1238◎六ろく要よう鈔しょう第だい六ろく 旧きゅう本ほん 新しん本ほん

 

二 Ⅱ ⅵ 化身土

【1】 ◎当巻とうかん大文だいもん第六だいろくに、 化けの身しん土どを顕けん明みょうす。 中なかにおいて四しとなす。 一いちには題目だいもく、 二にには標ひょう挙こ、 三さんには正釈しょうしゃく、 四しには総結そうけつなり。

◎当巻大文第六ニ、顕↢明ス△化ノ之身土ヲ↡。於テ↠中ニ為ス↠四ト。一ニハ者▽題目、二者▽標挙、三者▽正釈、四者▽総結ナリ。

二 Ⅱ ⅵ a 題目

【2】 初はじめに題目だいもくにおいて、 二にを分わかつこと上かみに準じゅんず。

初ニ於テ↢△題目ニ↡、分コト↠二ヲ准ズ↠▲上ニ。

題目だいもくの中なかに、 「方便ほうべん」 といふはこれ真実しんじつに対たいす、 「化け身しん土ど」 とは真仏しんぶつ土どに対たいす。 真しん化け相対そうたいして五ご・六ろく次ついでを成じょうず。 撰号せんごうは前さきのごとし。

-題目ノ之中ニ、言↢「▲方便ト」↡者是 レ対ス↢真実ニ↡、「▲化身土ト」者対ス↢真仏土ニ↡。真化相対シテ五・六成ズ↠次ヲ。▲撰号ハ如シ↠▲前ノ。

二 Ⅱ ⅵ b 標挙

【3】 二に標ひょう挙この中なかに、 並ならべて二に願がんを挙あぐ。

二ニ△標挙ノ之中ニ、並テ挙グ↢二願ヲ↡。

「至し心しん発願ほつがん」 はこれ第だい十じゅう九くの誓願せいがんなり。

-「▲至心発願ハ」是 レ第十九ノ之誓願也。

「邪じゃ定じょう聚じゅの機き」 とは、

-「▲邪定聚ノ機ト」者、

問とふ。 いまいふところは浄じょう土どの正しょう機き、 往おう生じょう極楽ごくらくの行ぎょう人にんなり、 なんぞ邪聚じゃじゅといふ。

-問。今所↠言フ者浄土ノ正機、往生極楽ノ之行人也、何ゾ云フ↢邪聚ト↡。

答こたふ。 疑ぎ端たんの来きたるところ、 まことにもつて難なんとなす。 ただし試こころみにこれを会えせば、 ¬観かん経ぎょう¼ の九く品ぼん衆しゅ機きの中なかに、 その下げ三品さんぼんはこれまさしき実じっ機きなり。 しかるにかの三品さんぼん、 あるいは 「応おう堕だ地じ獄ごく」 と説とき、 あるいは 「応おう堕だ悪道あくどう」 と説とく。 これすなはち定じょう業ごう能転のうてん奇き特どくの益やくを顕あらわさんがために、 しばらく遇善ぐうぜん以い前ぜんの機きに約やくして 「邪じゃ定じょう」 といふか。 このゆゑに下しもに 「観かん経ぎょうの意こころ」 といふ。

-答。疑端ノ所↠来ル誠ニ以テ為ス↠難ト。但シ試ニ会セバ↠之ヲ、¬観経ノ¼九品衆機ノ之中ニ、其ノ下三品ハ是 レ正シキ実機ナリ。而ニ彼ノ三品、或ハ説キ↢「▲応堕地獄ト」↡、或ハ説ク↢「▲応堕悪道ト」↡。斯 レ乃チ為ニ↠顕サンガ↢定業能転奇特ノ之益ヲ↡、且ク約シテ↢遇善以前ノ之機ニ↡云↢「邪定ト」歟↡。是ノ故ニ下ニ云↢「▲観経ノ意ト」↡也。

「双樹そうじゅ林りん下げ往おう生じょう」 とは、

-「▲双樹林下往生ト」者、

問とふ。 その意こころいかん。

-問。其ノ意如何。

答こたふ。 「双樹そうじゅ林りん」 とは、 拘尸くし那な城じょう跋提ばつだい河がの辺ほとり、 大だい聖しょう釈しゃく尊そん入にゅう滅めつの砌みぎりなり。 これすなはち化け身しん入にゅう滅めつの処ところなるがゆゑに、 化土けどを明あかすにおいてこの処しょを挙あぐるか。

-答。「双樹林ト」者、拘尸那城跋提河ノ辺、大聖釈尊入滅ノ砌也。是則化身入滅ノ処ナルガ故ニ、於テ↠明スニ↢化土ヲ↡挙1239ル↢此ノ処ヲ↡歟。

「至し心しん回え向こう」 は第だい二に十じゅうの本ほん誓願せいがんなり。

-「▲至心廻向ハ」第二十ノ之本誓願也。

「不ふ定じょう聚じゅの機き」 とは、

-「▲不定聚ノ機ト」者、

問とふ。 浄じょう土ど真しん宗しゅう所しょ被ひの機き、 ひとへに極楽ごくらくを願がんじてかならず往おう生じょうを得う。 すべからく正定しょうじょうといふべし、 なんによりてかこれを不ふ定じょう聚じゅといふや。

-問。浄土真宗所被ノ之機、偏ニ願ジテ↢極楽ヲ↡必得ウ↢往生ヲ↡。須ク↠言フ↢正定ト↡、何因テカ謂フ↢之ヲ不定聚ト↡乎。

答こたふ。 三さん部ぶの中なかに、 しばらく ¬小経しょうきょう¼ によるに、 長じょう時じの起き行ぎょうをその本ほん意いとなし、 臨りん終じゅうの来迎らいこうをその所しょ期ごとなす。 起き行ぎょうもし懈おこたらば、 所しょ期ご遂とげがたし。 至し心しん信しん楽ぎょうの機き、 平生へいぜい業ごう成じょう必得ひっとく生しょうの辺へんに対たいして、 勝しょう劣れつを示しめさんがためにこれを称しょうしてしばらく 「不ふ定じょう聚じゅ」 といふ。

-答。三部ノ之中ニ、且ク依ルニ↢¬小経ニ¼↡、長時ノ起行ヲ為シ↢其ノ本意ト↡、臨終ノ来迎ヲ為ス↢其ノ所期ト↡。起行若シ懈ラバ、所期難シ↠遂ゲ。対シテ↢至心信楽ノ之機、平生業成必得生ノ辺ニ↡、為ニ↠示サンガ↢勝劣ヲ↡称シテ↠之ヲ且ク云↢「不定聚ト」↡也。

「難なん思じ往おう生じょう」 とは、

-「▲難思往生ト」者、

問とふ。 その意こころいかん。

-問。其ノ意如何。

答こたふ。 これまた同おなじく第だい十じゅう八はちの願がん至し心しん信しん楽ぎょう、 決けつ定じょう往おう生じょう、 難なん思議じぎの義ぎに対たいしてこれを 「難なん思じ」 となす。 「議ぎ」 の字じの有無うむ差別しゃべつあるべし、 浅深せんじん知しるべし。

-答。是 レ又同ク対シテ↢第十八ノ願至心信楽、決定往生、難思議ノ義ニ↡為ス↢之ヲ「難思ト」↡。「議ノ」字ノ有無可シ↠有↢差別↡、浅深応シ↠知ル。

問とふ。 三種さんしゅ往おう生じょうの名みょう目もくは ¬法ほう事じ讃さん¼ に出いでたり。 いま出いだすところの義ぎまさしくかの讃さんに明あかすところの義ぎたりや。

-問。三種往生ノ之名目者出タリ↢▲¬法事讃ニ¼↡。今所ノ↠出ス義正ク為タリ↢彼ノ讃ニ所ノ↠明ス義↡乎。

答こたふ。 三種さんしゅの往おう生じょう、 その名みょう目もくをいふにかの ¬事じ讃さん¼ に出いでたり。 いま分別ふんべつの意こころまたかの釈しゃくに任まかす、 さらに異い論ろんなし。 ただしその中なかにおいて、 あるいは三さん経きょうに約やくし、 あるいは三聚さんじゅに約やくするはこの集しゅうの料りょう簡けん、 愚解ぐげいまだ覃およばず。 いま集しゅう主しゅの意こころ、 配当はいとう定さだめてその教きょう旨しに叶かなふか。 仰あおぎてこれを信しんずべし。

-答。三種ノ往生、謂ニ↢其ノ名目ヲ↡出タリ↢彼ノ¬事讃ニ¼↡。今分別ノ意又任ス↢彼ノ釈ニ↡、更ニ無シ↢異論↡。但シ於テ↢其ノ中ニ↡、或ハ約シ↢三経ニ↡、或ハ約スルハ↢三聚ニ↡此ノ集ノ料簡、愚解未 ズ ダ↠覃。今集主ノ意、配当定テ叶↢其ノ教旨ニ↡歟。仰テ可シ↠信ズ↠之ヲ。

二 Ⅱ ⅵ c 正釈

【4】 三さんに正釈しょうしゃくとは、 長じょう行ごうの初はじめより当巻とうかんの末まつに ¬論ろん語ご¼ の詞ことばを引ひくに至いたるまで、 これその文もんなり。 これ一いち部ぶにおいてその三段さんだんを分わかつに、 正宗しょうしゅう分ぶんを終おわるまで、 この正釈しょうしゃくに当あたる。

三ニ△正釈ト者、自↢長行ノ初↡至ルマデ↣当巻ノ末ニ引クニ↢¬論語ノ¼詞ヲ↡、是 レ其ノ文也。是 レ於テ↢一部ニ↡分ニ↢其ノ三段ヲ↡、終ルマデ↢正宗分ヲ↡当ル↢此ノ正釈ニ↡。

二 Ⅱ ⅵ d 総結

【5】 四しに総結そうけつとは、 同おなじき次下つぎしもに 「窃ひつ以い」 といふ以下いげ、 これその文もんなり。 これまた三段さんだん判はん釈じゃくの時とき流る通ずう分ぶんといふ、 その文もんこれなり。

四ニ△総結ト者、同キ次下ニ云フ↢「窃以ト」↡已下、是 レ其ノ文也。是又三段判釈ノ之時云↢流通分ト↡、其ノ文是也。

【6】 この正釈しょうしゃくの中なかに分わかちてもつて二にとなす。

此1240ノ正釈ノ中ニ分テ以テ為ス↠二ト。

一いちに文もんの初はじめより 「之し願がん也や」 に至いたるまではほぼ当願とうがん所しょ起きの大たい旨しを標ひょうす。 二にに 「是以ぜい」 の下しもはまさしく諸文しょもんを引ひく。

-一ニ自リ↢▲文ノ初↡至ルマデハ↢「之願也ニ▲」↡粗標ス↢当願所起ノ大旨ヲ↡。二ニ「▲是以ノ」下ハ正ク引ク↢諸文ヲ↡。

二 Ⅱ ⅵ c イ 粗標

【7】 △初はじめの中なかに二にあり、 まづ標ひょうし後のちに釈しゃくす。

初ノ中ニ有リ↠二、先ヅ標シ後ニ釈ス。

「謹顕きんけん」 とらはこれその標ひょうなり。 「仏者ぶっしゃ」 とらはこれその釈しゃくなり。

-「▲謹顕ト」等者是 レ其ノ標也。「▲仏者ト」等者是 レ其ノ釈也。

問とふ。 弥陀みだの報ほう化けは諸しょ師し・今こん家げの異解いげこれなり。 天台てんだい・浄じょう影よう以下いげの諸しょ師し化け身しんの義ぎを立たつ。 高こう祖そ大だい師しかれらの義ぎを破はし、 諸しょ経きょうの文もんを引ひきて報身ほうじんの義ぎを存ぞんず。 その所論しょろんをいふに、 もとこれ ¬観かん経ぎょう¼ の真身しんしんの仏ぶつなり。 しかるにいまのごときはしかしながら他家たけ諸しょ師しの謬びゅう解げに同どうじてたちまちに今こん師し楷かい定じょうの正しょう義ぎに背そむく。 すでに真身しんしんといふ、 なんぞ化け身しんに属ぞくせん。 これ一大いちだい事じ最要さいようの法門ほうもんなり。 つぶさに宣説せんぜつに預あずかりて疑ぎ滞たいを開ひらきてその誠じょう信しんを蓄たくわへんと欲おもふ。

-問。弥陀ノ報化ハ諸師・今家ノ異解是也。天臺・浄影以下ノ諸師立ツ↢化身ノ義ヲ↡。高祖大師破シ↢彼等ノ義ヲ↡、引テ↢諸経ノ文ヲ↡存ズ↢報身ノ義ヲ↡。謂ニ↢其ノ所論ヲ↡、本是 レ¬観経ノ¼真身ノ仏也。而ニ如↠今ノ者併同ジテ↢他家諸師ノ謬解ニ↡忽ニ背ク↢今師楷定ノ正義ニ↡。已ニ云フ↢真身ト↡、何ゾ属セン↢化身ニ↡。是 レ一大事最要ノ法門ナリ。具ニ預テ↢宣説ニ↡欲フ↧開テ↢疑滞ヲ↡蓄ヘント↦其ノ誠信ヲ↥。

答こたふ。 まことにこれ大要たいようなり、 もつとも開かい解げすべし。 解げするに二義にぎあり。

-答。寔ニ是 レ大要ナリ、尤可シ↢開解ス↡。解スルニ有リ↢二義↡。

一いちにいはく、 真身しんしん観かんの仏ぶつ報身ほうじんたる義ぎ置おきて論ろんぜず。 ただしいまの釈しゃくの意こころ、 別願べつがん酬しゅう因いんの報身ほうじん土どとは、 身しんはこれ念仏ねんぶつ三昧ざんまいの教きょう主しゅ、 土どはまた乗じょう願がん所しょ入にゅうの土どなり。 しかるにかの真身しんしんの仏体ぶったいは、 まづ観門かんもんに約やくして説とくところの身しんなるがゆゑに、 真実しんじつ色身しきしんの名なありといへども、 もし念仏ねんぶつ所見しょけんの身しんに望のぞむればなほ方便ほうべんを帯たいす。 この義ぎ辺へんによりて化け身しんとするか。

-一ニ云、真身観ノ仏為タル↢報身↡義置テ而不ズ↠論ゼ。但シ今ノ釈ノ意、別願酬因ノ報身土ト者、身ハ是 レ念仏三昧ノ教主、土ハ又乗願所入ノ土也。而ニ彼ノ真身ノ之仏躰者、先約シテ↢観門ニ↡所ノ↠説ク身ナルガ故ニ、雖ヘ↠有ト↢真実色身ノ之名↡、若シ望ムレバ↢念仏所見ノ之身ニ↡猶帯ス↢方便ヲ↡。依テ↢此ノ義辺ニ↡為↢化身ト↡歟。

↓二ににいはく、 「真身しんしん観かんの仏ぶつこれなり」 といふは、 これかの真身しんしんの報仏ほうぶつを指さしてこれを化け身しんといふにはあらず。 真身しんしん観かんの真身しんしん所しょ共ぐの化け身しんを指さすなり。 真身しんしんの本仏ほんぶつ、 その観門かんもん所見しょけんの辺へんに約やくする時ときは化け身しんに属ぞくすといへども、 かの念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう摂取せっしゅ不ふ捨しゃの益やくに約やくする時とき、 その実体じったいはこれ報身ほうじんなり。

-二ニ云、言↢「▲真身観ノ仏是也ト」↡者、此 レ非ズ↧指シテ↢彼ノ真身ノ報仏ヲ↡謂フニハ↦之ヲ化身ト↥。指↢真身観ノ真身所共ノ之化身ヲ↡也。真身ノ本仏、約スル↢其ノ観門所見ノ辺ニ↡時ハ雖ヘ↠属スト↢化身ニ↡、約スル↢彼ノ念仏衆生*接取不捨ノ益ニ↡時、其ノ実体者是 レ報身也。

いま化け身しんとは、 いはゆる ¬経きょう¼ (観経) にいはく、 「円光えんこうの中なかにおいて百ひゃく万億まんおく那由なゆ他た恒ごう河が沙しゃ化け仏ぶつありと。」 以上 この化け仏ぶつを指さして真身しんしん観かん所説しょせつの化け仏ぶつといふ。 その真身しんしんすなはち化け身しんなるにはあらざるなり。 この仏ぶつすなはちこれ下しもの九く品ぼんの中なかの来迎らいこうの仏ぶつなり。

-今化身ト者1241、所謂¬経ニ¼云ク、「▲於テ↢円光ノ中ニ↡有リト↢百万億那由他恒河沙ノ化仏↡。」 已上 指シテ↢此ノ化仏ヲ↡言フ↢真身観所説ノ化仏ト↡。非↢其ノ真身*則化身ナルニハ↡也。此ノ仏*則是 レ下ノ九品ノ中ノ来迎ノ仏也。

これによりて 「玄げん義ぎ」 に ¬同どう性しょう¼ 等とうの三さん経きょうの文もんを引ひきて報身ほうじんの義ぎを証しょうするに、 ¬観かん経ぎょう¼ の文もんを引ひきてすなはち釈成しゃくじょう (玄義分) していはく、 「報身ほうじん化けを兼かねてともに来きたりて授手じゅしゅすと。」 以上 この釈しゃくの中なかに、 報身ほうじんといふは真身しんしんの本仏ほんぶつ、 兼けん化けといふはかの所しょ共ぐの化け身しんこれなり。

-因↠茲ニ「玄義ニ」引テ↢¬同性¼等ノ三経ノ之文ヲ↡証スルニ↢報身ノ義ヲ↡、引テ↢¬観経ノ¼文ヲ↡即チ釈成シテ云ク、「▲報身兼テ↠化ヲ共ニ来テ授手スト。」 已上 此ノ釈ノ之中ニ、言↢報身ト↡者真身ノ本仏、言↢兼化ト↡者彼ノ所共ノ之化身是 レ也。

尋たずねていはく、 この義ぎ疑うたがいあり。 しかれば真身しんしん観かんの中なかの化け仏ぶつといふべきか。

-尋云、此ノ義有リ↠疑。然者可↠謂↢真身観ノ中ノ之化仏ト↡乎。

答こたふ。 上かみに 「謹顕きんけん化け身しん土ど者しゃ」 と標ひょうす、 その下しもの釈しゃくなるがゆゑに重かさねて牒でっせざらくのみ。

-答。上ニ標ス↢「▲謹顕化身土者ト」↡、其ノ下ノ釈ナルガ故ニ不ザラク↢重テ牒セ↡耳ノミ。

問とふ。 二義にぎの中なかにいずれをか正しょうとするや。

-問。二義ノ之中ニ何ヲカ為↠正ト乎。

答こたふ。 二義にぎならべて存ぞんず。 おのおのもつて義ぎあり、 所用しょようよろしく学者がくしゃの意こころにあるべし。 ただし↑第だい二にの義ぎ穏便おんびんと称しょうしつべし。

-答。二義並ベテ存ズ。各以テ有リ↠義、所用宜クシ↠在↢学者ノ之意ニ↡。但シ第二ノ義可シ↠称シツ↢穏便ト↡。

「土ど者しゃ」 とらは、

-「▲土者ト」等者、

問とふ。 いふところの ¬観かん経ぎょう¼ 所説しょせつの土どとは、 十じゅう三さん定じょう善ぜん所観しょかんの浄じょう土どならびに九く品ぼんの土ど、 ともに化土けどか。

-問。所ノ↠言フ¬観経¼所説ノ土ト者、十三定善所観ノ浄土ニ九品ノ土、共ニ化土歟。

答こたふ。 総そうじて ¬観かん経ぎょう¼ と標ひょうして分別ふんべつの言ことばなし、 このゆゑにともに化土けどといふべし。

-答。総ジテ標シテ↢¬観経ト¼↡无シ↢分別ノ言↡、是ノ故ニ可↠云フ↢共ニ化土ト↡也。

問とふ。 ともにもつて疑うたがいあり。 まづ定じょう善ぜん所観しょかんの浄じょう土どに就つきて、 その土どの教きょう主しゅすでにこれ真身しんしんなり。 その真実しんじつの身しん所しょ居この土どすなはち真しん土どなるべし。 なんぞ化土けどならんや。 次つぎに九く品ぼんに就つきて、 極楽ごくらく世せ界かいはこれ弥陀みだ仏ぶつ本願ほんがん所しょ成じょうの浄じょう土どなり。 九く品ぼんといふはその浄じょう土どにおいて建こん立りゅうするところなり。 弥陀みだの浄じょう土ど報ほう土どたらば、 なんぞ九く品ぼん報ほう土どにあらずといはんや。 そもそも九く品ぼんの外ほかになんの浄じょう土どありて報ほうの名なを得うるぞや。

-問。共ニ以テ有リ↠疑。先ヅ就テ↢定善所観ノ浄土ニ↡、其ノ土ノ教主已ニ是 レ真身ナリ。其ノ真実ノ身所居ノ之土即応シ↢真土ナル↡。何ゾ化土ナラン乎。次ニ就テ↢九品ニ↡、極楽世界ハ是 レ弥陀仏本願所成ノ之浄土也。言↢九品ト↡者於テ↢其ノ浄土ニ↡所↢建立スル↡也。弥陀ノ浄土為タラ↢報土↡者、何ゾ言ハン↣九品非ズト↢報土ニ↡乎。抑九品ノ外ニ有テ↢何ノ浄土↡得ルゾ↢報ノ名ヲ↡哉。

答こたふ。 弥陀みだの本願ほんがん所しょ成じょうの土どを判はんじて報ほう土どとすること、 一いっ家けの定じょう判はん異い論ろんに及およばず。 ただし九く品ぼんの土ど報ほう化けの分別ふんべつ、 高こう祖そ大だい師しの解げ釈しゃくにいまだ決けっせず。 諸しょ流りゅう面々めんめんの異義いぎはみな末学まつがくの料りょう簡けんにあり。 これすなはち諸しょ師しの異解いげまちまちなるがゆゑにおのおの意い楽ぎょうに任まかせ、 また本ほん習じゅうに就つきてかれによりてこれを用もちゐる。 しかるに集しゅう主しゅの意こころ ¬観かん経ぎょう¼ の土どをもつて判はんじて化土けどとなす。 九く品ぼんの土ど、 これその摂しょうたり。

-答。弥陀本願所成ノ之土ヲ判ジテ為スルコト↢報土ト↡、一家ノ定判不ズ1242↠及↢異論ニ↡。但シ九品ノ土報化ノ分別、高祖大師ノ解釈ニ未 ズ ダ↠決セ。諸流面々ノ異義ハ皆在リ↢末学ノ料簡ニ↡。是 レ則諸師ノ異解区ナルガ故ニ各任セ↢意楽ニ↡、又就テ↢本習ニ↡依テ↠彼ニ用ル↠此ヲ。而ニ集主ノ意以テ↢¬観経ノ¼土ヲ↡判ジテ為ス↢化土ト↡。九品ノ之土、是 レ為タリ↢其ノ摂↡。

おほよそ真しんの報ほう土どはただこれ一種いっしゅ、 不可ふか思議しぎ真しん妙みょうの土どなり。 ただしまた九く品ぼんこれ化けといふに就つきていささか通つう局きょくあり、 言総ごんそう意い別べつなり。 しかるゆゑは、 九く品ぼんの中なかにおいて、 上じょう品ぼん上生じょうしょうの一品いちぼんはこれ真しん土どなり。 これすなはち名みょう号ごう所しょ入にゅうの土ど、 三心さんしん具ぐ足そく得とく生しょうの土どなり。 真しん化けの諸しょ土どみなことごとく九く品ぼんの中なかに摂しょう在ざいするゆゑに、 総そうじて九く品ぼんといふ。 下しもの八品はちぼんは仮け立りゅうの土どなり。 ゆゑに九く品ぼんの名みょう言ごんを帯たいする辺へんはこれ化土けどに属ぞくす。 その名みょう目もくを離はなればただこれ一種いっしゅなり。 退しりぞきて標ひょうするところの一種いっしゅをいはば、 かの上じょう品ぼん上生じょうしょうの土どに当あたる、 これを分別ふんべつすべし。

-凡ソ真ノ報土ハ唯是 レ一種、不可思議真妙ノ土也。但シ亦就テ↠言ニ↢九品是 レ化ト↡聊有リ↢通局↡、言総意別ナリ。所↢以然ル↡者、於テ↢九品ノ中ニ↡、上品上生ノ之一品者是 レ真土也。是 レ則名号所入ノ之土、三心具足得生ノ土也。真化ノ諸土皆悉ク摂↢在スル九品ノ中ニ↡故ニ、総ジテ云フ↢九品ト↡。下之八品ハ仮立ノ土也。故ニ帯スル↢九品ノ名言ヲ↡辺者是 レ属ス↢化土ニ↡。離レバ↢其ノ名目ヲ↡只是一種ナリ。退テ謂イハ↢所ノ↠標スル之一種ヲ↡者、当↢彼ノ上品上生ノ土ニ↡也、可シ↣分↢別ス之ヲ↡。

