しょうしんたい

 

【1】 そもそも、 この 「しょうしん」 といふは、 *のかずひゃくじゅうぎょうのかずろくじゅうなり。 これは*さんちょうこうしゃくによりて、 ほぼいっしゅう大綱たいこうようをのべましましけり。 こののはじめ 「みょう」 といふより 「無過むか」 といふにいたるまでは、 じゅうじゅうぎょうなり。 これは ¬*だいきょう¼ のこころなり。 「いん以下いげ四句しくは、 そうじてさんちょう祖師そしじょうきょうをあらはすこころをひょうしたまへり。 また 「しゃ」 といふよりのをはるまでは、 これしち*こうさんのこころなり。

句のかず百二十… 七言のじゅは二句を一行とするので、 百二十句の 「正信偈」 は六十行となる (四言、 五言の偈頌は四句を一行とする)。
三朝高祖 インド・中国・日本に現れた高僧。 →しち高僧こうそう

 うていはく、 「しょうしん」 といふは、 これはいづれのぞや。

 こたへていはく、 「しょう」 といふは、 ぼうたいし、 じゃたいし、 ぞうたいすることばなり。 「しん」 といふは、 たいし、 またぎょうたいすることばなり。

【2】 「みょうりょう寿じゅ如来にょらい」 といふは、 *寿じゅみょうりょうなるたいなり、 またとう (中国) のことばなり。 *弥陀みだ如来にょらい*南無なもしたてまつれといふこころなり。 「南無なも不可ふか思議しぎこう」 といふは、 *智慧ちえ*こうみょうのそのとくすぐれたまへるすがたなり。 「みょうりょう寿じゅ如来にょらい」 といふは、 すなはち*南無なも弥陀みだぶつたいなりとしらせ、 この南無なも弥陀みだぶつもうすは、 こころをもつてもはかるべからず、 ことばをもつてもきのぶべからず、 このふたつのどうきはまりたるところを*南無なも不可ふか思議しぎこうとは申したてまつるなり。 これを*報身ほうじん如来にょらいもうすなり、 これを*じん十方じっぽう無礙むげこう如来にょらいとなづけたてまつるなり。

この如来にょらいを、 *方便ほうべん法身ほっしんとはもうすなり。 *方便ほうべんもうすは、 かたちをあらはし、 御名みなをしめして、 *しゅじょうにしらしめたまふをもうすなり。 すなはち弥陀みだぶつなり。 この如来にょらいこうみょうなり。 こうみょう智慧ちえなり。 *智慧ちえはひかりのかたちなり。

智慧ちえまたかたちなければ不可ふか思議しぎこうぶつもうすなり。 この如来にょらい*十方じっぽうじんかいにみちみちたまへるがゆゑに、 *へんこうぶつもうす。 しかれば、 しんさつ (*天親) は、 「じん十方じっぽう無礙むげこう如来にょらい(*浄土論) となづけたてまつりたまへり。 さればこの如来にょらい南無なも*みょうしたてまつれば、 *摂取せっしゅしゃのゆゑに*真実しんじつほう*おうじょうをとぐべきものなり。

智慧はひかりのかたちなり 「ひかりは智慧のかたちなり」 の意か。

【3】 「法蔵ほうぞうさついん ざいざいおうぶつしょ けん諸仏しょぶつじょういん こく人天にんでん善悪ぜんあく」 といふは、 「*ざいおうぶつ」 ともうすは、 弥陀みだ如来にょらいのむかしのしょうおんことなり。 しかれば、 このぶつのみもとにして、 ひゃくいちじゅうおく諸仏しょぶつじょうのなかの善悪ぜんあく*けんしましまして、 そのなかにわろきをばえらびすて、 よきをばえらびとりたまひて、 わが*じょうとしましますといへるこころにてあるなり。

 「こんりゅうじょうしゅしょうがん ちょうほつ希有けうだいぜい」 といふは、 諸仏しょぶつじょうをえらびとりて*西方さいほう*極楽ごくらくかいしゅしょうじょうこんりゅうしたまふがゆゑに、 ちょう希有けう大願だいがんとも、 また*おうちょうだい誓願せいがんとももうすなり。

