五(930)、十八条法語

一

▲或人あるひと念仏ねむぶち之の不ふ審しむを、 故こ聖しやう人にん◗に奉たてまつり↠て問とひ曰いは、く 第だい二に十じふ願ぐわんは大網たいまうの願ぐわんなり。 「▲係け念ねむ」 (大経巻上) といふは、 三さん生しやうの内うちにかならず果くわハタシ遂すいトグルすべし。 仮け令りやう通計つげするに、 百ひやく年ねんの内うちに往わう生じやうすべき也なり 云云。 これ九く品ぼむ往わう生じやうの義ぎ、 意いコヽロ釈しやくなり。 極大ごくだい遅ち者しやをもてキワメテオホキニオソキモノナリ三さん生しやうに出いでざるこゝろ、 かくのごとく釈しやくせり。

又また0931 ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ の 「▲已い発ほち願ぐわん」 等とうは、 これ三さん生しやう之の証しよう也なりと。

二

又また云いは、く ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ 等とうは浄じやう土ど門もんの出しゆつ世せの本ほん懐ぐわいなり、 ¬法華ほふくゑ経きやう¼ 者は聖しやう道だう門もんの出しゆつ世せの本ほん懐ぐわいなり 云云。 望のぞむところはことなり、 疑うたが◗ふに足たらざる者もの也なり。

三

又また云いは、く 我 わが安あん置ちするところの一切ゐちさい経きやう律りち論ろんは、 これ ¬観経くわんぎやう¼ 所摂しよせふのオサムルナリ法ほふ也なり。

四

又また云いは、く 地ぢ蔵ざう等とうの諸よろづの菩ぼ薩さちを蔑如べちじよすべからアナヅルコトナカレトナリず。 往わう生じやう以後いご、 伴侶はんりよたるべきがゆへなりと。

五

又また云いは、く 近代きんだいの行ぎやう人にん、 観くわん法ぼふをもちゐるにあたはず。 もし仏像ぶちざう等とうを観くわんぜむは、 運慶うんけい・康慶かうけいが所造しよざうにすぎじ。 もし宝樹ほうじゆ等とうを観くわんぜば、 桜梅やうばい・桃たう李り之の花くゑ菓くわ等とうにすぎじ。 しかるに 「▲彼ひ仏ぶち今こむ現在げんざい成じやう仏ぶち」 (礼讃) 等とうの釈しやくを信しんじて、 一向ゐちかうに名みやう号がうを称しようすべき也なりと云いへり。 たゞ名みやう号がうをとなふる、 三心さんしむおのづから具ぐ足そくする也なりと云いへり。

六

又また云いは、く 念仏ねむぶちはやうなきをもてなり。 名みやう号がうをとなふるほか、 一切ゐちさいやうなき事こと也なりと云いへり。

七

又また云いは、く 諸しよ経きやうの中なかにとくところの極楽ごくらくの荘しやう厳ごむ等とうは、 みなこれ四し十八じふはち願ぐわん成じやう就じゆの文もん也なり。 念仏ねむぶちを勧くわん進じんするところは、 第だい十八じふはちの願ぐわん成じやう就じゆ◗の文もんなり。 ¬観経くわんぎやう¼ の 「▲三心さんしむ」、 ¬小せう経きやう¼ (巻下) の 「▲一心ゐちしむ不ふ乱らん」、 ¬大だい経きやう¼ の願ぐわん成じやう就じゆの文もんの 「▲信心しんじむ歓くわん喜ぎ」 と、 同おなじ◗き流通るづの 「▲歓くわん0932喜ぎ踊ゆ躍やく」 と、 みなこれ至し心しん信楽しんげう之の心しむ也なりと云いへり。 これらの心しむをもて、 念仏ねむぶちの三心さんしむを釈しやくしたまへる也なりと 云々。

