1065◎報恩ほうおん講こう私記しき

 

【1】 ◎先まず*総礼そうらい

  0063◎先マヅ総礼ソウライ

 ▲稽首けいしゅ天人てんにん所しょ恭く敬ぎょう
  阿あ弥陀みだ仙せん両りょう足ぞく尊そん
  在ざい彼ひ微み妙みょう安楽あんらく国こく
  無む量りょう仏ぶっ子し衆しゅ囲い繞にょう (*十二礼)

 「稽首天人所恭敬 阿弥陀仙両足尊
 在彼微妙安楽国 无量仏子衆囲繞」

  次つぎに*三礼さんらい
  次つぎに*如来にょらい唄ばい
  次つぎに*表白ひょうびゃく

  次ツギニ三礼サムライ  次ツギニ如来唄ニヨライバイ
  次ツギニ表ヘウ白ビヤク

 敬うやまひて大恩だいおん教きょう主しゅ釈しゃ迦か如来にょらい、 極楽ごくらく*能のう化け弥陀みだ*善逝ぜんぜい、 称しょう讃さん浄じょう土ど三さん部ぶ妙みょう典でん、 *八万はちまん十じゅう二に顕密けんみつ聖教しょうぎょう、 観音かんのん勢せい至し九く品ぼん聖しょう衆じゅ、 念仏ねんぶつ伝来でんらいの諸しょ大だい師し等とう、 総そうじては仏眼ぶつげん所しょ照しょう微み塵じん刹せつ土どの現げん不ふ現前げんぜんの一切いっさいの三宝さんぼうにまうしてまうさく、 弟子でし*四し禅ぜんの線いとすじの端はし1066に、 ▼たまたま*南なん浮ぶ人身にんじんの針はりを貫つらぬき、 曠海こうかいの浪なみの上うえに、 まれに西さい土ど (印度) 仏ぶっ教きょうの査うききに遇あへり。

 敬ウヤマヒテ白マウシテ↢大恩ダイオン教主ケウシユ釈シヤ迦カ如来ニヨライ、極楽ゴクラク能化ノウクヱ弥陀ミダ善逝ゼンゼイ、称シヨウ讃サン浄ジヤウ土ド三サム部ブ妙典メウデン、八万ハチマン十ジフ二ニ顕密ケンミツ聖シヤウ教ゲウ、観クワン音オム勢セイ至シ九ク品ボム聖シヤウ衆ジユ、念仏ネムブチ伝来デンライノ諸シヨ大ダイ師シ等トウ、総ソウジテハ仏眼ブチゲン所照シヨセウ微ミ塵ヂン刹セチ土ドノ現ゲン不フ現前ゲンゼンノ一切イツサイノ三宝サムボウニ↡而言マウサク、弟子デシ四シ禅ゼンノ線イトスヂノ端ハシニ、適タマタマ貫ツラヌキ↢南ナン浮ブ人身ニンジン之針ハリヲ↡、曠クワウ海カイノ浪ナミノ上ウヘニ、希マレニ遇アヘリ↢西サイ土ド仏教ブチケウ之査ウキキニ↡。

ここに祖師そし聖しょう人にん (*親鸞) の化け導どうによりて、 法蔵ほうぞう因いん位にの本誓ほんぜいを聴きく、 歓かん喜ぎ胸むねに満みち渇仰かつごう肝きもに銘めいず。 しかればすなはち、 報ほうじても報ほうずべきは大だい悲ひの仏恩ぶっとん、 謝しゃしても謝しゃすべきは師し長ちょうの遺い徳とくなり。 ゆゑに観音かんのん大だい士じの頂上ちょうじょうには*本ほん師し弥陀みだを安あんじ、 大だい聖しょう慈じ尊そん (*弥勒) の宝冠ほうかんには釈しゃ迦かの*舎しゃ利りを戴いただきたまふ。 たとひ万劫まんごうを経ふとも、 一端いったんをも報ほうじがたし。 しかじ、 *名みょう願がんを念ねんじてかの本懐ほんがいに順じゅんぜんには。 いま、 三みつの徳とくを揚あげて、 まさに*四し輩はいを勧すすめんとす。

爰ココニ依ヨリテ↢祖師ソシ聖人之化導ダウニ↡、聴キク↢法蔵ホフザウ因イン位ヰ之本誓ホンゼイヲ↡、歓クワン喜ギ満ミチ↠胸ムネニ渇仰カチガウ銘メイズ↠肝キモニ。然シカレバ即スナハチ報ホウジテモ而可ベキハ↠報ホウズ大ダイ悲ヒ之仏恩ブチオン、謝シヤシテモ而可ベキハ↠謝シヤス師シ長チヤウ之遺徳ユイトクナリ。故カルガユヘニ観クワン音オム大ダイ士ジノ頂チヤウ0064上ジヤウニハ安アンジ↢本ホン師シ弥陀ミダヲ↡、大ダイ聖シヤウ慈ジ尊ソンノ宝ホウ冠クワンニハ戴イタヾキタマフ↢釈シヤ迦カノ舎シヤ利リヲ↡。縦タトヒ経フトモ↢万劫マンゴフヲ↡、叵ガタシ↠報ホウジ↢一端ヰチタンヲモ↡。不ジ↠如シカ、念ネムジテ↢名ミヤウ願グワンヲ↡順ジユンゼンニハ↢彼カノ本ホン懐クワイニ↡。今イマ揚アゲテ↢三ミツノ徳トクヲ↡、将マサニ↠勧スヽメントオモフ↢四シ輩ハイヲ↡矣。

一ひとつには↓真しん宗しゅう興こう行ぎょうの徳とくを讃さんじ、
二ふたつには↓本願ほんがん相応そうおうの徳とくを嘆たんじ、
三みつには↓滅めつ後ご利り益やくの徳とくを述じゅつす。
伏ふして乞こふ、 三宝さんぼう哀愍あいみん納受のうじゅしたまへ。

