0600しょう ぞう まつ  さん

 

^*¬般舟はんじゅ三昧ざんまいぎょうどうおうじょうさん¼ にいはく

^うやもふて一切いっさいおうじょうしきとうにまふさく。 おおきにすべからくざんすべし。 しゃ如来にょらいじつにこれ慈悲じひ父母ぶもなり。 種々しゅじゅ方便ほうべんをしてわれらがじょう信心しんじんほっせしめたまふ。」

夢告讃

^*康元こうげんさい ひのとのみ がつここぬかの

*とらのときゆめげていはく

 

(1)

弥陀みだ本願ほんがんしんずべし

本願ほんがんしんずるひとはみな

摂取せっしゅしゃやくにて

じょうかくをばさとるなり

 

三時讃
  二教の興廃
   道教の衰滅

しょうぞうまつのじょうさん

禿とく善信ぜんしんあつむ

(2)

しゃ如来にょらい*かくれましまして

せんねんになりたまふ

しょうぞう二時にじはをはりにき

如来にょらい*遺弟ゆいていきゅうせよ

カナシミナクベシ

(30601)

末法まっぽうじょくじょう

*行証ぎょうしょうかなはぬときなれば

しゃ遺法ゆいほうことごとく

りゅうにいりたまひにき

(4)

しょうぞうまつさんには

弥陀みだ本願ほんがんひろまれり

*ぞう末法まっぽうのこのには

諸善しょぜんりゅうにいりたまふ

   五濁の相状

(5)

¬*大集だいじっきょう¼ にときたまふ

この*だいひゃくねん

*とうじょうけんなるゆゑに

びゃくほう隠滞おんたいしたまへり

(6)

数万しゅまんざいじょう

ほうやうやくおとろへて

まんざいにいたりては

じょくあくをえたり

(7)

こうじょくのときうつるには

じょうやうやくしんしょうなり

じょく悪邪あくじゃまさるゆゑ

毒蛇どくじゃあくりゅうのごとくなり

(8)

みょう煩悩ぼんのうしげくして

塵数じんじゅのごとく遍満へんまん

愛憎あいぞうじゅんすることは

こう岳山がくざんにことならず

タカキミネオカニアクノコヽロヲタトヘタリ

(90602)

じょう邪見じゃけんじょうにて

叢林そうりんこくのごとくなり

クサムラハヤシムバラカラタチノゴトクアクノ心シゲキナリ

念仏ねんぶつ信者しんじゃほうして

破壊はえ瞋毒しんどくさかりなり

ヤブリイカリハラダツナリ

(10)

命濁みょうじょくちゅうようせつにて

ヒトノイノチミジカクモロシトナリ

しょうほう滅亡めつもう

*はいしょうじゃまさるゆゑ

タヾシキコトヲソムキヒガゴトヲコノムナリ

*おう*あだをぞおこしける

ヨコサマ

   浄土の一門

(11)

末法まっぽうだいひゃくねん

この一切いっさいじょう

如来にょらいがんしんぜずは

しゅつそのはなかるべし

(12)

じゅうしゅをけがす

ゆいぶつ一道いちどうきよくます

だいしゅっとうしてのみぞ

たくやくねんなる

シヤバセカイヲイフナリ

(13)

じょく時機じきいたりては

道俗どうぞくともにあらそひて

念仏ねんぶつしんずるひとをみて

ほうめつさかりなり

ウタガフ

ソシル

ヤブル

(14)

*だいをうまじきひとはみな

専修せんじゅ念仏ねんぶつにあだをなす

とんぎょうめつのしるしには

しょう大海だいかいきはもなし

   聖道の難成

(150603)

しょうぼう時機じきとおもへども

ていぼんとなれる

ボムナウアクノ人ボムブヲテイゲトイフナリ

清浄しょうじょう真実しんじつのこころなし

ほつだいしんいかがせん

(16)

*りきしょうどうだい

こころもことばもおよばれず

じょうもつてんぼん

いかでかほっせしむべき

(17)

さんごうしゃ諸仏しょぶつ

しゅっのみもとにありしとき

*だいだいしんおこせども

りきかなはでてんせり

   浄土の隆盛

(18)

