ろくようしょう だいろく きゅうほん しんまつ

 

二 Ⅱ ⅵ c ロ 「序分義」文

【25】つぎうんじょうぜん」 とらいふは、 「序分じょぶん」 のもん、 すなはち七縁しちえんなか第六だいろく第七だいしちりょうえんなり。

言↢「又云定善」等↡者、「序分義」文、即七縁第六・第七両縁名也。

ふていはく、 なんがゆゑぞりゃくしてえんだすや。

、何シテ↢二縁↡乎。

こたふ。 さきくところの三心さんしんなかに、 第三だいさんしんにいふところの 「ずい過去かここんじょう一切いっさいぼんしょう三業さんごう所修しょしゅしゅっけん善根ぜんごん」 とらはこれじょうさんなり。 このゆゑに散善さんぜんぶつかいとしておうじょうぎょうあらわす。 じょうぜんだいしょうこたへておうじょうかんしめす。 このじょうさんおのおのりきしておうじょうやくいまみょうだいひょうする、 けだしそのか。

答。前↠引之三心之中、第三之心↠云「随喜過去今生一切凡聖三業所修世出世間善根」等者定散也。是散善↢仏自開↡顕↢往生↡。定善↢韋提↡示↢往生↡。此定散機各帰シテ↢他力↢往生↡。今表スル↢名題↡、蓋意歟。

ふ。 本書ほんしょのごときは、 けんぎょうさきにあり、 かんのちす、 いまなんぞぜんする。

問。如↢本書↡者、顕行↠前、示観↠後、今何前後スル

こたふ。 序分じょぶん説相せっそうにんまづとうによりてじょうぜんしょうずといへども、 如来にょらい一切いっさいしょせっせんがためにまづ散善さんぜんひらきてのちじょうぜんしめす。 正宗しょうしゅう説相せっそう、 まづしょうもんおうじ、 のちかいあらわす。 いま正宗しょうしゅう説相せっそうだいきてぜんかくのごとし。

答。序分説相、夫人之意先↢当機↠請ズト↢定善↡、如来為↠摂センガ↢一切諸機↡先↢散善↡後↢定善↡。正宗説相、先↢請問↡、後↢自開↡。今就↢正宗説相次第↡前後如↠此

二 Ⅱ ⅵ c ロ 「散善義」文

【26】つぎいっは、 「散善さんぜん」 のおくじょもんなり。

一句者、「散善義」奥後序文也。

じょうよう」 とはそのあり。 いちには要門ようもん、 すなはちじょうさんなり。 には要法ようぼう、 すなはち念仏ねんぶつなり。 ¬さん¼ (法事讃巻下) に 「故使こし如来にょらいせん要法ようぼう」 といふがごとし。 すなはち真要しんようこれをほんとなす。

「浄土」者有↢其意↡。一ニハ要門義、即定散也。二ニハ要法義、即念仏也。如↣¬事讃¼云↢「故使如来選要法」↡也。即真要義是↢本意↡。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『礼讃』二文

【27】つぎ所引しょいんもん、 ¬おうじょう礼讃らいさん¼ の前序ぜんじょもんなり。 三心さんしんしゃく、 ほぼ ¬しょ¼ のしゃくおなじ。 ゆゑにべっしてせず。

所引文、¬往生礼讃¼前序文也。三心之釈、粗同↢¬疏¼釈↡。故不↢別シテ↡。

ない」 といふは深心じんしんしゃくなり。

言↢「乃至」↡者深心釈也。

ふ。 このなかになんぞ深心じんしんしゃくりゃくするや。

問。此スル↢深心↡乎。

こたふ。 深心じんしんしゃくだいかんなかしょうしゃくせてすでにもつてこれをく。 ゆゑにいまこれをりゃくす。

答。深心之釈第二巻↢智昇↡既↠之。故今略↠之

つぎに 「ない」 とは、 ねんしゅかすところのもんなり。

「乃至」者、所↠明↢五念・四修↡文也。

さつ」 のしもそくおう」 にいたるまではしゅほうかす結文けつもんなり。 かみにまさしくかのしゅほうかすところのもんのいはく、 「いちにはぎょうしゅ。 かのぶつおよびかの一切いっさいしょうじゅとうぎょう礼拝らいはいす。 には無余むよしゅ。 もつぱらかのぶつみょうしょうして、 かのぶつおよびしょうじゅとう専念せんねん専想せんそうせん礼讃らいさんしてごうまじへず。 さんにはけんしゅ相続そうぞくしてぎょう礼拝らいはい称名しょうみょう讃歎さんだん憶念おくねん観察かんざつこう発願ほつがんす。 心々しんしん相続そうぞくしてごうをもつてきたまじへず。 また貪瞋とんじん煩悩ぼんのうをもつてきたまじへず。 随犯ずいぼん随懴ずいさんして、 ねんへだときへだへだてずしてつね清浄しょうじょうならしむ。 にはじょうしゅひつみょうとなしてちかひてちゅうせず」 以上取意

「又菩薩」下至マデハ↢「足応知」↡明↢四修↡之結文也。上↠明↢彼四修↡之文、「一ニハ者恭敬修。恭↢敬礼↣拝仏及一切聖衆等↡。二者無余修。専シテ↢彼仏名↡、専↢念専↣想専↤礼讃シテ仏及聖衆↡不↠雑↢余業↡。三者無間修。相続シテ恭敬礼拝、称名讃嘆、憶念観察、廻向発願。心々相続シテ不↧以↢余業↡来マジ↥。又不↧以↢貪嗔煩悩↡来マジ↥。随犯随懴シテ、不シテ↢隔↠念↠時↟日使↢清浄ナラ↡。四者長時修。畢命↠期不↢中止↡。」 已上取意

ふ。 しゅほうとは、 論蔵ろんぞうとうじんさつ所修しょしゅほうろんず。 いはく ¬しゃろん¼ のじゅうしち (玄奘訳智品) にいはく、 「いちには無余むよしゅ福徳ふくとく智慧ちえしゅりょうしゅしてのこすことなきがゆゑに。 にはじょうしゅ三大さんだいこうそう祗耶ぎなしゅしてむことなきがゆゑに。 さんにはけんしゅしょうごんゆうみょうにしてせつせつしゅしてはいすることなきがゆゑに。 にはそんじゅうしゅ所学しょがくぎょうしてしゃくするところなくしゅしてまんなきがゆゑに。」 この論文ろんもんしゅうしゃくそういちにあらず。 無余むよしゅとは、 かれはふくりょう円満えんまんして遺余いよなきやくす、 これはいちぎょうぞうすることなきやくす。 じょうしゅとは、 かれは三大さんだいそうこうじょうおんやくし、 これはいっしょうひつみょうやくす。 なんぞそうするや。

問。四修者、論蔵等↢深位菩薩所修↡也。謂¬倶舎論¼二十七云、「一ニハ無余修。福徳・智恵二種資糧修シテキガノコスコト。二ニハ長時修。経↢三大劫阿僧祗耶↡修シテキガ↠倦コト。三ニハ無間修。精勤勇猛ニシテ刹那刹那シテスルコト。四ニハ尊重修。恭↢敬シテ所学↡無↠所↢顧惜スル↡修シテ↠慢故。」 論文与↢宗家釈義↡相違非↠一。無余修者、彼↧福智資糧円満シテ↢遺余↡義↥、此↢一行無↠雑スルコト↠余↡。長時修者、彼↢三大阿僧祇劫長遠之義↡、此↢ー生畢命之期↡。何相違スル乎。

こたふ。 論説ろんせつしかりといへどもいましゅぎょうきてずい転用てんようす。 すなはちいま所引しょいんめん」 とらは、 かの論説ろんせつかえりみてもうくるところのしゃくなり。

答。論説↠然↢今修行↡随義転用。即今所引「已勉」等者、顧↢彼論説↡所↠設クル釈也。

しょ善法ぜんぼう以下いげさん自利じりぎょうやくす。 このなか無余むよけんそんじゅう三修さんしゅ含容がんようす。

「所作善法」已下三句↢自利↡。此含↢容無余・無間・尊重三修↡。

きょうしゅじょう以下いげさん利他りたぎょうきてじょうしゅやくす。

「教化衆生」已下三句↢利他↡約↢長時修↡。

然今ねんこん」 とらは、 かのだいさつしゅぎょうこん煩悩ぼんのうばくぼんしゅぎょうぶんえたり。 ただがんおうじょうしんおこせば、 いっしょういちぎょうにおいてぶんしゅするかすなり。

「然今」等者、彼大菩薩四修之行、今時煩悩繋縛凡夫修行分絶タリ。只発セバ↢廻願往生之心↡、明↧於↢一生一行↡分スル↢四修↡義↥也。

とう以下いげ論蔵ろんぞうとう所説しょせつしゅ、 かのじょうにおいてねん任運にんうんそくするやくかす。

「到彼」以下↧論蔵等所説四修、於↢彼浄土↡自然任運具足スル↥也。

【28】うんにゃくよく捨専しゃせん」 とらは、 雑修ざっしゅしつはんずるしゃくなり。

「又云若欲捨専」等者、判ズル↢雑修↡之解釈也。

ふ。 本書ほんしょもんなかにはつぶさに専雑せんぞうしゅ得失とくしつぐ。 いま所引しょいん*しつりゃくしてとくだす、 なんのかあるや。

問。本書ニハ↢専雑二修得失↡。今之所引略シテ↠失↠得、有↢何↡耶。

こたふ。 だいかんなかとくはんずるもんき、 当巻とうかんなかしつはんずるしゃくく。 りょうしょあひらしてこれをらしむ。 なかんづく雑修ざっしゅ化土けどいんなるがゆゑにこのかんにこれをく。

答。第二巻↢判ズル↠得↡、当巻之中↢判ズル↠失↡。両処相照シテ令↠知↠之也。就↠中雑修化土ナルガ↠之

ない雑縁ぞうえん乱動らんどう」 とらは、 じゅうさんしつぐ。 なかにおいてはじめのとく翻対ほんたいしてそのるべし。 だいかん新本しんほんしょうするがごとし。 だい以下いげはこのなかよりかいしゅつす、 るべし。

「乃由雑縁乱動」等者、挙↢十三↡。於↠中翻↢対シテ↡可↠知↢其↡。如↢第二巻新本スルガ↡。第五以下↢此中↡開出、応↠知

ふ。 だいしつに 「ねん」 とらいひ、 第六だいろくしつに 「憶想おくそう」 とらいふ。 なんの差別しゃべつかある。

問。第五之失↢「係念」等↡、第六之失↢「憶想」等↡。有↢何差別↡。

こたふ。 ねん」 とらはこれ初心しょしんやくす、 憶想おくそう」 とらはしんやくするなり。

答。「係念」等者↢初心↡。「憶想」等者約スル↢後心↡也。

ふ。 いまだすところのしつはこれだいいたる。 だいじゅう以下いげしつせざるなんのゆえかあるや。

問。今所↠出↢第九↡。不↠載↢第十以下之失↡有↢何↡乎。

こたふ。 べつゆえなきか。 専修せんじゅとくをいふにすでにしゅだす。 よりて雑修ざっしゅしつしゅでず。 このゆゑにしつじゅうさんしつとただ開合かいごうなり。 これをもつてこれをいふに、 しつほかこうりゃく引用いんようすべからくときしたがふべきか。 しかりといへどもなほあながちにそのゆえもとめばそのようなきにあらず。 いはくだいしつざんさんあることなしといふにきてごうしゃくもんだしてさんそうかす。 そのさんしめすに煩悩ぼんのう賊害ぞくがいれっあずからず、 つひに真心しんしん徹到てっとうしょうあらわす。 その徹到てっとうしんはすなはちじょうしん、 すなはち三心さんしん発得ほっとくあらわす。 これ大要たいようなるがゆゑにぜんさんもんいでんがために、 自下じげしつりゃくしてさんしゃくもんすらくのみ。

答。無↢別由↡歟。云↢専修↡既↢四種↡。仍雑修失不↠出↢四種↡。是十三之失只開合ナリ。以↠之フニ↠之、四之外広略引用須↠随↠時歟。雖↠然猶強↢其↡者非↠無↢其要↡。謂第九↠云↠無↠有コト↢慚愧・懴悔↡出シテ↢興釈文↡明↢懴悔↡。示↢其懴悔↡不↠関カラ↢煩悩賊害劣機↡、終↢真心徹到勝利↡。其徹到即至誠心、即顕↢三心発得↡也。大要ナルガツイデンガ↢前後懴悔文義↡、略シテ↢自下↡引↢具スラク懴悔之釈文↡耳。

ない」 といふは、 前序ぜんじょおわりよりろくしも所引しょいん文前もんぜんいたるまで省略しょうりゃくするがゆゑなり。

言「乃至」者、自↢前序終↡至マデ↢六時所引文前↡省略スルガ故也。

上中じょうちゅう」 のしも分別ふんべつしゃくなり。 三品さんぼんさんそのつべし。

「上中下」下分別釈也。三品懴悔其意可↠見

しゅ」 とらは、 しゅつのためのゆゑにだいしんうえしゅするところのぜんを 「だつぶん善根ぜんごん」 といふものなり。

「久種」等者、為↢出離↡故菩提心↠修スル之善↢「解脱分善根」↡者也。

能如のうにょ」 とらは、 しょうにんとう如法にょほうさんあらわす。

「能如」等者、顕↢聖人等如法懴悔↡。

にゃく」 とらは、 これはくていたぐいりきさんじょうじがたきあらわす。 かくのごときの下機げき三品さんぼんさんしゅすることあたはずといへども、 真心しんしん徹到てっとうそのこうまつたくかみにいふところの三品さんぼん随分ずいぶん如法にょほうさんおなじ。 このゆゑにいまかみおな」 といふなり。

「若不」等者、↢薄地底下之類自力懴悔難↠成↡也。如↠此下機↠不↠能↠修スルコト↢三品懴悔↡、真心徹到其功全↢上↠言之三品随分如法懴悔↡。是今云↢「↠上同ジト」↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『観念法門』文

【29】つぎ所引しょいんもんうんそうろんしょう」 とらは、 ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ のねんえんしゃく、 これ弥陀みだ摂取せっしゅ心光しんこう念仏ねんぶつひとせっしてわたらざることをかす。

所引文、「又云総不論照」等者、¬観念法門¼護念縁釈、↧弥陀摂取心光摂シテ↢念仏↡不コトヲ↞亘↠余也。

つぶさなるもんせて第三だいさんかんまつにあり。 よりてそのしもにおいてほぼちゅうおわりぬ。

ナル文載↢第三巻↡。仍↢其↡粗註解

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『法事讃』文

【30】つぎ所引しょいんもんうん如来にょらいしゅつげん」 とらは ¬ほうさん¼ (巻下)しゃく。 このさんりゃくして一代いちだいせっきょうひょうしてつひに念仏ねんぶつそのしゅつようたることをすすむ。

所引文、「又云如来出現」等者¬法事讃¼釈。此讃略シテシテ↢一代説教↡遂↣念仏為コトヲ↢其出要↡。

如来にょらい」 とらは、 これ のうしゃこくあく(小経) とうきょうもんによる。

「如来」等者、↢「能於娑婆国土五濁悪世」等之経文↡。

ずい」 とらはたいなり。 「或説わくせつもん」 はしょうもんきょうす。 「或説わくせつしょう」 は縁覚えんがくきょうやくす、 じょう小乗しょうじょう。 「わくきょうふく」 はさつきょうす、 これはこれだいじょうさきじょうくわへてすなはちさんじょうとなす。 もしえんしゅうによらばさつじょうにおいてまただいしょうせっす、 三蔵さんぞうきょうさつあるがゆゑなり。 「ふく」 といふは、 ろくなかさきはこれふくのちいちなり。 「わくきょう禅念ぜんねん」 は仏心ぶっしんしゅうやくす。 ゆゑにこのなかだいしょう権実ごんじつきょうないきょう一代いちだいがんす。

「随宜」等者対機意也。「或説多聞」指↢声聞↡。「或説少解」約↢縁覚↡、已上小乗。「或教福」指↢菩薩↡、此大乗。加↢前二乗↡即為↢三乗↡。若ラバ↢円宗↡於↢菩薩乗↡又摂↢大小↡、有↢三蔵教菩薩↡故也。言↢「福」↡者、六度之中福、後恵也。「或教禅念」約↢仏心宗↡。故↢大小・権実・教内・教外一代↡也。

