0944◎▲見聞集

 

◎*▽般舟讃文
 ▽浄土五会念仏略法事儀讃
 ▽涅槃経
 ▽或人夢
 ▽聖覚法印表白文
 ▽御念仏之間用意聖覚返事

 

△般舟讃文

▲(何)期今日至宝国実是娑婆本(師力)
◗(若)非本師知識勧弥陀浄土云何(入)
▲(得)免娑婆長劫難特蒙知識釈(迦恩)
◗(種)種思量巧方便巽得弥陀弘(誓門)

 

0945△浄土五会念仏略法事儀讃

五会念仏梁渓沙門法照大暦元年夏四月中起自南岳弥陀台般舟

¬浄土五会念仏略法事儀讃¼一巻云
       南岳沙門法照於上都章敬寺浄土院述

 

それ如来にょらい教きょうを設もうけたまふに広こう略りゃく根こんに随したがふ、 つひに実相じっそうに帰きせしめんとなり。 真しんの無む生しょうを得えんものには、 たれかよくこれを与あたえんや。 しかるに念仏ねんぶつ三昧ざんまいは、 これ真しんの無む上じょう深じん妙みょうの禅門ぜんもんなり。 弥陀みだ法王ほうおうの四し十じゅう八願はちがんの名みょう号ごうをもつて、 仏ぶつとなして願力がんりきを事ことにして衆しゅ生じょうを度どしたまふ。

▲夫 レ如来設マウケタマフニ↠教ヲ広略随 ガフ↠根コンニ、終ニ帰セシメムトナリ↠乎ニ↢実相↡。得エム↢真ノ无生ヲ↡者 ノニハ、孰タレカ能ク与アタエム↢於此ヲ↡哉ヤ。然ニ念仏三昧ハ、是 レ真ノ无上深妙ノ禅門ナリ矣。以テ↢弥陀法王ノ四十八願ノ名号ヲ↡、為ナシテ↠仏事コトニシテ↢願力ヲ↡度ドシタマフ↢衆生ヲ↡。

このゆへに五会ごえの声こえ常じょう宮ぐに流ながる、 浄教じょうきょうあまねく沙みょう界かいを霑うるおす。 ゆゑに ¬華け厳ごん経ぎょう¼ にのたまはく、 「三賢さんげん乃ない至し一切いっさい諸仏しょぶつの無む上じょう菩ぼ提だいまでに、 みな念仏ねんぶつ・念法ねんぽう・念僧ねんそうを離はなれずして生しょうぜり」 と。

所以コノユヘニ五会ノ声コヱ流ナガル↠於ニ↢常宮↡、浄教普ク霑ウルオオス↠於オ↢沙界↡。故ニ¬華厳経ニ¼云、「三賢乃至一切諸仏ノ无上菩提マデニ、皆不ズシテ↠離レ↢念仏・念法・念僧ヲ↡而生ゼリ。」

ゆゑに ¬法ほっ華け¼・¬維ゆい摩ま¼ 等とうの経きょうに、 音おん声じょう語ご言ごんをもつて仏ぶつ事じをなすことあり。 また声名しょうみょう句く文もん諸しょ教きょうの軆たいたりといふ、 あにいまの学者がくしゃ、 紫し金こんの容よう都と撥はらうて有う相そうをなし、 髻け珠しゅの教きょうはるかに指さして文もん字じとするに同おなじからんや。 無む色しきを語かたりてはすなはち真色しんしきを捨すて、 無む声しょうと論ろんじてすなはち梵ぼん声しょうを厭いとふ、 生しょう無為むいと号ごうして行ぎょうをば失道しつどうと称しょうせるは、 すなはち顛てん墜ついの邪山じゃせんなり、 まことに悲かなしむべし。

故ニ¬法華¼・¬維摩¼等ノ経ニ、有↧以テ↢音声語言ヲ↡而作ナスコト↦仏事ヲ↥。又声名句文為タリト云↢諸教ノ軆タイ↡、豈 ニ同ジカラムヤ↧今之学者、紫金之容ヨウ都ト撥ハラハチウテ為ナシ↢有相ヲ↡、髻ケ珠之教懸ハルカニ指サシテ為↦文字ト↥。語カタテハ↢无色ヲ↡則捨ステ↠於オ↢真色↡、論ジテ↢无声ト↡乃チ厭イトフ↠於オ↢梵声↡、生号シテ↢無為ト↡行0946ヲバ称セルハ↢失シチ道ト↡、即顛テンクツガヘリ墜ダオツノ邪山ナリ、良マコトニ可シ↠悲シム矣。

いまはすなはちしからず、 また ¬金剛こんごう般若はんにゃ¼ にのたまはく、 「六ろく度ど万まん行ぎょう一切いっさいの善法ぜんぽう、 仏因ぶついんにあらずといふことなし、 これはこれ釈しゃ迦か三さん世ぜの諸仏しょぶつの誠じょう諦たいなり真言しんごんなり、 これをもつて信しん敬きょうをなして依え行ぎょうすべし」 と。 いま ¬大だい無む量りょう寿じゅ経よう¼ によりて五会ごえの念仏ねんぶつ。 乃至

今ハ則不↠然ラ、且マタ¬金剛般若ニ¼云、「六度万行一切ノ善法、无シ↠非トイフコト↢仏因ニ↡、此ハ是 レ釈迦三世ノ諸仏ノ誠諦ナリ真言ナリ、是ヲ以テ為ナシテ↢信敬ヲ↡可シ↢依行ス↡。」今依テ↢¬大无量寿経ニ¼↡五会ノ念仏。乃至

問とふていはく。 五会ごえ念仏ねんぶつ、 出いでていづれの文もんにかある。 答こたへていはく。 ¬大だい無む量りょう寿じゅ経きょう¼ (巻上意) にのたまはく、 乃至 「清しょう風ふう時ときに発おこりて五会ごえの音おん声じょうを出いだす、 微み妙みょうの宮きゅう・商しょう自じ然ねんにあひ和わす、 みなことごとく念仏ねんぶつ・念法ねんぽう・念僧ねんそうなり。 それ音こえを聞きくものは深じん法忍ぼうにんを得え、 不ふ退転たいてんに住じゅうして仏道ぶつどうを成なるに至いたる」 と。

問曰。五会念仏出在何文。答曰。¬大无量寿経ニ¼云、 乃至 「▲清風時ニ発オコテ出ス↢五会ノ音声ヲ↡、微妙ノ宮キウ・商シヤウ自然ニ相ヒ和ワス、▲皆悉ク念仏・念法・念僧ナリ。其 レ聞ク↠音ヲ者 ノハ得エ↢深法忍ヲ↡、住シテ↢不退転ニ↡至ル↠成ルニ↢仏道ヲ↡。」

また五会ごえの念仏ねんぶつを釈しゃくせば、 五ごとはこれ会えの数かずなり、 会えとは集しゅう会えなり、 かの五ご種しゅの音おん声じょう、 緩かんより急きゅうに至いたるまで、 ただ仏法ぶっぽう僧そうを念ねんじて、 さらに雑念ざつねんなし。 念ねんはすなはち無む念仏ねんぶつの不二ふにの門もんなり、 声しょうはすなはち無む常じょう第一だいいちの義ぎなり。

又釈セバ↢五会ノ念仏ヲ↡、五ト者ハ是 レ会ヱ数カズナリ、会ヱト者ハ集会ナリ、彼ノ五種ノ音声、従リ↠緩クワン至マデ↠急キウニイソガシ、唯念テ↢仏法僧ヲ↡、更ニ无シ↢雑念↡。念則无念仏ノ不二門也、声ハ則无常第一ノ義也。

ゆゑにひねもすに仏ぶつを念ねんずればつねに真しん性しょうに順じゅんじ、 ひねもすに生しょうを願がんずればつねに妙みょう理りをして心しんを発おこさしめん。 かくのごときのものあればかならずまさに天てん魔まを降くだすべし、 法ほう鼓くを撃うち、 六種ろくしゅ震動しんどうし、 四華しけ繁しげく雨ふりて、 金剛こんごうの宝ほう座ざに正しょう覚がく期ごすべきものなり。 ゆゑに ¬観かん経ぎょう¼ (意) にのたまはく、 「もし念仏ねんぶつするものは、 まさに知しるべし、 これ人にん中ちゅうの芬ふん陀利だり華けなり、 名なづけて希有けうとす。 観かん世ぜ音おん・大だい勢せい至し勝しょう友うとなりたまふ、 まさに道どう場じょうに坐ざして諸仏しょぶつの家いえに生しょうずべし」 と。

故終日ヒネモスニ念レバ↠仏ヲ恒ニ順ジ↠於ニ↢真性↡、終日ニ願レバ↠生ヲ常ニ使シメム↧於シテ↢妙理ヲ↡発サ↞心ヲ。有レバ↢如ク↠此者 ノ↡必ズ当ベ ニシ↠降クダス↢天魔ヲ↡、撃ウチ↢法鼓クヲ↡、六種震動シ、四華繁シゲク雨フテ、金剛ノ宝座ニ正覚可キモノ↠期ゴス也。故ニ¬観経ニ¼曰ク、「▲若念仏スル者 ノハ、当ニシ↠知ル、此 レ人中ノ芬陀利華ナリ、名テ為ス↢希有ト↡。観世音・大勢至為ナリタマフ↢勝友ト↡、当ベ ニシ↧坐シテ↢道場ニ↡生ズ↦諸仏ノ家ニ↥。」

これをもつて如来にょらいつねに三昧さんまい海かいの中なかにおいて細綿もうまんの手みてを挙あげてのたまはく、 父ちちの王おうにいはく、 ª王おういま坐ざ禅ぜんしてただまさに念仏ねんぶつすべし、 あに同おなじく念ねんを離はなれて無む念ねんを求もとめ、 生しょうを離はなれて無む生しょうを求もとめんや。 相好そうごうを離はなれて法身ほっしんを求もとめ、 文もん字じを離はなれて解げ脱だつを求もとめんや。

是ヲ以テ▲如来常ニ於テ↢三昧海ノ中ニ↡挙アゲテ↢細綿マウマンノ手ミテヲ↡謂ク、父ノ王曰ク、王今坐禅シテ但当ニシ↢念仏ス↡、豈 ニ同ク離レテ↠念ヲ求モトメ↢乎无念ヲ↡、離レテ↠生ヲ求モトメ↢於无生ヲ↡乎。離レテ↢相好ヲ↡求モトメ↢乎法身ヲ↡、離レテ↢文字ヲ↡求メムヤ↢乎解脱ヲ↡。

それかくのごとくするものはすなはち断滅だんめつの見けん思しに住じゅうして謗仏ほうぶつ毀き経きょうせり、 法業ほうごうを成じょう櫃きし無む間けんに墜おつ。 およそ道どうを修しゅすることあらんものは慎つつしんで毀そしらざるべし、 歟かを敬うやまはざるべし、 また観仏かんぶつ三昧ざんまいは、 これ破は戒かいのものの護まもり、 失道しつどうのものの依たより、 煩悩ぼんのう賊ぞくの中なかの大勇だいゆう猛将みょうしょう、 首しゅ楞りょう厳ごん王おう百ひゃく千せん三昧ざんまいの所しょ出生しゅっしょうの処ところなり、 またもろもろの三昧さんまいの母ははと名なづく、 またもろもろの三昧さんまいの王おうと名なづく、 また諸仏しょぶつともに印いん可かするところの定じょうと名なづく、 また如来にょらい禅ぜんと名なづく、 二に乗じょう外げ道どう等とうの禅ぜんにあらず、 まことに知しるべしº と。 乃至

夫ソレ如クスル↠是者 ノハ則住シテ↠於ニ↢断滅ノ見思↡謗仏毀クヰ経セリ、成↢櫃ヒツシ法業ヲ↡墜オ0947ツ↢无間ニ↡矣。凡ソ在ラムモノハ↠修コト↠道ヲ可シ↠不ル↢慎ツヽシンデ毀ソシラ↡、可シ↠不ル↠敬ウヤマハ↠歟、又観仏三昧ハ、是 レ破戒ノ者 ノノ護マモリ、失道ノ者 ノノ依、煩悩賊ゾクノ中大勇ユ猛ミヤウ将、首楞厳王百千三昧ノ所出生ノ処ナリ、亦名ク↢諸三昧母ト↡、亦名ク↢諸三昧王ト↡、亦名↢諸仏共所印可定ト↡、亦名↢如来禅ト↡、非ズ↢二乗外道等ノ禅ニ↡、信マコトニ可↠知矣。乃至

第一だいいちの会えは平声びょうしょうに緩ゆるく念ねんず      南无阿弥陀仏
第だい二にの会えは平びょうに声こえを上あげて緩ゆるく念ねんず  南无阿弥陀仏
第三だいさんの会えは緩ゆるにあらず急きゅうにあらず念ねんず 南无阿弥陀仏
第だい四しの会えはやうやく急きゅうに念ねんず     南无阿弥陀仏
第だい五ごの会えは四字しじを転てんじて急きゅうに念ねんず     阿弥陀仏

第一ノ会ハ平声ニ緩ユルクワンク念ズ       南无阿弥陀仏
第二ノ会ハ平ニ上アゲテ↠声ヲ緩ユルク念ズ    南无阿弥陀仏
第三ノ会ハ非ズ↠緩ユルニ非ズ↠急キウニ念ズ    南无阿弥陀仏
第四ノ会ハ漸ヤウヤク急キウニ念ズ        南无阿弥陀仏
第五ノ会ハ四字ヲ転ジテ急キウニ念ズ       阿弥陀仏

    宝鳥賛 依テ↢¬阿弥陀経ニ¼↡

あるいは散善さんぜん波羅はら蜜みつを説とき、 あるいは定じょう慧え入にゅう深禅じんぜんを説とく。
あるいは長じょう時じ修しゅ苦く行ぎょうを説とき、 あるいは無む上じょう菩ぼ提だいの因いnを説とく。
   これを略出りゃくしゅつす

或説↢散善波羅蜜↡弥陀仏或説↢定慧入深禅↡弥陀仏
或説↢長時修苦行↡弥陀仏或説ク↢无上菩提ノ因ヲ↡弥陀仏

     略出之

    維摩賛 依テ↢¬維摩経ニ¼↡

仏国ぶっこく清浄しょうじょうなること心こころによりて現げんず。 種々しゅじゅの荘しょう厳ごん心しんの裏うちより生しょうぜり。
足あしの指ゆびをもて地じを按あんずれば、 三千さんぜん界かいの虚空こく性しょう海かい華け台だいに坐ざす。
毘耶離びやり城じょうの方ほう丈じょうの室しつに、 ひとりの居士こじあり維ゆい摩まと号ごうす。
病やまいに託たくして身みを現げんじて疾しつあり。 国主こくしゅ王おう子じことごとく来遇らいぐうしたまふ。

