1231◎蓮れん0525如にょ上しょう人にん御ご一代いちだい記き聞書ききがき 本ほん

 

(1)

◎

一 ^▼勧か修じゅう寺じ村むらの*道徳どうとく、 *明応めいおう二に年ねん正しょう月がつ一日ついたちに御ご前ぜんへ​まゐり​たる​に、 *蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 道徳どうとくは​いくつ​に​なる​ぞ。 道徳どうとく念仏ねんぶつ申もうさ​る​べし。 自じ力りきの念仏ねんぶつといふは、 念仏ねんぶつおほく申もうし​て仏ぶつに​まゐらせ、 この申もうし​たる功く徳どくにて仏ぶつの​たすけ​たまは​んずる​やう​に​おもう​て​となふる​なり。

^他た力りきといふは、 弥陀みだをたのむ一念いちねんの​おこる​とき、 *やがて御おんたすけ​に​あづかる​なり。 その​のち念仏ねんぶつ申もうす​は、 御おんたすけ​あり​たる​ありがたさ​ありがたさ​と思おもふ​こころ​を​よろこび​て、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうす​ばかり​なり。 されば他た力りきと​は他たの​ちから​といふ​こころ​なり。 この一念いちねん、 臨りん終じゅうまで​とほり​て往おう生じょうする​なり​と仰おおせ候そうろふ​なり。

(2)

一 ^▼あさの御おん*つとめ​に、 「▲いつつ​の不ふ思議しぎを​とく​なか​に」 (*高僧和讃) より 「▲尽じん十方じっぽうの無礙むげ光こうは 無む明みょうの​やみ​を​てらし​つつ 一念いちねん歓かん喜ぎする​ひと​を かならず1232滅めつ度どに​いたら​しむ0526」 (高僧和讃) と候そうろふ段だんの​こころ​を御ご*法談ほうだんの​とき、 「▲光こう明みょう遍へん照じょう十方じっぽう世せ界かい」 (*観経) の文もんの​こころ​と、 また 「▲*月つきかげ​の​いたら​ぬ​さと​は​なけれ​ども ながむる​ひと​の​こころ​にぞ​すむ」 と​ある歌うたを​ひきよせ御ご法談ほうだん候そうろふ。

^なかなか​ありがたさ申もうす​ばかり​なく候そうろふ。 上様うえさま (蓮如) 御立おたち​の御おんあと​にて、 北殿きたどの様さま (*実如) の仰おおせ​に、 *夜や前ぜんの御ご法談ほうだん、 今こん夜やの御ご法談ほうだんとを​ひきあはせ​て仰おおせ候そうろふ、 ありがたさ​ありがたさ*是非ぜひに​およばず​と*御ご掟じょう候そうらひ​て、 御ご落涙らくるいの御おんこと、 かぎり​なき御おんこと​に候そうろふ。

(3)

一 ^▼御おんつとめ​の​とき*順じゅん讃さん御おんわすれ​あり。 *南みなみ殿どのへ御おんかへり​ありて、 仰おおせ​に、 聖しょう人にん (*親鸞) 御おんすすめ​の ¬和わ讃さん¼、 あまりに​あまりに殊しゅ勝しょうにて、 *あげば​を​わすれ​たり​と仰おおせ候そうらひ​き。 ありがたき御おんすすめ​を信しんじ​て往おう生じょうする​ひと​すくなし​と御ご述じゅっ懐かいなり。

(4)

一 ^▼*念ねん声しょう是ぜ一いちといふ​こと​しら​ず​と申もうし候そうろふ​とき、 仰おおせ​に、 おもひ内うちに​あれば​いろ外ほかに​あらはるる​と​あり。 されば信しんを​え​たる体たいは​すなはち南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり​と1233こころうれ​ば、 口くちも心こころも​ひとつ​なり。

(5)0527

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 本尊ほんぞんは掛かけ​やぶれ、 聖教しょうぎょうは​よみ​やぶれ​と、 対つい句くに仰おおせ​られ候そうろふ。

(6)

一 ^▼仰おおせ​に、 南無なもといふは帰き命みょうなり、 帰き命みょうといふは弥陀みだを一念いちねんたのみ​まゐらする​こころ​なり。 また発願ほつがん回え向こうといふは、 たのむ機きに​やがて大善だいぜん大だい功く徳どくを​あたへ​たまふ​なり。 その体たいすなはち南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり​と仰おおせ候そうらひ​き。

(7)

一 ^▼加賀かがの*願がん生しょうと*覚善かくぜん又また四し郎ろうと​に対たいし​て、 信心しんじんといふは弥陀みだを一念いちねん御おんたすけ候そうらへ​と​たのむ​とき、 やがて御おんたすけ​ある​すがた​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうす​なり。 総そうじて罪つみは​いかほど​ある​とも、 一念いちねんの*信力しんりきにて消けし​うしなひ​たまふ​なり。

^されば 「▲無始むし以い来らい輪転りんでん六道ろくどうの妄業もうごう、 一念いちねん南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと帰き命みょうする仏ぶっ智ち無む生しょうの*妙みょう願力がんりきに​ほろぼさ​れ​て、 涅ね槃はん畢ひっ竟きょうの真因しんいんはじめて​きざす​ところ​を​さす​なり」 (*真要鈔・本) といふ御おんことば​を引ひき​たまひ​て仰おおせ候そうらひ​き。 されば​この​こころ​を御おん*かけ1234字じに*あそばさ​れ​て、 願がん生しょうに​くださ​れ​けり。

(8)

一 ^▼三み河かわの*教きょう賢けん、 伊勢いせの*空賢くうけんと​に対たいし​て、 仰おおせに、 南無なもといふは帰き命みょう、 この​こころ​は0528御おんたすけ候そうらへ​と​たのむ​なり。 この帰き命みょうの​こころ*やがて発願ほつがん回え向こうのこころ​を感かんずる​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(9)

一 ^▼「▲他た力りきの願がん行ぎょうを​ひさしく身みに​たもち​ながら、 よしなき自じ力りきの執しゅう心しんに​ほださ​れ​て、 むなしく流る転てんし​ける​なり」 (*安心決定鈔・末意) と候そうろふ​を、 *え存ぞんぜ​ず候そうろふ​よし申もうしあげ候そうろふ​ところ​に、 仰おおせ​に、 ききわけ​て​え信しんぜ​ぬ​もの​の​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうらひ​き。

(10)

一 ^▼「▲弥陀みだの大だい悲ひ、 かの常じょう没もつの衆しゅ生じょうの​むね​の​うち​に​みち​みち​たる」 (安心決定鈔・本意) といへる​こと不ふ審しんに候そうろふ​と、 *福ふく田でん寺じ申もうしあげ​られ候そうろふ。 仰おおせ​に、 仏心ぶっしんの蓮れん華げはむね​に​こそ​ひらく​べけれ、 はら​に​ある​べき​や。 「▲弥陀みだの身心しんしんの功く徳どく、 法界ほうかい衆しゅ生じょうの身みの​うち、 こころ​の​そこ​に入いり​みつ」 (安心決定鈔・本) とも​あり。 しかれば、 ただ1235領りょう解げの心しん中ちゅうを​さし​て​の​こと​なり​と仰おおせ候そうらひ​き。 ありがたき​よし候そうろふ​なり。

(11)

一 ^▼*十じゅう月がつ二に十じゅう八日はちにちの*逮たい夜やに​のたまはく、 「*正しょう信しん偈げ和わ讃さん」 を​よみ​て、 仏ぶつにも聖しょう人にん (親鸞) にも*まゐらせ​ん​と​おもふ​か、 あさまし​や。 他た宗しゅうには​つとめ​をも​して回え向こうする​なり。 *御ご一いち流りゅう0529には他た力りき信心しんじんを​よく​しれ​と​おぼしめし​て、 聖しょう人にんの和わ讃さんに​その​こころ​を​あそばさ​れ​たり。 ことに七しち高こう祖その御ごねんごろなる御おん釈しゃくの​こころ​を、 和わ讃さんに*ききつくる​やう​に​あそばさ​れ​て、 その恩おんを​よくよく存ぞん知じし​て、 あら​たふと​や​と念仏ねんぶつする​は、 仏恩ぶっとんの御おんこと​を聖しょう人にんの御ご前ぜんにて​よろこび​まうす​こころ​なり​と、 くれぐれ仰おおせ​られ候そうらひ​き。

(12)

一 ^▼聖教しょうぎょうを​よく​おぼえ​たり​とも、 他た力りきの安心あんじんを*しかと決けつ定じょうなく​は​いたづらごと​なり。 弥陀みだを​たのむ​ところ​にて往おう生じょう決けつ定じょうと信しんじ​て、 ふたごころなく臨りん終じゅうまで​とほり候そうらは​ば往おう生じょうす​べき​なり。

(13)

一 ^▼*明応めいおう三年さんねん十じゅう一月いちがつ、 報恩ほうおん講こうの二に十じゅう四よっ日か*あかつき八時やつどきにおいて、 聖しょう人にんの御ご前ぜん ˆにˇ1236 参拝さんぱい申もうし​て候そうろふ​に、 すこし​ねぶり候そうろふ​うち​に、 ゆめ​とも​うつつ​とも​わか​ず、 *空善くうぜん拝おがみ​まうし候そうろふ​やう​は、 御お厨子ずしの​うしろ​より​わた​を​つみひろげ​たる​やう​なる​うち​より、 上様うえさま (蓮如) あらはれ御おん出いで​ある​と拝おがみ​まうす​ところ​に、 御ご相好そうごう、 *開山かいさん聖しょう人にん (親鸞) にて​ぞ​おはします。 あら不ふ思議しぎや​と​おもひ、 やがて御お厨子ずしの​うち​を拝おがみ​まうせ​ば、 聖しょう人にん御座ござなし。

^さては開山かいさん聖しょう人にん、 上様うえさまに現げんじ​ましまし​て、 御ご一いち流りゅうを御ご再興さいこうにて御座ござ候そうろふ0530と申もうしいだす​べき​と存ぞんずる​ところ​に、 *慶きょう聞もん坊ぼうの讃嘆さんだんに、 聖しょう人にんの御ご流りゅう義ぎ、 「▲たとへば木石ぼくせきの縁えんを​まち​て火ひを生しょうじ、 瓦が礫りゃくのやすりを​すり​て玉たまを​なす​が​ごとし」 と、 ¬御式おんしき¼ (*報恩講私記) の​うへ​を讃嘆さんだんある​と​おぼえ​て夢ゆめさめ​て候そうろふ。 ▽さては開山かいさん聖しょう人にんの御ご再誕さいたんと、 それ​より信仰しんこう申もうす​こと​に候そうらひ​き。

(14)

一 ^▼教きょう化けする​ひと、 まづ信心しんじんを​よく決けつ定じょうし​て、 その​うへ​にて聖教しょうぎょうを​よみ​かたら​ば、 きく​ひと​も信しんを​とる​べし。

(15)

一 ^▼仰おおせ​に、 弥陀みだを​たのみ​て御おんたすけ​を決けつ定じょうして、 御おんたすけ​の​ありがたさ​よ​と1237よろこぶ​こころ​あれば、 その​うれしさ​に念仏ねんぶつ申もうす​ばかり​なり。 すなはち仏恩ぶっとん報謝ほうしゃなり。

(16)

一 ^▼*大おお津つ近松ちかまつ殿どのに対たいし​ましまし​て仰おおせ​られ候そうろふ。 信心しんじんを​よく決けつ定じょうし​て、 ひと​にも​とら​せよ​と仰おおせ​られ候そうらひ​き。

(170531)

一 ^▼*十じゅう二に月がつ六むゆ日かに*富とん田だ殿どのへ御ご下げ向こうにて候そうろふ​あひだ、 五いつ日かの夜よは大勢おおぜい御ご前ぜんへ​まゐり候そうろふ​に、 仰おおせ​に、 今こん夜やは​なにごと​に人ひとおほく​きたり​たる​ぞ​と。 *順じゅん誓せい申もうさ​れ候そうろふ​は、 まことに​この​あひだ​の御ご*聴ちょう聞もん申もうし、 ありがたさ​の御礼おんれいの​ため、 また明みょう日にち御ご下げ向こうにて御座ござ候そうろふ。 御おん目めに​かかり​まうす​べし​か​の​あひだ、 歳末さいまつの御礼おんれいの​ため​ならん​と申もうしあげ​られ​けり。 その​とき仰おおせ​に、 *無む益やくの歳末さいまつの礼れいかな、 歳末さいまつの礼れいには信心しんじんを​とり​て礼れいに​せよ​と仰おおせ候そうらひ​き。

(18)

一 ^▼仰おおせ​に、 ときどき懈け怠だいする​こと​ある​とき、 往おう生じょうす​まじき​か​と疑うたがひ​なげく​もの​ある​べし。 しかれども、 もはや弥陀みだ如来にょらいを​ひとたび​たのみ​まゐらせ​て往おう生じょう1238決けつ定じょうの​のち​なれば、 懈け怠だいおほく​なる​こと​の​あさまし​や。 かかる懈け怠だいおほく​なる​もの​なれども、 御おんたすけ​は*治じ定じょうなり。 ありがた​や​ありがた​や​と​よろこぶ​こころ​を、 ▲他た力りき大だい行ぎょうの催促さいそくなり​と申もうす​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(19)

一 ^▼御おんたすけ​あり​たる​こと​の​ありがたさ​よ​と念仏ねんぶつ申もうす​べく候そうろふ​や、 また御おんたすけ​あら​うずる​こと​の​ありがたさ​よ​と念仏ねんぶつ申もうす​べく候そうろふ​や​と、 申もうしあげ候そうろふ​とき、 仰おおせ​に、 0532いづれ​も​よし。 ただし正定しょうじょう聚じゅの​かた​は御おんたすけ​あり​たる​と​よろこぶ​こころ、 滅めつ度どの​さとり​の​かた​は御おんたすけ​あら​うずる​こと​の​ありがたさ​よ​と申もうす​こころ​なり。 いづれ​も仏ぶつに成なる​こと​を​よろこぶ​こころ、 よし​と仰おおせ候そうろふ​なり。

(20)

一 ^▼*明応めいおう五ご年ねん正しょう月がつ二に十じゅう三日さんにちに富とん田だ殿どのより御ご上じょう洛らくありて、 仰おおせ​に、 当年とうねんより​いよいよ信心しんじんなき​ひと​には御おんあひ​ある​まじき​と、 かたく仰おおせ候そうろふ​なり。 安心あんじんの​とほり​いよいよ仰おおせ​きか​せ​られ​て、 また*誓願せいがん寺じに能のうを​させ​られ​けり。

^*二に月がつ十じゅう七日しちにちに​やがて富とん田だ殿どのへ御ご下げ向こうありて、 *三月さんがつ二に十じゅう七日しちにちに*堺さかい殿どのより御ご上じょう洛らくありて、 二に1239十じゅう八日はちにちに仰おおせ​られ候そうろふ。 「▲自じ信しん教きょう人にん信しん」 (*礼讃) の​こころ​を仰おおせ​きか​せ​られ​んがために、 *上のぼり下くだり辛労しんろうなれども、 御おん出いで​ある​ところ​は、 信しんを​とり​よろこぶ​よし申もうす​ほどに、 うれしく​て​また​のぼり​たり​と仰おおせ​られ候そうらひ​き。

(21)

一 ^▼四し月がつ九ここぬ日かに仰おおせ​られ候そうろふ。 安心あんじんを​とり​て​もの​を​いは​ば​よし。 用ようない​こと​をば​いふ​まじき​なり。 一心いっしんの​ところ​をば​よく人ひとにも​いへ​と、 空善くうぜんに御ご掟じょうなり。

(220533)

一 ^▼*同おなじき十じゅう二に日にちに堺さかい殿どのへ御ご下げ向こうあり。

(23)

一 ^▼*七月しちがつ二十はつ日か御ご上じょう洛らくにて、 その日ひ仰おおせ​られ候そうろふ。 「▲五ご濁じょく悪あく世せの​われら​こそ 金剛こんごうの信心しんじんばかり​にて ながく生しょう死じを​すてはて​て 自じ然ねんの浄じょう土どに​いたる​なれ」 (高僧和讃)。 ▲この​つぎ​をも御ご法談ほうだんありて、 この二に首しゅの讃さんの​こころ​を​いひ​て​きか​せん​とて​のぼり​たり​と仰おおせ候そうろふ​なり。 さて 「自じ然ねんの浄じょう土どに​いたる​なり」、 「ながく生しょう死じを​へだて​ける」、 さてさて​あら*おもしろ​や​おもしろ​や​と、 くれぐれ御ご掟じょうあり​けり。

(241240)

一 ^▼のたまはく、 「*南旡なも」 の字じは聖しょう人にん (親鸞) の御ご流りゅう義ぎに​かぎり​て​あそばし​けり。 「南旡なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ」 を*泥でいにて写うつさ​せ​られ​て、 御お座ざ敷しきに掛かけ​させ​られ​て仰おおせ​られ​ける​は、 不可ふか思議しぎ光こう仏ぶつ、 無礙むげ光こう仏ぶつも​この南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつを​ほめ​たまふ*徳号とくごうなり。 しかれば南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつを本ほんと​す​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(25)

一 ^▼「▲十方じっぽう無む量りょうの諸仏しょぶつの 証誠しょうじょう護ご念ねんの​みこと​にて 自じ力りきの大だい菩ぼ提だい心しんの かなは​ぬ​ほど​は​しり​ぬ​べし」 (*正像末和讃)。 御ご讃さんの​こころ​を聴ちょう聞もん申もうし​たき​と順じゅん誓せい申もうしあげ​られ0534けり。 仰おおせ​に、 諸仏しょぶつの弥陀みだに帰きせ​らるる​を*能のうと​し​たまへ​り。
^▼「▼*世よの​なか​に*あま​の​こころ​を​すて​よ​かし *妻めうし​の​つの​は​さも​あらば​あれ」 と。 これ​は御ご開山かいさん (親鸞) の御歌おんうたなり。 されば​かたち​は​いら​ぬ​こと、 一心いっしんを本ほんと​す​べし​と​なり。 世よにも 「かうべ​を​そる​と​いへども心こころを​そら​ず」 といふ​こと​が​ある​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(26)

一 ^▼「▼*鳥とり部野べのを​おもひやる​こそ​あはれなれ ゆかり​の人ひとの​あと​と​おもへ​ば」。 これ​も聖しょう人にんの御歌おんうたなり。

(271241)

一 ^▼*明応めいおう五ご年ねん九く月がつ二十はつ日か、 御ご開山かいさん (親鸞) の*御ご影えい様さま、 空善くうぜんに*御ご免めんあり。 なかなか​ありがたさ申もうす​に​かぎり​なき​こと​なり。

(28)

一 ^▼*同おなじき十じゅう一月いちがつ報恩ほうおん講こうの二に十じゅう五ご日にちに、 御ご開山かいさんの ¬御ご伝でん¼ (*御伝鈔) を聖しょう人にん (親鸞) の御ご前ぜんにて上様うえさま (蓮如) あそばさ​れ​て、 いろいろ御ご法談ほうだん候そうろふ。 なかなか​ありがたさ申もうす​ばかり​なく候そうろふ。

(29)

一 ^▼*明応めいおう六年ろくねん四し月がつ十じゅう六日ろくにち御ご上じょう洛らくにて、 その日ひ御ご開山かいさん聖しょう人にんの*御ご影えいの正しょう本ほん、 あつがみ一いち0535枚まいに​つつま​せ、 *みづから​の御お筆ふでにて御座ござ候そうろふ​とて、 上様うえさま御おん手てに御おんひろげ候そうらひ​て、 皆みなに拝おがま​せ​たまへ​り。 この正しょう本ほん、 まことに宿しゅく善ぜんなく​ては拝見はいけん申もうさ​ぬ​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(30)

一 ^▼のたまはく、 「▲諸仏しょぶつ三業さんごう荘しょう厳ごんし​て 畢ひっ竟きょう平びょう等どうなる​こと​は 衆しゅ生じょう虚こ誑おうの身しん口意くいを 治じせ​んがため​と​のべ​たまふ」 (高僧和讃) といふは、 諸仏しょぶつの弥陀みだに帰きし​て衆しゅ生じょうを​たすけ​らるる​こと​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(311242)

一 ^▼一念いちねんの信心しんじんを​え​て​のち​の相続そうぞくといふは、 さらに別べつの​こと​に​あらず、 はじめ発ほっ起きする​ところの安心あんじんを相続そうぞくせ​られ​て​たふとく​なる一念いちねんの​こころ​の​とほる​を、 ▲「憶念おくねんの心しんつね​に」 とも 「仏恩ぶっとん報謝ほうしゃ」 とも​いふ​なり。 いよいよ帰き命みょうの一念いちねん、 発ほっ起きする​こと肝要かんようなり​と仰おおせ候そうろふ​なり。

(32)

一 ^▼のたまはく、 朝ちょう夕せき、 「正しょう信しん偈げ和わ讃さん」 にて念仏ねんぶつ申もうす​は、 往おう生じょうの*たね0536に​なる​べき​か​なる​まじき​か​と、 おのおの坊ぼう主ずに御おんたづね​あり。 皆みな申もうさ​れ​ける​は、 往おう生じょうの​たね​に​なる​べし​と申もうし​たる人ひとも​あり、 往おう生じょうの​たね​には​なる​まじき​と​いふ人ひとも​あり​ける​とき、 仰おおせ​に、 いづれ​も​わろし、 「正しょう信しん偈げ和わ讃さん」 は、 衆しゅ生じょうの弥陀みだ如来にょらいを一念いちねんに​たのみ​まゐらせ​て、 後ご生しょうたすかり​まうせ​と​の​ことわり​を​あそばさ​れ​たり。 よく​ききわけ​て信しんを​とり​て、 ありがた​や​ありがた​や​と聖しょう人にん (親鸞) の御ご前ぜんにて​よろこぶ​こと​なり​と、 くれぐれ仰おおせ候そうろふ​なり。

(33)

一 ^▼南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの六ろく字じを、 他た宗しゅうには大善だいぜん大だい功く徳どくにて​ある​あひだ、 となへ​て​この功く徳どくを諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつ・諸天しょてんに​まゐらせ​て、 その功く徳どくを​わがものがほ​に​する​なり1243。 一いち流りゅうには​さ​なし。 この六ろく字じの名みょう号ごうわが​もの​にて​ありて​こそ、 となへ​て仏ぶつ・菩ぼ薩さつに​まゐらす​べけれ。 一念いちねん一心いっしんに後ご生しょうたすけ​たまへ​と​たのめ​ば、 やがて御おんたすけ​に​あづかる​こと​の​ありがたさ​ありがたさ​と申もうす​ばかり​なり​と仰おおせ候そうろふ​なり。

(34)

一 ^▼三み河かわの国くに浅あさ井いの*後室こうしつ、 御おんいとまごひ​に​とて​まゐり候そうろふ​に、 富とん田だ殿どのへ御ご下げ向こうの*あした​の​こと​なれば、 ことのほか​の御おん*取とりみだし​にて御座ござ候そうろふ​に、 仰おおせ​に、 名みょう号ごうを​ただ​となへ​て仏ぶつに​まゐらする​こころ​にて​は​ゆめゆめ​なし。 弥陀みだを​しかと御おんたすけ候そうらへ​と0537たのみ​まゐらすれ​ば、 やがて仏ぶつの御おんたすけ​に​あづかる​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうす​なり。 しかれば、 御おんたすけ​に​あづかり​たる​こと​の​ありがたさ​よ​ありがたさ​よ​と、 こころ​に​おもひ​まゐらする​を、 口くちに出いだし​て南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうす​を、 仏恩ぶっとんを報ほうずる​と​は申もうす​こと​なり​と仰おおせ候そうらひ​き。

(35)

一 ^▼順じゅん誓せい申もうしあげ​られ候そうろふ。 一念いちねん発ぽっ起きのところ​にて、 罪つみみな消しょう滅めつし​て正定しょうじょう聚じゅ不ふ退たいの位くらいに定さだまる​と、 *御お文ふみに​あそばさ​れ​たり。 しかるに罪つみは​いのち​の​ある​あひだ1244、 罪つみも​ある​べし​と仰おおせ候そうろふ。 御お文ふみと別べつに​きこえ​まうし候そうろふ​や​と、 申もうしあげ候そうろふ​とき、 仰おおせ​に、 一念いちねんの​ところ​にて罪つみみな消きえ​て​と​ある​は、 一念いちねんの信力しんりきにて往おう生じょう定さだまる​とき​は、 罪つみは​さはり​とも​なら​ず、 されば*無なき分ぶんなり。 命いのちの娑しゃ婆ばに​あら​ん​かぎり​は、 罪つみは尽つき​ざる​なり。 順じゅん誓せいは、 はや悟さとり​て罪つみは​なき​か​や。