種々しゅじゅ」 とらは、 すなはち随分ずいぶんとくやくゆるす。 これこんじょうしゃたぐいきてしばらくろんずるところなり。 かの鈍根どんこん無智むちにおいてはそのやくがたし。 これがためにもうくるところは称名しょうみょうぎょうなり。 このゆゑにけっして 「無過むか念仏ねんぶつおう西方さいほう」 といふなり。

「種々」等者、即許↢随分得度之益↡。↢根性利者之類↡且所↠論ズル也。於↢彼鈍根無智↡者難↠得↢其↡。為↠之↠設称名行也。是シテ云↢「無過念仏往西方」↡也。

ふ。 いふところのけっ、 まことにしゅうなり。 ただしいまこれをのぞく、 要須ようしゅしっするをや。

問。所↠云結句、誠宗旨也。但今除↠之、失スルヲヤ↢要須↡耶。

こたふ。 一代いちだい化儀けぎしょうどうじょうてんにゅうきょうこん鈍根どんこん潤益にんやくだい念仏ねんぶつおうじょうしゅう極談ごくだんもんぶんみょうなり。 しかるにいっのぞくことは、 ことさらにそのゆえひょうす。 万善まんぜんしょぎょう化土けど業因ごういんなり。 このゆゑにひろかみしょ種々しゅじゅ以下いげおう西方さいほう」 にいたるまでをく。 まつ二句にくしもにおいて別載べっさいす。

答。一代化儀、聖道・浄土転入教旨、利根・鈍根潤益次第、念仏往生終窮極談、文意分明ナリ。而コトハ↢一句↡、故↢其↡。万善諸行化土業因ナリ。是↢上之諸句「種々」已下至マデヲ↢「往西方」↡。末後二句↠下

ふ。 しもにおいてするところおなじくこれ当巻とうかんじゅうがんもとにこれをくところなり。 かのがんすなはちまたしょぎょうがんなり。 なんぞべつとなすや。

問。於↠下所↠載スル当巻二十所↠引↠之也。彼願即亦諸行願也。何為↠別乎。

こたふ。 じきしょ徳本とくほんがんたりといへども、 またもんみょうごうくゆゑなり。

答。タリ↢植諸徳本之願↡、又説↢聞其名号↡故也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『般舟讃』二文

【31】つぎ所引しょいんもんうん」 とらは、 ¬般舟はんじゅさん¼ のしゃく

所引文、「又云」等者¬般舟讃¼釈。

万劫まんごう」 とらは、 これ十信じっしん一万いちまんごうしゅぎょうじょうおんにして煩悩ぼんのうけんきゃくしゅこうつづきがたきことをかす。 これ ¬瓔珞ようらく¼ 所説しょせつぜんぎょうによりてこのそうかす。 ¬かんぎょう¼ 所説しょせつとんぎょういんにゅうせしめんがためなり。

「万劫」等者、↢十信一万劫之修行長遠ニシテ煩悩間隔修功難コトヲ↟続↢¬瓔珞¼所説漸教↡明↢此義相↡。為↠令ンガ↣引↢入¬観経¼所説之頓教↡也。

門々もんもん」 とらは、 所引しょいんいまもんちゅうげんじっじゅうぎょうあり。 とうのぞきてかくのごとくかるることは、 ぜんぎょうなんぎょうしゅじゅう説相せっそうしゅとなれるがゆゑに、 いまいでこれをきすなはち 「修功しゅこう」 といひまた 「ぎょう」 といふ、 その功相こうそうおなじ、 「しょう法忍ほうにん」 といひ 「しょうしょう」 といふ、 そのやくまたおなじ。

「門々」等者、所引中間↢五十句二十五行↡。除↢彼等↡如↠此ヽコトハ↠引、漸教難行修習説相・義趣隣レルガ、今引↢次↡即云↢「修功」↡又云↢「苦行」↡、其功相同、云↢「証法忍」↡云↢「証無生」↡、其益又同

しかるにかみもんには 「六道ろくどうごうじゃこう」 といひてなんぎょうへざることをしめし、 いまこのさんには 「しゅみょうだんぶつこうしょう」 といひてぎょう頓益とんやくすすむ。 上下かみしもあひたすけてかんにゅうせしむるなり。

ニハ↢「六道恒沙劫未期」↡示↢難行コトヲ↟堪、今此ニハ↢「須臾命断仏迎将」↡勧↢易行頓益↡。上下相扶↢勧入↡也。

一食いちじき」 とらは、 あるいは一念いちねんといふ、 なほたんたり。

「一食」等者、或↢一念↡、猶↢短時↡。

貪瞋とんじん」 とらは、 貪瞋とんじんはこれいんのうしょうみちたり。 人天にんでんはこれしょしょうほうたり。 そのしょういんをいへばかいじゅうぜん、 しかるに貪瞋とんじんによりてかの戒善かいぜんふ。 このゆゑに人天にんでんぜんけず、 ただいたづらに三悪さんあくしゅあんず。 いまこのしめして大要たいようしょうすらくのみ。

「貪瞋」等者、貪瞋因、↢能障路↡。人天果、↢所障報↡。言ヘバ↢其生因↡五戒・十善、而↢貪瞋↡障↢彼戒善↡。是不↠受↢人天善果↡、只徒↢身三悪四趣↡。今示シテ↢此↡鈔スラク↢大要↡耳。

【32】つぎ所引しょいんもんうんじょうさん倶回くえ」 とらは、

所引文、「又云定散倶廻」等者、

かみに ¬かんぎょう¼ の序分じょぶん にょぼんとうりょうけんするしもにおいていま定散じょうさん倶回くえもんだし、 また 諸仏しょぶつ如来にょらいとうりょうするしもにおいていまだいそく」 のしゃくせておのおの愚解ぐげくわふ。 当巻とうかん新本しんほんしょうるべきなり。

↧料↢簡スル¬観経¼序分「汝是凡夫」等↡之下↥。出↢今定散倶廻之文↡、又於↧解↢了スル「諸仏如来」等↡之下↥載↢今「韋提即是」之釈↡各↢愚解↡。可↠見↢当巻新本↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『論註』文

【33】つぎ所引しょいんもん、 「ろん註釈ちゅうしゃく」 とは、 じょうかん本論ほんろんの 「真実しんじつどくそう(浄土論)もんするところのちゅうしゃくなり。

所引文、「論註釈」者、上巻所↠解スル↢本論「真実功徳相」文↡之註釈也。

いまじつどく」 のもんきて真実しんじつどくあらわすところのしゃく翻対ほんたいす。 つぶさにはだいかんなかにあり。

今引↢「不実功徳」之文↡翻↧対↠顕↢真実功徳↡之釈↥。具ニハ↢第二巻↡。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『安楽集』二文

【34】つぎ所引しょいんは ¬安楽あんらくしゅう¼ のもんじょうかんしゃくなり。

所引者¬安楽集¼文、上巻釈也。

じゅうもんうち大文だいもん第三だいさんばんしゃくあり。 その第三だいさんばんにまたばんあり、 いま所引しょいんだいばんなり。

十二門内、大文第三↢四番釈↡。其第三番亦有↢五番↡、今所引者第五番也。

だいじゅう」 とらは、 ¬だいじゅう¼ いちさん十巻じっかんほかに 「日蔵にちぞうぶん」 および 「月蔵がつぞうぶん」 おのおのいち十巻じっかんあり。 ゆゑに 「だいじゅう月蔵がつぞうぶん」 といふなり。

「大集」等者、¬大集¼一部三十巻↢「日蔵分」及「月蔵分」各一十巻↡。故云↢「大集月蔵分」↡也。

末法まっぽう」 とは、 これめつさんなか末法まっぽうときにおいてしょうどうしゅぎょうしょうがたきことをかす。

「我末法」者、↧滅後三時之中於↢末法↡聖道修行難コトヲ↞得↠証也。

ふ。 ほんきょうなかにいまだこのもんかんがへず、 いかん。

問。本経之中↠勘↢此↡、如何。

こたふ。 しゅもんなり。 この ¬しゅう¼ のじょうかん大文だいもん第一だいいちきょうこうよしかし、 時機じきやくするしもするところのもんなり。 いはくかの ¬きょう¼ のなかに、 つぶさに五箇ごこひゃくねんあいだほうじゅうおよび隠没おんもつそうあらわす、 あきらかにはじめのさんひゃくねんなかにはいでのごとくかいじょうおよびけんなり、 だいひゃくにはぞうけんなり、 だいひゃくにはとうじょうけんにしてびゃくほう隠没おんもつすることをもんなり。

答。取意文也。此¬集¼上巻大文第一↢教興↡、約スル↢時機↡下↠截スル文也。謂¬経¼中、具↢五箇五百年間法住及以隠没之相↡、明↢初五百年ニハ↠次戒定及恵堅固ナリ、第四五百ニハ造寺堅固ナリ、第五々百ニハ闘諍堅固ニシテ白法隠没スルコトヲ↡之文意也。

このしょうもんごん当巻とうかんおくかさねてこの ¬しゅう¼ をくにこのもんあり。

正文言、当巻之奥↢此¬集¼↡有↢此文↡也。

ふ。 ぎょう修道しゅどう簡別けんべつごんなし、 じょうわたるべし。 なんぞしょうどうかぎる。

問。起行修道無↢簡別言↡、可↠亘↢浄土↡。何↢聖道↡。

こたふ。 しょうどうしゅぎょうかいじょうにあり、 これりきはげむ。 じょう得道とくどうこうりきす。 ゆゑにしゃくこうふかしょうどうしゅにゅうほうたっしてこのしゃくもうくなり。

答。聖道修行↢戒定恵↡、↢自力↡。浄土得道↢功他力↡。故綽公意、深シテ↢聖道修入方軌↡設↢此↡也。

ふ。 しょうどうきょう末法まっぽうなかしゅぎょうとくそのしょうなきにあらず。 なんぞ 未有みう一人いちにん」 とらいふや。

問。聖道之教、末法之中修行得果非↠無↢其証↡。何云↢「未有一人」等↡乎。

こたふ。 いましゃくしょうはこれぞくす、 ぶんやくするか。 末法まっぽうしょうぶんまたしょきょうしょうあらんことをしゃせず。

答。今之意、少是属↠無、約スル↢多分↡歟。不↠遮↣末法少分又有ランコトヲ↢諸教証↡也。

当今とうこん」 とらは、 しゃくこうしゃくなり。

「当今」等者、綽公釈也。

ふ。 しゃくこうでんによるに大宋だいそうじょうかんいちじゅうねんきのとのみにゅうめつとしはちじゅう仏滅ぶつめつだいせつありといへども、 しばらく一説いっせつるに仏滅ぶつめつらいかのきのとのみいたるまで一千いっせんいっぴゃくじゅう三年さんねんなり、 しかればしょうぞうおのおの千年せんねんうち像法ぞうぼうなかばなり。 なんぞ 「末法まっぽう」 といふ。

問。依↢綽公↡大宗貞観一十九年乙巳入滅、年八十四。仏滅時代↠有↢異説↡、且拠ルニ↢一説↡仏滅已来至マデ↢彼乙巳↡一千一百九十三年ナリ。然者正像各千年内像法半也。何云↢「末法」↡。

こたふ。 いまふところはこれしょうぞうおのおの千年せんねんせつによる。 これはこれいちいましょうぼうひゃくねんせつぞんじてかくのごとくしゃくするなり。

答。今所↠問者是依↢正像各千年↡。此一義。今存ジテ↢正法五百年↡如↠此スル也。

ふ。 さきこたえのごとくはしょうどうすこしきしゅしょうあらんことをしゃせずと。 しかるにいましゃくに 「ゆい一門いちもん」 といふ。 ゆいごんしゃす、 なんぞじゅんせるや。

問。如↢前↡者↠遮↣聖道シキランコトヲ↢修証↡ 。而今釈云↢「唯有一門」↡。「唯」言↠余、何矛楯セル乎。

こたふ。 しょうどうしゅぎょうしょうぶん得道とくどうじょうしゅぎょう全分ぜんぶんぎゃくやく、 みなぶっこうぶりていちとしてもむなしからず。 ゆゑに 「ゆい」 といふなり。

答。聖道修行少分得道、浄土修行全分獲益、皆蒙↢仏加↡不↢一トシテモ而虚カラ↡。故云↠「唯」也。

【35】つぎうん」 とは、 おなじき (安楽集) かんもん大門だいもん第七だいしちりょうばんあるうちばんしゃくなり。

次「又云」者、同下巻文、大門第七↢両番↡内二番釈也。

かみのつぶさなるもん (安楽集巻下) にいはく、 「だいだんなか此彼ひし修道しゅどうこうもちゐる軽重きょうじゅうあつてほうしんかすとは、 もし発心ほっしんして西にしせんとほっせば、 ひとへにしょう礼観らいかんねんとうもちゐよ。 寿いのちじょうたんしたがひて、 りんみょうじゅう光台こうだいこうしょうして、 くかのほういたりて退たいかなふ。 このゆゑに ¬だいきょう¼ にいはく、 十方じっぽう人天にんでんわがくにらいしょうせんもの、 もしつひにめついたらずしてさらに退転たいてんあらば、 しょうがくらじ。 このほうには多時たじにつぶさにかいにんしんじょうしゅす。」

ナル、「第二段スト↢此彼修道用ヰル↠功経重アテ而獲↠報真偽↡者、若↢発心シテセント↟西者、単ヰヨ↢少時礼観念等↡。随↢寿長短↡、臨命終時光台迎接シテ、迅↢彼方位カナ↢不退↡。是¬大経¼云、十方人天来↢生センモノ↡、若シテツヰ↢滅度↡更↢退転↡者、不↠取↢正覚↡。此ニハ多時↢施・戎・忍・進・定・恵↡。」

またしもに ¬きょう¼ によりてつぶさにおう悪趣あくしゅぶ。 そのたいもし弥陀みだじょうせつおうじょうすることをつれば、 しゃどういちとんつ。 ゆゑに横截おうぜつづく」 といへる文等もんとうなり。 しげきによりてこれをりゃくす。

又下↠¬経¼具↧横↢五悪趣↡義↥。其大意云ヘル↧「若得ツレバ↣往↢生スルコトヲ弥陀浄刹↡、娑婆五道一時。故クト↦横截↥」之文等也。依↠繁↠文

二 Ⅱ ⅵ c ロ 私釈

【36】然今ねんこん以下いげがんいたるまでちょうはんひゃくじゅうぎょうわたくしおんしゃくなり。 なかにおいてさんとす。

「然今」以下至マデ↢「之願也」↡四丁半余百十二行御釈也。於↠中為↠三

いちもんはじめより 「いち之義しぎとうきょう」 といふにいたるまでは、 さんぎょうきてくわしく信心しんじんいちかし、 またしょしんぎょうおうじょう差別しゃべつそうとうはんず。

自↢文之始↡至マデハ↠云↢「一異之義答竟」↡、就↢三経↡委↢信心一異之義↡、又判↢諸機心行、往生差別相等↡。

次下つぎしも問答もんどうは、 またさんぎょうきて隠顕おんけんかし、 つひにさんぎょう一心いっしんじょうず。

次下問答、又就↢三経↡明↢隠顕↡、終↢三経一心之義↡。

さんに 「じょく」 のしもは、 ひょうするところのだいじゅうがんかんがために、 まづほぼがんじょしまたがんみょうだす。

「夫濁世」下、為↠引ンガ↢所↠標スル第二十↡、先粗叙↢願意↡又出↢願名↡。

初段しょだんなかに、 はじめより 「是也ぜや といふにいたるまでじゅういちぎょうは、 ほぼさんぎょうわたりて自解じげぶ。 いちりゅうじんたんおよびがたし。 こころざしとあらん後弟こうていとう、 かつはでんけ、 かつはりょうけんくわへてりょうすべからくのみ。

初段之中、自↠初至マデ↠云↢「是也」↡二十一行余者、粗亘↢三経↡述↢自解↡。一流深義難↠及↢短解↡。有ラン↢志↟智之後弟等、且↢師伝↡、且↢料簡↡可カラク↢領解ノミ

