便利 (9月2日)

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新型プリウス(トヨタのハイブリッドカー)が発売されました。

ちょっと興味をひかれたので、久しぶりに車の雑誌を買って読みました。(本当は、エスティマのマイナーチェンジの方が気になったのですが)。

現在、ハイブリッドカー(エンジンと電動モーターとを協調させて動力源とする自動車。現時点では、内燃エンジンを高効率で用い、不足する出力を、原理的に低速トルク――回転力――の大きいモーターで補うという発想が主。モーターを発電機として使用することで、減速時にはエネルギーを回生できる。なお、「ハイブリッド」の定義は「異なったものを混ぜ合わせること」だけなので、他の形態のハイブリッドカーもあり得る)を市販できる技術力を持った自動車メーカーは、全世界でトヨタとホンダの2社だけです。(ニッサンは自社開発をあきらめ、トヨタと技術提携する方針を決めているようです。)「地球に優しい」云々という発想の是非や、ハイブリッドは燃料電池による電気自動車など「より先進的」な技術が実用化されるまでのつなぎに過ぎない(今日の読売新聞には、アイスランドで、燃料電池車用の水素スタンドがオープンしたという記事が出ていました)、等々の議論はさて置いて、単純にわくわくしています。

新型プリウスでは、車庫入れや縦列駐車が、事実上自動でできるそうです。

私は、実は車の運転には多少自信がある方で、中でも切り返しは大好きなのです。ですから、上述の機能は私には無用のおせっかいに近く、それに興味があったわけではありません。(テレビのニュースでも放映されたとのことですが、それは見ていません。)

しかし、実際に実現され市販されるとなると、いろいろと考えさせられることがあります。

近所のおばさんが、資源ごみの分別の手伝いをなさっているのですが、資源ごみの中で一番多いのはビールを中心とするアルミ缶として、その次に多いのが「強壮剤」の茶色ビンなのだそうです。

強壮剤は、「健康」な人がたまに服用するのならば「プラスアルファ」として働きますが、常用すると体の方がそれをあてにするようになり、飲んで「普通の人」なのだと聞きました。言い換えると、飲まなければ「普通以下の人」になってしまう訳です。

新商品にも似たようなところがあります。新しい技術が実用化され、便利になった「当座」は、その技術がなくても対応できた人が利用して、「便利になったなあ」と感動するのですが、しばらくするうちにそれが当たり前になり、「なければできない」人ばかりになってしまいます。

(「炊飯器」を使わずに御飯を炊くこと、「掃除機」を使わずに掃除をすること、「洗濯機」を使わずに洗濯をすること……を考えてみてください。テレビなしで夜を過ごすこと、自動車なしで移動することなど、必要ならばいくらでも拡げられます。)

以前、高速道路のパーキングエリアで仮眠していて、パンクしたタイヤの交換の仕方がわからない、手伝ってくれと起こされたことがあります。女性ならいざ知らず(これは性差別?)、若い男の子でした。たった今パンクして、あわててパーキングエリアに飛び込んできたというのに、ホイールに素手で触ろうとするのにはびっくりしました。ブレーキは運動エネルギーを熱エネルギーに変える装置ですから、停車直後のホイールはかなり熱くなります。ましてや高速です。しばらく待つか、急ぐのならば水をかけるか、軍手の持ち合わせなどないでしょうから、T シャツを脱いでそれをあてるくらいのことをしなければ、やけどするのはわかりそうなのですが、そう思うのは「古い人間」ならばなのでしょう。ちなみに、スペアタイヤの9割以上は使用されることなく廃棄されています。パンクは、すでに日常的な出来事ではありません。そういう私も、「峠を上り終わったらプラグの掃除をするのが常識」という世界には無縁です。ましてや、「峠の茶屋で一服」などというのは時代劇でしか知りません。

世の中、便利になっているのか、便利になっているのは見せ掛けだけで、やっていることの総体はそんなに変らず、ただ人間が怠惰でもの知らずの工夫知らずになっているだけなのか。

