(713)三、三心料簡および御法語 一

一 三心さんしんりょうけんこと

¬しょ¼ のだいく。あおぎていはく、まづじょうにはあくまじわぜんながくもつてしょうずべからずとるべし。これをもつて 「ぶん (玄義分) には、「じょうそく息慮そくりょしん散即さんそく廃悪はいあく修善しゅぜんぎょうがんおうじょう」 と。 また 「散善さんぜん」 にいはく、「じょうはい上行じょうぎょうじょう根人こんにんしょうじょうだん貪瞋とんじん」 と。 しかればすなはちいまこのじょうしんのなかにきらふところの虚仮こけぎょうとは、ぜんしょぎょうなり。三業さんごうしょうじんねんごろなりといへども、うち貪瞋とんじんじゃとう血毒けつどくまじわるゆゑに、雑毒ぞうどくぜんづけ雑毒ぞうどくぎょうづけて、おうじょう不可ふかといふなり。これをもつて ¬礼讃らいさん¼ の専雑せんぞうふたつのぎょう得失とくしつのなかに雑修ざっしゅしつをいはく、「貪瞋とんじん諸見しょけん煩悩ぼんのうきたりて間断けんだんす」 と。ゆゑにこれらのぞうぎょうして、ただちに報仏ほうぶつじょううまれんとおもふは、もつとも不可ふかなりときらどうなり。しかるにしんごうをもつてほかとなし、ごうをもつてひとつをうちとせんとは僻事ひがごとなり。すでに (散善義) すい三業さんごう」 といふ、あにごうのぞかんや。また虚仮こけとはきょうおうものといふこと僻事ひがごとなり。すでに (散善義) れい身心しんしん」 といひ、また (散善義) にちじゅう二時にじきゅうそうきゅうにょしゃく然者ねんしゃ」 といふ。 いかんぞ仮名かなぎょうにんかくのごとからんや、まさしくこれぞうぎょうものなり。つぎえらるところの真実しんじつとは、本願ほんがんどくすなはち正行しょうぎょう念仏ねんぶつなり。これをもつて 「ぶん (玄義分) にありていはく、「がんといふは ¬だいきょう¼ にくがごとし。一切いっさい善悪ぜんあくぼんしょうずることをもの、みな弥陀みだぶつ大願だいがん業力ごうりきじょうじてぞうじょうえんとせざるはなきなり」 と。 これをもつていまもん (散善義) に 「まさしくかの弥陀みだぶついんちゅうさつぎょうぎょうじたまひしときに、ない一念いちねんいっせつも、三業さんごう所修しょしゅ、みなこれ真実しんじつしんのなかにすによるべし」 と。 弥陀みだぶついんちゅう真実しんじつしんちゅうによるべしぎょうこそ、あくまじはらざるぜんなるがゆゑに、真実しんじつといふなり。そのなにをもつてることをつぎしゃく (散善義) に 「およそ施為せいしゅするところ、またみな真実しんじつなり」 と。 この真実しんじつをもつてほどこすとは、何者なにものほどこすやといへば、深心じんしんしゅしゃく (散善義) 第一だいいちの 「罪悪ざいあくしょうぼん」 といへる、このしゅじょうほどこすなり。造悪ぞうあくぼんすなはちこの真実しんじつによるべきなり。いかんがることをだいしゃく (散善義) に 「弥陀みだぶつじゅうはちがんしょうじゅしゅじょうとう。かくのごとくこころべきなり 深心じんしん (散善義意) のなかに 「反修はんしゅぜん」 といふことぜんをもつていふことぎょうをもつておうじょうすべしとこたへんとするにあらず。なんことばなればなんとするべからざるなり。

