新しい中世 (8月4日)

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寺の庭の草引きが、やっと一巡しました。何とか盆に間に合いました。

そうは言っても庭木のつつじの間など手をつけていないところも多く、また最初に草引きを済ませたところはもう新しい草が茂っていますから、完了と呼べるような状況ではありません。そもそも草引きに終りなどあり得ませんし。

スギゴケには、結局補植はせず、草を引いた後の穴に目土だけして、様子を見ることにしました。周りの草を取りのけると根が浮いてしまってどうしようもないところだけ目土をしたのですが、それでも市販の「芝の目土」(1袋 14 ℓ)を 10 袋使いました。

スギゴケが元気で、揃って茂っているところの手入れは簡単です。上から押さえても硬く感じられるくらいに密生しますから、他の草が芽を出す余地などないに等しく、かろうじて葉先を覗かせている草を捜し出して、きちんと根元をつまんで引っ張れば難なく引き抜けます。

地下茎で拡がる草がはびこっていると、かなりやっかいです。葉っぱだけちぎっては何にもなりませんから、地下茎を探し出し、切らないように慎重に掘り起こして、できるだけきれいに取り除けます。何だか水虫の治療をしているような気になってきます。

しかし、一番大変で、同時に一番いろいろ考えさせられるのは、藪の下にスギゴケが残っているところです。

草やシダ、あるいは他のコケの種類によっては上を完全に覆い、結局下草を絶やしてしまうものがあります。確かここにもスギゴケがあったはずだが、というところで、そんな草に占領され淘汰されてしまったところも何ヶ所かありますが、スギゴケはあきらめれば済むこと、俺が天下の草を引いて除けるにしても、大したことはありません。

ところが、上は籔のようでありながら(高さはせいぜい 30 cm といったところですが)、ありとあらゆる草・シダ・コケが共存し、スギゴケもちゃんと残っているところがあるのです。手に当たる大きな草から引いていき、枯葉などを取って除けて、今度はやっと姿を現したスギゴケの「下の」草を引いて、と、とにかく手間がかかります。しかも地面はぶかぶかで、大きな草を引き抜いた穴がいっぱい残りますから、最後には目土をして踏み固めてやる必要があります。

ただ、実感として――そういうところが、一番「豊か」に感じられるのです。スギゴケだけを残して他の一切の「雑草」を取り除きながら、自分は一体何をしているのだろうと考えてしまいます。

山でも、杉なら杉、桧なら桧がそろって植林され、きちんと手入れされているところは、遠目にもきれいです。しかし虫は少なく、大雨などの災害にも弱く、雑木林の「豊かさ・健全さ」には太刀打ちできません。

私は、現在の「先進諸国」の人々の暮らしぶりを、きれいに植林された杉山や、手入れの行き届いたスギゴケの庭のようにイメージしています。目には心地よいけれども、もろく、貧しい。

そして、さらに根拠なく、そのような「きれいに揃った」状況はすでにピークを過ぎ(言うまでもなく、きれいにそろい切ったことなどこれまでにありませんでしたし、今後もないでしょうが)、時代はすでに新しい混沌に向って動き始めていると考えています。

イメージシンボル的に、それを「新しい中世」と呼んでおきましょう。

いよいよ新しい混沌が日常のものとなったとき、私はそれでも地に足を着けていられるか。今はそれを試金石に、仏教に正面からぶつかってみている毎日です。

合掌。

続信 文頭


楽の取り違え (8月9日)

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毎日、盆づとめでご門徒のお宅に伺っています。

大きなお寺ではそんな余裕はないのでしょうが、幸いに(?)長久寺は小寺で、読経を済ませた後、各お宅で 30 分くらいづつの見当、いろんな話をして回ります。

おばあちゃんの一人暮らしのところが多いので、こんな折にでもゆっくり話を聞いてあげようというつもりでいます。こちらが歳をとる分、年を追うにつれて相槌の打ち方がうまくなるのか、ここのところ一軒に腰を据えている時間がだんだん長くなってきています。