八

又また云いは、く 「玄ぐゑん義ぎ」 (玄義分意) に云いはく、 「▲釈しや迦か◗の要門えうもん◗は定ぢやう散さん二に善ぜん なり。 定ぢやう者は息そく↠慮りよ凝ぎよう↠心しむなり、 散さん者は廃はい↠悪あく修しゆ↠善ぜんなりと。 ◆弘ぐ願ぐわん者は如↢ごとし ¬大だい経きやう¼の 説↡せつの。 一切ゐちさい善悪ぜんあく凡ぼむ夫ぶ得とく↠生しやう」 といへり。 豫よ◗がごときはさきの要門えうもんにたえず、 よてひとへに弘ぐ願ぐわんを憑たのむ也なりと云いへり。

九

又また云いは、く 導だう和くわ尚しやう、 深心じむしむを釈しやくせむがために余よの二に心しむを釈しやくしたまふ也なり。 ¬経きやう¼ の文もんの三心さんしむをみるに、 一切ゐちさい行ぎやうなし。 深心じむしむの釈しやくにいたりて、 はじめて念仏ねむぶちの行ぎやうをあかすところ也なり。

一〇

又また云いは、く 往わう生じやうの業ごふ成じやう就じゆ、 臨終りむじゆ・平生へいぜいにわたるべし。 本ほん願ぐわんの文もんに別べちにえらばざるがゆへにと云いへり。 恵ゑ心しむのこゝろ、 平生へいぜいの見けんにわたる也なりと云いへり。

一一

又また云いは、く 往わう生じやうの業ごふ成じやうは、 念ねむをもて本ほんとす。 名みやう号がうを称しようするは、 念ねむを成じやうぜむがため也なり。 もし声こゑ◗をはなるゝとき、 念ねむすなわち懈け怠だいするがゆへに、 常じやう恒がうに称唱しようしやうすればすなわち念ねむ相続さうぞくす。 心念しむねむの業ごふ、 生しやうをひくがゆへ也なり。

一二

又また云いは、く 称名しようみやうの行ぎやう者は、 常じやう途づ念仏ねむぶちのとき不ふ浄じやうをはゞかるべからず、 相続さうぞくを要えうとするがゆへに。 如によ意い輪りんの法ほふは、 不ふ浄じやうをはゞからず、 弥陀みだ・観くわん音おむ一体ゐちたい不二ふに也なり。 これをおも0933ふに、 善導ぜんだうの別べち時じの行ぎやうには、 清浄しやうじやう潔斉けちせいをもちゐる、 尋じむ常じやうの行ぎやう、 これにことなるべき歟か。 恵ゑ心しむの 「▲不ふ↠論ろん↢時じ処しよ諸縁しよえん↡」 (要集巻下) 之の釈しやく、 永観ゐやうくわんの 「不ふ↠論ろん↢身しん浄じやう不ふ浄じやう↡」 (往生拾因) 之の釈しやく、 さだめて存ぞんずるところある歟かと 云。

一三

又また云いは、く 善導ぜんだうは第だい十八じふはちの願ぐわん、 一向ゐちかうに仏号ぶちがうを称しよう念ねむして往わう生じやうすと云いへり。 恵ゑ心しむのこゝろ、 観くわん念ねむ・称しよう念ねむ等とうみなこれを摂せふすと云いへり。 もし ¬要集えうしふ¼ のこゝろによらば、 行ぎやう者じやにおいては、 この名なをあやまてらむ歟かと。

一四

又また云いは、く 第だい十じふ九くの願ぐわんは、 諸しよ行ぎやう之の人ひとを引入いんにふして、 念仏ねむぶち之の願ぐわんに帰くゐせしめむと也なり。

一五

又また云いは、く 真実しんじち心しむといふは、 行ぎやう者は願ぐわん往わう生じやう之の心しむなり。 矯けう飾しよくなく、 表へう裏りなき相応さうおうの心しむ也なり。 雑毒さふどく虚仮こけ等とうは、 名みやう聞もん利り養やうの心しむ也なり。

