(374)、浄土宗見聞

じょうしゅう見聞けんもんだい  勢観せいかんしょうにん

二、浄土宗見聞 一

あるときせん物語ものがたりていはく、ようしょうにして登山とうざんし、じゅう七歳しちさいにしてろく十巻じっかんわたる、じゅう八才はっさいにしていとまひて遁世とんせいす。これひとへにみょうのぞみちて、一向いっこう仏法ぶっぽうまなばんがためなり。

或時先師物語曰、幼少ニシテ登山十七歳ニシテ↢六十巻↡、十八才ニシテ↠暇遁世0375↢名利↡、一向為↠学ンガ↢仏法↡也。

それよりこのかたじゅうねん天台てんだいいっしゅうしゅうがくして、ほぼいっしゅうたいたり。わがしょうとは、大巻だいかんもんなりといへども、三返さんべんこれをれば、もんくらからず、うたがいぶんみょうなり。しかりといへどもじゅうねんじゅうねんこうをもつていっしゅう大綱たいこうあたはじと。

四十余年、習↢学シテ天臺一宗↡、粗得タリ↢一宗大意↡。我性者、雖↢大巻文也↡、三返見↠之者、文不↠闇、疑分明也。雖↠然以↢十年・廿年功↡↠能↠一宗之大綱↡。

しかしてのちしょしゅうきょうそううかがひて、いささか顕密けんみつしょきょうる。はっしゅうのほかに仏心ぶっしんしゅうくわへてしゅうわたる。そのなかたまたま先達せんだつあらばきてこれにけっするに、面々めんめんいんこうむる。

シテ而後↢諸宗教相↡、聊知↢顕密諸教↡。八宗↢仏心宗↡亘↢九宗↡。其中適有↢先達↡者住而決ルニ↠之、面々蒙↢印可↡。

そのかみだい三論さんろんしゅう先達せんだつあり、かしこにきてしょぞんぶ。先達せんだつそうじて言説ごんぜつせず。ちてうちりて、文櫃ふみびつじゅうごうだしていはく、わが法門ほうもんにおいてぞくすべきのひとなし、すでにこの法門ほうもんたっしたまへり。ことごとくこれをぞくたてまつり、しょう讃嘆さんだん片腹かたはらいたほどなり。

当初醍醐有↢三論宗先達↡、住↠彼述↢所存↡。先達総ジテ不↢言説↡。立而入↠内、取↢出シテ文櫃十余合↡曰、於↢我法門↡無↧可↢付属↡之人↥、已達シタマヘリ↢此法門↡。悉奉↣付↢属之↡、称美讃嘆片腹痛也。

しんにゅうどうしょうぼう同道どうどうしてこれをのちしょうぼうひこのことたずぬるに、いち一言いちごんそうせず。

進士入道阿性房、同道シテ而聞↠之 。後値↢阿性房↡尋ルニ↢此事↡、一事一言不↢相違↡。

またいはく、ぞうしゅんそうもととどまりて法相ほっそうしゅう法門ほうもんだんぜんときも、ぞうしゅんのいはく、直他人ただびとにあらず、おそらくは大権だいごんげんか。むかし論主ろんじゅたてまつるといへども、これにぐべからずとおぼゆるほどなり。智恵ちえ深遠じんのんなることごん道断どうだんせり。わがいちようべんとおもふのこころざしありと 。そののち毎年まいねんもつおくる、すでに願望がんもうはたす。

又云、↢蔵俊僧都之許↡談ゼン↢法相宗法門↡之時、蔵俊云、非↢直他タヾ↡、恐大権化現歟。雖↠奉↠値↢昔論主↡、不↠可↠過↠之程也。智恵深遠ナル事、言語道断セリ。我一期有↧思↠演ント↢供養↡之志↥ 。其後毎年送↢供物↡、已果↢願望↡。

およそ先達せんだつふごとにみなしょうたんせらる。

凡毎↠値↢先達↡皆被↢称嘆↡。

そうじてわがちょう当来とうらいするところの聖教しょうぎょうないでん目録もくろく一見いっけんくわへずといふことなし。ここにしゅつどうわずらひて身心しんしんやすからず。

ジテ我朝↢当来スル↡聖教乃至伝記・目録、無↠不云コト↠加↢一見↡。爰↢出離↡身心不↠安。

そもそもしん先徳せんどく ¬おうじょうようしゅう¼ をつくりて、じょく末代まつだい道俗どうぞくすすむ。これにきてしゅつおもむきたずねんとほっして、まづじょ (巻上) にいはく、「おうじょう極楽ごくらく教行きょうぎょうは、じょく末代まつだい目足もくそくなり。道俗どうぞくせん、たれかせざらんもの。ただし顕密けんみつきょうぼう、そのもんいちにあらず。事理じり業因ごういん、そのぎょうこれおおし。利智りちしょうじんひとは、いまだかたしとせず。がごときがんもの、あにあへてせんや。このゆえ念仏ねんぶつ一門いちもんによりて、いささかきょうろん要文ようもんあつむ。これをひらきこれをしゅするに、さとりやすくぎょうじやすし」 と。

抑恵心先徳造↢¬往生要集¼↡、勧↢濁世末代道俗↡。就↠之欲↠尋↢出離之趣↡、先序巻上云、「往生極楽之教行、濁世末0376代之目足ナリ。道俗貴賎、誰不↠帰者。但顕密教法、其文非↠一。事理業因、其行惟多。利智精進之人、未↠難トセ。如↠豫頑魯之者、ンヤ矣。是依↢念仏一門↡、聊集↢経論要文↡。披↠之修ルニ↠之、易↠覚易↠行。」

じょことばりゃくしていちおう、このしゅうにすでに念仏ねんぶつによるといふこと顕然けんねんなり。ただし念仏ねんぶつそうみょういまだつまびらかにせざるものもんりてこれをさぐるに、このしゅうじゅうもんつ。えん穢土えどごんじょう極楽ごくらくしょう、この三門さんもんこれぎょうたいにあらざればしばらくこれをく。そのもんはこれ念仏ねんぶつきてこれをつる。だいしょぎょうおうじょうは、これぎょうじゃぎょうよくまかせて一旦いったんこれをかすといへども、さらに慇懃おんごん丁寧ていねい勧進かんじんなし。だいじゅうもんはこれ助道じょどう人法にんぽうなれば、またぎょうたいにあらず。

序者略シテ↠言述↢一部奥旨↡、此集ルト云コト↢念仏↡顕然也。但念仏相貌未↠委入↠文探ルニ↠之、此集立↢十門↡。厭離穢土・欣求浄土・極楽証拠、此三門是非レバ↢行体↡者暫↠之。其余五門是就↢念仏↡立↠之。第九諸行往生、是任↢行者楽欲↡一旦雖↠明↠之、更無↢慇懃丁寧勧進↡。第十門是助道人法ナレバ者、又非↢行体↡。

念仏ねんぶつもんきてこれをりょうけんするに、だいはこれしょうしゅ念仏ねんぶつなり、これをもつて念仏ねんぶつたいとなす。だいはこれ念仏ねんぶつたすくる方法ほうほうなり、かみ念仏ねんぶつをもつて所助しょじょとなし、このもんをもつて能助のうじょとなす、ゆえ念仏ねんぶつほんとなすなり。第六だいろくべつ念仏ねんぶつなり、じょうごんぎょう勇進ゆうしんにあたはずは、日数にっしゅかぎりてかみ念仏ねんぶつすすむるなり。さらに別体べったいにあらず。第七だいしちはこれ念仏ねんぶつやくなり、かみ念仏ねんぶつすすめんがためにやくもんかんがへてこれをぐ。第八だいはちはこれ念仏ねんぶつしょうかみ念仏ねんぶつはげまさんがためにしょきょうろんしょうく。しかればこのしゅうほん念仏ねんぶつにありといふことまた顕然けんねんなり。

就↢念仏五門↡料↢簡スルニ↡、第四是正修念仏也、以↠之為↢念仏↡。第五是助↢念仏↡方法也、以↢上念仏↡為↢所助↡、以↢此門↡為↢能助↡、故念仏為↢本意↡也。第六別時念仏也、長時勤行不↠能↢勇進↡者、限↢日数↡勧↢上念仏↡也。更非↢別体↡。第七是念仏之利益也、為↠勧ンガ↢上念仏↡勘↢利益↡挙↠之。第八是念仏証拠、為↠励ンガ↢上念仏↡引↢諸経論証拠↡。然者此集本意ト云コト↢念仏↡又顕然也。

