0113◎拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でん絵ゑの詞ことば 黒谷くろだに源ぐえん空く聖しやう人にん 一ゐちの巻まき

  ◎第だい一段いちだん

ふしておもんみれば、 諸仏しよぶちの世よにいづる、 ときをまち機きをはかる。 時機じきそれあひそむけば、 感応かんおうもともあらはれがたし。 すゝみて故事こじフルキコをト とぶらへば、 西天さいてんくもくらし。 釈しやく尊そん、 円ゑん寂じやくネチハンニのつきイリタマヒシとをコトナリくへだゝる。 しりぞきて当たう時じをかへりみれば、 東漸とうぜんブチポフつゆヒンガシニあたゝイルトナリ かなり。 弥陀みだ辺方へんぱうのはな、 にほひを発はちす。 かの在ざい世せの正しやう機きにもれたるはこれうらみなれども、 いま滅めち後ごの遺法ゆいほふにまうあへる、 またたれりとす。 いはんやまた、 二に尊そんの教門けうもんにいりて、 一ゐち宗しゆの正しやう旨しをタダシキムネ えたり。 仏恩ぶちをんきもに銘めいじて報ほうじがたく、 師し孝けうみなもとにかへりて謝しやしがたし。 これによりて、 いさゝかそのほまれをのべて、 かの徳とくをあらはさんとなり。

-こゝに如来によらい滅めち後ご二に千せん八十はちじふ四し年ねん、 人王にんわう七十しちじふ五ご代だい嵩徳しゆとく院ゐんの御ぎよ宇うにあたりて、 ○美作みまさかのくに久米くめの南条なんでう稲岡いなをかの庄しやうに一人ゐちにんの押あふ領りやう使し 漆うる間まの時国ときくにと号がうす あり。 年来ねんらいのあひだ、 孝けう子しのなきことをうれへて、 夫婦ふふこゝろをひとつにして、 仏神ぶちしんにいのる ことに観くわん音おむと云云うんうん。 あるとき、 妻め 秦氏はたうぢ ▽ゆめにかみそりをのむとみて懐くわい妊にんハラム す。 みるところのゆめを夫をとにかたる。 夫をとのいはく、 なんぢがはらめるとこ0114ろの子こ、 さだめて男なむ子しにして戒かい師したるべき表へう示じなりと 云云うんうん。 そののち、 はゝひとへに仏法ぶちぽふに帰くゐして、 出生しゆちしやうイデムマルヽのときにいたるまで、 魚ぎよウホ鳥ちうトリのたぐひをくはず。

-○*長承ちやうしよう二に年ねん 癸みづのとの丑うし 四し月ぐわち七日なぬかのむまのときにおぼへずして誕たん生じやうす。 ときに奇異きいの瑞相ずいさうおほし。 しりぬ、 権化ごんくゑの再誕さいたんフタヽビなりムマル といふことを。 むかし世せ尊そんの誕たん生じやうには、 珍妙ちんめうメヅラシのはちクタヘナル す、 みあしをうけて七しち歩ぶを行ぎやうぜしめ、 いま聖しやう人にんの出しゆち胎たいには、 奇き麗れいアヤシクのはたウルハシキ 、 天てんにひるがへりて二に流りふフタナガくレ だりけり。 みるひと、 たなごゝろをあはせ、 きくもの、 みゝをおどろかさずといふことなし。

-四五しご歳さい以後いご、 その性せい成人せいじんのごとし。 同どうオナジ稚ちオサのナキ党たうにトモガラ卓礫たくらくコエスグせりレタリ 。 またやゝもすれば、 にしのかべにむかふくせあり。 ひとこれをあやしむ。

  第だい二に段だん

○*保延ほうえん七年しちねん 辛かのとの酉とり はるのころ、 ちゝ時国ときくにかたきのために害がいせさる。 ときに聖しやう人にん九く歳さい。 そのかたきは、 伯耆はうきの守かみみなもとの長なが明あきらが男なむ、 武む者しゃ所どころ定さだ明あきらなり あかしの源ぐゑん内ない武む者しゃと号がうす。 堀ほり河かはの院いん御ご在ざい位ゐの滝口たきぐち。 殺害せちがいの意ゐ趣しゆは、 さだあきら、 いなをかの庄しやうの執しふ務むとして年ねん月ぐゑちをふといへども、 職しき掌しやうの身みたりながら、 これを軽蔑けいべちカロシメしてアナドル面謁めんえちせざる遺ゐ恨こんなり。 ちゝの害がいせらるゝ夜よ、 はゝいだきて、 たけのなかにかくる。 九く歳さいの小せう児に コチゴ 、 小矢こやをもてさだあき0115らをいる。 その矢や、 目めのあひだにあたりぬ。 くだんのきずをしるしとして、 のがるべきかたなきがゆへに、 すなはち逐電ちくでんニグルコしをトナリ はりぬ。 見けんミ 聞もんキクの親しん疎そ感嘆かんたんせずといふことなし。

  第だい三段さんだん

時国ときくにふかききずをかうぶりて、 かぎりになりにければ、 九く歳さいの幼童いふどうイトケナにしキワラハめしていはく、 われはこのきずにて身みまかりなんとす。 しかりといふとも、 ゆめゆめかたきをうらむることなかれ。 これ先せん世ぜサキノヨのむくひなり。 なを報答ほうたうをおもふならば、 流る転てん无窮むぐキハマリにしナクシテて、 世々せゝ生々しやうじやうにたゝかひ、 在々ざいざい所々しよしよにあらそひて、 輪りん廻ゑたゆることあるべからず。 おほよそ生しやうあるものは死しをいたむ、 われこのきずをいたむ、 ひとまたいたまざらんや。 われこのいのちをおしむ、 ひとあにおしまざらんや。 わが身みにかへてひとのおもひをしるべきなり。 むかし、 はからずしてものゝいのちをころすひと、 後ご生しやうにそのむくひをうといへり。 ねがはくは、 今こむ生じやうの妄縁まうえんをたちて、 かの宿しふ意いをわすれん。 意い趣しゆをやすめずは、 いづれの世よにか生しやう死じのきづなをはなれん。 なんぢもし成人せいじんせば、 往わう生じやう極楽ごくらくをいのりて自他じた平びやう等どうの利り益やくをおもふべしといひをはりて、 こゝろをたゞしくし、 西方さいはうにむかひて、 高かう声しやう念仏ねむぶちしつゝ、 ね0116ぶるがごとくにしてをはりぬ。

  第だい四し段だん

葬送さうそう中陰ちういんのあひだ、 念仏ねむぶち報恩ほうをんのいとなみふたごゝろなし。 廟塔べうたうをたてゝ鳧ふ鐘しようカモノカネの逸韻いちいんスグレタをうルヒヾキちならし、 本尊ほんぞんを安あんじて鷲嶺じゆれいのワシノミネ 真文しんもんをマコトノモン開題かいだいす。 仏庭ぶちていにちかづく道俗だうぞく、 随ずい喜きのなみだをもよほし、 法筵ほふえんにノリノムシロのぞむ老少らうせう、 オイタルワカキ渇仰かちがうのいろふかゝりけり。

  第だい五ご段だん

○*おなじきとしのくれ、 当国たうごく菩ぼ提だい寺じの院主いんじゅ、 智ち鏡きやう房ばうの得業とくごふ観くわん覚がく、 寵愛てうあいして弟子でしとす。 はじめて仏書ぶちしよをさづくるに、 性せいはなはだ*岐き嶷ぎようサトクサトにしシトイフて一いち度どヒトタビきゝて二度にどフタヽビとふことなし。 こゝに観くわん覚がく、 その俊しゆん異いなることを感かんじて、 等侶とうりよにかたりていはく、 このちごの器き量りやうをみるに、 たゞびとにあらず。 おしきかな、 いたづらに辺国へんごくイナカノにをコトナリかんことはといひて、 上じやう洛らくすべきにさだむ。

  第だい六段ろくだん

観くわん覚がく、 得業とくごふの命めいによりて、 叡山えいざむにのぼるべきになりければ、 母儀ぼぎにいとまをこひていはく、 むかし釈しやく尊そん十じふ九くにして王わう宮ぐをいで、 つゐに正しやう覚がくをなりましましき。 いま小質せうしち十じふオサナキミ 三さむにして叡山えいざむにのぼり、 はじめて学窓がくそうにいりなんとす。 凡ぼむ聖しやうことなり0117といへども、 そのこゝろざしひとし。 これひとへに二に親しん出しゆち離り生しやう死じ証しよう大だい菩ぼ提だいのためなり。 さらになごりおしとおもひたまふべからず。 「流る転てん三界さむがい中ちう、 恩愛をんあい不ふ能のう断だん、 棄き恩をん入にふ無為むゐ、 真実しんじち報恩ほうをん者しや」 なれば、 これ孝道かうだうのはじめなり。

-されば、 三み河かはの守かみ大おほ江えの定基さだもと、 出しゆち家けののち大唐だいたう国こくにわたりしにも、 老らう母ぼ、 堂だうにいますとかきゝ。 さこそおぼつかなくも、 おもひをきけめども、 はゝいとまをとらせてければ、 万ばん里りの波はナミ涛たうをもこゝろづよくしのぎて、 つゐに円通ゑんづう大だい師しの号がうをえ、 本朝ほんてうまでも名なをあげき。 ふるきためしみゝにあり、 ゆめゆめこゝろよはくおもひたまふべからずなど、 さまざまにかきくどきのたまへば、 はゝことはりにおぼえけれども、 なをわかれのなみだにのみぞむせびける。

かたみとて はかなきおやの とゞめてし このわかれさへ またいかにせん

得業とくごふのいはく、 このことはりは、 観くわん学がくこそまうさまほしくはんべりつるを、 おとなしくありありしくおほせられはんべれば、 それにつけてもかしこくぞ、 学問がくもんのよしをもおもひよりけるとおぼえはんべり。 いにしへ、 晋しんの叡ゑい公こういとけなくして ¬法華ほふくゑ経きやう¼ 翻訳ほんやくのむしろにして、 師し範はんの人天にんでん接せふのことばかきわづらひたまひける、 さかしらおもひあはせられて、 あはれにこそはんべれとて、 なみだぐみけり。

-た0118らちめも身みをわけたるみどりごにいさめられはんべりぬれば、 ましてのちの世よすくはれん。 おひゆくすゑもいつしかたのもしくおぼゆるなかにも、 なを有為うゐのかなしみしのびがたく、 浮ふ生しやうのわかれまよひやすくして、 たちはれんなごりのみぞ、 せんかたなかりける。

  第だい七段しちだん

○久安きうあん三年さむねん 丁ひのとの卯う 延ゑん暦りやく寺じ西塔さいたうのきたゞに法ほふ地ぢ房ばう源光ぐゑんくわうのもとへをくりつかはす登山とうざむのヤマニノボルとき、 つくりみちにて月輪つきのわ殿どのの御ぎょ出しゆちに参さむ会くわいマイリアフしければ、 かたはらへたちよるに、 番頭ばんとうをもて、 これはいづくよりいづかたへおもむくひとぞとたづねさせられければ、 小せう児ににしたがへる僧そう、 美作みまさかの国くにより学問がくもんのために比ひ叡山ゑいざむへなんのぼるなりとぞこたへまうしける。 さらなり、 学問がくもんのこゝろざし随ずい喜きしおもひたまひはんべり。 よくよく稽けい古こ讃さん仰ぎやうあるべし。 いかにもたゞびとにあらじ。 容貌ようばうカホバセの体ていたらく智ち者しやの相さうあり、 再覲さいきんフタヽビ大切たいせちミンコトなりなど慮りよ外ぐわいオモヒノホにカ 約諾やくだくの芳言はうげんカウバシにをキコトバよぶ。 その因縁いんえん、 ほとほとゆかしくぞおぼえけれ。

  第だい八段はちだん

○垂髪すいはちにあひそへてをくる状じやうにいはく、 進しん上じやう大だい聖しやう文殊もんじゆの像ざう一体ゐちたいと 云云うんうん。 書しよ状じやう披ひ覧らんヒラキミルの0119ところに文殊もんじゆの像ざうはみえず。 小せう児に ときに十三じふさむ歳さい 一人ゐちにん来入らいじふせり。 ときに源光ぐゑんくわう、 文殊もんじゆの像ざうといふは、 しりぬ、 このちごの器き量りやうを褒ほう美びホメホムすることばなんめりと。 すなはちその容顔ようがんをみるに、 かうべくぼくしてかどあり、 まなこ黄きにしてひかりあり。 みなこれ抜ばちヌケ粋すいスグレ聡そうサトシ敏びんトシの勝しよう相さうなり。

  第だい九く段だん

源光ぐゑんくわうのいはく、 われはこれ愚ぐ鈍どむ浅才せんさいなり。 この奇き童どうの*提撕ていぜいにたへず。 すべからく業ごふを碩学せきがくにうけて、 円宗ゑんしゆの奥あふ義ぎをきはむべしと。 すなはち功く徳院どくいんの阿あ闍じや梨り皇くわう円ゑんにつけて、 法文ほふもんをならはしむ。 かの闍じや梨りは粟あは田たの関くわん白ぱく四し代だいの後胤こういん、 三み河かはの守かみ重兼しげかぬの嫡ちやく男なむ、 少せう納な言ごん資隆すけたかの朝臣あそんの長兄ちやうきやう、 隆りう寛くわん律りち師しの伯はく父ふ、 皇くわう覚かく法橋ほふけうの弟子でし、 一ゐち寺じの名めい匠しやう、 緇徒しとの俊しゆん人じんなり。 闍じや梨り、 このちごの神情しんぜいを感悦かんえちして、 ことにもて愛あい玩ぐわんす。 奇き童どうをしへをうけてしるところ、 日々ひびにおほし。

 

0120拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でんの絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 二に

  第だい一段ゐちだん

おなじきとしなつのころ、 聖しやう人にん出しゆち家けのいとまきこえんとて、 ひよしのやしろにまうでたまひけるに、 ひとびとあまた題だいをさぐりてうたよみ、 連れん歌がなどしつゝ、 なごりおしみけるに、 社頭しやとうのなつのつきといふことを聖しやう人にんよみたまひける。

しめのうちに つきはれぬれば なつのよも あきをぞこむる あけのたまがき

諸人しよにんもてなし、 めであひけり。 おなじき仲冬ちうとう、 出しゆち家け登壇とうだん受戒じゆかい、 ときに十じふ五ご歳さい。

  第だい二に段だん

○あるとき、 師しにまうしていはく、 すでに出しゆち家け受戒じゆかいの本ほん意いをとげをはりぬ。 いまにをいては、 あとは林りんハヤシ藪そうヤブにのがれんとおもふと。 師しこれをきゝて、 すゝめこしらへていはく、 たとひ遁世とんせいヨヲノガすル べしといふとも、 六十ろくじふ巻くわんを覚かくしてのち、 そのこゝろざしにしたがふべしと。 こたへていはく、 われいま閑居かんきよシヅカナをねルスマヰがふことは、 ながく名みやう利りののぞみをやめて、 しづかに仏法ぶちぽふを修学しゆがくせんとなり。 貴命くゐめいタフトキ本ほん意いオホセ なりといひて、 十六じふろく歳さいのはる、 はじめて本書ほんしよをひらく。 十八じふはち歳さいのあきにいたるまで、 三さん箇か年ねんのあひ0121だに六十ろくじふ巻くわんの玄ぐえんハルカナル賾さくヲギロをきはむ。 恵解えげ天てん蹤しようにして、 ほとほと師しのさづくるにこへたり。 師しいよいよ感悦かんえちして、 まげて講説かうぜちをつとめ、 まさに大業だいげふをとげて、 円宗ゑんしゆの棟とう梁りやうたるべしと。 度々どどねんごろにすゝむれども、 さらに承しよう諾だくのいろなかりけり。

  第だい三段さんだん

○くだんの闍じや梨りのありさま、 自じ身しんの出しゆち要えうにわづらひて、 つらつらこれを案あんずるに、 いかにもたやすく今こんコノ度どタビ生しやう死じをいづべからず。 もし度々どどタビタビ生しやうをあらためば、 隔生きやくしやう即忘そくまうのゆえに、 さだめて仏法ぶちぽふをわすれなん。 しかじ長命ぢやうみやうの報ほふをうけて、 慈じ尊そんの出しゆち世せにあひたてまつらんにはとおもひて、 いのちながきものを案あんずるに、 蛇身じやしんはなを鬼神くゐじんにもまされりとて、 蛇身じやしんをうけんとするに、 住所ぢゆしよまたやすからず。 大海だいかいは中夭ちうえうあるべし。 ◇すべからくいけにすまんとおもふたまひつゝ、 これをたづぬるに、 遠江とをたうみのくに笠原かさはらの庄しやうにひとつのいけあり、 さくらいけと号がうす。 領りやう家けにかのいけをこひうくるに、 左右さうなくゆるしてければ、 水底しゐていをしめんとおもひさだめぬ。 さて、 ちかひにまかせて、 死期しごにいたりてみづをこひて、 たなごゝろにいれてをはりぬ。 しかるにかの池いけ、 かぜふかずしてにはかにおほなみたちて、 いけのなかのち0122りことごとくはらひあぐ、 ひとみな目めもあやにみけり。 ことのありさまをしかじかと註ちゆしシルス て領りやう家けにしめす。 その日にちヒ 時じトキをかぞふれば、 かの闍じや梨り逝去せいきよのヲハルトイフ日ひなりコヽロナリ 。

-◇のちに聖しやう人にんおほせられけるは、 智恵ちえあるがゆえに、 生しやう死じのいでがたきことをしり、 道心だうしんあるがゆえに、 仏ぶちの出しゆち世せにあはんことをねがふ。 しかりといへども、 いまだ浄じやう土どの法門ほふもんをしらざるゆえに、 かくのごときの意い巧げうコヽロノに住ぢゆタクミ するなり。 ◇われそのとき、 この法門ほふもんをたづねえたらましかば、 信しん不ふ信しんはしらず教訓けうくんしはんべりなまし。 そのゆえは、 極楽ごくらく往わう生じやうののちは、 十方じふぱうの国こく土どこゝろにまかせて経行きやうぎやうし、 一切ゐちさいの諸仏しよぶち、 おもひにしたがひて供く養やうせん。 なんぞあながちに、 穢土えどにひさしく処しよすることをねがはんやと 云々うんうん。 かの闍じや梨りはるかに慈じ尊そん三さん会えのあかつきを期ごして、 五ご十じふ六億ろくおく七千しちせん万歳まんざいのそらをのぞむ。 いとたうとくも、 またをろかにもはんべるものかな。

  第だい四し段だん

師しよりいさむれども、 いかにも遁邁とんまいのノガレユク いろふかゝりければ、 闍じや梨りそのこゝろざしのうばひがたきことをしりていはく、 なんぢしからばくろだにの慈じ眼げん房ばうを師しとすべし。 かの慈じ眼げん房ばう叡えい空くは、 真言しんごんと大だい乗じよう律りちとにをきては当たう時じ无ぶ双さふの英髦えいぼうなりと0123 云々うんうん。 すなはち叡えい空く聖しやう人にんの室しちムロにいたりて、 つぶさにかの素意そいをモトノコヽロ述じゆちノブ す。 叡えい空くこれをきゝて随ずい喜きしていはく、 なんぢ少年せうねんワカキトシにして出しゆち離りのこゝろをおこせり。 まことにこれ法然ほふねん道だう理りの聖しやう人にんなりといひて、 すなはち法然ほふねんをもて房号ばうがうとす。 いみなは源ぐゑん空く、 これはじめの師し源光ぐゑんくわうのはじめの字じと、 のちの師し叡えい空くののちの字じとをとるなり。 それくろだにの体ていたらく、 深しんフカキ谷こくタニながれきよく、 人じんヒトノ跡せきアトみちかすかなり。 しかのみならず、 四季しきの感興かんけう一処ゐちしよにヒトトコロ そなへ、 六ろく情じやうの懺悔さんぐえ、 三業さんごふをひそむ。 聖しやう人にんこの地ちの超てうコエ勝しようスグレなることをよみして、 浮ふ雲うんこゝろながくつながれぬ。

-○ときに生しやう年ねん十八じふはち歳さい、 久安きうあん六年ろくねん九く月ぐわち十じふ二に日にちより、 こゝに住ぢゆして叡えい空く聖しやう人にんに奉仕ぶじし、 密みち・戒かいと歳せい月ぐえちいくばくならず、 二に宗しゆの大だい乗じようを一身ゐちしんに兼学けんがくす。 そののち一切ゐちさい経きやう論ろん、 うへをしのびて日々にちにちにひらく、 ひらくごとに文もん字じをそらにす。 自他じた宗しゆの章しやう疏しよ、 ねぶりをわすれて夜々ややヨナヨナにみる、 みるにしたがひて義理ぎりをえたり。 また古こ今こんの伝でん記き・日にち記き、 和わ漢かんの秘ひ書しよ・秘ひ典てん、 手てにとり、 まなこにあてずといふことなし。

  第だい五ご段だん

○あるとき、 法華ほふくえ三昧ざんまい修しゆ行ぎやうの道だう場ぢやうに、 白びやく像ざうすなわち現げんず。 聖しやう人にんひとりこれをみたまふ。 余よ人にんこれをみず。 また ¬華厳くえごん経ぎやう¼ 披ひヒラキ覧らんミルのとき、 青せいアオキ蛇じやつクチナハくえのうへにわだかま0124る。 信しん空くこれをおどろきたまふ。 その夜よのゆめに、 われはこれ華厳くえごん守しゆ護ごの竜神りうじんなり、 おそるゝことなかれと 云々うんぬん。

  第だい六段ろくだん

○暗あん夜やクラキヨに経きやう巻くわんをみたまふに、 灯とう明みやうなくして室内しちないをてらすこと、 ひるのごとし。 かくのごときの光明くわうみやう照耀せうようすること、 つねのことなり。 余よ人にんみるところにあらず。 聖しやう人にん、 自じ筆ひちにてこれらの奇き特どくを記きしたまへり。 在ざい生しやうのあひだ披ひ露ろうなし。 門弟もんてい等ら滅めち後ごにひらきみると 云々うんうん

  第だい七段しちだん

○真言しんごんの教門けうもんにいりて道だう場ぢやう観くわんを修しゆしたまふに、 五ご相さう成じやう身しんの観行くわんぎやう、 たちまちにあらわれけり。

  第だい八段はちだん

保ほう元ぐえん元ぐわん年ねん、 聖しやう人にん生しやう年ねん二に十じふ四しのはる、 つらつら天臺てんだいの一心ゐちしん三さん観ぐわんの法門ほふもんを案あんずるに、 凡ぼん夫ぶの得とく度どたやすからず。 凡ぼん夫ぶの出しゆち離りをだにもゆるさば、 たとひ小せう乗じようの ¬倶く舎しや¼・¬婆ば沙しや¼ なりとも学がくせんとおもひたまひて、 求ぐ法ほふのために師し匠しやう叡えい空く聖しやう人にんにいとまをこひて、 修しゆ行ぎやうにいでたまふ。 まづ嵯峨さがの清涼しやうりやう寺じに七しち箇か日にち参さんマイリ篭ろうコモルす。 これすな0125はち和わ国こくの霊れい場ぢやう厳重げんてうの本尊ほんぞんにましませば、 十方じふぱうの浄じやう土どにきらはるゝ罪悪ざいあくの衆しゆ生じやう、 三さん世ぜの諸仏しよぶちにすてらるゝ生しやう死じの凡ぼん夫ぶ、 このたび流る転てんの本ほんモトノ源ぐえんミナモトをつくし、 輪りん廻えの迷倒めいたうをたゝんことを祈き請しやうイノランガのためタメトナリ なり。

  第だい九く段だん

○嵯峨さがより*南なん都との蔵ざう俊しゆん僧そう都づ 贈ぞう僧そう正じやう の房ばうにゆきたまふ。 僧そう都づすなはちいであひて対面たいめんす。 ときに聖しやう人にん、 法相ほふさう宗しゆの法門ほふもんの自解じげミヅカラの義ぎサトル をのべたまふに、 蔵ざう俊しゆんしばしばきゝて手てをうちていはく、 われらが師資しし相さう承じようせる、 いまだこの義ぎを存ぞんぜず。 禅ぜん下かはたゞびとにあらず、 もしこれ仏ぶち陀だの境きやう界がいか、 不可ふか思議しぎ不可ふか思議しぎといひて、 甘心かんしんコヽロヲのあアマクスまり一ゐち期ごのあひだ供く養やうをのべんと。 はたして毎年まいねんトシゴトに供く物もつををくりけり。

  第だい十段じふだん

○また醍だい醐ご寺じの三論さんろん宗しゆの名めい匠しやう法印ほふいん寛くわん雅がにあひて、 かの法門ほふもんの自解じげの義ぎをのぶるに、 名めい匠しやう聴ちやう受じゆしてあせをくだしてものいはず。 随ずい喜きのあまり、 文櫃ふみひつ数す合がふをとりいでゝいはく、 自じ宗しゆの章しやう疏しよ附ふ属ぞくすべき仁じんなし。 貴禅くゐぜんゆゝしくこの法門ほふもんに達たちせり。 ことごとく附ふ属ぞくしをはりぬと 云々うんうん。

-また慶きやう賀が法橋ほふけうにあふて、 華厳くえごん宗しゆの法門ほふもんの自解じげの義ぎをのぶるに、 慶きやう賀がはじめは悔くえアナドリ慢まんしアナドルて高かう声しやうに問もんトヒ答だふコタすフ 。 のちには、 したをまきて0126ものいはず。 他た門もん自解じげの義ぎ、 自じ宗しゆ相伝さうでんの義ぎにこえたるを感嘆かんたんして、 華厳くえごん宗しゆの章しやう疏しよを白はくシロキ馬ばムマにおほせてくろだににへおくる。 聖しやう教げうを白はく馬ばにおほすることは、 摩ま騰とう迦か・竺ぢくの法蘭ほふらんのふるきためしをしたひけるにやとおぼゆ。 西天さいてんの仏教ぶちけう、 漢かん土どにわたりしはじめなり。

-小せう乗じよう戒かいはなかのがはの少せう将しやうの聖しやう人にん 実範じちぱん にしたがひて、 鑑真がんじん和くわ尚しやうの戒かいをうけたまふ。 実範じちぱん、 受者じゆしやの神情しんぜいを感かんじていはく、 あゐよりいでゝあゐよりもあをしと 云々うんうん。

 

0127拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でんの絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 三さん

  第だい一段ゐちだん

聖しやう人にん、 みづから浄じやう土ど門もんにいる*濫らんコトノ觴しやうオコリをかトイウ たりてのたまはく、 ○われむかし出しゆち離りの道だうにわづらひて、 寝しんイヌルコト食しよくモノクウコトやすからず。 多た年ねん心労しんらうののち、 ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ (巻上) を披ひ覧らんするに、 序じよにいはく、 「▲それ往わう生じやう極楽ごくらくの教けう行ぎやうは、 濁ぢよく世せ末代まちだいの目もくメ 足そくアシなり。 道俗だうぞく貴賎くゐせん、 たれか帰くゐせざらんもの。 ◆たゞし顕密けんみちの教法けうぼふ、 その文もんひとつにあらず。 事理じりの業因ごふいん、 その行ぎやうこれおほし。 利智りち精しやう進じんのひと、 いまだかたしとせず。 豫よがごとき頑ぐわんヲロカ魯ろナルのもの、 あにあへんや。 ◆このゆへに▽念仏ねむぶちの一門ゐちもんによりて、 いさゝか経きやう論ろんの要文えうもんをあつむ。 これをひらきこれを修しゆするに、 さとりやすく行ぎやうじやすし」 と 云々うんうん。

-○序じょは略りゃくして一ゐち部ぶの奥あう旨しをのぶ。 まさしく念仏ねんぶちの一門ゐちもんによると 云々うんうん。 文もんにいりてくはしくさぐるに、 この集しふに十門じふもんをたつ。 そのなかに厭えん離り穢土えど・欣ごん求ぐ浄じやう土ど・極楽ごくらく証しよう拠こ等とうの三門さんもんは、 行ぎやう体たいにあらず、 しばらくこれををく。 のこるところの七門しちもんは、 念仏ねむぶちの助じよ成じやうなり。 ○第だい四しの一門ゐちもんは、 すなはち正しやう修しゆ念仏ねむぶちなり。 これをもて、 この宗しゆの正しやう因いんとす。 ○このゆえに、 豫よ ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ を先達せんだちとして、 浄じやう土ど門もんにいれるなりと 云々うんうん0128。

-そののち、 くろだにの報恩ほうをん蔵ざうにいりて、 一切ゐちさい経きやう披ひヒラキ覧らんミタマフ五ご遍へんと云々うんうん のとき、 ○光明くわうみやう寺じの ¬観経くわんぎやう義ぎ¼ をひらきたまふに、 極楽ごくらく国こく土どを高かうタカク妙めうのタヘナル報ほう土どとさだめて往わう生じやうの機き分ぶんを垢く障しやうの凡ぼん夫ぶと判はんぜられたる義理ぎりをみるに、 奇異きいのおもひやうやくうごきて、 別べちしてまたかの疏しよを三遍さんべん披ひ覧らんしたまふに、 第だい二に遍へんにいたるまでは、 いまだその宗しゆ義ぎをえず。 これすなはち、 本宗ほんしゆの執心しふしんをさしはさみて、 聖しやう道だうの教相けうさうになづむゆえなり。 ○第だい三遍さんべんにいたりて、 つぶさに本宗ほんしゆの執情しふぜいをすてゝ一心ゐちしん詳しやうツマビラカニ覈きやくアキラのとカナリ き、 ふかく浄じやう土どの宗しゆ義ぎをえたり。 たゞし自じ身しんの往わう生じやうはすでに決けち定ぢやうしをはりぬ。

-○他たのためにこの法ほふを弘ぐ通づうせんとおもひたまふに、 もし仏ぶち意いにかなふやいなや、 心労しんらうの夜よにゆめにみらく、 紫しムラサキ雲うん*ノクモ靉靆あいたいタナビクとして日本にちぽん国こくにおほへり。 くものなかより无む量りやうのひかりをいだす。 ひかりのなかより百ひやく宝ぽう色じきのとりとびちる。 くものなかに僧そうあり、 かみはすみぞめ、 しもは金色こんじきの衣え服ぶくなり。 豫よ問とふていはく、 これたれとかせん。 僧そうこたえていはく、 われはこれ善導ぜんだうなり、 専修せんじゆ念仏ねむぶちの法ほふをひろめんとす。 かるがゆへに、 その証しようとならんがためにきたれるなりと 云々うんうん。 善導ぜんだうはすなはちこれ弥陀みだの化身くえしんなれば、 詳覈しやうきやくの義ぎ、 仏ぶち意いにかなひけりとよろこびたまふ。

