でんしょう

 

 本願ほんがんらんしょうにん (*親鸞)*如信にょしんしょうにんたいしましまして、 をりをりのおんものがたり条々じょうじょう

 

(1)

一 あるときのおおせにのたまはく、 *くろだにのしょうにん *源空げんくう *じょうしんしゅうこうぎょうさかりなりしとき、 *かみ一人いちじんよりはじめて*へんじゅうのやから*一天いってんにみてり。

これによりて、 かのりっしゅうせられんがために、 *きんちゅう だいしん、 もし*つちかどのいん*ぎょか にして七日しちにちおん*ぎゃくしゅをはじめおこなはるるついでに、 *あんいん*法印ほういん*聖覚せいかく*しょうどうとしてしょうどうしょしゅうのほかにべっして*じょうしゅうあるべからざるよし、 これを*もうしみだらるべきよし、 勅請ちょくしょうあり。

しかりといへども、 ちょくかんおうじながら、 範空はんくうしょうにん (源空)本懐ほんがい*さへぎりて*かくのあひだ、 もうしみだらるるにおよばず、 あまつさへしょうどうのほかにじょういっしゅうこうじて、 *ぼんじきにゅう大益だいやくあるべきよしを、 ついでをもつてことにもうしたてられけり。

上一人 天皇。
偏執 (法然ほうねん上人の教えに対する) 偏見。
一天 世の中。 世間全体。
禁中 宮中
御宇 御治世。 在位期間。
申しみだらる いいやぶり申し上げる。 論破し申し上げる。
さえぎりて 先だって。 前もって。 かねて。
覚悟 承知。
凡夫直入 凡夫のままで真実ほうに往生せしめられること。

 ここに*ていにしてその沙汰さたあるよし、 しょうにん 源空げんくう *きこしめすについて、 もしこのときもうしやぶられなば、 じょうしゅうなんぞりゅうせんや。 よりてあんいんぼう*おおせつかはされんとす。 たれびとたるべきぞやのよし、 そのじん内々ないないえらばる。 ときにぜんしんの御房おんぼう (親鸞) そのじんたるべきよし、 しょうにんさしまうさる。 同朋どうぼうのなかに、 またもつともしかるべきよし、 *同心どうしんきょしまうされけり。

そのときしょうにん 善信ぜんしん かたく退たい再三さいさんにおよぶ。 しかれども*めいのがれがたきによりて、 使せつとしてしょうにん 善信ぜんしん あんいんぼうへむかはしめたまはんとす。 ときにこともつともちょうなり、 すべからくひとをあひそへらるべきよし、 もうさしめたまふ。 もつともしかるべしとて、 西さい*ぜんしゃくの御房おんぼうをさしそへらる。

公廷 朝廷。
きこしめす お聞きになる。
仰せつかはされんとす 使者を立てようとなさった。
同心に 心を同じくして。 同意して。
貴命 御命令

 りょうにんあんいんぼうにいたりて案内あんないせらる。 をりふし沐浴もくよく云々うんぬん。 「おん使つかひ、 たれびとぞや」 とはる。 「ぜんしんの御房おんぼう入来じゅらいあり」 と云々うんぬん。 そのときおほきにおどろきて、 「このひとおん使つかひたること*邂逅かいこうなり。 *おぼろげのことにあらじ」 とて、 いそぎ*温室うんしつよりでて対面たいめん、 かみくだんのさいをつぶさにしょうにん 源空げんくう おおせとて演説えんぜつ

法印ほういん (聖覚) もうされていはく、 「*このこと年来ねんらい宿しゅくでんたり。 せいかくいかでか*かんぞんぜん。 たとひ勅定ちょくじょうたりといふとも、 はんめいをやぶるべからず。 よりておおせをかうぶらざるさきに、 しょうどうじょうもん混乱こんらんせず、 あまつさへ、 じょうしゅうもうしたてはんべりき。 これ*しかしながら、 王命おうめいよりも*きょうをおもくするがゆゑなり。 おん*こころやすかるべきよし、 もうさしめたまふべし」 と云々うんぬん。 このあひだのいち*きょく、 つぶさにするにいとまあらず。

邂逅なり 邂逅はおもいがけない出会いのことで、 ここでは珍しいことだというほどの意。
おぼろげ 並たいてい。
温室 浴室。 湯殿。
このこと… 浄土宗の独立は法然ほうねん上人の前々からの御念願であったという意。
疎簡 疎かにすること。
師孝 「師のをしへ」 (左訓)
こころやすかる 安心する。
委曲 詳しく細かなこと。 また、 そのさま。

 すなはちしょうにん 善信ぜんしん さんありて、 ていいちしょうどうとして、 法印ほういんじゅうせつのむねをしょうにん 源空げんくう ぜんにて一言いちげんもおとしましまさず、 ぶんみょうにまたいち宣説せんぜつしまうさる。 そのときさしそへらるるぜんしゃくの御房おんぼうたいして、 「もし*びゅうありや」 と、 しょうにん 源空げんくう おおせらるるところに、 ぜんしゃくの御房おんぼうもうされていはく、 「西さい説法せっぽうちょうもんつこうまつりおはりぬ、 ごんのおよぶところにあらず」 と云々うんぬん

さんびゃくはちじゅうにん*門侶もんりょのなかに、 その*じょうそくといひ、 その*ようといひ、 すでに精選せいせんにあたりて使せつをつとめましますところに、 西さいまた証明しょうみょう発言はつげんにおよぶ。 おそらくは*ほう証明しょうみょうおうにあひおなじきものをや。 このこと、 だいしょうにん (源空)御時おんとき随分ずいぶん面目めんぼくたりき。

紕繆 間違い。 誤り。
門侶 門弟の人々。
上足 上席の門弟。 高弟。
器用 才能。
多宝証明の往事 釈尊が ¬法華ほけきょう¼ を説いた時、 宝塔が地中よりあらわれ、 塔中の多宝如来が釈尊の説法が真実であることを証明したという故事。 同経 「見宝塔品」 の説。

 *説導せつどう*涯分がいぶんいにしへにはづべからずといへども、 *にん*かいちょうすべきよし、 しょうにんぜんにして誓言せいごん発願ほつがんをはりき。 これによりて*檀越だんおつをへつらはず、 そのしょうおもむかずと云々うんぬん

そのころしちじょう源三げんぞうなかつかさのじょうそん*ろうにゅうどうじょうしんぼく大功たいこうををへていちらんぞうりゅうして、 ようのためにしょうどうおもむきましますべきよしを*くっしょうしまうすといへども、 しょうにん 善信ぜんしん つひにもつて固辞こじしおほせられて、 かみくだんのおもむきをかたりおほせらる。 そのときしょうにん 善信ぜんしん *権者ごんじゃにましますといへども、 じょくらんぼんどうじて、 *じょう説法せっぽうのとがおもきことをしめしましますものなり。

説導 唱導に同じ。 法を説いて人を導くこと。
涯分 器量。 才能。
次郎入道浄信 伝未詳。 入道は在俗生活のまま剃髪して仏門に入った男性をいう。
屈請 (尊い人を) 請い招くこと。

 

(2)

一 *こうみょうみょうごう因縁いんねんといふこと

光明・名号の因縁 光号因縁という。 →両重りょうじゅう因縁いんねん

 *十方じっぽう*しゅじょうのなかに、 *じょうきょう*信受しんじゅする*あり、 信受しんじゅせざるあり。 いかんとならば、 ¬*だいきょう¼ のなかにくがごとく、 過去かこ*宿しゅくぜんあつきものは、 こんじょうにこのきょうにあうて、 まさに*しんぎょうす。 *宿しゅくふくなきものは、 このきょうにあふといへども、 ねんせざればまたあはざるがごとし。 「*よく過去かこいん」 のもんのごとく、 こんじょうのありさまにて宿しゅくぜん有無うむあきらかにしりぬべし。

宿福 宿しゅくぜんに同じ。
欲知過去因 「過去の因を知らんと欲すれば」。 ¬法苑ほうおん珠林じゅりん¼ に 「経にのたまはく、 過去の因を知らんと欲すれば、 まさに現在の果を覩るべし。 未来の果を知らんと欲すれば、 まさに現在の因を覩るべし」 の文があるが、 経名は不明。

 しかるに*宿しゅくぜん開発かいほつするのしるしには、 *ぜんしきにあうて*かいせらるるとき、 *一念いちねん ˆもˇ *わくしょうぜざるなり。 そのわくしょうぜざることは、 こうみょうえんにあふゆゑなり。 もしこうみょうえんもよほさずは、 *ほう*おうじょう真因しんいんたるみょうごういんをうべからず。

開悟 さとりを開くこと。 ここでは疑いを除かれおうじょうけつじょうの思いに住すること。
一念 少しの思い。

 いふこころは、 十方じっぽうかいしょうようする*無礙むげこうへんじょうみょうろうなるにらされて、 *みょう沈没ちんもつ*煩惑ぼんわく*漸々ぜんぜん*とらけて、 *はん真因しんいんたる*信心しんじんこんわづかにきざすとき、 ほうとくしょう*じょうじゅくらいじゅうす。 すなはちこのくらいを、 「こうみょうへんじょう 十方じっぽうかい 念仏ねんぶつしゅじょう 摂取せっしゅしゃ(*観経)けり。 また*こうみょう (善導)おんしゃく (*礼讃) には、 「*こうみょうみょうごう せっ十方じっぽう たん使信心しんじんねん」 とものたまへり。

煩惑 煩悩ぼんのうのこと。
漸々に 次第に。
とらけて とけて。
以光明名… 「光明・名号をもつて十方を摂化したまふ。 ただ信心をして求念せしむ」 (行巻訓)

 しかれば、 おうじょう信心しんじんさだまることはわれらが*ぶんにあらず、 こうみょうえんにもよほしそだてられてみょうごうしんほういんをうと、 しるべしとなり。 これを*りきといふなり。

智分 智慧ちえ分斉ぶんざい。 智慧の力。

 

(3)

一 無礙むげ光曜こうようによりてみょうあんはるること

 本願ほんがんしょうにん 親鸞 あるとき門弟もんていしめしてのたまはく、 「つねにひとのしるところ、 夜明よあけて日輪にちりんづや、 日輪にちりんでて夜明よあくや、 *りょうへん*なんだちいかんがしる」 と云々うんぬん*うちまかせてひとみなおもへらく、 「夜明よあけてのちづ」 とこたへまうす。 しょうにんのたまはく、 「しからざるなり」 と。 「でてまさに夜明よあくるものなり。 そのゆゑは、 日輪にちりんまさに*しゅ半腹はんぷく*ぎょうするとき、 しゅうのひかりちかづくについて、 この*なんしゅうあきらかになれば、 でてくといふなり。 これはこれ、 たとへなり。

無礙むげこう日輪にちりんしょうそくせざるときは、 永々ようよう昏闇こんあんみょうけず。 しかるにいま宿しゅくぜんときいたりて、 *だんなん日輪にちりん*貪瞋とんじん半腹はんぷくぎょうするとき、 みょうやうやくやみはれて、 信心しんじんたちまちにあきらかなり。 しかりといへども、 貪瞋とんじんくもきりかりにおおふによりて、 *炎王えんのう清浄しょうじょうとう日光にっこうあらはれず。 これによりて、 ª煩悩ぼんのうしょうげんすい能見のうけんº (*往生要集・中) ともしゃくし、 ªのうすいみょうあんº (正信偈)のたまへり。

