愚禿鈔 上
【1】 ▼*賢者の信を聞きて、 愚禿が心を顕す。
賢者 よきひと。 総じては七高僧に通じ、 別しては法然上人を指す。
聞↢賢者信↡ 顕↢愚禿心↡
賢者の信は、 内は賢にして外は愚なり。
賢者信 内賢外愚也
愚禿が心は、 内は愚にして外は賢なり。
愚禿心 内愚外賢也
○二双四重
【2】 *聖道・浄土の教について、 二教あり。
聖道浄土の教 仏教全体を指す。
就↢聖道・浄土教↡有↢二教↡
一には↓*大乗の教、 二には↓*小乗の教なり。
一大乗教 二小乗教
【3】 ↑大乗教について、 二教あり。
就↢大乗教↡有↢二教↡
一には↓*頓教、 二には↓*漸教なり。
一頓教 二漸教
【4】 ▼↑頓教について、 また二教・二超あり。
就↢頓教↡復有↢二教・二超↡
二教とは、
二教者
一には*難行聖道の*実教なり。 いはゆる*仏心・*真言・*法華・*華厳等の教なり。
一難行聖道之実教。所↠謂仏心・真言・法華・華厳等之教也
二には*易行浄土本願真実の教、 ¬*大無量寿経¼ 等なり。
二易行浄土本願真実之教¬大无量寿経¼等也
二超とは、
二超者
一には*竪超 *即身是仏・*即身成仏等の証果なり。
即身是仏 この身そのままが仏であること。
即身成仏 この世でこの身のままで仏になること。
一竪超 即身是仏即身成仏等之証果也
二には*横超 *選択本願・*真実報土・*即得往生なり。
二横超 選択本願真実報土即得往生也
【5】 ↑漸教について、 また二教・二出あり。
就↢漸教↡復有↢二教・二出↡
二教とは、
二教者
一には難行道聖道*権教、 *法相等、 *歴劫修行の教なり。
歴劫修行 はかりしれない長時にわたる修行。
一難行道、聖道権教。法相等歴劫修行之教也
二には易行道浄土の*要門、 ¬無量寿仏観経¼ の意、 *定散・*三福・*九品の教なり。
二易行道、浄土要門。¬无量寿仏観経¼之意。定散・三福・九品之教也
二出とは、
二出者
一には*竪出 聖道、 歴劫修行の証なり。
一竪出、聖道。歴劫修行之証也
二には*横出 浄土、 *胎宮・*辺地・*懈慢の往生なり。
二横出、浄土。胎宮・辺地・懈慢之往生也
【6】 ↑小乗教について、 二教あり。
就↢小乗教↡有↢二教↡
一には*縁覚教 一に*麟喩独覚、 二に*部行独覚。
麟喩独覚 仲間をもたず一人だけで修行する独覚。 麒麟 (元来は犀。 漢訳者が麒麟と同定) の角が一つであることに喩えていう。
部行独覚 仲間を組んで修行する独覚。
一縁覚教 一麟喩独覚 二部行独覚
二には*声聞教なり。 *初果・預流向、 第二果・一来向、 第三果・不還向、 第四果・阿羅漢向、 八輩なり。
初果預流向… 以下は
声聞の
修道階位を示したもの。 果に向かって修行している段階 (向) と、 到達した境地 (果) とをそれぞれ四種に分けたもので、 四向四果 (
八輩) という。
二声聞教 初果 預流向 第二果 一来向 第三果 不還向 第四果 阿羅漢向 八輩也
【7】 ただ阿弥陀如来の選択本願を除きて以外の、 大小・権実・顕密の諸教は、 みなこれ難行道、 聖道門なり。 また易行道、 浄土門の教は、 これを*浄土回向発願自力方便の仮門といふなりと、 知るべし。
浄土回向発願自力方便の仮門 本願他力をただちに受けいれることのできない者のために、 自力の諸善を積んで往生を願えば仮の浄土に往生させると誓った仮の法門。
唯除↢阿弥陀如来選択本願↡已外、大小・権実・顕密諸教、皆是難行道、聖道門。又易行道、浄土門之教、是曰↢浄土廻向発願自力方便仮門↡也。応↠知
○三経宗致
【8】 ¬*大経¼ に、 選択に三種あり。
¬大経¼選択三種
一*法蔵菩薩
法蔵菩薩
選択本願 選択浄土
選択本願 選択浄土
選択摂生 選択証果
選択摂生 選択証果
二*世饒王仏
世饒王仏
選択本願 選択浄土
選択本願 選択浄土
選択讃嘆 選択*証成
証成 所説の法に誤りのないことを証明し、 成立させること。 親鸞聖人の他の聖教にはすべて 「証誠」 とあるので、 「成」 は 「誠」 の音通表記かもしれない。
選択讃嘆 選択証成
三 釈迦如来
釈迦如来
選択*弥勒付属
選択弥勒付属
【9】 ¬*観経¼ に、 選択に二種あり。
¬観経¼選択二種
一 釈迦如来
釈迦如来
選択功徳 選択摂取
選択功徳 選択摂取
選択讃嘆 選択護念
選択讃嘆 選択護念
選択阿難付属
選択阿難付属
二*韋提夫人
選択浄土 選択浄土の機
選択浄土 選択浄土機
【10】¬*小経¼ に、 勧信に二、 証成に二、 護念に二、 讃嘆に二、 難易に二あり。
¬小経¼、勧信二、証成二、護念二、讃嘆二、難易二
勧信に二とは、
勧信二者
一には釈迦の勧信なり、 *釈迦に二あり。
釈迦に二あり・諸仏に二あり 異本では二行後の 「功徳証成」 の下にある。
一釈迦勧信 釈迦二
二には諸仏の勧信なり、 *諸仏に二あり。
二諸仏勧信 諸仏二
証成に二とは、
証成二者
一には功徳証成、 二には往生証成なり。
一功徳証成 二往生証成
*護念に二とは、
護念二者
一には*執持護念 釈迦の護念なり。
一執持護念 釈迦護念
二には発願護念 諸仏の護念なり。
二発願護念 諸仏護念
讃嘆に二とは、
讃嘆二者
一には釈迦讃嘆に二あり。 二には諸仏讃嘆に二あり。
一釈迦讃嘆二 二諸仏讃嘆二
難易に二とは、
難易二者
一には難は*疑情なり。 二には易は信心なり。
疑情 阿弥陀仏の本願を疑いはからう心。
一難疑情 二易信心
*執持に三あり。 *已・今・当なり。*発願に三あり。 已・今・当なり。
執持 本願の名号をしっかりととりたもつこと。
已今当 過去・現在・未来。
執持三 已今当 発願三 已今当
【11】▲¬*法事讃¼ に三往生あり。
¬法事讃¼有↢三往生↡
一には、 *難思議往生は、 ¬大経¼ の*宗なり。
宗 教典に説かれた法義の最も肝要なことがら。
一難思議往生 ¬大経¼宗
二には、 *双樹林下往生は、 ¬観経¼ の宗なり。
二双樹林下往生 ¬観経¼宗
三には、 *難思往生は、 ¬弥陀経¼ の宗なり。
三難思往生 ¬弥陀経¼宗
○仏身仏土
【12】¬大経¼ (意) にのたまはく、 「本願を証成したまふに、 *三身まします」 と。
¬大経¼言証↢成本願↡三身
*法身の証成、 ¬経¼ (*大経・上)にのたまはく、 「▲空中にして讃じてのたまはく、 ª決定してかならず無上正覚を成じたまふべしº」 と。 文
法身証成 ¬経¼言「空中讃言決定必成↢无上正覚↡」文
*報身の証成、 十方如来なり。
報身証成 十方如来
*化身の証成、 世饒王仏なり。
化身証成 世饒王仏
【13】仏土について二種あり。
就↢仏土↡有↢二種↡
一には↓仏、 二には↓土なり。
一者仏 二者土
【14】↑仏について四種あり。
就↠仏有↢四種↡
一には↓*法身、 二には↓*報身、
一法身 二報身
三には↓*応身、 四には*化身なり。
三応身 四化身
【15】↑*法身について二種あり。
就↢法身↡有↢二種↡
一には*法性法身、 二には*方便法身なり。
一法性法身 二方便法身
【16】↑報身について三種あり。
就↢報身↡有↢三種↡
一には弥陀、 二には釈迦、
一弥陀 二釈迦
三には十方なり。
三十方
【17】↑応・化について三種あり。
就↢応化↡有↢三種↡
一には弥陀、 二には釈迦、
一弥陀 二釈迦
三には十方なり。
三十方
【18】↑土について四種あり。
就↠土有↢四種↡
一には法身の土、 二には↓報身の土、
一法身土 二報身土
三には応身の土、 四には↓化身の土なり。
三応身土 四化身土
【19】↑報土について三種あり。
就↢報土↡有↢三種↡
一には弥陀、 二には釈迦、
一弥陀 二釈迦
三には十方なり。
三十方
【20】弥陀の↑化土について二種あり。
就↢弥陀化土↡有↢二種↡
一には*疑城胎宮、 二には*懈慢*辺地なり。
一疑城胎宮 二懈慢辺地
○一乗機教
【21】本願一乗は、 *頓極・*頓速・円融・円満の教なれば、 *絶対不二の教、 一実真如の道なりと、 知るべし。 専がなかの専なり、 頓がなかの頓なり、 真のなかの真なり、 円のなかの円なり。 一乗一実は大誓願海なり。 *第一希有の行なり。
頓極 本願一乗の法は、 他の頓教も及ぶことができない法であるから頓極という。
頓速 底下の凡愚を速やかに疾く仏のさとりに至らせるので頓速という。
絶対不二 絶対は比較すべきものがないという意。 不二は唯一無二の意
第一希有の行 十地の菩薩が修める十波羅蜜の行。 ここでは本願の大行を指す。
本願一乗、頓極・頓速・円融・円満之教者、絶対不二之教、一実真如之道也。応↠知、専中之専、頓中之頓、真中之真、円中之円。一乗一実大誓願海。 第一希有之行也
【22】金剛の真心は、 無礙の信海なりと、 知るべし。
金剛真心、无信海。応↠知
【23】¬疏¼ (*玄義分) にいはく、 「▲われ*菩薩蔵・*頓教と*一乗海とによる」 と。
¬疏¼云。「我依↢菩薩蔵頓教一乗海↡。」