¬大品だいぼむ経きやう¼ (巻一序品) に云いはく、 「利り養やう名みやう聞もんを捨すてよと。」 文

-¬大品経¼ 云、 「捨↢利養名聞↡。」 文

¬大論だいろん¼ にこの文もんを述じゆつする下したに云いはく、 「まさに業ごふに雑毒さふどくを捨すつべしといふは、 一ゐち声しやう一念ゐちねむなほこれを具ぐせば、 実心じちしむのなき相さうなり。 内ないを翻ほむじて外ぐゑを矯かざるといふは、 仮け令りやう外相ぐゑさう不ふ法ほふなれども、 内心ないしむ真実しんじちにして往わう生じやうを願ぐわんずれば、 往わう生じやうを遂とぐべきなり」 と。 云云

-¬大論¼ 述↢此文↡之下云、 「当↣業捨↢雑毒↡者、 一声一念猶具↠之、 无↢実心之↡相也。 翻↠内矯↠外者、 仮令外相不法、 内心真実願↢往生↡者、 可↠遂↢往生↡也。」 云云

-深心じむしむといふは、 疑ぎ慮りよなき心しむ也なり。 利他りた真実しんじち といふ者は、 得とく生しやう之の後のち利他りた門もん之の相さう也なり。 よてくはしく釈しやくせずと。

¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼ に、 「もし衆しゆ生じやうあてかの国くにに生むまれむと願がんぜむ者もの、 三種さんしゆの心しむを発おこせばすなわち往わう生じやうす。 何なん等らか三みつとする。 一ひとつには至し誠じやう心しむ、 二ふたつには深心じむしむ、 三みつには廻ゑ向かう発ほち願ぐわん心しむなり。 三心さんしむを具ぐすればかならずかの国くにに生しやうず」 といへり。

-○¬観くわん无む量りやう寿じゆ経きやう¼に、 「▲若有↢衆生↡願↠生↢彼国↡者、 発↢三種心↡即便往生す。 ◆何等為↠三。 一者至誠心、 二者深心、 三者廻向発願心なり。 具↢三心↡者必生↢彼国↡」 いへり。

¬往わう生じやう礼讃らいさん0934¼ に 三心さんしむを釈しやくしおはるに云いはく、 「この三心さんしむを具ぐすればかならず往わう生じやうを得うるなり。 もし一心ゐちしむ少かけぬれば、 すなわち生しやうを得えずと。」 しかればすなわちもとも三心さんしむを具ぐすべきなり。

-◇¬往生礼讃¼ 釈↢三心↡畢云、 「▲具↢此三心↡必得↢往生↡也。 若少↢一心↡、即不↠得↠生。」 然則尤可↠具↢三心↡也。

一ひとつに至し誠じやう心しむといふは、 真実しんじち心しむなり。 身みに礼拝らいはいを行ぎやうず、 口くちに名みやう号がうを唱となふ、 意こゝろに相好さうがうを想おもふ、 みな実心じちしむをもてせよとなり。 総そうじてこれを言いふに、 厭えむ離り穢土ゑど、 忻ごん求ぐ浄じやう土ど、 修しゆ諸しよ行きやう業ごふ、 みな真実しんじち心しむをもてこれを勤ごむ修しゆすべし。

-◇▲一至誠心者、 ◆真実心也。 ◆身行↢礼拝↡、 口唱↢名号↡、 意想↢相好↡、 皆用↢実心↡。 総而言↠之、 厭離穢土、 忻求浄土、 修諸行業、 皆以↢真実心↡可↣勤↢修之↡。

外ほかに賢善けんぜん精しやう進じんの相さうを現げんじ、 内うちに愚ぐ悪あく懈け怠だいの心しむを懐いだけり。 所修しよしゆの行きやう業ごふ、 日にち夜や十じふ二に時じに間ひまなくこれを行ぎやうずれども、 往わう生じやうを得えず。 外ほかに愚ぐ悪あく懈け怠だいの形かたちを顕あらわし、 内うちには賢善けんぜん精しやう進じんの念ねむに住ぢゆして、 これを修しゆ行ぎやうせば、一ゐち時じ一念ゐちねむといゑども、 その行ぎやう虚むなしからず、 かならず往わう生じやうを得えむ。 これを至し誠じやう心しむと名なづく。

