親鸞しんらんしょうにんしょうそく

 

*(1)

 ^*ねんねんこと

 ^*来迎らいこう*しょぎょうおうじょうにあり、 *りきぎょうじゃなるがゆゑに。 *りんじゅうといふことは、 しょぎょうおうじょうのひとにいふべし、 いまだ*真実しんじつ*信心しんじんをえざるがゆゑなり。 また*十悪じゅうあく*ぎゃく罪人ざいにんのはじめて*ぜんしきにあうて、 すすめらるるときにいふことなり。

^*真実しんじつ信心しんじんぎょうにんは、 *摂取せっしゅしゃのゆゑに*正定しょうじょうじゅくらいじゅうす。 このゆゑにりんじゅうまつことなし、 来迎らいこうたのむことなし。 信心しんじんさだまるとき*おうじょうまたさだまるなり。 来迎らいこう*そくをまたず。

 ^*しょうねんといふは、 *ほんぜいがん*しんぎょうさだまるをいふなり。 この信心しんじんうるゆゑに、 かならず*じょうはんにいたるなり。 この信心しんじん*一心いっしんといふ、 この一心いっしん*金剛こんごうしんといふ、 この金剛こんごうしん*だいだいしんといふなり。 これすなはち*りきのなかのりきなり。

 ^またしょうねんといふにつきてふたつあり。 ひとつには*じょうしんぎょうにんしょうねんふたつには*散心さんしんぎょうにんしょうねんあるべし。 このふたつのしょうねんは、 りきのなかのりきしょうねんなり。 じょうさんぜんは、 しょぎょうおうじょうのことばにをさまるなり。 このぜんは、 りきのなかのりきぜんなり。 このりきぎょうにんは、 来迎らいこうをまたずしては、 *へん*たいしょう*まんがいまでもうまるべからず。 このゆゑにだいじゅう*誓願せいがんに、 「もろもろのぜんをしてじょうこうしておうじょうせんとねがふひとりんじゅうには、 われげんじてむかへん」 とちかひたまへり。 りんじゅうまつことと来迎らいこうおうじょうといふことは、 このじょうしん散心さんしんぎょうじゃのいふことなり。

 ^*せんじゃく本願ほんがん*ねんにあらず、 *ねんにあらず。 ねんはすなはち*しきぎょうをおもふにつきていふことなり。 ねんといふは、 かたちをこころにかけず、 いろをこころにおもはずして、 ねんもなきをいふなり。 これみなしょうどうのをしへなり。

*しょうどうといふは、 すでにぶつりたまへるひとの、 われらがこころをすすめんがために、 *仏心ぶっしんしゅう*真言しんごんしゅう*ほっしゅう*ごんしゅう*三論さんろんしゅうとう*だいじょうごくきょうなり。 仏心ぶっしんしゅうといふは、 このにひろまる*ぜんしゅうこれなり。

また*法相ほっそうしゅう*じょうじつしゅう*しゃしゅうとう*ごんきょう*小乗しょうじょうとうきょうなり。 これみな*しょうどうもんなり。 ごんきょうといふは、 すなはちすでにぶつりたまへるぶつさつの、 かりにさまざまのかたちをあらはしてすすめたまふがゆゑにごんといふなり。

 ^*じょうしゅうにまた*ねんあり、 *ねんあり。 ねん*散善さんぜんねん*じょうぜんなり。 じょうねんしょうどうねんにはず。 またこのしょうどうねんのなかにまたねんあり。 よくよくとふべし。

 ^じょうしゅうのなかに*しんあり、 *あり。 しんといふは*せんじゃく本願ほんがんなり、 といふは*じょうさんぜんなり。 せんじゃく本願ほんがん*じょうしんしゅうなり、 じょうさんぜん*方便ほうべん*もんなり。 じょうしんしゅうだいじょうのなかのごくなり。 方便ほうべんもんのなかにまた*だいしょう*権実ごんじつきょうあり。

^*しゃ如来にょらいぜんしきいっぴゃくいちじゅうにんなり。 ¬*ごんぎょう¼ にみえたり。

*南無なも弥陀みだぶつ

   *けんちょう三歳さんさいかのとのいうるうがつ二十はつかのひ

                   *禿とく*親鸞しんらんしちじゅうさい

 

*(2)

 ^かたがたよりのおんこころざしのものども、 かずのままにたしかにたまはりそうろふ。 *明教みょうきょうぼう*のぼられてそうろふこと、 ありがたきことにそうろふ。 かたがたのおんこころざし、 もうしつくしがたくそうろふ。

*みょうほう御房おんぼうおうじょうのこと、 おどろきまうすべきにはあらねども、 かへすがへすうれしくそうろふ。 *鹿しま*行方なめかた*奥郡おうぐん、 かやうのおうじょうねがはせたまふひとびとの、 みなのおんよろこびにてそうろふ。

また*ひら・・つか・・にゅうどう殿どのおうじょうのことききそうろふこそ、 かへすがへすもうすにかぎりなくおぼえそうらへ。 めでたさもうしつくすべくもそうらはず。 おのおのみなおうじょう*いちじょうとおぼしめすべし。

^さりながらも、 おうじょうをねがはせたまふひとびとの御中おんなかにも、 おんこころえぬこともそうらひき、 いまもさこそそうろふらめとおぼえそうろふ。 きょうにもこころえずして、 やうやうにまどひあうてそうろふめり。 *くにぐににもおほくきこえそうろふ。

*法然ほうねんしょうにんおん弟子でしのなかにも、 われは*ゆゆしきがくしょうなどとおもひあひたるひとびとも、 このには、 みなやうやうに法文ほうもんをいひかへて、 もまどひ、 ひとをもまどはして、 わづらひあうてそうろふめり。

 ^*聖教しょうぎょうのをしへをもみずしらぬ、 おのおののやうにおはしますひとびとは、 おうじょうにさはりなしとばかりいふをききて、 *あしざまにおんこころえあること、 おほくそうらひき。 いまもさこそそうろふらめとおぼえそうろふ。

じょうきょうもしらぬ*信見しんけんぼうなどがもうすことによりて、 *ひがざまにいよいよなりあはせたまひそうろふらんをききそうろふこそ、 あさましくそうらへ。

 ^まづおのおのの、 むかしは*弥陀みだのちかひをもしらず、 弥陀みだぶつをももうさずおはしましそうらひしが、 しゃ弥陀みだ*方便ほうべんにもよほされて、 いま弥陀みだのちかひをもききはじめておはしますにてそうろふなり。 もとは*みょうさけひて、 *貪欲とんよく*しん*愚痴ぐち三毒さんどくをのみこのみめしあうてそうらひつるに、 ぶつのちかひをききはじめしより、 みょうひも*やうやうすこしづつさめ、 三毒さんどくをもすこしづつこのまずして、 弥陀みだぶつくすりをつねにこのみめすとなりておはしましあうてそうろふぞかし。

 ^しかるに、 なほひもさめやらぬに、 かさねてひをすすめ、 どくえやらぬに、 なほどくをすすめられそうろふらんこそ、 あさましくそうらへ。 *煩悩ぼんのうそくなればとて、 こころにまかせて、 にもすまじきことをもゆるし、 くちにもいふまじきことをもゆるし、 こころにもおもふまじきことをもゆるして、 *いかにもこころのままにてあるべしともうしあうてそうろふらんこそ、 かへすがへす*便びんにおぼえそうらへ。

ひもさめぬさきに、 なほさけをすすめ、 どくえやらぬに、 いよいよどくをすすめんがごとし。 くすりありどくこのめとそうろふらんことは、 *あるべくもそうらはずとぞおぼえそうろふ。

^ぶつ御名みなをもきき念仏ねんぶつもうして、 ひさしくなりておはしまさんひとびとは、 *後世ごせのあしきことをいとふしるし、 こののあしきことをばいとひすてんとおぼしめすしるしもそうろふべしとこそおぼえそうらへ。

 ^はじめてぶつのちかひをききはじむるひとびとの、 わがのわろく、 こころのわろきをおもひしりて、 こののやうにてはなんぞおうじょうせんずるといふひとにこそ、 煩悩ぼんのうそくしたるなれば、 わがこころの善悪ぜんあくをば沙汰さたせず、 むかへたまふぞとはもうそうらへ。

^かくききてのち、 ぶつしんぜんとおもふこころふかくなりぬるには、 まことにこのをもいとひ、 *てんせんことをもかなしみて、 ふかくちかひをもしんじ、 弥陀みだぶつをもこのみまうしなんどするひとは、 もとこそ、 こころのままにてあしきことをもおもひ、 あしきことをもふるまひなんどせしかども、 いまはさやうのこころをすてんとおぼしめしあはせたまはばこそ、 をいとふしるしにてもそうらはめ。

^またおうじょう信心しんじんは、 しゃ弥陀みだおんすすめによりておこるとこそみえてそうらへば、 さりともまことのこころおこらせたまひなんには、 いかがむかしのおんこころのままにてはそうろふべき。

 ^この御中おんなかのひとびとも、 少々しょうしょうはあしきさまなることの*きこえそうろふめり。 をそしり、 ぜんしきをかろしめ、 *どうぎょうをも*あなづりなんどしあはせたまふよしききそうろふこそ、 あさましくそうらへ。 すでに*謗法ほうぼうのひとなり、 *ぎゃくのひとなり。 *れむつぶべからず。

¬じょうろん¼ (論註・上意)もうすふみには、 「かやうのひとは仏法ぶっぽうしんずるこころのなきより、 このこころはおこるなり」 とそうろふめり。 また*じょうしんのなかには、 「かやうにあくをこのまんにはつつしんでとほざかれ、 ちかづくべからず」 (散善義・意) とこそかれてそうらへ。 ぜんしきどうぎょうにはしたしみちかづけとこそきおかれてそうらへ。

 ^あくをこのむひとにもちかづきなんどすることは、 じょうにまゐりてのち、 しゅじょうやくにかへりてこそ、 さやうの罪人ざいにんにもしたがひちかづくことはそうらへ。 それも、 わがはからひにはあらず。 弥陀みだのちかひによりておんたすけにてこそ、 おもふさまのふるまひもそうらはんずれ。 *とうは、 このどものやうにては、 いかがそうろふべかるらんとおぼえそうろふ。 よくよくあんぜさせたまふべくそうろふ。

 ^おうじょう金剛こんごうしんのおこることは、 ぶつおんはからひよりおこりてそうらへば、 金剛こんごうしんをとりてそうらはんひとは、 *よもをそしりぜんしきをあなづりなんどすることはそうらはじとこそおぼえそうらへ。

^このふみをもつて鹿しま行方なめかた*みなみしょう、 いづかたもこれにこころざしおはしまさんひとには、 おなじおんこころによみきかせたまふべくそうろふ。

*あなかしこ、 あなかしこ。

   *けんちょうねんがつじゅうよっかのひ

 

*(3)

 ^この*明教みょうきょうぼうののぼられてそうろふこと、 まことにありがたきこととおぼえそうろふ。 *みょうほうの御房おんぼうおうじょうのことをまのあたりききそうろふも、 うれしくそうろふ。 ひとびとのおんこころざしも、 ありがたくおぼえそうろふ。 かたがたこのひとびとののぼり、 思議しぎのことにそうろふ。

^このふみをたれたれにもおなじこころによみきかせたまふべくそうろふ。 このふみ*奥郡おうぐんにおはします*同朋どうぼう御中おんなかに、 みなおなじくらんそうろふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^*としごろ念仏ねんぶつしておうじょうねがふしるしには、 もとあしかりしわがこころをもおもひかへして、 とも同朋どうぼうにもねんごろにこころのおはしましあはばこそ、 をいとふしるしにてもそうらはめとこそおぼえそうらへ。 よくよくおんこころえそうろふべし。

 

*(4)

 ^御文おんふみたびたびまゐらせそうらひき。 らんぜずやそうらひけん。

^なにごとよりも*みょうほうの御房おんぼうおうじょうほんとげておはしましそうろふこそ、 常陸ひたちのくにうちの、 *これにこころざしおはしますひとびとのおんために、 *めでたきことにてそうらへ。

おうじょうはともかくも*ぼんのはからひにてすべきことにてもそうらはず。 *めでたきしゃもはからふべきことにもそうらはず。 *だいしょうしょうにんだにも、 ともかくもはからはで、 ただ願力がんりきにまかせてこそおはしますことにてそうらへ。 ましておのおののやうにおはしますひとびとは、 ただこのちかひありときき、 南無なも弥陀みだぶつにあひまゐらせたまふこそ、 ありがたく、 めでたくそうろほうにてはそうろふなれ。 とかくはからはせたまふこと、 ゆめゆめそうろふべからず。

さきにくだしまゐらせそうらひし ¬唯信ゆいしんしょう¼・¬*りきりき¼ なんどのふみにてらんそうろふべし。 *それこそ、 このにとりてはよきひとびとにておはします。 すでにおうじょうをもしておはしますひとびとにてそうらへば、 そのふみどもにかれてそうろふには、 なにごともなにごとも*すぐべくもそうらはず。

^法然ほうねんしょうにんおんをしへを、 よくよくおんこころえたるひとびとにておはしますにそうらひき。 さればこそ、 おうじょうもめでたくしておはしましそうらへ。

 ^おほかたは、 としごろ念仏ねんぶつもうしあひたまふひとびとのなかにも、 ひとへに*わがおもふさまなることをのみもうしあはれてそうろふひとびともそうらひき。 いまもさぞそうろふらんとおぼえそうろふ。 みょうほうぼうなどのおうじょうしておはしますも、 もとは*不可ふか思議しぎのひがごとをおもひなんどしたるこころをもひるがへしなんどしてこそそうらしか。

^*われおうじょうすべければとて、 すまじきことをもし、 おもふまじきことをもおもひ、 いふまじきことをもいひなどすることはあるべくもそうらはず。 貪欲とんよく煩悩ぼんのうにくるはされてよくもおこり、 しん煩悩ぼんのうにくるはされてねたむべくもなきいんをやぶるこころもおこり、 愚痴ぐち煩悩ぼんのうにまどはされておもふまじきことなどもおこるにてこそそうらへ。

めでたきぶつおんちかひのあればとて、 わざとすまじきことどもをもし、 おもふまじきことどもをもおもひなどせんは、 よくよくこののいとはしからず、 のわろきことをおもひしらぬにてそうらへば、 念仏ねんぶつにこころざしもなく、 ぶつおんちかひにもこころざしのおはしまさぬにてそうらへば、 念仏ねんぶつせさせたまふとも、 そのおんこころざしにては*じゅんおうじょう*かたくやそうろふべからん。

よくよくこのよしをひとびとに、 きかせまゐらせさせたまふべくそうろふ。 かやうにももうすべくもそうらはねども、 なにとなくこのへんのことをおんこころにかけあはせたまふひとびとにておはしましあひてそうらへば、 かくももうそうろふなり。

^この念仏ねんぶつは、 やうやうにかはりあうてそうろふめれば、 とかくもうすにおよばずそうらへども、 しょうにん (法然)おんをしへをよくよくうけたまはりておはしますひとびとは、 *いまももとのやうにかはらせたまふことそうらはず。 *かくれなきことなれば、 きかせたまひあうてそうろふらん。

*じょうしゅう、 みなかはりておはしましあうてそうろふひとびとも、 しょうにん (法然)おん弟子でしにてそうらへども、 やうやうにをもいひかへなどして、 もまどひ、 ひとをもまどはかしあうてそうろふめり。 あさましきことにてそうろふなり。 きょうにもおほくまどひあうてそうろふめり。 まして、 ゐなかは、 さこそそうろふらめと*こころにくくもそうらはず。 なにごとももうしつくしがたくそうろふ。 またまたもうそうろふべし。

 

*(5)

 ^ぜんしきをおろかにおもひ、 をそしるものをば、 *謗法ほうぼうのものともうすなり。 おやをそしるものをば、 *ぎゃくのものともうすなり。 どうせざれとそうろふなり。

されば*きたこおりそうらひし*ぜんしょうぼうは、 おやを*のり、 善信ぜんしん (親鸞) をやうやうにそしりそうらひしかば、 ちかづきむつまじくおもひそうらはで、 ちかづけずそうらひき。 *みょうほうの御房おんぼうおうじょうのことをききながら、 *あとをおろかにせんひとびとは、 その同朋どうぼうにあらずそうろふべし。

^みょうさけひたるひとにいよいよひをすすめ、 三毒さんどくをひさしくこのみくらふひとにいよいよどくをゆるしてこのめともうしあうてそうろふらん、 便びんのことにそうろふ。

みょうさけひたることをかなしみ、 三毒さんどくこのみくうていまだどくせはてず、 みょうひもいまださめやらぬにおはしましあうてそうろふぞかし。 よくよくおんこころえそうろふべし。

 

*(6)

 ^*かさ念仏ねんぶつしゃうたがひとはれたること

 ^それじょうしんしゅうのこころは、 おうじょう*こん*りきあり、 *りきあり。 このことすでに*天竺てんじく (印度)ろんじょう祖師そしおおせられたることなり。

 ^まづりきもうすことは、 ぎょうじゃのおのおののえんにしたがひて、 *仏号ぶつごうしょうねんし、 *善根ぜんごんしゅぎょうして、 わがをたのみ、 わがはからひのこころをもつてしん口意くいのみだれごころをつくろひ、 *めでたうしなしてじょうおうじょうせんとおもふをりきもうすなり。

^またりきもうすことは、 弥陀みだ如来にょらいおんちかひのなかに、 せんじゃく摂取せっしゅしたまへるだいじゅうはち*念仏ねんぶつおうじょう本願ほんがん*しんぎょうするをりきもうすなり。 如来にょらいおんちかひなれば、 りきには*なきをとす」 と、 しょうにん (法然)おおせごとにてありきといふことは、 はからふことばなり。 ぎょうじゃのはからひはりきなれば、 といふなり。 りきは、 本願ほんがんしんぎょうしておうじょうひつじょうなるゆゑに、 *さらに義なしとなり。