^聖教しょうぎょうには 「一念いちねんの​ところ​にて罪つみ消きえ​て」 と​ある​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。 罪つみの​ある​なし​の沙汰さたを​せん​より​は、 信心しんじんを取とり​たる​か取とら​ざる​か​の沙汰さたを​いくたび​も​いくたび​も​よし。 罪つみ消きえ​て御おんたすけ​あら​ん​とも、 罪つみ消きえ​ず​して御おんたすけ​ある​べし​とも、 弥陀みだの御おんはからひ​なり、 われ​として​はからふ​べから​ず。 ただ信心しんじん肝要かんようなり​と、 くれぐれ仰おおせ​られ候そうろ0538ふ​なり。

(36)

一 ^▼「▲真実しんじつ信心しんじんの称名しょうみょうは 弥陀みだ回え向こうの法ほうなれば 不ふ回え向こうと​なづけ​て​ぞ 自じ力りきの称しょう念ねんきらは​るる」 (正像末和讃) といふは、 弥陀みだの​かた​より、 *たのむ​こころ​も、 たふと​や​ありがた​や​と念仏ねんぶつ申もうす​こころ​も、 みな​あたへ​たまふ​ゆゑに、 と​や​せん​かく​や​せん​と​はからう​て念仏ねんぶつ申もうす​は、 自じ力りきなれば​きらふ​なり​と仰おおせ候そうろふ​なり。

(371245)

一 ^▼*無む生しょうの生しょうと​は、 極楽ごくらくの生しょうは三界さんがいを​へめぐる​こころ​にて​あらざれ​ば、 極楽ごくらくの生しょうは無む生しょうの生しょうと​いふ​なり。

(38)

一 ^▼回え向こうといふは、 弥陀みだ如来にょらいの、 衆しゅ生じょうを御おんたすけ​を​いふ​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(39)

一 ^▼仰おおせ​に、 一念いちねん発ぽっ起きの義ぎ、 往おう生じょうは決けつ定じょうなり。 罪つみ消けし​て助たすけ​たまは​ん​とも、 罪つみ消けさ​ず​して​たすけ​たまは​ん​とも、 弥陀みだ如来にょらいの御おんはからひ​なり。 罪つみの沙汰さた無む益やくなり。 たのむ衆しゅ生じょうを本ほんとたすけ​たまふ​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(400539)

一 ^▼仰おおせ​に、 *身みを​すて​て*おのおの​と同どう座ざする​をば、 聖しょう人にん (親鸞) の仰おおせ​にも、 ▲四し海かいの信心しんじんの人ひとは​みな兄きょう弟だいと仰おおせ​られ​たれ​ば、 われ​も​その御おんことば​の​ごとくなり。 また同どう座ざをも​して​あらば、 不ふ審しんなる​こと​をも問とへ​かし、 信しんを​よく​とれ​かし​と​ねがふ​ばかり​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(411246)

一 ^▼「▲愛欲あいよくの広海こうかいに沈没ちんもつし、 名みょう利りの大山たいせんに迷惑めいわくして、 定じょう聚じゅの数かずに入いる​こと​を喜よろこば​ず、 真しん証しょうの証しょうに近ちかづく​こと​を快たのしま​ず」 (信巻・末) と申もうす沙汰さたに、 *不ふ審しんの​あつかひ​ども​にて、 往おう生じょうせ​んずる​か、 す​まじき​なんど​と​たがひに申もうし​あひ​ける​を、 ものごし​に​きこしめさ​れ​て、 愛欲あいよくも名みょう利りも​みな煩悩ぼんのうなり、 されば*機きの​あつかひ​を​する​は雑修ざっしゅなり​と仰おおせ候そうろふ​なり。 ただ信しんずる​ほか​は別べつの​こと​なし​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(42)

一 ^▼*ゆふさり、 *案内あんないをも申もうさ​ず、 ひとびと​おほく​まゐり​たる​を、 *美濃みの殿どの、 *まかりいで候そうらへ​と、 あらあら​と御おん申もうし​の​ところ​に、 仰おおせ​に、 さやうに​いは​ん​ことば​にて、 *一念いちねん​の​こと​を​いひ​て​きか​せ​て帰きせ​かし​と。 東西とうざいを走はしりまはり​て​いひ​たき​こと​なり​と0540仰おおせ​られ候そうろふ​とき、 慶きょう聞もん房ぼう涙なみだを流ながし、 あやまり​て候そうろふ​とて讃嘆さんだんあり​けり。 皆々みなみな落涙らくるい申もうす​こと​かぎり​なかり​けり。

(43)

一 ^▼*明応めいおう六年ろくねん十じゅう一月いちがつ、 報恩ほうおん講こうに御ご上じょう洛らくなく候そうろふ​あひだ、 *法ほう敬きょう坊ぼう御おん使つかひ​として、 当年とうねんは御ご*在国ざいこくにて御座ござ候そうろふ​あひだ、 *御お講こうを​なにと御ご沙汰さたある​べき​や​と、 1247たづね御おん申もうし候そうろふ​に、 当年とうねんより​は夕ゆうべの*六むつどき、 朝あさの六むつどき​を​かぎり​に、 みな退散たいさんある​べし​と​の▲御お文ふみを​つくら​せ​て、 かくのごとく​めさ​る​べき​よし御ご掟じょうあり。 *御み堂どうの夜よるの宿とまり衆しゅうも​その日ひの*頭人とうにんばかり​と御ご掟じょうなり。 また上様うえさま (蓮如) は七なぬ日かの御お講こうの​うち​を富とん田だ殿どのにて三みっ日か御おんつとめ​ありて、 二に十じゅう四よっ日かには*大坂おおざか殿どのへ御ご下げ向こうにて御勤行おつとめなり。

(44)

一 ^▼*おなじき七年しちねんの夏なつより​また御ご*違い例れいにて御座ござ候そうろふ​あひだ、 *五ご月がつ七なぬ日かに御おんいとまごひ​に*聖しょう人にんへ御おんまゐり​あり​たき​と仰おおせ​られ​て、 御ご上じょう洛らくにて、 やがて仰おおせ​に、 信心しんじんなき​ひと​には​あふ​まじき​ぞ。 信しんを​うる​もの​には召めし​ても​み​たく候そうろふ、 逢あふ​べし​と仰おおせ​なり​と云うん々ぬん。

(450541)

一 ^▼今いまの人ひとは古いにしえを​たづぬ​べし。 また古ふるき人ひとは古いにしえを​よく​つたふ​べし。 物もの語がたりは失うする​ものなり。 書しるし​たる​もの​は失うせ​ず候そうろふ。

(46)

一 ^▼赤あか尾おの*道どう宗しゅう申もうさ​れ候そうろふ。 一日いちにちの*たしなみ​には朝あさつとめ​に​かかさ​じ​と​たしなむ1248べし。 一月ひとつきの​たしなみ​には​ちかき​ところ*御ご開山かいさん様さま (親鸞) の御座ござ候そうろふ​ところ​へ​まゐる​べし​と​たしなめ、 一年いちねんの​たしなみ​には*御ご本ほん寺じへ​まゐる​べし​と​たしなむ​べし​と云うん々ぬん。 これ​を*円如えんにょ様さまきこしめし​およば​れ、 よく申もうし​たる​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(47)

一 ^▼わが心こころに​まかせ​ず​して心こころを責せめ​よ。 仏法ぶっぽうは心こころの​つまる物ものか​と​おもへ​ば、 信心しんじんに御おんなぐさみ候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(48)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼう九く十じゅうまで存命ぞんめい候そうろふ。 この歳としまで聴ちょう聞もん申もうし候そうらへ​ども、 これ​まで​と存ぞん知じたる​こと​なし、 あき​たり​も​なき​こと​なり​と申もうさ​れ候そうろふ。

(49)

一 ^▼*山科やましなにて御ご法談ほうだんの御座ござ候そうろふ​とき、 あまりに​ありがたき御ご掟じょうども​なり​とて、 これ​を0542忘わすれ​まうし​ては​と存ぞんじ、 御お座ざ敷しきを​たち御み堂どうへ六人ろくにんより​て*談合だんごう候そうらへ​ば、 面々めんめんに​きき​かへ​られ候そうろふ。 その​うち​に四し人にんは​ちがひ候そうろふ。 大だい事じの​こと​にて候そうろふ​と申もうす​こと​なり。 聞きき​まどひ​ある​ものなり。

(501249)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にんの御時おんとき、 *こころざし​の衆しゅうも御ご前ぜんに​おほく候そうろふ​とき、 この​うち​に信しんを​え​たる​もの​いくたり​ある​べき​ぞ、 一ひと人りか二ふた人りか​ある​べき​か、 など御ご掟じょう候そうろふ​とき、 おのおの肝きもを​つぶし候そうろふ​と申もうさ​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(51)

一 ^▼法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ。 讃嘆さんだんの​とき​なに​も​おなじ​やう​に​きか​で、 聴ちょう聞もんは*かど​を​きけ​と申もうさ​れ候そうろふ。 *詮せんある​ところ​を​きけ​と​なり。

(52)

一 ^▼「▲憶念おくねん称名しょうみょういさみ​ありて」 (報恩講私記) と​は、 称名しょうみょうは*いさみの念仏ねんぶつなり。 信しんの​うへ​は​うれしく​いさみ​て申もうす念仏ねんぶつなり。

(53)

一 ^▼御お文ふみの​こと、 聖教しょうぎょうは読よみ​ちがへ​も​あり、 こころえ​も​ゆか​ぬ​ところ​も​あり。 御お0543文ふみは読よみ​ちがへ​も​ある​まじき​と仰おおせ​られ候そうろふ。 御お慈悲じひの​きはまり​なり。 これ​を​きき​ながら​こころえ​の​ゆか​ぬ​は*無む宿しゅく善ぜんの機きなり。

(54)

一 ^▼御ご一いち流りゅうの御おんこと、 この​とし​まで聴ちょう聞もん申もうし候そうろう​て、 御おんことば​を​うけたまはり1250候そうらへ​ども、 ただ心こころが御おんことば​の​ごとくなら​ず​と、 法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ。

(55)

一 ^▼*実如じつにょ上しょう人にん、 *さいさい仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの​こと、 わが​こころ​に​まかせ​ず​たしなめ​と御ご掟じょうなり。 こころ​に​まかせ​ては、 *さてなり。 すなはち​こころ​に​まかせ​ず​たしなむ心こころは他た力りきなり。

(56)

一 ^▼御ご一いち流りゅうの義ぎを承うけたまわり​わけ​たる​ひと​は​あれども、 聞きき​う​る人ひとは​まれ​なり​といへり。 信しんを​うる機きまれなり​といへる意こころなり。

(57)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にんの御ご掟じょうには、 仏法ぶっぽうの​こと​を​いふ​に、 世せ間けんの​こと​に*とりなす人ひとのみ​なり。 それを*退屈たいくつせず​して、 また仏法ぶっぽうの​こと​に​とりなせ​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(580544)

一 ^▼たれ​の​ともがら​も、 われ​は​わろき​と​おもふ​もの、 一ひと人りとして​も​ある​べから​ず。 これ*しかしながら、 聖しょう人にん (親鸞) の御ご*罰ばつを​かうぶり​たる​すがた​なり。 これ​によりて一ひと人りづつ​も心しん中ちゅうを​ひるがへさ​ずは、 ながき世よ ˆはˇ *泥ない梨りに​ふかく沈しずむ1251べき​もの​なり。 これ​と​いふ​も​なにごと​ぞ​なれば、 真実しんじつに仏法ぶっぽうの​そこ​を​しら​ざる​ゆゑなり。

(59)

一 ^▼「▼皆みなひと​の​まこと​の信しんは​さらに​なし ものしりがほ​の風ふ情ぜいにて​こそ」。 *近松ちかまつ殿どのの*堺さかいへ御ご下げ向こうの​とき、 *なげし​に*おし​て​おか​せ​られ候そうろふ。 あと​にて​この​こころ​を​おもひ​いだし候そうらへ​と御ご掟じょうなり。 *光応こうおう寺じ殿どのの御ご不ふ審しんなり。 「ものしりがほ」 と​は、 われ​は​こころえ​たり​と​おもふ​が​この​こころ​なり。

(60)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼう、 安心あんじんの​とほり​ばかり讃嘆さんだんする​ひと​なり。 「▲言ごん南無なも者しゃ」 (*玄義分) の釈しゃくをば、 いつ​も​はづさ​ず引ひく人ひとなり。 それ​さへ、 *さしよせ​て申もうせ​と、 蓮如れんにょ上しょう人にん御ご掟じょう候そうろふ​なり。 ことば​すくな​に安心あんじんの​とほり申もうせ​と御ご掟じょうなり。

(610545)

一 ^▼*善ぜん宗しゅう申もうさ​れ候そうろふ。 *こころざし申もうし候そうろふ​とき、 わがものがほ​に​もち​て​まゐる​は​はづかしき​よし申もうさ​れ候そうろふ。 なにと​し​たる​こと​にて候そうろふ​や​と申もうし候そうらへ​ば、 これ​は​みな*御ご用ゆうの​もの​にて​ある​を、 わが​もの​の​やう​に​もち​て​まゐる​と申もうさ​れ候そうろふ1252。 ただ上様うえさま (蓮如) の​もの、 とりつぎ候そうろふ​こと​にて候そうろふ​を、 *わがものがほ​に存ぞんずる​か​と申もうさ​れ候そうろふ。

(62)

一 ^▼*津つの国くに郡ぐん家けの主計かずえと申もうす人ひとあり。 ひまなく念仏ねんぶつ申もうす​あひだ、 ひげ​を剃そる​とき切きら​ぬ​こと​なし。 わすれ​て念仏ねんぶつ申もうす​なり。 人ひとは口くちはたらか​ねば念仏ねんぶつも​すこし​の​あひだ​も申もうさ​れ​ぬ​か​と、 こころもとなき​よし​に候そうろふ。

(63)

一 ^▼*仏法ぶっぽう者しゃ申もうさ​れ候そうろふ。 わかき​とき仏法ぶっぽうは​たしなめ​と候そうろふ。 としよれ​ば行ぎょう歩ぶも​かなは​ず、 ねぶたく​も​ある​なり。 ただ​わかき​とき​たしなめ​と候そうろふ。

(64)

一 ^▼衆しゅ生じょうを​しつらひ​たまふ。 「しつらふ」 といふは、 衆しゅ生じょうの​こころ​を​その​まま​おき​て、 よき​こころ​を御おんくはへ候そうらひ​て、 *よく​めさ​れ候そうろふ。 衆しゅ生じょうの​こころ​を​みな​とりかへ​て、 仏ぶっ智ちばかり​にて、 別べつに御おんみたて候そうろふ​こと​にて​は​なく候そうろふ。

(650546)

一 ^▼わが妻さい子しほど*不ふ便びんなる​こと​なし。 それ​を勧かん化けせ​ぬ​は​あさましき​こと​なり。 宿しゅく1253善ぜんなく​は​ちから​なし。 わが身みを​ひとつ勧かん化けせ​ぬ​もの​が​ある​べき​か。

(66)

一 ^▼慶きょう聞もん坊ぼうの​いは​れ候そうろふ。 信しんは​なく​て*まぎれまはる​と、 日ひに日ひに地じ獄ごくが​ちかく​なる。 まぎれまはる​が​あらはれ​ば地じ獄ごくが​ちかく​なる​なり。 *うちみ​は信しん不ふ信しんみえ​ず候そうろふ。 とほく​いのち​を​もた​ず​して、 今日きょうばかり​と思おもへ​と、 古ふるき*こころざし​の​ひと申もうさ​れ候そうろふ。

(67)

一 ^▼一いち度どの*ちかひ​が一いち期ごの​ちかひ​なり。 一いち度どの​たしなみ​が一いち期ごの​たしなみ​なり。 その​ゆゑは、 その​まま​いのち​をはれ​ば一いち期ごの​ちかひ​に​なる​によりて​なり。

(68)

一 ^▼「▼今日きょうばかり​おもふ​こころ​を忘わする​な​よ *さなき​は​いとど​のぞみ​おほき​に」 *覚如かくにょ様さま御歌おんうた

(690547)

一 ^▼*他た流りゅうには、 名みょう号ごうより​は絵え像ぞう、 絵え像ぞうより​は木像もくぞうと​いふ​なり。 *当とう流りゅうには、 木像もくぞうより​は絵え像ぞう、 絵え像ぞうより​は名みょう号ごうと​いふ​なり。

(701254)

一 ^▼*御ご本ほん寺じ北殿きたどのにて、 法ほう敬きょう坊ぼうに対たいし​て蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 われ​は​なにごと​をも*当とう機きを​かがみ​おぼしめし、 十とおある​もの​を一ひとつ​に​する​やう​に、 かろがろと理りの​やがて叶かなふ​やう​に御ご沙汰さた候そうろふ。 これ​を人ひとが考かんがへ​ぬ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 御お文ふみ等とうをも近年きんねんは御おんことば​すくな​に​あそばさ​れ候そうろふ。 いま​は​もの​を聞きく​うち​にも退屈たいくつし、 物ものを聞きき​おとす​あひだ、 肝要かんようの​こと​を​やがて​しり候そうろふ​やう​に​あそばさ​れ候そうろふ​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(71)

一 ^▼法印ほういん*兼縁けんえん、 幼よう少しょうの時とき、 *二俣ふたまたにて​あまた*小こ名みょう号ごうを申もうし入いれ候そうろふ時とき、 信心しんじんや​ある、 おのおの​と仰おおせ​られ候そうろふ。 信心しんじんは ˆそのˇ 体たい名みょう号ごうにて候そうろふ。 いま思おもひ​あはせ候そうろふ​と​の義ぎに候そうろふ。

(72)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 *堺さかいの日向ひゅうが屋やは三さん十じゅう万貫まんがんを持もち​たれ​ども、 死しに​たる​が仏ぶつには成なり候そうろふ​まじ。 大和やまとの*了妙りょうみょうは帷かたびら一ひとつ​をも着きかね候そうらへ​ども、 このたび仏ぶつに成なる​べき​よ​と、 仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(731255)  0548

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にんへ久きゅう宝ほう寺じの*法ほっ性しょう申もうさ​れ候そうろふは、 一念いちねんに後ご生しょう御おんたすけ候そうらへ​と弥陀みだを​たのみ​たてまつり候そうろふ​ばかり​にて往おう生じょう一いち定じょうと存ぞんじ候そうろふ。 *かやうに​て御おん入いり候そうろふ​か​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 ある人ひとわき​より、 それ​は​いつ​も​の​こと​にて候そうろふ。 別べつの​こと、 不ふ審しんなる​こと​など申もうさ​れ候そうらは​で​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​ぞ​とよ、 わろき​と​は。 めづらしき​こと​を聞きき​たく​おもひ​しり​たく思おもふ​なり。 信しんの​うへ​にて​は​いくたび​も心しん中ちゅうの​おもむき、 かやうに申もうさ​る​べき​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(74)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 一向いっこうに*不ふ信しんの​よし申もうさる​る人ひとは​よく候そうろふ。 ことば​にて安心あんじんの​とほり申もうし候そうらひ​て、 口くちには​おなじ​ごとくに​て、 *まぎれ​て空むなしく​なる​べき人ひとを悲かなしく覚おぼえ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(75)

一 ^▼聖しょう人にん (親鸞) の御ご一いち流りゅうは阿あ弥陀みだ如来にょらいの御ご掟じょうなり。 されば御お文ふみには 「▲阿あ弥陀みだ如来にょらいの仰おおせ​られ​ける​やう​は」 と​あそばさ​れ候そうろふ。

(761256)  0549

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 法ほう敬きょうに対たいせ​られ仰おおせ​られ候そうろふ。 いま​この弥陀みだを​たのめ​といふ​こと​を御おん教おしへ候そうろふ人ひとを​しり​たる​か​と仰おおせ​られ候そうろふ。 順じゅん誓せい、 存ぞんぜ​ず​と申もうさ​れ候そうろふ。 いま御おんをしへ候そうろふ人ひとを​いふ​べし。 *鍛冶かじ・番ばん匠しょうなど​も物ものを​をしふる​に*物ものを出いだす​ものなり。 一いち大だい事じの​こと​なり。 なんぞ​もの​を​まゐらせ​よ。 いふ​べき​と仰おおせ​られ候そうろふ時とき、 順じゅん誓せい、 *なかなか*なにたる​もの​なり​とも進しん上じょういたす​べき​と申もうさ​れ候そうろふ。 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 この​こと​を​をしふる人ひとは阿あ弥陀みだ如来にょらいにて候そうろふ。 阿あ弥陀みだ如来にょらいの​われ​を​たのめ​と​の御おんをしへ​にて候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(77)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼう、 蓮如れんにょ上しょう人にんへ申もうさ​れ候そうろふ。 あそばさ​れ候そうろふ御お名みょう号ごう焼やけ​まうし候そうろふ​が、 六体ろくたいの仏ぶつに​なり​まうし候そうろふ。 不ふ思議しぎなる​こと​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) その​とき仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​は不ふ思議しぎにて​も​なき​なり。 仏ぶつの仏ぶつに御おん成なり候そうろふ​は不ふ思議しぎにて​も​なく候そうろふ。 悪あく凡ぼん夫ぶの弥陀みだを​たのむ一念いちねんにて仏ぶつに成なる​こそ不ふ思議しぎよ​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(78)

一 ^▼*朝ちょう夕せきは如来にょらい・聖しょう人にん (親鸞) の御ご用ゆうにて候そうろふ​あひだ、 *冥みょう加がの​かた​を​ふかく存ぞん1257ず​べき​よし、 折々おりおり前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(790550)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 「*噛かむと​は​しる​とも、 呑のむ​と​しら​す​な」 といふ​こと​が​ある​ぞ。 妻さい子しを帯たいし魚ぎょ鳥ちょうを服ぶくし、 罪ざい障しょうの身みなり​と​いひ​て、 さのみ思おもひ​の​まま​には​ある​まじき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(80)

一 ^▼仏法ぶっぽうには無我むがと仰おおせ​られ候そうろふ。 われ​と思おもふ​こと​は​いささか​ある​まじき​こと​なり。 われ​は​わろし​と​おもふ人ひとなし。 これ聖しょう人にん (親鸞) の御ご罰ばつなり​と、 御おん詞ことば候そうろふ。 他た力りきの御おんすすめ​にて候そうろふ。 ゆめゆめ​われ​といふ​こと​は​あるまじく候そうろふ。 無我むがといふ​こと、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) も​たびたび仰おおせ​られ候そうろふ。

(81)

一 ^▼「▲日ひごろ​しれ​る​ところ​を善ぜん知ぢ識しきに​あひ​て問とへ​ば*徳分ある​なり」 (*浄土見聞集・意)。 しれ​る​ところ​を問とへ​ば徳分とくぶんある​といへる​が殊しゅ勝しょうの​ことば​なり​と、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 知しら​ざる​ところ​を問とは​ば​いかほど殊しゅ勝しょうなる​こと​ある​べき​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(82)

一 ^▼聴ちょう聞もんを申もうす​も大たい略りゃくわが​ため​と​は​おもはず、 ややもすれば*法文ほうもんの一ひとつ​をも​ききおぼえ​て、 人ひとに*うりごころ​ある​と​の仰おおせ​ごと​にて候そうろふ。

(831258)  0551

一 ^▼一心いっしんに​たのみ​たてまつる機きは、 如来にょらいの​よく​しろしめす​なり。 弥陀みだの​ただ​しろしめす​やう​に心しん中ちゅうを​もつ​べし。 冥みょう加がを*おそろしく存ぞんず​べき​こと​にて候そうろふ​と​の義ぎに候そうろふ。

(84)

一 ^▼前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 前々ぜんぜん住じゅう (蓮如) より御ご相続そうぞくの義ぎは*別べつ義ぎなき​なり。 ただ弥陀みだたのむ一念いちねんの義ぎより​ほか​は別べつ義ぎなく候そうろふ。 これ​より​ほか御ご存ぞん知じなく候そうろふ。 いかやう​の御ご誓言せいごんも​ある​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(85)

一 ^▼おなじく仰おおせ​られ候そうろふ。 *凡ぼん夫ぶ往おう生じょう、 ただ​たのむ一念いちねんにて仏ぶつに成なら​ぬ​こと​あらば、 いかなる御ご誓言せいごんをも仰おおせ​らる​べき。 証しょう拠こは南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 十方じっぽうの諸仏しょぶつ、 証しょう人にんにて候そうろふ。

(861259)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 物ものを​いへ​いへ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 物ものを申もうさ​ぬ​もの​は​おそろしき​と仰おおせ​られ候そうろふ。 *信しん不ふ信しんともに、 ただ物ものを​いへ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 物ものを申もうせ​ば心底しんていも​きこえ、 また人ひとにも直なおさ​るる​なり。 ただ物ものを申もうせ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(87)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうは、 つとめ​の*節ふしはかせ​も​しら​で​よく​する​と思おもふ​なり0552。 つとめ​の節ふしわろき​よし​を仰おおせ​られ、 慶きょう聞もん坊ぼうを​いつ​も*とりつめ仰おおせ​られ​つる​よし​に候そうろふ。 それ​につきて蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 *一向いっこうに​わろき人ひとは違ちがひ​など​といふ​こと​も​なし。 ただ​わろき​まで​なり。 わろし​とも仰おおせ​ごと​も​なき​なり。 法ほう義ぎをも​こころ​に​かけ、 ちと​こころえ​も​ある​うへ​の違ちがひ​が、 ことのほか​の違ちがひ​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(88)