ねんじょうもつ」 のしもはまただいしゃくごんりて、 ほぼじょうさんなんじょうべんず。

「然常没」下又借↢大師釈義之言↡、粗弁↢定散難成之義↡。

息慮そくりょ廃悪はいあく序題じょだいもん立相りっそうじゅうしん像観ぞうかんなり。

息慮・廃悪序題門意、立相住心像観意也。

じゅうじん」 とらは華座けざかんしゃくそうねん以下いげはまたこれ像観ぞうかんなり。

「縦尽」等者花座観釈、「無相離念」以下又是像観意也。

もん」 といふは、 かみ所引しょいん序題じょだいもんしゃくる。

言↢「門」↡者、拠↢上所引序題門↡。

しゅしゅつしゅちょうおうしゅつおうちょう、 これらのみょう第三だいさんほんにあり。 このゆゑに愚解ぐげかのもとおわりぬ。

竪出・竪超・横出・横超、是等名義在↢第三↡。是愚解載↢彼↡畢

けん真実しんじつぎょうちゅう」 とは、

「已顕真実行之中」者、

ふ。 だいかんのいづれのしゃくもんすや。

問。指↢第二巻釈文↡乎。

こたふ。 かのかんおわりに念仏ねんぶつ諸善しょぜんきょう対論たいろんぐるに、 はじめにじゅう八対はったいだすよりこのかたおわり 「りきしんしゅうしょう (行巻) といふにいたるまでちょう有余うよ、 ことにじょう超勝ちょうしょうとくたんず。 とうすか。

答。彼ルニ↢念仏・諸善比校対論↡、初スヨリ↢四十八対↡已来終至マデ↣于云↢「他力真宗之正意也」↡二丁有余、殊↢浄土超勝至徳↡。指↢彼等↡歟。

じゅ」 とらは、

「復就」等者、

またふ、 あるいは 「せんぎょう」 といひあるいは 「雑心ざっしん」 といふまた 「せん」 といふ。 これらのみょうもくいづれのてんでたるぞや。

又問。或↢「専行」↡或↢「雑心」↡又云↢「五専」↡。此等名目出タルゾヤ↢何↡耶。

こたふ。 あながちに本拠ほんきょなし。 所対しょたいあるがゆゑにをもつてこれをづく。 すでに 「ぞうぎょう」 といふ、 「せんぎょう」 あるべし、 専雑せんぞうたいするがゆゑに。 すでに 「専心せんしん」 といふ、 「雑心ざっしん」 あるべし、 所対しょたいさきおなじ。 また 「ぞうぎょう」 といふ、 「雑心ざっしん」 あるべし、 しんぎょうたいするがゆゑに。 しゅがっするときなんぞせんはざらん。 こん処々しょしょにかくのごときみょうもくとうもちゐらる、 もつとももつてぎょうなりとなす。

答。強↢本拠↡。有↢所対↡故↠義↠之。既↢「雑行」↡、可↠有↢「専行」↡、対スルガ↢専雑↡故。已↢「専心」↡、可↠有↢「雑心」↡、所対同↠前。又云↢「雑行」↡、可↠有↢「雑心」↡、対スルガ↢心行↡故。合スル↢五種↡時盍↠言↢五専↡。今師処々↠用↢如↠此之名目等↡、尤以↠巧ナリト

¬禿とくしょう¼ (巻下)なかしち深信じんしん」 といひ、 「ろくけつじょう」 といひ、 また 六即ろくそく」・「三印さんいん」・「さん」・「さんずいじゅんとうといふ。 けだし一轍いってつなり。

¬愚禿鈔¼中↢「七深信」↡、云↢「六決定」↡、又云↢「六即」・「三印」・「三無」・「三随順」等↡。蓋一轍也。

だいだんなか

第二段

きょうおうけんしょう」 とらは、 このきょうはこれ ¬小経しょうきょう¼ をす。 その顕説けんぜつとは、 ただ善本ぜんぽん徳本とくほんのうたのみて、 こころ利他りた願力がんりきかずりきこころはげます、 この分斉ぶんざいやくす。

「此経応有顕彰」等者、此↢¬小経¼↡。其顕説者、只↢善本徳本功能↡、不↠↢心於利他願力↡励↢自力↡、約↢此分斉↡。

その隠説おんぜつとは難信なんしんほう、 これすなはち願力がんりき思議しぎほう信心しんじんほんとなす。 これを甚難じんじんとなす。 諸仏しょぶつ証誠しょうじょうそのここにあり。 ゆゑに顕説けんぜつやくしてあるいはこの ¬きょう¼ の善根ぜんごんもんき、 あるいは無過むか念仏ねんぶつしゃくく。 さきにこののぞくはここにせんがためなり。 しょうりきぎょうもんじゅうがんぶんもんみょうくがゆゑに、 これによりていまこの文等もんとうくなり。

隠説者難信之法、是則願力不思議法、信心↠本。是↢甚難↡。諸仏証誠其意在↠斯。故シテ↢顕説↡或↢此¬経¼多善根↡、或↢無過念仏解釈↡。前クハ↢此↡為↠載ンガコヽ也。口称自力之行門者二十分、説↢聞名↡故、因↠茲今引↢此文等↡也。

ごんしょうしゃ」 のしも隠説おんぜつやくす。 所引しょいんもんぶるところのふかちゃくすべし。

「言彰者」下↢隠説↡。所引之文↠述之義深↢思択↡。

是以ぜい以下いげはそのさんぎょういっむねけっし、 またしんのうにゅうようあらわす。

「是以」以下↢其三経一致之旨↡、又彰↢信為能入之要↡。

だい信心しんじんかいじん」 とらは、

「大信心海甚以」等者、

ふ。 仏力ぶつりきによるがゆゑにほっせしめばなんぞりがたからんや。

問。由↢仏力↡故↢発起↡者何カラン↠入乎。

こたふ。 りきしんることはなはだかたきがゆゑなり。 もしりき真実しんじつしんばはなはだきやすかるべし。 真実しんじつ以下いげしもこのあらわすなり。

答。得コト↢他力↡甚ハダキガ故也。若↢他力真実↡者甚ハダ↠易カル↠往。「真実」以下、下之意顕↢此↡也。

第三だいさんだんじゅうがんきてそのたいべ、 またとくみょうだす。 たいつべし。

第三段者就↢二十↢其大意↡、又出↢得名↡。大意可↠見

とくみょうといふは、 「じきしょ徳本とくほん」・「すいしゃ」・「しんこう」、 ともにきょうもんきてこのがんみょうあり。 「ねん定生じょうしょう」 は真源しんげんこれをづく、 黒谷くろだにこれにる。

言↢得名↡者「殖諸徳本」・「不果遂者」・「至心廻向」、共↢経文↡有↢此願名↡。「係念定生」真源名↠之、黒谷拠↠此

二 Ⅱ ⅵ c ロ 第二十願文

【37】つぎ引文いんもんなかに、 所引しょいんがんだいじゅうなり。

引文、所引願者第二十也。

当願とうがんは、 ひとへに善本ぜんぽん徳本とくほんりきたのみてぶっなんりきしんぜず。 しかりといへどもつひにねんいんによりてすいせしむるなり。

当願意者、偏↢善本徳本功力↡不↠信↢仏智難思他力↡。↠然リト↢係念之因↡令↢果遂↡也。

ふ。 すい」 といふは、 びょう黒谷くろだにともにさんしょうすいはんず。 こんおなじや。

問。言↢「果遂」↡者、御廟・黒谷共↢三生果遂之義↡。今師同ジヤ乎。

こたふ。 さんしょうがいすべからず。

答。三生之義不↠可↢違害↡。

ふ。 当願とうがんやく化土けどたらば、 すいするところほうおうじょうやくたるべきか。

問。当願之益為↢化土↡者、所↢果遂スル↡者可↠為↢報土往生益↡歟。

こたふ。 いっしょうもんみょういっしょうしょういっしょうほう、 かくのごとくすいやくほうなるべからくのみ。 ¬だいきょう¼ のにいはく、 「もしこのしゅじょう、 その本罪ほんざいりて、 ふかくみづからしゃくして、 かのところはなれんともとめば、 すなはちのごとくりょう寿じゅぶつみもと往詣おうげいすることをん。」 かの往詣おうげいぶっしょときしてすいといふなり。

答。一生聞名・一生化生・一生報土、如↠此↠意果遂之益可カラク↢報土ナル↡耳。¬大経¼下、「若衆生、識↢其本罪↡、深悔責シテ、求メバ↠離レント↢彼↡、即得↣如↠意往↢詣スルコトヲ無量寿仏↡。」 シテ↢彼往詣仏所之時↡云↢果遂↡也。

ふ。 かのてんしょうとはそのしょうあらためず、 なんぞさんしょうならんや。

問。彼転生者不↠改↢其↡、何三生ナラン乎。

こたふ。 しょうあらためずといへども、 三種さんしゅさわりはなれて三種さんしゅやくてんしょうあたる。 れいせばへんにゃくしょうのごときこれなり。

答。雖↠不↠改↠生、離↢三種↢三種↡。義当↢転生↡。例セバ↢変易生死↡是也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 胎生文

【38】つぎごん」 とは、 おなじき (大経) かんもん、 これしゅじょうぶっわくして罪福ざいふくしんずるものたいしょうくることをく。

「又言」者、同下巻文、↧衆生疑↢惑シテ仏智↡信ズル↢罪福↡者受コトヲ↦胎生↥也。

このしも所引しょいんすいやくきてみょうごう諸文しょもんだす。

此下所引↢果遂↡出↧説↢名号之利↡諸文↥。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 三十偈文

【39】つぎごん」 とは、 さんじゅうもん

「又言」者、三十偈文。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『如来会』文

【40】つぎ所引しょいんは、 ¬如来にょらい¼ のもん不果ふかすいをもつて 「しょう」 とくことは、 いふところのすいそくおうじょうなるゆゑなり。

所引者、¬如来会¼文。以↢不果遂↡説コト↢「不生」↡者、所↠言果遂即往生ナル

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『平等覚経』文

【41】つぎに ¬かくきょう¼ のもんごん六言ろくごんしゅことなりといへども、 文言もんごんしゅおほきに ¬だいきょう¼ のさんじゅうおなじ。

¬覚経¼文。五言六言、字数↠異ナリト、文言・義趣大↢¬大経¼三十偈↡矣。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『観経』文

【42】つぎに ¬かんぎょう¼ のもんずういたりてぶつみょうぞくするぶつなり。

¬観経¼文。↢流通↡附↢属スル仏名↡之仏語也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『小経』文

【43】つぎに ¬小経しょうきょう¼ のもん。 「しょうこく」 にいたるまではしょう善根ぜんごんしょうく。 聞説もんせつ以下いげみょうごうしゅうやくくところなり。

¬小経¼文。至マデハ↢「生彼国」↡説↢少善根不生之義↡。「聞説」已下所↠説↢名号執持↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 「定善義」文

【44】つぎ所引しょいんとうは、 しゅうしゃくそうじてだんあり。

所引等、宗家解釈、総ジテ↢九段↡。

はじめは 「じょうぜん」。 ¬きょう¼ の念仏ねんぶつ摂取せっしゅもんするしゃくさんぎょうひょうす、 そのもんつべし。

「定善義」。解スル↢¬経¼念仏摂取↡釈、標↢三経↡、其文可↠見

二 Ⅱ ⅵ c ロ 「散善義」三文

【45】つぎ所引しょいんもんうんけつじょう深信じんしん」 とらは、 「散善さんぜん」 のしゃく

所引文、「又云決定深信」等者、「散善義」釈。

さんぎょうきて深信じんしんしゃくするなかに、 ¬弥陀みだきょう¼ によるしゃく以下いげようりてかる。 第三さいさんかんほんにつぶさに三心さんしんしゃくせらるによりてこのもんあるがゆゑに、 その所引しょいんしもにほぼちゅうくわおわりぬ、 よりてかさねてせず。

↢三経↡釈スル↢深信↡中、依↢¬弥陀経¼↡解釈以下取↠要↠引。第三巻↢具ルニ↟載↢三心之釈↡有↢此文↡故、其所引粗加↠註、仍↢重↡。

ふ。 第三だいさんにこれをく、 なんぞかさねてくや。

問。第三↠之、何引耶。

こたふ。 第三だいさんにはひろ当巻とうかんにはりゃくしてく。 またりょうかんにおいてたがひに除取じょしゅあり、 なきにあらず。

答。第三ニハ当巻ニハシテ。又於↢両巻↡互↢除取↡、非↠無↠異也。

とくしょう」 のしもに 「ない」 といふは、 深心じんしん」 のしもじゅうなんなかだいに 「推験すいげんみょう」 といふにいたるまでじっちょうはんのぞくところこれなり。 ただしのぞくところのうち大益だいやく」 にいたるまでじゅうはっちょう第三だいさんかんほんにこれをくがゆゑにのぞく。 深心じんしん」 のしもじゅうぎょう、 かのかんおなじくのぞく。 ただしこのもんに 「諸仏しょぶつごんぎょうそうしつ縦令じゅうりょう」 といふじゅう、 かのかんにこれをのぞきてこのかんにこれをく。

「得生」之下言↢「乃至」↡者、「又深心」下四重マデ↣第四↢「推験明知」↡二丁半余、所↠除是也。但↠除内至マデ↢「大益也」↡十八丁余、第三巻↠之。「又深心」下四十余行、彼。但↢「諸仏言行不相違失縦令」↡十字、彼↠之↠之

経中きょうちゅうせつ」 のしもに 「ない」 といふは、 「しゃ讃嘆さんだん極楽ごくらく種々しゅじゅしょうごん」 といふところのじゅうこれなり。

「経中説」下言↢「乃至」↡者、所↠云↢「釈迦讃嘆極楽種々荘厳」↡十字是也。

【46】つぎ所引しょいんもんうん然望ねんもう仏願ぶつがん」 とらは、 「散善さんぜん」 のしゃくじょうぼんの 「しょうぶつみょう来迎らいこうにょ(観経意)もんするしゃくなり。

所引文、「又云然望仏願」等者、「散善義」釈スル↢下上品「称仏名故我来迎汝」之文↡釈也。

そのかみもんにいはく、 「所聞しょもんさんただしょうぶつこうべて、 われきたりてなんぢをむかふといふ、 もんきょうろんぜず。」

云、「所聞化讃但述↢称仏之功↡、我来フト云↠汝↠論↢聞経之事ヲバ↡。」

雑散ぞうさんごう」 とは、 きょうだいくはこれぞうぎょうなり。 また餐受さんじゅしんさんせしむるがゆゑに雑散ぞうさんごうづく。 称名しょうみょうごうとはこれしょうごうなり、 さんせっしてしんじゅうせしむ。 ゆゑにおなじからず

「雑散」者、聞↢経↡者雑行也。又餐受心令ムルガ↢浮散↡故↢雑散↡。称名正業也、摂シテ↠散セシム↠心。故不↠同也。

にょ」 とらは、 これにさんあり。 いちにいはく、 「さんきょう」 をす。 いはく 「このきょう」 とはすなはちこれ ¬かんぎょう¼、 「およびしょ」 とはすなはちだいしょう二部にぶきょうす。 にいはく、 一代いちだいきょうす。 「にょきょう」 とはこれさんす、 「しょちゅうとはひろしょきょうす。 さんにいはく、 ひろ一代いちだいしょだいじょうきょうをもつていまじょうさんおさむるなり。

「如此」等者、此↢三義↡。一云、指↢「三部経」↡。謂「此」者即¬観経¼、「及諸部」者即指↢大小二部↡也。二云、指↢一代↡。「如此経」者↢三部↡、「諸部」中者広↢諸経↡。三云、広↢一代諸大乗経↡今収ムル↢浄土三部↡意也。

【47】つぎ所引しょいんは、 おなじき (散善義) ずうしゃくかみ所引しょいんぞくなんぶつするしゃくなり。

所引者、同流通釈、解スル↢上所引附属阿難仏語↡釈也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『法事讃』三文

【48】つぎ所引しょいんもん三段さんだんともにこれ ¬さん¼ のしゃく

所引文、三段共¬事讃¼下釈。

そのなかはじめは ¬きょう¼ のしょうぜんしょうするさんつぎりょうはこれじょく劫末こうまつしゅじょう邪見じゃけんにしてしんじがたきことをかす。 けん信心しんじん勧発かんぽつしてながりんつにあり。 のちいちはんは、 あるいはいっせあるいは二句にくせて処々しょしょにこれをく。 しょきょう念仏ねんぶつしょうれつたいする簡要かんようもんなり。

スル↢¬経¼少善不生↡讃、次両偈者↢五濁劫末衆生邪見ニシテコトヲ↟信。意↧勧↢発シテ堅固信心↡永ツニ↦輪廻↥。後一偈半、或↢一句↡或↢二句↡処々↠之。諸教念仏対↢比スル勝劣↡簡要文也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『般舟讃』文