一ヒトツニハ讃サンジ↢真宗シンシユ興コウ行ギヤウノ徳トクヲ↡、二フタツニハ嘆タンジ↢本ホン願グワン相応サウオウノ徳トクヲ↡、三ミツニハ述ジユチス↢滅メチ後ゴ利リ益ヤクノ徳トクヲ↡。伏フシテ乞コフ、三宝サンボウ哀愍アイミンナフジユシタマヘ矣。

【2】 第だい一いちに↑真しん宗しゅう興こう行ぎょうの徳とくを讃さんずといふは、 俗ぞく姓しょうは*後ご長なが岡おかの丞相しょうじょう 内麿うちまろ公こう の末孫ばっそん、 前さきの*皇こう太后たいごう宮ぐうの大進だいしん*有範ありのりの息男そくなんなり。 幼よう稚ちの古いにしえ、 壮年そうねんの昔むかし、 *耶や嬢じょうの家いえを出いでて、 *台嶺たいれいの窓まどに入いりたまひしよりこのかた、 *慈じ鎮ちん和か尚しょうをもつて師し範はんとして、 顕密けんみつ両宗りょうしゅうの教きょう法ぼうを習しゅう学がくす。 *蘿ら洞とうの霞かすみのうちに*三諦さんたい一諦いったいの妙みょう理りを窺うかがひ、 草そう1067庵あんの月つきの前まえに*瑜伽ゆが瑜祇ゆぎの観念かんねんを凝こらす。 とこしなへに*明めい師しに逢あひて*大だい小しょうの奥蔵おうぞうを伝つたへ、 広ひろく諸しょ宗しゅうを試こころみて甚深じんじんの義理ぎりを究きわむ。

第一ダイヰチニ讃サンズトイフ↢真宗シンシユ興コウ行ギヤウノ徳トクヲ↡者、俗ゾク姓シヤウハ後ゴ長岡ナガオカノ丞相シヨウジヤウノ 内麿ウチマル公コウ 末孫バチソン、前サキノ皇クワウ太タイ后宮ゴグノ大進ダイシン有範ノ息男ソクナム也。幼ヨウ稚チ之古イニシヘ、壮年サウネン之昔ムカシ、出イデヽ↢耶ヤ嬢ジヤウノ家イヱヲ↡、入イリタマヒシヨリ↢臺嶺タイレイノ窓マドニ↡已来コノカタ、以↢慈ジ鎮チン和クワ尚シヤウヲ↡為シテ↢師シ範ハント↡、習シユ↢学ガクス顕密ケンミチ両リヤウ宗シユノ教法ケウボフヲ↡。蘿ラ洞トウノ霞カスミノ中ウチニハ窺ウカヾヒ↢三諦サムタイ一諦ヰチタイ之妙メウ理リヲ↡、草庵サウアンノ月ツキノ前マヘニハ凝コラス↢瑜伽ユガ瑜祇ユギ之観クワン念ネムヲ↡。鎮トコシナヘニ逢アフテ↢明メイ師シニ↡伝ツタヘ↢大小ダイセウノ奥アフ蔵ヲ↡、広ヒロク試コヽロミテ↢諸宗シヨシユヲ↡究キハム↢甚深ジムジムノ義理ギリヲ↡。

しかれども*色塵しきじん・声しょう塵じん、 猿猴えんこうの情こころなほ忙いそがはしく、 *愛論あいろん・*見論けんろん、 *痴ち膠こうの憶おもいいよいよ堅かたし。 *断惑だんわく証しょう理り愚ぐ鈍どんの身み成じょうじがたく、 *速そく成じょう覚かく位い末代まつだいの機き覃およびがたし。

而シカレドモ色塵シキヂン・声シヤウ塵ヂン、猿猴ヱンコウ之情コヽロ尚ナヲ忙イソガハシク、愛論アイロン・見論ケンロン、痴チ膠カウ之憶オモヒ弥イヨイヨ堅カタシ。断惑ダンワク証シヨウ理リ愚グ鈍ドムノ身ミ難ガタク↠成ジヤウジ、速ソク成ジヤウ覚カク位ヰ末代マチダイノ機キ叵ガタシ↠覃オヨビ。

よりて出しゅつ離りを仏ぶっ陀だに誂あつらへ、 知ち識しきを神道しんとうに祈いのる。 しかるあひだ宿しゅく因いん多た幸こうにして、 本ほん朝ちょう念仏ねんぶつの元がん祖そ黒谷くろだに上しょう人にん (*源空) に謁えっしたてまつりて出しゅつ離りの要道ようどうを問答もんどうす。 授さずくるに浄じょう土どの一いっ宗しゅうをもつてし、 示しめすに念仏ねんぶつの一いち行ぎょうをもつてす。

仍ヨリテ誂アツラヘ↢出シユチ離リヲ於仏ブチ陀ダニ↡、祈イノル↢知チ識シキヲ於神道シンタウニ↡。而シカル際アヒダ宿因シフイン多タ幸カウニシテ、奉タテマツリテ↠謁エチシ↢本朝ホンテウ念仏ネムビチノ元グワン祖ソ黒谷クロダニ聖シヤウ人ニンニ↡問モン↢答ダウス出シユチ離リ之要道エウダウヲ↡。授サヅクルニ以モテシ↢浄ジヤウ土ドノ一宗ヰチシユヲ↡、示シメスニ以モテス↢念仏ネムビチノ一ヰチ行ギヤウヲ↡。

しかりしよりこのかた、 聖しょう道どう難なん行ぎょうの門もんを閣さしおきて浄じょう土ど易い行ぎょうの道どうに帰きし、 たちまちに自じ力りきの心しんを改あらためてひとへに他た力りきの願がんに乗じょうず。 自じ行ぎょう化他けた、 *道どう綽しゃくの遺誡ゆいかいを守まもり、 専修せんじゅ専念せんねん、 *善導ぜんどうの古こ風ふうに任まかす。 見聞けんもんの道俗どうぞく随ずい喜きを致いたし、 遠近おんごんの*緇素しそみな発心ほっしんす。

