1203◎六ろく要よう鈔しょう第だい五ご

 

二 Ⅱ ⅴ 真仏土

【1】◎△当巻とうかん大門だいもん第だい五ごに、 真仏しんぶつならびに真しん土どを明あかす。

◎当巻大門第五ニ、明ス↢真仏ニ真土ヲ↡。

中なかにおいて四しあり。 一いちには題目だいもく、 二にには標ひょう挙こ、 三さんには正釈しょうしゃく、 四しには総結そうけつなり。

-於テ↠中ニ有リ↠四。一者▽題目、二者▽標挙、三者▽正釈、四ニハ▽総結也。

二 Ⅱ ⅴ a 題目

【2】初はじめに題目だいもくの中なかに、 二にを分わかつこと前さきのごとし。

初ニ△題目ノ中ニ、分コト↠*三ヲ如シ↠▲前ノ。

上じょう来らいの四し巻かんは能のう帰きの機きに約やくす。 教きょうより証しょうに至いたる、 しかして後のちよろしく所しょ帰きの身しん土どを知しるべし。 このゆゑに能所のうしょ由ゆえありて四し・五ごその次し第だいを成じょうず。

-上来ノ四巻ハ約ス↢能帰ノ機ニ↡。自リ↠教至ル↠証ニ、然シテ後宜クシ↠知ル↢所帰ノ身土ヲ↡。是ノ故ニ能所有テ↠由四・五成ズ↢其ノ次第ヲ↡。

二 Ⅱ ⅴ b 標挙

【3】二にに標ひょう挙この中なかに、 並ならべて両りょう願がんを標ひょうす。 「光こう明みょう無む量りょう」 はこれ第だい十じゅう二に、 あるいは得とく勝しょう光こう明みょうといひ、 あるいは仏光ぶっこう無む辺へんといふ。 「寿じゅ命みょう無む量りょう」 はこれ第だい十じゅう三さん、 あるいは得とく寿じゅ久く往じゅうといひ、 あるいは仏ぶつ寿じゅ無む量りょうといふ。

二ニ△標挙ノ之中ニ、並ベテ標ス↢両願ヲ↡。「▲光明無量ハ」是 レ第十二、或ハ云ヒ↢得勝光明ト↡、或ハ云フ↢仏光無辺ト↡。「▲寿命無量ハ」是 レ第十三、或ハ云ヒ↢得寿久往ト↡、或ハ云フ↢仏寿無量ト↡。

二 Ⅱ ⅴ c 正釈

【4】△正釈しょうしゃくの中なかに分わかちて二にとなす。 ▽まづ文もんの初はじめより 「是也ぜや」 といふに至いたるまでは略りゃくして身しん土どを標ひょうす。 ▽次つぎに 「大だい経きょう」 よりはまさしく諸文しょもんを引ひく。

正釈ノ之中ニ分テ而為ス↠二ト。先ヅ自リ↢文ノ初↡至マデハ↠云ニ↢「是也ト」↡略シテ標ス↢身土ヲ↡。次ニ自ハ↢「大経」↡正ク引ク↢諸文ヲ↡。

二 Ⅱ ⅴ c イ 略標

【5】初はじめに略りゃくして標ひょうする中なかに、

△初ニ略シテ標スル中ニ、

問とふ。 「不可ふか思議しぎ光こう如来にょらい」 とは、 この名な出いでていづれの経釈きょうしゃくにかあるや。

-問。「▲不可思議光如来ト」者、此ノ名出デヽ在ル↢何レノ経釈ニカ↡乎。

答こたふ。 文言もんごんに隠かくれたりといへども義ぎは ¬大だい経きょう¼ にあり。 いはゆる十じゅう二に光仏こうぶつの勝しょう徳とく、 みなこれ不可ふか思議しぎなるがゆゑなり。

-答。文言ニ雖ヘ↠隠タリト義ハ在リ↢¬大経ニ¼↡。所謂▲十二光仏ノ勝徳、皆是不可思議ナルガ故也。

あきらかにその名なを顕あらわすことは ¬宝ほう積しゃく経きょう¼ に出いでたり。 これに因よりて鸞らん師しの ¬讃さん弥陀みだの偈げ¼ にこの尊号そんごうを載のす。 ¬如来にょらい会え¼ の文もんならびに鸞らん師しの釈しゃく下しもの所引しょいんのごとし。

明ニ顕スコトハ↢其ノ名ヲ↡出タリ↢¬宝積経ニ¼↡。因テ↠茲ニ鸞師ノ¬讃弥陀ノ偈ニ¼載ス↢此ノ尊号ヲ↡。▲¬如来会ノ¼文ニ▲鸞師1204ノ釈如シ↢下ノ所引ノ↡。

問とふ。 「無む量りょう光こう明みょう土ど」 の名みょう目もくいづれの文もんにか出いでたるや。

-問。「▲無量光明土ノ」之名目出タル↢何レノ文ニカ↡耶。

答こたふ。 これまた下しもにあり。 いはゆる ¬覚かく経きょう¼ 六言ろくごん四句しくの中なかにいふところの一いっ句くこれなり。

-答。是 レ又在リ↠下ニ。所謂▲¬覚経¼六言四句ノ之中ニ所ノ↠云フ一句是 レ也。

当巻とうかんの大たい意いこの光こう明みょう・寿じゅ命みょうの無む量りょうをもつて真しん報身ほうじん常住じょうじゅうの義ぎを成じょうず。

-当巻ノ大意以テ↢此ノ光明・寿命ノ無量ヲ↡成ズ↢真報身常住ノ義ヲ↡也。

光こう明みょう無む量りょうはまさしく横おうの義ぎに約やくして兼かねて竪しゅの義ぎに亘わたる。 これ衆しゅ生じょう無む辺へんなるをもつてのゆゑに。 光こう明みょう無む辺へんにして無む辺へんのもろもろの有う情じょう類るいを摂せっ化けするはこれ横おうの義ぎなり。 また竪しゅを兼かぬとは、 遠とおく三さん世ぜに亘わたりて断絶だんぜつすることあることなくして利り益やく尽つくることなし。

-光明無量ハ正ク約シテ↢横ノ義ニ↡兼テ亘ル↢竪ノ義ニ↡。此 レ以テノ↢衆生無辺ナルヲ↡之故ニ。光明無辺ニシテ摂↢化スルハ無辺ノ諸ノ有情類ヲ↡是 レ横ノ義也。又兼ト↠竪ヲ者、遠ク亘テ↢三世ニ↡無シテ↠有コト↢断絶スルコト↡利益無シ↠尽コト。

寿じゅ命みょう無む量りょうはこれ竪しゅの辺へんに約やくす。 しばらく因願いんがんによれば十劫じっこう成じょう覚がくの身しんたりといへども、 諸仏しょぶつの寿じゅ命みょう平びょう等どうの果か海かい欠減けつげんあることなし。 ただこれ本覚ほんがく弥陀みだの寿いのちなり。 この義ぎ辺へんに約やくすれば、 酬しゅう因いん感かん果かはこれ始し覚がくの智ち、 無為むい凝ぎょう然ねんはこれ本覚ほんがくの理り。 理智りち不二ふににして始し本ほんこれ一いちなり。 すでに始し覚がくに至いたればかならず本覚ほんがくに冥みょうず。 また釈しゃ迦か仏ぶつの久く遠おんの実寿じつじゅすなはち阿あ弥陀みだの名みょう義ぎなり。

-寿命无量ハ是 レ約ス↢竪ノ辺ニ↡。且ク依レバ↢因願ニ↡雖ヘ↠為ト↢十劫成覚ノ之身↡、諸仏ノ寿命平等ノ果海無シ↠有コト↢闕減↡。只是 レ本覚弥陀ノ寿也。約スレバ↢此ノ義辺ニ↡、酬因感果ハ是 レ始覚ノ智、無為凝然ハ是 レ本覚ノ理。理智不二ニシテ始本是 レ一ナリ。已ニ至レバ↢始覚ニ↡必ズ冥ズ↢本覚ニ↡。又釈迦仏ノ久遠ノ実寿即阿弥陀ノ之名義也。

ゆゑに ¬法ほっ華け¼ (巻五寿量品) にいはく、 「慧え光こう照てらして無む量りょうなり、 寿じゅ命みょう無む数しゅ劫こうなり。」 以上

-故ニ¬法*華ニ¼云ク、「恵光照シテ无量ナリ、寿命无数劫ナリ。」 已上

無む量りょう光こうとは、 仏ぶっ智ち観かん照しょうの妙みょう用ゆうなり。 無む量りょう寿じゅとは、 法身ほっしん常住じょうじゅうの妙みょう理りなり。 体用たいゆう不離ふりにして理智りち冥みょう合ごうす。 釈しゃく尊そんの功く徳どくまつたく阿あ弥陀みだ、 諸仏しょぶつの功く徳どくまたもつて道同どうどうなり。 このゆゑにいま光こう明みょう寿じゅ命みょうの無む量りょうの功く徳どくによりて真しん報身ほうじんを立たつこと、 その義ぎ可かなり。

-無量光ト者、仏智観照ノ之妙用也。無量寿ト者、法身常住ノ之妙理也。体用不離ニシテ理智冥合ス。釈尊ノ功徳全ク阿弥陀、諸仏ノ功徳又以テ道同ナリ。是ノ故ニ今依テ↢光明・寿命無量ノ功徳ニ↡立コト↢真報身ヲ↡、其ノ義可也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ 正引
          ・ 第十二願文

【6】初はじめの願がんの中なかに、

△初ノ願ノ之中ニ、

問とふ。 いまこの仏光ぶっこうはこれ常じょう光こうか、 現げん起き光こうか。

-問。今此ノ仏光ハ是 レ常光歟、現起光歟。

答こたふ。 これ常じょう光こうなり。 すでに本願ほんがんに酬むくひてこの勝しょう光こうを感かんず、 なんぞ現げん起き光こうならん。 もし常じょう光こうにあらずはなんぞ諸仏しょぶつに超こえん。

-答。是 レ常光也。既ニ酬テ↢本願ニ↡感ズ↢此ノ勝光ヲ↡、何ゾ現起光ナラン。若シ非ズハ↢常光ニ↡何ゾ超エン↢諸仏ニ↡。

このゆゑに楞りょう厳ごんの ¬略りゃく記き¼ (小経略記) に釈しゃくしていはく、 「常じょう光こうは一尋いちじん、 常じょうなりといへども遍へんにあらず。 別縁べつえんはあまねく照てらす、 遍へんなりといへども常じょうにあらず。 この仏ぶつの光こう明みょうはすなはちかくのごとくならず、 無む量りょう劫こうを経へてあまねく十方じっぽうを照てらす。」 以上

-是ノ故ニ楞厳ノ¬略記ニ¼釈1205シテ云、「常光ハ一尋、雖ヘ↠常ナリト非ズ↠遍ニ。別縁ハ遍ク照ス、雖ヘ↠遍ナリト非ズ↠常ニ。此ノ仏ノ光明ハ即不↠如ナラ↠是ノ、経テ↢無量劫ヲ↡遍ク照ス↢十方ヲ↡。」 已上

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ 第十三願文

【7】次つぎの願がんの中なかに、

▲次ノ願ノ之中ニ、

問とふ。 いまの無む量りょうとは、 有う量りょうの無む量りょう、 無む量りょうの無む量りょうの中なかにはいづれぞや。

-問。今ノ无量ト者、有量ノ無量、無量ノ無量之中ニハ何ゾ耶。

答こたふ。 弥陀みだをもつて応身おうじんと判はんずる諸しょ師しの義ぎによらば有う量りょうの無む量りょう、 彌陀みだをもつて報身ほうじんとする大だい師しの義ぎによりては無む量りょうの無む量りょうなり。 随したがひて集しゅう主しゅ当願とうがんの意こころに約やくして真仏しんぶつ土どを判はんず。 真仏しんぶつ土どとはすなはちこれ報ほうなり。 無む量りょうの無む量りょうの義ぎを存ぞんずべきなり。 これはこれ一得いっとく永よう無む失しつなり、 これはこれ無む上じょう涅ね槃はん常住じょうじゅうの寿いのちなり。

-答。依ラ↧以テ↢弥陀ヲ↡判ズル↢応身ト↡之諸師ノ義ニ↥者有量ノ无量、依テ↧以テ↢彌陀ヲ↡為スル↢報身ト↡之大師ノ義ニ↥者无量ノ无量ナリ。随テ而集主約シテ↢当願ノ意ニ↡判ズ↢真仏土ヲ↡。真仏土ト者即是 レ報也。可キ↠存ズ↢无量ノ无量ノ義ヲ↡也。此ハ是 レ一得永不失也、此ハ是 レ无上涅槃常住ノ寿也。

問とふ。 「下至げし百ひゃく千億せんおく那な由他ゆた劫こう」 とは、 いふところの 「劫こう」 は所しょ至しを指さすか、 所しょ超ちょうを指さすか。

-問。「▲下至百千億那由他劫ト」者、所ノ↠言「劫」者指ス↢所至ヲ↡歟、指↢所超ヲ↡歟。

答こたふ。 所しょ至しに約やくせば義ぎ有う量りょうに当あたる。 もし所しょ超ちょうに約やくすれば意こころ無む量りょうに協かなふ。 このゆゑに所しょ超ちょうの劫こうといふべきなり。

-答。約セ↢所至ニ↡者義当ル↢有量ニ↡。若シ約スレバ↢所超ニ↡意協フ↢无量ニ↡。是ノ故ニ可キ↠云↢所超ノ劫ト↡也。

問とふ。 なんの道どう理りによりてか所しょ超ちょうといふや。

-問。依テカ↢何ノ道理ニ↡云↢所超ト↡耶。

答こたふ。 余よ願がんの中なかにおいて準じゅん知ちするところあり。 いはく五ご通つうの願がんにみな (大経巻上) 「不知ふち」・「不ふ見けん」・「不ふ超ちょう」 といふ。 当願とうがんの中なかに不至ふしといはず、 すでに 「不ふ照しょう」 といふ。 ゆゑに所しょ至しにあらず、 これ所しょ超ちょうなり。

-答。於テ↢余願ノ中ニ↡有リ↠所↢准知スル↡。謂ク五通ノ願ニ皆云フ↢「▲不知」・「▲不見」・「▲不超ト」↡。当願ノ之中ニ不↠云↢不至ト↡、既ニ云フ↢「▲不照ト」↡。故ニ非ズ↢所至ニ↡、是 レ所超也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ 第十二願成就文

【8】次つぎに成じょう就じゅの文もん。 しばらく一いっ師しの科か釈しゃくの意こころによりてほぼこれを料りょう簡けんす。

▲次ニ成就ノ文。且ク依テ↢一師ノ科釈ノ之意ニ↡粗料↢簡ス之ヲ↡。

「仏告ぶつごう阿あ難なん無む量りょう寿じゅ」 の下しもは別べっして所しょ成じょうを明あかす、 中なかにおいて二にあり。 ▽初はじめには仏身ぶっしんを明あかす いまの所引しょいんこれなり、 次つぎに 「声しょう聞もん・菩ぼ薩さつ」 (大経巻上) の下しもは身しんに約やくして徒と衆しゅを明あかす いまの所引しょいんにあらず。

-「▲仏告阿難無量寿ノ」下ハ別シテ明ス↢所成ヲ↡、於テ↠中ニ有リ↠二。初ニハ明ス↢仏身ヲ↡ 今ノ所引是也、 次ニ「▲声聞・菩薩ノ」下ハ約シテ↠身ニ明ス↢徒衆ヲ↡ 非ズ↢今ノ所引ニ↡。

初はじめの文もんにまた二に。 ▽初はじめには仏光ぶっこうを明あかす 所引しょいんの文もんの初はじめより 「尚しょう未み能尽のうじん」 に至いたる。 次つぎには仏寿ぶつじゅを明あかす 次下つぎしもの 「仏ぶつ語ご」 より所引しょいんの文もんの終おわりに至いたる。

-△初ノ文ニ亦二。初ニハ明ス↢仏光ヲ↡ 自↢所引ノ文ノ初↡至ル↢「尚未能尽ニ▲」↡。 ▽次ニハ明ス↢仏寿ヲ↡ 自↢次下ノ「▲仏語」↡至ル↢所引ノ文ノ終ニ↡。

△初はじめの中なかにまた四し。 ▽一いちには釈しゃ迦かの讃嘆さんだん 文もんの初はじめより 「皆かい蒙もう解げ脱だつ」 に至いたる、 ▽二にには諸しょ聖しょうの讃嘆さんだん 「無む量りょう寿じゅ仏ぶつ」 より 「亦やく復ぶ如にょ是ぜ」 に至いたる、 三さんには衆しゅ生じょうの讃嘆さんだん 「若にゃく有う衆しゅ生じょう」 より 「亦やく如今にょこん也や」 に至いたる、 ▽四しには如来にょらいの結嘆けったん 「仏言ぶつごん我が説せつ」 以下いげ、 これすなはち初はじめの願がん成じょう就じゅの文もんなり。

-初ノ中ニ又四。一1206ニハ釈迦ノ讃嘆 自↢文ノ初↡至ル↢「皆蒙解脱ニ▲」↡、 二ニハ諸聖ノ讃嘆 自↢「▲無量寿仏」↡至ル↢「亦復如是ニ」↡、 ▽三ニハ衆生ノ讃嘆 自↢「▲若有衆生」↡至↢「亦如今也ニ」↡、 四ニハ如来ノ結嘆 「▲仏言我説」已下、 是 レ則初ノ願成就ノ文也。

△初はじめの文もんの中なかに、 「最尊さいそん第一だいいち諸仏しょぶつ」 とらは、

-初ノ文ノ之中ニ、「▲最尊第一諸仏ト」等者、

問とふ。 諸仏しょぶつの功く徳どく実じつに差別しゃべつなし。 なんぞ光こう明みょうにおいて勝しょう劣れつあるや。

-問。諸仏ノ功徳実ニ无シ↢差別↡。何ゾ於テ↢光明ニ↡有↢勝劣↡耶。

答こたふ。 かの ¬礼讃らいさん¼ の前ぜん序じょの問答もんどうのごとし。 その果位かいにおいてこれ平びょう等どうなりといへども、 因いん位にの願がんによれば差別しゃべつなきにあらず。 この仏ぶつすでに光こう明みょう・名みょう号ごうをもつて十方じっぽうを摂せっ化けす。 阿あ弥陀みだとは、 すなはち無む量りょう光こう・無む量りょう寿じゅなり。 弥陀みだ如来にょらいその本ほんたるがゆゑに最尊さいそん第一だいいちなり。 最尊さいそん第一だいいちなれば余よは及およばざるなり。

-答。如シ↢彼ノ¬礼讃ノ¼▲前序ノ問答ノ↡。於テ↢其ノ果位ニ↡是 レ雖ヘ↢平等ナリト↡、依レバ↢因位ノ願ニ↡非ズ↠無ニ↢差別↡。此ノ仏既ニ以テ↢光明・名号ヲ↡摂↢化ス十方ヲ↡。阿弥陀ト者、即无量光・无量寿也。弥陀如来為タルガ↢其ノ本↡故ニ最尊第一ナリ。最尊第一ナレバ余ハ不↠及也。

「乃ない至し」 といふは、 「あるいは仏光ぶっこうの百ひゃく仏ぶつ世せ界かいを照てらすあり、 あるいは千仏せんぶつ世せ界かいなり。 要ようを取とりてこれをいへば、 いまし東方とうぼう恒ごう沙じゃの仏刹ぶっせつを照てらす。 南西なんざい北方ほっぽう・四し維ゆい・上じょう下げもまたまたかくのごとし。 あるいは仏光ぶっこうの七しち尺しゃくを照てらすあり。 あるいは一いち由ゆ旬じゅん・二に・三さん・四し・五ご由ゆ旬じゅんを照てらす。 かくのごとくうたた倍ばいして乃ない至し一いち仏刹ぶっせつ土どを照てらす。」 以上

-言↢「▲乃至ト」↡者、「▲或ハ有リ↣仏光ノ照↢百仏世界ヲ↡、或ハ千仏世界ナリ。取テ↠要ヲ言ヘバ↠之ヲ、乃シ照ス↢東方恒沙ノ仏刹ヲ↡。南西北方・四惟・上下モ亦復如シ↠是ノ。◆或ハ有リ↣仏光ノ照↢于七尺ヲ↡。或ハ照ス↢一由旬・二・三・四・五由旬ヲ↡。如ク↠是ノ転倍シテ乃至照ス↢於一仏刹土ヲ↡。」 已上

いまこの文もんは弥陀みだの光こう明みょうの最尊さいそんなることを讃さんぜんがために、 まづ諸仏しょぶつの光こう明みょうの及およばざることを挙あぐ。 まさしく弥陀みだの光こう明みょうを讃さんずるにあらざるをもつてしばらくこれを除のぞく。

-今此ノ文者為ニ↠讃ゼンガ↢弥陀ノ光明ノ最尊ナルコトヲ↡、先ヅ挙グ↢諸仏ノ光明ノ不コトヲ↟及。以テ↠非ルヲ↣正ク讃ズルニ↢弥陀ノ光明ヲ↡且ク除ク↠之ヲ也。

十じゅう二に光仏こうぶつ一々いちいちの功く能のう下しもに見みえたり。 引ひくところの憬きょう興ごう師しの釈しゃく、 かるがゆゑにいま述のべず。

-▲十二光仏一々ノ功能見タリ↠▲下ニ。所ノ↠引ク憬興師ノ釈、故カ ニ今不↠述。

「三さん垢く」 とらは、 第三だいさん巻かんの末まつに第だい三さん十じゅう三さんの触光そっこう柔にゅう軟なんの願がんを引ひくにおいてほぼ文もんの意こころを解げしをはんぬ。

-「▲三垢ト」等者、於テ↣▲第三巻ノ末ニ引ニ↢第三十三ノ触光柔軟ノ願ヲ↡粗解シ↢文ノ意ヲ↡畢ヌ。

「若にゃく在ざい」 とらは、

-「▲若在ト」等者、

問とふ。 人天にんでん善趣ぜんしゅなほ仏ぶつの境きょう界がいを見みることあたはず、 三さん塗ずの衆しゅ生じょういかでか光ひかりを見みるや。

-問。人天善趣猶不↠能↠見コト↢仏ノ之境界ヲ↡、三塗ノ衆生争カ見↠光ヲ乎。

答こたふ。 顕けんに見みずといへども冥みょうに光こう照しょうを蒙こうぶる、 ゆゑに見みるといふか。 あるいはまた現げんに見みる、 これ機き感かんなり。

-答。雖ヘ↢顕ニ不ト↟見冥ニ蒙ル↢光照ヲ↡、故ニ云↠見ト歟。或ハ又現ニ見ル、是 レ機感也。

あるいは娑しゃ婆ば追福ついふくの力ちからによりてその苦く悩のうを離はなる。 ¬心しん地じ観かん経ぎょう¼ (巻三報恩品) にいはく、 「その男女なんにょの追つい勝しょう福ふくをもつて、 大だい金光こんこうありて地じ獄ごくを照てらす。 光ひかりの中なかに深じん妙みょうの法ほうを演説えんぜつして、 父母ぶもを開かい悟ごして意こころを発ほっせしむ。」 以上 追善ついぜんの力ちからによりてかの仏光ぶっこうを見みる、 仏光ぶっこうを見みるによりてその光ひかり利りを施ほどこす。 仏光ぶっこうの功く能のうあへて疑ぎ慮りょすることなかれ。

-或ハ依テ↢娑婆追福ノ之力ニ↡離ル↢其ノ苦悩1207ヲ↡。¬心地観経ニ¼云ク、「以テ↢其男女ノ追勝福ヲ↡、有テ↢大金光↡照ス↢地獄ヲ↡。光ノ中ニ演↢説シテ深妙ノ法ヲ↡、開↢悟シテ父母ヲ↡令ム↠発セ↠意ヲ。」 已上 依テ↢追善ノ力ニ↡見ル↢彼ノ仏光ヲ↡、依テ↠見ニ↢仏光ヲ↡其ノ光施ス↠利ヲ。仏光ノ功能莫レ↢敢テ疑慮スルコト↡。

【9】 「寿じゅ終しゅう」 とらは、 次上つぎかみの三さん塗ずの苦機くきに限かぎらず。 総そうじて上じょう来らい所しょ帰きの諸しょ機きに通つうず。

「▲寿終ト」等者、不↠限↢次上ノ三塗ノ苦機ニ↡。総ジテ通ズ↢上来所帰ノ諸機ニ↡。

「解げ脱だつ」 といふは、 近ちかくは往おう生じょうを指さし遠とおくは成じょう仏ぶつを指さす。

-言↢「▲解脱ト」↡者、近クハ指シ↢往生ヲ↡遠ハ指ス↢成仏ヲ↡。

▲次つぎに諸しょ聖しょうの讃嘆さんだんの中なかに 「称しょう説せつ」 といふは、

-次ニ諸聖ノ讃嘆ノ中ニ言↢「▲称説ト」↡者、

問とふ。 称しょう揚ようの義ぎか、 称名しょうみょうの意こころか。

-問。称揚ノ義歟、称名ノ意歟。

答こたふ。 これに二にの意こころを含がんす。 ¬浄じょう土ど論ろん¼ の讃嘆さんだん門もんの中なかにいふところの 「称しょう彼ひ如来にょらい名みょう」 の句くにその称しょう揚よう・称名しょうみょうの義ぎあるがごとくならくのみ。

-答。此ニ含ス↢二ノ意ヲ↡。如クナラク↣¬浄土論ノ¼讃嘆門ノ中ニ所ノ↠言フ「▲称彼如来名ノ」句ニ有ガ↢其ノ称揚・称名ノ義↡耳。

「随ずい意い」 とらは、 得とく生しょうの益やくを明あかす。 また生しょう後ごにもろもろの嘆たん誉よを蒙こうぶることを明あかす。

-「▲随意ト」等者、明ス↢得生ノ益ヲ↡。又明ス↣生後ニ蒙コトヲ↢諸ノ嘆誉ヲ↡。

「至其しご」 とらは、 成じょう道どうの時とき諸仏しょぶつの嘆たんを蒙こうぶることを明あかす。

-「▲至其ト」等者、明ス↣成道ノ時蒙コトヲ↢諸仏ノ嘆ヲ↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ 第十三願成就文

