おうじょう要集ようしゅう かん

天台てんだい*首楞厳しゅりょうごんいん沙門しゃもん源信げんしんせん

念仏利益

【58】大文だいもんだい七に、 念仏ねんぶつやくかさば、 おおきにわかちて七あり。 一には滅罪めつざい生善しょうぜん、 二には冥得みょうとく護持ごじ、 三には現身げんしん見仏けんぶつ、 四には当来とうらい勝利しょうり、 五には弥陀みだ別益べつやく、 六には引例いんれい勧信かんしん、 七には悪趣あくしゅやくなり。 そのもんおのおのおおし、 いまりゃくしてよう

大文第七明↢念仏利益↡者、大分有↠七。一滅罪生善、二冥得護持、三現身見仏、四当来勝利、五弥陀別益、六引例勧信、七悪趣利益。其文各多、今略挙↠要。

◎念仏利益 滅罪生善

【59】だい一に滅罪めつざい生善しょうぜんといふは

第一滅罪生善者、

・滅罪

¬*観仏かんぶつきょう¼ のだい二にのたまはく、 「一のなかにおいてわかちて少分しょうぶんとなして、 少分しょうぶんのなかによく*しゅのあひだもぶつ*白毫びゃくごうねんじて、 しんをして*了々りょうりょうならしめ、 謬乱びゅうらんおもいなく、 分明ぶんみょう*正住しょうじゅうにして、 こころくることまずして白毫びゃくごうねんずるものは、 もしは相好そうごう、 もしはることをずとも、 かくのごときひとは、 九十六おく那由他なゆたごうしゃ*塵数じんしゅこうしょうつみ除却じょきゃくせん。 たとひまたひとありて、 ただ白毫びゃくごうきてこころ驚疑きょうぎせず、 かん信受しんじゅせん。 このひともまた八十億劫おくこうしょうつみけん」 と

正住 心を一処にとどめること。
微塵数 無数の意。 微塵は仏教でいう物質の最小単位。

¬観仏経¼第二云。「於↢一時中↡分為↢少分↡、少分之中能須臾間念↢仏白毫↡、令↢心了了↡、無↢謬乱想↡、分明正住注↠意不↠息、念↢白毫↡者、若見↢相好↡、若不↠得↠見、如↠是等人、除↢却九十六億那由他恒河沙微塵数劫生死之罪↡。設復有↠人、但聞↢白毫↡心不↢驚疑↡、歓喜信受、此人亦却↢八十億劫生死之罪↡。」

またのたまはく (*同)、 「ぶつりたまひてのち三昧さんまい正受しょうじゅしてぶつ*ぎょうおもふものは、 また千劫せんごう極重ごくじゅう悪業あくごうのぞかん」 と ぶつ行歩ぎょうぶそうは、 *かみ助念じょねん方法ほうほうもんのごとし。

 ここでは歩く姿の意。
上の助念方法門 大文第五助念方法のたいだいのうちの飛行ひぎょうざいを指す。

又云。「仏去↠世後、三昧正受想↢仏行↡者、亦除↢千劫極重悪業↡。」仏行歩相如↢上助念方法門↡

またのたまはく (*観仏経)、 「ぶつなんげたまはく、 ªなんぢ、 今日こんにちより如来にょらいたもちて、 あまねく弟子でしげよ。 ぶつめつのちに、 形像ぎょうぞうつくりて、 身相しんそうをしてそくせしめ、 またりょうぶつ色像しきぞうおよび*通身つうしんしきつくり、 および*仏跡ぶっせきえがき、 微妙みみょういとおよび*頗梨はりしゅをもつて白毫びゃくごうところきて、 もろもろのしゅじょうをしてこのそうることをしめよ。 ただこのそうしんかんをなさば、 このひと百億ひゃくおく那由他なゆたごうしゃこうしょうつみ除却じょきゃくせんº」 と

通身の色 光背こうはい (後光) のこと。 仏の全身から放たれるこうみょうを形象化したもの。
仏跡 仏足跡のこと。
頗梨珠 水晶の玉。

又云。「仏告↢阿難↡。汝従↢今日↡持↢如来語↡、遍告↢弟子↡。仏滅度後造↢好形像↡、令↢身相足↡、亦作↢无量化仏色像及通身色↡、及画↢仏跡↡、以↢微妙糸、及頗梨珠↡安↢白毫処↡、令↢諸衆生得↟見↢是相↡。但見↢此相↡心生↢歓喜↡、此人除↢却百億那由他恒河沙劫生死之罪↡。」¬優填王作仏形像経¼云「作↢仏形像↡功徳无量世世所↠生不↠堕↢悪道↡後皆得↠生↢无量寿仏国↡作↢菩薩↡当↠得↢成仏↡」云云略抄

 青蓮院本では 「具足」。
優~抄 他本にはこの割註四十五字を欠く。

またのたまはく (*同)、 「老女ろうにょの、 ぶつて、 邪見じゃけんにしてしんぜざるすら、 なほよく八十万億まんおくこうしょうつみ除却じょきゃくしき。 いはんや、 またこころをもつて恭敬くぎょう礼拝らいはいせんをや」 と *須達しゅだついえ老女ろうにょ因縁いんねんは、 かの ¬きょう¼ (同) にひろくがごとし。

須達が家の老女の因縁 須達長者に仕える老女きゃはものおしみの心が強く、 長者が布施ふせをするのを好まなかったが、 釈尊と羅睺羅らごらの教化によって、 聖者のさとりを得たという。

又云。「老女見↠仏、邪見不↠信、猶能除↢却八十万億劫生死之罪↡、況復善意恭敬礼拝。」須達家老女因縁如↢彼経広説↡

またのたまはく (*同)、 「もろもろのぼんおよび*弟子でし*方等ほうどうきょうそしり、 *ぎゃくざいつくり、 *じゅうきんおかし、 *そうもつぬすみ、 *比丘尼びくにいんし、 *戒斎かいさいやぶり、 もろもろのあくをなし、 種々しゅじゅ邪見じゃけんあらん。 かくのごときひと、 もしよくしんいたして一にちねん在前ざいぜんして、 ぶつ如来にょらいの一の相好そうごうかんぜば、 もろもろのあく罪障ざいしょうも、 みなことごとく尽滅じんめつしなん」 と

四部の弟子 四衆のこと。 →しゅ
方等経 普遍平等の真理を説きあらわした経典。 大乗経典の総称。

又云。「諸凡夫、及四部弟子、謗↢方等経↡作↢五逆罪↡犯↢四重禁↡偸↢僧祇物↡、婬↢比丘尼↡、破↢八戒斎↡、作↢諸悪事種種邪見↡、如↠是等人、若能至↠心一日一夜、繋↠念在↠前観↢仏如来一相好↡者、諸悪罪障皆悉尽滅。」

またのたまはく (*観仏経)、 「もしはぶつそん帰依きえすることあるもの、 もしはみなしょうするものは、 百千ひゃくせんごう煩悩ぼんのう重障じゅうしょうのぞく。 いかにいはんや、 正心しょうしん*念仏ねんぶつじょうしゅせんをや」 と

念仏定 念仏三昧のこと。 →念仏ねんぶつ三昧ざんまい

又云。「若有↣帰↢依仏世尊↡者、若称↠名者、除↢百千劫煩悩重障↡。何況正心修↢念仏定↡。」

¬*宝積ほうしゃくきょう¼ のだい五にのたまはく、 「宝珠ほうしゅあり、 種々しゅじゅしきづく。 大海だいかいのなかにあり、 りょうしゅはやながれありて大海だいかいるといへども、 しゅりきをもつてみずをして消滅しょうめつせしめて、 盈溢よういつせざらしむるがごとく、 かくのごとく如来にょらい*おう*しょう等覚とうがくだいしょうしをはりて、 智火ちかちからによりて、 よくしゅじょう煩悩ぼんのうをして消滅しょうめつせしめたまふことも、 またかくのごとし。 もしまたひとありて、 日々にちにちのうちにおいて如来にょらいみょうごうどく*称説しょうせつせば、 このもろもろのしゅじょうはよく黒闇こくあんはなれて、 ぜんにまさにもろもろの煩悩ぼんのうくことをべし。 かくのごとくして ª南無なもぶつº と称念しょうねんするもの、 *ごうむなしからじ。 かくのごときごうを、 *だいりてよく煩悩ぼんのうくとづく」 と

語業 ごうに同じ。 三業の一。 →三業さんごう
大炬 大きなたいまつ。

¬宝積経¼第五云。「如↧有↢宝珠↡名↢種種色↡、在↢大海中↡、雖↠有↣无量衆多駃流入↢於大海↡、以↢珠火力↡、令↪水銷滅而不↩盈溢↨、如↠是如来・応・正等覚、証↢菩提↡已由↢智火力↡、能令↢衆生煩悩銷滅↡、亦復如↠是。乃至 若復有↠人、於↢日日中↡、称↢説如来名号功徳↡、是諸衆生、能離↢黒闇↡漸次当↠得↠焼↢諸煩悩↡。如↠是称↢念南无仏↡者、語業不↠空。如↠是語業、名↧執↢大炬↡能焼↦煩悩↥。」

 青蓮院本では 「消」。

・生善

¬*遺日ゆいにち摩尼まにきょう¼ にのたまはく、 「さつは、 また数千しゅせん億万おくまんごう愛欲あいよくのなかにありてつみのためにおおはれたりといへども、 もし仏経ぶっきょうきて一ぺんぜんねんずれば、 つみすなはち消尽しょうじんす」 と 以上いじょうのもろもろのもん滅罪めつざいなり。

¬遺摩尼経¼云。「菩薩雖↧復数千巨億万劫、在↢愛欲中↡為↠罪所↞覆、若聞↢仏経↡一反念↠善、罪即消尽。」已上諸文滅罪

遺摩尼経 青蓮院本、 建長五年刊本では 「遺日摩尼経」。

¬*だいきょう¼ のだい二にのたまはく、 「もし三ぜん大千だいせんかいのなかにてらん*しゅおん*斯陀しだごん*阿那あなごん*阿羅あらかんを、 もし善男ぜんなん善女人ぜんにょにんありて、 もしは一こう、 もしは*げんこう、 もろもろの種々しゅじゅ*称意しょうい一切いっさいらくをもつて、 *恭敬くぎょう尊重そんじゅう*けんしてようせん。 もしまたひとありて、 諸仏しょぶつみもとにして、 ただ一たびたなごころあわせ、 一たびみなしょうせん。 かくのごとき福徳ふくとくを、 さき福徳ふくとくくらぶるに、 百分ひゃくぶんにして一にもおよばず。 ひゃく千億せんおくぶんにして一にもおよばず。 *迦羅からぶんにして一にもおよばず。 なにをもつてのゆゑに。 ぶつ如来にょらいはもろもろの*福田ふくでんのなかにさい無上むじょうたるをもつてなり。 このゆゑにぶつするはだいどくじょうず」 と りゃくしてしょうす。 *ぜんかいてる辟支びゃくしぶつをもつて*校量きょうりょうすることまたしかり。

減一劫 一劫に満たない期間。 一劫未満。
称意 心にかなうこと。
謙下 へりくだること。
迦羅分 迦羅は梵語カーラ (kāla) の音写。 人間の体毛の百分の一、 また十六分の一ともいい、 きわめて小さな数量を指す。

¬大悲経¼第二云。「若三千大千世界満↠中、須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢、若有↢善男子・善女人↡、若一劫若減一劫、以↢諸種種称↠意一切楽具↡、恭敬尊重、謙下供養。若復有↠人、於↢諸仏所↡、但一合掌一称↠名。如↠是福徳比↢前福徳↡、百分不↠及↠一、百千億分不↠及↠一。迦羅分不↠及↠一。何以故、以↣仏如来諸福田中為↢無上↡。是故施↠仏成↢大功徳↡。」略抄以↧満↢三千界↡辟支仏↥挍量亦爾

 青蓮院本では 「世界」。

¬*ようきょう¼ のにのたまはく、

一切いっさいしゅじょうの、 *縁覚えんがくとならんに、 もしようすること億数おくしゅこうにして、

飲食おんじきぶくじょう臥具がぐ*檮香とうこう雑香ざっこうおよび名華みょうけをもつてすることあらんも、

檮香 つきくだいた香料。

もししんを一にして十のゆびあざへ、 しんをもつぱらにしてみづから一の如来にょらいしたてまつり、

くちにみづからごんおこして ª南無なもぶつº といふことあらば、 このどくふくをば最上さいじょうなりとなす」 と

¬普曜経¼偈云。「一切衆生成↢縁覚↡、若有↣供↢養億数劫、飲食・衣服・床臥具・梼香・雑香及名華↡、若有↧一心叉↢十指↡専心自帰↢一如来↡口自発↦言南無仏↥、是功徳福為↢上↡。」

¬*般舟はんじゅきょう¼ に念仏ねんぶつ三昧ざんまいにのたまはく、

「たとひ一切いっさいみなぶつとなりて、 聖智しょうち清浄しょうじょうにしてだい一ならん。

みな億劫おくこうよりそのしゅぐすまで、 一どく講説こうせつし、

*泥洹ないおんいたるまで*ふく誦詠じゅようし、 しゅ億劫おくこうにことごとく嘆誦たんじゅすとも、

泥洹 梵語ニルヴァーナ (nirvāņa) の俗語形の音写。 はんに同じ。 ここではにゅうめつのこと。
 福徳のこと。 どく

そのどくきわつくすことあたはじ。 この三昧さんまいの一においてするを、

一切いっさい仏国ぶっこくのあらゆる、 四ほうぐうおよび上下じょうげの、

なかにてらん珍宝ちんぽうをもつて布施ふせし、 もちゐてぶつ*天中てんちゅうてんようせんも、

天中の天 仏の称。 諸天のうちの最勝の者の意。

もしこの三昧さんまいくことあるものは、 その*福祐ふくゆうること、 かれにぎたらん。

*安諦あんたい*じゅ説講せっこうするものは、 たとへをくともどくたとふべからず」 と *ぶつせつして*じんとなして、 一々のじんりて、 またくだくこと、 一仏刹ぶっせつ塵数じんじゅにおいてするがごとくして、 この一じんをもつて一仏刹ぶっせつとなして、 そこばくの仏刹ぶっせつの、 なかにてらん珍宝ちんぽう諸仏しょぶつようせん。 これをもつてとなせり。 以上いじょう生善しょうぜん

福祐 福徳に同じ。 功徳。
安諦 心を落ち着けて安らかなこと。
諷誦 となえること。
一仏の刹 刹は梵語クシェートラ (kşetra) の音写で、 国土のこと。 一仏国土。
 微塵。 物質の最小単位。

¬般舟経¼説↢念仏三昧↡偈云。「仮使一切皆為↠仏、聖智清浄慧第一。皆於↢億劫↡過↢其数↡、講↢説一偈↡之功徳、至↢於泥洹↡誦↢詠福↡、无数億劫悉歎誦、不↠能↣究↢尽其功徳↡。於↢是三昧一偈事↡、一切仏国所有地、四方・四隅及上下、満↠中珍宝以布施、用供↢養仏天中天↡、若有↠聞↢是三昧↡者、得↢其福祐↡過↢於彼↡。安諦諷誦説講者、引↠譬功徳不↠可↠喩。」破↢一仏刹↡為↠塵取↢一一塵↡亦砕如↢一仏刹塵数↡以↢此一塵↡為↢一仏刹↡若干仏刹満↠中珍宝供↢養諸仏↡以↠之為↠比也已上生善

・滅罪生善

¬*諸仏しょぶつ境界きょうがいきょう¼ にかく、 「もしもろもろのしゅじょうの、 如来にょらいえんじて、 もろもろのぎょうしょうずるものは、 しゅこうごく畜生ちくしょう餓鬼がき*えんおうしょうだんず。 もししゅじょうありて、 一ねん*作意さいして如来にょらいえんずるものは、 所得しょとくどく限極げんごくあることなし。 称量しょうりょうすべからず。 百千ひゃくせん万億まんおく那由他なゆたのもろもろのだいさつの、 ことごとく不可思議ふかしぎだつじょうんも、 *計校けきょうしてその辺際へんざいることあたはじ」 と

閻魔王 閻羅王に同じ。 →えんおう
作意 心をはたらかせること。

¬度諸仏境界経¼説。「若諸衆生縁↢於如来↡生↢諸行↡者、断↢无数劫地獄・畜生・餓鬼・閻羅王生↡。若有↢衆生↡、一念作意縁↢如来↡者、所得功徳、无↠有↢限極↡、不↠可↢称量↡。百千万億那由他、諸大菩薩、悉得↢不可思議解脱定↡、不↠能↣計挍知↢其辺際↡。」

閻羅王 青蓮院本、 建長五年刊本では 「閻魔王」。

¬*観仏かんぶつきょう¼ に、 「ぶつなんげたまはく、 ªわれ*はんしなんのちに、 諸天しょてんにん、 もしわがしょうし、 および «南無なも諸仏しょぶつ» としょうせば、 るところの福徳ふくとくりょうへんならん。 いはんやまた*ねんして諸仏しょぶつねんずるものは、 しかももろもろの*障礙しょうげ滅除めつじょせざらんやº」 と 以上いじょう滅罪めつざい生善しょうぜん。 その*かみ正修しょうしゅ念仏ねんぶつもんのごとし。

涅槃 ここではにゅうめつの意。
繋念 係念、 懸念とも書く。 想いをかけること。
上の正修念仏門 大文第四正修念仏の観察門かんざつもんを指す。

¬観仏経¼説。「仏告↢阿難↡。我涅槃後、諸天・世人、若称↢我名↡、及称↢南无諸仏↡、所↠獲福徳无量无辺。況復繋↠念念↢諸仏↡者、而不↣滅↢除諸障↡耶。」已上滅罪生善其余如↢上正修念仏門↡

 他本では欠く。

◎念仏利益 冥得護持

【60】だい二に*冥得みょうとく護持ごじといふは

冥得護持 諸天の加護を得ること。

第二冥得護持者、

¬*身呪しんじゅきょう¼ (意) にのたまはく、 「*三十六神王しんのうに、 万億まんおく恒沙ごうじゃじんありて*眷属けんぞくとなして、 *けたるものをまもる」 と

三十六部の神王 多くの鬼神を眷属けんぞくとし、 三宝さんぼう帰依きえする男女を守護するという三十六の善神。

¬護身咒経¼云。「三十六部神王、有↢万億恒沙鬼神↡為↢眷属↡、護↧受↢三帰↡者↥。」

¬*般舟はんじゅきょう¼ にのたまはく、 「*こう壊焼えしょうするときに、 この三昧さんまいたもてるさつは、 たとひこののなかにつとも、 すなはちためにめっしなんこと、 たとへば、 おおきなる*もたいみずの、 小火しょうかめっするがごとし。 ぶつばつ陀和だわげたまはく、 ªわがかたるところはあることなし。 このさつは、 この三昧さんまいたもてるに、 もしは帝王たいおう、 もしはぞく、 もしは、 もしはすい、 もしはりゅう、 もしはじゃ、 もしは*閲叉えつしゃじん、 もしは猛獣みょうじゅう もしはひとぜんやぶり、 ひとねんうばふものも、 たとひこのさつやぶらんとほっせば、 つひにやぶることあたはじº と。 ぶつののたまはく、 ªわがかたるところのごときはあることなし。 その*宿命しゅくみょうをばのぞきて、 そのはよくやぶるものあることなしº」 と

劫尽き… 劫火のこと。 →こう
 かめ。
閲叉 夜叉に同じ。 →しゃ
宿命 過去世よりの因縁いんねん

¬般舟経¼云。「劫尽壊焼時、持↢是三昧↡菩薩者、正仮堕↢是火中↡、火即為滅、譬如↣大甖水滅↢小火↡。仏告↢跋陀和↡。我所↠語无↠有↠異。是菩薩者、持↢是三昧↡、若帝王若賊、若火若水、若竜若虵、若閲又鬼神、若猛獣 乃至 若壊↢人禅↡奪↢人念↡、設欲↠中↢是菩薩↡者、終不↠能↠中。仏言。如↢我所↟語无↠有↠異。除↢其宿命↡。其余无↠有↢能中者↡。」

正仮 他本では 「正使」。
 他本では 「叉」。

(般舟経) にのたまはく、

じん*けんともにようし、 諸天しょてん人民にんみんもまたかくのごとくせん。

乾陀 乾闥婆けんだつばに同じ。 →はち部鬼ぶきじん

ならびに*須輪しゅりん摩睺まごろくも、 この三昧さんまいぎょうぜば、 かくのごときことをん。

阿須輪摩睺勒 しゅ羅伽らかに同じ。 →はち部鬼ぶきじん

諸天しょてんことごとくともにそのとくめ、 てんにん竜神りゅうじん*けん陀羅だら

諸仏しょぶつも、 *嗟嘆しゃたんしてがんのごとくならしめたまはん。 きょう*じゅきてひとのためにせんがゆゑなり。

甄陀羅 きん那羅ならに同じ。 →はち部鬼ぶきじん
嗟嘆 ほめたたえること。

国々くにぐにあひちてたみ荒乱こうらんし、 きんしきりにいたりて苦窮くぐいだくとも、

つひにそのいのち*中夭ちゅうようせじ。 よくこのきょうじゅしてひとするものは、

中夭 不慮の死。 または早死のこと。

勇猛ゆうみょうにしてもろもろの魔事まじ*降伏ごうぶくし、 しんおそるるところなくいよだたじ。

そのどくぎょう不可議ふかぎならん。 この三昧さんまいぎょうずるものは、 かくのごときことをん」 と ¬*十住じゅうじゅうしゃ¼ に、 これらのもんきをはりていはく、 「ただ*業報ごうほうかならずくべきものをばのぞく」 と、 云々うんぬん

業報 善悪の行為を因として受ける苦楽の報い。 →補註6

¬偈¼曰。「鬼神・乾陀共擁護、諸天・人民亦如↠是。并阿須倫・摩睺勒、行↢此三昧↡、得↠如↠是。諸天悉共頌↢其徳↡、天・人・竜・神・甄陀羅・諸仏嗟歎令↠如↠願。諷↢誦説↣経↡為↠人故。国国相伐民荒乱、飢饉荐臻懐苦窮、終不↣於中↢夭其命↡。能誦↢此経↡化↠人者。勇猛降↢伏諸魔事↡、心无↠所↠畏、毛不↠竪、其功徳行不↠可↠議。行↢此三昧↡得↠如↠是。」¬十住婆娑¼引↢此等文↡已云「唯除↢業報必応↠受者↡」

阿須倫 青蓮院本では 「阿須輪」。
◇ 青蓮院本には 「云云」 とあり。

¬*十二仏名ぶつみょうきょう¼ のにのたまはく、

「もしひとぶつみなたもてば、 衆魔しゅまおよび*波旬はじゅん

*行住ぎょうじゅう坐臥ざがところに、 その便たよりをることあたはじ」 と

¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡、衆魔及波旬、行住坐臥処不↠能↠得↢其便↡。」

◎念仏利益 現身見仏

【61】だい三に現身げんしん見仏けんぶつといふは

第三現身見仏者、

¬*文殊もんじゅ般若はんにゃきょう¼ のかんにのたまはく、 「ぶつののたまはく、 ªもし善男ぜんなん善女人ぜんにょにん*ぎょう三昧ざんまいらんとおもはば、 *空閑くうげんしょしてもろもろのらんて、 *相貌そうみょうらずして、 しんを一ぶつけて、 もつぱら名字みょうじしょうすべし。 ぶつ*方所ほうしょしたがひてなおくしてただしくかひて、 よく一ぶつにおいて念々ねんねん相続そうぞくせよ。 すなはちねんのうちにおいて、 よく過去かこらい現在げんざい諸仏しょぶつたてまつらんº」 と