【49】つぎりょうは、 ¬般舟はんじゅさん¼ のもん

両偈者、¬般舟讃¼文。

はじめのもん一切いっさい如来にょらい」 とらは、 これしょ仏道ぶつどうどうかす。 ずい」 とらは、 これしょきょう一分いちぶんやくかす。 こんじょうなるものはみなやくこうぶる。 各得かくとく」 とらは、 かのしょきょうつひに真門しんもんるをそのやくとすることをかすなり。

「一切如来」等者、↢諸仏道同之義↡。「随機」等者、↢諸教一分利益↡。根性利ナル皆蒙↠益也。「各得」等者、明↧彼諸教終ルヲ↢真門スルコトヲ↦其↥也。

ない」 といふは、 門々もんもんどう八万はちまん」 のしもぎょうこれなり。

言↢「乃至」↡者、「門々不同八万四」下九行是也。

つぎいちうちはじめの二句にく第三だいさんかんまつりゃくしてこれをくといへども、 いま当巻とうかんにおいてまつたくいちく。 「ぶっきょう」 とらは、 これまたまさしく一代いちだいせっきょうあまねくしょおうずることをかす。 こんしゅぎょうもしじょうぜずはたやすく常住じょうじゅうべからず。 ゆゑに西方さいほうもんるべしとすすむるなり。

一偈内、初之二句第三巻シテ雖↠引↠之、今於↢当巻↡全↢一偈↡。「仏教」等者、又正↣一代説教普ズルコトヲ↢諸機↡。下根修行若不↠成者不↠可↣輙得↢常住之果↡。故ムル↠可シト↠入↢西方↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『礼讃』文

【50】つぎ所引しょいんもんうん」 とらは、 ¬礼讃らいさん¼ のじょしゃくさきせんぞうしゅ得失とくしつけっするしゃくなり。

所引文、「又云」等者、¬礼讃¼序釈、結スル↢前専雑二修得失↡釈也。

せんちゅう」 とらは、

「千中」等者、

ふ。 さきにはいちさんおうやくゆるす。 いまなんぞそうする。

問。前ニハ↢一二、三五往益↡。今何相違スル

こたふ。 だつなり。 あたへてしょうぶんゆるうばひて 「いち」 といふ。 またきょうによるに、 化土けどしょうにおいてしばらくいちさんおうじょうゆるす。 しかるにりきみちやくなほかたし。 ゆゑに見聞けんもんするところ現在げんざい得益とくやくいまだそのしょうず。 ゆゑにせんなかにそのひとりもなしといふ。

答。与奪意也。与ヘテ↢少分↡奪↢「無一」↡。又依↢教意↡、於↢化土↡且↢一二、三五往生↡。而自力化益猶難。故所↢見聞スル↡現在得益未↠得↢其↡。故云↣千↢其↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 元照釈文

【51】つぎがんじょうしゃく (弥陀経義疏)

元照釈。

もんやすし。 ただし きょう」 にきて、

意易↠見。但↢「碑」↡、

ふ。 ¬せんじゃくしゅう¼ のなかりゅうじょ ¬どうもん¼ を勘載かんさいしていはく、 「一心いっしんらんよりしかもしもにいはく、 もつぱらみょうごうたもつ、 称名しょうみょうをもつてのゆゑに諸罪しょざいしょうめつす。 すなはちこれ善根ぜんごん福徳ふくとく因縁いんねんなり。 いまつたはれるほんにはこのじゅういちだっす。」 いまもちゐるところは 「」 をもつて 「しょう」 となす。 また 「どく」 のさんぞうす。 また 「福徳ふくとく」 のかみに 「」 のいちあり。 しゅ増減ぞうげんそういかん。

問。¬選択集¼中勘↢載龍舒¬浄土¼↡云、「自↢一心不乱↡而、専持↢名号↡、以↢称名↡故諸罪消滅。即多善根福徳因縁ナリ。今レルニハ↢此二十一字↡。」 今所↠用者以↠「持」為↠「称」。又「多功徳」三字加増。又「福徳」上↢「多」一字↡。字数増減相違云何。

こたふ。 こころみに二義にぎだす。 いちには ¬きょう¼ (小経) には 「不可ふか思議しぎどく」 とき、 ¬ろん¼ (浄土論) には 「真実しんじつどくそう」 とはんず。 ゆゑにごんにこれをりゃくすといへどもかならずあるべし、 ゆゑにどくといふ。 すでにこれじょうだいどくなり。 だいしょうつうず、 ゆゑにいひて善根ぜんごん福徳ふくとくとなす。 みなことごとくえんせり、 ゆゑに 「福徳ふくとく」 のかみに 「」 のくわふるか。 にはせきほんにおいてほんあるか。 「」 と 「しょう」 とのりょうすなはちこれによるらくのみ。

答。試↡二義↡。一ニハ¬経ニハ¼説↢「不可思議功徳」↡、¬論ニハ¼判↢「真実功徳相」↡。故雖↠略スト↠之義必可↠在、故云↢功徳↡。既無上大利功徳ナリ。大↢多勝↡、故為↢多善根福徳↡。皆悉円備セリ、故「福徳」上加↢「多」字↡歟。二ニハ↢石碑↡有↢異本↡歟。「持」「称トノ」両字即由ルラク↠此ノミ

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『弧山疏』文

【52】つぎ所用しょようもんざんしょ」 とは、 えんほっの ¬小経しょうきょうしょ¼ なり。

所用文、「弧山」者、智円法師¬小経疏¼也。

しゅう」 とらは、 ¬智度ちどろん¼ (巻五六滅諍乱品) にいはく、 「信力しんりきのゆゑに念力ねんりきのゆゑにたもつ。」 じゃくの ¬だいきょう義記ぎき¼ のしもじゅしゃくしていはく、 「じゅとはしんりょうのうをなすがゆゑに、 とはることわすれざるがゆゑに。」 これらのしゃく、 そのみなおなじ。

「執持」等者、¬智度論¼云、「信力念力。」 寂師¬大経義記¼下シテ↢受持↡云、「受ナス↢心領納、得コト↠記ルガ↠忘。」 此等之釈、其意皆同

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『大経』文

【53】つぎ大本だいほん」 とは、 ¬だいきょう¼ のかんずうもんなり。

「大本」者、¬大経¼下巻流通文也。

ぶつろく其有ごう以下いげずうとするなかだんあるうち第一だいいちたんきょう勧学かんがくあり。 そのなかにおいていま所引しょいんりょうだん所引しょいんはじめより ただしまさしくはかみぶつろく」 よりなん無過むかなん」 といふにいたる、 なんげてしんすすむ。 ほう」 よりしもしんじゅん如法にょほうしゅぎょう」 といふにいたるまではけっしてしゅぎょうすすむ。

「仏語弥勒其有」已下↢流通↡中↢四段↡内、第一嘆経勧学↠五。於↢其↡今所引者四・五両段。自↢所引初↡↢上「仏語弥勒」↡ ↠云↢「之難無過此難」↡、四↠難↠信。「故我法ヨリ」下至マデハ↠云↢「信順如法修行」↡、五シテ↢修行↡。

だいなんげてしんすすむるなかにまたわかちてとなす。 もんはじめより 「やくなん」 にいたるまでは、 これまづそうやくす。 にゃくもん以下いげは、 つぎべつやくするなり。

第四↠難↠信之中又分為↠二。自↢文之初↡至マデハ↢「亦為難」↡、↠総。「若聞」已下、次スル↠別也。

そうやくするなかじょうよう (大経義疏巻下意) によるに、 「なんとらは、 うまれてぶつあたる、 これをづけてとなす、 るをけんしょうす。 これみなかたし。 難得なんとくとらは、 きょうかんる、 これをずけてとくとなす、 みみくをもんといふ。 またりょうじゅすべし、 これをなづけてとくとなす。 みみさんするをもんしょうす。 これらみなかたし。 さつとらは、 さつしょうしもはそのぎょうほうこれをくことはなはだかたきことをかす。 ぐうぜんしきのうぎょう亦難やくなんしゅぎょうなんかす。

スル↠総之中↢浄影↡、「難値等者、生レテ↢仏時↡、名↠之↠値、目↠見。此皆難也。難得等者、手↢経巻↡、名↠之↠得、耳↠聞。亦可↢領誦↡、ナヅケ↠之為↠得。耳スルヲ↠聞。此等皆難。菩薩等者、菩薩勝↢其行法聞コト↠之甚難コトヲ↡。遇善知識能行亦難↢修行↡。

べつやくするなかなんちゅうとらは、さきさん約対やくたいす。 いまいふところは見仏けんぶつなんのぞ この ¬きょう¼ のなか修学しゅがくすることもっともかたきことをかす、 余義よぎほう処々しょしょによろしくくべし。 じょう開顕かいけんしてひとをしておうじょうせしめ、 ひとりこのいっきょうこれをもつともかたしとなす。」 じょうおん

スル↠別之中難中等者、約↢対↡。 今所↠言者除↢見仏↢此¬経¼中修学スルコトコトヲ↡、余義・余法処処↠説。開↢顕シテ浄土↡教↢人ヲシテ往生↡、独一経為↢是シト↡。」 已上遠意

このしゃくきてわたくしにするところあり。 いはゆるはじめのなかに 「もん亦難やくなん」 にいたるまではひろ一代いちだいやくす。 まさしくこれをそうとなす。 そのもんなかにおいて如来にょらい」 とらは、 ぶつざいにおいてその仏宝ぶっぽうやくす、 諸仏しょぶつ以下いげはそのめつにおいてこれ法宝ほうぼうやくす。 さつ」 とらは、 これ僧宝そうぼうやくす。 遇善ぐうぜん」 とらは、 これそうぞくすといへどもべつたいするか。 これすなはちこのもん浄教じょうきょうぞんず。 そのなかいまぎょうへんやくす。 にゃくもん以下いげべつなかべつなり。 いはく安心あんじんやくしてこの信心しんじんる、 なんなかなんなり。 この信行しんぎょうけっしてしもに 「しんじゅん如法にょほうしゅぎょう」 とく。 かつはいちりゅうでんしゅうにより、 かつは一分いちぶん短慮たんりょりょうきていささかもつてこれをしるす。 くみすべからず、 愚意ぐいぶらくのみ。

↢此↡私↠所↠解スル。所謂初マデハ↢「聞亦難」↡広↢一代↡。正↢之↡。於↢其↡「如来」等者、於↢仏在世↡約↢其仏宝↡。「諸仏」已下↢其滅後↢法宝↡。「菩薩」等者、↢僧宝↡。「遇善」等者、↠属スト↠総スル↢別↡歟。是則此文存↢浄教↡。其↢起行之辺↡。「若聞」已下之別ナリ。謂シテ↢安心↡得↢此信心↡、難難也。結シテ↢此信行↡下↢「信順如法修行」↡。且↢一流口伝宗旨↡、且↢一分短慮領解↡聊以↠之。他不↠可クミノブラク↢愚意ノミ

だい結勧けっかんしゅぎょうもんなかに、 是故ぜこ」 とらは、

第五結勧修行、「是故」等者、

じょうよう (大経義疏巻下) のいはく、 「ほうといふはこのきょうぼうぐ。 にょとは、 この ¬きょう¼ 弥陀みだ如来にょらい修願しゅがんしゅぎょう宣説せんぜつしてしんるをにょづく。 にょせつとは、 如来にょらいしゅうのために宣説せんぜつするをにょせつづく。 にょきょうとは、 如来にょらいじょうらいひとおしへておうじょうせしむるをにょきょうづく。」

浄影師、「言↢我法↡者挙↢此経法↡。如是作者、此¬経¼宣↢説シテ弥陀如来修願修行↠身↠土↢如是作↡。如是説者、如来為↠衆宣説スルヲ↢如是説↡。如是教者、如来上来ヘテ↠人往生セシムルヲ名↢如是教↡。」

じゃく (大経義記巻下) のいはく、 「にょとは、 いはく神通じんずうりん、 かれをして発心ほっしんせしむるがゆゑに。 にょせつとは、 いはくせつりんしんりてくがゆゑに。 にょきょうとは、 いはくきょうかいりんきょうじゅきょうかいするがゆゑに。」

義寂師云、「如是作者、謂神通輪、令 シムルガ↢彼ヲシテ発心↡故。如是説者、謂記説輪、知↠心而説クガ。如是教者、謂教誡輪、教授教誡スルガ。」

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『涅槃経』三文

【54】つぎに ¬はんぎょう¼ のもん

¬涅槃経¼文。

これかみの ¬だいきょう¼ にしき信心しんじんしょうとくくにきて、 きょうたりといへどもひそかにかみもんす。 すなはちじょうらい処々しょしょにこれをぶるがごとし。 弥陀みだみょうごうはんなるがゆゑに、 そのないしょうきてこれを得合とくごうせらる。 こんしょうゆえあるものなり。 この ¬きょう¼ の所引しょいんにその三段さんだんあり。

¬大経¼就↠説↢知識信心勝徳↡、雖↠タリ↢他経↡竊↢上↡。即如↢上来処々ルガ↟之。弥陀名号涅槃ナルガ、付↢其内証↡被↣得↢合↡。今師己証有↠由者也。此¬経¼所引↢其三段↡。

にょきょうちゅう」 とは、 これはじめにぜんしきとくならびに信心しんじんやく讃説さんせつす。 ごん」 のしもつぎしんそくそうきてしんそうらしむ。 また ごん」 のしものち譬喩ひゆきてまたしきたんず。 はじめのだんつべし。

「如経中」者、讃↢説善知識徳并信心↡。「又言」之下次説↢信不具足之相↠知↢信↡。又「又言」下↢譬喩↡又嘆↢知識↡。初↠見

【55】だいだんなかに、 みょうもつもつ」 とらいふは、

第二段、言「是名没々已等者、

かの ¬きょう¼ のだいさんじゅうかん (北本巻三二師子吼品 南本巻三〇師子吼品) にいはく、 「ごうほとり七種しちしゅひとあるがごとし、 こうぞく恐畏おそれてすなはちちゅうる。 第一だいいちひとみずりてすなはちしずむ。 だいひともっすといへどもかえりてづ、 でをはりてまたもっす。 第三だいさんひともっしをはりてすなはちづ、 でてさらにもっせず。 だいひとりをはりてすなはちもっす、 もっしをはりてかえりてづ、 でをはりてすなはちじゅうしてあまねくほうる。 だいひとりをはりてすなはちしずむ、 しずみをはりてかえりてづ、 でをはりてすなはちじゅうす、 じゅうしをはりてほうをはりてすなはちる。 第六だいろくひとりをはりてすなはちる。 あさところにすなはちじゅうしてぞく近遠ごんおんる。 第七だいしちひとはすでにがんいたりて大山だいせんのぼあがりてまた恐怖くふなし。 もろもろの怨賊おんぞくはなれてだいらくく。」

¬経¼第三十二巻云、「如↣恒河↢七種人↡、恐↢畏寇賊↡則入↢河中↡。第一人者入↠水即沈。第二人者↠没スト、出已復没。第三人者没即出、出デヽ不↠没。第四人者入便、没、出即住シテ↢四方↡。第五人者入即沈、沈、出已即住、住↠方即去。第六人者入即去。浅即住シテ↢賊近遠↡。第七人者既↢彼岸↡登↢上大山↡無↢復恐怖↡。離↢諸怨賊↡受↢大快楽↡。」

これはこれ譬喩ひゆなり。 がっせば、 第一だいいち闡提せんだいだい造悪ぞうあく第三だいさん内凡ないぼんだい四果しかだいぶつ第六だいろくさつ第七だいしちぶつなり。 このなかいまだいひとだすなり。

譬喩ナリ。合↢譬↡者、第一闡提、第二造悪、第三内凡、第四々果、第五支仏、第六菩薩、第七仏也。此↢第二↡也。

うんみょうもん」 とらは、

「云何名為聞不」等者、

ふ。 この所引しょいんもん、 まつたくせてもつて第三だいさんかんまつにあり、 なんぞかさねてくや。

問。此所引文、全載↢第三巻↡、何耶。

こたふ。 かの所引しょいんはそのもんおおきにあらず。 いまいちもん所引しょいんこれおおし。 こうりゃくとなす。 また第三だいさんかんにはもんそくをもつて信心しんじんあらわさんとほっす。 当巻とうかんなかにはそくをもつてしんあらわさんとほっす。 りょうしょ所引しょいんなきにあらざらくのみ。