一 ^▼人ひとの​こころえ​の​とほり申もうさ​れ​ける​に、 わが​こころ​は​ただ篭かごに水みずを入いれ候そうろふ​やう​に、 仏法ぶっぽうの御お座ざ敷しきにて​は​ありがたく​も​たふとく​も存ぞんじ候そうろふ​が、 やがて​もと​の心しん中ちゅうに​なさ​れ候そうろふ​と、 申もうさ​れ候そうろふ​ところ​に、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろ1260ふ。 その篭かごを水みずに​つけ​よ、 わが身みをば法ほうに*ひて​て​おく​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。
^▼万ばん事じ信しんなき​によりて​わろき​なり。 善ぜん知ぢ識しきの​わろき​と仰おおせ​らるる​は、 信しんの​なき​こと​を*くせごと​と仰おおせ​られ候そうろふ​こと​に候そうろふ。

(89)

一 ^▼聖教しょうぎょうを拝見はいけん申もうす​も、 *うかうか​と拝おがみ​まうす​は​その詮せんなし。 蓮如れんにょ上しょう人にんは、 ただ聖教しょうぎょうをば*くれ​くれ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また百ひゃっ遍ぺんこれ​を​みれ​ば*義理ぎりおのづから得うる​と申もうす​こと​も​あれば、 心こころを​とどむ​べき​こと​なり。 聖教しょうぎょうは*句く面めんの​ごとく​こころう​べし。 その​うへ​にて*師し伝でん*口く業ごうは​ある​べき​なり。 *私わたくしにして会え釈しゃくする​こと​しかるべから​ざる​こと​なり。

(900553)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 他た力りき信心しんじん他た力りき信心しんじんと​みれ​ば、 あやまり​なき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(91)

一 ^▼われ​ばかり​と思おもひ、 *独覚どくかく心しんなる​こと、 あさましき​こと​なり。 信しんあらば仏ぶつの慈悲じひを​うけとり​まうす​うへは、 われ​ばかり​と思おもふ​こと​は​ある​まじく候そうろふ。 ▲触光そくこう柔にゅう1261軟なんの願がん (第三十三願) 候そうろふ​とき​は、 心こころも​やはらぐ​べき​こと​なり。 されば縁覚えんがくは独覚どくかくの​さとり​なる​がゆゑに、 仏ぶつに成なら​ざる​なり。

(92)

一 ^▼一いっ句く一言いちごんも申もうす​もの​は、 われと思おもひ​て物ものを申もうす​なり。 信しんの​うへ​は​われ​は​わろし​と思おもひ、 また報謝ほうしゃと思おもひ、 ありがたさ​のあまり​を人ひとにも申もうす​こと​なる​べし。

(93)

一 ^▼信しんも​なく​て、 人ひとに信しんを​とら​れ​よ​とら​れ​よ​と申もうす​は、 われ​は物ものを​もた​ず​して人ひとに物ものを​とら​す​べき​といふ​の心こころなり。 人ひと、 *承しょう引いんある​べから​ず​と、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 申もうさ​る​と順じゅん誓せいに仰おおせ​られ候そうらひ​き。 「▲自じ信しん教きょう人にん信しん」 (礼讃) と候そうろふ時ときは、 まづ​わが信心しんじん決けつ定じょうし​て、 人ひとにも教おしへ​て0554仏恩ぶっとんに​なる​と​の​こと​に候そうろふ。 自じ身しんの安心あんじん決けつ定じょうし​て教おしふる​は、 すなはち 「▲大だい悲ひ伝でん普化ぷけ」 (礼讃) の道どう理りなる​よし、 おなじく仰おおせ​られ候そうろふ。

(94)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 聖教しょうぎょうよみ​の聖教しょうぎょうよま​ず​あり、 聖教しょうぎょうよま​ず​の聖しょう教ぎょう1262よみ​あり。 一いち文もん字じをも​しら​ね​ども、 人ひとに聖教しょうぎょうを​よま​せ聴ちょう聞もんさせ​て信しんを​とら​する​は、 聖教しょうぎょうよま​ず​の聖教しょうぎょうよみ​なり。 聖教しょうぎょうをば​よめ​ども、 真実しんじつに​よみ​も​せず法ほう義ぎも​なき​は、 聖教しょうぎょうよみ​の聖教しょうぎょうよま​ず​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

  ^*自じ信しん教きょう人にん信しんの道どう理りなり​と仰おおせ​られ候そうろふ​こと。

(95)

一 ^▼聖教しょうぎょうよみ​の、 仏法ぶっぽうを申もうし​たて​たる​こと​は​なく候そうろふ。 *尼あま入にゅう道どうの​たぐひ​の​たふと​や​ありがた​や​と申もうさ​れ候そうろふ​を​きき​ては、 人ひとが信しんを​とる​と、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。 なに​も​しら​ね​ども、 仏ぶつの*加備かび力りきの​ゆゑに尼あま入にゅう道どうなど​の​よろこば​るる​を​きき​ては、 人ひとも信しんを​とる​なり。 聖教しょうぎょうを​よめ​ども、 *名みょう聞もんが​さき​に​たち​て心こころには法ほうなき​ゆゑに、 人ひとの信用しんようなき​なり。

(960555)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 当とう流りゅうには、 *総体そうたい、 *世せ間けん機きわろし。 仏法ぶっぽうの​うへ​より​なにごと​も​あひ​はたらく​べき​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(97)

一 ^▼おなじく仰おおせ​られ候そうろふ。 世せ間けんにて、 *時宜じぎしかるべき​は​よき人ひとなり​と​いへども1263、 信しんなく​は*心こころを​おく​べき​なり。 *便たより​にも​なら​ぬ​なり。 たとひ*片かた目めつぶれ、 腰こしを​ひき候そうろふ​やう​なる​もの​なり​とも、 信心しんじんあら​ん人ひとをば​たのもしく思おもふ​べき​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(98)

一 ^▼*君きみを思おもふ​は​われ​を思おもふ​なり。 善ぜん知ぢ識しきの仰おおせ​に随したがひ信しんを​とれ​ば、 極楽ごくらくへ​まゐる​ものなり。

(99)

一 ^▼久く遠おん劫ごうより久ひさしき仏ぶつは阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 仮かりに*果後かごの方便ほうべんによりて誓願せいがんを​まうけ​たまふ​こと​なり。

(100)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 弥陀みだを​たのめる人ひとは、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつに*身みをば​まるめ​たる​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 いよいよ冥みょう加がを存ぞんず​べき​の​よし​に候そうろふ。

(1010556)

一 ^▼*丹たん後ご法眼ほうげん 蓮応れんのう 衣い装しょうととのへ​られ、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんの御ご前ぜんに*伺し候こう候そうらひ​し時とき1264、 仰おおせ​られ候そうろふ。 衣ころもの​えり​を御おんたたき​あり​て、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつよ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) は御おんたたみ​を​たたか​れ、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつに​もたれ​たる​よし仰おおせ​られ候そうらひ​き。 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつに身みをば​まるめ​たる​と仰おおせ​られ候そうろふ​と*符ふ合ごう申もうし候そうろふ。

(102)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの​うへ​には、 事ことごと​につきて空そらおそろしき​こと​と存ぞんじ候そうろふ​べく候そうろふ。 ただ​よろづ​につきて油ゆ断だんある​まじき​こと​と存ぞんじ候そうらへ​の​よし、 折々おりおりに仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 ▼仏法ぶっぽうには明日あすと申もうす​こと​ある​まじく候そうろふ。 仏法ぶっぽうの​こと​は​いそげ​いそげ​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(103)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に、 今日きょうの日ひは​ある​まじき​と思おもへ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 なにごと​も​かきいそぎ​て物ものを御ご沙汰さた候そうろふ​よし​に候そうろふ。 ながなが​し​たる​こと​を御おん嫌きらひ​の​よし​に候そうろふ。 仏法ぶっぽうの​うへ​には、 明日あすの​こと​を今日きょうする​やう​に​いそぎ​たる​こと、 *賞しょう翫がんなり。

(1041265)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 聖しょう人にん (親鸞) の*御ご影えいを申もうす​は大だい事じの​こと​なり。 昔むかしは御ご本尊ほんぞんより​ほか​は御座ござなき​こと​なり。 信しんなく​は​かならず御ご罰ばつを蒙こうむる​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(1050557)

一 ^▼時じ節せつ到来とうらいといふ​こと、 用心ようじんをも​して​その​うへ​に事ことの出いでき候そうろふ​を、 時じ節せつ到来とうらいと​は​いふ​べし。 無ぶ用心ようじんにて出いでき候そうろふ​を時じ節せつ到来とうらいと​は​いは​ぬ​こと​なり。 聴ちょう聞もんを心こころがけ​て​の​うへ​の宿しゅく善ぜん・無む宿しゅく善ぜんとも​いふ​こと​なり。 ただ信心しんじんは​きく​に​きはまる​こと​なる​よし仰おおせ​の​よし候そうろふ。

(106)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん、 (蓮如) 法ほう敬きょうに対たいし​て仰おおせ​られ候そうろふ。 まきたて​といふ​もの知しり​たる​か​と。 法ほう敬きょう御ご返へん事じに、 まきたて​と申もうす​は一いち度どたね​を播まき​て*手てを​ささ​ぬ​もの​に候そうろふ​と申もうさ​れ候そうろふ。 仰おおせ​に​いはく、 それ​ぞ、 まきたて​わろき​なり。 人ひとに直なおさ​れ​まじき​と思おもふ心こころなり。 心しん中ちゅうをば申もうし​いだし​て人ひとに直なおさ​れ候そうらは​では、 心こころ得えの直なおる​こと​ある​べから​ず。 まきたて​にて​は信しんを​とる​こと​ある​べから​ず​と仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(1071266)

一 ^▼何なにとも​して人ひとに直なおさ​れ候そうろふ​やう​に心しん中ちゅうを持もつ​べし。 わが心しん中ちゅうをば同どう行ぎょうの​なか​へ打うち​いだし​て​おく​べし。 *下げと​し​たる人ひとの​いふ​こと​をば用もちゐ​ず​して​かならず*腹ふく立りゅうする​なり。 あさましき​こと​なり。 ただ人ひとに直なおさ​るる​やう​に心しん中ちゅうを持もつ​べき義ぎに候そうろふ。

(1080558)

一 ^▼人ひとの、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) へ申もうさ​れ候そうろふ。 一念いちねんの処ところ決けつ定じょうにて候そうろふ。 ややもすれば、 善ぜん知ぢ識しきの御おんことば​を​おろそかに存ぞんじ候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ​は、 もつとも信しんの​うへ​は*崇そう仰ぎょうの心こころある​べき​なり。 さりながら、 凡ぼん夫ぶの心こころにて​は、 かやう​の心しん中ちゅうの​おこら​ん時ときは勿体もったいなき​こと​と​おもひすつ​べし​と仰おおせ​られ​し​と云うん々ぬん。

(109)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 兼縁けんえんに対たいせ​られ仰おおせ​られ候そうろふ。 たとひ*木きの皮かわを​きる​いろめ​なり​とも、 *な​わび​そ。 ただ弥陀みだを​たのむ一念いちねんを​よろこぶ​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(110)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 上じょう下げ老ろう若にゃくに​よら​ず、 後ご生しょうは油ゆ断だんにて​し​そんず1267べき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(111)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 御口おんくちの​うち御おん煩わずらひ候そうろふ​に、 をりふし御おん目めを​ふさが​れ、 ああ、 と仰おおせ​られ候そうろふ。 人ひとの信しんなき​こと​を思おもふ​こと​は、 身みを​きりさく​やう​に​かなしき​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(1120559)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に、 われ​は人ひとの機きを*かがみ、 人ひとに​したがひ​て仏法ぶっぽうを御おん聞きか​せ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 いかにも人ひとの​すき​たる​こと​など申もうさ​せ​られ、 うれし​や​と存ぞんじ候そうろふ​ところ​に、 また仏法ぶっぽうの​こと​を仰おおせ​られ候そうろふ。 いろいろ御ご方便ほうべんにて、 人ひとに法ほうを御おん聞きか​せ候そうらひ​つる​よし​に候そうろふ。

(113)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 人々ひとびとの仏法ぶっぽうを信しんじ​て​われ​に​よろこば​せ​ん​と思おもへ​り。 それ​は​わろし。 信しんを​とれ​ば自じ身しんの*勝しょう徳とくなり。 さりながら、 信しんを​とら​ば、 恩おんにも御おんうけ​ある​べき​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また、 聞きき​たく​も​なき​こと​なり​とも、 まことに信しんを​とる​べき​ならば、 きこしめす​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(1141268)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に、 まことに一人いちにんなり​とも信しんを​とる​べき​ならば、 身みを捨すてよ。 それ​は​すたら​ぬ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(115)

一 ^▼あるとき仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒との心こころ得えを直なおす​と​きこしめし​て、 *老おいの皺しわを​のべ候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(1160560)

一 ^▼ある御ご門もん徒と衆しゅうに御おん尋たずね候そうろふ。 そなた​の坊ぼう主ず、 心こころ得えの直なおり​たる​を​うれしく存ぞんずる​か​と御おん尋たずね候そうらへ​ば、 申もうさ​れ候そうろふ。 まことに心こころ得えを直なおさ​れ、 法ほう義ぎを心こころに​かけ​られ候そうろふ。 一段いちだんありがたく​うれしく存ぞんじ候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうろふ。 その時とき仰おおせ​られ候そうろふ。 われ​は​なほ​うれしく思おもふ​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(117)

一 ^▼をかしき*事態わざをも​させ​られ、 仏法ぶっぽうに退屈たいくつ仕つかまつり候そうろふ​もの​の心こころをも​くつろげ、 その気きをも失うしなは​し​て、 また​あたらしく法ほうを仰おおせ​られ候そうろふ。 まことに*善ぜん巧ぎょう方便ほうべん、 ありがたき​こと​なり。

(1181269)

一 ^▼*天王てんのう寺じ土塔つちとう会え、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 御ご覧らん候そうらひ​て仰おおせ​られ候そうろふ。 あれ​ほど​の​おほき人ひとども地じ獄ごくへ​おつ​べし​と、 *不ふ便びんに思おぼし召めし候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 また​その​なか​に御ご門もん徒との人ひとは仏ぶつに成なる​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ。 これ​また​ありがたき仰おおせ​にて候そうろふ。

 

蓮れん如にょ上しょう人にん御ご一代いちだい*記き聞書ききがき 本ほん

 

1270蓮如れんにょ0561上しょう人にん御ご一代いちだい*記き聞書ききがき 末まつ

 

(119)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (*蓮如) 御ご法談ほうだん以後いご、 四五しご人にんの*御ご兄きょう弟だいへ仰おおせ​られ候そうろふ。 四五しご人にんの衆しゅう*寄より合あひ談合だんごうせよ。 かならず五ご人にんは五ご人にんながら*意い巧ぎょうに​きく​ものなる​あひだ、 よくよく談合だんごうす​べき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(120)

一 ^▼*たとひ​なき​こと​なり​とも、 人ひと申もうし候そうらは​ば、 *当とう座ざ領掌りょうしょうす​べし。 当とう座ざに詞ことばを返かえせ​ば、 ふたたび​いは​ざる​なり。 人ひとの​いふ​こと​をば​ただ​ふかく*用心ようじんす​べき​なり。 これ​につきて​ある人ひと、 あひ​たがひに​あしき​こと​を申もうす​べし​と、 *契約けいやく候そうらひ​し​ところ​に、 すなはち一人いちにんの​あしき​さま​なる​こと申もうし​けれ​ば、 われ​は​さやうに存ぞんぜ​ざれ​ども、 人ひとの申もうす​あひだ​さやうに候そうろふ​と申もうす。 されば​この返答へんとうあしき​と​の​こと​に候そうろふ。 さなき​こと​なり​とも、 当とう座ざは​さぞ​と申もうす​べき​こと​なり。

(1211271)

一 ^▼一いっ宗しゅうの繁はん昌じょうと申もうす​は、 人ひとの​おほく​あつまり、 *威いの​おほきなる​こと​にて​は​なく候そうろふ。 一人いちにんなり0562とも、 人ひとの信しんを​とる​が、 一いっ宗しゅうの繁はん昌じょうに候そうろふ。 しかれば、 「▲専修せんじゅ正行しょうぎょうの繁はん昌じょうは遺弟ゆいていの念力ねんりきより成じょうず」 (*報恩講私記) と​あそばさ​れ​おか​れ候そうろふ。

(122)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 聴ちょう聞もん*心こころに入いれ​まうさ​ん​と思おもふ人ひとは​あり、 信しんを​とら​んずる​と思おもふ人ひとなし。 されば極楽ごくらくは​たのしむ​と聞きき​て、 まゐら​ん​と願ねがひ​のぞむ人ひとは仏ぶつに成なら​ず、 弥陀みだを​たのむ人ひとは仏ぶつに成なる​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(123)

一 ^▼聖教しょうぎょうを*すき​こしらへ​もち​たる人ひとの子し孫そんには、 仏法ぶっぽう者しゃいでくる​ものなり。 ひとたび仏法ぶっぽうを​たしなみ候そうろふ人ひとは、 おほやうなれ​ども​おどろき​やすき​なり。

(124)

一 ^▼御お文ふみは如来にょらいの*直説じきせつなり​と存ぞんず​べき​の​よし​に候そうろふ。 ▲形かたちを​みれ​ば*法然ほうねん、 詞ことばを聞きけ​ば弥陀みだの直説じきせつといへり。

(1251272)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん御ご病びょう中ちゅうに、 *慶きょう聞もんに、 なんぞ物ものを​よめ​と仰おおせ​られ候そうろふ​とき、 御お文ふみを​よみ​まうす​べき​か​と申もうさ​れ候そうろふ。 さらば​よみ​まうせ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 三通さんつう二度にどづつ六遍ろっぺんよま​せ​られ​て0563仰おおせ​られ候そうろふ。 わが​つくり​たる​もの​なれども、 殊しゅ勝しょうなる​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(126)

一 ^▼*順じゅん誓せい申もうさ​れ​し​と云うん々ぬん。 常つねに​は​わが​まへ​にて​は​いは​ず​して、 *後うしろ言ごといふ​とて腹ふく立りゅうする​こと​なり。 われ​は​さやうに​は存ぞんぜ​ず候そうろふ。 わが​まへ​にて申もうし​にくく​は、 かげ​にて​なり​とも​わが​わろき​こと​を申もうさ​れ​よ。 聞きき​て心しん中ちゅうを​なほす​べき​よし申もうさ​れ候そうろふ。

(127)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの​ため​と思おぼし召めし候そうらへ​ば、 なにたる御ご辛労しんろうをも御ご辛労しんろうと​は思おぼし召めさ​れ​ぬ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 御おん*心こころまめ​にて、 なにごと​も御ご沙汰さた候そうろふ​よし​なり。

(128)

一 ^▼法ほうには*あらめなる​が​わろし。 *世せ間けんには微み細さいなる​と​いへども、 仏法ぶっぽうには微み細さいに1273心こころを​もち、 こまかに心こころを​はこぶ​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(129)

一 ^▼とほき​は​ちかき道どう理り、 ちかき​は​とほき道どう理りあり。 灯台とうだいもと​くらし​とて、 仏法ぶっぽうを*不ふ断だん聴ちょう聞もん申もうす身みは、 *御ご用ゆうを厚あつく​かうぶり​て、 いつ​も​の​こと​と思おもひ、 法ほう義ぎに​おろそかなり。 とほく候そうろふ人ひとは、 仏法ぶっぽうを​きき​たく大切たいせつに​もとむる​こころ​あり​けり。 仏法ぶっぽうは0564大切たいせつに​もとむる​より​きく​ものなり。

(130)

一 ^▼ひとつ​こと​を聞きき​て、 いつ​も​めづらしく*初はじめ​たる​やう​に、 信しんの​うへ​にはある​べき​なり。 ただ珍めずらしき​こと​を​きき​たく思おもふ​なり。 ひとつ​こと​を​いくたび聴ちょう聞もん申もうす​とも、 めづらしく初はじめ​たる​やう​に​ある​べき​なり。

(131)

一 ^▼*道どう宗しゅうは、 ただ一ひとつ御おん詞ことばを​いつ​も聴ちょう聞もん申もうす​が、 初はじめ​たる​やう​に​ありがたき​よし申もうさ​れ候そうろふ。

(132)

一 ^▼念仏ねんぶつ申もうす​も、 人ひとの*名みょう聞もんげに​おもは​れ​ん​と思おもひ​て​たしなむ​が*大たい儀ぎなる​よし、 ある1274人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 常つねの人ひとの心しん中ちゅうに​かはり候そうろふ​こと。

(133)

一 ^▼同どう行ぎょう同侶どうりょの目めをはぢて*冥みょう慮りょを​おそれ​ず。 ただ*冥みょう見けんを​おそろしく存ぞんず​べき​こと​なり。

(134)

一 ^▼たとひ*正しょう義ぎたり​とも、 *しげから​ん​こと​をば停ちょう0565止じす​べき​よし候そうろふ。 まして世せ間けんの儀ぎ停ちょう止じ候そうらは​ぬ​こと​しかるべから​ず。 いよいよ増ぞう長じょうす​べき​は信心しんじんにて候そうろふ。

(135)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうには*まゐらせ心こころわろし。 これ​をして御おん心こころに叶かなは​ん​と思おもふ心こころなり。 仏法ぶっぽうの​うへ​は​なにごと​も報謝ほうしゃと存ぞんず​べき​なり​と云うん々ぬん。

(136)

一 ^▼人ひとの身みには*眼げん・耳に・鼻び・舌ぜっ・身しん・意いの*六賊ろくぞくありて善心ぜんしんを​うばふ。 これ​は諸しょ行ぎょうの​こと​なり。 念仏ねんぶつは​しからず。 *仏ぶっ智ちの心こころを​うる​ゆゑに、 *貪瞋とんじん痴ちの煩悩ぼんのうをば仏ぶつの方かたより刹せつ那なに消けし​たまふ​なり。 ゆゑに 「▲貪瞋とんじん煩悩ぼんのう中ちゅう 能のう生しょう清浄しょうじょう願がん往おう生じょう心しん」 (*散善義) といへり。 「正しょう信しん偈げ」 には、 「▲譬ひ如にょ日光にっこう覆ふ雲うん霧む 雲うん霧む之下しげ明みょう1275無む闇あん」 といへり。

(137)

一 ^▼一いっ句く一言いちごんを聴ちょう聞もんする​とも、 ただ*得手え​てに法ほうを聞きく​なり。 ただ​よく​きき、 心しん中ちゅうの​とほり​を同どう行ぎょうに​あひ談合だんごうす​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(138)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 神かみにも仏ぶつにも馴なれ​ては、 ▼手てで​す​べき​こと​を足あしにて​する​ぞ​と仰おおせ​られ​ける。 如来にょらい・聖しょう人にん (*親鸞)・善ぜん知ぢ識しきにも馴なれ​まうす​ほど0566御おんこころやすく思おもふ​なり。 馴なれ​まうす​ほど​いよいよ*渇仰かつごうの心こころを​ふかく​はこぶ​べき​こと​もつとも​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(139)

一 ^▼口くちと身みの​はたらき​と​は似じする​ものなり。 *心こころ根ねが​よく​なり​がたき​ものなり。 *涯分がいぶん、 心こころの方かたを嗜たしなみ​まうす​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(140)

一 ^▼衣い装しょう等とうに​いたる​まで、 わが物ものと思おもひ踏ふみ​たたくる​こと*あさましきこと​なり。 ことごとく聖しょう人にんの*御ご用ゆう物もつにて候そうろふ​あひだ、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんは召めし物ものなど御おん足あし1276に​あたり候そうらへ​ば、 御おんいただき候そうろふ​よし承うけたまわり​および候そうろふ。

(141)

一 ^▼王法おうぼうは*額ひたいに​あて​よ、 仏法ぶっぽうは内心ないしんに​ふかく蓄たくわへ​よ​と​の仰おおせ​に候そうろふ。 *仁じん義ぎといふ​こと​も、 *端正ただしくある​べき​こと​なる​よし​に候そうろふ。

(142)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん御ご若じゃく年ねんの​ころ、 御ご*迷惑めいわくの​こと​にて候そうらひ​し。 ただ*御ご代だいにて仏法ぶっぽうを*仰おおせ​たて​られ​ん​と思おぼし召めし候そうろふ御ご念力ねんりき一ひとつ​にて御ご繁はん昌じょう候そうろふ。 御ご辛労しんろうゆゑに候そうろふ。