【10】次つぎに仏寿ぶつじゅを明あかす中なかにまた分わかちて二にとなす。

△次ニ明ス↢仏寿ヲ↡中ニ又分テ為ス↠二ト。

初はじめには長じょう遠おんを標ひょうす 「無む量りょう寿じゅ仏ぶつ」 より 「汝にょ寧ねい知乎ちこ」 に至いたる。 次つぎには事じに寄よせて長じょうを顕あらわす 「仮使けし十方じっぽう」 より所引しょいんの文もんの終おわりに至いたる。 これすなはち次つぎの願がん成じょう就じゅの文もんなり。 文もんの意こころ見みつべし、 くわしく解げするに及およばず。

-初ニハ標ス↢長遠ヲ↡ 自↢「▲无量寿仏」↡至↢「汝寧知乎」↡。 次ニハ寄セテ↠事ニ顕ス↠長ヲ 自↢「▲仮使十方」↡至↢所引ノ文ノ終ニ↡。 是即次ノ願成就ノ文也。文ノ意可↠見、不↠及↢委ク解ルニ↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ 異訳二経文

【11】次つぎに ¬如来にょらい会え¼ の文もん、 次つぎに ¬平びょう等どう覚がく経きょう¼、 おのおのもつて見みつべし。

次ニ▲¬如来会ノ¼文、次ニ▲¬平等覚経¼、各以テ可シ↠見ツ。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『大阿弥陀経』文

【12】次つぎに ¬大だい阿あ弥陀みだ経きょう¼。

次ニ▲¬大阿弥陀経¼。

「諸仏しょぶつ中ちゅう有う仏ぶっ頂ちょう」 とらは、

-「▲諸仏中有仏頂ト」等者、

問とふ。 ¬大だい経きょう¼ の中なかに諸仏しょぶつ・弥陀みだ頂ちょう光こうを説とかず、 いまなんぞ相そう違いする。 もし頂ちょうに限かぎらばこれ挙こ身しんの光ひかりを具ぐ足そくするにあらざるをや。

-問。¬大経ノ¼之中ニ諸仏・弥陀不↠説↢頂光ヲ↡、今何ゾ相違スル。若シ限ラ↠頂ニ者此 レ非ザルヲ↣具↢足スルニ挙身ノ光ヲ↡乎。

答こたふ。 異い訳やくの相そう違いこれいま始はじまりたるにあらず、 和会わえに及およばず。 ただし頂ちょうといふといへども挙こ身しんを遮しゃせず、 ただ挙こ身しんの中なかにしばらく頂ちょうを出いだすか。

-答。異訳ノ相違此 レ非ズ↢今始タルミ↡、不↠及↢和会ニ↡。但シ雖ヘ↠云ト↠頂ト不↠遮↢挙身ヲ↡、只挙身ノ中ニ且ク出↠頂ヲ歟。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『不空羂索神変真言経』文

【13】次つぎに ¬不ふ空くう羂けん索じゃく神変じんぺん真言しんごん経ぎょう¼。

次1208ニ▲¬不空羂索神変真言経¼。

巻かん数しゅ三さん十巻じっかん、 菩ぼ提だい流支るし三蔵さんぞうの訳やく、 清浄しょうじょうの報ほう土どその説せつ分ぶん明みょうなり。 このゆゑにこれを引ひきて真仏しんぶつ土どを証しょうす。

-巻数三十巻、菩提流支三蔵ノ訳、清浄ノ報土其ノ説分明ナリ。是ノ故ニ引テ↠之ヲ証ス↢真仏土ヲ↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『涅槃経』文

【14】次つぎに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ の文もん。

次ニ▲¬涅槃経ノ¼文。

問とふ。 この経きょうは聖しょう道どう為い聖しょうの説せつ、 いまの所しょ依えにあらず。 随したがひて所引しょいんの経きょう文もんの中なかに一いっ句くとして浄じょう土どを説とく文もんなし、 なんぞこれを引ひくや。

-問。此ノ経ハ聖道為聖ノ之説、非ズ↢今ノ所依ニ↡。随而所引ノ経文之中ニ無シ↧一句トシテ而説ク↢浄土ヲ↡文↥、何ゾ引↠之乎。

答こたふ。 聖しょう道どう所しょ依えの経きょうたりといへども、 如来にょらいの教きょう法ぼうもと無二むになるがゆゑに、 二に門もん異ことなりといへども和会わえすれば違いすることなし。 集しゅう主しゅの御おん意こころ深ふかくこの義ぎに達たっして、 あきらかに弥陀みだの名みょう義ぎ功く徳どくまつたく涅ね槃はん無む上じょうの極ごく理りたることを了りょうす。 この義ぎをもつてのゆゑに真仏しんぶつ土ど極談ごくだんの己こ証しょうを明あかすとして、 ゆゑに ¬涅ね槃はん¼ の妙みょう文もんを引用いんようせらる。

-答。雖ヘ↠為ト↢聖道所依ノ之経↡、如来ノ教法元无二ナルガ故ニ、二門雖ヘ↠異ナリト和会スレバ无シ↠違スルコト。集主ノ御意深ク達シテ↢此ノ義ニ↡、明ニ了ス↣弥陀ノ名義功徳全ク為コトヲ↢涅槃无上ノ極理↡。以ノ↢此ノ義ヲ↡故ニ明ストシテ↢真仏土極談ノ己証ヲ↡、故ニ被ル↣引↢用セ¬涅槃ノ¼妙文ヲ↡。

第三だいさんの本ほんにかの経きょうを引用いんようせらる下もとにおいて、 ほぼ義ぎを述のべ畢おわりぬ。

-於テ↧▲第三ノ本ニ被ルヽ↣引↢用セ彼ノ¬経ヲ¼↡之下ニ↥粗述ベ↠義ヲ畢ヌ。

しづかに ¬大だい経きょう¼ 一いち部ぶの説相せっそうを案あんずるに、 弥陀みだの功く徳どくを説ときて五智ごちとなす、 五智ごちの功く徳どくを説ときて無む上じょうとなす。

-閑ニ案ズルニ↢¬大経¼一部ノ説相ヲ↡、弥陀ノ功徳ヲ説テ為ス↢五智ト↡、五智ノ功徳ヲ説テ為ス↢无上ト↡。

その経きょう文もん (大経巻下) にいはく、 「この諸しょ智ちにおいて疑ぎ惑わくして信しんぜず。 しかもなほ罪福ざいふくを信しんじ善本ぜんぽんを修しゅ習じゅうす。 このもろもろの衆しゅ生じょうかの宮く殿でんに生しょうじて寿いのち五ご百ひゃく歳さい。 乃至 それ菩ぼ薩さつありて疑ぎ惑わくを生しょうずる者ものは、 大だい利りを失しっすとす。 このゆゑにまさにあきらかに諸仏しょぶつ無む上じょうの↓智慧ちえを信しんずべし。」 以上

-其ノ経文ニ云、「▲於テ↢此ノ諸智ニ↡疑惑シテ不↠信ゼ。然モ猶信ジ↢罪福ヲ↡修↢習ス善本ヲ↡。◆此ノ諸ノ衆生生ジテ↢彼ノ宮殿ニ↡寿五百歳。 乃至 ▲其 レ有テ↢菩薩↡生ズル↢疑惑ヲ↡者 ノハ、為ス↠失スト↢大利ヲ↡。是ノ故ニ応シ↣当ニ明ニ信ズ↢諸仏無上ノ智恵ヲ。」 已上

また (大経巻下) いはく、 「それ、 かの仏ぶつの名みょう号ごうを聞きくことを得えて、 歓かん喜ぎ踊ゆ躍やくして乃ない至し一念いちねんすることあらん。 まさに知しるべし、 この人ひとは大だい利りを得うとす。 すなはちこれ無む上じょうの功く徳どくを具ぐ足そくするなり。」 以上

-又云、「▲其 レ有ラン↧得テ↠聞コトヲ↢彼ノ仏ノ名号ヲ↡、歓喜踊躍シテ乃至一念スルコト↥。当ニ↠知ル、此ノ人ハ為ス↠得ト↢大利ヲ↡。則是具↢足スルナリ無上ノ功徳ヲ↡。」 已上

いまいふところの無む上じょう智慧ちえ・無む上じょう功く徳どく、 これすなはち無む上じょう涅ね槃はんの義ぎなり。

-今所ノ↠言之无上智恵・無上功徳、是則無上涅槃ノ之義ナリ。

↑智慧ちえといふは、 三徳さんとくの中なかにおいてしばらく般若はんにゃを挙あぐ。 この中なかにすなはち法身ほっしん・解げ脱だつの徳とくを具ぐす。 阿あ弥陀みだとはすなはち三徳さんとくの秘ひ蔵ぞうたるがゆゑに、 弥陀みだの仏ぶっ智ちをすでに無む上じょうといひ、 涅ね槃はんの極ごく理りをまた無む上じょうといふ。 二に種しゅの無む上じょうその体たいこれ一いちなり。 自余じよはみなこれ有う上じょうの法ほうなること、 その義ぎ必然ひつねんなり。

-言↢智恵ト↡者、於テ↢三徳ノ中ニ↡且ク挙グ↢般若ヲ↡。此ノ中ニ即具ス↢法身・解脱之徳ヲ↡。阿弥陀ト者即為タルガ↢三徳ノ之秘蔵↡故1209ニ、弥陀ノ仏智ヲ既ニ云ヒ↢无*上ト↡、涅槃ノ極理ヲ又云フ↢無上ト↡。二種ノ无上其ノ体是 レ一ナリ。自余ハ皆是 レ有上ノ之法ナルコト、其ノ義必然ナリ。

¬瑜伽ゆが論ろん¼ (巻六六摂決釈分) にいはく、 「また次つぎにいかなるか有う上じょうの法ほう、 いはく涅ね槃はんを除のぞきて余よの一切いっさいの法ほうなり。」 以上

-¬瑜伽論ニ¼云ク、「復次ニ云何ナルカ有上ノ法、謂ク除キ↢涅槃ヲ↡余ノ一切ノ法ナリ。」 已上

また諸法しょほうの中なかに大般だいはつ涅ね槃はんを無む上じょうとるす義ぎ、 ¬智度ちど論ろん¼ に見みえたり。 おほよそ大だい師しの意こころ、 名みょう号ごうの功く徳どくすなはち涅ね槃はんの徳とくなり。

-又諸法ノ中ニ大般*涅槃ヲ為スル↢无上ト↡義、見タリ↢¬智度論ニ¼↡。凡ソ大師ノ意、名号ノ功徳即涅槃ノ徳ナリ。

¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) にいはく、 「極楽ごくらくは無為むい涅ね槃はんの界さかいなり。 随縁ずいえんの雑善ぞうぜんおそらくは生しょうじがたし。 ゆゑに如来にょらいの要法ようぼうを選えらんで、 教おしへて弥陀みだを念ねんずることもつぱらにしてまたもつぱらならしむ。」 以上

-¬法事讃ニ¼云、「▲極楽ハ無為涅槃ノ界ナリ。随縁ノ雑善恐ハ難シ↠生ジ。故ニ使 シム↧如来選テ↢要法ヲ↡、教ヘテ念ズルコト↢弥陀ヲ↡専ラニシテ復専ナラ↥。」 已上

いまこの一いち偈げ、 すでに極楽ごくらくを讃さんじてもつて無む上じょう涅ね槃はんの界さかいとなす。 しかも随縁ずいえんの雑善ぞうぜん生しょうじがたしといひて専念せんねん弥陀みだをもつて生しょう因いんとなす。 ゆゑに知しんぬ、 遮しゃするところの雑善ぞうぜん等とうは、 有う上じょうの法ほうなるがゆゑに涅ね槃はん無む上じょうの土どに生しょうぜず。 ただ称名しょうみょうを勧すすむることは無む上じょうの法ほう涅ね槃はん無む上じょうの土どに生しょうずべきをもつてのゆゑに。 これをもつてこれをいふに、 阿あ弥陀みだとは涅ね槃はんの名みょう号ごうなり。 ゆゑに処々しょしょの釈しゃくみな涅ね槃はん弥陀みだ一法いっぽうの深じん旨しを顕あらわすらくのみ。

-今此ノ一偈、既ニ讃ジテ↢極楽ヲ↡以テ為ス↢無上涅槃ノ之界ト↡。而モ云テ↢随縁ノ雑善難ト↟生ジ専念弥陀ヲ以テ為ス↢生因ト↡。故ニ知ヌ、所ノ↠遮スル雑善等者、有上ノ法ナルガ故ニ不↠生ゼ↢涅槃無上之土ニ↡。唯勧ムルコトハ↢称名ヲ↡以ノ↢無上ノ法可ヲ↟生ズ↢涅槃無上ノ土ニ↡故ニ。以テ↠之ヲ言ニ↠之ヲ、阿弥陀ト者涅槃ノ名号ナリ。故ニ処々ノ釈皆顕スラク↢涅槃弥陀一法ノ之深旨ヲ↡耳。

¬事じ讃さん¼ (法事讃巻下) にまたいはく、 「弥陀みだの妙みょう果かを号ごうして無む上じょう涅ね槃はんといふ。」 以上

-¬事讃ニ¼又云、「▲弥陀ノ妙果ヲ号シテ云フ↢无上涅槃ト↡。」 已上

¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「念仏ねんぶつ即そく是ぜ涅ね槃はん門もん」 とは、 これ称名しょうみょうを能のう入にゅうの門もんとなし、 涅ね槃はんの理りをもつて所しょ入にゅうの城みやことなすことを顕あらわす。 所しょ入にゅうの城みやことはすなはち浄じょう土どなり。 その義ぎをもつてのゆゑに、 あるいは (法事讃巻上) 「直じき取しゅ涅ね槃はん城じょう」 といひ、 あるいは (定善義) 「入にゅう彼ひ涅ね槃はん城じょう」 といふ。

-¬般舟讃ニ¼云ク、「▲念仏即是涅槃門ト」者、是 レ顕ス↧称名ヲ為シ↢能入ノ門ト↡、以テ↢涅槃ノ理ヲ↡為コトヲ↦所入ノ城ト↥。所入ノ城ト者即浄土也。以ノ↢其ノ義ヲ↡故ニ、或ハ云ヒ↢「▲直取涅槃城ト」↡、或ハ云フ↢「▲入彼涅槃城ト」↡。

また ¬般舟はんじゅ讃さん¼ にいはく、 「もしは往おうもしは還げんみな益やくを得う、 本国ほんごく他た方ほうまた二になし、 ことごとくこれ涅ね槃はん平びょう等どうの法ほうなり、 諸仏しょぶつの智慧ちえまた同おなじくしかなり。」 以上

-又¬般舟讃ニ¼云ク、「▲若ハ往若ハ還皆得↠益ヲ、本国他方亦無シ↠二、悉ク是 レ涅槃平等ノ法ナリ、諸仏ノ智恵亦同ク然ナリ。」 已上

その究く竟きょう平びょう等どうの功く徳どくにおいて、 しかも別願べつがんによりて名なを立たつる時とき阿あ弥陀みだと号ごうす。 このゆゑに阿あ弥陀みだの義ぎを信しん知ちしてその名みょう号ごうを称しょうするに、 もろもろの凡ぼん夫ぶ不ふ平びょう等どうの見けんより起おこすところの罪悪ざいあく自じ然ねんに消しょう除じょして、 涅ね槃はん平びょう等どう無む上じょうの功く徳どく自じ然ねんに円満えんまんす。 名みょう号ごうの功く徳どく、 往おう生じょうの勝しょう利り、 決けつ定じょうして空むなしからざること、 これをもつて知しるべし。

-於テ↢其ノ究竟平等ノ功徳ニ↡、而モ依テ↢別願ニ↡立ル↠名ヲ之時号ス↢阿弥陀ト↡。是1210ノ故ニ信↢知シテ阿弥陀ノ義ヲ↡称スルニ↢其ノ名号ヲ↡、自↢諸ノ凡夫不平等ノ見↡所ノ↠ス起罪悪自然ニ消除シテ、涅槃平等無上ノ功徳自然ニ円満ス。名号ノ功徳、往生ノ勝利、決定シテ不コト↠空カラ、以テ↠之ヲ可シ↠知。

問とふ。 もししかいはば、 このごときの深じん理りを知しらざらん輩やから、 たやすく浄じょう土どに生しょうずることを得うべからざるや。

-問。若云↠爾者、不ラン↠知↢如ノ↠此ノ深理ヲ↡之輩、不↠可↢輒ク得↟生ズルコトヲ↢浄土ニ↡乎。

答こたふ。 知しると知しらざるとともに往おう生じょうを得う。 往おう生じょうを得うることはただ信心しんじんによる。 一いっ家けの解げ釈しゃく、 その意こころ分ぶん明みょうなり。 おほよそ諸しょ経きょうの中なかにいまだかならずしもことごとく弥陀みだの名みょう義ぎ功く徳どくを顕説けんぜつせずといへども、 その密みっ意ちを謂おもふに諸仏しょぶつの内ない証しょう甚深じんじんの至理しりしかしながら弥陀みだにあり。 大だい師し釈しゃくして (観念法門) 「諸しょ経きょう頓とん教ぎょう文もん義ぎ歴然れきねん」 といふ、 けだしこの謂いいなり。

-答。知ト与 ト ↠不↠知共ニ得↢往生ヲ↡。得コト↢往生ヲ↡者只依ル↢信心ニ↡。一家ノ解釈、其ノ意分明ナリ。凡ソ諸経ノ中ニ雖↠未ダ ズト ↣必シモ悉ク顕↢説セ弥陀ノ名義功徳ヲ↡、謂ニ↢其ノ密意ヲ↡諸仏ノ内証甚深ノ至理併在リ↢弥陀ニ↡。大師釈シテ云フ↢「▲諸経頓教文義歴然ト」↡、蓋シ此ノ謂也。

しかるに世よ浄じょう土どの法門ほうもんは浅近せんごん有う相そう、 ただこれ如来にょらい慰喩いゆの一いち途ず方便ほうべんの化け門もんなり、 諸しょ宗しゅう無む相そうの極談ごくだんに及およばずとおもへり。 集しゅう主しゅの意こころこの見けんを破はせんがためにほぼ自解じげを示しめす。 かの甚深じんじんの理りさらにもつて阿あ弥陀みだ仏ぶつ仏ぶっ智ち無む上じょう涅ね槃はん平びょう等どうの深じん理りを離はなれざるがゆゑに、 識しらんと欲おもはん人ひとのためにこれらの経きょうを引ひきてこの義ぎを顕あらわさる、 もつともこれを仰あおぐべし。

-而ニ世以↢為 オモヘリ ラク浄土ノ法門ハ浅近有相、只是 レ如来慰喩ノ一途方便ノ化門ナリ、不ト↟及バ↢諸宗無相ノ極談ニ↡。集主ノ之意為ニ↠破センガ↢此ノ見ヲ↡粗示ス↢自解ヲ↡。彼ノ甚深ノ理更ニ以不ルガ↠離レ↢阿弥陀仏々智无上涅槃平等ノ之深理ヲ↡故ニ、為ニ↢欲ハン↠識ラント人ノ↡引テ↢此等ノ経ヲ↡被ル↠顕サ↢此ノ義ヲ↡、尤可シ↠仰↠之ヲ。

「名みょう一いち義ぎ異い」 とらは、 三宝さんぼうと涅ね槃はんと虚こ空くうとに通つうじて常じょうといふを 「一いち」 と名なづく、 仏ぶつと法ほうと僧そうと異いなるを 「義異ぎい」 といふか。

-「▲名一義異ト」等者、通ジテ↢於三宝ト涅槃ト虚空トニ↡云ヲ↠常ト名ク↠「一ト」、仏ト法ト僧ト異ナルヲ云↢「義異トj↡歟。

「名みょう義ぎ倶異くい」 とらは、 仏ぶっ法ぽう僧等そうとうその名なみな異いなり、 覚かく不ふ覚かく等とうその名なみな異いなるがゆゑに、 「倶異くい」 の義ぎ、 その意こころ見みやすし。

-「▲名義倶異ト」等者、仏法僧等其ノ名皆異ナリ、覚不覚等其ノ名皆異ナルガ故ニ、「倶異ノ」之義、其ノ意易シ↠見。

【15】「譬ひ如にょ従じゅう牛ぎゅう」 とらは、 雪山せっせんに草くさあり、 名なづけて忍辱にんにくといふ。 牛うしその草くさを食じきして乳にゅうより出いだすところの味あじわい、 これを五味ごみといふ。 天台てんだいこれに喩たとへて五時ごじの教きょうを立たつ。 乳にゅうはすなはち華け厳ごん、 酪らくはこれ阿あ含ごん、 生しょう蘇そは方等ほうどう、 熟じゅく蘇そは般若はんにゃ、 醍だい醐ごは法ほっ華けと涅ね槃はんとなり。

「▲譬如従牛ト」等者、雪山ニ有リ↠草、名テ曰フ↢忍辱ト↡。牛食シテ↢其ノ草ヲ↡乳ヨリ所ノ↠出ス味、言フ↢之ヲ五味ト↡。天臺喩ヘテ↠之ニ立↢五時ノ教↡。乳ハ即花厳、酪ハ是阿含、生蘇ハ方等、熟蘇ハ般若、醍1211醐ハ法花ト与 ト ↢涅槃↡也。

下しもの合ごう譬ゆに 「仏亦ぶつやく如にょ是ぜ」 とらいふこれなり。 「従じゅう仏ぶつ」 とらは、 十じゅう二部にぶ経きょうはまづ華け厳ごんを指さす。 「修しゅ多羅たら」 とは次つぎに阿あ含ごんを指さす。 方等ほうどう・般はん若にゃ・大だい涅ね槃はんとは文もんにありて顕けん露ろなり。

-下ノ合譬ニ云↢「▲仏亦如是ト」等↡是 レ也。「従仏ト」等者、十二部経ハ先ヅ指ス↢花厳ヲ↡。「修多羅ト」者、次ニ指ス↢阿含ヲ↡。方等・般若・大涅槃ト者在テ↠文ニ顕露ナリ。

「仏ぶっ性しょう」 とらはすなはち涅ね槃はんなり。 経きょう (涅槃経) に 「一切いっさい衆しゅ生じょう悉しつ有う仏ぶっ性しょう」 と説とくゆゑなり。

-「▲仏性ト」等者、即涅槃也。¬経ニ¼説ク↢「一切衆生悉有仏性ト」↡故也。

【16】「有う大楽だいらく故こ名みょう大だい涅ね槃はん」 とらは、 かの浄じょう土どを名なづけて、 あるいは極楽ごくらくといひあるいは安楽あんらくといふ。 これ涅ね槃はん大楽だいらくの義ぎに順じゅんず。

「▲有大楽故名大涅槃ト」等者、名テ↢彼ノ浄土ヲ↡、或ハ曰ヒ↢極楽ト↡或ハ曰フ↢安楽ト↡。是 レ順ズ↢涅槃大楽ノ之義ニ↡。

ゆゑに ¬浄じょう土ど論ろん¼ の名みょう義ぎ摂対せったいの章しょうの中なかにいはく、 「さきに説ときつる無む染ぜん清浄しょうじょう心しんと安あん清浄しょうじょう心しんと楽らく清浄しょうじょう心しんと、 この三種さんしゅの心しんは略りゃくして一処いっしょに妙みょう楽らく勝しょう真しん心しんを成じょう就じゅす。」 以上

-故ニ¬浄土論ノ¼名義摂対ノ之章ノ中ニ云ク、「▲向ニ説ツル無染清浄心ト安清浄心ト楽清浄心ト、此ノ三種ノ心ハ略シテ一処ニ成↢就ス妙楽勝真心ヲ↡。」 已上

かの土どは浄妙じょうみょうの楽らくを成じょう就じゅするがゆゑに、 仏ぶつ土どを縁えんずる心しんまたこの心しんを成じょうず。 これらの義ぎを案あんずるに、 涅ね槃はんの理りと阿あ弥陀みだとまつたくもつて契かい会えす。 ただし涅ね槃はんとは理りに従したがふる称しょう、 弥陀みだの名みょう号ごうは事じに随したがふる号ごう、 事理じり異いなるに似にたれども、 事理じり不二ふに、 畢ひっ竟きょう平びょう等どうにしてつひに差別しゃべつなし。 これ楽らくといふは涅ね槃はんの理り極楽ごくらくを表ひょうする義ぎを解げす。

-彼ノ土ハ成↢就スルガ浄妙ノ楽ヲ↡故ニ、縁ズル↢仏土ヲ↡心又成ズ↢此ノ心ヲ↡。案ズルニ↢此等ノ義ヲ↡、涅槃ノ之理ト与 ト ↢阿弥陀↡全ク以テ契会ス。但シ涅槃ト者従フル↠理ニ之称、弥陀ノ名号ハ随フル↠事之号、事理似タレドモ↠異ナルニ、事理不二、畢竟平等ニシテ終ニ无シ↢差別↡。是 レ解ス↧云ハ↠楽ト涅槃之理表スル↢極楽ヲ↡義ヲ↥。

【17】「以い純浄じゅんじょう故こ名みょう大だい涅ね槃はん」 とらは、 弥陀みだの依え正しょうはみなこれ清浄しょうじょうなり、 これまた弥陀みだ涅ね槃はん一法いっぽうの義ぎを表ひょうするところなり。

「▲以純浄故名大涅槃ト」等者、弥陀ノ依正ハ皆是 レ清浄ナリ、是 レ又所↠表スル↢弥陀涅槃一法ノ義ヲ↡也。

¬大だい経きょう¼ (巻上) の十じゅう二に光こう仏ぶつの中なかには 「▲清浄しょうじょう光こう」 あり、 ¬平びょう等覚どうがく経きょう¼ には阿あ弥陀みだ仏ぶつを名なづけて 「無む量りょう清浄しょうじょう平びょう等どう覚がく」 となす。

-¬大経ノ¼十二光仏ノ之中ニハ有リ↢「清浄光」↡、¬平等覚経ニハ¼阿弥陀仏ヲ名テ為ス↢「▲無量清浄平等覚ト」↡矣。

また ¬理り趣しゅ経きょう¼ には 「得とく自じ性しょう清浄しょうじょう法ほっ性しょう如来にょらい」 といひ、 ¬月灯がっとう三昧ざんまい経きょう¼ (巻五) には 「離り垢穢くえ如来にょらい」 といふ。 ともにこれ弥陀みだ如来にょらいの名ななり。 離り垢穢くえとはすなはち清浄しょうじょうの義ぎなり。