【24】¬讃¼ (*般舟讃) にいはく、 「▲¬*瓔珞経¼ のなかには漸教を説く。 万劫、 功を修して*不退を証す。 ¬観経¼・¬弥陀経¼ 等の説は、 すなはちこれ頓教菩提蔵となり」 と。 文
¬讃¼云。「瓔珞経中説↢漸教↡、万劫修↠功証↢不退↡、観経・弥陀経等説、即是頓教菩提蔵」 文
【25】円頓とは、 円は円融・円満に名づく。 頓は頓極・頓速に名づく。
円頓者 円名↢円融円満↡頓名↢頓極頓速↡
【26】二教対
二教対
*本願*一乗海は、 頓極・頓速・円融・円満の教なりと、 知るべし。
本願一乗海、頓極・頓速・円融・円満之教也。応↠知
浄土の*要門は、 *定散二善・*方便*仮門・*三福*九品の教なりと、 知るべし。
浄土要門、定散二善、方便仮門、三福九品之教也。応↠知
難易対 横竪対
難易対 横竪対
頓漸対 *超渉対
超渉対 念仏は迷いをとびこえる (超) が、 諸善は歩いて渡る (渉) ようなものである。
頓漸対 超渉対
真仮対 順逆対 純雑対
真仮対 順逆対 純雑対
邪正対 勝劣対
邪正対 勝劣対
親疎対 大小対
親疎対 大小対
多少対 重軽対
多少対 重軽対
*通別対 *径迂対
通別対 念仏は特別のすぐれた法であるが、 諸善は通常の法である。
径迂対 念仏はさとりを得る近道 (径) であるが、 諸善はまわり道 (迂) である。
通別対 径迂対
*捷遅対 広狭対
捷遅対 念仏ははやく成仏できる法であるが、 諸善はおそい法である。
捷遅対 広狭対
近遠対 *了不了教対
了不了教対 念仏は完全な教えであるが、 諸善は不十分な教えである。
近遠対 了不了教対
大利小利対 *無上有上対
無上有上対 念仏の利益はこの上ないが、 諸善の利益は限りがある。
大利小利対 无上有上対
*不回回向対 自説不説対
不回回向対 念仏は衆生から回向する行ではないが (不回向)、 諸善は衆生から回向する行である (回向)。
不廻廻向対 自説不説対
*有願無願対 有誓無誓対
有願無願対 念仏は本願の行であるが、 諸善は本願の行ではない。
有願无願対 有誓无誓対
選不選対 讃不讃対
選不選対 讃不讃対
証不証対 護不護対
証不証対 護不護対
*因明直弁対 理尽非理尽対
因明直弁対 念仏は往生の要行として直ちに説かれたものであるが、 諸善は自力の機に応じて因みに明かされた法である。
因明直辨対 理尽非理尽対
無間有間対 相続不続対
無間有間対 相続不続対
退不退対 断不断対
退不退対 断不断対
*因行果徳対 法滅不滅対
因行果徳対 念仏は阿弥陀仏の果上の徳がおさまる果分の行であるが、 諸善は仏になるために積む因分の行である。
因行果徳対 法滅不滅対
自力他力対 摂取不摂対
自力佗力対 摂取不摂対
*入定聚不入対 *思不思議対
入定聚不入対 念仏はこの世で正定聚の位に入る法であるが、 諸善はそうではない。
思不思議対 念仏は衆生の思議がおよばない尊い法であるが、 諸善は思いはかることのできる法である。
入定聚不入対 思不思議対
*報化二土対
報化二土対 念仏は真実報土に往生する法であるが、 諸善は方便化土に往生する法である。
報化二土対
以上四十二対 教法につくと、 知るべし。
已上 四十二対 就↢教法↡応↠知
【27】真実浄信心は、 内因なり。 摂取不捨は、 外縁なり。
真実浄信心 内因 摂取不捨 外縁
【28】▼本願を信受するは、 *前念命終なり。 「すなはち正定聚の数に入る」 (論註・上意) と。 文
前念命終・後念即生 善導大師の ¬礼讃¼ に出る語。 念仏行者は前念に命が終れば、 後念にただちに浄土に往生するという意であるが、 親鸞聖人は、 現世において信心を獲得すると同時に、 正定聚の位に入る意とした。
信↢受本願↡前念命終 「即入↢正定聚之数↡」文
即得往生は、 *後念即生なり。 「▲即のとき必定に入る」 (*易行品) と。 文 また 「*必定の菩薩と名づくるなり」 (地相品・意) と。 文
必定の菩薩 必ず仏になると定まった菩薩。 元来は初地以上の菩薩のことであるが、 親鸞聖人は第十八願の行者のこととする。
即得往生後念即生 「即時入↢必定↡」文「又名↢必定菩薩↡也」文
【29】他力金剛心なりと、 知るべし。
他力金剛心也、応↠知
すなはち*弥勒菩薩に同じ。 *自力金剛心なりと、 知るべし。 ¬*大経¼ (下)には 「▲次如弥勒」 とのたまへり。 文
自力金剛心 第十八願の行者は、 他力の金剛心 (信心) であるが、 弥勒菩薩は自力の金剛心であることをいう。
便同↢弥勒菩薩↡ 自力金剛心也応↠知¬大経¼言↢「次如弥勒」↡文
【30】二機対
二機対
一乗円満の機は、 他力なり。
一乗円満機他力
*漸教回心の機は、 自力なり。
漸教回心 「漸教回向」 とする異本がある。
漸教迴心機自力
信疑対 賢愚対
信疑対 賢愚対
*善悪対 正邪対
善悪対 念仏の行者は本願を信じるから善であるが、 諸善の人はこれを疑うから悪である。
善悪対 正邪対
是非対 実虚対
是非対 実虚対
真偽対 浄穢対
真偽対 浄穢対
好醜対 妙粗対
好醜対 妙麁対
利鈍対 *奢促対
奢促対 念仏の行者はすみやかに (促) さとりに至るが、 諸善の行者はおそい (奢)。
利鈍対 奢促対
*希常対 強弱対
希常対 念仏の行者は希有人 (きわめてまれな人) であるが、 諸善の行者は常有人 (ありふれた人) である。
希常対 強弱対
上上下下対 勝劣対
上々下々対 勝劣対
*直入回心対 *明闇対
直入回心対 念仏の行者は直ちに真実報土に入るが、 諸善の行者は自力の心をひるがえしてから入る。
明闇対 念仏の行者は智明であるが、 諸善の行者は無明の闇である。
直入迴心対 明闇対
以上 十八対 二機につくと、 知るべし。
已上 十八対 就↢二機↡応↠知
【31】また二種の機について、 また二種の性あり。
又就↢二種機↡、復有↢二種性↡
二機とは、
二機者
一には↓善機、 二には↓悪機なり。
一善機 二悪機
二性とは、
二性者
一には↓善性、 二には↓悪性なり。
一善性 二悪性
【32】また↑善機について二種あり。 また↓*傍正あり。
傍正 仏の救いの正しきめあてと、 かたわらのもの、 すなわち主たる対機 (正機) と、 従たる対機 (傍機) をいう。
又復就↢善機↡、有↢二種↡ 又有↢傍正↡
一には*定機、 二には*散機なり。 ¬疏¼ (*序分義) に 「▲一切衆生の機に二種あり、 一には定、 二には散なり」 といへり。 文
一定機 二散機 ¬疏¼云↧「一切衆生機有↢二種↡一者定二者散」↥文
【33】また↑傍正ありとは、
又有↢傍正↡者
一には*菩薩、 *大小 二には*縁覚、
一菩薩 大小 二縁覚
三には*声聞・*辟支等、 浄土の傍機なり。
三声聞辟支等 浄土之傍機也
四には天、 五には人等なり。 浄土の正機なり。
四天 五人等 浄土之正機也
【34】また↑善性について五種あり。
又復就↢善性↡、有↢五種↡
一には善性、 二には正性、
一善性 二正性
三には実性、 四には是性、
三実性 四是性
五には真性なり。
五真性
【35】また↑悪機について七種あり。
又復就↢悪機↡、有↢七種↡
一には*十悪、 二には*四重、
一十悪 二四重
三には*破見、 四には破戒、
破見 邪悪な見解をいだき仏教の正見を破壊すること。
三破見 四破戒
五には*五逆、 六には*謗法、
五五逆 六謗法
七には*闡提なり。
七闡提
【36】また↑悪性について五種あり。
又復就↢悪性↡有↢五種↡
一には悪性、 二には邪性、
一悪性 二邪性
三には虚性、 四には非性、
三虚性 四非性
五には偽性なり。
五偽性
○引証成義
【37】光明寺の和尚 (善導) のいはく (*玄義分)、
光明寺和尚曰
「▲*道俗*時衆等、 おのおの無上の心を発せども、 生死はなはだ厭ひがたく、 仏法また欣ひがたし。 ともに金剛の志を発して、 横に*四流を超断せよ。 弥陀界に*観入して、 帰依し合掌し礼したてまつ*れ。 *▲相応一念の後、 果、 涅槃を得んひとといへり」 と。 文
時衆 現在、 道場に参集している人々。 また弘く今の世の人々。
四流 四暴流のこと。 親鸞聖人は生老病死の意ともする。
観 「観の字、 東大寺の覚寿僧都の観経義にこれあり。 世に流布するは願の字なり」 と註記がある。 高田派専修寺蔵宗祖加点 ¬観経疏¼ や本山蔵宗祖真蹟 ¬観経集註¼ では 「願」 の字を用いている。
れ 異本には続けて 「まさしく金剛心を受く」 とある。
相応一念 仏智に相応する信の一念。
道俗時衆等 各発↢無上心↡ 生死甚難↠厭 仏法復難↠忻 共発↢金剛志↡ 横超↢断四流↡ 観↢入弥陀界↡ 観字東大寺覚寿僧都¬観経義¼有之世流布願字也 帰依合掌礼 相応一念後 果得↢涅槃↡者 文
【38】¬*浄土論¼ にいはく、
¬浄土論¼曰
「▲世尊、 われ一心に、 尽十方無礙光如来に帰命したてまつりて、 安楽国に生ぜんと願ず。 われ*修多羅の真実功徳相によりて、 *願偈総持を説きて、 仏教と相応せり」 と。 文