 「こうゆいしょうじゅ」 といふは、 まづいっ*こうといふは、 たかさじゅうひろさじゅういしを、 天人てんにんごろもをもつて、 そのおもさ、 ぜにひとつの*つのひとつのけてつののおもさなるをきて、 三年さんねんいちくだりてこのいしをなでつくせるを一劫いっこうといふなり。 これをいつつなでつくすほど、 弥陀みだぶつの、 むかし*法蔵ほうぞう比丘びくもうせしとき、 ゆいしてやすきみのりをあらはして、 *じゅうあく*ぎゃく罪人ざいにん*しょうさんしょう女人にょにんをも、 もらさずみちびきてじょうおうじょうせしめんとちかひましましけり。

四つの字 貨幣に刻まれた四つの文字のこと。 「銭一つの…」とは、 銭一枚の四分の三の重さ、 軽いものの喩え。
五障三従の女人 →補註14

 「じゅうせい名声みょうしょうもん十方じっぽう」 といふは、 弥陀みだ如来にょらい*仏道ぶつどうをなりましまさんに、 *名声みょうしょう十方じっぽうきこえざるところあらば、 *しょうがくらじとちかひましますといへるこころなり。

名声 阿弥陀仏のみょうごうのこと。

【4】 「ほうりょうへんこう」 といふより 「ちょう日月にちがつこう」 といふにいたるまでは、 これ*じゅうこうぶつ一々いちいち御名みななり。

*りょうこうぶつ」 といふは、 *やくじょうおんなることをあらはす。 *げんらいにわたりてそのげんりょうなし、 かずとしてさらにひとしきかずなきがゆゑなり。

へんこうぶつ」 といふは、 しょうゆう広大こうだいなるとくをあらはす。 *十方じっぽうかいつくしてさらに辺際へんざいなし、 えんとしてらさずといふことなきがゆゑなり。

無礙むげこう仏」 といふは、 *神光じんこうしょうなきそうをあらはす。 *人法にんぼうとしてよく*さふることなきがゆゑなり。 においてないしょうあり。 しょうといふは、 さんだいうんえんとうなり。 ないしょうといふは、 *とんしん*まんとうなり。光雲こううん無礙むげにょくう(*讃弥陀偈)とくあれば、 よろづのしょうにさへられず、 「しょじゃごうのうしゃ(*定善義) のちからあれば、 もろもろのないしょうにさへられず。 かるがゆゑに天親てんじんさつは 「じん十方じっぽう無礙むげこう如来にょらい(浄土論) とほめたまへり。

たいこうぶつ」 といふは、 ひかりとしてこれに相対そうたいすべきものなし。 もろもろのさつのおよぶところにあらざるがゆゑなり。

炎王えんのうこうぶつ」 といふは、 または光炎こうえんのうぶつごうす。 こうみょうざいにしてじょうなるがゆゑなり。 ¬*だいきょう¼ (下) に 「猶如ゆうにょおう しょうめつ一切いっさい 煩悩ぼんのうしん」 とけるは、 このひかりのとくたんずるなり。 をもつてたきぎくに、 つくさずといふことなきがごとく、 こうみょう*智火ちかをもつて*煩悩ぼんのうたきぎくに、 さらにめっせずといふことなし。 *さん*黒闇こくあんしゅじょう*こうしょうをかうぶり*だつるは、 このひかりのやくなり。

清浄しょうじょうこうぶつ」 といふは、 とん*善根ぜんごんよりしょうず。 かるがゆゑにこのひかりをもつてしゅじょう*貪欲とんよくするなり。

かんこうぶつ」 といふは、 しん善根ぜんごんよりしょうず。 かるがゆゑにこのひかりをもつてしゅじょう*しんめっするなり。

智慧ちえこうぶつ」 といふは、 無痴むち善根ぜんごんよりしょうず。 かるがゆゑにこのひかりをもつて*みょうあんするなり。

だんこうぶつ」 といふは、 一切いっさいのときに、 ときとしてらさずといふことなし。 *さんじょうごうにしてしょうやくをなすがゆゑなり。

なんこうぶつ」 といふは、 神光じんこうそうをはなれてなづくべきところなし。 はるかにごんきょうがいにこえたるがゆゑなり。 こころをもつてはかるべからざれば 「なんこうぶつ」 といひ、 ことばをもつてくべからざれば 「しょうこうぶつ」 とごうす。 ¬*りょう寿じゅ如来にょらい¼ (上) には、 なんこうぶつをば 「不可ふか思議しぎこう」 となづけ、 しょうこうぶつをば 「不可ふか称量しょうりょうこう」 といへり。

ちょう日月にちがつこうぶつ」 といふは、 日月にちがつはただ*てんらして、 かみじょうてんにおよばず、 しも*ごくにいたらず。 仏光ぶっこうはあまねく八方はっぽうじょうらしてしょうするところなし。 かるがゆゑに日月にちがつえたり。 さればこのじゅうこうはなちて十方じっぽうじんかいらしてしゅじょうやくしたまふなり。