空閑 静かなところ。

¬文殊般若経¼下巻云。「仏云。若善男子・善女人、欲↠入↢一行三昧↡、応↧処↢至閑↡捨↢諸乱意↡不↠取↢相貌↡繋↢心一仏↡、専称↢名字↡、随↢仏方所↡端↠身正向、能於↢一仏↡念念相続↥。即於↢念中↡能見↢過去・未来・現在諸仏↡。」

 青蓮院本では 「言」。
至閑 他本では 「空閑」。

どうぜん (善導) しゃくしていはく (礼讃・意)、 「しゅじょうさわりおもくして、 かん成就じょうじゅしがたし。 ここをもつて大聖だいしょう (釈尊) れんして、 ただもつぱら名字みょうじしょうせよとすすめたまふ」 と

導禅師釈云。「衆生障重観難↢成就↡。是以大聖悲憐直勧↣専称↢名字↡。」

¬*般舟はんじゅきょう¼ にのたまはく、 「さきかざるところの経巻きょうかんを、 このさつ、 この三昧さんまいたもてるじんをもつて、 ゆめのうちにことごとくみづからその経巻きょうかんて、 おのおのことごとく、 ことごとくきょうかん。 もし昼日ちゅうじつずは、 もしはよるゆめのうちにしてことごとくぶつたてまつることをん。 ぶつばつ陀和だわげたまはく、 ªもしは一こう、 もしは一こうぎて、 われ、 このさつの、 この三昧さんまいたもてるものをき、 そのどくかんに、 つくしをはるべからず。 いかにいはんや、 よくこの三昧さんまいもとたるものをやº」 と

¬般舟経¼云。「前所↠不↠聞経巻、是菩薩持↢是三昧↡威神、夢中悉自得↢其経巻↡、各各悉見悉聞↢経声↡。若昼日不↠得者若夜於↢夢中↡、悉得↠見↠仏。仏告↢跋陀和↡。若一劫若過↢一劫↡、我説↧是菩薩持↢三昧↡者↥、説↢其功徳↡不↠可↢尽竟↡。何況能求↢得是三昧↡者。」

また同経どうきょうにのたまはく、

*阿弥陀あみだくにさつの、 *央数おうしゅ百千ひゃくせんぶつたてまつるがごとく、

阿弥陀の…見たてまつるべし 現存する ¬般舟はんじゅ三昧ざんまいきょう¼ にはこの部分に相当する文はない。

この三昧さんまいたるさつもしかなり。 まさにしゅ百千ひゃくせんぶつたてまつるべし。

それこの三昧さんまい誦受じゅじゅすることあらば、 すでにまのあたり百千ひゃくせんぶつたてまつるとなす。

たとひさいだい恐懼くくにおいても、 この三昧さんまいたもたばおそるるところなからん」 と

又同¬経¼偈云。「如↣阿弥陀国菩薩見↢无央数百千仏↡、得↢是三昧↡菩薩然、当↠見↢无央百千仏↡。乃至 其有↣誦↢受是三昧↡、已為↣面見↢百千仏↡。仮使後大恐懼持↢此三昧↡无↠所↠畏。」

¬*念仏ねんぶつ三昧ざんまいきょう¼ のだい九のにのたまはく、

「もしはことごとく一切いっさいぶつ現在げんざいらいおよび十ぽうんとほっし、

あるいはまた*みょう法輪ほうりんてんずることをもとめんには、 またづこの三昧さんまい修習しゅじゅうせよ」 と

妙法輪を転ずる こよなくすぐれた教えを説く。 仏の説かれた教えは、 しゅじょうぼんのうをうちくだき、 次々とひろまってゆくので、 これを車輪に喩えていう。

¬念仏三昧経¼第九偈云。「若欲↣尽見↢一切仏、現在・未来及十方↡、或復求↠転↢妙法輪↡、亦先修↢習此三昧↡。」

¬*十二仏名ぶつみょうきょう¼ のにのたまはく、

「もしひとよくしんいたして、 七にちぶつじゅせば、

清浄しょうじょうまなこて、 よくりょうぶつたてまつらん」 と

¬十二仏名経¼偈云。「若人能至↠心、七日誦↢仏名↡、得↢於清浄眼↡能見↢无量仏↡。」

◎念仏利益 当来勝利

【62】だい四に*当来とうらい勝利しょうりといふは

当来勝利 来世で得るすぐれたやく

第四当来勝利者、

・離悪趣

¬*ごん¼ のにのたまはく、

「もし如来にょらいしょうどくをもねんじ、 ないねんしんにも専仰せんごうしたてまつらば、

もろもろの悪道あくどうおそれ、 ことごとくながのぞこり、 げんはここにおいてよくふかさとれり」 と げん天王てんのうじゅなり。

¬華厳¼偈云。「若念↢如来少功徳↡、乃至一念心専仰、諸悪道怖悉永除、智眼於↠此能深悟。」智眼天王頌

 青蓮院本では 「小」。

¬*般舟はんじゅきょう¼ のにのたまはく、

「そのひとつひにごくせじ。 餓鬼がきどうおよび畜生ちくしょうはなれん。

世々せせうまるるところにて*宿命しゅくみょうらん。 この三昧さんまいがくせば、 かくのごときことをてん」 と

宿命 過去世の境界。

¬般舟経¼偈云。「其人終不↠堕↢地獄↡、離↢餓鬼道及畜生↡、世世所↠生識↢宿命↡。学↢是三昧↡得↠如↠是。」

¬*観仏かんぶつきょう¼ にのたまはく、 「もししゅじょうありて、 一たびも仏身ぶっしんの、 かみのごときどく相好そうごうこうみょうかば、 億々千おくおくせんこうにも悪道あくどうちず、 邪見じゃけんぞうところうまれず、 つねに正見しょうけんて、 勤修ごんしゅすることまざらん。 ただぶつみなくに、 かくのごときふく。 いかにいはんや、 ねん*観仏かんぶつ三昧ざんまいけんをや」 と

¬観仏経¼云。「若有↢衆生↡一聞↢仏身如↠上功徳・相好・光明↡、億億千劫不↠堕↢悪道↡、不↠生↢邪見雑穢之処↡、常得↢正見↡勤修不↠息。但聞↢仏名↡獲↢如↠是福↡。何況繋↢念観仏三昧↡。」

¬*安楽あんらくしゅう¼ (上) にいはく、 「¬*大集だいじつきょう¼ にのたまはく、 ª諸仏しょぶつでたまふに、 四しゅほうありて、 しゅじょうしたまふ。 なんらをか四となす。 一には、 口に*十二きょうきたまふ。 すなはちこれ、 *ほうをもつてしゅじょうしたまふなり。 二には、 諸仏しょぶつ如来にょらいにはりょう*こうみょう*相好そうごうまします。 一切いっさいしゅじょう、 ただよくしんけて観察かんざつすれば、 やくずといふことなし。 すなはちこれ、 身業しんごうをもつてしゅじょうするなり。 三には、 りょう徳用とくゆう神通じんずう道力どうりき種々しゅじゅ*神変じんぺんまします。 すなはちこれ、 神通じんずう道力どうりきをもつてしゅじょうするなり。 四には、 諸仏しょぶつ如来にょらいにはりょう*みょうごうまします。 もしは*そう、 もしは*べつなり。 それしゅじょうありて、 しんけて称念しょうねんすれば、 さわりのぞき、 やくて、 みな仏前ぶつぜんうまれずといふことなし。 すなはちこれ、 みょうごうをもつてしゅじょうするなりº」 と

法施 人々に教えを説いて聞かせること。
神変 超人間的な力によってあらわされたさまざまなすがたや動作。
総・別 総は如来の十号を指し、 別は阿弥陀如来はやく如来等の個々の名号を指す。

¬安楽集¼云。「大集経云。諸仏出↠世有↢四種法↡度↢衆生↡。何等為↠四。一者口説↢十二部経↡。即是法施度↢衆生↡。二者諸仏如来、有↢无量光明・相好↡。一切衆生、但能繋↠心観察、無↠不↠得↠益。即是身業度↢衆生↡。三者有↢无量徳用・神通道力・種種神変↡。即是神通道力度↢衆生↡。四者諸仏如来有↢无量名号↡。若捴若別。其有↢衆生↡繋↠心称念、莫↠不↣除↠障獲↠益皆生↢仏前↡。即是名号度↢衆生↡。」云云

 他本では 「獲」。

*あるがいはく、 「¬*しょうぼう念経ねんぎょう¼ にこのもんあり」 と

あるが… ざいの ¬浄土論¼ にみえる説。

有云。¬正法念経¼有↢此文↡。

¬*十二仏名ぶつみょうきょう¼ のにのたまはく、

「もしひとぶつみなたもてば、 *怯弱こうにゃくしんしょうぜず、

智慧ちえありて*諂曲てんごくなきは、 つねに諸仏しょぶつまえにあり。

諂曲 へつらうこと。

もしひとぶつみなたもてば、 七宝しっぽうはなのなかにしょうず。

そのはな千億せんおくようにして、 こうそうそくせり」 と 以上いじょう諸文しょもんなが悪趣あくしゅはなれてじょうおうじょうするなり。

¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡不↠生↢怯弱心↡、智慧无↢諂曲↡、常在↢諸仏前↡。若人持↢仏名↡、七宝華中生。其華千億葉威光相具足。」已上諸文永離↢悪趣↡往↢生浄土↡

・得菩提

¬*観仏かんぶつきょう¼ にのたまはく、 「もしよくしんいたして、 ねんうちにあり、 *たん*正受しょうじゅしてぶつ色身しきしんかんぜば、 まさにるべし、 このひとしんぶつしんのごとくにして、 ぶつことなることなからん。 煩悩ぼんのうありといへども、 もろもろのあくのために*へいせられじ。 らい大法だいほうあめあめふらさん」 と

端坐 姿勢をととのえてすわること。
正受 心を静めること。
覆蔽 おおいかくすこと。

¬観仏経¼云。「若能至↠心繋念在↠内、端坐正受観↢仏色身↡、当↠知、是人心如↢仏心↡、与↠仏无↠異。雖↠在↢煩悩↡不↧為↢諸悪↡之所↦覆蔽↥、於↢未来世↡雨↢大法雨↡。」

¬*大集だいじゅう念仏ねんぶつ三昧ざんまいきょう¼ のだい七にのたまはく、 「まさにるべし、 かくのごとき*念仏ねんぶつ三昧ざんまいは、 すなはち一切いっさい諸法しょほう総摂そうしょうすることをなす。 このゆゑに、 かの*しょうもん*縁覚えんがくの二じょう境界きょうがいにあらず。 もしひと、 しばらくもこのほうくをかば、 このひと*当来とうらいけつじょうしてぶつになることうたがいあることなからん」 と

¬大集念仏三昧経¼第七云。「当↠知、如↠是念仏三昧、則為↣捴摂↢一切諸法↡。是故非↢彼声聞・縁覚二乗境界↡。若人暫聞↠説↢此法↡者、是人当来決定成↠仏无↠有↠疑也。」

だい九にのたまはく (同)、 「ただよくみみにこの三昧さんまいかば、 たとひどくせずじゅせず、 じゅせずせず、 しゅせずじゅうせず、 のためにてんぜず、 のためにかず、 またひろ分別ふんべつしゃくすることあたはずとも、 しかもかのもろもろの善男ぜんなん善女人ぜんにょにん、 みなまさにだい*のくだい成就じょうじゅすべし」 と

同¬経¼第九云。「但能耳聞↢此三昧名↡、仮令不↠読不↠誦、不↠受不↠持、不↠修不↠習、不↢為↠他転↡、不↢為↠他説↡、亦復不↠能↢広分別釈↡、然彼諸善男子・善女人、皆当↣次第成↢就阿耨菩提↡。」

どうにのたまはく、

「もしもろもろの妙相みょうそう円満えんまんし、 もろもろの好上こうじょう荘厳しょうごんそくせんとおもひ、

および清浄しょうじょうところ転生てんしょうすることをもとめんものは、 かならずづこの三昧さんまいじゅせよ」 と

同¬経¼偈云。「欲↧円↢満諸妙相↡具↦足衆妙上荘厳↥、及求↣転↢生清浄家↡、必先受↢持此三昧↡。」

 青蓮院本、 建長五年刊本では欠く。
◇ 青蓮院本、 建長五年刊本には 「若」 の字あり。
妙上 青蓮院本では 「好上」。
 青蓮院本では 「処」。

またある ¬きょう¼ (*倶舎論) にのたまはく、

「もしぶつ*福田ふくでんにおいて、 よく少分しょうぶんぜんゑつれば、

はじめには*しょう善趣ぜんしゅのちにはかならずはん」 と

勝善趣 六道のうちの人・天。

又有¬経¼言。「若於↢仏福田↡、能殖↢少分善↡、初獲↢勝善趣↡、後必得↢涅槃↡。」

¬*だい般若はんにゃきょう¼ にのたまはく、 「ぶつうやまおもふによりて、 かならずしょうでてはんいたる。 これをきて、 ないぶつようせんがために、 一をもつてくうさんずるもまたかくのごとし。 またこれをきて、 もし善男ぜんなん善女人ぜんにょにんとうしも一たび ª南無なもぶっだい慈悲じひしゃº としょうするにいたらば、 この善男ぜんなん善女人ぜんにょにんとうは、 しょうきわきわむるまで善根ぜんごんくることなくして、 てんにんのなかにしてつねにらくけ、 ないさいには*はつはんん」 と りゃくしてしょうす。 ¬*だいきょう¼ のだい二、 これにおなじ。 ¬*宝積ほうしゃくきょう¼ 以下いげなり。

般涅槃 完全な仏のさとり。

¬大般若経¼云。「依↣敬↢憶仏↡、必出↢生死↡至↢涅槃↡。置↠此。乃至為↣供↢養仏↡、以↢一花↡散↢虚空↡、亦如↠是。又置↠此。若善男子・善女人等、下至↣一称↢南謨仏陀大慈悲↡者、是善男子・善女人等、窮↢生死際↡善根无↠尽、於↢天人中↡恒受↢富楽↡、乃至後得↢般涅槃↡。」略抄¬大悲経¼第二同↠之

南謨 建長五年刊本、 大派依用本では 「南无」。
◇ 青蓮院本では 「宝積経已下麁也経不可尽之」 と続く。

¬*宝積ほうしゃくきょう¼ にのたまはく、 「もししゅじょうありて、 如来にょらいみもとにしてぜんおこさば、 *さいつくすまで*畢竟ひっきょうじてせず」 と

苦際 苦しみの終り。

¬宝積経¼云。「有↢衆生↡、於↢如来所↡起↢微善↡者、尽↢於苦際↡、畢竟不↠壊。」

◇ 青蓮院本、 建長五年刊本では 「若」 の字あり。

またのたまはく (同)、 「もしさつありて、 *しょう意楽いぎょうをもつてよくわがところにおいてちちおもいおこさば、 かのひとはまさに如来にょらいかずることをて、 わがごとくにしてことなることなからん」 と

勝意楽 すぐれた意向、 望み。

又云。「若有↢菩薩↡、以↢勝意楽↡能於↢我所↡起↢於父想↡、彼人当↧得↠入↢如来数↡如↠我無↞異。」

¬十二仏名ぶつみょうきょう¼ のにのたまはく、

「もしひとぶつみなたもたば、 世々せせ所生しょしょうところに、

*身通しんつうをもつてくうあそび、 よくへん*せついたりて、

身通 神足通じんそくつうのこと。 →ろく神通じんずう

まのあたり諸仏しょぶつたてまつりて、 よく甚深じんじんふ。

ために*微妙みみょうほうきて、 かれに*だいさずけたまふ」 と

微妙 奥深くすばらしいこと。
菩提の記を授け →じゅ

¬十二仏名経¼偈云。「若人持↢仏名↡、世世所↠生処、身通遊↢虚空↡、能至↢无辺刹↡。面覩↢於諸仏↡、能問↢甚深義↡、乃至 為説↢微妙法↡、授↢彼菩提記↡。」

¬*法華ほけきょう¼ のにのたまはく、

「もしひと散乱さんらんしんにして、 *塔廟とうびょうのなかにり、

一たび ª南無なもぶつº としょうすれば、 みなすでに仏道ぶつどうじょうず」 と

塔廟 仏の遺骨を安置しようするところ。

¬法華経¼偈云。「若人散乱心、入↢於塔廟中↡、一称↢南无仏↡、皆已成↢仏道↡。」

¬だいきょう¼ のだい三に、 「ぶつなんげたまはく、 ªもししゅじょうありて、 ぶつみなかば、 われかく、 «この人は*畢定ひつじょうしてまさにはつはんることをべし»º」 と

畢定して 必ず定めて。

¬大悲経¼第三「仏告↢阿難↡。若有↢衆生↡、聞↢仏名↡者、我説、是人畢定当↠得↠入↢般涅槃↡。」

¬ごんぎょう¼ の法幢ほうどうさつにのたまはく、

「もしもろもろのしゅじょうありて、 いまだ提心だいしんおこさざらんも、

一たびぶつみなくことをば、 けつじょうしてだいじょうぜん」 と 以上いじょうのもろもろのもんだいることなり。

¬華厳経¼法幢菩薩偈云。「若有↢諸衆生↡、未↠発↢菩提心↡、一得↠聞↢仏名↡、決定成↢菩提↡。」已上諸文得↢菩提↡

ただみょうごうくすら、 *勝利しょうりかくのごとし。 いはんやしばらくも相好そうごうどく観念かんねんし、 あるいはまた一・一こうようせんをや。 いはんや一しょう勤修ごんしゅするどく、 つひにむなしからじ。 すなはちりぬ、 仏法ぶっぽうひ、 仏号ぶつごうくことは、 これ少縁しょうえんにあらず

但聞↢名号↡勝利如↠是。況暫観↢念相好・功徳↡、或復供↢養一華・一香↡。況一生勤修功徳終不↠虚。則知、値↢仏法↡聞↢仏号↡、非↢是少縁↡。

このゆゑに ¬ごんぎょう¼ の真実しんじつさつにのたまはく、

「むしろごくくとも、 諸仏しょぶつみなくことをよ。

りょうらくくとも、 ぶつみなかざることなかれ」 と

是故¬華厳経¼真実慧菩薩偈云。「寧受↢地獄苦↡得↠聞↢諸仏名↡、不↧受↢无量楽↡而不↞聞↢仏名↡。」

以上いじょう*四のもんは、 そうじて諸仏しょぶつねんずるやくかす。 そのなかに、 ¬*観仏かんぶつきょう¼ にはしゃをもつてはじめとなす。 ¬般舟はんじゅきょう¼ はおお弥陀みだをもつてはじめとなす。 じつにはともに一切いっさい諸仏しょぶつつうず。 ¬*念仏ねんぶつきょう¼ は三諸仏しょぶつつう

四の門 滅罪めつざい生善しょうぜん冥得みょうとく現身げんしん見仏けんぶつ・当来勝利の四。
念仏経 ¬大方等だいほうどう大集経だいじっきょうさつ念仏ねんぶつ三昧ざんまいぶん¼ のこと。 →大集だいじゅう念仏ねんぶつ三昧ざんまいきょう

已上四門、惣明↧念↢諸仏↡之利益↥。其中¬観仏経¼以↢釈迦↡為↠首、¬般舟経¼多以↢弥陀↡為↠首、理実倶通↢一切諸仏↡。¬念仏経¼通↢三世仏↡。

 青蓮院本では 「諸仏」。

 ふ。 ¬*観仏かんぶつきょう¼ にのたまはく、 「このひとしんは、 ぶつしんのごとくにして、 ぶつことなることなし」 と。 また ¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「ぶつなんげたまはく、 ª諸仏しょぶつはこれ法界ほうかいしんなり、 一切いっさいしゅじょう心想しんそうのうちにりたまふ。 このゆゑに、 なんぢらしんぶつおもとき、 このしんすなはちこれ*三十二そう*八十随形好ずいぎょうこうなり。 しんぶつる。 しんこれぶつなり。 *諸仏しょぶつしょうへんかいは、 心想しんそうよりしょうじたまふº」 と。 このいかん

諸仏の正遍知海 真理を正しくさとったさまざまな仏たちの意。 正遍知は如来の十号の一。 海は仏の智慧ちえの広大なことを喩える。

問。¬観仏経¼云。「是人心如↢仏心↡、与↠仏无↠異。」又¬観経¼云。「仏告↢阿難↡。諸仏如来是法界身、入↢一切衆生心想之中↡。是故汝等心想↠仏時、是心即是三十二相・八十随形好。是心作仏。是心是仏。諸仏正遍知海、従↢心想↡生。」 已上 此義云何。

如来 他本では欠く。

こたふ。 ¬*おうじょうろん¼ (天親の浄土論)*こうの ¬しょ¼ にこのもんしゃくしていはく、 「しゅじょうしんぶつおもときあたりて、 ぶつ身相しんそうみなしゅじょうしんのなかに顕現けんげんす。 たとへば、 みずきよければすなはち色像しきぞうげんず。 しかもみずぞうとは、 一ならずならざるがごとし。 ゆゑにいふ、 ぶつ相好そうごうしんは、 すなはちこれ心想しんそうなりと。 ªしんぶつº とは、 しんよくぶつるなり。 ªしんぶつº とは、 しんがほかにぶつなきなり。 たとへば、 よりづれども、 はなるることをず、 はなれざるをもつてのゆゑに、 すなはちよくきてとなる。 けば、 すなはちこれたるがごとし」 と

智光の疏 ¬無量寿むりょうじゅきょうろんしゃく¼ 五巻のこと。 天親てんじん菩薩の ¬浄土論¼ を曇鸞どんらん大師の ¬論註¼ に依拠して註釈した書。 現存しないが、 ¬あん養集にょうしゅう¼ などに引用された文を集成することによってほぼ復元されている。

答。¬往生論¼智光¬疏¼釈↢此文↡云。「当衆生心想↠仏時、仏身相皆顕↢現衆生心中↡。譬如↢水清即色像現、而水与↠像不↠一不↟異。故言↢仏相好身、即是心想↡。是心作仏者、心能作仏。是心是仏者、心外无↠仏。譬如↧火従↠木出、不↠得↠離↠木、以↠不↠離↠木故即能焼↠木為↠火、焼↠木即是火↥。」已上

またしゃくあり。 学者がくしゃさらにかんがへよ

亦有↢余釈↡、学者更勘。

わたくしにいはく、 ¬*大集だいじつきょう¼ の 「日蔵分にちぞうぶん(意) にのたまはく、 「行者ぎょうじゃ、 このねんをなさく、 これらの諸仏しょぶつりてきたるところなし。 りていたるところなし。 ただわがしんなり。 三がいのなかにおいて、 このしん因縁いんねんなり。 ただこれしんなり。 われ、 *覚観かくかんしたがひて、 ほっすればしょうほっすればしょうる。 諸仏しょぶつ如来にょらいは、 すなはちこれわがしんなり。 なにをもつてのゆゑに。 しんしたがひてるがゆゑに。 しん、 すなはちわがしんなり。 すなはちこれくうなり。 われ、 覚観かくかんによりてりょうぶつたてまつる。 われ、 覚心かくしんをもつてぶつたてまつり、 ぶつる。 しんしんず、 しんしんらず。 われ、 法界ほうかいかんずるに、 しょうろうなることなし。 一切いっさい諸仏しょぶつはみな覚観かくかん因縁いんねんよりうまれたまふ。 このゆゑに、 ほっしょうはすなはちこれくうなり、 くうしょうもまたこれくうなり」 と。 このもんこころ ¬かんぎょう¼ におなじ。 こう (智光)しゃくまたたがふことなし