-◇◆外現↢賢善精進之相↡、 内懐↢愚悪懈怠之心↡。 所修行業、 日夜十二時无↠間行↠之、 不↠得↢往生↡。 ▲外顕↢愚悪懈怠之形↡、 内住↢賢善精進之念↡、 修↢行之↡者、 雖↢一時一念↡、 其行不↠虚、 必得↢往生↡。 ◆是名↢至誠心↡。

二ふたつに深心じむしむといふは、 深信じむしんの心しむなり。 これについて二ふたつあり。

-◇◆二深心者、 ◆深信之心也。フカクシンズルコヽロナリ 付↠之有↠二。

一ひとつには我われはこれ罪悪ざいあく不ふ善ぜんの身みなり、 无始むしより已来このかた六道ろくだうに輪りん廻ゑして、 往わう生じやうの縁えんなしと信しんず。

-◇◆一者信↧我是罪悪不善之身、 无始已来輪↢廻六道↡、 无↦往生縁↥。

二ふたつには罪人ざいにんといゑども、 仏ぶち願ぐわん力りきをもて強縁がうえんとすれば、 往わう生じやうを得うと信しんず。 疑うたがひなく慮おもむぱかりなかれとなり。

-◇◆二信↧雖↢罪人↡、 以↢仏願力↡為↢強縁↡、 得↦往生↥。 无↠疑无↠慮。

これについてまた二ふたつあり。 一ひとつには人にんに就ついて信しんを立たつ、 二ふたつには行ぎやうに就ついて信しんを立たつ。

-◇付↠此亦有↠二。 一就↠人立↠信、 二就↠行立↠信。

人にんに就ついて信しんを立たつといふは、 出しゆつ離り生しやう死じの道みち多おほしといゑども、 大おほきに分わかて二ふたつあり。 一ひとつには聖しやう道だう門もん、 二ふたつには浄じやう土ど門もんなり。

-◇就↠人立↠信者、 出離生死道雖↠多、 大分有↠二。 一聖道門、 二浄土門。

聖しやう道だう門もんといふは、 この娑しや婆ば世せ界かいにして、 煩悩ぼむなうを断だんじ菩ぼ提だいを証しようする道だうなり。

-◇聖道門者、 於↢此娑婆世界↡、 断↢煩悩↡証↢菩提↡道也。

浄じやう土ど門もんといふは、 この娑しや婆ば世せ界かいを厭いとふて、 極楽ごくらくを忻ねがうて善根ぜんごんを修しゆする門もんなり。

-◇浄土門者、 厭↢此娑婆世界↡、 忻↢極楽↡修↢善根↡門也。

二に門もんありといゑども、 聖しやう道だう門もんを閣さしおきて浄じやう土ど門もんに帰くゐするなり。

-◇雖↠有↢二門↡、 閣↢聖道門↡帰↢浄土門↡。

しかるにもし人ひとあて多おほく経きやう論ろんを引ひきて、 罪悪ざいあくの凡ぼむ夫ぶ往わう生じやうを得えずといはむ、 この語ことばを聞きくといゑども、 退心たいしむを生しやうぜず、 いよいよ信心しんじむを増ます。

-◇▲然若有↠人多引↢経論↡、 罪悪凡夫不↠得↢往生↡、 雖↠聞↢此語↡、 不↠生↢退心↡、 弥増↢信心↡。

ゆへはいかんとなれば、 罪ざい障しやうの凡ぼむ夫ぶ浄じやう土どに往わう生じやうするは釈しやく尊そんの誠じやう言ごんなり、 凡ぼむ0935夫ぶの妄説まうせちにあらず。 我われすでに仏言ぶちごんを信しんじて、 深ふかく浄じやう土どを忻ごん求ぐす。 たとひ諸仏しよぶち・菩ぼ薩さち来きたりて、 罪ざい障しやうの凡ぼむ夫ぶ浄じやう土どに生むまれずと言のたまふとも、 これを信しんずべからず。

