*報恩ほうおんこう私記しき

解説

 

【1】 まず*総礼そうらい

 稽首けいしゅ天人てんにんしょぎょう

 弥陀みだせんりょうぞくそん

 ざいみょう安楽あんらくこく

 りょうぶっしゅにょう (十二礼)

  つぎに*三礼さんらい

  つぎに*如来にょらいばい

  つぎに*表白ひょうびゃく

総礼 総礼迦陀かだとも総礼じゅともいい、 声明しょうみょう (仏教の儀式音楽) の各作法の最初に風誦ふうじゅする偈文をいう。 ここではつぎの 「じゅうらい」 の四句がこれに当る。
三礼 三帰礼、 三宝さんぼう礼ともいい、 勤式のはじめに、 主として三宝帰依きえを述べるきょうらいもんのこと。 ¬ごんぎょう¼ 「浄行品」 の文。
如来唄 如来の妙色身を讃詠した文。
表白 修法の初めに、 その趣旨を三宝に対して申し上げること。

 うやまひて大恩だいおんきょうしゅしゃ如来にょらい極楽ごくらく*のう弥陀みだ*善逝ぜんぜいしょうさんじょうさんみょうでん*八万はちまんじゅう顕密けんみつ聖教しょうぎょう観音かんのんせいぼんしょうじゅ念仏ねんぶつ伝来でんらいしょだいとうそうじては仏眼ぶつげんしょしょうじんせつげん現前げんぜん一切いっさい三宝さんぼうにまうしてまうさく、 弟子でし*ぜんいとすじはしに、 たまたま*なん人身にんじんはりつらぬき、 曠海こうかいなみうえに、 まれに西さい (印度) ぶっきょううききへり。 ここに祖師そししょうにん (親鸞)どうによりて、 法蔵ほうぞういん本誓ほんぜいく、 かんむね渇仰かつごうきもめいず。 しかればすなはちほうじてもほうずべきはだい仏恩ぶっとんしゃしてもしゃすべきはちょうとくなり。 ゆゑに観音かんのんだい頂上ちょうじょうには*ほん弥陀みだあんじ、 だいしょうそん (弥勒)宝冠ほうかんにはしゃ*しゃいただきたまふ。 たとひ万劫まんごうとも、 一端いったんをもほうじがたし。 しかじ、 *みょうがんねんじてかの本懐ほんがいじゅんぜんには。 いま、 つのとくげて、 まさに*はいすすめんとす。

能化 一切しゅじょうをよく教化する者の意。
善逝 梵語スガタ (sugata) の漢訳。 如来にょらい十号の一。
八万十二顕密 八万の法門 (仏の教えのすべて)、 じゅうきょうけんぎょうみっきょうのこと。
四禅 ぜん天の略。 四種のぜんじょうを修して生ずる色界しきかいの四天処をいう。
南浮 なんえんだいのこと。
本師 根本の導師。
舎利 梵語シャリーラ (śarīra) の音写。 遺骨のこと。
名願 本願みょうごう
四輩 しゅのこと。

