往生要集 巻下
天台*首楞厳院沙門源信撰
◎念仏利益
【58】大文第七に、 念仏利益を明かさば、 大きに分ちて七あり。 一には滅罪生善、 二には冥得護持、 三には現身見仏、 四には当来勝利、 五には弥陀別益、 六には引例勧信、 七には悪趣利益なり。 その文おのおの多し、 いま略して要を挙ぐ。
大文第七明↢念仏利益↡者、大分有↠七。一滅罪生善、二冥得護持、三現身見仏、四当来勝利、五弥陀別益、六引例勧信、七悪趣利益。其文各多、今略挙↠要。
◎念仏利益 ○滅罪生善
【59】第一に滅罪生善といふは、
第一滅罪生善者、
・滅罪
¬*観仏経¼ の第二にのたまはく、 「一時のなかにおいて分ちて少分となして、 少分のなかによく*須臾のあひだも仏の*白毫を念じて、 心をして*了々ならしめ、 謬乱の想なく、 分明*正住にして、 意を注くること息まずして白毫を念ずるものは、 もしは相好を見、 もしは見ることを得ずとも、 かくのごとき等の人は、 九十六億那由他恒河沙*微塵数劫の生死の罪を除却せん。 たとひまた人ありて、 ただ白毫を聞きて心に驚疑せず、 歓喜し信受せん。 この人もまた八十億劫の生死の罪を却けん」 と。
正住 心を一処に止めること。
微塵数 無数の意。 微塵は仏教でいう物質の最小単位。
¬観仏経¼第二云。「於↢一時中↡分為↢少分↡、少分之中能須臾間念↢仏白毫↡、令↢心了了↡、無↢謬乱想↡、分明正住注↠意不↠息、念↢白毫↡者、若見↢相好↡、若不↠得↠見、如↠是等人、除↢却九十六億那由他恒河沙微塵数劫生死之罪↡。設復有↠人、但聞↢白毫↡心不↢驚疑↡、歓喜信受、此人亦却↢八十億劫生死之罪↡。」
またのたまはく (*同)、 「仏、 世を去りたまひて後、 三昧正受して仏の*行を想ふものは、 また千劫の極重の悪業を除かん」 と。 仏の行歩の相は、 *上の助念方法門のごとし。
行 ここでは歩く姿の意。
上の助念方法門 大文第五助念方法の対治懈怠のうちの飛行自在を指す。
又云。「仏去↠世後、三昧正受想↢仏行↡者、亦除↢千劫極重悪業↡。」仏行歩相如↢上助念方法門↡
またのたまはく (*観仏経)、 「仏、 阿難に告げたまはく、 ªなんぢ、 今日より如来の語を持ちて、 あまねく弟子に告げよ。 仏の滅度の後に、 好き形像を造りて、 身相をして具足せしめ、 また無量の化仏の色像および*通身の色を作り、 および*仏跡を画き、 微妙の糸および*頗梨珠をもつて白毫の処に安きて、 もろもろの衆生をしてこの相を見ることを得しめよ。 ただこの相を見て心に歓喜をなさば、 この人は百億那由他恒河沙劫の生死の罪を除却せんº」 と。
通身の色 光背 (後光) のこと。 仏の全身から放たれる光明を形象化したもの。
仏跡 仏足跡のこと。
頗梨珠 水晶の玉。
又云。「仏告↢阿難↡。汝従↢今日↡持↢如来語↡、遍告↢弟子↡。仏滅度後造↢好形像↡、令↢身相*足↡、亦作↢无量化仏色像及通身色↡、及画↢仏跡↡、以↢微妙糸、及頗梨珠↡安↢白毫処↡、令↢諸衆生得↟見↢是相↡。但見↢此相↡心生↢歓喜↡、此人除↢却百億那由他恒河沙劫生死之罪↡。」*¬優填王作仏形像経¼云「作↢仏形像↡功徳无量世世所↠生不↠堕↢悪道↡後皆得↠生↢无量寿仏国↡作↢菩薩↡当↠得↢成仏↡」云云略抄
足 青蓮院本では 「具足」。
優~抄 他本にはこの割註四十五字を欠く。
またのたまはく (*同)、 「老女の、 仏を見て、 邪見にして信ぜざるすら、 なほよく八十万億劫の生死の罪を除却しき。 いはんや、 また善き意をもつて恭敬し礼拝せんをや」 と。 *須達が家の老女の因縁は、 かの ¬経¼ (同) に広く説くがごとし。
須達が家の老女の因縁 須達長者に仕える老女毘佉羅はものおしみの心が強く、 長者が布施をするのを好まなかったが、 釈尊と羅睺羅の教化によって、 聖者のさとりを得たという。
又云。「老女見↠仏、邪見不↠信、猶能除↢却八十万億劫生死之罪↡、況復善意恭敬礼拝。」須達家老女因縁如↢彼経広説↡
またのたまはく (*同)、 「もろもろの凡夫および*四部の弟子、 *方等経を謗り、 *五逆罪を作り、 *四重禁を犯し、 *僧祇物を偸み、 *比丘尼を婬し、 *八戒斎を破り、 もろもろの悪事をなし、 種々の邪見あらん。 かくのごとき等の人、 もしよく心を至して一日一夜、 繋念在前して、 仏如来の一の相好を観ぜば、 もろもろの悪・罪障も、 みなことごとく尽滅しなん」 と。
方等経 普遍平等の真理を説きあらわした経典。 大乗経典の総称。