  第だい二に段だん

あ0129るとき、 くろだにの幽いうカスカナル栖せいにスミカ して、 叡えい空く聖しやう人にん ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ を談だんぜられけるに、 観くわん称しようのふたつをたてゝ、 称名しようみやうを観くわん仏ぶちにいれて観くわん仏ぶちすぐれたるよし、 義ぎを成じやうぜられければ、 聖しやう人にん末ばち座ざにつらなりて、 この義ぎしかるべからず、 称しようがいへの観くわんなり。 されば、 序じよにかへりてそのこゝろをうべし、 「△念仏ねむぶちの一門ゐちもんによる」 (要集巻上) と 云々うんうん。 いかんがこの文もんを消せうして、 観くわん仏ぶちによるといふ義ぎをたてんやとのたまふ。

-こゝに坊ばう主ず叡えい空くはらだちていはく、 先せん師し良りやう忍にん聖しやう人にんも観くわん仏ぶちすぐれたりとこそおほせられしが、 御房おんばうはいづくより相伝さうでんして称名しようみやうすぐれたりといふ義ぎをばたてらるゝぞやと。 聖しやう人にんののたまはく、 この条でうにをきては貴命くゐめいにしたがひがたし。 そのゆえは、 経きやう論ろん章しやう疏しよをみるに、 一ゐち部ぶ始し終じゆを序題じよだいにかへして料簡れうけんする、 これ故こ実じちなり。 しかるにさきにのぶるがごとく、 その文もんにむかふに義理ぎりいよいよあきらけし。 よくよく聖しやう教げうをば御ご覧らんさふらはでと 云々うんうん。 そのとき叡えい空く聖しやう人にん、 こざかしき小僧せうそうかなとて、 木きまくらをとりて、 なげうちにしたまふ。 聖しやう人にんかたはらへたちかくれたまひけり。

-のちによくよく文もんをみるに、 聖しやう人にんの立りふ義ぎ、 文もんにかなひ、 理りをふくめり。 観くわん仏ぶちはまことに称名しようみやうにはあらそふべきにあらざりけりとみなをされければ、 後ご日にちノチノヒに聖しやう人にんを読どく師しの座ざに屈くちせらる。 しかれども、 聖しやう人にん固こタガフ辞じのイナブ 礼れいふかし。 そのとき0130、 座ざをたち手てをひきて、 まげてこの書しよを談だんじたまふべしと。 このうへは、 禅命ぜんめいにしたがふとて、 座ざになをりて、 この集しふのこゝろ、 往わう生じやう極楽ごくらくの正しやう因いん、 濁じよく世せ末代まちだいの目足もくそく、 念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうにありとみへたるよし、 文もんをあさがへし、 義ぎをわきまへて、 いみじく講かうじたまひければ、 叡えい空くも感涙かんるいにむせび、 所化しよくえも帰伏くゐぶくのおもひあさからざりけり。 あはれにたうとかりしことどもなり。

  第だい三段さんだん

かくて叡えい空く聖しやう人にん臨終りんじゆのとき、 ゆづり状じやうをかきて、 聖しやう人にんに本尊ほんぞん・聖しやう教げう等とうことごとく附ふ属ぞくす。 やゝひさしくありて蘇そ生せいしヨミガヘル て、 別べち紙しに進しん上じやうのことばをのせて、 さきの状じやうにあひそふべしと 云々うんうん。 冥めい途どにその沙汰さたはんべりけるかとぞ、 ときのひとまふしあへりける。

  第だい四し段だん

諸方しよはうの道俗だうぞくを化くえせんがために、 *承じよう安あん五ご年ねん きのえむま はる、 行ぎやう年ねん四し十じふ二ににしてくろだにをいでゝよしみづに住ぢゆしたまふ 感神かんじん院いんのひんがしのほとり北ほく斗と堂だうのきたのをもて。 それよりこのかた、 ひとへに浄じやう土どの法ほふを談だんじ、 ねんごろに念仏ねむぶちの行ぎやうをすゝめたまふ。 これによりて華くわミヤコ夷いのヰナカ 皁白さうはく、 遠えんトヲキ近きんのチカキ 貴くゐタウトキ賎せん、 イヤシキ晨しんアシタ暮ぼにユフベ あゆみをはこび、 門前もんぜんいちをなす。 義ぎをとひ、 行ぎやう0131をたづぬるもの、 済々さいさい焉えんたり、 煌々くわうくわう焉えんたり。 したがひつきたてまつるもの、 百川はくせんの巨海きよかいに帰くゐし、 鱗介りんかいの亀くゐ龍りようにつくがごとし。

  第だい五ご段だん

天臺てんだい円頓えんどん菩ぼ薩さち大だい乗じよう戒かいは、 釈しやく尊そん十じふ九く代だいの法葉ほふよう、 相さう承ぜう一身ゐちしんにあり。 このゆえに、 ○高倉たかくらの院ゐん一日ゐちにち万ばん機きのまつりごとをさしをきて、 この一心ゐちしんの妙戒めうかいをうけさせたまふ。 陛へい下かの股こ肱こう、 廉中れんちうの后こう妃ひ、 ともに戒徳かいとくをたうとび、 おなじく戒香かいかうに薫くんず。

-また○上じやう西さい門院もんゐんにして七日しちにち説戒せちかいあり。 そのとき、 からがきのうへにひとつのくちなはあり。 わだかまりて七しち箇か日にちのあひだ、 さらにうごかずして聴ちやう聞もんの気け色しきあり。 結けち願ぐわんの日ひ、 たちまちに死しす。 かうべわれて二に分ぶんになれり。 そのわれたるなかより、 蝶てうのごとくなるものとびさるとみるひともあり。 あるひは天人てんにんのごとくなるすがたにて、 虚空こくにとびのぼるとみるひともありけり。

-むかし一人ゐちにんの僧そうあり、 遠えんトヲキ堺がいにサカヒおもむくことあり。 日ひくれにければ、 野のなかに夜よをあかさんとす。 かしこにひとつのつかあなあり、 かのあなにとゞまりぬ。 僧そうよもすがら ¬无む量りやう義ぎ経きやう¼ を頌じゆす。 かのつかのうちに五ご百ひやくの蝙蝠へんぷくカウボリありけり。 この経きやう聴ちやう聞もんの功こうによりて、 すなはちたう利り天てんに生しやうずと、 ゆめにいりてつげゝり。

-先せん蹤しようすでにかくのごとし。 されば、 これも説戒せちかい聴ちやう聞もん0132のちからにこたへて、 蛇身じやしんたちまちにまぬかれて天てん上じやうに生しやうずるかとおぼゆ。

-おほよそ洛らくミヤコノ中ちうウチ 都とミヤコ外ぐわいノホカ、 近国きんごくチカグニ遠えんトヲキ邦ぱうクニの在ざい家け・出しゆち家け、 かうべをかたぶけ、 こゝろざしをもはらにす。 いにしへ△かみそりをのみしゆめ、 いままさに符ふ合がふせり。

  第だい六段ろくだん

治ぢ承しよう四し年ねん かのえね 十じふ二に月がつ廿にじふ八日はちにち、 東大とうだい寺じ炎えん上じやうののち、 造ざうツクリ営えいあイトナムるべきよし議ぎ定ぢやうあり。 大だい勧くわん進じんのこと、 当世たうせいにをきては、 法然ほふねん聖しやう人にんのほか、 たれのともがらにかあらん。 あらかじめ精選せいせんにあたりて、 世よその仁じんををす。 大だい勧くわん進じんたるべきむね、 右う大辨だいべん行隆ゆきたかの朝臣あそん、 勅ちよく使しとして禅室ぜんしちにむかひてこれをおほす。 聖しやう人にん辞じ退たいしていはく、 貧道ひんだうもとより山門さんもんの*交衆けうしゆをやめて、 林叢りんそうの幽閑いうかんをよみすることは、 しづかに仏道ぶちだうを修しゆ行ぎやうして、 順じゆん次じに生しやう死じを出しゆち過くわせんがためなり。 もし大だい勧くわん進じんの職しよくに居こせば、 劇げきイソガワシキ務む万端ばんたんマツリゴト にして、 自じ行ぎやう化くえ他たなんぞやすからん。 おもへらく、 他たのためにはひとへに浄じやう土どの法ほふをのべ、 自じのためにはもはら称名しようみやうの行ぎやうを修しゆしつゝ、 そのいとなみのほか他事たじをまじえじと。 こふ、 天憐てんれんをたれて貧僧ひんそうが素そ願ぐわん、 叡察えいさちをくだしましませと。 勅ちよく使しそのこゝろざしをくみて、 かのことばを奏そうす。 かさねておほせくだされていはく、 しからば、 器き量りやうの仁じんを挙きよしまふさるべしと。 聖しやう人にんその条でうにをきては、 は0133やく秘ひ計けいをめぐらすべしと 云々うんうん。 よりて修しゆ乗じよう房ばう重てう源ぐえん、 かみの醍だい醐ごにはんべりけるを召てう請しやうして、 院宣ゐんぜんのおもむきをのぶ。 重てう源ぐえん左右さうなく領状りやうじやうす。 よりてそのむねを奏そうせらる。 すなはち、 修しゆ乗じよう房ばうをもてかの職しよくに補ふせられけり。 重てう源ぐえん、 領状りやうじやうまめやかの権者ごんじやかなとぞ、 聖しやう人にんおほせられける。

 

0134拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でんの絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 四し本ほん

  第だい一段ゐちだん

やうやく東大とうだい寺じすゝめつくりて、 修しゆ乗じよう房ばう入唐にふたうす。 帰朝くゑてうのとき、 極楽ごくらくの曼まん荼羅だら、 五祖ごその真影しんえいをわたしたてまつりて、 東大とうだい寺じ半作はんさくののきのしたにて、 聖しやう人にんを導だう師しとして供く養やうあるべきよしきこえければ、 興福こうぶく・東大とうだい両りやう寺じの学がく生しやう・*悪僧あくそう等ら、 をのをの三論さんろん・法相ほふさうのはたぼこをときまうけて、 かねて高かう座ざのかたはらになみゐたり。 大衆だいしゅ等ら*僉せん義ぎしけるは、 説法せちぽふのついでをもて、 あるひは*因いん明みやう・*内ない明みょうの奥あうフカキ義ぎ、 あるひは八はち不ぷ中ちう観ぐわんの深じん理りをとひかくべし。 こたえんに紕ひ繆びうアヤマリあらば、 悪僧あくそう等らをはなち、 あはせて恥ち辱じよくにあつべしと。

-しかるに聖しやう人にんこきすみぞめの衣ころもに、 高かう野やひがさきつゝ、 いとこともなげなる体たいにて入堂にふだうあり。 かさうちぬぎつゝ*礼盤らいばんにのぼりて、 やがて説法せちぽふはじまりぬ。 影像えいざう等とうの讃嘆さんだんことをはりて、 三論さんろん・法相ほふさうの法文ほふもんとゞこほりなく問難もんなんにさいぎりて、 智ち弁べんたまをはく。 つぎに、 出しゆち離りの道だうにをきては、 浄じやう土どにあらずは生しやう死じをはなれがたく、 念仏ねむぶちにあらずは浄じやう土どにむまれがたし。 いはんや末まち世せにいたりてをや、 いはんや凡ぼん夫ぶにおいてをや。 しかれば、 弥陀みだ称名しようみやうの一ゐち行ぎやうは0135諸仏しよぶちおなじくすゝめ、 三国さんごくともにもてあそぶ。 なかんづくに、 疏しょをつくり釈しゃくをまうくる。 おほくはすなはち貴くゐ寺じの高僧かうそう、 二に宗しゆの先達せんだちか。 しかれば、 当たう寺じの禅ぜん徒となんぞあながちにこれをおとしめん。 いまこゝろみに霊れい場ぢやうにひざまづきて、 ほしいまゝに文もんを釈しやくし、 義ぎをのぶ。 かつは冥みやう鑑かんをおそれ、 かつは衆勘しゆかんをおそる。

-およそこの念仏ねむぶちは、 信しんずるものは極楽ごくらくにむまれて永劫やうごふに楽果らくくわを証しようし、 謗はうずるやからは地ぢ獄ごくに堕だして長ぢやう時じに苦く悩なうをうく。 たれかこれを誹ひ謗はうせん、 たれかこれを信しんぜざらんとて、 ことばをかざり、 理りをつくしたまひければ、 数しゆ百ひやく人にん裹頭くわとうの僧綱そうがう已下いげ悪僧あくそう等とう袈裟けさをしのけて、 ひたがほになりつゝ、 随ずい喜き渇仰かちがふきわまりなし。 あるひはふたゝび釈しや迦か尊そんの出しゆち世せにあふかとうたがひ、 あるひはたちまちに*富楼ふる那なの弁説べんぜちをきくかと嘆たんず。 をのをの嘲哢てうろうの先言せんげんを懺悔さんぐえし、 信しん順じゆんの*後こふ会くわいをぞあらましける。 ことをはりて、 あぶらくらにいりましましければ、 面々めんめんに*扈こ従しようシタガヒタしつテマツルゝ、 後ご生しやうたすけたまえ聖しやう人にんとぞ、 おほやうに拝はいしたてまつりける。

-そのなかに、 悪僧あくそう一人ゐちにん、 聖しやう人にんにたちむかひたてまつりて、 問とうていわく、 そもそも念仏ねむぶち誹ひ謗はうのもの地ぢ獄ごくに堕だすとは、 いづれの経きやうの説せちぞやと。 聖しやう人にん、 とりあえず ¬大仏だいぶち頂経ちやうきやう¼ の説せちこれなりとこたえたまふ。 またくだんの僧さう、 袈裟けさをしのけて、 たなごゝろをあはせつゝ後ご生しやう0136たすけたまへと礼らいす。 ほとほと*はなうそやぎてぞみえける。 しかりしよりこのかた、 南北なんぼく二に京きやうの慢幢まんどうながくくだけて、 西方さいはう一実ゐちじちの法輪ほふりん、 とこしなえに転てんず、 ゆゝしかりしことなり。 また当たう寺じ古こ老らうの学がく徒と、 さきだちて瑞ずい夢むを感かんずることありけり。 後ご日にち披ひ露ろうしければ、 いよいよ霊れい寺じこぞりて帰くゐ依えをいたしけり。

つぎに 「三さん部ぶ経きやう」 につきたる事こと。

¬仏説ぶちせち无む量りやう寿じゆ経きやう¼ 巻上くわんじやう

まさにこの経きやうを釈しやくせんとするに、 大たい意い・釈名しやくみやう・入門にふもん判はん釈じやくの三門さんもんあり。

-はじめに、 大たい意いは、 この経きやうには能化のうくえ古こ今こんの本末ほんまちをあかし、 所化しよくえ往わう生じやうの首しゆ尾びをとぐ。 乃往ないわう過くわ去このむかし、 久く遠おん発心ほちしんのいにしえ、 十善じふぜんの王わう位いをなげすてゝ世せ饒王ねうわう仏ぶちの宝前ほうぜんにまうで、 四し海かいの宝国ほうこくをすてゝ法蔵ほふざふ沙門しやもんの尊号そんがうをえたり。 二に百ひゃく億をくの荘しやう厳ごんをえらびて四し十八じふはちの弘ぐ誓ぜいをおこし、 六ろく度ど四し摂せうの行ぎやう因いんを修しゆして三身さんしん万徳まんどくの仏果ぶちくわを証しようす。 五ご劫こう思し惟ゆいのむかしの密みち意い、 十劫じふこふ已い来らいのいまの妙果めうくわにあらはる。 修しゆ諸しよ功く徳どくのみづ三輩さんぱい修しゆ行ぎやうのかげをうかべ、 本ほん願ぐわん往わう生じやうのつき一向ゐちかう専念せんねんのまどをてらす。 教主けうしゆ釈しやく尊そんは 「横截わうぜち五ご悪あく」 (大経巻下) ととき、 高かう祖そ和くわ尚しやうは 「超断てうだん四流しる」 (玄義分) と釈しやくす。 経きやうのはじめには阿あ難なん聖しやう旨しをうけて荘しやう厳ごん浄じやう土どの由序ゆいじよをおこし、 経きやうのをはりには弥み勒ろく附ふ属ぞくをうけて念仏ねむぶち往わう0137生じやうの流る通づうをつのる。 これ一ゐち経きやうの元ぐわん意い、 二に仏ぶちの素そ懐くわいなり。 大たい意いかくのごとし。

-つぎに題目だいもくは、 「仏ぶち」 といふは娑しや婆ばの教主けうしゆ、 「説せち」 といふは如来によらいの口く音おん、 「无む量りやう寿じゆ」 といふは極楽ごくらくの能化のうくえ、 「経きやう」 といふは仏説ぶちせちの都と名めい、 「巻上くわんじやう」 といふは上じやう・下げ両りやう巻くわんあるがゆへなり。

つぎに文段もんだんは、 「我が聞もん如によ是ぜ」 といふより 「願ぐわん楽げう欲聞よくもん」 といふにいたるまでは、 序分じよぶんなり。 「仏告ぶちがう阿あ難なん乃往ないわう過くわ去こ」 といふより 「略りやく説せち之耳しに」 といふにいたるまでは、 正しやう宗しゆなり。 「仏ぶち語ご弥み勒ろく其有ごう得聞とくもん」 といふより経きやうのをはりにいたるまでは、 これ流る通づう分ぶんなり。

-弥陀みだ如来によらいもと菩ぼ薩さちの道だうを行ぎやうじたまひしとき、 檀だんを修しゆし劫海こうかいををくる。 ¬経きやう¼ (悲華経巻九檀波羅蜜品意) にいはく、 「ほどこすところの目めは、 一ゐち恒ごう河が沙しやのごとし。 乞眼こちげんの婆羅ばら門もんのごとく、 飲血をんけちの衆しゆ生じやうありて身分しんぶんの生しやう血けちをこふに、 ほどこすところの生しやう血けちは四し大だい海水かいしゐのごとし。 噉肉だんにくシヽムラの衆しゆクラフ 生じやうありて、 身分しんぶんの脂しアブラ肉にくをシヽムラこふに、 ほどこすところのしゝむらは千せん須しゆ弥み山せんのごとし。 しかのみならず、 すつるところのしたは、 大だい鉄てち囲ゐ山せんのごとし。 すつるところのみゝは、 純じゆん羅ら山せんのごとし。 すつるところのはなは、 毘布びふ羅ら山せんのごとし。 すつるところの歯はは、 耆ぎ闍しや崛山くちせんのごとし。 すつるところの身しん皮ぴは、 三千さんぜん大千だいせん世せ界かいの諸しよ有うの地ちのごとし」 と 云々うんうん。 しかのみならず、 あるときには肉山にくせんと0138なりて衆しゆ生じやうに食噉じきだんせられ、 あるときには大魚だいぎよとなりて身分しんぶんを衆しゆ生じやうにあたふ。 菩ぼ薩さちの慈悲じひ、 これをもてしるべしと 云々うんうん。 衆しゆ生じやうの貪欲とんよく、 これをもてしるべしと 云々うんうん。 飲血をんけち・噉肉だんにくの衆しゆ生じやうはなさけなく菩ぼ薩さち利り生しやうのはだえをやぶり、 求ぐ食じき著じやく味みの凡ぼん夫ぶははゞかりなく薩さち埵た慈悲じひのしゝむらを食じきす。 かくのごとく一劫ゐちこふ二に劫こふにあらず。 兆載てうさい永ゐやう劫ごふのあひだ、 四し大だい海水かいしゐの血ちをながし、 千せん須しゆ弥み山せんのしゝむらをつくす。 すてがたきをよくすて、 しのびがたきをよくしのびて檀だん度どを満まんじ、 尸し波羅はら蜜みつを満足まんぞくす。 忍辱にんにく・精しやう進じん・禅ぜん定ぢやう・智恵ちえ六ろく度ど円満えんまんし、 万まん行ぎやう具ぐ足そくすと 云々うんうん。

-またおなじき経きやうの四し十八じふはち願ぐわんのなかに、 第だい十八じふはちの念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんにふたつのこゝろあり。 出しゆち離り生しやう死じはこれ抜ばち苦くなり。 往わう生じやう極楽ごくらくはこれ与よ楽らくなり。 生しやう死じの衆しゆ苦く、 一ゐち時じによくはなれて浄じやう土どの諸楽しよらく一念ゐちねんによくうく。 もし弥陀みだに念仏ねむぶちの願ぐわんなく、 衆しゆ生じやうこの願ぐわん力りきに乗じようぜずは、 五苦ごく逼迫ひちぱくの衆しゆ生じやう、 いかんしてか苦く海かゐをはなるべき。 過くわ去こ生々しやうじやう世々せゝ弥陀みだの誓せい願ぐわんにあはざれば、 いまに三界さんがい皆かい苦くの火宅くわたくにありて、 いまだ四し徳とく常じやう楽らくの宝ほう城じやうにいたらず。 過くわ去こみなもてかくのごとし。 未み来らいまたむなしくをくるべし。 今こむ生じやうになにのさいわひありてか、 この大だい願ぐわんにあへる。 たとひあふといふとも、 もし信しんぜずは、 あはざるがごとし。 すでにふかくこれを信しんず、 いままさしくこれにあえるな0139り。 たゞし、 たとひこゝろにこれを信しんずといふとも、 もしこれを行ぎやうぜずは、 また信しんぜざるがごとし。 すでにこれを行ぎやうず、 まさしくこれを信しんずるなり。 願ぐわん力りきむなしからず、 行ぎやう業ごふまことあり、 往わう生じやううたがひなし。 すでに生しやう死じをはなれ、 衆しゆ苦くをはなるべし。 すなはちこれ大だい悲ひ抜ばち苦くなり。 つぎに往わう生じやう極楽ごくらくののち、 身心しんしんに諸楽しよらくをうく。 まなこに如来によらいを拝見はいけんし、 聖しやう衆じゆを瞻仰せんがうす、 みるごとに眼根げんこんの楽らくをます。 みゝに深妙じんめうの法ほふをきく、 きくごとに耳に根こんの楽らくをます。 はなに功く徳どくの法香ほふかうをかぐ、 かぐごとに鼻び根こんの楽らくをます。 したに法ほふ喜き・禅悦ぜんえちのあぢはひをなむ、 なむるにしたがひて舌根ぜちこんの楽らくをます。 身みに弥陀みだの光明くわうみやうをかうぶる、 ふるゝごとに身根しんこんの楽らくをます。 心こゝろに楽らくの境きやうを縁えんず、 縁えんずるごとに意い根こんの楽らくをます。 極楽ごくらく世せ界かいの一々ゐちゐちの境きやう界がい、 みな離苦りく得楽とくらくのはかりごとなり。 かぜの宝樹ほふじゆをふくもこれ楽らくなり、 枝し・条でう・華くえ・菓くわ、 常じやう楽らくを韻ゐんす。 なみの金岸こんがんをあらふもこれ楽らくなり、 微みスコシキ瀾らんノナミ廻えメグレル流る、ナガレ 四し徳とくをのぶ。 洲鶴しふかくのさえづるもこれ楽らくなり、 根力こんりき覚道かくだうの法門ほふもんなるがゆへに。 塞鴻さいこふのなくもこれ楽らくなり、 念仏ねむぶち法僧ぽふそうの妙法めうほふなるがゆへに。 宝ほう地ぢをあゆむもこれ楽らくなり、 天てん衣ゑあなうらをうく。 宝宮ほふぐうにいるもこれ楽らくなり、 天楽てんがくみゝに奏そうす。 これすなはち弥陀みだ如来によらい、 慈悲じひの御おんこゝろに念仏ねむぶちの誓せい願ぐわんをおこして、 われら衆しゆ生じやうに苦くをぬき楽らくをあたふ0140るこゝろなり。

-つぎに別べちして女人によにんに約やくして願ぐわんをおこしていはく、 「▲たとひわれ仏ぶちをえたらんに、 それ女人によにんありてわが名みやう字じをきゝて、 歓くわん喜ぎ信楽しんげうし、 菩ぼ提だい心しんをおこして、 女身によしんを厭えんイトヒ悪をせキラフ ん。 命みやう終じゆののち、 また女像によざうとならば、 正しやう覚がくをとらじ」 (大経巻上) と 文。 これについてうたがひあり。 かみの念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわん、 男女なんによをきらはず、 来迎らいかう引接いんぜうも男女なんによにわたる。 繋け念ねん定生ぢやうしやうの願ぐわんまたしかなり。 いま別べちにこの願ぐわんあり、 そのこゝろいかんぞ。 つらつらこのことを案あんずるに、 女人によにんはさはりおもし、 あきらかに女人によにんに約やくせずは、 すなはち疑ぎ心しんを生しやうぜん。 そのゆへは、 女人によにんはとがおほく、 さはりふかくして、 一切ゐちさいのところにきらはれたり。 道宣だうせん、 経きやうをひきていはく、 「▼十方じふぱう世せ界かいに女人によにんあるところにはすなはち地ぢ獄ごくあり」 (浄心誡観巻上) と 云々うんうん。 しかのみならず、 うちに*五ご障しやうあり、 ほかに*三さん従しようあり。

-五ご障しやうといふは、 「一ひとつには梵天ぼんてん王わうとなることをえず、 二ふたつには帝たい釈しやく、 三みつには魔ま王わう、 四よつには転輪てんりん聖じやう王わう、 五いつゝには仏身ぶちしん」 (法華経巻四菩提品) と 云々うんぬん。 「一者ゐちしや不ふ得とく作さ梵天ぼんてん王わう」 といふは、 色界しきかゐ初禅しよぜんの主しゆ、 梵衆ぼんしゆ・梵ぼん輔ぷの王わうなり。 かれなを生しやう滅めちのさかひ、 輪転りんでんのすがたなる。 无む量りやうの梵天ぼんてん、 かわるがわる居こすれども、 またく女身によしんをもて高台かうだいの閣かくにのぼるものなく、 三銖さんしゆのころものくびをかいつくろふものなし。 これなをかたし、 いかにいはんや往わう生じやうをや。 これをうたがふべきが0141ゆへに、 別べちに女人によにん往わう生じやうの願ぐわんをおこす。 「二に者しや帝たい釈しやく」 といふは、 欲界よくかい第だい二にの天てん、 須しゆ弥み八万はちまんのいたゞき、 三十さんじふ三天さんてんの主しゆなり。 かれまた五ご衰すいのかたち、 魔ま滅めちのさかひなる。 そこばくの帝たい釈しやく、 かはりうつるといえども、 いまだ女身によしんをもて帝たい釈しやくの宝ほう座ざにのぼるものなし。 「三者さんしや魔ま王わう」 といふは、 欲界よくかいの第六だいろく天てん、 他化たけ自じ在ざいの王わうなり。 なを業報ごふほうのすがた、 遷せんウツリ変ぺんのカハル ところなる。 百ひやく千せんの魔ま王わううつりゐるといえども、 いまだ女身によしんの魔ま王わうといふことあらず。 「四し者しや転輪てんりん聖じやう王わう」 といふは、 東とう・西ざい・南なん・北ぼく四し州しふの王わう、 金こん・銀ごん・銅どう・鉄てち四し輪りんの王わうなり。 そのなかに、 いまだ一人ゐちにんとしても女によ輪王りんわうといふものあらず。 「五ご者しや仏身ぶちしん」 といふは、 仏ぶちになることは、 男なん子しなをかたし、 いかにいわんや女人によにんをや。 大梵だいぼん高台かうだいの閣かくにもきらはれて、 梵衆ぼんしゆ・梵ぼん輔ぷのくもをのぞむことなく、 帝たい釈しやく柔軟にうなんのゆかにもくだされて、 三十さんじふ三天さんてんのはなをもてあそぶこともなし。 六天ろくてん魔ま王わうのくらゐ、 四し種しゆ輪王りんわうのあと、 のぞみながくたえてかげをだにもさゝず。 天てん上じやう・天てん下げのなをいやしき生しやう死じ有漏うろの果報くわほう、 无む常じやう生しやう滅めちのつたなき身みにだにもならず。 いかにいはんや仏ぶち位いをや。 まふすにはゞかりあり。 おもえばおそれあり。

-三惑さんわく頓とんにつきて二死にしながくのぞこり、 長ぢやう夜やこゝにあけて覚月かくげちまさにまどかなり。 四智しち円えん明みやうのはるのそのに三十さんじふ二に相さうのはなあざやかにひらけ、 三身さんしん即一そくゐち0142のあきのそらに八十はちじふ種好しゆかうのつききよくすめり。 位くらゐは妙覚めうがく高貴かうくゐのくらゐ、 四し海かい潅頂くわんぢやうの法王ほうわうなり。 かたちは仏果ぶちくわ円満えんまんのかたち、 三点さんてん法ほふ性しやう円融えんゆうの聖容せいようなり。 実じちには男なん子しだにも善財ぜんざい大だい士じの一ゐち百ぴやく一十ゐちじふの城じやうにもとめしがごとくし、 雪山せちせん童どう子じの四句しく半はん偈げに身みをなげしがごとくして、 仏ぶちにはなるべしとまふしてさふらふに、 ゆるくをこなひ、 おろそかにもとめては、 またくかなふべからずさふらふ。 されば五ご千せんの上じやう慢まんこれ男なん子しなれども、 成じやう仏ぶちの座ざをさりてたち、 五ご闡提せんだい等らが沙門しやもんなる、 无む間けんの業ごふをむすびておちぬ。 仏道ぶちだうにきらはれ、 仏ぶち家けにすてらるゝもの、 あげてかぞふべからず。 いかにいはんや、 女人によにんの身みは諸しよ経きやう論ろんのなかにきらはれ、 在々ざいざい所々しよしよに擯ひんシリゾケ出しゆちせイダサル られたり。 三さん途づ八難はちなんにあらずは、 おもむくべきかたもなく、 六趣ろくしゆ四し生しやうにあらずは、 うくべきかたちもなし。

-しかればすなはち、 富楼ふる那な尊者そんじや、 成じやう仏ぶちのくにゝもろもろの女人によにんなく、 またもろもろの悪道あくだうなしとらいひて、 三悪さんまく道だうにひとしめてながく女人によにんのあとをけづり、 天親てんじん菩ぼ薩さちの ¬往わう生じやう論ろん¼ のなかには、 「▲女人によにんをよび根缺こんけち、 二に乗じようの種しゆは生しやうぜず」 といひて、 根缺こんけち・敗種はいしゆに同どうじて、 とをく往わう生じやうののぞみをたつと 云々うんうん。