天気の話から米の具合、身内や近所での出来事などといった世間話がほとんどなのですが、「これからどねぇになっていくんかねぇ」といった調子の世相話になることもままあります。その世相話が、どうも今年は微妙にこれまでとトーンが違う。

昔の苦労の思い出話、便利になりましたねえ、変りましたよねえという展開、「今の若い者は」調の批判と、表向きの素材はほとんど変らないにもかかわらず、これまでは「なんやらようわからんけれども、気味が悪い」といったあたりに落ち着くことが多く、せいぜい「豊か過ぎて苦労を知らんから(今の若いものは)ひよわなんじゃろう」と踏み込む方がいらっしゃるくらいだったのですが、今年はもっと突っ込んだことを口にされるお年寄りが多いのです。

「(うちの息子は)まるでからだができちょらん」

「(うちの嫁は)理屈はよう言うが、ようやらん。変に教育を受けたものは子供みたようでやれん」

「(40 代、50 代の者が)ちいとからだがえらい(しんどい)と、はあ(もう)よう動かん。わしらあ、はいつくぼうてでもやらにゃあすまんかったから、おもやあ(思えば)らくう(楽を)したが、半途でおいちょいて、文句ばっか言いよる」

気のせいか、「からだ」という言葉がよく出てきます。「教育」「頭」「理屈」が頼りにならない、という発言もめずらしくなく(あるおじいちゃんは、息子を学校へやったのが間違いだったとおっしゃいました)、世の中全体が子供っぽい、という悲嘆まで聞かれる。

私がそのように誘導している可能性は捨て切れません。しかし、全体的な印象としては、現代の閉塞感の中で、「どこに問題がある/あったのか」が、世相的に次第にリアリティをもって言語化され始めているように感じられます。

戦後、楽になりたい、楽になろう、子供に苦労させたくない、という精一杯の思いの中の「楽」が、取り違えられており、しかも取り違えていたことが気付かれ始めているのではないか。お年寄り(主におばあちゃん)の話を聞きながら、そんな気がしてきました。

楽=からだの負担が少ないこと、ではない。

極楽の楽は、どういう意味なのだろう。あるいは、極楽において「からだ」はどのようにとらえられているのだろう。(仏教でいうと「法身論」という主題になります。) 勉強したい、勉強しなければならない課題が1つ増えました。

合掌。

文頭


生き惜しみ (8月14日)

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以前、米俵が持ち上げられなかった話を書いたことがあります。(→けんびき

自分の内にまだひっかかりがあって、今でも何かの折に話題に出します。そうしている中でわかったのですが、私の一代前くらいの人でも、みんながみんな米俵を担げていたわけではないようです。一方、現在では運送業の枠内で、人が持って運ぶことのあるものについては 30 Kg を超えてはならないという法律があることも知りました。

その上であえて、なのですが、私が米俵を担ぎ上げることができなかったのは、半分は慣れていないために要領が良くないせいだとしても、決して私が昔の人と比べて力がないためではないのではないかと思い始めています。

私自身に、からだをはるのが私の本職ではない、日頃そんなに力を出す機会も少ないので、米俵を担ぎ上げることなど「できなくてもよい」のだ(こんな戯れごとで腰でも悪くしたらしゃれにならない)、という思いがあるのが一番の原因なのではなかろうか。そんな気がします。

私は根が堅物で、やる以上は何でも本気でやる方です。少なくとも自分ではそう思っています。ですから、最初から逃げ腰で米俵に挑んでいたわけではなく、上のように「意識」していたのではさらにないのですが、つらつら考えるに、無意識にはそうだったのだろうなあと思えるのです。簡単に言えば、力の出し惜しみをしていたのです。