 ^しかれば、 わがのわるければ、 *いかでか如来にょらいむかへたまはんとおもふべからず。 ぼんはもとより煩悩ぼんのうそくしたるゆゑに、 わるきものとおもふべし。 またわがこころよければ、 おうじょうすべしとおもふべからず。 りきおんはからひにては真実しんじつほううまるべからざるなり。 「ぎょうじゃのおのおののりきしんにては、 *まん*へんおうじょう*たいしょうじょうじょうまでぞおうじょうせらるることにてあるべき」 とぞ、 うけたまはりたりし。

^だいじゅうはち本願ほんがんじょうじゅのゆゑに弥陀みだ如来にょらいとならせたまひて、 不可ふか思議しぎやくきはまりましまさぬおんかたちを、 *天親てんじんさつ*じん十方じっぽう無礙むげこう如来にょらいとあらはしたまへり。 このゆゑに、 よきあしきひとをきらはず、 煩悩ぼんのうのこころをえらばず、 へだてずして、 おうじょうはかならずするなりとしるべしとなり。

しかれば、 しんいんしょう (源信) は、 ¬おうじょうようしゅう¼ (下意) には、 本願ほんがん念仏ねんぶつしんぎょうするありさまをあらはせるには、 「*行住ぎょうじゅう座臥ざがえらばず、 *しょ諸縁しょえんをきらはず」 とおおせられたり。 「真実しんじつ信心しんじんをえたるひと摂取せっしゅのひかりにをさめとられまゐらせたり」 (往生要集・中意) と、 たしかにあらはせり。

しかれば、 「みょう煩悩ぼんのうしてあんにょうじょうおうじょうすれば、 かならずすなはちじょうぶっにいたる」 と、 *しゃ如来にょらいきたまへり。

 ^しかるに、 「*じょくあくのわれら、 しゃ一仏いちぶつのみことを*信受しんじゅせんこと*ありがたかるべしとて、 十方じっぽう*恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつしょうにんとならせたまふ」 (*散善義・意) と、 *善導ぜんどうしょうしゃくしたまへり。 「しゃ弥陀みだ十方じっぽう諸仏しょぶつ、 みなおなじおんこころにて、 本願ほんがん念仏ねんぶつしゅじょうには、 かげかたちへるがごとくしてはなれたまはず」 (散善義・意) とあかせり。

しかれば、 この信心しんじんひとしゃ如来にょらいは、 「わがしたしきともなり」 (大経・下意) とよろこびまします。

この信心しんじんひと*しんぶつ弟子でしといへり。 このひと*しょうねんじゅうするひととす。 このひとは、弥陀みだぶつ*摂取せっしゅしててたまはざれば、 *金剛こんごうしんをえたるひともうすなり。 このひと*上上じょうじょうにんとも、 好人こうにんとも、 *みょうこうにんとも、 *さいしょうにんとも、 *希有けうにんとももうすなり。 このひと正定しょうじょうじゅくらいさだまれるなりとしるべし。 しかれば*ろくぶつとひとしきひととのたまへり。 これは真実しんじつ信心しんじんをえたるゆゑに、 かならず*真実しんじつほうおうじょうするなりとしるべし。

 ^この信心しんじんをうることは、 しゃ弥陀みだ十方じっぽう諸仏しょぶつ方便ほうべんよりたまはりたるとしるべし。 しかれば、 「諸仏しょぶつおんをしへをそしることなし。 善根ぜんごんぎょうずるひとをそしることなし。 この念仏ねんぶつするひとをにくみそしるひとをも、 にくみそしることあるべからず。 あはれみをなし、 *かなしむこころをもつべし」 とこそ、 しょうにん (法然)おおせごとありしか。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^仏恩ぶっとんのふかきことは、 まんへんおうじょうし、 *じょうたい*おうじょうするだにも、 弥陀みだおんちかひのなかに、 だいじゅうだいじゅうがんおんあはれみにてこそ、 不可ふか思議しぎのたのしみにあふことにてそうらへ。 仏恩ぶっとんのふかきこと、 そのきはもなし。 いかにいはんや、 真実しんじつほうおうじょうしてだいはんのさとりをひらかんこと、 仏恩ぶっとんよくよくあんどもそうろふべし。 これさらに*しょうしんぼう親鸞しんらんがはからひまうすにはあらずそうろふ。 ゆめゆめ。

   *けんちょう七歳しちさいきのとのうじゅうがつみっかのひ

                    禿とく親鸞しんらんはちじゅう三歳さんさいこれをく。

 

*(7) [信行一念章]

 ^がつなぬ御文おんふみがつじゅう六日ろくにちたしかにたしかにみそうらひぬ。

さては、 おおせられたること、 *しん一念いちねん*ぎょう一念いちねんふたつなれども、 しんをはなれたるぎょうもなし、 ぎょう一念いちねんをはなれたるしん一念いちねんもなし

そのゆゑは、 ぎょうもうすは、 本願ほんがんみょうごうをひとこゑとなへておうじょうすともうすことをききて、 ひとこゑをもとなへ、 もしは*じゅうねんをもせんはぎょうなり。 このおんちかひをききて、 うたがふこころのすこしもなきをしん一念いちねんもうせば、 しんぎょうとふたつときけども、 ぎょうをひとこゑするとききてうたがはねば、 ぎょうをはなれたるしんはなし*とききてそうろふ。 また、 しんはなれたるぎょうなしとおぼしめすべし。

 ^これみな弥陀みだおんちかひともうすことをこころうべし。 ぎょうしんとはおんちかひをもうすなり。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^いのちそうらはば、 かならずかならずのぼらせたまふべし。

   がつじゅう八日はちにち            (花押)

  *かくしんの御房おんぼう おんへん

 ^*専信せんしんぼうきょうちかくなられてそうろふこそ、 たのもしうおぼえそうらへ。 また、 おんこころざしのぜに*さんびゃくもん、 たしかにたしかにかしこまりてたまはりてそうろふ。

 *けんちょう八歳はっさいひのえたつがつじゅう八日はちにち親鸞しんらんしょうにんおんへん

 

*(8)

 ^この御文おんふみどものやう、 くはしくみそうろふ。

^また、 さては*しん法文ほうもんのやうゆゑに、 常陸ひたち下野しもつけの人々、 念仏ねんぶつもうさせたまひそうろふことの、 としごろうけたまはりたるやうには、 みなかはりあうておはしますときこえそうろふ。 かへすがへすこころうくあさましくおぼえそうろふ。 としごろおうじょういちじょうおおせられそうろふ人々、 しんとおなじやうに、 そらごとをみなそうらひけるを、 としごろふかくたのみまゐらせてそうらひけること、 かへすがへすあさましうそうろふ。

 ^そのゆゑは、 おうじょう信心しんじんもうすことは、 一念いちねんうたがふことのそうらはぬをこそ、 *おうじょういちじょうとはおもひてそうら

*こうみょうしょう (善導)しんのやうををしへさせたまひそうろふには、 「まことのしんさだめられてのちには、 弥陀みだのごとくのぶつしゃのごとくのぶつ、 そらにみちみちて、 しゃのをしへ、 弥陀みだ本願ほんがん*ひがごとなりとおおせらるとも、 一念いちねんうたがいあるべからず」 とこそうけたまはりてそうらへば、 そのやうをこそ、 としごろもうしてそうろふに、 しんほどのもののもうすことに、 常陸ひたち下野しもつけ念仏ねんぶつしゃの、 みなおんこころどもの*うかれて、 はては、 さしもたしかなるしょうもんを、 ちからをつくしてかずあまたきてまゐらせてそうらへば、 それをみなすてあうておはしましそうろふときこえそうらへば、 ともかくももうすにおよばずそうろふ。

 ^まづしんもうそうろ法文ほうもんのやう、 *みょうもくをもきかず。 いはんやならひたることもそうらはねば、 しんにひそかにをしふべきやうもそうらはず。 またよるひるしん一人いちにんに、 ひとにはかくして法文ほうもんをしへたることそうらはず。 もしこのこと、 しんもうながら、 そらごとをももうしかくして、 ひとにもしらせずしてをしへたることそうらはば、 *三宝さんぼうほんとして、 *三界さんがい諸天しょてん善神ぜんじん*かい*りゅうじんはち*えん王界おうかい*じん*みょうどうばつを、 親鸞しんらんにことごとくかぶりそうろふべし。

 ^こん以後いごは、 しんにおきては、 *おもひきりてそうろふなり。 *けんのことにも、 *不可ふか思議しぎのそらごと、 もうすかぎりなきことどもを、 もうしひろめてそうらへば、 *しゅっのみにあらず、 けんのことにおきても、 おそろしきもうしごとどもかずかぎりなくそうろふなり。

なかにも、 この法文ほうもんのやうききそうろふに、 こころもおよばぬもうしごとにてそうろふ。 *つやつや親鸞しんらんには、 ききもせず、 ならはぬことにてそうろふ。 かへすがへすあさましう、 こころうくそうろふ。

弥陀みだ本願ほんがんをすてまゐらせてそうろふことに、 人々ひとびとのつきて、 親鸞しんらんをもそらごともうしたるものになしてそうろふ。 こころうく、 *うたてきことにそうろふ。

 ^おほかたは、 ¬唯信ゆいしんしょう¼・¬*りきりきふみ¼・¬*後世ごせものがたり聞書ききがき¼・¬*一念いちねんねんしょうもん¼・¬*唯信ゆいしんしょうもん¼・¬*一念いちねんねんもん¼、 これらをらんじながら、 しん法文ほうもんによりて、 おほくの念仏ねんぶつしゃたちの、 弥陀みだ本願ほんがんをすてまゐらせあうてそうろふらんこと、 もうすばかりなくそうらへば、 かやうのおんふみども、 これよりのちにはおおらるべからずそうろふ。

 ^また ¬*しんしゅう聞書ききがき¼、 *しょうしんぼうかせたまひたるは、 すこしもこれにもうしてそうろふやうにたがはずそうらへば、 うれしうそうろふ。 ¬しんしゅう聞書ききがき¼ いちじょうはこれにとどめおきてそうろふ。

 ^また*哀愍あいみんぼうとかやの、 いまだみもせずそうろふ。 またふみいちもまゐらせたることもなし。 くによりも*ふみたびたることもなし。

^親鸞しんらんふみたるともうそうろふなるは、 おそろしきことなり。 この ¬*唯信ゆいしんしょう¼ きたるやう、 あさましうそうらへば、 にやきそうろふべし。 かへすがへすこころうくそうろふ。

^このふみ人々ひとびとにもみせさせたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   がつじゅうにち           親鸞しんらん

  ^しょうしんぼうおんへん

 なほなほよくよく念仏ねんぶつしゃたち信心しんじんいちじょうそうらひしことは、 みなおんそらごとどもにてそうらひけり。 これほどにだいじゅうはちがんをすてまゐらせあうてそうろ人々ひとびとおんことばをたのみまゐらせて、 としごろそうらひけるこそ、 あさましうそうろふ。 このふみをかくさるべきことならねば、 よくよく人々ひとびとにみせまうしたまふべし。

 

*(9) [慈信房義絶状]

 ^おおせられたること、 くはしくききてそうろふ。 なによりは、 *哀愍あいみんぼうとかやともうすなるひとの、 *きょうよりふみたるとかやともうされそうろふなる、 かへすがへす思議しぎそうろふ。 いまだかたちをもみず、 ふみいちもたまはりそうらはず、 これよりももうすこともなきに、 きょうよりふみたるともうすなる、 あさましきことなり。

 ^また*しんぼう法文ほうもんのやう、 みょうもくをだにもきかず、 しらぬことを、 しん一人いちにんに、 よる親鸞しんらんがをしへたるなりと、 ひとしんぼうもうされてそうろふとて、 *これにも常陸ひたち下野しもつけ人々ひとびとは、 みな親鸞しんらんがそらごとをもうしたるよしをもうしあはれてそうらへば、 いまは父子ふしはあるべからずそうろふ。

 ^また*ははあまにも思議しぎのそらごとをいひつけられたること、 もうすかぎりなきこと、 あさましうそうろふ。 *みぶ・・にょうぼうの、 これへきたりてもうすこと、 しんぼう*たうたるふみとて、 もちてきたれるふみ、 これにおきてそうろふめり。 しんぼうふみとてこれにあり。 そのふみ*つやつやいろはぬことゆゑに、 *ままははに*いひまどはされたるかれたること、 ことにあさましきことなり。 にありけるを、 ままははのあまのいひまどはせりといふこと、 あさましきそらごとなり。

^またこのにいかにしてありけりともしらぬことをみぶ・・にょうぼうのもとへもふみのあること、 こころもおよばぬほどのそらごと、 こころうきことなりとなげきそうろふ。

 ^まことにかかるそらごとどもをいひて、 *ろく波羅はらへん*鎌倉かまくらなんどに*ろうせられたること、 こころうきことなり。 これらほどのそらごとはこののことなれば、 いかでもあるべし。 それだにも、 そらごとをいふこと、 *うたてきなり。 いかにいはんや、 おうじょう極楽ごくらくだいをいひまどはして、 常陸ひたち下野しもつけ念仏ねんぶつしゃをまどはし、 おやにそらごとをいひつけたること、 こころうきことなり。

 ^だいじゅうはち本願ほんがんをば、 しぼめるはなにたとへて、 ひとごとにみなすてまゐらせたりときこゆること、 まことに*謗法ほうぼうのとが、 また*ぎゃくつみこのみて、 ひとそんじまどはさるること、 かなしきことなり。

 ^ことに*そうつみもうつみは、 ぎゃくのそのひとつなり。 親鸞しんらんにそらごとをもうしつけたるは、 ちちころすなり。 ぎゃくのそのひとつなり。 このことどもつたへきくこと、 あさましさもうすかぎりなければ、 いまはおやといふことあるべからず、 とおもふことおもひきりたり。 三宝さんぼう神明しんめいもうしきりをはりぬ。 かなしきことなり。 わが法門ほうもんずとて、 常陸ひたち念仏ねんぶつしゃみなまどはさんとこのまるるときくこそ、 こころうくそうらへ。 親鸞しんらんがをしへにて、 常陸ひたち念仏ねんぶつもう人々ひとびとそんぜよとしんぼうにをしへたると鎌倉かまくらまできこえんこと、 あさましあさまし。

      おなじき六月ろくがつじゅう七日しちにち到来とうらい

   がつじゅうにち               在判

     けんちょう八年はちねん六月ろくがつじゅう七日しちにちこれをしるす。

    しんぼうおんへん

     *げん三年さんねん七月しちがつじゅう七日しちにち書写しょしゃしをはんぬ。

 

*(10)

 ^また*せつといふは、 よろづのきょうかれそうろふに、 しゅにはすぎずそうろふなり。 一には仏説ぶっせつ、 二にはしょう弟子でしせつ、 三には天仙てんせんせつ、 四にはじんせつ、 五にはへんせつといへり。 このいつつのなかに、 仏説ぶっせつをもちゐてかみのしゅをたのむべからずそうろふ。 この*さんきょうしゃ如来にょらいせつにてましますとしるべしとなり。

^*四土しどといふは、 一には法身ほっしん、 二には報身ほうじん、 三には応身おうじん、 四には化土けどなり。 いまこの安楽あんらくじょうほうなり。

^*三身さんしんといふは、 一には法身ほっしん、 二には報身ほうじん、 三には応身おうじんなり。 いまこの弥陀みだ如来にょらい報身ほうじん如来にょらいなり。

^*三宝さんぼうといふは、 一には仏宝ぶっぽう、 二には法宝ほうぼう、 三には僧宝そうぼうなり。 いまこのじょうしゅう仏宝ぶっぽうなり。

^*じょうといふは、 一にはぶつじょう、 二にはさつじょう、 三には縁覚えんがくじょう、 四にはしょうもんじょうなり。 いまこのじょうしゅう*さつじょうなり。

^*きょうといふは、 一にはとんぎょう、 二にはぜんぎょうなり。 いまこのきょうとんぎょうなり。

^*ぞうといふは、 一にはさつぞう、 二にはしょうもんぞうなり。 いまこのきょうさつぞうなり。

^*どうといふは、 一にはなんぎょうどう、 二にはぎょうどうなり。 いまこのじょうしゅうぎょうどうなり。

^*ぎょうといふは、 一には正行しょうぎょう、 二にはぞうぎょうなり。 いまこのじょうしゅう正行しょうぎょうほんとするなり。

^*ちょうといふは、 一にはしゅちょう、 二にはおうちょうなり。 いまこのじょうしゅうおうちょうなり。 しゅちょうしょうどうりきなり。

^えんといふは、 一には*えん、 二には*えんなり。 いまこのじょうえんきょうなり

^じゅうといふは、 一にはじゅう、 二にはじゅうなり。 いまこのじょうきょうは、 *法滅ほうめつひゃくさいまでじゅうしたまひて、 *じょうやくしたまふとなり。 じゅうしょうどう諸善しょぜんなり。 諸善しょぜんはみな*りゅうぐうへかくれいりたまひぬるなり。

^不思ふしといふは、 思議しぎほうしょうどう*八万はちまんせん諸善しょぜんなり。 不思ふしといふはじょうきょう不可ふか思議しぎきょうぼうなり。

 ^これらはかやうにしるしまうしたり。 よくしれらんひとにたずねまうしたまふべし。 またくはしくはこのふみにてもうすべくもそうらはず。 もみえずそうろふ。 なにごともみなわすれてそうろふうへに、 ひとにあきらかにもうすべきにもあらずそうろふ。 よくよく*じょうがくしょうにとひまうしたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   *うるう三月さんがつみっかのひ            親鸞しんらん

 

*(11) [金剛信心事]

