0795◎報恩ほうおん記き

 

◎孝きょう養よう父母ぶもは百行ひゃくぎょうの本もとなり、 内典ないてんにも外げ典てんにもこれをすゝむ。 報恩ほうおん謝徳しゃとくは衆善しゅぜんのみなもとなり、 貴とうときも賤いやしきもこれをおもふ。 生いけるときには孝こう順じゅんをさきとして養育よういくの力ちからを励はげまし、 死しせん後のちには追善ついぜんを本ほんとして報恩ほうおんの勤つとめをいたすべし。

孝こうといふは、 まづ外げ典てんのなかにさまざまこの字じの意こころを釈しゃくせり。 ¬孝こう経きょう¼ には 「人ひとの高行こうこう」 といへり。 こゝろは、 人ひとの行ぎょう、 千差せんしゃ万別まんべつなりといへども、 そのなかに孝行こうこう、 もとも高こう貴きの行ぎょうなりといへり。 又また 「孝こうは好こうなり」 (釈名) と釈しゃくせる文もんもあり、 是これはよろずの行ぎょうの中なかに好こう行ぎょうとなり。 又また 「孝こうは順じゅんなり」 (諡法意) と註ちゅうせることもあり、 是これは父母ぶものこゝろにさかへずして随ずい順じゅんせる義ぎなり。 又また 「孝こうは畜田ちくでんなり」 (礼記) といへる釈しゃくもあり、 是これは財産ざいさんをたくはへて親おやを養やしなう義ぎなり。 又また 「孝こうは和わなり」 といへる義ぎもあり、 是これはかほを和やわらかにしてあひむかふ義ぎなり。 是これ等らはみな外げ典てんの釈しゃくなり。

-仏ぶっ教きょうの中なかには、 まづ ¬梵網ぼんもう経きょう¼ (巻下) には

「父母ぶも・師し僧そう・三宝さんぼうに孝こう順じゅんするは、 至し道どうの法ほうなり。 孝こうを名なづけて戒かいとしまた制せい止しと名なづく」

「孝↢順父母・師僧・三宝↡、 至道之法。 孝名為↠戒亦名↢制止↡」

-と云いえり。 この経きょう説せつのごとくならば、 孝きょう養ようの行ぎょうは世せ福ふく浅近せんごんの行ぎょうにかぎらず、 如来にょらい0796の戒法かいほうも孝きょう養ようをはなれずとみえたり。 然しかるに孝きょう養よう報恩ほうおんのつとめは、 現当げんとうにわたり内ない外げに通つうずべし。

-然しかれども、 外げ教きょうにいふところは今こん生じょうを本ほんとし、 聖教しょうぎょうにあかすところは得脱とくだつをむねとするがゆへに、 現げん世ぜ一旦いったんの孝きょう養ようは夢ゆめの中なかの報恩ほうおんなれば、 なを真実しんじつにあらず、 没ぼつ後ごの追善ついぜんをいとなみて菩ぼ提だいをとぶらはんは、 まめやかの孝きょう養ようとなるべきなり。

-なかんづくに、 ¬観かん経ぎょう¼ には三福さんぷくの業因ごういんを歎たんじて 「三さん世ぜの諸仏しょぶつの定じょう業ごうの正しょう因いんなり」 と云いえり。 孝きょう養よう父母ぶも、 即すなわちその一ひとつなり。 いかでか是これをつとめざらん。

凡およそ父母ぶもの恩おんのふかきこと聖教しょうぎょうの所説しょせつも多おおく、 報恩ほうおんの志こころざしの切せつなること古こ今こんの先せん蹤しょうもあまたあり。 具つぶさにのぶるにおよばずといへども、 今いま少々しょうしょういだすべし。

¬心しん地じ観かん経ぎょう¼ (巻三報恩品) に云いわく、

「慈父じふの恩おんの高たかきこと山王せんのうのごとく、 悲母ひもの恩おんの深ふかきこと大海たいかいのごとし、 我われもし世よに住じゅうして一劫いっこうに悲母ひもの恩おんを説とくとも尽つくすことあたはず」

-「慈父恩高如↢山王↡、 悲母恩深如↢大海↡、 我若住↠世於↢一劫↡説↢悲母恩↡不↠能↠尽」

-と云いえり。 是これは父ちちの恩おんの高たかきことをば山やまにたとふ。 山やまの中なかにたかきは、 須しゅ弥み山せんにすぎたるなければこれにたとふるなり。 母ははの恩おんの深ふかきことをば水みずにたくらぶるなり。 水みずの深ふかきことは、 海うみにしかざれば大海たいかいに比ひするなり。

又また同おなじき ¬経きょう¼ (心地観経巻三報恩品) に云いわく、

「もし人ひと至し心しんに仏ぶつを供く養ようす、 また精しょう進じんありて孝きょう養ようを修しゅす。 かくのごとき二に人にんの福ふく異ことなることなし、 三さん世ぜに報ほうを受うけてまた窮きわまることなし」 文。

-「若人至心供↢養仏↡、 復有↢精進↡修↢孝養↡。 如是二人福无↠異、 三世受↠報亦无↠窮」 文。

-是これは仏ぶつを供く養ようすると、 父母ぶもを供く養ようすると、 功く徳どくひとしと云いうなり。 仏身ぶっしんと凡身ぼんしんと供く養ようの福ふく、 差別しゃべつあるべしといへども、 その身みにおひて恩おん0797をいたゞくこと父母ぶもにおひて最もっともふかきゆへに仏ぶつを供く養ようするとその功く徳どく等ひとしきなり。

善導ぜんどう和か尚しょうの ¬観かん経ぎょう義ぎ¼ の第二 (序分義) に

「父母ぶもは世せ間けんの福田ふくでんの極きわまりなり、 仏ぶつはすなはちこれ出しゅっ世せの福田ふくでんの極きわまりなり」

-「▲父母者世間福田之極也、 仏者即是出世福田之極也」

-といへるも、 即すなわちこの意こころ也なり。 又また同おなじき ¬経きょう¼ (心地観経巻三報恩品) に云いわく、

「善ぜん女人にょにん父母ぶもの恩おんに報ほうぜんがために、 一劫いっこうに毎日まいにち三さん時じに自じ身しんの肉にくを割さきてもつて父母ぶもを養やしなふとも、 いまだ一日いちにちの恩おんを報ほうずることあたはず」 文。

-「善女人為↠報↢父母恩↡、 於↢一劫↡毎日三時割↢自身肉↡以養↢父母↡、 未↠能↠報↢一日之恩↡」 文。

又また ¬父母ぶも恩おん難報なんぼう経きょう¼ に云いわく、

「父母ぶもは子こにおひて大増だいぞう恩おんあり、 乳にゅう哺ほ長じょう養ようし、 時ときに随したがひて生しょう育いくし四し大だい成じょうずることを得う。 もし右う肩けんに父ちちを負おひ、 左さ肩けんに母ははを負おひて、 千年せんねんを経歴きょうりゃくし、 背はい上じょうに便べん利りせしむとも、 いまだ父母ぶもの恩おんに報ほうずるに足たらず」文。

-「父母於↠子有↢大増恩↡、 乳哺長養、 随↠時生育四大得↠成。 若右肩負↠父、 左肩負↠母、 経↢歴千年↡、 使↣便↢利背上↡、 未↠足↠報↢父母恩↡」文。

-「乳にゅう哺ほ」 といふは乳ちちをのませ食じきをくゝむる事ことなり。 「長じょう養よう」 と云いうはかくのごとくして、 そだてやしなふを云いうなり。 されば 「四し大だい」 と云いうは、 人ひとの身みを成じょうぜる地ち・水すい・火か・風ふうなり。 されば 「四し大だいを成じょうず」 と云いうは、 此この身みを成じょうずるをいふ。 是これ即すなわち父母ぶもの生しょう養ようにあらずは、 此この身みを人ひととなすことあるべからずとなり。

又また ¬四し十じゅう二に章しょう経きょう¼ に云いわく、

「おほよそ人ひと天てん地ち鬼き神じんに事つかふるよりは、 その親おやに孝こうするにはしかず。 二に親しんもとも神じんなり」 文。

-「凡人事↢天地鬼神↡、 不↠如↠孝↢其親↡。 二親最神也」 文。

-又また ¬観かん経ぎょう義ぎ¼ の第だい二に (序分義) に云いわく、

「もし父ちちなくんば能のう生しょうの因いんすなはち闕かけなん、 もし母ははなくんば所しょ生しょうの縁えんすなはち乖そむきなん。 もし二に人にんともになくんばすなはち託たく生しょうの地ちを失しっしてん。 かならずすべからく父母ぶもの縁えん具ぐして、 まさに受身じゅしんの処ところあるべし。 すでに身みを受うけんと欲ほっせば、 みづからの業識ごっしきをもつて内因ないいんとし、 父母ぶもの精しょう血けつをもつて外げ縁えんとす、 因縁いんねん和わ合ごうするゆへにこの身みあり。 この義ぎをもつてのゆへに父母ぶもの恩おん重おもし。 母はは懐胎かいたいしおはりて十と月つきを経へ、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがつねに苦く悩のうを生しょうず。 また産さん時じの死し難なんを憂うれふ。 もし生しょうじおはれば、 三年さんねんを経ふるにつねに屎きに眠ねむり尿じょうに臥ふす。 牀しょう被ひ・衣え服ぶくみなまた不ふ浄じょうなり。 その長ちょう大だいに及およびては婦つまを愛あいし児こに親したしみ、 父母ぶもの処ところにおひて憎嫉ぞうしつを生しょうず、 恩孝おんこうを行ぎょうぜざればすなはち畜ちく生しょうと異ことなることなし」 文。