-又¬理趣経ニハ¼云ヒ↢「得自性清浄法性如来ト」↡、¬月灯三昧経ニハ¼云フ↢「離垢穢如来ト」↡。共ニ是 レ弥陀如来ノ名也。離垢穢1212ト者即清浄ノ義ナリ。

また ¬智ち論ろん¼ (大智度論巻三八釈往生品) の中なかにはかの浄じょう土どを判はんじて名なづけて 「一いち乗じょう清浄しょうじょう無む量りょう寿じゅ世せ界かい」 といふ。 ¬十住じゅうじゅう毘婆びば沙しゃ論ろん¼ (巻五易行品) にはあるいはこの仏ぶつを讃さんじて 「無む量りょう清浄しょうじょう慧え」 といひ、 あるいは礼らいして 「帰き命みょう清浄しょうじょう人にん」 といふ。

-又¬智論ノ¼中ニハ判ジテ↢彼ノ浄土ヲ↡名テ云フ↢「一乗清浄無量寿世界ト」↡。¬十住毘婆沙論ニハ¼或ハ讃ジテ↢此ノ仏ヲ↡云ヒ↢「無量清浄恵ト」↡、或ハ礼シテ云フ↢「▲帰命清浄人ト」↡。

まさに知しるべし、 涅ね槃はん清浄しょうじょうの理り弥陀みだと同おなじといふことを。 これ浄じょうの義ぎに就つきて阿あ弥陀みだ無む上じょう涅ね槃はん一法いっぽうの深じん旨しを解げするものなり。 集しゅう主しゅ処々しょしょにこの ¬経きょう¼ の文もんを引ひく。 この義ぎにあらずは領りょう解げしがたしとなす。 よりて推すい義ぎを加くわへて形かたちのごとくこれを解げす。 短たん解げ恐おそれあり、 ただ冥みょう慮りょを仰あおぐ。 違いするところあらば、 後ご賢けんよろしく改あらたむべし。 ただ大たい意いを述のぶ、 一々いちいちの文言もんごんつぶさに解げするに及およばず。

-当ニシ↠知ル、涅槃清*浄ノ理与↢弥陀↡同ト云コトヲ。是 レ就テ↢浄ノ義ニ↡解スル↢阿弥陀無上涅槃一法ノ深旨ヲ↡者也。集主処々ニ引ク↢此ノ¬経ノ¼文ヲ↡。非↢此ノ義ニ↡者為ス↠難ト↢領解シ↡。仍テ加テ↢推義ヲ↡如ク↠形ノ解ス↠之ヲ。短解有リ↠恐レ、只仰グ↢冥慮ヲ↡。有ラ↠所↠違スル者、後賢宜クシ↠改ム。只述ブ↢大意ヲ↡、一々ノ文言不↠及↢具ニ解スルニ↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『浄土論』文

【18】次つぎに ¬浄じょう土ど論ろん¼。

次ニ▲¬浄土論¼。

初はじめの一いち行ぎょうの偈げは上じょう巻かんの文もんなり。 ¬註ちゅう論ろん¼ の意こころによるに、 初はじめの一いち行ぎょうは五ご念ねん門もんの中なかの三さん念門ねんもんなり。 「世せ尊そん」 といふは、 釈しゃ迦か仏ぶつを指さす、 天親てんじん菩ぼ薩さつ教きょう主しゅに告つぐる言ことばなり。 「我が一心いっしん」 とは、 一心いっしんに無礙むげ光仏こうぶつを念ねんじたてまつりて安楽あんらくに生しょうぜんと願がんじて、 心々しんしん相続そうぞくし他た想そうなきなり。 「帰き命みょう」 といふは、 これ礼拝らいはい門もん、 「尽じん十方じっぽう」 等とうの二句にく十じゅう字じはこれ讃嘆さんだん門もん、 「願がん生しょう」 の一いっ句くは作さ願がん門もんなり。

-▲初ノ一行ノ偈ハ上巻ノ文也。依ニ↢¬註論ノ¼意ニ↡、初ノ一行者五念門ノ中ノ三念門也。言↢「世尊ト」↡者、指ス↢釈迦仏ヲ↡、天親菩薩告ル↢教主ニ↡言ナリ。「我一心ト」者、一心ニ奉テ↠念ジ↢无光仏ヲ↡願ジテ↠生ゼント↢安楽ニ↡、心々相続シ無↢他想↡也。言↢「帰命ト」↡者、是 レ礼拝門、「尽十方」等ノ二句十字ハ是 レ讃嘆門、「願生ノ」一句ハ作願門也。

次つぎに 「我が依え修しゅ多羅たら」 (浄土論) 等とうの成上じょうじょう起下きげの一いち行ぎょうの偈げ頌じゅあり、 いましばらくこれを略りゃくす。

-次ニ有リ↢「▲我依修多羅」等ノ成上起下ノ一行ノ偈頌↡、今且ク略ス↠之ヲ。

後のちの一いち行ぎょうは、 これより以下いげ観察かんざつ門もんなり。 これに就つきて二にあり。 一いちは器き世せ間けん、 二には衆しゅ生じょう世せ間けんなり。 器き世せ間けんの中なかに十じゅう七種しちしゅあり。 しかるにいまの所引しょいん一いち行ぎょうの中なかに、 初はじめの二句にくはその第一だいいちなり、 荘しょう厳ごん清浄しょうじょう功く徳どく成じょう就じゅこれその名ななり。

-▲後ノ一行者、自↠此以下観察門也。就テ↠此ニ有↠二。一者器世間、二*者衆生世間ナリ。器世間ノ中ニ有↢十七種↡。而ニ今ノ所引一行ノ之中ニ、初ノ二句者其ノ第一也、荘厳清浄功徳成就是 レ其ノ名也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『論註』六文

【19】下しもに引ひくところの註釈ちゅうしゃくはすなはちこれこの偈げの註ちゅうなり。

▲下1213ニ所ノ↠引ク之註釈ハ即是 レ此ノ偈ノ註也。

第だい四し巻かんの中なかにこの荘しょう厳ごんを引ひく。 よりてその下もとにおいていささか義ぎを述のべ畢おわりぬ。

-▲第四巻ノ中ニ引ク↢此ノ荘厳ヲ↡。仍テ於テ↢其ノ▲下ニ↡聊述↠義ヲ畢ヌ。

後のちの二句にくは次つぎの荘しょう厳ごん量りょう功く徳どく成じょう就じゅ、 いまは註釈ちゅうしゃくを除のぞく。 かの註釈ちゅうしゃく (論註巻下) にいはく、 「しかもかの世せ界かいは常つねに虚こ空くうのごとくして迫迮はくさくの相そうなし。 かしこの中なかの衆しゅ生じょう、 かくのごときの量りょうの中なかに住じゅうす。 志し願がん広大こうだいなることまた虚こ空くうのごとくして限げん量りょうあることなし。」 以い上じょう要ようを取とる

-▲後ノ二句者次ノ荘厳量功徳成就、今ハ除ク↢註釈ヲ↡。彼ノ註釈ニ云ク、「▲而モ彼ノ世界ハ常ニ若クシテ↢虚空ノ↡无シ↢迫迮ノ相↡。◆彼ノ中ノ衆生、住ス↢如ノ↠此ノ量ノ中ニ↡。志願広大ナルコト亦如クシテ↢虚空ノ↡無シ↠有コト↢限量↡。」 已上取↠要

【20】「又う云うん」 とらは、 その第三だいさんなり。

「▲又云ト」等者、其ノ第三也。

「性しょう是ぜ」 とらは、 性しょうの義ぎを釈しゃくする中なかに四し重じゅうの釈しゃくあり。 しかもその中なかにおいて初はじめの一いちは理りに約やくし、 後のちの三さんは事じに約やくす。

-「▲性是ト」等者、釈スル↢性ノ義ヲ↡中ニ有リ↢四重ノ釈↡。而モ於テ↢其ノ中ニ↡▽初ノ一ハ約シ↠理ニ、▽後ノ三ハ約ス↠事ニ。

△初はじめに理りに約やくすとは、 法ほっ性しょうに随ずい順じゅんすとらの義ぎこれなり。

-初ニ約スト↠理ニ者、▲随↢順スト法性ニ↡等ノ義是也。

「事じ同どう」 とらは、 ¬六ろく十じゅう華け厳ごん¼ の三さん十じゅう六ろく (巻三三・三四性起品意) にいはく、 「その時ときに普ふ賢げん菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ、 如来にょらい性しょう起き妙みょう徳とく菩ぼ薩さつ等とうのもろもろの大衆だいしゅに告つげたまわく、 仏ぶっ子し、 如来にょらい・応おう供ぐ・正しょう覚がくは性しょう起き正しょう法ぼう不可ふか思議しぎなり。 ゆゑんはいかん。 小しょう因縁いんねんをもつて等とう正しょう覚がくを成じょうじて世よに出しゅっ興こうするにあらず。 仏ぶっ子し、 十種じっしゅの無む量りょう無む数しゅ百ひゃく千せん阿あ僧そう祇ぎの因縁いんねんをもつて、 等とう正しょう覚がくを成じょうじて世よに出しゅっ興こうす。 乃至

-「▲事同ト」等者、¬六十花厳ノ¼三十六ニ云ク、「爾ノ時ニ普賢菩薩摩訶薩、告タマハク↢如来性起妙徳菩薩等ノ諸ノ大衆ニ↡、仏子、如来・応供・正覚ハ性起正法不可思議ナリ。所以者何。非ズ↧小因縁ヲモテ成ジテ↢等正覚ヲ↡出↦興スルニ於世ニ↥。仏子、以テ↢十種ノ无量无数百千阿僧祇ノ因縁ヲ↡、成ジテ↢等正覚ヲ↡出↢興ス于世ニ↡。 乃至

如来にょらい性しょう起きと名なづくることはもろもろの功く徳どくの宝ほうをもつて荘しょう厳ごんとなす。 譬たとへば大千だいせん界かい国こく土ど初しょ成じょうの時ときこれ少しょう因縁いんねんをもつてよく世せ界かいを成じょうずるにあらず、 無む量りょうの方便ほうべん力りき一切いっさいの因縁いんねんをもつて三千さんぜん大千だいせん界かいを起おこして諸仏しょぶつ群ぐん生じょうを安あん置ちするがごとし。 かくのごとくもろもろの最さい勝しょう如来にょらいの性しょう起きの法ほう、 無む量りょうの功く徳どく蔵ぞう、 一切いっさいよく知しることなし。」 以上

-名クルコトハ↢如来性起ト↡諸ノ功徳ノ宝ヲ以テ為ス↢荘厳ト↡。譬バ如シ↧大千界国土初成ノ時非ズ↣是 レ少因縁ヲモテ能ク成ズルニ↢於世界ヲ↡、无量ノ方便力一切ノ因縁ヲモテ起シテ↢三千大千界ヲ↡安↦置スルガ諸仏群生ヲ↥。如ク↠是ノ諸ノ最勝如来ノ性起ノ法、無量ノ功徳蔵、一切莫シ↢能ク知コト↡。」 已上

「宝王ほうおう如来にょらい」 はこれ仏ぶつ名みょうにあらず、 これ法ほっ性しょうを指さす。

-「▲宝王如来ハ」此 レ非ズ↢仏名ニ↡、是 レ指ス↢法性ヲ↡。

「性しょう起き」 といふは、 一切いっさいの諸法しょほうただ法ほっ性しょうをもつてその所しょ依えとなして縁えん起ぎする意こころなり。

-言↢「▲性起ト」↡者、一切ノ諸法唯以テ↢法性ヲ↡為シテ↢其ノ所依ト↡縁起スル意也。

「又う言ごん」 とらは、 事じに約やくする釈しゃくの中なかにこれ第一だいいちなり。 これ法蔵ほうぞう因いん位にの修しゅ行ぎょうに約やくす。 かの万まん行ぎょう諸しょ度ど積習しゃくじゅうの大だい功く力りきによりてその性しょうを成じょう就じゅす、 自じ然ねんの徳とくなり。

-「△又言1214ト」等者、約スル↠事ニ釈ノ中ニ是 レ第一也。此 レ約ス↢法蔵因位ノ修行ニ↡。依テ↢彼ノ万行諸度積習ノ之大功力ニ↡成↢就ス其ノ性ヲ↡、自然ノ徳也。

「亦言やくごん」 とらはその第だい二になり。 これ因いん中ちゅう発願ほつがんの位くらいに約やくす。 「聖しょう種しゅ姓しょう」 とはこれ十じゅう地じの名な、 初しょ地じの中なかにおいて六八ろくはちの願がんを発おこす、 その種しゅ姓しょうによりてこれを名なづけて性しょうとなす。

-「▲亦言ト」等者其ノ第二也。此 レ約ス↢因中発願ノ之位ニ↡。「▲聖種姓ト」者是 レ十地ノ名、於テ↢初地ノ中ニ↡発ス↢六八ノ願ヲ↡、依テ↢其ノ種姓ニ↡名テ↠之ヲ為ス↠性ト。

「又う言ごん」 とらはこれその第三だいさんなり。 この釈しゃくはこれ安楽あんらく浄じょう土ど畢ひっ竟きょう清浄しょうじょう成じょう就じゅ当体とうたいの性しょうに約やくしてこれを解げす。 初はじめに 「又う言ごん」 といひ、 次つぎに 「又う如にょ」 といふ。 二に種しゅの解げ釈しゃくはともに譬喩ひゆに寄よせて不ふ改がいの義ぎを成じょうず、 これ第だい四しの釈しゃくなり。 「安楽あんらく浄じょう土ど」 以下いげの釈しゃくはまさしく浄じょう土ど果か成じょうの現げん量りょうに就つきてその義ぎを解げするなり。

-「▲又言ト」等者是其ノ第三ナリ。此ノ釈ハ是 レ約シテ↢安楽浄土畢竟清浄成就当体ノ之性ニ↡解ス↠之ヲ。初ニ云ヒ↢「又言ト」↡、次ニ云フ↢「▲又如ト」↡。二種ノ解釈ハ共ニ寄セテ↢譬喩ニ↡成ズ↢不改ノ義ヲ↡、是 レ第四ノ釈ナリ。「▲安楽浄土」以下ノ之釈ハ正ク就テ↢浄土果成ノ現量ニ↡解スル↢其ノ義ヲ↡也。

「平びょう等どうの道どう」 とらは、 ここにおいて理り等とう・心等しんとう・道等どうとう・慈じ等とうあり、 これを四し等とうといふ。

-「▲平等ノ道ト」等者、於テ↠此ニ有リ↢理等・心等・道等・慈等↡、謂フ↢之ヲ四等ト↡。

「平びょう等どう是ぜ諸法しょほう体相たいそう」 とは、 これ理り等とうなり。 理り等とうといふは理りに約やくす。 真しん理り平びょう等どうにして自他じたの別べつなく、 諸法しょほう平びょう等どうにして体相だいそう本ほん有うなることを明あかさんと欲ほっす。 もし現文げんもんに就つきてこれをいはば、 また法等ほうとうといふべきか。

-「▲平等是諸法体相」者、是 レ理等也。言↢理等ト↡者約ス↠理ニ。欲ス↠明ト↧真理平等ニシテ無ク↢自他ノ別↡、諸法平等ニシテ体相本有ナルコトヲ↥。若シ就テ↢現文ニ↡言ハヾ↠之ヲ、又可↠謂↢法等ト↡歟。

「以い諸法しょほう平びょう等どう」 とらは、 これ心等しんとうなり。 これ如にょ理り平びょう等どうの心しんより発おこすところの心しんなるがゆゑにこれを心等しんとうといふ。

-「▲以諸法平等ト」等者、是 レ心等也。是 レ自↢如理平等ノ之心↡所ノ↠発ス心ナルガ故ニ謂フ↢之ヲ心等ト↡。

「発心ほっしん等とう故こ道等どうとう」 とらは、 これ道等どうとうなり。 「道等どうとう」 といふは、 これいはく所しょ履りの道どうこれなり。

-「▲発心等故道等ト」等者、是道等也。言↢「道等ト」↡者、是 レ謂ク所履ノ之道是也。

「道等どうとう故こ」 の下しもはこれ慈じ等とうなり。 これいはく能のう履りの慈じ等とうなり。

-「▲道等故ノ」下ハ是 レ慈等也。是 レ謂ク能履ノ之慈等也。

いまこの四し等とう、 その句々くくにおいて 「故こ」 の字じを置おくがゆゑに展転てんでん相そう成じょうして等とうの義ぎあるべし。 しかるゆゑは、 諸法しょほう平びょう等どうにして理り性しょう本ほん浄じょうなり、 これを離はなれて諸しょ余よの別法べっぽうあることなし。 この平びょう等どう無む相そうの理りより発おこすところの心しんなるがゆゑにその心しんこれ等ひとし。 所等しょとうの心しんより修しゅするところの道どうなるがゆゑにその道どうこれ等ひとし、 所等しょとうの道どうより垂たるるところの慈じなるがゆゑに慈じまた等ひとしきなり。

-今此ノ四等、於テ↢其ノ句々ニ↡置ガ↢「故ノ」字ヲ↡故ニ展転相成シテ可シ↠有↢等ノ義↡。所↢以然↡者、諸法平等ニシテ理性本浄ナリ、離テ↠此ヲ無シ↠有コト↢諸余ノ別法↡。自↢此ノ平等无相ノ之理↡所ノ↠発ス心ナルガ故ニ其ノ心是 レ等シ。自↢所等ノ心↡所ノ↠修1215スル道ナルガ故ニ其ノ道是 レ等シ、自↢所等ノ道↡所ノ↠垂ルヽ慈ナルガ故ニ慈又等シキ也。

「慈悲じひ有う三縁さんえん」 とらは、 この三縁さんえんにおいて横竪おうしゅの義ぎあり、 いまの釈しゃくの意こころはこれ竪しゅの義ぎなり。 いはく、 小しょうと中ちゅうと大だいと、 次ついでのごとくかの凡ぼん夫ぶと菩ぼ薩さつと仏ぶっ果かとの慈悲じひに約やくす。

-「▲慈悲有三縁ト」等者、於テ↢此ノ三縁ニ↡有リ↢横竪ノ義↡、今ノ釈ノ意者是 レ竪ノ義也。謂ク、小ト中ト大ト、如ク↠次ノ約ス↢彼ノ凡夫ト菩薩ト仏果トノ慈悲ニ↡。

横おうの義ぎといふは、 天台てんだいの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ に ¬智度ちど論ろん¼ を引ひきていはく、 「一いちには衆しゅ生じょう縁えん、 心しんに一切いっさい衆しゅ生じょうを攀縁へんえんすることなけれども、 しかも衆しゅ生じょうにおいて自じ然ねんに現益げんやくす。 乃至 二には法縁ほうえん、 心しんに法ほうを観かんずることなけれども、 しかも諸法しょほうにおいて自じ然ねんにあまねく照てらす。 日ひの物ものを照てらすに分別ふんべつするところなきがごとし。 三さんは無む縁えん、 心しんに理りを観かんずることなけれども、 しかも平びょう等どう第一だいいち義ぎの中なかにおいて自じ然ねんに安あん住じゅうす。」 以上

-言↢横ノ義ト↡者、天臺ノ¬観経ノ疏ニ¼引テ↢¬智度論ヲ¼↡云ク、「一ニハ衆生縁、無ケレドモ↣心ニ攀↢縁スルコト一切衆生ヲ↡、而モ於テ↢衆生ニ↡自然ニ現益ス。 乃至 二者法縁、無ケレドモ↢心ニ観ズルコト↟法ヲ、而モ於テ↢諸法ニ↡自然ニ普ク照ス。如シ↢日ノ照ニ↠物ヲ無キガ↟所↢分別スル↡。三者無縁、無ケレドモ↢心ニ観ズルコト↟理ヲ、而モ於テ↢平等第一義ノ中ニ↡自然ニ安住ス。」 已上

三種さんしゅありといへども三さん位いに渉わたらず、 ともに如来にょらいに約やくす、 これ横おうの義ぎなり。

-雖ヘ↠有ト↢三種↡不↠渉↢三位ニ↡、倶ニ約ス↢如来ニ↡、是 レ横ノ義也。

問とふ。 いまの ¬註ちゅう¼ の意こころに就つきて竪しゅの義ぎに約やくせば、 なんぞ因いん位ににおいて大だい悲ひといふや。

-問。就テ↢今ノ¬註ノ¼意ニ↡約セ↢竪ノ義ニ↡者、何ゾ於テ↢因位ニ↡云↢大悲ト↡乎。

答こたふ。 分ぶんに約やくしてこれを論ろんず。 竪しゅにその別べつをいふに、 階かい位いありといへども総そうじて菩ぼ薩さつにおいて大だい悲ひの名なを立たつること常じょう途ずの詞ことばなり。 これすなはち仏ぶつに対たいしてはこれを言いひて小しょうとなし、 その凡ぼん夫ぶに対たいしてはこれを言いひて大だいとなす。 相対そうたい異ことなるがゆゑに、 大だいといふに過とがなし。

-答。約シテ↠分ニ論ズ↠之ヲ。竪ニ謂ニ↢其ノ別ヲ↡、雖ヘ↠有ト↢階位↡総ジテ於テ↢菩薩ニ↡立コト↢大悲ノ名ヲ↡常途ノ詞也。是 レ則対シテハ↠仏ニ言テ↠之ヲ為シ↠小ト、対シテハ↢其ノ凡夫ニ↡言テ↠之ヲ為ス↠大ト。相対異ナルガ故ニ、云ニ↠大ト無シ↠過。

「安楽あんらく」 とらは、 これかの土どは三さん慈悲じひの中なかに無む縁えんの慈じをもつて浄じょう土どの報ほうとなすことを明あかす。 ゆゑに ¬観かん経ぎょう¼ にいはく、 「無む縁えんの慈じをもつてもろもろの衆しゅ生じょうを摂せっす。」 以上 三縁さんえんの慈じをもつて建こん立りゅうするところの妙みょう浄じょう土どなるがゆゑに、 その大だい慈じをもつて願がん生しょうのもろもろの衆しゅ生じょうを摂取せっしゅすらくのみ。

-「▲安楽ト」等者、是 レ明ス↧彼ノ土ハ三慈悲ノ中ニ以テ↢无縁ノ慈ヲ↡為コトヲ↦浄土ノ報ト↥。故ニ¬観経ニ¼云ク、「▲以テ↢無縁ノ慈ヲ↡摂ス↢諸ノ衆生ヲ↡。」 已上 以テ↢三縁ノ慈ヲ↡所ノ↢建立スル↡之妙浄土ナルガ故ニ、以テ↢其ノ大慈ヲ↡摂↢取スラク願生ノ諸ノ衆生ヲ↡耳。

【21】次つぎに 「又う云うん」 とは、 同おなじき第だい十じゅう六ろくの荘しょう厳ごん大だい義ぎ門もん功く徳どく成じょう就じゅの註釈ちゅうしゃくの中なかに三さんの問答もんどうあり、 その第三だいさんなり。

次ニ「▲又云ト」者、同キ第十六ノ荘厳大義門功徳成就ノ註釈ノ之中ニ有リ↢三ノ問答↡、其ノ第三也。

この荘しょう厳ごんの意こころはこれかの国くに大だい乗じょう界かいなるがゆゑに二に乗じょうなき義ぎを成じょうず。 しかも仏力ぶつりきによりて二に乗じょう生しょうずといへども小しょうを転てんじて大だいに向むかふ。 このゆゑに大だい義ぎ門もんを成じょう就じゅするなり。 問答もんどうの意こころその文もん見みつべし。

-此ノ荘厳ノ意ハ是 レ成ズ↧彼ノ国大乗界ナルガ故ニ無キ↢二乗↡義ヲ↥。而モ依テ↢仏力ニ↡二乗1216雖ヘ↠生ズト転ジテ↠小ヲ向フ↠大ニ。是ノ故ニ成↢就スル大義門ヲ↡也。問答ノ之意其ノ文可シ↠見ツ。

「鴆ちん鳥ちょう」 といふはこれ毒どく鳥ちょうなり。 「鴆じん」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「除じょ禁きんの切せつ、 その羽はね毒どくあり、 酒さけをもつて飲のめばすなはち死しす。」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「直じき禁きんの切せつ、 鳥とりの名な。 ¬広こう志し¼ にいはく、 大おおきさ鴞ふくろうのごとし。 紫し緑ろくの色いろ、 毒どくあり、 頸くびの長ながさ七八しちはっ寸すん、 蛇蝮じゃふくを食くらふ。 雄おすを運日うんにちといひ雌めすを陰諧おんかいと名なづく。 その毛けをもつて飲食おんじきに歴ふればすなはち人ひとを殺ころす。」

-言↢「▲鴆鳥ト」↡者是毒鳥也。「鴆」¬玉篇ニ¼云、「除禁ノ切、其ノ羽毒アリ、酒ヲモテ飲ノメバ即死ス。」¬広韻ニ¼云、「直禁ノ切、鳥ノ名。¬広志ニ¼云ク、大オ サ如シ↠鴞ケウノ。紫緑ノ色、有リ↠毒、頚ノ長サ七八寸、食クラフ↢蛇蝮ヲ↡。雄ヲ曰ヒ↢運日ト↡雌ヲ名ク↢陰諧ト↡。以テ↢其ノ毛ヲ↡歴フレバ↢飲食ニ↡即殺ス↠人ヲ。

「魚蜯ぎょぼう」 といふは、 「蜯ぼう」 ¬玉ぎょく篇へん¼ にいはく、 「歩ぶ項こうの切せつ、 蜯蛤ぼうこう。」 ¬広韻こういん¼ これに同おなじ。

言↢「▲魚蚌ト」↡者、「蚌」¬玉篇ニ¼云、「歩項切、蚌蛤。」¬広韻¼同ジ↠之ニ。

問とふ。 言いふところの 「鴆じん鳥ちょう」・「犀さい牛ぎゅう」・「魚蜯ぎょぼう」 おのおの二に類るいか、 また一物いちもつか。

-問。所ノ↠言「鴆鳥」・「犀牛」・「魚蚌」各二類歟、又一物歟。

答こたふ。 これに差別しゃべつあり。 鴆じん鳥ちょうは別べつにあらず。 鴆じんは鳥ちょう類るいなるがゆゑに、 これを鴆じん鳥ちょうといふ。 犀さいまた牛ぎゅう類るいなり、 ゆゑに犀さい牛ぎゅうといふ。 魚蜯ぎょぼうはこれ別べつなり。 魚ぎょは一類いちるい、 蜯ぼうは虫ちゅう類るい。 魚類ぎょるい・蜯蛤ぼうこうともに死し活かつするなり。