日輪にちりんりきいたらざるほどは、 われとみょうすといふことあるべからず。 みょうせずは、 また*しゅつそのあるべからず。 りきをもつてみょうするがゆゑに、 日でてのち夜明よあくといふなり。 これさきのこうみょうみょうごうにこころおなじといへども、 りきりき分別ふんべつせられんために、 *ほっがっしておおせごとありき」 と云々うんぬん

両篇 両辺。 二つの事柄。
なんだち おまえたち。
うちまかせて 普通一般の考えに従って。
須弥の半腹 しゅせんの中腹。
行度 めぐること。
南州 しゅせんの南にあるなんせんしゅうのこと。 人間の住むこの世界をいう。
不断難思 不断光・難思光のこと。 →じゅうこう
炎王清浄 炎王光・清浄光のこと。 →じゅうこう
法譬 「みのりとたとへとなり」 (左訓)

 

(4)

一 善悪ぜんあくごうこと

 しょうにん 親鸞しんらん おおせにのたまはく、 「*それがしはまつたくぜんもほしからず、 またあくもおそれなし。 ぜんのほしからざるゆゑは、 弥陀みだ本願ほんがん信受しんじゅするにまされるぜんなきがゆゑに。 あくのおそれなきといふは、 弥陀みだ本願ほんがんをさまたぐるあくなきがゆゑに。 しかるにひとみなおもへらく、 *善根ぜんごんそくせずんば、 たとひ念仏ねんぶつすといふともおうじょうすべからずと。 またたとひ念仏ねんぶつすといふとも、 *悪業あくごうじんじゅうならばおうじょうすべからずと。

このおもひ、 ともにはなはだしかるべからず。 もし悪業あくごう*こころにまかせてとどめ、 善根ぜんごんをおもひのままにそなへて、 *しょうしゅつじょうおうじょうすべくは、 *あながちに本願ほんがんしんせずとも、 なにのそくかあらん。 そのこといづれもこころにまかせざるによりて、 悪業あくごうをばおそれながらすなはちおこし、 善根ぜんごんをば*あらませどもうることあたはざる*ぼんなり。 かかるあさましき*三毒さんどくそく*あくとして、 われとしゅつにみちたえたる*摂取せっしゅしたまはんための*こうゆい本願ほんがんなるがゆゑに、 ただあおぎてぶっ信受しんじゅするにしかず。

しかるに*ぜん念仏ねんぶつするをばけつじょうおうじょうとおもひ、 悪人あくにん念仏ねんぶつするをばおうじょうじょううたがふ。 本願ほんがん*規模きぼここにしっし、 しんあくたることをしらざるになる。

おほよそぼん*いんじょう*えん慈悲じひをもつて、 *修因しゅいんかんしたまへる*別願べつがんしょじょう*報仏ほうぶつ*ほう*じょうひとしくることは、 諸仏しょぶついまだおこさざるちょう思議しぎがんなれば、 たとひ*読誦どくじゅだいじょう*第一だいいちぜんたりといふとも、 おのれが*しょうとくぜんばかりをもつてそのおうじょうすることかなふべからず。 また悪業あくごうはもとよりもろもろの仏法ぶっぽうにすてらるるところなれば、 あくまたあく*つのりとしてそのへのぞむべきにあらず。

某は… ¬歎異抄¼ (1) の 「しかれば、 本願ほんがんを信ぜんには…」 以下の内容に関連する。
こころにまかせて 心のままにという意。
あらませども あってほしいと思ってもという意。
摂取 「おさめとる」 (左訓) →摂取せっしゅしゃ
規模 かなめとなるもの。 規範。
別願 他力不思議をもってぼんほうに往生させようと誓った特別の誓願せいがん (第十八願)。 →本願ほんがん
読誦大乗 大乗経典を読誦どくじゅすること。
解第一義 第一だいいちたいをさとること。
生得の善 生まれつきの能力によって獲得した善の力。
つのり ここではたよりというほどの意。

 しかれば、 うまれつきたる善悪ぜんあくのふたつ、 ほうおうじょうとくともならずしつともならざるじょう勿論もちろんなり。 さればこの善悪ぜんあくのうへにたもつところの弥陀みだぶっをつのりとせんよりほかは、 ぼんいかでかおうじょう*得分とくぶんあるべきや。 さればこそ、 あくもおそろしからずともいひ、 ぜんもほしからずとはいへ」。

得分 やく

 ここをもつてこうみょうだい (*善導)、 「ごんがんしゃ にょだいきょうせつ 一切いっさい善悪ぜんあく ぼんとくしょうしゃ まくかいじょう 弥陀みだぶつ 大願だいがん業力ごうりき ぞうじょうえん(*玄義分) とのたまへり。 もんのこころは、 「*がんといふは、 ¬だいきょう¼ のせつのごとし。 一切いっさい善悪ぜんあくぼんうまるることをるは、 みな*弥陀みだぶつ*大願だいがん業力ごうりきりて*ぞうじょうえんとせざるはなし」 となり。

されば宿しゅくぜんあつきひとは、 こんじょうぜんをこのみあくをおそる、 *宿しゅくあくおもきものは、 こんじょうあくをこのみぜんにうとし。 ただ善悪ぜんあくのふたつをば過去かこいんにまかせ、 おうじょう大益だいやくをば如来にょらいりきにまかせて、 *かつてのよきあしきにをかけておうじょう*とくさだむべからずとなり。

宿悪 過去世での悪い行い。
かつて 決して。 断じて。
得否 「うるやいなや」 (左訓)

 *これによりて、 あるときのおおせにのたまはく、 「なんだち、 念仏ねんぶつするよりなほおうじょうにたやすきみちあり、 これをさずくべし」 と。 「ひと千人せんにん殺害せつがいしたらばやすくおうじょうすべし、 おのおのこのをしへにしたがへ、 いかん」 と。

ときにある一人いちにんもうしていはく、 「それがしにおいては千人せんにんまではおもひよらず、 一人いちにんたりといふとも殺害せつがいしつべきここちせず」 と云々うんぬん

しょうにんかさねてのたまはく、 「なんぢわがをしへをごろそむかざるうへは、 いまをしふるところにおいてさだめてうたがいをなさざるか。 しかるに一人いちにんなりとも殺害せつがいしつべきここちせずといふは、 *過去かこにそのたねなきによりてなり。 もし過去かこにそのたねあらば、 たとひせっしょうざいおかすべからず、 おかさばすなはちおうじょうをとぐべからずといましむといふとも、 たねにもよほされてかならず殺罪せつざいをつくるべきなり。 善悪ぜんあくのふたつ、 宿しゅくいんのはからひとして*げんかんずるところなり。 しかればまつたく、 おうじょうにおいてはぜんもたすけとならず、 あくもさはりとならずといふこと、 これをもつて*じゅんすべし」。

これによりて… ¬歎異抄¼ (13) の内容に関連する。
過去にそのたね… →補註5
現果を感ずる 現世に結果としてあらわれる。
准知 「なずらへ知る」 (左訓)

 

(5)

一 *りき修善しゅぜんはたくはへがたく、 *りきぶっ*ねんやくをもつてたくはへらるること

 たとひまんぎょう諸善しょぜん法財ほうざいしゅしたくはふといふとも、 *進道しんどうりょうとなるべからず。 ゆゑは*六賊ろくぞくもんして*侵奪しんだつするがゆゑに。 念仏ねんぶつにおいては、 「*すでにぎょうじゃぜんにあらず、 ぎょうじゃぎょうにあらず」 としゃくせらるれば、 ぼんりきぜんにあらず。 *まつたう弥陀みだぶっなるがゆゑに、 諸仏しょぶつねんやくによりて六賊ろくぞくこれををかすにあたはざるがゆゑにしゅつりょうとなり、 ほう*しょういんとなるなり、 しるべし。

進道の資糧 仏道を進むためのもとで。
侵奪 「をかしうばふ」 (左訓)
すでに行者の… ¬御消息¼ (42)、 ¬歎異抄¼ (8) の内容に関連するか。
まつたう 全く。
正因 真実のほうに生まれるための正当な因種 (たね)。

 

(6)

一 弟子でし*どうぎょうをあらそひ、 *本尊ほんぞん*聖教しょうぎょううばひとること、 しかるべからざるよしのこと

 *常陸ひたちのくににいづつみ*しんぎょうぼうしょうにん 親鸞しんらん ぜんにて、 法文ほうもん義理ぎりゆゑに、 おおせをもちゐまうさざるによりて、 *とっにあづかりて本国ほんごくこうのきざみ、 おん弟子でし*れんぼうもうされていはく、 「しんぎょうぼうの、 門弟もんていをはなれてこくのうへは、 あづけわたさるるところの本尊ほんぞん聖教しょうぎょうをめしかへさるべくやそうろふらん」 と。 「なかんづくに、 しゃくの親鸞しんらん*だいのしたに*あそばされたる聖教しょうぎょうおほし。 もんをはなれたてまつるうへは、 さだめて*ぎょうそうなからんか」 と云々うんぬん

しょうにんおおせにいはく、 「本尊ほんぞん聖教しょうぎょうをとりかへすこと、 はなはだしかるべからざることなり。 そのゆゑは親鸞しんらん弟子でし一人いちにんももたず、 なにごとををしへて弟子でしといふべきぞや。 みな如来にょらいおん弟子でしなれば、 みなともにどうぎょうなり。 念仏ねんぶつおうじょう信心しんじんをうることは、 しゃ弥陀みだそん方便ほうべんとしてほっすとみえたれば、 まつたく親鸞しんらんさずけたるにあらず。 当世とうせいたがひに*ぎゃくのとき、 本尊ほんぞん聖教しょうぎょうをとりかへし、 つくるところの*房号ぼうごうをとりかへし、 信心しんじんをとりかへすなんどいふこと、 こくちゅうはんじょう云々うんぬん。 かへすがへすしかるべからず。

本尊ほんぞん聖教しょうぎょうしゅじょうやく*方便ほうべんなれば、 親鸞しんらん*むつびをすてて門室もんしつるといふとも、 わたくしに*せんすべからず。 如来にょらいきょうぼうそうじて*ずうもつなればなり。

しかるに親鸞しんらんみょうののりたるを、 ªほうにくければ袈裟けささへº のぜい*いとひおもふによりて、 たとひかの聖教しょうぎょうさんにすつといふとも、 そのところの*じょう群類ぐんるい、 かの聖教しょうぎょうにすくはれてことごとくそのやくをうべし。 しからばしゅじょうやく本懐ほんがい、 そのとき満足まんぞくすべし。 ぼんしゅうするところの財宝ざいほうのごとくに、 とりかへすといふあるべからざるなり。 よくよくこころうべし」 とおおせありき。

常陸国 現在の茨城県。
突鼻にあづかりて とがめを受けるという意。
あそばされたる ここではお書きになっているという意。
違逆 ここでは意見を異にすることという意。
房号 とく後、 実名 (いみな) とは別につけたみょう。 呼び名として用いる。
むつび 交わり。
自専 独占すること。 ひとりじめにすること。 自分のものとして扱うこと。
流通物 世の中に広く伝わってゆくもの。
いとひおもふ 疎ましく思う。 厭わしく思う。
有情群類 さまざまな生き物。

 

(7)

一 ぼんおうじょうこと

 おほよそ*ぼんほうることをば、 しょしゅうゆるさざるところなり。 しかるに*じょうしんしゅうにおいて善導ぜんどうおんこころ、 *あんにょうじょうをば*報仏ほうぶつ*ほうさだめ、 るところのをばさかりにぼんだんず。

