0811◎恵え信しん1029尼に消しょう息そく

 1031

(1)

 ◎^**去年こぞの十二月しわす一日ついたちの御文おんふみ、 同おなじき二十日はつかあまり​に、 たしかに​み候そうらひ​ぬ。 ​なに​より​も殿との (親鸞) の御ご往おう生じょう、 なかなか​はじめて申もうす​に​およば​ず候そうろふ。

 ^*山やまを出いで​て、 六角ろっかく堂どうに百ひゃく日にち篭こもら​せたまひ​て、 後世ごせを​いのら​せたまひ​ける​に、 九く十じゅう五ご日にちの*あか月つき、 *聖しょう徳とく太たい子しの文もんを結むすび​て、 示じ現げんに​あづから​せたまひ​て候そうらひ​けれ​ば、 やがて​その​あか月つき出いで​させたまひ​て、 後世ごせの​たすから​んずる*縁えんに​あひ​まゐらせ​んと、 たづね​まゐらせ​て、 法然ほうねん上しょう人にんに​あひ​まゐらせ​て、 また六角ろっかく堂どうに百ひゃく日にち篭こもら​せたまひ​て候そうらひ​ける​やう​に、 また百ひゃっか日にち、 降ふる​にも照てる​にも、 いかなる*たいふにも、 まゐり​て​あり​し​に、 ただ後世ごせの​こと​は、 よき人ひとにも​あしき​にも、 おなじ​やう​に、 *生しょう死じ出いづ​べき道みちをば、 ただ一ひとすぢ​に仰おおせ​られ候そうらひ​し​を、 うけたまはり​さだ1032めて候そうらひ​しかば、 「▼上しょう人にんの​わたら​せたまは​ん​ところ​には、 人ひとは​いかにも申もうせ、 たとひ悪道あくどうに​わたら​せたまふ​べし​と申もうす​とも、 世々せせ生々しょうじょうにも0812*迷まよひ​けれ​ば​こそ​あり​けめ、 と​まで思おもひ​まゐらする身みなれば」 と、 やうやうに人ひとの申もうし候そうらひ​し​とき​も仰おおせ候そうらひ​し​なり。

 ^▼さて常陸ひたちの下妻しもつまと申もうし候そうろふ​ところ​に、 *さかい・・・の郷ごうと申もうす​ところ​に候そうらひ​し​とき、 夢ゆめを​み​て候そうらひ​し​やう​は、 堂どう供く養ようか​と​おぼえ​て、 東ひんがし向むき​に御み堂どうは​たち​て候そうろふ​に、 *しんがく​と​おぼえ​て、 御み堂どうの​まへ​には*たてあかし​しろく候そうろふ​に、 たてあかし​の西にしに、 御み堂どうの​まへ​に、 鳥とり居いの​やう​なる​に​よこさま​に​わたり​たる​もの​に、 仏ほとけを掛かけ​まゐらせ​て候そうろふ​が、 一体いったいは、 *ただ仏ほとけの御み顔かおにて​は​わたら​せたまは​で、 ただ​ひかり​の​ま中なか、 仏ほとけの頭ず光こうの​やう​にて、 まさしき御おんかたち​は​みえ​させたまは​ず、 ただ​ひかり​ばかり​にて​わたら​せたまふ。

^いま一体いったいは、 まさしき仏ほとけの御み顔かおにて​わたら​せたまひ候そうらひ​しかば、 「これ​は​なに仏ほとけにて​わたら​せたまふ​ぞ」 と申もうし候そうらへ​ば、 申もうす人ひとは​なに人びととも​おぼえ​ず、 「あの​ひかり​ばかり​にて​わたら​せたまふ​は、 あれ​こそ法然ほうねん上しょう人にんにて​わたら​せたまへ。 勢せい至し菩ぼ薩さつにて​わたら​せたまふ​ぞかし」 と申もうせ​ば、 「さて​また、 いま一体いったいは」 と申もうせ​ば、 「あれ​は観音かんのんにて​わたら​せたまふ​ぞかし。 あれ​こそ善ぜん1033信しんの御房おんぼう (親鸞) よ」 と申もうす​と​おぼえ​て、 うちおどろき​て候そうらひ​し​にこそ、 夢ゆめにて候そうらひ​けり​とは思おもひ​て候そうらひ​し​か。

^さ​は候そうらへ​ども0813、 さやう​の​こと​をば人ひとにも申もうさ​ぬ​と​きき候そうらひ​し​うへ、 尼あま (恵信尼) が​さやう​の​こと申もうし候そうろふ​らん​は、 *げにげにしく人ひとも思おもふ​まじく候そうらへ​ば、 *てんせい、 人ひとにも申もうさ​で、 上しょう人にん (法然) の御おんこと​ばかり​をば、 殿とのに申もうし​て候そうらひ​しかば、 「夢ゆめには*しなわい​あまた​ある​なか​に、 これ​ぞ実じつ夢むにて​ある。 上しょう人にんをば、 所々しょしょに勢せい至し菩ぼ薩さつの化け身しんと、 夢ゆめにも​み​まゐらする​こと​あまた​あり​と申もうす​うへ、 勢せい至し菩ぼ薩さつは*智慧ちえの​かぎり​にて、 *しかしながら光ひかりにて​わたら​せたまふ」 と*候そうらひ​しかども、 *観音かんのんの御おん事ことは申もうさ​ず候そうらひ​しかども、 心こころばかり​は​その​のち*うちまかせ​ては思おもひ​まゐらせ​ず候そうらひ​し​なり。 かく御おんこころえ候そうろふ​べし。

 ^されば御ごりんず(臨終)はいかにも​わたら​せたまへ、 疑うたがひ思おもひ​まゐらせ​ぬ​うへ、 おなじ​こと​ながら、 益方ますかたも御ごりんず(臨終)に​あひ​まゐらせ​て候そうらひ​ける、 親おや子この契ちぎり​と申もうし​ながら、 ふかく​こそ​おぼえ候そうらへ​ば、 うれしく候そうろふ、 うれしく候そうろふ。