修多羅 親鸞聖人は ¬銘文」 で浄土三部経のこととする。
願偈総持を説きて 願偈は ¬浄土論¼ の 「願生偈」 のこと。 総持は親鸞聖人の解釈では 「無礙光の智慧」 (銘文) の意。 阿弥陀仏の智慧を 「願生偈」 として説くということ。
世尊我一心 帰↢命尽十方 無礙光如来↡ 願↠生↢安楽国↡ 我依↢修多羅 真実功徳相↡ 説↢願偈総持↡ 与↢仏教↡相応 文
【39】¬*仏説無量寿経¼ (下) にのたまはく、 康僧鎧三蔵訳
¬仏説無量寿経¼言 康僧鎧三蔵訳
「▲ªわが滅度の後をもつて、 また疑惑を生ずることを得ることなかれ。 *当来の世に経道滅尽せんに、 われ慈悲哀愍をもつて、 *特に此の経を留めて止住すること百歳せん。 それ衆生ありて、 この経に値ふもの、 意の所願に随ひてみな*得度すべしº と。 ▲仏、 弥勒に語りたまはく、 ª如来の興世、 値ひがたく見たてまつりがたし。 諸仏の経道、 得がたく聞きがたし。 菩薩の勝法、 諸波羅蜜、 聞くを得ることまた難し。 善知識に遇ひ、 法を聞き、 よく行ずること、 これまた難しとす。 もしこの経を聞きて信楽し受持すること、 難のなかの難、 この難に過ぎたるはなけん。 このゆゑにわが法かくのごとくなしき、 かくのごとく説き、 かくのごとく教ふ。 まさに信順して法のごとく修行すべしº」 と。 文
当来の世に… 末法の時代が一万年続いた後、 自力成仏を説いた聖道門の教典がすべてこの世界から消え失せることをいう。
特に… 法滅の時代になっても、 ¬大経¼ に説かれた念仏の教えだけは、 この世にいつまでもとどまりのこる。 「百歳」 は満数の意、 いつまでもということ。
得度 迷いの世界を渡り、 さとりの世界に到ること。
「無↠得↧以↢我滅度之後↡、復生↦疑惑↥。当来之世、経道滅尽、我以↢慈悲哀愍↡、特留↢此経↡、止住百歳。其有↢衆生↡、値↢斯経↡者、随↢意所願↡、皆可↢得度↡。仏語↢弥勒↡。如来興世、難↠値難↠見。諸仏経道、難↠得難↠聞。菩薩勝法、諸波羅密、得↠聞亦難。遇↢善知識↡、聞↠法能行、此亦為↠難。若聞↢斯経↡、信楽受持、難中之難、無↠過↢此難↡。是故我法、如↠是作、如↠是説、如↠是教、応↢当信順如↠法修行↡。」 文
【40】¬*無量寿如来会¼ (下) にのたまはく、 *菩提流志三蔵訳
¬無量寿如来会¼言 菩提流支三蔵訳
「*如来の勝智、 遍虚空の所説の義言は、 ただ仏のみの悟なり。 このゆゑに博く*諸智土を聞きて、 わが教、 如実の言を信ずべし」 と。 文
如来の勝智…悟なり 通常は 「如来の勝智は、 虚空に遍し、 所説の義言はただ仏のみ悟りたまへり」 と読む。
諸智土 阿弥陀仏の真実報土。 高麗版大蔵経等は 「諸智士」 となっている。 この場合は諸菩薩を意味する。
「如来勝智徧虚空所説義言唯仏悟、是故博聞↢諸智土↡応↠信↢我教如実言↡」 文
【41】¬*無量清浄平等覚経¼ (二) にのたまはく、 *帛延三蔵訳
¬無量清浄平等覚経¼言 帛延三蔵訳
「▲速疾に超えてすなはち、 安楽国の世界に到るべし。 *無量光明土に至りて、 無数の仏に供養したてまつれ」 と。 文
速疾超便可↠到↢ 安楽国之世界↡ 至↢無量光明土↡ 供↢養於無数仏↡ 文
【42】¬**諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経¼ (下) にのたまはく、 *支謙三蔵訳
諸仏 ¬開元録¼ 巻三に示された経名にはこの二字ががる。 ¬浄土和讃¼ (60) の異本左訓には、 ¬諸仏阿弥陀…¼ の経名を釈して 「弥陀を諸仏とまうす。 過度人道 (経) のこころなり」 とある。
¬諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経¼言 支謙三蔵訳
「われ*般泥洹して去きて後、 経道留止せんこと千歳せん。 千歳の後、 経道断絶せん。 われみな慈哀して、 ことにこの経法を留めて止住せんこと百歳せん。 百歳のうちに竟らん。 いまし休止し断絶せん。 心の所願にありてみな道を得べし」 と。 略出
般泥洹 仏が入滅すること。
「我般泥洹去後、経道留止千歳。千歳後、経道断絶。我皆慈哀、特留↢是経法↡、止住百歳。百歳中竟。乃休止断絶。在↢心所願↡、皆可↠得↠道。」略出
【43】*元照律師 ¬*阿弥陀経の義疏¼ にいはく、 大智律師なり
元照律師¬阿弥陀経義疏¼云 大智律師也
「ª*勢至章º にいはく、 ª十方の如来、 衆生を憐念したまふこと、 母の子を憶ふがごとしº と。 ¬大論¼ (大智度論) にいはく、 ªたとへば魚母のもし子を念はざれば、 子すなはち壊爛する等のごとしº と。 阿耨多羅、 ここには無上と翻ず、 三藐は正等といふ、 三菩提は正覚といふ。 すなはち*仏果の号なり。 *薄地の凡夫、 業惑に*纏縛せられて*五道に流転せること百千万劫なり。 たちまちに浄土を聞きて、 志願して生を求む。 一日名を称すればすなはちかの国に超ゆ。 諸仏護念してただちに菩提に趣かしむ。 謂ふべし、 万劫にも逢ひがたし。 千生に一たび誓に遇へり。 今日より未来を終尽すとも、 在所にして讃揚し、 多方にして勧誘せん。 所感の身土・所化の機縁、 阿弥陀と等しくして異あることなけん。 この心極まりなし、 ただ仏、 証知したまへ。 このゆゑに下に三たび信を勧む。 わが語を信ずるものは、 教を信ずといふなり。 *わが十方諸仏を信ぜざるがごとしと、 あに虚妄なるをや」 と。 略出
薄地の凡夫 聖者の域に達しない下劣な者。 凡夫を三種に分け、 三賢 (十住・十行・十回向) を内凡、 十信を外凡、 それ以下を薄地とする。
纏縛 まとわりつかれ、 しばられること。
わが十方… 通常は 「もしわれを信ぜざらんには、 十方諸仏、 あに虚妄ならんや」 と読む。
「勢至章云、十方如来、憐↢念衆生↡、如↢母憶↟子。大論云、譬如↢魚母若不↠念↠子、子即壊爛等↡。阿耨多羅、此翻↢无上↡。三藐云↢正等↡。三菩提云↢正覚↡。即仏果号。薄地凡夫、業惑纏縛、流↢転五道↡、百千万劫。忽聞↢浄土↡、志願求↠生。一日称↠名即超↢彼国↡。諸仏護念、直趣↢菩提↡。可↠謂、万劫難↠逢、千生一遇↠誓。従↢今日↡終↢尽未来↡、在処讃揚、多方勧誘。所感身土、所化機縁、与↢阿弥陀↡等、无↠有↠異。此心罔↠極、唯仏証知。是故、下三勧↠信。信↢我語↡者、謂↠信↠教也。如↠不↠信↢我十方諸仏↡、豈虚妄乎。」略出
*本にいはく
本にいはく 「本」 とは書写原本のこと。 原本にあった奥書をそのまま転写したことを示す。
本云
*建長七年乙卯八月二十七日これを書く。
建長七年 1255年。
建長七年乙卯八月廿七日書之
愚禿親鸞八十三歳
愚禿親鸞八十三歳
愚禿鈔 下
【44】*賢者の信を聞きて、 愚禿が心を顕す。
賢者 よきひと。 総じては七高僧に通じ、 別しては法然上人を指す。
聞↢賢者信↡ 顕↢愚禿心↡
賢者の信は、 内は賢にして外は愚なり。
賢者信 内賢外愚也
愚禿が心は、 内は愚にして外は賢なり。
愚禿心 内愚外賢也
○略標疏文
【45】*唐朝の光明寺の和尚 (*善導) の ¬観経義¼ (*散善義) にいはく、
唐朝の… 以下、 本書下巻では 「散善義」 の文について釈す。
唐朝光明寺和尚¬観経義¼云
「▲まづ*上品上生の位のなかについて、 乃至 ▲一には ª仏告阿難º より以下は、 すなはちならべて二の意を標す。 一には告命を明かす。 ▲二にはその位を弁定することを明かす。 これすなはち大乗の上善を修学する凡夫人なり。 ▲三には ª若有衆生º より下 ª即便往生º に至るまでこのかたは、 まさしく総じて*有生の類を挙ぐることを明かす。 すなはちそれに四あり。 一には*能信の人を明かす。 二には往生を求願することを明かす。 三には*発心の多少を明かす。 四には*得生の益を明かす。 ▲四には ª何等為三º より下 ª必生彼国º に至るまでこのかたは、 まさしく三心を弁定してもつて正因となすことを明かす。 すなはち二あり。 一には世尊、 機に随ひて益を顕すこと、 *意密にして知りがたし。 仏みづから問ひてみづから徴したまふにあらざれば、 解を得るに由なきことを明かす。 二には如来、 還りてみづから前の三心の数を答へたまふことを明かす。
有生の類 往生を得る機類。
能信の人 よく教えを信じるもの。
発心 至誠心・深信・回向発願心の三心をおこすこと。
得生の益 ¬観経¼ の即便往生のこと。 親鸞聖人はこれを即往生と便往生の二種往生の益とみた。
意密 仏の意が奥深いこと。
「先就↢上品上生位中↡、乃至一従↢仏告阿難↡以下、即双標↢二意↡。一明↢告命↡、二明↣辨↢定其位↡。此即修↢学大乗上善↡凡夫人也。三従↢若有衆生↡下、至↢即便往生↡已来、正明↣総挙↢有生之類↡。即有↢其四↡。一明↢能信之人↡、二明↣求↢願往生↡、三明↢発心多少↡、四明↢得生之益↡。四従↢何等為三↡下、至↢必生彼国↡已来、正明↧辨↢定三心↡、以為↦正因↥。即有↠二。一明↧世尊随↠機顕↠益、意密難↠知、非↢仏自問自徴↡、无↞由↠得↠解。二明↣如来還自答↢前三心之数↡。