像末ぞうまつじょくとなりて

しゃゆいきょうかくれしむ

弥陀みだがんひろまりて

念仏ねんぶつおうじょうさかりなり

   浄土の易成
    大悲の根本

(19)

ちょうじょう摂取せっしゅ

せんじゃくこうゆいして

こうみょう寿じゅみょう誓願せいがん

だいほんとしたまへり

    回向の信心

(20)

じょうだいだいしん

がんぶつしんをすすめしむ

すなはちがんぶつしん

しゅじょうしんとなづけたり

(210604)

しゅじょうしんといふことは

ヨロヅノシユジヤウホトケニナサントナリ

弥陀みだがんこうなり

こうしんぎょううるひとは

だいはつはんをさとるなり

(22)

如来にょらいこうにゅうして

がんぶつしんをうるひとは

*りきこうをすてはてて

やくじょうはきはもなし

    信心の勝益

(23)

弥陀みだがん海水かいすい

ミダノホングワンヲウミニタトヘマフスナリ

りき信水しんすいいりぬれば

真実しんじつほうのならひにて

煩悩ぼんのうだいいちなり

ボムナウトクドクトヒトツニナルナリ

(24)

如来にょらいしゅこう

ふかくしんずるひとはみな

とうしょうがくにいたるゆゑ

憶念おくねんしんはたえぬなり

(25)

弥陀みだがんこう

しんぎょうまことにうるひとは

摂取せっしゅしゃやくゆゑ

とうしょうがくにいたるなり

(26)

*じゅう六億ろくおく七千しちせんまん

ろくさつはとしをへん

まことの信心しんじんうるひとは

このたびさとりをひらくべし

(270605)

念仏ねんぶつおうじょうがんにより

とうしょうがくにいたるひと

すなはちろくにおなじくて

だいはつはんをさとるべし

(28)

真実しんじつ信心しんじんうるゆゑに

すなはちじょうじゅにいりぬれば

しょろくにおなじくて

じょうかくをさとるなり

    信心の結勧

(29)

*像法ぞうぼうのときのにん

りきしょきょうをさしおきて

時機じき相応そうおうほうなれば

念仏ねんぶつもんにぞいりたまふ

(30)

弥陀みだ尊号そんごうとなへつつ

しんぎょうまことにうるひとは

憶念おくねんしんつねにして

仏恩ぶっとんほうずるおもひあり

(31)

じょくあくじょう

せんじゃく本願ほんがんしんずれば

不可ふかしょう不可ふかせつ不可ふか思議しぎ

どくぎょうじゃにみてり

  二尊の本意
   久還の化導

(32)

無礙むげこうぶつのみことには

らいじょうせんとて

だいせいさつ

智慧ちえ念仏ねんぶつさづけしむ

(330606)

じょくじょうをあはれみて

せい念仏ねんぶつすすめしむ

信心しんじんのひとを摂取せっしゅして

じょうにゅうせしめけり

   二尊の一致
    二尊の慈悲

(34)

しゃ弥陀みだ慈悲じひよりぞ

がんぶつしんはえしめたる

信心しんじん智慧ちえにいりてこそ

仏恩ぶっとんほうずるとはなれ

    弥陀の悲願

(35)

智慧ちえ念仏ねんぶつうることは

法蔵ほうぞう願力がんりきのなせるなり

信心しんじん智慧ちえなかりせば

いかでかはんをさとらまし

(36)

みょうじょうとうなり

ツネノトモシビヲトウトイフ

オホキナルトモシビヲコトイフ

ツネノトモシビヲミダノホングワンニタトヘマフスナリ

げんくらしとかなしむな

しょう大海だいかい船筏せんばつなり

フネ

イカダ

ざいしょうおもしとなげかざれ

(37)

願力がんりきぐうにましませば

罪業ざいごうじんじゅうもおもからず

ぶっへんにましませば

散乱さんらん放逸ほういつもすてられず

チリミダルホシキマヽノコヽロトイフ

(38)

如来にょらいがんをたづぬれば

のうじょうをすてずして

こう*しゅとしたまひて

だいしんをばじょうじゅせり

(390607)

真実しんじつ信心しんじん称名しょうみょう

弥陀みだこうほうなれば

こうとなづけてぞ

りきしょうねんきらはるる

(40)

