唯信ゆいしんしょう

*あんいん*法印ほういん*聖覚せいかくさく

 

【1】 ^それ*しょうをはなれ*仏道ぶつどうをならんとおもはんに、 ふたつのみちあるべし。 ひとつには*しょうどうもんふたつには*じょうもんなり。

 ^しょうどうもんといふは、 この*しゃかいにありて、 ぎょうをたてこうをつみて、 こんじょうしょうをとらんとはげむなり。 いはゆる*真言しんごんをおこなふともがらは、 即身そくしん*大覚だいかくくらいにのぼらんとおもひ、 *ほっをつとむるたぐひは、 こんじょう*六根ろっこんしょうをえんとねがふなり。 まことにきょうほんしるべけれども、 *末法まっぽうにいたり*じょくにおよびぬれば、 現身げんしんにさとりをうること、 億々おくおくひとのなかに一人いちにんもありがたし。

これによりて、 いまにこのもんをつとむるひとは、 *即身そくしんしょうにおいては、 みづから*退屈たいくつのこころをおこして、 あるいははるかにそん (*弥勒)*しょうして、 *じゅう六億ろくおく七千しちせん万歳まんざいのあかつきのそらをのぞみ、 あるいはとほく*ぶつしゅっをまちて、 *しょう*曠劫こうごう*てんしょうよるくもにまどへり。

あるいはわづかに*りょうぜん*らく*れいをねがひ、 あるいはふたたびてんじょう人間にんげん*しょうほうをのぞむ。 *結縁けちえんまことにたふとむべけれども、 *そくしょうすでにむなしきにたり。 ねがふところなほこれ*三界さんがいのうち、 のぞむところまた*りんほうなり。 なにのゆゑか、 *そこばくの*ぎょうごう慧解えげをめぐらしてこのしょうほうをのぞまんや。 まことにこれだいしょう (*釈尊)ることとほきにより、 *ふかく、 さとりすくなきがいたすところか。

真言 ここでは真言しんごんしゅうの教えのこと。 真言宗では即身成仏を唱え、 父母より生れた肉体のままでただちに仏果 (仏のさとり) を証すると説く。
大覚 「大日如来となるなり」 (左訓)
法華 ここでは天台てんだいほっしゅうの教えのこと。 →天台てんだいしゅう
六根の証 げんぜつしんの六の感覚器官が浄化された六根清浄しょうじょうの境地にいたること。
即身 「この世にて」 (左訓)
退屈 「退きかがまる」 (左訓) 仏道修行の困難さに屈し退転すること。
下生 「そつよりちゅう天竺てんじくにくだりたまふなり」 (左訓)
五十六億七千万歳 釈尊のにゅうめつからろく菩薩が成仏するまでの年数 (¬さつ処胎しょたいきょう¼ の説)。
後仏の出世 「後のほとけの世に出でたまふをいふ」 (左訓)
霊山 りょうじゅせん (しゃくっせん) のこと。
補陀落 「観音の浄土なり」 (左訓) 補陀落は梵語ポータラカ (Potalaka) の音写。 こうみょうせんかいちょうせんしょうじゅせんなどと漢訳する。 インドの南海岸にあるとされるかんおんさつの住処。
霊地 「すぐれてよきところといふ」 (左訓)
小報 「小さきほうといふことなり」 (左訓)
速証 「くさとりをひらくといふ」 (左訓)
そこばく 相当の数量。
行業慧解 修行することと、 智慧ちえによって仏法をりょうすること。
理ふかく 「法門はふかしといふことなり」 (左訓)

【2】 ^ふたつにじょうもんといふは、 こんじょうぎょうごうこうして、 *じゅんしょう*じょううまれて、 じょうにして*さつぎょうそくしてぶつらんとがんずるなり。 このもん*末代まつだいにかなへり。 まことにたくみなりとす。 ただし、 このもんにまたふたつのすぢわかれたり。 ひとつには*しょぎょうおうじょうふたつには*念仏ねんぶつおうじょうなり。

順次生 「この次に生れんとなり」 (左訓) 現世の命が終って、 次に受ける生。
末代の機 末法まっぽうの時代の人々。

【3】 ^しょぎょうおうじょうといふは、 あるいは父母ぶも*きょうようし、 あるいはちょう*奉事ぶじし、 あるいは*かい*八戒はっかいをたもち、 あるいは*布施ふせ*忍辱にんにくぎょうじ、 ない*三密さんみつ*いちじょうぎょうをめぐらして、 じょうおうじょうせんとねがふなり。 これみな*おうじょうをとげざるにあらず。 一切いっさいぎょうはみなこれじょうぎょうなるがゆゑに。

ただこれはみづからのぎょうをはげみておうじょうをねがふがゆゑに、 *りきおうじょうとなづく。 ぎょうごうもし*おろそかならば、 おうじょうとげがたし。 かの*弥陀みだぶつ*本願ほんがんにあらず。 *摂取せっしゅこうみょうらさざるところなり。