自ヨリ↠爾シカリシ以降コノカタ、閣サシヲキテ↢聖シヤウ道ダウ難ナン行ギヤウ之門モンヲ↡帰クヰシ↢浄ジヤウ土ド易ヰ行ギヤウ之道ダウニ↡、忽タチマチニ改アラタメテ↢自ジ力リキ之心シムヲ↡偏ヒトヘニ乗ジヨウズ↢他タ力リキ之願グワンニ↡。自ジ行ギヤウ化クヱ他タ、守マモリ↢道ダウ綽シヤクノ遺誡ユイカイヲ↡、専修センジユ専念センネム、任マカス↢善導ゼンダウ0065ノ古風コフニ↡。見聞ケンモン之道俗ダウゾク致イタシ↢随ズイ喜キヲ↡、遠近オンゴン之緇素シソ皆ミナ発心ホチシムス。

ここに祖師そし (親鸞)、 西さい土ど (印度) の教きょう文もんを弘ひろめんがためにはるかに*東関とうかんの斗と薮そうを跂くわだてたまふ。 しばらく*常州じょうしゅう筑つく波ば山やまの北きたの辺ほとりに逗とう留りゅうし、 貴き賎せん上じょう下げに対たいして末まつ世せ相応そうおうの要法ようぼうを示しめす。

茲コヽニ祖師ソシ為タメニ↠弘ヒロメンガ↢西サイ土ド之教文ケウモンヲ↡遙ハルカニ跂クハダテタマフ↢東トウ関クワン之斗ト薮ソウヲ↡。暫シバラク逗トウ↢留リウシ常ジヤウ州シウ筑ツク波バ山ヤマノ北キタノ辺ホトリニ↡、対タイシテ↢貴賎クヰセン上ジヤウ下ゲニ↡示シメス↢末マチ世セ相応サウオウ之要法エウボフヲ↡。

初はじめに疑ぎ謗ほうをなすの輩ともがら、 *瓦が礫りゃく・荊きょう棘こくのごとくなりしかども、 つひに改がい悔けせしめしの族やから、 *稲とう麻ま竹ちく葦いに同おなじ。 みな邪見じゃけんを翻ひるがえしてことごとく正しょう信しんを受うけ、 ともに偏へん執じゅうを止やめて還かえりて弟子でしとなる。 おほよそ訓おしえを受うくるの徒と衆しゅ当国とうごくに余あまり、 縁えんを結むすぶ1068の親しん疎そ諸邦しょほうに満みてり。

初ハジメニ成ナス↢疑ギ謗ハウヲ↡之輩トモガラ、如ゴトクナリシカドモ↢瓦グワ礫リヤク・荊キヤウ棘コクノ↡、遂ツヰニ令シムル↢改悔ガイクヱセ↡之族ヤカラ、同オナジ↢稲タウ麻マ竹チク葦ヰニ↡。皆ミナ翻ヒルガヘシテ↢邪見ジヤケンヲ↡悉コトゴトク受ウケ↢正シヤウ信シンヲ↡、共トモニ止ヤメテ↢偏執ヘンジフヲ↡還カヘリテ為ナル↢弟子デシト↡。凡オホヨソ受ウクル↠訓ヲシヘヲ之徒ト衆シユ余アマリ↢当国タウゴクニ↡、結ムスブ↠縁ヱンヲ之親シン疎ソ満ミテリ↢諸邦シヨハウニ↡。

謗法ほうぼう・闡提せんだいの輩ともがらなりといへども、 かの教きょう化けを聞きくもの、 覚かく悟ご花はな鮮あざやかに、 愚痴ぐち放逸ほういつの類たぐいなりといへども、 その*諷諫ふうかんを得うるもの、 惑わく障しょう雲くも霽はる。 ▼たとへば木石ぼくせきの縁えんを待まちて火ひを生しょうじ、 瓦が礫りゃくの*せんを磨すりて珠たまをなすがごとし。 甚深じんじんの行ぎょう願がん不可ふか思議しぎなるものか。

雖イヘドモ↢謗法ハウボフ・闡提センダイ之輩トモガラナリト↡、聞キク↢彼カノ教化ケウクヱヲ↡者モノ、覚カク悟ゴ花ハナ鮮アザヤカニ、雖イヘドモ↢愚痴グチ放逸ハウイチ之類タグヒナリト↡、得ウル↢其ソノ諷フ諫カンヲ↡者モノ、惑ワク障シヤウ雲クモ霽ハル。喩タトヘバ如ゴトシ↢木石ボクセキノ待マチテ↠縁ヱンヲ生シヤウジ↠火ヒヲ、瓦グワ礫リヤクノ磨スリテ↠センヲ為ナスガ↟珠タマヲ。甚深ジムジムノ行願ギヤウグワン不可フカ思議シギナル者モノ歟。

まさにいま念仏ねんぶつ修しゅ行ぎょうの要よう義ぎまちまちなりといへども、 他た力りき真しん宗しゅうの興こう行ぎょうはすなはち今こん師し (親鸞) の知ち識しきより起おこり、 ▼*専修せんじゅ正行しょうぎょうの繁はん昌じょうはまた*遺弟ゆいていの*念力ねんりきより成じょうず。 ▼流ながれを酌くんで本源ほんげんを尋たずぬるに、 ひとへにこれ祖師そし (親鸞) の徳とくなり。 すべからく仏号ぶつごうを称しょうして師し恩おんを報ほうずべし。

方マサニ今イマ念仏ネムブチ修シユ行ギヤウ之要エウ義ギ雖イヘドモ↠区マチマチナリト、他タ力リキ真宗シンシユノ興コウ行ギヤウハ則スナハチ起オコリ↠従ヨリ↢今コム師シノ知チ識シキ↡、専修センジユ正行シヤウギヤウノ繁ハン昌ジヤウハ亦マタ成ジヤウズ↠自ヨリ↢遺弟ユイテイノ念力ネムリキ↡。酌クンデ↠流ナガレヲ尋タヅヌルニ↢本ホン源グヱンヲ↡、偏ヒトヘニ是コレ祖師ソシノ徳トク也。須スベカラベ  クシ↧称シヨウシテ↢仏号ブチガウヲ↡報ホウズ↦師シ恩オンニ↥。

