サンスクリット語(続き) (5月1日)

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レポートをいただき、梵文阿弥陀経が通常の環境でどう見えるか多少わかってきました。フォント(Arial Unicode MS)さえあれば、とにかくサンスクリット語として表示されるようです。ただ、子音が連なるときの特殊な字体まではサポートされず、「データ的には正しい」表示にとどまります。

通常、日本語を入力するには FEP (Front End Processor、マイクロソフト社の用語では IME : Input Method Editor)を使います。キーボードからの入力をいわば「横取り」し、前加工して、漢字などの「文字データ」に変換してから OS に渡しているわけです。(その意味で、フロント・エンド・プロセサという名称の方が私は好きです。)

常々日本語入力に慣れていたので、サンスクリット語でも同じようなことをしているのだろうとたかをくくっていました。FEP ならば、方法はともあれ、データとしては「文字」が記録されるので、フォントさえあればちゃんと表示されるだろうと見当をつけたのです。

ところが実際に入力をしてみると、データとして残るのは「文字」ではなく、音素(あるいはもっとベタに、入力したキーストロークに近いもの)であることがわかりました。となると、「音素」データをまとめ、それに合う「文字」として表示するには、サンスクリット語を「知っている」何かが常に走っていなくてはなりません。最大で9音素(キーストローク)が、見かけ上1文字になることがあります。この場合のカーソルの移動は独特で、日本語の感覚で1文字分移動するのに、9回「→(←)」キーを押すはめになります。しかも、文字の「途中」で削除キーを押すと、その音素に相当する画が抜けて、表示が自動的に変ります。

(正確なことはわかりませんが、ソフトウェアが介在しているというよりも、フォントファイルの中にそのような情報が書かれているような印象があります。文字が生きている? 後日付記:このような属性をもったフォントを、マイクロソフト社のオフィス製品では「コンプレックス」と呼んでいます。フォントとは多少話がずれますが、より詳しくは、→文字コード )

何とも不思議な感覚です。それを通じて、慣れてしまって「自然」に思っていた日本語入力という出来事の不自然さが、新鮮に意識されます。

阿弥陀経を 1/4 ほど入力して、サンスクリット語もほぼブラインドタッチできるようになりました。一部、結合文字が思った形にならないのですが、ソフト側の不備なのか、許される範囲の別表記なのか判断できません。上述したようにデータとしては正確な形で残るので、あまり気にせず阿弥陀経は全文入力してしまおうと思っています。

鏡を使うのは人間だけです。(それが人間の優越性を示すのか、業の深さを示すのかは知りませんが。) 思いがけず、サンスクリット語に触れはじめたことが日本語を映す鏡になってしまいました。

鏡はもっていますか?

合掌。

続信 文頭


改革 (5月5日)

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新生「周南市」の市長選挙が近々公示されます。

私個人としては、(そのことの是非は別として)政治とは距離をとったスタンスを保ちたいので、特定候補の支持あるいは批判に相当する内容に触れるつもりはありません。以下は、あくまで選挙を通じて眺めた世相としての発言です。

みんな――候補者、支持者、選挙権をもつ一般市民――がそろって改革を口にすることに、さびれかけた山寺の偏屈住職は違和感を覚えます。

閉塞感の強い今のご時世、変わって欲しい、変えたいという思いは、無粋な住職にもわかります。しかし時世に乗るばかりが能でもない。人間、心細いときには立ち止まって、じっと足元を見つめてみるくらいの智慧は残っているはずです。

改革と言いつつ、どう変えたいのか。そもそも、意識的・合目的的に社会を変えるだけの力量を人間は持っているのか。意地悪くそんな思いを胸に抱きつつ世相に耳を傾けている住職には、どの声も、結局現実の重さに耐えられなくて悲鳴をあげているだけに聞えます。

文化という言葉も、どうも近頃は軽い。きれいな文化会館も文化講演も、極論すれば一切の芸術作品もあらゆる知的活動も、ほんとうの意味での文化からすれば上面(うわつら)の徒花(あだばな)に過ぎないのではないか。文化とは人間が生きて活動している、その生き様の総体が結果として残してきたもののはずです。

