1075◎三部経大意

 

◎○¬双さう巻くわん経ぎやう¼・¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼・¬阿わあ弥陀みだ経きやう¼、 これを浄じやう土どの三さん部ぶ経きやうといふなり。

・大経

-◇¬双さう巻くわん経ぎやう¼ には、 まづ阿わあ弥陀みだ仏ぶちの四し十八じふはち願ぐわんをとき、 つぎに願ぐわんの成じやう就じゆをあかせり。

-◇その四し十八じふはち願ぐわんといふは、 法蔵ほふぞう比丘びく、 世せ自じ在ざい王わう仏ぶちのみまへにして菩ぼ提だい心しんをおこして、 浄じやう仏ぶち国こく土ど・成じやう就じゆ衆しゆ生じやうの願ぐわんをたてたまへり。 おほよそその四し十八じふはち願ぐわんは、 あるいは無む三さん悪趣あくしゆともたて、 不ふ更きやう悪道あくだうともとき、 或あるいは悉しち皆かい金色こむじきともいひ、 無有むう好醜かうしゆともちかふ。 みなこれかの国くにの荘しやう厳ごむ、 往わう生じやうののちの果報くわほうなり。

-◇この中なかに衆しゆ生じやう1076の彼国かのくににむまるべき行ぎやうをたてたまへる願ぐわんを、 第だい十八じふはちの願ぐわんとするなり。 「▲設せち我が得仏とくぶち、 十方じふぱう衆しゆ生じやう、 至し心しむ信楽しんげう、 欲よく生しやう我が国こく、▽↓乃ない至し十じふ念ねむ、 若にやく不ふ生しやう者じや、 不ふ取しゆ正しやう覚がく、 唯除ゆいぢよ五ご逆ぐゐやく誹ひ謗はう正しやう法ぼふ」 (大経巻上) と 云々。 おほよそ四し十八じふはち願ぐわんの中なかに、 この願ぐわんことにすぐれたりとす。 そのゆえは、 かの国 くにゝむまるゝ衆しゆ生じやうなくは、 悉皆しちかい金色こむじきの願ぐわんも、 無有むう好醜かうしゆの願ぐわんも、 なにゝよりて成じやう就じゆせむ。 往わう生じやうする衆しゆ生じやうのあるにつけてこそ、 身みのいろも金色こむじきに、 好醜かうしゆあることもなく、 五通ごつおもえ、 三十さんじふ二に相さうおも具ぐすべけれ。

-◇これによりて、 善導ぜんだう釈しやくしてのたまはく、 「▲法蔵ほふぞう比丘びく四し十八じふはち願ぐわんをたてたまひて、 一一ゐちゐちの願ぐわんにみな、 若にやく我が得仏とくぶち、 十方じふぱう衆しゆ生じやう、 称しよう我が名みやう号がう下至げし十じふ声しやう、 若にやく不ふ生しやう者じや不ふ取しゆ正しやう覚がく」 (玄義分意) と 云々。

-◇おほよそ諸仏しよぶちの願ぐわんといふは、 上じやう求ぐ菩ぼ提だい・下げ化くゑ衆しゆ生じやうのこゝろなり。 ある大だい乗じよう経きやうにいはく、 「菩ぼ1077薩さちの願ぐわんに二に種しゆあり、 一ひとつには上じやう求ぐ菩ぼ提だい、 二ふたつには下げ化くゑ衆しゆ生じやうなり。 その上じやう求ぐ菩ぼ提だいの本ほん意いは、 衆しゆ生じやうを済さい度どしやすからむがためなり」 と 云々。 しかれば、 たゞ本ほん意い下げ化くゑ衆しゆ生じやうのこゝろにあり。

-◇いま弥陀みだ如来によらいの浄じやう土どを荘しやう厳ごむしたまひしも、 衆しゆ生じやうを引摂いんぜふしやすからむがためなり。 すべからくいづれの仏ぶちも、 成じやう仏ぶちののちは内ない証しよう外用ぐゑゆうの功く徳どく、 済さい度ど利り生しやうの誓せい願ぐわん、 いづれもふかくして、 勝しよう劣れちあることなけれども、 行ぎやう菩ぼ薩さち道だうの時ときの善巧ぜんげう方便はうべんのちかひ、 みなこれまちまちなり。

-◇弥陀みだ如来によらいは因いん位ゐのとき、 もはら我わが名なをとなえむ衆しゆ生じやうをむかへむとちかひたまひて、 兆載てうさい永ゐやう劫ごふの修しゆ行ぎやうを衆しゆ生じやうに廻ゑ向かうしたまふ。 濁ぢよく世せの我われ等らが依怙ゑこ、 生しやう死じの出しゆつ離りこれにあらずは、 なにおか期ごせ1078む。

-◇これによりて、 かの仏ぶちは▲われよにこえたる願ぐわんをたつとなのりたまへり。 三さん世ぜの諸仏しよぶちも、 いまだかくのごときの願ぐわんおばおこしたまはず。 十方じふぱうの薩さち埵たも、 いまだかゝるちかひはましまさず。 「▲この願ぐわんもし剋果こくくわすべくは大千だいせん感動かむどうすべし、 虚空こくの諸天しよてんまさに珍妙ちんめうの華はなをふらすべし」 (大経巻上) とちかひしかば、 大だい地ぢ六種ろくしゆに振動しむどうし、 天てんよりはなふりて、 なむぢまさに正しやう覚がくをなるべしとつげき。

-◇法蔵ほふぞう比丘びくいまだ仏ぶちになりたまはずとも、 この願ぐわんうたがふべからず。 いかにいはむや、 成じやう仏ぶちののち十劫じふこふになりたまへり、 信しんぜずはあるべからず。 「▲彼ひ仏ぶち今こむ現在げんざい成じやう仏ぶち、 当たう知ち本誓ほんぜい重ぢう願ぐわん不虚ふこ、 衆しゆ生じやう称しよう念ねむ必得ひちとく往わう生じやう」 (礼讃) と釈しやくしたまへる、 これなり。

◇「▲所しよ有う衆しゆ生じやう聞もん其ご名みやう号がう、 信心しんじむ歓くわん喜ぎ、 乃ない至し一念ゐちねむ至し心しむ廻ゑ向かう、 願ぐわん生しやう彼ひ国こく、 即得そくとく往わう生じやう、 住ぢゆ不ふ退転たいてん、 唯除ゆいぢよ五ご逆ぐゐやく誹ひ謗はう正しやう法ぼふ」 (大経1079巻下) といへり。 これは第だい十八じふはちの願ぐわん成じやう就じゆの文もんなり。 願ぐわんには 「↑乃ない至し十念じふねむ」 (大経巻上) ととくといへども、 まさしくは願ぐわんの成じやう就じゆすることは一念ゐちねむにありとあかせり。