一乗の行 ここでは天台てんだいしゅうかんの行をいう。
おろそかならば 不十分であるのなら。

【4】 ^ふたつに念仏ねんぶつおうじょうといふは、 弥陀みだ*みょうごうをとなへておうじょうをねがふなり。 これはかのぶつ本願ほんがんじゅんずるがゆゑに、 *正定しょうじょうごうとなづく。 ひとへに弥陀みだ*願力がんりきにひかるるがゆゑに、 *りきおうじょうとなづく。

そもそも、 みょうごうをとなふるは、 なにのゆゑにかのぶつ本願ほんがんにかなふとはいふぞといふに、 そのことのおこりは、 弥陀みだ如来にょらいいまだぶつりたまはざりしむかし、 *法蔵ほうぞう比丘びくもうしき。 そのときにぶつましましき。 *ざいおうぶつもうしき。

法蔵ほうぞう比丘びくすでに*だいしんをおこして、 *清浄しょうじょうこくをしめて*しゅじょう*やくせんと*おぼして、 ぶつのみもとへまゐりてもうしたまはく、 「われすでにだいしんをおこして清浄しょうじょう仏国ぶっこくをまうけんとおもふ。 ねがはくはぶつ、 わがためにひろく仏国ぶっこくしょうごんするりょう妙行みょうぎょうををしへたまへ」 と。 そのときにざいおうぶつひゃくいちじゅうおく諸仏しょぶつじょう人天にんでん善悪ぜんあくこくみょうをことごとくこれをき、 ことごとくこれをげんじたまひき。

清浄の国土をしめて 浄土を建立して。 ¬しんしゅう仮名かな聖教しょうぎょう¼ 所収本には 「しめて」 は 「しめして」 とある。
おぼして お思いになって。

 ^法蔵ほうぞう比丘びくこれをきき、 これをみて、 あくをえらびてぜんをとり、 *をすててみょうをねがふ。 たとへば*さん悪道まくどうあるこくをば、 これをえらびてとらず、 さん悪道まくどうなきかいをば、 これをねがひてすなはちとる。 *自余じよがんもこれになずらへてこころをべし。 このゆゑに、 ひゃくいちじゅうおく諸仏しょぶつじょうのなかより、 すぐれたることをえらびとりて*極楽ごくらくかいこんりゅうしたまへり。

たとへばやなぎえださくらのはなをかせ、 *ふたうら*きよせきをならべたらんがごとし。 これをえらぶこといち*あんにあらず、 *こうのあひだゆいしたまへり。

かくのごとく*みょうごんじょうこくをまうけんとがんじて、 かさねてゆいしたまはく、 こくをまうくることはしゅじょうをみちびかんがためなり。 こくたえなりといふとも、 しゅじょううまれがたくは、 だい大願だいがんしゅにたがひなんとす。

これによりておうじょう極楽ごくらく別因べついんさだめんとするに、 一切いっさいぎょうみなたやすからず。 きょうよう父母ぶもをとらんとすれば、 きょうのものはうまるべからず。 *読誦どくじゅだいじょうをもちゐんとすれば、 もんをしらざるものはのぞみがたし。 布施ふせ*かいいんさだめんとすれば、 *慳貪けんどん*かいのともがらはもれなんとす。 忍辱にんにく*しょうじん*ごうとせんとすれば、 *しん*だいのたぐひはすてられぬべし。 一切いっさいぎょう、 みなまたかくのごとし。

 「あらくわるきなり」 (左訓)
自余の願 「残りの願をえらびとることかくのごとしといふことばなり」 (左訓)
二見の浦 三重県度会わたらい郡二見町の夫婦岩のある海岸の名勝。
清見が関 平安時代、 駿するはら郡 (現在の静岡市清水おき清見寺町) の地にあった関のことで、 北に富士山、 南に三保の松原を望むことができる名勝。
 思案、 考え。
五劫のあひだ思惟 →こうゆい
微妙厳浄 「よくよきかざりきよしとなり」 (左訓)
読誦大乗 「経を読むをいふなり」 (左訓)
慳貪 「をしむ、 むさぼる」 (左訓) →慳貪けんどん
 「なりはひ」 (左訓)
瞋恚 「おもの怒り、 こころの怒り」 (左訓) →しん
懈怠 「おこたるこころなり」 (左訓) →だい

 ^これによりて一切いっさい善悪ぜんあく*ぼんひとしくうまれ、 ともにねがはしめんがために、 ただ弥陀みださんみょうごうをとなへんをおうじょう極楽ごくらく別因べついんとせんと、 ^こうのあひだふかくこのことをゆいしをはりて、 まづだいじゅうしち*諸仏しょぶつにわがみょう*しょうようせられんといふがんをおこしたまへり。 このがんふかくこれをこころうべし。 みょうごうをもつてあまねくしゅじょうをみちびかんとおぼしめすゆゑに、 *かつがつみょうごうをほめられんとちかひたまへるなり。 しからずは、 ぶつおんこころにめいをねがふべからず。 諸仏しょぶつにほめられてなにのようかあらん。

称揚 「となへられほめられんといふ」 (左訓)
かつがつ まず。

 「如来にょらい尊号そんごうじんぶんみょう 十方じっぽうかいぎょう

  たん称名しょうみょうかい得往とくおう 観音かんのんせい来迎らいこう(*五会法事讃)

