親鸞聖人御消息
▼(1)
ª第一通は、 関東在住の門弟の疑問に答えた法語で、 臨終正念を祈り、 有念無念を沙汰することは、 ともに浄土宗真宗の法義にかなわないことを示す。 なお、 「有念無念の事」 という標題は後世の付加と考えられる。 ¬末灯鈔¼ (1)º
有念無念の事。
▼来迎は*諸行往生にあり、 自力の行者なるがゆゑに。 *臨終といふことは、 諸行往生のひとにいふべし、 いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。 また*十悪・*五逆の罪人のはじめて*善知識にあうて、 すすめらるるときにいふことなり。 真実信心の行人は、 *摂取不捨のゆゑに*正定聚の位に住す。 このゆゑに臨終まつことなし、 来迎たのむことなし。 信心の定まるとき往生また定まるなり。 来迎の*儀則をまたず。
臨終 ここでは臨終の時に初めて浄土往生が決定することを指す。
*正念といふは、 *本弘誓願の*信楽定まるをいふなり。 この信心うるゆゑに、 かならず*無上涅槃にいたるなり。 この信心を*一心といふ、 この一心を*金剛心といふ、 この金剛心を大菩提心といふなり。 これすなはち*他力のなかの他力なり。 また正念といふにつきて二つあり。 一つには*定心の行人の正念、 二つには*散心の行人の正念あるべし。 この二つの正念は、 他力のなかの自力の正念なり。 定散の善は、 諸行往生のことばにをさまるなり。 この善は、 他力のなかの自力の善なり。 この自力の行人は、 来迎をまたずしては、 *辺地・*胎生・*懈慢界までも生るべからず。 このゆゑに第十九の*誓願に、 「▲もろもろの善をして浄土に回向して往生せんとねがふ人の臨終には、 われ現じて迎へん」 と誓ひたまへり。 臨終まつことと来迎往生といふことは、 この定心・散心の行者のいふことなり。
*選択本願は*有念にあらず、 *無念にあらず。 有念はすなはち*色形をおもふにつきていふことなり。 無念といふは、 形をこころにかけず、 色をこころにおもはずして、 念もなきをいふなり。 これみな聖道のをしへなり。 *聖道といふは、 すでに仏に成りたまへる人の、 われらがこころをすすめんがために、 *仏心宗・*真言宗・*法華宗・*華厳宗・*三論宗等の*大乗至極の教なり。 仏心宗といふは、 この世にひろまる*禅宗これなり。 また*法相宗・*成実宗・*倶舎宗等の*権教、 *小乗等の教なり。 これみな聖道門なり。 権教といふは、 すなはちすでに仏に成りたまへる仏・菩薩の、 かりにさまざまの形をあらはしてすすめたまふがゆゑに権といふなり。
色形 いろ、 かたち。 ここでは仏身・浄土の荘厳相など具体的に示された仏徳のことを指す。
聖道といふは… 親鸞聖人独自の解釈。 聖道門を権化の聖者の説いた方便誘引の教えと見る意。
*浄土宗にまた*有念あり、 *無念あり。 有念は*散善の義、 無念は*定善の義なり。 浄土の無念は聖道の無念には似ず。 またこの聖道の無念のなかにまた有念あり。 よくよくとふべし。
浄土宗のなかに真あり、 仮あり。 真といふは*選択本願なり、 仮といふは*定散二善なり。 選択本願は*浄土宗真宗なり、 定散二善は*方便*仮門なり。 浄土宗真宗は大乗のなかの至極なり。 方便仮門のなかにまた*大小・*権実の教あり。 *釈迦如来の御善知識は一百一十人なり。 ¬*華厳経¼ にみえたり。
釈迦如来の… ¬華厳経¼ 「入法界品」 (晋訳巻五十八) には 「この童子 (善財童子) は昔頻陀伽羅城において文殊師利の教を受け、 善知識を求めて、 展転して一百一十のもろもろの善知識を経由し…」 とある。
南無阿弥陀仏
*建長三歳辛亥閏九月二十日
建長三歳 1251年。
愚禿親鸞七十九歳
(2)
ª第二通は、 鹿島・行方・南の荘などの常陸 (現在の茨城県) 南部の門弟のために書かれたもので、 明法房やひらつかの入道の往生について感慨を述べ、 造悪無礙の異義を誡めている。 ¬末灯鈔¼ (20)º
かたがたよりの御こころざしのものども、 数のままにたしかにたまはり候ふ。 *明教房の*のぼられて候ふこと、 ありがたきことに候ふ。 かたがたの御こころざし、 申しつくしがたく候ふ。 *明法御房の往生のこと、 おどろきまうすべきにはあらねども、 かへすがへすうれしく候ふ。 *鹿島・*行方・*奥郡、 かやうの往生ねがはせたまふひとびとの、 みなの御よろこびにて候ふ。 また*ひらつかの入道殿の御往生のこときき候ふこそ、 かへすがへす申すにかぎりなくおぼえ候へ。 めでたさ申しつくすべくも候はず。 おのおのみな往生は*一定とおぼしめすべし。 さりながらも、 往生をねがはせたまふひとびとの御中にも、 御こころえぬことも候ひき、 いまもさこそ候ふらめとおぼえ候ふ。 京にもこころえずして、 やうやうにまどひあうて候ふめり。 *くにぐににもおほくきこえ候ふ。 法然聖人の御弟子のなかにも、 われは*ゆゆしき学生などとおもひあひたるひとびとも、 この世には、 みなやうやうに法文をいひかへて、 身もまどひ、 ひとをもまどはして、 わづらひあうて候ふめり。
明教房 ¬交名牒¼ (門弟の連名簿) によると、 常陸の乗信の弟子。
のぼられて 京都へ上られて。
鹿島 常陸の南東部、 鹿島灘に面している郡。
行方 鹿島の西隣の郡。
奥郡 常陸国の北部一体をいう。
ひらつかの入道 相模 (現在の神奈川県) 大磯の善福寺の開基了源とも伝えられるが、 下総結城 (現在の茨城県結城市) の称名寺所蔵文書に出る 「平塚入道」 とみるべきか。 結城市近在の八千代町に平塚という地名が中世から存在する。
一定 確かに定まっていること。
くにぐに ここでは京都に対して地方の諸国のことをいう。
ゆゆしき学生 すぐれた学者。
聖教のをしへをもみずしらぬ、 おのおののやうにおはしますひとびとは、 往生にさはりなしとばかりいふをききて、 *あしざまに御こころえあること、 おほく候ひき。 いまもさこそ候ふらめとおぼえ候ふ。 浄土の教もしらぬ*信見房などが申すことによりて、 *ひがざまにいよいよなりあはせたまひ候ふらんをきき候ふこそ、 あさましく候へ。
あしざまに まちがって。
信見房 伝未詳。
ひがざまに 誤ったふうに。
まづおのおのの、 むかしは弥陀のちかひをもしらず、 阿弥陀仏をも申さずおはしまし候ひしが、 釈迦・弥陀の*御方便にもよほされて、 いま弥陀のちかひをもききはじめておはします身にて候ふなり。 もとは無明の酒に酔ひて、 *貪欲・*瞋恚・*愚痴の三毒をのみ好みめしあうて候ひつるに、 仏のちかひをききはじめしより、 無明の酔ひも*やうやうすこしづつさめ、 三毒をもすこしづつ好まずして、 阿弥陀仏の薬をつねに好みめす身となりておはしましあうて候ふぞかし。
やうやう 次第に。
しかるになほ酔ひもさめやらぬに、 かさねて酔ひをすすめ、 毒も消えやらぬに、 なほ毒をすすめられ候ふらんこそ、 あさましく候へ。 煩悩具足の身なればとて、 こころにまかせて、 身にもすまじきことをもゆるし、 口にもいふまじきことをもゆるし、 こころにもおもふまじきことをもゆるして、 *いかにもこころのままにてあるべしと申しあうて候ふらんこそ、 かへすがへす*不便におぼえ候へ。 酔ひもさめぬさきに、 なほ酒をすすめ、 毒も消えやらぬに、 いよいよ毒をすすめんがごとし。 ▼薬あり毒を好めと候ふらんことは、 *あるべくも候はずとぞおぼえ候ふ。 仏の御名をもきき念仏を申して、 ひさしくなりておはしまさんひとびとは、 *後世のあしきことをいとふしるし、 この身のあしきことをばいとひすてんとおぼしめすしるしも候ふべしとこそおぼえ候へ。
いかにも… どのようにでも、 自分の心のままにすればよいと。
不便 気の毒なこと。 心の痛むこと。
あるべくも… あってよいことではないと思われます。
後世 「この世」 とする異本がある。
はじめて仏のちかひをききはじむるひとびとの、 わが身のわろく、 こころのわろきをおもひしりて、 この身のやうにてはなんぞ往生せんずるといふひとにこそ、 煩悩具足したる身なれば、 わがこころの善悪をば沙汰せず、 迎へたまふぞとは申し候へ。 かくききてのち、 仏を信ぜんとおもふこころふかくなりぬるには、 まことにこの身をもいとひ、 流転せんことをもかなしみて、 ふかくちかひをも信じ、 阿弥陀仏をも好みまうしなんどするひとは、 もとこそ、 こころのままにてあしきことをもおもひ、 あしきことをもふるまひなんどせしかども、 いまはさやうのこころをすてんとおぼしめしあはせたまはばこそ、 世をいとふしるしにても候はめ。 また往生の信心は、 釈迦・弥陀の御すすめによりておこるとこそみえて候へば、 さりともまことのこころおこらせたまひなんには、 いかがむかしの御こころのままにては候ふべき。
この御中のひとびとも、 少々はあしきさまなることの*きこえ候ふめり。 師をそしり、 善知識をかろしめ、 *同行をも*あなづりなんどしあはせたまふよしきき候ふこそ、 あさましく候へ。 すでに*謗法のひとなり、 *五逆のひとなり。 *なれむつぶべからず。 ¬浄土論¼ (論註・上意) と申すふみには、 「▲かやうのひとは仏法信ずるこころのなきより、 このこころはおこるなり」 と候ふめり。 また至誠心のなかには、 「▲かやうに悪をこのまんにはつつしんでとほざかれ、 ちかづくべからず」 (散善義・意) とこそ説かれて候へ。 善知識・同行にはしたしみちかづけとこそ説きおかれて候へ。
きこえ うわさ。 評判。
あなづり 軽蔑したり。
なれむつぶ 親しく交際する。
悪をこのむひとにもちかづきなんどすることは、 浄土にまゐりてのち、 衆生利益にかへりてこそ、 さやうの罪人にもしたがひちかづくことは候へ。 それも、 わがはからひにはあらず。 弥陀のちかひによりて御たすけにてこそ、 おもふさまのふるまひも候はんずれ。 *当時は、 この身どものやうにては、 いかが候ふべかるらんとおぼえ候ふ。 よくよく案ぜさせたまふべく候ふ。
往生の金剛心のおこることは、 仏の御はからひよりおこりて候へば、 金剛心をとりて候はんひとは、 *よも師をそしり善知識をあなづりなんどすることは候はじとこそおぼえ候へ。 この文をもつて鹿島・行方・*南の荘、 いづかたもこれにこころざしおはしまさんひとには、 おなじ御こころによみきかせたまふべく候ふ。 *あなかしこ、 あなかしこ。
よも まさか。
南の荘 現在の茨城県新治郡の南部。
*建長四年二月二十四日
建長四年 1252年。 親鸞聖人80歳。
(3)
ª第三通は、 その内容から、 独立した消息ではなく、 追伸であろうと考えられる。 ¬末灯鈔¼ (19)後半º
この明教房ののぼられて候ふこと、 まことにありがたきこととおぼえ候ふ。 明法御房の御往生のことをまのあたりきき候ふも、 うれしく候ふ。 ひとびとの御こころざしも、 ありがたくおぼえ候ふ。 かたがたこのひとびとののぼり、 不思議のことに候ふ。 この文をたれたれにもおなじこころによみきかせたまふべく候ふ。 この文は奥郡におはします*同朋の御中に、 みなおなじく御覧候ふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
*としごろ念仏して往生ねがふしるしには、 もとあしかりしわがこころをもおもひかへして、 とも同朋にもねんごろにこころのおはしましあはばこそ、 世をいとふしるしにても候はめとこそおぼえ候へ。 よくよく御こころえ候ふべし。
としごろ 多年。 年来。
(4)
ª第四通は、 常陸 (現在の茨城県) の門弟に宛てたもの。 その内容は、 明法房の回心の事実にことよせて、 造悪無礙の異義を誡めたものである。 第二通とは内容的に重なるところが多い。 ¬末灯鈔¼ (19)前半º
御文たびたびまゐらせ候ひき。 御覧ぜずや候ひけん。 なにごとよりも明法御房の往生の本意とげておはしまし候ふこそ、 常陸国うちの、 *これにこころざしおはしますひとびとの御ために、 *めでたきことにて候へ。 往生はともかくも凡夫のはからひにてすべきことにても候はず。 *めでたき智者もはからふべきことにも候はず。 *大小の聖人だにも、 ともかくもはからはで、 ただ願力にまかせてこそおはしますことにて候へ。 ましておのおののやうにおはしますひとびとは、 ただこのちかひありときき、 南無阿弥陀仏にあひまゐらせたまふこそ、 ありがたく、 めでたく候ふ御果報にては候ふなれ。 とかくはからはせたまふこと、 ゆめゆめ候ふべからず。 さきにくだしまゐらせ候ひし ¬唯信鈔¼・¬自力他力¼ なんどのふみにて御覧候ふべし。 *それこそ、 この世にとりてはよきひとびとにておはします。 すでに往生をもしておはしますひとびとにて候へば、 そのふみどもに書かれて候ふには、 なにごともなにごとも*すぐべくも候はず。 法然聖人の御をしへを、 よくよく御こころえたるひとびとにておはしますに候ひき。 さればこそ往生もめでたくしておはしまし候へ。
これに 往生ということに。
めでたきこと よろこばしいこと。
めでたき智者 すぐれた智慧者。
大小の聖人 大乗の聖者と小乗の聖者。
それこそ ¬唯信鈔¼ ¬自力他力事¼ の著者である聖覚法印・隆寛律師こそは。
すぐべくも候はず まさることのできるものはありません。
おほかたは、 としごろ念仏申しあひたまふひとびとのなかにも、 ひとへに*わがおもふさまなること をのみ申しあはれて候ふひとびとも候ひき。 いまもさぞ候ふらんとおぼえ候ふ。 明法房などの往生しておはしますも、 もとは*不可思議のひがことをおもひなんどしたるこころをもひるがへしなんどしてこそ候ひしか。 *われ往生すべければとて、 すまじきことをもし、 おもふまじきことをもおもひ、 いふまじきことをもいひなどすることはあるべくも候はず。 貪欲の煩悩にくるはされて欲もおこり、 瞋恚の煩悩にくるはされてねたむべくもなき因果をやぶるこころもおこり、 愚痴の煩悩にまどはされておもふまじきことなどもおこるにてこそ候へ。 めでたき仏の御ちかひのあればとて、 わざとすまじきことどもをもし、 おもふまじきことどもをもおもひなどせんは、 よくよくこの世のいとはしからず、 身のわろきことをおもひしらぬにて候へば、 念仏にこころざしもなく、 仏の御ちかひにもこころざしのおはしまさぬにて候へば、 念仏せさせたまふとも、 その御こころざしにては*順次の往生も*かたくや候ふべからん。 よくよくこのよしをひとびとにきかせまゐらせさせたまふべく候ふ。 かやうにも申すべくも候はねども、 なにとなくこの辺のことを御こころにかけあはせたまふひとびとにておはしましあひて候へば、 かくも申し候ふなり。 この世の念仏の義は、 やうやうにかはりあうて候ふめれば、 とかく申すにおよばず候へども、 故聖人 (法然) の御をしへをよくよくうけたまはりておはしますひとびとは、 *いまももとのやうにかはらせたまふこと候はず。 *世かくれなきことなれば、 きかせたまひあうて候ふらん。 *浄土宗の義、 みなかはりておはしましあうて候ふひとびとも、 聖人 (法然) の御弟子にて候へども、 やうやうに義をもいひかへなどして、 身もまどひ、 ひとをもまどはかしあうて候ふめり。 あさましきことにて候ふなり。 京にもおほくまどひあうて候ふめり。 まして、 ゐなかは、 さこそ候ふらめと*こころにくくも候はず。 なにごとも申しつくしがたく候ふ。 またまた申し候ふべし。
わがおもふさまなること 自分勝手なこと。
不可思議のひがこと とんでもない間違い。 考えられないような誤り。 ここでは明法房がかつて犯した悪事を指していう。
われ往生すべければとて 自分が往生できるはずだからといって。
順次の往生 現世の命が終って、 次にただちに浄土に生れること。
かたくや候ふべからん 困難なことであるはずでしょう。
いまも… 今も法然上人御在世の時と同様で異義を立てることはしておりません。
世かくれなきことなれば 世間に知れわたったことなので。
浄土宗の義… 浄土宗の本義と全く異なる自己流の説を立てておられる人々も。
こころにくくも候はず 知りたいとも思いません。
(5)
ª第五通は、 一通の独立した消息ではなく、 もとは他の消息に添えられた追伸であったとみられている。 ¬末灯鈔¼ (19)後半º
善知識をおろかにおもひ、 師をそしるものをば、 *謗法のものと申すなり。 おやをそしるものをば、 *五逆のものと申すなり。 同座せざれと候ふなり。 されば*北の郡に候ひし*善証房は、 おやを*のり、 善信 (親鸞) をやうやうにそしり候ひしかば、 ちかづきむつまじくおもひ候はで、 ちかづけず候ひき。 明法御房の往生のことをききながら、 *あとをおろかにせんひとびとは、 その同朋にあらず候ふべし。 無明の酒に酔ひたる人にいよいよ酔ひをすすめ、 三毒をひさしく好みくらふひとにいよいよ毒をゆるして好めと申しあうて候ふらん、 不便のことに候ふ。 無明の酒に酔ひたることをかなしみ、 三毒を好みくうていまだ毒も失せはてず、 無明の酔ひもいまださめやらぬにおはしましあうて候ふぞかし。 よくよく御こころえ候ふべし。
北の郡 常陸 (現在の茨城県) の北部一帯。
善証房 伝未詳。 「善乗房」 とする異本がある。
のり ののしり。
あとを… 明法房ののこした行跡を疎略にするような人々。
(6)
ª第六通は、 笠間の門弟の疑問に答えたもので、 法語の形をとっている。 内容は往生を願うものの中に自力他力の別があることを示して、 義なきを義とする本願他力の趣を明らかにし、 信心の行者を讃嘆したもの。 この消息が書かれた建長七年 (1255) は、 慈信房善鸞義絶の前年に当っており、 笠間の門弟の疑問の背景にはこの慈信房による異義のあったことが推測される。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (2)º
*笠間の念仏者の疑ひとはれたる事
笠間 現在の茨城県笠間市。 親鸞聖人が関東で布教した頃の中心地。
それ浄土宗真宗のこころは、 往生の根機に他力あり、 自力あり。 このことすでに*天竺 (印度) の論家、 浄土の祖師の仰せられたることなり。
