しょう ぞう まつ  さん

 

夢告讃

*康元こうげんさい ひのとのみ がつここぬかの

*とらのときゆめげていはく

康元二歳 1257年。 親鸞聖人八十五歳。
寅時 午前四時頃。

 

(1)

弥陀みだ*本願ほんがんしんずべし

本願ほんがんしんずるひとはみな

*摂取せっしゅしゃやくにて

*じょうかくをばさとるなり

無上覚 この上ない仏のさとり。

 

三時讃

*しょうぞうまつのじょうさん

正像末 しょうぼう像法ぞうぼう末法まっぽうさんのこと。

*禿とく善信ぜんしんあつむ

(2)

しゃ如来にょらい*かくれましまして

せんねんになりたまふ

しょうぞう二時にじはをはりにき

*如来にょらい遺弟ゆいていきゅうせよ

かくれましまして にゅうめつなされて。
如来の遺弟 釈尊入滅後、 その教えを受けついだ弟子。

(3)

*末法まっぽう*じょく*じょう

*行証ぎょうしょうかなはぬときなれば

しゃ遺法ゆいほうことごとく

**りゅうにいりたまひにき

行証… 修行ができず、 さとりを得ることができない時代であるので。
竜宮 「八大竜王のみやこなり」 (異本左訓)

(4)

しょうぞうまつさんには

弥陀みだ本願ほんがんひろまれり

*ぞう末法まっぽうのこのには

諸善しょぜんりゅうにいりたまふ

像季 像法ぞうぼうの末期。

(5)

¬*大集だいじっきょう¼ にときたまふ

この*だいひゃくねん

*とうじょうけんなるゆゑに

*びゃくほう隠滞おんたいしたまへり

第五の五百年 五五百年 (五五百歳、 五箇五百年) の第五期。 五五百年は仏滅後の二千五百年を五百年ごとに五期 (だつけんぜんじょう堅固・もん堅固・ぞう堅固・とうじょう堅固) に分け、 仏教が次第に衰えていく様を示したもの。
闘諍堅固 自説が他説よりもすぐれているとして、 仏弟子たちの言い争いが盛んになること。
白法隠滞 「よろづの善は竜宮へ隠れ入りたまふなり」 (異本左訓)

(6)

数万しゅまんざいじょう

*ほうやうやくおとろへて

まんざいにいたりては

*じょくあくをえたり

(7)

*こうじょくのときうつるには

じょうやうやくしんしょうなり

じょく悪邪あくじゃまさるゆゑ

毒蛇どくじゃあくりゅうのごとくなり

劫濁 五濁の一。 →じょく

(8)

*みょう*煩悩ぼんのうしげくして

*塵数じんじゅのごとく遍満へんまん

*愛憎あいぞうじゅんすることは

*こう岳山がくさんにことならず

愛憎違順 心にしたがうものには貧愛とんないの心をいだき、 心に違うものには瞋憎しんぞうの思いをいだくこと。
高峰岳山 「高き峰、 おかに悪のこころをたとへたり」 (左訓)

(9)

じょう*邪見じゃけんじょうにて

*叢林そうりんこくのごとくなり

念仏ねんぶつ信者しんじゃほうして

*破壊はえ瞋毒しんどくさかりなり

叢林棘刺… 「草むら・はやし・うばら・からたちのごとく悪のこころしげきなり」 (左訓)
破壊瞋毒 「やぶり、 怒り、 腹立つなり」 (左訓)

(10)

*命濁みょうじょくちゅうよう*せつにて

*しょうほう滅亡めつもう

*はいしょうじゃまさるゆゑ

*おう*あだをぞおこしける

命濁中夭… 「人の命みじかく、 もろしとなり」 (左訓)
背正帰邪 仏教の正理に背いて、 どうの邪法に帰すること。
横に 不当に。
あだ 害。

(11)

末法まっぽうだいひゃくねん

この一切いっさいいっさいじょう

如来にょらいがんしんぜずは

しゅつそのはなかるべし

(12)

*じゅうしゅをけがす

*ゆいぶつ一道いちどうきよくます

**だいしゅっとうしてのみぞ

**たくやくねんなる

九十五種 九十五種の外道のこと。 →じゅうしゅどう
唯仏一道 「仏道のみひとりきよくめでたくましますとしるべし」 (異本左訓)
菩提に出到… 「ぶつになるを出で到るとはいふなり」 (異本左訓)
火宅の利益 「穢土えどにかへりしゅじょう利益するをいふなり」 (異本左訓)