無量光仏といふは… 以下、 十二光仏の名についての記述は、 存覚ぞんかく上人の ¬けんみょうしょう¼ にもとづく。
過現 過去・現在。
さふること さえぎること。
智火 智慧ちえの火。
黒闇 迷いの闇。 無明にねざす迷いの状態をくらやみに喩える。
三世常恒 過去・現在・未来にわたって永久に変ることがないこと。
無量寿如来会には… ¬如来会¼ では、 阿弥陀仏のこうみょうの徳を十五光の名称でたたえている。 →りょう寿じゅ如来にょらい

 「一切いっさいぐんじょうこうしょう」 といふは、 あらゆるしゅじょう*宿しゅくぜんあればみなこうしょうやくにあづかりたてまつるといへるこころなり。

 「本願ほんがんみょうごう正定しょうじょうごう」 といふは、 だいじゅうしちがんのこころなり。 十方じっぽう諸仏しょぶつにわがをほめられんとちかひましまして、 すでにそのがんじょうじゅしたまへるすがたは、 すなはちいまの*本願ほんがん*みょうごうたいなり。 これすなはちわれらがおうじょうをとぐべき*ぎょうたいなりとしるべし。

行体 行の当体。 しゅじょう往生の因となる行そのもののこと。

 「しんしんぎょうがんいん じょう等覚とうがくしょうだいはん ひっめつがんじょうじゅ」 といふは、 だいじゅうはち*真実しんじつ信心しんじんをうればすなはち*正定しょうじょうじゅじゅうす。 そのうへに*とうしょうがくにいたり*だいはんしょうすることは、 だいじゅういちがん*ひっめつがんじょうじゅしたまふがゆゑなり。 これを*平生へいぜいごうじょうとはもうすなり。 されば正定しょうじょうじゅといふは*退たいくらいなり。 これは*このやくなり。

*めつといふははんくらいなり、 これは*かのやくなりとしるべし。 ¬さん¼ (*高僧和讃) にいはく、 「*がんにいたればすみやかに じょうはんしょうしてぞ すなはちだいをおこすなり これをこうとなづけたり」 といへり。 これをもつてこころうべし。

この土 しゃ世界。
かの土 阿弥陀仏の浄土。

【5】 「如来にょらいしょこうしゅつ 唯説ゆいせつ弥陀みだ本願ほんがんかい じょくあくぐんしょうかい 応信おうしん如来にょらい如実にょじつごん」 といふは、 *しゃくそん*しゅっがんは、 ただ弥陀みだ本願ほんがんきましまさんがためにでたまへり。 *じょく*あくかいしゅじょう*一向いっこう弥陀みだ本願ほんがんしんじたてまつれといへるこころなり。

 「能発のうほつ一念いちねんあいしん」 といふは、 *一念いちねんかん信心しんじんのことなり。

一念歓喜の信心 本願を聞いてふたごころなくよろこぶ信心のこと。 親鸞聖人は、 一念とは信心をうる時のきわまり、 歓は身を、 喜は心をよろこばせることであるという。

 「だん煩悩ぼんのうとくはん」 といふは、 *願力がんりき思議しぎなるがゆゑに、 わがには煩悩ぼんのうだんぜざれども、 ぶつのかたよりはつひに*はんにいたるべきぶんさだまるものなり。

涅槃にいたるべき分 涅槃に至ることに定まった位。 正定しょうじょうじゅのこと。

 「ぼんしょうぎゃくほうさいにゅう にょ衆水しゅすいにゅうかいいち」 といふは、 *ぼん*しょうにんぎゃく*謗法ほうぼうも、 ひとしく本願ほんがんだいかいにゅうすれば、 もろもろのみずうみりていちなるがごとしといへるこころなり。

 「摂取せっしゅ心光しんこうじょうしょう のうすいみょうあん 貪愛とんない瞋憎しんぞううん じょう真実しんじつ信心しんじんてん にょ日光にっこううん うんみょうあん」 といふは、 弥陀みだ如来にょらい*念仏ねんぶつしゅじょう*摂取せっしゅしたまふひかりはつねにらしたまひて、 すでによくみょうあんすといへども、 貪欲とんよくしんと、 くもきりのごとくして真実しんじつ信心しんじんてんおおへること、 日光にっこうのあきらかなるを、 くもきりおおふによりてかくすといへども、 そのしたはあきらかなるがごとしといへり。