体が大きいとか小さいとか、慣れているとかいないとか、一切の「言い訳」をしないで、もう一回米俵にぶつかってみたらどうなるだろう。それで持ち上げられるかどうかはわかりませんが、今の自分の中に納得できていない(きちんと失敗すらせず、失敗する前にやめている)感じが残っているのが、ひっかかりの原因のようです。

そんなことを考えていて(もう少し正確に言えば、おばあちゃん・おじいちゃんの話を聞きながら米俵のことを思い出し、おばあちゃん・おじいちゃんの話そうとしてらっしゃることと、私にとっての米俵とがどこかつながっているように感じていて)、ふと、「生き惜しみ」という言葉が浮かんできました。

そうか。私は生き惜しみをしているのか。何がどうわかったのか説明はできないのですが、何だかすごく納得できて、一人で喜んでいます。

合掌。

文頭


へそ (8月19日)

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先日、カエルの白いおなかを見ながら、しばらく車を運転しました。

寺の庭に車を停めていると、いろんなものを乗せたまま走り出すことがよくあります。(もう数年前になりますが、キジが母になついて寺に居つき、出入りのたびに車の屋根に飛び乗って、参道を降り切るあたりまでついてきていたこともあります。)

カエルはしょっちゅうです。今回はちょうど、正面を向いた位置からちょっと目を上にずらしたあたりのウィンドウにはりついていたため、運転中ずっとカエルのおなかを観察するはめになりました。

ちっちゃなおなかが、ぺたんと大福もちのようにウィンドウにくっついて、やわらかくふるえています。ふと思いついてその気で見てみると、やっぱりおへそがありません。何だか愉快になってしまいました。

日本語における表現で、へそはかなり重要な働きをしています。文の出だしは、何となくぼーっと、背景からふっと浮かび上がってくるのがよく、文末のちょっとしたはらいで話の中心が那辺にあるかが示唆される。そしてガチガチの評論文ででもない限り、「一番言いたいこと」 はふつう明言されない。まさにへそ――中心ではあるが、実体はないもの――として把握する必要がある。

竜安寺の石庭はじめ、多くの庭でも同様です。構造物に拘泥している間は、どう見てもうまく全体が聞えてこない。いろいろとこちらの姿勢――文字通り、からだの向きや硬直のさせ方・力の抜き方など――を調整してうまく庭に 「はめ」 てやってはじめて、すっと庭全体がこちらに響いてくるようになります。

実は、私はそれほど竜安寺の庭が好きな訳ではなく、庭としてならば天竜寺の庭の方がはるかに好きです。一見がさつで鈍重な、ペンキこてこての見世物仕事のように思えるのですが、うまくからだがはまると、天竜寺の庭では空(そら)全体がへそになる。笑い出したくなるくらいおおらかな庭です。

残念ながら、長久寺の庭にへそはありません。カエルと同類です。

ですが、私にとってはいちばんお念仏の称えやすい庭です。私がいて、南無阿弥陀仏様がいらっしゃるならば、娑婆で一番のお念仏の道場です。

合掌。

文頭


百回忌 (8月25日)

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長久寺では、百回忌のご法事が勤まるところは、過去帖の記載からすればおよそ半分の見当になります。

百回忌というと、明治 37 年です。ご案内を差し上げようにも、家の絶えているところが少なくありません。家ばかりか、私の知らない在所名に出くわすこともあります。お年寄りに聞くと教えてもらえるのですが、今では屋敷跡さえ残っておらず、静かに積もっていく時の重さを痛感させられます。(私が直接知っているここ 40 年ばかりで考えても、家がみんななくなって、地名だけ残っているところが3ヶ所はあります。)

一代を 30 年として、三世代を超える月日。どんなに逆立ちしてみても、「個人」 で支えることはできません。具体的な話、直接顔を見、声を聞いたことのある方の百回忌のご法事、というのは考えにくいでしょう。

一方、言い伝え・聞き伝えで、かなり活き活きとその方の「思い出」が語られることもあります。どこそこのだれだれの娘で、早くに連れ添いを亡くし、女手一つで子供5人を育て上げた男勝りの女丈夫、キセルでタバコを吸う吸いっぷりがこう、といった調子です。