(13)

じょく時機じきいたりては

道俗どうぞくともにあらそひて

念仏ねんぶつしんずるひとをみて

ほうめつさかりなり

(14)

*だいをうまじきひとはみな

*専修せんじゅ念仏ねんぶつにあだをなす

*とんぎょう*めつのしるしには

しょう大海だいかいきはもなし

菩提をうまじきひと 仏のさとりを得られそうもない人。
毀滅 非難攻撃。

(15)

*しょうぼう時機じきとおもへども

*ていぼんとなれる

清浄しょうじょう真実しんじつのこころなし

*ほつだいしんいかがせん

底下の凡愚 「煩悩ぼんのう悪の人、 ぼんを低下といふなり」 (左訓)

(16)

*りきしょうどうだい

こころもことばもおよばれず

*じょうもつてんぼん

いかでかほっせしむべき

自力聖道の菩提心・大菩提心 自力で自利利他円満の仏のさとりを得ようと願うゆうみょうしんぜいがんであらわされるような願心。
常没流転 「つねにしょう大海に沈むとなり、 二十五有にまどひあるくを流転とはいふなり」 (異本左訓)

(17)

さん*ごうしゃ諸仏しょぶつ

しゅっのみもとにありしとき

*だいだいしんおこせども

りきかなはでてんせり

(18)

像末ぞうまつじょくとなりて

しゃゆいきょうかくれしむ

弥陀みだがんひろまりて

*念仏ねんぶつおうじょうさかりなり

(19)

ちょうじょう摂取せっしゅ

せんじゃくこうゆいして

*こうみょう寿じゅみょう誓願せいがん

だいほんとしたまへり

光明寿命の誓願 光明無量の願 (第十二願)、 寿命無量の願 (第十三願)。

(20)

じょうだいだいしん

**がんぶつしんをすすめしむ

すなはちがんぶつしん

**しゅじょうしんとなづけたり

願作仏心をすすめしむ 「他力の菩提心なり。 極楽に生れてほとけにならんと願へとすすめたまへるこころなり」 (異本左訓)
度衆生心 「よろづのじょうほとけになさんとおもふこころなりとしるべし」 (異本左訓)

(21)

しゅじょうしんといふことは

弥陀みだがんこうなり

*こうしんぎょううるひとは

**だいはつはんをさとるなり

回向の信楽 「弥陀の願力をふたごころなく信ずるをいふなり」 (異本左訓)
大般涅槃… 「弥陀如来とひとしくさとりを得るをまうすなり」 (異本左訓)

(22)

*如来にょらいこうにゅうして

*がんぶつしんをうるひとは

*りきこうをすてはてて

やくじょうはきはもなし

如来の回向 「弥陀の本願をわれらに与へたまひたるを回向とまうすなり」 (異本左訓)
願作仏心 「浄土の大菩提心なり」 (異本左訓)
自力の回向 自力によって修めたどくを往生の果を得るためにふり向けたり、 また他の人に与えようとすること。

(23)

*弥陀みだがん海水かいすい

りき信水しんすいいりぬれば

*真実しんじつほうのならひにて

*煩悩ぼんのうだいいちなり

弥陀の智願… 「弥陀の本願を智慧ちえといふなり。 この本願を大海にたとへたるなり」 (異本左訓)
煩悩菩提一味 「煩悩と功徳と一つになるなり」 (左訓) 「われらこころほとけおんこころと一つになるとしるべし」 「安楽浄土に生れぬれば、 悪も善も一つあぢはひとなるなり」 (異本左訓)

(24)

如来にょらい*しゅこう

ふかくしんずるひとはみな

*とうしょうがくにいたるゆゑ

憶念おくねんしんはたえぬなり

二種の回向 往相回向と還相回向のこと。 →往相おうそうこう還相げんそうこう
等正覚 「正定しょうじょうじゅの位なり」 (左訓) →とうしょうがく

(25)

弥陀みだがんこう

しんぎょうまことにうるひとは

摂取せっしゅしゃやくゆゑ

とうしょうがくにいたるなり

(26)

*じゅう六億ろくおく七千しちせんまん

*ろくさつはとしをへん

まことの信心しんじんうるひとは

 のたびさとりをひらくべし

五十六億七千万 釈尊のにゅうめつからろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬さつ処胎しょたいきょう¼ の説)。

(27)