0948仏国清浄ナルコト従ヨテ↠心現ズ難思議維摩詰種種ノ荘厳心ノ裏ウチヨリ生ゼリ難思議維摩詰
足アシノ指ユビヲモテ按アンズレバ↠地ヲ三千界難思議維摩詰虚空性海坐ス↢華台ニ↡難思議維摩詰
毘ビ耶離城ノ方ホウ丈ヂヤウノ室シチ難思議維摩詰有リ↢一リノ居士コジ↡号ス↢維ユイ摩マト↡難思議
託タクシテ↠病ヤマヒニ現ジテ↠身ヲ而有↠疾シチ已後依前如 国主王子悉ク来遇シタマフ

    五会賛 依テ↢¬无量寿経ニ¼↡ 釈法照

第一だいいちの会えの時ときは平声びょうしょうに入いれ。 第だい二には極ごく妙みょうにして清しょう音おんを演のぶ。
第三だいさんは盤旋ばんせんして楽がくを奏そうするがごとく、 第だい四しはかならず用力ゆうりきを期ごして吟ぎんず。
第だい五ごは高こう声しょうにただすみやかに念ねんず。 この五会ごえを聞ききて無む生しょうを悟さとる。
   これを略抄りゃくしょうす

第一ノ会ノ時ハ平声ニ入レ弥陀仏第二ハ極妙ニシテ演ノブ↢清音ヲ↡弥陀仏
第三ハ盤旋バンセンシテ如ク↠奏ソウスルガ↠楽ヲ弥陀仏第四ハ要 ラズ期ゴシテ↢用力ヲ↡吟ギムナクズ弥陀仏
第五ハ高声ニ唯速スミヤカニ念ズ弥陀仏聞テ↢此ノ五会ヲ↡悟サトル↢无生ヲ↡弥陀仏

     略抄之

    浄土楽賛 ▲依¬称讃浄土経¼ 釈法照

如来にょらいの尊号そんごうはなはだ分ぶん明みょうなり。 十方じっぽう世せ界かいにあまねく流る行ぎょうす。
ただ称名しょうみょうするものありてみな往ゆくことを得う。 観音かんのん・勢せい至しみづから来迎らいこうしたまふ。

◆如来ノ尊号甚ダ分明ナリ浄土楽十方世界ニ普ク流行ス浄土楽
但有テ↢称名スルモノ↡皆得ウ↠往コトヲ浄土楽観音・勢至自ラ来迎タマフ浄土楽

弥陀みだの本願ほんがんことに起き殊しゅせり。 慈悲じひ方便ほうべんして凡ぼん夫ぶを引いんし、
一切いっさい衆しゅ生じょうみな度ど脱だつす。 名みなを称しょうすれば即すなはち罪つみ消しょう除じょすることを得う。

◆弥陀ノ本願特コトニ起殊セリ慈悲方便シテ引シ↢凡夫ヲ↡
一切衆生皆度脱ス称スレバ↠名ヲ即得↢罪消除スルコトヲ↡

凡ぼん夫ぶもし西方さいほうに到いたることを得えつれば、 昿劫こうごう塵沙じんじゃの罪つみ滅亡めつもうす。
六ろく神通じんずうを具ぐし自じ在ざいを得えて、 永ながく老ろう病びょうを除のぞき無む常じょうを離はなる。
   これを略抄りゃくしょうす

0949◆凡夫若得ツレバ↠到コトヲ↢西方ニ↡昿劫塵ヂン沙ノ罪ツミ滅ホロブ亡マウス
具シ↢六神通ヲ↡得テ↢自在ヲ↡永ク除ノゾキ↢老病ヲ↡離ル↢无常ヲ↡

     略抄之

    雑六根賛 依¬大般若経¼ 釈法照

  我が浄じょう楽らく我が浄じょう楽らく、   瞻見せんけん心空しんくう了りょう世せ間けん。

  我浄楽我浄楽瞻見心空了世間我浄楽

眼根げんこんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 色界しきかい来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
色しき性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。
耳に根こんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 声しょう界かい来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
声しょう性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。

観↢見スルニ眼根ヲ↡常ニ清浄ナリ我浄楽色界无シテ↠来本ヨリ是 レ空ナリ我浄楽
色性本ヨリ来タ无シ↢障↡我浄楽无↠来无↠去是真空ナリ
観↢見スルニ耳ニ根ヲ↡常ニ清浄ナリ我浄楽声界无シテ↠来本ヨリ是 レ空ナリ
声性本ヨリ来タ无↢障↡我浄楽无来无去是真空ナリ我浄楽

鼻び根こんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 香界こうかい来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
香こう性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。
舌根ぜっこんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 味み界かい来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
味み性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。

観↢見スルニ鼻根ヲ↡常ニ清浄ナリ我浄楽香界无シテ↠来本ヨリ是 レ空ナリ我浄楽
香性本ヨリ来タ无↢障↡我浄楽无来无去是真空ナリ我浄楽
観↢見スルニ舌根ヲ↡常ニ清浄ナリ我浄楽味ミ界无↠来本ヨリ是空ナリ
味性本ヨリ来タ无↢障↡我浄楽无来无去是真宗ナリ我浄楽

身しん根こんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 身香しんこう来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
触そく性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。
意い根こんを観見かんけんするにつねに清浄しょうじょうなり。 法界ほうかい来きたることなくしてもとよりこれ空くうなり。
法ほう性しょうもとよりこのかた障しょう礙げなし。 来きたることなく去さることなくこれ真空しんくうなり。

観↢見スルニ身根ヲ↡常ニ清浄ナリ我浄楽触ソク香無来本ヨリ是 レ空ナリ我浄楽
0950触性本ヨリ来タ无↢障↡我浄楽无来无去是真空ナリ我浄楽
観↢見ニ意根↡常ニ清浄ナリ我浄楽法界无来本リ是空ナリ我浄楽
法性本リ来タ无↢障↡我浄楽无来无去是真空リ

妄想もうぞうの眼根げんこん色しきを縁えんじて転てんじ、 妄もう聴ちょうに耳に界かい声しょうを被かぶりて牽ひく。
妄もう臭しゅうの鼻び香こう舌した味あじを染ぜんし、 妄識もうしきの身しん意い塵じんに触ふれて遷うつる。
妄想もうぞうの波なみを騰あぐるにつねに没もつ溺にゃくし、 煩悩ぼんのうの猛たけき焔ほのおとこしなへに焼しょう燃ねんす。
これがために三界さんがいの獄ごくを輪還りんげんして、 生しょう老ろう病びょう死しの苦くつねに煎にる。
   これを略抄りゃくしょうす

妄マウ想ノ眼根縁↠色転ジ努力妄マウ聴ノ耳界被カブテ↠声ヲ牽ヒク努力
妄臭シユノ鼻香舌シタ染ゼンシ↠味ヲ努力妄識マウシキ身触フレテ↢意塵ニ↡遷ウツル努力
妄想ノ騰アグルニ↠波ナミヲ常ニ没溺ニヤクシ努力煩悩ノ猛タケキ焔ホノヲ鎮トコシナヘニ焼燃ス難識
為ニ↠此 レガ輪↢還シテ三界ノ獄ヲ↡努力生老病死ノ苦常ニ煎ニル難識

     略抄之

    正法楽賛 依¬仏本行経¼ 依浄土楽知

  正しょう法ぼう楽らく正しょう法ぼう楽らく、   正しょう法ぼう不思議ふしぎ。
釈しゃ迦か如来にょらい因いん地じの時とき、 歴りゃっ劫こうの苦く行ぎょう不思議ふしぎなり。
頓とんに身財しんざいを捨すてて妙みょう法ほうを求もとむ。 ただ仏ぶつと仏ぶつとのみすなはちよく知しりたまへり。
  正しょう法ぼう楽らく正しょう法ぼう楽らく、   正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

  正法楽正法楽  正法不思議
釈迦如来因地ノ時正法楽歴劫ノ苦行不思議ナリ正法楽
頓トンニ捨テヽ↢身財ヲ↡求ム↢妙法ヲ↡正法楽唯仏ト与トノミ↠仏乃能ク知タマヘリ正法楽
  正法楽正法楽正法能超出世間正法楽

成じょう仏ぶつより四し十じゅう余九よく年ねん、 かの国くにに経行きょうぎょうし五ご天てんに遊あそびて、
あまねく衆しゅ生じょうを勧すすめてねんごろに念仏ねんぶつせしむ。 また教おしへて戒かいを持たもちおよび禅ぜんを修しゅす。
  正しょう法ぼう楽らく正しょう法ぼう楽らく、   正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

成仏ヨリ四十余九年正法楽彼国ニ経行シ遊アソビテ↢五天ニ↡正法楽
0951普ク勧メテ↢衆生ヲ↡懃ネムゴロニ念仏セシム正法楽亦教ヘテ持チ↠戒ヲ及ビ修ス↠禅ヲ正法楽
  正法楽正法楽正法能超出世間正法楽

涅ね槃はん以後いご一千いっせん年ねん、 法ほう教きょう流る伝でんしてこの間けんに到いたる。
衆しゅ生じょううたた読どくして、 行ぎょう学がくによりて示じ成じょう道どう果かして天てんに生しょうずることを示しめす。
            正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

涅槃已後一千年法教流伝シテ到ル↢此間ニ↡
衆生転 タヽ読シテ依テ↢行学ニ↡示成道果シテ示生ズ↠天ニ
正法能超出世間正法楽

衆しゅ生じょう仏ぶつに随したがひて西方さいほうに到いた、 微み塵じんの故こ業ごうおのづから消しょう亡もうす。
如来にょらい願力がんりきをもつてまのあたり加被かびしたまふ。 聞法もんぼう悟ご道どうして真しん常じょうを証しょうす。
なにものをかこれを名なづけて正しょう法ぼうとする。 もしこの道どう理りならばこれ真しん宗しゅうなり。
好悪こうあくこの時ときにすべからく決けっ択ちゃくすべし。 一々いちいちになんぢ細くはしくして朦もう朧りょうすることなかれ。
            正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

衆生随テ↠仏ニ到レバ↢西方ニ↡微塵ノ故コ業自ラ消亡セウマウスホロブ
如来願力ヲモテ親マノアタリ加被カビシタマフ聞法悟道シテ証ス↢真常ヲ↡
▲何者ヲカ名テ↠之為ル↢正法ト↡若箇コノ道理ナラバ是真宗ナリ
好悪今コノ時ニ須ベ クシ↢決択ス↡一一ニ子ナンヂ細クハシクシテ莫レ↢朦マウ朧リヨウスルコト↡
正法能超出世間

持じ戒かい坐ざ禅ぜんを正しょう法ぼうと名なづく。 念仏ねんぶつ成じょう仏ぶつこれ真しん宗しゅうなり。
仏言ぶつごんを取とらざるを外げ道どうと名なづく。 撥はち無ぶ因いん果がの見けんを空くうとすればなり。
            正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

◆持戒坐禅ヲ名↢正法ト↡念仏成仏是真宗ナリ
不ルヲ↠取↢仏言ヲ↡名↢外道ト↡撥ハチ无ブ因果ノ見ヲ為スレバナリ↠空ト
正法能超出世間

禅律ぜんりついまこれ正しょう法ぼうなり。 念仏ねんぶつ三昧ざんまいこれ真しん宗しゅうなり。
見けん性しょう了りょう心しんすなはちこれ仏ぶつなり。 いかんぞ道どう理り相応そうおうせざらん。
            正しょう法ぼう能のう超出ちょうしゅつ世せ間けん。

◆禅律如何イマ是正法ナリ念仏三昧是真宗ナリ
0952見性了心便チ是仏ナリ如何ゾ道理不ラム↢相応セ↡
正法能超出世間

念仏ねんぶつは声々しょうしょうに仏種ぶっしゅを下くだす。 坐ざ禅ぜん持じ戒かいは真功しんこうをもつてなり。
なんぢもし修しゅせずしてすなはち作さ仏ぶつすといはば、 たとへば飢き人にんのむなしく風かぜを掩おおふがごとし。
   略抄りゃくしょう

念仏ハ声声ニ下ス↢仏種ヲ↡坐禅持戒ハ用モテナリ↢真功ヲ↡
汝若不ズシテ↠修便作仏ストイハバ喩タトヘバ若ゴトシ↢飢キウヘタル人ノ空ク掩オホフガ↟風ヲ

     略抄

    西方楽賛 ▲依¬阿弥陀経¼

西方さいほうの進道しんどうは娑しゃ婆ばに勝すぐれたることは、 五ご欲よくおよび邪じゃ魔まなきによつてなり。
成じょう仏ぶつするにもろもろの善業ぜんごうを労わずらはず。 華け台だいに端たん坐ざして弥陀みだを念ねんずるをもつてなり。
  西方楽さいほうらく西方楽さいほうらく、   西方さいほう浄じょう土ど不思議ふしぎ。

◆西方ノ進道ハ勝タルコトハ↢娑婆ニ↡西方楽縁ヨテナリ↠无キニ↢五欲及ビ邪魔↡
成仏スルニ不ズ↠労ワヅラハ↢諸ノ善業ヲ↡諸仏子華台ニ端坐シテ念ズルヲモテナリ↢弥陀ヲ↡
  西方楽西方楽西方浄土不思議莫著人間楽

五ご濁じょくの修しゅ行ぎょうは退転たいてん多おおし。 念仏ねんぶつして西方さいほうに往ゆかんにはしかず。
かしこに到いたれば自じ然ねんに正しょう覚がくを成なりて、 苦く海かいに還来げんらいして津しん梁りょうをなす。

◆五濁ノ修行ハ多シ↢退転↡西方楽不ズ↠如シカ↣念仏シテ往ユカムニハ↢西方ニ↡西方楽
到レバ↠彼ニ自然ニ成テ↢正覚ヲ↡諸仏子還↢来シテ苦海ニ↡作ス↢津シム梁リヤウヲ↡莫著人間楽

万まん行ぎょうの中なかに急きゅう要ようにして迅速じんそくたるは、 浄じょう土ど門もんに過すぎたるはなし。
ただ本ほん師し金こん口くの説ときたまふのみにあらず。 十方じっぽう諸仏しょぶつもともに伝つたへ証しょうしたまふ。

◆万行之中ニ為タルハ↢急要ニシテ西方楽迅速ジンソク↡无シ↠過タルハ↢浄土門ニ↡
不ズ↢但 ダ本師金口ノ説タマフノミニ↡諸仏子十方諸仏モ共ニ伝ツタヘ証シタマフ莫著人間楽

この界かいに一人いちにん仏ぶつ名みょうを念ねんずれば、 西方さいほうにすなはち一ひとつの蓮はちす生しょうずることあり。
ただし一いっ生しょうつねに不ふ退たいなれば、 一いっ華け還かえりてこの間けんに到いたりて迎むかふ。
   以い上じょうこれを略抄りゃくしょうす

◆此界ニ一人念レバ↢仏名ヲ↡西方楽西方ニ便チ有↢一ノ蓮 ス生コト↡西方楽
0953但使シ一生常ニ不退ナレバ西方楽一華還テ到テ↢此間ニ↡迎フ莫著人間楽

     已上略抄之

    般舟三昧楽 ▲依¬般舟三昧経¼ 慈愍和尚

今日こんにち道どう場じょうの諸衆しょしゅ等とう、 恒沙ごうじゃ昿劫こうごうより総そうじて経へ来きたれり。
この人身にんじんを度はかるに値ち遇ぐうしがたし。 たとへば優う曇どん華げのはじめて開ひらくがごとしと。