覚観 覚はものごとをおおまかに推し測る心、 観は覚よりも細密に尋ね知る心。

私云。¬大集経¼日蔵分云。「行者作↢是念↡。是等諸仏、无↠所↢従来↡、去无↠所↠至。唯我心作。於↢三界中↡、是身因縁、唯是心作。我随↢覚観↡、欲↠多見↠多、欲↠小見↠小。諸仏如来即是我心。何以故、随↠心見故。心即我身、即是虚空。我因↢覚観↡見↢无量仏↡、我以↢覚心↡見↠仏知↠仏。心不↠見↠心、心不↠知↠心。我観↢法界↡性无↢牢固↡。一切諸仏皆従↢覚観因縁↡而生。是故法性即是虚空虚空之性亦復是空。」已上 此文意同↢¬観経¼↡。光師釈亦无↠違。

 青蓮院本では 「少」。 以下同。

 ふ。 心、 ぶつることをるに、 なんの*勝利しょうりかある

問。知↢心作↟仏、有↢何勝利↡。

こたふ。 もしこのかんずれば、 よく三一切いっさい仏法ぶっぽうりょうす。 ない、 一たびもかば、 すなはち三なんだつすることを

答。若観↢此理↡、能了↢三世一切仏法↡。乃至一聞即得↣解↢脱三途苦難↡。

¬ごんぎょう¼ の如来にょらいりんさつにのたまふがごとし。

「もしひと、 三一切いっさいぶつらんとよくせば、

まさにかくのごとくかんずべし。 しんもろもろの如来にょらいつくる」 と

如↢¬華厳経¼如来林菩薩偈云↡。「若人欲↣求知↢三世一切仏↡、応↢当如↠是観↡。心造↢諸如来↡。」

¬*ごんでん¼ にいはく、 「*文明ぶんめい元年がんねんに、 *けいにんしょうおう、 そのしっせり。 すでに戒行かいぎょうなく、 かつてぜんしゅせず。 やまいによりていたす。 二にんかれてごくもんまえいたりぬ。 れば一のそうあり。 これ*ぞうさつなりといふ。 すなはちおうおしへて、 *この一のじゅせしむ。 これにかたらひていはく、 ªこのじゅては、 よくごくはらひてんº と。 おうつひにりてえんおうまみゆ。 おう、 このひとふ、 ªどくありやº と。 こたへていはく、 ªただ一の四じゅせりº と。 つぶさにかみくがごとし。〔えんおう、 つひに〔おうを〕*放勉ゆるしつ。 このじゅするときあたりて、 こえおよぶところのじゅにんはみなだつすることをつ。 おう、 三にちありてはじめてよみがえりぬ。 この*おくして、 もろもろの沙門しゃもんかひてこれをく。 もんげんするに、 まさにりぬ、 これ ¬ごんぎょう¼ のだい十二かんの ª夜摩やまてんりょうしょさつ雲集うんじゅう説法せっぽうぼんº なり。 おうみづから、 空観くうかん僧定そうじょうほっかひて、 きてしかりといふ」 と

文明元年 684年。
京師 都。
この一の偈 前引の ¬ごんきょう¼ 如来林菩薩の偈。 破地獄の文とされる。
放勉しつ 底本 (青蓮院本) には 「故放勉」 (なお放勉まのかれぬ) とある。
憶持 記憶し保持すること。

¬華厳伝¼曰。「文明元年、京師人、姓王、失↢其名↡。既无↢戒行↡、曾不↠修↠善、因↠患致↠死。被↢二人引↡至↢地獄門前↡。見有↢一僧↡。云↢是地蔵菩薩↡。乃教↢王氏↡、誦↢此一偈↡、謂↠之曰、誦↢得此偈↡能排↢地獄↡。王氏遂入、見↢閻羅王↡。王問↢此人↡、有↢功徳↡。答云。唯受↢持一四句偈↡。具如↠上説。王遂放勉。当↧誦↢此偈↡時↥、声所↠及処受↠苦之人皆得↢解脱↡。王氏三日始蘇、憶↢持此偈↡向↢諸沙門↡説↠之。示↢験偈文↡、方知、是花厳経第十二巻夜摩天宮、无量諸菩薩雲集説法品。王氏自向↢空観寺僧定法師↡、説云↠然也。」略抄

 青蓮院本では 「故」。

◎念仏利益 弥陀別益

【63】だい五に弥陀みだねんずる別益べつやくをいはば

第五弥陀別益者、

行者ぎょうじゃをしてそのしんけつじょうせしめんがためのゆゑに、 べつにこれをかす 滅罪めつざい生善しょうぜん冥得みょうとく護持ごじ現身げんしん見仏けんぶつ将来しょうらい勝利しょうりとは、 いでのごとし。

為↠令↢行者其心決定↡故別明↠之。滅罪生善・冥得護念・現身見仏・将来勝利如↠次。

滅罪~如次 底本まま。 青蓮院本では割註か。
護念 青蓮院本では 「護持」。

・滅罪生善

¬かんぎょう¼ の*像想観ぞうそうかんきてのたまはく、 「このかんをなすものは、 りょう億劫おくこうしょうつみのぞきて、 現身げんしんのなかに念仏ねんぶつ三昧ざんまい」 と

像想観 じょうぜん十三観の第八。 阿弥陀仏・観音・勢至の真身を観ずる方便として、 その形像を観想すること。

¬観経¼像想観云。「作↢是観↡者、除↢无量億劫生死之罪↡、於↢現身中↡得↢念仏三昧↡。」

またのたまはく (同)、 「ただぶつ (阿弥陀仏)みな・二さつ (観音・勢至)みなくに、 りょうこうしょうつみのぞく。 いかにいはんや憶念おくねんせんをや」 と

又云。「但聞↢仏名二菩薩名↡除↢无量劫生死之罪↡、何況憶念。」

またのたまはく (同)、 「ただ仏像ぶつぞうおもふに、 りょうふく。 いはんやまたぶつそくせる身相しんそうかんぜんをや」 と

又云。「但想↢仏像↡得↢无量福↡、況復観↢仏具足身相↡。」

¬*阿弥陀あみだゆいきょう¼ にのたまはく、 「もし*転輪てんりんのう千万せんまんざいのうちに四てんてる七宝しっぽうをもつて十ぽう諸仏しょぶつ布施ふせせんも、 *苾蒭びっしゅ苾蒭びっしゅ*優婆うばそく*優婆夷うばいとうの、 一たび*だんするあひだもぜんして、 平等びょうどうしんをもつて一切いっさいしゅじょう憐愍れんみんして、 阿弥陀あみだぶつねんずるどくにはしかじ」 と 以上いじょう滅罪めつざい生善しょうぜん

苾蒭苾蒭尼 比丘・比丘尼に同じ。 →比丘びく比丘尼びくに
弾指するあひだ 指をはじくほどの短い時間。

¬阿弥陀思惟経¼云。「若転輪王千万歳中、満↢四天下↡七宝、布↢施十方諸仏↡、不↠如↧苾蒭・苾蒭尼・優婆塞・優婆夷等、一弾指頃坐禅、以↢平等心↡憐↢愍一切衆生↡、念↢阿弥陀仏↡功徳↥。」已上滅罪生善

・冥得護持

¬*称讃しょうさんじょうきょう¼ にのたまはく、 「あるいは善男ぜんなん、 あるいは善女人ぜんにょにん無量寿むりょうじゅ極楽ごくらくかい清浄しょうじょうぶつどく荘厳しょうごんにおいて、 もしはすでにがんおこし、 もしはまさにがんおこすべく、 もしはいまがんおこすは、 かならずかくのごとく、 十ぽうめんじゅうしたまへる十ごうしゃ諸仏しょぶつそんの、 *摂受しょうじゅしたまふところたらん。 せつのごとくぎょうずるものは、 一切いっさいさだめて*のくだいにおいて退転たいてんせざることを一切いっさいさだめて無量寿むりょうじゅぶつ極楽ごくらくかいうまれん」 と

¬称讃浄土経¼云。「或善男子或善女人、於↢无量寿極楽世界、清浄仏土功徳荘厳↡、若已発願、若当発願、若今発願、必為↧如↠是住↢十方面↡十兢伽沙諸仏世尊之所↦摂受↥。如↠説行者、一切定於↢阿耨菩提↡得↠不↢退転↡、一切定生↢无量寿仏極楽世界↡。」

¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「こうみょうあまねく十ぽうかい念仏ねんぶつしゅじょうらして、 *摂取せっしゅしててたまはず」 と

摂取して… →摂取せっしゅしゃ

¬観経¼云。「光明遍照↢十方世界↡、念仏衆生摂取不↠捨。」

またのたまはく (同)、 「無量寿むりょうじゅぶつしんしゅにして、 かんおん大勢だいせいと、 つねにこの行人ぎょうにんところらいしたまふ」 と

又云。「無量寿仏、化身无数、与↢観世音・大勢至↡、常来↢至此行人之所↡。」

¬*おうじょうきょう¼ (意) に、 釈尊しゃくそん阿弥陀あみだぶつどくこく荘厳しょうごんとうきをはりてのたまはく、 「*しょうしんしょう信女しんにょ、 このきょう読誦どくじゅし、 このきょう流布るふし、 このきょう*恭敬くぎょうし、 このきょうほうぜず、 このきょうしんぎょうし、 このきょうようせん。 かくのごときひとともがらは、 この信敬しんきょうによりて、 われ、 今日こんにちよりつねにさき*二十五のさつをしてこのひと護持ごじせしめ、 つねにこのひとをしてやまいなくなやみなく、 あく悪神あくじん、 また中害ちゅうがいせず。 またこれをなやまさず、 また便たよりをざらしめん」 と 以上いじょうない*すい行住ぎょうじゅうしょところ、 みなことごとく安穏あんのんならしめん、 云々うんぬん

清信士清信女 優婆塞・優婆夷に同じ。 →優婆うばそく婆夷ばい
二十五の菩薩 →二十五にじゅうごさつ
睡寤行住 眠る、 さめる、 歩く、 とどまること。

¬十往生経¼釈尊説↢阿弥陀仏功徳、国土荘厳等↡已云。「清信士・清信女、読↢誦是経↡、流↢布是経↡、恭↢敬是経↡、不↠謗↢是経↡、信↢楽是経↡、供↢養是経↡。如↠是人輩縁↢是信敬↡、我従↢今日↡、常使↧前二十五菩薩護↦持是人↥、常使↧是人无↠病无↠悩、悪鬼・悪神亦不↢中害↡、亦不↠悩↠之、亦不↞得↠便。」已上乃至睡寤行住所至之処皆悉安穏云云

*とう (中国)しょのいはく、 「二十五のさつ阿弥陀あみだぶつねんじ、 おうじょうねがふものをようせん」 と

唐土の諸師 善導ぜんどう大師・かん禅師など。

唐土諸師云。二十五菩薩、擁↧護念↢阿弥陀仏↡、願↢往生↡者↥。

◇ 青蓮院本には 「云云」 と割註あり。

これまたかの ¬きょう¼ (十往生経)こころたがはず。 二十五のさつとは、 かんおんさつ大勢だいせいさつ薬王やくおうさつ薬上やくじょうさつげんさつほうざいさつ師子吼ししくさつ陀羅尼だらにさつくうさつ徳蔵とくぞうさつ宝蔵ほうぞうさつ金蔵こんぞうさつ金剛蔵こんごうぞうさつこうみょうおうさつ山海さんかいさつごんおうさつ衆宝しゅぼうおうさつ月光がっこうおうさつ日照にっしょうおうさつ三昧さんまいおうさつじょうざいおうさつだいざいおうさつびゃく象王ぞうおうさつだいとくおうさつ辺身へんしんさつなり。

此亦不↠違↢彼経意↡也。二十五者観世音菩薩・大勢至菩薩・薬王菩薩・薬上菩薩・普賢菩薩・法自在菩薩・師子孔菩薩・陀羅尼菩薩・虚空蔵菩薩・徳蔵菩薩・宝蔵菩薩・金光蔵菩薩・金剛蔵菩薩・光明王菩薩・山海慧菩薩・華厳王菩薩・衆宝王菩薩・月光王菩薩・日照王菩薩・三昧王菩薩・定自在王菩薩・大自在王菩薩・白象王菩薩・大威徳王菩薩・無辺身菩薩也

◇ 青蓮院本には 「菩薩」 とあり。
 他本では 「吼」。 以下同。

¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・上) に、 かのぶつ本願ほんがん (第三十七願) にのたまはく、 「諸天しょてん人民にんみん、 わが名字みょうじきて、 五たいげて、 *稽首けいしゅらいをなして、 かんしんぎょうして、 さつぎょうしゅせば、 諸天しょてんにんきょういたさずといふことなからん。 もししからずは、 しょうがくらじ」 と 以上いじょう冥得みょうとく護持ごじ

¬双巻経¼彼仏本願云。「諸天人民、聞↢我名字↡五躰投↠地稽首作↠礼、歓喜信楽修↢菩薩行↡、諸天世人莫↠不↢致敬↡。若不↠爾者不↠取↢正覚↡。」已上冥得護持

・見仏

*¬大集だいじつきょう¼ の 「げんぶん」 にのたまはく、 「善男ぜんなん善女人ぜんにょにん*たんねんし、 しんをもつぱらにして、 かの阿弥陀あみだ如来にょらいおう*等正覚とうしょうがくおもひ、 かくのごとき相好そうごう、 かくのごとき*威儀いぎ、 かくのごとき大衆だいしゅ、 かくのごとき説法せっぽうを、 くがごとくねんし、 一心いっしん相続そうぞくしてだいみだれず、 あるいは一にち、 あるいはまた一せん。 かくのごとくして、 あるいは七にちいたるまで、 わが所聞しょもんのごとくそくしてねんぜんがゆゑに、 このひと、 かならず阿弥陀あみだ如来にょらいおう等正覚とうしょうがくたてまつらん。 もしひるときたてまつることあたはずは、 もしはぶんにおいて、 あるいはゆめのうちに、 阿弥陀あみだぶつはかならずまさにげんじたまふべし」 と

大集経の賢護分 →大集だいじゅう賢護経げんごきょう
端坐繋念 姿勢をととのえてすわり、 想いをかけること。
等正覚 底本 (青蓮院本) には 「等覚」 とある。
威儀 威厳にみちた態度。

¬大集経賢護分¼云。「善男子・善女人、端坐繋念、専↠心想↢彼阿弥陀如来・応供・等正覚↡、如↠是相好、如↠是威儀、如↠是大衆、如↠是説法、如↠聞繋念一心相続、次第不↠乱、或経↢一日↡、或復一夜。如↠是、或至↢七日七夜↡、如↢我所↟聞具足念故、是人必覩↢阿弥陀如来・応供・等正覚↡。若於↢昼時↡不↠能↠見者、若於↢夜分↡、或夢中、阿弥陀仏必当↠現也。」

等正覚 青蓮院本では 「等覚」。

¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「けん*白毫びゃくごうるものは、 八まんせん相好そうごうねんにまさにつべし。 無量寿むりょうじゅぶつるものは、 すなはち十ぽうりょう諸仏しょぶつたてまつるなり。 十ぽうりょう諸仏しょぶつたてまつることをるがゆゑに、 諸仏しょぶつ現前げんぜんじゅせん。 これをあまねく一切いっさい色相しきそうかんずとなす」 と 以上いじょう見仏けんぶつ

¬観経¼云。「見↢眉間白毫↡者、八万四千相好、自然当↠見。見↢无量寿仏↡者、即見↢十方无量諸仏↡。得↠見↢无量諸仏↡故、諸仏現前授記。是為↢遍観一切色相↡。已上見仏

◇ 青蓮院本には 「十方」 とあり。

・将来勝利

¬*音声おんじょうおうきょう¼ にのたまはく、 「十にち*ねんをもつぱらにし、 五たいげてかのぶつ*礼敬らいきょうし、 けん正念しょうねんにしてことごとく散乱さんらんのぞき、 もしはよくしんねんじ、 念々ねんねんえずは、 十にちのうちにかならずかの阿弥陀あみだぶつたてまつることを、 ならびに十ぽうかい如来にょらいおよび所住しょじゅうところたてまつらん。 ただ*重障じゅうしょう鈍根どんこんひとをばのぞく。 いまの少時しょうじにおいてたてまつることあたはざるところなり。 一切いっさいのもろもろのぜんをみなことごとくこうして、 安楽あんらくかいおうじょうすることをんとがんぜば、 おわらんとするに、 阿弥陀あみだぶつ、 もろもろの大衆だいしゅとそのひとまえげんじて、 *あん*称善しょうぜんしたまはん。 このひと、 すなはちのときにはなはだ慶悦きょうえつをなさん。 この因縁いんねんをもつて、 その所願しょがんのごとく、 すなはちおうじょうすることをん」 と

重障鈍根の人 重い障りをもった人とこん (素質能力) の劣った人。
安喩 なぐさめること。
称善 善根ぜんごんをほめたたえること。

¬鼓音声王経¼云。「十日十夜、六時専↠念、五体投↠地礼↢敬彼仏↡、堅固正念悉除↢散乱↡、若能念↠心、念念不↠絶、十日之中必得↠見↢彼阿弥陀仏↡、并見↢十方世界如来及所住処↡。唯除↢重障鈍根之人↡。於↢今少時↡所↠不↠能↠覩。一切諸善、皆悉廻向願↠得↣往↢生安楽世界↡、垂↠終之日、阿弥陀仏与↢諸大衆↡現↢其人前↡、安喩称善。是人即時、甚生↢慶悦↡。以↢是因縁↡、如↢其所願↡即得↢往生↡。」

¬*平等覚びょうどうがくきょう¼ (三) にのたまはく、 「ぶつののたまはく、 ªかならずまさに斎戒さいかいして、 一心いっしん清浄しょうじょうにして昼夜ちゅうやにつねにねんじ、 りょう清浄しょうじょうぶつくにうまれんとおもひて、 十にち断絶だんぜつせざるべし。 われ、 みなこれを*みんして、 ことごとくりょう清浄しょうじょうぶつくにしょうぜしめんº」 と ない、 一にちもまたかくのごとし。 あるいは、 このもんをもつて*しも諸行しょぎょうもんのなかにくべし。

下の諸行門 大文第九往生諸行を指す。

¬平等覚経¼云。「仏言。要当↧斉戒一心清浄昼夜常念、欲↠生↢无量清浄仏国↡、十日十夜不↦断絶↥。我皆慈↢愍之↡、悉令↠生↢无量清浄仏国↡。」乃至一日一夜亦如↠是或可↧以↢此文↡置↦下諸行門中↥

 建長五年刊本では

¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・下)にのたまはく、

そのぶつ本願ほんがんりきありて、 みなきておうじょうせんとおもへば、

みなことごとくかのくにいたりて、 おのづから退転たいてんいたる」 と

¬双巻経¼偈云。「其仏本願力、聞↠名欲↢往生↡、皆悉到↢彼国↡、自致↢不退転↡。」

¬かんぎょう¼ のぼん上生じょうしょうにんは、 命終みょうじゅうときのぞみて、 *たなごころあわあざへて 「南無なも阿弥陀あみだぶつ」 としょうすれば、 ぶつみなしょうするがゆゑに、 五十億劫おくこうしょうつみのぞき、 ぶつしりえしたがひて、 ほうのなかにうま

¬観経¼下品上生人、臨↢命終時↡、合掌叉手称↢南无阿弥陀仏↡、称↢仏名↡故、除↢五十億劫生死之罪↡、従↢化仏後↡生↢宝池中↡。

おなじきほん中生ちゅうしょうにんは、 命終みょうじゅうときのぞみて、 ごく猛火みょうかにともにいたらんに、 弥陀みだぶつ*りきとく*こうみょう神力じんりき*かいじょうだつけんけば、 八十億劫おくこうしょうつみのぞき、 ごく猛火みょうかして清涼しょうりょうかぜとなりて、 もろもろのてんはなく。 はなうえにみなぶつさつましまして、 このひと*迎接こうしょうして、 すなはちおうじょうすることをしめたまふ

同品中生人、臨↢命終時↡、地獄猛火、一時倶至、聞↢弥陀仏十力威徳・光明神力・戒・定・恵・解脱・知見↡、除↢八十億劫生死之罪↡、地獄猛火、化為↢清涼風↡、吹↢諸天華↡。華上皆有↢化仏・菩薩↡、迎↢接此人↡、即得↢往生↡。

おなじきほん下生げしょうにんは、 命終みょうじゅうときのぞみて、 められてぶつねんずることあたはず。 ぜんおしえしたがひて、 ただしんいたしてこえをしてえざらしめ、 *ねんそくして 「南無なも無量寿むりょうじゅぶつ」 としょうすれば、 ぶつみなしょうするがゆゑに、 念々ねんねんのうちに八十億劫おくこうしょうつみのぞき、 *ねんのあひだのごときにすなはちおうじょうすることを

掌を合せ手を叉へ 両掌を胸のあたりで組み合わせて。
光明神力 光明の不可思議な力。
戒定慧解脱知見 戒をたもち、 禅定ぜんじょうに入り、 智慧ちえをひらき、 すべての煩悩ぼんのうから解放されて、 心の安らかさを自覚するという五つのどく。 この功徳を備える者をぶん法身ほっしんという。

同品下生人、臨↢命終時↡、苦逼不↠能↠念↠仏。随↢善友教↡、但至↠心令↢声不↟絶、具↢足十念↡称↢南無无量寿仏↡。称↢仏名↡故、於↢念念中↡、除↢八十億劫生死之罪↡、如↢一念頃↡、即得↢往生↡。

¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・上) に、 かのぶつ本願ほんがんにのたまはく、 「ª諸仏しょぶつかいしゅじょうたぐい、 わが名字みょうじきて、 さつ*しょう法忍ぼうにん、 もろもろの*深総じんそうずといはば、 しょうがくらじº (第三十四願) と。 ªほうこくのもろもろのさつしゅ、 わが名字みょうじきて、 すなはち*退転たいてんいたることをずといはば、 しょうがくらじº (第四十七願)」 と

深総持 深いさとりの

¬双巻経¼彼仏本願云。「諸仏世界衆生之類、聞↢我名字↡、不↠得↢菩薩无生法忍、諸深捴持↡者、不↠取↢正覚↡。他方国土諸菩薩衆、聞↢我名字↡、不↢即得↟至↢不退転↡者、不↠取↢正覚↡。」

¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「もしぶつねんずるものは、 まさにるべし、 このひとはこれ人中にんちゅう*ふん陀利華だりけなり。 *かんおんさつ*大勢だいせいさつ、 その勝友しょううとならん。 まさに道場どうじょうし、 *諸仏しょぶついえうまるべし」 と 以上いじょう将来しょうらい勝利しょうりなり。 かみべつ念仏ねんぶつもんのごとし。