 ^*また​この国くには、 去年こぞの作つくり物もの、 ことに損そんじ候そうらひ​て、 あさましき​こと​にて、 おほかた​いのち生いく​べし​とも​おぼえ​ず候そうろふ​なか​に、 ところ​ども​かはり候そうらひ​ぬ。 一ひとところ​なら​ず1034、 益方ますかたと申もうし、 また​おほかた​は​たのみ​て候そうろふ人ひとの領りょうども、 みな​かやうに候そうろふ​うへ、 おほかた​の世せ間けんも損そんじ​て候そうろふ​あひだ、 なかなか​とかく申もうし​やる0814かた​なく候そうろふ​なり。

^かやうに候そうろふ​ほど​に、 年としごろ候そうらひ​つる*奴やつばら​も、 男おとこ二ふた人り、 正しょう月がつ*うせ候そうらひ​ぬ。 なに​と​して、 物ものをも作つくる​べき​やう​も候そうらは​ねば、 いよいよ世せ間けんたのみ​なく候そうらへ​ども、 いくほど生いく​べき身みにて​も候そうらは​ぬ​に、 世せ間けんを心こころぐるしく思おもふ​べき​にも候そうらは​ね​ども、 身み一ひと人りにて候そうらは​ねば、 これら​が、 あるいは親おやも候そうらは​ぬ小お黒ぐろの女にょう房ぼうの女おんな子ご、 男おのこ子ご、 これ​に候そうろふ​うへ、 益方ますかたが子こども​も、 ただ​これ​に​こそ候そうらへ​ば、 なに​と​なく母ははめき​たる​やう​にて​こそ候そうらへ。 いづれ​も​いのち​も​あり​がたき​やう​に​こそ​おぼえ候そうらへ。

 ^*この文もんぞ、 殿とのの比ひ叡えいの山やまに*堂僧どうそうつとめ​て​おはしまし​ける​が、 山やまを出いで​て、 六角ろっかく堂どうに百ひゃく日にち篭こもら​せたまひ​て、 後世ごせの​こと​いのり​まうさ​せたまひ​ける九く十じゅう五ご日にちの​あか月つきの御ご示じ現げんの文もんなり。 御ご覧らん候そうらへ​とて、 書かき​しるし​て​まゐらせ候そうろふ。*

(2)

 ^「*ゑちご​の御文おんふみにて候そうろふ」

 ^*この文もんを書かき​しるし​て​まゐらせ候そうろふ​も、 生いき​させたまひて候そうらひ​し​ほど​は、 申もうし​て​も要よう候そうらは1035ねば申もうさ​ず候そうらひ​しか​ど、 いま​は​かかる人ひとにて​わたらせ​たまひ​けり​とも、 御おん心こころばかり​にも​おぼしめせ​とて、 しるし​て​まゐらせ候そうろふ​なり。 よく書か0815き候そうらは​ん人ひとに​よく書かか​せ​て、 もち​まゐらせ​たまふ​べし。

 ^また​あの*御ご影えいの一幅いっぷく、 ほしく思おもひ​まゐらせ候そうろふ​なり。 幼おさなく、 *御おん身みの八やつ​にて​おはしまし候そうらひ​し年としの四月うづき十じゅう四よっ日かのひより、 *かぜ大だい事じに​おはしまし候そうらひ​しとき​の​ことども​を書かき​しるし​て候そうろふ​なり。

 ^今こ年としは八はち十じゅう二にに​なり候そうろふ​なり。 一昨年おととしの十一月しもつきより去年こぞの五月さつきまで​は、 いま​や​いま​や​と時とき日ひを待まち候そうらひ​しかども、 今日きょうまで​は死しな​で、 今こ年としの飢け渇かつにや飢死うえじにも​せ​んずらん​と​こそ​おぼえ候そうらへ。 かやう​の便たより​に、 なに​も​まゐらせ​ぬ​こと​こそ、 心こころもと​なく​おぼえ候そうらへ​ども、 ちから​なく候そうろふ​なり。

 ^益方ますかた殿どのにも、 この文ふみを​おなじ心こころに御おん伝つたへ候そうらへ。 もの書かく​こと​ものうく候そうらひ​て、 別べつに申もうし候そうらは​ず。

 「▽*弘こう長ちょう三年さんねん癸みずのと亥のい」

二月きさらぎ十とお日かのひ

▼(3)

* ^善信ぜんしんの御房おんぼう (親鸞)、 寛かん喜ぎ三年さんねん四月うづき▽十じゅう四よっ日かのひ午うまの時ときばかり​より、 かざ心ごこ地ちすこし​おぼえ​て、 その夕ゆうさり​より臥ふし​て、 大だい事じに​おはします​に、 腰こし・膝ひざを​も打うた​せ0816ず、01036 *てんせい、 看かん病びょう人にんをも​よせ​ず、 ただ音おとも​せ​ず​して臥ふし​て​おはしませ​ば、 御おん身みを​さぐれ​ば、 あたたかなる​こと火ひの​ごとし。 *頭かしらの​うた​せたまふ​こと​も​なのめならず。

 ^さて臥ふし​て四よっ日かと申もうす​あか月つき、 くるしき​に、 「*まは​さて​あら​ん1037」 と仰おおせ​らるれ​ば、 「なに​ごと​ぞ、 *たはごと​とかや申もうす​こと​か」 と申もうせ​ば、 「たはごと​にて​も​なし。 臥ふし​て二ふつ日かと申もうす日ひより、 ¬大だい経きょう¼ を​よむ​こと​ひま​も​なし。 たまたま目めを​ふさげ​ば、 経きょうの文もん字じの一いち字じも残のこら​ず、 きららかに​つぶさに​みゆる​なり。