*念仏ねんぶつおうじょうがんにより

とうしょうがくにいたるひと

すなはちろくにおなじくて

*だいはつはんをさとるべし

念仏往生の願 第十八願。

(28)

真実しんじつ信心しんじんうるゆゑに

すなはち*じょうじゅにいりぬれば

*しょろくにおなじくて

*じょうかくをさとるなり

無上覚 「大般涅槃をまうすなり」 (異本左訓)

(29)

*像法ぞうぼうのときのにん

りきしょきょうをさしおきて

*時機じき相応そうおうほうなれば

念仏ねんぶつもんにぞいりたまふ

像法のときの智人 りゅうじゅ菩薩・天親てんじん菩薩などを指す。
時機相応の法 時代環境と人間の素質にかなった教法。

(30)

弥陀みだ尊号そんごうとなへつつ

しんぎょうまことにうるひとは

憶念おくねんしんつねにして

仏恩ぶっとんほうずるおもひあり

(31)

じょくあくじょう

せんじゃく本願ほんがんしんずれば

*不可ふかしょう不可ふかせつ不可ふか思議しぎ

どくぎょうじゃにみてり

(32)

無礙むげこうぶつのみことには

らいじょうせんとて

*だいせいさつ

智慧ちえ念仏ねんぶつさづけしむ

(33)

*じょくじょうをあはれみて

せい念仏ねんぶつすすめしむ

信心しんじんのひとを摂取せっしゅして

じょうにゅうせしめけり

濁世 五濁悪世の意。 →じょく

(34)

しゃ弥陀みだ慈悲じひよりぞ

がんぶつしんはえしめたる

*信心しんじん智慧ちえにいりてこそ

仏恩ぶっとんほうずるとはなれ

信心の智慧 「弥陀のちかひは智慧にてましますゆゑに、 信ずるこころの出でくるは智慧のおこるとしるべし」 (異本左訓)

(35)

*智慧ちえ念仏ねんぶつうることは

*法蔵ほうぞう願力がんりきのなせるなり

信心しんじん智慧ちえなかりせば

いかでかはんをさとらまし

智慧の念仏 「弥陀のちかひをもつてほとけになるゆゑに、 智慧の念仏とまうすなり」 (異本左訓)

(36)

*みょうじょうとうなり

*げんくらしとかなしむな

しょう大海だいかい*船筏せんばつなり

ざいしょうおもしとなげかざれ

無明長夜の… 「常のともしびを弥陀の本願にたとへまうすなり。 常のともしびを灯といふ。 大きなるともしびを炬といふ」 (左訓)
智眼 智慧の眼。 肉眼に対する。
船筏 「弥陀の願をふね、 いかだにたとへたるなり」 (異本左訓)

(37)

願力がんりき*ぐうにましませば

罪業ざいごうじんじゅうもおもからず

ぶっへんにましませば

*散乱さんらん放逸ほういつもすてられず

無窮 限界がないこと。
散乱… 「散り乱る、 ほしきままのこころといふ」 (左訓) 「われらが心の散り乱れてわるきをきらはず、 浄土にまゐるべしとしるべしとなり」 (異本左訓)

(38)

如来にょらいがんをたづぬれば

のうじょうをすてずして

こう*しゅとしたまひて

だいしんをばじょうじゅせり

 第一。 中心。

(39)

真実しんじつ信心しんじん称名しょうみょう

弥陀みだこうほうなれば

*こうとなづけてぞ

りきしょうねんきらはるる

不回向 「行者の回向にあらずとしるべしとなり」 (異本左訓)

(40)

弥陀みだがん広海こうかい

*ぼん善悪ぜんあく心水しんすい

にゅうしぬればすなはちに

*だいしんとぞてんずなる

凡夫善悪… 「凡夫の善のこころ、 悪の心を水にたとへたるなり」 (左訓)
大悲心… 「さまざまの水の海に入りて、 すなはちしほとなるがごとく善悪のこころの水みな大悲のしんになるなり」 (異本左訓)

(41)

造悪ぞうあくこのむわが弟子でし

邪見じゃけん放逸ほういつさかりにて

まっにわがほうすべしと

¬*れんめんぎょう』にときたまふ

(42)

念仏ねんぶつ*ほうじょう

*阿鼻あびごくざいして

八万はちまんこうちゅうだいのう

 まなくうくとぞときたまふ

阿鼻地獄 「無間地獄なり」 (左訓) →けんごく

(43)