○至誠心釈
▲¬経¼ (観経) にのたまはく、 ª↓一には至誠心º 。 至とは真なり、 誠とは実なり。 一切衆生、 身口意業に修するところの*解行、 *かならず真実心のうちになしたまへるを須ゐんことを明かさんと欲ふ。 ▲外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、 内に虚仮を懐ければなり。 *貪瞋・邪偽・奸詐百端にして悪性侵めがたし、 事、 蛇蝎に同じ。 三業を起すといへども、 名づけて雑毒の善となす、 また虚仮の行と名づく、 真実の業と名づけざるなり。 ▲もしかくのごとき安心・起行をなすは、 たとひ身心を苦励して日夜十二時、 急に走め急になすこと、 *頭燃を灸ふがごとくするは、 すべて雑毒の善と名づく。 この雑毒の行を回してかの仏の浄土に求生せんと欲ふは、 これかならず不可なり。 ▲なにをもつてのゆゑに、 まさしくかの阿弥陀仏、 *因中に菩薩の行を行じたまひし時、 乃至一念一刹那も、 三業の所修みなこれ真実心のなかに*なしたまひしによりてなり。 ▽おほよそ施したまふところ趣求をなす、 またみな真実なりと。 ▲また真実に二種あり、 一には↓*自利真実、 二には↓*利他真実なり」 と。 文
かならず…懐ければなり 通常は 「かならずすべからく真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。 外に賢善精進の相を現じ、 内に虚仮を懐くことを得ざれ」 と読む。
貪瞋邪偽奸詐百端 むさぼり、 いかり、 よこしまな心、 いつわりの心、 人をあざむく心が数限りなく起ること。
因中 因位の時。
法蔵菩薩であった時。
なしたまひ…真実なりと 通常は 「なしたまひ、 おほよそ施為・趣求したまふところ、 またみな真実なるによりてなり」 と読む。 「施為」 は利他、 「趣求」 は自利の意。 親鸞聖人は、 如来回向の真実をもちい (領受し) て、 浄土を趣求 (願生) するという意に転じた。
自利真実・利他真実 通常は真実心をもって自利利他することであるが、 親鸞聖人は自利を自力、 利他を他力の意味に転じた。
経云、一者至誠心。至者真、誠者実、欲↠明↣一切衆生、身口意業所↠修解行、必須↢真実心中作↡。不↠得↣外現↢賢善精進之相↡、内懐↢虚仮↡。貪瞋邪偽、奸詐百端、悪性難↠侵。事同↢蛇蝎↡。雖↠起↢三業↡、名為↢雑毒之善↡、亦名↢虚仮之行↡、不↠名↢真実業↡也。若作↢如此安心起行↡者、縦使苦↢励身心↡、日夜十二時、急走急作如↠灸↢頭燃↡者、衆名↢雑毒之善↡。欲↧廻↢此雑毒之行↡、求↦生彼仏浄土↥者、此必不可也。何以故、正由↧彼阿弥陀仏、因中行↢菩薩行↡時、乃至一念一刹那、三業所修、皆是真実心中作↥。凡所↠施為↢趣求↡、亦皆真実。又真実有↢二種↡。一者自利真実、二者利他真実。」 文
【46】↑利他真実について、 また二種あり。
就↢利他真実↡、亦有↢二種↡
一には、 「▲おほよそ施したまふところ趣求をなすは、 またみな真実なり」 と。
一者凡所↠施為↢趣求↡、亦皆真実。
二には、 「▲*不善の三業は、 かならず真実心のなかに捨てたまひしを須ゐよ。 またもし善の三業を起さば、 かならず真実心のなかになしたまひしを須ゐて、 *内外明闇を簡ばず、 みな真実を須ゐるがゆゑに至誠心と名づく」 と。 文
不善の三業は…名づく 通常は 「不善の三業は、 かならずすべからく真実心のうちに捨つべし。 またもし善の三業を起さば、 かならずすべからく真実心のうちになすべし。 内外明闇を簡ばず、 みなすべからく真実なるべし。 ゆゑに至誠心と名づく」 と読む。 親鸞聖人は如来回向の義をあらわすために 「須」 の字を 「もちゐ」 と読んだ。
内外明闇 「散善義」 の当分は内心と外相、 智明と愚闇。 親鸞聖人は内・明は出世 (聖者)、 外・闇は世間 (凡夫)、 また明は智明 (智者)、 闇は無明 (愚者) の意とする。
二者不善三業必須↢真実心中捨↡、又若起↢善三業↡者、必須↢真実心中作↡、不↠簡↢内外明闇↡、皆須↢真実↡故名↢至誠心↡。 文
【47】「▲↑自利真実といふは、 また二種あり。 一には、 ↓真実心のなかに自他の諸悪および*穢国等を*制捨して、 行住坐臥に ª一切菩薩の諸悪を制捨するに同じく、 われもまたかくのごとくせんº と想へとなり。 二には、 ↓真実心のなかに自他*凡聖等の善を勤修すべしと。 ▲↓真実心のなかの口業に、 かの阿弥陀仏および*依正二報を讃嘆すべし。 また↓真実心のなかの口業に、 *三界*六道等の自他の依正二報、 苦悪の事を*毀厭し、 また一切衆生三業所為の善を讃嘆すべし。 もし善業にあらずは、 敬みてこれを遠ざかれ、 また*随喜せざれとなり。 ▲また↓真実心のなかの身業に、 合掌し礼敬して、 *四事等をもつてかの阿弥陀仏および依正二報を供養したてまつれ。 また↓真実心のなかの身業に、 この生死三界等の自他の依正二報を軽慢し厭捨すべし。 ▲また↓真実心のなかの意業に、 かの阿弥陀仏および依正二報を思想し観察し憶念して、 目の前に現ぜるがごとくすべし。 また↓真実心のなかの意業に、 この生死三界等の自他の依正二報を軽賤し厭捨すべし」 となり。 文
制捨 とどめ捨て去ること。
毀厭 厭いきらうこと。
言↢自利真実↡者、復有↢二種↡。一者真実心中、制↢捨自他諸悪及穢国等↡、行住坐臥、想↧同↣一切菩薩制↢捨諸悪↡、我亦如↞是也。二者真実心中、勤↢修自他・凡聖等善↡。真実心中口業、讃↢嘆彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中口業、毀↢厭三界・六道等自他依正二報、苦悪之事↡、亦讃↢嘆一切衆生三業所為善↡。若非↢善業↡者、敬而遠↠之、亦不↢随喜↡也。又真実心中身業、合掌礼敬、四事等供↢養彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中身業、軽↢慢厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。又真実心中意業、思↢想観↣察憶↤念彼阿弥陀仏及依正二報↡、如↠現↢目前↡。又真実心中意業、軽↢賤厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。 文
【48】↑「一には至誠心」 といふは、 至とは真なり、 誠とは実なり。 すなはち真実なり。 真実に二種あり。
一者至誠心者、至者真、誠者実。即真実也。真実有↢二種↡
一には↓自利真実なり。
一者自利真実
*難行道 *聖道門
難行道 聖道門
*竪超 *即身是仏・*即身成仏、 自力なり。 *竪出 自力のなかの漸教、 *歴劫修行なり。
竪超 即身是仏 即身成仏 自力也 竪出 自力中之漸教歴劫修行也
二には利他真実なり。
二者利他真実
*易行道 *浄土門
易行道 浄土門
*横超 如来の誓願他力なり。 *横出 他力のなかの自力なり。 定散の諸行なり。
横超 如来誓願他力也 横出 他力中之自力定散諸行也
【49】↑自利真実について、 また二種あり。
就↢自利真実↡復有↢二種↡
一には↑*厭離真実なり。
厭離真実 厭離を本として修する真実。 聖道門竪出の法は、 まずこの迷いの世界を厭い離れようとする心を起して、 次にさとりをねがうので、 このようにいう。
一者厭離真実
聖道門 難行道
聖道門 難行道
竪出 自力
竪出 自力
竪出とは難行道の教なり、 厭離をもつて本とす、 自力の心なるがゆゑなり。
竪出者難行道之教、以↢厭離↡為↠本、自力之心故也
二には↑*欣求真実なり。
欣求真実 欣求を本として修する真実。 浄土門横出の法は、 まず浄土の願うべきことを知らされることによって、 この迷いの世界の厭うべきことに気づかされるので、 このようにいう。
二者忻求真実
浄土門 易行道
浄土門 易行道
↓横出 他力
横出 他力
横出とは易行道の教なり、 欣求をもつて本とす、 なにをもつてのゆゑに、 願力によりて生死を厭捨せしむるがゆゑなりと。
横出者易行道之教、以↢忻求↡為↠本、何以故、由↢願力↡令↣厭↢捨生死↡之故也
【50】また↑横出の真実について、 また三種あり。
又就↢横出真実↡、復有↢三種↡
一には↑口業に欣求真実、
一者口業、忻求真実
↑口業に厭離真実なり、
口業厭離真実
二には↑身業に欣求真実、
二者身業、忻求真実
↑身業に厭離真実なり、
身業厭離真実
三には↑意業に欣求真実、
三者意業、忻求真実
↑意業に厭離真実なり。
意業厭離真実