まづ自力と申すことは、 行者のおのおのの縁にしたがひて*余の仏号を称念し、 余の善根を修行して、 わが身をたのみ、 わがはからひのこころをもつて▼身口意のみだれごころをつくろひ、 *めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり。 また他力と申すことは、 弥陀如来の御ちかひのなかに、 選択摂取したまへる第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力と申すなり。 如来の御ちかひなれば、 「他力には義なきを義とす」 と、 聖人 (法然) の仰せごとにてありき。 義といふことは、 はからふことばなり。 行者のはからひは自力なれば、 義といふなり。 他力は、 本願を信楽して往生必定なるゆゑに、 *さらに義なしとなり。
余の仏号 阿弥陀仏以外の仏名。
めでたうしなして 立派にふるまって。
しかれば、 わが身のわるければ、 *いかでか如来迎へたまはんとおもふべからず。 凡夫はもとより煩悩具足したるゆゑに、 わるきものとおもふべし。 またわがこころよければ、 往生すべしとおもふべからず。 自力の御はからひにては真実の報土へ生るべからざるなり。 「行者のおのおのの自力の信にては、 *懈慢・*辺地の往生、 胎生疑城の浄土までぞ往生せらるることにてあるべき」 とぞ、 うけたまはりたりし。 第十八の本願成就のゆゑに阿弥陀如来とならせたまひて、 不可思議の利益きはまりましまさぬ御かたちを、 天親菩薩は尽十方無礙光如来とあらはしたまへり。 このゆゑに、 よきあしき人をきらはず、 煩悩のこころをえらばず、 へだてずして、 往生はかならずするなりとしるべしとなり。 しかれば、 恵心院の和尚 (源信) は、 ¬往生要集¼ (下意) には、 本願の念仏を信楽するありさまをあらはせるには、 「*行住座臥を簡ばず、 *時処諸縁をきらはず」 (意) と仰せられたり。 「真実の信心をえたる人は摂取のひかりにをさめとられまゐらせたり」 (同・意) と、 たしかにあらはせり。 しかれば、 「無明煩悩を具して安養浄土に往生すれば、 かならずすなはち無上仏果にいたる」 と、 釈迦如来説きたまへり。
いかでか… どうして阿弥陀如来が迎え取ってくださろうか、 (迎え取ってはくださらないだろう) と思ってはなりません。
時処諸縁 時間と場所とさまざまな条件。
しかるに、 「五濁悪世のわれら、 釈迦一仏のみことを信受せんこと*ありがたかるべしとて、 十方恒沙の諸仏、 証人とならせたまふ」 (散善義・意) と、 善導和尚は釈したまへり。 「釈迦・弥陀・十方の諸仏、 みなおなじ御こころにて、 本願念仏の衆生には、 影の形に添へるがごとくしてはなれたまはず」 (同・意) とあかせり。 しかれば、 この信心の人を釈迦如来は、 「わが親しき友なり」 (大経・下意) とよろこびまします。 この信心の人を真の仏弟子といへり。 この人を正念に住する人とす。 この人は、 〔阿弥陀仏〕摂取して捨てたまはざれば、 金剛心をえたる人と申すなり。 この人を *上上人とも、 好人とも、 *妙好人とも、 *最勝人とも、 *希有人とも申すなり。 この人は正定聚の位に定まれるなりとしるべし。 しかれば*弥勒仏とひとしき人とのたまへり。 これは真実信心をえたるゆゑに、 かならず真実の報土に往生するなりとしるべし。
ありがたかるべし 困難であるに違いない。
上上人 この上ない人。
最勝人 この上なくすぐれた功徳をそなえた人。
希有人 きわめてまれな人。
弥勒仏とひとしき人 弥勒は現在の一生を過ぎると仏となる。 他力の念仏者も現世の一生を終えるとただちに仏のさとりを得るから、 このように称される。 →
便同弥勒
この信心をうることは、 釈迦・弥陀・十方諸仏の御方便よりたまはりたるとしるべし。 しかれば、 「▽諸仏の御をしへをそしることなし。 余の善根を行ずる人をそしることなし。 この念仏する人をにくみそしる人をも、 にくみそしることあるべからず。 あはれみをなし、 *かなしむこころをもつべし」 とこそ、 聖人 (法然) は仰せごとありしか。 あなかしこ、 あなかしこ。
かなしむ いとおしむ。
仏恩のふかきことは、 懈慢・辺地に往生し、 *疑城胎宮に*往生するだにも、 弥陀の御ちかひのなかに、 第十九・第二十の願の御あはれみにてこそ、 不可思議のたのしみにあふことにて候へ。 仏恩のふかきこと、 そのきはもなし。 いかにいはんや、 真実の報土へ往生して大涅槃のさとりをひらかんこと、 仏恩よくよく御案ども候ふべし。 これさらに性信坊・親鸞がはからひまうすにはあらず候ふ。 ゆめゆめ。
往生するだにも 往生することさえも。
*建長七歳乙卯十月三日
建長七歳 1255年。
愚禿親鸞八十三歳これを書く。
(7)
ª第七通は、 下野高田 (現在の栃木県芳賀郡) の覚信に与えたもの。 信の一念と行の一念は不離の関係であると説く。 古来、 この消息は 「信行一念章」 と称されている。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (11)º
四月七日の御文、 五月二十六日たしかにたしかにみ候ひぬ。 さては、 仰せられたること、 信の一念・行の一念ふたつなれども、 信をはなれたる行もなし、 行の一念をはなれたる信の一念もなし。 そのゆゑは、 行と申すは、 本願の名号をひとこゑとなへて往生すと申すことをききて、 ひとこゑをもとなへ、 もしは十念をもせんは行なり。 この御ちかひをききて、 疑ふこころのすこしもなきを信の一念と申せば、 信と行とふたつときけども、 行をひとこゑするとききて疑はねば、 行をはなれたる信はなし*とききて候ふ。 また、 信はなれたる行なしとおぼしめすべし。
とききて候ふ 法然上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
これみな弥陀の御ちかひと申すことをこころうべし。 行と信とは御ちかひを申すなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
いのち候はば、 かならずかならずのぼらせたまふべし。
五月二十八日 (花押)
*覚信御房 御返事
覚信 「交名牒」 によると、 下野高田 (現在の栃木県芳賀郡) の住。 ¬口伝鈔¼ (16) に註して 「太郎入道」 とある。 ¬御消息¼ (13) の蓮位添状によると、 病をおして上京し親鸞聖人のもとで往生したという。
*専信坊、 京ちかくなられて候ふこそ、 たのもしうおぼえ候へ。 また、 御こころざしの銭*三百文、 たしかにたしかにかしこまりてたまはりて候ふ。
専信 法名は専海。 下野高田の住。 「交名牒」 には真仏上人の門下とある。 後に遠江池田 (現在の静岡県浜松市) へ移住した。
三百文 一千文で一貫。 おおよそ一貫で米一石 (百升) が買えた。
「*建長八歳丙辰五月二十八日親鸞聖人御返事」
建長八歳 1256年。 親鸞聖人八十四歳。 「建…事」 までの十八字は包紙に別筆で記入。
(8)
ª第八通は、 慈信房を義絶したことを性信房へ知らせたもので、 第九通の義絶状と同日に書かれている。 ¬血脈文集¼ (2)º
この御文どものやう、 くはしくみ候ふ。 また、 さては慈信が法文のやうゆゑに、 常陸・下野の人々、 念仏申させたまひ候ふことの、 としごろうけたまはりたるやうには、 みなかはりあうておはしますときこえ候ふ。 かへすがへすこころうくあさましくおぼえ候ふ。 としごろ往生を一定と仰せられ候ふ人々、 慈信とおなじやうに、 そらごとをみな候ひけるを、 としごろふかくたのみまゐらせて候ひけること、 かへすがへすあさましう候ふ。
そのゆゑは、 往生の信心と申すことは、 一念も疑ふことの候はぬをこそ、 往生一定とはおもひて候へ。 光明寺の和尚 (善導) の信のやうををしへさせたまひ候ふには、 「まことの信を定められてのちには、 弥陀のごとくの仏、 釈迦のごとくの仏、 そらにみちみちて、 釈迦のをしへ、 弥陀の本願はひがことなりと仰せらるとも、 一念も疑あるべからず」 とこそうけたまはりて候へば、 そのやうをこそ、 としごろ申して候ふに、 慈信ほどのものの申すことに、 常陸・下野の念仏者の、 みな御こころどもの*うかれて、 はては、 さしもたしかなる証文を、 ちからを尽して数あまた書きてまゐらせて候へば、 それをみなすてあうておはしまし候ふときこえ候へば、 ともかくも申すにおよばず候ふ。
うかれて 動揺して。
まづ慈信が申し候ふ法文のやう、 *名目をもきかず。 いはんやならひたることも候はねば、 慈信にひそかにをしふべきやうも候はず。 また夜も昼も慈信一人に、 人にはかくして法文をしへたること候はず。 もしこのこと、 慈信に申しながら、 そらごとをも申しかくして、 人にもしらせずしてをしへたること候はば、 三宝を本として、 三界の諸天善神・*四海の*竜神八部・閻魔王界の*神祇*冥道の罰を、 親鸞が身にことごとくかぶり候ふべし。
名目 教義上の術語。 教義の網目。
神祇 天地の神々。
冥道 冥界の神々。
自今以後は、 慈信におきては、 *子の義おもひきりて候ふなり。 世間のことにも、 *不可思議のそらごと、 申すかぎりなきことどもを、 申しひろめて候へば、 出世のみにあらず、 世間のことにおきても、 おそろしき申しごとども数かぎりなく候ふなり。 なかにも、 この法文のやうきき候ふに、 こころもおよばぬ申しごとにて候ふ。 *つやつや親鸞が身には、 ききもせず、 ならはぬことにて候ふ。 かへすがへすあさましう、 こころうく候ふ。 弥陀の本願をすてまゐらせて候ふことに、 人々のつきて、 親鸞をもそらごと申したるものになして候ふ。 こころうく、 *うたてきことに候ふ。
子の義 (親鸞の) 子であるという関係。
不可思議のそらごと 考えられないような虚偽。
つやつや 少しも。 全く。
うたてきことに候ふ なさけないことです。
おほかたは、 ¬唯信抄¼・¬自力他力の文¼・¬後世物語の聞書¼・¬一念多念の証文¼・¬唯信鈔の文意¼・¬一念多念の文意¼、 これらを御覧じながら、 慈信が法文によりて、 おほくの念仏者達の、 弥陀の本願をすてまゐらせあうて候ふらんこと、 申すばかりなく候へば、 かやうの御ふみども、 これよりのちには仰せらるべからず候ふ。
また ¬*真宗の聞書¼ 、 性信房の書かせたまひたるは、 すこしもこれに申して候ふやうにたがはず候へば、 うれしう候ふ。 ¬真宗の聞書¼ 一帖はこれにとどめおきて候ふ。
真宗の聞書 性信房が自己の領解を記したもの。 高田専修寺蔵の弘安三年 (1280) の写本 ¬真宗聞書¼ がそれであろうといわれる。 ¬蔵外管窺録¼ にこの書についての評がある。
また*哀愍房とかやの、 いまだみもせず候ふ。 また文一度もまゐらせたることもなし。 くによりも*文たびたることもなし。 親鸞が文を得たると申し候ふなるは、 おそろしきことなり。 この ¬*唯信鈔¼ 書きたるやう、 あさましう候へば、 火にやき候ふべし。 かへすがへすこころうく候ふ。 この文を人々にもみせさせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
哀愍房 伝未詳。
文たびたること (哀愍房から) 手紙をもらったこと。
唯信鈔 聖覚法印の ¬唯信鈔¼ なのか、 あるいは哀愍房の書いたもので、 性信房がそれを親鸞聖人のもとへ送ってきたものなのか不明。
五月二十九日 親鸞
性信房御返事
なほなほよくよく念仏者達の信心は一定と候ひしことは、 みな御そらごとどもにて候ひけり。 これほどに第十八の願をすてまゐらせあうて候ふ人々の御ことばをたのみまゐらせて、 としごろ候ひけるこそ、 あさましう候ふ。 この文をかくさるべきことならねば、 よくよく人々にみせまうしたまふべし。
(9)
ª第九通は、 慈信房義絶状ともいわれる。 義絶事件後四十九年を経た嘉元三年 (1305) に顕智上人が書写したもので、 古来、 いずれの消息集にも収められず、 また他の書写も伝わっていない。º
仰せられたること、 くはしくききて候ふ。 なによりは、 哀愍房とかやと申すなる人の、 *京より文を得たるとかやと申され候ふなる、 かへすがへす不思議に候ふ。 いまだかたちをもみず、 文一度もたまはり候はず、 これよりも申すこともなきに、 京より文を得たると申すなる、 あさましきことなり。
京より文を… 京都にいるこの親鸞から手紙をもらったとかなんとか。
また慈信房の法文のやう、 名目をだにもきかず、 しらぬことを、 慈信一人に、 夜親鸞がをしへたるなりと、 人に慈信房申されて候ふとて、 *これにも常陸・下野の人々は、 みな親鸞がそらごとを申したるよしを申しあはれて候へば、 いまは父子の義はあるべからず候ふ。
これにも この親鸞に対しても。
また*母の尼にも不思議のそらごとをいひつけられたること、 申すかぎりなきこと、 あさましう候ふ。 *みぶの女房の、 これへきたりて申すこと、 慈信房が*たうたる文とて、 もちてきたれる文、 これにおきて候ふめり。 慈信房が文とてこれにあり。 その文、 *つやつやいろはぬことゆゑに、 *ままははに*いひまどはされたると書かれたること、 ことにあさましきことなり。 世にありけるを、 ままははの尼のいひまどはせりといふこと、 あさましきそらごとなり。 またこの世にいかにしてありけりともしらぬことを、 みぶの女房のもとへも文のあること、 こころもおよばぬほどのそらごと、 こころうきことなりとなげき候ふ。
母の尼 親鸞聖人の内室、 恵信尼公。
みぶの女房 伝未詳。
たうたる文 「賜びたる」 の音便形。 くださった手紙。
つやつや… 少しも手を加えてはありませんので。
ままはは 恵信尼公を中傷していったものか。
いひまどはされたる 慈信房が言いまどわされたとする説と、 親鸞聖人が言いまどわされたとする説との両説がある。
まことにかかるそらごとどもをいひて、 *六波羅の辺、 *鎌倉なんどに*披露せられたること、 こころうきことなり。 これらほどのそらごとはこの世のことなれば、 いかでもあるべし。 それだにも、 そらごとをいふこと、 *うたてきなり。 いかにいはんや、 往生極楽の大事をいひまどはして、 常陸・下野の念仏者をまどはし、 親にそらごとをいひつけたること、 こころうきことなり。
六波羅 六波羅探題。 鎌倉幕府が京都においた出先機関。
鎌倉 鎌倉幕府のこと。
披露 上申すること。
うたてきなり なげかわしいことです。
第十八の本願をば、 しぼめるはなにたとへて、 人ごとにみなすてまゐらせたりときこゆること、 まことに謗法のとが、 また五逆の罪を好みて、 人を損じまどはさるること、 かなしきことなり。
ことに*破僧の罪と申す罪は、 五逆のその一つなり。 親鸞にそらごとを申しつけたるは、 父を殺すなり、 五逆のその一つなり。 このことどもつたへきくこと、 あさましさ申すかぎりなければ、 いまは親といふことあるべからず、 子とおもふことおもひきりたり。 三宝・神明に申しきりをはりぬ。 かなしきことなり。 わが法門に似ずとて、 常陸の念仏者みなまどはさんと好まるるときくこそ、 こころうく候へ。 親鸞がをしへにて、 常陸の念仏申す人々を損ぜよと慈信房にをしへたると鎌倉まできこえんこと、 あさましあさまし。
同六月二十七日到来
五月二十九日 在判
建長八年六月二十七日これを註す。
慈信房御返事
*嘉元三年七月二十七日書写しをはんぬ。
嘉元三年 1305年。
(10)
ª第十通は、 五説・四土・+三身・+三宝など、 浄土真宗の教えに関する重要な名目を並べ説かれたもの。 法然上人の 「浄土宗大意」 ( ¬西方指南抄¼ 所収) の解説と考えられる。 ¬末灯鈔¼ (8)º
また*五説といふは、 よろづの経を説かれ候ふに、 五種にはすぎず候ふなり。 一には仏説、 二には聖弟子の説、 三には天仙の説、 四には鬼神の説、 五には変化の説といへり。 この五つのなかに、 仏説をもちゐてかみの四種をたのむべからず候ふ。 この三部経は釈迦如来の自説にてましますとしるべしとなり。 四土といふは、 一には法身の土、 二には報身の土、 三には応身の土、 四には化土なり。 いまこの安楽浄土は報土なり。 三身といふは、 一には法身、 二には報身、 三には応身なり。 いまこの弥陀如来は報身如来なり。 三宝といふは、 一には仏宝、 二には法宝、 三には僧宝なり。 いまこの浄土宗は仏宝なり。 四乗といふは、 一には仏乗、 二には菩薩乗、 三には縁覚乗、 四には声聞乗なり。 いまこの浄土宗は*菩薩乗なり。 二教といふは、 一には頓教、 二には漸教なり。 いまこの教は頓教なり。 二蔵といふは、 一には菩薩蔵、 二には声聞蔵なり。 いまこの教は菩薩蔵なり。 二道といふは、 一には難行道、 二には易行道なり。 いまこの浄土宗は易行道なり。 二行といふは、 一には正行、 二には雑行なり。 いまこの浄土宗は正行を本とするなり。 二超といふは、 一には竪超、 二には横超なり。 いまこの浄土宗は横超なり。 竪超は聖道自力なり。 二縁といふは、 一には無縁、 二には有縁なり。 いまこの浄土は有縁の教なり。 二住といふは、 一には止住、 二には不住なり。 いまこの浄土の教は、 *法滅百歳まで住したまひて、 有情を利益したまふとなり。 不住は聖道諸善なり。 諸善はみな竜宮へかくれいりたまひぬるなり。 思・不思といふは、 思議の法は聖道*八万四千の諸善なり。 不思といふは浄土の教は不可思議の教法なり。
五説 ¬
大智度論¼ 巻二には、 「仏法に五種の人の説あり」 として、 仏・仏弟子・仙人・諸天・化人の五を挙げる。 本文に示されているのは 「玄義分」 に出る五説。 「化身土巻」
413頁14行以下参照。
菩薩乗 この注釈のもとになっている ¬浄土宗大意¼ には 「仏乗なり」 とある。
法滅百歳 ¬大経¼ (下) には 「当来の世に経道滅尽せんに、 われ慈悲をもつて哀愍して、 特に此の経を留めて止住すること百歳せん」 とある。