又云。「諸凡夫、及四部弟子、謗↢方等経↡作↢五逆罪↡犯↢四重禁↡偸↢僧祇物↡、婬↢比丘尼↡、破↢八戒斎↡、作↢諸悪事種種邪見↡、如↠是等人、若能至↠心一日一夜、繋↠念在↠前観↢仏如来一相好↡者、諸悪罪障皆悉尽滅。」
またのたまはく (*観仏経)、 「もしは仏世尊に帰依することあるもの、 もしは名を称するものは、 百千劫の煩悩の重障を除く。 いかにいはんや、 正心に*念仏定を修せんをや」 と。
又云。「若有↣帰↢依仏世尊↡者、若称↠名者、除↢百千劫煩悩重障↡。何況正心修↢念仏定↡。」
¬*宝積経¼ の第五にのたまはく、 「宝珠あり、 種々色と名づく。 大海のなかにあり、 無量衆多の駃き流ありて大海に入るといへども、 珠火の力をもつて水をして消滅せしめて、 盈溢せざらしむるがごとく、 かくのごとく如来・*応・*正等覚は菩提を証しをはりて、 智火の力によりて、 よく衆生の煩悩をして消滅せしめたまふことも、 またかくのごとし。 乃至 もしまた人ありて、 日々のうちにおいて如来の名号功徳を*称説せば、 このもろもろの衆生はよく黒闇を離れて、 漸次にまさにもろもろの煩悩を焼くことを得べし。 かくのごとくして ª南無仏º と称念するもの、 *語業空しからじ。 かくのごとき語業を、 *大炬を執りてよく煩悩を焼くと名づく」 と。
大炬 大きなたいまつ。
¬宝積経¼第五云。「如↧有↢宝珠↡名↢種種色↡、在↢大海中↡、雖↠有↣无量衆多駃流入↢於大海↡、以↢珠火力↡、令↪水銷滅而不↩盈溢↨、如↠是如来・応・正等覚、証↢菩提↡已由↢智火力↡、能令↢衆生煩悩*銷滅↡、亦復如↠是。乃至 若復有↠人、於↢日日中↡、称↢説如来名号功徳↡、是諸衆生、能離↢黒闇↡漸次当↠得↠焼↢諸煩悩↡。如↠是称↢念南无仏↡者、語業不↠空。如↠是語業、名↧執↢大炬↡能焼↦煩悩↥。」
銷 青蓮院本では 「消」。
・生善
¬*遺日摩尼経¼ にのたまはく、 「菩薩は、 また数千巨億万劫、 愛欲のなかにありて罪のために覆はれたりといへども、 もし仏経を聞きて一反も善を念ずれば、 罪すなはち消尽す」 と。 以上のもろもろの文は滅罪なり。
¬*遺摩尼経¼云。「菩薩雖↧復数千巨億万劫、在↢愛欲中↡為↠罪所↞覆、若聞↢仏経↡一反念↠善、罪即消尽。」已上諸文滅罪
遺摩尼経 青蓮院本、 建長五年刊本では 「遺日摩尼経」。
¬*大悲経¼ の第二にのたまはく、 「もし三千大千世界のなかに満てらん*須陀洹・*斯陀含・*阿那含・*阿羅漢を、 もし善男子・善女人ありて、 もしは一劫、 もしは*減一劫、 もろもろの種々の*称意の一切の楽具をもつて、 *恭敬し尊重し*謙下して供養せん。 もしまた人ありて、 諸仏の所にして、 ただ一たび掌を合せ、 一たび名を称せん。 かくのごとき福徳を、 前の福徳に比ぶるに、 百分にして一にも及ばず。 百千億分にして一にも及ばず。 *迦羅分にして一にも及ばず。 なにをもつてのゆゑに。 仏如来はもろもろの*福田のなかに最無上たるをもつてなり。 このゆゑに仏に施するは大功徳を成ず」 と。 略して抄す。 *三千世界に満てる辟支仏をもつて*校量することまたしかり。
減一劫 一劫に満たない期間。 一劫未満。
称意 心にかなうこと。
謙下 へりくだること。
迦羅分 迦羅は梵語カーラ (kāla) の音写。 人間の体毛の百分の一、 また十六分の一ともいい、 きわめて小さな数量を指す。
¬大悲経¼第二云。「若三千大千世界満↠中、須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢、若有↢善男子・善女人↡、若一劫若減一劫、以↢諸種種称↠意一切楽具↡、恭敬尊重、謙下供養。若復有↠人、於↢諸仏所↡、但一合掌一称↠名。如↠是福徳比↢前福徳↡、百分不↠及↠一、百千億分不↠及↠一。迦羅分不↠及↠一。何以故、以↣仏如来諸福田中為↢無上↡。是故施↠仏成↢大功徳↡。」略抄以↧満↢三千*界↡辟支仏↥挍量亦爾
界 青蓮院本では 「世界」。
¬*普曜経¼ の偈にのたまはく、
「一切衆生の、 *縁覚とならんに、 もし供養すること億数劫にして、
飲食・衣服・床臥具、 *檮香・雑香および名華をもつてすることあらんも、
檮香 つきくだいた香料。
もし心を一にして十の指を叉へ、 心をもつぱらにしてみづから一の如来に帰したてまつり、
口にみづから言を発して ª南無仏º といふことあらば、 この功徳の福をば最上なりとなす」 と。