「▲若无↠父者能生之因即闕、 若无↠母者所生之縁即乖。 若二人共无即失↢託生之地↡。 要須↣父母縁具、 方有↢受身処↡。 ◆既欲↠受↠身、 以↢自業識↡為↢内因↡、 以↢父母精血↡為↢外縁↡、 因縁和合故有↢此身↡。 以↢斯義↡故父母恩重。 ◆母懐胎已経↢於十月↡、 行住坐臥常生↢苦悩↡。 復憂↢産時死難↡。 若生已、 経↢於三年↡恒0798常眠↠屎臥↠尿。 牀被・衣服皆亦不浄。 ◆及↢其長大↡愛↠婦親↠児、 於↢父母処↡生↢憎嫉↡、 不↠行↢恩孝↡者即与↢畜生↡无↠異也」 文。

-誠まことに水みずたゝへざれば、 はちす生しょうずることなく、 源みなもとみなぎらざれば、 ながれふかゝらず。 父母ぶもの恩おんにあらずは、 たれか身体しんたいを長ちょうぜん。 然しかるに是これを報ほうぜざらんは、 但ただ畜ちく生しょうと同おなじかるべし。

-¬倶く舎しゃ論ろん¼ の中なかには、 六道ろくどうを釈しゃくするに人界にんがんを判はんずとして、

「思し慮りょ多おおきがゆへにこれを名なづけて人にんとす」

-「多↢思慮↡故名↠之為↠人」

-と云いえり。 「思し慮りょおほし」 と云いうは、 理非りひをわきまへ礼らい義ぎをしる義ぎなり。 されば思し慮りょなくして恩徳おんどくをしらざらんは、 そのかたち人ひとなりと云いうとも、 その心こころ畜ちく生しょうに同おなじかるべしと云いうこゝろなり。 畜ちく生しょうの中なかにも恩おんをしり礼らいをいたすことあり。 羊ひつじ、 母ははの乳ちちをのむにまづ膝ひざを屈くっして敬うやまいをいたし、 鶴つるは母ははの肉にくを知しりてくはざるがごとし。 況いわんや人倫じんりんに於おいては、 恩おんを報ほうじ礼らいを正ただしくすべきなり。

又また ¬盂蘭うら盆ぼん経きょう疏しょ¼ (新記巻上) に、 仏ほとけなれども、 父ちちのために礼らいをいたしたまふことを釈しゃくして云いわく、

「仏ぶつはじめて道どうを成じょうじ本国ほんごくに還かえる、 時ときに浄じょう飯王ぼんのう駕がを厳おごそかにして出しゅっ迎こうし仏ぶつを見みて礼らいを作なす、 仏ぶつすなはち身みを虚こ空くうに踊おどらせて、 乃至 礼らいし訖おわりて地ちに下くだり言ことばを発はっして起き居きょす」 文。

-「仏初成↠道還↢本国↡、 時浄飯王厳↠駕出迎見↠仏作↠礼、 仏即踊↢身虚空↡、 乃至 礼訖下↠地発↠言起居」 文。

-元がん照じょうの ¬記き¼ (新記巻上) に是これを釈しゃくするに、

「仏ぶつ世せ間けんの慈父じふのためになほことさらに親おやを敬うやまひまさしく礼らいを受うけざる意こころ、 将しょう来らいこれをもつて法ほうとせしむ」 文。

-「仏為↢世間慈父↡猶故敬↠親不↢正受↟礼意、 使↢将来以↠此為↟法」 文。

-又また同おなじき ¬疏しょ¼ (新記巻上) に仏ぶつ、 父ちちの王おうに孝きょうせんがために、 棺ひつぎを担かつぎたまふことを云いうとして、 ¬増一ぞういつ阿あ含ごん経ぎょう¼ を引ひきて云いわく、

「浄じょう飯王ぼんのう崩ほうず、 白氎びゃくじょうをもつて棺斂かんれんす。 仏ぶつ難なん陀だと前まえにあり、 阿あ難なん・羅ら云うんとは後うしろにあり。 難なん陀だ、 仏ぶつにまうしていはく、 父ぶ王おう我われを養やしなふ、 願ねがはくは棺ひつぎを担になふことを聴ゆるしたまへと。 阿あ難なん・難なん陀だまたしかなり。 当来とうらい兇きょう暴ぼう、 父母ぶもに報ほうぜず、 ゆへに躬みみづから棺ひつぎを担になふ。 大千だいせん六返ろっぺん震動しんどうして釈しゃく梵ぼん諸天しょてんみな来きたりて喪もに赴おもむき仏ぶつに代かわりてこれを担になふ。 仏ぶつ、 香こう炉ろを執とりて前まえに引ひきて山やまに就つく」 文。

-「浄飯王崩、 白氎0799棺斂。 仏与↢難陀↡在↠前、 阿難・羅云在↠後。 難陀白↠仏言、 父王養↠我、 願聴↠担↠棺。 阿難・羅云亦爾。 当来兇暴、 不↠報↢父母↡、 故躬自担↠棺。 大千六返震動釈梵諸天皆来赴↠喪代↠仏担↠之。 仏執↢香炉↡前引就↠山」 文。

-仏ぶつは三界さんがいの独尊どくそん、 四し生しょうの導どう師しにてましませば、 世よのために尊そん重じゅうせられたまふ。 位くらいとして是これより上うえなるはなし。 然しかれども父ちちの礼らいをうしなはじとおぼしめすがゆへに、 或あるいは王おうの礼らいをうけざらんがために身みを虚こ空くうに踊おどらし、 或あるいは自みずから葬斂そうれんに臨のぞみて、 棺ひつぎを担にないたまふ事ことは、 未み来らいの衆しゅ生じょうをして是これをならはしめんがためなり。 さればたとひ父ちちは頑おろかに子こはかしこくとも、 父ちちとなり子ことならば、 その礼らいをみだるべからざることを表あらわす。 この二ふたつの文もんは、 釈しゃく尊そん、 父ちちの為ために孝きょう養ようをもはらにしたまひし証しょうなり。

次つぎに ¬観かん経ぎょう義ぎ¼ の第だい二に (序分義) に、 如来にょらい、 母ははの恩おんを報ほうじたまふことを釈しゃくして云いわく、

-「仏ぶつ母も摩耶まや、 仏ぶつを生しょうじ七日しちにちを経へおはりて死しして、 とう利り天てんに生しょうず。 仏ぶつ、 後のちに成じょう道どうして、 四し月がつ十じゅう五ご日にちに至いたりてすなはちとう利り天てんに向むかひ、 一いち夏げ母ははのために説法せっぽうす。 十と月つき懐胎かいたいの恩おんに報ほうぜんがためなり。 仏ぶつなほ恩おんを収おさめ父母ぶもに孝きょう養ようす、 いかにいはんや凡ぼん夫ぶとして孝きょう養ようせざらん。 ゆへに知しりぬ父母ぶもの恩おん深ふかく極ごく重じゅうなることを」 文。

「▲仏母摩耶生↠仏経↢七日↡已死、 生↢利天↡。 仏後成道、 至↢四月十五日↡即向↢利天↡、 一夏為↠母説法。 為↠報↢十月懐胎之恩↡。 仏尚収↠恩孝↢養父母↡、 何況凡夫不↢孝養↡。 ◆故知父母恩深極重也」 文。

-これは仏ぶつ母も摩耶まや夫ぶ人にん、 四し月がつ八日ようかに釈しゃく尊そんを生しょうじ奉たてまつりて後のち、 わづかに七しちヶ日にちすぎ同おなじき十じゅう五ご日にちに死しして、 欲界よくかい第だい二にのとう利り天てんに生しょうじたまひて、 釈しゃく尊そん十じゅう九くにして出しゅっ家けし、 三さん十じゅうにして成じょう道どうしたまひて、 人天にんでんの大だい師しとなり三界さんがいの教きょう主しゅと0800して一代いちだい半満はんまんの教きょう法ぼうを説ときたまひし時とき、 出しゅっ胎たいの後のちいくばくならずしておくれ奉たてまつり給たまいし悲母ひも夫ぶ人にんのことをおぼしめしいたし、 且かつは拝覲はいごんをとげんがため、 且かつは恩徳おんどくを報ほうぜんが為ために、 仏ぶつ、 とう利り天てんに昇のぼりましまして、 四し月がつ十じゅう五ご日にちより七月しちがつ十じゅう七日しちにちまで、 三み月つき九く旬しゅんのほど、 歓かん喜ぎ苑えんのうち波利はり質しっ多羅たら樹じゅの下もとに安あん居ごして、 一いち夏げのあひだ法ほうをとき給たまひき。

-かの所説しょせつと云いうは即すなわち ¬報恩ほうおん経きょう¼ これなり。 今いまの世よにいたるまで、 安あん居ごと云いいて報恩ほうおん修善しゅぜんのつとめをいたすことは、 この仏ぶつの報恩ほうおんより起おこれり。 如来にょらい天てんに昇のぼりたまひしより後のち、 天竺てんじく十じゅう六ろく大国たいこくの諸王しょおう、 各おのおの如来にょらいを恋れん慕ぼし奉たてまつること、 殆ほとんど父母ぶもにおくるゝかなしみの如ごとし。

-その中なかに盂う填てん大王だいおうことに悲ひ嘆たん甚はなはだし。 一いち夏げ説法せっぽうの後のち、 下げ天てんしたまはん時ときをまち奉たてまつらんこと、 なを千載せんざいを経ふるこゝちして心こころもとなくおぼしめしければ、 仏ぶつの形ぎょう像ぞうを造つくり奉たてまつりて、 生しょう身じんの仏ぶつの帰かえり下くだり給たまわんほど胆仰せんごうし奉たてまつらばやと心念しんねんを発おこす所ところに、 毘び首しゅ羯かつ磨ま、 天てん上じょうより来きたりて、 大王だいおうの心願しんがんを感かんじ如来にょらいの尊容そんようを模うつし奉たてまつりき。 斧おのの音こえオト三さん十じゅう三天さんてんにきこえしかば、 天人てんにん聖しょう衆じゅこれをきゝて同音どうおんに皆みな歓かん喜ぎし、 声こえの及およぶ所ところの衆しゅ生じょう、 みな煩悩ぼんのう罪ざい障しょうを消しょう滅めつすることをえたりき。 彫ちょう刻こく功こう終おわりて後のち、 大王だいおうかの形ぎょう像ぞうをえて日にち夜や朝ちょう暮ぼに礼拝らいはいをいたし帰き仰ごうし奉たてまつること、 たゞ生しょう身じんの如ごとし。

