尼也。付テ↢陀羅尼ニ↡、有↢随求↡、有↢尊勝↡、有↢宝篋ケウ印↡、有リ↢光明真言↡、及ビ有↢諸ノ神呪↡。持者皆得↢往生↡。然ニ彼ノ百歳0320ノ時ニハ云テ↢経道滅尽↡、此 レ等ノ陀羅尼悉ク滅尽スベシ。依↠之ニ彼ノ時ノ衆生、無シ↠有コト↢一人モ持呪ノ者 ノ↡。若シ然者、設ヒ雖↠不↠持↠呪、皆念↢弥陀ノ名号ヲ↡悉ク得↢往生↡。設ヒ今時ノ我等モ、雖↠不↠持↢神呪ヲ↡、若シ能ク念仏セバ何ゾ不ン↢往生セ↡。

これをもつてこれを知しりぬ、 今いまの時ときの聴ちょう聞もんの諸衆しょしゅ、 あるいは尊そん勝しょうを持たもつ人ひとあり、 あるいは持たもたざる人ひとあり。 あるいは宝ほう篋きょう印いん・光こう明みょう真言しんごんを持たもつ人ひとあり、 あるいは持たもたざる人ひとあり。 持じ呪じゅ・不持ふじ呪じゅを論ろんぜず。 もし往おう生じょうの志こころざしあらば、 ただ仏ぶつ名みょうを念ねんずべし。

以テ↠之ヲ知ヌ↠之ヲ、今時ノ聴聞ノ諸衆、或ハ有↧持↢尊勝ヲ↡人↥、或ハ有↢不ル↠持人↡。或ハ有↧持↢宝篋印・光明真言ヲ↡人↥、或ハ有↢不ル↠持人↡。不↠論↢持呪・不持呪ヲ↡。若有バ↢往生ノ志↡、唯可↠念↢仏名ヲ↡。

ゆゑに善導ぜんどうの ¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ に釈しゃくしていはく、 「万年まんねんに三宝さんぼう滅めっせんに、 この ¬経きょう¼ 住じゅうすること百ひゃく年ねんせん。 その時とき一念いちねんを聞きかば、 みなまさにかしこに得とく生しょうすべし」 と。

○故ニ善導ノ¬往生礼讃ニ¼釈シテ云、「万年三宝滅、此¬経¼住百年。爾時聞↢一念↡、皆当↠得↢生彼↡。」

この文もんを釈しゃくするに、 略りゃくして四しの意こころあり。 一いちには聖しょう道どうと浄じょう土どとの二に教きょう住じゅう滅めつの前ぜん後ご、 二にには十方じっぽうと西方さいほうとの二に教きょう住じゅう滅めつの前ぜん後ご、 三さんには都と率そつと西方さいほうとの二に教きょうの住じゅう滅めつの前ぜん後ご、 四しには念仏ねんぶつと諸しょ行ぎょうとの住じゅう滅めつの前ぜん後ごなり。

◇釈ルニ↢此ノ文ヲ↡、略シテ有↢四ノ意↡。一ニ者聖道ト浄土トノ二教住滅ノ前後、二ニ者十方ト西方トノ二教住滅ノ前後、三ニ者都率ト西方トノ二教ノ住滅ノ前後、四ニ者念仏ト諸行トノ住滅ノ前後也。

一に↑聖しょう道どうと浄じょう土どとの二に教きょうの住じゅう滅めつの前ぜん後ごとは、 いはく聖しょう道どう門もんの諸しょ経きょうはまづ滅めっす、 ゆゑに 「経きょう道どう滅尽めつじん」 といふ。 浄じょう土ど門もんのこの ¬経きょう¼ は特ひとり留とどまるゆゑに 「止し住じゅう百ひゃく歳さい」 といふなり。 まさに知しるべし、 聖しょう道どうの機き縁えんは浅薄せんぱくにして、 浄じょう土どの機き縁えんは深厚じんこうなり。

◇一ニ聖道ト浄土トノ二教ノ住滅ノ前後ト者、謂ク聖道門ノ諸経ハ先滅ス、故ニ云↢「経道滅尽ト」↡。浄土門ノ此ノ¬経ハ¼特リ留ル故ニ云↢「止住百歳ト」↡也。当ニ↠知ル、聖道機縁ハ浅薄ニシテ、浄土ノ機縁ハ深厚也。