◆今日道場ノ諸衆等恒沙昿劫ヨリ総ジテ経ヘ来レリ
度ハカルニ↢此人身ヲ↡難シ↢値遇シ↡喩タトヘバ若シト↢優ウ曇ドム華ノ始テ開クガ↡

まさしくまれに浄じょう土どの教きょうを聞きくことに値あひ、 まさしく念仏ねんぶつの法門ほうもん開ひらくるに値あふ。
まさしく弥陀みだの弘ぐ誓ぜい喚よばふに値あひ、 まさしく大衆だいしゅ信心しんじん回えするに値あふ。

◆正ク値アヒ↣希マレニ聞コトニ↢浄土ノ教ヲ↡正ク値アフ↢念仏ノ法門開クルニ↡
正ク値アヒ↢弥陀ノ弘誓喚ヨバウニ↡正ク値アフ↢大衆信心迴スルニ↡

まさしく今日こんにち経きょうによりて讃さんずるに値あひ、 まさしく絜ちぎりを結むすびて華け台だいに上のぼるに値あふ。
まさしく道どう場じょうの魔事まじなきに値あひ、 まさしく病びょう悩のうなくしてよく来きたれるに値あふ。

◆正ク値アヒ↢今日依テ↠経ニ賛ズルニ↡正ク値フ↣結テ↠絜チギリヲ上ノボルニ↢華台ニ↡
正ク値ヒ↣道場ノ无ニ↢魔事↡正ク値アヘリ↧无シテ↢病悩↡能ク来レルニ↥

まさしく七日しちにちの功こう成じょう就じゅすることに値あふ。 四し十じゅう八願はちがんかならずあひ携たずさふ。
あまねく道どう場じょうの同どう行ぎょう者しゃを勧すすむ。 ゆめゆめ回え心しんせよ 帰去来いざさはかえんなん

◆正ク値フ↢七日ノ功コウ成就コトニ↡四十八願要 ラズ相 ヒ携タズサフ
普ク勧ム↢道場ノ同行者ヲ↡努力ユメユメ回心セヨ帰去来イザヽハカエムナム

借問とふ家か郷きょうはいづれの処ところにかある。 極楽ごくらく池いけの中なかの七宝しっぽうの台うてななり。
かの仏ぶつ因いん中ちゅうに弘ぐ誓ぜいを立たてたまふ。 名みなを聞ききてわれを念ねんぜば総そうじて迎来こうらいす。

◆借問トフ家か郷キヤウハ何 レノ処ニカ在ル極楽池ノ中ノ七宝ノ台ナリ
彼ノ仏因中ニ立タマフ↢弘誓ヲ↡聞テ↠名念ゼバ↠我総ジテ迎来カウライス

貧びん窮ぐと富ふう貴きとを簡えらばず、 下智げちと高才こうざいとを簡えらばず。
多た聞もんと浄じょう戒かいを持たもてるを簡えらばず、 破は戒かいと罪根ざいこん深ふかきとを簡えらばず。

◆不ズ↠簡エラバ↣貧窮ト将トヲ↢富貴↡不↠簡↣下智ト与トヲ↢高才↡
不↠簡エラバ↣多聞ト持ルヲ↢浄戒ヲ↡不↠簡↢破戒罪根深トヲ↡

ただ回え心しんして念仏ねんぶつ多おおければ、 よく瓦が礫りゃくを変へんじて金こがねとなさしむ。
語ことばを現前げんぜんの諸しょ大衆だいしゅに寄よす。 同縁どうえんにて去ゆく者ものはやくあひ尋たづねよ。

◆但使 ダ回心シテ多レバ↢念仏↡能ク令シム↢瓦礫ヲ変ジテ成ナサ↟金ト
寄ヨス↢語ヲ現前ノ諸大衆ニ↡同縁ニテ去ユク者 ノ早ク相 ヒ尋タヅネヨ

借問とふ、 いづれの処ところをあひ尋たづねて去ゆくべき。 報こたへて弥陀みだの浄じょう土どの中なかと道いふべし。
借問とふ、 何なにによりてかかしこに生しょうずることを得うる。 報こたへて道いふべし念仏ねんぶつおのづから功こうを成じょうずと。

◆借問トフ相 ヒ↢尋テ何ノ処ヲ↡去ユクベキ報コタヘテ道イフベシ↢弥陀ノ浄土ノ中ト↡
借問トフ何ニ縁テカ得ル↠生コト↠彼ニ報コタヘテ道イフベシ念仏自ラ成ズト↠功コウヲ

借問とふ、 今こん生じょうの罪ざい障しょう多おおし。 いかんぞ浄じょう土どはあひ容いることを肯がえんぜん。
報こたへて道いふべし称名しょうみょうして罪つみ消しょう滅めつすること、 たとへば明みょう灯とうを闇あんの中なかに入いるるがごとしと。

◆借問トフ今生ノ多シ↢罪障↡如何ゾ浄土ハ肯ガエムゼム↢相 ヒ容イルコトヲ↡
報コタヘテ道イフベシ称名シテ罪消滅スルコト喩タトヘバ若ゴトシト↣明灯ヲ入ルガ↢闇アンヤミノ中ニ↡

借問とふ、 凡ぼん夫ぶ生しょうずることを得うるやいなや。 いかんぞ一念いちねんに闇あんの中なかに明みょうならむ。
報こたへて道いふべし疑うたがいを除のぞきて多おおく念仏ねんぶつすれば、 弥陀みだ決けつ定じょうしてみづから親迎しんごうしたまふ。
   以い上じょう略抄りゃくしょう

◆借問トフ凡夫得ルヤ↠生否イナヤ如何ゾ一念ニ闇アンノ中ニ明ナラム
報コタヘテ道イフベシ除テ↠疑ヲ多ク念仏スレバ弥陀決定シテ自ラ親迎シタマフシタシクムカヘタマフナリ

     已上略抄

    ▲新无量寿観経賛 法照述

十じゅう悪あく五ご逆ぎゃくの愚ぐ人にんに至いたる。 永劫ようごうに沈淪ちんりんして久く塵じんにあり。
一念いちねん弥陀みだの号みなを称しょう得とくすれば、 かしこに至いたりて還かえりて法ほっ性しょう身しんに同どうず。

◆十悪五逆ノ至ル↢愚人ニ↡永劫ニ沈淪シテ在リ↢久塵ニ↡
一念称↢得スレバ弥陀ノ号ヲ↡至テ↠彼ニ還テ同ズ↢法性身ニ↡

 

0955△涅槃経

・聖行品1

¬涅ね槃はん経ぎょう¼ 十じゅう二に巻かん (南本巻一二聖行品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 愛あいに二に種しゅあり。 一いちには善愛ぜんあい、 二にには不ふ善愛ぜんあいなり。 不ふ善愛ぜんあいは凡ぼん愚ぐの善ぜんを求もとむるなり。 法愛ほうあいはもろもろの菩ぼ薩さつ善ぜんを求もとむるなり。 法愛ほうあいはまた二に種しゅあり、 不ふ善ぜんと善ぜんとなり。 二に乗じょうを求もとむるは名なづけて不ふ善ぜんとす。 大だい乗じょうを求もとむるはこれを名なづけて善ぜんとするなり」 と。 文

¬涅槃経¼十二巻言、「善男子、愛ニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ善愛、二ニ者ハ不善愛ナリ。不善愛者ハ凡ボム愚グ之ノ求ムルナリ↠善ヲ。法愛者ハ諸ノ菩薩求ムルナリ↠善ヲ。法愛者ハ復有リ↢二種↡、不善ト与トナリ↠善。求ル↢二乗ヲ↡者ハ名テ為ス↢不善ト↡。求ル↢大乗ヲ↡者ハ是ヲ名テ為スルナリ↠善ト。」 文

・聖行品2

また (南本巻一二聖行品) のたまはく、 「実諦じったいは一道いちどう清浄しょうじょうなり、 二にあることなきなり」 と。 文

又云、「▲実諦者ハ一道清浄ナリ、無キ↠有コト↠二也。」 文

・聖行品3

また (南本巻一二聖行品) のたまはく、 「真実しんじつといふはすなはちこれ如来にょらいなり、 如来にょらいはすなはちこれ真実しんじつなり、 真実しんじつはすなはちこれ虚こ空くうなり、 虚こ空くうはすなはちこれ真実しんじつなり、 真実しんじつはすなはちこれ仏ぶっ性しょうなり、 仏ぶっ性しょうはすなはちこれ真実しんじつなり」 と。 文

又云ハク、「▲言ハク↢真実ト↡者ハ即是如来ナリ、如来者ハ即是真実ナリ、真実者ハ即是虚空ナリ、虚空者即是真実ナリ、真実者ハ即是仏性ナリ、仏性者ハ即是真実ナリ。」 文

・聖行品4

¬涅ね槃はん経ぎょう¼ 十じゅう三巻さんかん (南本巻一三聖行品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 常じょうはすなはちこれ如来にょらいなり、 如来にょらいはすなはちこれ僧そうなり、 僧そうはすなはちこれ常じょうなり。 この義ぎをもつてのゆゑに、 因いんより法ほうを生しょうずるを名なづけて常じょうとせざるは、 これもろもろの外げ道どうなり。 一法いっぽうとして因いんより生しょうぜざることあることなし。 善男ぜんなん子し、 このもろもろの外げ道どう仏ぶっ性しょう・如来にょらいおよび法ほうを見みず、 このゆゑに外げ所しょならくのみ。 言説ごんせつことごとくこれ妄もう語ごなり。 真諦しんたいあることなきはもろもろの凡ぼん夫ぶ人にんなり。 乃至 まさに知しるべし、 その実じつこれ常じょうにあらざるなり。

¬涅槃経¼十三巻言、「善男子、常者ハ即是如来ナリ、如来ハ即是僧ナリ、僧ハ即是常ナリ。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、従↠因生ズルヲ↠法ヲ不ザルハ↢名テ為セ↟常ト、是 レ諸ノ外道ナリ。無シ↠有コト↣一法トシテ不ルコト↢従↠因生↡。善男子、是ノ諸ノ外道不ズ↠見↢仏性・如来及法ヲ↡、是ノ故ニ外所耳ナラクノミ。言説悉ク是 レ妄語ナリ。無キハ↠有コト↢真諦↡諸ノ凡夫人ナリ。乃至 当ニ↠知ル、其ノ実非ル↢是 レ常ニ↡也。

善男ぜんなん子し、 一切いっさい有為ういはみなこれ無む常じょうなり。 虚こ空くう無為むい、 このゆゑに常じょうとす。 仏ぶっ性しょう無為むいなり、 このゆゑに常じょうとす。 虚こ空くうはすなはちこれ仏ぶっ性しょうなり、 仏ぶっ性しょうはすなはちこれ如来にょらいなり、 如来にょらいはすなはちこれ無為むいなり、 無為むいはすなはちこれ常じょうなり、 常じょうはすなはちこれ法ほうなり、 法ほうはすなはちこれ僧そうなり、 僧そうはすなはち無為むいなり、 無為むいはすなはちこれ常じょうなり。 乃至

▲善男子、一切有為皆是无常ナリ。虚空无為、是ノ故ニ為ス↠常ト。仏性无為ナリ、是ノ故ニ為ス↠常ト。虚空者ハ即是仏0956性ナリ、仏性者ハ即是如来ナリ、如来者ハ即是无為ナリ、无為者ハ即是常ナリ、常者ハ即是法ナリ、法者ハ即是僧ナリ、僧ハ即无為ナリ、无為者ハ即是常ナリ。乃至

善男ぜんなん子し、 悪あくに二に種しゅあり。 一いちは阿羅あら漢かん、 二には人にん中ちゅうなり。 人にん中ちゅうに三種さんしゅの悪あくあり。 一いちは一闡いっせん提だい、 二には誹ひ謗ほう方等ほうどう経きょう典てん、 三さんは犯ぼん四し禁きん。 乃至 無畏むい地じに住じゅうして、 二に十じゅう五ご三昧ざんまいを得えん。 乃至

▲善男子、悪ニ有リ↢二種↡。一者ハ阿羅漢、二者ハ人中ナリ。人中ニ有リ↢三種ノ悪↡。一者ハ一闡提、二者ハ誹謗方等経典、三者ハ犯四禁。乃至 ▲住シテ↢无畏地ニ↡、得エム↢二十五三昧ヲ↡。乃至

善男ぜんなん子し、 たとへば牛うしより乳にゅうを出いだす、 乳にゅうより酪らくを出いだす、 酪らくより生しょう蘇そを出いだす、 生しょう蘇そより熟じゅく蘇そを出いだす、 熟じゅく蘇そより醍だい醐ごを出いだす、 醍だい醐ご最さい上じょうなり、 もし服ぶくすることあれば、 衆しゅ病びょうみな除のぞこる、 所しょ有うの諸しょ薬やくことごとくその中なかに入いるがごとし。

▲善男子、譬バ如シ↧従↠牛出ス↠乳、従↠乳出ス↠酪、従↠酪出ス↢生蘇ヲ↡、従↢生蘇↡出ス↢熟蘇ヲ↡、従↢熟蘇↡出ス↢醍醐ヲ↡、醍醐最上ナリ、若シ有アレ↠服コト者バ、衆病皆 ナ除コル、所有ノ諸薬悉ク入ルガ↦其中ニ↥。

善男ぜんなん子し、 仏ぶつもまたかくのごとし。 仏ぶつより十じゅう二部にぶ経きょうを出いだす、 十じゅう二部にぶ経きょうより修しゅ多羅たらを出いだす、 修しゅ多羅たらより方等ほうどう経きょうを出いだす、 方等ほうどう経きょうより般若はんにゃ波羅はら蜜みつを出いだす、 般若はんにゃ波羅はら蜜みつより大だい涅ね槃はんを出いだす、 醍だい醐ごのごとし。 醍だい醐ごといふは仏ぶっ性しょうに喩たとふ、 仏ぶっ性しょうはすなわちこれ如来にょらいなり。 善男ぜんなん子し、 かくのごときの義ぎのゆゑに、 説ときて如来にょらい所しょ有うの功く徳どく無む量りょう無む辺へん不可ふか称しょう計げとのたまへり」 と。 文

◆善男子、仏モ亦如シ↠是ノ。従↠仏出ス↢十二部経ヲ↡、従↢十二部経↡出ス↢修多羅ヲ↡、従↢修多羅↡出ス↢方等経ヲ↡、従↢方等経↡出ス↢般若波羅蜜ヲ↡、従↢般若波羅蜜↡出ス↢大涅槃ヲ↡、猶↢如 ゴト シ醍醐ノ↡。言↢醍醐↡者ハ喩↠於ニ↢仏性↡、仏性者即是如来ナリ。善男子、如ノ↠是ノ義ノ故ニ、説テ言ノタマヘリト↢如来所有功徳无量无辺不可称計ト。」 文