【51】宗師 (善導) の釈文 (散善義) を案ずるに、 「▲一者真実心中」 以下より、 「自他凡聖等善▲」 に至るまでは、 厭離を先とし欣求を後とす。 すなはちこれ難行道、 自力竪出の義なり。 「▲真実心中口業」 以下より、 「自他依正二報▲」 に至るまでは、 すなはちこれ易行道、 他力横出の義なり。
按↢宗師釈文↡、従↢「一者真実心中」已下↡、至↢「自他凡聖」等善↡者、厭離為↠先、忻求為↠後。則是難行道・自力・竪出之義也。従↢「真実心中口業」已下↡、至↢「自他依正二報」↡者、則是易行道・他力・横出之義也。
○深心釈
【52】「▲二には深心。 深心といふは、 すなはちこれ深信の心なり。 また二種あり。 ▲一には、 決定して ª*自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、 曠劫よりこのかたつねに没し、 つねに流転して、 *出離の縁あることなしº と深信す。 ▲二には、 決定して ªかの阿弥陀仏、 四十八願をもつて衆生を*摂受したまふ、 疑なく慮りなく、 彼の願力に乗ずれば、 さだめて往生を得º と深信せよ」 となり。 文
出離の縁 迷いの世界を離れ出る手がかり。
摂受 慈悲心をもっておさめ取ること。
「二者深心。言↢深心↡者、即是深信之心也。亦有↢二種↡。一者决定深↢信自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、无↟有↢出離之縁↡。二者決定深↧信彼阿弥陀仏四十八願摂↢受衆生↡、无↠疑无↠慮、乗↢彼願力↡、定得↦往生↥。」 文
いまこの深信は他力至極の金剛心、 一乗無上の真実信海なり。
今斯深信者、他力至極之金剛心、一乗无上之真実信海也
【53】文の意を案ずるに、 深信について▼*七深信あり、 六決定あり。
七深信 「散善義」 深信釈によって、 深信の相を七種に分けて示す。
按↢文意↡、就↢深信↡有↢七深信↡、有↢六决定↡
七深信とは、
七深信者
▲第一の深信は、 「決定して自身を深信する」 と、 すなはちこれ*自利の信心なり。
自利の信心 自力の信心の意。 ここでは第二の深信と一具でない第一の深信 (みずからの罪業を嘆きおそれている心) を指して自力の信心としたのであろう。
第一深信、决定深↢信自身↡、即是自利信心也
▲第二の深信は、 「決定して乗彼願力を深信する」 と、 すなはちこれ利他の信海なり。
第二深信、决定深↢信乗彼願力↡、即是利他信海也
▲第三には、 「決定して ¬観経¼ を深信す」 と。
第三决定深↢信¬観経¼↡
▲第四には、 「決定して ¬弥陀経¼ を深信す」 と。
第四决定深↢信¬弥陀経¼↡
▲第五には、 ↓「唯仏語を信じ決定して行による」 と。
第五唯信↢仏語↡决定依↠行
▲第六には、 ↓「この ¬経¼ (観経) によりて深信す」 と。
第六依↢此経↡深信
▲第七には、 ↓「また深心の深信は決定して自*心を建立せよ」 となり。
心 「力」 とする異本がある。
第七又深心深信者、决定建↢立自心↡
*六決定とは、 以上*次いでのごとし、 知るべし。
六決定 七深信の中、 第六深信以外の深信に決定の語が出ているのを数えて六決定という。 決定は明了に決択するという意で、 深信の相を示す語。
次いでのごとし 順次に示されている。
六决定者 已上如↠次 応↠知
【54】*第五の ↑「唯信仏語」 について、 三遣・▼三随順・三是名あり。
第五 右傍に 「利他信心」 と註記がある。 「七深信」 の第五を指す。
就↢第五唯信仏語↡、有↢三遣・三随順・三是名↡
*三遣とは、
三遣 雑行雑修を捨てて、 正行 (念仏) を行じ、 異学異解雑縁乱動のところを去れ、 という仏の仰せ。
三遣者
一には、 「▲仏の捨て遣めたまふをば、 すなはち捨つ」 と。
一仏遣↠捨者即捨、
二には、 「▲仏の行ぜ遣めたまふをば、 すなはち行ず」 と。
二仏遣↠行者即行、
三には、 「▲仏の去ら遣めたまふ処をば、 すなはち去る」 となり。
三仏遣↠去処即去
*三随順とは、
三随順 釈尊の教え (仏教)・諸仏の意 (仏意)・阿弥陀仏の願 (仏願) にしたがうこと。
三随順者
一には、 「▲是を仏教に随順すと名づく」 と。
一是名↣随↢順仏教↡、
二には、 「▲仏意に随順す」 と。
二随↢順仏意↡、
三には、 「▲是を仏願に随順すと名づく」 となり。
三是名↣随順仏願↡
*三是名とは、
三是名 真実信心の人を称讃する語。 次々行の 「上の是名」 は三随順の一と三を指す。
三是名者
一には、 「▲是を*真仏弟子と名づく」 となり。
一是名↢真仏弟子↡
上の是名とこれと合して三是名なり。
上是名与↠此合三是名也
【55】*第六に ↑「この ¬経¼ (観経) によりて深信する」 について、 ▼六即・三印・三無・六正・二了あり。
第六 右傍に 「観経に依る」 と註記がある。 「七深信」 の第六を指す。
就↧第六依↢此経↡深信↥、有↢六即・三印・三無・六正・二了↡
*六即とは、
六即 六の文を列ねて、 仏の所説を信ずべきことを示す。 文中に即の字が六回出るので六即という。
六即者
一には、 「▲もし仏意に称へば、 ↓即ち*印可して ª如是如是º とのたまふ」 と。
印可 認可、 認容すること。 印とは仏の言葉をもって間違いないと定められていて改易できないことをいい、 可とは仏の心にかなったことをいう。
一若称↢仏意↡、即印可言↢如是々々↡
二には、 「▲もし仏意に可はざれば、 即ち ªなんぢらが説くところ、 この義不如是º とのたまふ」 と。
二若不↠可↢仏意↡者、即言↢汝等所説是義不如是↡
三には、 「▲↓印せざるは、 即ち*無記・無利・無益の語に同じ」 と。
三不↠印者、即同↢无記・无利・无益之語↡
四には、 「▲↓仏の印可したまふは、 即ち仏の正教に随順するなり」 と。
四仏印可者、即随↢順仏之正教↡
五には、 「▲もし仏の所有の言説は、 即ちこれ正教なり」 と。
五若仏所有言説、即是正教
六には、 「▲もし仏の所説は、 即ちこれ了教なり」 となり。
六若仏所説、即是了教
三印とは、
三印者
一には↑即印可、 二には↑不印、
一即印可 二不印
三には↑仏印可なり。 三印は上の六即の文のなかにあり。
三仏印可 三印者有↢上六即文中↡
▲三無とは、
三無者
一には無記、 二には無利、
一无記 二无利
三には無益なり。 三無は六即の文のなかにあり。
三无益 三無者有↢六即文中↡
▲*六正とは、
六正 仏の言説に具わる六種の徳を示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
六正者
一には正教、 二には正義、
一正教 二正義
三には正行、 四には正解、
三正行 四正解
五には正業、 六には正智なり。
五正業 六正智
*二了とは、
二了 仏説が了教 (真理の全相が明らかに説き示された教え) であるのに対し、 菩薩等の説がすべて不了教 (真理がまだ十分に説き示されていない教え) であることを示す。
二了者
一には、 「▲もし仏の所説は、 すなはちこれ了教なり」 と。
一若仏所説、即是了教
二には、 「▲菩薩等の説は、 ことごとく不了教と名づくるなり」 と知るべし。
二菩薩等説、尽名↢不了教↡也、応↠知
【56】*第七の ↑「また深心の深信」 については、 決定して自心を建立するに、 二別・三異・一問答あり。
第七 有傍に 「自利信心」 と註記がある。 「七深信」 の第七を指す。
就↢第七又深心深信↡者、决定建↢立自心↡、有↢二別・三異・一問答↡
▲*二別とは、
二別 別の見解を持ち、 別の行法を修めること。 ¬一多証文¼ に 「別解」 の語についての釈がある。
二別者
一には*別解、 二には*>別行なり。
一別解 二別行
*三異とは、
三異 異なった見解を持ち、 異なった教えを学び、 異なった思想・見解に執着すること。 ¬一多証文¼ に 「異学」 の語についての釈がある。
三異者
一には*異学、 二には*異見、
一異学 二異見
三には*異執なり。
三異執
【57】▲*一問答のなかに、 四別・四信あり。
一問答 「散善義」 深信釈の 「問ひていはく、 凡夫は智浅く」 以下の問答を指す。
一問答中、有↢四別・四信↡
▲*四別とは、
四別 聖道の諸経と浄土の経とは、 その説かれた場所、 時、 教えの対象、 利益が別であることを示す。
四別者
一には処別、 二には時別、
一処別 二時別
三には対機別、 四には利益別なり。
三対機別 四利益別
*四信とは、
四信 四重の破人 (念仏の教えを否定する四種の人。 次行以下に細註で示されている) の疑難に対して、 四種の語で決定の信相を示す。
四信者
一には▲往生の信心、 凡夫の*疑難なり。
疑難 念仏往生の教えを疑い非難すること。 凡夫の疑難は実難 (実際にある難) であるが、 後の三難は仮設の難 (仮に設定した難) である。
一往生信心 凡夫疑難也