二にに↑十方じっぽうと西方さいほうとの二に教きょうの住じゅう滅めつの前ぜん後ごとは、 いはく十方じっぽう浄じょう土ど往おう生じょうの諸しょ教きょうはまづ滅めつす、 ゆゑに 「経きょう道どう滅尽めつじん」 といふ。 西方さいほう浄じょう土ど往おう生じょうのこの ¬経きょう¼ は特ひとり留とどまるゆゑに 「止し住じゅう百ひゃく歳さい」 といふなり。まさに知しるべし、 十方じっぽう浄じょう土どの機き縁えんは浅薄せんぱくにして、 西方さいほう浄じょう土どの機き縁えんは深厚じんこうなり。

◇二ニ十方ト西方トノ二教住滅前後ト者、謂ク十方浄土往生ノ諸教ハ先ヅ滅ス、故ニ云↢「経道滅尽ト」↡。西方浄土往生ノ此¬経ハ¼特リ留ル故ニ云↢「止住百歳ト」↡也。当ニ↠知ル、十方浄土ノ機縁ハ浅薄ニシテ、西方浄土ノ機縁ハ深厚也。

三さんに↑都と率そつと西方さいほうとの二に教きょうの住じゅう滅めつの前ぜん後ごとは、 いはく ¬上生じょうしょう¼・¬心しん地じ¼ 等とうの上生じょうしょう都と率そつの諸しょ教きょうはまづ滅めっす、 ゆゑに 「経きょう道どう滅尽めつじん」 といふ。 往おう生じょう西方さいほうのこの ¬経きょう¼ は特ひとり留とどまるゆゑに 「止し住じゅう百ひゃく歳さい」 といふなり。 まさに知しるべし、 都と率そつは近ちかしといへども縁えん浅あさし、 極楽ごくらくは遠とおしといへども縁えん深ふかきなり。

◇三ニ都率ト西方トノ二教ノ住滅ノ前後ト者、謂ク¬上生¼・¬心地¼等ノ上生都率ノ諸教先0321ヅ滅ス、故ニ云↢「経道滅尽ト」↡。往生西方ノ此ノ¬経ハ¼特リ留ル故ニ云↢「止住百歳ト」↡也。当ニ↠知ル、都率ハ雖↠近ト縁浅シ、極楽ハ雖↠遠ト縁深キ也。

四しに↑念仏ねんぶつと諸しょ行ぎょうとの二に行ぎょうの住じゅう滅めつの前ぜん後ごとは、 諸しょ行ぎょう往おう生じょうの諸しょ教きょうはまづ滅めっす、 ゆゑに 「経きょう道どう滅尽めつじん」 といふ。 念仏ねんぶつ往おう生じょうのこの ¬経きょう¼ は特ひとり留とどまるゆゑに 「止し住じゅう百ひゃく歳さい」 といふなり。 まさに知しるべし、 諸しょ行ぎょう往おう生じょうの機き縁えんはもつとも浅あさし、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの機き縁えんははなはだ厚あつきなり。 しかのみならず諸しょ行ぎょう往おう生じょうの縁えんは少すくなく、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの縁えんは多おおし。 また諸しょ行ぎょうの往おう生じょうは近ちかく末法まっぽう万年まんねんの時ときに局かぎれり、 念仏ねんぶつ往おう生じょうは遠とおく法滅ほうめつ百ひゃく歳さいの代だいを霑うるおすなり。

◇四ニ念仏ト諸行トノ二行ノ住滅ノ前後ト者、諸行往生ノ諸教ハ先滅ス、故ニ云↢「経道滅尽ト」↡。念仏往生ノ此ノ¬経ハ¼特リ留ル故ニ云↢「止住百歳ト」↡也。当ニ↠知ル、諸行往生ノ機縁ハ最モ浅シ、念仏往生ノ機縁ハ甚厚キ也。◇加之諸行往生ノ縁ハ少ク、念仏往生ノ縁ハ多シ。又 タ諸行ノ往生ハ近ク局レリ↢末法万年之時ニ↡、念仏往生ハ遠ク霑ス↢法滅百歳之代ヲ↡也。

