一(863)、法然聖人御説法事

▲法然ほふねん聖しやう人にん御ご説法せちぽふ◗の事こと

・仏身

○経きやう証しようの中なかに、 仏ほとけの功く徳どくをとけるに无む量りやうの身しんあり。 あるいは総そうじて一身ゐちしんをとき、 あるいは二に身しんをとき、 あるいは半はん三身さんしんをとき、 乃ない至し ¬華厳くゑごむ経ぎやう¼ には十身じふしん◗の功く徳どくとけり。 いま且しばらく真身しんしん・化身くゑしんの二に身しんをもて、 弥陀みだ如来によらいの功く徳どくを讃嘆さんだんしたてまつらむ。 この真化しんくゑ二に身しんをわかつこと、 ¬双さう巻経くわんぎやう¼ の三輩さんぱいの文もんの中なかにみえたり。

・仏身 ・真身

-◇まづ真身しんしんといふは、 真実しんじちの身しんなり。 弥陀みだ如来によらいの因いん位ゐのとき、 世自せじ在王ざいわう仏ぶちのみもとにして四し十八じふはち願ぐわんをおこしてのち、 兆載てうさい永ゐやう劫ごふのあひだ、 布施ふせ・持ぢ戒かい・忍辱にんにく・精しやう進じん等とうの六ろく度ど万まん行ぎやうを修しゆして、 あらはしえたまへるところは、 修因しゆいん感果かむくわの身しんなり。

-◇¬観経くわんぎやう¼ (意) にときていはく、 「▲その身しん量りやう、 六十ろくじふ万億まんおく那由なゆ他た恒ごう河が沙しや由ゆ旬じゆんなり。 ◆眉み間けんの自びやく毫がう、 右みぎにめぐりて五ご須しゆ弥み山せんのごとしと。 その一ゐち須しゆ弥み山せんのたかさ、 出しゆつ海かい・ウミヨリイデ 入海にふかいウミニイおレルのコトおの八万はちまん四し千せん那由なゆ他たなり。 また青しやう蓮れん慈悲じひの御おむまなこは、 四し大だい海水かいしゐのごとくして清白しやうびやく分ぶん明みやう0864なり。 身みのもろもろの毛もう孔くより光明くわうみやうをはなちたまふこと、 須しゆ弥み山せんのごとし。 ◆うなじにめぐれる円ゑん光くわうは、 百ひやく億おくの三千さんぜん大千だいせん世せ界かいのごとし。 ◆かくのごとくして八万はちまん四し千せんの相さうまします。 一一ゐちゐちの相さうにおのおの八万はちまん四し千せんの好かうあり、 一一ゐちゐちの好かうにまた八万はちまん四し千せんの光明くわうみやうまします。 その一一ゐちゐちの光明くわうみやう、 あまねく十方じふぱう世せ界かいの念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうを摂取せふしゆしてすてたまはず。 ▲御ごオム身しん ミ のいろは、 夜摩やま天てんの閻えむ浮ぶ檀だん金ごむのいろのごとし」 といへり。

-◇これ弥陀みだ一仏ゐちぶちにかぎらず、 一切ゐちさい諸仏しよぶちはみな黄金わうごむのいろなり。 もろもろのいろの中なかには白びやく色しきをもて本ほんとすとまふせば、 仏ほとけの御おむいろも白びやく色しきなるべしといゑども、 そのいろなほ損そんずるいろなり。 たゞ黄金わうごむのみあて不ふ変へんカワラヌのいろなり。 このゆへに、 十方じふぱう三さん世ぜの一切ゐちさいの諸仏しよぶち、 みな常じやう住ぢゆ不ふ変へんの相さうをあらわさむがために、 黄金わうごむのいろを現げんじたまへるなり。 これ ¬観くわん仏ぶち三昧ざんまい経きやう¼ のこゝろなり。

-◇たゞし真言しんごん宗しゆの中なかに五ご種しゆの法ほふあり。 その本尊ほんぞんの身色しんじき、 法ほふにしたがふて各別かくべちなり。 しかれども暫さむ時じシバラク方便はうべんノトキトのイフ化くゑナリ身しんなり、 仏ほとけの本色ほんじきにはあらず。 このゆへに、 仏像ぶちざうをつくるにも、 白びやく檀だんの採色さいしきなれども功く徳どくをえざるにあらずといへども、 金色こむじきにつくりつれば、 すなわち決定くゑちぢやう往わう生じやうの業因ごふいんなり。 即そく生しやうの功く徳どく、 略りやくを存ぞんずるにかくのごとし。 「即そく生しやう乃ない至し三さんスナワチワウジヤウスト 生しやうに必得ひちとく往わう生じやうカナラズワウジヤウヲ」 といウルトナリ へり。 これ弥陀みだ如来によらいの真身しんしんの功く徳どく、 略りやくを存ぞんずるにかくのごと0865し。

・仏身 ・化身

◇次つぎに化身くゑしんといふは、 无而むに欻くつ有うを化くゑとカタチモナクシテイヅヲヲイフ いふ。 すなわち機きにしたがふときに応おうじて身しん量りやうを現げんずること、 大小だいせう不ふ同どうなり。 ¬経きやう¼ (観経) に、 「▲あるいは大身だいしんを現げんじて虚空こくにみつ、 あるいは小身せうしんを現げんじて丈じやう六ろく、 八はち尺しやく」 といへり。 化身くゑしんにつきて多た種しゆあり。

・仏身 ・化身 ・円光の化仏

-◇まづ円ゑん光くわうの化仏くゑぶち。 ¬経きやう¼ (観経) にいはく、 「▲円ゑん光くわうのなかにおいて、 百ひやく万億まんおく那由なゆ他た恒ごう河が沙しやの化仏くゑぶちまします。 一一ゐちゐちの化仏くゑぶちに衆しゆ多た无む数しゆの化くゑ菩ぼ薩さちをもて、 侍じ者しやとせり」 といへり。

・仏身 ・化身 ・摂取不捨の化仏

-◇つぎに摂取せふしゆ不ふ捨しやの化仏くゑぶち。 「光明くわうみやう遍照へんぜう、 十方じふぱう世せ界かい、 念仏ねむぶち衆しゆ生じやう、 摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) といふは、 この真仏しんぶちの摂取せふしゆなり。 このほかに化仏くゑぶちの摂取せふしゆあり。 卅さんじふ六ろく万億まんおくの化仏くゑぶち、 おのおの真仏しんぶちとともに十方じふぱう世せ界かいの念仏ねむぶち衆しゆ生じやうを摂取せふしゆしたまふといへり。

・仏身 ・化身 ・来迎引接の化仏

-◇次つぎに来迎らいかう引接いんぜふの化仏くゑぶち。 九く品ぼむの来迎らいかうにおのおの化仏くゑぶちまします。 品ほむにしたがふて多た少せうあり。 上じやう品ぼむ上生じやうしやうの来迎らいかうには、 真仏しんぶちのほかに无む数しゆの化仏くゑぶちまします。 上じやう品ぼむ中ちう生しやうには、 千せんの化仏くゑぶちまします。 上じやう品ぼむ下げ生しやうには、 五ご百ひやくの化仏くゑぶちまします。 乃ない至しかくのごとく次し第だいにおとりて、 下げ品ぼむ上生じやうしやうには、 真仏しんぶちは来迎らいかうしたまはず、 たゞ化仏くゑぶちと化くゑ観くわん音おむ・勢せい至しとをつかはす。 その化仏くゑぶちの身しん量りやう、 あるいは丈じやう六ろく、 あるいは八はち尺しやくなり。 化くゑ菩ぼ薩さちの身しん量りやうもそれにしたがふて、 下げ品ぼむ中ちう生しやうは、 「▲天華てんぐゑの上うへに化仏くゑぶち・菩ぼ薩さちましまして、 来迎らいかうしたまふ0866」 (観経意) といへり。 下げ品ぼむ下げ生しやうは、 「▲命みやう終じゆしてイノチオハルトナリのち、 金こむ蓮華れんぐゑをみる。 猶ゆ如によ日輪にちりんヒノゴトクシテ 住ぢゆソノヒ其ごトノ人前にんぜん」マヘニアラワルトナリ(観経) といへり。

-◇文もんのごとくは、 化仏くゑぶちの来迎らいかうもなきやうにみえたれども、 善導ぜんだうの御おむ心こゝろは、 ¬観経くわんぎやうの疏しよ¼ (散善義) の十じふ一ゐち門もんの義ぎによらば、 第だい九く門もんに 「▲命みやう終じゆのとき、 聖しやう衆じゆの迎接かうせふしたまふ不ふ同どう、 去時さるときの遅ちオソキ疾しちトキをあかす」 といへり。 また 「▲いまこの十じふ一ゐち門もんの義ぎは、 九く品ぼむの文もんに約対やくたいせり。 一一ゐちゐちの品ほむのなかに、 みなこの十じふ一ゐちあり」 といへり。 しかれば、 下げ品ぼむ下げ生しやうにも来迎らいかうあるべきなり。 しかるを五ご逆ぐゐやくの罪人ざいにん、 そのつみおもきによりて、 まさしく化仏くゑぶち・菩ぼ薩さちをみることあたはず、 たゞわが座ざすべきところの金こむ蓮華れんぐゑばかりをみるなり。 あるいはまた文もんに隠顕おむけんあるなり。

・仏身 ・化身 ・本尊のための化仏

-◇次つぎにまた十方じふぱうの行ぎやう者じやの本尊ほんぞんのために、 小身せうしんを現げんじたまへる化仏くゑぶちあり。 天竺てんぢくの鶏けい頭摩づま寺じの五通ごつの菩ぼ薩さち、 神足じんそく通つをして極楽ごくらく世せ界かいにまうでて、 仏ほとけにまふしてまうさく、 娑しや婆ば世せ界かいの衆しゆ生じやう、 往わう生じやうの行ぎやうを修しゆせむとするに、 その本尊ほんぞんなし。 仏ほとけ、 ねがわくは、 ために身相しんさうを現げんじたまへと。 仏ほとけ、 すなわち菩ぼ薩さちの請しやうにおもむきて、 樹きの上うへに化仏くゑぶち五ご十じふ体たいを現げんじたまへり。 菩ぼ薩さち、 すなわちこれをうつして、 よにひろめたり。 鶏けい頭摩づま寺じの五通ごつの菩ぼ薩さちの曼まん陀羅だらといへる、 すなわちこれなり。 また智ち光くわうの曼まん陀羅だらとて、 世せ間けんに流布るふしたる本尊ほんぞんあり。 その因縁いんねんは人ひとつねにしりたることなり、 つぶさにまふすべ0867からず。 ¬日本にちぽん往わう生じやう伝でん¼ をみるべし。

・仏身 ・化身 ・教化説法の化仏

-◇また新しん生しやうの菩ぼ薩さちを教化けうくゑし、 説法せちぽふせむがために、 化くゑして小身せうしんを現げんじたまへることまします。 これはこれ、 弥陀みだ如来によらいの化身くゑしんの功く徳どく、 また略りやくしてかくのごとし。

・来迎

◇いまこの造立ざうりふせられたまへる仏ほとけは、 祇ぎ薗おん精しやう舎じやの風ふをつたへて三さん尺じやくの立像りふざうをうつし、 最さい後ご終焉しうえんのゆふべを期ごして来迎らいかう引接いんぜふにつくれり。 おほよそ仏像ぶちざうを造ざう画ゑすツクリカクナリるに種種しゆじゆの相さうあり。 あるいは説法せちぽふ講堂かうだうの像ざうあり、 あるいは池ち水しゐ沐浴もくよくの像ざうあり、 あるいは菩ぼ提だい樹じゆ下げ成じやう等とう正しやう覚がくの像ざうあり、 あるいは光明くわうみやう遍照へんぜう摂取せふしゆ不ふ捨しやの像ざうあり。 かくのごときの形ぎやう像ざうを、 もしはつくり、 もしは画ゑしカクナリたてまつる。 みな往わう生じやうの業ごふなれども、 来迎らいかう引接いんぜふの形ぎやう像ざうは、 なほその便びん宜ぎをえたるなり。

-◇かの尽じん虚空こく界かいの荘しやう厳ごむをみ、 転妙てんめう法輪ほふりんの音おむ声じやうをきゝ、 七宝しちぽう講堂かうだうのみぎりにのぞみ、 八はち功く徳どく池ちのはまにあそび、 おほよそかくのごとく種種しゆじゆ微み妙めうの依え正しやう二に報ほうをまのあたり視しミル聴ちやう キク せむことは、 まづ終焉しうえんのゆふべに聖しやう衆じゆの来迎らいかうにあづかりて、 決定くゑちぢやうしてかのくにに往わう生じやうしてのうえのことに候さふらふ。 しかれば、 ふかく往わう生じやう極楽ごくらくのこゝろざしあらむ人ひとは、 来迎らいかう引接いんぜふの形ぎやう像ざうをつくりたてまつりて、 すなわち来迎らいかう引接いんぜふの誓せい願ぐわんをあおぐべきものなり。

-◇その来迎らいかう引接いんぜふの願ぐわんといふは、 すなわちこの四し十八じふはち願ぐわんの中なかの▲第だい十じふ九くの願ぐわんなり。 人にん師しこれ0868を釈しやくするに、 おほくの義ぎあり。

・来迎 ・臨終正念

-◇まづ臨終りむじゆ正しやう念ねむのために来迎らいかうしたまへり。 おもはく、 病びやふ苦くみをせめて、 まさしく死しせシヌル むとするときには、 かならず境きやう界がい・自じ体たい・当たう生しやうの三種さんしゆの愛心あいしむをおこすなり。 しかるに阿わ ア 弥み ミ 陀だ ダ 如来によらい、 大だい光明くわうみやうをはなちて行ぎやう者じやのまへに現げんじたまふとき、 未み曽ぞう有うの事じなるがゆへに、 帰くゐ敬きやうの心しむのほかに他た念ねむなくして、 三種さんしゆの愛心あいしむをほろぼして、 さらにおこることなし。 かつはまた仏ほとけ、 行ぎやう者じやにちかづきたまひて、 加持かぢ護ご念ねむしたまふがゆへなり。

-◇¬称しよう讃さん浄じやう土ど経きやう¼ (意) に 「▲慈悲じひ加祐かゆして、 ↓こゝろをしてみだらざらしむ。 すでに命いのちをすておはりてすなわち往わう生じやうをえ、 不ふ退転たいてんに住ぢゆす」 といへり。 ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ に 「▲阿わ弥陀みだ仏ぶち、 もろもろの聖しやう衆じゆとそのまへに現げんぜむ。 この人ひとおわらむとき、 ↓心しむ顛倒てんだうせずして、 すなわち阿わ弥陀みだ仏ぶち国こく土どに往わう生じやうをえむ」 ととけり。 「↑令りやう心しむ不ふ乱らん」 と 「↑心しむ不ぷ顛倒てんだう」 とは、 すなわち正しやう念ねむに住ぢゆせしむる義ぎなり。

-◇しかれば、 臨終りむじゆ正しやう念ねむなるがゆへに来迎らいかうしたまふにはあらず、 来迎らいかうしたまふがゆへに臨終りむじゆ正しやう念ねむなりといふ義ぎ、 あきらかなり。 在ざい生しやうのあひだ往わう生じやうの行ぎやう成じやう就じゆせむひとは、 臨終りむじゆにかならず聖しやう衆じゆ来迎らいかうをうべし。 来迎らいかうをうるとき、 たちまちに正しやう念ねむに住ぢゆすべしといふこゝろなり。

-◇しかるにいまのときの行ぎやう者じや、 おほくこのむねをわきまえずして、 ひとへに尋じむ常じやうの行ぎやうにおいては怯かうヨワ弱にやくクヨワ生しやうじキココヽロてナリ、 は0869るかに臨終りむじゆのときを期ごして正しやう念ねむをいのる、 もとも僻韻へきゐんなりヒガヰンノコヽロ。 ナリしかれば、 よくよくこのむねをこゝろえて、 尋じむ常じやうの行きやう業ごふにおいて怯かう弱にやくヨワクヨワのキコこヽロゝろをおこさずして、 臨終りむじゆ正しやう念ねむにおいて決定くゑちぢやうのおもひをなすべきなり。 これはこれ、 至し要えうの義ぎなり。 きかむ人ひと、 こゝろをとゞむべし。 この臨終りむじゆ正しやう念ねむのために来迎らいかうすといふ義ぎは、 静じやう慮りよ院ゐんの静じやう照せう法橋ほふけうの釈しやくなり。

・来迎 ・道の先達

◇次つぎに道みちの先達せんだちのために来迎らいかうしたまふといへり。 あるいは ¬往わう生じやう伝でん¼ (往生浄土伝巻中) に、 沙門しやもん志し法ほふが遺書ゆいしよにいはく、

「われ生しやう死じ海かいに在あて、 さいわいに聖しやうの船筏せんばちに値まうあへり。 われ顕あらはすところの真しん聖しやう、 卑穢ひゑの質しちを来らい迎かうせむ。

「我が在ざい↢生しやう死じ海かい↡幸かう値ち↢聖しやう船筏せんばち↡我が所しよ↠顕けん真しん聖しやう来らい↢迎かう卑穢ひゑ質しち↡

もし浄じやう土どを忻ごん求ぐせば、 かならず形ぎやう像ざうを造ざう画ゑすべし。 臨終りむじゆにその前まへに現げんじて、道だう路ろを示しめさむ。 心しむを摂せふして

若にやく忻ごん↢求ぐ浄じやう土ど↡必ひち造ざう↢画ゑ形ぎやう像ざう↡臨終りむじゆ現げん↢其ご前ぜん↡示じ↢道だう路ろ↡摂せふ↠心しむ

念念ねむねむすれば罪つみやうやく尽つく。 業ごふに随したがふて九く品ぼむに生しやうぜむ。 それ顕あらはすところの聖しやう衆じゆ、 さきだちて新しん生しやうの輩ともがらを讃ほむ。

念念ねむねむ罪ざい漸ぜむ尽じん随ずい↠業ごふ生しやう↢九く品ぼむ↡其ご所しよ↠顕けん聖しやう衆じゆ先せん讃さん↢新しん生しやう輩はい↡

仏道ぶちだう楽らく増進ぞうしん」 云云

仏道ぶちだう楽らく増進ぞうしん」 云云

◇これすなわち、 この界かいにして造ざう画ゑするところの形ぎやう像ざう、 先達せんだちとなりて浄じやう土どにおくりたまふ証しよう拠こなり。 また ¬薬やく師し経きやう¼ (玄奘訳) をみるに、 浄じやう土どをねがふともがら、 行きやう業ごふいまださだまらずして、 往わう生じやうのみちにまどふことあり。 すなわち文もんにいはく、 「よく受じゆ↢持ぢ すること八分はちぶん斉戒さいかい↡をあらむ。 あるいは一年ゐちねんをへ、 あるいはまた三さん月ぐわち受じゆ持ぢせむ0870。 まなぶところ、 この善根ぜんごんをもて西方さいはう極楽ごくらく世せ界かい无む量りやう寿じゆ仏ぶちのみもとにむまれむと願ぐわんじて、 正しやう法ぼふを聴ちやう聞もんすれども、 いまださだまらざるもの、 もし世せ尊そん薬やく師し瑠璃るり光くわう如来によらいの名みやう号がうをきかむ。 命みやう終じゆのときにのぞみて、 八はち菩ぼ薩さちあて神じん通づに乗じようじてきたりて、 その道だう路ろをしめさむ。 すなわちかの界かいにして、 種種しゆじゆの雑色ざふしき衆宝しゆぼう華くゑの中なかに自じ然ねんに化くゑ生しやうす」 といへり。 もしかの八はち菩ぼ薩さちその道だうヒロキミチ路ろセバをしキミチ めさずは、 ひとり往わう生じやうすることえがたきにや。

-◇これをもておもふにも、 弥陀みだ如来によらいもろもろの聖しやう衆じゆとともに行ぎやう者じやのまへに現げんじてきたりて迎接かうせふしたまふも、 みちびきて道だう路ろをしめしたまはむがためなりといふ義ぎ、 まことにいはれたることなり。 娑しや婆ば世せ界かいのならひも、 みちをゆくにはかならず先達せんだちといふものを具ぐする事ことなり。 これによて御み廟めうの僧そう正じやうは、 この来迎らいかうの願ぐわんおば現前げんぜん導だう生しやうの願ぐわんとなづけたまへり。

・来迎 ・対治魔事

◇次つぎに対たい治ぢ魔事まじのために来迎らいかうすといふ義ぎあり。 道だうさかりなれば、 魔まさかりなりとまふして、 仏道ぶちだう修しゆ行ぎやうするには、 かならず魔まの障しやう難なんのあひそふなり。 真言しんごん宗しゆの中なかには、 「誓心せいしむ決定くゑちぢやうすれば、 魔宮まぐ振動しむどうす」 (発菩提心論) といへり。 天臺てんだい ¬止し観くわん¼ (巻八下意) の中なかには、 「四し種しゆ三昧ざんまいを修しゆ行ぎやうするに、 十種じふしゆの境きやう界がいおこる中なかに魔事まじ境きやう来らい」キタル といへり。 また菩ぼ薩さち、 三さん祇ぎ百ひやく劫こふの行ぎやうすでになりて正しやう覚がくをとなふるときも、 第だい六天ろくてんの魔ま王わうきたりて種種しゆじゆに0871障しやうげせり。

-◇いかにいはむや、 凡ぼむ夫ぶ具ぐ縛ばくの行ぎやう者じや、 たとひ往わう生じやうの行きやう業ごふを修しゆすといふとも、 魔まの障しやう難なんを対たい治ぢせずは、 往わう生じやうの素そ懐くわいをとげむことかたし。 しかるに阿わ弥陀みだ如来によらい、 无む数しゆの化仏くゑぶち・菩ぼ薩さち聖しやう衆じゆに囲ゐ繞ねうせられて、 光明くわうみやう赫奕かくやくとして行ぎやう者じやのまへに現げんじたまふときには、 魔ま王わうもこゝにちかづき、 これを障しやうげすることあたはず。 しかればすなわち、 来迎らいかう引接いんぜふは魔ま障しやうを対たい治ぢせむがためなり。