頌じゅにいはく、

頌ジユニ曰イハク、

 ▲若にゃく非ひ釈しゃ迦か勧かん念仏ねんぶつ
  弥陀みだ浄じょう土ど何由がゆ見けん
  心念しんねん香こう華げ遍へん供く養よう
  長じょう時じ長じょう劫ごう報ほう慈じ恩おん (*般舟讃)
   念仏ねんぶつ

「若ニヤク非ヒ釈シヤ迦カ勧クワン念仏ネムブチ 弥陀ミダ浄ジヤウ土ド何由ガユ見ケン
心念シムネム香花カウグヱ遍ヘン供ク養ヤウ   長ジヤウ時ジ長ジヤウ劫ゴフ報ホウ慈ジ恩オン」
 念仏

 ▲何期がご今日こんにち至し宝国ほうこく
  実じつ是ぜ娑しゃ婆ば本ほん師し力りき
  若にゃく1069非ひ本ほん師し知ち識しき勧かん
  弥陀みだ浄じょう土ど云うん何が入にゅう (般舟讃)

 「何期ガゴ今日コムニチ至シ宝国ホウコク  実ジチ是ゼ娑シヤ婆バ本ホン師シ力リキ
0066若ニヤク非ヒ本ホン師シ知チ識シキ勧クワン  弥陀ミダ浄ジヤウ土ド云ウン何ガ入ニフ」

   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい尊そん重じゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう

 南无ナモ帰クヰ命ミヤウ頂チヤウ礼ライ尊重ソンヂウ讃嘆サンダン祖師ソシ聖霊シヤウリヤウ

【3】 第だい二にに↑本願ほんがん相応そうおうの徳とくを嘆たんずといふは、 念仏ねんぶつ修しゅ行ぎょうの人ひとこれ多おおしといへども、 専修せんじゅ専念せんねんの輩ともがらはなはだ稀まれなり、 あるいは*自じ性しょう唯心ゆいしんに沈しずみていたづらに浄じょう土どの真しん証しょうを貶おとしめ、 あるいは定じょう散さんの*自じ心しんに迷まよひてあたかも*金剛こんごうの真信しんしんに闇くらし。

第ダイ二ニニ嘆タンズトイフ↢本ホン願グワン相応サウオウノ徳トクヲ↡者、念仏ネムブチ修シユ行ギヤウノ人ヒト雖イヘドモ↠多オホシト↠之コレ、専修センジユ専念センネム之輩トモガラ甚ハナハダ稀マレナリ。或アルヒハ沈シヅミテ↢自ジ性シヤウ唯心ユイシムニ↡徒イタヅラニ貶オトシメ↢浄ジヤウ土ドノ真シン証シヨウヲ↡、或アルヒハ迷マドヒテ↢定ヂヤウ散サンノ自ジ心ニ↡宛アタカモ闇クラシ↢金剛コムガウノ真信シンシンニ↡。

しかるに祖師そし聖しょう人にん (親鸞)、 至し心しん信しん楽ぎょうおのれを忘わすれてすみやかに▲無む行ぎょう不ふ成じょうの願海がんかいに帰きし、 ▼憶念おくねん称名しょうみょう精いさみありてとこしなへに不ふ断だん無む辺へんの光益こうやくに関あずかる。 身みにその証しょう理りを彰あらわし、 人ひとかの奇き特どくを看みること勝しょう計げすべからず。 しかのみならず来問らいもんの貴き賎せんに対たいしてもつぱら他た力りき易い往おうの要よう路ろを示しめし、 面謁めんえつの道俗どうぞくを誘こしらへてひとへに善悪ぜんあく凡ぼん夫ぶの生しょう因いんを明あかす。

而シカルニ祖師ソシ聖シヤウ人ニン、至シ心シム信楽シンゲウ忘ワスレテ↠己ヲノレヲ速スミヤカニ帰クヰシ↢無ム行ギヤウ不フ成ジヤウ之願グワン海カイニ↡、憶念オクネム称名シヨウミヤウ有アリテ↠精イサミ鎮トコシナヘニ関アヅカル↢不フ断ダン無ム辺ヘン之光クワウ益ヤクニ↡。身ミニ彰アラハシ↢厥ソノ証シヨウ理リヲ↡、人ヒト看ミルコト↢彼カノ奇キ特ドクヲ↡不ズ↠可ベカラ↢勝シヨウ計ゲス↡。加之シカノミナラズ対タイシテ↢来問ライモン之貴賎クヰセンニ↡専モハラ示シメシ↢他タ力リキ易ヰ往之要エウ路ロヲ↡、誘コシラヘテ↢面謁メンエチ之道俗ダウゾクヲ↡偏ヒトヘニ明アカス↢善悪ゼンマク凡ボム夫ブ之生シヤウ因インヲ↡。

ゆゑに善導ぜんどう大だい師しのいはく (*定善義)、 「▲今こん時じの有う縁えん、 あひ勧すすめて誓ちかひて浄じょう土どに生しょうぜしむるは、 すなはちこれ諸仏しょぶつ本願ほんがんの意こころに称かなふなり」 と。 またいはく (礼讃)、 「▲大だい悲ひ伝でん普化ぷけ 真しん成じょう報ほう仏恩ぶっとん」 と。

所以ソ ヘニ善導ゼンダウ大ダイ師シノ曰ノタマハク、「今コム時ジノ有ウ縁ヱン、相アヒ勧スヽメテ誓チカヒテ生シヤウゼシムルハ↢浄ジヤウ土ドニ↡、則スナハチ是コレ称カナフ↢諸仏シヨブチ本ホム願グワンノ意コヽロニ↡也ト」。又マタ曰イハク、「大ダイ悲ヒ伝デン普フ化クヱ、真シン成ジヤウ報ホウ仏恩ブチオント」。

