二(374)、 浄土宗見聞

▲浄じょう土ど宗しゅう見聞けんもん第だい二に  勢観せいかん上しょう人にん記き

一

ある時とき先せん師し物語ものがたりていはく、 幼よう少しょうにして登山とうざんし、 十じゅう七歳しちさいにして六ろく十巻じっかんに亘わたる、 十じゅう八才はっさいにして暇いとまを乞こひて遁世とんせいす。 これひとへに名みょう利りの望のぞみを絶たちて、 一向いっこうに仏法ぶっぽうを学がくせんがためなり。

○或時先師物語曰、幼少ニシテ登山シ、○十七歳ニシテ亘ル↢六十巻ニ↡、○十八才ニシテ乞テ↠暇ヲ遁世ス。此 レ0375偏ニ絶テ↢名利ノ望 ミヲ↡、一向ニ為↠学ンガ↢仏法ヲ↡也。

それよりこのかた四し十じゅう余よ年ねん、 天台てんだい一いっ宗しゅうを習しゅう学がくして、 ほぼ一いっ宗しゅうの大たい意いを得えたり。 わが性しょうとは、 大巻だいかんの文もんなりといへども、 三返さんべんこれを見みれば、 文もんに闇くらからず、 義ぎ分ぶん明みょうなり。 しかりといへども十じゅう年ねん・二に十じゅう年ねんの功こうをもつて一いっ宗しゅうの大綱たいこうを知しることあたはじと。

◇爾リ来 タ四十余年、習↢学シテ天臺一宗ヲ↡、粗得タリ↢一宗ノ大意ヲ↡。我性ト者、○雖↢大巻ノ文也ト↡、三返見↠之者、文ニ不↠闇ラ、義分明也。雖↠然以↢十年・廿年ノ功↡不ジト↠能↠知↢一宗ノ之大綱ヲ↡。

しかして後のちに諸しょ宗しゅうの教きょう相そうを窺うかがひて、 いささか顕密けんみつの諸しょ教きょうを知しる。 八はっ宗しゅうのほかに仏心ぶっしん宗しゅうを加くわへて九く宗しゅうに亘わたる。 そのなかたまたま先達せんだつあらば往ゆきてこれに決けっするに、 面々めんめん印いん可かを蒙こうむる。

◇然シテ而後ニ窺テ↢諸宗ノ教相ヲ↡、聊知↢顕密ノ諸教ヲ↡。八宗ノ外ニ加テ↢仏心宗ヲ↡亘ル↢九宗ニ↡。其中適有↢先達↡者往而決ルニ↠之、面々蒙ル↢印可ヲ↡。

そのかみ醍だい醐ごに三論さんろん宗しゅうの先達せんだつあり、 かしこに往ゆきて所しょ存ぞんを述のぶ。 先達せんだつ総そうじて言説ごんぜつせず。 立たちて内うちへ入いりて、 文櫃ふみびつ十じゅう余よ合ごうを取とり出いだしていはく、 わが法門ほうもんにおいて付ふ属ぞくすべきの人ひとなし、 すでにこの法門ほうもんに達たっしたまへり。 ことごとくこれを付ふ属ぞくしたてまつる、 称しょう美び讃嘆さんだん片腹かたはら痛いたき程ほどなり。

◇当初ミ○醍醐ニ有↢三論宗ノ先達↡、往テ↠彼ニ述↢所存ヲ↡。先達総ジテ不↢言説↡。立テ而入テ↠内ヘ、取↢出シテ文櫃十余合ヲ↡曰、於↢我法門ニ↡無↧可ノ↢付属↡之人↥、已達シタマヘリ↢此法門ニ↡。悉奉↣付↢属之ヲ↡、称美讃嘆片腹痛キ程 ド也。

進しん士し入にゅう道どう阿あ性しょう房ぼう、 同道どうどうしてこれを聞きく 云々。 後のち阿あ性しょう房ぼうに値あひてこの事ことを尋たずぬるに、 一いち事じ一言いちごん相そう違いせず。

◇進士入道阿性房、同道シテ而聞↠之 云云。後値↢阿性房ニ↡尋ルニ↢此事ヲ↡、一事一言不↢相違↡。

またいはく、 蔵ぞう俊しゅん僧そう都ずの許もとに住じゅうして法相ほっそう宗しゅうの法門ほうもんを談だんぜん時ときも、 蔵ぞう俊しゅんのいはく、 ただ人びとにあらず、 おそらくは大権だいごんの化け現げんか。 昔むかしの論主ろんじゅに値あひたてまつるといへども、 これに過すぐべからずと覚おぼゆる程ほどなり。 智恵ちえ深遠じんのんなる事こと、 言ごん語ご道断どうだんせり。 わが一いち期ご、 供く養ようを演のべんと思おもふの志こころざしありと 云々。 その後のち毎年まいねん供く物もつを送おくる、 すでに願望がんもうを果はたす。

○又云、住テ↢蔵俊僧都之許ニ↡談ゼン↢法相宗ノ法門ヲ↡之時モ、蔵俊ノ云、非↢直他タヾ人ニ↡、恐ハ大権ノ化現歟。雖↠奉↠値↢昔ノ論主ニ↡、不ト↠可↠過↠之ニ覚ル程也。智恵深遠ナル事、言語道断セリ。我一期有ト↧思ノ↠演ント↢供養ヲ↡之志↥ 云云。其後毎年送↢供物ヲ↡、已果ス↢願望ヲ↡。

およそ先達せんだつに値あふごとにみな称しょう嘆たんせらる。

◇凡毎ニ↠値↢先達ニ↡皆被↢称嘆↡。

総そうじてわが朝ちょうに当来とうらいするところの聖教しょうぎょう乃ない至し伝でん記き・目録もくろく、 一見いっけんを加くわへずといふことなし。 ここに出しゅつ離りの道どうに煩わずらひて身心しんしん安やすからず。

◇総ジテ我朝ニ所ノ↢当来スル↡聖教乃至伝記・目録、無↠不云コト↠加↢一見↡。○爰ニ煩テ↢出離ノ道ニ↡身心不↠安。

そもそも恵え心しんの先徳せんどく ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ を造つくりて、 濁じょく世せ末代まつだいの道俗どうぞくを勧すすむ。 これに就つきて出しゅつ離りの趣おもむきを尋たずねんと欲ほっして、 まづ序じょ (巻上) にいはく、 「往おう生じょう極楽ごくらくの教行きょうぎょうは、 濁じょく世せ末代まつだいの目足もくそくなり。 道俗どうぞく貴き賎せん、 たれか帰きせざるものあらん。 ただし顕密けんみつの教きょう法ぼう、 その文もん一いちにあらず。 事理じりの業因ごういん、 その行ぎょうこれ多おおし。 利智りち精しょう進じんの人ひとは、 いまだ難かたしとせず。 余よがごとき頑がん魯ろのもの、 あにあへてせんや。 このゆゑに念仏ねんぶつの一門いちもんによりて、 いささか経きょう論ろんの要文ようもんを集あつむ。 これを披ひらきこれを修しゅするに、 覚さとりやすく行ぎょうじやすし」 と。 云々

◇抑恵心ノ先徳造テ↢¬往生要集ヲ¼↡、勧↢濁世末代ノ道俗ヲ↡。就↠之欲↠尋↢出離之趣ヲ↡、先序云、「▲往生極楽之教行ハ、濁世末0376代之目足ナリ。道俗貴賎、誰カ不↠帰者。◆但シ顕密ノ教法、其文非↠一ニ。事理ノ業因、其行惟多シ。利智精進之人ハ、未 ズ ダ↠難トセ。如↠豫ガ頑魯之者、豈 ニ敢ンヤ矣。◆是ノ故ニ依↢念仏ノ一門ニ↡、聊集↢経論ノ要文ヲ↡。披↠之修ルニ↠之ヲ、易↠覚易↠行。」云云

序じょは言ことばを略りゃくして一いち部ぶの奥おう旨しを述のぶ、 この集しゅうにすでに念仏ねんぶつによるといふこと顕然けんねんなり。 ただし念仏ねんぶつの相そう貌みょういまだ委つまびらかにせざるものは文もんに入いりてこれを探さぐるに、 この集しゅうに十じゅう門もんを立たつ。 厭えん離り穢土えど・欣ごん求ぐ浄じょう土ど・極楽ごくらく証しょう拠こ、 この三門さんもんはこれ行ぎょう体たいにあらざればしばらくこれを置おく。 その余よの五ご門もんはこれ念仏ねんぶつに就つきてこれを立たつる。 第だい九くの諸しょ行ぎょう往おう生じょうは、 これ行ぎょう者じゃの楽ぎょう欲よくに任まかせて一旦いったんこれを明あかすといへども、 さらに慇懃おんごん丁寧ていねいの勧進かんじんなし。 第だい十じゅう門もんはこれ助道じょどう人法にんぽうなれば、 また行ぎょう体たいにあらず。

○序者略シテ↠言ヲ述↢一部ノ奥旨ヲ↡、此集ニ已ニ依ルト云コト↢念仏ニ↡顕然也。但シ念仏ノ相貌未ダル↠委セ者ハ入↠文探ルニ↠之、此集ニ立↢十門ヲ↡。厭離穢土・欣求浄土・極楽証拠、此三門是非レバ↢行体ニ↡者暫ク置ク↠之ヲ。其余ノ五門ハ是就↢念仏ニ↡立ル↠之ヲ。第九ノ諸行往生ハ、是任テ↢行者ノ楽欲ニ↡一旦雖↠明↠之ヲ、更ニ無↢慇懃丁寧ノ勧進↡。第十門ハ是助道人法ナレバ者、又非↢行体ニ↡。

念仏ねんぶつの五ご門もんに就つきてこれを料りょう簡けんするに、 第だい四しはこれ正しょう修しゅ念仏ねんぶつなり、 これをもつて念仏ねんぶつの体たいとなす。 第だい五ごはこれ念仏ねんぶつを助たすくる方法ほうほうなり、 上かみの念仏ねんぶつをもつて所助しょじょとなし、 この門もんをもつて能助のうじょとなす、 ゆゑに念仏ねんぶつを本ほん意いとなすなり。 第六だいろくは別べつ時じ念仏ねんぶつなり、 長じょう時じの勤ごん行ぎょう勇進ゆうしんにあたはざれば、 日数にっしゅを限かぎりて上かみの念仏ねんぶつを勧すすむるなり。 さらに別体べったいにあらず。 第七だいしちはこれ念仏ねんぶつの利り益やくなり、 上かみの念仏ねんぶつを勧すすめんがために利り益やくの文もんを勘かんがへてこれを挙あぐ。 第八だいはちはこれ念仏ねんぶつ証しょう拠こ、 上かみの念仏ねんぶつを励はげまさんがために諸しょ経きょう論ろんの証しょう拠こを引ひく。 しかればこの集しゅうの本ほん意いは念仏ねんぶつにありといふことまた顕然けんねんなり。

◇就↢念仏ノ五門ニ↡料↢簡スルニ之ヲ↡、○第四ハ是正修念仏也、以↠之ヲ為↢念仏ノ体ト↡。第五ハ是助↢念仏ヲ↡方法也、以↢上ノ念仏ヲ↡為↢所助ト↡、以↢此門ヲ↡為↢能助ト↡、故ニ念仏ヲ為↢本意ト↡也。第六ハ別時念仏也、長時ノ勤行不↠能↢勇進ニ↡者、限テ↢日数ヲ↡勧↢上ノ念仏ヲ↡也。更ニ非↢別体ニ↡。第七ハ是念仏之利益也、為↠勧ンガ↢上ノ念仏ヲ↡勘テ↢利益ノ文ヲ↡挙↠之。第八ハ是念仏証拠、為↠励ンガ↢上ノ念仏ヲ↡引↢諸経論ノ証拠ヲ↡。然者此集ノ本意ハ在ト云コト↢念仏ニ↡又顕然也。