-◇来迎らいかうの義ぎ、 略りやくを存ぞんずるにかくのごとし。 これらの義ぎにつきておもひ候さふらふにも、 おなじく仏像ぶちざうをつくらむには、 来迎らいかうの像ざうをつくるべきとおぼえ候さふらふなり。 仏ほとけの功く徳どく、 大概たいがいかくのごとし。

・浄土三部経

◇次つぎに三さん部ぶ経きやうは、 いま三さん部ぶ経きやうとなづくることは、 はじめてまふすにあらず、 その証しようこれおほし。 いはく大日だいにち◗の三さん部ぶ経きやうは、 ¬大日だいにちの経きやう¼・¬金剛こむがう頂ちやう経きやう¼・¬蘇そ悉しち地ぢ経きやう¼ 等とうこれなり。 弥み勒ろくの三さん部ぶ経きやう、 ¬上生じやうしやう経きやう¼・¬下げ生しやう経きやう¼・¬成じやう仏ぶち経きやう¼ 等とうこれなり。 鎮ちん護ご国こく家けの三さん部ぶ経きやうは、 ¬法華ほふくゑ経きやう¼・¬仁王にんわう経きやう¼・¬金こむ光明くわうみやう経きやう¼ 等とうこれなり。 法華ほふくゑの三さん部ぶ経きやう、 ¬无む量りやう義ぎ経きやう¼・¬法華ほふくゑ経きやう¼・¬普ふ賢げん経ぎやう¼ 等とうこれなり。 これすなわち、 三さん部ぶ経きやうとなづくる証しよう拠こなり。

-◇いまこの弥陀みだの三さん部ぶ経きやうは、 ある人にん師しのいはく、 「浄じやう土どの教けうに三さん部ぶあり。 いはく ¬双さう巻くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼・¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼・¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ 等とうこれなり」。 こ0872れによて、 いま浄じやう土どの三さん部ぶ経きやうとなづくるなり。 あるいはまた弥陀みだの三さん部ぶ経きやうともなづく。 またある師しのいはく、 「かの三さん部ぶ経きやうに ¬鼓く音おむ声じやう経きやう¼ をくわえて四部しぶとなづく」 (慈恩小経疏意) といへり。

-◇おほよそ諸しよ経きやうの中なかに、 あるいは往わう生じやう浄じやう土どの法ほふをとくあり、 あるいはとかぬ経きやうあり。 ¬華厳くゑごむ経ぎやう¼ にはこれをとけり、 すなわち ¬四し十じふ華厳くゑごむ¼ の中なかの普ふ賢げんの十じふ願ぐわんこれなり。 ¬大だい般若はんにや経きやう¼ の中なかにすべてこれをとかず。 ¬法華ほふくゑ経きやう¼ (巻六) の中なかにこれをとけり、 すなわち 「薬王やくわう品ぼむ」 の 「即往そくわう安楽あんらく世せ界かい」 の文もんこれなり。 ¬涅槃ねちはん経ぎやう¼ にはこれをとかず。 また真言しんごん宗しゆの中なかには、 ¬大日だいにち経きやう¼・¬金剛こむがう頂ちやう経きやう¼ に蓮華れんぐゑ部ぶにこれとくといゑども、 大日だいにちの分身ぶんしんなり。 別わきてとけるにはあらず。 もろもろの小せう乗じよう経きやうにはすべて浄じやう土どをとかず。 しかるに往わう生じやう浄じやう土どをとくことは、 この三さん部ぶ経きやうにはしかず。 かるがゆへに浄じやう土どの一宗ゐちしゆには、 この三さん部ぶ経きやうをもてその所縁しよえんとせり。

・浄土宗名

-◇またこの浄じやう土どの法門ほふもんにおいて宗しゆの名なをたつること、 はじめてまふすにあらず、 その証しよう拠ここれおほし。 少々せうせうこれをいださば、 元ぐわん暁げうの ¬遊ゆ心しむ安楽あんらく道だう¼ に、

「浄じやう土ど宗しゆの意こゝろ、本もとは凡ぼむ夫ぶのためなり、 兼かねては聖しやう人にんのためなり」

-「浄じやう土ど宗しゆ意い、 本ほん為ゐ↢凡ぼむ夫ぶ↡、 兼けむ為ゐ↢聖しやう人にん↡也や」

-といへる、 その証しようなり。 かの元ぐわん暁げうは華厳くゑごむ宗しゆの祖師そしなり。 慈じ恩おんの ¬西方さいはう要えう決くゑち¼ に、 「依此えしコノシユ一ゐち宗しゆニヨルト」 といえるなり、 またその証しようなり。 かの慈じ恩おんは法相ほふさう宗しゆの祖師そしなり。 迦か才ざいの ¬浄じやう土ど論ろん¼ (序) には、 「此し一宗ゐちしゆ窃せち要えうヒソカニ路ろたり」 といへ0873る、 またその証しようなり。 善導ぜんだう ¬観経くわんぎやうの疏しよ¼ (散善義) に、 「真宗しんしゆ叵は↠カタシ遇ぐアヒ」 といへる、 またその証しようなり。 かの迦か才ざい・善導ぜんだうは、 ともにこの浄じやう土ど一宗ゐちしゆをもはらに信しんずる人ひとなり。 自じ宗しゆ・他た宗しゆの釈しやくすでにかくのごとし。

・師資相承

-◇しかのみならず、 宗しゆの名なをたつることは、 天臺てんだい・法相ほふさう等とうの諸宗しよしゆ、 みな師資しし相さう承じようによる。 しかるに浄じやう土ど宗しゆに師資ししタスク相さう承じよう血脈くゑちみやく次し第だいあり。 いはく菩ぼ提だい流支るし三蔵さんざう・恵ゑ寵てう法ほふ師し・道だう場ぢやう法ほふ師し・曇鸞どむらん法ほふ師し・法ほふ上じやう法ほふ師し・道だう綽しやく禅ぜん師じ・善導ぜんだう禅ぜん師じ・懐ゑ感かむ禅ぜん師じ・小康せうかう法ほふ師し等とうなり。 菩ぼ提だい流支るしより法ほふ上じやうにいたるまでは、 道だう綽しやくの ¬安楽あんらく集しふ¼ にいだせり。 自他じた宗しゆの人にん師し、 すでに浄じやう土ど一宗ゐちしゆとなづけたり。 浄じやう土ど宗しゆの祖師そし、 また次し第だいに相さう承じようせり。 これによて、 いま相伝さうでんして浄じやう土ど宗しゆとなづくるものなり。

-◇しかるを、 このむねをしらざるともがらは、 むかしよりいまだ八宗はちしゆのほかに浄じやう土ど宗しゆといふことをきかずと難なん破ぱすることも候さふらへば、 いさゝかまふしひらき候さふらふなり。 おほよそ諸宗しよしゆの法門ほふもん、 浅せんアサキ深じむフカキあり、 広くわうヒロキ狭けうセバキあり。 すなわち真言しんごん・天臺てんだい等とうの諸しよ大だい乗じよう宗しゆは、 ひろくしてふかし。 倶く舎しや・成じやう実じち等とうの小せう乗じよう宗しゆは、 ひろくしてあさし。 この浄じやう土ど宗しゆは、 せばくしてあさし。 しかれば、 かの諸宗しよしゆは、 いまのときにおいて機きと教けうと相応さうおうせず。 教けうはふかし機きはあさし。 教けうはひろくして機きはせばきがゆへなり。 たとへば韻ゐんたかくしては、 和わすることすくなきがごとし。 また0874ちゐさき器うつわものに大おほきなるものをいるゝがごとし。 たゞこの浄じやう土どの一宗ゐちしゆのみ、 機きと教けうと相応さうおうせる法門ほふもんなり。 かるがゆへにこれを修しゆせば、 かならず成じやう就じゆすべきなり。 しかればすなわち、 かの不ふ相応さうおうの教けうにおいては、 いたはしく身しん ミ 心しむコヽロをついやすことなかれ。 たゞこの相応さうおうの法ほふに帰くゐして、 すみやかに生しやう死じをいづべきなり。

◇今日こむにち講讃かうさんせホムルナリられたまへるところは、 この三さん部ぶの中なかの ¬双さう巻くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ と ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ となり。

・大経

◇まづ ¬无む量りやう寿じゆ経きやう¼ には、 はじめに弥陀みだ如来によらいの因いん位ゐの本ほん願ぐわんをとく、 次つぎにはかの仏ほとけの果くわ位いの二に報ほう荘しやう厳ごむをとけり。 しかれば、 この ¬経きやう¼ には阿わ弥陀みだ仏ぶちの修因しゆいん感果かむくわの功く徳どくをとくなり。 乃至 一一ゐちゐちの本誓ほんぜい悲ひ願ぐわん、 一一ゐちゐちの願ぐわん成じやう就じゆの文もんにあきらかなり。 つぶさに釈しやくするにいとまあらず。

-◇その中なかに衆しゆ生じやう往わう生じやうの因果いんぐわをとくといふは、 すなわち念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわん成じやう就じゆの 「諸しよ有う衆しゆ生じやう聞もん其ご名みやう号がう」 (大経巻下) の文もん、 および三輩さんぱいの文もんこれなり。 もし善導ぜんだうの御おむこゝろによらば、 この三輩さんぱいの業因ごふいんについて正しやう雑ざふの二に行ぎやうをたてたまへり。 正行しやうぎやうについてまた二ふたつあり、 正定しやうぢやう・助業じよごふなり。 三輩さんぱいともに 「一向ゐちかう専念せんねむ」 (大経巻下) といへる、 すなわち正定しやうぢやう業ごふなり、 かの仏ほとけの本ほん願ぐわんに順じゆんシタガずるフナリ がゆへに。 またそのほかに助業じよごふあり、 雑ざふ行ぎやうあり。 乃至

-○おほよそこの三輩さんぱいの中なかにおのおの菩ぼ提だい心しむ等とうの余よ善ぜんをとくといゑども、 上かみの本ほん願ぐわんをのぞむには、 もはら弥陀みだの名みやう号がうを称しよう念ねむ0875せしむるにあり。 かるがゆへに 「一向ゐちかう専念せんねむ」 といへり。 上かみの本ほん願ぐわんといふは、 四し十八じふはち願ぐわんの中なかの第だい十八じふはちの念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんをさすなり。 一向ゐちかうのことば、 二に、 三向さんかうに対たいする義ぎなり。 もし念仏ねむぶちのほかにならべて余よ善ぜんを修しゆせば、 一向ゐちかうの義ぎにそむくべきなり。 往わう生じやうをもとめむ人ひとは、 もはらこの ¬経きやう¼ によて、 かならずこのむねをこゝろうべきなり。

・小経

◇次つぎに ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ は、 はじめには極楽ごくらく世せ界かいの依え正しやう二に報ほうをとく、 次つぎには一日ゐちにち七日しちにちの念仏ねむぶちを修しゆして往わう生じやうすることをとけり、 のちには六方ろくぱうの諸仏しよぶち念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうにおいて証誠しようじやう護ご念ねむしたまふむねをとけり。 すなわちこの ¬経きやう¼ には余よ行ぎやうをとかずして、 えらびて念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをとけり。 乃至

-○おほよそ念仏ねむぶち往わう生じやうは、 これ弥陀みだ如来によらいの本ほん願ぐわんの行ぎやうなり、 教主けうしゆ釈しやく尊そん選要せんえうの法ほふなり、 六方ろくぱう諸仏しよぶち証誠しようじやうの説せちなり。 余よ行ぎやうはしからず。 そのむね、 ¬経きやう¼ の文もんおよび諸しよ師しの釈しやくつぶさなり。 乃至

○また経きやうを釈しやくするに、 仏ほとけの功く徳どくもあらはれ、 仏ほとけを讃さんずれば、 経きやうの功く徳どくもあらわるゝなり。 また疏しよは経きやうのこゝろを釈しやくしたるものなれば、 疏しよを釈しやくせむに、 経きやうのこゝろあらはるべし。 みなこれおなじものなり、 まちまちに釈しやくするにあたはず。 乃至

・観経

○いまこの ¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ に二ふたつのこゝろあり。 はじめには定ぢやう散さん二に善ぜんを修しゆして往わう生じやうす0876ることをあかし、 つぎには名みやう号がうを称しようして往わう生じやうすることをあかす。 乃至

○¬清浄しやうじやう覚がく経きやう¼ (第四巻) の信しん不ふ信しんの因縁いんねんの文もんをひけり。 この文もんのこゝろは、 「▲浄じやう土どの法門ほふもんをとくをきゝて、 信向しんかうしてみのけいよだつものは、 過くわ去こにもこの法門ほふもんをきゝて、 いまかさねてきく人ひとなり。 いま信しんずるがゆへに、 決定くゑちぢやうして浄じやう土どに往わう生じやうすべし。 ◆またきけどもきかざるがごとくにて、 すべて信しんぜぬものは、 はじめて三さん悪道まくだうよりきたりて、 罪ざい障しやういまだつきずして、 こゝろに信向しんかうなきなり。 いま信しんぜぬがゆへに、 また生しやう死じをいづることあるべからず」 といへるなり。 詮せむずるところは、 往わう生じやう人にんのこの法ほふおば信しんじ候さふらふなり。 乃至

○天臺てんだい等とうのこゝろは、 十三じふさん観ぐわんの上うへに九く品ぼむの三輩さんぱい観くわんをくわへて、 十六じふろく想さう観くわんとなづく。 この定ぢやう散さん二に善ぜんをわかちて、 十三じふさん観ぐわんを定ぢやう善ぜんとなづけ、 三福さんぷく九く品ぼむを散善さんぜんとなづくることは、 善導ぜんだう一ゐち師しの御おむこゝろなり。 乃至

○抑そもそも近来きんらいの僧そう尼にを、 破は戒かいの僧、 破は戒かい尼にといふべからず。 持ぢ戒かいの人ひと、 破は戒かいを制せいすることは正しやう法ぼふ・像法ざうぼふのときなり。 末法まちぽふには無む戒かい名みやう字じの比丘びくなり。◗伝教でんげう大だい師し ¬末法まちぽふ灯とう明みやう記き¼に 云いは、く 「▼末法まちぽふの中なかに持ぢ戒かいの者ものありといはば、 これ怪くゑ異いなり、 市いちに虎とらあらむがごとし。 たれかこれを信しんずべき」 といへり。 またいはく、 「▼末法まちぽふの中なかには、 たゞ言教ごんけう0877のみあて行証ぎやうしようなし。 もし戒法かいほふあらば破は戒かいあるべし。 すでに戒法かいほふなし、 いづれの戒かいおか破はせむによて破は戒かいあらむ。 破は戒かいなほなし、 いかにいはむや持ぢ戒かいおや」 といへり。

-◇まことに受戒じゆかいの作さ法ほふは、 中国ちうごくにはシムタンコクナリ 持ぢ戒かいの僧そう十人じふにんを請しやうじて戒かい師しとす。 辺へん地ぢハクサイには五ごカウライトウ人にんをヲヘンヂ請しやうトイフじて戒かい師しとして、 戒かいおばうくるなり。 しかるにこのごろは、 持ぢ戒かいの僧そう一人ゐちにんもとめいださむに、 えがたきなり。 しかれば、 うけての上うへにこそ破は戒かいとことばもあれば、 末代まちだいの近来きんらいは破は戒かいなほなし、 たゞ无む戒かいの比丘びくなりとまふすなり。 この ¬経きやう¼ に破は戒かいをとくことは、 正しやう像ざうに約やくしてときたまへるなり。 乃至

・念仏往生

○次つぎに名みやう号がうを称しようして往わう生じやうすることをあかすといふは、 「▲仏ほとけ、 阿わ難なんにつげたまはく、 なんぢよくこの語ごをたもて。 この語ご◗をたもてといふは、 すなわちこれ无む量りやう寿じゆ仏ぶちのみなをたもてとなり」 (観経) とのたまへり。 善導ぜんだうこれを釈しやくしていはく、 「▲仏告ぶちがう阿わ難なん汝によ好かう持ぢ是語ぜごといふより已下いげはシモトイフ 、 まさしく弥陀みだの名みやう号がうを付ふ属ぞくして、 ↓遐か代だいに流るハルカナルヨマデ通づすることをあかす。 かみよりこのかた、 定ぢやう散さん両りやう門もんの益やくをとくといゑども、 ↓仏ほとけの本ほん願ぐわんをのぞむには、 こゝろ、 衆しゆ生じやうをして↓一向ゐちかうにもはら弥陀みだ仏ぶちのみなを称しようするにあり」 (散善義) とのたまへり。

-◇おほよそこの ¬経きやう¼ の中なかには、 定ぢやう散さんの諸しよ行ぎやうをとくといゑども、 その定ぢやう散さんをもては付ふ属ぞくしたまはず、 たゞ念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをもて阿わ難なんに付ふ属ぞくして、 未み来らい0878に流通るづするなり。

-◇「↑遐か代だいに流通るづす」 といふは、 はるかに法滅ほふめちの百ひやく歳さいまでをさす。 すなわち末法まちぽふ万年まんねんののち、 仏法ぶちぽふみな滅めちして三宝さんぽうの名みやう字じもきかざらむとき、 たゞこの念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうのみとゞまりて百ひやく歳さいましますべしとなり。 しかれば、 聖しやう道だう門もんの法文ほふもんもみな滅めちし、 十方じふぱう浄じやう土どの往わう生じやうもまた滅めちし、 上生じやうしやう都と率そちもまたうせ、 諸しよ行ぎやう往わう生じやうもみなうせたらむとき、 たゞこの念仏ねむぶち往わう生じやうの一門ゐちもんのみとゞまりて、 そのときも一念ゐちねむにかならず往わう生じやうすべしといへり。 かるがゆへにこれをさして、 とおき世よとはいふなり。 これすなわち遠おんトホキをあげて、 近ごんチカキを摂せふオサするストナリなり。

-◇「↑仏ほとけの本ほん願ぐわんをのぞむ」 といふは、 弥陀みだ如来によらいの四し十八じふはち願ぐわんの中なかの第だい十八じふはちの願ぐわんをおしふるなり。 いま教主けうしゆ釈しやく尊そん、 定ぢやう散さん二に善ぜんの諸しよ行ぎやうをすてゝ念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうを付ふ属ぞくしたまふことも、 弥陀みだの本ほん願ぐわんの行ぎやうなるがゆへなり。

-◇「↑一向ゐちかう専念せんねむ」 といふは、 ¬双さう巻経くわんぎやう¼ にとくところの三輩さんぱいのもんの中なかの一向ゐちかう専念せんねむをおしふるなり。 一向ゐちかうのことは、 余よをすつることばなり。 この ¬経きやう¼ には、 はじめにひろく定ぢやう散さんをとくといゑども、 のちには一向ゐちかうに念仏ねむぶちをゑらびて付ふ属ぞくし流通るづしたまへるなり。 しかれば、 とおくは弥陀みだの本ほん願ぐわんにしたがひ、 ちかくは釈しやく尊そんの付ふ属ぞくをうけむとおもはゞ、 一向ゐちかうに念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうを修しゆして往わう生じやうをもとむべきなり。

◇お0879ほよそ念仏ねむぶち往わう生じやうは諸しよ行ぎやう往わう生じやうにすぐれたること、 おほくの義ぎあり。

-◇一ひとつには、 因いん位ゐの本ほん願ぐわんなり。 いはく弥陀みだ如来によらいの因いん位ゐ、 法蔵ほふざう菩ぼ薩さちのとき、 四し十八じふはちの誓せい願ぐわんをおこして、 浄じやう土どをまふけて仏ほとけにならむと願ぐわんじたまひしとき、 衆しゆ生じやう往わう生じやうの行ぎやうをたてゝえらびさだめたまひしに、 余よ行ぎやうおばえらびすてゝ、 たゞ念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうを選せん定ぢやうして往わう生じやうの行ぎやうにたてたまへり。 これを選せん択ぢやくの願ぐわんといふことは、 ¬大だい阿わ弥陀みだ経きやう¼ の説せちなり。

-◇二ふたつには、 光明くわうみやう摂取せふしゆなり。 これは阿わ弥陀みだ仏ぶち因いん位ゐの本ほん願ぐわんを称しよう念ねむして、 相好さうがうの光明くわうみやうをもて念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうを摂取せふしゆしてすてたまはずして、 往わう生じやうせさせたまふなり。 余よの行ぎやう者じやおば摂取せふしゆしたまはず。

-◇三みつには、 弥陀みだみづからのたまはく、 「▲これはこれ跋ばち陀和だわ菩ぼ薩さち◆極楽ごくらく世せ界かいにまうでゝ、 いづれの行ぎやうを修しゆしてかこのくにゝ往わう生じやうし候さふらふべきと、 阿わ弥陀みだ仏ぶちにとひたてまつりしかば、 ◆仏ほとけこたえてのたまはく、 わがくにに生しやうぜむとおもはゞ、 わが名なを念ねんじて休く息そくヤムコトするこナカレトナリとなかれ、 すなわち往わう生じやうすることをえてむ」 (一巻本般舟経問事品意) とのたまへり。 余よ行ぎやうおばすゝめたまはず。

-◇四よつには、 釈しや迦かの付ふ属ぞくにいはく、 いまこの ¬経きやう¼ に念仏ねむぶちを付ふ属ぞく流通るづしたまへり。 余よ行ぎやうおば付ふ属ぞくせず。

-◇五いつつには、 諸仏しよぶち証誠しようじやう。 これは ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ にときたまへるところなり。 釈しや迦か仏ぶちえらびて念仏ねむぶち往わう生じやうのむねをときたまへば、 六方ろくぱうの諸仏しよぶちおのおのおなじくほめ、 おなじくすゝめて0880、 広長くわうぢやうのみしたをのべて、 あまねく三千さんぜん大千だいせん世せ界かいにおほふて証誠しようじやうしたまへり。 これすなわち一切ゐちさい衆しゆ生じやうをして、 念仏ねむぶちして往わう生じやうすることは決定くゑちぢやうしてうたがふべからずと信しんぜしめむ料れうなり。 余よ行ぎやうおばかくのごとく証誠しようじやうしたまはず。