おほよそ九く品ぼんの中なかに、 上じょう六品ろくぼんは大だい小しょう乗じょう修善しゅぜんの別べつに約やくし、 下げ三品さんぼんは軽きょう次し重じゅう造罪ぞうざいの異いに約やくす。 しかのみならず、 華け開かいの遅ち疾しつ差降しゃごう、 華け開かい以後いご得益とくやくの不ふ同どう、 みなこれ善悪ぜんあく因いん果がの配はい立りゅう、 自じ力りき修しゅ入にゅうの説相せっそうなり。 これすなはち余よ行ぎょうは仏ぶつの本願ほんがんにあらず、 麁そ劣れつの行ぎょうなるがゆゑに報ほう土どに生しょうぜず。 いま九く品ぼんの相そうはみなこれ辺へん地じ化土けどの相そうなり。 称名しょうみょう念仏ねんぶつかならず報ほう土どに生しょうず。 これはこれ如来にょらい本願ほんがんのゆゑなり。 弥陀みだ如来にょらいは酬しゅう因いんの願身がんしん、 極楽ごくらく浄じょう土どは酬しゅう因いんの報ほう土ど、 念仏ねんぶつ三昧ざんまいは宿しゅく願がんの行ぎょう、 かならず本願ほんがん所しょ成じょうの報ほう土どに生しょうず。 その報ほう土どとは本論ほんろん所説しょせつの二に十じゅう九句くくの荘しょう厳ごん功く徳どく、 第一だいいち義ぎ諦たい妙みょう境きょう界がいの相そう、 これその土どなり。

-凡ソ九品ノ中ニ、上六品者約シ↢大小乗修善ノ之別ニ↡、下三品者約ス↢軽次重造罪ノ之異ニ↡。加之、花開ノ遅疾差降、花開已後得益ノ不同、皆是 レ善悪因果ノ配立、自力修入ノ之説相也。斯 レ乃余行ハ非ズ↢仏ノ本願ニ↡、麁劣ノ行ナルガ故ニ不↠生ゼ↢報土ニ↡。今九品ノ相ハ皆是 レ辺地化土ノ相也。称名念仏必ズ生ズ↢報土ニ↡。此ハ是 レ如来本願ノ故也。弥陀如来ハ酬因ノ願身、極楽浄土ハ酬因ノ報土、念仏三昧ハ宿願ノ之行、必ズ生ズ↢本願所成ノ報土ニ↡。其ノ報土ト者本論所説ノ二十九句1243ノ荘厳功徳、第一義諦妙境界ノ相、是 レ其土也。

¬平びょう等どう覚がく経きょう¼ (巻二) には土どを名なづけて 「無む量りょう光こう明みょう土ど」 といひ、 ¬浄じょう土ど論ろん¼ には土どを説ときて名なづけて 「蓮れん華げ蔵ぞう世せ界かい」 といふ。 同おなじき ¬論ろん¼ (浄土論) にまた土どの相そうを説ときて 「究く竟きょう如にょ虚こ空くう」 といふ。 これみな真実しんじつ報ほう土どの相そう、 ただ称しょう仏ぶつ名みょう所しょ入にゅうの土どなり。

-¬平等覚経ニハ¼名テ↠土ヲ言ヒ↢「▲无量光明土ト」↡、¬浄土論ニハ¼説テ↠土ヲ名テ言フ↢「▲蓮花蔵世界ト」↡。同キ¬論ニ¼又説テ↢土ノ相ヲ↡言フ↢「▲究竟如虚空ト」↡。是皆真実報土ノ之相、唯称仏名所入ノ土也。

問とふ。 上じょう六品ろくぼんは受法じゅほうの異いによりてその階かい位いを分わかつ。 しばらく化土けどに属ぞくすることその義ぎしかるべし。 下げ三品さんぼんはともに念仏ねんぶつを行ぎょうず。 随したがひて十じゅう悪あく・破は戒かい・五ご逆ぎゃく造罪ぞうざいの機き、 ただ一いっ声しょうと聞もん名みょうと十じゅう念ねんとによりて臨りん終じゅうに善ぜんに遇あひて浄じょう土どに生しょうずることを得う、 これをもつて奇きとなす。 これによりて余よ人にんみな報ほう土どといふ、 なんぞ化けといはんや。

-問。上六品者依テ↢受法ノ異ニ↡分ツ↢其ノ階位ヲ↡。且ク属スルコト↢化土ニ↡其ノ義可シ↠然ル。下三品者共ニ行ズ↢念仏ヲ↡。随而十悪・破戒・五*逆造罪之機、只依テ↢一声ト聞名ト十念トニ↡臨終ニ遇テ↠善ニ得ウ↠生ズルコトヲ↢浄土ニ↡、以テ↠之ヲ為ス↠奇ト。、依テ↠之ニ余人皆言フ↢報土ト↡、何ゾ言ン↠化ト乎。

答こたふ。 かの下げ三品さんぼんすでに多た劫こう含がん華けの相そうを説とく。 これ正しょう覚がく華け化け生しょうの相そうにあらず、 これ仮け立りゅうなり。 この義意ぎいに約やくすれば、 念仏ねんぶつを修しゅすといへどもこれ自じ力りき起き行ぎょうの往おう生じょうたり。 ゆゑに下げ上じょう (観経) には 「三宝さんぼうの名なを聞ききて、 すなはち往おう生じょうを得う」 といひ、 以上 釈しゃく (散善義) には 「法ほう・僧そう通念つうねんしてまた去ゆくことを得う」 といふ。 以上

-答。彼ノ下三品既ニ説ク↢多劫*含*花ノ之相ヲ↡。此 レ非ズ↢正覚花化生ノ相ニ↡、是仮立也。約スレバ↢此ノ義意ニ↡、雖ヘ↠修スト↢念仏ヲ↡是 レ為タリ↢自力起行ノ往生↡。故ニ下上ニハ云ヒ↧「▲聞テ↢三宝ノ名ヲ↡、即得ト↦往生ヲ↥、」 已上 釈ニハ云↢「▲法・僧通念シテ亦得ト↠去コトヲ也」↡。 已上

もし報ほう土ど往おう生じょうの義ぎに約やくすれば、 多た劫こうの胎たい生しょうはこれ仮け立りゅうなるべし。 すなはち (般舟讃) 「十劫じっこう須しゅ臾ゆ不ふ覚尽かくじん」 とらいふ、 けだしその意こころなり。 多た劫こうの華け開かいたとひ実じつ義ぎにあらずとも、 仮け立りゅうの相そうはこれ化土けどなり。 このゆゑに九く品ぼんの名みょう言ごんを帯たいする義ぎ辺へんに約やくせば化けに属ぞくすべし。

-若シ約スレバ↢報土往生ノ之義ニ↡、多劫ノ胎生ハ是 レ可シ↢仮立ナル↡。*則云フ↢「▲十劫須臾不覚尽ト」等↡、蓋シ其ノ意也。多劫ノ花開縦ヒ非ズトモ↢実義ニ↡、仮立ノ相ハ者是化土也。是ノ故ニ約セ↧帯スル↢九品ノ名言ヲ↡之義辺ニ↥者可シ↠属ス↠化ニ也。

「復ぶ如にょ」 とらは、 懈け慢まん界がいの相そう下しもの所引しょいんのごとし。

-「▲復如ト」等者、懈慢界ノ相如シ↢▲下ノ所引ノ↡。

「亦如やくにょ」 とらは、

-「▲亦如ト」等者、

問とふ。 「疑ぎ城じょう胎たい宮ぐ」 はこれ同処どうしょか、 これ別処べっしょか。 またこの得とく名みょうその意こころいかん。

-問。「▲疑城胎宮ハ」是 レ同処歟、是 レ別処歟。又此ノ得名其ノ意如何。

答こたふ。 これ同処どうしょなり。 疑ぎ惑わくの行ぎょう者じゃ所しょ止しの城しろなるがゆゑにこれを 「疑ぎ城じょう」 といふ、 かの化け生しょうに簡えらびてこれを胎たい生しょうといふ。 すなはちこの胎たい生しょう宮く殿でんに処しょするがゆゑにこれを 「胎たい宮ぐ」 といふ、 すなはち辺へん地じなり。

-答。是 レ同処也。疑惑ノ行者所止ノ城ナルガ故ニ謂フ↢之ヲ「疑城ト」↡、簡テ↢彼ノ化生ニ↡謂フ↢之ヲ胎生ト↡。*則此ノ胎生処スルガ↢宮殿1244ニ↡故ニ言フ↢之ヲ「胎宮ト」↡、*則辺地也。

¬大だい経きょう¼ の下げにいはく、 「なんぢらよろしくおのおの精しょう進じんして心しんの所願しょがんを求もとむべし。 疑ぎ惑わくし中ちゅう悔けしてみづから過咎かぐをなしてかの辺へん地じ七宝しっぽうの宮く殿でんに生しょうじて、 五ご百ひゃく歳さいのうちにもろもろの厄わざわいを受うくること得うることなかれ。」 以上 これ行ぎょう者じゃ疑ぎ惑わくの咎とがによりてかの辺へん地じ宮く殿でんに生しょうずる失しつを誡いましむるなり。

-¬大経ノ¼下ニ云ク、「▲汝等宜クシ↣各精進シテ求ム↢心ノ所願ヲ↡。無シ↠得コト↧疑惑シ中悔シテ自ミ 為ナシテ↢過咎ヲ↡生ジテ↢彼ノ辺地七宝ノ宮殿ニ↡、五百歳ノ中ニ受ルコト↦諸ノ厄ヲ↥也。」 已上 是 レ誡ムル↧行者依テ↢疑惑ノ咎ニ↡生ズル↢彼ノ辺地宮殿ニ↡失ヲ↥也。

また同おなじき下げに化け生しょう・胎たい生しょうの得失とくしつの相そうを説とく。 下しもの所引しょいんのごとし。 「その胎たい生しょう」 より 「失しつ大だい利り」 に至いたる本ほん経ぎょう (大経巻下) に三さん十じゅう余よ行ぎょうありといへども、 処々しょしょ略りゃくするがゆゑに十じゅう七しち行ぎょうあり

-又同キ下ニ説ク↢化生・胎生ノ得失之相ヲ↡。如シ↢▲下ノ所引ノ↡。 自リ↢「其ノ胎生」↡至ル↢「失大利ニ」↡本経ニ雖↠有ト↢三十余行↡処々略スルガ故ニ有↢十七行↡

問とふ。 いまこの辺へん地じは報ほう土どの摂しょうか。

-問。今此ノ辺地ハ報土ノ摂歟。

答こたふ。 集しゅう主しゅの意こころ、 判はんじて化土けどとなすに報ほう土どの外ほかなり。 もし報ほう土どならば当巻とうかんの中なかに明あかすべからず。

答。集主ノ之意、判ジテ為ニ↢化土ト↡報土ノ外也。若シ報土ナラ者当巻ノ之中ニ不↠可↠明ス也。

問とふ。 自余じよの諸しょ家けともに辺へん地じ報ほう土どの中うちにありといふ。 これすなはち大だい師し唯報ゆいほう非化ひけと定じょう判はんしたまふゆゑなり、 なんぞかの義ぎに背そむきて化土けどといふや。

-問。自余ノ諸家皆ニ言フ↣辺地在ト↢報土ノ中ニ↡。是 レ則大師定↢判シタマフ唯報非化ト↡故也、何ゾ背テ↢彼ノ義ヲ↡云↢化土ト↡耶。

答こたふ。 諸しょ家けの所しょ立りゅうは是非ぜひするところにあらず、 大だい師しの定じょう判はんはたれか依え憑ひょうせざらん。 ただしいま唯報ゆいほう非化ひけの義ぎ、 自他じたの領りょう解げその意い相そう異ことなり。 いまいふところの唯報ゆいほう非化ひけは、 諸しょ師しの所判しょはん、 あるいは報身ほうじんといひあるいは化け身しんといひ、 あるいはまた報ほう化け二に身しんに通つうずといふ。

-答。諸家ノ所立ハ匪ズ↠所ニ↢是非スル↡、大師ノ定判ハ誰カ不ラン↢依憑セ↡。但シ今唯報非化ノ之義、自他ノ領解其ノ意相異ナリ。今所ノ↠言之唯報非化ハ、諸師ノ所判、或ハ云ヒ↢報身ト↡或ハ云ヒ↢化身ト↡、或ハ又云フ↠通ズト↢報化二身ニ↡。

異義いぎ万差まんじゃにして一決いっけつせざるがゆゑに、 彼ひ等とう蘭菊らんぎくの異義いぎによらず、 いままさしく楷かい定じょうの実じつ義ぎを顕あらわさんがために、 ひとへに報身ほうじんの義ぎを定じょう判はんするところなり。 これすなはちかの名みょう号ごう所しょ入にゅうの土どを指さして、 釈しゃくして (玄義分) 「則そく是ぜ酬しゅう因いん之し身しん」 という、 すなはちこの意こころなり。 これを唯報ゆいほうといひこれを非化ひけといふ。 しかりといひて弥陀みだ仏ぶつにおいて応おう化げの身しんなしといふにはあらず、 化け身しんあらば化土けどあるべし。 三さん経ぎょうの標ひょうするところ、 すでにかの仏ぶつにその化け仏ぶつありと説とく、 なんぞ化土けどなからん。 一切いっさいの諸仏しょぶつみな三身さんしんを具ぐす、 弥陀みだ一仏いちぶつあに随類ずいるい応現おうげんの身しん土どなからんや。

-異義万差ニシテ不ザルガ↢一決セ↡故ニ、不↠依↢彼等蘭菊ノ異義ニ↡、今正シク為ニ↠顕サンガ↢楷定ノ実義ヲ↡、偏ニ所↣定↢判スル報身ノ義ヲ↡也。是 レ則指シテ↢彼ノ名号所入ノ之土ヲ↡、釈シテ云フ↢「▲則是酬因之身ト」↡、乃チ此ノ意也。謂ヒ↢之ヲ唯報ト↡謂フ↢之ヲ非化ト↡。言テ↠然リト非ズ↠謂ニハ↧於テ↢弥陀仏ニ↡無シト↦応化ノ身↥、有ラ↢化身↡者可シ↠有↢化土↡。三経ノ所↠標スル、既ニ説ク↣彼ノ仏ニ有ト↢其ノ化仏↡。何ゾ无ラン↢化土↡。一切ノ諸仏皆具ス↢三身ヲ↡、弥陀一仏豈无ランヤ↢随類応現ノ身土↡。

問とふ。 九く品ぼん・辺へん地じともに化土けどならば、 これ同処どうしょか。

-問。九品・辺地共ニ化土1245ナラ者、是 レ同処歟。

答こたふ。 集しゅう主しゅの意こころ、 ともに化けに属ぞくすといへどもいまだ同どう異いを判はんぜず。 諸しょ師しの意こころ、 あるいは辺へん地じをもつて三輩さんぱいの内うちに接せっし、 あるいは胎たい宮ぐをもつて九く品ぼんの外ほかとなす。 異解いげなるによりて同どう異いたやすくもつて定さだめがたきがゆゑならくのみ。

-答。集主ノ之意、共ニ雖ヘ↠属スト↠化ニ未 ズ ダ↠判ゼ↢同異ヲ↡。諸師ノ之意、或ハ以テ↢辺地ヲ↡*接シ↢三輩ノ内ニ↡、或ハ以テ↢胎宮ヲ↡為ス↢九品ノ外ト↡。依テ↠為ニ↢異解↡同異輒ク以テ難キガ↠定メ故ナラクノミ耳。

問とふ。 大だい師しの釈しゃくの中なかにこの事じを解げすや。

-問。大師ノ釈ノ中ニ解ス↢此ノ事ヲ↡耶。

答こたふ。 宗しゅう家けの釈しゃくの中なかに同どう異い明あきらかならず。 宗しゅうの釈しゃくの中なかにおいて、 学者がくしゃおのおの異義いぎを存ぞんずるものなり。

-答。宗家ノ釈ノ中ニ同異不ズ↠明ナラ。於テ↢宗ノ釈ノ中ニ↡、学者各存ズル↢異義ヲ↡者也。

問とふ。 諸しょ師しの中なかにいづれの師し、 いづれの義ぎ趣しゅを立りゅうせしむるぞや。

-問。諸師ノ之中ニ何レノ師、令ムルゾ↠立セ↢何レノ義趣ヲ↡耶。

答こたふ。 鸞らん師しの所しょ立りゅうは各別かくべつの義ぎを存ぞんず。 ゆゑに ¬略りゃく論ろん¼ にいはく、 「また一種いっしゅの安楽あんらくに往おう生じょうするあり、 三輩さんぱいに入いらず。 いはく疑ぎ惑わくの心しんをもつてもろもろの功く徳どくを修しゅす。」 以上

-答。鸞師ノ所立ハ存ズ↢各別ノ義ヲ↡。故ニ¬略論ニ¼云ク、「▲*又有リ↣一種ノ往↢生スル安楽ニ↡、不↠入ラ↢三輩ニ↡。謂ク以テ↢疑惑ノ心ヲ↡修ス↢諸ノ功徳ヲ↡。」 已上

元がん暁ぎょうこれに同おなじ。 いはくかの釈しゃく (遊心安楽道) にいはく、 「辺へん地じに生しょうずる者ものはすなはちこれ一類いちるいなり、 九く品ぼんの摂しょうにあらず。」 以上

-元暁同ジ↠之ニ。謂ク彼ノ釈ニ云ク、「生ズル↢辺地ニ↡者 ノハ即是 レ一類ナリ、非ズ↢九品ノ摂ニ↡。」 已上

法ほう位いまた同おなじ。 寂じゃくは同どうの義ぎを存ぞんず。 かの ¬義記ぎき¼ (大経義記巻下) にいはく、 「胎たい生しょうを受うくる者ものはいづれの品ほんの中なかにかある。 旧きゅうの両りょう本ほんによるに、 みな説ときて中ちゅう下げ品ぼんの中なかに在おく。 乃至 疑ぎ惑わくを起おこすといへどもしかも誹ひ謗ほうせず、 疑ぎ惑わくの心しんを帯たいして功く徳どくを修しゅするゆゑに、 かの国くにに生しょうずといへどもしかも生しょうじて辺へん地じにあり。 五ご百ひゃく歳さいにおいて仏ぶつを見み法ほうを聞ききて修しゅ行ぎょうすることあたはず。 胎たい中ちゅうにあるがごとし、 見聞けんもんするところなし。 このゆゑに説ときて胎たい生しょうを受うくと名なづく。」 以上

-法位又同ジ。寂ハ存ズ↢同ノ義ヲ↡。彼ノ¬義記ニ¼云ク、「受ル↢胎生ヲ↡者 ノハ在ル↢何ノ品ノ中ニカ↡。依ルニ↢旧ノ両本ニ↡、皆説テ在ヲク↢於中下品ノ中ニ↡。 乃至 雖ヘ↠起スト↢疑惑ヲ↡然モ不↢誹謗セ↡、帯シテ↢疑惑ノ心ヲ↡修スル↢功徳ヲ↡故ニ、雖ヘ↠生ズト↢彼ノ国ニ↡而モ生ジテ在リ↢辺地ニ↡。於テ↢五百歳ニ↡不↠能↢見ミ↠仏ヲ聞テ↠法ヲ修行スルコト↡。如シ↠在ルガ↢胎中ニ↡、无シ↠所↢見聞スル↡。是ノ故ニ説テ名ク↠受ト↢胎生ヲ↡也。」 已上

興ごう師しまた同おなじく諸しょ師しの釈しゃくを挙あげておのおのその義ぎを破はし、 つひに自義じぎを成じょうず。 かの ¬疏しょ¼ (述文賛巻下) に釈しゃくしていはく、

興師又同ク挙テ↢諸師ノ釈ヲ↡各破シ↢其ノ義ヲ↡、遂ニ成ズ↢自義ヲ↡。彼ノ¬疏ニ¼釈シテ云ク、

「あるが説とかく、 さらに往おう生じょうありしかも三輩さんぱいにあらず。 いはく下げの文もんの中なかに五智ごちを疑うたがふ人ひとなり。 疑ぎ惑わくの心しんの中なかにもろもろの功く徳どくを修しゅし、 また罪福ざいふくを信しんじ少すこしき善本ぜんぽんを修しゅしてかの土どに生しょうぜんと願がんず。 信しん不ふ定じょうなるをもつてのゆゑに前さきの六ろくにあらず、 少すこしき福ふくを修しゅするがゆゑにまた後のちの三さんにあらず。 これによりて九く品ぼんの所しょ摂しょうに入いらず。 これまたしからず、 帛はく・謙けんみな中ちゅう輩はいの人にん狐疑こぎして信しんぜず、 かの土どに生しょうずといへども、 その城中じょうちゅうにありて五ご百ひゃく年ねんにおいて仏ぶつを見みたてまつらず経きょうを聞きかず聖しょうを見みずといふ。 かならずしも疑智ぎちの凡ぼん夫ぶ九く品ぼんにあらずといふべからざるがゆゑに。

-「有ガ説カク、更ニ有リ↢往生↡而モ非ズ↢三輩ニ↡。謂ク下ノ文ノ中ニ疑フ↢五智ヲ↡人ナリ。疑惑ノ心ノ中ニ修シ↢諸ノ功徳ヲ↡、亦信ジ↢罪福ヲ↡少シキ修シテ↢善本ヲ↡願ズ↠生ゼント↢彼ノ土ニ↡。以ノ↢信不定ナルヲ↡故ニ非ズ↢前ノ六ニ↡、少シキ修スルガ↠福ヲ故ニ亦非ズ↢後ノ三ニ↡。由テ↠此ニ不↠入↢九品ノ所摂ニ↡。此 レ亦不↠然ラ、帛・謙皆云フ↧中輩之人狐疑シテ不ズ↠信ゼ、雖↠生ズト↢彼ノ土ニ↡、在テ↢其ノ城1246中ニ↡於テ↢五百年ニ↡不↠見タテマツラ↠仏ヲ不ズ↠聞↠経ヲ不ト↞見↠聖ヲ。必シモ不ルガ↠可ラ↠言↢疑智ノ凡夫不ズト↟在ラ↢九品ニ↡故ニ。

あるが説とかく、 決けっせざるを疑ぎといふ。 かの国くにに生しょうずといへどもしかも辺へん地じにあり。 別べつにこれ一類いちるいなり、 九く品ぼんの摂しょうにあらず。 このゆゑにみだりに疑ぎ惑わくを生しょうずべからず。 これまたしからず、 二に経きょうの所説しょせつ、 中ちゅう下げの属たぐい所しょ止しの宝ほう城じょうすでに五ご百ひゃく年ねん、 この ¬経きょう¼ の疑智ぎちの凡ぼん夫ぶ所在しょざいの宝ほう宮ぐのごとくなるべし。 またこれ辺へん地じなるがゆゑに、 しからずはすなはち ¬経きょう¼ に所しょ居この舎宅しゃたく地じにあり、 意こころに随したがひて高大こうだいにして虚こ空くうの中なかにあらしむることあたはずといふに違いす。 また阿あ弥陀みだ仏ぶつをいへること、 それおほきに違たがへるがゆゑなり。

-有ガ説カク、不ヲ↠決セ曰フ↠疑ト。雖ヘ↠生ズト↢彼ノ国ニ↡而モ在リ↢辺地ニ↡。別ニ是 レ一類ナリ、非↢九品ノ摂ニ↡。是ノ故ニ不↠応ベカラ↣妄ニ生ズ↢疑惑ヲ↡。此 レ亦不↠然、二経ノ所説、中下ノ之属タグヒ所止ノ宝城既ニ五百年、応シ↠如クナル↢此ノ¬経ノ¼疑智ノ凡夫所在ノ宝宮ノ↡。亦是 レ辺地ナルガ故ニ、不ズハ↠爾ラ便チ違ス↣¬経ニ¼云ニ↢所居ノ舎宅在リ↠地ニ、不ズト↟能ハ↠令ルコト↣随テ↠意ニ高大ニシテ在ラ↢虚空ノ中ニ↡。復言ルコト↢阿弥陀仏ヲ↡、其 レ大キニ違ヘルガ故ナリ。