-爰ここに如来にょらい、 一いち夏げ安あん居ごことおはりてとう利り天てんより閻えん浮ぶ提だいに下くだり給たまいし時とき、 持地じじ菩ぼ薩さつ、 善見ぜんけん城じょうより祇ぎ園おん0801精しょう舎じゃに至いたるまで、 金きん・銀ぎん・水すい精しょうの三みつの階きざはしをわたし釈しゃく尊そんを迎むかえ奉たてまつりき。 時ときにかの木像もくぞう生しょう身じんの如来にょらいの御おん迎むかえに出いで給たまふ。 相好そうごう光こう明みょう威い徳とく巍々ぎぎとして漸ようやく人間にんげんに下くだり給たまいしかば、 梵王ぼんのう・帝たい釈しゃく、 宝蓋ほうがいを捧ささげて左右さうに侍じ立りゅうし、 菩ぼ薩さつ・賢げん聖じょう、 威儀いぎを助たすけて前ぜん後ごに囲い遶にょうす。 事ことの様よう、 厳ごん重じゅうに貴とうとかりし儀ぎ式しきなり。

-その時ときかの木像もくぞう、 参さん会えし宝階ほうかいの下したに至いたり給たまふ所ところに、 生しょう身じんと木像もくぞうとたがひに礼らい譲じょうをなし、 本仏ほんぶつと新仏しんぶつと各おのおの道みちの前ぜん後ごを論ろんじて倶ともにすゝみたまはず。 人天にんでん大だい会え、 是これを見みて未曽みぞ有うの思おもいをなす。 さるほどに木像もくぞう、 論ろんじまけて先さきに立たちて行ゆき給たまいしが、 正まさしく精しょう舎じゃに入いり給たまはんとせしとき、 木像もくぞうなを生しょう身じんの仏ぶつを指さして、 我われは形ぎょう像ぞうなり、 いかでか本仏ほんぶつの先さきには立たち奉たてまつるべき。 早はやくまづ精しょう舎じゃに入いり給たまうべしとまふし給たまいければ、 生しょう身じんの仏ぶつ言のたまうやう、

-我われは本仏ほんぶつなれども、 八はち十じゅう年ねんの機き縁えんすでにつきなば、 つゐに涅ね槃はんに入いるべき身み也なり。 新仏しんぶつは久ひさしく世よに住じゅうして末代まつだい濁じょく世せの衆しゅ生じょうを利り益やくし給たまうべき尊像そんぞうなり。 然しかれば滅めつ後ごの諸もろもろの弟子でしをばことごとく汝なんじに付ふ属ぞくす、 はやばや先さきに立たち給たまうべしと勅ちょくし給たまいければ、 木像もくぞう理りに伏ふして本仏ほんぶつの先さきにすゝみ、 まず精しょう舎じゃに入いりて宝ほう坐ざの上うえに坐ざし給たまえり。 在ざい世せの不ふ思議しぎ、 誠まことに言ごん語ごの及およぶ所ところにあらず。

-かの形ぎょう像ぞうは唐とう土どに迎むかえ奉たてまつりて後のち、 一いっ朝ちょうの宝たからとして代々だいだい貴き敬きょう尊そん重じゅうせられけるが、 日本にっぽん円えん融にゅう院いんの御ぎょ宇う、 永観ようかん年ねん中ちゅうに奝ちょう然ねん上しょう人にん渡と唐とうの時とき、 かの国くにの大王だいおうに奏聞そうもんしてその形ぎょう像ぞうを造つくり模うつし奉たてまつりしに0802、 かの形ぎょう像ぞう日本にっぽん国こくに渡わたりて衆しゅ生じょうを利り益やくせんとおぼしめす志こころざしあるよし、 上しょう人にんに対たいして霊れい夢むの告つげありけるに依よりて、 所↠模うつすところの新仏しんぶつを以もってとりかへ奉たてまつり、 偸ひそかにかの霊像れいぞうをとり奉たてまつる。 今いま嵯峨さがの清涼しょうりょう寺じの釈しゃ迦か是これなり。

-さればこの霊像れいぞうも、 釈しゃく尊そん、 摩耶まやの恩おんを報ほうじ給たまはんが為ために天てん上じょうに昇のぼり給たまいしに依よりて出しゅつ現げんし、 辺へん土どに住じゅうして末代まつだいの衆しゅ生じょうに利り益やくを施ほどこしたまふ。 かたじけなくたふときことなり。 是これ即すなわち釈しゃく尊そん、 悲母ひもの恩徳おんどくを報ほうじたまふことは、 一切いっさい人天にんでんの位くらいに超こえて、 无む上じょう世せ尊そんの位くらいに昇のぼりたまへども、 生しょう養よう撫ぶ育いくの徳とくを謝しゃしたまふことは、 凡ぼん夫ぶをして報恩ほうおんの志こころざしを励はげましめんが為ため也なり。

又また経きょうの中なかに母ははの徳とくをとくとして、 幼よう子しの飲のむところの乳ちちの分ぶん量りょうをあかせることあり。 ¬父母ぶも恩おん重じゅう経きょう¼ には、 乳ちち一いっ升しょうのあたひを計はかるに、 米こめならば一万いちまん八はっ百ぴゃく五ご十石じっこく余よ、 稲いねならば二に万まん三千さんぜん束そく、 布ぬのならば三千さんぜん三さん百びゃく七しち十じゅう余よ段だんにあたると云いうこゝろをとけり。 ¬五ご道どう受じゅ生しょう経きょう¼ には、 「南なん州しゅうの人ひとの飲のむ所ところの乳ちちは八はち十じゅう八石はっこくなり」 といへり。 恩おんをうくることのあつきこと是これを以もって知しるべし。 懐胎かいたいの間あいだの辛しん苦くよりはじめて、 産さん生しょうの時ときの苦く難なんといひ、 幼よう稚ちのほどの生しょう養ようといひ、 慈悲じひのねんごろにして報謝ほうしゃのつきがたきこと、 母ははの恩おんまことに深ふかし。

-託胎たくたいの後のちは、 まづ胎内たいないにして五位ごいをふることあり。 五位ごいといふは、 一ひとつには羯かつ頼ら藍らん、 これは梵ぼん語ごなり、 此ここには凝ぎょう滑かつといふ、 又また和わ合ごうともいふ。 父ぶ0803母もの精しょう血けつを与あたえて赤白しゃくびゃく二に滞たいの和わ合ごうせるはじめなり、 是これその体たいいまだ分ぶん明みょうならざる位くらいなり。 二ふたつには頞部あぶ曇どん、 ここには皰ほうといふ。 その体たいいさゝか増まして皰ほうの生しょうずるに似にたるなり。 三みつには閉手へいしゅ、 こゝには軟肉なんにくといふ。 漸ようやく肉にくの体たいのみゆる位くらいなり。 四よつには健南けんなん、 こゝには堅肉けんにくといふ。 少すこしかたまる位くらいなり。 五いつつには鉢はつ羅ら奢佉しゃきゃ、 こゝには支し節せつといふ。 髪かみ・毛け・爪つめ等とう次し第だいに生しょうじてすでに人ひとの形かたちとなる位くらいなり。 ¬倶く舎しゃ論ろん¼ の第だい九く (玄奘訳世品) に

「最初さいしょ羯かつ頼ら藍らん、 次つぎに頞部あぶ曇どんを生しょうず、 これより閉へい尸しを生しょうず、 閉へい尸し健南けんなんを生しょうず、 次つぎに鉢はつ羅ら奢佉しゃきゃ、 後のちに髪かみ・毛け・爪つめ等とう、 および色相しきそう、 漸ぜん次じに転増てんぞうす」

-「最初羯頼藍、 次生↢頞部曇↡、 従↠此生↢閉尸↡、 閉尸生↢健南↡、 次鉢羅奢佉、 後髪・毛・爪等、 及色相、 漸次而転増」

-といへる頌じゅは此この事ことを釈しゃくするなり。

-此この五位ごいは十じゅう二に因縁いんねんの内うち、 名みょう色しきの位くらいと、 六処ろくしょの初はじめなり。 此この時じ分ぶんをふるに、 十と月つきをへて二に百ひゃく六ろく十じゅう六日ろくにちを送おくる間あいだに、 そのかたち日ひをへて増ぞう長じょうすれば、 母ははの身み随したがいてくるし。 食じきしてもあまからず、 ねてもやすからず、 行ぎょう歩ぶも煩わずらいあり、 起き居きょもたやすからず。 されども我わが身みのくるしきことをばかへりみず、 その子この平安へいあんに生しょうぜんことをおもふは人ひとの親おやの心こころなり。

-そのゝち産さん生しょうまた最もっとも甚はなはだし。 五ご臓ぞうもやすからず六ろっ腑ぷもしづかならず、 腹はらには金剛こんごうの山やまを呑のむが如ごとく胸むねには剣林けんりんの荊いばらを含ふくむに似にたり。 人にん中ちゅうの苦くの中なかに第一だいいちの苦くなりとみえたり。 されば是これを半はん死し半はん生しょうの人ひとと云いいて、 子こを无為むいに生しょうじぬる後のちも、 七しちヶ日にちまではなを冥めい途どに趣もむくべき人数にんじゅにかぞへられ、 冥みょう官かん筆ふでを染そめて相待あひまつと申もう0804しならはせり。

