べつじいえつう 別時意会通 善導が、 ¬観経¼ 下品下生△に説かれる十念の念仏による往生が別時意の経説であるとする主張に対して、 正しい見解を明らかにしたこと。 摂論宗の学徒は、 十念の念仏には往生しようとする願はあるが、 往生のための行とはなりえない (唯願無行) のであって、 下品下生の経説は遠い将来の往生の縁を結ばせるための方便に過ぎない (往生別時意) と主張した。 これに対して善導は、 「玄義分」 に六字釈△を設けて、 十念の念仏には往生のための願と行とがそなわっている (願行具足) ことを主張し、 ¬観経¼ 下品下生に説かれる凡夫であっても、 命終時の十念の念仏によって即時に浄土に往生できることを示して、 往生別時意説を否定した。 なお、 道綽も ¬安楽集△¼ において、 宿因説の立場から往生別時意説を批判した。 →古今楷定。