ただし正しょう修しゅ念仏ねんぶつにつきて種々しゅじゅの念仏ねんぶつあり。 初心しょしんの観かん行ぎょう深奥じんおうに堪たへざるものには、 色想しきそう観かんを教おしふ。 色想しきそう観かんのなかに別相べっそう観かんあり、 総相そうそう観かんあり、 雑ぞう略りゃく観かんあり、 極ごく略りゃく観かんあり、 また称名しょうみょう観かんあり。 そのなか慇懃おんごん精しょう進じんの言ことば、 ただ称名しょうみょうの段だんにあり。

◇但シ付テ↢正修念仏ニ↡有↢種々ノ念仏↡。初心ノ観行不↠堪↢深奥ニ↡者ニハ、教フ↢色想観ヲ↡。色想観ノ中ニ有↢別相観↡、有↢総相観↡、有↢雑略観↡、有↢極略観↡、又有0377↢称名観↡。其中慇懃精進之言、唯在↢称名之段ニ↡。

五ご念門ねんもんにおいて正しょう修しゅ念仏ねんぶつと名なづくといへども、 作さ願がん・回え向こうはこれ行ぎょう体たいにあらず、 礼拝らいはい・讃嘆さんだんまた観察かんざつにはしかず。 観察かんざつのなかに称名しょうみょうにおいて丁寧ていねいにこれを勧すすめて本ほん意いとなすといふ事こと顕然けんねんなり。

◇於↢五念門ニ↡雖↠名↢正修念仏ト↡、作願・廻向ハ是非↢行体ニ↡、礼拝・讃嘆又不↠如↢観察ニハ↡。観察ノ中ニ於↢称名ニ↡丁寧勧テ↠之ヲ為スト云↢本意ト↡事顕然也。

ただし百ひゃく即そく百生ひゃくしょうの行ぎょう相そうにおいては、 道どう綽しゃく・善導ぜんどうの釈しゃくに譲ゆずりてくはしくこれを述じゅつせず。 このゆゑに ¬往生要集¼ を先達せんだつとして浄じょう土ど門もんに入いる。 この宗しゅうの奥おう旨しを窺うかがひて、 善導ぜんどう和か尚しょうの釈しゃくにおいて二に遍へんこれを見みるに、 往おう生じょうたやすからずと思おもへり。 第だい三遍さんべんの度たびは乱想らんそうの凡ぼん夫ぶ称名しょうみょうの行ぎょうによりて往おう生じょうすべきの道どう理りを得うるなり。 ただし自じ身しん出しゅつ離りにおいては、 すでに思おもひ定さだめおはりぬ。

◇但於↢百即百生ノ行相ニ↡者、譲テ↢道綽・善導ノ釈ニ↡委不↠述↠之。○是故ニ¬往生要集ヲ¼為↢先達ト↡而入ル↢浄土門ニ↡。○窺テ↢此宗ノ奥旨ヲ↡、於↢善導和尚ノ釈ニ↡二遍見ルニ↠之、思ヘリ↢往生不ト↟輒。○第三遍之度ハ得ル↧乱想ノ凡夫依↢称名ノ行ニ↡可ノ↢往生↡之道理ヲ↥也。但シ於テハ↢自身出離ニ↡、已ニ思定畢ヌ。

他た人にんのためにこれを弘ひろめんと欲ほっすといへども、 時機じき計はかりがたきゆゑに、 思おもひ煩わずらひて眠ねむる夢む中ちゅうに、 紫し雲うんおほいに聳そびへて日本にっぽん国こくに覆おおへり。 雲うん中ちゅうより無む量りょうの光ひかりあり、 光ひかりのなかより百ひゃっ宝ぽうの色しき鳥ちょう飛とび散ちりて充じゅう満まんせり。 時ときに高こう山ざんに昇のぼりてたちまちに生しょう身しんの善導ぜんどうに値あひたてまつる。 腰こしより下しもは黄金おうごんの色いろ、 腰こしより上かみは常つねの人ひとのごとし。 高僧こうそうのいはく、 汝なんじ不ふ肖しょうの身みなりといへども、 専修せんじゅ念仏ねんぶつを弘ひろむるゆゑに、 汝なんじの前まえに来きたる。 われはこれ善導ぜんどうなりと 云々。

○為メニ↢他人ノ↡雖↠欲ト↠弘ント↠之ヲ、時機難↠計故ニ、思ヒ煩テ而眠ル夢中ニ、紫雲大ニ聳ヘテ覆ヘリ↢日本国ニ↡。従↢雲中↡無量ノ光アリ、従↢光ノ中↡百宝ノ色鳥飛散テ充満セリ。于↠時昇↢高山ニ↡忽ニ奉↠値↢生身ノ善導ニ↡。従↠腰下ハ黄金ノ色、従↠腰上者如↢常ノ人ノ↡。高僧ノ云、汝雖↢不肖ノ身也ト↡、弘↢専修念仏ヲ↡故ニ、来ル↢汝前ニ↡。我ハ是 レ善導也 云云。

これによりてこの法ほうを弘ひろむ、 年々ねんねん繁はん昌じょう、 流布るふせざる境さかいなきなりと 云々。

◇依↠之弘↢此法ヲ↡、年々繁昌、無↧不ル↢流布↡之境↥也 云云。

二

ある時とき物語ものがたりていはく、 顕真けんしん座主ざすの御許おんもとより御ご使し者しゃを遣つかはしていはく、 登山とうざんの次ついでかならず見参けんざんを遂とげんと申もうしうけたまはる事ことあり、 かならず音信いんしんせしめたまへと。 よりて坂本さかもとに到いたりてこの由よしを申もうす。

○或時物語云、従↢顕真座主御許↡遣シテ↢御使者ヲ↡云、登山ノ次デ必遂↢見参ヲ↡有↧可↢申承↡事↥、必令↢音信↡給ヘト也。仍到↢坂本ニ↡申↢此由ヲ↡。

座主ざす下くだりて対面たいめんせしめ問とひていはく、 このたびなんとして生しょう死じを解げ脱だつすべきやと。 答こたへていはく、 いかやうにも御おん計はからいには過すぐべからずと。

◇座主下テ令↢対面↡問云、此度何トシテ可↣解↢脱生死ヲ↡哉。答云、如何様ニモ不↠可↠過↢御計ニハ↡。

またいはく、 まことにしかなり。 ただし先達せんだつなれば、 もし思おもひ定さだめたまへる旨むねありては示しめしたまへと。 その時とき自じ身しんのためにはいささか思おもひ定さだめたる旨むねあり、 ただ早はやく往おう生じょう極楽ごくらくを遂とげんと。

◇又云、実ニ然也。但先0378達ナレバ者、若有テハ↢思ヒ定給ヘル之旨↡者示シ給ヘト也。其時為ニハ↢自身ノ↡者聊有↢思定タル旨↡、只早ク遂ント↢往生極楽ヲ↡也。

またいはく、 順じゅん次じの往おう生じょう遂とげがたきによりてこの尋たずねを致いたす、 いかんがたやすく往おう生じょうを遂とぐべきやと。 答こたへていはく、 成じょう仏ぶつは難かたしといへども、 往おう生じょうは得えやすし。 道どう綽しゃく・善導ぜんどう和か尚しょう等とうの意こころによらば、 仏ぶつの本願ほんがん力りきを仰あおぎて強縁ごうえんとするがゆゑに、 凡ぼん夫ぶ、 浄じょう土どに往おう生じょうすと 云々。

◇又云、依テ↢順次ノ往生難キニ↟遂致ス↢此ノ尋ヲ↡、如何ンガ輒ク可ヤ↠遂↢往生ヲ↡耶。答曰、成仏ハ雖↠難ト、往生ハ易↠得也。依ラバ↢道綽・善導和尚等ノ意ニ↡者、仰テ↢仏ノ本願力ヲ↡為ル↢強縁ト↡故ニ、凡夫往↢生浄土ニ↡ 云云。

その後のちさらに言説ごんぜつなくして還かえりて後のち、 座主ざすの御おん言ことばにいはく、 法然ほうねん房ぼうは智恵ちえ深遠じんのんなりといへども、 いささか偏へん執しゅうの失しつありと 云々。 人ひと来きたりてこの事ことを語かたる。 予よのいはく、 知しらざる事ことにおいては、 かならず疑ぎ心しんを起おこすなりと。

◇其後更ニ無シテ↢言説↡而還テ後 チ、座主ノ御言ニ云ク、法然房ハ雖↢智恵深遠ト↡、聊有↢偏執ノ失↡ 云云。人来テ語ル↢此事ヲ↡。豫云、於↢不↠知事ニ↡者、必起↢疑心ヲ↡也。

座主ざすこの事ことを聞ききてまことにしかなりといふ、 われ顕密けんみつ教きょうにおいて稽けい古こを積つむといへども、 しかしながら名みょう利りのためにして浄じょう土どを志こころざさず。 ゆゑに道どう綽しゃく・善導ぜんどうの釈しゃくを窺うかがはず。 法然ほうねん房ぼうにあらずんばたれの人ひとかこの言ことばを出いださんと。 この言ことばに恥はじて大原おおはらに隠居いんきょして、 百ひゃく日にち浄じょう土どの章しょう疏しょを見みたまふ。 しかして後のちわれすでに浄じょう土どの法門ほうもんを見み立たてたり、 来臨らいりんせしめたまへ、 これを談だんぜんと 云々。

◇座主聞テ↢此事ヲ↡誠ニ然也ト云フ、我於↢顕密教ニ↡雖↠積ト↢稽古ヲ↡、併為ニシテ↢名利ノ↡不↠志↢浄土ヲ↡。故ニ不↠窺↢道綽・善導ノ釈ヲ↡。非ンバ↢法然房ニ↡者誰ノ人カ出ント↢此言ヲ↡。恥テ↢此言ニ↡隠↢居シテ大原ニ↡、百日見↢浄土章疏ヲ↡給フ。然シテ後我 レ已ニ見↢立タリ浄土ノ法門ヲ↡、令↢来臨↡給ヘ、談ント↠之ヲ 云云。

この時とき東大とうだい寺じの上しょう人にん南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 いまだ出しゅつ離りの道みちを思おもひ定さだめず、 ゆゑにこの由よしを告つげて、 すなはち弟子でし三さん十じゅう余よ人にんを具ぐして来きたる。 この衆しゅうと倶ともに大原おおはらに参まいる。 源空げんくうの方かたには東大とうだい寺じの上しょう人にん居い流ながれ、 座主ざすの御方おんかたには大原おおはらの上しょう人にん達たち居い流ながれ、 浄じょう土どの法門ほうもんを述じゅつす。

◇此時東大寺ノ上人南無阿弥陀仏、未 ズ ダ↣思↢定出離ノ道ヲ↡、故ニ告↢此ノ由ヲ↡、即弟子具シ↢余人ヲ↡而来ル。倶 モニ↢此ノ衆ト↡参↢大原ニ↡。源空之方ニハ東大寺ノ上人居流レ、座主御方ニハ大原ノ上人達居流レ、述↢浄土ノ法門ヲ↡。

座主ざす一々いちいち領りょう解げしたまひ、 談だん義ぎおはりて座主ざす一ひとつの大願だいがんを発おこしたまふ。 この寺てらに五ご坊ぼうを立たてて一向いっこう専念せんねんの行ぎょうを相続そうぞくし、 称名しょうみょうのほかさらに余よ行ぎょうを交まじへざらんと。 その行ぎょう一ひとたび始はじめてよりこのかた今いまに退転たいてんせず。 この門もんに尋たずね入いりて後のちに、 妹いもうとの尼あま御ご前ぜんを勧すすめんがために、 念仏ねんぶつ勧進かんじんの消しょう息そくを書かきたまふ。 ¬顕真けんしんの消しょう息そく¼ といふものこれなり。

◇座主一々領解シ給ヒ、談義畢テ座主発↢一ノ大願ヲ↡給フ。此寺ニ立↢五坊ヲ↡相↢続シ一向専念ノ行ヲ↡、称名ノ外更ニ不ント↠交↢余行ヲ↡。其行一タビ始テヨリ已来于↠今不↢退転↡。尋↢入テ此門ニ↡後ニ、為ニ↠勧ンガ↢妹ノ尼御前ヲ↡、書タマフ↢念仏勧進ノ消息ヲ↡。¬顕真ノ消息ト¼云者是也。