あるが説とかく、 仏ぶっ智ちを疑うたがふ人ひとはすなはちこの中ちゅう輩はい ¬観かん経ぎょう¼ の中ちゅう品ぼんなり、 ゆゑに帛はく・謙けんの経きょうの中なかに中ちゅう輩はいを弁べんじていはく、 持じ戒かい・布施ふせ・飲食おんじき沙門しゃもん・作寺さじ起き塔とう後ごに疑うたがひて信しんぜず、 その人ひとしばらく信しんじしばらく信しんぜず、 続つづきてその善ぜんを倍ばいして願がんじて往おう生じょうを得う。 かの国くにに生しょうずといへども前すすんで無む量りょう寿じゅ仏ぶつの所みもとに至いたることを得えず。 遙はるかに仏国ぶっこく界かいの辺ほとり自じ然ねんの宝ほう城じょうを見みる。 五ご百ひゃく歳さいにおいて見仏けんぶつ・聞法もんぼうを得えざるゆゑに。 法ほう護ごの ¬経きょう¼ の中なかの疑ぎ仏ぶつの人ひとにあらざるべからざるがゆゑに。 これまたしからず、 帛はく・謙けんの下げ輩はいまた路ろ城じょうにあり、 五ご百ひゃく年ねんにおいて見仏けんぶつを得えず。 いかんぞ疑智ぎちただ中ちゅう輩はいにありてしかも下げにあらざらんや。 もし中ちゅう輩はいの疑智ぎち修因しゅいん相そう似じせるがゆゑに、 中ちゅう品ぼんに属ぞくすといへどもしかも下げにあらずといはば、 また下げ輩はいの受じゅ果か中ちゅう品ぼんに似にたるがゆゑに疑ぎ仏ぶっ智ちに摂せっすべし。 果か相そう似じせりといへども疑智ぎちに摂せっせず、 因いんまた同おなじといへどもなんぞ疑智ぎちなるべけん。

-有ガ説カク、疑フ↢仏智ヲ↡人ハ即此ノ中輩¬観経ノ¼中品ナリ、故ニ帛・謙ノ経ノ中ニ弁ジテ↢中輩ヲ↡云ク、持戒・布施・飲食沙門・作寺起塔後ニ疑テ不↠信ゼ、其ノ人暫ク信ジ暫ク不↠信ゼ、続テ*倍テ↢其ノ善ヲ↡願ジテ得ウ↢往生ヲ↡。雖ヘ↠生ズト↢彼ノ国ニ↡不↠得↣前ンデ至コトヲ↢无量寿仏ノ所ニ↡。遙ニ見ル↢仏国界ノ辺自然ノ宝城ヲ↡。於テ↢五百歳ニ↡不↠得↢見仏・聞法ヲ↡故ニ。不ルガ↠応ラ↠非ル↢法護ノ¬経ノ¼中ノ疑仏ノ人ニ↡故ニ。是 レ亦不↠然、帛・謙ノ下輩亦在リ↢路城ニ↡、於テ↢五百年ニ↡不↠得↢見仏ヲ↡。如何ゾ疑智唯在テ↢中輩ニ↡而モ非ラン↠下ニ耶。若シ言↧中輩ノ疑智修因相似セルガ故ニ、雖↠属スト↢中品ニ↡而モ非ズト↞下ニ者、亦可シ↧下輩ノ受果似タルガ↢中品ニ↡故ニ摂ス↦疑仏智ニ↥。果雖ヘ↢相似セリト↡不↠摂セ↢疑智ニ↡、因雖ヘ↢復同ジト↡何ゾ容ベケン↢疑智ナル↡。

またかのいふところ九く品ぼんの内うちに中ちゅう上げに属ぞくすること、 理りかならずしもしからず。 ¬観かん経ぎょう¼ の中上ちゅうじょう、 この経きょうの疑智ぎち・華け開かい・見仏けんぶつ・聞法もんぼう・獲ぎゃく利りみな不ふ同どうなるがゆゑに。 もし中上ちゅうじょうにおのづから多た種しゅあるがゆゑにこの過とがなしといはば、 もし中ちゅう下げにまた多た種しゅあるがゆゑに疑ぎを摂せっせざるがゆゑに。 いますなはち仏ぶつの五智ごちを疑うたがふは中ちゅう下げ・下下げげ二に生しょうの所しょ摂しょうなり。 これによりて帛はく・謙けん、 後のちの二に輩はいみな城しろにありて五ご百ひゃく年ねんにおいて仏ぶつを見み法ほうを聞きき聖しょうを見みること得えずといふがゆゑに、 もしは三輩さんぱいもしは九く品ぼん、 みな寛かん狭きょうなく往おう生じょうを摂せっして尽つくす。」 以上

-又彼ノ所↠言九品ノ之内ニ属スルコト↢於中上ニ↡、理必シモ不↠然ラ。¬観経ノ¼中上、此経ノ疑智・花開・見仏・聞法・獲利皆不同ナルガ故ニ。若シ言↧中上ニ自ヲ 有1247ルガ↢多種↡故ニ无シト↦此ノ過↥者、若シ不ガ↧中下ニ亦有ガ↢多種↡故ニ摂セ↞疑ヲ故ニ。今即疑フハ↢仏ノ五智ヲ↡中下・下々二生ノ所摂ナリ。由テ↠此ニ帛・謙、後ノ之二輩皆言ガ↧在テ↠城ニ於テ↢五百年ニ↡不ト↞得↢見ミ↠仏ヲ聞キヽ↠法ヲ見コト↟聖ヲ故ニ、若ハ三輩若ハ九品、皆无ク↢寛狭↡摂シテ↢往生ヲ↡尽ス。」 已上

▽同おなじき師しまた ¬経きょう¼ (大経巻下) に胎たい宮ぐを説ときて 「百ひゃく由ゆ旬じゅん」・「五ご百ひゃく由ゆ旬じゅん」 といふ義ぎの意こころを釈しゃくして (述文賛巻下) いはく、 「百ひゃく由ゆ旬じゅんとはすなはち下げ輩はいの疑ぎ仏ぶつ所しょ生しょうの宮みや、 五ご百ひゃく由ゆ旬じゅんとはすなはち中ちゅう輩はいの疑智ぎち所しょ止しの宮みやなり。」 以上 この師しの意こころ、 三輩さんぱいの内うちに胎たい生しょうを摂せっするなり。

-同キ師又釈シテ↧¬経ニ¼説テ↢胎宮ヲ↡云フ↢「百由旬」・「五百由旬ト」↡之義ノ意ヲ↥云ク、「百由旬ト者即下輩ノ疑仏所生ノ之宮、五百由旬ト者*則中輩ノ疑智所止ノ之宮ナリ。」 已上 此ノ師ノ之意、三輩ノ之内ニ摂スル↢胎*生ヲ↡也。

問とふ。 出いだすところの釈しゃく、 みな三輩さんぱいに約やくして九く品ぼんといはず、 いかん。

-問。所ノ↠出ス之釈、皆約シテ↢三輩ニ↡不↠云↢九品ト↡、如何。

答こたふ。 三輩さんぱい九く品ぼん同どう異いの義ぎ、 異解いげありといへども、 ¬撰せん択じゃく集しゅう¼ の意こころすでに輩品はいぼん開合かいごうの義ぎを存ぞんず、 ゆゑに相そう違いなし。

-答。三輩九品同異ノ之義雖ヘ↠有ト↢異解↡、¬撰択集ノ¼意既ニ存ズ↢▲輩品開合ノ之義ヲ↡、故ニ無シ↢相違↡。

「而有にう」 とらはその願力がんりきを挙あぐ。

-「▲而有ト」等者挙グ↢其ノ願力ヲ↡。

その願力がんりきの中なかに 「修諸しゅしょ功く徳どく」 はその因いん行ぎょうに約やくし、 「臨りん終じゅう現前げんぜん」 はその利り益やくに約やくす。 静照じょうしょう所しょ立りゅうの 「現前げんぜん導どう生しょう」 その意こころこれ同おなじ。 智ち光こう (無量寿経論釈巻三) ・御ご廟びょう (九品往生義) ともにこの名なを立たつ、 ただし四字しじの上かみにまた 「行ぎょう者じゃ命終みょうじゅう」 の一いっ句くあり。

-其ノ願力ノ中ニ「▲修諸功徳ハ」約シ↢其ノ因行ニ↡、「▲臨終現前ハ」約ス↢其ノ利益ニ↡。静照所立ノ「▲現前導生」其ノ意是 レ同ジ。智光・御廟共ニ立ツ↢此ノ名ヲ↡、但シ四字ノ上ニ又有リ↢「行者命終ノ」一句↡。

「来迎らいこう引いん接しょう」 その意こころまた同おなじ。 真源しんげんは名なづけて 「聖しょう衆じゅ来迎らいこう」 といふ、 かれは所しょ与よに約やくし、 いまは能のう与よに約やくす。 能所のうじょ異いなりといへどもともに来迎らいこうをもつてその願がん意いとなす。

-「▲来迎引接」其ノ意又同ジ。真源ハ名テ云フ↢「聖衆来迎ト」↡。彼ハ約シ↢所与ニ↡、今ハ約ス↢能与ニ↡。能所雖ヘ↠異ナリト共ニ以テ↢来迎ヲ↡為ス↢其ノ願意ト↡。

「至し心しん発願ほつがん」 は心願しんがんに約やくすらくのみ。

-「▲至心発願ハ」約スラク↢心願ニ↡耳。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 正引
          ・ 第十九願文

【8】 まさしく文もんを引ひく中なかに、 まづ願文がんもんを挙あぐ。

△正ク引ク↠文ヲ中ニ、先挙グ↢願文ヲ↡。

「発ほつ菩ぼ」 とらは、

-「▲発菩ト」等者、

問とふ。 菩ぼ提だい心しんとは、 安心あんじん・起き行ぎょうの中なかにはいづれぞや。

-問。菩提心ト者、安心・起行ノ之中ニハ何ゾ耶。

答こたふ。 もし↓導どう家けによらば意こころ起き行ぎょうにあり、 もし安心あんじんならば未み発心ほっしんの人ひと生しょうずべからざるがゆゑに。 随したがひて黒谷くろだにの ¬選せん択じゃく集しゅう¼ の中なかに判はんじて起き行ぎょうに属ぞくす。 いはゆる三輩さんぱい念仏ねんぶつ往おう生じょうの章しょうの中なかに釈しゃくしていはく、 「捨しゃ家け棄き欲よく而作にさ沙門しゃもん、 発ほつ菩ぼ提だい心しんとはこれ助じょ行ぎょうなり、 またこれ能助のうじょなり。」 以上 また (選択集) いはく、 「いはくこの三輩さんぱいの中なかに通つうじてみな菩ぼ提だい心しん等とうの諸しょ行ぎょうあり。」 以上

-答。若シ依バ↢導家ニ↡意在リ↢起行ニ↡、若シ安心ナラバ者未発心ノ人不ガ↠可ラ↠生ズ故ニ。随テ而黒谷1248ノ¬選択集ノ¼中ニ判ジテ属ス↢起行ニ↡。所謂三輩念仏往生ノ章ノ中ニ釈シテ云ク、「▲捨家棄欲而作沙門、発菩提心ト者是 レ助行也、亦是 レ能助也。」 已上 又云、「▲謂ク此ノ三輩ノ中ニ通ジテ皆有リ↢菩提心等ノ諸行↡。」 已上

もし鸞らん師しによらばこれ安心あんじんなるべし。 いはく ¬論ろんの註ちゅう¼ (巻下) にいはく、 「三輩さんぱいの生しょうの中なかに、 行ぎょうに優う劣れつありといへども、 みな無む上じょう菩ぼ提だいの心しんを発おこさざることなし。」 以上

-若依ラバ↢鸞師ニ↡是 レ応シ↢安心ナル↡。謂ク¬論ノ註ニ¼云ク、「▲三輩ノ生ノ中ニ、雖ヘ↣行ニ有ト↢優劣↡、莫シ↠不コト↣皆発サ↢無上菩提ノ之心ヲ↡。」 已上

問とふ。 二師にしの釈しゃくその義ぎ各別かくべつなり、 いづれによるべきや。

-問。二師ノ之釈其ノ義各別ナリ、可↠依↠何ニ耶。

答こたふ。 ↑導どう家けによるべし、 黒谷くろだにまた起き行ぎょうに属ぞくするがゆゑなり。

-答。可シ↠依ル↢導家ニ↡、黒谷又属スルガ↢起行ニ↡故也。

「修しゅ諸しょ功く徳どく」 はこれ起き行ぎょうなり。 「菩ぼ提だい心しん」 は別べつ、 「諸しょ功く徳どく」 は総そう、 総別そうべつ合がっして 「発ほつ菩ぼ提だい心しん修諸しゅしょ功く徳どく」 といふ。

-「▲修諸功徳ハ」是 レ起行也。「菩提心ハ」別、「諸功徳ハ」総、総別合シテ云フ↢「発菩提心修諸功徳ト」↡。

「至し心しん発願ほつがん」 はこれ安心あんじんなり。

-「▲至心発願ハ」是 レ安心也。

「仮け令りょう」 といふは、 あるがいはく、 不ふ現げんは実じつにあらず、 ゆゑに仮け令りょうといふ。 いまいはく、 しからず。 来迎らいこうは仮け益やくなり、 ゆゑに 「仮け令りょう」 といふ。 当巻とうかんの下しもにいはく、 「仏心ぶっしんの光こう明みょう、 余よの行ぎょう者じゃを照摂しょうしょうせざるなり。 仮け令りょうの誓願せいがんまことに由ゆえあるかな。 仮け門もんの教きょう、 欣ごん慕ぼの釈しゃく、 これいよいよ明あきらかなり。」 以上

-言↢「▲仮令ト」↡者、有ガ云ク、不現ハ非ズ↠実ニ、故ニ云フ↢仮令ト↡。今云ク、不↠爾ラ。来迎ハ仮益ナリ、故ニ云フ↢「仮令ト」↡。当巻ノ下ニ云ク、「▲仏心ノ光明、不↣照↢摂セ余ノ行者ヲ↡也。◆仮令ノ之誓願良マ ニ有↠由ユヘ哉。仮門ノ之教、忻慕之釈、是 レ弥明也。」 已上

問とふ。 来迎らいこうはこれ行ぎょう者じゃの所しょ期ごたり、 なんぞ仮け益やくといふ。

-問。来迎ハ是 レ為タリ↢行者ノ所期↡、何ゾ云フ↢仮益ト↡。

答こたふ。 これに二義にぎあり。

-答。此ニ有リ↢二義↡。

一いちにいはく、 ¬法ほう事じ讃さん¼ (巻上) にいはく、 「浄じょう土どの荘しょう厳ごん・諸しょ聖しょう衆じゅ、 篭々ろうろうとして常つねに行ぎょう人にんの前まえにあり。」 以上

-一云、¬法事讃ニ¼云、「▲浄土ノ荘厳・諸聖衆、篭々トシテ常ニ在リ↢行人ノ前ニ↡。」 已上

¬観かん経ぎょう¼ に説ときていはく、 「無む量りょう寿じゅ仏ぶつ化け身しん無む数しゅなり、 観かん世ぜ音おん・大勢だいせい至しと常つねにこの行ぎょう人にんの所ところに来らい至ししたまふ。」 以上

-¬観経ニ¼説テ云ク、「▲無量寿仏化身無数ナリ、与↢観世音・大勢至↡常ニ来↢至シタマフ*此ノ行人ノ之所ニ↡。」 已上

また同おなじき ¬経きょう¼ (観経) の中なかに念仏ねんぶつの益やくを説ときていはく、 「観かん世ぜ音おん菩ぼ薩さつ・大だい勢せい至し菩ぼ薩さつ、 その勝しょう友うとなりたまふ。」 以上

-又同キ¬経ノ¼中ニ説テ↢念仏ノ益ヲ↡云ク、「▲観世音菩薩・大勢至菩薩、為ナリタマフ↢其ノ勝友ト↡。」 已上

「散善さんぜん義ぎ」 にこの経きょう文もんを釈しゃくしていはく、 「もつぱら弥陀みだの名なを念ねんずる者ものには、 すなはち観音かんのん・勢せい至し常じょう随ずい影よう護ごして、 また親しん友ぬ知ち識しきのごとし。」 以上

-「散善義ニ」釈シテ↢此ノ経文ヲ↡云ク、「▲専ラ念ズル↢弥陀ノ名ヲ↡者 ノニハ、即観音・勢至常随影護シテ、亦如1249シ↢親友知識ノ↡也。」 已上

ゆゑに仏ぶつ・菩ぼ薩さつ眼めの前まえにありといへども、 煩悩ぼんのう障しょう蔽へいして見みることを得うることあたはず。 しかるに命終みょうじゅうの時とき、 時とき至いたりて顕現けんげんす、 始はじめて来きたるにあらざるなり。 おほよそ弥陀みだ仏ぶつは名みょう体たい不二ふにの道どう理りあるによりて、 その名みょう号ごうを称しょうするにすなはち仏体ぶったいを具ぐす。 華座けざ観かん (定善義) に 「応おう声しょう即そく現げん証しょう得とく往おう生じょう」 といふ、 けだしその義ぎなり。 このゆゑに心しん行ぎょう具ぐ足そくの行ぎょう人にん、 命終みょうじゅうの時ときに臨のぞみて仏ぶつ名みょうを称しょうするに当あたりて、 仏体ぶったいすなはち現げんず、 外ほかより来きたるにあらず。 この義理ぎりに約やくすればこれを不ふ来らいといふ。 ただし顕現けんげんをもつてこれを来迎らいこうと名なづく。 釈しゃく文もんの顕説けんぜつ常じょう途ずの談だんならくのみ。

故ニ仏・菩薩雖ヘ↠在スト↢眼ノ前ニ↡、煩悩障蔽シテ不↠能↠得コト↠見コトヲ。而ニ命終ノ時、時至テ顕現ス、非↢始テ来ルニ↡也。凡ソ弥陀仏ハ依テ↠有ニ↢名体不二ノ道理↡、称スルニ↢其ノ名号ヲ↡*則具ス↢仏体ヲ↡。*花座観ニ云フ↢「▲応声即現証得往生ト」↡、蓋シ其ノ義也。是ノ故ニ心行具足ノ行人、臨テ↢命終ノ時ニ↡当テ↠称スルニ↢仏名ヲ↡、仏体*則現ズ、非ズ↢従↠外来ルニ↡。約スレバ↢此ノ義理ニ↡謂↢之ヲ不来ト↡。但シ以テ↢顕現ヲ↡是ヲ名ク↢来迎ト↡。釈文ノ顕説常途ノ談ナラク耳ノミ。

二ににいはく、 ¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) にいはく、 「ひとたび坐ざして移うつることなくまた動どうぜず。」 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「ひとたび華け台だいに坐ざしていまだかつて動どうぜず。」 以上 これ真実しんじつ報身ほうじんの相そうを顕あらわすなり。 ゆゑに来らいといふはただしばらく迷めい情じょうに応おうずるところの方便ほうべん、 これ実じつ義ぎにあらず。

-二云、¬法事讃ニ¼云ク、「▲一タビ坐シテ無キ↠移コト亦不ズ↠動ゼ。」¬般舟讃ニ¼云ク、「▲一タビ坐シテ↢*花台ニ↡未ダ↢曽テ動ゼ↡。」 已上 是 レ顕ス↢真実報身ノ相ヲ↡也。故ニ言↠来ト者只且ク所ノ↠応ズル↢迷情ニ↡方便、是 レ非ズ↢実義ニ↡。

ゆゑに ¬涅ね槃はん¼ (北本巻一六梵行品意南本巻一四梵行品意) にいはく、 「われ実じつに往ゆかず、 かれまた来きたらず、 慈じ善根ぜんごんの力ちから、 かくのごとき事じを見みる。」 以上 これに準じゅんじて思おもふべし。 ただし心しんに来迎らいこうを期ごする機きに対たいせばかならず感応かんのうすべし、 もし至理しりに達たっするところの機きに約やくせばかならずしも来きたるべからず。 来きたりてしかも来きたらず来きたらずしてしかも来きたる、 さらに違いするところなし。 偏見へんけんに拘かかわることなかれ、 深ふかく思し択ちゃくすべし。

-故ニ¬涅槃ニ¼云ク、「我 レ実ニ不↠往、彼 レ亦不↠来ラ、慈善根ノ力、見ル↢如↠此ノ事ヲ↡。」 已上 准ジテ↠之可シ↠思。但シ対セバ↧心ニ期スル↢来迎ヲ↡之機ニ↥必ズ可シ↢感応ス↡、若シ約セバ↧所ノ↠達スル↢至理ニ↡之機ニ↥不↠可↢必シモ来ル↡。来テ而モ不ズ↠来ラ不シテ↠来ラ而モ来ル、更ニ無シ↠所↠違スル。莫レ↠拘ハルコト↢偏見ニ↡、深ク可シ↢思択ス↡。

また ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ 第だい二に巻かんにいはく、 「問とふていはく、 ¬金剛こんごう般若はんにゃ¼ にいはく、 如来にょらいとは従来おうらいするところなく、 また去さるところなし。 ゆゑに如来にょらいと名なづくと。

-又¬群疑論ノ¼第二巻ニ云ク、「問テ曰ク、¬金剛般若ニ¼言ク、如来ト者无シ↠所↢従来スル↡、亦无シ↠所↠去ル。故ニ名ク↢如来ト↡。

¬維ゆい摩ま経ぎょう¼ にいはく、 われ如来にょらいを観かんずるに、 前際ぜんさいよりも来きたらず、 後ご際さいにも去さらず、 いまもすなはち住じゅうせず。 文殊もんじゅ師利しりのいはく、 住じゅうせずしてまた去さらず、 取とらずしてまた捨すてず。 六ろく入にゅうを遠おん離りするがゆゑに無む所観しょかんを敬きょう礼らいす。 この大だい乗じょうのもろもろの聖教しょうぎょうに準じゅんずるに、 仏ぶつはもとより来きたらずまた去さることあることなしと説とく。

-¬維摩経ニ¼言ク、我 レ観ズルニ↢如来ヲ↡、前際ヨリモ不↠来ラ、後際ニモ不↠去ラ、今モ*則不↠住セ。文殊師利ノ言ク、不↠住セ亦不↠去ラ、不↠取セ亦不↠捨セ。遠↢離スルガ六入ヲ↡故ニ敬↢礼ス无所観ヲ↡。准ズルニ↢此ノ大乗ノ諸ノ聖教ニ↡、説ク↢仏ハ本ヨリ不↠来亦无シト↟有コト↠去コト。

なんに因よりてか ¬観かん経ぎょう¼ に化け仏ぶつありて来迎らいこうし化け仏ぶつに随したがひて往ゆくと説ときて、 来らいあり去こありて前さきの経きょうと相そう違いするや。 釈しゃくしていはく、 甚深じんじん実相じっそう平びょう等どうの妙みょう理りには、 法身ほっしんの如来にょらいもとより生しょう滅めつなけれども、 仏ぶつの本願ほんがん無む限げんの大だい悲ひをもつて衆しゅ生じょうを接しょう引いんするに、 真しんより化けを十方じっぽう世せ界かいに起おこして、 如来にょらい三輩さんぱい九く品ぼんを引いん接しょうしたまふ。 化けすなはち真しんなるをもつては不ふ来らい不去ふこなり、 機きに随したがひ物ものに応おうずるには往おうあり還げんあり。 前さきの経きょうには化けの体たいすなはち真しんなるに拠よりて来らい去こなしと説とく。

-何ニ因テカ¬観経ニ¼説テ↧有テ↢化仏↡来迎シ随テ↢化1250仏ニ↡往クト↥、有リ↠来有テ↠去与ト↢前ノ経↡相違スルヤ。釈シテ曰ク、甚深実相平等ノ妙理ニハ、法身ノ如来本ヨリ无ケレドモ↢生滅↡、以テ↢仏ノ本願无限ノ大悲ヲ↡接↢引スルニ衆生ヲ↡、従リ↠真起シテ↢化ヲ十方世界ニ↡、如来引↢接シタマフ三輩九品ヲ↡。以テハ↢化*即真ナルヲ↡不来不去ナリ、随ヒ↠機ニ応ズルニハ↠物ニ有リ↠往有リ↠還。前ノ経ニハ拠テ↢化ノ体*即真ナルニ↡説ク↠无ト↢来去↡。

¬観かん経ぎょう¼ には真しんより化けを流ながすに拠よりて現げんに往還おうげんあり。 また西方さいほうにあるが釈しゃくしていはく、 実じつに仏ぶつかの西方さいほうよりしかもここに来らい至しして授手じゅしゅ迎こう接しょうすることあることなし、 また仏ぶつかの衆しゅ生じょうを引ひきて浄じょう土どに往おう生じょうせしむることあることなし。 ただしこれ如来にょらいの慈悲じひ、 本願ほんがんの功く徳どく、 種しゅう子じの増ぞう上じょう縁えん力りきをもつて、 もろもろの衆しゅ生じょうをして仏ぶつと縁えんありて念仏ねんぶつ修福しゅふくして十じゅう六観ろっかんをなす。 もろもろの功く徳どく力りきをもつて因縁いんねんとなして、 自じ心しんに阿あ弥陀みだ仏ぶつ行ぎょう者じゃを来迎らいこうし仏ぶつに随したがひて往ゆくことを変現へんげんせしむ。

-¬観経ニハ¼拠テ↢従リ↠真流スニ↟化ヲ現ニ有リ↢往還↡。又西方ニ有ガ釈シテ言ク、実ニ无シ↠有コト↧仏従リ↢彼ノ西方↡而モ来↢至シテ此ニ↡授手迎接スルコト↥、亦无シ↠有コト↧仏引テ↢彼ノ衆生ヲ↡往↦生セシムルコト浄土ニ↥。但シ是 レ如来ノ慈悲、本願ノ功徳、種子ノ増上縁力ヲモテ、令シテ↢諸ノ衆生ヲ↡与↠仏有テ↠縁念仏修福シテ作ス↢十六観ヲ↡。諸ノ功徳力ヲ以テ為シテ↢因縁ト↡、自心ニ変↧現セシム阿弥陀仏来↢迎シ行者ヲ↡随テ↠仏ニ往コトヲ↥。