ただししょうしゅ念仏ねんぶつにつきて種々しゅじゅ念仏ねんぶつあり。初心しょしんかんぎょう深奥じんおうへざるものには、色想しきそうかんおしふ。色想しきそうかんなか別相べっそうかんあり、総相そうそうかんあり、ぞうりゃくかんあり、ごくりゃくかんあり、また称名しょうみょうかんあり。そのなか慇懃おんごんしょうじんことば、ただ称名しょうみょうだんにあり。

↢正修念仏↡有↢種々念仏↡。初心観行不↠堪↢深奥↡者ニハ、教↢色想観↡。色想観有↢別相観↡、有↢総相観↡、有↢雑略観↡、有↢極略観↡、又有0377↢称名観↡。其中慇懃精進之言、唯在↢称名之段↡。

念門ねんもんにおいてしょうしゅ念仏ねんぶつづくといへども、がんこうはこれぎょうたいにあらず、礼拝らいはい讃嘆さんだんまた観察かんざつにはしかず。観察かんざつなか称名しょうみょうにおいて丁寧ていねいにこれをすすめてほんとなすといふこと顕然けんねんなり。

於↢五念門↡雖↠名↢正修念仏↡、作願・廻向是非↢行体↡、礼拝・讃嘆又不↠如↢観察ニハ↡。観察於↢称名↡丁寧勧↠之スト云↢本意↡事顕然也。

ただしひゃくそく百生ひゃくしょうぎょうそうにおいては、どうしゃく善導ぜんどうしゃくゆずりてくわしくこれをじゅつせず。このゆゑに ¬往生要集¼ を先達せんだつとしてじょうもんる。このしゅうおううかがひて、善導ぜんどうしょうしゃくにおいてへんこれをるに、おうじょうたやすからずとおもへり。だい三遍さんべんたび乱想らんそうぼん称名しょうみょうぎょうによりておうじょうすべきのどうるなり。 ただししんしゅつにおいては、すでにおもさだおわりぬ。

但於↢百即百生行相↡者、譲↢道綽・善導↡委不↠述↠之。是故¬往生要集¼為↢先達↡而入↢浄土門↡。↢此宗奥旨↡、於↢善導和尚↡二遍見ルニ↠之、思ヘリ↢往生不↟輒。第三遍之度↧乱想凡夫依↢称名↡可↢往生↡之道理↥也。但テハ↢自身出離↡、已思定畢

にんのためにこれをひろめんとほっすといへども、時機ひきはかりがたきゆゑに、おもわずらひてねむちゅうに、うんおほいにそびへて日本にっぽんこくおおへり。うんちゅうよりりょうひかりあり、ひかりなかよりひゃっぽうしきちょうりてじゅうまんせり。ときこうざんのぼりてたちまちにしょうしん善導ぜんどうひたてまつる。こしよりしも黄金おうごんいろこしよりかみつねひとのごとし。高僧こうそうのいはく、なんじしょうなりといへども、専修せんじゅ念仏ねんぶつひろむるゆゑに、なんじまえきたる。われはこれ善導ぜんどうなり

メニ↢他人↡雖↠欲↠弘ント↠之、時機難↠計故、思而眠夢中、紫雲大ヘテヘリ↢日本国↡。従↢雲中↡無量アリ、従↢光中↡百宝色鳥飛散充満セリ。于↠時昇↢高山↡忽奉↠値↢生身善導↡。従↠腰下黄金色、従↠腰上者如↢常↡。高僧云、汝雖↢不肖也ト↡、弘↢専修念仏↡故、来↢汝前↡。我善導也

これによりてこのほうひろむ、年々ねんねんはんじょう流布るふせざるさかいなきなりと

依↠之弘↢此法↡、年々繁昌、無↧不↢流布↡之境↥也

二、浄土宗見聞 二

あるとき物語ものがたりていはく、顕真けんしん座主ざす御許おんもとより使しゃつかはしていはく、登山とうざんついでかならず見参けんざんげんともううけたまわことあり、かならず音信おんしんせしめたまへとなり。よりて坂本さかもといたりてこのよしもうす。

或時物語云、従↢顕真座主御許↡遣シテ↢御使者↡云、登山必遂↢見参↡有↧可↢申承↡事↥、必令↢音信↡給ヘト也。仍到↢坂本↡申↢此由↡。

座主ざすくだりて対面たいめんせしめひていはく、このたびなんとしてしょうだつすべきやと。こたへていはく、如何いかようにもおんはからいにはぐべからずと。

座主下令↢対面↡問云、此度何トシテ可↣解↢脱生死↡哉。答云、如何様ニモ不↠可↠過↢御計ニハ↡。

またいはく、まことにしかなり。ただし先達せんだつなれば、もしおもさだめたまへるむねありてはしめしたまへとなり。そのときしんのためにはいささかおもさだめたるむねあり、ただはやおうじょう極楽ごくらくげんとなりと。

又云、実然也。但先0378ナレバ者、若有テハ↢思定給ヘル之旨↡者示ヘト也。其時為ニハ↢自身↡者聊有↢思定タル旨↡、只早ント↢往生極楽↡也。

またいはく、じゅんおうじょうげがたきによりてこのたずねいたす、いかんがたやすくおうじょうぐべきやと。こたへていはく、じょうぶつかたしといへども、おうじょうやすし。どうしゃく善導ぜんどうしょうとうこころによらば、ぶつ本願ほんがんりきあおぎて強縁ごうえんとするゆゑに、ぼんじょうおうじょうすと

又云、依↢順次往生難キニ↟遂致↢此↡、如何ンガ↠遂↢往生↡耶。答曰、成仏雖↠難、往生易↠得也。依ラバ↢道綽・善導和尚等↡者、仰↢仏本願力↡為↢強縁↡故、凡夫往↢生浄土

そののちさらに言説ごんぜつなくしてかえりてのち座主ざすおんことばにいはく、法然ほうねんぼう智恵ちえ深遠じんのんといへども、いささかへんしゅうしつありと ひときたりてこのことかたる。のいはく、らざることにおいては、かならずしんおこすなりと。

其後更シテ↢言説↡而還、座主御言、法然房雖↢智恵深遠↡、聊有↢偏執失↡ 。人来↢此事↡。豫云、於↢不↠知事↡者、必起↢疑心↡也。

座主ざすこのこときてまことにしかなりといふ、われ顕密けんみつきょうにおいてけいむといへども、しかしながらみょうのためにしてじょうこころざさず。ゆゑにどうしゃく善導ぜんどうしゃくうかがはず。法然ほうねんぼうにあらずんばたれのひとかこのことばださんと。このことばじて大原おおはら隠居いんきょして、ひゃくにちじょうしょうしょたまふ。しかしてのちわれすでにじょう法門ほうもんてたり、来臨らいりんせしめたまへ、これをだんぜんと

座主聞↢此事↡誠也ト、我於↢顕密教↡雖↠積↢稽古↡、併為ニシテ↢名利↡不↠志↢浄土↡。故不↠窺↢道綽・善導↡。非ンバ↢法然房↡者誰ント↢此言↡。恥↢此言↡隠↢居シテ大原↡、百日見↢浄土章疏↡給。然シテ見↢立タリ浄土法門↡、令↢来臨↡給、談ント↠之

このとき東大とうだいしょうにん南無なも弥陀みだぶつ、いまだしゅつみちおもさだめず、ゆゑにこのよしげて、すなはち弟子でしさんじゅうにんしてきたる。このしゅうとも大原おおはらまいる。源空げんくうかたには東大とうだいしょうにんながれ、座主ざす御方おんかたには大原おおはらしょうにんたちながれ、じょう法門ほうもんじゅつす。

此時東大寺上人南無阿弥陀仏、未↣思↢定出離↡、故告↢此↡、即弟子具↢余人↡而来↢此↡参↢大原↡。源空之方ニハ東大寺上人居流、座主御方ニハ大原上人達居流、述↢浄土法門↡。

座主ざす一々いちいちりょうしたまひ、だんおわりて座主ざすひとつの大願だいがんおこしたまふ。このてらぼうてて一向いっこう専念せんねんぎょう相続そうぞくし、称名しょうみょうのほかさらにぎょうまじへざらんと。そのぎょうひとたびはじめてよりこのかたいま退転たいてんせず。このもんたずりてのちに、いもうとあまぜんすすめんがために、念仏ねんぶつ勧進かんじんしょうそくきたまふ。¬顕真けんしんしょうそく¼ といふものこれなり。

座主一々領解、談義畢座主発↢一大願↡給。此寺立↢五坊↡相↢続一向専念↡、称名外更ント↠交↢余行↡。其行一タビテヨリ已来于↠今不↢退転↡。尋↢入此門↡後、為↠勧ンガ↢妹尼御前↡、書タマフ↢念仏勧進消息↡。¬顕真消息¼云者是也。