 ^信心しんじんをえたるひとは、 かならず正定しょうじょうじゅくらいじゅうするがゆゑに*とうしょうがくくらいもうすなり。 ¬*だいりょう寿じゅきょう¼ には、 *摂取せっしゅしゃやくさだまるものを*正定しょうじょうじゅとなづけ、 ¬*りょう寿じゅ如来にょらい¼ にはとうしょうがくきたまへり。 そのこそかはりたれども、 正定しょうじょうじゅとうしょうがくは、 ひとつこころ、 ひとつくらいなり。 とうしょうがくもうくらいは、 *しょろくとおなじくらいなり。 ろくとおなじく、 このたび*じょうかくにいたるべきゆゑに、 *ろくにおなじときたまへり。

 ^さて ¬だいきょう¼ (下) には、 「にょろく」 とはもうすなり。 ろくはすでにぶつにちかくましませば、 *ろくぶつしょしゅうのならひはもうすなり。 しかれば、 ろくにおなじくらいなれば、 正定しょうじょうじゅひと*如来にょらいとひとしとももうすなり。 じょう真実しんじつ信心しんじんひとは、 このこそあさましきじょう造悪ぞうあくなれども、 こころはすでに如来にょらいとひとしければ、 如来にょらいとひとしともうすこともあるべしとしらせたまへ。

^ろくはすでにじょうかくにそのしんさだまりてあるべきにならせたまふによりて、 *さんのあかつきともうすなり。 じょう真実しんじつのひとも、 このこころをこころうべきなり。

 ^こうみょうしょう (善導) の ¬*般舟はんじゅさん¼ (意) には、 「*信心しんじんのひとは、 そのしんすでにつねにじょうす」 としゃくしたまへり。 「す」 といふは、 じょうに、 信心しんじんのひとのこころつねにゐたりといふこころなり。 これはろくとおなじといふことをもうすなり。 これはとうしょうがくろくとおなじともうすによりて、 信心しんじんのひとは如来にょらいとひとしともうすこころなり。

   *しょう元年がんねんひのとのみじゅうがつとおかのひ       親鸞しんらん

   *しょうしんの御房おんぼう

 

*(12)

 ^これは ¬きょう¼ のもんなり。 ¬ごんぎょう¼ (*入法界品・意) にのたまはく、 「信心しんじんかんしゃしょ如来にょらいとう」 といふは、 「信心しんじんよろこぶひとはもろもろの如来にょらいとひとし」 といふなり。 「もろもろの如来にょらいとひとし」 といふは、 信心しんじんをえてことによろこぶひとは、 しゃくそんのみことには、 「*けんきょうとくだいきょうそくぜんしん(大経・下)きたまへり。

^また弥陀みだだいじゅうしちがんには、 「十方じっぽうかい りょう諸仏しょぶつ しつしゃ しょうみょうしゃ しゅしょうがく(大経・上)ちかひたまへり。 がんじょうじゅの文 (大経・下意) には、 よろづのぶつにほめられ、 よろこびたまふ」 とみえたり。

 ^すこしもうたがふべきにあらず。 これは 「如来にょらいとひとし」 といふもんどもをあらはししるすなり。

   *しょう元年がんねんひのとのみじゅうがつとおかのひ       親鸞しんらん

   *しんぶつの御房おんぼう

 

*(13) [慶信上書聖人加筆御返事]

 ^*かしこまりてもうそうろふ。

 ^*¬だいりょう寿じゅ¼ (下) に 「信心しんじんかん」 とそうろふ。 *¬ごんぎょう¼ をきて ¬*じょうさん¼ (94) にも、 「信心しんじんよろこぶそのひとを 如来にょらいとひとしとときたまふ だい信心しんじんぶっしょうなり ぶっしょうすなはち如来にょらいなり」 とおおせられてそうろふに、 専修せんじゅひとのなかに、 あるひとこころえちがへてそうろふやらん、 「信心しんじんよろこぶひと如来にょらいとひとしとどうぎょうたちののたまふはりきなり。 *真言しんごんにかたよりたり」 ともうそうろふなるは、 *ひとのうへをるべきにそうらはねどももうそうろふ。

 ^また、 「真実しんじつ信心しんじんうるひとは すなはちじょうじゅのかず*にいる 退たいのくらゐにいりぬれば かならずめつをさとらしむ」 (浄土和讃・59)そうろふ。 「めつをさとらしむ」 とそうろふは、 このたびこのおわそうらはんとき、 真実しんじつ信心しんじんぎょうじゃこころほうにいたりそうらひなば、 寿じゅみょうりょう*たいとして、 こうみょうりょう*徳用とくゆうはなれたまはざれば、 如来にょらい*心光しんこういちなり。

このゆゑ、 「だい信心しんじんぶっしょうなり、 ぶっしょうはすなはち如来にょらいなり」 とおおせられてそうろふやらん。 これは十一・二・三のおんちかいとこころえられそうろふ。 罪悪ざいあくのわれらがためにおこしたまへるだいおんちかい目出めでたくあはれにましますうれしさ、 こころもおよばれず、 ことばもたえてもうしつくしがたきこと、 かぎりなくそうろふ。

*無始むし曠劫こうごうよりこのかた、 過去かこ遠々おんおんに、 恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつしゅっみもとにて、 *だいだいしんおこすといへども、 *りきかなはず*そん方便ほうべんにもよほされまゐらせて、 ぞうぎょう雑修ざっしゅりきしんのおもひなし。

無礙むげこう如来にょらい摂取せっしゅしゃおんあはれみのゆゑに、 しんなくよろこびまゐらせて、 *一念いちねんまでのおうじょうさだまりて、 *誓願せいがん思議しぎとこころえそうらひな*んには、 *そうろふにあかぬじょう*聖教しょうぎょうも、 しきにあひまゐらせんとおもはんことも、 摂取せっしゅしゃも、 しんも、 念仏ねんぶつも、 ひとのためとおぼえられそうろ

 ^いましゅ*おんおしえのゆゑ、 こころをぬきておんこころむきをうかがひそうろふによりて、 がんをさとり、 *直道じきどうをもとめえて、 まさしき*真実しんじつほうにいたりそうらはんこと、 このたび*一念いちねんもんみょうにいたるまで、 うれしさおんのいたり、 そのうへ ¬*弥陀みだきょうしゅう¼ におろおろあきらかにおぼえられそうろふ。

しかるにけん*そうそうにまぎれて、 いちもしくは二時にじさんおこたるといへども、 ちゅうにわすれず、 おんあはれみをよろこぶ業力ごうりきばかりにて、 行住ぎょうじゅう座臥ざがしょじょうをもきらはず、 一向いっこう金剛こんごう信心しんじんばかりにて、 仏恩ぶっとんのふかさ、 しゅ*恩徳おんどくのうれしさ、 報謝ほうしゃのためにただ御名みなをとなふるばかりにて、 *しょとせず。 このやう*ひがざまにかそうろふらん。 いちだい、 ただこれにすぎたるはなし。 しかるべくは、 よくよくこまかにおおせをかぶそうらはんとて、 わづかにおもふばかりをしるしてもうしあげそうろふ。

 ^さてはきょうにひさしくそうらひしに、 そうそうにのみそうらひて、 こころしづかにおぼえずそうらひしことのなげかれそうらひて、 わざといかにしてもまかりのぼりて、 こころしづかに、 せめてはいつもとそうらはばやとねがひそうろふなり。 *ああ、 かうまでもうそうろふもおんのちからなり。

 しんじょう しょうにん (親鸞)もとへ   *れん御坊おんぼうもうさせたまへ

   じゅうがつとおかのひ      *きょうしんたてまつる (花押)

 ^*つてもうしあげそうろふ。

 念仏ねんぶつもうそうろ人々ひとびとのなかに、 南無なも弥陀みだぶつととなへそうろふひまには、 無礙むげこう如来にょらいととなへまゐらせそうろひとそうろふ。 これをききて、 あるひともうそうろふなる、 「南無なも弥陀みだぶつととなへてのうへに、 みょうじん十方じっぽう無礙むげこう如来にょらいととなへまゐらせそうろふことは、 おそれあることにてこそあれ、 *いまめがはしく」 ともうそうろふなる、 このやういかがそうろふべき。

 ^*南無なも弥陀みだぶつをとなへてのうへに、 無礙むげこうぶつもうさんはあしきことなりとそうろふなるこそ、 きはまれるおんひがごとときこえそうらへ。 みょう南無なもなり。 無礙むげこうぶつこうみょうなり、 智慧ちえなり。 この智慧ちえはすなはち弥陀みだぶつなり。 弥陀みだぶつおんかたちをしらせたまはねば、 そのおんかたちをたしかにたしかにしらせまゐらせんとて、 しんさつ (天親) おんちからをつくしてあらはしたまへるなり。 このほかのことは、 少々しょうしょう文字もじをなほしてまゐらせそうろふなり。

 ^*この御文おんふみのやう、 くはしくもうしあげてそうろふ。 すべてこの御文おんふみのやう、 たがはずそうろふとおおそうろふなり。 ただし、 「一念いちねんするにおうじょうさだまりて誓願せいがん思議しぎとこころえそうろふ」 とおおそうろふをぞ、 「よきやうにはそうらへども、 一念いちねんにとどまるところあしくそうろふ」 とて、 御文おんふみのそばにひつをもつて、 あしくそうろふよしをれさせおはしましてそうろふ。 れんに 「かくれよ」 とおおせをかぶりてそうらへども、 ひつはつよきしょうにおぼしめされそうらひぬとおぼえそうろふあひだ、 をりふし*御咳おんがいびょうにておんわづらひにわたらせたまひそうらへども、 もうしてそうろふなり。

 ^また*のぼりてそうらひし人々ひとびと、 くににろんじまうすとて、 あるいはろくとひとしともうそうろ人々ひとびとそうろふよしをもうそうらひしかば、 しるしおおせられてそうろふみそうろふ。 しるしてまゐらせそうろふなり。 らんあるべくそうろふ。

^またろくとひとしとそうろふは、 ろく等覚とうがくぶんなり。 これはいんぶんなり。 これはじゅうじゅうつき円満えんまんしたまふが、 すでにようここぬつきのいまだ円満えんまんしたまはぬほどをもうそうろふなり。 これはりきしゅぎょうのやうなり。 われらは信心しんじんけつじょうぼんくらい〔は〕正定しょうじょうじゅくらいなり。 これはいんなり、 これ等覚とうがくぶんなり。 かれはりきなり、 これはりきなり。 自他じたのかはりこそそうらへども、 いんくらいはひとしといふなり。 またろくみょうがくのさとりはおそく、 われらがめつにいたることはそうらはんずるなり。 かれは*じゅうろくおく七千しちせんまんざいのあかつきをし、 これは*ちくまくをへだつるほどなり。 かれは*漸頓ぜんとんのなかのとん、 これはとんのなかのとんなり。

^めつといふはみょうがくなり。 曇鸞どんらんの ¬ちゅう¼ (論註・下) にいはく、 「じゅあり、 *好堅こうけんじゅといふ。 このそこひゃくねんわだかまりゐて、 ふるとき一日いちにちひゃくじょうそうろふ」 (意) なるぞ。 このそこひゃくねんそうろふは、 われらがしゃかいそうらひて、 正定しょうじょうじゅくらいじゅうするぶんなり。 一日いちにちひゃくじょうそうろふなるは、 めつにいたるぶんなり。 これにたとへてそうろふなり。 これはりきのやうなり。 まつ生長しょうちょうするは、 としごとにすんをすぎず。 これはおそし、 りきしゅぎょうのやうなり。

 ^また如来にょらいとひとしといふは、 煩悩ぼんのうじょうじゅぼんぶつ心光しんこうらされまゐらせて*信心しんじんかんす。 信心しんじんかんするゆゑに正定しょうじょうじゅかずじゅうす。 信心しんじんといふはなり。 このは、 りきこうみょう摂取せっしゅせられまゐらせぬるゆゑにうるところのなり。 ぶつこうみょうなり。 かるがゆゑに、 おなじといふなり。 おなじといふは、 信心しんじんをひとしといふなり。 *かんといふは、 信心しんじんかんするなり。 わが信心しんじんかんするゆゑにおなじといふなり。

^くはしくひつにしるされてそうろふを、 うつしてまゐらせそうろふ。

 ^また南無なも弥陀みだぶつもうし、 また無礙むげこう如来にょらいととなへそうろしんも、 くはしくひつしょうそくのそばにあそばしてそうろふなり。 かるがゆゑに、 それよりの御文おんふみをまゐらせそうろふ。 あるいは弥陀みだといひ、 あるいは無礙むげこうもうし、 御名みなことなりといへども、 こころひとつなり。 弥陀みだといふは*ぼんなり。 これにはりょう寿じゅともいふ。 無礙むげこうとももうそうろふ。 梵漢ぼんかんことなりといへども、 こころおなじくそうろふなり。

 ^そもそも、 *覚信かくしんぼうのこと、 ことにあはれにおぼえ、 またたふとくもおぼえそうろふ。 そのゆゑは、 *信心しんじんたがはずしてをはられてそうろふ。 また、 たびたび信心しんじんぞんのやう、 いかやうにかとたびたびもうそうらひしかば、 とうまではたがふべくもそうらはず。 いよいよ信心しんじんのやうはつよくぞんずるよしそうらひき。

*のぼりそうらひしに、 くにをたちて、 *ひと・・いち・・もうししとき、 みいだしてそうらひしかども、 どうぎょうたちはかえれなんどもうそうらひしかども、 「するほどのことならば、 かえるともし、 とどまるともそうらはんず。 またやまいはやみそうらはば、 かえるともやみ、 とどまるともやみそうらはんず。 おなじくは、 *みもとにてこそをはりそうらはば、 をはりそうらはめとぞんじてまゐりてそうろふなり」 と、 おんものがたりそうらひしなり。

この信心しんじんまことにめでたくおぼえそうろふ。 善導ぜんどうしょうしゃく (散善義)*二河にが譬喩ひゆにおもひあはせられて、 *よにめでたくぞんじ、 うらやましくそうろふなり。 をはりのとき、 南無なも弥陀みだぶつ南無なも無礙むげこう如来にょらい南無なも不可ふか思議しぎこう如来にょらいととなへられて、 をくみてしづかにをはられてそうらひしなり。

^また*おくれさきだつためしは、 あはれになげかしくおぼしめされそうろふとも、 さきだちてめつにいたりそうらひぬれば、 かならず最初さいしょ*いんじょうのちかひをおこして、 *結縁けちえん眷属けんぞくぼうをみちびくことにてそうろふなれば、 しかるべくおなじ法文ほうもんもんりてそうらへば、 れんもたのもしくおぼえそうろふ。 また、 おやとなり、 となるも、 せんのちぎりともうそうらへば、 たのもしくおぼしめさるべくそうろふなり。 このあはれさたふとさ、 もうしつくしがたくそうらへば、 とどめそうらひぬ。 いかにしてか、 みづからこのことをもうそうろふべきや。 くはしくはなほなほもうそうろふべくそうろふ。

^このふみのやうを、 *おんまへにてあしくもやそうろふとて、 よみあげてそうらへば、 「これにすぐべくもそうらはず、 めでたくそうろふ」 とおおせをかぶりてそうろふなり。 ことに覚信かくしんぼうのところに、 おんなみだをながさせたまひてそうろふなり。 よにあはれにおもはせたまひてそうろふなり。

   じゅうがつじゅうにち         れん

  きょうしんの御坊おんぼう

 

*(14) [獲得名号自然法爾章]

 ^*ねんほうこと

 ^*ねん」 といふは、 「」 はおのづからといふ、 ぎょうじゃ*はからひにあらず。 「ねん」 といふは、 しからしむといふことばなり。 しからしむといふは、 ぎょうじゃのはからひにあらず、 如来にょらいのちかひにてあるがゆゑに*ほうといふ。

^ほう」 といふは、 この如来にょらいおんちかひなるがゆゑに、 しからしむるをほうといふなり。 ほうは、 このおんちかひなりけるゆゑに、 およそぎょうじゃのはからひのなきをもつて、 このほうとくのゆゑにしからしむといふなり。 すべて、 ひとの*はじめてはからはざるなり。 このゆゑに**なきをとすとしるべしとなり。

^ねん」 といふは、 もとよりしからしむるといふことばなり。

 ^弥陀みだぶつおんちかひの、 もとよりぎょうじゃのはからひにあらずして、 南無なも弥陀みだぶつとたのませたまひて、 むかへんとはからはせたまひたるによりて、 ぎょうじゃのよからんともあしからんともおもはぬを、 ねんとはもうすぞ*とききてそうろふ。

 ^ちかひのやうは、 「*じょうぶつにならしめん」 とちかひたまへるなり。 じょうぶつもうすは、 かたちもなくまします。 かたちもましまさぬゆゑに、 ねんとはもうすなり。 かたちましますとしめすときには、 じょうはんとはもうさず。 かたちもましまさぬやうをしらせんとて、 はじめて弥陀みだぶつもうすとぞ、 ききならひてそうろふ。 弥陀みだぶつねんのやうをしらせん*りょうなり。

^このどうをこころえつるのちには、 このねんのことはつねに*沙汰さたすべきにはあらざるなり。 つねにねん沙汰さたせば、 なきをとすといふことは、 なほのあるになるべし。 これはぶっ思議しぎにてあるなるべし。

   *しょうねんじゅうがつじゅうよっかのひ

                    禿とく親鸞しんらんはちじゅう六歳ろくさい

 

*(15)

 ^うるうじゅうがつ一日ついたち御文おんふみ、 たしかにみそうろふ。

*かく・・ねむ・・ばう・・おんこと、 *かたがたあはれにぞんそうろふ。 親鸞しんらんはさきだちまゐらせそうらはんずらんと、 まちまゐらせてこそそうらひつるに、 さきだたせたまひそうろふこと、 もうすばかりなくそうろふ。 *かく・・しん・・ばう・・*ふるとしごろは、 かならずかならずさきだちてまたせたまひそうろふらん。 かならずかならずまゐりあふべくそうらへば、 もうすにおよばすそうろふ。 *かく・・ねん・・ばう・・おおせられてそうろふやう、 すこしもろうにかはらずおはしましそうらへば、 かならずかならず*ひとつところへまゐりあふべくそうろふ。