・梵行品1

第だい十じゅう四し巻かん (南本巻一四梵行品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 慈じはすなはちこれ一切いっさい菩ぼ薩さつ無む上じょうの道どうなり、 道どうはすなはちこれ慈じなり、 慈じはすなはち如来にょらいなり。 善男ぜんなん子し、 慈じはすなはちこれ諸仏しょぶつ世せ尊そん無む量りょうの境きょう界がいなり、 無む量りょうの境きょう界がいすなはちこれ慈じ也なり。 まさに知しるべし、 この慈じすなはちこれ如来にょらいなり」 と。 文

第十四巻言、「善男子、慈者ハ即是一切菩薩无上之道ナリ、道ハ即是慈ナリ、慈ハ即如来ナリ。善男子、慈者ハ即是諸仏世尊无量ノ境界ナリ、无量ノ境界即是慈也。当ニ↠知ル、是ノ慈即是 レ如来ナリト。」 文

・梵行品2

第だい十じゅう五ご巻かん (南本巻一五梵行品) にのたまはく、 「もろもろの衆しゅ生じょうを見みるに闇あんより闇あんに入いる、 もろもろの衆しゅ生じょうありて闇あんより明みょうに入いる、 もろもろの衆しゅ生じょう明みょうより闇あんに入いるあり、 もろもろの衆しゅ生じょう明みょうより明みょうに入いるありと、 これを名なづけて見けんとす」 と。 文

第十五巻言、「見ミルニ↢諸ノ衆生ヲ↡従↠闇入ル↠闇ニ、有テ↢諸ノ衆生↡従↠闇入ル↠明ニ、有アリ↢諸ノ衆0957生従↠明入ル↟闇ニ、有リト↢諸ノ衆生従↠明ミヤウ入ル↟明ニ、是ヲ名テ為スト↠見ト。」 文

・梵行品3

また (南本巻一五梵行品) のたまはく、 「ª世せ尊そん、 それ道どうは非ひ色しき非ひ不ふ色しき、 不ふ長ちょう不ふ短たん、 非ひ高こう非下ひげ、 非ひ生しょう非ひ滅めつ、 非ひ赤しゃく非ひ白びゃく、 非ひ青しょう非ひ黄おう、 非有ひう非無ひむなり。 いかんぞ如来にょらい説ときて菩ぼ提だいを得うべしとのたまふや。 涅ね槃はんもまたかくのごとしº と。 仏ぶつののたまはく、 ªかくのごとしかくのごとしº と。

又云ハク、「世尊、夫ソレ道者ハ非色非不色、不長不短、非高非下、非生非滅、非赤非白、非青非黄、非有非无ナリ。云何ゾ如来説テ言ノタマフヤ↠可シト↠得ウ↢菩提↡。涅槃モ亦復 マタ 如シト↠是ノ。仏ノ言ノタマハク、如シ↠是ノ如シト↠是ノ。

善男ぜんなん子し、 道どうに二に種しゅあり。 一いちは常じょう、 二には無む常じょうなり。 菩ぼ提だいの相そうにまた二に種しゅあり。 一いちは常じょう、 二には無む常じょうなり。 涅ね槃はんもまたしかなり。 外げ道どうの道どうを名なづけて無む常じょうとす。 内道ないどうの道どうはこれを名なづけて常じょうとす。 声しょう聞もん・縁覚えんがく所しょ有うの菩ぼ提だいを名なづけて無む常じょうとす。 菩ぼ薩さつ・諸仏しょぶつ所しょ有うの菩ぼ提だいをこれを名なづけて常じょうとす。 外げの解げ脱だつは名なづけて無む常じょうとす。 内ないの解げ脱だつはこれを名なづけて常じょうとす。

▲善男子、道ニ有リ↢二種↡。一者ハ常、二者无常ナリ。菩提之相ニ亦有リ↢二種↡。一者常、二者无常ナリ。涅槃モ亦爾ナリ。外道ノ道ヲ名テ為ス↢无常ト↡。内道ノ道者ハ名テ↠之ヲ為ス↠常ト。声聞・縁覚所有ノ菩提ヲ名テ為↢无常ト↡。菩薩・諸仏所有ノ菩提ヲ名テ↠之ヲ為ス↠常ト。外ノ解脱者ハ名テ為↢无常ト↡。内ノ解脱者ハ名テ↠之ヲ為↠常ト。

善男ぜんなん子し、 道どうと菩ぼ提だいとおよび涅ね槃はん、 ことごとく名なづけて常じょうとす。 一切いっさい衆しゅ生じょうはつねに無む量りょうの煩悩ぼんのうのために覆おおはる、 慧え眼げんなきがゆゑに見みることを得うることあたはず。 しかるにもろもろの衆しゅ生じょう欲見よくけんのためのゆゑに戒かい・定じょう・慧えを修しゅす、 修しゅ行ぎょうをもつてのゆゑに、 道どう・菩ぼ提だいおよび涅ね槃はんを見み、 これを菩ぼ薩さつと名なづく。 道どう・菩ぼ提だい・涅ね槃はん道どうの性しょう相そうを得う、 実じつに不ふ生しょう滅めつなり、 この義ぎをもつてのゆゑに投とう持じすべからず。 乃至

◆善男子、道ト与ト↢菩提↡及以涅槃、悉ク名テ為↠常ト。一切衆生ハ常ニ為ニ↢无量ノ煩悩ノ↡所ル↠覆オホハ、无↢慧眼↡故ニ不↠能↠得↠見。而ニ諸ノ衆生為↢欲見↡故修↢戒・定・慧ヲ↡、以ノ↢修行↡故ニ、見↢道・菩提及以涅槃ヲ↡、是名ク↢菩薩ト↡。得↢道・菩提・涅槃道之性相ヲ↡、実ニ不生滅、以ノ↢是義↡故ニ不↠可↢投トウナグ持ヂ↡。乃至

道どうは色像しきぞう見みるべきことなしといへども、 称量しょうりょうして知しるべし、 しかるに実じつに用もちゆるあり。 乃至 衆しゅ生じょうの心しんのごときはこれ色しきにあらずといへども、 非ひ長ちょう、 非ひ短たん、 非麁ひそ、 非ひ細さい、 非ひ縛ばく、 非ひ解げ、 非ひ見けんの法ほうにしてまたこれ有うなり」 と。 文

◆道者雖モ↠无ト↢色像可キコト↟見ル、称量シテ可シ↠知ル、而ニ実ニ有リ↠用ユル。乃至 如キハ↢衆生ノ心ノ↡雖モ↠非ズト↢是 レ色↡、非長、非短、非麁、非細、非縛、非解、非見ノ法ニ而シテ亦是有ナリト。」 文

・梵行品4

第だい十じゅう六巻ろっかん (南本巻一六梵行品) にのたまはく、 「迦か葉しょう 乃至 偈げ頌じゅをもつて仏ぶつを讃歎さんだんしたてまつる。

第十六巻言、「迦葉 乃至 以↢偈頌ヲ↡而テ讃↢歎シタテマツル仏ヲ↡。

大だい慈じ衆しゅ生じょうを愍みんじたまふゆゑにいまわれ帰き依えす。 よく衆しゅの毒箭どくせんを抜ぬくゆゑに大だい医い王おうと称しょうす。
世医せいの療りょう治じするところ差いゆといへども還かえりてまた生しょうず。 如来にょらい治じしたまふところは畢ひっ竟きょうじてまた発ほっせず。
世せ尊そん甘かん露ろ薬やくをもつてもろもろの衆しゅ生じょうに施せしたまふ。 衆しゅ生じょうすでに服ぶくしおはりて死しせずまた生しょうぜず。
如来にょらいいまわれがために大だい涅ね槃はんを演説えんぜつしたまふ。 衆しゅ生じょう秘ひ蔵ぞうを聞ききてすなはち不ふ生しょう滅めつを得えんと。

  0958大慈ジ愍ミンジタマフ↢衆生ヲ↡ 故ニ今我帰依ス     善ク抜ヌク↢衆ノ毒箭ヲ↡  故ニ称ス↢大医王ト↡
  世医ノ所↢療レウ治スル↡  雖↠差イユト還テ復マタ生ズ   如来所↠治シタマフ者ハ  畢竟ジテ不ズ↢復発セ↡
  世尊甘露薬ヲ    以テ施シタマフ↢諸ノ衆生ニ↡ 衆生既ニ服シ已リテ   不ズ↠死セ亦不ズ↠生ゼ
  如来今為ニ↠我ガ   演↢説シタマフ大涅槃ヲ↡  衆生聞テ↢秘蔵ヲ↡   即得ムト↢不生滅ヲ↡

すなはち阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっすることを得えん。 まさに知しるべし、 この人ひとはすなはちこれ衆しゅ生じょうの真しんの善ぜん知ぢ識しきなり、 悪あく知ち識しきにあらず。 これわが弟子でしなり、 魔まの眷属けんぞくにあらず。 これを菩ぼ薩さつと名なづく世せ間けんにあらずとなり。 乃至

則便チ得エム↠発スルコトヲ↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡。当ニシ↠知ル、是ノ人ハ則チ是 レ衆生ノ真ノ善知識ナリ、非ズ↢悪知識ニ↡。是 レ我ガ弟子ナリ、非ズ↢魔ノ眷属ニ↡。是ヲ名ク↢菩薩ト↡非ズト↢世間ニ↡也。乃至

あるいはのたまはく、 如来にょらい比丘びく十種じっしゅの肉にくを食じきすることを聴ゆるさず。 なんらか十じゅうとする。 人にん・蛇じゃ・象ぞう・馬め・驢ろ・狗く・師子しし・猪ちょ・狐ご・獼み猴こうなり、 その余よはことごとく聴ゆるすと。 あるいはのたまはく、 一切いっさい聴ゆるさず」 と。 乃至

或ハ言 マハク、如来不ズ↠聴ユルサ↣比丘食コトヲ↢十種ノ肉ヲ↡。何ナン等ラカ為スル↠十ト。▼人ニン・蛇ジヤ・象ザウ・馬メ・驢ロ・狗ク・師子・猪チヨ・狐ゴ・獼ミ猴コナリ、其ノ余ハ悉ク聴ユルスト。或ハ言ク、一切不ズト↠聴ユルサ。」乃至

・梵行品5

第だい十じゅう七巻しちかん (南本巻一七梵行品) にのたまはく、 「その時ときに王舎おうしゃ大だい城じょうに阿あ闍じゃ世せ王おうあり。 その性しょう弊へい悪あくにしてよく殺戮せつろくを行ぎょうず。 口くちの四し悪あく、 貪とん・恚い・愚痴ぐちを具ぐしてその心こころ熾し盛じょうなりと。 乃至 しかるに眷属けんぞくのために現げん世ぜの五ご欲よくの楽らくに貪とん著じゃくせるがゆゑに、 父ちちの王おう辜つみなきに横おうに逆ぎゃく害がいを加かス↢。

第十七巻言、「▲爾時ニ王舎大城ニ阿闍世王アリ。其ノ性弊ヘイ悪ニシテ善ク行ズ↢殺戮セチロクヲ↡。具シテ↢口ノ四悪、貪・恚・愚痴ヲ↡其ノ心熾シ盛ナリト。乃至 而ニ為ニ↢眷属ノ↡貪↢著セルガ現世ノ五欲ノ楽ニ↡故ニ、父ノ王无キニ↠辜ツミ横ニ加ス↢逆害ヲ↡。

父ちちを害がいするによりてすでに心しんに悔け熱ねつを生しょうず。 乃至 心しん悔け熱ねつするがゆゑに遍体へんたいに瘡かさを生しょうず。 その瘡かさ臭しゅう穢えにして附ふ近ごんすべからず。 すなはちみづから念言ねんごんすらく、 われいまこの身みすでに華か報ほうを受うけたり、 地じ獄ごくの果か報ほうまさに近ちかづきて遠とおからずとす。 乃至

◆因テ↠害スルニ↠父ヲ已ニ心ニ生ズ↢悔熱ネチヲ↡。乃至 心悔熱スルガ故ニ遍体ニ生ズ↠瘡ヲ。其ノ瘡臭シユ穢ニシテ不↠可↢附フ近チカヅクス↡。尋スナワチ自ミヅカラ念言スラク、我 レ今此 ノ身已ニ受ウケタリ↢華報ヲ↡、地獄ノ果報将ス ニ↢近チカヅキテ不ズト↟遠トホカラ。乃至

大臣だいじん日月にちがつ称しょうと名なづく 富ふ闌らん那なと名なづく
蔵徳ぞうとく 末伽梨まかりく舎しゃ離子りしと名なづく
一ひとりの臣しんあり名なづけて実徳じっとくといふ 那な闡せん邪や毘羅びら肱せん子しと名なづく
一ひとりの臣しんあり悉しっ知義ちぎと名なづく 阿嗜多あぎた翅し金きん欽きん婆羅ばらと名なづく
大臣だいじん名なづけて吉徳きっとくといふ 婆蘇ばそ仙せん
尼に犍けん陀だ若にゃ犍けん子しと名なづく 加羅から鳩駄迦くだか旃延せんえん」

▲大臣名ク↢日月称↡   名ク↢富フ闌ラン那ナ↡
蔵0959徳        名末伽梨マカリク舎シヤ離子リシ
有↢一ノ臣↡名曰実徳  名那ナ闡セン邪ヤ毘羅ビラ肱セン子シ
有↢一臣↡名悉シチ知義チギ  名阿嗜多ワギタ翅シ金キム欽キム婆羅バラ
大臣名曰吉徳    婆蘇バソ仙セン
名尼ニ犍ケン陀ダ若ニヤ犍ケン子シ   加羅カラ鳩駄迦クダカ旃延センエン」

・梵行品6

第だい十じゅう八巻はっかん (南本巻一八梵行品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 わがいふところのごとし。 阿あ闍じゃ世せの為ために涅ね槃はんに入いらず。 かくのごときの密みつ義ぎ、 なんぢいまだ解げすことあたはず。

第十八巻言、「▲善男子、如シ↢我ガ所ノ↟言イフ。為ニ↢阿闍世ノ↡不ズ↠入ラ↢涅槃ニ↡。如ノ↠是ノ密義、汝未ズダ↠能ハ↠解コト。

なにをもつてのゆゑに。 われ ª為ためº と言いふは一切いっさい凡ぼん夫ぶ、 ª阿あ闍じゃ世せ王おうº はあまねくおよび一切いっさい五ご逆ぎゃくを造つくるものなり。

◆何ヲ以ノ故ニ。我 レ言イフ↠為ト者ハ一切凡夫、阿闍世王者ハ普ク及一切造ル↢五逆ヲ↡者ナリ。

また ª為ためº といふはすなはちこれ一切いっさい有為ういの衆しゅ生じょうなり。 われつひに無為むいの衆しゅ生じょうのために世よに住じゅうせず。 なにをもつてのゆゑに。 それ無為むいは衆しゅ生じょうにあらざるなり。 ª阿あ闍じゃ世せº はすなはちこれ煩悩ぼんのう等とうを具ぐ足そくせるものなり。