-◇次つぎに三輩さんぱい往わう生じやうの文もんあり。 これは第だい十じふ九くの臨終りむじゆ現前げんぜんの願ぐわん成じやう就じゆの文もんなり。 発ほち菩ぼ提だい心しむ等とうの業ごふをもて三輩さんぱいをわかつといへども、 往わう生じやうの業ごふは通つじてみな 「▲一向ゐちかう専念せんねむ无む量りやう寿じゆ仏ぶち」 (大経巻下) といへり。 これすなはちこの仏ぶちの本ほん願ぐわんなるがゆへなり。

-◇「▲其ご仏ぶち本ほん願ぐわん力りき、 聞もん名みやう欲よく往わう生じやう、 皆悉かいしち到たう彼ひ国こく、 自致じち不ふ退転たいてん」 (大経巻下) といふ文もんあり。

-◇漢朝かんてうに玄ぐゑん通つ律りち師しといふものありき、 小せう乗じよう戒かいをたもつものなり。 遠ゑん行かうして野のに宿しゆくしたりけるに、 隣房りんばうトナリノにバウ人ありてこの文もんを誦じゆしき。 玄ぐゑん通つこれをきゝて、 一ゐち両りやう返誦へんじゆしてのちに、 おもひいづること1080もなくしてわすれにき。 そのゝち玄ぐゑん通つ律りち師し、 戒かいをやぶりて、 そのつみによりて閻えむ魔まの廳ちやうにいたる。

-◇そのときに閻えむ魔ま法王ほふわうののたまはく、 なむぢ仏法ぶちぽふ流布るふのところにむまれたりき。 所学しよがくの法ほふあらば、 すみやかにとくべしと、 高かう坐ざにおいのぼせられしときに、 玄ぐゑん通つ、 高かう坐ざにのぼりておもひまわすに、 すべてこゝろにおぼゆることなし。 むかし野の宿じゆくにてきゝし文もんありき、 これを誦じゆしてむとおもひいでゝ、 「其ご仏ぶち本ほん願ぐわん力りき」 といふ文もんを誦じゆしたりしかば、 閻えん魔ま王わう、 たまのかぶりをかたぶけて、 これはこれ西方さいはう極楽ごくらくの弥陀みだ如来によらいの功く徳どくをとく文もんなりといひて、 礼拝らいはいしたまふと 云々。

-◇願ぐわん力りきの不ふ思議しぎなること、 この文もんにみえたり。

-◇「▲仏ぶち語ご弥み勒ろく、 其有ごう得聞とくもん彼ひ仏ぶち名みやう号がう、 歓くわん喜ぎ踊ゆ躍やく乃ない至し一念ゐちねむ、 当たう知ち此し人にん為ゐ得とく大だい利り、 即そく是ぜ具ぐ足そく无む上じやう功く徳どく」 (大経巻下) といへり。 弥み勒ろく菩ぼ薩さちにこの ¬経きやう¼ を付ふ属ぞく1081したまふには、 乃ない至し一念ゐちねむするをもちて大だい利り无む上じゃうの功く徳どくとのたまへり。 ¬経きやう¼ の大たい意い、 この文もんにあきらかなるものか。

・観経

◇次つぎに ¬観くわん経ぎやう¼ には定ぢやう善ぜん・散善さんぜんをとくといへども、 念仏ねむぶちをもちて阿わ難なん尊者そんじやに付ふ属ぞくしたまふ。 「▲汝によ好かう持ぢ是語ぜご」 (観経) といへる、 これなり。

-◇第だい九くの真身しんしん観くわんに 「▲光明くわうみやう遍照へんぜう、 十方じふぱう世せ界かい、 ↓念仏ねむぶち衆しゆ生じやう、 摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) といふ文もんあり。 済さい度ど衆しゆ生じやうの願ぐわんは平びやう等どうにしてあることなれども、 縁えんなき衆しゆ生じやうは利り益やくをかぶる事ことあたはず。 このゆへに、 弥陀みだ善逝ぜんぜい、 平びやう等どうの慈悲じひにもよをされて、 十方じふぱう世せ界かいにあまねく光明くわうみやうをてらして、 転うたゝ一切ゐちさい衆しゆ生じやうにことごとく縁えんをむすばしめむがために、 光明くわうみやう无む量りやうの願ぐわんをたてたまへり。 第だい十じふ二にの1082願ぐわんこれなり。

-◇つぎに名みやう号がうをもて因いんとして、 衆しゆ生じやうを引摂いんぜうせんがために、 念仏ねむぶち往わう生じやうの願ぐわんをたてたまへり。 第だい十八じふはちの願ぐわんこれなり。 その名みなを往わう生じやうの因いんとしたまへることを、 一切ゐちさい衆しゆ生じやうにあまねくきかしめむがために、 諸仏しよぶち称しよう揚やうの願ぐわんをたてたまへり。 第だい十七じふしちの願ぐわんこれなり。

-◇このゆへに、 釈しや迦か如来によらいのこの土どにしてときたまふがごとく、 十方じふぱうにおのおの恒ごう河が沙しやの仏ぶちましまして、 おなじくこれをしめしたまへるなり。

-◇しかれば、 光明くわうみやうの縁えんあまねく十方じふぱう世せ界かいをてらしてもらすことなく、 名みやう号がうの因いんは十方じふぱう諸仏しよぶち称しよう讃さんしたまひてきこえずといふことなし。 「▲我至がし成じやう仏道ぶちだう、 名声みやうしやう超てう十方じふぱう、 究く竟きやう靡み所聞しよもん、 誓せい不ふ成じやう正しやう覚がく」 (大経巻上) とちかひたまひし、 このゆへなり。

-◇しかればすなはち、 光明くわうみやうの縁えんと名みやう号がうの因いんと和わ合がうせば、 摂取せふしゆ不ふ捨しやの益やくをかぶらむことうたがふべから1083ず。

-◇そのゆへに ¬往わう生じやう礼讃らいさん¼ の序じよにいはく、 「▲諸仏しよぶちの所しよ証しようは平びやう等どうにしてこれひとつなれども、 もし願行ぐわんぎやうをもてきたしおさむれば、 因縁いんえんなきにあらず。 ◆しかも弥陀みだ世せ尊そん、 もと深重じむぢうの誓せい願ぐわんをおこして、 光明くわうみやう・名みやう号がうをもて十方じふぱうを摂取せふしゆしたまふ」 といへり。