(1430567)

一 ^▼御ご病中びょうちゅうに蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご代だいに仏法ぶっぽうを是非ぜひとも御ご*再興さいこうあら​ん​と思おぼし召めし候そうろふ御ご念力ねんりき一ひとつ​にて、 かやうに​いま​まで​みなみな心こころやすく​ある​こと​は、 *この法ほう師しが冥みょう加がに叶かなふ​によりて​の​こと​なり​と御ご自じ讃さんあり​と云うん々ぬん。

(144)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) は、 昔むかしは*こぶくめ​を​めさ​れ候そうろふ。 白しろ小こ袖そでとて御おん心こころやすく召めさ​れ候そうろふ御おんこと​も御座ござなく候そうろふ​よし​に候そうろふ。 いろいろ御おんかなしかり​ける​こと1277ども、 折々おりおり御おん物もの語がたり候そうろふ。 今々いまいまの​もの​は​さやう​の​こと​を承うけたまわり候そうらひ​て、 冥みょう加がを存ぞんず​べき​の​よし​くれぐれ仰おおせ​られ候そうろふ。

(145)

一 ^▼よろづ御ご迷惑めいわくにて、 油あぶらを​めさ​れ候そうらは​ん​にも御ご*用よう脚きゃくなく、 やうやう京きょうの*黒くろ木きを​すこし​づつ御おんとり候そうらひ​て、 聖教しょうぎょうなど御ご覧らん候そうろふ​よし​に候そうろふ。 また少々しょうしょうは月つきの光ひかりにて​も聖教しょうぎょうを*あそばさ​れ候そうろふ。 御足おんあしをも​たいがい水みずにて御おん洗あらひ候そうろふ。 また二に三日さんにちも御ご膳ぜんまゐり候そうらは​ぬ​こと​も候そうろふ​よし承うけたまわり​および候そうろふ。

(146)

一 ^▼人ひとをも*かひがひしく召めし​つかは​れ候そうらは​で​ある​うへ​は、 幼童ようどうの*むつき​をも​ひとり御おん洗あらひ候そうろふ​など​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(1470568)

一 ^▼*存如ぞんにょ上しょう人にん召めし​つかは​れ候そうろふ*小こ者ものを、 御おん雇やとひ候そうらひ​て召めし​つかは​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。 存如ぞんにょ上しょう人にんは人ひとを五ご人にん召めし​つかは​れ候そうろふ。 *蓮如れんにょ上しょう人にん御ご隠居いんきょの時ときも、 五ご人にん召めし​つかは​れ候そうろふ。 *当とう時じは御ご用ようとて心こころの​まま​なる​こと、 そらおそろしく、 身みも​いたく​かなしく存ぞんず​べき​こと​にて候そうろふ。

(1481278)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 昔むかしは仏前ぶつぜんに伺し候こうの人ひとは、 本もとは*紙絹かみぎぬに輻ふくをさし着き候そうろふ。 いま​は白しろ小こ袖そでにて、 *結けっ句くきがへ​を所しょ持じ候そうろふ。 これ​その​ころ​は*禁きん裏りにも御ご迷惑めいわくにて、 質しちを​おか​れ​て御ご用ように​させ​られ候そうろふ​と、 *引ひきごと​に御ご沙汰さた候そうろふ。

(149)

一 ^▼また仰おおせ​られ候そうろふ。 御おん貧まずしく候そうらひ​て、 京きょうにて古ふるき綿わたを御おんとり候そうらひ​て、 御おん一ひと人りひろげ候そうろふ​こと​あり。 また御おん衣ころもは​かた​の破やぶれ​たる​を​めさ​れ候そうろふ。 白しろき御おん小こ袖そでは美濃みの絹ぎぬの​わろき​を​もとめ、 やうやう一ひとつ​めさ​れ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 当とう時じは​かやう​の​こと​をも​しり候そうらは​で、 ある​べき​やう​に​みなみな存ぞんじ候そうろふ​ほどに、 冥みょう加がに​つき​まうす​べし。 一いち大だい事じなり。

(150)

一 ^▼同どう行ぎょう・善ぜん知ぢ識しきには​よくよく​ちかづく​べし。 「▲親近しんごんせざる​は雑修ざっしゅの失しつなり」 と ¬*礼らい0569讃さん¼ (意) に​あらはせ​り。 あしき​もの​に​ちかづけ​ば、 それ​には馴なれ​じ​と思おもへ​ども、 悪あく事じ*よりよりに​あり。 ただ仏法ぶっぽう者しゃには馴なれ​ちかづく​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 *俗典ぞくてんに​いはく、 「人ひとの善悪ぜんあくは近ちかづき習ならふ​に​よる」 と、 また 「その人ひとを​しら1279ん​と​おもは​ば、 その友ともを​みよ」 といへり。 「善人ぜんにんの敵てきと​は​なる​とも、 悪人あくにんを友ともと​する​こと​なかれ」 といふ​こと​あり。

(151)

一 ^▼「*きれ​ば​いよいよ​かたく、 仰あおげ​ば​いよいよ​たかし」 といふ​こと​あり。 物ものを​きり​て​み​て​かたき​と​しる​なり。 本願ほんがんを信しんじ​て殊しゅ勝しょうなる​ほど​も​しる​なり。 信心しんじんおこり​ぬれ​ば、 たふとく​ありがたく、 よろこび​も増ぞう長じょうある​なり。

(152)

一 ^▼凡ぼん夫ぶの身みにて後ご生しょうたすかる​こと​は、 ただ易やすき​と​ばかり思おもへ​り。 「▲難なん中ちゅう之し難なん」 (*大経・下) と​あれば、 *堅かたく​おこし​がたき信しんなれども、 仏ぶっ智ちより得えやすく成じょう就じゅし​たまふ​こと​なり。 「▲往おう生じょうほど​の一いち大だい事じ、 凡ぼん夫ぶの​はからふ​べき​に​あらず」 (*執持鈔(2)) といへり。 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 仰おおせ​に、 後ご生しょう一いち大だい事じと存ぞんずる人ひとには御ご同心どうしんある​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(153)

一 ^▼仏説ぶっせつに*信しん謗ぼうある​べき​よし説とき​おき​たまへ​り。 信しんずる​もの​ばかり​にて謗ほうずる人ひとなく​は0570、 説とき​おき​たまふ​こと​いかが​とも思おもふ​べき​に、 はや謗ほうずる​もの​ある​うへ1280は、 信しんぜ​ん​において​は​かならず往おう生じょう決けつ定じょうと​の仰おおせ​に候そうろふ。

(154)

一 ^▼同どう行ぎょうの​まへ​にて​は​よろこぶ​ものなり、 これ名みょう聞もんなり。 信しんの​うへは一ひと人り居いて​よろこぶ法ほうなり。

(155)

一 ^▼仏法ぶっぽうには*世せ間けんの​ひま​を闕かき​て​きく​べし。 世せ間けんの隙ひまを​あけ​て法ほうを​きく​べき​やう​に思おもふ​こと、 あさましき​こと​なり。 仏法ぶっぽうには明日あすといふ​こと​は​ある​まじき​よし​の仰おおせ​に候そうろふ。 「▲たとひ大千だいせん世せ界かいに みて​らん火ひをも​すぎ​ゆき​て 仏ぶつの御名みなを​きく​ひと​は ながく不ふ退たいに​かなふ​なり」 と、 ¬和わ讃さん¼ (*浄土和讃) にあそばさ​れ候そうろふ。

(156)

一 ^▼*法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ​と云うん々ぬん。 人ひと寄より合あひ、 雑談ぞうだんあり​し​なかば​に、 ある人ひとふと座ざ敷しきを立たた​れ候そうろふ。 *上しょう人にんいかに​と仰おおせ​けれ​ば、 一いち大だい事じの急きゅう用ようあり​とて立たた​れ​けり。 その後のち、 先日せんじつは​いかに​ふと立たた​れ候そうろふ​や​と問とひ​けれ​ば、 申もうさ​れ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの物もの語がたり、 約束やくそく申もうし​たる​あひだ、 *ある​も​あら​れ​ず​して​まかり​たち候そうろふ​よし申もうさ​れ1281候そうろふ。 法ほう義ぎには​かやうに​ぞ心こころを​かけ候そうろふ​べき​こと​なる0571よし申もうさ​れ候そうろふ。

(157)

一 ^▲仏法ぶっぽうを​あるじ​と​し、 世せ間けんを客人まろうどと​せよ​といへり。 仏法ぶっぽうの​うへ​より​は、 世せ間けんの​こと​は時ときに​したがひ​あひ​はたらく​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(158)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 *南みなみ殿どのにて、 *存覚ぞんかく*御ご作さく分ぶんの聖教しょうぎょうちと不ふ審しんなる所ところの候そうろふ​を、 いかが​とて、 *兼縁けんえん、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんへ御おん目めに​かけ​られ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 名人めいじんの​せ​られ候そうろふ物ものをば​その​まま​にて置おく​こと​なり。 これ​が名めい誉よなり​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(159)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんへ​ある人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 開山かいさん (親鸞) の御時おんときの​こと申もうさ​れ候そうろふ。 これ​は​いかやう​の*子し細さいにて候そうろふ​と申もうさ​れ​けれ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 われ​も​しら​ぬ​こと​なり。 なにごと​も​なにごと​も​しら​ぬ​こと​をも、 開山かいさんの​めさ​れ候そうろふ​やう​に御ご沙汰さた候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(1601282)

一 ^▼*総体そうたい、 人ひとには​おとる​まじき​と思おもふ心こころあり。 この心こころにて世せ間けんには物ものを*しならふ​なり。 仏法ぶっぽうには無我むがにて候そうろふ​うへは、 人ひとに​まけ​て信しんを​とる​べき​なり。 *理りをみて*情じょうを折おる0572こそ、 仏ぶつの御お慈悲じひよ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(161)

一 ^▼一心いっしんと​は、 弥陀みだを​たのめ​ば如来にょらいの仏心ぶっしんと​ひとつ​に​なし​たまふ​がゆゑに、 一心いっしんといへり。

(162)

一 ^▼ある人ひと申もうさ​れ候そうろふ​と云うん々ぬん。 われ​は井いの水みずを飲のむ​も、 仏法ぶっぽうの御ご用ゆうなれば、 水みずの一口ひとくちも、 如来にょらい・聖しょう人にん (親鸞) の御ご用ゆうと存ぞんじ候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうろふ。

(163)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん御ご病中びょうちゅうに仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご自じ身しんなにごと​も思おぼし召めし立たち候そうろふ​こと​の、 成なり​ゆく​ほど​の​こと​は​あれども、 成なら​ず​といふ​こと​なし。 人ひとの信しんなき​こと​ばかり​かなしく御おんなげき​は思おぼし召めし​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(164)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に、 なにごと​をも思おぼし召めす​まま​に御ご沙汰さたあり。 聖しょう人にんの御ご一いち流りゅう1283をも御ご再興さいこう候そうらひ​て、 本堂ほんどう・御ご影堂えいどうをも​たて​られ、 御ご*住じゅう持じをも*御ご相続そうぞくありて、 *大坂おおざか殿どのを御ご建こん立りゅうありて御ご隠居いんきょ候そうろふ。 しかれば、 われ​は 「▼功こう成なり名な遂とげ​て身み退しりぞく​は天てんの道みちなり」 (*老子) といふ​こと、 それ御おん身みの​うへ​なる​べき0573よし仰おおせ​られ候そうろふ​と。

(165)

一 ^▼敵てきの陣じんに火ひを​ともす​を、 火ひにて​なき​と​は思おもは​ず。 いかなる人ひとなり​とも、 *御おんことば​の​とほり​を申もうし、 御おん詞ことばを​よみ​まうさ​ば、 信仰しんこうし、 承うけたまわる​べき​こと​なり​と。

(166)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 折々おりおり仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの義ぎをば​よくよく人ひとに問とへ。 物ものをば人ひとに​よく問とひ​まうせ​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 たれ​に問とひ​まうす​べき​よし​うかがひ​まうし​けれ​ば、 *仏法ぶっぽうだに​も​あらば、 上じょう下げを​いは​ず問とふ​べし。 仏法ぶっぽうは​しり​さう​も​なき​もの​が知しる​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(167)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 無む紋もんの​もの​を着きる​こと​を御おんきらひ候そうろふ。 殊しゅ勝しょうさう​に​みゆる​と​の1284仰おおせ​に候そうろふ。 また、 墨すみの黒くろき衣ころもを着き候そうろふ​を御おんきらひ候そうろふ。 墨すみの黒くろき衣ころもを着きて、 御ご所しょへ​まゐれ​ば仰おおせ​られ候そうろふ。 衣え紋もんただしき殊しゅ勝しょうの御僧おんそうの御おん出いで候そうろふ​と、 仰おおせ​られ候そうらひ​て、 いや​われ​は殊しゅ勝しょうにも​なし。 ただ弥陀みだの本願ほんがん殊しゅ勝しょうなる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(168)

一 ^▼大坂おおざか殿どのにて、 紋もんの​ある御おん小こ袖そでを​させ​られ、 *御座ござの​うへ​に掛かけ​られ​て​おか​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(1690574)

一 ^▼御ご膳ぜんまゐり候そうろふ時ときには、 御おん合がっ掌しょうありて、 如来にょらい・聖しょう人にん (親鸞) の御ご用ゆうにて*衣き食くふ​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(170)

一 ^▼人ひとは​あがり​あがり​て*おちば​を​しら​ぬ​なり。 ただ​つつしみ​て不ふ断だんそらおそろしき​こと​と、 毎まい事じにつけて心こころを​もつ​べき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(171)

一 ^▼往おう生じょうは一人いちにんの*しのぎ​なり。 一人いちにん一人いちにん仏法ぶっぽうを信しんじ​て後ご生しょうを​たすかる​こと​なり1285。 よそごと​の​やう​に思おもふ​こと​は、 *かつは​わが身みを​しら​ぬ​こと​なり​と、 *円如えんにょ仰おおせ候そうらひ​き。

(172)

一 ^▼大坂おおざか殿どのにて、 ある人ひと、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) に申もうさ​れ候そうろふ。 今こん朝ちょう暁あかつきより老おい​たる​もの​にて候そうろふ​が​まゐら​れ候そうろふ。 *神変じんぺんなる​こと​なる​よし申もうさ​れ候そうらへ​ば、 やがて仰おおせ​られ候そうろふ。 信しんだに​あれば辛労しんろうと​は​おもは​ぬ​なり。 信しんの​うへは仏恩ぶっとん報謝ほうしゃと存ぞんじ候そうらへ​ば、 苦く労ろうと​は思おもは​ぬ​なり​と仰おおせ​られ​し​と云うん々ぬん。 老者ろうしゃと申もうす​は*田た上がみの了宗りょうしゅうなり​と云うん々ぬん。

(1730575)

一 ^▼南みなみ殿どのにて人々ひとびと寄より合あひ、 心しん中ちゅうを​なにかと*あつかひ​まうす​ところ​へ、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん御おん出いで候そうらひ​て仰おおせ​られ候そうろふ。 なにごと​を​いふ​ぞ。 ただ​なにごと​の​あつかひ​も思おもひすて​て、 一心いっしんに弥陀みだを疑うたがいなく​たのむ​ばかり​にて、 往おう生じょうは仏ぶつの​かた​より定さだめ​まします​ぞ。 その証しょうは南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつよ。 この​うへは​なにごと​を​か​あつかふ​べき​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 もし不ふ審しんなど​を申もうす​にも、 *多事たじを​ただ御ご一言いちごんにて​はらり​と不ふ審しんはれ候そうらひ​し​と云うん々ぬん。

(1741286)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 「▼おどろかす​かひ​こそ​なけれ*村むら雀すずめ 耳みみなれ​ぬれ​ば*なるこ​にぞ​のる」、 この歌うたを御おん引ひき​ありて折々おりおり仰おおせ​られ候そうろふ。 ただ人ひとは​みな耳みみなれ雀すずめなり​と仰おおせ​られ​し​と云うん々ぬん。

(175)

一 ^▼心しん中ちゅうを​あらため​ん​と​まで​は思おもふ人ひとは​あれども、 信しんを​とら​ん​と思おもふ人ひとは​なき​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(176)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 方便ほうべんを​わろし​といふ​こと​は​ある​まじき​なり。 方便ほうべんをもつて真実しんじつを​あらはす*廃はい立りゅうの義ぎよくよく​しる​べし。 弥陀みだ・釈しゃ迦か・善ぜん知ぢ識しきの善ぜん巧ぎょう方便ほうべんに​より​て、 真しん0576実じつの信しんをば​うる​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(177)

一 ^▼御お文ふみは​これ凡ぼん夫ぶ往おう生じょうの鏡かがみなり。 御お文ふみの​うへ​に法門ほうもんある​べき​やう​に思おもふ人ひとあり。 大おおきなる誤あやまり​なり​と云うん々ぬん。

(178)

一 ^▼信しんの​うへは仏恩ぶっとんの称名しょうみょう*退転たいてんある​まじき​こと​なり。 あるいは心こころより​たふとく1287ありがたく存ぞんずる​をば仏恩ぶっとんと思おもひ、 ただ念仏ねんぶつの申もうさ​れ候そうろふ​をば、 それ​ほどに思おもは​ざる​こと、 大おおきなる誤あやまり​なり。 おのづから念仏ねんぶつの申もうさ​れ候そうろふ​こそ、 仏ぶっ智ちの御おんもよほし、 仏恩ぶっとんの称名しょうみょうなれ​と仰おおせごと​に候そうろふ。

(179)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 信しんの​うへは、 たふとく思おもひ​て申もうす念仏ねんぶつも、 また​ふと申もうす念仏ねんぶつも*仏恩ぶっとんに​そなはる​なり。 他た宗しゅうには親おやの​ため、 また​なに​の​ため​なんど​とて念仏ねんぶつを​つかふ​なり。 聖しょう人にん (親鸞) の御ご一いち流りゅうには弥陀みだを​たのむ​が念仏ねんぶつなり。 その​うへ​の称名しょうみょうは、 なに​とも​あれ仏恩ぶっとんに​なる​ものなり​と仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(1800577)

一 ^▼ある人ひといはく、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) の御時おんとき、 南みなみ殿どのと​やらん​にて、 人ひと、 蜂はちを殺ころし候そうろふ​に、 *思おもひよら​ず念仏ねんぶつ申もうさ​れ候そうろふ。 その時ときなにと思おもう​て念仏ねんぶつをば申もうし​たる​と仰おおせ​られ候そうらへ​ば、 ただ*かわい​や​と存ぞんずる​ばかり​にて申もうし候そうろふ​と申もうさ​れ​けれ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ​は、 信しんの​うへは​なに​とも​あれ、 念仏ねんぶつ申もうす​は報謝ほうしゃの義ぎと存ぞんず​べし。 みな仏恩ぶっとんに​なる​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(1811288)

一 ^▼南みなみ殿どのにて、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 *のうれん​を打うちあげ​られ​て御おん出いで候そうろふ​とて、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと仰おおせ​られ候そうらひ​て、 法ほう敬きょうこの心こころしり​たる​か​と仰おおせ​られ候そうろふ。 なに​とも存ぞんぜ​ず​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 これ​は​われ​は御おんたすけ候そうろふ、 御おんうれし​や​たふと​や​と申もうす心こころよ​と仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(182)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にんへ、 ある人ひと安心あんじんの​とほり申もうさ​れ候そうろふ。 西国さいこくの人ひとと云々うんぬん 安心あんじんの*一通ひととおり​を申もうさ​れ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 申もうし候そうろふ​ごとく​の心しん中ちゅうに候そうらは​ば、 それ​が*肝要かんようと仰おおせ​られ候そうろふ。

(183)

一 ^▼おなじく仰おおせ​られ候そうろふ。 当とう時じことば​にて​は安心あんじんの​とほり​おなじ​やう​に申もうさ​れ候そうらひ​し。 しかれば、 *信しん治じ定じょうの人ひとに紛まぎれ​て、 往おう生じょうを​し​そんず​べき​こと​を​かなしく思おぼし召めし候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(1840578)

一 ^▼信しんの​うへは*さのみ​わろき​こと​は​ある​まじく候そうろふ。 あるいは人ひとの​いひ候そうろふ​など​とて、 あしき​こと​など​は​ある​まじく候そうろふ。 今こん度ど生しょう死じの*結けっ句くを​きり​て、 安楽あんらくに生しょう1289ぜ​ん​と思おもは​ん人ひと、 いかん​として*あしき​さま​なる​こと​を​す​べき​や​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(185)

一 ^▼仰おおせ​に​いはく、 仏法ぶっぽうをば​さしよせ​て​いへ​いへ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 法ほう敬きょうに対たいし仰おおせ​られ候そうろふ。 信心しんじん・安心あんじんと​いへ​ば、 愚痴ぐちの​もの​は文もん字じも​しら​ぬ​なり。 信心しんじん・安心あんじんなど​いへ​ば、 別べつの​やう​にも思おもふ​なり。 ただ凡ぼん夫ぶの仏ぶつに成なる​こと​を​をしふ​べし。 後ご生しょうたすけ​たまへ​と弥陀みだを​たのめ​と​いふ​べし。 なにたる愚痴ぐちの衆しゅ生じょうなり​とも、 聞きき​て信しんを​とる​べし。 当とう流りゅうには、 これ​より​ほか​の法門ほうもんは​なき​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

^▼¬*安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう¼ (本) に​いはく、 「▲浄じょう土どの法門ほうもんは、 第だい十じゅう八はちの願がんを​よくよく​こころうる​の​ほか​には​なき​なり」 といへり。

^しかれば、 御お文ふみには 「▲一心いっしん一向いっこうに仏ぶつたすけ​たまへ​と申もうさ​ん衆しゅ生じょうをば、 たとひ罪業ざいごうは深じん重じゅうなり​とも、 かならず弥陀みだ如来にょらいは​すくひ​まします​べし。 これ​すなはち第だい十じゅう八はちの念仏ねんぶつ往おう生じょうの誓願せいがんの意こころなり」 といへり。

(1860579)

一 ^▼信しんを​とら​ぬ​によりて​わろき​ぞ。 ただ信しんを​とれ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 善ぜん知ぢ識しきの​わろき1290と仰おおせ​られ​ける​は、 信しんの​なき​こと​を​わろき​と仰おおせ​らるる​なり。 しかれば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 ある人ひとを、 *言ごん語ご道どう断だんわろき​と仰おおせ​られ候そうろふ​ところ​に、 その人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 なにごと​も*御ぎょ意いの​ごとく​と存ぞんじ候そうろふ​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 *ふつと​わろき​なり。 信しんの​なき​は​わろく​は​なき​か​と仰おおせ​られ候そうろふ​と 云々うんぬん。

(187)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 ▼なにたる​こと​を​きこしめし​ても、 御おん心こころには*ゆめゆめ叶かなは​ざる​なり​と。
^▼一人いちにんなり​とも人ひとの信しんを​とり​たる​こと​を​きこしめし​たき​と、 御おんひとりごと​に仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご一いっ生しょうは、 人ひとに信しんを​とら​せ​たく思おぼし召めさ​れ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(188)

一 ^▼聖しょう人にん (親鸞) の御ご流りゅうは​たのむ一念いちねんの​ところ肝要かんようなり。 ゆゑに、 たのむ​といふ​こと​をば代々だいだいあそばし​おか​れ候そうらへ​ども、 くはしく​なにと​たのめ​といふ​こと​を​しらざり​き。 しかれば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんの御ご代だいに、 御お文ふみを御おん作つくり候そうらひ​て、 「▲雑ぞう行ぎょうを​すて​て、 後ご生しょうたすけ​たまへ​と一心いっしんに弥陀みだを​たのめ」 と、 あきらかに​しら​せ​られ1291候そうろふ。 しかれば、 御ご再興さいこうの上しょう人にんにて​まします​ものなり。

(1890580)

一 ^▼よき​こと​を​し​たる​が​わろき​こと​あり、 わろき​こと​を​し​たる​が​よき​こと​あり。 よき​こと​を​し​ても、 われ​は法ほう義ぎにつきて​よき​こと​を​し​たる​と思おもひ、 *われ​といふ​こと​あれば​わろき​なり。 あしき​こと​を​し​ても、 心しん中ちゅうを​ひるがへし本願ほんがんに帰きすれば、 わろき​こと​を​し​たる​が​よき道どう理りに​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 しかれば、 蓮如上しょう人にんは、 まゐらせ心こころが​わろき​と仰おおせ​らるる​と云うん々ぬん。

(190)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 思おもひよら​ぬ​もの​が分ぶんに過すぎ​て物ものを出いだし候そうらは​ば、 一ひと子し細さいある​べき​と思おもふ​べし。 わが*こころならひ​に人ひとより​もの​を出いだせ​ば​うれしく思おもふ​ほどに、 なんぞ用ようを​いふ​べき時ときは、 人ひとが​さやうに​する​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(191)