¬普曜経¼偈云。「一切衆生成↢縁覚↡、若有↣供↢養億数劫、飲食・衣服・床臥具・梼香・雑香及名華↡、若有↧一心叉↢十指↡専心自帰↢一如来↡口自発↦言南無仏↥、是功徳福為↢上↡。」
¬*般舟経¼ に念仏三昧を説く偈にのたまはく、
「たとひ一切みな仏となりて、 聖智清浄にして慧第一ならん。
みな億劫よりその数を過ぐすまで、 一偈の功徳を講説し、
*泥洹に至るまで*福を誦詠し、 無数億劫にことごとく嘆誦すとも、
泥洹 梵語ニルヴァーナ (nirvāņa) の俗語形の音写。 涅槃に同じ。 ここでは入滅のこと。
福 福徳のこと。 功徳。
その功徳を究め尽すことあたはじ。 この三昧の一偈の事においてするを、
一切の仏国のあらゆる地、 四方四隅および上下の、
なかに満てらん珍宝をもつて布施し、 用ゐて仏*天中の天に供養せんも、
天中の天 仏の称。 諸天のうちの最勝の者の意。
もしこの三昧を聞くことあるものは、 その*福祐を得ること、 かれに過ぎたらん。
*安諦に*諷誦し説講するものは、 譬へを引くとも功徳喩ふべからず」 と。 *一仏の刹を破して*塵となして、 一々の塵を取りて、 また砕くこと、 一仏刹の塵数においてするがごとくして、 この一塵をもつて一仏刹となして、 そこばくの仏刹の、 なかに満てらん珍宝を諸仏に供養せん。 これをもつて比となせり。 以上生善。
福祐 福徳に同じ。 功徳。
安諦 心を落ち着けて安らかなこと。
諷誦 となえること。
一仏の刹 刹は梵語クシェートラ (kşetra) の音写で、 国土のこと。 一仏国土。
塵 微塵。 物質の最小単位。
¬般舟経¼説↢念仏三昧↡偈云。「仮使一切皆為↠仏、聖智清浄慧第一。皆於↢億劫↡過↢其数↡、講↢説一偈↡之功徳、至↢於泥洹↡誦↢詠福↡、无数億劫悉歎誦、不↠能↣究↢尽其功徳↡。於↢是三昧一偈事↡、一切仏国所有地、四方・四隅及上下、満↠中珍宝以布施、用供↢養仏天中天↡、若有↠聞↢是三昧↡者、得↢其福祐↡過↢於彼↡。安諦諷誦説講者、引↠譬功徳不↠可↠喩。」破↢一仏刹↡為↠塵取↢一一塵↡亦砕如↢一仏刹塵数↡以↢此一塵↡為↢一仏刹↡若干仏刹満↠中珍宝供↢養諸仏↡以↠之為↠比也已上生善
・滅罪生善
¬*度諸仏境界経¼ に説かく、 「もしもろもろの衆生の、 如来を縁じて、 もろもろの行を生ずるものは、 無数劫の地獄・畜生・餓鬼・*閻魔王の生を断ず。 もし衆生ありて、 一念も*作意して如来を縁ずるものは、 所得の功徳限極あることなし。 称量すべからず。 百千万億那由他のもろもろの大菩薩の、 ことごとく不可思議の解脱定を得んも、 *計校してその辺際を知ることあたはじ」 と。
作意 心をはたらかせること。
¬度諸仏境界経¼説。「若諸衆生縁↢於如来↡生↢諸行↡者、断↢无数劫地獄・畜生・餓鬼・*閻羅王生↡。若有↢衆生↡、一念作意縁↢如来↡者、所得功徳、无↠有↢限極↡、不↠可↢称量↡。百千万億那由他、諸大菩薩、悉得↢不可思議解脱定↡、不↠能↣計挍知↢其辺際↡。」
閻羅王 青蓮院本、 建長五年刊本では 「閻魔王」。
¬*観仏経¼ に、 「仏、 阿難に告げたまはく、 ªわれ*涅槃しなん後に、 諸天・世人、 もしわが名を称し、 および «南無諸仏» と称せば、 獲るところの福徳無量無辺ならん。 いはんやまた*繋念して諸仏を念ずるものは、 しかももろもろの*障礙を滅除せざらんやº」 と。 以上、 滅罪生善。 その余は*上の正修念仏門のごとし。
涅槃 ここでは入滅の意。
繋念 係念、 懸念とも書く。 想いをかけること。
上の正修念仏門 大文第四正修念仏の観察門を指す。
¬観仏経¼*説。「仏告↢阿難↡。我涅槃後、諸天・世人、若称↢我名↡、及称↢南无諸仏↡、所↠獲福徳无量无辺。況復繋↠念念↢諸仏↡者、而不↣滅↢除諸障↡耶。」已上滅罪生善其余如↢上正修念仏門↡
説 他本では欠く。
◎念仏利益 ○冥得護持
【60】第二に*冥得護持といふは、
冥得護持 諸天の加護を得ること。
第二冥得護持者、
¬*護身呪経¼ (意) にのたまはく、 「*三十六部の神王に、 万億恒沙の鬼神ありて*眷属となして、 *三帰を受けたるものを護る」 と。
三十六部の神王 多くの鬼神を眷属とし、 三宝に帰依する男女を守護するという三十六の善神。
¬護身咒経¼云。「三十六部神王、有↢万億恒沙鬼神↡為↢眷属↡、護↧受↢三帰↡者↥。」