答。此ニ有リ↢差別↡。鴆鳥ハ非ズ↠別ニ。鴆ハ鳥類ナルガ故ニ言フ↢之ヲ鴆鳥ト↡。犀又牛類ナリ、故ニ云フ↢犀牛ト↡。魚蚌ハ是 レ別ナリ。魚者一類、蚌者蟲類。魚類・蚌蛤共ニ死活スル也。

「五ご不ふ思議しぎ」 は次下つぎしもの釈しゃくのごとし。

-「▲五不思議ハ」如シ↢次下ノ釈ノ↡。

【22】「又う云うん」 とらは、 同おなじき下げ巻かんの観かん行ぎょう体相たいそうにおいて文もんを分わかちて二にとなす。 一いちには器き体たい、 二にには衆しゅ生じょう体たい。 その器き体たいの中なかにまた三さん重じゅうあり。 その中なかに一いちには国こく土どの体相たいそうを明あかし、 ↓二にには自利じり利他りたを示じ現げんし、 三さんには第一だいいち義ぎ諦たいに入いることをいふ。 いまの文もんは第一だいいちに国こく土どの体相たいそうを明あかさんと欲ほっして、 初はじめに (論註巻下) 「彼ひ仏ぶつ国こく土ど荘しょう厳ごん功く徳どく成じょう就じゅ者しゃ、 成じょう就じゅ不可ふか思議しぎ力りき故こ」 とらいふ以下いげの註釈しゅうしゃくなり。

「▲又云ト」等者、於テ↢同キ下巻ノ観行体相ニ↡分テ↠文ヲ為ス↠二ト。一者器体、*二衆生体。其ノ器体ノ中ニ又有リ↢三重↡。其ノ中ニ一ニハ明シ↢国土ノ体相ヲ↡、二者示↢現シ自利々他ヲ↡、三者言フ↠入コトヲ↢第一義諦ニ↡。今ノ文ハ第一ニ欲シテ↠明ント↢国土ノ体相ヲ↡、初ニ云フ↢「▲彼仏国土荘厳功徳成就者、成就不可思議力故ト」等↡已下ノ註釈也。

次上つぎかみに引用いんようするところの五ご不ふ思議しぎを示しめさんがために次下つぎしもにこれを引ひく。 また五ご種しゅの不ふ思議しぎを出いだすことは、 仏法ぶっぽう不ふ思議しぎを顕あらわさんがためなり。 いふところの仏法ぶっぽう不ふ思議しぎとは、 総そうじてこれをいはば、 広ひろく諸しょ教きょうの利り益やくに通つうずべしといへども、 いまは別べっして弥陀みだの因いん果が所しょ成じょう所しょ摂しょうの不可ふか思議しぎ功く徳どく力りきを顕あらわさんと欲ほっす。 因いんはすなはち願力がんりき、 果かは住じゅう持じ力りきなり。 その文もん見みつべし。

-為ニ↠示サンガ↧次上ニ所ノ↢引用スル↡之五不思議ヲ↥次下ニ引ク↠之ヲ。又出コト↢五種ノ不思議ヲ↡者、為↠顕ンガ↢仏法不思議ヲ↡也。所ノ↠言仏法不思議ト者、総ジテ而言ハヾ↠之ヲ、広ク雖ヘ↠可ト↠通ズ↢諸教ノ利益ニ↡、今ハ別シテ欲ス↠顕1217ント↢弥陀ノ因果所成所摂ノ不可思議功徳力ヲ↡也。因ハ即願力、果ハ住持力ナリ。其ノ文可シ↠見ツ。

【23】「又う云うん」 とらは、 ↑上かみに標ひょうするところの第だい二に段だんなり。

「▲又云ト」等者、上ニ所ノ↠標スル之第二段也。

初はじめの文段もんだんの中なかに十じゅう七種しちしゅの荘しょう厳ごん等とうを挙あげ畢おわりて、 この荘しょう厳ごん成じょう就じゅは如来にょらいの自利じり利他りた大だい功く徳どく力りきなることを示しめす解げ釈しゃくなり。

-初ノ文段ノ中ニ挙ゲ↢十七種ノ荘厳等ヲ↡畢テ、示ス↢此ノ荘厳成就ハ如来ノ自利々他大功徳力ナルコトヲ↡之解釈也。

「須しゅ弥み」 とらは、 ¬維ゆい摩ま経きょう¼ の中なかに不ふ思議しぎ解げ脱だつを説とく意こころなり。 これ大だい小しょう容受ようじゅの義ぎをもつていまこれに比ひ例れいす。 いはゆるかの極楽ごくらくの荘しょう厳ごんをもつてこれを須しゅ弥みおよび大海たいかいに譬たとへ、 十じゅう七種しちしゅをもつてかの 「芥子けし」 および 「毛もう孔く」 に喩たとふるなり。

-「▲須弥ト」等者、¬維摩経ノ¼中ニ説ク↢不思議解脱ヲ↡意也。此 レ以テ↢大小容受之義ヲ↡今比↢例ス之ニ↡。所謂以テ↢彼ノ極楽ノ荘厳ヲ↡譬ヘ↢之ヲ須弥及以ビ大海ニ↡、以テ↢十七種ヲ↡喩ル↢彼ノ「芥子」及ビ「毛孔ニ」↡也。

「豈がい山海せんかい之し神じん乎こ」 とらは、 能納のうのう・所納しょのうさらに須しゅ弥み・大海たいかい・芥子けし・毛もう孔くの力ちからにあらず。 能神のうじんの者ものの力ちからはすなはち不ふ思議しぎ解げ脱だつ力りきなり、 所神しょじんはすなはちこれ山海せんかい等とうなり。 文もんの意こころにつぶさにこの十じゅう七しち句く仏ぶつの自利じり利他りた功く徳どく力りき、 かの如来にょらいの不可ふか思議しぎ神力じんりきを摂せっすることを明あかすらくのみ。

-「▲豈山海之神乎ト」等者、能納・所納更ニ非ズ↢須弥・大海・芥子・毛孔ノ之力ニ↡。能神ノ者ノ力ハ即不思議解脱力也、所神ハ即是 レ山海等也。文ノ意具ニ明スラク↣此ノ十七句摂スルコトヲ↢仏ノ自利々他功徳力、彼ノ如来ノ不可思議神力ヲ↡而已。

【24】「又う云うん」 とらは、 同おなじき下げの如来にょらい八種はっしゅ荘しょう厳ごん功く徳どくの中なかの第八だいはちの荘しょう厳ごん功く徳どくの文もんなり。

「▲又云」等者、同キ下ノ如来八種荘厳功徳ノ之中ノ第八荘厳功徳ノ文也。

この荘しょう厳ごんにおいて、 ¬論ろん¼ と ¬註ちゅう¼ とあひあはせて三さんの文段もんだんあり。 まず偈げ頌じゅを引ひきてこの荘しょう厳ごんを顕あらわす。 次つぎに 「不ふ虚作こさ住じゅう持じ」 以下いげは得とく名みょうの由ゆえを釈しゃくし、 またその義ぎを述のぶ。

-於テ↢此ノ荘厳ニ↡¬論ト¼¬*註ト¼相并セテ有リ↢三ノ文段↡。▲先引テ↢偈頌ヲ↡顕ス↢此ノ荘厳ヲ↡。次ニ「▲不虚作住持」已下ハ釈シ↢得名ノ由ヲ↡、亦述ブ↢其ノ義ヲ↡。

後のちに (論註巻下) 「即見そくけん彼ひ仏ぶつ」 といふ以下いげはまさしく住じゅう持じ不虚ふこの相そうを明あかす。 ただしその文もん第だい四し巻かんの中なかに載のす。 ゆゑにいまこれを残のこす。

-後ニ云↢「▲即見彼仏ト」↡以下ハ正ク明ス↢住持不虚ノ之相ヲ↡。但シ其ノ文載ス↢▲第四巻ノ中ニ↡。故ニ今残ス↠之ヲ。

初はじめの文もんの中なかに、 「乃ない至し」 といふは、 まづ虚作こさの相そうを示しめす文もんなり。 翻対ほんたいして不虚ふこの義ぎを顕あらわさんと欲ほっすといへども、 まさしく不虚ふこ住じゅう持じの文もんにあらざるがゆゑに繁しげきを恐おそれてしばらく除のぞく。

-初ノ文ノ之中ニ、言↢「▲乃至ト」↡者、先ヅ示ス↢虚作ノ之相ヲ↡文也。雖ヘ↠欲スト↣翻対シテ顕ント↢不虚ノ義ヲ↡、正ク非ガ↢不虚住持ノ文ニ↡故ニ恐テ↠繁1218ヲ且ク除ク。

「願がん以に」 とらは、 願力がんりきを二にとなす。 「願がん」 とは因いん位にの四し十じゅう八願はちがん、 「力りき」 とは果位かいの自じ在ざい神力じんりき。 因願いんがん・果か力りきともに徒と然ねん虚こ設せつの義ぎなし、 「あひ符ふして差たがはず」。 これすなはち住じゅう持じ成じょう就じゅの義ぎなり。

-「▲願以ト」等者、願力ヲ為ス↠二ト。「願ト」者因位ノ四十八願、「力ト」者果位ノ自在神力。因願・果力共ニ无シ↢徒然虚設ノ之義↡、「相符シテ不↠差ハ」。是則住持成就ノ義也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『讃弥陀偈』文

【25】次つぎに ¬讃さん阿あ弥陀みだ仏ぶつ偈げ¼、 一巻いっかんの典てんなり。

次ニ▲¬讃阿弥陀仏偈¼、一巻ノ典也。

問とふ。 題だいの後のち文もんの前まえに六ろく字じの名なを安あんずる、 なんの意こころあるや。

-問。題ノ後文ノ前ニ▲安ズル↢六字ノ名ヲ↡、有↢何ノ意↡耶。

答こたふ。 題目だいもくに ¬讃さん阿あ弥陀みだ仏ぶつ偈げ¼ といふといへども、 いまだ名みょう号ごうの功く徳どくを讃嘆さんだんすることを顕あらわさず、 ただこれ讃嘆さんだんなり。 このゆゑにいふ所ところの讃嘆さんだんは名みょう号ごうの徳とくにあることを示しめさんがために、 かくのごとく題だいするか。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ の初はじめにまづ名みょう号ごうを安あんずる、 あたかもこの例れいによる。 かれは観念かんねん、 諸仏しょぶつの名みょう号ごう等とうに簡けん異いせんがためなり。

-答。題目ニ雖↠云↢「讃阿弥陀仏偈ト」↡、未ダ↠顕サ↣讃↢嘆スルコトヲ名号ノ功徳ヲ↡、只是 レ讃嘆ナリ。是ノ故ニ為ニ↠示ンガ↣所ノ↠言讃嘆ハ在コトヲ↢名号ノ徳ニ↡、如ク↠是ノ題スル歟。¬選択集ノ¼初ニ▲先ヅ安ズル↢名号ヲ↡、宛モ由ル↢此ノ例ニ↡。彼ハ為↣簡↢異センガ観念、諸仏ノ名号等ニ↡也。

「釈名しゃくみょう」 とらは、 上かみの梵号ぼんごうにおいてその漢かん語ごを示しめして 「釈名しゃくみょう」 とらいふ。 「傍ぼう経きょう」 とらは、 これ ¬経きょう¼ に副そへてなして讃さんじたてまつるををいふか。 「亦曰やくわつ安あん養にょう」 の四字しじ有無うむ、 諸本しょほんの異いなり。 この ¬讃さん¼、 ある本ほんいまの所引しょいんの上かみ、 最初さいしょにまづ一いち四句しく偈げあり。 その文もん (讃弥陀偈) にいはく、 「西方さいほうに現在げんざいしてこの界さかいを去さること、 十じゅう万まん億刹おくせつにして安あん養にょうの土どあり。 仏ぶつ世せ尊そんを阿あ弥陀みだと号ごうす。 われ往おう生じょうを願がんじて、 帰き命みょうして礼らいす。」 以上

-「▲釈名ト」等者、於テ↢上ノ梵号ニ↡示シテ↢其ノ漢語ヲ↡云フ↢「釈名ト」等↡。「▲傍経ト」等者、是云↢副ヘテ↠¬経ニ¼作シテ奉ルヲ↟讃ジ歟。「▲亦曰安養ノ」四字有無、諸本ノ異也。此ノ¬讃¼、或本今ノ所引ノ上、最初ニ先ヅ有リ↢一四句偈↡。其ノ文ニ云、「▲現↢在シテ西方ニ↡去コト↢此ノ界ヲ↡、十万億刹ニシテ安養ノ土アリ。仏世尊ヲ号ス↢阿弥陀ト↡。我願ジテ↢往生ヲ↡帰命シテ礼ス。」 已上

「成じょう仏ぶつ」 とらは、 いまの二句にくまづ寿じゅ命みょうに就つきて無む量りょうの徳とくを讃さんず。

-「▲成仏ト」等者、今ノ之二句先ヅ就テ↢寿命ニ↡讃ズ↢无量ノ徳ヲ↡。

「法身ほっしん」 以下いげは次つぎに光こう明みょうに就つきて種々しゅじゅの徳とくを嘆たんず。 光こう明みょうを嘆たんずる中なかにまづ三徳さんとくに約やくす。 「法身ほっしんの光輪こうりん」 はすなはちこれ法身ほっしん、 「智慧ちえの光こう明みょう」 はこれ般若はんにゃに約やくす。 「解げ脱だつの光輪こうりん」 はすなはちこれ解げ脱だつ。

-「▲法身」以下ハ次ニ就テ↢光明ニ↡嘆ズ↢種々ノ徳ヲ↡。嘆ズル↢光明ヲ↡中ニ先ヅ約ス↢三徳ニ↡。「法身ノ光輪ハ」即是 レ法身、「▲智恵ノ光明ハ」是 レ約ス↢般若ニ↡。「▲解脱ノ光輪ハ」即是 レ解脱。

「離り有無うむ」 とは、 有無うむはすなはちこれ断だん常じょうの二に見けん、 この二にによるがゆゑに生しょう死じを出いでず。 しかるにもろもろの凡ぼん夫ぶこれを離はなれずといへども、 いまこの名みょう号ごうは中ちゅう道どう実相じっそう、 清浄しょうじょう無む生しょうの深法じんぼうなるがゆゑに、 この名みょう号ごうを称しょうすれば仏ぶつの願力がんりきによりてかならず光触こうそくを蒙こうぶる。 光触こうそくを蒙こうぶる者ものは自じ然ねんに有無うむの迷妄めいもうを遠おん離りす。 これはこれ光こう明みょう照しょう触そくの力ちからなり。

-「▲離有無ト」者、有无ハ即是 レ断常ノ二見、依ガ↢此ノ二ニ↡故ニ不↠出↢生死ヲ↡。而ニ諸ノ凡夫雖ヘ↠不ト↠離↠之ヲ、今此ノ名号ハ中道1219実相、清浄無生ノ之深法ナルガ故ニ、称スレバ↢此ノ名号ヲ↡依テ↢仏ノ願力ニ↡必蒙ル↢光触ヲ↡。蒙ル↢光触ヲ↡者 ノハ自然ニ遠↢離ス有無ノ迷妄ヲ↡。此ハ是光明照触ノ力也。

「聞光もんこう」 とらは、 摂取せっしゅの光益こうやくを聞きく力ちからによりて心々しんしん相続そうぞくしてかならず生しょうずること疑うたがひなし。 もし自じ力りきに約やくすれば間断けんだんありといへども、 もし他た力りきに約やくすれば信心しんじん相続そうぞくす。 これすなはち聞光もんこう力りきのゆゑなり。

-「▲聞光ト」等者、由テ↧聞ク↢摂取ノ光益ヲ↡之力ニ↥心々相続シテ必生ズルコト無シ↠疑。若シ約スレバ↢自力ニ↡雖ヘ↠有ト↢間断↡、若シ約スレバ↢他力ニ↡信心相続ス。是則聞光力ノ之故也。

「其ご光こう」 とらは、 かの如来にょらいの大だい智慧ちえ海かいより生しょうずるところの光ひかりなるがゆゑに、 仏ぶつを除のぞきて外ほかはその測はかるところにあらず。 ¬大だい経きょう¼ (巻下) に説ときて 「二に乗じょう非ひ所測しょしき、 唯仏ゆいぶつ独どく明了みょうりょう」 といふ。 けだしこの義ぎなり。

-「▲其光ト」等者、自↢*彼ノ如来ノ大智恵海↡所ノ↠生ズル光ナルガ故ニ、除テ↠仏ヲ之外ハ非ズ↢其ノ所ニ↟測。¬大経ニ¼説テ云↢「▲二乗非所測、唯仏独明了ト」↡。蓋シ此ノ義也。

「乃ない至し」 といふは、 この中ちゅう間げんにおいて除のぞくところ一いっ百ぴゃく五ご十じゅう行ぎょうなり。

-言↢「▲乃至ト」↡者、於テ↢此ノ中間ニ↡所↠除ク一百五十行也。

【26】「本ほん師し」 とらは、 この文もんの始はじめより 「生しょう安楽あんらく」 に至いたるまで、 別べっして龍りゅう樹じゅを讃さんず。 讃主さんしゅはもとこれ四し論ろんの高徳こうとく、 後のちに浄じょう土ど宗しゅうなり。 龍りゅう樹じゅ菩ぼ薩さつは千せん部ぶの論ろん師じ、 八はっ宗しゅうの高こう祖そ、 承うけるところの二に宗しゅうともに大だい祖そとなす。 ゆゑに別べっして讃さんず。

「▲本師ト」等者、自↢此ノ文ノ始↡至マデ↢「生安楽ニ」↡、別シテ讃ズ↢龍樹ヲ↡。讃主ハ本是 レ四論ノ高徳、後ニ浄土宗ナリ。龍樹菩薩ハ千部ノ論師、八宗ノ高祖、所ノ↠承ル二宗共ニ為ス↢大祖ト↡。故ニ別シテ讃ズ也。

「理り頽綱たいこう」 とは、 頽かたぶきなんと欲ほっする仏法ぶっぽうの綱要こうようを興おこすことを嘆たんず。 「邪扇じゃせん」 といふは、 外げ道どうの見けんを指さす。 「開かい正しょう轍てつ」 とは、 これ仏法ぶっぽうの正しょう徹てつを開闡かいせんすることを顕あらわす。 「正しょう徹てつ」 といふは、 すなはち正しょう道どうなり。 その正しょう道どうにおいて総別そうべつの意こころあり。 総そうじては一代いちだいに被かぶらしむ、 龍りゅう樹じゅ広ひろく諸しょ宗しゅうの祖そたるがゆゑに。 別べっして浄じょう土どを指さす、 往おう生じょう安楽あんらくかれの本ほん意いなるがゆゑに。

-「▲理頽タイ綱ト」者、嘆ズ↠興コトヲ↢欲スル↠頽ナントカタブキ  仏法ノ綱要ヲ↡。言↢「▲邪扇ト」↡者、指ス↢外道ノ見ヲ↡。「▲開正轍ト」者、是 レ顕ス↣開↢闡スルコトヲ仏法ノ正徹ヲ↡。言↢「正徹ト」↡者、即正道也。於テ↢其ノ正道ニ↡有リ↢総別ノ意↡。総ジテハ被シム↢一代ニ↡、龍樹広ク為タルガ↢諸宗ノ祖↡故ニ。別シテ指ス↢浄土ヲ↡、往生安楽彼ノ本意ナルガ故ニ。

「伏ぶく承じょう」 とらは、 いま 「尊そん語ご」 といふ。 この義ぎのごとくならば、 この語ごといふは釈しゃ迦か尊そんの語ご、 仏ぶつ語ごを伏ぶく承じょうする意こころならくのみ。 ある本ほんには 「尊そん悟ご」、 「語ご」 と 「悟ご」 と異いなり。 もし 「悟ご」 の本ほんによらば、 いはく尊そんに伏ぶく承じょうす。 「悟ご」 とはこれ歓かん喜ぎ地じを悟さとるなり。

-「▲伏承ト」等者、今云フ↢「▲尊語ト」↡。如ナラ↢此ノ義ノ↡者、言↢此ノ語ト↡者釈迦尊ノ語、伏↢承スル仏語ヲ↡之意ナラク而已。或本ニハ「尊悟」、「語ト」与 ト ↠「悟」異ナリ。若シ依ラバ↢「悟ノ」本ニ↡、謂ク伏↢承ス尊ニ↡。「悟ト」者是悟↢歓喜地ヲ↡也。

「我が従じゅう」 とらは、 これより以下いげ総結そうけつの意こころなり。 文もんの初はじめより 「滞たい三さん途ず」 に至いたるまでは、 これ流る転てん生しょう死じの長じょう遠おんなることを顕あらわし、 兼かねて諸趣しょしゅの業け繋ごう截きりがたきことを述のぶ。 「唯願ゆいがん慈じ光こう」 以下いげの二句にくはまづ自利じりに約やくして仏ぶつの摂しょう受じゅを請こふ。 「我が讃さん仏ぶっ慧て」 以下いげの六ろっ句くは次つぎに利他りたに約やくしてあまねくみな回え向こうす。 「南無なも不可ふか」 以下いげの二句にくはまた別べっして弥陀みだ如来にょらいを礼讃らいさんす。

-「▲我従ト」等者、自↠此已下総結ノ意也。自↢文ノ之初↡至マデハ↢「滞三1220途ニ」↡、是 レ顕シ↢流転生死ノ長遠ナルコトヲ↡、兼テ述ブ↢諸趣ノ業繋難キコトヲ↟截キリ。「▲唯願慈光」以下ノ二句ハ先ヅ約シテ↢自利ニ↡請フ↢仏ノ摂受ヲ↡。「▲我讃仏恵」以下ノ六句ハ次ニ約シテ↢利他↡普皆廻向ス。「▲南無不可」以下ノ二句ハ又別シテ礼↢讃ス弥陀如来ヲ↡。

「十方じっぽう三さん世ぜ」 以下いげの四句しくは道同どうどうの理りによりて総そうじて諸仏しょぶつを礼らいす。 「我帰がき阿弥あみ」 以下いげの二句にくは一仏いちぶつを讃さんずるに徳とく十方じっぽうに遍へんぜんことを願がんず。 また弥陀みだ一仏いちぶつに帰き命みょうすればすなはちあまねく十方じっぽう一切いっさいの諸仏しょぶつに帰きする理ことわりある義ぎあり。 「如にょ是ぜ十方じっぽう」 以下いげの二句にくはその道どう理りを憶おもひてことごとく礼らい敬きょうするなり。

-「▲十方三世」以下ノ四句ハ依テ↢道同ノ理ニ↡総ジテ礼ス↢諸仏ヲ↡。「▲我帰阿弥」以下ノ二句ハ願ズ↧讃ズルニ↢一仏ヲ↡徳遍ゼンコトヲ↦十方ニ↥。又有リ↩帰↢命スレバ弥陀一仏ニ↡乃チ有ル↧遍ク帰スル↢十方一切ノ諸仏ニ↡理↥義↨。「▲如是十方」以下ノ二句ハ憶テ↢其ノ道理ヲ↡咸ク礼敬スル也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・「玄義分」文

【27】次つぎに大だい師しの釈しゃく、 「玄げん義ぎ」 二に乗じょう門もんの釈しゃくなり。

次ニ▲大師ノ釈、「玄義」二乗門ノ之釈也。

問とふ。 かの釈しゃくの初はじめに 「第六だいろく会え通つう二に乗じょう種しゅ不ふ生しょう義ぎ者しゃ」 (玄義分) といふ一いち十じゅう一いち字じあり。 いまかの標ひょうを略りゃくする、 なんの意こころかあるや。

-問。彼ノ釈ノ初ニ有リ↧云フ↢「▲第六会通二乗種不生義者ト」↡一十一字↥。今略スル↢彼ノ標ヲ↡、有↢何ノ意カ↡耶。

答こたふ。 当とう章しょうの中なかに五ご番ばんの問答もんどうあり。 中なかにおいて初はじめの三さんは身しん土どの義ぎを明あかし、 後のちの二にの問答もんどうはまさしく二に乗じょう種しゅ不ふ生しょうの義ぎを明あかす。 いまは身しん土どを明あかすゆゑに初はじめの三さんを引ひきて後のちの二に番ばんを略りゃくす。 いまの標ひょうはまさしく後のちの二に番ばんに被かぶらしむるがゆゑに、 その文そんを除のぞくによりてその標ひょうを除のぞくなり。

-答。当章ノ中ニ有リ↢五番ノ問答↡。於テ↠中ニ初ノ三ハ明シ↢身土ノ義ヲ↡、後ノ二ノ問答ハ正ク明ス↢二乗種不生ノ義ヲ↡。今ハ明ス↢身土ヲ↡故ニ引テ↢初ノ三ヲ↡略ス↢後ノ二番ヲ↡。今ノ標ハ正ク被シムルガ↢後ノ二番ニ↡故ニ、依テ↠除クニ↢其ノ文ヲ↡除↢其ノ標ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅰ 第一番

【28】「問曰もんわつ」 以下いげはこれ正釈しょうしゃくなり。 いまの問答もんどうは第一だいいち番ばんなり。

「▲問曰」已下ハ是 レ正釈也。今ノ問答者第一番也。

「弥陀みだ」 とらは、

-「▲弥陀ト」等者、

問とふ。 仏ぶつに三身さんしんあり、 すなはち法ほう報ほう応おうなり。 なんぞ法身ほっしんを除のぞきて報ほう化けを問とふや。 また三身さんしんによらば応おうの中なかに化けを摂せっす。 もし四し身しんによらば応おうの外ほかに化けを立たつ。 なんぞ応おうといはずしてただちに化けといふや。

-問。仏ニ有リ↢三身↡、即法報応ナリ。何ゾ除テ↢法身ヲ↡問↢報化ヲ↡耶。又依ラバ↢三身ニ↡応ノ中ニ摂ス↠化ヲ。若シ依ラバ↢四身ニ↡応ノ外ニ立ツ↠化ヲ。何ゾ不シテ↠言↠応ト直ニ云↠化ト耶。

