0600しょう ぞう まつ  さん

 

^*¬般舟はんじゅ三昧ざんまいぎょうどうおうじょうさん¼ にいはく

^うやもふて一切いっさいおうじょうしきとうにまふさく。 おおきにすべからくざんすべし。 しゃ如来にょらいじつにこれ慈悲じひ父母ぶもなり。 種々しゅじゅ方便ほうべんをしてわれらがじょう信心しんじんほっせしめたまふ。」

夢告讃

^*康元こうげんさい ひのとのみ がつここぬかの

*とらのときゆめげていはく

 

(1)

弥陀みだ本願ほんがんしんず​べし

本願ほんがんしんずる​ひと​は​みな

摂取せっしゅしゃやくにて

じょうかくをば​さとる​なり

 

三時讃
  二教の興廃
   道教の衰滅

しょうぞうまつのじょうさん

禿とく善信ぜんしんあつむ

(2)

しゃ如来にょらい*かくれ​ましまし​て

せんねんに​なり​たまふ

しょうぞう二時にじは​をはり​にき

如来にょらい*遺弟ゆいていきゅうせよ

カナシミナクベシ

(30601)

末法まっぽうじょくじょう

*行証ぎょうしょうかなは​ぬ​とき​なれば

しゃ遺法ゆいほうことごとく

りゅうに​いり​たまひ​にき

(4)

しょうぞうまつさんには

弥陀みだ本願ほんがんひろまれ​り

*ぞう末法まっぽうの​このには

諸善しょぜんりゅうに​いり​たまふ

   五濁の相状

(5)

¬*大集だいじっきょう¼ に​とき​たまふ

この*だいひゃくねん

*とうじょうけんなる​ゆゑに

びゃくほう隠滞おんたいし​たまへ​り

(6)

数万しゅまんざいじょう

ほうやうやく​おとろへ​て

まんざいに​いたり​ては

じょくあくを​え​たり

(7)

こうじょくの​とき​うつる​には

じょうやうやくしんしょうなり

じょく悪邪あくじゃまさる​ゆゑ

毒蛇どくじゃあくりゅうの​ごとく​なり

(8)

みょう煩悩ぼんのうしげく​して

塵数じんじゅの​ごとく遍満へんまん

愛憎あいぞうじゅんする​こと​は

こう岳山がくざんに​ことなら​ず

タカキミネオカニアクノコヽロヲタトヘタリ

(90602)

じょう邪見じゃけんじょうにて

叢林そうりんこくの​ごとく​なり

クサムラハヤシムバラカラタチノゴトクアクノ心シゲキナリ

念仏ねんぶつ信者しんじゃほうして

破壊はえ瞋毒しんどくさかりなり

ヤブリイカリハラダツナリ

(10)

命濁みょうじょくちゅうようせつにて

ヒトノイノチミジカクモロシトナリ

しょうほう滅亡めつもう

*はいしょうじゃまさる​ゆゑ

タヾシキコトヲソムキヒガゴトヲコノムナリ

*おう*あだ​を​ぞ​おこし​ける

ヨコサマ

   浄土の一門

(11)

末法まっぽうだいひゃくねん

この一切いっさいじょう

如来にょらいがんしんぜ​ずは

しゅつそのは​なかる​べし

(12)

じゅうしゅを​けがす

ゆいぶつ一道いちどうきよく​ます

だいしゅっとうして​のみ​ぞ

たくやくねんなる

シヤバセカイヲイフナリ

(13)

じょく時機じきいたり​ては

道俗どうぞくともに​あらそひ​て

念仏ねんぶつしんずる​ひと​を​み​て

ほうめつさかりなり

ウタガフ

ソシル

ヤブル

(14)

*だいを​う​まじき​ひと​は​みな

専修せんじゅ念仏ねんぶつに​あだ​を​なす

とんぎょうめつの​しるし​には

しょう大海だいかいきは​も​なし

   聖道の難成

(150603)

しょうぼう時機じきと​おもへ​ども

ていぼんと​なれ​る

ボムナウアクノ人ボムブヲテイゲトイフナリ

清浄しょうじょう真実しんじつの​こころ​なし

ほつだいしんいかが​せん

(16)