¬*般舟経¼ にのたまはく、 「*劫尽き壊焼する時に、 この三昧を持てる菩薩は、 たとひこの火のなかに堕つとも、 火すなはちために滅しなんこと、 たとへば、 大きなる*甖の水の、 小火を滅するがごとし。 仏、 跋陀和に告げたまはく、 ªわが語るところは異あることなし。 この菩薩は、 この三昧を持てるに、 もしは帝王、 もしは賊、 もしは火、 もしは水、 もしは竜、 もしは蛇、 もしは*閲叉・鬼神、 もしは猛獣、 乃至 もしは人の禅を壊り、 人の念を奪ふものも、 たとひこの菩薩を中らんと欲せば、 つひに中ることあたはじº と。 仏ののたまはく、 ªわが語るところのごときは異あることなし。 その*宿命をば除きて、 その余はよく中るものあることなしº」 と。
甖 かめ。
宿命 過去世よりの因縁。
¬般舟経¼云。「劫尽壊焼時、持↢是三昧↡菩薩者、*正仮堕↢是火中↡、火即為滅、譬如↣大甖水滅↢小火↡。仏告↢跋陀和↡。我所↠語无↠有↠異。是菩薩者、持↢是三昧↡、若帝王若賊、若火若水、若竜若虵、若閲*又鬼神、若猛獣 乃至 若壊↢人禅↡奪↢人念↡、設欲↠中↢是菩薩↡者、終不↠能↠中。仏言。如↢我所↟語无↠有↠異。除↢其宿命↡。其余无↠有↢能中者↡。」
正仮 他本では 「正使」。
又 他本では 「叉」。
偈 (般舟経) にのたまはく、
「鬼神・*乾陀ともに擁護し、 諸天・人民もまたかくのごとくせん。
ならびに*阿須輪・摩睺勒も、 この三昧を行ぜば、 かくのごときことを得ん。
諸天ことごとくともにその徳を頌め、 天・人・竜神・*甄陀羅、
諸仏も、 *嗟嘆して願のごとくならしめたまはん。 経を*諷誦し説きて人のためにせんがゆゑなり。
嗟嘆 ほめたたえること。
国々あひ伐ちて民荒乱し、 飢饉しきりに臻りて苦窮を懐くとも、
つひにその命を*中夭せじ。 よくこの経を誦して人を化するものは、
中夭 不慮の死。 または早死のこと。
勇猛にしてもろもろの魔事を*降伏し、 心に畏るるところなく毛竪たじ。
その功徳行も不可議ならん。 この三昧を行ずるものは、 かくのごときことを得ん」 と。 ¬*十住婆沙¼ に、 これらの文を引きをはりていはく、 「ただ*業報かならず受くべきものをば除く」 と、 云々。
業報 善悪の行為を因として受ける苦楽の報い。 →
補註6
¬偈¼曰。「鬼神・乾陀共擁護、諸天・人民亦如↠是。并*阿須倫・摩睺勒、行↢此三昧↡、得↠如↠是。諸天悉共頌↢其徳↡、天・人・竜・神・甄陀羅・諸仏嗟歎令↠如↠願。諷↢誦説↣経↡為↠人故。国国相伐民荒乱、飢饉荐臻懐苦窮、終不↣於中↢夭其命↡。能誦↢此経↡化↠人者。勇猛降↢伏諸魔事↡、心无↠所↠畏、毛不↠竪、其功徳行不↠可↠議。行↢此三昧↡得↠如↠是。」¬十住婆娑¼引↢此等文↡已云「唯除↢業報必応↠受者↡」*
阿須倫 青蓮院本では 「阿須輪」。
◇ 青蓮院本には 「云云」 とあり。
¬*十二仏名経¼ の偈にのたまはく、
「もし人、 仏の名を持てば、 衆魔および*波旬、
*行住坐臥の処に、 その便りを得ることあたはじ」 と。
¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡、衆魔及波旬、行住坐臥処不↠能↠得↢其便↡。」
◎念仏利益 ○現身見仏
【61】第三に現身見仏といふは、
第三現身見仏者、
¬*文殊般若経¼ の下巻にのたまはく、 「仏ののたまはく、 ªもし善男子・善女人、 *一行三昧に入らんと欲はば、 *空閑に処してもろもろの乱意を捨て、 *相貌を取らずして、 心を一仏に繋けて、 もつぱら名字を称すべし。 仏の*方所に随ひて身を端くして正しく向かひて、 よく一仏において念々に相続せよ。 すなはち念のうちにおいて、 よく過去・未来・現在の諸仏を見たてまつらんº」 と。
空閑 静かなところ。
¬文殊般若経¼下巻云。「仏*云。若善男子・善女人、欲↠入↢一行三昧↡、応↧処↢*至閑↡捨↢諸乱意↡不↠取↢相貌↡繋↢心一仏↡、専称↢名字↡、随↢仏方所↡端↠身正向、能於↢一仏↡念念相続↥。即於↢念中↡能見↢過去・未来・現在諸仏↡。」
云 青蓮院本では 「言」。
至閑 他本では 「空閑」。
導禅師 (善導) 釈していはく (礼讃・意)、 「▲衆生障重くして、 観成就しがたし。 ここをもつて大聖 (釈尊) 悲憐して、 ただもつぱら名字を称せよと勧めたまふ」 と。
導禅師釈云。「衆生障重観難↢成就↡。是以大聖悲憐直勧↣専称↢名字↡。」
