0919◎▲大般涅槃経要文

・寿命品

¬大般涅槃経¼巻第一

◎「寿じゅ命みょう品ぼん」第一だいいち (北本巻一寿命本) にのたまはく、 「かくのごとくわれ聞きけり、 ある時とき仏ぶつ拘尸くし那な城じょう力りき士し生しょう地じ阿利あり羅ら跋提ばつだい河がわの辺ほとりの娑しゃ羅ら双樹そうじゅの間あいだにましましき。 乃至

◎「寿命品」第一言、「如是我聞、一時仏在拘尸那城力士生地阿利羅跋提河辺娑羅双樹間。乃至

(北本巻二寿命本) すなはち純じゅん陀だのために偈げを説ときてのたまはく、 ª一切いっさいもろもろの世せ間けんに生いくるものみな死しに帰きす。 寿じゅ命みょう無む量りょうなりといへどもかならずまさに尽つくることあるべし。 それ盛さかりなるものはかならず衰おとろふることあり、 合會あふものは別べつ離りあり、 壯しょう年ねんなれどもひさしく停とどまらず、 盛さかりなる色いろ病やまいに侵おかさる。 命いのちは死しのために呑のまれ、 法ほう常じょうのものあることなし。 諸王しょおう自じ在ざいを得うれども勢力せいりき等双とうそうなけむ。 一切いっさいみな遷せん動どうす。 寿じゅ命みょうもまたかくのごとし。 衆しゅ苦く輪りん際きわなし、 流る転てんして休く息そくなけむ。 三界さんがいみな無む常じょうなり、 諸しょ有う楽たのしみあることなし。 本ほん性しょうの相そうに近ちかづくことあれば、 一切いっさいみな空くう無むなりº」 と。

即為ニ↢純陀↡而説テ↠偈ヲ言ノタマハク、

一切諸ノ世間ニ 生ル者モノ皆帰ス↠死ニ 寿命雖モ↢無量↡ナリト 要必當ベ ニシ↠有ル↠尽コト

夫 レ盛サカリナルモノハ必ズ有リ↠衰コト 合會アフモノハ有リ↢別離↡ 壯シヤウ年ネンサカムナルトシナレドモ不ズ↢久シク停トヾマラ↡ 盛サカリナル色イロ病ニ所ル↠侵オカサ

命ハ為ニ↠死ノ所レ↠呑ノマ 無シ↠有コト↢法常ノ者 ノ↡ 諸王得レドモ↢自在ヲ↡ 勢力無ナケム↢等双

一切皆遷セムウツリ動スオゴク 寿命モ亦如シ↠是ノ 衆苦輪無シ↠際キハ  流転シテ無ケム↢休息↡

三界皆 ナ无常ナリ 諸有無シ↠有コト↠楽タノシミ 有レバ↠近チカヅクコト↢本性ノ相ニ↡ 一切皆 ナ空无ナリ」

・師子吼品1

第だい四し (北本巻二七師子吼品) にのたまはく、 「師子しし吼く菩ぼ薩さつまうさく、 ª世せ尊そん、 少しょう欲よく・知ち足そく、 何なんの差別しゃべつかあるやº と。

第四ニ言ノタマハク、「師子吼菩薩言マフサク、世尊、少欲・知足有ルヤ↢何ノ差別カ↡。

ª善男ぜんなん子し、 少しょう欲よくは求もとめず取とらず、 知ち足そくは少しょうを得うる時とき、 心こころに悔け恨こんせず。 少しょう欲よくは少すこしき所欲しょよくあり、 知ち足そくはただ法ほうのために心こころに事つかへて愁しゅう悩のうせざるなり。

善男子、少欲者ハ不ズ↠求メ不ズ↠取ラ、知足者ハ得ル↠少之時、心ニ不ズ↢悔クヱ恨ウラミセ↡。少欲者ハ少シキ有リ↢所欲↡、知足者ハ但為ニ↠法ノ事ツカヘテ↠心ニ不ルナリ↢愁シフウレエ悩セ↡。

善男ぜんなん子し、 欲よくは三さんあり。 一いちには悪欲あくよく、 二にには大欲だいよく、 三さんには欲欲よくよくなり。

善男子、欲者ハ有リ↠三。一ニ者ハ悪欲、二ニ者ハ大欲、0920三ニ者ハ欲欲ナリ。

悪欲あくよくは、 もし比丘びくありて心こころに貪欲とんよくを生しょうず、 一切いっさい大衆だいしゅの上じょう首しゅとなりて一切いっさい僧そうをしてわが後あとに随逐ずいちくせしめんと欲おもふ、 もろもろの四部しぶをしてことごとくみなわれを供く養ようし恭く敬ぎょうし讃歎さんだんし尊そん重じゅうせしめんと、 われを先さきとして四し衆しゅのために法ほうを説とかしめむ、 みな一切いっさいわが語ごを信受しんじゅせしめん、 亦また国王こくおう・大臣だいじん・長ちょう者じゃ、 みなわれを恭く敬ぎょうせしめん、 われおほきに衣え服ぶく・飲食おんじき・臥具がぐ・医い薬やく・上妙じょうみょうの屋宅たくおくを得えしめんと。 生しょう死じのための欲よく、 これを悪欲あくよくと名なづく。

悪欲者ハ、若シ有テ↢比丘↡心ニ生ズ↢貪欲ヲ↡、欲オモフ↫為ナリテ↢一切大衆ノ上首ト↡令メムト↪一切僧随↩逐セ我ガ後ニ↨、令メムト↰諸ノ四部悉ク皆供↢養シ恭↣敬シ讃↤歎シ尊↯重セ於ヲ↟我 レ、令メム↧我ヲ先トシテ為ニ↢四衆ノ↡説カ↞法ヲ、皆令メム↣一切信↢受セ我ガ語ヲ↡、亦令メム↣国王・大臣・長者、皆恭↢敬我ヲ↡、令メムト↣我 レ大ニ得エ↢衣服・飲食・臥具・医薬・上妙屋宅ヲ↡。為ノ↢生死ノ↡欲、是ヲ名ク↢悪欲ト↡。

いかんが大欲だいよく、 もし比丘びくありて欲心よくしんを生しょうず、 いかんがまさに四部しぶの衆しゅうことごとくみなわれ初しょ住じゅう地じ乃ない至し十住じゅうじゅうを得え、 阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいを得えたり、 阿羅あら漢かん果か乃ない至し須しゅ陀だ洹おん果かを得え、 われ四し禅ぜん乃ない至し四し無礙むげ智ちを得えたりと知しらしめて、 利り養ようをなすべし、 これを大欲だいよくと名なづく。

云何 イカン ガ大欲、若シ有テ↢比丘↡生ズ↢於欲心↡、云何当ニシ↮令メテ↫四部之衆悉ク皆知ラ↪我 レ得エ↢初住地乃至十住ヲ↡、得エタリ↢阿耨多羅三藐三菩提ヲ↡、得エ↢阿羅漢果乃至須陀洹果ヲ↡、我得エタリト↩四禅乃至四無智ヲ↨、為ナス↭於利養ヲ↬、是ヲ名ク↢大欲ト↡。

欲欲よくよくは、 もし比丘びくありて、 梵天ぼんてん・魔ま天てん・自じ在天ざいてん・転輪てんりん聖じょう王おう、 もしは刹せつ利り、 もしは婆羅ばら門もんに生うまれてみな自じ在ざいを得えむと欲おもふ、 利り養ようのためにするがゆゑに、 これを欲欲よくよくと名なづく。

欲欲者ハ、若シ有テ↢比丘↡、欲オモフ↧生レテ↢梵天・魔天・自在天・転輪聖王、若シハ刹利、若ハ婆羅門ニ↡皆得ムト↦自在ヲ↥、為ニスルガ↢利養ノ↡故ニ、是ヲ名ク↢欲欲ト↡。

もしこの三種さんしゅの悪欲あくよくのために害がいせられざるは、 これを少しょう欲よくと名なづく。 欲よくは名なづけて二に十じゅう五ご愛あいとす。 かくのごときの二に十じゅう五ご愛あいあることなき、 これを少しょう欲よくと名なづく。 いまだ来きたらざる所欲しょよくの事じを求もとめざる、 これを少しょう欲よくと名なづく。 得えて著じゃくせざる、 これを知ち足そくと名なづく。 恭く敬ぎょうを求もとめざる、 これを少しょう欲よくと名なづく。 得えて積しゃく聚じゅせざる、 これを知ち足そくと名なづく。

若シ不ル↧為 メニ↢是ノ三種悪欲之↡所ラレ↞害セ者ハ、是ヲ名ク↢少欲ト↡。欲者名テ為ス↢二十五愛ト↡。無キ↠有コト↢如キノ↠是ノ二十五愛↡、是ヲ名ク↢少欲ト↡。不ル↠求メ↢未ダル↠来ラ所欲之事ヲ↡、是ヲ名ク↢少欲ト↡。得エ而テ不ル↠著セ、是ヲ名ク↢知足ト↡。不ル↠求メ↢恭敬ヲ↡、是ヲ名ク↢少欲ト↡。得エテ不ル↢積聚セ↡、是ヲ名ク↢知足ト↡。

善男ぜんなん子し、 また少しょう欲よくあり知ち足そくと名なづけず、 知ち足そくあり少しょう欲よくと名なづけず、 亦やく少しょう欲よく亦やく知ち足そくあり、 知ち足そくならず少しょう欲よくならざるあり。 少しょう欲よくはいはく須しゅ陀だ洹おんなり、 知ち足そくはいはく辟びゃく支し仏ぶつなり、 少しょう欲よく知ち足そくはいはく阿羅あら漢かんなり、 不ふ少しょう欲よく不知ふち足そくはいはゆる菩ぼ薩さつなり。

善男子、亦有リ↢少欲↡不ズ↠名ケ↢知足ト↡、有リ↢知足↡不ズ↠名↢少欲ト↡、有リ↢亦少欲亦知足↡、有リ↧不ズ↢知足ナラ↡不ル↦少欲ナラ↥。少欲者ハ謂ク須陀洹ナリ、知足者ハ謂辟支仏ナリ、少欲知足者謂ク阿羅漢ナリ、不少欲不知足者ハ所ユル↠謂イハ菩薩ナリ。

善男ぜんなん子し、 少しょう欲よく知ち足そくにまた二に種しゅあり。 一いちは善ぜん、 二には不ふ善ぜんなり。 不ふ善ぜんはいはゆる凡ぼん夫ぶなり、 善ぜんは聖しょう人にん・菩ぼ薩さつなり。 一切いっさい聖しょう人にん、 道どう果かを得うといへどもみづから称しょう説せつせず、 称しょう説せつせざるゆゑに心こころ悔恨かいこんせず、 これを知ち足そくと名なづく。

善男子0921、少欲知足ニ復有リ↢二種↡。一者善、二者不善ナリ。不善者ハ所ユル↠謂イハ凡夫ナリ、善者ハ聖人・菩薩。一切聖人、雖モ↠得↢ト道果ヲ↡不ズ↢自ミヅカラ称説セ↡、不ル↢称説セ↡故ニ心不ズ↢悔恨セ↡、是ヲ名ク↢知足ト↡。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ大だい乗じょう大だい涅ね槃はん経ぎょうを修しゅ習じゅうして仏ぶっ性しょうを見みんと欲おもふ、 このゆゑに少しょう欲よく知ち足そくを修しゅ習じゅうすº と。 乃至

善男子、菩薩摩訶薩修↢習シテ大乗大涅槃経ヲ↡欲オモフ↠見ト↢仏性ヲ↡、是ノ故ニ修↢習スト少欲知足ヲ↡。乃至

また涅ね槃はんは名なづけて洲しゅう渚しょとす。 なにをもつてのゆゑに。 四し大だいの暴河ぼが漂ただよふことあたはざるがゆゑに。 なんらをか四しとする。 乃至

▲又涅槃者ハ名テ為ス↢洲渚シウシヨト↡。何以故ニ。四大ノ暴河不ルガ↠能↠漂タヾヨフコト故。何等ラヲカ為スル↠四ト。乃至

また次つぎに善男ぜんなん子し、 出しゅっ家けの人にんに四し種しゅの病やまいあり、 このゆゑに四し沙門しゃもん果かを得えず。 なんらか四し病びょう、 いはく四し悪欲あくよくなり。 一いちには衣えのための欲よく、 二にには食じきのための欲よく、 三さんには臥具がぐのための欲よく、 四しには有うのための欲よくなり。 これを四し悪欲あくよくと名なづく。 これ出しゅっ家けの病やまいなり。 四しの良りょう薬やくありてよくこの病やまいを療りょうす。 いはく糞掃ふんぞう衣えはよく比丘びく衣え悪欲あくよくをなすを治じす、 乞食こつじきはよく食じき悪欲あくよくをなすを破はす、 樹じゅ下げはよく臥具がぐの悪欲あくよくを破はす、 身心しんしん寂静じゃくじょうなるはよく比丘びくの有うのための悪欲あくよくを破はす。 この四し薬やくをもつてこの四し病びょうを除のぞく、 これを聖行しょうぎょうと名なづく。 かくのごときの聖行しょうぎょう、 すなはち名なづけて少しょう欲よく知ち足そくとすることを得うるなり。 乃至

復次ニ善男子、出家之人ニ有リ↢四種ノ病↡、是ノ故ニ不ズ↠得↢四沙門果ヲ↡。何等ラカ四病、謂 ハク四悪欲ナリ。一ニハ為ノ↠衣ノ欲、二ニハ為ノ↠食ノ欲、三ニハ為ノ↢臥具ノ↡欲、四ニハ為ノ↠有ノ欲ナリ。是ヲ名ク↢四悪欲ト↡。是 レ出家ノ病ナリ。有テ↢四ノ良薬↡能ク療ス↢是ノ病ヲ↡。謂ク糞掃フンザウ衣ハ能ク治ス↣比丘為ナスヲ↢衣悪欲ヲ↡、乞食ハ能ク破ス↠為ナスヲ↢食悪欲ヲ↡、樹下ハ能ク破ス↢臥具ノ悪欲ヲ↡、身心寂静ナル能ク破ス↢比丘ノ為ノ↠有ノ悪欲ヲ↡。以テ↢是ノ四薬ヲ↡除ク↢是ノ四病ヲ↡、是ヲ名ク↢聖行ト↡。如キノ↠是ノ聖行、則チ得ウルナリ↣名テ為コトヲ↢少欲知足ト↡。乃至

一切いっさい覚者かくしゃを名なづけて仏ぶっ性しょうとす。 十住じゅうじゅうの菩ぼ薩さつは名なづけて一切いっさい覚かくとすることを得えざるがゆゑに、 このゆゑに見みるといへども明了みょうりょうならず。 善男ぜんなん子し、 見けんに二に種しゅあり。 一いちには眼見げんけん、 二にには聞見もんけんなり。 諸仏しょぶつ世せ尊そんは眼めに仏ぶっ性しょうを見みそなはす、 掌たなごころのうちにおいて阿摩あま勒ろく菓かを観みるがごとし。 十住じゅうじゅうの菩ぼ薩さつ仏ぶっ性しょうを聞見もんけんすれどもことさらに了々りょうりょうならず。 十住じゅうじゅうの菩ぼ薩さつはただよくみづからさだめて阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいを得えんことを知しりて、 一切いっさい衆しゅ生じょうことごとく仏ぶっ性しょうありと知しることあたはず。

▲一切覚者ヲ名テ為ス↢仏性ト↡。十住ノ菩薩ハ不ルガ↠得エ↣名テ為コトヲ↢一切覚ト↡故ニ、是ノ故ニ雖モ↠見ト而不ズ↢明了ナラ↡。善男子、見ニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ眼見、二ニ者ハ聞見ナリ。◆諸仏世尊ハ眼ニ見ミソナハス↢仏性ヲ↡、如シ↧於テ↢掌ノ中ニ↡観ルガ↦阿摩勒菓ヲ↥。十住ノ菩薩聞↢見スレドモ仏性ヲ↡故 サラニ不ズ↢了了ナラ↡。十住ノ菩薩ハ唯タヾ能ク自ミヅカラ知シリ↣定テ得ムコトヲ↢阿耨多羅三藐三菩提↡而テ、不ズ↠能ハ↠知コト↣一切衆生悉ク有ト↢仏性↡。

善男ぜんなん子し、 また眼見げんけんあり、 諸仏しょぶつ如来にょらいなり、 十住じゅうじゅうの菩ぼ薩さつは仏ぶっ性しょうを眼見げんけんし、 また聞見もんけんあり、 一切いっさい衆しゅ生じょう乃ない至し九地くじまでは仏ぶっ性しょうを聞見もんけんす、 菩ぼ薩さつはもし一切いっさい衆しゅ生じょうことごとく仏ぶっ性しょうありと聞きけども、 心こころに信しんを生しょうぜざれば聞見もんけんと名なづけずº と。 乃至

◆善男子、復有リ↢眼見↡、諸仏如来ナリ、十住0922ノ菩薩ハ眼↢見シ仏性ヲ↡、復有リ↢聞見↡、一切衆生乃至九地マデハ聞↢見ス仏性ヲ↡、菩薩ハ若シ聞ケドモ↣一切衆生悉ク有ト↢仏性↡、心ニ不レバ↠生ゼ↠信ヲ不ズト↠名ケ↢聞見ト↡。乃至

師子吼ししく菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつまうさく、 ª世せ尊そん、 一切いっさい衆しゅ生じょうは如来にょらいの心相しんそうを知しることを得うることあたはず、 まさにいかんが観かんじて知しることを得うるべきやº と。