諸仏の家 阿弥陀仏の浄土のこと。

¬観経¼云。「若念仏者、当↠知、此人是人中分陀利華。観世音菩薩・大勢至菩薩、為↢其勝友↡。当↧坐↢道場↡生↦諸仏家↥。」已上将来勝利、余如↢上別時念仏門↡

◎念仏利益 引例勧信

【64】だい六に*引例いんれい勧信かんしんといふは

引例勧信 例を引いて念仏の信を勧めること。

第六引例勧信者、

¬*観仏かんぶつきょう¼ のだい(意) に、 ぶつ、 もろもろの*釈子しゃくしげてのたまはく、 「*毘婆尸びばしぶつ像法ぞうぼうのうちに一の長者ちょうじゃありき、 づけて月徳がっとくといひき。 五ひゃくありき、 おなじくおもやまいへり。 ちちまえいたりて涕涙ているい合掌がっしょうして、 もろもろのかたらひていはく、 ªなんぢら、 邪見じゃけんにしてしょうぼうしんぜず。 いま無常むじょうかたな、 なんぢがむとも、 なんのたのむところありとかせん。 ぶつそんまします、 毘婆尸びばしづく。 なんぢ、 ぶつしょうすべしº と。 もろもろのきをはりて、 そのちちうやまふがゆゑに ª南無なもぶつº としょうしき。 ちちまたげていはく、 ªなんぢ、 ほうしょうすべし、 なんぢ、 そうしょうすべしº と。 いまだ三たびしょうするにおよばずして、 その命終みょうじゅうしき。 ぶつしょうせしをもつてのゆゑに*天王てんのうところうまれき。 天上てんじょう寿じゅきて、 さき邪見じゃけんごうをもつてだいごくちき。 獄率ごくそつせつ熱鉄ねつてつひしをもつてそのまなこやぶりき。 このけしときに、 ちち長者ちょうじゃ教誨きょうけせしところのおくして、 ぶつねんぜしをもつてのゆゑに、 かえりて人中にんちゅうしょうじき。 *尸棄しきぶつでたまへりしに、 ただぶつみなきて、 ぶつかたちたてまつらざりき。 ない*迦葉かしょうぶつときにもまたそのみなきき。 六ぶつみなきし因縁いんねんをもつてのゆゑに、 われ (釈尊)おなじくしょうぜり。 このもろもろの比丘びくぜんときに、 悪心あくしんをもつてのゆゑにぶつしょうぼうほうぜしも、 ただちちのためのゆゑに ª南無なもぶつº としょうせしをもつて、 生々しょうじょうにつねに諸仏しょぶつみなくことをないこんにわがでたるにぐうして、 もろもろのさわりのぞこるがゆゑに阿羅あらかんとなれり」 と

釈子 釈迦族の人々。

¬観仏経¼第三仏告↢諸釈子↡言。「婆尸仏像法中有↢一長者↡、名曰↢月徳↡、有↢五百子↡、同遇↢重病↡。父致↢子前↡涕涙合掌、語↢諸子↡言。汝等邪見不↠信↢正法↡。今无常刀截↢切汝身↡、為↢何所↟怙。有↢仏世尊↡、名↢婆尸↡、汝可↠称↠仏。諸子聞已敬↢其父↡故称↢南无仏↡。父復告言。汝可↠称↠法、汝可↠称↠僧、未↠及↢三称↡、其子命終、以↠称↠仏故生↢四天王所↡。天上寿尽、前邪見業堕↢大地獄↡。獄卒羅刹、以↢熱鉄杈↡刺↢壊其眼↡。受↢是苦↡時、憶↧父長者所↢教誨↡事↥、以↠念↠仏故、還生↢人中↡。尸棄仏出、但聞↢仏名↡不↠覩↢仏形↡、乃至迦葉仏時、亦聞↢其名↡。以↧聞↢六仏名↡因縁↥故与↠我同生。是諸比丘、前世之時、以↢悪心↡故、謗↢仏正法↡、但為↠父故称↢南无仏↡、生生常得↠聞↢諸仏名↡、乃至今世値↢遇我出↡諸障除故、成↢阿羅漢↡。」

 青蓮院本では

またのたまはく (*観仏経・意)、 「*燃灯ねんとうぶつ末法まっぽうのうちに一のかんありき。 そのせん弟子でしかんせつきて、 しん瞋恨しんごんしょうじき。 寿じゅ*修短しゅたんしたがひておのおの命終みょうじゅうせんとほっせしに、 かんおしへて ª南無なも諸仏しょぶつº としょうせしめき。 すでにぶつしょうしをはりて*とうてんしょうずることをてき。 らいにまさにぶつることをべし、 南無なも光照こうしょうごうせん」 と

修短 長短。

又云。「燃灯仏、末法之中有↢一羅漢↡。其千弟子、聞↢羅漢説↡心生↢瞋恨↡。随↢寿修短↡各欲↢命終↡、羅漢教称↢南无諸仏↡。既称↠仏已得↠生↢忉利天↡。乃至 於↢未来世↡当↧得↢作仏↡、号↦南无光照↥。」

だいかん (*観仏経・意) に、 文殊もんじゅみづからけり、 過去かこほうとくぶつぐう礼拝らいはいせしことを。 「そのときに、 *しゃもんぶつさんじてのたまはく、 ªきかな、 きかな。 文殊もんじゅ師利しり、 すなはちむかしときに一たびぶつらいせしがゆゑに、 そこばくのしゅ諸仏しょぶつふことをてき。 いかにいはんや、 らいにわがもろもろの弟子でしの、 つとめてぶつかんずるものをやº と。 ぶつなんちょくしたまはく、 ªなんぢ、 文殊もんじゅ師利しりたもちて、 あまねく大衆だいしゅおよびらいしゅじょうげよ。 もしはよく礼拝らいはいするもの、 もしはよくぶつねんずるもの、 もしはよくぶつかんずるもの、 まさにるべし、 このひとは、 文殊もんじゅ師利しりひとしくしてことなることあることなからん。 てて、 他世たせに、 文殊もんじゅ師利しりとうのもろもろのだいさつ、 その和上わじょうとなりたまはんº」 と

第七巻文殊自説↤値↢遇礼↣拝過去宝威徳仏↡。「爾時釈迦文仏讃言。善哉善哉。文殊師利、乃於↢昔時↡一礼↠仏故、得↠値↢爾許无数諸仏↡。何況未来我諸弟子、勤観↠仏者。仏勅↢阿難↡。汝持↢文殊師利語↡、遍告↢大衆及未来世衆生↡。若能礼拝者、若能念仏者、若能観↠仏者、当↠知、此人与↢文殊師利↡等无↠有↠異。捨↢身他世↡、文殊師利等諸大菩薩、為↢其和上↡。」

またのたまはく (*同・意)、 「ときに、 十ぽうぶつきたりて*跏趺かふしてしたまへり。 東方とうぼう善徳ぜんとくぶつ大衆だいしゅげてのたまはく、 ªわれ、 過去かこりょうときおもへば、 ぶつの、 でたまへることありき。 ほうとく上王じょうおうぶつごうしき。 とき比丘びくありき。 九弟子でし*仏塔ぶっとう往詣おうげいして、 仏像ぶつぞう礼拝らいはいしき。 一の宝像ほうぞう厳顕ごんけんにしてかんじつべきをて、 らいしをはりて、 あきらかにて、 きて讃嘆さんだんしき。 のちとき命終みょうじゅうして、 ことごとく東方とうぼうほうとく上王じょうおうぶつくにうまれて、 だいれんのなかにけっ趺坐ふざして、 忽然こつねんとして化生けしょうしき。 これより以後のち、 つねにぶつふことを諸仏しょぶつみもとにしてきよ*梵行ぼんぎょうしゅし、 念仏ねんぶつ三昧ざんまいてき。 三昧さんまいをはりしかば、 ぶつ、 ためにじゅしたまひき。 «十ぽうめんにおのおのぶつになることをん» と。 東方とうぼう善徳ぜんとくぶつはすなはちわがこれなり。 東南方とうなんぽう無憂むうとくぶつ南方なんぽう栴檀せんだんとくぶつ西南方さいなんぽうほうぶつ西方さいほうりょうみょうぶつ西北方さいほっぽうとくぶつ北方ほっぽう相徳そうとくぶつ東北方とうほっぽうの三乗行じょうぎょうぶつ上方じょうほう広衆徳こうしゅとくぶつほう明徳みょうとくぶつ、 かくのごとき十ぶつは、 過去かことうらいし、 ぞうかんじ、 一をもつて讃嘆さんだんせるによりて、 いま十ぽうにしておのおのぶつになることをたるなりº と。 このきをはりて、 しゃもんぶつ問訊もんじんしたまふ。 すでに問訊もんじんしをはりて、 だいこうみょうはなちて、 おのおの本国ほんごくかえりたまひぬ」 と

跏趺 けっ趺坐ふざの略。 足の甲を左右のももの上に置くすわり方。
仏塔 塔は梵語ストゥーパ (stūpa) の音写の略。 仏の遺骨を安置しようする築造物。

又云。「時十方仏、来跏趺坐。東方善徳仏、告↢大衆↡言。我念↢過去无量世時↡、有↢仏出↟世。号↢宝威徳上王↡。時有↢比丘↡。与↢九弟子↡往↢詣仏塔↡、礼↢拝仏像↡。見↢一宝像厳顕可↟観、礼已諦視、説↠偈讃歎。後時命終悉生↢東方宝威徳上王仏国↡、大蓮華中結跏趺坐、忽然化生。従↠此已後恒得↠値↠仏、於↢諸仏所↡、浄修↢梵行↡、得↢念仏三昧↡。得↢三昧↡已、仏為授記、於↢十方面↡各得↢成仏↡。東方善徳仏者、則我身是。東南方无憂徳仏、南方栴檀徳仏、西南方宝施仏、西方无量明仏、西北方華徳仏、北方相徳仏、東北方三乗行仏、上方広衆徳仏、下方明徳仏、如↠是十仏、由↢過去礼↠塔観↠像一偈讃歎↡、今於↢十方↡各得↢成仏↡。説↢是語↡已、問↢訊釈迦文仏↡。既問訊已、放↢大光明↡、各還↢本国↡。」

◇ 青蓮院本には 「仏」 の字あり。
 青蓮院本では 「旃」。

またのたまはく (*観仏経)、 「*ぶつそんそらよりくだりてしゃもんぶつゆかして、 さんじてのたまはく、 ªきかな、 きかな。 すなはちよくらいとき濁悪じょくあくしゅじょうのために、 三ぶつ*白毫びゃくごうこうみょうきて、 もろもろのしゅじょうをしてざいめっすることをしめたまふ。 所以ゆえんはいかん。 われ昔曾むかしをおもんみれば、 空王くうおうぶつみもとにして出家しゅっけしてどうがくしき。 ときに四の比丘びくあり。 ともに同学どうがくとなりて、 ぶつしょうぼうならひき。 煩悩ぼんのうしんおおひて、 かた仏法ぶっぽう宝蔵ほうぞうたもつことあたはず、 ぜんごうおおくして、 まさに悪道あくどうつべし。 空中くうちゅうこえありて、 比丘びくかたりていはく、 «空王くうおう如来にょらいはまた*はんしたまひにき。 なんぢが所犯しょぼんすくふものなしとおもへりといへども、 なんぢら、 いま*とうりてぞうかんずべし。 ぶつざいひとしくしてあることなからん» と。 われ、 そらこえしたがひてとうり、 ぞうけん白毫びゃくごうかんじて、 すなはちこのねんをなさく、 «如来にょらいざいこうみょう色身しきしんは、 これとなんぞことならん。 ぶつ大人相だいにんそうねがはくはわがつみのぞきたまへ» と。 このをなしをはりて、 大山だいせんくずるるがごとくにして五たいげて、 もろもろのつみさんしき。 これより以後のち、 八十おくそうこう悪道あくどうちず、 生々しょうじょうにつねに十ぽう諸仏しょぶつたてまつり、 諸仏しょぶつみもとにして甚深じんじん念仏ねんぶつ三昧ざんまいじゅしき。 三昧さんまいをはりて、 諸仏しょぶつ現前げんぜんして、 われに*べつさずけたまひき。 東方とうぼう妙喜国みょうきこく阿閦あしゅくぶつは、 すなはちだい一の比丘びくこれなり。 南方なんぽうかんこく宝相ほうそうぶつは、 すなはちだい二の比丘びくこれなり。 西方さいほう極楽ごくらくこく無量寿むりょうじゅぶつは、 だい三の比丘びくこれなり。 北方ほっぽうれん荘厳しょうごん国の微妙みみょうしょうぶつは、 だい四の比丘びくこれなりº と。 ときに、 四の如来にょらいおのおのみぎみてべて、 なんいただきで、 げてのたまはく、 ªなんぢ、 ぶつたもちて、 ひろらいのもろもろのしゅじょうのためにけº と。 三たびこれをきをはりて、 おのおのこうみょうはなちて、 本国ほんごくげんしたまひにき」 と

四仏世尊 阿閦あしゅく法相ほうそう・無量寿・微妙みみょうしょうの四仏。
涅槃 ここではにゅうめつの意。
 梵語ストゥーパ (stūpa) の音写の略。 仏の遺骨を安置しようする築造物。
記別を授け →じゅ

又云。「四仏世尊、従↠空而下坐↢釈迦文仏床↡讃言。善哉善哉、乃能為↢於未来之時濁悪衆生↡、説↢三世仏白毫光相↡、令↢諸衆生得↟滅↢罪咎↡。所以者何、念↢我昔曾↡、空王仏所出家学↠道。時四比丘。共為↢同学↡習↢仏正法↡、煩悩覆↠心不↠能↣堅持↢仏法宝蔵↡、多↢不善業↡当↠堕↢悪道↡。空中有↠声語↢比丘↡言。空王如来、雖↢復涅槃、汝之所↠犯、謂↟无↢救者↡、汝等今可↢入↠塔観↟像。与↢仏在世↡等无↠有↠異。我従↢空声↡、入↠塔観↢像眉間白毫↡、即作↢是念↡、如来在世光明色身、与↠此何異。仏大人相、願除↢我罪↡。作↢是語↡已、如↢大山崩↡、五体投↠地懺↢悔諸罪↡。従↠是已後、八十億阿僧祇劫、不↠堕↢悪道↡、生生常見↢十方諸仏↡、於↢諸仏所↡受↢持甚深念仏三昧↡。得↢三昧↡已、諸仏現前授↢我記別↡。東方妙喜国阿閦仏、即第一比丘是。南方歓喜国宝相仏、即第二比丘是。西方極楽国无量寿仏、第三比丘是。北方蓮華荘厳国微妙声仏、第四比丘是。時四如来、各申↢右手↡摩↢阿難頂↡、告言。汝持↢仏語↡広為↢未来諸衆生↡説。三説↠此已、各放↢光明↡還↢帰本国↡。」

光相 青蓮院本では 「光明」。

またのたまはく (*観仏経)、 「財首ざいしゅさつぶつにまうしてまうさく、 ªそん、 われ過去かこりょうときおもへば、 ぶつそんましましき、 またしゃ牟尼むにづけたてまつりき。 かのぶつめつに一のおうありき、 づけて金幢こんどうといひき。 憍慢きょうまん邪見じゃけんにしてしょうぼうしんぜざりき。 *しき比丘びくありき、 じょうざいづくるもの、 おうげていはく、 «仏像ぶつぞうまします、 衆宝しゅぼうをもつて*厳飾ごんじきせり。 しばらくとうりて、 ぶつ形像ぎょうぞうかんずべし» と。 ときにかのおうぜんしたがひて、 とうりてぞうかんじき。 ぞう相好そうごうて、 比丘びくにまうさく、 «仏像ぶつぞう端厳たんごんなること、 なほかくのごとし。 いはんやぶつ真身しんしんをや» と。 比丘びくげていはく、 «なんぢ、 いまぞうるに、 らいすることあたはずは、 まさに“南無なもぶつ”としょうすべし» と。 このときに、 おう合掌がっしょう*恭敬くぎょうして、“南無なもぶつ”としょうしき。 かえりて、 ねんけてとうのなかのぞうねんずるに、 すなはち*後夜ごやゆめ仏像ぶつぞうき。 仏像ぶつぞうしがゆゑに、 しんおおきにかんし、 邪見じゃけんしゃして、 三ぼう帰依きえしき。 寿命じゅみょうおわるにしたがひて、 さきとうりて“南無なもぶつ”としょうせし因縁いんねんどくによりて、 九ひゃく万億まんおく那由他なゆたぶつひて、 甚深じんじん念仏ねんぶつ三昧ざんまい*逮得たいとくせり。 三昧さんまいりきのゆゑに、 諸仏しょぶつ現前げんぜんして、 それがためにさずけたまひき。 これよりこのかた百万ひゃくまんそうこう悪道あくどうせざりき。 ない今日こんにち甚深じんじん*首楞厳しゅりょうごん三昧ざんまい獲得ぎゃくとくせり。 そのときおうは、 いまのわれ、 財首ざいしゅこれなりº」 と

後夜 夜の終り。 夜明けに近いころ。 →ろく
逮得 完全に得ること。

又云。「財首菩薩白↠仏言。世尊、我念↢過去无量世時↡、有↢仏世尊↡、亦名↢釈迦牟尼↡。彼仏滅後有↢一王子↡、名曰↢金幢↡。驕慢邪見、不↠信↢正法↡。知識比丘、名↢定自在↡。告↢王子↡言。世有↢仏像↡、衆宝厳飾、可↣暫入↠塔観↢仏形像↡。時彼王子随↢善友教↡、入↠塔観↠像見↢像相好↡白↢言比丘↡。仏像端厳猶尚如↠此、況仏真身。比丘告言。汝今見↠像。不↠能↠礼、然者、当↠称↢南无仏↡。是時王子、合掌恭敬称↢南無仏↡。還↠宮繋↠念念↢塔中像↡、即於↢後夜↡夢見↢仏像↡。見↢仏像↡故、心大歓喜、捨↢離邪見↡帰↢依三宝↡、随寿命終。由↧前入↠塔称↢南无仏↡因縁功徳↥、値↢九百万億那由他仏↡、逮↢得甚深念仏三昧↡。三昧力故、諸仏現前為↠其授↠記。従↠是已来、百万阿僧祇劫不↠堕↢悪道↡、乃至今日獲↢得甚深首楞厳三昧↡。爾時王子、今我財首是也。」

 他本では 「語」。
 他本では欠く。

またのたまはく (*観仏経)、 「ぶつののたまはく、 ªわれ、 *賢劫げんごうのもろもろのさつと、 むかし過去かこ栴檀窟せんだんくつぶつみもとにして、 この諸仏しょぶつ色身しきしんへん観仏かんぶつ三昧ざんまいかいけり。 この因縁いんねんどくりきをもつてのゆゑに、 九ひゃく万億まんおくそうこうしょうつみ超越ちょうおつして、 この賢劫げんごうにしてだいぶつになる。 かくのごとく、 十ぽうりょう諸仏しょぶつもみなこのほうによりて*だいじょうじたまふº」 と

三菩提 阿耨多羅三藐三菩提の略。 →のく多羅たら三藐三さんみゃくさんだい

又云。「仏言。我与↢賢劫諸菩薩↡、曾於↢過去栴檀窟仏所↡、聞↢是諸仏色身変化観仏三昧海↡。以↢是因縁功徳力↡故、超↢越九百万億阿僧祇劫生死之罪↡、於↢此賢劫↡次第成仏。乃至 如↠是十方无量諸仏、皆由↢此法↡成↢三菩提↡。」

*¬*迦葉かしょうきょう¼ (意) にのたまはく、 「むかし過去かこおんそうこうに、 ぶつでたまへることありき。 ごうしてこうみょうとまうしき。 *にゅうはんのちに、 一のさつありき。 大精進だいしょうじんづけき。 としはじめて十六にして、 *婆羅ばらもんしゅなり。 *端正たんじょうなることならびなし。 一の比丘びくありて、 白畳びゃくじょううえぶつ形像ぎょうぞうえがきて、 たもちて精進しょうじんあたへき。 精進しょうじんそうて、 しんおおきにかんして、 かくのごときごんをなさく、 ª如来にょらい形像ぎょうぞうすら妙好みょうこうなること、 なほしかり。 いはんやまたぶつしんをや。 ねがはくは、 われ、 らいにまたかくのごとき妙身みょうしん成就じょうじゅすることをんº と。 いひをはりてねんすらく、 ªわれもしいえにあらば、 このることかたしº と。 すなはち父母ぶもにまうして、 あわれみをもとめ、 出家しゅっけせんとせしに、 父母ぶもこたへていはく、 ªわれいまとしいたり、 ただなんぢ一あるのみ。 なんぢもし出家しゅっけしなば、 われらまさにぬべしº と。 父母ぶもにまうさく、 ªもしわれをゆるしたまはずは、 われ今日こんにちよりおんせじ、 じきせじ、 床座じょうざのぼらじ、 また言説ごんせつせじº と。 このちかいをなしをはりて、 一にちじきせずして、 すなはち六にちいたる。 父母ぶも*しき・八まんせんのもろもろの*婇女さいにょとうどう悲泣ひきゅうして、 大精進だいしょうじんらいして、 いで出家しゅっけゆるしき。 すでに出家しゅっけすることをぞうしてやまり、 くさりてとなし、 ぞうまえにありて*けっ趺坐ふざし、 一心いっしんにあきらかにかんぜり。 ªこのぞう如来にょらいことならず。 ぞうかくにあらず、 にあらず。 一切いっさい諸法しょほうもまたかくのごとし。 そうなく、 そうはなれたり。 体性たいしょう空寂くうじゃくなりº と。 このかんをなしをはりてにちて、 *つう成就じょうじゅし、 *りょうそくし、 *無礙むげべん*こう三昧ざんまいて、 だいこうみょうせり。 じょう天眼てんげんをもつて東方とうぼうそうぶつたてまつり、 じょうてんをもつてぶつ所説しょせつきて、 ことごとくよく聴受ちょうじゅしき。 七がつ満足まんぞくするまで、 をもつてじきとなしき。 一切いっさい諸天しょてんはなさんじてようしき。 やまよりでて村落そんらくらいして、 ひとのためにほうくに、 二まんしゅじょう提心だいしんおこし、 りょうそうにんは、 しょうもん縁覚えんがくどくじゅうし、 父母ぶも親眷しんけんもみな、 *退たい無上むじょうだいじゅうしき。 ぶつ迦葉かしょうげたまはく、 ªむかし大精進だいしょうじんは、 いまのわがこれなり。 この像をかんぜしによりて、 いまぶつになることをたり。 もしひとありて、 よくかくのごときかんがくせば、 らいにかならずまさに*無上むじょうどうじょうずべしº」 と

迦葉経にのたまわく… ここでの引用は道世どうせい編の ¬諸経しょきょう要集ようしゅう¼ 巻一の文に依拠している。
入涅槃 仏がなくなること。
婆羅門種 婆羅門は梵語ブラーフマナ (brāhmaņa) の音写。 種は家柄のこと。 古代インドの四姓制度の中の僧侶・司祭の身分をいう。 →四姓ししょう
知識 ここでは友人の意。
婇女 采女。 侍女。
五通 六神通のうちのじんずう以外の五。 →六神通ろくじんずう
無量 異本には 「四無量」 とある。
無礙弁 自由自在な弁説の才能。
普光三昧 あまねくこうみょうを放って、 すべてのものを照らし出す禅定ぜんじょうの境地。
不退の無上菩提 仏のさとりを得ることがけつじょうしていて、 迷いの世界に退転することがないという位。

¬迦葉経¼云。「昔過去久遠阿僧祇劫、有↢仏出↟世、号曰↢光明↡。入涅槃後、有↢一菩薩↡。年始十六、婆羅門種、端正无↠比。有↢一比丘↡、於↢白畳上↡画↢仏形像↡、持与↢精進↡。精進見↠像心大歓喜、作↢如↠是言↡。如来形像妙好乃爾、況復仏身。願我未来、亦得↣成↢就如↠是妙身↡。言已思念。我若在↠家、此身叵↠得。即啓↢父母↡求↠哀出家、父母答言。我今年老、唯汝一子。汝若出家我等当↠死。子白↢父母↡、若不↠聴↠我者、我従↢今日↡不↠飲不↠食、不↠昇↢床座↡、亦不↢言説↡。作↢是誓↡已一日不↠食、乃至六日。父母・知識、八万四千諸婇女等、同時悲泣礼↢大精進↡、尋聴↢出家↡。既得↢出家↡、持↠像入↠山、取↠草為↠座在↢画像前↡結跏趺坐一心諦観、此画像不↠異↢如来↡。像者不↠覚非↠知、一切諸法亦復如↠是。无↠相離↠相、体性空寂。作↢是観↡已、経↢於日夜↡成↢就五通↡、具↢足四无量↡、得↢无礙弁↡、得↢普光三昧↡、具↢大光明↡。以↢浄天眼↡見↢於東方阿僧祇仏↡、以↢浄天耳↡聞↢仏所説↡、悉能聴受。満↢足七月↡、以↠智為↠食、一切諸天散↠華供養。従↠山而出来↢至村落↡、為↠人説↠法。二万衆生発↢菩提心↡、无量阿僧祇人住↢於声聞・縁覚功徳↡、父母・親眷皆住↢不退无上菩提↡。仏告↢迦葉↡。昔大精進、今我身是。由↢此観像↡、今得↢成仏↡。若有↠人能学↢如↠此観↡、未来必当↠成↢无上道↡。」