答こたふ。 三身さんしん・四し身しん・二に身しん・一身いっしん、 開合かいごうの不ふ同どうにして実じつに増減ぞうげんせず。 法身ほっしんおよび土どはその名みょう相そうを離はなる。 その三身さんしん相即そうそくの理りによるがゆゑに報ほう化けの身しんをいふにかならず法ほう応おうを具ぐす。 しばらく合ごうの門もんによりて報ほう化けの身しんを立たつ。 浄じょう土ど宗しゅうの意こころは指し方ほう立相りっそうにして、 法ほうを報ほうに属ぞくするがゆゑに別べっしてこれを挙あげず、 応おうと化けと同おなじ。 ゆゑに報ほう化けを挙あげてその義ぎ、 足たりぬとなす。 真しんに法ほう報ほうを含がんし化けに応身おうじんを摂せっす。 この義ぎ辺へんに約やくして報ほう化けといふ。 いはんやまた古こ今こん諸しょ師しの異解いげ、 みな報ほう化けにあり。 ゆゑにいままた同おなじ。

-答。三身・四身・二身・一身、開合ノ不同ニシテ実ニ不↢増減セ↡。法身及ビ土ハ離ル↢其ノ名相ヲ↡。依ガ↢其ノ三身相即ノ理ニ↡故ニ言ニ↢報化ノ身ヲ↡必1221具ス↢法応ヲ↡。且ク依テ↢合ノ門ニ↡立ツ↢報化ノ身ヲ↡。浄土宗ノ意ハ指方立相ニシテ、法ヲ属スルガ↠報ニ故ニ別シテ不↠挙↠之ヲ、応ト与 ト ↠化同ジ。故ニ挙ニ↢報化ヲ↡其ノ義為ス↠足ヌト。真ニ含シ↢法報ヲ↡化ニ摂ス↢応身ヲ↡。約シテ↢此ノ義辺ニ↡言↢報化ト↡也。況又古今諸師ノ異解、皆在リ↢報化ニ↡。故ニ今又同ジ。

問とふ。 諸しょ師しの異解いげその義ぎいかん。

-問。諸師ノ異解其ノ義如何。

答こたふ。 天台てんだいは判はんじて応身おうじん・応おう土どとなす浄じょう影ようこれに同おなじ。 嘉か祥じょう師しは江南こうなん・北ほく地じの人にん師しの所しょ解げを挙あげて報ほう土どの義ぎを出いだす。 綽しゃく公こうまた報身ほうじん・報ほう土どと判はんず。 慈じ恩おんの意こころのいはく、 正しょうは報ほう土どとなし兼かねては化土けどに通つうず。 これらの義ぎ古こ来らいの異途いずなり。 このゆゑに大だい師し古こ今こんを楷かい定じょうして唯報ゆいほう非化ひけの義ぎを定じょう判はんするなり。

-答。天臺ハ判ジテ為ス↢応身・応土ト↡浄影同ジ↠之ニ。嘉祥師ハ挙テ↢江南・北地ノ人師ノ所解ヲ↡出ス↢報土ノ義ヲ↡。綽公又判ズ↢報身・報土ト↡。慈恩ノ意ノ言ク、正ハ為↢報土↡兼テハ通ズ↢化土ニ↡。此等ノ之義古来ノ異途ナリ。是ノ故ニ大師楷↢定シテ古今ヲ↡定↢判唯報非化ノ義ヲ↡也。

「如にょ大だい乗じょう」 の下しもは証しょうを引ひきて義ぎを成じょうず。 これに三さん経きょうあり、 その経きょう、 文もんのごとし。 初はじめの ¬経きょう¼ は名なを証しょうす、 次つぎの ¬経きょう¼ は義ぎを証しょうす、 後のちの ¬経きょう¼ は通つうじて両経りょうきょうの意こころを成じょうず。

-「▲如大乗ノ」下ハ引テ↠証ヲ成ズ↠義ヲ。此ニ有↢三経↡、其ノ経如シ↠文ノ。初ノ¬経ハ¼証ス↠名ヲ、▲次ノ¬経ハ¼証ス↠義ヲ、▲後ノ¬経ハ¼通ジテ成ズ↢両経ノ之意ヲ↡。

「同どう性しょう経きょう」 は、 上じょう下げ二に巻かん、 闍じゃ那耶なや舎しゃ三蔵さんぞうの訳やくなり。

-「▲同性経」者、上下二巻、闍那耶舎三蔵ノ訳也。

かの下げ巻かん (大乗同性経意) にいはく、 「その時ときに世せ尊そん自じ仏ぶつの刹せつを現げんず。 かくのごときの仏刹ぶっせつ功く徳どく厳ごん浄じょうなり、 身しん清浄しょうじょうなり、 衆しゅ清浄しょうじょうなり。 仏ぶつののたまはく、 これはこれ仏ぶつの初しょ地じなり、 また阿あ弥陀みだ如来にょらい・蓮れん華げ開かい敷ふ星しょう王おう如来にょらい・龍りゅう主王しゅおう如来にょらい・宝徳ほうとく如来にょらいあり。 かくのごときらの清浄しょうじょう仏刹ぶっせつ所得しょとく道どうの者ものあり、 かのもろもろの如来にょらいは初はじめの仏ぶつ地じを得えたまへり。 この地じの中なかにありてこの神通じんずうをなす。 わが今日こんにちの神通じんずうのごとくして異ことなることなし。 乃至

-彼ノ下巻ニ云ク、「爾ノ時ニ世尊現ズ↢自仏ノ刹ヲ↡。如ノ↠是ノ仏刹功徳厳浄ナリ、身清浄ナリ、衆清浄ナリ。仏ノ言ハク、此ハ是 レ仏ノ之初地ナリ、復有↢阿弥陀如来・蓮花開敷星王如来・龍主王如来・宝徳如来↡。有リ↢如↠是ノ等ノ清浄仏刹所得道ノ者↡、彼ノ諸ノ如来ハ得タマヘリ↢初ノ仏地ヲ↡。在テ↢此ノ地ノ中ニ↡作ス↢是ノ神通ヲ↡。如クシテ↢我ガ今日ノ神通ノ↡無シ↠異コト。 乃至

海かい妙みょう深じん持じ自じ在ざい智ち通つう菩ぼ薩さつまた仏ぶつに問とひてまうさく、 世せ尊そん仏身ぶっしんにいくばくの種しゅかある。 仏ぶつののたまはく、 善ぜん丈じょう夫ぶ、 略りゃくして説とくに三さんあり。 なんらをか三さんとする。 一いちには報ほう、 二にには応おう、 三さんには真身しんしんなり。 乃至

-海妙深持自在智通菩薩復問テ↠仏ニ言サク、世尊仏身ニ幾ノ種カアル。仏ノ言ハク、善丈夫、略シテ説ニ有リ↠三。何等ヲカ為スル↠三ト。一者報、二者応、三者真身ナリ。 乃至

世せ尊そん、 何者なにものをか名なづけて如来にょらいの報ほうとする。 仏ぶつののたまはく、 善ぜん丈じょう夫ぶ、 もしかの仏ぶつの報ほうを見みんと欲おもはば、 なんぢいままさに知しるべし、 今日こんにち我われを見みよ、 現げんにもろもろの如来にょらい清浄しょうじょう仏刹ぶっせつにして、 現げんに得道とくどうする者もの、 まさに得道とくどうすべき者もの、 かくのごときの一切いっさいすなはちこれ報身ほうじんなり。 乃至

-世尊何者ヲカ名テ為スル↢如1222来ノ報ト↡。仏ノ言ハク、善丈夫、若シ欲↠見ント↢彼ノ仏ノ報ヲ↡者、汝今当↠知、今日見ヨ↠我ヲ、現ニ諸ノ如来清浄仏刹ニシテ、現ニ得道スル者、当ニキ↢得道ス↡者 ノ、如ノ↠是ノ一切即是報身ナリ。 乃至

世せ尊そん、 何者なにものをか名なづけて如来にょらいの応身おうじんとする。 仏ぶつののたまはく、 善ぜん丈じょう夫ぶ、 なほし今日こんにちの踊歩ゆぶ健ごん如来にょらい・魔ま恐怖くふ如来にょらい・大だい慈意じい如来にょらいのごとし。 かくのごときらの一切いっさいあり、 かの如来にょらい穢え濁じょく世せの中なかにして現げんに成じょう仏ぶつする者もの、 まさに成じょう仏ぶつすべき者もの、 如来にょらい影現ようげんして兜と率そつ天てんより乃ない至し一切いっさいの正しょう法ぼう・一切いっさいの像法ぞうぼう・一切いっさいの滅法めっぽうを住じゅう持じす。 善ぜん丈じょう夫ぶ、 なんぢいままさに知しるべし、 かくのごときの化事けじみなこれ応身おうじんなり。」 以上

-世尊何者ヲカ名テ為スル↢如来ノ応身ト↡。仏ノ言ハク、善丈夫、猶シ若シ↢今日ノ踊歩健如来・魔恐怖如来・大慈意如来ノ↡。有リ↢如↠是等ノ一切↡、彼ノ如来穢濁世ノ中ニシテ現ニ成仏スル者、当ニキ↢成仏ス↡者、如来影現シテ従↢兜率天↡乃至住↢持ス一切ノ正法・一切ノ像法・一切ノ滅法ヲ↡。善丈夫、汝今当ニ↠知、如ノ↠是ノ化事皆是 レ応身ナリ。」 已上

この下しもに仏ぶつの真しん法身ほっしんを説とくといへどもいまの所論しょろんにあらず、 ゆゑにこれを載のせず。 この ¬経きょう¼ の中なかに浄じょう土どの中なかにして成じょう仏ぶつするはことごとくこれ報身ほうじんなりと説ときて、 随したがひて阿あ弥陀みだ以下いげの如来にょらいを出いだす。 また穢土えど成じょう道どうの如来にょらいはことごとくこれ応身おうじんなりと説ときてまた仏ぶつ名みょうを挙あぐ。 ゆゑにこの ¬経きょう¼ を引ひきて報身ほうじんを証しょうするなり。

-此ノ下ニ雖ヘ↠説ト↢仏ノ真法身ヲ↡非ズ↢今ノ所論ニ↡、故ニ不↠載↠之ヲ。此ノ¬経ノ¼之中ニ説テ↢浄土ノ中ニシテ成仏スルハ悉ク是 レ報身ナリト↡、随テ出ス↢阿弥陀以下ノ如来ヲ↡。又説テ↢穢土成道ノ如来ハ悉ク是 レ応身ナリト↡又挙グ↢仏名ヲ↡。故ニ引テ↢此ノ¬経ヲ¼↡証↢報身ヲ↡也。

¬大だい経きょう¼ を引ひく中なかに 「法蔵ほうぞう」 とらは、 行ぎょう菩ぼ薩さつ道どうは総そうの願がん行ぎょうに約やくし、 四し十じゅう八願はちがんは別べつの願がん行ぎょうに約やくす。 しかれども総そうの願がん行ぎょうは別願べつがんを成じょうぜんがためなり。 ゆゑに 「酬しゅう因いん」 とは総別そうべつに亘わたるといへども、 その本ほん意いに就つきて称しょうして別願べつがん酬しゅう因いんの身しんといふ。

-引ク↢¬大経ヲ¼↡中ニ「▲法蔵ト」等者、行菩薩道ハ約シ↢総ノ願行ニ↡、四十八願ハ約ス↢別ノ願行ニ↡。然モ総ノ願行ハ為ナリ↠成ゼンガ↢別願ヲ↡。故ニ「▲酬因ト」者雖ヘ↠亘ト↢総別ニ↡、就テ↢其ノ本意ニ↡称シテ曰↢別願酬因ノ身ト↡也。

「一々いちいち」 とらは、

-「▲一々ト」等者、

問とふ。 所引しょいんの文もんは第だい十じゅう八はちなり、 一々いちいちの言ことばその義ぎいかん。

-問。所引ノ文者第十八也、一々ノ之言其ノ義如何。

答こたふ。 第だい十じゅう八はちの願がんこれを願王がんおうとなす。 これすなはち衆しゅ生じょう生しょう因いんの願がんなるがゆゑに、 余よの四し十じゅう七しちはみな欣ごん慕ぼの願がんなり。 一々いちいちの願がんの中なかに随一ずいいち・随ずい二に欣ごん慕ぼの機きありて願がん生しょうの心しんを発おこさば、 一々いちいちに生しょう因いんの願がんに帰きすべきがゆゑに、 一々いちいちの願がんみな第だい十じゅう八はちの願がんを離はなるべからざるをもつて、 ゆゑに一々いちいちといいひてしかもこの願がんを引ひく、 まことにゆゑあるかな。

-答。第十八ノ願為ス↢之ヲ願王ト↡。是 レ則衆生々因ノ願ナルガ故ニ、余ノ四十七ハ皆欣慕ノ願ナリ。一々ノ願ノ中ニ随一・随二有テ↢欣慕ノ機↡発サバ↢願生ノ心ヲ↡、一々ニ可ガ↠帰ス↢生因ノ願ニ↡故ニ、以テ↢一々ノ願皆不ルヲ↟可ラ↠離ル↢第十八ノ願ヲ↡、故ニ言テ↢一々ト↡而モ引ク↢此ノ願ヲ↡、良1223ニ有カナ↠以ユヘ矣。

「称しょう我が」 とらは、

-「▲称我ト」等者、

問とふ。 願文がんもんの中なかに 「称しょう我が名みょう号ごう」 の言ことばなしといへどもことさらにもつてこれを加くわへ、 「至し心しん信しん楽ぎょう」 (大経巻上) の説せつありといへどもことさらにもつてこれを除のぞく、 その意こころいかん。

-問。願文ノ之中ニ雖ヘ↠无↢「称我名号ノ」之言↡故コ ニ以テ加ヘ↠之ヲ、雖ヘ↠有ト↢「至心信楽ノ」之説↡故ニ以テ除ク↠之ヲ、其ノ意如何。

答こたふ。 除のぞくところ加くわふるところともにこれ妄みだりならず、 いはゆる彼此ひし一いちなることを顕あらわさんがためなり。 いはくこの三信さんしん、 仏ぶつの名みょう号ごうを称しょうして往おう生じょうを願がんずる外ほかにさらに異途いずなし。 その意こころいかんとなれば、 至し心しん信しん楽ぎょうはこれなんらをか信しんずる。 余よ法ほうを信しんぜず、 ただこの法ほうを楽ねがひて一心いっしんに別べっ意ちの弘ぐ願がんに帰依きえしてただ名みょう号ごうを称しょうす。 その称名しょうみょうとはこれ仮け名みょうにあらず。 至し心しん信しん楽ぎょう、 帰き命みょうの念ねん、 称名しょうみょう・信心しんじんさらにあひ離りせず、 影よう略りゃく互ご顕けんしてこの義ぎを示しめす。

-答。所↠除所↠加フル共ニ是 レ不↠妄ナラ、所謂為↠顕ンガ↢彼此一ナルコトヲ↡也。謂ク此ノ三信、称シテ↢仏ノ名号ヲ↡願ズル↢往生ヲ↡外ニ更ニ无シ↢異途↡。其ノ意何ト者、至心信楽ハ是 レ信ズル↢何等ヲカ↡。不↠信ゼ↢余法ヲ↡、唯楽テ↢此ノ法ヲ↡一心ニ帰↢依シテ別意ノ弘願ニ↡唯称ス↢名号ヲ↡。其ノ称名ト者是 レ非ズ↢仮名ニ↡。至心信楽、帰命之念、称名・信心更ニ不↢相離セ↡、影略互顕シテ示ス↢此ノ義ヲ↡也。

「今こん既き」 とらは、 まさしく別願べつがん酬しゅう因いんの義ぎをもつて報ほうの義ぎを証しょうするなり。

-「▲今既ト」等者、正ク以テ↢別願酬因ノ之義ヲ↡証スル↢報ノ義ヲ↡也。

¬観経¼ を引ひく中なかに、 「然報ねんぽう」 以下いげはこれまさしく能のう与よは報身ほうじん、 所しょ与よは仮け身しんなり、 このゆゑに本仏ほんぶつは報身ほうじんたることを釈成しゃくじょうするなり。

-引ク↢¬観経ヲ¼↡中ニ、「▲然報」以下ハ是 レ正ク釈↣成スル能与ハ報身、所与ハ仮身ナリ、是ノ故ニ本仏ハ為コトヲ↢報身↡也。

そもそもこの三さん経きょう次し第だいして義ぎを成じょうず。 しかるゆゑは、 疑ぎ者しゃありていはく、 前さきの ¬同どう性しょう経きょう¼ にその名なを説とくといへども、 かの説相せっそうは余よ教きょう所説しょせつの三身さんしん同どう証しょうの仏ぶつの相そうなり、 いまの仏ぶつに関あずからずと。 この疑うたがいを遣やらんがために、 次つぎに ¬大だい経きょう¼ を引ひきてこれ常じょう途ずの三身さんしんの中なかの報ほうにしてしかも別願べつがんに酬むくひて成じょうずるところの身しんなることを顕あらわすなり。 彼此ひし対論たいろんするに同どうあり異いあり、 不二ふに而二にになり、 不ふ一いちにして一いちなり。 ここにまた疑うたがひていはく、 かの ¬大だい経きょう¼ には凡ぼん夫ぶを引いん摂しょうすと説とく、 知しんぬ化け身しんなるべし。 この疑ぎを蕩やぶらんがために次つぎに ¬観かん経ぎょう¼ を引ひきて、 この経きょうにまさしく能のう与よ・所しょ与よを説とく。 あきらかに知しんぬ、 能のう与よの本身ほんしんはこれ報ほうなり。 ゆゑにこの ¬観かん経ぎょう¼ は上かみの両経りょうきょう所説しょせつの義ぎを助たすくらくのみ。 かくのごとく鉤こう鎖さしてその義ぎを顕あらわすなり。

-抑此ノ三経次第シテ成ズ↠義ヲ。所↢以然ル↡者、有テ↢疑者↡云ク、前ノ¬同性経ニ¼雖ヘ↠説ト↢其ノ名ヲ↡、彼ノ説相者余教所説ノ三身同証ノ之仏ノ相也、不ト↠関カラ↢今ノ仏ニ↡。為ニ↠遣ンガ↢此ノ疑ヲ↡、次ニ引テ↢¬大経ヲ¼↡是 レ顕↧常途ノ三身ノ中ノ報ニシテ而モ酬テ↢別願ニ↡所ノ↠成ズル身ナルコトヲ↥也。彼此対論スルニ有リ↠同有リ↠異、不二而二ナリ、不一ニシテ而一ナリ。爰又疑テ云ク、彼ノ¬大経ニハ¼説ク↣引↢摂スト凡夫ヲ↡、知ヌ可シ↢化身ナル↡。為ニ↠蕩ンガ↢此ノ疑ヲ↡次ニ引テ↢¬観経ヲ¼↡、此ノ経ニ正ク説ク↢能与・所与ヲ↡。明知ヌ、能与ノ本身ハ是 レ報ナリ。故此ノ¬観経ハ¼助クラク↢上ノ両経所説ノ義ヲ↡耳ノミ。如ク↠此ノ鉤鎖シテ顕↢其ノ義ヲ↡也。

「しかれども報応ほうおう」 の下しもは他師たしの解げを破はす。 この釈しゃくの意こころ第だい二にの身しんをもつて報ほうといひ応おうといふ、 経きょう論ろんの異い説せつなり。 この中なかに ¬摂しょう論ろん¼ に第だい二にの身しんに応身おうじんの名なを立たつるあり、 これ報身ほうじんなり。 ▽しかるに浄じょう影よう師しの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ の中なかに弥陀みだの身しんを明あかすに、 応身おうじんの名なに就つきてかの身しんを判はんじて八相はっそう現げん成じょうとなす。 すなはち弥陀みだをもつてその能のう与よとなし、 所しょ与よの仏ぶつをもつてすなはち無而むに欻こつ有うの身しんとなす。 この解げを破はせんがためにこの釈しゃくを設もうく。

-「▲然モ報応ノ」下ハ破ス↢他師ノ解ヲ↡。此ノ釈ノ之意以テ↢第二ノ身ヲ↡云1224ヒ↠報ト云フ↠応ト、経論ノ異説ナリ。此ノ中ニ¬摂論ニ¼有リ↣第二ノ身ニ立ル↢応身ノ名ヲ↡、是 レ報身也。而ニ浄影師ノ¬観経ノ疏ノ¼中ニ明ニ↢弥陀ノ身ヲ↡、就テ↢応身ノ名ニ↡彼ノ身ヲ判ジテ為ス↢八相現成ト↡。即以テ↢弥陀ヲ↡為シ↢其ノ能与ト↡、以テ↢所与ノ仏ヲ↡即為ス↢无而欻有ノ之身ト↡。為ニ↠破サンガ↢此ノ解ヲ↡設↢此ノ釈ヲ↡也。

「前翻ぜんほん」 とらは、 ¬摂しょう大だい乗じょう論ろん¼ はこれ無む著じゃくの造ぞう、 三代さんだいの訳やくあり、 後魏ごぎと梁りょうと隋ずいとなり。 前ぜん後ごといふは、 これに二義にぎあり。 一いちには魏ぎ梁りょう相対そうたい、 二にには梁りょう隋ずい相対そうたいなり。

-「▲前翻ト」等者、¬摂大乗論ハ¼是 レ无著ノ造、有リ↢三代ノ訳↡、後魏ト梁ト隋トナリ。言↢前後ト↡者、此ニ有リ↢二義↡。一ニハ魏梁相対、二ニハ梁隋相対ナリ。

問とふ。 三代さんだいの所対しょたいその義ぎいかん。

-問。三代ノ所対其ノ義如何。

答こたふ。 一いちには後魏ごぎの仏ぶつ陀だ扇せん多たの所訳しょやく、 上じょう下げ二に巻かん。 かの ¬論ろん¼ に仏ぶつの三身さんしんを明あかすに、 列つらねて真身しんしん・報身ほうじん・応身おうじんといふ。 上じょう下げ巻かんの説せつ、 説相せっそうこれ同おなじ。

-答。一ニハ後魏ノ仏陀扇多ノ所訳、上下二巻。彼ノ¬論ニ¼明ニ↢仏ノ三身ヲ↡、列テ云フ↢真身・報身・応身ト↡。上下巻ノ説、説相是 レ同ジ。

二にには梁りょうの真諦しんだいの訳やく、 分わかちて三巻さんかんとなす。 上かみには自じ性しょう・応身おうじん・化け身しんと説とき、 下しもには自じ性しょう・受用じゅゆう・変へん化げといふ。

-二ニハ梁ノ真諦ノ訳、分テ為ス↢三巻ト↡。上ニハ説キ↢自性・応身・化身ト↡、下ニハ云↢自性・受用・変化ト↡。

三さんには隋ずいの笈ぎゅう多たの訳やく、 天親てんじんの ¬釈しゃく論ろん¼ これ十巻じっかんなり。 その所説しょせつとは、 自じ性しょう・受用じゅゆう・化け身しんこれなり。 もし魏ぎ梁りょうを対たいしてその意こころを得うれば、 前さきの翻ほんの魏ぎ論ろんにいふところの報ほうをば、 後のちの翻ほんの梁りょう論ろんにこれをもつて応おうとなし、 後のちの翻ほんの梁りょう論ろんにいふところの応おうをば、 前さきの翻ろんの魂ぎ論ろんにはこれを報ほうとす。 もし梁りょう隋ずいを対たいしてその意こころを得うれば、 前さきの梁りょう論ろんの中なかには報ほうを翻ほんじて応おうとなし、 後のちの隋論ずいろんの中なかには応おうを翻ほんじて報ほうとなす。 かくのごとく解げすべし。

-三ニハ隋ノ笈多ノ訳、天親ノ¬釈論¼是 レ十巻也。其ノ所説ト者自性・受用・化身是也。若対シテ↢魏梁ヲ↡得↢其ノ意ヲ↡者、前ノ翻ノ魏論ニ所ノ↠言之報ヲバ、後ノ翻ノ梁論ニ以テ↠之ヲ為シ↠応ト、後ノ翻ノ梁論ニ所ノ↠言フ之応ヲバ、前ノ翻ノ魂論ニハ是ヲ為↠報ト也。若シ対シテ↢梁隋ヲ↡得↢其ノ意ヲ↡者、*前ノ梁論ノ中ニハ翻ジテ↠報ヲ為シ↠応ト、後ノ隋論ノ中ニハ翻ジテ↠応ヲ作↠報ト。如ク↠此ノ可シ↠解ス。

いま 「報ほうとなす」 とは受用じゅゆう身しんなり、 「作さ」 とは為いなり。

-今「▲作スト↠報ト」者受用身也、「作ト」者為也。

「凡言ぼんごん」 とらは、 これ報ほうの義ぎを釈しゃくす。

-「▲凡言ト」等者、是 レ釈ス↢報ノ義ヲ↡。

「又う三さん」 とらは、 これ応おうの義ぎを釈しゃくす。 報ほうといひ応おうといふ、 ともにこれ酬しゅう因いん感かん果かの義ぎなり。 これすなはち眼目げんもく異い名みょうの義ぎを釈成しゃくじょうすらくのみ。

-「▲又三ト」等者、是 レ釈ス↢応ノ義ヲ↡。云ヒ↠報ト云↠応ト、共ニ是 レ酬因感果ノ之義也。是則釈↢成スラク眼目異名ノ之義ヲ↡而已。

「過か現げん」 とらは、 これ一切いっさい諸仏しょぶつの所しょ証しょう三身さんしんを出いでざることを明あかす。

-「▲過現ト」等者、此 レ明ス↢一切諸仏ノ所証不コトヲ↟出↢三身ヲ↡。

「無む窮ぐう」 とらは、 これ諸仏しょぶつの八相はっそう現げん成じょうはみなこれ第三だいさんの身しんの所しょ摂しょうなることを明あかす。 いふこころは、 △遠おん所しょ立りゅうの合真ごうしん開応かいおう、 開真かいしん合応ごうおう等とうの義ぎ門もん理りに当あたらずとなり。