*真実しんじつほうしょういん

*そんのみことにたまはりて

*正定しょうじょうじゅじゅうすれば

かならず*めつをさとるなり

滅度 「大般涅槃なり」 (異本左訓)

(44)

十方じっぽうりょう諸仏しょぶつ

*証誠しょうじょうねんのみことにて

りきだいだいしん

 なはぬほどはしりぬべし

証誠護念 念仏の法が真実であることを証明し、 念仏の行者をまもること。

(45)

真実しんじつ信心しんじんうることは

末法まっぽうじょくにまれなりと

恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ*証誠しょうじょう

 がたきほどをあらはせり

(46)

往相おうそう還相げんそうこう

*まうあはぬとなりにせば

てんりんもきはもなし

*かい沈淪ちんりんいかがせん

まうあはぬ 「まうあふ」 は 「あいたてまつる」 の意。
苦海の沈淪 苦海 (迷いの世界) に沈むこと。

(47)

ぶっ思議しぎしんずれば

正定しょうじょうじゅにこそじゅうしけれ

*しょうのひとは智慧ちえすぐれ

じょうかくをぞさとりける

化生のひと 真実ほうに往生した人。 →しょう

(48)

思議しぎぶっしんずるを

ほういんとしたまへり

信心しんじんしょういんうることは

 たきがなかになほかたし

(49)

*無始むしてんをすてて

じょうはん*すること

如来にょらいしゅこう

恩徳おんどくまことにしゃしがたし

期すること 心に待ちもうけること。 期待すること。

(50)

ほう信者しんじゃはおほからず

*ぎょうじゃはかずおほし

*りきだいかなはねば

おんごうよりてんせり

自力の菩提… 自力をもってさとりを完成しようとすること。

(51)

南無なも弥陀みだぶつこう

恩徳おんどく広大こうだい思議しぎにて

*往相おうそうこうやくには

還相げんそうこう*回入せり

往相回向の利益には 浄土に往生して仏果 (仏のさとり) を証したことの利益として。
回入 めぐり入ること。 ひるがえって入ること。

(52)

往相おうそうこうだいより

還相げんそうこうだいをう

如来にょらいこうなかりせば

じょうだいはいかがせん

(53)

弥陀みだ*観音かんのんだいせい

大願だいがんのふねにじょうじてぞ

しょうのうみにうかみつつ

じょう*よばうてのせたまふ

よばうて 呼びつづけて。

(54)

弥陀みだだい誓願せいがん

ふかくしんぜんひとはみな

 てもさめてもへだてなく

南無なも弥陀みだぶつをとなふべし

(55)

しょうどうもんのひとはみな

りきしん*むねとして

りき思議しぎにいりぬれば

*なきをとすとしんせり

むねとして 根本としているが。

(56)

しゃきょうぼうましませど

しゅすべきじょうのなきゆゑに

さとりうるもの末法まっぽう

一人いちにんもあらじとときたまふ

(57)

*さんちょうじょうだいとう

*哀愍あいみんしょうじゅしたまひて

*真実しんじつ信心しんじんすすめしめ

*じょうじゅのくらゐにいれしめよ

三朝浄土の大師等 インド・中国・日本の三国に現れた浄土教の祖師たち。 七高僧のこと。 →しち高僧こうそう
哀愍摂受 「あはれみたまへとなり。 われらを受けたまへとなり」 (異本左訓)
定聚のくらゐ… 「かならずほとけになる位にすすめ入れたまへとなり」 (異本左訓)

(58)

りき信心しんじんうるひとを

 やまひおほきによろこべば

すなはちわがしんぞと

*きょうしゅそんはほめたまふ

教主世尊 釈尊のこと。

(59)

如来にょらいだい恩徳おんどく

にしてもほうずべし

しゅしき恩徳おんどく

ほねをくだきてもしゃすべし

じょうしょうぞう末法まっぽうさん じゅう八首はっしゅ

 

誡疑讃

(60)

*りょうぶっのしるしには

如来にょらいしょわくして

*罪福ざいふくしん*善本ぜんぽん

たのめば*へんにとまるなり

不了仏智 仏の智慧ちえを明らかにさとらないこと。 了は明らかに知るという意。
罪福信じ 自業自得の因果のみを信じて、 善悪を越えた阿弥陀仏の本願力の救いを信じないことをいう。
善本をたのめば 阿弥陀仏の名号を称えた功徳ɟɹɟをたのみにして往生しようとはからえば。

(61)