問とひていはく、 すでに 「↑我以がい慈悲じひ哀愍あいみん、 特どく留る此し経きょう止し住じゅう百ひゃく歳さい」 といふ。 もししかれば、 釈しゃく尊そん慈悲じひをもつてしかも経教きょうきょうを留とどめたまはば、 いづれの経きょういづれの教きょうかしかも留とどめたまはざらんや。 しかもなんぞ余よ経きょうを留とどめずただこの ¬経きょう¼ を留とどめたまふや。

◇問曰ク、既ニ云↢「我以慈悲哀愍、特留此経止住百歳ト」↡。若シ而者、釈尊以↢慈悲ヲ↡而モ留タマハヾ↢経教ヲ↡、何ノ経何ノ教カ而モ不ン↠留タマハ也。而モ何ゾ不↠留メ↢余経ヲ↡唯留タマフ↢此¬経ヲ¼乎。

答こたへていはく、 たとひいづれの経きょうを留とどむといへども、 別べつに一いっ経きょうを指ささばまたこの難なんを避さらじ。 ただし特ひとりこの ¬経きょう¼ を留とどめたまふはその深じん意いあるか。 もし善導ぜんどう和か尚しょうの意こころによらば、 この ¬経きょう¼ のなかにすでに弥陀みだ如来にょらいの念仏ねんぶつ往おう生じょうの本願ほんがんを説とく。 釈しゃ迦かの慈悲じひ念仏ねんぶつを留とどめんがために、 殊ことにこの ¬経きょう¼ を留とどめたまふ。 余よ経きょうのなかには、 いまだ弥陀みだ如来にょらいの念仏ねんぶつ往おう生じょうの本願ほんがんを説とかず、 ゆゑに釈しゃく尊そんの慈悲じひもつてしかもこれを留とどめたまはざるなり。

◇答曰ク、縦ヒ雖ドモ↠留ト↢何ノ経↡、別ニ指サ↢一経ヲ↡者亦 タ不↠避ラ↢此ノ難ヲ↡。但特リ留タマフハ↢此ノ¬経ヲ¼↡有ル↢其ノ深意↡歟。◇若シ依↢善導和尚ノ意ニ↡者、此¬経¼之中ニ已ニ説↢弥陀如来ノ念仏往生ノ本願ヲ↡。釈迦慈悲為↠留ンガ↢念仏ヲ↡、殊ニ留↢此ノ¬経ヲ¼↡。余経之中ニハ、未ダ↠説↢弥陀如来念仏往生ノ本願ヲ↡、故ニ釈尊ノ慈悲以テ而モ不↠留↠之ヲ也。

およそ四し十じゅう八はち願がんみな本願ほんがんなりといへども、 殊ことに念仏ねんぶつをもつて往おう生じょうの規のりとす。 ゆゑに善導ぜんどう釈しゃくして (法事讃巻上) いはく、 「弘ぐ誓ぜい多た門もんにして四し十じゅう八はちなれども、 ひとへに念仏ねんぶつを標ひょうしてもつとも親しんとす。 人ひとよく仏ぶつを念ねんずれば、 仏ぶつ還かへりて念ねんじたまふ。 専心せんしんに仏ぶつを想おもへば、 仏ぶつ人ひとを知しりたまふ」 と。 以上 ゆゑに知しりぬ、 四し十じゅう八はち願がんのなかに、 すでに念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんをもつてしかも本願ほんがんのなかのあるじとなすなり。 これをもつて釈しゃ迦かの慈悲じひ特ことにこの ¬経きょう¼ をもつて止し住じゅうすること百ひゃく歳さいなり。