-「▲无1225窮ト」等者、此 レ明↢諸仏ノ八相現成ハ皆是 レ第三ノ身ノ所摂ナルコトヲ↡也。言イフ心ハ、遠所立ノ合真開応、開真合応等ノ義門不ズト↠当ラ↠理ニ也。

「今こん彼ひ」 とらは、 この道どう理りをもつてまさしく是ぜ報ほう非化ひけの義ぎを結けっするなり。

-「▲今彼ト」等者、以テ↢此ノ道理ヲ↡正ク結スル↢是報非化ノ義ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅱ 第二番

【29】「問曰もんわつ既き言ごん報者ほうしゃ」 とらは、 第だい二に番ばんなり。

「▲問曰既言報者」等者、第二番也。

「既き言ごん」 といふは、 すでに三さん経きょう引いん証しょうの明みょう文もんを聞ききて唯報ゆいほう非化ひけの義ぎを信伏しんぶくす。 ただし ¬授じゅ記き経きょう¼ の所説しょせつ違いするがゆゑに、 かの ¬経きょう¼ に説とく涅ね槃はんに入いる文もんを引ひきて問難もんなんを致いたす。

-言↢「▲既言ト」↡者、既ニ聞テ↢三経引証ノ明文ヲ↡信↢伏ス唯報非化ノ之義ヲ↡。但シ¬授記経ノ¼所説違スルガ故ニ、引テ↧彼ノ¬経ニ¼説ク入ル↢涅槃ニ↡文ヲ↥致↢問難ヲ↡也。

問とふ。 ¬授じゅ記き経きょう¼ に入にゅう涅ね槃はんの義ぎを説とく、 その説せついかん。

-問。¬授記経ニ¼説ク↢入涅槃ノ義ヲ↡、其ノ説如何。

答こたふ。 かの『経きょう¼ に説ときていはく、 「阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 寿じゅ命みょう無む量りょう百ひゃく千億せんおく劫こうにしてまさに終しゅう極ごくあるべし。 善ぜん男なん子し、 当来とうらい曠遠こうおん不可ふか計げ劫こうに阿あ弥陀みだ仏ぶつまさに般はつ涅ね槃はんしたまふべし。 般はつ涅ね槃はんの後のち、 正しょう法ぼう世よに住じゅうすること仏ぶつの寿じゅ命みょうに等ひとし。 在ざい世せ滅めつ後ご度どするところの衆しゅ生じょう、 ことごとくみな同等どうとうならん。 仏ぶつ涅ね槃はんの後のち、 あるいは衆しゅ生じょうの見仏けんぶつせざる者ものあり。 もろもろの菩ぼ薩さつの念仏ねんぶつ三昧ざんまいを得うるもののみありて常つねに阿あ弥陀みだ仏ぶつを見みたてまつる。

-答。彼ノ¬経ニ¼説テ云ク、「阿弥陀仏、寿命無量百千億劫ニシテ当ニ↠有↢終極↡。善男子、当来曠遠不可計劫ニ阿弥陀仏当ニシ↢般涅槃シタマフ↡。般涅槃ノ後、正法住スルコト↠世ニ等シ↢仏ノ寿命ニ↡。在世滅後所ノ↠度スル衆生、悉ク皆同等ナラン。仏涅槃ノ後、或ハ有リ↧衆生ノ不ル↢見仏セ↡者↥。有テ↣諸ノ菩薩ノ得ウルモノヽミ↢念仏三昧ヲ↡常ニ見タテマツル↢阿弥陀仏ヲ↡。

また次つぎに善ぜん男なん子し、 かの仏ぶつの滅めつ後ごに一切いっさいの宝物ほうもつ・浴よく池ち・蓮れん華げ・衆宝しゅほう・行樹ごうじゅ常つねに法音ほうおんを演のぶること仏ぶつと異ことなることなし。 善ぜん男なん子し、 阿あ弥陀みだ仏ぶつ正しょう法ぼう滅めつ後ご、 中ちゅう夜やの分ぶんを過すぎて、 明みょう相そう出いでん時とき、 観かん世ぜ音おん菩ぼ薩さつ、 七宝しっぽう菩ぼ提だい樹じゅ下げにして結けっ跏か趺坐ふざして、 等とう正しょう覚がくを成じょうずべし。 普ふ光こう功く徳どく山王せんのう如来にょらいと号ごうせん。」 以上 これその文もんなり。

-復次ニ善男子、彼ノ仏ノ滅後ニ一切ノ宝物・浴池・蓮*花・衆宝・行樹常ニ演コト↢法音ヲ↡与↠仏無シ↠異ナルコト。善男子、阿弥陀仏正法滅*後過テ↢中夜ノ分ヲ↡明相出デン時、観世音菩薩、於シテ↢七宝菩提樹下ニ↡結跏趺坐シテ、成ズベシ↢等正覚↡。号セン↢普光功徳山王如来ト↡。」 已上 是 レ其ノ文也。

「答曰とうわつ」 とらは、 問といは ¬授じゅ記き¼ によりてその疑ぎ難なんを致いたす、 答こたえは ¬大品だいぼん¼ によりてその疑ぎ問もんを会えす。 この答こたえの中なかにおいて、 文もんを分わかちて四しとなす。

-「▲答曰ト」等者、問ハ依テ↢¬授記ニ¼↡致ス↢其ノ疑難ヲ↡、答ハ依テ↢¬大品ニ¼↡会ス↢其ノ疑問ヲ↡。於テ↢此ノ答ノ中ニ↡分テ↠文ヲ為ス↠四ト。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅱ ⅰ 約実理

一いちに文もんの始はじめより 「能のう知ち也や」 に至いたるまでは、 これ実じつ理りに約やくす。 また凡ぼん師しに準じゅんじて卑ひ謙けんの詞ことばを述のぶ。

-一ニ自↢▲文ノ之1226始↡至マデハ↢「能知也ニ」↡、是 レ約ス↢実理ニ↡。亦准ジテ↢凡師ニ↡述ブ↢卑謙ノ詞ヲ↡。

古こ来らいの人にん師しこの経きょう説せつを看みて応身おうじんの解げをなす。 種々しゅじゅの異い論ろんその理りに当あたらず。 ゆゑに 「ただこれ諸仏しょぶつの境きょう界がいなり」 といひ、 また 「小しょう凡ぼんたやすくよく知しらんや」 といふなり。

-古来ノ人師看テ↢此ノ経説ヲ↡作ス↢応身ノ解ヲ↡。種々ノ異論不↠当ラ↢其ノ理ニ↡。故ニ云ヒ↢「▲唯是 レ諸仏ノ境界ナリト」↡、又云↢「▲小凡輒ク能ク知ランヤト」↡也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅱ ⅱ 引経意

二にに 「雖然すいねん」 といふより 「為い明証みょうしょう」 に至いたるまでは、 ¬経きょう¼ を引ひく意こころを宣のぶ。

-二ニ自リ↠言↢「▲雖然ト」↡至マデハ↢「為明証ニ」↡、宣ブ↢引ク↠¬経ノ¼意ヲ↡。

「必ひつ欲よく知ち」 とは、 問といを設もうけ答こたえを設もうくる、 おのおの二にの意こころあり。 一いちにはひとへに貢く高こう・勝しょう他た・破は法ほう・邪じゃ執しゅうの心しんをもつて問とふ。 これはすべからく答こたふべからず。 二ににはただちに聞法もんぼう・開かい解げ・得益とくやく・結縁けつえんのためにして問とふ。 これはすなはち答こたふべし。 いま後のちの問といのために証しょうを引ひかんと欲おもふ。 ゆゑに 「欲よく知ち」 といふ。

-「▲必欲知ト」者、設ケ↠問ヲ設ル↠答ヲ、各有リ↢二ノ意↡。一ニハ偏ニ以テ↢貢高・勝他・破法・邪執ノ心ヲ↡問フ。是 レハ不↠須クカラ↠答フ。二ニハ直ニ為ニシテ↢聞法・開解・得益・結縁ノ↡而問フ。此ハ即応シ↠答。今為ニ↢後ノ問ノ↡欲↠引ント↠証ヲ也。故ニ云フ↢「欲知ト」↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅱ ⅲ 正引文

三さんに 「何が者しゃ」 以下いげはまさしき引文いんもんなり。

-三ニ「▲何者」已下ハ正キ引文也。

問とふ。 所引しょいんの本ほん経きょうの正しょう文もんには題だいして (大品経巻二六意) 「↓涅ね槃はん如にょ化け」 といふ、 なんぞ 「↓非化ひけ」 といふ。

-問。所引ノ本経ノ正文ニハ題シテ云フ↢「涅槃如化ト」↡、何ゾ云↢「▲非化ト」↡。

答こたふ。 当品とうほん (大智度論巻九六釈涅槃如化品) の中なかに涅ね槃はんの理りを説とくに、 初はじめには 「非化ひけ」 と説とき 「後のち」 には如にょ化けと説とく。 ¬経きょう¼ は後のちの題だいに従したがへ、 釈しゃくは初はじめの標ひょうに就つく。 経釈きょうしゃくの両りょう題だい始し終じゅう違いせず。 おほよそ問といの中なかに ¬授じゅ記き経きょう¼ を引ひく意こころは、 すでに報身ほうじん常住じょうじゅうの義ぎを挙あげてしかも弥陀みだ入にゅう滅めつの文もん証しょうを出いだす。 これ報身ほうじん土どにあらずといはんがためなり。 しかるにいま答こたえの意こころは ¬大品だいぼん経きょう¼ を引ひきて、 もし非化ひけに約やくせば入にゅう滅めつ難かたからず、 もし如にょ化けに約やくせば入にゅう滅めつの義ぎなし。 ゆゑにこれ報身ほうじんたりといへども随ずい宜ぎの入にゅう滅めつなきにあらず。 しかりといひて報身ほうじんの義ぎを妨さまたぐべからず。 この義ぎを存ぞんずるがゆゑに両ふたつの意こころある中なかに、 非化ひけの義ぎによりてかくのごとく題だいするなり。

-答。当品ノ之中ニ説ニ↢涅槃ノ理ヲ↡、初ニハ説キ↢「非化ト」↡後ニ説ク↢「如化ト」↡。¬経ハ¼従ヘ↢後ノ題ニ↡、釈ハ就ク↢初ノ標ニ↡。経釈ノ両題始終不↠違セ。凡ソ問ノ中ニ引ク↢¬授記経ヲ¼↡意ハ、既ニ挙テ↢報身常住ノ之義ヲ↡而モ出ス↢弥陀入滅ノ文証ヲ↡。是為↠謂ンガ↠非ト↢報身土ニ↡也。而ニ今答ノ意ハ引テ↢¬大品経ヲ¼↡、若シ約セバ↢非化ニ↡入滅不↠難カラ、若シ約セバ↢如化ニ↡无シ↢入滅ノ義↡。故ニ是 レ雖ヘ↠為タリト↢報身↡非ズ↠无ニ↢随宜ノ入滅↡。不↠可↣謂テ↠爾ト妨グ↢報身ノ義ヲ↡。存ガ↢此ノ義ヲ↡故ニ有ル↢両ノ意↡中ニ、依テ↢非化ノ義ニ↡如ク↠此ノ題スル也。

所引しょいんの文もんの中なかに如来にょらい善吉ぜんきちをその所対しょたいとなして問答もんどうするに七しちあり。

-所引ノ文ノ中ニ如来善吉為シテ↢其ノ所対ト↡問答スルニ有リ↠七。

一

一いちに如来にょらいの問といの中なかに、 「化け人にん」 とらは、 能のう作さの五ご陰おんもと自じ性しょうなし、 ゆゑに実じつ事じなし。 所しょ作さの衆しゅ生じょう、 五ご陰おん和わ合ごうして仮かりに衆しゅ生じょうと名なづく、 ゆゑにみな空くうなり。 善吉ぜんきちその皆空かいくうの理りを領りょう解げす、 ゆゑに 「不也ふや」 といふ。

-一ニ▲如来ノ問ノ中ニ、「化人ト」等者、能作ノ五陰本无シ↢自性↡、故ニ无シ↢実事↡。所作ノ衆生、五陰和合シテ仮ニ名ク↢衆生ト↡、故ニ皆空也。▲善吉領↢解ス其1227ノ皆空ノ理ヲ↡、故ニ云↢「不也」↡。

二

二にに▲仏ぶつの自じ説せつの中なかに挙あぐるところの 「色しき受じゅ想そう行ぎょう識しき」 はこれ五ご陰おんの法ほう、 いはゆるこれ世せ間けんの法ほうを空くうずるなり。 「一切いっさい種しゅ智ち」 はこれ仏ぶっ智ちなり、 いはゆるこれ出しゅっ世せの法ほうを空くうずるなり。 出しゅっ世せの法ほうにおいて、 仏ぶつを除のぞきて以外いげ三さん乗じょうの法ほうあり。 これみな所空しょくうの法体ほったいたりといへどもいま略りゃくして挙あげず、 ゆゑに 「↓乃ない至し」 といふ。

-二ニ▼仏ノ自説ノ中ニ所ノ↠挙ル之「色受想行識ハ」是 レ五陰ノ法、所謂是 レ空ズル↢世間ノ法ヲ↡也。「一切種智ハ」是 レ仏智也、所謂是 レ空ズル↢出世ノ法ヲ↡也。於テ↢出世ノ法ニ↡、除テ↠仏ヲ已外有リ↢三乗ノ法↡。是皆雖↠為ト↢所空ノ法体↡今略シテ不↠挙、故ニ云フ↢「乃至ト」↡。

三

三さんに善吉ぜんきちの問といの意こころ、 如来にょらい、 乃ない至し種しゅ智ちみなこれ変へん化げなりと説ときたまふに就つきて、 重かさねて三さん乗じょう所学しょがくの法ほうを挙あげてこれらの法ほうことごとく化けなりやと尋たずぬ。 すなはち上かみに略りゃくするところの諸法しょほうこれなり。

-三ニ▲善吉ノ問ノ意、就テ↣如来説タマフニ↢乃至種智皆是変化ナリト↡、重テ挙テ↢三乗所学ノ之法ヲ↡尋↢此等ノ法悉ク化ナリヤト耶↡也。乃上ニ所ノ↠略スル諸法是也。

問とふ。 「↑乃ない至し」 の言ことばの中なかにこれらの法ほうを摂せっして重かさねて挙あぐるに及およばず、 いかにいはんや一切いっさい種しゅ智ちすでにあきらかにこれを出いだす。 なんぞいま重かさねて仏ぶつ世せ尊そんを問とふや。

-問。「乃至ノ」言ノ中ニ摂シテ↢此等ノ法ヲ↡不↠及↢重テ挙ルニ↡、何ニ況ヤ一切種智既ニ明ニ出ス↠之ヲ。何今重テ問↢仏世尊ヲ↡耶。

答こたふ。 乃ない至しといふといへどもいまだその名なを出いださず、 一々いちいちに所空しょくうの法体ほったいを聞きかんがためにこれを問とふに失しつなし。 「世せ尊そん」 に至いたるは、 一切いっさい種しゅ智ちは仏ぶつの功く徳どくの一いちなり、 これはこれ別べつなり。 いま総徳そうとくに就つきてこれを問とふを異いとす。

-答。雖ヘ↠言↢乃至ト↡未ダ↠出サ↢其ノ名ヲ↡、一々ニ為ニ↠聞ンガ↢所空ノ法体ヲ↡問ニ↠之ヲ無シ↠失。至↢「▲世尊ニ」↡者、一切種智ハ仏ノ功徳ノ一ナリ、此ハ是 レ別也。今就テ↢総徳ニ↡問フヲ↠之ヲ為↠異ト。

「四し念ねん処じょ」 とは、 またはこれ念ねん住じゅう、 慧えをもつて体たいとす。 一いちには身しん念処ねんじょ、 身しんは不ふ浄じょうなりと観かんじて浄じょう顛倒てんどうを破はす。 二にには受じゅ念処ねんじょ、 受じゅはこれ苦くなりと観かんじて楽らく顛倒てんどうを破はす。 三さんには心しん念処ねんじょ、 心しんは無む常じょうなりと観かんじて常じょう顛倒てんどうを破はす。 四しには法ほう念処ねんじょ、 法ほうは無我むがなりと観かんじて我が顛倒てんどうを破はす。 三賢さんげんの位くらいなり。

-「▲四念処ト」者、亦ハ是 レ念住、以テ↠恵ヲ為ス↠体ト。一ニハ身念処、観ジテ↢身ハ不浄ナリト↡破ス↢浄顛倒ヲ↡。二ニハ受念処、観ジテ↢受ハ是 レ苦也ト↡破ス↢楽顛倒ヲ↡。三ニハ心念処、観ジテ↢心ハ无常也ト↡破ス↢常顛倒ヲ↡。四ニハ法念処、観ジテ↢法ハ无我也ト↡破ス↢我顛倒ヲ↡。三賢ノ位也。

「四し正しょう勤ごん」 とは、 一いちにはまた正しょう断だんといふ。 一いちには已い生しょうの悪あくをして方便ほうべんして断除だんじょせしむ。 二にには未み生しょうの悪あくをして方便ほうべんして生しょうぜざらしむ。 三さんには已い生しょうの善ぜんをして方便ほうべんして増ぞう長じょうせしむ。 四しには未み生しょうの善ぜんをして方便ほうべんして生しょうぜしむ。 煗法なんぼうの位くらいなり。

「▲四正勤ト」者、一ニハ亦云フ↢正断ト↡。一ニハ令 シム↢已生ノ悪ヲシテ方便シテ断除セ↡。二ニハ令 シム↢未生ノ悪ヲシテ方便シテ不ラ↟生ゼ。三ニハ令 シム↢已生 シム善ヲシテ方便シテ増長セ↡。四ニハ令 シム↢未生ノ善ヲシテ方便シテ而生ゼ↡。煗法ノ位也。

「四し如にょ意い足そく」、 または神足じんそくといふ。 四し神足じんそくとは、 一いちには欲よく神足じんそく、 欲よくをもつて主しゅとなして三さん摩地まじを得う。 二にには勤ごん神足じんそく、 精しょう進じんを主しゅとなして三さん摩地まじを得う。 三さんには心しん神足じんそく、 心しんをもつて主しゅとなして三さん摩地まじを得う。 四しには観かん神足じんそく、 観かんをもつて主しゅとなして三さん摩地まじを得う。 頂ちょう法ほうの位くらいなり。

-「▲四如意足」、亦ハ云フ↢神足ト↡。四神足ト者、一ニハ欲神足、以テ↠欲ヲ為シテ↠主ト得↢三摩地ヲ↡。二ニハ勤神足、精進ヲ為シテ↠主ト得↢三摩地ヲ↡。三ニハ心神1228足、以テ↠心ヲ為シテ↠主ト得↢三摩地ヲ↡。四ニハ観神足、以テ↠観ヲ為シテ↠主ト得↢三摩地ヲ↡。頂法ノ位也。

「五ご根こん」 といふは、 一いちには信根しんこん、 信心しんじん強ごう勝しょうにして正しょう道どうの法ほうを信しんず。 二にには精しょう進じん根こん、 正しょう道どうの中なかにおいて勤つとめて息そくせず。 三さんには念根ねんこん、 善心ぜんしん増ぞう長じょうして念々ねんねんに失しっせず。 四しには定じょう根こん、 いはゆる心しんを摂せっして正しょう道どうに在おく。 五ごには慧え根こん、 いはゆる分ぶん明みょうに境きょうを覚かくするゆゑなり。 忍法にんぼうの位くらいなり。

-言↢「▲五根ト」↡者、一者信根、信心強勝ニシテ信ズ↢正道ノ法ヲ↡。二ニハ精進根、於テ↢正道ノ中ニ↡勤テ而不↠息セ。三者念根、善心増長シテ念々ニ不↠失セ。四者定根、所謂摂シテ↠心ヲ在ク↢正道ニ↡也。五者恵根、所謂分明ニ覚スル↠境ヲ故也。忍法ノ位也。

「五ご力りき」 といふは、 いはく前さきの五ご根こんの増ぞう長じょうするこれなり。 これはこれ世せ第だい一法いっぽうの位くらいなり。

-言↢「▲五力ト」↡者、謂ク前ノ五根ノ増長スル是也。此ハ是 レ世第一法ノ位也。

「七しち覚分かくぶん」 とは、 あるいはまたこれを称しょうして七覚しちかく支しといふ。 一いちには択ちゃく法ほう覚かく支し、 いはく慧え、 善悪ぜんあくの法ほうを簡けん択ちゃくするがゆゑに。 二にには精しょう進じん覚かく支し、 いはゆる善法ぜんぽうを勤修ごんしゅして退たいせず。 三さんには軽きょう安あん覚かく支し、 いはゆる身心しんしんよく調適ちょうちゃくするがゆゑに。 四しには念ねん覚かく支し、 いはゆる憶念おくねん失しっせざるがゆゑなり。 五ごには捨しゃ覚かく支し、 善法ぜんぽうの中なかにおいて平びょう等どうに修しゅ習じゅうす。 六ろくには定じょう覚かく支し、 善法ぜんぽうの中なかにおいて心しん散さんぜざるがゆゑに。 七しちには喜き覚かく支し、 善法ぜんぽうの中なかにおいて勤ごん楽ぎょう修しゅ習じゅうす。

-「▲七覚分ト」者、或ハ復称シテ↠之ヲ言フ↢七覚支ト↡。一ニハ択法覚支、謂ク恵簡↢択スルガ善悪ノ法ヲ↡故ニ。二ニハ精進覚支、所謂勤↢修シテ善法ヲ↡不↠退セ。三ニハ軽安覚支、所謂身心能ク調適スルガ故ニ。四者念覚支、所謂憶念不ガ↠失故也。五者捨覚支、於テ↢善法ノ中ニ↡平等ニ修習ス。六者定覚支、於テ↢善法ノ中ニ↡心不ガ↠散ゼ故ニ。七ニハ喜覚支、於テ↢善法ノ中ニ↡勤楽修習ス。

「八はっ聖しょう道分どうぶん」、 あるいはまたこれを称しょうして八はっ正しょう道どう支しといふ。 一いちには正しょう見けん、 いはゆる正しょう直じきに四し諦たいの理りを見みる。 二にには正しょう思し惟ゆい、 四し諦たいの理りにおいて法ほうのごとく思し惟ゆいす。 三さんには正しょう語ご、 いはゆる正しょう直じきに邪じゃ僻ひゃく語ごを離はなる。 四しには正しょう業ごう、 いはく悪業あくごうを滅めっして浄じょう業ごうに住じゅうするがゆゑに。 五ごには正命しょうみょう、 浄命じょうみょう自じ活かつして貪欲とんよく所しょ生しょうの三業さんごうを起おこさず。 六ろくには正しょう精しょう進じん、 善法ぜんぽうを勒修ごんしゅして懈け怠だいせざるがゆゑに。 七しちには正しょう念ねん、 いはく無漏むろの念ねん、 境きょうを失しっせず。 八はちには正定しょうじょう、 いはく無漏むろの慧え、 相応そうおうの定じょうなり。 八はっ正しょうは見道けんどう、 七覚しちかくは修しゅなり。

-「▲八聖道分」、或ハ復称シテ↠之ヲ言フ↢八*正道支ト↡。一者正見、所謂正直ニ見ル↢四諦ノ理ヲ↡。二ニハ正思惟、於テ↢四諦ノ理ニ↡如ク↠法ノ思惟ス。三者正語、所謂正直ニ離ル↢邪僻語ヲ↡。四者正業、謂ク滅シテ↢悪業ヲ↡住スルガ↢浄業ニ↡故ニ。五者正命、浄命自活シテ不↠起サ↢貪欲所生ノ三業ヲ↡。六ニハ正精進、勒↢修シテ善法ヲ↡不ガ↢懈怠セ↡故ニ。七者正念、謂ク无漏ノ念不↠失セ↠境ヲ也。八者正定、謂ク无漏ノ恵、相応ノ定也。八正ハ見道、七覚ハ修也。

「四し念処ねんじょ」 より 「八はっ聖しょう道どう」 に至いたるまで、 総そうじてこれを七しち科かの道品どうぼんとなす。 七しち科かを合がっして*三さん十じゅう七品しちほん菩ぼ提だい分法ぶんぽうとなす。 上じょう来らいみなこれ二に乗じょう所修しょしゅの法門ほうもん等とうなり。

-自↢「四念処」↡至マデ↢「八聖道ニ」↡、総ジテ而1229是ヲ為ス↢七科ノ道品ト↡。七科ヲ合シテ為ス↢三十七品菩提分法ト↡。上来皆是 レ二乗所修ノ法門等也。

「三さん解げ脱だつ門もん」 とは、 または三さん三昧ざんまいといふ。 三昧さんまいといふは当体とうたいに名なを得う、 解げ脱だつといふは能通のうつうの用ゆうに従したがへてもつて名なを立たつ。 これはこれ菩ぼ薩さつ所しょ行ぎょうの法ほうなり。 一いちには空くう解げ脱だつ門もん、 いはく諸法しょほうを空くうじ我が我が所しょを空くうず。 二にには無む相そう解げ脱だつ門もん、 いはく男なん女にょ・色しき香こう等とうの相そうを離はなる。 三さんには無む願がん解げ脱だつ門もん、 いはく寂じゃく滅めつを求もとめて有為ういを願がんぜず。

-「▲三解脱門ト」者、亦ハ言フ↢三々昧ト↡。言↢三昧ト↡者当体ニ得↠名ヲ、言↢解脱ト↡者従ヘテ↢能通ノ用ニ↡以テ立↠名ヲ也。此ハ是 レ菩薩所行ノ法也。一ニハ空解脱門、謂ク空ジ↢諸法ヲ↡空ズ↢我々所ヲ↡。二ニハ無相解脱門、謂ク離ル↢男女・色香等ノ相ヲ↡。三ニハ无願解脱門、謂ク求テ↢寂滅ヲ↡不↠願ゼ↢有為ヲ↡。

浄じょう影よう遠おん師しの ¬大だい経きょうの疏しょ¼ (巻上) にいはく、 「衆しゅ生じょうおよび法ほうことごとく自じ性しょうなし、 ゆゑに名なづけて空くうとなす。 乃ない至し因縁いんねんの相そうまたあらざるを説ときて無む相そうとなす。 これは所取しょしゅを離はなる。 妄想もうぞう能願のうがんの心しんを遠おん離りす、 ゆゑに無む願がんと名なづく。」 以上