↢¬疏¼第四↡。仰云、先浄土ニハマジワ以不可生知ルベシ。是以者「義分ニハ」、「定即息慮以凝心。散即廃悪以修善。廻之二行求願往生。」 又「散善義」云、「上輩上行上根人。求生浄土断貪瞋。」 然則今此至誠心中所↠嫌之虚仮者、余善・諸行也。三業精進雖↠懃、内貪瞋・邪偽等血毒マジワ、名↢雑毒之善↡名↢雑毒之行↡、云往生不可也。是以¬礼讃¼専雑二行得失中雑修失云、「貪瞋・諸見煩悩来間断。」故シテ↢此等雑行↡、直↠生↢報仏浄土↡者、尤不可道理也。然↢身口二業↡為↠外、以↢意業↡一ムト↠内者僻事也。既云↢「雖起三業」↡、豈除↢意業↡乎。又虚仮者狂惑云事僻事。既云↢「苦励身心」↡、又云↢「日夜十二時急走急作、如炙頭然者」↡。 云何仮名之行人如ラム↠此哉、正是雑行者也。次所選取之真実者、本願功徳即正行念仏也。是以在「義分」云、「言0714弘願者如↢¬大経¼説↡。一切善悪凡夫得↠生者、莫不皆乗阿弥陀仏大願業力為増上縁也。」 是以今「正ベシ↧彼阿弥陀仏因中行↢菩薩行↡時、乃至一念一刹那、三業所修、皆真実心スニ↥。」ベシ↢阿弥陀仏因中真実心中作↡行コソ、悪不↠雑ハラ之善ナルガ故、云↢真実↡也。其義以何得↠知。次「凡所施為趣求、亦皆真実。」以↢真実↡施者、施↢何↡云ヘバ、深心二種第一「罪悪生死凡夫」云ヘル、施↢此衆生↡也。造悪之凡夫即可↠由↢此真実↡之機也。云何得↠知。第二「阿弥陀仏四十八願摂受衆生」等 。如此可↠得↠心也 。深心「反修余善」云事、以余善云事以↢余行↡可↢往生為↡非↠為↠答ヘムト。難破ナレバ不↠可↢指南↡也。

しゅ正行しょうぎょうのなかの観察かんざつもんことは、じゅうさんじょうぜんにはあらず。散心さんしん念仏ねんぶつぎょうじゃ極楽ごくらく有様ありさまをあひかたどりごんなるこころなり。

五種正行中観察門事、非↢十三定善ニハ↡。散心念仏行者極楽有様相像欣慕ナル心也。

こう発願ほつがんしん (散善義) はじめに、「真実しんじつ深信じんしんしんちゅうこう」 といふこと、これは三心さんしんのなかにこうといふこころなり。過去かここんじょうのもろもろのぜんは、三心さんしんぜんどくかえして極楽ごくらくこうせよといふなり。まつたく三心さんしんのち諸善しょぜんぎょうずるといふにはあらざるなり

廻向発願心、「真実深信心中廻向」云事、此三心回向云心也。過去・今生諸善者、三心已前功徳取返シテ極楽廻向セヨト云也。全三心非↠云↢行諸善↡也

びゃくどうことぞうぎょうのなかのがんおうじょうこころびゃくどうなれども、貪瞋とんじんすいのためにそんぜらる。なにをもつてることをしゃく (散善義) にいはく、「もろもろのぎょうごうしてただちに西方さいほうむかへとなり」 と。 しょぎょうおうじょうがんしょうこころびゃくどうこえたり。つぎ専修せんじゅ正行しょうぎょうがんしょうこころをば、願力がんりきどうづく。なにをもつてることをとなれば、「仰蒙ごうもうしゃ発遣はっけんなん西方さいほうしゃく弥陀みだしんしょうかんこんしんじゅんそん之意しい不顧ふこすい二河にが念々ねんねんけんじょう願力がんりきどうしゃみょう以後いごとくしょうこく (散善義) と。 以下いげもんこれなり。正行しょうぎょうもの願力がんりきどうじょうずるがゆゑに、まつたく貪瞋とんじんすい損害そんがいせず。これをもつて譬喩ひゆのなか (散善義) にいはく、「西岸せいがんうえひとりてよばひていはく、なんじ一心いっしんしょうねんにただちにきたれ。われよくなんじまもらん。すべてすいなんすことをおそれざれ」 と。 ごうのなか (散善義) にいはく、「西岸せいがんうえひとありてよばふといふは、すなはち弥陀みだがんたとふるなり」 と。 専修せんじゅ正行しょうぎょうひと貪瞋とんじん煩悩ぼんのうおそるべからざるなり、本願ほんがんりきびゃくどうじょうぜり、あにえんすいそんぜらるべけんや