◇ 他本では 「名大精進」 とあり。
 他本では 「非」。
四無量 青蓮院本、 承元元年刊本では 「無量」。

*¬譬喩ひゆきょう¼ のだい二にのたまはく、 「むかし比丘びくありき。 そのははせんとほっせしに、 ははすでに命過みょうかしぬ。 すなはち*道眼どうげんをもつて天上てんじょう人中にんちゅう*擒狩きんしゅ*薜茘へいれいのなかに求索ぐしゃくするに、 つひにこれをず。 *ないかんずるに、 ははがなかにあるをて、 すなはち*懊惋おうえんあいして、 ひろ方便ほうべんもとめて、 そのだっせんとおもひき。 とき辺境へんきょうおうありき。 ちちがいしてくにうばひてき。 比丘びく、 このおういのちあまり七にちありて、 つみくるところは、 比丘びくははおなじく一しょにあらんとりて、 よる*安靖あんせいときに、 おうねむれるところいたりて、 かべ穿うがちて半身はんしんげんず。 おうぢてかたなきてかしらる。 かしらすなはちちぬれども、 そのところもとのごとし。 これをること数反しゅへんするに、 *かしらつれども、 比丘びくうごかず。 おうこころにすなはちさとりて、 その*非常ひじょうなることをりぬ。 *こうべたたきてとがしゃす。 比丘びくのいはく、 ªおそるることなかれ、 づることなかれ。 あひせんとほっするのみ。 なんぢ、 ちちがいしてくにうばへりやいなやº と。 こたへていはく、 ªじつにしかり。 ねがはくは慈救じくせられよº と。 比丘びくのいはく、 ªだいどくをなすとも、 おそらくはあひおよばざらんか。 おう、 まさに南無なもぶつしょうすべし。 七にちえずは、 すなはちつみまぬかるることをてんº と。 かさねて、 これにげていはく、 ªつつしみてこのほうわするることなかれº と。 すなはちびてりぬ。 おうすなはち*あざへて一心いっしんに ª南無なもぶつº と称説しょうせつすること、 昼夜ちゅうやおこたらず、 七にちありて命終みょうじゅうして、〔おうの〕*魂神ごんじんないもんかひて ª南無なもぶつº としょうす。 ないのなかのひとぶつといふ音声おんじょうきて、 みな一に ª南無なもぶつº といひしかば、 ないすなはちめにき。 比丘びく、 ためにほうきしかば、 比丘びくははおう、 およびないのなかのひと、 みなだつき。 のちおおきに精進しょうじんして、 しゅおんどうき」 と 以上いじょう諸文しょもんりゃくしてしょうす。

比喩経の第二に… 現存しない。 引用の文と同じ内容のものが ¬経律きょうりつ異相いそう¼、 ¬しょきょう要集ようしゅう¼、 ¬法苑ほうおん珠林じゅりん¼ にある。
道眼 修行によって得たすぐれた眼。
擒狩 畜生ちくしょうのこと。
薜茘 梵語プレータ (preta) の音写。 餓鬼がきのこと。
泥梨 梵語ナラカ (naraka) の音写。 地獄のこと。 →ごく
懊惋 苦しみ悩むこと。
安靖の時 静かな時。
化の頭 神通力じんずうりきで表し出した幻の頭。
非常 ただごとでない。
頭を叩きて 頭を地につけて。
手を叉へ 両掌を胸のあたりで組み合わせて。
魂神 たましい。

¬譬喩経¼第二云。「昔有↢比丘↡。欲↠度↢其母↡、母已命過。便以↢道眼↡天上・人中・擒狩・薜茘中求索、了不↠見↠之、観↢於泥↡見↢母在↟中。便懊惋悲哀広求↢方便↡、欲↠脱↢其苦↡。時辺境有↠王、害↠父奪↠国。比丘知↧此王命余有↢七日↡、受↠罪之地、与↢比丘母↡同在↦一処↥、夜安靖時、到↢王寝殿処↡、穿↠壁現↢半身↡。王怖抜↠刀斫↠頭。頭即落↠地、其処如↠故。斫↠之数反、化頭満↠地、比丘不↠動。王意即解、知↢其非常↡、叩頭謝↠過。比丘言。莫↠恐莫↠怖、欲↢相度↡耳。汝害↠父奪↠国不耶。対曰。実爾。願見↢慈救↡。比丘曰。作↢大功徳↡、恐不↢相及↡。王当↠称↢南无仏↡。七日不↠絶、便得↠勉免↠罪。重告↠之曰。慎莫↠忘↢此法↡。即便飛去。王便叉↠手一心称↢説南無仏↡、昼夜不↠懈、七日命終。魂神向↢泥門↡称↢南无仏↡、泥中人聞↢仏音声↡、皆一時言↢南無仏↡、泥即冷。比丘為説↠法、比丘母・王、及泥中人、皆得↢度脱↡、後大精進、得↢須陀洹道↡。」已上諸文略抄

 底本まま。 註なし。
寝殿処 他本では 「寝処」。
 他本では 「免」。
泥 青蓮院本では 「泥梨」。 以下同。

*¬*優婆うばそく戒経かいきょう¼ にのたまはく、 「善男ぜんなん、 われもとむかし邪見じゃけんいえちたりき、 *惑網わくもうおのづからわれをおおへり。 われ、 そのときこうといへり。 つま名女みょうにょにして、 *精進しょうじん勇猛ゆうみょうだつすることりょうにして、 十ぜんをもつてどうしき。 われそのときに、 しん殺猟せつりょうをなしき。 酒肉しゅにくとんし、 *らんだいにして、 精進しょうじんすることあたはざりき。 つまときにわれにかたらはく、 ªその猟殺りょうせつとどめ、 いましめて酒肉しゅにくち、 つとめて精進しょうじんくわへて、 ごくのううれひをだっして、 てん上生じょうしょうして、 一しょくみすることをよº と。 われそのときにおいても殺心せっしんまず、 酒肉しゅにく美味びみをも割捨かっしゃすることあたはず、 精進しょうじんしんらんにしてすすまず、 てんのぞみをめ、 ごくぶんけたり。 われそのとき*聚落じゅらくのうちにし、 *僧伽藍そうぎゃらんちかくして、 しばしばかねつをきき。 つまわれにかたりていはく、 ª事々じじあたはずは、 *けんしょうこえくとき、 三たびだんして一たびぶつしょうせよ。 おさめてみづからかしこまり、 憍慢きょうまんしょうずることなかれ。 そのはんのごときも、 このほうはいすることなかれº と。 われすなはちこれをもちゐて、 また捨失しゃしつすることなかりき。 十二ねんて、 そのつま命終みょうじゅうして、 とうてんうまれき。 かへりてのちねんありて、 われまた寿じゅきて、 *だん経至きょうしせしに、 われをはんじてつみれて、 ごくもんかへき。 もんときあたりて、 かねの三しょうきしに、 われすなはち住立じゅうりゅうして、 しんかんをなし、 愛楽あいぎょうしていとはず。 ほうのごとく三たびだんして、 ながこえをもつてぶつとなへき。 こえごとにみな慈悲じひありて、 *梵音ぼんのんほがらかにとおれりき。 *しゅきをはりて、 しんはなはだ*かんすらく、 ªこれしんさつなりけり。 いかんぞあやまりてはんぜるº と。 すなはち*遣追けんつい還送げんそうして、 天上てんじょうかしめき。 すでにき、 いたりをはりて、 五たいげて、 わがつま礼敬らいきょうして、 まうさく、 ªだいさいわひにして大恩だいおんけて、 いま済抜さいばつせらる。 すなはちだいいたるまで教勅きょうちょくたがはじº」 と

優婆塞戒経にのたまはく… 引用に該当する文は現存の ¬優婆塞戒経¼ にはない。
惑網 煩悩ぼんのうを網に喩えたもの。
精進勇猛 心をはげまして努力すること。
懶惰懈怠 おこたりなまけること。
聚落 集落。
僧伽藍 梵語サンガーラーマ (saſghārāma) の音写。 僧院・僧園などと漢訳する。 出家僧侶が集って修行するところ。 寺院を指す。
 異本には 「」 「搥」 とある。
断事 閻羅王の法廷。
梵音 ここでは 「南無仏」 と称える声のこと。
主事 閻羅王のこと。 →えん羅王らおう
愧感 恥じいること。
遣追還送 送り返すこと。

¬優婆塞戒経¼云。「善男子、我本往堕↢邪見家↡、惑網自我蓋。我於↢爾時↡、名曰↢広利↡。妻名女、精進勇猛度脱无量、十善化導。我於↢爾時↡心生↢殺猟↡、貪↢嗜酒肉↡、懶惰懈怠不↠能↢精進↡。妻時語↠我、止↢其猟殺↡、戒断↢酒肉↡、勤加↢精進↡、得↧脱↢地獄苦悩之患↡、上↢生天宮↡与↦一処↥。我於↢爾時↡殺心不↠止、酒肉美味不↠能↢割捨↡、精進之心懶惰不↠前、天宮息↠意地獄分受。我於↢爾時↡居↢聚落内↡、近↢僧伽藍↡、数聞↢槌鍾↡。妻語↠我言。事事不↠能、聞↢槌鍾声↡、三弾指一称↠仏。斂↠身自恭、莫↠生↢驕慢↡。如↢其夜半↡此法莫↠癈。我即用↠之无↢復捨失↡。経↢十二年↡、其妻命終生↢忉利天↡、却後三年我亦寿尽。経↢至断事↡、判↠我入↠罪向↢地獄門↡。当入↠門時聞↢鍾三声↡、我即住立心生↢歓喜↡、愛楽不↠厭、如↠法三弾指、長声唱↠仏。声皆慈悲梵音朗徹。主事聞已心甚愧感、此真菩薩、云何錯判。即遣追還送往↢天上↡。既往到已五躰投↠地、礼↢敬我妻↡白言。大師幸義↢大恩↡、如見↢済抜↡。乃至菩提不↠違↢教勅↡。已上

 他本では 「堕」。 以下同。
 他本では 「健」。
 青蓮院本、 建長五年刊本では 「声」。

また震旦しんたん (中国) には、 *東晋とうしんよりこのかた*唐朝とうちょういたるまで、 阿弥陀あみだぶつねんじてじょうおうじょうせるもの、 *道俗どうぞく男女なんにょあわせて五十にんなり。 そう二十三にんにんしゃにんざい男女なんにょあわせて二十四にん。 ¬*じょうろん¼ ならびに ¬*瑞応伝ずいおうでん¼ にでたり。 わがちょうおうじょうせるもの、 またそのかずあり。 つぶさには*けいの ¬*ほんおうじょう¼ にあり。 いかにいはんや、 朝市ちょうしにありてとくかくし、 山林せんりんのがれたるもの、 ひとしゅしてひとる、 たれかることをんや

東晋 南北朝時代の南朝の一 (317-420)。
唐朝 618-907年。
慶氏 慶滋よししげの保胤やすたね (931頃-1002) のこと。 平安時代の文人貴族。 西方往生を願って念仏結社二十五にじゅうご三昧ざんまいを創設し、 ¬日本往生極楽記¼ などを著した。

又震旦国東晋已来、至↢于唐朝↡、念↢阿弥陀仏↡往↢生浄土↡者、道俗男女合五十余人、出↢¬浄土論¼并¬瑞応伝¼↡。我朝往生者亦有↢其数↡。具在↢慶氏¬日本往生記¼↡。何況朝市隠↠徳、山林逃↠名之者、独修独去、誰得↠知耶。

 他本では欠く。
◇ 青蓮院本には 「僧廿三人尼六人沙弥二人在家男女合廿四人」 と割註あり。

 *ふ。 下下げげぼんにんと五ひゃく釈子しゃくしとは、 臨終りんじゅうおなじくねんじたるに、 昇沈しょうちんなんぞべつなる

問ふ… ¬観経¼ の下下品の人と ¬観仏かんぶつ三昧ざんまいきょう¼ の五百の釈子とは、 臨終に同じく念仏したのに、 前者は浄土に往生し、 後者は生天ののち堕獄したことを問うたもの。

問。下下品人、五百釈子、臨終同念、昇沈何別。

こたふ。 ¬*ぐんろん¼ にしていはく、 「五ひゃく釈子しゃくしは、 ただちちおしえによりて一たびぶつねんぜしかども、 しかも提心だいしんおこじょううまるることをもとめて、 慇懃おんごんざんせざりき。 またかれはしんいたさず、 またただ一ねんにして十ねんせざるがゆゑなり」 と

答。¬群疑論¼会云。「五百釈子、但依↢父教↡一念↠仏、而不↧発↢菩提心↡求↠生↢浄土↡慇懃慙愧↥。又彼不↢至心↡。復唯一念不↠具↢十念↡故。」略抄

◎念仏利益 悪趣利益

【65】だい七に*悪趣あくしゅやくかさば

悪趣の利益 三悪趣さんまくしゅ (地獄・餓鬼がき畜生ちくしょう) において得る利益。

第七明↢悪趣利益↡者、

¬*だいきょう¼ のだい二にのたまはく、 「もしまたひとありて、 ただしんぶつねんじて一たびも敬信きょうしんをなさば、 われかく、 このひとはまさにはんて、 はんきわつくすべし。 なん、 しばらく人中にんちゅう念仏ねんぶつどくをばきて、 もし畜生ちくしょうありて、 ぶつそんにおいてよくねんをなすものをば、 われまたかく、 その善根ぜんごん福報ふくほう、 まさにはんべし」 と

¬大悲経¼第二云。「若復有↠人、但心念↠仏一生↢敬信↡、我説、是人、当↧得↢涅槃果↡尽↦涅槃際↥。阿難且置↢人中念仏功徳↡。若有↢畜生↡、於↢仏世尊↡、能生↠念者、我亦説、其善根福報当↠得↢涅槃↡。」

 ふ。 なんらかこれなるや

問。何等是耶。

こたふ。 同経どうきょうだい三に、 ぶつなんげたまはく、 「過去かこ大商主だいしょうしゅありき。 もろもろの商人あきびと大海だいかいりしに、 そのふね、 にはかに*かつ大魚たいぎょのために、 きたりてらはれんとす。 そのときに、 商主しょうしゅおよびもろもろの商人あきびとしんおどろいよだちて、 おのおのみなかなしみきて、 *嗚呼おこす。 ªあやしきかな、 かの*えんだいはかくのごとくたのしむべく、 かくのごとく*希有けうなり。 けん人身にんじん、 かくのごとくがたし。 われいままさに父母ぶもべつしぬ。 まい婦児ふに親戚しんしゃくぼうにもべつして、 われさらにざるべし。 またぶつほう衆僧しゅそうをもたてまつることをまじくなりぬº と。 きはめておおきにこくしき。 そのときに、 商主しょうしゅひとへにみぎかたあらわし、 みぎひざけて、 ふねうえじゅうして、 一心いっしんぶつねんじ、 たなごころあわせて礼拝らいはいして、 こえたかくしてとなへていはく、 ª南無なも諸仏しょぶつ*得大とくだい無畏むいしゃだい慈悲じひしゃ*憐愍れんみん一切いっさいしゅじょうしゃº と。 かくのごとく三たびしょうするときに、 もろもろの商人あきびと、 またどうにかくのごとく三たびしょうしき。 とき竭魚かつぎょぶつみょうごう礼拝らいはい音声おんじょうきて、 だい愛敬あいぎょうをなし、 きてすなはちくちぢてき。 そのときに、 商主しょうしゅおよびもろもろの商人あきびと、 みなことごとく安穏あんのんにして、 うおなんまぬかるることをてき。 とき竭魚かつぎょぶつ音声おんじょうきて、 しんらくをなし、 さらにのもろもろのしゅじょうをも食噉じきだんせざりき。 これによりて命終みょうじゅうして人中にんちゅううまるることをてき。 そのぶつみもとにして、 ほうき、 出家しゅっけして、 ぜんしきちかづきて、 阿羅あらかんてき。 なん、 なんぢ、 かのうおの、 畜生ちくしょうどううまれて、 ぶつみなくことをぶつみなきをはりて、 ないはんせることをかんぜよ。 いかにいはんや、 ひとありて、 ぶつみなくことをしょうぼう聴聞ちょうもんせんをや」 と

摩竭大魚 鯨。
嗚呼 泣きさけぶこと。
希有 きわめてまれであること。
得大無畏者 大無畏 (安穏でいかなるおそれもないこと) を得た者。
憐愍一切衆生者 すべてのしゅじょうをあわれみいつくしむ者。

答。同¬経¼第三、仏告↢阿難↡。「過去有↢大商主↡。将↢諸商人↡入↢於大海↡、其船卒為↢摩竭大魚↡、欲↢来呑噛↡。爾時商主、及諸商人、心驚毛竪各皆悲泣。嗚呼奇哉、彼閻浮提如↠是可↠楽、如↠是希有。世間人身如↠是難↠得、我今当↧与↢父母↡離別↥。姉妹・婦児・親戚・朋友別離、我更不↠見。亦不↠得↠見↢仏・法・衆僧↡。極大悲哭。爾時商主、偏↢袒右肩↡、右膝着↠地、住↢於船上↡、一心念↠仏、合掌礼拝高声唱、言↧南↦无諸仏得↢大无畏↡者、大慈悲者、憐↢愍一切衆生↡者↥。如↠是三称。時諸商人、亦復同時如↠是三称。時摩竭魚、聞↢仏名号、礼拝音声↡、生↢大愛敬↡、聞即閉↠口。爾時商主、及諸商人、皆悉安穏得↠免↢魚難↡。時摩竭魚聞↢仏音声↡、心生↢喜楽↡、更不↣食↢噉余諸衆生↡。因↠是命終得↠生↢人中↡、於↢其仏所↡、聞↠法出家、近↢善知識↡得↢阿羅漢↡。阿難、汝観↢彼魚↡、生↢畜生道↡得↠聞↢仏名↡、聞↢仏名↡已乃至涅槃。何況有↠人、得↠聞↢仏名↡聴↢聞正法↡。略抄

 他本では

また ¬*さつ処胎しょたいきょう¼ の 「八斎品さいぼん」 にのたまはく、 「りゅう*こんちょうのために、 *じゅきていはく、

金翅鳥 竜を食べるという大鳥。 妙翅鳥みょうじちょうともいう。 八部鬼神のうちの迦楼羅かるらに同じ。 →はちじん
 じゅ (詩句)。

ªせつはこれぜんぎょうなり。 寿命じゅみょうげんじて*中夭ちゅうようあり。

中夭 不慮の死。 または早死のこと。

は、 *朝露ちょうろむしの、 ひかりてすなはち命終みょうじゅうするがごとし。

朝露の虫 朝露のように命の短い虫。

かいたもぶつほうずれば、 長寿ちょうじゅてんうまるることをて、

*累劫るいこう福徳ふくとくみて、 畜生ちくしょうどうちず。

累劫 幾多の劫。 きわめて長い時。

いまの竜身りゅうしんたれども、 戒徳かいとく清明しょうみょうにしてぎょうず。

*ちくのなかにせりといへども、 かならずみづからさいすることをのぞまんº と。

このときに、 りゅう、 このじゅときに、 竜子りゅうし竜女りゅうにょしんかいして、 寿じゅおわりてのちに、 みなまさに阿弥陀あみだぶつくにうまるべし」 と 以上いじょう、 八斎戒さいかいりゅうなり。

又¬菩薩処胎経¼八斎品云。「竜子与↢金翅鳥↡、而説↠頌曰。殺是不善行、滅↢寿命↡中夭。身如↢朝露虫↡、見↠光則命終。持↠戒奉↢仏語↡、得↠生↢長寿天↡、累劫積↢福徳↡、不↠堕↢畜生道↡。今身為↢竜身↡、戒徳清明行、雖↠堕↢六畜中↡、必望自済度。是時竜子説↢此頌↡時、竜子・竜女、心意開解。寿終之後、皆当↠生↢阿弥陀仏国↡。」已上八斎戒竜子也

 青蓮院本、 承元元年刊本では 「減」。

*しゅの、 ぶつしんじてじょううまるること、 これになぞらへよ。 ごくやくは、 *さき国王こくおう因縁いんねん、 ならびに*しもしん妙果みょうかのごとし

余趣 他の悪趣あくしゅ
前の国王の因縁 296頁 (1090頁) 以下の ¬比喩ひゆきょう¼ の引文。
下の粗心の妙果 大文第十問答もんどう料簡りょうけんの第六を指す。

余趣信↢仏語↡生↢浄土↡准↠之。地獄利益如↢前国王因縁、并下麄心妙果↡。

しょやくは、 しも念仏ねんぶつのうのごとし

余趣 他の悪趣あくしゅ
前の国王の因縁 296頁 (1090頁) 以下の ¬比喩ひゆきょう¼ の引文。
下の粗心の妙果 大文第十問答もんどう料簡りょうけんの第六を指す。

諸余利益、如↢下念仏功徳↡。

功徳 青蓮院本、 建長五年刊本では 「功能」。

念仏証拠

【66】大文だいもんだい八に、 *念仏ねんぶつ証拠しょうこといふは

念仏証拠 往生行として専ら念仏を勧める証拠。

大文第八念仏証拠者、

ふ、 一切いっさい善業ぜんごうはおのおのやくあり、 おのおのおうじょうすることをてん。 なんがゆゑぞ、 ただ念仏ねんぶつの一もんすすむる

問。一切善業各有↢利益↡、各得↢往生↡、何故唯勧↢念仏一門↡。

こたふ。 いま念仏ねんぶつすすむることは、 これ種々しゅじゅ妙行みょうぎょう*しゃするにはあらず。 ただこれ、 男女なんにょせん*行住ぎょうじゅう坐臥ざが*えらばず、 *しょ諸縁しょえんろんぜずして、 これをしゅするにかたからず、 ない臨終りんじゅうおうじょうがんするに、 その便べんたるは念仏ねんぶつにはしかじ

 排すること。
簡ばず 区別しない。
時処諸縁 時間や場所、 さまざまな条件。

答。今勧↢念仏↡、非↣是遮↢余種種妙行↡。只是男女・貴賤、不↠簡↢行住坐臥↡、不↠論↢時処諸縁↡、修↠之不↠難。乃至臨終願↢求往生↡、得↢其便宜↡不↠如↢念仏↡。