八万四千 多数の意。
これらはかやうにしるしまうしたり。 よくしれらんひとに尋ねまうしたまふべし。 またくはしくはこの文にて申すべくも候はず。 目もみえず候ふ。 なにごともみなわすれて候ふうへに、 ひとにあきらかに申すべき身にもあらず候ふ。 よくよく*浄土の学生にとひまうしたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
浄土の学生 浄土教の学者。
*閏三月三日 親鸞
閏三月三日 親鸞聖人の生涯で閏三月のあった年は安貞元年 (1227・五十五歳) と正嘉元年 (1257・八十五歳) の二回しかない。 したがって、 この消息は正嘉元年のものであることがわかる。
(11)
ª第十一通は、 性信房に宛てたもので、 信心をえた人は補処の弥勒と同じであり、 如来と等しいと説明している。 なお、 ¬血脈文集¼ では 「金剛信心の事」 と標題が付されている。 ¬末灯鈔¼ (3)º
信心をえたるひとは、 かならず正定聚の位に住するがゆゑに*等正覚の位と申すなり。 ¬大無量寿経¼ には、 摂取不捨の利益に定まるものを正定聚となづけ、 ¬無量寿如来会¼ には等正覚と説きたまへり。 その名こそかはりたれども、 正定聚・等正覚は、 ひとつこころ、 ひとつ位なり。 等正覚と申す位は、 補処の弥勒とおなじ位なり。 弥勒とおなじく、 このたび*無上覚にいたるべきゆゑに、 *弥勒におなじと説きたまへり。
無上覚 この上ない仏のさとり。
さて ¬大経¼ (下) には、 「*次如弥勒」 とは申すなり。 弥勒はすでに仏にちかくましませば、 弥勒仏と諸宗のならひは申すなり。 しかれば、 弥勒におなじ位なれば、 正定聚の人は如来とひとしとも申すなり。 浄土の真実信心の人は、 この身こそあさましき不浄造悪の身なれども、 心はすでに如来とひとしければ、 如来とひとしと申すこともあるべしとしらせたまへ。 弥勒はすでに無上覚にその心定まりてあるべきにならせたまふによりて、 *三会のあかつきと申すなり。 浄土真実のひとも、 このこころをこころうべきなり。
次如弥勒 「次いで弥勒のごとし」
三会 竜華三会を指す。 釈尊が入滅してから五十六億七千万年を経た時、 弥勒菩薩が兜率天からこの世に下生して、 竜華樹の下で成道し、 大衆のために開くという三回の説法の会座。
光明寺の和尚 (善導) の ¬般舟讃¼ (意) には、 「*信心のひとは、 その心すでにつねに浄土に居す」 と釈したまへり。 「居す」 といふは、 浄土に、 信心のひとのこころつねにゐたりといふこころなり。 これは弥勒とおなじといふことを申すなり。 これは等正覚を弥勒とおなじと申すによりて、 信心のひとは如来とひとしと申すこころなり。
信心の… ¬般舟讃¼ の 「厭へばすなはち娑婆永く隔つ、 欣へばすなはち浄土につねに居せり」 とある文による。
*正嘉元年丁巳十月十日 親鸞
正嘉元年 1257年。 親鸞聖人八十五歳。
性信御房
(12)
ª第十二通は、 第十一通と同じ日に書かれたもので、 「如来とひとし」 ということに関する真仏上人の質問に答えたものである。 ¬末灯鈔¼ (4)º
これは ¬経¼ の文なり。 ¬華厳経¼ (入法界品・意) にのたまはく、 「信心歓喜者与諸如来等」 といふは、 「信心よろこぶひとはもろもろの如来とひとし」 といふなり。 「もろもろの如来とひとし」 といふは、 信心をえてことによろこぶひとは、 釈尊のみことには、 「*見敬得大慶則我善親友」 (大経・下) と説きたまへり。 また弥陀の第十七の願には、 「▲十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 称我名者 不取正覚」 (大経・上) と誓ひたまへり。 願成就の文 (同・下) には、 「よろづの仏にほめられ、 よろこびたまふ」 (意) とみえたり。
見敬得大… 「見て敬ひ得て大きに慶ばば、 すなはちわが善き親友なり」
すこしも疑ふべきにあらず。 これは 「如来とひとし」 といふ文どもをあらはししるすなり。
*正嘉元年丁巳十月十日 親鸞
真仏御房
(13)
ª第十三通は、 慶信の質問状に、 親鸞聖人が直接、 加筆訂正を施し、 余白に簡単な返事を書き入れて、 蓮位の添状とともに、 慶信のもとに送り返したものである。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (14)º
*畏まりて申し候ふ。
畏まりて… 以下、 慶信の質問状。
¬*大無量寿経¼ (下) に 「信心歓喜」 と候ふ。 ¬*華厳経¼ を引きて ¬浄土和讃¼ (九四) にも、 「信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたまふ 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり」 と仰せられて候ふに、 専修の人のなかに、 ある人こころえちがへて候ふやらん、 「信心よろこぶ人を如来とひとしと同行達ののたまふは自力なり、 *真言にかたよりたり」 と申し候ふなるは、 *人のうへを知るべきに候はねども申し候ふ。
大無量寿経に信心歓喜 慶信が 「経に信心歓嘉」 と書いていたのを、 親鸞聖人が加筆訂正された。
華厳経を引きて浄土和讃 慶信が単に 「和讃」 と書いていたのを、 親鸞聖人が加筆した。
真言 ここでは
真言宗の教えのこと。 真言宗では即身成仏を唱え、 父母より生れた肉体のままでただちに仏果 (仏のさとり) を証すると説く。
人のうへを その人がどんな意味でいっているのかを。
また、 「真実信心うるひとは すなはち定聚のかずにいる 不退のくらゐにいりぬれば かならず滅度をさとらしむ」 (同・五九) と候ふ。 「滅度をさとらしむ」 と候ふは、 この度この身の終り候はんとき、 真実信心の行者の心、 報土にいたり候ひなば、 寿命無量を*体として、 光明無量の*徳用はなれたまはざれば、 如来の*心光に一味なり。 このゆゑ、 「大信心は仏性なり、 仏性はすなはち如来なり」 と仰せられて候ふやらん。 これは十一・二・三の御誓とこころえられ候ふ。 罪悪のわれらがためにおこしたまへる大悲の御誓の目出たくあはれにましますうれしさ、 こころもおよばれず、 ことばもたえて申しつくしがたきこと、 かぎりなく候ふ。 *無始曠劫よりこのかた、 過去遠々に、 恒沙の諸仏の出世の所にて、 大菩提心おこすといへども、 *自力かなはず、 二尊の御方便にもよほされまゐらせて、 雑行雑修・自力疑心のおもひなし。 無礙光如来の摂取不捨の御あはれみのゆゑに、 疑心なくよろこびまゐらせて、 *一念までの往生定まりて、 *誓願不思議とこころえ候ひなんには、 聞き見候ふにあかぬ浄土の聖教も、 知識にあひまゐらせんとおもはんことも、 摂取不捨も、 信も、 念仏も、 人のためとおぼえられ候ふ。
徳用 徳のはたらき。 すぐれたはたらき。
心光 色光に対する語で智光、 内光ともいう。 大智大悲の仏心をもって念仏の衆生をおさめとる摂取の光明のこと。
無始曠劫 永遠の昔。
自力 慶信が 「さとり」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
一念までの 慶信が 「一念するに」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。 一念義的な誤解をさけるためである。
誓願不思議 阿弥陀仏の
誓願は人間の思慮分別や議論を超えているので不思議という。
いま師主の御教のゆゑ、 心をぬきて御こころむきをうかがひ候ふによりて、 願意をさとり、 *直道をもとめえて、 まさしき真実報土にいたり候はんこと、 この度、 *一念聞名にいたるまで、 うれしさ御恩のいたり、 そのうへ ¬*弥陀経義集¼ におろおろあきらかにおぼえられ候ふ。 しかるに世間の*そうそうにまぎれて、 一時もしくは二時、 三時おこたるといへども、 昼夜にわすれず、 御あはれみをよろこぶ業力ばかりにて、 行住座臥に時所の不浄をもきらはず、 一向に金剛の信心ばかりにて、 仏恩のふかさ、 師主の恩徳のうれしさ、 報謝のためにただ御名をとなふるばかりにて、 *日の所作とせず。 このやう*ひがざまにか候ふらん。 一期の大事、 ただこれにすぎたるはなし。 しかるべくは、 よくよくこまかに仰せを蒙り候はんとて、 わづかにおもふばかりを記して申しあげ候ふ。
直道 凡夫がただちに仏になることのできる道。
一念聞名にいたるまで 慶心が 「一念にとげ候ひぬる」 と書いていたのを、 親鸞聖人が訂正した。
弥陀経義集 著者不明。
そうそう 忙しいさま。
日の所作とせず 日課念仏とはしません。
ひがざまにか候ふらん 間違いでしょうか。
さては京にひさしく候ひしに、 そうそうにのみ候ひて、 こころしづかにおぼえず候ひしことのなげかれ候ひて、 わざといかにしてもまかりのぼりて、 こころしづかに、 せめては五日、 御所に候はばやとねがひ候ふなり。 噫、 かうまで申し候ふも御恩のちからなり。
進上 聖人 (親鸞) の御所へ *蓮位御坊申させたまへ
十月十日 *慶信上 (花押)
慶信 「交名牒」 によると、 下間高田の住。 連位添状に出る覚信の子。
*追つて申しあげ候ふ。
追つて… 以下、 慶信の追伸。
念仏申し候ふ人々のなかに、 南無阿弥陀仏ととなへ候ふひまには、 無礙光如来ととなへまゐらせ候ふ人も候ふ。 これをききて、 ある人の申し候ふなる、 「南無阿弥陀仏ととなへてのうへに、 帰命尽十方無礙光如来ととなへまゐらせ候ふことは、 おそれあることにてこそあれ、 *いまめがはしく」 と申し候ふなる、 このやういかが候ふべき。
いまめがはしく わざとらしく。 きざな感じで。
*南無阿弥陀仏をとなへてのうへに、 無礙光仏と申さんはあしきことなりと候ふなるこそ、 きはまれる御ひがことときこえ候へ。 帰命は南無なり。 無礙光仏は光明なり、 智慧なり。 この智慧はすなはち阿弥陀仏なり。 阿弥陀仏の御かたちをしらせたまはねば、 その御かたちをたしかにたしかにしらせまゐらせんとて、 世親
南無阿弥陀仏を… 以下、 慶信の追伸に記された疑問に対する親鸞聖人の返事。
*この御文おんふみのやう、 くはしく申もうしあげて候そうろふ。 すべてこの御文おんふみのやう、 たがはず候そうろふと仰おおせ候そうろふなり。 ただし、 「一念いちねんするに往おう生じょう定さだまりて誓願せいがん不ふ思議しぎとこころえ候そうろふ」 と仰おおせ候そうろふをぞ、 「よきやうには候そうらへども、 一念いちねんにとどまるところあしく候そうろふ」 とて、 御文おんふみのそばに御ご自じ筆ひつをもつて、 あしく候そうろふよしを入いれさせおはしまして候そうろふ。 蓮れん位いに 「かく入いれよ」 と仰おおせをかぶりて候そうらへども、 御ご自じ筆ひつはつよき証しょう拠こにおぼしめされ候そうらひぬとおぼえ候そうろふあひだ、 をりふし*御咳おんがい病びょうにて御おんわづらひにわたらせたまひ候そうらへども、 申もうして候そうろふなり。
この御文… 以下、 連れん位いの添状。 「この御文」 は慶きょう信しんの上書を指す。
御咳病 せきの出る病気のこと。
また*のぼりて候そうらひし人々ひとびと、 くにに論ろんじまうすとて、 あるいは弥み勒ろくとひとしと申もうし候そうろふ人々ひとびと候そうろふよしを申もうし候そうらひしかば、 しるし仰おおせられて候そうろふ文ふみの候そうろふ。 しるしてまゐらせ候そうろふなり。 御ご覧らんあるべく候そうろふ。 また弥み勒ろくとひとしと候そうろふは、 弥み勒ろくは等覚とうがくの分ぶんなり。 これは因いん位にの分ぶんなり。 これは十じゅう四し・十じゅう五ごの月つきの円満えんまんしたまふが、 すでに八よう日か・九ここぬ日かの月つきのいまだ円満えんまんしたまはぬほどを申もうし候そうろふなり。 これは自じ力りき修しゅ行ぎょうのやうなり。 われらは信心しんじん決けつ定じょうの凡ぼん夫ぶ、 位くらい〔は〕正定しょうじょう聚じゅの位くらいなり。 これは因いん位になり、 これ等覚とうがくの分ぶんなり。 かれは自じ力りきなり、 これは他た力りきなり。 自他じたのかはりこそ候そうらへども、 因いん位にの位くらいはひとしといふなり。 また弥み勒ろくの妙みょう覚がくのさとりはおそく、 われらが滅めつ度どにいたることは疾とく候そうらはんずるなり。 かれは*五ご十じゅう六ろく億おく七千しちせん万まん歳ざいのあかつきを期ごし、 これは*ちくまくをへだつるほどなり。 かれは*漸頓ぜんとんのなかの頓とん、 これは頓とんのなかの頓とんなり。 滅めつ度どといふは妙みょう覚がくなり。 曇鸞どんらんの ¬註ちゅう¼ (論註・下) にいはく、 「樹じゅあり、 *好堅こうけん樹じゅといふ。 この木き、 地じの底そこに百ひゃく年ねんわだかまりゐて、 生おふるとき一日いちにちに百ひゃく丈じょう生おひ候そうろふ」 (意) なるぞ。 この木き、 地じの底そこに百ひゃく年ねん候そうろふは、 われらが娑しゃ婆ば世せ界かいに候そうらひて、 正定しょうじょう聚じゅの位くらいに住じゅうする分ぶんなり。 一日いちにちに百ひゃく丈じょう生おひ候そうろふなるは、 滅めつ度どにいたる分ぶんなり。 これにたとへて候そうろふなり。 これは他た力りきのやうなり。 松まつの生長しょうちょうするは、 としごとに寸すんをすぎず。 これはおそし、 自じ力りき修しゅ行ぎょうのやうなり。
のぼりて候ひし人々 京都へ上った人々。
五十六億七千万歳 釈尊の入にゅう滅めつから弥み勒ろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬菩ぼ薩さつ処しょ胎たい経きょう¼ の説)。
ちくまく 竹膜 (竹の内側についている膜) のことか。 きわめて薄いことの喩え。
好堅樹 一日に百丈ずつ成長するという樹の名。 ¬大だい智度ちど論ろん¼ 巻十に出る。
また如来にょらいとひとしといふは、 煩悩ぼんのう成じょう就じゅの凡ぼん夫ぶ、 仏ぶつの心光しんこうに照てらされまゐらせて信心しんじん歓かん喜ぎす。 信心しんじん歓かん喜ぎするゆゑに正定しょうじょう聚じゅの数かずに住じゅうす。 信心しんじんといふは智ちなり。 この智ちは、 他た力りきの光こう明みょうに摂取せっしゅせられまゐらせぬるゆゑにうるところの智ちなり。 仏ぶつの光こう明みょうも智ちなり。 かるがゆゑに、 おなじといふなり。 おなじといふは、 信心しんじんをひとしといふなり。 歓かん喜ぎ地じといふは、 信心しんじんを歓かん喜ぎするなり。 わが信心しんじんを歓かん喜ぎするゆゑにおなじといふなり。 くはしく御ご自じ筆ひつにしるされて候そうろふを、 書かき写うつしてまゐらせ候そうろふ。
また南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうし、 また無礙むげ光こう如来にょらいととなへ候そうろふ御ご不ふ審しんも、 くはしく自じ筆ひつに御ご消しょう息そくのそばにあそばして候そうろふなり。 かるがゆゑに、 それよりの御文おんふみをまゐらせ候そうろふ。 あるいは阿あ弥陀みだといひ、 あるいは無礙むげ光こうと申もうし、 御名みな異ことなりといへども、 心こころは一ひとつなり。 阿あ弥陀みだといふは*梵ぼん語ごなり。 これには無む量りょう寿じゅともいふ。 無礙むげ光こうとも申もうし候そうろふ。 梵漢ぼんかん異ことなりといへども、 心こころおなじく候そうろふなり。
梵語 インドの古典語。 サンスクリット。
そもそも、 *覚信かくしん坊ぼうのこと、 ことにあはれにおぼえ、 またたふとくもおぼえ候そうろふ。 そのゆゑは、 *信心しんじんたがはずしてをはられて候そうろふ。 また、 たびたび信心しんじん存ぞん知じのやう、 いかやうにかとたびたび申もうし候そうらひしかば、 当とう時じまではたがふべくも候そうらはず。 いよいよ信心しんじんのやうはつよく存ぞんずるよし候そうらひき。 *のぼり候そうらひしに、 くにをたちて、 *ひと・・いち・・と申もうししとき、 病やみいだして候そうらひしかども、 同どう行ぎょうたちは帰かえれなんど申もうし候そうらひしかども、 「死しするほどのことならば、 帰かえるとも死しし、 とどまるとも死しし候そうらはんず。 また病やまいはやみ候そうらはば、 帰かえるともやみ、 とどまるともやみ候そうらはんず。 おなじくは、 *みもとにてこそをはり候そうらはば、 をはり候そうらはめと存ぞんじてまゐりて候そうろふなり」 と、 御おんものがたり候そうらひしなり。 この御ご信心しんじんまことにめでたくおぼえ候そうろふ。 善導ぜんどう和か尚しょうの釈しゃく (散善義) の二河にがの譬喩ひゆにおもひあはせられて、 *よにめでたく存ぞんじ、 うらやましく候そうろふなり。 をはりのとき、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 南無なも無礙むげ光こう如来にょらい、 南無なも不可ふか思議しぎ光こう如来にょらいととなへられて、 手てをくみてしづかにをはられて候そうらひしなり。 また*おくれさきだつためしは、 あはれになげかしくおぼしめされ候そうろふとも、 さきだちて滅めつ度どにいたり候そうらひぬれば、 かならず最初さいしょ*引いん接じょうのちかひをおこして、 結縁けちえん・眷属けんぞく・朋ぼう友うをみちびくことにて候そうろふなれば、 しかるべくおなじ法文ほうもんの門もんに入いりて候そうらへば、 蓮れん位いもたのもしくおぼえ候そうろふ。 また、 親おやとなり、 子ことなるも、 先せん世ぜのちぎりと申もうし候そうらへば、 たのもしくおぼしめさるべく候そうろふなり。 このあはれさたふとさ、 申もうしつくしがたく候そうらへば、 とどめ候そうらひぬ。 いかにしてか、 みづからこのことを申もうし候そうろふべきや。 くはしくはなほなほ申もうし候そうろふべく候そうろふ。 この文ふみのやうを*御おんまへにてあしくもや候そうろふとて、 よみあげて候そうらへば、 「これにすぐべくも候そうらはず、 めでたく候そうろふ」 と仰おおせをかぶりて候そうろふなり。 ことに覚信かくしん坊ぼうのところに、 御おん涙なみだをながさせたまひて候そうろふなり。 よにあはれにおもはせたまひて候そうろふなり。