0715道事、雑行願往生白道ナレドモ、為↢貪瞋水火↡被↠損。以何得↠知。釈云、「廻↢諸行業↡直向↢西方↡也。」 諸行往生願生白道タリ。次専修正行願生ヲバ、名↢願力↡。以何得レバ↠知、「仰蒙釈迦発遣指南西方、又藉弥陀悲心招喚、今信順二尊之意、不顧水火二河、念々无遺、乗願力道、捨命已後得生彼国。」 已下文是也。正行者、乗↢願力↡故、全不↢貪瞋水火損害↡。是以譬喩云、「西岸有人喚言、汝一心正念直。我能護ラム↠汝。衆不↠畏↠堕↢於水火難↡。」 合喩云、「言↢西岸上有人喚↡者、即喩↢弥陀願意↡也。」 専修正行不可恐貪瞋煩悩也、乗ゼリ↢本願力白道↡、豈ケン↠被↠損↢火焔・水波↡哉

三、三心料簡および御法語 二

一 「じょうぜん」 のなかに、「自余じよしゅぎょうすいみょうぜんにゃく念仏ねんぶつしゃぜんきょう」 といふことしょぎょう念仏ねんぶつきょうするときに、念仏ねんぶつすぐぎょうれつなりといへば、いよいよじょうろんえざることなり。ただ念仏ねんぶつ本願ほんがんぎょうなり、諸善しょぜん本願ほんがんぎょうにあらざるなりといふとき真言しんごんほっとう甚深じんじんみょうぎょうも、まつたくきょうにあらざるなり。このむねぞんずること、きょうをばいふべきなり。

一 「定善」中、「自余衆行雖名是善、若比念仏者全非比挍也」云事。諸行与念仏比挍スル之時、云ヘバ↢念仏勝余行劣ナリト↡、弥諍論不絶事也。只念仏本願之行也、諸善非本願行也云時、真言・法花等甚深微妙、全非↢比挍↡也。存コト↢此旨↡、可↠云↢比挍義ヲバ↡也。

三、三心料簡および御法語 三

一 無智むちしゃ三心さんしんすといふこと

一 无智者三心具云事。

一向いっこうしんにて念仏ねんぶつもうして、うたがいなくおうじょうせんとおもへば、すなはち三心さんしんそくなり

0716ニテ念仏申シテ、無疑往生セントヘバ、即三心具足也

わたくしにいはく、一向いっこうしんとはじょうしんなり。うたがいなくとは深心じんしんなり。おうじょうしてんとおもしんこう発願ほつがんしんなり。

私云、一向者至誠心也。无疑者深心也。往生シテムト廻向発願心也。

三、三心料簡および御法語 四

一 ぎょうはしつべけれども、せずとおもふは専修せんじゅこころなり。ぎょうめでたけれども、にかなはねばえせずとおもふは、しゅせねどもぞうぎょうこころなり 云々

一 余行シツベケレドモ、セズト思専修心也。余行自出ケレドモ、身カナハネバエセズト思、修セネドモ雑行心也 云云

三、三心料簡および御法語 五

一 造悪ぞうあく念仏ねんぶつこと

一 造悪念仏事。

あくつくなるがゆゑに、念仏ねんぶつもうすなり。あくつくらんりょう念仏ねんぶつもうすにあらずとこころべきなり

造↠悪ナルガ之故、念仏申也。造ラム↠悪非↢念仏申↡可↠得↠心也

三、三心料簡および御法語 六

一 善悪ぜんあくこと

一 善悪機事。

念仏ねんぶつもうさんものは、ただうまれつきのままにてもうすべし。善人ぜんにん善人ぜんにんながら、悪人あくにん悪人あくにんながら、もとのままにてもうすべし。この念仏ねんぶつるがゆゑに、はじめてかいかいなにくれといふべからず、ただ本体ほんたいありのままにてもうすべしと 云々。これにつきてひていはく、もとしょうどうもんひとかいなるがじょうもんするときかいさいてて専修せんじゅ念仏ねんぶつしゅする、すなはちかいじょうずるとがいかん。こたふ。念仏ねんぶつぎょうじゃあくおかさんとほっするときおもふ。念仏ねんぶつもうすはこのつみめっすべしとぞんじてつみおかすは、まことに悪義あくごうなり。ただ真言しんごん調じょうぶくほうといふことあるに、ねて調じょうほうたのむゆゑなりといふことあり。そのやうにつみおかさんとして、ねて本願ほんがん滅罪めつざいちからたのむ、まつたくくるしからざることなり