二には▲清浄の信心、 *地前の菩薩・*羅漢・*辟支仏等の疑難なり。
地前の菩薩 十地以前 (十住・十行・十
回向) の
菩薩。
二清浄信心 地前菩薩羅漢辟支仏等疑難也
三には▲↓上上の信心なり、 初地以上十地このかたの疑難なり。
三上々信心 初地已上十地已来疑難也
四には▲畢竟じて一念疑退の心を起さざるなり。 ↓報仏・化仏の疑難なり。
四畢竟不↠起↢一念疑退之心↡也 報仏化仏疑難也
【58】↑上上の信心について、 五実・二異あり。
就↢上々信心↡、有↢五実・二異↡
▲*五実とは、
五実 信の対象が真実であることを五種の語で示す。 初めの一は仏の説く教え、 後の四は教えを説く仏についていう。 「散善義」 深信釈の文参照。
五実者
一には真実決了の義なり、 二には実知、
一真実决了義 二実知
三には実解、 四には実見、
三実解 四実見
五には実証なり。
五実証
二異とは、
二異者
一には異見、 二には異解なり。
一異見 二異解
【59】↑報化二仏の疑難について、 ¬弥陀経¼ を引いて信を勧むるに、 二専・四同・二所化・六悪・二同・三所あり。
就↢報化二仏疑難↡、引↢¬弥陀経¼↡勧↠信、有↢二専・四同・二所化・六悪・二同・三所↡
▲*二専とは、
二専 釈尊が専念・専修を勧めることを示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
二専者
一には専念、 二には専修なり。 *五種なり。
五種 読誦・
観察・
礼拝・称名・
讃嘆供養の
五正行を指す。
一専念 二専修 五種也
▲*四同とは、
四同 諸仏が釈尊と同じく説くことを示す。 初めの三はその言説が同一であることを示し、 後の一は同体の大悲 (同じ真如のさとりからおこった大悲) であることを示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
四同者
一には同讃、 二には同勧、
一同讃 二同勧
三には同証、 四には同体なり。
三同証 四同躰
▲二*所化とは、
所化 教化されるところの法
二所化者
一には、 「一仏の所化はすなはちこれ一切仏の化なり」 と、
一一仏所化、即是一切仏化
二には、 「一切仏の所化はすなはちこれ一仏の化なり」 となり。
二一切仏所化、即是一仏化
▲*六悪とは、
六悪 釈尊の濁世における教化を諸仏が讃嘆することを示す。 また教化の対象を示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
六悪者
一には悪時、 二には悪世界、
一悪時 二悪世界
三には悪衆生、 四には*悪見、
三悪衆生 四悪見
五には悪煩悩、 六には*悪邪無信盛時なり。
悪邪無信盛時 五濁が盛んになり、 仏法を聞いても疑いそしるばかりで信じないものが多くなる時代のことをいう。
五悪煩悩 六悪邪无信盛時也
▲*二同とは、
二同 諸仏の証誠 (証成) の相を示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
二同者
一には十方仏等同心なり、 二には同時におのおの*舌相を出す。
舌相を出す 仏の舌は広く長いので広長舌相 (三十二相の一) といわれる。 仏が舌を出すのは教説が真実であることを証明するという意味を持つ。
一十方仏等同心 二同時各出↢舌相↡
▲*三所とは、
三所 釈尊が説き讃嘆し証明した法を諸仏が勧めることを示す。 「散善義」 深信釈の文参照。
三所者
一には所説、 二には所讃、
一所説 二所讃
三には所証なり。
三所証
【60】「▲一仏の所説は、 すなはち一切仏同じくその事を*証成したまふなり。 これを人に就いて信を立つと名づくるなり」 と、 知るべし。
一仏所説、即一切仏同証↢成其事↡也。此名↢就↠人立↟信也。応↠知
【61】「▲次に行に就いて信を立つとは、 しかるに行に二種あり。
次就↠行立↠信者、然行有↢二種↡
一には*正行、 二には*雑行なり」 と。
一者正行 二者雑行
【62】正行について、 *五正行・六一心・六専修あり。
就↢正行↡、有↢五正行・六一心・六専修↡
▲*五正行とは、
五正行 ここでは要門の行としての五専修を示したものとみられる。 →
専修❸
五正行者
一には一心に専読誦、 二には一心に専観察、
一一心専読誦 二一心専観察
三には一心に専礼仏、 四には一心に専称仏名、
三一心専仏 四一心専称仏名
五には一心に専讃嘆供養なり。
五一心専讃嘆供養
▲またこの正のなかについて、 また二種あり。
又就↢此正中↡、復有↢二種↡
一には、 「▲一心に弥陀の名号を専念する、 これを*正定の業と名づく」 と。
一者一心専↢念弥陀名号↡、是名↢正定之業↡
二には、 「▲もし礼誦等によるはすなはち名づけて*助業となす」 となり。
二者若依↢誦等↡、即名為↢助業↡
*六一心とは、 次いでのごとく一心なり。
六一心・六専修 五専修 (要門の行) の一心と弘願の一心とを合わせて六一心とするものか。 六専修も同様。
六一心者 如↠次一心也
*六専修とは、 次いでのごとく専修なり。
六専修者 如↠次専修也
【63】また正雑二行について、 また二行あり。
又復就↢正雑二行↡、復有↢二行↡
一には*定行、 二には↓*散行なり。
定行 雑念を払い心を凝らして修める行。
散行 散乱した心のままで修める行。
一者定行 二者散行也
【64】また正雑について、 また二種あり。
又復就↢正雑↡、復有↢二種↡
一には↓*念仏、 二には↓観仏なり。
一念仏 二観仏
【65】また↑念仏について、 また二種あり。
又就↢念仏↡、復有↢二種↡
一には↓弥陀念仏、 二には↓諸仏念仏なり。
一弥陀念仏 二諸仏念仏
法身 報身 応身 化身
法身 報身 応身 化身
【66】また↑弥陀念仏について、 二種あり。
又復就↢弥陀念仏↡、有↢二種↡
一には正行*定心念仏、
定心念仏 思いをとどめ心を一つに集中して称名念仏すること。
一正行定心念仏
二には正行*散心念仏なり。
散心念仏 散乱した心のままで称名念仏すること。
二正行散心念仏
弥陀定散の念仏、 これを浄土の*真門といふ、 また*一向専修と名づくるなりと、 知るべし。
弥陀定散念仏、是曰↢浄土真門↡、亦名↢一向専修↡也。応↠知
【67】また↑諸仏念仏について、 二種あり。
又復就↢諸仏念仏↡、有↢二種↡
一には雑行定心念仏、
一雑行定心念仏
二には雑行散心念仏なり。
二雑行散心念仏
諸仏定散の念仏は、 これ雑中の専行なりと、 知るべし。
諸仏定散念仏、是雑中之専行也。応↠知
【68】また↑観仏について、 また二種あり。
又復就↢観仏↡、復有↢二種↡
一には↓*正の観仏、 二には↓*雑の観仏なり。
正の観仏 阿弥陀仏を観想すること。
雑の観仏 諸仏を観想すること。
一正之観仏 二雑之観仏
【69】また↑正の観仏について、 また二種あり。
又復就↢正観仏↡、復有↢二種↡
一には*真観、 二には*仮観なり。
真観 浄土の真実の荘厳と阿弥陀仏の真身とを観想すること。
仮観 浄土の真実の荘厳を観想するためのてだてとして日没や水を観じ、 阿弥陀仏の真身を観想するためのてだてとして仏像を観ずること。 日観 (日想)・水観 (水想)・像観 (像想) の三をいう。 他の十観は真観。
一真観 二仮観
【70】また真仮について、 十三の観想あり。
又復就↢真仮↡、有↢十三観想↡
▲日想 ▲水想 ▲地想 ▲宝樹想
日想 水想 地想 宝樹想
▲宝池 ▲宝楼 ▲華座 ▲像想
宝池 宝楼 華座 像想
▲真観 ▲観音 ▲勢至 ▲*普観
普観 観想者自身の浄土に往生するさまを観ずること。
真観 観音 勢至 普観
▲雑観
雑観
【71】また↑正の散行について、 四種あり。
又復就↢正散行↡、有↢四種↡
*読誦 *礼拝 *讃嘆 供養
読誦 礼拝 讃嘆 供養
【72】上よりこのかた*定散六種兼行するがゆゑに*雑修といふ、 これを*助業と名づく、 名づけて方便*仮門となす、 また浄土の*要門と名づくるなりと、 知るべし。
定散六種兼行 五正行の第五讃嘆供養を開いて六種とし、 この六行を自力心をもって雑え修することを六種兼行といい、 雑修の部類に属する。
助業 六種兼行の場合は称名も正定業としての地位を失って助業と同格になるから、 六行すべてを助業という。
上来、定散六種兼行故曰↢雑修↡、是名↢助業↡、名為↢方便仮門↡、亦名↢浄土要門↡也。応↠知
【73】また↑雑の観仏について、 二種あり。 また真仮あり。
又復就↢雑観仏↡、有↢二種↡ 又有↢真仮↡
一には*無相離念、 二には*立相住心なり。
無相離念 色もなく形もない真如法性の理を観じて、 真理と一体になること。
立相住心 仏の相好や浄土の事相を観じて、 心を一つに集中すること。
一无相離念 二立相住心
【74】また↑雑の散行について、 ▲*三福あり。
又復就↢雑散行↡、有↢三福↡
一には、 孝養父母・奉事師長・慈心不殺・修十善業なり。