-◇六むつには、 法滅ほふめちの往わう生じやう。 いはく、

「万年まんねんに三宝さんぽう滅めちせむに、 この経きやう住ぢゆせむこと百ひやく年ねんせむ。 その時とき聞きゝて一念ゐちねむせば、 皆みなまさにかしこに生しやうを得うべし」 (礼讃)

-「万年まんねん三宝さんぽう滅めち斯し経きやう住ぢゆ百ひやく年ねん爾時にじ聞もん一念ゐちねむ皆かい当とう↠得とく↠生しやう↠彼ひ」

-といふて、 末法まちぽふ万年まんねんののち、 たゞ念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうのみとゞまりて、 往わう生じやうすべしといへることなり。 余よ行ぎやうはしからず。

-◇しかのみならず、 下げ品ぼむ下げ生しやうの十悪じふあくの罪人ざいにん、 臨終りむじゆのとき聞もん経きやうと称しよう仏ぶちと、 二に善ぜんをならべたりといゑども、 化仏くゑぶち来迎らいかうしてほめたまふに、

「なんぢ仏ぶち名みやうを称しようするゆへに諸罪しよざい消滅せうめちす。 われ来きたりてなんぢを迎むかふ」 (観経)

-「汝によ称しよう↢仏ぶち名みやう↡故こ諸罪しよざい消滅せうめち。 我が来迎らいかう↠汝によ」

-とほめて、 いまだ聞もん経きやうの事じおばほめたまはず。

-◇また ¬双さう巻経くわんぎやう¼ に三輩さんぱい往わう生じやうの業ごふをとく中なかに、 菩ぼ提だい心しむおよび起き立りふ塔像たうざう等とうの余よの行ぎやうおもとくといゑども、 流通るづのところにいたりて、

「それかの仏ぶちの名みやう号がうを聞きくことを得えて、 歓くわん喜ぎ踊ゆ躍やくして乃ない至し一念ゐちねむあらむ。 まさに知しるべしこの人ひと大だい利りを得うとす。 すなわちこれ无む上じやうの功く徳どくを具ぐ足そくするなり」 (巻下)

-「其有ごう↧得とく↠聞もん↢彼ひ仏ぶち名みやう号がう↡、 歓くわん喜ぎ踊ゆ躍やく乃ない至し一念ゐちねむ↥。 当たう↠知ち此し人にん為い↠得とく↢大だい利り↡。 則そく是ぜ具ぐ↢足そく无む上じやう功く徳どく↡」

-とほめて、 余よ行ぎやうをさして无む上じやう功く徳どくとはほめたまはず。 念仏ねむぶち往わう生じやうの旨し要えうをとるに、 これにありと。

・名号功徳

○又また云いは、く 仏ほとけの功く徳どくは百ひやく千せん万劫まんごふのあひだ、 昼ちうヒル夜やヨルにとくともきわめつくすべからず。 これによて、 教主けうしゆ釈しやく尊そん、 かの阿わ弥陀みだ仏ぶちの功く徳どくを称しよう揚やうしたまふにも、 要えうの中なかの要えうをと0881りて、 略りやくしてこの三さん部ぶ妙典めうでんをときたまへり。 仏ほとけすでに略りやくしたまへり、 当たう座ざの愚ぐ僧そういかゞくはしくするにたえむ。 たゞ善根ぜんごん成じやう就じゆのために、 かたのごとく讃嘆さんだんしたてまつるべし。 阿わ弥陀みだ如来によらいの内ない証しよう外ぐゑ用ゆの功く徳どく无む量りやうなりといゑども、 要えうをとるに名みやう号がうの功く徳どくにはしかず。 このゆへにかの阿わ弥陀みだ仏ぶちも、 ことにわが名みやう号がうをして衆しゆ生じやうを済さい度どし、 また釈しや迦か大だい師しも、 おほくかのほとけの名みやう号がうをほめて未み来らいに流通るづしたまへり。

◇しかれば、 いまその名みやう号がうについて讃嘆さんだんしたてまつらば、 阿わ弥陀みだといふは、 これ天竺てんぢくの梵ぼむ語ごなり。 こゝには翻訳ほむやくして无む量りやう寿じゆ仏ぶちといふ。 また↓无む量りやう光くわうといへり。 または↓无む辺へん光くわう仏ぶち・↓无むぐゑ光くわう仏ぶち・无む対たい光くわう仏ぶち・炎王えむわう光くわう仏ぶち・↓清浄しやうじやう光くわう仏ぶち・↓歓くわん喜ぎ光くわう仏ぶち・↓智慧ちゑ光くわう仏ぶち・不ふ断だん光くわう仏ぶち・難なん思じ光くわう仏ぶち・无む称しよう光くわう仏ぶち・超てう日にち月ぐわち光くわう仏ぶちといへり。 こゝにしりぬ、 名みやう号がうの中なかに光明くわうみやうと寿じゆ命みやうとの二ふたつの義ぎをそなえたりといふことを。 かの仏ほとけの功く徳どくの中なかには、 寿じゆ命みやうを本ほんとし、 光明くわうみやうをすぐれたりとするゆへなり。 しかれば、 また光明くわうみやう・寿じゆ命みやうの二ふたつの功く徳どくをほめたてまつるべし。

・光明功徳 ・无量光

○まづ光明くわうみやうの功く徳どくをあかさば、 はじめに↑无む量りやう光くわうは、 ¬経きやう¼ (観経) にのたまはく、 「△无む量りやう寿じゆ仏ぶちに八万はちまん四し千せんの相さうあり。 一一ゐちゐちの相さうにおのおの八万はちまん四し千せんの随ずい形ぎやう好かうあり。 一一ゐちゐちの0882好かうにまた八万はちまん四し千せんの光明くわうみやうあり。 一一ゐちゐちの光明くわうみやうあまねく十方じふぱう世せ界かいをてらす。 念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうを摂取せふしゆして、 すてたまはず」 といへり。 ◇恵ゑ心しむ、 これをかむがへていはく、 「▲一一ゐちゐちの相さうの中なかにおのおの七しち百ひやく五ご倶く胝てい六ろく百ぴやく万まんの光明くわうみやうを具ぐせり。 熾し然ねん赫奕かくやくサカリニシテカヾたり」ヤクトナリ (要集巻中意) といへり。 ◇一相ゐちさうよりいづるところの光明くわうみやうかくのごとし、 いはむや八万はちまん四し千せんの相さうおや。 まことに算数さんじゆのおよぶところにあらず。 かるがゆへに无む量りやう光くわうといふ。

・光明功徳 ・无辺光

-◇つぎに↑无む辺へん光くわうといふは、 かの仏ほとけの光明くわうみやう、 そのかずかくのごとし。 无む量りやうのみにあらず、 てらすところもまた辺際へんざいあることなきがゆへに无む辺へん光くわうといふ。

・光明功徳 ・无光

-◇つぎに↑无むぐゑ光くわうは、 この界かいの日にち月ぐわち灯燭とうそく等とうのごときは、 ひとへなりといゑども、 ものをへだつれば、 そのひかりとほることなし。 もしかの仏ほとけの光明くわうみやう、 ものにさえらるれば、 この界かいの衆しゆ生じやう、 たとひ念仏ねむぶちすといふとも、 その光くわう摂せふをかぶることをうべからず。

-◇そのゆへは、 かの極楽ごくらく世せ界かいとこの娑しや婆ば世せ界かいとのあひだ、 十じふ万億まんおくの三千さんぜん大千だいせん世せ界かいをへだてたり。 その一一ゐちゐちの三千さんぜん大千だいせん世せ界かいにおのおの四し重ぢうの鉄てち囲ゐ山せんあり。 いはゆるまづ一ゐち四し天てん下げをめぐれる鉄てち囲ゐ山せんあり、 たかさ須しゆ弥み山せんとひとし。 つぎに少せう千界せんかいをめぐれる鉄てち囲ゐ山せんあり、 たかさ第だい六天ろくてんにいたる。 つぎに中ちう千界せんかいをめぐれる鉄てち囲ゐ山せんあり、 たかさ色界しきかいの初禅しよぜんにいたる。 次つぎに大千だいせん界かいをめぐれる鉄てち囲ゐ山せんあり、 たかさ0883第だい二に禅ぜんにいたれり。 しかればすなわち、 もし无むぐゑ光くわうにあたらずは一ゐち世せ界かいをすらなほとほるべからず。 いかにいはむや、 十じふ万億まんおくの世せ界かいおや。

-◇しかるにかの仏ほとけの光明くわうみやう、 かれこれそこばくの大小だいせう諸山しよせんをとほりてらして、 この界かいの念仏ねむぶち衆しゆ生じやうを摂取せふしゆしたまふに障しやうげあることなし。 余よの十方じふぱう世せ界かいを照摂せうせふしテラシオサムたまふことも、 またかくのごとし。 かるがゆへに无むぐゑ光くわうといふ。

・光明功徳 ・清浄光

-◇次つぎに↑清浄しやうじやう光くわうは、 人にん師し釈しやくしていはく、 「▲无む貪とむの善根ぜんごんより生しやうずるところのひかりなり」 (述文賛巻中意)。

-◇貪とむに二ふたつあり、 淫貪いむとむ・財貪ざいとむなり。 清浄しやうじやうといふは、 たゞ汚穢わゑ不ふ浄じやうを除ぢよ却きやくすノゾクサグルトるイフにはあらず、 その二ふたつの貪とむを断除だんぢよするなり。 貪とむを不ふ浄じやうとなづくるゆへなり。 もし戒かいに約やくせば、 不ふ淫いむ戒かいと不ふ慳貪けむどむ戒かいとにあたれり。 しかれば法蔵ほふざう比丘びく、 むかし不ふ淫いむ・不ふ慳貪けむどむ所しよ生しやうの光ひかりといふ。

-◇この光ひかりにふるゝものは、 かならず貪欲とむよくのつみを滅めちす。 もし人ひとあて、 貪欲とむよくさかりにして不ふ淫いむ・不ふ慳貪けむどむの戒かいをたもつことえざれども、 こゝろをいたしてもはらこの阿わ弥陀みだ仏ぶちの名みやう号がうを称しよう念ねむすれば、 すなわちかの仏ほとけ、 无む貪とむ清浄しやうじやうの光ひかりをはなちて照触せうそく摂取せふしゆしたまふゆへに、 淫貪いむとむ・財貪ざいとむの不ふ浄じやうのぞこる。 无む戒かい・破は戒かいの罪ざいツミけん滅めちして、 无む貪とむ善根ぜんごんの身みとなりて、 持ぢ戒かい清浄しやうじやうの人ひととひとしきなり。

・光明功徳 ・歓喜光

-◇次つぎに↑歓くわん喜ぎ光くわうは、 これはこれ无む瞋しん善根ぜんごん所しよ生しやうの光ひかり。 ひさしく不ふ瞋しん恚い戒かいをたもちて、 この光ひかりをえたまへり。 かるがゆ0884へに无む瞋しん所しよ生しやうの光ひかりといふ。 この光ひかりにふるゝものは、 瞋しん恚いのつみを滅めちす。 しかれば憎ぞうソネ盛じやうのムコヽロ 人ひとなりといふとも、 もはら念仏ねむぶちを修しゆすれば、 かの歓くわん喜ぎ光くわうをもて摂取せふしゆしたまふゆへに、 瞋しん恚いのつみ滅めちして、 忍辱にんにくのひととおなじ。 これまたさきの清浄しやうじやう光くわうの貪欲とむよくのつみ滅めちするがごとし。

・光明功徳 ・智慧光

-◇次つぎに↑智慧ちゑ光くわうは、 これはこれ无痴むちの善根ぜんごん所しよ生しやうの光ひかりなり。 ひさしく一切ゐちさい智慧ちゑをまなうで、 愚痴ぐちの煩悩ぼむなうをたちつくして、 この光ひかりをえたまへるがゆへに、 无痴むち所しよ生しやうの光ひかりといふ。 この光ひかりはまた愚痴ぐちのつみを滅めちす。 しかれば、 无智むちの念仏ねむぶち者しやなりといふとも、 かの智慧ちゑの光ひかりをしててらし摂おさめたまふがゆへに、 すなわち愚痴ぐちのとがを滅めちして、 智慧ちゑは勝しようマサル 劣れちオトルあることなし。 またこの光ひかりのごとくしりぬべし。

-◇かくのごとくして十じふ二に光くわうの名なましますといふとも、 要えうをとるにこれにあり。

◇凡おほよそかの仏ほとけの光明くわうみやう功く徳どくの中なかには、 かくのごときの義ぎをそなえたり。 くはしくあかさば多た種しゆあるべし。 おほきにわかちて二ふたつあり。 一ひとつには常光じやうくわう、 二ふたつには神じん通づ光くわうなり。

・光明功徳 ・常光

-◇はじめに常光じやうくわうツネノヒカリといふは、 諸仏しよぶちの常光じやうくわう、 おのおの意い楽げうにしオムコヽロニアリ たがふて、遠おんトオキ近ごんチカキ・長ちやうナガキ短たんあミジカキり。 あるいは常光じやうくわうおもて、 おのおの一ゐち尋相じむさうといへり。 釈しや迦か仏ぶちの常光じやうくわうのごとき、 これなり。 あるいは七しち尺しやくをてらし、 あるいは一ゐち里りをてらし、 あるいは一ゐち由ゆ旬じゆん0885をてらし、 あるいは二に・三さん・四し・五ご、 乃ない至し百ひやく千せん由ゆ旬じゆんをてらし、 あるいは一ゐち四し天てん下げをてらし、 あるいは一ゐち仏ぶち世せ界かいをてらし、 あるいは二に仏ぶち・三さん仏ぶち、 乃ない至し百ひやく千せん仏ぶちの世せ界かいをてらせり。

-◇この阿わ弥陀みだ仏ぶちの常光じやうくわうは、 八方はちぱう上じやう下げ无む央数あうしゆの諸仏しよぶちの国こく土どにおいて、 てらさずといふところなし。 八方はちぱう上じやう下げは、 極楽ごくらくについて方角はうがくをカタスミトイフおしふるなり。 この常光じやうくわうについて異い説せちあり。 すなわち ¬*平びやう等どう覚がく経きやう¼ には、 別べちして▲頭づ光くわうをおしえたり。 ¬観経くわんぎやう¼ にはすべて▲身しん光くわうといへり。 かくのごとき異い説せちあり、 ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ に堪かむがへたり、 みるべし。 常光じやうくわうといふは、 長ぢやう時じ不ふ断だんにてらす光ひかりなり。

・光明功徳 ・神通光

-◇次つぎに神じん通づ光くわうといふは、 ことに別べち時じにてらす光ひかりなり。 釈しや迦か如来によらいの ¬法華ほふくゑ経きやう¼ をとかむとしたまひしとき、 東方とうばう万まん八千はちせんの土どをてらしたまふしがごときは、 すなわち神じん通づ光くわうなり。 阿わ弥陀みだ仏ぶちの神じん通づ光くわうは、 摂取せふしゆ不ふ捨しやの光明くわうみやうなり。 念仏ねむぶち衆しゆ生じやうあるときはてらし、 念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうなきときはてらすことなきがゆへなり。

-◇善導ぜんだう和くわ尚しやう ¬観経くわんぎやうの疏しよ¼ (定善義) にこの摂取せふしゆの光明くわうみやうを釈しやくしたまへるしたに、 「▲光くわう照せうの遠近おんごんをあかす」 といへり。 この念仏ねむぶち衆しゆ生じやうの居ごヰタ所しよのルトコロ遠おんトオキ近ごんチカキについて、 摂取せふしゆの光明くわうみやうも遠近おんごんあるべしといふ義ぎなり。 たとひ一ひとついゑのうちに住ぢゆしたりとも、 東ひむがしによりてゐたらむ人ひとの念仏ねむぶちまふさむには、 摂取せふしゆの光明くわうみやうとおくてらし、 西にしによりてゐたらむ人ひとの念仏ねむぶちまふさむには、 光明くわうみやう0886ちかくてらすべし。 これをもてこゝろうれば、 一ひとつ城みやこのうち、 一国ゐちこくのうち、 一ゐち閻えむ浮ぶ提だいのうち、 三千さんぜん世せ界かいの内うち、 乃ない至し他た方はう各別かくべちの世せ界かいまで、 かくのごとしとしるべし。

-◇しかれば、 念仏ねむぶち衆しゆ生じやうについて光くわう照せうの遠近おんごんありと釈しやくしたまへる、 まことにいわれたることとこそおぼえ候さふらへ。 これすなわち阿わ弥陀みだ仏ぶちの神じん通づ光くわうなり。

-◇諸仏しよぶちの功く徳どくはいづれの功く徳どくもみな法界ほふかいに遍へんすといゑども、 余よの功く徳どくはその相さうあらわるゝことなし。 たゞ光明くわうみやうのみ、 まさしく法界ほふかいに遍へんする相さうをあらわせる功く徳どくなり。 かるがゆへに、 もろもろの功く徳どくの中なかには光明くわうみやうをもて最さい勝しようなりと釈しやくしたるなり。

-◇また諸仏しよぶちの光明くわうみやうの中なかには弥陀みだ如来によらいの光明くわうみやうなほまたすぐれたまへり。 このゆへに教主けうしゆ釈しやく尊そんほめてのたまはく、

「无む量りやう寿じゆ仏ぶちの威ゐ神じん光明くわうみやう、 最尊さいそん第一だいゐちにして、 諸仏しよぶちの光明くわうみやうの及およぶことあたはざるところなり」 (大経巻上)

-「无む量りやう寿じゆ仏ぶち威ゐ神じん光明くわうみやう、 最尊さいそん第一だいゐち、 諸仏しよぶち光明くわうみやう所しよ↠不ふ↠能のう↠及ぎふ」

-とのたまへり。 またいはく、

「われ无む量りやう寿じゆ仏ぶちの光明くわうみやう威ゐ神じん巍巍ぐゐぐゐ殊妙しゆめうなることを説とかむに、 昼ちう夜や一劫ゐちこふすとも、 なほいまだ尽つくすことあたはじ」 (大経巻上)

-「我が説せち↢无む量りやう寿じゆ仏ぶち光明くわうみやう威ゐ神じん巍巍ぎぎ殊妙しゆめう↡、 昼ちう夜や一劫ゐちこふ、 尚しやう未み↠能のう↠尽じん」

-とのたまへり。 これはこれ、 かの仏ほとけの光明くわうみやうと余よの仏ほとけの光明くわうみやうとを相対さうたいしてその勝しよう劣れちを校けう量りやうせむに、 弥陀みだ仏ぶちにおよばざる仏ほとけをかずえむに、 よる・ひる一劫ゐちこふすとも、 そのかずをしりつくすべからずとのたまへるなり。

-◇かくのごとく殊しゆ勝しようの光ひかりをえたまふことは、 すなわち願行ぐわんぎやうにこたへたり。 いはく、 かの仏ほとけ、 法蔵ほふざう比丘びくのむかし、 世自せじ在王ざいわう仏ぶちのみもとにして、 二に百ひやく一十ゐちじふ億おく0887の諸仏しよぶちの光明くわうみやうをみたてまつりて、 選せん択ぢやく思し惟ゆいして願ぐわんじていはく、

「たとひわれ仏ぶちを得えむに、 光明くわうみやうよく限げん量りやうあて、 下しも百ひやく千せん億おく那由なゆ他たの諸しよ仏ぶちの国くにを照てらさざるに至いたらば、 正しやう覚がくを取とらじ」 (大経巻上)

-「設せち我が得とく↠仏ぶち、 光明くわうみやう有う↢能のう限げん量りやう↡、 下げ至し↠不ふ↠照せう↢百ひやく千せん億おく那由なゆ他た諸しよ仏国ぶちこく↡者しや、 不ふ↠取しゆ↢正しやう覚がく↡」

-とのたまへり。 この願ぐわんをおこしてのち、 兆載てうさい永ゐやう劫ごふのあひだ積しやく功く累徳るいとくして、 願行ぐわんぎやうともにあらわして、 この光ひかりをえたまへり。

-◇仏ほとけの在ざい世せに灯とう指し比丘びくといふ人ひとありき。 生むまれしとき、 指ゆびより光ひかりをはなちて十じふ里りをてらすことありき。 のちに仏ほとけの御み弟子でしとなりて、 出しゆつ家けして羅ら漢かん果かをえたり。 指ゆびより光ひかりをはなつ因縁いんねんによりて、 なづけて灯とう指し比丘びくといへり。 過くわ去こ九く十じふ一ゐち劫こふのむかし、 毘婆びば尸し仏ぶちのときに、 ふるき仏像ぶちざうの指ゆびの損そんじたまひたるを修しゆ理りしたてまつりたりし功く徳どくによりて、 すなわち指ゆびより光ひかりをはなつ報ほうをうけたるなり。

-◇また梵ぼむ摩ま比丘びくといふ人ひとありき。 身みより光ひかりをはなちて一ゐち由ゆ旬じゆんをてらせり。 これ過くわ去こに仏ほとけに灯とう明みやうをたてまつりたりしがゆへなり。

-◇また仏ほとけの御み弟子でし阿那わな律りちは、 仏ほとけの説法せちぽふの座ざに睡眠すいめんしたることありき。 仏ほとけ、 これを種種しゆじゆに弾たん呵かしたまふ。 阿那わな律りち、 すなわち懺悔さむぐゑのこゝろをおこして睡眠すいめん断だんず。 七日しちにちをへてのち、 その目め開ひらきながら、 そのまなこみずなりぬ。 これを医師いしにとうに、 医師いしこたえていはく、 人ひとは食じきをもて命いのちとす、 眼まなこはねぶりをもて食じきとす。 もし人ひと七日しちにち食じきせざらむに、 命いのちあにつきざらむや。 しかればすなわち、 医い療れうのおよぶところにあらず。 命いのちつきぬ0888る人ひとに医い療れうよしなきがごとしといへり。 そのとき仏ほとけ、 これをあわれみて天眼てんげんの法ほふをおしえたまふ。 すなわちこれを修しゆして、 かへりて天眼てんげん通つをえたり。 すなわち天眼てんげん第一だいゐち阿那わな律りちといへるこれなり。