答。彼所引者其文非↠多。今一具文、所引。広略為↠異。又第三巻ニハ↢聞具足↡欲↠顕サント↢信心↡。当巻之中ニハ↢不具足↡欲↠顕サント↢不信↡。両処所引非ラク↠无キニ↠異耳。

【56】第三だいさんだんなかに、 第一だいいち真実しんじつぜん」 とらは、

第三段、「第一真実善知」等者、

ふ。 すでに諸仏しょぶつならびにしょさつをもつてぜんしきとなす。 浄教じょうきょうつたふといへども、 ぼんしきそのぶんあずかりがたし。 さらに仰信ごうしんあるべからざるか。

問。已↢諸仏並諸菩薩↡為↢善知識↡。雖↠伝↢浄教↡、凡夫知識難アヅカリ↢其↡。更不↠可↠有↢仰信義↡歟。

こたふ。 たいこくしてこれをいはば、 そのほんぶつさつとにあるべし。 ただしたしかに如来にょらいきょうそうじょうして伝来でんらいせしめば、 またすなはちぜんしきたるべし。 しょきょうそうじょうみなもつてかくのごとし。 かれらかならずしもぶつさつとうならず。 なんぞ浄教じょうきょうかぎらん。 なかんづく ¬かんぎょう¼ ちゅう以下いげほんしき、 みなこれぼん末代まつだいれっ。 そのしきひておうじょうべきことこれぶつなり。

答。剋シテ↠体ハヾ↠之、其↠在↣仏 トニ↢菩薩↡。但相↢承シテ如来教意↡令↢伝来↡者、又即可↠為↢善知識↡也。諸教相承皆以↠此。彼等不↢必シモ仏・菩薩等ナラ↡。何ラン↢浄教↡。就↠中¬観経¼中下已下四品知識、皆是凡夫末代劣機。遇↢其知識↡可コト↠得↢往生仏意也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『華厳経』二文

【57】つぎに ¬ごんぎょう¼ のもん、 まただんあり。

¬花厳経¼文、又有↢二段↡。

はじめのもんそうじてぜんしきく、 つぎはまたべっして如来にょらい大恩だいおんく。 「だい」 といふは、 すなはちこれしゃ牟尼むにぶつなり。

ジテ↢善知識↡、次又別シテ↢如来大恩↡。言↢「大師」↡者、即是釈迦牟尼仏也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『般舟讃』文

【58】つぎだいしゃく、 これにだんあり。 はじめのさんおよびいっは ¬般舟はんじゅさん¼ のもん

大師釈、此↢四段↡。初之三偈及一句者¬般舟讃¼文。

はじめのなか莫論まくろん」 とらは、 疑礙ぎげしんいましめて不疑ふぎしんすすむ、 不疑ふぎしんとはすなはち信心しんじんなり。 じょう」 とらは、 にっちゅうらい (礼讃) に 「ぎょうじゃしんかたむけてつねたいせよ」 といふはすなはちこのなり。 「」 とは、 ¬ぎょくへん¼ にいはく、 「五故ごこせつぎゃくなり。」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「宜故ぎこせつぎゃくなり。」 「莫論まくろん」 とらは、 ぶついんじょういんじょうとそのしんしんとによることをかす。

之中「莫論」等者、誡↢疑碍↡勧↢不疑↡、不疑者即信心也。「浄土」等者、日中云↢「行者傾↠心セヨト↟目」者乃此意也。「忤」者、¬玉篇¼云、「五故切、逆也。」¬広韻云、「宜故切、逆也。」「莫論」等者、明↫仏引接↢不引接↡由コトヲ↪其廻心 トニ↩不廻心↨。

つぎいちはこれそのつぎにあらず、 そのちゅうげんしちじゅうぎょうへだつ。 讃仏さんぶつ」 とらは弥陀みだおんさんず。 次下つぎしももう」 とらいふ、 弥陀みだなるがゆゑなり。

一偈者↢其↡、其中間↢七十九行↡。「讃仏」等者讃↢弥陀↡。次下↢「不蒙」等↡、弥陀ナルガ故也。

つぎいちなかいっへだつ。 「ほん」 といふはこれしゃさんず。 ぜんあひあはせてそんたんずるなり。

一偈者中↢一句↡。言↢「本師」↡者↢釈迦↡。前後相并セテズル↢二尊↡也。

つぎいっすなはちおなじきつぎなり。 じょうしょうずるはほんちからなり。 しょうずることをればすなはちまた仏恩ぶっとんほうずるなり。

一句即同次也。生ズル↢浄土↡者本師力也。得レバ↠生ズルコトヲ乃又報ズル↢仏恩↡也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『礼讃』文

【59】だいだんもん、 「ぶっ」 のしもこのはっしょらい (礼讃) なり。

第二段文、「仏世」之下此八句者初夜礼也。

ぶっ」 とらは、 ¬経¼ (大経巻下)如来にょらいこう」 とらなり。

「仏世」等者、¬経¼説↢「如来興世」等↡意ナリ

にん」 とらは、 ¬経¼ (大経巻下)聞法もんぼうのうぎょう」 とらしん」 とらは、 ¬きょう¼ (大経巻下)にゃくもんきょう」 とらだい」 とらは、 そうじてじょうらい聞法もんぼうのうぎょうしんぎょうじゅしょうやくけっするなり。 「でん」 のと 「」 とおのおの一本いっぽんによる、 ともにそむかざるか。 でんはすなはち伝通でんずうずうなり。

「人有」等者、¬経¼説↢「聞法能行」等↡意、「自信」等者、¬経¼説↢「若聞斯経」等↡意、「大悲」等者、総ジテスル↢上来聞法能行信楽受持之勝益↡也。「伝」字↠「弘」各依↢一本↡、共不↠乖歟。伝即伝通、弘々通也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『法事讃』二文

【60】第三だいさんだんもん

第三段文、

きょ」 とらは、 *第三だいさんかんまつ引用いんようするところの ¬しょ¼ の 「じょうぜん水観すいかんさん、 けだし一徹いってつなり。 かしこには 「きょう」 といひここには 「きょう」 といふ。 いちことなりといへどもたいこれおなじ。

「帰去」等者、第三巻↢引用スル↡之¬疏¼「定善義」水観之讃、蓋徹也。彼ニハ↢「魔郷」↡此ニハ↢「他郷」↡。一字↠殊ナリト大意

帰家きけ」 とらは、 にっちゅうらい (礼讃) に 「りき翻迷ほんめいげんほん」 といふなり。 いまこの ¬しょう¼ のほんに 「ほん」 といふ。 流布るふほんに 「ほん」 のいちなし、 これほんか。 「ほん」 といふはあたかも ¬礼讃らいさん¼ に 「本国ほんごく」 といふがごとし。 たとひ 「ほん」 のなくともほんなり。

「帰家」等者、日中云↢「努力翻迷還本家」↡也。今此¬鈔¼本↢「帰本家」↡。流布↢「本」之一字↡、異本歟。云↢「本家」↡者宛↣¬礼讃¼云↢「本国」↡也。縦トモ↢「本」字↡本家義也。

一切いっさい」 とらは、 じゅうがんぎょうねんじょうずるなり。 悲喜ひき」 とらはしょうさんなり。 これまたそんおんちょうだいしてほうじがたきこころざしぶ。 いまこのいち別段べつだんたりといへどもうんといはず、 よりて前段ぜんだんぞくす。

「一切」等者、十地願行自然ズル也。「悲喜」等者唱讃偈也。是又頂↢載シテ二世尊↡述↢難↠報↡。今此一偈雖↠為↢別段↡不↠云↢又云↡、仍↢前段↡。

【61】だいだんはじめに、

第四段

十方じっぽう」 とらは、 おなじき (法事讃) じょもん、 まづしょうりんさいなることをべ、 しかしてのち難得なんとく人身にんじん難聞なんもんじょう難発なんぽつ信心しんじんにおいてたちまちにたちまちにきたちまちにおこすことをぶらくのみ。

「十方」等者、同後序文、先↢生死輪廻無際ナルコトヲ↡、然シテラク↧於↢難得人身、難聞浄土、難発信心↡忽スコトヲ↥而已。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 私釈

【62】しん以下いげは、 わたくしおんしゃくなり。

「真知」以下、私御釈也。

ねん」 とらは、 ¬礼讃らいさん¼ の前序ぜんじょ雑修ざっしゅしつはんずるしゃくなり。 じゅうさんしつうちはじめのしつ当巻とうかんはじめにおいてすでにこれをおわりぬ。 いま所引しょいんは、 かのしつざんだいじゅう以下いげしつこれなり。

「無念」等者、¬礼讃¼前序ズル↢雑修↡之解釈也。十三之九↢当巻↡既↠之。今所引者、彼余残、第十以下四失是也。

さい」 とらは、 しゅうしゅじょうべらるるなり。

「悲哉」等者、集主被ルヽ↠述↢悲情↡意也。

だいしょう」 とらは、 本願ほんがんごう、 けだしこれ如来にょらい不可ふか思議しぎりきどくなり。 しかるに諸善しょぜんじゅんじておのが善根ぜんごんとなすゆゑにしんしょうぜず、 このゆゑにしんほうらず。 しゃくかくのごとし。

「大小」等者、本願嘉号、蓋如来不可思議他力功徳ナリ。而ジテ↢諸善↡為↢己善根↡故不↠生↠信、是不↠入↢真報土↡也。釈意如↠斯

しゅつ」 とらは、 まんぎょう諸善しょぜんはこれしょうどう双樹そうじゅりんはこれ ¬かんぎょう¼ にやくす、 じゅうがん善本ぜんぽん徳本とくほんはこれ ¬小経しょうきょう¼ にやくす、 じゅうがん、 すなはちこれなんおうじょうしんなり。 せんじゃく願海がんかいはこれ ¬だいきょう¼ の、 すなはちなん思議じぎおうじょうこれなり。

「久出」等者、万行諸善聖道意。双樹下↢¬観経¼↡、十九意。善本徳本↢¬小経¼↡、二十意、乃難思往生心也。選択願海¬大経¼意、即難思議往生是也。

すい」 とらは、 かくのごとく展転てんでんしてよりしんる、 方便ほうべんもんでて真実しんじつもんる、 すなはちすいがんじょうずるところなり。 これひとへにこん不共ふぐべっひとこれをらずあおぎてしんずべきなり。

「果遂」等者、如↠此展転シテ↠仮入↠真、出デヽ↢方便↡入↢真実↡、即果遂之所↠成ズル也。今師不共別意、人不↠知↠之↢仰信↡也。

しん以下いげしょうどうきょうそのこれみじかく、 じょうしんしゅうそのやくながきことをかすなり。

「信知」以下↢聖道教其、浄土真宗其益長キコトヲ↡也。

きょうしゃく」 とらは、 ¬かんぎょう¼ の 「げん説人せつにんもんしゃく。 このもんつることはこれにん諸説しょせつけんしてただ仏説ぶっせつをもつてひょうせしめんがためなり。

「拠経家披師釈」等者、¬観経¼「玄義」説人門釈。立ルコト↢此↡者為↧簡↢異シテ余人諸説↡唯以↢仏説シメンガ↦依↥也。

このしゃくもんにおいて、 弁説べんぜつ」 とらはまづしょうもんひょうす。 ぼんしょ以下いげそうじてしゅせつどうぐ。 いふところのしゅはもと ¬大論だいろん¼ にでたり。 ¬ろん¼ のだい (大智度論初品) にいはく、 「いちにはぶつ自口じくせつにはぶつ弟子でしせつさんには仙人せんにんせつには諸天しょてんせつにはへんせつなり。」

於↢此釈文↡、「辨説」等者先↢章門↡。「凡諸」以下ジテ↢五種起説不同↡。所↠言五種本出タリ↢¬大論¼↡。¬論¼第二云、「一者仏自口説、二者仏弟子説、三者仙人説、四者諸天説、五者変化説ナリ。」

¬ろん¼ といましゃく開合かいごうなり。 ¬ろん¼ には仙天せんてんかいしてもつてりょうせつとなしてじんてず。 これすなはちせんないありといへどもともにこれ人類にんるいてん六欲ろくよくおよびぜんこれみな天道てんどう人天にんでんことなるがゆゑにかいしてしゅとなしてじんてず。 諸天しょてんみなはちじんぬ。 このゆゑにてんせっしてべつにこれをてず。 しゃくには天仙てんせんがっす、 ともにつうそなへてとくあひたるがゆゑにべっしてこれをてずしてべつじんつ。 しょきょうなかにまさしくそのせつあり。 いはく ¬ほっ¼ のじゅうせつにょ、 ¬やく¼ のじゅうじんしょうのごときらなり。 ゆゑにべっしてこれをつ。 論説ろんせつしゃくおのおのそのゆえあり。

¬論¼与↢今釈↡開合異也。¬論ニハ¼開シテ↢仙天↡以シテ↢両説↡不↠立↢鬼神↡。是則仙者雖↠有↢内外↡共人類、天者六欲及以四禅是皆天道。人天異ナルガシテシテ↢二種↡不↠立↢鬼神↡。諸天皆兼↢八部鬼神↡。是シテ↠天不↢別立↟之。釈ニハ↢天仙↡、共ヘテ↢五通↡徳相似セルガシテ↢別シテ立↟之↢鬼神↡。諸経之中↢其説↡。謂↢¬法¼十羅刹女、¬薬師¼十二神将↡等也。故シテ↠之。論説・釈義各有↢其由↡。

しゃ以下いげいちぎょうは、 しょうにんわたくしにまさしくしゅ権説ごんせつによらずしてただぶつ自口じくせつさんぎょうせつようすべきことをかすことをけっするなり。

「爾者」以下一行余者、聖人私↧正コトヲ↦不シテ↠依↢四種権説↡唯可コトヲ↞依↢用仏自口説三経↡也。

ふ。 説人せつにんもんしゃくにその三段さんだんあり。 はじめはまづそうじてしゅせつぐ。 いま所引しょいんはこれ初段しょだんなり。 つぎこん ¬きょう¼ ぶつせつたることをかす。 いはゆるしも(玄義分)こん ¬かんぎょう¼ ぶつせつ」 といふはちこれなり。 のち問曰もんわつ」 のしも問答もんどうりょうけんはその説処せっしょしょとうかす。 第三だいさん問答もんどうたとひりゃくぞんずといへども、 だい文段もんだんもつともこれをくべし。 はじめにせつぐることはそのなかいまの ¬きょう¼ まさしくこれ仏説ぶっせつたることをかさんがためなり。 しかるにそのもんりゃくす。 所詮しょせんわすれたるにたり、 そのいかん。

問。説人門↢其三段↡。初ジテ↢五種起説↡。今之所引初段也。次↣今¬経¼為コトヲ↢仏自説↡。所謂下↢「今此¬観経¼是仏自説」↡八字也。後「問曰」下、問答料簡↢其説処・所為等↡也。第三問答縦雖↠存ズト↠略、第二文段尤可↠引↠之。初コトハ↢五説↡為↠明サンガ↣其¬経¼正コトヲ↢仏説↡也。而↢其↡。似タリ↠忘タルニ↢所詮↡、其意如何。

こたふ。 かくのごときの引文いんもんこうりゃくしたがふ。 かのもんりゃくするによりてわたくしにことばくわへられてまさしくしゃくぶ。 これにあり。 いちにはかのしゃくこれぶつせつといふといへどもしゅ信用しんようらずといはず。 ただしいはずといへどもその顕然けんねんなり。 ゆゑにしゃくさぐりてかくのごとくしゃくせらる、 ゆえなきにあらざるか。 にはかのしゃくにはただこんかんぎょうといひてさんぎょうわたらず、 ゆゑに仏説ぶっせつをもつてさんぎょうつうぜんがためにわたくしにこのしゃくあり。 これ自由じゆにあらず、 さんおなじく仏説ぶっせつひょうするゆゑなり。

答。如↠此引文、広略随↠時。依↠略スルニ↢彼↡私↠加↠詞↢釈↡。此↢二意↡。一ニハ↠言フト自説↡不↠言↢四種不↟足↢信用↡。但↠不↠言其意顕然ナリ。故↢釈↡如↠此↠釈、非ザル↠無↠由歟。二ニハニハ只云↢今此観経↡不↠亘↢三経↡、故↢仏説↡為↠通ゼンガ↢三経↡私↢此釈↡。↢自由↡、三部同スル↢仏説↡故也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『大論』文