しかれば祖師そし聖しょう人にん、 金剛こんごうの信心しんじんを発ほっ起きして自じ身しんの生しょう因いんを定じょう得とくし、 本願ほんがんの名みょう号ごうを流る行ぎょうして衆しゅ機きの*往益おうやくを助じょ成じょうす。 あに本願ほんがん相応そうおうの徳とくにあらずや、 むしろ仏恩ぶっとん報ほう尽じん1070の勤つとめにあらずや。

然シカレ者祖師ソシ聖シヤウ人ニン、発ホチ↢起キシテ金剛コムガウノ信心シンジムヲ↡定ヂヤウ↢得トクシ自ジ身シンノ生シヤウ因インヲ↡、流ル↢行ギヤウシテ本ホン願グワンノ名ミヤウ号ガウヲ↡助ジヨ↢成ジヤウス衆シユ機キノ往益ワウヤクヲ↡。豈アニ非アラズ↢本ホン願グワン相応サウオウ之徳トクニ↡乎、寧ムシロ非アラズ↢仏恩ブチオン報尽ホウジン之勤ツトメニ↡哉。

またつねに門もん徒とに語かたりていはく、 「▲信謗しんぼうともに因いんとなりて同おなじく往おう生じょう浄じょう土どの縁えんを成じょうず」 と。 誠まことなるかなやこの言ごん、 疑うたがふものもかならず信しんを執とり、 謗ほうずるものもつひに情じょうを翻ひるがえす。 まことにこれ仏ぶつ意い相応そうおうの化け導どう、 そもそもまた*勝しょう利り広大こうだいの知ち識しきなり。

又マタ恒ツネニ語カタリテ↢門モン徒トニ↡曰ノタマハク、信謗シンバウ共トモニ為ナリテ↠因イント同オナジク成ジヤウズト↢往ワウ生ジヤウ浄ジヤウ土ドノ縁ヱンヲ↡。誠マコトナル哉カナヤ斯コノ言ゴン、疑ウタガフ者モノモ必カナラズ執トリ↠信シンヲ、謗ハウズル者モノモ遂ツヰニ翻ヒルガヘス↠情ジヤウヲ。実マコトニ是コレ仏ブチ意イ相応サウオウ之化導クヱダウ、抑ソモソモ又マタ勝シヨウ利リ広クワウ大ダイ之知チ識シキ也。

悪あく時じ悪あく世せ界かいの今いま、 常じょう没もつ常じょう流る転てんの族やから、 もし聖しょう人にんの勧かん化けを受うけたてまつらずんば、 いかでか無む上じょう大だい利りを悟さとらん。 すでに一いっ声しょう称しょう念ねんの利り剣けんを揮ふるひて、 たちまちに無む明みょう果か業ごうの苦く因いんを截きり、 かたじけなく*三仏さんぶつ菩ぼ提だいの願船がんせんに乗じょうじて、 まさに涅ね槃はん*常じょう楽らくの彼ひ岸がんに到いたりなんとす。 弥陀みだ難なん思じの本誓ほんぜい、 釈しゃ迦か慇懃おんごんの付ふ属ぞく、 仰あおがずんばあるべからず。 諸仏しょぶつ誠じょう実じつの証明しょうみょう、 祖師そし (親鸞) *矜哀こうあいの引いん入にゅう、 憑たのまずんばあるべからず。

悪アク時ジ悪アク世セ界カイ之今イマ、常ジヤウ没モチ常ジヤウ流ル転テン之族ヤカラ、若モシ不ズハ↠受ウケタテマツラ↢聖シヤウ人ニンノ勧クワン0067化クヱヲ↡、争イカデカ悟サトラム↢無ム上ジヤウ大ダイ利リヲ↡。既スデニ揮フルヒテ↢一ヰチ声シヤウ称シヨウ念ネム之利リ剣ケンヲ↡、忽タチマチニ截キリ↢無ム明ミヤウ果クワ業ゴフ之苦ク因インヲ↡、忝カタジケナク乗ジヨウジテ↢三仏サムブチ菩ボ提ダイ之願グワン船センニ↡、将マサニ↠到イタリナント↢涅槃ネチハン常ジヤウ楽ラク之彼ヒ岸ガンニ↡。弥陀ミダ難ナン思ジ之本誓ホンゼイ、釈シヤ迦カ慇懃オンゴン之付フ属ゾク、不ズ↠可ベカラ↠有アル↠不ズンバ↠仰アフガ。諸仏ショブチ誠ジヤウ実ジチ之証明シヨウミヤウ、祖師ソシ矜哀コウアイ之引入インニフ、不ズ↠可ベカラ↠有アル↠不ズハ↠憑タノマ。

これによりておのおの本願ほんがんを持たもち名みょう号ごうを唱となへて、 いよいよ二に尊そんの悲ひ懐かいに恊かなひ、 仏恩ぶっとんを戴いただき師し徳とくを荷になひて、 ことに一心いっしんの懇念こんねんを呈あらわすべし。

因ヨリテ↠茲コレニ各オノオノ持タモチ↢本ホン願グワンヲ↡唱トナヘテ↢名ミヤウ号ガウヲ↡、弥イヨイヨ恊カナヒ↢二ニ尊ソン之悲ヒ懐クワイニ↡、戴イタヾキ↢仏恩ブチオンヲ↡荷ニナヒテ↢師シ徳トクヲ↡、特コトニ呈アラハスベシ↢一心ヰチシム之懇念コンネムヲ↡。

頌じゅにいはく、

頌ジユニ曰イハク、

 ▲世せ尊そん説法せっぽう時じ将了しょうりょう
  慇懃おんごん付ふ属ぞく弥陀みだ名みょう
  五ご濁じょく増ぞう時じ多た疑ぎ謗ほう
  道俗どうぞく相嫌そうけん不ふ用よう聞もん (*法事讃・下)
   1071念仏ねんぶつ