念仏申サム、只生マヽニテ申ベシ。善人乍↢善人、悪人乍↢悪人↡、本マヽニテ申スベシ。此入↢念仏↡之故、始持戒・破戒ナニクレト云ベカラズ、只本体アリノマヽニテ申ベシト 云云。付之問云、本聖道門持戒ナルガスル↢浄土門↡之時、捨テヽ↢持戒・持斎↡修スル↢専修念仏↡、即成ズル↢破戒トガ如何。答。念仏行者、欲スル↠犯↠悪之時。念仏此罪滅スベシト存ジテ↠罪、誠悪義也。但真言ルニ↢調伏之法云事↡、兼↢後調之法↡故也云事アリ。其様ムトシテ↠罪、兼↢本願之滅罪↡、全不苦事也

三、三心料簡および御法語 七

一 あく一人いちにんきてこのおうじょうしたるは、いはれたるどうなりけりとほどならひたるを、じょうしゅうがくしたるとはいふなり。このしゅう悪人あくにんほんとして善人ぜんにんまでもせっするなり、しょうどうもん善人ぜんにんほんとして悪人あくにんをもせっするなり

0717 悪機一人置往生シタルハ、謂ハレタル道理ナリケリト知習タルヲ、浄土宗タルトハ云也。此宗悪人為↢手本↡善人マデモ也、聖道門善人為↢手本↡悪人ヲモ摂也

三、三心料簡および御法語 八

一 ぎょうじゃしょうずるところはしんぎょうとによること

一 行者生所↢心トニ↡事。

たん念仏ねんぶつ極楽ごくらくこくしょうじ、たんぎょうまんごくしょうずるなり。しかるに念仏ねんぶつぜんけんぎょうものにまたあり。念仏ねんぶつかたこころおもくはぎょうまじふとも極楽ごくらくしょうじ、ぎょうかたこころおもきは念仏ねんぶつたすくともまんしょうずべし

但念仏生↢極楽国↡、但余行生↢懈慢国↡也。然念仏・余善兼行亦有↠二。念仏心重トモ↢余行↡生↢極楽↡、余行心重キハトモ↢念仏↡生ベシ↢懈慢

三、三心料簡および御法語 九

一 わが三心さんしんすることをこと

一 知↣我身コトヲ↢三心↡事。

¬だいきょう¼ のせつのごとく、かんやくこころすでにおこしたらば、三心さんしんせりとるべきしるしなり。かんとは、おうじょうけつじょうおもふゆゑによろここころなり。おうじょうじょうなげくらいは、いまだ三心さんしんおこさざるものなり。三心さんしんおこさざるゆゑかんこころなし、これすなはちうたがいいたすゆゑになげなり

如↢¬大経¼説↡、歓喜踊躍タラバ、可↠知↢三心具セリトシルシ也。歓喜者、往生決定思故心也。往生不定、未↠発↢三心↡也之者也。不↠発↢三心↡故无↢歓喜心↡、是則致疑故歎也

三、三心料簡および御法語 十

一 一法いっぽうばんせっすること

一 一法摂万機事。

だいじゅうはちがん (大経巻上) に 「十方じっぽうしゅじょう」 といふ、十方じっぽうれたるしゅじょうなし、わががんうち十方じっぽうめんとなり。ほっしょうぜん (五会法事讃巻本) いはく、「かのぶついんちゅうぜいつ、きてわれねんぜばべて来迎らいこうす、びんふうとをえらばず、下智げち高才こうざいとをえらばず、もんじょうかいたもつをえらばず、かい罪根ざいごんふかきをえらばず、ただしんしておお念仏ねんぶつせしれば、よくりゃくをしてへんじてこがねとならしむ」 と。 このもんこころは、わがびんにてどくつくらぬも、下知げちにて法門ほうもんらぬも、かいにてざいしょうおかすといへども、すなはちしんしておお念仏ねんぶつすればとおもふべしと

第十八願云↢「十方衆生」↡、无↧漏タル↢十方↡之衆生↥、我願メムト↢十方↡也。法照禅師云、「彼仏因中立↢弘誓↡、聞名念我総来迎、不簡貧窮将富貴、不簡下智与高才、不簡多聞持浄戒、不簡破戒罪根深、但使廻心多念仏、能令瓦礫変成金。」 此文、我身貧窮ニテ↠造↢功徳↡、下0718ニテ↠知↢法門↡、破戒ニテ雖↠犯↢罪障↡、便廻心多念仏スレバトベシト