といへる、 このこころか。

 ^さてつぎに、 だいじゅうはち*念仏ねんぶつおうじょうがんをおこして、 *じゅうねんのものをもみちびかんとのたまへり。 まことにつらつらこれをおもふに、 このがんはなはだじんなり。 みょうごうはわづかにさんなれば、 *盤特はんどくがともがらなりともたもちやすく、 これをとなふるに、 *行住ぎょうじゅう座臥ざがをえらばず、 しょ*諸縁しょえんをきらはず、 *ざい*しゅっにゃくなんにゃくにょろうしょう善悪ぜんあくひとをもわかず、 なにびとかこれにもれん。

盤特 しゅはん陀伽だかのこと。
諸縁 「よろづのことなり」 (左訓)

 「ぶついんちゅうりゅうぜい もんみょうねんそう迎来こうらい

  けんびんしょう富貴ふき けん下智げち高才こうざい

  けんもんじょうかい けんかい罪根ざいこんじん

  たん使しん念仏ねんぶつ のうりょうりゃくへんじょうこん(五会法事讃)

このこころか。 これを念仏ねんぶつおうじょうとす。

【5】 ^*りゅうじゅさつの ¬*十住じゅうじゅう毘婆びばしゃろん¼ のなかに、 「仏道ぶつどうぎょうずるに*なんぎょうどう*ぎょうどうあり。 なんぎょうどうといふは、 ろく*かちよりゆかんがごとし。 ぎょうどうといふは、 かいじゅんぷうたるがごとし。 なんぎょうどうといふは、 *じょくにありて*退たいくらいにかなはんとおもふなり。 ぎょうどうといふは、 ただぶつしんずる因縁いんねん ˆをもつてˇ のゆゑにじょうおうじょうするなり」 といへり。 なんぎょうどうといふはしょうどうもんなり、 ぎょうどうといふはじょうもんなり。

わたくしにいはく、 じょうもんりてしょぎょうおうじょうをつとむるひとは、 かいにふねにりながらじゅんぷうず、 をおし、 ちからをいれてしおをさかのぼり、 なみまをわくるにたとふべきか。

かち 徒歩。

【6】 ^つぎに念仏ねんぶつおうじょうもんにつきて、 *専修せんじゅ*雑修ざっしゅぎょうわかれたり。

専修せんじゅといふは、 極楽ごくらくをねがふこころをおこし、 本願ほんがんをたのむしんをおこすより、 ただ念仏ねんぶついちぎょうをつとめてまつたくぎょうをまじへざるなり。 きょう*しゅをもたもたず、 ぶつさつをもねんぜず、 ただ弥陀みだみょうごうをとなへ、 ひとへに弥陀みだ一仏いちぶつねんずる、 これを専修せんじゅとなづく。

雑修ざっしゅといふは、 念仏ねんぶつをむねとすといへども、 またぎょうをもならべ、 ぜんをもかねたるなり。

このふたつのなかには、 専修せんじゅをすぐれたりとす。 そのゆゑは、 すでにひとへに極楽ごくらくをねがふ。 かのきょうしゅ (阿弥陀仏)ねんぜんほか、 なにのゆゑか他事たじをまじへん。 *電光でんこうちょうのいのち、 しょう泡沫ほうまつ、 わづかにいっ勤修ごんしゅをもちて、 たちまちに*しゅきょうをはなれんとす。 あにゆるくしょぎょうをかねんや。 諸仏しょぶつさつ結縁けちえんは、 *随心ずいしんぶつのあしたをすべし、 *だいしょうきょうてん*義理ぎりは、 *ひゃっぽうみょうもんのゆふべをまつべし。 *いちをねがひ*一仏いちぶつねんずるほかは、 そのようあるべからずといふなり。

念仏ねんぶつもんりながら、 なほぎょうをかねたるひとは、 そのこころをたづぬるに、 おのおの*本業ほんごうしゅうしてすてがたくおもふなり。 あるいはいちじょうをたもち三密さんみつぎょうずるひと、 おのおのそのぎょうこうしてじょうをねがはんとおもふこころをあらためず、 念仏ねんぶつにならべてこれをつとむるに、 なにのとがかあらんとおもふなり。 ただちに本願ほんがんじゅんぜるぎょう念仏ねんぶつをつとめずして、 なほ*本願ほんがんにえらばれししょぎょうをならべんことのよしなきなり。

これによりて善導ぜんどうしょうののたまはく (*礼讃) 、 「せんててぞうにおもむくものは、 せんのなかに一人いちにんうまれず。 もし専修せんじゅのものは、 ひゃくひゃくながらうまれ、 せんせんながらうまる」 (意) といへり。

 「陀羅だらなり」 (左訓) ここでの陀羅尼は密教で用いる呪文のこと。
電光朝露 稲妻や朝の露のようにはかないこと。
随心供仏 「こころにしたがひてほとけへ供養すといふ」 (左訓) ¬おうじょうようしゅう¼ (上) に浄土でうける十種の楽を説く中の一。 心のままに十方の仏を供養すること。
大小経典 大乗・小乗の経典。
義理 「法門の沙汰をするをいふ」 (左訓)
一土 「極楽なり」 (左訓)
一仏 「あみだほとけなり」 (左訓)
本業 「もとせしことをいふなり」 (左訓)
本願にえらばれし ここでは本願においてえらびすてられたという意。