◇凡ソ四十八願皆雖↢本願ナリト↡、殊ニ以テ↢念仏ヲ↡為↢往生ノ規ト↡。故ニ善導釈シテ云ク、「弘誓多門ニシテ四十八ナレドモ、偏ニ標↢念仏ヲ↡最為↠親ト。人能ク念レバ↠仏ヲ、仏還テ念タマフ。専心ニ想ヘバ↠仏ヲ、仏知タマフ↠人。」已上 ◇故ニ知ヌ、四十八願之中ニ、既ニ以↢念仏往生之願0322ヲ↡而モ為ス↢本願之中ノ主ト↡也。◇是ヲ以テ釈迦ノ慈悲特ニ以テ↢此ノ¬経ヲ¼↡止住コト百歳也。

例れいせばかの ¬観かん無む量りょう寿じゅ経きょう¼ のなかに、 定じょう散さんの行ぎょうを付ふ属ぞくせず、 ただ孤ひとり念仏ねんぶつの行ぎょうを付ふ属ぞくしたまふがごとし。 これすなはちかの仏ぶつの願がんに順じゅんずるがゆゑに、 念仏ねんぶつの一いち行ぎょうを付ふ属ぞくするなり。

◇例セバ如↧彼ノ¬観無量寿経ノ¼中ニ、不↣付↢属定散之行ヲ↡、唯孤リ付↦属タマフガ念仏之行ヲ↥。是 レ即チ順ルガ↢彼ノ仏ノ願ニ↡之故ニ、付↢属スル念仏ノ一行ヲ↡也。

問とひていはく、 百ひゃく歳さいの間あいだ念仏ねんぶつを留とどむべきこと、 その理りしかるべし。 この念仏ねんぶつの行ぎょうはただかの時ときの機きに被かぶらんとやせん、 はた正しょう像末ぞうまつの機きに通つうずとやせん。

◇問曰ク、百歳之間可コト↠留↢念仏ヲ↡、其ノ理可↠然ル。此ノ念仏ノ行ハ唯為ン↠被ムトヤ↢彼ノ時ノ機ニ↡、将 タ為ン↠通トヤ↢於正像末之機ニ↡也。

答こたへていはく、 広ひろく正しょう像末ぞうまつに通つうずべし。

◇答曰ク、広ク可↠通↢於正像末ニ↡。

また次つぎに諸しょ宗しゅう諸しょ家けの甚深じんじん理り観かんの行ぎょうあり。 いはく法相ほっそう宗しゅうの五ご重じゅう唯識ゆいしき・三さん性しょう三さん無む性しょうの観かん、 三論さんろん宗しゅうの八はっ不ぷ中ちゅう道どう・勝しょう義ぎ皆空かいくうの観かん、 華け厳ごん宗しゅうの十じゅう玄げん・六相ろくそう・法界ほっかい円えん融にゅうの観かん、 天台てんだい宗しゅうの一念いちねん三千さんぜん・一心いっしん三諦さんたいの観かん、 達だつ磨ま宗しゅうの即心そくしん是ぜ仏ぶつ・一念いちねん不ふ生しょうの観かん、 真言しんごん宗しゅうの阿字あじ本ほん不ふ生しょう・三密さんみつ同体どうたいの観かん。

復次ニ有リ↢諸宗諸家ノ甚深理観之行↡。云ク法相宗ノ五重唯識・三性三無性ノ観、三論宗ノ八不中道・勝義皆空ノ観、華厳宗ノ十玄・六相・法界円融ノ観、天臺宗ノ一念三千・一心三諦ノ観、達磨宗ノ即心是仏・一念不生ノ観、真言宗ノ阿字本不生・三密同体ノ観。

これらのもろもろの理り観かんの法ほうはみな経きょう論ろんによりてこれを建こん立りゅうす。 しかるにかの時ときにすでに所しょ依えの経きょうことごとく滅尽めつじんしなば、 能のう依えの章しょう疏しょみな塵埃じんかいとなるべし。 八はっ宗しゅう・九く宗しゅうの章しょう疏しょことごとく滅尽めつじんしなば、 何なにによりてかの時ときの衆しゅ生じょう理り観かんを修しゅせん。 しかりといへども独ひとりこの ¬経きょう¼ を留とどむるゆゑに、 この ¬経きょう¼ によりて理り観かんを修しゅせずといへども、 弥陀みだの名みなを称しょうし、 一心いっしんに乱みだれずは、 みな往おう生じょうすることを得うべし。