かの仏ぶつ遣つかはし来きたるといふは、 これ実じつに遣つかはすにはあらず。 ただこれ功く徳どくの種しゅう子じと所しょ化けの生しょうと、 時機じきまさしく合がっして化け仏ぶつ来迎らいこうすと見みせしむ。 ゆゑにかれ遣つかはすといへども実じつには遣つかはさず。 阿あ弥陀みだ仏ぶつ悲ひ願がんの功く徳どくは、 湛然たんねん常寂じょうじゃくにして無去むこ不ふ来らいなり。 衆しゅ生じょうの識心しきしん仏ぶつの本願ほんがん功く徳どくの勝しょう力りきに託たくして、 自じ心しんに変へん化げして来らいあり去こありて、 行ぎょう人にんを迎こう接しょうして往おう生じょうすることあると見みる。 これ自じ心しんの相分そうぶんなり、 化けに関あずかるにあらず。」 以上

-言コトハ↢彼ノ仏遣シ来ト↡、不ズ↢是 レ実ニ遣スニハ↡。但是 レ功徳ノ種子ト与↢所化ノ生↡、時機正ク合シテ令シム↠見セ↢化仏来迎スト↡。故ニ言ヘドモ↢彼 レ遣スト↡而モ実ニハ不↠遣。阿弥陀仏悲願ノ功徳ハ、湛然常寂ニシテ无去不来ナリ。衆生ノ識心*託シテ↢仏ノ本願功徳ノ勝力ニ↡、自心ハ変化シテ有リ↠来有テ↠去、迎↢接シテ行人ヲ↡見ル↠有ト↢往生スルコト↡。是 レ自心ノ相分ナリ、非ズ↠関カルニ↠化ニ也。」 已上

「大衆だいしゅ」 とらは所しょ与よの衆しゅうを挙あぐ。 ¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼ には菩ぼ薩さつ・声しょう聞もんの二に衆しゅありと説とく。 かの ¬経きょう¼ (大阿弥陀経巻上) に説ときていはく、 「われすなはちもろもろの菩ぼ薩さつ・阿羅あら漢かんとともに飛ひ行ぎょうしてこれを迎むかふ。」 以上 ¬平びょう等どう覚がく¼ (巻一) にいはく、 「われ不ふ可計かげの比丘びく衆しゅと飛ひ行ぎょうしてこれを迎むかふ。」 以上 ¬如来にょらい会え¼ (荘厳経巻上) にいはく、 「われ無む数しゅの苾芻びっしゅをして現前げんぜん囲い遶にょうせしめてかの人ひとを来迎らいこうす。」 以上 下しもの二に経きょうにはただ比丘びくを説とく。

-「▲大衆ト」等者挙グ↢所与ノ衆ヲ↡。¬大阿弥陀*経ニハ¼説ク↠有ト↢菩薩・声聞ノ二衆↡。彼ノ¬経ニ¼説テ云ク、「▲我即与↢諸ノ菩薩・阿羅漢↡共ニ飛行シテ迎フ↠之ヲ。」 已上 ¬平等覚ニ¼云ク、「▲我 レ与↢不可計ノ比丘衆↡飛行シテ迎フ↠之ヲ。」 已上 ¬如来会ニ¼云ク、「▲我 レ令 シメテ↢无数ノ苾芻1251ヲシテ現前囲遶セ↡来↢迎ス彼ノ人ヲ↡。」 已上 下ノ之二経ニハ只説ク↢比丘ヲ↡。

問とふ。 所しょ与よの衆しゅう、 なんぞ不ふ同どうなるや。

-問。所与ノ之衆、何ゾ不同ナル乎。

答こたふ。 ¬大だい阿あ弥陀みだ¼ は上じょう品ぼんの生しょうに約やくす、 自余じよの二に経きょうは中ちゅう品ぼんの生しょうに約やくしてしばらくこれを説とくか。 あるいはまたことさらに所しょ与よの不ふ定じょうを説ときてその来迎らいこう化け益やくの義ぎを顕あらわすか。

-答。¬大阿弥陀ハ¼約ス↢上品ノ生ニ↡、自余ノ二経ハ約シテ↢中品ノ生ニ↡且ク説ク↠之ヲ歟。或ハ又故ニ説テ↢所与ノ不定ヲ↡顕ス↢其ノ来迎化益ノ義ヲ↡歟。

問とふ。 なんぞ所しょ与よを標ひょうして能のう与よなきや。

-問。何ゾ標シテ↢所与ヲ↡无キ↢能与↡耶。

答こたふ。 所しょ与よあらば能のう与よあるべきこと理り在ざい絶言ぜつごんなり。 随したがひて異い訳やくの経きょう等とうの中なかにみな我がの字じあり、 これ能のう与よなり。 その所しょ与よを挙あぐるにかならず能のう与よの弥陀みだ仏ぶつあるなり。

-答。有ラ↢所与↡者可コト↠有↢能与↡、理在絶言ナリ。随テ而異訳ノ経等ノ之中ニ皆有リ↢我ノ字↡、是 レ能与也。挙ルニ↢其ノ所与ヲ↡必ズ有↢能与ノ弥陀仏↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『悲華経』文

【9】 次つぎに ¬悲華ひけ経きょう¼、 その文もんおほきに同おなじ。

次ニ▲¬悲花経¼、其ノ文大ニ同ジ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【10】次つぎに 「この願がん」 の下しも一いち行ぎょう余よは、 わたくしの御おん釈しゃくなり。

次ニ「▲此ノ願ノ」下一行余者、私ノ御釈也。

「観かん経ぎょう」 とらは、

-「▲観経ト」等者、

問とふ。 九く品ぼんの行ぎょうはこれ散善さんぜんなり、 なんぞ 「定じょう散さん」 といふ。

-*問。九品ノ之行ハ是 レ散善也、何ゾ云フ↢「定散ト」↡。

答こたふ。 総そうじて定じょう散さんを標ひょうす。 その二に善ぜんの中なかに別べっして散善さんぜんの中なかの九く品ぼんを挙あぐ。 三輩さんぱい九く品ぼんは一いっ機きたるがゆゑに九く品ぼんを標ひょうするなり。

-答。総ジテ標ス↢定散ヲ↡。其ノ二善ノ中ニ別シテ挙グ↢散善ノ之中ノ九品ヲ↡。三輩九品ハ為ガ↢一機↡故ニ標スル↢九品ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 道場樹文

【11】次つぎに ¬大だい経きょう¼ の文もん、 道どう場じょう樹じゅを明あかす。

次ニ▲¬大経ノ¼文、明ス↢道場樹ヲ↡。

問とふ。 道どう場じょう樹じゅとは、 すでにこれ極楽ごくらく浄じょう土どの道どう樹じゅさだめてこれ報ほうなるべし、 なんぞ化けに属ぞくするや。

-問。道場樹ト者、既ニ是 レ極楽浄土ノ道樹定テ是 レ可シ↠報ナル、何ゾ属スル↠化ニ耶。

答こたふ。 この道どう場じょう樹じゅと仏ぶつの身しん量りょうと相応そうおうせざるがゆゑに、 諸しょ師しおのおの種々しゅじゅの異解いげを作つくる。 その中なかに興ごう師しは仏身ぶっしんは報ほう、 この道どう場じょう樹じゅは化土けどたる義ぎを存ぞんず。 また玄一げんいち師しは三さん義ぎを設もうくる中なかに初はじめの義ぎはこれに同おなじ。 集しゅう主しゅの意こころ、 これらの義ぎによりて判はんじて化けに属ぞくするなり。

-答。此ノ道場樹ト与 ト ↢仏ノ身量↡不ガ↢相応セ↡故ニ、諸師各作ル↢種々ノ異解ヲ↡。其ノ中ニ興師ハ存ズ↧仏身ハ報、此ノ道場樹ハ為タル↢化土↡義ヲ↥。又玄一師ハ設クル↢三義ヲ↡中ニ初ノ義ハ同ジ↠之ニ。集主ノ之意、依テ↢此等ノ義ニ↡判ジテ属スル↠化ニ也。

いはく興ごう師し (述文賛巻中) のいはく、 「また無む量りょう寿じゅ仏ぶつより随応ずいおう而に現げんに至いたるまでは、 述じゅつしていはく、 第だい二にに道どう場じょう樹じゅを弁べんずるに三さんあり。 これは初はじめ道どう樹じゅの昇しょう相そうなり。 一いち里り三さん百びゃく歩ぶなるがゆゑに、 四し百ひゃく万まん里りは十じゅう二に万まん由ゆ旬じゅんなり。 知しるべし、 前さきの菩ぼ薩さつ小しょう土ど見けん道どう場じょうの願がんとして成じょうずるところなり。 あるが説とかく、 かの仏身ぶっしんの高たかさ六ろく十じゅう万億まんおく那な由他ゆた恒ごう河が沙しゃ由ゆ旬じゅんなるに随したがひて、 仏ぶつの神力じんりきをもつてのゆゑにたとひ小しょう道どう場じょう樹じゅなれどもあひ妨ぼう礙げせず。

-謂ク興師ノ云、「又無量寿仏ヨリ至マデ↢随応而現ニ↡者、述シテ云、第二ニ弁ズルニ↢道場樹ヲ↡有リ↠三。此ハ初メ道樹ノ昇相也。一1252里三百歩ナルガ故ニ、四百万里ハ十二万由旬ナリ。応↠知、前ノ菩薩小土見道場ノ願トシテ而所↠成ズル也。有ガ説カク、随テ↢彼ノ仏身ノ高サ六十万億那由他恒河沙由旬ナルニ↡、以ノ↢仏ノ神力ヲ↡故ニ縦ヒ小道場樹ナレドモ不↢相ヒ妨セ↡。

もししからば所しょ余よの宮く殿でんもおのおのその形かたちの大だい小しょうに称かなふべからざるがゆゑに、 いますなはちかの ¬経きょう¼ の仏ぶつ量りょうはすでに他た受用じゅゆう身しんなるがゆゑに、 この道樹どうじゅはすなはち化土けどなるがゆゑに、 相そう違いせず。 二に十じゅう万まん里りとは六ろく十じゅう千せん由ゆ旬じゅん、 その本ほん量りょうに称かなはざるべきがゆゑに。 またあるがいはく、 二に百ひゃく万まん里りけだしこれ正しょうなり。」 以上

-若爾ラバ所余ノ宮殿モ不ガ↠応カラ↣各称フ↢其ノ形ノ大小ニ↡故ニ、今*則彼ノ¬経ノ¼仏量ハ既ニ他受用身ナルガ故ニ、此ノ道樹ハ*則化土ナルガ故ニ、不↢相違セ↡也。二十万里ト者六十千由旬、応ガ↠不↠称カナハ↢其ノ本量ニ↡故ニ。又有ガ云ク、二百万里蓋シ是 レ正也。」 已上

玄一げんいち師し (大経記巻上) のいはく、 「¬観かん経ぎょう¼ に明あかすところの仏ぶつは他た受用じゅゆう門もんに約やくしてしかも殊しゅ勝しょうなることを顕あらわす、 この ¬経きょう¼ に明あかすところの樹じゅは変へん化げの辺へんに約やくす。 ゆゑに相そう違いなし。 いはく、 もし変へん化げ身しんならば樹じゅよりも短みじかきがゆゑに。 二ににいはく、 仏徳ぶっとく不可ふか思議しぎなり。 かの広こう長じょうの身しん一いっ尺しゃくの樹じゅに蔭かくさんに、 仏ぶつにおいて難なんにあらず、 いはんや四し百ひゃく万まん里りなる者ものをや。 三さんにいはく、 ここに四し百ひゃく万まん里りといふは仏ぶっ頂ちょう以い上じょうなり。 仏足ぶっそくを去さる量りょうは、 もし仏身ぶっしん相そう称しょうの長たけを弁べんぜば、 すなはちこれ六ろく十じゅう万億まんおく那な由他ゆた恒ごう河が沙しゃ由ゆ旬じゅんにして余あまり四し百ひゃく万まん里りあるなり。 またかの仏ぶっ尺しゃくをもつて所しょ計けの四し百ひゃく万まん里りを出いだすなるべし。」 以上

-玄一師ノ云ク、「¬観経ニ¼所ノ↠明ス仏ハ約シテ↢他受用門ニ↡而モ顕ス↢殊勝ナルコトヲ↡、此ノ¬経ニ¼所ノ↠明ス樹ハ約ス↢変化ノ辺ニ↡。故ニ無シ↢相違↡。謂ク、若変化身ナラ者短ガ↢於樹ヨリモ↡故ニ。二云ク、仏徳不可思議ナリ。彼ノ広長ノ身蔭カクサンニ↢於一尺ノ樹ニ↡、於テ↠仏ニ非ズ↠難ニ、況ヤ四百万里ナル者也。三云ク、此コヽニ云↢四百万里ト↡者仏頂已上ナリ。去ル↢仏足ヲ↡量ハ、若シ弁ゼバ↢仏身相称ノ之長タケヲ↡、*則是 レ六十万億那由他恒河沙由旬ニシテ有ル↢余アマリ四百万里↡也。亦可シ↣彼ノ仏尺ヲモテ出スナル↢於所計ノ四百万里ヲ↡。」 已上

文もんの中なかに 「高たけ四し百ひゃく万まん里り」 とは、 この樹じゅの量りょうにおいて経きょう説せつ不ふ同どうなり。

-文ノ中ニ「▲高四百万里ト」者、於テ↢此ノ樹ノ量ニ↡経説不同ナリ。

¬宝ほう積しゃく経きょう¼ (大宝積経巻一七如来会) には 「もしは百ひゃく千せん由ゆ旬じゅん」 といふ。 しかるにかの ¬宝ほう積しゃく¼ (大宝積経巻一七如来会) の願がん成じょう就じゅには 「高たかさ十じゅう六億ろくおく由ゆ旬じゅん」 といふ。 願文がんもんのごときは、 百ひゃく千せんといふはこれ十じゅう万まんに当あたる。 すなはちこれ一億いちおくなり。 成じょう就じゅの文もんに高たかさ十じゅう六ろく億おく由ゆ旬じゅんといふは、 その上かみの量りょうに倍ばいして十じゅう万まん億おくなり。 この相そう違いを会えするに、 百ひゃく千せんといふは十じゅう万まんを指さすにあらず、 ただ数かずを標ひょうすらくのみ。

-¬宝積経ニハ¼云フ↢「▲若ハ百千由旬ト」↡。而ニ彼ノ¬宝積ノ¼願成就ニハ云フ↢「▲高サ十六*億由旬ト」↡。如↢願文ノ↡者、言↢百千ト↡者是 レ当ル↢十万ニ↡。*則是 レ一億ナリ。成就ノ文ニ言↢高十六億由旬ト↡者、倍シテ↢其ノ上ノ量ニ↡十万億也。会スルニ↢此ノ相違ヲ↡、言↢百千ト↡者非1253ズ↠指スニ↢十万ヲ↡、只標スラク↠数ヲ耳ノミ。

また ¬悲華ひけ¼ (巻三大施品) にいはく、 「縦じゅう広こう正しょう等とうにして一万いちまん由ゆ旬じゅんなり」。 異い訳やく意い別べつなり、 すべからく和会わえすべからず。

-又¬悲花ニ¼云ク、「縦広正等ニシテ一万由旬ナリ。」異訳意別ナリ、不↠須クカラ↢和会ス↡。

「月光がっこう」 とらは、 摩尼まに珠しゅの中なかにその多た種しゅあり、 月光がっこう・持じ海かいともにこれその摂しょうなり。

-「▲月光ト」等者、摩尼珠ノ中ニ有リ↢其ノ多種↡、月光・持海共ニ是 レ其ノ摂ナリ。

「而に荘しょう厳ごん」 の下しも 「阿あ難なん若にゃく」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは、 「周しゅう帀そう条じょう」 より 「無む悩患のうげん」 (大経巻上) に至いたるまで九く行ぎょうこれなり。 かの文もんの中なかになほ樹相じゅそうを明あかし、 また樹徳じゅとくを明あかす。 その徳とくといふは、 見聞けんもん獲ぎゃく利り、 自土じど他土たどの得益とくやく等とうなり。 繁しげきがゆゑにこれを略りゃくす。

-「而荘厳ノ」下「阿難若ノ」上ニ言↢「▲乃至ト」↡者、自↢「▲周帀条」↡至マデ↢「無悩患ニ▲」↡九行是也。彼ノ文ノ之中ニ猶明シ↢樹相ヲ↡、又明ス↢樹徳ヲ↡。言↢其ノ徳ト↡者、見聞獲利、自土*他土ノ得益等也。繁ガ故ニ略ス↠之ヲ。

次つぎに「阿あ難なん」 の下しもは得忍とくにんの別べつを列つらぬ。 次つぎに「此し皆かい」 の下しもは得忍とくにんの由ゆえを明あかす。 興ごう師し (述文賛巻中意) これを 「本願ほんがん獲ぎゃく利り」 といふ。 この経きょう文もんに就つきて設もうくるところの興ごうの釈しゃく、 第だい二に巻かんにあり。 よりて▲新末しんまつの中なかにほぼ愚ぐ勘かんを加くわふ。 この仏力ぶつりきによりて得うるところの益やくなるがゆゑに、 いまの三さん法忍ぼうにんかの巻かんの中なかに引ひかれずといへども、 同おなじく註ちゅう解げし訖おわりぬ。

-次ニ「▲阿難ノ」下ハ列ヌ↢得忍ノ別ヲ↡。次ニ「▲此皆ノ」下ハ明ス↢得忍ノ由ヲ↡。興師言フ↢之ヲ「本願獲利ト」↡。就テ↢此ノ経文ニ↡所ノ↠設クル興ノ釈、在リ↢▲第二巻ニ↡。仍テ新末ノ中ニ粗加フ↢愚勘ヲ↡。依テ↢此ノ仏力ニ↡所ノ↠得ル益ナルガ故ニ、今ノ三法忍彼ノ巻ノ之中ニ雖ヘ↠不ト↠被↠引カ、同ク註解シ訖ヌ。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 「仏告ぶつごう」 の下しも 「為い第一だいいち」 (大経巻上) に至いたるまで五ご行ぎょう余よなり。 かの文もんの中なかに極楽ごくらく界かいの宝樹ほうじゅの伎ぎ楽がく音おん声じょうを嘆たんずるに、 まづ余よの楽がくを挙あげて比ひ校きょう顕けん勝しょうし、 後のちに極楽ごくらく世せ界かいの伎ぎ楽がくを嘆たんず。 繁しげきがゆゑにしばらく略りゃくす。

-次ニ「▲乃至ト」者、「▲仏告ノ」之下至マデ↢「為第一ニ▲」↡五行余也。彼ノ文ノ之中ニ嘆ズルニ↢極楽界ノ宝樹ノ伎楽音声ヲ↡、先ヅ挙テ↢余ノ楽ヲ↡比校顕勝シ、後ニ嘆ズ↢極楽世界ノ伎楽ヲ↡。繁キガ故ニ且ク略ス。

次つぎに引ひくところの 「又う講堂こうどう」 の下しもはこれ宮く殿でんを明あかす。 文もんの初はじめより 「化け成じょう」 といふに至いたるまでは宮く殿でんの相そうを明あかす。

-次ニ所ノ↠引ク之「▲又講堂ノ」下ハ是 レ明ス↢宮殿ヲ↡。自↢文ノ之初↡至マデハ↠云ニ↢「化成ト」↡明ス↢宮殿ノ相ヲ↡。

「講堂こうどう」 といふはこれ説法せっぽうの処ところ、 下げ巻かん (大経) に説ときて 「七宝しっぽうの講堂こうどうにして広ひろく道どう教きょうを宣のぶ」 といふすなはちこの処ところなり。 「精しょう舎じゃ」 といふはすなはち寺てらの名ななり。

-言↢「▲講堂ト」↡者是 レ説法ノ処、下巻ニ説テ云フ↣「▲七宝ノ講堂ニシテ広ク宣ブト↢道教ヲ↡」*則此ノ処也。言↢「▲精舎ト」↡者*則寺ノ名也。

「復以ぶい」 以下いげ 「蓋がい其ご上じょう」 に至いたるまでは荘しょう厳ごんの相そうを明あかす。

-「▲*復以」以下至マデハ↢「蓋其上ニ」↡明ス↢荘厳ノ相ヲ↡。

「真珠しんじゅ」 とらは能のう荘しょう厳ごんを挙あぐ。 一いち義ぎにいはく、 真珠しんじゅすなはち明みょう月がつ珠しゅなり。 いま愚ぐ案あんを加くわふるに、 真珠しんじゅはこれ総そう、 明みょう月がつは別べつか。 「摩尼まに」 といふはこれ別べつの珠しゅなり、 ゆゑに ¬法ほっ華け¼ にいはく、 「真珠しんじゅ瓔珞ようらく・摩尼まに珠しゅ瓔珞ようらく。」 以上

-「真珠ト」等者挙グ↢能荘厳ヲ↡。一義ニ云ク、真珠即明月珠ナリ。今加ニ↢愚案ヲ↡、真珠ハ是 レ総、明月ハ別歟。言↢「摩尼ト」↡者是 レ別ノ珠也。故ニ¬法*花ニ¼云、「真珠瓔珞、摩尼珠1254瓔珞。」 已上

「衆宝しゅほう」 といふは、 いふこころは摩尼まに等とうの衆宝しゅほうなり。 一いち義ぎにいはく、 明みょう月がつ珠しゅとはすなはち摩尼まになり。 摩尼まにの中なかに明みょう月がつ珠しゅあり。 明みょう月がつ珠しゅとはすなはち上かみにいふところの月光がっこう摩尼まになり。 ¬千手せんじゅ経きょう¼ に 「日にっ精しょう摩尼まに」・「月がっ精しょう摩尼まに」 と説とく。 その月がっ精しょうとはすなはちこの珠しゅなり。

-言↢「▲衆宝ト」↡者、言イ ハ摩尼等ノ之衆宝也。一義ニ云ク、明月珠ト者*則摩尼也。摩尼ノ之中ニ有リ↢明月珠↡。明月珠ト者即上ニ所ノ↠言月光摩尼ナリ。¬千手経ニ¼説ク↢「日精摩尼」・「月精摩尼ト」↡。其ノ月精ト者*則此ノ珠也。

「内ない外げ」 以下いげは宝ほう池ちの相そうを明あかす。

-「▲内外」以下ハ明ス↢宝池ノ相ヲ↡。

「内ない外げ」 といふは、 いまこの宝ほう池ち宮く内ないにあり、 宮く外げにあり。 ゆゑに 「内ない外げ」 といふ。 この義ぎかの ¬平びょう等どう覚がく経きょう¼・¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼ に見みえたり。

-言↢「内外ト」↡者、今此ノ宝池在リ↢于宮内ニ↡、在リ↢于宮外ニ↡。故ニ云フ↢「内外ト」↡。此ノ義見タリ↢彼ノ¬▲平等覚経¼・¬▲大阿弥陀経ニ¼↡。

「或わく十じゅう」 とらは、 これ浴よく池ち深広じんこうの不ふ同どうを明あかす。 「各皆かくかい」 とらは、 池いけの分ぶん量りょうに随したがひて縦じゅう広こう深浅じんせんみな池いけの量りょうに同おなじ。 十じゅう由ゆ旬じゅんならば縦じゅう広こうまた同おなじ、 乃ない至し池いけの量りょう千せん由ゆ旬じゅんならば縦じゅう広こうまた等ひとし。

-「▲或十ト」等者、是 レ明ス↢浴池深広ノ不同ヲ↡。「▲各皆ト」等者、随テ↢池ノ分量ニ↡縦広深浅皆同ジ↢池ノ量ニ↡。十由旬ナラバ者縦広亦同ジ、乃至池ノ量千由旬ナラバ縦広亦等シ。

「八はっ功く徳どく」 とは、 これ池ち水すいにその八徳はっとくあることを明あかす。 このゆゑに称しょうして八はっ功く徳どく池ちといふ。 八はっ功く徳どくとは、 「定じょう善ぜん義ぎ」 にいはく、 「一いちには清浄しょうじょう潤沢にんたくなり、 すなはちこれ色しき入にゅうの摂しょうなり。 二にには臭くさからず、 すなはちこれ香こう入にゅうの摂しょうなり。 三さんには軽かろし。 四しには冷すずし。 五ごには軟やわらかなり。 すなはちこれ触そく入にゅうの摂しょうなり。 六ろくには美みなり、 これ味み入にゅうの摂しょうなり。 七しちには飲のむ時とき調適じょうちゃくす。 八はちには飲のみをはりて患うれひなし、 これ法ほう入にゅうの摂しょうなり。」 以上 いま 「清浄しょうじょう香潔こうけつ甘かん露ろ」 といふは、 八徳はっとくの中なかにしばらく第一だいいち・二に・六ろくの徳とくを挙あぐるなり。