ゆゑに ¬*木槵もくげんきょう¼ にのたまはく、 「なんこく波瑠璃はるりおう使つかひをつかはして、 ぶつにまうしてまうさく、 ªただねがはくは、 そん、 ことに*みんれて、 われに*要法ようぼうたまひて、 われをしてにち修行しゅぎょうすることをやすく、 らいのうちにもろもろのおんせしめたまへº と。 ぶつげてのたまはく、 ª大王だいおう、 もし*煩悩ぼんのうしょう報障ほうしょうめっせんとおもはば、 まさに*木槵もくげんぴゃく八をつらぬきて、 もつてつねにみづからしたがへて、 もしはぎょう、 もしは、 もしはに、 つねにまさにしんいたして分散ふんさんこころなくして、 *ぶっだつさんしょうしては、 すなはち一の木槵もくげんぐすべし。 かくのごとくして、 もしは十、 もしは二十、 もしはひゃく、 もしはせんないひゃく千万せんまんせよ。 もしよく二十万遍まんべんてんに、 身心しんしんみだれず、 もろもろの*諂曲てんごくなくは、 いのちてて*だい三のえんてんうまるることをて、 じきねんにして、 つねに安楽あんらくなることをけん。 もしまたよく一ぴゃく万遍まんべんたさば、 まさにひゃく八の*結業けつごう除断じょだんすることをて、 しょうながれそむきて、 はんどうおもむき、 無上むじょうべしº」 と

煩悩障報障 →三障さんしょう
木槵子 むくろじの種子。
仏陀達摩僧伽の名 三宝の名字。 →三宝さんぼう
諂曲 いつわり。
第三の炎摩天 夜摩天に同じ。 →夜摩やまてん
結業 結は煩悩ぼんのうの意。 煩悩のはたらき。

故¬木槵経¼云。「難陀国波瑠璃王、遣↠使白↠仏言。唯願世尊、特垂↢慈愍↡賜↢我要法↡、使↧我日夜易↠得↢修行↡、未来世中遠↦離衆苦↥。仏告言。大王、若欲↠滅↢煩悩障・報障↡者、当↧貫↢木槵子一百八↡以常自随↥。若行若坐若臥、恒当↧至↠心无↢分散意↡、称↢仏陀・達摩・僧伽名↡、乃過↦一木槵子↥。如↠是若十若廿、若百若千、乃至百千万。若能満↢廿万遍↡、身心不↠乱、无↢諸諂曲↡者、捨命得↠生↢第三炎摩天↡、衣食自然常受↢安楽↡。若復能満↢一百万遍↡者、当↧得↣除↢断百八結業↡、背↢生死流↡趣↢涅槃道↡獲↦无上果↥。」略抄

いはんやまた、 もろもろの聖教しょうぎょうのなかに、 おお念仏ねんぶつをもつておうじょうごうとなせり。 そのもん、 はなはだおおし。 りゃくして十のもんいださん

況復諸聖教中、多以↢念仏↡為↢往生業↡。其文甚多。略出↢十文↡。

一には、 ¬*占察せんざつきょう¼ のかんにのたまはく、 「もしひとほう現在げんざい浄国じょうこくうまれんとおもはば、 まさにかのかいぶつ名字みょうじしたがひて、 こころをもつぱらにして誦念じゅねんすべし。 一心いっしんみだれずしてかみのごとく観察かんざつせば、 けつじょうしてかのぶつ浄国じょうこくうまるることを善根ぜんごん増長ぞうじょうして、 すみやかに退たいじょうぜん」 と かみのごとき観察かんざつ」 とは、 ぞうさつ法身ほっしんおよび諸仏しょぶつ法身ほっしんと、 おのがしんと、 平等びょうどう無二むににして、 不生ふしょうめつなり、 常楽じょうらく我浄がじょうなり、 どく円満えんまんせりとかんずるなり。 またしん無常むじょうなること、 まぼろしのごとし、 いとふべしとかんずるなり。

一¬占察経¼下巻云。「若人欲↠生↢他方現在浄国↡者、応↧当随↢彼世界仏之名字↡、専↠意誦念↥。一心不乱如↠上観察者、決定得↠生↢彼仏浄国↡、善根増長速成↢不退↡。」如↠上観察者観↧於地蔵菩薩法身及諸仏法身与↢己自身↡平等无↠二不生不滅・常楽我浄・功徳円満↥又観↢己身无常如↠幻可↟厭等也

二には、 ¬双巻そうかんぎょう¼ (大経・下) の三ぱいごう浅深せんじんありといへども、 しかもつうじてみな 「*一向いっこうにもつぱら無量寿むりょうじゅぶつねんじたてまつれ」 とのたまへり

一向に 他に心をかけず、 ひたすらに。

二¬双巻経¼三輩之業、雖↠有↢浅深↡、然通皆云↢「一向専念无量寿仏」↡。

三には、 四十八がんのなかに、 念仏ねんぶつもんにおいてべつに一のがんおこしてのたまはく (*同・上意)、 「ないねんせん。 もししょうぜずは、 しょうがくらじ」 (第十八願)

三四十八願中、於↢念仏門↡別発↢一願↡云。「乃至十念、若不生者、不取正覚。」

四には、 ¬かんぎょう¼ (意) に、 「極重ごくじゅう悪人あくにんは、 方便ほうべんなし。 ただぶつ称念しょうねんして、 極楽ごくらくしょうずることを」 と

四¬観経¼云。「極重悪人无↢他方便↡、唯称↢念仏↡得↠生↢極楽↡。」

 青蓮院本、 建長五年刊本では欠く。

五には、 同経どうきょうにのたまはく、 「もししんいたして西方さいほううまれんとおもはば、 づまさに一の*じょう六のぞうの、 いけみずうえにましますとかんずべし」 と

五同¬経¼云。「若欲↣至↠心生↢西方↡、先当↠観↣於一丈六像在↢池水上↡。」

六には、 同経どうきょうにのたまはく、 「こうみょうあまねく十ぽうかい念仏ねんぶつしゅじょうらして、 *摂取せっしゅしててたまはず」 と

摂取して… →摂取せっしゅしゃ

六同¬経¼云。「光明遍照↢十方世界↡、念仏衆生摂取不↠捨。」

七には、 ¬阿弥陀あみだきょう¼ にのたまはく、 「善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねんをもつて、 かのくにしょうずることをべからず。 もし善男ぜんなん善女人ぜんにょにんありて、 阿弥陀あみだぶつくをきて、 みょうごう*執持しゅうじして、 もしは一にち  もしは七にちすること、 一心いっしんみだれずは、 そのひと命終みょうじゅうときのぞみて、 阿弥陀あみだぶつ、 もろもろのしょうじゅげんじて、 そのまえにましまさん。 このひとおわときに、 しん顛倒てんどうせずしてすなはちおうじょうすることをてん」 と

七¬阿弥陀経¼云。「不↠可↧以↢少善根福徳因縁↡得↞生↢彼国↡。若有↢善男子・善女人↡、聞↠説↢阿弥陀仏↡、執↢持名号↡、若一日 乃至 若七日、一心不↠乱、其人臨↢命終時↡、阿弥陀仏、与↢諸聖衆↡現在↢其前↡。是人終時、心不↢顛倒↡、即得↢往生↡。」

八には、 ¬*般舟はんじゅきょう¼ にのたまはく、 「阿弥陀あみだぶつののたまはく、 ªわがくに来生らいしょうせんとおもはば、 つねにわれをねんぜよ。 しばしば、 つねにおもいをもつぱらにしてそくあることなかれ。 かくのごとくせば、 わがくに来生らいしょうすることをんº」 と

八¬般舟経¼云。「阿弥陀仏言。欲↣来↢生我国↡者、当念↠我数数。常当↢専↠念莫↟有↢休息↡。如↠是得↠来↢生我国↡。」

 他本では 「常」。
 青蓮院本では欠く。

九には、 ¬*音声おんじょうきょう¼ にのたまはく、 「もし四しゅありて、 よくまさしくかのぶつみょうごうじゅせば、 このどくをもつて、 おわらんとほっするときのぞみて、 阿弥陀あみだ、 すなはち大衆だいしゅとこのひとところきて、 それをしてることをしめ、 をはりていでしょうぜん」 と

九¬鼓音声経¼云。「若有↢四衆↡、能正受↢持彼仏名号↡、以↢此功徳↡、臨↢欲↠終時↡、阿弥陀仏、即与↢大衆↡往↢此人所↡、令↢其得↟見、見已尋生。」

 青蓮院本では欠く。

十には、 ¬*おうじょうろん¼ (天親の浄土論・意) に、 「かのぶつ*しょうどく観念かんねんするをもつて、 おうじょうごうとなせり」 と

十¬往生論¼「以↣観↢念彼仏依正功徳↡、為↢往生業↡。」已上

このなかに、 ¬かんぎょう¼ の下下げげぼん・¬阿弥陀あみだきょう¼・¬*音声おんじょうきょう¼ は、 ただみょうごうねんずるをもつておうじょうごうとなせり。 いかにいはんや、 相好そうごうどく観念かんねんせんをや

此中¬観経¼下下品・¬阿弥陀経¼・¬鼓音声経¼但以↠念↢名号↡為↢往生業↡。何況観↢念相好・功徳↡耶。

 ふ。 ぎょうに、 いづくんぞ勧信かんしんもんなからんや

問。余行寧无↢勧信文↡耶。

こたふ。 その行法ぎょうほうは、 ちなみにかのほう種々しゅじゅ*のうかす。 そのなかにおのづからおうじょうくなり。 ただちにおうじょうようべんずるに、 おおく 「念仏ねんぶつ」 といふがごとくにあらず。 いかにいはんや、 ぶつみづからすでにのたまへり、 「まさにわれをねんずべし」 と。 またぶつこうみょう行人ぎょうにん*摂取せっしゅすとはいはず

効能 作用。 はたらき。

答。其余行法、因↠明↢彼法種種功能↡、其中自説↢往生之事↡。不↠如↧直弁↢往生之要↡、多云↞念↠仏。何況仏自既言↠当↠念↠我乎。亦不↠云↣仏光明摂↢取余行人↡。

これらのもん分明ぶんみょうなり。 なんぞかさねてうたがいをなさんや

此等文分明、何重生↠疑耶。

 ふ。 諸経しょきょう所説しょせつは、 したがひて*万品まんぼんなり。 なんぞ*管見かんけんをもつて一のもんしゅうせんや

万品 さまざまなありさま。 千差万別。
管見 狭い見識。

問。諸経所説随↠機万品、何以↢管見↡執↢一文↡耶。

こたふ。 *馬鳴めみょうさつの ¬*大乗だいじょうしんろん¼ (意) にいはく、 「またつぎに、 しゅじょうはじめてこのほうがくせんに、 そのしん*怯弱こうにゃくにして、 信心しんじん成就じょうじゅすべきことかたきことを*懼畏くいして、 こころに、 退たいしなんとほっせば、 まさにるべし、 如来にょらい*しょう方便ほうべんましまして、 信心しんじん摂護しょうごしたまふ。 したがひてしんをもつぱらにしてぶつねんずる因縁いんねんをもつて、 がんしたがひて、 ほうぶつおうじょうすることをるなり。 *しゅ多羅たらくがごとし。 ªもしひともつぱらにして西方さいほう阿弥陀あみだぶつねんじて、 しょ善業ぜんごうをもつてこうして、 かのかいうまれんとがんすれば、 すなはちおうじょうすることをº」 と

懼畏 危惧すること。
勝方便 すぐれた方法。
修多羅 梵語スートラ (sūtra) の音写。 経のこと。 ここでは ¬大経¼ 等の経典の取意を指す。

答。馬鳴菩薩¬大乗起信論¼云。「復次衆生、初学↢是法↡、其心怯弱懼↢畏信心難↟可↢成就↡、意欲↠退者、当↠知、如来有↢勝方便↡、摂↢護信心↡。随以↢専心念仏因縁↡、随↠願得↣往↢生他方仏土↡。如↫修多羅説↪若人専念↢西方阿弥陀仏↡、所↠作善業迴向願↣求生↢彼世界↡、即得↩往生↨。已上

あきらかにりぬ、 *契経けいきょうに、 おお念仏ねんぶつをもつておうじょうようとなせり。 もししからずは、 *さつはすなはち*じんにあらじ

契経 経のこと。 仏の教説はしゅじょうの素質にかない、 真理に合致するから契経という。
四依の菩薩 ここでは馬鳴めみょう菩薩のこと。
理尽 道理を究め尽すこと。

明知、契経多以↢念仏↡為↢往生要↡。若不↠爾者、四依菩薩即非↢理尽↡。

往生諸行

【67】大文だいもんだい九に、 *おうじょう諸行しょぎょうかさば、 いはく、 極楽ごくらくもとむるものは、 かならずしももつぱらぶつねんぜず。 すべからくぎょうかしておのおのの*楽欲ぎょうよくまかすべし。 これにまた二あり。 はじめには、 べっして諸経しょきょうもんかす。 つぎには、 そうじて諸業しょごうけっ

往生諸行 往生浄土のためのさまざまな行業ぎょうごう
楽欲 意向。 望み。

大文第九明↢往生諸行↡者謂求↢極楽↡者、不↣必専↢念仏↡、須↧明↢余行↡、任↦各楽欲↥。此亦有↠二。初別明↢諸経文↡、次惣結↢諸業↡。

◎往生諸行 明諸経

【68】だい一に諸経しょきょうかすといふは、*¬四十ごんぎょう¼ のげんがん、 ¬*ぜん仏名ぶつみょうきょう¼・¬*無字むじ宝篋ほうきょうきょう¼・¬*法華ほけきょう¼ とうの諸大乗だいじょうきょう、 ¬*ずい¼・¬*尊勝そんしょう¼・¬*無垢むく浄光じょうこう¼・¬*にょりん¼・¬*阿嚕あろりき¼・¬*くう羂索けんじゃく¼・¬*こうみょう¼・¬*阿弥陀あみだ¼、 および*龍樹りゅうじゅ所感しょかんおうじょうじょうとうしゅなり。 これらの*顕密けんみつしょ大乗だいじょうのなかに、 みなじゅ読誦どくじゅとうをもつて、 おうじょう極楽ごくらくごうとなせり

四十華厳経の普賢願 四十巻本 ¬華厳経¼ に説かれる普賢菩薩の十大願。 →ごんぎょう
光明 ¬くうけんじゃく毘盧びるしゃぶつだいかんじょう光真言こうしんごん¼ (光明真言経) 一巻のこと。 唐の不空訳。
龍樹… ¬楽邦らくほう文類もんるい¼ 巻一に龍樹りゅうじゅ菩薩のしゅとして記すばつ一切いっさいごっしょう根本こんぽんとくしょうじょうしゅ

第一明↢諸経↡者、¬四十華厳経¼普賢願・¬三千仏名経¼・¬无字宝篋経¼・¬法華経¼等諸大乗経、¬随求¼・¬尊勝¼・¬无垢浄光¼・¬如意輪¼・¬阿嚕力迦¼・¬不空羂索¼・¬光明¼・¬阿弥陀¼及龍樹¬所感往生浄土¼等咒。此等顕密諸大乗中、皆以↢受持・読誦等↡、為↢往生極楽業↡也。

¬*だい阿弥陀あみだきょう¼ (下) にのたまはく、 「まさに斎戒さいかいし、 一心いっしん清浄しょうじょうにして、 昼夜ちゅうやにまさにねんじて阿弥陀あみだぶつくにうまれんとほっすべし。 十にち断絶だんぜつせずは、 われみなこれを*みんしてことごとく阿弥陀あみだぶつくにおうじょうせしめん。 たとひしかするにあたはずは、 みづからゆいし、 よく*校計きょうけせよ。 *だつせんとほっするものは、 まさにねんつべからず。 あいりて、 家事けじおもふことなかれ。 にょゆかおなじくすることなかれ。 みづから身心しんしんなおただしくして、 愛欲あいよくだんじて、 一心いっしん斎戒さいかい清浄しょうじょうにして、 せん阿弥陀あみだ仏国ぶっこくうまれんとねんじて、 一にち断絶だんぜつせずは、 寿終じゅじゅうしてみなそのくにおうじょうして、 七宝しっぽうよくれんのなかにありて化生けしょうせん」 と この ¬きょう¼ (大阿弥陀経) はかいをもつてしゅとなせり。

校計 思いはからうこと。

¬大阿弥陀経¼云。「当↧斎戒、一心清浄、昼夜当念、欲↠生↢阿弥陀仏国↡、十日十夜不↦断絶↥。我皆慈↢愍之↡、悉令↣往↢生阿弥陀仏国↡。殊使不↠能↠爾、自思惟熟授計。欲↣度↢脱身↡者、不↠当↠絶↠念。去↠愛勿↠念↢家事↡、莫↧与↢婦女↡同牀↥、自端↢正身心↡断↢於愛欲↡、一心斎戒清浄、至専念↠生↢阿弥陀仏国↡、一日一夜不↢断絶↡者、寿終皆往↢生其国↡、在↢七宝浴池蓮華中↡化生。」此経以↢持戒↡為↠首

 他本では 「校」。

¬*おうじょう弥陀みだ仏国ぶっこくきょう¼ (意) にのたまはく、 「われいま、 なんぢがためにく、 十のおうじょうあり。 いかなるか十のおうじょう。 一にはかんじて正念しょうねんにして、 つねにかんいだきて、 飲食おんじきぶくをもつてぶつおよびそうほどこせば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 二には正念しょうねんにして、 みょう良薬りょうやくをもつて一のびょう比丘びくおよび一切いっさいしゅじょうほどこせば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 三には正念しょうねんにして、 一の生命しょうみょうをもがいせず、 一切いっさい慈悲じひすれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 四には正念しょうねんにして、 ところしたがひてかいけ、 *浄慧じょうえをもつて*梵行ぼんぎょうしゅし、 しんにつねによろこびをいだけば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 五には正念しょうねんにして、 父母ぶも孝順きょうじゅん*師長しちょう敬重きょうじゅうし、 憍慢きょうまんしんいだかざれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 六には正念しょうねんにして、 僧房そうぼう往詣おうげいとう*恭敬くぎょうし、 ほうきて一のをもさとれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 七には正念しょうねんにして、 *にち宿しゅくのうちに*戒斎かいさいじゅし、 一にち宿しゅくのうちにじゅして一もやぶらざれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 八には正念しょうねんにして、 もしよく斎月さいがつ斎日さいにちのうちに房舎ぼうしゃおんしてつねにぜんいたれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 九には正念しょうねんにして、 つねによく浄戒じょうかいたもち、 勤修ごんしゅして禅定ぜんじょうねがひ、 ほうまもあっせず、 もしよくかくのごとくぎょうずれば、 阿弥陀あみだぶつくにおうじょうす。 十には正念しょうねんにして、 もし*無上むじょうどうにおいてほうしんおこさず、 精進しょうじんして浄戒じょうかいたもちて、 また無智むちのものをおしへてこの経法きょうぼう流布るふし、 りょうしゅう教化きょうけす。 かくのごときもろもろのひと、 ことごとくみな阿弥陀あみだぶつくにおうじょうすることを」 と

浄慧 煩悩ぼんのうのけがれのない清浄しょうじょう智慧ちえ
一日一宿 一日一夜に同じ。

¬十往生阿弥陀仏国経¼云。「吾今為↠汝説。有↢十往生↡。云何十往生。一者観↠身正念常懐↢歓喜↡、以↢飲食・衣服↡、施↢仏及僧↡、往↢生阿弥陀仏国↡。二者正念世妙良薬施↢一病比丘及以一切衆生↡、往↢生阿弥陀仏国↡。三者正念不↠害↢一生命↡慈↢悲於一切↡、往↢生阿弥陀仏国↡。四者正念従↢師所↡受↠戒、浄恵修↢梵行↡、心常懐↠喜、往↢生阿弥陀仏国↡。五者正念孝↢順於父母↡、敬↢重於師長↡不↠懐↢驕慢心↡、往↢生阿弥陀仏国↡。六者正念往↢詣於僧坊↡、恭↢敬於塔寺↡、聞↠法解↢一義↡、往↢生阿弥陀仏国↡。七者正念一日一宿中受↢持八戒斎↡、一日一宿中受持不↠破↠一、往↢生阿弥陀仏国↡。八者正念若能斎月斎日中遠↢離於房舎↡、常詣↢於善師↡、往↢生阿弥陀仏国↡。九者正念常能持↢浄戒↡、勤修楽↢禅定↡、護↠法不↢悪口↡。若能如↠是行、往↢生阿弥陀仏国↡。十者正念若於↢无上道↡不↠起↢誹謗心↡、精進持↢浄戒↡、復教↢无智者↡流↢布是経法↡、教↢化無量衆生↡。如↠是諸人等、皆悉得↣往↢生阿弥陀仏国↡。

 他本では欠く。
僧坊 青蓮院本では 「僧房」。
衆生 他本では 「衆」。
皆悉 青蓮院本、 承元元年刊本では 「悉皆」。
◇ 青蓮院本では 「已上」 と割註あり。

¬*ろくもんきょう¼ にのたまはく、 「ぶつきたまへるところのごとく、 阿弥陀あみだぶつどくやくがんじて、 もしよく十ねん相続そうぞくして、 だんぶつねんずるものは、 すなはちおうじょうすることを。 まさにいかんがねんずべし。 ぶつののたまはく、 ªおほよそ十のねんあり。 なんらをか十となす。 一には、 もろもろのしゅじょうにおいて、 つねにしんしょうじてそのぎょうやぶらざること、 もしそのぎょうやぶればつひにおうじょうせず。 二には、 もろもろのしゅじょうにおいて、 つねにしんおこして残害ざんがいこころのぞくこと、 三には、 法心ほうしんおこして身命しんみょうしまざること、 一切いっさいほうにおいてほうをなさざること、 四には、 忍辱にんにくのなかにおいてけつじょうしんしょうずること、 五には、 深心じんしん清浄しょうじょうにして*ようぜんせざること、 六には、 *一切いっさいしんおこして日々にちにちにつねにねんじて、 廃忘はいもうあることなきこと、 七には、 もろもろのしゅじょうにおいて、 尊重そんじゅうしんおこし、 *まんしんのぞき、 *けんして言説ごんせつすること、 八には、 *談話たんかいにおいて味着みじゃくをなさざること、 九には、 かくちかづき、 ふか種々しゅじゅ善根ぜんごん因縁いんねんおこし、 *憒閙かいにょう散乱さんらんしんおんすること、 十には、 正念しょうねんにしてぶつかんじて諸想しょそうじょすることなりº」 と

弥勒問経 引用は千観せんかん (918-984) の ¬十願じゅうがん発心ほっしん¼ 所引の ¬弥勒問経¼ の文に依拠したもの。
利養 自己の利益。
我慢 自らをたのんで、 おごりたかぶること。
謙下 へりくだること。
世の談話 世間話。
憒閙 乱れさわぐこと。

¬弥勒問経¼云。「如↢仏所↟説、願↢阿弥陀仏功徳利益↡、若能十念相続、不断念↠仏者、即得↢往生↡。当↢云何念↡。仏言。凡有↢十念↡。何等為↠十。一者於↢諸衆生↡、常生↢慈心↡不↠毀↢其行↡、若毀↢其行↡、終不↢往生↡。二者於↢諸衆生↡、常起↢悲心↡除↢残害意↡。三者発↢護法心↡、不↠惜↢身命↡、於↢一切法↡不↠生↢誹謗↡。四者於↢忍辱中↡生↢決定心↡。五者深心清浄不↠染↢利養↡。六者発↢一切智心↡、日日常念无↠有↢廃忘↡。七者於↢諸衆生↡起↢尊重心↡、除↢我慢心↡、謙下言説。八者於↢世談話↡、不↠生↢味着↡。九者近↢於覚意↡、深起↢種種善根因縁↡、遠↢離憒鬧散乱之心↡。十者正念観↠仏除↢去諸想↡。」