 「ぎゃくしんけんきょうだいきょう」 といふは、 ほうをききてわすれず、 おほきによろこぶひとをば、 しゃくそんは 「わがよき*しんなり」 (大経・下) とのたまへり。

 「そくおうちょうぜつ悪趣あくしゅ」 といふは、 一念いちねん*きょうしんおこれば、 願力がんりき思議しぎのゆゑに、 すなはちよこさまにねんとしてごく*餓鬼がき*ちくしょう*しゅにんてんのきづなをるといへるこころなり。

 「一切いっさい善悪ぜんあくぼんにん 聞信もんしん如来にょらいぜいがん 仏言ぶつごん広大こうだいしょうしゃ にんみょうふん陀利だり」 といふは、 一切いっさい善人ぜんにん悪人あくにんも、 如来にょらい本願ほんがん聞信もんしんすれば、 しゃくそんはこのひとを 「*広大こうだいしょうのひと」 (如来会・下) なりといひ、 また 「*ふん陀利だり(*観経) にたとへ、 あるいは *上上じょうじょうにん(*散善義) なりとも、 「*希有けうにん(同) なりともほめたまへり。

 「弥陀みだぶつ本願ほんがん念仏ねんぶつ 邪見じゃけんきょうまんあくしゅじょう しんぎょうじゅじんなん なんちゅうなん無過むか」 といふは、 弥陀みだ如来にょらい本願ほんがん念仏ねんぶつをば、 *邪見じゃけんのものと*きょうまんのものと悪人あくにんとは、 真実しんじつしんじたてまつることかたきがなかにかたきこと、 これにぎたるはなしといへるこころなり。

【6】 「いん西天さいてんろん ちゅう日域じちいき高僧こうそう けんだいしょうこうしょう みょう如来にょらい本誓ほんぜいおう」 といふは、 いん西天さいてんといふは*天竺てんじくなり、 ちゅうといふはとう (中国) なり、 日域じちいきといふは日本にっぽんのことなり。 このさんごく祖師そしとう念仏ねんぶついちぎょうをすすめ、 ことにしゃくそん*しゅっ本懐ほんがいは、 ただ弥陀みだ本願ほんがんをあまねくきあらはして、 まつぼんおうじたることをあかしましますといへるこころなり。

【7】 「しゃ如来にょらいりょうせん しゅごうみょうなん天竺てんじく りゅうじゅだいしゅつ於世おせ 悉能しつのうざい有無うむけん 宣説せんぜつだいじょうじょうほう しょうかんしょう安楽あんらく」 といふは、 この*りゅうじゅさつ*はっしゅう祖師そしせんろんなり。 しゃくそんめつひゃくさいしゅっしたまふ。 しゃくそんこれをかねてしろしめして、 ¬*りょうきょう¼ にきたまはく、 「なん天竺てんじくこくりゅうじゅといふ*比丘びくあるべし。 よく*有無うむ邪見じゃけんして、 *だいじょうじょうほうきて、 *かんしょうして*安楽あんらくおうじょうすべし」 とらいしたまへり。

八宗の祖師 龍樹菩薩の教学は広く諸宗の基礎となっているので、 このようにいう。
有無の邪見 有見・無見の誤った見解。 →有無うむ

 「けんなんぎょうろく しんぎょうぎょう水道すいどうらく」 といふは、 かのりゅうじゅの ¬*十住じゅうじゅう毘婆びばしゃろん¼ に、 念仏ねんぶつをほめたまふにしゅどうをたてたまふ。 ひとつには*なんぎょうどうふたつには*ぎょうどうなり。 そのなんぎょうどうしゅしがたきことをたとふるに、 ろくのみちあゆぶがごとしといへり。 ぎょうどうしゅしやすきことをたとふるに、 みずのうへをふねりてゆくがごとしといへり。

 「憶念おくねん弥陀みだぶつ本願ほんがん ねんそくにゅうひつじょう」 といふは、 *本願ほんがんりき思議しぎ*憶念おくねんするひとは、 おのづから*ひつじょうるべきものなりといへるこころなり。

 「唯能ゆいのう常称じょうしょう如来にょらいごう 応報おうほうだいぜいおん」 といふは、 真実しんじつ信心しんじん*ぎゃくとくせんひとは、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざがみょうごうとなへて、 だい*ぜい*恩徳おんどくほうじたてまつるべしといへるこころなり。