¬*般舟経¼ にのたまはく、 「前に聞かざるところの経巻を、 この菩薩、 この三昧を持てる威神をもつて、 夢のうちにことごとくみづからその経巻を得て、 おのおのことごとく見、 ことごとく経の声を聞かん。 もし昼日に得ずは、 もしは夜、 夢のうちにしてことごとく仏を見たてまつることを得ん。 仏、 跋陀和に告げたまはく、 ªもしは一劫、 もしは一劫を過ぎて、 われ、 この菩薩の、 この三昧を持てるものを説き、 その功徳を説かんに、 尽しをはるべからず。 いかにいはんや、 よくこの三昧を求め得たるものをやº」 と。
¬般舟経¼云。「前所↠不↠聞経巻、是菩薩持↢是三昧↡威神、夢中悉自得↢其経巻↡、各各悉見悉聞↢経声↡。若昼日不↠得者若夜於↢夢中↡、悉得↠見↠仏。仏告↢跋陀和↡。若一劫若過↢一劫↡、我説↧是菩薩持↢三昧↡者↥、説↢其功徳↡不↠可↢尽竟↡。何況能求↢得是三昧↡者。」
また同経の偈にのたまはく、
「*阿弥陀の国の菩薩の、 *無央数百千の仏を見たてまつるがごとく、
阿弥陀の…見たてまつるべし 現存する ¬般舟三昧経¼ にはこの部分に相当する文はない。
この三昧を得たる菩薩もしかなり。 まさに無数百千の仏を見たてまつるべし。 乃至
それこの三昧を誦受することあらば、 すでにまのあたり百千の仏を見たてまつるとなす。
たとひ最後の大恐懼においても、 この三昧を持たば畏るるところなからん」 と。
又同¬経¼偈云。「如↣阿弥陀国菩薩見↢无央数百千仏↡、得↢是三昧↡菩薩然、当↠見↢无央百千仏↡。乃至 其有↣誦↢受是三昧↡、已為↣面見↢百千仏↡。仮使後大恐懼持↢此三昧↡无↠所↠畏。」
¬*念仏三昧経¼ の第九の偈にのたまはく、
「もしはことごとく一切の仏、 現在・未来および十方を見んと欲し、
あるいはまた*妙法輪を転ずることを求めんには、 また先づこの三昧を修習せよ」 と。
妙法輪を転ずる こよなくすぐれた教えを説く。 仏の説かれた教えは、 衆生の煩悩をうちくだき、 次々とひろまってゆくので、 これを車輪に喩えていう。
¬念仏三昧経¼第九偈云。「若欲↣尽見↢一切仏、現在・未来及十方↡、或復求↠転↢妙法輪↡、亦先修↢習此三昧↡。」
¬*十二仏名経¼ の偈にのたまはく、
「もし人よく心を至して、 七日仏の名を誦せば、
清浄の眼を得て、 よく無量の仏を見たてまつらん」 と。
¬十二仏名経¼偈云。「若人能至↠心、七日誦↢仏名↡、得↢於清浄眼↡能見↢无量仏↡。」
◎念仏利益 ○当来勝利
【62】第四に*当来勝利といふは、
当来勝利 来世で得るすぐれた利益。
第四当来勝利者、
・離悪趣
¬*華厳¼ の偈にのたまはく、
「もし如来の小の功徳をも念じ、 乃至一念の心にも専仰したてまつらば、
もろもろの悪道の怖れ、 ことごとく永く除こり、 智眼はここにおいてよく深く悟れり」 と。 智眼天王の頌なり。
¬華厳¼偈云。「若念↢如来*少功徳↡、乃至一念心専仰、諸悪道怖悉永除、智眼於↠此能深悟。」智眼天王頌
少 青蓮院本では 「小」。
¬*般舟経¼ の偈にのたまはく、
「その人つひに地獄に堕せじ。 餓鬼道および畜生を離れん。
世々に生るるところにて*宿命を識らん。 この三昧を学せば、 かくのごときことを得てん」 と。
宿命 過去世の境界。
¬般舟経¼偈云。「其人終不↠堕↢地獄↡、離↢餓鬼道及畜生↡、世世所↠生識↢宿命↡。学↢是三昧↡得↠如↠是。」
¬*観仏経¼ にのたまはく、 「もし衆生ありて、 一たびも仏身の、 上のごとき功徳・相好・光明を聞かば、 億々千劫にも悪道に堕ちず、 邪見・雑穢の処に生れず、 つねに正見を得て、 勤修すること息まざらん。 ただ仏の名を聞くに、 かくのごとき福を獲。 いかにいはんや、 念を*観仏三昧に繋けんをや」 と。
¬観仏経¼云。「若有↢衆生↡一聞↢仏身如↠上功徳・相好・光明↡、億億千劫不↠堕↢悪道↡、不↠生↢邪見雑穢之処↡、常得↢正見↡勤修不↠息。但聞↢仏名↡獲↢如↠是福↡。何況繋↢念観仏三昧↡。」
¬*安楽集¼ (上) にいはく、 「▲¬*大集経¼ にのたまはく、 ª諸仏、 世に出でたまふに、 四種の法ありて、 衆生を度したまふ。 なんらをか四となす。 一には、 口に*十二部経を説きたまふ。 すなはちこれ、 *法施をもつて衆生を度したまふなり。 二には、 諸仏如来には無量の*光明・*相好まします。 一切の衆生、 ただよく心を繋けて観察すれば、 益を獲ずといふことなし。 すなはちこれ、 身業をもつて衆生を度するなり。 三には、 無量の徳用・神通道力・種々の*神変まします。 すなはちこれ、 神通道力をもつて衆生を度するなり。 四には、 諸仏如来には無量の*名号まします。 もしは*総、 もしは*別なり。 それ衆生ありて、 心を繋けて称念すれば、 障を除き、 益を獲て、 みな仏前に生れずといふことなし。 すなはちこれ、 名号をもつて衆生を度するなりº」 と。 云々