【63】つぎに ¬大論だいろん¼ のもん四依しえしゃく、 その顕著けんちょなり。 くわしくぶるにあたはず。

¬大論¼文。四依之釈、其意顕著ナリ。不↠能↢委ルニ↡。

依義えぎ」 のしも 如人にょにん」 とらは、 ゆびをもつてたとへ、 つきをもつてたとふ。 げんひんじきつきゆびず。

「依義」之下「如人」等者、以↠指↠語、以↠月↠義。玄悟之賓直爾↠月不↠見↠指也。

りょう」 のしもいち」 とらは、 りょうりょうしょきょうせつしょしゅう所談しょだんりょうまちまちなりといへども、 いまきょうしゅうただ仏説ぶっせつをもつてりょうきょうとなすこと、 このろんしゃくねんなり。

「依了義」下「有一」等者、了不了義。諸経異説、諸宗所談、領解雖↠区ナリト、今之宗唯以↢仏説↡為コト↢了義経↡、此論灼然ナリ

¬だいきょう¼ のにいはく、 「如来にょらい智慧ちえかいは、 深広じんこうにして涯底がいたいなし。 じょうはかるところにあらず、 ただぶつのみひと明了みょうりょうなり。」 弥陀みだ五智ごち深奥じんおうさんじょうじょうそのきょうがいにあらず。 このゆゑにいまさつとうせつ信用しんようらざることをだんず。 このをもつてのゆゑにりょうきょう仏説ぶっせつかぶらしむるなり。

¬大経¼下云、「如来智恵海、深広ニシテ↢涯底↡。二乗非↠所↠測、唯仏ノミ明了ナリ。」 弥陀五智深奥之理、三乗・五乗非↢其境界↡。是今談↢菩薩等コトヲ↟足↢信用↡。以↢此↡故了義経シムル↢仏説↡也。

深心じんしんしゃく (散善義) にいはく、 「ぶつのぞきてげんは、 ぎょういまだまんぜずして、 そのがくにあり。 正習しょうじゅうありてしょういまだのぞこらず、 だんいまだまどかならざるによりて、 これらのぼんしょうはたとひ諸仏しょぶつきょうしきりょうすれども、 いまだけつりょうすることあたはず。 平章びょうしょうすることありといふともかならずすべからくぶっしょうしょうじてじょうとなすべし。」

深心云、「除↠仏已還、智行未シテ↠満、在↢其学地↡。由↧有リテ↢正習↡二障未↠除コラ、果願未ルニ↞円ナラ、此等凡聖縦使測↢量スレドモ諸仏教意↡、未↠能↢決了スルコト↡。↠有↢平章スルコト↡、要↧請ジテ↢仏証↡為↞定也。」

一切いっさいしゅちゅう比丘びく」 とらは、

「一切衆中比丘」等者、

ふ。 ぶつのぞきてげんはみな所信しょしんにあらず。 いましゃくのごときはこれをもちゐるべしや。

問。除↠仏已還皆非↢所信↡。如↢今↡者可↠用↠之耶。

こたふ。 信用しんようするところのぶつ自口じくせつりょうきょうとは、 所説しょせつやくす。 いま比丘びくそう第一だいいち」 とらは、 ぶつときそのぎょうたいやくしてこれをはんずるところなり。

答。所↢信用スル↡之仏自口説了義経者、約↢所説↡。今「比丘僧第一」等者、無仏世時約シテ↢其形体↡所↠判ズル↠之也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 私釈

【64】しゃ以下いげは、 またわたくしおんしゃく四依しえりてぎょう修法しゅほうすべきことをけっす。

「爾者」以下、又私御釈。結↧知↢四依↡可コトヲ↞修↢法行↡。

また浄教じょうきょう末法まっぽうじょく相応そうおうしてたしかにどうべきことをかすとして、 ひろ本文ほんもんきてひとすすめらる。

又明ストシテ↧浄教相↢応シテ末法五濁之機↡慥可コトヲ↞得↠道、広↢本文↡被↠勧↠人也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『安楽集』四文

【65】つぎしゃくこうしゃく、 ¬安楽あんらくしゅう¼ のもん所引しょいんあり。

綽公釈、¬安楽集¼文、所引↠四。

はじめに ねん修道しゅどうしん」 とらはかんもん大文だいもんだいりょうけんあり、 そのなかいちにひろく修道しゅどう延促えんそくかすもんなり。

「然修道之身」等者下巻之文。大文第五↢四料簡↡、其ヒロ↢修道延促↡文也。

きょういち」 とらは、 これ十信じっしんぼん退たいす。 しょう退たい」 とは、 これ三賢さんげんくらい内凡ないぼん退たいなり。 当今とうこん」 とらは、 しんじょうもつぼんたぐいなり。

「逕一」等者、↢十信外凡退位↡。「証不退」者、三賢位、内凡不退ナリ。「当今」等者、信外常没凡夫類也。

【66】だいみょうきょうこう」 とらは、 じょうかん大文だいもん第一だいいちはじめのもん

第二「有明教興」等者、上巻大文第一文。

かん」 とらは、 「じょう」 のしもにゃく」 のかみに 「にゃくきょう時機じきしゅ易悟いご」 の九字くじあり。 また 「なんにゅう」 のしもしょうぼうねん」 のかみ是故ぜこ」 のあり。 これらのようにあらざるによりておのおののぞかるるか。

「勧帰」等者、「浄土」之下「若機」之上↢「若教赴時機、易修易悟」九字↡。又「難入」之下「正法念」上↢「是故」字↡。是等之字依↠非ルニ↢至要↡各↠除歟。

所引しょいんきょうもんそのつべし。

所引経文其意可↠見

つぎに ¬月蔵がつぞう¼ のもん、 この ¬しゅう¼ しょうどうしょうしがたきことをしょうせんがためにこの ¬きょう¼ をく。 ときに 「末法まっぽうちゅう」 とらいうもんいまの ¬きょう¼ のせつによるしゅもんなり。

¬月蔵¼文、此¬集¼為↠証センガ↢聖道コトヲ↟証↢此¬経¼↡。時云↢「我末法時中」等↡文、依↢今¬経¼説↡取意文也。

こん以下いげしゃくこうわたくししゃくこのしゃくかみにまたおなじき ¬きょう¼ をきてぶつしゅっしゅほうありてしゅじょう化度けどすることをかす。 いちにはせっきょうにはこうみょうさんには神通じんずうにはみょうごうなり。 この ¬きょう¼ のきてそののちけっして 「こん」 とらいふ。

今」以下綽公釈。此之上又引↢同¬経¼↡明↧仏出世↢四種法↡化↦度スルコトヲ衆生↥。一者説経、二者光明、三者神通、四者名号ナリ。引↢此¬経¼意↡其シテ云↢「今時」等↡也。

即当そくとう」 とらは、 しゃくこうざいだいひゃくねんちゅうたるによりてかくのごとくしゃくするなり。

「即当」等者、綽公在世依↠為↢第四五百年中↡如↠此スル也。

【67】第三だいさんかん第六だいろく大門だいもん三番さんばんあるなか第三だいさんだんなり。

第三下巻第六大門↢三番↡中第三段也。

このきょう」 といふはすなはちこれ ¬だいきょう¼、 ¬だいきょう¼ はすなはちこれ念仏ねんぶつなり。 ¬せんじゃくしゅう¼ にいはく、 「このきょうじゅうは、 すなはち念仏ねんぶつじゅうなり。」 けだしこのなり。

言↢「此経」↡者即是¬大経¼、¬大経¼即念仏ナリ。¬選択集¼云、「此止往者、即念仏止住也。」 義也。

【68】つぎに ¬だいじゅう¼ のもん大文だいもん第三だいさんしょうにこれをす。

¬大集¼文、大文第三小科↠之

当巻とうかんはじめにこのもんくといへども、 おのおのようによりてじゅういんをはばからずこれをせらるるか。

当巻之初雖↠引↢此↡、各依↢至要↡不↠憚カラ↢重引↡被↠載↠之

二 Ⅱ ⅵ c ロ 私釈

【69】しゃ以下いげは、 わたくしおんしゃくなり。

「爾者」以下、私御釈也。

至我しが」 とらは、 しもかるるところの ¬末法まっぽうとうみょう¼ りょうせつうち ¬しゅう¼ のぶつはんのちわがえんりゃくじゅうねんかのとのみいたるまで、 一千いっせんしちひゃくじっさいなり。 これにきてこれをかんがふるに、 おなじきじゅう一年いちねんみずのえうまより元仁げんにん元年がんねんきのえさるいたるまで、 ひゃくじゅうさんねんなり。 よりてぶつはんくだんきのえさるいたるまでせんいっぴゃくしちじゅう三年さんねんなり。 しかるに 「はちじゅう」 といふ。 その 「はち」 のしょしょうあやまりか。 よろしく 「しち」 といふべきなり。

「至我」等者、下↠引¬末法灯明記¼両説内¬周異記¼意。仏涅槃後至マデ↢我延暦二十年辛巳↡、一千七百五十歳也。就↠之ルニ↠之、自↢同二十一年壬午↡至ルマデ↢于元仁元年甲申↡、四百二十三箇年也。仍仏涅槃、至マデ↢件↡二千一百七十三年ナリ。而↢「八十」↡。其「八」之字、書生誤歟。宜↠云↠「七」也。

已以いい」 とらは、 しばらくしょうぼうひゃくねんせつによる。 もしこのせつによらば、 欽明きんめい天皇てんのうじゅうねんらくねんみずのえさるれきはじめて末法まっぽうる。 そのみずのえさるよりこの元仁げんにん元年がんねんきのえさるいたるまで、 ろっぴゃくしちじゅうさんねんなり。

「已以」等者、且↢正法五百年↡。若ラバ↢此↡、欽明天皇治十五年、貴楽二年壬申之暦、始↢末法↡。自↢其申↡至マデ↢此元仁元年甲申↡、六百七十三箇年也。

しかるに 「はちじゅう」 といふその 「はち」 のあやまりまたさきおなじ、 よろしく 「しち」 といふべし。 もししょうぼう千年せんねんせつによらば、 冷泉れいぜいいんぎょえいしょう七年しちねんみずのえたつはじめて末法まっぽうる。 かのみずのえたつよりこの元仁げんにん元年がんねんきのえさるいたるまで、 いっぴゃくしちじゅうさんねんなり。 いでをもつてこれをかんがふるに、 かの元仁げんにんきのえさる翌年よくねんろく元年がんねんきのとのとりれきよりいま延文えんぶんねんかのえいたるまで、 いっぴゃくさんじゅうろっねんなり。 ゆゑにぶつはん当年とうねんかのえいたるまで、 せんさんぎゃくねんなり。

↢「八十」↡其「八」之字誤又同↠前、宜↠云↠「七」也。若↢正法千年↡者、後冷泉院御宇、永承七年壬辰始↢末法↡。自↢彼壬辰↡至マデ↢此元仁元年甲申↡、一百七十三箇年也。以↠次ルニ↠之、自↢彼元仁甲申翌年、嘉禄元年乙酉之暦↡今至マデ↢延文五年庚子↡、一百三十六箇年也。故仏涅槃イタルマデ↢于当年庚子↡、二千三百九箇年也。

二 Ⅱ ⅵ c ロ 『末法燈明記』文

【70】えつ」 とらは、 これより以下いげ当巻とうかんおわりにいたるまでは、 ただしろくほんなり ことごとくこれ ¬末法まっぽうとうみょう¼ のもんなり。

「披閲」等者、自↠此已下至マデハ↢当巻↡、 但六本也¬末法灯明記¼文ナリ

作者さくしゃさいちょうごうでんぎょうさんだい本書ほんしょしょにすなはち 「でんぎょうだいさくしゅう」 といふ。 これすなはちのちひとこれをあんずるところなり。 このしょはこれ仏法ぶっぽう王法おうぼう治化ちけべ、 すなはち真諦しんたい俗諦ぞくたいそうかす。 またしょうぞうまつさんことなるがゆゑにどんあり。 ゆゑに一法いっぽうにおいてみなさんあり、 たがひに取捨しゅしゃあり。 かくのごときとうつぶさにもつてこれをかす。 一々いちいち文言もんごんつぶさにするにあたはず。 引用いんようは、 この ¬¼ の能修のうしゅ所学しょがくきょうきょうあひじゅんじてやくべきがゆゑに、 つぶさにまっじょくしゅじょうかい放逸ほういつにしてしゅぎょうちがたきことをかす。 ゆゑにきて浄教じょうきょうしゅぎょうをあひすすめて、 ひとへにひとたびぶつみょうしょうしひとたびしんしょうずるものしょどくつひにむなしからざることをらしめんとほっするなり。

作者最澄、謚号伝教、山家大師。本書即云↢「伝教大師作集」↡。是則後人所↠安ズル↠之也。此↢仏法・王法治化之理↡、乃↢真諦・俗諦相依之義↡。又正像末三時異ナルガ有↢利鈍↡。故↢一法↡皆有↢讃毀↡、互↢取捨↡。如↠此事等具↠之。一々文言不↠能↢具スルニ↡。引用意者、此¬記¼之意、能修之機所学之教、機教相順シテ↠獲↠益、具↢末世五濁衆生、无戒・放逸ニシテ修行難コトヲ↟立。故相↢勧メテ浄教修行↡、偏スル↠令ント↠知↧一タビ↢仏名↡一タビズル↠信者、所作功徳終コトヲ↞虚カラ也。

ちゅう」 とらは三段さんだんそうひょう初決しょけつ以下いげはそのべっしゃくなり。

「於中」等者三段総標、「初決」已下別釈也。

【71】「だいじょう」 は、 法相ほっそう祖師そしおんだい窺基ききこれなり。 「賢劫げんごうきょう」 とは、 もと ¬賢劫げんごう三昧ざんまいきょう¼ といふ。 じゅう三巻さんかんあり、 あるいは十巻じっかんとなす、 ほうこれをやくす。 しょうぞうほうせつ延促えんそくにおいておおくのせつありといへども、 つねせつぞんず。 いちにはしょうぼう像法ぞうぼうおのおの一千いっせんねんにはしょうぼうひゃく像法ぞうぼう千年せんねんなり。 ゆゑにしょうぼうときこれせつなり。 しかるに基師きしいましょうぼうひゃくせつによりて ¬賢劫げんごうきょう¼ をきてこのじょうずるなり。

「大乗基」者、法相祖師慈恩大師窺基是也。「賢劫経」者、旧云↢¬賢劫三昧経¼↡也。有↢十三巻↡、或↢十巻↡、法護訳↠之。於↢正像時節延促↠有↢多説↡、常↢二説↡。一ニハ正法・像法各一千年、二ニハ正法五百・像法千年ナリ。故正法異説也。而基師意、今依↢正法五百之説↡引↢¬賢劫経¼↡成ズル↢此↡也。

せんひゃくねん」 とは、 ¬本書ほんしょ¼ 「ねん」 のしもにおいて 「」 のいちあり、 ほんあるか。 かのあるほんもつともかなふか。

「此千五百年」者、¬本書¼於↢「年」字↡有↢「後」一字↡、有↢異本↡歟。有↢彼字↡本尤叶↠理歟。

じゅん」 とらは、 ¬賢劫げんごうきょう¼ のほかきょうせつす。 これ諸説しょせつによらばしょうぼう千年せんねん満足まんぞくすべしといへども、 女人にょにんしゅっとくゆるすによりてその半分はんぶんげんず。 ここに千年せんねんにはあまはっきょうしゅするをもつてげんぜずといふ。 しかるにいまじゅん」 とらいふは、 もしはっきょうしゅせばげんずべからずといへどもしゅせざるがゆゑにきょうぞうせずといふなり。 「不依ふえ」 とは、 いふこころはこれはっきょうによらざらくのみ。

「准余」等者、¬賢劫経¼外指↢余経↡。ラバ↢諸説↡雖↠可↣満↢足正法千年↡、依↠許↢女人出家得度↡減↢其半分↡。爰千年ニハ↧尼以↠修スルヲ↢八敬↡不↞減。而今言↢「尼不順」等↡者、若セバ↢八敬↡雖↠不↠可↠減↣不↠修↢更↡也。「不依彼」者、言ラク↠依↢八敬↡而已。