-◇過くわ去こに仏ほとけのものをぬすまむとおもふて塔たうの中なかにいたるに、 灯とう明みやうすでにきえなむとするをみて、 弓ゆみのはずをもてこれをかきあぐ。 そのときに、 忽然こつねんとして改悔がいくゑのこゝろをおこして、 あまさへ无む上じやう道心だうしむをおこしたりき。 それよりこのかた、 生生しやうしやう世世せせに无む量りやうの福ふくをえたり。 いま釈しや迦か出しゆつ世せのとき、 ついに得脱とくだちして、 またかくのごとく天眼てんげん通つをえたり。 これすなわち、 かの灯とう明みやうをかゝげたりし功く徳どくによてなり。 乃至

・寿命功徳

○次つぎに寿じゆ命みやうの功く徳どくといふは、 諸仏しよぶち寿じゆ命みやう、 意い楽げうにしたがふて長ちやう短たんあり。 これによて恵ゑ心しむ僧そう都づ、 四句しくをつくれり。 「あるいは能化のうくゑの仏ほとけは命いのちながく、 所化しよくゑの衆しゆ生じやうは命いのちみじかきあり。 華くゑ光くわう如来によらいのごとし。 仏ほとけの命いのちは十じふ二に小劫せうこふ、 衆しゆ生じやうの命いのちは八はち小劫せうこふなり。 あるいは能化のうくゑの仏ほとけは命いのちみじかく、 所化しよくゑの衆しゆ生じやうは命いのちながきあり。 月ぐゑち面めん如来によらいのごとし。 仏ほとけの命いのち一日ゐちにち一ゐち夜や、 衆しゆ生じやうの命いのちは五ご十じふ歳さいなり。 あるいは能化のうくゑ・所化しよくゑともに命いのちみじかきあり。 釈しや迦か如来によらいのごとし。 仏ほとけも衆しゆ生じやうもともに八十はちじふ歳さいなり。 あるいは能化のうくゑ・所化しよくゑともに命いのちながきあり。 阿わ弥陀みだ如来によらいのごとし。 仏ほとけも衆しゆ生じやうもともに无む量りやう歳さいなり」 (小0889経略記意)。

-◇かるがゆへに ¬経きやう¼ (大経巻上) にのたまはく、

「仏ぶち阿わ難なんに告つげたまはく、 无む量りやう寿じゆ仏ぶち寿じゆ命みやう長ぢやう久くにして勝しよう計げすべからず。 なんぢむしろ知しるや、 たとひ十方じふぱう世せ界かいの无む量りやうの衆しゆ生じやうみな人身にんじんを得えて、 ことごとく声しやう聞もん・縁覚えんがくを成じやう就じゆせしめて、 すべてともに推すいし算さん計げして思おもひをもはらにし一心ゐちしむにその智ち力りきを竭つくして百ひやく千せん万劫まんごふにおいて、 ことごとくともにその寿じゆ命みやうの長ぢやう遠おんの数かずを推すいし算さん計げせむに、 窮ぐ尽じんしてその限極げんごくを知しることあたはず。 声しやう聞もん・菩ぼ薩さち・天人てんにん之し衆しゆの寿じゆ命みやうの長ちやう短たんまたかくのごとし。 算数さんじゆ譬喩ひゆのよく知しるところにあらざるなり」

-「仏告ぶちがう↢阿わ難なん↡、 无む量りやう寿じゆ仏ぶち寿じゆ命みやう長ぢやう久く不ふ↠可か↢勝しよう計げ↡。 汝によ寧にやう知乎ちこ、 仮使けし十方じふぱう世せ界かい无む量りやう衆しゆ生じやう皆得かいとく↢人身にんじん↡、 悉しち令りやう↣成じやう↢就じゆ声しやう聞もん・縁覚えんがく↡、 都共とぐ推算すいさん計げ禅ぜん↠思し一心ゐちしむ竭かち↢其ご智ち力りき↡於お↢百ひやく千せん万劫まんごふ↡、 悉しち共ぐ推算すいさん↢計げ其ご寿じゆ命みやう長ぢやう遠おん之し数しゆ↡、 不ふ↠能のう↣窮ぐ尽じん知ち↢其ご限極げんごく↡。 声しやう聞もん・菩ぼ薩さち・天人てんにん之し衆しゆ寿じゆ命みやう長ちやう短たん亦やく復ぶ如によ↠是ぜ。 非ひ↣算数さんじゆ譬喩ひゆ所しよ↢能のう知ち↡也や」

-とのたまへり。

-◇たゞもし神じん通づの大だい菩ぼ薩さち等とうのかずへたまはむには、 一ゐち大だい恒沙ごうじや劫こふなりと、 ¬大論だいろん¼ のこゝろをもて、 恵ゑ心しむ勘かむがへたり。 この数かず、 二に乗じよう凡ぼむ夫ぶのかずへてしるべきかずにあらず。 かるがゆへに无む量りやうとはいへるなり。

-◇すべて仏ほとけの功く徳どくを論ろんずるに、 能のう持ぢ・所しよ持ぢの二ふたつの義ぎあり。 寿じゆ命みやうをもて能のう持ぢといひ、 自余じよのもろもろの功く徳どくをばことごとく所しよ持ぢといふなり。 寿じゆ命みやうはよくもろもろの功く徳どくをたもつ。 一切ゐちさいの万徳まんどく、 みなことごとく寿じゆ命みやうにたもたるゝがゆへなり。 これは当たう座ざの道だう師しがわたくしの義ぎなり。 すなわちかの仏ほとけの相好さうがう・光明くわうみやう・説法せちぽふ・利り生しやう等とうの一切ゐちさい功く徳どく、 および国こく土どの一切ゐちさい荘しやう厳ごむ等とうのもろもろの快楽くゑらくのことら、 たゞかの仏ほとけの命いのちのながくましますがゆへの事ことなり。 もし命いのちなくは、 かれらの功く徳どく・荘しやう厳ごむ等とうなにゝよりてかとゞまるべき。

-◇しかれば、 四し十八じふはち願ぐわんの中なかにも、 寿じゆ命みやう无む量りやうの願ぐわんに自余じよの諸しよ願ぐわんおばおさめたるなり。 たとひ第だい十八じふはち0890の念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわん、 ひろく諸しよ機きを摂せふして済さい度どするににたりといゑども、 仏ほとけの御おむ命いのちもしみじかくは、 その願ぐわんなほひろまらじ。 そのゆへは、 もし百ひやく歳さい千歳せんざい、 もしは一劫ゐちこふ二に劫こふにてもましまさましかば、 いまのときの衆しゆ生じやうはことごとくその願ぐわんにもれなまし。 かの仏ほとけ成じやう仏ぶちしてのち、 十劫じふこふをすぎたるがゆへなり。 これをもてこれをおもへば、 済さい度ど利り生しやうの方便はうべんは寿じゆ命みやうの長ぢやう遠おんなるにすぎたるはなく、 大だい慈じ大だい悲ひの誓せい願ぐわんも寿じゆ命みやうの无む量りやうなるにあらはるゝものなり。

-◇これ娑しや婆ば世せ界かいの人ひとも、 命いのちをもて第一だいゐちのたからとす。 七珍しちちん万宝まんぼうをくらの内うちにみてたれども、 綾りよう羅ら綿繍きむしうをはこのそこにたくわへたるも、 命いのちのいきたるほどぞわが宝たからにてもある、 まなこ閉とぢぬるのちはみな人ひとのものなり。

-◇しかれば、 乃至 ○弥陀みだ如来によらいの寿じゆ命みやう无む量りやうの願ぐわんをおこしたまひけむも、 御おむ身みのため長ちやう寿じゆの果報くわほうをもとめたまふにはあらず。 済さい度ど利り生しやうのひさしかるべきために、 また衆しゆ生じやうをして忻ごん求ぐのこゝろをおこさしめんがためなり。 一切ゐちさい衆しゆ生じやうはみな命いのちながゝらむことをねがふがゆへなり。 凡おほよそかの仏ほとけの功く徳どくの中なかには、 寿じゆ命みやう无む量りやうの徳とくをそなへたまふにすぎたることは候さふらはぬなり。

-◇このゆへに ¬双さう巻経くわんぎやう¼ の題だいにも 「无む量りやう寿じゆ経きやう」 といへども、 无む量りやう光くわう経きやうとはいはず。 隋朝ずいてうよりさきの旧く訳やくには、 みな経きやうの中なかに宗しゆとムネト あることをえらびて、 詮せむをぬき略りやくを存ぞんじてその題目だいもくとす0891るなり。 すなわちこの ¬経きやう¼ の詮せむには、 阿わ弥陀みだ如来によらいの功く徳どくをとけるなり。 その功く徳どくの中なかには、 光明くわうみやう无む量りやう・寿じゆ命みやう无む量りやうの二ふたつの義ぎをそなへたり。 その中なかにはまた寿じゆ命みやうなを最さい勝しようなるゆへに、 「无む量りやう寿じゆ経きやう」 となづくるなり。

-◇また釈しや迦か如来によらいの功く徳どくの中なかにも、 久く遠おん実じち成じやうの宗むねをあらわせるをもて殊しゆ勝しよう甚深じむじむのこととせり。 すなわち ¬法華ほふくゑ経きやう¼ に 「寿じゆ量りやう品ぼむ」 とてとかれたり。 廿にじふ八はち品ぼむの中なかには、 この品ほむをもてすぐれたりとす。 まさにしるべし、 諸仏しよぶちの功く徳どくにも寿じゆ命みやうをもて第一だいゐちの功く徳どくとし、 衆しゆ生じやうのたからにも命いのちをもて第一だいゐちのたからとすといふことを。

-◇その命いのちながき果報くわほうをうることは、 衆しゆ生じやうに飲食おむじきをあたへ、 またものゝ命いのちをころさゞるを業因ごふいんとするなり。 因いんと果くわと相応さうおうすることなれば、 食じきはすなわち命いのちをつぐがゆへに、 食じきをあたふるはすなわち命いのちをあたふるなり。 不ふ殺せち生しやう戒かいをたもつもまた衆しゆ生じやうの命いのちをたすくるなり。 かるがゆへに、 飲食おむじきをもて衆しゆ生じやうに施与せよし、 慈悲じひに住ぢゆして不ふ殺せち生しやう戒かいをたもてば、 かならず長命ぢやうみやうの果報くわほうをえたり。

-◇しかるにかの阿わ弥陀みだ如来によらいは、 すなわち願行ぐわんぎやうあひたすけて、 この寿じゆ命みやう无む量りやうの徳とくおば成じやう就じゆしたまへるなり。 願ぐわんといふは、 四し十八じふはち願ぐわんの中なかの第だい十三じふさんの願ぐわんにいはく、

「たとひわれ仏ぶちを得えむに、 寿じゆ命みやうよく限げん量りやうあて、 下しも百ひやく千せん億おく那由なゆ他た劫こふに至いたらば、 正しやう覚がくを取とらじ」 (大経巻上)

-「設せち我が得とく↠仏ぶち、 寿じゆ命みやう有う↢能のう限げん量りやう↡、 下至げし↢百ひやく千せん億おく那由なゆ他た劫こふ↡者しや、 不ふ↠取しゆ↢正しやう覚がく↡」

-とのたまへり。 行ぎやうといふは、 かの願ぐわんをたてたまふてのち0892无む央数あうしゆ劫こふのあひだ、 また不ふ殺せち生しやう戒かいをたもてり。 また一切ゐちさいの凡ぼむ聖しやうにおいて、 飲食おむじき・医い薬やくを供く養やうし施与せよしたまへるなり。 これは阿わ弥陀みだ如来によらいの寿じゆ命みやうの功く徳どくなり。 乃至

・弥陀入滅

○かの仏ほとけ、 かくのごとく寿じゆ命みやう无む量りやうなりといえども、 また涅槃ねちはん隠没おむもちの期ごまします。 これについて、 あわれなることこそ候さふらへ。 道だう綽しやく禅ぜん師じ、 念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうにおいて始し終じゆ両りやう益やくありと釈しやくしたまへる。 その終益じゆやくをあかすに、 すなわち ¬観くわん音おむ授じゆ記き経きやう¼ (意) をひきていはく、 「▲阿わ弥陀みだ仏ぶち、 住ぢゆ世せの命おむいのち、 兆載てうさい永ゐやう劫ごふのゝち滅めち度どしたまひて、 たゞ観くわん音おむ・勢せい至し、 衆しゆ生じやうを接引せふいんしたまふことあるべし。 そのときに、 一向ゐちかうにもはら念仏ねむぶちして往わう生じやうしたる衆しゆ生じやうのみ、 つねに仏ほとけをみたてまつる、 滅めちしたまはぬがごとし。 余よ行ぎやう往わう生じやうの衆しゆ生じやうは、 みたてまつることあらず」 といへり。 往わう生じやうをえてむ上うへに、 そのときまでのことはあまりごとぞ、 とてもかくてもありなむとおぼえぬべく候さふらへども、 そのときにのぞみては、 かなしかるべきことにてこそ候さふらへ。

-◇かの釈しや迦か入滅にふめちのありさまにても、 おしはかられ候さふらふなり。 証しよう果くわの羅ら漢かん、 深じむ位ゐの大だいフカキクラヰトイフ士じも、 非ひ滅めち・現滅げんめちのことはりをしりながら、 当たう時じ別べち離りのかなしみにたえず、 天てんにあおぎ地ぢにふし、 哀哭あいこくし悲ひ泣きふしき。 いはんや未み証しようの衆しゆ生じやうおや、 浅識せんしきの凡ぼむ愚ぐおや、 乃ない至し竜神りうじん八はち部ぶも五ご十じふ二に類るいも、 凡おほよそ涅槃ねちはんの一ゐち会ゑ悲ひ歎たんのなみだをながさずといふことなし。 しかの0893みならず、 娑しや羅ら林りむのこずゑ、 抜提ばちだい河がの水みづ、 すべて山川せんせんヤマカワ・渓けいタニ谷こく・草木さうもく・樹林じゆりむも、 みな哀あい傷しやうのいろをあらはしき。

-◇しかれば、 過くわ去こをきゝて未み来らいをおもひ、 穢土ゑどになずらへて浄じやう土どをしるに、 かの阿わ弥陀みだ仏ぶちの衆宝しゆぼう荘しやう厳ごむの国こく土どをかくし、 涅槃ねちはん寂じやく滅めちの道だう場ぢやうにいりたまひてのち、 八万はちまん四し千せんの相好さうがうふたゝび現げんずることなく、 无む量りやう无む辺へんの光明くわうみやうはながくてらすことなくは、 かの会ゑの聖しやう衆じゆ人天にんでん等とう、 悲ひ哀あいのおもひ、 恋れんコヒ慕ぼシタのこフトナリゝろざし、 いかばかりかは候さふらふべき。 七宝しちぽう自じ然ねんのはやしなりとも、 八はち功く如によ意いの水みづなりとも、 名みやう華くゑ・軟草なんさうのクサノナヽリ いろも、 鳧ふ雁がん・鴛鴦ゑんあうのこえも、 いかゞそのときをしらざらむや。 浄じやう穢ゑは土どことなりといゑども、 世せ尊そんの滅めち度どすでにことなることなし。 迷めいマドフ悟ごサトルはこゝろかわるといゑども、 所化しよくゑの悲ひ恋れんなんぞかはることあらむや。

-◇この娑しや婆ば世せ界かいの凡ぼむ夫ぶ、 具ぐ縛ばくの人ひとの心しむ事じ、 コヽロトコトヽ相応さうおうせず。 意い楽げう各別かくべちにて、 つねに違ゐタガフ背はいソムクし、 たがひに厭えむイトイ悪あくニクムをするだにも、 あるいは夫ふ妻さいのちぎりおもむすび、 あるいは朋ぼう友うのトモトナルナリことばおもなして、 しばらくもなづさひ、 また馴なれぬれば、 遠おんトオク近ごんチカクのさかひをへだて、 前ぜん後ごの生しやうをあらため、 かくのごとく生しやうおも死しおもわかれをつぐるときには、 なごりをおしむこゝろたちまちにもよおし、 かなしみにたえず、 なみだおさへがたきことにてこそは候さふらへ。

-◇いかにいはむや、 かの仏ほとけ、 内うちには慈悲じひ哀愍あいみんのこ0894ゝろをのみたくはへてましませば、 なれたてまつるにしたがふて、 いよいよむつまじく、 外ほかには見者けんじやミタテマツルモノ无む厭えむの徳とくをイトフコトナシトナリそなへてましませば、 みまいらするごとに、 いやめづらなるおや。 まことに无む量りやう永ゐやう劫ごふがあひだ、 あさゆふに万徳まんどく円満ゑんまんのみかほをおがみたてまつり、 昼ちう夜やに四し辨べん无窮むぐの御み音こえになれたてまつりて、 恭く敬ぎやう瞻仰せむがうし、 随遂ずいちく給きふ仕じして、 すぎたらむここちに、 ながくみたてまつらざらむことになりたらむばかり、 かなしかるべきことや候さふらふべき。 无有むう衆しゆ苦くのさかひ、 離り諸しよ妄想まうざうのところなりといふとも、 このこと一ゐち事じは、 さこそおぼへ候さふらふらめとぞおぼえ候さふらふ。

-◇それにもとのごとくみたてまつりて、 あらたまることなからむことは、 まことにあはれにありがたきこととこそおぼへ候さふらへ。 これすなわち、 念仏ねむぶち一ゐち行ぎやう、 かの仏ほとけの本ほん願ぐわんなるがゆへなり。 おなじく往わう生じやうをねがはむ人ひとは、 専修せんじゆ念仏ねむぶちの一門ゐちもんよりいるべきなり。

(895)・大経

◇▲次つぎ◗に¬双さう巻くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼。 「浄じやう土ど三さん部ぶ経きやう」 の中なかには、 この ¬経きやう¼ を根本こんぽんとするなり。 其故そのゆへは、 一切ゐちさいの諸善しよぜんは願ぐわんを根本こんぽんとす。 而しかるに此この ¬経きやう¼ には弥陀みだ如来によらいの因いん位ゐの願ぐわんをときていはく、 ▲乃往ないわう過くわ去こ久く遠おん无む量りやう无む央数あうしゆ劫こふに▲仏ぶちましましき、 世自せじ在王ざいわう仏ぶちとまふしき。 ◆そのとき一人ゐちにんの国王こくわうありき。 仏ぶちの説法せちぽふをきゝて、 无む上じやう道心だうしむをおこして、 国くにをすて王わうをすてゝ、 家いゑをいでゝ沙門しやもんとなれり。 なづけて法蔵ほふざう比丘びくといふ。 ◆すなわち世自せじ在王ざいわう仏ぶちの所みもと◗に詣まうでて、 右みぎにめぐること三さん帀ざうして、 頂ちやう跪くゐ合がふ掌しやうして仏ぶちをほめたてまつりてまうしてまうさく、 ▲われ浄じやう土どをまうけて衆しゆ生じやうを度どせむとおもふ。 ◆ねがわくは、 わがために経きやう法ぼふをときたまへと。

-◇▲そのとき世自せじ在王ざいわう仏ぶち、 法蔵ほふざう比丘びくのために二に百ひやく一十ゐちじふ億おくの諸仏しよぶちの浄じやう土どの人天にんでんの善悪ぜんあく、 国こく土どの麁そ妙めうをとき、 また現げんじてこれをあたへたまふ。 ◆法蔵ほふざう比丘びく、 仏ぶちの所説しよせちをきゝ、 また厳ごむ浄じやうの国こく土どをことごとくみおはりてのち、 ▲五ご劫こふのあひだ思し惟ゆいし取捨しゆしやして、 二に百ひやく一十ゐちじふ億おくの浄じやう土どの中なかよりえらびとりて、 四し十八じふはちの誓せい願ぐわんをまうけたり。

-◇この二に百ひやく一十ゐちじふ億おくの諸仏しよぶちのくにの中なかより、 善悪ぜんあくの中なかには0896悪あくをすてゝ善ぜんをとり、 麁そ妙めうの中なかには麁そをすてゝ妙めうをとる。 かくのごとく取捨しゆしやし選せん択ぢやくして、 この四し十八じふはち願ぐわんをおこせるがゆへに、 この ¬経きやう¼ の同本どうほん異い訳やくの ¬大だい阿わ弥陀みだ経きやう¼ には、 この願ぐわんを選せん択ぢやくの願ぐわんととかれたり。

-◇その選せん択ぢやくのやう、 おろおろまふしひらき候さふらはむ。

・大経 ・无三悪趣の願

◇まづはじめの无む三さん悪趣あくしゆの願ぐわんは、 かの諸仏しよぶちの国こく土どの中うちに、 三さん悪道まくだうあるおばえらびすてゝ、 三さん悪道まくだうなきおばえらびとりてわが願ぐわんとせり。

・大経 ・不更悪趣の願

-◇次つぎに不ふ更きやう悪趣あくしゆの願ぐわんは、 かの諸仏しよぶちのくにの中うちに、 たとひ三さん悪道まくだうなしといゑども、 かのくにの衆しゆ生じやう、 また他た方はうの三さん悪道まくだうにおつることあるくにおばえらびすてゝ、 すべて三さん悪道まくだうにかへらざるくにをえらびとりてわが願ぐわんとせるなり。

・大経 ・悉皆金色の願、无有好醜の願、…

-◇次つぎに悉皆しちかい金色こむじきの願ぐわん、 次つぎに无有むう好醜かうしゆの願ぐわん、 一一ゐちゐちの願ぐわんみなかくのごとしとしるべし。

・大経 ・念仏往生の願

-◇第だい十八じふはちの念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんは、 かの二に百ひやく一十ゐちじふ億おくの諸仏しよぶちの国こく土どの中うちに、 あるいは布施ふせをもて往わう生じやうの行ぎやうとするくにあり、 あるいは持ぢ戒かいおよび禅ぜん定ぢやう・智慧ちゑ等とう、 乃ない至し発ほち菩ぼ提だい心しむ、 持ぢ経きやう・持ぢ呪じゆ等とう、 孝養けうやう父母ぶも・奉事ぶじ師し長ちやう等とう、 かくのごときの種種しゆじゆの行ぎやうをもて、 おのおの往わう生じやうの行ぎやうとするくにあり、 あるいはまた、 もはらそのくにの教主けうしゆの名みやう号がうを称しよう念ねむするをもて、 往わう生じやうの行ぎやうとするくにもあり。 しかるにかの法蔵ほふざう比丘びく、 余よ行ぎやうをもて往わう生じやうの行ぎやうとする国くにおばえらびすてゝ、 た0897ゞ名みやう号がうを称しよう念ねむして往わう生じやうの行ぎやうとする国くにをえらびとりて、 わが国こく土どの往わう生じやうの行ぎやうも、 かくのごとくならむとたてたまへるなり。