大だい師し上しょう人にん一ひとつの意い楽ぎょうを発おこしていはく、 わが国くにの道俗どうぞく、 閻えん魔ま王おう宮ぐに跪ひざまずかん時とき、 名なを問とはらるれば、 その時とき仏号ぶつごうを唱となへしめんがため、 阿あ弥陀みだ仏ぶつの名なをつけん。 わが名なすなはち南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなり。 わが朝ちょう阿あ弥陀みだ仏ぶつの名なを流布るふする事こと、 これその時ときはじめて出しゅつ来らいするなりと 云々。

◇大師0379上人発シテ↢一ノ意楽ヲ↡云、我国ノ道俗、跪カン↢閻魔王宮ニ↡之時、被レバ↠問↠名ヲ者、其時為↠令ンガ↠唱↢仏号ヲ↡、付ケン↢阿弥陀仏ノ名ヲ↡。我名即南無阿弥陀仏也。吾朝流↢布スル阿弥陀仏ノ名ヲ↡事、此 レ其時始テ出来スル也 云云。

三

ある時とき物語ものがたりていはく、 当世とうせいの人ひと法門ほうもんの分斉ぶんざいに迷まよひて、 たやすく生しょう死じを解げ脱だつすべからずといふなり。

○或時物語云、当世ノ人迷テ↢法門ノ分斉ニ↡、云↢輒ク不ズト↟可↣解↢脱生死ヲ↡也。

わが師しに肥後ひごの阿あ闍じゃ梨り光円こうえんといふ人ひとあり、 智恵ちえ深遠じんのんの人ひとなり。 つらつら自じ身しんの分斉ぶんざいを顧かえりみれば、 このたび生しょう死じを解げ脱だつすべからず。 もし度々たびたび生しょうを改あらたむれば、 隔きゃく生しょう即忘そくもうのゆゑに仏法ぶっぽうを忘わすれんか。 しかれば長命じょうみょうの報ほうを受うけ、 慈じ尊そんの出しゅっ世せを待またん。 龍りゅう畜ちくはこれ長命じょうみょうのものなり、 われまさに大蛇だいじゃとなるべし。 ただしもし大海だいかいに住すまば可かならんや。

○我師ニ有↢肥後阿闍梨光円ト云人↡、智恵深遠ノ人也。倩顧レバ↢自身ノ分斉ヲ↡、此度不↠可↣解↢脱生死ヲ↡。若度々改↠生ヲ者、隔生即忘ノ故ニ忘ン↢仏法ヲ↡歟。然者受↢長命報ヲ↡、待ン↢慈尊ノ出世ヲ↡。龍畜ハ是長命ノ者也、我当ニシ↢大蛇ト成ル↡。但シ若シ住↢大海↡者可ナラン哉。

これによりて遠江とおとうみの国くに笠原かさはらの庄しょうの内うちに桜さくらが池いけといふ池いけあり、 領りょう家けの放はなし文ぶみを取とりて願がんじてこの池いけに住じゅうさんと、 死期しご水みずを乞こひ掌たなごころのなかに入いれて死ししおはりぬ。 かの池いけにおいて風かぜも吹ふかざるに、 にはかに大浪おおなみ自じ然ねんに起おこりて、 池いけのなかの塵ちりを払はらひ上あぐ。 諸人しょにん奇き特どくの思おもひを作なして、 この由よしを注しるし領りょう家けに申もうす。 その時じ日にちを勘かんがふるにかの阿あ闍じゃ梨り逝去せいきょの日にち時じに当あたれり。

◇依↠此遠江国笠原ノ庄ノ内ニ有↢桜ガ池 ト云 池↡、取テ↢領家ノ放シ文ヲ↡願住↢此池ニ↡、死期乞↠水入↢掌ノ中ニ↡死シ畢。於↢彼池ニ↡不ルニ↢風モ吹カ↡、卒カニ大浪自然ニ起テ、払ヒ↢上グ池中ノ塵ヲ↡。諸人作↢奇特ノ思ヲ↡、注シ↢此由ヲ↡申↢領家ニ↡。勘ルニ↢其時日ヲ↡当レリ↢彼阿闍梨逝去ノ日時ニ↡。

智恵ちえあるがゆゑに生しょう死じを出いでがたき事ことを知しり、 道心どうしんあるがゆゑに仏ぶっ世せに値あはんことを願がんず。 しかれども浄じょう土どの法門ほうもんを知しらざるがゆゑにかくのごとき意い楽ぎょうを発おこす。

◇有↢智恵↡故ニ知リ↧難↠出↢生死ヲ↡事ヲ↥、有↢道心↡故ニ願↠値ンコトヲ↢仏世ニ↡。然レドモ而不↠知↢浄土法門ヲ↡故ニ発↢如↠是意楽ヲ↡。

われその時とき、 もしこの法門ほうもんを尋たずね得えたらましかば、 信しん不ふ信しんを顧かえりみずこの法門ほうもんを指し授じゅせまし。 当世とうせいの仏法ぶっぽうにおいては、 道心どうしんあらば遠おん生しょうの縁えんを期ごし、 道心どうしんなくばしかしながら名みょう聞もんの思おもいに住じゅうす。 自じ力りきをもつてたやすく生しょう死じを出いづべしといへり、 これ機き縁えんの分斉ぶんざいを知しらざるがゆゑなりと 云々。

◇我其時、若シ尋↢得タラマシカバ此法門ヲ↡、不↠顧↢信不信ヲ↡指↢授セマシ此法門ヲ↡。於↢当世ノ仏法ニ↡者、有↢道心↡者期↢遠生ノ縁ヲ↡、無↢道心↡者併住↢名聞ノ思ニ↡。以↢自力ヲ↡輒ク言ヘリ↠可ト↠出↢生死ヲ↡、不↠知↢是機縁ノ分斉ヲ↡故也 云云。

四

ある時とき上しょう人にん瘧おこり病やまいありて、 種々しゅじゅ療りょう治じするに一切いっさい叶かなはず。 時ときに月輪つきのわの禅ぜん定じょう殿でん下か、 おほいにこれを歎なげき、 にはかに善導ぜんどうの御ご影えいを図絵ずえして、 上しょう人にんの許もとにおいてこれを供く養ようす。 これによりて安居院あぐいの僧そう都ず聖覚せいかくの許もとに仰おおせ遣やられ、 御おん返へん事じにいはく、 聖覚せいかく同日どうにち同どう時じに瘧おこり病やまい仕つかまつる事ことに候そうろふなり。 しかりといへども師し匠しょう報恩ほうおんのために参勤さんごんまふすべし。 早旦そうたんに御おん仏ぶつ事じを始はじめらるるべしと 云々。 辰たつの時ときより説法せっぽうを始はじめ、 未ひつじの時ときに説法せっぽうおはりぬ。 導どう師しならbに上しょう人にん、 ともに瘧おこり病やまい落おちおはりぬ。

○或0380時上人有↢瘧病↡、種々療治スルニ一切不↠叶。于時月輪禅定殿下、大ニ歎↠之、俄ニ図↢絵善導ノ御影ヲ↡、於↢上人ノ許ニ↡供↢養之ヲ↡。此由テ被↣仰↢遣安居院ノ僧都聖覚之許ニ↡、御返事ニ云、聖覚同日同時ニ瘧病仕事ニ候也。雖↠然為ニ↢師匠報恩ノ↡可↢参勤申ス↡。早旦ニ可↠被↠始↢御仏事ヲ↡ 云云。自↢辰ノ時↡始↢説法ヲ↡、未ノ時ニ説法畢。導師并ニ上人、共ニ瘧病落畢。

またその説法せっぽうの大たい旨しは、 大だい師し・釈しゃく尊そんも衆しゅ生じょうに同どうずる時ときは、 つねに病びょう悩のうを受うけ療りょう治じを用もちふ、 いはんや凡ぼん夫ぶ血肉けつにくの身み、 いかんがその憂うれいなからん。 しかりといへども浅せん智ち愚ぐ鈍どんの衆しゅ生じょうは、 この道どう理りを顧かえりみず、 さだめて不ふ信しんの思おもいを懐いだくか。 上しょう人にんの化け導どうすでに一仏いちぶつの意こころに称かはへば、 まのあたり往おう生じょうを遂とぐるは千万せんばん千万せんばん。 しかれば諸仏しょぶつ・菩ぼ薩さつ、 諸天しょてん・竜りゅう神じん、 いかんが衆しゅ生じょうの不ふ信しんを歎なげかざらん。 四し天てん大王だいおう仏法ぶっぽうを守まもるべくんば、 かならずわが大だい師し上しょう人にんの病びょう悩のうを愈いやしたまふべし。 善導ぜんどうの御ご影えいの前まえに、 異い香きょう薫くんずと 云々。

◇又其説法ノ大旨ハ者、大師・釈尊モ同↢衆生ニ↡時者、恒ニ受↢病悩ヲ↡用↢療治ヲ↡、況凡夫血肉ノ身、無ン↢云何ンガ其ノ憂↡。雖↠然浅智愚鈍衆生者、不↠顧↢此道理ヲ↡、定テ懐ク↢不信之思ヲ↡歟。上人ノ化導已称↢一仏ノ意ニ↡者、面タリ遂↢往生ヲ↡者千万千万。然バ諸仏・菩薩、諸天・竜神、云何ンガ不↠歎↢衆生ノ不信ヲ↡。四天大王可ンバ↠守↢仏法ヲ↡者、必可↧愈シ↢我大師上人病悩ヲ↡給↥也。善導御影ノ前ニ、異香薫ズト 云云。

僧そう都ずのいはく、 ゆゑに法印ほういんは雨あめを下くだして名なを挙あぐ、 聖覚せいかくが身みにこの事こともつとも奇き特どくと 云々。 世せ間けんの人ひとおほいに驚おどろきて、 不ふ思議しぎの思おもいを作なしおはりぬ。

◇僧都云、故法印ハ下シテ↠雨ヲ挙↠名ヲ聖覚ガ身ニ此事尤奇特ト 云云。世間ノ人大ニ驚テ、作シ↢不思議ノ思ヲ↡畢。

五

ある時とき物語ものがたりていはく、 われ浄じょう土ど宗しゅうを立たつる意い趣しゅは、 凡ぼん夫ぶの浄じょう土どに往おう生じょうすることを示しめさんためなり。 もし天臺てんだいの教きょう相そうによらば、 凡ぼん夫ぶの往おう生じょうを許ゆるすに似にたりといへども、 浄じょう土どを判はんずることいたりて浅薄せんぱくなり。 もし法相ほっそうの教きょう相そうによらば、 別べっして浄じょう土どを判はんずること甚深じんじんなりといへども、 まつたく凡ぼん夫ぶの往おう生じょうを許ゆるさざるなり。 諸しょ宗しゅうの所談しょだん異ことなりといへども、 総そうじて 凡ぼん夫ぶの浄じょう土どに生しょうずる事ことを許ゆるさざるゆゑなり。 善導ぜんどうの釈しゃく義ぎによらば浄じょう土ど宗しゅうを興おこす時とき、 すなはち凡ぼん夫ぶ報ほう土どに生しょうずといふ事こと顕然けんねんなり。

○或時物語云、我立↢浄土宗ヲ↡意趣者、為↠示ン↣凡夫ノ往↢生スルコトヲ浄土ニ↡也。若依ラバ↢天臺ノ教相ニ↡者、雖↠似リト↠許スニ↢凡夫往生ヲ↡、判ルコト↢浄土ヲ↡至テ浅薄也。若依ラバ↢法相ノ教相ニ↡者、別シテ判ルコト↢浄土ヲ↡難↢甚深也ト↡、全ク不↠許↢凡夫ノ往生ヲ↡也。諸宗ノ所談雖↠異也ト、総ジテ不↠許↧凡夫0381生ル↢浄土ニ↡事ヲ↥故也。依↢善導ノ釈義ニ↡興↢浄土宗ヲ↡時、即凡夫生ズト↢報土ニ↡云事顕然也。