一 ^▼行ゆくさき​むかひ​ばかり​み​て、 あしもと​を​み​ねば、 *踏ふみかぶる​べき​なり。 人ひとの​うへ​ばかり​み​て、 わが身みの​うへ​の​こと​を*たしなま​ずは、 一いち大だい事じたる​べき​と仰おおせ1292られ候そうろふ。

(1920581)

一 ^▼善ぜん知ぢ識しきの仰おおせ​なり​とも、 成なる​まじ​なんど思おもふ​は、 大おおきなる​あさましき​こと​なり。 成なら​ざる​こと​なり​とも、 仰おおせ​ならば成なる​べき​と存ぞんず​べし。 この凡ぼん夫ぶの身みが仏ぶつに成なる​うへは、 *さて​ある​まじき​と存ぞんずる​こと​ある​べき​か。 しかれば道どう宗しゅう、 *近江おうみの湖うみを一ひと人りして​うめよ​と仰おおせ候そうろふ​とも、 *畏かしこまり​たる​と申もうす​べく候そうろふ。 仰おおせ​にて候そうらは​ば、 成なら​ぬ​こと​ある​べき​か​と申もうさ​れ候そうろふ。

(193)

一 ^▼「*至いたりて​かたき​は石いしなり、 至いたりて​やはらかなる​は水みずなり、 水みずよく石いしを*穿うがつ、 *心源しんげんもし徹てっし​なば*菩ぼ提だいの覚道かくどうなにごと​か成じょうぜ​ざら​ん」 といへる古ふるき詞ことばあり。 いかに不ふ信しんなり​とも、 聴ちょう聞もんを心こころに入いれ​まうさ​ば、 御お慈悲じひにて候そうろふ​あひだ、 信しんを​う​べき​なり。 ただ仏法ぶっぽうは聴ちょう聞もんに​きはまる​こと​なり​と云うん々ぬん。

(194)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 信しん決けつ定じょうの人ひとを​み​て、 あの​ごとく​なら​では​と思おもへ​ば​なる​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 あの​ごとくに​なり​て​こそ​と*思おもひすつる​こと1293、 あさましき​こと​なり。 仏法ぶっぽうには身みを​すて​て​のぞみ​もとむる心こころより、 信しんをば得うる​こと​なり​と云うん々ぬん。

(1950582)

一 ^▼人ひとの​わろき​こと​は​よくよく​みゆる​なり。 わが身みの​わろき​こと​は*おぼえ​ざる​ものなり。 わが身みに​しら​れ​て​わろき​こと​あらば、 よくよく​わろけれ​ば​こそ身みに​しら​れ候そうろふ​と​おもひ​て、 心しん中ちゅうを​あらたむ​べし。 ただ人ひとの​いふ​こと​をば​よく信用しんようす​べし。 わが​わろき​こと​は​おぼえ​ざる​ものなる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(196)

一 ^▼世せ間けんの物もの語がたりある座ざ敷しきにて​は、 *結けっ句く法ほう義ぎの​こと​を​いふ​こと​も​あり。 さやう​の*段だんは*人ひとなみ​たる​べし。 心こころには油ゆ断だんある​べから​ず。 あるいは*講談こうだん、 また​は仏法ぶっぽうの*讃嘆さんだんなど​いふ時とき、 一向いっこうに物ものを​いは​ざる​こと大おおきなる違ちがひ​なり。 仏法ぶっぽう讃嘆さんだんと​あら​ん時ときは、 いか​にも心しん中ちゅうを​のこさ​ず、 あひ​たがひに信しん不ふ信しんの義ぎ、 談合だんごう申もうす​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(197)

一 ^▼金かねが森もりの*善ぜん従じゅうに、 ある人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 *この​あひだ、 *さこそ*徒然つれづれに御おん入いり候そうらひ1294つ​らん​と申もうし​けれ​ば、 善ぜん従じゅう申もうさ​れ候そうろふ。 わが身みは八はち十じゅうに​あまる​まで徒然つれづれといふ​こと​を​しら​ず。 そのゆゑは、 弥陀みだの御ご恩おんの​ありがたき​ほど​を存ぞんじ、 和わ讃さん・聖教しょうぎょう等とうを拝見はいけん申もうし候そうらへ​ば、 心こころおもしろく​も、 また​たふとき​こと充じゅう満まんする​ゆゑに、 徒然つれづれなる​こと​も*さらに​なく候そうろふ​と申もうさ​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(1980583)

一 ^▼善ぜん従じゅう申もうさ​れ候そうろふ​とて、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 ある人ひと、 善ぜん従じゅうの宿しゅく所しょへ行ゆき候そうろふ​ところ​に、 履くつをも脱ぬぎ候そうらは​ぬ​に、 仏法ぶっぽうの​こと申もうし​かけ​られ候そうろふ。 また​ある人ひと申もうさ​れ候そうろふ​は、 履くつを​さへ​ぬが​れ候そうらは​ぬ​に、 いそぎ​かやうに​は​なに​とて仰おおせ候そうろふ​ぞ​と、 人ひと申もうし​けれ​ば、 善ぜん従じゅう申もうさ​れ候そうろふ​は、 出いづる息いきは入いる​を​また​ぬ*浮うき世よなり。 もし履くつを​ぬが​れ​ぬ​ま​に死し去きょ候そうらは​ば、 いかが候そうろふ​べき​と申もうさ​れ候そうろふ。 ただ仏法ぶっぽうの​こと​をば、 さし急いそぎ申もうす​べき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(199)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 善ぜん従じゅうの​こと​を仰おおせ​られ候そうろふ。 いまだ*野の村むら殿どの御ご坊ぼう、 その沙汰さたも​なき​とき、 *神かみ無な森もりを​とほり国くにへ下げ向こうの​とき、 輿こしより​おり​られ候そうらひ​て、 野の村むら殿どのの方かたを​さし​て、 この*とほり​にて仏法ぶっぽうが​ひらけ​まうす​べし​と申もうさ​れ候そうらひ1295し。 人々ひとびと、 これ​は年としより​て​かやう​の​こと​を申もうさ​れ候そうろふ​など申もうし​けれ​ば、 つひに*御ご坊ぼう御ご建こん立りゅうにて御ご繁はん昌じょう候そうろふ。 不ふ思議しぎの​こと​と仰おおせ​られ候そうらひ​き。 また善ぜん従じゅうは法然ほうねんの化け身しんなり​と、 *世せ上じょうに人ひと申もうし​つる​と、 おなじく仰おおせ​られ候そうらひ​き。 かの往おう生じょうは八月はちがつ*二に十じゅう五ご日にちにて候そうろふ。

(200)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) *東ひがし山やまを*御おん出いで候そうらひ​て、 いづかた​に御座ござ候そうろふ​とも、 人ひと存ぞんぜ​ず候そうらひ​し​に、 この善ぜん従じゅうあなた​こなた尋たずね​まうさ​れ​けれ​ば、 ある所ところにて御おん目めに​かから​れ候そうろふ。 *一段いちだん*御ご迷惑めいわくの体ていにて候そうら0584ひ​つる​あひだ、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんにも*さだめて善ぜん従じゅうかなしま​れ​まうす​べき​と思おぼし召めさ​れ候そうらへ​ば、 善ぜん従じゅう御おん目めに​かから​れ、 あら​ありがた​や、 *はや仏法ぶっぽうは​ひらけ​まうす​べき​よ​と申もうさ​れ候そうろふ。 つひに​この詞ことば*符ふ合ごう候そうろふ。 善ぜん従じゅうは不ふ思議しぎの人ひとなり​と、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうらひ​し​よし、 上しょう人にん (実如) 仰おおせ​られ候そうらひ​き。

(201)

一 ^▼前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如)、 先年せんねん*大永だいえい三さん、 蓮如れんにょ上しょう人にん*二に十じゅう五ご年ねんの三月さんがつ始はじめ​ごろ、 御夢おんゆめ御ご覧らん候そうろふ。 御み堂どう上じょう壇だん南みなみの方かたに前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん御座ござ候そうらひ​て、 紫むらさきの御おん小こ袖そでを​めさ1296れ候そうろふ。 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) へ対たいし​まゐらせ​られ、 仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうは讃嘆さんだん・談合だんごうに​きはまる。 よくよく讃嘆さんだんす​べき​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 まことに*夢む想そうとも​いふ​べき​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうらひ​き。 しかれば​その年とし、 ことに讃嘆さんだんを肝要かんようと仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​につきて仰おおせ​られ候そうろふ​は、 仏法ぶっぽうは一ひと人り居いて悦よろこぶ法ほうなり。 一ひと人り居いて​さへ​たふとき​に、 まして二ふた人り寄より合あは​ば​いかほど​ありがたかる​べき。 仏法ぶっぽうをば​ただ寄より合あひ寄より合あひ談合だんごう申もうせ​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(202)

一 ^▼心しん中ちゅうを改あらため候そうらは​ん​と申もうす人ひと、 なに​を​か​まづ改あらため候そうらは​ん​と申もうさ​れ候そうろふ。 よろづ​わろき​こと​を改あらため​て​と、 かやうに仰おおせ​られ候そうろふ。 *いろ​を​たて、 きは​を立たて申もうし​いで​て改あらたむ​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。 なに​にて​も​あれ、 人ひとの直なおさ​るる​を​きき​て、 われ​も直なおる​べき​と思おもう​て、 わが0585*とが​を申もうし​いださ​ぬ​は、 直なおら​ぬ​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(203)

一 ^▼仏法ぶっぽう談合だんごうの​とき物ものを申もうさ​ぬ​は、 信しんの​なき​ゆゑなり。 わが心こころに*たくみ案あんじ​て申もうす​べき​やう​に思おもへ​り。 よそなる物ものを​たづね​いだす​やう​なり。 心こころに​うれしき​こと1297は​その​まま​なる​ものなり。 寒かんなれば寒かん、 熱ねつなれば熱ねつと、 その​まま心こころの​とほり​を​いふ​なり。 仏法ぶっぽうの座ざ敷しきにて物ものを申もうさ​ぬ​こと​は、 不ふ信しんの​ゆゑなり。 また油ゆ断だんといふ​こと​も信しんの​うへ​の​こと​なる​べし。 *細々さいさい同どう行ぎょうに寄より合あひ讃嘆さんだん申もうさ​ば、 油ゆ断だんは​ある​まじき​の​よし​に候そうろふ。

(204)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 一心いっしん決けつ定じょうの​うへ、 弥陀みだの御おんたすけ​あり​たり​といふは、 *さとり​の​かた​にして​わろし。 たのむ​ところ​にて​たすけ​たまひ候そうろふ​こと​は歴然れきぜんに候そうらへ​ども、 御おんたすけ​あら​うず​と​いう​て​しかるべき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。 一念いちねん帰き命みょうの時とき、 不ふ退たいの位くらいに住じゅうす。 これ不ふ退たいの*密益みつやくなり、 これ*涅ね槃はん分ぶんなる​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(205)

一 ^▼*徳大とくだい寺じの唯蓮ゆいれん坊ぼう、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃの*ことわり​を​しり​たき​と、 *雲うん居ご寺じの阿あ弥陀みだに*祈き誓せいあり​けれ​ば、 夢む想そうに、 阿あ弥陀みだの*いま​の人ひとの袖そでを​とらへ​たまふ​に、 にげ​けれ​ども​しかと0586とらへ​て​はなし​たまは​ず。 摂取せっしゅといふは、 にぐる​もの​を​とらへ​て​おき​たまふ​やう​なる​こと​と、 ここ​にて思おもひつき​たり。 これ​を引ひき言ごとに仰おおせ​られ候そうろふ1298。

(206)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 御ご病中びょうちゅうに、 *兼けん誉よ・*兼縁けんえん御ご前ぜんに伺し候こうして、 ある時とき尋たずね​まうさ​れ候そうろふ。 冥みょう加がといふ​こと​は​なにと​し​たる​こと​にて候そうろふ​と申もうせ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 冥みょう加がに叶かなふ​といふは、 弥陀みだを​たのむ​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(207)

一 ^▼人ひとに仏法ぶっぽうの​こと​を申もうし​て​よろこば​れ​ば、 われ​は​その​よろこぶ人ひとより​も​なほ​たふとく思おもふ​べき​なり。 仏ぶっ智ちを​つたへ​まうす​によりて、 かやうに存ぞんぜ​られ候そうろふ​こと​と思おもひ​て、 *仏ぶっ智ちの御方おんかたを​ありがたく存ぞんぜ​らる​べし​と​の義ぎに候そうろふ。

(208)

一 ^▼御お文ふみを​よみ​て人ひとに聴ちょう聞もんさせ​ん​とも、 報謝ほうしゃと存ぞんず​べし。 一いっ句く一言いちごんも*信しんの​うへ​より申もうせ​ば人ひとの信用しんようも​あり、 また報謝ほうしゃとも​なる​なり。

(209)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 弥陀みだの光こう明みょうは、 たとへ​ば​ぬれ​たる物ものを​ほす​に、 うへ1299より*ひ​て0587、 した​まで​ひる​ごとく​なる​こと​なり。 これ​は日ひの力ちからなり。 決けつ定じょうの心こころおこる​は、 これ​すなはち他た力りきの*御ご所しょ作さなり。 罪ざい障しょうは​ことごとく弥陀みだの御おん消けし​ある​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(210)

一 ^▼信心しんじん治じ定じょうの人ひとは​たれ​に​よら​ず、 まづ​みれ​ば​すなはち​たふとく​なり候そうろふ。 これ​その人ひとの​たふとき​に​あらず。 仏ぶっ智ちを​え​らるる​がゆゑなれ​ば、 弥陀みだ仏ぶっ智ちの​ありがたき​ほど​を存ぞんず​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(211)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん御ご病中びょうちゅうの時とき仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご自じ身しんなにごと​も思おぼし召めし​のこさ​るる​こと​なし​と。 ただ御ご兄きょう弟だいの​うち、 その外ほかたれ​にも信しんの​なき​を​かなしく思おぼし召めし候そうろふ。 世せ間けんには*よみぢ​の​さはり​といふ​こと​あり。 われ​において​は往おう生じょうす​とも​それ​なし。 ただ信しんの​なき​こと、 これ​を歎なげかしく思おぼし召めし候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と。

(212)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 *あるいは人ひとに御ご酒しゅをも下くださ​れ、 物ものをも下くださ​れ​て、 かやう​の​こと1300ども​ありがたく存ぞんぜ​させ近ちかづけ​させ​られ候そうらひ​て、 仏法ぶっぽうを御おんきか​せ候そうろふ。 されば​かやうに物ものを下くださ​れ候そうろふ​こと​も、 信しんを​とら​せ​らる​べき​ため​と思おぼし召めせ​ば、 報謝ほうしゃと思おぼし召めし候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2130588)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 *心こころ得えた​と思おもふ​は心こころ得えぬ​なり。 心こころ得えぬ​と思おもふ​は心こころ得えたる​なり。 弥陀みだの御おんたすけ​ある​べき​こと​の​たふとさ​よ​と思おもふ​が、 心こころ得えたる​なり。 少すこし​も心こころ得えたる​と思おもふ​こと​は​ある​まじき​こと​なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。 されば ¬*口く伝でん鈔しょう¼ (4) に​いはく、 「▲されば​この機きの​うへ​に​たもつ​ところの弥陀みだの仏ぶっ智ちを*つのら​ん​より​ほか​は、 凡ぼん夫ぶいかでか往おう生じょうの*得分とくぶんある​べき​や」 といへり。

(214)

一 ^▼加か州しゅう菅生すごうの*願がん生しょう、 *坊ぼう主ずの聖教しょうぎょうを​よま​れ候そうろふ​を​きき​て、 聖教しょうぎょうは殊しゅ勝しょうに候そうらへ​ども、 *信しんが御おん入いり​なく候そうろふ​あひだ、 たふとく​も御おん入いり​なき​と申もうさ​れ候そうろふ。 この​こと​を前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) きこしめし、 *蓮れん智ちを​めし​のぼせ​られ、 御ご前ぜんにて不ふ断だん聖教しょうぎょうをも​よま​せ​られ、 法ほう義ぎの​こと​をも仰おおせ​きか​せ​られ​て、 *願がん生しょうに仰おおせ​られ候そうろふ。 蓮れん智ちに聖教しょうぎょうをも​よみ​ならは​せ、 仏法ぶっぽうの​こと​をも仰おおせ​きか​せ​られ候そうろふ1301よし仰おおせ​られ候そうらひ​て、 国くにへ御おん下くだし候そうろふ。 その後のちは聖教しょうぎょうを​よま​れ候そうらへ​ば、 いま​こそ殊しゅ勝しょうに候そうらへ​とて、 ありがた​がら​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(215)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 幼よう少しょうなる​もの​には、 まづ物ものを​よめ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また​その後のちは、 いかに​よむ0589とも*復ふくせ​ずは*詮せんある​べから​ざる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 ちと物ものに心こころも​つき候そうらへ​ば、 いかに物ものを​よみ声しょうを​よく​よみ​しり​たる​とも、 *義理ぎりを​わきまへ​て​こそ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 その後のちは、 いかに*文もん釈しゃくを覚おぼえ​たり​とも、 信しんが​なく​は*いたづらごと​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(216)

一 ^▼心しん中ちゅうの​とほり、 ある人ひと、 法ほう敬きょう坊ぼうに申もうさ​れ候そうろふ。 *御おん詞ことばの​ごとく​は*覚かく悟ご仕つかまつり候そうらへ​ども、 ただ油ゆ断だん・不ぶ沙汰さたにて、 あさましき​こと​のみ​に候そうろふ​と申もうさ​れ候そうろふ。 その時とき法ほう敬きょう坊ぼう申もうさ​れ候そうろふ。 それは御おん詞ことばの​ごとくに​て​は​なく候そうろふ。 *勿体もったいなき申もうさ​れ​ごと​に候そうろふ。 御おん詞ことばには、 油ゆ断だん・不ぶ沙汰さた*な​せ​そ​と​こそ、 あそばさ​れ候そうらへ​と申もうさ​れ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2171302)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼうに、 ある人ひと*不ふ審しん申もうさ​れ候そうろふ。 これ​ほど仏法ぶっぽうに御おん心こころをも入いれ​られ候そうろふ法ほう敬きょう坊ぼうの*尼に公こうの不ふ信しんなる、 いかが​の義ぎに候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうらへ​ば、 法ほう敬きょう坊ぼう申もうさ​れ候そうろふ。 不ふ審しんさる​こと​なれども、 これ​ほど朝ちょう夕せき御お文ふみを​よみ候そうろふ​に、 驚おどろき​まうさ​ぬ心しん中ちゅうが、 なにか法ほう敬きょうが*申もうし分ぶんにて聞ききいれ候そうろふ​べき​と申もうさ​れ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(218)

一 ^▼*順じゅん誓せい申もうさ​れ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの物もの語がたり申もうす​に、 *かげ​にて申もうし候そうろふ段だんは、 なにたる​わろき​こと​を​か申もう0590す​べき​と存ぞんじ、 脇わきより汗あせたり​まうし候そうろふ。 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 聞きこし召めす​ところ​にて申もうす時ときは、 わろき​こと​をば​やがて御おんなほし​ある​べき​と存ぞんじ候そうろふ​あひだ、 心こころ安やすく存ぞんじ候そうらひ​て、 物ものをも申もうさ​れ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(219)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 不ふ審しんと一向いっこうしら​ぬ​と​は*各別かくべつなり。 知しら​ぬ​こと​をも不ふ審しんと申もうす​こと、 いはれ​なく候そうろふ。 物ものを分別ふんべつし​て、 あれ​は​なに​と、 これ​は​いかが​など​いふ​やう​なる​こと​が不ふ審しんにて候そうろふ。 子し細さいも​しら​ず​して申もうす​こと​を、 不ふ審しんと申もうし​まぎら​かし候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(2201303)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 *御ご本ほん寺じ・御ご坊ぼうをば聖しょう人にん (親鸞) 御ご存ぞん生しょうの時ときの​やう​に思おぼし召めさ​れ候そうろふ。 御ご自じ身しんは、 *御お留主るすを*当とう座ざ御ご沙汰さた候そうろふ。 しかれども御ご恩おんを御おん忘わすれ候そうろふ​こと​は​なく候そうろふ​と、 *御お斎ときの御ご法談ほうだんに仰おおせ​られ候そうらひ​き。 御お斎ときを御ご*受用じゅよう候そうろふ​あひだ​にも、 すこし​も御おん忘わすれ候そうろふ​こと​は*御おん入いり​なき​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(221)

一 ^▼*善如ぜんにょ上しょう人にん・*綽しゃく如にょ上しょう人にん両りょう御ご代だいの​こと、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 仰おおせ​られ候そうろふ​こと、 両りょう御ご代だいは*威儀いぎを本ほんに御ご沙汰さた候そうらひ​し​よし仰おおせ​られ​し。 しかれば、 いまに御ご影えいに御おん入いり候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 黄き袈裟げさ・黄き衣ごろもにて候そうろ0591ふ。 しかれば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんの御時おんとき、 あまた御ご流りゅうに​そむき候そうろふ本尊ほんぞん以下いげ、 *御おん風呂ふろの​たび​ごと​に焼やか​せ​られ候そうろふ。 この二に幅ふくの御ご影えいをも焼やか​せ​らる​べき​にて御おん取とり​いだ​し候そうらひ​つる​が、 いかが思おぼし召めし候そうらひ​つる​やらん、 表ひょう紙しに書付かきつけを 「よし・わろし」 と​あそばさ​れ​て、 とり​て​おか​せ​られ候そうろふ。

^この​こと​を​いま御ご思し案あん候そうらへ​ば、 *御ご代だいの​うち​さへ​かやうに御おん違ちがひ候そうろふ。 まして​いはんや*われら式しきの​もの​は違ちがひ​たる​べき​あひだ、 一いち大だい事じと存ぞんじ​つつしめ​よ​と​の御おんこと​に候そうろふ。 いま思おぼし召めし​あはせ​られ候そうろふ​よし仰おお1304せ​られ候そうろふ​なり。

^また 「よし・わろし」 と​あそばさ​れ候そうろふ​こと、 わろし​と​ばかり​あそばし候そうらへ​ば、 先代せんだいの御おんこと​にて候そうらへ​ば​と思おぼし召めし、 かやうに​あそばさ​れ候そうろふ​こと​に候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) の御時おんとき、 あまた*昵近じっきんの​かたがた違ちがひ​まうす​こと候そうろふ。 いよいよ一いち大だい事じの仏法ぶっぽうの​こと​をば、 心こころを​とどめ​て細々さいさい人ひとに問とひ心こころ得えまうす​べき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(222)

一 ^▼仏法ぶっぽう者しゃの​すこし​の違ちがひ​を見みて​は、 *あの​うへ​さへ​かやうに候そうろふ​と​おもひ、 わが身みを​ふかく嗜たしなむ​べき​こと​なり。 しかるを、 あの​うへ​さへ御おん違ちがひ候そうろふ、 まして​われら​は*違ちがひ候そうらは​では​と思おもふ​こころ、 おほきなる​あさましき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(223)

一 ^▼仏恩ぶっとんを嗜たしなむ​と仰おおせ候そうろふ​こと、 世せ間けんの物ものを嗜たしなむ​など​と​いふ​やう​なる​こと​にて​は​なし。 信しん0592の​うへ​に​たふとく​ありがたく存ぞんじ​よろこび​まうす透すき間まに懈け怠だい申もうす時とき、 かかる広大こうだいの御ご恩おんを​わすれ​まうす​こと​の​あさましさ​よ​と、 仏ぶっ智ちに​たちかへり​て、 ありがた​や​たふと​や​と思おもへ​ば、 *御おんもよほし​に​より念仏ねんぶつを申もうす​なり。 嗜たしなむ​と​は​これ​なる​よし​の義ぎに候そうろふ。

(2241305)

一 ^▼仏法ぶっぽうに*厭足えんそくなけれ​ば、 法ほうの不ふ思議しぎを​きく​といへり。 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 たとへば世せ上じょうに​わが​すき​このむ​こと​をば​しり​ても​しり​ても、 なほ​よく​しり​たう思おもふ​に、 人ひとに問とひ、 いくたび​も*数奇すきたる​こと​をば聞きき​ても聞きき​ても、 よく​きき​たく思おもふ。 仏法ぶっぽうの​こと​も​いくたび聞きき​ても​あか​ぬ​こと​なり。 しり​ても​しり​ても存ぞんじ​たき​こと​なり。 法ほう義ぎをば、 幾度いくたびも幾度いくたびも人ひとに問とひ​きはめ​まうす​べき​こと​なる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(225)