凡夫の報土に… 報土に入ることができるのは無漏むろ (煩悩ぼんのうのない智慧ちえ) を得たしょ以上の菩薩であるとするのが通説であった。

 このこと*しょうぞうみみおどろかすことなり。 さればかのしょうぞう*ふうぜられて、 ひとのこころおほくまよひて、 この*せいにおきてうたがいをいだく。

そのうたがいのきざすところは、 かならずしも弥陀みだちょうがんを、 さることあらじとうたがひたてまつるまではなけれども、 わがぶん卑下ひげして、 そのことわりをわきまへしりて、 *しょうどうもんよりはぼんほうるべからざるどうをうかべて、 その*りょうをもつていまの*しんしゅううたがふまでのひとはまれなれども、 しょうどうしょうぞう流布るふするを、 なにとなくみみにふれならひたるゆゑか、 おほくこれにふせがれてしんしゅう*べつりきうたがふこと、 かつはみょう*わくせられたるゆゑなり、 かつは*めいにあはざるがいたすところなり。

封ぜられて とらわれて。
義勢 「おもむきといふこころなり」 (異本左訓)
比量 対比して知ること。 思いくらべること。
痴惑 「おろかにまどはさるといふなり」 (異本左訓)

 そのゆゑは、 「じょうしゅうのこころ、 もとぼんのためにして*しょうにんのためにあらず」 と云々うんぬん

しかれば、 *貪欲とんよくもふかく、 *しんもたけく、 *愚痴ぐちもさかりならんにつけても、 こん*じゅんおうじょうは、 ぶつ*もうなければいよいよ*ひつじょうとおもふべし。 あやまつてわがこころの三毒さんどくもいたくこうじょうならず、 善心ぜんしんしきりにおこらば、 おうじょうじょうのおもひもあるべし。 そのゆゑは、 ぼんのためのがん仏説ぶっせつぶんみょうなり。 しかるにわがこころぼんげもなくは、 さてはわれぼんにあらねばこのがんにもれやせんとおもふべきによりてなり。

しかるに、 われらがこころすでに貪瞋とんじん三毒さんどくみなおなじくそくす。 これがためとておこさるるがんなれば、 おうじょうそのとしてひつじょうなるべしとなり。

かくこころえつれば、 こころのわろきにつけても、 れつなるにつけても、 おうじょうせずはあるべからざるどう*もんしょう勿論もちろんなり。 いづかたよりかぼんおうじょうもれてむなしからんや。 しかればすなはち、 「こうゆい*ちょうさいしゅぎょうも、 ただ親鸞しんらん一人いちにんがためなり」 とおおせごとありき。

順次の往生 現世の命が終って、 次にただちに浄土に生れること。
必定 一定に同じ。 確かに定まっていること。
文証 経論の文によって示される証拠。
兆載の修行 ちょうさい永劫ようごうの修行。

 わたくしにいはく、 これをもつてかれをあんずるに、 このじょう祖師そししょうにん (親鸞)おんことにかぎるべからず。 まつのわれら、 みなぼんたらんうへは、 またもつておうじょうおなじかるべしとしるべし。

 

(8)

一 *一切いっさいきょうきょうごうこと

一切経御校合 一切経は仏教聖典の総称で、 経・律・論の三蔵とその註釈書などを集大成したもの。 大蔵経ともいう。 校合は本文の異同を他の本と照らし合せて正すこと。 鎌倉幕府の執権ほうじょう泰時やすときは北条まさ十三回忌ようのための一切経書写を行っており、 一説ではこの時の校合事業に親鸞聖人が参加していたという。

 *さいみょう禅門ぜんもん*ちちしゅりのすけ時氏ときうじ政徳せいとくをもつぱらにせしころ、 *一切いっさいきょう書写しょしゃせられき。 これをきょうごうのためにしゃ*がくしょうたらんそうくっしょうあるべしとて、 *とう左衛さえもんにゅうどう じつみょうらず ならびに*屋戸やどやのにゅうどう じつみょうらず りょうだいみょうおおせつけてたづね*あなぐられけるとき、 ことのえんありてしょうにん (親鸞) をたづねいだしたてまつりき。 もし常陸ひたちのくにかさまのこおり*稲田いなだのごう経回けいがいのころか しょうにんそのしょうおうじましまして、 一切いっさいきょうきょうごうありき。

そのさいちゅう*ふくしょうぐん連々れんれん*昵近じっきんしたてまつるに、 あるときはいしゃくのみぎりにして種々しゅじゅ珍物ちんぶつをととのへて、 しょだいみょう面々めんめんこん沙汰さたにおよぶ。 しょうにんべっしてゆうみょうしょうじんそう威儀いぎをただしくしましますことなければ、 ただぞく*にゅうどう俗人ぞくじんとうにおなじきおん振舞ふるまいなり。 よつてぎょちょうにくとうをもきこしめさるること、 おんはばかりなし。 ときになますぜんしんず、 これをきこしめさるること、 つねのごとし。

*袈裟けさちゃくようありながらまゐるとき、 さいみょう禅門ぜんもん、 ときに開寿かいじゅ殿どのとてさい、 さしよりてしょうにん御耳おんみみ密談みつだんせられていはく、 「あのにゅうどうども面々めんめんぎょしょくのときは袈裟けさぎてこれをじきす。 善信ぜんしん御房おんぼう (親鸞)、 いかなれば袈裟けさちゃくようありながらしょくしましますぞや、 これしん」 と云々うんぬん

しょうにんおおせられていはく、 「あのにゅうどうたちはつねにこれをもちゐるについて、 これをしょくするときは袈裟けさぐべきことと*かくのあひだ、 ぎてこれをしょくするか。 善信ぜんしんはかくのごときのしょくぶつ*邂逅かいこうなれば、 *おほけていそぎべんとするにつきてぼうきゃくしてこれをがず」 と云々うんぬん

開寿かいじゅ殿どの、 またもうされていはく、 「このとうごんなり。 さだめてふかき所存しょぞんあるか。 開寿かいじゅようなればとて*蔑如べつじょにこそ」 とて退きぬ。

最明寺の禅門 「最明寺」 は底本には 「西明寺」 とある。 ほうじょう時頼ときより (1227-1263) のこと。
父修理亮時氏 「祖父武蔵守泰時やすとき世をとりて」 とする異本がある。 時氏 (1203-1230) は北条泰時の子。 後続の本文には 「政徳をもつぱらに…」 とあるが、 時氏が実際に政権をとったことはなく、 史実に合わない。 異本の記述は史実に適合する。
学生 すぐれた学者。
武藤左衛門入道・屋戸やの入道 前者は武藤影頼、 後者は宿屋左衛門尉光則、 ともに実在の人物で幕府の御家人である。
あなぐられ 「あなぐる」 はさがし求めるの意。
副将軍 北条泰時 (1183-1242) のこと。
昵近 なれ親しむこと。
覚悟のあひだ 心がまえがあるので。 あらかじめ知っているので。
邂逅 たまにしかめぐりあわないこと。
おほけて 度を失って。
蔑如 軽んじること。 あなどること。

 またあるとき、 さきのごとくに袈裟けさちゃくぶくありながらぎょしょくあり。 また開寿かいじゅ殿どの、 さきのごとくにたづねまうさる。 しょうにんまたぼうきゃくこたへまします。 そのとき開寿かいじゅ殿どの、 「さのみ*廃忘はいもうあるべからず。 これしかしながら、 ようしょう愚意ぐいじんをわきまへしるべからざるによりて、 所存しょぞんをのべられざるものなり。 まげてただじつ述成じゅつじょうあるべし」 と、 再三さいさんこざかしくのぞみまうされけり。

そのときしょうにんのがれがたくして、 幼童ようどうたいしてしめしましましていはく、 「まれに人身にんじんをうけて生命しょうみょうをほろぼしにくとんすること、 はなはだしかるべからざることなり。 されば如来にょらい*制戒せいかいにもこのことことにさかんなり。 しかれども、 *末法まっぽう*じょくいまときしゅじょう*かいのときなれば、 たもつものもなくするものもなし。 これによりて剃髪たいはつぜんのそのすがた、 ただぞく群類ぐんるいにこころおなじきがゆゑに、 これらをしょくす。 *とてもしょくするほどならば、 かのしょうるいをして*だつせしむるやうにこそありたくそうらへ。

しかるにわれみょう*しゃくにかるといへども、 こころ俗塵ぞくじんみてもなくとくもなし。 なにによりてかかの*じょうをすくふべきや。 これによりて袈裟けさはこれ、 *さん諸仏しょぶつ ˆのˇ *だつ幢相どうそう霊服れいぶくなり。 これをちゃくようしながらかれをしょくせば、 袈裟けさ*徳用とくゆうをもつて*さいしょうもつ願念がんねんをやはたすとぞんじて、 これをちゃくしながらかれをしょくするものなり。 *みょうしゅしょうらんあおぎて*人倫じんりん所見しょけんをはばからざること、 かつは*ざん無愧むぎのはなはだしきにたり。 しかれども、 所存しょぞんかくのごとし」 と云々うんぬん

このとき開寿かいじゅ殿どのようしょうとしてかんおもてにあらはれ、 ずいもつともふかし。 「*一天いってんかいおさむべきとうりょう、 その*ようはをさなきより、 *やうあるものなり」 とおおせごとありき。

廃忘 わすれること。
制戒 いましめ。 戒律。
とても食するほどならば どうせ食べるぐらいなら。
釈氏 出家した者は、 在家の姓を捨てて、 釈尊によって姓を立てるので釈氏という。
解脱幢相の霊服 袈裟けさの異名。 袈裟は解脱の世界に至る標識であるという意味からいう。 幢相とは仏塔に掲げるはたぼこに似ているところからいったもの。
徳用 徳のはたらき。 すぐれたはたらき。
済生利物 生ある者を救済しやくすること。
冥衆 諸仏菩薩や諸天善神。
人倫 人々。 人間。
一天四海 一天下と四海。 全世界。
やうあるものなり そのきざしがあらわれているものである。

  *康永こうえい三歳さんさいきのえさる*もう上旬じょうじゅんなぬ、 このかんこれを書写しょしゃしをはりぬ。

康永三歳 1344年。
孟夏 陰暦四月の別称。

                     桑門そうもん*そうしょうしちじゅう

 

(9)

一 あるときらんしょうにん (親鸞)黒谷くろだにしょうにん (源空)禅房ぜんぼうさんありけるに、 しゅぎょうじゃ一人いちにんおんともの*しも*案内あんないしていはく、 「京中きょうちゅう*はっしゅう兼学けんがくめいまします智慧ちえ第一だいいちしょうにんぼうやしらせたまへる」 といふ。 このやうをおんとものしもおんくるまのうちへもうす。 らんしょうにんのたまはく、 「智慧ちえ第一だいいちしょうにん御房おんぼうとたづぬるは、 もし源空げんくうしょうにんおんことか、 しからばわれこそただいまかの御坊おんぼうさんずるにてはんべれ、 いかん」。

しゅぎょうじゃもうしていはく、 「そのことにそうろふ。 源空げんくうしょうにんおんことをたづねまうすなり」 と。 らんしょうにんのたまはく、 「さらば*先達せんだつすべし。 このくるまらるべし」 と。

しゅぎょうじゃおほきにしまうして、 「*そのおそれあり。 *かなふべからず」 と云々うんぬんらんしょうにんのたまはく、 「ほうのためならば、 *あながちにきゃくしんあるべからず。 *しゃくもんのむつび、 なにかくるしかるべき。 ただらるべし」 と。 再三さいさん退たいもうすといへども、 おんとものものに、 「しゅぎょうじゃ*かくるところのかごおいをかくべし」 と下知げちありて、 おんくるまにひきせらる。