此 レ等ノ諸ノ理観ノ法ハ皆 ナ依テ↢経論ニ↡建↢立ス之ヲ↡。然ニ彼ノ時ニ已ニ所依ノ経悉ク滅尽ナバ、能依ノ章疏皆 ナ成ルベシ塵埃ト↡。八宗・九宗ノ章疏悉ク滅尽ナバ、依テカ↠何ニ彼ノ時ノ衆生修ン↢理観↡。雖ドモ↠然ト独リ留↢此¬経ヲ¼故ニ、依↢此ノ¬経ニ¼↡雖↠不↠修↢理観ヲ↡、称↢弥陀ノ名ヲ↡、一心ニ不ハ↠乱、皆得ベシ↢往生コトヲ↡。

これをもつてこれを思おもふに、 今いまの時ときのわれら、 たとひ法相ほっそう・三論さんろんの学がく徒となりといへども、 五ご重じゅう唯識ゆいしき・勝しょう義ぎ皆空かいくうの観かんをも修しゅせず。 たとひ華け厳ごん・天台てんだいの門人もんにんなりといへども、 法界ほっかい円えん融にゅう・一念いちねん三千さんぜんの観かんをも修しゅせず。 たとひ禅門ぜんもん・三密さんみつの行ぎょう者じゃなりといへども、 即心そくしん是ぜ仏ぶつ・阿字あじ本空ほんくうを観かんぜずとも、 なんぞ一心いっしんに称名しょうみょうして往おう生じょうせざらんや。

以↠之ヲ思↠之ヲ、今時ノ我 レ等、設ヒ雖↠為↢法相・三論ノ学徒↡、不ズ↠修↢五重唯識・勝義皆空ノ観ヲモ↡。設ヒ雖↠為↢華厳・天臺ノ門人↡、不↠修↢法界円融・一念三千ノ観ヲモ↡。設雖↠為↢禅門・三密ノ行者↡、不トモ↠観↢即心是仏・阿字本空ヲ↡、何ゾ一心ニ称名シテ不ン↢往生↡哉。

これをもつてこれを案あんずるに、 いま聴ちょう聞もんの諸衆しょしゅの御おん中ちゅうに、 あるいは五ご重じゅう唯識ゆいしき・勝しょう義ぎ皆空かいくうの観かんを修しゅする人ひともあり、 あるいは修しゅせざる人ひともあり。 あるいは華け厳ごん・天台てんだいの観門かんもんを修しゅする人ひともあり、 修しゅせざる人ひともあり。 あるいは禅門ぜんもん・三密さんみつの即心そくしん是ぜ仏ぶつ・阿字あじ本空ほんくうを修しゅする人ひともあり、 修しゅえざる人ひともあり。 諸しょ宗しゅうの理り観かんにおいて修しゅ習じゅうするものに、 往おう生じょう極楽ごくらく沙汰さたに及およばず。 たとひ理り観かんを修しゅせずといへども、 本願ほんがんを馮たのみて一心いっしんに称しょう念ねんせば、 なんぞ往おう生じょうを遂とげざらん。

以↠之ヲ案ルニ↠之0323ヲ、今聴聞ノ諸衆ノ御中ニ、或ハ有↧修スル↢五重唯識・勝義皆空ノ観ヲ↡人モ↥、或ハ有↢不ル↠修人モ↡。或ハ有↧修スル↢華厳・天臺ノ観門ヲ↡人モ↥、有↢不ル↠修人モ↡。或ハ有↧修スル↢禅門・三密ノ即心是仏・阿字本空ヲ↡人モ↥、有↢不ル↠修人モ↡。於テ↢諸宗ノ理観ニ↡於↢修習スル者ニ↡、往生極楽不↠及↢沙汰↡。設ヒ雖↠不↠修↢理観ヲ↡、馮テ↢本願ヲ↡一心ニ称念セ者バ、何ゾ不ン↠遂↢往生ヲ↡。

