1383◎安あん1111心じん決けつ定じょう鈔しょう 本ほん

 

・総標

【1】 ◎浄じょう土ど真しん宗しゅうの行ぎょう者じゃは、 まづ本願ほんがんの​おこり​を存ぞん知じす​べき​なり。

・十八願肝要

弘ぐ誓せいは四し十じゅう八はちなれども、 第だい十じゅう八はちの願がんを本ほん意いと​す。 余よの四し十じゅう七しちは、 この願がんを信しんぜ​しめ​んがため​なり。

・¬礼讃¼

・願文を引く

【2】 この願がんを ¬*礼讃らいさん¼ に釈し​たまふ​に、 「▲若にゃく我が成じょう仏ぶつ 十方じっぽう衆しゅ生じょう 称しょう我が名みょう号ごう 下至げし十じっ声しょう 若にゃく不ふ生しょう者じゃ 不ふ取しゅ正しょう覚がく」 といへり。

・釈文和解

この文もんの​こころ​は、 「十方じっぽう衆しゅ生じょう、 願がん行ぎょう成じょう就じゅし​て往おう生じょうせば、 われ​も仏ぶつに成なら​ん。 衆しゅ生じょう往おう生じょうせず​は、 われ正しょう覚がくを取とら​じ」 と​なり。 かるがゆゑに、 仏ぶつの正しょう覚がくは、 われら​が往おう生じょうする​と​せざる​と​に​よる​べき​なり。

・詰問

しかるに十方じっぽう衆しゅ生じょういまだ往おう生じょうせざる​さき​に、 正しょう覚がくを成じょうずる​こと​は、 こころえ​がたき​こと​なり。

・一念同時

しかれども、 仏ぶつは衆しゅ生じょうに​かはり​て願がんと行ぎょうと​を円満えんまんし​て、 われら​が往おう生じょうを​すでに*したため​たまふ​なり。

十方じっぽう衆しゅ生じょうの願がん行ぎょう円満えんまんし​て、 往おう生じょう成じょう就じゅせ​し​とき、 *機き法ほう一体いったいの南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの正しょう覚がく1384を成じょうじ​たまひ​し​なり。 かるがゆゑに仏ぶつの正しょう覚がくの​ほか​は凡ぼん夫ぶの往おう生じょうは​なき​なり。

十方じっぽう衆しゅ生じょうの往おう生じょうの成じょう就じゅせ​し​とき、 仏ぶつも正しょう覚がくを成なる​ゆゑに、 仏ぶつの正しょう覚がく成なり​し​と​われら​が往おう生じょうの成じょう就じゅせ​し​と​は同どう時じなり。

・ただちに法義を明かす

仏ぶつの方かたより1112は往おう生じょうを成じょうぜ​しかども、 衆しゅ生じょうが​この​ことわり​を​しる​こと不ふ同どうなれば、 すでに往おう生じょうする​ひと​も​あり、 いま往おう生じょうする​ひと​も​あり、 *当とうに往おう生じょうす​べき​ひと​も​あり。 機きによりて三さん世ぜは不ふ同どうなれども、 弥陀みだの​かはり​て成じょう就じゅせ​し*正しょう覚がくの一念いちねんの​ほか​は、 さらに機きより​いささか​も添そふる​こと​は​なき​なり。

・譬喩を示す

たとへば日ひ出いづれ​ば刹せつ那なに十方じっぽうの闇やみことごとく晴はれ、 月つき出いづれ​ば法界ほうかいの水みず同どう時じに影かげを​うつす​が​ごとし。 月つきは出いで​て影かげを水みずに​やどす、 日ひは出いで​て闇やみの晴はれ​ぬ​こと​ある​べから​ず。 かるがゆゑに、 日ひは出いで​たる​か出いで​ざる​か​を​おもふ​べし、 闇やみは晴はれ​ざる​か晴はれ​たる​か​を疑うたがふ​べから​ず。 仏ぶつは正しょう覚がく成なり​たまへ​る​か​いまだ成なり​たまは​ざる​か​を分別ふんべつす​べし、 凡ぼん夫ぶの往おう生じょうを得うべき​か得うべから​ざる​か​を疑うたがふ​べから​ず。

・衆生に親疎あること

「▲衆しゅ生じょう往おう生じょうせずは仏ぶつに成なら​じ」 (*大経・上意) と誓ちかひ​たまひ​し*法蔵ほうぞう比丘びくの、 十劫じっこうに​すでに成じょう仏ぶつし​たまへ​り。 *仏体ぶったいより​は​すでに成じょうじ​たまひ​たり​ける往おう生じょうを、 *つたなく今日こんにちまで​しら​ず​して​むなしく流る転てんし​ける​なり。

・¬般舟讃¼ を引く

かるがゆゑに ¬*般舟はんじゅ讃さん¼ には、 「▲おほきに​すべからく1385↓慚ざん愧ぎす​べし。 釈しゃ迦か如来にょらいは​まことに​これ慈悲じひの父母ぶもなり」 といへり。

・慚愧の二字を釈す

「↑慚ざん愧ぎ」 の二字にじをば、 天てんに​はぢ人ひとに​はづ​とも釈しゃくし、 自じに​はぢ他たに​はづ​とも釈しゃくせ​り。

・総じて二尊に約す

なにごと​を​おほきに​はづ​べし​といふ​ぞ​といふ​に、 弥陀みだは*兆ちょう載さい永劫ようごうの​あひだ無む善ぜんの凡ぼん夫ぶに​かはり​て願がん行ぎょう1113を​はげまし、 釈しゃく尊そんは*五ご百ひゃく塵点じんでん劫ごうの​むかし​より*八千はっせん遍べんまで世よに出いで​て、 かかる不ふ思議しぎの誓願せいがんを​われら​に​しら​せ​ん​と​し​たまふ​を、 いま​まで​きか​ざる​こと​を​はづ​べし。

・別して弥陀に約す

機きより成じょうずる*大だい小乗しょうじょうの行ぎょうならば、 法ほうは妙たえなれども、 機きが​およば​ねば​ちから​なし​といふ​こと​も​あり​ぬ​べし。 いま​の他た力りきの願がん行ぎょうは、 行ぎょうは仏体ぶったいに​はげみ​て功こうを無む善ぜんの​われら​に​ゆづり​て、 謗法ほうぼう・闡提せんだいの機き、 *法滅ほうめつ百ひゃく歳さいの機きまで成じょうぜ​ず​といふ​こと​なき功く徳どくなり。 この​ことわり​を*慇懃おんごんに告つげ​たまふ​こと​を信しんぜ​ず、 しら​ざる​こと​を​おほきに​はづ​べし​といふ​なり。

・別して釈迦に約す

「▲三千さんぜん大千だいせん世せ界かいに、 芥子けしばかり​も釈しゃく尊そんの身しん命みょうを​すて​たまは​ぬ​ところ​は​なし」 (*法華経・意)。 みな​これ他た力りきを信しんぜ​ざる​われら​に信心しんじんを​おこさ​しめ​ん​と、 かはり​て難なん行ぎょう苦く行ぎょうし​て縁えんを​むすび、 *功こうを​かさね​たまひ​し​なり。 この広大こうだいの御おんこころざし​を​しら​ざる​こと​を、 おほきに​はぢ​はづ​べし​といふ​なり。

・方便を明かす

この​こころ​を​あらはさ​ん​とて、 「▲種々しゅじゅの方便ほうべんをもつて、 われら​が↓無む上じょうの信心しんじんを発ほっ起きす」 (般舟讃) と釈しゃくせ​り1386。

・凡夫左右なきを明かす

↑無む上じょうの信心しんじんといふは、 他た力りきの三信さんしんなり。 つぎ​に 「▲種々しゅじゅの方便ほうべんを説とく、 *教きょう文もんひとつ​に​あらず」 (般舟讃) といふ​は、 *諸しょ経きょう随ずい機きの得益とくやくなり。 凡ぼん夫ぶは*左右さうなく他た力りきの信心しんじんを獲ぎゃく得とくする​こと​かたし。 しかるに自じ力りきの成じょうじ​がたき​こと​を​きく​とき、 他た力りきの易い行ぎょうも信しんぜ​られ、 聖しょう道どうの信心しんじんを​きく​に浄じょう土どの修しゅし​やすき​こと1114も信しんぜ​らるる​なり。

・行信法体にかえること

おほよそ仏ぶつの方かたより​なにの​わづらひ​も​なく成じょう就じゅし​たまへ​る往おう生じょうを、 われら煩悩ぼんのうに​くるは​さ​れ​て、 ひさしく流る転てんし​て不ふ思議しぎの仏ぶっ智ちを信受しんじゅせず。 かるがゆゑに三さん世ぜの衆しゅ生じょうの帰き命みょうの念ねんも*正しょう覚がくの一念いちねんに​かへり、 十方じっぽうの有う情じょうの称しょう念ねんの心こころも正しょう覚がくの一念いちねんに​かへる。 さらに機きにおいて一いっ称しょう一念いちねんも​とどまる​こと​なし。

・名体不二の行体

【3】 名みょう体たい不二ふにの弘ぐ願がんの行ぎょうなる​がゆゑに、 名みょう号ごうすなはち正しょう覚がくの全体ぜんたいなり。 正しょう覚がくの体たいなる​がゆゑに、 十方じっぽう衆しゅ生じょうの往おう生じょうの体たいなり。 往おう生じょうの体たいなる​がゆゑに、 われら​が願がん行ぎょうことごとく具ぐ足そくせず​といふ​こと​なし。