下部 召使
案内して (場所を) 尋ねて。
八宗兼学 三論さんろんじょうじつほっそうしゃごんりつてんだい真言しんごんの八宗の教義を体得していること。
先達すべし ご案内しましょう。
そのおそれあり 恐れおおいことです。
かなふべからず お受けすることはできません。
あながちに隔心… 無理に遠慮する必要はありません。
釈門のむつび 仏弟子同士の親しい交わり。
かくる 背負う。

 しかうして、 かの御坊おんぼうさんありてくうしょうにん (源空)ぜんにて、 らんしょうにん、 「*鎮西ちんぜいのものともうしてしゅぎょうじゃ一人いちにんほうのためとて御房おんぼうをたづねまうしてはんべりつるを、 *路次ろしよりあひともなひてまゐりてそうろふ。 さるべきをや」 と云々うんぬんくうしょうにん、 「こなたへ*招請ちょうじょうあるべし」 とおおせあり。 よりてらんしょうにん、 かのしゅぎょうじゃ引導いんどうありてぜんさる。 そのときくうしょうにん、 かのしゅぎょうじゃをにらみましますに、 しゅぎょうじゃまたしょうにん (源空) をにらみかへしたてまつる。 かくてややひさしくたがひに言説ごんせつなし。

しばらくありてくうしょうにんおおせられてのたまはく、 「御坊おんぼうはいづこのひとぞ、 またなにのようありてきたれるぞや」 と。 しゅぎょうじゃもうしていはく、 「われはこれ鎮西ちんぜいのものなり。 ほうのために*らくにのぼる。 よつて*推参すいさんつかまつるものなり」 と。

そのときしょうにん、 「ほうとはいづれのほうもとむるぞや」 と。 しゅぎょうじゃもうしていはく、 「念仏ねんぶつほうもとむ」 と。 しょうにんのたまはく、 「念仏ねんぶつとう (中国)念仏ねんぶつか、 日本にっぽん念仏ねんぶつか」 と。 しゅぎょうじゃしばらく停滞ていていす。 しかれども、 きとあんじて、 「とう念仏ねんぶつもとむるなり」 と云々うんぬん

しょうにんのたまはく、 「さては善導ぜんどうしょうおん弟子でしにこそあるなれ」 と。 そのときしゅぎょうじゃ、 ふところより*つますずりをとりいだして*二字にじきてささぐ。 鎮西ちんぜい*しょうこうぼうこれなり。

鎮西 九州の異称。
路次より 道中。 道すがら。
招請 招くこと。
推参 相手の意向を確かめず、 一方的に訪ねて行くこと。
つま硯 携帯用の硯。
二字を書きてささぐ 二字は実名 (いみな) のこと。 名を捧げ、 弟子となること。

 このしょうこうひじり、 鎮西ちんぜいにしておもへらく、 「みやこにもつて智慧ちえ第一だいいちしょうするしょうにんおはすなり。 *なにごとかははんべるべき。 われすみやかにじょうらくしてかのしょうにん問答もんどうすべし。 そのとき、 もし智慧ちえすぐれて*われにかさまば、 われまさに弟子でしとなるべし。 また問答もんどうたば、 かれを弟子でしとすべし」 と。 しかるにこの慢心まんしんくうしょうにん*権者ごんじゃとしてらんぜられければ、 いまのごとくに問答もんどうありけるにや。 かのひじりわが弟子でしとすべきこと、 *はしたててもおよびがたかりけりと、 *慢幢まんどうたちまちにくだけければ、 *師資ししれいをなして、 たちどころに二字にじをささげけり。

なにごとかははんべるべき どれほどのことがありましょうか。
われにかさまば わたしにまさるのなら。
橋たてても… 梯子を立ててでも届きがたい。 ここではどうしてもできないという意。
慢幢 慢心のはたぼこ。
師資 師弟の間柄。 また、 師としてたのむこと。

 *りょう三年さんねんののち、 あるときかごおいかきおいてしょうこうぼうしょうにんぜんへまゐりて、 「本国ほんごくれんのこころざしあるによりて鎮西ちんぜいこうつかまつるべし。 いとまたまはるべし」 ともうす。 すなはちぜんをまかりたちてしゅつもんす。 しょうにんのたまはく、 「あたら修学しゅがくしゃ*もとどりをきらでゆくはとよ」 と。 その御声おんこえはるかにみみりけるにや、 たちかへりてもうしていはく、 「しょうこうしゅっとくしてとしひさし、 しかるにもとどりをきらぬよしおおせをかうぶる、 もつともしん。 このおおせ、 みみにとまるによりてみちをゆくにあたはず。 ことのだいうけたまはりわきまへんがためにかへりまゐれり」 と云々うんぬん

両三年 二、 三年。
 髪の毛を束ねた所。 たぶさ。

 そのときしょうにんのたまはく、 「ほうにはつのもとどりあり。 いはゆる*しょう*よう*みょうもんこれなり。 このさんねんのあひだ源空げんくうがのぶるところの法文ほうもんをしるしあつ*随身ずいしんす。 本国ほんごくにくだりてひと*しへたげんとす、 これしょうにあらずや。 それにつけてよきがくしょうといはれんとおもふ、 これみょうもんをねがふところなり。 これによりて*檀越だんおつをのぞむこと、 せんずるところようのためなり。 このつのもとどりりすてずは、 ほうといひがたし。 よつて、 さもうしつるなり」 と云々うんぬん

勝他 他人にまさろうとする思い。
随身す 身に携える。
しへたげんとす ここでは屈服させようとする、 従わせようとするという意。

 そのときしょうこうぼう*がいいろをあらはして、 *おいそこよりをさむるところの*しょうもつどもをとりでて、 みな*やきすてて、 またいとまをもうしてでぬ。 しかれども、 そのざんありけるにや、 つひにおおせをさしおきて、 *でんをそむきたる*しょぎょうおうじょう*自義じぎ*こっちょうして*しょうしょうすること、 祖師そし (源空)遺訓ゆいくんをわすれ、 諸天しょてん*みょうりょをはばからざるにやとおぼゆ。 かなしむべし、 おそるべし。 しかれば、 かのしょうこうぼうは、 最初さいしょらんしょうにん引導いんどうによりて、 黒谷くろだにもんにのぞめるひとなり。 *末学まつがくこれをしるべし。

 負いかご。
抄物 抜き書き。 また、 字義・文意などの註釈。
やきすてて 「やりすてて」 (破りすてて) とする異本がある。
口伝 口伝えに受けた教え。 じきじきの教え。
自義 自分勝手な解釈。
冥慮 (諸天善神の) おぼしめし。
末学 後進の学生。

 

(10)

一 じゅうはちがんにつきたるおんしゃくこと

 「*ぶつこん現在げんざいじょうぶつ(礼讃) とう。 このおんしゃく*流布るふほんには 「ざい」 とあり。 しかるに黒谷くろだに (源空)本願ほんがん (親鸞) りょうともに、 この 「」 のりゃくしてかれたり。

彼仏今現在… 「かの仏いま現在して成仏したまへり」
世流布の本 一般に流布している本。 通行本。

 わたくしにそのゆゑをあんずるに、 りゃくせらるるじょう*もつともそのゆゑあるか。

まづ ¬*だいじょうどうしょうきょう¼ (意) にいはく、 「*じょうちゅうじょうぶつしつ報身ほうじん 穢土えどちゅうじょうぶつしつしんもん。 このもん*ひょうとして、 だい (善導)報身ほうじんほうじょうぜらるるに、 この 「」 のをおきてはすこぶる義理ぎり浅近せんごんなるべしとおぼしめさるるか。 そのゆゑはじょうちゅうじょうぶつ弥陀みだ如来にょらいにつきて、 「いまにましまして」 とこのもんくんぜば、 いますこし義理ぎりいはれざるか。 *極楽ごくらくかいともしゃくせらるるうへは、 「」 のいかでか報身ほうじんほうにのくべきとおぼゆるへんもあれども、 さればそれもしゅうにおきて浅近せんごんのかたをしゃくせらるるときの*一往いちおうなり。

もつとも 本当に。 全く。
浄土中成仏… 「浄土のなかに成仏するは、 ことごとくこれ報身、 穢土のなかに成仏するは、 ことごとくこれ化身」
依憑 よりどころとすること。
一往の義 ひととおりみた意味。

 おほよそしょしゅうにおきて、 おほくはこの浅近せんごんのときもちゐつけたり。

まづ ¬*しゃろん¼ の*しょうぞう 「けんぼん」 に、 「*あんりゅう*けん*りんさい居下こげ」 とはんぜり。 けんこんりゅうするときこのをもちゐるじょうぶんみょうなり。 しんさつ (*天親)所造しょぞうもつともゆゑあるべきをや勿論もちろんなり。

しかるにわがしんしゅうにいたりては善導ぜんどうしょうおんこころによるに、 すでに報身ほうじんほう*はいりゅうをもつて*規模きぼとす。 しかれば、 「かんかいそう しょう三界さんがいどう(*浄土論)論文ろんもんをもつておもふに、 *三界さんがいどうしょうせるほうにしてしょうがくじょうずる弥陀みだ如来にょらいのことをいふとき、 けん浅近せんごんにもちゐならひたる 「」 のをもつて、 いかでかじょうぜらるべきや。

安立器世間… 「器世間を安立して風輪もっとも下に居す」
風輪 大地の下にある空気の層。 須弥山世界の大地の下にあって、 全世界を支えているという三輪の一。 最下に風輪、 その上に水輪、 その上に金輪があるという。
廃立 二者の難易、 勝劣などを判断して、 一方を廃し、 一方を真実として立てること。 ここでは阿弥陀仏の身土を応身応土とする説を廃して、 法身ほうじんほうとする説を立てること。

 このどうによりて、 いまのいちりゃくせらるるかとみえたり。 されば 「ぶつこん現在げんざいじょうぶつ」 とつづけてこれをくんずるに、 「かのぶついま現在げんざいしてじょうぶつしたまへり」 とくんずれば、 はるかにききよきなり。 *義理ぎりといひ、 *文点もんてんといひ、 このいちもつともあまれるか。

義理 意味。
文点 文章の構成。

 このどうをもつて、 *りょう相伝そうでん推験すいげんして、 はっしゅう兼学けんがく*りょうねんしょうにん ことに*三論さんろんしゅう にいまの*りょうけん談話だんかいせしに、 「じょうしんしゅうにおきてこのいち相伝そうでんなしといへども、 このりょうけんもつともどうずべし」 と云々うんぬん

両祖 法然ほうねん上人と親鸞聖人。
了然上人 ¬最須さいしゅ敬重きょうじゅう絵詞えし¼ によれば、 光明寺の自性房了然。 京極中納言定家の嫡子家光の子。
料簡 理解の仕方。

 

(11)

一 *助業じょごうをなほかたはらにしましますこと

 らんしょうにん (親鸞) 東国とうごく経回けいがいのとき、 *ふうとて三日さんにちさん*ひきかづきて*すい漿しょうつうしましますことありき。 つねのときのごとくおん腰膝こしひざをうたせらるることもなし。 おん*せんじものなどいふこともなし。 かんびょうひとをちかくよせらるることもなし。 さんにちもうすとき、 「ああ、 いまはさてあらん」 とおおせごとありて、 きょ*平復へいふくもとのごとし。