トヨタ関係の方が目になさるとすれば申し訳ないのですが、プリウスを買おうという気はまったくありません。(エスティマハイブリッドには多少色気がありますが、資金がありません。アルファード――上級ミニバン――のハイブリッドも出たのですが、アルファードは私には火星とあまり違わないくらいの存在です。)

プリウスを離れて、私はけっこう真面目に、「もっと劇場を」と市民が要求する中滅んでいったローマと、今の日本とを重ねて考えています。

自分の尻が自分で拭けなくなった人間は、いずれだめだろう。問題発言を覚悟で、自分のこととして、そう思います。それでも阿弥陀如来は、この私を救済なさるというのか。

わかることはできない、わかる必要はないことだとは重々承知の上で、なお……そこで引っかかっている私なのでした。

合掌。

文頭


 (9月7日)

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とうとう、寺および庫裏(くり)のまわりで、庭と呼びうるところの草引きを、一通り終えました。

スギゴケの間ばかりでなく、庭木のつつじの下、石垣の間、全部です。来年、私の祖母(前々坊守)の三十三回忌になるのですが、祖母が世話をしていた鉢ものの木もので、世話をする者なき後、鉢の下の穴から根を伸ばし、そのまま地面に居ついて生き延びていたものが、かつかつ庭と呼びえる範囲の端っこに、五つほど残っていました。この度は思い切って、それも処分しました。

三十年近く、手入れと呼べるほどのことをしていなかったことになります。根を切っただけでどうにかなるものもいくつかはありましたが、2つ程は鉢を金鎚でたたき割って、鋸で切り倒す以外どうしようもありませんでした。丈は 1m ばかりなのに、この木は多分私よりも年上だなあと思いながら、「処分」するのはちょっと気が引けました。(結局、一鉢だけは、手入れをし直して残しました。)

スギゴケの中の手入れは、ひたすらちまちまと細かい作業なのですが、植木の下などはそうは言っていられず、植木バサミから鋸まで動員しての格闘になります。あちこち笹が茂っているところもあり、これにも手を焼きました。

刈ってしまえば早いのですが、それでは気休めにしかならず、すぐに生えてくるだけです。ですからできるかぎり、引き抜きました。最初は手だけが頼りの力作業で、軍手をしていても力のかかるところはいっしょですから、右手の人差し指には大きなマメができて、つぶれました。痛いのを辛抱しながら続けているうち、ふと思いついてペンチを使うようになりました。どうして、こんな、誰でも思いつきそうなことを今まで思いつかなかったのだろうと情けなくなるくらい、作業がはかどるようになりました。実際、面白いくらい簡単に引き抜けます。

コツのようなものがない訳ではなく、つまむ方に力を入れすぎると、つまみ切れてしまって抜けません。必ず左手でやや上のあたりを引っ張りながら、右手のペンチで根元をはさみ(私は右利きです)、左手を主に、右手を添えのように使って、引く向きを合わせながら「じわっ」という感じで引くと、しばらく土の中で根がねばったあと、ずるずるっと一株分の根が出てきます。「根こそぎ」という、理屈の上ではより適切な言葉があるにもかかわらず、妙に「一網打尽」という語感を連想しました。(「芋づる式」、というには相手の抵抗が強すぎます。)

今度はペンチの柄の当たる薬指にマメができましたが、つぶれる前に作業が終りました。(力の入れ加減を覚えたこともあります。)

草引きの七つ道具に、ドライバーだけでなく、剪定ばさみと鋸、それにペンチが加わることになりました。

こちらの側の技術が変ると、ものの見え方まで変ります。これまでは気負けして「イヤなヤツ」としか見えなかった笹が、最近ではぱっと見で大体何株分の見当か、わかるようになりました。ここから引いてやると簡単にいきそうだ、といった按配で、気持ちの上で対等あるいは上位(?)に立てるようになり、その余裕から、笹を引きながらも、この笹は何代目になるのだろうなどと考えます。