◆師子吼菩薩摩訶薩言、世尊、一切衆生ハ不ズ↠能ハ↠得コト↠知コトヲ↢如来ノ心相ヲ↡、当ベ ニキ↢云何 イカン ガ観ジ而テ得ウル↟知コトヲ邪ヤト。

ª善男ぜんなん子し、 一切いっさい衆しゅ生じょうは実じつに如来にょらいの心相しんそうを知しることあたはず、 もし観察かんざつして知しることを得えんと欲おもはば二にの因縁いんねんあり。 一いちには眼見げんけん、 二にには聞見もんけんなり。 もし如来にょらい所しょ有うの身業しんごうを見みたてまつらん、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを眼見げんけんと名なづく。 もし如来にょらい所しょ有うの口く業ごうを観かんぜん、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを聞見もんけんと名なづく。

◆善男子、一切衆生ハ実ニ不ズ↠能ハ↠知コト↢如来ノ心相ヲ↡、若シ欲オモハ↢観察シ而テ得ムト↟知コトヲ者バ有リ↢二ノ因縁↡。一ニ者ハ眼見、二ニ者ハ聞見ナリ。◆若シ見ミタテマツラム↢如来所有ノ身業ヲ↡、当ニシ↠知ル、是レ則チ為スル↢如来ト↡也、是ヲ名ク↢眼見ト↡。若シ観ゼム↢如来所有ノ口業ヲ↡、当ニシ↠知ル、是則為ル↢如来ト↡也、是ヲ名ク↢聞見ト↡。

もし色しき貌みょうを見みること一切いっさい衆しゅ生じょうのともに等ひとしきものなけん、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを眼見げんけんと名なづく。 もし音おん声じょう微み妙みょう最さい勝しょうなるを聞きかん、 衆しゅ生じょう所しょ有うの音おん声じょうには同おなじからじ、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを聞見もんけんと名なづく。

◆若シ見コト↢色貌メウヲ↡一切衆生ノ無ケム↢与トモニ等ヒトシキ者 ノ↡、当ニシ↠知ル、是則為ル↢如来ト↡也、是ヲ名ク↢眼見ト↡。若シ聞カム↢音声微妙最勝ナルヲ↡、不ジ↠同ジカラ↢衆生所有ノ音声ニハ↡、当ニシ↠知ル、是則チ為ル↢如来ト↡也、是ヲ名ク↢聞見ト↡。

もし如来にょらい所しょ作さの神通じんずうを見みんに、 衆しゅ生じょうのためとやせん、 利り養ようのためとやせん、 もし衆しゅ生じょうのためにして利り養ようのためならず、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを眼見げんけんと名なづく。 もし如来にょらいを観かんずるに他た心しん智ちをもつて衆しゅ生じょうを観かんずる時とき、 利り養ようのために説とき、 衆しゅ生じょうのために説とかん、 もし衆しゅ生じょうのためにして利り養ようのためにせず、 まさに知しるべし、 これすなはち如来にょらいとするなり、 これを聞見もんけんと名なづくº」 と。 略出

◆若シ見ミムニ↢如来所作ノ神通ヲ↡、為セム↠為 メトヤ↢衆生ノ↡、為セム↠為 メトヤ↢利養ノ↡、若シ為ニシテ↢衆生ノ↡不ズハ↠為 メナラ↢利養ノ↡、当ニシ↠知ル、是 レ則チ為スル↢如来↡也、是ヲ名ク↢眼見ト↡。若シ観ズルニ↢如来ヲ↡以テ↢他心智ヲ↡観ズル↢衆生ヲ↡時トキ、為ニ↢利養ノ↡説トキ、為ニ↢衆生ノ↡説トカム、若シ為ニシテ↢衆生ノ↡不ズ↠為ニセ↢利養ノ↡、当ニシ↠知ル、是 レ則チ為スル↢如来ト↡也、是ヲ名クト↢聞見ト↡。」略出

・如来性品

¬大般だいはつ涅ね槃はん経ぎょう¼ の巻かん第だい十じゅう 「如来にょらい性しょう品ぼん」 第だい四しの七しち (北本巻一〇如来性品) にのたまはく、 「その時ときに世せ尊そんすなはち偈げを説ときてのたまはく、 ª本ほん有う今こん無む、 本ほん無む今こん有う、 三さん世ぜの有う法ほうにこの處ことわりあることなしº と。

¬大般涅槃経¼巻第十「如来性品」第四之七ニ言ク、「爾ノ時ニ世尊即説テ↠偈ヲ言ノタマハク、

0923▽本有今無  本無今有  三世有法  無有是處

迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 もし一切いっさい衆しゅ生じょう仏ぶっ性しょうあらば、 仏ぶつ、 衆しゅ生じょうとなんの差別しゃべつかましますや、 かくのごとき説せつは多おおく過咎かぐあり。 もしもろもろの衆しゅ生じょうみな仏ぶっ性しょうあり、 なんの因縁いんねんのゆゑに舍しゃ利り弗ほつ等とう、 小しょう涅ね槃はんをもつてして般はつ涅ね槃はんとする、 縁覺えんがくの人にん、 中ちゅう涅ね槃はんにおいてして般はつ涅ね槃はんする、 菩ぼ薩さつの人にん、 大だい涅ね槃はんにおいてして般はつ涅ね槃はんす。 かくのごときらの人にん、 もし同おなじき仏ぶっ性しょうなり、 なんがゆゑぞ如來にょらいの涅ね槃はんに同おなじからずして般はつ涅ね槃はんするやº と。

迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言サク、世尊、若シ一切衆生有ラ↢仏性↡者バ、仏與ト↢衆生↡有マスヤ↢何ノ差別カ↡、如キ↠是ノ説者ハ多ク有リ↢過咎↡。若シ諸ノ衆生皆有リ↢仏性↡、何ノ因縁ノ故ニ舍利弗等以モテ↢小涅槃ヲ↡而 テ般涅槃トスル、縁覺之人於テ↢中涅槃↡而シテ般涅槃スル、菩薩之人於↢大涅槃ニ↡而 テ般涅槃ス。如キ↠是ノ等ラノ人、若シ同ジキ仏性ナリ、何ガ故 ヘゾ不ズ↠同カラ↢如來ノ涅槃ニ↡而シテ般涅槃スルヤ。

ª善男ぜんなん子し、 諸仏しょぶつ世せ尊そんに得えたまふところの涅ね槃はんは、 もろもろの聲しょう聞もん・縁覺えんがくの得うるところにはあらず。 この義ぎをもつてのゆゑに、 大般だいはつ涅ね槃はんを名なづけて善ぜん有うとす。 世よにもし仏ぶつましまさずは、 二に乘じょう二に涅ね槃はんを得うることなからましº と。

善男子、諸仏世尊ニ所ノ↠得タマフ涅槃ハ、非ズ↢諸ノ聲聞・縁覺ノ所ニハ↟得ル。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、大般涅槃ヲ名テ爲ス↢善有ト↡。世ニ若シ無マシマサズハ↠仏、非マシ↠無カラ↣二乘得コト↢二涅槃ヲ↡。

迦か葉しょうまたまうさく、 ªこの義ぎいかんぞº と。

迦葉復言マフサク、是ノ義云何ゾ。

仏ぶつのたまはく、 ª無む量りょう無む邊へん阿あ僧そう祇ぎ劫こうに、 いまし一仏いちぶつましまして世よに出しゅつ現げんして三さん乘じょうを開かい示じしたまふ。 善男ぜんなん子し、 なんぢが言いふところのごとし、 菩ぼ薩さつ二に乘じょう差別しゃべつなくは、 われまづこの如來にょらい密藏みつぞう大だい涅ね槃はんの中なかにおいてすでにその義ぎを説ときたまへり、 善ぜん有うあることなし。 なにをもつてのゆゑに。 もろもろの阿羅あら漢かんことごとくまさにこの大だい涅ね槃はんを得うべきがゆゑに。 この義ぎをもつてのゆゑに、 大般だいはつ涅ね槃はん畢ひっ竟きょう樂らくあり、 このゆゑに名なづけて大般だいはつ涅ね槃はんとすº と。

仏言、無量無邊阿僧祇劫ニ、乃 マシ有マシマシテ↢一仏↡出↢現シテ於ニ↟世開↢示シタマフ三乘ヲ↡。善男子、如シ↢汝ガ所ノ↟言フ、菩薩二乘無ク↢差別↡者ハ、我先マヅ於テ↢此ノ如來密藏大涅槃ノ中ニ↡已ニ説キタマヘリ↢其ノ義ヲ↡、無シ↠有コト↢善有↡。何ヲ以ノ故ニ。諸ノ阿羅漢悉ク當ニキガ↠得↢是ノ大涅槃ヲ↡故ニ。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、大般涅槃有リ↢畢竟樂↡、是ノ故ニ名テ爲ス↢大般涅槃ト↡。

迦か葉しょうまうさく、 仏説ぶっせつのごときは、 われいまはじめて差別しゃべつの義ぎを知しる、 無む差別しゃべつの義ぎ、 なにをもつてのゆゑに一切いっさい菩ぼ薩さつ・聲しょう聞もん・縁覺えんがく、 未み來らいの世よにみなまさに大般だいはつ涅ね槃はんに歸きすべしº と。

迦葉言サク、如キ↢仏説ノ↡者ハ、我 レ今始テ知ル↢差別之義ヲ↡、無差別ノ義、何ヲ以ノ故ニ一切菩薩・聲聞・縁覺、未來之世ニ皆當ニシ↠歸ス↠於ニ↢大般涅槃↡。

ªたとへば衆しゅ流る大海だいかいに歸きするがごとし、 このゆゑに聲しょう聞もん・縁覺えんがくの人にん、 ことごとく名なづけて常じょうとす、 これ無む常じょうにあらず。 この義ぎをもつてのゆゑに、 また差別しゃべつありまた差別しゃべつなしº と。

譬バ如シ↢衆流歸スルガ↟於ニ↢大海↡、是ノ故ニ聲聞・縁覺之人、悉ク名テ爲ス↠常ト、非ズ↢是无常ニ↡。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、亦有リ↢差別↡亦無シト↢差別↡。

迦か葉しょうまうさく、 ªいかんが性しょう差別しゃべつあるº と。

迦葉0924言 フサク、云何ガ性差別アルト。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 聲しょう聞もんは乳にゅうのごとし、 縁覺えんがくは酪らくのごとし、 菩ぼ薩さつの人にんは生熟しょうじゅく蘇そのごとし、 諸仏しょぶつ世せ尊そんはなほ醍だい醐ごのごとし。 この義ぎをもつてのゆゑに、 大だい涅ね槃はんの中なかに四し種しゅの性しょうを説ときて差別しゃべつありº と。

仏ノ言ハク、善男子、聲聞ハ如シ↠乳ノ、縁覺ハ如シ↠酪ノ、菩薩之人如シ↢生熟蘇ノ、諸仏世尊ハ猶ナホ如シ↢醍醐ノ↡。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、大涅槃ノ中ニ説トキ↢四種ノ性ヲ↡而テ有アリ↢差別↡。

迦か葉しょうまたまうさく、 ª一切いっさい衆しゅ生じょうの性しょう相そういかんぞº と。

迦葉復言ク、一切衆生ノ性相云何 イカン ゾ。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 牛うしのごとし、 新あたらしく乳にゅう血けつを生しょうず、 いまだ凡ぼん夫ぶの性しょうを別わかたず、 もろもろの煩惱ぼんのうを雜ぞうすることまたかくのごとしº」 と。 略抄

仏ノ言ノタマハク、善男子、如シ↠牛ノ、新アタラシク生ズ↢乳血ヲ↡、未ズ ダ↠別ワカタ↢凡夫之性ヲ↡、雜スルコト↢諸ノ煩惱ヲ↡亦復 マタ 如シト↠是ノ。」略抄

・大衆所聞品

また (北本巻一〇大衆所聞品) のたまはく、 「ª一切いっさいの江こう河がはかならず回え曲きょくあり。 一切いっさいの叢林そうりんはかならず樹木じゅもくと名なづく。 一切いっさいの女人にょにんはかならず諂曲てんごく多おおし。 一切いっさい自じ在ざいなるはかならず安楽あんらくを受うくº と。

又言、

「一切ノ江カウ河ハ  必ズ有リ↢廻曲↡ 一切ノ叢ソウ林ハ  必名ク↢樹木ト↡

◗一切ノ女人ハ  必多シ↢諂曲↡  一切自在ナルハ  必受ク↢安楽ヲ↡

その時ときに文殊もんじゅ師利しり菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ、 すなはち座ざより起たちひとへに右みぎの臂ひじを袒かたぬぎ右みぎの膝ひざを地じに著つけて、 前すすんで仏足ぶっそくを礼らいして偈げを説ときてまうさく、 ª一切いっさいの河かわかならず回え曲きょくあるにあらず。 一切いっさいの林はやしことごとく樹木じゅりんと名なづくるにあらず。 一切いっさいの女にょかならず諂曲てんごくを懐いだくにあらず。 一切いっさい自じ在ざいなる、 かならず楽らくを受うけず。

爾ノ時ニ文殊師利菩薩摩訶薩、即チ座ヨリ起タチ偏ニ袒カタヌギ↢右ノ臂ヒヂヲ↡右ノ膝ヲ著ツケテ↠地ニ、前スヽムデ礼↢仏足ヲ↡而シテ説テ↠偈ヲ言サク、

◗非ズ↣一切ノ河  必ズ有アルニ↢廻曲↡ 非ズ↣一切ノ林  悉ク名クルニ↢樹木ト↡

◗非ズ↣一切女  必懐クニ↢諂曲ヲ↡ 一切自在ナル  不ズ↢必受ケ↟楽ヲ

仏ぶつの所説しょせつの偈げ、 その義ぎ余よあり、 やや哀愍あいみんを垂たれてその因縁いんねんを説ときたまへ。 なにをもつてのゆゑに。 世せ尊そん、 この三千さんぜん大千だいせん世せ界かいにおいて渚しょあり、 拘耶尼くやにと名なづく、 その渚しょに河かわあり、 端たん直じきにして曲まがらず、 娑しゃ婆ば耶やと名なづく、 たとへば縄墨なわすみのごとし、 ただちに西海さいかいに入いる。 この河かわの相そうのごとき、 余よ経きょうの中なかにおいて仏ぶついまだかつて説ときたまはず。 乃至 一切いっさいの女人にょにんかならず諂曲てんごくを懐いだくこと、 これまた余よあり。 なにをもつてのゆゑに。 また女人にょにんあり、 よく戒かいを持たもち功く徳どく成じょう就じゅせりº」 と。 略抄

仏ノ所説ノ偈、其ノ義有リ↠余、唯垂テ↢哀愍ヲ↡説キタマフ↢其ノ因縁ヲ↡。何ヲ以ノ故ニ。世尊、於テ↢此ノ三千大千世界ニ↡有リ↠渚、名ク↢拘耶尼クヤニト↡、其ノ渚ニ有リ↠河、端タン直ニシテ不ズ↠曲マガラ、名ク↢娑婆耶ヤト↡、喩ヘバ如シテ↢縄墨ナワスミノ↡、直ニ入ル↢西海ニ↡。如キ↢是ノ河ノ相ノ↡、於テ↢余経ノ中ニ↡仏未ズ ダ↢曽カツテ説キタマハ↡。乃至 一切ノ女人必ズ懐クコト↢諂曲0925ヲ↡、是 レ亦有リ↠余。何ヲ以ノ故ニ。亦有リ↢女人↡、善ク持チ↠戒ヲ功徳成就セリト。」略抄

・聖行品1

十じゅう三巻さんかん (北本巻一四聖行品) にのたまはく、 「外げ道どうの法ほうの中なかに常じょう楽らく我が浄じょうを摂取せっしゅすることあたはず。 善男ぜんなん子し、 まさに知しるべし、 心法しんぽう必ひつ定じょうして無む常じょうなり。 また次つぎに善男ぜんなん子し、 心しん性しょう異いなるがゆゑに名なづけて無む常じょうとす。 いはゆる声しょう聞もんの心しん性しょう異いなり、 縁覚えんがくの心しん性しょう異いなり、 諸仏しょぶつの心しん性しょう異いなり。 一切いっさい外げ道どうの心しんに三種さんしゅあり。 一いちには出しゅっ家けの心しん、 二にには在ざい家けの心しん、 三さんには在ざい家け遠おん離りの心しん。 楽らく相応そうおうの心しん異いなり、 苦く相応そうおうの心しん異いなり、 不苦ふく不ふ楽らく相応そうおうの心しん異いなり、 貪欲とんよく相応そうおうの心しん異いなり、 瞋しん恚に相応そうおうの心しん異いなり、 愚痴ぐち相応そうおうの心しん異いなり。 一切いっさい外げ道どうの心相しんそうまた異いなり、 いはゆる愚痴ぐち相応そうおうの心しん異いなり、 疑ぎ惑わく相応そうおうの心しん異いなり、 邪見じゃけん相応そうおうの心しん異いなり、 進しん止し威儀いぎその心しんまた異いなり。」 略出

十三巻言、「外道ノ法ノ中ニ不ズ↠能ハ↣摂↢取スルコト常楽我浄ヲ↡。善男子、当ニシ↠知ル、心法必定シテ无常ナリ。復次ニ善男子、心性異ナルガ故ニ名テ為ス↢无常ト↡。所ユル↠謂ハ声聞ノ心性異ナリ、縁覚ノ心性異ナリ、諸仏ノ心性異ナリ。一切外道ノ心ニ有リ↢三種↡。一ニ者ハ出家ノ心、二ニ者ハ在家ノ心、三ニ者ハ在家遠離ノ心。楽相応ノ心異ナリ、苦相応ノ心異ナリ、不苦不楽相応ノ心異ナリ、貪欲相応ノ心異ナリ、瞋恚相応ノ心異ナリ、愚痴相応ノ心異ナリ。一切外道ノ心相亦異ナリ、所↠謂愚痴相応ノ心異ナリ、疑惑相応ノ心異ナリ、邪見相応ノ心異ナリ、進止威儀其ノ心亦異ナリ。」略出