・大経 ・来迎引接の願、繋念定生の願、…

-◇次つぎに来迎らいかう引接いんぜふの願ぐわん、 次つぎに係け念ねむ定生ぢやうしやうの願ぐわん、 みなかくのごとくえらびとりて願ぐわんじたまへり。 凡おほよそはじめ无む三さん悪趣あくしゆの願ぐわんより、 おはり得三とくさん法忍ぼふにんの願ぐわんにいたるまで思し惟ゆいし選せん択ぢやくするあひだ、 五ご劫こふおばおくりたるなり。 かくのごとく選せん択ぢやくし摂取せふしゆしてのちに、 仏ほとけのみもとに詣けいマウデして、 一一ゐちゐちにこれをとく。

-◇その四し十八じふはち願ぐわんときおはりてのち、 また偈げをもてまふさく、

「われ超てう世せの願ぐわんを建たてつ、 かならず无む上じやう道だうに至いたらむ。 この願ぐわん満足まんぞくせずは、 誓ちかふ正しやう覚がくを成ならじと。 乃至
この願ぐわんもし剋果こくくわすべくは、 大千だいせん感動かむどうすべし。 虚空こくのもろもろの天人てんにん、 まさに珍妙ちんめうの華はなを雨ふるべし」 (大経巻上)

-「我が建ごん↢超てう世せ願ぐわん↡必ひち至し↢无む上じやう道だう↡斯し願ぐわん不ふ↢満足まんぞく↡誓せい不ふ↠成じやう↢正しやう覚がく↡ 乃至
斯し願ぐわん若にやく剋果こくくわ大千だいせん応おう↢感動かむどう↡虚空こく諸しよ天人てんにん当とう↠雨う↢珍妙ちんめう華くゑ」

-と。

-◇かの比丘びく、 この偈げをときおはるに、 ▲ときに応おうじてあまねく地ぢ、 六種ろくしゆに震動しむどうし、 天てんより妙華めうくゑそのうえに散さんじて、 自じ然ねんの音楽おむがく、 空そらの中うちにきこへ、 また空そらの中うちにほめていはく、 「決定くゑちぢやうしてかならず无む上じやう正しやう覚がくなるべし」 (大経巻上) と。

-◇しかれば、 かの法蔵ほふざう比丘びくの四し十八じふはち願ぐわんは、 一一ゐちゐちに成じやう就じゆして決定くゑちぢやうして仏ほとけになるべしといふことは、 そのはじめ発ほち願ぐわんのとき、 世自せじ在王ざいわう仏ぶちの御みまへにして、 諸しよ魔ま・竜神りうじん八はち部ぶ、 一切ゐちさい大衆だいしゆの中なかにして、 かねてあらわれたることなり。

-◇しかれば、 かの世自せじ在王ざいわう仏ぶちの法ほふの中なかには、 法蔵ほふざう菩ぼ薩さちの四し十八じふはち願ぐわん経きやうとて受じゆ持ぢ・読誦どくじゆしき。 いま釈しや迦かの法ほふの中なかなりといふとも、 かの仏ほとけの願ぐわん力りきをあおぎて、 か0898のくにゝむまれむとねがふは、 この法蔵ほふざう菩ぼ薩さち四し十八じふはち願ぐわんの法門ほふもんにいるなり。 すなわち道だう綽しやく禅ぜん師じ・善導ぜんだう和くわ尚しやう等とうも、 この法蔵ほふざう菩ぼ薩さちの四し十八じふはち願ぐわん法門ほふもんにいりたまへるなり。

-◇かの華厳くゑごむ宗しゆの人ひとは ¬華厳くゑごむ経ぎやう¼ をたもち、 あるいは三論さんろん宗しゆの人ひとは ¬般若はんにや経きやう¼ 等とうをたもち、 あるいは法相ほふさう宗しゆの人ひとは ¬瑜伽ゆが¼・¬唯識ゆいしき¼ をたもち、 あるいは天臺てんだい宗しゆの人ひとは ¬法華ほふくゑ¼ をたもち、 あるいは善ぜん无畏むゐは ¬大日だいにち経きやう¼ をたもち、 金剛こむがう智ちは ¬金剛こむがう頂ちやう経きやう¼ をたもつ。 かくのごとく、 おのおの宗しゆにしたがふて、 依え経きやう・依え論ろんをたもつなり。

-◇いま浄じやう土ど宗しゆを宗しゆとせむ人ひとは、 この ¬経きやう¼ によて四し十八じふはち願ぐわん法門ほふもんをたもつべきなり。 この ¬経きやう¼ をたもつといふは、 すなわち弥陀みだの本ほん願ぐわんをたもつなり。 弥陀みだの本ほん願ぐわんといふは、 法蔵ほふざう菩ぼ薩さちの四し十八じふはち願ぐわん法門ほふもんなり。

-◇その四し十八じふはち願ぐわんの中なかに、 第だい十八じふはちの念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんを本体ほんたいとするなり。 かるがゆへに善導ぜんだうのたまはく、

「弘ぐ誓ぜい多た門もんにして四し十八じふはちなり。 ひとへに念仏ねむぶちを標へうしてもとも親しんとす」 (法事讃巻上)

-「弘ぐ誓ぜい多た門もん四し十八じふはち偏へん標べう↢念仏ねむぶち↡最さい為ゐ↠親しん」

-といへり。 念仏ねむぶち往わう生じやうといふことは、 みなもとこの本ほん願ぐわんよりおこれり。

-◇しかれば、 ¬観経くわんぎやう¼・¬弥陀みだ経きやう¼ にとくところの念仏ねむぶち往わう生じやうのむねも、 乃ない至し余よの経きやうの中なかにとくところも、 みなこの ¬経きやう¼ にとけるところの本ほん願ぐわんを根本こんぽんとするなり。 なにをもてかこれをしるとならば、 ¬観経くわんぎやう¼ にとけるところの光明くわうみやう摂取せふしゆを、 善導ぜんだう釈しやくしたまふに、

「ただ念仏ねむぶちのものあて光くわう摂せふを蒙かぶる、 まさに知しるべし本ほん願ぐわんもとも強こわしとす」 (礼讃)

-「唯ゆい有う↢念仏ねむぶち↡蒙む↢光くわう摂せふ↡当たう↠知ち本ほん願ぐわん最さい為ゐ↠強がう」

-とい0899へり。 この釈しやくのこゝろ、 本ほん願ぐわんなるがゆへに光明くわうみやうも摂取せふしゆすときこえたり。

-◇またおなじ ¬経きやう¼ に、 下げ品ぼむ上生じやうしやうに聞もん経きやうと称しよう仏ぶちとをならべてとくといゑども、 化仏くゑぶちきたりてほめたまふには、 たゞ称しよう仏ぶちの功こうをのみほめて、 聞もん経きやうおばほめたまはずといへり。 善導ぜんだう釈しやくしていはく、

「仏ぶちの本ほん願ぐわんの意こゝろを望のぞまば、 ただ正しやう念ねむ称名しようみやうを勧すゝむ。 往わう生じやうの義ぎ疾ときこと雑散ざふさんの業ごふに同おなじからず」 (散善義)

-「望まう↢仏ぶち本ほん願ぐわん意い↡者しや、 唯ゆい勧くわん↢正しやう念ねむ称名しようみやう↡。 往わう生じやう義ぎ疾しち不ふ↠同どう↢雑散ざふさん之し業ごふ↡」

-といへり。 これまた本ほん願ぐわんなるがゆへに、 称しよう仏ぶちおばほめたまふときこへたり。

-◇またおなじ ¬経きやう¼ の付ふ属ぞくの文もんを釈しやくしたまふにも、

「仏ぶちの本ほん願ぐわんの意こゝろを望のぞむには、 衆しゆ生じやうをして一向ゐちかうにもはら弥陀みだ仏ぶちの名みなを称しようするにあり」 (散善義)

-「望まう↢仏ぶち本ほん願ぐわん意い↡、 在ざい↣衆しゆ生じやう一向ゐちかう専せん称しよう↢弥陀みだ仏ぶち名みやう↡」

-といへり。 これまた弥陀みだの本ほん願ぐわんなるがゆへに、 釈しやく尊そんも付ふ属ぞくし流通るづせしめたまふときこへたり。

-◇また ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ にとけるところの一日ゐちにち七日しちにちの念仏ねむぶちを善導ぜんだうほめたまふに、

「直ぢきに弥陀みだの弘ぐ誓ぜい重かさなれるによて、 凡ぼむ夫ぶ念ねむじてすなわち生しやうぜしむることを致いたす」 (法事讃巻下)

-「直ぢき為ゐ↢弥陀みだ弘ぐ誓ぜい重ぢう↡致ち↠使し↢凡ぼむ夫ぶ念ねむ即そく生しやう↡」

-といへり。 これまた一日ゐちにち七日しちにちの念仏ねむぶちも、 弥陀みだの本ほん願ぐわんなるがゆへに往わう生じやうすときこえたり。

-◇乃ない至し ¬双さう巻経くわんぎやう¼ の中なかにも、 三輩さんぱい已下いげの諸文しよもんはみなかみの本ほん願ぐわんによるなり。 凡おほよそこの 「三さん部ぶ経きやう」 にかぎらず、 一切ゐちさい諸しよ経きやうの中なかにあかすところの念仏ねむぶち往わう生じやうは、 みなこの ¬経きやう¼ の本ほん願ぐわんをのぞまむとてとけるなりと、 しるべし。

◇抑そもそも法蔵ほふざう菩ぼ薩さち、 いかなれば余よ行ぎやうをすてゝ、 たゞ称名しようみやう念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをもて本ほん願ぐわんにたて0900たまへるぞといふに、 これに二ふたつの義ぎあり。 一ひとつには念仏ねむぶちは↓殊しゆ勝しようの功く徳どくなるがゆへに、 二ふたつは念仏ねむぶちは↓行ぎやうじやすきによて諸しよ機きにあまねきがゆへに。

-◇はじめに↑殊しゆ勝しようの功く徳どくなるがゆへにといふは、 かの仏ほとけの因果いんぐわ、 総別そうべちの一切ゐちさいの万徳まんどく、 みなことごとく名みやう号がうにあらわるゝがゆへに、 一ひとたびも南无なも阿わ弥陀みだ仏ぶちととなふるに、 大だい善根ぜんごんをうるなり。 こゝをもて ¬西方さいはう要えう決くゑち¼ にいはく、

「諸仏しよぶちの願行ぐわんぎやうはこの果くわの名なを成じやうず、 たゞよく号みなを念ねむずるにつぶさに衆徳しゆとくを包かぬ、 かるがゆへに大善だいぜんと成なて往わう生じやうを廃はいせず」

-「諸仏しよぶち願行ぐわんぎやう成じやう↢此し果くわ名みやう↡、 但たん能のう念ねむ↠号がう具ぐ包はう↢衆徳しゆとく↡、 故こ成じやう↢大善だいぜん↡不ふ↠廃はい↢往わう生じやう↡」

-といへり。 またこの ¬経きやう¼ (大経巻下) に、 すなわち一念ゐちねむをさして 「无む上じやう功く徳どく」 とほめたり。 しかれば、 殊しゆ勝しようの大だい善根ぜんごんなるがゆへに、 えらびて本ほん願ぐわんとしたまへるなり。

-◇二ふたつには↑修しゆしやすきがゆへにといふは、 南无なも阿わ弥陀みだ仏ぶちとまふすことは、 いかなる愚痴ぐちのものも、 おさなきも、 老おいたるも、 やすくまふさるゝがゆへに、 平びやう等どうの慈悲じひの御おむこゝろをもて、 その行ぎやうをたてたまへり。

-◇もし布施ふせをもて本ほん願ぐわんとせば、 貧びん窮ぐ困乏こむぼうのともがら、 さだめて往わう生じやうののぞみをたゝむ。 もし持ぢ戒かいをもて本ほん願ぐわんとせば、 破は戒かい・無む戒かいのたぐひ、 また往わう生じやうののぞみをたつべし。 もし禅ぜん定ぢやうをもて本ほん願ぐわんとせば、 散乱さんらん麁そ動どうのともがら、 往わう生じやうすべからず。 もし智慧ちゑをもて本ほん願ぐわんとせば、 愚ぐ鈍どん下智げちのもの、 往わう生じやうすべからず。 自余じよの諸しよ行ぎやうもこれになずらへてしるべし。 しかるに布施ふせ・持ぢ戒かい等とうの諸しよ行ぎやうにたえたるものは0901きわめてすくなく、 貧びん窮ぐ・破は戒かい・散乱さんらん・愚痴ぐちのともがらははなはだおほし。 しかれば、 かみの諸しよ行ぎやうをもて本ほん願ぐわんとしたまひたらましかば、 往わう生じやうをうるものはすくなく、 往わう生じやうせぬものはおほからまし。

-◇これによて法蔵ほふざう菩ぼ薩さち、 平びやう等どうの慈悲じひにもよおされて、 あまねく一切ゐちさいを摂せふせむがために、 かの諸しよ行ぎやうをもては往わう生じやうの本ほん願ぐわんとせず、 たゞ称名しようみやう念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをもてその本ほん願ぐわんとしたまへるなり。

-◇かるがゆへに法照ほふせう禅ぜん師じのいはく、

「未み来らい世せの悪あくの衆しゆ生じやうにおいては、 西方さいはうの弥陀みだの号みなを称しよう念ねむせよ。
仏ぶちの本ほん願ぐわんによて生しやう死じを出いづ。 直心ぢきしむをもてのゆへに極楽ごくらくに生しやうず」 と。

「於お↢未み来らい世せ悪あく衆しゆ生じやう↡称しよう↢念ねむ西方さいはう弥陀みだ号がう↡
依え↢仏ぶち本ほん願ぐわん↡出しゆつ↢生しやう死じ↡以い↢直心ぢきしむ↡故こ生しやう↢極楽ごくらく↡」 と 云。

◇又また (五会法事讃巻本) 云いは、く

「かの仏ぶちの因中いんちうに弘ぐ誓ぜいを立たてたまへり。 名みなを聞きゝてわれを念ねむぜばすべて迎むかへ来かえらしむ。
貧びん窮ぐとまさに富ふ貴くゐとを簡えらばず、 下智げちと高才かうざいとを簡えらばず、
多た聞もんと浄じやう戒かいを持たもてるを簡えらばず、 破は戒かいと罪根ざいこん深ふかきとを簡えらばず。
ただ廻ゑ心しむして多おほく念仏ねむぶちせしむれば、 よく瓦ぐわ礫りやくをして変へんじて金こがねと成なさしむ」 と。

「彼ひ仏ぶち因中いんちう立りふ↢弘ぐ誓ぜい↡聞もん↠名みやう念ねむ↠我が総そう迎来かうらい
不ふ↠簡けん↣貧びん窮ぐ将しやう↢富ふ貴くゐ↡不ふ↠簡けん↣下智げち与よ↢高才かうざい↡
不ふ↠簡けん↣多た聞もん持ぢ↢浄じやう戒かい↡不ふ↠簡けん↢破は戒かい罪根ざいこん深じむ
但たん使し↢廻ゑ心しむ多た念仏ねむぶち↡能のう令りやう↢瓦ぐわ礫りやく変へん成じやう↟金こむ」 と。

◇かくのごとく誓せい願ぐわんをたてたりとも、 その願ぐわん成じやう就じゆせずは、 まさにたのむべきにあら0902ず。 しかるにかの法蔵ほふざう菩ぼ薩さちの願ぐわんは、 一一ゐちゐちに成じやう就じゆしてすでに仏ほとけになりたまへり。 その中なかに、 この念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわん成じやう就じゆの文もんにいはく、

「あらゆる衆しゆ生じやう、 その名みやう号がうを聞きゝて、 信心しんじむ歓くわん喜ぎして、 乃ない至し一念ゐちねむせむ。 至し心しん廻ゑ向かうせしめたまへり。 かの国くにゝ生むまれむと願ぐわんずれば、 すなわち往わう生じやうを得え、 不ふ退転たいてんに住ぢゆせむ」 (大経巻下) と。

-「諸しよ有う衆しゆ生じやう、 聞もん↢其ご名みやう号がう↡、 信心しんじむ歓くわん喜ぎ、 乃ない至し一念ゐちねむ。 至し心しん廻ゑ向かう。 願がん↠生しやう↢彼ひ国こく↡、 即そく↢得とく往わう生じやう↡、 住ぢゆ↢不ふ退転たいてん↡」 と 云。

-◇次つぎ◗に三輩さんぱいの往わう生じやうはみな、 「一向ゐちかう専念せんねむ无む量りやう寿じゆ仏ぶち」 (大経巻下) といへり。 この中なかに菩ぼ提だい心しむ等とうの諸善しよぜんありといゑども、 かみの本ほん願ぐわんをのぞむには、 一向ゐちかうにもはらかの仏ほとけの名みやう号がうを念ねむずるなり。 例れいせばかの ¬観経くわんぎやうの疏しよ¼ (散善義) に釈しやくせるがごとし。 「▲かみよりこのかた、 定ぢやう散さん両りやう門もんの益やくをとくといゑども、 仏ほとけの本ほん願ぐわんをのぞむには、 こゝろ衆しゆ生じやうをして一向ゐちかうにもはら弥陀みだ仏ぶちのみなを称しようするにあり」 といへり。 「望まう仏ぶち本ほん願ぐわん」ホトケノホングワンヲといふノゾムトイフは、 この三輩さんぱいの中なかの 「一向ゐちかう専念せんねむ」 をさすなり。

-◇次つぎに流通るづにいたて、 「其有ごう得聞とくもん彼ひ仏ぶち名みやう号がう、 歓くわん喜ぎ踊ゆ躍やく乃ない至し一念ゐちねむ。 当たう知ち此し人にん為い得とく大だい利り。 則そく是ぜ具ぐ足そく无む上じやう功く徳どく」 (大経巻下) といへり。 善導ぜんだうの御おむこゝろは、 「上じやう尽じん一ゐち形ぎやう下至げし一念ゐちねむ」 (礼讃意)、 无む上じやう功く徳どくなりと。 余師よしのこゝろによらば、 たゞ少せうをあげて多たをあらはすなりといへり。

-◇次つぎに

「当来たうらいの世よに経きやう道だう滅尽めちじんせむに、 われ慈悲じひ哀愍あいみんをもて、 ことにこの経きやうを留とゞめて止し住ぢゆせむこと百ひやく歳さいせむ。 それ衆しゆ生じやうあてこの経きやうに値まうあふ者ものは、 意こゝろの所しよ願ぐわんに随したがひてみな得とく度どすべし」 (大経巻下)

-「当来たうらい之世しせ経きやう道だう滅尽めちじん、 我が以い↢慈悲じひ哀愍あいみん↡、 特どく留る↢此し経きやう↡止し住ぢゆ百ひやく歳さい。 其有ごう↢衆しゆ生じやう↡値ち↢此し経きやう↡者しや、 随ずい↢意い所しよ願ぐわん↡皆かい可か↢得とく度ど↡」

-といへり。 この末法まちぽふ万年まんねんののち、 三宝さんぽう滅尽めちじんのときの往わう生じやうをおもふに、 一向ゐちかう専念せんねむの往わう生じやうの義ぎをあかすなり。

-◇そのゆへは、 菩ぼ提だい心しむ0903をときたる諸しよ経きやうみな滅めちしなば、 なにゝよてか菩ぼ提だい心しむの行ぎやう相さうおもしらむ。 大小だいせうの戒かい経きやうみなうせなば、 なにゝよてか二に百ひやく五ご十じふ戒かいおも、 五ご十じふ八はち戒かいおもたもたむ。 仏像ぶちざうあるまじければ、 造像ざうざう起き塔たうの善根ぜんごんもあるべからず。 乃ない至し、 持ぢ経きやう・持ぢ呪じゆ等とうもまたかくのごとし。 そのときに、 なほ一念ゐちねむするに往わう生じやうすといへり。

-◇すなわち善導ぜんだういはく、 「爾時にじ聞もん一念ゐちねむ、 皆当かいたう得とく生しやう彼ひ」 (礼讃) といへり。 かれをもていまをおもふに、 念仏ねむぶちの行ぎやう者じやはさらに余よの善根ぜんごんにおいて一塵ゐちぢんも具ぐせずとも、 決定くゑちぢやうして往わう生じやうすべきなり。

-◇しかれば、 菩ぼ提だい心しむをおこさずはいかでか往わう生じやうすべき、 戒かいをたもたずしてはいかゞ往わう生じやうすべき、 智慧ちゑなくてはいかゞ往わう生じやうすべき、 妄念まうねむをしづめずしてはいかゞ往わう生じやうすべきなむど、 かくのごとくまふす人々ひとびと候さふらふは、 この ¬経きやう¼ をこゝろえぬにて候さふらふなり。 懐ゑ感かむ禅ぜん師じこの文もんを釈しやくせるに、 「説戒せちかい・受戒じゆかいもみな成じやうずべからず、 甚深じむじむの大だい乗じようもしるべからず。 さきだちて隠おむカク没もちしカクル ぬれば、 たゞ念仏ねむぶちのみさとりやすくして、 浅識せんしきの凡ぼむ愚ぐなほよく修習しゆじふして利り益やくをうべし」 (群疑論巻三意) といへり。