-「▲八功徳ト」者、是 レ明ス↣池水ニ有コトヲ↢其ノ八徳↡。是ノ故ニ称シテ云↢八功徳池ト↡。八功徳ト者、「定善義ニ」云、「▲一者清浄潤沢ナリ、即是 レ色入ノ摂ナリ。二者不↠臭カラ、*則是 レ香入ノ摂ナリ。三者軽シ。四者冷シ。五者軟ナリ、*則是 レ触入ノ摂ナリ。六者美ナリ、是 レ味入ノ摂ナリ。七者飲ノム時調適ス。八者飲已テ無シ↠患、是 レ法入ノ摂ナリ。」 已上 今言↢「▲清浄香潔甘露ト」↡、八徳ノ之中ニ且ク挙ル↢第一・二・六ノ徳ヲ↡也。

問とふ。 いふところの 「講堂こうどう精しょう舎じゃ」 以下いげ、 なんぞ化土けどに属ぞくする。

-問。所ノ↠言「講堂精舎」以下、何ゾ属スル↢化土ニ↡。

答こたふ。 その真しん土どの相そうは究く竟きょうして空くうのごとし、 つぶさに見みるべからず、 つぶさに説とくべからず、 不可ふか説せつの妙みょう境きょう界がいなり。 このごときの荘しょう厳ごんはみなこれ有う相そう、 他た方ほうの凡ぼん聖しょう類るいを引いんせんがためなり。 よりて化け相そうに属ぞくす。 すなはち経きょう文もんに説ときてまさしく 「化け成じょう」 といふ、 「化け」 の字じよろししく思おもふべし。 宮く殿でん等とうもしかなり、 宝ほう池ちこれに準じゅんず。

-答。其ノ真土ノ相ハ究竟シテ如シ↠空ノ、不↠可↢具ニ見↡、不↠可↢具ニ説↡、不可説ノ之妙境界也。如ノ↠此ノ荘厳ハ皆是 レ有相、為↠引センガ↢他方ノ凡聖類ヲ↡也。仍テ属ス↢化相ニ↡。*則経文ニ説テ正ク言フ↢「▲化成ト」↡、「化ノ」字宜クシ↠思。宮殿等モ然ナリ、宝池准ズ↠之ニ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 胎生化生相文

【12】次つぎの所引しょいんは同おなじき下げ巻かんの文もん。 これ化け生しょう・胎たい生しょうの相そうを説ときて仏ぶっ智ち信しん疑ぎの得失とくしつを顕けん明みょうする誠じょう説せつなり。

次1255ノ所引者▲同キ下巻ノ文。是 レ説テ↢化生・胎生ノ之相ヲ↡顕↢明スル仏智信疑ノ得失ヲ↡之誠説也。

当段とうだんの中なか所引しょいんの上かみにおいて除のぞくところの文もん二に十じゅう行ぎょうに余あまる。 「仏告ぶつごう阿あ難なん汝にょ起き」 (大経巻下) 以下いげ、 これその文もんなり。 かの除のぞくところは如来にょらいの告ごう命みょう、 阿あ難なんの対曰たいわつならびに所見しょけん等とうなり。 いまの所引しょいんの下しもはまさしき所説しょせつなり。

-於テ↢当段ノ中所引ノ之上ニ↡所ノ↠除ク之文余ル↢二十行ニ↡。「▲仏告阿難汝起」*以下、是 レ其ノ文也。彼ノ所↠除者如来ノ告命、阿難ノ対曰並ニ所見等ナリ。今ノ所引ノ下ハ正キ所説也。

「其ご胎たい」 とらは、

-「▲其胎ト」等者、

問とふ。 胎たい生しょう・辺へん地じ同どう異いいかん。

-問。胎生・辺地同異如何。

答こたふ。 これ同処どうしょなり。 鸞らん師し所造しょぞうの ¬略りゃく論ろん¼ に釈しゃくしていはく、 「安楽あんらく国こく土どにこれを辺へん地じといひ、 また胎たい生しょうといふ。 辺へん地じとは、 いふこころはその五ご百ひゃく歳さいの中なかに三宝さんぼうを見聞けんもんせず、 義ぎ辺へん地じの難なんに同おなじ。 乃至 辺へんはその難なんをいひ、 胎たいはその闇あんをいふ。」 以上

-答。是 レ同処也。鸞師所造ノ¬略論ニ¼釈シテ曰ク、「▲安楽国土ニ謂ヒ↢之ヲ辺地ト↡、亦曰フ↢胎生ト↡。辺地ト者、言イフ心ハ其ノ五百歳ノ中ニ不ズ↣見↢聞セ三宝ヲ↡、義同ジ↢辺地ノ之難ニ↡。 乃至 ▲辺ハ言ヒ↢其ノ難ヲ↡、胎ハ言フ↢其ノ闇ヲ↡。」 已上

「或わく百ひゃく由ゆ旬じゅん或わく五ご百ひゃく由ゆ旬じゅん」 とは、 △上かみの所引しょいん興ごう師しの釈しゃくに見みえたり。

-「▲或百由旬或五百由旬ト」者、見タリ↢上ノ所引ノ興師ノ釈ニ↡也。

「爾時にじ慈氏じし菩ぼ薩さつ」 以下いげは、 つぶさに胎たい・化け二に生しょうの因いん果がを説とく。

-「▲爾時慈氏菩薩」以下ハ、具ニ説ク↢胎化二生ノ因果ヲ↡。

「不ふ了りょう」 とらは、 ¬略りゃく論ろん¼ にくはしく釈しゃくす、 よろしくかの解げを見みるべし。 鸞らん師しの意こころは仏ぶっ智ちを総そうとなし、 次つぎの四しを別べつとなす。 法ほう位い師しの意こころは不ふ思議しぎ等とうの四智しちを次ついでのごとく大円だいえん鏡きょう智ち等とうの四智しちに配はいす。 元がん暁ぎょう師しの意こころは逆ぎゃく次しに配当はいとうす。 また憬きょう興ごう師しは ¬仏ぶつ地じ経きょう¼ 所説しょせつの五ご法ほうをもつて立たてて五智ごちとなす。 いはゆる清浄しょうじょう法界ほっかいをもつて初はじめの仏ぶっ智ちとなし、 大円だいえん鏡きょう等とうを次ついでのごとくかの不ふ思議しぎ等とうの四智しちに配はいするなり。 また玄一げんいち師しは仏ぶっ智ちは前さきのごとし、 後のちの四智しちをもつて逆ぎゃくに成じょう事じ等とうの四しに対たいするなり。

-「▲不了ト」等者、¬略論ニ¼委ク釈ス、宜クシ↠見ル↢彼ノ解ヲ↡。鸞師ノ之意ハ仏智ヲ為シ↠総ト、次ノ四ヲ為ス↠別ト。法位師ノ意ハ不思議等ノ四智ヲ如ク↠次ノ配ス↢大円鏡*智等之四智ニ↡。元暁師ノ意ハ逆次ニ配当ス。又憬興師ハ以テ↢¬仏地経¼所説ノ五法ヲ↡立テヽ為ス↢五智ト↡。所謂清浄法界ヲ以テ為シ↢初ノ之仏智ト↡、大円鏡等ヲ如ク↠次ノ配スル↢彼ノ不思議等ノ之四智ニ↡也。又玄一師ハ仏智ハ如シ↠前ノ、以テ↢後ノ四智ヲ↡逆ニ対スル↢成事等ノ之四ニ↡也。

「乃ない至し」 といふは、 この経きょう文もんにおいて略りゃくするに五ご処しょあり。 あるいは重じゅう説せつに似にたればその前さきの文もんに譲ゆずり、 あるいは繁しげきを恐おそるるがゆゑに至し要ようにあらざるを除のぞく。

-言↢「▲乃至ト」↡者、於テ↢此ノ経文ニ↡略スルニ有リ↢五処↡。或ハ似タレバ↢重説ニ↡譲リ↢其ノ前ノ文ニ↡、*或ハ恐ルヽガ↠繁ヲ故ニ除ク↠非ルヲ↢至要ニ↡。

「仏告ぶつごう弥み勒ろく譬ひ如にょ」 とらは、 胎たい生しょうの楽ねがふべからざる義ぎを示しめさんがために、 まづ譬喩ひゆを説とく。

-「▲仏告弥勒譬如ト」等者、為ニ↠示サンガ↢胎生ノ不ル↠可ラ↠楽フ義ヲ↡、先ヅ説ク↢譬喩1256ヲ↡。

「此し諸しょ」 とらは、 これ合ごう譬ゆなり。 「生しょう彼ひ胎たい」 とは、 本ほん (大経巻下) には 「宮く殿でん」 といひ、 いまは 「胎たい宮ぐ」 といふ。 経きょうの異い本ほんか。 「定じょう善ぜん義ぎ」 の中なかに判はんじて 「宮く胎たい」 といふ。 胎たい生しょうといふは宮く殿でんなるがゆゑにこれらの名なあり。

-「▲此*諸ト」等者、是 レ合譬也。「▲生彼胎ト」者、本ニハ云ヒ↢「▲宮殿ト」↡、今ハ云フ↢「胎宮ト」↡。経ノ異本歟。「定善義ノ」中ニ判ジテ云フ↢「▲*宮胎ト」↡。言↢胎生ト↡*者宮殿ナルガ故ニ有リ↢此等ノ名↡。

問とふ。 「生しょう疑ぎ惑わく」 の機き、 宮く中ちゅうにしてかならず五ご百ひゃく歳さいを満まんずや。

-問。「生疑惑ノ」機、宮中ニシテ必ズ満ズ↢五百歳ヲ↡耶。

答こたふ。 経きょう文もんのごときは処々しょしょにみな五ご百ひゃく歳さいを経ふと説とく。 まづ満まんずといふべし。 ただし嘉か祥じょう (大経義疏) のいはく、 「かならずしも一種いっしゅならず、 もしよく悔くゆればすなはち出いづ、 悔くゐざればかならず五ご百ひゃく歳さいを満まんずることを明あかす。」 以上

-答。如↢経文ノ↡者処々ニ皆説ク↠経フト↢五百歳ヲ↡。先ヅ可シ↠云フ↠満ズト。但シ嘉祥ノ云ク、「明ス↧不↢必シモ一種ナラ↡、若シ能ク悔レバ*則出ヅ、不レバ↠悔必ズ満ズルコトヲ↦五百歳ヲ↥。」 已上

「失しつ大だい利り」 とは、 三宝さんぼうを見みざる、 これを名なづけて失しつとなす。

-「▲失大利ト」者、不ル↠見↢三宝ヲ↡、名テ↠之ヲ為ス↠失ト。

【13】次つぎに ¬如来にょらい会え¼ の文もん、 言ことばおほきに同おなじ。

次ニ▲¬如来会ノ¼文、言大ニ同ジ。

「汝にょ観かん殊しゅ勝しょう智ち者しゃ」 とらは信しん智ちの人ひとを指さす。 ¬大だい経きょう¼ (巻下) には説ときて 「かの化け生しょうの者ものは智慧ちえ勝すぐれたるがゆゑに」 といふ。 以上 ゆゑに 「殊しゅ勝しょう智ち者しゃ」 といふらくのみ。 「於お導どう華け」 とは、 「導どう」 異い本ほんか、 「蓮れん」 の字じを正しょうとなす。

-「▲汝観殊勝智者ト」等者指ス↢信智ノ人ヲ↡。¬大経ニハ¼説テ言フ↢「▲彼ノ化生ノ者 ノハ智恵勝タルガ故ニト」↡。 已上 故ニ云ラク↢「殊勝智者ト」↡而*已。「▲於導華ト」者、「導」異本歟、「蓮ノ」字ヲ為ス↠正ト。

「下げ劣れつの輩ともがら」 とは疑智ぎちの人ひとを指さす。 ¬大だい経きょう¼ (巻下) には説ときて 「智慧ちえあることなし疑ぎ惑わくの致いたすところなり」 といふ。 以上 これその人ひとなり。

-「▲下劣ノ輩ト」者指ス↢疑智ノ人ヲ↡。¬大経ニハ¼説テ言フ↧「▲無シ↠有コト↢智恵↡疑惑ノ所ナリト↞致ス。」 已上 是 レ其ノ人也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・ 菩薩往生文

【14】次つぎに ¬大だい経きょう¼ の文もん。 これ菩ぼ薩さつかの仏ぶっ智ちに乗じょうじて往おう生じょうすることを説とく文もんなるがゆゑに、 次下つぎしもにこれを引ひく。 かれ此土しど・他た方ほうの菩ぼ薩さつの往おう生じょうを明あかす。 その中なかにいま此土しどの中なかに最さい下げ浅せん位いの往おう生じょうを説とく文もんなり。

次ニ▲¬大経ノ¼文。是 レ説ク↧菩薩乗ジテ↢彼ノ仏智ニ↡往生スルコトヲ↥文ナルガ故ニ、次下ニ引ク↠之ヲ。彼 レ明ス↢此土他方ノ菩薩ノ往生ヲ↡。其ノ中ニ今説ク↢此土ノ之中ニ最下浅位ノ往生ヲ↡文也。

「諸しょ小行しょうぎょう」 とは、 これ十信じっしん外げ凡ぼんの位くらいを指さす。 上かみの説せつに (大経巻下) 「不ふ退たい」 といふに対たいするゆゑなり。 その不ふ退たいとはこれすなはち三賢さんげん不ふ退たいの位くらいなり。

-「▲諸小行ト」者、是 レ指ス↢十信外凡ノ之位ヲ↡。対スル↣上ノ説ニ云ニ↢「▲不退ト」↡故也。其ノ不退ト者是 レ則三賢不退ノ位也。

問とふ。 なんぞ上じょう位いの不ふ退たいの菩ぼ薩さつの往おう生じょうを除のぞくや。

-問。何ゾ除ク↢上位ノ不退ノ菩薩ノ之往生ヲ↡哉。

答こたふ。 かの文もん第三さいさん巻かんの未まつにあり、 ゆゑにこれを略りゃくするか。

-答。彼ノ文在リ↢于▲第三巻ノ未ニ↡、故ニ略スル↠之ヲ歟。

【15】次つぎの所引しょいんの文もん、 「又う」 とは例れいのごとし。

次1257ノ所引ノ文、「▲又ト」者▲如シ↠例ノ。

問とふ。 いまの二に文もん信しん仏ぶっ智ちの往おう生じょうの菩ぼ薩さつを説とく。 これ化け生しょうなり。 当巻とうかんに化け生しょう・化土けどの往おう生じょうを説とく中なかにおいて、 なんぞこれを引ひくや。

-問。今ノ之二文説ク↢信仏智ノ往生ノ菩薩ヲ↡。是 レ化生也。於テ↧当巻ニ説ク↢化生・化土ノ往生ヲ↡之中ニ↥、何ゾ引↠之ヲ耶。

答こたふ。 経きょう文もんの所説しょせつ、 信しん疑ぎ・化け胎たいたがひに相対そうたいしてその勝しょう劣れつを顕あらわす、 このゆゑにこれを引ひく。

-答。経文ノ所説、信疑・化胎更互ニ相対シテ顕ス↢其ノ勝劣ヲ↡、是ノ故ニ引ク↠之ヲ。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「定善義」文

【16】次つぎに宗しゅう師しの釈しゃく。 これ地じ観かんの中なかに 「必ひっ生しょう彼ひ国こく心得しんとく無疑むぎ」 (観経) の文もんを解げする釈しゃくなり。

次ニ▲宗師ノ釈。是 レ地観ノ中ニ解スル↢「▲必生彼国心得無疑ノ」之文ヲ↡釈也。

「含がん華け」 とらは、 これ疑ぎ心しん往おう生じょうの相そうを明あかす。 けだし疑ぎありといへどもなほ往おう生じょうを得う、 仏ぶつの大だい悲ひのゆゑに。 往おう生じょうを得うといへども、 これはこれ化土けどなり、 本願ほんがんにあらざるがゆゑに。 辺界へんがい・宮く胎たい、 名みょう異い処同しょどうなり。

-「▲含華ト」等者、是 レ明ス↢疑心往生ノ之相ヲ↡。蓋シ雖ヘ↠有ト↠疑猶得↢往生ヲ↡、仏ノ大悲ノ故ニ。雖ヘ↠得ト↢往生ヲ↡、此ハ是 レ 化土ナリ、非ガ↢本願ニ↡故ニ。辺界・宮胎、名異処同ナリ。

「辺界へんがい」 といふは、 これ化土けどにしてその報ほう土どにあらざることを顕あらわす。

-言↢「▲辺界ト」↡者、是 レ顕ス↣化土ニシテ非コトヲ↢其ノ報土ニ↡。

「宮く胎たい」 といふは、 これ宮くに処しょし胎たいに処しょする失しつを顕あらわす、 ただこれ言ことばを綺いろへて得失とくしつを示しめすなり。 その得とくといふはこれ往おう生じょうを得う、 その失しつといふは報ほう土どにあらざらくのみ。

-言↢「▲宮胎ト」↡者、是 レ顕ス↢処シ↠宮ニ処スル↠胎ニ之失ヲ↡。只是 レ綺イロヘテ↠言ヲ示ス↢得失ヲ↡也。言↢其ノ得ト↡者是 レ得ウ↢往生ヲ↡、言↢其ノ失ト↡者非ザラク↢報土ニ↡耳。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『述文賛』文

【17】次つぎに憬きょう興ごうの釈しゃく、 これまた意こころ同おなじ。

次ニ▲憬興ノ釈、是又意同ジ。

仏ぶっ智ちを疑うたがふはこれ罪ざい咎ぐなりといへども、 浄じょう土どに生しょうずるは仏ぶつの悲ひ心しんなり。 しかも生しょうずることを得うといへどもその辺へん地じにありて聖しょう化けを被かぶらず。 これ疑ぎ惑わくの失しつなり。 信しん疑ぎ別べつなるがゆゑに報ほう化けまた異いなり、 胎たい生しょうの失しつ重おもく捨すつべきなり。

-疑↢仏智ヲ↡者雖ヘ↢是 レ罪咎ナリト↡、生ズル↢浄土ニ↡者仏ノ悲心也。而モ雖ヘ↠得ト↠生ズルコトヲ在テ↢其ノ辺地ニ↡不ズ↠被↢聖化ヲ↡。是 レ疑惑ノ失ナリ。信疑別ナルガ故ニ報化又異ナリ、胎生ノ之失可キ↢重ク捨ツ↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・『要集』文

【18】次つぎに ¬要よう集しゅう¼ の文もん、 懈け慢まん界がいを明あかす下げ巻かんの釈しゃくなり。

次ニ▲¬要集ノ¼文、明ス↢懈慢界ヲ↡下巻ノ釈也。

「処胎しょたい経きょう」 とは、 一いち部ぶ五ご巻かん、 あるいは四し巻かんとなしあるいは八巻はっかんとなす、 竺じく仏念ぶつねんの訳やく。

-「▲処胎経ト」者、一部五巻、或ハ為シ↢四巻ト↡或ハ為ス↢八巻ト↡、竺ノ仏念ノ訳。

「乃ない至し」 といふは、 「国こく土ど快け楽らく作さ倡しょう」 以下いげ二に行ぎょう余よなり、 かれは土どの相そうを明あかす。 あながちに要ようにあらざるがゆゑに、 いまその文もんを略りゃくす。

-言↢「▲乃至ト」↡者、「▲国土快楽作倡」以下二行余也、彼ハ明ス↢土ノ相ヲ↡。強非ガ↠要ニ故ニ、今略ス↢其ノ文ヲ↡。

「感かん師しの釈しゃく」 とは、 かの ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ 七巻しちかんの内うち、 いまの所引しょいんの釈しゃくかの第だい四しにあり。

-「▲感師ノ釈ト」者、彼¬群疑論¼七巻之内、今ノ所引1258ノ釈在リ↢彼ノ第四ニ↡。

導どう師しの釈しゃくを指さして 「前さきの文もん」 といふは、 ¬集しゅう¼ (要集巻下意) の次上つぎかみにいはく、 「導どう和か尚しょうのいはく、 もしよく上かみのごとく念々ねんねん相続そうぞくして、 畢ひつ命みょうを期ごとする者ものは、 十じゅうはすなはち十じゅうながら生しょうじ、 百ひゃくはすなはち百ひゃくながら生しょうず。 もし専せんを捨すてて雑業ぞうごうを修しゅせんと欲ほっする者ものは、 百ひゃくの時ときに希まれに一いち二にを得え、 千せんの時ときに希まれに五ご三さんを得う。」 以上

-指シテ↢導師ノ釈ヲ↡言↢「▲前ノ文ト」↡者、¬集ノ¼次上ニ云、「▲導和尚ノ云、若シ能ク如ク↠上ノ念々相続シテ、畢命ヲ為スル↠期ト者 ノハ、十ハ*則十ナガラ生ジ、百ハ*則百ナガラ生ズ。若シ欲スル↣捨テヽ↠専ヲ修セント↢雑業ヲ↡者 ノハ、百ノ時ニ希ニ得エ↢一二ヲ↡、千ノ時ニ希ニ得↢五三ヲ↡。」 已上

いまこの釈しゃくは ¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ 前序ぜんじょの文もんなり。 ¬論ろん¼ の所引しょいんは取しゅ意いの文もんなるがゆゑに、 その言ことばいささか異いなり。 かの釈しゃく文もん (群疑論巻四) にいはく、 「善導ぜんどう禅ぜん師じもろもろの四し衆しゅを勧すすめて、 もつぱら西方さいほう浄じょう土どの業ごうを修しゅせん者もの、 四し修しゅ墜だすることなく三業さんごう雑ぞうすることなく、 余よの一切いっさいの諸願しょがん諸しょ行ぎょうを廃はいして西方さいほうの一いち行ぎょうを唯願ゆいがん唯ゆい行ぎょうせば、 雑修ざっしゅの者ものは万まんに一いちも生しょうぜず、 専修せんじゅの人ひとは千せんに一ひとりも失しっすることなし。」 以上

-今此ノ釈者▲¬往生礼讃¼前序ノ文也。¬論ノ¼所引者取意ノ文ナルガ故ニ、其ノ言聊異ナリ。彼ノ釈文ニ云、「善導禅師勧テ↢諸ノ四衆ヲ↡、専ラ修セン↢西方浄土ノ業ヲ↡者、四修靡ナク↠墜コト三業無ク↠雑スルコト、*廃シテ↢余ノ一切ノ諸願*諸行ヲ↡唯↢願唯↣行セバ西方ノ一行ヲ↡、雑修ノ之者 ノハ万ニ不↢一モ生ゼ↡、専修ノ之人ハ千ニ無シ↢一リモ失スルコト↡。」 已上

「みづから助じょ成じょうす」 とは、 すなはち 「この経きょうの下しもの文もん」 といふ以下いげ、 これその釈しゃくなり。

-「▲自ミ 助成スト」者、*則云↢「此経ノ下ノ文ト」↡以下、是 レ其ノ釈也。

「生しょう極楽ごくらく」 の下しも 「又う報ほう浄じょう」 の上かみに 「乃ない至し」 といふは、 ¬集しゅう¼ にこの言ことばを置おきて略りゃくするところの文もん七しち行ぎょう余よなり。 かの解げ釈しゃく (群疑論・四) にいはく、 「妙みょうに ¬随願ずいがん往おう生じょう経きょう¼ の旨むねに符かなへり。 経きょうにいはく、 娑しゃ婆ば世せ界かいの人ひと貪とん濁じょく多おおくして、 信しん正しょうの者ものは少すくなく習しゅう邪じゃの者ものは多おおし。 正しょう法ぼうを信しんぜずして専一せんいつなることあたはず、 心こころ乱みだれて志こころざしなし。 実じつに十方じっぽうの浄じょう土ど差別しゃべつなけれども、 もろもろの衆しゅ生じょうをして心こころをもつぱらにしてあることあらしむ。 このゆゑにかの国こく土どを讃嘆さんだんすらくのみ。 もろもろの往おう生じょうの者もの、 ことごとくかの願がんに随したがひて果かを獲えざることなしといへり。 ゆゑに知しんぬ、 その行ぎょうを雑ぞうすれば懈け慢まんの邦くにに堕だし、 その業ごうを専せんすれば安楽あんらく国こくに生しょうず。 これすなはちさらに浄じょう門もんは専せん行ぎょうにして往おう生じょうを得うることを顕あらわす。 あにこれかの国くにの往ゆきがたくして生しょうずることなきに勖つとめしめんや。 学がく徒とその道どうをもつぱらにせずはあるべからず。」 以上