-何いかに況いわんや、 生しょうの後のちも其その苦く労ろうまた多おおし。 膚はだえにまとへる襁きょう褓ほうムツキ のけがれたるときは、 袂たもとをもて不ふ浄じょうを拭のごうにきたなしとおもふ心こころなく、 牀ゆかにしきたる半月はんげつうるほへるときは、 乾かわけるを譲ゆずりて自みずからはぬれたるに臥ふす。 乃ない至し、 東西とうざい南北なんぼくに走はしりて竹ちく馬ば・芥鶏かいけいにたはむるゝ齢よわいまでも、 疵きずをもつけじ、 かたはをもつけじと、 心こころ苦ぐるしく是これを思おもいて、 昼ちゅう夜や六ろく時じ行住ぎょうじゅう坐臥ざがに身心しんしんをくるしましめずといふことなし。 これ併しかしながら、 恩愛おんないのいたす所ところなり、 慈悲じひの極きわまりのしからしむるなり。

経きょうの中なかに母子もしの志こころざしの切せつなることを云いうとして、 一ひとつの因縁いんねんをとける事ことあり。 過去かこに鶴つるありて三みつの子こを生しょうぜり、 時ときに国くに大おおいに旱魃かんばつして食じきすべき物ものなし。 その時ときに母はは、 悲ひ愛あいを生しょうじて自みずから腋わきの肉にくを製さいて、 子この命いのちをたすけんとす。 こゝに三さん子し少すこしかの肉にくを食じきして後のち云いうやう、 是これは常つねの気味きみにあらず、 我わが母ははの肉にくなり。 たとひ食じきをえずしてわが命いのちをばおとすとも、 争いかでか母ははの体たいを損そんぜんやと云いいて、 口くちを閉とじて食じきせず。 此この時ときに天神てんじん讃さんじて云いわく、 母ははの慈じすぐれ、 子この孝こういたれりと云いいき。 仏ぶつ此この因縁いんねんを説ときて、 その母ははと云いうは我われなり、 その三さん子しと云いうは即すなわち舎しゃ利り弗ほつ・目連もくれん・阿あ難なんなりと云いいて、 末まっ世せの衆しゅ生じょうも孝きょう養ようのこゝろざしをいたすべきことを説とき給たまえり。 是これは ¬六ろく度ど集じっ経きょう¼ にみえたり。

又またむかし雪山せっせんに一ひとつの鸚おう鵡むあり、 父母ぶも盲めしいたり、 子こつねに好こう菓かを求もとめて盲めしいたる親おやに与あたふ。 時とき0805に一人いちにんの田でん主しゅあり、 田たを植ううるとき願がんを発おこして、 この田たの稲穀とうこくを以もって一切いっさい衆しゅ生じょうに施ほどこさんと云いいき。 かの鸚おう鵡む、 田でん主しゅの施せ心しんを喜よろこびてつねにかの穀こくを取とりて父母ぶもに供きゅうしき。

-然しかるに田でん主しゅ、 鸚おう鵡むの田たをふみ穀こくをとるをみて忽たちまちに瞋しん恚にを起おこし、 網あみをはりてかの鸚おう鵡むを取とりてその所しょ行ぎょうを誡いましむる処ところに、 鸚おう鵡む演のべて云いうやう、 田でん主しゅこの田たをうへし時ときに、 一切いっさい衆しゅ生じょうに与あたうべきよし意い願がんを発おこしき。 我われむしろ一切いっさい衆しゅ生じょうのうちにもれんや。 然しかれば、 これをとることなんぞ科とがに処しょせん。 況いわんや、 わが為ために是これをとらず、 盲めしいたる父母ぶもに供きゅうせんがためなり。 争いかでか憐愍れんみんなからん。 しかれども田でん主しゅ制せい止しして故ことさらに瞋しん恚にを起おこさば、 われ自じ今こん以後いご更さらにとるべからずと申もうししかば、

-田でん主しゅ忽たちまちにかなしみ恥はじて、 汝なんじ孝きょう養ようのために是これを取とること、 かへすがへす思所おもふところなり。 常つねにはやく是これを取とりて父母ぶもに孝きょう養ようすべし、 あへて慳けん惜じゃくすべからずといふ。 是これに依よりてかの鸚おう鵡む、 いよいよその稲穀とうこくを取とりて父母ぶもに供きゅうしき。

-仏ぶつまたこの因縁いんねんを説ときて、 その時ときの田でん主しゅと云いうは舎しゃ利り弗ほつなり、 盲目もうもくの父母ぶもと云いうは即すなわち浄じょう飯王ぼんのう・摩耶まや夫ぶ人にんなり。 昔むかしの孝きょう養ようの因いんに依よりて、 いま成じょう仏ぶつすることをえたりと言のたまえり。 是これは ¬雑ぞう宝蔵ほうぞう経きょう¼ の説せつなり。 畜類ちくるいも人身にんじんも恩おんを報ほうずべきこと先せん蹤しょう分ぶん明みょうなり、 凡ぼん夫ぶも仏ぶつも徳とくを謝しゃすべきこと仏説ぶっせつ炳焉へいえんなり。

-又また三さん州しゅうの義士ぎしと云いう事ことあり。 其その因縁いんねんは四し方ほうより行合いきあえる道みちの辻つじに一ひとつの塔とうあり、 三方さんぽうより0806三人さんにんの男おとこ此この所ところに来きたり集あつまり、 おのおのその住じゅうせる処ところをとひ互たがいに其その来きたれる由ゆえを尋たずぬ。 皆みな父ちちに後おくれて悲かなしみを含ふくみ思おもいにたえずして流る浪ろうする由ゆえを語かたる。 生しょう国こくみな異ことなれども悲ひ嘆たんことごとく同おなじ。 又また一方いっぽうより来きたれる老翁ろうおうあり、 三人さんにんその来きたれる由ゆえを問とうに、 翁おきなの云いうやう、 われ子し息そくに後おくれて悲かなしみを含ふくむが故ゆえに流る浪ろうして此ここにいたれる旨むねを答こたふ。

-是これに依よりて三人さんにんの男おとこ、 翁おきなを以もって父ちちとして、 議ぎして一処いっしょに在ありて老翁ろうおうに孝きょう順じゅんす。 一いち事じ一言いちごんかつてその命めいをそむかず。 、 九きゅう夏か三伏さんぷくの炎天えんてんには扇おうぎを以もって枕まくらをあふぎ、 玄冬げんとう素そ雪せつの寒かん夜やには席せきを温あたためて孝こうを致いたす。 凡およそ飲食おんじき・衣え服ぶく・臥具がぐ・湯薬とうやく、 ちからのたふる所ところ、 心こころの及およぶ処ところ、 是これを求もとめて供きゅうせずと云いうことなし。

-如↠此かくのごとくして年月ねんげつを送おくる処ところに、 ある時とき老翁ろうおう三さん子しに向むかいて云いいけるは、 汝なんじ等ら我われを親おやと思おもいて万ばん事じ心こころにそむかず、 我われまた汝なんじ等らを子こと思おもいて深ふかく孝きょう順じゅんをたのむ。 然しかるにわれ一ひとつの所願しょがんあり、 汝なんじ等ら早はやく是これを営いとなみてわが願がんを満みつべし。 いはゆるわが住すむ所ところの前まえの大たい河がの中なかに殊しゅ勝しょうの宮く殿でんを造つくりて、 我われをして其その中なかに置おくべしといふ。 三さん子し是これを聞ききて各おのおの領状りょうじょうすといへども、 互たがいに相あい嘆なげくやう、 此この河かわ極きわめて深広じんこうにして水みずはやく波なみしきり也なり。 輒たやすく家いえを造つくりがたし。

-然しかるに父ちちの命めいに随したがはんが為ために、 七日しちにちの間あいだ土ど石せきを運はこびて島しまを築つくに微み塵じんもとゞまらず、 三さん子し心こころを同おなじくして嘆なげくこと極きわまりなし。 悲かなしき哉かな、 我われ等ら幼よう少しょうにして父ちちに後おくれてのち、 貴とうとみて亡親もうしんを恋こうる志こころざしに依よりて老翁ろうおうに帰きして孝きょう順じゅんをいたす。 父子ふしの契約けいやく0807をなしてより以来このかた、 露つゆばかりも其その意こころに違たがうことなし。 今いま此この一いち事じかなはずして其その命めいにそむかば、 不ふ孝きょうの過とがのがれがたし。 願ねがわくは天てん地ち、 我わが志こころざしを憐あわれみて我わが孝きょう養ようを成じょうぜしめ給たまへと、 慇懃おんごんに是これを念願ねんがんする。

-其その夜よ俄にわかに天てん地ち揺動ようどうし雷電らいでん振烈しんれつすることおびたゞし。 夜よ明あけてかの河かわを見みるに、 河かわの中なかに霊岸れいがん立たて回まわして中なかに平へい地ちあり、 上うえに宮く殿でんあり、 金こがねを以もって牀ゆかとし錦にしきを以もって蓐しとねとし、 瑠璃るりを以もって簾すだれとし摩尼まにを以もって灯ともしびとせり。 とう利り天てんの善見ぜんけん城じょうもかくやと覚おぼゆ、 大だい梵天ぼんてんの高台こうだいの閣かくも是これにはすぎじと見みえたり。 加之しかのみならず、 微み妙みょうの香食こうじきを机つくえにそなへ、 種々しゅじゅの甘かん露ろを砌みぎりに置おきたり。 まことに心こころも語ことばも及およばず、 かの宮く殿でんの中なかに声こえ有ありて、 唱となえて云いわく、 親おやにあらざれども親おやとして深ふかく孝きょう順じゅんを行ぎょうじ、 子こにあらざれども子ことしてよく慈じ哀あいをいたすに依よりて、 天てん地ち同おなじくあはれむが故ゆえに現身げんしんに天てんの快け楽らくを得うといへり。 宮く殿でんを見みるのみにあらず、 声こえの告つげを聞ききて三さん子し一翁いちおうともに悦よろこび互たがいに感かんずること極きわまりなかりき。