・聖行品2

十じゅう四し巻かん (北本巻一四聖行品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 諸仏しょぶつ世せ尊そんの語みことに二に種しゅあり。 一いちには世語せご、 二にには出しゅっ世せの語ごなり。 善男ぜんなん子し、 如来にょらいもろもろの声しょう聞もん・縁覚えんがくのために世語せごを説ときたまふ、 もろもろの菩ぼ薩さつのために出しゅっ世せの語ごを説ときたまふ。 善男ぜんなん子し、 このもろもろの大衆だいしゅにまた二に種しゅあり。 一いちには小乗しょうじょうを求もとむ、 二にには大だい乗じょうを求もとむ。 われむかし波羅奈はらな城じょうにして、 もろもろの声しょう聞もんのために法輪ほうりんを転てんず。 いまはじめてこの拘尸那くしな城じょうにして、 もろもろの菩ぼ薩さつのために大だい法輪ほうりんを転てんじたまふ。

十四巻言ハク、「善男子、諸仏世尊ノ語ミコトニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ世語、二ニハ出世ノ語ナリ。善男子、如来為ニ↢諸ノ声聞・縁覚ノ↡説キタマフ↢於世語↡、為ニ↢諸ノ菩薩ノ↡説キタマフ↢出世ノ語ヲ↡。善男子、是ノ諸ノ大衆ニ復有リ↢二種↡。一者求ム↢小乗ヲ↡、二者求ム↢大乗ヲ↡。我 レ於シテ↢昔日 ムカシ 波羅奈城ニ↡、為ニ↢諸ノ声聞ノ↡転ズ↠于ヲ↢法輪↡。今 マ始テ於シテ↢此ノ拘尸那城ニ↡、為ニ↢諸ノ菩薩ノ↡転ジタマフ↢大法輪ヲ↡。

また次つぎに善男ぜんなん子し、 また二に人にんあり。 中ちゅう根こん・上じょう根こんなり。 中ちゅう根こんの人にんのために波羅奈はらなにして、 法輪ほうりんを転てんず。 上じょう根こんの人にんの人にん中ちゅうの象王ぞうおう迦か葉しょう菩ぼ薩さつ等らのためにこの拘尸那くしな城じょうにして、 大だい法輪ほうりんを転てんず。 善男ぜんなん0926子し、 極ごく下げ根こんのものには如来にょらいつひにために法輪ほうりんを転てんぜず、 極ごく下げ根こんのものはすなはち一闡いっせん提だいなり。

復次ニ善男子、復有リ↢二人↡。中根・上根ナリ。為ニ↢中根ノ人ノ↡於シテ↢波羅奈ニ↡、転ズ↠於ヲ↢法輪↡。為ニ↢上根ノ人ノ人中ノ象王迦葉菩薩等ノ↡於シテ↢此ノ拘尸那城ニ↡、転ズ↢大法輪ヲ↡。善男0926子、極下根ノ者 ノニハ如来終ニ不ズ↣為ニ転ゼ↢法輪ヲ↡、極下根ノ者 ノハ即一闡提ナリ。

また次つぎに善男ぜんなん子し、 仏道ぶつどうを求もとむるもの、 また二に種しゅあり。 一いちには中ちゅう精しょう進じん、 二にには上じょう精しょう進じんなり。 波羅奈はらなにして、 中ちゅう精しょう進じんのために法輪ほうりんを転てんじたまふ。 いまこの間けん、 拘尸那くしな城じょうにして、 上じょう精しょう進じんのために大だい法輪ほうりんを転てんじたまふ。 乃至

復次ニ善男子、求ムル↢仏道ヲ↡者 ノ、復有リ↢二種↡。一ニ者ハ中精進、二ニハ上精進ナリ。於シテ↢波羅奈ニ↡、為ニ↢中精進ノ↡転ジタマフ↠於ヲ↢法輪↡。今於シテ↢此間拘尸那城ニ↡、為ニ↢上精進ノ↡転ジタマフ↢大法輪ヲ↡。乃至

善男ぜんなん子し、 悪あくに二に種しゅあり。 一いちには阿あ修しゅ羅ら、 二にには人にん中ちゅうなり。 人にん中ちゅうに三種さんしゅの悪あくあり。 一いちには一闡いっせん提だい、 二にには誹ひ謗ほう方等ほうどう経きょう典てん、 三さんには犯ぼん四し重じゅう禁きんなり。

▼善男子、悪ニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ阿修羅、二ニ者ハ人中ナリ。人中ニ有リ↢三種ノ悪↡。一ニ者ハ一闡提、二ニ者ハ誹謗方等経典、三ニ者ハ犯四重禁ナリ。

善男ぜんなん子し、 この地じのうちに住じゅうせるもろもろの菩ぼ薩さつ等とう、 つひにかくのごとき悪あくの中なかに堕だすることを畏おそれず、 また沙門しゃもん・婆羅ばら門もん・外げ道どう邪見じゃけん・天てん魔ま波は旬じゅんを畏 おそれず、 また二に十じゅう五有ごうを受うくることを畏おそれず。 このゆゑにこの地じを無む所しょ畏いと名なづく。

善男子、住セル↢是ノ地ノ中ニ↡諸ノ菩薩等、終ツイニ不ズ↠畏オソレ↠堕コトヲ↢如キ↠是ノ悪ノ中ニ↡、亦復不ズ↠畏 ソレ↢沙門・婆羅門・外道邪見・天魔波旬ヲ↡、亦復不ズ↠畏レ↠受コトヲ↢二十五有ヲ↡。是ノ故ニ此ノ地ヲ名ク↢無所畏ト↡。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ無畏むい地じに住じゅうして、 二に十じゅう五ご三昧ざんまいを得えて二に十じゅう五有ごうを壊えす。

善男子、菩薩摩訶薩▼住シテ↢无畏地ニ↡、得テ↢二十五三昧ヲ↡壊ス↢二十五有ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 無垢むく三昧ざんまいを得えてよく地じ獄ごくを壊えす、 無む退たい三昧ざんまいを得うることありてよく畜ちく生しょうを壊えす、 心しん楽ぎょう三昧ざんまいを得うることあればよく餓鬼がきを壊えす、 歓かん喜ぎ三昧ざんまいを得うることあればよく阿あ修しゅ羅らを壊えす、 日光にっこう三昧ざんまいを得うることあればよく弗ほつ婆ば提だいを断たつ、

善男子、得テ↢无垢三昧ヲ↡能ク壊ス↢地獄ヲ↡、有テ↠得コト↢无退三昧ヲ↡能ク壊ス↢畜生ヲ↡、有レバ↠得コト↢心楽三昧ヲ↡能ク壊ス↢餓鬼ヲ↡、有レバ↠得コト↢歓喜三昧ヲ↡能ク壊ス↢阿修羅ヲ↡、有レバ↠得コト↢日光三昧↡能ク断タツ↢弗婆提ヲ↡、

月光がっこう三昧ざんまいを得うることあればよく瞿く邪じゃ尼にを断たつ、 熱炎ねつえん三昧ざんまいを得うることあればよく鬱うつ単たん越おつを断たつ、 如幻にょげん三昧ざんまいを得うることあればよく閻えん浮ぶ提だいを断たつ、 一切いっさい法ほう不ふ動どう三昧ざんまいを得うることあればよく四し大だい天処てんしょを断たつ、 難伏なんぶく三昧ざんまいを得うることあればよく三さん十じゅう三さん天処てんしょを断たつ、

有レバ↠得コト↢月光三昧ヲ↡能ク断ツ↢瞿ク邪ジヤ尼ヲ↡、有レバ↠得コト↢熱炎三昧ヲ↡能ク断ツ↢鬱ウツ単タン越ヲ↡、有レバ↠得コト↢如幻三昧ヲ↡能ク断ツ↢閻浮提ヲ↡、有レバ↠得コト↢一切法不動三昧ヲ↡能ク断ツ↢四大天処ヲ↡、有レバ↠得コト↢難伏三昧ヲ↡能ク断ツ↢三十三天処ヲ↡、

悦えつ意い三昧ざんまいを得うることあればよく炎えん摩ま天てんを断たつ、 青しょう色しき三昧ざんまいを得うることあればよく兜と術じゅつ天てんを断たつ、 黄色おうしき三昧ざんまいを得うることあればよく化け楽天らくてんを断たつ、 赤しゃく色しき三昧ざんまいを得うることあればよく他化たけ自じ在ざい天てん0927を断たつ、 白びゃく色しき三昧ざんまいを得うることあればよく初禅しょぜんを断たつ、

有レバ↠得コト↢悦意三昧ヲ↡能ク断ツ↢炎摩天ヲ↡、有↠得↢青色三昧↡能ク断ツ↢兜術天ヲ、有↠得↢黄色三昧ヲ↡能ク断ツ↢化楽天ヲ↡、有レバ↠得コト↢赤色三昧↡能ク断ツ↢他化自在天0927ヲ↡、有レバ↠得コト↢白色三昧ヲ↡能ク断ツ↢初禅ヲ↡、

種々しゅじゅの三昧さんまいを得うることあればよく大だい梵王ぼんのうを断たつ、 双そう三昧ざんまいを得うることあればよく二に禅ぜんを断たつ、 雷らい音おん三昧ざんまいを得うることあればよく三禅さんぜんを断たつ、 注ちゅう雨う三昧ざんまいを得うることあればよく四し禅ぜんを断たつ、 如にょ虚こ空くう三昧ざんまいを得うることあればよく無む想そうを断たつ、

有レバ↠得コト↢種種ノ三昧ヲ↡能ク断ツ↢大梵王ヲ↡、有バ↠得コト↢双三昧↡能ク断ツ↢二禅ヲ↡、有レバ↠得コト↢雷ライ音三昧ヲ↡能ク断ツ↢三禅ヲ↡、有バ↠得コト↢注雨三昧ヲ↡能ク断ツ↢四禅ヲ↡、有レバ↠得コト↢如虚空三昧ヲ↡能ク断ツ↢無想↡、

照鏡しょうきょう三昧ざんまいを得うることあればよく浄じょう居こ阿那あな含ごんを断たつ、 無礙むげ三昧ざんまいを得うることあればよく空処くうしょを断たつ、 常じょう三昧ざんまいを得うることあればよく識処しきしょを断たつ、 楽らく三昧ざんまいを得うることあればよく不ふ用よう処しょを断たつ、 我が三昧ざんまいを得うることあればよく非ひ想そう非々ひひ想処そうしょの有うを断たつ。

有↠得↢照鏡三昧ヲ↡能ク断ツ↢浄居阿那含ヲ↡、有↠得コト↢无三昧ヲ↡能ク断ツ↢空処ヲ↡、有↠得↢常三昧ヲ↡能ク断ツ↢識処ヲ↡、有レバ↠得コト↢楽三昧ヲ↡能ク断ツ↢不用処ヲ↡、有↠得↢我三昧↡能ク断ツ↢非想非非想処ノ有ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 これを菩ぼ薩さつ二に十じゅう五ご三昧ざんまいを得え二に十じゅう五有ごうを断たつと名なづく。 善男ぜんなん子し、 かくのごとき二に十じゅう五ご三昧ざんまいを諸しょ三昧ざんまいの王おうと名なづく」 と。 乃至

善男子、是ヲ名ク↧菩薩得エ↢二十五三昧ヲ↡断ツト↦二十五有ヲ↥。善男子、如キ↠是ノ二十五三昧ヲ名クト↢諸三昧ノ王ト↡。」乃至

・梵行品1

十じゅう五ご巻かん (北本巻一五梵行品) にのたまはく、 「なんらをか名なづけて授じゅ記き経きょうとすると。 経きょう律りつにあるがごとし。 如来にょらい説ときたまふ時とき、 もろもろの大人だいにんのために仏ぶつの記き莂べつを受うく。 なんぢ阿あ逸いっ多たは未み来らい王おうあるべし、 名なづけて蠰じょう佉きゃといはん。 まさにこの世よにして仏道ぶつどうを成なるべし、 号ごうして弥み勒ろくといはん。 これを授じゅ記き経きょうと名なづく。 なんらをか名なづけて伽陀かだ経きょうとするやと。 修しゅ多羅たらおよびもろもろの戒律かいりつを除のぞきて、 その余よの説せつあり、 四句しくの偈げなり。 いはゆる ª諸悪しょあく作つくることなし、 諸善しょぜん奉ぶ行ぎょうすべし。 みづからその意いを浄きよくする、 これ諸仏しょぶつの教おしえなりº」 と。

十五巻言、「何ン等ラヲカ名テ為スルト↢授記経ト↡。如シ↠有ガ↢経律ニ↡。如来説タマフ時 キ、為ニ↢諸ノ大人ノ↡受ク↢仏ノ記莂ヲ↡。汝阿逸多ハ未来有ルベシ↠王、名テ曰ハム↢蠰ジヤウ佉キヤト↡。当ニシ↧於ニ↢是ノ世↡而シテ成ル↦仏道ヲ↥、号シテ曰ハムト↢弥勒ト↡。是ヲ名ク↢授記経ト↡。何 ン等ラヲカ名テ為スル↢伽陀カダ経ト↡也ヤト。除キテ↢修多羅及諸ノ戒律ヲ↡、其ノ余ノ有リ↠説、四句之偈ナリ。所ユル↠謂ハ

諸悪莫シ↠作コト  諸善奉行スベシ  自浄クスル↢其ノ意ヲ↡ 是 レ諸仏ノ教ナリト」

・梵行品2

十じゅう七巻しちかん (北本巻一七梵行品) にのたまはく、 「迦か葉しょうまたまうさく、 ª世せ尊そん、 第一だいいち義ぎ諦たいをまた名なづけて道どうとす、 また菩ぼ提だいと名なづく、 また涅ね槃はんと名なづくº」 と。 乃至

十七巻言、「▲迦葉復言、世尊、第一義諦ヲ亦名テ為ス↠道ト、亦名ク↢菩提ト↡、亦名ク↢涅槃ト↡。」乃至

・徳王品1

巻第かんだい二に十じゅう五ご 「高こう貴き徳王とくおう菩ぼ薩さつ品ぼん」、 第だい十じゅうの五ご (北本第二五徳王品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 第一だいいち真実しんじつの善ぜん知ぢ識しきは、 いはゆる菩ぼ薩さつ・諸仏しょぶつなり。 世せ尊そん、 なにをもつてのゆゑに。 つねに三種さんしゅの善調ぜんどう御ごをもつてのゆゑに。 なんらか三さんとする。 一いちには畢ひっ竟きょう軟なん語ご、 二にには畢ひっ竟きょう呵か責しゃく、 三さんには軟なん語ご呵か責しゃくなり。 この義ぎをもつてのゆゑに、 菩ぼ薩さつ・諸仏しょぶつすなはちこれ真実しんじつの善ぜん知ぢ識しきなりと。 乃至

巻0928第二十五「高貴徳王菩薩品」、第十之五言、「▲善男子、第一ヰチ真実ノ善知識者ハ、所ユル↠謂ハ菩薩・諸仏ナリ。世尊、何ヲ以ノ故ニ。常ニ以ノ↢三種ノ善調御ヲ↡故ニ。何等ラカ為スル↠三ト。一ニ者ハ畢竟軟ナン語ヤハラカナルコトバ、二ニ者ハ畢竟 呵カイサカヒ責シヤクセム 、三ニ者ハ軟語呵責ナリ。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、菩薩・諸仏即是真実ノ善知識也ナリト。乃至

善男ぜんなん子し、 いかんが菩ぼ薩さつ五ご事じを除断じょだんする。 いはゆる五ご陰おん、 色しき・受じゅ・想そう・行ぎょう・識所しきしょなり。 陰おんといふはその義ぎいかん。 いはくよく衆しゅ生じょうをして生しょう死じ相続そうぞくせしむ、 重じゅう担たんを離はなれずして分散ぶんさん聚合じゅごうして三さん世ぜに摂せっせらる、 その義理ぎりを求もとむるに了さとり不可ふか得とくなり。 このもろもろの義ぎをもつてのゆゑに名なづけて陰おんとす。 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ色陰しきおんを見みるといへどもその相そうを見みず。 なにをもつてのゆゑに。 十色じっしきの中なかにおいてその性しょうを推すい求ぐするにことごとく不可ふか得とくなり、 世せ界かいのためのゆゑに説ときてのたまはく、 陰受おんじゅをなすに百ひゃく八はちあり、 受陰じゅおんを見みるといへどもはじめに受相じゅそうなし。 なにをもつてのゆゑに。 受じゅは百ひゃく八はちなりといへども理り定じょう実じつなし。 このゆゑに菩ぼ薩さつ受陰じゅおんを見みず。 想そう・行ぎょう・識等しきとうもまたかくのごとし。