-◇所以者何、 罪障凡夫往↢生浄土↡釈尊誠言なり、 非↢凡夫の妄説↡。 我已信↢仏言↡、 深忻↢求浄土↡。 設諸仏・菩薩来、 罪障凡夫言↠不↠生↢浄土↡、 不↠可↠信↠之。

何なにをもてのゆへに。 菩ぼ薩さちは仏ぶち弟子でしなり。 もし実まことにこれ菩ぼ薩さちならば、 仏説ぶちせちに乖そむくべからず。 しかるにすでに仏説ぶちせちに違ゐして、 往わう生じやうを得えじと言のたまふ。 知しりぬ真まことの菩ぼ薩さちにあらずといふことを。 このゆへに信しんずべからずと。

-◇何以故。 菩薩仏弟子。 若実是菩薩者、 不↠可↠乖↢仏説↡。 然已違↢仏説↡、 言↠不↠得↢往生↡。 知非↢真菩薩↡。 是故不↠可↠信。

また仏ぶちはこれ同体どうたいの大だい悲ひなり。 実まことにこれ仏ぶちならば、 釈しや迦かの説せちに違たがふべからず。

-◇また仏是同体大悲。 実是仏者、 不↠可↠違↢釈迦説↡。

しかればすなわち ¬阿わ弥陀みだ経きやう¼ (意) 説とかく、 「一日ゐちにち七日しちにち阿わ弥陀みだ仏ぶちの名みやう号がうを念ねむずれば、 かならず往わう生じやうを得う」 といへるは、 六方ろくぱう恒沙ごうじやの諸仏しよぶち、 釈しや迦か仏ぶちに同おなじく虚むなしからずとこれを証誠しようじやうしたまへり。

-◇然則¬阿弥陀経¼説、 「一日七日念↢阿弥陀仏名号↡、 必得↢往生↡」者、 六方恒沙諸仏、 同↢釈迦仏↡不↠虚証↢誠之↡。

しかるに今いま釈しや迦かの説せちに背そむきて、 往わう生じやうを得えじと云いふ。 かるがゆへに知しりぬ真まことの仏ぶちにあらずと。 これ天てん魔まの変化へんぐゑなり。 この義ぎをもてのゆへに、 依より信しんずべからず。 仏ぶち・菩ぼ薩さちの説せち、 なほもて信しんずべからず、 いかにいはむや余よの説せちおや。

-◇然今背↢釈迦説↡、 云↠不↠得↢往生↡。 故知非↢真仏↡。 是天魔変化。 以↢是義↡故、 不↠可↢依信↡。 仏・菩薩説、 尚以不↠可↠信、 何況余説哉。

汝等なんだちが執しふするところ、 大小だいせう異ことなりといゑども同おなじく仏果ぶちくわを期ごす。 穢土ゑどの修しゆ行ぎやうは聖しやう道だうの意こゝろなり。 我われ等らが修しゆするところの正しやう雑ざふ同おなじからず、 ともに極楽ごくらくを忻ねがふ。 往わう生じやうの行きやう業ごふ、 浄じやう土ど門もんの意こゝろなり。 聖しやう道だうはこれ汝なんぢが有う縁えんの行ぎやうなり、 浄じやう土ど門もんは我わが有う縁えんの行ぎやうなり。 これをもてかれを難なんずべからず、 かれをもてこれを難なんずべからず。

-◇汝等所↠執、 雖↢大小異↡同期↢仏果↡。 穢土修行聖道意なり。 我等所↠修正雑不↠同、 共忻↢極楽↡。 往生行業、 浄土門意。 聖道者是汝有縁行なり、 浄土門者我有縁行なり。 不↠可↢以↠此難↟彼、 不↠可↢以↠彼難↟此。