-◇又またこの願ぐわんひさしくして衆しゆ生じやうを済さい度どせむがために、 寿しゆ命いやう无む量りやうの願ぐわんをたてたまへり。 第だい十三じふさんの願ぐわんこれなり。 しかれば、 光明くわうみやう无む量りやうの願ぐわん、 横わうにヨコサマ一切ゐちさい衆しゆ生じやうをひろく摂取せふしゆせむがためなり。 寿じゆ命みやう无む量りやうの願ぐわんは、 竪たゝさまに十方じふぱう世せ界かいをひさしく利り益やくせむがためなり。

-◇かくのごとく因縁いんえん和わ合がうすれば、 摂取せふしゆ不ふ捨しやの光明くわうみやうつねにてらしてすてたまはず。 この光明くわうみやうにまた化仏くゑぶち・菩ぼ薩さちましまして、 この人ひとを摂せふ護ごして1084百ひやく重ぢふ・千重せんぢふ囲ゐ遶ねうしたまふに、 信心しんじむいよいよ増ぞう長ぢやうし、 衆しゆ苦くことごとく消滅せうめちす。

-◇臨終りむじゆの時ときには、 仏ぶちみづからきたりてむかへたまふに、 もろもろの邪業じやごふ繋けよくさうるものなし。 これは衆しゆ生じやういのちおはる時ときにのぞみて、 百ひやく苦くきたりせめて身心しんしむやすきことなく、 悪縁あくえんほかにひき、 妄念まうねむうちにもよをして、 境きやう界がい・自じ体たい・当たう生しやうの三種さんしゆの愛心あいしむきおいおこりて、 第だい六天ろくてんの魔ま王わうも、 この時ときにあたりて威ゐ勢せいをおこしてさまたげをなす。

-◇かくのごときの種種しゆじゆのさはりをのぞかむがために、 しかも臨終りむじゆの時ときにはみづから菩ぼ薩さち聖しやう衆じゆと囲ゐ遶ねうして、 その人ひとのまへに現げんぜむといふ願ぐわんをたてたまへり。 第だい十じふ九くの願ぐわんこれなり。

-◇これによりて、 臨終りむじゆのときにいたりぬれば、 仏ぶち来迎らいかうしたまふ。 行ぎやう者じやこれをみて、 こゝろに歓くわん喜ぎをなして禅ぜん定ぢやうにいるがごとくして、 たちまちに観くわん音おむ1085の蓮台れんだいにのりて、 安養あんやうの宝刹ほうせちにいたるなり。 これらの益やくあるがゆへに、 「↑念仏ねむぶち衆しゆ生じやう摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) といへり。

・観経 ・三心

◇そもそもこの ¬経きやう¼ (観経) に 「▲具ぐ三心さんしむ者しや必ひち生しやう彼ひ国こく」 ととけり。 一ひとつには至し誠じやう心しむ、 二ふたつには深心じむしむ、 三みつには廻ゑ向かう発願ほちがん心しむなり。 三心さんしむまちまちにわかれたりといゑども、 要えうをとり詮せむをえらびてこれをいへば、 深心じむしむひとつにおさまれり。

・観経 ・三心 ・至誠心

-◇善導ぜんだう和か尚しやう釈しやくしてのたまはく、 「▲至しといふは真しんなり、 誠じやうといふは実じちなり。 ◆↓一切ゐちさい衆しゆ生じやうの身しん口意くい業ごふに修しゆするところの↓解げ行ぎやう、 かならず真実しんじち心しむの中なかになすべきことをあかさむとす。 ◆ほかには賢善けんぜん精しやう進じんの相さうを現げんじ、 うちには虚仮こけをいだくことをえざれ」 (散善義) といへる。

-◇その 「↑解げ行ぎやう」 とい1086ふは、 罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶ、 弥陀みだの本ほん願ぐわんによりて、 十じふ声しやう・一ゐち声しやう決けち定ぢやうしてむまると、 真実しんじちにさとりて行ぎやうずる、 これなり。 ほかには本ほん願ぐわんを信しんずる相さうを現げんじて、 うちには疑ぎ心しむをいだく、 これは不ふ真実しんじちのさとりなり。 ほかには精しやう進じんの相さうを現げんじて、 うちには懈け怠だいなる、 これは不ふ真実しんじちの行ぎやうなり、 虚仮こけの行ぎやうなり。

●「▲↓貪瞋とむじん・邪偽じやぐゐ・奸かん詐さ百ひやく端たんにして、 悪あく性しやうやめがたし、 事じ蛇蝎じやかちにおなじ。 三業さんごふをおこすといゑどもなづけて雑毒ざふどくの善ぜんとす、 また虚仮こけの行ぎやうとなづく。 真実しんじちの業ごふとなづけず。

-◆もしかくのごとく安心あんじむ・起き行ぎやうをなすものは、 たとひ身心しんしむを苦く励れいネムゴロしニハて、 日にちゲムトイフ 夜や十じふ二に時じに急きふ走そう急きふ作さして、 頭づ燃ねんをはらふがごとくするものは、 おほく雑毒ざふどくの善ぜんとなづく。 この雑毒ざふどくの善ぜんをめぐらしてかの仏ぶちの浄じやう土どにむまれむともとめむものは、 これかならず不可ふかなり。

-◆なにをもてのゆへ1087に。 彼かの阿わあ弥陀みだ仏ぶちの因中いんちふに菩ぼ薩さちの行ぎやうを行ぎやうじたまひし時とき、 乃ない至し一念ゐちねむ一ゐち刹せち那なも、 三業さんごふに修しゆするところ、 みなこれ真実しんじち心しむの中なかになす。 おほよそ施為せゐ・趣しゆ求ぐするところ、 またみな真実しんじちなるによる。

-◆又また真実しんじちに二に種しゆあり。 一ひとつには自利じりの真実しんじち、 二ふたつには利他りたの真実しんじちなり。 ▲真実しんじちに、 自他じたの諸悪しよあく及および穢ゑ国等こくとうを制捨せいしやして、 一切ゐちさい菩ぼ薩さちとおなじく諸悪しよあくをすて諸善しよぜんを修しゆし、 真実しんじちの中なかになすべし」 (散善義意) といへり。

