二十四(600)、 諸人伝説の詞 一

▲諸人しょにん伝説でんせつの詞ことば 第だい二に十じゅう四し 付ふ御歌おんうた

一

隆りゅう寛かん律りっ師しのいはく、 法然ほうねん上しょう人にんのゝ給たまはく、 源空げんくうも念仏ねんぶつのほかに、 毎日まいにちに ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ を三巻さんかんよみ候そうらいき。 一巻いっかんは唐とう、 一巻いっかんは呉ご、 一巻いっかんは訓くんなり。 しかるを、 この ¬経きょう¼ に詮せんずるところ、 たゞ念仏ねんぶつ申もうせとこそとかれて候そうらへば、 いまは一巻いっかんもよみ候そうらはず、 一向いっこう念仏ねんぶつを申もうし候そうろう也なりと。

隆りゅう寛かん 毎日まいにちに ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ 四し十じゅう八はち巻かんよまれきすなはち心こころえて、 やがて ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ をさしをきて念仏ねんぶつ三万さんまん遍べんを申もうしきと。 ¬進しん行ぎょう集しゅう¼ よりいでたり云云

0601二

乗じょう願がん上しょう人にんのいはく、 ある人ひと問といていはく、 色相しきそう観かんは ¬観かん経ぎょう¼ の説せつ也なり。 たとひ称名しょうみょうの行ぎょう人にんなりといふとも、 これを観かんずべく候そうろうか、 いかん。

上しょう人にん答こたえての給たまはく、 源空げんくうもはじめはさるいたづら事ことをしたりき。 いまはしからず、 但信たんしんの称名しょうみょう也なりと。 ¬授じゅ手印しゅいん決答けっとう¼ よりいでたり

三

又また人ひと目めをかざらずして往おう生じょうの業ごうを相続そうぞくすれば、 自じ然ねんに三心さんしんは具ぐ足そくする也なり。 たとへば、 葦あしのしげきいけに十じゅう五夜ごやの月つきのやどりたるは、 よそにては月つきやどりたりとも見みへねども、 よくよくたちよりて見みれば、 あしまをわけてやどる也なり。 妄念もうねんのあしはしげゝれども、 三心さんしんの月つきはやどる也なり。 これは故こ上しょう人にんのつねにたとへにおほせられし事こと也なりと。 かの ¬二に十じゅう八はち問答もんどう¼ よりいでたり

四

ある時とき又またの給たまはく、 あはれこのたびしおほせばやなと。

その時とき乗じょう願がん申もうさく、 上しょう人にんだにもかやうに不ふ定じょうげなるおほせの候そうらはんには、 ましてその余よの人ひとはいかゞ候そうろうべきと。

その時とき上しょう人にん、 うちわらひての給たまはく、 蓮台れんだいにのらんまでは、 いかでかこのおもひはたえ候そうろうべきと。 ¬閑亨かんてい問答もんどう集しゅう¼ よりいでたり

五

○信空しんくう上しょう人にんのいはく、 ある時とき上しょう人にんの給たまはく、 浄じょう土どの人にん師しおほしといへども、 みな菩ぼ提だい心しんをすゝめて、 観察かんざつを正しょうとす。 たゞ善導ぜんどう一いっ師しのみ菩ぼ提だい心しんなくして、 観察かんざつをもて称しょう0602名みょうの助業じょごうと判はんず。 当世とうせいの人ひと、 善導ぜんどうの心こころによらずは、 たやすく往おう生じょうをうべからず。 曇鸞どんらん・道どう綽しゃく・懐え感かん等とう、 みな相そう承じょうの人にん師しなりといへども、 義ぎにおいては、 いまだかならずしも一いち準じゅんならず、 よくよくこれを分別ふんべつすべし。 このむねをわきまへずは、 往おう生じょうの難なん易いにおいて存ぞん知ちしがたき物もの也なりと。

六

○ある時とき問といていはく、 智慧ちえのもし往おう生じょうの要よう事じとなるべくは、 正しょう直じきにおほせをかぶりて修学しゅがくをいとなむべし。 又またたゞ称名しょうみょう不ふ足そくあるべからずは、 そのむねを存ぞんずべく候そうろう。 たゞいまのおほせを如来にょらいの金言きんげんと存ぞんずべく候そうろう。