一孝養父母、奉事師長、慈心不殺、修十善業
二には、 受持三帰・具足衆戒・不犯威儀なり。
二受持三帰、具足衆戒、不犯威儀
三には、 発菩提心・深信因果・読誦大乗・勧進行者なり。
三発菩提心、深信因果、読誦大乗、勧進行者
【75】上よりこのかた一切の定散の諸善ことごとく雑行と名づく、 六種の正に対して六種の雑あるべし。 雑行の言は人・天・菩薩等の解行雑するがゆゑに雑といふなり。 もとよりこのかた浄土の業因にあらず、 これを発願の行と名づく、 また*回心の行と名づく、 ゆゑに浄土の雑行と名づく、 これを浄土の方便仮門と名づく、 また浄土の要門と名づくるなり。 おほよそ聖道・浄土、 正雑、 定散、 みなこれ回心の行なりと、 知るべし。
回心の行 その行業を回向して往生を願わなければならない自力行のこと。 あるいは自力の心をひるがえして、 他力に帰さなければならない自力行のこと。
上来、一切定散諸善悉名↢雑行↡、対↢六種正↡応↠有↢六種雑↡。雑行之言、人天・菩薩等解行雑故曰↠雑也。自↠元来非↢浄土業因↡、是名↢発願行↡、亦名↢廻心行↡、故名↢浄土雑行↡、是名↢浄土方便仮門↡、亦名↢浄土要門↡也。凡聖道・浄土、正雑・定散、皆是廻心之行也。応↠知
○回向発願心釈
【76】「▲三には回向発願心」 とは、 回向発願心といふは、 二種あり。
三者廻向発願心者、言↢廻向発願心↡者、有↢二種↡
*一には、 「▲過去・今生の自他所作の善根をもって、 みな真実の深信心のなかに回向してかの国に生れんと願ずるなり」 と。
一 右傍に 「自利」 と註記がある。
一過去・今生、自他所作善根、皆真実深信心中廻向、願↠生↢彼国↡
二には、 「▲回向発願して生るるものは、 *かならず決定して真実心のなかに回向せしめたまへる願を須ゐて*得生の想をなすなり」 となり。
かならず…想をなすなり 通常は 「かならずすべからく決定真実心のうちに回向し願じて、 得生の想をなすべし」 と読む。
得生の想 必ず浄土に往生できるという想い。
二廻向発願生者、必須↢决定真実心中廻向願↡、作↢得生想↡
【77】回向発願して生るるものについて、 信心あり。
就↢廻向発願生者↡、有↢信心↡
信心とは、
信心者
「得生の想をなす、 この心深信すること、 なほ金剛のごとし」 となり。
作得生想、此心深信、由若金剛
【78】この深信について、 一譬喩・二異・二別・一問答・二回向あり。
就↢此深信↡、有↢一譬喩・二異・二別・一問答・二廻向↡
一譬喩とは、
一譬喩者
「▲この心深信すること、 なほ金剛のごとし」 となり。
此心深信、由若金剛
二異とは、
二異者
一には異見、 二には異学なり。
一異見 二異学
二別とは、
二別者
一には*別解、 二には*別行なり。
一別解 二別行
【79】▲*一問答について、 七悪・六譬・二門・四有縁・二所求・二所愛・二欲学・二必あり。
一問答 「散善義」 回向発願心釈の 「問ひていはく、 もし解行不同の」 以下の問答を指す。
就↢一問答↡、有↢七悪・六譬・二門・四有縁・二所求・二所愛・二欲学・二必↡
▲七悪とは、
七悪者
一には*十悪、 二には*五逆、
一十悪 二五逆
三には*四重、 四には破戒、
三四重 四破戒
五には*破見、 六には*謗法、
五破見 六謗法
七には*闡提なり。
七闡提
▲六譬とは、
六譬者
一には、 明よく闇を破す。 二には、 空よく有を含む。
一明能破闇 二空能含有
三には、 地よく*載養す。 四には、 水よく*生潤す。
載養 草木などを載せて育成すること。
生潤 うるおし育てること。
三地能載養 四水能生潤
五には、 火よく*成壊す。 六には、 *二河 水の河・火の河。
成壊 ものを熟成させたり、 ほろぼしたりすること。
五火能成壊 六二河 水河 火河
二門とは、
二門者
*一には、 「▲*随ひて一門を出づるは、 すなはち一煩悩門を出づるなり」 と、
一 右傍に 「愚痴門を出ず」 と註記がある。
随ひて一門を出づる… それぞれの縁にしたがい、 どれか一つの法門によって出るのは一つの迷いの門を出ることであるという意。
一随出一門即出一煩悩門也
*二には、 「▲*随ひて一門に入るは、 すなはち一解脱智慧門に入るなり」 となり。
二 右傍に 「智願海に入る」 と註記がある。
随ひて一門に入る… それぞれの縁にしたがい、 どれか一つの法門によって入るのは一つのさとりに入る門であるという意。
二随入一門即入一解脱智慧門也
四有縁とは、
四有縁者
一には、 「▲なんぢ、 なにをもつて、 いましまさに有縁の要行にあらざるをもつて、 われを障惑する」 と。
一汝何以乃将↠非↢有縁之要行↡、鄣惑於↟我
二には、 「▲しかるにわが*所愛はすなはちこれわが有縁の行なり、 すなはちなんぢが所求にあらず」 と。
所愛・所楽 好むところ。 ねがうところ。
二然我之所愛即是我有縁之行、即非↢汝所求↡
三には、 「▲なんぢが所愛はすなはちこれなんぢが有縁の行なり、 またわが所求にあらず。 このゆゑにおのおの*所楽に随ひてその行を修すれば、 必ず疾く解脱を得るなり」 と。
三汝之所愛即是汝有縁之行、亦非↢我所求↡、是故各随↢所楽↡而修↢其行↡者、必疾得↢解脱↡也
四には、 「▲もし*行を学ばんと欲はば、 必ず有縁の法によれ。 少しき功労を用ゐるに多く益を得」 となり。 文
行を学ばん 行を修めて迷いの世界を出離する。
四若欲↠学↠行者、必藉↢有縁之法↡。少用↢功労↡多得↠益 文
二所求とは、 上の文のごとし。
二所求者 如↢上文↡
二所愛とは、 上の文のごとし。
二所愛者 如↢上文↡
二欲学とは、
二欲学者
一には、 「▲行者まさに知るべし、 もし*解を学ばんと欲はば、 凡より聖に至るまで、 乃至仏果まで一切礙なくみな学ぶことを得んとなり」 と。
解を学ばん 仏教を学問的に研究する。
一行者当↠知、若欲↠学↠解、従↠凡至↠聖、乃至仏果、一切无↠礙、皆得↠学也
二には、 「▲もし行を学ばんと欲はば、 必ず有縁の法によれ」 となり。 乃至
二若欲↠学↠行者、必藉↢有縁之法↡ 乃至
二必とは、 上の文のごとし。
二必者 如↢上文↡
【80】この深信のなかについて、 二回向といふは、
就↢此深信中↡、二廻向者
*一には、 「▲つねにこの想をなせ、 つねにこの解をなす。 ゆゑに回向発願心と名づく」 と。
一 右傍に 「自利」 と註記がある。
一常作↢此想↡、常作↢此解↡故名↢廻向発願心↡
*二には、 「▲また回向といふは、 かの国に生れをはりて還りて大悲を起して生死に*回入して衆生を教化するを、 また回向と名づくるなり」 となり。
二 右傍に 「利他他力の回向」 と註記がある。
回入 めぐり入ること。 ひるがえって入ること。
二又言↢廻向↡者、生↢彼国↡已、還起↢大悲↡廻↢入生死↡教↢化衆生↡、亦名↢廻向↡也
○二河譬釈
【81】*二河のなかについて、 「▲一つの譬喩を説きて信心を守護して、 もつて外邪異見の難を防がん」 と。
就↢二河中↡ 説↢一譬喩↡守↢護信心↡、以防↢外邪異見之難↡
「▲この道、 東の岸より西の岸に至るまで、 また長さ↓百歩なり」 となり。 文
此道従↢東岸↡至↢西岸↡、亦長百歩 文
↑「百歩」 とは、
百歩者
人寿百歳に譬ふるなり。
譬↢人寿百歳↡也
「▲群賊・悪獣」 とは、
群賊悪獣者
「群賊」 とは、 *別解・*別行・*異見・*異執・*悪見・邪心・定散・自力の心なり。
群賊者、別解・別行・異見・異執・悪見・邪心・定散自力之心也
「悪獣」 とは、 *六根・*六識・*六塵・*五陰・*四大なり。
悪獣者、六根・六識・六塵・五陰・四大也
「▲つねに悪友に随ふ」 といふは、
常随↢悪友↡者
「悪友」 とは、 善友に対す、 雑毒虚仮の人なり。
悪友者対↢善友↡、雑毒虚仮之人也
「▲ª*無人空迥の沢º といふは、
無人空迥の沢 ここでは真の善知識にあわないことを無人という。 空迥の沢は広々とした野原。
言↢无人空逈沢↡者
悪友なり。 ↓真の↓*善知識に値はざるなり」 となり。
悪友也、不↠値↢真善知識↡也。
↑「真」 の言は仮に対し偽に対す。 ↑「善知識」 とは、 悪知識に対するなり。
真言対↠仮対↠偽、善知識者対↢悪知識↡也
真の善知識、 正の善知識、
真善知識 正善知識
実の善知識、 是の善知識、
実善知識 是善知識
善の善知識、 善性人なり。
善々知識 善性人也
悪の知識とは、 仮の善知識、
悪知識者 仮善知識
偽の善知識、 邪の善知識、
偽善知識 邪善知識
虚の善知識、 非の善知識、
虚善知識 非善知識
悪の善知識、 悪性人なり。
悪善知識 悪性人也
「▲↓白道↓四五寸」 といふは、
言白道四五寸者
↑「白道」 とは、 白の言は黒に対す、 *道の言は路に対す、 白とは、 すなはちこれ六度万行、 定散なり。 これすなはち自力小善の路なり。 黒とは、 すなはちこれ*六趣・*四生・*二十五有・*十二類生の黒悪道なり。