このほかおほくの釈しやくあり、 すこぶるわれらが分ぶんにこえたり。

たゞしこの至し誠じやう心しむは、 ひろく定ぢやう善ぜん・散善さんぜん・弘ぐ願ぐわんの三門さんもんにわたりて釈しゃくせり。 これにつきて総別そうべちの義ぎあるべし。 総そうといふは、 自じ力りきをもて定ぢやう散さん等とうを修しゆして往わう生じやうをねがふ至し誠じやう心しむなり。 別べちといふは、 他た力りきに1088乗じようじて往わう生じやうをねがふ至し誠じやう心しむなり。

-そのゆへは、 ¬疏しよ¼ の 「玄ぐゑん義ぎ分ぶん」 の序題じよだいの下したにいはく、 「▲定ぢやうはすなわちおもひをとゞめてこゝろをこらし、 散さんはすなわち悪あくをとゞめて善ぜんを修しゆす。 この二に善ぜんをめぐらして往わう生じやうをもとむるなり。

-◆弘ぐ願ぐわんといふは ¬大だい経きやう¼ にとくがごとし。 一切ゐちさい善悪ぜんあくの凡ぼむ夫ぶむまるゝことをうるは、 みな阿わあ弥陀みだ仏ぶちの大だい願ぐわん業力ごふりきに乗じようじて増ぞう上じやう縁えんとせずといふことなし」 といへり。 自じ力りきをめぐらして他た力りきに乗じようずることあきらかなるものか。

-しかれば、 はじめに 「↑一切ゐちさい衆しゆ生じやうの身しん口意くい業ごふに修しゆするところの解げ行ぎやう、 かならず真実しんじち心しむの中なかになすべし。 ▲外ほか◗に賢善けんぜん精しやう進じんの相さうを現げんずることをえざれ、 うちに虚仮こけをいだけばなり」 (散善義)。 その 「解げ行ぎやう」 といふは、 罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶ、 弥陀みだの本ほん願ぐわんに乗じようじて十じふ声しやう・一ゐち声しやう決けち定ぢやうしてむまるべしと、 真実しんじち心しむに信しんずべしとなり1089。 外ほかには本ほん願ぐわんを信しんずる相さうを現げんじて、 内うちには疑ぎ心しむを懐いだ、く これは不ふ真実しんじちの心しむなり。

-次つぎに 「↑貪瞋とむじん・邪じや偽ぐゐ・奸かん詐さ百ひやく端たんにして、 悪あく性しやうやめがたし、 事じ蛇蝎じやかちにおなじ。 三業さんごふをおこすといへどもなづけて雑毒ざふどくの善ぜんとす、 また虚仮こけの行ぎやうとなづく。 真実しんじちの善ぜんとなづけず」 (散善義) といふなり。 自他じたの諸悪しよあくをすて三界さんがい六道ろくどう毀厭くゐえむして、 みな専もはら真実しんじちなるべし。 かるがゆへに至し誠じやう心しむとなづくといふ。

-これらはこれ総そうの義ぎなり。 ゆへはいかむとなれば、 深心じむしむの下したに 「▽罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶ、 曠くわう劫ごふよりこのかた出しゆつ離りの縁えんあることなしと信しんずべし」 (散善義) といへり。 もしかの釈しやくのごとく、 一切ゐちさいの菩ぼ薩さちとおなじく、 諸悪しよあくをすて行ぎやう住ぢゆ座ざ臥ぐわに真実しんじちをもちゐるは悪人あくにんにあらず、 煩悩ぼむなうをは1090なれたるものなるべし。 かの分段ぶんだん生しやう死じをはなれ初しよ果くわを証しようしたる聖しやう者じや、 なほ貪瞋とむじん痴ち等とうの三毒さんどくをおこす。 いかにいはむや、 一分ゐちぶんの悪あくおも断だんぜざらむ罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶ、 いかにしてかこの真実しんじち心しむを具ぐすべきや。

-このゆへに、 自じ力りきにて諸しよ行ぎやうを修しゆして至し誠じやう心しむを具ぐせむとするものは、 もはらかたし。 千せんが中なかに一人ゐちにんもなしといへる、 これなり。 すべてこの三心さんしむ、 念仏ねむびちおよび諸しよ行ぎやうにわたりて釈しやくせり。 文もんの前ぜん後ごによりてこゝろえわかつべし。

-例れいせば、 四し修しゆの中なかの無む間修けんしゆを釈しやくしていはく、 「▲↓相続さうぞくして恭く敬ぎやう礼拝らいはい、 称名しようみやう讃嘆さんだん、 憶念おくねむ観くわん察ざち、 回ゑ向かう発ほち願ぐわんして、 心心しむしむ相続さうぞくして余よ業ごふをもてきたしへだてず。 かるがゆへに無む間修けんしゆとなづく。 ↓又また貪瞋とむじん煩悩ぼむなうをもてきたしへだてず。 随したが◗ふて犯ぼむせば随したが ふて懺さむして、 念ねんをへだて、 時ときをへだて、 月つきをへだてず、 つねに清浄しやうじやうならしむ1091、 又また無む間修けんしゆとなづく」 (礼讃) といへり。

-これも念仏ねむぶちと余よ行ぎやうとわかて釈しやくせり。 ↑はじめの釈しやくは貪瞋とむじん等とうおばいはず、 余よ行ぎやうをもてきたしへだてざる無む間修けんしゆなり。 ↑後のちの釈しやくは行ぎやうの正しやう雑ざふおばいはず、 貪瞋とむじん等とうの煩悩ぼむなうをもてきたしへだてざる無む間修けんしゆなり。

-しかのみならず、 ¬往わう生じやう礼讃らいさん¼ (意) の二に行ぎやうの得失とくしちを判はんじて、 「▲上かみのごとく念念ねむねむ相続さうぞくして、 いのちおわるを期ごとするものは、 十じふは十じふながらむまる。 なにをもてのゆへに。 ▲仏ぶちの本ほん願ぐわんと相応さうおうするがゆへに、 ▲慚愧ざむぐゐ・懺悔さむぐゑの心しむあることあるがゆへに」 といへり。 この中なかに 「▲貪瞋とむじん・諸見しよけんの煩悩ぼむなうきたり間断けんだんするがゆへに」 (礼讃) といへるは、 ひとり雑ざふ行ぎやうの失しつをいだせり。