-諸仏しよぶちの浄じやう土どおもひよるべからず。 この日本にちぽん国こくに、 たうとくやんごとなき霊れい地ち・霊験れいげんのみぎりに、 みなことごとくきらはると 云々うんうん。 まづ比ひ叡山えいざんはこれ0143伝教でんげう大だい師しの建立こんりう、 桓くわん武む天皇てんわうの御ご願ぐわんなり。 大だい師しみづから結界けちかいして、 たにをさかひ、 みねをかぎりて女人によにんのかたちをいれず。 一ゐち乗じようのみねたかくたちて、 五ご障しやうのくもたなびくことなく、 一ゐち味みのたにふかくたゝへて、 三さん従しようのみづながるゝことなし。 薬やく師し医ゐ王わうの霊像れいざうみゝにきゝてまなこにみず、 大だい師し結界けちかいの霊れい地ちとをくみてちかくのぞまず。 高かう野や山さんは弘法こうぼう大だい師し結界けちかいのみね、 真言しんごん上乗じやうじよう繁はん昌じやうの地ちなり。 三密さんみつの月ぐわち輪りん、 あまねくてらすといえども、 女人によにん非器ひきのやみをばてらさず。 五ご瓶びやうの智ち水しゐ、 ひとしくながるといえども、 女人によにん垢穢くえのすがたにはそゝがず。 これらのところにをいて、 なをそのさはりあり。 いかにいはんや出しゆち過くわ三界さんがい道だうの浄じやう土どにをいてをや。 しかのみならず、 また聖しやう武む天皇てんわうの御ご願ぐわん、 十六じふろく丈ぢやう金銅こんどうの舎しや那なのみまえに、 はるかにこれを拝見はいけんすといえども、 なをとびらのうちにはいらず。 天てん智ぢ天皇てんわうの建立こんりう五ご丈ぢやうの石像せきざう、 弥み勒ろくのまへたかくあふぎてこれを礼拝らいはいすといえども、 なを壇だんのうえにはさはりあり。 乃ない至し金こん峯ぶのくものうえ、 醍だい醐ごのかすみのそこ、 女人によにんはかげをさゝず。 かなしきかな、 ふたつのあしをそなえたりといえども、 のぼらざる法ほふ峯ぶあり、 ふまざる仏庭ぶちていあり。 はづかしきかな、 ふたつのまなこあきらかなりといへども、 みざる霊れい地ちあり、 拝はいせざる霊像れいざうあり。 この穢土えどの瓦ぐわカワラ礫りやくツブテ・荊きやうムバラ棘こくのカラタチやま、 泥木でいもく素そ像ざうの仏ぶちにだに0144もさはりあり。 いかにいはんや衆宝しゆぼう合がう成じやうの浄じやう土ど、 万徳まんどく究く竟きやうの仏ぶちをや。 これによりて、 往わう生じやうにそのうたがひあるべきがゆへに、 この理りをかゞみて別べちしてこの願ぐわんありと 云々うんうん。

-善導ぜんだうこの願ぐわんを釈しやくしていはく、 「▲いまし弥陀みだの大だい願ぐわん力りきによるがゆへに、 女人によにん仏ぶちの名みやう号がうを称しようすれば、 まさしく命みやう終じゆのときすなはち女身によしんを転てんじて男なん子しとなすことをう。 弥陀みだ手てを接せふし、 菩ぼ薩さち身みをたすけて宝華ほうくえのうえに座ざし、 仏ぶちにしたがひて往わう生じやうして、 仏ぶちの大だい会えにいりて无む生しやうを証しよう悟ごす。 ◆また一切ゐちさいの女人によにんもし弥陀みだの名願みやうぐわん力りきによらずは、 千劫せんごふ・万劫まんごふ・恒ごう河が沙しや等とうの劫こうにも、 つゐに女身によしんを転てんずることをうべからず。 あるひは道俗だうぞくありていはく、 女人によにん浄じやう土どに生しやうずることをえずといはゞ、 これは妄説まうせちなり、 信しんずべからず」 (観念法門) と。 これすなはち、 女人によにんの苦くをぬきて女人によにんの楽らくをあたふる慈悲じひの御おんこゝろの誓せい願ぐわん利り生しやうなり。

-またいはく、 念仏ねむぶち利り益やくの文もん、 ¬无む量りやう寿じゆ経¼ の下げにいはく、 「▲仏ぶち弥み勒ろくにかたりたまはく、 それかの仏ぶちの名みやう号がうをきくことをえて、 歓くわん喜ぎ踊ゆ躍やくして乃ない至し一念ゐちねんすることあらん。 まさにしるべし、 このひとは大だい利りをうとす。 すなはちこれ无む上じやうの功く徳どくを具ぐ足そくするなり」。 善導ぜんだうの ¬礼讃らいさん¼ にいはく、 「▲それかの弥陀みだ仏ぶちの名みやう号がうをきくことをうることありて、 歓くわん喜ぎして一念ゐちねんにいたるもの、 みなまさにかしこに生しやうずることをうべし」。

-末法まちぽふ万年まんねんののち、 余よ0145行ぎやうことごとく滅みちして、 ことに念仏ねむぶちをとゞめたまふ文もん、 ¬无む量りやう寿じゆ経きやう¼ の下げ巻くわんにいはく、 「▲当来たうらいの世よに経きやう道だう滅尽めちじんせんに、 われ慈悲じひ哀愍あいみんをもて、 ことにこの経きやうをとゞめて止し住ぢうすること百ひやく歳さいせん。 それ衆しゆ生じやうありてこの経きやうにあふものは、 こゝろの所しよ願ぐわんにしたがひてみな得とく度どすべし」。

¬仏説ぶちせち観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼

まさにこの経きやうを釈しやくせんとするに、 大たい意い・釈名しやくみやう・入門にふもん判はん釈じやくの三門さんもんあり。 はじめに大たい意いは、 この経きやうは三さん世ぜの諸仏しよぶち浄じやう業ごふの正しやう因いんをあかし、 五ご濁ぢよくの凡ぼん夫ぶ往わう生じやうの功く徳どくをとく。 十三じふさんの妙めう観くわんをこらし、 三さん九くの行ぎやう因いんを修しゆす。 禅ぜん定ぢやうみづしづかにして依え正しやうかげをうかべ、 散善さんぜんはなほころびて薫修うんじゆこのみをむすぶ。 経きやうのはじめには、 しばらく随ずい他意たい語ごの機きに約やくしてひろく定ぢやう散さんの二に善ぜんをとき、 経きやうのをはりには、 ことに随ずい自意じい語ごの人にんをえらびてたゞ持じ名みやうの一ゐち行ぎやうをとく。 如来によらいは梵音ぼんおん和雅わげのみこえをいだして、 決けち定ぢやう往わう生じやうの仏びち名みやうをゆづり、 阿あ難なんは憶をくオモヒ持ぢタモチテ不ふ忘まうのワスレザル いたゞきをたれて遐か代だい流る通づうの付ふ属ぞくをうく。 仏ぶちの本ほん願ぐわんのこゝろをのぞむに、 衆しゆ生じやうをして一向ゐちかうにもはら弥陀みだ仏ぶちのみなを称しようせしむるにあり。 この経きやうの大たい意いかくのごとし。

題目だいもくは、 「仏ぶち」 といふは三覚さんがくの教主けうしゆ、 「説せち」 といふは定ぢやう散さんの諸善しよぜん、 「観くわん」 といふは依え正しやう0146の二に観くわん、 「无む量りやう寿じゆ」 といふは念仏ねむぶちの本尊ほんぞん、 「経きやう」 といふは金こん口くの実じち語ごなり。

文段もんだんは、 大だい師しは五ご門もんに約やくしてこれをあかす。 いまはしばらく略りやくを存ぞんじて、 四し段だんをもてこれを釈しやくす。 「如によ是ぜ我が聞もん」 といふより 「云うん何が見けん極楽ごくらく世せ界かい」 といふにいたるまでは、 これ序分じよぶんなり。 「仏告ぶちがう韋い提だい汝によ及ぎう衆しゆ生じやう」 といふより下げ品ぼん下げ生しやうのをはりにいたるまでは、 これ正しやう宗しゆ分ぶんなり。 「説せち是其ぜご時じ」 といふより諸天しよてんの発心ほちしんにいたるまでは、 得益とくやく分ぶんなり。 「阿あ難なん白びやく仏ぶち」 といふより経きやうのをはりにいたるまでは、 これ流る通づう分ぶんなり。

¬経きやう¼ (観経) にいはく、 「▲もし念仏ねむぶちするものは、 まさにしるべし。 このひとはこれ人中にんちうの分ふん陀利だり華くえなり。 観くわん世ぜ音をん菩ぼ薩さち・大勢だいせい至し菩ぼ薩さち、 その勝しよう友うとなりたまふ。 まさに道だう場ぢやうに坐ざして諸仏しよぶちのまえに生しやうずべし」。 おなじき経きやうの ¬疏しよ¼ (散善義) にいはく、 「▲もしよく相続さうぞくして念仏ねむぶちするものは、 このひとはなはだ希有けうなりとす、 さらにものとしてこれにたくらぶべきなし、 かるがゆえに分ふん陀利だりをひきてたとえとす。 ◆分ふん陀利だりといふは、 人中にんちうの好かう華くえとなづく、 また希有けう華くえとなづく、 また人中にんちうの上々じやうじやう華くえとなづく、 また人中にんちうの妙好めうかう華くえとなづく。 このはな相伝さうでんして蔡華さいくえとなづくる、 これなり。 念仏ねむぶちするものは、 すなはちこれ人中にんちうの好人こうにんなり、 人中にんちうの妙好めうかう人にんなり、 人中にんちうの上々じやうじやう人にんなり、 人中にんちうの希有けう人にんなり、 人中にんちうの最さい勝しよう人にんなり。 ◆四よつにはもはら弥陀みだのみなを念ねんずるものには、 すなは0147ち観くわん音おん・勢せい至しつねにしたがひて影やう護ごしたまふこと、 また親しん友う知ち識しきのごとくなることをあかす。 ◆いつゝには今こむ生じやうにすでにこの益やくをかうぶりぬれば、 いのちをすてゝすなはち諸仏しよぶちのいえにいることをあかす。 すなはち浄じやう土どこれなり。 かしこにいたりて、 長じやう時じに法ほふをきゝ、 歴りやく事じ供く養やうす。 因いんまどかに果くわ満まんず。 道だう場ぢやうの座ざ、 あにはるかならんや」。

-おなじき ¬経きやう¼ (観経) にいはく、 「▲仏ぶち阿あ難なんにつげたまわく、 なんぢ、 よくこのことばをたもて。 このことばをたもてといふは、 すなはちこれ无む量りやう寿じゆ仏ぶちのみなをたもてとなり」。 おなじき経きやうの ¬疏しよ¼ (散善義) にいはく、 「▲仏告ぶちがう阿あ難なん汝好によかう持ぢ是語ぜご」 といふより以下いげは、 まさしく弥陀みだの名みやう号がうを付ふ属ぞくして、 遐か代だいに流る通づうすることをあかす。 かみよりこのかた、 定ぢやう散さん両りやう門もんの益やくをとくといえども、 仏ぶちの本ほん願ぐわんのこゝろをのぞむるに、 衆しゆ生じやうをして一向ゐちかうにもはら弥陀みだ仏ぶちのみなを称しようせしむるにあり」。

¬仏説ぶちせち阿わあ弥陀みだ経きやう¼

まさにこの経きやうを釈しやくせんとするに、 大たい意い・釈名しやくみやう・入門にふもん判はん釈じやくの三門さんもんあり。 はじめに大たい意いは、 はじめには極楽ごくらくの依え正しやう二に報ほうの荘しやう厳ごんをあかし、 のちには末代まちだいの行ぎやう者じや往わう生じやうの行ぎやう相さうをとく。 いわゆる法ほふ性しやう真如しんによの大だい地ぢには黄金わうごん・瑠璃るりのかゞみかげをうつし、 第一だいゐち義ぎ諦たいの虚空こくには曼まん陀だ・曼殊まんじゅのはなにほひをはく。 林樹りんじゆ七宝しちぽうにわかれて華け・菓くわい0148ろいろにかうばしく、 池ち水しゐ八徳はちとくをたゝえて風波ふはこえごえにながる。 珠しゆ玉ぎよくの宮殿くうでんいらかをならべ、 異花ゐげ楼ろ閣かくのきをかさぬ。 これ依え報ほうの荘しやう厳ごんなり。 六十ろくじふ万億まんおくの身しん量りやうは、 金山こんせんのごとくして高々かうかうたり。 八万はちまん四し千せんの相好さうがうは、 珂か月ぐえつににて明々めいめいたり。 観くわん音をんは日にち光くわうのごとくして左さ面めんにひざまづき、 勢せい至しは月ぐわち輪りんにひとしくして右う脇けうに侍じすハベル 。 品々ほんほんの賢げん聖じやうはほしのごとくしてあゆみあつまり、 彼々ひひの菩ぼ薩さちは花はなのごとくしてとびきたる。 これ正しやう報ぼうの荘しやう厳ごんなり。 七日しちにち口く称しようの念仏ねむぶちは上じやう品ぼん信心しんじんのひかりをあらはし、 六方ろくぱう舌相ぜちさうの証誠しやうじやうは下げ根こん疑ぎ惑わくのやみをはらふ。 弥陀みだの弘ぐ誓ぜいは六八ろくはちなりといえども、 行ぎやう者じやの至し要えうは一ゐち二ににあり。 至し心しん信楽しんげうは第だい十八じふはちの願ぐわん、 住ぢう正定しやうじやう聚じゆは第だい十一じふゐちの願ぐわんなるがゆえなり。 大たい意いかくのごとし。

題目だいもくは、 「仏ぶち」 といふは諸仏しよぶちのなかの教主けうしゆ釈しやく尊そん、 「説せち」 といふは五ご種しゆのうちの如来によらいの巧言げうごんなり。 「阿わあ弥陀みだ」 といふは仏号ぶちがうをもて経きやうの名なとす。 「経きやう」 といふはつねなり。 先せん聖しやう・後ご賢けんおなじくとき、 おなじく行ぎやうず。

文段もんだんは、 「如によ是ぜ我が聞もん」 といふより 「諸天しよてん大衆だいしゅ倶く」 といふにいたるまでは、 序分じよぶんなり。 「爾時にじ仏告ぶちがう長ちやう老らう」 といふより 「是為ぜゐ甚難じんなん」 といふにいたるまでは、 正しやう宗しゆなり。 「仏説ぶちせち此し経きやう已い」 といふより 「作さ礼らい而に去きよ」 といふにいたるまでは、 流る通づうなり。 経きやうの正しやう宗しゆにつ0149いて、 ¬観くわん念ねん法門ぼふもん¼ に釈しやくしていわく、 「また ¬弥陀みだ経きやう¼ にいふがごとし。 六方ろくぱうにをのをの恒ごう河が沙しや等とうの諸仏しよぶちましまして、 みなしたをのべてあまねく三千さんぜん世せ界かいにおほひて、 誠じやう実じちのことばをときたまふ。 もしは仏ぶち在ざい世せにまれ、 もしは仏ぶち滅めち後ごにまれ、 一切ゐちさい造罪ざうざいの凡ぼん夫ぶ、 たゞし心しんを廻えして阿わあ弥陀みだ仏ぶちを念ねんじて、 浄じやう土どに生しやうぜんと願ぐわんずれば、 かみ百ひやく年ねんをつくし、 しも七日しちにち・一日ゐちにち、 十じふ声しやう・三さん声しやう・一ゐち声しやうにいたるまで、 いのちをはらんとするときに、 仏ぶち聖しやう衆じゆとみづからきたりて迎接かうせうして、 すなはち往わう生じやうをえしむ。 かみのごときの六方ろくぱう等とうの仏ぶちしたをのべて、 さだめて凡ぼん夫ぶのために証しようをなしたまふ。 つみ滅みちして生しやうずることをうと。 もしこの証しようによりて生しやうずることをえずは、 六方ろくぱうの諸仏しよぶちののべたまへるした、 ひとたびくちよりいでゝのち、 つゐにくちにかへりいらずして、 自じ然ねんに壊え爛らんせん」。 またいはく、 「このひと、 つねに六方ろくぱう恒ごう河が沙しや等とうの仏ぶちともにきたりて護ご念ねんしたまふことをう。 かるがゆへに護ご念ねん経ぎやうとなづく。 護ご念ねんのこゝろは、 またもろもろの悪あく鬼神くゐじんをしてたよりをえしめず、 また横わう病びやう・横わう死し、 よこさまに厄難やくなんあることなし、 一切ゐちさいの災さいワザハイ障しやうサハリ自じ然ねんに消しよう散さんす。 心しんをいたさゞらんをばのぞく」 (観念法門)。

¬経きやう¼ (小経) にいはく、 「▲仏ぶちこの経きやうをときたまふことをわりて、 舎しや利り弗ほちをよびもろもろ0150の比丘びく、 一切ゐちさい世せ間けんの天てん・人にん・阿あ修しゆ羅ら等とう、 仏ぶちの所説しよせちをきゝて歓くわん喜ぎ信受しんじゆして、 礼らいをなしてしかもさりにき」。 ¬法ほふ事じ讃さん¼ (巻下) にこの文もんを釈しやくしていはく、 「▲世せ尊そんの説法せちぽふ、 ときまさにをはりなんとして、 慇懃おむごんネンゴロに弥陀みだのみなを付ふ属ぞくす。 五ご濁ぢよく増ぞうのとき疑ぎ謗はうするものおほからん、 道俗だうぞくあひきらひてきくことをもちゐじ。 修しゆ行ぎやうすることあるをみては瞋毒しんどくをおこす。 方便はうべん破壊はえしてきほひてあだをなす。 かくのごときの生しやう盲まう闡提せんだいのともがら、 頓とん教げうを毀滅くゐめちしてながく沈淪ちんりんす。 大だい地ぢ微み塵ぢん劫ごうを超過てうくわすとも、 いまだ三さん途づの身みをはなるゝことをうべからず。 大衆だいしゅ同心どうしんにみな所しよ有うの破は法ほう罪ざいの因縁いんねんを懺悔さんぐえせよ」。

つぎに五祖ごそにつきたること。

いままたこの五祖ごそといふは、 まづ曇鸞どんらん法ほふ師し・道だう綽しやく禅ぜん師じ・善導ぜんだう禅ぜん師じ・懐え感かん禅ぜん師じ・少康せうかう法ほふ師し等とうなり。

-▲曇鸞どんらん法ほふ師しは、 梁りやう・魏ぐゐ両りやう国こくの无む双さふの学がく生しやうなり。 はじめはいのちながくして仏道ぶちだうを行ぎやうぜんがために、 陶たう隠居ゐんきよにあひて仙せん経ぎやうをならひて、 その仙方せんばうによりて修しゆ行ぎやうせんとしき。 のちに菩ぼ提だい流支るし三蔵さんざうにあひたてまつりて、 仏法ぶちぽふのなかに長ちやう生せい不死ふしの法ほふの、 この土どの仙せん経ぎやうにすぐれたるやさふらふととひたてまつりたまひければ、 三蔵さんざうつばきをはきてこたえたまふやう、 おなじことばをもてい0151ひならふべきにあらず。 この土どいづれのところにか長ぢやう生しやうの方ほうあらん。 いのちながくしてしばらくしなぬやうなれども、 つゐにかへりて三さん有うに輪りん廻えす。 たゞこの経きやうによりて修しゆ行ぎやうすべし。 すなはち長生ぢやうしやう不死ふしのところにいたるべしといひて、 ¬観経くわんぎやう¼ をさづけたまえり。 そのときたちまちに改がゐアラタメ悔くえのクユル 心しんをおこして、 仙せん経ぎやうをやきて、 自じ行ぎやう化くえ他た、 一向ゐちかうに往わう生じやう浄じやう土どの法ほふをもはらにしき。 ¬往わう生じやう論ろんの註ちゆ¼・¬略りやく論ろん安楽あんらく土ど義ぎ¼ 等とうのふみ、 これをつくりたまふ。 州へいしふ玄ぐえん忠ちう寺じに三さん百びやく余よ人にんの門もん徒とあり。 臨終りんじゆのとき、 その門もん徒と三さん百びやく余よ人にんあつまりて、 みづからは香かふ炉ろをとり、 にしにむかひて、 弟子でしともにこえをひとしくして、 高かう声しやう念仏ねむぶちして命みやう終じゆしぬ。 そのとき道俗だうぞく、 おほくそらのなかに音楽おんがくを聞きくと 云々うんうん。

▲道だう綽しやく禅ぜん師じは、 もとは涅槃ねちはんの学がく生しやうなり。 州へいしふ玄忠げんちう寺じにして曇鸞どんらんの碑ひの文もんをみて、 発心ほちしんしていはく、 「かの曇鸞どんらん法ほふ師し、 智ち徳とく高遠かうおんなる、 なを講説かうぜちをすて浄じやう土どの業ごふを修しゆして、 すでに往わう生じやうせり。 いはんやわが所しよ解げ、 所しよ知ちおほしとするにたらんや」 (迦才浄土論) といひて、 すなはち涅槃ねちはんの講説かうぜちをすてゝ、 一向ゐちかうにもはら念仏ねむぶちを修しゆして相続さうぞくしてひまなし。 つねに ¬観経くわんぎやう¼ を講かうじて、 ひとをすゝめたり。 州へいしふの晋陽しんやう・大たい源ぐえん・汶水ぶんしゐ三さん県くえんの道俗だうぞく、 七歳しちさい已い上じやうはことごとく念仏ねむぶちをさとり往わう生じやうをとげり。 またひとを0152すゝめて、 涕てい唾だ便べん利り西方さいはうにむかはず、 行ぎやう住ぢゆ坐ざ臥ぐわ西方さいはうをそむかず。 また ¬安楽あんらく集しふ¼ 二に巻くわんこれをつくりたまふ。 おほよそ往わう生じやう浄じやう土どの教けう弘ぐ通づう、 道だう綽しやくの御をんちからなり。 ¬往わう生じやう伝でん¼ 等とうをみるにも、 おほく道だう綽しやくのすゝめをうけて往わう生じやうをとげたり。 善導ぜんだうもこの道だう綽しやくの弟子でしなり。 しかれば、 終南しゆなん山ざんの道宣だうせんの ¬伝でん¼ (続高僧伝巻二〇意) にいはく、 「西方さいはうの道教だうけうのひろまることは、 これよりおこる」 といへり。 また曇鸞どんらん法ほふ師し、 七宝しちぽうのふねに乗じようじて空中くうちうにきたれるをみる。 また化仏くえぶちそらに住ぢゆすること七日しちにち、 そのとき天てん花げありて、 来集らいじふのひとびとそでにこれをうく。 かくのごとく不可ふか思議しぎの霊瑞れいずいおほし。 終じゆ時じに白雲はくうん、 西方さいはうよりきたりて、 三道さんだうの白はく光くわうとなりて房中ばうちうをてらす。 五ご色しきのひかり、 空中くうちうに現げんず。 またつかのうえに紫し雲うん三さん度ど現げんずることあり。

▲善導ぜんだう和くわ尚しやう、 いまだ ¬観経くわんぎやう¼ をえざるさきに、 三昧さんまいをえたまひけるとおぼえさふらふ。 そのゆえは、 道だう綽しやく禅ぜん師じにあひて ¬観経くわんぎやう¼ をえてのち、 この経きやうの所説しよせち、 わが所見しよけんにおなじといえり。 導だう和くわ尚しやうの念仏ねむぶちしたまふには、 くちより仏ぶちいでたまふ。 曇どん省しやうの ¬讃さん¼ にいはく、 「善導ぜんだう念仏ねむぶちしたまへば、 仏ぶちくちよりいでたまふ」 と 云々うんうん。 おなじく念仏ねむぶちをまうすとも、 かまえて善導ぜんだうのごとくくちより仏ぶちいでたまふばかりまふすべきなり。 「欲よく如によ善導ぜんだう妙在めうざい純熟じゆんじゆく」 とまふして、 たれなりとも念仏ねむぶちをだにもまこ0153とにまふして、 その功こう熟じゆくしなば、 くちより仏ぶちはいでたまふべきなり。 道だう綽しやく禅ぜん師じは師しなれども、 いまだ三昧さんまいを発得ほちとくせず。 善導ぜんだうは弟子でしなれども、 三昧さんまいをえたまひたり。 しかれば道だう綽しやく、 わが往わう生じやうは一ゐち定ぢやうか不ふ定ぢやうか仏ぶちにとひたてまつりたまふべしとのたまひければ、 善導ぜんだう禅ぜん師じ命めいをうけてすなはち定ぢやうにいりて阿わあ弥陀みだ仏ぶちにとひたてまつるに、 仏ぶちののたまわく、 道だう綽しやくにみつのつみあり、 すみやかに懺悔さんぐえすべし。 そのつみ懺悔さんぐえして、 さだめて往わう生じやうすべし。 ひとつには、 仏像ぶちざう・経きやう巻くわんをばひさしにをきて、 わが身みは房中ばうちうに居こす。 ふたつには、 出しゆち家けのひとをつかふ。 みつには、 造作ざうさくのあひだむしのいのちをころす。 十方じふぱうの仏ぶちのまえにして、 第一だいゐちのつみを懺悔さんぐえすべし。 諸僧しよそうのまえにして、 第だい二にのつみを懺悔さんぐえすべし。 一切ゐちさいの衆しゆ生じやうのまえにして、 第三だいさんのつみを懺悔さんぐえすべしと。 善導ぜんだうすなはち定ぢやうよりいでゝ、 このむねを道だう綽しやくにつぐる。 道だう綽しやくのいはく、 しづかにむかしのとがをおもふに、 これみなむなしからずといひて、 心しんをいたして懺悔さんぐえすと 云々うんうん。 しかれば、 師しにまさりたるなり。 善導ぜんだうは、 ことに火急くわきうの小せう声しやう念仏ねむぶちをすゝめて、 かずをさだめたまへり。 一万ゐちまん・二に万まん・三万さんまん・五ご万まん乃ない至し十万じふまんと 云々うんうん。

▲懐え感かんは、 法相ほふさう宗しゆの学がく生しやうなり。 ひろく経きやう典てんをさとりて、 念仏ねむぶちをば信しんぜず、 善導ぜんだうに問とふ0154ていはく、 念仏ねむぶちして仏ぶちをみたてまつりてんや。 導どう和くわ尚しやうこたえていわく、 仏ぶちの誠じやう言ごんなんぞうたがはんや。 懐え感かんこのことにつきて、 たちまちにさとりをひらき、 信しんをおこして道だう場ぢやうにいりて、 高かう声しやうに念仏ねむぶちして、 仏ぶちをみたてまつらんと願ぐわんずるに、 三さん七日しちにちまでその霊瑞れいずいをみず。 そのとき感かん禅ぜん師じ、 みづから罪ざい障しやうのふかくして仏ぶちをみたてまつらざることをうらみて、 食じきを断だんじて死しせんとす。 善導ぜんだう、 制せいしてゆるさず。 のちに ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ 七巻しちかんをつくると 云々うんうん。 感かん師しはことに高かう声しやう念仏ねむぶちをすゝめたまえり。

▲少康せうかうは、 もとは持ぢ経きやう者しやなり。 とし十じふ五ご歳さいにして ¬法華ほふくえ¼・¬楞りよう厳ごん¼ 等とうの経きやう五部ごぶをよみおぼえたり。 これによりて、 ¬高僧かうそう伝でん¼ には読誦どくじゆの篇へんにいれたれども、 たゞ持ぢ経きやう者しやのみにあらず、 瑜伽ゆが唯識ゆいしきの学がく生しやうなり。 のちに白はく馬寺ばじにまうでゝ堂内だうないをみれば、 ひかりをはなつものあり。 これをさぐりとりてみれば、 善導ぜんだうの西方さいはう化導くえだうの文もんなり。 少康せうかうこれをみて、 心しんたちまちに歓くわん喜ぎして、 願ぐわんをおこしていわく、 われもし浄じやう土どに縁えんあらば、 この文もんふたゝびひかりをはなてと。 かくのごとくちかひをはりてみれば、 かさねてひかりをはなつ。 そのひかりのなかに、 化仏くえぶち・菩ぼ薩さちまします。 歓くわん喜ぎやすめがたくして、 つゐにまた長ちやう安あんの善導ぜんだう和くわ尚しやうの影堂えいどうにまうでゝ、 善導ぜんだうの真影しんえいをみれば、 化くえして仏身ぶちしんとなりて少康せうかうにのたまわく、 なんぢ、 わが教けうにより0155て衆しゆ生じやうを利り益やくし、 おなじく浄じやう土どに生しやうずべし。 これをきゝて、 少康せうかう、 所しよ証しようあるがごとし。 のちにひとをすゝめんとするに、 ひとその教化けうくえにしたがはず。 しかるあひだ、 銭せんをまうけて、 まづ小童せうどう等とうをすゝめて、 念仏ねむぶち一遍ゐちぺんに銭せん一文ゐちもんをあたふ。 のちに十遍じふぺんに一文ゐちもん、 かくのごとくするあひだ、 少康せうかうのありくに小童せうどう等とうつきてをのをの念仏ねむぶちす。 また小童せうどうのみにあらず、 老少らうせう男女なんによをきらはず、 みなことごとく念仏ねむぶちす。 かくのごとくしてのち、 浄じやう土ど堂だうをつくりて、 昼ちう夜やに行ぎやう道だうして念仏ねむぶちす。 所化しよくえにしたがひて道だう場ぢやうに来集らいじふするともがら、 三千さんぜん余よ人にんなり。 また少康せうかう、 高かう声しやうに念仏ねむぶちするをみれば、 くちより仏ぶちいでたまふこと、 善導ぜんだうのごとし。 このゆへに、 ときのひと後ご善導ぜんだうとなづけたり。 浄じやう土ど堂だうとは唐たうのならひ、 阿わあ弥陀みだ仏ぶちをすえたてまつりたる堂だうをば、 みな浄じやう土ど堂だうとなづけたるなり。

五祖ごその御徳おんとく、 要えうをとるにかくのごとし。

 

元徳元年 庚午 九月七日書写之畢

執筆善最

 

0156拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でんの絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 四し末まち

  第だい二に段だん

*文ぶん治ぢ二に年ねんのころ、 天臺てんだい座主ざす僧そう正じやう顕真けんしん、 使し者しや ツカヒ をたてゝ、 聖しやう人にんにしめしていはく、 登山とうざんのヤマニノボルついでにかならず見参けんざんをとげて、 まうしうけたまはるべきことはんべり、 音信いんしんせしめたまへと。