弥陀みだがん広海こうかい

ぼん善悪ぜんあく心水しんすい

ボンブノゼンノコヽロアクノ心ミヅニタトヘタルナリ

にゅうしぬればすなはちに

だいしんとぞてんずなる

アクノ心ゼントナルヲテンズルナリトイフナリ

    釈迦の慈誡

(41)

造悪ぞうあくこのむわが弟子でし

邪見じゃけん放逸ほういつさかりにて

まっにわがほうすべしと

¬*れんめんぎょう』にときたまふ

(42)

念仏ねんぶつほうじょう

阿鼻あびごくざいして

ムケンヂゴクナリ

八万はちまんこうちゅうだいのう

ひまなくうくとぞときたまふ

    二尊の遣喚

(43)

真実しんじつほうしょういん

そんのみことにたまはりて

正定しょうじょうじゅじゅうすれば

かならずめつをさとるなり

   諸仏の証誡

(44)

十方じっぽうりょう諸仏しょぶつ

証誠しょうじょうねんのみことにて

りきだいだいしん

かなはぬほどはしりぬべし

(450608)

真実しんじつ信心しんじんうることは

末法まっぽうじょくにまれなりと

恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ証誠しょうじょう

えがたきほどをあらはせり

  遇法の恩徳
   二種の回向

(46)

往相おうそう還相げんそうこう

*まうあはぬとなりにせば

てんりんもきはもなし

かい沈淪ちんりんいかがせん

(47)

ぶっ思議しぎしんずれば

正定しょうじょうじゅにこそじゅうしけれ

*しょうのひとは智慧ちえすぐれ

じょうかくをぞさとりける

(48)

思議しぎぶっしんずるを

ほういんとしたまへり

信心しんじんしょういんうることは

かたきがなかになほかたし

(49)

無始むしてんをすてて

じょうはんすること

如来にょらいしゅこう

恩徳おんどくまことにしゃしがたし

(50)

ほう信者しんじゃはおほからず

ぎょうじゃはかずおほし

*りきだいかなはねば

おんごうよりてんせり

(510609)

南無なも弥陀みだぶつこう

恩徳おんどく広大こうだい思議しぎにて

*往相おうそうこうやくには

還相げんそうこうにゅうせり

(52)

往相おうそうこうだいより

還相げんそうこうだいをう

如来にょらいこうなかりせば

じょうだいはいかがせん

   教化の恩徳

(53)

弥陀みだ観音かんのんだいせい

大願だいがんのふねにじょうじてぞ

しょうのうみにうかみつつ

じょう*よばうてのせたまふ

(54)

弥陀みだだい誓願せいがん

ふかくしんぜんひとはみな

ねてもさめてもへだてなく

南無なも弥陀みだぶつをとなふべし

(55)

しょうどうもんのひとはみな

りきしん*むねとして

りき思議しぎにいりぬれば

なきをとすしんせり

(56)

しゃきょうぼうましませど

しゅすべきじょうのなきゆゑに

さとりうるもの末法まっぽう

一人いちにんもあらじとときたまふ

(570610)

*さんちょうじょうだいとう

哀愍あいみんしょうじゅしたまひて

真実しんじつ信心しんじんすすめしめ

じょうじゅのくらゐにいれしめよ

(58)

りき信心しんじんうるひとを

うやまひおほきによろこべば

すなはちわがしんぞと

きょうしゅそんはほめたまふ

   報謝の結勧

(59)

如来にょらいだい恩徳おんどく

にしてもほうずべし

しゅしき恩徳おんどく

ほねをくだきてもしゃすべし

じょうしょうぞう末法まっぽうさん じゅう八首はっしゅ

 

誡疑讃
  疑惑の過失

(60)

りょうぶっのしるしには

如来にょらいしょわくして

*罪福ざいふくしん*善本ぜんぽん

たのめばへんにとまるなり

(61)

ぶっ思議しぎをうたがひて

りきしょうねんこのむゆゑ

へんまんにとどまりて

仏恩ぶっとんほうずるこころなし

(620611)

罪福ざいふくしんずるぎょうじゃ

ぶっ思議しぎをうたがひて

じょうたいにとどまれば

三宝さんぼうにはなれたてまつる

(63)