-爰こゝ◗にしりぬ、 余よ行ぎやうにおいては貪瞋とむじん等とうの煩悩ぼむなうをおこ1092さずして行ぎやうずべしといふことを。 これに順じゆんじてこれをおもふに、 貪瞋とむじん等とうをきらふ至し誠じやう心しむは余よ行ぎやうにありとみえたり。 いかにいはむや、 廻ゑ向かう発ほち願ぐわんの釈しやくは水火しゐくわの二河にがのたとひをひきて、 愛欲あいよく・瞋しん恚いつねにやき、 つねにうるほして止とゞま◗る事ことなけれども、 深信じむしんの白びやく道だうたゆることなければ、 むまるゝことをうといへり。

・観経 ・三心 ・深心

○次つぎに 「▲深信じむしんは深信じむしんの心しむなり。 ▲決くゑち定ぢやうしてふかく自じ身しんはこれ↓罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶなり、 曠くわう劫ごふより已来このかたつねに流る転てんして、 出しゆつ離りの縁えんあることなしと信しんじ、 ▲決けち定ぢやうしてふかくかの阿わあ弥陀みだ仏ぶちの四し十八じふはち願ぐわんをもて衆しゆ生じやうを摂受せふじゆしたまふに、 うたがひなくうらもゐなく、 かの願ぐわん力りきに乗じようじてさだめて往わう生じやうすることをうと信しんずべし」 (散善義意) といへり。

-◇はじめに、 まづ 「↑罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶ、 曠くわう劫ごふよりこのかた出しゆつ離りの縁えんあることなしと1093信しんぜよ」 といへる、 これすなわち断善だんぜんの闡提せんだいのごときのものなり。 かゝる衆しゆ生じやうの一念ゐちねむ・十念じふねむすれば、 无始むしより已来このかた◗の生しやう死じ輪りん廻ゑをいでゝ、 極楽ごくらく世せ界かいの不ふ退たいの国こく土どに生しやうずといふによりて、 信心しんじむはおこるべきなり。

-◇仏ぶちの別べち願ぐわんの不ふ思議しぎは、 たゞ心こゝろのはかるところにあらず、 たゞ仏ぶちと仏ぶちとのみよくしりたまへり。 阿わあ弥陀みだ仏ぶちの名みやう号がうをとなふるによりて、 五ご逆ぐゐやく・十悪じふあくことごとくむまるといふ別べち願ぐわんの不ふ思議しぎ力りきのまします、 たれかこれをうたがふべきや。

-◇善導ぜんだうの ¬疏しよ¼ (散善義) にいはく、 「▲或ある人ひと、 なむだち衆しゆ生じやう、 曠くわう劫ごふよりこのかたおよび今こむ生じやうの身しん口意くい業ごふに、 一切さいの凡ぼむ聖しやうの身みのうえにおきて、 つぶさに十悪じふあく・五ご逆ぐゐやく・四し重ぢう・謗法はうぼふ・闡提せんだい・破は戒かい・破は見けん等とう1094のつみをつくりて、 いまだ除尽ぢよじんすることあたはず。 しかもこれらの罪つみは三界さんがいの三悪さんまくに繋け属ぞくす。 いかむぞ、 一ゐち生しやう修福しゆふくの念仏ねむぶちをもちてすなわち无漏むろ无む生しやうのくにゝいりて、 ながく不ふ退たいの位くらゐを証しよう悟ごする事ことをえむやといはゞ、

-◇◆こたえていふべし。 諸仏しよぶちの教けう行ぎやうは、 かず塵沙ぢんじやにこえ、 稟識ほむじきの機き縁えん、 心こゝろにしたがひてひとつにあらず。 ◆世せ間けんの人ひとのまなこにみつべし、 信しんじつべきがごときは、 明みやうのよく闇あんを破はし、 空くのよく有うをふうみ、 地ぢのよく載養さいやうし、 水みづのよく生しやう閏にむし、 火ひのよく成じやう壊えするがごとし。 かくのごときの事ことはことごとく待対たいたいの法ほふとなづく。 すなわち目めにみつべし、 千差せんじや万別まんべちなり。 いかにいはむや、 仏法ぶちぽふ不ふ思議しぎのちからをや、 あに種種しゆじゆの益やくなからむや」 といへり。

-◇極楽ごくらく世せ界かいに水鳥しゐてう・樹林じゆりん、 微み妙めうの法ほふをさえづるも不ふ思議しぎなれども、 これおば仏ぶち1095の願ぐわん力りきなればと信しんじて、 なむぞたゞ第だい十八じふはちの 「△乃ない至し十念じふねむ」 (大経巻上) といふ願ぐわんをのみうたがふべきや。

-◇すべて仏説ぶちせつと信しんぜば、 これも仏説ぶちせちなり。 華厳くゑごんの三さん無む差別しやべち、 般若はんにやの尽じん浄じやう虚融こゆ、 法華ほふくゑの実相じちさう皆如かいによ、 涅槃ねちはんの悉しち有う仏ぶち性しやう、 たれか信しんぜざらむ。 これも仏説ぶちせちなり、 かれも仏説ぶちせちなり。 いづれおか信しんじ、 いづれおか信しんぜざらむや。

-◇これ三さん字じの名みやう号がうはすくなしといへども、 如来によらい所しよ有うの内ない証しよう外用ぐゑゆうの功く徳どく、 万徳まんどく恒沙ごうじやの甚深じむじむの法門ほふもんを、 この名みやう号がうの中なかにおさめたる。 たれかこれをはかるべき。

-◇¬疏しよ¼ の 「玄ぐゑん義ぎ分ぶん」 (意) にこの名みやう号がうを釈しやくしていはく、 「▲阿わあ弥陀みだ仏ぶちといふは、 これ天竺てんぢくの正しやう音おむ。 こゝには翻ほむじて无む量りやう寿覚じゆかくといふ。 ▲無む量りやう寿じゆといふはこれ法ほふなり、 覚かくといふはこれ1096人にんなり。 人法にんぽふならびにあらはす。 かるがゆへに阿わあ弥陀みだ仏ぶちといふ。 ◆人法にんぽふといふは所しよ観くわんの境さかい也なり。 これにつきて依え報ほうあり、 正しやう報ぼうあり」 といへり。

-◇しかれば、 弥陀みだ如来によらい・観くわん音おむ・勢せい至し・普ふ賢げん・文殊もんじゆ・地ぢ蔵ざう・龍樹りうじゆよりはじめて、 乃ない至しかの土どの菩ぼ薩さち・声しやう聞もん等とうのそなへたまへるところの事理じりの観行くわんぎやう、 定ぢやう慧ゑの功く力りき、 内ない証しようの実じち智ち、 外用ぐゑゆうの功く徳どく、 すべて万徳まんどく无漏むろの所しよ証しようの法門ほふもん、 みなことごとく三さん字じの中なかにおさまれり。 すべて極楽ごくらく世せ界かいにいづれの法門ほふもんかもれたるところあらむ。