阿弥陀様(正確には、阿弥陀様の前身の法蔵菩薩様)は、五劫の間、どれだけのことを考えられ、どれだけの技術を身につけられたのだろう。その中で、凡夫であるこの私が、どのように受け止められるようになったのだろう。

笹の根などはせいぜい三代程度――確認はしていないのですが、手ごわかった「株」を「一網打尽」にした後で観察してみての感想です。それより古いものは枯れてしまうようで、地上に出ている茎をつまんで引っ張っても、どんなに工夫してみたところで切れるだけ、掘り返してみると、これはほおっておいてももう大勢に影響はないなといった精気のない塊になっています――、無始からの無明を抱えている凡夫と比べれば可愛いものです。

しかし、笹が引き抜けるようになりいとおしくも感じられるようになった分、あり得ないはずの凡夫の救済に、これまでとは違うリアリティが感じられるようになりました。

「南無阿弥陀仏」のお名号は――つたない譬喩で――凡夫へのペンチなのでしょうか。

合掌。

文頭


無限 2 (9月11日―後日補足修正)

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無限などというものは、結局 「無い」 のではないか。唐突ですが、この頃、そう思うようになっています。

もう少し丁寧に述べるならば、無限を知っているかのように、あるいは知ることができるかのようにとらえてしまうと間違いではないか、「他力」 と同様に、私たち人間はそれに支えられるだけであって、私たちの 「内」 にはありえない、そんな意味合いです。

哲学で言う無限は、吟味してみると「動き」に関わっていることがわかります。

ここで「動き」と呼んだものに、実は二種類あります。文字通りの「運動」と、「思考」です。

思考を、とりあえず 「判断の連鎖」 と定位しておきます。この 「連鎖」 がミソで、そこに動きがからみます。動きの動きたる由縁は、「止れないこと」 にあります。

このように述べたのでは「可能的無限(潜無限)」、つまり把握しきれないものとして否定的にとらえられてきたもののみを取り上げているように見えますが、「現実的無限(実無限)」についても根本的には同じことです。

現実的無限とは、大雑把に言えば「自然数全体の集合」と1対1の対応がつけられるもの、及びその拡張です。少なくとも「自然数」に照らしてきちんと把握できますし、たとえば「実数の全体は自然数と1対1では対応させられない」など、それまでならば錯綜していた概念を区別・整理する上で強力な道具にもなります。

(「自然数」は、これも枝葉をはっしょって要点だけで言えば、「〈はじめ〉があって、ステップ・バイ・ステップに〈つぎ〉が確定できる数」ととらえることができるため、空集合 φ と、形式的な推論規則によって「構成」できます。空集合は、極端にイメージをふくらませて表現するならば、「考える=同定判断を下す」ということそのものを1つの対象として取り出したものですから、自然数とは、ある意味もっとも純粋に、思考の形式的な骨組みを取り出したものと言えます。ただ、自然数の「全体」を1つの対象ととらえることができるかどうかについては、いろいろ微妙な問題があります。)

現実的無限では思考の「静的」な側面、すなわち判断を下して対象化する、という面が勝っているために陰に隠れるものの、思考の動的な側面を消してしまうことはできません。端的に言って、思考の「全体」を記述する術がないのです。

「動き」に二種類あることから、動きをキャンセル、あるいは抽象して、「無限」を定位しようとする方法にも二通りあることになります。

一つは、「思考」に代表される形で動きをとらえ、それを抽象するものです。いわゆる〈西洋〉の伝統がこれに相当し、究極的には神による「無からの創造――論理そのものの『誕生』」によって底入れ(あるいは、原点付け)されていると言えるでしょう。

もう一つは、正に 「運動」 をキャンセルするものです。ただ、このときいわゆる物体の運動ばかりでなく、心的な出来事や社会的な現象もすべて、なにがしかの形で(少なくとも仮に)実体視され、運動の譬喩が届く形に捉え直されているものとします。その上で、一切の 「運動」 がキャンセルされた姿が、(宇宙的な)涅槃です。