かくのごとく信しんずる、 これを人にんに就ついて信しんを立たつと名なづく。

-◇如↠是信ずる、 是名↢就↠人立↟信。

次つぎに行ぎやうに就ついて信しんを立たつといふは、 往わう生じやう極楽ごくらくの行ぎやう、 まちまちなりといゑども二に種しゆを出いでず。 一ひとつには正行しやうぎやう、 二ふたつには雑ざふ行ぎやうなり。 正行しやうぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちにおいての親しん行ぎやうなり、 雑ざふ行ぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちにおいての疎そ行ぎやうなり。

-◇▲次就↠行立↠信者、 往生極楽の行、 雖↠区不↠出↢二種↡。 一者正行、 二者雑行なり。 正行者於↢阿弥陀仏↡之親行也、 雑行者於↢阿弥陀仏↡之疎行也。

まづ正行しやうぎやうといふは、 これについて五いつゝあり。 一ひとつに謂いはく読誦どくじゆ、 謂いはく 「三さん部ぶ経きやう」 を読よむなり。 二ふたつには謂いはく極楽ごくらくの依え正しやうを観くわんずるなり。 三みつには礼拝らいはい、 謂いはく弥陀みだ仏ぶちを礼らいしたてまつるな0936り。 四よつには称名しようみやう、 謂いはく弥陀みだの名みやう号がうを称しようするなり。 五いつゝには讃嘆さんだん供く養やう、 謂いはく阿わ弥陀みだ仏ぶちを讃嘆さんだんし供く養やうしたてまつるなり。

-◇◆先正行者、 付↠之有↠五。 ◆一謂読誦、 謂読↢「三部経」↡也。 二謂観↢極楽依正↡也。 三礼拝、 謂礼↢弥陀仏↡也。 四称名、 謂称↢弥陀名号↡也。 五讃嘆供養、 謂讃↢嘆供↣養阿弥陀仏↡也。

この五いつゝをもて合がふして二ふたつとなす。

-◇◆以↢此五↡合為↠二。

一ひとつには一心ゐちしむに弥陀みだの名みやう号がうを専念せんねむして、 行ぎやう住ぢゆ座ざ臥ぐわ時じ節せち久く近ごんを問とはず念念ねむねむに捨すてざるは、 これを正定しやうぢやうの業ごふと名なづく、 かの仏ぶち願ぐわんに順じゆんずるがゆへに。

-◇◆一者一心専↢念弥陀名号↡、 行住座臥不↠問↢時節久近↡念念不↠捨者、 是名↢正定之業↡、 順↢彼仏願↡故。

二ふたつには先さきの五いつの中なかに、 称名しようみやうを除のぞきて已い外ぐゑの礼拝らいはい・読誦どくじゆ等とうは、 みな助業じよごふと名なづく。

-◇◆二者先五中、 除↢称名↡已外礼拝・読誦等、 皆名↢助業↡。

次つぎに雑ざふ行ぎやうといふは、 先さきの五ご種しゆの正しやう助じよ二に行ぎやうを除のぞきて已い外ぐゑのもろもろの読誦どくじゆ大だい乗じよう・発ほち菩ぼ提だい心しむ・持ぢ戒かい・勧くわん進じんの行ぎやう等とうの一切ゐちさい行ぎやうなり。

-◇◆次雑行者、 除↢先五種正助二行↡已外諸読誦大乗発菩提心持戒勧進行等一切行也。

この正しやう雑ざふ二に行ぎやうについて、 五ご種しゆの得失とくしちあり。

-◇◆付↢此正雑二行↡、 有↢五種得失↡。

一ひとつには親しん疎そ対たい、 謂いはく正行しやうぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちに親しんなり、 雑ざふ行ぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちに疎そなり。