 青蓮院本では 「癈」。

¬*宝積ほうしゃくきょう¼ のだい九十二に、 ぶつまたこの十しんをもつてろくといこたへたまへり。 そのなかのだい六のしんにいはく、 「*ぶつしゅもとめて、 一切いっさいときにおいて忘失もうしつするしんなし」 と。 そのの九しゅは、 もんすこことなりといへども、 こころさきの ¬きょう¼ (弥勒問経)おなじ。 ただ ¬きょう¼ (宝積経)もんにのたまはく、 「もしひと、 この十しゅしんのうちにおいて、 したがひて一心いっしんじょうじて、 かのぶつかいおうじょうせんと*楽欲ぎょうよくせんに、 もししょうずることをずといはば、 このことわりあることなからん」 と。 あきらけし、 かならずしも十をしておうじょうごうとなすにはあらざるなり

仏の種智 一切種智のこと。 →一切いっさい種智しゅち
楽欲 ねがうこと。

¬宝積経¼第九十二、仏亦以↢此十心↡、答↢弥勒問↡。其中第六心云。「求↢仏種智↡、於↢一切時↡无↢忘失心↡。」其余九種文雖↢少異↡、意同↢前¬経¼↡。但結経文云。「若人於↢此十種心中↡、随成↢一心↡、楽↣欲往↢生彼仏世界↡、若不↠得↠生无↠有↢是処↡。」云云。明、非↣必具↠十為↢往生業↡也。

 青蓮院本では 「経」。

¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「かのくにうまれんとおもはば、 まさに*ぷくしゅすべし。 一には父母ぶも孝養きょうようし、 *師長しちょう*奉事ぶじし、 しんをもつてせっせず、 *善業ぜんごうしゅすること、 二には*じゅし、 *衆戒しゅかいそくし、 *威儀いぎぼんせざること、 三には提心だいしんおこし、 ふかいんしんじ、 大乗だいじょう読誦どくじゅし、 行者ぎょうじゃ*勧進かんじんすることなり。 かくのごとき三づけて*浄業じょうごうとなす。 ぶつだいげたまはく、 ªなんぢいまるやいなや。 この三しゅごうは、 過去かこらい現在げんざいの三諸仏しょぶつ浄業じょうごうしょういんなりº」 と

十善業 十種の善行。 →じゅうぜん
衆戒 五戒、 八斎戒はっさいかいじっかいそくかいなど。
威儀 仏弟子としての規律にかなった起居動作、 ふるまいのこと。
勧進 仏道への帰入・実践をすすめること。
浄業 仏果を成就するための清浄しょうじょう行業ぎょうごう

¬観経¼云。「欲↠生↢彼国↡者、当↠修↢三福↡。一者孝↢養父母↡、奉↢事師長↡、慈心不↠殺、修↢十善業↡。二者受↢持三帰↡、具↢足衆戒↡、不↠犯↢威儀↡。三者発↢菩提心↡、深信↢因果↡、読↢誦大乗↡、勧↢進行者↡。如↠此三事名為↢浄業↡。仏告↢韋提希↡。汝今知不。此三種業、過去・未来・現在三世諸仏浄業正因。」

またのたまはく (同・意)、 「上品じょうぼん上生じょうしょうといふは、 もししゅじょうありて、 かのくにしょうぜんとがんぜば、 三しゅしんおこして即便すなわちおうじょうす。 なんらをか三となす。 一には*至誠心しじょうしん、 二には*深心じんしん、 三には*こう発願心ほつがんしんなり。 三しんせるものはかならずかのくにうま

又云。「上品上生者、若有↢衆生↡、願↠生↢彼国↡者、発↢三種心↡、即便往生。何等為↠三。一者至誠心、二者深心、三者迴向発願心。具↢三心↡者、必生↢彼国↡。

また三しゅしゅじょうありて、 まさにおうじょうすることをべし。 なんらをか三となす。 一にはしんにしてせっせず、 もろもろの戒行かいぎょうすること、 二には*大乗だいじょう方等ほうどう経典きょうてん読誦どくじゅすること、 三には*ねん修行しゅぎょうして、 こう発願ほつがんしてかのくにうまれんとがんずることなり。 このどくすること、 一にちないにちにして、 すなはちおうじょうすることを

大乗方等経典 不変平等の真理を説きあらわした経典。 大乗経典の総称。

復有↢三種衆生↡、当↣得↢往生↡。何等為↠三。一者慈心不↠殺具↢諸戒行↡。二者読↢誦大乗方等経典↡。三者修↢行六念↡、迴向発願願↠生↢彼国↡。具↢此功徳↡、一日乃至七日、即得↢往生↡。

上品じょうぼん中生ちゅうしょうといふは、 かならずしも方等ほうどう経典きょうてんじゅせざれども、 よくしゅさとりて、 *だいにおいてしん驚動きょうどうせず、 ふかいんしん大乗だいじょうほうぜず。 このどくをもつて、 こうして極楽ごくらくこくうまれんとがんするなり

上品中生者、不↣必受↢持方等経典↡、善解↢義趣↡、於↢第一義↡心不↢驚動↡、深信↢因果↡不↠謗↢大乗↡、以↢此功徳↡、迴向願↣求生↢極楽国↡。

上品じょうぼん下生げしょうといふは、 またいんしん大乗だいじょうほうぜず。 ただ*無上むじょうどうしんおこして、 このどくをもつて、 こうして極楽ごくらくうまれんとがんするなり

無上道の心 この上ないさとりを求める心。 →だいしん

上品下生者、亦信↢因果↡不↠謗↢大乗↡、但発↢無上道心↡。以↢此功徳↡、迴向願↣求生↢極楽↡。

中品ちゅうぼん上生じょうしょうといふは、 もししゅじょうありて、 *かいじゅし、 *戒斎かいさいたもち、 もろもろのかい修行しゅぎょうして*ぎゃくつくらず、 もろもろの*げんなからん。 この善根ぜんごんをもつて、 こうしてがんするなり

過患 つみとが、 あやまち。

中品上生者、若有↢衆生↡、受↢持五戒↡持↢八戒斎↡、修↢行諸戒↡不↠造↢五逆↡、無↢衆過患↡。以↢此善根↡、迴向願求。

 他本では 「諸」。

中品ちゅうぼん中生ちゅうしょうといふは、 もししゅじょうありて、 もしは一にち戒斎かいさいけ、 もしは一にち*しゃ戒をたもち、 一にち*そくかいたもち、 威儀いぎくることなし。 このどくをもつて、 こうしてがんするなり

中品中生者、若有↢衆生↡、若一日一夜受↢八戒斎↡、若一日一夜持↢沙弥戒↡、若一日一夜持↢具足戒↡、威儀無↠欠。以↢此功徳↡迴向願求。

 他本では欠く。

中品ちゅうぼん下生げしょうといふは、 もし善男ぜんなん善女人ぜんにょにんありて、 父母ぶも孝養きょうようし、 にんぎょうずるなり

中品下生者、若有↢善男子・善女人↡、孝↢養父母↡行↢世仁慈↡。

ぼん上生じょうしょうといふは、 あるいはしゅじょうありて、 もろもろの悪業あくごうつくらん。 *方等ほうどう経典きょうてんほうせずといへども、 かくのごときにんおおくもろもろの悪法あくほうつくりてざんあることなからん。 おわりにのぞみて*十二きょう*首題しゅだい名字みょうじき、 および合掌がっしょうして ª南無なも阿弥陀あみだぶつº としょうするなり

方等経典 不変平等の真理を説きあらわした経典。 大乗経典の総称。
首題の名字 経の題名。

下品上生者、或有↢衆生↡、作↢衆悪業↡、雖↠不↣誹↢謗方等経典↡、如↠此愚人、多造↢衆悪法↡、無↠有↢慙愧↡。臨終聞↢十二部経首題名字↡、及合掌称↢南無阿弥陀仏↡。

ぼん中生ちゅうしょうといふは、 あるいはしゅじょうありて、 五かい・八かいおよびそくかいぼんせらん。 かくのごときにんいのちおわらんとほっするときに、 ごくしゅ、 一にともにいたらん。 ぜんしきの、 だい慈悲じひをもつて、 ために阿弥陀あみだぶつ*りきとくき、 ひろくかのぶつ*こうみょう神力じんりきき、 また*かいじょうだつけんさんずるにはん。 このひときをはりて八十億劫おくこうしょうつみのぞくなり

光明神力 光明の不可思議な力。
戒定慧解脱知見 戒をたもち、 禅定ぜんじょうに入り、 智慧ちえをひらき、 すべての煩悩ぼんのうから解放されて、 心の安らかさを自覚するという五つのどく。 この功徳を備える者をぶん法身ほっしんという。

下品中生者、或有↢衆生↡、毀↢犯五戒・八戒及具足戒↡。如↠此愚人、命欲↠終時、地獄衆火一時倶至。遇↧善知識以↢大慈悲↡、為説↢阿弥陀仏十力威徳↡、広説↢彼仏光明神力↡、亦讃↦戒・定・慧・解脱・知見↥。此人聞已、除↢八十億劫生死之罪↡。

ぼん下生げしょうといふは、 あるいはしゅじょうありて、 善業ぜんごうたる*ぎゃく*あくつくり、 もろもろのぜんせん。 かくのごときにん悪業あくごうをもつてのゆゑに悪道あくどうつべからん。 命終みょうじゅうときのぞみて、 ぜんしきひて、 ぶつねんずることあたはずといへども、 ただしんいたしてこえをしてえざらしめて、 十ねんそくして ª南無なも無量寿むりょうじゅぶつº としょうせん。 ぶつみなしょうせんがゆゑに、 念々ねんねんのうちに八十億劫おくこうしょうつみのぞくなり」 と

下品下生者、或有↢衆生↡、作↢不善業五逆・十悪↡、具↢諸不善↡。如↠此愚人、以↢悪業↡故、応↠堕↢悪道↡。臨↢命終時↡遇↢善知識↡、雖↠不↠念↠仏、但至↠心令↢声不↟絶、具↢足十念↡称↢南无无量寿仏↡。称↢仏名↡故、於↢念念中↡除↢八十億劫生死之罪↡。」

◇ 他本には 「能」 の字あり。

¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・下)*ぱいごうもまたこれをでず

¬双巻経¼三輩業亦不↠出↠此。

¬かんぎょう¼ には、 *十六かんをもつておうじょういんとなせり

十六観 ¬観経¼ に説かれるじょうぜん十三観と散善さんぜん三観のこと。

¬観経¼以↢十六観↡為↢往生因↡。

¬宝積ほうしゃくきょう¼ にかく、 仏前ぶつぜんれん化生けしょうするに、 四の因縁いんねんありと。 (同) にのたまはく、

こうをもつてぶつおよび*だいさんずると、 がいせざると、 ならびにぞうつくると、

支提 梵語チャイトヤ (caitya) の音写。 仏の遺跡などに建てられた廟。

だいだいにおいてふかしんするとは、 れんしょして仏前ぶつぜんうまるることを」 と

¬双巻経¼三輩業亦不↠出↠此。¬観経¼以↢十六観↡為↢往生因↡。¬宝積経¼説↣仏前蓮華化生、有↢四因縁↡。偈云。「花香散↢仏及支提↡、不↠害↢於他↡并造↠像、於↢大菩提↡深信解、得↧処↢蓮華↡生↦仏前↥。」已上

しげいださず

余不↢繁出。私云支提者塔廟異名也

私云支提者塔廟異名也 他本ではこの割註を欠く。

◎往生諸行 総結諸業

【69】だい二にそうじて諸業しょごうけっすといふは、〔じょうよう*おんほっじょう因要いんよういだせるに、 四あり。 「一にはかんしゅしておうじょうすること、 十六かんのごときなり。 二にはごうしゅしておうじょうすること、 *福業ぷくごうのごときなり。 三にはしんしゅしておうじょうすること、 至誠しじょうとうの三しんなり。 四にはこうしておうじょうする、 じょうきてこうし、 称念しょうねんし、 讃嘆さんだんすることなり」 (観経義疏・意)

三福業 福徳をもたらす三種の行為。 →三福さんぷく

第二惣結↢諸業↡者、恵遠法師出↢浄土因要↡有↠四。「一修↠観往生、如↢十六観↡。二修↠業往生、如↢三福業↡。三修↠心往生、至誠等三心。四帰向往生、聞↢浄土事↡帰向称念讃嘆等也。」

いまわたくしにいはく、 諸経しょきょう行業ぎょうごうそうじてこれをいへば、*¬梵網ぼんもう¼ 戒品かいぼんでず。 べっしてこれをろんずれば、 *でず。 くわしくそのそうかせば、 その十三あり。 一には*ざいほうとう、 二には**かい*かい*かいとう多少たしょう戒行かいぎょう、 三には*忍辱にんにく、 四には*精進しょうじん、 五には*禅定ぜんじょう、 六には*般若はんにゃだいしんずることこれなり。 七には提心だいしんおこすこと、 八には六ねん修行しゅぎょうすること、 ぶつぽうそうかいてん、 これを六ねんといふ。 十六想観そうかんはまたこれをでず。 九には大乗だいじょう読誦どくじゅすること、 十には仏法ぶっぽうしゅすること、 十一には父母ぶも孝順きょうじゅん*師長しちょう*奉事ぶじすること、 十二には憍慢きょうまんをなさざること、 十三には*ようぜんせざることなり

梵網戒品 ¬梵網経¼ に説かれる十重じゅうじゅう四十八しじゅうはち軽戒きょうかい
財宝等の施 財施 (物質的な財を施すこと)・宝施 (教えを説いて聞かせること) など。
三帰 三帰戒のこと。 →さんかい
利養 自己の利益。

今私云。諸経行業惣而言↠之、不↠出↢¬梵網¼戒品↡、別而論↠之不↠出↢六度↡。細明↢其相↡有↢其十三↡。一者財法等施。二者三帰・五戒・八戒・十戒多少戒行。三者忍辱。四者精進。五禅定。六般若。信↢第一義等↡是也 七発↢菩提心↡。八修↢行六念↡。念↢仏・法・僧・戒・施・天↡謂↢之六念↡十六想観亦不↠出↠之}九読↢誦大乗↡。十守↢護仏法↡。十一孝↢順父母↡奉↢事師長↡。十二不↠生↢驕慢↡。十三不↠染↢利養↡也。

◇ 青蓮院本、 建長五年刊本には 「等」 の字あり。
 青蓮院本、 承元元年刊本では欠く。

*¬大集だいじゅう¼ の 「月蔵分がつぞうぶん」 のにのたまはく、

このみしげければ、 すみやかにみづからがいするがごとし。 ちくむすぶもまたかくのごとし。

*にんかいすれば、 しんほろぼすがごとし。 無智むちにしてもとむるもまたしかり。

任騾…ごとし ¬大集経¼ の原文は 「如騾懐任自喪身」 (騾の懐任すればおのずから身をうしなふがごとし)。

もし比丘びくありて、 ようよう楽求ぎょうぐかたじゃくするものは、

においてさらにかくのごときあくはなし。 ゆゑにだつの道をざらしむ。

かくのごとくしてようとんするものは、 すでにどうをはりぬれども、 かえりてまたうしなふ」 と

¬大集¼月蔵分偈云。「如↢樹菓繁速自害↡、竹蘆結↠実亦如↠是。如↣任騾喪↢自身↡、无智求↠利亦復然。若有↢比丘↡得↢供養↡、楽↢求利養↡堅著者、於↠世更无↢如↠此悪↡。故令↠不↠得↢解脱道↡。如↠是貪↢求利養↡者、既得↠道已還復失。」

 青蓮院本、 建長五年刊本では
 青蓮院本では

また ¬*仏蔵ぶつぞうきょう¼ に、 *迦葉かしょうぶつしてのたまはく、 「しゃ牟尼むにぶつおおようけたまはんがゆゑに、 ほうまさにめっすべし」 と

¬仏蔵経¼迦葉仏、記云。「釈迦牟尼仏、多受↢供養↡故、法当↢疾滅↡」云云。

◇ 青蓮院本、 建長五年刊本には 「又」 の字あり。

如来にょらいなほしかり。 いかにいはんやぼんをや。 大象だいぞうまどづるに、 つひに一ののためにへらる。 行人ぎょうにんいえでたれども、 つひに*名利みょうりのためにばくせらる。 すなはちりぬ、 しゅつさいあだは、 名利みょうりよりだいなるものはなし。 ただ浄名じょうみょうだい (維摩詰) は、 いえにあれどもしんいえで、 *薬王やくおうほんは、 *塵寰じんかんりて*雪山せっせんせり。 いまの行人ぎょうにんもまたかくのごとくすべし。 みづから*根性こんじょうはかりて、 これをしんせよ。 もしそのしんせいすることあたはずは、 なほすべからくそのるべし。 *あさのなかのよもぎ*へんうまやこういづれにかよれるや ¬仏蔵ぶつぞうきょう¼ を是非ぜひるべし。

薬王の本事 薬王菩薩の前世の因縁いんねん
塵寰 世俗のけがれ。
麻のなかの蓬 麻の中に生えている蓬は自然にまっすぐになるということ。
屠辺の廏 屠所の近くにつながれた象は自然と気が荒くなるということ。 ¬ほうぞう因縁伝いんねんでん¼ 巻六の説話による。

如来尚爾。何況凡夫。大象出↠窓遂為↢一尾↡所↠、行人出↠家遂為↢名利↡所↠縛。則知、出離最後之怨、莫↧大↢名利↡者↥也。但浄名大士、身在↠家心出↠家、薬王本事、避↢塵寰↡居↢雲山↡。今世行人亦応↠如↠是。自料↢根性↡、而進↢止之↡。若不↠能↠制↢其心↡、猶須↠避↢於其地↡。麻中之蓬、屠辺之廏、好悪由↠何乎。可↧見↢¬仏蔵経¼↡知↦是非↥也

雲山 青蓮院本では 「雪山」。

問答料簡

【70】大文だいもんだい十に、 *問答もんどう料簡りょうけんといふは、 りゃくして十のあり。 一には極楽ごくらくしょう、 二にはおうじょうかい、 三にはおうじょう多少たしょう、 四には尋常じんじょう念相ねんそう、 五には臨終りんじゅう念相ねんそう、 六にはしん妙果みょうか、 七には諸行しょぎょう勝劣しょうれつ、 八にはしん因縁いんねん、 九には助道じょどうえん、 十には助道じょどう人法にんぽうなり

問答料簡 問答を設けて解釈し、 判断すること。

大文第十問答料簡者、略有↢十事↡。一極楽依正、二往生階位、三往生多少、四尋常念相、五臨終念相、六麁心妙果、七諸行勝劣、八信毀因縁、九助道資縁、十助道人法。

◎問答料簡 極楽依正

【71】だい一に極楽ごくらく*しょうといふは

第一極楽依正者、

ふ、 阿弥陀あみだぶつ極楽ごくらくじょうは、 これいづれの、 いづれのぞや

問。阿弥陀仏極楽浄土、是何身何土耶。

こたふ。 *天台てんだい (智顗) のいはく (観経天台疏・意)、 「*応身おうじんぶつ*どうなり」 と

同居の土 凡聖ぼんしょうどう居土ごどのこと。 ぼんと聖者が雑居する世界。 天台てんだい大姉智顗ちぎ (538-597) は仏国土を凡聖同居土・方便ほうべん有余土うよどじっぽう無障碍むしょうげ常寂じょうじゃっこうの四土に分類し、 極楽をこのうちもっとも低劣な凡聖同居土と論定した。

答。天臺云。「応身仏同居土。」

*えんほっ (浄影寺慧遠) のいはく、 「これ応身おうじんおうなり」 と

遠法師のいはく… ¬だいきょうしょ¼ ¬かんぎょうしょ¼ ¬大乗だいじょうしょう¼ などの取意の文。

遠法師云。「是応身応土。」

しゃくほっ (道綽) のいはく、 「これ報仏ほうぶつほうなり。 古旧こきゅう、 あひつたへて、 みな ª化土けどしんなりº といふ。 これをおおきにしっせりとなす。 ¬*大乗だいじょう同性どうしょうきょう¼ によりていはく、 ªじょうのなかにして成仏じょうぶつするものは、 ことごとくこれ*報身ほうじんなり。 穢土えどのなかにして成仏じょうぶつするものは、 ことごとくこれ*しんなりº と。 またかの ¬きょう¼ (同) にのたまはく、 ª阿弥陀あみだ如来にょらいれんかい星王しょうおう如来にょらい竜主りゅうしゅ如来にょらい宝徳ほうとく如来にょらいとうの、 もろもろの如来にょらい清浄しょうじょう*仏刹ぶっせつにして、 げん得道とくどうするもの、 まさに得道とくどうすべきもの、 かくのごとき一切いっさいはみなこれ報身ほうじんぶつなり。 何者なにもの如来にょらいしんとならば、 なほ今日こんにち踊歩ゆぶごん如来にょらい魔恐怖まくふ如来にょらいとうのごときなりº」 と 以上いじょう ¬*安楽あんらくしゅう¼ (上・意)。

綽法師云。「是報仏報土。古旧等相伝皆云↢化土化身↡、此為↢大失↡。依↢大乗同性経↡云。浄土中成仏者悉是報身、穢土中成仏者悉是化身。又彼経云。阿弥陀如来・蓮華開敷星王如来・竜主如来・宝徳如来等、諸如来清浄仏刹、現得↠道者、当↠得↠道者、如↠是一切皆是報身仏也。何者如来化身。由如↢今日踊歩健如来・魔恐怖如来等↡。」已上¬安楽集¼

 ふ。 かのぶつじょうどうしたまひて、 すでに久如いくひさしとかせん

問。彼仏成道為↢已久↡如。

こたふ。 *諸経しょきょうに 「こう」 とのたまひ、 ¬*だい阿弥陀あみだきょう¼ (上) には 「十小劫しょうこう」 とのたまひ、 ¬*平等覚びょうどうがくきょう¼ (一) には 「十八こう」 とのたまひ、 ¬*称讃しょうさんじょうきょう¼ には 「十大劫だいこう」 とのたまへり。 邪正じゃしょうりがたし。 ただ ¬双巻そうかんぎょう¼ (大経)*憬興きょうごうの ¬しょ¼ (*述文賛) に、 ¬平等びょうどうきょう¼ をしていはく、 「十八こうとは、 それしょうの、 そのなかのてんけっせるなり」 と

諸経 ¬大経¼ および ¬小経¼。

答。諸経云↢十劫↡、¬大阿弥陀経¼云↢「十小劫」↡、¬平等覚経¼云↢「十八劫」↡、¬称讃浄土経¼云↢「十大劫」↡。邪正難↠知。但¬双巻経¼憬興師¬疏¼会↢¬平等経¼↡云。「十八劫者、其小字闕↢其中点↡矣。」

 ふ。 らい寿じゅはいくばくぞ

問。未来寿幾何。

こたふ。 ¬小経しょうきょう¼ に、 「りょうへんそうこう」 とのたまへり

答。¬小経¼云。「无量无辺阿僧祇劫。」

¬*観音かんのんじゅきょう¼ (意) にのたまへり、 「阿弥陀あみだぶつ寿命じゅみょうりょうひゃく千億せんおくこうにして、 まさに終極しゅうごくあるべし。 ぶつ*はんのちに、 しょうぼうじゅうすること、 ぶつ寿命じゅみょうひとしからん。 善男ぜんなん阿弥陀あみだぶつしょうぼうめっしてのちに、 *中夜ちゅうやぶんぐして明相みょうそうづるときに、 *かんおんさつだいじゅにして等正覚とうしょうがくじょうじ、 こうどく山王せんのう如来にょらいごうせん。 そのぶつこくには、 しょうもん縁覚えんがくあることなからん。 そのぶつこくを、 衆宝しゅぼう普集ふじゅう荘厳しょうごんごうせん。 こうどく如来にょらいはんしたまひて、 しょうぼうめっしてのちに、 *大勢だいせいさつ、 すなはちそのくににして成仏じょうぶつし、 善住ぜんじゅうどく宝王ほうおう如来にょらいごうせん。 こくこうみょう寿命じゅみょうないほうじゅうすること、 ひとしくしてことなることあることなからん」 と