・¬玄義分¼ を引きたもうこと

かるがゆゑに 「玄げん義ぎ」 (*玄義分) にいはく、 「▲いま​この ¬観かん経ぎょう¼ の​なか​の十じっ声しょうの称しょう仏ぶつには、 すなはち十じゅう願がんありて十行じゅうぎょう具ぐ足そくせ​り。 いかんが具ぐ足そくせ​る。 ª南無なもº といふは​すなはち​これ帰き命みょう、 また​これ発願ほつがん回え向こうの義ぎなり。 ª阿あ弥陀みだ仏ぶつº といふは​すなはち​これ​その行ぎょうなり。 この義ぎをもつて​の​ゆゑに​かならず往おう生じょうを得う」 といへり。

*下げ品ぼん下げ生しょうの1387*失念しつねんの称しょう念ねんに願がん行ぎょう具ぐ足そくする​こと​は、 さらに機きの願がん行ぎょうに​あらず​と​しる​べし。 法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつの五ご劫こう兆ちょう載さいの願がん行ぎょうの、 凡ぼん夫ぶの願がん行ぎょうを成じょうずる​ゆゑなり。 阿あ弥陀みだ仏ぶつの凡ぼん夫ぶの願がん行ぎょうを成じょうぜ​し​いはれ​を領りょう解げする​を、 三心さんしんとも​いひ、 三信さんしんとも説とき、 信心しんじんとも​いふ​なり。 阿あ弥陀みだ仏ぶつは凡ぼん夫ぶの願がん行ぎょうを名なに成じょう1115ぜ​し​ゆゑ​を口く業ごうに​あらはす​を、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ。

・領解のこと

かるがゆゑに領りょう解げも機きには​とどまら​ず、 領りょう解げすれば仏願ぶつがんの体たいに​かへる。 名みょう号ごうも機きには​とどまら​ず、 となふれ​ば*やがて弘ぐ願がんに​かへる。

・第十八願をもって上を結ぶ

かるがゆゑに▼浄じょう土どの法門ほうもんは、 第だい十じゅう八はちの願がんを​よくよく​こころうる​ほか​には​なき​なり。

・¬定善義¼ を引いて、 名号本願、 一なるを示す

【4】 「▲如にょ無む量りょう寿じゅ経きょう 四し十じゅう八はち願がん中ちゅう 唯ゆい明みょう専念せんねん 弥陀みだ名みょう号ごう得とく生しょう」 (*定善義) とも釈しゃくし、 「▲又う此し経きょう 定じょう散さん文もん中ちゅう 唯ゆい標ひょう専念せんねん *弥陀みだ名みょう号ごう得とく生しょう」 (定善義) とも釈しゃくし​て、 *三さん経ぎょうともに​ただ​この本願ほんがんを​あらはす​なり。 第だい十じゅう八はちの願がんを​こころうる​といふ​は、 名みょう号ごうを​こころうる​なり。 名みょう号ごうを​こころうる​といふ​は、 阿あ弥陀みだ仏ぶつの衆しゅ生じょうに​かはり​て願がん行ぎょうを成じょう就じゅし​て、 凡ぼん夫ぶの往おう生じょう、 機きに​さきだち​て成じょう就じゅせ​し​きざみ、 十方じっぽう衆しゅ生じょうの往おう生じょうを正しょう覚がくの体たいと​せ​し​こと​を領りょう解げする​なり。

・信念相続のこと

かるがゆゑに▼念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃ、 名みょう号ごうを​きか​ば、 「あは、 はや​わが往おう生じょうは成じょう就じゅし​に​けり。 十方じっぽう衆しゅ生じょう、 往おう生じょう成じょう就じゅせずは正しょう覚がく取とら​じ​と誓ちかひ​たまひ​し法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつの正しょう覚がくの*果か名みょうなる​がゆゑに1388」 と​おもふ​べし。

また弥陀みだ仏ぶつの形ぎょう像ぞうを​をがみ​たてまつら​ば、 「あは、 はや​わが往おう生じょうは成じょう就じゅし​に​けり。 十方じっぽう衆しゅ生じょう、 往おう生じょう成じょう就じゅせずは正しょう覚がく取とら​じ​と誓ちかひ​たまひ​し法蔵ほうぞう*薩さっ埵たの成じょう正しょう覚がくの御おんすがた​なる​ゆゑに」 と​おもふ​べし。

また▼極楽ごくらくといふ名なを​きか​ば、 「あは、 わが往おう生じょうす​べき​ところ​を成じょう就じゅし​たまひ​に​けり。 衆しゅ生じょう往おう生じょうせずは正しょう覚がく取とら​じ1116と誓ちかひ​たまひ​し法蔵ほうぞう比丘びくの成じょう就じゅし​たまへ​る極楽ごくらくよ」 と​おもふ​べし。

機きを​いへ​ば、 仏法ぶっぽうと世せ俗ぞくと​の二に種しゅの善根ぜんごんなき*唯ゆい知ち作さ悪あくの機きに、 仏体ぶったいより恒沙ごうじゃ塵数じんじゅの功く徳どくを成じょう就じゅする​ゆゑに、 われら​が​ごとく​なる愚痴ぐち・悪見あくけんの衆しゅ生じょうの​ため​の楽らくの​きはまり​なる​ゆゑに極楽ごくらくといふ​なり。

・自力の機執を捨つること

▼本願ほんがんを信しんじ名みょう号ごうを​となふ​とも、 *よそなる仏ぶつの功く徳どくと​おもう​て*名みょう号ごうに功こうを​いれ​なば、 などか往おう生じょうを​とげ​ざらん​なんど​おもは​ん​は、 かなしかる​べき​こと​なり。 *ひしと​われら​が往おう生じょう成じょう就じゅせ​し​すがた​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと​は​いひ​ける​といふ信心しんじんおこり​ぬれ​ば、 *仏体ぶったいすなはち​われら​が往おう生じょうの行ぎょうなる​がゆゑに、 一いっ声しょうの​ところ​に往おう生じょうを決けつ定じょうする​なり。

阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ名みょう号ごうを​きか​ば、 やがて​わが往おう生じょうと​こころえ、 わが往おう生じょうは​すなはち仏ぶつの正しょう覚がくなり​と​こころう​べし。 弥陀みだ仏ぶつは正しょう覚がく成じょうじ​たまへ​る​か​いまだ成じょうじ​たまは​ざる​か​をば疑うたがふ​とも、 わが往おう生じょうの成じょうずる​か成じょうぜ​ざる​か​をば疑うたがふ1389べから​ず。 一いち衆しゅ生じょうの​うへ​にも往おう生じょうせ​ぬ​こと​あらば、 ゆめゆめ仏ぶつは正しょう覚がく成なり​たまふ​べから​ず。 ここ​を​こころうる​を第だい十じゅう八はちの願がんを*おもひわく​と​は​いふ​なり。

・超世不共

【5】 まことに往おう生じょうせん​と​おもは​ば、 衆しゅ生じょうこそ願がんをも​おこし行ぎょうをも​はげむ​べき​に、 願がん行ぎょうは菩ぼ薩さつの​ところ​に​はげみ​て、 *感かん果かは​われら​が​ところ​に成じょうず。 世せ間けん・出しゅっ世せの因いん果がの1117ことわり​に超ちょう異いせり。 和か尚しょう (善導) は​これ​を 「▲*別べつ異いの弘ぐ願がん」 (玄義分) と​ほめ​たまへ​り。

・本願名号不二のこと

衆しゅ生じょうに​かはり​て願がん行ぎょうを成じょうずる​こと、 *常じょう没もつの衆しゅ生じょうを*さき​として善人ぜんにんに​およぶ​まで、 一いち衆しゅ生じょうの​うへ​にも​およば​ざる​ところ​あらば、 大だい悲ひの願がん満足まんぞくす​べから​ず。

面々めんめん衆しゅ生じょうの機きごと​に、 願がん行ぎょう成じょう就じゅせ​し​とき、 仏ぶつは正しょう覚がくを成じょうじ、 凡ぼん夫ぶは往おう生じょうせ​し​なり。

かかる不ふ思議しぎの名みょう号ごう、 ▲もし​きこえ​ざる​ところ​あらば正しょう覚がく取とら​じ​と誓ちかひ​たまへ​り。

われら​すでに阿あ弥陀みだといふ名みょう号ごうを​きく。 しる​べし、 われら​が往おう生じょうすでに成じょうぜ​り​といふ​ことを。 きく​といふは、 ただ*おほやうに名みょう号ごうを​きく​に​あらず、 本願ほんがん他た力りきの不ふ思議しぎを​きき​て疑うたがは​ざる​を​きく​と​は​いふ​なり。 御名みなを​きく​も本願ほんがんより成じょうじ​て​きく。 一向いっこうに他た力りきなり。 たとひ凡ぼん夫ぶの往おう生じょう成じょうじ​たまひ​たり​とも、 その願がん成じょう就じゅし​たまへ​る御名みなを​きか​ずは、 いかでか​その願がん成じょうぜ​り​と​しる​べき。