ここに人ひと多おおく誹ひ謗ほうしていはく、 宗しゅう義ぎを立たてずといへども、 念仏ねんぶつ往おう生じょうを勧すすむべし。 今いま宗しゅう義ぎを立たつる事ことは、 ただ勝しょう他たのためなりと 云々。 もし別べっ宗しゅうを立たてずんば、 いかんぞ凡ぼん夫ぶの報ほう土どに生しょうずるの義ぎを顕あらわさん。 もし人ひと来きたりて念仏ねんぶつ往おう生じょうといふは、 これいづれの教きょう・いづれの師しの意こころぞと問とはば、 天台てんだいにもあらず、 法相ほっそうにもあらず、 三論さんろんにもあらず、 花け厳ごんにもあらず、 いづれの宗しゅう・いづれの師しの意こころぞと答こたへんや。 このゆゑに道どう綽しゃく・善導ぜんどうの意こころによりて浄じょう土ど宗しゅうを立たつ、 これまつたく勝しょう他たのためにはあらざるなりと 云々。

◇爰ニ人多誹謗シテ云、雖↠不↠立↢宗義ヲ↡、可↠勧↢念仏往生ヲ↡。今立ル↢宗義ヲ↡事ハ、唯為↢勝他ノ↡也 云云。若不ン↠立↢別宗ヲ↡者、何ンゾ顕ン↧凡夫生ルノ↢報土ニ↡之義ヲ↥。若人来テ言フハ↢念仏往生ト↡者、是問ハヾ↢何レノ教・何レノ師ノ意ゾト↡者、非↢天臺ニモ↡、非↢法相ニモ↡、非↢三論ニモ↡、非↢花厳ニモ↡、答ン↢何レノ宗・何レノ師意ゾト↡乎。是ノ故ニ依↢道綽・善導ノ意ニ↡立↢浄土宗ヲ↡、是 レ全ク非ル↠為ニハ↢勝他ノ↡也 云云。

六

ある時とき物語ものがたりていはく、 われ一向いっこう専念せんねんの義ぎを立たつ、 人ひと多おおく誹ひ謗ほうしてたとひ諸しょ行ぎょう往おう生じょうを許ゆるすといへども、 まつたく念仏ねんぶつ往おう生じょうの障さわりとはならず。 なんがゆゑぞあながちに一向いっこう専念せんねんの義ぎをいふや、 これおほいに偏へん執しゅうの義ぎなりと 云々。

○或時物語云、我立↢一向専念ノ義ヲ↡、人多誹謗シテ縦ヒ雖↠許スト↢諸行往生ヲ↡、全不↠成↢念仏往生ノ障トハ↡。何故ゾ強チニ云↢一向専念ノ義ヲ↡耶、此 レ大ニ偏執之義也 云云。

この難なん、 これこの宗しゅうの謂いわれを知しらざるゆゑなり。 ¬経きょう¼ (大経巻下) にすでに 「▲一向いっこう専念せんねん無む量りょう寿じゅ仏ぶつ」 といふ。 ゆゑに、 釈しゃく (散善義) に 「一向いっこう専せん称しょう弥陀みだ仏ぶつ名みょう」 といふ。 経釈きょうしゃくを離はなれてわたくしに義ぎを立たつれば、 まことに責せむるところ去さりがたし。 この難なんを致いたさんと欲おもはば、 まづ釈しゃく尊そんを謗ほうずべく、 次つぎに善導ぜんどうを謗ほうずとす。 その過とがまつたくわが身みの上うえにあらずと 云々。

◇此ノ難是 レ不↠知↢此宗ノ謂レヲ↡故也。¬経ニ¼已ニ云↢「一向専念無量寿仏ト」↡。故、釈ニ云↢「▲一向専称弥陀仏名ト」。離レテ↢経釈ヲ↡私立↠義ヲ者、誠所↠責ル難↠去。欲↠致↢此ノ難ヲ↡者、先可↠謗↢釈尊ヲ↡、次ニ為↠謗↢善導ヲ↡。其ノ過 ガ全ク非↢我ガ身ノ上ニ↡ 云云。

そのかみ上しょう人にん、 弟子でしの過とがによりて讃岐さぬきの国くにに流ながさるる事ことあり、 その時とき一人ひとりの弟子でしに対たいして一向いっこう専念せんねんの義ぎを述のぶ。 西さい阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ御おん弟子でし推参すいさんしていはく、 かくのごとき御おん義ぎ、 ゆめゆめあるべからざる事ことに候そうろふ、 おのおの御おん返へん事じ申もうさしめたまふべからずと 云々。 上しょう人にんのいはく、 汝なんじ、 経釈きょうしゃくの文もんを見みずやと。 西さい阿あ弥陀みだ仏ぶつがいはく、 経釈きょうしゃくの文もんはしかりといへども、 世せ間けんの譏き嫌げんを存ぞんずるばかりなりと。 上しょう人にんのいはく、 われは頚くびを截きらるるといへども、 この事ことをいはずんばあるべからずと 云々。 御おん気け色しき至し誠じょうなり、 見みたてまつる人ひと涙なみだを流ながし随ずい喜きすと 云々。

◇当初 ノミ 上人依↢弟子ノ過ニ↡有↧被↠流↢讃岐ノ国ニ↡事↥、其時対シテ↢一人ノ弟子ニ↡述↢一向専念義ヲ↡。西阿弥陀仏ト云御弟子推参シテ云、如↠此御義、努々不↠可↠有ル事ニ候、各不↠可↧令↠申↢御返事↡給フ↥ 云云。上人云、汝不↠見↢経釈ノ文ヲ↡哉。西阿弥陀仏ガ云、経釈ノ文ハ雖0382↠然リト、世間ノ存ル↢譏嫌ヲ↡計也ト。上人云、我ハ雖↠被ルト↠截↠頚ヲ、不↠可↠有↠不ンバ↠云↢此事↡ 云云。御気色至誠也、奉↠見人流↠涙ヲ随喜スト 云云。

七

ある時とき鎮西ちんぜいより修しゅ行ぎょう者しゃ来きたる、 上しょう人にんに問とひたてまつりていはく、 称名しょうみょうの時とき、 心こころを仏ぶつの相好そうごうに係かくる、 いかやうにか候そうろふべしと。 上しょう人にんいまだ言説ごんぜつせざる前さきに、 傍かたわらの弟子でししかるべきかと 云々。

○或時自↢鎮西↡来↢修行者↡、奉↠問↢上人ニ↡云、称名ノ時、係↢心ヲ於仏ノ相好ニ↡、如何様ニカ可↠候。上人未ダル↢言説↡前ニ、傍ノ弟子可カト↠然 云云。

上しょう人にんののたまはく、 源空げんくうはしからず、 ただ 「若にゃく我が成じょう仏ぶつ、 十方じっぽう衆しゅ生じょう、 称しょう我が名みょう号ごう下至げし十じっ声しょう、 若にゃく不ふ生しょう者じゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく。 彼ひ仏ぶつ今こん現在げんざい世せ成じょう仏ぶつ。 当とう知ち、 本誓ほんぜい重じゅう願がん不虚ふこ、 ▽衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう」 (礼讃) と思おもふばかりなり。 わが分斉ぶんざいをもつて仏ぶつの相好そうごうを観かんぜんに、 さらに説せつのごとく観かんずるにあらじ。 深ふかく本願ほんがんを憑たのみて口くちに名みょう号ごうを唱となふる、 ただこの事ことのみかしこを行ぎょうぜしめざるなり。 修しゅ行ぎょう者しゃ悦よろこびて退たい出しゅつしおはりぬ。

◇上人ノ言ハク、源空ハ不↠然、唯タヾ思フ↢「▲若我成仏、十方衆生、称我名号下至十声、若不生者不取正覚。彼仏今現在世成仏。当知、本誓重願不虚、衆生称念必得往生ト」↡計リ也。以我分斉観ンニ↢仏ノ相好ヲ↡、更ニ非ジ↢如↠説観ニ↡。深ク憑テ↢本願ヲ↡口ニ唱ル↢名号ヲ↡、唯此ノ事ノミ不ル↢彼ヲ令↟行也。修行者悦テ退出シ畢。

八

ある時とき人ひと問とひていはく、 本願ほんがんを釈しゃくするに安心あんじんを略りゃくする、 なんの意こころあるやと。 上しょう人にんいはく、 「△衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう」 (散善義礼讃) と知しりぬれば、 自じ然ねんに三心さんしんを具ぐ足そくするなり。 この理りを顕あらわさんために、 かくのごとく釈しゃくするなりと。

○或時人問云、釈ルニ↢本願ヲ↡略ル↢安心ヲ↡、有↢何意↡乎。上人云、知リヌレバ↢「衆生称念必得往生ト」↡、自然ニ具↢足三心ヲ↡也。為 メニ顕ン↢此理ヲ↡、如↠此釈スル也。

九

ある時とき人ひと問とひていはく、 毎日まいにちの所しょ作さに六万ろくまん・十じゅう万まん等とうの数返しゅへんを配あてて不ふ法ほうなると、 二に万まん・三万さんまんの数返しゅへんを配あてて如法にょほうなると、 いづれをか正しょうとすべきやと。

○或時人問曰、毎日ノ所作ニ配テヽ↢六万・十万等数返ヲ↡不法ナルト、配テヽ↢二万・三万之数返ヲ↡如法ナルト、何レヲカ可↠為↠正ト耶。

答こたへていはく、 凡ぼん夫ぶの習ならい、 二に万まん・三万さんまんを配あつといへども、 如法にょほうの義ぎあるべからず。 数返しゅへんの多おおからんにはしかず、 所詮しょせん心こころを相続そうぞくせしめんためなり。 かならず数かずを定さだむるを要ようとするにはあらず、 ただつねに念仏ねんぶつせんためなり。 数返しゅへんを定さだめざるは懈け怠だいの因縁いんねんなれば、 数返しゅへんを勧すすむるなりと。

◇答曰、凡夫ノ習雖↠配↢二万・三万ヲ↡、不↠可↠有↢如法ノ義↡。不↠如↢数返ノ多カランニハ↡、所詮為↠令ン↢心ヲ相続↡也。必定ルヲ↠数ヲ非↠為ルニハ↠要ト、只為↢常ニ念仏セン↡也。不ルハ↠定↢数返ヲ↡者懈怠ノ因縁ナレバ、勧ル↢数返ヲ↡也。

わたくしにいはく、 これは所しょ作さの時ときの言ことばなり。 界けの外ほかにかくべし。 この次下つぎしもに遠おん州しゅう蓮れん花げ寺じの住じゅう持じ禅ぜん勝しょう房ぼう造ぞう阿あ弥陀みだ仏ぶつといふ人ひとあり。 上しょう人にんへ十じゅう二にの問答もんどうを問とひたてまつりて、 その書しょこれあり。 しかりといへども ▲¬和語わご¼ 第だい十じゅう四し巻かんの末すえに見みえたり。 繁しげきによりてこれを載のせず。

0383私云、是ハ所作ノ時ノ言也。界ケノ外ニカクベシ。此次下ニ遠州蓮花寺ノ住持禅勝房造阿弥陀仏ト云人アリ。上人ヘ奉↠問↢十二ノ問答ヲ↡、其書有↠之。雖↠然¬和語¼第十四巻ノ末 ヘニ見タリ。依↠繁不↠載↠之。

十

ある時とき問とひていはく、 智恵ちえもし往おう生じょうの要かなめの事ことたるべくは、 正しょう直じきに仰おおせを蒙こうむりて修学しゅがくを営いとなむべし。 またただ称名しょうみょうをもつて、 不ふ足そくあるべからずんば、 その旨むねを存ぞんずべく候そうろふ。 ただ今いまの仰おおせをもつて、 如来にょらいの金言きんげんと存ぞんずべく候そうろふと。

○或時問云、智恵若シ可↠為↢往生要ノ事↡者、正直ニ蒙テ↠仰ヲ可↠営↢修学ヲ↡。又以↢但称名ヲ↡、不ン↠可↠有↢不足↡者、可↠存↢其旨ヲ↡候。以↢只今ノ仰ヲ↡、可↠存↢如来ノ金言ト↡候。