覚信坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ に 「下野しもつけ高たか田だ住」 とある。 慶信の父。
信心たがはず… 覚信かくしん坊ぼうは最後まで信心が変ることなくして命終されました。
のぼり候ひしに 覚信坊が関東から京都へ上りましたおりに。
ひといち 地名。 「一日市」 か。 下総しもうさ下河辺吉河よしかわ市いち (毎月一日を市日としていた。 現在の埼玉県吉川市) とみる説がある。
みもとにてこそ… 親鸞聖人のお側で、 死ぬものならば死のうと思って参上しました。
よに 非常に。
おくれさきだつためし 親しい人に死に遅れたり、 先立って死んだりする例。
引接 浄土へ導き入れること。
御まへにて 親鸞聖人の御前で。
十じゅう月がつ二に十じゅう九く日にち 蓮れん位い
慶きょう信しんの御坊おんぼうへ
(14)
ª第十四通は、 「自然法爾章」 といわれる法語で、 ¬末燈鈔¼ 第五通のほか、 文明版 ¬正像末和讃¼ にも収録され、 また高田派専修せんじゅ寺じには顕けん智ち上人の書写本が現存する。 顕智上人書写本の後跋には 「正嘉二歳戊午十二月日善法ぜんぽう坊ぼう僧そう都ず御坊三条富小路の御坊にて聖人にあひまゐらせての聞き書き、 そのとき顕智これをかくなり」 とある。 ¬末灯鈔¼ (5)」
自じ然ねん法ほう爾にの事こと。
「*自じ然ねん」 といふは、 「自じ」 はおのづからといふ、 行ぎょう者じゃの*はからひにあらず。 「然ねん」 といふは、 しからしむといふことばなり。 しからしむといふは、 行ぎょう者じゃのはからひにあらず、 如来にょらいのちかひにてあるがゆゑに法ほう爾にといふ。 「法ほう爾に」 といふは、 この如来にょらいの御おんちかひなるがゆゑに、 しからしむるを法ほう爾にといふなり。 法ほう爾には、 この御おんちかひなりけるゆゑに、 およそ行ぎょう者じゃのはからひのなきをもつて、 この法ほうの徳とくのゆゑにしからしむといふなり。 すべて、 ひとの*はじめてはからはざるなり。 このゆゑに、 **義ぎなきを義ぎとすとしるべしとなり。 「自じ然ねん」 といふは、 もとよりしからしむるといふことばなり。
自然 顕智上人書写本ではこの前に 「獲字は因いん位にのときうるを獲といふ。 得字は果位のときにいたりてうることを得といふなり。 名字は因位のときのなを名といふ。 号字は果位のときのなを号といふ」 とある。
はからひ 自力による思慮分別。
義なき 顕けん智ち上人書写本ではこの前に 「他力には」 とある。
弥陀みだ仏ぶつの御おんちかひの、 もとより行ぎょう者じゃのはからひにあらずして、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつとたのませたまひて、 迎むかへんとはからはせたまひたるによりて、 行ぎょう者じゃのよからんともあしからんともおもはぬを、 自じ然ねんとは申もうすぞと*ききて候そうろふ。
とききて候ふ 法然ほうねん上人から伝え聞いた法義であるから、 「とききて候ふ」 という。
ちかひのやうは、 「*無む上じょう仏ぶつにならしめんと誓ちかひたまへるなり。 無む上じょう仏ぶつと申もうすは、 かたちもなくまします。 かたちもましまさぬゆゑに、 自じ然ねんとは申もうすなり。 かたちましますとしめすときには、 無む上じょう涅ね槃はんとは申もうさず。 かたちもましまさぬやうをしらせんとて、 はじめて弥陀みだ仏ぶつと申もうすとぞ、 ききならひて候そうろふ。 弥陀みだ仏ぶつは自じ然ねんのやうをしらせん*料りょうなり。 この道どう理りをこころえつるのちには、 この自じ然ねんのことはつねに*沙汰さたすべきにはあらざるなり。 つねに自じ然ねんを沙汰さたせば、 義ぎなきを義ぎとすといふことは、 なほ義ぎのあるになるべし。 これは仏ぶっ智ちの不ふ思議しぎにてあるなるべし。
無上仏 このうえなくすぐれた仏。 ¬菩ぼ薩さつ念仏ねんぶつ三昧ざんまい経きょう¼ 巻四に 「無上自然仏」 の語がある。 ここでは無む色しき無む形ぎょうの真如しんにょそのものをいう。
料 ここでは 「…するためのもの」 という意。
沙汰 あれこれ論議し、 せんさくすること。
*正しょう嘉か二に年ねん十じゅう二に月がつ十じゅう四よっ日かのひ
正嘉二年 1258年。
愚ぐ禿とく親鸞しんらん八はち十じゅう六歳ろくさい
(15)
ª第十五通は、 かく・・ねむ・・ばう・・の往生を知らせた高田入道の書状に対する返信。 なおこの消息には親鸞聖人の署名と花か押おうが付されており、 聖人の消息中、 最も丁重な形式をとっている。 真蹟º
閏うるう十じゅう月がつ一日ついたちの御文おんふみ、 たしかにみ候そうろふ。 *かく・・ねむ・・ばう・・の御おんこと、 *かたがたあはれに存ぞんじ候そうろふ。 親鸞しんらんはさきだちまゐらせ候そうらはんずらんと、 まちまゐらせてこそ候そうらひつるに、 さきだたせたまひ候そうろふこと、 申もうすばかりなく候そうろふ。 *かく・・しん・・ばう・・、 *ふるとしごろは、 かならずかならずさきだちてまたせたまひ候そうろふらん。 かならずかならずまゐりあふべく候そうらへば、 申もうすにおよばす候そうろふ。 *かく・・ねん・・ばう・・の仰おおせられて候そうろふやう、 すこしも愚ぐ老ろうにかはらずおはしまし候そうらへば、 かならずかならず*一ひとつところへまゐりあふべく候そうろふ。 明みょう年ねんの十じゅう月がつのころまでも生いきて候そうらはば、 この世よの*面謁めんえつ疑うたがいなく候そうろふべし。 入にゅう道どう殿どのの御おんこころも、 すこしもかはらせたまはず候そうらへば、 さきだちまゐらせても、 まちまゐらせ候そうろふべし。 人々ひとびとの御おんこころざし、 たしかにたしかにたまはりて候そうろふ。 なにごともなにごとも、 いのち候そうろふらんほどは申もうすべく候そうろふ。 また*仰おおせをかぶるべく候そうろふ。 この御文おんふみみまゐらせ候そうろふこそ、 ことにあはれに候そうらへ。 *なかなか申もうし候そうろふも*おろかなるやうに候そうろふ。 またまた、 追おつて申もうし候そうろふべく候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
かくねむばう 覚念房か。 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ に 「真仏しんぶつ―顕けん智ち―覚念」 とあるが、 同異不明。
かたがた あれこれ。
かくしんばう 第十三通の連れん位い添状に出る覚信房か。
ふるとしごろ 先年。
かくねんばう 覚然房か。 国宝本 「三帖和讃」 ¬正像末和讃¼ 表紙袖書に 「釈覚然」 の名がある。
一つところ おなじところ、 つまり阿弥陀仏の浄土のこと。
面謁 面会すること。
仰せ (入道殿の) お言葉。
なかなか かえって。
おろかなる 言葉が足りない。 いいつくせない。
*閏うるう十じゅう月がつ二に十じゅう九く日にち 親鸞しんらん (花押)
閏十月 流罪以後の親鸞聖人の生涯で、 閏の十月があったのは、 承久三年 (1221・四十九歳)、 仁治元年 (1240・六十八歳)、 正元元年 (1259・八十七歳) である。 文面から見ると、 第十五通の閏十月は正元元年である。
*高たか田だの入にゅう道どう殿どの御おん返へん事じ
高田の入道 高田派の所伝では、 下野しもつけ (現在の栃木県) 真ま壁かべの城主大内おおうち国時くにときが親鸞聖人に帰依きえして出家し、 高田入道と号したといい、 真仏しんぶつ上人の叔父にあたると伝えられる。
(16)
ª第十六通は、 文応元年乗じょう信しんに送ったもので、 信心の行者は、 臨終の善悪にかかわらず救われると説く。 現存する親鸞聖人の消息中、 年月日の明記されている最後のものである。 ¬末灯鈔¼ (6)º
なによりも、 *去年こぞ・今こ年とし、 老ろう少しょう男女なんにょおほくのひとびとの、 死しにあひて候そうろふらんことこそ、 あはれに候そうらへ。 ただし生しょう死じ無む常じょうのことわり、 くはしく如来にょらいの説ときおかせおはしまして候そうろふうへは、 おどろきおぼしめすべからず候そうろふ。 まづ善信ぜんしん (親鸞) が身みには、 臨りん終じゅうの善悪ぜんあくをば申もうさず、 信心しんじん決けつ定じょうのひとは、 疑うたがいなければ正定しょうじょう聚じゅに住じゅうすることにて候そうろふなり。 さればこそ愚痴ぐち無智むちの人ひとも、 をはりもめでたく候そうらへ。 如来にょらいの御おんはからひにて往おう生じょうするよし、 ひとびとに申もうされ候そうらひける、 すこしもたがはず候そうろふなり。 としごろおのおのに申もうし候そうらひしこと、 たがはずこそ候そうらへ。 *かまへて*学がく生しょう沙汰さたせさせたまひ候そうらはで、 往おう生じょうをとげさせたまひ候そうろふべし。
去年今年 去年 (正元元年・1259年)、 今年 (文応元年・1260年) は全国的な大飢饉と悪疫におそわれ、 死者がはなはだ多かった。
かまへて 決して。
学生沙汰 学者ぶった論議。
故こ法然ほうねん聖しょう人にんは、 「浄じょう土ど宗しゅうの人ひとは愚ぐ者しゃになりて往おう生じょうす」 と候そうらひしことを、 たしかにうけたまはり候そうらひしうへに、 ものもおぼえぬあさましきひとびとのまゐりたるを御ご覧らんじては、 「往おう生じょう必ひつ定じょうすべし」 とて、 笑えませたまひしをみまゐらせ候そうらひき。 ▼文ふみ沙汰さたして、 *さかさかしきひとのまゐりたるをば、 「往おう生じょうはいかがあらんずらん」 と、 たしかにうけたまはりき。 いまにいたるまで、 おもひあはせられ候そうろふなり。 ひとびとに*すかされさせたまはで、 御ご信心しんじんたぢろかせたまはずして、 おのおの御ご往おう生じょう候そうろふべきなり。 ただし、 ひとにすかされさせたまひ候そうらはずとも、 信心しんじんの定さだまらぬ人ひとは正定しょうじょう聚じゅに住じゅうしたまはずして、 *うかれたまひたる人ひとなり。
さかさかしきひと いかにも賢明なようにふるまう人。
うかれたまひたる人 心が落ち着かない人。
*乗じょう信しん房ぼうにかやうに申もうし候そうろふやうを、 ひとびとにも申もうされ候そうろふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
乗信房 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ によると、 常陸ひたち奥郡おうぐん (現在の茨城県北部) の住。 数名の門下の名も伝わる。
*文応ぶんおう元年がんねん十じゅう一月いちがつ十じゅう三日さんにち 善信ぜんしん八はち十じゅう八歳はっさい
文応元年 1260年。
乗じょう信しん御房おんぼう
(17)
ª第十七通は、 真しん浄じょう房ぼうに宛てたもので、 権力者の力をかりて念仏の布教をはかってはならないと誡め、 弾圧をうけて、 やむを得なければいずれの地へでも移るようにと諭している。 ¬御消息集¼ 広本(12)、 略本(7)º
さては*念仏ねんぶつのあひだのことによりて、 *ところせきやうにうけたまはり候そうろふ。 かへすがへすこころぐるしく候そうろふ。 詮せんずるところ、 そのところの縁えんぞ尽つきさせたまひ候そうろふらん。 念仏ねんぶつを*さへらるなんど申もうさんことに、 ともかくもなげきおぼしめすべからず候そうろふ。 *念仏ねんぶつとどめんひとこそ、 いかにもなり候そうらはめ。 申もうしたまふひとは、 なにかくるしく候そうろふべき。 *余よのひとびとを縁えんとして、 念仏ねんぶつをひろめんと、 はからひあはせたまふこと、 ゆめゆめあるべからず候そうろふ。 そのところに念仏ねんぶつのひろまり候そうらはんことも、 *仏天ぶってんの御おんはからひにて候そうろふべし。
念仏のあひだのこと 念仏に関する問題。
ところせき 居づらい。 大へん困っている。
さへらる さまたげられる。
念仏とどめんひと 念仏を禁止する人。
余のひとびと 在地の権力者を指すと考えられる。
仏天 仏の尊称。 仏を天尊、 第一義天ともいうのでその 「天」 を添えた語。
慈じ信しん坊ぼうがやうやうに申もうし候そうろふなるによりて、 ひとびとも御おんこころどものやうやうにならせたまひ候そうろふよし、 うけたまはり候そうろふ。 かへすがへす不ふ便びんのことに候そうろふ。 ともかくも仏天ぶってんの御おんはからひにまかせまゐらせさせたまふべし。 そのところの縁えん尽つきておはしまし候そうらはば、 いづれのところにてもうつらせたまひ候そうろうておはしますやうに御おんはからひ候そうろふべし。 慈じ信しん坊ぼうが申もうし候そうろふことをたのみおぼしめして、 *これよりは余よの人ひとを*強縁ごうえんとして念仏ねんぶつひろめよと申もうすこと、 ゆめゆめ申もうしたること候そうらはず。 きはまれるひがことにて候そうろふ。 *この世よのならひにて、 念仏ねんぶつをさまたげんことは、 *かねて仏ぶつの説ときおかせたまひて候そうらへば、 おどろきおぼしめすべからず。 やうやうに慈じ信しん坊ぼうが申もうすことを、 これより申もうし候そうろふと御おんこころえ候そうろふ、 ゆめゆめあるべからず候そうろふ。 法門ほうもんのやうも、 あらぬさまに申もうしなして候そうろふなり。 御耳おんみみにききいれらるべからず候そうろふ。 きはまれるひがことどものきこえ候そうろふ。 あさましく候そうろふ。
これよりは 私の方からは。
強縁 強力な縁ということから転じて権力者にたよりすがること。
の世のならひ この末法まっぽうの世の通例、 きまり。
かねて仏の説きおかせ… ¬法ほう事じ讃さん¼ (下) に 「五濁増の時は多く疑謗し、 道俗あひ嫌ひて聞くことを用ゐず。 修行するものあるを見ては瞋毒を起し、 方便破壊して競ひて怨を生ず」 とあるのを指す。
*入にゅう信しん坊ぼうなんども不ふ便びんにおぼえ候そうろふ。 鎌倉かまくらに長なが居いして候そうろふらん、 不ふ便びんに候そうろふ。 当とう時じ、 それも*わづらふべくてぞ、 さても候そうろふらん。 ちからおよばず候そうろふ。
入信坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ によると、 常陸ひたち奥郡おうぐん (現在の茨城県北部) の住。
わづらふべくてぞ… さしつかえるべき事情があって、 そのようなことになっているのでしょう。
奥郡おうぐんのひとびとの、 慈じ信しん坊ぼうにすかされて、 信心しんじんみなうかれあうておはしまし候そうろふなること、 かへすがへすあはれにかなしうおぼえ候そうろふ。 これもひとびとをすかしまうしたるやうにきこえ候そうろふこと、 かへすがへすあさましくおぼえ候そうろふ。 それも日ひごろ、 ひとびとの信しんの定さだまらず候そうらひけることのあらはれてきこえ候そうろふ。 かへすがへす不ふ便びんに候そうらひけり。
慈じ信しん坊ぼうが申もうすことによりて、 ひとびとの日ひごろの信しんのたぢろきあうておはしまし候そうろふも、 詮せんずるところは、 ひとびとの信心しんじんのまことならぬことのあらはれて候そうろふ。 よきことにて候そうろふ。 *それを、 ひとびとは、 *これより申もうしたるやうにおぼしめしあうて候そうろふこそ、 あさましく候そうらへ。
それを 慈じ信しん房ぼうがいっていることを。
これより 私 (親鸞聖人) の方より。
日ひごろやうやうの御おんふみどもを、 書かきもちておはしましあうて候そうろふ甲斐かいもなくおぼえ候そうろふ。 ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼、 やうやうの御おんふみどもは、 いまは詮せんなくなりて候そうろふとおぼえ候そうろふ。 よくよく書かきもたせたまひて候そうろふ法門ほうもんは、 みな詮せんなくなりて候そうろふなり。 慈じ信しん坊ぼうにみなしたがひて、 *めでたき御おんふみどもはすてさせたまひあうて候そうろふときこえ候そうろふこそ、 詮せんなくあはれにおぼえ候そうらへ。 よくよく ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼・¬後世ごせ物もの語がたり¼ なんどを御ご覧らんあるべく候そうろふ。 年としごろ、 信しんありと仰おおせられあうて候そうらひけるひとびとは、 みなそらごとにて候そうらひけりときこえ候そうろふ。 あさましく候そうろふ、 あさましく候そうろふ。 なにごともなにごとも、 またまた申もうし候そうろふべし。
めでたき御ふみ 立派な書物。 ここでは ¬唯信鈔¼ 等の書物のことを指す。
正しょう月がつ九ここぬ日か 親鸞しんらん
*真しん浄じょうの御坊おんぼう
真浄御坊 光こう明みょう寺じ本ぼん ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ には常陸ひたち (現在の茨城県) 鹿島の順じゅん信しんの門下に 「真浄」 の名がみえる。 妙みょう源げん寺じ本ぼん・万福まんぷく寺じ本ぼんには 「信浄」 の名はあるが、 「真浄」 の名はみえない。
(18)
ª第十八通は、 常陸の門弟に宛てたものとみられる。 一念多念の論争を誡め、 ¬唯信鈔¼ ¬後世物語¼ ¬自力他力事¼ などの熟読を勧めている。 ¬御消息集¼ 広本(6)、 略本(1)º