*りきしょうどうだい

こころ​も​ことば​も​およば​れ​ず

じょうもつてんぼん

いかでかほっせしむ​べき

(17)

さんごうしゃ諸仏しょぶつ

しゅっの​みもと​に​あり​し​とき

*だいだいしんおこせ​ども

りきかなは​でてんせ​り

   浄土の隆盛

(18)

像末ぞうまつじょくと​なり​て

しゃゆいきょうかくれ​しむ

弥陀みだがんひろまり​て

念仏ねんぶつおうじょうさかりなり

   浄土の易成
    大悲の根本

(19)

ちょうじょう摂取せっしゅ

せんじゃくこうゆいして

こうみょう寿じゅみょう誓願せいがん

だいほんと​し​たまへ​り

    回向の信心

(20)

じょうだいだいしん

がんぶつしんを​すすめ​しむ

すなはちがんぶつしん

しゅじょうしんと​なづけ​たり

(210604)

しゅじょうしんといふ​こと​は

ヨロヅノシユジヤウホトケニナサントナリ

弥陀みだがんこうなり

こうしんぎょううる​ひと​は

だいはつはんを​さとる​なり

(22)

如来にょらいこうにゅうして

がんぶつしんを​うる​ひと​は

*りきこうを​すて​はて​て

やくじょうは​きは​も​なし

    信心の勝益

(23)

弥陀みだがん海水かいすい

ミダノホングワンヲウミニタトヘマフスナリ

りき信水しんすいいり​ぬれ​ば

真実しんじつほうの​ならひ​にて

煩悩ぼんのうだいいちなり

ボムナウトクドクトヒトツニナルナリ

(24)

如来にょらいしゅこう

ふかくしんずる​ひと​は​みな

とうしょうがくに​いたる​ゆゑ

憶念おくねんしんは​たえ​ぬ​なり

(25)

弥陀みだがんこう

しんぎょうまことに​うる​ひと​は

摂取せっしゅしゃやくゆゑ

とうしょうがくに​いたる​なり

(26)

*じゅう六億ろくおく七千しちせんまん

ろくさつは​とし​を​へ​ん

まこと​の信心しんじんうる​ひと​は

このたび​さとり​を​ひらく​べし

(270605)

念仏ねんぶつおうじょうがんに​より

とうしょうがくに​いたる​ひと

すなはちろくに​おなじく​て

だいはつはんを​さとる​べし

(28)

真実しんじつ信心しんじんうる​ゆゑに

すなはちじょうじゅに​いり​ぬれ​ば

しょろくに​おなじく​て

じょうかくを​さとる​なり

    信心の結勧

(29)

*像法ぞうぼうの​とき​のにん

りきしょきょうを​さしおき​て

時機じき相応そうおうほうなれば

念仏ねんぶつもんに​ぞ​いり​たまふ

(30)

弥陀みだ尊号そんごうとなへ​つつ

しんぎょうまことに​うる​ひと​は

憶念おくねんしんつねに​して

仏恩ぶっとんほうずる​おもひ​あり

(31)

じょくあくじょう

せんじゃく本願ほんがんしんずれ​ば

不可ふかしょう不可ふかせつ不可ふか思議しぎ

どくぎょうじゃに​みて​り

  二尊の本意
   久還の化導

(32)

無礙むげこうぶつの​みこと​には

らいじょうせん​とて

だいせいさつ

智慧ちえ念仏ねんぶつさづけ​しむ

(330606)

じょくじょうを​あはれみ​て

せい念仏ねんぶつすすめ​しむ

信心しんじんの​ひと​を摂取せっしゅして

じょうにゅうせしめ​けり

   二尊の一致
    二尊の慈悲

(34)

しゃ弥陀みだ慈悲じひより​ぞ

がんぶつしんは​え​しめ​たる

信心しんじん智慧ちえに​いり​て​こそ

仏恩ぶっとんほうずると​は​なれ

    弥陀の悲願

(35)

智慧ちえ念仏ねんぶつうる​こと​は

法蔵ほうぞう願力がんりきの​なせ​る​なり

信心しんじん智慧ちえなかり​せば

いかでかはんを​さとら​まし

(36)