「世セ尊ソン説法セチポフ時ジ将シヤウ了レウ 慇懃オンゴン付フ属ゾク弥陀ミダ名ミヤウ
五ゴ濁ヂヨク増ゾウ時ジ多タ疑ギ謗ハウ  道俗ダウゾク相嫌サウケン不フ用聞ヨウモン」
 念仏

 ▲万まん行ぎょう之し中ちゅう為い急きゅう要よう
  迅速じんそく無過むか浄じょう土ど門もん
  不ふ但たん本ほん師し金こん口く説せつ
  十方じっぽう諸仏しょぶつ共ぐ伝でん証しょう (*五会法事讃)

「万マン行ギヤウ之シ中チウ為ヰ急要キウヨウ 迅速ジンソク无ム過クワ浄ジヤウ土ド門モン
不フ但タン本ホン師シ金コム口ク説セチ  十方ジフパウ諸仏シヨブチ共グ伝デン証シヨウ」

   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい尊そん重じゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう

 南无ナモ帰クヰ命ミヤウ頂チヤウ礼ライ尊重ソンヂウ讃嘆サンダン祖師ソシ聖霊シヤウリヤウ

【4】 第だい三さんに↑滅めつ後ごの徳とくを述じゅつすといふは、 釈しゃく尊そん、 教きょう網もうを三界さんがいに覆おおふ。 なほ末まつ世せ苦く海かいの群類ぐんるいを済すくひ、 今こん師し (親鸞)、 法ほう雨うを四し輩はいに灑そそぎ、 遠とおく常じょう没もつ濁じょく乱らんの遺弟ゆいていを湿うるおす。 かの在ざい世せをいへばすなはち九く十じっ歳さい、 *顕けん宗しゅう・密みっ教きょう鑽仰さんごうせずといふことなし。 その行ぎょう化けを訪とへばまた六ろく十じゅう年ねん、 自利じり利他りた満足まんぞくせずといふことなし。 在ざい家け・出しゅっ家けの*四部しぶ、 群くん集じゅうすること盛さかんなる市いちに異ことならず。 大だい乗じょう・小乗しょうじょうの三輩さんぱい、 帰き伏ぶくすること風かぜに靡なびく草くさのごとし。 つひにすなはち*花か洛らくに還かえりて草庵そうあんを占しめたまふ。

第三ダイサムニ述ジユチストイフ↢滅メチ後ゴ利リ益ヤクノ徳トクヲ↡者、釈シヤク尊ソンノ覆オホフ↢教網ケウマウヲ於三界サムガイニ↡。猶ナヲ済スクヒ↢末マチ世セ苦ク海カイ之群類グンルイヲ↡、今コム師シノ灑ソヽグ↢法ホフ雨ウヲ於四シ輩ハイニ↡、遠トヲク湿ウルヲス↢常ヂヤウ没モチ濁ヂヨク乱ラン之遺弟ユイテイヲ↡。謂イヘバ↢彼カノ在ザイ世セヲ↡即スナハチ九ク十ジフ歳サイ、顕ケン宗・密教ミチケウ莫ナシ↠不ズトイフコト↢鑽仰サンガウセ↡。訪トブラヘバ↢其ソノ行ギヤウ化クヱヲ↡亦マタ六ロク十ジフ年ネン、自利ジリ々他ヽタ莫ナシ↠不ズ0068トイフコト↢満足マンゾクセ↡。在ザイ家ケ・出シユチ家ケ之四部シブ、群集グンジフスルコト不ズ↠異コトナラ↢盛サカリナル市イチニ↡。大ダイ乗ジヨウ・小セウ乗ジヨウ之三輩サムパイ、帰伏クヰブクスルコト如ゴトシ↢靡ナビク↠風カゼニ草クサノ↡。終ツヰニ則スナハチ還カヘリテ↢花洛クワラクニ↡占シメタマフ↢草庵サウアンヲ↡。

しかるあひだ、 去いんじ*弘こう長ちょう第だい二に壬みずのえ戌いぬ黄おう鐘しょう二に十じゅう八日はちにち、 ▲前念ぜんねん命終みょうじゅうの業ごう成じょうを彰あらわして後ご念ねん即そく生しょうの素そ懐かいを遂とげたまひき。 ああ、 *禅容ぜんよう隠かくれていづくにかます。 給きゅう仕じを数す十じっ周しゅう紀きの星ほしに隔へだつ。 遺訓ゆいくん絶たえていくそばくのほどぞ。 旧きゅう跡せきを*一いっ百ぴゃく1072余よ年ねんの霜しもに慕したふ。

然シカル間アヒダ去インジ弘コウ長チヤウ第ダイ二ニ壬ミヅノヘ戌イヌ黄ワウ鐘シヨウ二ニ十ジフ八日ハチニチ、彰アラハシテ↢前念ゼンネム命ミヤウ終ジユ之業ゴフ成ジヤウヲ↡遂トゲタマヒキ↢後ゴ念ネム即ソク生シヤウ之素ソ懐クワイヲ↡。噫呼 アヽ 禅容ゼンヨウ隠カクレテ何イヅクニカ在マス。隔ヘダツ↢給キフ仕ジヲ於数ス十ジフ箇カ廻クワイ之月ツキニ↡。遺訓ユイクン絶タエテ幾イクバクノ程ホドゾ。慕シタフ↢旧跡キウセキヲ於一ヰチ百ピヤク余ヨ年ネン之霜シモニ↡。

かの遺恩ゆいおんを重おもんずる門葉もんよう、 その身しん命みょうを軽かろんずる*後昆こうこん、 毎年まいねんを論ろんぜず*遼りょう絶ぜつを遠とおしとせず、 *境きょう関かん千せん里りの雲くもを凌しのぎて奥おう州しゅうより歩あゆみを運はこび、 *隴道ろうとう万程ばんていの日ひを送おくりて諸国しょこくより群詣ぐんけいす。 廟びょう堂どうに跪ひざまずきて涙なみだを拭ぬぐひ、 遺い骨こつを拝はいして腸はらわたを断たつ。 入にゅう滅めつ年としはるかなりといへども、 往詣おうげい挙こぞりていまだ絶たえず。