洗濯をし、掃除をし、料理を作り、片づけをし、という地味な日常。草が伸びれば草を引き、水を見回り、害虫予防をし、という文字通り泥田の中を這い回る農作業。あるいは、混雑の中を毎日会社へ通い、大きな組織の中の歯車の一つとして身をすり減らす会社勤め。それが文化の実体ではないのか。

改革を口にする人に違和感を覚える理由は、平凡な日常、地道な労働が、無反省に「悪」とされているように聞える点にあります。私たち人間から平凡さを取り去ってしまったら、後に何が残るというのでしょうか。地味な日常という最後のくつろぎ場所をけとばして、腹の足しにもならぬ夢を食べながら、陽炎(かげろう)のように空中にただよえというのでしょうか。

いろはにほへと(色は匂えど) 

ちりぬるを(散りぬるを) 

わかよたれそ(我が世誰ぞ) 

つねならむ(常ならん) 

うゐのおくやま(有為の奥山) 

けふこえて(今日越えて) 

あさきゆめみし(浅き夢見じ) 

ゑひもせす(酔いもせず)

仏教を虚無観におい味わうのは、生活感の乏しい生命力の弱い人においてのことです。自己の現実から目をそらさせる世相の夢からきっぱりと覚醒して、平凡な積み重ねの中に日々変わり行く「いのち」を引き受け、逞しくその時そのときを喜んで生きそして静かに死んでいった多くの先人たちのいることを、私たちはどこで忘れてしまったのか。

私が実際に生きていけるのは、改革ではなくて継承においてです。自分のできることを引き継いでいこうと腹をくくったとき、かけがいのない、他のだれをもっても代用のきかぬ私の人生が始まります。手応えとともに、安心して老いていけます。

人の唱える改革に乗って踊るのをやめてみるのが、自己改革には一番の近道ということなのでしょう。

合掌。

文頭


つばめ (5月9日)

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先日、家の中につばめが飛び込んできました。

入ってきたところから出ていけばよかろうにというのは家の造りを知っているこちらの思いか、見当違いな方へばかり飛んでいって出られません。それでもとうとう開いた窓を見つけて、空へ帰っていきました。

はてさて、私はどこからこの迷いの娑婆世界に飛び込んできたのやら。入ってきたところからなら出られるはずというのは理屈の上での話、それがかなわぬのが迷いの悲しさ、どう迷うているのかいつ入ったのか、自分の居場所がわかりません。

しかしありがたいことに、娑婆世界と言えども出口のない境界(きょうがい)ではありませんでした。出口はちゃんと準備されてあります。どこが入口かどこが出口かはわからぬままにも、生老病死と通り抜けて、お浄土へ還っていけることには間違いがありません。

しかし、どこで行き合うかわからぬ開いた窓をいざくぐったとき、ああ広い世界へ戻ってこれたと喜べる者がどれだけいるのでしょうか。開いていると思った窓が、次の間への入口でないと確信できるか。果てはどこを何回くぐろうと、自分がまだ中に閉じ込められているのか外へ出たのかすらわからなくなってしまわないか。そんな不安を抱えて、果てしなく飛び続けなくてはならないとすれば、さぞやつらいことでしょう。

まかせればよいのです。どんなに狭い家であろうと、窓がある。たとえ独房であろうとも、私がそこに入ってきた以上、外とつながっている。いずれ帰っていけると安心できたならば、実のところ中も外も同じことです。そこら中我欲の糞で汚しながら飛び回る姿に変わりはなけれど、それが私の生きている姿です。

しかも、ただ生きているのではありません。自分ではその全体像を見ることはかないませんが、大きないのちの一端をあずかって、生かされているこの私なのでした。

合掌。

文頭


草引き (5月14日)

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今、寺の庭の草引きを楽しんでいます。

この春まで仕事を別に持ち、寺の守は片手間という状況でした。法座の前には一通りきれいにしていたつもりとはいえ、どうしても目につくところ優先で、通り一遍の掃除になってしまっていました。

このたび寺に腰を落ち着けて布教活動に専念する覚悟を決め、とりあえず寺の現状に「直面」することから手をつけているところです。まず、これまで十分なことができていなかった点――毎日の勤行、隅々までの掃除――をきちんとしなければということから、徹底的な庭の掃除にかかりました。