◆又復為トイフ者ハ即是一切有為ノ衆生ナリ。我 レ終ニ不ズ↧為ニ↢无為ノ衆生ノ↡而住セ↞於ニ↠世。何ヲ以ノ故ニ。夫 レ无為者ハ非ル↢衆生ニ↡也。阿闍世者ハ即是具↢足セル煩悩等ヲ↡者モノナリ。

また ª為ためº といふはすなはちこれ仏ぶっ性しょうを見みざる衆しゅ生じょうなり。 もし仏ぶっ性しょうを見みば、 われつひにために久ひさしく世よに住じゅうせず。 なにをもつてのゆゑに。 仏ぶっ性しょうを見みるものは衆しゅ生じょうにあらざるなり。 ª阿あ闍じゃ世せº はすなはちこれ一切いっさいいまだ阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっせざるものなり。 乃至

◆又復為トイフ者ハ即是不↠見↢仏性ヲ↡衆生ナリ。若シ見ミバ↢仏性ヲ↡、我 レ終ニ不ズ↢為 メニ久シク住セ↟於ニ↟世。何ヲ以ノ故ニ。見ル↢仏性ヲ↡者モノハ非↢衆生ニ↡也。阿闍世者ハ即是一切未ダル↠発↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡者 ノナリ。乃至

また ª為ためº といふは名なづけて仏ぶっ性しょうとす。 ª阿あ闍じゃ世せº は名なづけて不ふ生しょうとす、 ª世せº は怨あだに名なづく。 仏ぶっ性しょうを生しょうぜざるをもつてのゆゑにすなはち煩悩ぼんのうの怨あだ生しょうず。 煩悩ぼんのうの怨あだ生しょうずるがゆゑに仏ぶっ性しょうを見みず。 煩悩ぼんのうを生しょうぜざるをもつてのゆゑにすなはち仏ぶっ性しょうを見みる。 仏ぶっ性しょうを見みるをもつてすなはち大だい般はつ涅ね槃はんに安あん住じゅうすることを得えん。 これを不ふ生しょうと名なづく。 このゆゑに名なづけて阿あ闍じゃ世せとすと。

◆又復為トイフ者ハ名テ為ス↢仏性ト↡。阿闍世者ハ名テ為ス↢不生ト↡、世者ハ名ク↠怨アダニ。以ノ↠不ルヲ↠生ゼ↢仏性ヲ↡故ニ則チ煩悩ノ怨アダ生ズ。煩悩ノ怨アダ生ズルガ故ニ不ズ↠見↢仏性ヲ↡。以ノ↠不ルヲ↠生ゼ↢煩悩ヲ↡故ニ則チ見ル↢仏性ヲ↡。以テ↠見↢仏性ヲ↡則チ得ム↣安↢住スルコトヲ大般涅槃ニ↡。是ヲ名ク↢不生ト↡。是ノ故0960ニ名テ為スト↢阿闍世ト↡。

善男ぜんなん子し、 ª阿あ闍じゃは不ふ生しょうに名なづく、 不ふ生しょうは涅ね槃はんに名なづく、 ª世せº は世せ法ほうに名なづく。 ª為ためº は不ふ行ぎょうに名なづく。 世せの八法はっぽうをもつて行ぎょうぜられざるゆゑに、 無む量りょう無む辺へん阿あ僧そう祇ぎ劫こうに涅ね槃はんに入いらず。 このゆゑにわれ阿あ闍じゃ世せのためにといふ、 無む量りょう億劫おくこうに涅ね槃はんに入いらずと。

◆善男子、阿闍者ハ名ク↢不生ニ↡、不生者ハ名ク↢涅槃ニ↡、世ハ名ク↢世法ニ↡。為者ハ名ク↢不行ニ↡。以テ↢世ノ八法ヲ↡不↠所↠行故ニ、无量无辺阿僧祇劫ニ不ズ↠入ラ↢涅槃ニ↡。是ノ故ニ我 レ言イフ↠為ニト↢阿闍世ノ↡无量億劫ニ不ズト↠入ラ↢涅槃ニ↡。

善男ぜんなん子し、 如来にょらいの密みつ語ご不可ふか思議しぎなり。 仏ぶつ・法ほう・衆僧しゅそうまた不可ふか思議しぎなり。 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつまた不可ふか思議しぎなり。 大だい涅ね槃はん経ぎょうまた不可ふか思議しぎなり。

◆善男子、如来ノ密語不可思議ナリ。仏・法・衆僧亦不可思議ナリ。菩薩摩訶薩亦不可思議ナリ。大涅槃経亦不可思議ナリ。

その時ときに世せ尊そん大だい悲ひ導どう師し、 阿あ闍じゃ世せ王おうのために月愛がつあい三昧ざんまいに入いる。 三昧さんまいに入いりおはりて大だい光こう明みょうを放はなつ。 その光ひかり清涼しょうりょうにして、 往ゆきて王おうの身みの瘡かさを照てらすにすなはち愈いえぬ。 乃至

◆爾時ニ世尊大悲導師、為ニ↢阿闍世王ノ↡入ル↢月愛三昧↡。入↢三昧ニ↡已テ放ツ↢大光明ヲ↡。其ノ光清涼ニシテ、往テ照スニ↢王ノ身ノ瘡ヲ↡即愈イエヌ。乃至

王おうのいはまく、 ª耆婆ぎば、 かの天てん中ちゅうの天てんなんの因縁いんねんをもつてこの光こう明みょうを放はなちたまふやº と。

◆王ノ言ハマク、耆婆、彼ノ天中天以テ↢何ノ因縁ヲ↡放ハナチタマフヤト↢斯ノ光明ヲ↡。

耆婆ぎば答こたへていはまく、 ªいまこの瑞相ずいそうはまさに大王だいおうのためにすとやせん。 王おうの光ひかりをもつていはく、 世よに良りょう医いの身心しんしんを療りょう↢治ちするものなきがゆえゑにこの光ひかりを放はなつ。 光ひかりをして王おうの身みを治ちす。 しかして後のち心こころに及およぶº と。

◆耆婆答テ言イハマク、今是ノ瑞相ハ将セ ニム↠為ストヤ↢大王ノ↡。以テ↢王ノ光ヲ↡言ク、世ニ无キガ↣良医ノ療レウ↢治スルモノ身心ヲ↡故ニ放ハナツ↢此ノ光ヲ↡。光ヲシテ治ス↢王身ヲ↡。然シテ後 チ及ブ↠心ニ。

王おうのいはまく、 ª耆婆ぎば、 如来にょらい世せ尊そんまた見みたてまつらんと念おもふをやº と。

◆王ノ言イハマク、耆婆、如来世尊亦見ミタテマツラムト念ヲ耶ヤ。

耆婆ぎば答こたへていはまく、 ªたとへばもし一人いちにんして七しち子しあらん、 この七しち子しの中なかに病やまいに遇あへば、 父母ぶもの心こころ平びょう等どうならざるにあらざれども、 しかるに病びょう子しにおいて心こころ則すなはち偏へん重じゅうなり。

◆耆婆答テ言マク、譬バ如一人而シテ有ラム↢七子↡、是ノ七子中ニ遇ヘバ↠病ニ、父母之心非ラザレドモ↠不ザルニ↢平等ナラ↡、然ニ於テ↢病子ニ↡心則偏重ナリ。

大王だいおう、 如来にょらいもまたしかなり。 もろもろの衆しゅ生じょうにおいて平びょう等どうならざるにあらず、 しかるに罪者ざいしゃにおいて心こころ則すなはち偏へん重じゅうなり。 放逸ほういつのものにおいてすなはち慈悲じひの念ねんを生しょうず。 不ふ放ほう逸いつのものは心こころすなはち放捨ほうしゃす。 何なん等らか名なづけて不ふ放逸ほういつのひととする。 いはく六ろく住じゅうの菩ぼ薩さつなり。

◆大王、如来モ亦爾ナリ。於テ↢諸ノ衆生ニ↡非ズ↠不ザルニ↢平等ナラ↡、然ニ於テ↢罪者ニ↡心則偏重ナリ。於テ↢放逸ノ者 ノニ↡則生ズ↢慈悲ノ念ヲ↡。不フ放ハウ逸ノ者 ノハ心則放捨ス。何等カ名テ為スル↢不放逸ノ者ヒトト↡。謂ク六住ノ菩薩ナリ。

大王だいおう、 諸仏しょぶつ世せ尊そんもろもろの衆しゅ生じょうにおいて、 種しゅ姓しょう・老ろう少しょう中ちゅう年ねん・貧ひん富ぷ・時じ節せつ・日月にちがつ星宿しょうしゅく・上巧じょうぎょう下げ賎せん・僮僕どうぼく・婢使ひしを観みそなはさず、 ただ衆しゅ生じょう善心ぜんしんあるものを観みそなはす。 もし善心ぜんしんあればすなはち慈じ念ねんせしむ。 大王だいおうまさに知しるべし、 この瑞相ずいそうはすなはちこれ如来にょらい月愛がつあい三昧ざんまいに入いりたまふ、 放はなちたまふところの光こう明みょうなりº と。

◆大王、諸仏世尊於テ↢諸ノ衆生ニ↡、不ズ↠観ミソナハサ↢種姓・老少中年・貧富・時節・日月星宿・上巧下賎・僮僕ドウボク・婢使ヒシヲ↡、唯タヾ観ミソナハス↧衆生有↢善心↡者 ノヲ↥。若シ有レバ↢善心↡則使シム↢慈念セ↡。大王当ニ↠知ル、是0961ノ瑞相即是如来入リタマフ↢月愛三昧ニ↡、所ノ↠放タマフ光明。

王おうすなはち問とひてまうさく、 ªなんらか名なづけて月愛がつあい三昧ざんまいとするº と。

◆王即問テ言マフサク、何等カ名テ為スルト↢月愛三昧ト↡。

耆婆ぎば答こたへていはく、 ªたとへば月つきの光ひかりよく一切いっさい優鉢うは羅華らけをして開かい敷ふし鮮せん明みょうならしむるがごとし。 月愛がつあい三昧ざんまいもまたかくのごとし。 よく衆しゅ生じょうをして善心ぜんしん開かい敷ふせしむ、 このゆゑに名なづけて月愛がつあい三昧ざんまいとす。

◆耆婆答テ言ク、譬バ如シ↣月ノ光 リ能ク令シムルガ↢一切優鉢羅華開ヒラク敷フシヒラク鮮セン明アキラカニナラ↡。月愛三昧亦復如シ↠是ノ。能ク令ム↢衆生ヲシテ善心開敷セ↡、是ノ故ニ名テ為ス↢月愛三昧ト↡。

大王だいおう、 たとへば月つきの光ひかりよく一切いっさい行ぎょう路ろの人ひとをして心こころに歓かん喜ぎを生しょうぜしむるがごとし。 月愛がつあい三昧ざんまいもまたかくのごとし。 よく涅ね槃はん道どうを修しゅ習じゅうせしむれば心こころに歓かん喜ぎを生しょうぜん、 ゆゑにまた月愛がつあい三昧ざんまいと名なづくるなりº と。 乃至

◆大王、譬バ如シ↤月ノ光 リ能ク令ムルガ↣一切行路之人ヲシテ心ニ生ゼ↢歓喜ヲ↡。月愛三昧モ亦復如シ↠是ノ。能ク令シムレ↣修↢習セ涅槃道ヲ↡者バ心ニ生ゼム↢歓喜ヲ↡、故ニ復名クルナリト↢月愛三昧ト↡。乃至

その時ときに仏ぶつもろもろの大衆だいしゅに告つげてのたまはく、 ª一切いっさい衆しゅ生じょう阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいに近ちかづく因縁いんねんたるもの、 善ぜん友ぬを先さきとせず。 なにをもつてのゆゑに。 阿あ闍じゃ世せ王おうは耆婆ぎばの語ことばに随ずい順じゅんせずは、 来月らいげつの七日しちにち必ひつ定じょうして命終みょうじゅうして阿鼻あび獄ごくに堕だせん。 このゆゑに日ひに近ちかづきたり、 善ぜん友ぬにしくことなしº と。 乃至

◆爾時ニ仏告テ↢諸ノ大衆ニ↡言マハク、一切衆生為タル↢阿耨多羅三藐三菩提近チカヅク因縁↡者 ノ、无セズ↠先サキト↢善友ヲ↡。何ヲ以ノ故ニ。阿闍世王者ハ不ズ↣随↢順セ耆婆ノ語ニ↡者ハ、来月ノ七日必定シテ命終シテ堕セム↢阿鼻獄ニ↡。是ノ故ニ近チカヅキタリ↠日ニ、莫ナシト↠若シクコト↢善友ニ↡。乃至

仏ぶつのたまはく、 ª大王だいおう、 善よいかな善よいかな、 われいまなんぢかならずよく衆しゅ生じょうの悪心あくしんを破壊はえすることを知しらんº と。

▲仏言、大王、善ヨイ哉カナ善哉カナ、我 レ今 マ知ラム↣汝必ズ能ク破↢壊衆生ノ悪心ヲ↡。

ª世せ尊そん、 もしわれあきらかに衆しゅ生じょうのもろもろの悪心あくしんを破壊はえすることあたはずは、 われつねに阿鼻あび地じ獄ごくにありて無む量りょう劫こうのうちにもろもろの衆しゅ生じょうのために苦く悩のうを受うけしむるに、 もつて苦くとせずº と。

◆世尊、若シ我 レ審アキラカニ不ズ↠能ハ↣破↢壊コト衆生ノ諸ノ悪心ヲ↡者ハ、使ムルニ↧我 レ常ニ在テ↢阿鼻地獄ニ↡无量劫ノ中ニ為ニ↢諸ノ衆生ノ↡受ウケ↦苦悩ヲ↥、不ズ↢以テ為セ↟苦ト。

その時ときに摩伽陀まかだ国こくの無む量りょうの人民にんみん、 ことごとく阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっす。 かくのごときらの無む量りょうの人民にんみん大心だいしんを発ほっするをもつてのゆゑに、 阿あ闍じゃ世せ王おうの所しょ有うの重じゅう罪ざいすなはち微み薄はくなることを得う。 王おうおよび夫ぶ人にん、 後こう宮きゅう采女さいにょことごとくみな同おなじく阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっせり。

◆爾ノ時ニ摩伽陀国ノ无量ノ人民、悉ク発ス↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡。以ノ↣如キ↠是等ラノ无量ノ人民発スルヲ↢大心ヲ↡故ニ、阿闍世王ノ所有ノ重罪即得ウ↢微薄ナルコトヲ↡。王及夫人、後宮采女サイニヨ悉皆同ジク発セリ↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡。

その時ときに阿あ闍じゃ世せ王おう耆婆ぎばに語かたりていはく、 ª耆婆ぎば、 われいまにいまだ死しせざるにすでに天身てんしんを得えたり。 短たん命みょうを捨すてて長命ちょうみょうを得う、 無む常じょうの身しんを捨すてて常じょう身しんを得えたり。 諸しょ衆しゅ生じょうをして阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっせしむº と。 乃至