^さて​これ​こそ​こころえ​ぬ​こと​なれ。 念仏ねんぶつの信心しんじんより​ほか​には、 なにごと​か心こころに​かかる​べき​と思おもひ​て、 よくよく案あんじ​て​みれ​ば、 この*十じゅう七八しちはち年ねんが​その​かみ、 *げにげにしく三さん部ぶ経きょうを千せん部ぶよみ​て、 *すざう(衆生)利り益やくの​ため​に​とて、 よみ​はじめ​て​あり​し​を、 これ​は​なにごと​ぞ、 ª▲自じ信しん教きょう人信にんしん 難なん中ちゅう転てん更きょう難なんº (礼讃) とて、 みづから信しんじ、 人ひとを教おしへ​て信しんぜ​しむる​こと、 まこと​の仏恩ぶっとんを報むくひ​たてまつる​もの​と信しんじ​ながら、 名みょう号ごうの​ほか​には​なにごと​の不ふ足そくにて、 かならず経きょうを​よま​ん​と​する​や​と思おもひ​かへし​て、 よま​ざり​し​こと​の、 されば​なほ​も​すこし残のこる​ところ​の​あり​ける​や。

^人ひとの執しゅう心しん、 自じ力りきの​しんは、 よくよく思し慮りょある​べし​と​おもひなし0817て​のち​は、 経きょうよむ​こと​は​とどまり​ぬ。

^さて臥ふして四よっ日かと申もうす​あか月つき、 ªまは​さて​あら​んº とは申もうす​なり」 と仰おおせ​られ​て、 やがて汗あせ垂たり​て、 よく​なら​せたまひ​て候そうらひ​し​なり。

 ^三さん部ぶ経きょう、 げにげにしく千せん部ぶよま​ん​と候そうらひ​し​こと​は、 *信蓮しんれん房ぼうの四よつの歳とし、 武蔵むさしの国くにやらん、 上野かんずけの国くにやらん、 佐さ貫ぬきと申もうす​ところ​にて、 よみ​はじめ​て、 四五しご日にちばかり​あり​て、 思おもひ​かへし​て、 よま​せたまは​で、 常陸ひたちへ​はおはしまし​て候そうらひ​し​なり。

 ^信蓮しんれん房ぼうは未ひつじの年とし三月やよい三みっ日かのひの昼ひる生うまれ​て候そうらひ​しかば、 今こ年としは五ご十じゅう三さんやらんとぞ​おぼえ候そうろふ。

△弘こう長ちょう三年さんねん二月きさらぎ十とお日かのひ                 恵え信しん *

(4)

 ^*御文おんふみの​なか​に、 先年せんねんに、 *寛かん喜ぎ三年さんねんの四月うづき△四よっ日かのひより病やま​せたまひ​て候そうらひ​し​とき​の​こと、 書かき​しるし​て、 文ふみの​なか​に入いれ​て候そうろふ​に、 その​とき​の日記にきには、 四月うづきの十じゅう一日いちにちの​あか月つき、 「経きょうよむ​こと​は、 まは​さて​あら​ん」 と仰おおせ候そうらひ​し​は、 やがて四月うづきの十じゅう一日いちにちの​あか月つきと​しるし​て候そうらひ​ける​に候そうろふ。 それ​を数かぞへ候そうろふ​には八よう日かのひに​あたり候そうらひ​ける​に候そうろふ。 四月うづきの四よっ日かのひより​は八よう日かのひに​あたり候そうろふ​なり。

  0818*わか1038さ殿どの申もうさ​せたまへ               ゑしん

(5)

 ^もし便たより​や候そうろふ​とて、 *ゑちう・・・へ​この文ふみは​つかはし候そうろふ​なり。 さても*一年ひととせ、 八はち十じゅうと申もうし候そうらひ​し年とし、 *大だい事じのそらう(所労)を​して候そうらひ​し​にも、 *八はち十じゅう三さんの歳としぞ*一いち定じょうと、 もの​しり​たる人ひとの文ふみども​にも、 おなじ心こころに申もうし候そうろふ​とて、 今こ年としは​さる​こと​と思おもひ​きり​て候そうらへ​ば、 生いき​て候そうろふ​とき、 *卒都婆そとばを​たて​て​み候そうらは​ばや​とて、 五ご重じゅうに候そうろふ石いしの塔とうを、 丈たけ七しちさく(尺)に​あつらへ​て候そうらへ​ば、 塔とう師し造つくる​と申もうし候そうらへ​ば、 いで​き​て候そうらは​ん​に​したがひ​て​たて​て​み​ばや​と思おもひ候そうらへ​ども、 *去年こぞの飢け渇かつに、 なに​も、 益方ますかたの​と、 *これ​の​と、 なに​と​なく幼おさなき​もの​ども、 上下かみしもあまた候そうろふ​を、 *殺ころさ​じ​と​し候そうらひ​し​ほど​に、 もの​も着きず​なり​て候そうろふ​うへ、 しろき​もの​を一ひとつ​も着きず候そうらへ​ば、 (以下欠失)

 ^一ひと人り候そうろふ。 またおと・・法ほう師しと申もうし候そうらひ​し童わらわをば、 とう・・四し郎ろうと申もうし候そうろふ​ぞ。 それ​へ​まゐれ​と申もうし候そうろふ。 さ御おんこころえ​ある​べく候そうろふ。 けさ・・が娘むすめは十じゅう七しちに​なり候そうろふ​なり。 さて、 ことり・・・と申もうす女おんなは、 子こも一ひと人りも候そうらは​ぬ​とき​に、 七ななつ​に​なり候そうろふ女め童ならわを​やしなは​せ候そうろふ​なり。 それ​は親おやに​つき​て​それ​へ​まゐる​べく候そうろふ​なり0819。 よろづ尽つくし​がたく​て、 かたく​て、 とどめ候そうら1039ひ​ぬ。

^あなかしこ、 あなかしこ。

(6)

 ^便たより​を​よろこび​て申もうし候そうろふ。 たびたび便びんには申もうし候そうらへ​ども、 まゐり​て​や候そうろふ​らん。

 ^*今こ年としは八はち十じゅう三さんに​なり候そうろふ​が、 去年こぞ・今こ年としは死年しにどしと申もうし候そうらへ​ば、 よろづ​つねに申もうしうけ​たまはり​たく候そうらへ​ども、 たしかなる便たより​も候そうらは​ず。