善男子、云何 イカン ガ菩薩除↢断スル五事ヲ↡。所ユル↠謂ハ五陰、色・受・想・行・識所ナリ。言フ↠陰ト者ハ其ノ義何イカンゾ。謂ク能ク令ム↢衆生ヲシテ生死相続セ↡、不ズシテ↠離レ↢重担ニナフヲ↡分散聚合シテ三世ニ所ラル↠摂セ、求ムルニ↢其ノ義理ヲ↡了サトリ不可得ナリ。以ノ↢是ノ諸ノ義ヲ↡故ニ名テ為ス↠陰ト。菩薩摩訶薩雖モ↠見ト↢色陰ヲ↡不ズ↠見↢其ノ相ヲ↡。何ヲ以ノ故ニ。於テ↢十色ノ中ニ↡推スイ↢求スルニ其ノ性ヲ↡悉ク不可得ナリ、為ノ↢世界ノ↡故ニ説テ言ハク、為ナスニ↢陰受ヲ↡有リ↢百八↡、雖モ↠見ト↢受陰ヲ↡初ニ無シ↢受相↡。何ヲ以ノ故ニ。受ハ雖モ↢百八ナリト↡理無シ↢定実↡。是ノ故ニ菩薩不ズ↠見ミ↢受陰ヲ↡。想・行・識等モ亦復 マタ 如シ↠是ノ。

菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ深ふかく五ご陰おんを見みる、 これ煩悩ぼんのうを生しょうずる根本こんぽんなり。 この義ぎをもつてのゆゑに方便ほうべんして断だんぜしむ。

菩薩摩訶薩深ク見ル↢五陰ヲ↡、是 レ生ズル↢煩悩ヲ↡之根本也。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ方便シテ令シム↠断ゼ。

いかんぞ菩ぼ薩さつ五事ごじを遠おん離りする。 いはゆる五ご見けんなり。 なんらをか五ごとする。 一いちには身見しんけん、 二にには辺見へんけん、 三さんには邪見じゃけん、 四しには戒取かいしゅ見けん、 五ごには見取けんしゅなり。 この五ご見けんによりて六ろく十じゅう二に見けんを生しょうず、 この諸見しょけんによりて生しょう死じ絶たえず。 このゆゑに菩ぼ薩さつこれを防ふせぎて近ちかづかず。

云何ゾ菩薩遠↢離スル五事ヲ↡。所ユル↠謂ハ五見ナリ。何 ン等ラヲカ為スル↠五ト。一ニ者ハ身見、二ニ者ハ辺見、三ニ者ハ邪見、四ニ者ハ戒取見、五ニ者ハ見取ナリ。因テ↢是ノ五見ニ↡生ズ↢六十二見ヲ↡、因テ↢是諸見ニ↡生死不ズ↠絶ヘ。是ノ故ニ菩薩防フセギテ↠之ヲ不ズ↠近チカヅカ。

いかんが菩ぼ薩さつ六ろく事じを成じょう就じゅする。 いはく六ろく念処ねんじょなり。 なんらか六ろくとする。 一いちには念仏ねんぶつ、 二にには念法ねんぽう、 三さんには念僧ねんそう、 四しには念天ねんてん、 五ごには念ねん施せ、 六ろくには念戒ねんかいなり。 これを菩ぼ薩さつ六ろく事じを成じょう就じゅすと名なづくるなり。 乃至

云何 ンガ菩薩成↢就スル六事ヲ↡。謂イハク六念処ナリ。何等ラカ為スル↠六ト。一ニ者ハ念仏、二ニ者ハ念法、三ニ者ハ念僧、四ニ者ハ念天、五ニ者ハ念施、六0929ニ者ハ念戒ナリ。是ヲ名クルナリ↣菩薩成↢就スト六事ヲ↡。乃至

菩ぼ薩さつは一法いっぽうを守しゅ護ごす。 いかんが菩ぼ薩さつ四事しじに親近しんごんする。 いはく四し無む量りょう心しんなり。 なんらか四しとする。 一いちには大だい慈じ、 二にには大だい悲ひ、 三さんには大だい喜き、 四しには大捨だいしゃなり。 この四し心しんによりてよく無む量りょう無む辺へんの衆しゅ生じょうをして菩ぼ提心だいしんを発ほっせしむ。 このゆゑに菩ぼ薩さつ繋け心しん親近しんごんせしむ。 いかんが菩ぼ薩さつ一実いちじつを信しん順じゅんする。 菩ぼ薩さつ了りょう知ちするに一切いっさい衆しゅ生じょうはみな一道いちどうに帰きせしめんとなり。 一道いちどうはいはく大だい乗じょうなり。 いはく仏ぶつ・菩ぼ薩さつ衆しゅ生じょうのためのゆゑにこれを分わかちて三さんとす。 このゆゑに菩ぼ薩さつ不ふ逆ぎゃくに信しん順じゅんするなり」 と。 已上抄出

菩薩ハ守↢護ス一法ヲ↡。云何 ンガ菩薩親↢近スル四事ニ↡。謂ハク四無量心ナリ。何等ラカ為スル↠四ト。一ニ者ハ大慈、二ニ者ハ大悲、三ニ者ハ大喜、四ニ者ハ大捨ナリ。因テ↢是ノ四心ニ↡能ク令ム↣無量無辺ノ衆生ヲシテ発セ↢菩提心ヲ↡。是ノ故ニ菩薩繋心親近セシム。云何 ンガ菩薩信↢順スル一実ヲ↡。菩薩了知スルニ一切衆生ハ皆 ナ帰セシメムトナリ↢一道ニ↡。一道者ハ謂ク大乗也。謂ク仏・菩薩為ノ↢衆生ノ↡故ニ分テ↠之ヲ為ス↠三ト。是ノ故ニ菩薩信↢順スルナリト不逆ニ↡。」已上抄出

・徳王品2

二に十じゅう七巻しちかん (北本巻二六徳王品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 一闡いっせんは信しんに名なづく、 提だいは不具ふぐに名なづく。 不具ふぐ信しんのゆゑに一闡いっせん提だいと名なづく。 乃至 一闡いっせんは定じょうに名なづく、 提だいは不具ふぐに名なづく。 定じょう不具ふぐのゆゑに一闡いっせん提だいと名なづく」 と。 抄出

二十七巻言、「善男子、一闡ハ名ク↠信ニ、提ハ名ク↢不具ニ↡。不具信ノ故ニ名ク↢一闡提ト↡。乃至 一闡ハ名ク↠定ニ、提ハ名ク↢不具ニ↡。定不具ノ故ニ名ク↢一闡提ト↡。」抄出

・師子吼品2

二に十じゅう八巻はっかん (北本巻二八師子吼品) にのたまはく、 「また因いんあり、 いはく正しょう法ぼうを聴きくなり。 聴ちょう正しょう法ぼうといふはこれまた因いんあり、 いはく善ぜん友ぬに近ちかづくなり。 善ぜん友ぬに近ちかづくといふはこれまた因いんあり、 いはゆる信心しんじんなり。 有う信心しんじんといふはこれまた因いんあり、 因いんに二に種しゅあり。 一いちには聴ちょう法ほう、 二にには思し惟ゆいの義ぎなり。 善男ぜんなん子し、 信心しんじんは聴ちょう法ほうによる、 聴ちょう法ほうは信心しんじんによる。 かくのごとき二に法ほうの亦因やくいん亦因やくいんの因いんなり、 亦やく果か亦やく果かの果かなり。 乃至

二十八巻言、「亦有リ↠因、謂ク聴ナリ↢正法ヲ↡。聴正法トイフ者ハ是 レ亦有リ↠因、謂ク近ヅクナリ↢善友ニ↡。近クトイフ↢善友ニ↡者ハ是 レ亦有リ↠因、所ユル↠謂ハ信心ナリ。有信心トイフ者ハ是 レ亦有リ↠因、因ニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ聴法、二ニハ思惟ノ義ナリ。善男子、信心者ハ因ル↢於聴法ニ↡、聴法者ハ因ル↠於↢信心ニ↡。如↠是二法ノ亦因亦因ノ因ナリ、亦果亦果ノ果ナリ。乃至

善男ぜんなん子し、 因いんに二に種しゅあり。 一いちには生しょう因いん、 二にには了りょう因いんなり。 よく法ほうを生しょうずるはこれを生しょう因いんと名なづく、 灯ともしびのよく物ものを了りょうするがごとし、 ゆゑに了りょう因いんと名なづく。 煩悩ぼんのう諸結しょけつこれを生しょう因いんと名なづく、 衆しゅ生じょうの父母ぶもこれを了りょう因いんと名なづく。 穀こく子し等とうのごとしこれを生しょう因いんと名なづく、 地じ・水すい・糞ふん等とうこれを了りょう因いんと名なづく。 乃至

善男子、因ニ有リ↢二種↡。一ニ者ハ生因、二ニ者ハ了因ナリ。能ク生ズル↠法ヲ者ハ是ヲ名ク↢生因ト↡、如シ↢灯ノ能ク了スルガ↟物ヲ、故ニ名ク↢了因ト↡。煩悩諸結是ヲ名ク↢生因ト↡、衆生ノ父母是ヲ名ク↢了因ト↡。如シ↢穀コク子等ノ↡是ヲ名ク↢生因ト↡、地・水・糞フンクソ等是ヲ名ク↢了因ト↡。乃至

善男ぜんなん子し、 たとへば人ひとあり筆ふで・紙かみ・墨すみあり、 和わ合ごうすれば字じを成じょうじてこの紙かみの中なかにもと字じあることなし、 もとなきをもつてのゆゑに仮け縁えんして成じょうずるがごとし。 乃至

善男子、譬ヘバ如シ↧有リ↠人有↢筆・紙・墨↡、和合スレバ成↠字ヲ而ジテ是ノ紙ノ中ニ本 ト0930無シ↠有コト↠字、以ノ↢本 ト無ヲ↡故ニ仮縁而シテ成ズルガ↥。乃至

善男ぜんなん子し、 たとへば衆しゅ生じょうは食じきによりて命みょうを得う、 しかるにこの食じきの中なかに実じつに命みょうあることなし、 もしもと命みょうあらばいまだ食じきせざる時ときにも食じきこれ命みょうなるべきがごとし。 善男ぜんなん子し、 一切いっさいの諸法しょほう、 もと性しょうあることなし、 この義ぎをもつてのゆゑにわれこの偈げを説とかく、 ª本ほん無む今こん有う、 本ほん有う今こん無む、 三さん世ぜの有う法ほうにこの処ことわりあることなしº と。 善男ぜんなん子し、 一切いっさいの諸法しょほうは因縁いんねんのゆゑに生しょうず、 因縁いんねんのゆゑに滅めっす。 乃至

善男子、譬如シ↣衆生ハ因テ↠食ニ得ウ↠命ヲ、而ニ此ノ食ノ中ニ実ニ無シ↠有コト↠命、若シ本 ト有ラバ↠命未ダル↠食セ之時 キニモ食応ベキガ↢是命ナル↡。善男子、一切ノ諸法、本 ト無シ↠有コト↠性、以ノ↢是義ヲ↡故我説トカク↢是ノ偈ヲ↡、
  △本無今有 本有今無 三世有法 無有是処
善男子、一切ノ諸法ハ因縁ノ故ニ生ズ、因縁ノ故ニ滅ス。乃至

もろもろの菩ぼ薩さつ菩ぼ提だいを退転たいてんせしむるに、 また六法ろっぽうありて菩ぼ提だい心しんを壊えす。 なんらか六ろくとする。 一いちには法ほうを吝おしむ、 二ににはもろもろの衆しゅ生じょうにおいて不ふ善心ぜんしんを起おこす、 三さんには悪あく友うに親近しんごんする、 四しには精しょう進じんを勤つとめざる、 五ごには自じ大だい憍きょう慢まんなる、 六ろくには世せ業ごうを営よう務むするなり。 かくのごとき六法ろっぽうすなはちよく菩ぼ提だいの心しんを破は壊えす。 乃至

令ムルニ↣諸ノ菩薩退↢転セ菩提ヲ↡、復有テ↢六法↡壊ス↢菩提心ヲ↡。何等ラカ為スル↠六ト。一ニ者ハ吝オシム↠法ヲ、二ニ者ハ於テ↢諸ノ衆生ニ↡起ス↢不善心ヲ↡、三ニ者ハ親↢近スル悪友ニ↡、四ニ者ハ不ル↠勤メ↢精進ヲ↡、五ニ者ハ自大憍慢ナル、六ニ者ハ営ヰヤウイトナム務ムスルナリ世業ヲ。如キ↠是ノ六法則チ能ク破↢壊ス菩提之心ヲ↡。乃至

善男ぜんなん子し、 また五ご法ほうあり、 菩ぼ提だい心しんを退たいす。 なんらか五ごとする。 一いちにはこのみて外げ道どうにありて出いづ、 二にには大だい慈じの心しんを修しゅせざる、 三さんにはこのみて法ほっ師しの過か罪ざいを求もとむる、 四しにはつねに楽処らくしょにして生しょう死じにある、 五ごには十じゅう二部にぶ経きょうを受じゅ持じし読誦どくじゅし書写しょしゃし解げ説せつすることを喜よろこばざる、 これを五ご法ほうと名なづく。 菩ぼ提だい心しんを退たいするにまた二に法ほうあり、 菩ぼ提だい心しんを退たいす。 なんらか二にとする。 一いちには五ご欲よくを貪とん楽ぎょうする、 二にには三宝さんぼうを恭く敬ぎょうし尊そん重じゅうすることあたはざるなり。 かくのごときらの衆もろもろの因縁いんねんをもつてのゆゑに菩ぼ提だい心しんを退たいするなり」 と。 略抄

善男子、復有リ↢五法↡、退ス↢菩提心ヲ↡。何等為スル↠五ト。一ニ者ハ楽コノミテ在テ↢外道ニ↡出ヅ、二ニ者ハ不ル↠修セ↢大慈之ノ心ヲ↡、三ニ者ハ好コノミテ求ムル↢法師ノ過罪ヲ↡、四ニ者ハ常ニ楽処ニシテ在ル↢生死ニ↡、五ニ者ハ不ル↠喜ヨロコバ↰受↢持シ読↣誦シ書↤写シ解↯説スルコトヲ十二部経ヲ↡、是ヲ名ク↢五法ト↡。退スルニ↢菩提心ヲ↡復有リ↢二法↡、退ス↢菩提心ヲ↡。何 ン等ラカ為スル↠二ト。一ニ者ハ貪トン↢楽ゲウスル五欲ヲ↡、二ニ者ハ不ルナリ↠能ハ↤恭↢敬シ尊↣重スルコト三宝ヲ↡。以ノ↢如キ↠是ノ等ラノ衆ノ因縁ヲ↡故ニ退スルナリ↢菩提心ヲ↡。」略抄

・師子吼品3

巻第かんだい三さん十じゅう一いち 「師子しし吼く菩ぼ薩さつ品ぼん」 の第だい十じゅう一いちの五ご (北本巻三一師子吼品) にのたまはく、 「師子しし吼くまうさく、 ª世せ尊そん、 経きょうの中なかに説とくがごとし、 もし毘婆びば舎しゃ那なよく煩悩ぼんのうを破はす、 なんのゆゑぞまた奢しゃ摩他またを修しゅするやº と。

巻第三十一「師子吼菩薩品」第十一之五言、「師子吼言マフサク、世尊、如シ↢経ノ中ニ説ガ↡、若シ毘婆舎那能ク破ス↢煩悩ヲ↡、何ノ故ゾ復修スル↢奢摩他ヲ↡邪ヤ。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 なんぢ毘婆びば舎しゃ那な煩悩ぼんのうを破はすと言いはば、 この義ぎしからず。 なにをもつてのゆゑに。 智慧ちえある時ときはすなはち煩悩ぼんのうなし、 煩悩ぼんのうある時ときはすなはち智慧ちえなし、 いかんして毘婆びば舎しゃ那なよく煩悩ぼんのうを破はすと言いはんや。

仏ノ言ハク、善男0931子、汝 ヂ言ハ↣毘婆舎那破スト↢煩悩ヲ↡者バ、是ノ義不ズ↠然ラ。何ヲ以ノ故ニ。有ル↢智慧↡時 キハ則無シ↢煩悩↡、有ル↢煩悩↡時 キハ則チ無シ↢智慧↡、云何 イカン 而シテ言ハムヤ↣毘婆舎那能ク破スト↢煩悩ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 たとへば明みょうなる時ときは闇あんなし、 闇あんなる時ときは明みょうなきがごとし。 もしあるが説ときていはく、 明みょうよく闇あんを破はす、 この処ことわりあることなけん。

善男子、譬ヘバ如シ↢明ナル時 キハ無シ↠闇、闇ナル時 キハ無ガ↟明。若シ有ルガ説トキテ言ハク、明能ク破ス↠闇ヲ、無ケム↠有コト↢是ノ処 リ↡。

善男ぜんなん子し、 たれか智慧ちえありたれか煩悩ぼんのうありて智慧ちえよく煩悩ぼんのうを破はすと言いふ。 もしそれなくはすなはち破はするところなけん。

善男子、誰 レカ有アリ↢智慧↡誰 レカ有アリ↢煩悩↡而テ言フ↣智慧能ク破スト↢煩悩ヲ↡。如モシ其ソレ無ナク者ハ則無ナケム↠所 ロ↠破スル。

善男ぜんなん子し、 もし智慧ちえよく煩悩ぼんのうを破はすと言いふは到いたらんためのゆゑなり、 破は到いたらざるゆゑに破はす、 もし破はするに到いたらざるは凡ぼん夫ぶなり、 衆しゅ生じょうすなはちよく破はすべし、 もし到いたるがゆゑに破はせば初はじめの念ねんに破はすべし、 もし初はじめの念ねんに破はせずは後のちにまた破はせじ、 もし初はじめに到いたらばすなはち破はすべし、 これすなはち到いたらざらん、 いかんが説ときて智慧ちえよく破はすと言いふや、 もし到とうと不ふ到とうとよく破はすと言いはば、 この義ぎしからず。 また次つぎに毘婆びば舎しゃ那な煩悩ぼんのうを破はせば、 ひとりよく破はすとせん、 ともにことさらに破はすとやせんº と。 乃至