山門を入って右手に、六畳間二つ分くらいの大きさのスギゴケの庭があります。そのまま北に回り込んだ側は通路沿いでもあり、少しずつ手を入れてこれまでもかつがつきれいにしていました。問題は南側で、子供が虫を追いかけるというのでもなければ通り抜ける者もなく、目につかないのをいいことに荒れ放題なのです。

法座前の掃除で、ここは取りかかるだけでも気の重いところでした。十数年というもの上面(うわつら)だけしか当っていないので、籔といっては大袈裟にしても、まあせいぜい野草苑といった有様です。

ところがいざ手をつけてみて気がついたのですが、相手は野草ですからほとんどが一年草なのです。つまり、十数年の年月をかけて生い茂ったわけではなく、毎年毎年新しい荒庭になっていたのです。

もちろん、一年ほおっておけばそれだけ草の種も多く落ち、根の残るものもありますから、生えてくる草の数は目の届いているところと比べものになりません。しかし根本的にそれ以上の違いはない。

むしろ、生えている草以上に多いのは落ち葉やこれまでの名残の枯れ草といった遺骸でした。それを取りのけ、芽を出したばかりの今年の草を一つひとつていねい引いていけば、後は苦もなくきれいになります。半日がかりで畳半畳くらいといったところでしょうか、手間がかかるのはいたしかたありませんが。

結局、荒地は何よりもまず私の心の中にあったのでした。きちんと目を向けてみれば、実際には思い込んでいたほど荒れてなどいない。心の中の荒地に、毎日・毎月・毎年の塵が積もって、現実の荒地に仕上がっていたのでした。時間に沈んだ去年までの荒地に支えられて、ほんの薄皮のようにけなげに精一杯、今年の荒地が息づいている。

業に支えられた自分自身の迷いの姿さえ、どこかいとおしくなってくるような思いです。

合掌。

続信 文頭


タヌキ (5月18日)

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夜の山道を車で飛ばしていて、タヌキをはねかけました。

知った道ですし、夜遅くに歩いている人もなく、車はライトで来るのがわかるので、あまり大きな声では言えないような速度で走ります。突然山から何かが飛び出してきて、動物だというのはわかりますから、もらい事故にならないようハンドルはそのままに急ブレーキを踏みました。当った! と思ったのですが、幸い2メートルばかり前で止りました。

車から降りてみると、いわゆるタヌキ寝入り、気を失って寝ていました。タヌキはノミが多く、また臭いが強いので、そっと車を迂回させてそのまま帰りました。あのまま次の車が通ったら轢かれてしまうかなと少し心配しましたが、目を覚ますまでまず通る車もないでしょう。

タヌキは本来臆病な動物です。キツネの方が見かけることはまだ多いくらいで、車にはねられているのも、たまたま道路を歩いていたところに車がきて、動けなくなってしまったところをそのままというのがふつうです。車の前へ飛び出してくることはちょっと考えにくいのですが、他の動物にでも追われていたのでしょうか。 (後日補足:子どもの頃の印象とごっちゃになっているようです。最近ではタヌキもよく見かけ、逆にキツネには出会いません。)

ヘビやカエル(地方によってはカメ?)を除けば、はねられて死んでいるのも、また車の前に飛び出してくるのも、一番多いのがネコです。背を弓のようにしならせて、必死で走り抜けます。なるほどネコ科の動物だなあと、納得させられる走り方です。

そうは言っても、車の方が速いのはわかりきっているのですから、無茶なことをしなければよいのにと思ってしまいます。しかし考えてみると、自然界に自動車ほどの速さで地上を走るものなどあり得ないのです。チーターは時速 100 km 以上の速度が出せると言いますが、ほんの数秒のことで、その速さで走り続けることなどできません。

つまり、動物はこれほど速く地上を動くものを、正確には認識できないのです。

鳥は、何かの拍子で卵がころがってしまったとき、ちゃんと巣に戻します。(先日のキジの巣〔→一語法話〕にも、卵と大きさの似かよったクルミの実が2ついっしょに入っていました。) 自分の卵と大きさの違うものにはふつう見向きもしないのですが、ときに大きなビニールのボールを大切に抱いている鳥がいるそうです。大きさが違いすぎると、「これは変だ」というチェック機構が働かず、母性本能の方が勝ってしまうらしいのです。