人類の歴史の中、このように、二通りの「無限」の啓示が、私たちに届いています。しかし、いずれにしても、私が私として「動き」続けている限り、無限そのものの「完全な=全体的な」実現には逆らうことになります。

(「論理」の場合には、下された判断がそのまま対象化されること、および推論過程自体も形式的にメタ化されていることなどから、意識をそこに集中しにくいのですが、今問題にしているのは思考の「全体」を思考することに相当します。)

とすれば、無限をめぐる問は、動きを「止める」方向ではなく、動きの中に「没入する」方向でしか、生身の私には引き受けられないことになります。無限そのものに拘泥してはならない。

(そもそも、「無限をめぐる問」とは、ものごとを「どう扱うか」ではなく、自分を含めたものごとの「究極的な意味」を問おうとすることなのでしょう。)

私の一切の動き――業――を、私を超えて広げたとき、〈いのち〉 というイメージと出逢います。宇宙的な 〈いのち〉、涅槃が動いた 〈いのち〉 です。

阿弥陀如来は、〈いのち〉 の仏身です。仏教は阿弥陀教でなくてはならない。その思いが、少しずつ確かなものになっているこの頃です。

合掌。

文頭


信頼 (9月17日)

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梵文阿弥陀経の「読解」が終りました。

最初はほんの思いつきで、たまたま手元にサンスクリット語の辞書もあり、対訳も出版されていますから、大したことはあるまいとたかをくくって始めたことです。実際、文字(デーバナーガリー)はあっけないくらいに簡単に扱えることがわかり、最初は「これは楽勝だな」となめていました。ところがいざ「読解」に取り掛かってみると、そうはいきませんでした。

何より、相手は千年以上の年月を、言い伝え、語り伝えられてきたものです。今の感覚で、きっちり校正され仕上げられた文献ではありません。サンスクリット語よりも古い表現の名残や、複数の起源を持つテキストが「混線」していると思われるところ、さらには文法の間違い(?)まであります。大袈裟に言えば、パチンとスイッチを入れると部屋中が明るくなるのに慣れている者が、ろうそくに頼りながら暗がりを手さぐりするようなはめになってしまいました。

(実は、現在梵文阿弥陀経の原典として依拠されているものは、インド・中央アジアないし中国で発見されたのではなく、日本に伝わっていた複数の悉曇本から、いわば「復元」されたものなのです。そのことだけでもすでに、「何を真に受ければよいのか」というところで大きく揺さぶられてしまいます。)

幸い、ネット上でサンスクリット語に詳しい方とお知り合いになることができ(リンクさせていただいている『無盡燈』のご主人様です)、いろいろな資料をご紹介いただいたばかりでなく、引っかかったところは片っ端から直接教えていただきました。やっかいなところを実際に読解なさったのは『無盡燈』のご主人様で、私は「素人でもできる下調べ」と、結果を資料にまとめあげる「手作業」を担当した、というあたりが私の感覚での実情です。

久しぶりに、簡単そうなところで引っかかってしまって泣きたくなったり、見通しがつかなくて不安になったり、という「学習者」の立場に立ってみて、いろんなことを味わうことができました。

私は長く塾・予備校とご縁があり、「教える」立場で子供たちと接していたのですが、たとえば数学について、この子は大丈夫だと安心できる子と、たとえ学校での成績はそんなに悪くなくても、入試レベルの数学では心許ないなと思ってしまう子とは、かなりはっきりと区別できるものです。

数学が「弱い」人ほど、数学の「できる」人はスラスラ問題を解いていると思い込んでいるようですが、第一にこれが違う。実際には、結果的に数学の「できる」人は、ぱっと見にわからなくても怖がらず、まずあれやこれや試行錯誤しているのです。問題を通じて受ける「印象」から、解決するにはどのくらいの時間的・心的負担が要求されるかを漠然と評価しているところがあって、問題が問題ならば、平気で2日でも3日でも考え続けています。