-よりてあるとき、 さかもとにいたれるよししめしたまふ。 すなはち座主ざす僧そう正じやう、 下げ山ざんヤマヨリしつクダル ゝ対面たいめんしていはく、 今こん度どいかにしてか生しやう死じを出しゆち過くわトガしはんべるべきと。 聖しやう人にんこたへてのたまはく、 いか様やうにも御おんはからひにはすぐべからずと。

-またいはく、 その条でう所存しよぞんなきにあらずといへども、 先達せんだちにおはしませば、 もしおもひさだめたまえるむねあらば、 しめしたまへとなり。 そのときに聖しやう人にんののたまはく、 自じ身しんのためには、 いさゝかおもひさだめたるむねあり。 はやく往わう生じやう極楽ごくらくをとげんとなり。

-座主ざすのいはく、 身みにをきては順じゆん次じの往わう生じやういかにもとげがたくおぼえはんべるによりて、 この問もんをいたす。 いかゞたやすく往わう生じやうをとげんやと。 聖しやう人にんののたまはく、 成じやう仏ぶちはかたく、 往わう生じやうはえやすし。 道だう綽しやく・善導ぜんだう等とうの御おんこゝろによらば、 仏ぶちの本ほん願ぐわんをあふぎて強縁がうえんとするがゆえに、 凡ぼん夫ぶ浄じやう土どに生しやう0157ずと 云々うんうん。

-そののち、 たがひに言説ごんせちなくして聖しやう人にんたちましましにけり。

-後ご日にちノチノヒに座主ざすのいはく、 法然ほふねん房ばうは智恵ちえ深じんアヤシ遠おんなトヲシ りといへども、 いさゝか偏執へんじふありと 云々うんうん。 あるひと、 このことを聖しやう人にんにかたる。 聖しやう人にんののたまはく、 わがしらざるをいふには、 かならず疑ぎウタガヒノ心しんおコヽロ こるなりと。

-僧そう正じやうまたこれをかへりきゝていはく、 まことにしかなり。 それ顕密けんみちの教けうにをきて稽けい古こをつむといへども、 しかしながら名みやう利りのためにして涅槃ねちはんの一道ゐちだうにうとし。 かるがゆえに道だう綽しやく・善導ぜんだう等とうの釈しやくをうかゞはず。 法然ほふねん房ばうにあらずは、 たれびとか、 かくのごときのことをいはんとて、 自じ宗しゆの行ぎやう法ほふをさしおきつゝ、 ○やがて大原おほはらに隠いんカクレ居きよヰルして、 百ひやく日にちのあひだ浄じやう土どの章しやうアキラ疏しよを渉猟せふれふしてのち、 聖しやう人にんにしめしていはく、 われほゞ浄じやう土どの法門ほふもんをえたり。 来臨らいりんしたまはゞ、 精談せいだんすカタラウべしと。

-○僧そう正じやうかねて処々しよしよの智ち者しやを召てう請しやうしつゝ、 大原おほはらの勝しよう林院りんゐんの丈ぢやう六堂ろくだうに集しふ会ゑして聖しやう人にんを啒くち請しやうウク す。 すなはち重てう源ぐえん已下いげの弟子でし三十さんじふ余よ人にんをあひ具ぐしてわたりたまひぬ。 聖しやう人にんのかたには、 重てう源ぐえんをはじめとして次し第だいにゐながれたり。 座主ざす僧そう正じやうのかたにも、 諸宗しよしゆの碩徳せきとく、 僧綱そうがう已下いげ、 ならびに大原おほはらの聖しやう人にん等とうまた著ちやく座ざす。 そのうち、 光明くわうみやう山の僧そう都づ明みやう遍へん 東大とうだい寺じ三論さんろん宗しゆ・已い講かう貞ぢやう慶けい 興福こうぶく寺じ法相ほふさう宗しゆ・笠かさ置ぎの解げ脱だち房ばう、 これなり。 山さん上じやう久く住ぢゆの僧綱そうがうには、 法印ほふいん大だい僧そう都づ智ち海かい 天臺てんだい宗しゆ・法印ほふいん厳ごん大だい僧そう都づ証しよう真しん 同おなじ・法印ほふいん0158静じやう厳げん・法印ほふいん浄じやう然ねん・僧そう都づ覚什かくじふ・権ごん律りち師し仙せん基き・印西いんせい上しやう人にん・念仏ねむぶち上しやう人にん 天臺てんだい宗しゆ往わう生じやう院いん・明定みやうぢやう房ばう蓮慶れんけい 同おなじ、 来迎らいかう院いん・本ほん生しやう房ばう湛たん誉よ・妙覚めうがく寺じの上しやう人にん蔵くら人ど入道にふだう仙心せんしん 菩ぼ提だい山さん・定ぢやう蓮れん房ばう 長ちやう楽らく寺じ・大和やまとの入道にふだう見仏けんぶち 八や坂さか・清浄しやうじやう房ばう 勝しよう林院りんゐん・究く法ほふ房ばう 桜さくら本もと 等とう、 かれこれ両りやう方はう三さん百びやく余よ人にん、 二に行ぎやうに対たい座ざす。

-○そのとき上しやう人にんのたまはく、 源ぐゑん空く発心ほちしん已後いご、 聖しやう道だう門もんの諸宗しよしゆにつきてひろく出しゆち離りの道だうをとぶらふに、 かれもかたく、 これもかたし。 これすなはち世よ澆げう季きにをよび、 ひと痴ち鈍どんにして、 機き教けうにあひそむけるゆへなり。 しかればすなはち、 有智うち・无智むちを論ろんぜず、 持じ戒かい・破は戒かいをきらはず。 時機じき相応さうおうして順じゆん次じに生しやう死じをはなるべき要法えうほふは、 たゞ浄じやう土どの一門ゐちもん念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうなりと、 一日ゐちにち一ゐち夜や、 理りをきはめ、 ことばをつくしてのべたまふ。

-座主ざす僧そう正じやうこれをきゝて、 はじめには問難もんなんをいたすといへども、 のちには嘉か納なう信伏しんぶくフスのいろふかくして、 かつて疑ぎウタガヒ殆たいの一ゐちアヤブムヒト言げんにをよばず。 いひぐちとさだめたる本ほん生しやう房ばうも黙然もくねんとしてものいはず。 ○みなひと感情かんぜいをうごかし、 帰くゐ敬きやうをいたすほか他たなし。 その形ぎやうカタチ容ようカホにむかへば、 源ぐゑん空く聖しやう人にん智恵ちえ高妙かうめうなり。 その述じゆち義ぎをきけば、 弥陀みだ如来によらい応現おうげんしたまふかとおぼゆ。 論談ろんだんすでにをはりて、 随ずい喜きのあまり、 僧そう正じやうみづから香かふ炉ろをとりて入堂にふだうして、 旋せんメグル遶ねう行ぎやう道だうして高かう声しやう念仏ねむぶちす。 南北なんぼくの明めい匠しやう、 顕密けんみちの諸徳しよとく、 異口いく同音どうおんに称名しようみやうすること、 三日さんにち三さん夜や0159無む間けんなり、 无余むよなり。

-あまさえひとつの発ほち願ぐわんあり。 このてらに五箇ごかの房舎ばうしやをたてゝ不ふ断だんの念仏ねむぶちを修しゆせん。 これすなはち、 妙めう行ぎやうを相続さうぞくして遐か代だいにをよぼさんがためなり これわが朝てう不ふ断だん念仏ねむぶちの最初さいしよなり。 ○また重てう源ぐえんひとつの意い巧げうあり。 わがくにの道俗だうぞく、 閻えん魔まの庁ちやう庭ていにひざまづかんとき、 その名みやう字じをとはれんに、 仏号ぶちがうをとなへしめんために阿わあ弥陀みだ仏びち名なをつけんと。 よりてまづわが名なをば南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちとつきたまへり。 阿わあ弥陀みだ仏びち名なこれよりはじまる。

  第だい三段さんだん

静じやう厳げん法印ほふいんよしみづの房ばうにきたりて、 とひたてまつりていはく、 いかんがしてこのたび生しやう死じをはなるべきと。 聖しやう人にんこたへてのたまはく、 源ぐゑん空くこそたづねまふしたくはんべりつるに、 この命めいいかん。 静じやう厳げんのいはく、 決けち択ちやくの門もんはまことにしかなり。 出しゆち離りの道だうにをきては、 智ち者しや・道心だうしん者しや、 遁世とんせいひさしくしてかたく案立あんりふする義ぎによるべしと。 聖しやう人にんすこしうちえみてのたまはく、 源ぐゑん空くにをきては弥陀みだ本ほん願ぐわんに乗じようじて往わう生じやうを期ごす。 そのほかをばしらずと。 静じやう厳げんのいはく、 わが所存しよぞんこれなり。 ひとの義意ぎいをきかんがために、 このうたがひをいたすといひて、 すなはち座ざをたちはんべりぬ。

  第だい四し段だん

高かう0160野やの明みやう遍へん僧そう都づ、 聖しやう人にん所造しよざうのツクリタマフ ¬選せんトコロノ択ぢやく集しふ¼ をみて、 よきふみにてはんべるが、 たゞし偏執へんじふなる篇へんありと 云々うんうん。 そののち、 明みやう遍へんゆめにみたまふ様やう、 天王てんわう寺じの西門さいもんとおぼしきところに病びやう者しやかずをしらず平臥へいぐわせり。 一人ゐちにんのひじりありて鉢はちにかゆをいれて、 かひをもて病びやう者しやのくちぐちにすくひいる。 これたれびとぞととえば、 あるひと源ぐゑん空く聖しやう人にんなりといふとみてさめぬ。

-僧そう都づつらつらこれを案あんずるに、 ¬選せん択ぢやく集しふ¼ を偏執へんじふのふみなりと非ひしソシル つるを、 ゆめにいりてつげしめすよなとおもふより、 懺悔さんぐえの心しんやゝすゝみつゝ、 この聖しやう人にんはたゞびとにあらず、 時じをしり機きをはかりたる智ち者しやにてましましけりと、 いみじくたふとくおぼえけり。 病びやう人にんとみえつるは、 无む明みやう淵えん源ぐえんのやまひにしづめる五ご濁ぢよく濫漫らんまんのわれらにこそ、 甘かん子し・なし風ふ情ぜいの菓くわ子しクダモノを受じゆウケ用ようすモチヰルることも、 はてにはとゞまりぬ。 たゞおもゆ・かゆなどをすくひいれて、 のんどをうるほすばかりに、 いのちをかけたる病びやう者しやのごとくに、 末法まちぽふ濁ぢよく乱らんの今こん時じは四し重ぢう・五ご逆ぎやくのやまひ興こう盛じやうなり。 これを治ちせんこと中道ちうだう府ふ蔵ざうのくすりにあらずは、 すくひがたし。

-しかるにいま、 念仏ねむぶち三昧ざんまいはこれ中道ちうだう一ゐち乗じようの霊薬れいやく、 深妙じんめう醍だい醐ごの頓とん味みなり。 しかれば、 聖しやう道だう諸教しよけうのなし・甘かん子しにをきては、 そのあぢはひ勝しようマサリ劣れちなオトリ しといえども、 鈍根どんこん无智むちの罪悪ざいあく凡ぼん夫ぶの器き量りやういたりて浅せんアサク弱にやくヨハシなれば、 開かい0161悟ご受用じゆようはなはだもてかたし。 かるがゆへに時機じき相応さうおうするにつきて、 五ご逆ぎやく・謗法はうぼふ、 重ぢう病びやう難なん治ちの類るいに念仏ねむぶち三昧ざんまい醍だい醐ご甚深じんじんのかゆをすゝめたまひけるなりと符ふ合がうして、 そののちもはら念仏ねむぶちの行ぎやうを修しゆしたまひけり。

-この僧そう都づ、 あるとき善ぜん光くわう寺じにまうでんとおもひたちたまひけるに、 おなじくは聖しやう人にんに謁えちして浄じやう土どの法門ほふもんの不ふ審しんを決くえちしてこそ如来によらい前ぜんにもまうでめとおもふたまひて、 聖しやう人にんの禅坊ぜんばうにいたりてとひたてまつりていはく、 末代まちだい悪あく世せの罪ざい濁ぢよくのわれら、 いかにしてか生しやう死じをはなれはんべるべきやと。 聖しやう人にんこたへてのたまはく、 弥陀みだの名みやう号がうを称しようして浄じやう土どに往わう生じやうする、 これをもてその肝かん府ぷとするなりと。 僧そう都づのいはく、 愚ぐ案あんまたかくのごとし、 信心しんじんを決けち定ぢやうせんがためにこの問もんをいたすなりと。

-僧そう都づまた問とふていはく、 念仏ねむぶちのときこゝろの散さんチリ乱らんすミダルヽるをばいかゞしはんべるべきと。 聖しやう人にんこたえてのたまはく、 その条でう源ぐゑん空くもちからをよばず。 欲界よくかい散さん地ぢの凡ぼん夫ぶこゝろの散乱さんらんすること、 ひとの目めはなの生しやう得とくなるがごとし。 いかにもしづめんこと、 かなふべからず。 さればこそ、 たゞ他た力りきの本ほん願ぐわんにまかせて機きの堪かんタヘ不ふ堪かんタヘザルをおもんぱからず、 心しんのコヽロ 散さんチリ不ふ散さんチラザルをせず。 つみの重ぢうヲモキ軽きやうカロキをとはず、 行ぎやうの多たオホキ少せうをスクナキさだめず。 不ふ取しゆ正しやう覚がくの誓約せいやく虚こ設せちムナシクならマウケズずはハトナリ、 往わう生じやうもとげずはあるべからずと、 ゆるゆるとあふぎつゝ、 念仏ねむぶちせんにはすぐべか0162らずとはまふしさふらへ。

-当世たうせいのひとみな機き教けうの分際ぶんざいをしらず。 仏ぶち願ぐわんの摂せふ持ぢすべきをたのまずして、 この身みにてたやすく生しやう死じいでがたしと卑下ひげのおもひをなす。 まことに自じ力りきの出しゆち離りは一大ゐちだい事じの因縁いんねんなり。 しかれども他た力りきの願ぐわん船せんにのりぬれば、 一念ゐちねんに横わうヨコサマ超てうコユして苦く海かゐものならずこそおぼえはんべれと。 僧そう都づみゝをそばだて、 こゝろをおさめつゝ、 *抃へんテウチシ悦えちをヨロコブいだきてかへりたまひにけり。

  第だい五ご段だん

摂津国つのくにみてくらじまに年来ねんらいトシゴロすみはんべる一人ゐちにんのおのこあり。 世よのひとなづけてみゝ四し郎らうとぞいひける。 天性てんせいもとより*かだましくして、 またするわざもなく、 たゞ*梟悪けうあくフクロウをのみことゝして、 世よをわたるなかだちとす。

-あるとき聖しやう人にん、 白河しらかはの房ばう 姉あねが小路こぢ白河しらかわ二に階かい房ばうと号がうす、 信しん空く上しやう人にんの宿しゆく坊ばうなり にて終しう夜や法談ほふだんあり。 くだんのみゝ四し郎らう、 みやこにのぼりてところどころためらひありくに、 便びん宜ぎよかりければ、 かの貴房くゐばうにいたりぬ。 縁えんのしたにはひかくれて、 ひとのしづまるほどをまちけるほど、 聖しやう人にんの御房おんばう、 いつものことなれば、 凡ぼん夫ぶ出しゆち離りの要道えうだう、 浄じやう土どの一門ゐちもん、 念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうにしくはなし。 その機きをいへば、 十悪じふあく・五ご逆ぎやく・四し重ぢう・謗法はうぼふ・闡提せんだい・破は見けん・破は戒かい等とうの罪人ざいにん、 その行ぎやうを論ろんずれば、 十じふ声しやう・一ゐち声しやういかなる幼やう児にもとなへつべし。 その信しんをいへば、 また一念ゐちねん0163・十念じふねんいかなる愚ぐ者しやもおこしつべし。 もとより十方じふぱう衆しゆ生じやうのためなれば、 いづれの機きかもれ、 いづれのともがらかすてられん。 十方じふぱう衆しゆ生じやうのうちには、 有智うち・无智むち、 有う罪ざい・无む罪ざい、 凡ぼん夫ぶ・聖しやう人にん、 持じ戒かい・破は戒かい、 若にやく男なん・若にやく女によ、 老少らうせう、 善悪ぜんあくのひと、 乃ない至し三宝さんぼう滅尽めちじんのときの機きまでみなこもれり。 たゞこの本ほん願ぐわんにあひ、 南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちといふ名みやう号がうをきゝえてんもの、 若にやく不ふ生しやう者じやのちかひのゆえに、 弥陀みだ如来によらい遍へん照じようの光明くわうみやうをもてこれを摂取せふしゆしてすてたまはず。 つみをもく、 さはりふかく、 心しんくらく、 さとりすくなからんにつけても、 いよいよ仏ぶちの本ほん願ぐわんをあふぐべし。 そのゆへは、 弥陀みだの本誓ほんぜいはもと凡ぼん夫ぶのためにして、 聖しやう人にんのためにあらずといふ文もんによりてなり。 あふぐべし、 信しんずべしなど、 さまざま易ゐ往わう易ゐ行ぎやうの道だう理り、 他た力りき引接いんぜうの文もん証しようみゝぢかにこゝろえやすくのべたまふに、 みゝ四し郎らう、 さらになにのわざもわすられて、 みゝをそばだてゝ聴ちやう聞もんす。

-こゝろにおもふやう、 これほどにわがため、 みゝよりにたふときことはんべらず。 かゝるところにおもひよりけるも、 しかるべくて後ご生しやうたすかるべきにて、 仏ぶちの御おんをしへにもはんべるらん。 たゞいまはひいでゝ、 かつはおもひきざしつる意ゐコヽロノ趣しゆをオモムキも懺さんクヰじ、 かつはなをもよくたふときことをもとひたてまつらんとおもひつゝ、 夜よもあけにければ、 やをらむなしくはひいで0164ゝ、 庭てい上じやうに蹲そんウズクマリ踞こヰルす。 御おん弟子でしたちあやしみて、 ことのよしをとふ。 みゝ四し郎らう、 しかじかとありのまゝにまふしければ、 聖しやう人にんいであひたまひて、 宿しゆく縁えんもともありがたしとて、 罪悪ざいあく重ぢう障しやうの凡ぼん夫ぶの出しゆち離り、 ことに弥陀みだ難なん思じの願ぐわん力りきによらずはかなひがたしとて、 手てをとりて、 ねんごろにとききかせたまふ。 みゝ四し郎らう、 いよいよよろこびをなして退たい出しゆちシリゾク す。

-そのゝち、 ふたごゝろなく念仏ねむぶちす。 されども生しやう得とくの報ほふなれば、 ひごろのわざすつることもなし。 たゞたのむところは、 かゝる悪業あくごふはげしき身みなりとも、 念仏ねむぶちせば弥陀みだ如来によらいの大だい慈じ大だい悲ひの因いん位ゐの誓約せいやくをたがえずむかへたむぞときゝし聖しやう人にんの御おんことばばかりなり。

-かくて、 としつきをふるに、 あるときかたへのをのこ、 みゝ四し郎らうが悪あく事じに長ちやうじたるをや、 そねみおもひけん。 なをちかくむつびけるともだちをかたらひえて、 みゝ四し郎らうを害がいせんとたくむ。 さけをくみ、 さかづきをめぐらしてしゐければ、 みゝ四し郎らう沈ちんシズミ酔えいしエヒテ て、 ものをひきかつぎ、 先せん後ごをわきまへずふしにけり。 そのとき、 かたきかたなをぬきつゝ、 うへにかづきたるものをひきのけてみるに、 みゝ四し郎らうにはあらで、 またく金色こんじきの仏体ぶちたいなり。 しかのみならず、 出しゆち入にふのいきのをと、 すなはち南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶち南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちときこゆ。 こゝにかたき奇異きいのおもひに住ぢゆして、 まづつるぎををさめてつらつらこれを0165案あんずるに、 年来ねんらいのあひだ行ぎやう住ぢゆ坐ざ臥ぐわ、 時じ処しよ諸縁しよえんをきらはず、 念仏ねむぶちしつるゆへに、 この相さう現げんずるにこそと、 いみじくたうとくおぼえて、 随ずい喜きのおもひをきどころなきあまり、 しばしばこれをおどろかすに、 みゝ四し郎らうこえにつきて睡眠すいめん ネブリ たちまちにおどろき、 酩酊めいていサケノエヒノ惺しやう悟ごサムルナリす。

-そのとき、 かたきのをのこいふやう、 なにをかかくしきこえん。 しかじなにがしのぬしがかたらひはんべりつれば、 はかなくぞこをうしなひたてまつらんとてたばかりつるに、 そのすがた金色こんじきの仏像ぶちざうあらはれ、 そのいきの呼こ吸きふしかしながら、 念仏ねむぶちの音こえときこえつれば耳みみもあやに目めもめづらかにおぼえて、 かつは謝しやし、 かつはたふとまんがために、 左右さうなくおどろかしつるなり。 われもとよりなんぢにむけて遺ゐ恨こんなし、 たゞをろかにかたらひをえつるばかりなり。 さらにいきどほりおもふことなかれとて、 慚謝ざんしやのあまり、 あがてもとどりをきりてみせけり。 これをきくに、 いよいよ信力しんりき強がうツヨク盛じやうにサカリナリおぼえて、 みゝ四し郎らうももとどりきりてけり。 二に人にんこゝろざしをひとつにして、 かたはらにいほりしめつゝ、 しづかに念仏ねむぶちして、 つゐに素そ懐くわいをとげにけり。

-されば、 かへすがへすも浄じやう土ど宗しゆの正しやう意いは、 機きの善悪ぜんあくに目めをかけて、 仏ぶちの摂せふ不ふ摂せふをおもんぱかることなかれとなり。 このみゝ四し郎らうは、 至し極ごくの罪人ざいにん、 悪あく機きの手て本ほんといひつべし。 今こん時じの道俗だうぞく、 た0166れのともがらかこれにかはるところあらんや。 おほよそこの身みにをきて、 うちに三毒さんどくをたゝへ、 ほかに十悪じふあくを行ぎやうず。 つくるに強がうツヨキ弱にやくヨハキありといふとも、 三業さんごふみなこれ造罪ざうざいなり。 をかすに浅せんアサキ深じんあフカキ りといふとも、 一切ゐちさいことごとくそれ妄悪まうあくなり。 しかれば、 たれのともがらか罪悪ざいあく生しやう死じの名なをのがれん。 いづれのたぐひか煩悩ぼんなう成じやう就じゆの体たいにあらざらん。 つくるもつくらざるも、 みな罪体ざいたいなり。 おもふもおもはざるも、 ことごとく妄念まうねんなり。

-しかるに当世たうせいのひとみなおもへり。 わが身みにさほどの罪業ざいごふなければ、 本ほん願ぐわんにはすくはれなん。 わがこゝろにさほどの妄念まうねんなければ、 往わう生じやうの願ぐわんははたしつべしと。 このおもひ、 しかるべからず。 そのゆえは、 たとひ身しんミト心しんとコヽロトもに起き悪あくアクヲオコシ造罪ざうざいなくツミヲツクルコトとも、 念仏ねむぶちをたのまずは、 極楽ごくらくにむまれがたし。 たとひ逆ぎやく謗はう闡提せんだいなりとも、 願ぐわん力りきに乗じようぜば、 往わう生じやううたがひなし。 罪業ざいごふの有无うむによるべからず。 本ほん願ぐわんの信しん不ふ信しんにあるべきなり。

-そもそもかのみゝ四し郎らうは、 山賊さんぞく・海賊かいぞく・強盗がうたう・窃盗せちたう・放火はうくわ・殺害せちがい、 かくのごときの悪あく行ぎやうをもて朝夕てうせきのアサナユフナ能のうとし、 妻さいメ 子しコ をたすくるさゝえとしけり。 なかんづくに、 殺害せちがいにおきては、 いく千万せんばんといふことをしらざりけるとかや。 かゝるものゝ、 そのわざをしつゝも、 念仏ねむぶちを修しゆし本ほん願ぐわんをたのみける、 ことにたふとくもはんべるものかな。

 

0167拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でんの絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 五ご

  第だい一段ゐちだん

聖しやう人にん清水せいすい寺じにして説戒せちかいのとき、 浄じやう土どの法門ほふもんをノリノムシロのべ、 念仏ねむぶちの一ゐち行ぎやうをすゝめたまふ。 聴ちやう聞もんのともがらおほかりけるなかに、 南なん都と興福こうぶく寺じにはんべりける大だい童どう子じ、 ねんごろに法筵ほふえんにのぞみてみゝをそばだてけるが、 そののち法ほふ師しになりて、 松しよう苑おん寺じのほとりに草庵さうあんをクサノイホリしめて、 しづかに念仏ねむぶちしつゝ往わう生じやうの素そ懐くわいをとげゝるとなん。 おほよそ聖しやう人にん説法せちぽふのみぎりに縁えんをむすぶ信男しんなん・信女しんによ、 証しようをあらはし益やくをうること、 称しよう計げすべきにあらず。

  第だい二に段だん

○霊りやう山ぜんにして三さん七日しちにち不ふ断だん念仏ねむぶち勤ごん行ぎやうあり。 そのあひだ、 灯とう明みやういまだかゝげざるほどに、 光明くわうみやう忽然こちねんとして堂中だうちうを照せうテラシ耀ようすカヾヤクることあり。 また第だい五ご日にちの夜よ、 をのをの行ぎやう道だうのうしろに大勢だいせい至し菩ぼ薩さちもろともに行ぎやう道だうしたまふ。 あるひとこれを拝はいす。 聖しやう人にんにかくとしめす。 さることはんべるらんとこたへたまふ。 これよりして、 ほゞ大勢だいせい至しの化身くえしんといふことをしりぬ。

  0168第だい三段さんだん

聖しやう人にん院宣ゐんぜんによりて後ご白河しらかはの法皇ほふわうににまいりて、 ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ (巻上) を談だんぜられけるに、 「それ往わう生じやう極楽ごくらくの教けう行ぎやうは、 濁ぢよく世せ末代まちだいの目もくメ 足そくアシなり。 道俗だうぞく貴賎くゐせん、 たれか帰くゐせざらん」 とはんべりけるより、 そのことゝなくたうとく心しんコヽロ肝かんキモに銘めいじければ、 いまはじめてきくことのやうにおぼえて、 公く卿ぎやう・侍じ臣しん、 随ずい喜きのおもひをおなじくし、 堂だう上じやう・堂だう下か、 感情かんぜいをさへがたかりけり。 太だい上じやう天皇てんわう、 叡感えいかんのあまり、 左さ京きやうの権ごんの大たい夫ふふぢはらの隆信たかのぶの朝臣あそんにおほせて、 聖しやう人にんの真影しんえいをうつさしめまします。 後代こうだいのかたみにとゞめられんがためときこゆ。 蓮華れんぐえ王院わうゐんの法蔵ほふざふにこめられて、 いまに秘ひせらると 云々うんうん。

  第だい四し段だん

建久けんきふ三年さんねんあきのころ、 後ご白河しらかはの院ゐんの御ご菩ぼ提だいのために、 やさかのやまとの入堂にふだう見仏けんぶち、 引導いんだう寺じにして七日しちにち念仏ねむぶち勤ごん行ぎやうしはんべりける。 称名しようみやうの先達せんだちに心しん阿わあ弥陀みだ仏ぶち、 共ぐ行ぎやうの結衆けちしゆに見仏けんぶち房ばう・住蓮ぢゆれん房ばう・安楽あんらく房ばう等とうあまたひとびとありけり。 称名しようみやうを興こう行ぎやうせられけることは、 こえ仏ぶち事じをなすいはれあれば、 極楽ごくらくの宝ほうタカラノ樹じゆ・ウヘキ 宝ほうタカラノ池ちイケのなみのをとかぜのこゑも、 みな苦空くくをとなへ常じやう楽らくをしらぶ。 これになずらえて、 本ほん願ぐわんの妙めう理りタヘナルをコトあハリらはし、 念仏ねむぶちの気味きびをまさんがために、 五ご音いんをとゝのえ七しち声しやうをたゞしくして、 か0169の依え正しやう二に報ほうを嘆たんずべし。 しかれば、 聴ちやう聞もん随ずい喜きのたぐひ、 入宗にふしゆの方便はうべんとなりぬべし。 利り益やくなどかなからんとて、 聖しやう人にんとりたてたまひけり。 住蓮ぢゆれん・安楽あんらくこの二に人にんは、 ときの宗そう匠しやうときこゆ。 ゆゝしくたうとかりけるとぞ。

  第だい五ご段だん

無む品ぼん親王しんわう 静じやう忠ちう 違ゐ例れい獲くわく鱗りんにましましければ、 門もん徒との僧綱そうがう、 僧そう正じやう行舜ぎやうしゆん・僧そう正じやう公胤こういん・僧そう正じやう賢実けんじち・座主ざす顕真けんしん・法印ほふいん遺ゐ厳げん・法印ほふいん誉よ観くわん・法眼ほふげん円豪えんがう等とう、 祈き祷たうのために ¬大だい般若はんにや¼ 転読てんどくありけれども、 さらにその験けんもましまさざりければ、 聖しやう人にんを召てう請しやうしたてまつりて、 出しゆち離りの一大ゐちだい事じ談だんじましましけり。 その禅命ぜんめいにのたまはく、 このたびいかにしてか生しやう死じをはなるべきと。 聖しやう人にんののたまはく、 往わう生じやう極楽ごくらくののぞみ、 御おん念仏ねむぶちにはしかず。 まさしく 「▲光明くわうみやう遍へん照じよう、 十方じふぱう世せ界かい、 念仏ねむぶち衆しゆ生じやう、 摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) とときたまえるうへは、 別べちに子し細さいあるべからずと。 そののち意い念ねんコヽロニ口く称しようオモヒクチ相続さうぞくニトナウしてルコトア、 往わうヒツグ 生じやうの素そ懐くわいをとげましましけり。