人間も動物です。身の回りを見渡してみると、自然界にはあり得ないような「もの」やあるいは「速さ」ばかりです。上手に使いこなしているつもりで、ボールを抱いている鳥や、自動車の前に飛び出してくるネコのような馬鹿げたことをしていないとは限りません。

立ちすくんで動けなくなってしまうタヌキの方が、ひょっとしたら賢いのかもしれないな。ふとそんな気がして、それからしばらくは少しスピードを落として走りました。

合掌。

文頭


けんびき (5月27日)

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お茶揉みの疲れからか、「けんびき」が出てしまいました。

このあたり(山口県)では「けんびき」という言い方はしません。坊守(浄土真宗では住職の連れ添いを坊守と呼びます)の里が香川県で、坊守がよくけんびき、けんびきと言っているのがうつりました。

「腱引き」だろうと思っていたのですが、調べてみると「肩癖(けんぺき)」がなまったもののようです。要は肩凝りです。私はそれが首からのどに出て、つばきを飲み込むのにも痛いわ、声は出ないわで二日ほど苦労しました。

お茶揉みが思う以上の重労働だった上に、ここのところ梵文阿弥陀経の資料作りなどであまりゆっくり寝ていなかったのがこたえたようです。どさくさに紛れて住職の部屋もちょっと拡張しましたし。(その分、ちょっと間が開きました。)

しかし、お茶を揉んで疲れが出たなどと言っていては、田舎では生きていくのに差し支えます。「最近の若者は弱くなって、どこでも平気で座り込んでしまう」と言われますが、何のことはない、私も同じようなものです。

以前、地域の行事で米俵を一表、頭の上にどれだけの時間差し上げていられるかといった出し物をやっていたことがあります。米俵一表で 60kg です。私も試してみましたが、思った通り、持ち上げるのが精一杯で肩に担ぐことさえできませんでした。

私はなりは小さいのですが、必要上草刈機もチェーンソーも使いますし、薪も割ります。都会の人と比べればまだ肉体労働の機会は多いと思います。でも米俵一表が扱えません。時代が時代だったら、とても一人前とは呼べないでしょう。

最近は何もかも便利になって、特に重いものを担いだり運んだりということがほとんどありません。それはそれで有難いことですし、昔に戻れなどという気はさらさらありませんが、こういう世相の中で、「責任を担う」とか、果ては「自分の生涯を担う」といった表現がだんだんと死語になっていくのだろうなあという気はします。

これが、末法ということなのでしょう。

住職という立場からは「禁句」かなと思いつつなのですが、ときどき、仏法を生(なま)でぶつけて、受け止められる現代人がどのくらいいるのだろうと心細くなるときがあります。浄土真宗は他力のご信心の教え、阿弥陀如来が愚かな凡夫のために一切合財ご準備くださっています。とは言っても、凡夫が仏になるという出来事自体は大変なことで、いかに阿弥陀如来がご工夫なさったにしても、そこを通り抜けるのは私自身なのです。口当たりがいいだけの誤魔化しならいざしらず、浄土真宗は正真正銘の「救済」ですから、教えの中に想像を絶する断層がある。

浄土真宗を「癒(いや)し」におとしめてしまってはあまりにももったいない。一方でそう思いながらも、結局この人は自分に心地よい癒ししか求めていないのだなあ、一旦自分を木っ端微塵に砕かれて、仏に生れ変るなどというのはいらんことなのかもしれないなあと思わされるような人に会うと、どう動いていいのかわからなくなります。

つたない私の語彙の中、生きようとしていない人を生かそうなどというのは私が手を出すべき分ではない、などとうそぶいて、悶々とするしかありません。

苦しい農作業に明け暮れ、すっかり腰の曲がったおばあちゃんの口から柔らかいお念仏がこぼれているのを聞かせてもらうと、ああ私もまだまだ半人前だなあ、ああいう姿になりたいものだと思います。

つまるところ、人のことどころか、私自身がまだちゃんと生きていないということなのでしょう。けんびきが、「青二才が偉そうなことを言うなよ」と言っています。

合掌。

続信 文頭