一 ^▼*世せ間けんへ​つかふ​こと​は、 仏ぶつの物ものを*いたづらに​する​こと​よ​と、 おそろしく思おもふ​べし。 さりながら、 仏法ぶっぽうの方かたへ​は​いかほど物ものを入いれ​ても​あか​ぬ道どう理りなり。 また報謝ほうしゃにも​なる​べし​と云うん々ぬん。

(226)

一 ^▼人ひとの辛労しんろうも​せ​で徳とくを​とる*上じょう品ぼんは、 弥陀みだを​たのみ​て仏ぶつに成なる​に​すぎ​たる​こと​なし0593と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(227)

一 ^▼皆みな人ひとごと​に​よき​こと​を​いひ​も​し、 働はたらき​も​する​こと​あれば、 *真俗しんぞくともに​それ​を1306、 わが​よき​もの​に​はや​なり​て、 その心こころにて御ご恩おんといふ​こと​は​うちわすれ​て、 *わが​こころ本ほんに​なる​によりて、 *冥みょう加がに​つき​て、 世せ間けん・仏法ぶっぽうともに悪あしき心こころが​かならず​かならず出しゅつ来らいする​なり。 一いち大だい事じなり​と云うん々ぬん。

(228)

一 ^▼*堺さかいにて兼縁けんえん、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) へ*御お文ふみを御おん申もうし候そうろふ。 その時とき仰おおせ​られ候そうろふ。 年としも​より候そうろふ​に、 *むつかしき​こと​を申もうし候そうろふ。 まづ​わろき​こと​を​いふ​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 後のちに仰おおせ​られ候そうろふ​は、 ただ仏法ぶっぽうを信しんぜ​ば、 いかほど​なり​とも​あそばし​て​しかるべき​よし仰おおせ​られ​し​と云うん々ぬん。

(229)

一 ^▼おなじく堺さかいの御ご坊ぼうにて、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん、 夜更よふけ​て蝋燭ろうそくを​ともさ​せ、 名みょう号ごうを​あそばさ​れ候そうろふ。 その時とき仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご老体ろうたいにて御おん手ても振ふるひ、 御おん目めも​かすみ候そうらへ​ども、 明みょう日にち越えっ中ちゅうへ下くだり候そうろふ​と申もうし候そうろふ​ほどに、 かやうに​あそばさ​れ候そうろふ。 辛労しんろうを​かへりみら​れ​ず​あそばさ​れ候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 しかれば、 御ご門もん徒との​ため​に御身をば​すて​られ候そうろふ。 人ひとに辛労しんろうをも​させ候そうらは0594で、 ただ信しんを​とら​せ​たく思おぼし召めし候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(2301307)

一 ^▼*重ちょう宝ほうの珍物ちんぶつを調ととのへ*経営けいえいを​して​もてなせ​ども、 食じきせ​ざれ​ば​その詮せんなし。 同どう行ぎょう寄より合あひ讃嘆さんだんすれ​ども、 信しんを​とる人ひとなけれ​ば、 珍物ちんぶつを食じきせ​ざる​と​おなじ​こと​なり​と云うん々ぬん。

(231)

一 ^▼物ものに​あく​こと​は​あれども、 仏ぶつに成なる​こと​と弥陀みだの御ご恩おんを喜よろこぶ​と​は、 あき​たる​こと​は​なし。 焼やく​とも失うせ​も​せ​ぬ*重ちょう宝ほうは、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 しかれば、 弥陀みだの広大こうだいの御お慈悲じひ殊しゅ勝しょうなり。 信しんある人ひとを見みる​さへ​たふとし。 よくよく​の御お慈悲じひなり​と云うん々ぬん。

(232)

一 ^▼信しん決けつ定じょうの人ひとは、 仏法ぶっぽうの方かたへ​は*身みを​かろく​もつ​べし。 仏法ぶっぽうの御ご恩おんをば​おもく​うやまふ​べし​と云うん々ぬん。

(233)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 *宿しゅく善ぜんめでたし​といふ​は​わろし。 御ご一いち流りゅうには*宿しゅく善ぜんありがたし​と申もうす​が​よく候そうろふよし仰おおせ​られ候そうろふ。

(2341308)  0595

一 ^▼他た宗しゅうには法ほうに​あひ​たる​を宿しゅく縁えんといふ。 当とう流りゅうには信しんを​とる​こと​を宿しゅく善ぜんといふ。 信心しんじんを​うる​こと肝要かんようなり。 されば​この御おんをしへ​には*群ぐん機きを​もらさ​ぬ​ゆゑに、 弥陀みだの教おしえをば*弘ぐ教きょうとも​いふ​なり。

(235)

一 ^▼法門ほうもんをば申もうす​には、 当とう流りゅうの​こころ​は信心しんじんの一いち義ぎを申もうし披ひらき立たて​たる、 肝要かんようなり​と云うん々ぬん。

(236)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 *仏法ぶっぽう者しゃには*法ほうの威い力りきにて成なる​なり。 威い力りきで​なく​は成なる​べから​ず​と仰おおせ​られ候そうろふ。 されば仏法ぶっぽうをば、 *学がく匠しょう・物ものしりは*いひたて​ず。 ただ*一文いちもん不知ふちの身みも、 信しんある人ひとは仏ぶっ智ちを加くわへ​らるる​ゆゑに、 仏力ぶつりきにて候そうろふ​あひだ、 人ひとが信しんを​とる​なり。 この​ゆゑに聖教しょうぎょうよみ​とて、 しかも​われ​は​と思おもは​ん人ひとの、 仏法ぶっぽうを​いひたて​たる​こと​なし​と仰おおせ​られ候そうろふ​こと​に候そうろふ。 ただ​なに​しら​ね​ども、 *信心しんじん定じょう得とくの人ひとは仏ぶつより​いは​せ​らるる​あひだ、 人ひとが信しんを​とる​と​の仰おおせ​に候そうろふ。

(2371309)

一 ^▼弥陀みだを​たのめ​ば南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの主ぬしに成なる​なり。 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの主ぬしに成なる​といふは、 信心しんじんを​うる​こと​なり​と云うん々ぬん。 また、 当とう流りゅうの真実しんじつの宝たからといふは南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 これ一いち0596念ねんの信心しんじんなり​と云うん々ぬん。

(238)

一 ^▼一いち流りゅう真しん宗しゅうの​うち​にて法ほうを​そしり、 わろさまに​いふ人ひとあり。 これ​を思おもふ​に、 他た門もん・他た宗しゅうの​こと​は*是非ぜひなし。 一いっ宗しゅうの​うち​に​かやう​の人ひとも​ある​に、 われら宿しゅく善ぜんありて​この法ほうを信しんずる身みの​たふとさ​よ​と思おもふ​べし​と云うん々ぬん。

(239)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) には、 なにたる​もの​をも​あはれみ​かはゆく思おぼし召めし候そうろふ。 大だい罪人ざいにんとて*人ひとを殺ころし候そうろふ​こと、 一段いちだん御おん悲かなしみ候そうろふ。 存命ぞんめいも​あらば心しん中ちゅうを直なおす​べし​と仰おおせ​られ候そうらひ​て、 御ご*勘かん気き候そうらひ​ても、 心しん中ちゅうを​だに​も直なおり候そうらへ​ば、 やがて御ご*宥免ゆうめん候そうろふ​と云うん々ぬん。

(240)

一 ^▼安芸あきの**蓮崇れんそう、 *国くにを​くつがへし、 くせごと​につきて、 *御ご門もん徒とを​はなさ​れ候そうろふ。 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 御ご病中びょうちゅうに*御ご寺じ内ないへ​まゐり、 御おん詫言わびごと申もうし候そうらへ​ども、 とりつぎ候そうろ1310ふ人ひとなく候そうらひ​し。 その折節おりふし、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんふと仰おおせ​られ候そうろふ。 安芸あきを*なほさ​う​と思おもふ​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 *御ご兄きょう弟だい以下いげ御おん申もうす​には、 一度ひとたび仏法ぶっぽうに*あだ​を​なし​まうす人ひとにて候そうらへ​ば、 いかが​と御おん申もうし候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。

^それ​ぞ​とよ、 あさましき​こと​を​いふ​ぞ​とよ。 心しん中ちゅうだに直なおら​ば、 なにたる​もの​なり​とも、 *御おん0597もらし​なき​こと​に候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうらひ​て、 御ご赦免しゃめん候そうらひ​き。 その時とき御ご前ぜんへ​まゐり、 御おん目めに​かから​れ候そうろふ時とき、 感涙かんるい畳たたみに​うかび候そうろふ​と云うん々ぬん。 しかうして御ご中ちゅう陰いんの​うち​に、 蓮崇れんそうも寺じ内ないにて*すぎ​られ候そうろふ。

(241)

一 ^▼奥おう州しゅうに御ご一いち流りゅうの​こと​を申もうし​まぎらかし候そうろふ人ひとを​きこしめし​て、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん奥おう州しゅうの*浄じょう祐ゆうを御ご覧らん候そうらひ​て、 もつてのほか御ご腹ふく立りゅう候そうらひ​て、 さてさて開山かいさん聖しょう人にん (親鸞) の御ご流りゅうを申もうし​みだす​こと​の​あさましさ​よ、 にくさ​よ​と仰おおせ​られ候そうらひ​て、 御おん歯はを​くひしめ​られ​て、 さて切きりきざみ​ても*あく​か​よ​あく​か​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 仏法ぶっぽうを申もうし​みだす​もの​をば、 一段いちだんあさましき​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2421311)

一 ^▼思し案あんの頂上ちょうじょうと申もうす​べき​は、 弥陀みだ如来にょらいの*五ご劫こう思し惟ゆいの本願ほんがんに​すぎ​たる​こと​は​なし。 この御ご思し案あんの道どう理りに同心どうしんせ​ば、 仏ぶつに成なる​べし。 同心どうしんとて別べつに​なし。 機き法ほう一体いったいの道どう理りなり​と云うん々ぬん。

(243)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 御おん身み一いっ生しょう涯がい御ご沙汰さた候そうろふ​こと、 みな仏法ぶっぽうにて、 御ご方便ほうべん・御ご*調ちょう法ほう候そうらひ​て0598、 人ひとに信しんを御おんとら​せ​ある​べき御おんことわり​にて候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(244)

一 ^▼おなじく御ご病中びょうちゅうに仰おおせ​られ候そうろふ。 いま​わが​いふ​こと​は*金言きんげんなり。 *かまへて​かまへて、 よく意こころ得えよと仰おおせ​られ候そうろふ。 また御ご詠えい歌かの​こと、 三さん十じゅう一いち字じに​つづくる​こと​にて​こそ​あれ。 これ​は法門ほうもんにて​ある​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(245)

一 ^▼「*愚ぐ者しゃ三人さんにんに智ち者しゃ一人いちにん」 とて、 なにごと​も談合だんごうすれば面白おもしろき​こと​ある​ぞ​と、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) へ御おん申もうし候そうろふ。 これ​また仏法ぶっぽうがた​には​いよいよ肝要かんようの御ご金言きんげんなり​と云うん々ぬん。

(2461312)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 *順じゅん誓せいに対たいし仰おおせ​られ候そうろふ。 法ほう敬きょうと​われ​と​は兄きょう弟だいよ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ。 これ​は*冥みょう加がも​なき御おんこと​と申もうさ​れ候そうろふ。 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 信しんを*え​つれ​ば、 さき​に生うまるる​もの​は兄あに、 後あとに生うまるる​もの​は弟おとうとよ。 法ほう敬きょうと​は兄きょう弟だいよ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 「▲仏恩ぶっとんを*一同いちどうに​うれ​ば、 信心しんじん一いっ致ちの​うへは四し海かいみな兄きょう弟だい」 (*論註・下意) といへり。

(2470599)

一 ^▼南みなみ殿どの*山水さんすいの*御ご縁えんの床とこの​うへ​にて、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 物ものは思おもひ​たる​より大おおきに​ちがふ​といふ​は、 極楽ごくらくへ​まゐり​て​の​こと​なる​べし。 ここ​にて​ありがた​や​たふと​や​と思おもふ​は、 *物ものの数かずにて​も​なき​なり。 かの土どへ生しょうじ​て​の歓かん喜ぎは、 *ことのは​も​ある​べから​ず​と仰おおせ​られ​し​と。

(248)

一 ^▼人ひとは​そらごと申もうさ​じ​と嗜たしなむ​を、 *随分ずいぶんと​こそ思おもへ。 心こころに偽いつわり​あら​じ​と嗜たしなむ人ひとは、 さのみ多おおく​は​なき​ものなり。 また​よき​こと​は​なら​ぬ​まで​も、 世せ間けん・仏法ぶっぽうともに心こころに​かけ嗜たしなみ​たき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(2491313)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 ¬*安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう¼ の​こと、 四し十じゅう余よ年ねんが​あひだ御ご覧らん候そうらへ​ども、 御ご覧らんじ​あか​ぬ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また、 金こがねを​ほり​いだす​やう​なる聖教しょうぎょうなり​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(250)

一 ^▼大坂おおざか殿どのにて​おのおの​へ対たいせ​られ仰おおせ​られ候そうろふ。 この​あひだ申もうし​し​こと​は、 ¬安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう¼ の​かたはし​を仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。 しかれば、 当とう流りゅうの義ぎは ¬安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう¼ の義ぎ、 いよいよ肝要かんようなり​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2510600)

一 ^▼法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ。 *たふとむ人ひとより、 たふとがる人ひとぞ​たふとかり​ける​と。 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 面白おもしろき​こと​を​いふ​よ。 たふとむ体てい、 *殊しゅ勝しょうぶり​する人ひとは​たふとく​も​なし。 ただ​ありがた​や​と​たふとがる人ひとこそ​たふとけれ。 面白おもしろき​こと​を​いふ​よ、 もつとも​の​こと​を申もうさ​れ候そうろふ​と​の仰おおせごと​に候そうろふ​と云うん々ぬん。

(252)

一 ^▼*文ぶん亀き三さん、 正しょう月がつ十じゅう五ご日にちの夜よる、 兼縁けんえん夢ゆめに​いはく、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん、 兼縁けんえんへ御おん問といありて仰おおせ​られ候そうろふ​やう、 いたづらに​ある​こと​あさましく思おぼし召めし候そうらへ​ば、 稽けい古こ1314かたがた、 せめて一巻いっかんの経きょうをも、 日ひに一いち度ど、 みなみな寄より合あひ​て​よみ​まうせ​と仰おおせ​られ​けり​と云うん々ぬん。 あまりに人ひとの​むなしく月つき日ひを送おくり候そうろふ​こと​を悲かなしく思おぼし召めし候そうろふ​ゆゑの義ぎに候そうろふ。

(253)

一 ^▼おなじく夢ゆめに​いはく、 *同年どうねんの*極月ごくげつ二に十じゅう八日はちにちの夜よる、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 御おん袈裟けさ・衣ころもにて襖ふすま障しょう子じを​あけ​られ御おん出いで候そうろふ​あひだ、 御ご法談ほうだん聴ちょう聞もん申もうす​べき心こころにて候そうろふ​ところ​に、 *ついたち障しょう子じの​やう​なる物ものに、 御お文ふみの御おん詞ことば御おん入いれ候そうろふ​を​よみ​まうす​を御ご覧らんじ​て、 それ​は​なん​ぞ​と御おん尋たずね候そうろふ​あひだ、 御お文ふみにて候そうろふ​よし申もうし上あげ候そうらへ​ば、 それ​こそ肝要かんよう、 信仰しんこうし​て​きけ​と仰おおせ​られ​けり​と云うん々ぬん。

(2540601)

一 ^▼おなじく夢ゆめに​いはく、 *翌年よくねん極月ごくげつ二に十じゅう九く日にち夜よ、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ​やう​は、 家いえをば​よく作つくら​れ​て、 信心しんじんを​よく​とり念仏ねんぶつ申もうす​べき​よし、 かたく仰おおせ​られ候そうらひ​けり​と云うん々ぬん。

(255)

一 ^▼おなじく夢ゆめに​いはく、 近年きんねん、 *大永だいえい三さん、 正しょう月がつ一日ついたちの夜よの夢ゆめに​いはく、 *野の村むら殿どの1315南みなみ殿どのにて前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​に​いはく、 仏法ぶっぽうの​こと​いろいろ仰おおせ​られ候そうらひ​て後のち、 田舎いなかには雑ぞう行ぎょう雑修ざっしゅある​を、 かたく申もうしつく​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(256)

一 ^▼おなじく夢ゆめに​いはく、 *大永だいえい六ろく、 正しょう月がつ五いつ日か夜よ、 夢ゆめに前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 一いち大だい事じにて候そうろふ。 *今いまの時じ分ぶんが​よき時ときにて候そうろふ。 ここ​を​とりはづし​ては一いち大だい事じと仰おおせ​られ候そうろふ。 畏かしこまり​たり​と御おんうけ御おん申もうし候そうらへ​ば、 ただ​その畏かしこまり​たる​といふ​にて​は​なく候そうろふ​まじく候そうろふ。 ただ一いち大だい事じにて候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうらひ​し​と云うん々ぬん。

 ^▼*つぎの夜よ、 夢ゆめに​いはく、 *蓮誓れんせい仰おおせ候そうろふ。 吉崎よしざき ˆにてˇ 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんに当とう流りゅうの肝要かんようの​こと​を習ならひ​まうし候そうろふ。 一いち流りゅうの依え用ようなき聖教しょうぎょうや​なんど​を​ひろく​みて、 御ご流りゅうを*ひがざまに​とりなし候そうろふ​こと候そうろふ。 幸さいわひに肝要かんようを抜ぬき候そうろふ聖教しょうぎょう候そうろふ。 これ​が一いち流りゅうの*秘ひ極ごくなり​と、 吉崎よしざきにて前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんに習ならひ​まうし候そうろふ​と、 蓮誓れんせい仰おお0602せ​られ候そうらひ​し​と云うん々ぬん。

 ^わたくし​に​いはく、 夢ゆめ等とうを​しるす​こと、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん世よを去さり​たまへ​ば、 いま1316は​その一言いちごんをも大切たいせつに存ぞんじ候そうらへ​ば、 かやうに夢ゆめに入いり​て仰おおせ候そうろふ​こと​の金言きんげんなる​こと、 まこと​の仰おおせ​とも存ぞんずる​まま、 これ​を​しるす​ものなり。 まことに​これ​は夢む想そうとも申もうす​べき​こと​ども​にて候そうろふ。 総体そうたい、 夢ゆめは妄想もうぞうなり、 さりながら、 *権者ごんじゃの​うへ​には*瑞ずい夢むとて​ある​こと​なり。 なほ​もつて​かやう​の金言きんげんの​ことば​は​しるす​べし​と云うん々ぬん。

(257)

一 ^▼仏恩ぶっとんが​たふとく候そうろふ​など​と申もうす​は聞きき​にくく候そうろふ、 *聊りょう爾じなり。 仏恩ぶっとんを​ありがたく存ぞんず​と申もうせ​ば、 *莫大ばくだい聞きき​よく候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 御お文ふみが​と申もうす​も聊りょう爾じなり。 御お文ふみを聴ちょう聞もん申もうし​て、 御お文ふみありがたし​と申もうし​て​よき​よし​に候そうろふ。 仏法ぶっぽうの方かたをば​いかほど​も尊そん敬きょう申もうす​べき​こと​と云うん々ぬん。

(258)

一 ^▼仏法ぶっぽうの讃嘆さんだんの​とき、 同どう行ぎょうを​かたがた​と申もうす​は*平懐へいがいなり。 御おん方々かたがたと申もうし​て​よき​よし仰おおせごと​と云うん々ぬん。

(259)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 家いえを​つくり候そうろふ​とも、 *つぶり​だに​ぬれ1317ず​は、 なに​とも​か​とも0603つくる​べし。 万ばん事じ過か分ぶんなる​こと​を御おんきらひ候そうろふ。 衣い装しょう等とうに​いたる​まで​も、 よき​もの着きん​と思おもふ​は​あさましき​こと​なり。 冥みょう加がを存ぞんじ、 ただ仏法ぶっぽうを心こころに​かけ​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(260)

一 ^▼おなじく仰おおせ​られ候そうろふ。 いかやう​の人ひとにて候そうろふ​とも、 *仏法ぶっぽうの家いえに奉公ほうこう申もうし候そうらは​ば、 昨日きのうまで​は他た宗しゅうにて候そうろふ​とも、 今日きょうは​はや仏法ぶっぽうの御ご用ゆうと​こころう​べく候そうろふ。 たとひ*あきなひ​を​する​とも、 仏法ぶっぽうの御ご用ゆうと心こころ得うべき​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(261)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 雨あめも​ふり、 また*炎天えんてんの時じ分ぶんは、 つとめ​ながながしく仕つかまつり候そうらは​で、 はやく仕つかまつり​て、 *人ひとを​たた​せ候そうろふ​が​よく候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 これ​も御お慈悲じひにて、 人々ひとびとを御おんいたはり候そうろふ。 大だい慈じ大だい悲ひの御おんあはれみ​に候そうろふ。 つねづね​の仰おおせ​には、 御おん身みは人ひとに御おんしたがひ候そうらひ​て、 仏法ぶっぽうを御おんすすめ候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒との身みにて御ぎょ意いの​ごとくなら​ざる​こと、 *なかなか​あさましき​こと​ども、 なかなか*申もうす​も​こと​おろかに候そうろふ​と​の義ぎに候そうろふ。

(2621318)

一 ^▼将しょう軍ぐん家け *義尚よしひさ より​の義ぎにて、 *加か州しゅう一国いっこくの一いっ揆き、 御ご門もん徒とを放はなさ​る​べき​と​の義ぎにて、 *加か0604州しゅう居きょ住じゅう候そうろふ御ご兄きょう弟だい衆しゅうをも​めし​のぼせ​られ候そうろふ。 その​とき前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 加か州しゅうの衆しゅうを門もん徒と放はなす​べき​と仰おおせ​いださ​れ候そうろふ​こと、 御おん身みを​きら​るる​より​も​かなしく思おぼし召めし候そうろふ。 なにごと​をも​しら​ざる尼あま入にゅう道どうの類たぐいの​こと​まで思おぼし召めさ​ば、 なに​とも御ご迷惑めいわくこの​こと​に極きわまる​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒とを*やぶら​るる​と申もうす​こと​は、 一段いちだん、 善ぜん知ぢ識しきの御おんうへ​にて​も​かなしく思おぼし召めし候そうろふ​こと​に候そうろふ。

(263)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒と衆しゅうの*はじめて物ものを​まゐらせ候そうろふ​を、 他た宗しゅうに出いだし候そうろふ義ぎあしく候そうろふ。 一いち度ども二度にども受用じゅようせしめ候そうらひ​て、 出いだし候そうらひ​て​しかるべき​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。 かくのごとく​の子し細さいは存ぞんじ​も​よら​ぬ​こと​にて候そうろふ。 いよいよ仏法ぶっぽうの御ご用ゆう、 御ご恩おんを​おろそかに存ぞんず​べき​こと​にて​は​なく候そうろふ。 驚おどろき入いり候そうろふ​と​の​こと​に候そうろふ。

(264)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼう、 大坂おおざか殿どのへ下くだら​れ候そうろふ​ところ​に、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 *御ご往おう1319生じょう候そうろふ​とも、 十じゅう年ねんは生いく​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ​ところ​に、 なにかと申もうさ​れ、 *おしかへし、 生いく​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ​ところ、 御ご往おう生じょうありて一年いちねん存命ぞんめい候そうろふ​ところ​に、 法ほう敬きょうに​ある人ひと仰おおせ​られ候そうろふ​は、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ​に​あひ​まうし​たる​よ。 そのゆゑは、 一年いちねんも存命ぞんめい候そうろふ​は、 命いのちを前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にんより御おんあたへ候そうろふ​こと0605にて候そうろふ​と仰おおせ候そうらへ​ば、 まことに*さ​にて御おん入いり候そうろふ​とて、 手てを​あはせ、 ありがたき​よし​を申もうさ​れ候そうろふ。 それ​より後のち、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ​ごとく、 十じゅう年ねん存命ぞんめい候そうろふ。 まことに冥みょう加がに叶かなは​れ候そうろふ。 不ふ思議しぎなる人ひとにて候そうろふ。

(265)

一 ^▼毎まい事じ無む用ようなる​こと​を仕つかまつり候そうろふ義ぎ、 冥みょう加がなき​よし、 *条々じょうじょう、 いつ​も仰おおせ​られ候そうろふ​よし​に候そうろふ。

(266)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 *物ものを​きこしめし候そうろふ​にも、 如来にょらい・聖しょう人にん (親鸞) の御ご恩おんにて​ましまし候そうろふ​を御おん忘わすれ​なし​と仰おおせ​られ候そうろふ。 一口ひとくちきこしめし​ても、 思おぼし召めし​いださ​れ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2671320)

一 ^▼御ご膳ぜんを御ご覧らんじ​ても、 *人ひとの食くは​ぬ飯めしを食くふ​こと​よ​と思おぼし召めし候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 物ものを​すぐに​きこしめす​こと​なし。 ただ御ご恩おんの​たふとき​こと​を​のみ思おぼし召めし候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(268)