なにごとよりは、 如来にょらいの御ご本願ほんがんのひろまらせたまひて候そうろふこと、 かへすがへすめでたく、 うれしく候そうろふ。 そのことに、 おのおのところどころに、 *われはといふことをおもうてあらそふこと、 ゆめゆめあるべからず候そうろふ。 京きょうにも一念いちねん・多た念ねんなんど申もうす、 あらそふことのおほく候そうろふやうにあること、 さらさら候そうろふべからず。 ただ詮せんずるところは、 ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼・¬後世ごせ物もの語がたり¼・¬自じ力りき他た力りき¼、 この御おんふみどもをよくよくつねにみて、 その御おんこころにたがへずおはしますべし。 いづかたのひとびとにも、 このこころを仰おおせられ候そうろふべし。 なほおぼつかなきことあらば、 今日こんにちまで生いきて候そうらへば、 *わざともこれへたづねたまふべし。 また便びんにも仰おおせたまふべし。 鹿か島しま・行方なめかた、 そのならびのひとびとにも、 このこころをよくよく仰おおせらるべし。 一念いちねん・多た念ねんのあらそひなんどのやうに、 *詮せんなきこと、 論ろんじごとをのみ申もうしあはれて候そうろふぞかし。 よくよくつつしむべきことなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
われはといふこと 自分の意見こそは正しいということ。
わざとも あらためてでも。
詮なきこと かいのないこと。
かやうのことをこころえぬひとびとは、 *そのこととなきことを申もうしあはれて候そうろふぞ。 よくよくつつしみたまふべし。 かへすがへす。
そのこととなきこと 無意味なこと。 重要でもないこと。
二に月がつ三みっ日かのひ 親鸞しんらん
(19)
ª第十九通は、 慶きょう西さいに宛てたもの。 第十七願の意趣を示し、 凡ぼん夫ぶが仏になることは、 ひとえに仏と仏との御はからいによるといい、 「他力の信心は義なきを義とする」 と説き及んでいる。 ¬御消息集¼ 広本(18)、 略本(10)º
諸仏しょぶつ称名しょうみょうの願がん (第十七願) と申もうし、 諸仏しょぶつ咨し嗟しゃの願がん (同) と申もうし候そうろふなるは、 十方じっぽう衆しゅ生じょうをすすめんためときこえたり。 また十方じっぽう衆しゅ生じょうの疑ぎ心しんをとどめん*料りょうときこえて候そうろふ。 ¬弥陀みだ経きょう¼ の十方じっぽう諸仏しょぶつの*証誠しょうじょうのやうにてきこえたり。 詮せんずるところは、 方便ほうべんの御ご誓願せいがんと信しんじまゐらせ候そうろふ。 念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がん (第十八願) は、 如来にょらいの往相おうそう回え向こうの正しょう業ごう・正しょう因いんなりとみえて候そうろふ。 まことの信心しんじんあるひとは、 等とう正しょう覚がくの弥み勒ろくとひとしければ、 如来にょらいとひとしとも諸仏しょぶつのほめさせたまひたりとこそきこえて候そうらへ。 また 「弥陀みだの本願ほんがんを信しんじ候そうらひぬるうへには、 義ぎなきを義ぎとす」 とこそ大だい師し聖しょう人にん (法然) の仰おおせにて候そうらへ。 かやうに義ぎの候そうろふらんかぎりは、 他た力りきにはあらず、 自じ力りきなりときこえて候そうろふ。 また他た力りきと申もうすは、 仏ぶっ智ち不ふ思議しぎにて候そうろふなるときに、 煩悩ぼんのう具ぐ足そくの凡ぼん夫ぶの無む上じょう覚かくのさとりを得え候そうろふなることをば、 仏ぶつと仏ぶつのみ御おんはからひなり。 さらに行ぎょう者じゃのはからひにあらず候そうろふ。 しかれば、 義ぎなきを義ぎとすと候そうろふなり。 義ぎと申もうすことは、 自じ力りきのひとのはからひを申もうすなり。 他た力りきには、 しかれば、 義ぎなきを義ぎとすと候そうろふなり。 このひとびとの仰おおせのやうは、 これにはつやつやとしらぬことにて候そうらへば、 とかく申もうすべきにあらず候そうろふ。 また 「来らい」 の字じは、 衆しゅ生じょう利り益やくのためには、 きたると申もうす、 方便ほうべんなり。 さとりをひらきては、 かへると申もうす。 ときにしたがひて、 きたるともかへるとも申もうすとみえて候そうろふ。 なにごともなにごとも、 またまた申もうすべく候そうろふ。
料 ため。
二に月がつ九ここぬ日か 親鸞しんらん
*慶きょう西さい御坊おんぼう 御おん返へん事じ
慶西御坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ によると、 親鸞聖人の門弟の一人 (妙みょう源げん寺じ本ぼんには 「常州北郡由下住」 とあり、 万まん福ぷく寺じ本ぼんには 「下総ムロシタ」 とある)。
(20)
ª第二十通は、 浄じょう信しん房ぼうの上書と親鸞聖人の返書からなる。 その返書には、 信心の人は摂取せっしゅ不ふ捨しゃの利り益やくにあずかり正定しょうじょう聚じゅ・等とう正しょう覚がくの位に定まること、 その信心の人は十方恒沙の如来によって讃嘆されるところから仏と等しいこと、 さらに他力とは義なきを義とするものであるということが説き示されている。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (7)º
無礙むげ光こう如来にょらいの慈悲じひ光こう明みょうに摂取せっしゅせられまゐらせ候そうろふゆゑ、 名みょう号ごうをとなへつつ不ふ退たいの位くらいに入いり定さだまり候そうらひなんには、 この身みのために摂取せっしゅ不ふ捨しゃをはじめてたづぬべきにはあらずとおぼえられて候そうろふ。 そのうへ ¬華け厳ごん経ぎょう¼ (入法界品) に、 「*聞もん此し法ほう歓かん喜ぎ信心しんじん無疑むぎ者しゃ 速そく成じょう無む上じょう道どう与よ諸しょ如来にょらい等とう」 と仰おおせられて候そうろふ。 また第だい十じゅう七しちの願がんに 「十方じっぽう無む量りょうの諸仏しょぶつにほめとなへられん」 と仰おおせられて候そうろふ。 また願がん成じょう就じゅの文もん (大経・下) に 「十方じっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつ」 と仰おおせられて候そうろふは、 信心しんじんの人ひととこころえて候そうろふ。 この人ひとはすなはちこの世よより如来にょらいとひとしとおぼえられ候そうろふ。 このほかは、 凡ぼん夫ぶのはからひをばもちゐず候そうろふなり。 このやうをこまかに仰おおせかぶりたまふべく候そうろふ。 恐々きょうきょう謹言きんげん。
聞此法歓喜… 「この法を聞きて信心を歓喜して、 疑なきものは、 すみやかに無上道を成らん。 もろもろの如来と等し」 (信巻訓)
二に月がつ十じゅう二に日にち *浄じょう信しん
浄信 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ には 「七条次郎入道洛中居住弟子」 とある。 また ¬末灯鈔¼ の諸本には 「高田門人」 と伝えるものもある。
如来にょらいの誓願せいがんを信しんずる心しんの定さだまるときと申もうすは、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃの利り益やくにあづかるゆゑに、 不ふ退たいの位くらいに定さだまると御おんこころえ候そうろふべし。 真実しんじつ信心しんじんの定さだまると申もうすも、 金剛こんごう信心しんじんの定さだまると申もうすも、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃのゆゑに申もうすなり。 さればこそ、 無む上じょう覚かくにいたるべき心しんのおこると申もうすなり。 これを不ふ退たいの位くらいとも、 正定しょうじょう聚じゅの位くらいに入いるとも申もうし、 等とう正しょう覚がくにいたるとも申もうすなり。 このこころの定さだまるを、 十方じっぽう諸仏しょぶつのよろこびて、 諸仏しょぶつの御おんこころにひとしとほめたまふなり。 このゆゑに、 まことの信心しんじんの人ひとをば、 諸仏しょぶつとひとしと申もうすなり。 また補ふ処しょの弥み勒ろくとおなじとも申もうすなり。 この世よにて真実しんじつ信心しんじんの人ひとをまもらせたまへばこそ、 ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ (意) には、 「十方じっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつ護ご念ねんす」 とは申もうすことにて候そうらへ。 安楽あんらく浄じょう土どへ往おう生じょうしてのちは、 まもりたまふと申もうすことにては候そうらはず。 娑しゃ婆ば世せ界かいに居いたるほど護ご念ねんすとは申もうすことなり。 信心しんじんまことなる人ひとのこころを、 十方じっぽう恒沙ごうじゃの如来にょらいのほめたまへば、 仏ぶつとひとしとは申もうすことなり。
また他た力りきと申もうすことは、 義ぎなきを義ぎとすと申もうすなり。 義ぎと申もうすことは、 行ぎょう者じゃのおのおののはからふことを義ぎとは申もうすなり。 如来にょらいの誓願せいがんは不可ふか思議しぎにましますゆゑに、 仏ぶつと仏ぶつとの御おんはからひなり。 凡ぼん夫ぶのはからひにあらず。 補ふ処しょの弥み勒ろく菩ぼ薩さつをはじめとして、 仏ぶっ智ちの不ふ思議しぎをはからふべき人ひとは候そうらはず。 しかれば、 「如来にょらいの誓願せいがんには義ぎなきを義ぎとす」 とは、 大だい師し聖しょう人にん (源空) の仰おおせに候そうらひき。 このこころのほかには*往おう生じょうにいるべきこと候そうらはずとこころえて、 まかりすぎ候そうらへば、 人ひとの仰おおせごとにはいらぬものにて候そうろふなり。 諸しょ事じ恐々きょうきょう謹言きんげん。
往生に… 往生のために必要なことはないと心得て、 この世を過ごしてまいりましたので。
親鸞しんらん (花押)
(21)
ª第二十一通は、 阿弥陀仏の本願力の回え向こうによって、 この上ないさとりを得しめられると信じて、 念仏すべきであると説いたもの。 ¬末灯鈔¼ (21)º
安楽あんらく浄じょう土どに入いりはつれば、 すなはち大だい涅ね槃はんをさとるとも、 また無む上じょう覚かくをさとるとも、 滅めつ度どにいたるとも申もうすは、 御名みなこそかはりたるやうなれども、 これみな法身ほっしんと申もうす仏ぶつのさとりをひらくべき正しょう因いんに、 弥陀みだ仏ぶつの御おんちかひを、 法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつわれらに回え向こうしたまへるを、 往相おうそうの回え向こうと申もうすなり。 この回え向こうせさせたまへる願がんを、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がん (第十八願) とは申もうすなり。 この念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がんを*一向いっこうに信しんじて*ふたごころなきを、 一向いっこう専修せんじゅとは申もうすなり。 如来にょらい*二に種しゅの回え向こうと申もうすことは、 この二に種しゅの回え向こうの願がんを信しんじ、 ふたごころなきを、 真実しんじつの信心しんじんと申もうす。 この真実しんじつの信心しんじんのおこることは、 釈しゃ迦か・弥陀みだの二に尊そんの御おんはからひよりおこりたりとしらせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
一向 一つのことに専注し他を顧みないこと。 ひたすら。 ただひとすじ。
ふたごころなき 疑いがないこと。
(22)
ª第二十二通は、 わう・・ご・ぜ・ん・にいや・・をんな・・・の近況を知らせた消息である。 真蹟º
*いや・・をんな・・・のこと、 文ふみ書かきてまゐらせられ候そうろふ*なり。 いまだ居い所どころもなくて、 *わびゐて候そうろふなり。 あさましくあさましく、 *もてあつかひて、 いかにすべしともなくて候そうろふなり。 あなかしこ。
いやをんな 親鸞聖人に仕えていた使用人とみられる。
なり 真蹟本は 「めり」 とも読める。
わびゐて候ふなり 貧しく暮らしている。
もてあつかひて もてあまして。
三月さんがつ二に十じゅう八日はちにち (花押)
*わうごぜんへ しんらん
わうごぜん 王御前。 親鸞聖人の末娘の
覚信かくしん尼に公こうのこと。
(23)
ª第二十三通は、 教名きょうみょう (養) の質問に答えたもの。 誓願せいがんと名みょう号ごうとを別執すべきでないと説く。 「誓願名号同一の事」 という標題は後世の付加。 ¬末灯鈔¼ (9)º
誓願せいがん・名みょう号ごう同一どういつの事こと。
御文おんふみくはしくうけたまはり候そうらひぬ。 さてはこの御ご不ふ審しん*しかるべしともおぼえず候そうろふ。 そのゆゑは、 誓願せいがん・名みょう号ごうと申もうしてかはりたること候そうらはず。 誓願せいがんをはなれたる名みょう号ごうも候そうらはず、 名みょう号ごうをはなれたる誓願せいがんも候そうらはず候そうろふ。 かく申もうし候そうろふも、 はからひにて候そうろふなり。 ただ誓願せいがんを不ふ思議しぎと信しんじ、 また名みょう号ごうを不ふ思議しぎと一念いちねん信しんじとなへつるうへは、 *なんでふわがはからひをいたすべき。 *ききわけ、 しりわくるなど、 わづらはしくは仰おおせられ候そうろふやらん。 これみなひがことにて候そうろふなり。 ただ不ふ思議しぎと信しんじつるうへは、 とかく御おんはからひあるべからず候そうろふ。 *往おう生じょうの業ごうには、 わたくしのはからひはあるまじく候そうろふなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
しかるべし… もっともなこととも思われません。
なんでふわが… どうして自分のはからいをさしはさめましょうか。
ききわけしりわくる 誓願不思議を信ずるのは他力、 名号不思議を信ずるのは自力と、 聞きわけ知りわけねばならないと教える異義。
往生の業 浄土に往き生れるための因となる行為。
ただ如来にょらいにまかせまゐらせおはしますべく候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
五ご月がつ五いつ日か 親鸞しんらん
*教名御房おんぼう
教名御房 伝未詳。 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ にはこの名はない。 古写本には 「けうやう (教養)」 とある。 教養は稲いな田だ九く郎ろう頼重よりしげの法名と伝えられる。
端書はしがきにいはく
この文ふみをもつて、 ひとびとにもみせまゐらせさせたまふべく候そうろふ。 他た力りきには義ぎなきを義ぎとすとは申もうし候そうろふなり。
(24)
ª第二十四通は、 浄じょう信しんの質問に答えたもの。 仏智不思議と信ずるほかに、 私のはからいがあってはならないと説く。 「仏智不思議と信ずべき事」 という標題は後世の付加とみられる。 ¬末灯鈔¼ (10)º
仏ぶっ智ち不ふ思議しぎと信しんずべき事こと
御文おんふみくはしくうけたまはり候そうらひぬ。 さては御ご法門ほうもんの御ご不ふ審しんに、 一念いちねん発ぽっ起きのとき、 無礙むげの心光しんこうに摂しょう護ごせられまゐらせ候そうろふゆゑに、 *つねに*浄じょう土どの業因ごういん決けつ定じょうすと仰おおせられ候そうろふ。 これめでたく候そうろふ。 かくめでたくは仰おおせ候そうらへども、 これみな*わたくしの御おんはからひになりぬとおぼえ候そうろふ。 ただ不ふ思議しぎと信しんぜさせたまひ候そうらひぬるうへは、 わづらはしきはからひあるべからず候そうろふ。
つね 平生。 ふだん。
浄土の業因 浄土往生の因となるべき行ぎょう業ごう。
わたくしの 自分勝手の。
またある人ひとの*候そうろふなること、 *出しゅっ世せのこころおほく、 浄じょう土どの業因ごういんすくなしと候そうろふなるは、 こころえがたく候そうろふ。 出しゅっ世せと候そうろふも、 浄じょう土どの業因ごういんと候そうろふも、 みなひとつにて候そうろふなり。 すべてこれ、 *なまじひなる御おんはからひと存ぞんじ候そうろふ。 仏ぶっ智ち不ふ思議しぎと信しんぜさせたまひ候そうらひなば、 別べつにわづらはしく、 とかくの御おんはからひあるべからず候そうろふ。 *ただひとびとのとかく申もうし候そうらはんことをば、 御ご不ふ審しんあるべからず候そうろふ。 ただ如来にょらいの誓願せいがんにまかせまゐらせたまふべく候そうろふ。 とかくの御おんはからひあるべからず候そうろふなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
候ふなること 申すことには。
出世のこころ 浄土往生を願う心
なまじひなる 余計な。
ただ 全く。
五ご月がつ五いつ日かのひ 親鸞しんらん御判
浄じょう信しん御房おんぼうへ
袖書そでがきにいはく
他た力りきと申もうし候そうろふは、 とかくのはからひなきを申もうし候そうろふなり。
(25)
ª第二十五通は、 鎌倉での念仏訴訟が落着したことを報じた性しょう信しん房ぼうの書状に対する返書。 聖人は性信房の対処の仕方を称讃している。 なお、 この訴訟に関しては、 第四十三通にも触れられているが、 詳細は明らかでない。 ¬御消息集¼ 広本(7)、 略本(2)º
六月ろくがつ一日ついたちの御文おんふみ、 くはしくみ候そうらひぬ。 さては鎌倉かまくらにての御おん訴うったへのやうは、 *おろおろうけたまはりて候そうろふ。 *この御文おんふみにたがはずうけたまはりて候そうらひしに、 *別べつのことはよも候そうらはじとおもひ候そうらひしに、 *御おんくだりうれしく候そうろふ。
おろおろ… (性信房のお手紙の前に) 大体のところは聞いております。
この御文 六月一日付の性信房の手紙を指す。
別のことは… 格別のことはまさかあるまいと。
御くだり 訴訟が終って性信房が鎌倉から下総しもうさに帰ったこと。