-是これは阿あ含ごん経ぎょうの説せつよりいでたり。 今いま此この因縁いんねんを按あんずるに、 実じつの親おやにあらざれども親おやと名なづけて孝行こうこうの志こころざしを至いたししかば、 仏天ぶってん随ずい喜きしてかやうの不ふ思議しぎあり。 何いかに況いわんや、 多た生しょうの宿しゅく縁えんに依よりて親おや子ことなり、 幼よう少しょうより撫ぶ育いくの恩おんを受うけん実じつの父母ぶもに於おいてをや。 謝しゃしても謝しゃすべきなり。 つらつら是これを思おもうに、 我われ等らは三界さんがい流る浪ろうの孤ひとりなり、 かの三さん州しゅうの義士ぎしの如ごとし。 釈しゃく尊そんは衆しゅ生じょう覆護ふごの慈父じふ也なり、 かの一いち路ろの老翁ろうおうに似にたり0808。 然しかれば、 釈しゃく尊そんの教勅きょうちょくに順じゅんじて弥陀みだの名みょう号ごうを称しょうせば、 生しょう死じの大海たいかいの中なかに何なんぞ不ふ退たいの宮く殿でんをまふけざらんや。 よくよく是これを思おもうべし。 二に親しんの恩徳おんどくをむくふべきこと、 経釈きょうしゃくの明文めいもんといひ、 孝きょう順じゅんの先せん蹤しょうといひ、 略りゃくしてかくのごとし。

凡およそ父母ぶもは慈悲じひの本もとなるが故ゆえに、 父ちちをば慈父じふといひ、 母ははをば悲母ひもといふ。 慈じは与よ楽らくの義ぎ、 悲ひは抜ばっ苦くの義ぎなり。 父母ぶもの恩おんいづれも勝しょう劣れつなきに於おいて各おのおのつかさどる所ところあり。 父ちちは愛あいを施ほどこすに取とりて家け業ごうをもつがせ、 才さい智ちをも訓おしえて世よにももちゐられて身みをもたて、 人ひとに交まじわりて頑おろかなることなからんことを思おもいて、 且かつは呵かし且かつは訓おしふ。 これ内うちには慈悲じひを懐いだき外ほかに威い徳とくを顕あらわすなり。 されば父子ふしの道みちは天てん性しょうなるが故ゆえに、 父ちちとして愛あいをたれ子ことして敬うやまいを致いたすこと自じ然ねんの道みちなり。 此この故ゆえに、 氏うじをつぎ家いえを伝つたえて、 その尊そん卑ぴを定さだむること父ちちの品しな、 父ちちによるに依よりて世せ俗そくにはなを父ちちを以もっておもしとす。

-¬孝こう経きょう¼ に此この事ことを云いうに、

「父ちちに事つかふるに資とりて、 もつて母ははに事つかふるにその愛あい同おなじ。 父ちちに事つかふるに資とりて、 もつて君くんに事つかふるにその敬けい同おなじ」

-「資↢於事↟父、 以事↠母其愛同。 資↢於事↟父、 以事↠君其敬同」

-といへり。 此この文もんを註ちゅうするに、

「母はははいたりて親したしけれども尊たっとからず、 君くんはいたりて尊たっとけれども親したしからず、 ただ父ちちのみ尊親そんしんの義ぎを兼かぬ」 (孝経)

-「母至親而不↠尊、 君至尊而不↠親、 唯父兼↢尊親之義↡」

-といへり。 聖教しょうぎょうの中なかにも、 仏ぶつの衆しゅ生じょうを憐愍れんみん教きょう護ごし給たまうことをば、 人ひとの親おやの子こを生しょう養ようしてひとゝなすに喩たとえたり。 釈しゃく尊そんを三界さんがいの慈父じふと申もうすはこの義ぎなり。

-母ははは懐妊かいにん産さん生しょうの苦く労ろうより初はじめて乳にゅう哺ほ撫ぶ育いくの恩徳おんどくをいへば、 その慈悲じひなを懇ねんごろなり。 故ゆえに仏ぶっ0809教きょうの中なかに、 子こに於おいて依怙えことなること母ははの徳とくは父ちちにもまされりと見みえたり。 いはゆる ¬法ほっ花け¼ (巻六) の 「薬王やくおう品ぼん」 に、 此この経きょうの勝すぐれたることを云いうに十じゅう喩ゆを説とける中なかに 「如にょ子し得とく母も」 と云いう文もんあり。 又また文殊もんじゅをば三さん世ぜの覚かく母もといひ、 般若はんにゃをば諸仏しょぶつの智母ちもといふ、 その証しょうなり。

-されば父ちちの恩おんの高たかきことは山やまの如ごとしといひ、 母ははの恩おんの深ふかきことは海うみの如ごとしといふ。 何いずれもかけては此この身みを全まったくすることあるべからず。 車くるまは二ふたつの輪わを以もって長ちょう途とにめぐり、 鳥とりは二ふたつのつばさを以もって大たい虚こにかけるが如ごとし。 食じきにあける子こなれども、 母ははにはなれぬればその膚はだえたちまちにやせ、 心こころさかしき子こなれども、 父ちちにそはざればつたなきことおほし。 即すなわち釈しゃ迦か・弥陀みだの二に尊そんを父母ぶもに喩たとえられたるは此この義ぎ也なり。 釈しゃ迦かは抑おく止しの方便ほうべんを設もうけて、 衆しゅ生じょうをして悪あくを犯ぼんせざれと道どうをつとむべきことをすゝめ給たまふ。 父ちちの子こをして身みをたて人ひとになさんと思おもふ提撕ていぜいの志こころざしに同おなじ。 弥陀みだは摂取せっしゅの悲ひ願がんをたれて重じゅう罪ざいの衆しゅ生じょうをもかなしみ給たまふ。 是これ又またたとひかたはなる子こなれども、 おもひすてざる母ははの悲ひにひとし。 彼かれも此これも報ほうじがたく謝しゃしがたきものなり。

-又また ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ の中なかに、 仏ぶつの衆しゅ生じょうを念ねんじ給たまふことを、 父母ぶもの子こを念ねんずるに喩たとえたる文もんあり。 「諸仏しょぶつ念ねん衆しゅ生じょう、 衆しゅ生じょう不ふ念仏ねんぶつ、 父母ぶも常じょう念ねん子し、 子し不ふ念ねん父母ぶも」 と云いえる是これ也なり。 是これは世よの人ひとのありさま眼前げんぜんにみえたることなり。 親おやの子こを思おもふ心こころと、 子この親おやを思おもふ志こころざしとをくらぶるに、 浅せん0810深じんはるかなること也なり。 誠まことに恩おんをいたゞける子こは二に親しんを養やしなふこと少すくなし。 是これあはれみの深ふかきと、 志こころざしの浅あさきとによるゆへ也なり。 仏ぶつのときたまふ所ところ何なんぞむなしからんや、 最もっとももかなしむべきことなり。 然しかれば、 生前せいぜんにそこばくの孝行こうこうをいたしいたさんよりは、 没ぼつ後ごに随分ずいぶんの善根ぜんごんをも営いとなみてかの仏ぶっ果かをかざらんは、 其その功く徳どく殊ことに莫太ばくだいなるべし。 定さだめて諸仏しょぶつの大だい悲ひにかなふべきなり。

一ひとつ 奉持ぶじ師し長ちょうは是これも三福さんぷくの随一ずいいちとして、 三さん世ぜの諸仏しょぶつの定じょう業ごうの正しょう因いんなり。 凡およそ師しの恩おんの深ふかきことは、 是これ又また内典ないてん・外げ典てんに是これを明あかせり。

-上かみに所↠引ひくところの ¬梵網ぼんもう経きょう¼ (巻下) の文もんにも

「父母ぶも・師し僧そう・三宝さんぼうに孝きょう順じゅんすべし、 孝きょう順じゅんは至し道どうの法ほうなり。 孝こうを名なづけて戒かいとす、 また制せい止しと名なづく」

-「孝↢順父母・師僧・三宝↡、 孝順至道之法。 孝名為↠戒、 亦名↢制止↡」

-と云いえり。 父母ぶもに孝きょう順じゅんするも師し長ちょうに奉持ぶじするも共ともに孝行こうこう也なり。

又また ¬観かん経ぎょう義ぎ¼ の第だい二に (序分義) には、

「礼節らいせつを教きょう示じし学識がくしき徳とくを成じょうず、 因いん行ぎょう虧かくることなく乃ない至し成じょう仏ぶつまで、 これなほ師しの善ぜん友ぬ力りきなり、 この大恩だいおんもつともすべからく敬重きょうじゅうすべし」

-「▲教↢示礼節↡学識成↠徳、 因行无↠虧乃至成仏、 此猶師之善友力也、 此大恩最須↢敬重↡」

-と云いえり。 師しにあはずは学識がくしき徳とくを得うべからず、 其その徳とくをえずは仏ぶっ果かにいたることあるべからずと云いえり。 世せ間けんに重おもくする処ところは君くん・父ふ・師しの三尊さんぞん也なり、 崇すう敬きょうの是これより深ふかかるべきはなし。 恩所おんじょの報ほうずべきは師し僧そう・父母ぶも也なり、 厚徳こうとくの是これにまさるべきはなし。 父母ぶもと師し僧そうとその恩おんひとし、 故ゆえに三福さんぷくの中なかにも同おなじく世せ善ぜんとし、 共ともに敬上きょうじょうの行ぎょうとなづく。

-されどもその中なかに於おいてなを浅深せんじんを立たつる時ときは、 誠まこと0811に仏法ぶっぽうを授さずけて今こん度どの出しゅつ離りを思おもひ定さだめん人ひとの前まえには、 師しの恩おんは父母ぶもの恩おんにもまさるべし。 父母ぶもは今こん生じょう撫ぶ育いくの極きわまり、 師し長ちょうは永よう生しょう得脱とくだつの縁えんなるがゆへなり。 されば高こう野やの大だい師しの解げ釈しゃくにも、