ぶっ思議しぎをうたがひて

りきしょうねんこのむゆゑ

へん*まんにとどまりて

仏恩ぶっとんほうずるこころなし

(62)

罪福ざいふくしんずるぎょうじゃ

ぶっ思議しぎをうたがひて

*じょうたいにとどまれば

*三宝さんぼうにはなれたてまつる

(63)

ぶっわくのつみにより

まんへんにとまるなり

わくのつみのふかきゆゑ

*年歳ねんさい劫数こうしゅをふるととく

年歳劫数をふる 長い年月を空しく過すという意。

(64)

*転輪てんりんのうおう

おうにつみをうるゆゑに

*こんをもちてつなぎつつ

*牢獄ろうごくにいるがごとくなり

金鎖 黄金のくさり。
牢獄にいる… 「自力の念仏者を王の子の罪ふかくして獄にいましむるにたとふるなり」 (異本左訓)

(65)

りき称名しょうみょうのひとはみな

如来にょらい本願ほんがん*しんぜねば

 たがふつみのふかきゆゑ

*七宝しっぽうごくにぞいましむる

信ぜねば 信じないので。
七宝の獄 七宝で飾られた牢獄。 方便化土けどのこと。

(66)

信心しんじんのひとにおとらじと

しんりきぎょうじゃ

如来にょらいだいおんをしり

称名しょうみょう念仏ねんぶつはげむべし

(67)

りき諸善しょぜんのひとはみな

ぶっ思議しぎをうたがへば

*ごうとくどうにて

七宝しっぽうごくにぞいりにける

自業自得の道理 みずから業をつくって、 その果をみずからが受けること。

(68)

ぶっ思議しぎをうたがひて

**善本ぜんぽん*徳本とくほんたのむひと

へんまんにうまるれば

だいだいはえざりけり

善本徳本たのむひと みょうごう善根ぜんごんどくの本であると信じ、 念仏の功をつんで往生しようとする自力念仏の人。

(69)

本願ほんがんわくぎょうじゃには

*がんしゅつのひともあり

*わくしょうへんときらひつつ

*わくたいとすてらるる

含花未出 「はなにふくまるるなり」 (異本左訓) れんの花につつまれて出られないこと。
或生辺地 「あるいは辺地に生れ」 (左訓)
或堕宮胎 「あるいは宮胎におつ」 (左訓)

(70)

如来にょらいしょわくして

しんぜずながらなほもまた

罪福ざいふくふかくしんぜしめ

善本ぜんぽんしゅじゅうすぐれたり

(71)

ぶっわくするゆゑに

*たいしょうのものは智慧ちえもなし

たいにかならずうまるるを

牢獄ろうごくにいるとたとへたり

(72)

七宝しっぽう殿でんにうまれては

ひゃくさいのとしをへて

三宝さんぼう見聞けんもんせざるゆゑ

じょうやく*さらになし

(73)

へん七宝しっぽう殿でん

ひゃくさいまでいでずして

みづから*過咎かぐをなさしめて

もろもろの*やくをうくるなり

過咎 「とが、 つみ」 (異本左訓)
 わざわい。 三宝さんぼうを見聞しないことや、 じょうやくができないことなどを指す。 自利利他の行ができないことが菩薩の 「わざわい」 である。

(74)

罪福ざいふくふかくしんじつつ

善本ぜんぽんしゅじゅうするひとは

しん善人ぜんにんなるゆゑに

方便ほうべんにとまるなり

(75)

弥陀みだ本願ほんがんしんぜねば

わくたいしてうまれつつ

 なはすなはちひらけねば

*たいしょするにたとへたり

胎に処する 母胎に宿っている胎児は、 親をみることもできず、 自由に行動できないように、 方便化土けどに生れた者は、 真仏にあえず、 自在無礙むげの菩薩行ができないことをいう。

(76)

ときに*慈氏じしさつ

そんにまうしたまひけり

*いんえんいかなれば

たいしょうしょうとなづけたる

慈氏菩薩 ろくさつのこと。 →
何因何縁… どのようないんねんによって。

(77)

*如来にょらい慈氏じしにのたまはく

わくしんをもちながら

善本ぜんぽんしゅするをたのみにて

たいしょうへんにとどまれり

如来 釈尊のこと。

(78)

ぶっわくのつみゆゑに

ひゃくさいまで牢獄ろうごく

 たくいましめおはします

これをたいしょうとときたまふ

(79)