三、三心料簡および御法語 十一

一 無智むちほんとなすこと

一 无智為本事。

いふこころは、しょうどうもん智恵ちえきわめてしょうはなれ、じょうもん愚痴ぐちかえりて極楽ごくらくうまる。ゆゑにしょうどうもんおもむときには、智恵ちえみが禁戒きんかいまもり、しんしょうきよむるをもつてしゅうとなす。しかるをじょうもんりて智恵ちえをもたのまずかいぎょうをもまもらず、しんをも調ととのへず、ただ甲斐かいなく無智むちしゃになりていふに、本願ほんがんたのみておうじょうねがふなり 。このじょうおんひつきて、ぜんしょうぼう田舎いなかするきょうつとにらせむとてたまひたりと 云々。またいはく、源空げんくう念仏ねんぶつもうすも、一文いちもんつう男女なんにょさいしてもうすぞ。まつたく年来としごろ修学しゅがくしたる智恵ちえをば、一分いちぶんたのまざるなり。しかれどもかくりたればまたくるしからぬぞと 云々

、聖道門↢智恵↡離↢生死↡、浄土門還↢愚痴↡生↢極楽↡。所以趣↢聖道門↡之時ニハ、瑩↢智恵↡守↢禁戒↡、浄ムルヲ↢心性↡以↠宗。然ルヲ↢浄土門↡之日、不↠憑↢智恵ヲモ↠護↢戒行ヲモ↡、不↠調↢心器ヲモ↡、只云フニ↢無甲斐成無智者↡、憑↢本願↡願↢往生↡也 。書↢此御自筆↡、禅勝房田舎下スル京ツトニ取ラセムトテ給タリト 云々。又云、源空念仏申、一文不通男女シテスゾ。全年来修学シタル智恵ヲバ、一分不↠憑也。然ドモカク知タレバ又クルシカラヌゾト 云々

三、三心料簡および御法語 十二

一 ¬弥陀みだきょう¼ の 「一心いっしんらん」 のこと

一 ¬阿弥陀経¼「一心不乱」事。

一心いっしんとは、何事なにごとこころひとつにするぞといふに、一向いっこう念仏ねんぶつもうすは、弥陀みだぶつこころとわがこころひとつになるなり。天台てんだいの ¬じゅうろん¼ にいふがごとし。「けんこいするひとこいするものをよくけてねんあひ投おもむくかならずそのことじょうずるがごとし」 と。こいするひととは弥陀みだぶつなり、はらるヽものとはわれらなり。すでにこころ一向いっこう弥陀みだおこせば、はやぶつこころひとつにじょうずるなり。ゆゑに 「一心いっしんらん」 といふ。かみの 「しょう善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねん」 にねんをうつさぬなり

一心者、何事スルゾト云、一向念仏申スハ、阿弥陀仏我心成也。如↢天臺¬十疑論¼云↡。「如↣世間コヒスルスル機念相 投ヲモムク必成ズルガ↢其事↡。」慕スル者阿弥陀仏也、恋ラルヽ者トハ我等也。既セバ↢一向阿弥陀↡、早ズル也。故云↢「一心不乱」↡。上「少善根福徳因縁」念ウツサヌ也

三、三心料簡および御法語 十三

¬弥陀みだきょう¼ の 「ぜんなんぜん女人にょにん」 のこと

¬阿弥陀経¼「善男子・善女人」事。

これはみょうごうしゅうするなるゆゑ、「善男ぜんなんぜん女人にょにんいふなり。ぼん上生じょうしょう一生いっしょうじゅうあくぼんさいいっしょうときぜんなんたたへらる。まことにほんじょくあくあくしゅじょうなり。これをもつて ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ に ¬弥陀みだきょう¼ のいまもんしゃくして 「にゃくぶつざいにゃくぶつめつ一切いっさい造罪ぞうあくぼん」 といふ。 おもはすべし。

執↢持スル名号↡成故、云↢「善男子・善女人」↡也。如↢下品上生一生十悪0719凡夫最後一称時、被↟讃↢善男子↡。実本機五濁悪世悪事衆生也。是以¬観念法門¼釈¬阿弥陀経¼今文云↢「若仏在世、若仏滅後一切造罪凡夫」↡。 可思合。