みょうねんじゅうがつのころまでもきてそうらはば、 この*面謁めんえつうたがいなくそうろふべし。 にゅうどう殿どのおんこころも、 すこしもかはらせたまはずそうらへば、 さきだちまゐらせても、 まちまゐらせそうろふべし。

^人々ひとびとおんこころざし、 たしかにたしかにたまはりてそうろふ。 なにごともなにごとも、 いのちそうろふらんほどはもうすべくそうろふ。 また*おおせをかぶるべくそうろふ。 この御文おんふみみまゐらせそうろふこそ、 ことにあはれにそうらへ。 *なかなかもうそうろふも*おろかなるやうにそうろふ。 またまた、 つてもうそうろふべくそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   *うるうじゅうがつじゅうにち親鸞しんらん (花押)

  *たかにゅうどう殿どのおんへん

 

*(16)

 ^なによりも、 *去年こぞとしろうしょう男女なんにょおほくのひとびとの、 にあひてそうろふらんことこそ、 あはれにそうらへ。 ただししょうじょうのことわり、 くはしく如来にょらいきおかせおはしましてそうろふうへは、 おどろきおぼしめすべからずそうろふ。

^まづ善信ぜんしん (親鸞)には、 りんじゅう善悪ぜんあくをばもうさず、 信心しんじんけつじょうのひとは、 うたがいなければ正定しょうじょうじゅじゅうすることにてそうろふなり。 さればこそ愚痴ぐち無智むちひとも、 をはりもめでたくそうらへ。

^如来にょらいおんはからひにておうじょうするよし、 ひとびとにもうされそうらひける、 すこしもたがはずそうろふなり。 としごろ、 おのおのにもうそうらひしこと、 たがはずこそそうらへ。 *かまへて*がくしょう沙汰さたせさせたまひそうらはで、 おうじょうをとげさせたまひそうろふべし。

 ^法然ほうねんしょうにんは、 「じょうしゅうひとしゃになりておうじょうす」 とそうらひしことを、 たしかにうけたまはりそうらひしうへに、 ものもおぼえぬあさましきひとびとのまゐりたるをらんじては、 「おうじょうひつじょうすべし」 とて、 ませたまひしをみまゐらせそうらひき。 ふみ沙汰さたして、 *さかさかしきひとのまゐりたるをば、 「おうじょうはいかがあらんずらん」 と、 たしかにうけたまはりき。 いまにいたるまで、 おもひあはせられそうろふなり。

^ひとびとに*すかされさせたまはで、 信心しんじんたぢろかせたまはずして、 おのおのおうじょうそうろふべきなり。 ただし、 ひとにすかされさせたまひそうらはずとも、 信心しんじんさだまらぬひと正定しょうじょうじゅじゅうしたまはずして、 *うかれたまひたるひとなり。

 ^*じょうしんぼうにかやうにもうそうろふやうを、 ひとびとにももうされそうろふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

  *文応ぶんおう元年がんねんじゅう一月いちがつじゅう三日さんにち        *善信ぜんしんはちじゅう八歳はっさい

  じょうしん御房おんぼう

 

*(17)

 ^さては*念仏ねんぶつのあひだのことによりて、 *ところせきやうにうけたまはりそうろふ。 かへすがへすこころぐるしくそうろふ。 せんずるところ、 そのところのえんきさせたまひそうろふらん。 念仏ねんぶつ*さへらるなんどもうさんことに、 ともかくもなげきおぼしめすべからずそうろふ。 *念仏ねんぶつとどめんひとこそ、 いかにもなりそうらはめ。 もうしたまふひとは、 なにかくるしくそうろふべき。 *のひとびとをえんとして、 念仏ねんぶつをひろめんと、 はからひあはせたまふこと、 ゆめゆめあるべからずそうろふ。 そのところに念仏ねんぶつのひろまりそうらはんことも、 *仏天ぶってんおんはからひにてそうろふべし。

 ^*しんぼうがやうやうにもうそうろふなるによりて、 ひとびともおんこころどものやうやうにならせたまひそうろふよし、 うけたまはりそうろふ。 かへすがへす便びんのことにそうろふ。 ともかくも仏天ぶってんおんはからひにまかせまゐらせさせたまふべし。 そのところのえんきておはしましそうらはば、 いづれのところにてもうつらせたまひそうろうておはしますやうにおんはからひそうろふべし。 しんぼうもうそうろふことをたのみおぼしめして、 *これよりはひと*強縁ごうえんとして念仏ねんぶつひろめよともうすこと、 ゆめゆめもうしたることそうらはず。 きはまれるひがごとにてそうろふ。

*こののならひにて、 念仏ねんぶつをさまたげんことは、 *かねてぶつきおかせたまひてそうらへば、 おどろきおぼしめすべからず。 やうやうにしんぼうもうすことを、 これよりもうそうろふとおんこころえそうろふ、 ゆめゆめあるべからずそうろふ。 法門ほうもんのやうも、 あらぬさまにもうしなしてそうろふなり。 御耳おんみみにききいれらるべからずそうろふ。 きはまれるひがごとどものきこえそうろふ。 あさましくそうろふ。

 ^*にゅうしんぼうなんども便びんにおぼえそうろふ。 鎌倉かまくらながしてそうろふらん、 便びんそうろふ。 とう、 それも*わづらふべくてぞ、 さてもそうろふらん。 ちからおよばずそうろふ。

 ^奥郡おうぐんのひとびとの、 しんぼうにすかされて、 信心しんじんみなうかれあうておはしましそうろふなること、 かへすがへすあはれにかなしうおぼえそうろふ。 これもひとびとをすかしまうしたるやうにきこえそうろふこと、 かへすがへすあさましくおぼえそうろふ。 それもごろ、 ひとびとのしんさだまらずそうらひけることのあらはれてきこえそうろふ。 かへすがへす便びんそうらひけり。

 ^しんぼうもうすことによりて、 ひとびとのごろのしんのたぢろきあうておはしましそうろふも、 せんずるところは、 ひとびとの信心しんじんのまことならぬことのあらはれてそうろふ。 よきことにてそうろふ。 *それを、 ひとびとは、 *これよりもうしたるやうにおぼしめしあうてそうろふこそ、 あさましくそうらへ。

 ^ごろやうやうのおんふみどもを、 きもちておはしましあうてそうろ甲斐かいもなくおぼえそうろふ。 ¬唯信ゆいしんしょう¼、 やうやうのおんふみどもは、 いまはせんなくなりてそうろふとおぼえそうろふ。 よくよくきもたせたまひてそうろ法門ほうもんは、 みなせんなくなりてそうろふなり。 しんぼうにみなしたがひて、 *めでたきおんふみどもはすてさせたまひあうてそうろふときこえそうろふこそ、 せんなくあはれにおぼえそうらへ。

^よくよく ¬唯信ゆいしんしょう¼・¬後世ごせものがたり¼ なんどをらんあるべくそうろふ。 としごろ、 しんありとおおせられあうてそうらひけるひとびとは、 みなそらごとにてそうらひけりときこえそうろふ。 あさましそうろふ、 あさましくそうろふ。 なにごともなにごとも、 またまたもうそうろふべし。

   しょうがつここぬ             親鸞しんらん

  *しんじょうの御坊おんぼう

 

*(18)

 ^なにごとよりは、 如来にょらい本願ほんがんのひろまらせたまひてそうろふこと、 かへすがへすめでたく、 うれしくそうろふ。 そのことに、 おのおのところどころに、 *われはといふことをおもうてあらそふこと、 ゆめゆめあるべからずそうろふ。 きょうにも*一念いちねんねんなんどもうす、 あらそふことのおほくそうろふやうにあること、 さらさらそうろふべからず。

^ただせんずるところは、 ¬唯信ゆいしんしょう¼・¬*後世ごせものがたり¼・¬*りきりき¼、 このおんふみどもをよくよくつねにみて、 そのおんこころにたがへずおはしますべし。 いづかたのひとびとにも、 このこころをおおせられそうろふべし。 なほおぼつかなきことあらば、 今日こんにちまできてそうらへば、 *わざともこれへたづねたまふべし。 また便びんにもおおせたまふべし。 鹿しま行方なめかた、 そのならびのひとびとにも、 このこころをよくよくおおせらるべし。 一念いちねんねんのあらそひなんどのやうに、 *せんなきこと、 ろんじごとをのみもうしあはれてそうろふぞかし。 よくよくつつしむべきことなり。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^かやうのことをこころえぬひとびとは、 *そのこととなきことをもうしあはれてそうろふぞ。 よくよくつつしみたまふべし。 かへすがへす。

   がつみっかのひ             親鸞しんらん

 

*(19)

 ^*諸仏しょぶつ称名しょうみょうがん (第十七願)もうし、 諸仏しょぶつしゃがん (同)もうそうろふなるは、 十方じっぽうしゅじょうをすすめんためときこえたり。 また十方じっぽうしゅじょうしんをとどめん*りょうときこえてそうろふ。 ¬*弥陀みだきょう¼ の十方じっぽう諸仏しょぶつ*証誠しょうじょうのやうにてきこえたり。 せんずるところは、 *方便ほうべん誓願せいがんしんじまゐらせそうろふ。

^*念仏ねんぶつおうじょうがん (第十八願) は、 如来にょらい*往相おうそうこう*しょうごう*しょういんなりとみえてそうろふ。 まことの信心しんじんあるひとは、 *とうしょうがくろくとひとしければ、 *如来にょらいとひとしとも諸仏しょぶつのほめさせたまひたりとこそきこえてそうらへ。 また 「弥陀みだ本願ほんがんしんそうらひぬるうへには、 *なきをとす」 とこそ、 だいしょうにん (*法然)おおせにてそうらへ。 かやうにそうろふらんかぎりは、 りきにはあらず、 りきなりときこえてそうろふ。

^またりきもうすは、 ぶっ思議しぎにてそうろふなるときに、 煩悩ぼんのうそくぼんじょうかくのさとりをそうろふなることをば、 ぶつぶつのみおんはからひなり。 さらにぎょうじゃのはからひにあらずそうろふ。 しかれば、 なきをとすとそうろふなり。 もうすことは、 りきのひとのはからひをもうすなり。 りきには、 しかれば、 なきをとすとそうろふなり。 このひとびとのおおせのやうは、 これにはつやつやとしらぬことにてそうらへば、 とかくもうすべきにあらずそうろふ。

^また 「らい」 のは、 しゅじょうやくのためには、 きたるともうす、 方便ほうべんなり。 さとりをひらきては、 かへるともうす。 ときにしたがひて、 きたるともかへるとももうすとみえてそうろふ。

^なにごともなにごとも、 またまたもうすべくそうろふ。

   がつここぬ             親鸞しんらん

  *きょう西さい御坊おんぼう おんへん

 

*(20) [浄信房御返事・諸仏等同云事]

 ^無礙むげこう如来にょらい慈悲じひこうみょう摂取せっしゅせられまゐらせそうろふゆゑ、 みょうごうをとなへつつ退たいくらいさだまりそうらひなんには、 こののために摂取せっしゅしゃをはじめてたづぬべきにはあらずとおぼえられてそうろふ。

そのうへ ¬ごんぎょう¼ (入法界品) に、 「もんほうかん信心しんじん無疑むぎしゃ そくじょうじょうどうしょ如来にょらいとう」 とおおせられてそうろふ。 まただいじゅうしちがんに 「十方じっぽうりょう諸仏しょぶつにほめとなへられん」 とおおせられてそうろふ。 またがんじょうじゅもん (大経・下) に 「十方じっぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ」 とおおせられてそうろふは、 信心しんじんひととこころえてそうろふ。 このひとはすなはちこのより如来にょらいとひとしとおぼえられそうろふ。

このほかは、 ぼんのはからひをばもちゐずそうろふなり。 このやうをこまかにおおせかぶりたまふべくそうろふ。 恐々きょうきょう謹言きんげん

   がつじゅうにち           *じょうしん

 ^如来にょらい誓願せいがんしんずるしんさだまるときともうすは、 摂取せっしゅしゃやくにあづかるゆゑに、 退たいくらいさだまるとおんこころえそうろふべし。 真実しんじつ信心しんじんさだまるともうすも、 金剛こんごう信心しんじんさだまるともうすも、 摂取せっしゅしゃのゆゑにもうすなり。 さればこそ、 じょうかくにいたるべきしんのおこるともうすなり。 これを退たいくらいとも、 正定しょうじょうじゅくらいるとももうし、 とうしょうがくにいたるとももうすなり。

^このこころのさだまるを、 十方じっぽう諸仏しょぶつのよろこびて、 諸仏しょぶつおんこころにひとしとほめたまふなり。 このゆゑに、 まことの信心しんじんひとをば、 諸仏しょぶつとひとしともうすなり。 また*しょろくとおなじとももうすなり。

^このにて真実しんじつ信心しんじんひとをまもらせたまへばこそ、 ¬*弥陀みだきょう¼ (意) には、 「十方じっぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつねんす」 とはもうすことにてそうらへ。 安楽あんらくじょうおうじょうしてのちは、 まもりたまふともうすことにてはそうらはず。 しゃかいたるほどねんすとはもうすことなり。 信心しんじんまことなるひとのこころを、 十方じっぽう恒沙ごうじゃ如来にょらいのほめたまへば、 ぶつとひとしとはもうすことなり。

 ^またりきもうすことは、 なきをとすともうすなり。 もうすことは、 ぎょうじゃのおのおののはからふことをとはもうすなり。 如来にょらい誓願せいがん不可ふか思議しぎにましますゆゑに、 ぶつぶつとのおんはからひなり。 ぼんのはからひにあらず。 しょろくさつをはじめとして、 ぶっ思議しぎをはからふべきひとそうらはず。 しかれば、 「如来にょらい誓願せいがんにはなきをとす」 とは、 だいしょうにん (法然)おおせにそうらひき。 このこころのほかには*おうじょうにいるべきことそうらはずとこころえて、 まかりすぎそうらへば、 ひとおおせごとにはいらぬものにてそうろふなり。 しょ恐々きょうきょう謹言きんげん

                    親鸞しんらん (花押)

 

*(21)

 ^安楽あんらくじょうりはつれば、 すなはちだいはんをさとるとも、 またじょうかくをさとるとも、 めつにいたるとももうすは、 御名みなこそかはりたるやうなれども、 これみな法身ほっしんもうぶつのさとりをひらくべきしょういんに、 弥陀みだぶつおんちかひを、 法蔵ほうぞうさつわれらにこうしたまへるを、 往相おうそうこうもうすなり。

このこうせさせたまへるがんを、 念仏ねんぶつおうじょうがん (第十八願) とはもうすなり。 この念仏ねんぶつおうじょうがん*一向いっこうしんじて*ふたごころなきを、 *一向いっこう専修せんじゅとはもうすなり。 如来にょらい*しゅこうもうすことは、 このしゅこうがんしんじ、 ふたごころなきを、 真実しんじつ信心しんじんもうす。 この真実しんじつ信心しんじんのおこることは、 しゃ弥陀みだそんおんはからひよりおこりたりとしらせたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

 

*(22)

 ^*いや・・をんな・・・のこと、 ふみきてまゐらせられそうろ*なり。 いまだどころもなくて、 *わびゐてそうろふなり。 あさましくあさましく、 *もてあつかひて、 いかにすべしともなくてそうろふなり。 あなかしこ。

   三月さんがつじゅう八日はちにち            (花押)

  *わうごぜんへ            しんらん

 

*(23) [誓願名号同一事]

 ^誓願せいがんみょうごう同一どういつこと

 ^御文おんふみくはしくうけたまはりそうらひぬ。

^さてはこのしん*しかるべしともおぼえずそうろふ。 そのゆゑは、 誓願せいがんみょうごうもうしてかはりたることそうらはず。 誓願せいがんをはなれたるみょうごうそうらはず、 みょうごうをはなれたる誓願せいがんそうらはずそうろふ。 かくもうそうろふも、 はからひにてそうろふなり。 ただ誓願せいがん思議しぎしんじ、 またみょうごう思議しぎ一念いちねんしんじとなへつるうへは、 *なんでふわがはからひをいたすべき。

^*ききわけ、 しりわくるなど、 わづらはしくはおおせられそうろふやらん。 これみなひがごとにてそうろふなり。 ただ思議しぎしんじつるうへは、 とかくおんはからひあるべからずそうろふ。 *おうじょうごうには、 わたくしのはからひはあるまじくそうろふなり。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^ただ如来にょらいにまかせまゐらせおはしますべくそうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。

   がついつ             親鸞しんらん

  *教名きょうみょう御房おんぼう

 ^端書はしがきにいはく

 このふみをもつて、 ひとびとにもみせまゐらせさせたまふべくそうろふ。 りきにはなきをとすとはもうそうろふなり。

 

*(24) [仏智不思議と信ずべき事]

 ^ぶっ思議しぎしんずべきこと

 ^御文おんふみくはしくうけたまはりそうらひぬ。

さては法門ほうもんしんに、 *一念いちねんぽっのとき、 無礙むげ*心光しんこう*しょうせられまゐらせそうろふゆゑに*つねに*じょう業因ごういんけつじょうすとおおせられそうろふ。 これめでたくそうろふ。 かくめでたくはおおそうらへども、 これみな*わたくしのおんはからひになりぬとおぼえそうろふ。 ただ思議しぎしんぜさせたまひそうらひぬるうへは、 わづらはしきはからひあるべからずそうろふ。

 ^またあるひと*そうろふなること、 *しゅっのこころおほく、 じょう業因ごういんすくなしとそうろふなるは、 こころえがたくそうろふ。 しゅっそうろふも、 じょう業因ごういんそうろふも、 みなひとつにてそうろふなり。 すべてこれ、 *なまじひなるおんはからひとぞんそうろふ。 ぶっ思議しぎしんぜさせたまひそうらひなば、 べつにわづらはしく、 とかくのおんはからひあるべからずそうろふ。 *ただひとびとのとかくもうそうらはんことをば、 しんあるべからずそうろふ。 ただ如来にょらい誓願せいがんにまかせまゐらせたまふべくそうろふ。 とかくのおんはからひあるべからずそうろふなり。