「師資ししの道みちは父母ぶものごとくあひ親したし。 父子ふしは骨肉こつにくあひ親したしといへどもただ是これ一いっ生しょうの愛あい、 生しょう死じの縛ばくなり。 師資ししの愛あい法ほう義ぎあひ親したし。 世せ間けん出しゅっ世せの抜ばっ苦く与よ楽らくなんぞよくこれに況きょうせんや」

-「師資之道如↢父母↡相親。 父子雖↢骨肉相親↡但是一生之愛、 生死之縛也。 師資之愛法義相親。 世間出世抜苦与楽何能此況」

-と云いえり。

師し弟ていの好よしみをいふに、 親おや子この昵むつまじきにもこえたりときこえたり。 父母ぶもこそ福田ふくでんの至し極ごく、 恩所おんじょの最さい頂ちょうなるに、 いかなれば師しの恩おんはそれにも超こえたるぞと云いうに、 詮せんずる所ところは聞法もんぼうの徳とくの重おもきがゆへなり。 諸しょ宗しゅうに立たつる所ところの血けち脈みゃく相そう承じょう即すなわち是これなり。 殊ことに今いま浄じょう土そ宗しゅうの意こころ、 ¬大だい経きょう¼ (巻下) には 「▲聞もん其ご名みょう号ごう信心しんじん歓かん喜ぎ」 といひ、 ¬小経しょうきょう¼ には 「▲聞説もんせつ阿あ弥陀みだ仏ぶつ執しゅう持じ名みょう号ごう」 と云いうが故ゆえに、 弥陀みだの名みょう号ごうをきくに依よりて信心しんじんを発ほっ起きし、 信心しんじんに依よりて往おう生じょうの益やくを得うと談だんずれば、 所聞しょもんの功く徳どくまことに重おもきなり。

-但ただしこれにつきて又また不ふ審しんあり。 誠まことに法ほうを説ときてきかしめん人ひとは然しかるべし。 さしたる仏法ぶっぽうの道どう理りを宣のべ授さずくることもなき人ひとの、 唯ただ念仏ねんぶつを行ぎょうずべきよし、 すゝむる詞ことばばかりにて聞法もんぼうの益やくなくは、 師しと云いいがたき歟かとおぼつかなし。

-是これをこゝろうるに、 師しにつきてさまざまの差別しゃべつ有あるべし、 外げ典てんの師しもあり内典ないてんの師しもあり。 内典ないてんの師しに取とりて、 聖しょう道どうの師しもあり浄じょう土どの師しもあり。 浄じょう土どの師しに取とりて、 経釈きょうしゃくの深じん旨しをも授さずけ一いっ宗しゅうの教きょう判はんをも教おしえんは、 その恩おん、 顕然けんぜんなれば子し細さいに及およば0812ず。 又またその義ぎなしといへども、 念仏ねんぶつを行ぎょうぜよとすゝむる時とき、 兼かねてはこの法ほうを信しんずる心こころなけれども、 かの勧すすめに依よりて念仏ねんぶつを修しゅし浄じょう土どを願ねがはんと思おもふ心こころ発おこらば、 是これ即すなわち相そう承じょうの義ぎ也なり。 「聞もん其ご名みょう号ごう信心しんじん歓かん喜ぎ」 (大経巻下) と云いえる、 此この義ぎにかなふべきが故ゆえ也なり。

-その身み无智むちならば経釈きょうしゃくの義ぎ趣しゅをさづけずと云いうとも、 欲よく生しょうの信心しんじん発おこらば 「▲聞もん名みょう欲よく往おう生じょう」 (大経巻下) の義ぎに順じゅんずべければ、 「▲皆かい悉到しっとう彼ひ国こく」 (大経巻下) の益やくを得うべし。 かの勧すすめに依よりてその益やくをえば、 正まさしく師資ししの道どう理りあるべし。 恩徳おんどく又また最もっとも報謝ほうしゃしがたきものなり。 その器うつわは无智むちなりと云いうとも悔け慢まんの想おもいを生しょうずべからず、 たゞ相そう承じょうの義ぎを重おもくすべし。

¬心しん地じ観かん経ぎょう¼ (巻三報恩品) の説せつをみるに、

世せ間けんの凡ぼん夫ぶ恵え眼げんなし、 恩所おんじょに迷まよひて妙みょう果かを失しっす、 五ご濁じょく悪あく世せの諸しょ衆しゅ生じょう、 深恩じんのんにつねに徳とくあることを悟さとらず」

-世間凡夫无↢恵眼↡、 迷↢於恩所↡失↢妙果↡、 五濁悪世諸衆生、 不↠悟↢深恩恒有↟徳」

-と云いう文もんあり。 誠まことに三さん世ぜの諸仏しょぶつは恩おんを報ほうずるを以もって成じょう仏ぶつの因いんとし、 一切いっさいの菩ぼ薩さつは恩おんをしるを以もって発心ほっしんの縁えんとす。 この故ゆえに、 是これを報ほうぜざれば妙みょう果かを証しょうせず、 是これをしらざれば恵え眼げんをひらかずときこえたり。 是これをしらずと云いうは、 身みに於おいて恩おんある人ひとを恩おんありと思おもはず、 我われに於おいて師したる人ひとを師しなりとしらざるなり。 よくよく是これを思おもうべし。

抑そもそも観音かんのん・勢せい至しは弥陀みだ如来にょらいの悲智ひちの二に門もんなり、 経きょうにこの二に菩ぼ薩さつを説とくに、 ¬大だい経きょう¼ (巻下) には 「▲有二うに菩ぼ薩さつ最尊さいそん第一だいいち」 といひ、 ¬観かん経ぎょう¼ には 「▲此二しに菩ぼ薩さつ助じょ阿あ弥陀みだ仏ぶつ普化ふけ一切いっさい」 と云いえり0813。 又また ¬般舟はんじゅ経きょう¼ にはこの二に菩ぼ薩さつの利り生しょうの相そうを釈しゃくするに、 観音かんのんを讃さんじて

「苦くを救すくふに身みを分わかちて平びょう等どうに化けす、 化けし得えてはすなはち弥陀みだ国こくに送おくる」

-「救↠苦分↠身平等化、 化得即送↢弥陀国↡」

-といひ、 勢せい至しを嘆たんじては

「有う縁えんの衆しゅ生じょう光こう照しょうを蒙こうむる、 智恵ちえを増ぞう長じょうして安楽あんらくに生しょうず」

-「有縁衆生蒙↢光照↡、 増↢長智恵↡生↢安楽↡」

-といへり。 これらの文もんのこゝろ、 しかしながらかの二に大だい士じの利り生しょうは、 衆しゅ生じょうを引導いんどうして本ほん師し弥陀みだ如来にょらいの浄じょう土どに生しょうぜしむるにあり。 その中なかに、 観音かんのんは師し長ちょうの徳とくの重おもきことを表あらわして、 宝冠ほうかんに弥陀みだをいたゞき、 勢せい至しは父母ぶもの恩おんの厚あつきことを顕あらわして、 宝ほう瓶びょうの中なかに前ぜん生しょうの父母ぶもの遺い骨こつを納おさめたり。 されば弥陀みだ如来にょらいの利り生しょうも、 最もっともこの二に福ふくを修しゅすべきことを専もっぱらにし給たまへり。

-このゆへに ¬千手せんじゅ経きょう¼ (意) にも¬如にょ意い輪りん経ぎょう¼ にも、 「我われを念ねんぜん者もの、 まづ本ほん師し无む量りょう壽じゅ仏ぶつを念ねんじて、 後のちに我われをば称しょうせよ」 ととけり。 これ本ほん師しを貴とうとむべき義ぎを顕あらわすなり。

-又また聖しょう徳とく太たい子しは和わ国こくの教きょう主しゅ、 教きょう興こうの根源こんげんなり。 是これも観音かんのんの垂すい迹じゃくにておはしゝかば、 我わが朝ちょうに出しゅっ世せし仏ぶっ教きょうを弘ぐ通ずうし給たまいし本ほん意い、 もはら弥陀みだの教きょうにあり。 即すなわち敏び達だつ天皇てんのう二に年ねん、 太たい子し二に歳さいにして東方とうぼうに向むかひ、 言ことばを出いだし南无なも仏ぶつと唱となへ給たまいし。 その名なをあらはさずといへども意こころは弥陀みだの名みょう号ごうにあるべしと、 先達せんだつこの義ぎを料りょう簡けんせり。

-随したがいて又また四し天王てんのう寺じを造つくり給たまいて後のち、 推すい古こ天皇てんのう十じゅう年ねんに御年おんとし三さん十じゅう一歳いっさいにして、 かの金堂こんどうに御ご参篭さんろう有ありて七日しちにち七しち夜や称名しょうみょう念仏ねんぶつを勤ごん行ぎょうしたまへり。 是これ則すなわち、 世せ間けんに於おいては欽明きんめい・用明ようめい両りょう皇こうの御おん追善ついぜんに衝しょうせられんがため、 出しゅっ世せにとりては本ほん師し能のう化けの重じゅう0814恩おんを謝しゃし奉たてまつらんがために、 かの名みょう号ごうを唱となへ給たまうものなり。

-七日しちにち称名しょうみょうの後のち、 師し恩おん報謝ほうしゃの御ご願がんといひ、 両りょう帝てい得脱とくだつの子し細さいといひ、 一心いっしんの精誠しょうじょうをぬきいで三業さんごうの懇こん志しを凝こらしましまして、 遙はるかに西方さいほう極楽ごくらく世せ界かいの弥陀みだ如来にょらいを礼拝らいはいし、 懇ねんごろに啓白けいはく廻え向こうし給たまいしかども、 なをあきたらおぼしめすゆへに、 人間にんげんに於おいて生しょう身じんの如来にょらいにてましますに付つきて、 自みずから御ご消しょう息そくをあそばして小野おのの大臣おおおみを御おん使つかいとして、 善光ぜんこう寺じの如来にょらいに御ご作さ善ぜんの旨し趣しゅを申もうし給たまいけり。