三、三心料簡および御法語 十四

一 じょうこと

一 定機事。

じょうしゅうし、大原おおはらにおいて談論だんろんせんときに、法門ほうもんくらべかくろんにてことれず、こんくらべたらんには源空げんくうすぐれたりしなり。しょうどうもん法門ほうもんふかしといへどもいまにはかなはず、じょうもんあさきにるともいまこんかなひやすしといひしときに、ひとみなしょうぶくしきと 云々

浄土宗、於↢大原↡談論セン、法門クラベ互角ニテ、機根クラベタラムニハ源空勝タリシ也。聖道門法門難↠深ニハ不↠叶、浄土門トモ↠浅今易↠叶云シ時、人皆承伏シキト 云々

三、三心料簡および御法語 十五

一 前念ぜんねん命終みょうじゅうねんそくしょうこと

一 前念命終後念即生事。

前念ぜんねんねんとは、これにいのちきてのちしょうくはぶんなり、ぎょうねんにはあらず。おうじょう称名しょうみょうなり、称名しょうみょう正定しょうじょうごうなり。しかればすなはち称名しょうみょうして命終みょうじゅうするは、正定しょうじょうのなかにしてはるものなり

前念・後念者、此↠生時分也、非↢行ニハ↡。往生称名ナリ、称名正定業ナリ。然則称名シテ命終スルハ、正定ニシテハル者也

三、三心料簡および御法語 十六

一 ¬弥陀みだきょう¼ の 「難信なんしんほう」 のこと

一 ¬阿弥陀経¼「難信之法」事。

これは罪悪ざいあくぼん、ただ称名しょうみょうによりておうじょうといふことを、しゅじょうしんぜざるなり。これによりてしゃ諸仏しょぶつせつ証成しょうじょうしていふなり

罪悪凡夫、依↢但称名↡得↢往生↡云事、衆生不信也。依之釈迦・諸仏、切証成云也

三、三心料簡および御法語 十七

一 かいじょう念仏ねんぶつすべしといふこと

一 无戒定恵者可念仏云事。

これは無下むげなり。っとひかいじょう三学さんがくまつたくしたりといへども、本願ほんがん念仏ねんぶつしゅせずは、おうじょうべからず。かいじょうなしといへども、一向いっこう称名しょうみょうせば、かならずおうじょうべきなり

無下義也。縦雖↢戒定恵三学全具タリト↡、不↠修↢本願念仏↡者、不↠可↠得↢往生↡。雖0720无戒定恵、一向称名セバ、必可得往生也

三、三心料簡および御法語 十八

一 ない一念いちねん即得そくとくおうじょうこと

一 乃至一念即得往生事。

われらは一念いちねんにあらず、ないなり 。また 「ない十念じゅうねん」 もかくのごとし。われらは十念じゅうねんにあらず、ないなり しゃく (礼讃意) に 「じょうじんぎょうじっしょういっしょうとうじょうとくおうじょう」 もまたかくのごとし。われらは下至げしじっしょうにあらず、じょうじんぎょうなり

我等非↢一念↡、乃至機也 。又「乃至十念」如↠此。吾等非↢十念↡、乃至機也 。釈「上尽形至十声一声等、定得往生」又如↠此。吾等非↢下至十声↡、上尽形機也

三、三心料簡および御法語 十九

一 けつじょうをもつておうじょうすといふこと

一 以↢五決定↡往生スト云事。

いち弥陀みだ本願ほんがんけつじょうなり、しゃ所説しょせつけつじょうなり、さん諸仏しょぶつ証誠しょうじょうけつじょうなり、善導ぜんどう経釈きょうしゃくけつじょうなり、はわれらが信心しんじんけつじょうなり。このをもつてのゆゑにおうじょうけつじょうなり