  第だい六段ろくだん

聖しやう人にん自じ筆ひちの記きにいはく、 「▲生しやう年ねん六十ろくじふ有六いふろく、 ◆建久けんきふ九く年ねん正しやう月ぐわち◆一日ひとひのひやまもゝの法橋ほふけう教慶けうけいがもとよりかへりてのち、 ひつじさるのときばかりより恒例ごうれいの正しやう月ぐわち七しち箇か日にちの0170念仏ねむぶち始しハジメ行ぎやうすヲコナフ 。 そのあひだ、 初しよハジメ日にちノヒにあたりて明みやう相さうすこしき現げんず。 ◆第だい二に日にちに水想しゐさう観くわん自じ然ねんに成じやう就じゆすと 云々うんうん。 すべて七しち箇か日にちのうち、 水想しゐさう観くわんのなかに瑠璃るりの相さう少分せうぶんこれをみる。 ◆二に月ぐわち四日よかのひのあした、 瑠璃るりの地ち分ふん明みやうに現げんずと 云々うんうん。 ◆六日むゆかのひの後夜ごやに瑠璃るりの宮く殿でんの相さう現げんず。 ◆第だい七日しちにちのあした、 かさねてまた現げんず。 すなはちこの宮く殿でんおもてあらはれてその相さう現げんず。 ◆すべて日想にちさう・水想しゐさう・地ぢ想さう・宝樹ほうじゆ・宝殿ほうでんの五ご観くわんをはじめとして、 正しやう月ぐわち一日ひといのひより二に月ぐわち七日なぬかのひにいたるまで三十さんじふ七日しちにちのあひだ毎日まいにちこれらの相さう現げんず」 (三昧発得記) と 云々うんうん。

  第だい七段しちだん

「▲无む量りやう寿じゆ仏ぶち化身くえしん无む数しゆ、 与よ観くわん世ぜ音をん・大勢だいせい至し、 常じやう来らい至し此し行ぎやう人にん之し所しよ」 (観経) といへり。 聖しやう人にんつねに居ごしたまふところをあからさまにたちいでゝかへりたまひければ、 阿わあ弥陀みだの三尊さんぞん、 木像もくざうにもあらず画え像さうにもあらずして、 かべをはなれいたじきをはなれて、 天てん井じやうにもつかずしておはしましけり。 それよりのち、 長ぢやう時じに現げんじたまひけり。

  第だい八段はちだん

*元ぐえん久きう元ぐわん年ねん仲冬ちうとうのころ、 山門さんもんの衆しゆ徒とのなかより念仏ねむぶち停ちやう止じすべきよし、 大衆だいしゅ蜂ほふ起きして座主ざす僧そう正じやう顕真けんしんにうたへまふす。 これによりて座主ざす、 聖しやう人にんにそのたづねあり。 そ0171のとき聖しやう人にん、 「起き請しやう文もん」 ををくらる。 その状じやうにいはく、

-「▲叡山えいざむ黒谷くろだにの沙門しやもん源ぐゑん空くうやまひてまふす、 当たう寺じ住ぢゆ持ぢの三宝さんぼう、 護ご法ほふ善神ぜんしんの御ご宝前ほうぜんに。

-◆みぎ源ぐゑん空く壮さうサカリナル年ねんトシのむかしの日ひは、 ほゞ三さん観くわんのとぼそをうかゞひ、 衰すいオトロヘ老らうのオヒタルいまのときは、 ひとへに九く品ぼんのさかひをのぞむ。 これまた先賢せんけんの古こフルキ跡せきアトなり。 さらに下愚げぐが行願ぎやうぐわんにあらず。 しかるに近日きんじちコノゴロ風ふ聞ぶんホノカニしていはく、 源ぐゑん空くひとへに念仏ねむぶちの教けうをすゝめて余よの教法けうぼふを謗はうず。 諸宗しよしゆこれによりて凌りよう遅ちし、 諸しよ行ぎやうこれによりて滅亡めちばうすと 云々うんうん。

-◆このむねをつたへきくに、 心神しんしんをおどろかす。 つゐにすなはちこと山門さんもんにきこえ、 議ぎ衆しゆ徒とにをよべり。 炳誡へいかいをくはふべきよし、 貫くわん首しゆにまふされをはりぬ。 この条でう、 ひとつには衆勘しゆかんをおそれ、 ひとつには衆恩しゆおんをよろこぶ。 おそるゝところは、 貧道ひんだうが身みをもてたちまちに山さんヤマ洛らくのミヤコ いきどほりにをよばんこと、 よろこぶところは、 謗法はうぼふの名なをけづりてながく華くわミヤコ夷いのヰナカ そしりをやめんこと、 もし糺断きうだんにあらずは、 いかでか貧道ひんだうが愁しうウレイ歎たんをナゲキ やすめんや。

-◆おほよそ弥陀みだの本ほん願ぐわんにいはく、 唯除ゆいぢよ五ご逆ぎやく誹ひ謗はう正しやう法ぼふと 云々うんうん。 念仏ねむぶちをつとめんともがら、 いかでか正しやう法ぼふを謗はうぜん。 また恵え心しんの ¬集しふ¼ には、 一実ゐちじちの道だうをきゝて普ふ賢げんの願ぐわん海かいにいると 云々うんうん。 浄じやう土どをねがはんたぐひ、 あに妙法めうほふをすてんや。 なかんづくに源ぐゑん空く、 念仏ねむぶちの余暇よかにあたりて、 天臺てんだいの教けう釈しやくをひらきて信心しんじんを玉ぎよく泉せんのながれに0172こらし、 渇仰かちがうを銀ぎん地ちのかぜにいたす。 旧執きうしふなを存ぞんず、 本心ほんしんなんぞわすれん。 たゞ冥みやう鑑かんをたのみ、 たゞ衆察しゆさちをあふぐ。

-◆たゞし老後らうこう遁世とんせいのともがら、 愚ぐ昧まい出しゆち家けのたぐひ、 あるひは草さうクサノ庵あんにイホリ いりてかみをそり、 あるひは松しようマツノ室しちムロにのぞみてこゝろざしをいふついでに、 極楽ごくらくをもて所しよ期ごとすべし。 念仏ねむぶちをもて所しよ行ぎやうとすべきよし、 よりよりもて説諫せちかんす。 これすなはち、 よはひおとろえて研精けんせいにたへざるあひだ、 しばらく難なん解げ難なん入にふの門もんをいでゝ、 こゝろみに易ゐ行ぎやう易ゐ往わうの道だうをしめすなり。 仏ぶち智ちなを方便はうべんをまうけたまふ。 凡ぼん愚ぐあに斟しん酌しやくなからんや。 あへて教けうの是非ぜひを存ぞんずるにあらず。 ひとへに機きの堪かん否ぷをおもふ。

-◆この条でうもし法滅ほふめちの縁えんたるべくは、 向きやう後こうよろしく停ちやう止じにしたがふべし。 愚ぐ蒙もうひそかにまどえり、 衆断しゆだんよろしくさだむべし。 いにしへより化道くえだうをこのまず、 天性てんせい弘ぐ教けうをもはらにせず。 このほかに僻説へきせちをもて弘ぐ通づうし、 虚誕きよたんをもて披ひ露ろうせば、 もとも糺断きうだんあるべし、 もとも炳誡へいかいあるべし。 のぞむところなり、 ねがふところなり。 これらの子し細さい、 先年せんねん沙汰さたのとき起き請しやう文もんを進しんじをはりぬ。 そののちいまに変へんぜず。 かさねて陳ちんずるにあたはずといへども、 厳誡げんかいすでに重てうカサナリ畳でうのカサナルあひだ、 誓せい状じやうまた再三さいさん、

-◆かみくだんの子し細さい、 一ゐち事じ一言ゐちげん虚誕きよたんをくはへ、 会え釈しやくをまうけば、 行ぎやう住ぢゆ坐ざ臥ぐわの念仏ねむぶち、 その利りをうしなひ、 三さん途づに堕だ在ざいして現当げんたう0173二世にせの依え身しん、 つねに重ぢう苦くにしづみてながく楚そ毒どくをうけん。 ふしてこふ、 当たう寺じの諸尊しよそん、 満山まんざんの護ご法ほふ、 証明しようみやう智ち見けんしたまえ。 源ぐゑん空くうやまひてまふす。 元ぐえん久きう元ぐわん年ねん十一じふゐち月ぐわち十三じふさん日にち、 源ぐゑん空くうやまひてまふす」 (漢語灯巻一〇) とぞかゝしめたまひける。

-九く条でうの禅ぜん定ぢやう殿でん下か、 大原おほはらの大だい僧そう正じやう顕真けんしんに自じ筆ひちの御おん消息せうそくををくらる。 そのことばにいはく、

-「念仏ねむぶち弘ぐ行ぎやうのあひだのこと、 源ぐゑん空く聖しやう人にんの起き請しやう文もん・消息せうそく等とう山門さんもんに披ひ露ろうののち動どう静じやういかん。 もとも不ふ審しんにさふらふ。 そもそも風ふ聞ぶんのごときは、 聖しやう人にん浅深せんじん三重さんぢうのとがによりて炳誡へいかい一決ゐちけちの僉せん議ぎにをよぶと 云々うんうん。

-ひとつには、 念仏ねむぶちの勧くわん進じん、 総そうじてしかるべからず。 これすなはち真言しんごん止し観くわんにあらず。 弥陀みだ念仏ねむぶちの権説ごんせちをもて、 さらに往わう生じやうをとぐべからざるがゆえにと 云々うんうん。 この条でうにをきては、 さだめて満山まんざんの談だん評ひやうにあらじ。 もしこれ一ゐち両りやうの邪説じやせちか。 他たの謗法はうぼふをとかんがためにかへりて謗法はうぼふをいたす、 勿論もちろんといひつべし。

-ふたつには、 念仏ねむぶちの行ぎやう者じや、 諸しよ行ぎやうを毀くゐソシリ破はすヤブル るあまり、 経きやう論ろんを焚焼ぼんぜうヤキヤクし、 章しやう疏しよをながしうしなふ。 あるひはまた余よ善ぜんをもては三さん途づの業ごふと称しようし、 犯戒ぼんかいをもては九く品ぼんの因いんとすと 云々うんうん。 これをきかん緇素しそ、 たれか驚きやうオドロキ歎たんせナゲカザざらランヤ んや。 諸宗しよしゆの学がく徒と、 もはら鬱陶うちたうするにたれり。 たゞしこの条でうにをきては、 ほとほと信しんをとらしめがたし。 すでにこれ会昌くわいしやうの天てん子し、 守もり屋やの大臣だいじん等とうのたぐひか0174。 かくのごときの説せち過半くわはんまことならずと 云々うんうん。 たしかなる説せちについて真偽しんぐゐを決けちせられんに、 あへてそのかくれあるべからず。 こともし実じちならば、 科断くわだんまたかたしとせず。 ひとえに浮ふ説せちをもてとがを聖しやう人にんにかくる条でう、 理り尽じんの沙汰さたにあらざるか。

-みつには、 かくのごときの逆ぎやく罪ざいにをよばずといふとも、 一向ゐちかう専修せんじゆの行ぎやう人にん、 余よ行ぎやうを停ちやう止じすべきよし勧くわん進じんの条でうなをしかるべからず。 この条でうにをきては、 進退しんたいあひなかばか。 善導ぜんだう和くわ尚しやうのこゝろに、 このむねをのぶるににたり。 しかれども、 旨し趣しゆ甚深じんじんなり。 行ぎやう者じやおもふべし。 いま聖しやう人にんの弘ぐ通づうは、 よく疏しよのこゝろをさぐりて謬訛びうくわヒヤナリなし。 しかるに門弟もんてい等らの奥あう義ぎをしらず、 宗しゆ旨しをさとらざるたぐひ、 ほしいまゝに妄言まうごんをはき、 みだりがはしく偏執へんじふをいたすよしきこへあるか。 これはなはだもて不可ふかなりとす。 聖しやう人にんさいぎりてこれをいたむ。 小僧せうそういさめてこれを禁きんず。 当たう時じすでに数す輩はいの門もん徒とをあつめて七しち箇か条でうの起き請しやうを註ちゆし、 をのをの連署れんしよをとりてながく証しよう拠こにそのふ。 聖しやう人にんもし謗法はうぼふをこのまば、 禁遏きんあちあにかくのごとくならんや。 ことひろく、 ひとおほし。 一ゐち時じに禁きん止しすべからず。 根こん元ぐえんすでにたちぬ。 旧執きうしふの枝しエダ葉えふハ むしろ繁はん茂ぼすることをえんや。

-これをもてこれをいふに、 三重さんぢうの子し細さい、 ひとつとして過失くわしちなし。 衆しゆ徒との鬱憤うちぷん、 なにゝよりてか強がう盛じやうならん。 はやく満山まんざんの停ちやう止じ0175として、 来迎らいかうの音楽おんがくを庶幾そきすコヒネガフべきか。

-そもそも諸宗しよしゆ成じやう立りうの法ほふ、 をのをの自解じげをもはらにして余よ教けうをなんともせず。 弘ぐ行ぎやうのつねのならひ、 先徳せんどくの故こ実じちなり。 これを異い域ゐきにとぶらへば、 月ぐわち氏しにはすなはち護ご法ほふ・清しやう辨べん、 空有くうの諍じやう論ろん、 晨旦しんたんにはまた慈じ恩おん・妙楽めうらく、 権実ごんじちの立りう破はなり。 これをわがくにゝたづぬるに、 弘仁こうにんの聖代せいだいに戒律かいりつ大小さいせうの論ろんあり。 天てん暦りやくの御ぎよ宇うには諸宗しよしゆ浅深せんじんの談だんあり。 八はち家かきほひて定准ぢやうじゆんをなし、 三国さんごくつたえて軌範くゐはんとす。

-しかれども、 あらかじめ末まち世せの邪乱じやらんをかゞみて諸宗しよしゆの討論たうろんをとゞめられしよりこのかた、 宗論しゆろんながくあとをけづり、 仏法ぶちぽふそれがために安あんヤスク全ぜんたマタシ り。 なかんづくに浄じやう土どの一宗ゐちしゆにをきては、 古こ来らいの行ぎやう者じやひとえに无む染ぜん无む著ぢやくの浄じやう心しんをおこし、 専修せんじゆ専念せんねんの一ゐち行ぎやうにまかせて、 他た宗しゆに対たいして執論しふろんをこのまず、 余よ教けうに比ひして是非ぜひを判はんぜず。 ひとへに出しゆち離りをかへりみて、 かならず往わう生じやうの直道ぢきだうをとげんとなり。 たゞし弘ぐ教けう歎法たんほふのならひ、 いさゝかまたそのこゝろなきにあらざるか。

-源ぐえん信しん僧そう都づの ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ のなかに、 三重さんぢうの問答もんだふをいだして十念じふねんの勝しよう業ごふを讃さんず。 念仏ねむぶちの至し要えう、 この釈しやくに結けち成じやうせり。 禅林ぜんりんの永観ゐやうくわん、 智ち徳とく恵え信しんにをよばずといえども、 行ぎやう浄じやう業ごふをつげり。 えらぶところの ¬十因じふいん¼ に、 そのこゝろまた一ゐち致ちなり。 普ふ賢げん・観くわん音おんの悲ひ願ぐわんをかんがえ、 勝しよう如によ・教信けうしんが先せん蹤しようサキノアトをひきて、 念仏ねむぶちの余よ行ぎやうにすぐれ0176たることを証しようせり。 かのときに諸宗しよしゆのともがら、 恵え学がくはやしをなし、 禅ぜん定ぢやうみづをたゝふ。 しかりといへども、 恵え心しんをも破はせず、 永観ゐやうくわんをも罰ばちせず、 諸教しよけうも滅めちすることなく、 念仏ねむぶちもさまたげなし。 これすなはち、 世よすなほにひとうるはしきゆえなり。

-しかるにいま世よ澆げう季きにをよび、 とき闘とう諍じやうに属しよくして能のう破は・所しよ破はともに邪執じやしふよりおこり、 正しやう論ろん・非ひ論ろんみな喧くえん嘩くわにをよぶ。 三毒さんどくうちにもよをし、 四魔しまほかにあらはるゝがいたすところなり。

-またあるひとのいはく、 念仏ねむぶちもし弘ぐ通づうせられば、 諸宗しよしゆたちまちに滅尽めちじんすべし。 こゝをもて遏妨あちばうすと 云々うんうん。 このことしかるべからず。 過分くわぶんの逆ぎやく類るいにをきては、 実じちによりて禁断きむだんせらるべし。 またく浄じやう土ど宗しゆのいたむところにあらず。 末学まちがくの邪執じやしふにいたりては、 聖しやう人にん厳禁げんきむを門もん徒とすでに服ぶく膺ゐようす。 かれといひこれといひ、 なんぞ仏法ぶちぽふの破は滅めちにをよばんや。 おほよそ顕密けんみちの修学しゆがくは名みやう利りによりて破は滅めちす、 これ人間にんげんのさだまれる法ほふなり。 浄じやう土どの教法けうぼふにをきては、 名なにあらず利りにあらず。 後世ごせをおもふひとのほかにたれか習学しゆがくせんや。 念仏ねむぶち弘ぐ行ぎやうによりて余よ教けう滅尽めちじんの条でう、 戯け言ごんか誑説わうせちか、 いまだ是非ぜひをわきまえず。 もしこの沙汰さた熾し盛じやうならば、 念仏ねむぶちの行ぎやうにをきて一ゐち時じに失しちウセ隠おんすカクル べし。 因果いんぐわをわきまへ患ぐえんウレヘ苦くをクルシミかなしむひと、 あに傷しやうイタミ嗟させナゲカザざらランヤ んや、 むしろ悲ひカナシミ泣きふせナカザラざンヤらんや。

-こゝに小僧せうそう、 壮年さうねんのむかしの日ひより衰すい暮ぼのいまにいたるま0177で、 自じ行ぎやうおろそかなりといえども、 本ほん願ぐわんをたのむ。 罪業ざいごふをもしといえども、 往わう生じやうをねがふにものうからずして、 四し十じふ余よ廻くわいの星霜せいさうををくり、 いよいよもとめ、 いよいよすゝめて、 数す百ひやく万遍まんべんの仏号ぶちがうをとなふ。 頃きやう年ねんよりこのかた、 やまひせまり、 いのちもろくして、 黄くわう泉せんに帰くゐせんことちかきにあり。 浄じやう土どの教けう跡しやく、 このときにあたりて滅亡めちばうせんとす。 これをみ、 これをきゝて、 いかでかしのびん。 三さん尺じやくのあきのしも、 きもをさし、 一寸ゐちそんのよるのともしび、 むねをこがす。 天てんにあふぎて嗚咽をうえちし、 地ぢをたゝきて愁しうウレエ苦くすクルシム。

-いかにいはんや聖しやう人にん、 小僧せうそうにをきて出しゆち家けの戒かい師したり、 念仏ねむぶちの先達せんだちたり。 帰くゐ依えこれふかし、 尊そん崇すタフトミもともアガムルコト切せちなり。 しかるを、 つみなくして濫刑らんけいをまねき、 つとめありて重科ぢうくわに処しよせられば、 法ほふのためには身しんミト命みやうをイノチト おしむべからず。 小僧せうそうかはりてつみをうくべし。 よりて師し範はんのとがをすくひて、 浄じやう土どの教けうをまもらんとおもふ。 おほよそ、 その仏道ぶちだう修しゆ行ぎやうのひと、 自他じたともに罪業ざいごふをかへりみるべし。 しかるを、 あながちに諮し諍じやう随ずい事じの偽論ぐゐろんををかして、 いよいよ无む仰ぎやう迷めい理りの重ぢう障しやうに堕だせんこと、 いたましきかな、 かなしきかな。

-こふ、 学侶がくりよのこゝろあらん、 理りにふして執しふを変へん、じ 法ほふに優いふしてつみをなだめよならくのみ。 *死し罪ざい死し罪ざい、 うやまひてまふす。 十一じふゐち月ぐわち十三じふさん日にち、 専修せんじゆ念仏ねむぶちの沙門しやもん円照えんせう、 大だい僧そう正じやうの御房おんばうへ」 とぞはんべりける。

 

0178拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でん絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 六ろく

  第だい一段ゐちだん

おほよそ聖しやう人にん、 浄じやう土どの法門ほふもん弘ぐ通づう、 先せん規きあとすくなく、 当世たうせいならびなし。 信しんをとぶらひ行ぎやうをたづねて門蹟もんさくにつらなり、 禅扃ぜんけいシヅカナにちルトザシかづくたぐひ、 そのかずをしらず。 あるひは蘭省らんせい・鴛鸞えんらんの囂くゐようカマビスシ名めいキナをのがれて、 九く品ぼん三輩さんぱいのうてなにのぞみをかけ、 あるひは荊渓けいけい・香象かうざうの学窓がくさうをいでゝ、 三心さんしん・五ご念ねんのゆかにあなうらむすぶ。 賢人けんじんもこれに帰くゐし、 愚ぐ昧まいもこれをあふぐ。 こゝに一人ゐちにんの貴禅くゐぜん ときに範宴はんゑん少せう納な言ごんのきみ、 いま善信ぜんしん聖しやう人にんこれなり。 いみな親鸞しんらん、 もと慈じ鎮ちん和くわ尚しやうの門弟もんてい 叡岳えいがくの交衆けうしゆをやめ、 天臺てんだいの本宗ほんしゆをさしをきて、 かの門もん下かにいりてその口く決くえつをうく。 その性せい岐き嶷ぎよくにして、 聖しやう人にん甘心かんしんきはまりなし。 ときに*建仁けんにん元ぐわん年ねん かのとのとり はるのころなり。 今年こんねん聖しやう人にん六十ろくじふ九く歳さい、 善信ぜんしん聖しやう人にん二に十じふ九く歳さい。

  第だい二に段だん

「七しち箇か条でうの起き請しやう文もん」 のことばにいはく、

○あまねく豫よが門人もんにんの念仏ねむぶちの上しやう人にん等とうにつぐ。

◇一 いまだ一ゐち句くの文もんをうかゞはずして真言しんごん・止し観くわんを破はし、 余よ仏ぶち・菩ぼ薩さちを謗はうじたてま0179つることを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ立りふ破はの道だうにいたりては、 学がく生しやうのぶるところなり。 愚ぐ人にんの境きやう界がいにあらず。 しかのみならず、 誹ひ謗はう正しやう法ぼふは弥陀みだの願ぐわんに除ぢよノゾ却きやくキシリせりゾケラル。 その報ほうまさに那な落らくに堕だすべし。 あに痴ち闇あむオロカナのいルヤミ たりにあらずや。

◇一 无智むちの身みをもて有智うちのひとに対たいし、 別べち行ぎやうのともがらあひてこのみて諍じやう論ろんをいたすことを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ論ろん義ぎはこれ智ち者しやの有うなり。 愚ぐ人にんの分ぶんにあらず。 また諍じやう論ろんのところはもろもろの煩悩ぼんなうをこる。 智ち者しやこれを遠おん離りトヲザカするリハナルこと百ひやく由ゆ句じゆんなり。 いはんや一向ゐちかう念仏ねむぶちの行ぎやう人にんにをいてをや。

◇一 別べち解げ・別べち行ぎやうのひとに対たいして、 愚痴ぐち偏執へんじふの心しんをもてまさに本業ほんごふを棄置きちし、 しゐてこれをきらふべしといふことを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ修道しゆだうのならひ、 をのをの自じ行ぎやうをつとむるに、 あへて余よ行ぎやうを遮しやせず。 ¬西方さいはう要えう決くゑち¼ にいはく、 「別べち解げ・別べち行ぎやうのものには総そうじて敬きやう心しむをおこせ。 もし軽きやうカロシメ慢まんをアナドル生しやうずれば、 つみをうることきはまりなし」と 云云。 なんぞこの制せいをそむかんや。 しかのみならず、 善導ぜんだう和くわ尚しやうおほきにこれをいましめたまへり。 いまだ祖師そしいましめをしらず0180、 愚ぐ闇あんのいよいよはなはだしきなり。

◇一 念仏ねむぶちの門もんにをいて戒かい行ぎやうなしと号がうして、 もはら淫酒いんしゆ、 食じき肉にくをすゝめ、 たまたま律りち儀ぎをまもるものをば雑ざふ行ぎやうのひとゝなづけて、 弥陀みだの本ほん願ぐわんをたのむもの、 造悪ざうあくをおそるゝことなかれととくことを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ戒かいはこれ仏法ぶちぽふの大だい地ぢなり。 衆しゆ行ぎやうまちまちなりといへども、 おなじくこれをもはらにす。 こゝをもて善導ぜんだう和くわ尚しやう、 目めをあげて女人によにんをみず。 この行状ぎやうじやうのおもむき、 本律ほんりちの制せい浄じやう業ごふの類るいにすぎたり。 これにしたがはずは、 総そうじては如来によらいの遺教ゆいけうをうしなひ、 別べちしては祖師そしの旧きうフルキ跡せきアトにそむく。 かたがたよどころなきものか。

◇一 いまだ是非ぜひをわきまへざる痴ち人にん、ヲロカナルヒト聖しやう教げうをはなれ、 師し説せちにあらずして、 ほしいまゝにわたくしの義ぎをのべ、 みだりに諍じやう論ろんをくはだてゝ、 智ち者しやにわらはれ、 愚ぐ人にんオロカナをルヒト迷乱めいらんマドハシするミダル ことを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ无智むちの大天だいてん狗ぐ、 この朝てうに再誕さいたむして、 みだりがはしく邪じや義ぎをのぶ。 すでに九く十じふ五ご種しゆの異い道だうにおなじ。 もともこれをかなしむべし。

◇一 痴ち鈍どんの身みをもて、 ことに唱しやう導だうをこのみて正しやう法ぼふをしらず、 種々しゆじゆの邪法じやほふをときて、 无智むちの道俗だうぞくを教化けうくえすることを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎ0181さとりなくして師しとなるは、 これ ¬梵網ぼんまう¼ の制戒せいかいなり。 愚ぐ闇あんのたぐひ、 をのれが才さいをあらはさんと欲ほちして、 浄じやう土どの教けうをもて芸能げいのうとして名みやう利りをむさぼり、 檀越だんおちをのぞむ。 おそらくは自由じゆの妄説まうせちをなして、 世せ間けんのひとを狂惑わうわくすタブロカシ ることを。 誑法わうぼふのとがことにをもし。 このともがら、 国こくクニノ賊ぞくにヌスビトあらずや。

◇一 みづから仏教ぶちけうにあらざる邪法じやほふをときて仏ぶち法ぼふとし、 いつはりて師し範はんの説せちと号がうすることを停ちやう止じすべき事こと。

◇右みぎをのをの一人ゐちにんの説せちなりといえども、 つもるところ豫よが一身いちしんの衆悪しゆあくたり。 弥陀みだの教文けうもんをけがし、 師し匠しやうの悪あく名みやうをあぐ。 不ふ善ぜんのはなはだしきこと、 これにすぎたるはなきものなり。

◇以い前ぜん七しち箇か条でう甄録けんろくかくのごとし、 一分ゐちぶんも教文けうもんを学がくせる弟子でし等らはすこぶる旨し趣しゆをしりて、 年来ねんらいのあひだ念仏ねむぶちを修しゆすといえども、 聖しやう教げうに随ずい順じゆんしてあえてひとのこゝろにさかへず。 世よのきゝをおどろかすことなし。 これによりて、 いまに三十さむじふ箇か年ねん、 无為ぶゐにし日にち月ぐゑちをわたる。 しかるに近年きんねんにいたりてこの十じふ箇か年ねん以後いご、 无智むち不ふ善ぜんのともがらよりより到来たうらいすイタリキタル。 たゞ弥陀みだの浄じやう業ごふを失しちするのみにあらず。 また釈しや迦かの遺法ゆいほふを汚穢わえす。 なんぞ炳へい誡かいをくはへざらむや。

-◇この七しち箇か条でうのうち、 不ふ当たうのあひだ巨こ0182細さいの事こと等らおほし。 つぶさに註ちゆ述じゆちしがたし。 すべてかくのごときらの无む方はう、 つゝしみてをかすべからず。 このうえなを制法せいほふをそむかんともがらは、 これ豫よが門人もんにんにあらず、 魔まの眷くゑん属ぞくなり、 さらに草庵さうあんにきたるべからず。

-◇自じ今こんイマヨリ以後いごノチ 、 をのをのきゝをよばんにしたがひて、 かならずこれをふれらるべし。 余よ人にんあひともなふことなかれ。 もししからずは、 これ同どう意いのひとなり。 かのとがなすがごときは、 同法どうぼふをいかり師し匠しやうをうらむることあたはず、 自じ業ごふ自じ得とくの理り、 たゞをのれが身みにあり、 ならくのみ。

-◇このゆえに今日こんにち四し方はうの行ぎやう人にんをもよをして、 一室ゐちしちに集あつめて告がう命みやうす。 わづかに風ふ聞ぶんありといえども、 たしかにたれひとの失しちとしらず。 愁歎しうたんして年序ねんじよををふ。 もだすべきにあらず。 まづちからのをよぶにしたがひて、 禁遏きんあちのはかりごとをめぐらすところなり。 よりてそのおもむきを録ろくして門葉もんえふ等らにしめす状じやう、 くだんのごとし。

 ◇元ぐえん久きう元ぐわん年ねん十一じふゐち月ぐわち七日なぬかのひ

沙門しやもん源ぐゑん空く

源ぐえん空く聖しやう人にん
◇信しん空く 感かむ聖しやう 尊西そんさい 証しよう空く 源ぐゑん智ち 行ぎやう西さい 聖しやう蓮れん 見仏けんぶち 道だう亘くわん 導西だうさい 寂じやく西せい 宗慶そうけい 西さい縁えん 親蓮しんれん 幸西かうせい 住蓮じゆれん 西さい意い 仏心ぶちしむ 源ぐゑん蓮れん 蓮生れんせい 善信ぜんしん 行ぎやう空く
已い0183上じやう二に百ひやく余よ人にん、 連署れんしよしおわりぬ。

  第だい三段さんだん

あるとき聖しやう人にん、 瘧病ぎやべいの事ことまします。 種々しゆじゆの療方れうはう、 一切ゐちさいに験げんなシルシ し。 ときに月輪つきのわの禅ぜん定ぢやう殿でん下かおほきに周しうアハ章しやうテタマしフ たまひて、 安あん居ご院ゐんの僧そう都づ聖覚せいかくにおほせてのたまはく、 豫よ善導ぜんだう大だい師しの御ご影えいを図絵づゑして聖しやう人にんの貴前くゐぜんにして供く養やうをのべんとおもふ。 ねがはくは、 請しやうに応おうじて唱しやう導だうにおもむきたまへと 云々うんうん。

-かのうけぶみにいはく、 「聖覚せいかく、 かの聖しやう人にんと同日どうにち同どう事じに瘧病ぎやべいつかまつることあり。 しかりといえども、 なんぞめしにしたがはざらん。 はやく病びやう身しんヤマヒノミをたすけて、 参勤さんきんをいたすべし。 かつは師し匠しやう報恩ほうをんのつとめこのことにあるべし。 おなじくは早旦さうたんにことををこなはるべし」 と 云々うんうん。