だいしょうにんひとつのぎょうおこしていはく、わがくに道俗どうぞくえんおうひざまずかんときはらるれば、そのとき仏号ぶつごうとなへしめんがため、弥陀みだぶつをつけん。わがすなはち南無なも弥陀みだぶつなり。わがちょう弥陀みだぶつ流布るふすること、これそのときはじめてしゅつらいするなりと

大師0379上人発シテ↢一意楽↡云、我国道俗、跪カン↢閻魔王宮↡之時、被レバ↠問↠名者、其時為↠令ンガ↠唱↢仏号↡、付ケン↢阿弥陀仏↡。我名即南無阿弥陀仏也。吾朝流↢布スル阿弥陀仏↡事、其時始出来スル

二、浄土宗見聞 三

あるとき物語ものがたりていはく、当世とうせいひと法門ほうもん分斉ぶんざいまよひて、たやすくしょうだつすべからずといふなり。

或時物語云、当世人迷↢法門分斉↡、云↢輒↟可↣解↢脱生死↡也。

わが肥後ひごじゃ光円こうえんといふひとあり、智恵ちえ深遠じんのんひとなり。つらつらしん分斉ぶんざいかえりみれば、このたびしょうだつすべからず。もし度々たびたびしょうあらたむれば、かくしょう即忘そくもうのゆゑに仏法ぶっぽうわすれんか。しかれば長命じょうみょうほうけ、そんしゅったん。りゅうちくはこれ長命じょうみょうものなり、われまさに大蛇だいじゃるべし。ただしもし大海だいかいまばならんや。

我師有↢肥後阿闍梨光円云人↡、智恵深遠人也。倩顧レバ↢自身分斉↡、此度不↠可↣解↢脱生死↡。若度々改↠生者、隔生即忘↢仏法↡歟。然者受↢長命報↡、待↢慈尊出世↡。龍畜是長命者也、我当↢大蛇↡。但住↢大海↡者可ナラン哉。

これによりて遠江とおとうみくに笠原かさはらしょううちさくらいけといふいけあり、りょうはなぶみりてがんじてこのいけじゅうさんと、死期しごみずたなごころなかれておわりぬ。かのいけにおいてかぜかざるに、にはかに大浪おおなみねんきて、ちゅうちりはらぐ。諸人しょにんどくおもひし、このよしちゅうりょうもうす。そのにちかんがふるるにかのじゃ逝去せいきょにちたれり。

依↠此遠江国笠原有↢桜ト云 池↡、取↢領家↡願住↢此池↡、死期乞↠水入↢掌↡死畢。於↢彼池↡不ルニ↢風↡、卒カニ大浪自然、払↢上池中↡。諸人作↢奇特↡、注↢此由↡申↢領家↡。勘ルニ↢其時日↡当レリ↢彼阿闍梨逝去日時↡。

智恵ちえあるがゆゑにしょうでがたきことり、道心どうしんあるがゆゑにぶっはんことをがんず。しかれどもじょう法門ほうもんらざるがゆゑにかくのごときぎょうおこす。

有↢智恵↡故↧難↠出↢生死↡事↥、有↢道心↡故願↠値ンコトヲ↢仏世↡。然レドモ而不↠知↢浄土法門↡故発↢如↠是意楽↡。

われそのとき、もしこの法門ほうもんたずたらましかば、しんしんかえりみずこの法門ほうもんじゅせまし。当世とうせい仏法ぶっぽうにおいては、道心どうしんあらばおんしょうえんす、道心どうしんなくばしかしながらみょうもんおもいじゅうす。りきをもつてたやすくしょうづべしといへり、これえん分斉ぶんざいらざるがゆゑなりと

我其時、若尋↢得タラマシカバ此法門↡、不↠顧↢信不信↡指↢授セマシ此法門↡。於↢当世仏法↡者、有↢道心↡者期↢遠生↡、無↢道心↡者併住↢名聞↡。以↢自力↡輒ヘリ↠可↠出↢生死↡、不↠知↢是機縁分斉↡故也

二、浄土宗見聞 四

あるときしょうにんおこりやみありて、種々しゅじゅりょうするに一切いっさいかなはず。とき月輪つきのわぜんじょう殿でん、おほいにこれをなげき、にはかに善導ぜんどうえい図絵ずえして、しょうにんもとにおいてこれをようす。これによりて安居院あぐいそう聖覚せいかくもとおおられ、へんにいはく、聖覚せいかく同日どうにちどうおこりやみつかまつことそうろふなり。しかりといへどもしょう報恩ほうおんのために参勤さんごんもうすべし。早旦そうたんぶつはじめらるるべしと たつときより説法せっぽうはじめ、ひつじとき説法せっぽうおわりぬ。どうならbにしょうにん、ともにおこりやみおわりぬ。

0380時上人有↢瘧病↡、種々療治スルニ一切不↠叶。于時月輪禅定殿下、大歎↠之、俄図↢絵善導御影↡、於↢上人↡供↢養之↡。此由被↣仰↢遣安居院僧都聖覚之許↡、御返事云、聖覚同日同時瘧病仕事候也。雖↠然為↢師匠報恩↡可↢参勤申↡。早旦可↠被↠始↢御仏事。自↢辰時↡始↢説法↡、未説法畢。導師并上人、共瘧病落畢。

またその説法せっぽうたいは、だいしゃくそんしゅじょうどうずるときは、つねにびょうのうりょうもちふ、いはんやぼん血肉けつにく、いかんがそのうれいなし。しかりといへどもせんどんしゅじょうは、このどうかえりみず、さだめてしんおもいいだくか。しょうにんどうすでに一仏いちぶつこころかはへば、まのあたりおうじょうぐるは千万せんばん千万せんばん。しかれば諸仏しょぶつさつ諸天しょてんりゅうじん、いかんがしゅじょうしんなげかざらん。てん大王だいおう仏法ぶっぽうまもるべくんば、かならずわがだいしょうにんびょうのういやしたまふべし。善導ぜんどうえいまえに、きょうくんずと

又其説法大旨者、大師・釈尊同↢衆生↡時者、恒受↢病悩↡用↢療治↡、況凡夫血肉身、無↢云何ンガ憂↡。雖↠然浅智愚鈍衆生者、不↠顧↢此道理↡、定↢不信之思↡歟。上人化導已称↢一仏↡者、面タリ遂↢往生↡者千万千万。然諸仏・菩薩、諸天・竜神、云我ンガ不↠歎↢衆生不信↡。四天大王可ンバ↠守↢仏法↡者、必可↧愈↢我大師上人病悩↡給↥也。善導御影、異香薫ズト

そうのいはく、ゆゑに法印ほういんあめくだして聖覚せいかくにこのこともつともどくけんひとおほいにおどろきて、思議しぎおもいおわりぬ。

僧都云、故法印シテ↠雨挙↠名聖覚此事尤奇特 。世間人大、作↢不思議↡畢。

二、浄土宗見聞 五

あるとき物語ものがたりていはく、われじょうしゅうつるしゅは、ぼんじょうおうじょうすることをしめさんためなり。もし天臺てんだいきょうそうによらば、ぼんおうじょうゆるすにたりといへども、じょうはんずることいたりて浅薄せんぱくなり。もし法相ほっそうきょうそうによらば、べっしてじょうはんずること甚深じんじんなりといへども、まつたくぼんおうじょうゆるさざるなり。しょしゅう所談しょだんことなりといへども、そうじて ぼんじょうしょうずることゆるさざるゆゑなり。善導ぜんどうしゃくによらばじょうしゅうおことき、すなはちぼんほうしょうずといふこと顕然けんねんなり。

或時物語云、我立↢浄土宗↡意趣者、為↠示↣凡夫往↢生スルコトヲ浄土↡也。若依ラバ↢天臺教相↡者、雖↠似リト↠許スニ↢凡夫往生↡、判ルコト↢浄土↡至浅薄也。若依ラバ↢法相教相↡者、別シテルコト↢浄土↡難↢甚深也ト↡、全不↠許↢凡夫往生↡也。諸宗所談雖↠異也ト、総ジテ不↠許↧凡夫0381↢浄土↡事↥故也。依↢善導釈義↡興↢浄土宗↡時、即凡夫生ズト↢報土↡云事顕然也。

ここにひとおおほうしていはく、しゅうてずといへども、念仏ねんぶつおうじょうすすむべし。いましゅうつることは、ただしょうのためなりと 。もしべっしゅうてずんば、いかんぞぼんほうしょうずるのあらわさん。もしひときたりて念仏ねんぶつおうじょうといふは、これいづれのきょう・いづれのこころぞとはば、天台てんだいにもあらず、法相ほっそうにもあらず、三論さんろんにもあらず、ごんにもあらず、いづれのしゅう・いづれのこころぞとこたへんや。このゆゑにどうしゃく善導ぜんどうこころによりてじょうしゅうつ、これまつたくしょうのためにはあらざるなりと