-かの御ご消しょう息そくの詞ことばに云いわく、

「名みょう号ごうを称しょう揚ようすること七日しちにちおはりぬ、 これはこれ広大こうだいの恩おんを報ほうぜんがためなり、 仰あおぎ願ねがはくは本ほん師し弥陀みだ尊そん、 わが済さい度どを助たすけてつねに護ご念ねんしたまへ」

-「名号称揚七日已、 此斯為↠報↢広大恩↡、 仰願本師弥陀尊、 助↢我済度↡常護念」

-と云いえり。 此この四句しくの偈げの後のちに 「八月はちがつ十じゅう五ご日にち」 と書かきて、 其その下したに御おん名なをば 「仏ぶつ子し勝しょう鬘まん」 とのせられ、 充あて所どころには 「本ほん師し善光ぜんこう寺じ如来にょらいの所みもとへ」 とあそばして、 東ひがしに向むかいて三み度たび礼拝らいはいし、 小野おのの大臣おおおみに給たまいけり。

-大臣おおおみ御ご書しょを給たまえり、 ならびに黒駒くろごまを給たまいて、 これに駕がして三さんヶ日にちに信しん州しゅうに下げ著ちゃくし、 かの寺てらに参さんじて本ほん多だ善光よしみつを以もって是これを進しんず。 即すなわち料りょう紙しと御おん硯すずりとをそへて御み帳ちょうの内うちへ差入さしいれけり。 その時とき墨すみをすりたまふ音おとさだかにきこえて、 如来にょらい御ご返へん事じと御おん硯すずりとを御み帳ちょうの外そとへいだされけり。 其その詞ことばには

「一日いちにちの称しょう揚よう恩おん留とどまることなし、 いかにいはんや七日しちにちの大だい功く徳どくをや、 われ衆しゅ生じょうを待まつこと心こころ間ひまなし、 なんぢよく済さい度どせよあに護まもらざらんや」

-「一日称揚无↢恩留↡、 何況七日大功徳、 我待↢衆生↡心无↠間、 汝能済度豈不↠護」

-とあり、 奥おくに 「八月はちがつ十じゅう八日はちにち」 とて、 御ご位い署しょには 「善光よしみつ」 と載のせられ、 「上じょう宮ぐう太たい子し御ご返報へんぽう」 とあそばされたり。

-又また此この御ご返へん事じの意こころを御ぎょ歌かに和わしてそえられたり0815。 その御ぎょ歌かには 「まちかねてうらむとつげよみなひとに いつをいつとていそがざるらん」 とありけり。

-この御ご返へん事じをば、 善光よしみつ、 是これをとりつぎて小野おのの大臣おおおみに与あたへ涙なみだを流ながしてまふすやう、 忝かたじけなき哉かな憑たのもし哉かな、 わが生々しょうしょうの本尊ほんぞん、 生しょう身じんの弥陀みだ如来にょらい、 前ぜん生しょうの好よしみをわすれたまはず善光よしみつをしたひこの国くにに来きたり給たまへり。 難なに波わの海底うみぞこに沈しずみ給たまひしより已来このかた、 数す十じっヶ年ねんの間あいだ種々しゅじゅの苦く悩のうをうけ給たまいしが、 善光よしみつをまちつけて悦よろこびをなしたまひ、 天竺てんじく・震旦しんたん・我わが朝ちょう三さん生しょうの往因おういんを語かたり出いだし、 過去かこ・現在げんざい・未み来らい三さん世ぜの値ち遇ぐうをおぼしめすがゆへに、 黄金おうごん殊しゅ妙みょうの仏体ぶったいを曲まげて凡ぼん下げ下げ賎せんの両りょう肩けんに懸かかりて、 花か洛らくの勝すぐれたる砌みぎりをふりすてゝ辺へん鄙ぴの遙はるかなる境さかいに下くだりましますこと、 おぼろげならず宿しゅく世せの芳因ほういんなり。 国くにに下げし奉たてまつりて後のち、 別べつの堂閣どうかくに居すえ奉たてまつるといへども更さらにその所ところに坐ざしたまはず、 善光よしみつが私し宅たくにのみつき御坐ましますこと忝かたじけなきことなり。 然しかるに今いま太たい子しの御ご返へん事じにも善光よしみつが名みょう字じを載のせられ、 まのあたり生しょう身じんの如来にょらいの御ご筆ひつをとりつぎ奉たてまつる事こと、 往おう昔じゃくの本尊ほんぞん、 前ぜん世せの宿習しゅくじゅうと申もうしながら、 人身にんじんをうけたるおもひで未曽みぞ有うと謂いいつべし。 たとひ我われ後のちに六通ろくつう三さん明みょうの聖しょう果かに至いたるとも、 又また三さん塗ず八難はちなんの苦く域いきに沈しずむとも、 争いかでか此この事ことをわすれ、 争いかでか此この仏恩ぶっとんを報ほうじ奉たてまつらんとて、 感涙かんるいそでをしぼり啼てい泣きゅうすること極きわまりなし。

-妹いも子この大臣おおおみも是これを聞ききて同おなじく傷しょう嗟しゃし、 泣々なくなく此この仏書ぶっしょを給たまいて、 都みやこにかへりのぼり太たい子しに進しんじけり。 太たい0816子しかの御ご返へん事じを御ご覧らんぜられて、 歓かん喜ぎの御おんおもひ胸むねにみち、 念仏ねんぶつ弘ぐ通ずうの御おん志こころざしますますふかかりけり。 如来にょらいの御ぎょ歌かに付つけて、 太たい子しまた御ご返へん歌かを詠えいぜさせたまふ。 其その御ぎょ歌かに云いわく、 「いそげひと弥陀みだの御み船ふねのかよふ世よに のりおくれてはたれかわたさん」 とよませ給たまいて、 今度このたびは御おん使つかいを進しんぜらるゝまではなし、 御おん心しん中ちゅうに啓けいせられけり。

-その時ときの如来にょらいの御ご返へん事じならびに御おん硯すずり、 今いまに伝つたえて善光ぜんこう寺じにあるよし、 彼かの寺てらの縁えん起ぎにみえたり。 本ほん地じの観音かんのんも師し孝こうのために弥陀みだを頂ちょう戴だいし、 垂すい迹じゃくの太たい子しも師し孝こうのために弥陀みだを敬重きょうじゅうしたまへり。 是これ報恩ほうおんの志こころざしをして凡ぼん夫ぶに知しらしめんが為ためなり、 誰たれか是これを慕したい奉たてまつらざらんや。

-如来にょらいと太たい子しとの今いまの御ご贈答ぞうとう、 共ともに法門ほうもんの深じん義ぎを演のべられたり。 如来にょらいの御ぎょ歌かは、 衆しゅ生じょう愚痴ぐちにして浄じょう土どのねがふべきをねがはず、 凡ぼん夫ぶ懈け怠だいにして念仏ねんぶつの行ぎょうずべきを行ぎょうぜず、 このゆへに如来にょらいの慈悲じひは、 有う情じょうの速すみやかに生しょう死じをはなれて極楽ごくらくに往おう生じょうせんことをおぼしめすに依よりて、 群類ぐんるいの得脱とくだつを待まちかねたまふ心こころなり。 ¬大だい経きょう¼ の下げ巻かんに

「なんぞ衆しゅ事じを棄すてざらん、 おのおの強健ごうごんの時ときに遇あへり。 ゆめゆめ勤つとめて精しょう進じんにして善ぜんを修しゅし度世どせを願がんぜよ。 きはめて長ながき生しょうを得うべし。 なんぞ道みちを求もとめざらん、 いづくんぞ修待しゅたいするところぞ。 なんの楽らくをか欲ほっせんや」

-「▲何不↠棄↢衆事↡、 各遇↢強健時↡。 努力勤精進修↠善願↢度世↡。 可↠得↢極長生↡。 如何不↠求k道、 安所↢修待↡。 欲↢何楽↡哉」

-と云いえる文もんの意こころにかなへり。 太たい子しの御ぎょ歌かは、 阿あ弥陀みだ如来にょらい、 生しょう死じ海かいの大船だいせん師しとして人ひとを度どし、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの利り益やくさかんなる世よにむまれあひながら、 今度このたび虚むなしくすぐべからずとなり。 是これ則すなわち弥陀みだの弘ぐ誓ぜいをば船ふねに0817喩たとえて願船がんせんといひ、 浄じょう土どの修しゅ行ぎょうをば海かい路ろの乗じょう船せんに比ひする義ぎなり。

-されば如来にょらいは衆しゅ生じょうの急いそぎて往おう生じょうの行ぎょうを勤つとめざることをあはれみ給たまうゆへに、 疾とく浄じょう土どに生しょうぜよと告ごう命みょうし給たまうべき旨むねを太たい子しに命めいじ、 太たい子しは如来にょらいの勅ちょくを承うけたまわりて、 弥陀みだの願船がんせんに乗のりおくれずして生しょう死じの苦く海かいを渡わたるべしと、 衆しゅ生じょうに示しめしたまふ旨むねを如来にょらいに申もうし給たまいけり。

善導ぜんどう和か尚しょうの釈しゃくにも処々しょしょに師し僧そうの恩おんを挙あげられたり。 いはゆる ¬礼讃らいさん¼ の懺さん悔げにも毎まい時じに

「師し僧そう・父母ぶもおよび善ぜん知ぢ識しき、 法界ほっかい衆しゅ生じょう、 三さん障しょうを断除じょだんし、 同おなじく往おう生じょうを得えん」

-「▲師僧・父母及善知識、 法界衆生、 断↢除三障↡、 同得↢往生↡」

-と願がんじ、 又また ¬法ほう事じ讃さん¼ の七礼しちらい敬きょうにも同おなじくこの詞ことばを載のせられたり。加之しかのみならず 「序分じょぶん義ぎ」 に仏ぶつ弟子でしの声しょう聞もん等とうの世せ尊そんに随逐ずいちくし奉たてまつることを釈しゃくする文もんに云いわく、