-◇まことに戒法かいほふ滅めちしなば、 持ぢ戒かいあるべからず。 大だい乗じようみな滅めちしなば、 発ほち菩ぼ提だい心しむ・読誦どくじゆ大だい乗じようもあるべからずといふことあきらかなり。 浅識せんしきの凡ぼむ愚ぐといへり。 しるべし、 智慧ちゑにあらずといふことを。 かくのごときのともがらの、 たゞ称名しようみやう念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうを修しゆして、 一ゐち声しやうまで往わう生じやうす0904べしといへるなり。 これすなわち弥陀みだの本ほん願ぐわんなるがゆへなり。 すなわち、 かの大だい悲ひ本ほん願ぐわんのとおく一切ゐちさいを摂せふする義ぎなり。

・小経

◇次つぎに ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ は、

「少せう善根ぜんごん福徳ふくとくの因縁いんねんをもてかの国くにに生しやうを得うべからず。 舎しや利り弗ほち、 もし善ぜん男なむ子し・善ぜん女人によにんあて、 阿わ弥陀みだ仏ぶちを説とくを聞きゝて、 名みやう号がうを執しふ持ぢして、 もしは一日ゐちにち、 乃ない至し七日しちにち」

-「不ふ↠可か↧以い↢少せう善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねん↡得とく↞生しやう↢彼ひ国こく↡。 舎しや利り弗ほち、 若にやく有う↢善ぜん男なむ子し・善ぜん女人によにん↡、 聞もん↠説せち↢阿わ弥陀みだ仏ぶち↡、 執しふ↢持ぢ名みやう号がう↡、 若にやく一日ゐちにち、 乃ない至し七日しちにち」

-といへり。

-◇善導ぜんだう和くわ尚しやう釈しやくにいはく、

「随縁ずいえんの雑善ざふぜんおそらくは生むまれがたし。 ゆへに如来によらい要法えうぼふを選えらばしむ」 (法事讃巻下)

-「随縁ずいえん雑善ざふぜん恐く難なん↠生しやう。 故こ使し↣如来によらい選せん↢要法えうぼふ↡」

-といへり。

-◇こゝにしりぬ、 雑善ざふぜんをもては少せう善根ぜんごんとなづけ、 念仏ねむぶちをもて多た善根ぜんごんといふことを。 この ¬経きやう¼ はすなわち、 少せう善根ぜんごんなる雑善ざふぜんをすてゝ、 もはら多た善根ぜんごんの念仏ねむぶちをとけるなり。

-◇ちかごろ唐たうよりわたりたる ¬竜舒りうじよ浄じやう土ど文もん¼ とまふす文ふみ候さふらふ。 それに ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ の脱文だちもんとまふして、 廿にじふ一ゐち字じある文もんをいだせり。 「一心ゐちしむ不ふ乱らん」 の下したに、

「もはら名みやう号がうを持たもちて、 称名しようみやうをもてのゆへに諸罪しよざい消滅せうめちす、 すなわちこれ多た善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねんなり」 (巻一)

-「専せん持ぢ↢名みやう号がう↡、 以い↢称名しようみやう↡故こ諸罪しよざい消滅せうめち、 則そく是ぜ多た善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねん」

-といへり。 すなわちかの文ふみにこの文もんをいだしていはく、 「いまのよにつたわるところの本ほんに、 この廿にじふ一ゐち字じを脱だちヌケせリ り」 (龍舒浄土文巻一) といへり。 この脱文だちもんなしといふとも、 たゞ義ぎをもておもふに、 多た少せうの義ぎありといゑども、 まさしく念仏ねむぶちをさして多た善根ぜんごんといへる文もん、 まことに大切たいせちなり。

-◇次つぎ◗に六方ろくぱう如来によらいの証誠しようじやうをとけり。 かの六方ろくぱう諸仏しよぶちの証誠しようじやう、 たゞこの ¬経きやう¼ をのみかぎりて証誠しようじやうしたまふににたれども、 実じちをもて論ろんずれば、 この ¬経きやう¼ のみにか0905ぎらず。 すべて念仏ねむぶち往わう生じやうを証誠しようじやうするなり。

-◇しかれども、 もし ¬双さう巻経くわんぎやう¼ について証誠しようじやうせば、 かの経きやう経きやうに念仏ねむぶち往わう生じやうの本ほん願ぐわんをとくといゑども、 三輩さんぱいの中なかに菩ぼ提だい心しむ等とうの行ぎやうあるがゆへに、 念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやう証誠しようじやうするむねあらわるべからず。 もし ¬観経くわんぎやう¼ を証誠しようじやうせば、 かの経きやうにえらむで念仏ねむぶちを付ふ属ぞくすといゑども、 まづは定ぢやう散さんの諸しよ行ぎやうをとくがゆへに、 また念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうにかぎるとみゆべからず。 こゝをもて、 たゞ一向ゐちかうにもはら念仏ねむぶちをときたるこの ¬経きやう¼ を証誠しようじやうしたまふなり。

-◇たゞ証誠しようじやうのみことば、 この ¬経きやう¼ にありといへども、 証誠しようじやうの義ぎはかの ¬双さう巻くわん¼・¬観経くわんぎやう¼ にも通つずべし。 ¬双さう巻くわん¼・¬観経くわんぎやう¼ のみにあらず、 もし念仏ねむぶち往わう生じやうのむねをとかむ経きやうおば、 ことごとく六方ろくぱう如来によらいの証誠しようじやうあるべしとこゝろうべきなり。

-◇かるがゆへに天臺てんだいの ¬十じふ疑ぎ論ろん¼ にいはく、 「¬阿わ弥陀みだ経きやう¼・¬大だい无む量りやう寿じゆ経きやう¼・¬鼓く音おむ声じやう陀羅だら尼に経きやう¼ 等とうにいはく、 釈しや迦か仏ぶち、 経きやうをときたまふときに、

十方じふぱう世せ界かいにおのおの恒ごう河が沙しやの諸仏しよぶちましまして、 その舌相ぜちさうを舒べのて、 あまねく三千さんぜん世せ界かいに覆おほふて、 一切ゐちさい衆しゆ生じやう、 阿わ弥陀みだ仏ぶちの本ほん願ぐわん大だい悲ひ願ぐわん力りきを念ねんずるがゆへに、 決定くゑちぢやうして極楽ごくらく世せ界かいに生しやうを得うと証誠しようじやうしたまへり

-有う↢十方じふぱう世せ界かい各かく恒ごう河が沙しや諸仏しよぶち↡、 舒じよ↢其ご舌相ぜちさう↡、 遍へん覆ぷ↢三千さんぜん世せ界かい↡、 証しよう↧誠じやう一切ゐちさい衆しゆ生じやう、 念ねん↢阿わ弥陀みだ仏ぶち本ほん願ぐわん大だい悲ひ願ぐわん力りき↡故こ、 決定くゑちぢやう得とく↞生しやう↢極楽ごくらく世せ界かい↡」

-といへり。 乃至

・浄土五祖

○次つぎに往わう生じやう浄じやう土どの祖師そしの五いつゝの影像えいざうを図絵づゑしたまふに、 おほくこゝろあり。 まづ恩徳おんどくを報ほうぜむがため、 次つぎには賢けんをみてはひとしからむことをおもふゆへなり。 天臺てんだい宗しゆ0906を学がくせむ人ひとは、 南岳なむがく・天臺てんだいを見みたてまつりて、 ひとしからばやとおもひ、 真言しんごんをならはむ人ひとは、 不空ふく・善ぜん无畏むゐをみては、 ひとしからむとおもひ、 華厳くゑごむ宗しゆの人ひとは、 香象かうざう・恵え遠おんのごとくならむとおもひ、 法相ほふさう宗しゆの人ひとは、 玄ぐゑん奘じやう・慈じ恩おんのごとくならむとおもひ、 三論さんろんの学者がくしやは、 浄じやう影やう大だい師しをもうらやみ、 持ぢ律りちの行ぎやう者じやは、 道宣だうせん律りち師しおもとおからずおもふべきなり。

-◇しかれば、 いま浄じやう土どをねがはむ人ひと、 その宗しゆの祖師そしをまなぶべきなり。 しかるに浄じやう土ど宗しゆの師資しし相さう承じように二ふたつの説せちあり。 ¬安楽あんらく集しふ¼ のごときは、 菩ぼ提だい流支るし・恵ゑ寵てう法ほふ師し・道だう場ぢやう法ほふ師し・曇鸞どむらん法ほふ師し・斉朝せいてう◗の法ほふ上じやう法ほふ師し等とうの六ろく祖そをいだせり。 今いままた五祖ごそといふは、 曇鸞どむらん法ほふ師し・道だう綽しやく禅ぜん師じ・善導ぜんだう禅ぜん師じ・懐ゑ感かむ禅ぜん師じ・小康せうかう法ほふ師し等とうなり。

・浄土五祖 ・曇鸞法師

◇曇鸞どむらん法ほふ師しは、 梁りやう・魏ぐゐ両りやう国こくのフタクニナリ 无ぶ双さうの学がくナラビナシトナリ 生しやう也なり。 はじめは寿いのち長ながくして仏道ぶちだうを行ぎやうぜむがために、 陶たう隠居いむきよにあふて仙せん経ぎやうをならふて、 その仙方せんぽうによて修しゆ行ぎやうせんとしき。 のちに菩ぼ提だい流支るし三蔵さんざうにあひたてまつりて、 仏法ぶちぽふの中なかに長ちやう生せい不死ふしの法ほふの、 この土どの仙せん経ぎやうにすぐれたるや候さふらふととひたてまつりたまひければ、 三蔵さんざう唾つわきを吐はきてこたえたまふやう、 とえることばをもていひならふべきにあらず。 この土どいづれのところにか長ちやう生せいの方ほうあらむ。 命いのちながくしてしばらくしなぬやうなれども、 ついにかへて0907三さん有うに輪りん廻ゑす。 たゞこの経きやうによて修しゆ行ぎやうすべし。 すなわち長ちやう生せい不死ふしの所ところにいたるべしといふて、 ¬観経くわんぎやう¼ を授さづけたまへり。

-◇そのときたちまちに改悔がいくゑのこゝろをおこして、 仙せん経ぎやうを焼やきて、 自じ行ぎやう化くゑ他た、 一向ゐちかうに往わう生じやう浄じやう土どの法ほふをもはらにしき。 ¬往わう生じやう論ろんの註ちゆ¼、 また ¬略りやく論ろん安楽あんらく土義どぎ¼ 等とうの文ふみ造つくれる也なり。 并州へいしうの玄ぐゑん忠ちう寺じに三さん百びやく余よ人にん門もん徒とあり。 臨終りむじゆのとき、 その門もん徒と三さん百びやく余よ人にんあつまりて、 自みづからは香かう呂ろをとりて西にしに向むかふて、 弟子でしともに声こゑを等ひとし◗くして、 高かう声しやう念仏ねむぶちして命みやう終じゆしぬ。 そのとき道俗だうぞく、 おほく空く中ちうに音楽おむがくを聞きくといへり。

・浄土五祖 ・道綽禅師

◇道だう綽しやく禅ぜん師じは、 本もとは涅槃ねちはんの学がく生しやうなり。 并州へいしうの玄ぐゑん忠ちう寺じにして曇鸞どむらんの碑ひ文もんをみて、 発心ほちしむして云いは、く 「かの曇鸞どむらん法ほふ師し、 智ち徳とく高遠かうおんなり。 なほ講説かうせちをすてて浄じやう土どの業ごふを修しゆして、 すでに往わう生じやうせり。 いはむやわが所しよ解げ、サトルトコロ 所しよシル知ちおトコロ ほしとするにたらむや」 (迦才浄土論巻下意) と云いふて、 すなわち涅槃ねちはんの講説かうせちをすてゝ、 一向ゐちかうにもはら念仏ねむぶちを修しゆして相続さうぞくしてひまなし。 つねに ¬観経くわんぎやう¼ を講かうじて、 人ひとを勧すゝめたり。 并州へいしうの晋陽しむやう・大たい原ぐゑん・汶水ぼちしゐの三さん県くゑんの道俗だうぞく、 七歳しちさい已い上じやうは悉ことごと◗く念仏ねむぶちをさとり往わう生じやうをとげたり。 又また人ひとを勧すゝめて、 㖒てい唾だ便べん利り西方さいはうに向むかはず、 行ぎやう住ぢゆ坐ざ臥ぐわ西方さいはうを背そむかず。

-◇又また ¬安楽あんらく集しふ¼ 二に巻くわんこれを造つくれ。り 凡おほよそ往わう生じやう浄じやう土どの教けう弘通ぐづ、 道だう綽しやくの御おむ力ちから也なり。 往わう生じやう伝でん等とうを見みるにも、 多おほ◗く道だう綽しやくの勧すゝめを受うけて往わう生じやうをとげたり。 善ぜん0908導だうもこの道だう綽しやくの弟子でし也なり。 しかれば、 修南しふなむ山ざんの道宣だうせんの伝でんに云いは、く 「西方さいはう道教だうけうの弘ひろまこる とは、 これより起おこ」る (続高僧伝巻二〇意) と云いへり。 又また曇鸞どむらん法ほふ師し、 七宝しちぽうの船ふねに乗のりて空く中ちうに来きたれをる みる。 又また化仏くゑぶち・菩ぼ薩さち空そらに住ぢゆする事こと七日しちにち、 そのとき天華てんぐゑ雨ふりて、 来きた◗り集あつま◗る人々ひとびと袖そでにこれをうく。 かくのごとく不可ふか思議しぎの霊瑞れいずい多おほし。 終おわりのとき、 白しろ◗き雲くも西方さいはうより来きたりて、 三道さんだうの白しろき光ひかりと成なりて房中ばうちうを照てらす。 五ご色しきの光ひかり、 空く中ちうに現げんず。 又また墓はかの上うへに紫し雲うん三み度たび現げんずる事ことあり。

・浄土五祖 ・善導和尚

◇善導ぜんだう和くわ尚しやう、 いまだ ¬観経くわんぎやう¼ をえざるさきに、 三昧さんまいをえたまひたりけると覚おぼえ候さふらふ。 そのゆへは、 道だう綽しやく禅ぜん師じにあふて ¬観経くわんぎやう¼ をゑてのち、 この経きやうの所説しよせち、 わが所見しよけんにおなじとのたまへり。 導だう和くわ尚しやうの念仏ねむぶちしたまふには、 口くちより仏ほとけ出いでたまふ。 曇どむ省しやう◗の讃さんに云いは、く 「善導ぜんだう念仏ねむぶち仏ぶち従じゆ口く出しゆつ」 といへり。 同おなじ◗く念仏ねむぶちをまふすとも、 かまえて善導ぜんだうのごとく口くちより仏ほとけ出いでたまふばかりまふすべきなり。 「欲如よくによ善導ぜんだう妙在めうざい純熟じゆんじゆく」 とまふして、 誰たれなりとも念仏ねむぶちをだにもまことに申まふして、 その功こう熟じゆくしなば、 口くちより仏ほとけは出いでたまふべき也なり。

-◇道だう綽しやく禅ぜん師じは師しなれども、 いまだ三昧さんまいを発得ほちとくせず。 善導ぜんだうは弟子でしなれども、 三昧さんまいをえたまひたりしかば、 道だう綽しやく、 わが往わう生じやうは一ゐち定ぢやうか不ふ定ぢやうかと仏ほとけにとひたてまつりたまへとのたまひければ、 善導ぜんだう禅ぜん師じ命めいをうけてすなわち定ぢやうに入いりて阿わ弥陀みだ仏ぶちにと0909ひたてまつりしに、 仏ほとけ言のたまは、く 道だう綽しやくに三みつの罪つみあり、 すみやかに懺悔さむぐゑすべし。 その罪つみ懺悔さむぐゑして、 定さだめて往わう生じやうすべし。 一ひとつには、 仏像ぶちざう・経巻きやうくわんおばひさしに安おきて、 わが身みは房中ばうちうに居こす。 二ふたつには、 出しゆつ家けの人ひとをつかふ。 三みつには、 造作ざうさくのあひだ虫むしの命いのちを殺ころす。 十方じふぱうの仏前ぶちぜんにして、 第一だいゐちの罪つみを懺悔さむぐゑすべし。 諸僧しよそうの前まへにして、 第だい二にの罪つみを懺悔さむぐゑすべし。 一切ゐちさい衆しゆ生じやうの前まへにして、 第三だいさんの罪つみを懺悔さむぐゑすべしと。 善導ぜんだうすなわち定ぢやうより出いでて、 このむねを道だう綽しやくにつげたまふに、 道だう綽しやく云いは、く しづかにむかしのとがをおもふに、 これみな空むなしからずと云いふて、 こゝろを至いたして懺悔さむぐゑすと云いへ。り しかれば、 師しに勝まさりたるなり。

-◇善導ぜんだうは、 ことに火急くわきうの小せう声しやう念仏ねむぶちを勧すゝめて、 数かずをさだめたまへり。 一万ゐちまん・二に万まん・三万さんまん・五ご万まん、 乃ない至し十万じふまんと云いへり。

・浄土五祖 ・懐感禅師

◇懐ゑ感かむ禅ぜん師じは、 法相ほふさう宗しゆの学がく生しやう也なり。 広ひろく経きやう典てんをさとりて、 念仏ねむぶちおば信しんぜず、 善導ぜんだうに問とふ◗て云いは、く 念仏ねむぶちして仏ほとけを見みたてまつりてむやと。 導だう和くわ尚しやう答こたへて云いは、く 仏ほとけの誠じやう言ごんなむぞうたがはむや。 懐ゑ感かむこの事ことについて忽たちまちに解さとりをひらき、 信しんを起おこして道だう場ぢやうに入いりて、 高かう声しやうに念仏ねむぶちして見みたてまつらむと願ぐわんずるに、 三さん七日しちにちまでにその霊瑞れいずいをみず。 そのとき感かむ禅ぜん師じ、 自みづから罪ざい障しやうの深ふかくして仏ほとけをみたてまつらざることを恨うらみて、 食しよくを断だんじて死しせんとす。 善導ぜんだう、 制せいしてゆるさず。 のちに ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ 七しち巻くわんを造つくると 云々いへり。 感かむ師しはことに高かう声しやう0910念仏ねむぶちを勧すゝめたまへり。

・浄土五祖 ・小康法師

◇小康せうかう法ほふ師しは、 本もとは持ぢ経きやう者しや也なり。 年とし十じふ五ご歳さいにして ¬法華ほふくゑ¼・¬華厳くゑごむ¼ 等とうの経きやう五部ごぶを読よみ覚おぼへたり。 これによて、 ¬高僧かうそう伝でん¼ には読誦どくじゆ◗の篇へんに入いれたれども、 たゞ持ぢ経きやう者しやのみにあらず、 瑜伽ゆが唯識ゆいしきの学がく生しやう也なり。

-◇のちに白はく馬ば寺じに詣まうでて堂内だうないをみれば、 光ひかりはなちたる物ものあり。 これを探さぐり取とりて見みれば、 善導ぜんだうの西方さいはう化導くゑだうの文ふみ也なり。 小康せうかうこれをみて、 こゝろ忽たちまちに歓くわん喜ぎして、 願ぐわんを発おこして云いは、く われもし浄じやう土どに縁えんあらば、 この文ふみ再ふたゝび光ひかりを放はなてと。 かくのごとく誓ちかひ了おはりて見みれば、 重かさねて光ひかりを放はな。つ その光ひかりの中なかに、 化仏くゑぶち・菩ぼ薩さちまします。 歓くわん喜ぎやめがたくして、 ついに又また長ちやう安あんの善導ぜんだう和くわ尚しやうの影堂えいだうに詣けいしマウデヽて善導ぜんだうの真像しんざうを見みれば、 化くゑして仏身ぶちしんとなりて小康せうかうにのたまはく、 汝なんぢわが教けうによて衆しゆ生じやうを利り益やくし、 同おなじ◗く浄じやう土どに生しやうずべしと。 これを聞きゝて、 小康せうかう、 所しよ証しようあるがごとし。

-◇後のちに人ひとを勧すゝめ◗むとするに、 人ひとその教化けうくゑにしたがはず。 しかるあひだ、 銭せんゼニをまうけて、 まづ小童せうどう等とうを勧すゝめて、 念仏ねむぶち一返ゐちぺんに銭せんゼニ一文ゐちもんをあたふ。 のちに十遍じふぺんに一文ゐちもん、 かくのごとくするあひだ、 小康せうかうの行あるくに小童せうどう等とうついておのおの念仏ねむぶちす。 又また小童せうどうのみにあらず、 老少らうせう男女なむによをきらはず、 みなことごとく念仏ねむぶちす。

-◇かくのごとくしてのち、 浄じやう土ど堂だうを造つくりて、 昼ちう夜やに行ぎやう道だうして念仏ねむぶちす。 所化しよくゑにしたがふて道だう場ぢやうに来きた◗り集あつま◗る輩ともがら、 三千さんぜん余よ人にん也なり。 又また小康せうかう、 高かう声しやうに念仏ねむぶち0911するを見みれば、 口くちより仏ほとけ出いでたまふこと、 善導ぜんだうのごとし。 このゆへに、 時ときの人ひと、 後ご善導ぜんだうとなづけたり。 浄じやう土ど堂だうとは唐たうのならひ、 阿わ弥陀みだ仏ぶちをすえたてまつりたる堂だうおば、 みな浄じやう土ど堂だうとなづけたる也なり。

◇五祖ごその御徳おむとく、 要えうをとるにかくのごとしと。

・念仏往生

◇又また ¬无む量りやう寿じゆ経きやう¼ は、 如来によらいの教けうをまうけたまふこと、 みな済さい度ど衆しゆ生じやうのためなり。 かるがゆへに、 衆しゆ生じやうの機き根こんまちまちなるがゆへに、 仏ほとけの経きやう教けうも又また无む量りやうなり。 しかるに今いまの ¬経きやう¼ は、 往わう生じやう浄じやう土どのために衆しゆ生じやう往わう生じやうの法ほふを説ときたまふ也なり。 阿わ弥陀みだ仏ぶち、 修因しゆいん感果かむくわの次し第だい、 極楽ごくらく浄じやう土どの二に報ほう荘しやう厳ごむのありやうをくはしく説ときたまへるも、 衆しゆ生じやうの信心しんじむを勧すゝめて欣ごん求ぐのこゝろをおこさせむがため也なり。 しかるにこの ¬経きやう¼ の詮せむにては、 われら衆しゆ生じやうの往わう生じやうすべきむねを説ときたまへる也なり。