人多誹謗シテ云、雖↠不↠立↢宗義↡、可↠勧↢念仏往生↡。今立↢宗義↡事、唯為↢勝他↡也 。若不↠立↢別宗↡者、何ンゾ↧凡夫生ルノ↢報土↡之義↥。若人来フハ↢念仏往生↡者、是問ハヾ↢何レノ教・何レノゾト↡者、非↢天臺ニモ↡、非↢法相ニモ↡、非↢三論ニモ↡、非↢花厳ニモ↡、答↢何レノ宗・何レノ師意ゾト↡乎。是依↢道綽・善導↡立↢浄土宗↡、↠為ニハ↢勝他↡也

二、浄土宗見聞 六

あるとき物語ものがたりていはく、われ一向いっこう専念せんねんつ、ひとおおほうしてたとひしょぎょうおうじょうゆるすといへども、まつたく念仏ねんぶつおうじょうさわりとはならず。なにゆゑぞあながちに一向いっこう専念せんねんをいふや、これおほいにへんしゅうなりと

或時物語云、我立↢一向専念↡、人多誹謗シテ雖↠許スト↢諸行往生↡、全不↠成↢念仏往生トハ↡。何故チニ云↢一向専念↡耶、偏執之義也

このなんこれこのしゅういわれをらざるゆゑなり。¬きょう¼ (大経巻下) にすでに 「一向いっこう専念せんねんりょう寿じゅぶつ」 といふ。ゆゑに、しゃく (散善義) に 「一向いっこうせんしょう弥陀みだぶつみょう」 といふ。経釈きょうしゃくはなれてわたくしにつれば、まことにむるところりがたし。このなんいたさんとおもはば、まづしゃくそんほうずべし、つぎ善導ぜんどうほうずとす。そのとがまつたくわがうえにあらずと

不↠知↢此宗レヲ↡故也。¬経¼已云↢「一向専念無量寿仏」↡。故、釈 (散善義) 云↢「一向専称弥陀仏名」。離レテ↢経釈↡私立↠義者、誠所↠責難↠去。欲↠致↢此↡者、先可↠謗↢釈尊↡、次為↠謗↢善導↡。其非↢我

当初そのかみしょうにん弟子でしとがによりて讃岐さぬきくにながあるることあり、そのとき一人ひとり弟子でしたいして一向いっこう専念せんねんぶ。西せい弥陀みだぶつといふおん弟子でし推参すいさんしていはく、かくのごときおん、ゆめゆめあるべからざることそうろふ、おのおのへんもうさしめたまふべからずと しょうにんのいはく、なんじ経釈きょうしゃくもんずやと。西さい弥陀みだぶつがいはく、経釈きょうしゃくもんはしかりといへども、けんげんぞんずるばかりなりと。しょうにんのいはく、われくびらるるといへども、このことをいはずんばあるべからずと おんしきじょうなり、たてまつるひとなみだながずいすと

当初 ノミ 上人依↢弟子↡有↧被↠流↢讃岐↡事↥、其時対シテ↢一人弟子↡述↢一向専念義↡。西阿弥陀仏云御弟子推参シテ云、如↠此御義、努々不↠可↠有候、各不↠可↧令↠申↢御返事↡給。上人云、汝不↠見↢経釈↡哉。西阿弥陀仏云、経釈0382↠然リト、世間↢譏嫌↡計也。上人云、我雖↠被ルト↠截↠頚、不↠可↠有↠不ンバ↠云↢此事↡ 。御気色至誠也、奉↠見人流↠涙随喜スト

二、浄土宗見聞 七

あるとき鎮西ちんぜいよりしゅぎょうしゃきたる、しょうにんひたてまつりていはく、称名しょうみょうときこころぶつ相好そうごうくる、如何いかようにかそうろふべしと。しょうにんいまだ言説ごんぜつせざるさきに、かたわら弟子でししかるべきかと

或時自↢鎮西↡来↢修行者↡、奉↠問↢上人↡云、称名時、係↢心於仏相好↡、如何様ニカ可↠候。上人未↢言説↡前、傍弟子可カト↠然

しょうにんののたまはく、源空げんくうはしからず、ただ 「にゃくじょうぶつ十方じっぽうしゅじょうしょうみょうごう下至げしじっしょうにゃくしょうじゃしゅしょうがくぶつこん現在げんざいじょうぶつとう本誓ほんぜいじゅうがん不虚ふこしゅじょうしょうねん必得ひっとくおうじょう (礼讃) おもふばかりなり。わが分斉ぶんざいをもつてぶつ相好そうごうんに、さらにせつのごとくるにあらじ。ふか本願ほんがんたのみてくちみょうごうとなふる、ただこのことのみかれをぎょうぜしめざるなり。しゅぎょうしゃよろこびて退たいしゅつおわりぬ。

上人ハク、源空不↠然、タヾ↢「若我成仏、十方衆生、称我名号下至十声、若不生者不取正覚。彼仏今現在世成仏。当知、本誓重願不虚、衆生称念必得往生」↡ (礼讃) 也。以我分斉観ンニ↢仏相好↡、更↢如↠説観↡。深↢本願↡口↢名号↡、唯此ノミ↢彼令↟行也。修行者悦退出畢。

二、浄土宗見聞 八

あるときひとひていはく、本願ほんがんしゃくするに安心あんじんりゃくする、なんこころあるかと。しょうにんいはく、「しゅじょうしょうねん必得ひっとくおうじょう (散善義礼讃) りぬれば、ねん三心さんしんそくするなり。このことわりあらわさんために、かくのごとくしゃくするなりと。

或時人問云、釈ルニ↢本願↡略↢安心↡、有↢何意↡乎。上人云、知リヌレバ↢「衆生称念必得往生」↡(散善義礼讃) 、自然具↢足三心↡也。↢此理↡、如↠此釈スル也。

二、浄土宗見聞 九

あるときひとひていはく、毎日まいにちしょ六万ろくまんじゅうまんとう数返しゅへんててほうなると、まん三万さんまん数返しゅへんてて如法にょほうなると、いづれをかしょうとすべきやと。

或時人問曰、毎日所作テヽ↢六万・十万等数返↡不法ナルト、配テヽ↢二万・三万之数返↡如法ナルト、何レヲカ可↠為↠正耶。

こたへていはく、ぼんならいまん三万さんまんつといへども、如法にょほうあるべからず。数返しゅへんおおからんにはしかず、所詮しょせんこころ相続そうぞくせしめんためなり。かならずかずさだむるをようとするにはあらず、ただつねに念仏ねんぶつせんためなり。数返しゅへんさだめざるはだい因縁いんねんなれば、数返しゅへんすすむるなりと。

答曰、凡夫習雖↠配↢二万・三万↡、不↠可↠有↢如法義↡。不↠如↢数返カランニハ↡、所詮為↠令↢心相続↡也。必定ルヲ↠数非↠為ルニハ↠要、只為↢常念仏セン↡也。不ルハ↠定↢数返↡者懈怠因縁ナレバ、勧↢数返↡也。

わたくしにいはく、これはしょときことばなり。ほかにかくべし。この次下つぎしもおんしゅうれんじゅうぜんしょうぼうぞう弥陀みだぶつといふひとあり。しょうにんじゅう問答もんどうひたてまつりて、そのしょこれあり。しかりといへども ¬和語わご¼ だいじゅうかんすええたり。しげきによりてこれをせず。

0383私云、是所作言也。カクベシ。此次下遠州蓮花寺住持禅勝房造阿弥陀仏云人アリ。上人奉↠問↢十二問答↡、其書有↠之。雖↠然¬和語¼第十四巻タリ。依↠繁不↠載↠之。

二、浄土宗見聞 十

あるときひていはく、智恵ちえもしおうじょうかなめこととなすべくは、しょうじきおおせをこうむりて修学しゅがくいとなむべし。またただ称名しょうみょうをもつて、そくあるべからずんば、そのむねぞんずべくそうろふ。ただいまおおせをもつて、如来にょらい金言きんげんぞんずべくそうろふと。