 「極楽ごくらく無為むいはんがい 随縁ずいえん雑善ぞうぜんなんしょう

  故使こし如来にょらいせん要法ようぼう きょうねん弥陀みだせんせん(*法事讃・下)

といへり。 *随縁ずいえん雑善ぞうぜんときらへるは、 本業ほんごうしゅうするこころなり。

たとへばみやづかへをせんに、 主君しゅくんにちかづき、 これをたのみてひとすぢにちゅうせつつくすべきに、 まさしき主君しゅくんしたしみながら、 かねてまたうとくとほきひとにこころざしをつくして、 このひと主君しゅくんにあひてよきさまにいはんことをもとめんがごとし。 ただちにつかへたらんと、 しょうれつあらはにしりぬべし。 しんあると一心いっしんなると、 てんはるかにことなるべし。

【7】 ^これにつきてひとうたがいをなさ*く、 「たとへばひとありて、 念仏ねんぶつぎょうをたてて毎日まいにち一万いちまんべんをとなへて、 そのほかは終日ひめもすにあそびくらし、 よもすがらねぶりをらんと、 またおなじく一万いちまんもうして、 そののちきょうをもよみぶつをもねんぜんと、 いづれかすぐれたるべき。 ¬*ほっ¼ に ª*即往そくおう安楽あんらくº のもんあり。 これをよまんに、 あそびたはぶれにおなじからんや。 ¬*やく¼ には*はちさつ*引導いんどうあり。 これをねんぜんは、 むなしくねぶらんにるべからず。 かれを専修せんじゅとほめ、 これを雑修ざっしゅときらはんこと、 いまだそのこころをえず」 と。

 底本に 「て」 とあるのを改めた。
法華 ¬法華ほけきょう¼ のこと。
即往安楽 「すなはち安楽にゆくと」 (左訓)
薬師 ¬本願ほんがんやくきょう¼ のこと。

 ^いままたこれをあんずるに、 なほ専修せんじゅをすぐれたりとす。 そのゆゑは、 もとよりじょくぼんなり、 ことにふれてさはりおほし。 弥陀みだこれを*かがみてぎょうどうををしへたまへり。 終日ひめもすにあそびたはぶるるは、 *散乱さんらんぞうのものなり。 よもすがらねぶるは、 *睡眠すいめんぞうのものなり。 これみな煩悩ぼんのうしょなり。 たちがたくぶくしがたし。 あそびやまば念仏ねんぶつをとなへ、 ねぶりさめば本願ほんがんをおもひいづべし。 専修せんじゅぎょうにそむかず。

一万いちまんべんをとなへて、 そののちにきょうぶつ*ねんせんは、 *うちきくところたくみなれども、 念仏ねんぶつたれか一万いちまんべんにかぎれとさだめし。 しょうじんならば、 終日ひめもすにとなふべし。 *念珠ねんじゅをとらば、 弥陀みだみょうごうをとなふべし。 本尊ほんぞんにむかはば、 弥陀みだぎょうぞうにむかふべし。 ただちに弥陀みだ来迎らいこうをまつべし。 なにのゆゑかはちさつ*示路じろをまたん。 もつぱら本願ほんがん引導いんどうをたのむべし。 わづらはしく*いちじょうのう*かるべからず。

ぎょうじゃ*こんじょうじょうちゅうあり。 *じょうこんのものは、 よもすがら、 ひぐらし念仏ねんぶつもうすべし。 なにのいとまにかぶつねんぜん。 ふかくこれをおもふべし、 みだりがはしくうたがふべからず。

散乱増 心をかきみだす煩悩ぼんのうが強いこと。
睡眠増 意識がぼんやりして身心の反応がおこりにくい状態。 心の鈍重なこと。 煩悩の一。
持念 「たもちおもふ」 (左訓)
うちきくところ ちょっと耳にしたところでは。
示路 「道しるべなり」 (左訓)
一乗の功能 ここでは ¬きょう¼ のどく、 すぐれたはたらき。
かるべからず たよってはならない。
上根 根はこんの意。 仏道を修める能力のすぐれた者。

【8】 ^つぎに念仏ねんぶつもうさんには、 *三心さんしんすべし。 ただみょうごうをとなふることは、 たれのひと一念いちねんじゅうねんこうをそなへざる。 しかはあれども、 おうじょうするものはきはめてまれなり。 これすなはち三心さんしんせざるによりてなり。

¬*かんりょう寿じゅきょう¼ にいはく、 「*三心さんしんしゃひっしょうこく」 といへり。 善導ぜんどうしゃく (礼讃) にいはく、 「*三心さんしん 必得ひっとくおうじょう 若少にゃくしょう一心いっしん そくとくしょう」 といへり。 三心さんしんのなかに一心いっしんかけぬれば、 うまるることをずといふ。 のなかに弥陀みだみょうごうをとなふるひとおほけれども、 おうじょうするひとのかたきは、 この三心さんしんせざるゆゑなりとこころうべし。