みょうじょうとうなり

ツネノトモシビヲトウトイフ

オホキナルトモシビヲコトイフ

ツネノトモシビヲミダノホングワンニタトヘマフスナリ

げんくらし​と​かなしむ​な

しょう大海だいかい船筏せんばつなり

フネ

イカダ

ざいしょうおもし​と​なげか​ざれ

(37)

願力がんりきぐうに​ましませ​ば

罪業ざいごうじんじゅうも​おもから​ず

ぶっへんに​ましませ​ば

散乱さんらん放逸ほういつも​すて​られ​ず

チリミダルホシキマヽノコヽロトイフ

(38)

如来にょらいがんを​たづぬれ​ば

のうじょうを​すて​ず​して

こう*しゅと​し​たまひ​て

だいしんをばじょうじゅせ​り

(390607)

真実しんじつ信心しんじん称名しょうみょう

弥陀みだこうほうなれば

こうと​なづけ​て​ぞ

りきしょうねんきらは​るる

(40)

弥陀みだがん広海こうかい

ぼん善悪ぜんあく心水しんすい

ボンブノゼンノコヽロアクノ心ミヅニタトヘタルナリ

にゅうし​ぬれ​ば​すなはち​に

だいしんと​ぞてんず​なる

アクノ心ゼントナルヲテンズルナリトイフナリ

    釈迦の慈誡

(41)

造悪ぞうあくこのむ​わが弟子でし

邪見じゃけん放逸ほういつさかりに​て

まっに​わがほうす​べし​と

¬*れんめんぎょう』に​とき​たまふ

(42)

念仏ねんぶつほうじょう

阿鼻あびごくざいして

ムケンヂゴクナリ

八万はちまんこうちゅうだいのう

ひま​なく​うく​と​ぞ​とき​たまふ

    二尊の遣喚

(43)

真実しんじつほうしょういん

そんの​みこと​に​たまはり​て

正定しょうじょうじゅじゅうすれ​ば

かならずめつを​さとる​なり

   諸仏の証誡

(44)

十方じっぽうりょう諸仏しょぶつ

証誠しょうじょうねんの​みこと​にて

りきだいだいしん

かなは​ぬ​ほど​は​しり​ぬ​べし

(450608)

真実しんじつ信心しんじんうる​こと​は

末法まっぽうじょくに​まれなり​と

恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ証誠しょうじょう

え​がたき​ほど​を​あらはせ​り

  遇法の恩徳
   二種の回向

(46)

往相おうそう還相げんそうこう

*まうあは​ぬと​なり​に​せば

てんりんも​きは​も​なし

かい沈淪ちんりんいかが​せん

(47)

ぶっ思議しぎしんずれ​ば

正定しょうじょうじゅに​こそじゅうし​けれ

*しょうの​ひと​は智慧ちえすぐれ

じょうかくを​ぞ​さとり​ける

(48)

思議しぎぶっしんずる​を

ほういんと​したまへ​り

信心しんじんしょういんうる​こと​は

かたき​が​なか​に​なほ​かたし

(49)

無始むしてんを​すて​て

じょうはんする​こと

如来にょらいしゅこう

恩徳おんどくまことにしゃし​がたし

(50)

ほう信者しんじゃは​おほから​ず

ぎょうじゃは​かず​おほし

*りきだいかなは​ねば

おんごうよりてんせ​り

(510609)

南無なも弥陀みだぶつこう

恩徳おんどく広大こうだい思議しぎにて

*往相おうそうこうやくには

還相げんそうこうにゅうせ​り

(52)

往相おうそうこうだいより

還相げんそうこうだいを​う

如来にょらいこうなかり​せば

じょうだいは​いかが​せん

   教化の恩徳

(53)

弥陀みだ観音かんのんだいせい

大願だいがんの​ふね​にじょうじ​て​ぞ

しょうの​うみ​に​うかみ​つつ

じょう*よばう​て​のせ​たまふ

(54)

弥陀みだだい誓願せいがん

ふかくしんぜ​ん​ひと​は​みな

ね​ても​さめ​ても​へだて​なく

南無なも弥陀みだぶつを​となふ​べし

(55)