私はそれを、数学に対する「信頼」と呼んでいました。数学の「できる」人は、数学そのものに寄りかかり、数学そのものに支えられ、結局のところ数学そのものに導かれて問題を解いているようなところがあります。数学の「脆い」子は逆に、とにかく自分の足で立とうと悪あがきをしているように見え、(その子にとって)易しい問題はスラスラ解くのですが、一度ひっかかってしまうととたんに投げ出してしまい、そうなるともう立ち上がれません。その違いは「見える」のに、どう働きかけたら数学に信頼できるようになるのかは、結局つかめずじまいでした。

(なお、私の「得手」は英語や小論文といった文系教科で、数学を教えていたわけではありません。)

しかし振り返ってみれば、サンスクリット語で、私自身が「脆い」子の地を行っていたのです。後になって思えば、勝手にパニックになって(不安に飲み込まれて)しまわず、ちゃんとサンスクリット語に還り、正当に悩んでさえいれば解決できたはずのことでも、引っかかった時点で半分ギブ・アップ、果ては誤植を疑ったり辞書を軽んじたりと情けない体たらくで、最後は『無盡燈』に逃げ込んでいました。

忘れかけていた「信頼」という言葉を思い出させてくださったのも、『無盡燈』のご主人様です。問い合わせる方が、こんな基本的なことで質問しては叱られるかな、と半分びくびくしながら質問しているようなことまで、返答がいただけると、失礼にも「うわぁ、いらないものまで起こしてしまった」と思ってしまったこともあるくらい、事細かに、真正直に、解説して下さってありました。

それが度重なる中、『無盡燈』のご主人様のあるきっぱりとした語り口に、ふと、ああ、この方はサンスクリット語に全面的に信頼なさっておいでなのだと気付かされました。誇張して言えばこのとき私なりのサンスクリット語に対する「開眼」があり、実際、以降はそれほどお手をわずらわせることなく読解作業が進められるようになりました。

私にとって、サンスクリット語は「趣味」の領域の話です。脆かろうが開眼があろうが、まあ大したことではありません。しかし、「生きる」ことに対しても脆くなって、いえ、脆いままで、いるのではないか。そもそも、「生きる」という出来事の負担を、不当に軽く評価して、つまりはなめてかかってしまっていないか。

信頼は、自分で作り上げることのできる類のものではありません。私を、生きること、ひいては全宇宙に対する信頼へと導いて下さる方を、仏教で善知識(ぜんちしき)と呼びます。釈尊も親鸞聖人も、教祖様や開祖様ではなく、善知識なのです。

私のサンスクリット語に『無盡燈』のご主人様がいて下さったように、私の人生には釈尊が、親鸞聖人が、ついていてくださる。何とも心強いことです。

合掌。

文頭


見る (9月21日)

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今日、小学校の運動会がありました。

台風がどうなるかと心配しましたが、幸い山口県では雨は降らず(降った地方の方にはお気の毒でした)、秋晴れのいい天気でした。もっとも風が強く、半袖では肌寒いくらいで、途中テントが飛びそうになってあたふたした一幕もありました。

子供が小四と小六にいます。その学年の競技では、やはりまず子供の姿を捜します。見つけるととりあえず親の勤めを果したような(?)気がして安心し、やっと全体を見ようとするようになります。

そんな中、歳のせいかここのところの仏教体験のせいか、目に入るものの印象、あるいは目に入るもの自体が、変ってきているのを実感しました。

時代の移り変わりでしょう、最近ではたとえば入場行進などで、子供たちが音楽に合わせて足を揃えて歩く、といったことはありません。右左逆になっているというのはまだ音楽には合っている方、音楽とも関係なく、自分のペースで歩いている子がかなりになります。

去年までは、全体主義の国ではなし、全員がきちんと揃って歩いても気持ち悪いかななどと考えつつ、しかしどこか根っこのところで違和感のようなものを感じているのを否定できませんでした。各自が自分のペースでというのもいいけれども、それが当たり前になってしまっては、自分を超えたもの――多くの場合「理不尽」なもの――に対しての耐性(トーレランス)が鍛えられる機会がなくなってしまう、といった危機感に近いものも、はっきりと意識していたのです。