善男子、若シ言イフハ↣智慧能ク破スト↢煩悩ヲ↡為ノ↠到ラム故 ヘナリ、破不ル↠到ラ故ニ破ス、若シ不ル↠到ラ↠破スルニ者ハ凡夫ナリ、衆生則応シ↢能ク破ス↡、若シ到ルガ故ニ破セ者バ初ノ念ニ応シ↠破ス、若シ初ノ念ニ不ズハ↠破セ後ニ亦不ジ↠破セ、若シ初ニ到ラバ便破スベシ、是則不ラム↠到ラ、云何 イカン ガ説テ言フヤ↢智慧能ク破スト↡、若シ言ハ↧到ト与ト↢不到↡而能ク破スト↥者バ、是ノ義不ズ↠然ラ。復次ニ毘婆舎那破セ↢煩悩ヲ↡者バ、為セム↢独リ能ク破スト↡、為セムト↢伴ニ故コトサラニ破ストヤ↡。乃至

ª善男ぜんなん子し、 一切いっさいの諸法しょほうに二に種しゅの滅めつあり。 一いちには性しょう滅めつ、 二にには畢ひっ竟きょう滅めつなり。 もし性しょう滅めつは、 いかんして智慧ちえよく滅めっすとのたまふや。 もし智慧ちえよく煩悩ぼんのうを滅めっすと言いふは火ひの物ものを焼やくがごとし、 この義ぎしからず。 なにをもつてのゆゑに。 物ものを焼やくにすなはち遺い燼じんあるがごとし。 智慧ちえもししからば余よ燼じんのあるべし。 斧おの樹きを破はするがごとし、 破はするところに智慧ちえを見みるべし。 もししからばなんぞ慧えを見みるべきことあらん。 もしよく煩悩ぼんのう離はなれしめば、 かくのごとき煩悩ぼんのう余よ処しょに現げんずべし。 乃至

善男子、一切ノ諸法ニ有リ↢二種ノ滅↡。一ニハ性滅、二ニハ畢竟滅ナリ。若シ性滅者ハ、云何 イカン 而シテ言ノタマフヤ↢智慧能ク滅スト↡。若シ言イフハ↣智慧能ク滅スト↢煩悩ヲ↡如シ↢火ノ焼クガ↟物ヲ、是ノ義不ズ↠然シカラ。何ヲ以ノ故ニ。如シ↣焼ヤクニ↠物ヲ則チ有ルガ↢遺ヰ燼ジム↡。智慧若シ爾ラバ応シ↠有ル↢余燼ノ↡。如シ↢斧オノ破スルガ↟樹ヲ、破スル処ニ可シ↠見ル↢智慧ヲ↡。若シ爾ラバ有ラム↢何ゾ可コト↟見ル↠慧ヲ。若シ能ク令シメ↢煩悩離ハナレ↡者バ、如キ↠是ノ煩悩応シ↢余処現ズ↡。乃至

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつは二に法ほうを具ぐ足そくしてよくおほきに利り益やくす。 一いちには定じょう、 二にには智ちなり。 乃至 善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつこの二に法ほうを修しゅすればよくおほきに利り益やくす。

善男子、菩薩摩訶薩ハ具↢足シテ二法ヲ↡能ク大ニ利益ス。一ニハ定、二ニハ智ナリ。乃至 善男子、菩薩摩訶薩修レバ↢是ノ二法ヲ↡能ク大ニ利益ス。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつこの二に法ほうを修しゅして五ご根こんを調じょう摂しょうし衆しゅ苦くを堪かん忍にんす。 乃至

善男子、菩薩摩訶薩修シテ↢是ノ二法ヲ↡調デウ↢トヽノエ摂シ五根ヲ↡堪カン↢忍タエシノブス衆苦0932ヲ↡。乃至

つねにその心こころを摂せっして放逸ほういつせしめず、 利り養ようのために非ひ法ほうを行ぎょうぜしめず。 客きゃく塵じん煩悩ぼんのう汚けがすことあたはざるところなり、 諸邪しょじゃ異い見けん惑まどわすところたらず、 つねによくもろもろの悪あく覚観かくかんを遠おん離りす、 久ひさしからずして阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいを成じょう就じゅせん、 衆しゅ生じょうを成じょう就じゅし利り益やくせんと欲おもふがゆゑなり。

常ニ摂シテ↢其ノ心ヲ↡不ズ↠令メ↢放逸セ↡、不ズ↧為ニ↢利養ノ↡行ゼ↞於ヲ↢非法↡。客塵ヨウジン煩悩所ナリ↠不ル↠能ハ↠汚コト、不ズ↠為タラ↢諸邪異見ノ所 ロ↟惑マドワス、常ニ能ク遠↢離ス諸ノ悪覚観ヲ↡、不ズシテ↠久ラ成↢就セム阿耨多羅三藐三菩提ヲ↡、為ノ↠欲フガ↤成↢就シ利↣益セムト衆生ヲ↡故 ヘナリ。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつこの二に法ほうを修しゅするに、 四し倒とうの暴風ぼふ吹すい動どうすることあたはざること須しゅ弥み山せんのごとし、 四し風ふうの吹すい鼓くするところたりといへども動どうぜしむることあたはず。 乃至

善男子、菩薩摩訶薩修スルニ↢是ノ二法ヲ↡、四倒ノ暴風不ルコト↠能ハ↢吹スイフク動ドウスルコト↡如シ↢須弥山ノ↡、雖モ↠為タリト↣四風之所 ロ↢吹スイ鼓クツヾミスル↡不ズ↠能↠令コト↠動ゼ。乃至

善男ぜんなん子し、 もし菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつありてよく定じょう時じ・慧時えじを知しる、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ菩ぼ提だい道どうを行ぎょうずと名なづくº と。 師子しし吼くまうさく、 ª世せ尊そん、 いかんが菩ぼ薩さつ時じ・非時ひじを知しるº と。

善男子、若シ有テ↢菩薩摩訶薩↡善ヨク知シリ↢定時・慧時ヲ↡、是ヲ名ク↣菩薩摩訶薩行ズト↢菩提道ヲ↡。師子吼言 フサク、世尊、云何菩薩知ルト↢時・非時ヲ↡。

ª善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ楽らくを受うくるによりて大だい憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは説法せっぽうによりて憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは精しょう進じんによりて憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは義ぎを解さとりよく問答もんどうする時ときによりて憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは悪あく知ち識しきに親近しんごんするによるがゆゑに憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは布施ふせ所しょ重じゅうの物ものによりて憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは世せ間けんの善法ぜんぽうと功く徳どくとによりて憍きょう慢まんを生しょうず、 あるいは世せ間けんの豪ごう貴きの人にんに恭く敬ぎょうせらるるによるがゆゑに憍きょう慢まんを生しょうず。 まさに知しすべし、 その時ときによろしく智ちを修しゅせずしてよろしく定じょうを修しゅすべし、 これを菩ぼ薩さつの時じ・非時ひじを知しると名なづく。 もし菩ぼ薩さつ勤ごん修しゅ精しょう進じんあれどもいまだ利り益やく涅ね槃はんの楽らくを得えず、 得えざるをもつてのゆゑに悔け心しんを生しょうず、 鈍根どんこんをもつてのゆゑに五ご情じょう諸根しょこん諸しょ垢く煩悩ぼんのうの勢力せいりき盛さかりなるを調じょう伏ぶくすることあたはざるがゆゑに、 みづから戒律かいりつを疑うたがひて羸損るいそんあるがゆゑに。 まさに知しるべし、 その時ときによろしく定じょうを修しゅせずしてよろしく智ちを修しゅすべし、 これを菩ぼ薩さつ時じ・非時ひじを知しると名なづく。

善男子、菩薩摩訶薩因ヨテ↠於ニ↠受クル↠楽ヲ生ズ↢大憍慢ヲ↡、或因ヨリ↢説法ニ↡而テ生ズ↢憍慢ヲ↡、或因ヨリ↢精進ニ↡而テ生ズ↢憍慢ヲ↡、或因ヨリ↢解リ↠義ヲ善ヨク問答スル時 キニ↡而テ生ズ↢憍慢ヲ↡、或ハ因ガ↣親↢近スルニ悪知識ニ↡故ニ而生ズ↢憍慢ヲ↡、或ハ因ヨリ↢布施所重之物ニ↡而テ生ズ↢憍慢ヲ↡、或ハ因ヨリ↢世間ノ善法ト功徳トニ↡而テ生ズ↢憍慢ヲ↡、或ハ因ヨルガ↣世間ノ豪ガウ貴之人ニ所ルルニ↢恭敬セ↡故ニ而生ズ↢憍慢ヲ↡。当ニ↠知ル、爾時ニ不ズシテ↢宜シク修セ↟智ヲ宜シク応シ↠修ス↠定ヲ、是ヲ名ク↣菩薩ノ知ルト↢時・非時ヲ↡。若シ有レドモ↢菩薩勤修精進↡未ダ↠得↢利益涅槃之楽ヲ↡、以ノ↠不↠得故ニ生ズ↠於ヲ↢悔心↡、以ノ↢鈍ドン根↡故ニ不ルガ↠能ハ↣調デウ↢伏スルコト五情諸根諸垢煩悩ノ勢力盛ナルヲ↡故ニ、自疑ウタガテ↢戒律ヲ↡有ルガ↢羸損ルイソン↡故ニ。当ニシ↠知ル、爾時ニ不シテ↢宜シク修↟定ヲ宜シク応シ↠修ス↠智ヲ、是ヲ名ク↣菩薩知ルト↢時・非時ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もし菩ぼ薩さつ定じょう慧えの二に法ほう平びょう等どうならざることあらば、 まさに知しるべし、 その時ときによろしく捨しゃを修しゅすべからず、 二に法ほうもし等ひとしくはすなはちよろしくこれを修しゅすべし、 これを菩ぼ薩さつ時じ・非時ひじを知しると名なづく。

善男子、若シ有ラ↣菩薩定慧ノ二法不ルコト↢平等ナラ↡者バ、当ニシ↠知ル、爾時ニ不ズ0933↠宜シクカラ↠修ス↠捨ヲ、二法若シ等シクハ則宜シクシ ↠修ス↠之ヲ、是ヲ名ク↣菩薩知ルト↢時・非時ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もし菩ぼ薩さつありて定じょう慧えを修しゅ習じゅうせんに、 煩悩ぼんのうを起おこさば、 まさに知しるべし、 その時ときよろしく捨しゃを修しゅすべからず、 よろしく十じゅう二部にぶ経きょうを読誦どくじゅし書写しょしゃし解げ説せつし念仏ねんぶつ・念法ねんぽう・念僧ねんそう・念戒ねんかい・念天ねんてん・念捨ねんしゃすべし、 これを捨しゃを修しゅすと名なづ。 乃至

善男子、若シ有テ↢菩薩↡修↢習セムニ定慧ヲ↡、起サ↢煩悩ヲ↡者バ、当ニシ↠知ル、爾時不ズ↠宜シクカラ↠修ス↠捨ヲ、宜シク応シ↯読↢誦シ書↣写シ解↤説ス十二部経・念仏・念法・念僧・念戒・念天・念捨ヲ↡、是ヲ名ク↠修スト↠捨ヲ。乃至

善男ぜんなん子し、 仏ぶつ十じゅう力りきの中なかに業力ごうりきもつとも深ふかし。 善男ぜんなん子し、 もろもろの衆しゅ生じょうありて、 業縁ごうえんの中なかにおいて、 心こころ軽かるくして信しんぜざらん、 かれを度どせんがためのゆゑにかくのごときの説せつを作なすなり。

善男子、仏十力ノ中ニ業力最トモ深フカシ。善男子、有テ↢諸ノ衆生↡、於テ↢業縁ノ中ニ↡、心軽クシテ不ラム↠信ゼ、為 メノ↠度セムガ↠彼ヲ故ニ作スナリ↢如ノ↠是ノ説ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 一切いっさいの作さ業ごうに軽きょうあり重じゅうあり。 軽重きょうじゅうの二に業ごう、 またおのおの二にあり。 一いちには決けつ定じょう、 二にには不ふ定じょうなり。 善男ぜんなん子し、 あるいは人ひとありていはく、 悪業あくごうは果かなしと。 もし悪業あくごうさだめて果かありといはば、 いかんが気嘘けこ旃せん陀羅だら天てんに生しょうずることを得えん、 鴦崛おうくつ摩羅まら解げ脱だつの果かを得う。 この義ぎをもつてのゆゑに、 まさに知しるべし、 作さ業ごうに定じょうに果かを得え不ふ定じょうに果かを得うることあり、 われかくのごときの邪見じゃけんを除断じょだんせんがためのゆゑに経きょうの中なかにおいてかくのごときの語ごを説とけり、 一切いっさいの作さ業ごう果かを得えざることなしと。

善男子、一切ノ作業ニ有リ↠軽有リ↠重。軽重ノ二業、復各ノ有リ↠二。一ニ者ハ決定、二ニ者ハ不定ナリ。善男子、或ハ有テ↠人言ク、悪業ハ無シト↠果。若シ言ハ↢悪業定テ有ト↟果者バ、云何 イカン ガ気嘘旃陀羅而得エム↠生コトヲ↠天ニ、鴦崛摩羅得ウ↢解脱ノ果ヲ↡。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、当ニ↠知ル、作業ニ有リ↢定ニ得エ↠果ヲ不定ニ得コト↟果ヲ、我 レ為ノ↣除↢断セムガ如キノ↠是ノ邪見ヲ↡故ニ於ノ↢経ノ中ニ↡説ケリ↢如ノ↠是語ヲ↡、一切ノ作業無シ↠不ルコト↠得エ↠果ヲ。

善男ぜんなん子し、 あるいは重じゅう業ごうあり、 軽かるくなすことを得う、 あるいは軽きょう業ごうあり、 重おもくなすことを得うべし。 一切いっさい人にんただ愚智ぐちあるに、 このゆゑにまさに知しるべし、 一切いっさい業ごうことごとくさだめて果かを得うるにあらず、 さだめて得えずといへどもまた得えざるにあらず。

善男子、或ハ有リ↢重業↡、可シ↠得ウ↠作コトヲ↠軽ク、或ハ有リ↢軽業↡、可シ↠得ウ↠作コトヲ↠重ク。非ズ↣一切人唯タヾ有ニ↢愚智↡、是ノ故ニ当ニ↠知ル、非ズ↢一切業悉ク定テ得ルニ↟果ヲ、雖モ↠不ズト↢定テ得エ亦非ズ↠不ルニ↠得エ。

善男ぜんなん子し、 一切いっさい衆しゅ生じょうにおよそ二に種しゅあり。 一いちには智ち人にん、 二にには愚痴ぐちなり。 有智うちの人にんは智慧ちえの力ちからをもつてよく地じ獄ごく極ごく重じゅうの業ごうをして現げん世ぜに軽かるく受うけしむ、 愚痴ぐちの人にんは現げん世ぜの軽きょう業ごうをして地じ獄ごくにして重おもく受うくº と。

善男子、一切衆生ニ凡ソ有リ↢二種↡。一ニ者ハ智人、二ニ者ハ愚痴ナリ。有智之人ハ以テ↢智慧ノ力ヲ↡能ク令ム↢地獄極重之業ヲシテ現世ニ軽ク受ウケ↡、愚痴之人ハ現世ノ軽業ヲシテ地獄ニシテ重ク受ク。

師子吼ししくまうさく、 ª世せ尊そん、 もしかくのごときならば、 すなはち清浄しょうじょう梵ぼん行ぎょうおよび解げ脱だつの果かを求もとむべからずº と。

師子吼言ク、世尊、若シ如キナラ↠是ノ者バ、則不ズト↠応ラ↠求ム↢清浄梵行及解脱ノ果ヲ↡。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 もし一切いっさいの業ごうさだめて果かを得えば、 すなはち梵ぼん行ぎょう解げ脱だつを求もとむべからず、 不ふ定じょうをもつてのゆゑにすなはち梵ぼん行ぎょうおよび解げ脱だつの果かを修しゅせよ。

仏ノ言ノタマハク、善男子、若シ一切ノ業定テ得エ↠果ヲ者バ、則不ズ↠応ラ↠求ム↢梵行解0934脱ヲ↡、以ノ↢不定ヲ↡故ニ則チ修セヨ↢梵行及解脱ノ果ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もしよく一切いっさい悪業あくごうを遠おん離りせば、 すなはち善ぜん果かを得えん、 もし善業ぜんごうを遠とおざからば、 すなはち悪あく果かを得えん。 もし一切いっさいの業ごうさだめて果かを得えば、 すなはち求もとめて聖しょう道どうを修しゅ習じゅうすべからず、 もし道どうを修しゅせず、 すなはち解げ脱だつなけん。 一切いっさい聖しょう人にん道どうを修しゅするゆゑは、 定じょう業ごうを壊えして軽きょう報ほうを得えんためのゆゑなり。 不ふ定じょうの業ごうは果か報ほうなきがゆゑに、 もしいっさいの業ごうさだめて果かを得えば、 すなはち求もとめて聖しょう道どうを修しゅ習じゅうすべからず、 もし人ひと聖しょう道どうを修しゅ習じゅうすることを遠おん離りして解げ脱だつを得えば、 この処ことわりあることなけん。 解げ脱だつを得え涅ね槃はんを得えずは、 またこの処ことわりなけん。