かるがゆゑに名みょう号ごうを​きき​ても形ぎょう像ぞうを拝はいし​ても1390、 わが往おう生じょうを成じょうじ​たまへ​る御名みなと​きき、 「われら​を*わたさ​ずは仏ぶつに成なら​じ​と誓ちかひ​たまひ​し法蔵ほうぞうの誓願せいがんむなしから​ず​して、 正しょう覚がく成じょうじ​たまへ​る御おんすがた​よ」 と​おもは​ざらん​は、 きく​とも​きか​ざる​が​ごとし、 みる​とも​み​ざる​が​ごとし。

・信後相続のこと

¬*平びょう等どう覚がく経きょう¼ (四) に​のたまはく、 「▲浄じょう土どの法門ほうもんを説とく​を聞きき​て歓かん喜ぎ踊ゆ躍やくし、 *身みの毛けいよたつ」 といふは、 *そぞろに​よろこぶ​に​あらず。 わが1118*出しゅつ離りの行ぎょうを​はげま​んとすれ​ば、 *道心どうしんも​なく智慧ちえも​なし。 *智ち目もく・行ぎょう足そくかけ​たる身みなれば、 ただ三悪さんまくの*火か坑きょうに​しづむ​べき身みなる​を、 願がんも行ぎょうも仏体ぶったいより成じょうじ​て、 機き法ほう一体いったいの正しょう覚がく成じょうじ​たまひ​ける​こと​の​うれしさ​よ​と​おもふ​とき、 歓かん喜ぎのあまり​をどりあがる​ほどに​うれしき​なり。

¬*大だい経きょう¼ に 「▲爾時にじ聞もん一念いちねん」 とも、 「▲聞もん名みょう歓かん喜ぎ讃さん」 とも​いふ​は、 この​こころ​なり。

*よそ​に​さしのけ​ては​なく​して、 やがて​わが往おう生じょうすでに成じょうじ​たる名みょう号ごう、 わが往おう生じょうし​たる御おんすがた​と​みる​を、 名みょう号ごうを​きく​とも形ぎょう像ぞうを​みる​とも​いふ​なり。 この​ことわり​を​こころうる​を本願ほんがんを信しん知ちす​と​は​いふ​なり。

・任運の法徳

【6】 念仏ねんぶつ三昧ざんまいにおいて信心しんじん決けつ定じょうせん​ひと​は、 身みも南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 こころ​も南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり​と​おもふ​べき​なり。

ひと​の身みをば地じ・水すい・火か・風ふうの四し大だいよりあひ​て成じょうず。 小乗しょうじょうには*極ごく微みの所しょ成じょうといへり。 身みを極ごく微みに​くだき​て​みる​とも報仏ほうぶつの1391功く徳どくの染そま​ぬ​ところ​は​ある​べから​ず。 されば機き法ほう一体いったいの身みも南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 こころ​は煩悩ぼんのう・*随ずい煩悩ぼんのう等とう具ぐ足そくせ​り。 刹せつ那な刹せつ那なに生しょう滅めつす。 こころ​を刹せつ那なに*ちわり​て​みる​とも、 弥陀みだの願がん行ぎょうの遍へんせ​ぬ​ところ​なけれ​ば、 機き法ほう一体いったいにして​こころ​も南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。

▼弥陀みだ大だい悲ひの​むね​の​うち​に、 かの常じょう没もつの衆しゅ生じょうみちみち​たる​ゆゑに、 機き法ほう一体いったい1119にして南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。

われら​が*迷倒めいとうの​こころ​の​そこ​には法界ほうかい身しんの仏ぶつの功く徳どくみちみち​たまへ​る​ゆゑに、 また機き法ほう一体いったいにして南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 浄じょう土どの依え正しょう二に報ほうも​しかなり。 依え報ほうは、 宝樹ほうじゅの葉はひとつ​も極悪ごくあくの​われら​が​ため​なら​ぬ​こと​なけれ​ば、 機き法ほう一体いったいにして南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 正しょう報ぼうは、 眉み間けんの*白びゃく毫ごう相そうより*千せん輻輪ぷくりんの​あなうら​に​いたる​まで、 常じょう没もつの衆しゅ生じょうの願がん行ぎょう円満えんまんせ​る御おんかたち​なる​ゆゑに、 また機き法ほう一体いったいにして南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。

われら​が*道心どうしん二に法ほう・三業さんごう・四し威儀いぎ、 すべて報仏ほうぶつの功く徳どくの​いたら​ぬ​ところ​なけれ​ば、 南無なもの機きと阿あ弥陀みだ仏ぶつの片へん時じも​はなるる​こと​なけれ​ば、 念々ねんねんみな南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 されば出いづる息いき入いる息いきも、 仏ぶつの功く徳どくを​はなるる時じ分ぶんなけれ​ば、 みな南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの体たいなり。

*縛ば曰羅ぎら冒地ぼじといひ​し​ひと​は、 常じょう水観すいかんを​なし​しかば、 こころ​に​ひか​れ​て身みも​ひとつ​の池いけと​なり​き。 その法ほうに*染そみ​ぬれ​ば、 色心しきしん*正しょう法ぼうそれ​に*なりかへる1392こと​なり。

【7】 念仏ねんぶつ三昧ざんまいの領りょう解げひらけ​なば、 身みも​こころ​も南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ ˆにˇ なりかへり​て、 その領りょう解げことば​に​あらはるる​とき、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうす​が​うるはしき弘ぐ願がんの念仏ねんぶつにて​ある​なり。

念仏ねんぶつといふは、 かならずしも口くちに南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと​となふる​のみ​に​あらず。 阿あ弥陀みだ仏ぶつの功く徳どく、 われら​が南無なもの機きにおいて十劫じっこう正しょう覚がくの刹せつ那なより*成じょうじいり​たまひ​ける​ものを、 といふ信心しんじん1120の​おこる​を念仏ねんぶつといふ​なり。

さて​この領りょう解げを*ことわり​あらはせ​ば、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ​にて​ある​なり。 この仏ぶつの心しんは大だい慈悲じひを本ほんと​する​ゆゑに、 愚ぐ鈍どんの衆しゅ生じょうを​わたし​たまふ​を​さき​と​する​ゆゑに、 名みょう体たい不二ふにの正しょう覚がくを​となへ​まします​ゆゑに、 仏体ぶったいも名なに​おもむき、 名なに体たいの功く徳どくを具ぐ足そくする​ゆゑに、 なにと*はかばかしく​しら​ねども、 *平信へいしんの​ひと​も​となふれ​ば往おう生じょうする​なり。 されども*下げ根こんの凡ぼん夫ぶなる​ゆゑに、 そぞろに*ひら信しんじ​も​かなふ​べから​ず。 その​ことわり​を​ききひらく​とき、 信心しんじんは​おこる​なり。

念仏ねんぶつを申もうす​とも往おう生じょうせ​ぬ​をば、 「▲名みょう義ぎに相応そうおうせざる​ゆゑ」 (*論註・下) と​こそ、 *曇鸞どんらんも釈しゃくし​たまへ。 「*名みょう義ぎに相応そうおうす」 といふは、 阿あ弥陀みだ仏ぶつの功く徳どく力りきにて​われら​は往おう生じょうす​べし​と​おもう​て​となふる​なり。 領りょう解げの信心しんじんを​ことば​に​あらはす1393ゆゑに、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの六ろく字じを​よく​こころうる​を三心さんしんといふ​なり。 かるがゆゑに仏ぶつの功く徳どく、 ひしと​わが身みに成じょうじ​たり​と​おもひ​て、 口くちに南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと​となふる​が、 三心さんしん具ぐ足そくの念仏ねんぶつにて​ある​なり。

自じ力りきの​ひと​の念仏ねんぶつは、 仏ぶつをば​さしのけ​て西方さいほうに​おき、 わが身みをば*しらじら​と​ある凡ぼん夫ぶにて、 ときどき​こころ​に仏ぶつの他た力りきを​おもひ名みょう号ごうを​となふる​ゆゑに、 仏ぶつと衆しゅ生じょうと*うとうとしく​して、 いささか道心どうしんおこり​たる​とき​は、 往おう生じょうも​ちかく​おぼえ、 念仏ねんぶつも*ものうく道心どうしんも​さめ​たる​とき​は、 往おう生じょう1121も​きはめて不ふ定じょうなり。 凡ぼん夫ぶの​こころ​として​は、 道心どうしんを​おこす​こと​も​まれなれ​ば、 つね​には往おう生じょう不ふ定じょうの身みなり。 もしや​もしや​と​まて​ども、 往おう生じょうは臨りん終じゅうまで​おもひさだむる​こと​なき​ゆゑに、 口くちに​ときどき名みょう号ごうを​となふれ​ども、 *たのみがたき往おう生じょうなり。 たとへば​ときどき​ひと​に*見参けんざん、 *みやづかひ​する​に似にたり。

そのゆゑは、 いかに​して仏ぶつの御おんこころ​に​かなは​んずる​と​おもひ、 仏ぶつに*追つい従しょうし​て往おう生じょうの御ご恩おんをも*かぶら​んずる​やう​に​おもふ​ほどに、 *機きの安心あんじんと仏ぶつの大だい悲ひと​が​はなればなれ​にて、 つねに仏ぶつに​うとき身みなり。 この位くらいにて​は​まことに​きはめて往おう生じょう不ふ定じょうなり。