浄土真宗はじめ、今の仏教各宗派は、「家」を基盤に成立しているものが大多数です。個人が何を信じ何に帰依するかではなく、「うちは浄土真宗」のように受け止められ、継承されています。

若い頃は、私自身もこれを古臭い考え方だと思っていました。結婚式にしてもそうで、○○家と△△家の婚儀というと違和感を覚えたものです。

しかし、それなりに歳をとってくる中、そしてそれ以上に、「合理的」だとか「新しい考え方」だとかいうもののもろさが時代的・社会的に自覚され始めている今、少し違った捉え方をするようになってきました。

「家」とは、個々人の限界を乗り越えるために、一人ひとりの個人に対する抽象として生れてきたものではないか。

ここまで「家」が解体している現在、家の復権を掲げてみたところで、時代錯誤である以前に不可能なことです。しかし、「家」という実体を離れて「地域」や「家庭」をとらえようとしても、行き着くところは抽象されない生の個人、大したものが見えてこないのは最初から明らかなのかもしれません。

孤独でひとり立ちかなわぬ「個人」をどう抽象するか。それが、今私の考えている課題です。浄土真宗の教えがそれに対する一つの答であることには確かな手応えがあるのですが、具体的な実践の姿がまだつかめずにいます。

合掌。

文頭


自殺行為 (8月29日)

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きのうの雨で遊びに出たカエルが、道でたくさん車に轢かれています。

昨夜、カエルがまさにタイヤでつぶされるところを 「目撃」 した末の子が、「じっとしちょきゃあええのに、ちょうどタイヤが通るところへピョンと出てくるんじゃけえ、ありゃあ自殺行為よ!」 と必死で訴えていました。

以前、ネコで同じようなことを書いたことがあります(→タヌキ)。しかし、ネコとカエルでは少し事情が違う。ネコには少なくとも車が見えていますが、カエルには果して、自分をつぶさんと迫ってくる自動車が、見えるのでしょうか。

カエルがどの程度賢いのかを別にしても、大きさや速さのスケールが、違いすぎます。

私たちの感覚では、カエルの大きさも自動車の大きさも、同じものさしで計ることのできる、同レベルのものに思えます。しかしカエルのものさしではどうか。

「一目」で見渡すことのできないものは、別の次元に属します。カエルのものさしでは、きっと、自動車の大きさを計ることはできません。結局、カエルには自動車というものを知ることもないでしょう。カエルにとっては、走っているにしても止っているにしても、自動車は訳のわからない「背景」に過ぎません。カエルのものさしでは逆に、自動車と、自分が載っている地面や頭上に広がる空とが、同レベルになってしまう。

転じて、では私たち人間は、いったいどれだけのものを「一目」で見渡せるのでしょうか。

さすがにカエルよりは多少上等なようで、小は原子の中の原子核のそのまた中が見えるスケールから、大は銀河系が塵の一つにしか見えないようなひろがりにまで、「知性」 の目は届いています。しかし、一目で見渡しているかとなると話が変る。さらに、自分や他人の感情、社会の慣習や伝統など、長さでは計れないものも、私たちは「見」なければなりません。何かに目が留まると、そればかりに目を奪われて、他のものは単なる背景になってしまっているのが実情です。詰まるところ、カエルとそれほどの違いはなさそうです。

それに何より、私たちは「自分」という意識を離れて、ものを見ることができません。何かを見たとき、いえ、見ようとしたときすでに、無明に飲み込まれているのです。

真実に一切が見渡されたならば――「見る」ということすら離れて、全宇宙が無限の素粒子に至るまでつながり合い、その織り成す綾々がひとつの全貌として顕れたとき――それは涅槃です。

この私は、涅槃の現成に逆らって、宇宙のど真ん中で我を張ります。これこそ、とんでもない自殺行為でしょう。

合掌。

文頭