答こたへていはく、 往おう生じょうの正しょう業ごうはこれ称名しょうみょうといふ事こと、 釈しゃく文もん分ぶん明みょうなり。 有智うち・無智むちを簡えらばずといふ事ことまた顕然けんねんなり。 往おう生じょうのためには称名しょうみょうを足たるとなす。 もしよく学文がくもんを欲ほっせんよりは、 ただ一向いっこう念仏ねんぶつして往おう生じょうを遂とぐべし。 弥陀みだ・観音かんのん・勢せい至しに値あひたてまつる時とき、 いづれの法門ほうもんにか達たっせざらん。 かの国くにの荘しょう厳ごん、 昼ちゅう夜や朝ちょう暮ぼに甚深じんじんの法ほうを説とく、 その時とき見仏けんぶつ・聞法もんぼうを期ごすべきなり。 念仏ねんぶつ往おう生じょうの旨むねを知しらざる程ほどはこれを学がくすべし、 もしこれを知しりて機きならざる智恵ちえを求もとめて、 称名しょうみょうの暇いとまを妨さまたぐべからざるなりと 云々。

◇答云、往生ノ正業ハ是 レ称名ト云事、釈文分明也。不↠簡↢有智・無智ヲ↡云事又顕然也。為ニハ↢往生ノ↡称名ヲ為↠足ト。若欲センヨリハ↢好ク学文ヲ↡者、只一向念仏シテ可↠遂↢往生ヲ↡。奉↠値↢弥陀・観音・勢至ニ↡時、何レノ法門ニカ不ン↠達。彼国ノ荘厳、昼夜朝暮説↢甚深ノ法ヲ↡、可↠期↢其ノ時見仏・聞法ヲ↡也。不↠知↢念仏往生之旨ヲ↡之程 ドハ可↠学↠之 レヲ、若知↠之求テ↢不↠機之智恵ヲ↡、不ル↠可↠妨↢称名ノ暇ヲ↡也 云云。

十一

ある時とき物語ものがたりていはく、 浄じょう土どの人にん師し多おおしといへども、 これみな菩ぼ提だい心しんを勧すすめ、 観察かんざつを正しょうとなす。 ただ善導ぜんどう一いっ師し菩ぼ提だい心しん往おう生じょうを許ゆるすことなし、 観察かんざつをもつて称名しょうみょうの助業じょごうと判はんず。 当世とうせいの人ひと、 善導ぜんどうの意こころによらずは、 たやすく往おう生じょうすることを得うべからず。 曇鸞どんらん・道どう綽しゃく・懐え感かん等とう、 みな相そう承じょうの人にん師しとするといへども、 義ぎにおいてはいまだかならずしも一いち准じゅんならず、 よくよくこれを分別ふんべつすべし。 この旨むねを辨わきまへずんば、 往おう生じょうの難なん易いにおいて存ぞん知ちしがたきものなりと。

○或時物語云、浄土ノ人師雖↠多、之皆勧↢菩提心ヲ↡、観察ヲ為ス↠正ト。唯善導一師無↠許↢菩提心往生ヲ↡、以↢観察ヲ↡判ズ↢称名ノ助業ト↡。当世之人、不↠依↢善導ノ意ニ↡者、輒ク不↠可↠得↢往生スルコト↡。曇鸞・道綽・懐感等、皆雖↠為↢相承ノ人師↡、於↠義ニ者未 ズ ダ↢必シモ一准ナラ↡、能々可↣分↢別之↡。不ンバ↠辨↢此ノ旨ヲ↡者、於↢往生難易ニ↡難↢存知↡者也。

十二

ある時とき問とひていはく、 人ひと多おおく持じ斉さいを勧すすむ、 この条じょういかんと。 答こたへていはく、 尼あま法ほう師しの作さ法ほうもつともしかるべきなり。 しかりといへども当世とうせいは機きすでに衰おとろへ、 食じきすでに滅めっせり。 この分斉ぶんざいをもつて、 一食いちじきせば心こころひとへに食じき事じを思おもひて、 念仏ねんぶつ辨わきまへず。 ¬菩ぼ提だい心しん経ぎょう¼ にいはく、 「食じき菩ぼ提だいを妨さまたげず、 心こころよく菩ぼ提だいを妨さまたぐ」 と。 云々 その上うえは自じ身しんにあひ計はからふべきなりと。

○或時問云、人多ク勧ム↢持斉ヲ↡、此条如何。答云、尼法師ノ作法尤可↠然也。雖↠然0384当世ハ機已ニ衰ヘ、食已ニ滅セリ。以↢此分斉ヲ↡、一食セバ者心偏ニ思テ↢食事ヲ↡、念仏不↠辨。¬菩提心経¼云、「食不↠妨↢菩提ヲ↡、心能妨↢菩提ヲ↡。」云云 其上自身ニ可↢相計↡也。

十三

ある時とき問とひていはく、 菩ぼ提だいの業ごうにおいてすでに思おもひ定さだめおはりぬ。 ただし一いち期ご身しんのありやう、 いかんが存ぞん知ちすべきやと。 答こたへていはく、 僧そうの作さ法ほうに大だい小しょうの戒律かいりつあり。 しかりといへども末法まっぽうの僧そうこれに随したがはず。 源空げんくうこれを禁きんずれども、 たれ人ひとかこれに随したがふ。 ただ所詮しょせん念仏ねんぶつ相続そうぞくのやうにあひ計はからふべきなり。 往おう生じょうのためには、 念仏ねんぶつすでに正しょう業ごうとなす。 ゆゑにこの旨むねを守まもりてあひ勤つとむべきなりと 云々。

○或時問云、於↢菩提業ニ↡已ニ思定メ畢ヌ。但一期身ノ有様、云何ンガ可↢存知ス↡耶。答云、僧ノ作法ニ有↢大小戒律↡。雖↠然末法ノ僧不↠随↠之。源空禁レドモ↠之、誰人随↠之。只所詮念仏相続之様ニ可↢相計↡也。為↢往生ノ↡者、念仏已ニ為↢正業ト↡。故ニ守↢此旨ヲ↡可↢相勤↡也 云云。

十四

ある時とき物語ものがたりていはく、 受じゅ教きょうと発心ほっしんとおのおの別べっなるべきなり。 なかごろ一ひとりの住じゅう山ざん者しゃあり、 内々ないない浄土じょうどの法門ほうもんを学まなびていはく、 われすでにこの教きょうの大たい旨しを得う。 しかりといへどもいまだ信心しんじんを発おこさず、 なんの方法ほうほうをもつて信心しんじんを建こん立りゅうすと 云々。

○或時物語云、受教ト与↢発心↡可↢各別↡也。中比有↢一ノ住山者↡、内々学↢浄土法門ヲ↡云、我已ニ得↢此教ノ大旨ヲ↡。雖↠然未ダ↠発↢信心ヲ↡、以↢何方法ヲ↡建↢立信心ヲ↡ 云云。

予よ教おしへていはく、 三宝さんぼうに祈き誓せいせしめたまふべしと。 爾じ来らい慇ねんごろにこれを祈き請しょうするなり。

◇豫教云、可↧令↣祈↢誓三宝ニ↡給↥。爾来タ慇ニ祈↢請スルナリ之ヲ↡。

ある時とき東大とうだい寺じに参まいりて念誦ねんじゅす。 たまたま棟むな木ぎを上あぐる日ひに当あたり、 つらつらこれを見みるに、 たちまち信心しんじん開発かいほつす。 巧たくみな計けい略りゃくにあらざるよりんば、 かのおほいなる物ものいかんが棟とう上じょうに居こす。 いかにいはんや如来にょらいの善ぜん巧ぎょう不ふ思議しぎ力りきをや。 われに願がん生しょうの志こころざしあり、 仏ぶつに引いん接じょうの願がんあり、 もつとも往おう生じょうすべし。 一ひとたびこの道どう理りを得えて後のち、 ふたたび疑ぎ心しんなし。

◇或時参↢東大寺ニ↡念誦ス。適当↧上↢棟木ヲ↡之日ニ↥、倩ツラ見↠之、忽信心開発ス。自ンバ↠非ル↢巧ミ計略ニ↡、彼ノ大ナル物云何ンガ居↢棟上ニ↡。何況如来善巧不思議力ヲヤ哉。我 レニ有↢願生ノ志↡、仏ニ有↢引接ノ願↡、尤可↢往生↡。一ビ得↢此ノ道理ヲ↡之後、再ビ無↢疑心↡。

かの人ひと来きたりてこの由よしを語かたる、 三年さんねんを経へて後のち、 往おう生じょうを遂とぐ。 かたがた霊瑞れいずいを現げんず、 不ふ思議しぎなり。 教きょうによりて発心ほっしんせずといへども、 かくのごとき縁えんに触ふれて信しんを起おこすことあり。 ただ慇ねんごろに係け念ねんしつねに思し惟ゆいして、 また三宝さんぼうを祈いのるべしと 云々。

◇彼人来語↢此由ヲ↡、経テ↢三年ヲ↡之後、遂↢往生ヲ↡。旁ガタ現↢霊瑞ヲ↡、不思議也。依↠教雖↠不↢発心↡、触レテ↢如↠此縁ニ↡有↠起↠信ヲ。唯慇ニ係念シ常ニ思惟シ、又可↠祈↢三宝ヲ↡ 云云。

十五

ある時とき人ひと問とひていはく、 真言しんごんの阿あ弥陀みだの供く養よう法ほう、 これ正行しょうぎょうなるべきかと。 答こたへていはく、 しかるべからず。 仏体ぶったい一ひとつに似にたりといへども、 教きょうに随したがはばその意こころ不ふ同どうなり。 真言しんごん教きょうの阿あ弥陀みだは、 これ己こ心しんの如来にょらい、 外ほかに尋たずぬべからず。 この教きょうの阿あ弥陀みだは、 これ法蔵ほうぞう比丘びくの成じょう仏ぶつして西方さいほうに居こしたまふ。 その意こころおほいに異ことなるなり。 かれは成じょう仏ぶつ、 これは往おう生じょう教きょうなり。 さらにもつて同どうずべからずと 云々。

○或0385時人問云、真言ノ阿弥陀ノ供養法、是可↢正行↡歟。答云、不↠可↠然。仏体雖↠似リト↠一ニ、随↠教其意不同也。真言教ノ阿弥陀ハ、是己心ノ如来、不↠可↠尋↠外ニ。此教ノ阿弥陀ハ、是法蔵比丘之成仏シテ居↢西方ニ↡給。其意大ニ異也。彼ハ成仏、此ハ往生教也。更以不↠可↠同ズ 云云。

十六

ある人ひと問とひていはく、 善導ぜんどうの意こころ、 まさしく聖しょう道どうの教きょうを方便ほうべんとすることいづれの文もんに出いづるやと。 答こたへていはく、 ¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) にいはく、 「如来にょらい出しゅつ現げん於お五ご濁じょく、 ↓随ずい宜ぎ方便ほうべん化け群萌ぐんもう。 或説わくせつ多た聞もん而に得とく度ど、 或説わくせつ小しょう解げ証しょう三さん明みょう。 或わく教きょう福ふく恵え双除そうじょ障しょう、 或わく教きょう禅念ぜんねん座ざ思し量りょう。 ↓種々しゅじゅ法門ほうもん皆かい解げ脱だつ、 ↓無過むか念仏ねんぶつ往おう西方さいほう」 と。 以上 これなり。

或人問云、善導ノ意、正ク聖道ノ教ヲ為ルコト↢方便ト↡出↢何レノ文ニ↡耶。答云、¬法事讃¼云、「▲如来出現於五濁、随宜方便化群萌。或説多聞而得度、或説小解証三明。或教福恵双除障、或教禅念座思量。種々法門皆解脱、無過念仏往西方。」已上 是也。