しょうどうもんの​ひと​は​みな

りきしん*むね​と​して

りき思議しぎに​いり​ぬれ​ば

なき​をと​す​としんせ​り

(56)

しゃきょうぼうましませ​ど

しゅす​べきじょうの​なき​ゆゑに

さとり​うる​もの末法まっぽう

一人いちにんも​あら​じ​と​とき​たまふ

(570610)

*さんちょうじょうだいとう

哀愍あいみんしょうじゅし​たまひ​て

真実しんじつ信心しんじんすすめ​しめ

じょうじゅの​くらゐ​にいれ​しめよ

(58)

りき信心しんじんうる​ひと​を

うやまひ​おほきに​よろこべ​ば

すなはち​わがしんぞ​と

きょうしゅそんは​ほめ​たまふ

   報謝の結勧

(59)

如来にょらいだい恩徳おんどく

に​して​もほうずべし

しゅしき恩徳おんどく

ほね​を​くだき​てもしゃす​べし

じょうしょうぞう末法まっぽうさん じゅう八首はっしゅ

 

誡疑讃
  疑惑の過失

(60)

りょうぶっの​しるし​には

如来にょらいしょわくして

*罪福ざいふくしん*善本ぜんぽん

たのめ​ばへんに​とまる​なり

(61)

ぶっ思議しぎを​うたがひ​て

りきしょうねんこのむ​ゆゑ

へんまんに​とどまり​て

仏恩ぶっとんほうずる​こころ​なし

(620611)

罪福ざいふくしんずるぎょうじゃ

ぶっ思議しぎを​うたがひ​て

じょうたいに​とどまれ​ば

三宝さんぼうに​はなれ​たてまつる

(63)

ぶっわくの​つみ​に​より

まんへんに​とまる​なり

わくの​つみ​の​ふかき​ゆゑ

*年歳ねんさい劫数こうしゅを​ふる​と​とく

(64)

転輪てんりんのうおう

おうに​つみ​を​うる​ゆゑに

こんをもちて​つなぎ​つつ

牢獄ろうごくに​いる​が​ごとく​なり

(65)

りき称名しょうみょうの​ひと​は​みな

如来にょらい本願ほんがん*しんぜ​ねば

うたがふ​つみ​の​ふかき​ゆゑ

*七宝しっぽうごくに​ぞ​いましむる

(66)

信心しんじんの​ひと​に​おとら​じ​と

しんりきぎょうじゃ

如来にょらいだいおんを​しり

称名しょうみょう念仏ねんぶつはげむ​べし

(67)

りき諸善しょぜんの​ひと​は​みな

ぶっ思議しぎを​うたがへ​ば

ごうとくどうにて

七宝しっぽうごくに​ぞ​いり​に​ける

(680612)

ぶっ思議しぎを​うたがひ​て

*善本ぜんぽん徳本とくほんたのむ​ひと

へんまんに​うまるれ​ば

だいだいは​え​ざり​けり

  疑惑の貶斥

(69)

本願ほんがんわくぎょうじゃには

がんしゅつの​ひと​も​あり

わくしょうへんと​きらひ​つつ

アルヒハヘンヂニムマレ

わくたいと​すて​らるる

アルイハクタイニオツ

  胎生の辺地

(70)

如来にょらいしょわくして

しんぜ​ず​ながら​なほ​も​また

罪福ざいふくふかくしんぜ​しめ

善本ぜんぽんしゅじゅうすぐれ​たり

(71)

ぶっわくする​ゆゑに

たいしょうの​もの​は智慧ちえも​なし

たいに​かならず​うまるる​を

牢獄ろうごくに​いる​と​たとへ​たり

(72)

七宝しっぽう殿でんに​うまれ​ては

ひゃくさいの​とし​を​へ​て

三宝さんぼう見聞けんもんせ​ざる​ゆゑ

じょうやく*さらに​なし

(73)

へん七宝しっぽう殿でん

ひゃくさいまで​いで​ず​して

みづから過咎かぐを​なさ​しめ​て

もろもろ​の*やくを​うくる​なり

モロクアヤウキナリ

(740613)

罪福ざいふくふかくしんじ​つつ

善本ぜんぽんしゅじゅうする​ひと​は

しん善人ぜんにんなる​ゆゑに

方便ほうべんに​とまる​なり

(75)