おほかたは、 この訴うったへのやうは、 御おん身みひとりのことにはあらず候そうろふ。 すべて浄じょう土どの念仏ねんぶつ者しゃのことなり。 このやうは、 故こ聖しょう人にん (源空) の御おん時とき、 この身みどものやうやうに申もうされ候そうらひしことなり。 *こともあたらしき訴うったへにても候そうらはず。 性しょう信しん坊ぼうひとりの沙汰さたあるべきことにはあらず。 念仏ねんぶつ申もうさんひとは、 みなおなじこころに御おん沙汰さたあるべきことなり。 御おん身みをわらひまうすべきことにはあらず候そうろふべし。 *念仏ねんぶつ者しゃのものにこころえぬは、 *性しょう信しん坊ぼうのとがに申もうしなされんは、 きはまれるひがことに候そうろふべし。 念仏ねんぶつ申もうさんひとは、 性しょう信しん坊ぼうの*かたうどにこそなりあはせたまふべけれ。 母はは・姉あね・妹いもうとなんどやうやうに申もうさるることは、 *ふるごとにて候そうろふ。 さればとて、 *念仏ねんぶつをとどめられ候そうらひしが、 世よに*曲事くせごとのおこり候そうらひしかば、 それにつけても念仏ねんぶつをふかくたのみて、 世よのいのりにこころにいれて、 申もうしあはせたまふべしとぞおぼえ候そうろふ。
ことも… とりわけ新しい訴えでもありません。
念仏者の… 念仏者の中のものの道理を心得ていない人が。
性信坊の… 性信坊のとがであるかのように申しなされるのは。
かたうど 「かたびと (方人) 」 の転。 味方。
ふるごと 昔からよくあること。 昔のこと。
念仏をとどめられ 承じょう元げん元年 (1207) の専修せんじゅ念仏停ちょう止じを指す。
曲事 承久の乱 (1221) による三上皇の配流を指すものか。
御文おんふみのやう、 おほかたの*陳ちん状じょう、 よく御おんはからひども候そうらひけり。 うれしく候そうろふ。 詮せんじ候そうろふところは、 御おん身みにかぎらず、 念仏ねんぶつ申もうさんひとびとは、 わが御おん身みの料りょうはおぼしめさずとも、 *朝ちょう家かの御おんため、 *国民こくみんのために、 念仏ねんぶつを申もうしあはせたまひ候そうらはば、 *めでたう候そうろふべし。 往おう生じょうを不ふ定じょうにおぼしめさんひとは、 まづわが身みの往おう生じょうをおぼしめして、 御おん念仏ねんぶつ候そうろふべし。 わが身みの往おう生じょう一いち定じょうとおぼしめさんひとは、 仏ぶつの御ご恩おんをおぼしめさんに、 御ご報恩ほうおんのために、 御おん念仏ねんぶつこころにいれて申もうして、 世よのなか安穏あんのんなれ、 仏法ぶっぽうひろまれとおぼしめすべしとぞ、 おぼえ候そうろふ。 よくよく御ご案あん候そうろふべし。 このほかは別べつの御おんはからひあるべしとはおぼえず候そうろふ。
陳状 原告 (訴そ人にん) の訴状に対し、 被告 (論人ろんにん) の提出する反論を陳状という。
朝家の御ため 「おほやけのおんためとまうすなり」 (左訓)
国民 「くにのたみ、 ひやくしやう」 (左訓)
めでたう候ふべし 結構なことであるに違いありません。
なほなほ疾とく御おんくだりの候そうろふこそ、 うれしう候そうらへ。 よくよく御おんこころにいれて、 往おう生じょう一いち定じょうとおもひさだめられ候そうらひなば、 仏ぶつの御ご恩おんをおぼしめさんには、 *異事いじは候そうろふべからず。 御おん念仏ねんぶつをこころにいれて申もうさせたまふべしとおぼえ候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
異事 別のこと。 かわったこと。
七月しちがつ九ここぬ日か 親鸞しんらん
性しょう信しん御坊おんぼう
(26)
ª第二十六通は、 有ゆう阿あ弥陀みだ仏ぶつの質問に答えたもの。 念仏往生を否定することの誤りをただし、 信心と念仏が不離の関係であると述べる。 ¬末灯鈔¼ (12)º
尋たづね仰おおせられ候そうろふ念仏ねんぶつの不ふ審しんのこと。 念仏ねんぶつ往おう生じょうと信しんずる人ひとは、 辺へん地じの往おう生じょうとてきらはれ候そうろふらんこと、 *おほかたこころえがたく候そうろふ。 そのゆゑは、 弥陀みだの本願ほんがんと申もうすは、 名みょう号ごうをとなへんものをば極楽ごくらくへ迎むかへんと誓ちかはせたまひたるを、 ふかく信しんじてとなふるがめでたきことにて候そうろふなり。 信心しんじんありとも、 名みょう号ごうをとなへざらんは*詮せんなく候そうろふ。 また一向いっこう名みょう号ごうをとなふとも、 信心しんじんあさくは往おう生じょうしがたく候そうろふ。 されば念仏ねんぶつ往おう生じょうとふかく信しんじて、 しかも名みょう号ごうをとなへんずるは、 疑うたがなき報ほう土どの往おう生じょうにてあるべく候そうろふなり。 詮せんずるところ、 名みょう号ごうをとなふといふとも、 他た力りき本願ほんがんを信しんぜざらんは辺へん地じに生うまるべし。 本願ほんがん他た力りきをふかく信しんぜんともがらは、 *なにごとにかは辺へん地じの往おう生じょうにて候そうろふべき。 このやうをよくよく御おんこころえ候そうろうて御おん念仏ねんぶつ候そうろふべし。
おほかた 全く。
詮なく候ふ そのかいがありません。
なにごとにかは… どうして辺地の往生でありましょうか、 (決してそうではありません)。
この身みは、 いまは、 としきはまりて候そうらへば、 さだめてさきだちて往おう生じょうし候そうらはんずれば、 浄じょう土どにてかならずかならずまちまゐらせ候そうろふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
七月しちがつ十じゅう三日さんにち 親鸞しんらん
*有ゆう阿あ弥陀みだ仏ぶつ御おん返かえり事ごと
有阿弥陀仏 親鸞聖人の門弟の一人。 伝未詳。
(27)
ª第二十七通は、 第二十八通と同じく九月二日付であり、 内容も似ていることから、 同日に書かれたものとみられる。 諸神軽視、 造悪ぞうあく無礙むげを口実として念仏者を弾圧する在地権力者がいるが、 そうした権力者に対しては憐れみをもって念仏して彼らをたすけよと諭している。 ¬御消息集¼ 広本(9)、 略本(4)º
まづよろづの仏ぶつ・菩ぼ薩さつをかろしめまゐらせ、 よろづの神じん祇ぎ・冥みょう道どうをあなづり*すてたてまつると申もうすこと、 この事こと*ゆめゆめなきことなり。 世々せせ生々しょうしょうに無む量りょう無む辺へんの諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつの利り益やくによりて、 よろづの善ぜんを修しゅ行ぎょうせしかども、 自じ力りきにては生しょう死じを出いでずありしゆゑに、 曠劫こうごう多た生しょうのあひだ、 諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつの御おんすすめによりて、 いままうあひがたき弥陀みだの御おんちかひにあひまゐらせて候そうろふ御ご恩おんをしらずして、 よろづの仏ぶつ・菩ぼ薩さつを*あだに申もうさんは、 ふかき御ご恩おんをしらず候そうろふべし。 仏法ぶっぽうをふかく信しんずるひとをば、 天てん地ちにおはしますよろづの神かみは、 かげのかたちに添そへるがごとくして、 まもらせたまふことにて候そうらへば、 念仏ねんぶつを信しんじたる身みにて、 天てん地ちの神かみをすてまうさんとおもふこと、 ゆめゆめなきことなり。 *神じん祇ぎ等とうだにもすてられたまはず。 いかにいはんや、 よろづの仏ぶつ・菩ぼ薩さつをあだにも申もうし、 *おろかにおもひまゐらせ候そうろふべしや。 よろづの仏ぶつをおろかに申もうさば、 念仏ねんぶつを信しんぜず、 弥陀みだの御名みなをとなへぬ身みにてこそ候そうらはんずれ。 詮せんずるところは、 そらごとを申もうし、 ひがことをことにふれて、 念仏ねんぶつのひとびとに仰おおせられつけて、 念仏ねんぶつをとどめんとするところの*領りょう家か・*地じ頭とう・*名みょう主しゅの御おんはからひどもの候そうろふらんこと、 よくよく*やうあるべきことなり。 そのゆゑは、 釈しゃ迦か如来にょらいのみことには、 念仏ねんぶつするひとをそしるものをば 「*名みょう無む眼げん人にん」 と説とき、 「*名みょう無耳むに人にん」 と仰おおせおかれたることに候そうろふ。 善導ぜんどう和か尚しょうは、 「五ご濁じょく増ぞう時じ多た疑ぎ謗ほう 道俗どうぞく相嫌そうけん不ふ用よう聞もん 見けん有う修しゅ行ぎょう起き瞋毒しんどく 方便ほうべん破壊はえ競生きょうしょう怨おん」 (法事讃・下) とたしかに釈しゃくしおかせたまひたり。 この世よのならひにて念仏ねんぶつをさまたげんひとは、 そのところの領りょう家か・地じ頭とう・名みょう主しゅ*のやうあることにてこそ候そうらはめ。 とかく申もうすべきにあらず。 「△念仏ねんぶつせんひとびとは、 かのさまたげをなさんひとをばあはれみをなし、 不ふ便びんにおもうて、 念仏ねんぶつをもねんごろに申もうして、 さまたげなさんを、 たすけさせたまふべし」 とこそ、 *ふるきひとは申もうされ候そうらひしか。 よくよく御おんたづねあるべきことなり。
すて 「すつ」 は無視するの意。
ゆめゆめなきことなり 決してないことです。
あだ いいかげんなさま。
神祇等だにも… 天神地祇などでさえ (念仏者に) 無視されたまわないのです。
おろかに 疎かに。 いいかげんに。
領家 荘園の領有者。
地頭 幕府任命の荘園管理職。
名主 名田を経営管理し、 年貢・公事くじの徴収に当った者。
やうあるべきことなり そのいわれがあるはずのことです。
名無眼人・名無耳人 「
眼まなこなき人と名づく」 「耳なき人と名づく」 →
補註14
の であって、 (それは…)。
つぎに、 念仏ねんぶつせさせたまふひとびとのこと、 弥陀みだの御おんちかひは煩悩ぼんのう具ぐ足そくのひとのためなりと信しんぜられ候そうろふは、 *めでたきやうなり。 ただしわるきもののためなりとて、 ことさらにひがことをこころにもおもひ、 身みにも口くちにも申もうすべしとは、 浄じょう土ど宗しゅうに申もうすことならねば、 ひとびとにもかたること候そうらはず。 おほかたは、 煩悩ぼんのう具ぐ足そくの身みにて、 こころをもとどめがたく候そうらひながら、 往おう生じょうを疑うたがはずせんとおぼしめすべしとこそ、 師しも善ぜん知ぢ識しきも申もうすことにて候そうろふに、 かかるわるき身みなれば、 ひがことをことさらに好このみて、 念仏ねんぶつのひとびとのさはりとなり、 師しのためにも善ぜん知ぢ識しきのためにも、 とがとなさせたまふべしと申もうすことは、 ゆめゆめなきことなり。 弥陀みだの御おんちかひにまうあひがたくしてあひまゐらせて、 仏恩ぶっとんを報ほうじまゐらせんとこそおぼしめすべきに、 *念仏ねんぶつをとどめらるることに沙汰さたしなされて候そうろふらんこそ、 かへすがへすこころえず候そうろふ。 あさましきことに候そうろふ。 ひとびとのひがざまに御おんこころえどもの候そうろふゆゑ、 *あるべくもなきことどもきこえ候そうろふ。 申もうすばかりなく候そうろふ。 ただし念仏ねんぶつのひと、 ひがことを申もうし候そうらはば、 その身みひとりこそ地じ獄ごくにもおち、 *天てん魔まともなり候そうらはめ。 よろづの念仏ねんぶつ者しゃのとがになるべしとはおぼえず候そうろふ。 よくよく御おんはからひども候そうろふべし。 なほなほ念仏ねんぶつせさせたまふひとびと、 よくよくこの文ふみを御ご覧らんじ説とかせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
めでたきやうなり 結構なことであります。
念仏を… 念仏を停ちょう止じされるようなことに言動をなされておられるとかいうのは、 ほんとうに腑におちません。
あるべくもなきこと (念仏者はことさらに悪を好み行うものだという) 事実であるはずもない風評。
天魔 欲界よくかいの最上位、 他化たけ自じ在ざい天てんに住する悪魔を波は旬じゅん (Pāpīyasパーピーヤス) という。 人の真実の智慧ちえを断ち、 悪業あくごうをなさしめる悪しき者の意。
九く月がつ二ふつ日かのひ 親鸞しんらん
念仏ねんぶつの人々ひとびと御中おんなかへ
(28)
ª第二十八通は、 慈じ信しん房ぼうに宛てたもの。 信願房が造悪ぞうあく無礙むげの主張をするとは思えないと述べ、 臨終のありさまで往生の得否を論ずることは誤りであると指摘して、 念仏をさまたげる者に対しては彼らをたすけようと思って念仏すべきであると説く。 また追伸の部分では仏法を破滅させるのは仏法者自身であると述べる。 ¬御消息集¼ 広本(10)、 略本(5)º
文ふみ書かきてまゐらせ候そうろふ。 この文ふみを、 ひとびとにも読よみてきかせたまふべし。
*遠江とおとうみの尼あま御ご前ぜんの御おんこころにいれて御おん沙汰さた候そうろふらん、 かへすがへすめでたくあはれにおぼえ候そうろふ。 よくよく京きょうよりよろこび申もうすよしを申もうしたまふべし。
遠江の尼御前 伝未詳。
*信願しんがん坊ぼうが申もうすやう、 かへすがへす不ふ便びんのことなり。 わるき身みなればとて、 ことさらにひがことを好このみて、 師しのため善ぜん知ぢ識しきのためにあしきことを沙汰さたし、 念仏ねんぶつのひとびとのために、 とがとなるべきことをしらずは、 仏恩ぶっとんをしらず、 よくよくはからひたまふべし。
信願坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ に信願の名は、 ㈠親鸞聖人の直弟 (下野しもつけ那須なす住)、 ㈡真仏しんぶつ上人の門下 (常陸ひたち国こく府ぶ住)、 ㈢入にゅう信しん (親鸞聖人門下、 常陸奥郡おうぐん住) の門下としてみえる。
また、 ものにくるうて死しにけんひとびとのことをもちて、 信願しんがん坊ぼうがことを、 よしあしと申もうすべきにはあらず。 念仏ねんぶつするひとの死しにやうも、 身みより病やまいをするひとは、 往おう生じょうのやうを申もうすべからず。 こころより病やまいをするひとは、 天てん魔まともなり、 地じ獄ごくにもおつることにて候そうろふべし。 *こころよりおこる病やまいと、 身みよりおこる病やまいとは、 かはるべければ、 こころよりおこりて死しぬるひとのことを、 よくよく御おんはからひ候そうろふべし。
こころよりおこる病 邪見をいだいて、 仏教をそしったりすることなどをいう。
信願しんがん坊ぼうが申もうすやうは、 凡ぼん夫ぶのならひなれば、 わるきこそ*本ほんなればとて、 おもふまじきことを好このみ、 身みにもすまじきことをし、 口くちにもいふまじきことを申もうすべきやうに申もうされ候そうろふこそ、 信願しんがん坊ぼうが申もうしやうとはこころえず候そうろふ。 往おう生じょうにさはりなければとて、 ひがことを好このむべしとは、 申もうしたること候そうらはず。 かへすがへすこころえずおぼえ候そうろふ。
本 本来の姿。
詮せんずるところ、 ひがこと申もうさんひとは、 その身みひとりこそ、 *ともかくもなり候そうらはめ。 すべてよろづの念仏ねんぶつ者しゃのさまたげとなるべしとはおぼえず候そうろふ。
ともかくもなり候はめ 悪道に堕するようなことにもなるでありましょう。 次々行の 「いかにもなり候はめ」 も同意。
また念仏ねんぶつをとどめんひとは、 そのひとばかりこそいかにもなり候そうらはめ。 よろづの念仏ねんぶつするひとのとがとなるべしとはおぼえず候そうろふ。 「五ご濁じょく増ぞう時じ多た疑ぎ謗ほう 道俗どうぞく相嫌そうけん不ふ用よう聞もん 見けん有う修しゅ行ぎょう起き瞋毒しんどく 方便ほうべん破壊はえ競生きょうしょう怨おん」 (法事讃・下) と、 まのあたり善導ぜんどうの御おんをしへ候そうろふぞかし。 釈しゃ迦か如来にょらいは、 「名みょう無む眼げん人にん、 名みょう無耳むに人にん」 と説とかせたまひて候そうろふぞかし。 かやうなるひとにて、 念仏ねんぶつをもとどめ、 念仏ねんぶつ者しゃをもにくみなんどすることにても候そうろふらん。 *それは、 *かのひとをにくまずして、 念仏ねんぶつをひとびと申もうしてたすけんと、 おもひあはせたまへとこそおぼえ候そうらへ。 あなかしこ、 あなかしこ。
それは 念仏を非難妨害されることについては。
かのひと 念仏を非難妨害する人。
九く月がつ二ふつ日かのひ 親鸞しんらん
慈じ信しん坊 御おん返へん事じ
*入にゅう信しん坊ぼう・*真しん浄じょう坊ぼう・*法信ほうしん坊ぼうにも、 この文ふみを読よみきかせたまふべし。 かへすがへす不ふ便びんのことに候そうろふ。 性しょう信しん坊ぼうには、 春はるのぼりて候そうらひしに、 よくよく申もうして候そうろふ。 *くげ・・どの・・にも、 よくよくよろこび申もうしたまふべし。 このひとびとのひがことを申もうしあうて候そうらへばとて、 *道どう理りをば失うしはれ候そうらはじとこそおぼえ候そうらへ。 世せ間けんの事ことにも、 さることの候そうろふぞかし。 領りょう家け・地じ頭とう・名みょう主しゅのひがことすればとて、 *百姓ひゃくしょうをまどはすことは候そうらはぬぞかし。 仏法ぶっぽうをばやぶるひとなし。 仏法ぶっぽう者しゃのやぶるにたとへたるには、 「*獅子ししの身しん中ちゅうの虫むしの獅子ししをくらふがごとし」 と候そうらへば、 念仏ねんぶつ者しゃをば仏法ぶっぽう者しゃのやぶりさまたげ候そうろふなり。 よくよくこころえたまふべし。 なほなほ御文おんふみには申もうしつくすべくも候そうらはず。
入信坊 「交名きょうみょう牒ちょう」 には 「常陸ひたち住」 とある。
真浄坊 光こう明みょう寺じ本ぼん 「交名きょうみょう牒ちょう」 によると、 常陸ひたち鹿島の順じゅん信しんの門弟。
法信坊 伝未詳。 「交名牒」 にも見えない。
くげどの 伝未詳。
道理をば… 道理まで失ってはおられまいと思われます。
百姓を… 一般の人々を惑わすことはありません。
獅子の… ¬蓮れん華げ面めん経ぎょう¼ (上)、 ¬梵網ぼんもう経きょう¼ (下) などに出る喩え。
(29)