-「生極楽ノ」下「又報浄ノ」上ニ言↢「▲乃至ト」↡者、¬集ニ¼置テ↢此ノ言ヲ↡所ノ↠略スル之文七行余也。彼ノ解釈ニ云、「妙ニ符カナヘリ↢¬随願往生経ノ¼旨ニ↡。経ニ言ク、娑婆世界ノ人多シテ↢貪濁↡、信正ノ者 ノハ少ク習邪ノ者 ノハ多シ。不シテ↠信ゼ↢正法ヲ↡不↠能↢専一ナルコト↡、*心乱テ無シ↠志。実ニ十方ノ浄土無カレドモ↢差別↡、令↢諸ノ衆生ヲシテ専シテ↠心ヲ有ラ↟在コト。是ノ故ニ讃↢嘆スラク彼ノ国土ヲ↡耳ノミ。諸ノ往生ノ者、悉ク随テ↢彼ノ願ニ↡無シトイヘリ↠不コト↠獲↠果ヲ。故ニ知ヌ雑スレバ↢其ノ行ヲ↡堕シ↢於懈慢ノ之邦クニヽ↡、専スレバ↢其ノ業ヲ↡生ズ↢於安楽国ニ↡。斯 レ乃チ更ニ顕ス↣浄門ハ専行ニシテ而得コトヲ↢往生ヲ↡。豈是 レ彼ノ国ノ難シテ↠往而無ニ↠生ズルコト勖ツトメシメン哉ヤ。学徒不↠可↠不ズハアル↠専ニセ↢其ノ道ヲ↡也。」 已上

二 Ⅱ ⅵ c ロ ○ 私釈

【19】次つぎに 「爾に者しゃ」 の下しもはわたくしの御おん釈しゃくなり。

次1259ニ「▲爾者ノ」下ハ私ノ御釈也。

この自解じげの意こころは、 もつぱら定じょう散さん諸善しょぜんの業ごう仏願ぶつがんにあらざるがゆゑに報ほう土どに生しょうぜず、 しかも諸善しょぜんを説とくことはこれ念仏ねんぶつ三昧ざんまいの方便ほうべんたることを明あかす。

-此ノ自解ノ意ハ、専ラ明ス↧定散諸善ノ之業非ルガ↢仏願ニ↡故ニ不↠生ゼ↢報土ニ↡、而モ説コトハ↢諸善ヲ↡是 レ為コトヲ↦念仏三昧ノ方便↥。

「念仏ねんぶつ証しょう拠こ門もんの中なかの第だい十じゅう八はちの願がん」 とは、 ¬要よう集しゅう¼ に明あかすところの十じゅう門もんの中なかの第八だいはちの門もん、 下げ巻かんにこれを明あかす。 かの門もんの内うちにおいて十じゅう文もんを出いだす中なかに、 第三だいさんに挙あぐるところの十じゅう八はちの願がんなり。

-「▲念仏証拠門ノ中ノ第十八ノ願ト」者、¬要集ニ¼所ノ↠明ス十門ノ之中ノ第八ノ之門、下巻ニ明ス↠之ヲ。於テ↢彼ノ門ノ内ニ↡出ス↢十文ヲ↡中ニ、第三ニ所ノ↠挙ル十八ノ願也。

「▲顕開けんかい」 とらは、

-「顕開ト」等者、

問とふ。 いまのつぶさなる文もん (要集巻下) にいはく、 「四し十じゅう八願はちがんの中なかに念仏ねんぶつの門もんにおいて別べっして一願いちがんを発おこしていはく、 乃ない至し十じゅう念ねんせんに、 もし生しょうぜずは、 正しょう覚がくを取とらじ。」 以上 彼此ひしの二に文もんにただ 「別願べつがん」 といふ、 二に重じゅうの別べつなんの拠よりどころかあるや。

-問。今ノ具ナル文ニ云、「▲四十八願ノ中ニ於テ↢念仏ノ門ニ↡別シテ発シテ↢一願ヲ↡云、乃至十念センニ、若シ不↠生ゼ者、不↠取↢正覚↡。」 已上 彼此ノ二文ニ唯云フ↢「別願ト」↡、二重ノ之別有↢何ノ拠カ↡乎。

答こたふ。 念仏ねんぶつの門もんとは、 諸善しょぜんの中なかにその別門べつもんたり。 しかるに念仏ねんぶつにおいてその言ことば観念かんねんならびに諸仏しょぶつの名なに亘わたるべし。 いま選せん択じゃく本願ほんがんの称名しょうみょうこれをもつて別べつとすることを顕あらわす、 ゆゑに二に重じゅうあり。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ の釈しゃく、 その意こころまた同おなじ。 いはく当願とうがんをもつて▲願王がんおうとするこれなり、 例れいせば ¬観かん経ぎょう¼ (玄義分) にはただ 「頓とん教ぎょう」 といふに、 黒谷くろだにの ¬観かん経ぎょうの講こう釈しゃく¼ (大経釈) の中なかに 「▲頓とん中ちゅう頓とん」 といふがごとしなり。

-答。念仏ノ門ト者、諸善ノ之中ニ為タリ↢其ノ別門↡。而ニ於テ↢念仏ニ↡其ノ言可シ↠亘ル↢観念ニ諸仏ノ名ニ↡。今顕ス↢選択本願ノ称名以テ↠之ヲ為スルコトヲ↟別ト、故ニ有リ↢二重↡。¬選択集ノ¼釈、其ノ意又同ジ。謂ク以テ↢当願ヲ↡為スル↢願王ト↡是ナリ。例セバ如シ↧¬観経ニハ¼唯言ニ↢「頓教ト」↡、黒谷ノ¬観経ノ講釈ノ¼中ニ云ガ↦「頓中頓ト」↥也。

「観かん経ぎょう定じょう散さん諸しょ機き」 とらは、 同おなじき証しょう拠こ門もんの第だい四しの文もんなり。

-「▲観経定散諸機ト」等者、同キ証拠門ノ第四ノ文也。

次つぎに問答もんどうの中なかに問といの意こころ見みつべし。

-次ニ▲問答ノ中ニ問ノ意可シ↠見ツ。

その答こたえの中なかに、 「釈しゃく家け」 といふは導どう大だい師しなり。 いま ¬観かん経ぎょう¼ に就つきて自解じげを述のべらる。

-其ノ答ノ之中ニ、言↢「▲釈家ト」↡者導大師也。今就テ↢¬観経ニ¼↡被ル↠述↢自解ヲ↡。

「顕けん彰しょう」 とらは、

-「▲顕彰ト」等者、

問とふ。 顕けんと彰しょうとにおいてなんの別べつあるや。

-問。於テ↢顕ト与 トニ↟彰有↢何ノ別↡乎。

答こたふ。 いまの釈しゃくの意こころ、 顕けんは方便ほうべんを帯たいし、 彰しょうは実じつ義ぎを標ひょうす。 随したがひて字じ訓くんを勘かんがふるに、 「顕けん」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「呼こ典てんの切せつ、 明みょう著ちょ。」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「虚こ典てんの切せつ、 明みょうなり。」 「彰しょう」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「渚しょ良りょうの切せつ、 明みょうなり。」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「諸楊しょようの切せつ、 明みょうなり。」 彼此ひしの字じ訓くん異いなきに似にたりといへども、 ¬宋韻そういん¼ のごときは 「明みょう」 の上かみに 「著ちょ」 といふ、 明々みょうみょうの義ぎか。 ただ明みょうといふに軼すぎたり。 このゆゑに顕けんをば分ぶん明みょう顕けん示じの義ぎに属ぞくし、 彰しょうの字じをばいささか隠おん示じの義ぎに属ぞくするか。 分別ふんべつの釈しゃく由よしなきにあらざらくのみ。

-答。今ノ釈ノ之意、顕ハ帯シ↢方便ヲ↡彰ハ標ス↢実義ヲ↡。随テ勘ニ↢字訓ヲ↡、「顕」¬広韻ニ¼云ク、「呼典ノ切、明著。」¬玉篇ニ¼云、「虚典切、明也。」「彰」¬広韻ニ¼云、「渚良切、明也。」¬玉篇ニ¼云、「諸楊ノ切、明也。」彼此ノ字訓雖↠似タリト↠无ニ↠異、如↢¬宋韻ノ¼↡者「明ノ」上1260ニ云フ↠「著ト」、明々ノ義歟。軼スギタリ↢唯云ニ↟明ト。是ノ故ニ顕ヲバ属シ↢分明顕示ノ之義ニ↡、彰ノ字ヲバ聊属スル↢隠示ノ義ニ↡歟。分別ノ之釈非ラク↠無キニ↠由ヨシ耳。

「縁えん達だっ多た闍じゃ世せ」 とらいふは▲第だい一巻いっかんのごとし。

-言↢「▲縁達多闍世ト」等↡者如シ↢第一巻ノ↡。

「彰しょう釈しゃ迦か微み笑しょう素そ懐かい」 とは、 ¬経¼ (観経) にいはく、 「その時ときに世せ尊そん、 すなはち微み笑しょうしたまふ。」 以上 「序分じょぶん義ぎ」 にいはく、 「これ如来にょらい夫ぶ人にんを見みたまふに極楽ごくらくに生しょうぜんと願がんじ、 さらに得とく生しょうの行ぎょうを請しょうするをもつて、 仏ぶつの本心ほんしんに称かなひ、 また弥陀みだの願がん意いを顕あらわすことを明あかす。 この↓二に請しょうによりて広ひろく浄じょう土どの門もんを開ひらく。 ただちに韋い提だいの去ゆくことを得うるのみにあらず、 有う識しきこれを聞ききてみな往ゆく、 この益やくあるがゆゑにそのゆゑに、 如来にょらい微み笑しょうしたまふなり。」 以上

-「▲彰釈迦微笑素懐ト」者、¬経ニ¼云ク、「▲爾ノ時ニ世尊、*則便微笑シタマフ。」 已上 「序分義ニ」云ク、「▲此 レ明ス↪如来以テ↧見タマフニ↢夫人ヲ↡願ジ↠生ゼント↢極楽ニ↡、更ニ請スルヲ↦得生ノ之行ヲ↥、称カナヒ↢仏ノ本心ニ↡、又顕スコトヲ↩弥陀ノ願*意ヲ↨。因テ↢斯ノ二請ニ↡広ク開ク↢浄土ノ之門ヲ↡。非ズ↢直チニ韋提ノ得ノミニ↟*去コトヲ、有識聞テ↠之ヲ皆往ク、有ルガ↢斯ノ益↡故ニ、所以ソヘニ如来微笑シタマフ也。」 已上

問とふ。 ↑二に請しょうといふは、 上かみの欣ごん浄じょう縁えんの▲別べっ去こ行ぎょう思し惟ゆい・正しょう受じゅの二に請しょうこれなり。 その二に請しょうとは、 これ定じょう善ぜんにあり。 その定じょう善ぜんとは仏ぶつの本願ほんがんにあらず、 なんぞ仏心ぶっしんに称かなひて微み笑しょうの由ゆえたる。

-問。言↢二請↡者、上ノ欣浄縁ノ之別去行思惟・正受ノ二請是也。其ノ二請ト者、是 レ在リ↢定善ニ↡。其ノ定善ト者非ズ↢仏ノ本願ニ↡、何ゾ称テ↢仏心ニ↡為タル↢微笑ノ由↡。

答こたふ。 ¬観かん経ぎょう¼ の所説しょせつは定じょう・散さん・弘ぐ願がんの三門さんもんなり。 しかるに定じょう散さんを説とくことは弘ぐ願がんを顕あらわさんがためなり。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ にいはく、 「また定じょう散さんを説とくことは、 念仏ねんぶつの余よ善ぜんに超ちょう過かせることを顕あらわさんがためなり。 もし定じょう散さんなくは、 なんぞ念仏ねんぶつのことに秀ひいでたることを顕あらわさん。 例れいせば ¬法ほっ華け¼ の三説さんせつの上うえに秀ひいでたるがごとし。 もし三説さんせつなくは、 なんぞ ¬法ほっ華け¼ の第一だいいちなることを顕あらわさん。 ゆゑにいま定じょう散さんは廃はいのためにして説とき、 念仏ねんぶつは立りゅうのためにして説とく。」 以上

-答。¬観経ノ¼所説ハ定・散・弘願ノ之三*門也。而ニ説コトハ↢定散ヲ↡為ナリ↠顕サンガ↢弘願ヲ↡。¬選択集ニ¼云、「▲又説コトハ↢定散ヲ↡、為ナリ↠顕サンガ↣念仏ノ超↢過セルコトヲ余善ニ↡。若シ無クハ↢定散↡、何ゾ顕サン↢念仏ノ特ニ秀タルコトヲ↡。例セバ如シ↣¬法花ノ¼秀タルガ↢三説ノ上ニ↡。若シ無クハ↢三説↡、何ゾ顕サン↢¬法花ノ¼第一ナルコトヲ↡。故ニ今定散ハ為ニシテ↠*廃ノ而説キ、念仏ハ為ニシテ↠立ノ而説ク。」 已上

ゆゑに定じょう善ぜんを請しょうずるは随ずい他たの教きょうを顕あらわす。 その定じょう善ぜんの外ほかに、 仏ぶつ散善さんぜんを開かいして散動さんどうの機きに応おうず。 その散さん機きの中なかになほ廃悪はいあく修善しゅぜんに堪たへざるあり、 仏ぶつその機きのために念仏ねんぶつの行ぎょうを説とく。 この義ぎによるがゆゑに初はじめに微み笑しょうしたまふところ定じょう機きに約やくすといへども、 仏ぶつの本懐ほんかいつひに念仏ねんぶつにあり。 いまこの解げ釈しゃくこの義ぎを顕あらわす。

-故ニ請ズルハ↢定善ヲ↡顕ス↢随他ノ教ヲ↡。其ノ定善ノ外ニ、仏開シテ↢散善ヲ↡応ズ↢散動ノ機ニ↡。其ノ散機ノ中ニ猶有リ↠不↠堪↢*廃悪修善ニ↡、仏為ニ↢其ノ機ノ↡説ク↢念仏ノ行ヲ↡。依ガ↢是ノ義ニ↡故ニ初ニ所↢微笑シタマフ↡雖ヘ↠約スト↢定機ニ↡、仏ノ之本懐遂ニ在リ↢念仏ニ↡。今此ノ解釈顕↢此ノ義ヲ↡也。

「因いん韋い提だい」 とは、 別べつ所しょ求ぐの意こころ、 経きょう文もんおよび 「序分じょぶん義ぎ」 の釈しゃく▲第一だいいっ巻かんの鈔しょうの中なかに出いだすところのごとし。 かの文もんを見みるべし。

-「▲因韋提ト」者、別所求ノ意、経文及以「序分義ノ」釈1261如シ↢第一巻ノ鈔ノ中ニ所ノ↟出ス。可シ↠見ル↢彼ノ文ヲ↡。

「教きょう我が」 とらは、

-「▲教我ト」等者、

問とふ。 いまこの文もんは欣ごん浄じょう縁えんの下もとの通つう所しょ求ぐなり。 いまだ西方さいほうに関あずからず、 なんぞ 「本願ほんがん成じょう就じゅの土ど」 といふや。

-問。今此ノ文者欣浄縁ノ下ノ▲通所求也。未 ズ ダ↠関アヅカラ↢西方ニ↡、何ゾ云↢「▲本願成就ノ土ト」↡耶。

答こたふ。 もとよりいふところこの一段いちだんは、 今こん師し聖しょう人にん己こ心しんの領りょう解げ、 隠おん彰しょうの意こころなり。 通別つうべつの所しょ求ぐ、 十方じっぽう・西方さいほう転てん入にゅうの教きょう義ぎは、 さらに濫みだすべきにあらず。 ゆゑにいまの指さすところ十方じっぽうに亘わたるといへども、 つひにその剋こくするところ志こころざし西方さいほうにあり。 ゆゑに本ほん意いに従したがへてこれを釈しゃくするに過とがなし。 しばらく心しんを常じょう途ず所談しょだんの教きょう門もんの外ほかに遊あそばしめ、 深じん意い徹到てっとうの趣おもむきを信しんずべきなり。

-答。元自所↠言此ノ一段者、今師聖人己心ノ領解、隠彰ノ意也。通別ノ所求、十方・西方転入ノ教義ハ、更ニ非ズ↠可ニ↠濫ス。故ニ今ノ所↠指ス雖↠亘ト↢十方ニ↡、遂ニ其ノ所↠剋スル志在リ↢西方ニ↡。故ニ従ヘテ↢本意ニ↡釈スルニ↠之無シ↠過。暫ク遊シメ↢心ヲ於常途所談ノ教門ノ之外ニ↡、可↠信ズ↢深意徹到ノ趣ヲ↡也。

「教きょう我が思し惟ゆい」 とらは、

-「▲教我思惟ト」等者、

問とふ。 大だい師しの釈しゃくを窺うかがふに、 「思し惟ゆい」 はすなはちこれ観かんの前ぜん方便ほうべん、 「正しょう受じゅ」 はすなはちこれ観かん成じょうの位くらいに約やくす。 しかるにいまの料りょう簡けん、 思し惟ゆいを釈しゃくするにおいて方便ほうべんといふといへども定じょう前ぜんといはず。 その意こころつまびらかならず。 また正しょう受じゅを解げするになんぞ 「金剛こんごうの真心しんしんなり」 といふや。

-問。窺フニ↢大師ノ釈ヲ↡、「▲思惟ハ」*則是 レ観ノ前方便、「▲正受ハ」*則是約ス↢観成ノ位ニ↡。而ニ今ノ料簡、於テ↠釈スルニ↢思惟ヲ↡雖ヘ↠云ト↢方便ト↡不↠云↢定前ト↡。其ノ意不↠詳ナラ。又解スルニ↢正受ヲ↡何ゾ云↢「▲金剛ノ真心也ト」↡耶。

答こたふ。 この義ぎすなはちまた隠おん彰しょうの意こころなり。 まづ思し惟ゆいを釈しゃくするに観前かんぜんといはず深浅せんじんを分わかたず、 ただ定じょう善ぜん方便ほうべんたる義ぎを顕あらわす。 如来にょらい方便ほうべん答とう請しょう随ずい他た之し教きょうなるがゆゑなり。 次つぎに正しょう受じゅをもつて真心しんしんに配はいする意こころは、 定じょう・散さん・弘ぐ願がん次し第だいに転てん入にゅうするは ¬観かん経ぎょう¼ の密みっ意ちなり。 これすなはち散動さんどうの根こん機き、 定じょう善ぜん不ふ堪かんの時ときかの散善さんぜんを行ぎょうずるに、 その散善さんぜんにおいて廃悪はいあく修善しゅぜん成じょうじがたき時とき、 つひに念仏ねんぶつに帰きしてまさしく往おう生じょう見仏けんぶつの益やくを得う。 ゆゑに落らっ居こに就つきてかくのごとくこれを釈しゃくす。

-答。此ノ義*乃又隠彰ノ意也。先釈スルニ↢思惟ヲ↡不↠*言↢観前ト↡不↠分↢深浅ヲ↡、只顕ス↧定善為タル↢方便↡義ヲ↥。如来方便答請随他之教ナルガ故也。次ニ以テ↢正受ヲ↡配スル↢真心ニ↡意ハ、定・散・弘願次第ニ転入スルハ¬観経ノ¼密意ナリ。此 レ乃チ散動ノ根機、定善不堪ノ之時行ズルニ↢彼ノ散善ヲ↡、於テ↢其ノ散善ニ↡*廃悪修善難キ↠成ジ之時、終ニ帰シテ↢念仏ニ↡正ク得ウ↢往生見仏ノ之益ヲ↡。故ニ就テ↢落居ニ↡如ク↠此ノ釈ス↠之ヲ。

「諦観たいかん彼ひ国こく浄じょう業ごう」 とらは、

-「▲諦観彼国浄業ト」等者、

問とふ。 「序分じょぶん義ぎ」 の釈しゃくにこの文もんを解げしていはく、 「まさしく凡惑ぼんわく障さわり深ふかくして心しん多おおく散動さんどうす、 もし頓とんに攀縁へんえんを捨すてずは、 ↓浄境じょうきょう現げんずることを得うるに由よしなきことを明あかす。 これすなはちまさしく安心あんじん住行じゅうぎょうを教おしふ。 もしこの法ほうによらば名なづけて浄じょう業ごう成じょうずとなす。」 以上 この釈しゃくのごとくならば、 教おしふるところの心しん行ぎょうのごとく観修かんしゅするを浄じょう業ごう成じょうと名なづく、 これ能観のうかんに約やくす。 しかるにいま相そう違いに二にあり。 なんとなれば、 一いちにはまづ所観しょかんに約やくす、 二ににはたとひ所観しょかんたりとも彼ひ国こくといふがゆゑに依え報ほうたるべし、 なんぞ正しょう報ぼうに約やくする。

-問。「序分義ノ」釈ニ解シテ↢此ノ文ヲ↡云ク、「▲正ク明ス↧凡惑障リ深シテ心多ク散動ス、若シ不ズハ↣頓ニ捨↢攀縁ヲ↡、浄境无コトヲ↞由↠得ルニ↠現ズルコトヲ。此*則正ク教フ↢安心住行ヲ↡。若シ依ヲバ↢此ノ法ニ↡名1262テ為ス↢浄業成ズト↡也。」 已上 如クナラ↢此ノ釈ノ↡者、如ク↢所ノ↠教フル之心行ノ↡観修スルヲ名ク↢浄業成ト↡、是 レ約ス↢能観ニ↡。而ニ今相違ニ有リ↠二。何トナレバ者、一ニハ先ヅ約ス↢所観ニ↡、二ニハ縦ヒ為リトモ↢所観↡*云ガ↢彼国ト↡故ニ可シ↠為↢依報↡、何ゾ約スル↢正報ニ↡。

答こたふ。 疑ぎ難なん一往いちおうその理りあるに似にたり。 ただし 「序分じょぶん」 の釈しゃくはしばらく観門かんもんに就つきて業ごう成じょうを論ろんずるがゆゑに、 この方法ほうほうによりて説せつのごとく修観しゅかんするを浄じょう業ごう成じょうと名なづく、 ゆゑに能観のうかんに約やくすること道どう理りよろしくしかるべし。 ただし能観のうかんあればさだめて所観しょかんあり。 いま所観しょかんに就つきて設もうくるところの料りょう簡けん、 その義ぎ違いせず。 随したがひてかの釈しゃくすでに (序分義) 「↑浄境じょうきょう現げんずることを得うるに由よしなし」 といふ、 ゆゑに観かん成じょうじて境きょう現げんずるをもつて詮せんとなす。 しかるにその観法かんぽう実じつに成じょうじがたきがゆゑに、 つひに弘ぐ願がんに乗じょうじて見仏けんぶつ往おう生じょうすること実益じつやくなるべきがゆゑに、 その義ぎ辺へんをもつてこの自解じげあり。 このゆゑにその所観しょかんに約やくするに咎とがなし。

-答。疑難一往似タリ↠有ニ↢其ノ理↡。但シ「序分ノ」釈ハ且ク就テ↢観門ニ↡論ズルガ↢業成ヲ↡故ニ、依テ↢此ノ方法ニ↡如ク↠説ク修観スルヲ名ク↢浄業成ト↡、故ニ約スルコト↢能観ニ↡道理宜クシ↠然ル。但シ有レバ↢能観↡定テ有リ↢所観↡。今就テ↢所観ニ↡所ノ↠設ル料簡、其ノ義不↠違セ。随而彼ノ釈既ニ云フ↢「浄境無ト↟由↠得ニ↠現ズルコトヲ」、故ニ以テ↢観成ジテ境現ズルヲ↡為ス↠詮ト。而ニ其ノ観法実ニ難キガ↠成ジ故ニ、遂ニ乗ジテ↢弘願ニ↡見仏往生スルコト可ガ↢実益ナル↡故ニ、以テ↢其ノ義辺ヲ↡有リ↢此ノ自解↡。是ノ故ニ約スルニ↢其ノ所観ニ↡無シ↠咎。

次つぎに所観しょかんの中なかに主伴しゅはんあるべし、 ゆゑにまず主しゅに約やくす。 すなはちいまの釈しゃくの中なかにすでに浄境じょうきょうといふ。 浄境じょうきょうの中なかに広ひろく二に報ほうを含がんす。 このゆゑに諸しょ師し多おおくこの義ぎを存ぞんず。

-次ニ所観ノ中ニ可シ↠有↢主伴↡、故ニ先ヅ約ス↠主ニ。*則今ノ釈ノ中ニ既ニ云フ↢浄境ト↡。浄境ノ之中ニ広ク含ス↢二報ヲ↡。是ノ故ニ諸師多ク存ズ↢此ノ義ヲ↡。

いはく浄じょう影よう (観経義疏巻本) のいはく、 「汝観にょかん彼ひ国こくは勧すすめて依果えかを観かんぜしむ、 浄じょう業ごう成じょうとは勧すすめて正しょう報ぼうを観かんぜしむ。 諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつおよび三品さんぼんの往おう生じょう人にん等とうとを浄じょう業ごう者しゃと名なづく。」 以上