あなかしこ、 あなかしこ。

   がついつかのひ             親鸞しんらん御判

  *じょうしん御房おんぼう

 ^袖書そでがきにいはく

  りきもうそうろふは、 とかくのはからひなきをもうそうろふなり。

 

*(25)

 ^六月ろくがつ一日ついたち御文おんふみ、 くはしくみそうらひぬ。

^さては鎌倉かまくらにてのおんうったへのやうは、 *おろおろうけたまはりてそうろふ。 *この御文おんふみにたがはずうけたまはりてそうらひしに、 *べつのことはよもそうらはじとおもひそうらひしに、 *おんくだりうれしくそうろふ。

 ^おほかたは、 このうったへのやうは、 おんひとりのことにはあらずそうろふ。 すべてじょう念仏ねんぶつしゃのことなり。 このやうは、 しょうにん (法然)おんとき、 このどものやうやうにもうされそうらひしことなり。 *こともあたらしきうったへにてもそうらはず。 *しょうしんぼうひとりの沙汰さたあるべきことにはあらず。 念仏ねんぶつもうさんひとは、 みなおなじこころにおん沙汰さたあるべきことなり。 おんをわらひまうすべきことにはあらずそうろふべし。

*念仏ねんぶつしゃのものにこころえぬは、 *しょうしんぼうのとがにもうしなされんは、 きはまれるひがごとにそうろふべし。 念仏ねんぶつもうさんひとは、 しょうしんぼう*かたうどにこそなりあはせたまふべけれ。 ははあねいもうとなんどやうやうにもうさるることは、 *ふるごとにてそうろふ。

さればとて、 *念仏ねんぶつをとどめられそうらひしが、 *曲事くせごとのおこりそうらしかば、 それにつけても念仏ねんぶつをふかくたのみて、 *いのりにこころにいれて、 もうしあはせたまふべしとぞおぼえそうろ

 ^御文おんふみのやう、 おほかたの*ちんじょう、 よくおんはからひどもそうらひけり。 うれしくそうろふ。

せんそうろふところは、 おんにかぎらず、 念仏ねんぶつもうさんひとびとは、 わがおんりょうはおぼしめさずとも、 *ちょうおんため、 *国民こくみんのために、 念仏ねんぶつもうしあはせたまひそうらはば、 *めでたうそうろふべし。

おうじょうじょうにおぼしめさんひとは、 まづわがおうじょうをおぼしめして、 おん念仏ねんぶつそうろふべし。 わがおうじょういちじょうとおぼしめさんひとは、 ぶつおんをおぼしめさんに、 報恩ほうおんのために、 おん念仏ねんぶつこころにいれてもうして、 のなか*安穏あんのんなれ、 仏法ぶっぽうひろまれとおぼしめすべしとぞ、 おぼえそうろふ。 よくよくあんそうろふべし。

このほかは、 べつおんはからひあるべしとはおぼえずそうろふ。

 ^なほなほおんくだりのそうろふこそ、 うれしうそうらへ。 よくよくおんこころにいれて、 おうじょういちじょうとおもひさだめられそうらひなば、 ぶつおんをおぼしめさんには、 *異事ことごとそうろふべからず。 おん念仏ねんぶつをこころにいれてもうさせたまふべしとおぼえそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   七月しちがつここぬ             親鸞しんらん

  しょうしん御坊おんぼう

 

*(26)

 ^たづおおせられそうろ念仏ねんぶつしんのこと。

*念仏ねんぶつおうじょうしんずるひとは、 *へんおうじょうとてきらはれそうろふらんこと、 *おほかたこころえがたくそうろふ。 そのゆゑは、 弥陀みだ本願ほんがんもうすは、 みょうごうをとなへんものをば極楽ごくらくむかへんとちかはせたまひたるを、 ふかくしんじてとなふるがめでたきことにてそうろふなり。 信心しんじんありとも、 みょうごうをとなへざらんは*せんなくそうろふ。 また*一向いっこうみょうごうをとなふとも、 信心しんじんあさくはおうじょうしがたくそうろふ。 されば念仏ねんぶつおうじょうとふかくしんじて、 しかもみょうごうをとなへんずるは、 うたがなきほうおうじょうにてあるべくそうろふなり

^せんずるところ、 みょうごうをとなふといふとも、 りき本願ほんがんしんぜざらんはへんうまるべし。 本願ほんがんりきをふかくしんぜんともがらは、 *なにごとにかはへんおうじょうにてそうろふべき。 このやうをよくよくおんこころえそうろうておん念仏ねんぶつそうろふべし。

 ^このは、 いまは、 としきはまりてそうらへば、 さだめてさきだちておうじょうそうらはんずれば、 じょうにてかならずかならずまちまゐらせそうろふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   七月しちがつじゅう三日さんにち            親鸞しんらん

  *ゆう弥陀みだぶつおんかえりごと

 

*(27)

 ^まづよろづのぶつさつをかろしめまゐらせ、 よろづのじんみょうどうをあなづり*すてたてまつるともうすこと、 このこと*ゆめゆめなきことなり。

世々せせ生々しょうしょうりょうへん諸仏しょぶつさつやくによりて、 よろづのぜんしゅぎょうせしかども、 りきにては*しょうでずありしゆゑに、 *曠劫こうごう*しょうのあひだ、 諸仏しょぶつさつおんすすめによりて、 いままうあひがたき弥陀みだおんちかひにあひまゐらせてそうろおんをしらずして、 よろづのぶつさつ*あだにもうさんは、 ふかきおんをしらずそうろふべし。

^仏法ぶっぽうをふかくしんずるひとをば、 てんにおはしますよろづのかみは、 かげのかたちにへるがごとくして、 まもらせたまふことにてそうらへば、 念仏ねんぶつしんじたるにて、 てんかみをすてまうさんとおもふこと、 ゆめゆめなきことなり。 *じんとうだにもすてられたまはず。 いかにいはんや、 よろづのぶつさつをあだにももうし、 *おろかにおもひまゐらせそうろふべしや。 よろづのぶつをおろかにもうさば、 念仏ねんぶつしんぜず、 弥陀みだ御名みなをとなへぬにてこそそうらはんずれ。

^せんずるところは、 そらごとをもうし、 ひがごとを、 ことにふれて、 念仏ねんぶつのひとびとにおおせられつけて、 念仏ねんぶつをとどめんとするところの*りょう*とう*みょうしゅおんはからひどものそうろふらんこと、 よくよく*やうあるべきことなり。

そのゆゑは、 しゃ如来にょらいのみことには、 念仏ねんぶつするひとをそしるものをば *みょうげんにん」 とき、 「*みょう無耳むににん」 とおおせおかれたることにそうろふ。 善導ぜんどうしょうは、 「じょくぞうほう 道俗どうぞく相嫌そうけんようもん けんしゅぎょう瞋毒しんどく 方便ほうべん破壊はえ競生きょうしょうおん(*法事讃・下) とたしかにしゃくしおかせたまひたり。

こののならひにて念仏ねんぶつをさまたげんひとは、 そのところのりょうとうみょうしゅ*のやうあることにてこそそうらはめ。 とかくもうすべきにあらず。 「念仏ねんぶつせんひとびとは、 かのさまたげをなさんひとをばあはれみをなし、 便びんにおもうて、 念仏ねんぶつをもねんごろにもうして、 さまたげなさんを、 たすけさせたまふべし」 とこそ、 *ふるきひとはもうされそうらひしか。 よくよくおんたづねあるべきことなり。

 ^つぎに、 念仏ねんぶつせさせたまふひとびとのこと、 弥陀みだおんちかひは煩悩ぼんのうそくのひとのためなりとしんぜられそうろふは、 *めでたきやうなり。 ただしわるきもののためなりとて、 ことさらにひがごとをこころにもおもひ、 にもくちにももうすべしとは、 *じょうしゅうもうすことならねば、 ひとびとにもかたることそうらはず。

おほかたは、 煩悩ぼんのうそくにて、 こころをもとどめがたくそうらひながら、 おうじょううたがはずせんとおぼしめすべしとこそ、 ぜんしきもうすことにてそうろふに、 かかるわるきなれば、 ひがごとをことさらにこのみて、 念仏ねんぶつのひとびとのさはりとなり、 のためにもぜんしきのためにも、 とがとなさせたまふべしともうすことは、 ゆめゆめなきことなり。

弥陀みだおんちかひにまうあひがたくしてあひまゐらせて、 仏恩ぶっとんほうじまゐらせんとこそおぼしめすべきに、 *念仏ねんぶつをとどめらるることに沙汰さたしなされてそうろふらんこそ、 かへすがへすこころえずそうろふ。 あさましきことにそうろふ。 ひとびとのひがざまにおんこころえどものそうろふゆゑ、 *あるべくもなきことどもきこえそうろふ。 もうすばかりなくそうろふ。

^ただし念仏ねんぶつのひと、 ひがごとをもうそうらはば、 そのひとりこそごくにもおち、 *てんともなりそうらはめ。 よろづの念仏ねんぶつしゃのとがになるべしとはおぼえずそうろふ。 よくよくおんはからひどもそうろふべし。 なほなほ念仏ねんぶつせさせたまふひとびと、 よくよくこのふみらんかせたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   がつふつかのひ             親鸞しんらん

  念仏ねんぶつ人々ひとびと御中おんなか

 

*(28)

 ^ふみきてまゐらせそうろふ。 このふみを、 ひとびとにもみてきかせたまふべし。

id="l789-2" ^*遠江とおとうみあまぜんおんこころにいれておん沙汰さたそうろふらん、 かへすがへすめでたくあはれにおぼえそうろふ。 よくよくきょうよりよろこびもうすよしをもうしたまふべし。

 ^*信願しんがんぼうもうすやう、 かへすがへす便びんのことなり。 わるきなればとて、 ことさらにひがごとをこのみて、 のためぜんしきのためにあしきことを沙汰さたし、 念仏ねんぶつのひとびとのために、 とがとなるべきことをしらずは、 仏恩ぶっとんをしらず、 よくよくはからひたまふべし。

 ^また、 ものにくるうてにけんひとびとのことをもちて、 信願しんがんぼうがことを、 よしあしともうすべきにはあらず。 念仏ねんぶつするひとのにやうも、 よりやまいをするひとは、 おうじょうのやうをもうすべからず。 こころよりやまいをするひとは、 てんともなり、 ごくにもおつることにてそうろふべし。 *こころよりおこるやまいと、 よりおこるやまいとは、 かはるべければ、 こころよりおこりてぬるひとのことを、 よくよくおんはからひそうろふべし。

 ^信願しんがんぼうもうすやうは、 ぼんのならひなれば、 わるきこそ*ほんなればとて、 おもふまじきことをこのみ、 にもすまじきことをし、 くちにもいふまじきことをもうべきやうにもうされそうろふこそ、 信願しんがんぼうもうしやうとはこころえずそうろふ。 おうじょうにさはりなければとて、 ひがごとをこのむべしとは、 もうしたることそうらはず。 かへすがへすこころえずおぼえそうろふ。

 ^せんずるところ、 ひがごともうさんひとは、 そのひとりこそ、 *ともかくもなりそうらはめ。 すべてよろづの念仏ねんぶつしゃのさまたげとなるべしとはおぼえずそうろふ。

 ^また念仏ねんぶつをとどめんひとは、 そのひとばかりこそいかにもなりそうらはめ。 よろづの念仏ねんぶつするひとのとがとなるべしとはおぼえずそうろふ。 「じょくぞうほう 道俗どうぞく相嫌そうけんようもん けんしゅぎょう瞋毒しんどく 方便ほうべん破壊はえ競生きょうしょうおん(法事讃・下) と、 まのあたり善導ぜんどうおんをしへそうろふぞかし。 しゃ如来にょらいは、 「みょうげんにんみょう無耳むににん」 とかせたまひてそうろふぞかし。 かやうなるひとにて、 念仏ねんぶつをもとどめ、 念仏ねんぶつしゃをもにくみなんどすることにてもそうろふらん。 *それは、 *かのひとをにくまずして、 念仏ねんぶつをひとびともうして、 たすけんとおもひあはせたまへとこそおぼえそうらへ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   がつふつかのひ             親鸞しんらん

  *しん坊 おんへん

 ^*にゅうしんぼう*しんじょうぼう*法信ほうしんぼうにも、 このふみみきかせたまふべし。 かへすがへす便びんのことにそうろふ。 *しょうしんぼうには、 はるのぼりてそうらひしに、 よくよくもうしてそうろふ。 *くげ・・どの・・にも、 よくよくよろこびもうしたまふべし。

^このひとびとのひがごとをもうしあうてそうらへばとて、 *どうをばうしはれそうらはじとこそおぼえそうらへ。 けんことにも、 さることのそうろふぞかし。 りょうとうみょうしゅのひがごとすればとて、 *百姓ひゃくしょうをまどはすことはそうらはぬぞかし。 仏法ぶっぽうをばやぶるひとなし。 仏法ぶっぽうしゃのやぶるにたとへたるには、 「*獅子しししんちゅうむし獅子ししをくらふがごとし」 とそうらへば、 念仏ねんぶつしゃをば仏法ぶっぽうしゃのやぶりさまたげそうろふなり。 よくよくこころえたまふべし。

^なほなほ御文おんふみにはもうしつくすべくもそうらはず。

 

*(29)

 ^武蔵むさしよりとて、 *しむ・・にゅうどうどのともうひとと、 しょうねんぼうもうひとの、 *王番おうばんにのぼらせたまひてそうろふとておはしましてそうろふ。 みまゐらせてそうろふ。 おん念仏ねんぶつおんこころざしおはしますとそうらへば、 ことにうれしうめでたうおぼえそうろふ。 *おんすすめとそうろふ。 かへすがへすうれしうあはれにそうろふ。 なほなほよくよくすすめまゐらせて、 信心しんじんかはらぬやうに人々ひとびともうさせたまふべし。 如来にょらいおんちかひのうへに、 しゃくそんおんことなり。 また十方じっぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ証誠しょうじょうなり。 信心しんじんはかはらじとおもひそうらへども、 やうやうにかはりあはせたまひてそうろふこと、 ことになげきおもひそうろふ。 よくよくすすめまゐらせたまふべくそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   がつなぬ             親鸞しんらん

  *しょうしん御房おんぼう

 ^*念仏ねんぶつのあひだのことゆゑに、 沙汰さたどものやうやうにきこえそうろふに、 *こころやすくならせたまひてそうろふと、 この人々ひとびとおんものがたりそうらへば、 ことにめでたううれしうそうろふ。 なにごともなにごとももうしつくしがたくそうろふ。 いのちそうらはば、 またまたもうそうろふべくそうろふ。

 

*(30) [摂取不捨事]

 ^たずおおせられてそうろ*摂取せっしゅしゃのことは、 ¬*般舟はんじゅ三昧ざんまいぎょうどうおうじょうさん¼ ともうすにおおせられてそうろふをみまゐらせてそうらへば、 「しゃ如来にょらい弥陀みだぶつ、 われらが慈悲じひ父母ぶもにて、 さまざまの方便ほうべんにて、 われらがじょう信心しんじんをばひらきおこさせたまふ」 (意)そうらへば、 まことの信心しんじんさだまることは、 しゃ弥陀みだおんはからひとみえてそうろふ。

おうじょうしんうたがいなくなりそうろふは、 摂取せっしゅせられまゐらするゆゑとみえてそうろふ。 摂取せっしゅのうへには、 ともかくもぎょうじゃのはからひあるべからずそうろふ。 じょうおうじょうするまでは、 退たいくらいにておはしましそうらへば、 正定しょうじょうじゅくらいとなづけておはしますことにてそうろふなり。

^まことの信心しんじんをば、 しゃ如来にょらい弥陀みだ如来にょらいそんおんはからひにてほっせしめたまひそうろふとみえてそうらへば、 信心しんじんさだまるともうすは、 摂取せっしゅにあづかるときにてそうろふなり。 そののちは正定しょうじょうじゅくらいにて、 まことにじょううまるるまではそうろふべしとみえそうろふなり。 ともかくもぎょうじゃのはからひをちりばかりもあるべからずそうらへばこそ、 りきもうすことにてそうらへ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅうがつむゆかのひ            親鸞しんらん

  *しのぶの御房おんぼうおんへん

 

*(31)

 ^ひとびとのおおせられてそうろ*じゅうこうぶつおんことのやう、 きしるしてくだしまゐらせそうろふ。 くはしくきまゐらせそうろふべきやうもそうらはず。 *おろおろきしるしてそうろふ。

 ^せんずるところは、 *無礙むげこうぶつもうしまゐらせそうろふことを*ほんとせさせたまふべくそうろふ。 無礙むげこうぶつは、 よろづのもののあさましきわるきことにはさはりなく、 たすけさせたまはんりょうに、 無礙むげこうぶつもうすとしらせたまふべくそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅうがつじゅう一日いちにち           親鸞しんらん

  *唯信ゆいしん御坊おんぼう おんへん

 

*(32) [如来とひとしといふ事]

 ^たずおおせられてそうろふこと、 かへすがへす*めでたうそうろふ。 まことの信心しんじんをえたるひとは、 すでにぶつらせたまふべきおんとなりておはしますゆゑに、 「如来にょらいとひとしきひと」 と経 (華厳経・入法界品)かれそうろふなり。 ろくはいまだぶつりたまはねども、 このたびかならずかならずぶつりたまふべきによりて、 ろくをばすでに*ろくぶつもうそうろふなり。 *そのじょうに、 *真実しんじつ信心しんじんをえたるひとをば、 *如来にょらいとひとしとおおせられてそうろふなり。