念仏ねんぶつ三昧ざんまいといふは、 報仏ほうぶつ弥陀みだの大だい悲ひの願がん行ぎょうは、 もとより迷まよひ​の衆しゅ生じょうの心想しんそうの​うち​に入いり​たまへ​り、 しら​ず​して仏体ぶったいより機き1394法ほう一体いったいの南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの正しょう覚がくに成じょうじ​たまふ​こと​なり​と信しん知ちする​なり。 願がん行ぎょうみな仏体ぶったいより成じょうずる​こと​なる​がゆゑに、 をがむ手て、 となふる口くち、 信しんずる​こころ、 みな他た力りきなり​といふ​なり。

・衆生の心と仏の心と一なるのこと

【8】 かるがゆゑに機き法ほう一体いったいの念仏ねんぶつ三昧ざんまいを​あらはし​て、 *第八だいはちの観かんには、 「▲諸仏しょぶつ如来にょらい 是ぜ法界ほうかい身しん 入にゅう一切いっさい衆しゅ生じょう 心想しんそう中ちゅう」 (*観経) と説とく。

これ​を釈しゃくする​に、 「▲ª法界ほうかいº といふは*所しょ化けの境きょう、 すなはち衆しゅ生じょう界かいなり」 (定善義) といへり。 定じょう善ぜんの衆しゅ生じょうとも​いは​ず、 道心どうしんの衆しゅ生じょうとも説とか​ず、 *法界ほうかいの衆しゅ生じょうを所しょ化けとす。 「ª法界ほうかいº といふは、 所しょ化けの境きょう、 衆しゅ生じょう界かいなり」 と1122釈しゃくする、 これ​なり。 まさしく​は、 こころ​いたる​がゆゑに身みも​いたる​といへり。 ▼弥陀みだの身心しんしんの功く徳どく、 法界ほうかい衆しゅ生じょうの身みの​うち、 こころ​の​そこ​に入いり満みつ​ゆゑに、 「入にゅう一切いっさい衆しゅ生じょう心想しんそう中ちゅう」 と説とく​なり。 ここ​を信しんずる​を念仏ねんぶつ衆しゅ生じょうといふ​なり。

・三業の仏身と一なること

また*真身しんしん観かんには、 「▲念仏ねんぶつ衆しゅ生じょうの三業さんごうと、 弥陀みだ如来にょらいの三業さんごうと、 あひ​はなれ​ず」 (定善義・意) と釈しゃくせ​り。

仏ぶつの正しょう覚がくは衆しゅ生じょうの往おう生じょうより成じょうじ、 衆しゅ生じょうの往おう生じょうは仏ぶつの正しょう覚がくより成じょうずる​ゆゑに、 衆しゅ生じょうの三業さんごうと仏ぶつの三業さんごうと​まつたく一体いったいなり。 仏ぶつの正しょう覚がくの​ほか​に衆しゅ生じょうの往おう生じょうも​なく、 願がんも行ぎょうも​みな仏体ぶったいより成じょうじ​たまへ​り​と​しりきく​を念仏ねんぶつの衆しゅ生じょうといひ、 この信しん心じん1395の​ことば​に​あらはるる​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ。

かるがゆゑに念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃに​なり​ぬれ​ば、 いかに仏ぶつを​はなれ​ん​と​おもふ​とも、 微み塵じんの​へだて​も​なき​こと​なり。

仏ぶつの方かたより機き法ほう一体いったいの南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつの正しょう覚がくを成じょうじ​たまひ​たり​ける​ゆゑに、 なにと*はかばかしから​ぬ*下下げげ品ぼんの失念しつねんの位くらいの称名しょうみょうも往おう生じょうする​は、 となふる​とき​はじめて往おう生じょうする​には​あらず、 極悪ごくあくの機きの​ため​に​もとより成じょうじ​たまへ​る往おう生じょうを​となへ​あらはす​なり。

また ¬大だい経きょう¼ の▲三宝さんぼう滅尽めつじんの衆しゅ生じょうの、 三宝さんぼうの名みょう字じを​だに​も​はかばかしく​きか​ぬ​ほど​の機きが、 一念いちねんとなへ​て往おう生じょうする​も、 となふる​とき​はじめて往おう生じょうの成じょうずる​に​あらず。 仏体ぶったいより成じょうぜ​し願がん行ぎょうの*薫くん修じゅが、 一いっ声しょう称しょう仏ぶつの​ところ​に1123あらはれ​て往おう生じょうの一いち大だい事じを成じょうずる​なり。

【9】 かく​こころうれ​ば、 われら​は今日こんにち今こん時じ往おう生じょうす​とも、 わが​こころ​の​かしこく​て念仏ねんぶつをも申もうし、 他た力りきをも信しんずる​こころ​の功こうに​あらず。 勇ゆう猛みょう専せん精しょうに​はげみ​たまひ​し仏ぶつの功く徳どく、 十劫じっこう正しょう覚がくの刹せつ那なに​われら​において成じょうじ​たまひ​たり​ける​が、 *あらはれ​もてゆく​なり。

*覚体かくたいの功く徳どくは同どう時じに十方じっぽう衆しゅ生じょうの​うへ​に成じょうぜ​しかども、 昨日きのうあらはす​ひと​も​あり、 今日こんにちあらはす​ひと​も​あり。 *已い今当こんとうの三さん世ぜの往おう生じょうは不ふ同どうなれども、 弘ぐ願がん正しょう因いんの​あらはれ​もてゆく​ゆゑに、 仏ぶつの願がん行ぎょうの​ほか​には、 別べつ1396に機きに信心しんじんひとつ​も行ぎょうひとつ​も​くはふる​こと​は​なき​なり。

念仏ねんぶつといふは​この​ことわり​を念ねんじ、 行ぎょうといふは​この​うれしさ​を礼拝らいはい恭く敬ぎょうする​ゆゑに、 仏ぶつの正しょう覚がくと衆しゅ生じょうの行ぎょうと​が一体いったいにして​はなれ​ぬ​なり。 したし​といふ​も​なほ*おろかなり、 ちかし​といふ​も​なほ​とほし。 一体いったいの​うち​において*能念のうねん・所念しょねんを体たいの​うち​に論ろんずる​なり​と​しる​べし。

安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう 本ほん

 

1397安心あんじん1124決けつ定じょう鈔しょう 末まつ

・¬浄土論¼

・標示

【10】 ¬往おう生じょう論ろん¼ (*浄土論) に 「▲如来にょらい浄じょう華け衆しゅ 正しょう覚がく華け化け生しょう」 といへり。

・浄華衆を釈す

他た力りきの大だい信心しんじんを​え​たる​ひと​を浄じょう華けの衆しゅと​は​いふ​なり。 これ​は​おなじく正しょう覚がくの華はなより生しょうずる​なり。

・正釈

正しょう覚がく華けといふは、 衆しゅ生じょうの往おう生じょうを*かけもの​にして、 「もし生しょうぜ​ず​は、 正しょう覚がく取とら​じ」 と誓ちかひ​たまひ​し法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつの十方じっぽう衆しゅ生じょうの願がん行ぎょう成じょう就じゅせ​し​とき、 *機き法ほう一体いったいの正しょう覚がく成じょうじ​たまへ​る慈悲じひの御おんこころ​の​あらはれ​たまへ​る*心しん蓮れん華げを、 正しょう覚がく華けと​は​いふ​なり。

・類文を引く

これ​を*第七だいしちの観かんには 「▲除じょ苦く悩のう法ほう」 (観経) と説とき、 下下げげ品ぼんには 「▲五ご逆ぎゃくの衆しゅ生じょうを来迎らいこうする蓮れん華げ」 (観経・意) と説とく​なり。

・喩意を解す

仏心ぶっしんを蓮れん華げと​たとふる​こと​は、 凡ぼん夫ぶの煩悩ぼんのうの泥でい濁じょくに染そま​ざる​さとり​なる​ゆゑなり。

・生の字を釈す

なにとして仏心ぶっしんの蓮れん華げより​は生しょうずる​ぞ​といふ​に、 曇鸞どんらんこの文もんを、 「▲同一どういつに念仏ねんぶつし​て別べつの道どうなき​がゆゑに」 (論註・下) と釈しゃくし​たまへ​り。 「▲とほく通つうずる​に、 四し海かいみな兄きょう弟だいなり」 (論註・下)。 善悪ぜんあく機き*ことに、 九く品ぼん位くらいかはれ​ども、 ともに他た力りき1398の願がん行ぎょうを​たのみ、 おなじく正しょう覚がくの体たいに帰きする​こと​は​かはら​ざる​ゆゑに、 「同一どういつ念仏ねんぶつし​て別べつの道どうなき​がゆゑに」 といへり。

また​さき​に往おう生じょうする​ひと​も他た力りきの1125願がん行ぎょうに帰きし​て往おう生じょうし、 のち​に往おう生じょうする​ひと​も正しょう覚がくの一念いちねんに帰きし​て往おう生じょうす。 心しん蓮れん華げの​うち​に​いたる​ゆゑに、 「四し海かいみな兄きょう弟だいなり」 といふ​なり。