【8】 「天親てんじんさつ造論ぞうろんせつ みょう無礙むげこう如来にょらい」 といふは、 この*天親てんじんさつりゅうじゅとおなじくせんろんなり。 ぶつめつひゃくねんにあたりてしゅっしたまふ。 ¬じょうろん¼ 一巻いっかんつくりて、 あきらかに*さんぎょうたいをのべ、 もつぱら*無礙むげこう如来にょらいみょうしたてまつりたまへり。

 「しゅ多羅たらけん真実しんじつ 光闡こうせんおうちょうだい誓願せいがん こう本願ほんがんりきこう 為度いどぐんじょうしょう一心いっしん」 といふは、 このさつ*だいじょうきょうによりて*真実しんじつあらわす。 その真実しんじつといふは念仏ねんぶつなり。 *おうちょうだい誓願せいがんをひらきて、 本願ほんがん*こうによりて*ぐんじょう*さいせんがために、 論主ろんじゅ (天親)一心いっしん無礙むげこうみょうし、 おなじくしゅじょう一心いっしんにかの如来にょらいみょうせよとすすめたまへり。

大乗経 ここでは浄土三部経のこと。

 「にゅうどくだい宝海ほうかい ひつぎゃくにゅうだいしゅしゅ」 といふは、 だい宝海ほうかいといふは、 よろづのしゅじょうをきらはず、 さはりなく、 へだてず、 みちびきたまふを、 大海だいかいみずのへだてなきにたとへたり。 この*どくだい宝海ほうかいにゅうすれば、 かならず弥陀みだ*だいかずるといへるこころなり。

大会の数 浄土で阿弥陀仏が説法する時の集会を広大会と名づけ、 それに参列し聞法もんぼうする大衆だいしゅを大会衆という。 ここでは信心の行者が、 現生 (この世) において正定しょうじょうじゅに入り、 阿弥陀仏の眷属けんぞくとなることをいう。

 「とくれんぞうかい そくしょう真如しんにょほっしょうしん」 といふは、 *れんぞうかいといふは*あんにょうかいのことなり。 かのにいたりなば、 すみやかに*真如しんにょ*ほっしょうをうべきものなりといふこころなり。

 「煩悩ぼんのうりんげん神通じんずう にゅうしょうおんおう」 といふは、 これは*還相げんそうこうのこころなり。 弥陀みだじょうにいたりなば、 *しゃにもまたたちかへり、 *神通じんずうざいをもつて、 こころにまかせて、 しゅじょうをもやくせしむべきものなり。

【9】 「ほん曇鸞どんらんりょうてん じょうこう鸞処らんしょさつらい」 といふは、 *曇鸞どんらんだいはもとは*ろんしゅうのひとなり。 ろんといふは、 *三論さんろんに ¬*ろん¼ をくはふるなり。 三論さんろんといふは、 ひとつには ¬*ちゅうろん¼ 、 ふたつには ¬*ひゃくろん¼ 、 つには ¬*じゅうもんろん¼ なり。 しょう (曇鸞) はこのろん通達つうだつしましましけり。 さるほどに、 りょうこくてん*蕭王そうおう信仰しんこうありて、 おはせしかたにつねにかひて、 曇鸞どんらん*さつとぞらいしましましけり。

 「三蔵さんぞう流支るしじゅ浄教じょうきょう ぼんじょうせんぎょう楽邦らくほう」 といふは、 かの曇鸞どんらんだい、 はじめはろんしゅうにておはせしが、 仏法ぶっぽうのそこをならひきはめたりといふとも、 いのちみじかくは、 ひとをたすくることいくばくならんとて、 *とういんきょといふひとにあうて、 まづちょうせい不死ふしほうをならひぬ。 すでに三年さんねんのあひだ仙人せんにんのところにしてならひえてかへりたまふ。

そのみちにて*だい流支るしもう*三蔵さんぞうにゆきあひてのたまはく、 「仏法ぶっぽうのなかにちょうせい不死ふしほうは、 *この*せんぎょうにすぐれたるほうやある」 とひたまへば、 三蔵さんぞうにつばきをきていはく、 「このほうにはいづくのところにかちょうせい不死ふしほうあらん。 たとひちょうねんてしばらくせずといふとも、 つひに*さん*りんすべし」 といひて、 すなはちじょう*¬*かんりょう寿じゅきょう¼ をさずけていはく、 「これこそまことのちょうせい不死ふしほうなり。 これによりて念仏ねんぶつすれば、 はやく*しょうをのがれて、 はかりなきいのちをべし」 とのたまへば、 曇鸞どんらんこれをうけとりて、 せんぎょうじっかんをたちまちにきすてて、 一向いっこうじょうしたまひけり。