或時問云、智恵若可↠為↢往生要事↡者、正直↠仰可↠営↢修学↡。又以↢但称名↡、不↠可↠有↢不足↡者、可↠存↢其旨↡候。以↢只今↡、可↠存↢如来金言↡候。

こたへていはく、おうじょうしょうごうはこれ称名しょうみょうといふことしゃくもんぶんみょうなり。有智うち無智むちえらばずといふことまた顕然けんねんなり。おうじょうのためには称名しょうみょうるとなす。もしよく学文がくもんほっせんよりは、ただ一向いっこう念仏ねんぶつしておうじょうぐべし。弥陀みだ観音かんのんせいひたてまつるとき、いづれの法門ほうもんにかたっせざらん。かのくにしょうごんちゅうちょう甚深じんじんほうく、そのとき見仏けんぶつ聞法もんぼうすべきなり。念仏ねんぶつおうじょうむねらざるほどはこれをがくすべし、もしこれをりてならざる智恵ちえもとめて、称名しょうみょういとまさまたぐべからざるなりと

答云、往生正業称名云事、釈文分明也。不↠簡↢有智・無智↡云事又顕然也。為ニハ↢往生↡称名為↠足。若欲センヨリハ↢好学文↡者、只一向念仏シテ可↠遂↢往生↡。奉↠値↢弥陀・観音・勢至↡時、何レノ法門ニカ↠達。彼国荘厳、昼夜朝暮説↢甚深↡、可↠期↢其時見仏・聞法↡也。不↠知↢念仏往生之旨↡之可↠学↠、若知↠之求↢不↠機之智恵↡、不↠可↠妨↢称名↡也

二、浄土宗見聞 十一

あるとき物語ものがたりていはく、じょうにんおおしといへども、これみなだいしんすすむ、観察かんざつしょうとなす。ただ善導ぜんどういっだいしんおうじょうゆるすことなし、観察かんざつをもつて称名しょうみょう助業じょごうはんず。当世とうせいひと善導ぜんどうこころによらずは、たやすくおうじょうすることをべからず。曇鸞どんらんどうしゃくかんとう、みなそうじょうにんとするといへども、においてはいまだかならずしもいちじゅんならず、よくよくこれを分別ふんべつすべし。このむねわきまへずんば、おうじょうなんにおいてぞんしがたきものなりと。

或時物語云、浄土人師雖↠多、之皆勧↢菩提心↡、観察↠正。唯善導一師無↠許↢菩提心往生↡、以↢観察↡判↢称名助業↡。当世之人、不↠依↢善導↡者、輒不↠可↠得↢往生スルコト↡。曇鸞・道綽・懐感等、皆雖↠為↢相承人師↡、於↠義者未↢必シモ一准ナラ↡、能々可↣分↢別之↡。不ンバ↠辨↢此↡者、於↢往生難易↡難↢存知↡者也。

二、浄土宗見聞 十二

あるときひていはく、ひとおおさいすすむ、このじょういかんと。こたへていはく、あまほうほうもつともしかるべきなり。しかりといへども当世とうせいすでにおとろへ、じきすでにめっせり。この分斉ぶんざいをもつて、一食いちじきせばこころひとへにじきおもひて、念仏ねんぶつわきまへず。¬だいしんぎょう¼ にいはく、「じきだいさまたげず、こころよくだいさまたぐ」 と。 そのうえしんにあひはからふべきなりと。

或時問云、人多↢持斉↡、此条如何。答云、尼法師作法尤可↠然也。雖↠然0384当世機已、食已セリ。以↢此分斉↡、一食セバ者心偏↢食事↡、念仏不↠辨。¬菩提心経¼云、「食不↠妨↢菩提↡、心能妨↢菩提↡。」 其上自身可↢相計↡也。

二、浄土宗見聞 十三

あるときひていはく、だいごうにおいてすでにおもさだおわりぬ。ただしいちしん有様ありさま、いかんがぞんすべきやと。こたへていはく、そうほうだいしょう戒律かいりつあり。しかりといへども末法まっぽうそうこれにしたがはず。源空げんくうこれをきんずれども、誰人たれひとかこれにしたがふ。ただ所詮しょせん念仏ねんぶつ相続そうぞくようにあひはからふべきなり。おうじょうのためには、念仏ねんぶつすでにしょうごうとなす。ゆゑにこのむねまもりてあひつとむべきなりと

或時問云、於↢菩提業↡已思定。但一期身有様、云何ンガ可↢存知↡耶。答云、僧作法有↢大小戒律↡。雖↠然末法僧不↠随↠之。源空禁レドモ↠之、誰人随↠之。只所詮念仏相続之様可↢相計↡也。為↢往生↡者、念仏已為↢正業↡。故守↢此旨↡可↢相勤↡也

二、浄土宗見聞 十四

あるとき物語ものがたりていはく、じゅきょう発心ほっしんとおのおのべっすべきなり。このごろひとりのじゅうざんしゃあり、内々ないない浄土じょうど法門ほうもんまなびていはく、われすでにこのきょうたい。しかりといへどもいまだ信心しんじんおこさず、なに方法ほうほうをもつて信心しんじんこんりゅうすと

或時物語云、受教与↢発心↡可↢各別↡也。中比有↢一住山者↡、内々学↢浄土法門↡云、我已得↢此教大旨↡。雖↠然未↠発↢信心↡、以↢何方法↡建↢立信心

おしへていはく、三宝さんぼうせいせしめたまふべしと。このかたねんごろにこれをしょうするなり。

豫教云、可↧令↣祈↢誓三宝↡給↥。爾来祈↢請スルナリ↡。

あるとき東大とうだいまい念誦ねんじゅす。たまたまむなぐるたり、つらつらこれをるに、たちまち信心しんじん開発かいほつす。たくみなけいりゃくにあらざるよりんば、かのおほいなるものいかんがとうじょうす。いかにいはんや如来にょらいぜんぎょう思議しぎりきをや。われがんしょうこころざしあり、ぶついんじょうがんあり、もつともおうじょうすべし。ひとたびこのどうのち、ふたたびしんなし。

或時参↢東大寺↡念誦。適当↧上↢棟木↡之日↥、倩ツラ見↠之、忽信心開発。自ンバ↠非↢巧計略↡、彼ナル物云何ンガ居↢棟上↡。何況如来善巧不思議力ヲヤ哉。有↢願生志↡、仏有↢引接願↡、尤可↢往生↡。一得↢此道理↡之後、再無↢疑心↡。

かのひときたりてこのよしかたる、三年さんねんのちおうじょうぐ。かたがた霊瑞れいずいげんず、思議しぎなり。きょうによりて発心ほっしんせずといへども、かくのごときえんれてしんおこすことあり。ただねんごろねんしつねにゆいし、また三宝さんぼういのるべしと

彼人来語↢此由↡、経↢三年↡之後、遂↢往生↡。旁ガタ現↢霊瑞↡、不思議也。依↠教雖↠不↢発心↡、触レテ↢如↠此縁↡有↠起↠信。唯慇係念思惟、又可↠祈↢三宝

二、浄土宗見聞 十五

あるときひとひていはく、真言しんごん弥陀みだようほう、これ正行しょうぎょうなるべきかと。こたへていはく、しかるべからず。仏体ぶったいひとつにたりといへども、きょうしたがひてそのこころどうなり。真言しんごんきょう弥陀みだは、これしん如来にょらいほかたずぬべからず。このきょう弥陀みだは、これ法蔵ほうぞう比丘びくじょうぶつして西方さいほうしたまふ。そのこころおほいにことなるなり。かれはじょうぶつ、これはおうじょうきょうなり。さらにもつてどうずべからずと

0385時人問云、真言阿弥陀供養法、是可↢正行↡歟。答云、不↠可↠然。仏体雖↠似リト↠一、随↠教其意不同也。真言教阿弥陀、是己心如来、不↠可↠尋↠外。此教阿弥陀、是法蔵比丘之成仏シテ居↢西方↡給。其意大異也。彼成仏、此往生教也。更以不↠可↠同

二、浄土宗見聞 十六

あるひとひていはく、善導ぜんどうこころ、まさしくしょうどうきょう方便ほうべんとすることいづれのもんづるやと。こたへていはく、¬ほうさん¼ (巻下) にいはく、「如来にょらいしゅつげんじょくずい方便ほうべん群萌ぐんもう或説わくせつもんとく或説わくせつしょうしょうさんみょうわくきょうふく双除そうじょしょうわくきょう禅念ぜんねんりょう種々しゅじゅ法門ほうもんかいだつ無過むか念仏ねんぶつおう西方さいほう」 と。 これなり。

或人問云、善導意、正聖道ルコト↢方便↡出↢何レノ↡耶。答云、¬法事讃¼云、「如来出現於五濁、随宜方便化群萌。或説多聞而得度、或説小解証三明。或教福恵双除障、或教禅念座思量。種々法門皆解脱、無過念仏往西方。」 是也。