風気 風邪。
ひきかづきて 「ひきかづく」 は衣服・夜具などを頭からかぶるの意。 ここでは床にすという意。
水漿不通 湯水ものどに通らないこと。
煎物 煎じ薬。
平復 回復すること。

 そのとき*しんの御房おんぼう 男女なんにょ六人ろくにん君達きんだち母儀ぼぎ たづねまうされていはく、 「ふうとてりょう三日さんにち御寝ぎょしんのところに、 ªいまはさてあらんº とおおせごとあること、 なにごとぞや」 と。

しょうにんしめしましましてのたまはく、 「われこのさんねんのあひだ、 *じょうさんきょうをよむことおこたらず。 おなじくはせんよまばやとおもひてこれをはじむるところに、 またおもふやう、 ªしんきょうにんしん なんちゅうてんきょうなんº (礼讃) とみえたれば、 みづからもしんじ、 ひとおしへてもしんぜしむるほかはなにのつとめかあらんに、 このさんきょうしゅをつむこと、 われながらこころえられずとおもひなりて、 このことをよくよくあんじさだめんりょうに、 そのあひだはひきかづきてしぬ。 つねのやまいにあらざるほどに、 ªいまはさてあらんº といひつるなり」 とおおせごとありき。

 わたくしにいはく、 つらつらこのことをあんずるに、 ひとのそうげのごとく、 *観音かんのん*すいしゃくとして*一向いっこう専念せんねんいちずうあること*掲焉けちえんなり。

掲焉 顕著なこと。 明らかであること。

 

(12)

一 しょうにん (親鸞) ほん観音かんのんこと

 *下野しもつけのくにさぬき・・・といふところにて、 しんの御房おんぼうそうにいはく、 「どうようするとおぼしきところあり。 *がくゆゆしくげんちょうにとりおこなへるみぎりなり。 ここにくう神社じんじゃとりのやうなるすがたにてをよこたへたり。 それにぞう本尊ほんぞん*ふくかかりたり。 一鋪いっぷく*ぎょうたいましまさず、 ただ金色こんじきこうみょうのみなり。 いま一鋪いっぷくはただしくその*そんぎょうあらはれまします。

そのぎょうたいましまさざる本尊ほんぞんを、 ひとありてまたひとに、 ªあれはなにぶつにてましますぞやº とふ。 ひとこたへていはく、 ªあれこそ*だいせいさつにてましませ、 すなはち源空げんくうしょうにんおんことなり〉と云々うんぬん。 またうていはく、 ªいま一鋪いっぷくそんぎょうあらはれたまふを、 あれはまたなにぶつぞやº と。 ひとこたへていはく、 ªあれはだい*かんおんさつにてましますなり。 あれこそぜんしんの御房おんぼう (親鸞) にて*わたらせたまへ〉ともうすとおぼえて、 ゆめさめをはりぬ」 と云々うんぬん

下野国さぬき 下野国は現在の栃木県。 「堂供養…」 の夢想があったのは ¬恵信尼消息¼ (1) では常陸ひたち下妻しもつまの郷 (現在の茨城県下妻市坂井) であったとする。
試楽 舞楽の予行演習のこと。 転じて宵祭りのことか。
二鋪 二幅に同じ。
形体 すがたかたち。
尊形 尊いすがた。
わたらせたまへ おありになる。 いらっしゃる。

 このことをしょうにんにかたりまうさるるところに、 「そのことなり。 だいせいさつ智慧ちえをつかさどりましますさつなり。 すなはち智慧ちえこうみょうとあらはるるによりて、 ひかりばかりにてそのぎょうたいはましまさざるなり。 せん源空げんくうしょうにんせいさつしんにましますといふこと、 *もつてひとくちにあり」 とおおせごとありき。

らんしょうにん (親鸞)ほんのやうは、 おん*ぬしにもうさんこと、 わがとしては、 はばかりあればもうしいだすにおよばず。 かのそうののちは、 しんちゅう*渇仰かつごうのおもひふかくして年月としつきおくるばかりなり。 すでにきょうありて、 にゅうめつのよしうけたまはるについて、 「わがちちはかかる*権者ごんじゃにてましましけると、 しりたてまつられんがためにしるしまうすなり」 とて、 *えち国府こうよりとどめおきまうさるる*しんの御房おんぼう御文おんふみ*こうちょう三年さんねんはるのころ、 おんむすめ*かくしんの御房おんぼうしんぜらる。

世もつて人の口にあり 世間の人々の評判になっている。
ぬし 夫。 親鸞聖人を指す。
越後の国府 現在の新潟県上越市付近。 「こう (こふ)」 は 「こくふ」 の転。
恵信御房の御文 弘長二年十一月二十八日の親鸞聖人のじゃくを、 娘の覚信かくしんこうしんこうに通知した消息に対する返信 (弘長三年二月十日付)。
弘長三年 1263年。

 わたくしにいはく、 源空げんくうしょうにんせいさつげんとして*ほん弥陀みだきょうもん*こくこうしまします。 親鸞しんらんしょうにんかんおんさつすいしゃくとして、 ともにおなじく*無礙むげこう如来にょらい*智炬ちこ*ほんちょうにかがやかさんために、 ていとなりて*けつそうじょうしましますこと、 あきらかなり。 あおぐべし、 たふとむべし。

和国 日本。
智炬 智慧ちえの灯火。
本朝 わが国。
口決相承 でんによって教えを受け継ぐこと。

 

(13)

一 *れんぼう しょうにん (親鸞) じょうずい門弟もんていしんしゅう*けいがくしゃぞくしょうげんさんよりまさのきょうじゅんそん そう

稽古 学問をすること。

 *けんちょう八歳はちさい ひのえたつ がつここぬ*とらのときしゃくのれんゆめ*しょうとくたいちょくめいをかうぶる。 皇太こうたい尊容そんようげんして、 しゃくの親鸞しんらんほっにむかはしめましまして、 もんじゅして親鸞しんらんしょうにんきょうらいしまします。 そのごうみょうもんにのたまはく、 「*きょうらいだい弥陀みだぶつ 妙教みょうきょうずうらいしょうじゃ じょくあくあくかいちゅう けつじょう即得そくとくじょうかくもん

このもんのこころは、 「だい弥陀みだぶつうやまらいしたてまつるなり。 たえなるのりずうのためにらいしょうせるものなり。 じょくあくあくかいのなかにして、 けつじょうしてすなはち*じょうかくしめたるなり」 といへり。 れん、 ことに皇太こうたいぎょうそんじゅうしたてまつるとおぼえて、 ゆめさめてすなはちこのもんきをはりぬ。

建長八歳 1256年。
寅時 午前四時頃。
敬礼大慈… 「敬礼」 「大慈」 「妙教流通」 の語句は聖徳太子の銘文と共通する。

 わたくしにいはく、 このそうをひらくに、 祖師そししょうにん (親鸞)、 あるいは観音かんのんすいしゃくとあらはれ、 あるいはほん弥陀みだ来現らいげんしめしましますこと、 あきらかなり。 弥陀みだ観音かんのん*一体いったいみょう、 ともにそうあるべからず。 しかれば、 かのそうじょう、 そのじゅつけつばつりゅうにことなるべきじょう*ぼうじゃくじんといひつべし。 しるべし。

一体異名 名が異なるだけで一体のものであること。
傍若無人 他に類がないこと。

 

(14)

一 *体失たいしつ体失たいしつおうじょうこと

体失不体失の往生の事 体失往生、 つまり、 身体が滅びて初めて往生する (りんじゅうごうじょう) のか、 不体失往生、 つまり、 身体が滅ばなくても信心ぎゃくとくの時、 浄土に生れることが確定する (平生へいぜい業成) のか、 という問題についての議論。

 しょうにん 親鸞 のたまはく、 せんしょうにん 源空げんくう 御時おんとき*はかりなき法文ほうもんじょうろんのことありき。 善信ぜんしん (親鸞) は、 「念仏ねんぶつおうじょう体失たいしつせずしておうじょうをとぐ」 といふ。 さかぜんぼう *しょうくう は、 「体失たいしつしてこそおうじょうはとぐれ」 と云々うんぬん。 この相論そうろんなり。

はかりなき法文諍論 思いもよらない教義上の論争。

 ここに同朋どうぼうのなかにしょうれつ分別ふんべつせんがために、 あまただいしょうにん 源空げんくう ぜんさんじてもうされていはく、 「ぜんしんの御房おんぼうぜんえの御房おんぼう法文ほうもんじょうろんのことはんべり」 とて、 かみくだんのおもむきを一々いちいちにのべまうさるるところに、 だいしょうにん 源空げんくう おおせにのたまはく、 善信ぜんしんぼう体失たいしつせずしておうじょうすとたてらるるじょうは、 *やがて 「さぞ」 と*しょうはんあり。 ぜんぼう体失たいしつしてこそおうじょうはとぐれとたてらるるも、 またやがて 「さぞ」 とおおせあり。

証判 判定すること。

 これによりてりょうほう是非ぜひわきまへがたき*あひだ、 そのむねをしゅちゅうよりかさねてたづねまうすところに、 おおせにのたまはく、 「ぜんぼう体失たいしつしておうじょうするよしのぶるは、 *しょぎょうおうじょうなればなり。 善信ぜんしんぼう体失たいしつせずしておうじょうするよしもうさるるは、 *念仏ねんぶつおうじょうなればなり。 ª如来にょらいきょうぼうがん無二むにº (*法事讃・下) なれども、 ªしょうしゅじょうどうº (同・下) なれば、 わが*こんにまかせてりょうするじょう宿しゅくぜん厚薄こうはくによるなり。 念仏ねんぶつおうじょうぶつ本願ほんがんなり、 しょぎょうおうじょう本願ほんがんにあらず。

念仏ねんぶつおうじょうにはりんじゅう善悪ぜんあく沙汰さたせず。 しんしんぎょうみょういっしんりきよりさだまるとき、 *即得そくとくおうじょうじゅう退たいてんどうを、 ぜんしきにあうて*もんする平生へいぜいのきざみにじょうするあひだ、 このたい亡失もうしつせずといへども、 *ごうじょうべんすれば体失たいしつせずしておうじょうすといはるるか。 本願ほんがんもんあきらかなり、 かれをみるべし。

つぎにしょぎょうおうじょうりんじゅう*し、 来迎らいこうをまちえずしては*たいしょうへんまでもうまるべからず。 このゆゑにこのたい亡失もうしつするときならでは、 そのするところなきによりて、 そのむねをのぶるか。 だいじゅうがんにみえたり。

しょうれつ一段いちだんにおきては、 念仏ねんぶつおうじょう本願ほんがんなるについて、 あまねく十方じっぽうしゅじょうにわたる。 しょぎょうおうじょう本願ほんがんなるによりて、 *じょうさんにかぎる。 本願ほんがん念仏ねんぶつ*体失たいしつおうじょうと、 本願ほんがんしょぎょうおうじょう*体失たいしつおうじょうと、 *殿最でんさい懸隔けんかくにあらずや。 いづれももんしゃく*ことばにさきだちて歴然れきぜんなり」。

あひだ …ので。
即得往生住不退転 「すなはち往生を得、 不退転に住せん」 (信巻訓)
聞持 本願を疑いなく聞き、 心にたもつこと。 信ずること。
期し 期待して。
殿最懸隔 すぐれた功績を最、 それほどでもない功績を殿、 また、 先頭を最、 しんがりを殿ということから、 殿最は優劣の意。 懸隔はへだたりがはなはだしいこと。
ことばにさきだちて 解説するまでもなく。

 

(15)