-◇しかるを、 この三さん字じの名みやう号がうおば、 諸宗しよしゆおのおの我宗わがしゆに釈しやくしいれたり。 真言しんごんには阿わあ字じ本ほん不ふ生しやうの義ぎ、 八はち万まん四し千せんの法門ほふもん、 阿わあ字じより出生しゆつしやうせり。 一切ゐちさいの法ほふは阿わあ字じをはなれたることなし。 かるがゆへに功く徳どく甚深じむじむの名みやう号がうなりといへり。 天臺てんだいには空く・仮け・中ちうの三諦さんたい、 性しやう・縁えん・了れうの三法さんぼう1097義ぎ、 法ほふ・報ほう・応おうの三身さんしん如来によらいなり。 所しよ有うの功く徳どく莫大ばくだいなりといふ。 かくのごとく諸しよ宗しゆおのおのわが存ぞんずるところの法ほふにつきて、 阿わあ弥陀みだの三さん字じを釈しやくせり。

-◇いまこの宗しゆのこゝろは、 真言しんごんの阿字わじ本ほん不ふ生しやうの義ぎおも、 天臺てんだいの三諦さんたい一ゐち理りの法ほふも、 三論さんろんの八はつ不ぷ中道ちうだうのむねも、 法相ほふさうの五ご重ぢう唯識ゆいしきのこゝろも、 すべて一切ゐちさいの万法まんぼふひろくこれにおさむとならふ。 極楽ごくらく世せ界かいにもれたる法門ほふもんなきがゆへなり。 たゞしいたく弥陀みだの願ぐわんのこゝろは、 かくのごとくさとれとにはあらず。 たゞふかく信心しんじむをいたしてとなふるものをむかへむと也なり。

-◇耆婆ぎば・扁へん鵲じやくが万まん病びやうをいやす薬くすりは、 万草まんさう諸薬しよやくをもて合薬がふやくせりといへども、 その薬草やくさうなむぷん和わ合がうせりとしらねども、 これを服ぶくするに万まん病びやうこ1098とごとくいゆるがごとし。 たゞしうらむらくは、 この薬やくを信しんぜずして、 我わが病やまうはきわめておもし、 いかゞこの薬くすりにていゆることあらむとうたがひて服ぶくせずは、 耆婆ぎばが医い術じゆつも、 扁へん鵲じやくが秘ひ方ほうも、 むなしくてその益やくあるべからざることを。 弥陀みだの名みやう号ごうもかくのごとし。

-◇わが煩悩ぼむなう悪業あくごふのやまう、 きわめておもし、 いかゞこの名みやう号がうをとなへてむまるゝことあらむとうたがひてこれを信しんぜずは、 弥陀みだの誓せい願ぐわん、 釈しやく尊そんの所説しよせちも、 むなしくて験げむあるべからざるものか。 たゞあふいで信しんずべし、 良薬らうやくをもて服ぶくせずして死しするシヌトイフ ことなかれ。 崑崙こんろんの山やまにゆきて玉たまをとらずしてかへり、 栴檀せんだんの林はやしに入いりて枝えだをおらずしていでなむ、 後こう悔くわいいかゞせむ。 みづからよく思し量りやうすべし。

◇そもそも我われ等ら曠くわう劫ごふよりこのかた、 仏ぶちの出しゆつ世せにもあひけむ、 菩ぼ薩さちの化導くゑだうにもあ1099ひけむ。 過くわ去この諸仏しよぶちも、 現在げんざいの如来によらいも、 みなこれ宿しう世せの父母ぶもなり、 多た生しやうの朋ほう友うなり。 これにいかにしてか菩ぼ提だいを証しようしたまへるぞ、 われらはなにゝよりて生しやう死じにとゞまれるぞ、 はづべし、 はづべし。

-◇しかるに本ほん師し釈しや迦か如来によらい、 大罪だいざいの山やまにいり、 邪見じやけんの林はやしにかくれて、 三業さんごふ放逸はふいちに六ろく情じやうまたからざらむ衆しゆ生じやうを、 わがくにゝとりおきて教化けうくゑ度ど脱だちせしめむとちかひたまひたりしかば、 そもそもいかにしてかゝる諸仏しよぶちのこしらへかねたまへる衆しゆ生じやうおば度ど脱だちせしめむとはちかひたまへるぞとたづぬれば、 阿わあ弥陀みだ如来によらいの因いん位ゐの時とき、 無む浄じやう念王ねむわうとまふしゝよに、 菩ぼ提だい心しむをおこして生しやう死じを過くわ度どせしめむとちかひたまひしに、 釈しや迦か如来によらいは宝ほう1100海かい梵ぼん士じとまふしき。 無む浄じやう念王ねむわう、 菩ぼ提だい心しむをおこし、 摂取せふしゆ衆しゆ生じやうの願ぐわんをたてゝ、 われ仏ぶちになれらむとき、 十方じふぱう三さん世ぜの諸仏しよぶちもこしらへかねたまひたらむ悪業あくごふ深重じむぢふの衆しゆ生じやうなりとも、 我わが名なをとなへばみなことごとくむかへむとちかひたまひしを、 宝海ほうかい梵ぼん士じきゝおはりて、 われかならず穢ゑ悪あくの国こく土どにして正しやう覚がくをとなへて、 悪業あくごふ深重じむぢう、 輪転りんでん無む際さいの衆しゆ生じやう等とうにこのことをしめさむ。 衆しゆ生じやうこれをきゝてとなへば、 生しやう死じを解げ脱だちせむことはなはだやすかるべしとおぼしめして、 この願ぐわんをおこしたまへり。

-◇曠くわう劫ごふよりこのかた、 諸仏しよぶちよにいでゝ、 縁えんにしたがひ、 機きをはかりて、 おのおの群萌ぐんまうを化くゑしたまふこと、 かず塵沙ぢんじやにすぎたり。 あるいは大だい乗じようをとき小せう乗じようをとき、 或あるいは実教じちけうをひろめ権教ごんけうをひろむ。 機き縁えん純熟じゆんじゆくすればみなことごとくその益やくをう。