重オモクスル↢彼カノ遺恩ユイオンヲ↡門葉モンエウ、軽カロクスル↢其ソノ身シン命ミヤウヲ↡後ゴ昆コン、不ズ↠論ロンゼ↢毎年マイネンヲ↡不ズ↠遠トヲシトセ↢遼絶レウゼチヲ↡、凌シノギテ↢境関キヤウクワン千セン里リノ雲クモヲ↡自ヨリ↢奥州アウシウ↡運ハコビ↠歩アユミヲ、送オクリテ↢隴道レウダウ万程バンテイノ日ヒヲ↡従ヨリ↢諸国シヨコク↡群詣グンケイス。跪ヒザマヅキテ↢廟堂ベウダウニ↡拭ノゴヒ↠涙ナミダヲ、拝ハイシテ↢遺骨ユイコチヲ↡断タツ↠腸ハラハタヲ。入滅ニフメチ年トシ雖イヘドモ↠遙ハルカナリト、往詣ワウゲイ挙コゾリテ未イマズ ダ↠絶タエ。

哀あわれなるかなや、 恩顔おんがんは寂じゃく滅めつの煙けむりに化かしたまふといへども、 真影しんねいを眼前がんぜんに留とどめたまふ。 悲かなしきかなや、 徳音とくいんは無む常じょうの風かぜに隔へだたるといへども、 実じつ語ごを耳みみの底そこに貽のこす。 撰えらび置おきたまふところの書しょ籍じゃく、 万人ばんじんこれを披ひらいて多おおく西方さいほうの*真門しんもんに入いり、 弘ぐ通ずうしたまふところの教行きょうぎょう、 遺弟ゆいていこれを勧すすめて広ひろく*片域へんいきの群萌ぐんもうを利りす。 おほよそその一いち流りゅうの繁はん昌じょうはほとんど在ざい世せに超ちょう過かせり。

哀アハレナル哉カナヤ、恩顔オンガンハ雖イヘドモ↠化クヱシタマフト↢寂ジヤク滅メチ之煙ケムリニ↡、留トヾメタマフ↢真影シンエイヲ於眼前ガンゼンニ↡。悲カナシキ哉カナヤ、徳音トクイン者雖イヘドモ↠隔ヘダヽルト↢無ム常ジヤウ之風カゼニ↡、貽ノコス↢実ジチ語ゴヲ於耳ミヽノ底ソコニ↡。所トコロノ↢撰エラビ置オキタマフ↡書シヨ籍ジヤク、万人バンジン披ヒラキテ↠之コレヲ多オホク入イリ↢西方サイハウ之真門シンモンニ↡、所トコロノ↢弘グ通ヅウシタマフ↡教ケウ行ギヤウ、遺弟ユイテイ勧スヽメテ↠之コレヲ広ヒロク利リス↢片域ヘンヰキ之群萌グンマウヲ↡。凡オホヨソ厥ソノ一流ヰチリウノ繁ハン昌ジヤウハ殆ホトヾ超テウ↢過クワセリ于在ザイ世セニ↡。

つらつら平生へいぜいの化け導どうを案あんじ、 閑しずかに当とう時じの得益とくやくを憶おもふに、 祖師そし聖しょう人にん (親鸞) は直也ただ人びとにましまさず、 すなはちこれ権ごん化けの再誕さいたんなり。 すでに弥陀みだ如来にょらいの応現おうげんと称しょうし、 また曇鸞どんらん和か尚しょうの*後身こうしんとも号ごうす。 みなこれ夢ゆめのうちに告つげを得え、 幻まぼろしの前まえに瑞ずいを視みしゆゑなり。 いはんやみづから名なのりて親鸞しんらんとのたまふ、 測はかり知しりぬ、 曇鸞どんらんの化け現げんなりといふことを。

倩ツラツラ案アンジ↢平生ヘイゼイ之化導クヱダウヲ↡、閑シヅカニ憶オモフニ↢当タウ時ジ之得益トクヤクヲ↡、祖師ソシ聖シヤウ人ニンハ匪マシマサズ↢直也 タヾ 人ビトニ↡、則スナハチ是コレ権化ゴンクヱノ再誕サイタン也。已スデニ称シヨウシ↢弥陀ミダ如来ニヨライノ応現オウゲント↡、亦マタ号ガウス↢曇鸞ドムラン和クワ尚シヤウノ後ゴ身シントモ↡。皆ミナ是コレ夢ユメノ中ナカニ得エ↠告ツゲヲ、幻マボロシノ前マヘニ視ミシ↠瑞ズイヲ故ユヘ也。況イハンヤ自ミヅカラ名ナノリテ曰ノタマフ↢親鸞シンラント↡、測ハカリ知シリヌ曇鸞ドムランノ化現クヱゲン也トイフコトヲ。

しかればすなはち聖しょう人にん、 修しゅ習じゅう念仏ねんぶつのゆゑに、 往おう生じょう極楽ごくらくのゆゑに、 宿命しゅくみょう通つうをもつて知ち恩おん報徳ほうとくの志こころざしを鑑かんがみ、 方便ほうべん力りきをもつて有う縁えん・無む縁えんの機きを導みちびきたまは1073ん。 願ねがはくは師し弟てい*芳契ほうけいの宿しゅく因いんによりて、 かならず最初さいしょ*引いん接じょうの利り益やくを垂たれたまへ。 よりておのおの他た力りきに帰きして仏号ぶつごうを唱となへよ。