ぶっ思議しぎをうたがひて

罪福ざいふくしんずるじょう

殿でんにかならずうまるれば

たいしょうのものとときたまふ

(80)

りきしんをむねとして

思議しぎぶっをたのまねば

たいにうまれてひゃくさい

三宝さんぼう慈悲じひにはなれたり

(81)

ぶっ思議しぎわくして

罪福ざいふくしん善本ぜんぽん

しゅしてじょうをねがふをば

たいしょうといふとときたまふ

(82)

ぶっうたがふつみふかし

このしんおもひしるならば

 ゆるこころをむねとして

ぶっ思議しぎをたのむべし

じょうじゅう三首さんしゅぶつ思議しぎ弥陀みだおんちかひをうたがふつみとがをしらせんとあらはせるなり。

 

聖徳奉讃

禿とく善信ぜんしんのさく

こうたいしょうとく奉讃ほうさん

(83)

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

*しょうとくおうのめぐみにて

正定しょうじょうじゅにゅうして

しょろくのごとくなり

聖徳皇 聖徳太子のこと。

(84)

*救世くせ観音かんのんだいさつ

しょうとくおうげんして

*多々たたのごとくすてずして

*阿摩あまのごとくにそひたまふ

救世観音大菩薩… 観世音菩薩は世の人々の苦を救うのでこの名がある。 親鸞聖人在世当時は聖徳太子信仰が盛んで、 太子のほんは観世音菩薩であると一般に信じられていた。
多々 梵語タータ(tāta)の音写。 父のこと。
阿摩 梵語アンバー(ambā)の音写。 母のこと。

(85)

無始むしよりこのかたこのまで

しょうとくおうのあはれみに

多々たたのごとくにそひたまひ

阿摩あまのごとくにおはします

(86)

しょうとくおうのあはれみて

ぶっ思議しぎ誓願せいがん

 すめいれしめたまひてぞ

じゅう正定しょうじょうじゅとなれる

(87)

りきしんをえんひとは

仏恩ぶっとんほうぜんためにとて

如来にょらいしゅこう

十方じっぽうにひとしくひろむべし

(88)

だい救世くせしょうとくおう

ちちのごとくにおはします

だい救世くせかんおん

ははのごとくにおはします

(89)

おんごうよりこのまで

 はれみましますしるしには

ぶっ思議しぎ*つけしめて

*善悪ぜんあくじょうもなかりけり

つけしめて したがわせて。 聖徳太子の慈悲によって、 おんごうよりてんして来た身が仏智の不思議につきしたがうことになったという意をあらわす。
善悪浄穢… 善人も悪人も、 浄心の者も穢悪な心をもつ者も、 わけへだてなく救われるという意。

(90)

*こくきょうしゅしょうとくおう

広大こうだい恩徳おんどくしゃしがたし

一心いっしんみょうしたてまつり

*奉讃ほうさん退たいならしめよ

和国の教主 日本の教主。
奉讃不退 怠ることなく讃仰したてまつる。

(91)

*じょうぐうおう方便ほうべん

こくじょうをあはれみて

如来にょらいがんせんせり

きょう奉讃ほうさんせしむべし

上宮皇子 聖徳太子のこと。 父、 用明ようめい天皇がいた宮の南のかみつみやに住したのでこの名がある。

(92)

しょう曠劫こうごうこのまで

あはれみかぶれるこのなり

一心いっしんみょうたえずして

奉讃ほうさんひまなくこのむべし

(93)

しょうとくおうのおあはれみに

護持ごじ養育よういくたえずして

如来にょらいしゅこう

すすめいれしめおはします

じょうしょうとく奉讃ほうさん じゅう一首いっしゅ

 

愚禿悲歎述懐

禿とくたんじゅっかい

(94)

じょうしんしゅうすれども

真実しんじつしんはありがたし

虚仮こけじつのわがにて

清浄しょうじょうしんもさらになし

(95)

*外儀げぎのすがたはひとごとに

*賢善けんぜんしょうじんげんぜしむ

貪瞋とんじんじゃおほきゆゑ

*かん*ももはしにみてり

外儀のすがた 外面に現れたすがたや身のふるまい。
賢善精進… 賢く善を行いつとめているかのようにみせかける。
奸詐 奸はよこしまなこと、 詐はいつわり、 人をあざむくこと。
ももはし 百端の訓。 数が多いこと。

(96)