法施 人々に教えを説いて聞かせること。
神変 超人間的な力によってあらわされたさまざまなすがたや動作。
総・別 総は如来の十号を指し、 別は阿弥陀如来は薬師如来等の個々の名号を指す。
¬安楽集¼云。「大集経云。諸仏出↠世有↢四種法↡度↢衆生↡。何等為↠四。一者口説↢十二部経↡。即是法施度↢衆生↡。二者諸仏如来、有↢无量光明・相好↡。一切衆生、但能繋↠心観察、無↠不↠*得↠益。即是身業度↢衆生↡。三者有↢无量徳用・神通道力・種種神変↡。即是神通道力度↢衆生↡。四者諸仏如来有↢无量名号↡。若捴若別。其有↢衆生↡繋↠心称念、莫↠不↣除↠障獲↠益皆生↢仏前↡。即是名号度↢衆生↡。」云云
得 他本では 「獲」。
*あるがいはく、 「¬*正法念経¼ にこの文あり」 と。
有云。¬正法念経¼有↢此文↡。
¬*十二仏名経¼ の偈にのたまはく、
「もし人、 仏の名を持てば、 *怯弱の心を生ぜず、
智慧ありて*諂曲なきは、 つねに諸仏の前にあり。
諂曲 へつらうこと。
もし人、 仏の名を持てば、 七宝の華のなかに生ず。
その華千億葉にして、 威光の相具足せり」 と。 以上諸文、 永く悪趣を離れて浄土に往生するなり。
¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡不↠生↢怯弱心↡、智慧无↢諂曲↡、常在↢諸仏前↡。若人持↢仏名↡、七宝華中生。其華千億葉威光相具足。」已上諸文永離↢悪趣↡往↢生浄土↡
・得菩提
¬*観仏経¼ にのたまはく、 「もしよく心を至して、 繋念うちにあり、 *端坐し*正受して仏の色身を観ぜば、 まさに知るべし、 この人の心は仏の心のごとくにして、 仏と異なることなからん。 煩悩ありといへども、 もろもろの悪のために*覆蔽せられじ。 未来世に大法の雨を雨らさん」 と。
端坐 姿勢をととのえてすわること。
正受 心を静めること。
覆蔽 おおいかくすこと。
¬観仏経¼云。「若能至↠心繋念在↠内、端坐正受観↢仏色身↡、当↠知、是人心如↢仏心↡、与↠仏无↠異。雖↠在↢煩悩↡不↧為↢諸悪↡之所↦覆蔽↥、於↢未来世↡雨↢大法雨↡。」
¬*大集の念仏三昧経¼ の第七にのたまはく、 「まさに知るべし、 かくのごとき*念仏三昧は、 すなはち一切の諸法を総摂することをなす。 このゆゑに、 かの*声聞・*縁覚の二乗の境界にあらず。 もし人、 しばらくもこの法を説くを聞かば、 この人は*当来に決定して仏になること疑あることなからん」 と。
¬大集念仏三昧経¼第七云。「当↠知、如↠是念仏三昧、則為↣捴摂↢一切諸法↡。是故非↢彼声聞・縁覚二乗境界↡。若人暫聞↠説↢此法↡者、是人当来決定成↠仏无↠有↠疑也。」
第九にのたまはく (同)、 「ただよく耳にこの三昧の名を聞かば、 たとひ読せず誦せず、 受せず持せず、 修せず習せず、 他のために転ぜず、 他のために説かず、 また広く分別し釈することあたはずとも、 しかもかのもろもろの善男子・善女人、 みなまさに次第に*阿耨菩提を成就すべし」 と。
同¬経¼第九云。「但能耳聞↢此三昧名↡、仮令不↠読不↠誦、不↠受不↠持、不↠修不↠習、不↢為↠他転↡、不↢為↠他説↡、亦復不↠能↢広分別釈↡、然彼諸善男子・善女人、皆当↣次第成↢就阿耨菩提↡。」
同偈にのたまはく、
「もしもろもろの妙相を円満し、 もろもろの好上の荘厳を具足せんと欲ひ、
および清浄の処に転生することを求めんものは、 かならず先づこの三昧を受持せよ」 と。
同¬*経¼偈云。「*欲↧円↢満諸妙相↡具↦足衆*妙上荘厳↥、及求↣転↢生清浄*家↡、必先受↢持此三昧↡。」
経 青蓮院本、 建長五年刊本では欠く。
◇ 青蓮院本、 建長五年刊本には 「若」 の字あり。
妙上 青蓮院本では 「好上」。
家 青蓮院本では 「処」。
またある ¬経¼ (*倶舎論) にのたまはく、
「もし仏の*福田において、 よく少分の善を殖ゑつれば、
初めには*勝善趣を獲、 後にはかならず涅槃を得」 と。
勝善趣 六道のうちの人・天。
又有¬経¼言。「若於↢仏福田↡、能殖↢少分善↡、初獲↢勝善趣↡、後必得↢涅槃↡。」