ª第二十九通は、 性しょう信しん房ぼうに宛てたもの。 大番役で京都へ上ったしむ・・の入道と正しょう念ねん房ぼうに面会したことを喜び記している。 ¬血けち脈みゃく文もん集じゅう¼ (4)º
武蔵むさしよりとて、 *しむ・・の入にゅう道どうどのと申もうす人ひとと、 正しょう念ねん房ぼうと申もうす人ひとの、 *王番おうばんにのぼらせたまひて候そうろふとておはしまして候そうろふ。 みまゐらせて候そうろふ。 御おん念仏ねんぶつの御おんこころざしおはしますと候そうらへば、 ことにうれしうめでたうおぼえ候そうろふ。 *御おんすすめと候そうろふ。 かへすがへすうれしうあはれに候そうろふ。 なほなほよくよくすすめまゐらせて、 信心しんじんかはらぬやうに人々ひとびとに申もうさせたまふべし。 如来にょらいの御おんちかひのうへに、 釈しゃく尊そんの御おんことなり。 また十方じっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつの御ご証誠しょうじょうなり。 信心しんじんはかはらじとおもひ候そうらへども、 やうやうにかはりあはせたまひて候そうろふこと、 ことになげきおもひ候そうろふ。 よくよくすすめまゐらせたまふべく候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
しむの入道 伝未詳。 恵え空くう本ぼん ¬血脈文集¼ には 「しむしの入道」 とある。
王番 大番のこと。 宮廷の警護をつとめる役。 幕府の御家人がこの役に当てられた。
御すすめと候ふ あなた (性信房) のお勧めであるということです。
九く月がつ七なぬ日か 親鸞しんらん
性しょう信しん御房おんぼう
*念仏ねんぶつのあひだのことゆゑに、 御ご沙汰さたどものやうやうにきこえ候そうろふに、 *こころやすくならせたまひて候そうろふと、 この人々ひとびとの御おんものがたり候そうらへば、 ことにめでたううれしう候そうろふ。 なにごともなにごとも申もうしつくしがたく候そうろふ。 いのち候そうらはば、 またまた申もうし候そうろふべく候そうろふ。
念仏のあひだのこと 念仏に関する問題。 鎌倉での念仏訴訟を指す。
こころやすく 平穏無事なありさま。 ここは念仏訴訟が落着したことを指すものと考えられる。
(30)
ª第三十通は、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃについての質問状に対する返書。 信心が定まることは釈迦・弥陀のはからいであると述べ、 弥陀に摂取されるから信心が定まり、 正定しょうじょう聚じゅの位に入らしめられると説いて、 行者のはからいを誡めている。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (13)º
尋たずね仰おおせられて候そうろふ摂取せっしゅ不ふ捨しゃのことは、 ¬*般舟はんじゅ三昧ざんまい行ぎょう道どう往おう生じょう讃さん¼ と申もうすに仰おおせられて候そうろふをみまゐらせて候そうらへば、 「釈しゃ迦か如来にょらい・弥陀みだ仏ぶつ、 われらが慈悲じひの父母ぶもにて、 さまざまの方便ほうべんにて、 われらが無む上じょう信心しんじんをばひらきおこさせたまふ」 (意) と候そうらへば、 まことの信心しんじんの定さだまることは、 釈しゃ迦か・弥陀みだの御おんはからひとみえて候そうろふ。 往おう生じょうの心しん疑うたがいなくなり候そうろふは、 摂取せっしゅせられまゐらするゆゑとみえて候そうろふ。 摂取せっしゅのうへには、 ともかくも行ぎょう者じゃのはからひあるべからず候そうろふ。 浄じょう土どへ往おう生じょうするまでは、 不ふ退たいの位くらいにておはしまし候そうらへば、 正定しょうじょう聚じゅの位くらいとなづけておはしますことにて候そうろふなり。 まことの信心しんじんをば、 釈しゃ迦か如来にょらい・弥陀みだ如来にょらい二に尊そんの御おんはからひにて発ほっ起きせしめたまひ候そうろふとみえて候そうらへば、 信心しんじんの定さだまると申もうすは、 摂取せっしゅにあづかるときにて候そうろふなり。 そののちは正定しょうじょう聚じゅの位くらいにて、 まことに浄じょう土どへ生うまるるまでは候そうろふべしとみえ候そうろふなり。 ともかくも行ぎょう者じゃのはからひをちりばかりもあるべからず候そうらへばこそ、 他た力りきと申もうすことにて候そうらへ。 あなかしこ、 あなかしこ。
しのぶの御房 真蹟本の原型は 「しんぶつの御房」 であったが、 後陣が 「しのぶの御房」 と改竄したものとみられる。 ¬末灯鈔¼ 所収本では 「真仏御房」 となっている。
十じゅう月がつ六むゆ日かのひ 親鸞しんらん
*しのぶの御房おんぼうの御おん返へん事じ
(31)
ª第三十一通は、 十二光についての解説を唯信ゆいしんに送り与えた際の添状と考えられている。 その解説とは、 ¬弥陀如来名号徳¼ を指すと推測されている。 ¬御消息集¼ 広本(17)、 略本(9)º
ひとびとの仰おおせられて候そうろふ*十じゅう二に光こう仏ぶつの御おんことのやう、 書かきしるしてくだしまゐらせ候そうろふ。 くはしく書かきまゐらせ候そうろふべきやうも候そうらはず。 *おろおろ書かきしるして候そうろふ。
おろおろ 不十分ながら。 ざっと。
詮せんずるところは、 無礙むげ光こう仏ぶつと申もうしまゐらせ候そうろふことを*本ほんとせさせたまふべく候そうろふ。 無礙むげ光こう仏ぶつは、 よろづのもののあさましきわるきことにはさはりなく、 たすけさせたまはん料りょうに、 無礙むげ光こう仏ぶつと申もうすとしらせたまふべく候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
本 根本。
十じゅう月がつ二に十じゅう一日いちにち 親鸞しんらん
*唯信ゆいしん御坊おんぼう 御おん返へん事じ
唯信御坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ には、 親鸞聖人の直弟子に唯信という名が二人あがっている。 一人は常陸ひたち奥郡おうぐん (現在の茨城県北部)、 一人は会津に住していた。 そのほか、 孫弟子として、 常陸鹿島の順じゅん信しんの弟子、 下野しもつけ (現在の栃木県) 那須なすの信願しんがんの弟子にも唯信という人がいる。
(32)
ª第三十二通は、 浄じょう信しんの問いに答えたもの。 真実信心を得た人は、 如来と等しいことを示し、 そのことを自力の信心であると批判することの非を指摘している。 真蹟、 ¬末灯鈔¼ (15)º
尋たずね仰おおせられて候そうろふこと、 かへすがへす*めでたう候そうろふ。 まことの信心しんじんをえたる人ひとは、 すでに仏ぶつに成ならせたまふべき御おん身みとなりておはしますゆゑに、 「如来にょらいとひとしき人ひと」 と経 (華厳経・入法界品) に説とかれ候そうろふなり。 弥み勒ろくはいまだ仏ぶつに成なりたまはねども、 このたびかならずかならず仏ぶつに成なりたまふべきによりて、 弥み勒ろくをばすでに弥み勒ろく仏ぶつと申もうし候そうろふなり。 *その定じょうに、 真実しんじつ信心しんじんをえたる人ひとをば、 如来にょらいとひとしと仰おおせられて候そうろふなり。 また*承じょう信しん房ぼうの、 弥み勒ろくとひとしと候そうろふも、 ひがことには候そうらはねども、 他た力りきによりて信しんをえてよろこぶこころは如来にょらいとひとしと候そうろふを、 自じ力りきなりと候そうろふらんは、 いますこし承じょう信しん房ぼうの御おんこころの底そこのゆきつかぬやうにきこえ候そうろふこそ、 よくよく御ご案あん候そうろふべくや候そうろふらん。 自じ力りきのこころにて、 わが身みは如来にょらいとひとしと候そうろふらんは、 まことにあしう候そうろふべし。 他た力りきの信心しんじんのゆゑに、 *浄じょう信しん房ぼうのよろこばせたまひ候そうろふらんは、 なにかは自じ力りきにて候そうろふべき。 よくよく御おんはからひ候そうろふべし。 このやうは、 この人々ひとびとにくはしう申もうして候そうろふ。 *承じょう信しんの御房おんぼう、 とひまゐらせさせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
めでたう候ふ 結構でございます。
その定に それと同様に。
承信房 伝未詳。
浄信房 第二十通の浄信と同異不明。
承信の御房 「承信の御房に」 とする異本がある。
十じゅう月がつ二に十じゅう一日いちにち 親鸞しんらん
浄じょう信しんの御房おんぼう 御おん返へん事じ
(33)
ª第三十三通は、 慈じ信しん房ぼうに宛てたもの。 文面には、 関東の門弟の動揺を伝え聞いて深く悲嘆している様子がうかがわれる。 この時点では、 親鸞聖人はまだ、 慈信房の異義について十分承知していない。 ¬御消息集¼ 広本(11)、 略本(6)º
九く月がつ二に十じゅう七日しちにちの御文おんふみ、 くはしくみ候そうらひぬ。 さては御おんこころざしの銭ぜに*五ご貫かん文もん、 十じゅう一月いちがつ九ここぬ日かにたまはりて候そうろふ。
五貫文 おおよそ一貫文で米一石 (百升) が買えた。
さてはゐなかのひとびと、 みなとしごろ念仏ねんぶつせしは、 いたづらごとにてありけりとて、 かたがたひとびとやうやうに申もうすなることこそ、 かへすがへす不ふ便びんのことにきこえ候そうらへ。 やうやうの文ふみどもを書かきてもてるを、 いかにみなして候そうろふやらん。 かへすがへすおぼつかなく候そうろふ。
慈じ信しん坊ぼうのくだりて、 わがききたる法文ほうもんこそまことにてはあれ、 日ひごろの念仏ねんぶつは、 みないたづらごとなりと候そうらへばとて、 *おほぶ・・・の中ちゅう太た郎ろうの方かたのひとは、 九く十じゅうなん人ひととかや、 みな慈じ信しん坊ぼうの方かたへとて中ちゅう太た郎ろう入にゅう道どうをすてたるとかやきき候そうろふ。 いかなるやうにて、 さやうには候そうろふぞ。 詮せんずるところ、 信心しんじんの定さだまらざりけるときき候そうろふ。 いかやうなることにて、 さほどにおほくのひとびとの*たぢろき候そうろふらん。 不ふ便びんのやうときき候そうろふ。 またかやうのきこえなんど候そうらへば、 そらごともおほく候そうろふべし。 また親鸞しんらんも*偏へん頗ぱあるものときき候そうらへば、 ちからを尽つくして ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼・¬後世ごせ物もの語がたり¼・¬自じ力りき他た力りきの文ふみ¼ のこころども、 二河にがの譬喩ひゆなんど書かきて、 かたがたへ、 ひとびとにくだして候そうろふも、 みなそらごとになりて候そうろふときこえ候そうろふは、 いかやうにすすめられたるやらん。 不可ふか思議しぎのことときき候そうろふこそ、 不ふ便びんに候そうらへ。 よくよくきかせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
おほぶの中太郎 ¬御伝鈔¼【13】に出る平太郎と同一人物ともいわれる。 「おほぶ」 は現在の茨城県水戸市飯富いいとみ町。 同地には真仏寺があり、 平太郎真仏を開基とする。
たぢろき 動揺して。
偏頗 不公平。 えこひいき。
十じゅう一月いちがつ九ここぬ日か 親鸞しんらん
慈じ信しん御坊おんぼう
真仏しんぶつ坊ぼう・性しょう信しん坊ぼう・入にゅう信しん坊ぼう、 *このひとびとのことうけたまはり候そうろふ。 かへすがへすなげきおぼえ候そうらへども、 ちからおよばず候そうろふ。 また余よのひとびとのおなじこころならず候そうろふらんも、 ちからおよばず候そうろふ。 ひとびとのおなじこころならず候そうらへば、 とかく申もうすにおよばず。 いまは*ひとのうへも申もうすべきにあらず候そうろふ。 よくよくこころえたまふべし。
このひとびとのことうけたまはり候ふ 慈じ信しん房ぼうは真仏・性信・入信などの信心が変ったと親鸞聖人に報告していたらしい。
ひとのうへも 他人のことについても。
親鸞しんらん
慈じ信しん御坊おんぼう
(34)
ª第三十四通は、 専信せんしんの上書に対する返事。 現生正しょう定じょう聚じゅの義を示して、 義なきを義とする他力のおもむきを明かしている。 ¬御消息集 (善性本)¼ (17)º
ある人ひとのいはく、
往おう生じょうの業因ごういんは、 一念いちねん発ぽっ起き信心しんじんのとき、 無礙むげの心光しんこうに摂しょう護ごせられまゐらせ候そうらひぬれば、 同一どういつなり。 このゆゑに不ふ審しんなし。 このゆゑに、 *はじめてまた信しん・不ふ信しんを論ろんじ尋たずねまうすべきにあらずとなり。 このゆゑに他た力りきなり、 義ぎなきがなかの義ぎとなり。 ただ無む明みょうなること、 おほはるる煩悩ぼんのうばかりとなり。 恐々きょうきょう謹言きんげん。
十じゅう一月いちがつ一日ついたち
専信せんしん上たてまつる
仰おおせ候そうろふところの往おう生じょうの業因ごういんは、 真実しんじつ信心しんじんをうるとき摂取せっしゅ不ふ捨しゃにあづかるとおもへば、 かならずかならず如来にょらいの誓願せいがんに住じゅうすと、 悲ひ願がんにみえたり。 「▲設せつ我が得仏とくぶつ 国こく中ちゅう人天にんでん 不ふ住じゅ定じょう聚じゅ 必ひっ至し滅めつ度ど者しゃ 不ふ取しゅ正しょう覚がく」 (大経・上) と誓ちかひたまへり。 正定しょうじょう聚じゅに信心しんじんの人ひとは住じゅうしたまへりとおぼしめし候そうらひなば、 行ぎょう者じゃのはからひのなきゆゑに、 義ぎなきを義ぎとすと、 他た力りきをば申もうすなり。 善ぜんとも悪あくとも、 浄じょうとも穢えとも、 行ぎょう者じゃのはからひなき身みとならせたまひて候そうらへばこそ、 義ぎなきを義ぎとすとは申もうすことにて候そうらへ。
十じゅう七しちの願がんに、 「わがなをとなへられん」 と誓ちかひたまひて、 十じゅう八はちの願がんに、 「信心しんじんまことならば、 もし生うまれずは仏ぶつに成ならじ」 と誓ちかひたまへり。 十じゅう七しち・十じゅう八はちの悲ひ願がんみなまことならば、 正定しょうじょう聚じゅの願がん (第十一願) は*せんなく候そうろふべきか。 補ふ処しょの弥み勒ろくにおなじ位くらいに信心しんじんの人ひとはならせたまふゆゑに、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃとは定さだめられて候そうらへ。 このゆゑに、 他た力りきと申もうすは行ぎょう者じゃのはからひのちりばかりもいらぬなり。 かるがゆゑに義ぎなきを義ぎとすと申もうすなり。 このほかにまた申もうすべきことなし。 ただ仏ぶつにまかせまゐらせたまへと、 大だい師し聖しょう人にん (源空) のみことにて候そうらへ。
せんなく候ふべきか 意味がないことになりましょうか、 そんなはずはありません。
十じゅう一月いちがつ十じゅう八はち日にち 親鸞しんらん
専せん信しんの御坊おんぼう 御ご報ほう
(35)
ª第三十五通は、 第三十六通と一連のもの。 いま・・ごぜ・・んの・・はは・・に対し、 第三十六通を常陸の人々に見せるようにと申し送っている。 真蹟º
「*御おん返へん事じ (花押) 」
御返事 端裏書であり、 上部に切封がある。
常陸ひたちの人々ひとびとの御中おんなかへ、 この文ふみをみせさせたまへ。 すこしもかはらず候そうろふ。 この文ふみにすぐべからず候そうらへば、 この文ふみをくにの人々ひとびと、 おなじこころに候そうらはんずらん。 あなかしこ、 あなかしこ。
十じゅう一月いちがつ十じゅう一日いちにち (花押)
*いまごぜんのははに
いまごぜんのはは 不明。 親鸞聖人の妻、 末娘の覚信かくしん尼に公こう、 親鸞聖人の息男の妻の母など、 諸説があって定まらない。
(36)
ª第三十六通は、 常陸ひたち (現在の茨城県) の人々にいま・・ごぜ・・んの・・はは・・とそく・・しやう・・・ばう・・の扶持を依頼されたもの。 筆蹟の乱れが著しく、 最晩年に書かれた遺言状であろうともいわれる。 真蹟º
このいま・・ごぜ・・んの・・はは・・の、 たのむかたもなく、 そらう(所領)をもちて候そうらはばこそ、 譲ゆずりもし候そうらはめ。 *せんしに候そうらひなば、 くにの人々ひとびといとほしうせさせたまふべく候そうろふ。 この文ふみを書かく常陸ひたちの人々ひとびとをたのみまゐらせて候そうらへば、 申もうしおきてあはれみあはせたまふべく候そうろふ。 この文ふみをごらんあるべく候そうろふ。 この*そく・・しやう・・・ばう・・も、 *すぐべきやうもなきものにて候そうらへば、 申もうしおくべきやうも候そうらはず。 身みのかなはず、 わびしう候そうろふことは、 ただこのことおなじことにて候そうろふ。 ときにこのそく・・しやう・・・ばう・・にも、 申もうしおかず候そうろふ。 常陸ひたちの人々ひとびとばかりぞ、 このものどもをも、 御おんあはれみあはれ候そうろふべからん。 いとほしう、 人々ひとびとあはれみおぼしめすべし。 この文ふみにて、 人々ひとびとおなじ御おんこころに候そうろふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
せんしに 「善 (信) 死に」 「詮、 死に」 あるいは 「ぜんしん (善信)」 の 「ん」 を脱したもの等の諸説がある。
そくしやうばう 伝未詳。
すぐべきやうもなき… 暮らしを立てて世をすごしてゆく方法も知らない者ですので。
十じゅう一月いちがつ十じゅう二に日にち
ぜんしん (花押)
常陸ひたち ˆのˇ 人々ひとびとの御中おんなかへ
常陸ひたちの人々ひとびとの御中おんなかへ (花押)
(37)
ª第三十七通は、 宛名は不明であるが、 その内容は念仏者の放逸無慚なふるまいを誡めたものである。 ¬末灯鈔¼ (16)º