・仏心顛倒を明かす

【11】 「▲仏身ぶっしんを観みる​もの​は仏心ぶっしんを見みたてまつる。 仏心ぶっしんといふは大だい慈悲じひこれ​なり」 (観経)。 仏心ぶっしんは​われら​を愍念みんねんし​たまふ​こと、 骨髄こつずいに​とほり​て染そみつき​たまへ​り。 たとへば*火ひの炭すみに​おこりつき​たる​が​ごとし。 はなた​んとする​とも​はなる​べから​ず。 摂取せっしゅの*心光しんこうわれら​を照てらし​て、 身みより髄ずいに​とほる。 心しんは三毒さんどく煩悩ぼんのうの心しんまで​も仏ぶつの功く徳どくの染そみつか​ぬ​ところ​は​なし。 機き法ほうもとより一体いったいなる​ところ​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ​なり。

・まさしく能所一体を明かす

この信心しんじんおこり​ぬる​うへは、 口く業ごうには、 たとひ​ときどき念仏ねんぶつす​とも常じょう念仏ねんぶつの衆しゅ生じょうにて​ある​べき​なり。

*三縁さんえんの​なか​に、 「▲口くちに​つね​に、 ▲身みに​つね​に」 (定善義) と釈しゃくする、 この​こころ​なり。 仏ぶつの三業さんごうの功く徳どくを信しんずる​ゆゑに、 衆しゅ生じょうの三業さんごう、 如来にょらいの仏ぶっ智ちと一体いったいにして、 仏ぶつの*長じょう時じ修しゅの功く徳どく、 衆しゅ生じょうの身しん口意くいに​あらはるる​ところ​なり。

・聖言

また唐とう朝ちょう (中国) に*傅ふ大だい士じとて、 ゆゆしく大だい乗じょうをも​さとり、 *外げ典てんにも達たっし​て​たふとき​ひと​おはし​き。 その​ことば​に1399いはく、 「朝あさな朝あさな仏ぶつと​ともに起おき、 夕ゆうな夕ゆうな仏ぶつを​いだき​て臥ふす」 (傅大士録・意) といへり。

・合説

これ​は*聖しょう道どうの通つう法門ほうもんの*真如しんにょの理り仏ぶつを​さし​て仏ぶつといふ​と​いへども、 *修得しゅとくの方かたより​おもへ​ば​すこし​も​たがふ​まじき​なり1126。 摂取せっしゅの心光しんこうに照しょう護ごせ​られ​たてまつら​ば、 行ぎょう者じゃも​また​かくのごとし。 朝あさな朝あさな報仏ほうぶつの功く徳どくを持もち​ながら起おき、 夕ゆうな夕ゆうな弥陀みだの仏ぶっ智ちと​ともに臥ふす。

・自力執心を誡む

*うとから​ん仏ぶつの功く徳どくは、 機きに​とほけれ​ば​いかが​は​せん。 真如しんにょ法ほっ性しょうの理りは近ちかけれ​ども、 さとり​なき機きには​ちから​およば​ず。 わが​ちから​も​さとり​も​いら​ぬ▼他た力りきの願がん行ぎょうを​ひさしく身みに​たもち​ながら、 *よしなき自じ力りきの執しゅう心しんに*ほださ​れて、 むなしく流る転てんの故こ郷きょうに​かへら​ん​こと、 かへすがへす​も​かなしかる​べき​こと​なり。

・二尊の悲歎を明かす

釈しゃく尊そんも​いかばかり​か▼*往来おうらい娑しゃ婆ば八千はっせん遍べんの甲斐かいなき​こと​を​あはれみ、 弥陀みだも​いかばかり​か*難なん化げ能のう化けの​しるし​なき​こと​を​かなしみ​たまふ​らん。 もし一人いちにんなり​とも​かかる不ふ思議しぎの願がん行ぎょうを信しんずる​こと​あらば、 まことに仏恩ぶっとんを報ほうずる​なる​べし。

・文を引いて勧誡す

かるがゆゑに ¬*安楽あんらく集しゅう¼ (上・意) には、 「▲すでに他た力りきの乗じょうず​べき​みち​あり。 *つたなく自じ力りきに​かかはり​て、 いたづらに火か宅たくに​あら​ん​こと​を​おもは​ざれ」 といへり。 この​こと​まこと​なる​かな。

自じ力りきの*ひがおもひ​を​あらため​て、 他た力りきを信しんずる​ところ​を、 「▲ゆめゆめ1400迷まよひ​を​ひるがへし​て本ほん家けに還かえれ」 (礼讃) とも​いひ、 「▲帰去来いざいなん、 魔ま郷きょうには停とどまる​べから​ず」 (定善義) とも釈しゃくする​なり。

・¬法事讃¼

・標挙

【12】また ¬*法ほう事じ讃さん¼ (下) に、 「▲極楽ごくらく無為むい涅ね槃はん界がい 随縁ずいえん雑善ぞうぜん恐く難なん生しょう 故使こし如来にょらい選せん要法ようぼう 教きょう念ねん1127弥陀みだ▽専せん復ぷ専せん」 といへり。

・総釈

 この文もんの​こころ​は、 「極楽ごくらくは無為むい無漏むろの​さかひ​なれば、 有為うい有漏うろの雑善ぞうぜんにて​は、 おそらく​は生うまれ​がたし。 無為むい無漏むろの念仏ねんぶつ三昧ざんまいに帰きし​て​ぞ、 無為むい常住じょうじゅうの報ほう土どには生しょうず​べき」 といふ​なり。

・随縁雑善を釈す

まづ 「*随縁ずいえんの雑善ぞうぜん」 といふは、 自じ力りきの行ぎょうを​さす​なり。 真実しんじつに仏法ぶっぽうにつきて、 領りょう解げも​あり、 信心しんじんも​おこる​こと​は​なく​して、 わが​したしき​もの​の*律僧りっそうにて​あれば、 戒かいは世よに​たふとき​こと​なり​といひ、 あるいは、 今こん生じょうの​いのり​の​ため​にも、 *真言しんごんを​せ​さ​すれば*結縁けちえんも​むなしから​ず、 真言しんごんたふとし​など​いふ体ていに、 便びん宜ぎに​ひかれ​て縁えんに​したがひ​て修しゅする善ぜんなる​がゆゑに、 随縁ずいえんの雑善ぞうぜんと​きらは​るる​なり。 この位くらいならば、 たとひ念仏ねんぶつの行ぎょうなり​とも、 自じ力りきの念仏ねんぶつは随縁ずいえんの雑善ぞうぜんに​ひとしかる​べき​か。

・自力念仏に簡ぶ

【13】*うちまかせ​て​ひと​の​おもへ​る念仏ねんぶつは、 こころ​には浄じょう土どの依え正しょうをも観念かんねんし、 口くちには名みょう号ごうをも​となふる​とき​ばかり念仏ねんぶつは​あり、 念ねんぜ​ず​となへ​ざる​とき​は1401念仏ねんぶつも​なし​と​おもへ​り。 この位くらいの念仏ねんぶつならば、 無為むい常住じょうじゅうの念仏ねんぶつと​は​いひ​がたし。 となふる​とき​は出いで来き、 となへ​ざる​とき​は失うせ​ば、 また​ことに無む常じょう転変てんぺんの念仏ねんぶつなり。

・無為の名義を釈す

無為むいと​は​なす​こと​なし​と​かけ​り。 小乗しょうじょうには*三さん無為むいといへり。 その​なか​に虚こ空くう無為むいといふは、 虚こ空くうは失うする​こと​も​なく、 はじめて出いで来くる​こと​も​なし。 天然てんねんなる​ことわり​なり。 大だい乗じょうには真如しんにょ1128法ほっ性しょう等とうの常住じょうじゅう不ふ変へんの理りを無為むいと談だんずる​なり。 *序題じょだい門もんに、 「▲法身ほっしん常住じょうじゅう比ひ若にゃく虚こ空くう」 と釈しゃくせ​らるる​も、 かの​くに​の常住じょうじゅうの益やくを​あらはす​なり。 かるがゆゑに極楽ごくらくを*無為むい住じゅうの​くに​といふは、 凡ぼん夫ぶの​なす​によりて、 失うせ​も​し、 出いで来きも​する​こと​の​なき​なり。

・無為に准例して念仏を示す

念仏ねんぶつ三昧ざんまいも​また​かくのごとし。 衆しゅ生じょうの念ねんずれ​ば​とて、 はじめて出いで来き、 わするれ​ば​とて失うする法ほうに​あらず。 よくよく​この​ことわり​を​こころう​べき​なり。

・念仏の名義を釈す

【14】おほよそ念仏ねんぶつといふは仏ぶつを念ねんず​と​なり。 仏ぶつを念ねんず​といふは、 仏ぶつの大願だいがん業力ごうりきをもつて衆しゅ生じょうの*生しょう死じの​きづな​を​きり​て、 *不ふ退たいの報ほう土どに生しょうず​べき​いはれ​を成じょう就じゅし​たまへ​る功く徳どくを念仏ねんぶつし​て、 帰き命みょうの本願ほんがんに乗じょうじ​ぬれ​ば、 衆しゅ生じょうの三業さんごう、 仏体ぶったいに​もた​れ​て仏ぶっ果かの正しょう覚がくに​のぼる。 かるがゆゑに​いま​いふ​ところの念仏ねんぶつ三昧ざんまいといふは、 われら​が*称しょう礼らい念ねんすれ​ども自じの行ぎょうには​あらず、 ただ​これ阿あ弥陀みだ仏ぶつの行ぎょうを1402行ぎょうずる​なり​と​こころう​べし。

