十五(542)､ 津戸三郎へつかはす御返事

▲津戸つのとのの三郎さぶろう入にゅう道どうへつかはす御ご返へん事じ 事じ第だい十じゅう五ご

○御おん0543文ふみくはしくうけ給たまはり候そうらいぬ｡ 又またたづねおほせられて候そうろう事ことども､ おほやうしるし申もうし候そうろう｡

一

◇一　熊谷くまがや入にゅう道どう・津戸つのとの三郎さぶろうは､ 无智むちのものなればこそ､ 但たん念仏ねんぶつをはすゝめたれ､ 有智うちの人ひとにはかならずしも念仏ねんぶつにはかぎるべからずと申もうすよしきこへて候そうろうらん､ きわめたるひが事ごとにて候そうろう｡

◇そのゆへは､ 念仏ねんぶつの行ぎょうは､ もとより有智うち・无智むちにかぎらず､ 弥陀みだのむかしちかひ給たまひし本願ほんがんも､ あまねく一切いっさい衆しゅ生じょうのため也なり｡ 无智むちのためには念仏ねんぶつを願がんじ､ 有智うちのためには余よのふかき行ぎょうを願がんじ給たまふ事ことなし｡

◇｢十方じっぽう衆しゅ生じょう｣ (大経巻上) の句くに､ ひろく有智うち・无智むち､ 有う罪ざい・无む罪ざい､ 善人ぜんにん・悪人あくにん､ 持じ戒かい・破は戒かい､ 賢けん愚ぐ､ 男女なんにょ､ もしはほとけの在ざい世せの衆しゅ生じょう､ もしはほとけの滅めつ後ごのこのごろの衆しゅ生じょう､ もしは釈しゃ迦かの末法まっぽう万年まんねんのゝち三宝さんぼうみなうせてのおはりの衆しゅ生じょうまでも､ みなこもれる也なり｡

◇又また善導ぜんどう和か尚しょう､ 弥陀みだの化け身しんとして専修せんじゅ念仏ねんぶつをすゝめ給たまへるも､ ひろく一切いっさい衆しゅ生じょうのためにすゝめて､ 无智むちの人ひとにのみかぎる事ことは候そうらはず｡ ひろき弥陀みだの本願ほんがんをたのみ､ あまねき善導ぜんどうのすゝめをひろめん物もの､ いかでか无智むちの人ひとにかぎりて､ 有智うちの人ひとをへだてんや｡ もししからば､ 弥陀みだの本願ほんがんにもそむき､ 善導ぜんどうの御おん心こころにもかなふべからず｡

◇さればこの辺へんにまうできて､ 往おう生じょうのみちをとひたづね候そうろう人ひとには､ 有智うち・无智むち0544を論ろんぜず､ みな念仏ねんぶつの行ぎょうばかりを申もうし候そうろう也なり｡ しかるに虚言きょごんを構かまえて､ さやうに念仏ねんぶつを申もうしとゞめんとする物ものは､ さきの世よに､ 念仏ねんぶつ三昧ざんまい､ 浄じょう土どの法門ほうもんをきかず､ のちの世よに又また三さん悪道まくどうに返かえるべきものゝ､ さやうの事ことをばたくみ申もうし候そうろう事ことにて候そうろう也なり｡ そのよし聖教しょうぎょうに見みえて候そうろう也なり｡

と申もうしたる也なり｡

◇この文もんの心こころは､ 浄じょう土どをねがひ念仏ねんぶつを行ぎょうずる物ものを見みては､ いかりをおこし毒心どくしんをふかくして､ はかり事ことをめぐらし様様さまざまの方便ほうべんをなして､ 念仏ねんぶつの行ぎょうをやぶり､ あらそひてあだをなし､ これをとゞめんとする也なり｡

◇かくのごときの人ひとは､ むまれてよりこのかた､ 仏法ぶっぽうの眼まなこしゐて､ ほとけのたねをうしなへる闡提せんだいのともがら也なり｡ この弥陀みだの名みょう号ごうをとなへて､ ながき生しょう死じをたちまちにきり､ 常住じょうじゅうの極楽ごくらくに往おう生じょうすといふ頓とん教ぎょうの御みのりをそしりほろぼして､ このつみによりて､ ながく三さん悪道まくどうにしづむといへる也なり｡

◇かくのごとくの人ひとは､ 大だい地じ微み塵じん劫ごうをすぐとも､ ながく三さん悪道まくどうの身みをはなるゝ事ことをうべからずといへる也なり｡ さればさやうに虚言きょごんをたくみて0545申もうし候そうろうらん人ひとは､ 返かえりてあはれむべき物もの也なり｡ さほどのものゝ申もうさんによりて､ 念仏ねんぶつにうたがひをなし､ 不ふ審しんをおこさん物ものは､ いふにたらぬ程ほどの事ことにてこそは候そうらはめ｡

◇おほかた弥陀みだに縁えんあさく､ 往おう生じょうに時ときいたらぬ物ものは､ きけども信しんぜず､ おこなふを見みてははらをたて､ いかりをふくみて､ さまたげんとする事ことにて候そうろうなり｡ その心こころをえて､ いかに人ひと申もうすとも､ 御おん心こころばかりはゆるがせ給たまふべからず｡ あながちに信しんぜざらんは､ 仏ぶつなをちからおよび給たまふまじ｡ いかにいはんや､ 凡ぼん夫ぶはちからおよぶまじき事こと也なり｡