答こたえていはく、 往おう生じょうの業ごうは、 これ称名しょうみょうといふ事こと、 釈しゃく文もん分ぶん明みょう也なり。 有智うち・无智むちをきらはずといふ事こと、 又また顕然けんねん也なり。 しかれば、 往おう生じょうのためには称名しょうみょう足たりぬとす。

学問がくもんをこのまんとおもはんよりは、 たゞ一向いっこう念仏ねんぶつして往おう生じょうをとぐべし。 弥陀みだ・観音かんのん・勢せい至しにあひたてまつらん時とき、 いづれの法文ほうもんか達たっせざらん。 かのくにの荘しょう厳ごん、 昼ちゅう夜や朝ちょう暮ぼに甚深じんじんの法門ほうもんをとく也なり。

念仏ねんぶつ往おう生じょうのむねをしらざらん程ほどは、 これを学がくすべし。 もしこれをしりなば、 いくばくならざる智慧ちえをもとめて、 称名しょうみょうのいとまをさまたぐべからず。

七

○ある時とき問といていはく、 人ひとおほく持じ斎さいをすゝむ。 この条じょういかん。

答こたえての給たまはく、 尼あま法ほう師しの食じきの作さ法ほうは、 もともしかるべしといへども、 当世とうせいは機きすでにおとろへたり、 食じき0603すでに減げんじたり。 この分斉ぶんざいをもて一食いちじきせば、 心こころひとへに食じき事じをおもひて念仏ねんぶつしづかならじ。 ¬菩ぼ提だい心しん経ぎょう¼ にいはく、 「食じき菩ぼ提だいをさまたげず、 心こころよく菩ぼ提だいをさまたぐ」 といへり。 そのうゑは、 自じ身しんをあひはからふべきなりと。

八

○ある時とき問といていはく、 往おう生じょうの業ごうにおいてはおもひさだめおはりぬ。 たゞし一いち期ごの身みのありさまをば、 いかやうにか存ぞんじ候そうろうべき。

答こたえての給たまはく、 僧そうの作さ法ほうは、 大だい小しょうの戒律かいりつあり。 しかりといへども、 末法まっぽうの僧そうこれにしたがはず。 源空げんくうこれをいましむれども、 たれの人ひとかこれにしたがふ。 たゞ詮せんずるところは、 念仏ねんぶつの相続そうぞくするやうにあひはからふべし。 往おう生じょうのためには、 念仏ねんぶつすでに正しょう業ごう也なり。 かるがゆへにこのむねをまぼりて、 あひはげむべきなり。

九

ある人ひと問といていはく、 つねに廃悪はいあく修善しゅぜんのむねを存ぞんじて念仏ねんぶつすると、 つねに本願ほんがんのむねをおもひて念仏ねんぶつすると、 いづれかすぐれて候そうろう。

答こたえての給たまはく、 廃悪はいあく修善しゅぜんはこれ諸仏しょぶつの通誡つうかいなりといへども、 当世とうせいのわれら、 ことごとく違い背はいせり。 もし別べっ意ちの弘ぐ願がんに乗じょうぜずは、 生しょう死じをはなれがたきものか。

一〇

○ある人ひと問といていはく、 称名しょうみょうの時とき、 心こころをほとけの相好そうごうにかけん事こと、 いかやうにか候そうろうべき。

答こたえての給たまはく、 しからず。 たゞ 「若にゃく我が成じょう仏ぶつ、 十方じっぽう衆しゅ生じょう、 称しょう我が名みょう号ごう下至げし十じっ声しょう、 若にゃく0604不ふ生しょう者じゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく。 彼ひ仏ぶつ今こん現在げんざい世せ成じょう仏ぶつ。 当とう知ち、 本誓ほんぜい重じゅう願がん不虚ふこ、 衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう」 (礼讃) とおもふばかり也なり。 われらが分斉ぶんざいをもて仏ぶつの相好そうごうを観かんずとも、 さらに如来にょらいの観かんにはあらじ。 たゞふかく本願ほんがんをたのみて、 口くちに名みょう号ごうをとなふる、 この一いち大だい事じのみ仮け令りょうならざる行ぎょう也なり。

一一

○ある人ひと問といていはく、 善導ぜんどう、 本願ほんがんの文もんを釈しゃくし給たまうに、 「至し心しん信しん楽ぎょう欲よく生しょう我が国こく」 (大経巻上) の安心あんじんを略りゃくし給たまふ事こと、 なに心ごころかあるや。