-よりて、 たつの一点ゐちてんに説法せちぽふはじまりて、 ひつじの剋こくにことをはりぬ。 聖しやう人にんならびに導だう師し、 即そく座ざに瘧病ぎやべい平復へいふくす。

-その講讃かうさんの大たい旨しにいはく、 それ光明くわうみやう寺じの和くわ尚しやうは、 「▲あふぎて本ほん地ぢをたづぬれば、 四し十八じふはち願ぐわんの法王ほうわうなり。 十劫じふこふ正しやう覚がくのとなへ念仏ねむぶちにたのみあり。 ふして垂すい迹しやくをとぶらへば、 専修せんじゆ念仏ねむぶちの導だう師しなり。 三昧さんまい正しやう受じゆのことば、 往わう生じやうにうたがひなし。 本ほん迹じやくことなりといえども化導くえだうこれひとつなり」 (選択集)。

-しかるにわが大だい師し聖しやう人にん、 その遺風ゐふをしたひてこの真宗しんしゆを興こうず。 こゝに病びやう0184ヤマヒノ患ぐえんウレエしきりに厳体げんたいを逼迫ひちぱくし、 劇ぎやくハゲシキ苦くたクルシキちまちに正しやう心しんをタヾシキコヽロ悩乱なうらんナヤマシす。ミダル 楽邦らくはうをねがふ徒と衆しゆ、 穢ゑ域ゐきをいとふ庶類しよるい、 たれかこれをうれえざらん、 たれかこれをいたまざらん。 なかんづくに大だい法主ほふしゆ禅ぜん定ぢやう太閤たいかふ尊そん下か、 かの挙動しよどうをきゝて寸心そんしんむねをこがし、 その衰悩すいなうをうれへて寝しん食しよくすでにうみんたり。 これによりて聖像せいざうを図づして平安へいあんをこふ。 丹誠たんせいを悉しち知ちしてかならず哀愍あいみんをたれたまへと 云々うんうん。

-諸天しよてんも随ずい喜きし、 三宝さんぼうも納受なうじゆありけるにや。 啓けい白びやくのときにあたりて、 大だい師しの御ご影えい前ぜんに異い香きやう薫くんず。 尋じん常ぢやうヨノツネ のにほひにあらざりけり。 ことの体てい厳重げんてうなり。 僧そう都づのいはく、 故こ法印ほふいん 澄ちよう憲けんは あめをくだして名なをあぐ。 聖覚せいかくはこのこと奇き特どくなりとぞ、 ときのひと不ふ思議しぎのおもひをなしけり。

  第だい四し段だん

▲¬選せん択じやく本ほん願ぐわん念仏ねむぶち集しふ¼ は、 月輪つきのわの禅ぜん定ぢやう博陸はくりくの教命かうめいによりて、 元ぐえん久きう元ぐわん年ねん きのえね のはる、 聖しやう人にん撰集せんじふしたまふ。 真宗しんしゆの簡要かんえう、 念仏ねむぶちの奥あう義ぎ、 これに摂在せうざいせり。 みるものさとりやすし。 まことにこれ希有けう最さい勝しようの華文くえもん、 无む上じやう甚深じんじんの宝典ほうてんなり。 ◆としをわたり日ひをわたりて、 その教誨けうくえをかうぶるひと、 千万せんばんなりといえども、 親しんとシタシキいひ疎そとウトキ いひ、 この見写けんしやをうるともがら、 はなはだもてかたし。

-しかるに▲元ぐえん久きう二に年ねん きのとのうし、 聖しやう人にんの御恕おんじよをかうぶりて ¬選せん択ぢやく集しふ¼ 書写しよしやしたまふ 撰集せんじふ以後いごこれ最初さいしよなり。 おなじきとし0185初夏そか中ちう旬じゆん第だい四し日にち、 「選せん択じやく本ほん願ぐわん念仏ねむぶち集しふ」 の内題ないだいの字じ、 ならびに 」南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶち、 往わう生じやう之し業ごふ念仏ねむぶち為い本ほん」 と、 「釈しやくの綽しやく空く」 外題ぐえだいのした の字じとをば、 聖しやう人にん真筆しんぴちをもて、 かゝしめたまひて、 これを授じゆサヅケ与よしたアタヘタマフてまつる。 ◆善信ぜんしん聖しやう人にん、 おなじき日ひ、 聖しやう人にんの真影しんえいまふしあづかりて図絵づゑす。 允容いんようによりてなり。

  第だい五ご段だん

▲またおなじきとしうるふ七しち月ぐわち下げ旬じゆん第だい九く日にち、 かの真影しんえいの銘めいは、 これも聖しやう人にん真筆しんぴちをもて 「南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶち」 と 「若にやく我が成じやう仏ぶち、 十方じふぱう衆しゆ生じやう、 称しよう我が名みやう号がう下至げし十じふ声しやう、 若にやく不ふ生しやう者じや、 不ふ取しゆ正しやう覚がく。 彼ひ仏ぶち今こん現在げんざい成じやう仏ぶち。 当たう知ち、 本誓ほんぜい重ぢう願ぐわん不虚ふこ、 衆しゆ生じやう称しよう念ねん必得ひちとく往わう生じやう」 (礼讃) の真文しんもんとをかゝしめたまふ。 ◆またゆめのつげあるによりて、 綽しやく空くの字じをあらためて、 おなじき日ひ、 これも聖しやう人にん真筆しんぴちをもて名なの字じをかきさづけしめたまふ。 それよりこのかた、 善信ぜんしんと号がうすと 云々うんうん。

-善信ぜんしん聖しやう人にんののたまわく、 すでに製作せいさくを書写しよしやし、 真影しんえいを図絵づゑす。 提撕ていぜいみゝにあり、 諷ふ諌かんきもに銘めいずとて、 つねに往わう時じをしたひたまひけり。 すべて門侶もんりよこれひろしといへども、 面授めんじゆの芳談はうだんもとも慇懃いんぎんなり、 相続さうぞくの義ぎ勢せい等倫とうりんにこえたり。 くろだにの遺ゐ流りうをくむと称しようし、 聖しやう人にんの口く授じゆをうくとつのる諸しよ家け、 この一宗ゐちしゆにをきてその自義じぎを混こんず。 ほとほと今案こんあんといひつべし、 あた0186かも往哲わうてちをわすれたるににたり。

-こゝに信しん聖しやう人にん、 ひとり嘉か蹤しようにあゆみてかたく師し教けうをまもる。 他た力りき発ほち起きの信心しんじん、 もはら先せん師し説諫せちかんの義ぎにまかせ、 凡ぼん夫ぶ即そく生しやうの去こ行ぎやう、 あらかじめ末法まちぽふ濁ぢよく悪あくの機きをはぐゝむ。 念仏ねむぶち往わう生じやうの随脳ずいなう、 相さう承じよう心中しんちうにたくはえ、 弥陀みだ他た力りきの骨目こちぼく、 血くえち脈みやく一身ゐちしんにあり。 厭えん穢え欣ごん浄じやうの道俗だうぞく、 ねがはくは、 古こ賢けん連続れんぞくの正しやう義ぎをたのむべし。 崇信しゆしん耽たん行ぎやうの老少らうせう、 かならず自由じゆ无窮むぐの邪執じやしふをすてよとなり。

  第だい六段ろくだん

園おん城じやう寺じの碩学せきがく、 法ほふ務むの大だい僧そう正じやう公胤こういん、 ¬選せん択ぢやく集しふ¼ を破はせんがために、 二に巻くわんの書しよをつくりて、 ¬浄じやう土ど決けち疑ぎ抄せう¼ と題だいす。 かの書しよに、 ことに一向ゐちかう専修せんじゆの義ぎを難なんじていはく、 「¬法華ほふくえ¼ に即往そくわう安楽あんらくの文もんあり。 ¬観経くわんぎやう¼ に読誦どくじゆ大だい乗じようの句くあり、 ¬法華ほふくえ¼ を転読てんどくして極楽ごくらくに往わう生じやうせんに、 なにのさまたげかあらん。 しかるに読誦どくじゆ大だい乗じようを廃はいして、 たゞ念仏ねむぶちを附ふ属ぞくす」 と 云々うんうん。 これおほきなるあやまりなりと。

-聖しやう人にんこれをひらきつゝ、 こゝにいたりてみはてたまはず。 さしをきていはく、 この難なん非ひなり。 まづ難なん破ぱの法ほふ、 すべからくその宗しゆ義ぎをしりてのちに難なんずべし。 しかるにいま浄じやう土どの宗しゆ義ぎにくらくして僻難へきなんをいたさば、 たれかあへて破はせられん。 浄じやう土ど宗しゆのこゝろは、 ¬観経くわんぎやう¼ 前ぜん後ごの諸しよ大だい乗じよう経きやうをとりて、 みなことごとく往わう生じやうのうちに摂入せふにふせオサメイル り。 そのなかに、 なんぞ0187 ¬法花ほふくえ経きやう¼ ひとりもれんや。 ¬観経くわんぎやう¼ にあまねく摂入せふにふするこゝろは、 念仏ねむぶちに対たいして廃はいせんがためなりと。 公胤こういんこれをつたへきゝて、 くちびるをとぢてものいはず。

  第だい七段しちだん

順じゆん徳とく院ゐん処胎しよたいのあひだ、 あるとき公胤こういんは加持かぢのため、 聖しやう人にんは説戒せちかいのためにおなじく参さんず。 奉ぶ行ぎやう人にん遅ち参さんにヲソクマイルよりて、 こといまだをこなはれざる以い前ぜんサキに、 不ふ慮りよにハカラザル 二に人にん一処ゐちしよにヒトトコロ 参さん会くわいマイリアフして、 しばしば浄じやう土どの法門ほふもんを談だんじ、 かねて諸しよ事じにわたる。

  第だい八段はちだん

公胤こういん、 房ばうにかへりてのち、 弟子でしにかたりていはく、 今日こんにち法然ほふねん房ばうに対面たいめんして、 ふたつの所得しよとくあり。 ひとつには、 いまだきかざることをきく。 ふたつには、 もとしれることのひがめるをあらたむ。 まことの宏くわう才さいなりけり。 みたてるところの浄じやう土どの法門ほふもん、 聖しやう意いに違ゐすべからず。 かの聖しやう人にんの義ぎをそしれるは、 おほきなるとがなりといひて、 すなはち ¬浄じやう土ど決けち疑ぎ抄せう¼ をやきをはりぬ。

  第だい九く段だん

そもそも一向ゐちかう専修せんじゆの義ぎを難なんずることは、 公胤こういんのみにあらず。 余よ人にんまた難なんじていはく、 たとひ諸しよ行ぎやう往わう生じやうをゆるすとも、 往わう生じやうのさはりとなるべからず。 なんぞあなが0188ちに一向ゐちかう専念せんねんといふや。 おほきなる偏執へんじふなりと 云々うんうん。 聖しやう人にんこれをきゝてのたまはく、 かくのごとく難なんずるものは、 浄じやう土どの宗しゆ義ぎをしらざるものなり。 そのゆえは、 釈しやく尊そんは 「▲一向ゐちかう専念せんねん无む量りやう寿じゆ仏ぶち」 (大経巻下) ととき、 善導ぜんだう和くわ尚しやうは 「▲一向ゐちかう専せん称しよう弥陀みだ仏ぶち名みやう」 (散善義) と釈しやくしたまへり。 経きやう釈しやくかくのごとし。 源ぐえん空くもし経きやう釈しやくをはなれてわたくしに義ぎをたてば、 まことにせむるところのごとし。 もしひと一向ゐちかう専念せんねんの義ぎを難なんぜんとおもはゞ、 釈しやく尊そん・善導ぜんだうを難なんずべし。 そのとがまたくわが身みにあらずと 云々うんうん。

-またひと難なんじていはく、 「諸教しよけう所讃しよさん多た在ざい弥陀みだ」 (輔行巻二) なるがゆへに、 諸宗しよしゆの人にん師し、 かたはらに弥陀みだをほめ、 あまねく浄じやう土どをすゝむ。 このゆへに前代ぜんだい往わう生じやうのひとおほし。 この宗しゆをたてずといふとも、 念仏ねむぶち往わう生じやうをすゝめんに、 なにの不可ふかかあらん。 ひとへにこれ勝しよう他たなりと 云々うんうん。 聖しやう人にんきゝてのたまはく、 浄じやう土ど宗しゆをたつるこゝろは、 凡ぼん夫ぶの報ほう土どに生しやうずることをあらはさんためなり。 そのゆえは、 天臺てんだいの教相けうさうによらば、 凡ぼん夫ぶの往わう生じやうをゆるすといへども、 身しん土どを判はんずること、 いたりてあさし。 もし法相ほふさうによらば、 身しん土どを判はんずることふかしといへども、 凡ぼん夫ぶの往わう生じやうをゆるさず。 諸宗しよしゆの所談しよだん、 まことにたくみなりといへども、 すべて凡ぼん夫ぶの報ほう土どに生しやうずることをゆるさず。 もし善導ぜんだう和くわ尚しやうの釈しやく義ぎによりて浄じやう土ど宗しゆをたつるとき、 わづかに一ゐち世せの念ねん0189仏ぶち力りきによりて、 界内かいない麁そ浅せんの凡ぼん夫ぶ、 たちまちに報ほう土どに生しやうずる義ぎ、 こゝにあきらけし。 このゆえに別べちして浄じやう土ど宗しゆをたつと 云々うんうん。

  第だい十段じふだん

もしまたひとありて、 いまたつるところの念仏ねむぶち往わう生じやうの義ぎ、 いづれの教けう、 いづれの師しのこゝろぞといはゞ、 こたふべし、 真言しんごんにあらず、 天臺てんだいにあらず、 華厳くえごんにあらず、 三論さんろんにあらず、 法相ほふさうにあらず。 たゞ善導ぜんだう和くわ尚しやうのこゝろによりて浄じやう土ど宗しゆをたつ。 和くわ尚しやうはまさしく弥陀みだの化身くえしんなり。 所立しよりうのタツルトコロ義ぎあふぐべし、 信しんずべし。 またく源ぐゑん空くが今案こんあんにあらずと 云々うんうん。

-けだし聖しやう人にん、 黒谷くろだにの松しようマツノ扉ひをトビラ 辞じして、 よしみづの草庵さうあんにクサノイホリ住ぢゆしたまひしよりこのかた三十さんじふ余よ年ねん、 ひろむるところは弥陀みだ浄じやう土どの法門ほふもん、 つとむるところは本ほん願ぐわん称名しようみやうの妙めう行ぎやうなり。 かみ一人ゐちにん椒房せうばうよりはじめて、 しも国宰こくさい黔主きんしゆにいたるまで、 みな他た力りき往わう生じやうの教けう風ふにそみ、 聖しやう衆じゆ来迎らいかうの瑞雲ずいうんに乗じようぜずといふことなし。 まさにしるべし、 唐たう家かには導だう和くわ尚しやう、 和わ国こくには空く聖しやう人にん、 それ浄じやう土ど宗しゆの元ぐわん祖そなり。

-おほよそ聖しやう人にん在ざい世せのあひだ、 諸人しよにん霊れい夢むこれおほし。 あるひとは聖しやう人にん釈しや迦か如来によらいなりとみる。 あるひとは聖しやう人にん弥陀みだ如来によらいなりとみる、 あるひとは聖しやう人にん大勢だいせい至し菩ぼ薩さちなりとみる。 あるひとは聖しやう人にん文殊もんじゆ師利しり菩ぼ薩さちなりとみる。 あるひとは聖しやう0190人にん道だう綽しやく禅ぜん師じなりとみる。 あるひとは善導ぜんだう大だい師しなりとみる。 あるひとは聖しやう人にんおほきなる赤しやく蓮華れんぐえに坐ざして念仏ねむぶちしたまふとみる。 あるひとは天童てんどう四し人にん聖しやう人にんを囲い遶ねうして管絃くわんぐえん遊ゆアソビ戯げしタハブルたまふとみる。 あるひとは聖しやう人にんの吉水よしみづの禅坊ぜんばうをみれば瑠璃るりの地ちにしてすきとほり瑠璃るりのはしをわたせりとみる。 詮せんをとりてこれを註ちゆす かくのごときの奇き特どく、 ゆめにもうつゝにもこれおほし。 称しよう計げすべからず。

  第だい十じふ一段ゐちだん

○聖しやう人にんあるとき月輪つきのわ殿どのに参さんじて、 浄じやう土どの法門ほふもん閑談かんだん数す剋こく、 座ざをあたゝめられて退たい出しゆちのとき、 禅ぜん定ぢやう殿でん下か庭てい上じやうにくづれおりさせたまひて、 稽け首しゆ礼拝らいはいしばらくありて、 おほきに蕭然せうぜんとしておどろきおきあがりてのたまはく、 をのをのみずや、 聖しやう人にん地ぢ上じやうたかく蓮華れんぐえをふみてあゆみたまふ。 また頂上ちやうじやうにイタヾキノウヘ 金色こんじきの円えん光くわうあらはれて赫奕かくやくたりと。 ときにかたはらにはんべる戒心かいしん房ばう 右う京きやうの大たい夫ふ入堂にふだう隆信たかのぶ・本蓮ほんれん房ばう 中ちう納な言ごん阿あ闍じや梨り尋じん玄ぐえん、 二に人にんともにみたてまつらずと啓けいす。 帰くゐ依えとしふりたりといへども、 いよいよ仏想ぶちさうをなしたまひけり。

元徳元年十一月七日

釈實円相伝

 

0191拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でん絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 七しち

  第だい一段ゐちだん

聖しやう人にん浄じやう土ど真宗しんしゆの興こう行ぎやうますます繁はん昌じやうし、 貴賎くゐせん上じやう下げの帰くゐ依えいよいよ純熟じゆんじゆくす。

-▲こゝに太だい上じやう天皇てんわう 後ご鳥羽とばの院ゐんと号がうす、 諱いみな尊成たかなり・今こん上じやう 土つち御み門かどの院ゐんと号がうす、 諱いみな為仁ためひと 聖暦せいれき*承元じようぐえん ひのとのうのとし 仲ちう春しゆん上旬じやうじゆんのころ、 南北なんぼくの学がく徒と顕密けんみちの棟とう梁りやう、 浄じやう土どの一門ゐちもん弘ぐ興こう、 聖しやう道だうの諸宗しよしゆ廃滅はいめちの因縁いんねんこのことにあり。 すべからくその根本こんぽんにつきて空く聖しやう人にんをつみすべしといふことを僉せん義ぎしつゝ、 奏聞そうもんにをよぶ。 そのうへ門弟もんていのなかに不ふ慮りよのハカラザル 无む実じち、 内々ないないそのきこえありければ、 ことの計けい会くわいおりふしあしくて、 南北なんぼくの学がく徒との奏そう事じ、 左右さうなく勅ちよく許きよ、 すでに罪ざい名みやうの議ぎ定ぢやうにをよびて、 はやく遠おん流るの勅ちよく宣せんをくださりけり。

-▲聖しやう人にんの罪ざい名みやう藤ふぢ井ゐの元彦もとひこおとこ、 配所はいしよ土佐とさのくに 幡はん多た、 春しゆん秋じう七十しちじふ五ご。 このほか門もん徒とあるひは死し罪ざい、 あるひは流る罪ざい。 流る罪ざいのひとびと、 浄じやう聞もん房ばう 肥後ひごのくに・禅ぜん光くわう房ばう澄ちよう西さい 伯はう耆きのくに・好覚かうかく房ばう 伊豆いづのくに・法本ほふほん房ばう佐渡さどのくに・成じやく覚かく房ばう幸西かうせい 阿波あはのくに、 俗ぞく姓しやう物部ものゝべと云々うんうん・善信ぜんしん房ばう親鸞しんらん 越後えちごの国くに国こく府ぶ 罪ざい名みやう藤ふぢ井ゐの善信よしざね・善ぜん恵え房ばう たゞし无む動どう寺じの大だい僧そう正じやう、 これをまうしあづかる 已い上じやう流る罪ざい、 師し弟ていともに八人はちにん。

-善ぜん綽しやく房ばう西さい意い 摂津つの国くににして誅ちゆす、 佐々木ささきの判はん官ぐわん 実じち名みやうをしらず が沙汰さたと云々うんうん・性願しやうぐわん房ばう・住蓮ぢゆれん房ばう・安楽あんらく房ばう 已い上じやう近江あふみのくにむまぶちにして誅ちゆす、 二位にゐの法印ほふいん尊そん長ちやうが沙汰さたと云々うんうん 已い上じやう死し0192罪ざい、 四し人にん。 このひとびと誅ちゆせらるゝとき、 面々めんめんに不可ふか思議しぎの奇き瑞ずいをあらはす。 あるひはながれいづるところの血ちより青しやう蓮華れんぐえ出生しゆちしやうす。 あるひはくびおちてのち、 合がふ掌しやうをあらためて念珠ねんじゆをくること百ひやく八はちの念珠ねんじゆをもて三遍さんべんと 云々うんうん。 あるひはかうべよりひかりをはなち、 おつるところのくび高かう声しやう念仏ねむぶち十じふ余よ遍へんこれをとなふ。 あるひはくちより蓮華れんぐえ出生しゆちしやうす。 種々しゆじゆ奇き特どくのことらありけりとなん。

  第だい二に段だん

承元じようぐえん元ぐわん年ねん三さん月ぐわち上旬じやうじゆんのころ、 聖しやう人にんすでに配所はいしよにおもむきましますべきになりければ、 月輪つきのわの禅ぜん定ぢやう殿でん下かの御おん沙汰さたとして、 法ほふ性しやう寺じの小御こみ堂だうにわたしたてまつりて、 逗留とうりうをなしき。

-三さん月ぐわち十六じふろく日にちみやこをいでたまふ。 信濃しなののくにの住人じゆにん、 つのおりの成じやう阿あ・沙しや弥み随蓮ずいれん等とう、 力用りきゆう器き量りやうなりければ、 力者りきしやの棟とう梁りやうとして、 われもわれもと六十ろくじふ余よ人にん御をんこしにしたがひたすけたてまつる。

-すでに進発しんぱちのとき、 信しん空く上しやう人にんひそかにまふしていはく、 衰すいオトロヘ邁まいユクの身みをもて遠えんトヲキ堺がいのサカヒ たびにいでたまふこと、 たちまちに師しといきながらわかれなんとす。 あひさることいくそばくぞや。 をのをの天てんの一涯ゐちがいにあり。 山海さんかいをへだてゝまたながし。 音容いんようともにいまにかぎれり。 再さい会くわいいづくんぞあひたのまん。 うれふらくは師し所犯しよぼんなしといへども、 流る刑けいの宣せんを0193かうぶれり。 あとにとゞまる身みのため、 ひとりなにのおもてかあらんといひて、 むねをうちて歎息たんそくす。

-聖しやう人にんのたまわく、 よはひすでに八はち旬じゆんにせまれり。 おなじ帝てい畿きにありとも、 ながくいきてたれかみん。 たゞし因縁いんねんつきずは、 なんぞまた今こむ生じやうの再さい会くわいフタヽビアなかフコト らんや。 駅えき路ろはこれ聖しやう者じやのゆくところなり。 唐たう家かには一ゐち行ぎやう阿あ闍じや梨り、 和わ国こくには役えんの優婆うば塞そく、 謫所たくしよはまた権化ごんくえのすむみぎりなり、 晨旦しんたんには白はく楽天らくてん。 わが朝てうには菅かん丞相しようじやう、 上じやう古この英聖えいせいなをしかなり。 いはんや末まち世せスエノヨの愚ぐ惷しようヲロカニヲをや。ロカナルモノ先せん蹤しようサキノアトみゝにあり、 はぢとするにたらず、 うれえとするにをよばず。 このときにあたりて、 辺へん鄙ぴの群衆ぐんしゆを化くえせんこと莫太ばくだいの利り生しやうなり。 たゞしいたむところは、 源ぐゑん空く興こうずる浄じやう土どの法門ほふもんは濁じよく世せ衆しゆ生じやうの決けち定ぢやう出しゆち離りの要道えうだうなるがゆえに、 守しゆ護ごの天てん等とうさだめて冥みやう瞰かんをいたさんか。 もししからば、 貧道ひんだうが流る罪ざい、 弟子でしが 住蓮ぢゆれん安楽あんらく 斬刑ざんけい かくのごときのこと、 先代せんだいいまだきかず。 こと常じやう篇へんにたへたり。 因果いんぐわのむなしからざること、 いきて世よに住じゆせば、 おもひあはすべきなりと 云々うんうん。

-また率そち爾じをかへりみず、 一人ゐちにんの門弟もんていに対たいして一向ゐちかう専念せんねんの義ぎをのべたまふ。 御おん弟子でし西さい阿あ推参すいさんしていはく、 かくのごときの御おん義ぎしかるべからずおぼえはんべりと。 聖しやう人にんののたまはく、 なんぢ経釈きやうしやくをみずやと。 西さい阿あまふしていはく、 経釈きやうしやくはしかりといへども、 世せ間けんの機き0194嫌げんを存ぞんずるばかりなりと。 聖しやう人にんまたのたまはく、 われたとひ死し刑けいにをこなはるとも、 さらに変へんずべからずと 云々うんうん。 その気け色しきもとも熾し盛じやうなり。 みたてまつる諸人しよにん、 なみだをながし随ずい喜きせずといふことなし。

-またのちに信しん空く上しやう人にんのいはく、 先せん師しのことば相さう違ゐせず。 はたしてその報ほうあり。 いかんとなれば、 承じよう久きうの騒乱さうらんに東とう夷い上じやう都とを静謐せいひちせしとき、 きみは北海ほくかいのしまのなかにましまして多た年ねんこゝろをいたましめ、 臣しんは東とう土どのみちのほとりにして一ゐち時じに命めいをうしなふ。 先言せんげんたがはず後こうノチノ生せいヒトよろしくきくべしと 云々うんうん。 おほよそ念仏ねむぶち停ちやう廃はいの沙汰さたあるごとに、 凶くゐよう事じアシキコトきたらずといふことなし。 ひとみなこれをしれり。 羅縷らるにあたはず、 筆端ひちたんにのせがたし。 しかれども、 前ぜん事じのわすれざるは後こう事じの師しなりといふをもてのゆへに、 世よのためひとのため、 はゞかりあるににたれども、 いさゝかこれを記きす。

  第だい三段さんだん

聖しやう人にんみやこをいでたまふ日ひ、 公全こうぜん律りち師し 聖しやう信しん上しやう人にんこれなり も配所はいしよ 肥後ひごのくにと云々うんうん におもむきけるが、 律りち師しのふねはさきにいでけるが、 聖しやう人にんくだらせたまふときゝて、 しばらくをさえて聖しやう人にんのふねにのりうつりて、 恩顔おんがんにむかひて落涙らくるい千せんオツルナミダ行ぎやうカウ 万ばん行ぎやうカフ なり。 聖しやう人にんは念仏ねむぶちしてことばもいだしたまわず、 たゞうちゑみたまふばかりなり。 さるほど0195に律りち師しのふねよりとくとくとすゝめければ、 なごりおほくてもとのふねにのりてけり。

  第だい四し段だん

住蓮ぢゆれん・安楽あんらく等とうの四し人にんは、 物怱ぶちそうの沙汰さたにて左右さうなく誅ちゆせられをはりぬ。 そのほかなを死し罪ざいあるべしときこえけるなかに、 善信ぜんしん聖しやう人にんも死し罪ざいたるべきよし風ふ聞ぶんす。 それかの聖しやう人にんは、 いまだ宿老しふらうにをよばずといへども、 師しの提携ていけいにもたへ、 宗しゆの奥あう義ぎをもつたへて世せい誉よヨノホマレ等とうヒトシキ倫りんにトモガラこえ、 智ち徳とく諸方しよはうにあまねかりければにや。 かねて天聴てんていにそなはり、 さきだちて雲うん上じやうにきこゆ。 まめやかに徳用とくゆうやはたしけん。 君臣くんしんともに猶ゆウラ予よオモのフ うへ、 六角ろくかくのさきの中ちう納な言ごん親経ちかつねの卿きやう、 年来ねんらいトシゴロ一門ゐちもんのよしみを通つうぜられけるが、 おりふし八はち座ざにて議ぎ定ぢやうのみぎりにつらなりて、 まふしなだめられけるによりて、 遠おん流るにさだまりにけり。 すなはち配所はいしよ越えち後ごのくに 国こく府ぶ におもむきまします。 かの黄くわう門もん侍じ郎らうは家か門もん累代るいだいの正しやう統とう、 朝廷てうてい無ぶ双そうの忠臣ちゆしんにて、 才芸さいげい和わ漢かんにわたり、 勤労きんらうよせをもし、 内外ないぐえの両りやう典てんをかんがへ、 古こ今こんの蹤しよう跡せきをとぶらひて、 諸しよ卿きやうの意い見けんをまふしやぶられける。 ゆゝしくきこえけるとなん。

  第だい五ご段だん

聖しやう0196人にん、 摂津つの国くに経きやうのしまに一宿ゐちしうしたまひければ、 村そん里りの男女なんによ老らう若にやくまいりあつまりけり。 そのとき念仏ねむぶちのすゝめいよいよひろく、 上じやう下げ結縁けちえんかずをしらず。 このしまは、 六ろく波羅はらの太だい相しやう国こく 清盛きよもり公こう 一千ゐちせん部ぶの ¬法華ほふくえ経きやう¼ をいしのおもてにかきて、 おほくののぼりぶねをたすけ、 ひとのなげきをやすめんために、 つきはじめられけり。 いまにいたるまで、 くだるふねにはかならずいしをひろひてをくならひなり。 利り益やくまことにかぎりなきところなり。

  第だい六段ろくだん

むろのとまりにつきたまひければ、 遊君いうくんどもまいりあつまりて、 往わう生じやう極楽ごくらくのみちわれもわれもとたづねまふしけり。 むかし小こ松まつの天皇てんわう 光くわう孝かう天皇てんわうこれなり 八人はちにんのひめみやを七道しちだうにつかはしけるより、 遊君いうくんいまにたえず。

-あるとき天王てんわう寺じの別当べちたう僧そう正じやう 行ぎやう尊そん 拝堂はいだうのためにくだられける日ひ、 江え口ぐち神崎かんざきの遊女いうぢよふねをちかくさしよせければ、 僧そうの御おんふねにみぐるしくといひければ、 神楽かぐらをうたひいたしはんべりける。 「有漏うろ地ぢより無漏むろ地ぢにかよふ釈しや迦かだにも 羅ら睺羅ごらのはゝはありとこそきけ」 と、 僧そう正じやうめでゝさまざまの纏頭てんとうしたまひけり。