一 ^▼*享きょう禄ろく二に年ねん十じゅう二に月がつ十じゅう八日はちにちの夜よ、 兼縁けんえん夢ゆめに、 蓮如れんにょ上しょう人にん、 御お文ふみを​あそばし下くださ​れ候そうろふ。 その御おん詞ことばに、 梅干うめぼしの​たとへ候そうろふ。 梅干うめぼしの​こと​を​いへ​ば、 みな人ひとの口くち一同いちどうに酸すし。 一いち味みの安心あんじんは​かやうに​ある​べき​なり。 「▲同一どういつ念仏ねんぶつ無む別道べつどう故こ」 (論註・下) の心こころにて候そうらひ​つる​やう0606に​おぼえ候そうろふと云うん々ぬん。

(269)

一 ^▼仏法ぶっぽうを好すか​ざる​が​ゆゑに嗜たしなみ候そうらは​ず​と、 *空善くうぜん申もうさ​れ候そうらへ​ば、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​は、 好このま​ぬ​は嫌きらふ​にて​は​なき​か​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(270)

一 ^▼*不ふ法ほうの人ひとは仏法ぶっぽうを*違い例れいに​する​と仰おおせ​られ候そうろふ。 仏法ぶっぽうの御ご讃嘆さんだんあれば、 あら気きづまり​や、 *疾とく​はて​よ​かし​と思おもふ​は、 違い例れいに​する​にて​は​なき​か​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2711321)

一 ^▼前ぜん住じゅう様 (実如) 御ご病中びょうちゅう、 *正しょう月がつ二に十じゅう四よっ日かに仰おおせ​られ候そうろふ。 前々ぜんぜん住じゅう (蓮如) の早々そうそうわれ​に来こい​と、 左ひだりの御おん手てにて御おんまねき候そうろふ。 あら​ありがた​や​と、 くりかへし​くりかへし仰おおせ​られ候そうらひ​て、 御お念仏ねんぶつ御おん申もうし候そうろふ​ほどに、 おのおの*御おん心こころたがひ候そうらひ​て、 かやうに​も仰おおせ候そうろふ​と存ぞんじ候そうらへ​ば、 その義ぎにて​は​なく​して、 御おんまどろみ候そうろふ御夢おんゆめに御ご覧らんぜ​られ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうろふ​ところ​にて、 みなみな安あん堵ど候そうらひ​き。 これ​また*あらたなる御事おんことなり​と云うん々ぬん。

(272)

一 ^▼*おなじき二に十じゅう五ご日にち、 兼けん誉よ・兼縁けんえんに対たいせ​られ仰おおせ​られ候そうろふ。 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) *御世みよを譲ゆずり​あそばさ​れ​て0607以い来らいの​こと​ども、 種々しゅじゅ仰おおせ​られ候そうろふ。 *御ご一身いっしんの御ご安心あんじんの​とほり仰おおせ​られ、 一念いちねんに弥陀みだを​たのみ​まうし​て往おう生じょうは一いち定じょうと思おぼし召めさ​れ候そうろふ。 それ​につきて、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) の御ご恩おんにて、 今日まで​われと思おもふ心こころを​もち候そうらは​ぬ​が​うれしく候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 まことに​ありがたく​も、 また​は驚おどろき​いり​まうし候そうろふ。 われ、 人ひと、 かやうに心こころ得えまうし​て​こそ​は、 他た力りきの信心しんじん決けつ定じょう申もうし​たる​にて​は​ある​べく候そうろふ。 いよいよ一いち大だい事じの御おんこと​に候そうろふ。

(2731322)

一 ^▼¬*嘆徳たんどくの文もん¼ に、 ▲親鸞しんらん聖しょう人にんと申もうせ​ば、 その*恐おそれ​ある​ゆゑに、 祖師そし聖しょう人にんと​よみ候そうろふ。 また開山かいさん聖しょう人にんと​よみ​まうす​も、 おそれ​ある子し細さいにて御おん入いり候そうろふと云うん々ぬん。

(274)

一 ^▼ただ 「聖しょう人にん」 と*直じきに申もうせ​ば、 聊りょう爾じなり。 「この聖しょう人にん」 と申もうす​も、 聊りょう爾じか。 「開山かいさん」 と​は、 略りゃくし​ては申もうす​べき​か​と​の​こと​に候そうろふ。 ただ 「開山かいさん聖しょう人にん」 と申もうし​て​よく候そうろふ​と云うん々ぬん。

(275)

一 ^▼¬嘆徳たんどくの文もん¼ に、 「▲以もって弘ぐ誓ぜいに託たくす」 と申もうす​こと​を、 「以もって」 を抜ぬき​ては​よま​ず候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2760608)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 堺さかいの御ご坊ぼうに御座ござの時とき、 兼けん誉よ御おんまゐり候そうろふ。 御み堂どうにおいて卓しょくの​うへ​に御お文ふみを​おか​せ​られ​て、 一人いちにん二に人にん 乃至 五ご人にん十じゅう人にん、 まゐら​れ候そうろふ人々ひとびとに対たいし、 御お文ふみを​よま​せ​られ候そうろふ。 その夜よ、 蓮如れんにょ上しょう人にん御おん物語ものがたり​の時とき仰おおせ​られ候そうろふ。 この​あひだ面白おもしろき​こと​を思おもひ​いだし​て候そうろふ。 つね​に御お文ふみを一人いちにんなり​とも来きたら1323ん人ひとにも​よま​せ​て​きか​せ​ば、 *有う縁えんの人ひとは信しんを​とる​べし。 この​あひだ面白おもしろき​こと​を思し案あんし​いだし​たる​と、 くれぐれ仰おおせ​られ候そうろふ。 さて御お文ふみ肝要かんようの御おんこと​と、 いよいよ​しら​れ候そうろふ​と​の​こと​と仰おおせ​られ候そうろふ​なり。

(277)

一 ^▼今こん生じょうの​こと​を心こころに入いるる​ほど、 仏法ぶっぽうを心腹しんぷくに入いれ​たき​こと​にて候そうろふ​と、 人ひと申もうし候そうらへ​ば、 世せ間けんに*対様たいようして申もうす​こと​は*大様おおようなり。 ただ仏法ぶっぽうを​ふかく​よろこぶ​べし​と云うん々ぬん。
^▼また​いはく、 一日いちにち一日いちにちに仏法ぶっぽうは​たしなみ候そうろふ​べし。 *一いち期ごと​おもへ​ば*大たい儀ぎなり​と、 人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 また​いはく、 大たい儀ぎなる​と思おもふ​は不ふ足そくなり。 人ひととして命いのちは​いかほど​も​ながく候そうらひ​ても、 あか​ず​よろこぶ​べき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(278)

一 ^▼坊ぼう主ずは人ひとを​さへ勧かん化けせ​られ候そうろふ​に、 わが身みを勧かん化けせ​られ​ぬ​は​あさましき​こと​なり​と云うん々ぬん。

(2790609)

一 ^▼道どう宗しゅう、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) へ*御お文ふみ申もうさ​れ候そうらへ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 文ふみは​とり​おとし候そうろふ​こと​も候そうろふ​ほどに、 ただ心こころに信しんを​だに​も​とり候そうらへ​ば、 おとし候そうらは​ぬ1324よし仰おおせ​られ候そうらひ​し。 また​あくる年とし、 あそばさ​れ​て、 下くださ​れ候そうろふ。

(280)

一 ^▼法ほう敬きょう坊ぼう申もうさ​れ候そうろふ。 仏法ぶっぽうを​かたる​に、 *志こころざしの人ひとを​まへ​に​おき​て語かたり候そうらへ​ば、 力ちからが​ありて申もうし​よき​よし申もうさ​れ候そうろふ。

(281)

一 ^▼信しんも​なく​て大だい事じの聖教しょうぎょうを所しょ持じの人ひとは、 をさなき​もの​に剣つるぎを持もた​せ候そうろふ​やう​に思おぼし召めし候そうろふ。 そのゆゑは、 剣つるぎは重ちょう宝ほうなれども、 をさなき​もの持もち候そうらへ​ば、 手てを切きり怪我けがを​する​なり。 持もち​て​よく候そうろふ人ひとは重ちょう宝ほうに​なる​なり​と云うん々ぬん。

(282)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 ただ​いま​なり​とも、 われ、 死しね​と​いは​ば、 死しぬる​もの​は​ある​べく候そうろふ​が、 信しんを​とる​もの​は​ある​まじき​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2830610)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん、 大坂おおざか殿どのにて​おのおの​に対たいせ​られ​て仰おおせ​られ候そうろふ。 一念いちねんに凡ぼん夫ぶの往おう生じょうを​とぐる​こと​は*秘事ひじ・秘ひ伝でんにて​は​なき​か​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2841325)

一 ^▼御ご普ふ請しん・御ご造作ぞうさくの時とき、 法ほう敬きょう申もうさ​れ候そうろふ。 *なに​も不ふ思議しぎに、 御ご眺ちょう望ぼう等とうも御お上じょう手ずに御座ござ候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうらへ​ば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 われ​は​なほ不ふ思議しぎなる​こと​を知しる。 凡ぼん夫ぶの仏ぶつに成なり候そうろふ​こと​を知しり​たる​と仰おおせ​られ候そうろふ​と。

(285)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 善ぜん従じゅうに*御おんかけ字じを​あそばさ​れ​て、 下くださ​れ候そうろふ。 その後のち善ぜん従じゅうに御おん尋たずね候そうろふ。 以い前ぜん書かき​つかはし候そうろふ物ものをば​なにと​し​たる​と仰おおせ​られ候そうろふ。 善ぜん従じゅう申もうさ​れ候そうろふ。 *表ひょう補絵ぼえ仕つかまつり候そうらひ​て、 箱はこに入いれ置おき​まうし候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうろふ。 その​とき仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​は*わけ​も​なき​こと​を​し​たる​よ。 不ふ断だんかけ​て​おき​て、 その​ごとく*心こころね​なせ​よ​といふ​こと​で​こそ​あれ​と仰おおせ​られ候そうろふ。

(286)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 *これ​の内うちに居いて聴ちょう聞もん申もうす身みは、 *とり​はづし​たら​ば仏ぶつに*成なら​ん​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 ありがたき仰おおせ​に候そうろふ。

(2870611)

一 ^▼仰おおせ​に​いはく、 坊ぼう主ず衆しゅ等らに対たいせ​られ仰おおせ​られ候そうろふ。 坊ぼう主ずといふ​もの​は大罪だいざい人にん1326なり​と仰おおせ​られ候そうろふ。 その時ときみなみな*迷惑めいわく申もうさ​れ候そうろふ。 さて仰おおせ​られ候そうろふ。 罪つみが​ふかけれ​ば​こそ、 阿あ弥陀みだ如来にょらいは御おんたすけ​あれ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(288)

一 ^▼毎日まいにち毎日まいにちに、 御お文ふみの御ご金言きんげんを聴ちょう聞もんさせ​られ候そうろふ​こと​は、 宝たからを御おん賜たまわり候そうろふ​こと​に候そうろふ​と云うん々ぬん。

(289)

一 ^▼開山かいさん聖しょう人にん (親鸞) の御ご代だい、 *高たか田だの 二に代だい *顕けん智ち上じょう洛らくの時とき、 申もうさ​れ候そうろふ。 今こん度どは*すでに御おん目めに​かかる​まじき​と存ぞんじ候そうろふ​ところ​に、 不ふ思議しぎに御おん目めに​かかり候そうろふ​と申もうさ​れ候そうらへ​ば、 それ​は​いかに​と仰おおせ​られ候そうろふ。 舟ふな路じに難風なんぷうに​あひ、 *迷惑めいわく仕つかまつり候そうろふ​よし申もうさ​れ候そうろふ。 ▼聖しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​ならば、 船ふねには乗のら​る​まじき​ものを​と仰おおせ​られ候そうろふ。 その後のち、 *御おん詞ことばの末すえにて候そうろふ​とて、 一いち期ご、 舟ふねに乗のら​れ​ず候そうろふ。
^▼また*茸くさびらに酔えひ​まうさ​れ、 御おん目めに遅おそく​かから​れ候そうらひ​し​とき​も、 かくのごとく仰おおせ​られ​し​とて、 一いち期ご受用じゅようなく候そうらひ​し​と云うん々ぬん。 かやうに仰おおせ​を信しんじ、 ちがへ​まうす​まじき​と存ぞんぜ​られ候そうろふ​こと、 まことに​ありがたき殊しゅ勝しょうの覚かく悟ごと​の義ぎに候そうろふ。

(2901327)  0612

一 ^▼身みあたたかなれ​ば、 眠ねぶり気けさし候そうろふ。 あさましき​こと​なり。 その覚かく悟ごにて身みをも​すずしく​もち、 眠ねぶり​を​さます​べき​なり。 身み随ずい意いなれば、 仏法ぶっぽう・*世せ法ほうともに​おこたり、 *無ぶ沙汰さた・油ゆ断だんあり。 この義ぎ一いち大だい事じなり​と云うん々ぬん。

(291)

一 ^▼信しんを​え​たらば、 同どう行ぎょうに​あらく物ものも申もうす​まじき​なり、 心こころ和やわらぐ​べき​なり。 ▲触光そくこう柔にゅう軟なんの願がん (第三十三願) あり。 また信しんなけれ​ば、 *我がに​なり​て詞ことばも​あらく、 諍あらそひ​も​かならず出いでくる​ものなり。 あさまし​あさまし、 よくよく​こころう​べし​と云うん々ぬん。

(292)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如)、 北国ほっこくの​さる御ご門もん徒との​こと​を仰おおせ​られ候そうろふ。 *なにとして​ひさしく上じょう洛らくなき​ぞ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 *御ご前ぜんの人ひと申もうさ​れ候そうろふ。 さる御方おんかたの御ご*折檻せっかん候そうろふ​と申もうさ​れ候そうろふ。 その時とき御ご機き嫌げんもつてのほか悪あしく候そうらひ​て、 仰おおせ​られ候そうろふ。 開山かいさん聖しょう人にん (親鸞) の御ご門もん徒とを​さやうに​いふ​もの​は​ある​べから​ず。 御おん身み一ひと人り聊りょう爾じには思おぼし召めさ​ぬ​ものを、 なにたる​もの​が​いふ​べき​とも、 *とくとく​のぼれ​と​いへ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(2931328)

一 ^▼*前ぜん住じゅう上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒と衆しゅうを​あしく申もうす​こと、 ゆめゆめ​ある​まじき​なり。 ▲開山かいさん (親鸞) は0613御おん同どう行ぎょう・御おん同朋どうぼうと御おん*かしづき候そうろふ​に、 聊りょう爾じに存ぞんずる​は​くせごと​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ。

(294)

一 ^▼開山かいさん聖しょう人にんの一いち大だい事じの御お客きゃく人じんと申もうす​は、 御ご門もん徒と衆しゅうの​こと​なり​と仰おおせ​られ​し​と云うん々ぬん。

(295)

一 ^▼御ご門もん徒と衆しゅう上じょう洛らく候そうらへ​ば、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ。 *寒天かんてんには御ご酒しゅ等とうの​かん​を​よく​させ​られ​て、 *路次ろしの寒さむさ​をも忘わすら​れ候そうろふ​やう​に​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また炎天えんてんの時ときは、 酒さけなど冷ひやせ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 御おん詞ことばを​くはへ​られ候そうろふ。 また、 御ご門もん徒との上じょう洛らく候そうろふ​を、 遅おそく*申もうし入いれ候そうろふ​こと​くせごと​と仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご門もん徒とを​また​せ、 おそく対面たいめんする​こと​くせごと​の​よし仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(296)

一 ^▼万ばん事じにつきて、 よき​こと​を思おもひ​つくる​は御ご恩おんなり、 悪あしき​こと​だに思おもひ捨すて​たる​は御ご恩おんなり。 捨すつる​も取とる​も、 いづれ​も​いづれ​も御ご恩おんなり​と云うん々ぬん。

(2971329)

一 ^▼前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) は御ご門もん徒との*進しん上じょう物もつをば、 御おん衣ころもの​した​にて御おん拝おがみ候そうろふ。 また仏ぶつの物ものと思おぼし召めし候そうらへ​ば、 御ご自じ身しんの召めし物ものまで​も、 御足おんあしに​あたり候そうらへ​ば、 御おんいただき候そうろふ。 御ご門もん徒との0614進しん上じょう物もつ、 すなはち聖しょう人にん (親鸞) より​の御おんあたへ​と思おぼし召めし候そうろふ​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(298)

一 ^▼仏法ぶっぽうには、 万よろず*かなしき​にも、 *かなは​ぬ​につけて​も、 なにごと​につけて​も、 後ご生しょうのたすかる​べき​こと​を思おもへ​ば、 よろこび​おほき​は仏恩ぶっとんなり​と云うん々ぬん。

(299)

一 ^▼仏法ぶっぽう者しゃに​なれ近ちかづき​て、 損そんは一ひとつ​も​なし。 なにたる​をかしき​こと、 *狂きょう言げんにも、 是非ぜひとも心底しんていには仏法ぶっぽうある​べし​と思おもふ​ほどに、 わが方かたに徳とくおほきなり​と云うん々ぬん。

(300)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 権ごん化けの再誕さいたんといふ​こと、 その証しょうおほし。 △まへに​これ​を​しるせ​り。 御ご詠えい歌かに、 「▼かたみ​には六ろく字じの御名みなを​のこし​おく なから​ん​あと​の​かたみ​とも​なれ」 と候そうろふ。 弥陀みだの化け身しんと​しら​れ候そうろふ​こと歴然れきぜんたり。

(3011330)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 細々さいさい*御ご兄きょう弟だい衆しゅう等らに御足おんあしを御見おみせ候そうろふ。 御おんわらぢ​の緒おくひ入いり、 *きらりと御おん入いり候そうろふ。 かやうに京きょう・田舎いなか、 御ご自じ身しんは御ご辛労しんろう候そうらひ​て、 仏法ぶっぽうを仰おおせ​ひらか​れ候そうろふ​よし仰おおせ​られ候そうらひ​し​と云うん々ぬん。

(3020615)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 悪人あくにんの​まね​を​す​べき​より、 信心しんじん決けつ定じょうの人ひとの​まね​を​せよ​と仰おおせ​られ候そうろふ云うん々ぬん。

(303)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん御ご病中びょうちゅう、 大坂おおざか殿どのより御ご上じょう洛らくの時とき、 *明応めいおう八はち、 二に月がつ十じゅう八日はちにち、 *さんば​の浄じょう賢けん ˆのˇ 処ところにて、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) へ対たいし御おん申もうし​なさ​れ候そうろふ。

^御ご一いち流りゅうの肝要かんようをば、 御お文ふみに​くはしく​あそばし​とどめ​られ候そうろふ​あひだ、 いま​は申もうし​まぎらかす​もの​も​ある​まじく候そうろふ。 この分ぶんを​よくよく御おん心こころ得えあり、 御ご門もん徒と中ちゅうへ​も仰おおせ​つけ​られ候そうらへ​と御ご遺言ゆいごんの​よし​に候そうろふ。 しかれば、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) の御ご安心あんじんも御お文ふみの​ごとく、 また諸国しょこくの御ご門もん徒とも、 御お文ふみの​ごとく信しんを​え​られ​よ​と​の*支し証しょうの​ため​に、 *御ご判はんを​なさ​れ候そうろふ​こと​と云うん々ぬん。

(3041331)

一 ^▼*存覚ぞんかくは*大だい勢せい至しの化け身しんなり​と云うん々ぬん。 しかるに ¬*六要ろくよう鈔しょう¼ には *三心さんしんの字じ訓くんその​ほか、 「▲勘得かんとくせず」 と​あそばし、 「▲聖しょう人にん (親鸞) の宏才こうさい仰あおぐべし」 と候そうろふ。 権ごん化けにて候そうらへ​ども、 聖しょう人にんの*御ご作分さくぶんを​かくのごとく​あそばし候そうろふ。 まことに聖しょう意いはかり​がたき​むね​を​あらはし、 自じ力りきを​すて​て他た力りきを仰あおぐ本ほん意いにも叶かなひ​まうし候そうろふ物ものをや。 かやう​の​こと​が名めい誉よにて御おん入いり候そうろふ​と云うん々ぬん。

(3050616)

一 ^▼¬*註ちゅう¼ を御おんあらはし候そうろふ​こと、 御ご自じ身しんの*智解ちげを御おんあらはし候そうらは​んがために​て​は​なく候そうろふ。 御おん詞ことばを*褒ほう美びの​ため、 *仰ぎょう崇そうの​ため​にて候そうろふ​と云うん々ぬん。

(306)

一 ^▼存覚ぞんかく御ご辞じ世せいの御ご詠えいに​いはく、 「▼いま​は​はや一ひと夜よの夢ゆめと​なり​にけり 往ゆき来きあまた​の​かり​の​やど​やど」。 この言ことばを蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 さては釈しゃ迦かの化け身しんなり、 ▲往来おうらい娑しゃ婆ばの心こころなり​と云うん々ぬん。 わが身みに​かけ​て​こころえ​ば、 六道ろくどう輪りん廻ねめぐり​めぐり​て、 いま臨りん終じゅうの夕ゆうべ、 さとり​を​ひらく​べし​といふ心こころなり​と云うん々ぬん。

(307)

一 ^▼*陽よう気き・*陰いん気きとて​あり。 されば陽よう気きを​うる花はなは​はやく開ひらく​なり、 陰いん気きとて日ひ陰かげ1332の花はなは遅おそく咲さく​なり。 かやうに宿しゅく善ぜんも遅ち速そくあり。 されば*已い今当こんとうの往おう生じょうあり。 弥陀みだの光こう明みょうに​あひ​て、 はやく開ひらくる人ひとも​あり、 遅おそく開ひらくる人ひとも​あり。 とにかくに、 信しん・不ふ信しんともに仏法ぶっぽうを心こころに入いれ​て聴ちょう聞もん申もうす​べき​なり​と云うん々ぬん。 已い今当こんとうの​こと、 前々ぜんぜん住じゅう上しょう人にん (蓮如) 仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。 昨日きのうあらはす人ひとも​あり、 今日きょうあらはす人ひとも​あり​と仰おおせ​られ​しと云うん々ぬん。

(3080617)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 御ご廊ろう下かを御おんとほり候そうらひ​て、 紙かみ切きれ​の​おち​て候そうらひ​つる​を御ご覧らんぜ​られ、 *仏法ぶっぽう領りょうの物ものを*あだに​する​かや​と仰おおせ​られ、 両りょうの御おん手てにて御おんいただき候そうろふ​と云うん々ぬん。 総そうじて紙かみの切きれ​なんど​の​やう​なる物ものをも、 仏物ぶつもつと思おぼし召めし御おん用もちゐ候そうらへ​ば、 あだに御ご沙汰さたなく候そうろふ​の​よし、 前ぜん住じゅう上しょう人にん (実如) 御おん物語ものがたり候そうらひ​き。

(309)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 近年きんねん仰おおせ​られ候そうろふ。 御ご病中びょうちゅうに仰おおせ​られ候そうろふ​こと、 なにごと​も金言きんげんなり。 心こころを​とめ​て聞きく​べし​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(310)

一 ^▼御ご病中びょうちゅうに慶きょう聞もんを​めし​て仰おおせ​られ候そうろふ。 御おん身みには不ふ思議しぎなる​こと​ある​を、 気き1333を​とりなほし​て仰おおせ​らる​べき​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(311)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 世せ間けん・仏法ぶっぽうともに、 人ひとは*かろがろ​と​し​たる​が​よき​と仰おおせ​られ候そうろふ。 黙もくし​たる​もの​を御おんきらひ候そうろふ。 物ものを申もうさ​ぬ​が​わろき​と仰おおせ​られ候そうろふ。 また*微び音おんに物ものを申もうす​を​わろし​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(3120618)

一 ^▼おなじく仰おおせ​に​いはく、 仏法ぶっぽうと*世せ体たいと​は嗜たしなみ​に​よる​と、 対つい句くに仰おおせ​られ候そうろふ。
^また法門ほうもんと庭にわの松まつと​は*いふ​に*あがる​と、 これ​も対つい句くに仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

(313)

一 ^▼*兼縁けんえん、 堺さかいにて、 蓮如れんにょ上しょう人にん御ご存ぞん生しょうの時とき、 *背せ摺ずり布ぬのを買得ばいとくあり​けれ​ば、 蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせ​られ候そうろふ。 かやう​の物ものは​わが方かたにも​ある​ものを、 無む用ようの買かひごと​よ​と仰おおせ​られ候そうろふ。 兼縁けんえん、 *自じ物もつにて​とり​まうし​たる​と答こたへ​まうし候そうろふ​ところ​に、 仰おおせ​られ候そうろふ。 それ​は​わが物ものか​と仰おおせ​られ候そうろふ。 ことごとく仏物ぶつもつ、 如来にょらい・聖しょう人にん (親鸞) の御ご用ゆうに​もるる​こと​は​あるまじく候そうろふ。