この土 ここでは中国のこと。

 「天親てんじんさつろんちゅう ほういんけん誓願せいがん」 といふは、 かのらん (曇鸞)天親てんじんさつの ¬じょうろん¼ に ¬ちゅう¼ (*論註) といふふみをつくりて、 くはしく*極楽ごくらく*いん一々いちいち*誓願せいがんあらわしたまへり。

観無量寿経を授け… ¬ぞく高僧こうそうでん¼ 巻六では ¬観経¼ を授けたとするが、 諸説があって定かではない。

 「往還おうげんこうりき 正定しょうじょういんゆい信心しんじん」 といふは、 *往相おうそう*還相げんそう*しゅこうは、 ぼんとしては*さらにおこさざるものなり、 ことごとく如来にょらい*りきよりおこさしめられたり。 正定しょうじょういん*信心しんじんをおこさしむるによれるものなりとなり。

 「惑染わくぜんぼん信心しんじんほつ しょうしょうそくはん」 といふは、 *一念いちねんしんおこりぬれば、 いかなる*惑染わくぜんなりといふとも、 *不可ふか思議しぎほうなるがゆゑに、 *しょうすなはちはんなりといへるこころなり。

惑染 煩悩 (惑) によってけがされていること。

 「ひっりょうこうみょう しょしゅじょうかい普化ふけ」 といふは、 しょうにん (*親鸞)弥陀みだ*しんさだめたまふとき、 「ぶつはこれ*不可ふか思議しぎこうはまた*りょうこうみょうなり」 (*真仏土巻・意) といへり。 かのにいたりなばまた*穢土えどにたちかへり、 あらゆる*じょうすべしとなり。

【10】 「どうしゃくけつしょうどうなんしょう ゆいみょうじょうつうにゅう」 といふは、 この*どうしゃくはもとは*はんしゅう学者がくしゃなり。 曇鸞どんらんしょう*面授めんじゅ弟子でしにあらず。 そのだい*いっぴゃくさいをへだてたり。 しかれども*へいしゅう*げんちゅうにして曇鸞どんらんもんをみて、 じょうたまひしゆゑに、 かの弟子でしたり。 これまたつひに*はん広業こうごうをさしおきて、 ひとへに*西方さいほうぎょうをひろめたまひき。 さればしょうどう*なんぎょうなり、 じょう*ぎょうなるがゆゑに、 ただ当今とうこんぼんじょう一門いちもんのみつうにゅうすべきみちなりとをしへたまへり。

一百余歳 曇鸞どんらんだいの寂年 (542) とどうしゃくぜんの寂年 (645) の年のへだたりをいう。
并州玄中寺 ¬ぞく高僧こうそうでん¼ 巻六には 「ふんしゅう北山石壁せきへき玄中寺」 とある。
涅槃の広業 ¬はんぎょう¼ を講ずる広大な事業。

 「万善まんぜんりきへん勤修ごんしゅ 円満えんまん徳号とくごうかんせんしょう」 といふは、 万善まんぜん*りきぎょうなるがゆゑに、 末代まつだいしゅぎょうすることかなひがたしといへり。 円満えんまん*徳号とくごう*りきぎょうなるがゆゑに、 末代まつだいには相応そうおうせりといへるこころなり。

 「さん三信さんしん慇懃おんごん 像末ぞうまつ法滅ほうめつどういん」 といふは、 どうしゃくぜん、 「*さん三信さんしん」 といふことをしゃくしたまへり。 「ひとつには信心しんじんあつからず、 *にゃくぞんにゃくもうするゆゑに。 ふたつには信心しんじんひとつならず、 いはく、 けつじょうなきがゆゑに。 つには信心しんじん相続そうぞくせず、 いはく、 *ねんけんなるがゆゑに」 (*安楽集・上) といへり。 かくのごとくねんごろにをしへたまひて、 *像法ぞうぼう*末法まっぽうしゅじょうをおなじくあはれみましましけり。

余念間故 疑いがまじること。

 「いっしょう造悪ぞうあくぜい あんにょうがいしょうみょう」 といふは、 弥陀みだぜいもうあひたてまつるによりて、 *いっしょう造悪ぞうあくあんにょうがいいたれば、 すみやかにじょうみょうしょうすべきものなりといへるこころなり。