¬*大般若経¼ にのたまはく、 「仏を敬ひ憶ふによりて、 かならず生死を出でて涅槃に至る。 これを置きて、 乃至、 仏を供養せんがために、 一華をもつて虚空に散ずるもまたかくのごとし。 またこれを置きて、 もし善男子・善女人等、 下一たび ª南無仏陀大慈悲者º と称するに至らば、 この善男子・善女人等は、 生死の際を窮むるまで善根尽くることなくして、 天・人のなかにしてつねに富楽を受け、 乃至、 最後には*般涅槃を得ん」 と。 略して抄す。 ¬*大悲経¼ の第二、 これに同じ。 ¬*宝積経¼ 以下、 粗なり。
般涅槃 完全な仏のさとり。
¬大般若経¼云。「依↣敬↢憶仏↡、必出↢生死↡至↢涅槃↡。置↠此。乃至為↣供↢養仏↡、以↢一花↡散↢虚空↡、亦如↠是。又置↠此。若善男子・善女人等、下至↣一称↢*南謨仏陀大慈悲↡者、是善男子・善女人等、窮↢生死際↡善根无↠尽、於↢天人中↡恒受↢富楽↡、乃至後得↢般涅槃↡。」略抄¬大悲経¼第二同↠之*
南謨 建長五年刊本、 大派依用本では 「南无」。
◇ 青蓮院本では 「宝積経已下麁也経不可尽之」 と続く。
¬*宝積経¼ にのたまはく、 「もし衆生ありて、 如来の所にして微善を起さば、 *苦際を尽すまで*畢竟じて壊せず」 と。
苦際 苦しみの終り。
¬宝積経¼云。「*有↢衆生↡、於↢如来所↡起↢微善↡者、尽↢於苦際↡、畢竟不↠壊。」
◇ 青蓮院本、 建長五年刊本では 「若」 の字あり。
またのたまはく (同)、 「もし菩薩ありて、 *勝意楽をもつてよくわが所において父の想を起さば、 かの人はまさに如来の数に入ることを得て、 わがごとくにして異なることなからん」 と。
勝意楽 すぐれた意向、 望み。
又云。「若有↢菩薩↡、以↢勝意楽↡能於↢我所↡起↢於父想↡、彼人当↧得↠入↢如来数↡如↠我無↞異。」
¬十二仏名経¼ の偈にのたまはく、
「もし人、 仏の名を持たば、 世々所生の処に、
*身通をもつて虚空に遊び、 よく無辺の*刹に至りて、
まのあたり諸仏を覩たてまつりて、 よく甚深の義を問ふ。 乃至
ために*微妙の法を説きて、 かれに*菩提の記を授けたまふ」 と。
微妙 奥深くすばらしいこと。
¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡、世世所↠生処、身通遊↢虚空↡、能至↢无辺刹↡。面覩↢於諸仏↡、能問↢甚深義↡、乃至 為説↢微妙法↡、授↢彼菩提記↡。」
¬*法華経¼ の偈にのたまはく、
「もし人、 散乱の心にして、 *塔廟のなかに入り、
一たび ª南無仏º と称すれば、 みなすでに仏道を成ず」 と。
塔廟 仏の遺骨を安置し供養するところ。
¬法華経¼偈云。「若人散乱心、入↢於塔廟中↡、一称↢南无仏↡、皆已成↢仏道↡。」
¬大悲経¼ の第三に、 「仏、 阿難に告げたまはく、 ªもし衆生ありて、 仏の名を聞かば、 われ説かく、 «この人は*畢定してまさに般涅槃に入ることを得べし»º」 と。
畢定して 必ず定めて。
¬大悲経¼第三「仏告↢阿難↡。若有↢衆生↡、聞↢仏名↡者、我説、是人畢定当↠得↠入↢般涅槃↡。」
¬華厳経¼ の法幢菩薩の偈にのたまはく、
「もしもろもろの衆生ありて、 いまだ菩提心を発さざらんも、
一たび仏の名を聞くことを得ば、 決定して菩提を成ぜん」 と。 以上のもろもろの文、 菩提を得ることなり。
¬華厳経¼法幢菩薩偈云。「若有↢諸衆生↡、未↠発↢菩提心↡、一得↠聞↢仏名↡、決定成↢菩提↡。」已上諸文得↢菩提↡
ただ名号を聞くすら、 *勝利かくのごとし。 いはんやしばらくも相好・功徳を観念し、 あるいはまた一華・一香を供養せんをや。 いはんや一生に勤修する功徳、 つひに虚しからじ。 すなはち知りぬ、 仏法に値ひ、 仏号を聞くことは、 これ少縁にあらず。
但聞↢名号↡勝利如↠是。況暫観↢念相好・功徳↡、或復供↢養一華・一香↡。況一生勤修功徳終不↠虚。則知、値↢仏法↡聞↢仏号↡、非↢是少縁↡。
このゆゑに ¬華厳経¼ の真実慧菩薩の偈にのたまはく、
「むしろ地獄の苦を受くとも、 諸仏の名を聞くことを得よ。
無量の楽を受くとも、 仏の名を聞かざることなかれ」 と。
是故¬華厳経¼真実慧菩薩偈云。「寧受↢地獄苦↡得↠聞↢諸仏名↡、不↧受↢无量楽↡而不↞聞↢仏名↡。」
以上の*四の門は、 総じて諸仏を念ずる利益を明かす。 そのなかに、 ¬*観仏経¼ には釈迦をもつて首めとなす。 ¬般舟経¼ は多く弥陀をもつて首めとなす。 理、 実にはともに一切の諸仏に通ず。 ¬*念仏経¼ は三世の諸仏に通ず。