^また*じょうしんぼうの、 ろくとひとしとそうろふも、 ひがごとにはそうらはねども、 りきによりてしんをえてよろこぶこころは如来にょらいとひとしとそうろふを、 りきなりとそうろふらんは、 いますこしじょうしんぼうおんこころのそこのゆきつかぬやうにきこえそうろふこそ、 よくよくあんそうろふべくやそうろふらん。

^りきのこころにて、 わが如来にょらいとひとしとそうろふらんは、 まことにあしうそうろふべし。 りき信心しんじんのゆゑに、 *じょうしんぼうのよろこばせたまひそうろふらんは、 なにかはりきにてそうろふべき。 よくよくおんはからひそうろふべし。

id="l795-3"^このやうは、 この人々ひとびとにくはしうもうしてそうろふ。 *じょうしん御房おんぼう、 とひまゐらせさせたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅうがつじゅう一日いちにち           親鸞しんらん

  じょうしんの御房おんぼう おんへん

 

*(33)

 ^がつじゅう七日しちにち御文おんふみ、 くはしくみそうらひぬ。 さてはおんこころざしのぜに*かんもんじゅう一月いちがつここぬにたまはりてそうろふ。

 ^さてはゐなかのひとびと、 みなとしごろ念仏ねんぶつせしは、 いたづらごとにてありけりとて、 かたがた、 ひとびとやうやうにもうすなることこそ、 かへすがへす便びんのことにきこえそうらへ。 やうやうのふみどもをきてもてるを、 いかにみなしてそうろふやらん。 かへすがへすおぼつかなくそうろふ。

 ^*しんぼうのくだりて、 わがききたる法文ほうもんこそまことにてはあれ、 ごろの念仏ねんぶつは、 みないたづらごとなりとそうらへばとて、 *おほぶ・・・ちゅうろうかたのひとは、 じゅうなんひととかや、 みなしんぼうかたへとて、 ちゅうろうにゅうどうをすてたるとかやききそうろふ。 いかなるやうにて、 さやうにはそうろふぞ。 せんずるところ、 信心しんじんさだまらざりけるとききそうろふ。 いかやうなることにて、 さほどにおほくのひとびとの*たぢろきそうろふらん。 便びんのやうとききそうろふ。

またかやうのきこえなんどそうらへば、 そらごともおほくそうろふべし。 また親鸞しんらん*へんあるものとききそうらへば、 ちからをつくして ¬唯信ゆいしんしょう¼・¬*後世ごせものがたり¼・¬*りきりきふみ¼ のこころども、 *二河にが譬喩ひゆなんどきて、 かたがたへ、 ひとびとにくだしてそうろふも、 みなそらごとになりてそうろふときこえそうろふは、 いかやうにすすめられたるやらん。 不可ふか思議しぎのこととききそうろふこそ、 便びんそうらへ。 よくよくきかせたまふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつここぬ            親鸞しんらん

  しん御坊おんぼう

 ^*真仏しんぶつぼう*しょうしんぼう*にゅうしんぼう*このひ id="l797-3"とびとのことうけたまはりそうろふ。 かへすがへすなげきおぼえそうらへども、 ちからおよばずそうろふ。 またのひとびとのおなじこころならずそうろふらんも、 ちからおよばずそうろふ。 ひとびとのおなじこころならずそうらへば、 とかくもうすにおよばず。 いまは*ひとのうへももうすべきにあらずそうろふ。 よくよくこころえたまふべし。

                    親鸞しんらん

  しん御坊おんぼう

 

*(34)

 ^あるひとのいはく、

*おうじょう*業因ごういんは、 *一念いちねんぽっ信心しんじんのとき、 無礙むげ*心光しんこう*しょうせられまゐらせそうらひぬれば、 同一どういつなり。 このゆゑにしんなし。 このゆゑに、 *はじめてまたしんしんろんたずねまうすべきにあらずとなり。 このゆゑにりきなり、 なきがなかのとなり。 ただ*みょうなること、 おほはるる煩悩ぼんのうばかりとなり。 恐々きょうきょう謹言きんげん

     じゅう一月いちがつ一日ついたち

                   *専信せんしんたてまつる

 ^おおそうろふところのおうじょう業因ごういんは、 *真実しんじつ信心しんじんをうるとき*摂取せっしゅしゃにあづかるとおもへば、 かならずかならず如来にょらい誓願せいがんじゅうすと、 がんにみえたり。 「せつ得仏とくぶつ こくちゅう人天にんでん じゅじょうじゅ ひっめつしゃ しゅしょうがく(大経・上)ちかひたまへり。 正定しょうじょうじゅ信心しんじんひとじゅうしたまへりとおぼしめしそうらひなば、 ぎょうじゃのはからひのなきゆゑに、 *なきをとすと、 りきをばもうすなり。 ぜんともあくとも、 じょうともとも、 ぎょうじゃのはからひなきとならせたまひてそうらへばこそ、 なきをとすとはもうすことにてそうらへ。

 ^じゅうしちがんに、 「わがなをとなへられん」 とちかひたまひて、 じゅうはちがんに、 「信心しんじんまことならば、 もしうまれずはぶつらじ」 とちかひたまへり。 じゅうしちじゅうはちがんみなまことならば、 正定しょうじょうじゅがん (第十一願)*せんなくそうろふべきか。 *しょろくにおなじくらい信心しんじんひとはならせたまふゆゑに、 摂取せっしゅしゃとはさだめられてそうらへ。 このゆゑに、 りきもうすはぎょうじゃのはからひのちりばかりもいらぬなり。 かるがゆゑになきをとすともうすなり。 このほかにまたもうすべきことなし。 ただぶつにまかせまゐらせたまへと、 だいしょうにん (法然) のみことにてそうらへ。

   じゅう一月いちがつじゅうはちにち           親鸞しんらん

  せんしんの御坊おんぼう ほう

 

*(35)

                 「*おんへん (花押)

 ^常陸ひたち人々ひとびと御中おんなかへ、 このふみをみせさせたまへ。 すこしもかはらずそうろふ。 このふみにすぐべからずそうらへば、 このふみを、 くにの人々ひとびと、 おなじこころにそうらはんずらん。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつじゅう一日いちにち            (花押)

  *いまごぜんのはは

 

*(36)

 ^このいま・・ごぜ・・んの・・はは・・の、 たのむかたもなく、 そらう(所領)をもちてそうらはばこそ、 ゆずりもしそうらはめ。 *せんしにそうらひなば、 くにの人々ひとびと、 いとほしうせさせたまふべくそうろふ。 このふみ常陸ひたち人々ひとびとをたのみまゐらせてそうらへば、 もうしおきて、 あはれみあはせたまふべくそうろふ。 このふみをごらんあるべくそうろふ。

この*そく・・しやう・・・ばう・・も、 *すぐべきやうもなきものにてそうらへば、 もうしおくべきやうもそうらはず。 のかなはず、 わびしうそうろふことは、 ただこのことおなじことにてそうろふ。 ときにこのそく・・しやう・・・ばう・・にも、 もうしおかずそうろふ。 常陸ひたち人々ひとびとばかりぞ、 このものどもをも、 おんあはれみあはれそうろふべからん。 いとほしう、 人々ひとびとあはれみおぼしめすべし。 このふみにて、 人々ひとびとおなじおんこころにそうろふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつじゅうにち

                ぜんしん (花押)

  常陸ひたち ˆのˇ 人々ひとびと御中おんなか

   常陸ひたち人々ひとびと御中おんなかへ         (花押)

 

*(37)

 ^なによりも、 聖教しょうぎょうのをしへをもしらず、 またじょうしゅう*まことのそこをもしらずして、 不可ふか思議しぎ*放逸ほういつざんのものどものなかに、 あくはおもふさまにふるまふべしとおおせられそうろなるこそ、 かへすがへすあるべくもそうらはず。 *きたこおりにありし*ぜんしょうぼうといひしものに、 つひに*あひむつるることなくてやみにしをばみざりけるにや。

^ぼんなればとて、 なにごともおもふさまならば、 ぬすみをもし、 ひとをもころしなんどすべきかは。 もとぬすみごころあらんひとも、 極楽ごくらくをねがひ、 念仏ねんぶつもうすほどのことになりなば、 もと*ひがうたるこころをもおもひなほしてこそあるべきに、 そのしるしもなからんひとびとに、 *あくくるしからずといふこと、 ゆめゆめあるべからずそうろふ。

^煩悩ぼんのうにくるはされて、 おもはざるほかにすまじきことをもふるまひ、 いふまじきことをもいひ、 おもふまじきことをもおもふにてこそあれ。 *さはらぬことなればとて、 ひとのためにもはらぐろく、 すまじきことをもし、 いふまじきことをもいはば、 煩悩ぼんのうにくるはされたるにはあらで、 わざとすまじきことをもせば、 かへすがへすあるまじきことなり。

 ^*鹿しま*行方なめかたのひとびとのあしからんことをばいひとどめ、 *そのへん人々ひとびとの、 ことにひがみたることをばせいしたまはばこそ、 *このへんよりできたるしるしにてはそうらはめ。

^ふるまひは、 なにともこころにまかせよといひつるとそうろふらん、 あさましきことにそうろふ。 こののわろきをもすて、 あさましきことをもせざらんこそ、 をいとひ、 念仏ねんぶつもうすことにてはそうらへ。 としごろ念仏ねんぶつするひとなんどの、 ひとのためにあしきことをし、 またいひもせば、 をいとふしるしもなし。

 ^されば善導ぜんどうおんをしへには、 「あくをこのむひとをば、 つつしんでとほざかれ」 (散善義・意) とこそ、 *じょうしんのなかにはをしへおかせおはしましてそうらへ。 いつか、 わがこころのわろきにまかせてふるまへとはそうろふ。 おほかた経釈きょうしゃくをもしらず、 如来にょらいおんことをもしらぬに、 ゆめゆめその沙汰さたあるべくも*そうらはず

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつじゅうよっかのひ          親鸞しんらん

 

*(38)

 ^りきのなかにはりきもうすことはそうろふとききそうらひき。 りきのなかにまたりきもうすことはききそうらはず。 りきのなかにりきもうすことは、 *ぞうぎょう*雑修ざっしゅ*じょうしん念仏ねんぶつ*散心さんしん念仏ねんぶつをこころがけられてそうろふひとびとは、 りきのなかのりきのひとびとなりりきのなかにまたりきもうすことはうけたまはりそうらはず。 なにごとも*専信せんしんぼうのしばらくもたらんとそうらへば、 そのときもうそうろふべし。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^ぜにじっ貫文かんもん、 たしかにたしかにたまはりそうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつじゅうにち          親鸞しんらん

 

*(39)

 ^おんたづねそうろふことは、 弥陀みだりきこう誓願せいがんにあひたてまつりて、 真実しんじつ信心しんじんをたまはりて、 よろこぶこころのさだまるとき、 摂取せっしゅしててられまゐらせざるゆゑに、 金剛こんごうしんになるときを正定しょうじょうじゅくらいじゅうすとももうす。 ろくさつとおなくらいになるともかれてそうろふめり。

^ろくとひとつくらいになるゆゑに、 信心しんじんまことなるひとを、 ぶつにひとしとももうす。

 ^また諸仏しょぶつ真実しんじつ信心しんじんをえてよろこぶをば、 まことによろこびて、 われとひとしきものなりとかせたまひてそうろふなり。 ¬だいきょう¼ (下) には、 しゃくそんのみことばに、 *けんきょうとくだいきょうそくぜんしん」 とよろこばせたまひそうらへば、 信心しんじんをえたるひとは諸仏しょぶつとひとしとかれてそうろふめり

^またろくをば、 すでにぶつらせたまはんことあるべきにならせたまひてそうらへばとて、 ろくぶつもうすなり。 しかれば、 すでにりきしんをえたるひとをも、 ぶつとひとしともうすべしとみえたり。 おんうたがいあるべからずそうろふ。

 ^おんどうぎょうの 「りんじゅうして」 とおおせられそうろふらんは、 ちからおよばぬことなり。 信心しんじんまことにならせたまひてそうろふひとは、 誓願せいがんやくにてそうろふうへに、 摂取せっしゅしててずとそうらへば、 来迎らいこうりんじゅうせさせたまふべからずとこそおぼえそうらへ。 いまだ信心しんじんさだまらざらんひとは、 りんじゅうをもし、 来迎らいこうをもまたせたまふべし。

 ^この御文おんふみぬしみょう*随信ずいしんぼうおおせられそうらはば、 めでたくそうろふべし。 この御文おんふみきやうめでたくそうろふ。 おんどうぎょうおおせられやうは、 こころえずそうろふ。 それをばちからおよばずそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅう一月いちがつじゅう六日ろくにち          親鸞しんらん

  ずいしんの御房おんぼう

 

*(40)

 ^この*ゑん・・ばう・・、 くだられそうろふ。 こころざしのふかくそうろふゆゑに、 ぬしなどにもしられまうさずして、 のぼられてそうろふぞ。 こころにいれて、 ぬしなどにも、 おおせられそうろふべくそうろふ。 このとお*せうまうにあうてそうろ。 このおんばうよくよくたづねそうらひてそうろふなり。 こころざしありがたきやうにそうろふぞ。 さだめてこのやうはもうされそうらはんずらん。 よくよくきかせたまふべくそうろふ。 なにごともなにごともいそがしさに、 くはしうもうさずそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅうがつじゅうにち            (花押)

  *真仏しんぶつ御房おんぼう

 

*(41)

 ^*ねんぼうのたよりに、 *きょうにん御坊おんぼうよりぜにひゃくもん*おんこころざしのものたまはりてそうろふ。 さきに*念仏ねんぶつのすすめのもの、 かたがたの御中おんなかよりとて、 たしかにたまはりてそうらひき。 ひとびとによろこびもうさせたまふべくそうろふ。 このおんへんにて、 おなじおんこころにもうさせたまふべくそうろふ。

 ^さてはこのおんたづねそうろふことは、 まことによきおんうたがいどもにてそうろふべし。

まづ*一念いちねんにておうじょう*業因ごういんはたれりもうそうろふは、 まことにさるべきことにてそうろふべし。 さればとて、 一念いちねんのほかに念仏ねんぶつもうすまじきことにはそうらはず。 そのやうは、 ¬唯信ゆいしんしょう¼ にくはしくそうろふ。 よくよくらんそうろふべし。

一念いちねんのほかにあまるところの念仏ねんぶつは、 十方じっぽうしゅじょうこうすべしとそうろふも、 さるべきことにてそうろふべし。 十方じっぽうしゅじょうこうすればとて、 ねん三念さんねんせんはおうじょうにあしきこととおぼしめされそうらはば、 ひがごとにてそうろふべし。 念仏ねんぶつおうじょう本願ほんがんとこそおおせられてそうらへば、 おほくもうさんも、 一念いちねんいっしょうおうじょうすべしとこそうけたまはりてそうらへ。 かならず、 一念いちねんばかりにておうじょうすといひて、 ねんをせんはおうじょうすまじきともうすことは、 ゆめゆめあるまじきことなり。 ¬唯信ゆいしんしょう¼ をよくよくらんそうろふべし。

 ^またねんねんもうすことは、 りき法文ほうもんにはあらぬことにてそうろふ。 *しょうどうもんもうすことにてそうろふなり。 みなりきしょうどう法文ほうもんなり。 弥陀みだ如来にょらいせんじゃく本願ほんがん念仏ねんぶつは、 ねんにもあらず、 ねんにもあらずもうそうろふなり。 いかなるひともうそうろふとも、 ゆめゆめもちゐさせたまふべからずそうろふ。 しょうどうもうすことを、 あしざまにききなして、 じょうしゅうもうすにてぞそうろふらん。 さらさらゆめゆめもちゐさせたまふまじくそうろふ。

また*きょうもうそうろふことは、 りき信心しんじんをえて、 おうじょう*いちじょうしてんずとよろこぶこころをもうすなり。 常陸ひたちこくちゅう念仏ねんぶつしゃのなかに、 ねんねん念仏ねんぶつ沙汰ざたのきこえそうろふは、 ひがごとにそうろふともうそうらひにき。

ただせんずるところは、 りきのやうは、 ぎょうじゃのはからひにてはあらずそうらへば、 ねんにあらず、 ねんにあらずともうすことを、 あしうききなして、 ねんねんなんどもうそうらひけるとおぼえそうろふ。 弥陀みだせんじゃく本願ほんがんは、 ぎょうじゃのはからひのそうらはねばこそ、 ひとへにりきとはもうすことにてそうらへ。

一念いちねんこそよけれ、 ねんこそよけれなんどもうすことも、 ゆめゆめあるべからずそうろふ。 なほなほ一念いちねんのほかにあまるところのおん念仏ねんぶつ*法界ほうかいしゅじょうこうすとそうろふは、 しゃ弥陀みだ如来にょらいおんほうじまゐらせんとて、 十方じっぽうしゅじょうこうせられそうろふらんは、 さるべくそうらへども、 ねん三念さんねんもうしておうじょうせんひとをひがごととはそうろふべからず。 よくよく ¬唯信ゆいしんしょう¼ をらんそうろふべし。 念仏ねんぶつおうじょうおんちかひなれば、 一念いちねんじゅうねんおうじょうはひがごとにあらずとおぼしめすべきなり。

あなかしこ、 あなかしこ。

   じゅうがつじゅう六日ろくにち          親鸞しんらん

  きょうにん御坊おんぼう おんへん

 

*(42)

 ^¬*宝号ほうごうきょう¼ にのたまはく、 「弥陀みだ本願ほんがんぎょうにあらず、 ぜんにあらず、 ただぶつみょうをたもつなり」。 みょうごうはこれぜんなり、 ぎょうなり。 ぎょうといふは、 ぜんをするについていふことばなり。 本願ほんがんはもとよりぶつおん約束やくそくとこころえぬるには、 ぜんにあらず、 ぎょうにあらざるなり。 かるがゆゑにりきとはもうすなり。

^本願ほんがんみょうごうのうしょうするいんなり。 *のうしょういんといふはすなはちこれちちなり。 だいこうみょうはこれ*しょしょうえんなり。 しょしょうえんといふはすなはちこれははなり。