なんじていはく、すでに 「種々しゅじゅ法門ほうもんかいだつ」 といふ、なんぞ方便ほうべんしょうとせんやと。こたへていはく、かみにすでに 「ずい方便ほうべん群萌ぐんもう」 といふ、方便ほうべんことばしもに 「種々しゅじゅ法門ほうもんかいだつ」 といふ、しもいたりて 「無過むか念仏ねんぶつおう西方さいほう」 といふ。あきらかにりぬ、念仏ねんぶつおうじょうほかはみな方便ほうべんせつとするといふことなりと。

難云、已「種々法門皆解脱ト云」、何↢方便証拠↡乎。答云、上云↢「随宜方便化群萌」↡、方便言下云↢「種々法門皆解脱」↡、至↠下云↢「無過念仏往西方」↡。明知、念仏往生皆為↢方便之説↡云事也。

二、浄土宗見聞 十七

あるとき物語ものがたりていはく、法門ほうもん善悪ぜんあくしゅうにあるなり、学者がくしゃおおしといへども、しゅう分別ふんべつするものきはめてまれなり。わがちょう真言しんごんりゅうあり、いはゆるとう天台てんだいこれなり。

或時物語云、法門善悪在↢宗義↡也、学者雖↠多、分↢別スル宗義↡者極也。我朝真言有↢二流↡、所謂東寺・天臺是也。

そのなか天台てんだい真言しんごんは、そのしゅうとうのごとからず。ゆゑはいかんとなれば、一山いちざんうち顕密けんみつきょう兼学けんがくして、そのなかほっしゅうほんとなす。ゆゑに天台てんだいおうはすなはち真言しんごんなりといふ。このゆゑけんしゅうぶんでざるの真言しんごんなり。

其中天臺真言、其宗義非↠如↢東寺↡。所以者何レバ、一山兼↢学シテ顕密二教↡、其中法花宗為↢本意↡。故0386奥旨者即真言也。是故不ルノ↠出↢顕宗↡之真言也。

とう真言しんごんとは、けんしゅうにおいてあへてかたならぶることなきなり。

東寺真言者、於↢顕宗↡敢無↠双ルコト↠肩也。

われしょしゅうきょうそううかがふに、真言しんごん仏心ぶっしん両宗りょうしゅうしょしゅうりてしゅうきょうそうとなししょきょうはいしてしゅうつ。しょしゅうなかには真言しんごん仏心ぶっしんりてきょうそうとなさざれば、かの両宗りょうしゅうはいすることなし。しかればしゅういたりては、この両宗りょうしゅうひとしきことなきなりと

ウカヾフニ↢諸宗教相↡、真言・仏心両宗、取↢諸宗↡為↢自宗教相↡而廃シテ↢諸教↡立↢自宗↡。諸宗ニハ↢真言・仏心↡不レバ↠為↢教相↡者、無↠廃コト↢彼両宗↡。然者至↢宗義↡者、無↠等コト↢此両宗↡也

勢観せいかんしょうにん
わたくしにいはく、このことばしもにいささか所存しょぞんあるか。 ¬せんじゃくしゅう¼ すでに真言しんごん仏心ぶっしんをもつてしょうどうれ、しょうどうもんててじょうしゅうる。念仏ねんぶつたいしてこれをはいしたまふ。その智恵ちえ深遠じんのんなることしょうすべからざるか。

勢観上人
私云、此聊有↢所存↡歟。¬選択集¼已以↢真言・仏心↡入↢聖道↡、捨↢聖道門↡入↢浄土宗↡。対シテ↢念仏↡而廃↠之給。其智恵深遠ナル事、不↠可↢勝計↡歟。

二、浄土宗見聞 十八

またしょうにんざいとき三井みいでら貫首かんしゅだいそうじょう公胤こういん三巻さんかんしょつくりて ¬せんじゃくしゅう¼ をす、¬じょうけつしょう¼ とづく。そのしょなかにいはく、「¬ほっ¼ に即往そくおう安楽あんらくもんあり、¬かんぎょう¼ に読誦どくじゅだいじょうあり。¬ほっ¼ を転読てんどくしてじょうおうじょうせんになんのさまたげかあらん。しかれども読誦どくじゅだいじょうはいして、ただ念仏ねんぶつぞくすと 。これおほいなるあやまりなり」 と。

又上人在世時、三井寺貫首大貳僧正公胤、作↢三巻↡破↢¬選択集¼↡、名↢¬浄土決疑抄¼↡。其書云、「¬法花¼有↢即往安楽文↡、¬観経¼有↢読誦大乗句↡。転↢読シテ¬法花¼↡往↢生センニ浄土↡有↢何ンノ↡。然ドモシテ↢読誦大乗↡、唯付↢属コト念仏。此ナル也。」

しょうにんこれをて、すへたまはずきていはく、このそうじょうはこれほどひととはおもはず、無下むげ分斉ぶんざいかな。じょうしゅうつときては、さだめてきょう権実ごんじつはんずるらんとおもふべし。もし権実ごんじつはんぜば、さだめて廃権はいごんりゅうじつつるらんとおもふべし。りっしゅうきながら、げて ¬ほっ¼ をもつて ¬かんぎょう¼ おうじょうぎょうなかれんとのぞことしゅうはいりゅうわすれたるにたり。

上人見↠之不↢見給↡指置云、此僧正不↠思↢トハ↡、無下分斉哉。聞テハ↠立↢浄土宗義↡、可↠思↧定判↢教権実↡覧↥。若判ゼバ↢権実↡者、可↠思↧定立↢廃権立実↡覧↥。乍↠聞↢立宗↡、枉↠理以↢¬法花¼↡望↠入↢¬観経¼往生行中↡事、似↠忘↢宗義廃立↡。

もしがくしょうならば、おもふべし、¬かんぎょう¼ はぜんきょうなり、かのきょうなかに ¬ほっ¼ をせっすべからず。いまじょうしゅうこころは、¬かんぎょう¼ ぜんしょだいじょうきょうりて、みなことごとくおうじょうぎょううちせっす、なんぞ ¬ほっ¼ ひとりこれをのこさんや。ことあたらしく ¬かんぎょう¼ のうちれんとのぞむべからず、あまねくせっするこころは、念仏ねんぶつたいしてこれをはいするためなりと

若学匠ナラバ者、可謂、¬観経¼者爾前教也、彼経不↠可↠摂↢¬法華¼↡。今浄土宗意者、取↢¬観経¼前後之諸大乗経↡、皆悉摂↢往0387生行↡、何¬法華¼独↠之乎。事新シク不↠可↠望↠入↢¬観経¼内↡、普摂意者、対シテ↢念仏↡為↠廃↠之也

使しゃ学仏がくぶつぼうかえりてこのよしかたる、そうじょうへいして言説ごんぜつせず、すなはちそのしょうほん

使者学仏房、還語↢此由↡、僧正閉口シテ不↢言説↡、即焼↢其正本

しょうにんおうじょうのち、かれぼつどうとなる。そうじょう来臨らいりん説法せっぽうついでに、しゅつぜんの ¬じょうけつしょう¼ のらいかたらる。われ今日こんにちこのみぎりのぞこと、ひとへにこのことさんせんためなりと ちょうもん道俗どうぞくせんかんせざるはなし。そののちそうじょうおなじくおうじょうかいおわりぬ、瑞相ずいそういちならず、どくかたがたおおしと

上人往生後、彼為↢没後導師↡。僧正来臨説法之次デニ、被↣語↢出前¬浄土決疑抄¼之由来↡。今日臨↢此↡事、偏為↣懺↢悔セン此事↡也 。聴聞道俗貴賎、無↠不↢随喜↡。其後僧正同遂↢往生素懐↡畢、瑞相非↠一、奇特カタガタ

二、浄土宗見聞 十九

あるとき物語ものがたりていはく、源空げんくう月輪つきのわぜんじょう殿でんまいるに、じゅうざんもの一人いちにんさんす。いささかはばかりありてそのせず ひていはく、まことにじょうしゅうてたまふやと。こたへていはく、しかなりと。またひていはく、いづれのもんきてこれをてたまふやと。こたへていはく、善導ぜんどうの ¬かんぎょうしょ¼ のなかぞくしゃくきてこれをつるなりと。またいはく、しゅうつるほどことに、なんぞただ一文いちもんによりてこれをてたまふやと。源空げんくうしょうしてものはず。

或時物語云、源空参↢月輪禅定殿下↡、住山者一人参会聊有↠憚不↠載↢其名 問云、誠立↢浄土宗↡給。答云、然也。又問云、就↢何レノ↡立↠之給耶。答云、善導¬観経疏¼中就↢付属↡立↠之也。又云、立↢宗義↡程、何唯依↢一文↡立↠之給耶。源空微笑シテ不↢物言↡。