一 しんしゅうしょりゅう*報身ほうじん如来にょらいしょしゅう*つう*三身さんしんかいしゅつすること

 弥陀みだ如来にょらい報身ほうじん如来にょらいさだむること、 自他じたしゅうをいはず、 らいせい*ことふりんたり。 されば*荊渓けいけいは、 「*しょきょう所讃しょさんざい弥陀みだ(*止観輔行伝弘決) とものべ、 だんいん*覚運かくうんしょうは、 また 「*おんじつじょう弥陀みだぶつ ようしょきょう所説しょせつ(念仏宝号)しゃくせらる。

しかのみならず、 わがちょう先哲せんてつはしばらくさしおく、 しゅう ちょう (中国) の善導ぜんどうだい おんしゃく (法事讃・上) にのたまはく、 「じょうじゅ海徳かいとく初際しょさい如来にょらい ないこんしゃ諸仏しょぶつ かいじょうぜい 悲智ひちそうぎょう」 としゃくせらる。

しかれば、 *海徳かいとくぶつよりほん*しゃくそんにいたるまで*番々ばんばんしゅっ諸仏しょぶつ弥陀みだぜいじょうじて*自利じり利他りたしたまへるむね顕然けんぜんなり。 覚運かくうんしょうしゃく、 「しゃくそん*おんしょうがく弥陀みだぞ」 とあらはさるるうへは、 いまのしょう (善導)おんしゃくにえあはすれば、 最初さいしょ海徳かいとく以来よりこのかた仏々ぶつぶつもみなおんしょうがく弥陀みだしんたるじょうどうもんしょう必然ひつぜんなり。 「いち一言いちごんげんすべからず。 ひとつきょうぼうのごとくすべし」 (*散善義・意) とのべまします*こうみょう (善導) のいまのおんしゃくは、 もつぱらぶっきょうじゅんずるうへは、 しゅう*しょうきょうたるべし。

*ぼうきょうに、 またあまたのしょうせつあり。 ¬*りょうきょう¼ にのたまはく、 「*十方じっぽうしょせつ しゅじょうさつちゅう しょほっ報身ぽうじん しんぎゅうへん 皆従かいじゅりょう寿じゅ 極楽ごくらくかいちゅうしゅつもん けり。 また ¬*般舟はんじゅきょう¼ (意) にのたまはく、 「*さん諸仏しょぶつ ねん弥陀みだ三昧ざんまい じょうとうしょうがく」 ともけり。

ことふりんたり 言いふるされている。
荊渓 (711-782) とう代の僧。 中国天台てんだいしゅう第六祖。 名は湛然たんねんみょうらくだいと号す。
諸教所讃… 「諸教の讃ずるところ多く弥陀にあり」
久遠実成… 「久遠実成の弥陀仏、 永く諸経の所説に異なる」
番々 順を追って。
久遠正覚の弥陀 久遠の過去にすでに成仏した本仏としての阿弥陀仏。 十劫じっこう正覚の弥陀に対する。 →おんじつじょう
十方諸刹土… 「十方諸刹土の衆生・菩薩中、 所有の法・報身、 化身および変化、 みな無量寿極楽界のなかより出づ」
三世諸仏… 「三世の諸仏、 念弥陀三昧によりて、 等正覚を成ず」

 諸仏しょぶつ ˆのˇ 自利じり利他りたがんぎょう弥陀みだをもつてあるじとして、 *分身ぶんしんけん*しょう方便ほうべんをめぐらすこと掲焉いちじるし。 これによりておんじつじょう弥陀みだをもつて報身ほうじん如来にょらいほんたいさだめて、 これより*おうしゃくをたるる諸仏しょぶつ*通総つうそう法報ほっぽうおうとう三身さんしんは、 みな弥陀みだ*ゆうたりといふことをしるべきものなり。 しかれば、 報身ほうじんといふみょうごんは、 おんじつじょう弥陀みだぞくして*常住じょうじゅう法身ほっしんたいたるべし。 通総つうそう三身さんしんは、 かれよりひらきいだすところの浅近せんごんにおもむくところのゆうなり。

さればしょうどうなんぎょうにたへざるを、 如来にょらいしゅっほんにあらざれども、 ぎょうしゅなるところをとりどころとして、 いまのじょうきょう*念仏ねんぶつ三昧ざんまいをばしゅにわたしてすすむるぞと、 みなひとおもへるか。

いまの黒谷くろだにだいせいさつげんしょうにん (源空) より代々だいだい*けちみゃくそうじょうしょうにおきては、 しかんはあらず。 海徳かいとくぶつよりこのかたしゃくそんまでのせっきょうしゅっほんおんじつじょう弥陀みだ*たちどより*法蔵ほうぞうしょうがく*じょうきょうのおこるをはじめとして、 しゅじょうさいほうさだめて、 このじょうほうととのほらざるほど、 しばらく*ざいごんたいして、 方便ほうべんきょうとして*五時ごじきょうきたまへりと、 しるべし。 たとへばつきつほどのすさみのぜいなり。

分身遣化 身を分けてしんを遣わすという意。
利生方便 しゅじょうやくするてだて。
応迹 本仏が相手に応じて身をあらわすこと。
通総 通常。 一般。
化用 底本に 「けしん」 と振り仮名があるのを改めた。
常住法身の体 永遠の存在である法身の本体。
たちど 立ちどころ。 立場。
法蔵正覚 法蔵ほうぞうさつが仏のさとりをひらいたこと。
在世の権機 釈尊在世の当時にあって、 方便の教えを受けたごんの人々。

 いはゆるさんぎょうせつをいふに、 ¬*だいりょう寿じゅきょう¼ は、 ほう真実しんじつなるところをきあらはして、 *たいはみな*ごんなり

¬*かんりょう寿じゅきょう¼ は、 *真実しんじつなるところをあらはせり。 これすなはちじっなり。 いはゆる*しょう女人にょにん*だいをもつてたいとして、 とほくまつ女人にょにん悪人あくにんにひとしむるなり。

¬*しょう弥陀みだきょう¼ は、 さきのほう真実しんじつをあらはすきょう合説がっせつして、不可ふかしょう善根ぜんごん 福徳ふくとく因縁いんねん とくしょうこく」 とける。 *じょうだい*みょうがんを、 一日いちにち七日しちにち*しゅうみょうごうむすびとどめて、 ここを*証誠しょうじょうする諸仏しょぶつじつ顕説けんぜつせり

これによりて 「そん説法せっぽうしょうりょう(法事讃・下)しゃく こうみょう (善導) しまします。 一代いちだいせっきょう*むしろをまきし肝要かんよう、 いまの弥陀みだみょうがんをもつて*ぞく*ずうほんとするじょうもんにありてみつべし。 いまのさんぎょうをもつてまつ造悪ぞうあくぼんききかせ、 しょうどうしょきょうをもつてはその序分じょぶんとすること、 こうみょう処々しょしょおんしゃく歴然れきぜんたり。

ここをもつて諸仏しょぶつしゅっほんとし、 *しゅじょう得脱とくだつ本源ほんげんとするじょう、 あきらかなり。 いかにいはんやしょしゅう*しゅっ本懐ほんがいとゆるす ¬*ほっ¼ において、 いまのじょうきょう*どうきょうなり。 *¬ほっ¼ のせつはっねんちゅうに、 *おうぎゃく発現はつげんのあひだ、 このときにあたりて*りょうじゅせん*会座えざもっしておう降臨ごうりんしてりきかれしゆゑなり。 これらみな海徳かいとくらいないしゃ一代いちだいしゅっがん弥陀みだいっきょうをもつてほんとせらるる*たいなり。

権機 ¬大経¼ のしゅがすべて浄土から来現した還相げんそうの菩薩であることをいう。 →じっ
機の真実 しゅじょうの本来のすがた。
むしろをまきし肝要 むしろを巻いたように、 一代仏教をたたみこんだこと。
衆生得脱 衆生がだつを得ること。
同味 ¬法華ほけきょう¼ と同時に説かれた ¬観経¼ には、 同じだいである一乗えんぎょうが説かれているのでこのようにいう。
法華の説時八箇年 ¬法華経¼ は釈尊七十二歳の時から八箇年にわたって説かれたという伝承がある。
王宮に五逆発現のあひだ 王舎おうしゃじょうにおいてじゃおうが五逆の罪を犯すという事件が生じた時。 ¬観経¼ に説かれる。
大都 あらまし。 大筋。

 

(16)

一 しんのうへの称名しょうみょうこと

 しょうにん 親鸞 おん弟子でしに、 たか*覚信かくしんぼう ろうにゅうどうごうす といふひとありき。 重病じゅうびょうをうけて御坊おんぼうちゅうにして*獲麟かくりんにのぞむとき、 しょうにん 親鸞 入御じゅぎょありてきゅうていらんぜらるるところに、 きゅういきあらくして*すでにえなんとするに、 称名しょうみょうおこたらずひまなし。

そのときしょうにんたづねおほせられてのたまはく、 「そのくるしげさに念仏ねんぶつごうじょうじょう*まづしんびょうたり。 ただし*所存しょぞんしん、 いかん」 と。 覚信かくしんぼうこたへまうされていはく、 「よろこびすでにちかづけり。 ぞんぜんこといっしゅんせまる。 *せつのあひだたりといふとも、 いきのかよはんほどはおうじょう大益だいやくたる仏恩ぶっとん報謝ほうしゃせずんばあるべからずとぞんずるについて、 かくのごとく報謝ほうしゃのために称名しょうみょうつかまつるものなり」 と云々うんぬん

このときしょうにん (親鸞)、 「年来ねんらいじょうずいきゅうのあひだの*提撕ていぜい、 そのしるしありけり」 と、 *御感ぎょかんのあまりずい落涙らくるいせんぎょうまんぎょうなり。

獲麟 りんを捕獲すること。 ¬春秋しゅんじゅう¼ が 「麒麟」 の句で終っているところから、 絶筆、 物事の終り、 臨終などの意に用いられる
すでに 今まさに。
まづ神妙たり 何はともあれ殊勝なことだ。
所存不審 どういう思いで念仏しているのかという意。
提撕 教えみちびくこと。
御感 感激。 感動。

 しかれば、 わたくしにこれをもつてこれをあんずるに、 しんしゅう肝要かんよう*安心あんじん*よう、 これにあるものか。

りき称名しょうみょうをはげみて、 りんじゅうのときはじめて*蓮台れんだいにあなうらをむすばんとするともがら、 *ぜん業因ごういんしりがたければ、 いかなるえんかあらん。 にやけ、 みずにおぼれ、 刀剣とうけんにあたり、 ないじにまでも、 みなこれ過去かこ宿しゅくいんにあらずといふことなし。 もしかくのごとくのえんにそなへたらば、 *さらにのがるることあるべからず。

もし怨敵おんてきのためにがいせられば、 そのいっせつに、 ぼんとしておもふところ、 *怨結おんけつのほかなんぞねんあらん。 またじににおいては、 本心ほんしんいきゆるきはをしらざるうへは、 りんじゅうする*せん、 すでにむなしくなりぬべし。 いかんしてか念仏ねんぶつせん。 またさきの殺害せつがい怨念おんねんのほか、 あるべからざるうへは、 念仏ねんぶつするにいとまあるべからず。 しゅうえんする*ぜん、 またこれもむなし。