-なかごろのことにや、 少せう将しやうの上しやう人にん なかのがはの本ほん願ぐわん実範じちぱん ときこえしひと、 かのとまりをこぎすぎたまふことありけるに、 遊女いうぢよふねをさ0197しうかべて、 「くらきよりくらきみちにぞいりぬべき はるかにてらせやまのほのつき」 と、 くりかへしくりかへし三遍さんべんうたひてこぎかへりけるこそ、 あはれにおぼゑはんべれ。

-またおなじきとまりの長ちやう者じや、 とねくろやまひにしづみけるとき、 最さい後ごのいまやうに、 「なにしにわが身みのおひにけん おもえばいとこそかなしけれ いまは西方さいはう極楽ごくらくの 弥陀みだのちかひをたのむべし」 とうたひければ、 紫し雲うんうみにそびき、 音楽おんがくまつにこたへて往わう生じやうをとげゝり。

-いにしえもこのとまりには、 かゝるためしどもはんべれば、 いまもこの聖しやう人にんにみちびかれたてまつらんことうたがひなしとて、 よろこびつゝまいりけるなかに、 修しゆ行ぎやう者しや一人ゐちにんあり。 とひたてまつりていはく、 至し誠じやう等とうの三心さんしんを具ぐしさふらふべきやうは、 いかゞおもひさだめはんべるべきと。

-聖しやう人にんこたへてのたまはく、 三心さんしんを具ぐすることは、 たゞ別べちの様やうなし。 阿わあ弥陀みだ仏ぶちの本ほん願ぐわんに、 わが名みやう号がうを称しよう念ねんせば、 かならず引接いんぜうせんとおほせられたれば、 決けち定ぢやうして摂取せふしゆせられたてまつるべしと、 ふかく信しんじてこゝろに念ねんじ、 くちに称しようするにものうからず。 すでに往わう生じやううちかためたるおもひをなして、 歓くわん喜ぎのしるしには南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶち南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちととなへゐたれば、 自じ然ねんに三心さんしん具ぐ足そくのいはれあるなり。 三心さんしんとはたゞ本ほん願ぐわんをうたがはざる一心ゐちしんをいふな0198り。 わづらはしくみつのこゝろをほかにもとむべきにはあらざるなり。

-また在ざい家け无智むちのともがらは、 さほどまでおもはねども、 念仏ねむぶちまふすものは、 極楽ごくらくにむまるなればとて、 つねに念仏ねむぶちをだにまふせば、 三心さんしんは具ぐ足そくするなり。 さればこそ、 いふにかひなきものどものなかにも、 神妙しんめうの往わう生じやうはすることにてあれ。 たゞうらうらと本ほん願ぐわんをたのみて、 南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちとをこたらず称しようすべきなりと。

-

修しゆ行ぎやう者しや領りやう解げしつゝ、 随ずい喜きふかゝりけり。

  第だい七段しちだん

聖しやう人にんの配所はいしよは土佐とさのくにとさだめられけれども、 讃岐さぬきのくに塩飽しほあきの庄しやうは御ご領りやうなりければ、 月輪つきのわの禅ぜん定ぢやう殿でん下かの御おん沙汰さたにて、 ひそかにかのところへぞうつしたてまつられける。

-かの庄しやうの預あづかり所しよ、 駿河するがの守かみ高階たかしなの時遠ときとを入道にふだう西仁さいにんがたちに寄き宿しふ、 御み教書けうしよのむねなをざりならざれば、 なじかはおろそかにしたてまつるべき、 きらめきもてなしたてまつる。 温室うんしち結構けちこうし、 美びヨキ膳ぜんクイモノ調てう味びアヂハヒしつゝヲトヽノフ 、 そのあひだの経営けいゑいいかにかなとぞふるまひける。 近国きんごくチカクニ・遠えん郡ぐゐんトヲクニ の上じやう下げ傍ばう庄しやう、 隣郷りんがうの男なんオトコ女によ、オンナ 群くんムラガリ集じふしアツマルて世せ尊そんのごとくに帰くゐ敬きやうしたてまつりけり。

-一向ゐちかう専念せんねんなるべきやうをよみたまひけるうた、

阿わあ弥陀みだ仏ぶちと いふよりほかは つのくにの なにはのことも あしかりぬべし

また法門ほふもんのついでにくちずさみたまひける句くにいはく、 「名みやう利りは生しやう死じのきづな、 三さん途づの鉄網てちまうクロガネにかノアミ ゝる。 称名しようみやうは往わう生じやうのつばさ、 九く品ぼんの蓮台れんだいにのぼる」。

-時遠ときとを入道にふだう西仁さいにんとひたてまつりていはく、 自じ力りき・他た力りきといふこといかゞこゝろえはんべるべき。

-こたへてのたまはく、 源ぐゑん空くは殿てん上じやうへまいるべき器き量りやうにてはなけれども、 かみよりせめば二度にどまいりたりき。 これはわがまいるべき式しきにてはなけれども、 かみの御おんちからなり。 まして阿わあ弥陀みだ仏ぶちの御おんちからにて称名しようみやうの願ぐわんにこたへて引接いんぜうせさせたまはんことを、 なにの不ふ審しんかあらん。 自じ身しんのつみをもければ、 无智むちなれば、 仏ぶちもいかにしてすくひたまはんなどおもはんは、 つやつや仏ぶちの願ぐわんをしらざるひとなり。 かゝる罪人ざいにんをやすやすとたすけんれうにおこしたまへる本ほん願ぐわんの名みやう号がうをとなへながら、 ちりばかりもうたがふこゝろあるまじきなり。

-十方じふぱう衆しゆ生じやうの願ぐわんのなかには、 有智うち・无智むち、 有う罪ざい・无む罪ざい、 善人ぜんにん・悪人あくにん、 持じ戒かい・破は戒かい、 男なん子し・女人によにん、 三宝さんぼう滅尽めちじんののち百ひやく歳さいまでの衆しゆ生じやう、 みなこもれり。 かの三宝さんぼう滅尽めちじんのときの念仏ねむぶち者しやにくらぶれば、 当たう時じのわが入道にふだうどのなどは仏ぶちのごとし。 かのときは人寿にんじゆわづかに十歳じふさい、 戒かい定ぢやう慧えの三学さんがく名なをだにもきかず。 いふばかりもなきものどもの来迎らいかうにあづか0200るべき道だう理りをしりながら、 わが身みのすてられたてまつるべきやうをば、 いかゞして案あんじいだすべき。 たゞ極楽ごくらくのねがはしくもなく、 念仏ねむぶちのまふされざらんのみこそ往わう生じやうのさはりにてはあるべけれ。 かるがゆへに他た力りきの本ほん願ぐわんとも、 超てう世せの悲ひ願ぐわんともまふすなりと。

-時遠ときとを入道にふだう、 いまこそこゝろえはんべりぬれとて、 手てをあはせてよろこびけり。

 

0201拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でん絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 八はち

  第だい一段ゐちだん

御おん弟子でし等とう、 いざや当国たうごくにきこゆるまつやまみんとてゆきければ、 聖しやう人にんもわたりたまひけり。 眺望てうばうのいとおもしろさに、 ひとびと一首ゐちしゆのうたよみけるに、 聖しやう人にん、

いかにして われ極楽ごくらくに むまれまし 弥陀みだのちかひの なきよなりせば

ひとびとこの御ご詠えいこゝろえられず、 当所たうしよの景けい気き、 もしはひなのすまゐなどこそあらはしたくはんべれ。 これはその義ぎもなしと難なんじまふしければ、 さもあらばあれ、 地ち形けいその興けうをもよほすに、 こゝろのいみじくすめば、 かくいはるゝなりとおほせられければ、 みななきにけり。

  第だい二に段だん

聖しやう人にん浄じやう土どの法門ほふもん興こう行ぎやうにつきて、 諸宗しよしゆの学者がくしや邪幢じやどうをさゝげて吹毛すいぼうのケヲフキテ 罪ざい咎くトガヲモをうたトムトナリ へ、 万ばん乗じようの至し尊そん虚名きよめいによりて師し弟ていの断罪だんざいにをよぶ。 しかれども、 智ち徳とく四し海かいにうるひ、 行ぎやう学がく一朝ゐちてうにあまねかりしかば、 片州へんしうに身みををへんこと仏ぶち陀だの冥みやう鑑かんそのはゞかりありとて、 いそぎめしかへさるべきよしきこえけり。 されども、 やがてその沙汰さたも0202なし。 そののち承元じようぐえん三年さむねん八はち月ぐわちのころ、 まづ摂津つの国くに勝かち尾お山やまにうつさる。 かしこは勝しよう如によ上しやう人にん往わう生じやうの瑞ずい地ち、 幽いうカスカニ閑かんシヅカナルコト無ぶ双さうのナラビナキ 霊れい寺じなり。 当山たうざんの住侶ぢゆりよ念仏ねむぶちを修しゆし、 諸方しよはうの老らうオヒタル若にやくワカキ浄じやう土どに帰くゐしければ、 このところの利り生しやうまた大切たいせちなりとて、 をのづからふたとせの春しゆんハル 秋じゆアキをぞをくりたまひける。

  第だい三段さんだん

当山たうざんに一切ゐちさい経きやうましまさゞるよしきこえければ、 興隆こうりうのためにとて聖しやう人にん所しよ持じの経きやう論ろんをわたしたまふに、 寺じ内ないの衆しゆ徒と上じやう下げ七十しちじふ余よ人にん、 むかへたてまつらんために参さんマイリ向かうすムカフ 。 古こ老らうの住侶ぢゆりよ等とう、 随ずい喜き悦えち誉よして、 宝蓋ほうがいをさゝげ華香くえかうを供ぐして、 賞翫しやうぐわんきはまりなかりけり。 あまさへ安あん居ご院ゐんの法印ほふいん聖覚せいかくを屈くち請しやうして、 唱しやう導だうの師しとして開題かいだい供く養やうありけり。 そのことばにいはく、

-「いま一代ゐちだいを分別ふんべちするに二に種しゆあり。 ひとつには聖しやう道だう、 ふたつには浄じやう土どなり。 かの聖しやう道だう門もんといふは、 智恵ちえをきはめて生しやう死じをはなる。 いま浄じやう土ど門もんといふは、 愚痴ぐちにかへりて極楽ごくらくにむまる。 二に門もんともに一仏ゐちぶちの所説しよせちなりといへども、 廃立はいりう参しん差しし天てん地ち懸くえん隔かくなり、 これすなはち大だい聖しやうの善巧ぜんげう利り生しやう方便はうべんなり。 常じやう途づの教けう義ぎをもて、 みだりがはしく難なんずべからず。

-それ愚痴ぐちにかへるといふは、 法蔵ほふざふ比丘びくのむかしのとき成じやう就じゆ衆しゆ生じやうの願ぐわんをたてたまひしおり、 すべて罪ざいツミ障しやうサハリ深じん0203重ぢうのフカクオモキたぐひ、 濁ぢよく世せ末代まちだいの愚ぐヲロカニ鈍どむのニブキ やから、 生しやう死じの尽じん期ごなツクルカギリからんことをふかくかなしみて、 五ご劫こう思し惟ゆいのむろのうちに観くわん念ねん・坐ざ禅ぜん・布施ふせ・持ぢ戒かいのわづらはしきもろもろの行ぎやうをさしをきて、 易ゐ行ぎやう易ゐ修しゆの称名しようみやうをもて本ほん願ぐわんとして、 あまねく一切ゐちさいの下機げきに応おうじたまへり。 一念ゐちねんなを得とく生しやうの業ごふなり、 いはんや多た念ねんをや。 五ご逆ぎやくむねと正しやう機きなり、 いはんや軽きやう罪ざいのひとをや。 これによりて超てう世せの誓せい願ぐわんとなづけ、 または不共ふぐの利り生しやうと称しようす。 ふかくその願ぐわんを信しんじて名みやう号がうを称しよう念ねんすれば、 智恵ちえ・愚痴ぐちを論ろんぜず、 持ぢ戒かい・破は戒かいをきらはず、 十じふは十じふながらむまれ、 百ひやくは百ひやくながらむまる。

-しかのみならず、 釈しや迦か慇懃おんごんの附ふ属ぞく、 諸仏しよぶち一ゐち味みの証誠しやうじやうは、 たゞ名みやう号がうにかぎりて観くわん仏ぶちに通つうぜず。 指し方はうハウヲサシ立相りうさうしサウヲタテヽて、 あへてふかきことはりをあかさず、 无智むちの義ぎ文もんことはり必然ひちぜんなり。 たゞ信しんじて行ぎやうずるほかには義ぎなきをもて義ぎとす。

-たゞしもとより智恵ちえありて弥陀みだの内ない証しよう外ぐえ用ゆうの功く徳どく、 極楽ごくらくの地下ぢげ・地ぢ上じやうの荘しやう厳ごん等とうを、 これを観くわんぜんをば、 かならずしも遮しやせず。 いま論ろんずるところは、 義理ぎり観くわん念ねんをもて宗しゆとして、 但信たんしん称名しようみやうの行ぎやう者じやをかたくなはしくこれを非ひするを解げするなり。

-かの聖しやう道だう門もんの先徳せんどく・明哲めいてち、 浄じやう土ど門もんにいりて宗しゆのこゝろをあきらめて、 そのこゝろをえては、 本ほん願ぐわんの奥あう旨し、 往わう生じやうの正しやう業ごふ、 しかしながら口く称しよう念仏ねむぶちなりとみひらきたるうへは、 浄じやう土ど0204経きやうの所説しよせちの観くわん仏ぶち三昧ざんまいすらなをもて廃はいす、 いかにいはんや他た宗しゆのふかき観くわんにをきてをや。 たゞ称名しようみやうのほかにはその他事たじをわする。 その体たい惘然ばうぜんとして、 すなはち愚痴ぐちににたり。 かるがゆへに浄じやう土どの機きは愚痴ぐちにかへるとはいふなり。

-それ八万はちまん法蔵ほふざふは八万はちまんの衆類しゆるいをみちびき、 一実ゐちじち真如しんによは一向ゐちかう専せん称しようをあらはすところなり。 用明ようめい天皇てんわうの儲君ちよくん御ご誕たん生じやうに南无なも仏ぶちととなへたまふ。 その名なをあらはさずといえども、 こゝろは弥陀みだの名みやう号がうなり。 慈じ覚かく大だい師しの伝灯でんとうは経きやう文もんをひきて宝ほう池ちのなみに和わし、 空こう也や上しやう人にんの念仏ねむぶち常行じやうぎやうはこえをたてゝ徳とくをあらはし、 永観ゐやうくわん律りち師しの往わう生じやうの式しきは七門しちもんをひらきて一偏ゐちぺんにつかず、 良りやう忍にん上しやう人にんの融通ゆづ念仏ねむぶちは神じん祇ぎ冥みやう道だうにはすゝめたまへども、 凡ぼん夫ぶののぞみはうとうとし。

-こゝにわが大だい師し法主ほふしゆ聖しやう人にん行ぎやう年ねん四し十三じふさんより念仏ねむぶち門もんにいりて、 あまねくひろめたまふに、 天てん子しのいつくしきたまのかうぶりをにしにかたぶけ、 月ぐえち卿けいのかしこきこがねのかんざしをにしにたゞしくす。 皇くわう后ごうのこびたるは韋ゐ提だい希けのあとををひ、 傾城けいせいのことんなきは五ご百ひやくの侍じ女によをまなぶ。 しかるあひだ、 とめるはをごりてもてあそび、 まづしきはなげきてともとす。 農のう夫ふはすきをもてかずをしり、 駅えき路ろは念仏ねむぶちをもてとりに擬ぎし、 ふなばたをたゝく海かい上じやうには念仏ねむぶちをもてうほをつり、 かせきをまつ木このもとには念仏ねむぶちをもてひづめをとる。 雪せち0205月ぐえち花くわをみるひとは西楼せいろうに目めをかけ、 琴きん詩し酒しゆにふけるともがらはにしのゑだのなしをおる。 弥陀みだをあがめざるをば瑕か瑾きんとし、 念珠ねんじゆをくらざるをば恥ち辱じよくとす。 花族くわぞく英才えいさいなりといへども、 念仏ねむぶちせざるをばおとしめ、 乞丐こちがい非ひ人にんなりといへども、 念仏ねむぶちするをばもてなす。 かるがゆえに八はち功く徳どく水しゐのうえには念仏ねむぶちのはちすいけにみち、 三尊さんぞん来迎らいかうのいとなみには紫し台だいをさしをくひまなし。

-しかのみならず、 われらが念仏ねむぶちせざるはかのいけの荒くわう廃はいアレスタルなり、 われらが欣ごん求ぐせざるはそのくにの愁しう訴そウレヘノなりウタヘ 。 くにのにぎはひ、 仏ぶちのたのしみ、 称名しようみやうをもてさきとす。 ひとのねがひ、 わがねがひ、 念仏ねむぶちをもて職もととす。 よりて当たう座ざの愚ぐ昧まい、 *公く請しやうにつかへてかへる夜よは念仏ねむぶちをとなへてまくらとし、 私し宅たくをいでゝわしる日ひは極楽ごくらくを念ねんじてくるまをはす。 これみな聖しやう人にんの教誡けうかい、 過くわ去この宿しゆく善ぜんにあらずや。 たづねみれば、 弥陀みだはすなはち応おう声しやう来現らいげんの如来によらい、 受用じゆよう智恵ちえの真身しんしんなり。 名みやう号がうはまた五ご劫こふ思し惟ゆいの肝心かんじん、 願行ぐわんぎやう所しよ成じやうの総体そうたいなり。

-かるがゆへにこれを信しんじて称しよう念ねんすれば、 念々ねんねんに八十はちじふ億劫おくこうの生しやう死じの罪ざいけんを滅めちし、 声々しやうしやうに無む上じやうの大だい利りを獲ぐゐやく得とくす。 このゆえに念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうは、 一ゐち世せにすなはち相好さうがうの業因ごふいんをうへ、 現身げんしんにあくまで福ふく智ちの資しタカ糧りやうをラノカテ たくはへて、 愚痴ぐち闇鈍あんどんのクラキニブキ凡ぼん夫ぶなれども、 うちには六ろく度ど万まん行ぎやうを修しゆする菩ぼ薩さちとおなじ。 もししからずは0206、 いかでか有漏うろの穢土えどをいでゝ无為むゐの報国ほうこくにまいりて、 凡ぼん夫ぶの性しやうをすててたゞちに法ほふ性しやうの身しんを証しようせんや。

-さだめてしりぬ、 弥陀みだの本ほん願ぐわんといふは、 万ばん機きを名みやう号がうの一ゐち願ぐわんにさだめ、 千品せんぴむを口く称しようの十念じふねんにむかへ、 おなじく宝ほう池ちのはちすに託たく生しやうせしめ、 ともに无む生しやうの益やくを証しよう得とくす。 五ご逆ぎやくをもきらはず、 謗法はうぼふをもすてず。 しるべし」 とて、 はなをかみとゞこほりなければ、 寺じ僧そう結衆けちしゆなみだをながし、 そでをしぼりけり。 むかし戒かい成じやう皇わう子じの ¬大だい般若はんにや¼ 供く養やうには草木さうもくクサ キ ことごとくなびくなり。 いま聖しやう人にん念仏ねむぶちの勧くわん進じんには道俗だうぞくみな浄じやう土どをねがひけり。

  第だい四し段だん

○龍りよう顔がん逆鱗げきりんのいきどほりをやめて、 鳳城ほうせい還ぐえん住ぢゆの宣せんをくだされければ、 建けん*暦りやく元ぐわん年ねん かのとのひつじ 十一じふゐち月ぐわち十じふ七日しちにちに入洛じふらくす。 宣せん旨じにいはく、 「左さ辨官べんかんくだす。 土佐とさのくにはやくめしかへすべし流る人にん、 藤ふぢ井ゐの元彦もとひこおとこ。 右みぎくだんの元彦もとひこ、 いんじ承元じようぐえん元ぐわん年ねん三さん月ぐわちの日ひ、 土佐とさのくにゝ配はい流るす。 しかるにいま念ねん行ぎやうするところあるによりて、 めしかへさるてへり。 それがし勅ちよく宣せんをうけたまはる、 くによろしく承しよう知ちすべし。 宣せんによりてこれををこなふ。 建けん暦りやく元ぐわん年ねん八はち月ぐわちの日ひ、 左さ大だい史し小お槻つきの宿しゆく禰ね国実くにざね辨べん」 云々うんうん。 院宣ゐんぜんは、 権ごん中ちう納な言ごん藤原ふぢはらの光親みつちかの卿きやう あるひは岡崎おかざきの中ちう納な言ごん範光のりみつの卿きやうと云々うんうん かきくだされけり。 こ0207れによりて、 聖しやう人にん帰くゐミヤ京きやうコニカのよしヘリタマフ のゝしりければ、 一山ゐちざんみななごりをおしみつゝをくりたてまつりけり。

  第だい五ご段だん

聖しやう人にん京著きやうちやくののちは、 洛陽らくやう東山とうざん大谷おほたににゐたまひて、 なを浄じやう土どの法門ほふもん興こう行ぎやういにしへにたがはず、 諸方しよはうの帰くゐ依えいやめずらなり。 よしみづの前ぜん大だい僧そう正じやう 慈じ円えん、 慈じ鎮ちん和くわ尚しやうこれなり の御おん沙汰さたにてすえたてまつられけるとぞ。 むかし釈しやく尊そん、 たう利りのくもよりくだりたまひしかば、 人天にんでん大だい会えよろこびおがみたてまつりき。 いま聖しやう人にん南海なむかいのなみにさかのぼりたまへば、 道俗だうぞく男女なんによ供く養やうをのぶ。 貴くゐタウトキ賎せん群くんイヤシキ集じふすること、 一日ゐちにち一ゐち夜やのうちに一千ゐちせん余よ人にんと 云々うんうん。

-このときひとありて、 法門ほふもんたづねまふしけるに、 おほせられていはく、 決くえち定ぢやう往わう生じやうのひとにとりて二に人にんのしなあるべし。 ひとつには、 身みに威儀ゐぎをそなへ、 くちには念仏ねむぶちを相続さうぞくし、 こゝろには本誓ほんぜいをあふぎて四し威儀ゐぎのふるまひにつきて遁世とんせいの相さうをあらはし、 三業さんごふの所しよ作さ出しゆち要えうにそなへたり。 ほかに賢善けんぜん精しやう進じんの相さうあれども、 うちに愚痴ぐち懈け怠だいの心しんなく、 行ぎやう儀ぎをもかゝず、 渡と世せいをもうかゞはず、 心しむかたましくして利り養やうをへつらふこともなく、 名みやう聞もんのおもひもなく、 貪瞋とんじん邪偽じやぐゐもなく、 姧かん詐さ百ひやく端たんもなく、 雑毒ざふどくのけがれもなく、 不可ふかの失しちもなく、 まことに0208外ぐえ儀ぎも精しやう進じんに内心ないしんも賢善けんぜんに、 内外ないぐえ相応さうおうして一向ゐちかうに往わう生じやうをねがふひともあり。 これ決けち定ぢやう往わう生じやうのひとなり。 かゝる上じやう根こんの後世ごせ者しやは末代まちだいにまれなるべし。

-ふたつには、 ほかにたふとくいみじき相さうをもほどこさず、 うちに名みやう利りの心しんもなく、 三界さんがいをふかくうとみていとふこゝろきもにそみ、 浄じやう土どをこひねがふこゝろ髄ずいにとほり、 本ほん願ぐわんを信しん知ちしてむねのうちに随ずい喜きし、 往わう生じやうをねがひて念仏ねむぶちををこたらず。 ほかには世せ間けんにまじはりて世せい路ろをわしり、 在ざい家けにともなひて利り養やうにかたどり、 妻さいメ 子しコ に随ずいシタガヒ逐ちくしシタガヒて行ぎやう儀ぎさらに遁世とんせいのふるまひならず。 しかりといへども、 心中しんちうには往わう生じやうのこゝろざし片へん時じカタトキもわすれがたく、 身しんミト口くのクチト 二に業ごふを意い業ごふにゆづり、 世せい路ろのいとなみを往わう生じやうの資し糧りやうとあてがひ、 妻さい子し眷くえん属ぞくを知ち識しきの同どう行ぎやうとたのみて、 よはひの日々にちにちにかたぶくをば往わう生じやうのやうやくちかづくぞとよろこび、 いのちの夜々ややにおとろふるをば穢土えどのやうやくとをざかるぞとこゝろえ、 いのちのをはらんときを生しやう死じのをはりとあてがひ、 かたちをすてんときを苦く悩なうのをはりと期ごし、 仏ぶちはこのときに現前げんぜんせんとちかひて影向やうがうをしばのとぼそにたれ、 行ぎやう者じやはこのときゆかんと期ごして、 結けち跏かを観くわん音おんの蓮台れんだいにまつ。 このゆへに、 いそがしきかな往わう生じやう、 とくこのいのちのはてねかし。 こひしきかな極楽ごくらく、 はやくこのいのちのたゑねかし。 くやしきかなわが0209こゝろ、 生しやう死じのひとやをすみかとして悪業あくごふのためにつかはるゝこと。 うれしきかなわがこゝろ、 无為むゐのみやこにかへりゆきて四し生しやうのあるじとあふがれんこと。 かやうにこゝろのうちをすまして廃忘はいまうすることなく、 たとひ縁えんにあへば、 よろこびもあり、 うれへもあり、 おかしきこともあり、 うとましきこともあり、 はづかしきこともあり、 いとおしきこともあり、 ねたきこともあり、 かやうのことあれども、 これは一旦ゐちたんのゆめのあひだの穢土えどのならひとこゝろえて、 これがためにまぎらかされず、 いよいよいとはしく、 たびのみちにあれたるやどにとゞまりてあかしかねたるこゝちして、 よそめはとりわき後世ごせ者しやともしられず、 よのなかにまぎれて、 たゞ弥陀みだの本ほん願ぐわんに乗じようじて、 ひそかに往わう生じやうするひとなり。 これはまことの後世ごせ者しやなるべし。 時機じき相応さうおうしたる決けち定ぢやう往わう生じやうのひとなり。

-この二に人にんのこゝろだてを弥陀みだは 「▲至し心しん」 (大経巻上) とをしへ、 釈しや迦かは 「▲至し誠じやう心しん」 (観経) ととき、 善導ぜんだうは 「▲真実しんじち心しん」 (散善義) と釈しやくしたまへりとぞ。

  第だい六段ろくだん

聖しやう人にんあるとき大谷おほたにの房ばうにて、 にしのかたはるかに眺望てうばうしたまひつゝ、 くちずさませたまひけるうた、

しばのとに あさゆふかゝる しらくもを いつむらさきの いろとみなさん

  0210第だい七段しちだん

おなじき二に年ねん正しやう月ぐわち二日ふつかのひより老らう病びやう不ふ食しよくことに増ぞう気きせり。 すべてこの二に三年さんねん、 耳じ目ぼく惛暗こんあんとクラククラシしていろをみ、 こゑをきくこと、 ともにつまびらかならず。 しかるに終焉しうえんの期ごにのぞみて二に根こん明みやう利りなること、 むかしにたがはず、 余よ言ごんをまじえず、 ひとへに往わう生じやうのことを談だんじ、 高かう声しやう念仏ねむぶちたゆることなし。

-○おなじき三日みかのひ、 ある御おん弟子でしとひたてまつりていはく、 今こん度どの往わう生じやう決けち定ぢやうか。 こたえてのたまはく、 われもと極楽ごくらくにありし身みなれば、 さだめてかへりゆくべしと。 あるときまた弟子でしにつげてのたまはく、 われもと天竺てんぢくにありて声しやう聞もん僧そうにまじはりて、 頭陀づだを行ぎやうじて化くえ度どせしめき。 いま粟散ぞくさん片州へんしうのさかひに生しやうをうけて念仏ねむぶち宗しゆをひろむ、 衆しゆ生じやう化くえ度どのためにこの界かいにたびたびきたりき。

-○十一じふゐち日にちのたつの剋こくに、 聖しやう人にんおきゐで、 高かう声しやう念仏ねむぶちしたまふ。 きくひとみな歓くわん喜ぎのなみだをながす。 弟子でし等らにつげてのたまはく、 高かう声しやう念仏ねむぶちすべしと、 阿わあ弥陀みだ仏ぶち顕現けんげんアラハシしたタマフ まふなり。 この仏ぶちの名みやう号がうを称しようすれば、 本ほん願ぐわん力りきによるがゆへに一人ゐちにんも往わう生じやうせずといふことなしといひて、 念仏ねむぶちの功く徳どくを讃嘆さんだんし、 弥陀みだの本誓ほんぜいを宣説せんぜちしたまふこと、 あたかもむかしのごとし。 聖しやう人にんまたのたまはく、 観くわん音おん・勢せい至し等とうの菩ぼ薩さち聖しやう衆じゆ現前げんぜんしたまへり、 をのをのおがみたてまつるや0211いなやと。 弟子でし等らおがみたてまつらずと 云々うんうん。 これをきゝていよいよ念仏ねむぶちすべしとすゝめたまふ。 また三さん尺しやくの弥陀みだの像ざうを病牀びやうしやうのみぎにすへたてまつりて、 この仏ぶち拝はいしたまふべしと。 ときに聖しやう人にんゆびをもてそらをさしてのたまはく、 この仏ぶちのほかにまた仏ぶちおはします、 おがむやと。 すなはちかたりていはく、 おほよそこの十じふ余よ年ねんよりこのかた、 念仏ねむぶち功こうつもりて、 極楽ごくらくの荘しやう厳ごんをよび仏ぶち・菩ぼ薩さちをみたてまつること、 常じやう恒ごうツネ のことなり。 しかれども、 ひとにこれをいはず、 いま終焉しうえんかぎりにあり。 かるがゆへにこれをしめす。 また御おん弟子でし等とう、 仏ぶちのみてに五ご色しきのいとをかけてこれとりたまへと。 聖しやう人にんののたまはく、 かくのごときのことはこれつねのひとにとりてのことなり。 わが身みにおきてはしかるべからずとて、 つゐにとりたまはず。