難なんじていはく、 すでに 「↑種々しゅじゅ法門ほうもん皆かい解げ脱だつ」 といふ、 なんぞ方便ほうべんの証しょう拠ことせんやと。 答こたへていはく、 上かみにすでに 「↑随ずい宜ぎ方便ほうべん化け群萌ぐんもう」 といひ、 方便ほうべんの言ことばの下しもに 「種々しゅじゅ法門ほうもん皆かい解げ脱だつ」 といひ、 下しもに至いたりて 「↑無過むか念仏ねんぶつ往おう西方さいほう」 といふ。 あきらかに知しりぬ、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの外ほかはみな方便ほうべんの説せつとするといふ事ことなりと。

難云、已ニ「種々法門皆解脱ト云」、何ゾ為ン↢方便ノ証拠ト↡乎。答云、上ニ已ニ云↢「随宜方便化群萌ト」↡、方便ノ言下云↢「種々法門皆解脱ト」↡、至↠下ニ云↢「無過念仏往西方ト」↡。明ニ知、念仏往生ノ外ハ皆為↢方便之説ト↡云事也。

十七

ある時とき物語ものがたりていはく、 法門ほうもんの善悪ぜんあく宗しゅう義ぎにあるなり、 学者がくしゃ多おおしといへども、 宗しゅう義ぎを分別ふんべつするものきはめて希まれなり。 わが朝ちょうの真言しんごんに二に流りゅうあり、 いはゆる東とう寺じ・天台てんだいこれなり。

○或時物語云、法門善悪在↢宗義↡也、学者雖↠多ト、分↢別スル宗義ヲ↡者極テ希 レ也。我朝ノ真言ニ有↢二流↡、所謂東寺・天臺是也。

そのなかに天台てんだいの真言しんごんは、 その宗しゅう義ぎ東とう寺じのごとからず。 ゆゑはいかんとなれば、 一山いちざんの内うちに顕密けんみつの二に教きょうを兼学けんがくして、 そのなかに法ほっ花け宗しゅうを本ほん意いとなす。 ゆゑに天台てんだいの奥おう旨しはすなはち真言しんごんなりといふ。 このゆゑ顕けん宗しゅうの分ぶんを出いでざるの真言しんごんなり。

◇其中ニ天臺真言ハ、其宗義非↠如↢東寺ノ↡。所以者何レバ、一山ノ内ニ兼↢学シテ顕密ノ二教ヲ↡、其中法花宗ヲ為↢本意ト↡。故ニ天0386臺ノ奥旨者即真言也ト云フ。是ノ故不ルノ↠出↢顕宗ノ分ヲ↡之真言也。

東とう寺じの真言しんごんとは、 顕けん宗しゅうにおいてあへて肩かたを双ならぶることなきなり。

◇東寺真言ト者、於↢顕宗ニ↡敢テ無↠双ルコト↠肩也。

われ諸しょ宗しゅうの教きょう相そうを闚うかがふに、 真言しんごん・仏心ぶっしんの両宗りょうしゅう、 諸しょ宗しゅうを取とりて自じ宗しゅうの教きょう相そうとなし諸しょ教きょうを廃はいして自じ宗しゅうを立たつ。 諸しょ宗しゅうのなかには真言しんごん・仏心ぶっしんを取とりて教きょう相そうとなさざれば、 かの両宗りょうしゅうを廃はいすることなし。 しかれば宗しゅう義ぎに至いたりては、 この両宗りょうしゅうに等ひとしきことなきなりと 云々。

◇我闚ウカヾフニ↢諸宗ノ教相ヲ↡、真言・仏心ノ両宗、取テ↢諸宗ヲ↡為シ↢自宗ノ教相ト↡而廃シテ↢諸教ヲ↡立ツ↢自宗ヲ↡。諸宗ノ中ニハ取テ↢真言・仏心ヲ↡不レバ↠為↢教相ト↡者、無シ↠廃コト↢彼両宗ヲ↡。然者至↢宗義ニ↡者、無↠等コト↢此両宗ニ↡也 云云。

勢観せいかん上しょう人にん
わたくしにいはく、 この言ことばの下しもにいささか所存しょぞんあるか。 ¬選せん択じゃく集しゅう¼ すでに真言しんごん・仏心ぶっしんをもつて聖しょう道どうに入いれ、 聖しょう道どう門もんを捨すてて浄じょう土ど宗しゅうに入いる。 念仏ねんぶつに対たいしてこれを廃はいしたまふ。 その智恵ちえ深遠じんのんなる事こと、 勝しょう計げすべからざるか。

勢観上人
◇私云、此ノ言 バノ下ニ聊有↢所存↡歟。¬選択集¼已ニ以↢真言・仏心ヲ↡入↢聖道ニ↡、捨↢聖道門ヲ↡入↢浄土宗ニ↡。対シテ↢念仏ニ↡而廃↠之給。其智恵深遠ナル事、不↠可↢勝計ス↡歟。

十八

また上しょう人にん在ざい世せの時とき、 三井みい寺でらの貫首かんしゅ大だい貳に僧そう正じょう公胤こういん、 三巻さんかんの書しょを作つくりて ¬選せん択じゃく集しゅう¼ を破はす、 ¬浄じょう土ど決けつ疑ぎ抄しょう¼ と名なづく。 その書しょのなかにいはく、 「¬法ほっ花け¼ に即往そくおう安楽あんらくの文もんあり、 ¬観かん経ぎょう¼ に読誦どくじゅ大だい乗じょうの句くあり。 ¬法ほっ花け¼ を転読てんどくして浄じょう土どに往おう生じょうせんになんの妨さまたげかあらん。 しかれども読誦どくじゅ大だい乗じょうを廃はいして、 ただ念仏ねんぶつを付ふ属ぞくすと 云々。 これおほいなる錯あやまりなり」 と。 云々

○又上人在世ノ時、三井寺ノ貫首大貳僧正公胤、作↢三巻ノ書ヲ↡破ス↢¬選択集ヲ¼↡、名↢¬浄土決疑抄ト¼↡。其書ノ中ニ云、「¬法花ニ¼有↢即往安楽ノ文↡、¬観経¼有↢読誦大乗ノ句↡。転↢読シテ¬法花ヲ¼↡往↢生センニ浄土ニ↡有ン↢何ンノ妨カ↡。然ドモ廃シテ↢読誦大乗ヲ↡、唯付↢属コト念仏ヲ↡ 云云。此レ大ナル錯リ也。」云云

上しょう人にんこれを見みて、 末すへを見みたまはず指さし置おきていはく、 この僧そう正じょうはこれ程ほどの人ひととは思おもはず、 無下むげの分斉ぶんざいかな。 浄じょう土どの宗しゅう義ぎを立たつと聞ききては、 さだめて教きょうの権実ごんじつを判はんずるらんと思おもふべし。 もし権実ごんじつを判はんぜば、 さだめて廃権はいごん立りゅう実じつの義ぎを立たつるらんと思おもふべし。 立りっ宗しゅうの義ぎを聞ききながら、 理りを枉まげて ¬法ほっ花け¼ をもつて ¬観かん経ぎょう¼ 往おう生じょう行ぎょうのなかに入いれんと望のぞむ事こと、 宗しゅう義ぎの廃はい立りゅうを忘わすれたるに似にたり。

◇上人見テ↠之ヲ、末 ヘヲ不↢見給↡指置テ云、此僧正ハ不↠思↢此 レ程ノ人トハ↡、無下分斉哉。聞テハ↠立ト↢浄土宗義ヲ↡、可↠思↧定テ判↢教ノ権実ヲ↡覧ト↥。若判ゼバ↢権実ヲ↡者、可↠思↧定立↢廃権立実ノ義ヲ↡覧ト↥。乍↠聞↢立宗ノ義ヲ↡、枉テ↠理以↢¬法花ヲ¼↡望↠入ト↢¬観経¼往生行中ニ↡事、似↠忘↢宗義ノ廃立ヲ↡。

もし学がく匠しょうならば、 謂おもふべし、 ¬観かん経ぎょう¼ は爾に前ぜんの教きょうなり、 かの経きょうのなかに ¬法ほっ華け¼ を摂せっすべからず。 今いま浄じょう土ど宗しゅうの意こころは、 ¬観かん経ぎょう¼ 前ぜん後ごの諸しょ大だい乗じょう経きょうを取とりて、 みなことごとく往おう生じょう行ぎょうの内うちに摂せっす、 なんぞ ¬法ほっ華け¼ 独ひとりこれを残のこさんや。 事こと新あたらしく ¬観かん経ぎょう¼ の内うちに入いれんと望のぞむべからず、 あまねく摂せっする意こころは、 念仏ねんぶつに対たいしてこれを廃はいするためなりと 云々。

◇若学匠ナラバ者、可謂、¬観経¼者爾前ノ教也、彼経ノ中ニ不↠可↠摂↢¬法華ヲ¼↡。今浄土宗ノ意者、取↢¬観経¼前後之諸大乗経ヲ↡、皆悉摂↢往0387生行ノ内ニ↡、何ゾ¬法華¼独リ残ン↠之ヲ乎。事新シク不↠可↠望↠入ト↢¬観経ノ¼内ニ↡、普ク摂意者、対シテ↢念仏ニ↡為↠廃↠之也 云云。

使し者しゃの学仏がくぶつ房ぼう、 還かえりてこの由よしを語かたる、 僧そう正じょう閉へい口くして言説ごんぜつせず、 すなはちその正しょう本ほんを焼やく 云々。

◇使者ノ学仏房、還テ語↢此由ヲ↡、僧正閉口シテ不↢言説↡、即焼↢其正本ヲ↡ 云云。

上しょう人にん往おう生じょうの後のち、 かれ没ぼつ後ごの導どう師しとなる。 僧そう正じょう来臨らいりん説法せっぽうの次ついでに、 出しゅつ前ぜんの ¬浄じょう土ど決けつ疑ぎ抄しょう¼ の由ゆ来らいを語かたらる。 われ今日こんにちこの砌みぎりに臨のぞむ事こと、 ひとへにこの事ことを懺さん悔げせんためなりと 云々。 聴ちょう聞もんの道俗どうぞく貴き賎せん、 歓かん喜ぎせざるはなし。 その後のち僧そう正じょう同おなじく往おう生じょうの素そ懐かいを遂とげおはりぬ、 瑞相ずいそう一いちならず、 奇き特どくかたがた多おおしと 云々。

◇上人往生ノ後、彼為↢没後ノ導師ト↡。僧正来臨説法之次デニ、被↣語↢出前ノ¬浄土決疑抄¼之由来ヲ↡。我 レ今日臨↢此ノ砌ニ↡事、偏ニ為↣懺↢悔セン此事ヲ↡也 云云。聴聞ノ道俗貴賎、無↠不↢随喜↡。其後僧正同ク遂↢往生ノ素懐ヲ↡畢、瑞相非↠一、奇特旁カタガタ多シ 云云。

十九

ある時とき物語ものがたりていはく、 源空げんくう月輪つきのわの禅ぜん定じょう殿でん下かへ参まいるに、 住じゅう山ざんのもの一人いちにん参さん会えす。 いささか憚はばかりありてその名なを載のせず 問とひていはく、 まことに浄じょう土ど宗しゅうを立たてたまふやと。 答こたへていはく、 しかなりと。

○或時物語云、源空参↢月輪禅定殿下ヘ↡、住山ノ者一人参会ス。聊有↠憚不↠載↢其名ヲ↡ 問云、誠ニ立↢浄土宗ヲ↡給ヤ。答云、然也。

また問とひていはく、 いづれの文もんに就つきてこれを立たてたまふやと。 答こたへていはく、 善導ぜんどうの ¬観かん経ぎょう疏しょ¼ のなか付ふ属ぞくの釈しゃくに就つきてこれを立たつるなりと。