ぶっわくのつみにより

まんへんにとまるなり

わくのつみのふかきゆゑ

*年歳ねんさい劫数こうしゅをふるととく

(64)

転輪てんりんのうおう

おうにつみをうるゆゑに

こんをもちてつなぎつつ

牢獄ろうごくにいるがごとくなり

(65)

りき称名しょうみょうのひとはみな

如来にょらい本願ほんがん*しんぜねば

うたがふつみのふかきゆゑ

*七宝しっぽうごくにぞいましむる

(66)

信心しんじんのひとにおとらじと

しんりきぎょうじゃ

如来にょらいだいおんをしり

称名しょうみょう念仏ねんぶつはげむべし

(67)

りき諸善しょぜんのひとはみな

ぶっ思議しぎをうたがへば

ごうとくどうにて

七宝しっぽうごくにぞいりにける

(680612)

ぶっ思議しぎをうたがひて

*善本ぜんぽん徳本とくほんたのむひと

へんまんにうまるれば

だいだいはえざりけり

  疑惑の貶斥

(69)

本願ほんがんわくぎょうじゃには

がんしゅつのひともあり

わくしょうへんときらひつつ

アルヒハヘンヂニムマレ

わくたいとすてらるる

アルイハクタイニオツ

  胎生の辺地

(70)

如来にょらいしょわくして

しんぜずながらなほもまた

罪福ざいふくふかくしんぜしめ

善本ぜんぽんしゅじゅうすぐれたり

(71)

ぶっわくするゆゑに

たいしょうのものは智慧ちえもなし

たいにかならずうまるるを

牢獄ろうごくにいるとたとへたり

(72)

七宝しっぽう殿でんにうまれては

ひゃくさいのとしをへて

三宝さんぼう見聞けんもんせざるゆゑ

じょうやく*さらになし

(73)

へん七宝しっぽう殿でん

ひゃくさいまでいでずして

みづから過咎かぐをなさしめて

もろもろの*やくをうくるなり

モロクアヤウキナリ

(740613)

罪福ざいふくふかくしんじつつ

善本ぜんぽんしゅじゅうするひとは

しん善人ぜんにんなるゆゑに

方便ほうべんにとまるなり

(75)

弥陀みだ本願ほんがんしんぜねば

わくたいしてうまれつつ

はなはすなはちひらけねば

*たいしょするにたとへたり

(76)

ときに慈氏じしさつ

そんにまうしたまひけり

*いんえんいかなれば

たいしょうしょうとなづけたる

(77)

*如来にょらい慈氏じしにのたまはく

わくしんをもちながら

善本ぜんぽんしゅするをたのみにて

たいしょうへんにとどまれり

(78)

ぶっわくのつみゆゑに

ひゃくさいまで牢獄ろうごく

かたくいましめおはします

これをたいしょうとときたまふ

(79)

ぶっ思議しぎをうたがひて

罪福ざいふくしんずるじょう

殿でんにかならずうまるれば

たいしょうのものとときたまふ

(800614)

りきしんをむねとして

思議しぎぶっをたのまねば

たいにうまれてひゃくさい

三宝さんぼう慈悲じひにはなれたり

(81)

ぶっ思議しぎわくして

罪福ざいふくしん善本ぜんぽん

しゅしてじょうをねがふをば

たいしょうといふとときたまふ

  釈尊の訓戒

(82)

ぶっうたがふつみふかし

このしんおもひしるならば

くゆるこころをむねとして

ぶっ思議しぎをたのむべし

^じょうじゅう三首さんしゅぶつ思議しぎ弥陀みだおんちかひをうたがふつみとがをしらせんとあらはせるなり。

 

聖徳奉讃
  本迹の化導

0615禿とく善信ぜんしんのさく

こうたいしょうとく奉讃ほうさん

(83)

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

*しょうとくおうのめぐみにて

正定しょうじょうじゅにゅうして

しょろくのごとくなり

(84)

*救世くせ観音かんのんだいさつ

しょうとくおうげんして

*多々たたのごとくすてずして

チヽヲイフナリ

*阿摩あまのごとくにそひたまふ

ハヽヲイフナリ

(85)

無始むしよりこのかたこのまで

しょうとくおうのあはれみに

多々たたのごとくにそひたまひ

阿摩あまのごとくにおはします

(86)