はっきょう」 といふは ¬りつみょう¼ (巻中) にいはく、 「いちにはひゃくさいあましょ比丘びくあしらいす。 には比丘びくほうすることをず。 さんには比丘びくつみげてそのしつくことをず。 にはそうしたがひて受戒じゅかいす。 にはそうしたがひてしゅつざいす。 ろくには半月はんがつきょうじゅもとむ。 しちにはそうによりてあんす。 はちにはそうによりて自恣じしす。」

言↢「八敬」↡者¬律名句¼云、「一ニハ百歳尼礼↢初夏比丘↡。二ニハ不↠得↣罵↢謗スルコトヲ比丘↡。三ニハ不↠得↧挙↢比丘↡説コトヲ↦其過失↥。四ニハ↠僧受戒。五ニハ↠僧出罪。六ニハ半月求↢教授↡。七ニハ↠僧安居。八ニハ↠僧自恣。」

また ¬はん¼ をきて末法まっぽうなかほうたもちてめっせざることはさつゆるところぼんあずからざることをしょうす。 このゆゑにいま じょうによる」 とらいふ。 「やくどう」 とは、 「どう」 のこれまたほんよう」 となす。 「どう」 のよう」 のおのおのいちあり。 もし 「どう」 のによらばこれさつぼんおなじからずといふ、 もし 「よう」 のによらばぼんかぶらしめず、 いふこころはぼんやからさらにかのじょうさつほうたもつことをれざるなり。

又引↢¬涅槃¼↡証↢末法↠法コトハ↠滅菩薩所↠堪コトヲ↟関↢凡愚↡。是今云↧「拠ルト↢上位↡」等↥。「亦不同」者、「同」字是又異本為↠「用」。「同」字「用」字各有↢一途↡。若ラバ↢「同」字云↢菩薩凡夫↟同、若ラバ↢「用」字↡不↠被シメ↢凡夫↡、言凡愚輩更不↠慣↢彼上位菩薩コトヲ↟法意也。

つぎせんひゃくねん問答もんどうこたえなかに、 だいしょうとう七賢しちげん」 とらは、

五百年問答、「大迦葉等七賢」等者、

ふ。 法蔵ほうぞうあんずるに、 みょうぜんにそのじゅうにんあり。 いはくだいしょうなん尊者そんじゃしょうしゅ優婆うばきくならびにだい多迦たかしゃぶっ難提なんだいぶっみっと、 きょう比丘びくおよび富那ふなしゃ比丘びくとこれなり。 いかんぞいひて 「しちけんじょう」 とするや。

問。案ズルニ↢附法蔵↡、馬鳴以前↢其十人↡。謂大迦葉・阿難尊者・商那和修・優婆鞠多並提多迦、与↢弥遮迦・仏陀難提・仏陀密多↡、与↢脇比丘及富那奢比丘↡是也。云何為↢「七賢聖」↡乎。

こたふ。 そのかずまことにしかなり。 いまこころみにこれをすいするに、 これ七人しちにんけんじょうといふにはあらざるべし。 けだしそのくらいあらわして七賢しちけんしちしょうのぼひとといふか。

答。其数誠ナリ。今試スルニ↠之、是応↠非ザル↠云ニハ↢七人賢聖↡。蓋シテ↢其↡云↧登↢七賢七聖↡人↥歟。

ろっぴゃくねんじゅう」 とらは、 みょうさつ法蔵ほうぞうなかにはだいじゅう一代いちだい祖師そしなり。 すなはち富那ふなしゃ比丘びく弟子でしいま ¬摩訶まか摩耶まやきょう¼ のによるに、 かの ¬きょう¼ (摩訶摩耶経巻下意)きていはく、 「如来にょらいめつろっぴゃくさいをはりて、 じゅう六種ろくしゅ 六種ろくしゅしゅこれせつなり もろもろのどうとう邪見じゃけんきおおこりて仏法ぶっぽうめつするに、 いち比丘びくあり、 づけてみょうといふ。 法要ほうようきて一切いっさいのもろもろのどうやから降伏ごうぶくす。」

「至六百年九十」等者、馬鳴菩薩附法蔵ニハ第十一代之祖師也。即富那奢比丘弟子。今依ルニ↢¬摩訶摩耶経¼意↡、彼¬経¼説云、「如来滅後六百歳已、九十六種 六種五種是異説也外道等、邪見競毀↢滅スルニ仏法↡、有↢一比丘↡、名↢馬鳴↡。善↢法要↡降↢伏一切外道↡。」

しちひゃくねんちゅうりゅうじゅ」 とらは、 りゅうじゅはまたこれ法蔵ほうぞうなか比羅ひら比丘びく弟子でしだいじゅう三代さんだい祖師そしなり。 またおなじき ¬経¼ (摩訶摩耶経巻下意) にいはく、 「如来にょらいめつしちひゃくさいをはりて、 いち比丘びくあり、 づけてりゅうじゅといふ。 法要ほうようきて邪見じゃけんはたぼこめっし、 しょうぼうかがりびともさん。」

「七百年中龍樹」等者、龍樹附法蔵比羅比丘弟子第十三代祖師ナリ。亦同¬経¼云、「如来滅後七百歳已、有↢一比丘↡、名↢龍樹↡。善↢法要↡滅↢邪見↡、トモサン↢正法↡。」

一千いっせんねんちゅうかい」 とらは、 しゃじょうかんくといへども、 よくひとあいきょうじゃくするがゆゑに信受しんじゅにあたはず、 かえりてしんおこす。 ただし 「かい」 と 「もん」 とそのほんあり。 「かい」 はのうのこのかんおしふるによる開演かいえんなり。 「もん」 はしょやくす、 ちょうもんなり。

「一千年中開不」等者、智者雖↠説↢不浄観↡、多欲之人着スルガ↢愛境↡故不↠能↢信受↡、還↠瞋也。但「開」与↠「聞」有↢其異本↡。「開」拠↧能化フル↢此↡意↥開演義也。「聞」約↢所化↡、聴聞意也。

ここにいはくせんひゃくねん」 とらは、 本書ほんしょなかに 「爰曰えんわつ」 のなし、 ほんあるか。 「せん」 とは、 だいあるいは 「せん」 あるいは 「𦖠せん」、 ほんあるか。 「せん」 ¬ぎょくへん¼ にいはく、 「しきぜんせつ、 しばらくかおばせ。」 ¬広韻こういん¼ にいはく、 「失染しつぜんせつ、 しばらくる。」 𦖠せんにおいてはいまだこれを勘見かんけんせず。 またこのくにぞくきょうおんもちゐる。 かたがたせんをもつてしょうとすべきか。

「爰曰千五百年」等者、本書之中↢「爰曰」字↡、有↢異本↡歟。「拘睒弥」者、第二之字或「睒」或「𦖠」、本有↠異歟。「睒」¬玉篇¼云、「式冉切、暫視貌。」¬広韻¼云、「失染切、暫見。」 於↢「𦖠」字↡者未↣勘↢見之↡。又此名俗ヰル↢陜↡。旁以↢「睒」字↡可↠為↠正乎。

つぎに ¬大集だいじっきょう¼ のだいじゅういち¬安楽あんらくしゅう¼ に末法まっぽうちゅうしょうどうしょうしがたきことをはんずるに、 このきょうもんによる。 末法まっぽうときにおいてかいじょう三学さんがくなきがゆゑなり。

¬大集経¼第五十一。¬安楽集¼判ズルニ↢末法時中聖道コトヲ↟証、依↢此経文↡。於↢末法↡无↢戒定恵三学↡故也。

般若はんにゃしゃくうん」 とらは、

「基般若会釈云」等者、

ふ。 かみにこのもんだすじゅうるいいかん。

問。上↢此↡重累如何。

こたふ。 かみしょうぼう像法ぞうぼうぶんさだめ、 かねて末法まっぽうだいをいはざることをしめす。 いまさき末法まっぽうぶんをいはざることはほう滅尽めつじんやくす。 ただし法滅ほうめっすといへども末法まっぽうなきにあらず。 このあらわさんがためにかさねてこれを引用いんようす、 所引しょいんなるがゆゑにそのとがなし。 しょうにんこの ¬しょう¼ に再用さいよういたまず、 よろしくじゅんきょとすべし。

答。上↢正法・像法時分↡、兼↠不コトヲ↠言↢末法時代↡。今コトハ↠言↢末法時分↡約↢法滅尽↡。但雖↢法滅スト↡非↠無↢末法↡。為↠顕サンガ↢此↡重引↢用↡、所引異ナルガ無↢其過↡也。上人此¬鈔¼不↠痛↢再用↡、宜↠為↢准拠↡。

つぎ問答もんどうなか仏滅ぶつめつだいりょうせつぐるなかにいづれをもちゐるべきや。

問答仏滅時代↢両説↡中可↠用↠何耶。

こたふ。 ただりょうせつげて殿最でんさいはんぜず。 いかんがいかんが、 たやすく用捨ようしゃしがたし。 ただわがしょうにん ¬しゅう¼ による。 かみ如来にょらいはんだいをいふに、 しゅうだいしゅ穆王ぼくおうみずのえさるわが元仁げんにんいたるまで、 そのねんかんがふるにすでにせんひゃくけっするゆゑなり。 はたまたただしょうにんこれをもちゐたまふのみにあらず、 じょう所用しょようたいりゃくまたおなじ。

答。只挙↢両説↡不↠判↢殿最↡。何是何非、難↢輙用捨↡。但我聖人依↢¬周異記¼↡。上↢如来涅槃時代↡、周第五主穆王壬申至マデ↢我元仁↡、勘ルニ↢其年記↡既スル↢二千百余↡故也。将又匪↢啻聖人用タマフノミニ↟之、常途所用大略亦同

つぎに ¬だいじゅう¼ のもん

¬大集¼文。

ふ。 このもんにただ 「ぶつはんのち」 といひてぶんさず。 なんぞ末法まっぽうかいしょうするや。

問。此唯云↢「仏涅槃」↡不↠指↢時分↡。何スル↢末法無戒↡耶。

こたふ。 文段もんだんぜんいまだひろくこれをかんがへず。 さん高覧こうらんうたがいじょうずべからず、 さだめて末法まっぽうにおいてこのくか。 ただ所引しょいんもんつぶさならざらくのみ。

答。文段前後未↢広↟之。山家高覧不↠可↠成↠疑、定↢末法↡説↢此↡歟。只所引ラク↠具サナラ而已。

【72】つぎ問答もんどうしもつぎ破持はじそうさだ」 といふ文段もんだんあたるか。

問答下当↧云↣「次ムト↢破持僧↡」之文段↥歟。

当段とうだんなか問答もんどうあり、 いましょじゅうなり。 このといのいはく、 ぶっきょうかいゆるさず、 いはんやかいをや。 しかるに末法まっぽうかいりゅうせば、 こん僧侶そうりょすでにほうにあらず、 くるにらず。 なんぞとがひょうするやとなり。

当段之中、問答↠四、今初重也。此云、仏教不↠聴↢破戒↡、況无戒ヲヤ哉。而↢末法无戒↡者、今時僧侶既↢世宝↡、不↠足↠受ルニ↠供。何スルヤト↠過也。

がい」 とらはたとえをもつてこれをむ。 きずくわへざるにあにみづからこれをいたまんや。 いふこころはやくなしとなり。 いま本書ほんしょるに 「がい」 と 「」 とのなかに 「」 のいちあり。 ほんあるか。 このあるにたいしてそのやすし。 ただしこれなしといへども、 その文点もんてんむにするところなきか。

「豈无」等者以↠譬↠之。他不ルニ↠加↠疵マンヤ↠之。言↠益也。今見↢本書↡「豈」与 トノ↢「无」↡中↢「非」一字↡。本有↠異歟。対シテ↠有↢此字↡其意易↠得。但雖↠无↠之、読↢其文点↡无↠所↠違スル歟。

こたえしゅは、 さんぎょうきょうせつわたくしなし、 みだりに邪活じゃかつぞんじてあにしょうげんや。 ただし世供せぐくるさらにじゅにあらず。 末法まっぽうなかにはみょう比丘びくほうたるがゆゑにいたむべきにあらずとなり。

意趣者、三時行事経説无↠私、妄ジテ↢邪活↡豈枉ンヤ↢正理↡。但↢世供↡更↢虚受↡。末法之中ニハ名字比丘タル↢世宝↡故ズト↠可↠痛也。

だいじゅうといは、 さきこたえ末法まっぽう比丘びくみょうじょうとなすといふにきてそのせつふ。 これによりてそのこたえに ¬大集だいじっきょう¼ のだいかんもんだす。 もんつべし。

第二重、就↠云↢前末法比丘名字スト↟上問↢其↡也。依↠之↢¬大集経¼第九巻↡。文意可↠見

第三だいさんじゅうといは、 ¬はんぎょう¼ にかいそうして現当げんとうやくうしなふことをかす、 いはんやかいをや。 また ¬だいじゅう¼ をきてみょう比丘びくとうとむべきことをしょうすといへども、 おなじき ¬きょう¼ のなかにまた ¬はん¼ にあひおなじきせつあり。 よりて一仏いちぶつ所説しょせつなかさんことなることをふ。

第三重、¬涅槃経¼明↧供シテ↢破戒↡失コトヲ↦現当↥、況无戒ヲヤ乎。又引↢¬大集¼↡雖↠証スト↠可コトヲ↠尊↢名字比丘↡、同¬経¼之中又有↧相↢同ジキ¬涅槃¼↡之説↥。仍問↢一仏所説之中讃毀異ナルコトヲ↡也。

こたえしゅは、 せいときしたがふ。 かいせいするはしょうぼうときやくし、 みょうゆるすはこれ像法ぞうぼうおよび末法まっぽうやくす。

意趣者、制許随↠時。制スル↢破戒↡者約↢正法↡、許↢名字↡者↢像法及末法↡也。

だいじゅうといは、 さきしょりゅうきてそのよりどころふ。

第四重、就↢前所立↡問↢其↡也。

こたえなかしょうだすに重々じゅうじゅうにおいてそのじゅうさんあり。

スニ↠証↢重々↡有↢其十三↡。

いちにはぜんくところの ¬大集だいじっきょう¼ のせつをすなはちまづしょうとなす。

ニハ以前↠引¬大集経¼説即先↠証

には ¬はん¼ の第三だいさん、 このもんなかりゃくするところさんあり。 はじめに 「丘尼びく」 のしも有破うは」 のかみに 「ない」 といふはぎょうあり。 その欠文けつもんにいはく、 「優婆うばそく優婆うばこのもろもろの国王こくおう大臣だいじんおよび四部しぶしゅう、 まさにもろもろの学人がくにんとう勧励かんれいして、 かみじょうかい智慧ちえぞうじょうすることをしむべし。 もしこの三品さんぼんほうがくせざることあらばだいなり。」

ニハ¬涅槃¼第三、此之中所↠略スル有↠三。初「丘尼」下「有破」之上言↢「乃至」↡者有↢二行余↡。其闕文云、「優婆塞・優婆夷是国王・大臣及四部衆、応↧当勧↢励シテ学人等↡、↞得↣増↢長スルコトヲ定・戒・智恵↡。若↠不コト↠学↢是三品↡懈ナリ。」

つぎに 「どく」 のしも是我ぜが」 のかみに 「ない」 といふはいちぎょうあり。 その欠文けつもんにいはく、 「まさにしょうざいあることなかるべし、 わがはんのちその方面ほうめんかい比丘びくありてしょうぼう護持ごじせん。 ほうものてはすなはちよくけんしゃくれんせよ。」

「功徳」下「是我」之上言↢「乃至」↡者有↢一行余↡。其闕文、「当↠无カル↠有コト↢小罪↡、我涅槃後其方面↢持戒比丘↡護↢持セン正法↡。見テハ↢壊法↡即能駆遣恋治セヨ。」

のちに 「りょう」 のしもにょ」 のかみに 「ない」 といふはのぞくところの文言もんごんろくぎょうあり。 そのなかさきの ¬はん¼ のもんのこいちぎょう

「無量」下「如是」之上言↢「乃至」↡者所↠除文言↢六行余↡。其¬涅槃¼文残一行余。

さんに ¬大集だいじっきょう¼ のもんだいじゅうはちいちぎょう有余うよ

¬大集経¼文第二十八、一行有余。、

おなじきさんじゅうはちぎょう有余うよ彼此ひしもんにいはく、 「もしはぜん比丘びくほうするものて、 きてむべからず。 まさにるべし、 このひと仏法ぶっぽうなかあだなり。 また ¬大集だいじっきょう¼ のじゅうはちにいはく、 もし国王こくおうありてわがほうめっせんをててようせずは、 りょうにおいてしゅするかいとことごとくみな滅失めっしつして、 そのくにうち三種さんしゅしょうだし、 ない命終みょうじゅうしてごくしょうぜん。 またおなじき ¬きょう¼ のさんじゅういちにいはく、 ぶつののたまはく、 大王だいおうなんぞ如法にょほう比丘びく一人いちにんしゅしてりょうのもろもろのあく比丘びくまもらじ。 いまわれただにんしょうゆるす。 いちにはかんはちだつする、 にはしゅおんにんなり。」