 ^さて生いき​て候そうろふ​とき​と思おもひ候そうらひ​て、 五ご重じゅうに候そうろふ塔とうの、 七しち尺しゃくに候そうろふ石いしの塔とうを​あつらへ​て候そうらへ​ば、 この​ほど​は仕しいだす​べき​よし申もうし候そうらへ​ば、 いま​は​ところ​ども​はなれ候そうらひ​て、 下げ人にんども​みな逃にげ​うせ候そうらひ​ぬ。 よろづ​たよりなく候そうらへ​ども、 生いき​て候そうろふ​とき、 たて​て​も​み​ばや​と思おもひ候そうらひ​て、 このほど仕しいだし​て候そうろふ​なれば、 これ​へ持もつ​ほど​に​なり​て候そうろふ​と​きき候そうらへ​ば、 いかに​して​も生いき​て候そうろふ​とき、 たて​て​み​ばや​と思おもひ候そうらへ​ども、 いかやうに​か候そうらは​んずらん。 その​うち​にも、 いかに​も​なり候そうらは​ば、 子こども​も​たて候そうらへ​かし​と思おもひ​て候そうろふ。

 ^なにごと​も、 生いき​て候そうらひ​し​とき​は、 つねに申もうしうけ​たまはり​たく​こそ​おぼえ候そうら0820へ​ども、 *はるばる​と雲くもの​よそ​なる​やう​にて候そうろふ​こと、 まめやかに親おや子この契ちぎり​も​なき​やう​にて1040こそ​おぼえ候そうらへ。 こと​には末おと子ごにて​おはしまし候そうらへ​ば、 いとほしき​こと​に思おもひ​まゐらせ​て候そうらひ​しかども、 み​まゐらする​まで​こそ候そうらは​ざら​め。 つねに申もうし​うけたまはる​こと​だにも候そうらは​ぬ​こと、 *よに心こころぐるしく​おぼえ候そうろふ。

 「**文永ぶんえい元年がんねん甲きのえ子ね」

五月さつき十じゅう三日さんにち

 ^*ぜんあく、 *それ​へ​の殿人とのびとども​は、 もと候そうらひ​しけさ・・と申もうす​も、 娘むすめうせ候そうらひ​ぬ。 いま​それ​の娘むすめ一ひと人り候そうろふ。 *母ははめ​もそらう(所労)もの​にて候そうろふ。 さて、 おと・・法ほう師しと申もうし候そうらひ​し​は、 *男おとこに​なり​て、 とう・・四し郎ろうと申もうす​と、 また女めの童わらわのふたば・・・と申もうす女めの童わらわ、 今こ年としは十じゅう六ろくに​なり候そうろふ女めの童わらわは、 それ​へ​まゐらせ​よ​と申もうし​て候そうろふ​なり。 なにごと​も御文おんふみに尽つくし​がたく候そうらひ​て​とどめ候そうらひ​ぬ。 また*もとより​のことり・・・、 *七ななつ子ごやしなは​せ​て候そうろふ​も候そうろふ。

   1041五月さつき十じゅう三日さんにち (花押)

 ^これ​は​たしかなる便たより​にて候そうろふ。 ときに、 こまかに​こまかに申もうし​たく候そうらへ​ども、 ただいま​とて、 この便たより​いそぎ候そうらへ​ば、 こまかならず候そうろふ。 また​このゑ・0821もん・・入にゅう道どう殿どのの御おんことば​かけ​られ​まゐらせ​て候そうろふ​とて、 よろこび申もうし候そうろふ​なり。 この便たより​は​たしかに候そうらへ​ば、 なにごと​も​こまかに仰おおせ​られ候そうろふ​べし。 あなかしこ。

(7)

 ^便たより​を​よろこび​て申もうし候そうろふ。

 ^さては*去年こぞの八月はづきの​ころ​より、 *とけ腹はらの​わづらはしく候そうらひ​し​が、 こと​に​ふれ​て​よく​も​なり得えず候そうろふ​ばかり​ぞ、 わづらはしく候そうらへ​ども、 その​ほか​は年としの故けにて候そうらへ​ば、 いま​は*耄ほれ​てさうたい(正体)なく​こそ候そうらへ。 今こ年としは八はち十じゅう六ろくに​なり候そうろふ​ぞかし、 *寅とらの年としの​ものにて候そうらへ​ば。

 ^また​それ​へ​まゐらせ​て候そうらひ​し奴やつばら​も、 とかく​なり候そうらひ​て、 ことり・・・と申もうし候そうろふ年としごろ​の​やつ​にて、 三郎さぶろうた・と申もうし候そうらひ​し​が​あひ具ぐして候そうろふ​が、 入にゅう道どうに​なり候そうらひ​て、 さい・・しん・・と申もうし候そうろふ。 入にゅう道どうめ​には*ち​ある​もの​の​なか​の、 むま​の・・・ぜう・・とかや申もうし​て*御ご家け人にんにて候そうろふ​もの​の娘むすめの、 今こ年としは十とおやらん​に​なり候そうろふ​を、 母ははは*よ​におだしく​よく候そうらひ​し、 かが・・と申もうし​て​つかひ候そうらひ​し​が、 一年ひととせの*温うん病びょうの年とし死しに​て候そうろふ。 親おやも候そうらは​ね​ば、 ことり・・・も子こなき​もの​にて候そうろふ。 とき​に​あづけ​て候そうろふ​なり。

 ^0822それ​また、 けさ・・と申もうし候そうらひ​し娘むすめの、 なでし・・・と申もうし候そうらひ​し​が、 よに​よく候そうらひ​し​も、 温うん病びょうに​うせ候そうらひ​ぬ。 その母ははの候そうろふ​も、 年としごろ、 頭かしらに腫物はれものの年としごろ候そうらひ​し​が、 それ​も*当とう時じ*大だい事じにて、 たのみなき​と申もう1042し候そうろふ。 その娘むすめ一ひと人り候そうろふ​は、 今こ年としは二十はたちに​なり候そうろふ。 それ​とことり・・・、 また*いとく・・・、 また*それ​に​のぼり​て候そうらひ​し​とき、 おと・・法ほう師しとて候そうらひ​し​が、 *このごろ、 とう・・四し郎ろうと申もうし候そうろふ​は​まゐらせ​ん​と申もうし候そうらへ​ば、 父母ちちははうちすて​て​は​まゐら​じ​と、 こころ​には申もうし候そうろふ​と申もうし候そうらへ​ども、 それ​は​いかやう​にも​はからひ候そうろふ。