弥陀みだ本願ほんがんしんぜ​ね​ば

わくたいし​て​うまれ​つつ

はな​は​すなはち​ひらけ​ねば

*たいしょする​に​たとへ​たり

(76)

ときに慈氏じしさつ

そんに​まうし​たまひ​けり

*いんえんいかなれば

たいしょうしょうと​なづけ​たる

(77)

*如来にょらい慈氏じしに​のたまは​く

わくしんを​もち​ながら

善本ぜんぽんしゅする​を​たのみ​にて

たいしょうへんに​とどまれ​り

(78)

ぶっわくの​つみ​ゆゑに

ひゃくさいまで牢獄ろうごく

かたく​いましめ​おはします

これ​をたいしょうと​とき​たまふ

(79)

ぶっ思議しぎを​うたがひ​て

罪福ざいふくしんずるじょう

殿でんに​かならず​うまるれ​ば

たいしょうの​もの​と​とき​たまふ

(800614)

りきしんを​むね​と​して

思議しぎぶっを​たのま​ねば

たいに​うまれ​てひゃくさい

三宝さんぼう慈悲じひに​はなれ​たり

(81)

ぶっ思議しぎわくして

罪福ざいふくしん善本ぜんぽん

しゅしてじょうを​ねがふ​をば

たいしょうといふ​と​とき​たまふ

  釈尊の訓戒

(82)

ぶっうたがふ​つみ​ふかし

このしんおもひしる​ならば

くゆる​こころ​を​むね​と​して

ぶっ思議しぎを​たのむ​べし

^じょうじゅう三首さんしゅぶつ思議しぎ弥陀みだおんちかひをうたがふつみとがをしらせんとあらはせるなり。

 

聖徳奉讃
  本迹の化導

0615禿とく善信ぜんしんのさく

こうたいしょうとく奉讃ほうさん

(83)

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

*しょうとくおうの​めぐみ​にて

正定しょうじょうじゅにゅうして

しょろくの​ごとく​なり

(84)

*救世くせ観音かんのんだいさつ

しょうとくおうげんして

*多々たたの​ごとく​すて​ず​して

チヽヲイフナリ

*阿摩あまの​ごとくに​そひ​たまふ

ハヽヲイフナリ

(85)

無始むしより​このかた​このまで

しょうとくおうの​あはれみ​に

多々たたの​ごとくに​そひ​たまひ

阿摩あまの​ごとくに​おはします

(86)

しょうとくおうの​あはれみ​て

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

すすめ​いれ​しめ​たまひ​て​ぞ

じゅう正定しょうじょうじゅと​なれる

(87)

りきしんを​え​ん​ひと​は

仏恩ぶっとんほうぜ​ん​ため​に​とて

如来にょらいしゅこう

十方じっぽうに​ひとしく​ひろむ​べし

  恩徳の奉讃

(880616)

だい救世くせしょうとくおう

ちちの​ごとくに​おはします

だい救世くせかんおん

ははの​ごとくに​おはします

(89)

おんごうより​このまで

あはれみ​まします​しるし​には

ぶっ思議しぎ*つけ​しめ​て

*善悪ぜんあくじょうも​なかり​けり

(90)

*こくきょうしゅしょうとくおう

広大こうだい恩徳おんどくしゃし​がたし

一心いっしんみょうし​たてまつり

*ほうさん退たいなら​しめ​よ

(91)

*じょうぐうおう方便ほうべん

こくじょうを​あはれみ​て

如来にょらいがんせんせ​り

きょう奉讃ほうさんせしむ​べし

(92)

しょう曠劫こうごうこのまで

あはれみ​かぶれ​る​このなり

一心いっしんみょうたえ​ず​して

奉讃ほうさんひま​なく​このむ​べし

(93)

しょうとくおうの​おあはれみ​に

護持ごじ養育よういくたえ​ず​して

如来にょらいしゅこう

すすめ​いれ​しめ​おはします

0617じょうしょうとく奉讃ほうさん じゅう一首いっしゅ

 

愚禿悲歎述懐
  機根の劣悪

禿とくたんじゅっかい

(94)