◇かゝる不ふ信しんの衆しゅ生じょうのために､ 慈悲じひをおこし利り益やくせんと思おもはんにつけても､ とく極楽ごくらくへまいりてさとりをひらきて､ 生しょう死じに返かえりて誹ひ謗ほう不ふ信しんの物ものをもわたし､ 一切いっさい衆しゅ生じょうをあまねく利り益やくせんと思おもふべき事ことにて候そうろう也なり｡ このよしを心こころえておはしますべし｡

二

◇一　一いっ家けの人々ひとびとの善願ぜんがんに結縁けちえん助じょ成じょうせん事こと､ この条じょう左右さうにおよばず､ もともしかるべき事ことに候そうろう｡ 念仏ねんぶつの行ぎょうをさまたぐる事ことをこそ､ 専修せんじゅの行ぎょうには制せいしたる事ことにて候そうらへ｡ 人々ひとびとのあるいは堂どうをつくり､ ほとけをつくり､ 経きょうをもかき､ 僧そうをも供く養ようせんには､ ちからをくはへ縁えんをむすばんが､ 念仏ねんぶつをさまたげ､ 専修せんじゅをさうるほどの事ことには候そうろうまじきなり｡

0546三

○一　念仏ねんぶつ申もうさせ給たまはんには､ 心こころをつねにかけて､ 口くちにわすれずとなふるが､ めでたき事ことにて候そうろう也なり｡ 念仏ねんぶつの行ぎょうは､ もとより行住ぎょうじゅう坐臥ざが・時じ処しょ諸縁しょえんをきらはぬ行ぎょうにて候そうらへば､ たとひ身みもきたなく､ 口くちもきたなくとも､ 心こころをきよくして､ わすれず申もうさせ給たまはん事ことは､ 返々かえすがえす神じん妙みょうに候そうろう｡ ひまなくさやうに申もうさせ給たまはんこそ､ 返々かえすがえすありがたくめでたく候そうらへ｡

◇いかならんところ､ いかなる時ときなりとも､ わすれず申もうさせ給たまはゞ､ 往おう生じょうの業ごうにかならずなり候そうらはんずる也なり｡ この心こころなからん人ひとには､ おしへさせ給たまふべし｡ いかならん時ときにも申もうされざらんをこそ､ ねうじて申もうさばやとおもふべきに､ 申もうされんをねうじて申もうさせ給たまはぬ事ことは､ いかでか候そうろうべき､ ゆめゆめ候そうろうまじ｡ たゞいかなるおりにもきらはず申もうさせ給たまふべし｡

四

○一　念仏ねんぶつの行ぎょうあながちに信しんぜざらん人ひとに論ろんじあひ､ 又またあらぬ行ぎょう､ ことさとりの人ひとにむかひて､ いたくしゐておほせらるゝ事こと候そうろうまじく候そうろう｡ 異解いげ・異い学がくの人ひとを見みては､ これを恭く敬ぎょうして､ かろしめ､ あなづる事ことなかれと申もうしたる事ことにて候そうろう也なり｡

◇さればおなじ心こころに極楽ごくらくをねがひ､ 念仏ねんぶつを申もうさん人ひとには､ たとひ塵刹じんせつのほかの人ひとなりとも､ 同どう行ぎょうのおもひをなして､ 一仏いちぶつ浄じょう土どにむまれんとおもふべき事ことにて候そうろう也なり｡

◇阿あ弥陀みだ仏ぶつに縁えんなく､ 極楽ごくらく浄じょう土どにちぎりすくなく候そうらはん人ひとの､ 信しんもおこらず､ ねがはしくもなく0547候そうらはんには､ ちからおおよばず｡ たゞ心こころにまかせて､ いかならんおこなひをもして､ 後ご生しょうたすかりて､ 三さん悪道まくどうをはなるべき事ことを､ 人ひとの心こころにしたがひて､ すゝめ給たまふべき也なり｡

◇又またさは候そうらへども､ ちりばかりもかなひぬべからん人ひとには､ 阿あ弥陀みだほとけをすゝめ､ 極楽ごくらくをねがはすべき也なり｡ いかに申もうすとも､ この世よの人ひとの極楽ごくらくにむまれて生しょう死じをはなれん事こと､ 念仏ねんぶつならで極楽ごくらくにむまるゝ事ことは候そうろうまじき事ことにて候そうろう也なり｡ このあひだの事ことをば､ 人ひとの心こころにしたがひて､ はからふべきにて候そうろう也なり｡

◇いかさまにも物ものをあらそふ事ことは､ ゆめゆめ候そうろうまじき事ことにて候そうろう｡ もしはそしり､ もしは信しんぜざらん物ものをば､ ひさしく地じ獄ごくにありて､ 又また地じ獄ごくへ返かえるべき物ものなりとよくよく心こころえて､ こわがらで､ こしらへすゝむべきにて候そうろう｡

◇又またよもとおもひまいらせ候そうらへども､ いかなる人ひと申もうすとも､ 念仏ねんぶつの御おん心こころなんど､ たぢろぎおぼしめす事ことあるべからず候そうろう｡ たとひ千仏せんぶつ世よにいでゝ､ 念仏ねんぶつは往おう生じょうすべからずと､ まのあたりおしへさせ候そうろふとも､ これは釈しゃ迦か・弥陀みだよりはじめて､ 恒沙ごうじゃのほとけの証誠しょうじょうせさせ給たまふ事ことなればとおぼしめして､ 心こころざしを金剛こんごうよりもかたくして､ このたびかならず阿あ弥陀みだほとけの御みまえへまいらんずるとおぼしめすべきにて候そうろう也なり｡

◇かくのごときの事こと､ かたはしを申もうさんに､ 御おん心こころえ候そうらいて､ わがため人ひとのためにおこなはせ候そうろふべし｡

0548◇九く月がつ十じゅう八はち日にち　　真勧しんかん 承 ▽