-浄影遠師ノ¬大経ノ疏ニ¼云、「衆生及ビ法悉ク无シ↢自性↡、故ニ名テ為ス↠空ト。乃至因縁ノ相亦不ルヲ↠有ラ説テ為ス↢无相ト↡。此ハ離ル↢所取ヲ↡。遠↢離ス妄想能願ノ之心ヲ↡、故ニ名ク↢无願ト↡。」 已上

また憬きょう興ごう師しの同おなじき経きょうの ¬疏しょ¼ (述文賛巻中) にいはく、 「大だい涅ね槃はんに入いらんと欲ほっするにかならず三昧さんまいをもつて門もんとなす、 ゆゑにひとへにこの三さんを説とく。 ¬瑜伽ゆが論ろん¼ にいふがごとし。 我が法ほう無むなるがゆゑに空くうなり、 空くうなるがゆゑに無む相そうなり、 無む相そうなるがゆゑに願がん求ぐすべからず。」 以上

-又憬興師ノ同キ経ノ¬疏ニ¼云ク、「欲スルニ↠入ント↢大涅槃ニ↡必以テ↢三昧ヲ↡為ス↠門ト、故ニ偏ニ説ク↢此ノ三ヲ↡。如シ↢¬瑜伽論ニ¼云ガ↡。我法无ナルガ故ニ空ナリ、空ナルガ故ニ无相ナリ、无相ナルガ故ニ不↠可↢願求ス↡。」 已上

「仏ぶつの十じゅう力りき」 とは、 第だい二に巻かん新本しんほんの中なかに見みえたり。

-「▲仏ノ十力ト」者、見タリ↢▲第二巻新本ノ之中ニ↡。

「四し無畏むい」 とは、 一いちには等覚とうがく無畏むいの仏ぶつ、 諸法しょほうにおいてみな正しょう等とうに覚さとる。 二にには漏ろ尽じん無畏むいの仏ぶつ、 諸しょ漏ろにおいてみな永ながく尽つくすことを得う。 三さんには説せつ障しょう法ほう無畏むいの仏ぶつ、 弟子でしのために能のう障しょうの法ほうを説とく。 四しには説せつ出しゅつ苦く道どう無畏むいの仏ぶつ、 弟子でしのために能のう出しゅつの道どうを説とく。 修しゅすればかならず苦くを出いず、 これを無畏むいと称しょうす。 この四し、 外げ難なんじてもし障しょう礙げを成なすに、 理りのごとくために釈しゃくして怖畏ふいなきがゆゑに無畏むいといふなり。

-「▲四無畏ト」者、一ニハ等覚无畏ノ仏、於テ↢諸法ニ↡皆正等ニ覚ル。二ニハ漏尽无畏ノ仏、於テ↢諸漏ニ↡皆得↢永ク尽スコトヲ↡。三ニハ説障法无畏ノ仏、為ニ↢弟子ノ↡説ク↢能障ノ法ヲ↡。四ニハ説出苦道无畏ノ仏、為ニ↢弟子ノ↡説ク↢能出ノ道ヲ↡。修スレバ必出ヅ↠苦ヲ、称ス↢之ヲ无畏ト↡。此ノ四、外難ジテ若シ成ズニ↢障ヲ↡、如ク↠理ノ為ニ釈シテ無ガ↢怖畏↡故ニ言↢无*畏ト↡也。

「四し無礙むげ智ち」 といふは、 または四し無礙むげ解げといふ。 一いちには法ほう無礙むげ解げ、 いはく無礙むげ解げ能詮のうせんの法ほうの名みょう句く文身もんしんを縁えんず。 二にには義ぎ無礙むげ解げ、 いはく無礙むげ智ち所詮しょせんの義ぎを縁えんず。 三さんには辞じ無礙むげ解げ、 いはく無礙むげ智ちもろもろの方域ほういき種々しゅじゅの言ごん辞じを縁えんず。 四しには弁べん無礙むげ解げ、 いはく無礙むげ智ち応おう正しょう理りを縁えんじて障しょう礙げなきがゆゑに。

-言↢「▲四无智ト」↡者、亦ハ云↢四無解ト↡。一ニハ法无解、謂ク无解縁ズ↢能詮ノ法ノ名句文身ヲ↡。二ニハ義无解、謂ク无*智縁ズ↢所詮1230ノ義ヲ↡。三ニハ辞无解、謂ク无智縁ズ↢諸ノ方域種々ノ言辞ヲ↡。四ニハ弁无解、謂ク无智縁ジテ↢応正理ヲ↡无ガ↢障↡故ニ。

「十じゅう八はち不共ふぐ法ほう」 とは、 もし ¬倶く舎しゃ論ろん¼ の意こころによらば、 いま挙あぐるところの十じゅう力りき・四し無む所しょ畏いの外ほかに、 大だい悲ひと三念さんねん住じゅうとを加くわへて十じゅう八はちの数かずを成じょうずるところなり。 大だい悲ひといふは、 五ごの義ぎによるがゆゑにこれを言いひて大だいとなす。 いはゆる資し糧りょうと行ぎょう相そうと所縁しょえんと平びょう等どうと上じょう品ぼんと、 これ五義ごぎなり。 三念さんねん住じゅうとは、 一いちには順境じゅんきょうを縁えんじて歓かん喜ぎを生しょうぜず、 二にには違い境きょうを縁えんじて憂う戚しゃくを生しょうぜず、 三さんには違い順じゅんの境きょうを縁えんじて歓かん戚しゃくを生しょうぜず。 この三さん、 みな正しょう知ち・正しょう念ねんに住じゅうす。 かくのごときの十じゅう八はちはただ仏ぶつのみ具ぐ足そくして余よはことごとく具ぐせず、 このゆゑに不共ふぐ法ほうと名なづく。

-「▲十八不共法ト」者、若シ依ラバ↢¬倶舎論ノ¼意ニ↡、今所ノ↠挙ル之十力・四无所畏ノ之外ニ、加テ↢大悲ト三念住トヲ↡所↠成ズル↢十八ノ数ヲ↡也。言↢大悲ト↡者、由ガ↢五ノ義ニ↡故ニ言テ↠之ヲ為ス↠大ト。所謂資糧ト行相ト所縁ト平等ト上品ト、是 レ五義也。三念住ト者、一ニハ縁ジテ↢順境ヲ↡不↠生ゼ↢歓喜ヲ↡、二ニハ縁ジテ↢違境ヲ↡不↠生ゼ↢憂戚ヲ↡、三ニハ縁ジテ↢違順ノ境ヲ↡不↠生ゼ↢歓戚ヲ↡。此ノ三、皆住ス↢正知・正念ニ↡。如ノ↠此ノ十八ハ唯仏ノミ具足シテ余ハ悉ク不↠具セ、是ノ故ニ名ク↢不共法ト↡。

「諸しょ煩悩ぼんのう断だん所しょ謂い」 とらは、 二に乗じょうの断道だんどう四果しか等とうなり。 ▲第だい二に巻かんの鈔しょうの新本しんほんにこれを明あかす。

-「▲諸煩悩断所謂ト」等者、二乗ノ断道四果等也。第二巻ノ鈔ノ新本ニ明ス↠之ヲ。

仏答ぶっとうの中なかに、 「声しょう聞もんの法ほう」 とは、 これ四し諦たい・七しち科かの道品どうぼん等とうの諸法しょほうを指さす。 「支し仏ぶつの法ほう」 とは、 これ十じゅう二に縁えん起ぎの観かんを指さす。 「菩ぼ薩さつの法ほう」 とは、 六ろっ波羅ぱら密みつ等とうの万まん行ぎょうを指さす。 「諸仏しょぶつの法ほう」 とは、 すなはち十じゅう八はち不共ふぐ法ほう等とうを指さす。 「煩悩ぼんのう法ほう」 とは三毒さんどくの苦く因いん。 「業ごう因縁いんねん」 とは十じゅう悪あく等とうか。

-▲仏答ノ之中ニ、「▲声聞ノ法ト」者、是 レ指↢四諦・七科ノ道品等ノ諸法ヲ↡也。「▲支仏ノ法ト」者、是指↢十二縁起ノ観ヲ↡也。「▲菩薩ノ法ト」者、指↢六波羅蜜等ノ万行ヲ↡也。「▲諸仏ノ法ト」者、即指ス↢十八不共法等ヲ↡。「▲煩悩法ト」者三毒ノ苦因。「▲業因縁ト」者、十悪等歟。

四

四しに善吉ぜんきちの問といの中なかに、

-四ニ▲善吉ノ問ノ中ニ、

問とふ。 上かみの文もんことごとく声しょう聞もん四果しか・支し仏ぶつ・菩ぼ薩さつおよび仏ぶつ世せ尊そんを挙あぐ、 なんぞいま重かさねてその五果ごかを挙あぐるや。

-問。上ノ文悉ク挙グ↢声聞四果・支仏・菩薩及ビ仏世尊ヲ↡、何ゾ今重テ挙ル↢其ノ五果ヲ↡耶。

答こたふ。 上かみは四し向こうに約やくし、 いまは四果しかに約やくす。 支し仏ぶつにおいてはこれ住じゅう果か・非ひ住じゅう果かに約やくするか。

-答。上ハ約シ↢四向ニ↡、今ハ約ス↢四果ニ↡。於↢支仏ニ↡者是 レ約スル↢住果・非住果ニ↡歟。

仏答ぶっとう見みつべし。

-▲仏答可シ↠見ツ。

五

五ごに善吉ぜんきちの問といの意こころ、 当段とうだんの仏答ぶっとうならびに第六だいろくの問とい、 おのおのもつて見みやすし。

-五ニ▲善吉ノ問ノ意、当段ノ▲仏答并ニ▲第六ノ問、各以テ易シ↠見。

六

六ろくに仏答ぶっとうの中なかに 「無む誑相おうそう涅ね槃はん」 とらいふは、 外げ道どう小乗しょうじょう所しょ執しゅうの涅ね槃はんはみなこれ虚こ妄もうなり。 これ衆しゅ生じょうを誑たぶらかす、 ゆゑに誑相おうそうと名なづく。 仏ぶつは人ひとを誑たぶらかさず、 このゆゑに如来にょらい所説しょせつの涅ね槃はんを無む誑相おうそうと名なづく。

-六ニ▲仏答ノ中ニ言↢「▲無誑相涅槃」等↡者、外道小乗所執ノ涅槃ハ皆是1231虚妄ナリ。是 レ誑ス↢衆生ヲ↡、故ニ名ク↢誑相ト↡。仏ハ不↠誑サ↠人ヲ、是ノ故ニ如来所説ノ涅槃ヲ名ク↢无誑相ト↡。

七

七しちに 「世せ尊そん如にょ仏ぶつ自じ説せつ」 とらは、 善吉ぜんきちの問といなり。 「仏ぶつ自じ説せつ」 とは、 △上かみの所説しょせつの 「平びょう等どう品ぼん」 の意こころを指さす。 問といの意こころに二にあり。

-七ニ「▲世尊如仏自説ト」等者、善吉ノ問也。「仏自説ト」者、指ス↢上ノ所説ノ「平等品ノ」意ヲ↡。問ノ意ニ有↠二。

↓一いちには平びょう等どうの法ほうの中なかになんぞ生しょう滅めつ・不ふ生しょう滅めつあるや。 これ一

-一ニハ▲平等ノ法ノ中ニ何ゾ有↢生滅・不生滅↡耶。 是一

↓また如来にょらいの上かみの所説しょせつの如ごときは、 諸法しょほうの当体とうたいすなはちこれ涅ね槃はんなり。 諸法しょほうの外ほかになんの涅ね槃はんありてか生しょう滅めつせざるや。 これ二

-又如キ↢▲如来ノ上ノ所説ノ↡者、諸法ノ当体即是涅槃ナリ。▲諸法之外ニ有テカ↢何ノ涅槃↡不↢生滅セ↡乎。 是二

仏答ぶっとうの中なかに、 「如にょ是ぜ」 といふは、 これ両りょう問もんを可かす。

-▲仏答ノ之中ニ、言↢「▲如是ト」↡者、是 レ可ス↢両問ヲ↡。

「非ひ声しょう聞もん所しょ作さ」 とらいふは、 ↑初はじめの諸法しょほう平びょう等どうの問といを可かするなり。 「乃ない至し」 といふは、 問といに挙あぐるところの辟びゃく支し仏ぶつならびに諸しょ菩ぼ薩さつ諸仏しょぶつの作さにあらざる義ぎを摂せっす。

-言↢「▲非声聞所作ト」等↡者、可スル↢初ノ諸法平等ノ問ヲ↡也。言↢「乃至ト」↡者、摂ス↧問ニ所ノ↠挙ル非↢辟支仏并ニ諸菩薩諸仏ノ作ニ↡義ヲ↥。

「性しょう空くう即そく是ぜ涅ね槃はん」 とらは、 これ↑諸法しょほうの実相じっそうすなはち涅ね槃はんなる義ぎを可かす。

-「▲性空即是涅槃ト」等者、是 レ可ス↢諸法ノ実相即涅槃ナル義ヲ↡。

「若にゃく新しん」 とらは、 これ如来にょらい分別ふんべつ随ずい宜ぎの説せつに異いあることを明あかす。 これすなはちかの ¬授じゅ記き経きょう¼ の意こころに合がっするに三さんの意こころあるべし。 一いちには涅ね槃はん↑非化ひけ、 二にには↑涅ね槃はん如にょ化け、 三さんには性しょう空くう涅ね槃はんなり。 前さきの二にの涅ね槃はんは隨ずい宜ぎの説せつなり、 第三だいさんの涅ね槃はんはこれ実じつ理りなり。

-「▲若新ト」等者、是 レ明ス↢如来分別随宜ノ之説ニ有コトヲ↟異、此 レ乃合スルニ↢彼¬授記経ノ¼意ニ↡可シ↠有↢三ノ意↡。一ニハ涅槃非化、二ニハ涅槃如化、三ニハ性空涅槃ナリ。前ノ二ノ涅槃ハ隨宜ノ説也、第三ノ涅槃ハ是 レ実理也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅱ ⅳ 総結成

四しに 「今こん既き」 とらは、 これ総そうじて ¬授じゅ記き経きょう¼ を会えすることを結けつ成じょうす。 「以斯いし」 とらは、 これ上かみの所引しょいんの三さん経きょう乃ない至し ¬大品だいぼん¼ 等とうの文もんを指さす。

-四ニ「▲今既ト」等者、是 レ総ジテ結↣成ス会スルコトヲ↢¬授記経ヲ¼↡。「▲以斯ト」等者、是 レ指ス↢上ノ之所引ノ三経乃至¬大品¼等ノ文ヲ↡。

「縦じゅう使し」 とらは、 もし与あたへてこれをいはば ¬授じゅ記き経きょう¼ のごとくその意こころを得うべし、 これ ¬大品だいぼん¼ に新しん発ぽっ意ちの菩ぼ薩さつに被かぶらしむる説せつに同おなじ、 ゆゑに 「妨さまたげなし」 といふ。

-「▲縦使ト」等者、若シ与ヘテ謂ハヾ↠之ヲ如ク↢¬授記経ノ¼↡可シ↠得↢其ノ意ヲ↡、是 レ同ジ↧¬大品ニ¼被カ シムル↢新発意ノ菩薩ニ↡之説ニ↥、故ニ云フ↠「▲無ト↠妨」。

「諸しょ有う」 とらは、 学者がくしゃ心しんを措おきてもつとも領りょう解げすべし。 いはく入にゅうと不ふ入にゅうとはこれ事じ・理りの異いなり。 ¬授じゅ記き¼ は事じに約やくして入にゅう涅ね槃はんと説とき、 ¬大品だいぼん¼ は理りに約やくして平びょう等どうの義ぎを説とく。 如来にょらい随ずい宜ぎの説せっ教きょうここにあり。 いまこの深じん旨しを知しるべしといふなり。

-「▲諸有ト」等者、学者措テ↠心ヲ尤可シ↢領解ス↡。謂ク入ト不入トハ是 レ事理ノ異ナリ。¬授記ハ¼約シテ↠事ニ説キ↢入涅槃ト↡、¬大品ハ¼約シテ↠理ニ説ク↢平等ノ義ヲ↡。如来随宜ノ説教在リ↠斯ニ。今言↠応ト↠知↢此ノ深旨ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・ Ⅲ 第三番

【30】「問曰もんわつ彼ひ仏ぶつ及ぎゅう土ど」 とらは、 第三だいさん番ばんなり。

「▲問1232曰彼*仏及土ト」等者、第三番也。

問といの意こころはすでに報ほう土どの義ぎを許ゆるして能のう生しょうの機きを疑うたがふ。 中なかにおいて四しとす。

-問ノ意ハ既ニ許シテ↢報土ノ義ヲ↡疑フ↢能生ノ機ヲ↡。於テ↠中ニ為↠四ト。

一いちには報身ほうじん報ほう土どの義ぎを牒でっす。

-一ニハ牒ス↢報身・報土ノ之義ヲ↡。

二にには報法ほうぼう高こう妙みょうの理りを領りょうす。 実修じっしゅ・実じっ証しょう・殊しゅ妙みょうの報ほう土ど高たかく地じ前ぜん教きょう道どうの外ほかに出いでたり、 ゆゑに 「高こう妙みょう」 といふ。

-二ニハ領ス↢報法高妙ノ之理ヲ↡。実修・実証・殊妙ノ報土高ク出タリ↢地前教道ノ之外ニ↡、故ニ云フ↢「▼高妙ト」↡。

三さんには小聖しょうしょうなほ生しょうじがたき義ぎを挙あぐ。 「小聖しょうしょう」 といふは、 大だい乗じょうの賢けん位い、 小乗しょうじょうの聖しょう位い、 並へいしてこの中なかに摂せっす。 これらの下位げいことごとくみな及およばず、 ゆゑに 「難階なんかい」 といふ。

-三ニハ挙グ↢小聖猶難キ↠生ジ義ヲ↡。言↢「▲小聖ト」↡者、大乗ノ賢位、小乗ノ聖位、並シテ摂ス↢此ノ中ニ↡。斯等ノ下位咸ク皆不↠及、故ニ云フ↢「難諧ト」↡。

四しには小聖しょうしょうなほもつて入いらず、 いはんや底てい下げの機き望のぞみを絶たつべしといふなり。

-四ニハ言↢小聖猶以不↠入、況ヤ底下機可ト↟絶ツ↠望ヲ也。

答こたえの中なかに二にとす。

-▲答ノ中ニ為↠二ト。

一いちには問難もんなんに順じゅんじてしばらく垢く障しょうの凡ぼん夫ぶ生しょうじがたきことを許ゆるす。

-▲一ニハ順ジテ↢問難ニ↡且ク許ス↢垢障ノ凡夫難コトヲ↟生ジ。

二ににはまさしく仏願ぶつがんの強縁ごうえんによりて小聖しょうしょう・凡ぼん夫ぶみなことごとく往おう生じょうすることを明あかす。 これひとへに別べっ意ち難なん思じ超ちょう絶ぜつ不可ふか思議しぎの本願ほんがんなるがゆゑなり。

-▲二ニハ明ス↧正ク由テ↢仏願ノ之強縁ニ↡小聖・凡夫皆悉ク往生スルコトヲ↥。是 レ偏ニ別意難思超絶不可思議ノ本願ナルガ故也。

「斉さい入にゅう」 といふに就つきて総別そうべつの意こころあり。

-就テ↠言ニ↢「▲斉入ト」↡有リ↢総別ノ意↡。

総そうとは斉ひとしく仏願ぶつがんに乗じょうずる意こころ。 機き根こんを論ろんぜず、 善悪ぜんあくを簡えらばず、 ただ仏願ぶつがんによりて生しょうずることを得うる義ぎなり。

-総ト者斉ク乗ズル↢仏願ニ↡之意。不↠論ゼ↢機根ヲ↡、不↠簡↢善悪ヲ↡、唯依テ↢仏願ニ↡得ル↠生コトヲ義也。

別べつとは二にあり、 いはゆる斉さい上じょう・斉さい下げの義ぎなり。 斉さい下げといふは、 いはく浄じょう土どの教きょうはもと凡ぼん夫ぶに被かぶらしむ。 よりて凡ぼん夫ぶをもつてその正しょう機きとなす。 このゆゑに三さん乗じょうみな凡ぼん夫ぶに同どうじてかの報ほう土どに入いる。 斉さい上じょうといふは、 いはゆる報ほう土ど所しょ入にゅうの機きはもとこれ十じゅう地じの菩ぼ薩さつ等とうなり。 凡ぼん夫ぶ所しょ入にゅうの限かぎりにあらずといへども、 仏力ぶつりきによるがゆゑにその上じょう機きに同どうじて斉ひとしく生しょうずることを得うるなり。

-別ト者有リ↠二、所謂斉上・斉下ノ義也。言↢斉下ト↡者、謂ク浄土ノ教ハ本被シム↢凡夫ニ↡。仍テ以テ↢凡夫ヲ↡為ス↢其ノ正機ト↡。是ノ故ニ三乗皆同ジテ↢凡夫ニ↡入ル↢彼ノ報土ニ↡。言↢斉上ト↡者、所謂報土所入ノ之機ハ本是 レ十地ノ菩薩等也。凡夫雖ヘ↠非ト↢所入ノ之限ニ↡、由ガ↢仏力ニ↡故ニ同ジテ↢其ノ上機ニ↡斉ク得↠生ズルコトヲ也。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・「序分義」文

【31】次つぎに ¬序分じょぶん義ぎ¼ 欣ごん浄じょう縁えんの文もん。 八はっ句くある中なかに、 いまこの所引しょいんは第七だいしちの科かの釈しゃくなり。

次ニ▲「序分義」欣浄縁ノ文。有ル↢八句↡中ニ、今此ノ所引ハ第七ノ科ノ釈ナリ。

当とう科かの中なかにおいて、 文もんを分わかちて五ごとなす。 一いちに 「弥陀みだ」 以下いげは、 ¬大だい経きょう¼ の意こころに約やくして弥陀みだ仏ぶつ本願ほんがんの別べっ意ちを顕あらわす。 二にに 「依え楽らく」 以下いげは、 ¬観かん経ぎょう¼ の意こころによりて釈しゃ迦か仏ぶつ摂せっ生しょうの益やくを明あかす。 三さんに 「諸しょ余よ」 以下いげは、 総そうじては一代いちだいにより、 別べっしては三さん経きょうによりて広ひろく衆しゅ経きょうにあまねく西方さいほうを勧すすむることを明あかす。 四しに 「衆しゅ聖しょう」 以下いげは、 十方じっぽう仏ぶつ同讃どうさんの証しょうを述のぶ。 五ごに 「有此うし」 以下いげは、 総そうじて夫ぶ人にん別選べっせんの意こころを結けっするなり。

-於テ↢当科ノ中ニ↡、分テ↠文ヲ為ス↠五ト。一ニ▽「弥陀」以下ハ、約シテ↢¬大経ノ¼意ニ↡顕ス↢弥陀仏本願ノ別意ヲ↡。二ニ▽「依楽」已下ハ、依1233テ↢¬観経ノ¼意ニ↡明ス↢釈迦仏摂生ノ之益ヲ↡。三ニ▽「諸余」已下ハ、総ジテハ依リ↢一代ニ↡、別シテハ依テ↢三経ニ↡広ク明ス↣衆経ニ普ク勧コトヲ↢西方ヲ↡。四ニ▽「衆聖」以下ハ、述ブ↢十方仏同讃ノ之証ヲ↡。五ニ▽「有此」已下ハ、総ジテ結スル↢夫人別選ノ意ヲ↡也。

¬大だい経きょう¼ に約やくする中なかに

-△約スル↢¬大経ニ¼↡中ニ

「本国ほんごく」 といふは、 「本ほん」 はこれ末まつに対たいす。 諸仏しょぶつの浄じょう土どを称しょうして末国まっこくとなし、 弥陀みだの浄じょう土どを号ごうして本国ほんごくといふ。 これすなはち弥陀みだは諸仏しょぶつの本ほん師し、 極楽ごくらくは諸しょ土どの本国ほんごくなるがゆゑなり。

-言↢「▲本国ト」↡者、「本ハ」是 レ対ス↠末ニ。諸仏ノ浄土ヲ称シテ為シ↢末国ト↡、弥陀ノ浄土ヲ号シテ曰フ↢本国ト↡。斯乃弥陀ハ諸仏ノ本師、極楽ハ諸土ノ本国ナルガ故也。

「四し十じゅう」 とらは、 選取せっしゅの由ゆえを明あかす。 その由ゆえに二にあり。

-「▲四十ト」等者、明ス↢選取ノ由ヲ↡。其ノ由ニ有リ↠二。

一いちには荘しょう厳ごん勝すぐれたるがゆゑに。 第六だいろくの科か (序分義) にいはく、 「夫ぶ人にん総そうじて十方じっぽうの仏国ぶっこくを見みるに、 ならびにことごとく精しょう華けなれども極楽ごくらくの荘しょう厳ごんに比ひせんと欲ほっするに、 まつたく比ひ況きょうにあらず。」 以上 ¬礼讃らいさん¼ の釈しゃくにいはく、 「四し十じゅう八願はちがんの荘しょう厳ごんより起おこる、 諸仏しょぶつの刹せつに超こえてもつとも精しょうたり。」 以上

-一ニハ荘厳勝タルガ故ニ。第六ノ科ニ云ク、「▲夫人総ジテ見ニ↢十方ノ仏国ヲ↡、並ニ悉ク精華ナレドモ欲ニ↠比セント↢極楽ノ荘厳ニ↡、全ク非ズ↢比況ニ↡。」 已上 ¬礼讃ノ¼釈ニ云ク、「▲四十八願ノ荘厳ヨリ起ル、超テ↢諸仏ノ刹ニ↡最モ為タリ↠精。」 已上

二にには本願ほんがん勝すぐれたるがゆゑに。 ¬大だい経きょう¼ の上じょうにいはく、 「無む上じょう殊しゅ勝しょうの願がんを超ちょう発ほつす。」 以上 また (大経巻上) いはく、 「われ超ちょう世せの願がんを建たつ、 かならず無む上じょう道どうに至いたらん。」 以上 これすなはち弥陀みだ仏ぶっ智ち所しょ成じょうの真しん妙みょうの報ほう土ど、 無む善ぜん薄はく地じの凡ぼん夫ぶを隔へだてず、 仏力ぶつりき横おうに引ひきてただちに涅ね槃はんを取とらしむ。 諸仏しょぶつの浄じょう土どはみな機き見けんによりてその優う劣れつを感かんず、 西方さいほうの浄じょう土どは機きの功こうを仮からずただ仏徳ぶっとくによる。 まつたく機きによりて優う劣れつを判はんぜざるがゆゑに、 これを別べつ異い超勝ちょうしょうの宗しゅう旨しとなす。