◆爾時ニ阿闍世王語テ↢耆婆ニ↡言ク、耆婆、我 レ今ニ未ザダルニ↠死セ已ニ得タリ↢天身ヲ↡。捨テ↠於ヲ↢短命↡而テ得ウ↢長命ヲ↡、捨↢无常ノ身ヲ↡而テ得タリ↢常身ヲ↡。令ムト↣諸衆生ヲシテ発0962セ↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡。乃至

諸仏しょぶつの弟子でし、 この語ごを説ときおはるに、 すなはち 乃至 偈げ頌じゅをもつて讃歎さんだんしていはく、

◆諸仏ノ弟子、説キ↢是語↡已ニ、即乃至 以↢偈頌↡而テ讃歎シテ言ク、

諸仏しょぶつつねに軟なん語ごをして衆しゅのためのゆゑに麁そを説ときたまふ。 麁語そごおよび軟なん語ごみな第一だいいち義ぎに帰きせん。

▲諸仏常ニ軟ナンヤハラカナル語コトバヲシテ 為ノ↠衆ノ故ニ説キタマフ↠麁ヲ 麁語及軟語 皆帰セム↢第一義ニ↡

このゆゑにわれいま世せ尊そんに帰依きえしたてまつる。 如来にょらいの語みこと一いち味みなること大海だいかいの水みずのごとし。

◆是ノ故ニ我 レ今者 イマ  帰↣依シタテマツル於ニ↢世尊↡ 如来ノ語ミコト一味ナルコト 猶↢如 ゴトシ 大海ノ水ノ↡

これを第一だいいち諦たいと名なづく。 ゆゑに無む無義むぎの語みことにして如来にょらいいま説ときたまふところの種々しゅじゅ無む量りょうの法ほう、

◆是ヲ名ク↢第一諦ト↡ 故ニ无无義ノ語ミコトニシテ 如来今所ノ↠説キタマフ 種種无量ノ法

男女なんにょ大だい小しょう聞ききて同おなじく第一だいいち義ぎを獲えん。 無む因いんまた無果むか、 無む生しょうまた無む滅めつなり。

◆男女大小聞キキテ 同ジク獲エム↢第一義ヲ↡ 无因亦无果 无生亦无滅

これを大だい涅ね槃はんと名なづく。 聞きくもの諸しょ果かを破はせむ。 如来にょらい一切いっさいのためにつねに慈じ父母ぶもとなりたまへり。

◆名ク↢是ヲ大涅槃ト↡ 聞ノ者 ノ破セム↢諸果ヲ↡ 如来為ニ↢一切ノ↡ 常ニ作ナリタマヘリ↢慈父母ト↡

まさに知しるべしもろもろの衆しゅ生じょうみなこれ如来にょらいの子こなりと。 世せ尊そん大だい慈悲じひは衆しゅのために苦く行ぎょうを修しゅしたまへり。

◆当ニシ↠知ル諸ノ衆生 皆 ナ是 レ如来ノ子ナリト 世尊大慈悲 為ニ↠衆ノ修シタマヘリ↢苦行ヲ↡

人ひとの鬼魅きみに著くるはされて狂きょう乱らんして所しょ作さ多おおきがごとし。 われいま仏ぶつを見みることを得う。 得うるところの三業さんごうの善ぜん、

◆如シ↧人ノ著クルハサレテ↢鬼魅ニ↡ 狂乱シテ多キガ↦所作↥ 我 レ今 マ得↠見↠仏 所ノ↠得三業ノ善

願ねがはくはこの功く徳どくをもつて無む上じょう道どうに回え向こうす。 われいま供く養ようするところの仏ぶつ・法ほうおよび衆僧しゅそう、

◆願ハ以テ↢此ノ功徳↡ 迴↢向ス无上道ニ↡ 我今所ノ↢供養↡ 仏・法及衆僧

願ねがはくはこの功く徳どくをもつて三宝さんぼうつねに世よにましまさん。 われいままさに得うべきところの種々しゅじゅのもろもろの功く徳どく、

◆願ハ以テ↢此ノ功徳ヲ↡ 三宝常ニ在マシマサム↠世ニ 我今所ノ↠当ベニキ↠得ウ 種種ノ諸ノ功徳

願ねがはくはこれをもつて衆しゅ生じょうの四し種しゅの魔まを破壊はえせんと。 乃至

◆願ハ以テ↠此ヲ破↢壊セムト 衆生ノ四種ノ魔ヲ↡乃至

その時ときに、 世せ尊そん阿あ闍じゃ世せ王おうを讃ほめたまはく、 ª善よいかな善よいかな、 もし人ひとありてよく菩ぼ提だい心しんを発ほっせん、 まさに知しるべし、 この人ひとすなはち諸仏しょぶつ大衆だいしゅを荘しょう厳ごんすとす。

▲爾ノ時ニ、世尊讃マハク↢阿闍世王ヲ↡、善哉善哉カナ、若シ有テ↠人能ク発セム↢菩提心↡、当ニシ↠知ル、是ノ人則チ為ス↣荘↢厳ス諸仏大衆ヲ↡。

大王だいおう、 なんぢ昔むかしすでに毘婆びば尸し仏ぶつにおいて、 はじめて阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを発ほっしき。 これよりこのかたわが出しゅっ世せに至いたるまで、 その中ちゅう間げんにおいていまだかつてまた地じ獄ごくに堕だして苦くを受うけず。

◆大王、汝昔 シ已ニ於テ↢毘婆尸仏ニ↡、初テ発シキ↢阿耨多羅三藐0963三菩提心ヲ↡。従↠是已来至ルマデ↢我出世ニ↡、於テ↢其ノ中間ニ↡末ズダ↧曽テ復堕シテ↢地獄ニ↡受ケ↥苦ヲ。

大王だいおうまさに知しるべし、 菩ぼ提だいの心しんいましかくのごとき無む量りょうの果か報ほうあり。 大王だいおう、 今きょうより以い往おうにつねにまさに菩ぼ提だいの心しんを勤修ごんしゅしき。 なにをもつてのゆゑに。 この因縁いんねんによりてまさに無む量りょうの悪あくを消しょう滅めつすることを得うべきがゆゑにº」 と。 乃至

◆大王当ニ↠知ル、菩提之心乃イマシ有リ↢如キ↠是ノ无量ノ果報↡。大王、従↠今ケフ已往ニ常ニ当ニ勤↢修シキ菩提之心↡。何ヲ以ノ故ニ。従↢是ノ因縁↡当ニシ↠得ウ↣消↢滅ヲ无量ノ悪ヲ↡故ユヘニト。」乃至

・迦葉品

第だい三さん十じゅう四し (南本巻三四迦葉品) にのたまはく、 「迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 一切いっさい衆しゅ生じょうみな煩悩ぼんのうよりして果か報ほうを得う。 煩悩ぼんのうといふはいはゆる悪あく世せ、 悪あく煩悩ぼんのうより生しょうずるところの煩悩ぼんのうなればまた名なづけて悪あくとす。 かくのごときの煩悩ぼんのうすなはち二に種しゅあり。 一いちは因いん、 二には果かなり。 因いん悪あくなるがゆゑに果か悪あくなり、 果か悪あくなるがゆゑに子み悪あくなり。 縦しゅ婆果ばかのその子み苦にがきがゆゑに、 華け・果か・茎きょう・葉よう一切いっさい苦にがきがごとし。 毒樹どくじゅのその子み毒どくなるがゆゑに、 果かまた毒どくなるがごとし。 因いんまた衆しゅ生じょうなれば、 果かまた衆しゅ生じょうなり。 因いんまた煩悩ぼんのうなれば、 果かまた煩悩ぼんのうなり。 煩悩ぼんのうの因いん果がすなはちこれ衆しゅ生じょうなり、 衆しゅ生じょうすなはちこれ煩悩ぼんのうの因いん果がなり」 と。 文

第四言、「▲迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言ク、世尊、一切衆生皆従↢煩悩↡而シテ得ウ↢果報ヲ↡。言↢煩悩↡者ハ所ル↠謂イハ悪世従↢悪煩悩↡所ノ↠生煩悩ナレバ亦名テ為ス↠悪ト。如ノ↠是ノ煩悩則有リ↢二種↡。一ハ因、二果ナリ。因悪ナルガ故ニ果悪ナリ、果悪ナルガ故ニ子悪ナリ。如シ↢縦シユ婆果ノ其ノ子ミ苦ニガキガ故ニ、華・果・茎・葉一切苦ニガキガ↡。猶↢如ゴトシ毒樹ノ其ノ子ミ毒ナルガ故ニ、果亦毒ナルガ↡。因亦衆生ナレバ、果亦衆生ナリ。因亦煩悩ナレバ、果亦煩悩ナリ。煩悩ノ因果即是衆生ナリ、衆生即是煩悩ノ因果ナリト。」 文

・四相品1

第だい四し巻かん (南本巻四 四相品) にのたまはく、 「ª善男ぜんなん子し、 今日こんにちよりはじめて聲しょう聞もん弟子でしの食肉じきにくを聽ゆるさず。 もし檀越だんおつの信しん施せを受うけん時ときは、 觀かんずべし、 この食じきは子し肉にくの想そうのごとしº と。 迦か葉しょう菩ぼ薩さつまた仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 いかんぞ如來にょらい食肉じきにくを聽ゆるさざるº と。 ª善男ぜんなん子し、 それ食肉じきにくは大だい慈じの種たねを斷だんずればなりº と。 迦か葉しょうまた如來にょらいにまうさく、 ªなんがゆゑぞ先さきに比丘びく三種さんしゅの淨じょう肉にくを食じきせんことを聽ゆるしたまふやº と。 ª迦か葉しょう、 この三種さんしゅの淨じょう肉にくは事じに隨したがひて漸制ざんせいす。 乃至

第四巻言、「善男子、從↢今日↡始テ不ズ↠聽ユル↢聲聞弟子食肉↡。若シ受ウケム↢檀越信施ヲ↡之時 キハ、応ベシ↠觀ズ、是ノ食ハ如シト↢子肉ノ想ノ↡。迦葉菩薩復白↠仏ニ言ク、世尊、云何ゾ如來不ルト↠聽ユルシ↢食肉ヲ↡。善男子、夫ソレ食肉者ハ斷ズレバナリ↢大慈ノ種ヲ↡。迦葉又言マフサク↢如來ニ↡、何ガ故ゾ先ニ聽ユルシタマフヤ↣比丘食セムコトヲ↢三種ノ淨肉ヲ↡。迦葉、是ノ三種ノ淨肉ハ隨テ↠事ニ漸制ス。乃至

善男ぜんなん子し、 かの尼に犍けんの所見しょけんに同どうずべからず。 如來にょらい制せいしたまふところの一切いっさい禁戒きんかい、 おのおの意々いい異ことなることあるがゆゑに、 三種さんしゅの淨じょう肉にくを食じきすることを聽ゆるす。 異い想そうのゆゑに十種じっしゅの肉にくを斷だんず。 異い想そうのゆゑに一切いっさいことごとく斷たつ。 自死じしするものに及およぶ。 迦か葉しょう、 われ今日こんにちよりもろもろの弟子でしを制せいす、 また一切いっさいの肉にくを食じきすることを得えざれº となり」 と。 文

善男子、不ズ↠応カラ↠同ズ↢彼ノ尼犍ケンノ所見ニ↡。如來所ノ↠制シタマフ一切禁戒、各有ルガ↠異↢意意↡故ニ、聽ユルス↠食コトヲ↢三種ノ淨肉0964ヲ↡。異想ノ故ニ斷ズ↢十種ノ肉ヲ↡。異想ノ故ニ一切悉ク斷ツ。及オヨブ↢自死スル者モノニ↡。迦葉、我從↢今日↡制ス↢諸ノ弟子ヲ↡、不レトナリ↠得エ↣復マタ食スルコトヲ↢一切ノ肉ヲ↡也。」 文

・四相品2

第だい五ご巻かん (南本巻五 四相品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 世せ間けんの瘡そう・疣えきにおよそ二に種しゅあり。 一いちは可治かじ、 二には不可ふか治じなり。 およそ可治かじは医いすなはちよく治じす、 不可ふか治じはすなはち治じするにあたはずと。 乃至 閻えん浮ぶ提だいの因縁いんねん生しょうに二にあり。 一いちは有う信しん、 二には無む信しんなり。 有う信しんの人ひとはすなはち可治かじと名なづく。 なにをもつてのゆゑに。 さだめて涅ね槃はんを得えん、 瘡疣そうえきなきがゆゑに。 このゆゑにわれときて閻えん浮ぶ提だいのもろもろの衆しゅ生じょうを治じしおはりぬ。 無む信しんの人ひとは一闡いっせん提だいと名なづく、 一闡いっせん提だいは不可ふか治じと名なづく。 一闡いっせん提だいを除のぞき余よはことごとく治じしおはりぬ。 このゆゑに涅ね槃はんを無む瘡疣そうえきと名なづく。 乃至

第五巻言、「善男子、世間ノ瘡サウカサ・疣エキチンニ凡ソ有↢二種↡。一者ハ可治、二者不可治ナリ。凡ソ可治者ハ医則能ク治ス、不可治者ハ則不ズト↠能↠治スルニ。乃至 閻浮提ノ因縁生ニ有↠二。一者有信、二者無信ナリ。有信之人ハ則名ク↢可治ト↡。何ヲ以ノ故ニ。定テ得エム↢涅槃ヲ↡、无キガ↢瘡疣↡故ニ。是ノ故ニ我説テ治シ↢閻浮提ノ諸ノ衆生ヲ↡已ヌ。无信之人ハ名ク↢一闡提ト↡、一闡提者ハ名ク↢不可治ト↡。除キ↢一闡提ヲ↡余ハ悉ク治シ已ヌ。是ノ故ニ涅槃名ク↢无瘡疣ト↡。乃至

迦か葉しょう、 たとへば醍だい醐ごのその性しょう清淨しょうじょうなるがごとし、 如來にょらいもまたしかなり。 父母ぶも和わ合ごうするによりて生しょうずるにあらず。 その性しょう清淨しょうじょうなり。 このゆゑに、 父母ぶもあることを示じ現げんするは、 もろもろの衆しゅ生じょうを化度けどせんと欲おもふゆゑに。 真しん解げ脱だつはすなはちこれ如來にょらいなり。 如來にょらいと解げ脱だつと無二むに無む別べつなり。 たとへば春しゅん月げつにもろもろの種しゅ子しを下くだすに、 暖なん潤にんの氣けを得えてついですなはち出生しゅっしょうするがごとし。 乃至

迦葉、譬バ如シ↢醍醐ノ其ノ性清淨ナルガ↡、如來モ亦爾ナリ。非ズ↧因ヨリ↢父母和合スル↡而 テ生ズルニ↥。其ノ性清淨ナリ。所以コノユヘニ、示↣現スル有コトヲ↢父母↡者ハ、為ノ↠欲フ↣化↢度セムト諸ノ衆生ヲ↡故ニ。真解脱者ハ即是如來ナリ。如來ト解脱ト无二无別ナリ。譬バ如シ↧春月ニ下スニ↢諸ノ種子↡、得テ↢暖ナン潤ニンジユンノ氣↡尋ツイデ便スナワチ出生スルガ↥。乃至