それが、今年は微妙に違いました。決して 「これでよい」 という肯定ではないのですが、これがありのままなのだ、これで私たちには精一杯なのだ、これで仕方がないのだ、といった、私としてはよい意味に取りたい 「あきらめ」 のような何かを感じつつ、その分これまでよりはいとおしい気持ちで、子供たち(うちの子だけでなく)を見ることができました。

一度そのように感じられてみると、思っていた以上にいろんな子がいます。端的に、真剣な子。それも、まさに「勝負」にかけて必死な子から、根が真面目なのでしょう、とにかく一生懸命という子まで。そして、どんくさい子。本人は本人なりに頑張っているのでしょうが、相手が運動会ですから、運動神経のいい・悪いは誤魔化しようがありません。さらに、どんくさいというのとは違って、真面目になれない子。

去年まででしたら、最後の 「真面目になれない子」 については、その思いが生で表情などに出てしまわないよう精一杯の工夫はしながらも、基本的には否定して、ないし否定しようとしていたのだろうなあという気がします。

今年は、ただ「ご縁」ということを思いました。

真面目になれない、というのは、そのことだけを局所的・微視的に切り取るならば、やはりさみしいことです。しかしそれは、今、ある状況の中でたまたま真面目になれずにいる者が、未来永劫何事に対しても真面目になることができない、ということではありません。当然、同様のことが、今たまたま真面目になることができている者に対しても言えます。

おそらく、私たちは、自分で思っているほど自分のことを自分で決めてはいません。私を取り巻く状況の大きなうねり・小さなさざなみの只中で、か弱く、かつ頑固に、我を張っているに過ぎない。

はっきり断っておく必要がありますが、これは決定論でも宿命論でもありません。というよりも、そもそも決定論などというものは、成り立たない。何にも増して、定められた掟などというものに、従うことのできないこの私がここにいます。

どんな超人的な人間であろうと、一個人が、社会を、歴史を、ひいては宇宙の全体を、自分の思うように変えることはできない。しかしそれと同等に、どんな生き方をしている・した者であろうと、その影響が宇宙へと還っていかないことはあり得ない。

そして、そのような一切の衆生にのっとって顕現しているのが――〈いのち〉なのです。

今日は何となく風の吹き回し――ご縁――で、自分の子供だけでなく、子供たち一人ひとり全員を見たい、と強烈に思いました。言うまでもなく、そんなことはできません。私にはできないのですが、阿弥陀様はそれをしてくださっています。阿弥陀様にお任せするならば、私「にも」子供たち一人ひとり全員がきっと見える。私自身にそう味わえなくても、阿弥陀様も結局はこの私の目を使って(言うも愚かながら、「私」の目だけではありません)、子供たちを見ていらっしゃる。

そんなことを思いながら「見た」せいもあって、今日はこれまでになく子供たちが輝いていました。頑張った子、ドラマのあった子だけではありません。一般的な意味からするならば、場面場面で他のみんなが輝くのを邪魔した子――徒競走の途中で本気で走る気のなくなった子や、応援合戦の最中にあくびをしてしまった子など――もみんな含めて、私の目にではない、如来様の目には輝いていたはずです。

それが、〈いのち〉 のありのままなのですから。

合掌。

文頭


矛盾 (9月25日)

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すべてのものごとには、両面があります。

ある観点からすれば 「よい」 ことも、見方を変えれば必ず問題を指摘できます。人の性格にしても、短所でない長所はありません。

毎日の生活の中、経験を通じて、私たちはそれをよく知っています。ある意味、一番身近で、当たり前のことと言えなくもありません。では、私たちはそのことをどう生きればよいのでしょうか。

両 「面」 がある、と切り取っているとき、実は根深く言葉が介在しています。言語活動の基本的な特徴の一つは、ものごとを 「~だ(~でない)」 と断定することにあり、このとき内と外が分かれます。両 「面」 とは、つきつめればこの内と外を隔てる界面を、どちら側から眺めるかという問題なのです。