-二ニハ本願勝タルガ故ニ。¬大経ノ¼上ニ云ク、「▲超↢発ス無上殊勝之願ヲ↡。」 已上 又云、「▲我 レ建ツ↢超世ノ願ヲ↡、必至ラン↢无上道ニ↡。」 已上 是 レ則弥陀仏智所成ノ真妙ノ報土、不↠隔↢无善薄地ノ凡夫ヲ↡、仏力横ニ引テ直ニ取シム↢涅槃ヲ↡。諸仏ノ浄土ハ皆依テ↢機見ニ↡感ズ↢其ノ優劣ヲ↡、西方ノ浄土ハ不↠仮↢機ノ功ヲ↡唯拠ル↢仏徳ニ↡。全ク不ガ↣由テ↠機ニ判ゼ↢優劣ヲ↡故ニ、是ヲ為ス↢別異超勝ノ宗旨ト↡。

夫ぶ人にんの選取せんしゅこの二ににあるらくのみ。

-夫人ノ選取在ラク↢此ノ二ニ↡耳。

「勝しょう因いん」 といふは、 これ六八ろくはちの願がん、 「勝行しょうぎょう」 といふはこれ六ろく度どの行ぎょう、 「勝しょう果か」 といふはすなはちこれ菩ぼ提だい、 「勝しょう報ほう」 といふはすなはち涅ね槃はんなり。

-言↢「▲勝因ト」↡者、是六八ノ願、言↢「勝行ト」↡者是 レ六度ノ行、言↢「勝果ト」↡者即是菩提、言↢「勝報ト」↡者即涅槃也。

¬観かん経ぎょう¼ による中なかに

-△依ル↢¬観経ニ¼↡中ニ

「悲化ひけ」 といふは、 利他りたの益やくに約やくす。 「智慧ちえ門もん」 とは自利じりの徳とくに約やくす。

-言↢「▲悲化ト」↡者、約ス↢利他ノ益ニ↡。「▲智恵門ト」者約ス↢自利ノ徳ニ↡。

「広開こうかい」 とらは、 序題じょだい門もん (玄義分) にいはく、 「甘かん露ろを灑そそぎて群萌ぐんもうを潤うるおす。」 けだしその義ぎなり。 ただしかの釈しゃくは総そうじて一代いちだいを叙じょし、 この釈しゃくの意こころは別べっして真門しんもんに約やくす。

-「▲広開ト」等者、序題門ニ云、「▲灑テ↢於甘露ヲ↡潤ス↢於1234群萌ヲ↡。」蓋シ其ノ義也。但シ彼ノ釈者総ジテ叙シ↢一代ヲ↡、此ノ釈ノ意者別シテ約ス↢真門ニ↡。

「甘かん露ろ」 といふは、 不死ふしの妙みょう薬やく、 すなはち無む量りょう寿じゅ常住じょうじゅうの法ほうなり。 ¬大だい経きょう¼ の上じょうに八はっ功く徳どく水すいの功く能のうを説ときていはく、 「清浄しょうじょう香潔こうけつにして味あじわい甘かん露ろのごとし。」 以上 ¬礼讃らいさん¼ の釈しゃくにいはく、 「心しんを洗あらふ甘かん露ろの水みず。」 以上 これみな浄じょう土ど殊しゅ妙みょうの徳とくなり。 このゆゑにいま甘かん露ろの門もんを開ひらくとは、 すなはち浄じょう土どの真門しんもんを開ひらく意こころなり。 これすなはち一代いちだい八万はちまんの諸しょ教きょう、 みなことごとく弥陀みだの仏ぶっ智ちに帰き入にゅうする一いち乗じょうの義ぎなり。

-言↢「▲甘露ト」↡者、不死ノ妙薬、即无量寿常住ノ法也。¬大経ノ¼上ニ説テ↢八功徳水ノ之功能ヲ↡云ク、「▲清浄香潔ニシテ味如シ↢甘露ノ↡。」 已上 ¬礼讃ノ¼釈ニ云ク、「▲洗フ↠心ヲ甘露ノ水。」 已上 是皆浄土殊妙ノ徳也。是ノ故ニ今開クト↢甘露ノ門ヲ↡者、即開ク↢浄土ノ真門ヲ↡意也。是則一代八万ノ諸教、皆悉ク帰↢入スル弥陀ノ仏智ニ↡一乗ノ義也。

「法潤ほうにん」 とらは、 しばらく定じょう散さんを説ときてまづ衆しゅ機きを摂せっし、 つひに弘ぐ願がんに引いん入にゅうせしむる意こころなり。

-「▲法潤ト」等者、且ク説テ↢定散ヲ↡先ヅ摂シ↢衆機ヲ↡、遂ニ令ル↣引↢入セ弘願ニ↡意也。

衆しゅ経きょうによる中なかに 「勧処かんしょ」 とらは、 総そうじては化け前ぜんに亘わたり、 別べっしては三さん経きょうによる。 隠顕おんけんありといへども、 みな釈しゃ迦か一代いちだいの設せっ化け仏ぶつ意い、 安あん養にょう往詣おうげいの本懐ほんがいを顕あらわすにあることを明あかす。

-△依ル↢衆経ニ↡中ニ「▲勧処ト」等者、総ジテハ亘リ↢化前ニ↡、別シテハ依ル↢三経ニ↡。雖ヘ↠有ト↢隠顕↡、皆明ス↢釈迦一代ノ設化仏意、在コトヲ↟顕スニ↢安養往詣ノ之本懐ヲ↡也。

総結そうけつの文もんの中なかに、 「致使ちし」 とらは、

-△総結ノ文ノ中ニ、「▲致使ト」等者、

問とふ、 経きょう (観経) に 「我が今こん楽生ぎょうしょう極楽ごくらく」 といふ。 その文もんのごときは、 夫ぶ人にんただみづからこれを選取せんしゅするか、 いまの釈しゃくいかん。

-問。¬経ニ¼云フ↢「▲我今楽生極楽ト」↡。如↢其ノ文↡者、夫人只自ミ 選↢取スル之ヲ↡歟、今ノ釈如何。

答こたふ。 証定しょうじょうの釈しゃく義ぎ深ふかく経きょう旨しを得えてこの義ぎを釈成しゃくじょうす、 仰あおいでこれを信しんずべし。 このゆゑにこの鈔しょうの第一だいいちの序じょ (総序) にいはく、 「釈しゃ迦か韋い提だいをして安あん養にょうを選えらばしめたまへり。」 以上 この釈しゃくの趣おもむき、 いまの釈しゃくを守まもる。 ゆゑに▲かの序じょの下もとにほぼ愚解ぐげを註ちゅうす。

-答。証定ノ釈義深ク得テ↢経旨ヲ↡釈↢成ス此ノ義ヲ↡、仰テ可シ↠信ズ↠之ヲ。是ノ故ニ此ノ鈔ノ第一ノ序ニ云ク、「▲釈迦韋提ヲシテ選シメタマヘリ↢安養ヲ↡。」 已上 此ノ釈ノ之趣、守ル↢今ノ釈ヲ↡也。故ニ彼ノ序ノ下ニ粗註ス↢愚解ヲ↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・「定善義」文

【32】▲次つぎの二に文もんは、 ともに 「定じょう善ぜん義ぎ」 水観すいかんの讃さんなり。

次二文者、共ニ「定善義」水観ノ讃也。

いまこの二に文もん第だい四し巻かんの初はじめにこれを引用いんようせらる。 ゆゑに▲その下もとにおいていささか義ぎを述のべ訖おわりぬ。

-今此ノ二文▲第四巻ノ初ニ被↢引用セ之ヲ↡。故ニ於テ↢其ノ下ニ↡聊述↠義ヲ訖ヌ。

問とふ。 なんがゆゑぞ両りょう処しょにこれを引ひかるるや。

-問。何ガ故ゾ両処ニ被↠引↠之ヲ乎。

答こたふ。 すでに▲前さきに述のぶるがごとく、 この書しょもとよりただ文もん集じゅうなり。 その要ようあるごとに繁はん重じゅうを憚はばからず。 真実しんじつの証しょうを明あかし真仏しんぶつ土どを顕あらわすに、 その義ぎに順じゅんずるがゆゑにおのおの引ひかるるか。 はたまた第だい四しにはこの両りょう文もんの中なかに、 初はじめの文もんの余よ残ざん、 「或現わくげん神通じんずう而に説法せっぽう」 (序分義) 等とうつぶさにこれを引ひかる、 いまはかの文もんの一いち四句しく偈げを除のぞく。 いささか加か減げんあり、 差別しゃべつといふべし。

-答。如ク↢已前ニ述ガ↡、此ノ書元自只文集也。毎ニ↠有↢其ノ要↡不↠憚カラ↢繁重ヲ↡。明シ↢真実ノ証ヲ↡顕スニ↢真仏土ヲ↡、順ズルガ↢其ノ義ニ↡故ニ各1235被↠引歟。将又第四ニハ此ノ両文ノ中ニ、初ノ文ノ余残、「▲或現神通而説法」等具ニ被ル↠引↠之ヲ、今ハ除ク↢彼ノ文ノ一四句偈ヲ↡。聊有↢加減↡、可シ↠謂↢差別ト↡。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『法事讃』三文

【33】次つぎに ¬法ほう事じ讃さん¼ 下げ巻かんの釈しゃくなり。

次ニ▲¬法事讃¼下巻ノ釈也。

「極楽ごくらく」 とらは、 ¬大だい経きょう¼ の下げにいはく、 「かの仏国ぶっこく土どは無為むい自じ然ねんなり。」 以上

-「▲極楽ト」等者、¬大経ノ¼下ニ云、「▲彼ノ仏国土ハ無為自然ナリ。」 已上

「涅ね槃はん界がい」 とは、 かの土どに生しょうずる者ものはすなはち法ほっ性しょうの常じょう楽らくを証しょうするがゆゑなり。 これ必ひっ至し滅めつ度どの願がんによりてなり。

-「▲涅槃界ト」者、生ズル↢彼ノ土ニ↡者 ノハ即証スルガ↢法性ノ常楽ヲ↡故也。是 レ依テナリ↢必至滅度ノ願ニ↡也。

「随縁ずいえん」 とらは、 これ雑ぞう行ぎょうを指さす。 「序分じょぶん義ぎ」 にいはく、 「随縁ずいえん起き行ぎょうして、 進道しんどうの資し糧りょうをなさんと擬ぎするに、 なんぞそれ六賊ろくぞく知ち聞もんして、 競きおひ来きたりて侵奪しんだつする。」 以上

-「▲随縁ト」等者是 レ指ス↢雑行ヲ↡。「序分義ニ」云ク、「▲随縁起行シテ、擬スルニ↠作ント↢進道ノ資糧ヲ↡、何ゾ其 レ六賊知聞シテ、競ヒ来テ侵奪スル。」 已上

「恐く難なん生しょう」 とは、 かの雑ぞう行ぎょう生しょうずることを得えざることを明あかす。 この文もん少しょう善ぜん不ふ生しょうを消釈しょうしゃくする文もん釈しゃくなるがゆゑに、 恐く慮りょの言ことばなりといへども意こころ不ふ生しょうを存ぞんず。

-「▲恐難生ト」者、明↢彼ノ雑行不コトヲ↟得↠生コトヲ也。此ノ文消↢釈スル少善不生ヲ↡之文釈ナルガ故ニ、雖ヘ↢恐慮ノ言ナリト↡意存ズ↢不生ヲ↡。

「要法ようぼう」 といふはこれ念仏ねんぶつを指さす。 これ定じょう散さん二に善ぜんの要門ようもんにはあらず。 ¬般舟はんじゅ讃さん¼ に 「まづ要よう行ぎょうを求もとめて真門しんもんに入いれ」 といひ、 「*玄げん義ぎ分ぶん」 (散善義) に 「浄じょう土どの要よう逢あひがたし」 といふこれなり。

-言「▲要法ト」者是 レ指ス↢念仏ヲ↡。是 レ非ズ↢定散二善ノ要門ニハ↡。¬般舟讃ニ¼云ヒ↧「▲先ヅ求テ↢要行ヲ↡入レト↦真門ニ↥」、「玄義分ニ」云フ↢「▲浄土ノ之要難ト↟逢」是也。

「▲専せん復ぷ専せん」 とは、 ふたたび 「専せん」 といふことは慇懃おんごんの意こころなり。 また上かみの 「専せん」 はこれ一心いっしんを表あらわし、 その下しもの 「専せん」 はこれ一いち行ぎょうを表あらわす。 また上かみの 「専せん」 はこれ雑ぞう行ぎょうに対たいし、 下しもは助業じょごうに対たいす。 おのおのその意こころあり、 ともにこれを存ぞんずべし。

-「専復専ト」者、再タビ言コト↠「専ト」者慇懃ノ意也。又上ノ「専」者此 レ表シ↢一心ヲ↡、其ノ下ノ「専」者是 レ表ス↢一行ヲ↡。又上ノ「専」者是 レ対シ↢雑行ニ↡、下ハ対ス↢助業ニ↡。各有リ↢其ノ意↡、共ニ可シ↠存ズ↠之ヲ。

【34】次つぎの文もんはまた同おなじき下げ巻かんの讃さんなり。

次ノ文ハ又▲同キ下巻ノ讃也。

「帰き自じ然ねん」 とは、 ¬大だい経きょう¼ の上じょうにいはく、 「建こん立りゅう常じょう然ねんにして、 衰すいなく変へんなし。」 以上 これ国こく土ど自じ然ねんの義ぎを明あかす。 また (大経巻上) いはく、 「みな自じ然ねん虚無こむの身しん、 無む極ごくの体たいを受うけたり。」 これ正しょう報ぼう自じ然ねんの徳とくを明あかす。

-「▲帰自然ト」者、¬大経ノ¼上ニ云ク、「▲建立常然ニシテ、無ク↠衰無シ↠変。」 已上 是 レ明ス↢国土自然ノ之義ヲ↡。又云、「▲皆受タリ↢自然虚无ノ之身、无極ノ之体ヲ↡。」是 レ明ス↢正報自然ノ之徳ヲ↡。

「無漏むろ」 といふは漏ろ染ぜんなきがゆゑに。 「無む生しょう」 といふは、 法忍ほうにんを悟さとるがゆゑに。

-言↢「▲無漏ト」↡者无ガ↢漏染↡故ニ。言↢「▲無生ト」↡者、悟ガ↢法忍ヲ↡故ニ。

【35】次つぎの少しょう文もんは同おなじき (法事讃) 後ご序じょの釈しゃくなり。

次1236ノ少文者▲同キ後序ノ釈ナリ。

上かみに「極楽ごくらく無為むい」 とらいふは、 すでに極楽ごくらくを判はんじて名なづけて無為むい涅ね槃はんの界さかいとなす。 しかるに随縁ずいえんの雑善ぞうぜん生しょうじがたしと遮しゃしてただ専々せんせん称名しょうみょうの一因いちいんを勧すすむ。 このゆゑに阿あ弥陀みだとは涅ね槃はんの名みょう号ごうなりといふことを知しるべし。

-▲上ニ言↢「極楽无為ト」等↡者、已ニ判ジテ↢極楽ヲ↡名テ為ス↢无為涅槃ノ之界ト↡。而ニ遮シテ↢随縁ノ雑善難ト↟生ジ唯勧ム↢専々称名ノ一因ヲ↡。是ノ故ニ応シ↠知↢阿弥陀ト者涅槃ノ名号也ト云コトヲ↡。

いまの釈しゃくまた弥陀みだ涅ね槃はん一法いっぽうの義ぎを顕あらわす。 これをもつてこれを思おもふに、 例れいしてまた無む上じょう涅ね槃はんの妙みょう果かを号ごうして阿あ弥陀みだといふといふべきか。

-▲今ノ釈亦顕ス↢弥陀涅槃一法ノ之義ヲ↡。以テ↠之ヲ思ニ↠之ヲ、例シテ又可↠謂↣无上涅槃ノ妙果ヲ号シテ曰ト↢阿弥陀ト↡歟。

二 Ⅱ ⅴ c ロ ・『大経義疏』文

【36】次つぎに興ごうの釈しゃくは、 ¬大だい経きょうの義ぎ疏しょ¼ 中ちゅう巻かんの文もんなり。

次ニ▲興ノ釈者、¬大経ノ義疏¼中巻ノ文也。

十じゅう二に光こうの釈しゃく、 その意こころ見みつべし。

-▲十二光ノ釈、其ノ意可シ↠見ツ。

「皆かい是ぜ」 とらは、 次つぎに 「其有ごう衆しゅ生じょう」 といふより 「皆蒙かいもう解げ脱だつ」 (大経巻上) といふに至いたるまでの文もんを釈しゃくする中なかの結文けつもんなり。 所引しょいんの次上つぎかみのつぶさなる解げ釈しゃく (述文賛巻中) にいはく、 「三さん垢く滅めっすとはすなはち除じょ障しょうの利り、 身しん意い歓かん喜ぎはすなはち生しょう善ぜんの利り、 苦く得とく休く息そくとはすなはち抜ばっ苦くの利り、 皆蒙かいもう解げ脱だつとはすなはち得楽とくらくの利りなり。」 以い上じょういまの所引しょいんにあらず 「身心しんしん柔にゅう軟なんの願がん」 とは第だい三さん十じゅう三さんの願がんなり。

-「▲皆是ト」等者、次ニ釈スル↧自↠言フ↢「▲其有衆生ト」↡至マデノ↠言ニ↢「皆蒙解脱ト▲」↡文ヲ↥中ノ之結文也。所引ノ次上ノ具ナル解釈ニ云ク、「三垢滅ト者即除障ノ利、身意歓喜ハ即生善ノ利、苦得休息ト者即抜苦ノ利、皆蒙解脱ト者即得楽ノ利。」 已上非ズ↢今ノ所引ニ↡ 「身心柔軟ノ願ト」者第三十三ノ願也。

二 Ⅱ ⅴ d 総結

【37】「爾に者しゃ」 以下いげはこれ総結そうけつの文もん、 わたくしの御おん釈しゃくなり。 中なかにおいて二にとなす。

「△爾者」已下ハ是 レ総結ノ文、私ノ御釈也。於テ↠中ニ為ス↠二ト。

二 Ⅱ ⅴ d イ 彼土得証

まづ文もんの初はじめより 「略抄りゃくしょう」 といふに至いたるまでは諸しょ経きょうの意こころ、 この土どの衆しゅ生じょう仏ぶっ性しょうを見みがたし、 仏力ぶつりきによるがゆゑに安楽あんらく国こくに至いたりてかならず仏ぶっ性しょうを見みることを明あかす。

-先ヅ自↢文ノ初↡至マデハ↠言ニ↢「略抄ト▲」↡明ス↧諸経ノ意、此ノ土ノ衆生難シ↠見↢仏性ヲ↡、由ガ↢仏力ニ↡故ニ至テ↢安楽国ニ↡必見コトヲ↦仏性ヲ↥。

この義ぎを証しょうせんがために ¬起き信しん論ろん¼ を引ひきて無む念ねんに契かなふこと下位げい易やすからず、 このゆゑに念ねんより無む念ねんに至いたるべきことを明あかす。 いふところの 「念ねん」 とは、 意こころ念仏ねんぶつにあり。 「無む念ねん」 といふは、 かしこにしてまさに法ほっ性しょう無む生しょうの悟さとりを開ひらくべき意こころなり。

-為ニ↠証センガ↢此ノ義ヲ↡引テ↢▲¬起信論ヲ¼↡明ス↧契コト↢无念ニ↡下位不↠易カラ、是ノ故ニ従リ↠念可コトヲ↞至ル↢无念ニ↡。所ノ↠言「▲念ト」者、意在リ↢念仏ニ↡。言↢「▲无念ト」↡者、於シテ↠彼ニ当ニキ↠開ク↢法性无生ノ之悟ヲ↡意也。

「惑染わくぜん」 とらは、 上かみに引ひくところの ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ (北本巻三五迦葉品 南本巻三二迦葉品) にいはく、 「一切いっさい衆しゅ生じょうことごとく仏ぶっ性しょうあり、 煩悩ぼんのう覆おおふがゆゑに見みることを得うるにあたはず。」 以上 もつぱらこの文もんによりていまこの解げあり。

-「▲惑染ト」等者、上ニ所ノ↠引ク之¬涅槃経ニ¼云ク、「▲一切衆生悉ク有リ↢仏性↡、煩悩覆フガ故1237ニ不↠能↠得ニ↠見コトヲ。」 已上 専依テ↢此ノ文ニ↡今有リ↢此ノ解↡。

また ¬無む上じょう依え経きょう¼ (巻上如来界品意) にいはく、 「法身ほっしんの体たいはもろもろの衆しゅ生じょうに遍へんす。 客きゃく塵じんの煩悩ぼんのうに覆おおはるるがためにわが身みに如来にょらいあることを知しらず、 生しょう死じに流る転てんして出しゅつ期ごなし。」 以上 ¬玄げん義ぎ¼ の釈しゃく (玄義分) にいはく、 「ただし垢く障しょう覆ふ深じんなるをもつて浄じょう体たい顕けん照しょうするに由ゆえなし。」 以上 これらの意こころなり。

-又¬无上依経ニ¼云ク、「法身ノ体ハ遍ス↢諸ノ衆生ニ↡。客塵ノ煩悩ニ為ニ↠所ルヽガ↠覆不↠知↣我ガ身ニ有コトヲ↢如来↡、流↢転シテ生死ニ↡無シ↢出期↡。」 已上 「玄義ノ」釈ニ云ク、「▲但シ以テ↢垢障覆深ナルヲ↡浄体無シ↠由↢顕照スルニ↡。」 已上 此等ノ意也。

「経きょう言ごん我が説せつ十住じゅうじゅう」 とらは、 当巻とうかんの上かみに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ を引ひく中なかにすでにこの言ことばあり、 いまその意こころによる。 このゆゑにさらに経名きょうみょうを載のせざるなり。

-「▲経言我説十住ト」等者、▲当巻ノ上ニ引ク↢¬涅槃経ヲ¼↡中ニ既ニ有リ↢此ノ言↡、今依ル↢其ノ意ニ↡。是ノ故ニ不↣更ニ載セ↢経名ヲ↡也。

二 Ⅱ ⅴ d ロ 真仮二土

【38】次つぎに 「夫ふ案あん」 の下しもは、 これ願がんに就つきて真しんと仮けとあり、 随したがひてまた仏ぶつにおいて差降しゃごうあることを明あかす。

次ニ「▲夫案ノ」下ハ、此 レ明ス↧就テ↠願ニ有リ↢真ト与 ト ↟仮、随テ又於テ↠仏ニ有コトヲ↦差降↥也。

「無む量りょう光こう明みょう」 とらは、 当巻とうかんの初はじめにおいて標ひょうするところこれなり。

-「▲無量光明ト」等者、於テ↢▲当巻ノ初ニ↡所↠標スル是也。

「良りょう仮け仏ぶつ土ど業因ごういん」 とらは、

-「▲良仮仏土業因ト」等者、

問とふ。 弥陀みだの浄じょう土どはすでにこれ報ほう土ど、 その生しょう因いんをいふにただこれ称名しょうみょう念仏ねんぶつの一いち行ぎょうなり。 因いんといひ土どといひ、 千差せんしゃあるべきことその義ぎ当あたらず、 いかん。

-問。弥陀ノ浄土ハ既ニ是 レ報土、謂フニ↢其ノ生因ヲ↡只是 レ称名念仏ノ一行ナリ。云ヒ↠因ト云ヒ↠土ト、可コト↠有↢千差↡其ノ義不↠当、如何。

答こたふ。 弥陀みだの浄じょう土どもと報ほう土どなりといへども、 三身さんしんの化け用ゆうみな浄じょう土どを立りゅうしてもつて群ぐん生じょうを導みちびく。 なんぞ一いっ機きのために化土けどを現げんぜざらん。 このゆゑに念仏ねんぶつすればかならず願力がんりき成じょう就じゅの報ほう土どに生しょうず。 自じ力りき随縁ずいえんの諸善しょぜん万まん行ぎょうは往おう生じょうを得うといへども、 所しょ生しょうの浄じょう土どみなこれ化土けどなり。 雑善ぞうぜんの業因ごういん千差せんしゃ万別まんべつなれば、 感見かんけんの化土けどまたもつて同おなじかるべし。 因いん果が炳然へいねんなり、 あへて疑うたがふことなからくのみ。

答。弥陀ノ浄土本雖ヘ↢報土ナリト↡、三身ノ化用皆立シテ↢浄土ヲ↡以テ導ク↢群生ヲ↡。何ゾ為ニ↢一機ノ↡不ラン↠現ゼ↢化土ヲ↡。是ノ故ニ念仏スレバ必生ズ↢願力成就ノ報土ニ↡。自力随縁ノ諸善万行ハ雖ヘ↠得ト↢往生ヲ↡、所生ノ浄土皆是化土ナリ。雑善ノ業因千差万別ナレバ、感見ノ化土又以テ可シ↠同カル。因果炳然ナリ、莫ラク↢敢テ疑コト↡耳。

 

六ろく要よう鈔しょう第だい五ご 全ぜん

 

延書は底本の訓点に従って有国が行った(固有名詞の訓は保証できない)。
玄義分 ¬散善義¼ の誤りか。
底本は◎本派本願寺蔵明徳三年慈観上人書写本。 Ⓐ本派本願寺蔵文安四年空覚書写本、 Ⓑ興正派興正寺蔵蓮如上人書写本 と対校。
花→Ⓐ華
則→Ⓐ即
上→Ⓑ白
涅→Ⓑ上
浄→Ⓐ浄[之]
者→Ⓐになし
二→Ⓑ二[者]
註→Ⓐ注
彼→Ⓑ被
前 Ⓑになし
後→Ⓐ度
正→Ⓐ聖
畏→Ⓑ
→Ⓐ解
仏→Ⓑ土
華→Ⓐ花