また解げ脱だつは無む上上じょうじょうと名なづく。 乃至 無む上上じょうじょうはすなはち真しん解げ脱だつなり。 真しん解げ脱だつはすなはちこれ如來にょらいなり。 乃至

▲又解脱者ハ名ク↢无上上ト。乃至 无上上者ハ即真解脱ナリ。真解脱者ハ即是如來ナリ。乃至

如來にょらいはすなはちこれ涅ね槃はんなり。 涅ね槃はんはすなはちこれ無む尽じんなり。 無む尽じんはすなはちこれ仏ぶっ性しょうなり。 仏ぶっ性しょうはすなはちこれ決けつ定じょうなり。 決けつ定じょうはすなはちこれ阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいなり。 乃至 畢ひっ竟きょう楽らくはすなはちこれ涅ね槃はんなり。 涅ね槃はんはすなはち真しん解げ脱だつなり。 真しん解げ脱だつはすなはちこれ如来にょらいなり。」 文

如來者ハ即是涅槃ナリ。涅槃者ハ即是无尽ナリ。无尽者ハ即是仏性ナリ。仏性者ハ即是決定ナリ。決定者ハ即是阿耨多羅三藐三菩提ナリ。乃至 畢竟楽者ハ即是涅槃ナリ。涅槃者ハ即真解脱ナリ。真解脱者ハ即是如来ナリ。」 文

・四依品

第だい六巻ろっかん (南本巻六 四依品) にのたまはく、 「迦か葉しょうまた仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 かくのごときの経きょう典てん正しょう法ぼう滅めっせん時とき、 正しょう戒かい毀きせん時とき、 非ひ法ほう増ぞう長じょうの時とき、 如法にょほうの衆しゅ生じょうなからん時とき、 たれかよく聽ちょう受じゅし奉持ぶじし讀誦どくじゅせん、 それをして通つう利りせしむ、 供く養ようし恭く敬ぎょうし書写しょしゃし解げ説せつせんと。 やや願ねがはくは如來にょらい、 衆しゅ生じょうを哀愍あいみんして分別ふんべつ廣説こうぜつしてもろもろの菩ぼ薩さつをして聞きかしめおはりぬ。 受じゅ持じすべし、 持たもちおはらばすなはち阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを退たいせざることを得えんº と。

第0965六巻言、「迦葉復白シテ↠仏ニ言ク、世尊、如キノ↠是ノ経典正法滅セム時トキ、正戒毀セム時トキ、非法増長ノ時トキ、无ラム↢如法ノ衆生↡時トキ、誰 レカ能ク聽受シ奉持シ讀誦セム、令ム↢其ヲシテ通利セ↡、供養シ恭敬シ書写シ解説セムト。唯ヤヽ願ハ如來、哀↢愍シテ衆生ヲ↡分別廣説シテ令シメ↢諸ノ菩薩ヲシテ聞キカ↡已ヌ。受持スベシ、持チ已ラバ即チ得ム↠不コトヲ↠退セ↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡。

その時ときに、 仏ぶつ迦か葉しょうを讃ほめたまはく、 ª善よいかな善よいかな、 善男ぜんなん子し、 なんぢいまよくかくのごときの義ぎを問とへりº と。

爾ノ時ニ、仏讃タマハク↢迦葉ヲ↡、善哉善哉カナ、善男子、汝今 マ善能ク問ヘリト↢如キノ↠是ノ義ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もし衆しゅ生じょうありて熈き連れん河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこせりき、 いましよくこの惡あく世せにしてかくのごときの経きょう典てんを受じゅ持じせん、 誹ひ謗ほうを生しょうぜじと。

善男子、若シ有テ↢衆生↡於シテ↢熈連河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發セリキ↢菩提心ヲ↡、乃イマシ能ク於シテ↢是ノ惡世ニ↡受↢持セム如キノ↠是ノ経典ヲ↡、不ジト↠生ゼ↢誹謗ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もし衆しゅ生じょうありて一いち恒ごう河が沙しゃの諸仏しょぶつ世せ尊そんの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 この経きょう典てんを愛あい樂ぎょうせん、 人ひとのために分別ふんべつ廣げ説せつすることあたはじ。

善男子、若シ有テ↢衆生↡於シテ↢一恒河沙ノ諸仏世尊ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、愛↢樂セム是ノ経典ヲ↡、不ジ↠能ハ↢為ニ↠人ノ分別廣説コト↡。

善男ぜんなん子し、 もし衆しゅ生じょうありて二に恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 まさしく解さとり信しん樂ぎょうし受じゅ持じし讀誦どくじゅせん、 また人ひとのためにひろく説とくことあたはじと。

善男子、若有テ↢衆生↡於シテ↢二恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、正シク解サトリ信樂シ受持シ讀誦セム、亦復不ジト↠能ハ↢為ニ↠人ノ廣ク説コト↡。

もし衆しゅ生じょうありて三さん恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 受じゅ持じし讀誦どくじゅし経きょう卷かんを書写しょしゃせん、 他たのために説とくといへども、 いまだ深じん義ぎを解さとらじと。

若シ有テ↢衆生↡於シテ↢三恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、雖モ↢為 メニ↠他ノ説クト↡、未ジダト↠解サトラ↢深義ヲ↡。

もし衆しゅ生じょうありて四し恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 受じゅ持じし讀誦どくじゅし経きょう卷かんを書写しょしゃせん、 他たのためにひろく十じゅう六分ろくぶんの中なかの一分いちぶんの義ぎを説とかん。 また演説えんぜつすといへどもまた具ぐ足そくせじ。

若シ有テ↢衆生↡於シテ↢四恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、為ニ↠他ノ廣ク説カム↢十六分ノ中ノ一分之義ヲ↡。雖モ↢復演説スト↡亦不ジ↢具足セ↡。

もし衆しゅ生じょうありて五ご恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 受じゅ持じし讀誦どくじゅし経きょう卷かんを書写しょしゃせん、 人ひとのためにひろく十じゅう六分ろくぶんの中なかの八分はちぶんの義ぎを説とかん。

若シ有テ↢衆生0966↡於シテ↢五恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、為ニ↠人ノ廣ク説カム↢十六分ノ中ノ八分之義ヲ↡。

若シ有テ↢衆生↡於シテ↢六恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、為ニ↠他ノ廣ク説カム↢十六分ノ中ノ十二分ノ義ヲ↡。

もし衆しゅ生じょうありて七しち恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 受じゅ持じし讀誦どくじゅし経きょう卷かんを書写しょしゃせん、 他たのためにひろく十じゅう六分ろくぶんの中なかの十じゅう四し分ぶんの義ぎを説とかん。

若シ有テ↢衆生↡於シテ↢七恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 ト↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、為ニ↠他ノ廣ク説カム↢十六分ノ中ノ十四分ノ義ヲ↡。

もし衆しゅ生じょうありて八はち恒ごう河が沙しゃのもろもろの如來にょらいの所みもとにして菩ぼ提だい心しんを發おこしき、 しかして後のち、 いましよく惡あく世せの中なかにしてこの法ほうを謗ほうぜじ、 受じゅ持じし讀誦どくじゅし経きょう卷かんを書写しょしゃせん、 また他た人にんを勸すすめて書写しょしゃすることを得えしめん、 みづからよく聽ちょう受じゅし、 また他た人にんを勸すすめて聽じょう受じゅし讀誦どくじゅし通つう利りすることを得えしめん、 擁よう護ごし堅けん持じせん。 世せ間けんのもろもろの衆しゅ生じょうを憐愍れんみんするがゆゑにこの経きょうを供く養ようせん、 また他た人にんを勸すすめてそれをして供く養ようし恭く敬ぎょうし尊そん重じゅうし讀誦どくじゅし禮拜らいはいせしめん、 またかくのごとく具ぐ足そくしてよくその義味ぎみを解さとし尽つくさん。

若シ有テ↢衆生↡於シテ↢八恒河沙ノ諸ノ如來ノ所 トニ↡發シキ↢菩提心ヲ↡、然シテ後 チ、乃イマシ能ク於シテ↢惡世ノ中ニ↡不ジ↠謗ゼ↢是ノ法ヲ↡、受持シ讀誦シ書↢写セム経卷ヲ↡、亦勸テ↢他人ヲ↡令メム↠得エ↢書写ヲ↡、自ミヅカラ能ク聽受シ、復勸テ↢他人ヲ↡令メム↠得エ↢聽受シ讀誦シ通利ヲ↡、擁オウ護ゴシ堅ケン持セム。憐レン↢愍ミン世間ノ諸ノ衆生ヲ↡故ニ供↢養セム是ノ経ヲ↡、亦勸テ↢他人ヲ↡令メム↢其ヲシテ供養シ恭敬シ尊重シ讀誦シ禮拜セ↡、亦復如ク↠是ノ具足シテ能ク解サトシ↢尽ツクサム其義味ヲ↡。

いはゆる如來にょらいは常住じょうじゅう不ふ変へんなり、 畢ひっ竟きょう安樂あんらくならん。 ひろく衆しゅ生じょうは悉しつ有う仏ぶっ性しょうなることを説とかん。 よく如來にょらい所しょ有うの法藏ほうぞうを知しりて、 かくのごときの諸仏しょぶつ等とうを供く養ようしおはりて、 かくのごときの無む上じょう正しょう法ぼうを建こん立りゅうして、 受じゅ持じし擁よう護ごせん。

所ユル↠謂イハ如來ハ常住不変ナリ、畢竟安樂ナラム。廣ク説トカム↢衆生ハ悉有仏性↡。善ク知テ↢如來所有ノ法藏ヲ↡、供↢養シ如キノ↠是ノ諸仏等ヲ↡已テ、建↢立シテ如キノ↠是ノ无上正法ヲ↡、受持シ擁オウ護ゴセム。

もしはじめて阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい心しんを發おこすことあらん、 まさに知しるべし、 この人ひと未み來らいの世よにかならずよくかくのごときの正しょう法ぼうを建こん立りゅうして、 受じゅ持じし擁よう護ごせん。 このゆゑになんぢいま未み來らい世せの中なかに護ご法ほうの人ひとを知しらざるべからず。 なにをもつてのゆゑに。 この發心ほっしんのものは、 未み來らい世せにおいてかならずよく無む上じょう正しょう法ぼうを護ご持じせん。 乃至

若シ有ラム↣始テ發コト↢阿耨多羅三藐三菩提心ヲ↡、当ニ↠知ル、是ノ人未來之世ニ必ズ能ク建↢立シテ如キノ↠是ノ正法ヲ↡、受持シ擁オウ護ゴセム。是ノ故ニ汝今不ズ↠応ベカラ↠不ル↠知ラ↢未來世ノ中ニ護法之人ヲ↡。何ヲ以ノ故ニ。0967是ノ發心ノ者ハ、於テ↢未來世ニ↡必ズ能ク護↢持セム无上正法ヲ↡。乃至

知ち法ほうの者ひとあらば、 もしは老ろうもしは少しょう、 ことさらに供く養ようし恭く敬ぎょうし禮拜らいはいすべし、 大だい婆羅ばら門もん等とうに事つかへたてまつるがごとくすべし。 知ち法ほうの者ひとあらば、 もしは老ろうもしは少しょう、 ことさらに供く養ようし恭く敬ぎょうし禮拜らいはいすべし、 また諸天しょてんの帝たい釋しゃくに奉事ぶじするがごとくすべし。 乃至

有ラバ↢知法ノ者ヒト↡、若ハ老若ハ少、故コトサラニ応シ↢供養シ恭敬シ禮拜ス↡、猶↣如 ゴト クスベシ事ツカヘタテマツルガ↢大婆羅門等ニ↡。有ラバ↢知法者↡、若ハ老若ハ少、故コトサラニ応ベシ↢供養シ恭敬シ禮拜ス↡、亦如クスベシ↣諸天ノ奉↢事スルガ帝釋ニ↡。乃至

迦か葉しょう菩ぼ薩さつまた仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 善よいかな善よいかな、 如來にょらいの所説しょせつ真実しんじつにして虚むなしからず。 われまさに頂ちょう受じゅすべし。 たとへば金剛こんごうの珍宝ちんぽう異い物もつのごとし。 仏ぶつの所説しょせつのごとし。 このもろもろの比丘びくまさに四し法ほうに依よるべし。 なんらか四しとする。 依え法ほう不依ふえ人にん、 依義えぎ不依ふえ語ご、 依智えち不依ふえ識しき、 依え了りょう義ぎ経きょう不依ふえ不ふ了りょう義ぎ経きょうなり。 かくのごときの四し法ほうまさに四し種しゅの人ひとにあらずと證しょう知ちすべしº と。

迦葉菩薩復白シテ↠仏ニ言ク、世尊、善哉カナ善哉カナ、如來ノ所説真実ニシテ不ズ↠虚ムナシカラ。我 レ当ベ ニシ↢頂受ス↡。譬バ如シ↢金剛ノ珍宝異物↡。如シ↢仏ノ所説ノ↡。是ノ諸ノ比丘当ニシ↠依ル↢四法ニ↡。何等カ為スル↠四ト。依法不依人、依義不依語、依智不依識、依了義経不依不了義経ナリ。如ノ↠是ノ四法応ベシ↤当ニ證↣知ス非ズト↢四種ノ人ニ↡。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 依え法ほうは如來にょらいなり、 すなはちこれ大般だいはつ涅ね槃はんなり。 一切いっさいの仏法ぶっぽうすなはちこれ法ほっ性しょうなり。 この法ほうはすなはちこれ如來にょらいなり。 このゆゑに常々じょうじょう不ふ変へんのごとし。 乃至 不依ふえ人にんは、 すなはちこれ声しょう聞もんなり。 法ほっ性しょうはすなはちこれ如來にょらいなり。 声しょう聞もんはすなはちこれ有為ういなり。 如來にょらいはすなはちこれ常住じょうじゅうなり。 有為ういはすなはちこれ無む常じょうなり。 乃至 善男ぜんなん子し、 これを定じょう義ぎと名なづく。

仏ノ言ノタマハク、善男子、依法者ハ如來ナリ、即是大般涅槃ナリ。一切ノ仏法即是法性ナリ。是ノ法者ハ即是如來ナリ。是ノ故ニ如シ↢常常不変。乃至 不依人者ハ、即是声聞ナリ。法性者ハ即是如來ナリ。声聞者ハ即是有為ナリ。如來者ハ即是常住ナリ。有為者ハ即是无常ナリ。乃至 善男子、是名定義。

依義えぎ不依語ふえぎは、 義ぎは名なづけて覺かく了りょうといふ。 覺かく了りょうの義ぎは不ふ羸るい劣れつに名なづく。 不ふ羸劣るいれつは名なづけて滿足まんぞくといふ。 滿足まんぞくの義ぎは名なづけて如來にょらい常住じょうじゅう不ふ変へんといふ。 如來にょらい常住じょうじゅう不ふ変へんの義ぎはすなはちこれ法ほう常じょうなり。 法ほう常じょうの義ぎは、 すなはちこれ僧そう常じょうなり。 これを依義えぎ不ふ依語えごと名なづくるなり。 乃至