やまかえほうぼう法印ほういんまえにおいて、このことかたる、法然ほうねんぼうそうじて返答へんとうおよばずと 法印ほういんしょうしんいはく、かのしょうにんものはれざるは、ふにらざるところのゆゑなり。かのしょうにんはわがしゅうにおいてすでに達者たっしゃとす、あまつさへしょしゅうにわたりてあまねくしゅうがくせり、智恵ちえ深厚じんこうじょうにんちょうせり。ゆゑに返答へんとうおよばずとおもひてものはれざるなり。ゆめゆめ僻見へきけんじゅうすべからずと

還↠山於↢宝地房法印↡、語↢此事↡、法然房総ジテ不↠及↢返答。法印証真云、彼聖人不↢物ワレ↡者、所↠不↠足↠言フニ故也。彼聖人者於↢我宗↡已為↢達者↡、剰↢諸宗↡普宗学セリ、智恵深厚超↢過セリ常人↡。故思↠不↠及↢返答↡而不↢物言ハレ也。努々不↠可↠住↢僻見

このこときて、そののち法印ほういんこと親近しんごんしてたがいに法問ほうもんだんず、ゆゑに智恵ちえ分斉ぶんざいりてかくのごとくいふなり。ことかい法門ほうもんにおいては、源空げんくうそうじょうひとなりと わたくしにいはく、このことばをもつてりぬ、ぞくもんきてしゅうつること顕然けんねんなり

↢此事↡、其後法印殊親近シテ談↢法問↡、故知↢智恵分斉↡如↠此云也。殊於↢戒法門↡者、相↢承0388↡之人也 私云、以↢此言↡知、就↢付属文↡立↢宗義↡事顕然也

二、浄土宗見聞 二〇

またしょうにんあるときしょうどうもんたとへば祖父そふくつのごとし。祖父そふ大足だいそくのためにこれをもちふといへども、まごしょうそくのためにもちふるにあたらざるなり。当世とうせいひとむかしあとしょうどうもんしゅせんとほっすることも、またかくのごとし。これどうしゃくのいへるこころなり。あるもんには祖父そふゆみのごとしと

又上人或時、聖道門ヘバ如↢祖父。為↢祖父大足↡雖↠用↠之、↢孫小足↡不↠↠用也。当世人追↢昔↡欲↠修ント↢聖道門↡事、亦復如↠是。ヘル↢道綽↡意也。或文ニハ如↢祖父

二、浄土宗見聞 二一

あるひとしょうにんひていはく、つねに廃悪はいあく修善しゅぜんむねざいして念仏ねんぶつすると、つねに本願ほんがんむねおもひて念仏ねんぶつすると、いづれかすぐそうろふと。こたへていはく、廃悪はいあく修善しゅぜんはこれ諸仏しょぶつ通誡つうかいなりといへども、当世とうせいわれはことごとくはいせり。もしべっがんじょうぜずは、しょうでがたきものかと。

或人問上人云、常シテ↢廃悪修善↡念仏スルト↧常↢本願↡念仏スル↥、何レカ候。答云、廃悪修善雖↢諸仏通誡ナリト↡、当世我等違背セリ。若不↠乗↢別意弘願↡者、難↠出↢生死↡者歟。

二、浄土宗見聞 二二

またあるときいはく、なんじ ¬せんじゃくしゅう¼ のもんあるをるやいなや。らざるゆえもうす、このもんわが作文さくもんなり、なんじこれをるべし。わがぞんしょうあいだ流布るふすべからざるよしこれをきんずるゆゑに人々ひとびとにこれをむと。これによりてじょうかくぼうほんをもつてこれをうつしてる。

又或時云、汝有↢¬選択集¼文↡知ルヤ。申↢不↠知由↡、此文我作文也、汝可↠見↠之。我存生之間不↠可↢流布↡由禁↠之故人々秘↠之。依↠之成覚房以↠本写↠之而取

当初そのかみしょうにんれいたまふ。いささかへいとき月輪つきのわぜんじょう殿でんより、おんかた要文ようもんあつめこれをたまふべきよしおおせらる。これによりてこのしょつくりて進覧しんらんせしめたまふ。このしょなかあるいはじょうもんしょぎょうやくしてろんするところなりといひ、あるいはじょうしゅうは ¬かんりょう寿じゅきょう¼ のこころなりといふ。

上人、御不例気出来給。聊御平癒之時、従↢月輪禅定殿下↡、御形見集↢要文↡可↠給↠之由被↠仰。依↠之造↢此書↡令↢進覧↡給。此書中或云↧約↢浄土門諸行↡所↢比論↡也↥、或云↢浄土宗¬観無量寿経¼意也↡。

しょうにんこのこころべていはく、この ¬かんりょう寿じゅきょう¼ は、もし天台てんだいこころによらば、ぜんきょうなり。ゆゑに ¬ほっ¼ の方便ほうべんとなる。もし法相ほっそうしゅうこころによらば、べつ時意じいぶるになる。しかるにじょうしゅうこころによらば、一切いっさい教行きょうぎょうはことごとく念仏ねんぶつ方便ほうべんとなる。ゆゑにじょうしゅうは ¬かんりょう寿じゅきょう¼ のこころといふなり。

上人述↢此意↡云、此¬観無量寿経¼、若依↢天臺↡者、爾前教也。故成↢¬法華¼方便↡。若依↢法相宗↡者、成↠演ルニ↢別時意↡。然依↢浄土宗↡者、一切教0389悉成↢念仏方便↡。故浄土宗¬観無量寿経¼コヽロ云也。

またしょうどうもんには、しょぎょうはみなじょういんしゅじょう。ゆゑに念仏ねんぶつきょうするにおよばず。じょうもんには、しょぎょうはこれ念仏ねんぶつきょうするのとき弥陀みだ本願ほんがんにあらず、こうみょうこれを摂取せっしゅせず、しゃくそんぞくしたまはず。ゆゑに (定善義) 自余じよしょぎょうすいみょうぜんにゃく念仏ねんぶつしゃぜんきょう」 といふ

又聖道門ニハ、諸行皆修↢四乗↡得↢四乗↡。故不↠及↣比↢挍スルニ念仏↡。浄土門ニハ、諸行者是比↢挍スルノ念仏↡之時、非↢弥陀本願↡、光明不↣摂↢取之↡、釈尊不↢付属シタマハ↡。故 (定善義) 云↢「自余諸行雖名是善、若比念仏者全非比挍也

しかればどうしゃく善導ぜんどうしゅうことならざるなり。よくよく分別ふんべつしてこれをれ。しょうどうじょうもんことなりといへども、ぎょうたいこれいちなり。義意ぎいるべしと

然道綽・善導宗義不↠異也。能々分別知↠之。聖道・浄土二門雖↠異ナリト、行体是一也。義意可↠知

 

二、浄土宗見聞 付臨終日記

りんじゅうにっ

けんりゃく元年がんねんじゅう一月いちがつじゅう七日しちにちにゅうらくすべきよし宣旨いんぜんたまわる、藤原ふじわらちゅうごん光親みつちかたてまつるなり。

建暦元年十一月十七日、可入洛之由賜↢ 宣旨↡、藤原中納言光親奉也。

おなじきつき二十日はつかにゅうらくひがしやま大谷おおたにじゅうす。

同月廿日入洛、住↢東山大谷↡。

おなじきねんしょうがつ二日ふつかろうびょうのうへ、ごろじきことす。およそこの三年さんねんみみおぼこころ蒙昧もうまいなり。しかるに死期しごすでにちかづきてむかしのごとくぶんみょうなり。余事よじかたらずといへども、つねにおうじょうことかたる。こうしょう念仏ねんぶつゆることなく、よる睡眠すいめんときぜっしづかにうごく。ひとどくおもいをなす。

同二年正月二日、老病之上、ゴロ不食殊。凡此二三年耳溺心蒙昧也。然而死期已近如↠昔分明也。雖↠不↠語↢余事↡、常語↢往生↡。高声念仏無↠絶、睡眠時舌口鎮。見人為↢奇特思↡。

おなじき三日みっかいぬときしょうにん弟子でしかたりていはく、われもと天竺てんじくにありてしょうもんそうまじわりつねに頭陀ずだぎょうず。そののち日本にっぽんこくきたりて天台てんだいしゅうり、また念仏ねんぶつひろむ。弟子でしふ。おうじょう極楽ごくらくせしめたまふべきやと。こたへていはく、われもと極楽ごくらくにありしなればしかなりと。

同三日戌時、上人語↢弟子↡云、我本在↢天竺↡交↢声聞僧↡常行↢頭陀↡。其後来↢日本国↡入↢天臺宗↡、又ヒロ↢念仏↡。弟子問。可↧令0390↢往生極楽↡給↥哉。答云、我本在リシ↢極楽↡身ナレバ者可↠然。