一弥陀本願決定也、二釈迦所説決定也、三諸仏証誠決定也、四善導経釈決定也、五我等信心決定。以此義故往生決定也

三、三心料簡および御法語 二〇

一 にゃくぞんにゃくもうこと

一 若存若亡事。

本願ほんがんじょうずるをぞんといひ、本願ほんがんよりるるをもうといふなり。じょうずるに二義にぎあり、るるに二義にぎあり。いはく悪業あくごうつくときと、道心どうしんおこときなり。造罪ぞうざいときるるとは、かくのごとくあくつくなればさだめてぶつそむくべしとおもふはすなはちるるなり、これをもうといふなり。道心どうしんおこときるるとは、かくのごとく道心どうしんおこして念仏ねんぶつもうすこそぶつかなふらめとおもふをばすなはちるるにてあるなり、これをもうといふなり。つみつくときにもじょうじたりとは、つみのつくらるるにつきても、この本願ほんがんなからましかばいかがせん。この本願ほんがんじょうずるがゆゑに、あくつくるといへども決定けつじょうしておうじょうすべしとおもふはじょうじたるなり、これをぞんといふ。また道心どうしんおこらんときにもじょうじたりとは、かくのごとき道心どうしんいまはじまらず、われ過去かこ生々しょうしょうにもおこしけん。しかれどもいまだしょうはなれざるゆゑりぬ、道心どうしんわれすくはざりけりと。ただぶつ願力がんりきのみしてわれをばたすそうろふべき。されば道心どうしんはありもせよなくもあれ、それをばかえりみず、ただすべからくみょうごうとなふればじょうしょうずとおもふはすなはちじょうじたるなり、これをぞんといふ

↢本願↡云↠存、下↢本願ヨリ↡云↠亡也。乗ズル有↢二義↡、ルヽニ有↢二義↡。謂↢悪業↡之時、発↢道心↡之時也。造罪ヲルヽトハ者、如↠此造↠悪ナレバ定可シト↠背↢仏意↡思即オルヽ也、此云↠亡也。道心廃ヲルヽトハ者、如↠此発↢道心↡申念仏コソラメト↢仏意↡思ヲバ即ヲルヽニテ有也、此云↠亡也。造↠罪ニモタリト者、罪ツクラルヽニ付モ、此本願ナカラマシカバ何カヾ。乗↢此本願↡之故、難↠造↠悪決定往生ベシト思フハタル也、此云↠存。又道心ラムニモタリト0721、如↠此道心不↠始↢于今↡、我過去生々ニモシケム。然ドモ未↠離↢生死↡之故知、道心リケリト↠救↠我。唯仏願力ノミシテヲバ候ベキ。サレバ道心リモセヨクモアレ、其ヲバ不顧、唯須称↢名号↡生↢浄土↡思即乗タル也、此云↠存

三、三心料簡および御法語 二一

一 平生へいぜいりんじゅうこと

一 平生臨終事。

平生へいぜい念仏ねんぶつにおいておうじょうじょうおもへば、りんじゅう念仏ねんぶつもまたもつてじょうなり。平生へいぜい念仏ねんぶつをもつてけつじょうおもへば、りんじゅうまたもつてけつじょうなり

於↢平生念仏↡往生不定ヘバ、臨終念仏又以不定也。以↢平生念仏↡決定ヘバ、臨終又以決定也

三、三心料簡および御法語 二二

一 一念いちねん信心しんじんこと

一 一念信心事。

しん一念いちねんりて、ぎょういちぎょうつくすべし。一念いちねんおうじょううたがはば、すなはちねんみなねん念仏ねんぶつなり

取↢信於一念↡、尽スベシ↢行於一形↡。疑↢一念往生↡者、即多念皆疑念之念仏也

またいはく、いちおわり一念いちねん一人いちにんおうじょうす、いはんやいっしょうあいだねんこうむ、あに一度ひとたびおうじょうげざるや。一念いちねんごとに一人いちにんおうじょうとくあり、いかにいはんやねんいちおうじょうなからんや

又云、一期一念一人往生、況一生間積↢多念↡、豈不↠遂↢一度往生↡乎。毎一念有↢一人往生徳↡、何況多念無↢一往生↡哉

三、三心料簡および御法語 二三

一 本願ほんがんじょうじゅこと

一 本願成就事。

念仏ねんぶつわれしょなり、おうじょうぶつしょなり。おうじょうぶつおんちからにてせしめたまふものを、わがこころにとかくせんとおもふはりきなり。ただすべからく称名しょうみょうにつきたる来迎らいこうつべし。

念仏我所作也、往生所作也。往生御力ニテセシメ給物、我心トカクセムト思自力也。唯須↠待↧付タル↢称名↡之来迎↥。

三、三心料簡および御法語 二四

一 ¬礼讃らいさん¼ の 「にゃくのうにょじょう念々ねんねん相続そうぞく」 のこと

0722 ¬礼讃¼「若能如上念々相続」事。

¬おうじょうようしゅう¼ (巻下) には三心さんしんねんしゅして、「じょう」 といふなり。これによりてこれをいはば、三心さんしんねんしゅのなかにはしょうじょぎょうあかし、これをして念々ねんねん相続そうぞくといふなり

