しょぎょうおうじょう 諸行往生 念仏往生に対する語。 自らの力で諸善万行を修め、 その功徳によって浄土往生しようとすること。 万行往生ともいう。 法然は、 ¬せんじゃくしゅう¼ に 「もし道綽禅師の意によらば、 往生の行多しといへども束ねて二となす。 一にはいはく念仏往生、 二にはいはく万行往生なり。 もし懐感禅師の意によらば、 往生の行多しといへども束ねて二となす。 一にはいはく念仏往生、 二にはいはく諸行往生なり」 とあるように念仏往生・諸行往生の2種の往生を示すが、 本意としては諸行往生を廃し、 念仏往生を立てている。 親鸞は、 諸行往生を第十九願要門の教えとした。 ¬御消息¼ 第1通には 「定散の善は、 諸行往生のことばにをさまるなり。 この善は、 他力のなかの自力の善なり。 この自力の行人は、 来迎をまたずしては、 辺地・胎生・懈慢界までも生るべからず」 とある。 →双樹林下往生