では、言葉を離れたら、このような食い違いから自由になれるか。

言葉を離れるということ自体、簡単なことではないのですが、開き直ってしまえば、私たちは深く言葉にとらわれていると同時に、言葉に対してはいたって無責任に生活しています。いえ、必ずしも言葉に捕らわれ切っていないからこそ、現実に生きていられるのだとさえ言えます。

しかし、言葉に対してそんなに律儀に振舞っているわけでもないふつうの生活の中で、やはり食い違いには日々悩まされます。ということは、言葉があるから、言葉にだまされて、実体のない 「食い違い」 に振り回されているというよりは、所与の現実として何か大きな矛盾があり、言葉にしても感情にしても、その漠然とした矛盾を写し取った影と受け止める方が自然なようです。

よくよく考えて、あるいは 「感じて」 みるならば、大きな矛盾とは、私が生きてここにいることの根っこに巣くっていることに気付かされます。つまり、「すべてのものごとには両面がある」と言ったとき、〈いのち〉 も例外ではなかったのです。

〈いのち〉に自己意識――我――を重ねるならば、おそらくいたって人間的な問題となるでしょう。しかし、人間的な 「この私」 という限定をはずしてさえ、具体的な形をとった〈いのち〉はすでに矛盾の中にあります。一方で、具体的な姿として顕れるために、〈いのち〉は個々の具体物(ないし事柄)の内に「閉じ」なくてはならない。他方で、一つの同じ〈いのち〉であり続けるために、いのちは開いていなくてはならない。

このような現実的な――動いている――〈いのち〉のあり方は、業と味わわれます。業は、我の基体でもありますが、我よりも広い。実践的にはかなりの難題としても、思考実験的に我を「消して」みれば、そこにはやはり何かが残り、何かが動いています。それこそが業です。

ある業の動きを「内」側から意識するならば――あるいは、業そのものに何らかの 「自覚」 のようなものがあるとすれば、その自覚が――我です。(「この私」 は、現実の問題として、また象徴的な意味で、一切の我の代表なのですが、仮に 「客観的」 に語るとすれば、我の特異なバリエーションの一つに過ぎません。その限りで、水や石などの無生物にも、あるいは概念や社会規範などの言語的な存在物にも、我はあります。)

我が業たる動きの内側として独り立ちしたとき、我の 「外」 が生まれます。それが、私を救いの目当てとする、つまりこの私たる我を宇宙のど真ん中に繋ぎ留めてくださる、救済仏としての阿弥陀如来なのです。

矛盾は、私の存在の根元的な出発点です。そのあり方を無始無明と味わいます。が、この私にとっての矛盾は、そのまま阿弥陀如来が抱えてくださってある、否、阿弥陀如来ご自身の存在根拠でさえある、矛盾なのでした。内から見た矛盾は――私たちには内から見、そのままに引き受ける以外に術がありませんが――生きている、ということと同義の、煩悩の燃え盛る姿です。しかし、矛盾には、矛盾が矛盾であるその原点において、「外」 がある。私の煩悩はそっくりそのまま、阿弥陀如来に包み込まれ、如来の悩み――救わずにはおくまいぞ、という未完結の願い――として悩まれているのでした。

ものごとにはすべて両面があります。「この私」 の反対側は、阿弥陀如来なのです。

が、たった一つ、両面のないものがありました。両 「面」 ができるのは、言語的・業的、なんであるにせよ、「閉じ」 たときです。閉じることが放棄され尽したところに――真如が拡がるのでした。

如来は、如から、この私を目当てに、来れるお働きです。如「来」はそのまま、如へと還っていく、如「去」としてのお働きでもあります。

私の存在の根っこに巣くう矛盾は、第一にこの私が「如来」と出逢わさせていただく(如来がこの私と出逢われる)、場なのでした。そして 「この私」 の矛盾はそのまま、如来が如去であるという矛盾でもあるのです。