・まさしく念仏の法体を明かす

【15】本願ほんがんといふは*五ご劫こう思し惟ゆいの本願ほんがん、 業力ごうりきといふは*兆ちょう載さい永劫ようごうの行ぎょう業ごう、 乃ない至し*十劫じっこう正しょう覚がくの​のち​の仏ぶっ果かの万徳まんどくなり。 この願がん行ぎょうの功く徳どくは、 ひとへに未み来らい悪あく世せの無智むちの​われら​が​ため​に、 かはり​て​はげみ行おこなひ​たまひ​て、 十方じっぽう衆しゅ生じょうの​うへ​ごと​に、 生しょう死じの​きづな​きれ​はて​て、 不ふ退たいの報ほう土どに願がん行ぎょう円満えんまんせ​し​とき、 機き法ほう一体いったいの1129正しょう覚がくを成じょうじ​たまひ​き。

・機の法に帰することを明かす

この正しょう覚がくの体たいを念ねんずる​を念仏ねんぶつ三昧ざんまいといふ​ゆゑに、 さらに機きの三業さんごうには​とどむ​べから​ず。

・信受の相を明かす

【16】うちまかせ​ては機きより​して​こそ生しょう死じの​きづな​を​きる​べき行ぎょうをも​はげみ、 報ほう土どに入いる​べき願がん行ぎょうをも営いとなむ​べき​に、 *修因しゅいん感かん果かの道どう理りにこえたる*別べつ異いの弘ぐ願がんなる​ゆゑに、 仏ぶつの大願だいがん業力ごうりきをもつて凡ぼん夫ぶの往おう生じょうは​したため成じょうじ​たまひ​ける​こと​の​かたじけなさ​よ​と帰き命みょうすれば、

・よく所乗を明かす

衆しゅ生じょうの三業さんごうは*能業のうごうと​なり​て​うへ​に​のせ​られ、 弥陀みだの願力がんりきは*所業しょごうと​なり​て​われら​が報仏ほうぶつ報ほう土どへ生しょうず​べき乗物のりものと​なり​たまふ​なり。 かるがゆゑに帰き命みょうの心しん、 本願ほんがんに乗じょうじ​ぬれ​ば、 三業さんごうみな仏体ぶったいに*もた​る​といふ​なり。

・他力を成ずることを釈す

仏ぶつの願がん行ぎょうは​さらに他たの​こと​に​あらず。 一向いっこうに​われら​が往おう生じょうの願がん行ぎょうの体たいなる​がゆゑに、 仏ぶっ果かの正しょう覚がくの​ほか​に往おう生じょうの行ぎょうを論ろんぜ​ざる​なり。

・自力執心を誡む

この​いはれ​を1403きき​ながら、 仏ぶつの正しょう覚がくをば、 *おほやけもの​なる​やう​にて​さておい​て、 いかが​して*道心どうしんをもおこし行ぎょうをも*いさぎよく​して往おう生じょうせ​んずる​と​おもは​ん​は、 かなしかる​べき執しゅう心しんなり。

・仏体即行を明かす

仏ぶつの正しょう覚がくすなはち衆しゅ生じょうの往おう生じょうを成じょうぜる体たいなれば、 仏体ぶったいすなはち往おう生じょうの願がんなり、 行ぎょうなり。 この行ぎょうは、 衆しゅ生じょうの念ねん・不ふ念ねんによる​べき行ぎょうに​あらず。 かるがゆゑに仏ぶっ果かの正しょう覚がくの​ほか​に往おう生じょうの行ぎょうを論ろんぜ​ず​といふ​なり。

・他力信心を明かす

この正しょう覚がくを心しんに領りょう解げする​を三心さんしんとも信心しんじんとも​いふ。 この機き法ほう一体いったいの正しょう1130覚がくは名みょう体たい不二ふになる​ゆゑに、 これ​を口くちに​となふる​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ。

・無為行体を明かす

かるがゆゑに心しんに信しんずる​も正しょう覚がくの一念いちねんに​かへり、 口くちに​となふる​も正しょう覚がくの一念いちねんに​かへる。 たとひ千せん声しょうとなふ​とも、 正しょう覚がくの一念いちねんをば出いづ​べから​ず。

また*ものぐさく懈け怠だいなら​ん​とき​は、 となへ​ず念ねんぜ​ず​して夜よを​あかし日ひを​くらす​とも、 他た力りきの信心しんじん、 本願ほんがんに乗のり​ゐ​なば、 仏体ぶったいすなはち長じょう時じの行ぎょうなれば、 さらに*弛ゆるむ​こと​なく間断けんだんなき行ぎょう体たいなる​ゆゑに、 名みょう号ごうすなはち無為むい常住じょうじゅうなり​と​こころうる​なり。 「▲阿あ弥陀みだ仏ぶつすなはち​これ​その行ぎょう」 (玄義分) といへる、 この​こころ​なり。

・無為を成じ三業を約す

【17】また​いま​いふ​ところの念仏ねんぶつ三昧ざんまいは、 われら​が称しょう礼らい念ねんすれ​ども自じの行ぎょうには​あらず、 ただ​これ阿あ弥陀みだ仏ぶつの行ぎょうを行ぎょうずる​なり​といふは、 帰き命みょうの心しん、 本願ほんがんに乗のり1404て、 三業さんごうみな仏体ぶったいの​うへ​に乗じょうじ​ぬれ​ば、 身みも仏ぶつを​はなれ​たる身みに​あらず、 こころ​も仏ぶつを​はなれ​たる​こころ​に​あらず、 口くちに念ねんずる​も機き法ほう一体いったいの正しょう覚がくの​かたじけなさ​を称しょうし、 礼らいするも他た力りきの恩徳おんどくの身みに​あまる​うれしさ​を礼らいする​ゆゑに、 われら​は称しょうすれ​ども念ねんずれ​ども機きの功こうを*つのる​に​あらず、 ただ​これ阿あ弥陀みだ仏ぶつの凡ぼん夫ぶの行ぎょうを成じょうぜ​し​ところ​を行ぎょうずる​なり​といふ​なり。

【18】仏体ぶったい、 無為むい無漏むろなり。 *依え正しょう、 無為むい無漏むろなり。 されば名みょう体たい不二ふにの​ゆゑに、 名みょう号ごうもまた無為むい無漏むろなり。

・重ねて専復専を釈す

かるがゆゑに念仏ねんぶつ三昧ざんまいに​なりかへり​て、 △1131もつぱらに​して​また​もつぱらなれ​といふ​なり。 専せんの字じ、 二に重じゅうなり。 まづ雑ぞう行ぎょうを​すて​て正行しょうぎょうを​とる、 これ一いち重じゅうの専せんなり。 その​うへ​に助業じょごうを​さしおき​て正定しょうじょう業ごうに​なりかへる、 また一いち重じゅうの専せんなり。 また​はじめ​の専せんは一いち行ぎょうなり、 のち​の専せんは一心いっしんなり。 一いち行ぎょう一心いっしんなる​を 「専せん復ぷ専せん」 といふ​なり。

この正定しょうじょう業ごうの体たいは、 機きの三業さんごうの位くらいの念仏ねんぶつに​あらず、 時じ節せつの久く近ごんを問とは​ず、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがを​えらば​ず、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃの仏体ぶったいすなはち凡ぼん夫ぶ往おう生じょうの正定しょうじょう業ごうなる​ゆゑに、 名みょう号ごうも名みょう体たい不二ふにの​ゆゑに正定しょうじょう業ごうなり。 この機き法ほう一体いったいの南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつに​なりかへる​を念仏ねんぶつ三昧ざんまいといふ。

かるがゆゑに機きの念ねん・不ふ念ねんに​よら​ず、 仏ぶつの*無礙むげ智ちより機き法ほう一体いったいに成じょうずる​ゆゑに、 名みょう1405号ごうすなはち無為むい無漏むろなり。 この​こころ​を​あらはし​て極楽ごくらく無為むいといふ​なり。

・念仏三昧を総結す

【19】念仏ねんぶつ三昧ざんまいといふは、 機きの念ねんを本ほんと​する​に​あらず、 仏ぶつの大だい悲ひの衆しゅ生じょうを摂取せっしゅし​たまへ​る​こと​を念ねんずる​なり。 仏ぶつの功く徳どくも​もとより衆しゅ生じょうの​ところ​に機き法ほう一体いったいに成じょうぜる​ゆゑに、 帰き命みょうの心しんの​おこる​といふ​も​はじめて帰きする​に​あらず。 機き法ほう一体いったいに成じょうぜ​し功く徳どくが、 衆しゅ生じょうの意い業ごうに浮うかび出いづる​なり。 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと称しょうする​も、 称しょうし​て仏体ぶったいに近ちかづく​に​あらず、 機き法ほう一体いったいの正しょう覚がくの功く徳どく、 衆しゅ生じょうの口く業ごうに​あらはるる​なり。 信しんずれ​ば仏体ぶったいに​かへり、 称しょうすれ​ば仏体ぶったいに​かへる​なり。