(3141334)

一 ^▼蓮如れんにょ上しょう人にん、 兼縁けんえんに物ものを下くださ​れ候そうろふ​を、 冥みょう加がなき​と御ご辞じ退たい候そうらひ​けれ​ば、 仰おおせ​られ候そうろふ。 つかはさ​れ候そうろふ物ものをば、 ただ取とり​て信しんを​よく​とれ。 信しんなく​は冥みょう加がなき​とて仏ぶつの物ものを受うけ​ぬ​やう​なる​も、 それ​は*曲きょくも​なき​こと​なり。 *われ​する​と​おもふ​か​とよ。 皆みな御ご用ゆうなり。 なにごと​か御ご用ゆうに​もるる​こと​や候そうろふ​べき​と仰おおせ​られ候そうろふ​と云うん々ぬん。

                           *実如じつにょ (御判)

蓮れん0619如にょ上しょう人にん御ご一代いちだい記き聞書ききがき 末まつ

 

底本は真宗法要所収本ˆ浄聖全と同一ˇ。
月かげの… 法然ほうねん上人の歌。 ¬続ぞく千載せんざい集しゅう¼ 所収。 月かげは月の光の意。
是非におよばず 是非の判断を超えている。 いいようがない。
順讃 →巡じゅん讃さん
あげば 調声する番。
覚善又四郎 底本に 「覚善と又四郎」 とあるのを改めた。 底本では二人の名のようにみえるが、 覚善も又四郎も同一人物の名である。 →覚善かくぜん
妙願力 すぐれた本願の力。 「名願力」 とする異本もある。
あそばされて ここではお書きになってという意。
福田寺 福田寺の琮そう俊しゅん。
まゐらせん (勤行の功く徳どくを) さしあげよう。
御一流 ここでは浄土真宗を指す。
ききつくる 聞いて知る。 聞いて理解する。
あかつき八時 午前二時頃。
大津近松殿 蓮れん淳じゅん師のこと。
富田殿 摂せっ津つ富とん田だの教行きょうぎょう寺じをいう。
誓願寺 誓願寺の了りょう祐ゆう。 あるいは能の曲目 「誓願寺」 を指すか。。
上り下り 上洛と下向。
おもしろや よろこばしいことよ。
南旡 親鸞聖人は南無の 「無」 の字は古字の 「旡」 を用いられた。
泥 金粉を膠にかわ水みずにときまぜた絵具。
能 役目。 はたらき。
世のなかに… 以下は ¬空くう善ぜん聞書ききがき¼ ¬蓮如上人御一期記¼ では別の条になっている。
あまのこころ 出家して尼になりたいという心。
妻うしのつのは… 牝牛の角は曲がっているけれども、 それはそれでよい。
御影 掛軸装の肖像。
御免 授与して安置を許すこと。
御影の正本 「安あん城じょうの御ご影えい」 のことか。
みづからの御筆にて… 御影像の上下にある讃文は親鸞聖人の御真筆であるという意。
たね 因種。 原因。
後室 ここでは浅井氏の先代の夫人。
取りみだし 忙しくすること。
無き分なり 無いのと同じである。
たのむこころ 阿弥陀仏におまかせする信心のこと。
身をすてて 身分や地位の違いを問わず。
おのおの…をば ¬空善くうぜん聞きき書がき¼ には 「平座にてみなと同座するは」、 ¬蓮如上人御一期記¼ には 「平座にておのおのと同座するは」 とある。
不審のあつかひどもにて どう理解すればよいのか思い悩む。 思い悩むのは蓮如上人の弟子たち。
機のあつかひ 本願の教示をさしおいて、 機 (救われるものとしての自己) の善悪のみをあげつらうこと。
美濃殿 慶きょう聞もん房の通称。
まかりいで候へ 退出しなさい。
一念のこと ここでは信心のいわれ。
在国 大坂に滞在すること。
御講 報恩ほうおん講こうのこと。
御堂の夜の宿衆 夜中御堂にとまって守護する人。
頭人 当番の人。
大坂殿 大坂の御坊。 後の石山いしやま本願ほんがん寺じ。
聖人 ここでは山科やましな本願寺の親鸞聖人の御影像。
御開山様… 親鸞聖人の御影像を安置している寺。
御本寺 御本山。
山科 山科やましな本願ほんがん寺じ。 蓮如上人が山城やましろ山科 (現在の教師山科区) に再興した本願寺。
こころざしの衆 仏法に志の篤い人々。
かど 肝要。 要点。 かなめ。
詮あるところ 肝要。 要点。 かなめ。
いさみの念仏 喜びいさんで称える仏恩報謝の念仏のこと。
無宿善の機 宿善のない者。 仏の教えを聞く機縁が熟していない者。
さてなり 駄目である。
罰 擯罰ひんばつ。 叱責。 きらいしりぞけること。
近松殿・光応寺殿 蓮れん淳じゅん師のこと。
境 境殿のこと。 →境さかい別院べついん
おして はりつけて。
善宗 下間しもつま光こう宗しゅうのこと。 玄英げんえいの第三子。 善宗は法名。
こころざし 懇こん志し。
わがものがほに存ずるか 文末の 「か」 を格助詞の 「が」 と解すれば、 「自分のものをさしあげるように思っているのが恥しい」 という意になる。 清音の場合には、 「自分のものと思っているのか、 恥しいことである」 という疑問・反語の意となる。
津国郡家の主計 摂せっ津つ郡家 (現在の大阪府高槻市) の妙円寺の開基。
よくめされ候ふ 立派になさることである。
まぎれまはる 紛れ回る。 信心を得ていないのに、 得たような顔をしてごまかすこと。
こころざしのひと 仏法に深く帰依きえする人。
ちかひ 「誓ちかい」 とする説と 「違ちがい」 とする説とがある。 本文では 「たしなみ」 に対比されているので、 「違」 すなわち過失、 誤りの意であろう。
他流 浄土真宗以外の宗派。
御本寺北殿 山科やましな本願寺の北殿。 蓮如上人隠居後、 実如じつにょ上人が住した。。
当機をかがみ… 相手のことをよく考え。
二俣 底本では 「役」。 現在の石川県金沢市二俣町にある本泉ほんせん寺じを指す。
小名号… 小名号は六つ切の小型の名号のこと。 小名号をいただきたいという同行たちの申し出を兼縁 (蓮れん悟ご) 師が取り次いだ。
堺の日向屋 和泉いずみ堺 (現在の大阪府堺市) の富豪。
かやうにて… これでよろしいでしょうか。
不信 信心を得ることができない。 疑いがはれない。
まぎれて… ごまかしたまま死んでしまうような人。
鍛冶番匠 鍛冶屋と大工。
物 礼物。
なかなか もちろん。 いかにも。
なにたるものなりとも どんなものでも。
朝夕 ここでは日々の食事の意。
噛むとはしるとも… 噛みしめ味わうことを教えても、 鵜呑みにすることを教えてはならない。
徳分 得るところ。 ためになること。
うりごころ 人に法を説いてその見返りを期待する心。
おそろしく… 恐れ多いことだと心得なければならない。
別義 特別な教え。
凡夫往生 煩悩ぼんのうを断ち切ることができない者が、 阿弥陀仏の浄土に往き生れること。
信不信 信心を得た者と得ていない者。
節はかせ 声明しょうみょう (仏教の儀式音楽) の節の長短高低の定め。
とりつめ ここでの 「とりつむ」 は叱るの意。
一向にわろき人 (仏法を) 全く知らない人。
ひてておく 浸しておく。
くれくれ くり返しくり返し読め。
句面のごとく 文面にあらわれている通り。
口業 ここでは口く伝でんのこと。
私にして会釈すること 自分勝手に解釈すること。
独覚心 自分一人のさとりで満足するような心。
承引 承知すること。
自信教人信の… 第九五条の標示ととる説もある。
世間機 世俗的な心持ち。
時宜しかるべきは… 何でもうまくこなしてそつがない人を立派な人だというが。
心をおく 気をつける。
便り たより。
片目… →補註5
君 主君。
果後の方便 久く遠おんの昔に成仏した阿弥陀仏が、 衆しゅ生じょうを救うためのてだてとして、 法蔵ほうぞう菩薩の発願ほつがん修行、 十劫じっこうの昔の成じょう道どうの相を示したことをいう。
身をばまるめたる その身を包まれている。
丹後法眼蓮応 下間しもつま頼玄らいげんのこと。 「蓮応」 は底本では 「蓮慈」。
賞翫 ほめること。
御影を申す 御影像の交付を本山に願い出ること。
手をささぬ 手を加えない。
下としたる人 目下の人。
木の皮をきるいろめ 木の皮を編んで身にまとうような貧しい身なり。
なわびそ 悲しく思うな。 気落ちするな。
かがみ 鑑かんがみ。 よく考え。
老の皺をのべ候ふ 非常によろこばしく気持ちの晴々とするさまをいう。
事態 能狂言のしぐさの意か。 「事能」 とする異本もある。
天王寺土塔会 天王寺は四天王寺 (大阪市天王寺区) の略称。 同寺南大門の前に牛頭ごず天王てんのうをまつった社やしろがあり、 毎年四月十五日にその祭礼が行われた。
記 底本は 「記」 の字を欠く。
御兄弟 蓮如上人の子息たちのこと。
寄合ひ 村落などでの会合のこと。 講の別称としても用いられる。 ここでは法談のために集合すること。
意巧に 各自の都合のよいように。 各自の好むように。
たとひなきことなりとも たとえ事実でないことであっても。
当座領掌すべし とりあえず受け入れるのがよい。
用心 ¬実じつ悟ご旧きゅう記き¼ では 「心用」 となっている。
威のおほきなること 勢いが盛んなこと。
心に…思ふ人 熱心であろうとする人。
すきこしらへもちたる人 すすんで求め持っている人。
心まめにて 心まじめに。
あらめなる 大まかなこと。
世間には… 世間ではあまり細かすぎるのはよくないというがという意であろう。
不断 たえず。 いつも。
御用 ここでは仏法を聴聞する縁を恵まれること。
初めたるやうに はじめて耳にするかのように。
名聞げに よい評判を求めているかのように。
冥慮 仏祖のおぼしめし。
冥見 仏祖がつねに衆しゅ生じょうをみていること
しげからんこと 冗長なこと。 繁雑なこと。
まゐらせ心 自分が積んだ善根ぜんごん功く徳どくを仏にさしむけようとする自力の回え向こう心しん。
眼耳鼻舌身意 六根ろっこんのこと。
仏智の心 仏の智慧ちえを頂いた心、 すなわち信心。
貪瞋痴 貪欲とんよくと瞋しん恚にと愚痴ぐち。
得手に 自分の都合のよいように。
御用物 おはたらきによって恵まれたもの。
額にあてよ 表にかかげて守れ。
端正 「端々はしばし」 とする異本もある。
迷惑 困ること。 ここでは主として経済的な困窮をいう。
御代 自分の生涯。
仰せたてられん ここではひろめようというほどの意。
この法師 蓮如上人が自身のことを指していう。
あそばされ候ふ ここでは書写されたという意。
かひがひしく 思いどおりに。
小者 召使。 名は竹若といったという。
紙絹に輻をさし 紙をもみ柔らげて柿渋を引いた紙子の着物の襟や袖に普通の布でへりをつけるという意。
引きごと 例をあげて説明すること。
きれば… ¬論語¼ 子し罕かん篇に 「仰之弥高鑽之弥堅 (これを仰げばいよいよ高く、 これを鑽きればいよいよ堅し)」 とある。
堅く 「輒たやすく」 とする異本がある。
世間のひまを闕きて 世間の用事をさしおいて。
上人 ここでは座に居合わせた目上の人、 長老格の人物。
あるもあられずして おるにおられず。
御作分 つくられたもの。 御制作になったもの。
理 ことわり。 道理。
情 我が執しゅう。 我情。
住持 住職。 ここでは本願寺住職。
御相続ありて 実如じつにょ上人に本願寺住職を譲ったことを指す。
大坂殿 大坂の御坊。 後の大坂石山いしやま本願ほんがん寺じ。
御ことば ここでは蓮如上人の教化のことば。
仏法だにもあらば 仏法を心得ている者でありさえすれば。
御座のうへに… ¬蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせの条々じょうじょう¼ (25) には 「御座敷のさをにかけられて置かれ候ひしなり」 とあり、 小袖を居間のさおに掛けて置かれたということ。
衣食ふ 着物を着、 食事をいただくこと。
おちば… 落ちるところのあることを知らない。
しのぎ 事を成し遂げること。 成就すること。
田上の了宗 摂せっ津つ (現在の大阪府) 田上に住んでいた人。 また、 加賀かが河北郡 (現在の石川県金沢市上田上、 下田上) 住んでいた人とする説もある。
あつかひ 話題にして語り合うこと。 あれこれ思いはからうこと。
多事 こみいった複雑な事がら。
村雀 群をなす雀。
退転 あともどりすること。 ここでは怠ることをいう。
仏恩にそなはる 仏恩を報謝したことになる。
思ひよらず 思いもよらず。
かわいや かわいそうなことだ。
のうれん 暖の簾れん。
一通り あらまし。 一部始終。
信治定 信心が決けつ定じょうすること。 信心がたしかに定まること。
結句をきりて (迷いの世界の) 絆を断ち切ってというほどの意。
あしきさまなること 悪いと思われるようなこと。
われといふことあれば 自分こそがという我が執しゅうの心があるなら。
踏みかぶる 踏みはずして水たまりや穴などに落ち込むこと。
たしなまずは 心がけなければ。
さてあるまじき そのようなことはあるはずがない。
近江の湖 琵琶湖。
畏まりたる 承諾の意。 かしこまりました。
至りて きわめて。
穿つ 穴をあける。 つらぬく。
菩提の覚道 仏のさとり。
思ひすつる (なれるはずがないと) あきらめる。
おぼえざる 気づかない。 わからない。
段 とき。 場合。
人なみたるべし (われ先にものをいわないで) 人並みに振舞っておきなさい。
このあひだ この頃。
徒然 することがなくて退屈なさま。
野村殿 山科やましな本願ほんがん寺じのこと。 野村は現在の京都市山科区西野。
神無森 現在の京都市山科区小山神無森町。
二十五日 法然ほうねん上人の命日は一月二十五日。 なお、 善ぜん従じゅうは長亨二年 (1488)、 八十歳で没した。。
東山 ここでは京都東山の大谷おおたに本願ほんがん寺じを指す。
御出で候ひて 出てゆかれまして。 *寛正六年 (1465)、 延えん暦りゃく寺じ衆徒が大谷本願寺を破却し、 蓮如上人は大谷より避難した。 蓮如上人五十一歳。
一段 大変に。 たいそう。
御迷惑の体 お困りの様子。
二十五年 二十五回忌。
いろをたてきはを立て 心の内をはっきりと表に出して。
とが 悪いところ。 あやまち。 罪。
たくみ案じて うまく考えて。 うまく思案して。
細々 しばしば。 たびたび。
さとりのかたにして 現在のこの身でさとりを開いたようで。
密益 行者の表面に明らかにあらわれない利り益やく。 信心の徳としての利益をいう。 顕益に対する語。
徳大寺の唯蓮坊 徳大寺は京都の桂川の西にある地名。 ¬蓮如れんにょ上しょう人にん仰おおせの条々じょうじょう¼ には 「雲居寺の瞻西せんさい上人」 とある。 瞻西は平安後期の天台てんだい宗しゅうの僧侶。
ことわり いわれ。
雲居寺 京都東山にあった天台宗の寺。 八や坂さか東院とういんともいい洛東の大仏として有名であった。 現在の京都市東山区下河原町に旧跡がある。
いまの人 唯蓮坊のこと。
仏智の御方 仏の智慧ちえのおはたらき。
信のうへより 信心をいただいた上で。
御所作 おはたらき。
よみぢのさはり 死出の旅路のさまたげ。
あるいは ある時には。
心得た 人間の知解をもって理解できたと思っていることをいう。
つのらんよりほかは たよりとする以外。 おまかせする以外。
加州菅生 現在の石川県加賀市菅生。
坊主 蓮智を指す。
信が御入りなく… 信心がございませんので。
蓮智 加賀大聖寺荻生おぎゅう (現在の石川県加賀市大聖寺) の願成寺の住持。
願生 底本には 「願将」 とある。
復せずは 繰り返し読まなければ。
詮あるべからざる かいのあるはずがない。 益のあるはずがない。
御詞 ここでは蓮如上人の教化の言葉。
なせそ してはいけない。
不審 疑問を問いただすこと。
尼公 法敬坊の母を指すのであろう。
申し分にて 申すくらいのことで。 教えたくらいのことで。
かげにて 蓮如上人がいないところで。
御本寺御坊 御本寺は山科やましなの本願寺、 御坊は大坂などの坊舎を指す。
御留主 主人が不在の時、 その家を守ること。
受用 食べること。
御入りなき ございません。
威儀 ここでは外見をおごそかにすること。
御風呂 仏像や仏具を洗うのに用いる湯風呂。
御代 御歴代の宗主。
われら式のもの わたしたちのようなもの。
昵近のかたがた 親しく仕えていた人々。
あのうへ あの方。
違ひ候はでは 間違えないはずがない。
御もよほし 仏のうながし。
数奇たること 好きなこと。
世間へつかふ (仏のおかげで与えられたものを) 世間のことに使う。
いたづらにする むだにする。
上品 最上のこと。
わがこころ本になる 自分の心を中心にする。
冥加につきて 仏の加護から見放されてしまう。
御文を御申し候ふ 御文を書いていただきたいとお願いした。
むつかしき 難儀な。 わずらわしい。 めんどうな。
重宝の珍物 珍しい食べ物。
経営 接待のために奔走すること。 ここでは料理すること。
身をかろくもつべし わが身を軽くして報謝に努めなければならない。
宿善めでたしといふ 「めでたし」 はすばらしいの意。 宿善をわがもののように思って、 すばらしいということ。
宿善ありがたしと申す 阿弥陀仏より信心を得るよい因縁いんねんを与えていただいてありがたいと感謝すること。
群機 凡ぼん夫ぶ・聖しょう者じゃ、 善人・悪人、 賢者・愚者、 老少、 男女等さまざまな人すべて。 あらゆる人々。
仏法者 ここではみずから仏法を信じ、 他人をも教え導く人。
法の威力 仏法のすぐれた力。
いひたてず 述べ伝えて仏法を盛んにすることはない。
信心定得 信心をたしかに獲ぎゃく得とくすること。
是非なし とやかくいっても仕方がない。
人を殺し候ふこと ここでは死刑にすること。
蓮崇 底本に 「蓮宗」 とあるのを ¬実じつ悟ご旧きゅう記き¼ により改めた。 以下、 同様の措置をとった。
国をくつがへし ここでの国は加賀かが (現在の石川県南部) のこと。 文明六年 (1474)、 加賀守護の富と樫がし家に起った内紛に際し、 蓮崇が門徒の一揆を誘導した事件を指す。
御門徒をはなされ候ふ 破門となったという意。
御寺内へまゐり *明応八年 (1499) 三月、 山科やましな本願寺の蓮如上人の所へ赦免しゃめんを乞いに参上したことを指す。 蓮如上人八十五歳。
なほさう 許してやろう。
御兄弟以下 蓮如上人の子息たちなど寺内の人々。
御もらしなき 阿弥陀仏の本願は回え心しんの者をもらさず救うという意。
すぎられ候ふ 亡くなりました。 蓮崇れんそうは*明応八年 (1499) 三月二十八日に死去した。
あくかよ 満足できようか。
かまへて 必ず。
愚者三人に智者一人 三人集まるとよい知恵が浮ぶ。
冥加もなき 恐れ多い。 もったいない。
えつれば 得たなら。
一同 同じように。
御縁 庭に面した縁側。
物の数にてもなき 大したことではない。 取り立てていうほどもない。
ことのはもあるべからず 言葉ではいい表すことができない。
随分 精一杯。 全力を尽くしていること。
たふとむ人より… 「たふとむ人」 は法義を尊んでいるようにふるまう人、 「たふとがる人」 は法義をただありがたくよろこんでいる人の意であろう。
殊勝ぶりする人 ありがたそうにふるまう人。
ついたち障子 衝立。
大永六 1526年。 蓮如上人没後二十七年。
今の時分がよき時 今がよい機会。
ひがざま 間違ったふう。
秘極 ここではきわめて大切なという意。
権者 ここでは蓮如上人を指す。
平懐 無作法。 底本に 「平外」 とあるのを改めた。
つぶりだにぬれずは 頭さえ雨に濡れなければ。
仏法の家 浄土真宗の法義をよろこぶ家。
あきなひ 商売のことであるが、 ここではあらゆる職業をいう。
人をたたせ 参詣の人々を帰らせるのがよいといいう意。
なかなか 大変。
申すもことおろかに候ふ 言葉が足りない。
義尚 (1465-1489) 足利九代将軍。
加州一国の一揆 *長享二年 (1488) 六月九日、 加賀南半国の守護であった富と樫がし政親まさちかを高尾城に滅ぼした一向いっこう一いっ揆きのこと。
加州居住候ふ御兄弟衆 加賀を拠点としていた、 蓮如上人の次男蓮れん乗じょう (兼鎮) 師、 三男蓮綱れんこう (兼祐) 師、 四男蓮誓れんせい (康兼) 師のこと。
やぶらるる 破門なさる。
はじめて物をまゐらせ候ふ 初物を納める。
御往生候ふとも… わたしが往生してもあなたはその後十年は生きるであろう。
おしかへし 繰り返し。
さにて御入り候ふ そのようでございます。
条々 逐一の箇条。 一つ一つ。
物をきこしめし候ふ 食物をいただく。
人の食はぬ飯 仏祖からいただく飯、 すなわち御仏飯のこと。
不法の人 仏法を信じない人。
違例にする 病気のようにきらう。
疾くはてよかし 早く終わればよい。
御心たがひ お心が乱れ。
あらた ここでは尊い、 不思議なというほどの意。
御世 ここでは本願寺住職のこと。
御一身 実如上人御自身。
嘆徳の文 存覚ぞんかく上人の ¬嘆徳たんどく文もん¼ のこと。
恐れある (実名を口にすることになって) 恐れ多い。
直に じかに。 直接に。
御文申され候へば 御文を書いていただきたいとお願いしたところ。
志の人 仏法に志の篤い人。
秘事秘伝 深遠な教え。 深い教え。 ここでは秘事ひじ法ぼう門もんといわれる異義で用いられる秘事秘伝の語を逆手にとっている。
御普請御造作 普請・造作はともに建築すること。
なにも不思議に… 何もかも不思議なほど立派で、 ながめなども見事でございます。
御かけ字 掛軸にするための法語。
表補絵 表装。
わけもなきこと わけのわからないこと。 無意味なこと。
心ね 心持ち。
これの内に居て聴聞申す身 蓮如上人の側近くにいて仕え、 いつも仏法を聴聞している者。
とりはづしたらば (役目、 仕事という思いを) 忘れたならという意か。 あるいは (教えの趣旨を) 取りそこなってもという意か。
成らんよ ここでの 「ん」 は推量の助動詞。 なるであろうことよ。
御詞の末 仰せになったことの一つ。
茸に酔ひまうされ きのこの毒にあたって。
世法 世間のこと。
無沙汰油断 粗略で不注意なこと。
我になりて 自分中心の考え方になって。
御前の人 (蓮如上人の) お側の者。
前住上人 異本には 「前々住上人」 とある。 前々住上人とは蓮如上人のこと。
申し入れ ここでは取り次ぐこと。
進上物 贈物。 献上品。
かなしき →愛あい別べつ離り苦く
かなはぬ →求ぐ不ふ得とく苦く
狂言 ここではばかげた言葉、 たわごとの意。
御兄弟衆 蓮如上人の子息たち。
きらりと はっきりと。
さんばの浄賢 当時のさんば (三さん番ば) は大坂湾岸沿いの神崎川と中津川の三角州にあった。 浄賢は大坂定じょう専坊せんぼうの住職。
御判 花か押おう。 書判。
三心の字訓 本願に示される至心・信楽・欲生の三心の文字の解釈。
御作分 つくられたもの。 御制作になったもの。 ここでは ¬教行信証¼ を指す。
註 ¬六要ろくよう鈔しょう¼ のこと。
智解 学識。
あだにする 粗末にする。 無駄にする。
微音に 小さな声で。
世体 世間のこと。
いふ 「言ふ」 と 「結ふ」 (縄などで縛り、 形を整えること) との掛詞。
あがる ここでは値うちが出るという意。
背摺布 麻布に山藍で模様をすりこんでつくったかたびら。
自物 自分のもの。 自身の所有するお金のこと。
曲もなきこと つまらないこと。 おもしろくないこと。 すげないこと。
われするとおもふかとよ 私が与えると思うのか。