六(937)、法然聖人臨終行儀

▲○法然ほふねん聖しやう人にん臨終りむじゆ◗の行ぎやう儀ぎ

◇建けん暦りやく元ぐわん年ねん十一じふゐち月ぐわち十七じふしち日にち、 ▼藤とう中ちう納言なうごん光親みつちか◗の卿きやうの奉うけたまはりにて、 院宣ゐんぜんによりて、 ◇十一じふゐち月ぐわち廿日はつか戌いぬ◗の時ときに聖しやう人にん宮みやこへかへり入いりたまひて、 東ひむがし山やま大谷おほたにといふところにすみ侍はべる、に ◇同おなじき二に年ねん正月しやうぐわち二日ふつかより、 老らう病びやうの上うへにひごろの不ふ食しよく、 おほかたこの二に三年さんねんのほどおいぼれて、 よろづものわすれなどせられけるほどに、 ことしよりは耳みゝもきゝこゝろもあきらかにして、 としごろならひおきたまひけるところの法文ほふもんを、 時時ときどきおもひいだして、 弟子でしどもにむかひて談だん義ぎしたまひけり。

-◇またこの十じふ余よ年ねんは、 耳みゝおぼろ0938にして、 さゝやき事ごとおばきゝたまはず侍はべりけるも、 ことしよりは昔むかしのやうにきゝたまひて、 例れいの人ひとのごとし。 世せ間けんの事ことはわすれたまひけれども、 つねは往わう生じやうの事ことをかたりて念仏ねむぶちをしたまふ。 またあるいは高かう声しやうにとなふること一ゐち時じ、 あるいはまた夜よのほど、 おのづからねぶりたまひけるも、 舌した・口くちはうごきて仏ほとけの御名みなをとなえたまふこと、 小せう声しやう聞きこ◗へ侍はべりけり。 ある時ときは舌した・口くちばかりうごきてその声こゑはきこえぬ事ことも、 つねに侍はべりけり。 されば口くちばかりうごきたまひけることおば、 よの人ひとみなしりて、 念仏ねむぶちを耳みゝにきゝける人ひと、 ことごとくきどくのおもひをなし侍はべりけり。

◇また同おなじき正月しやうぐわち三日みつか戌いぬの時ときばかりに、 聖しやう人にん看かむ病びやうの弟子でしどもにつげてのたまはく、 ▼われはもと天竺てんぢくにありて声しやう聞もん僧そうにまじわりて頭陀づだを行ぎやうぜしみの、 この日本にちぽんにきたりて天臺てんだい宗しゆに入いりて、 またこの念仏ねむぶちの法門ほふもんにあえりとのたまひけり。 その時とき看かむ病びやうの人ひとの中なかにひとりの僧そうありて、 とひたてまつりて申まふすやう、 極楽ごくらくへは往わう生じやうしたまふべしやと申まふしければ、 答こたえ◗てのたまはく、 われはもと極楽ごくらくにありしみなれば、 さこそはあらむずらめとのたまひけり。

◇又また同おなじき正月しやうぐわち十一じふゐち日にち辰たつ◗の時ときばかりに、 聖しやう人にんおきゐて合がふ掌しやうして、 高かう声しやう念仏ねむぶちしたまひけ0939るを、 聞人きくひとみななみだをながして、 これは臨終りむじゆの時ときかとあやしみけるに、 聖しやう人にん看かむ病びやうの人ひとにつげてのたまはく、 高かう声しやうに念仏ねむぶちすべしと侍はべりければ、 人々ひとびと同音どうおむに高かう声しやう念仏ねむぶちしけるに、 そのあひだ聖しやう人にんひとり唱となへてのたまはく、 阿わあ弥陀みだ仏ぶちを恭く敬ぎやう供く養やうしたてまつり、 名みやう号がうをとなえむもの、 ひとりもむなしき事ことなしとのたまひて、 さまざまに阿わ弥陀みだ仏ぶちの功く徳どくをほめたてまつりたまひけるを、 人々ひとびと高かう声しやうをとゞめてきゝ侍はべりけるに、 なほその中なかに一人ゐちにんたかくとなへければ、 聖しやう人にんいましめてのたまふやう、 しばらく高かう声しやうをとゞむべし、 かやうのことは、 時ときおりにしたがふべきなりとのたまひて、 うるわしくゐて合がふ掌しやうして、 阿わ弥陀みだ仏ぶちのおはしますぞ、 この仏ほとけを供く養やうしたてまつれ、 たゞいまはおぼえず、 供く養やうの文もんやある、 えさせよと、 たびたびのたまひけり。