-◇こゝに釈しやく尊そん、 八はち1101相さう成じやう道だうを五ご濁ぢよく世せにとなへて、 放逸はういち邪見じやけんの衆しゆ生じやうの出しゆつ離り、 その期ごなきことをあはれみて、 これより西方さいはうに極楽ごくらく世せ界かいあり、 仏ぶちまします、 阿わ弥陀みだとなづけたてまつる。 かの仏ぶち 「△乃ない至し十念じふねむ、 若にやく不ふ生しやう者じや、 不ふ取しゆ正しやう覚がく」 (大経巻上) とちかひて、 すでに仏ぶちになりたまへり。 すみやかにこれを念ねむぜよ。 出しゆつ離り生しやう死じの道みちおほしといゑども、 悪業あくごふ煩悩ぼむなうの衆しゆ生じやうの、 とく生しやう死じを解げ脱だちすべきこと、 これにすぎたることなしとおしへたまひて、 ゆめゆめこれをうたがふことなかれ。

-◇六方ろくぱう恒沙ごうじやの諸仏しよぶちも、 みなおなじく証誠しようじやうしたまへるなりと、 ねむごろにおしへたまひて、 われもひさしく穢土ゑどにあらば、 邪見じやけん・放逸はふいちの衆しゆ生じやう、 われをそしり我われをそむきて、 かへりて悪趣あくしゆにおちなむ。

-◇わ1102れよにいづることは、 本ほん意いたゞこのことを衆しゆ生じやうにきかしめむがためなりとて、 阿わ難なん尊者そんじやにむかひて、 汝なむぢよくこのことをとおきよに流通るづせよと、 ねむごろにやくそくしおきて、 抜提ばちだい河がのほとり、 沙しや羅ら林りんのもとにて、 八十はちじふの春はるの天てん、 二に月ぐわち十じふ五ごの夜や半はんに、 頭づ北ほく面西めんさいにして涅槃ねちはんにいりたまひにき。 そのときに、 日にち月ぐわちひかりをうしなゐ、 草木さうもく色いろを変へんじ、 龍神りうじん八はち部ぶ、 禽獣きむじゆ・鳥類てうるいにいたるまで、 天てんにあふぎてなき、 地ぢにふしてさけぶ。

-◇阿わ難なん・目連もくれん等とうの諸大しよだい弟子でし、 悲ひ涙るいのなみだをおさへて相あひ議ぎしてしはく、 われら釈しやく尊そんの恩おんになれたてまつりて八十はちじふ年ねんの春しゆん秋じうをおくり、 化縁くゑえんこゝにつきて、 黄金わうごむのはだえ、 たちまちにかくれたまひぬ。 あるいは我われ等ら釈しやく尊そんにとひたてまつるに、 こたえたまふこともありき、 あるいは釈しやく尊そんみづからつげたまふこともありき。 済さい1103度ど利り生しやうの方便はうべん、 いまはたれにむかひてかとひたてまつるべき。

-◇すべからく如来によらいの御みことばをしるしおきて、 未み来らいにもつたへ、 御おむかたみにもせむといひて、 多羅たら葉えふをひろいてことごとくこれをしるしおきて、 三蔵さんざう達たちこれを訳やくしシルス て振旦しむたんにわたし、 本朝ほんてうにつたへ、 諸宗しよしゆにつかさどるところの一代ゐちだい聖しやう教げうこれなり。

-◇しかるを阿わ弥陀みだ如来によらい、 善導ぜんだう和くわ尚しやうとなのりて、 唐たう土どにいでゝのたまはく、

-「▲如来によらい出しゆつ現げん於お五ご濁ぢよく随ずい宜ぎ方便はうべん化くゑ群萌ぐんまう
或説わくせち多た聞もん而に得とく度ど或説わくせち少せう解げ証しよう三さん明みやう
或教わくけう福ふく慧ゑ双さう除ぢよ障しよう或教わくけう禅ぜん念ねむ坐ざ思し量りやう
種種しゆじゆ法門ほふもん皆かい解げ脱だち無む過くわ念仏ねむぶち往わう西方さいはう
上じやう尽じん一ゐち形ぎやう至し十念じふねむ三念さんねむ五ご念ねむ仏ぶち来迎らいかう
1104直ぢき為ゐ弥陀みだ弘ぐ誓ぜい重ぢう致使ちし凡ぼむ夫ぶ念ねむ即そく生しやう」 (法事讃巻下)

-釈しやく尊そん出しゆつ世せの本ほん懐ぐわい、 たゞこのことにありといふべし。

-◇「▲自じ信しん教けう人信にんしん、 難中なんちう転てん更きやう難なん、 大だい悲ひ伝でん普ぶ化くゑ、 真しん成じやう報ほう仏恩ぶちおん」 (礼讃) といへり。 釈しや迦かの恩おんを報ほうずる、 これたれがためぞや、 ひとへに我われ等らがためにあらずや。 このたびむなしくすぎなば、 出しゆつ離りいづれのときをか期ごせむとする。 すみやかに信心しんじむをおこして生しやう死じを過くわ度どすべし。

・観経 ・三心 ・廻向発願心

◇次つぎに廻ゑ向かう発ほち願ぐわん心しむは人ひとことに具ぐしやすきことなり。 国こく土どの快楽くゑらくをきゝて、 たれかねがはざらむや。 そも、 かのくにゝ九く品ぼんの差別しやべちあり、 われらいづれの品ほむおか期ごすべき。 善導ぜんだう和くわ尚しやうの御おむこゝろに、 「▲極楽ごくらくの弥陀みだは報仏ほうぶち・報ほう土どなり。 ▲未み断惑だんわくの凡ぼむ夫ぶはすべてむまるべからずといへども、 ▲弥陀みだの別べち願ぐわんの不ふ思議しぎにて、 罪悪ざいあく生しやう死じの凡ぼむ夫ぶの、 一念ゐちねむ・十念じふねむしてむま1105る」 (玄義分意) と釈しやくしたまへり。

-◇しかるを上じやう古こカミトイフよりこのかた、 おほくは下げ品ぼむといふともたぬむべしなむどいひて、 上じやう品ぼんをねがはず。 これは悪業あくごふのおもきにおそれて心こゝろを上じやう品ぼんにかけざるなり。 もしそれ悪業あくごふによらば、 すべて往わう生じやうすべからず。 願ぐわん力りきによりてむまれば、 なむぞ上じやう品ぼんにすゝまむことをのぞみがたしとせむや。

-◇すべて弥陀みだの浄じやう土どをまうけたまふことは、 願ぐわん力りきの成じやう就じゆするゆへなり。 しからば、 また念仏ねむぶちの衆しゆ生じやうのまさしくむまるべき国こく土どなり。 「△乃ない至し十念じふねむ、 若にゃく不ふ生しやう者じや、 不ふ取しゆ正しやう覚がく」 (大経巻上) とたてたまへり。 この願ぐわんによりて感得かむとくしたまへるところの国こく土どなるがゆへなり。