救わずにはおくまいぞ、という如来の未完結の願いは、すでに成就され、私の救いは実現しているのです。不可思議。ただ受け入れ、おののき、喜ぶばかりです。

合掌。

文頭


末法 (9月29日)

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末法とは、思えば有難い時代です。

学問的(?)には、釈尊亡き後、正法(教:正しい教法、行:教にのっとった修行、証:行に即したさとり、がそろう時代)が五百年、像法(教・行のみ残り、証のない時代)が千年、そして末法(教のみ残る時代)が一万年続くとされており、日本では1052年(永承7)に末法に入ったと信じられていました。この年に平等院の鳳凰堂が建てられたのは、有名な話です。

日本を離れれば、インドでも早くも6世紀には末法思想が現れ、ただちに中国にも伝わり、浄土教の道綽(562-645)に強くその影響が見られます。

いずれにせよ、知識的には、今は末法ということになります。実感としても、末法という言葉がそれなりのリアリティを持つ時代と言えなくはないでしょう。

しかし、末法とは本当には何を意味するのか。

私は「浄土真宗」の信徒ですので、その立場を楯にしてものを言えば、「末法とは聖道――自力の悟りをめざす仏教――についての話であって、浄土教はその枠外にある、故に今は浄土教が優位である」といった議論をすることもできます。しかしそれでは余りにも情けなく、こせこせした、正に「末法=人間が小粒になる時代」の言論でしょう。

私は、末法とは、人間が真実に謙虚になることのできる時代のことだと味わっています。

そもそも、人間はいつから人間であったのか、あるいはいつ人間になったのか。

紀元前10世紀頃のギリシア人には意識がなかった、といった内容の研究があります。ギリシア人が取り上げられているのはその頃の状況を再構成できる資料(ギリシア神話他)がたまたま残っていたためで、他の理由はありません。また、ここで「意識」とされているのは「自意識」のことです。詳細は省略しますが、人間は最初から今の私たちと同じようにものごとを考えていたわけではなく、いつかあるとき、「私」 という意識を持つようになった、ということです。

キリスト教で言う原罪――神命に背いて「智恵の木の実」を食べたことにより背負った罪――というイメージも、上の延長でとらえれば示唆に富むと言えるでしょう。

いきなり数千年話を飛ばして、「個人」 がひとり立ちしたのが近世です。西洋哲学などではその「原点」にデカルトを据えることが多いようです。「我思う、故に我在り」。

その流れの中で、人間の理性や、個々人の価値、といったものを無条件の「善きもの」と定位し、人間の持つ可能性を発展させ、技術を発展させていったのが、私たちが生きてきた時代です。

しかし、20世紀の後半から、全面的に「善きもの」ととらえたのでは片付かない問題が次第に抜き差しならなくなってきました。合理と合理のぶつかり合い。あるいは環境問題。人間知性の傲慢、といったことがらが、少しずつ意識されるようになってきたわけです。

今、私の理解では、人間あるいは人知は新しい局面を迎えており、既に新しい時代が始まっています。「人間知性の傲慢」といった問題設定は後ろ向きの発想につながりやすいのですが、それとは肌触りの違う、いわば柔らかい言説が、いろんなところに散見されるようになっている。

その肌触りを私の語彙で表せば、「謙虚な人間観」となります。

地球上における生命の発生をざっと 40 億年前とするならば、人間が誕生するのに数十億年、個が確立するのに一万年、そして今ようやく、傲慢な個の時代を通り抜けて、謙虚な人間――〈いのち〉の一つの姿――がとらえられるようになってきた。

そう考えれば、末法の始まりは、ほとんど 21 世紀の幕開けと重なります。

私たちが抱えている 40 億年という歴史は、法蔵菩薩五劫の思惟と比べて長いのやら短いのやら。

しかし、有難い時代に、しかも阿弥陀如来のご本願の届いている時代に、生かさせていただける嬉しさを思います。とすれば、この喜びを少しでも伝えなければならない。

私は、21 世紀は「宗教の時代」だと受け止めています。

合掌。

文頭