しょうとくおうのあはれみて

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

すすめいれしめたまひてぞ

じゅう正定しょうじょうじゅとなれる

(87)

りきしんをえんひとは

仏恩ぶっとんほうぜんためにとて

如来にょらいしゅこう

十方じっぽうにひとしくひろむべし

  恩徳の奉讃

(880616)

だい救世くせしょうとくおう

ちちのごとくにおはします

だい救世くせかんおん

ははのごとくにおはします

(89)

おんごうよりこのまで

あはれみましますしるしには

ぶっ思議しぎ*つけしめて

*善悪ぜんあくじょうもなかりけり

(90)

*こくきょうしゅしょうとくおう

広大こうだい恩徳おんどくしゃしがたし

一心いっしんみょうしたてまつり

*ほうさん退たいならしめよ

(91)

*じょうぐうおう方便ほうべん

こくじょうをあはれみて

如来にょらいがんせんせり

きょう奉讃ほうさんせしむべし

(92)

しょう曠劫こうごうこのまで

あはれみかぶれるこのなり

一心いっしんみょうたえずして

奉讃ほうさんひまなくこのむべし

(93)

しょうとくおうのおあはれみに

護持ごじ養育よういくたえずして

如来にょらいしゅこう

すすめいれしめおはします

0617じょうしょうとく奉讃ほうさん じゅう一首いっしゅ

 

愚禿悲歎述懐
  機根の劣悪

禿とくたんじゅっかい

(94)

じょうしんしゅうすれども

真実しんじつしんはありがたし

虚仮こけじつのわがにて

清浄しょうじょうしんもさらになし

(95)

外儀げぎのすがたはひとごとに

賢善けんぜんしょうじんげんぜしむ

貪瞋とんじんじゃおほきゆゑ

*かん*ももはしにみてり

(96)

あくしょうさらにやめがたし

こころは蛇蝎じゃかつのごとくなり

修善しゅぜん雑毒ぞうどくなるゆゑに

虚仮こけぎょうとぞなづけたる

  弘願の勝益

(97)

ざん無愧むぎのこのにて

まことのこころはなけれども

弥陀みだこう御名みななれば

どく十方じっぽうにみちたまふ

(98)

しょうしょうもなきにて

じょうやくはおもふまじ

如来にょらい願船がんせんいまさずは

かいをいかでかわたるべき

(990618)

蛇蝎じゃかつかんのこころにて

りき修善しゅぜんはかなふまじ

如来にょらいこうをたのまでは

ざん無愧むぎにてはてぞせん

  外道の帰敬

(100)

*じょくぞうのしるしには

この道俗どうぞくことごとく

外儀げぎぶっきょうのすがたにて

内心ないしんどうきょうせり

(101)

かなしきかなや道俗どうぞく

りょう吉日きちにちえらばしめ

天神てんじん地祇じぎをあがめつつ

卜占ぼくせんさいつとめとす

ハラヘマツリ

(102)

そうほうのその御名みな

たふときこととききしかど

*だいじゃほうににて

いやしきものになづけたり

(103)

どう*ぼん*けん

こころはかはらぬものとして

*如来にょらいほうをつねにきて

一切いっさいじんをあがむめり

(104)

かなしきかなやこのごろの

こく道俗どうぞくみなともに

ぶっきょう威儀いぎをもととして

てんじんそんきょう

  仏法の軽侮

(1050619)

じょく邪悪じゃあくのしるしには

そうほうといふ御名みな

奴婢ぬひぼく使になづけてぞ

いやしきものとさだめたる

(106)

*かいみょう比丘びくなれど

末法まっぽうじょくとなりて

*しゃほつ*目連もくれんにひとしくて

ようぎょうをすすめしむ

(107)

罪業ざいごうもとよりかたちなし

*妄想もうぞう顛倒てんどうのなせるなり

しんしょうもとよりきよけれど

このはまことのひとぞなき

(108)

末法まっぽうあくのかなしみは

なん北嶺ほくれい仏法ぶっぽうしゃ

*輿こしかく僧達そうたち*りきしゃほう

こうをもてなすとしたり

(109)