-謂ク浄影ノ云ク、「汝観彼国ハ勧テ観ゼシム↢依果ヲ↡、浄業成ト者勧テ観ゼシム↢正報ヲ↡。諸仏・菩薩及ビ与トヲ↢三品ノ往生人等↡名ク↢浄業者ト↡。」 已上

また龍りゅう興こうのいはく、 「諦観たいかん彼ひ国こく浄じょう業ごう成じょうとは、 その次し第だいのごとく二に清浄しょうじょうを観かんず。 いはく器き世せ間けん清浄しょうじょうと衆しゅ生じょう世せ間けん清浄しょうじょうとなり。」 以上

-又龍興ノ云ク、「諦観彼国浄業成ト者、如ク↢其ノ次第ノ↡観ズ↢二清浄ヲ↡。謂ク器世間清浄ト衆生世間清浄トナリ。」 已上

また元がん照じょう (観経義疏巻中) のいはく、 「浄じょう業ごう成じょうとは総そうじてかの土どの依え正しょう二に報ほうに目なづく。」 以上

-又元照ノ云、「浄業成ト者総ジテ目ナヅク↢彼ノ土ノ依正二報ニ↡。」 已上

いまの述のぶるところ、 かたがた拠よりどころなきにあらず。 いふところの浄境じょうきょうは真実しんじつの報ほう土ど、 その教きょう主しゅとはこれ尽じん十方じっぽう無礙むげ光仏こうぶつなり、 ゆゑにしかいふなり。

-今ノ之所↠述ル、旁非ズ↠無ニ↠拠。所ノ↠言浄境ハ真実ノ報土、其ノ教主ト者是 レ尽十方无光仏ナリ、故ニ云↠爾也。

「言広ごんこう」 とらは、

-「▲言広ト」等者、

問とふ。 いま定じょう善ぜんをもつて名なづけて 「衆しゅ譬び」 となすことなんの証しょうかあるや、 意こころまたいかん。

-問。今以テ↢定善ヲ↡名テ為コト↢「衆譬ト」↡有1263ル↢何ノ証カ↡乎、意又如何。

答こたふ。 「序分じょぶん義ぎ」 の中なかにこの事じを釈しゃくせず。

-答。「序分義ノ」中ニ不↠釈セ↢此ノ事ヲ↡。

ただし浄じょう影よう (観経義疏巻本) のいはく、 「この方ほうの日にち・水すい等とうの相そうをもつてし、 ならびにこの方ほうの仏ぶつ・菩ぼ薩さつの像ぞうをもつてかの方ほうに類るい度どするを、 名なづけて衆しゅ譬びとなす。」 以上

-但シ浄影ノ云ク、「以シ↢此ノ方ノ日・水等ノ相ヲ↡、ビ以テ↢此ノ方ノ仏・菩薩ノ像ヲ↡類↢度スルヲ彼ノ方ニ↡、名テ為ス↢衆譬ト↡。」 已上

また元がん照じょう (観経義疏巻中) のいはく、 「極楽ごくらくの境きょう界がい、 衆しゅ生じょういまだ識しらず、 物ものをもつて比擬ひぎす。 ゆゑに衆しゅ譬びといふ。」 以上

-又元照ノ云ク、「極楽ノ境界衆生未 ズ ダ↠識、以テ↠物ヲ比擬ス。故ニ云フ↢衆譬ト↡。」 已上

この外ほかの諸しょ師しおのおの釈しゃくを設もうくるといへども大概たいがい異いなし、 ゆゑにことごとく挙あげず。 その証しょうかくのごとし、 義ぎの意こころほぼこれらの解げ釈しゃくに見みえたり。

-此ノ外ノ諸師各雖ヘ↠設ト↠釈ヲ大概無シ↠異、故ニ不↢悉ク挙ゲ↡。其ノ証如シ↠斯ノ、義ノ意粗見タリ↢此等ノ解釈ニ↡。

「汝にょ是ぜ凡ぼん夫ぶ心想しんそう」 とらは、 「序分義」 にいはく、 「韋い提だいは実じつにこれ菩ぼ薩さつ仮かりに凡身ぼんしんを示しめす、 われらは罪人ざいにんなり、 比ひ及ぎゅうするに由よしなし。 この疑うたがいを断だんぜんがためにゆゑに汝にょ是ぜ凡ぼん夫ぶといふなり。」 以上 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「韋い提だいはすなはちこれ女人にょにんの相そう、 貪瞋とんじん具ぐ足そくの凡ぼん夫ぶの位くらいなり。」 以上 たとひ大権だいごんなりといふとも、 いま凡ぼん教きょう発ほっ起きの本ほん意いに約やくすれば、 凡ぼん夫ぶといふをもつて浄教じょうきょうの致むねとなす、 ゆゑにこの釈しゃくあり。

-「▲汝是凡夫心想ト」等者、「序分義ニ」云ク、「▲韋提ハ実ニ是 レ菩薩仮ニ示ス↢凡身ヲ↡、我等ハ罪人ナリ、無シ↠由↢比及スルニ↡。為ニ↠断ンガ↢此ノ疑ヲ↡故ニ言フ↢汝是凡夫ト↡也。」 已上 ¬般舟讃ニ¼云、「▲韋提ハ*則是 レ女人ノ相、貪瞋具足ノ凡夫ノ位ナリ。」 已上 縦ヒ雖フ↢大権ナリト↡、今約スレバ↢凡教発起ノ本意ニ↡、以テ↠謂ヲ↢凡夫ト↡為ス↢浄教ノ致ト↡、故ニ有リ↢此ノ釈↡。

「諸仏しょぶつ如来にょらい有異うい」 とらは、

-「▲諸仏如来有異ト」等者、

問とふ。 「玄げん義ぎ分ぶん」 にいはく、 「日想にっそう・水想すいそう・氷ひょう想そう乃ない至し十じゅう三観さんがんこのかたをことごとく異い方便ほうべんと名なづく。」 以上 いまの釈しゃくのごときは異い方便ほうべんの言ことばひとへに定じょう善ぜんにあり。 なんぞ定じょう散さんを方便ほうべんとなすといふや。

-問。「玄義分ニ」云ク、「▲日想・水想・氷*想乃至十三観已来ヲ尽ク名ク↢異方便ト↡。」 已上 如↢今ノ釈ノ↡者異方便ノ言偏ニ在リ↢定善ニ↡。何ゾ言↣定散ヲ為スト↢方便ト↡乎。

答こたふ。 経きょう文もんに説ときて (観経) 「異い方便ほうべん」 といふは、 まさしく定じょう善ぜんを指さす、 ゆゑに十じゅう三さんと釈しゃくす。 このゆゑに釈しゃくして (玄義分) 「方便ほうべんの由ゆ序じょ」 といふ。 方便ほうべんといふは十じゅう三さん定じょう善ぜんなり、 由ゆ序じょといふは示じ観かん縁えんなり。 ただし大だい師し異い方便ほうべんの言ことばを釈しゃくするに定じょう善ぜんに約やくすといへども、 再往さいおうこれを論ろんぜば十じゅう六ろくに通つうずべし。 ゆゑに ¬般舟はんじゅ讃さん¼ にこの義ぎを述のべていはく、 「定じょう散さんともに回えして宝国ほうこくに入いる、 すなはちこれ如来にょらいの異い方便ほうべんなり。」 以上

-答。経文ニ説テ言↢「▲異方便ト」↡者、正ク指ス↢定善ヲ↡、故ニ釈ス↢十三ト↡。是ノ故ニ釈シテ云↢「▲方便ノ由序ト」↡。言↢方便ト↡者十三定善ナリ、言↢由序ト↡者示観縁也。但シ大師釈スルニ↢異方便ノ言ヲ↡雖ヘ↠約スト↢定善ニ↡、再往論ゼバ↠之ヲ可シ↠通ズ↢十六ニ↡。故ニ¬般舟讃ニ¼述テ↢此ノ義ヲ↡云ク、「▲定散倶ニ廻シテ入ル↢宝国ニ↡、*則是 レ如来ノ異方便ナリ。」 已上

「玄げん義ぎ」 の釈しゃくは ¬経きょう¼ の顕説けんぜつに任まかせ、 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ は仏ぶつの密みっ意ちを探さぐる。 今こん家けかの ¬舟讃じゅさん¼ の釈しゃくによる。

-「玄義ノ」釈者任セ↢¬経ノ¼顕説ニ↡、¬般舟讃ハ¼者探ル↢仏ノ密意ヲ↡。今家依ル↢彼ノ¬*舟讃ノ¼釈1264ニ↡也。

「以い仏力ぶつりき故こ見けん彼ぴ」 とらは、 釈しゃく (序分義) にいはく、 「これ夫ぶ人にん仏ぶつ意いを領りょう解げするに、 上かみの光台こうだい所見しょけんのごとき、 これすでによく向さきに見みつと謂おもひき、 世せ尊そん開かい示じしたまふに始はじめてこれ仏ぶつの方便ほうべんの恩おんなりと知しることを明あかす。」 以上 かれは釈しゃ迦かに約やくしこれは弥陀みだを存ぞんず、 かれは見けん土どに被かぶらしむこれは往おう生じょうにあり。 準じゅん拠こしてこれを示しめすゆゑに意こころを顕あらわすといふ。

-「▲以仏力故見彼ト」等者、釈ニ云、「▲此 レ明ス↧夫人領↢解スルニ仏意ヲ↡、如キ↢上ノ光台所見ノ↡、謂オモヒキ↢是 レ已ニ能ク向ニ見ツト↡、世尊開示シタマフニ始テ知コトヲ↦是 レ仏ノ方便ノ之恩ナリト↥。」 已上 彼ハ約シ↢釈迦ニ↡此ハ存ズ↢弥陀ヲ↡、彼ハ被シム↢見土ニ↡此ハ在リ↢往生ニ↡。准拠シテ示ス↠之ヲ故ニ云フ↠顕ト↠意ヲ。

「若にゃく仏ぶつ滅めつ後ご諸衆しょしゅ」 とらは、 釈しゃく (序分義) にいはく、 「まさしく夫ぶ人にんの悲ひ心しん物もののためにすること、 おのれが往おう生じょうに同おなじく、 永ながく娑しゃ婆ばを逝さりて、 長ながく安楽あんらくに遊あそばしめんといふことを明あかす。」 以上 また (序分義) いはく、 「これ夫ぶ人にん苦機くきを挙こ出すいして、 これらの罪業ざいごうきわめて深ふかし、 また仏ぶつを見みず、 加備かびを蒙こうぶらずは、 いかんしてかかの国くにを見みるべきといふことを明あかす。」 以上 如来にょらいの大だい悲ひはもと未み来らいに被かぶらしむ、 ゆゑに往おう生じょうにおいて正しょう機きたり。

-「▲若仏滅後諸*衆ト」等者、釈ニ云ク、「▲正ク明ス↧夫人ノ悲心為ニスルコト↠物 ノヽ、同ク↢己ガ往生ニ↡、永ク逝テ↢娑婆ヲ↡、長ク遊シメント云コトヲ↦安楽ニ↥。」 已上 又云ク、「▲此 レ明ス↧夫人挙↢出シテ苦機ヲ↡、此等ノ罪業極テ深シ、又不ズ↠見↠仏ヲ、不ズハ↠蒙↢加備ヲ↡、云何シテカ見ベキト云コトヲ↦於彼ノ国ヲ↥也。」 已上 如来ノ大悲ハ本被シム↢未来ニ↡、故ニ於テ↢往生ニ↡為タリ↢正機↡也。

「若にゃく有う合がっ者しゃ名みょう為い」 とらは像観ぞうかんの意こころなり。

-「▲若有合者名為ト」等者像観ノ意也。

問とふ。 当観とうかんの釈しゃく (定善義) にいはく、 「令りょう与よ修しゅ多羅たら合ごうより下しも見けん極楽ごくらく世せ界かいに至いたるこのかたは、 観かんの邪じゃ正しょうの相そうを弁べんず。」 以上 なんぞ 「定じょう観かん難なん成じょう」 の証しょうとするや。

-*問。当観ノ釈ニ云ク、「▲従↢令与修多羅合↡下至ル↢見極楽世界ニ↡已来ハ、弁ズ↢観ノ邪正ノ之相ヲ↡。」 已上 何ゾ為スル↢「▲定観*難成ノ」証ト↡耶。

答こたふ。 邪じゃ正しょうを弁べんずるは、 意こころ難なん成じょうにあり。 修観しゅかんの人ひといまだかならずしもことごとく修しゅ多羅たらに合がっすべからず、 もし合がっせずはすなはち妄想もうぞうなり。 難なん成じょうの義ぎその意こころ知しるべし。

-答。弁ズル↢邪正ヲ↡者、意在リ↢難成ニ↡。修観ノ之人未 ズ ダ↢必シモ悉ク応カラ↟合ス↢修多羅ニ↡、若シ不↠合セ者*則妄想也。難成ノ之義其ノ意可シ↠知。

「於お現身げんしん中ちゅう得念とくねん」 とらは、 これまた像観ぞうかんの結文けつもんなり。

-「▲於現身中得念ト」等者、是 レ又像観ノ之結文也。

問とふ。 いまいふところの 「念仏ねんぶつ三昧ざんまい」 は観かん称しょうの中なかにいづれの法ほうを指さしてや。

-問。今所ノ↠言之「▲念仏三昧ハ」観称ノ之中ニ指シテ↢何ノ法ヲ↡乎。

答こたふ。 念仏ねんぶつ三昧ざんまいはかねて観かん称しょうに亘わたる。 観念かんねん三昧ざんまいは真身しんしん観かん観かん成じょうの位くらいに約やくす、 称しょう念ねん三昧ざんまいはすなはち同おなじき観念かんねん所詮しょせんの法ほう、 念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう摂取せっしゅ不ふ捨しゃの益やくこれなり。 かの観かんの詮せんずるところは摂取せっしゅ不ふ捨しゃ、 これを弥陀みだ願がん意いの宗しゅう旨しとなす。 集しゅう主しゅ聖しょう人にん深ふかくその義ぎに達たっしてこの釈しゃくあり。

-答。念仏三昧ハ兼テ亘ル↢観称ニ↡。観念三昧ハ約ス↢真身観々成ノ之位ニ↡、称念三昧ハ*則同キ観念所詮ノ之法、念仏衆生摂取不捨ノ之益是也。彼ノ観ノ所ハ↠詮ズル摂取不捨、是ヲ為ス↢弥陀願意ノ宗旨ト↡。集主聖人深ク達シテ↢其ノ義ニ↡有1265↢此ノ釈↡*也。

尋たずねていはく、 当文とうもんの釈しゃく (定善義) にいはく、 「まさしく剋念こくねん修観しゅかんして現げんに利り益やくを蒙こうぶることを明あかす。」 以上 剋念こくねんとらはこれ当観とうかんを指さす、 現蒙げんもうとらは下しもの真身しんしんを指さす。 ただ観門かんもんに就つきてこれを釈しゃくするところなり、 なんぞ称しょう念ねんに約やくする。

-尋云、当文ノ釈ニ云ク、「▲正ク明ス↣剋念修観シテ現ニ蒙コトヲ↢利益ヲ↡。」 已上 剋念ト等者是 レ指ス↢当観ヲ↡、現蒙ト等者指ス↢下ノ真身ヲ↡。只就テ↢観門ニ↡所↠釈スル↠之ヲ也、何ゾ約スル↢称念ニ↡。

答こたふ。 現蒙げんもう利り益やくといふ言ことばにおいてその重々じゅうじゅうあり。 初はじめに像観ぞうかんを修しゅし次つぎに真観しんかんを得う、 真観しんかんを得えて後のち摂取せっしゅの益やくに帰きす。 その摂取せっしゅを蒙こうぶることは称しょう念ねんにあるがゆゑに広ひろく三さん経きょうを引ひきて称しょうの益やくたることを成じょうず。 いまの釈しゃくもつぱら経きょうの極ごく致ちを顕あらわす。

-答。於テ↧云フ↢現蒙利益ト↡之言ニ↥有リ↢其ノ重々↡。初ニ修シ↢像観ヲ↡次ニ*得↢真観ヲ↡、得テ↢真観ヲ↡後帰ス↢摂取ノ益ニ↡。蒙ブルコトハ↢其ノ摂取ヲ↡在ガ↢称念↡故ニ広ク引テ↢三経ヲ↡成ズ↠為コトヲ↢称ノ益↡。今ノ釈専ラ顕ス↢経ノ極致ヲ↡也。

「発ほつ三種さんしゅ心しん即便そくべん」 とらは、 信心しんじんの人ひとかならず往おう生じょうを得うることを明あかす。 その往おう生じょうとは、 これ報ほう土どなり。 「復有ぶう」 とらは、 定じょう散さんの諸しょ機き、 世せ・戒かい・行ぎょうの人ひと、 また往おう生じょうすることあり、 ただし化土けどなり。 「依此えし」 とらは、 三輩さんぱいにおいておのおの三心さんしんあることを明あかす。 すなはち上かみにいふところの 「復有ぶう三種さんしゅ衆しゅ生じょうの往おう生じょう」 これなり。

-「▲発三種心即便ト」等者、明ス↣信心ノ人必得コトヲ↢往生ヲ↡。其ノ往生ト者、是 レ報土也。「▲復有ト」等者、定散ノ諸機、世・戒・行ノ人、復有リ↢往生スルコト↡、但シ化土也。「▲依此ト」等者、明ス↧於テ↢三輩ニ↡各有コトヲ↦三心↥。即上ニ所ノ↠言「復有三種衆生ノ往生」是也。

「良りょう知ち」 以下いげ 「可知かち」 といふに至いたるまでは、 これ両経りょうきょう所説しょせつの三心さんしんを弁べんず。 顕けんと彰しょうとに異いと同どうとあるによりてなり。

-「▲良知」已下至マデハ↠云ニ↢「可知ト」↡、是 レ弁ズ↢両経所説ノ三心ヲ↡。依テナリ↣顕ト与 トニ↠彰有ニ↢異ト同ト↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「玄義分」二文

【20】「爾に者しゃ」 とらは、 証しょうを引ひきて義ぎを成じょうず。 所引しょいんの釈しゃくは序題じょだい門もんの釈しゃくなり。

「▲爾者ト」等者、引テ↠証ヲ成ズ↠義ヲ。所引ノ釈者序題門ノ釈ナリ。

問とふ。 三心さんしん一いち異いの義ぎを成じょうぜんがためにいまこの釈しゃくを引ひく、 その意こころいかん。

-*問。為ニ↠成ゼンガ↢三心一異ノ之義ヲ↡今引ク↢此ノ釈ヲ↡、其ノ意云何。

答こたふ。 教きょう主しゅ世せ尊そん定じょう散さんの門もんを開ひらき、 弥陀みだ如来にょらいその弘ぐ願がんを顕あらわす。 しかるに弘ぐ願がんをいふに ¬大だい経きょう¼ の説せつを引ひく。 まさに知しるべし、 ¬観かん経ぎょう¼ 所説しょせつの義ぎはただこれ定じょう散さんなり。 三心さんしんを説とくといへどもいまだかならずしも念仏ねんぶつ他た力りきの安心あんじんならず、 広ひろく定じょう散さん自じ力りきの安心あんじんに亘わたる。 その意い趣しゅに約やくすれば両経りょうきょうこれ異いなり。 またいふところの別べっ意ちの弘ぐ願がん、 まさしく ¬観かん経ぎょう¼ 第七だいしち観かんの住立じゅうりゅうの三尊さんぞんにあり。 この義ぎ辺へんに約やくすれば両経りょうきょうこれ一いちなり、 ゆゑに引ひくところなり。

-答。教主世尊開キ↢定散ノ門ヲ↡、弥陀如来顕ス↢其ノ弘願ヲ↡。而ニ言ニ↢弘願ヲ↡引ク↢¬大経ノ¼説ヲ↡。当ニ↠知ル、¬観経¼所説ノ之義ハ只是 レ定散ナリ。雖ヘ↠説クト↢三心ヲ↡未ダ↢必シモ念仏他力ノ安心ナラ↡、広ク亘ル↢定散自力ノ安心ニ↡。約スレバ↢其ノ意趣ニ↡両経是 レ異ナリ。又所ノ↠言フ之別*意ノ弘願、正ク在リ↢¬観経¼第七観之住立三尊ニ↡。約スレバ↢此義辺ニ↡両経是1266 レ一ナリ、故ニ所↠引ク也。

【21】「又う云うん今こん此し観かん経ぎょう」 とらは宗しゅう旨し門もんの釈しゃくなり。

「▲又云今此観経ト」等者宗旨門ノ釈ナリ。

「観仏かんぶつ」 といふは真身しんしん観かんの意こころ。 これすなはち心こころを摂せっしてかの仏ぶつの相好そうごう・光こう明みょうおよび依え正しょう等とうを観想かんそうす。 「念仏ねんぶつ」 といふは、 同おなじき観かんの意こころにおいて称名しょうみょうを選えらび取とる。 これすなはち念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう摂取せっしゅ不ふ捨しゃの本願ほんがんの宗しゅう源げんに帰き入にゅうす。

-言↢「▲観仏ト」↡者真身観ノ意。是 レ則摂シテ↠心ヲ観↢想ス彼ノ仏ノ相好・光明及ビ依正等ヲ↡。言↢「▲念仏ト」↡者、於テ↢同キ観ノ意ニ↡選ビ↢取ル称名ヲ↡。是 レ則帰↢入ス念仏衆生摂取不捨ノ本願ノ宗源ニ↡。

問とふ。 観仏かんぶつ・念仏ねんぶつは一法いっぽうの異い名みょうなり、 ゆゑに念仏ねんぶつの名な観かんと称しょうとに通つうず。 これ諸しょ経きょう論ろんの通例つうれいなり、 なんぞ両宗りょうしゅうとする。

-問。観仏・念仏ハ一法ノ異名ナリ、故ニ念仏ノ名通ズ↢観ト与 トニ↟称。是 レ*諸経論之通例也、何ゾ為スル↢両宗ト↡。

答こたふ。 これはこれ浄じょう土ど不共ふぐの妙みょう談だんなり。 かの諸しょ教きょう通つう途ずの談だんのごときは正しょう助じょいまだ別べつならず。 いま観かん称しょうを分わかちて称しょうを正しょう業ごうと名なづく、 仏ぶつの本願ほんがんに順じゅんず。 観かん行ぎょうは助業じょごう、 仏ぶつの本願ほんがんにあらず。 この門もんを立たつるに就つきて両りょう三昧ざんまいあり。

-答。此ハ是浄土不共ノ妙談ナリ。如↢彼ノ諸教通途ノ談ノ↡者正助未 ズ ダ↠別ナラ。今分テ↢観称ヲ↡称ヲ名ク↢正業ト↡、順ズ↢仏ノ本願ニ↡。観行ハ助業、非ズ↢仏ノ本願ニ↡。就テ↠立ルニ↢此ノ門ヲ↡有リ↢両三昧↡。

問とふ。 観仏かんぶつにおいては、 観かんもし成じょうぜばすなはち見仏けんぶつすべし、 ゆゑに三昧さんまいと称しょうすることその義ぎしかるべし。 念仏ねんぶつにおいては、 散さん称しょうの行ぎょう見仏けんぶつすることを得えず、 なんぞ三昧さんまいと称しょうする。

-*問。於↢観仏ニ↡者、観若シ成ゼ者*則可シ↢見仏ス↡、故ニ称スルコト↢三昧ト↡其ノ義可シ↠然。於↢念仏ニ↡者、散称ノ之行不↠得↢見仏スルコトヲ↡、何ゾ称スル↢三昧ト↡。

答こたふ。 たとひ散さん称しょうなりといへども、 心こころを一いっ境きょうに繋かけて声々しょうしょう連れん注ちゅうすれば、 功く行ぎょう積しゃく累るいして念仏ねんぶつ定じょうを得えて見仏けんぶつすることを得うべし。 ¬観念かんねん門もん¼ に 「口く称しょう三昧ざんまい」 といふ、 けだしこの義ぎなり。 また現身げんしんに念仏ねんぶつ定じょうを得えざる人ひと、 命終みょうじゅうの時ときに臨のぞみてかならず見仏けんぶつすべし。 当得とうとくの益やくに約やくしてあらかじめ三昧さんまいと名なづく、 これすなはち因いん中ちゅう説せつ果かの義ぎなり。

-答。縦ヒ雖ヘ↢散称ナリト↡、繋テ↢心ヲ一境ニ↡声々連注スレバ、功行積累シテ得テ↢念仏定ヲ↡可シ↠得↢見仏スルコトヲ↡。¬観念門ニ¼云↢「▲口称三昧ト」↡、蓋シ此ノ義也。又現身ニ不ル↠得↢念仏定ヲ↡人、臨テ↢命終ノ時ニ↡必ズ可シ↢見仏ス↡。約シテ↢当得ノ益ニ↡予メ名ク↢三昧ト↡、是則因中説果ノ義也。

「宗しゅう」 とは、 妙みょう楽らく大だい師し釈しゃくして (釈籖巻二意) いはく、 「宗しゅうは尊そんのごとし、 国くにに二にの主しゅなし。」 以上 また度ど律りっ師し三さん義ぎをもつて解げす。 いはゆる独尊どくそん・統とう接しょう・帰き趣しゅの義ぎこれなり。