道の言は路に対す 親鸞聖人は道を大きなみち (大道)、 路を小さなみち (小路) とする。
白道者、白言対↠黒、道言対↠路。白者則是六度万行定散也、斯則自力小善路也。黒者則是六趣・四生・二十五有・十二類生黒悪道也
↑「四五寸」 とは、 四の言は*四大、 毒蛇に喩ふるなり。 五の言は*五陰、 悪獣に喩ふるなり。
四大毒蛇・五陰悪獣 四大・五陰は行者の身心をいい、 毒蛇・悪獣は貪瞋煩悩をいう。
四五寸者、四言喩↢四大毒蛇↡也五言喩↢五陰悪獣↡也
「▲*能生清浄願往生心」 といふは、
能生清浄… 「よく清浄願往生の心を生ぜしむ」
言↢能生清浄願往生↡心者
無上の信心、 金剛の真心を発起するなり、 これは如来回向の信楽なり。
発↢起无上信心金剛真心↡也、斯如来廻向之信楽也
「▲あるいは行くこと一分二分す」 といふは、
言↢或行一分二分↡者
*年歳時節に喩ふるなり。
年歳時節に喩ふる ¬一多証文¼ には 「一分二分ゆくといふは、 一年二年すぎゆくにたとへたるなり」 とある。
喩↢年歳時節↡也
「▲悪見人等」 といふは、
言↢悪見人等↡者
憍慢・懈怠・邪見・疑心の人なり。
憍慢・懈怠・邪見・疑心之人也
【82】「▲また、 ↓西の岸の上に、 人ありて喚ばうていはく、 ª↓汝↓一心↓正念にして↓直ちに↓来れ、 ↓我↓能く↓護らんº」 といふは、
言↢又「西岸上有人喚言、汝一心正念直来、我能護↡」者、
↑「西の岸の上に、 人ありて喚ばうていはく」 といふは、 阿弥陀如来の誓願なり。
「西岸上有↠人喚言」者、阿弥陀如来誓願也、
↑「汝」 の言は行者なり、 これすなはち*必定の菩薩と名づく。 龍樹大士 ¬十住毘婆沙論¼ (易行品) にいはく、 「▲*即時入必定」 となり。 曇鸞菩薩の ¬論¼ (論註・上意) には 「▲*入正定聚之数」 といへり。 善導和尚は、 「▲希有人なり、 最勝人なり、 妙好人なり、 好人なり、 上上人なり、 ▲真仏弟子なり」 (散善義・意) といへり。
即時入必定 「即の時に必定に入る」 信心を獲得すると同時に、 必ず仏になることに定まった位に入ること。
入正定聚之数 「正定聚の数に入る」
「汝」言行者也、斯則名↢必定菩薩↡。龍樹大士¬十住婆沙論¼曰。「即時入必定」曇鸞菩薩¬論¼曰↢「入正定聚之数」↡。善導和尚言↢「希有人也、最勝人也、妙好人也、好人也、上々人也、真仏弟子也」↡。
↑「一心」 の言は、 真実の信心なり。
「一心」言真実信心也、
↑「正念」 の言は、 選択摂取の本願なり。 また*第一希有の行なり、 金剛不壊の心なり。
第一希有の行 十地の菩薩が修める十波羅蜜の行。 ここでは本願の大行を指す。
「正念」言選択摂取本願也、又第一希有行也、金剛不壊心也、
↑「直」 の言は、 回に対し迂に対するなり。 また 「直」 の言は、 方便仮門を捨てて如来大願の他力に帰するなり、 諸仏出世の直説を顕さしめんと欲してなり。
「直」言対↠廻対↠迂也、又「直」言捨↢方便仮門↡帰↢如来大願他力↡、欲↠使↠顕↢諸仏出世之直説↡也、
↑「来」 の言は、 去に対し往に対するなり。 また報土に還来せしめんと欲してなり。
「来」言対↠去対↠往也、又欲↠令↣還↢来報土↡也、
↑「我」 の言は、 尽十方無礙光如来なり、 不可思議光仏なり。
「我」言尽十方无光如来也、不可思議光仏也、
↑「能」 の言は、 不堪に対するなり、 疑心の人なり。
「能」言対↢不堪↡也、疑心之人也、
↑「護」 の言は、 阿弥陀仏果成の正意を顕すなり、 また*摂取不捨を形すの貌なり、 すなはちこれ現生護念なり。
「護」言顕↢阿弥陀仏果成之正意↡也、亦形↢摂取不捨↡之也、則是現生護念也、
「念道」 の言は、 他力白道を念ぜよとなり。
「念道」言念↢他力白道↡也、
▲「慶楽」 とは、 「慶」 の言は印可の言なり、 獲得の言なり、 「楽」 の言は悦喜の言なり、 歓喜踊躍なり。
「慶楽」者慶言印可之言也、獲得之言也、楽言悦喜之言也、歓喜踊躍也
【83】「▲仰いで釈迦発遣して、 指へて西方に向かへたまふことを蒙る」 といふは、 順なり。 「▲また弥陀の悲心招喚したまふによる」 といふは、 信なり。 「▲いま二尊の意に信順して、 水火二河を顧みず、 念々に遺るることなく、 かの願力の道に乗ず」 といへり。
仰蒙↧釈迦発遣指向↦西方↥者順也、又藉↢弥陀悲心招喚↡者信也、今信↢順二尊之意↡、不↠顧↢水火二河↡、念々无↠遺、乗↢彼願力之道↡。」
○追釈至誠心
【84】至誠心について、 難易対 彼此対 去来対 毒薬対 内外対
就↢至誠心↡ 難易対 彼此対 去来対 毒薬対 内外対
難易対
難易対
難とは三業修善不真実の心なり、
難者三業修善不真実之心也
易とは如来願力回向の心なり。
易者如来願力廻向之心也
彼此対
彼此対
彼とは*浄邦なり、 此とは穢国なり。
浄邦 阿弥陀仏の浄土のこと。
彼者浄邦也、此者穢国也
*去来対
去来対 釈尊は 「去け」 と発遣し、 阿弥陀仏は 「来れ」 と召喚することをいう。
去来対
去とは釈迦仏なり、 来とは弥陀仏なり。
去者釈迦仏也、来者弥陀也
毒薬対
毒薬対
毒とは善悪雑心なり、 薬とは純一専心なり。
毒者善悪雑心也、薬者純一専心也
*内外対
内外対 内心と外相とが相応しない不真実のありさま。
内外対
内は外道、 外は仏教。 内は聖道、 外は浄土。
内外道外仏教 内聖道外浄土
内は疑情、 外は信心。 内は悪性、 外は善性。
内疑情外信心 内悪性外善性
内は邪、 外は正。 内は虚、 外は実。
内邪外正 内虚外実
内は非、 外は是。 内は偽、 外は真。
内非外是 内偽外真
内は雑、 外は専。 内は愚、 外は賢。
内雑外専 内愚外賢
内は仮、 外は真。 *内は退、 外は進
内は退… 内心はたじろいでいながら、 外相には白道を進むふりをしている。
内仮外真 内退外進
内は疎、 外は親。 *内は遠、 外は近。
内は遠… 内心は阿弥陀如来から遠ざかりながら、 外相には近づいているような姿を示している。
内疎外親 内遠外近
内は迂、 外は直。 *内は違、 外は随。
内は違… 内心は教えに違いながら、 外相では随順しているふりをする。
内迂外直 内違外随
内は逆、 外は順。 内は軽、 外は重。
内逆外順 内軽外重
内は浅、 外は深。 内は苦、 外は楽。
内浅外深 内苦外楽
内は毒、 外は薬。
内毒外薬
内は*怯弱、 外は強剛。 内は懈怠、 外は勇猛。
怯弱 臆病な心。 ひるみためらう心。
内怯弱外強剛 内懈怠外勇猛
*内は間断、 外は無間。 内は自力、 外は他力。
内は間断… 内心では信心が持続していないのに、 外には持続の姿を示す。
内間断外無間 内自力外他力
○結成旨帰
【85】おほよそ心について二種の三心あり。
凡就↠心有↢二種三心↡
一には*自利の三心、 二には*利他の三信なり。
自利の三心 ¬観経¼ の三心 (至誠心・深心・回向発願心) は、 顕説 (経文に顕著にあらわれた教え) の意味からいえば自力の心であるので自利の三心と名づける。
利他の三信 ¬観経¼ の三心は、 隠彰 (微かにあらわされた教え) の意味からいえば阿弥陀仏の利他 (他力) 回向の信心であるので利他の三信と名づける。
一者自利三心 二者利他三信
【86】また二種の往生あり。
又有↢二種往生↡
一には*即往生、 二には*便往生なり。
即往生 信の一念の時、 即時に
正定聚の位につき定まり、 真実
報土の往生をとげる第十八願の他力の往生をいう。 即の字に速疾 (時をへだてない) の意味と正定聚の位につくという意味とがある。 →
即得往生
便往生 化土に生ずる自力行者の往生をいう。 往生即成仏の究竟の往生でないことを示す。
一者即往生 二者便往生
【87】ひそかに ¬観経¼ の三心往生を案ずれば、 これすなはち*諸機自力各別の三心なり。 ¬大経¼ の三信に帰せしめんがためなり、 諸機を勧誘して三信に通入せしめんと欲ふなり。 三信とは、 これすなはち金剛の真心、 不可思議の信心海なり。 また 「即往生」 とは、 これすなはち*難思議往生、 真の*報土なり。 「便往生」 とは、 すなはちこれ諸機各別の業因果成の土なり、 *胎宮・*辺地・*懈慢界、 *双樹林下往生なり、 また*難思往生なりと、 知るべし。
諸機自力格別の三心 自力の三心は機によって各々異なるので、 このようにいう。
窃按↢¬観経¼三心往生↡者、是則諸機自力各別之三心也。為↠帰↢¬大経¼三信↡也、勧↢誘諸機↡欲↠使↣通↢入三信↡也。三信者、斯則金剛真心、不可思議信心海也。亦即往生者、斯則難思議往生、真報土也。便往生者、即是諸機各別業因果成土、胎宮・辺地・懈慢界・双樹林下往生、亦難思往生也。応↠知
*本にいはく
本にいはく 「本」 とは書写原本のこと。 原本にあった奥書をそのまま転写したことを示す。
本云
*建長七年乙卯八月二十七日これを書く。
建長七年 1255年。
建長七年乙卯八月廿七日書之
愚禿親鸞八十三歳
愚禿親鸞八十三歳