-◇またある時とき、 弟子でしどもにかたりてのたまはく、 観くわん音おむ・勢せい至し菩ぼ薩さち、 聖しやう衆じゆまへに現げんじたまふおば、 なむだち、 おがみたてまつるやとのたまふに、 弟子でし等らえみたてまつらずと申まふしけり。 またそのゝち臨終りむじゆのれうにて、 三さん尺じやくの弥陀みだの像ざうをすゑたてまつりて、 弟子でし等ら申まふすやう、 この御おむ仏ほとけをおがみまいらせたまふべしと申まふし侍はべりければ、 聖しやう人にんのたまはく、 この仏ほとけのほかにまた仏ほとけおはしますかとて、 ゆびをもてむなしきところをさしたまひけり。 按内あんないをしらぬ人は、 この事ことをこ0940ゝろえず侍はべり。 しかるあひだ、 いさゝか由ゆ緒しよをしるし侍はべるなり。

◇凡おほよそこの十じふ余よ年ねんより、 念仏ねむぶちの功こうつもりて極楽ごくらくのありさまをみたてまつり、 仏ぶち・菩ぼ薩さちの御おむすがたを、 つねにみまいらせたまひけり。 しかりといゑども、 御おむ意こゝろばかりにしりて、 人ひとにかたりたまはず侍はべるあひだ、 いきたまへるほどは、 よの人ひとゆめゆめしり侍はべらず。 おほかた真身しんしんの仏ほとけをみたてまつりたまひけること、 つねにぞ侍はべりける。 また御おむ弟子でしども、 臨終りむじゆのれうの仏ほとけの御手みてに五ご色しきのいとをかけて、 このよしを申まふし侍はべりければ、 聖しやう人にんこれはおほやうのことのいはれぞ、 かならずしもさるべからずとぞのたまひける。

◇又また同おなじき廿日はつか巳み◗の時ときに、 大谷おほたにの房ばうの上うへにあたりて、 あやしき雲くも、 西にし東ひむがしへなおくたなびきて侍はべる中なかに、 ながさ五ご六ろく丈ぢやうばかりして、 その中なかにまろなるかたちありけり。 そのいろ五ご色しきにして、 まことにいろあざやかにして、 光ひかりありけり。 たとへば、 絵ゑ像ざうの仏ほとけの円ゑん光くわうのごとくに侍はべりけり。 みちをすぎゆく人々ひとびと、 あまたところにて、 みあやしみておがみ侍はべりけり。

◇又また同おなじき日ひ午むま◗の時ときばかりに、 ある御み弟子でし申まふしていふやう、 この上うへに紫し雲うんたなびけり、 聖しやう人にんの往わう生じやうの時ときちかづかせたまひて侍はべるかと申まふしければ、 聖しやう人にんのたまはく、 あはれなる0941事ことかなと、 たびたびのたまひて、 これは一切ゐちさい衆しゆ生じやうのためになどしめして、 ▼すなわち誦じゆしてのたまはく、 「▲光明くわうみやう遍照へんぜう、 十方じふぱう世せ界かい、 念仏ねむぶち衆しゆ生じやう、 摂取せふしゆ不ふ捨しや」 (観経) と、 三返さんべんとなへたまひけり。