三十八、二行有余。彼此、「若善比丘見↢壊スル↠法↡、置不↠可↠嘖。当↠知、是仏法ナリ。又¬大集経¼二十八、若↢国王↡見↢我センヲ↡捨テヽ↢擁護↡、於↢无量世↡修スル皆滅失シテ、其↢三種不祥↡、乃至命終シテゼン↢地獄↡。又同¬経¼三十一云、仏言、大王寧守↢護シテ如法比丘一人↠護↢无量悪比丘↡。今我唯聴↢二人賞護↡。一ニハ羅漢スル↢八解脱↡、二ニハ須陀洹人ナリ。」

には ¬はん¼ の第七だいしち

ニハ¬涅槃¼第七。

このもんなかに 「にょ」 のしもちょうしょ」 のかみに 「ない」 といふは、 りゃくするところの文言もんごんさんぎょうあり。 その欠文けつもんにいはく、 「しゅおんしん化作けさ本書ほんしょこの二字にじかみにょ二字にじえず ない阿羅あらかんしんおよびぶつ色身しきしん化作けさし、 おうこの有漏うろかたちをもつて無漏むろしんとなしてわがしょうぼうせん。 これ魔波まはじゅんしょうぼうせんがためにまさにこのごんをなすべし。 ぶつしゃこく祇陀ぎだしょうじゃにましまして。」

之中「如是」之下「聴諸」之上言↢「乃至」↡者、所↠略スル文言有↢三行余↡。其闕文、「化↢作 本書此二字如是二字不↠見 須陀洹↡乃至化↢作阿羅漢身及色身↡、魔王以↢此有漏之形↡作↢无漏↡壊セン↢我正法↡。魔波旬↠壊センガ↢正法↡当↠作↢是↡。仏在↢舎衛国祇陀精舎↡。」

ふ。 この ¬きょう¼ をきをはりてしゃくなかに 「はちじょうもつ」 といふ、 何物なにものすや。

問。引↢此¬経¼↡已解釈↢「八不浄物」↡、指↢何物↡乎。

こたふ。 かみの ¬きょう¼ のなかにいふところの 奴婢ぬひぼく使とうか。 「奴婢ぬひ」 をいちとなし、 「ぼく使」 をいちとなし、 「ようぞう」 をわかちてとなす。 「どうてつなりといへども 「かく」 をいちとなし、 「だいしょうべつなりといへども 「銅盤どうばん」 をいちとなす。 がっして八種はっしゅなり。

答。上¬経¼之中↠言「奴婢僕使」等歟。「奴婢」為↠一、「僕使」為↠一、「牛羊象馬」分而為↠四。「銅鉄」↠異ナリト「釜鑊」為↠一、「大小」↠別ナリト「銅盤」為↠一。合シテ八種也。

ろくおなじき ¬きょう¼ (北本如来性品意南本四依品意)第六だいろく

¬経¼第六。

ただ経名きょうみょうげてごんせず。 その現文げんもんにいはく、 「ぶつさつげてのたまはく、 ぜんなんたとへば迦羅からりんのごとし。 そのじゅしゅにしてあっいましぶんあり。 このひとらずしてつてきたいちもうでてる。 このはやしなかにただ一樹いちじゅあり、 ちん頭迦ずかづく。 この迦羅からじゅちん頭迦ずかじゅ二菓にかそうして分別ふんべつすべからず。 そのじゅくするときひとり女人にょにんありてことごとくみなひろる。 ちん頭迦ずかせてただいちぶんあり。 迦羅からこれをるにぼんなるしょうはまたわかたざるがゆゑに、 迦羅からひてくらひをはりて命終みょうじゅうす。 にんともがらありてこのきをはりてすなはち女人にょにんう、 いづれのところにおいてこのりてきたれる。 このとき女人にょにんすなはち方所ほうしょしめす。 諸人しょにんすなはちいふ、 かくのごときの方所ほうしょりょう迦羅からじゅありてただ一根いっこんちん頭迦ずかじゅあり。 諸人しょにんこれをりをはりてわらひてりぬ。 ぜんなん大衆だいしゅなかはちじょうほうもまたかくのごとし。 このしゅなかにおいてかくのごときの八法はっぽう受用じゅゆうすることおおし。 ただ一人いちにん清浄しょうじょうかいなるありてかくのごときのはちじょうほうけず、 しかも諸人しょにんほう受畜じゅちくすることをれり。 しかしてどうにしてあひしゃせざること、 かのはやしなかいちちん頭迦ずかじゅのごとし。」

但挙↢経名↡不↠載↢言句↡。其現文云、「仏告↢菩薩↡言、善男子譬ヘバ↢迦羅林↡。其樹衆多ニシテ閼菓乃↢九分↡。是人不シテデヽ↠市。是唯有↢一樹↡、名↢鎮頭迦↡。是迦羅樹↢鎮頭迦樹↡二菓相似シテ不↠可↢分別↡。其菓熟スル時有↢一女人↡悉皆拾。鎮頭迦菓載唯有↢一分↡。迦羅迦売ルニ↠之凡愚ナル小児復不↠別、買↢迦羅迦菓↡噉命終。有↢智人輩↡聞↢是↡已即問↢女人↡、姉於↢何↢是↡来レルゾ。是女人即示↢方所↡。諸人即言、如↠是方所↢無量迦羅迦樹↡唯一根鎮頭迦樹アリ。諸人知↠之而捨。善男子、大衆之中八不浄亦復如↠是。於↢是↡多↣受↢用スルコト↠是八法↡。唯有↢一人清浄持戒ナル↡不↠受↢如↠是八不浄↡、而レリ↣諸人受↢畜スルコトヲ非法↡。然而同事ニシテコト捨離↡、如↢彼鎮頭迦樹↡。」

しちに ¬じゅうりんぎょう¼ のもん

¬十輪経¼文、

はちにまたおなじき ¬きょう¼ のもん

又同¬経¼文、

に ¬大集だいじっきょう¼ のもんだいじゅう

¬大集経¼文第五十二、

じゅうに ¬げんきょう¼ のもん

¬賢愚経¼文、

じゅういちにまたおなじき ¬きょう¼ のもん

十一又同¬経¼文。

このもんなかに 「所印しょいん」 のしもに 「ない」 といふは、 このきょうもんのこさんぎょうあり。 そのおわりのもんにいはく、 「このひとなほよくもろもろの人天にんでんのためにはんどうしめす。 このひとすなはちすでに三宝さんぽうなかにおいてしんきょうしんしょうず、 一切いっさいじゅうしゅどうすぐれたり。 そのひとかならずよくすみやかにはんる、 一切いっさいざい俗人ぞくにんすぐれたり。 ただしざい得忍とくにんひとのぞく。 このゆゑに天人てんにんまさにようすべし。」

之中「所印也」下言↢「乃至」↡者、此経文残有↢三行余↡。其云、「是人猶能↢諸人天↡示↢涅槃↡。是人便已↢三宝↡心↢敬信↡、勝タリ↢於一切九十五種外道↡。其人必↢涅槃↡、勝タリ↢於一切在家俗人↡。唯↢在家得忍↡。是天人応↢当供養↡。」

つぎに ¬だいきょう¼ はじゅうばんなり。 本書ほんしょ所引しょいん経名きょうみょうかみに 「」 のいちあり。

¬大悲経¼十二番也。本書所引経名之上↢「又」一字↡。

このきょうもんおわり 「法界ほっかい」 のしもに 「ない」 といふは、 ¬ゆいきょう¼ のもんじゅう三番さんばんなり。 経名きょうみょう文言もんごんがっしていちぎょう。 その現文げんもんにいはく、 「つぎに ¬ゆいきょう¼ にいはく、 ぶつじゅうごうなかはじめの三号さんごうく、 ぶつもしひろかばこうるともきじ。」

経文終「法界故」下言↢「乃至」↡者、¬維摩経¼文十三番也。経名文言合シテ一行余。其現文云、「次¬維摩経¼云、仏十号↢初三号↡、仏若カバトモ↠劫↠尽。」

ふ。 おおくのもんなかにこのきょうもんのぞく、 なんのゆゑかあるや。

問。多之中↢此経文↡、有↢何↡乎。

こたふ。 かみ諸文しょもんは、 みな像末ぞうまつみょうそうたっとぶことをしょうすること、 そのぶんみょうなり。 ゆゑにつぶさにこれをく。 いま仏号ぶつごうさんず、 そのいささかなり。 ゆゑにしばらくりゃくすらくのみ。

答。上諸文者、皆証スルコト↣像末コトヲ↢名字↡、其義分明ナリ。故↠之。今↢仏号↡、其義聊異ナリ。故スラク耳。

ふ。 こののごとくならば本書ほんしょになんぞわずらはしくこのもんくや。

問。如クナラ↢此↡者本書引↢此↡乎。

こたふ。 かみみょう比丘びく行状ぎょうじょうきて、 もろもろの沙門しゃもんひとたびぶつみょうしょうするにどくむなしからざることをたんず。 この ¬きょう¼ にまた仏号ぶつごうとくくがゆゑに、 そのたすけんがために引用いんようするところなり。

答。上↢名字比丘行状↡、嘆↧諸沙門一タビスルニ↢仏名↡功徳不コトヲ↞虚カラ。此¬経¼亦説↢仏号↡故、為↠助ンガ↢其↡所↢引用スル↡也。

【73】そもそものちきょうげてれいするなかきょうもんだす。 ただしきょうだいげてみなそのもんりゃくす。 これもんしげきによりて本書ほんしょゆずるか。 しかしてがくをしてやすからしめんために、 ひとへに本書ほんしょまかかさねて経名きょうみょうでっしてことごとくもつてこれをす。

抑後↠教比例スル之中↢五経↡。但↢経題↡皆略↢其↡。↢文繁キニ↡譲↢本書↡歟。然而為↠令シメンガ↢後学ヲシテカラ↟見、偏↢本書↡重シテ↢経名↡悉↠之

そのつぶさなるもん (末法灯明記) にいはく、 「しばらく ¬像法ぞうぼうけつ¼ にいふがごとし。 もしまたひとありてとうつく三宝さんぽうようすといへどもきょうじゅうしょうぜず。 そうしょうじててらくとも飲食おんじきぶく湯薬とうやくようせず、 かえりてさらにこつたいしてそうじきだんす。 せんはず一切いっさいもつぱら衆僧しゅそうなかにおいてにょうやくをなし、 侵損しんそん悩乱のうらんせんとほっす。 かくのごときひとやからながさんす。 いま俗間ぞくけんるにさかんにこのぎょうず。 うんおのづからしかなり、 ひとにあらざるがゆゑに。 しかるに檀越だんおつすでに檀越だんおつこころざしなし、 たれかそうそうぎょうなしとそしることをん。

ナル云、「且↢¬像法決疑¼云↡。若復有↠人↧造↢塔寺↡供↦養スト三宝↠生↢敬重↡。請ジテ↠僧ヲケドモ↠寺不↣供↢養飲食・衣服・湯薬↡、返乞貸シテ↢僧↡。不↠問↢貴賎↡一切専↧於↢衆僧↡作↢不饒益↡、侵損悩乱セント↥。如↠此輩永↢三塗↡。今見↢俗間↡盛↢此↡。時運ナリ、非↠人。爾檀越既↢檀越志↡、誰↠誹ルコトヲ↣僧シト↢僧行↡。

また ¬ゆいきょうぎょう¼ にいはく、 一日いちにちしゃじょうずればひゃくにちさいのぞく、 当代とうだいぎょうじゃつみなんぞさいとくあらわさん。

又¬遺教経¼云、一日乗ズレバ↢車馬↡除↢五百日↡、当代行者之罪何サン↢持斉之徳↡。

また ¬ほうぎょうきょう¼ にいはく、 わが弟子でしもしべっしょうけば、 国王こくおううえくことをざれ、 国王こくおうみずむことをざれ。 ひゃくだいつねにそのまえさえぎり、 せんだいつねしたがひてののしりて仏法ぶっぽう大賊だいぞくなりといふ。

又¬法行経¼云、我弟子若ケバ↢別請↡、不↠得↢国王コトヲ↡、不↠得↠飲コトヲ↢国王↡。五百大鬼常ギリ↢其↡、五千大鬼常↢仏法大賊ナリト↡。

¬鹿ろく母子もしきょう¼ にいはく、 べっしょうせばひゃくかんなほ福田ふくでんづくることをざれ、 もしひとりぞうあく比丘びくすればりょうふく当代とうだい道人どうにんすでにべっしょうこのむ。 いづれのところにかふくへん、 かいひとあにこれにくわへんや。 すでにおううえまず、 またおうみずむことをゆるさず、 せんだいつね大賊だいぞくなりとののしる。 ああかいそうつみ、 なんぞそれにおいてとがあらためんや。

¬鹿母子経¼云、別請セバ五百羅漢猶↠得↠名コトヲ↢福田↡、若スレバ↢一似像悪比丘↢无量↡。当代道人已↢別請↡。何ニカヘン↠福、持戒之人豈ヘンヤ↠之。既不↠↢王地↡、亦不↠許↠飲コトヲ↢王地↡、五千大鬼常↢大賊ナリト↡。嗟呼持戒罪、何↠其メン↠過乎。

また ¬仁王にんのうぎょう¼ にいはく、 もしわが弟子でしかんのために使つかへらればわが弟子でしにあらず、 だいしょうそうとうててともにあひしょうばくせばそのときあたりて仏法ぶっぽう滅没めつもつしなん。 これを仏法ぶっぽうくにする因縁いんねんなりとなす。

又¬仁王経¼言、若弟子為↠官レバ使ツカ↢我弟子↡、立テヽ↢大小僧統↡共摂縛セバ↢爾之時↡仏法滅没シナン。是↧破↢仏法↡破スル↠国因縁ナリト↥。

¬仁王にんのう¼ とうすいするに、 そうとうはいするをもつてそうぞくとなす。 かの ¬だいじゅう¼ とうかいしょうしてもつてすくたからとなす。 あにこくいなごとどめんとしてつひに保家ほけたからてんや。 すべからくるいわかたずしてともにいちさんすべし。 そうあとたずして鳴鐘みょうしょうときうしなはず。 しかればすなはち末法まっぽうきょうかなひてくにたもどうよくせん。」

スルニ↢¬仁王¼等↡、拝スルヲ↢僧統↡以↢破僧之俗↡。彼¬大集¼等シテ↢无戒↡以↢済↠世之宝↡。豈留メントシテ↢破之蝗↡遂ステンヤ↢保家之宝↡。須↧不シテ↠分↢二類↡共↦一味↥。僧尼不シテ↠跡鳴鐘↠失↠時。然レバカナ↢末法之教ヨクセンタモ↠国之道↡。」

 

ろくようしょう だいろく きゅうほん しんまつ

 

→Ⓐ
→Ⓐ
→Ⓑ等[不]
→Ⓐ
→◎Ⓑ
失を略して得を出だす 「得を略して失を出だす」 の間違いか。
→Ⓐ
→Ⓑ
→◎ⒶⒷ
→◎Ⓑ
→◎ⒶⒷ(◎「」と右傍註記)
→Ⓐ
→Ⓐ至[経]
→Ⓑ
→(本派本願寺蔵版)二十(延書はこれによる)
→(本派本願寺蔵版)故[持者](延書はこれによる)
第三巻の末 信巻にはこの文の引用はない。 (証巻・化身土巻には引用されている。)
→Ⓐ
→Ⓑ
→Ⓐ樹[林](延書はこれによる)
→Ⓐ
 Ⓐになし
→Ⓑ
→◎ⒶⒷ
→Ⓑ
→Ⓐ「申歟」と右傍註記(延書はこれによる)
→◎ⒶⒷ
 Ⓑになし
→Ⓐ
→◎ⒶⒷ
→Ⓐ怠[有破戒等也]
→Ⓐ