-◇~一親疎対、 謂正行親↢シタシキ阿弥陀仏↡、 雑行疎↢ウトキ阿弥陀仏↡。

二ふたつには近遠ごんおん対たい、 謂いはく正行しやうぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちに近ごんなり、 雑ざふ行ぎやうは阿わ弥陀みだ仏ぶちに遠おんなり。

-◇~二近遠対、 謂正行近↢チカシ阿弥陀仏↡、 雑行遠↢トオシ阿弥陀仏↡。

三みつには有う間けん无む間けん対たい、 謂いはく正行しやうぎやうは係け念ねむ間ひまなし、 雑ざふ行ぎやうは係け念ねむ間断けんだんす。

-◇~三有間无間対、 謂正行係念无↠間、 雑行係念間断。

四よつには廻ゑ向かう不ふ廻ゑ向かう対たい、 謂いはく正行しやうぎやうは廻ゑ向かうを用もちゐざるにおのづから往わう生じやうの業ごふとなる、 雑ざふ行ぎやうは廻ゑ向かうせざる時ときは往わう生じやうの業ごふとならず。

-◇~四廻向不廻向対、 謂正行不↠用↢廻向↡自為↢往生業↡、 雑行不↢廻向↡時不↠為↢往生業↡。

五いつゝには純じゆん雑ざふ対たい、 謂いはく正行しやうぎやうは純じゆんに往わう生じやう極楽ごくらくの業ごふなり、 雑ざふ行ぎやうはしからず、 十方じふぱう浄じやう土ど乃ない至し人天にんでんの業ごふに通つずるなり。

-◇~五純雑対、 謂正行純往生極楽業也、 雑行不↠爾、 通↢十方浄土乃至人天業↡也。

かくのごとく信しんずるは、 行ぎやうに就ついて信しんを立たつと名なづく、 これを深心じむしむと名なづく。

-◇◆如↠此信者、 名↢就↠行立↟信、 是名↢深心↡。

三みつには廻ゑ向かう発ほち願ぐわん心しむといふは、 過くわ去こ及および今こむ生じやうの身しん口意くい業ごふに修しゆするところの一切ゐちさい善根ぜんごん、 真実しんじち心しむをもて極楽ごくらくに廻ゑ向かうして、 往わう生じやうを忻ごん求ぐするなり。

-◇◆三廻向発願心者、 過去及今生身口意業所↠修一切善根、 以↢真実心↡廻↢向極楽↡、 忻↢求往生↡也。

一六

又また云いは、く 善導ぜんだう◗と与と↢恵ゑ心しむ↡相さう違ゐ する義ぎ◗の事こと。 善導ぜんだう◗は色相しきさう等とう◗の観くわん法ぼふ おば観仏かむぶち三昧ざんまいと云いへり、 称名しようみやう念仏ねむぶちおば念仏ねむぶち三昧ざんまいと云いへり。 恵ゑ心しむは称名しようみやう・観くわん法ぼふ合がふして念仏ねむぶち三昧ざんまいと云いへり。

一七

又また0937云いは、く 余よ宗しゆの人ひと、 浄じやう土ど門もんにその志こゝろざしあらむには、 先まづ ¬往わう生じやう要集えうしふ¼ をもてこれをおしふべし。 そのゆへは、 この書しよはものにこゝろえて、 難なんなきやうにその面おもてをみえて、 初心しよしむの人ひとのためによき也なり。 雖いゑども↠然しかり◗と真実しんじちの底そこの本ほん意いは、 称名しようみやう念仏ねむぶちをもて専修せんじゆ専念せんねむの勧くわん進じんしたまへり。 善導ぜんだうと一同ゐちどう也なり。

一八

又また云いは、く 余よ宗しゆの人ひと、 浄じやう土ど宗しゆにそのこゝろざしあらむものは、 かならず本宗ほんしゆの意こゝろを棄すつべき也なり。 そのゆへは、 聖しやう道だう・浄じやう土どの宗しゆ義ぎ各別かくべちなるゆへ也なりとのたまへり。▽