-「▲宗ト」者、妙楽大師釈シテ云ク、「宗ハ猶↠尊ノ也、国ニ無シ↢二ノ主↡。」 已上 又度律師以テ↢三義ヲ↡解ス。所謂独尊・統*接・帰趣ノ之義是也。

問とふ。 宗しゅうは主しゅたらばなんぞ二に宗しゅうある。

-問。宗ハ為タラ↠主者何ゾ有ル↢二宗↡。

答こたふ。 もし釈しゃ迦かによらば定じょう散さんの要門ようもん、 真身しんしんの観仏かんぶつをその宗しゅう旨しとなす、 「観仏かんぶつ三昧ざんまい為い宗しゅう」 これなり。 もし弥陀みだによらば別べっ意ちの弘ぐ願がん、 念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう摂取せっしゅ不ふ捨しゃをその宗しゅう旨しとなす、 「念仏ねんぶつ三昧ざんまい為い宗しゅう」 これなり。 しかるに流る通ずう付ふ属ぞくの意こころによれば、 念仏ねんぶつは立りゅうのためにして説とき、 定じょう散さんは廃はいのためにして説とく。 もしこの義ぎによればつひに念仏ねんぶつ三昧ざんまいの一いっ宗しゅうに帰きす。 ゆゑに独尊どくそんの義ぎ違い諍じょうするところなし。 これすなはちまた隠おん顕けんの義ぎに約やくしてよろしくその意こころを得うべし。 もし顕けんの義ぎによらば両りょう三昧ざんまいあり、 もし隠おんの義ぎによらばただ一宗いっしゅうなり。

-答。若シ依ラバ↢釈迦ニ↡定散ノ要門、真身ノ観仏ヲ為ス↢其ノ宗旨ト↡、「観仏三昧為宗1267」是也。若シ依ラバ↢弥陀ニ↡別意ノ弘願、念仏衆生*接取不捨ヲ為ス↢其ノ宗旨ト↡、「念仏三昧為宗」是也。而ニ依レバ↢流通付属ノ之意ニ↡、念仏ハ為ニシテ↠立ノ而説キ、定散ハ為ニシテ↠*廃ノ而説ク。若シ依レバ↢此ノ義ニ↡遂ニ帰ス↢念仏三昧ノ一宗ニ↡。故ニ独尊ノ義無シ↠所↢違諍スル↡。是*則又約シテ↢隠顕ノ義ニ↡宜クシ↠得↢其ノ意ヲ↡。若シ依ラバ↢顕ノ義ニ↡有リ↢両三昧↡、若シ依ラバ↢隠ノ義ニ↡唯一宗也。

「一心いっしん」 とらは、 これその体たいを明あかす。 これに二義にぎあり。 一いちにいはく、 「一心いっしん回え願がん」 はこれ観仏かんぶつに約やくす、 「往おう生じょう浄じょう土ど」 はこれ念仏ねんぶつに約やくす。 二ににいはく、 ともに念仏ねんぶつの体たいを顕あらわす、 観仏かんぶつ三昧ざんまいはつひに廃はいすべきがゆゑに体たいを立りゅうせず。

-「▲一心ト」等者、是 レ明ス↢其ノ体ヲ↡。此ニ有↢二義↡。一ニ云ク、「一心廻願ハ」是 レ約ス↢観仏ニ↡、「往生浄土ハ」是 レ約ス↢念仏ニ↡。二ニ云ク、共ニ顕ス↢念仏ノ之体ヲ↡、観仏三昧ハ遂ニ可キガ↠*廃ス故ニ不↠立↠体ヲ也。

「言ごん教きょう」 とらは、 その教きょう相そうを明あかす。 「二に蔵ぞう」 といふは三さん乗じょう教きょうなり。 声しょう聞もん蔵ぞうとはこれ小乗しょうじょう教きょう、 縁覚えんがく乗じょうをもつてこの蔵ぞうに摂せっするなり、 断道だんどう同おなじきがゆゑに。 菩ぼ薩さつ蔵ぞうとはこれ大だい乗じょう教きょう、 二に乗じょうに異ことなるがゆゑに。 この二に蔵ぞうの名なはもと ¬智ち論ろん¼ に出いでたり。 もつぱら三論さんろん宗しゅうにこの名みょう目もくを用もちゐる。 宗しゅう家けの大だい師しまたこれを依え用ようしたまふ、 龍りゅう樹じゅ菩ぼ薩さつ高こう祖そたるがゆゑに。 「二に教きょう」 といふは、 菩ぼ薩さつ蔵ぞうにおいて分別ふんべつするところなり。

-「▲言教ト」等者、明ス↢其ノ教相ヲ↡。言↢「▲二蔵ト」↡者三乗教也。声聞蔵ト者是小乗教、以テ↢縁覚乗ヲ↡摂スル↢此ノ蔵ニ↡也、断道同キガ故ニ。菩薩蔵ト者是 レ大乗教、異ナルガ↢二乗ニ↡故ニ。此ノ二蔵ノ名ハ本モト出タリ↢¬智論ニ¼↡。専ラ三論宗ニ用ル↢此ノ名目ヲ↡。宗家ノ大師又依↢用シタマフ之ヲ↡、龍樹菩薩為タルガ↢高祖↡故ニ。言↢「▲二教ト」↡者、於テ↢菩薩蔵ニ↡所↢分別スル↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「序分義」二文

【22】次つぎの所引しょいんの文もんは 「序分じょぶん義ぎ」 の釈しゃく。

次ノ所引ノ文ハ▲「序分義ノ」釈。

「如にょ是ぜ」 の句くを釈しゃくするに三さん重じゅうの釈しゃくあり、 ことごとくこれを引ひかる。 初はじめは定じょう散さんに約やくす、 文もんにありて分ぶん明みょうなり。

-釈スルニ↢「如是ノ」句ヲ↡有リ↢三重ノ釈↡、悉ク被ル↠引↠之ヲ。初ハ約ス↢定散ニ↡、在テ↠文ニ分明ナリ。

「定じょう辞じ」 といふ下しもは別べっ釈しゃく。 言みことに錯謬しゃくみょうなしといふけだしその意こころなり。

-言↢「▲定辞ト」↡下ハ別釈。云フ↣言ニ無シト↢錯謬↡、蓋シ其ノ意也。

「機き行ぎょう」 とらは、 釈名しゃくみょう門もん (玄義分) にいはく、 「定じょう散さん機きに随したがひて義ぎ零落れいらくせず。 よく修趣しゅしゅの者ものをして、 かならず教行きょうぎょうの縁因えんいんによりて、 願がんに乗じょうじて往おう生じょうしてかの無為むいの法楽ほうらくを証しょうせしむ。」 以上 これまた隠顕おんけんの義ぎあるべし。 顕説けんぜつによれば、 定じょう散さんの機きおのおの己こ行ぎょうを修しゅしてその利り益やくに預あずかる。 隠説おんぜつによれば、 定じょう散さんの機きおのおの仏願ぶつがんに乗じょうじて往おう生じょうの益やくを得う。 これ宗しゅう旨しなり。

-「▲機行ト」等者、釈名門ニ云、「▲定散随テ↠機ニ義不↢零落セ↡。能ク令 シム↧修趣ノ之者ヲシテ、必ズ籍テ↢教行ノ之縁因ニ↡、乗ジテ↠願ニ往生シテ証セ↦彼ノ無為ノ之法楽ヲ↥。」 已上 是又可シ↠有↢隠顕之義↡。依レ↢顕説ニ↡者、定散1268ノ之機各修シテ↢己行ヲ↡預ル↢其ノ利益ニ↡。依レ↢隠説ニ↡者、定散之機各乗ジテ↢仏願ニ↡得↢往生ノ益ヲ↡。是 レ宗旨也。

次つぎは弘ぐ願がんに約やくす。 「如衆にょしゅ」 とらは、 称名しょうみょうの行ぎょうをもつて仏ぶつの本願ほんがんとなして、 衆しゅ生じょうの意こころのごとく浄じょう土どに生しょうぜしむゆゑに。 「定じょう善ぜん義ぎ」 に雑想ざっそう観かんの神通じんずう如にょ意いの文もんを解げするに二にあり。 その一いちの釈しゃくにいはく、 「衆しゅ生じょうの意こころのごとし。 かの心念しんねんに随したがふにみな応おうじてこれを度どす。」 以上 すなはちその意こころなり。

-次ハ約ス↢弘願ニ↡。「▲如衆ト」等者、以テ↢称名ノ行ヲ↡為シテ↢仏ノ本願ト↡、如ク↢衆生ノ意ノ↡令シム↠生ゼ↢浄土ニ↡故ニ。「定善義ニ」解スルニ↢雑想観ノ神通如意ノ之文ヲ↡有リ↠二。其ノ一ノ釈ニ云ク、「▲如シ↢衆生ノ意ノ↡。随テ↢彼ノ心念ニ↡皆応ジテ度ス↠之ヲ。」 已上 *則其ノ意也。

後のちは諸しょ教きょうに約やくす。 この釈しゃくの中なかに十じゅう双そう二に十重じゅうじゅうあり、 その文もん見みつべし。

-▲後ハ約ス↢諸教ニ↡。此ノ釈ノ中ニ有リ↢十双二十重↡、其ノ文可シ↠見ツ。

【23】次つぎの所引しょいんの文もんは顕けん行ぎょう縁えんの釈しゃくなり。

▲次ノ所引ノ文ハ顕行縁ノ釈ナリ。

「機有きう」 とらは、 定じょう散さん所修しょしゅの行ぎょうたりといへども、 仏ぶつの本願ほんがんに望のぞむれば意こころ専せん称しょうにあり。 ゆゑにその定じょう散さんはただこれ機き分ぶんなり。 このゆゑに二機にきともに仏願ぶつがんに帰きして往おう生じょうを得うべし。 ゆゑに 「衆しゅ生じょうの機きに二に種しゅあり一いちには定じょう二にには散さん」 といふなり。

-「▲機有ト」等者、定散雖↠為ト↢所修ノ之行↡、望ムレバ↢仏ノ本願ニ↡意在リ↢専称ニ↡。故ニ其ノ定散ハ只是 レ機分ナリ。是ノ故ニ二機共ニ帰シテ↢仏願ニ↡可↠得↢往生ヲ↡。故ニ云フ↧「衆生ノ機ニ有↢二種↡一者定二者散」↥也。

「顕開けんかい」 とらは、 この釈しゃく 「もし定行じょうぎょうによれば、 すなはち生しょうを摂せっするに尽つきず。 ここをもつて如来にょらい方便ほうべんして三福さんぷくを顕開けんかいして、 もつて散動さんどうの根こん機きに応おうず」 (序分義) といふに就つきて、 ひそかに宗しゅう旨しを伺うかがふにこの次つぎに言いふべし。 散動さんどうの機きにおいてまた二に種しゅあり、 善人ぜんにんと悪人あくにんとなり。 もし三福さんぷくによれば生しょうを摂せっするに尽つきず、 ゆゑに仏ぶつ弘ぐ願がんの一いち行ぎょうを顕開けんかいしてその悪あく機きに応おうず。 その悪あく機きにおいてまた二に種しゅあり、 長命じょうみょうと短たん命みょうとなり。 上じょう尽じん一いち形ぎょう・七日しちにち・一日いちにち乃ない至し十じゅう念ねん、 みなこれもつて長命じょうみょうの類るいに応おうず。 乃ない至し一念いちねん聞もん名みょう往おう生じょう短たん命みょうの機きに応おうず。 これ仏ぶつの大だい悲ひ衆しゅ機きを漏もらしたまはざる深要じんようなり。

-「▲顕開ト」等者、此ノ釈就テ↠云ニ↧「▲若シ依レバ↢定行ニ↡、*則摂スルニ↠生ヲ不↠尽キ。是以如来方便シテ顕↢開シテ三福ヲ↡、以テ応ズト↦散動ノ根機ニ↥、」窃ニ伺ニ↢宗旨ヲ↡此ノ次ニ可シ↠言。於テ↢散動ノ機ニ↡亦有↢二種↡、善人ト悪人トナリ。若シ依レバ↢三福ニ↡摂スルニ↠生ヲ不↠尽キ、故ニ仏顕↢開シテ弘願ノ一行ヲ↡応ズ↢其ノ悪機ニ↡。於テ↢其ノ悪機ニ↡亦有リ↢二種↡、長命ト短命トナリ。上尽一形・七日・一日乃至十念、皆是 レ以テ応ズ↢長命之類ニ↡。乃至一念聞名往生応ズ↢短命ノ機ニ↡。是 レ仏ノ大悲不ル↠漏シタマハ↢衆機ヲ↡之深要也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ ・「散善義」文

【24】次つぎの所引しょいんの文もんは三心さんしんの釈しゃく (散善義) なり。

▲次ノ所引ノ文ハ三心ノ釈也。

問とふ。 この三心さんしんの釈しゃく、 第三だいさん巻かんの初はじめにすでにこれを引用いんようす、 なんぞ重かさねて戴のするや。

-問。此ノ三心ノ釈、▲第三巻ノ初ニ既ニ引↢用ス之ヲ↡、何ゾ重テ戴スル哉1269。

答こたふ。 彼此ひしの所引しょいんたがひに除取じょしゅあり。 すなはち第三だいさん巻かんには自利じり利他りたの標釈ひょうしゃくを戴のすといへども細さい釈しゃくを引ひかず。 このゆゑにいまつぶさにこれを引ひく等とうなり。 ただしその本文ほんもんの詞ことばを引ひかずといへども、 前ぜん後ごを知しらんがためにわたくしにいささかこれを解げす、 載のせてかの巻かんにあり。 いはゆる総そうじては捨悪しゅあく修善しゅぜんに約やくし、 別べっしては三業さんごうに約やくしてその欣厭ごんえんを明あかす。 また善悪ぜんあくに就つきて真実しんじつの義ぎを解げする、 これ大たい意いなり。 これすなはち諸しょ機き自じ力りきの心しんなり。 これによりてこれを自利じり真実しんじつと名なづく。 かの利他りた真実しんじつの心しんにおいては、 まづこれを標ひょうすといへどもその相そうを釈しゃくせず。 けだしこれ如来にょらい利他りたの心しん、 すなはち上かみの釈しゃくの中なかに (信巻) 「おほよそ施為せい趣しゅ求ぐするところ」 の義ぎ趣しゅをいふこれなり。

-答。彼此ノ所引互ニ有リ↢除取↡。即第三巻ニハ雖↠戴スト↢自利々他ノ標釈ヲ↡不↠引↢細釈ヲ↡。是ノ故ニ今具ニ引ク↠之ヲ等也。但シ雖ヘ↠不ト↠引カ↢其ノ本文ノ詞ヲ↡、為ニ↠知ンガ↢前後ヲ↡私ニ聊解ス↠之ヲ、載テ在リ↢彼ノ巻ニ↡。所謂総ジテハ約シ↢捨悪修善ニ↡、別シテハ約シテ↢三業ニ↡明ス↢其ノ欣厭ヲ↡。又就テ↢善悪ニ↡解スル↢真実ノ義ヲ↡、是 レ大意也。是 レ*即諸機自力ノ心也。因テ↠茲ニ名ク↢之ヲ自利真実ト↡。於↢彼ノ利他真実ノ心ニ↡者、先ヅ雖↠標スト↠之ヲ不↠釈セ↢其ノ相ヲ↡。蓋シ是 レ如来利他ノ之心、*則上ノ釈ノ中ニ言↧「▲凡ソ所ノ↢施為趣求スル↡」之義趣ヲ↥是也。

「乃ない至し」 といふは、 至し誠じょう心しんの中なかにいふところの 「不ふ善ぜん三業さんごう必ひっ須しゅ」 (信巻) 以下いげ、 ならびに深心じんしんの中なかの機き法ほう二に種しゅの信心しんじんの釈しゃくを除のぞく七しち行ぎょう余よなり。 かれは第三だいさん巻かんにを引用いんようするがゆゑにいまこれを略りゃくすらくのみ。

-言↢「▲乃至ト」↡者、除ク↢至誠心之中ニ所ノ↠言フ「▲不善三業必須」以下、ニ深心ノ中ノ機法二種ノ信心ノ之釈ヲ↡七行余也。彼ハ第三巻ニ引用スルガ之故ニ、今略スラク↠之ヲ耳。

「又う決けつ定じょう深信じんしん釈しゃ迦か仏ぶつ」 とらは、

-「▲又決定深信釈迦仏ト」等者、

問とふ。 この釈しゃく同おなじく第三だいさんにあり。 一段いちだんの文もんを略りゃくしてなんぞあながちにこの一文いちもんを引用いんようするや。

-問。此ノ釈同オナジク在リ↢▲第三ニ↡。略シテ↢一段ノ文ヲ↡何ゾ強ニ引↢用スル此一文ヲ↡耶。

答こたふ。 かれを除のぞきこれを取とることかならずしも一いち準じゅんならず。 ただし由ゆえなきにあらず。 機き法ほう二に種しゅの信心しんじんとは真実しんじつの信心しんじんなり。 しばらく定じょう散さん二に種しゅの機きに約やくしてこれを宣説せんぜつすといへども、 つひに如来にょらい利他りたの三信さんしんに同おなじ。 いま ¬観かん経ぎょう¼ の中なかに説とくところの定じょう散さんは、 まさしくこれかの報ほう土ど所しょ生しょうの真因しんいんにあらず。 この義ぎをもつてのゆゑに、 当巻とうかんにこれを引ひきて化土けどの生しょう因いんたることを表ひょうするものか。

答。除キ↠彼ヲ取コト↠此ヲ不ズ↢必シモ一准ナラ↡。但シ非ズ↠無ニ↠由。機法二種ノ之信心ト者真実ノ信心ナリ。暫ク約シテ↢定散二種ノ之機ニ↡雖ヘ↣宣↢説スト之ヲ↡、遂ニ同ジ↢如来利他ノ三信ニ↡。今¬観経ノ¼中ニ所ノ↠説ク定散ハ、正ク是 レ非ズ↢彼ノ報土所生ノ真因ニ↡。以ノ↢此ノ義ヲ↡故ニ、当巻ニ引テ↠之ヲ表スル↠為コトヲ↢化土ノ生因↡者歟。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 「又う決けつ定じょう深信じんしん弥陀みだ経きょう」 以下いげ 「往おう生じょう之し大益だいやく也や」 といふに至いたるまで二に十じゅう行ぎょうなり。 これまた同おなじく第三だいさん巻かんの所引しょいんたるがゆゑに。

-次ニ「▲乃至ト」者、「▲又決定深信弥陀経」以下至マデ↠云ニ↢「往生之大益也ト▲」↡二十行也。是 レ又同ク為タルガ↢第三巻ノ之所引↡故ニ也。

次つぎに 「又う深心じんしん深信じんしん者しゃ」 の下しも二に行ぎょう余よは第三だいさん巻かんの中なかに引ひき残のこすところの解げ釈しゃくの初はじめなり。 ゆゑにいまこれを引ひく。

-次ニ「▲又深心深信者ノ」下二行余者第1270三巻ノ中ニ所ノ↢引キ残ス↡之解釈ノ初也。故ニ今引ク↠之ヲ。

次つぎに 「乃ない至し」 とは、 四し重じゅう難なん破ぱ以下いげ 「就じゅ人にん立信りっしん也や」 に至いたるまで五ご十じゅう七しち行ぎょう有余うよこれなり。 四し重じゅうの難答なんとう除のぞくべからずといへども、 第三だいさん巻かんの中なかに初はじめの三さん重じゅうおよび四し重じゅうの初はじめを略りゃくして、 中ちゅう間けん以下いげ簡要かんようの文言もんごん十じゅう六ろく行ぎょう余よ引用いんようすることすでに訖おわりぬ。 このゆゑに大概たいがい前さきに譲ゆずりて略りゃくすらくのみ。

-次ニ「▲乃至ト」者、▲四重難破以下至マデ↢「就人立信也ニ▲」↡五十七行有余是也。四重ノ難答雖ヘ↠不ト↠可ラ↠除ク、第三巻ノ中ニ略シテ↢初ノ三重及ビ四重ノ初ヲ↡、中間以下簡要ノ文言十六行余引用スルコト既ニ訖ヌ。是ノ故ニ大概譲テ↠前ニ略スラク耳。

「次し就じゅ行ぎょう立信りっしん者しゃ」 といふ下しも 「名みょう為い正しょう」 に至いたるまで六ろく行ぎょう余よは、 第三だいさん巻かんの中なかに除のぞくがゆゑにこれを引ひく。

-言フ↢「▲次就行立信者ト」↡下至マデ↢「名為正ニ▲」↡六行余者、第三巻ノ中ニ除ガ故ニ引ク↠之ヲ。

「又う就じゅ此し正中しょうちゅう」 の下しも 「悉しつ名みょう難ぞう行ぎょう」 といふに至いたるまで往おう生じょうの行ぎょう相そうを明あかす文もん、 かの巻かんの中なかにこれを引ひくといへども 「若にゃく修前しゅぜん」 の下しも 「雖すい可か回え向こう得とく生しょう」 といふに至いたるまで二に行ぎょうの得失とくしつを明あかす文もん、 かの巻かんに除のぞくがゆゑに、 いまつぶさにこれを引ひく。 くはしく二に行ぎょうを挙あぐることはその得失とくしつを識しき知ちせしめんがためなり。

-「▲又就此正中ノ」下至マデ↠言ニ↢「悉名難行ト」↡明ス↢往生ノ行相ヲ↡文、彼ノ巻ノ中ニ雖↠引ト↠之ヲ「▲若修前ノ」下至マデ↠言ニ↢「雖可廻向得生ト」↡明ス↢二行ノ得失ヲ↡文、彼ノ巻ニ除クガ故ニ、今具ニ引ク↠之ヲ。委ク挙ルコトハ↢二行ヲ↡為↠令ンガ↣識↢知セ其ノ得失ヲ↡也。

「三者さんじゃ回え向こう発願ほつがん」 とらは、 この心しんの中なかにおいて三さん重じゅうの釈しゃくあり。 いまの所引しょいんはこれその初しょ重じゅう、 回え因いん向こう果か自じ力りきの心しんなり。 このゆゑに当巻とうかんにことさらにこれを引ひかる。 下しもの二に重じゅう、 回思えし向道こうどう・回え入にゅう向こう利りは第三だいさん巻かんの中なかにすでにこれを引ひき訖おわりぬ。 かの二に重じゅう他た力りきに約やくするがゆゑなり。

-「▲三者廻向発願ト」等者、於テ↢此ノ心ノ中ニ↡有リ↢三重ノ釈↡。今ノ所引者是 レ其ノ初重、廻*因向果自力ノ心也。是ノ故ニ当巻ニ故ニ被ル↠引カ↠之。下ノ之二重、廻思向道・廻入向利ハ▲第三巻ノ中ニ既ニ引キ↠之ヲ訖ヌ。彼ノ二重約スルガ↢他力ニ↡故也。

 

六ろく要よう鈔しょう第だい六ろく 旧きゅう本ほん 新しん本ほん

 

延書は底本の訓点に従って有国が行った(固有名詞の訓は保証できない)。
底本は◎本派本願寺蔵明徳三年慈観上人書写本。 Ⓐ本派本願寺蔵文安四年空覚書写本、 Ⓑ興正派興正寺蔵蓮如上人書写本 と対校。
花→Ⓐ華
則→Ⓐ即
接→Ⓐ摂
逆→◎Ⓑ戒
含→Ⓑ合
接→Ⓐ摂
又 Ⓐになし
倍 →◎Ⓐ僖
生→Ⓐ宮
此 Ⓐになし
託→Ⓐ詫
経 Ⓐになし
問→Ⓐ同
億 ◎ⒶⒷになし
他→Ⓐ化
復以→Ⓐ後
以→Ⓐ已
智 Ⓐになし
或→Ⓐ惑
諸→◎Ⓑ説
宮胎→◎ⒶⒷ胎宮
者→Ⓐ者[即]
已→Ⓐ也
廃→Ⓐ癈
諸 Ⓐになし
心 Ⓐになし
則→Ⓐ即
意→Ⓐ主
去→Ⓐ生
門→Ⓑ聞
廃→◎ⒶⒷ癈
廃→Ⓐ癈
則→Ⓐ即 Ⓑになし
乃→Ⓐ及
言→Ⓐ云
云 ◎「観歟」と上欄註記
想→Ⓐ相
舟→◎ⒶⒷ生
衆→Ⓐ衆[生]
問→Ⓐ同
難 Ⓑになし
也 Ⓐになし
得真観 Ⓐになし
問→Ⓐ門
意→Ⓐ異
諸→Ⓐ経
問→Ⓐ同
接→Ⓐ摂
接→Ⓐ摂
廃→◎ⒶⒷ癈
廃→◎Ⓑ癈→Ⓐ度
即→Ⓐ則
因 Ⓑになし