^*かく​ゐ中なかに*人ひとに​み​を入いれ​て代かわり​を​まゐらせ​ん​とも、 栗沢くりさわ (信蓮房) が候そうらは​んず​れば申もうし候そうろふ​べし。 ただし代かわり​は​いくほど​かは候そうろふ​べき​とぞ​おぼえ候そうろふ。 これら​ほど​の男おとこは世よに*すくなく申もうし候そうろふ​なり。

 ^また小こ袖そでたびたび​たまはり​て候そうろふ。 うれしさ、 いま​は*よみぢ小こ袖そでにて衣きぬも候そうらは​んずれ​ば、 申もうす​ばかり候そうらは​ず、 うれし*く候そうろふ​なり。 いま​は*尼あま (恵信尼) が着きて候そうろふ​もの​は、 最さい後ごの​とき​の​こと​はなし​ては思おもは​ず候そうろふ。 いま​は時とき日ひを待まつ身みにて候そうらへ​ば。

 ^また​たしかなら​ん便びんに、 小こ袖そで賜たぶ​べき​よし仰おおせ​られ​て候そうらひ​し。 このゑもん・・・入にゅう道どうの便たより​は、 たしかに候そうらは​んずらん。 また*宰さい相しょう殿どのは、 あり​つき​て​おはしまし0823候そうろふ​やらん。 よろづ*公達きんだちの​こと​ども、 みな​うけたまはり​たく候そうろふ​なり。 尽つくし​がたく​て​とどめ候そうらひ​ぬ。

^あなかしこ、 あなかしこ。

  九月ながつき七なぬ日か

 ^またわかさ・・・殿どのも、 いま​は年としすこし寄より​て​こそ​おはしまし候そうろふ​らめ。 あはれ、 *ゆかし1043く​こそ思おもひ候そうらへ。 年とし寄より​ては、 *いかがしく​み​て候そうろふ人ひとも、 ゆかしく​みたく​おぼえ候そうらひ​けり。 かこの・・・まへ・・の​こと​の​いとほしさ、 上じょうれん・・ばう・・の​こと​も*思おもひ​いで​られ​て、 ゆかしく​こそ候そうらへ。

^あなかしこ、 あなかしこ。

                    *ちくぜん

  わかさ殿どの申もうさせ​たまへ            *とひたのまき​より

(8)

* 「わかさ殿どの」

 ^便たより​を​よろこび​て申もうし候そうろふ。

 ^さては*今こ年としまで​ある​べし​と思おもは​ず候そうらひ​つれ​ども、 今こ年としは八はち十じゅう七しちやらん​に​なり候そうろふ。 寅とらの年としの​もの​にて候そうらへ​ば、 八はち十じゅう七しちやらん八はちやらん​に​なり候そうらへ​ば、 いま​は*時とき日ひを待まち​て​こそ候そうらへ​ども、 年としこそ​おそろしく​なり​て候そうらへ​ども、 *しはぶく​こ0824と候そうらは​ね​ば、 唾つわきなど吐はく​こと候そうらは​ず。 腰こし・膝ひざ打うたする​と申もうす​こと​も当とう時じまで​は候そうらは​ず。 ただ犬いぬの​やう​にて​こそ候そうらへ​ども、 今こ年としに​なり候そうらへ​ば、 あまりに​ものわすれ​を​し候そうらひ​て、 耄ほれたる​やう​に​こそ候そうらへ。

 ^さても去年こぞより​は、 よに​おそろしき​ことども​おほく候そうろふ​なり。

 ^また*すかい・・・の​もの​の便たより​に、 綾あやの衣きぬ賜たび​て候そうらひ​し​こと、 *申もうす​ばかり​なく​おぼえ候そうろふ。 いま1044は時とき日ひを待まち​て居いて候そうらへ​ば、 これ​を​や最さい後ごにて候そうらは​んずらん​と​のみ​こそ​おぼえ候そうらへ。 当とう時じまで​も​それ​より賜たび​て候そうらひ​し綾あやの小こ袖そでを​こそ、 最さい後ごの​とき​の​と思おもひ​て​もち​て候そうらへ。 よに​うれしく​おぼえ候そうろふ。 衣きぬの表おもても、 いまだ​もち​て候そうろふ​なり。

 ^また公達きんだちの​こと、 よに​ゆかしく、 うけたまはり​たく候そうろふ​なり。 *上かみの公達きんだちの御おんこと​も、 よに​うけたまはり​たく​おぼえ候そうろふ。 あはれ、 この世よにて​いま一いち度どみ​まゐらせ、 また​みえ​まゐらする​こと候そうろふ​べき。 わが身みは極楽ごくらくへ​ただいま​に​まゐり候そうらは​んずれ。 *なにごと​も​くらから​ず、 みそなはし​まゐらす​べく候そうらへ​ば、 *かまへて御おん念仏ねんぶつ申もうさ​せたまひ​て、 極楽ごくらくへ​まゐり​あはせ​たまふ​べし。 なほなほ極楽ごくらくへ​まゐり​あひ​まゐらせ候そうらは​んずれ​ば、 なにごと​も​くらから​ず​こそ候そうらは​んずれ。

 ^0825また​この便びんは、 これ​に​ちかく候そうろふ*みこ​の甥おいとかや​と申もうす​もの​の便びんに申もうし候そうろふ​なり。 あまりに​くらく候そうらひ​て、 こまかならず候そうろふ。 また​かまへて​たしかなら​ん便たより​には、 綿わたすこし賜たび候そうらへ。 *をはり・・・に候そうろふ、 ゑもん・・・入にゅう道どうの便たより​ぞ、 たしか​の便たより​にて候そうろふ​べき。 それ​も​この​ところ​に*まゐること​の候そうろふ​べき​やらん​と​きき候そうらへ​ども、 いまだ披ひ露ろうせ​ぬ​こと​にて候そうろふ​なり。