 

*(43)

 ^*くだらせたまひてのち、 なにごとかそうろふらん。 この*源藤げんとうろう殿どのにおもはざるにあひまゐらせてそうろふ。 便びんのうれしさにもうそうろふ。 そののちなにごとかそうろふ。

 ^念仏ねんぶつうったへのこと、 しづまりてそうろふよし、 かたがたよりうけたまはりそうらへば、 うれしうこそそうらへ。 いまはよくよく念仏ねんぶつもひろまりそうらはんずらんと、 よろこびいりてそうろふ。

 ^これにつけてもおん*りょうはいまさだまらせたまひたり。 念仏ねんぶつおんこころにいれてつねにもうして、 念仏ねんぶつそしらんひとびと、 この・のちのまでのことを、 いのりあはせたまふべくそうろふ。 おんどものりょうは、 おん念仏ねんぶつはいまはなにかはせさせたまふべき。 ただひがうたるのひとびとをいのり、 弥陀みだおんちかひにいれとおぼしめしあはば、 ぶつおんほうじまゐらせたまふになりそうろふべし。 よくよくおんこころにいれてもうしあはせたまふべくそうろふ。

しょうにん (法然)*じゅうにちおん念仏ねんぶつも、 せんずるところは、 かやうの*邪見じゃけんのものをたすけん*りょうにこそ、 もうしあはせたまへともうすことにてそうらへば、 よくよく念仏ねんぶつそしらんひとをたすかれとおぼしめして、 念仏ねんぶつしあはせたまふべくそうろふ。

 ^またなにごとも、 度々たびたび便びんにはもうそうらひき。 源藤げんとうろう殿どの便びんにうれしうてもうそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

 ^*にゅう西さい御坊おんぼうのかたへももうしたうそうらへども、 おなじことなれば、 このやうをつたへたまふべくそうろふ。

あなかしこ、 あなかしこ。

                    親鸞しんらん

  *しょうしんの御坊おんぼう

 