次つぎにただ名みょう号ごうを唱となふる事こと盛さかりなるがゆゑに、 善導ぜんどう釈しゃくして (礼讃) いはく、 「万年まんねん三宝さんぼう滅めつ」 と。 云々 始し皇こう五ご経きょうの ¬毛もう詩し¼ を焼やくも誦じゅ失しっせず、 人口じんこうにあるがゆゑに。 弥陀みだの名みょう号ごうを称しょうするもこれに例れいすべし ゆゑに知しりぬ、 往おう生じょう極楽ごくらくの道どうはもつぱら弥陀みだの名みょう号ごうを念ねんずるに過すぎたるはなし 云々。

次ニ唯唱↢名号ヲ↡事盛ルガ故ニ、善導釈云ク、「万年三宝滅。」云云 ▼始皇焼↢五経¬毛詩¼↡不↠失↠誦、在↢人口↡之故。称↢弥陀名号↡可↠例↠之 故ニ知ヌ、往生極楽ノ道ハ専無シ↠過↠念↢弥陀ノ名号ヲ↡ 云云。

次つぎになんがゆゑぞ独ひとり念仏ねんぶつの行ぎょう昌さかりなるや。 いまこの ¬経きょう¼ のなかにくはしくこれを尋たずぬれば、 傍ぼう正しょうにおいてこれを論ろんぜば、 念仏ねんぶつをもつて正しょうとなす、 諸しょ行ぎょうをもつて傍ぼうとなす。 ゆゑに知しりぬ、 往おう生じょうの行ぎょうは、 念仏ねんぶつをもつて正しょうとし、 諸しょ行ぎょうをもつて傍ぼうとす。 しかればすなはち今いまの行ぎょう人にん傍ぼうを捨すてて正しょうを行おこなふをなす 云々。 次つぎに玄通げんつうの縁えん、 その文もん別べつにあり

次ニ何ガ故ゾ独念仏ノ行昌ナルヤ耶。今此ノ¬経ノ¼中ニ委ク尋↠之ヲ者、於↢傍正ニ↡論↠之ヲ者、以↢念仏↡為ス↠正ト、以テ↢諸行↡為ス↠傍ト。故ニ知ヌ、往生之行者、以テ↢念仏ヲ↡為↠正ト、以↢諸行ヲ↡為↠傍ト。然バ則今行人捨テ↠傍ヲ為↠行フヲ↠正ヲ 云云。 次玄通縁、其文有↠別

そもそも上かみには善導ぜんどう・道どう綽しゃくの御おん意こころを捜さぐり、 下しもに ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ 等とうの意こころによりて、 殊ことに愚意ぐいを抽ぬきいでて、 両りょう巻かんの経きょう文もんにおいて要ようを取とり詮せんを抽ぬきて、 ほぼ解げ釈しゃくしおはりぬ。 もし万まんが一いちも仏ぶつ意いに階かなふ事ことあらば、 願ねがはくは自他じたともに浄じょう土どに帰きし菩ぼ提だいにおいておのおの不ふ退たいを得えしめんとす。 ▲もし文もん理りにおいて謬あやまりあらば、 願ねがはくは大衆だいしゅの御ご証誠しょうじょうを仰あおぎよろしく三宝さんぼうの照しょう見けんを馮たのむべし、 仰あおぎ乞こひねがはくは 云々。

抑上ニハ捜リ↢善導・道綽ノ御意ヲ↡、下ニ依テ↢¬往生要集¼等ノ意ニ↡、殊ニ抽デヽ↢愚意ヲ↡、於テ↢両巻ノ経文ニ↡取↠要ヲ抽テ↠詮ヲ、粗解釈シ了ヌ。若シ有バ↧万ガ一モ階コト↢仏意ニ↡事↥、願クハ為↧自他倶ニ帰↢浄土ニ↡於↢菩提ニ↡各ノ令↞得↢不退↡。若シ於↢文理ニ↡有ラ↠謬者バ、願ハ仰↢大衆ノ御証誠ヲ↡宜ク↠馮↢三宝照見ヲ↡、仰乞 云云。

 

無0324量寿経釈

 

延書は底本の訓点に従って有国が行った。 なお、 訓(ルビ)の表記は現代仮名遣いにしている。
底本は龍谷大学蔵寛永九年刊本 ¬三部経私記¼。
流通 以下に該当する本文なし。
三・四・五・六 同内容の別項目に置き換わっている。