 ^また*くわうず(光寿)御ご前ぜんの修しゅ行ぎょうに下くだる​べき​とかや仰おおせ​られ​て候そうらひ​しかども、 これ1045へ​は​みえ​られ​ず候そうろふ​なり。

 ^またわかさ・・・殿どののいま​は​おとなしく年とし寄より​て​おはし候そうろふ​らん​と、 よに​ゆかしく​こそ​おぼえ候そうらへ。 かまへて、 念仏ねんぶつ申もうして極楽ごくらくへ​まゐり​あはせ​たまへ​と候そうろふ​べし。

 ^なにより​も​なにより​も公達きんだちの御おんこと、 こまかに仰おおせ候そうらへ。 うけたまはり​たく候そうろふ​なり。 *一昨年おととしやらん生うまれ​て​おはしまし候そうらひ​ける​と​うけたまはり候そうらひ​し​は、 それ​も​ゆかしく思おもひ​まゐらせ候そうろふ。

 ^また​それ​へ​まゐらせ候そうらは​ん​と申もうし候そうらひ​し女めの童わらわも、 一年ひととせの大おお温うん病びょうに​おほく​うせ候そうらひ​ぬ。 ことり・・・と申もうし候そうろふ女めの童わらわも、 はや年とし寄より​て候そうろふ。 父ちちは御ご家け人にんにてむ・0826まの・・ぜう・・と申もうす​もの​の娘むすめの候そうろふ​も、 それ​へ​まゐらせ​ん​とて、 ことり・・・と申もうす​に​あづけ​て候そうらへ​ば、 *よに無ぶ道とうげに候そうらひ​て、 髪かみなど​も、 よに​あさましげ​にて候そうろふ​なり。 ただ​の童わらわべにて、 いまいましげ​にて候そうろふ​めり。

 ^けさ・・が娘むすめのわかば・・・と申もうす女めの童わらわの、 今こ年としは二に十じゅう一いちに​なり候そうろふ​が妊はらみ​て、 この三月やよいやらん​に子こ産うむ​べく候そうらへ​ども、 男おのこ子ごならば父ちちぞ取とり候そうらは​んずらん。 さき​にも五いつつ​に​なる男おのこ子ご産うみ​て候そうらひ​しかども、 父ちち相伝そうでんにて、 父ちちが取とりて候そうろふ。 これ​も​いかが候そうらはんずらん。 わかば・・・が母ははは、 頭かしらに​なに​やらん​ゆゆし1046げなる腫物はれものの​いでき候そうらひ​て、 はや十じゅう余よ年ねんに​なり候そうろふ​なる​が、 いたづらもの​にて、 時とき日ひを待まつ​やう​に候そうろふと申もうし候そうろふ。

 ^それ​に上のぼり​て候そうらひ​し​をり、 おと・・法ほう師しとて童わらわにて候そうらひ​し​が、 それ​へ​まゐらす​べき​と申もうし候そうらへ​ども、 妻子めこの候そうらへ​ば、 よも​まゐら​ん​とは申もうし候そうらは​じ​と​おぼえ候そうろふ。 尼あま (恵信尼) がりんず(臨終)し候そうらひ​なん​のち​には、 栗沢くりさわ (信蓮房) に申もうし​おき候そうらは​んずれ​ば、 まゐれ​と仰おおせ候そうろふ​べし。

 ^また栗沢くりさわはなにごと​やらん、 *のづみ​と申もうす山寺やまでらに不ふ断だん念仏ねんぶつはじめ候そうらは​んずる​に、 なに​と​やらん撰せんじ​まうす​こと​の候そうろふ​べき​とか​や申もうす​げ​に候そうろふ。 *五ご条じょう殿どのの御おん0827ため​に​と申もうし候そうろふ​めり。

 ^なにごと​も申もうし​たき​こと​おほく候そうらへ​ども、 あか月つき、 便たより​の候そうろふ​よし申もうし候そうらへ​ば、 夜よる書かき候そうらへ​ば、 よに​くらく候そうらひ​て、 よも御ご覧らんじ得え候そうらは​じ​とて、 とどめ候そうらひ​ぬ。

 ^また針はりすこし賜たび候そうらへ。 この便びんにて​も候そうらへ。 御文おんふみの​なか​に入いれ​て賜たぶ​べく候そうろふ。 なほなほ公達きんだちの御おんこと、 こまかに仰おおせ​たび候そうらへ。 うけたまはり候そうらひ​て​だに​なぐさみ候そうろふ​べく候そうろふ。 よろづ尽つくし​がたく候そうらひ​て、 とどめ候そうらひ​ぬ。

 ^またさいさう(宰相)殿どの、 いまだ姫君ひめぎみにて​おはしまし候そうろふ​やらん。

 ^あまりに​くらく候そうらひ​て、 いかやうに書かき候そうろふ​やらん、 よも御ご覧らんじ得え候そうらは​じ。

  1047*三月やよい十じゅう二に日にち*亥いの時とき

1029(a)

もん​ぞ​も​やか​せ給たまいて​や候そうろうらん​とて​申もうし候そうろう。 それ​へ​まいる​べき​もの​は、 けさ​と申もうし候そうろうめ​の​わらは、 とし​さん十じゅう六ろく。 又またその​むすめ​なでし​と申もうし候そうろうは、 ことし十じゅう六ろく。 又また九ここのつに​なり候そうろうむすめ​と、 おや子こさんにん候そうろう也なり。 又またはつね、 その​むすめ​の​いぬまさ、 ことし十じゅう二に。 又またことり​と申もうすおんな、 とし​さん十じゅう四し。 又またあんとうし​と申もうすおとこ。 さて、 けさ​が​ことし​みつ​に​なり候そうろうおのこゞは、 人ひとの下げ人にんに​ぐし​て​うみ​て候そうらへ​ば、 ちゝをや​に​とら​せて候そうろう也なり。

おほかた​は、 人ひとの下げ人にんに、 うち​の​やつばら​の​ぐし​て候そうろうは、 よに​ところせき事ことにて候そうろう也なり。

已い上じょう、 合あわせて、 おんな六人ろくにん、 おとこ一人ひとり、 七人しちにん也なり。

   けんちやう八はちねん​ひのえ​たつ​の​とし七月しちがつ九日ここのか (花押)