-◇たゞしこの ¬経きやう¼ を釈しやくするに、 諸しよ師しのこゝろ不ふ同どう也なり。 今いましばらく善導ぜんだう和くわ尚しやうの御おむこゝろをもてこゝろえ候さふらふに、 この ¬経きやう¼ はひとへに専修せんじゆ念仏ねむぶちのむねを説とくを衆しゆ生じやう往わう生じやうの業ごふとしたまへるなり。

-◇なにをもてこれをしるといふに、 まづかの仏ほとけの因いん位ゐの本ほん願ぐわんを説とく中なかに、 「設せち我が得仏とくぶち、 十方じふぱう衆しゆ生じやう、 至し心しん信楽しんげう、 欲よく生しやう我が国こく、 乃ない至し十念じふねむ。 若にやく不ふ生しやう者じや、 不ふ取しゆ正しやう覚がく」 (大経巻上) と云いへ。り

-◇かの仏ほとけの因いん位ゐ、 法蔵ほふざう比丘びくのむかし、 世自せじ在王ざいわう仏ぶちのみもとにして、 二に百ひやく一十ゐちじふ億おくの諸仏しよぶち妙めう0912土どの中なかよりえらびて四し十八じふはちの誓せい願ぐわんを起おこして、 浄じやう土どをまふけて仏ほとけになりて、 衆しゆ生じやうをしてわがくにに生むまれさすべき行きやう業ごふをえらびて願ぐわんじたまひしに、 またく行ぎやうおばたてずして、 たゞ念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをたてたまへる也なり。

-◇かるがゆへに ¬大だい阿わ弥陀みだ経きやう¼ には、 すべてかの仏ほとけの願ぐわんおば、 選せん択ぢやくしてたてたまふゆへなり。 ¬大だい阿わ弥陀みだ経きやう¼、 この経きやうは同本どうほん異い訳やくの経きやう也なり。

-◇しかるに往わう生じやうの行ぎやうは、 われらがさかしくいまはじめてはからふべきことにあらず、 みなさだめおけることなり。 法蔵ほふざう比丘びく、 もし悪あくをえらびてたてたまはゞ、 世自せじ在王ざいわう仏ぶち、 なほさでおはしますべきかは。 かの願ぐわんどもとかせてのち、 決定くゑちぢやう无む上じやう正しやう覚がくなるべしと授じゆ記きしたまはむ。 法蔵ほふざう菩ぼ薩さち、 かの願ぐわんたてたまひて、 兆載てうさい永ゐやう劫ごふのあひだ難なん行ぎやう・苦く行ぎやう積しやく功く累徳るいとくして、 すでに仏ほとけになりたまひたれば、 むかしの誓せい願ぐわん一一ゐちゐちにうたがふべからず。

-◇しかるに善導ぜんだう和くわ尚しやう、 この本ほん願ぐわんの文もんを引ひきてのたまはく、

「もしわれ成じやう仏ぶちせむに、 十方じふぱうの衆しゆ生じやう、 わが名みやう号がうを称しようせむこと下しも十じふ声しやうに至いたるまで、 もし生しやうぜずは、 正しやう覚がくを取とらじと。 かの仏ぶち今いま現げんに在ましまして成じやう仏ぶちしたまへり。 まさに知しるべし本誓ほんぜい重ぢう願ぐわん虚むなしからず、 衆しゆ生じやう称しよう念ねむすればかならず往わう生じやうを得う」 (礼讃)

-「若にやく我が成じやう仏ぶち、 十方じふぱう衆しゆ生じやう、 称しよう↢我が名みやう号がう↡下至げし↢十じふ声しやう↡、 若にやく不ふ↠生しやう者じや、 不ふ↠取しゆ↢正しやう覚がく↡。 彼ひ仏ぶち今こむ現在げんざい成じやう仏ぶち。 当たう↠知ち本誓ほんぜい重ぢう願ぐわん不ふ↠虚こ、 衆しゆ生じやう称しよう念ねむ必得ひちとく↢往わう生じやう↡」

-と云いへ。り

-◇まことにわれら衆しゆ生じやう、 自じ力りきばかりにて往わう生じやうをもとむるにとりてこそ、 この行きやう業ごふは仏ほとけの御おむこゝろにかなひやすらむ。 またなにとも不ふ審しむにもおぼへ、 往わう生じやうも不ふ定ぢやうには候さふらふべき。

-◇念仏ねむぶちを申まふして往わう生じやうを願ねがはむ人ひとは、 自じ力りきに0913て往わう生じやうすべきにはあらず、 たゞ他た力りきの往わう生じやう也なり。 本もとより仏ほとけのさだめおきて、 わが名みやう号がうをとなふるものは、 乃ない至し十じふ声しやう・一ゐち声しやうまでもむまれしめたまひたれば、 十じふ声しやう・一ゐち声しやう念仏ねむぶちにて一ゐち定ぢやう往わう生じやうすべければこそ、 その願ぐわん成じやう就じゆして成じやう仏ぶちしたまふと云いふ道だう理りの候さふらへば、 唯たゞ一向ゐちかうに仏ほとけの願ぐわん力りきをあおぎて往わう生じやうおば決定くゑちぢやうすべきなり。 わが自じ力りきの強がうコワキ弱にやくヨワキをさだめて不ふ定ぢやうにおもふべからず。

-◇かの願ぐわん成じやう就じゆの文もん、 この ¬経きやう¼ (大経) の下げ巻くわんにあり。 その文もん◗に云いは、く 「諸しよ有う衆しゆ生じやう、 聞もん其ご名みやう号がう、 信心しんじむ歓くわん喜ぎ、 乃ない至し一念ゐちねむ、 至し心しん廻ゑ向かう、 願がん生しやう彼ひ国こく、 即そく得とく往わう生じやう、 住ぢゆ不ふ退転たいてん」 と云いへ。り 凡おほよそ四し十八じふはち願ぐわん、 浄じやう土どを荘しやう厳ごむせり。 華くゑ・池ち・宝閣ほうかく、 願ぐわん力りきにあらずと云いふことなし。 その中なかにひとり、 念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんのみうたがふべからず。 極楽ごくらく浄じやう土どもし浄じやう土どならば、 念仏ねむぶち往わう生じやうも決定くゑちぢやう往わう生じやう也なり。

◇次つぎに往わう生じやうの業因ごふいんは念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやう定ぢやうと云いふとも、 行ぎやう者じやの根こん性じやうにしたがふて上じやう・中ちう・下げあり。 かるがゆへに三輩さんぱいの往わう生じやうを説とけ。り すなわち上じやう輩はいの文もん云いはく、

「それ上じやう輩はいは、 家いゑを捨すて欲よくを棄すてて沙門しやもんと作なり、 菩ぼ提だい心しむを発おこし、 一向ゐちかうにもはら无む量りやう寿じゆ仏ぶちを念ねむず」 (大経巻下)

-「其ご上じやう輩はい者しや、 捨しや↠家け棄き↠欲よく而に作さ↢沙門しやもん↡、 発ほち↢菩ぼ提だい心しむ↡、 一向ゐちかう専念せんねむ↢无む量りやう寿じゆ仏ぶち↡」

-と云いへり。 中輩ちうはいの文もん云いはく、

「行ぎやうじて沙門しやもんと作なりおほきに功く徳どくを修しゆするにあたはずといゑども、 まさに无む上じやう菩ぼ提だい心しむを発おこし、 一向ゐちかうに意こゝろをもはらにして、 乃ない至し十念じふねむ无む量りやう寿じゆ仏ぶちを念ねむずべし」 (大経巻下意)

-「雖すい↠不ふ↠能のう↧行ぎやう作さ↢沙門しやもん↡大だい修しゆ↦功く徳どく↥、 当たう↧発ほち↢无む上じやう菩ぼ提だい心しむ↡、 一向ゐちかう専せん↠意い、 乃ない至し十念じふねむ念ねむ↦无む量りやう寿じゆ仏ぶち↥」

と云いへり。

-◇当たう座ざの道だう師し、 私わたくしに一ひとつの釈しやくをつくり候さふらふ。 この三輩さんぱいの文もんの中なかに、 菩ぼ提だい心しむ等とうの余よ行ぎやうあぐといゑども、 上かみの仏ほとけの本ほん願ぐわんを望のぞむには、 こゝろ0914衆しゆ生じやうをして、 もはら无む量りやう寿じゆ仏ぶちを念ねむぜしむるにあり。 かるがゆへに 「一向ゐちかう」 と云いふ。

-◇又また ¬観くわん念ねむ法門ぼふもん¼ に善導ぜんだう釈しやくして云いは、く

「またこの ¬経きやう¼ の下げ巻くわんの初はじめに云いはく、 仏ぶつ一切ゐちさい衆しゆ生じやうの根こん性じやう不ふ同どうを説ときたまふに、 上じやう・中ちう・下げあり。 その根こん性じやうに随したがひて、 みな勧すゝめてもはら无む量りやう寿じゆ仏ぶちの名みなを念ねむぜしめたまへり。 その人ひと命いのち終おわらむと欲ほする時とき、 仏ぶつ聖しやう衆じゆとみづから来きたりて迎接かうせうして、 ことごとく往わう生じやうを得えしむ」

-「又う此し ¬経きやう¼ 下げ巻くわん初しよ云うん、 仏説ぶちせち↢一切ゐちさい衆しゆ生じやう根こん性じやう不ふ同どう↡、 有う↢上じやう・中ちう・下げ↡。 随ずい↢其ご根こん性じやう↡、 皆かい勧くわん専念せんねむ↢无む量りやう寿じゆ仏ぶち名みやう↡。 其ご人にん命みやう欲よく↠終じゆ時じ、 仏ぶち与よ↢聖しやう衆じゆ↡自じ来らい迎接かうせう、 尽じん得とく↢往わう生じやう↡」

-と云いへり。 この釈しやくのこゝろ、 三輩さんぱいともに念仏ねむぶち往わう生じやう也なり。 まことに一向ゐちかうの言ごんは余よをすつる言ことばなり。

-◇例れいせば、 かの五ご天竺てんぢくの三みつの寺てらのごとし。 一ひとつには一向ゐちかう大だい乗じよう寺じ、 二ふたつには一向ゐちかう小せう乗じよう寺じ、 三みつには大小だいせう兼けむ行ぎやう寺じ。 かの一向ゐちかう大だい乗じよう寺じの中なかには、 小せう乗じようを学がくすることなし。 一向ゐちかう小せう乗じよう寺じには、 大だい乗じようを学がくするものなし。 大小だいせう兼けむ行ぎやう寺じの中なかには、 大だい乗じよう・小せう乗じようともに兼学けむがくする也なり。 大小だいせうの両りやう寺じはともに一向ゐちかうの言ごんをおく、 二ふたつを兼かねたる寺てらには一向ゐちかうの言ごんをおかず。

-◇これをもてこゝろえ候さふらふに、 今いまの ¬経きやう¼ の中なかに一向ゐちかうの言ごんもまたしかなり。 もし念仏ねむぶちの外ほか◗に余よ行ぎやうをならぶれば、 すなわち一向ゐちかうにあらず。 かの寺てらになずらへば、 兼けむ行ぎやうと云いふべし。 すでに一向ゐちかうと云いへり。 しるべし、 余よ行ぎやうをすつといふ事ことを。

-◇たゞこの三輩さんぱいの文もんの中なかに余よ行ぎやうを説とくについて、 三みつの意こゝろあり。 一ひとつには、 諸しよ行ぎやうをすてゝ念仏ねむぶちに帰くゐせしめむがためにならべて余よ行ぎやうを説ときて、 念仏ねむぶちにおいて一向ゐちかうの言ごんをおく。 二ふたつには、 念仏ねむぶちの人ひとをたすけむがために諸善しよぜんを説とく。 三みつには、 念仏ねむぶちと諸しよ行ぎやうとをならべて、 ともに三品さんぼむの差別しやべちを0915しめさむがために諸しよ行ぎやうを説とく。

-◇この三みつの義ぎの中なかには、 たゞはじめの義ぎを正しやうとす。 のちの二ふたつは傍ばう義ぎ也なり。カタワラゴトナリ

◇次つぎにこの ¬経きやう¼ (大経巻下) の流通るづ分ぶんの中なかに説ときて云いはく、 「仏ぶち語ご弥み勒ろく、 其有ごう得聞とくもん彼ひ仏ぶち名みやう号がう、 歓くわん喜ぎ誦ゆ躍やく乃ない至し一念ゐちねむ。 当たう知ち此し人にん為い得とく大だい利り。 則そく是ぜ具ぐ足そく无む上じやう功く徳どく」 と云いへり。

-◇上かみの三輩さんぱいの文もんの中なかに、 念仏ねむぶちのほかにもろもろの功く徳どくを説とくといゑども、 余よ善ぜんおばほめず。 たゞ念仏ねむぶちの一善ゐちぜんをあげて、 无む上じやうの功く徳どくと讃嘆さんだんして未み来らいに流通るづせり。 念仏ねむぶちの功く徳どくは、 余よの功く徳どくに勝すぐれたることあきらかなり。

-◇「大だい利り」 と云いふは、 小せう利りに対たいする言ことばなり。 「无む上じやう」 と云いふは、 この功く徳どくの上うへする功く徳どくなしと云いふ義ぎ也なり。 すでに一念ゐちねむを指さして大だい利りと云いふ、 又また无む上じやうと云いふ。 いはむや、 二に念ねむ・三念さんねむ、 乃ない至し十念じふねむおや。 いかにいはむや、 百ひやく念ねむ・千念せんねむ、 乃ない至し万念まんねむおや。 これ則すなわち、 少せうを上あげて多たを決くゑちする也なり。

-◇この文もんをもて余よ行ぎやうと念仏ねむぶちと相対さうたいしてこゝろうるに、 念仏ねむぶちすなわち大だい利り也なり、 余よ善ぜんはすなわち小せう利り也なり。 念仏ねむぶちは无む上じやう也なり、 余よ行ぎやうは又また有う上じやう也なり。 すべては往わう生じやうを願ぐわんぜむ人ひと、 なんぞ无む上じやう大だい利りの念仏ねむぶちをすてて、 有う上じやう小せう利りの余よ善ぜんを執しふせむや。

◇次つぎにこの ¬経きやう¼ (大経) の下げ巻くわんの奥おくに云いは、く 「当来たうらい之世しせ経きやう道だう滅尽めちじん、 我が以い慈悲じひ哀愍あいみん、 ↓特どく留る此し経きやう止し住ぢゆ百ひやく歳さい。 其有ごう衆しゆ生じやう値ち此し経きやう者しや、 随ずい意い所しよ願ぐわん皆かい可か得とく度ど」 と云いへ。り

-◇善導ぜんだう此こ◗の文もんを釈しやくして0916云いはく、 「万年まんねん三宝さんぽう滅めち、 此し経きやう住ぢゆ百ひやく年ねん、 ↓爾時にじ聞もん一念ゐちねむ、 皆当かいたう得とく生しやう彼ひ」 (礼讃) といへり。

-◇釈しやく尊そんの遺法ゆいほふに三さん時じの差別しやべちあり、 正しやう法ぼふ・像法ざうぼふ・末法まちぽふ也なり。 その正しやう法ぼふ一千ゐちせん年ねんのあひだ、 教けう行証ぎやうしようの三みつともに具ぐ足そくせり、 教けうのごとく行ぎやうずるにしたがふて証しようえたり。 像法ざうぼふ一千ゐちせん年ねんのあひだは、 教けう行ぎやうはあれども証しようなし。 教けうにしたがふて行ぎやうずといゑども、 悉しち地ぢをうることなし。 末法まちぽふ万年まんねんのあひだは、 教けうのみあて行証ぎやうしようなし。 わづかに教門けうもんはのこりたれども、 教けうのごとく行ぎやうずるものなし、 行ぎやうずれどもまた証しようをうるものなし。

-◇その末法まちぽふ万年まんねんのみちなむのちは、 如来によらいの遺教ゆいけうみなうせて、 住ぢゆ持ぢの三宝さんぽうことごとく滅めちして、 おほよそ仏像ぶちざう・経きやう典てんもなく、 頭かしらを剃そり、 衣ころもを染そむ◗る僧そうもなし。 仏法ぶちぽふと云いふこと、 名みやう字じをだにもきくべからず。 しかるに、 そのときまでたゞこの ¬双さう巻くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ 一ゐち部ぶ二に巻くわんばかりのこりとゞまりて、 百ひやく年ねんまで住ぢゆして衆しゆ生じやうを済さい度どしたまふこと、 まことにあはれにおぼえ候さふらふ。

-◇¬華厳くゑごむ経ぎやう¼ も ¬般若はんにや経きやう¼ も ¬法華ほふくゑ経きやう¼ も ¬涅槃ねちはん経ぎやう¼ も、 おほよそ大小だいせう権実ごんじちの一切ゐちさい諸しよ経きやう、 乃ない至し ¬大日だいにち¼・¬金剛こむがう頂ちやう¼ 等とう真言しんごん秘ひ密みちの諸しよ経きやうも、 みなことごとく滅めちしたらむとき、 たゞこの ¬経きやう¼ ばかりとゞまりたまふことは、 なに事ごとにかとおぼえ候さふらふ。 釈しやく尊そんの慈悲じひをもて、 とゞめたまふことさだめてふかきこゝろ候さふらふらむ。 仏ぶち智ちまことにはかりがたし。 たゞし阿わ弥陀みだ仏ぶちの機き縁えん、 この界かいの0917衆しゆ生じやうにふかくましますゆへに、 釈しや迦か大だい師しもかの仏ほとけの本ほん願ぐわんをとゞめたまふなるべし。

◇この文もんについて按あんじ候さふらふに、 四よつのこゝろあり。

-◇一ひとつには、 聖しやう道だう門もんの得脱とくだちは機き縁えんあさく、 浄じやう土ど門もんの往わう生じやうのみ機き縁えんふかし。 かるがゆへに三さん乗じよう・一ゐち乗じようの得脱とくだちをとける諸しよ経きやうはさきだちて滅めちして、 たゞ一念ゐちねむ・十念じふねむの往わう生じやうをとけるこの ¬経きやう¼ ばかりひとりとゞまるべし。

-◇二ふたつには、 往わう生じやうにつきて十方じふぱう浄じやう土どは機き縁えんあさく、 西方さいはう浄じやう土どは機き縁えんふかし。 かるがゆへに、 十方じふぱう浄じやう土どを勧すゝめたる諸しよ経きやうはことごとく滅めちして、 たゞ西方さいはうの往わう生じやう勧すゝめたるこの ¬経きやう¼ ひとりとゞまるべし。

-◇三みつには、 兜と率そちの上生じやうしやうは機き縁えんあさく、 極楽ごくらくの往わう生じやうは機き縁えんふかきゆへに、 ¬上生じやうしやう¼・¬心しむ地ぢ¼ 等とうの兜と率そちを勧すゝめたる諸しよ経きやうはみな滅めちして、 極楽ごくらくを勧すゝめたるこの ¬経きやう¼ ひとりとゞまるべし。

-◇四よつには、 諸しよ行ぎやうの往わう生じやうは機き縁えんあさく、 念仏ねむぶちの往わう生じやうは機き縁えんふかきゆへに、 諸しよ行ぎやうを説とく諸しよ経きやうはみな滅めちして、 念仏ねむぶちを説とけるこの ¬経きやう¼ のみひとりとゞまりたまふべし。

-◇この四よつの義ぎの中なかに、 真実しんじちには第だい四しの念仏ねむぶち往わう生じやうのみとゞまるべしと云いふ義ぎの正しやう義ぎにて候さふらふ也なり。 「↑特どく留る此し経きやう止し住ぢゆ百ひやく歳さい」 (大経下) ととかれたれば、 この二に軸ぢくの経きやう典てん、 ひとりのこるべきかときこえ候さふらへども、 まことには経巻きやうくわんはうせたまひたれども、 たゞ念仏ねむぶちの一門ゐちもんばかりとゞまりて、 百ひやく年ねん0918あるべきにやとおぼえ候さふらふ。

-◇かの秦しむ◗の始し皇くわうが、 書しよを焼やき、 儒じゆを埋うづみしとき、 ¬毛もう詩し¼ と申まふす文ふみばかりはのこりたりと申まふすこと候さふらふ。 それも文ふみはやかれたれども、 詩しはとゞまりて口くちにありと申まふして、 詩しおば人々ひとびとそらにおぼへたりけるゆへに、 ¬毛もう詩し¼ ばかりはのこりたりと申まふすこと候さふらふをもてこゝろえ候さふらふに、 この ¬経きやう¼ とゞまりて百ひやく年ねんあるべしと云いふも、 経巻きやうくわんはみな隠滅おんめちしたりとも、 南无なも阿わ弥陀みだ仏ぶちとまふすことは、 人ひとの口くちにとゞまりて百ひやく年ねんまでもきゝつたへむずる事こととおぼへ候さふらふ。

-◇経きやうといふは、 また説とくところの法ほふを申まふすことなれば、 この ¬経きやう¼ はひとへに念仏ねむぶちの一法ゐちぽふを説とけり。 されば、 「↑爾時にじ聞もん一念ゐちねむ、 皆当かいたう得とく生しやう彼ひ」 (礼讃) とは善導ぜんだうも釈しやくしたまへる也なり。 これ秘ひ蔵ざうの義ぎ也なり、 たやすく申まふすべからず。

◇すべてこの ¬双さう巻くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ に、 念仏ねむぶち往わう生じやうの文もん七所しちしよあり。 一ひとつには本ほん願ぐわんの文もん、 二ふたつには願ぐわん成じやう就じゆの文もん、 三みつには上じやう輩はいの中なかに一向ゐちかう専念せんねむの文もん、 四よつには中輩ちうはいの中なかの一向ゐちかう専念せんねむの文もん、 五いつゝには下げ輩はいの中なかの一向ゐちかう専せん意いの文もん、 六むつには无む上じやう功く徳どくの文もん、 七なゝつには特どく留る此し経きやうの文もん也なり。