じょうしんしゅうすれ​ども

真実しんじつしんは​ありがたし

虚仮こけじつの​わがにて

清浄しょうじょうしんも​さらに​なし

(95)

外儀げぎの​すがた​は​ひと​ごと​に

賢善けんぜんしょうじんげんぜ​しむ

貪瞋とんじんじゃおほき​ゆゑ

*かん*ももはしに​みて​り

(96)

あくしょうさらに​やめ​がたし

こころ​は蛇蝎じゃかつの​ごとくなり

修善しゅぜん雑毒ぞうどくなる​ゆゑに

虚仮こけぎょうと​ぞ​なづけ​たる

  弘願の勝益

(97)

ざん無愧むぎの​このにて

まこと​の​こころ​は​なけれ​ども

弥陀みだこう御名みななれば

どく十方じっぽうに​みち​たまふ

(98)

しょうしょうも​なきにて

じょうやくは​おもふ​まじ

如来にょらい願船がんせんいまさ​ずは

かいを​いかでか​わたる​べき

(990618)

蛇蝎じゃかつかんの​こころ​にて

りき修善しゅぜんは​かなふ​まじ

如来にょらいこうを​たのま​では

ざん無愧むぎにて​はて​ぞ​せん

  外道の帰敬

(100)

*じょくぞうの​しるし​には

この道俗どうぞくことごとく

外儀げぎぶっきょうの​すがた​にて

内心ないしんどうきょうせ​り

(101)

かなしき​かな​や道俗どうぞく

りょう吉日きちにちえらば​しめ

天神てんじん地祇じぎを​あがめ​つつ

卜占ぼくせんさいつとめ​と​す

ハラヘマツリ

(102)

そうほうの​その御名みな

たふとき​こと​と​きき​しか​ど

*だいじゃほうに​に​て

いやしき​もの​に​なづけ​たり

(103)

どう*ぼん*けん

こころ​は​かはら​ぬ​もの​として

*如来にょらいほうを​つねに​きて

一切いっさいじんを​あがむ​めり

(104)

かなしき​かな​や​このごろ​の

こく道俗どうぞくみな​ともに

ぶっきょう威儀いぎを​もと​として

てんじんそんきょう

  仏法の軽侮

(1050619)

じょく邪悪じゃあくの​しるし​には

そうほうといふ御名みな

奴婢ぬひぼく使に​なづけ​て​ぞ

いやしき​もの​と​さだめ​たる

(106)

*かいみょう比丘びくなれ​ど

末法まっぽうじょくと​なり​て

*しゃほつ*目連もくれんに​ひとしく​て

ようぎょうを​すすめ​しむ

(107)

罪業ざいごうもとより​かたち​なし

*妄想もうぞう顛倒てんどうの​なせ​る​なり

しんしょうもとより​きよけれ​ど

このは​まこと​の​ひと​ぞ​なき

(108)

末法まっぽうあくの​かなしみ​は

なん北嶺ほくれい仏法ぶっぽうしゃ

*輿こしかく僧達そうたち*りきしゃほう

こうを​もてなすと​し​たり

(109)

仏法ぶっぽう*あなづる​しるし​には

比丘びく比丘尼びくに奴婢ぬひとして

ほうそうの​たふとさ​も

ぼくしゅうもの​のと​し​たり

^じょうじゅう六首ろくしゅ、 これは禿とくがかなしみなげきにしてじゅっかいとしたり。 このほん本山ほんざん*いみじきそうとまうすもほうとま0620うすも*うきことなり。

しゃくの親鸞しんらんこれをく。

 

善光寺讃

(110)

*善光ぜんこう如来にょらい

われら​を​あはれみ​ましまし​て

*なにはのうら​に​きたり​ます

御名みなをも​しら​ぬ*もりにて

(111)

そのとき*ほとほりけ​と​まうし​ける

*疫癘えきれい*あるいは​この​ゆゑ​と

もりが​たぐひ​は​みな​ともに

ほとほりけ​と​ぞ​まうし​ける

(112)

やすく​すすめ​ん​ため​に​とて

ほとけ​ともりが​まうす​ゆゑ

とき​のどうみな​ともに

如来にょらいを​ほとけ​と​さだめ​たり

(113)