善男子、若シ能ク遠↢離セバ一切悪業ヲ↡、則得ム↢善果ヲ↡、若シ遠トオザカラバ↢善業ヲ↡、則チ得ム↢悪果ヲ↡。若シ一切ノ業定テ得エ↠果ヲ者バ、則不ズ↠応ベカラ↣求テ修↢習ス聖道ヲ↡、若シ不ズハ↠修セ↠道ヲ、則チ無ケム↢解脱↡。一切聖人所↢以 ユヘ ハ修スル↟道ヲ、為ノ↧壊シテ↢定業ヲ↡得ム↦軽報ヲ↥故 ヘナリ。不定之業ハ無キガ↢果報↡故ニ、若シ一切ノ業定テ得エ↠果ヲ者バ、則チ不ズ↠応ラ↣求テ修↢習ス聖道ヲ↡、若シ人遠↣離シテ修↢習スルコトヲ聖道ヲ↡得エ↢解脱ヲ↡者バ、無ケム↠有コト↢是ノ処 ハリ↡。不ズ↧得エ↢解脱ヲ↡得エ↦涅槃ヲ↥者ハ、亦無ケム↢是ノ処 リ↡。

善男ぜんなん子し、 もし一切いっさいの業ごうさだめて果かを得えば、 一いっ世せの所しょ作さ純じゅん善ぜんの業ごう、 まさに永ながすでにつねに安楽あんらくを受うくべし。 一いっ世せ所しょ作さ慇いん重じゅうの悪業あくごう、 また永ながくすでに大だい苦く悩のう業ごう果かを受うくべし。 もししからばすなはち道どうを修しゅする解げ脱だつ涅ね槃はんの人ひとなけん。 乃至

善男子、若シ一切ノ業定テ得エ↠果ヲ者バ、一世ノ所作純ジユン善之業、応ベシ↣当ニ永ク已ニ常ニ受ク↢安楽ヲ↡。一世所作慇イン重ノ悪業、亦応ベシ↣永ク已ニ受ク↢大苦悩業果ヲ↡。若シ爾ラバ則無ケム↢修スル↠道ヲ解脱涅槃ノ人↡。乃至

善男ぜんなん子し、 業ごうに二に種しゅあり。 定じょうともつて不ふ定じょうとなり。 定じょう業ごうに二にあり。 一いちには報ほう定じょう、 二にには時じ定じょうなり。 あるいは報ほう定じょうありて時じは不ふ定じょうなり、 縁えん合がっすればすなはち受うく。 あるいは二時にじに受うく。 いはゆる現受げんじゅ・生しょう受じゅ・後ご受じゅなり。

善男子、業ニ有リ↢二種↡。定ト以テ不定トナリ。定業ニ有リ↠二。一ニ者ハ報定、二ニ者ハ時定ナリ。或ハ有リ↢報定↡而テ時ハ不定ナリ、縁合スレバ則受ク。或ハ二時ニ受ク。所ユル↠謂ハ現受・生受・後受ナリ。

善男ぜんなん子し、 もし定じょう心しんに善悪ぜんあく等とうの業ごうを作なす、 作なしおはりて深ふかく信心しんじん歓かん喜ぎを生しょうぜん。 もし誓願せいがんを発おこして三宝さんぼうを供く養ようす、 これを定じょう業ごうと名なづく。

善男子、若シ定心ニ作ス↢善悪等ノ業ヲ↡、作シ已テ深ク生ゼム↢信心歓喜ヲ↡。若シ発シテ↢誓願ヲ↡供↢養ス三宝ヲ↡、是ヲ名ク↢定業ト↡。

善男ぜんなん子し、 智ち者しゃ善根ぜんごん深ふかく固かたくして動どうじがたし、 このゆゑによく重じゅう業ごうをして軽きょうにならしむ。 愚痴ぐちの人にんは不ふ善ぜん深ふかク厚あつくして、 よく軽きょう業ごうをして重じゅう報ほうになさしむ。 この義ぎをもつてのゆゑに、 一切いっさいの諸業しょごう決けつ定じょうと名なづけず。 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつは地じ獄ごくの業ごうなけれども、 衆しゅ生じょうのためのゆゑに大だい誓願せいがんを発おこして地じ獄ごくの中なかに生しょうず。

善男子、智者善根深ク固カタクシテ難シ↠動ジ、是ノ故ニ能ク令シム↢重業ヲシテ為ナラ↟軽ニ。愚痴之人ハ不善深ク厚クシテ、能ク令ム↣軽業ヲ而シテ作ナサ↢重報ニ↡。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、一切ノ諸業不ズ↠名ケ↢決定ト↡。菩薩摩訶薩ハ無ケレドモ↢地獄ノ業↡、為ノ↢衆生ノ↡故ニ発シテ↢大誓願ヲ↡生ズ↢地獄ノ中ニ↡。

善男ぜんなん子し、 往おう昔じゃくに衆しゅ生じょう寿いのち百ひゃく年ねんの時とき、 恒沙ごうじゃの衆しゅ生じょう地じ獄ごくの報ほうを受うく。 われこれを見みおはりてすなはち大願だいがんを発おこして、 地じ獄ごくの身みを受うく。 菩ぼ薩さつその時ときに、 実じつにこの業ごうなけれども、 衆しゅ生じょうのためのゆゑに地じ獄ごくの果かを受うく。 われその時ときにおいて、 地じ獄ごくの中なかにありて無む量りょう歳さいを経へて、 もろもろの罪人ざいにんのために十じゅう二部にぶ経きょうを広開こうかいし分別ふんべつす。 諸人しょにん聞ききおはりて悪あく果か報ほうを壊えして地じ獄ごく空むなしからしむ、 一闡いっせん提だいを除のぞく、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらず後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、往昔ニ衆生寿百年ノ時、恒沙ノ衆生受ク↢地獄ノ報0935ヲ↡。我 レ見ミ↠是ヲ已テ即発シテ↢大願ヲ↡、受ク↢地獄ノ身ヲ↡。菩薩爾ノ時ニ、実ニ無ケレドモ↢是ノ業↡、為ノ↢衆生ノ故ニ↡受ク↢地獄ノ果ヲ↡。我 レ於テ↢爾ノ時ニ↡、在テ↢地獄ノ中ニ↡経テ↢無量歳ヲ↡、為ニ↢諸ノ罪人ノ↡広↢開シ分↣別ス十二部経ヲ↡。諸人聞キキ已テ壊テ↢悪果報ヲ↡令シム↢地獄空ムナシカラ↡、除ク↢一闡提ヲ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非ズ↢現生ニ↡後 チニ受ウクト↦是ノ悪業ヲ↥。

また次つぎに善男ぜんなん子し、 この賢劫げんごうの中なかに無む量りょうの衆しゅ生じょう畜ちく生しょうの中なかに堕だして悪業あくごう果かを受うく。 われこれを見みおはりてまた誓願せいがんを発おこして法ほうを説とき衆しゅ生じょうを度どせんと欲おもふがためのゆゑなり、 あるいは麞しょう・鹿ろく・羆ひ・鴿こう・獼み猴こう・竜りゅう・金こん翅じ鳥ちょう・魚ぎょ・鼈べつ・兎と・蛇じゃ・牛ご・馬めの身みとなる。

復次ニ善男子、是ノ賢劫ノ中ニ無量ノ衆生堕シテ↢畜生ノ中ニ↡受ク↢悪業果ヲ↡。我見ミ↠是ヲ已テ復発シテ↢誓願ヲ↡為ノ↠欲フガ↣説キ↠法ヲ度ムト↢衆生ヲ↡故ナリ、或ハ作ナル↢麞シヤウカモシヽ・鹿 ロク カノシヽ・羆クマ・鴿ハト・獼猴・竜・金翅鳥・魚・鼈 ベチ ウミノカメ・兎トウサギ・蛇・牛・馬之身ト↡。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつは実じつにかくのごときの畜ちく生しょうの悪業あくごうなけれども、 大だい願力がんりきをもつて衆しゅ生じょうのためのゆゑに現げんにこの身みを受うけしむ、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、菩薩摩訶薩ハ実ニ無ケレドモ↢如ノ↠是ノ畜生ノ悪業↡、以テ↢大願力ヲ↡為ノ↢衆生ノ↡故ニ現ニ受ケシム↢是ノ身ヲ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非ドモ↢現生ニ↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。

また次つぎに善男ぜんなん子し、 この賢劫げんごうの中なかに、 また無む量りょう無む辺へんの衆しゅ生じょうありて餓鬼がきの中なかに生しょうず。 乃至 寿じゅ命みょう無む量りょう百ひゃく千せん万歳まんざいなり。 そのかみかつて漿しょう水すいの名なを聞きかず、 いはんやまた眼まなこに見みて飲のむことを得えんや。 乃至 あるいはまた降こう雨う身みに至いたりて火ひとなる、 これを悪業あくごう果か報ほうと名なづく。

復次ニ善男子、是ノ賢劫ノ中ニ、復有リ↢無量無辺ノ衆生↡生ズ↢餓鬼ノ中ニ↡。乃至寿命無量百千万歳ナリ。初ソノカミ不ズ↣曽カツテ聞キカ↢漿水之名ヲ↡、況ヤ復眼マナコニ見ミ而テ得エム↠飲コトヲ邪ヤ。乃至或ハ復降雨至テ↠身ニ成ナル↠火ト、是ヲ名ク↢悪業果報ト↡。

善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつは実じつにかくのごときのもろもろの悪業あくごう果かなけれども、 衆しゅ生じょうを化けして解げ脱だつを得えしめんがためのゆゑに、 誓願せいがんを発おこしてかくのごときの身みを受うく、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。 乃至 われ賢劫げんごうの生しょうにおいて、 乃至 賊ぞく劫盗ごうとうとなる。 菩ぼ薩さつ実じつにかくのごときの悪業あくごうなけれども、 衆しゅ生じょうを度どして解げ脱だつを得えしめんがためのゆゑに、 大願だいがん力りきをもつてかくのごときの身みを受うく、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、菩薩摩訶薩ハ実ニ無ケレドモ↢如ノ↠是諸ノ悪業果↡、為ノ↠化シテ↢衆生ヲ↡令メムガ↧得エ↢解脱ヲ↥故ニ、発シテ↢誓願ヲ↡受ク↢如ノ↠是ノ身ヲ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非↢現生ニ↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。乃至 我於テ↢賢劫ノ生↡、乃至 作ル↢賊劫盗ト↡。菩薩実ニ無レドモ↢如ノ↠是ノ悪業↡、為ニ↧度シテ↢衆生ヲ↡令メムガ↞得エ↢解脱ヲ↡、以テ↢大願力ヲ↡受ク↢如ノ↠是ノ身ヲ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非レドモ↢現生ニ↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。

善男ぜんなん子し、 この賢劫げんごうの中なかにまた辺へん地じに生しょうじて多おおく貪欲とんよく・瞋しん恚に・愚痴ぐちをなす、 非ひ法ほうを習行じゅうぎょうして三宝さんぼうと後世ごせの果か報ほうを信しんぜず、 父母ぶも・親老しんろう・耆ぎ旧きゅう・長宿ちょうしゅくを恭く敬ぎょうすることあたはず。 善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつその時ときに実じつにこの業ごうなけれども、 衆しゅ生じょうをして解げ脱だつを得えしめんがためのゆゑに、 大願だいがん力りきをもつてしてその中なかに生しょうず、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、是ノ賢劫ノ中ニ復0936生テ↢辺地ニ↡多ク作ス↢貪欲・瞋恚・愚痴ヲ↡、習↢行シテ非法ヲ↡不ズ↠信ゼ↢三宝ト後世ノ果報ヲ↡、不ズ↠能ハ↣恭↢敬スルコト父母・親老・耆旧キウフルシフルシ・長宿ヲ↡。善男子、菩薩爾ノ時ニ実ニ無レドモ↢是ノ業↡、為ノ↠令メムガ↣衆生ヲシテ得エ↢解脱ヲ↡故ニ、以テ↢大願力ヲ↡而シテ生ズ↢其ノ中ニ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非レドモ↢現生ニ↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。

善男ぜんなん子し、 この賢劫げんごうの中なかにまた女身にょしん・悪身あくしん・貪身とんしん・瞋身しんしん・痴ち身しん・妬と身しん・慳けん身しん・幻げん身しん・誑おう身しん・纏てん蓋がいの身しんを受うく。 善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつその時ときにまたこの業ごうなけれども、 ただ衆しゅ生じょうをして解げ脱だつを得えしめんがためのゆゑに、 大願だいがん力りきをもつてその中なかに願がん生しょうす、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、是ノ賢劫ノ中ニ復受ク↢女身・悪身・貪ムサボリ身・瞋イカル身・痴チオロカ身・妬トネタミ身・慳ケンヲシム身・幻グヱンマボロシ身・誑ワウクルウ身・纏テンシバリ蓋ガイオホフ マトフ之身ヲ↡。善男子、菩薩爾ノ時ニ亦無レドモ↢是ノ業↡、但為ノ↣衆生得エシメムガ↢解脱ヲ↡故ニ、以テ↢大願力ヲ↡願↢生ス其ノ中ニ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非レドモ↢現生ニ↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。

善男ぜんなん子し、 われ賢劫げんごうにおいて黄門こうもんの身しん、 無む根こん・二に根こんおよび不ふ定じょう根こんを受うく。 善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつは実じつにかくのごときのもろもろの悪身あくしんの業ごうなけれども、 衆しゅ生じょうをして解げ脱だつを得えしめんがためのゆゑに、 大願だいがん力りきをもつてその中なかに願がん生しょうす、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、我 レ於テ↢賢劫ニ↡受ク↢黄門ノ身、無根・二根及ビ不定根ヲ↡。善男子、菩薩摩訶薩ハ実ニ無レドモ↢如キノ↠是ノ諸悪身業↡、為ノ↠令ムガ↣衆生ヲシテ得エ↢解脱ヲ↡故ニ、以テ↢大願力ヲ↡願↢生ス其ノ中ニ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非↢現生↡後ニ受クト↦是ノ悪業ヲ↥。

善男ぜんなん子し、 われ賢劫げんごうにおいて、 また外げ道どう尼に乾けん子しの法ほうを習ならひ、 その法ほうの無施むせ無祠むしを信受しんじゅすれば、 無施むせ祠しの報ほうなり、 善悪ぜんあくの業ごうなければ、 無む善悪ぜんあく業ごうの報ほうなり。 現在げんざい世せおよび未み来らい世せなけれども、 無此むし無彼むひ、 聖しょう人にんあることなく変へん化げの身しんなし、 道どう涅ね槃はんなけん。 善男ぜんなん子し、 菩ぼ薩さつ実じつにかくのごときの悪業あくごうなけれども、 ただ衆しゅ生じょうをして解げ脱だつを得えしめんがために、 大願だいがん力りきをもつてこの邪法じゃほうを受うく、 これを菩ぼ薩さつ摩訶まか薩さつ現げん生しょうにあらざれども後のちにこの悪業あくごうを受うくと名なづく。

善男子、我 レ於テ↢賢劫ニ↡、復習ナラヒ↢外道尼乾子ノ法ヲ↡、信↢受スレバ其法ノ無施無祠シヲ↡、無施祠シノ報ナリ、無ケレバ↢善悪ノ業↡、無善悪業ノ報ナリ。無レドモ↢現在世及未来世↡、無此無彼、無ク↠有コト↢聖人↡無シ↢変化ノ身↡、無ナケム↢道涅槃↡。善男子、菩薩実ニ無ケレドモ↢如ノ↠是ノ悪業↡、但為ニ↢衆生ヲシテ令メムガ↟得↢解脱↡、以テ↢大願力ヲ↡受ク↢是ノ邪法ヲ↡、是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非レドモ↢現生ニ↡後ニ受ト↦是悪業ヲ↥。

善男ぜんなん子し、 われ念おもふに往おう昔じゃくに提だい婆ば達だっ多たとともに商しょう主しゅたり。 おのおのみづから五ご百ひゃくの商しょう人にんありて、 利り益やくのためのゆゑに大海だいかいの中なかに至いたりて珍宝ちんぽうを採さい取しゅしき、 悪あくの業縁ごうえんのゆゑに路みちにして暴風ぼふの船舫せんぼうを吹すい破はせしに遇あへりき、 伴党ばんとう死し尽じんしき。 その時ときにわれ提だい婆ば達だっ多たと不ふ殺せつの果か報ほう、 長ちょう寿じゅの縁えんのゆゑに、 風かぜのために吹ふかれてともに陸ろく地じに至いたる。 時ときに提だい婆ば達だっ多た宝ほう貨かを貪とん惜じゃくして大だい憂苦うくを生しょうじて、 声こえを発おこして啼てい哭こくす。 われ時ときに語かたりて提だい婆ば達だっ多たに言いはく «すべからく啼哭ていこくすべからず» と。 提だい婆ば達だっ多たすなはちわれに語かたりて言いはまく、 «あきらかに聴ききあきらかに聴ききたまへ»º」 と。

善男子、我念フニ往昔ニ与ト↢提婆達多↡倶ニ為タリテ↢商主↡。各各自有リテ↢五百ノ商人↡、為ノ↢利益ノ↡故ニ至テ↢大海0937ノ中ニ↡採サイ↢サグリ取シユトルシキ珍宝ヲ↡、悪ノ業縁ノ故ニ路ニシテ遇ヘリキ↣暴風ノ吹↢破セシニ船舫ヲ↡、伴党バンタウ死尽シキ。爾時ニ我与ト↢提婆達多↡不殺ノ果報、長寿ノ縁ノ故ニ、為ニ↠ノ風所レテ↠吹フカ倶ニ至ル↢陸地ニ↡。時ニ提婆達多貪トム↢惜ザクオシムシテ宝貨クワヲ↡生ジテ↢大憂ウ苦ヲ↡、発シテ↠声ヲ啼テイサケビ哭コクナクス。我時ニ語カタリテ言ク↢提婆達多ニ↡不ズ↠須 カラクラ↢啼哭ス↡。提婆達多即語カタリテ↠我ニ言マク、諦ニ聴キキ諦ニ聴キキタマヘト。」