◇又問云、就↢何レノ文ニ↡立↠之給耶。答云、善導¬観経疏ノ¼中就↢付属ノ釈ニ↡立↠之也。

またいはく、 宗しゅう義ぎを立たつる程ほどの事ことに、 なんぞただ一文いちもんによりてこれを立たてたまふやと。 源空げんくう微み笑しょうして物もの言いはず。

◇又云、立ル↢宗義ヲ↡程ノ事ニ、何ゾ唯依↢一文ニ↡立↠之給耶。源空微笑シテ不↢物言↡。

山やまに還かえり宝ほう地じ房ぼう法印ほういんの前まえにおいて、 この事ことを語かたる、 法然ほうねん房ぼう総そうじて返答へんとうに及およばずと 云々。 法印ほういん証しょう真しんいはく、 かの聖しょう人にん物もの言いはれざるは、 言いふに足たらざるところのゆゑなり。 かの聖しょう人にんはわが宗しゅうにおいてすでに達者たっしゃとす、 あまつさへ諸しょ宗しゅうにわたりてあまねく宗しゅう学がくせり、 智恵ちえ深厚じんこう常じょう人にんに超ちょう過かせり。 ゆゑに返答へんとうに及およばずと思おもひて物もの言いはれざるなり。 ゆめゆめ僻見へきけんに住じゅうすべからずと 云々。

◇還↠山ニ於↢宝地房法印ノ前ニ↡、語ル↢此事ヲ↡、法然房総ジテ不↠及↢返答ニ↡ 云云。法印証真云、彼聖人不ル↢物言イワレ↡者、所↠不↠足↠言フニ故也。彼聖人者於↢我宗ニ↡已ニ為↢達者ト↡、剰ヘ亘テ↢諸宗ニ↡普宗学セリ、智恵深厚超↢過セリ常人ニ↡。故思テ↠不ト↠及↢返答ニ↡而不↢物言ハレ也。努々不↠可↠住↢僻見ニ↡ 云云。

この事ことを聞ききて、 その後のち法印ほういんことに親近しんごんしてたがいに法問ほうもんを談だんず、 ゆゑに智恵ちえの分斉ぶんざいを知しりてかくのごとくいふなり。 ことに戒かいの法門ほうもんにおいては、 源空げんくうに相そう承じょうの人ひとなりと 云々。 わたくしにいはく、 この言ことばをもつて知しりぬ、 付ふ属ぞく文もんに就つきて宗しゅう義ぎを立たつる事こと顕然けんねんなり

◇聞テ↢此事ヲ↡、其後法印殊ニ親近シテ互ニ談↢法問ヲ↡、故知テ↢智恵ノ分斉ヲ↡如↠此云也。殊ニ於↢戒ノ法門ニ↡者、相↢承ノ源0388空ニ↡之人也 云云。私云、以↢此言ヲ↡知ヌ、就↢付属文ニ↡立↢宗義ヲ↡事顕然也

二〇

また上しょう人にんある時とき、 聖しょう道どう門もんは喩たとへば祖父そふの沓くつのごとし。 祖父そふ大足だいそくのためにこれを用もちふといへども、 孫まごの小しょう足そくのために用もちふるに中あたらざるなり。 当世とうせいの人ひと昔むかしの跡あとを追おひ聖しょう道どう門もんを修しゅせんと欲ほっする事ことも、 またかくのごとし。 これ道どう綽しゃくのいへる意こころなり。 ある文もんには祖父そふの弓ゆみのごとしと 云々。

又上人或時、聖道門ハ喩ヘバ如↢祖父ノ沓ノ。為↢祖父大足↡雖↠用ト↠之、為 メニ↢孫ノ小足ノ↡不↠中 タラ↠用ニ也。当世人追↢昔ノ跡ヲ↡欲↠修ント↢聖道門ヲ↡事モ、亦復如↠是。此 レ云ヘル↢道綽ノ↡意也。或文ニハ如↢祖父ノ弓ノ↡ 云云。

二一

ある人ひと上しょう人にんに問とひていはく、 つねに廃悪はいあく修善しゅぜんの旨むねを在ざいして念仏ねんぶつすると、 つねに本願ほんがんの旨むねを思おもひて念仏ねんぶつすると、 いづれか勝すぐれ候そうろふと。 答こたへていはく、 廃悪はいあく修善しゅぜんはこれ諸仏しょぶつ通誡つうかいなりといへども、 当世とうせいのわれらはことごとく違い背はいせり。 もし別べっ意ちの弘ぐ願がんに乗じょうぜずは、 生しょう死じを出いでがたきものかと。

○或人問上人云、常ニ在シテ↢廃悪修善ノ旨ヲ↡念仏スルト、与ト↧常ニ思テ↢本願ノ旨ヲ↡念仏スル↥、何レカ勝レ候。答云、廃悪修善ハ是 レ雖↢諸仏通誡ナリト↡、当世ノ我等ハ悉ク違背セリ。若不↠乗↢別意弘願ニ↡者、難↠出↢生死↡者歟。

二二

またある時ときいはく、 汝なんじ ¬選せん択じゃく集しゅう¼ の文もんあるを知しるや否いなや。 知しらざる由ゆえを申もうす、 この文もんわが作文さくもんなり、 汝なんじこれを見みるべし。 わが存ぞん生しょうの間あいだは流布るふすべからざる由よしこれを禁きんずるゆゑに人々ひとびとにこれを秘かくすと。 これによりて成じょう覚かく房ぼうの本ほんをもつてこれを写うつして取とる。

○又或時云、汝有↢¬選択集ノ¼文↡知ルヤ否ヤ。申ス↢不ル↠知由ヲ↡、此文我作文也、汝可↠見↠之。我存生之間ハ不↠可↢流布ス↡由禁↠之故ニ人々秘↠之。依↠之成覚房ノ以↠本ヲ写↠之而取ル。

そのかみ上しょう人にん、 御ご不ふ例れいの気け出いで来きたまふ。 いささか御ご平へい癒ゆの時とき、 月輪つきのわの禅ぜん定じょう殿でん下かより、 御おん形かた見みに要文ようもんを集あつめこれを給たまふべき由よし仰おおせらる。 これによりてこの書しょを造つくりて進覧しんらんせしめたまふ。 この書しょのなかにあるいは浄じょう土ど門もんを諸しょ行ぎょうに約やくして比ひ論ろんするところなりといひ、 あるいは浄じょう土ど宗しゅうは ¬観かん無む量りょう寿じゅ経きょう¼ の意こころなりといふ。

◇当初 ミ上人、御不例気出来給。聊御平癒之時、従↢月輪禅定殿下↡、御形見ニ集↢要文ヲ↡可↠給↠之由被↠仰。依↠之造テ↢此書ヲ↡令↢進覧↡給フ。此書中或云↧約↢浄土門諸行ニ↡所↢比論↡也ト↥、或云↢浄土宗ハ¬観無量寿経ノ¼意也ト↡。

上しょう人にんこの意こころを述のべていはく、 この ¬観かん無む量りょう寿じゅ経きょう¼ は、 もし天台てんだいの意こころによらば、 爾に前ぜんの教きょうなり。 ゆゑに ¬法ほっ華け¼ の方便ほうべんとなる。 もし法相ほっそう宗しゅうの意こころによらば、 別べつ時意じいを演のぶるになる。 しかるに浄じょう土ど宗しゅうの意こころによらば、 一切いっさいの教行きょうぎょうはことごとく念仏ねんぶつの方便ほうべんとなる。 ゆゑに浄じょう土ど宗しゅうは ¬観かん無む量りょう寿じゅ経きょう¼ の意こころといふなり。

◇上人述↢此意ヲ↡云、此¬観無量寿経¼、若依↢天臺ノ意ニ↡者、爾前ノ教也。故成↢¬法華ノ¼方便ト↡。若依↢法相宗ノ意ニ↡者、成↠演ルニ↢別時意↡。然ニ依↢浄土宗ノ意ニ↡者、一切教0389行ハ悉成↢念仏ノ方便ト↡。故浄土宗ハ¬観無量寿経ノ¼意コヽロト云也。

また聖しょう道どう門もんには、 諸しょ行ぎょうはみな四し乗じょうの因いんを修しゅして四し乗じょうの果かを得う。 ゆゑに念仏ねんぶつに比ひ挍きょうするに及およばず。 浄じょう土ど門もんには、 諸しょ行ぎょうはこれ念仏ねんぶつに比ひ挍きょうするの時とき、 弥陀みだの本願ほんがんにあらず、 光こう明みょうこれを摂取せっしゅせず、 釈しゃく尊そん付ふ属ぞくしたまはず。 ゆゑに (定善義) 「自余じよ諸しょ行ぎょう雖すい名みょう是ぜ善ぜん、 若にゃく比ひ念仏ねんぶつ者しゃ全ぜん非ひ比ひ挍きょう也や」 といふ 云々。

◇又聖道門ニハ、諸行ハ皆修↢四乗ノ因ヲ↡得↢四乗ノ果ヲ↡。故不↠及↣比↢挍スルニ念仏ニ↡。浄土門ニハ、諸行者是比↢挍スルノ念仏ニ↡之時、非↢弥陀ノ本願ニ↡、光明不↣摂↢取之ヲ↡、釈尊不↢付属シタマハ↡。故云↢「▲自余諸行雖名是善、若比念仏者全非比挍也ト」 云云。

しかれば道どう綽しゃく・善導ぜんどうの宗しゅう義ぎ異ことならざるなり。 よくよく分別ふんべつしてこれを知しれ。 聖しょう道どう・浄じょう土どの二に門もん異ことなりといへども、 行ぎょう体たいこれ一いちなり。 義意ぎい知しるべしと 云々。

◇然道綽・善導宗義不↠異也。能々分別知↠之。聖道・浄土二門雖↠異ナリト、行体是一也。義意可↠知 云云。

 

・付臨終日記

○臨りん終じゅう日にっ記き

建けん暦りゃく元年がんねん十じゅう一月いちがつ十じゅう七日しちにち、 入にゅう洛らくすべき由よし宣旨いんぜんを賜たまわる、 藤原ふじわらの中ちゅう納な言ごん光親みつちか奉たてまつるなり。

◇建暦元年十一月十七日、可入洛之由賜↢ 宣旨ヲ↡、藤原中納言光親奉也。

同おなじき月つき二十日はつか入にゅう洛らく、 東ひがし山やまの大谷おおたにに住じゅうす。

◇同月廿日入洛、住↢東山大谷ニ↡。

同おなじき二に年ねん正しょう月がつ二日ふつか、 老ろう病びょうのうへ、 ひごろの不ふ食じきことに増ます。 およそこの二に三年さんねんは耳みみ溺おぼろに心こころ蒙昧もうまいなり。 しかるに死期しごすでに近ちかづきて昔むかしのごとく分ぶん明みょうなり。 余事よじを語かたらずといへども、 つねに往おう生じょうの事ことを語かたる。 高こう声しょう念仏ねんぶつ絶たゆることなく、 夜よる睡眠すいめんの時とき舌ぜっ口くしづかに動うごく。 見みる人ひと奇き特どくの思おもいをなす。

◇同二年正月二日、老病之上、日ヒ来ゴロノ不食殊ニ増ス。凡此二三年ハ耳溺心蒙昧也。◇然而死期已近如↠昔分明也。雖↠不↠語↢余事ヲ↡、常ニ語↢往生ノ事ヲ↡。高声念仏無↠絶、夜 ル睡眠ノ時舌口鎮ニ動ク。見人為↢奇特思ヲ↡。

同おなじき三日みっか戌いぬの時とき、 上しょう人にん弟子でしに語かたりていはく、 われもと天竺てんじくにありて声しょう聞もん僧そうに交まじわりつねに頭陀ずだを行ぎょうず。 その後のち日本にっぽん国こくに来きたりて天台てんだい宗しゅうに入いり、 また念仏ねんぶつを弘ひろむと。 弟子でし問とふ。 往おう生じょう極楽ごくらくせしめたまふべきやと。 答こたへていはく、 われもと極楽ごくらくにありし身みなればしかなりと。

◇同三日戌時、上人語↢弟子ニ↡云、我本在↢天竺ニ↡交↢声聞僧ニ↡常ニ行↢頭陀ヲ↡。其後来↢日本国ニ↡入↢天臺宗ニ↡、又弘ヒロム↢念仏ヲ↡。弟子問。可↧令0390↢往生極楽↡給↥哉。答云、我本在リシ↢極楽ニ↡身ナレバ者可↠然。