・四事

・自力他力

【113220】一 自じ力りき・他た力りき、 日輪にちりんの事こと。

 自じ力りきにて往おう生じょうせん​と​おもふ​は、 闇あん夜やに​わが​まなこ​の​ちから​にて​もの​を​み​ん​と​おもは​ん​が​ごとし。 さらに​かなふ​べから​ず。 日輪にちりんの​ひかり​を​まなこ​に​うけとり​て*所縁しょえんの境きょうを照てらし​みる、 これ*しかしながら日輪にちりんの​ちから​なり。 ただし、 日ひの照てらす因いんあり​とも*生しょう盲もうの​もの​は​みる​べから​ず、 また​まなこ​ひらき​たる縁えんあり​とも闇あん夜やには​みる​べから​ず。 日ひと​まなこ​と因縁いんねん和わ合ごうし​て​もの​を​みる​が​ごとし。

帰き命みょうの念ねんに本願ほんがんの功く徳どくを​うけとり​て往おう生じょうの大だい事じを​とぐ​べき​ものなり。 帰き命みょう1406の心しんは​まなこ​の​ごとし、 摂取せっしゅの​ひかり​は日ひの​ごとし。 南無なもは​すなはち帰き命みょう、 これ​まなこ​なり。 阿あ弥陀みだ仏ぶつは​すなはち他た力りき弘ぐ願がんの法体ほったい、 これ日輪にちりんなり。

よつて本願ほんがんの功く徳どくを​うけとる​こと​は、 宿しゅく善ぜんの機き、 南無なもと帰き命みょうし​て阿あ弥陀みだ仏ぶつと​となふる六ろく字じの​うち​に、 万まん行ぎょう万善まんぜん、 恒沙ごうじゃの功く徳どく、 ただ一いっ声しょうに成じょう就じゅする​なり。 かるがゆゑに​ほか​に功く徳どく善根ぜんごんを求もとむ​べから​ず。

・四種往生

【21】一 ▲四し種しゅ往おう生じょうの事こと。

 四し種しゅの往おう生じょうといふは、 一ひとつ​には正しょう念ねん往おう生じょう、 ¬*阿あ弥陀みだ経きょう¼ に、 「▲心しん不ぷ顛倒てんどう即得そくとく往おう生じょう」 と説とく、 これ​なり。

二ふたつ​には狂きょう乱らん往おう生じょう、 ¬観かん経ぎょう¼ (意) の下げ品ぼんに説とき​て​いはく、 「▲十じゅう悪あく・破は1133戒かい・五ご逆ぎゃく、 はじめ​は臨りん終じゅう狂きょう乱らんし​て手てに虚こ空くうを​にぎり、 身みより白しろき汗あせを​ながし、 地じ獄ごくの猛みょう火か現げんぜ​しかども、 ◆善ぜん知ぢ識しきに​あう​て、 もしは一いっ声しょう、 もしは一念いちねん、 もしは十じっ声しょうにて往おう生じょうす」。

三みつ​には*無記むき往おう生じょう、 これ​は *¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ に​みえ​たり。 この​ひと、 いまだ無記むきならざり​し​とき、 摂取せっしゅの光こう明みょうに照てらさ​れ、 帰き命みょうの信心しんじんおこり​たり​しかども、 生しょう死じの身みを​うけ​し​より、 しかるべき業因ごういんにて無記むきに​なり​たれ​ども、 往おう生じょうは他た力りきの仏ぶっ智ちに​ひか​れ​て疑うたがいなし。 たとへば1407睡眠すいめんし​たれ​ども、 月つきの​ひかり​は照てらす​が​ごとし。 無記むき心しんの​なか​にも摂取せっしゅの​ひかり​たえ​ざれ​ば、 ひかり​の​ちから​にて▽無記むきの心しんながら往おう生じょうする​なり。 因いん果がの理りを​しら​ざる​もの​は、 *なじに仏ぶつの御おんちから​にて、 すこしき​ほど​の無記むきにも​なし​たまふ​ぞ​と難なんじ、 また無記むきなら​ん​ほど​にて​は​よも往おう生じょうせ​じ​なんど​おもふ​は、 それ​は​くはしく聖教しょうぎょうを​しら​ず、 因いん果がの道どう理りに​まどひ、 仏ぶっ智ちの不ふ思議しぎを疑うたがふ​ゆゑなり。

四よつ​には意い念ねん往おう生じょう、 これ​は ▲¬法ほっ鼓く経きょう¼ に​みえ​たり。 声こえに出いだし​て​となへ​ず​とも、 こころ​に念ねんじ​て往おう生じょうする​なり。

この四し種しゅの往おう生じょうは、 *黒谷くろだにの聖しょう人にん (*法然) の御ご*料りょう簡けんなり。 世よの常つねには​くはしく​この​こと​を​しら​ず​して、 臨りん終じゅうに念仏ねんぶつ申もうさ​ず、 また無記むきなら​ん​は往おう生じょうせ​ず​と​いひ、 名みょう号ごうを​となへ​たらば往おう生じょうと​おもふ​は、 さる​こと​も​あら​んずれ​ども、 それ​は​なほ1134おほやうなり。

五ご百ひゃくの長ちょう者じゃの子こは、 臨りん終じゅうに仏ぶつ名みょうを​となへ​たり​しかども往おう生じょうせざり​し​やう​に、 臨りん終じゅうに声こえに出だす​とも帰き命みょうの信心しんじんおこら​ざらん​もの​は人にん天でんに生しょうず​べし​と、 ▲*¬守しゅ護ご国界こっかい経きょう¼ に​みえ​たり。 されば、 ただ​さき​の四し人にんながら帰き命みょうの心しんおこり​たらば、 みな往おう生じょうし​ける​にて​ある​べし。

天親てんじん菩ぼ薩さつの ¬往おう生じょう論ろん¼ (浄土論) に、 「▲帰き命みょう尽じん十方じっぽう無礙むげ光こう如来にょらい」 といへり。

ふかき法ほうも​あさき​たとへ​にて​こころえ​らる​べし。 たとへば1408日ひは観音かんのんなり。 その観音かんのんの​ひかり​をば、 *みどり子ごより​まなこ​に得えたれ​ども、 *いとけなき​とき​は​しら​ず。 すこし​こざかしく​なり​て、 自じ力りきにて​わが目めの​ひかり​にて​こそ​あれ​と​おもひ​たらん​に、 よく日輪にちりんの​こころ​を​しり​たらん​ひと、 「おのが目めの​ひかり​ならば、 夜よるこそ​もの​を​みる​べけれ、 すみやかに​もと​の日光にっこうに帰きす​べし」 と​いは​ん​を信しんじ​て、 日天にってんの​ひかり​に帰きし​つる​もの​ならば、 わが​まなこ​の​ひかり*やがて観音かんのんの​ひかり​なる​が​ごとし。

帰き命みょうの義ぎも​また​かくのごとし。 しら​ざる​とき​の​いのち​も阿あ弥陀みだの御おんいのち​なり​けれ​ども、 いとけなき​とき​は​しら​ず。 すこし​こざかしく自じ力りきに​なり​て、 わが​いのち​と​おもひ​たらん​をり、 善ぜん知ぢ識しき、 もと​の阿あ弥陀みだの​いのち​へ帰きせよ​と教おしふる​を​きき​て、 帰き命みょう無む量りょう寿じゅ覚かくし​つれ​ば、 わが​いのち​すなはち無む量りょう寿じゅなり​と信しんずる​なり。 かくのごとく帰き命みょうする​を 「▲正しょう1135念ねんを得う」 (礼賛) と​は釈しゃくする​なり。

すでに帰き命みょうし​て正しょう念ねんを得えたらん​もの​は、 たとひ*枷かせおもく​して、 この帰き命みょうの​のち無記むきに​なる​とも往おう生じょうす​べし。 すでに ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ に、 「△無記むきの心しんながら往おう生じょうす」 といふは、 「摂取せっしゅの光こう明みょうに照てらさ​れ​ぬれ​ば、 その無記むきの心しんは​やみ​て慶きょう喜き心しんにて往おう生じょうす」 といへり。 また ¬観かん経ぎょう¼ の*下げ三品さんぼんは、 いまだ帰き命みょうせざり​し​とき​は地じ獄ごくの相そう現げんじ​て狂きょう乱らん1409せ​しかども、 知ち識しきに勧すすめ​られ​て帰き命みょうせ​しかば往おう生じょうし​き。 また平生へいぜいに帰き命みょうし​つる​ひと​は、 生いき​ながら摂取せっしゅの益やくに​あづかる​ゆゑに、 臨りん終じゅうにも心しん顛倒てんどうせず​して往おう生じょうす。 これ​を正しょう念ねん往おう生じょうと​なづくる​なり。

また帰き命みょうの信心しんじんおこり​ぬる​うへは、 「たとひ声こえに出いださ​ず​して​をはる​とも​なほ往おう生じょうす​べし」 と ¬法ほっ鼓く経きょう¼ に​みえ​たり。 これ​を意い念ねん往おう生じょうといふ​なり。

されば​とにもかくにも他た力りき不ふ思議しぎの信心しんじん決けつ定じょうし​ぬれ​ば、 往おう生じょうは疑うたがふ​べから​ざる​ものなり。

・時機相応

【22】一 *¬観仏かんぶつ三昧ざんまい経きょう¼ に​のたまはく、 「▲長ちょう者じゃあり。 一人いちにんの​むすめ​あり。 最さい後ごの*処分しょぶんに閻えん浮ぶ檀金だんごんを​あたふ。 穢え物もつに​つつみ​て泥でい中ちゅうに​うづみ​て​おく。 国王こくおう、 群臣ぐんしんを​つかはし​て奪うばひ取とら​んとす。 この泥でいをば踏ふみ行ゆけ​ども​しら​ず​して​かへる。 その​のち​この女人にょにん取とりいだし​て商あきなふ​に、 さき​より​も​なほ富貴ふきに​なる」。