・師子吼品4

三十三巻 (北本巻三二師子吼品) にのたまはく、 「善男ぜんなん子し、 大だい涅ね槃はん経ぎょうまたかくのごとし、 不可ふか思議しぎなり。 善男ぜんなん子し、 たとへば大海だいかいのごとし、 八はちの不可ふか思議しぎあり。 なんらか八はちとする。 一いちにはようよう深ふかし、 二にには深ふかくして底そこを得えがたし、 三さんには同一どういつ醎かん味みなり、 四しには潮うしお過か限げんせず、 五ごには種々しゅじゅの宝蔵ほうぞうあり、 六ろくには大身だいしんの衆しゅう、 中なかに生しょう在ざいして居こ住じゅうす、 七しちには死屍ししを宿やどさず、 八はちには一切いっさいの万ばん流る・大だい雨うこれに投いるに不ふ増ぞう不ふ減げんなり。

三十三巻言、「善男子、大涅槃経亦復如シ↠是、不可思議ナリ。善男子、譬ヘバ如シ↢大海ノ↡、有リ↢八不可思議↡。何 ン等ラ為スル↠八ト。一ニ者漸漸ヤウヤウ深シ、二ニ者ハ深クシテ難シ↠得エ↠底ヲ、三ニ者ハ同一醎カン味ナリ、四ニ者ハ潮ウシホ不ズ↢過限セ↡、五ニ者有リ↢種種ノ宝蔵↡、六ニ者ハ大身ノ衆生在テ↠中ニ居住ス、七ニ者ハ不ズ↠宿ヤドサ↢死屍ヲ↡、八ニ者ハ一切ノ万流・大雨投イルニ↠之ニ不増不減ナリ。

善男ぜんなん子し、 やうやうに深ふかきに三さん事じあり。 なんらか三さんとする。 一いちには衆しゅ生じょうの福力ふくりきなり、 二にには風かぜに順したがふて行ゆく、 三さんには河か水すい入いるがゆゑに、 乃ない至し不ふ増ぞう不ふ減げんなり。 またおのおの三さんあり。 この大だい涅ね槃はん微み妙みょう経きょう典てんもまたかくのごとき八はち不思ふし議ぎまします。

善男子、漸漸ニ深フカキニ有リ↢三事↡。何等ラカ為スル↠三ト。一者ハ衆生ノ福力ナリ、二者ハ順シタガフ↠風ニ而テ行ク、三ニ者ハ河水入ルガ故ニ、乃至不増不減ナリ。亦各有リ↠三。是ノ大涅槃微妙経典モ亦復如キ↠是ノ有マシマス↢八不思議↡。

一いちにはやうやく深ふかしといふは、 いはゆる優婆うば塞そく戒かい・沙しゃ弥み戒かい・比丘びく戒かい・菩ぼ薩さつ戒かい・須しゅ陀だ洹おん果か・斯陀しだ含ごん果か・阿那あな含ごん果か・阿羅あら漢かん果か・辟びゃく支し仏ぶつ果か・菩ぼ薩さつ果か・阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だい果かなり。 この涅ね槃はん経ぎょうにかくのごとき等らの法ほうを説ときたまへり、 これをやうやく深ふかしと名なづく、 このゆゑにこの経きょうを漸漸ぜんぜん深じんと名なづく。

一ニ者ハ漸ヤウヤク深シトイフハ、所↠謂優婆塞戒・沙弥戒・比丘戒・菩薩戒・須陀洹果・斯陀含果・阿那含果・阿羅漢果・辟支仏果・菩薩果・阿耨多羅三藐三菩提果。是ノ涅槃経ニ説キタマヘリ↢如キ↠是等ラノ法ヲ↡、是ヲ名ク↢漸ク深シト↡、是ノ故ニ此ノ経ヲ名ク↢漸漸深ト↡。

二にには深ふかくして底そこを得えがたしといふは、 如来にょらい世せ尊そんは不ふ生しょう不ふ滅めつにましますとなり。 乃至 仏ぶっ性しょうありといへども決けつ定じょうを説とかず、 このゆゑに深じんと名なづく。

二ニ者ハ深シテ難シトイフハ↠得↠底ヲ、如来世尊ハ不生不滅ニマシマストナリ。乃至 雖モ↠有ト↢仏性0938↡不ズ↠説カ↢決定ヲ↡、是ノ故ニ名ク↠深ト。

三さんには一いち味みといふは、 一切いっさい衆しゅ生じょう同おなじく仏ぶっ性しょうあり、 みな同おなじく一いち乗じょうなり、 同おなじく一いち解げ脱だつなり、 一因いちいん一いっ果かなり、 同一どういつ甘かん露ろなり、 一切いっさいまさに常じょう楽らく我が浄じょうを得うべし、 これを一いち味みと名なづく。

三ニ者ハ一味トイフハ、一切衆生同ジク有リ↢仏性↡、皆同ジク一乗ナリ、同ジク一解脱ナリ、一因一果ナリ、同ドウ一甘露ナリ、一切当ニシ↠得ウ↢常楽我浄ヲ↡、是ヲ名ク↢一味ト↡。

四しには潮ちょう不過ふか限げんといふは、 かくのごとき経きょうの中なかに、 もろもろの比丘びくを制せいして八はち不ふ浄じょう物もつを受じゅ畜ちくすることを得えしめず。 乃至 むしろ身しん命みょうを失しっするともつひにこれを犯ぼんせず、 これを潮ちょう不過ふか限げんと名なづく。

四ニ者ハ潮テウウシホ不フ過クワ限ゲントイフハ、如キ↠是ノ経ノ中ニ、制シテ↢諸ノ比丘ヲ↡不ズ↠得エシメ↣受↢畜スルコトヲ八不浄物ヲ↡。乃至 寧ムシロ失トモ↢身命ヲ↡終ニ不ズ↠犯セ↠之ヲ、是ヲ名ク↢潮テウ不フ過限クワゲント↡。

五ごには種々しゅじゅの宝蔵ほうぞうありといふは、 この経きょうすなはちこれ無む量りょうの宝蔵ほうぞうなり。 乃至 無む量りょうの三昧さんまいなり、 無む量りょうの智慧ちえなり、 これを宝蔵ほうぞうと名なづく。

五ニ者ハ有トイフハ↢種種ノ宝蔵↡、是ノ経即チ是 レ無量ノ宝蔵ナリ。乃至 無量ノ三昧ナリ、無量ノ智慧ナリ、是ヲ名ク↢宝蔵ト↡。

六ろくには大身だいしんの衆しゅ生じょうの所しょ居ご住じゅう処しょといふは、 大身だいしんの衆しゅ生じょうといふは、 いはく仏ぶつ・菩ぼ薩さつなり。 大だい智慧ちえなるがゆゑに大だい衆しゅ生じょうと名なづく。 大身だいしんのゆゑに、 大心だいしんのゆゑに、 大だい荘しょう厳ごんのゆゑに、 大だい調じょう伏ぶくのゆゑに、 大だい方便ほうべんのゆゑに、 大だい説法せっぽうのゆゑに、 大だい勢力せいりきのゆゑに、 大だい徒と衆しゅのゆゑに、 大だい神通じんずうのゆゑに、 大だい慈悲じひのゆゑに、 常つねにして変へんぜざるがゆゑに、 一切いっさい衆しゅ生じょう無む罣けい礙げのゆゑに、 一切いっさいもろもろの衆しゅ生じょうを容受じゅようするがゆゑに、 これを大身だいしんの衆しゅ生じょうの所しょ居ごの処ところと名なづく。

六ニ者ハ大身ノ衆生ノ所居住処トイフハ、大身ノ衆生トイフ者ハ、謂ク仏・菩薩ナリ。大智慧ナルガ故ニ名ク↢大衆生ト↡。大身ノ故ニ、大心ノ故ニ、大荘厳ノ故ニ、大調デウ伏ノ故ニ、大方便ノ故ニ、大説法ノ故ニ、大勢力ノ故ニ、大徒衆故ニ、大神通ノ故ニ、大慈悲故ニ、常ニシテ不ルガ↠変ゼ故ニ、一切衆生无罣クヱンゲノ故ニ、容↢受スルガ一切諸ノ衆生ヲ↡故ニ、是ヲ名ク↢大身ノ衆生ノ所居之処ト↡。

七しちには不ふ宿しゅく死屍ししといふは、 死屍ししは、 いはく一闡いっせん提だい、 犯ぼん四し重じゅう禁きん、 五ご無む間けん罪ざい、 誹ひ謗ほう方等ほうどう、 非ひ法ほうに説法せっぽうすると、 法ほうとして非ひ法ほうを説とく、 八種はっしゅの不ふ浄じょうの物ものを受畜じゅちくする、 仏物ぶつもつ・僧物そうもつ意こころに随したがふて用もちいるなり、 あるいは比丘びく・比丘びく尼にの所ところにして非ひ法ほうの事じをなす、 これを死屍ししと名なづく。 この涅ね槃はん経ぎょうはかくのごとき等らを離はなる、 このゆゑに名なづけて不ふ宿しゅく死屍ししとす。

七ニ者ハ不宿死屍トイフハ、死屍者ハ、謂ク一闡提、犯四重禁、五无間罪、誹謗方等、非法ニ説法スルト、法トシテ説ク↢非法ヲ↡、受↢畜スル八種ノ不浄之物ヲ↡、仏物・僧物随シタガフ↠意ニ而テ用 ヰルナリ、或ハ於シテ↢比丘・比丘尼ノ所ニ↡作ス↢非法ノ事ヲ↡、是ヲ名ク↢死屍ト↡。是ノ涅槃経ハ離ル↢如キ↠是ノ等ラヲ↡、是ノ故ニ名テ為ス↢不宿死屍ト↡。

八はちには不ふ増ぞう不ふ減げんといふは、 無む辺際へんざいなるがゆゑに、 始し終じゅうなきゆゑに、 非ひ色しきのゆゑに、 非作ひさのゆゑに、 常住じょうじゅうのゆゑに、 不ふ生しょう滅めつのゆゑに、 一切いっさい衆しゅ生じょうことごとく平びょう等どうなるがゆゑに、 一切いっさい仏ぶっ性しょう同一どういつ性しょうなるがゆゑに、 これを無む増減ぞうげんと名なづく。

八ニ者ハ不増不減トイフハ、無辺際ナルガ故ニ、无キ↢始終↡故ニ、非色ノ故ニ、非作ノ故ニ、常住ノ故ニ、不生滅ノ故ニ、一切衆生悉ク平等ナルガ故ニ、一切仏性同一性ナルガ故ニ、是ヲ名ク↢无増減ト↡。

このゆゑにこの経きょうにもかの大海だいかいのごとく八はち不思ふし議ぎましますなり。 乃至

是ノ故ニ此経ニモ如ク↢彼ノ大海ノ↡有マシマスナリ↢八不思0939議↡。乃至

もろもろの衆しゅ生じょうのために大だい苦くを受うく。 このゆゑに勝しょうなし量りょうあることなし。 如来にょらい衆しゅうのために苦く行ぎょうを修しゅして、 六ろく度どを成じょう就じゅし具ぐ足そくし満まんずるなり。 心こころ邪風じゃふうに処しょするに傾きょう動どうせず。 このゆゑによく世よに勝すぐれたる大だい士じなり。 衆しゅ生じょう常つねに安楽あんらくを得えんと欲おもふて、 安楽あんらくの因いんを修しゅすることを知しらず。 如来にょらいよく教おしへて修しゅ習じゅうせしめたまふこと、 なほ慈父じぶの一いっ子しを愛あいするがごとし。 仏ぶつ衆しゅ生じょうの煩悩ぼんのうの患うれえを見みそなはすに、 心しん苦くしたまふこと母ははの病びょう子しを念おもふがごとし」 と。 略抄

為ニ↢諸ノ衆生ノ↡受ク↢大苦ヲ↡   是ノ故ニ無シ↠勝無シ↠有コト↠量

如来為ニ↠衆ノ修シテ↢苦行ヲ↡   成↢就シ具↣足シ満ズルナリ↤六度ヲ↡

心処スルニ↢邪風ニ↡不ズ↢傾クヰヤウカタブキ 動ドウセオゴカス↡ 是ノ故ニ能ク勝レタル↠世ニ大士ナリ

衆生常ニ欲オモフ↠得エ⊂⊃↢安楽ヲ↡   而テ不ズ↠知ラ↠修スルコト↢安楽ノ因ヲ↡

如来能ク教オシヘテ令メタマフコト↢修習セ↡  猶ナホ如シ↣慈父ノ愛スルガ↢一子ヲ↡

仏見ミソナハスニ↢衆生ノ煩悩ノ患ウレヘヲ↡   心苦シタマフコト如シ↣母ノ念フガ↢病子ヲ↡」 略抄

1

・迦葉品1

三さん十じゅう四し巻かん (北本巻三三迦葉品) にのたまはく、 「迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 如来にょらいは知ち諸根しょこん力りきを具ぐ足そくしたまへり、 さだめて善ぜん星しょうまさに善根ぜんごんを断だんずべしと知しろしめさん、 何なんの因縁いんねんをもつてその出しゅっ家けを聴ゆるしたまふº と。

三十四巻言、「▲迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言 フサク、世尊、如来ハ具↢足シタマヘリ知諸根力ヲ↡、定メテ知シロシメサム↢善星当ニシト↟断ズ↢善根ヲ↡、以テ↢何ノ因縁ヲ↡聴シタマフ↢其ノ出家ヲ↡。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 われ往おう昔じゃくの初そのかみにおいて出しゅっ家けの時とき、 わが弟おとうと難なん陀だと弟おとうと阿あ難なん・調じょう婆ば達だっ多た・子こ羅睺らご羅らに従したがふ。 かくのごときらの輩ともがら、 みなことごとくわれに随したがひて家いえを出いで道どうを修しゅしき。 われもし善ぜん星しょうの出しゅっ家けを聴ゆるさずは、 その人ひと次つぎにまさに王おう位いを紹つぐことを得うべし、 その力ちから自じ在ざいにしてまさに仏法ぶっぽうを壊えすべし、 この因縁いんねんをもつてわれすなはちその出しゅっ家け修道しゅどうを聴ゆるす。

◆仏ノ言ハク、善男子、我 レ於テ↢往昔ノ初ニ↡出家ノ時 キ、吾ガ弟難陀ト従フ↢弟阿難・調デウ婆バ達ダチ多タ・子羅睺羅ニ↡。如キ↠是等ラノ輩 ラ、皆悉ク随テ↠我ニ出デ↠家ヲ修シキ↠道ヲ。我 レ若シ不ズハ↠聴ユルサ↢善星ノ出家ヲ↡、其ノ人次ニ当ニシ↠得ウ↠紹ツグコトヲ↢王位ヲ↡、其ノ力 ラ自在ニシテ当ニシ↠壊ス↢仏法ヲ↡、以テ↢是ノ因縁ヲ↡我 レ便聴ス↢其出家修道ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 善ぜん星しょう比丘びくもし家いえを出いでずはまた善根ぜんごんを断だんぜん、 無む量りょう世せにおいてすべて利り益やくなけん。 いま出しゅっ家けしてすでに善根ぜんごんを断だんずといへども、 よく戒かいを受じゅ持じして、 耆ぎ旧きゅう・長宿ちょうしゅく・有う徳とくの人ひとを供く養ようし恭く敬ぎょうせん、 初禅しょぜん乃ない至し四し禅ぜんを修しゅ習じゅうせん、 これを善因ぜんいんと名なづく。 かくのごときの善因ぜんいんよく善法ぜんぽうを生しょうぜん、 善法ぜんぽうすでに生しょうぜばよく道どうを修しゅ習じゅうせん、 すでに道どうを修しゅ習じゅうせばまさに阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいを得う、 このゆゑにわれ善ぜん星しょうが出しゅっ家けを聴ゆるせり。

◆善男子、善星比丘若シ不ズハ↠出デ↠家ヲ亦断ゼム↢善根ヲ↡、於テ↢無量世↡都テ無ケム↢利益↡。今出家シテ已ニ雖モ↠断ズト↢善根ヲ↡、能ク受↢持シテ戒ヲ↡、供↢養シ恭↣敬セム耆ギ旧キウ・長宿・有徳之人ヲ↡、修↢習セム初禅乃至四禅ヲ↡、是ヲ名ク↢善0940因。如ノ↠是ノ善因能ク生ゼム↢善法ヲ↡、善法既ニ生ゼバ能ク修↢習セム道ヲ↡、既ニ修↢習セバ道ヲ↡当ニシ↠得ウ↢阿耨多羅三藐三菩提ヲ↡、是ノ故ニ我 レ聴セリ↢善星ガ出家ヲ↡。

善男ぜんなん子し、 もしわれ善ぜん星しょう比丘びくが出しゅっ家けを聴ゆるさずは、 戒かいを受うけてすなはちわれを称しょうして如来にょらい十じゅう力りきを具ぐ足そくすとすることを得えざらまし。 乃至 善男ぜんなん子し、 如来にょらいはよく衆しゅ生じょうのかくのごとき上中じょうちゅう下げ根こんを知しろしめす、 このゆゑに仏ぶつ具ぐ知ち根こん力りきと称しょうせしめたてまつるº と。

◆善男子、若シ我 レ不ズハ↠聴ユルサ↢善星比丘ガ出家ヲ↡、受テ↠戒ヲ則チ不ザラマシ↠得エ↤称シテ↠我ヲ為スルコトヲ↣如来具↢足スト十力ヲ↡。乃至 善男子、如来ハ善ク知シロシメス↢衆生如キ↠是上中下根ヲ↡、是ノ故ニ称セシメタテマツル↢仏具知根力ト↡。

迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 如来にょらいはこの知ち根力こんりきを具ぐ足そくしたまへり、 このゆゑによく一切いっさい衆しゅ生じょう、 上中じょうちゅう下げ根こん、 利り鈍どんの差別しゃべつ、 人ひとに随したがひ意こころに随したがひ時ときに随したがふと知しろしめすがゆゑに如来にょらい知ち諸根しょこん力りきと名なづけたてまつるº」 と。 乃至略抄

◆迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言サク、世尊、如来ハ具↢足シタマヘリ是ノ知根力ヲ↡、是ノ故ニ能ク知シロシメスガ↢一切衆生、上中下根、利鈍ノ差別、随ヒ↠人ニ随ヒ↠意ニ随フト↟時ニ故ニ名ケタテマツルト↢如来知諸根力ト↡。」乃至略抄

・迦葉品2

三さん十じゅう七巻しちかん (北本巻三七迦葉品) にのたまはく、 「もし無む明みょう漏ろを説とく、 これを無始むし無む終しゅうと名なづく。 無む明みょうより陰おん入にゅう界かい等とうを生しょうず。 乃至 まづ経きょうの中なかにこの説せつをなしてのたまはく、 ªわれ心しんに従したがふて 心しんによりて身しんを運はこぶ、 ゆゑに身心しんしんと名なづく。 身しん、 梵天ぼんてんの辺へんに至いたるº と。乃至

三十七巻言、「若シ説ク↢无明漏ヲ↡、是ヲ名ク↢无始无終ト↡。従ヨリ↢无明↡生ズ↢陰入界等ヲ↡。乃至 先マヅ於ニ↢経ノ中↡作シテ↢是説ヲ↡言ハク、我従フテ↠心ニ 因テ↠心運ハコブ↠身ヲ、故ニ名ク↢身心ト↡。 身至ル↢梵天ノ辺ニ↡。 乃至

迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 一切いっさい衆しゅ生じょうはみな煩悩ぼんのうよりして果か報ほうを得う。 煩悩ぼんのうといふはいはゆる悪あくなり。 悪あくより煩悩ぼんのうは生しょうずるところなり、 煩悩ぼんのうをまた名なづけて悪あくとす。 かくのごとき煩悩ぼんのうにすなはち二に種しゅあり。 一いちには因いん、 二にには果かなり。 因いん悪あくなるがゆゑに果か悪あくなり、 果か悪あくなるがゆゑに子みも悪あくなり。 乃至 なほ毒樹どくじゅのごとし、 その子み毒どくなるがゆゑに果かもまたこれ毒どくなり。 因いんまた衆しゅ生じょうなれば果かまた衆しゅ生じょうなり、 因いんまた煩悩ぼんのうなれば果かまた煩悩ぼんのうなり。 乃至

▼迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言サク、世尊、一切衆生ハ皆従ヨリ↢煩悩↡而シテ得ウ↢果報ヲ↡。言イフ↢煩悩ト↡者ハ所ユル↠謂ハ悪也。従ヨリ↠悪煩悩ハ所ナリ↠生ズル、煩悩ヲ亦名テ為ス↠悪ト。如キ↠是ノ煩悩ニ則有リ↢二種↡。一ニハ因、二ニハ果ナリ。因悪ナルガ故ニ果悪ナリ、果悪ナルガ故ニ子モ悪ナリ。乃至 猶ナホ如シ↢毒樹ノ↡、其ノ子ミ毒ナルガ故ニ果モ亦是毒ナリ。因亦衆生ナレバ果亦衆生ナリ、因亦煩悩ナレバ果亦煩悩ナリ。乃至

かくのごときの業ごうはさだめて受報じゅほうの処ところあり、 十じゅう悪あくの法ほうのごときはさだめて地じ獄ごく・餓鬼がき・畜ちく生しょうにあり、 十じゅう善ぜんの業ごうはさだめて人にん・天てんにあり、 十じゅう不ふ善ぜん法ほうに上中じょうちゅう下げあり、 上じょうの因縁いんねんのゆゑに地じ獄ごくの身しんを受うく、 中ちゅうの因縁いんねんのゆゑに畜身ちくしんを受うく、 下げの因縁いんねんのゆゑに餓鬼がきの身しんを受うくるなり。 人業にんごうは十じゅう善ぜんにまた四し種しゅあり。 一いちには下げ、 二にには中ちゅう、 三さんには上じょう、 四しには上上じょうじょうなり。 下げの因縁いんねんのゆゑに欝単うったん越おつに生しょうず、 中ちゅうの因縁いんねんのゆゑに弗ほつ婆ば提だいに生しょうず、 上じょうの因縁いんねんのゆゑに瞿陀くだ尼にに生しょうず、 上上じょうじょうの因縁いんねんのゆゑに閻えん浮ぶ提だいに生しょうずº」 と。 略抄

如ノ↠是ノ業者ハ有↢定受報ノ処↡、如キハ↢十悪ノ法ノ↡定テ在リ↢地獄・餓鬼・畜生ニ↡、十善之業ハ定テ在リ↢人・天ニ↡、十不善法ニ有リ↢上中下↡、上ノ因縁ノ故ニ受ク↢地獄ノ身ヲ↡、中ノ因0941縁ノ故ニ受ク↢畜身ヲ↡、下ノ因縁ノ故ニ受ルナリ↢餓鬼ノ身ヲ↡。人業ハ十善ニ復有リ↢四種↡。一ニ者ハ下、二ニ者ハ中、三ニ者ハ上、四ニ者ハ上上ナリ。下ノ因縁ノ故ニ生ズ↢欝単ウツタン越ニ↡、中ノ因縁ノ故ニ生ズ↢弗婆提ニ↡、上ノ因縁ノ故ニ生ズ↢瞿陀尼ニ↡、上上ノ因縁ノ故ニ生ズト↢閻浮提ニ↡。」略抄

・迦葉品3

三さん十じゅう八巻はちかんにのたまはく、 「迦か葉しょう菩ぼ薩さつ品ぼん」 (北本巻三八迦葉品) にのたまはく、 「ª善男ぜんなん子し、 善欲ぜんよくはすなはちこれ初発しょほつ道心どうしん乃ない至し阿あ耨のく多羅たら三さん藐みゃく三さん菩ぼ提だいの根本こんぽんなり。 われ欲よくを説ときて根本こんぽんとすと。 善男ぜんなん子し、 世せ間けんに一切いっさい苦悩ぼんのうを説とくに愛あいを根本こんぽんとす、 一切いっさいの疾しつ病びょうに宿しゅく食じきを本ほんとす、 一切いっさいの断だん事じは闘とう諍じょうを本ほんとす、 一切いっさいの悪あく事じは虚こ妄もうを本ほんとするがごとしº と。

三十八巻言、「迦葉菩薩品ニ」 (北本巻三八迦葉品) 言ハク、「善男子、善欲ハ即チ是 レ初発道心乃至阿耨多羅三藐三菩提之根本也。我 レ説テ↠欲ヲ為スト↢根本ト↡。善男子、如シ↧世間ニ説ニ↢一切苦悩ヲ↡愛ヲ為ス↢根本ト↡、一切ノ疾シチ病ニ宿食ヲ為ス↠本ト、一切ノ断事ハ闘諍ヲ為ス↠本ト、一切ノ悪事ハ虚妄ヲ為スルガ↥本ト。

迦か葉しょう菩ぼ薩さつ仏ぶつにまうしてまうさく、 ª世せ尊そん、 如来にょらいまづこの経きょうの中なかにおいて一切いっさい善法ぜんぽうを説ときたまふに不ふ放逸ほういつを本ほんとしたまへり、 いまいまし欲よくを説ときたまふ、 この義ぎいかんぞº と。

迦葉菩薩白シテ↠仏ニ言ク、世尊、如来先マヅ於テ↢此ノ経ノ中ニ↡説キタマフニ↢一切善法ヲ↡不放逸ヲ為シタマヘリ↠本ト、今 マ乃シ説キタマフ↠欲ヲ、是ノ義云何 ンゾト。

仏ぶつののたまはく、 ª善男ぜんなん子し、 もし生しょう因いんを言いふに善欲ぜんよくこれなり、 もし了りょう因いんを言いふに不ふ放逸ほういつこれなり、 世せ間けんに一切いっさいの果かを説とくがごときは、 子みをその因いんとす、 あるいはまたあるが説とかく、 子みを生しょう因いんとし了りょう因いんとするなり、 この義ぎまたしかなりº」 と。 乃至

仏ノ言ハク、善男子、若シ言フニ↢生因ヲ↡善欲是 レ也ナリ、若シ言フニ↢了因ヲ↡不放逸是ナリ、如キ↣世間ニ説クガ↢一切ノ果ヲ↡者ハ、子ヲ為ス↢其ノ因ト↡、或ハ復有ルガ説トカク、子ヲ為シ↢生因ト↡為スルナリ↢了因ト↡、是ノ義亦爾シカナリト。乃至

ª久ひさしく世せ間けんにおいて解げ脱だつを得えたり。 楽このんで生しょう死じに処しょすることは慈悲じひのゆゑなり。 天身てんじんおよび人身にんじんを現げんずと。 慈悲じひ随逐ずいちくすること犢とく子しのごとし。 如来にょらいはすなはちこれ衆しゅ生じょうの母ははなり。 慈じ心しんはすなはちこれ小しょう犢とく子しなり。 みづから衆しゅ苦くを受うくること衆しゅ生じょうを念ねんずればなり。 悲ひ愍みんし念ねんずる時とき心こころ悔くひず。 衆しゅ生じょうのために地じ獄ごくに処しょすといへども、 苦く想そうおよび悔け心しんを生しょうぜず。 一切いっさい衆しゅ生じょうの異いの苦くを受うくるはことごとくこれ如来にょらい一人いちにんの苦くなり。 乃至 如来にょらいの慈じはこれ大だい法聚ほうじゅなり。 この慈じはまたよく衆しゅ生じょうを度どしたまふ。 すなはちこれ無む上じょうの真しん解げ脱だつなり。 解げ脱だつはすなはちこれ大だい涅ね槃はんなりº」 と。 已上抄出

久シク於テ↢世間↡得タリ↢解脱ヲ↡ 楽コノムデ処スルコトハ↢生死ニ↡慈悲ノ故 ヘナリ

雖モ↠現ズト↢天身及人身ヲ↡   慈悲随逐スルコト如シ↢犢トク子ノ↡

如来ハ即チ是 レ衆生ノ母ナリ    慈心ハ即チ是 レ小犢子ナリ

自ミヅカラ受クルコト↢衆苦ヲ↡念ズレバナリ↢衆生ヲ↡ 悲愍シ念ズル時 キ心不ズ↠悔クヒ

0942雖モ↧為ニ↢衆生ノ↡処スト↦地獄ニ↥ 不ズ↠生ゼ↢苦想及悔心ヲ↡

一切衆生ノ受クルハ↢異ノ苦ヲ↡  悉ク是 レ如来一人ノ苦ナリ 乃至

如来ノ慈ハ是 レ大法聚ナリ    是ノ慈ハ亦能ク度シタマフ↢衆生ヲ↡

即是無上ノ真解脱ナリ     解脱ハ即是 レ大涅槃ナリト」已上抄出

業報差別経

¬業報ごうほう差別しゃべつ経きょう¼ にのたまはく、

¬業報差別経¼言、

「また十じゅう業ごうあり、 よく衆しゅ生じょうをして多た病びょうの報ほうを得えしむ。 なんらか十じゅうとする。 乃至 十じゅうには宿しゅく食じきの因縁いんねんいまだ消しょうせずしてまたさらに噉だんずる、 この十じゅう業ごうをもつて多た病びょうの報ほうを得うと。 乃至

「復有リ↢十業↡、能ク令シム↣衆生ヲシテ得↢多病ノ報ヲ↡。何ナン等ラカ為スル↠十ト。乃至 十ニ者ハ宿食ノ因縁未ズ ダ↠消セ而シテ復更ニ噉ズル、以テ↢是ノ十業ヲ↡得ウト↢多病ノ報ヲ↡。乃至

また十じゅう業ごうあり、 よく衆しゅ生じょうをして地じ獄ごくの報ほうを得えしむ。 乃至 十じゅうには他た人にんの恩報おんどくを知しらざる、 この十じゅう業ごうをもつて地じ獄ごくの報ほうを得えしむ。 乃至

復有リ↢十業↡、能ク令ム↣衆生ヲシテ得↢地獄ノ報ヲ↡。乃至 十ニ者ハ不ル↠知ラ↢他人ノ恩報ヲ↡、以テ↢是ノ十業ヲ↡得シム↢地獄ノ報ヲ↡。乃至

また十じゅう業ごうあり、 よく衆しゅ生じょうをして畜ちく生しょうの報ほうを得えしむ。 乃至 十じゅうには邪淫じゃいんの事じを行ぎょうずる。 乃至

復有リ↢十業↡、能ク令ム↣衆生ヲシテ得エ↢畜生ノ報ヲ↡。乃至 十ニ者ハ行ズル↠於ヲ↢邪淫之事↡。乃至

また十じゅう業ごうあり、 よく衆しゅ生じょうをして餓鬼がきの報ほうを得えしむ。 乃至 四しには貪とんの多おおき、 五ごには悪貪あくとん、 六ろくには嫉しっ妬と、 七しちには邪見じゃけん、 八はちには慳吝けんりんして資し生しょうに愛あい著じゃくしてすなはち命終みょうじゅうする。 乃至

復有リ↢十業↡、能ク令ム↣衆生ヲシテ得↢餓鬼ノ報ヲ↡。乃至 四ニ者ハ多オホキ↠貪ノ、五ニ者ハ悪貪、六ニ者ハ嫉シチ妬ト、七ニ者ハ邪見、八ニ者ハ慳吝ケムリムシテ愛↢著シテ資シ生ニ↡即便命終スル。乃至

また十じゅう業ごうあり、 よく衆しゅ生じょうをして阿あ修しゅ羅らの報ほうを得えしむ。 乃至 四しには憍きょう慢まんなる、 五ごには我が慢まんなる、 六ろくには増ぞう上じょう慢まんなる、 七しちには大慢だいまんなる、 八はちには邪慢じゃまんなる、 九くには慢慢まんまんなる、 十じゅうにはもろもろの一切いっさいの善根ぜんごんを回えして修しゅ羅らの趣しゅに向むかふ。 この十じゅう業ごうをもつて衆しゅ生じょうをして阿あ修しゅ羅らの報ほうを得えしめたまふ」 と。 乃至

復有リ↢十業↡、能ク令ム↣衆生ヲシテ得↢阿修羅ノ報ヲ↡。乃至 四ニ者ハ憍慢ナル、五ニ者ハ我慢ナル、六ニ者ハ増上慢ナル、七ニ者ハ大慢ナル、八ニ者ハ邪慢ナル、九ニ者ハ慢慢ナル、十ニ者ハ廻シテ↢諸ノ一切ノ善根ヲ↡向ムカフ↢修羅趣ニ↡。以モテ↢是ノ十業ヲ↡令シメ⊂⊃↣衆生ヲシテ得↢阿修羅ノ報ヲ↡。」乃至

金光明経 分別三身品

¬金光こんこう明経みょうきょう¼ 第だい二に 「分別ふんべつ三身さんしん品ぼん」 にのたまはく、

¬金光明経¼第二「分別三身品」云、

「この法身ほっしんにおいてよく如来にょらい種々しゅじゅの事じ業ごうを顕あらわす。 善男ぜんなん子し、 この身しんと因縁いんねんと境きょうと界かいと処しょと所しょと果かは本ほんに依よる、 難なん思議じぎがゆゑに。 もしこの義ぎを了さとれば、 この身しんすなはちこれ大だい乗じょうなり、 これ如来にょらい性しょうなり、 これ如来にょらい蔵ぞうなり」 と。 以上

「於0943テ↢此法身ニ↡能顕ス↢如来種種ノ事業ヲ↡。善男子、是身ト因縁ト境ト界ト処ト所ト果依ル↠於ニ↠本、難思議ガ故ニ。若了レバ↢此義ヲ↡、是身即是大乗ナリ、是如来性ナリ、是如来蔵ナリ。」已上

・徳王品3

¬大般だいはつ涅ね槃はん経ぎょう¼ 巻第かんだい二に十じゅう一いち 「光こう明みょう遍へん照じょう高こう貴き徳王とくおう菩ぼ薩さつ品ぼん」 (北本巻二一徳王品) にのたまはく、 「光こう明みょうはすなはちこれ念仏ねんぶつなり、 念仏ねんぶつはこれを常住じょうじゅうと名なづく、 常住じょうじゅうの法ほうは因縁いんねんに従したがはず」 と。 以上

¬大般涅槃経¼巻第二十一「光明遍照高貴徳王菩薩品」云、「光明者即是念仏ナリ、念仏者ハ是ヲ名ク↢常住ト↡、常住之法ハ不ズ↠従 ガハ↢因縁ニ↡。」已上

金光明経 滅業障品

¬金光こんこう明経みょうきょう¼ 第三だいさん 「滅めつ業ごっ障しょう品ぼん」 にのたまはく、

¬金光明経¼第三「滅業障品」云、

「法身ほっしんは一切いっさいの諸法しょほうを摂しょう蔵ぞうす。 一切いっさいの諸法しょほうには法身ほっしんを摂せっせず」 と。 以上

「法身ハ摂↢蔵ス一切ノ諸法ヲ↡。一切ノ諸法ニハ不ズ↠摂セ↢法身ヲ↡。」已上

 

原漢文の訓点にしたがって有国が書き下した。
底本は高田派専修寺蔵親鸞聖人真筆。