具三心者… 「三つのこころを具するもの、 かならずかの極楽に生るといふなり」 (左訓)
具此三心… 「この三つのこころを具すれば、 かならず生るるなり。 もし信心かけぬればすなはち生れずといふなり」 (左訓)

【9】 ^その三心さんしんといふは、 ひとつには*じょうしん、 これすなはち真実しんじつのこころなり。 おほよそ仏道ぶつどうるには、 まづまことのこころをおこすべし。 そのこころまことならずは、 そのみちすすみがたし。 弥陀みだぶつの、 むかしさつぎょうをたて、 じょうをまうけたまひしも、 ひとへにまことのこころをおこしたまひき。 これによりてかのくにうまれんとおもはんも、 またまことのこころをおこすべし。

その真実しんじつしんといふは、 真実しんじつのこころをすて、 真実しんじつのこころをあらはすべし。 まことにふかくじょうをねがふこころなきを、 ひとにあうてはふかくねがふよしをいひ、 内心ないしんにはふかくこんじょうみょう*じゃくしながら、 *そうには*をいとふよしをもてなし、 ほかには善心ぜんしんあり、 たふときよしをあらはして、 うちにはぜんのこころもあり、 *放逸ほういつのこころもあるなり。 これを虚仮こけのこころとなづけて、 真実しんじつしんにたがへるそうとす。 これをひるがへして真実しんじつしんをばこころえつべし。

^このこころをあしくこころえたるひとは、 よろづのことありのままならずは、 虚仮こけになりなんずとて、 にとりてはばかるべく、 *はじがましきことをもひとにあらはししらせて、 かへりて放逸ほういつ*ざんのとがをまねかんとす。

いま真実しんじつしんといふは、 じょうをもとめ*穢土えどをいとひ、 ぶつがんしんずること、 真実しんじつのこころにてあるべしとなり。 かならずしも、 はじをあらはにし、 とがをしめせとにはあらず。 ことにより、 をりにしたがひてふかく*しんしゃくすべし*善導ぜんどうしゃく (*散善義) にいはく、 「とくげん賢善けんぜんしょうじんそうない虚仮こけ」 といへり。

 「くるはさる」 (左訓)
外相 「うへのふるまひ」 (左訓)
世をいとふよしをもてなし この世を厭うようなふりをして。
放逸 「ほしきままにふるまふといふなり、 おもふさまなり」 (左訓)
恥がましきことをも 恥さらしなことまでも。
無慚 「恥なし」 (左訓)
斟酌 「はからふこころなり」 (左訓)

【10】^ふたつに*深心じんしんといふは、 信心しんじんなり。 まづ信心しんじんそうをしるべし。 信心しんじんといふは、 ふかくひとのことばをたのみてうたがはざるなり。

たとへばわがためにいかにもはらぐろかるまじく、 ふかくたのみたるひとの、 まのあたりよくよくみたらんところををしへんに、 「そのところにはやまあり、 かしこにはかはあり」 といひたらんをふかくたのみて、 そのことばをしんじてんのち、 またひとありて、 「それは*ひがごとなり、 やまなしかはなし」 といふとも、 いかにもそらごとすまじきひとのいひてしことなれば、 のちにひゃくせんにんのいはんことをばもちゐず、 もとききしことをふかくたのむ、 これを信心しんじんといふなり。 いま*しゃ所説しょせつしんじ、 弥陀みだ誓願せいがんしんじてふたごころなきこと、 またかくのごとくなるべし。

 ^いまこの信心しんじんにつきてふたつあり。 ひとつには、 わが罪悪ざいあくしょうぼん曠劫こうごうよりこのかた、 つねにしずみつねに*てんして、 *しゅつえんあることなしとしんず。 ふたつには、 けつじょうしてふかく、 弥陀みだぶつ*じゅうはちがんしゅじょう摂取せっしゅしたまふことをうたがはざれば、 かの願力がんりきじょうりて、 さだめておうじょうすることをしんずるなり。

ひとつねにいはく、 「ぶつがんしんぜざるにはあらざれども、 わがのほどをはからふに、 ざいしょうのつもれることはおほく、 善心ぜんしんのおこることはすくなし。 こころつねに散乱さんらんして一心いっしんをうることかたし。 *とこしなへにだいにしてしょうじんなることなし。 ぶつがんふかしといふとも、 いかでかこのをむかへたまはん」 と。

このおもひまことにかしこきにたり、 *きょうまんをおこさず*こうのこころなし。 しかはあれども、 ぶつ思議しぎりきうたがふとがあり。 ぶついかばかりのちからましますとしりてか、 罪悪ざいあくなればすくはれがたしとおもふべき。 *ぎゃく罪人ざいにんすら、 なほじゅうねんのゆゑにふかく*せつのあひだにおうじょうをとぐ。 いはんやつみぎゃくにいたらず、 こうじゅうねんにすぎたらんをや。