四の門 滅罪生善・冥得護持・現身見仏・当来勝利の四。
已上四門、惣明↧念↢諸仏↡之利益↥。其中¬観仏経¼以↢釈迦↡為↠首、¬般舟経¼多以↢弥陀↡為↠首、理実倶通↢一切諸仏↡。¬念仏経¼通↢三世*仏↡。
仏 青蓮院本では 「諸仏」。
問ふ。 ¬*観仏経¼ にのたまはく、 「この人の心は、 仏の心のごとくにして、 仏と異なることなし」 と。 また ¬観経¼ にのたまはく、 「▲仏、 阿難に告げたまはく、 ª諸仏はこれ法界の身なり、 一切衆生の心想のうちに入りたまふ。 このゆゑに、 なんぢら心に仏を想ふ時、 この心すなはちこれ*三十二相・*八十随形好なり。 是の心、 仏に作る。 是の心、 是仏なり。 *諸仏の正遍知海は、 心想より生じたまふº」 と。 以上 この義いかん。
諸仏の正遍知海 真理を正しくさとったさまざまな仏たちの意。 正遍知は如来の十号の一。 海は仏の智慧の広大なことを喩える。
問。¬観仏経¼云。「是人心如↢仏心↡、与↠仏无↠異。」又¬観経¼云。「仏告↢阿難↡。諸仏*如来是法界身、入↢一切衆生心想之中↡。是故汝等心想↠仏時、是心即是三十二相・八十随形好。是心作仏。是心是仏。諸仏正遍知海、従↢心想↡生。」 已上 此義云何。
如来 他本では欠く。
答ふ。 ¬*往生論¼ (天親の浄土論) の*智光の ¬疏¼ にこの文を釈していはく、 「衆生の心に仏を想ふ時に当りて、 仏の身相みな衆生の心のなかに顕現す。 たとへば、 水清ければすなはち色像現ず。 しかも水と像とは、 一ならず異ならざるがごとし。 ゆゑにいふ、 仏の相好の身は、 すなはちこれ心想なりと。 ª是心作仏º とは、 心よく仏に作るなり。 ª是心是仏º とは、 心がほかに仏なきなり。 たとへば、 火の木より出づれども、 木を離るることを得ず、 木を離れざるをもつてのゆゑに、 すなはちよく木を焼きて火となる。 木を焼けば、 すなはちこれ火たるがごとし」 と。 以上
智光の疏 ¬無量寿経論釈¼ 五巻のこと。 天親菩薩の ¬浄土論¼ を曇鸞大師の ¬論註¼ に依拠して註釈した書。 現存しないが、 ¬安養集¼ などに引用された文を集成することによってほぼ復元されている。
答。¬往生論¼智光¬疏¼釈↢此文↡云。「当衆生心想↠仏時、仏身相皆顕↢現衆生心中↡。譬如↢水清即色像現、而水与↠像不↠一不↟異。故言↢仏相好身、即是心想↡。是心作仏者、心能作仏。是心是仏者、心外无↠仏。譬如↧火従↠木出、不↠得↠離↠木、以↠不↠離↠木故即能焼↠木為↠火、焼↠木即是火↥。」已上
また余の釈あり。 学者さらに勘へよ。
亦有↢余釈↡、学者更勘。
わたくしにいはく、 ¬*大集経¼ の 「日蔵分」 (意) にのたまはく、 「行者、 この念をなさく、 これらの諸仏は従りて来るところなし。 去りて至るところなし。 ただわが心の作なり。 三界のなかにおいて、 この身は因縁なり。 ただこれ心の作なり。 われ、 *覚観に随ひて、 多を欲すれば多を見、 少を欲すれば少を見る。 諸仏如来は、 すなはちこれわが心なり。 なにをもつてのゆゑに。 心に随ひて見るがゆゑに。 心、 すなはちわが身なり。 すなはちこれ虚空なり。 われ、 覚観によりて無量の仏を見たてまつる。 われ、 覚心をもつて仏を見たてまつり、 仏を知る。 心は心を見ず、 心は心を知らず。 われ、 法界を観ずるに、 性、 牢固なることなし。 一切の諸仏はみな覚観の因縁より生れたまふ。 このゆゑに、 法性はすなはちこれ虚空なり、 虚空の性もまたこれ空なり」 と。 以上 この文の意 ¬観経¼ に同じ。 光師 (智光) の釈また違ふことなし。
覚観 覚はものごとをおおまかに推し測る心、 観は覚よりも細密に尋ね知る心。
私云。¬大集経¼日蔵分云。「行者作↢是念↡。是等諸仏、无↠所↢従来↡、去无↠所↠至。唯我心作。於↢三界中↡、是身因縁、唯是心作。我随↢覚観↡、欲↠多見↠多、欲↠*小見↠小。諸仏如来即是我心。何以故、随↠心見故。心即我身、即是虚空。我因↢覚観↡見↢无量仏↡、我以↢覚心↡見↠仏知↠仏。心不↠見↠心、心不↠知↠心。我観↢法界↡性无↢牢固↡。一切諸仏皆従↢覚観因縁↡而生。是故法性即是虚空虚空之性亦復是空。」已上 此文意同↢¬観経¼↡。光師釈亦无↠違。
小 青蓮院本では 「少」。 以下同。
問ふ。 心、 仏に作ることを知るに、 なんの*勝利かある。
問