おなじきじゅう一日いちにちたつときしょうにんきょこうしょう念仏ねんぶつ聞人もんにんなみだながす。弟子でしげていはく、こうしょう念仏ねんぶつすべし、弥陀みだぶつきたりたまふなり。このぶつみょうごうとなふるはむなしからずと、念仏ねんぶつどくたんずることむかしのごとし。

同十一日辰時、上人起居高声念仏、聞人流↠涙。告↢弟子↡云、可↢高声念仏↡、阿弥陀仏来給也。唱↢此仏名号↡者不↠虚、嘆↢念仏功徳↡事如↠昔。

また観音かんのんせいさつしゅまえにまします、これをはいすやいなや。弟子でし弟子でしはいしたてまつらずといふ。これをきていよいよ念仏ねんぶつすすめたまふ。そのとき本尊ほんぞんはいしたてまつりたまふべきよしすすむ。しょうにんゆびをもつてくうしてこのほかまたぶつありやと。

又観音・勢至、菩薩衆在↠前、拝スヤ↠之。弟子・不弟子ト云↠奉↠拝。聞↠之弥イヨ勧↢念仏↡給。其時勧↩可↧奉↠拝↢本尊↡給↥之由↨。上人以↠指シテ↢虚空↡此外又有リヤ↠仏。

すなはちかたりていはく、このじゅうねん念仏ねんぶつこうみ、極楽ごくらくしょうごんぶつさつはいしたてまつることこれつねなりと。またぶつ御手みてしきいとをつけてこれをりたまへとすすむれば、かくのごときこと大様おおようことなりといひてついりたまはず。

即語云、此十余年念仏之功、奉↠拝↢極楽荘厳・仏・菩薩↡事常也。又仏御手付↢五色絲↡勧レバ↢取↠之ヘト↡者、如↠是事者大様事也不↠取タマハ

おなじき二十日はつかたつときぼううえたりてうんそびふ。うんちゅうおなかたちくもあり、そのいろあざやかにしてぞうぶつのごとし。みち人々ひとびと処々しょしょにおいてこれをる。

同廿日巳時、当↢坊上↡紫雲聳。雲中有↢同雲↡、其色鮮ニシテ而如↢画像↡。往↠道人々、於↢処々↡見↠之。

弟子でしいはく、このくううんすでにそびふ、おうじょうちかづきたまふかと。しょうにんいはく、ことかな、一切いっさいしゅじょうをして念仏ねんぶつしんぜしむるためなりと

弟子云、此虚空紫雲已、御往生近付給歟。上人云、善事哉、為↠令↣一切衆生ヲシテ信↢念仏↡也

おなじきひつじときことひらきてそらあおぎ、西方さいほうより東方とうほうおくりたまふこと六返ろっぺんひとみなこれをたずねてぶつらんずるかとひたてまつる。こたふ。しかなりと。

同日未時、殊開↠眼仰↠空、自↢西方↡見↢送リタマフ東方↡事五六返。人皆尋↠之奉↠問↢仏御覧ズル↡。答。然也

おなじきじゅう三日さんにちうんつるよし風聞ふうぶんせしむ。

同廿三日、紫雲立由令↢風聞↡。

おなじきじゅうにちうまときうんおほいにそびえて西山にしやまにあり、炭焼すみやきじゅうにんこれをきたりてすなはちかたる。またこうりゅうよりこうあまとうにおいてきたりてかたる。

同廿四日午時、紫雲大在↢西山↡、炭焼十余人見↠之来。又自↢広隆寺↡下向尼、於↢路頭↡見来而語

ここにしょうにん念仏ねんぶつ退たいのうへ、じゅう三日さんにちよりじゅうにちいたる、ことごうじょうこうしょう念仏ねんぶつしたまふこと、あるいは一時ひととき、あるいは半時はんときなり。

爰上人念仏不退之上、自↢廿三日↡至↢廿五日↡、殊強盛高声念仏給事、或一時、或半0391時也。

じゅうにちとりときよりおなじきじゅうにちうまときいたりて、しばらくほそこうしょう時々ときどきあひまじわる。しかりといへどもこうしょう念仏ねんぶつゆることなし、弟子でし六人ろくにん番々ばんばん助音じょいんす。にわあつまるそこばくの人々ひとびとみなこれをく、まさしくりんじゅうときかくだいしょじゃくじょう袈裟けさけ、ほく面西めんさいにして、「こうみょうへんじょう十方じっぽうかい念仏ねんぶつしゅじょう摂取せっしゅしゃ (観経) もんじゅして、ねむるがごとく命終みょうじゅうしたまふ。そのときうま正中しょうちゅうなり。諸人しょにんきおきたりてこれをはいすること、なほさかりなるいちのごとし。

自↢廿四日酉時↡至↢同廿五日午時↡、漸高声時々相交。雖↠然高声念仏無↠絶ルコト、弟子五六人番々助音。集↠庭人々皆聞↠之、正臨終之時懸↢慈覚大師所著九条袈裟↡、頭北面西ニシテ、誦シテ↢「光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨」(観経) 之文↡、如↠眠命終。其時午正中也。諸人競来拝コト↠之、猶如↢盛市↡。

あるひと七八しちはちねんまえれいかんず。ひとありてがい大双だいそうなにもんぞとおもひてこれをれば、諸人しょにんおうじょうちゅうするもんなり。もし法然ほうねんしょうにんおうじょうちゅうするところかあるとれば、はるかおくいたりてこれをちゅうす。「こうみょうへんじょう しゃ (観経) もんあり、法然ほうねんしょうにんこのもんじゅしておうじょうせらるべしと ゆめしょうにんにもかたらず弟子でしにもかたらず、いまもつてこのゆめごうし、どくおもいす。しょうにんおうじょうのちしょうそくをもつてちゅうそうせらる。しげきをおそれてこれをせず。

或人七八年之前感↢霊夢↡。有↠人見↢以外大双紙↡、思↢何文ゾト↡而見レバ↠之、諸人註スル↢往生↡文也。若法然上人往生スルルトレバ、遥↠奥注↠之。有↢「光明遍照 不捨」(観経) 之文↡、法然上人誦↢此文↡可シト↠被↢往生。夢覚不↠語↢上人ニモ↡不↠語↢弟子ニモ↡、今以付↢合此夢↡、作↢奇特↡。上人往生之後、以↢消息↡被↢注送↡。恐↠繁不↠載↠之。

かたがた思議しぎ夢等ゆめとうあり、るべきゆゑにりゃくしてこれをしるさず。にゅうめつまんはちじゅうなり。

ガタ有↢不思議夢等↡、可↠足之故略シテ不↠記↠之。御入滅満八十也。

如来にょらいめついっぴゃくねんいくおうあり。仏法ぶっぽうしんぜず、国内こくない人民にんみんぶつ遺典ゆいてんたんず。大王だいおうのいはく、ぶつなにどくありて衆人しゅにんゆるや。もしぶつへるひとあらば、きてたずぬべしと 大臣だいじんいはく、かのとくおういもうと比丘びくは、ぶつへるひとなりと。

如来滅後一百年有↢阿育王↡。不↠信↢仏法↡、国内人民嘆↢仏遺典↡。大王云、仏↢何功徳↡超ルヤ↢衆人↡。若有ラバ↢値ヘル↠仏人↡者、往而可↠尋 。大臣云、波斯匿王比丘尼、値ヘル↠仏人也

そのとき大王だいおう往向おうこうして、ぶつなにしゅありや。比丘びくぶつどくつくしがたし、ほぼ一相いっそうく。おうこのものがたりきて、すなはちかんしてこころかいす。

其時大王往向、仏リヤ↢何殊異↡。比丘尼、仏功徳難↠尽、粗説↢一相↡。王聞↢此物語↡、即歓喜シテ心開悟

しょうにんにゅうめつすでにさんじゅうねんおよぶ。当世とうせい上人しょうにんひたてまつるひと、そのかずおおしといへども、だいもしうつらば、おうじょう有様ありさまにおいてさだめて蒙昧もうまいいだかんか。いまいささか見聞けんもんことしるすのみ。

上人御入滅已0392↢年↡。当世奉↠値↢上人↡之人、其数雖↠多、時代若移ラバ者、於↢在生之有様↡定懐↢蒙昧↡歟。今聊記↢見聞之事↡矣。

わたくしにいはく、¬りんじゅう¼ しょうにんことばにあらずといへども、おなじく ¬見聞けんもん¼ のおくにあり。ひとをしてしんらしめんがために、おなじくこれをするものなり。ものこころよ。

私云、¬臨終記¼雖↠非↢上人語↡、同在↢¬見聞¼奥↡。為↠令↢人ヲシテ取↟信、同載↠之者也。見者得↠意