-◇いま又また ¬観くわん経ぎやう¼ の九く品ぼむの業ごふをいはゞ、 下げ品ぼむは五ご逆ぐゐやく・十悪じふあくの罪人ざいにん、 命みやう終じゆの1106時ときにのぞみて、 はじめて善ぜん知ぢ識しきのすゝめによりて、 或あるい◗は十じふ声しやう、 あるいは一ゐち声しやう称しようして、 むまるゝことをえたり。 われら罪業ざいごふおもしといゑども、 五ご逆ぐゐやくをつくらず。 行ぎやう業ごふおろかなりといゑども、 一ゐち声しやう・十じふ声しやうにすぎたり。 臨終りむじゆよりさきに弥陀みだの誓せい願ぐわんをきゝえて、 随分ずいぶんに信心しんじむをいたす。 しかれば、 下げ品ぼむまではくだるべからず。

-◇中品ちうぼんは小せう乗じようの持ぢ戒かいの行ぎやう者じや、 孝養けうやう、 仁にんジン・義ぎ・礼れい・智ち・信等しんとうの行ぎやう人にんなり。 これ中々なかなかむまれがたし。 小せう乗じようの行ぎやう人にんにあらず、 たもちたる戒かいもなし、 われらが分ぶんにあらず。

-◇上じやう品ぼんは大だい乗じようの凡ぼむ夫ぶ、 菩ぼ提だい心しむ等とうの行ぎやう者じやなり。 菩ぼ提だい心しむは諸宗しよしゆおのおのふかくこゝろえたりといへども、 浄じやう土ど宗しゆのこゝろは、 浄じやう土どにうまれむと願ぐわんずるを菩ぼ提だい心しむといへり。 念仏ねむぶちはこれ大だい乗じようの行ぎやうなり、 無む上じやうの功く徳どく也なり。 しかれば、 上じやう品ぼんの往わう生じやう、 てをひくべからず。

-◇又また本ほん願ぐわん1107に 「△乃ない至し十念じふねむ」 (大経巻上) とたてたまひて、 臨終りむじゆ現前げんぜんの願ぐわんに 「▲大衆だいしゆ囲ゐ遶ねうしてその人ひとのまへに現げんぜむ」 (大経巻上) とたてたまへり。 下げ品ぼむは▲化仏くゑぶちの三尊さんぞん、 あるいは▲金こむ蓮華れんぐゑ等とう来迎らいかうすといへり。 しかるを大衆だいしゆと囲ゐ遶ねうして現げんぜむとたてたまへり。 大だい願ぐわんの意い趣しゆ、 上じやう品ぼんの来迎らいかうをまうけたまへり。 なむぞあながちにすまはむや。

-◇又また善導ぜんだう和くわ尚しやう、 「▲三万さんまん已い上じやうは上じやう品ぼんの業ごふ」 (観念法門意) とのたまへり。 数す返へんによりて上じやう品ぼんにむまるべし。 又また三心さんしむにつきて九く品ぼむあり。 信心しんじむによりても上じやう品ぼんに生しやうずべきか。 上じやう品ぼんをねがふこと、 わがみのためにあらず。 かのくにゝむまれおはりて、 とく衆しゆ生じやうを化くゑせむがためなり。 これ仏ぶちの御おむ心こゝろにかなはざらむや。

・小経

◇次つぎに ¬阿わあ弥陀みだ経きやう¼ は、 まづ極楽ごくらくの依ゑ正しやう二に報ほうの功く徳どくをと1108く。 衆しゆ生じやうの願ぐわん楽げうの心こゝろをすゝめむがためなり。

-◇のちに往わう生じやうの行ぎやうをあかす。 「▲少せう善根ぜんごんをもてはかのくにゝむまるゝことをうべからず。 ▲阿わあ弥陀みだ仏ぶちの名みやう号がう執しふ持ぢして、 一日ゐちにち七日しちにちすれば往わう生じやうす」 (小経意) とあかせり。

-◇衆しゆ生じやうのこれを信しんぜざらむことをおそれて、 六方ろくぱうにおのおの恒沙ごうじやの諸仏しよぶちましまして、 大千だいせんに舌相ぜちさうをのべて証誠しようじやうしたまへり。 善導ぜんだう釈しやくしてのたまはく、 「▲この証しようによりてむまるゝことをえずは、 六方ろくぱうの如来によらいののべたまへるみした、 ひとたびくちよりいでゝ、 かへりいらずして、 自じ然ねんにやぶれたゞれしめむ」 (観念法門) とのたまへり。

-◇しかるを、 これをうたがふものは、 たゞ弥陀みだの本ほん願ぐわんをうたがふのみにあらず、 釈しやく尊そんの所説しよせちをうたがふなり。 釈しやく尊そんの所説しよせちをうたがふは、 六方ろくぱう恒沙ごうじやの諸仏しよぶちの所説しよせちをうたがふなり。 これ大千だいせんにのべたまへる舌相ぜちさうを1109やぶりたゞらかすなり。

-◇もしまたこれを信しんずれば、 たゞ弥陀みだの本ほん願ぐわんを信しんずるのみにあらず、 釈しや迦かの所説しよせちを信しんずるなり。 釈しや迦かの所説しよせちを信しんずるは、 六方ろくぱう恒沙ごうじやの諸仏しよぶちの所説しよせちを信しんずるなり。 一切ゐちさい諸仏しよぶちを信しんずれば、 一切さい菩ぼ薩さちを信しんずるになり。

-◇この信しんひろくして広くわい大だいの信心しんじむ也なり。

 南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶち

 

*巻末

○「▲為断凡夫疑見執皆舒舌相覆三千
共証七日称名号又表釈迦言説真」 (法事讃巻下)
「▲六方如来舒舌証専称名号至西方
到彼華開聞妙法十地願行自然彰」 (礼讃)
「▲心心念仏莫生疑六方如来証不虚
三業専心無雑乱↡百宝蓮華応時見」 (法事讃巻下)

¬法事讃¼ (巻上) 云、
「▲人天善悪、 皆得往生、 到彼无殊、 斉同不退。」
「▲他方凡聖、 乗願往来、 到彼无殊、 斉同不退。」

 

底本は高田派専修寺蔵正嘉二年真仏上人書写本。 ただし訓(ルビ)は一部有国が補完している。
以下の引文は神奈川県称名寺蔵建長六年良聖書写本による。