1030(b)

わうごぜん​に​ゆづり​まいらせ​て候そうらいし下げ人にんども​の​せうもん​を、 せうまうに​やか​れ​て候そうろうよし​おほせ​られ​さふらへ​ば、 はじめ​たより​に​つけ​て申もうして候そうらいしかども、 たしかに​や候そうらは​ざる​らん​とて、 これ​は​たしかの​たより​にて候そうらへ​ば申もうしさふらふ。

まいらせ​て候そうらいし下げ人にん、 けさ​おんな。 おなじき​むすめ​なでし、 めならは、 とし十じゅう六ろく。 その​おとゝいぬわう、 め​の​わらは、 とし九ここのつ。 又またまさ​おんな、 おなじき​むすめ​いぬまさ、 とし十じゅう二に。 その​おとゝ、 とし七ななつ。 又またことり​おんな。 又またあんとうし、 おとこ。 已い上じょう、 合あわせて、 大だい小しょう八人はちにんなり。 これら​は​こと​あたらしく、 たれか​はじめて​とかく申もうしさふらふ​べき​なれども、 げす​は​しぜん​の事ことも候そうらは​ん​ため​にて候そうろう也なり。

   けんちやう八はちねん九く月がつ十じゅう五ご日にち        ゑしん(花押)

  わうごぜん​へ

又またいづも​が​こと​は、 にげ​て候そうらいし​のち​は、 さうたいなき事ことにて候そうろううへ、 子こ一人ひとりも候そうらは​ぬ​うへ、 そらう​の​もの​にて候そうろうが、 けふ​とも​しら​ぬ​もの​にて​さふらへ​ども、 *おとゝしその​やう​は申もうして、 物ものまいらせ​て候そうらいしかば、 さだめて御おん心こころへ​は候そうろうらむ、 御おんわすれ候そうろうべから​ず候そうろう。 あなかしこ、 あなかしこ。

                      (花押)

いま​は、 あまり​とし​より候そうらいて、 て​も​ふるへ​て、 はん​など​も​うるはしく​は​し​へ候そうらは​じ、 されば​とて御ごふしん​は​ある​べから​ず候そうろう。

                      (花押)

 