*りょうかくのごときらのえんにあはんごろの所存しょぞんせば、 おうじょうすべからずとみなおもへり。 たとひ本願ほんがんしょうたりといふとも、 これらのしつ*なん不可ふかとくなり。 いはんやもとよりりき称名しょうみょうは、 りんじゅうしょおもひのごとくならんじょうへんおうじょうなり。 いかにいはんや過去かこ*業縁ごうえんのがれがたきによりて、 これらのしょうなんにあはん*涯分がいぶん所存しょぞんたっせんことかたきがなかにかたし。 そのうへは、 またまんへんおうじょうだにもかなふべからず。 これみな本願ほんがんにそむくがゆゑなり。

要須 最も重要なことがら。
蓮台にあなうらを… あなうらは足の裏。 浄土のれんの台座に坐ろう (浄土に往生しようの意) と期待する人たち。
前世の業因 →補註5
さらに 決して。 少しも。 全く。
怨結 怨みをいだく心。
先途・前途 目的。 最も重要な課題。
仮令 「たとひ」 (異本左訓)
難治不可得 免れることができない。
涯分 分相応。

 ここをもつておんしゃく ¬じょう文類もんるい¼ (教行信証) にのたまはく、 「憶念おくねん弥陀みだぶつほんがん ねんそくにゅうひつじょう 唯能ゆいのう常称じょうしょう如来にょらいごう 応報おうほうだいぜいおん(正信偈) とみえたり。 「ただよく如来にょらいみなしょうして、 だいぜいおんむくひたてまつるべし」 と。

平生へいぜいぜんしきのをしへをうけて信心しんじん開発かいほつするきざみ、 正定しょうじょうじゅくらいじゅうすとたのみなんは、 ふたたびりんじゅうぶん*往益おうやくをまつべきにあらず。 そののちの称名しょうみょうは、 仏恩ぶっとん報謝ほうしゃりき催促さいそくだいぎょうたるべきじょうもんにありて顕然けんぜんなり。 これによりて、 かのおん弟子でしさいのきざみ、 そうじょう眼目げんもくそうなきについて、 *感涙かんるいながさるるものなり、 るべし。

御感涙 「うれしさに涙を流します」 (左訓)

 

(17)

一 ぼんとしてまいゆうみょうのふるまひ、 みな*虚仮こけたること

 *あいべつにあうて、 父母ぶもさいべつをかなしむとき、 「仏法ぶっぽうをたもち念仏ねんぶつする、 いふ甲斐かいなくなげきかなしむこと、 しかるべからず」 とて、 かれをはぢしめ*いさむること、 ぶん*先達せんだつめきたるともがら、 みなかくのごとし。 このじょうしょうどうしょしゅう*ぎょうがくするのおもひならはしにて、 じょうしんしゅうきょうをしらざるものなり。

いさむる いさめる。 制止する。
先達めきたるともがら 先輩ぶった人たち。 指導者ぶった人たち。

 まづぼんは、 ことにおいてつたなくおろかなり。 その*かんなるしょうじつなるを*づみて賢善けんぜんなるよしをもてなすは、 みなじつ虚仮こけなり。 たとひらいしょうじょ弥陀みだほうとおもひさだめ、 ともにじょう再会さいかいうたがいなしとすとも、 *おくれさきだつ*一旦いったんのかなしみ、 まどへるぼんとして、 なんぞこれなからん。 なかんづくに、 *曠劫こうごう*てん世々せせ生々しょうじょう*芳契ほうけいこんじょうをもつて*輪転りんでんけっとし、 あいしゅうあいじゃくのかりのやど、 この人界にんがい*たくしゅつ*きゅうたるべきあひだ、 *しょうほうともに、 いかでかなごりをしからざらん。

これをおもはずんば、 *凡衆ぼんしゅしょうにあらざるべし。 *けなりげならんこそ、 あやまつてりきしょうどうたるか、 いまのじょうりきにあらざるかともうたがひつべけれ。 おろかにつたなげにしてなげきかなしまんこと、 りきおうじょう相応そうおうたるべし。 *うちまかせてのぼんのありさまにかはりめあるべからず。

奸詐 奸はよこしまなこと、 詐はいつわり、 人をあざむくこと。
うづみて おおい隠して。
おくれさきだつ 親しい人に死に遅れたり、 先立って死んだりすること。
芳契 ちぎり。 むすびつき。
輪転の結句 しょうりんの終り。
旧里 「ふるさと」 (左訓)
凡衆の摂 ぼんの仲間。
けなりげ しっかりとして強いさま。 勇ましいさま。
うちまかせての 普通の。 ありふれた。

 おうじょういちだいをば如来にょらいにまかせたてまつり、 こんじょうのふるまひ、 こころのむけやう、 くちにいふこと、 貪瞋とんじん三毒さんどくとして、 せっしょうとうじゅうあくしんのあらんほどはたちがたくぶくしがたきによりて、 これをはなるることあるべからざれば、 なかなかおろかにつたなげなる煩悩ぼんのう*じょうじゅぼんにて、 *ただありにかざるところなきすがたにてはんべらんこそ、 じょうしんしゅう*本願ほんがんしょうたるべけれとまさしくおおせありき。

ただありに 全く。

 さればつねのひとは、 さい*眷属けんぞくあいしゅうふかきをば、 りんじゅうのきはにはちかづけじ、 みせじとひきさくるならひなり。 それといふは、 *じゃくそうにひかれて悪道あくどうせしめざらんがためなり。 このじょうりきしょうどうのつねのこころなり。 りきしんしゅうにはこのあるべからず。

そのゆゑは、 いかにきょうがいぜつすといふとも、 たもつところのりき仏法ぶっぽうなくは、 なにをもつてかしょうしゅつせん。 たとひ妄愛もうあい迷心めいしんじんじゅうなりといふとも、 もとよりかかるをむねと*しょうせんといでたちて、 これがためにまうけられたる本願ほんがんなるによりて、 ごく大罪だいざいぎゃく謗法ほうぼうとう*けん業因ごういんをおもしとしましまさざれば、 まして愛別あいべつ離苦りくにたへざるたん*さへらるべからず。

じょうおうじょう信心しんじんじょうじゅしたらんにつけても、 このたびがりんしょうのはてなれば、 なげきもかなしみももつともふかかるべきについて、 *あとまくらにならびゐてたんえつし、 ひだりみぎ*くんじゅうしてれんていきゅうすとも、 さらに*それによるべからず。 さなからんこそぼんげもなくて、 ほとんどりきおうじょうには相応そうおうなるかやともきらはれつべけれ。 されば*みたからんきょうがいをもはばかるべからず、 なげきかなしまんをもいさむべからずと云々うんぬん

着想 愛着のこころ。
摂持 救いおさめとること。
無間の業因 無間地獄 (阿鼻地獄) にちる因となる行いで、 ぎゃく罪をいう。
さへらるべからず さまたげられるはずがない。 悲嘆などが往生のさまたげにならないという意。
後枕 足もとや枕もと。
群集 「むらがりあつまる」 (左訓)
それによるべからず (往生が) そのことに左右されることはない。
みたからん境界 逢いたいと思う妻子等のこと。

 

(18)

一 べつとうにあうてたんせんやからをば、 仏法ぶっぽうくすりをすすめて、 そのおもひを*きょうすべきこと

教誘 「教へこしらふ」 (左訓)

 人間にんげん*はっのなかに、 さきにいふところの愛別あいべつ離苦りく、 これもつともせつなり。 まづ*しょうかい*すみはつべからざることわりをのべて、 つぎに*あんにょうかい*常住じょうじゅうなるありさまをきて、 うれへなげくばかりにて、 うれへなげかぬじょうをねがはずんば、 らいもまたかかるたんにあふべし。 *しかじ、 「ゆいもんしゅうたんしょう(*定善義)*六道ろくどうにわかれて、 「にゅう*はんじょう(同)弥陀みだじょうにまうでんにはと、 *こしらへおもむけば、 *あんみょうたんやうやくにはれて、 摂取せっしゅ光益こうやくになどかせざらん。

つぎにかかるやからには、 かなしみにかなしみをふるやうには、 ゆめゆめ*とぶらふべからず。 もししからば、 とぶらひたるにはあらで、 いよいよ*わびしめたるにてあるべし。 さけはこれ*忘憂ぼうゆうあり。 これをすすめてわらふほどになぐさめてるべし。 さてこそとぶらひたるにてあれとおおせありき。 しるべし。

すみはつ (いつまでも) 住みつづける。
しかじ… 「弥陀の浄土にまうでんにはしかじ」 を倒置したもの。 「しかじ」 は 「…するにこしたことはないだろう」 という意。
涅槃城 さとりの世界である阿弥陀仏の浄土のこと。
こしらへ 「こしらふ」 は誘い導く、 勧め導くの意。
闇冥 「やみにまよひたる也」 (左訓)
とぶらふ なぐさめる。
わびしめたる 悲しませた。
忘憂 憂いを忘れること。 酒の異称。

 

(19)

一 如来にょらい本願ほんがんは、 もとぼんのためにして、 *しょうにんのためにあらざること

聖人 さとりをひらいたしょうじゃ

 本願ほんがんしょうにん (親鸞)黒谷くろだに先徳せんどく (源空) よりそうじょうとて、 *如信にょしんしょうにんおおられていはく、 のひとつねにおもへらく、 「悪人あくにんなほもつておうじょうす。 いはんや善人ぜんにんをや」 と。 このこととほくは弥陀みだ本願ほんがんにそむき、 ちかくはしゃくそんしゅっ*金言きんげんせり。 そのゆゑはこうゆいろうろくまんぎょう堪忍かんにん*しかしながらぼん*しゅつようのためなり、 まつたくしょうにんのためにあらず。 しかればぼん本願ほんがんじょうじてほうおうじょうすべき*しょうなり。

ぼんもしおうじょうかたかるべくは、 がん*せつなるべし、 りき*ぜんなるべし。 しかるに願力がんりきあひして、 十方じっぽうしゅじょうのために*だいにょうやくじょうず。 これによりてしょうがくをとなへて*いまにじっこうなり。 これをしょうする恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ証誠しょうじょう、 あにもうせつにあらずや。

しかれば、 おんしゃく (玄義分) にも、 ª一切いっさい善悪ぜんあくぼんとくしょうしゃº とのたまへり。 これもあくぼんほんとして、 ぜんぼんをかたはらにかねたり。 かるがゆゑにぼうたるぜんぼん、 なほおうじょうせば、 もつぱらしょうたるあくぼん、 いかでかおうじょうせざらん。 しかれば、 善人ぜんにんなほもつておうじょうす。 いかにいはんや悪人あくにんをやといふべしとおおせごとありき。

出要 しょうしゅつすること。 また、 生死を出離するためのかなめの道。 さとりへの道。
虚設 むなしくもうけること。 空転すること。
徒然 いたずらであること。 むだであること。
大饒益 大いなるやく。 大いなるめぐみ。
いまに 今までに。

 

(20)

一 つみ*ぎゃく*謗法ほうぼううまるとしりて、 しかもしょうざいもつくるべからずといふこと

 おなじきしょうにん (親鸞)おおせとて、 せんしんしょうにん (如信)おおせにいはく、 ひとつねにおもへらく、 「しょうざいなりともつみをおそれおもひて、 とどめばやとおもはば、 こころにまかせてとどめられ、 善根ぜんごんしゅぎょうぜんとおもはば、 たくはへられて、 これをもつて大益だいやくをも*しゅつ方法ほうほうともなりぬべし」 と。