あくしょうさらにやめがたし

こころは*蛇蝎じゃかつのごとくなり

修善しゅぜん雑毒ぞうどくなるゆゑに

虚仮こけぎょうとぞなづけたる

蛇蝎 へび、 さそり。

(97)

*ざん無愧むぎのこのにて

まことのこころはなけれども

弥陀みだこう御名みななれば

どく十方じっぽうにみちたまふ

無慚無愧 罪を恥じる心 (暫愧) がないこと。 →ざん

(98)

しょうしょうもなきにて

じょうやくはおもふまじ

如来にょらい願船がんせんいまさずは

かいをいかでかわたるべき

(99)

蛇蝎じゃかつかんのこころにて

りき修善しゅぜんはかなふまじ

如来にょらいこうをたのまでは

ざん無愧むぎにてはてぞせん

(100)

*じょくぞうのしるしには

この道俗どうぞくことごとく

外儀げぎぶっきょうのすがたにて

内心ないしん*どうきょうせり

五濁増 じょくれつとなること。

(101)

かなしきかなや道俗どうぞく

りょう吉日きちにちえらばしめ

*天神てんじん地祇じぎをあがめつつ

*卜占ぼくせんさいつとめとす

天神地祇 天神は梵天ぼんてんのうたいしゃくてん天王てんのうなど、 地祇は堅牢地祇 (大地の神)・八大竜王などを指す。
卜占祭祀 「うら、 まつり、 はらへ」 (異本左訓)

(102)

そうほうのその御名みな

 ふときこととききしかど

*だいじゃほうににて

いやしきものになづけたり

提婆五邪の法 だいだっが釈尊の教団を破壊しようとして立てた五つの邪法。

(103)

どう*ぼん*けん

 ころはかはらぬものとして

*如来にょらいほうをつねにきて

一切いっさいじんをあがむめり

梵士 梵天をあがめる者。 バラモン教徒。
尼乾志 ジャイナ教徒。
如来の法衣 釈尊が制定した法衣。 袈裟けさのこと。

(104)

 なしきかなやこのごろの

こく道俗どうぞくみなともに

ぶっきょう威儀いぎをもととして

てんじんそんきょう

(105)

じょく邪悪じゃあくのしるしには

そうほうといふ御名みな

*奴婢ぬひぼく使になづけてぞ

 やしきものとさだめたる

奴婢僕使 下男、 下女、 しもべ。

(106)

*かいみょう比丘びくなれど

末法まっぽうじょくとなりて

*しゃほつ*目連もくれんにひとしくて

ようぎょうをすすめしむ

無戒名字の比丘 戒律を持つことなく、 ただ外形のみ出家の姿をした名ばかりの僧。

(107)

罪業ざいごうもとよりかたちなし

*妄想もうぞう顛倒てんどうのなせるなり

しんしょうもとよりきよけれど

このはまことのひとぞなき

妄想顛倒 もうの分別によって、 真実とは全く逆の見解にとらわれること。

(108)

末法まっぽうあくのかなしみは

*なん北嶺ほくれい仏法ぶっぽうしゃ

*輿こしかく僧達そうたち*りきしゃほう

こうをもてなすとしたり

南都北嶺 奈良の興福こうぶく等の諸大寺とえいざんえんりゃく
輿かく僧達 南都・北嶺の高位の僧侶の輿をかつぐ僧。
力者法師 剃髪して公家・寺社・武家などに仕え、 駕輿、 馬の口取り、 長刀を帯しての警護、 使者など、 力役を中心とした奉仕に従った者。

(109)

仏法ぶっぽう*あなづるしるしには

比丘びく比丘尼びくに奴婢ぬひとして

ほうそうのたふとさも

ぼくしゅうもののとしたり

あなづる 軽蔑する。

じょうじゅう六首ろくしゅ、 これは禿とくがかなしみなげきにしてじゅっかいとしたり。 このほん本山ほんざん*いみじきそうとまうすもほうとまうすも*うきことなり。

いみじき僧 官位のある立派な僧。
うきこと なげかわしいこと。

しゃくの親鸞しんらんこれをく。

 

善光寺讃

(110)

*善光ぜんこう如来にょらい

 れらをあはれみましまして

* にはのうらにきたります

御名みなをもしらぬ*もりにて

なにはのうら… 百済からせっの難波 (現在の大阪) の浦へ来たことをいう。
守屋 物部もののべのもり (-587) のこと。 仏教の受容に反対して蘇我そが氏と対立し、 用明ようめい天皇の死後、 穴穂部あなほべの皇子みこを擁立しようとしたが、 蘇我うまらに攻められ敗死した。