然シカレバ則スナハチ聖シヤウ人ニン、修習シユジフ念仏ネムブチノ故ユヘニ、往ワウ生ジヤウ極楽ゴクラクノ故ユヘニ、以モチテ↢宿シフ命ミヤウ通ツウヲ↡鑑カガミ↢知チ恩オン報徳ホウトク之志ココロザシヲ↡、以モ0069テ↢方便ハウベン力リキヲ↡導ミチビキタマハム↢有ウ縁ヱン・無ム縁ヱン之機キヲ↡。願ネガハクハ依ヨリテ↢師シ弟テイ芳契ハウケイ之宿因シフインニ↡、必カナラズ垂タレタマヘ↢最初サイシヨ引接インゼフ之利リ益ヤクヲ↡。仍ヨリテ各オノオノ帰クヰシテ↢他タ力リキニ↡唱トナヘヨ↢仏号ブチガウヲ↡。

頌じゅにいはく、

頌ジユニ曰イハク、

 ▲身心しんしん毛もう吼く皆かい得とく悟ご
  菩ぼ薩さつ聖しょう衆じゅ皆かい充満しゅまん
 *自化じけ神通じんずう入にゅう彼会ひえ
  憶おく本ほん娑しゃ婆ば知ち識しき恩おん (般舟讃)
   念仏ねんぶつ

「身心シンシム毛モウ吼ク皆得カイトク悟ゴ 菩ボ薩サチ聖シヤウ衆ジユ皆カイ充シユウ満マン
自ジ化クヱ神通ジンヅウ入ニウ彼会ヱ  憶本オクホン娑シヤ婆バ知チ識シキ恩オン」
 念仏

 ▲直じき入にゅう弥陀みだ大だい会え中ちゅう
  見仏けんぶつ荘しょう厳ごん無む数しゅ億おく
  三さん明みょう六通ろくつう皆かい具ぐ足そく
  憶おく我が閻えん浮ぶ同どう行ぎょう人にん (法事讃・下)

「直入ヂキニウ弥陀ミダ大ダイ会ヱ中チウ  見仏ケンブチ荘シヤウ厳ゴム無ム数億シユオク
三サム明ミヤウ六通ロクツウ皆カイ具グ足ソク  憶オク我ガ閻エン浮ブ同ドウ行ギヤウ人ニン」

   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい尊そん重じゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう
   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい大だい慈じ大だい悲ひ釈しゃ迦か善逝ぜんぜい
   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい極楽ごくらく能のう化け弥陀みだ如来にょらい
   南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい*六方ろっぽう証誠しょうじょう恒沙ごうじゃ世せ界かい
   1074南無なも帰き命みょう頂ちょう礼らい三国さんごく伝灯でんとう諸しょ大だい師し等とう
   南無なも自他じた法界ほうかい平びょう等どう利り益やく
   次つぎに 六種ろくしゅ回え向こう等とう

 南無ナモ帰クヰ命ミヤウ頂チヤウ礼ライ尊重ソンヂウ讃嘆サンダン祖師ソシ聖霊シヤウリヤウ
 南無帰命頂礼大慈大悲釈迦善逝
 南無帰命頂礼極楽能化弥陀如来
 南無帰命頂礼六方証誠恒沙世界
 南無帰命頂礼三国伝灯諸大師等
 南無自他法界平等利益
次六種廻向等

0070*応仁二年十月中旬

釈蓮如(花押)

 

延書の底本は本派本願寺蔵蓮如上人書写本(延書)。
三礼 三帰礼、 三宝さんぼう礼ともいい、 勤式のはじめに、 主として三宝帰依きえを述べる敬きょう礼らい文もんのこと。 ¬華け厳ごん経ぎょう¼ 「浄行品」 の文。
如来唄 如来の妙色身を讃詠した文。
八万十二顕密 八万の法門 (仏の教えのすべて)、 十じゅう二に部ぶ経きょう、 顕けん教ぎょう・密みっ教きょうのこと。
後長岡丞相 藤ふじ原わらの鎌足かまたり五代の孫、 藤ふじ原わらの内麿うちまろのこと。
皇太后宮大進 皇太后宮職の第三等官。
三諦一諦 →三諦
瑜伽瑜祇 仏の三密と衆しゅ生じょうの三密とを相応させる三密加持かじの観法のこと。
色塵声塵 六塵ろくじんの中の二。
痴膠 愚かさのために迷いにとらえられて動きのとれないことをいう。
速成覚位 この身のままで速やかに仏の位に至ること。
東関の斗薮 斗薮は梵語ドゥータ (dhuūta) の漢訳。 頭陀ずだ行のことで、 衣食住に対する貪着を捨て、 山野を巡って辛酸に耐える修行をすること。 ここでは関東地方を巡るというほどの意。
常州筑波山の北の辺 現在の茨城県笠間市稲田町付近。
瓦礫荊棘 瓦礫はかわらと小石、 荊棘はいばらのこと。 ここでは数が多いという意。
稲麻竹葦 ここでは数が多いという意。
諷諫 ここではおだやかに教え導くという意。
 一説には、 金属を平らにする道具で、 やすりのようなものという。
専修正行 もっぱら念仏の正行を修する意で、 自力を離れてただ念仏する浄土真宗の宗義をいう。
遺弟 親鸞聖人滅後の門弟。
念力 信心の力。
金剛の真信 如来回向の信心のこと。 →金剛こんごう心しん
三仏菩提の願船 法・報・応の三身の徳をすべてそなえて衆しゅ生じょうを救う本願を船に喩えていう。 →三身さんしん
顕宗 顕けん教ぎょうのこと。
四部 四し衆しゅのこと。
一百余年の霜 読誦どくじゅの際、 現在は 「七しち百ひゃく余よ霜そうの月」 と読む。
真門 ここでの意は方便真門ではなく、 真実の門。
自化 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ の原文には 「自作」 とある。
六方証誠恒沙世界 六方の数限りない世界の諸仏が念仏の法の真実であることを証明すること。 「世界」 は異本には 「世尊」 とある。
底本は真宗大谷派蔵応仁二年蓮如上人書写本。