この仏法ぶっぽうの​ひと​は​みな

もりが​ことば​を​もと​として

ほとけ​と​まうす​を​たのみ​にて

そうほうは​いやしめ​り

(114)

*弓削ゆげもり*おおむらじ

邪見じゃけんきはまり​なき​ゆゑに

よろづ​の​もの​を​すすめ​ん​と

やすく​ほとけ​と​まうし​けり

 

自然法爾章

0621*親鸞しんらんはちじゅう八歳はっさいひつ

 ^*ぎゃく」 のは、 いんの​とき​うる​をぎゃくといふ。 「とく」 のは、 果位かいの​とき​に​いたり​て​うる​こと​をとくといふ​なり。

 ^みょう」のは、 いんの​とき​の​な​をみょうといふ。 「ごう」 のは、 果位かいの​とき​の​な​をごうといふ。

 ^*ねん」といふは、 ^」 は​おのづから​といふ、 ぎょうじゃ*はからひ​に​あらず。 しからしむ​といふ​ことば​なり。 ^「然」 といふは、 しからしむ​といふ​ことば、 ぎょうじゃの​はからひ​に​あらず、 如来にょらいの​ちかひ​にて​ある​が​ゆゑに。

^ほう」 といふは、 如来にょらいおんちかひ​なる​が​ゆゑに、 しからしむる​をほうといふ。 このほうは、 おんちかひ​なり​ける​ゆゑに、 すべてぎょうじゃの​はからひ​なき​をもちて、 *この​ゆゑにりきにはなき​をと​す​と​しる​べき​なり。ねん」といふは、 もとより​しからしむる​といふ​ことば​なり。

 ^弥陀みだぶつおんちかひ​の、 もとよりぎょうじゃの​はからひ​に​あらず​して、 南無なも弥陀みだぶつと​たのま​せたまひ​て、 むかへ​ん​と​はからは​せたまひ​たる​によりて、 ぎょうじゃの​よから​ん​とも​あしから​ん​とも​おもは​ぬ​を、 ねんとはもうす​ぞ*と​きき​てそうろふ。

 ^0622ちかひ​の​やう​は、 「*じょうぶつに​なら​しめ​ん」 とちかひ​たまへ​る​なり。 じょうぶつもうすは、 かたち​も​なく​まします。 かたち​も​ましまさ​ぬ​ゆゑに、 *ねんとはもうす​なり。 かたち​まします​と​しめす​とき​は、 じょうはんとはもうさ​ず。 かたち​も​ましまさ​ぬ​やう​を​しらせ​ん​とて、 はじめに弥陀みだぶつと​ぞ​きき​ならひ​てそうろふ。 弥陀みだぶつねんの​やう​を​しらせ​ん*りょうなり。

^このどうを​こころえ​つる​のち​には、 このねんの​こと​は​つねに*さた​す​べき​には​あらざる​なり。 つねにねんを​さた​せば、 なき​をと​す​といふ​こと​は、 なほの​ある​べし。 これ​はぶっ思議しぎにて​ある​なり。

(115)

よしあし​のもんをも​しら​ぬ​ひと​は​みな

まこと​の​こころ​なり​ける​を

*善悪ぜんあくしりがほ​は

おほそらごと​の​かたち​なり

(116)

是非ぜひしら​ずじゃしょう*わか​ぬ

この​み​なり

しょうしょうも​なけれ​ども

*みょうにんを​このむ​なり

じょう

 