このじょうしんしゅう肝要かんようにそむき、 *先哲せんてつじゅせり。 まづぎゃくざいとうをつくること、 まつたくしょしゅうおきて仏法ぶっぽうほんにあらず。 しかれども、 悪業あくごうぼん過去かこ業因ごういんにひかれてこれらのじゅうざいおかす。 これとどめがたくぶくしがたし。 またしょうざいなりともおかすべからずといへば、 ぼんこころにまかせて、 つみをばとどめえつべしときこゆ。 しかれども、 もとより罪体ざいたいぼんだいしょうろんぜず、 *三業さんごうみなつみにあらずといふことなし。 しかるにしょうざいおかすべからずといへば、 あやまつてもおかさばおうじょうすべからざるなりと*落居らっきょするか。

このじょう、 もつとも*ちゃくすべし。 これ*もし*おくもんのこころか。 *おくしゃくそん方便ほうべんなり。 しんしゅう落居らっきょ弥陀みだ本願ほんがんにきはまる。 しかれば、 しょうざい大罪だいざいも、 つみ沙汰さたをしたたば、 とどめてこそその*せんはあれ、 とどめえつべくもなき*凡慮ぼんりょをもちながら、 かくのごとくいへば、 弥陀みだ本願ほんがん*たくする、 いかでかあらん。

謗法ほうぼうざいはまた仏法ぶっぽうしんずるこころのなきよりおこるものなれば、 もとよりそのうつはものにあらず。 もし*がいせば、 うまるべきものなり。 しかれば、 「*謗法ほうぼう闡提せんだいしん皆往かいおう(法事讃・上)しゃくせらるる、 このゆゑなり。

先哲の口授 歴代の祖師たちが口伝えに説いてきた教え。
落居する りょうすること。
思択 深く思いをめぐらすこと。 十分に考えること。
もし あるいは。
抑止は釈尊の方便なり ¬大経¼ の第十八願とその成就文に、 五逆・謗法をおさとどめて、 「ただ五逆と誹謗正法を除く」 とあるのは、 釈尊が道徳的配慮から誡めた方便説であると、 覚如かくにょ上人はみている。
詮はあれ 意味はある。 かいはある。
凡慮 凡夫の考え。 愚か者の考え。
帰託 帰依きえし、 身を託すこと。
謗法闡提… 「法をそしる仏のたねをやくものも、 そのこころをひるがへして本願をたのめば、 みな往生するなり」 (左訓)

 

(21)

一 一念いちねんにて*たりぬとしりて、 ねんをはげむべしといふこと

たりぬ 十分である。

 このこと、 *ねん一念いちねんもともに本願ほんがんもんなり。 いはゆる、 「*じょうじんいちぎょう下至げし一念いちねん(礼讃・意)しゃくせらる、 これそのもんなり。

しかれども、 「下至げし一念いちねん」 は本願ほんがんをたもつおうじょうけつじょう*こくなり、 「じょうじんいちぎょう」 は*おうじょう即得そくとくのうへの*仏恩ぶっとん報謝ほうしゃのつとめなり。 そのこころ、 経釈きょうしゃく顕然けんぜんなるを、 一念いちねんねんもともにおうじょうのためのしょういんたるやうにこころえみだすじょう、 すこぶる経釈きょうしゃくせるものか。

さればいくたびも*先達せんだつよりうけたまはりつたへしがごとくに、 りきしんをば一念いちねん即得そくとくおうじょうととりさだめて、 そのときいのちをはらざらんは、 いのちあらんほどは念仏ねんぶつすべし。 これすなはち 「じょうじんいちぎょう」 のしゃくにかなへり。

多念も一念も… ここでは一念を信、 多念を称名行とし、 信一行多の立場で釈している。
上尽一形… 「上一形を尽し、 下一念至るまで」 一形は一生涯の意。
時剋 とき。
往生即得 即得そくとくおうじょうのこと。
先達 その道の先輩。 法然ほうねん上人、 親鸞聖人、 如信にょしん上人を指す。

 しかるにひとつねにおもへらく、 じょうじんいちぎょうねんしゅうほんとおもひて、 それにかなはざらん*すてがてらの一念いちねんとこころうるか。 これすでに弥陀みだ本願ほんがんし、 しゃくそん言説ごんせつにそむけり。

そのゆゑは如来にょらいだいたんみょうこん*ほんとしたまへり。 もしねんをもつて本願ほんがんとせば、 いのちいっせつにつづまる*じょう迅速じんそく、 いかでか本願ほんがんじょうずべきや。 さればしんしゅう肝要かんよう*一念いちねんおうじょうをもつて*淵源えんげんとす。

すてがてらの ここではついでに説かれたというほどの意。
 主たる対象。 目的。 または本意。
無常迅速の機 ここでは死を目前にした人。
淵源 みなもと。 根源。

 そのゆゑはがん (第十八願) じょうじゅの文 (大経・下) には、 「*もんみょうごう 信心しんじんかん ない一念いちねん がんしょうこく 即得そくとくおうじょう じゅ退たいてん」 とき、 おなじき ¬きょう¼ のずう (同・下) には、 「其有ごう得聞とくもん ぶつみょうごう かんやく ない一念いちねん とうにん とくだい そくそく じょうどく」 とも、 ろくぞくしたまへり。

しかのみならず、 こうみょう (善導)おんしゃく (礼讃) には、 「爾時にじもん一念いちねん皆当かいとうとくしょう」 とみえたり。

これらのもんしょうみな*じょうこんほんとするゆゑに、 一念いちねんをもつておうじょうじょうこくさだめて、 いのちのぶれば、 ぜん*ねんにおよぶどうをあかせり。 されば平生へいぜいのとき、 一念いちねんおうじょうじょうのうへの仏恩ぶっとん報謝ほうしゃねん称名しょうみょう*ならふところ、 もんしょうどう顕然けんぜんなり。

聞其名号… ここの引用では、 「至心回向」 の句が略されている。
多念 信心決定以後の念々相続の念仏のこと。
ならふ そうじょうする。 うけたまわる。

 もしねんをもつて本願ほんがんとしたまはば、 ねんのきはまり、 いづれのときとさだむべきぞや。 いのちをはるときなるべくんば、 ぼんえんまちまちなり。 けてもし、 みずにながれてもし、 ない刀剣とうけんにあたりてもし、 *ねぶりのうちにもせん。 これみな*先業せんごう所感しょかん*さらにのがるべからず。

しかるにもしかかるごうありてをはらんねんのをはりぞとするところ、 たぢろかずして、 そのときかさねてじゅうねんじょう来迎らいこういんじょうにあづからんこと、 として、 たとひ*かねてあらますといふとも、 がんとしてかならず*こうしょうあらんことおほきにじょうなり。

ねぶり ねむり。
先業の所感 前世の業因ごういんによる報い。 前世の行為にひかれたもの。 →補註5
かねてあらます かねてから期待している。

 さればだいじゅう願文がんもんにも、 「げん人前にんぜんしゃ(大経・上) のうへに 「りょう不与ふよ」 とおかれたり。 「りょう」 の二字にじをばたとひとよむべきなり。 たとひといふは、 *あらましなり。 本願ほんがんたるしょぎょうしゅしておうじょう*係求けぐするぎょうにんをも、 ぶつだいだいらんじはなたずして、 修諸しゅしょどくのなかの称名しょうみょうを、 よ ˆりˇ どころとしてげんじつべくは、 そのひとのまへにげんぜんとなり。 じょうのあひだ、 「りょう」 の二字にじをおかる。 もしさもありぬべくはといへるこころなり。

まづじょうしつのなかに、 *大段だいだんりきのくはだて、 本願ほんがんにそむきぶっすべし。 りきのくはだてといふは、 われとはからふところをきらふなり。

つぎにはまた、 さきにいふところのあまたの業因ごういんにそなへんこと、 かたかるべからず。 りきぶっをこそ 「しょじゃごうのうしゃ(定善義) とみえたれば、 さまたぐるものもなけれ。 われとはからふおうじょうをば、 ぼんりき迷心めいしんなれば、 過去かこ業因ごういんにそなへたらば、 あにりきおうじょうしょうせざらんや。

あらまし こうありたいという願い。 心づもり。
係求 「こころにかけもとむ」 (左訓) 願いもとめること。
大段 おおよそ。

 さればねんこうをもつて、 りんじゅう来迎らいこうをたのむりきおうじょうのくはだてには、 かやうの*不可ふかなんどもおほきなり。

さればてん (白氏文集) のことばにも、 「せんあししたよりおこり、 高山こうせんじんにはじまる」 といへり。 一念いちねんねんのはじめたり、 ねん一念いちねんのつもりたり。 ともにもつてあひはなれずといへども、 おもてとしうらとなるところを、 ひとみな*まぎらかすものか。 いまのこころは、 一念いちねんじょうぶっをもつてぼんおうじょう*極促ごくそくとし、 いちぎょう憶念おくねんみょうがんをもつて仏恩ぶっとん報尽ほうじん*経営けいえいとすべしとつたふるものなり。

不可の難 まぬがれることのできない誤り。
まぎらかす ごまかす。
極促 「きわまりつづむるなり」 (左訓) 「時剋の極促」 (時刻の最初の意) のこと。 聞信の一念に往生浄土の因が定まることをいいう。
経営 力を尽していとなむこと。

 *元弘げんこう第一だいいちれき かのとのひつじ ちゅうとうじゅんこう祖師そししょうにん 本願ほんがん親鸞しんらん 報恩ほうおん謝徳しゃとく七日しちにちしちごんぎょうちゅうにあひあたりて、 せんしょうにん しゃく如信にょしん *面授めんじゅけつ専心せんしん専修せんじゅ別発べっぽつがん談話だんかいするのついでに、 でんしたてまつるところの祖師そししょうにん*しょうそうじょうしたてまつるところのりきしんしゅう肝要かんようひつをもつてこれをしるさしむ。

これおうじょうじょう*券契けんけいじょく末代まつだい*目足もくそくなり。 ゆゑにひろく*後昆こうこん湿しっし、 とほく衆類しゅるいせんがためなり。 しかりといへども、 このしょにおいてはまもりてこれをゆるすべく、 左右さうなくえつせしむべからざるものなり。 宿しゅくぜん開発かいほつにあらずんば、 どんやから、 さだめてほうしんひるがえさんか。 しからばおそらく*しょうかい沈没ちんもつせしむべきのゆゑなり。 ふかく箱底そうていおさめてたやすく*しきみいだすことなからんのみ。  

元弘第一の暦 1331年。
面授口決 (親鸞聖人から) 直接教えを授けられること。
券契 契約の証書。 証文。
目足 大切なもの、 肝要なものの意。
後昆 後々の人。
 門のしきい。

                               しゃく*そうしょう

 先年せんねんかくのごとくこれをちゅうしをはり、 慮外りょがいにいまに存命ぞんめいす。 よつて老筆ろうひつめてこれをうつすところなり。 しょういよいよ朦朧もうろうまた*羸劣るいれつ右筆ゆうひつへずといへどもこのしょ*ゆいしゃくざんりゅうするは、 もしけんするのひとおうじょうじょう信心しんじん開発かいほつするかのあひだ、 *きゅうくつかえりみずとうにおいてふでせをはりぬ。  

羸劣 疲れ衰えること。
遺跡 大谷本願寺。
窮屈 自由がきかず苦しいこと。

 *康永こうえい三歳さんさいきのえさるがつじゅうにち*ぼう尊霊そんれいおんがっにあひあたるがゆゑに、 写功しゃこうえをはりぬ。

康永三歳 1344年。
亡父 かくほっのこと。

                            しゃくそうしょうしちじゅう

 同年どうねんじゅうがつじゅうろくにちのとうにおいて仮名かなしをはりぬ。