ひとつにはしんしゅうこうぎょうとくさんじ、

ふたつには本願ほんがん相応そうおうとくたんじ、

つにはめつやくとくじゅつす。

してふ、 三宝さんぼう哀愍あいみん納受のうじゅしたまへ。

【2】 だいいちしんしゅうこうぎょうとくさんずといふは、 ぞくしょう*ながおかの丞相しょうじょう 内麿うちまろこう 末孫ばっそんさき*こう太后たいごうぐうの大進だいしん*有範ありのり息男そくなんなり。 よういにしえ壮年そうねんむかし*じょういえでて、 *台嶺たいれいまどりたまひしよりこのかた、 ちんしょうをもつてはんとして、 顕密けんみつ両宗りょうしゅうきょうぼうしゅうがくす。 *とうかすみのうちに*三諦さんたい一諦いったいみょううかがひ、 草庵そうあんつきまえ*瑜伽ゆが瑜祇ゆぎ観念かんねんらす。 とこしなへに*めいひて*だいしょう奥蔵おうぞうつたへ、 ひろしょしゅうこころみて甚深じんじん義理ぎりきわむ。 しかれども*色塵しきじんしょうじん猿猴えんこうこころなほいそがはしく、 *愛論あいろん見論けんろん*こうおもいいよいよかたし。 *断惑だんわくしょうどんじょうじがたく、 *そくじょうかく末代まつだいおよびがたし。 よりてしゅつぶっあつらへ、 しき神道しんとういのる。 しかるあひだ宿しゅくいんこうにして、 ほんちょう念仏ねんぶつがん黒谷くろだにしょうにん (源空)えっしたてまつりてしゅつ要道ようどう問答もんどうす。 さずくるにじょういっしゅうをもつてし、 しめすに念仏ねんぶついちぎょうをもつてす。 しかりしよりこのかた、 しょうどうなんぎょうもんさしおきてじょうぎょうどうし、 たちまちにりきしんあらためてひとへにりきがんじょうず。 ぎょう化他けた*どうしゃく遺誡ゆいかいまもり、 専修せんじゅ専念せんねん善導ぜんどうふうまかす。 見聞けんもん道俗どうぞくずいいたし、 遠近おんごん*緇素しそみな発心ほっしんす。 ここに祖師そし (親鸞)西さい (印度)きょうもんをひろめんがためにはるかに*東関とうかんそうくわだてたまふ。 しばらく*常州じょうしゅうつくやまきたほとりとうりゅうし、 せんじょうたいしてまつ相応そうおう要法ようぼうしめす。 はじめにほうをなすのともがら*りゃくきょうこくのごとくなりしかども、 つひにがいせしめしのやから*とうちくおなじ。 みな邪見じゃけんひるがえしてことごとくしょうしんけ、 ともにへんじゅうめてかえりて弟子でしとなる。 おほよそおしえくるのしゅ当国とうごくあまり、 えんむすぶのしん諸邦しょほうてり。 謗法ほうぼう闡提せんだいともがらなりといへども、 かのきょうくもの、 かくはなあざやかに、 愚痴ぐち放逸ほういつたぐいなりといへども、 その*諷諫ふうかんるもの、 わくしょうくもる。 たとへば木石ぼくせきえんちてしょうじ、 りゃく*せんりてたまをなすがごとし。 甚深じんじんぎょうがん不可ふか思議しぎなるものか。 まさにいま念仏ねんぶつしゅぎょうようまちまちなりといへども、 りきしんしゅうこうぎょうはすなはちこん (親鸞)しきよりおこり、 *専修せんじゅ正行しょうぎょうはんじょうはまた*遺弟ゆいてい*念力ねんりきよりじょうず。 ながれんで本源ほんげんたずぬるに、 ひとへにこれ祖師そし (親鸞)とくなり。 すべからく仏号ぶつごうしょうしておんほうずべし。 じゅにいはく、

後長岡丞相 藤原鎌足五代の孫、 藤原内麿のこと。
皇太后宮大進 皇太后宮職の第三等官。
耶嬢 父母のこと。
台嶺 えいざんのこと。
蘿洞 つたかずらの繁った洞穴。 転じて人里離れたところ。
三諦一諦 天台てんだいの教義で、 くうちゅうの三諦は中道の一実に帰するということ。
瑜伽瑜祇 仏の三密としゅじょうの三密とを相応させる三密加持かじの観法のこと。
色塵声塵 六塵ろくじんの中の二。
愛論見論 正しくない無益な言論のこと。 愛論は愛着によって起る誤った言論、 見論は偏見によって起る道理にくらい言論。
痴膠 愚かさのために迷いにとらえられて動きのとれないことをいう。
断惑証理 煩悩ぼんのうの惑いを断じて真理をさとること。
速成覚位 この身のままで速やかに仏の位に至ること。
道綽の遺誡 浄土の一門のみさとりに入ることができるとの教え。
東関の斗藪 斗薮は梵語ドゥータ (duūta) の漢訳。 頭陀ずだ行のことで、 衣食住に対する貪着を捨て、 山野を巡って辛酸に耐える修行をすること。 ここでは関東地方を巡るというほどの意。
常州筑波山の北の辺 現在の茨城県笠間市稲田町付近。
瓦礫荊棘 瓦礫はかわらと小石、 荊棘はいばらのこと。 ここでは数が多いという意。
稲麻竹葦 ここでは数が多いという意。
諷諫 ここではおだやかに教え導くという意。
 一説には、 金属を平らにする道具で、 やすりのようなものという。
専修正行 もっぱら念仏の正行を修する意で、 自力を離れてただ念仏する浄土真宗の宗義をいう。
遺弟 親鸞聖人滅後の門弟。
念力 信心の力。

 にゃくしゃかん念仏ねんぶつ

 弥陀みだじょう何由がゆけん

 心念しんねんこうへんよう

 じょうじょうごうほうおん (般舟讃)

   念仏ねんぶつ

 何期がご今日こんにち宝国ほうこく

 じつしゃほんりき

 にゃくほんしきかん

 弥陀みだじょううんにゅう (般舟讃)

   南無なもみょうちょうらいそんじゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう

【3】 だい本願ほんがん相応そうおうとくたんずといふは、 念仏ねんぶつしゅぎょうひとこれおおしといへども、 専修せんじゅ専念せんねんともがらはなはだまれなり、 あるいは*しょう唯心ゆいしんしずみて*いたづらにじょうしんしょうおとしめ、 あるいはじょうさん*しんまよひてあたかも*金剛こんごう真信しんしんくらし。 しかるに祖師そししょうにん (親鸞)しんしんぎょうおのれをわすれてすみやかに*ぎょうじょう願海がんかいし、 憶念おくねん称名しょうみょういさみありてとこしなへにだんへん光益こうやくあずかる。 にそのしょうあらわし、 ひとかのどくることしょうすべからず。 しかのみならず来問らいもんせんたいしてもつぱらりきおうようしめし、 面謁めんえつ道俗どうぞくこしらへてひとへに善悪ぜんあくぼんしょういんかす。 ゆゑに善導ぜんどうだいのいはく (定善義)、 「こんえん、 あひすすめてちかひてじょうしょうぜしむるは、 すなはちこれ諸仏しょぶつ本願ほんがんこころかなふなり」 と。 またいはく (礼讃)、 「だいでん普化ぷけ しんじょうほう仏恩ぶっとん」 と。 しかれば祖師そししょうにん金剛こんごう信心しんじんほっしてしんしょういんじょうとくし、 本願ほんがんみょうごうぎょうしてしゅ*往益おうやくじょじょうす。 あに本願ほんがん相応そうおうとくにあらずや、 むしろ仏恩ぶっとん報尽ほうじんつとめにあらずや。 またつねにもんかたりていはく、 「信謗しんぼうともにいんとなりておなじくおうじょうじょうえんじょうず」 と。 まことなるかなやこのごんうたがふものもかならずしんり、 ほうずるものもつひにじょうひるがえす。 まことにこれぶつ相応そうおうどう、 そもそもまた*しょう広大こうだいしきなり。 あくあくかいいまじょうもつじょうてんやから、 もししょうにんかんけたてまつらずんば、 いかでかじょうだいさとらん。 すでにいっしょうしょうねんけんふるひて、 たちまちにみょうごういんり、 かたじけなく*三仏さんぶつだい願船がんせんじょうじて、 まさにはん*じょうらくがんいたりなんとす。 弥陀みだなん本誓ほんぜいしゃ慇懃おんごんぞくあおがずんばあるべからず。 諸仏しょぶつじょうじつ証明しょうみょう祖師そし (親鸞) *矜哀こうあいいんにゅうたのまずんばあるべからず。 これによりておのおの本願ほんがんたもみょうごうとなへて、 いよいよそんかいかなひ、 仏恩ぶっとんいただとくなひて、 ことに一心いっしん懇念こんねんあらわすべし。 じゅにいはく、

自性唯心 万有はその本性についていえば、 ただ心の変現にほかならないもので、 自己の心以外に何ものもないとするしょうどうもんの考え。 この立場より自己の心性を指してただちに弥陀といい、 この心を浄土であると主張する。
自心 自力の心。
金剛の真信 如来回向の信心のこと。 →金剛こんごうしん
無行不成の願海 「無行不成 (行として成ぜざるなし)」 は 「散善義」 に出る言葉。 本願のみょうごうには万行がまどかにそなわっているので、 行として成ぜざることなく、 いかなる悪人も往生を得ることができるという意。 この広大な本願の救いを海に喩えていう。
往益 浄土に往き生れるというやく
勝利 すぐれた利益。
三仏菩提の願船 法・報・応の三身の徳をすべてそなえてしゅじょうを救う本願を船に喩えていう。 →三身さんしん

 そん説法せっぽう将了しょうりょう

 慇懃おんごんぞく弥陀みだみょう

 じょくぞうほう

 道俗どうぞく相嫌そうけんようもん (法事讃・下)

   念仏ねんぶつ

 まんぎょうちゅうきゅうよう

 迅速じんそく無過むかじょうもん

 たんほんこんせつ

 十方じっぽう諸仏しょぶつでんしょう (五会法事讃)

   南無なもみょうちょうらいそんじゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう

【4】 だいさんめつとくじゅつすといふは、 しゃくそんきょうもう三界さんがいおおふ。 なほまつかい群類ぐんるいすくひ、 こん (親鸞)ほうはいそそぎ、 とおじょうもつじょくらん遺弟ゆいてい湿うるおす。 かのざいをいへばすなはちじっさい*けんしゅうみっきょう鑽仰さんごうせずといふことなし。 そのぎょうへばまたろくじゅうねん自利じり利他りた満足まんぞくせずといふことなし。 ざいしゅっ*四部しぶくんじゅうすることさかんなるいちことならず。 だいじょう小乗しょうじょう三輩さんぱいぶくすることかぜなびくさのごとし。 つひにすなはち*らくかえりて草庵そうあんめたまふ。 しかるあひだ、 んじ*こうちょうだいみずのえいぬおうしょうじゅう八日はちにち*前念ぜんねん命終みょうじゅうごうじょうあらわして*ねんそくしょうかいげたまひき。 ああ、 *禅容ぜんようかくれていづくにかます。 きゅうじっしゅうほしへだつ。 遺訓ゆいくんえていくそばくのほどぞ。 きゅうせき*いっぴゃくねんしもしたふ。 かの遺恩ゆいおんおもんずる門葉もんよう、 そのしんみょうかろんずる*後昆こうこん毎年まいねんろんぜず*りょうぜつとおしとせず、 *きょうかんせんくもしのぎておうしゅうよりあゆみをはこび、 *隴道ろうとう万程ばんていおくりて諸国しょこくより群詣ぐんけいす。 びょうどうひざまずきてなみだぬぐひ、 こつはいしてはらわたつ。 にゅうめつとしはるかなりといへども、 往詣おうげいこぞりていまだえず。 あわれなるかなや、 恩顔おんがんじゃくめつけむりしたまふといへども、 真影しんねい眼前がんぜんとどめたまふ。 かなしきかなや、 徳音とくいんじょうかぜへだたるといへども、 じつみみそこのこす。 えらきたまふところのしょじゃく万人ばんじんこれをひらいておお西方さいほう*真門しんもんり、 ずうしたまふところの教行きょうぎょう遺弟ゆいていこれをすすめてひろ*片域へんいき群萌ぐんもうす。 おほよそそのいちりゅうはんじょうはほとんどざいちょうせり。 つらつら平生へいぜいどうあんじ、 しずかにとう得益とくやくおもふに、 祖師そししょうにん (親鸞)直也ただびとにましまさず、 すなはちこれごん再誕さいたんなり。 すでに弥陀みだ如来にょらい応現おうげんしょうし、 また曇鸞どんらんしょう*後身こうしんともごうす。 みなこれゆめのうちにげをまぼろしまえずいしゆゑなり。 いはんやみづからのりて親鸞しんらんとのたまふ、 はかりぬ、 曇鸞どんらんげんなりといふことを。 しかればすなはちしょうにんしゅじゅう念仏ねんぶつのゆゑに、 おうじょう極楽ごくらくのゆゑに、 *宿命しゅくみょうつうをもつておん報徳ほうとくこころざしかんがみ、 方便ほうべんりきをもつてえんえんみちびきたまはん。 ねがはくはてい*芳契ほうけい宿しゅくいんによりて、 かならず最初さいしょ*いんじょうやくれたまへ。 よりておのおのりきして仏号ぶつごうとなへよ。 じゅにいはく、

顕宗 けんぎょうのこと。
四部 しゅのこと。
弘長第二壬戌黄鐘 弘長第二壬戌は1262年。 黄鐘は陰暦十一月の別称。
前念命終・後念即生 ¬礼讃らいさん¼ の 「前念に命終して後念にすなはちかの国に生ず」 という文による。
禅容 静かな姿。
一百余年の霜 読誦どくじゅの際、 現在は 「しちひゃくそうの月」 と読む。
後昆 後々の人。
遼絶 はるかに遠いこと。
境関 国境の関所。
隴道 うねった丘の道。
真門 ここでの意は方便真門ではなく、 真実の門。
片域 片州に同じ。 日本のこと。
後身 再誕。 生れかわり。
宿命通 ろく神通じんずうの一。
芳契 よろこばしいちぎり。 めでたいむすびつき。
引接 浄土へ導き入れること。

 身心しんしんもうかいとく

 さつしょうじゅかい充満しゅまん

 *自化じけ神通じんずうにゅう彼会ひえ

 おくほんしゃしきおん (般舟讃)

自化 ¬般舟はんじゅさん¼ の原文には 「自作」 とある。

   念仏ねんぶつ

 じきにゅう弥陀みだだいちゅう

 見仏けんぶつしょうごんしゅおく

 さんみょう六通ろくつうかいそく

 おくえんどうぎょうにん (法事讃・下)

   南無なもみょうちょうらいそんじゅう讃嘆さんだん祖師そし聖霊しょうりょう

   南無なもみょうちょうらいだいだいしゃ善逝ぜんぜい

   南無なもみょうちょうらい極楽ごくらくのう弥陀みだ如来にょらい

   南無なもみょうちょうらい*六方ろっぽう証誠しょうじょう恒沙ごうじゃかい

六方証誠恒沙世界 六方の数限りない世界の諸仏が念仏の法の真実であることを証明すること。 「世界」 は異本には 「世尊」 とある。

   南無なもみょうちょうらい三国さんごく伝灯でんとうしょだいとう

   南無なも自他じた法界ほうかいびょうどうやく

   つぎに 六種ろくしゅこうとう