ª第一通は、 関東在住の門弟の疑問に答えた法語で、 臨終正念を祈り、 有念無念を沙汰することは、 ともに浄土真宗の法義にかなわないことを示す。 なお、 「有念無念の事」 という標題は後世の付加と考えられる。 「古写消息」(4)、 ¬末灯鈔¼(1)º
臨終 ここでは臨終の時に初めて浄土往生がけつじょうすることを指す。
儀則 ここでは臨終におけるしょうじゅ来迎らいこうの儀式のこと。
定心の行人の正念 じょうぜんを行ずる人にそなわる正念。
散心の行人の正念 散善さんぜんを行ずる人にそなわる正念。
色形 いろ、 かたち。 ここでは仏身ぶっしん・浄土のしょうごんそうなど具体的に示された仏徳のことを指す。
聖道といふは… 親鸞聖人独自の解釈。 しょうどうもんごんしょうじゃの説いた方便誘引の教えと見る意。
釈迦如来の… ¬ごんぎょう¼ 「にゅう法界ほっかいぼん」 (晋訳巻五十八) には 「この童子 (善財ぜんざい童子) は昔頻陀伽羅城において文殊もんじゅ師利しりの教を受け、 ぜんしきを求めて、 展転して一百一十のもろもろの善知識を経由し…」 とある。
建長三歳 1251年。
ª第二通は、 鹿島・行方なめかた・南の荘などの常陸ひたち (現在の茨城県) 南部の門弟のために書かれたもので、 みょうほうぼうひらつか・・・・の入道の往生について感慨を述べ、 造悪ぞうあくの異義を誡めている。 ¬末灯鈔¼(20)、 ¬御消息集¼ 「広本」(1)º
のぼられて 京都へ上られて。
ひらつかの入道 相模さがみ (現在の神奈川県) 大磯の善福寺の開基りょうげんとも伝えられるが、 下総しもうさ結城 (現在の茨城県結城市) の称名寺所蔵文書に出る 「平塚入道」 とみるべきか。 結城市近在の八千代町に平塚という地名が中世から存在する。
くにぐに ここでは京都に対して地方の諸国のことをいう。
ゆゆしき学生 すぐれた学者。
あしざまに まちがって。
信見房 伝未詳。
ひがざまに 誤ったふうに。
御方便 ぜんぎょう方便のこと。 →方便ほうべん
やうやう 次第に。
いかにも… どのようにでも、 自分の心のままにすればよいと。
不便 気の毒なこと。 心の痛むこと。
あるべくも… あってよいことではないと思われます。
後世 「この世」 とする異本がある。
きこえ うわさ。 評判。
あなづり 軽蔑したり。
なれむつぶ 親しく交際する。
よも まさか。
建長四年 1252年。 親鸞聖人80歳。
ª第三通は、 その内容から、 独立した消息ではなく、 追伸であろうと考えられる。 ¬末灯鈔¼(19)後半1、 ¬御消息集¼ 「広本」(2)º
としごろ 多年。 年来。
ª第四通は、 常陸ひたち (現在の茨城県) の門弟に宛てたもの。 その内容は、 みょうほうぼうしんの事実にことよせて、 造悪ぞうあく無礙むげの異義を誡めたものである。 第二通とは内容的に重なるところが多い。 ¬末灯鈔¼ (19)前半、 ¬御消息集¼ 「広本」(3)º
これに 往生ということに。
めでたきこと よろこばしいこと。
めでたき智者 すぐれた者。
大小の聖人 大乗のしょうじゃと小乗の聖者。
それこそ ¬唯信鈔¼ ¬自力他力事¼ の著者である聖覚せいかく法印ほういんりゅうかんりっこそは。
すぐべくも候はず まさることのできるものはありません。
わがおもふさまなること 自分勝手なこと。
不可思議のひがごと とんでもない間違い。 考えられないような誤り。 ここではみょうほうぼうがかつて犯した悪事を指していう。
われ往生すべければとて 自分が往生できるはずだからといって。
順次の往生 現世の命が終って、 次にただちに浄土に生れること。
かたくや候ふべからん 困難なことであるはずでしょう。
いまも… 今も法然ほうねん上人御在世の時と同様で異義を立てることはしておりません。
世かくれなきことなれば 世間に知れわたったことなので。
浄土宗の義… 浄土宗の本義と全く異なる自己流の説を立てておられる人々も。
こころにくくも候はず 知りたいとも思いません。
ª第五通は、 一通の独立した消息ではなく、 もとは他の消息に添えられた追伸であったとみられている。 ¬末灯鈔¼ (19)後半2、 ¬御消息集¼ 「広本」(4)º
善証房 伝未詳。 「善乗房」 とする異本がある。
のり ののしり。
あとを… みょうほうぼうののこした行跡を疎略にするような人々。
ª第六通は、 笠間の門弟の疑問に答えたもので、 法語の形をとっている。 内容は往生を願うものの中に自力他力の別があることを示して、 義なきを義とする本願他力の趣を明らかにし、 信心の行者を讃嘆したもの。 この消息が書かれた建長七年 (1255) は、 しんぼう善鸞ぜんらん義絶の前年に当っており、 笠間の門弟の疑問の背景にはこの慈信房による異義のあったことが推測される。 「真筆消息」(1)、 「古写消息」(5)、 ¬末灯鈔¼(2)、 ¬血脈文集¼(1)º
天竺の論家浄土の祖師 しち高僧こうそうをいう。
余の仏号 阿弥陀仏以外の仏名。
めでたうしなして 立派にふるまって。
いかでか… どうして阿弥陀如来が迎え取ってくださろうか、 (迎え取ってはくださらないだろう) と思ってはなりません。
ありがたかるべし 困難であるに違いない。
最勝人 この上なくすぐれたどくをそなえた人。
弥勒仏とひとしき人 弥勒は現在の一生を過ぎると仏となる。 他力の念仏者も現世の一生を終えるとただちに仏のさとりを得るから、 このように称される。 →便同べんどうろく
かなしむ いとおしむ。
往生するだにも 往生することさえも。
建長七歳 1255年。
ª第七通は、 下野しもつけたか (現在の栃木県芳賀郡) の覚信かくしんに与えたもの。 信の一念と行の一念は不離の関係であると説く。 古来、 この消息は 「信行一念章」 と称されている。 「真筆消息」(3)、 ¬末灯鈔¼(11)、 ¬御消息集¼ 「広本」(14)º
とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
三百文 一千文で一貫。 おおよそ一貫で米一石 (百升) が買えた。
建長八歳 1256年。 親鸞聖人八十四歳。 「建…事」 までの十八字は包紙に別筆で記入。
ª第八通は、 しんぼうを義絶したことをしょうしんぼうへ知らせたもので、 第九通の義絶状と同日に書かれている。 ¬けちみゃくもんじゅう¼(2)º
うかれて 動揺して。
名目 教義上の術語。 教義の網目。
神祇 天地の神々。
冥道 冥界の神々。
子の義 (親鸞の) 子であるという関係。
不可思議のそらごと 考えられないような虚偽。
つやつや 少しも。 全く。
うたてきことに候ふ なさけないことです。
真宗の聞書 しょうしんぼうが自己のりょうを記したもの。 高田専修せんじゅ蔵の弘安三年 (1280) の写本 ¬しんしゅう聞書ききがき¼ がそれであろうといわれる。 ¬蔵外ぞうがいかんろく¼ にこの書についての評がある。
文たびたること (哀愍房から) 手紙をもらったこと。
唯信鈔 聖覚せいかく法印ほういんの ¬唯信鈔¼ なのか、 あるいは哀愍房の書いたもので、 性信房がそれを親鸞聖人のもとへ送ってきたものなのか不明。
ª第九通は、 しんぼう義絶状ともいわれる。 義絶事件後四十九年を経た嘉元三年 (1305) にけん上人が書写したもので、 古来、 いずれの消息集にも収められず、 また他の書写も伝わっていない。 「古写消息」(3)º
京より文を… 京都にいるこの親鸞から手紙をもらったとかなんとか。
これにも この親鸞に対しても。
母の尼 親鸞聖人の内室、 しんこう
みぶの女房 伝未詳。
たうたる文  「びたる」 の音便形。 くださった手紙。
つやつや… 少しも手を加えてはありませんので。
ままはは 恵信尼公を中傷していったものか。
いひまどはされたる 慈信房が言いまどわされたとする説と、 親鸞聖人が言いまどわされたとする説との両説がある。
六波羅 六波羅探題。 鎌倉幕府が京都においた出先機関。
鎌倉 鎌倉幕府のこと。
披露 上申すること。
うたてきなり なげかわしいことです。
破僧 ごうそうの略。 ぎゃくの一。
嘉元三年 1305年。
ª第十通は、 五説・四土・三身・三宝など、 浄土真宗の教えに関する重要な名目を並べ説かれたもの。 法然上人の 「浄土宗大意」 (¬西方指南抄¼ 所収) の解説と考えられる。 ¬末灯鈔¼(8)º
菩薩乗 この注釈のもとになっている ¬浄土宗大意¼ には 「仏乗なり」 とある。
八万四千 多数の意。
浄土の学生 浄土教の学者。
閏三月三日 親鸞聖人の生涯で閏三月のあった年は安貞元年 (1227・五十五歳) と正嘉元年 (1257・八十五歳) の二回しかない。 したがって、 この消息は正嘉元年のものであることがわかる。
ª第十一通は、 しょうしんぼうに宛てたもので、 信心をえた人はしょろくと同じであり、 如来と等しいと説明している。 なお、 ¬けちみゃくもんじゅう¼(6) では 「金剛信心の事」 と標題が付されている。 ¬末灯鈔¼(3)、 ¬善性本¼(5)º
弥勒におなじ →便同べんどうろく
信心の… ¬般舟はんじゅさん¼ の 「厭へばすなはちしゃ永く隔つ、 ねがへばすなはち浄土につねに居せり」 (信巻訓) とある文による。
しょう元年 1257年。 親鸞聖人八十五歳。
ª第十二通は、 第十一通と同じ日に書かれたもので、 「如来とひとし」 ということに関する真仏しんぶつ上人の質問に答えたものである。 ¬末灯鈔¼(4)、 ¬善性本¼(6)º
見敬得大… 「見て敬ひ得て大きによろこばば、 すなはちわが善き親友なり」
ª第十三通は、 きょうしんの質問状に、 親鸞聖人が直接、 加筆訂正を施し、 余白に簡単な返事を書き入れて、 れんの添状とともに、 慶信のもとに送り返したものである。 「真筆消息」(4)、 ¬末灯鈔¼(14)、 ¬善性本¼(1・3)º
畏まりて… 以下、 慶信の質問状。
大無量寿経に信心歓喜 慶信が 「経に信心歓」 と書いていたのを、 親鸞聖人が加筆訂正された。
華厳経を引きて浄土和讃 慶信が単に 「和讃」 と書いていたのを、 親鸞聖人が加筆した。
真言 ここでは真言しんごんしゅうの教えのこと。 真言宗では即身成仏を唱え、 父母より生れた肉体のままでただちに仏果 (仏のさとり) を証すると説く。
人のうへを その人がどんな意味でいっているのかを。
 慶信が 「の」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
徳用 徳のはたらき。 すぐれたはたらき。
無始曠劫 永遠の昔。
大菩提心 慶信が 「自力の菩提心」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
自力 きょうしんが 「さとり」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
一念までの 慶信が 「一念するに」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。 一念義的な誤解をさけるためである。
 慶信が 「ん」 と書いていたのを、 親鸞聖人が 「む」 と訂正した。
聞き見候ふ 慶信が 「聞き見る」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
聖教 慶信が 「御教」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
御教のゆゑ 慶信が 「教によりて」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
一念聞名にいたるまで きょうしんが 「一念にとげ候ひぬる」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
そうそう 忙しいさま。
恩徳 慶信が 「御とく」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
日の所作とせず 日課念仏とはしません。
ひがざまにか候ふらん 間違いでしょうか。
 慶信が 「あゝ」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
追つて… 以下、 慶信の追伸。
いまめがはしく わざとらしく。 きざな感じで。
南無阿弥陀仏を… 以下、 慶信の追伸に記された疑問に対する親鸞聖人の返事。
この御文… 以下、 れんの添状。 「この御文」 はきょうしんの上書を指す。
御咳病 せきの出る病気のこと。
のぼりて候ひし人々 京都へ上った人々。
五十六億七千万歳 釈尊のにゅうめつからろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬さつしょたいきょう¼ の説)。
ちくまく 竹膜 (竹の内側についている膜) のことか。 きわめて薄いことの喩え。
梵語 インドの古典語。 サンスクリット。
信心たがはず… 覚信かくしんぼうは最後まで信心が変ることなくして命終されました。
のぼり候ひしに 覚信坊が関東から京都へ上りましたおりに。
ひといち 地名。 「一日市」 か。 下総しもうさ下河辺吉河よしかわいち (毎月一日を市日としていた。 現在の埼玉県吉川市) とみる説がある。
みもとにてこそ… 親鸞聖人のお側で、 死ぬものならば死のうと思って参上しました。
よに 非常に。
おくれさきだつためし 親しい人に死に遅れたり、 先立って死んだりする例。
引接 浄土へ導き入れること。
御まへにて 親鸞聖人の御前で。
ª第十四通は、 「自然法爾章」 といわれる法語で、 ¬末燈鈔¼ 第五通のほか、 文明版 ¬正像末和讃¼ にも収録され、 また高田派専修せんじゅにはけん上人の書写本が現存する。 顕智上人書写本の後跋には 「正嘉二歳戊午十二月日善法ぜんぽうぼうそう御坊三条富小路の御坊にて聖人にあひまゐらせての聞き書き、 そのとき顕智これをかくなり」 とある。 「古写消息」(6)、 ¬末灯鈔¼(5)」
自然 顕智上人書写本ではこの前に 「獲字はいんのときうるを獲といふ。 得字は果位のときにいたりてうることを得といふなり。 名字は因位のときのなを名といふ。 号字は果位のときのなを号といふ」 とある。
はからひ 自力による思慮分別。
義なき けん上人書写本ではこの前に 「他力には」 とある。
とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
 ここでは 「…するためのもの」 という意。
沙汰 あれこれ論議し、 せんさくすること。
正嘉二年 1258年。
ª第十五通は、 かく・・ねむ・・ばう・・の往生を知らせた高田入道の書状に対する返信。 なおこの消息には親鸞聖人の署名とおうが付されており、 聖人の消息中、 最も丁重な形式をとっている。 「真筆消息」(5)º
かくねむばう 覚念房か。 ¬交名きょうみょうちょう¼ に 「真仏しんぶつけん―覚念」 とあるが、 同異不明。
かたがた あれこれ。
かくしんばう 第十三通のれん添状に出る覚信房か。
ふるとしごろ 先年。
かくねんばう 覚然房か。 国宝本 「三帖和讃」 ¬正像末和讃¼ 表紙袖書に 「釈覚然」 の名がある。
一つところ おなじところ、 つまり阿弥陀仏の浄土のこと。
面謁 面会すること。
仰せ (入道殿の) お言葉。
なかなか かえって。
おろかなる 言葉が足りない。 いいつくせない。
閏十月 流罪以後の親鸞聖人の生涯で、 閏の十月があったのは、 承久三年 (1221・四十九歳)、 仁治元年 (1240・六十八歳)、 正元元年 (1259・八十七歳) である。 文面から見ると、 第十五通の閏十月は正元元年である。
高田の入道 高田派の所伝では、 下野しもつけ (現在の栃木県) かべの城主大内おおうち国時くにときが親鸞聖人に帰依きえして出家し、 高田入道と号したといい、 真仏しんぶつ上人の叔父にあたると伝えられる。
ª第十六通は、 文応元年じょうしんに送ったもので、 信心の行者は、 臨終の善悪にかかわらず救われると説く。 現存する親鸞聖人の消息中、 年月日の明記されている最後のものである。 ¬末灯鈔¼(6)º
去年今年 去年 (正元元年・1259年)、 今年 (文応元年・1260年) は全国的な大飢饉と悪疫におそわれ、 死者がはなはだ多かった。
かまへて 決して。
学生沙汰 学者ぶった論議。
さかさかしきひと いかにも賢明なようにふるまう人。
うかれたまひたる人 心が落ち着かない人。
乗信房 ¬交名きょうみょうちょう¼ によると、 常陸ひたち奥郡おうぐん (現在の茨城県北部) の住。 数名の門下の名も伝わる。
文応元年 1260年。
ª第十七通は、 しんじょうぼうに宛てたもので、 権力者の力をかりて念仏の布教をはかってはならないと誡め、 弾圧をうけて、 やむを得なければいずれの地へでも移るようにと諭している。 ¬御消息集¼ 「広本」(12)、 「略本」(7)º
念仏のあひだのこと 念仏に関する問題。
ところせき 居づらい。 大へん困っている。
さへらる さまたげられる。
念仏とどめんひと 念仏を禁止する人。
余のひとびと 在地の権力者を指すと考えられる。
仏天 仏の尊称。 仏を天尊、 第一義天ともいうのでその 「天」 を添えた語。
これよりは 私の方からは。
の世のならひ この末法まっぽうの世の通例、 きまり。
かねて仏の説きおかせ… ¬ほうさん¼ (下) に 「五濁増の時は多く疑謗し、 道俗あひ嫌ひて聞くことを用ゐず。 修行するものあるを見ては瞋毒を起し、 方便破壊して競ひて怨を生ず」 とあるのを指す。
わづらふべくてぞ… さしつかえるべき事情があって、 そのようなことになっているのでしょう。
それを しんぼうがいっていることを。
これより 私 (親鸞聖人) の方より。
めでたき御ふみ 立派な書物。 ここでは ¬唯信鈔¼ 等の書物のことを指す。
ª第十八通は、 常陸の門弟に宛てたものとみられる。 一念多念の論争を誡め、 ¬唯信鈔¼ ¬後世物語¼ ¬自力他力事¼ などの熟読を勧めている。 ¬御消息集¼ 「広本」(6)、 「略本」(1)º
われはといふこと 自分の意見こそは正しいということ。
わざとも あらためてでも。
詮なきこと かいのないこと。
そのこととなきこと 無意味なこと。 重要でもないこと。
ª第十九通は、 きょう西さいに宛てたもの。 第十七願の意趣を示し、 ぼんが仏になることは、 ひとえに仏と仏との御はからいによるといい、 「他力の信心は義なきを義とする」 と説き及んでいる。 ¬御消息集¼ 「広本」(18)、 「略本」(10)、 ¬血脈文集¼(3)º
 ため。
ª第二十通は、 じょうしんぼうの上書と親鸞聖人の返書からなる。 その返書には、 信心の人は摂取せっしゅしゃやくにあずかり正定しょうじょうじゅとうしょうがくの位に定まること、 その信心の人は十方恒沙の如来によって讃嘆されるところから仏と等しいこと、 さらに他力とは義なきを義とするものであるということが説き示されている。 「真筆消息」(6)、 ¬末灯鈔¼(7)、 ¬善性本¼(2)前半º
往生に… 往生のために必要なことはないと心得て、 この世を過ごしてまいりましたので。
ª第二十一通は、 阿弥陀仏の本願力のこうによって、 この上ないさとりを得しめられると信じて、 念仏すべきであると説いたもの。 ¬末灯鈔¼(21)、 ¬善性本¼(2)後半º
ふたごころなき 疑いがないこと。
二種の回向 往相おうそうこう還相げんそうこうのこと。
ª第二十二通は、 わう・・いや・・をんな・・・の近況を知らせた消息である。 「真筆消息」(7)º
いやをんな 親鸞聖人に仕えていた使用人とみられる。
なり 真蹟本は 「めり」 とも読める。
わびゐて候ふなり 貧しく暮らしている。
もてあつかひて もてあまして。
わうごぜん 王御前。 親鸞聖人の末娘の覚信かくしんこうのこと。
ª第二十三通は、 教名きょうみょう (養) の質問に答えたもの。 誓願せいがんみょうごうとを別執すべきでないと説く。 「誓願名号同一の事」 という標題は後世の付加。 「古写消息」(1)、 ¬末灯鈔¼(9)º
しかるべし… もっともなこととも思われません。
なんでふわが… どうして自分のはからいをさしはさめましょうか。
ききわけしりわくる 誓願不思議を信ずるのは他力、 名号不思議を信ずるのは自力と、 聞きわけ知りわけねばならないと教える異義。
往生の業 浄土に往き生れるための因となる行為。
ª第二十四通は、 じょうしんの質問に答えたもの。 仏智不思議と信ずるほかに、 私のはからいがあってはならないと説く。 「仏智不思議と信ずべき事」 という標題は後世の付加とみられる。 「古写消息」(2)、 ¬末灯鈔¼(10)º
つね 平生。 ふだん。
浄土の業因 浄土往生の因となるべきぎょうごう
わたくしの 自分勝手の。
候ふなること 申すことには。
出世のこころ 浄土往生を願う心
なまじひなる 余計な。
ただ 全く。
ª第二十五通は、 鎌倉での念仏訴訟が落着したことを報じたしょうしんぼうの書状に対する返書。 聖人は性信房の対処の仕方を称讃している。 なお、 この訴訟に関しては、 第四十三通にも触れられているが、 詳細は明らかでない。 ¬御消息集¼ 「広本」(7)、 「略本」(2)º
おろおろ… (性信房のお手紙の前に) 大体のところは聞いております。
この御文 六月一日付の性信房の手紙を指す。
別のことは… 格別のことはまさかあるまいと。
御くだり 訴訟が終って性信房が鎌倉から下総しもうさに帰ったこと。
ことも… とりわけ新しい訴えでもありません。
念仏者の… 念仏者の中のものの道理を心得ていない人が。
性信坊の… 性信坊のとがであるかのように申しなされるのは。
かたうど  「かたびと (方人) 」 の転。 味方。
ふるごと 昔からよくあること。 昔のこと。
念仏をとどめられ じょうげん元年 (1207) の専修せんじゅ念仏ちょうを指す。
曲事 承久の乱 (1221) による三上皇の配流を指すものか。
陳状 原告 (にん) の訴状に対し、 被告 (論人ろんにん) の提出する反論を陳状という。
朝家の御ため 「おほやけのおんためとまうすなり」 (左訓)
国民 「くにのたみ、 ひやくしやう」 (左訓)
めでたう候ふべし 結構なことであるに違いありません。
異事 別のこと。 かわったこと。
ª第二十六通は、 ゆう弥陀みだぶつの質問に答えたもの。 念仏往生を否定することの誤りをただし、 信心と念仏が不離の関係であると述べる。 ¬末灯鈔¼(12)º
おほかた 全く。
詮なく候ふ そのかいがありません。
なにごとにかは… どうして辺地の往生でありましょうか、 (決してそうではありません)。
有阿弥陀仏 親鸞聖人の門弟の一人。 伝未詳。
ª第二十七通は、 第二十八通と同じく九月二日付であり、 内容も似ていることから、 同日に書かれたものとみられる。 諸神軽視、 造悪ぞうあく無礙むげを口実として念仏者を弾圧する在地権力者がいるが、 そうした権力者に対しては憐れみをもって念仏して彼らをたすけよと諭している。 ¬御消息集¼ 「広本」(9)、 「略本」(4)º
すて 「すつ」 は無視するの意。
ゆめゆめなきことなり 決してないことです。
あだ いいかげんなさま。
神祇等だにも… 天神地祇などでさえ (念仏者に) 無視されたまわないのです。
おろかに 疎かに。 いいかげんに。
領家 荘園の領有者。
地頭 幕府任命の荘園管理職。
名主 名田を経営管理し、 年貢・公事くじの徴収に当った者。
やうあるべきことなり そのいわれがあるはずのことです。
名無眼人・名無耳人  「まなこなき人と名づく」 「耳なき人と名づく」 →補註14
 であって、 (それは…)。
ふるきひと 法然ほうねん上人を指す。
めでたきやうなり 結構なことであります。
念仏を… 念仏をちょうされるようなことに言動をなされておられるとかいうのは、 ほんとうに腑におちません。
あるべくもなきこと (念仏者はことさらに悪を好み行うものだという) 事実であるはずもない風評。
ª第二十八通は、 しんぼうに宛てたもの。 信願房が造悪ぞうあく無礙むげの主張をするとは思えないと述べ、 臨終のありさまで往生の得否を論ずることは誤りであると指摘して、 念仏をさまたげる者に対しては彼らをたすけようと思って念仏すべきであると説く。 また追伸の部分では仏法を破滅させるのは仏法者自身であると述べる。 ¬御消息集¼ 「広本」(10)、 「略本」(5)º
遠江の尼御前 伝未詳。
こころよりおこる病 邪見をいだいて、 仏教をそしったりすることなどをいう。
 本来の姿。
ともかくもなり候はめ 悪道に堕するようなことにもなるでありましょう。 次々行の 「いかにもなり候はめ」 も同意。
それは 念仏を非難妨害されることについては。
かのひと 念仏を非難妨害する人。
法信坊 伝未詳。 「交名牒」 にも見えない。
くげどの 伝未詳。
道理をば… 道理まで失ってはおられまいと思われます。
百姓を… 一般の人々を惑わすことはありません。
ª第二十九通は、 しょうしんぼうに宛てたもの。 大番役で京都へ上ったしむ・・の入道としょうねんぼうに面会したことを喜び記している。 ¬けちみゃくもんじゅう¼(4)º
しむの入道 伝未詳。 くうぼん ¬血脈文集¼ には 「しむしの入道」 とある。
王番 大番のこと。 宮廷の警護をつとめる役。 幕府の御家人がこの役に当てられた。
御すすめと候ふ あなた (性信房) のお勧めであるということです。
念仏のあひだのこと 念仏に関する問題。 鎌倉での念仏訴訟を指す。
こころやすく 平穏無事なありさま。 ここは念仏訴訟が落着したことを指すものと考えられる。
ª第三十通は、 摂取せっしゅしゃについての質問状に対する返書。 信心が定まることは釈迦・弥陀のはからいであると述べ、 弥陀に摂取されるから信心が定まり、 正定しょうじょうじゅの位に入らしめられると説いて、 行者のはからいを誡めている。 「真筆消息」(8)、 ¬末灯鈔¼(13)、 ¬善性本¼(4)º
しのぶの御房 真蹟本の原型は 「しんぶつの御房」 であったが、 後陣が 「しのぶの御房」 と改竄したものとみられる。 ¬末灯鈔¼ 所収本では 「真仏御房」 となっている。
ª第三十一通は、 十二光についての解説を唯信ゆいしんに送り与えた際の添状と考えられている。 その解説とは、 ¬弥陀如来名号徳¼ を指すと推測されている。 ¬御消息集¼ 「広本」(17)、 「略本」(9)º
十二光仏 →じゅうこう
おろおろ 不十分ながら。 ざっと。
 根本。
ª第三十二通は、 じょうしんの問いに答えたもの。 真実信心を得た人は、 如来と等しいことを示し、 そのことを自力の信心であると批判することの非を指摘している。 「真筆消息」(9)、 ¬末灯鈔¼(15)、 ¬御消息集¼ 「広本」(15)º
めでたう候ふ 結構でございます。
その定に それと同様に。
承信房 伝未詳。
浄信房 第二十通のじょうしんと同異不明。
承信の御房 「承信の御房に」 とする異本がある。
ª第三十三通は、 しんぼうに宛てたもの。 文面には、 関東の門弟の動揺を伝え聞いて深く悲嘆している様子がうかがわれる。 この時点では、 親鸞聖人はまだ、 慈信房の異義について十分承知していない。 ¬御消息集¼ 「広本」(11)、 「略本」(6)º
五貫文 おおよそ一貫文で米一石 (百升) が買えた。
おほぶの中太郎 ¬御伝鈔¼【13】に出る平太郎と同一人物ともいわれる。 「おほぶ」 は現在の茨城県水戸市飯富いいとみ町。 同地には真仏寺があり、 平太郎真仏を開基とする。
たぢろき 動揺して。
偏頗 不公平。 えこひいき。
このひとびとのことうけたまはり候ふ しんぼうは真仏・性信・入信などの信心が変ったと親鸞聖人に報告していたらしい。
ひとのうへも 他人のことについても。
ª第三十四通は、 専信せんしんの上書に対する返事。 現生しょうじょうじゅの義を示して、 義なきを義とする他力のおもむきを明かしている。 ¬善性本¼(7)º
せんなく候ふべきか 意味がないことになりましょうか、 そんなはずはありません。
ª第三十五通は、 第三十六通と一連のもの。 いま・・ごぜ・・んの・・はは・・に対し、 第三十六通を常陸の人々に見せるようにと申し送っている。 「真筆消息」(10)º
御返事 端裏書であり、 上部に切封がある。
いまごぜんのはは 不明。 親鸞聖人の妻、 末娘の覚信かくしんこう、 親鸞聖人の息男の妻の母など、 諸説があって定まらない。
ª第三十六通は、 常陸ひたち (現在の茨城県) の人々にいま・・ごぜ・・んの・・はは・・そく・・しやう・・・ばう・・の扶持を依頼されたもの。 筆蹟の乱れが著しく、 最晩年に書かれた遺言状であろうともいわれる。 「真筆消息」(11)º
せんしに  「善 (信) 死に」 「詮、 死に」 あるいは 「ぜんしん (善信)」 の 「ん」 を脱したもの等の諸説がある。
そくしやうばう 伝未詳。
すぐべきやうもなき… 暮らしを立てて世をすごしてゆく方法も知らない者ですので。
ª第三十七通は、 宛名は不明であるが、 その内容は念仏者の放逸無慚なふるまいを誡めたものである。 ¬末灯鈔¼(16)、 ¬御消息集¼ 「広本」(5)º
まことのそこ 真髄。
放逸無慚 勝手気ままな行動をし、 自己の心に恥じることのないこと。
善証房 伝未詳。 「善勝房」 「善乗房」 とする異本がある。
あひむつるること 相親しむこと。
ひがうたる 「ひがみたる」 の音便形。 曲がった。
悪くるしからず 悪いことをしてもかまわない。
さはらぬ… 浄土往生のさまたげにはならないからといって。
その辺の人々の… 鹿島・行方なめかたの人々の、 間違ったことを説得してやめさせ。
この辺より… この親鸞の門下より出できたしるしである。 あるいは京都より出てきたとみる説もある。
候はず 異本には続けて 「また往生はなにごともなにごともぼんのはからひならず。 如来の御ちかひにまかせまゐらせたればこそ、 他力にては候へ。 やうやうにはからひあうて候ふらん、 をかしく候ふ」 とある。
ª第三十八通は、 本願寺藏本 ¬御消息集¼ (広本) には 「真仏しんぶつ上人御返事」 とある。 他力の中に自力ということはあるが、 他力の中にさらに奥深い他力ということはないと示す。 ¬末灯鈔¼(17)、 ¬御消息集¼ 「広本」(16)º
ª第三十九通は、 随信ずいしんの問いに答えたもの。 信心をたまわった時、 正定しょうじょうじゅに住するので、 信心の人はろくと同じ位であり、 諸仏と等しいと説いて、 来迎らいこう・臨終をまたない旨を示している。 ¬末灯鈔¼(18)º
見敬得大慶… 「見て敬ひ得て大きに慶ぶは、 すなはちわが善き親しき友なり」 (左訓)
随信房  ¬交名きょうみょうちょう¼ にぜんの門下としてその名がある。
ª第四十通は、 ゑん・・ばう・・が主人に無断で京都の親鸞聖人のもとを訪れたので、 その帰東に際して、 とりなしを真仏しんぶつ上人に依頼したもの。 「真筆消息」(2)º
ゑん仏ばう 伝未詳。 ¬交名きょうみょうちょう¼ の真仏上人門下の信願しんがんの下に出る円仏房のことか。
せうまう 焼亡 (火事) であろう。
ª第四十一通は、 教忍の質問に答えたもの。 一念多念、 有念無念の争いをしてはならないと誡め、 ¬唯信鈔¼ の熟読を勧めている。 ¬御消息集¼ 「広本」(8)、 「略本」(3)º
御こころざしのもの・念仏のすすめのもの 「こころざしのもの」 は門徒個人のこん、 「念仏のすすめのもの」 は毎月の 「二十五日の御念仏」 に集まった同行たちが醵出した懇志を意味するようである。
一定してんず 必ずするであろう。
ª第四十二通は、 ¬宝号経¼ によって本願の念仏が非行非善の他力の行であることや、 こうみょうみょうごう因縁いんねんについて述べた法語である。 ¬末灯鈔¼(22)º
宝号経 現存の ¬大蔵経¼ には存しない。 ¬弥陀みだきょうしゅう¼ に 「又宝号王経、 非行非善、 但持仏名故、 生不退位」 とある。
能生の因・所生の縁 父母を能生と所生に分けたのは、 父は生ませる側 (子種を下す下種)、 母は生ませられる側 (子種をたもち育てる持種) であるという俗説によっている。 また因と縁に分けたのは、 名号は正定しょうじょう業因ごういんとなり、 光明は摂取せっしゅの外縁となるからである。 ただし光明と名号は別なものではなく、 しばらく因と縁に配当しただけである。
ª第四十三通は、 しょうしんぼうに宛てたもの。 念仏訴訟の解決を喜び、 念仏をそしる人々のために念仏することを勧め、 合せてこのことを入西にも伝えるようにと記している。 ¬御消息集¼ 「広本」(13)、 「略本」(8)º
くだらせたまひてのち 鎌倉から (郷里の下総しもうさに) お帰りになって後。
源藤四郎殿 伝未詳。
 考え。 思いめぐらし。
二十五日の御念仏 法然ほうねん上人の命日にあたる二十五日に集って行う念仏のこと。 上人はけんりゃく二年 (1212) 一月二十五日にじゃく
 ため。