涅槃 ここではにゅうめつの意。
中夜… 夜半を過ぎて明け方になる時。

¬観音授記経¼云。「阿弥陀仏寿命无量百千億劫、当↠有↢終極↡。仏涅槃後、正法住↠世等↢仏寿命↡。善男子、阿弥陀仏正法滅後、過↢中夜分↡明相出時、観世音菩薩、於↢菩提樹下↡、成↢等正覚↡、号↢普光功徳山王如来↡。其仏国土、无↠有↢声聞・縁覚之名↡。其仏国土、号↢衆宝普集荘厳↡。普光功徳如来涅槃、正法滅後、大勢至菩薩、即於↢其国↡成仏、号↢善住功徳宝王如来↡。国土・光明・寿命、乃至法、住等无↠有↠異。」

 ふ。 ¬どう性経しょうきょう¼ には 「報身ほうじん」 とのたまひ、 ¬じゅきょう¼ には 「にゅうめつ」 とのたまふ。 二のきょうそうしょいかんが*する

会する つうすること。 一見矛盾したように見える記述を道理に照らしあわせて、 趣意の一貫したものとして説明すること。

問。¬同性経¼云↢「報身」↡、¬授記経¼云↢「入滅」↡。二経相違、諸師何会。

こたふ。 しゃくぜん (道綽)、 ¬じゅきょう¼ をしていはく (*安楽集・上)、 「これはこれ報身ほうじんの、 *隠没おんもつそうげんずるなり。 めつにはあらず」 と

答。綽禅師会↢¬授記経¼↡云。「此是報身現↢隠没相↡、非↢滅度↡也。」

*ざい、 ¬どう性経しょうきょう¼ を会していはく (*浄土論)、 「じょうのなかにしてぶつになるをはんじてほうとなすことは、 これ*受用じゅゆうしんなり。 じつ報身ほうじんにはあらず」 と

受用事身 知覚の対象となる身体。 すなわち具体的なすがたをとって現れた仏をいう。

迦才会↢¬同性経¼↡云。「浄土中成仏、判為↠報者、是受用事身。非↢実報身↡也。」

 ふ。 何者なにものをかしょうとなすや

問。何者為↠正耶。

こたふ。 ざいのいはく (*浄土論)、 「しゅじょう起行きぎょうにすでに*千殊せんじゅあれば、 おうじょうしてることまた万別まんべつあるなり。 もしこのつくらば、 諸経論しょきょうろんのなかに、 あるいははんじてほうとなし、 あるいははんじてとなすこと、 みな妨難ぼうなんなし。 ただ諸仏しょぶつ修行しゅぎょう、 つぶさにほうの二のかんずることを

千殊 千のちがい。

答。迦才云。「衆生起行既有↢千殊↡、往生見↠土亦有↢万別↡也。若作↢此解↡者、諸経論中、或判為↠報、或判為↠化、皆无↢妨難↡也。但知↣諸仏修行、具感↢報化二土↡也。

¬*摂論しょうろん¼ のごときには ª*加行かぎょうかんず、 正体しょうたいほうかんずº といへり。 *もしはほう、 もしは、 みなしゅじょう成就じょうじゅせんとほっすなり。 これすなはち、 むなしくもうけず、 ぎょうむなしくしゅせず。 ただぶつしんじて、 きょうによりてせんにしてねんずれば、 すなはちおうじょうすることを。 またすべからくほうとを図度はかるべからず」 と

摂論 ざいの ¬浄土論¼ における引用は、 世親せしん菩薩の ¬摂大乗論釈しょうだいじょうろんしゃく¼ の取意の文。
加行は… ¬摂大乗論釈¼ (真諦しんだい訳) では、 分別ふんべつに加行・しょうたいとくの三を立て、 加行無分別智の所得の果報を 「しん」、 正体無分別智のそれを 「応身おうじん」 としている。 なお、 同書にいう 「応身」 は三身中の第二身のことで、 報身ほうじんに同じ。
もしは報… ほうであれ、 化土であれ、 人々を救い遂げたいという意。

如↢摂論加行感↠化、正躰感↟報。若報若化、皆欲↣成↢熟衆生↡。此則土不↢虚設↡、行不↢空修↡、但信↢仏語↡、依↠経専↠念、即得↢往生↡。亦不↠須↣図↢度報之与↟化也。」已上

成熟 他本では 「成就」。 以下同

このしゃくし。 すべからくもつぱらにして称念しょうねんすべし。 いたわしく分別ふんべつすることなかれ

此釈善矣。須↢専称念↡、勿↢労分別↡。

 ふ。 かのぶつ相好そうごう、 なにをもつてかどうなる

問。彼仏相好何以不↠同。

こたふ。 ¬*観仏かんぶつきょう¼ に、 諸仏しょぶつ相好そうごうきてのたまはく、 「にんそうどうずるがゆゑに*三十二とき、 もろもろのてんすぐれたるがゆゑに*八十のこうく。 もろもろのさつのためには、 八まんせんのもろもろのみょう相好そうごうく」 と。 かのぶつこれになぞらへよ

三十二 →さんじゅうそう
八十の好 八十随形好に同じ。 →八十はちじゅう随形好ずいぎょうこう

答。¬観仏経¼説↢諸仏相好↡云。「同↢人相↡故説↢三十二↡、勝↢諸天↡故説↢八十種好↡。為↢諸菩薩↡説↢八万四千諸妙相好↡。」已上 彼仏准↠之。

 諸本では欠く。

 ふ。 ¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・上) にのたまはく、 「かのぶつ*道樹どうじゅたかさ四百万ひゃくまんなり」 と。*¬宝積ほうしゃくきょう¼ にのたまはく、 「道樹どうじゅたかさ十六おく由旬ゆじゅんなり」 と。 ¬*おうじょうきょう¼ にのたまはく、 「道樹どうじゅたかさ四十まん由旬ゆじゅんなり。 じゅ獅子座ししざあり、 たかさ五ひゃく由旬ゆじゅんなり」 と。 ¬かんぎょう¼ にのたまはく、 「ぶつ身量しんりょう、 六十万億まんおく那由他なゆたごうしゃ由旬ゆじゅんなり」 と。 *じゅ仏身ぶっしんと、 なんぞあひかなはざる

道樹 道場樹のこと。 仏がさとりをひらく場所にある樹。 だいじゅ
宝積経にのたまはく… ¬宝積経¼ 所収の ¬如来にょらい¼ (上) の取意の文。
樹と座と仏身… ここでは仏身の量が広大すぎて、 道場樹 (菩提樹) や獅子座 (仏の座る座所) の大きさとつりあわないことを問題にしている。

問。¬双巻経¼云。「彼仏道樹高四百万里。」¬宝積経¼云。「道樹高十六億由旬。」¬十往生経¼云。「道樹高四十万由旬、樹下有↢師子座↡、高五百由旬。」¬観経¼云。「仏身量、六十万億那由他恒河沙由旬。」云云。樹座仏身何不↢相称↡。

こたふ。 異解いげどうなり。 あるいはしゃくすらく、 「*ぶつ境界きょうがい大小だいしょうあひへず」 と。 あるいはしゃくすらく、 「*応仏おうぶつせて樹量じゅりょうき、 真仏しんぶつせて身量しんりょうく」 と。 またおおくのしゃくあり。 つぶさにぶべからずと

仏の境界は… ¬安養抄あんにょうしょう¼ 巻三所引の義寂ぎじゃく ¬無量寿むりょうじゅ経疏きょうしょ¼ (現存せず) の説。
応仏に… 憬興きょうごうの ¬述文じゅつもんさん¼ 巻中にみえる説。

答。異解不同。或釈、仏境界大小不↢相↡。或釈、寄↢応仏↡説↢樹量↡、寄↢真仏↡説↢身量↡。又有↢多釈↡、不↠可↢具述↡。

 ふ。 ¬ごんぎょう¼ (意) にのたまはく、 「しゃかいの一こう極楽ごくらくこくの一にちとなす」 といへり。 これによりてまさにるべし、 上品じょうぼん中生ちゅうしょうの、 *宿しゅくはなひらくるは、 このけん半劫はんこうあたれり。 ない下下げげしょうの十二こうは、 このけん*ごうしゃ塵数じんじゅこうあたれり。 なんぞ極楽ごくらくづけん

宿 一夜。
恒河沙塵数 ガンジス河の砂のように多いこと。

問。¬華厳経¼云。「娑婆世界一劫為↢極楽国一日一夜↡。」等 云云 由↠此当↠知、上品中生、逕↠宿華開当↢此間半劫↡、乃至下下生十二劫、当↢此間恒沙塵数劫↡。何名↢極楽↡。

恒沙 青蓮院本では 「恒河沙」。

こたふ。 たとひ恒沙ごうじゃこうれんひらけずとも、 すでにすこしきなし、 あに極楽ごくらくにあらずや

答。設経↢恒劫↡蓮華不↠開、既无↢微苦↡、豈非↢極楽↡。

恒劫 青蓮院本では 「恒河劫」。

¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・下) にのたまふがごとし、 「その*胎生たいしょうのもののところするところの殿でんは、 あるいはひゃく由旬ゆじゅん、 あるいは五ひゃく由旬ゆじゅんなり。 おのおのそのなかにしてもろもろのらくくること、 とうてんのごとし」 と

胎生 →胎生たいしょう

如↢¬双巻経¼云↡。「其胎生者、所↠処宮殿、或百由旬、或五百由旬。各於↢其中↡受↢諸快楽↡如↢忉利天↡。」已上

あるのいはく、 「*胎生たいしょうは、 これ*中品ちゅうぼんぼん」 と

胎生は… みなもとの隆国たかくに編の ¬安養集あんにょうしゅう¼ 巻七および ¬あん養抄にょうしょう¼ 巻四所引の義寂ぎじゃく ¬無量寿経むりょうじゅきょうじゅつ義記ぎき¼ (現存せず) の説。 同書では胎生を中品・下品としている。
中品下品 底本 (青蓮院本) には 「中品下生」 とある。

有師云。「胎生是中品下品。」

下品 青蓮院本では 「下生」。

あるはいはく、 「*ぼんせっせざるところなり」 と

九品に… 元暁がんぎょうの ¬遊心ゆうしんあん楽道らくどう¼ 等の説。

有師云。「九品所↠不↠摂。」

せつありといへどもらくべつならず。 いかにいはんや、 かの九ぼんるところのにちはんずること、 しょどうなるをや。 かん智憬ちきょうとうしょは、 かのこくにち劫数ごうしゅなりとゆるすは、 まことにむるところにあたれり。 あるのいはく、 「*ぶつ、 このにちをもつて、 これをきて、 しゅじょうをしてらしめたまふ」 と

仏この土の… 善導ぜんどう大師の 「散善義」 の説か。

雖↠有↢異説↡、快楽不↠別、何況判↢彼九品所↠逕日時↡、諸師不同。懐感・智憬等諸師、許↢彼国土日夜劫数↡、誠当↠所↠責。有師云。「仏以↢此土日夜↡、説↠之令↢衆生知↡。」云云

いまいはく、 のちしゃくとがなし。 しばらく四のれいをもつて*助成じょじょうせん

助成 補足して義を成立させること。

今謂、後釈无↠失、且以↢四例↡助成。

一には、 かのぶつ身量しんりょう、 そこばく由旬ゆじゅんといふは、 かのぶつぶんをもつて、 かさねてかの由旬ゆじゅんとなせるにあらず。 もししからずは、 しゅせんのごとき長大ちょうだいにんの、 一毛端もうたんをもつて、 そのゆびふしとなさんにたるべし。 ゆゑにりぬ、 ぶつゆびりょうをもつて仏身ぶっしん長短ちょうたんかずといふことを。 なんぞかならずしも、 じょう*こくをもつてはなひらくるそくかんや

時剋 時間。

一者彼仏身量若干由旬、不↧以↢彼仏指分↡畳為↦彼由旬↥也。若不↠爾者、応↠似↧如↢須弥山↡長大之人、以↢一毛端↡為↦其指節↥。故知、不↧以↢仏指量↡説↦仏身長短↥。何必以↢浄土時剋↡説↢華開遅速↡耶。

二には、 ¬*尊勝そんしょう陀羅尼だらにきょう¼ にくがごとし。 「とうてんじょう善住ぜんじゅうてんそらこえぐるをくに、 ªなんぢ、 まさに七にちありてぬべしº と。 とき*てん帝釈たいしゃくぶつ教勅きょうちょくけて、 かのてんをして七にち勤修ごんしゅせしむ。 七にちぎてのちに、 寿命じゅみょうぶることをたり」 と

天帝釈 帝釈天のこと。 →帝釈たいしゃく

二者如↢¬尊勝陀羅尼経¼説↡。「忉利天上善住天子、聞↢空声告↡、汝当↢七日死↡。時天帝釈、承↢仏教勅↡令↢彼天子七日勤修↡、過↢七日↡後、寿命得↠延。」取意

これはこれ、 人中にんちゅうにちをもつてけるなり。 もし天上てんじょうの七にちによらば、 人中にんちゅうの七百歳ひゃくさいあたれり。 *ぶつの八十ねんのうちに、 その決了けつりょうすべきにあらず。 九ぼんにちもまたこれにおなじかるべし

仏世の八十年 釈尊が世におられた八十年の間。

此是人中日夜而説。若拠↢天上七日↡者、当↢於人中七百歳↡、不↠応↣仏世八十年中決↢了其事↡。九品日夜亦応↠同↠之。

三には、 *ほう所訳しょやくの ¬きょう¼ にのたまはく、 「*胎生たいしょうにんは、 五百歳ひゃくさいぎてぶつたてまつることを」 と。 ¬*平等覚びょうどうがくきょう¼ (三) にのたまはく、 「れんのなかに*化生けしょうして、 しろのなかにあり。 このけんの五百歳ひゃくさいにして、 づることをることあたはず」 と。 憬興きょうごうとう、 このもんをもつて、 このほうの五百歳ひゃくさいなりといふことをしょうす。 いまいはく、 かの胎生たいしょう歳数さいしゅ、 すでにこのけんによりてく。 九ぼんこく、 なんのべつありてか、 かれにおなじからざらんや

法護所訳の経 天台てんだい大師の撰述と伝える ¬かんりょう寿経疏じゅきょうしょ¼ や憬興きょうごうの ¬じゅつ文賛もんさん¼ 等では、 ¬大経¼ (こう僧鎧そうがい訳) は法護の訳とされる。
胎生 →胎生たいしょう
化生 →化生けしょう

三者法護所訳経云。「胎生之人過↢五百歳↡得↠見↢於仏↡。」¬平等覚経¼云。「於↢蓮華中↡化生在↢城中↡。於↢是間五百歳↡、不↠能↠得↠出。」取意 憬興等師、以↢此文↡証↢此方五百歳↡也。今云。彼胎生歳数、既依↢此間↡説、九品時剋、有↢何別義↡不↠同↠彼耶。

四には、 もしかのさかいによりて九ぼんけりとせば、 上品じょうぼん中生ちゅうしょう*宿しゅく上品じょうぼん下生げしょうの一にちは、 すなはちこのさかい半劫はんこう・一こうあたれり。 もししかなりとゆるさば、 胎生たいしょうしんのものすら、 なほしゃの五百歳ひゃくさいて、 すみやかにぶつたてまつることをるに、 上品じょうぼんしんぎょうのもの、 あに半劫はんこう・一こうぎて、 おそれんひらかんや。 このことわりあるがゆゑに、 のちしゃくとがなし

一宿 一夜。

四者若拠↢彼界↡説↢九品↡者、上品中生一宿、上品下生一日夜、即当↢此界半劫一劫↡。若許↠爾者、胎生疑心者、尚逕↢娑婆五百歳↡、而速得↠見↠仏、上品信行者、豈過↢半劫・一劫↡、而遅開↢蓮華↡耶。有↢此理↡故、後釈无↠失。

一日夜 青蓮院本では 「一日一夜」。

 ふ。 もしこのさかいにちこくをもつてかのそうかば、 かの上上じょうじょうぼんは、 かのくにうまれをはりて、 すなはち*しょう法忍ぼうにんさとるべからず。 しかる所以ゆえんは、 このさかい少時しょうじ修行しゅぎょうをばすぐれたりとなし、 かのくに多時たじ善根ぜんごんをばれつなりとなす。 すでにしからば、 上上じょうじょうぼんにんは、 このかいにして、 一にちより七にちいたるまで、 *福業ぷくごうそくするに、 なほしょう法忍ぼうにんしょうすることあたはざりき。 いかんぞ、 かしこにうまれて、 ほうきてすなはちさとらんや。 ゆゑにりぬ、 かのこく長遠じょうおん*こくて、 しょうにんさとるなり。 しかも、 かしこにやくして、 すなはちさとるとづくるも、 ここにのぞむれば、 すなはち億千歳おくせんざいなり。 あるいは上上じょうじょうにんは、 かならずこれ*方便ほうべんしんぎょう円満えんまんせるものなるべし。 もししからずは、 諸文しょもん*じゅんせん

三福業 ¬観経¼ に説く三福。 →三福さんぷく
時剋 時間。
方便の後心の行 しょう法忍ぼうにんをさとる直前の位。
桙楯 矛盾。

問。若以↢此界日夜時剋↡説↢彼相↡者、彼上上品、生↢彼国↡已、不↠応↣即悟↢無生法忍↡。所↢以然↡者、此界少時修行為↠勝、彼国多時善根為↠劣。既爾上上品人、於↢此界↡一日至↢七日↡具↢足三福業↡、尚不↠能↠証↢无生法忍↡、云何生↠彼聞↠法即悟。故知、経↢彼国土長遠時剋↡、悟↢无生忍↡。然約↠彼名↢即悟↡、望↠此即億千歳。或可、上上人必是方便後心円満者。若不↠爾者、諸文桙楯。

此界 青蓮院本、 建長五年刊本では 「此世界」。
◇ 他本では 「行」 の字あり。

こたふ。 いまだ、 かのくにぜんれつなり、 このさかい少善しょうぜんすぐれたりといふことをらず

答。未↠知、彼国多善劣、此界少善勝。

 ふ。 ¬*双巻そうかんぎょう¼ (大経・下)かく、 「ここにして*ひろ徳本とくほんゑ、 おんほどこし、 *道禁どうきんぼんすることなく、 忍辱にんにくし、 精進しょうじんし、 一心いっしんし、 智慧ちえありて、 うたたあひ教化きょうけして、 ぜんりゅうし、 こころただしくし、 斎戒さいかい清浄しょうじょうにして一にちすれば、 無量寿むりょうじゅぶつくににありて、 ぜんをなすこと百歳ひゃくさいするにすぐれたり。 所以ゆえんはいかん。 かのぶっこく無為むいねんにして、 みなもろもろのぜんみて毛髪もうはつあくもなし。 ここにしてぜんしゅすること十にちすれば、 ほう諸仏しょぶつくにのなかにしてぜんをなすこと千歳せんざいするにすぐれたり」 と。 これその勝劣しょうれつなり

広く徳本を植ゑ 六波羅蜜の行を修することをいう。 →ろっ波羅ぱらみつ
道禁 仏道の規則。 戒のこと。

問。¬双巻経¼説。「於↠是広殖↢徳本↡、布↠恩施↠恵、勿↠犯↢道禁↡。忍辱・精進・一心・智慧、転相教化、立↠善正↠意斎戒清浄一日一夜、勝↧在↢无量寿仏国↡為↠善百歳↥。所以者何、彼国土、无為自然皆積↢衆善↡无↢毛髪之悪↡。於↠此修↠善十日十夜、勝↧於↢他方諸仏国中↡、為↠善千歳↥」等。已上 是其勝劣。

 青蓮院本では 「敷」。
国土 他本では 「仏国土」。

こたふ。 二かい善根ぜんごん*剋対こくたいするにはしかるべし。 しかも、 ぶつえんすぐれたれば、 すみやかにさとるにとがなし。 あるいはこの ¬きょう¼ (大経・下) は、 ただ修行しゅぎょうなんあらわし、 善根ぜんごん勝劣しょうれつあらわすにはあらず。 たとへば、 貧賤びんせんなるものの一せんするをば、 称美しょうみすべしといへども、 しかもしゅべんぜず、 富貴ふき千金せんきんつるはしょうすべからずといへども、 しかもよくまんべんずるがごとし。 二かい修行しゅぎょうもまたかくのごとし

剋対 比較検討すること。

答。二界善根剋対可↠爾。然値仏縁勝速悟无↠失。或此経但顕↢修行難易↡、非↠顕↢善根勝劣↡。譬如↧貧賤施↢一銭↡雖↠可↢称美↡、而不↠弁↢衆事↡、富貴捨↢千金↡雖↠不↠可↠称、而能弁↦万事↥。二界修行亦復如↠是。

¬*金剛こんごう般若はんにゃきょう¼ (意) にのたまへるがごとし。 「*ぶっにしてしんするをば、 いまだすぐれたりとなすにらず。 めつをばすぐれたりとなす」 と

仏世 仏の在世中。

如↢¬金剛般若経¼云↡。「仏世信解未↠足↠為↠勝。滅後為↠勝。」

あるいはあり。 *委曲いきょくすることあたはず

委曲 くわしくすること。 詳述すること。

或有↢余義↡、不↠能↢委曲↡。

 ふ。 しゃ行因ぎょういんしたがひて、 極楽ごくらくかいべつあるがごとく、 所感しょかん福報ふくほうもまたべつありや

問。如↧随↢娑婆行因↡極楽階位有↞別、所感福報亦有↠別耶。

こたふ。 *たいべつなきも、 *細分さいぶんしゃあり

大都 おおよそ。 だいたい。
細分 細かな点。

答。大都无↠別、細分有↠差。

¬*陀羅尼だらにじっきょう¼ のだい二にのたまふがごとし。 「もしひとこうじきとうをもつてようせざるものは、 かのじょううまれたりといへども、 しかもこうじきとう種々しゅじゅようほうず」 と このもんは、 *かのぶつ本願ほんがんたがへり。 さらにこれを思釈ししゃくせよ。

かの仏の本願 四十八願のうちの第二十四、 三十四願。

如↢¬陀羅尼集経¼第二云↡。「若人不↧以↢香華・衣食等↡供養↥者、雖↠生↢彼浄土↡、而不↠得↢香華・衣食等種種供養之報↡。」此文違↢彼仏本願↡更思↢釈之↡

*玄一げんいち*いんほっおなじくいはく、 「*じつやくしてろんずれば、 また勝劣しょうれつあり。 しかもそのかたちそうせるがゆゑに好醜こうしゅなしとく」 と

因法師 令因れいいん (霊因) のこと。 新羅しらぎ憬興きょうごう (7世紀) と同時代とされ、 著作に ¬無量寿経むりょうじゅきょうしょ¼ 一巻があったといわれる。
実に約して… 玄一の ¬りょう寿じゅきょう¼ 巻上所引の因法師の説。

玄一師、因法師同云。「約↠実而論亦有↢勝劣↡、然其状相似故説↠無↢好醜↡。」

 ふ。 極楽ごくらくかいは、 ここをることいくばくぞ

問。極楽世界去↠此幾処。

こたふ。 ¬*きょう¼ にのたまはく、 「ここより西方さいほうに、 十万億まんおくぶつぎて極楽ごくらくかいあり」 と

 ¬大経¼ および ¬小経¼。

答。¬経¼云。「従↠此西方、過↢十万億仏土↡有↢極楽世界↡。」

ある ¬きょう¼ (称讃浄土経) にのたまはく、 「これより西方さいほうに、 このかいること百千ひゃくせんてい那由他なゆたぶつ