^つみふかくはいよいよ極楽ごくらくをねがふべし。 「*けんかい罪根ざいこんじん(五会法事讃) といへり。 ぜんすくなくはますます弥陀みだねんずべし。 「*三念さんねんねんぶつ来迎らいこう(法事讃・下) とのべたり。 むなしく卑下ひげし、 こころを*こうにゃくにして、 ぶっ思議しぎうたがふことなかれ。

流転 「六道にまどふをいふ」 (左訓)
出離 「穢土えどを出で離るるといふ」 (左訓)
とこしなへに いつまでも変らず。
高貢のこころ 「おごるこころなり」 (左訓)
不簡破戒罪根深 「戒をやぶりたる人、 罪深き人みな生るといふ」 (左訓)
三念五念… わずか三たび五たび念仏するものも来迎にあずかるということ。
怯弱 「よわくおもふ」 (左訓) →こうにゃく

 ^たとへばひとありて、 たかきししもにありてのぼることあたはざらんに、 ちからつよひときしのうへにありてつなをおろして、 このつなにとりつかせて、 「われきしのうへにひきのぼせん」 といはんに、 ひくひとのちからをうたがひ、 つなよわからんことをあやぶみて、 ををさめてこれをとらずは、 *さらにきしのうへにのぼることべからず。 ひとへにそのことばにしたがうて、 *たなごころをのべてこれをとらんには、 すなはちのぼることをべし。

仏力ぶつりきうたがひ、 願力がんりきをたのまざるひとは、 だいきしにのぼることかたし。 ただ信心しんじんをのべて誓願せいがんつなをとるべし。 ^仏力ぶつりきぐうなり、 ざいしょう深重じんじんをおもしとせず。 ぶっへんなり、 散乱さんらん放逸ほういつのものをもすつることなし。 信心しんじんようとす、 そのほかをばかへりみざるなり。

信心しんじんけつじょうしぬれば、 三心さんしんおのづからそなはる。 本願ほんがんしんずることまことなれば、 *虚仮こけのこころなし。 じょうまつことうたがいなければ、 こうのおもひあり。 このゆゑに三心さんしんことなるにたれども、 みな信心しんじんにそなはれるなり。

たなごころをのべて 手をのばして。
虚仮 「むなしくかざるなり」 (左訓)

【11】^三つには*こう発願ほつがんしんといふは、 のなかにそのきこえたり。 くはしくこれをのぶべからず。 *げん三業さんごう善根ぜんごんをめぐらして、 極楽ごくらくうまれんとがんずるなり。

過現三業の善根 「過ぎたるかたにしたる善と、 今つとむる善といふなり」 (左訓)

【12】^つぎに本願ほんがんもんにいはく、 「ないじゅうねん にゃくしょうじゃ しゅしょうがく(*大経・上) といへり。

いまこのじゅうねんといふにつきて、 ひとうたがいをなしていはく、 「¬ほっ¼ の ª一念いちねんずいº といふは、 ふかく*ごんじつたっするなり。 いまじゅうねんといへるも、 なにのゆゑか十返じっぺんみょうごうとこころえん」 と。

このうたがいしゃくせば、 ¬かんりょう寿じゅきょう¼ の*ぼんしょうひとそうくにいはく、 「ぎゃく*じゅうあくをつくり、 もろもろのぜんせるもの、 りんじゅうのときにいたりて、 はじめて*ぜんしきのすすめによりて、 わづかに十返じっぺんみょうごうをとなへて、 すなはちじょううまる」 といへり。 これさらにしづかにかんじ、 ふかくねんずるにあらず、 ただくちみょうごうしょうするなり。

にょにゃくのうねん(観経) といへり。 これふかくおもはざるむねをあらはすなり。

おうしょうりょう寿じゅぶつ(観経)けり。 ただ*あさく仏号ぶつごうをとなふべしとすすむるなり。

そくじゅうねん しょう南無なもりょう寿じゅぶつ しょうぶつみょう 念々ねんねんちゅう じょはちじゅう億劫おくこう しょうざい(観経) といへり。

じゅうねんといへるは、 ただ称名しょうみょう十返じっぺんり。 本願ほんがんもんこれになずらへてしりぬべし。

善導ぜんどうしょうはふかくこのむねをさとりて、 本願ほんがんもんをのべたまふに、 「にゃくじょうぶつ 十方じっぽうしゅじょう しょうみょうごう 下至げしじっしょう にゃくしょうじゃ しゅしょうがく(礼讃) といへり。 じっしょうといへるは、 しょうをあらはさんとなり。

非権非実の理 方便 (権) と真実 (実) を差別する立場を超えた絶対真実の教えで、 中道とも実相じっそうともいう。
あさく ¬真宗法要¼ 所収本には 「ふかく」 とある。

【13】^一 つぎにまたひとのいはく、 「りんじゅう念仏ねんぶつどくはなはだふかし。 じゅうねんぎゃくめっするは、 りんじゅう念仏ねんぶつのちからなり。 じんじょう念仏ねんぶつは、 このちからありがたし」 といへり。

 ^これをあんずるに、 りんじゅう念仏ねんぶつどくことにすぐれたり。 ただしそのこころをべし。

もしひといのちをはらんとするときは、 ひゃっにあつまり、 しょうねんみだれやすし。 かのときぶつねんぜんこと、 なにのゆゑかすぐれたるどくあるべきや。 これをおもふに、 やまいおもく、 いのちせまりて、 にあやぶみあるときには、 信心しんじんおのづからおこりやすきなり。