【11】 「善導ぜんどうどくみょうぶつしょう 矜哀こうあいじょうさんぎゃくあく」 といふは、 *じょうもん祖師そしそのかずこれおほしといへども、 善導ぜんどうにかぎりひと*ぶっしょうをこうて、 あやまりなくぶつしょうかしたまへり。 されば*じょうさんをもぎゃくをも、 もらさずあはれみたまひけりといふこころなり。

仏証 仏の認証。 善導ぜんどう大師の ¬観経疏¼ が仏の認証を得た書であることは、 同書の後跋に記されている。
定散の機… じょうぜん散善さんぜんを行う善人と、 ぎゃくざいをおかした悪人。

 「こうみょうみょうごうけん因縁いんねん」 といふは、 弥陀みだ如来にょらい*じゅうはちがんのなかにだいじゅうがんは、 「わがひかりきはなからん」 とちかひたまへり、 これすなはち念仏ねんぶつしゅじょう*摂取せっしゅのためなり。 かのがんすでにじょうじゅしてあまねく*無礙むげのひかりをもつて十方じっぽうじんかいらしたまひて、 しゅじょう煩悩ぼんのう悪業あくごうじょうらしまします。 さればこのひかりのえんにあふしゅじょう*やうやくみょう*昏闇こんあんうすくなりて宿しゅくぜんのたねきざすとき、 まさしくほううまるべきだいじゅうはち*念仏ねんぶつおうじょう*願因がんいんみょうごうをきくなり。 しかれば、 みょうごう*しゅうすることさらにりきにあらず、 ひとへにこうみょうにもよほさるるによりてなり。 このゆゑにこうみょうえんにきざされてみょうごういんあらわるるといふこころなり。

やうやく 次第に。 段々。
昏闇 くらやみ。
願因の名号 本願によって往生の因と選び定められた名号。

 「かいにゅう本願ほんがんだいかい ぎょうじゃしょうじゅ金剛こんごうしん」 といふは、 本願ほんがんだいかいにゅうしぬれば、 真実しんじつ*金剛こんごうしんけしむといふこころなり。

 「きょう一念いちねん相応そうおう だいとうぎゃく三忍さんにん そくしょうほっしょうじょうらく」 といふは、 一心いっしん念仏ねんぶつぎょうじゃ一念いちねんきょう信心しんじんさだまりぬれば、 *だいにんとひとしく、 しん*三忍さんにんべきなり。 しん三忍さんにんといふは、 ひとつにはにんふたつにはにんつには信忍しんにんなり。 にんといふは、 これ*信心しんじんかん得益とくやくをあらはすこころなり。 にんといふは、 *ぶっをさとるこころなり。 信忍しんにんといふは、 すなはちこれ信心しんじんじょうじゅのすがたなり。

しかれば、 だいはこの三忍さんにんやくをえたまへるなり。 これによりて真実しんじつ信心しんじんそくせんひとは、 だいにんにひとしく三忍さんにんをえて、 すなはち*ほっしょう*じょうらくしょうすべきものなり。

【12】 「源信げんしん広開こうかい一代いちだいきょう へんあんにょうかん一切いっさい」 といふは、 *りょうごんしょう (*源信) は、 ひろくしゃ一代いちだいきょうひらきて、 もつぱら念仏ねんぶつをえらんで、 一切いっさいしゅじょうをして西方さいほうおうじょうをすすめしめたまへり。

楞厳 しゅりょうごんいんのこと。

 「専雑せんぞうしゅうしんはん浅深せんじん ほう二土にどしょうべんりゅう」 といふは、 *ぞうぎょう*雑修ざっしゅをすてやらぬ*しゅうしんあるひとは、 かならず*化土けどまんこくしょうずるなり。 また*専修せんじゅ*正行しょうぎょうになりきはまるかたの*しゅうしんあるひとは、 さだめてほう極楽ごくらくこくしょうずべしとなり。 これすなはち専雑せんぞうしゅ浅深せんじんはんじたまへるこころなり。 ¬さん¼ (高僧和讃) にいはく、 「*ほうじょうおうじょうは おほからずとぞあらはせる 化土けどうまるるしゅじょうをば すくなからずとをしへたり」 といへるはこのこころなりとしるべし。

執心 法をとりたもつ心で、 信心のこと。 自力の行法をとりたもてば自力の信心のことになり、 他力の法をとりたもてば他力の信心を意味することになる。

 「ごくじゅう悪人あくにんゆいしょうぶつ」 といふは、 ごくじゅう悪人あくにん方便ほうべんなし、 ただ弥陀みだしょうして極楽ごくらくしょうずることをよといへるもんのこころなり。