これ​は​これ1136、 たとへ​なり。 「国王こくおう」 といふは​わが身みの*心王しんのうに​たとふ。 「宝たから」 といふは諸善しょぜんに​たとふ。 「群臣ぐんしん」 といふは*六賊ろくぞくに​たとふ。 かの六賊ろくぞくに諸善しょぜんを奪うばひ取とら​れ​て、 *たつ方かたも​なき​をば出しゅつ離りの縁えんなき​に​たとふ。 「泥でい中ちゅうより​こがね​を取とりいだし​て富貴ふき自じ在ざいに​なる」 といふは、 念仏ねんぶつ三昧ざんまいに​より​て信心しんじん決けつ定じょうし​ぬれ​ば、 須しゅ1410臾ゆに安楽あんらくの往おう生じょうを得うる​に​たとふ。 「穢え物もつに​つつみ​て泥でい中ちゅうに​おく」 といふは、 五ご濁じょくの凡ぼん夫ぶ、 *穢え悪あくの女人にょにんを正しょう機きと​する​に​たとふる​なり。

・薪火の喩

【23】一 たきぎ​は火ひを​つけ​つれ​ば、 はなるる​こと​なし。 「たきぎ」 は行ぎょう者じゃの心しんに​たとふ。 「火ひ」 は弥陀みだの摂取せっしゅ不ふ捨しゃの光こう明みょうに​たとふる​なり。 心光しんこうに照しょう護ごせ​られ​たてまつり​ぬれ​ば、 わが心しんを​はなれ​て仏心ぶっしんも​なく、 仏心ぶっしんを​はなれ​て​わが心しんも​なき​ものなり。 これ​を南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと​は​なづけ​たり。

安心あんじん決けつ定じょう鈔しょう 末まつ

 

底本は本派本願寺蔵蓮如上人書写本ˆ浄聖全と同一ˇ。
したためたまふ 整えてくださっている。
当に 将来において。
正覚の一念 阿弥陀仏が正覚を成就した最初の時をいう。
仏体よりは 仏の側では。 仏の立場からは。
つたなく 愚かにも。
五百塵点劫 釈尊が成仏してからすでに久く遠おんの時を経ていることを示す言葉。 ¬法華ほけ経きょう¼ 「如来寿量品」 の説。
八千遍まで… 釈尊は衆しゅ生じょう教化のために、 この世にすでに八千遍も来生しているという意。 ¬梵網ぼんもう経きょう¼ の説。
大小乗 大だい乗じょうと小乗しょうじょうのこと。
法滅百歳の機 仏法が滅んだ後の百年間、 浄土の経典のみがこの世にとどまる時の衆生。
功 「劫」 とする異本がある。
教文 ¬真しん宗しゅう法要ほうよう¼ 所収本、 および ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の原文には 「教門」 とある。 教門は教えの意。
諸経随機の得益 教化の対象に適応して説かれた方便のさまざまな経典の利り益やく。
左右なく ためらいなく。
正覚の一念にかへり 衆しゅ生じょうの信心も称名も、 正覚の一念に成就された南無阿弥陀仏のほかにないと領りょう解げすることをいう。 ただし、 この表現は、 浄土真宗相そう承じょうの他の聖教には見られない。
失念 苦しみのために、 仏を憶念おくねんする力を失うこと。
弥陀 原文にはこの二字はない。
薩埵 ここでは菩提薩埵の略。 菩薩に同じ。
唯知作悪の機 ただ悪を作ることをのみ知る衆しゅ生じょう。
よそなる仏の功徳… 衆生の往生とは無関係に阿弥陀仏の功徳があるように思って。
名号に功をいれなば 称名の功く徳どくを積んだならば。
仏体すなはち… 南無阿弥陀仏という仏体 (名みょう号ごう) には、 衆生を往生させるはたらきがあるということ。
おもひわく 分別し判断する。 ここでは本願のいわれを正しく領りょう解げすること。
別異の弘願 「玄義分」 の原文は 「別意の弘願」 となっている。 一般の因果の道理に超えすぐれた他力救済の本願をいう。
さきとして 第一として。
わたさずは 救済しなければ。
身の毛いよたつ 体中の毛が逆立つ。
智目行足 さとりをひらくために必要な智慧ちえの目と修行の足。
大経に… 以下の二句は、 ¬礼讃らいさん¼ に ¬大経¼ 要文として引く文。
よそにさしのけてはなくして よそ事とするのではなく、 わが身のことと受けとめてという意。
随煩悩 根本煩悩に附随する第二義的な煩悩。
ちわりて 千々ちぢに割って。
道心二法 ¬真宗法要¼ 所収本には 「色心二法」 とある。
縛曰羅冒地 金剛こんごう智ちのこと。
染みぬれば なじんだなら。
正法 正しょう報ぼうのことか。
成じいりたまひけるものを すっかり成就されたのであるなあ。
ことわりあらはせば すじ道をたてていいあらわすと。
平信のひと 深い道理も知らないまま、 教えられた通りにただ信じている普通の信者。
ひら信じ ひたすら信じること。
名義に相応す 名みょう号ごうのいわれにかなう。
しらじら はっきりしているさまを表す語。 「しれじれ」 の転とすれば、 きわめて愚かな、 いたって無知なという意。
かぶらんずるやうに 受けることができるように。
機の安心 衆しゅ生じょうの信心。
第八の観 ¬観経¼ に説く定じょう善ぜん十三観の第八観。 像観のこと。
所化の境 教化をほどこす対象。
法界の衆生 全世界の生きとし生けるもの。
下下品 下げ品ぼん下げ生しょう。
あらはれもてゆくなり だんだんとあらわれていくのである。
覚体の功徳 正覚を成就した仏体に具そなわっている功徳。
能念所念 能念は信ずる心。 所念は信の対象である法。
機法一体の正覚 機は衆しゅ生じょうの往生、 法は阿弥陀仏の正覚を指し、 阿弥陀仏の正覚成就のままが衆生の往生成就であるように、 一体不二に成就された仏徳のことをいう。
心蓮華 如来の慈悲心を蓮華に喩えていう。
第七の観 ¬観経¼ に説く定じょう善ぜん十三観の第七観。 華座けざ観かんのこと。
ことに 「異ことに」 であろう。
火の炭におこりつきたる 火が炭からおこって、 炭と一体化している様子。
傅大士 名は傅ふ翕きゅう (497-569)。 傅大士とも双林大士とも呼ばれる。 烏う傷しょう (現在の浙江せっこう省烏傷) の人。 在俗の仏教信者で、 民衆教化につとめ、 弥み勒ろくの下げ生しょうと称された。 転輪藏 (回転式の書架) を発明したという。
聖道の通法門 聖しょう道どう門もんにおいて共通して語られる教え。
真如の理仏 永遠の理法としての法身ほっしん仏ぶつ。
修得の方 永劫ようごうの修行によって真如しんにょの理を体得し、 その徳を実現した報身ほうじんとしての阿弥陀仏の側。
うとからん仏 縁遠い仏、 すなわち諸仏のこと。
難化能化 教化し難いものを導いて教化すること。
律僧 戒律を厳守する僧。
真言 口に真言 (密教における呪句) を唱える行ぎょう業ごう。
うちまかせて 普通一般の考えに従って。
序題門 「法身…」 の文は実際には 「玄義分」 釈名門にある。
無為住 ¬真宗法要¼ 所収本には 「無為常住」 とある。
生死のきづな 生死流る転てんの迷いの世界につなぎとめる綱。
不退の報土 往生すれば、 証果を得ることに定まり、 再び下位に退転しない報身ほうじん仏ぶつの浄土。
称礼念 口業の称名、 身業の礼敬、 意業の憶念おくねん。
別異の弘願 一般の因果の道理にこえすぐれた他力救済の本願をいう。
能業 ¬真宗法要¼ 所収本には 「能乗」 とある。
所業 ¬真宗法要¼ 所収本には 「所乗」 とある。
もたる 保持される。 抱かれる。
いさぎよくして 精しょう進じんして。 つとめはげんで清浄しょうじょうになして。
弛む 途中でおこたる。
つのる たよりとする。
所縁の境 認識される対象。
生盲 →補註14
無記往生 無記は本来は善でも悪でもない行為をいうが、 ここでは善悪のけじめもつかないような心の状態のままで往生することをいう。
群疑論に… 「無記往生」 は ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ 巻七の意によるものであろう。
守護国界経に… ¬往生要集¼ (下) 所引の ¬観仏かんぶつ三昧ざんまい経きょう¼ 取意の文および ¬守しゅ護ご国界こっかい経きょう¼ 巻十の文によるものであろう。
枷 人の自由を束縛するもの。 転じて往生のさまたげとなる罪のこと。
下三品 九く品ぼんのうちの下品上生、 下品中生、 下品下生。
観仏三昧経に… ¬往生要集¼ (下) 所引の ¬観仏三昧経¼ 取意の文によっていう。
処分 財産を分け与えること。
たつ方もなき 生活していくことができない。
穢悪の女人 →補註14