なによりも、 聖教しょうぎょうのをしへをもしらず、 また浄じょう土ど宗しゅうの*まことのそこをもしらずして、 不可ふか思議しぎの*放逸ほういつ無む慚ざんのものどものなかに、 悪あくはおもふさまにふるまふべしと仰おおせられ候そうろふなるこそ、 かへすがへすあるべくも候そうらはず。 北きたの郡こおりにありし*善ぜん証しょう房ぼうといひしものに、 つひに*あひむつるることなくてやみにしをばみざりけるにや。 凡ぼん夫ぶなればとて、 なにごともおもふさまならば、 ぬすみをもし、 人ひとをもころしなんどすべきかは。 もとぬすみごころあらん人ひとも、 極楽ごくらくをねがひ、 念仏ねんぶつを申もうすほどのことになりなば、 もと*ひがうたるこころをもおもひなほしてこそあるべきに、 そのしるしもなからんひとびとに、 *悪あくくるしからずといふこと、 ゆめゆめあるべからず候そうろふ。 煩悩ぼんのうにくるはされて、 おもはざるほかにすまじきことをもふるまひ、 いふまじきことをもいひ、 おもふまじきことをもおもふにてこそあれ。 *さはらぬことなればとて、 ひとのためにもはらぐろく、 すまじきことをもし、 いふまじきことをもいはば、 煩悩ぼんのうにくるはされたる儀ぎにはあらで、 わざとすまじきことをもせば、 かへすがへすあるまじきことなり。
まことのそこ 真髄。
放逸無慚 勝手気ままな行動をし、 自己の心に恥じることのないこと。
善証房 伝未詳。 「善勝房」 「善乗房」 とする異本がある。
あひむつるること 相親しむこと。
ひがうたる 「ひがみたる」 の音便形。 曲がった。
悪くるしからず 悪いことをしてもかまわない。
さはらぬ… 浄土往生のさまたげにはならないからといって。
鹿か島しま・行方なめかたのひとびとのあしからんことをばいひとどめ、 *その辺へんの人々ひとびとの、 ことにひがみたることをば制せいしたまはばこそ、 *この辺へんより出いできたるしるしにては候そうらはめ。 ふるまひはなにともこころにまかせよといひつると候そうろふらん、 あさましきことに候そうろふ。 この世よのわろきをもすて、 あさましきことをもせざらんこそ、 世よをいとひ、 念仏ねんぶつ申もうすことにては候そうらへ。 としごろ念仏ねんぶつするひとなんどの、 ひとのためにあしきことをし、 またいひもせば、 世よをいとふしるしもなし。
その辺の人々の… 鹿島・行方なめかたの人々の、 間違ったことを説得してやめさせ。
この辺より… この親鸞の門下より出できたしるしである。 あるいは京都より出てきたとみる説もある。
されば善導ぜんどうの御おんをしへには、 「悪あくをこのむ人ひとをば、 つつしんでとほざかれ」 (散善義・意) とこそ、 至し誠じょう心しんのなかにはをしへおかせおはしまして候そうらへ。 いつかわがこころのわろきにまかせてふるまへとは候そうろふ。 おほかた経釈きょうしゃくをもしらず、 如来にょらいの御おんことをもしらぬ身みに、 ゆめゆめその沙汰さたあるべくも*候そうらはず。 あなかしこ、 あなかしこ。
候はず 異本には続けて 「また往生はなにごともなにごとも凡ぼん夫ぶのはからひならず。 如来の御ちかひにまかせまゐらせたればこそ、 他力にては候へ。 やうやうにはからひあうて候ふらん、 をかしく候ふ」 とある。
十じゅう一月いちがつ二に十じゅう四よっ日かのひ 親鸞しんらん
(38)
ª第三十八通は、 本願寺藏本 ¬御消息集¼ (広本) には 「真仏しんぶつ上人御返事」 とある。 他力の中に自力ということはあるが、 他力の中にさらに奥深い他力ということはないと示す。 ¬末灯鈔¼ (17)º
他た力りきのなかには自じ力りきと申もうすことは候そうろふときき候そうらひき。 他た力りきのなかにまた他た力りきと申もうすことはきき候そうらはず。 他た力りきのなかに自じ力りきと申もうすことは、 雑ぞう行ぎょう雑修ざっしゅ・定じょう心しん念仏ねんぶつ・散心さんしん念仏ねんぶつをこころがけられて候そうろふひとびとは、 他た力りきのなかの自じ力りきのひとびとなり。 他た力りきのなかにまた他た力りきと申もうすことはうけたまはり候そうらはず。 なにごとも専信せんしん房ぼうのしばらくも居いたらんと候そうらへば、 そのとき申もうし候そうろふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。
銭ぜに二に十じっ貫文かんもん、 たしかにたしかに給たまはり候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
十じゅう一月いちがつ二に十じゅう五ご日にち 親鸞しんらん
(39)
ª第三十九通は、 随信ずいしんの問いに答えたもの。 信心をたまわった時、 正定しょうじょう聚じゅに住するので、 信心の人は弥み勒ろくと同じ位であり、 諸仏と等しいと説いて、 来迎らいこう・臨終をまたない旨を示している。 ¬末灯鈔¼ (18)º
御おんたづね候そうろふことは、 弥陀みだ他た力りきの回え向こうの誓願せいがんにあひたてまつりて、 真実しんじつの信心しんじんをたまはりてよろこぶこころの定さだまるとき、 摂取せっしゅして捨すてられまゐらせざるゆゑに、 金剛こんごう心しんになるときを正定しょうじょう聚じゅの位くらいに住じゅうすとも申もうす。 弥み勒ろく菩ぼ薩さつとおなじ位くらいになるとも説とかれて候そうろふめり。 弥み勒ろくとひとつ位くらいになるゆゑに、 信心しんじんまことなるひとを、 仏ぶつにひとしとも申もうす。
また諸仏しょぶつの真実しんじつ信心しんじんをえてよろこぶをば、 まことによろこびて、 われとひとしきものなりと説とかせたまひて候そうろふなり。 ¬大だい経きょう¼ (下) には、 釈しゃく尊そんのみことばに、 「*見けん敬きょう得とく大だい慶きょう則そく我が善ぜん親しん友ぬ」 とよろこばせたまひ候そうらへば、 信心しんじんをえたるひとは諸仏しょぶつとひとしと説とかれて候そうろふめり。 また弥み勒ろくをば、 すでに仏ぶつに成ならせたまはんことあるべきにならせたまひて候そうらへばとて、 弥み勒ろく仏ぶつと申もうすなり。 しかれば、 すでに他た力りきの信しんをえたるひとをも、 仏ぶつとひとしと申もうすべしとみえたり。 御おん疑うたがいあるべからず候そうろふ。
見敬得大慶… 「見て敬ひ得て大きに慶ぶは、 すなはちわが善き親しき友なり」 (左訓)
御おん同どう行ぎょうの 「臨りん終じゅうを期ごして」 と仰おおせられ候そうろふらんは、 ちからおよばぬことなり。 信心しんじんまことにならせたまひて候そうろふひとは、 誓願せいがんの利り益やくにて候そうろふうへに、 摂取せっしゅして捨すてずと候そうらへば、 来迎らいこう臨りん終じゅうを期ごせさせたまふべからずとこそおぼえ候そうらへ。 いまだ信心しんじん定さだまらざらんひとは、 臨りん終じゅうをも期ごし来迎らいこうをもまたせたまふべし。
この御文おんふみ主ぬしの御ご名みょうは*随信ずいしん房ぼうと仰おおせられ候そうらはば、 めでたく候そうろふべし。 この御文おんふみの書かきやうめでたく候そうろふ。 御おん同どう行ぎょうの仰おおせられやうは、 こころえず候そうろふ。 それをばちからおよばず候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
随信房 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ に慈じ善ぜんの門下としてその名がある。
十じゅう一月いちがつ二に十じゅう六日ろくにち 親鸞しんらん
随ずい信しんの御房おんぼう
(40)
ª第四十通は、 ゑん・・仏ばう・・が主人に無断で京都の親鸞聖人のもとを訪れたので、 その帰東に際して、 とりなしを真仏しんぶつ上人に依頼したもの。 真蹟º
この*ゑん・・仏ばう・・、 くだられ候そうろふ。 こころざしのふかく候そうろふゆゑに、 主ぬしなどにもしられまうさずして、 のぼられて候そうろふぞ。 こころにいれて、 主ぬしなどにも、 仰おおせられ候そうろふべく候そうろふ。 この十とお日かの夜よ、 *せうまうにあうて候そうろふ。 この御おんばうよくよくたづね候そうらひて候そうろふなり。 こころざしありがたきやうに候そうろふぞ。 さだめてこのやうは申もうされ候そうらはんずらん。 よくよくきかせたまふべく候そうろふ。 なにごともなにごともいそがしさに、 くはしう申もうさず候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
ゑん仏ばう 伝未詳。 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ の真仏上人門下の信願しんがんの下に出る円仏房のことか。
せうまう 焼亡 (火事) であろう。
十じゅう二に月がつ十じゅう五ご日にち (花押)
真仏しんぶつ御房おんぼうへ
(41)
ª第四十一通は、 教忍の質問に答えたもの。 一念多念、 有念無念の争いをしてはならないと誡め、 ¬唯信鈔¼ の熟読を勧めている。 ¬御消息集¼ 広本(8)、 略本(3)º
*護ご念ねん坊ぼうのたよりに、 *教きょう忍にん御坊おんぼうより銭ぜに二に百ひゃく文もん、 *御おんこころざしのものたまはりて候そうろふ。 さきに*念仏ねんぶつのすすめのもの、 かたがたの御中おんなかよりとて、 たしかにたまはりて候そうらひき。 ひとびとによろこび申もうさせたまふべく候そうろふ。 この御おん返へん事じにて、 おなじ御おんこころに申もうさせたまふべく候そうろふ。
護念坊 ¬交名牒¼ には名は見えない。
教忍御坊 ¬交名牒¼ に顕けん智ち上人の門下としてその名がある。
御こころざしのもの・念仏のすすめのもの 「こころざしのもの」 は門徒個人の
懇こん志し、 「念仏のすすめのもの」 は毎月の 「
二十五日の御念仏」 に集まった同行たちが醵出した懇志を意味するようである。
さてはこの御おんたづね候そうろふことは、 まことによき御おん疑うたがいどもにて候そうろふべし。 まづ一念いちねんにて往おう生じょうの業因ごういんはたれりと申もうし候そうろふは、 まことにさるべきことにて候そうろふべし。 さればとて、 一念いちねんのほかに念仏ねんぶつを申もうすまじきことには候そうらはず。 そのやうは、 ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼ にくはしく候そうろふ。 よくよく御ご覧らん候そうろふべし。 一念いちねんのほかにあまるところの念仏ねんぶつは、 十方じっぽうの衆しゅ生じょうに回え向こうすべしと候そうろふも、 さるべきことにて候そうろふべし。 十方じっぽうの衆しゅ生じょうに回え向こうすればとて、 二に念ねん・三念さんねんせんは往おう生じょうにあしきこととおぼしめされ候そうらはば、 ひがことにて候そうろふべし。 念仏ねんぶつ往おう生じょうの本願ほんがんとこそ仰おおせられて候そうらへば、 おほく申もうさんも、 一念いちねん・一いっ称しょうも往おう生じょうすべしとこそうけたまはりて候そうらへ。 かならず一念いちねんばかりにて往おう生じょうすといひて、 多た念ねんをせんは往おう生じょうすまじきと申もうすことは、 ゆめゆめあるまじきことなり。 ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼ をよくよく御ご覧らん候そうろふべし。
また有う念ねん・無む念ねんと申もうすことは、 他た力りきの法文ほうもんにはあらぬことにて候そうろふ。 聖しょう道どう門もんに申もうすことにて候そうろふなり。 みな自じ力りき聖しょう道どうの法文ほうもんなり。 阿あ弥陀みだ如来にょらいの選せん択じゃく本願ほんがん念仏ねんぶつは、 有う念ねんの義ぎにもあらず、 無む念ねんの義ぎにもあらずと申もうし候そうろふなり。 いかなるひと申もうし候そうろふとも、 ゆめゆめもちゐさせたまふべからず候そうろふ。 聖しょう道どうに申もうすことを、 あしざまにききなして、 浄じょう土ど宗しゅうに申もうすにてぞ候そうろふらん。 さらさらゆめゆめもちゐさせたまふまじく候そうろふ。 また慶きょう喜きと申もうし候そうろふことは、 他た力りきの信心しんじんをえて、 往おう生じょうを*一いち定じょうしてんずとよろこぶこころを申もうすなり。 常陸ひたち国こく中ちゅうの念仏ねんぶつ者しゃのなかに、 有う念ねん・無む念ねんの念仏ねんぶつ沙汰ざたのきこえ候そうろふは、 ひがことに候そうろふと申もうし候そうらひにき。 ただ詮せんずるところは、 他た力りきのやうは、 行ぎょう者じゃのはからひにてはあらず候そうらへば、 有う念ねんにあらず、 無む念ねんにあらずと申もうすことを、 あしうききなして、 有う念ねん・無む念ねんなんど申もうし候そうらひけるとおぼえ候そうろふ。 弥陀みだの選せん択じゃく本願ほんがんは、 行ぎょう者じゃのはからひの候そうらはねばこそ、 ひとへに他た力りきとは申もうすことにて候そうらへ。 一念いちねんこそよけれ、 多た念ねんこそよけれなんど申もうすことも、 ゆめゆめあるべからず候そうろふ。 なほなほ一念いちねんのほかにあまるところの御おん念仏ねんぶつを法界ほうかい衆しゅ生じょうに回え向こうすと候そうろふは、 釈しゃ迦か・弥陀みだ如来にょらいの御ご恩おんを報ほうじまゐらせんとて、 十方じっぽう衆しゅ生じょうに回え向こうせられ候そうろふらんは、 さるべく候そうらへども、 二に念ねん・三念さんねん申もうして往おう生じょうせんひとをひがこととは候そうろふべからず。 よくよく ¬唯信ゆいしん鈔しょう¼ を御ご覧らん候そうろふべし。 念仏ねんぶつ往おう生じょうの御おんちかひなれば、 一念いちねん・十じゅう念ねんも往おう生じょうはひがことにあらずとおぼしめすべきなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
一定してんず 必ずするであろう。
十じゅう二に月がつ二に十じゅう六日ろくにち 親鸞しんらん
教きょう忍にん御坊おんぼう 御おん返へん事じ
(42)
ª第四十二通は、 ¬宝号経¼ によって本願の念仏が非行非善の他力の行であることや、 光こう明みょう名みょう号ごうの因縁いんねんについて述べた法語である。 ¬末灯鈔¼ (22)º
▼¬*宝号ほうごう経きょう¼ にのたまはく、 「弥陀みだの本願ほんがんは行ぎょうにあらず、 善ぜんにあらず、 ただ仏ぶつ名みょうをたもつなり」。 名みょう号ごうはこれ善ぜんなり、 行ぎょうなり。 行ぎょうといふは、 善ぜんをするについていふことばなり。 本願ほんがんはもとより仏ぶつの御おん約束やくそくとこころえぬるには、 善ぜんにあらず行ぎょうにあらざるなり。 かるがゆゑに他た力りきとは申もうすなり。 本願ほんがんの名みょう号ごうは能のう生しょうする因いんなり。 *能のう生しょうの因いんといふはすなはちこれ父ちちなり。 大だい悲ひの光こう明みょうはこれ*所しょ生しょうの縁えんなり。 所しょ生しょうの縁えんといふはすなはちこれ母ははなり。
宝号経 現存の ¬大蔵経¼ には存しない。 ¬弥陀みだ経きょう義ぎ集しゅう¼ に 「又宝号王経、 非行非善、 但持仏名故、 生不退位」 とある。
能生の因・所生の縁 父母を能生と所生に分けたのは、 父は生ませる側 (子種を下す下種)、 母は生ませられる側 (子種をたもち育てる持種) であるという俗説によっている。 また因と縁に分けたのは、 名号は正定しょうじょうの業因ごういんとなり、 光明は摂取せっしゅの外縁となるからである。 ただし光明と名号は別なものではなく、 しばらく因と縁に配当しただけである。
(43)
ª第四十三通は、 性しょう信しん房ぼうに宛てたもの。 念仏訴訟の解決を喜び、 念仏をそしる人々のために念仏することを勧め、 合せてこのことを入西にも伝えるようにと記している。 ¬御消息集¼ 広本(13)、 略本(8)º
*くだらせたまひてのち、 なにごとか候そうろふらん。 この*源藤げんとう四し郎ろう殿どのにおもはざるにあひまゐらせて候そうろふ。 便びんのうれしさに申もうし候そうろふ。 そののちなにごとか候そうろふ。
くだらせたまひてのち 鎌倉から (郷里の下総しもうさに) お帰りになって後。
源藤四郎殿 伝未詳。
念仏ねんぶつの訴うったへのこと、 しづまりて候そうろふよし、 かたがたよりうけたまはり候そうらへば、 うれしうこそ候そうらへ。 いまはよくよく念仏ねんぶつもひろまり候そうらはんずらんと、 よろこびいりて候そうろふ。
これにつけても御おん身みの*料りょうはいま定さだまらせたまひたり。 念仏ねんぶつねんぶつを御おんこころにいれてつねに申もうして、 念仏ねんぶつそしらんひとびと、 この世よ・のちの世よまでのことを、 いのりあはせたまふべく候そうろふ。 御おん身みどもの料りょうは、 御おん念仏ねんぶつはいまはなにかはせさせたまふべき。 ただひがうたる世よのひとびとをいのり、 弥陀みだの御おんちかひにいれとおぼしめしあはば、 仏ぶつの御ご恩おんを報ほうじまゐらせたまふになり候そうろふべし。 よくよく御おんこころにいれて申もうしあはせたまふべく候そうろふ。 聖しょう人にん (源空) の*二に十じゅう五ご日にちの御おん念仏ねんぶつも、 詮せんずるところは、 かやうの邪見じゃけんのものをたすけん*料りょうにこそ、 申もうしあはせたまへと申もうすことにて候そうらへば、 よくよく念仏ねんぶつそしらんひとをたすかれとおぼしめして、 念仏ねんぶつしあはせたまふべく候そうろふ。
料 考え。 思いめぐらし。
二十五日の御念仏 法然ほうねん上人の命日にあたる二十五日に集って行う念仏会えのこと。 上人は建けん暦りゃく二年 (1212) 一月二十五日に示じ寂じゃく。
料 ため。
またなにごとも、 度々たびたび便びんには申もうし候そうらひき。 源藤げんとう四し郎ろう殿どのの便びんにうれしうて申もうし候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
*入にゅう西さい御坊おんぼうのかたへも申もうしたう候そうらへども、 おなじことなれば、 このやうをつたへたまふべく候そうろふ。 あなかしこ、 あなかしこ。
入西御坊 ¬交名きょうみょう牒ちょう¼ に親鸞聖人面授めんじゅの弟子として名がみえる。 常陸ひたち (現在の茨城県) の住。
親鸞しんらん
性しょう信しんの御坊おんぼうへ