依義不依語者、義者名曰覺了。覺了義者名不羸ルイラウ劣。不羸劣者名曰滿足。滿足義者名曰如來常住不変。如來常住不変義者即是法常。法常義者、即是僧常。是名依義不依語也。乃至

依智えち不依ふえ識しきは、 いはゆる智ちはすなはちこれ如來にょらいなり。 もし声しょう聞もんありて、 よく如來にょらいの功く徳どくを知しることあたはずは、 かくのごときの識しきは依より止とどまるべからず。 乃至

依智不依識者、所言智者即是如來。若有声聞、不能善知如來功徳、如是之識不ズ↠応ラ↢依ヨリ止トヾマル↡。乃至

依え了りょう義ぎ経きょう不依ふえ不ふ了りょう義ぎ経きょうは、 不ふ了りょう義ぎはいはく声しょう聞もん乗じょうは、 仏ぶつ如來にょらいの深じん密藏みつぞう処しょを聞きくにことごとく疑ぎ怪けを生しょうじ、 この藏ぞう大だい智ち浄じょうより出いづるを知しらず、 なほ嬰よう兒にの別べっ知ちするところなきがごとし、 これをすなはち名なづけて不ふ了りょう義ぎとするなり。 了りょう義ぎは名なづけて菩ぼ薩さつの真実しんじつ智慧ちえとす。 その自じ心しんを隱かくし無礙むげの大だい智ちなる、 なほ大人だいにんの知しらざるところなきがごとし、 これを了りょう義ぎと名なづく。 乃至

依了義経不依不了義0968経者、不了義者謂声聞乗ハ、聞↢仏如來深密藏処↡悉生疑怪クヱ↡アヤシム、不知是藏出大智浄、猶如嬰兒无所別知、是則名為不了義也。了義者名為菩薩真実智慧。隱其自心无大智、猶如大人无所不知、是名了義。乃至

声しょう聞もん乗じょうに依よるべからず。 大だい乗じょうの法ほうにすなはち依より止とどまるべし。 なにをもつてのゆゑに。 如來にょらい衆しゅ生じょうを度どせんと欲おもふがためのゆゑに、 方便ほうべん力りきをもつて大だい乗じょうを説ときたまふ。 このゆゑに依よるべし、 これを了りょう義ぎと名なづく。 かくのごとき四依しえまさに證しょう知ちすべし。

不応依声聞乗。大乗之法則応依止。何以故。如來為欲度衆生故、以方便力説於大乗。是故応依、是名了義。如是四依応当證知。

また次つぎに依義えぎは、 義ぎは質しつ実じつなり。 質実しつじつは名なづけて光こう明みょうといふ。 光こう明みょうは不ふ羸劣るいれつに名なづく」 と。 乃至

復次依義者、義者質シチスガタ実。質実者名曰光明。光明者名不羸劣。」乃至

 

周しゅうの*昭しょう王おう二に十じゅう五ご年ねん癸みずのと丑うし七月しちがつ十じゅう五ご日にち 託たく摩耶まや胎たい時じ
同どう二に十じゅう六年ろくねん甲きのえ寅とら四し月がつ八日はちにち       誕たん生じょう時じ
同どう三さん十じゅう四し年ねん壬みづのえ申さる二に月がつ八日はちにち       出しゅっ家け時じ 十じゅう九く歳さい
周しゅうの*穆王ぼくおう四し年ねん癸みずのと未ひつじ三月さんがつ十じゅう五ご日にち   成じょう道どう時じ ある説せつに三さん十じゅう五ご成じょう道どうと
同年どうねん八月はちがつ八日はちにち             転てん法輪ぼうりん時じ
同王どうおう五ご十じゅう三年さんねん壬みづのえ申さる二に月がつ十じゅう五ご日にち    涅ね槃はん時じ

周昭王廿五年癸丑七月十五日    ⊂⊃耶胎時
同廿六年甲寅四月八日       誕生時
同四年壬申二月八日       出家時 十九歳
周穆王四年癸未三月十五日     成道時 或説三十五成道
同年八月八日           転法輪時
同王五十三年壬申二月十五日    涅槃時

 

0969△或人夢

或人あるひと夢。  ゆめにみらく隠岐おき◗の院いんの大だい上じょう天皇てんのうにて​わたら​せおはしましゝとき、 大宮おおみやを上かみに御み幸ゆきあり​と​み​まいら​せ候そうろうほどに、 きた​の​方かたより下くだり​に、 よき車くるまに​のり​たる人ひとの、 すだれ​あげ​て御み幸ゆきに​まいり​あはせ​たまふ​を​み​まいら​すれ​ば、 聖覚せいかく法印ほういん◗の御房おんぼうにて​おはしまし​ける​なり。 いかに御み幸ゆきには​まいり​あはせ​おはします​やらむ​と​おもふ​ほどに、 大だい上じょう天皇てんのうの御おん車くるまを​おさえ​て法印ほういん◗の御房おんぼうを​おがみ​まいら​せ​て、 宣せん旨じに​いはく、 釈しゃ迦か如来にょらいの​おはします​なり​とて、 おがみ​まいら​せよ​とて、 おがみ​まいら​せおはします。 わが​み​も人ひとも釈しゃく尊そんの​おはします​にこそ​とて、 みな​おがみ​まいら​せ候そうろうと​み​て覚さめ了 おわりぬ。

 

0970△聖覚法印表白文

法然ほうねん上しょう人にんの御ご前ぜんにして、 隆りゅう信しん右う京きょう大だい夫ふ入にゅう道どう 法ほう名みょう戒心かいしん、 親しん盛じょう大和やまとの入にゅう道どう 法ほう名みょう見仏けんぶつ、 聖しょう人にんの御おん報恩ほうおん謝徳しゃとくのために御おん仏ぶつ事じを修しゅしたてまつる、 御ご導どう師し法印ほういん聖覚せいかく表白ひょうびゃくの言こと葉ばにいはく、

法然上人之御前ニ而シテ、隆信右京大夫入道 法名戒心、親盛大和入道 法名見仏、為聖人之御報恩謝徳修御仏事、御導師法印聖覚表白言葉曰、

「それ根こんに利り鈍どんあれば教きょうに漸頓ぜんとんあり、 機きに奢促しゃそくあれば行ぎょうに難なん易いあり。 まさに知しるべし、 聖しょう道どうの諸門しょもんは漸ぜん教きょうなり、 また難なん行ぎょうなり。 浄じょう土どの一いっ宗しゅうは頓とん教ぎょうなり、 また易い行ぎょうなり。 いはゆる真言しんごん・止し観かんの行ぎょう、 猿猴えんこうの情じょう学まなびがたく、 三論さんろん・法相ほっそうの教きょう、 牛ご羊ようの眼め迷まよひやすし。 しかるにわが宗しゅうに至いたりては、 弥陀みだの本願ほんがん行ぎょう因いんを十じゅう念ねんに定さだめ、 善導ぜんどうの料りょう簡けん器き量りょうを三心さんしんに決けっす。 理智りち精しょう進じんにあらずといへども専念せんねんまことに勤つとめやすし、 多た聞もん広学こうがくにあらずといへども信力しんりきなんぞ備そなはらざらん。

「▲夫 レ根ニ有レ↢利鈍↡者バ教ニ有リ↢漸頓↡、機ニ有レ↢奢促↡者バ行ニ有リ↢難易↡。当ニ↠知ル、聖道ノ諸門ハ漸教也、又難行也。浄土ノ一宗者ハ頓教也、又易行也。所↠謂真言・止観之行、猿猴ヱンコウノ情難ク↠学ビ、三論・法相之教、牛羊ノ眼易シ↠迷。然ニ至テ↢我宗ニ↡者ハ、弥陀ノ本願定メ↢行因ヲ於十念↡、善導ノ料簡決ス↢器量ヲ於三心↡。雖モ↠非ト↢理智精進ニ↡専念実ニ易シ↠勤メ、雖↠非↢多聞広学ニ↡信力何ゾ不ラム↠備ハラ。

いはんや滅罪めつざいの功く力りきを論ろんずれば五ご逆ぎゃくを称名しょうみょうの十じっ声しょうに消けし、 生しょう善ぜんの徳用とくゆうを談だんずれば十じゅう地じを順じゅん次じの一いっ生しょうに極きわむ。 これによりて濁じょく世せの凡ぼん夫ぶ横おうに五ご趣しゅの昏こん衢くを截きり、 末代まつだいの愚士ぐし竪しゅに九く品ぼんの階かい級きゅうを極きわむ。

◆況ヤ論ズレバ↢滅罪之功力ヲ↡消シ↢五逆ヲ於称名之十声ニ↡、談ズレバ↢生善之徳用ヲ↡極ム↢十地ヲ於順次之一生↡。依↠之濁世之凡夫横ニ截リ↢五趣之昏衢ヲ↡、末代之愚士竪ニ極ム↢九品之階級ヲ↡。

しかるにわが大だい師し聖しょう人にん釈しゃく尊そんの使し者しゃとして念仏ねんぶつの一門いちもんを弘ひろめ、 善導ぜんどうの再誕さいたんとして称名しょうみょうの一いち行ぎょうを勧すすめたまへり。 専修せんじゅ専念せんねんの行ぎょうこれよりやうやく弘ひろまり、 無む間けん無余むよの勤すすめいまにありてはじめて知しりぬ。 しかればすなはち破は戒かい罪根ざいこんの輩ともがら肩かたを加きしりて往おう生じょうの道どうに入いり、 下智げち浅才せんざいの類たぐい臂ただむきを振ふるふて浄じょう土どの門もんに赴おもむく。 まことに知しりぬ、 無む明みょう長じょう夜やの大だいなる灯とう炬こなり、 なんぞ智ち眼げんの闇くらきことを悲かなしまん。 生しょう死じ大海だいかいの大だいなる船筏せんばつなり、 あに業ごっ障しょうの重おもきことを煩わずらはんや。

▲然ニ我ガ大師聖人為シテ↢釈尊之使者ト↡弘メ↢念仏之一門ヲ↡、為シテ↢善導之再誕ト↡勧メタマヘリ↢称名之一行ヲ↡。専修専念之行自↠斯 レ漸ク弘マリ、無間無余之勤 メ在テ↠今ニ始テ知ヌ。然レバ則チ破戒0971罪根之輩 ラ加キシリテ↠肩ヲ入リ↢往生之道ニ↡、下智浅才之類 ヒ振フルフテ↠臂タヾムキヲ赴ク↢浄土之門ニ↡。誠ニ知ヌ、无明長夜之大ナル灯炬也、何ゾ悲マム↢智眼ノ闇キコトヲ↡。生死大海之大ナル船筏也、豈 ニ煩ハムヤ↢業障ノ重コトヲ↡。

ここに法主ほうおう、 さいはひに上しょう人にんの化け導どうによりておほいにかの仏ぶつの本願ほんがんを信しんぜしめり、 浄じょう土どの往おう生じょうあへて疑うたがいを残のこさず、 弥陀みだの来迎らいこうただもつぱら憑たのむべきものか。 あに図はかりきや悠々ゆうゆうたる生しょう死じ今こん生じょうをもつて最さい後ごとし、 漫々まんまんたる流る転てんこの身みをもつて際限さいげんとせんといふことを。 つらつら教きょう授じゅの恩徳おんどくを思おもへば、 まことに弥陀みだの悲ひ願がんに等ひとしきものか。 骨ほねを粉こにしてこれを報ほうずべし、 身みを摧くだきてこれを謝しゃすべし。 これによりて報恩ほうおんの斎さい会え眼前がんぜんに修しゅし、 値ち遇ぐうの願念がんねん心しん中ちゅうに萌きざす。 願ねがはくは弥陀みだ如来にょらい・善導ぜんどう和か尚しょう、 信心しんじんを鑑かがみて哀愍あいみんを垂たれ、 大だい師し上しょう人にん、 同学どうがく等侶とうりょ、 懇こん志しを照てらして随ずい喜きを致いたしたまへ。 自他じた同おなじく極楽ごくらく界かいに往おう生じょうし、 師し弟ていともに弥陀みだ仏ぶつに奉仕ぶじせん。 蓮れん華げ初開しょかいの時ときまづ今日こんにちの縁えんを悟さとり、 引いん接じょう結縁けちえんの夕ゆうべかならず今日こんにちの衆しゅを導みちびかん」 と。

◆爰ニ法主、幸ニ依テ↢上人ノ化導ニ↡大ニ信ゼシメリ↢彼ノ仏ノ本願ヲ↡、浄土ノ往生敢テ不ズ↠残サ↠疑ヲ、弥陀ノ来迎只専ラ憑 ノムベキ者 ノ歟カ。豈 ニ図ハカリキヤ悠悠タル生死以テ↢今生ヲ↡為シ↢最後ト↡、漫漫タル流転以テ↢此ノ身ヲ↡為セムトイフコトヲ↢際限ト↡。倩ツラツラ思ヘバ↢教授ノ恩徳ヲ↡、実ニ等シキ↢弥陀ノ悲願ニ↡者 ノ歟カ。粉コニシテ↠骨ヲ可シ↠報ズ↠之ヲ、摧テ↠身ヲ可シ↠謝ス↠之。依テ↠之報恩ノ斎会修シ↢於眼ガン前↡、値遇ノ願念萌キザス↢於心中↡。願ハ弥陀如来・善導和尚、鑑カヾミテ↢信心ヲ↡垂レ↢哀愍ヲ↡、大師上人、同学等侶、照シテ↢懇志ヲ↡致シタマヘ↢随喜ヲ↡。自他同ジク往↢生シ極楽界ニ↡、師弟共ニ奉↢仕セム弥陀仏ニ↡。蓮華初開之時先ヅ悟リ↢今日之縁ヲ↡、引接結縁夕 ベ必導カムト↢今日之衆ヲ↡。」

 

0972△御念仏之間用意聖覚返事

依但馬親王令旨聖覚法印御報状云  承久三年十二月十九日也

「御念仏之間御用意者、一切功徳善根之中念仏最上候。雖十悪・五逆、罪障全不為御障、雖一称十念之力、決定可令往生之由、真実堅固御信受可候也。聊猶予之儀努力努力不可候。或障身懈怠不浄、或恐心散乱妄念、於往生極楽成不定之思、極僻事候、可背仏意也。
重謹言、
御念仏事日日御所作、更不可被障不浄候。念仏本意只常念為要候。不簡行住坐臥、時処諸縁候也。但毎月一日者、特御精進潔斎御念仏事可候也。其外日日御所作者、御手水計可候也。以此旨可令披露給候。恐々謹言。  十二月十九日法印聖覚」

 

0973安居院法印御入滅年文暦二年 乙未

三月六日 御年七十一

 

底本は高田派専修寺蔵親鸞聖人真筆。
この一覧は底本にない。 便宜のために仮に作成した。