同おなじき十じゅう一日いちにち辰たつの時とき、 上しょう人にん起き居きょして高こう声しょう念仏ねんぶつす、 聞きく人ひと涙なみだを流ながす。 弟子でしに告つげていはく、 高こう声しょう念仏ねんぶつすべし、 阿あ弥陀みだ仏ぶつ来きたりたまへるなり。 この仏ぶつの名みょう号ごうを唱となふるは虚むなしからずと、 念仏ねんぶつの功く徳どくを嘆たんずる事こと昔むかしのごとし。

◇同十一日辰時、上人起居高声念仏、聞人流ス↠涙。告テ↢弟子ニ↡云、可↢高声念仏ス↡、阿弥陀仏来給也。唱↢此仏名号ヲ↡者不↠虚、嘆↢念仏ノ功徳ヲ↡事如↠昔。

また観音かんのん・勢せい至し、 菩ぼ薩さつ衆しゅ前まえにまします、 これを拝はいすやいなやと。 弟子でし・不ふ弟子でし拝はいしたてまつらずといふ。 これを聞ききていよいよ念仏ねんぶつを勧すすめたまふ。 その時とき本尊ほんぞんを拝はいしたてまつりたまふべき由よしを勧すすむ。 上しょう人にん指ゆびをもつて虚こ空くうを指さしてこの外ほかまた仏ぶつありやと。

◇又観音・勢至、菩薩衆在↠前ニ、拝スヤ↠之ヲ否ヤ。弟子・不弟子不ズト云↠奉↠拝シ。聞↠之弥イヨ勧↢念仏ヲ↡給。其時勧↩可↧奉↠拝↢本尊ヲ↡給↥之由ヲ↨。上人以↠指ヲ指シテ↢虚空ヲ↡此外又有リヤ↠仏。

すなはち語かたりていはく、 この十じゅう余よ年ねん念仏ねんぶつの功こうを積つみ、 極楽ごくらくの荘しょう厳ごん・仏ぶつ・菩ぼ薩さつを拝はいしたてまつる事ことこれ常つねなりと。 また仏ぶつの御手みてに五ご色しきの絲いとをつけてこれを取とりたまへと勧すすむれば、 かくのごとき事ことはおほやうの事ことなりといひてつひに取とりたまはず。

◇即語云、此十余年念仏之功ヲ積ミ、奉↠拝↢極楽荘厳・仏・菩薩ヲ↡事是 レ常也。又仏ノ御手ニ付↢五色絲ヲ↡勧レバ↢取リ↠之ヲ給ヘト↡者、如↠是事者大様ノ事也ト云テ終ニ不↠取タマハ。

同おなじき二十日はつか巳みの時とき、 坊ぼうの上うえに当あたりて紫し雲うん聳そびふ。 雲うん中ちゅうに同おなじ形かたちの雲くもあり、 その色いろ鮮あざやかにして画え像ぞうの仏ぶつのごとし。 道みちを往ゆく人々ひとびと、 処々しょしょにおいてこれを見みる。

◇同廿日巳ノ時、当↢坊上ニ↡紫雲聳フ。雲中ニ有↢同ジ形ノ雲↡、其色鮮ニシテ而如↢画像ノ仏ノ↡。往↠道人々、於↢処々ニ↡見↠之。

弟子でしいはく、 この虚こ空くうに紫し雲うんすでに聳そびふ、 御ご往おう生じょう近ちかづきたまふかと。 上しょう人にんいはく、 善よき事ことかな、 一切いっさい衆しゅ生じょうをして念仏ねんぶつを信しんぜしめんためなりと 云々。

◇弟子云、此虚空ニ紫雲已ニ聳フ、御往生近付給歟。上人云、善事哉、為↠令↣一切衆生ヲシテ信↢念仏ヲ↡也 云云。

同おなじき日ひ未ひつじの時とき、 ことに眼めを開ひらきて空そらを仰あおぎ、 西方さいほうより東方とうほうを見み送おくりたまふ事こと五ご六返ろっぺん。 人ひとみなこれを尋たずねて仏ぶつを御ご覧らんずるかと問とひたてまつる。 答こたふ。 しかなりと。

◇同日未ノ時、殊ニ開↠眼仰↠空ヲ、自↢西方↡見↢送リタマフ東方ヲ↡事五六返。人皆尋↠之奉↠問↢仏ヲ御覧ズル歟ト↡。答。然也ト。

同おなじき二に十じゅう三日さんにち、 紫し雲うん立たつる由よし風聞ふうぶんせしむ。

◇同廿三日、紫雲立由令↢風聞↡。

同おなじき二に十じゅう四し日にち午うまの時とき、 紫し雲うんおほいに聳そびえて西山にしやまにあり、 炭焼すみやき十じゅう余よ人にんこれを見み来きたりてすなはち語かたる。 また広こう隆りゅう寺じより下げ向こうの尼あま、 路ろ頭とうにおいて見み来きたりて語かたる。

◇同廿四日午時、紫雲大ニ聳テ在↢西山ニ↡、炭焼十余人見↠之来テ即チ語ル。又自↢広隆寺↡下向ノ尼、於↢路頭ニ↡見来テ而語ル。

ここに上しょう人にん念仏ねんぶつ不ふ退たいのうへ、 二に十じゅう三日さんにちより二に十じゅう五ご日にちに至いたりて、 ことに強ごう盛じょう高こう声しょう念仏ねんぶつしたまふ事こと、 あるいは一時ひととき、 あるいは半時はんときなり。

◇爰上人念仏不退之上、自↢廿三日↡至↢廿五日↡、殊ニ強盛高声念仏シ給事、或一時、或半0391時也。

二に十じゅう四し日にち酉とりの時ときより同おなじき二に十じゅう五ご日にち午うまの時ときに至いたりて、 しばらく細ほそく高こう声しょうは時々ときどきあひ交まじわる。 しかりといへども高こう声しょう念仏ねんぶつ絶たゆることなし、 弟子でし五ご六人ろくにん番々ばんばんに助音じょいんす。 庭にわに集あつまるそこばくの人々ひとびとみなこれを聞きく、 まさしく臨りん終じゅうの時ときは慈じ覚かく大だい師し所しょ著じゃくの九く条じょうの袈裟けさを懸かけ、 頭ず北ほく面西めんさいにして、 「光こう明みょう遍へん照じょう、 十方じっぽう世せ界かい、 念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう、 摂取せっしゅ不ふ捨しゃ」 (観経) の文もんを誦じゅして、 眠ねむるがごとく命終みょうじゅうしたまふ。 その時とき午うまの正中しょうちゅうなり。 諸人しょにん競きおひ来きたりてこれを拝はいすること、 なほ盛さかりなる市いちのごとし。

◇自↢廿四日酉時↡至↢同廿五日午時↡、漸ク細ク高声ハ時々相交ル。雖↠然高声念仏無↠絶ルコト、弟子五六人番々ニ助音ス。集↠庭ニ若干 クノ人々皆聞↠之、正臨終之時ハ懸↢慈覚大師所著ノ九条ノ袈裟ヲ↡、頭北面西ニシテ、誦シテ↢「光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨」之文ヲ↡、如↠眠命終シ給フ。其時午ノ正中也。諸人競来拝コト↠之、猶如↢盛市ノ↡。

ある人ひと七八しちはち年ねんの前さき霊れい夢むを感かんず。 人ひとありて以い外がいの大双だいそう紙しを見み、 なんの文ふみぞと思おもひてこれを見みれば、 諸人しょにんの往おう生じょうを註ちゅうする文ふみなり。 もし法然ほうねん上しょう人にんの往おう生じょうを注ちゅうする処ところかあると見みれば、 はるかに奥おくに至いたりてこれを注ちゅうす。 「光こう明みょう遍へん照じょう 乃至 不ふ捨しゃ」 (観経) の文もんあり、 法然ほうねん上しょう人にんこの文もんを誦じゅして往おう生じょうせらるべしと 云々。 夢ゆめ覚さめて上しょう人にんにも語かたらず弟子でしにも語かたらず、 今いまもつてこの夢ゆめに付ふ合ごうし、 奇き特どくの思おもいを作なす。 上しょう人にん往おう生じょうの後のち、 消しょう息そくをもつて注ちゅう送そうせらる。 繁しげきを恐おそれてこれを載のせず。

◇或人七八年之前感ズ↢霊夢ヲ↡。有↠人見↢以外ノ大双紙ヲ↡、思テ↢何文ゾト↡而見レバ↠之、諸人註スル↢往生ヲ↡文也。若法然上人ノ往生ヲ注スル処カ有ルト見レバ、遥ニ至テ↠奥ニ注↠之。有↢「光明遍照 乃至 不捨」之文↡、法然上人誦↢此文ヲ↡可シト↠被ル↢往生セ↡ 云云。夢覚テ不↠語↢上人ニモ↡不↠語↢弟子ニモ↡、今以テ付↢合此夢ニ↡、作↢奇特ノ思ヲ↡。上人往生之後、以↢消息ヲ↡被ル↢注送セ↡。恐↠繁ヲ不↠載↠之。

かたがた不ふ思議しぎの夢等ゆめとうあり、 足たるべきがゆゑに略りゃくしてこれを記しるさず。 御ご入にゅう滅めつ満まん八はち十じゅうなり。

◇旁ガタ有↢不思議夢等↡、可↠足之故略シテ不↠記↠之。御入滅満八十也。

如来にょらい滅めつ後ご一いっ百ぴゃく年ねんに阿あ育いく王おうあり。 仏法ぶっぽうを信しんぜず、 国内こくないの人民にんみん仏ぶつの遺典ゆいてんを嘆たんず。 大王だいおうのいはく、 仏ぶつになんの功く徳どくありて衆人しゅにんに超こゆるや。 もし仏ぶつに値あへる人ひとあらば、 往ゆきて尋たずぬべしと 云々。 大臣だいじんいはく、 かの斯し匿とく王おうの妹いもうとの比丘びく尼には、 仏ぶつに値あへる人ひとなりと。

◇如来滅後一百年ニ有↢阿育王↡。不↠信↢仏法ヲ↡、国内人民嘆↢仏ノ遺典ヲ↡。大王ノ云、仏ニ有テ↢何ノ功徳↡超ルヤ↢衆人ニ↡。若有ラバ↢値ヘル↠仏ニ人↡者、往テ而可↠尋 云云。大臣云、波斯匿王ノ妹ノ比丘尼ハ、値ヘル↠仏ニ人也ト。

その時とき大王だいおう往向おうこうして、 仏ぶつになんの殊しゅ異いありやと。 比丘びく尼に、 仏ぶつの功く徳どく尽つくしがたし、 ほぼ一相いっそうを説とくと。 王おうこの物もの語がたりを聞ききて、 すなはち歓かん喜ぎして心こころ開かい悟ごす。

◇其時大王往向テ、仏ニ有リヤ↢何ノ殊異↡。比丘尼、仏ノ功徳難↠尽、粗説↢一相ヲ↡。王聞テ↢此物語ヲ↡、即歓喜シテ心開悟ス。

上しょう人にんの御ご入にゅう滅めつすでに三さん十じゅう年ねんに及およぶ。 当世とうせい上人しょうにんに値あひたてまつる人ひと、 その数かず多おおしといへども、 時じ代だいもし移うつらば、 往おう生じょうの有様ありさまにおいてさだめて蒙昧もうまいを懐いだかんか。 今いまいささか見聞けんもんの事ことを記しるすのみ。

◇上人御入滅已ニ及0392↢年ニ↡。当世奉↠値↢上人ニ↡之人、其数雖↠多ト、時代若移ラバ者、於↢在生之有様↡定懐ン↢蒙昧ヲ↡歟。今聊記ス↢見聞ノ之事ヲ↡矣。

わたくしにいはく、 ¬臨りん終じゅう記き¼ は上しょう人にんの語ことばにあらずといへども、 同おなじく ¬見聞けんもん¼ の奥おくにあり。 人ひとをして信しんを取とらしめんがために、 同おなじくこれを載のするものなり。 見みるもの意こころを得えよ。

私云、¬臨終記¼雖↠非↢上人語ニ↡、同ク在↢¬見聞ノ¼奥ニ↡。為↠令↢人ヲシテ取↟信ヲ、同載↠之者也。見者得ヨ↠意ヲ。▽