-◇この七所しちしよの文もんをまた合がふして三みつとす。 一ひとつには本ほん願ぐわん、 これに二ふたつを摂せふす。 はじめの発ほち願ぐわん、 成じやう就じゆ也なり。 二ふたつには三輩さんぱい、 これに三みつを摂せふす。 上じやう輩はい・中輩ちうはい・下げ輩はいなり。 この下げ輩はいについて二に類るいあり。 三みつには流通るづ、 これに二ふたつを摂せふす。 无む上じやう功く徳どく、 特どく留る此し経きやうなり。

-◇本ほん0919願ぐわんは弥陀みだにあり。 三輩さんぱい已下いげは釈しや迦かの自じ説せち也なり、 それも弥陀みだの本ほん願ぐわんにしたがふて説ときたまへる也なり。 三輩さんぱいの文もんの中なかに、 おのおの一向ゐちかう専念せんねむと勧すゝめたまへるも、 流通るづの中なかに无む上じやう功く徳どくと讃嘆さんだんしたまへるも、 特どく留る此し経きやうととゞめたまへるも、 みなもと弥陀みだの本ほん願ぐわんに随ずい順じゆんしたまへるゆへなり。

-◇しかれば、 念仏ねむぶち往わう生じやうとまふすことは、 本ほん願ぐわんを根本こんぽんとする也なり。 詮せむずるところ、 この ¬経きやう¼ ははじめよりおはりまで、 弥陀みだの本ほん願ぐわんを説とくとこゝろうべき也なり。 ¬双さう巻経くわんぎやう¼ の大たい意い、 略りやくしてかくのごとし。

・観経

○次つぎに ¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ は、 この大たい意いをこゝろえむとおもはば、 かならず教相けうさうを知しるべき事こと也なり。 教相けうさうを沙汰さたせねば、 法門ほふもんの浅せんアサキ深じむフカキ差別しやべちあきらかならざる也なり。

-◇しかるに諸宗しよしゆにみな立教りふけう開かいヒラキ 示じシメスあり。 法相ほふさう宗しゆには三さん時じ教けうをたてゝ一代ゐちだいの諸教しよけうを摂せふすオサムル。 三論さんろん宗しゆには二に蔵ざう教けうをたてゝ大小だいせうの諸教しよけうを摂おさ。むセフス 華厳くゑごむ宗しゆには五ご教けうをたて、 天臺てんだい宗しゆには四し教けうをたつ。

-◇いまわが浄じやう土ど宗しゆには、 道だう綽しやく禅ぜん師じ ¬安楽あんらく集しふ¼ に聖しやう道だう・浄じやう土どの二に教けうをたてたり。 一代ゐちだい聖しやう教げう五ご千せん余よ軸ぢく、 この二に門もんおばいでず。

-◇はじめに聖しやう道だう門もんは、 三さん乗じよう・一ゐち乗じようの得道とくだう也なり。 すなわちこの娑しや婆ば世せ界かいにして、 断惑だんわく開かい悟ごする道みちなり。 すべて分わかてば二ふたつあり。 謂いは、く 大だい乗じようの聖しやう道だう、 小せう乗じようの聖しやう道だう也なり。 別べちして論ろんずれば、 四し乗じようの聖しやう道だうあり。 謂いは、く 声しやう聞もん乗じよう・縁覚えんがく乗じよう・菩ぼ薩さち乗じよう・仏ぶち乗じよう也なり。

-◇浄じやう土ど者は、 まづこの娑しや婆ば穢ゑ悪あくのさかひをいでゝ、 か0920の安楽あんらく不ふ退たいのくににむまれて、 自じ然ねんに増進ぞうしんして仏道ぶちだうを証しよう得とくせむともとむる道みち也なり。

-◇この二に門もんをたつる事ことは、 道だう綽しやく一ゐち師しのみにあらず。 曇鸞どむらん法ほふ師しも龍樹りうじゆ菩ぼ薩さちの ¬十住じふぢゆ毘婆びば沙しや論ろん¼ を引ひきて、 難なん行ぎやう・易い行ぎやうの二に道だうをたてたまへり。 「▲難なん行ぎやう道だうは陸ろく路ろより歩ぶ行ぎやうするがごとし、 ▲易い行ぎやう道だうは水しゐ路ろを船ふねに乗じようずるがごとし」 (論註巻上意) とたとへたり。

-◇この二に道だうを立たつ◗る事こと、 曇鸞どむらん一ゐち師しにかぎらず。 天臺てんだいの ¬十じふ疑ぎ論ろん¼ にもおなじく引ひきて釈しやくしたまへり。 また迦か才ざいの ¬浄じやう土ど論ろん¼ にもおなじく引ひけ。り かの難なん行ぎやう道だう者はすなわち聖しやう道だう門もん也なり、 易い行ぎやう道だう者はすなわち浄じやう土ど門もん也なり。

-◇しかのみならず、 また慈じ恩おん大だい師し云いは、く

「まのあたり聖しやう化くゑに逢あふしもの、 道だう三さん乗じようを悟さとりき。 福ふく薄うすく因いん疎おろそかなるものは、 勧すゝめて浄じやう土どに帰くゐせしむ」 (西方要決)

-「親しん逢ぶ↢聖しやう化くゑ↡、 道だう悟ご↢三さん乗じよう↡。 福ふく薄はく因いん疎そ、 勧くわん帰くゐ↢浄じやう土ど」

-と云いへり。 この中なかに三さん乗じようといふ者はすなわち聖しやう道だう門もん也なり、 浄じやう土ど者はすなわち浄じやう土ど門もん也なり。

-◇難なん行ぎやう・易い行ぎやう、 三さん乗じよう・浄じやう土ど、 聖しやう道だう・浄じやう土ど、 その言ことばことなりといゑども、 そのこゝろみなおなじ。 凡おほよそ一代ゐちだいの諸教しよけうこの二に門もんをいでず。

-◇経きやう論ろんのみこの二に門もんに摂せふすオサムルるにあらず。 乃ない至し諸宗しよしゆの章しやう疏しよみなこの二に門もんおばいでざる也なり。

-◇天臺てんだい宗しゆには、 正まさしくは仏ぶち乗じようの聖しやう道だうをあかす、 傍かたわらには往わう生じやう浄じやう土どをあかす。 「即往そくわう安楽あんらく」 (法華経巻六薬王品) といへり。

-◇華厳くゑごむ宗しゆにもまた天臺てんだい宗しゆのごとし。 聖しやう道だうを修しゆしてえがたくは、 浄じやう土どに生しやうずべしと云いへり。

「願ねがはくはわれ命みやう終じゆせむと欲ほする時ときに臨のぞみてことごとく一切ゐちさいのもろもろの障しやうげを除のぞく、 面おもてにかの仏ぶち阿わ弥陀みだを見みたてまつりてすなわち安楽あんらく国こくに往わう生じやうを得う」 (般若訳華厳経巻四〇行願品)

-「願ぐわん我が臨りむ↧欲よく↢命みやう終じゆ↡時じ↥尽じん除ぢよ↢一切ゐちさい諸しよ障しやうげ↡、 面めん見けん↢彼ひ仏ぶち阿わ弥陀みだ↡即そく得とく↣往わう↢生じやう安楽あんらく国こく↡」

-と0921云いへり。

-○しかるに今いま、 この ¬経きやう¼ は往わう生じやう浄じやう土どの教けう也なり。 即身そくしん頓とん悟ごのむねをもあかさず、 歴りやく劫こふ迂廻うゑの行ぎやうおもとかず。 娑しや婆ばのほかに極楽ごくらくあり、 わが身みのほかに阿わ弥陀みだ仏ぶちましますと説ときて、 この界かいをいとひてかのくにに生しやう◗じて、 无む生しやう忍にんおもえむと願ぐわんずべきむねを明あか◗す也なり。 善導ぜんだう◗の釈しやくに云いはく、

「定ぢやう散さん等ひとしく廻ゑ向かうして、 すみやかに无む生しやうの身しんを証しようせよ」 (玄義分)

-「定ぢやう散さん等とう廻ゑ向かう、 速そく証しよう↢无む生しやう身しん↡」

-といへり。

◇凡おほよそこの ¬経きやう¼ には、 あまねく往わう生じやうの行きやう業ごふを説とけり。 すなわちはじめには定ぢやう散さんの二に善ぜんを説ときて、 総そうじて一切ゐちさいの諸しよ機きにあたへ、 次つぎには念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうを選えらび、て 別べちして未み来らいの群ぐん生じやうに流通るづせり。 かるがゆへに ¬経きやう¼に (観経) 云いはく、

「仏ほとけ阿わ難なんに告つげたまはく、 なんぢよくこの語ご持たもて」

-「仏告ぶちがう↢阿わ難なん↡、 汝によ好かう持ぢ↢是語ぜご↡」

-と等ら云のたまへり。と 善導ぜんだうこれを釈しやくし◗て云いはく、

「仏告ぶちがう阿わ難なん汝によ好かう持ぢ是語ぜごより已下いげ、 まさしく弥陀みだの名みやう号がうを付ふ属ぞくして、 遐か代だいに流る通づすることを明あかす」 (散善義)

-「従じゆ↢仏告ぶちがう阿わ難なん汝によ好かう持ぢ是語ぜご↡已下いげ、 正しやう明みやう↫付ふ↢属ぞく弥陀みだ名みやう号がう↡、 流る↪通づ於お↩遐か代だい↨」

-と等ら云いへり。 しかれば、 この ¬経きやう¼ のこゝろによりて、 今いま聖しやう道だうをすてゝ浄じやう土どの一門ゐちもんに入いる也なり。

◇その往わう生じやう浄じやう土どにつきて、 又またその行ぎやうこれおほし。 これによて、 善導ぜんだう和くわ尚しやう専雑せんざふ二に修しゆを立たて、 諸しよ行ぎやうの勝しよう劣れち得失とくしちを判はんじたまへり。 すなわちこの経きやうの ¬疏しよ¼ (散善義) に云いはく、

「行ぎやうにつきて信しんを立たつといふは、 行ぎやうに就つきて二に種しゆあり。 一ひとつには正行しやうぎやう、 二ふたつには雑ざふ行ぎやう」

-「就じゆ↠行ぎやう立りふ↠信しん者しや、 就じゆ↠行ぎやう有う↢二に種しゆ↡。 一ゐち正行しやうぎやう、 二に雑ざふ行ぎやう」

-と云いへり。 もはらかの正行しやうぎやうを修しゆするを専修せんじゆの行ぎやう者じやと云いふ、 正行しやうぎやうおば修しゆせずして雑ざふ行ぎやうを修しゆするを雑修ざふしゆの者ものと申まふす也なり。

-◇その専雑せんざふ二に種しゆの得失とくしちについて、 今いま私わたくし0922に料簡れうけんするに、 五いつゝの義ぎあり。 一ひとつには親しん疎そ対たい、 二ふたつには近遠ごんおん対たい、 三みつには有う間けん无む間けん対たい、 四よつには廻ゑ向かう不ふ廻ゑ向かう対たい、 五いつゝには純じゆん雑ざふ対たい也なり。

-◇はじめに親しん疎そ対たい者は、 正行しやうぎやうを修しゆするは阿わ弥陀みだ仏ぶちに親したし、く 雑ざふ行ぎやうを修しゆすればかの仏ほとけに疎 そ ウトシなり。 すなわち ¬疏しよ¼ (定善義) に云いはく、

「衆しゆ生じやう行ぎやうを起おこすには、 口くちにつねに仏ぶつを称となへよ、 仏ぶつすなわちこれを聞きこしめす。 身みにつねに仏ぶつを礼らい敬きやうすれば、 仏ぶつすなわちこれを見みそなはす。 心こゝろにつねに仏ぶつを念ねむずれば、 仏ぶつすなわちこれを知しろしめす。 衆しゆ生じやう仏ぶつを憶おく念ねむすれば、 仏ぶつまた衆しゆ生じやうを憶おく念ねむしたまふ。 彼此ひしの三業さんごふあひ捨しや離りせず。 ゆへに親縁しんえんと名なづく」

-「衆しゆ生じやう起き↠行ぎやう、 口く常じやう称しよう↠仏ぶち、 仏ぶち即そく聞もん↠之し。 身しん常じやう礼らい↢敬きやう仏ぶち↡、 仏ぶち即そく見けん↠之し。 心しむ常じやう念ねむ↠仏ぶち、 仏ぶち即そく知ち↠之し。 衆しゆ生じやう憶おく↢念ねむ仏ぶち↡者しや、 仏ぶち亦やく憶おく↢念ねむ衆しゆ生じやう↡。 彼此ひし三業さんごふ不ふ↢相さふ捨しや離り↡。 故こ名みやう↢親縁しんえん↡」

-と云いへ。り

-◇その雑ざふ行ぎやう◗の者ものは、 口くちに仏ほとけを称しようせざれば、 仏ほとけすなわち聞きゝたまはず。 身みに仏ほとけを礼らいせざれば、 仏ほとけすなわち見みたまはず。 心しむに仏ほとけを念ねむぜざれば、 仏ほとけしろしめさず。 仏ほとけを憶念おくねむせざれば、 仏ほとけ又また憶念おくねむしたまはず。 彼此ひし三業さんごふ常つね◗に捨しや離りす、 かるがゆへに疎そウトシとなづくる也なり。

-◇次つぎに近遠ごんおん対たい者は、 正行しやうぎやうはかの仏ほとけに近ちかづ、く 雑ざふ行ぎやうはかの仏ほとけに遠とおざかるなり。 ¬疏しよ¼に (定善義) 又また云いはく、

「衆しゆ生じやう仏ぶつを見みむと欲ほすれば、 仏ぶつすなわち念ねむに応おうじて現げんに目めの前まへに在まします。 ゆへに近縁ごんえんと名なづく」

-「衆しゆ生じやう欲よく↠見けん↠仏ぶち、 仏ぶち即そく応おう↠念ねむ現げん在ざい↢目前もくぜん↡。 故こ名みやう↢近縁ごんえん↡」

-と云いへり。 雑ざふ行ぎやう者は、 仏ほとけを見みたてまつらむとねがはざれば、 仏ほとけすなわち念ねむに応おうじたまはず、 目めの前まへにも現げんじたまはず。 かるがゆへに遠おんとなづくる也なり。 たゞ常じやうの義ぎには親近しんごんと申まふしつれば、 一ひとつ事ことのやうにこそは聞きこゆれども、 善導ぜんだう和くわ尚しやうは、 親しんと近ごんとのごとしと、 別べちしては釈しやくしたまへり。 これによて、 今いま又また親近しんごんを分わかちて二ふたつとするなり。

-◇次つぎに有う間けん无む間けん対たい者は、 无む間けん者は、 正行しやうぎやうを修しゆするには、 かの仏ほとけ◗におい0923て憶念おくねむ无む間けんなるがゆへに、 文もん◗に「憶念おくねむ不ふ断だん名みやう為ゐ无む間けん」 (散善義) と云いへる、 これ也なり。 有う間けん者は、 雑ざふ行ぎやうのものは、 阿わ弥陀みだ仏ぶちにこゝろをかくる事こと間ひまおほし。 かるがゆへに文もんに 「心しむ常じやう間断けんだん」 (散善義) と云いふ、 これ也なり。

-◇次つぎに廻ゑ向かう不ふ廻ゑ向かう対たい者は、 正行しやうぎやうは廻ゑ向かうをもちゐざれども、 自じ然ねんに往わう生じやうの業ごふとなる。 すなわち ¬疏しよ¼の 第一だいゐち (玄義分) に云いはく、

「今いま ¬観経くわんぎやう¼ の中なかに十じふ声しやう称しよう仏ぶちすれば、 すなわち十じふ願ぐわん・十じふ行ぎやうあて具ぐ足そくす。 いかんぞ具ぐ足そく。す 南无なもと言いふはすなわちこれ帰くゐ命みやうなり、 またこれ発ほち願ぐわん廻ゑ向かうの義ぎなり。 阿わ弥陀みだ仏ぶちと言いふはすなわちこれその行ぎやうなり。 この義ぎをもてのゆへにかならず往わう生じやうを得う」。

-「今こむ ¬観経くわんぎやう¼ 中ちう十じふ声しやう称しよう仏ぶち、 即そく有う↢十じふ願ぐわん・十じふ行ぎやう↡具ぐ足そく。 云うん何が具ぐ足そく。 言ごん↢南无なも↡者しや則そく是ぜ帰くゐ命みやう、 亦やく是ぜ発ほち願ぐわん廻ゑ向かう之し義ぎ也や。 言ごん↢阿わ弥陀みだ仏ぶち↡者しや則そく是ぜ其ご行ぎやう。 以い↢斯し義ぎ↡故こ必得ひちとく↢往わう生じやう↡」。

-不ふ廻ゑ向かうといふ。

-◇雑ざふ行ぎやうは、 かならず廻ゑ向かうをもちゐるとき、 往わう生じやうの業ごふとなる。 もし廻ゑ向かうせざれは、 往わう生じやうの業ごふとならず。 かるがゆへに文もんに

「廻ゑ向かうして生しやうを得うべしといゑども」 (散善義)

-「雖すい↠可か↢廻ゑ向かう得とく↟生しやう」

-と云いへ、る これ也なり。

-◇次つぎに純じゆん雑ざふ対たい者は、 正行しやうぎやうは純じゆんに極楽ごくらくの行ぎやう也なり。 余よの人天にんでんおよび三さん乗じよう等とうの業ごふに通つぜずカヨハヌナリ、 又また十方じふぱう浄じやう土どの業因ごふいんともならず。 かるがゆへに純じゆんとなづく。 雑ざふ行ぎやうは純じゆんに極楽ごくらくの行ぎやうにはあらず。 人天にんでんの業因ごふいんにも通つじ、 三さん乗じようの得果とくくわにも通つじ、 又また十方じふぱう浄じやう土どの往わう生じやうの業因ごふいんともなるがゆへに雑ざふと云いふ也なり。

-◇しかれば、 この五いつゝの相対さうたいをもて二に行ぎやうを判はんずるに、 西方さいはうの往わう生じやうをねがはむ人ひとは、 雑ざふ行ぎやうをすてゝ正行しやうぎやうを修しゆすべき也なり。

-◇又また善導ぜんだう和くわ尚しやう ¬往わう生じやう礼讃らいさん¼ (意) の序じよに、 この専雑せんざふの得失とくしちを判はんじたまへり。 「▲専修せんじゆの者ものは十即じふそく十じふ生しやう、 百ひやく即そく百生ひやくしやう。 ◆雑修ざふしゆの者ものは百ひやくに一ゐち二に、 千せんに五ご三さん」 と云いへり。

-◇「◆なにをもてのゆへ0924に。 専修せんじゆの者ものは雑縁ざふえんなし、 正しやう念ねむをえたるがゆへに、 又また弥陀みだの本ほん願ぐわんに相応さうおうするがゆへに、 又また釈しや迦かの教けうにたがはざるがゆへに、 仏ぶち語ごに随ずい順じゆんせるがゆへに」 と云いへり。

-◇「◆雑修ざふしゆの者ものは雑縁ざふえん乱動らんどうす。 正しやう念ねむを失しちすウシナフるがゆへに、 又また仏ぶつの本ほん願ぐわんと相応さうおうせざるがゆへに、 また仏ぶち語ごにしたがはざるがゆへに、 釈しや迦かの教けうに違ゐするがゆへに、 又また係け念ねむ相続さうぞくせざるがゆへに、 廻ゑ願ぐわん慇重いんぢう真実しんじちならざるがゆへに、 乃ない至し、 名みやう利りと相応さうおうするがゆへに、 又また自みづからの往わう生じやうを障さふるのみにあらず、 他たの往わう生じやうの正行しやうぎやうを障さふるがゆへに」 と云いへり。

-◇しかのみならず、 やがてその文もんのつゞきに、 「▲餘よ、 ワレトイフこのごろ諸方しよはうの道俗だうぞくを見聞けんもんするに、 解げ行ぎやう不ふ同どうにして専雑せんざふ異いありコトナルコト。 しかるに専修せんじゆの者ものは十じふは十じふながら生しやうじ、 雑修ざふしゆの者ものは千せんが中なかに一ゐちもなし」 とのたまへり。

-◇さきの義ぎをもて判はんじ候さふらふに、 千せんが中なかに五ご三さんとゆるしたまへりといゑども、 今いま正しやう見けんには一ゐちもなしとのたまへる也なり。 そのときの行ぎやう者じやだにも、 雑ざふ行ぎやうにて往わう生じやうする者ものなかりけるにこそ候さふらふなれ。 まして、 いよいよ時ときも機きもくだりたる当世たうせいの行ぎやう者じや、 雑ざふ行ぎやう往わう生じやうと云いふ事ことはおもひすつべき事こと也なり。

-◇たとひまた往わう生じやうすべきにても、 百ひやくが中なかに一ゐち二に、 千せんが中なかに五ご三さんの内うちにてこそ候さふらはむずれ。 きわめて不ふ定ぢやうの事こと也なり。 百ひやく人にんに九く十じふ九く人にんは往わう生じやうして、 今いま一人ゐちにんすまじときかむだにも、 もしその一人ゐちにんにあたる身みにてもやあるらむと、 不ふ審しむに不ふ定ぢやうにおぼえぬ0925べし。 いかにいはむや、 百ひやくが一ゐち二にの内うちに一ゐち定ぢやう入いるべしとおもはむ事こと、 かたくぞ候さふらはむずる。

-◇しかれば、 百ひやく即そく百生ひやくしやうの専修せんじゆをすてゝ、 千中せんちう无む一ゐちの雑ざふ行ぎやうを執しふすべからず。 唯たゞ一向ゐちかうに念仏ねむぶちを修しゆして、 雑ざふ行ぎやうをすつべきなり。 これすなわち、 この ¬経きやう¼ の大たい意い也なり。 「望まう仏ぶち本ほん願ぐわん、 意い在ざい衆しゆ生じやう、 一向ゐちかう専せん称しよう、 弥陀みだ仏ぶち名みやう」 (散善義) と云いへり。 返かへすがへすも本ほん願ぐわんをあおぎて、 念仏ねむぶちをすべき也なりと。▽

 

3
平等覚経 ¬大阿弥陀経¼ の誤りか。