(111)

そのとき* とほりけとまうしける

*疫癘えきれい*あるいはこのゆゑと

もりがたぐひはみなともに

ほとほりけとぞまうしける

ほとほりけ 熱気。 仏像が熱病の起るもとであるという邪説。
疫癘 疾病。 伝染病。
あるいはこのゆゑと もしや仏像が原因ではないかと。

(112)

 すくすすめんためにとて

ほとけともりがまうすゆゑ

ときのどうみなともに

如来にょらいをほとけとさだめたり

(113)

この仏法ぶっぽうのひとはみな

もりがことばをもととして

 とけとまうすをたのみにて

そうほうはいやしめり

(114)

*弓削ゆげもり*おおむらじ

邪見じゃけんきはまりなきゆゑに

 ろづのものをすすめんと

 すくほとけとまうしけり

弓削 現在の大阪府八尾市内。
大連 大臣おおおみと並ぶ大和やまと朝廷の最高執政官の称号。

 

自然法爾章

親鸞しんらんはちじゅう八歳はっさいひつ

 *ぎゃく」 のは、 いんのときうるをぎゃくといふ。 「とく」 のは、 果位かいのときにいたりてうることをとくといふなり。

獲の字… 次下の自然法爾の法語は、 けん上人書写本と文に少し異同がある。

 *みょう」のは、 いんのときのなをみょうといふ。 「ごう」 のは、 果位かいのときのなをごうといふ。

名の字は… ¬唯信鈔文意¼ 700頁1行以下参照。

 *ねん」といふは、 「」 はおのづからといふ、 ぎょうじゃ*はからひにあらず。 しからしむといふことばなり。 「然」 といふは、 しからしむといふことば、 ぎょうじゃのはからひにあらず、 如来にょらいのちかひにてあるがゆゑに。 「ほう」 といふは、 如来にょらいおんちかひなるがゆゑに、 しからしむるをほうといふ。 このほうは、 おんちかひなりけるゆゑに、 すべてぎょうじゃのはからひなきをもちて、 *このゆゑにりきには*なきをとすとしるべきなり。 「ねん」といふは、 もとよりしからしむるといふことばなり。

自然と… 次下の法語は『親鸞聖人御消息』第十四通とほぼ同じ。 →自然ɨɽʣ❷
はからひ 自力による思慮分別。
このゆゑに… 顕智上人書写本にはこの前に 「この法のとくのゆゑに、 しからしむといふなり。 すべて人のはじめてはからはざるなり」 とある。

 弥陀みだぶつおんちかひの、 もとよりぎょうじゃのはからひにあらずして、 南無なも弥陀みだぶつとたのませたまひて、 むかへんとはからはせたまひたるによりて、 ぎょうじゃのよからんともあしからんともおもはぬを、 ねんとはもうすぞ*とききてそうろふ。

とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。

 ちかひのやうは、 「*じょうぶつにならしめん」 とちかひたまへるなり。 じょうぶつもうすは、 かたちもなくまします。 かたちもましまさぬゆゑに、 *ねんとはもうすなり。 かたちましますとしめすときは、 じょうはんとはもうさず。 かたちもましまさぬやうをしらせんとて、 はじめに弥陀みだぶつとぞききならひてそうろふ。 弥陀みだぶつねんのやうをしらせん*りょうなり。 このどうをこころえつるのちには、 このねんのことはつねに*さたすべきにはあらざるなり。 つねにねんをさたせば、 なきをとすといふことは、 なほのあるべし。 これはぶっ思議しぎにてあるなり。

無上仏 この上なくすぐれた仏。 ¬さつ念仏ねんぶつ三昧ざんまいきょう¼ 巻四に 「無上自然仏」 の語がある。 ここではしきぎょう真如しんにょそのものをいう。
自然 →ねん
 ここでは 「…するためのもの」 という意。
さた あれこれ論義し、 せんさくすること。

(115)

よしあしのもんをもしらぬひとはみな

 ことのこころなりけるを

*善悪ぜんあくしりがほは

 ほそらごとのかたちなり

善悪の字しりがほ 善や悪の意味をさも知っているかのようなふりをすること。

(116)

是非ぜひしらずじゃしょう*わかぬ

 のみなり

しょうしょうもなけれども

*名利に人師をこのむなり

わかぬ みわけがつかない。
名利 みょうもんよう。 名誉や利益。

じょう