まのあたりひとのならひをみるに、 その*おだしきときは、 くすをも*陰陽おんようをもしんずることなけれども、 やまいおもくなりぬれば、 これをしんじて、 「このほうをせばやまいいえなん」 といへば、 まことにいえなんずるやうにおもひて、 くちににがきあじはひをもなめ、 にいたはしきりょうをもくはふ。 「もしこのまつりしたらば、 いのちはのびなん」 といへば、 たからをもしまず、 ちからをつくして、 これをまつりこれをいのる。

これすなはちいのちをしむこころふかきによりて、 これをのべんといへば、 ふかくしんずるこころあり。 りんじゅう念仏ねんぶつ、 これになずらへてこころえつべし。

いのちいちせつにせまりてぞんぜんことあるべからずとおもふには、 しょうのくるしみたちまちにあらはれ、 あるいは*しゃ相現そうげんじ、 あるいは*そつまなこに*さいぎる。 いかにしてか、 このくるしみをまぬかれ、 おそれをはなれんとおもふに、 ぜんしきのをしへによりてじゅうねんおうじょうをきくに、 じんじゅう信心しんじんたちまちにおこり、 これをうたがふこころなきなり。

これすなはちくるしみをいとふこころふかく、 たのしみをねがふこころせつなるがゆゑに、 極楽ごくらくおうじょうすべしときくに、 信心しんじんたちまちにほっするなり。 いのちのぶべしといふをききて、 くす陰陽おんようしんずるがごとし。

もしこのこころならば、 さいせつにいたらずとも、 信心しんじんけつじょうしなば、 いっしょう一念いちねんどく、 みなりんじゅう念仏ねんぶつにひとしかるべし。

おだしきとき 健康で安らかな時。
陰陽師 天文、 暦、 方角、 地相などで吉凶禍福を占う人。 陰陽道を修する者。
鬼率 「おに獄卒ごくそつなり」 (左訓) 地獄で亡者の罪を責めたてるという鬼。
さいぎる さえぎる。 よぎる。

【14】^二 またつぎにのなかのひとのいはく、 「たとひ弥陀みだ願力がんりきをたのみて極楽ごくらくおうじょうせんとおもへども、 *せん罪業ざいごうしりがたし、 いかでかたやすくうまるべきや。 *ごっしょうにしなじなあり。 じゅんごうといふは、 かならずそのごうをつくりたるしょうならねども、 *後後ごごしょうにもほうをひくなり。 さればこんじょう人界にんがいしょうをうけたりといふとも、 悪道あくどうごうにそなへたらんことをしらず、 かの*ごうがつよくしてあくしゅしょうをひかば、 じょううまるることかたからんか」 と。

先世の罪業 →補註5
後後生 先世からみて、 後の後の生、 つまり来世のこと。
業が 底本は 「業力」 とも読める。 業力はほうを引き起す力。

 ^このまことにしかるべしといふとも、 *もうたちがたくして、 みづから*妄見もうけんをおこすなり。 おほよそごうははかりのごとし、 おもきものまづく。 もしわがにそなへたらん悪趣あくしゅごうちからつよくは、 人界にんがいしょうをうけずしてまづ悪道あくどうにおつべきなり。 すでに人界にんがいしょうをうけたるにてしりぬ、 たとひ悪趣あくしゅごうにそなへたりとも、 そのごう人界にんがいしょうをうけしかいよりは、 ちからよわしといふことを。

もししからば、 *かいをだにもなほさへず。 いはんやじゅうねんどくをや。 かい*有漏うろごうなり、 念仏ねんぶつ*無漏むろどくなり。 かいぶつがんのたすけなし、 念仏ねんぶつ弥陀みだ本願ほんがんのみちびくところなり。 念仏ねんぶつどくはなほしじゅうぜんにもすぐれ、 すべて三界さんがい一切いっさい善根ぜんごんにもまされり。 いはんやかいしょうぜんをや。 かいをだにもさへざる悪業あくごうなり、 おうじょうのさはりとなることあるべからず。

疑網 「疑ふこころを網にたとふるなり」 (左訓)
妄見 「みだりのおもひなり」 (左訓)
五戒をだにもなほさへず 五戒をすら妨げえない。

【15】^三 つぎにまたひとのいはく、 「ぎゃく罪人ざいにんじゅうねんによりておうじょうすといふは、 *宿しゅくぜんによるなり。 われら宿しゅくぜんをそなへたらんことかたし。 いかでかおうじょうすることをんや」 と。

宿善 「むかしの善といふ」 (左訓)

 ^これまた*あんにまどへるゆゑに、 いたづらにこのうたがいをなす。 そのゆゑは、 宿しゅくぜんのあつきものは、 こんじょうにも善根ぜんごんしゅ悪業あくごうをおそる。 宿しゅくぜんすくなきものは、 こんじょう悪業あくごうをこのみ善根ぜんごんをつくらず。 *宿しゅくごう善悪ぜんあくは、 こんじょうのありさまにてあきらかにしりぬべし。 しかるに善心ぜんしんなし。 はかりしりぬ、 宿しゅくぜんすくなしといふことを。