般舟三昧… この引文は註釈版にない。 聖典全書 (下段・顕智上人本) の原文より有国が書き下した。
底本は龍谷大学蔵文明五年蓮如上人開版本(文明本)。
かくれましまして にゅうめつなされて。
行証… 修行ができず、 さとりを得ることができない時代であるので。
第五の五百年 五五ごごひゃくねん (五五百歳、 五箇五百年) の第五期。
闘諍堅固 自説が他説よりもすぐれているとして、 仏弟子たちの言い争いが盛んになること。
背正帰邪 仏教の正理に背いて、 どうの邪法に帰すること。
横に 不当に。
菩提をうまじきひと 仏のさとりを得られそうもない人。
自力聖道の菩提心・大菩提心 自力で自利利他円満の仏のさとりを得ようと願うゆうみょうしんぜいがんであらわされるような願心。
自力の回向 自力によって修めたどくを往生の果を得るためにふり向けたり、 また他の人に与えようとすること。
五十六億七千万 釈尊のにゅうめつからろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬さつ処胎しょたいきょう¼ の説)。
像法のときの智人 りゅうじゅ菩薩・天親てんじん菩薩などを指す。
まうあはぬ 「まうあふ」 は 「あいたてまつる」 の意。
化生のひと 真実ほうに往生した人。 →しょう
自力の菩提… 自力をもってさとりを完成しようとすること。
往相回向の利益には 浄土に往生して仏果 (仏のさとり) を証したことの利益として。
よばうて 呼びつづけて。
むねとして 根本としているが。
三朝浄土の大師等 インド・中国・日本の三国に現れた浄土教の祖師たち。 しち高僧こうそうのこと。
罪福信じ 自業自得の因果のみを信じて、 善悪を越えた阿弥陀仏の本願力の救いを信じないことをいう。
善本をたのめば 阿弥陀仏の名号を称えたどくをたのみにして往生しようとはからえば。
年歳劫数をふる 長い年月を空しく過すという意。
信ぜねば 信じないので。
七宝の獄 七宝で飾られた牢獄。 方便ほうべん化土けどのこと。
善本徳本たのむひと みょうごう善根ぜんごんどくの本であると信じ、 念仏の功をつんで往生しようとする自力念仏の人。
 わざわい。 三宝さんぼうを見聞しないことや、 じょうやくができないことなどを指す。 自利利他の行ができないことが菩薩の 「わざわい」 である。
胎に処する 母胎に宿っている胎児は、 親をみることもできず、 自由に行動できないように、 方便化土けどに生れた者は、 真仏にあえず、 自在無礙むげの菩薩行ができないことをいう。
何因何縁… どのようないんねんによって。
如来 釈尊のこと。
聖徳皇 聖徳太子のこと。
つけしめて したがわせて。 聖徳太子の慈悲によって、 おんごうよりてんして来た身が仏智の不思議につきしたがうことになったという意をあらわす。
善悪浄穢… 善人も悪人も、 浄心の者も穢悪な心をもつ者も、 わけへだてなく救われるという意。
和国の教主 日本の教主。
奉讃不退 怠ることなく讃仰したてまつる。
上宮皇子 聖徳太子のこと。 父、 用明ようめい天皇がいた宮の南のかみつみやに住したのでこの名がある。
五濁増 じょくれつとなること。
提婆五邪の法 だいだっが釈尊の教団を破壊しようとして立てた五つの邪法。
梵士 梵天をあがめる者。 バラモン教徒。
尼乾志 ジャイナ教徒。
如来の法衣 釈尊が制定した法衣。 袈裟けさのこと。
無戒名字の比丘 戒律を持つことなく、 ただ外形のみ出家の姿をした名ばかりの僧。
妄想顛倒 もうの分別によって、 真実とは全く逆の見解にとらわれること。
輿かく僧達 南都・北嶺の高位の僧侶の輿をかつぐ僧。
力者法師 剃髪して公家・寺社・武家などに仕え、 駕輿、 馬の口取り、 長刀を帯しての警護、 使者など、 力役を中心とした奉仕に従った者。
あなづる 軽蔑する。
いみじき僧 官位のある立派な僧。
うきこと なげかわしいこと。
なにはのうら… 百済からせっの難波 (現在の大阪) の浦へ来たことをいう。
守屋 →物部もののべのもり
あるいはこのゆゑと もしや仏像が原因ではないかと。
弓削 現在の大阪府八尾市内。
獲の字… 次下の自然法爾の法語は、 けん上人書写本と文に少し異同がある。
自然 →願力がんりきねん
このゆゑに… 顕智上人書写本にはこの前に 「この法のとくのゆゑに、 しからしむといふなり。 すべて人のはじめてはからはざるなり」 とある。
とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
自然 →無為むいねん
 ここでは 「…するためのもの」 という意。
善悪の字しりがほ 善や悪の意味をさも知っているかのようなふりをすること。
わかぬ みわけがつかない。