「迦か葉しょう等とうの意こころ、 みづからただ曠劫こうごうより久ひさしく生しょう死じに流ながれ六道ろくどうに循じゅん還げんす。 苦くるしみ言いふべからず。 愚痴ぐち・悪見あくけんにして邪風じゃふうに封ふう執しゅうし、 明めい師しに値あはずながく苦く海かいに流ながる。 ただ宿しゅく縁えんをもつてたまたま慈じ尊そんに会あふことを得うることありて、 法沢ほうたく私わたくしなし、 我われ曹ら潤うるおいを蒙こうむる。 尋たずねて思おもふに仏ぶつの恩徳おんどく、 身みを砕くだくの極きわまり惘然もうねんたり。 親したしく霊りょう儀ぎに事つかへて、 暫しばらくも替かわること由ゆえなからしめんことを致いたす」

-「▲迦葉等意、 自唯曠劫久流↢生死↡循↢還六道↡。苦不↠可↠言。 愚痴・悪見封↢執邪風↡、 不↠値↢明師↡永流↢於苦海↡。 但以↢宿縁↡有↢適得↟会↢慈尊↡、 法沢无↠私、 我曹蒙↠潤。 尋思↢仏之恩徳↡、 砕↠身之極惘然。 致↠使↧親事↢霊儀↡、 无↞由↢暫替↡」

-といへり。 在ざい世せの賢げん聖じょうも仏恩ぶっとんの深じん重じゅうなることを思おもひ、 滅めつ後ごの大権だいごんも師し徳とくの広大こうだいなることを顕あらわす。 凡ぼん夫ぶまた恩おんをしり徳とくを報ほうずべきこと、 是これに准じゅんじてしるべきなり。 心こころあらん人ひといるかせにすべからず。

-然しかれば、 生前せいぜんには随分ずいぶんの給きゅう仕じ供く養ようをいたし、 没ぼつ後ごには慇懃おんごんの報恩ほうおん追善ついぜんを修しゅすべきこと、 その義ぎ、 父母ぶもに同おなじかるべし。 かの増進ぞうしん仏道ぶつどうのため、 わが報恩ほうおん謝徳しゃとくのため、 必かならずその追善ついぜんをい0818となむべきなり。

凡およそ畜類ちくるいなを恩おんをしるためしあり、 人倫じんりんとして争いかでか徳とくを報ほうずる心こころなからんや。

-昔むかし漢かんの武ぶ帝ていと申もうす明王めいおうましましき。 昆明こんめい池ちといふ池いけの辺ほとりに遊あそび給たまいしに、 一ひとつの鯉り魚ぎょ、 鉤つりを呑のみて既すでに死しせんとするあり。 帝みかど、 是これを叡覧えいらん有ありて震襟しんきんをいたましめ、 憐あわれみの御み心こころを発おこして、 人ひとに勅ちょくしてはかりごとをめぐらさしめて、 かの針はりをぬかしめ給たまいけり。 その魚うお、 希有けうにして命いのちをたすかりき。 その夜よ御ぎょ夢むの中なかに、 鯉り魚ぎょ、 皇居こうきょに近ちかづき奉たてまつりて恩憐おんれんの忝かたじけなきことを畏おそれ申もうすと見みたまふ。 不ふ思議しぎの思おもいをなしたまふ処ところに、 次つぎの日ひ又また帝みかどかの池いけに幸みゆきし給たまうとき、 鯉り魚ぎょ、 明月めいげつ珠しゅといふ殊しゅ勝しょうの珠たまを含ふくみて池いけの辺ほとりに置おきて去さりぬ。 鱗うろこをいたゞきたるいやしき畜趣ちくしゅなれども恩おんをしることを感かんじて、 それより後のち永ながくかの池いけの釣漁ちょうりょうをやめられき。 魚うおの皇恩こうおんを知しりて珠たまを献けんずる心こころもありがたく、 帝みかど又また魚うおの報むくいを致いたす志こころざしを感かんじてその池いけ殺せっ生しょうを禁断きんだんせられしこと、 賢かしこき政まつりごと也なりと申もうし伝つたえたり。

-又また隋侯ずいこうと云いいし人ひと、 背せなか破やぶれたる蛇へびをクチナワ見みて慈じ愍みんの心こころを起おこし、 薬くすりを付つけて是これを愈いやす。 後のちに宝珠ほうしゅを含ふくみて是これを与あたへき。 隋侯ずいこう、 初はじめは貧まずしかりけるが、 この珠たまを得えて後のちには、 その家いえ大おおきに富とみけり。 畜ちく生しょうなをかくの如ごとし、 況いわんや人ひとに於おいてをや。 畜ちく生しょうは愚おろかなる心こころ也なり、 人ひとは貴たうとき生しょうなるが故ゆえなり。

今こん0819生じょうの患難げんなんを救すくふ、 尚なおその報ほう酬しゅうをいたす。 況いわんや文もん字じを習ならわんに於おいてをや。 今こん世ぜは一旦いったんの果か報ほうなり、 つゐには持たもつべき身しん命みょうにあらず。 文もん字じは法身ほっしんの仮け名みょう也なり、 智解ちげを生しょうずる源みなもとなるが故ゆえ也なり。 たゞ文もん字じを学がくせる、 その恩おんなを重おもしとす。 況いわんや仏ぶっ教きょうを習ならえる徳とくに於おいてをや。 文もん字じはたゞ智ちを発ほっする源みなもとなり、 仏ぶっ教きょうは未み来らいの了りょう因いんのたねとなるが故ゆえなり。 たゞ総そうじて今こん生じょうの名みょう利りのために仏法ぶっぽう習学しゅがくせん、 なを了りょう因いんの仏ぶっ性しょうとなるべし。 況いわんや後ご生しょう菩ぼ提だいのために弥陀みだの法ほうを授さずけられて、 永ながく生しょう死じを超ちょう断だんして永よう生しょうの楽らく果かを期ごせんに於おいてをや。 誠まことに恒沙ごうじゃの身しん命みょうをすてゝも報ほうずべし。

生前せいぜんにも最もっとも尊そん重じゅう頂ちょう戴だいの志こころざしをぬきいで、 没ぼつ後ごにも殊ことに追善ついぜんのつとめを致いたすべきなり。 其その追善ついぜんのつとめには念仏ねんぶつ第一だいいちなり。 ¬随願ずいがん往おう生じょう経きょう¼ (潅頂経巻一一意) の説せつに、

「もし臨りん終じゅうおよび死しして地じ獄ごくに堕だすることあらんに、 家け内ないの眷属けんぞくその亡者もうじゃのために念仏ねんぶつしおよび転誦てんじゅし斎福さいふくすれば、 亡者もうじゃすなはち地じ獄ごくを出いでて浄じょう土どに住おう生じょうせん」

-「若有↣臨終及死堕↢地獄↡、 家内眷属為↢其亡者↡念仏及転誦斎福、 亡者則出↢地獄↡住↢生浄土↡」

-といへり。 さればいまだ生しょう死じをはなれざる人ひとのためには即得そくとく解げ脱だつの勝しょう縁えんとなり、 既すでに往おう生じょうを得えたる人ひとのためには増進ぞうしん仏道ぶつどうの良りょう因いんとなるべきなり。 釈しゃ迦か一代いちだいの説せっ教きょうに弥陀みだを讃さんずる文もんはなはだ多おおく、 諸仏しょぶつ同心どうしんの証誠しょうじょうには利り益やく虚むなしからざること是これ明あきらかなるものなり。 現げん世ぜの祈き祷とう、 亡者もうじゃの追善ついぜん、 念仏ねんぶつの功く力りきに超こえたるはなく、 弥陀みだの利り益やくに勝すぐれたるはなし。

-¬法ほう事じ讃さん¼ (巻下) の釈しゃくに、

「存亡ぞんもうの利り益やく思議しぎしがたし」

-「▲存亡利益難↢思議↡」

-といへる、 此この意こころなり0820。

-¬般舟はんじゅ経きょう¼ (一巻本擁護品意) に

「もし人ひともつぱらこの念ねん弥陀みだ仏ぶつ三昧ざんまいを行ぎょうずれば、 つねに一切いっさい諸天しょてんおよび四し天てん大王だいおう・龍りゅう神じん八はち部ぶ随逐ずいちく擁よう護ごし愛あい楽ぎょうしてあひ見みることを得えて、 永ながく諸悪しょあく鬼き神じん、 衆しゅ障しょう厄難やくなん、 横おうに悩乱のうらんを加くわふることなし」

-「若人専行↢此念弥陀仏三昧↡者、 常得↢一切諸天及四天大王・龍神八部随逐擁護愛楽相見↡、 永无↣諸悪鬼神、 衆障厄難、 横加↢悩乱↡」

-といひ、 ¬観かん経ぎょう¼ に観音かんのん・勢せい至し等とうの護ご念ねんをとけるは現げん世ぜの益やく也なり。 ¬観仏かんぶつ経きょう¼ に念仏ねんぶつ三昧ざんまいは失道しつどうの指し南なん・黒暗こくあんの灯燭とうそくなることをとき、 ¬大だい経きょう¼ に三さん塗ず苦く難なんの処ところに有ありても、 解げ脱だつをうることをときたるは、 得とく生しょうの益やくを明あかすなり。 つとめてもつとむべし、 信しんじても信しんずべし。

 

底本は大谷大学蔵江戸時代中期恵空書写本。 ただし訓(ルビ)は有国が補完し、 表記は現代仮名遣いとしている。