われら罪業ざいごうおもしといふともぎゃくをばつくらず、 宿しゅくぜんすくなしといへどもふかく本願ほんがんしんぜり。 *ぎゃくしゃじゅうねんすら宿しゅくぜんによるなり。 いはんや*じんぎょうしょうねんむしろ宿しゅくぜんによらざらんや。 なにのゆゑにかぎゃくしゃじゅうねんをば宿しゅくぜんとおもひ、 われらがいっしょうしょうねんをば宿しゅくぜんあさしとおもふべきや。 *しょうだいのさまたげといへる、 まことにこのたぐひか。

痴闇 愚痴ぐち (真理に対する無知) を闇に喩えた語。
宿業の善悪 →補註5
逆者 五逆罪をおかした人。
尽形 「いのちつくるまでといふ」 (左訓)
小智 「二乗の智慧ちえといふなり」 (異本左訓)

【16】^四 つぎに念仏ねんぶつしんずるひとのいはく、 「おうじょうじょうのみちは、 信心しんじんをさきとす。 信心しんじんけつじょうしぬるには、 あながちにしょうねんようとせず。 ¬きょう¼ (大経・下) にすでに ªない一念いちねんº とけり。 このゆゑに一念いちねんにてたれりとす。 遍数へんじゅをかさねんとするは、 かへりてぶつがんしんぜざるなり。 念仏ねんぶつしんぜざるひととておほきにあざけりふかくそしる」 と。

 ^まづ*専修せんじゅ念仏ねんぶつというて、 もろもろのだいじょうしゅぎょうをすてて、 つぎに*一念いちねんをたてて、 みづから念仏ねんぶつぎょうをやめつ。 まことにこれかいたよりをて、 まつしゅじょうをたぶろかすなり。

このせつともに得失とくしつあり。 *おうじょうごう一念いちねんにたれりといふは、 そのまことにしかるべしといふとも、 遍数へんじゅをかさぬるはしんなりといふ、 すこぶるそのことばすぎたりとす。

一念いちねんをすくなしとおもひて、 遍数へんじゅをかさねずはおうじょうしがたしとおもはば、 まことにしんなりといふべし。 おうじょうごう一念いちねんにたれりといへども、 いたづらにあかし、 いたづらにくらすに、 いよいよこうをかさねんことようにあらずやとおもうて、 これをとなへば、 終日ひめもすにとなへ、 よもすがらとなふとも、 いよいよどくをそへ、 ますます業因ごういんけつじょうすべし。

善導ぜんどうしょうは、 「ちからのきざるほどはつねにしょうねんす」 といへり。 これをしんひととやはせん。 ひとへにこれをあざけるも、 またしかるべからず。

一念いちねんといへるは、 すでに ¬きょう¼ (大経・下)もんなり。 これをしんぜずは、 ぶつしんぜざるなり。

このゆゑに、 一念いちねんけつじょうしぬとしんじて、 しかもいっしょうおこたりなくもうすべきなり。 これ*しょうとすべし。 ^念仏ねんぶつようおほしといへども、 りゃくしてのぶることかくのごとし。

往生の業 浄土へ往き生れるための因となる行為。

【17】^これをみんひと、 さだめてあざけりをなさんか。 しかれども、 信謗しんぼうともにいんとして、 みなまさにじょううまるべし。 こんじょうゆめのうちのちぎりをしるべとして、 らいさとりのまへのえんをむすばんとなり。 われおくればひとにみちびかれ、 われさきだたばひとをみちびかん。 生々しょうじょうぜんとなりてたがひに仏道ぶつどうしゅせしめ、 世々せせしきとしてともに*めいしゅうをたたん。

迷執 「まどふこころなり」 (左訓)

^*ほんしゃそん 悲母ひも弥陀みだぶつ

 へんかんおん へんだいせい

 清浄しょうじょう大海だいかいしゅ 法界ほうかい三宝さんぼうかい

 証明しょうみょう一心いっしんねん *哀愍あいみんちょう

本師釈迦尊… 「本師釈迦尊、 悲母弥陀仏、 左辺の観世音、 右辺の大勢至、 清浄なる大海衆、 法界の三宝海、 一心の念を証明して、 哀愍してともに聴許したまへ」

 *草本そうほんにいはく

草本にいはく 「草本」 とは書写原本のこと。 原本にあった奥書をそのまま転写したことを示す。

  *じょうきゅう三歳さんさい仲秋ちゅうしゅう中旬ちゅうじゅんだいにちあんいん法印ほういん聖覚せいかくさく

承久三歳仲秋中旬第四日 1221年八月十四日 (中秋は陰暦八月の別称)。

 *かんさいちゅうじゅんだいにちかの草本そうほん真筆しんぴつをもつて*禿とくしゃくの*親鸞しんらんこれを書写しょしゃす。

寛喜二歳仲夏下旬第五日 1230年五月二十五日 (仲夏は陰暦五月の別称)。 親鸞聖人五十八歳。