仏法ぶっぽう*あなづるしるしには

比丘びく比丘尼びくに奴婢ぬひとして

ほうそうのたふとさも

ぼくしゅうもののとしたり

^じょうじゅう六首ろくしゅ、 これは禿とくがかなしみなげきにしてじゅっかいとしたり。 このほん本山ほんざん*いみじきそうとまうすもほうとま0620うすも*うきことなり。

しゃくの親鸞しんらんこれをく。

 

善光寺讃

(110)

*善光ぜんこう如来にょらい

われらをあはれみましまして

*なにはのうらにきたります

御名みなをもしらぬ*もりにて

(111)

そのとき*ほとほりけとまうしける

*疫癘えきれい*あるいはこのゆゑと

もりがたぐひはみなともに

ほとほりけとぞまうしける

(112)

やすくすすめんためにとて

ほとけともりがまうすゆゑ

ときのどうみなともに

如来にょらいをほとけとさだめたり

(113)

この仏法ぶっぽうのひとはみな

もりがことばをもととして

ほとけとまうすをたのみにて

そうほうはいやしめり

(114)

*弓削ゆげもり*おおむらじ

邪見じゃけんきはまりなきゆゑに

よろづのものをすすめんと

やすくほとけとまうしけり

 

自然法爾章

0621*親鸞しんらんはちじゅう八歳はっさいひつ

 ^*ぎゃく」 のは、 いんのときうるをぎゃくといふ。 「とく」 のは、 果位かいのときにいたりてうることをとくといふなり。

 ^みょう」のは、 いんのときのなをみょうといふ。 「ごう」 のは、 果位かいのときのなをごうといふ。

 ^*ねん」といふは、 ^」 はおのづからといふ、 ぎょうじゃ*はからひにあらず。 しからしむといふことばなり。 ^「然」 といふは、 しからしむといふことば、 ぎょうじゃのはからひにあらず、 如来にょらいのちかひにてあるがゆゑに。

^ほう」 といふは、 如来にょらいおんちかひなるがゆゑに、 しからしむるをほうといふ。 このほうは、 おんちかひなりけるゆゑに、 すべてぎょうじゃのはからひなきをもちて、 *このゆゑにりきにはなきをとすとしるべきなり。ねん」といふは、 もとよりしからしむるといふことばなり。

 ^弥陀みだぶつおんちかひの、 もとよりぎょうじゃのはからひにあらずして、 南無なも弥陀みだぶつとたのませたまひて、 むかへんとはからはせたまひたるによりて、 ぎょうじゃのよからんともあしからんともおもはぬを、 ねんとはもうすぞ*とききてそうろふ。

 ^0622ちかひのやうは、 「*じょうぶつにならしめん」 とちかひたまへるなり。 じょうぶつもうすは、 かたちもなくまします。 かたちもましまさぬゆゑに、 *ねんとはもうすなり。 かたちましますとしめすときは、 じょうはんとはもうさず。 かたちもましまさぬやうをしらせんとて、 はじめに弥陀みだぶつとぞききならひてそうろふ。 弥陀みだぶつねんのやうをしらせん*りょうなり。

^このどうをこころえつるのちには、 このねんのことはつねに*さたすべきにはあらざるなり。 つねにねんをさたせば、 なきをとすといふことは、 なほのあるべし。 これはぶっ思議しぎにてあるなり。

(115)

よしあしのもんをもしらぬひとはみな

まことのこころなりけるを

*善悪ぜんあくしりがほは

おほそらごとのかたちなり

(116)

是非ぜひしらずじゃしょう*わかぬ

このみなり

しょうしょうもなけれども

*みょうにんをこのむなり

じょう

 