 「やくざい摂取せっしゅちゅう 煩悩ぼんのうしょうげんすいけん だいけん常照じょうしょう」 といふは、 真実しんじつ信心しんじんをえたるひとは、 しゃにあれどもかの摂取せっしゅこうみょうのなかにあり。 しかれども、 煩悩ぼんのうまなこを*さへてをがみたてまつらずといへども、 弥陀みだ如来にょらい*ものうきことなくして、 つねにわがらしましますといへるこころなり。

さへて さえぎって。
ものうきことなく 飽きることなく。 ここでは見捨てることなくという意。

【13】 「ほん源空げんくうみょうぶっきょう 憐愍れんみん善悪ぜんあくぼんにん」 といふは、 日本にっぽんには念仏ねんぶつ祖師そしそのかずこれおほしといへども、 *法然ほうねんしょうにんのごとく*一天いってんにあまねくあおがれたまふひとはなきなり。 これすなはちぶっきょうにあきらかなりしゆゑなり。 されば弥陀みだ*しんといひ、 またせい来現らいげんといひ、 また善導ぜんどう再誕さいたんともいへり。 かかる*めいにてましますがゆゑに、 われら善悪ぜんあくぼんにんをあはれみたまひてじょうにすすめれしめたまひけるものなり。

一天 世の中。 世間全体。

 「しんしゅう教証きょうしょうこう*へんしゅう せんじゃく本願ほんがんあく」 といふは、 かのしょうにん (法然) わがちょうにはじめて*じょうしゅうをたてたまひて、 また ¬*せんじゃくしゅう¼ といふふみをつくりましまして、 あくにあまねくひろめしめたまへり。

 「還来げんらいしょう輪転りんでん けつじょうしょ そくにゅう寂静じゃくじょう無為むいらく ひつ信心しんじんのうにゅう」 といふは、 しょう*輪転りんでんいえといふは、 *六道ろくどうりんのことなり。 このふるさとへかえることは*じょうのあるによりてなり。 また*寂静じゃくじょう*無為むいじょうへいたることは信心しんじんのあるによりてなり。 されば ¬せんじゃくしゅう¼ にいはく、 「しょういえにはうたがいをもつて*しょとし、 はんのみやこにはしんをもつて*のうにゅうとす」 といへる、 このこころなり。

疑情 阿弥陀仏の本願を疑いはからう心。
所止 迷いの世界にとどまるところの理由 (所以)。
能入 よく浄土に入ることのできる因のこと。

【14】 「きょうだいしゅとう じょうさいへんごくじょくあく 道俗どうぞくしゅとう同心どうしん ゆいしん高僧こうそうせつ」 といふは、 きょうだいといふは、 天竺てんじく (印度)震旦しんたん (中国)・わがちょうさつ祖師そしとうのことなり。 かのにんらいごくじょくあくのわれらをあはれみすくひたまはんとて出生しゅっしょうしたまへり。 しかれば*道俗どうぞくとう、 みなかの三国さんごくこうせつしんじたてまつるべきものなり。 さればわれらが真実しんじつほうおうじょうををしへたまふことは、 *しかしながらこの祖師そしとうおんにあらずといふことなし。 よくよくその恩徳おんどく報謝ほうしゃしたてまつるべきものなり。

 

 おく がき

 みぎこの ¬しょうしんたい¼ は、 *金森かねがもり*道西どうさい一身いっしん才覚さいかくのために*連々れんれんそののぞみこれありといへども、 いささかその*りょうけんなきあひだ、 かたく*しんしゃくをくはふるところに、 しきりに所望しょもうのむねさりがたきによりて、 文言もんごんのいやしきをかへりみず、 また義理ぎりだいをもいはず、 ただ*願主がんしゅめいにまかせて、 ことばをやはらげ、 これをしるしあたふ。 その所望しょもうあるあひだ、 かくのごとくしるすところなり。 あへて*外見がいけんあるべからざるものなり。

連々 以前からずっと引きつづいて。
料簡 考え。 思慮。
斟酌 遠慮してことわること。 辞退すること。
外見 他人にみせること。

  とき*ちょうろくだいてん*りんしょうのころ、 ふでめをはりぬ。

長禄第四の天 長禄四年 (1460)。 蓮如上人四十六歳。 なお、 撰述年代を長禄二年とする異本もある。
林鐘 陰暦六月の別称。