¬往生要集ニハ¼指↢三心・五念・四修↡、云↢「如上」↡也。依之云ハヾ↠之、三心・五念・四修ニハ明↢正助二行↡、指↠之云↢念々相続↡也

三、三心料簡および御法語 二五

一 雑縁ぞうえんなししょうねんるがゆゑにのこと

一 无↢外雑縁↡得↢正念↡故事。

これは大善だいぜんなるをて、わがこころこうにゃくなきをいふなり。たとひほうしょうじゅうとうるとも、われ一寸いっすんとうをもてずといふしんもなし。また東大とうだい大仏だいぶつはいすともわれ半寸はんすんぶつをもはいせずといふ卑下ひげこころなく、称名しょうみょう一念いちねんじょうどくけつじょうしておうじょうすべしとおもさだめたるを、雑縁ぞうえんとくしょうねんといふなり。かくのごとくしんずるもの念仏ねんぶつは、弥陀みだ本願ほんがん相応そうおうし、しゃきょうそうなく、諸仏しょぶつ証誠しょうじょうずいじゅんするにてあるなり。ぞうぎょうじゅうさんしつはこのをもつてこころべきなり。

見↢他大善ナルヲ↡、我心无怯弱云也。仮令トモ↢法勝寺九重塔↡、我↠立↢一寸ヲモ↡云无↢疑心↡。又拝トモ↢東大寺大仏↡我不↠拝↢半寸ヲモ↡云無↢卑下心↡、称名一念得↢无上功得↡決定可シト↢往生す↡思定タルヲ、云↢外雑縁得正念故↡也。如此信ズル念仏、与↢弥陀本願↡相応、与↢釈迦教↡无↢相違↡、随↢順スル諸仏証誠↡ニテアル也。雑行十三以↢此義↡可得心也。

三、三心料簡および御法語 二六

一 請用念仏事。

一 しょうゆう念仏ねんぶつこと

しょうおもむきて念仏ねんぶつしゅするは、三種さんしゅやくあり。いちにはぎょうゆうみょうなり、だん願念がんねんたすく、さん能衆のうしゅのためにやくをなすなり。どくには体用たいゆうあり、たいみずからとどまゆうほどこす。みょうらくだい (輔行巻七) のいはく、「善法ぜんぽうたいをもつてひとあたふべからず」 と。 これは 「がん以此にしどく」 のもんしゃくするところなり

趣↢他↡修↢念仏↡者、有↢三種利益↡。一ニハ自行勇猛也、二↢旦那願念↡、三↢能衆↡成↢利益↡也。功徳ニハ有↢体用二↡、体↠自↠他。妙楽大師云、「以↢善法体↡不↠可↠与↠人。」スル↢「願以此功徳」文↡之所也

三、三心料簡および御法語 二七

一 善人ぜんにんなほもつておうじょうすいはんや悪人あくにんをやのことでんにこれあり

一 善人尚以往生況悪人乎事。口伝有之

わたくしにいはく弥陀みだ本願ほんがんりきをもつてしょうはなるべく方便ほうべんあり、善人ぜんにんのためにをこしたまはず、ごくじゅう悪人あくにん方便ほうべんやからあわれみてをこしたまへり。しかるをさつげんじょうもこれにつきておうじょうもとむ、ぼん善人ぜんにんもこのがんかえりておうじょう。いわんや在悪ざいあくぼん、もつともこのりきたのむべしといふなり。しくりょうして邪見じゃけんじゅうすべからず。たとへば (選択集) ぼんけんしょうにん」 といふがごとし。よくよくこころべしこころべし。はじめ三日さんにちさんむにこれあまり、のち一日いちにちこれをむ、のち二夜にや一日いちにちこれをむ。

0723云弥陀本願以↢自力↡可↠離↢生死↡有↢方便↡、善人ノ為ヲコシ給ハズ、衰↢極重悪人・無他方便輩↡ヲコシ給ヘリ。然ルヲ菩薩・賢聖↠之求↢往生↡、凡夫善人↢此願↡得↢往生↡。況在悪凡夫、尤可シト↠憑↢此他力↡云也。悪シク領解シテ不↠可↠住↢邪見↡。譬如↠云↢「為凡夫兼為聖人」↡。能々可得心可得心。初三日三夜読余之、後一日読之、後二夜一日読之。