-◇またその▼ひつじの時ときばかりに、 聖しやう人にんことに眼まなこをひらきて、 しばらくそらをみあげて、 すこしもめをまじろがず、 西方さいはうへみおくりたまふこと五ご六ろく度どしたまひけり。 ものをみおくるにぞにたりける。 人ひとみなあやしみて、 たゞ事ごとにはあらず、 これ証しよう相さうの現げんじて、 聖しやう衆じゆのきたりたまふかとあやしみけれども、 よの人ひとはなにともこゝろえず侍はべりけり。 おほよそ聖しやう人にんは、 老らう病びやう日ひかさなりて、 ものをくはずしてひさしうなりたまひけるあひだ、 いろかたちもおとろえて、 よはくなりたまふがゆへに、 めをほそめてひろくみたまはぬに、 たゞいまやゝひさしくあおぎて、 あながちにひらきみたまふことこそ、 あやしきことなりといひてのちほどなく、 かほのいろもにわかに変へんじて死し相さうたちまちに現げんじたまふ時とき、 御おむ弟子でしども、 これは臨終りむじゆかとうたがひて、 おどろきさわぐほどに、 れいのごとくなりたまひぬ。 あやしくも、 けふ紫し雲うんの瑞相ずいさうありつる上うへに、 かたがたかやうの事ことどもあるよと、 御おむ弟子でしたち申まふし侍はべりけり。

○又また同おなじき廿にじふ三日さんにちにも紫し雲うんたなびて侍はべるよし、 ほのかにきこえけるに、 ◇同おなじき廿にじふ五ご日にちむまの0942時ときに、 また紫し雲うんおほきにたなびきて、 西にしの山やまの水みづの尾おのみねにみえわたりけるを、 樵せう夫ふキコルモどもノトイフ十じふ余よ人にんばかりみたりけるが、 その中なかに一人ゐちにんまいりて、 このよしくわしく申まふしければ、 かのまさしき臨終りむじゆの午むまの時ときにぞあたりける。 またうづまさにまいりて下げ向かうしけるあまも、 この紫し雲うんおばおがみて、 いそぎまいりてつげ申まふし侍はべりける。

◇すべて聖しやう人にん念仏ねむぶちのつとめおこたらずおはしける上うへに、 正月しやうぐわち廿にじふ三日さんにちより廿にじふ五ご日にちにいたるまで三さん箇が日にちのあひだ、 ことにつねよりもつよく高かう声しやうの念仏ねむぶちを申まふしたまひける事こと、 或あるいは一ゐち時じ、 或あるいは半はん時じばかりなどしたまひけるあひだ、 人ひとみなおどろきさわぎ侍はべる。 かやうにて、 二に三さん度どになりけり。

◇またおなじき廿にじふ四し日にちの酉とり◗の時ときより、 廿にじふ五ご日にちの巳み◗の時ときまで、 聖しやう人にん高かう声しやうの念仏ねむぶちをひまなく申まふしたまひければ、 弟子でしども番番ばんばんにかわりて、 一いち時じに五ご六人ろくにんばかりこゑをたすけ申まふしけり。 すでに午むま時ときにいたりて、 念仏ねむぶちしたまひけるこゑ、 すこしひきくなりにけり。 さりながら、 時時ときどきまた高かう声しやうの念仏ねむぶちまじわりてきこえ待はべりけり。 これをきゝて、 房ばうのにわのまへにあつまりきたりける結縁けちえんのともがら、 かずをしらず。 聖しやう人にんひごろつたへもちたまひたりける慈じ覚かく大だい師しの九く条でうの御おむ袈裟けさをかけて、 まくらをきたにし、 おもてを西にしにして、 ふしながら仏号ぶちがうをとなへて、 ねぶるがごとくして、 *正月しやうぐわち0943廿にじふ五ご日にち午むま◗の時ときのなからばかりに往わう生じやうしたまひけり。 そのゝち、 よろづの人々ひとびときおいあつまりて、 おがみ申まふすことかぎりなし。▽