底本は本派本願寺蔵恵信尼公自筆本ˆ浄聖全と同一ˇ。
去年の十二月一日の御文 弘長二年十一月二十八日に親鸞聖人が示じ寂じゃくし、 十二月一日付で、 そのことを覚信かくしん尼に公こうから母の恵信尼公に伝えたその書状。
山 比ひ叡えい山ざん。
あか月 暁あかつき。
聖徳太子の文を… この時の示現の文について、 「聖しょう徳とく太たい子し廟びょう窟くつ偈げ」 とする説、 「行者宿報…」 の偈とする説などがある。 →聖しょう徳とく太たい子し
縁 底本は仮名であり、 「上人」 と読む説がある。
たいふ 大風。 「だい事」 (大事) と読む説がある。
生死出づべき道 生しょう死じの迷いから出ることのできる道。
迷ひければこそ… 迷ってきたからこそ (悪道におもむくしか道のない) こんな私なのであったのだろうとさえ思っている身ですから。
さかいの郷 現在の茨城県下妻市坂井とされる。 また 「境」 「幸井」 の字を充てる説もある。
しんがく 覚如かくにょ上人の ¬口伝鈔¼ (12) に 「試し楽がく」 とあり、 舞楽の予行演習のこと。 転じて宵祭りのことか。
たてあかし たいまつ。
ただ仏の御顔にては… 普通の仏様のお顔ではあらせられず。
げにげにしく人も… 本当のことのように人も思うはずがないでしょうから。
てんせい 全く。 全然。
しなわい 品別。 種類。
智慧のかぎり 智慧ばかり。 智慧そのもの。
候ひしかども観音の御こと 一説に 「候ひしか、 殿との観音の御こと」 と読む。
観音の御こと 親鸞聖人が観世音菩薩の化け身しんであるという夢のこと。
うちまかせては… ありふれた普通のお方とは思い申し上げないでおりました。
また… 以下、 原本では紙が切ってあるが、 第三通の後に続くことを数字で示している。 一説には、 別の断簡として文明元年 (1264) のものとする。
奴ばら 使用人。
うせ 「失せ (逃亡)」 とも 「亡せ (死亡)」 とも解釈される。
この文ぞ… 第一紙の前部の余白に書かれていて、 現存しないが第一通と一具にして送られた 「御示現の文」 の添書である。 また 「文ぞ」 は、 一説に 「文書」 と読む。
ª第一通の端裏書に 「恵信御房御筆」 とあり、 覚如かくにょ上人の筆と推定されているº
ゑちご… 下に 「此御表書は覚信御房御筆也」 また別行に 「此一枚は端の御文のうへにまき具せられたり」 とあり、 今日では、 共に覚かく如にょ上人の筆かと見られている。
この文 第一通にいう 「御示現の文」 のことか。
御影 親鸞聖人の肖像画。
御身の八つにて… 寛喜三年 (1231) の出来事を記した第三通を指していう。 覚かく信しん尼に公こうはこの年に八歳であるから、 その生年が元仁元年 (1224) であることが判明する。
かぜ 風邪。
弘長三年癸亥 1263年。 別筆であり、 覚如上人の筆かと見られている。
ª第三通のはじめに 「此一紙ははしの御文にそへられたり」 と別筆の書込みがあり、 覚如上人の筆かと見られているº
頭のうたせ… 頭痛のはげしさも並ひととおりではありません。
まはさてあらん まあそうであろう。 他に 「真はさてあらん」 (本当はそうであろう) などとする説がある。
たはごととかや… うわごととか申すことでしょうか。 一説に 「ただごととにや」 と読む。
十七八年がそのかみ 十七年前は健保二年 (1214) に相当する。
げにげにしく 誠実に。 もっともらしくとする説もある。
すざう利益 生きとし生けるものの苦を抜き、 楽を与えること。
ª第三通の終りに別筆で 「徳治二年 (1307) 丁ひのとの未ひつじ四月十六日 この御うはがきは故上 (覚かく恵え) の御て也 覚如かくにょしるす」 「上人の御事ゑちごのあまごぜんの御しるし文」 とあり、 前者は覚如上人の自筆、 後者は覚恵法師の筆であるº
御文 弘長三年 (1263) 二月十日付の第三通を指す。
わかさ殿申させたまへ わかさを覚信かくしん尼に公こうの侍女とみる説 (「申させたまへ」 は侍女への披露依頼文)、 わかさを覚信尼公とみる説 (「申させたまへ」 は敬愛の意の慣用表現) がある。
ゑちうへこの文 「ゑちう」 を国名 「越えっ中ちゅう」 とする説と、 人名とみる説とがある。 また一説に 「ゑちごの文」 (越後の手紙) と読む。
大事のそらう 生命にかかわる大病。
八十三の歳 この消息に日付はないが、 恵え信しん尼に公こうの年齢から弘長四年 (1264) のものであることがわかる。 なお、 同年は二月二十八日に文永と改元。
一定 確定していること。 ここでは死ぬことが定まっているという意。
卒都婆 梵語ストゥーパ (stūpa) の音写。 ここでは墓標のこと。 卒都婆は親鸞聖人のためのものとする説と、 恵え信しん尼に公こうがみずからの寿塔じゅとうとして建てたとする説とがある。
去年 弘長三年 (1263)。
これの 小黒女房の子どもたちと思われる。
殺さじ 「こころざし」 と読む説がある。
はるばると… 娘の覚信かくしん尼に公こうは京都にいて、 越えち後ごにいる恵え信しん尼に公こうから余りにも遠く隔たっているから、 きめ細やかな親子の情を心ゆくまで交すことが出来ないように思えるという意。
文永元年甲子 覚信尼公の筆かと見られている。
ぜんあく いずれにせよ。 ともかく。 ª「ぜんあく」 以下の一段は、 前段に続く追伸であるº
それへの殿人ども そちらへ参りお使いいただく人たち。
母めも… 母親 (けさ) も病身です。
男になり 成人して。
もとよりの もとからいました。
七つ子やしなはせて候ふも候ふ 七歳の子供を養わせております者もおります。 従来 「七つ子やしなはせて候ふ」 と読まれてきたが、 原本は 「七つ子やしなはせて候ふも候ふ」 と判断される。
とけ腹 下痢と吐き気を伴った胃腸病かと思われる。
耄れて… もうろくして、 わけがわからなくなっています。
ちあるもの 血縁関係のある者という意味か。
御家人 一般には鎌倉幕府から本領安堵された武士のことだが、 ここでは武家に仕えている人というほどの意味であろう。
よにおだしくよく候ひし 本当におだやかでよい性格の者でありました。 「よく」 を 「かく」 「うく」 「うへ」 等と読む説がある。
温病 熱病。 はやりやまい。
大事 底本は湮滅いんめつして読めない。 ここでは 「大事」 (重い病気のこと) とする説に従った。
いとく 底本は 「い」 に続く二字が不明で、 他に 「こく」 「さく」 「とへ」 等と読む説がある。 使用人の名前と思われる。
それに 京都の覚信かくしん尼に公こうのもとへ。
このごろ 底本は 「ろ」 に続く一字が不明。
かく 底本では不明。 「かく」 かと思われる。
人 底本では不明。 「人」 かと思われる。
すく 底本は湮滅いんめつして読めない。 「すく」 かと思われる。
よみぢ小袖 死に装束のこと。 「よみぢ」 は黄泉。
く候 底本は湮滅して読めない。 「く候」 かと思われる。
尼が 「あまり」 と読む説がある。
宰相殿 覚信かくしん尼に公こうと日野ひの広ひろ綱つなとの間に生れた娘で、 実悟師の 「日野一流系図」 に 「字光玉」 とある女性にあたるとされる。
公達 子どもたち。
ゆかしく 何となく慕わしく。 逢いたい。
いかがしくみて候ふ人 あまり感心しないように思っていた人。 どうかと思っていた人。
思ひいでられて 一説に 「とはせられて」 と読む。
ちくぜん 恵え信しん尼に公こうの呼び名であろう。
とひたのまき 恵信尼公の手紙の発信地。 現在の新潟県中なか頸くび城き郡内で、 諸説があって確定しない。
わかさ殿 端裏書。 下部は欠失している。
時日を待ちてこそ候へ 浄土へ往生させていただく時を待っているばかりです。
すかい 一説に 「すりい」 と読む。 地名と考えられる。
申すばかりなくおぼえ候ふ お礼の申しようもありません。
上の公達 覚信かくしん尼に公こうの娘宰相か、 長男覚かく恵え法ほっ師しのことであろう。
なにごともくらからず… どんなことも明らかにご覧になることができますから。
かまへて 必ず。
みこ 巫女か。
をはりに候ふ 「これが最後です」 と解釈する説、 「尾お張わりにおります」 と解釈する説などがある。
まゐる 底本では上の二字が不明。 他に 「かかる」 「かへる」 等と読む説がある。
くわうず御前 覚信尼公の長男で、 後の覚恵法師。 覚かく如にょ上人の父。
一昨年やらん生れて… 一昨年は文永三年 (1266) にあたる。 この年に覚信尼公の次男唯善ゆいぜんが生れている。
よに無道げに候ひて 非常に無作法なようすでありまして。
のづみと申す… 「のづみ」 は、 現在の新潟県中なか頸くび城き郡板倉町にある山寺薬師を指すという説と、 同県三島郡寺泊町野積であろうとする説とがある。 山寺薬師には、 栗沢信蓮しんれん房ぼうが不断念仏を行ったという伝承を持つ 「聖ひじりの岩いわ窟や」 がある。 なお、 不断念仏とは特定の日時を定めて昼夜不断に行う念仏修行のことをいう。
五条殿 親鸞聖人のことか。 ¬御伝鈔¼ (1057頁1行) に、 聖人が京都五条西洞院に居住していた旨の記述がある。