般舟三昧… この引文は註釈版にない。 聖典全書 (下段・顕智上人本) の原文より有国が書き下した。
底本は龍谷大学蔵文明五年蓮如上人開版本(文明本)。
かくれましまして にゅうめつなされて。
行証… 修行ができず、 さとりを得ることができない時代であるので。
第五の五百年 五五ごごひゃくねん (五五百歳、 五箇五百年) の第五期。
闘諍堅固 自説が他説よりもすぐれているとして、 仏弟子たちの言い争いが盛んになること。
背正帰邪 仏教の正理に背いて、 どうの邪法に帰すること。
横に 不当に。
菩提をうまじきひと 仏のさとりを得られそうもない人。
自力聖道の菩提心・大菩提心 自力で自利利他円満の仏のさとりを得ようと願うゆうみょうしんぜいがんであらわされるような願心。
自力の回向 自力によって修めたどくを往生の果を得るためにふり向けたり、 また他の人に与えようとすること。
五十六億七千万 釈尊のにゅうめつからろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬さつ処胎しょたいきょう¼ の説)。
像法のときの智人 りゅうじゅ菩薩・天親てんじん菩薩などを指す。
まうあはぬ 「まうあふ」 は 「あいたてまつる」 の意。
化生のひと 真実ほうに往生した人。 →しょう
自力の菩提… 自力をもってさとりを完成しようとすること。
往相回向の利益には 浄土に往生して仏果 (仏のさとり) を証したことの利益として。
よばうて 呼びつづけて。
むねとして 根本としているが。
三朝浄土の大師等 インド・中国・日本の三国に現れた浄土教の祖師たち。 しち高僧こうそうのこと。
罪福信じ 自業自得の因果のみを信じて、 善悪を越えた阿弥陀仏の本願力の救いを信じないことをいう。
善本をたのめば 阿弥陀仏の名号を称えたどくをたのみにして往生しようとはからえば。
年歳劫数をふる 長い年月を空しく過すという意。
信ぜねば 信じないので。
七宝の獄 七宝で飾られた牢獄。 方便ほうべん化土けどのこと。
善本徳本たのむひと みょうごう善根ぜんごんどくの本であると信じ、 念仏の功をつんで往生しようとする自力念仏の人。
 わざわい。 三宝さんぼうを見聞しないことや、 じょうやくができないことなどを指す。 自利利他の行ができないことが菩薩の 「わざわい」 である。
胎に処する 母胎に宿っている胎児は、 親をみることもできず、 自由に行動できないように、 方便化土けどに生れた者は、 真仏にあえず、 自在無礙むげの菩薩行ができないことをいう。
何因何縁… どのようないんねんによって。
如来 釈尊のこと。
聖徳皇 聖徳太子のこと。
つけしめて したがわせて。 聖徳太子の慈悲によって、 おんごうよりてんして来た身が仏智の不思議につきしたがうことになったという意をあらわす。
善悪浄穢… 善人も悪人も、 浄心の者も穢悪な心をもつ者も、 わけへだてなく救われるという意。
和国の教主 日本の教主。
奉讃不退 怠ることなく讃仰したてまつる。
上宮皇子 聖徳太子のこと。 父、 用明ようめい天皇がいた宮の南のかみつみやに住したのでこの名がある。
五濁増 じょくれつとなること。
提婆五邪の法 だいだっが釈尊の教団を破壊しようとして立てた五つの邪法。
梵士 梵天をあがめる者。 バラモン教徒。
尼乾志 ジャイナ教徒。
如来の法衣 釈尊が制定した法衣。 袈裟けさのこと。
無戒名字の比丘 戒律を持つことなく、 ただ外形のみ出家の姿をした名ばかりの僧。
妄想顛倒 もうの分別によって、 真実とは全く逆の見解にとらわれること。
輿かく僧達 南都・北嶺の高位の僧侶の輿をかつぐ僧。
力者法師 剃髪して公家・寺社・武家などに仕え、 駕輿、 馬の口取り、 長刀を帯しての警護、 使者など、 力役を中心とした奉仕に従った者。
あなづる 軽蔑する。
いみじき僧 官位のある立派な僧。
うきこと なげかわしいこと。
なにはのうら… 百済からせっの難波 (現在の大阪) の浦へ来たことをいう。
守屋 →物部もののべのもり
あるいはこのゆゑと もしや仏像が原因ではないかと。
弓削 現在の大阪府八尾市内。
獲の字… 次下の自然法爾の法語は、 けん上人書写本と文に少し異同がある。
自然 →願力がんりきねん
このゆゑに… 顕智上人書写本にはこの前に 「この法のとくのゆゑに、 しからしむといふなり。 すべて人のはじめてはからはざるなり」 とある。
とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
自然 →無為むいねん
 ここでは 「…するためのもの」 という意。
善悪の字しりがほ 善や悪の意味をさも知っているかのようなふりをすること。
わかぬ みわけがつかない。