-○廿日はつかのひの巳みのときに紫し雲うん、 房ばうのうへに垂すいタレ布ふせシケリ り。 そのなかに円えん形ぎやうマドカナルのくカタチ もあり。 絵え像ざうの円えん光くわうのごとくして、 五ご色しき鮮せんアザヤカニ潔くえちなイサギヨシり。 路次ろし往反わうはんのひと、 処々しよしよにトコロドコロこれをみる。 弟子でしまふさく、 このうへに奇き雲うんアヤシキまクモさにつらなれり。 往わう生じやうのちかづきたまえるかと。 聖しやう人にんきゝてのたまはく、 あはれなるかな、 あはれなるかな。 わが往わう生じやうの瑞相ずいさうはたゞ一切ゐちさい衆しゆ生じやうをして念仏ねむぶちを信しんぜしめんがためなりと。 ○ひつじのときにあたりて、 ことに目めをひらきて西方さいはうへみをくりたまふこと五ご六遍ろくぺん。 そのと0212き看かん病びやうのひと、 とひたてまつりていはく、 仏ぶちのあらはれたまふかと。 こたへてのたまはく、 しかなりと。

-おほよそ明みやう日にち往わう生じやうのよし、 夢む想さうのつげによりておどろききたりて終焉しうえんにあふもの、 五ご六ろく許輩きよはいなり。 かねて往わう生じやうのつげをかうぶるひとびと、 さきの権ごんの右う中辨ちうべんふぢはらの兼隆かねたかの朝臣あそん・権ごん律りち師し隆りう寛くわん・しらかはの准じゆん后こうのみやの女房によばう・別当べちたう入道にふだう 惟方これかたの卿きやう・あま念ねん阿わあ弥陀みだ仏ぶち・板東ばんどうのあま・陪従べいじゆ信賢のぶかた・祇陀ぎだ林りんの経きやう師し・一切ゐちさい経きやうのたにの住僧ぢゆそう 大進だいしんのきみ・薄はく師し真清さねきよ・水みづの尾お山やまの樵せふ夫ふ。 このほか紫し雲うんをみるひとかずをしらず。 また弥陀みだの三尊さんぞん、 紫し雲うんに乗じようじて来現らいげんしたまふをみるひとびと、 信しん空く上しやう人にん・隆りう寛くわん律りち師し・証しよう空く聖しやう人にん・空く阿わあ弥陀みだ仏ぶち・定生ぢやうしやう房ばう・勢せい観くわん房ばう。 また七八しちはち年ねんさきだちて、 兼隆かねたかの朝臣あそんゆめにみる、 聖しやう人にん御ご臨終りんじゆには 「光明くわうみやう遍へん照じよう」 (観経) の四句しくの文もんをとなへたまふべしと。

-○こゝに聖しやう人にん廿にじふ三日さんにち以後いご、 三日さんにち三さん夜や、 あるひは一ゐち時じ、 あるひは半はん時じ、 高かう声しやう念仏ねむぶち不ふ退たいのうへ、 ことに廿にじふ四し日にちのとりの剋こくより廿にじふ五ご日にちの巳みの剋こくにいたるまでは、 高かう声しやう念仏ねんぶつ体たいをせめて无む間けんなり、 无余むよなり。 弟子でし五ご六ろく人にん、 番々ばんばんに助音じよいむす。 助音じよいむのひとびとは窮屈きうくちにをよぶといへども、 暮ぼ齢れい病びやう悩なうの身み、 勇ゆ猛みやうなることは奇き特どくのことなり。

-○まさしく最さい後ご 廿にじふ五ご日にちむまの正しやう中ちう にのぞむとき、 年来ねんらい所しよ持じの慈じ覚かく大だい師しの九く帖でうの袈裟けさをひきかけて、 「▲光明くわうみやう遍へん照じよう、 十方じふぱう0213世せ界かい、 念仏ねむぶち衆しゆ生じやう、 摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) の文もんを誦じゆして、 頭づ北ほくカウベハ面西めんさいキタオモにしテハニシて念仏ねむぶちのいきたえたまひをはりぬ。 音おん声じやうとゞまりてのち、 なを唇舌しんぜちクチビルをシタうごかすこと十じふ余よ遍へんなり。

○ときに春しゆん秋じう満まん八十はちじふ、 夏げ臘らふ六十ろくじふ六ろく、 身体しんたい柔軟にうなんヤハラカにナリして容貌ようばうカホバセつねのごとし。 恵え灯とうチエノトすでモシビ にきえ、 法舟ほふしうまノリノフネ た没ぼちシヅすム と。 かなしみあへることかぎりなし。 音楽おんがくまどにひゞく、 帰仏くゐぶち・帰法くゐほふのみゝをそばだて、 異い香きやう室しちにみてり。 信男しんなん・信女しんによのたもとに薫くんずカホル 。 あるひは紫し雲うんを拝はいするひと、 あるひは霊れい夢むを感かんずるともがら、 勝しよう計げすべからず。 筆ひちフンデ墨ぼくスミにひまなく、 委い註ちゆクハシクにあシルス たはず。 三さん春しゆんいかなるころぞ、 釈しやく尊そん滅めちをとなへ、 聖しやう人にん滅めちをとなふ。 かれは二に月ぐわち中ちう旬じゆんの五ご日にち、 これは*正しやう月ぐわち下げ旬じゆんの五ご日にち。 八はち旬じゆんいかなるとしぞ、 釈しやく尊そん滅めちをとなへ、 聖しやう人にん滅めちをとなふ。 かれも八はち旬じゆんなり、 これも八はち旬じゆんなり。

  第だい八段はちだん

ふしておもんみれば、 釈しやく尊そん円えん寂じやくのつきにすゝめること一ゐち月ぐえち、 荼毘だびのけぶりことなりといへども、 弥陀みだ感応かんおうの日ひにしりぞくこと十日じふじち、 利り生しやうのかぜこれおなじきをや。 観くわん音おん垂すい迹しやくの済さい度ど、 勢せい至し方便はうべんの善巧ぜんげう、 もてかくのごとし。 かなしきかな、 貴賎くゐせん哀慟あいどうして考かうチヽ妣ひハヽを喪もせるごとし。 弟子でし等ら哽きやう絶ぜちして房ばうのひんがしにうづみたてまつりをはりぬ。

 

0214拾しふ遺ゐ古こ徳とく伝でん絵ゑの詞ことば 黒くろ谷だにの源ぐえん空く聖しやう人にん 九く

  第だい一段ゐちだん

門弟もんてい等らつねの式しきにまかせて、 中陰ちういむの勤ごん行ぎやう心肝しんかんをコヽロキモ くだき、 毎まい七日しちにち供く仏ぶち施せ僧そうのいとなみ傍例ばうれいのごとし。

初しよ七日しちにち 不ふ動尊どうそん。 導だう師し信蓮しんれん房ばう、 施せ主しゆ大宮おほみやの入道にふだう前ぜん内だい府ふ、 諷ふ誦じゆをさゝげられていはく、 「それおもんみれば、 先せん師し在ざい生しやうのむかし、 弟子でし頓朝とんてうのゆふべ、 一心ゐちしん精しやう進じんのまことをこらして十重じふぢう清浄しやうじやうの戒かいをうく。 かるがゆへに済さい度どを彼ひ岸がんにたのみて、 うやまひて諷ふ誦じゆをこのみぎりに修しゆす。 小せう善根ぜんごんをきらふことなかれ、 かならず大だい因縁いんねんたらん。 はやく蓮台れんだいの妙果めうくわをかざらんがために、 こゝに蒲ほ牢らうの逸韻いちゐんをたゝくところなり。 うやまひてまふす。 建けん暦りやく二に年ねん二に月ぐわち◗の日ひ」 とぞかゝれける。

二に七日しちにち 普ふ賢げん菩ぼ薩さち。 導だう師し求ぐ仏ぶち房ばう、 建けん暦りやく二に年ねん二に月ぐわち三日みかのひの夜よ、 入道にふだう別当べちたう惟方これかたの卿きやうのむすめ、 あはたぐちの禅ぜん尼にのゆめにりうやう、 聖しやう人にん殯葬ひんさうのところにまうでたれば、 八幡はちまん宮ぐの御戸みとをひらくかとおぼゆ。 御おん正しやう体たい等とうそのうちにおはしますとみるに、 さては聖しやう人にんの葬送さうそうのところにはあらず。 八幡はちまん宮ぐなりけりとおもふほどに、 かたは0215らのひとのいはく、 かの御おん正しやう体たいをさして、 あれこそ法然ほふねん聖しやう人にんの御房おんばうの御おん正しやう体たいよといふ。 これをきゝて身みの毛けいよだち、 あせながれてさめぬ。 このゆめまた奇き特どくなり。 そもそも神じん功く皇くわう后ごう元ぐわむ年ねん かのとのみ 大だい菩ぼ薩さち誕たん生じやうのむかし、 八やつのはたふる。 かるがゆへに八幡はちまん大だい菩ぼ薩さちと号がうす。 聖しやう人にん誕たん生じやうのムマレタマフ いま、 ふたつのはたくだる、 もともその表へう示じあるか。 かの大だい菩ぼ薩さちの本ほん地ぢを行ぎやう教けう和くわ尚しやうみたてまつらんと祈き請せいありしかば、 たもとのうへに阿わあ弥陀みだ如来によらいうつりたまひき。 しかれば、 かれをもてこれをおもふに、 聖しやう人にん弥陀みだ如来によらいの応おう迹しやくといふことあきらかなり。

三さん七日しちにち 弥み勒ろく菩ぼ薩さち。 導だう師し住真ぢゆしん房ばう、 弟子でし湛たん空く噠噺たちしんをさゝぐ。 義之ぎしがいしずり一ゐち紙しのおもてに十じふ二に行ぎやう 八十はちじふ余字よじ、 これに一首ゐちしゆのうたをあひそへけり。

にしへよし ゆくべきみちの しるべせよ むかしもとりの あとはありけり

四し七日しちにち 正しやう観くわん音おん。 導だう師し法連ほふれん房ばう、 弟子でし良りやう清せいが願ぐわん文もんにいはく、 「先せん師し末法まちぽふ万年まんねんのはじめにあたりて、 弥陀みだ一教ゐちけうのすぐれたるをひろむ。 智恵ちえ剣けんをツルギ ひさぐ、 莫ばく耶やのほこさきときにあらず。 戒かい行ぎやうたまをみがく、 摩尼まにのひかり明めいを比ひす。 そもそも尊そん霊りやう逝川せいせんにさきだちて四し五ご日にち、 遠人えんじん来迎らいかうのくもをのぞむ。 新墳しんふんをつきて両りやう三さん旬じゆん、 遺弟ゆいてい栴檀せんだんのにほひをかぐ。 こゝに誠じやう諦たいのことばをかざりて、 ひとえに菩ぼ提だいの果くわをいの0216る。 *掲焉けちえんの旨意しいいよいよもて服ぶく膺ゐようす」 と 云々うんうん。

五ご七日しちにち 地ぢ蔵ざう菩ぼ薩さち。 導だう師し権ごん律りち師し隆りう寛くわん、 弟子でし源ぐえん智ちが願ぐわん文もんにいはく、 「彩雲さいうんのきにおほふ、 ちかくみ、 とをくみて来集らいじふキタリアす。ツマル 異い香きやう室しちムロにみてり、 われもかぎ、 ひともかぎてともに嗟さホメ嘆たんホムす」 と 云々うんうん。

六ろく七日しちにち 釈しや迦か如来によらい。 導だう師し法印ほふいん権ごん大だい僧そう都づ聖覚せいかく、 大だい法主ほふしゆ无む動どう寺じの前ぜん大だい僧そう正じやう慈じ円えん諷ふ誦じゆをさゝげられていはく、 「仏ぶち子し聖しやう人にん存日ぞんじちのあひだ、 よりより法文ほふもんを談だんじ、 つねに唱しやう導だうにもちゐる。 結縁けちえんのおもひあさからず、 済さい度どの願ぐわんこれふかし。 これによりて六ろく七日しちにちの忌き辰しんにあたりて、 いさゝか諷ふ誦じゆを修しゆし、 三さん菩ぼ提だいの果くわ位ゐをいのりて、 うやまひて華くわ鐘しようハナノカネをならす。 しかのみならず、 法ほふ衣えをさゝげて往わう生じやうのいえにをくる。 解げ脱だちのころもこれなり。 法食ほふじきをとゝのへて化くえ城じやうの門もんにまうく、 禅悦ぜんえちの食じきこれなり。 しかればすなはち、 幽霊いふれいかの平びやう等どうの願ぐわんにこたえてかならず上じやう品ぼんの蓮台れんだいに往わう生じやうし、 仏ぶち子しこの丹誠たんせいのこゝろざしによりて最初さいしよ引接いんぜうの得益とくやくにあづからん、 うやまひてまふす」。

七しち七日しちにち 弥陀みだ如来によらいならびに両りやう界かいの曼まん荼羅だら。 導だう師し三井みゐの僧そう正じやう公胤こういん、 法主ほふしゆ信しん空くの願ぐわん文もんにいはく、 「先せん師し廿にじふ五ご歳さいのむかし、 弟子でし十じふ二に歳さいのとき、 かたじけなく師資ししの約契やくけいをむすびて、 ひさ0217しく五ご十じふの年序ねんじよをつめり。 一旦ゐちたんに生しやう死じをへだてゝ九きう廻くわいのはらはたたえなんとす。 叡山えいざむ黒谷くろだにの草庵さうあんに宿しふせしより東とう都と白河しらかはの禅房ぜんばうにうつるにいたるまで、 そのあひだ撫ぶナデ育いくのヤシナフ恩おんといひ、 提携ていけいのこゝろざしといひ、 報謝ほうしやのおもひ昊天かうてんきはまりなし。 こゝをもて弥陀みだ迎接かうせう一ゐち躯くの形ぎやう像ざうをあらはし、 胎蔵たいざう・金剛こんがう両りやう部ぶの種しゆ子じを安あんず。 また ¬妙法めうほふ蓮華れんぐえ経きやう¼ を摺写しふしやし、 ¬金こん光くわう明みやう経きやう¼ を書写しよしやすることをのをの一ゐち部ぶ、 もて開眼かいげんし、 もて開題かいだいす。 一心ゐちしんの懇こんネムゴロナル志し三宝さんぼうコヽロザシ 智ち見けんしたまへ、 うやまひてまふす」 とぞかゝれける。

おほよそこのあひだ、 仏ぶち事じをいとなみ、 諷ふ誦じゆをさゝぐひと在ざい家け・出しゆち家けかずをしらず。 かの僧そう正じやう唱しやう導だうをのぞまれけることは、 先年せんねん ¬浄じやう土ど決けち疑ぎ抄せう¼ をやくといへども、 聖しやう人にん厳重げんてうの往わう生じやうをきゝて、 かさねてかの罪ざいツミ咎くトガを懺悔さんぐえせんがためなり。 仏ぶつ経きやう講讃かうさんののち、 つぶさに ¬決けち疑ぎ抄せう¼ の元ぐわんモトノ起きをオコリ のべたまひていはく、 公胤こういん今日こんにち参勤さんきんの本ほん意いは、 ひとへに聖しやう人にんを謗難ばうなんせし重罪ぢうざいオモキツミを懺悔さんぐえせんがためなりと 云々うんうん。 座下ざげの聴ちやう衆しゆ随ずい喜きせずといふことなし。 しかうしてのち建保けんぽう四し年ねん ひのえね 四し月ぐわち廿にじふ六日ろくにちの夜よ、 聖しやう人にん公胤こういんにつげたまふ夢む想さうにいわく、 往わう生じやうの業ごふのなかには、 一日ゐちにち六ろく時じ剋こくに一心ゐちしんにして念ねんをみだらざれば、 功験こうけんもとも第一だいゐちなり。 六ろく時じにみなを称しようするものは往わう生じやう0218かならず決けち定ぢやうす。 雑善ざうぜんは決けち定ぢやうならず、 専修せんじゆは決けち定ぢやうの業ごふなり。 源ぐゑん空くに孝養けうやうのために公胤こういんよく説法せちぽふす。 感かん喜きつくべからず。 臨終りんじゆにまづ迎接かうせうせん。 源ぐゑん空く、 本ほん地ぢの身しんミ は大勢だいせい至し菩ぼ薩さちなり。 衆しゆ生じやうを化くえせんがためのゆへに、 この界かいにサカヒ きたることたびたびなり。

  第だい二に段だん

かの公胤こういん僧そう正じやう、 おなじき四し年ねん閏うるふ六ろく月ぐわち廿はつか日のひ、 禅林ぜんりん寺じの辺へんにして往わう生じやうをとげをはりぬ。 種々しゆじゆの瑞相ずいさうこれをしめす。 紫し雲うんはるかにそびき、 音楽おんがくちかくきこえ、 諸人しよにん目めをおどろかし、 親しん疎そみゝをそばだつ。 謳をう歌かすること*仙洞せんとう後宮こうきうにをよび、 帰くゐ敬きやうすること京洛けいらく辺へん土どにあまねかりけり。

  第だい三段さんだん

延ゑん暦りやく寺じの梨本なしもとは実相じちさう円融えんゆうの房舎ばうしや、 青しやう蓮院れんゐんは皇くわう胤いん譜ふ代だいの貴跡くゐせきなり。 をのをの四し明めい一山ゐちさんの貫くわん首しゆにのぼり、 みな両りやう門もん三千さんぜんの棟とう梁りやうにそなはる。 いづれもやんごとなき高僧かうそう賢哲けんてちなり。 あるひは帰くゐ敬きやうをいたして往わう生じやうの後こふ会くわいをちぎり、 あるひは諷ふ誦じゆをさゝげて滅めち後ごの菩ぼ提だいをいのる。 これみな念仏ねむぶちを賞しやうし、 聖しやう人にんをあがむるゆへなり。 余よ恩おんをわすれざるともがら、 遺ゐノコレル骸がいをカバネ なんぞかろしとせんや。

-しかるにいかなる邪じや魔ま外道ぐえだうの所しよ為ゐにナストコロ か、 聖しやう人にん往わう生じやう十じふ五ご年ねんののち、 後ご堀河ほりかはの院ゐんの御ぎよ宇う、 *嘉か禄ろく三年さんねんのなつ0219、 山僧さんそう僉せん義ぎしていはく、 専修せんじゆ念仏ねむぶちを停ちやう廃はいすべし。 たゞしその根本こんぽんたるによりて、 まづ源ぐゑん空くのおほたにの墳ふん墓ぼを破は却きやくして、 かの死し骸がいをかもがはにながすべしと 云々うんうん。 奏聞そうもんをふるに勅ちよく許きよあり 摂せふ政しやう猪熊ゐのくまの太だい政じやう大臣だいじん家実いへざね座主ざす浄じやう土ど寺じの大だい僧そう正じやう円えん基き。 六ろく月ぐわち十じふ二に日にちに山門さんもんの使し者しや等とうおりきたりて、 清水きよみづ坂ざかの乱僧らんそうにおほせつけて、 廟堂べうだうをこぼちとるところに、 京けい師し守しゆ護ご修しゆ理りの亮すけ平たいらの時氏ときうじ・内藤ないとう五ご郎らう兵ひやう衛ゑの尉ぜう盛政もりまさ法ほふ師し 法ほふ名みやう西仏さいぶち をさしつかはし、 制せい止しをくはえていはく、 たとひ勅ちよく免めんありといふとも、 武家ぶけにあひふれず、 左右さうなく狼藉らうぜきをいたす条でう、 はなはだもて自由じゆなり。 すべからくあひしづまりて穏便おんびんのオダヤカナル沙汰さたをいたすべしと。 問答もんだふときをうつすあひだ、 晩陰ばんいんにユフベノカゲをよびて、 山門さんもんの使し者しや、 さかの乱僧らんそうをのをのかへりをはりぬ。

  第だい四し段だん

ここに信しん空く上しやう人にん、 妙香めうかう院ゐんの僧そう正じやう 良快りやうくわい にまふしていはく、 こといたりて興こう盛じやうなり。 山僧さんそうのくはだて、 さだめてもだせざらんか。 こたへてのたまはく、 いまのおほせ同心どうしんす。 改葬かいさうもともしかるべしと 云々うんうん。 これによりて信しん空く上しやう人にん、 夜よふけ、 ひとしづまりてのち、 遺ゐ骸がいをほりいだしてになひゆきつゝ、 嵯峨さがの二に尊そん院ゐんにかくしをく。 くだんの夜よ、 宇津うつの宮みやの弥いや三郎さぶらう入道にふだう頼綱よりつな法ほふ師し、 守しゆ護ごのために五ご六ろく百ひやく騎きの兵ひやう士し0220を引率いんそちして扈こ従しようす。 しかうしてのち、 聖棺しやうくわんをになひて洛中らくちうをとほしたてまつるに、 面々めんめんなみだをながし、 各々かくかくにそでをしぼる。 おそらくは双樹さうじゆ林りんのゆふべのいろかはり、 抜提河ばちだいのがなみにむせびけんもかぎりあれば、 これにはすぎしとぞみえける。 総そうじて但信たんしん念仏ねむぶちの行ぎやう人にん、 一向ゐちかう欣ごん求ぐの道俗だうぞく、 御おんともするともがら、 千せん余よ人にんなり。

  第だい五ご段だん

このことにあひしたがふ僧侶そうりよ等とう、 口こう外ぐわいクチノホカにいだすべからざるむね、 仏前ぶちぜんにしてをのをの誓せい状じやうをたてゝ退たいシリ出しゆちしゾキイヅ をはりぬ。 そののち、 なをあなぐりもとむべきよしそのきこえあるあひだ、 五箇ごか日にちをへてのち、 また二に尊そん院ゐんより広くわう隆りう寺じの来迎らいかう房ばう円えん空くがもとにうつしをきたてまつる。

  第だい六段ろくだん

明みやう年ねん正しやう月ぐわち廿にじふ五ご日にちのあかつき、 また西山にしやまの粟あは生ふ いまの光明くわうみやう寺じこれなり にむかへいれて、 法蓮ほふれん上しやう人にん・聖しやう信しん上しやう人にん・覚かく阿わあ弥陀みだ仏ぶち等とう来らい会えして、 その夜よ、 すなはち火葬くわさうしをはりぬ。 そのとき種々しゆじゆの霊瑞れいずいあり。 奇き雲うん太虚たいきよにみち、 異い香きやうコトナルカ庭前ていぜんにニハノマヘ かほる。

  第だい七段しちだん

善信ぜんしん聖しやう人にんも勅ちよく免めんのうへは、 やがて帰くゐ京きやうあるべきにてはんべりけるほどに、 聖しやう人にん0221入洛じゆらくののちいくばくならずしてのち、 入滅にふめちのよしきこえければ、 いまは古こ京きやうにかへりてもなにかせん、 しかじ師し訓くんをひろめて滅めち後ごの化くえ儀ぎをたすけんにはとて、 いそぎものぼりたまはず、 東とう関くわんのさかひこゝかしこにおほくの星霜せいさうをぞかさねたまひける。 やゝひさしくありて入洛じふらく、 五ご条でう西にしの洞院とうゐんわたりにひとつの勝しよう地ちをしめてすみたまふ。 このとき先せん師し上しやう人にん没もち後ごなりとて、 その聖せい忌きをむかふるごとに、 声明しやうみやうの宗そう匠しやうを屈くちし、 緇徒しとの禅ぜん襟きをとゝのへて、 月々つきづき四し日にち四夜しや礼讃らいさん念仏ねむぶちとりをこなはれけり。 これしかしながら、 先せん師し報恩ほうをん謝徳しやとくのためなりと 云々うんうん。

  第だい八段はちだん

諸宗しよしゆの碩才せきさい聖しやう人にんの遺ゐ徳とくに帰くゐすることみぎにのせをはりぬ。 そのほか法印ほふいん明禅めいぜん公く請しやう労らうたけ稽けい古ことしふりたる名めい匠しやうなり。 しかるに聖しやう人にんの没もち後ごにあたりて、 その宗しゆ義ぎをうかゞひ、 かの勧くわん化くえを信しんじてつゐに往わう生じやうをとげき。 臨終りんじゆには 「極重ごくぢう悪人あくにん无他むた方便はうべん」 (要集巻下) の四句しくの文もんをとなふと 云々うんうん。

-また沙しや弥み随蓮ずいれん 在所ざいしよ四し条でう万里までの小こう路じの四し条でうおもて 出しゆち家けののち、 つねに聖しやう人にんの御房おんばうにつかへて、 配所はいしよへもしたがひたてまつりけり。 御ご臨終りんじゆのとき、 随蓮ずいれんをめしてのたまはく、 念仏ねむぶちは様やうなきを様やうとするなり、 たゞひらに称名しようみやうの行ぎやうをもはらにすべしと 云々うんうん。 随蓮ずいれんひとへに禅命ぜんめいを信しんじて、 ふたごゝろなく念仏ねむぶちし0222けり。

-聖しやう人にん往わう生じやう以後いご三さん箇か年ねんをふるあひだ、 遺弟ゆいてい等とうのいはく、 念仏ねむぶちはすれども三心さんしん具ぐ足そくせずは往わう生じやうかなふべからずと 云々うんうん。 こゝに随蓮ずいれんいはく、 故こ聖しやう人にんは念仏ねむぶちは義ぎなきを義ぎとす、 たゞひらに仏ぶち語ごを信しんじて念仏ねむぶちせよとて、 またく三心さんしんのことおほせられざりきと。 かのひとこたえていはく、 それは一切ゐちさいにこゝろうまじきものゝための方便はうべんなり。 御ご存ぞん知ぢのむねはよなとて、 文もん釈しやくのこゝろゆゝしくまふしきかせけり。 随蓮ずいれんまことにさもやありけんとおほきに疑ぎ心しんウタガヒをおノコヽロこして、 たれひとにかとはまじとおもひて、 一ゐち両月りやうぐわちをふるあひだ、 心労しんらうかぎりなくして念仏ねむぶちもまふされず。

-ある夜よのゆめに、 法ほふ勝しよう寺じの西門さいもんをさしいりてみれば、 いけの蓮華れんぐえいろいろにひらけてよにめでたかりけり。 にしの廊らうのかたへあゆみよりてみれば、 僧衆そうしゆあまたならびて、 浄じやう土どの法門ほふもん談だんぜらる。 随蓮ずいれんはしをのぼりあがりてみれば、 故こ聖しやう人にんきたなる座ざにみなみむきにゐたまえり。 随蓮ずいれんみつけてまいらせてかしこまる。 聖しやう人にん随蓮ずいれんを御ご覧らんじてまぢかくきたれとおほせられければ、 おそれおそれかたはらにまいりぬ。 随蓮ずいれんが存ぞんずるむねをいまだまふしのべざるさきに、 聖しやう人にんののたまはく、 なんぢこのほどこゝろになげくことあり、 ゆめゆめわづらふことなかれと 云々うんうん。

-このこと一切ゐちさいにひとにもまふさず。 いかでかしろしめすべきとおも0223ひて、 かみくだんのむねをつぶさにまふしのぶ。 そのとき聖しやう人にんのたまはく、 たとへばひがごとをいふものありて、 あのいけの蓮華れんぐえを、 蓮華れんぐえにはあらず、 むめぞさくらぞといはゞ、 なんぢは信しんじてんやと 云々うんうん。 随蓮ずいれんまふしていはく、 現げんに蓮華れんぐえにてはんべり、 いかにひとまふすとも、 いかでかむめ・さくらとはおもひはんべらんと。 そのとき聖しやう人にんのたまはく、 念仏ねむぶちの義ぎまたかくのごとし。 源ぐゑん空くがなんぢにをしゑしことばを信しんぜば、 蓮華れんぐえを蓮華れんぐえといはんがごとし。 ふかく信しんじて念仏ねむぶちをまふすべしとなり。 悪あく義ぎ邪じや義ぎのむめ・さくらをばゆめゆめ信しんずべからずと、 おほせらるゝとみてゆめさめをはりぬ。

-不ふ思議しぎのおもひをなすこときはまりなし。 ひごろの不ふ審しんことごとく散さんじ、 疑ぎ心しんたちまちにはれて、 むかしの御おんをしえすこしも相さう違ゐなかりけりと符ふ合がうしつゝ、 念仏ねむぶちのほかふたごゝろなくして八はち旬じゆんにをよびて往わう生じやうの素そ懐くわいをとげにけり。

おほよそ聖しやう人にん、 在ざい生しやうの徳とく行ぎやう、 滅めち後ごの化導くえだう称しよう計げすべからず。 たれか暗あん夜やにともしびなくして室内しちないをてらすや。 たれか慈じ覚かく大だい師しの袈裟けさを伝でん持ぢするや 南岳なんがく大だい師しの相さう承じよう。 たれか国こく家かの御おんため戒かい師したるか。 たれか芝し砌せちにをいて真影しんえいをのこすや。 たれか他た門もんのために帰くゐ敬きやうせらるゝや。 たれか現身げんしんに頭づ光くわうをはなつや。 たれか現身げんしんに三昧さんまいを発得ほちとく0224するや。 これみな聖しやう人にん一身ゐちしんの徳とくなり。

-はかりしりぬ、 十方じふぱう三さん世ぜ无む央数あうしゆ界かいの有う性しやう・无む性しやう、 和くわ尚しやうの興こう世せにあひてはじめて五ご乗じよう斉入さいにふヒトシクのイル道だうをさとり、 三界さんがい・九居くご・四し禅ぜん・八はち定ぢやうの天王てんわう・天衆てんしゆ、 聖しやう人にんの誕たん生じやうによりてたちまちに五ご衰すい退没たいもちの苦くをまぬかるといふことを。 和わ漢かんことなりといへども、 利り生しやうこれおなじきものか。 いはんやまた末代まちだい罪ざい濁ぢよくの凡ぼん夫ぶ、 弥陀みだ他た力りきの一ゐち行ぎやうによりてことごとく往わう生じやうの素そ懐くわいをとぐる。 しかしながら聖しやう人にん立宗りうしゆ興こう行ぎやうのゆへなり。 願ぐわん力りきをたのみて往わう生じやうをねがふともがら、 たれかその恩おんを報ほうぜざらん。 念仏ねむぶちに帰くゐして極楽ごくらくを願ぐわんずるひと、 なんぞかの徳とくを謝しやせざらん。 これによりていさゝか伝でん記きをひらきて、 ほゞ奇きアヤシ蹤しやうキアトを録ろくすシルス るものなり。

 

于時*正安第三年辛丑歳、 従黄鐘中旬九日至太呂上旬五日、 首尾十七箇日、 扶痻忍眠草之。 縡既卒爾、 短慮転迷惑、 䚹謬胡靡期。 俯乞、 披覧之*宏才要加取捨之秀逸耳。

衛門隠倫釈覚如 三十二歳

*元徳元年 己巳 十一月書写了

釈実円相伝之

 

底本は本派本願寺蔵元徳元、二年善最書写本。 訓もほぼ底本まま(ごく一部有国補完)。