答こたえての給たまはく、 「衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう」 (礼讃) としりぬれば、 自じ然ねんに三心さんしんを具ぐ足そくするゆへに、 このことはりをあらはさんがために略りゃくし給たまへる也なり。

一二

○ある人ひと問といていはく、 毎日まいにちの所しょ作さに、 六万ろくまん・十じゅう万まんの数遍しゅへんをあてゝ不ふ法ほうなると、 二に万まん・三万さんまんの数遍しゅへんをあてゝ如法にょほうなると、 いづれをか正しょうとすべき。

答こたえての給たまはく、 凡ぼん夫ぶのならひ、 二に万まん・三万さんまんをあつといふとも、 如法にょほうの義ぎあるべからず。 たゞ数遍しゅへんのおほからんにしかず、 詮せんずるところ、 心こころをして相続そうぞくせしめんがため也なり。 かならずしもかずを沙汰さたするを要ようとするにはあらず、 たゞ常じょう念ねんのため也なり。 数遍しゅへんをさだめざるは懈け怠だいの因縁いんねんなるがゆへに、 数遍しゅへんをすゝむる也なり。

一三

ある人ひと問といていはく、 上しょう人にんの御房おんぼうの申もうさせ給たまう御おん念仏ねんぶつは、 念念ねんねんごとにほとけの御おん心こころにあ0605ひかなひ候そうろうらんとおぼへ候そうろう。 智ち者しゃにてましませば、 くはしく名みょう号ごうの功く徳どくをもしろしめし、 あきらかに本願ほんがんのやうをも御おん心こころえあるがゆへにと。

答こたえての給たまはく、 なんぢ本願ほんがんを信しんずる事こと、 まだしかりけり。 弥陀みだ如来にょらいの本願ほんがんの名みょう号ごうは、 木きこり・くさかり・なつみ・みづくみのたぐひごときのものゝ内ない外げともにかけて一文いちもん不ふ通つうなるが、 となふればかならずむまるなんと信しんじて、 真実しんじつに欣ごん楽ぎょうして、 つねに念仏ねんぶつ申もうすを最さい上じょうの機きとす。

もし智慧ちえをもて生しょう死じをはなるべくは、 源空げんくうなんぞ聖しょう道どう門もんをすてゝこの浄じょう土ど門もんにおもむくべき。 まさにしるべし、 聖しょう道どう門もんの修しゅ行ぎょうは智慧ちえをきわめて生しょう死じをはなれ、 浄じょう土ど門もんの修しゅ行ぎょうは愚痴ぐちに返かえりて極楽ごくらくにむまると。 已い上じょう信空しんくう上しょう人にんの伝説でんせつなり、 ¬進しん行ぎょう集しゅう¼ よりいでたり

一四

信空しんくう上しょう人にん又またいはく、 先せん師し法然ほうねん上しょう人にん、 あさゆふおしへられし事こと也なり。 念仏ねんぶつ申もうすにはまたく様ようもなし、 たゞ申もうせば極楽ごくらくへむまるとしりて、 心こころをいたして申もうせばまいる事こと也なり。 ものをしらぬうゑに道心どうしんもなく、 いたづらにそへなき物もののゝいふ事こと也なり。 さいはん口くちにて、 阿あ弥陀みだ仏ぶつを一念いちねん・十じゅう念ねんにても申もうせかしと候そうらひし事こと也なり。

又また御ご往おう生じょうのゝち、 三井みい寺でらの住じゅう心しん房ぼうと申もうす学がく生しょう、 ひじりにゆめのうちに問とわれても、 阿あ弥陀みだ仏ぶつはまたく風ふ情ぜいもなくたゞ申もうす事こと也なりと答こたへられたりと。

大谷おおたにの月がっ忌きの導どう師しせらるとて、 おほく0606の人ひとのなかにて説法せっぽうにせられ候そうらいきと。 ¬白川しらかわ消しょう息そく¼ よりいでたり

一五

辯べん阿あ上しょう人にんのいはく、 故こ上しょう人にんの給たまはく、 われはこれ烏え帽子ぼしもきざるおとこ也なり。 十じゅう悪あくの法然ほうねん房ぼうが念仏ねんぶつして往おう生じょうせんといひてゐたる也なり。 又また愚痴ぐちの法然ほうねん房ぼうが念仏ねんぶつして往おう生じょうせんといふ也なり。 安房あわの介すけといふ一文いちもん不ふ通つうの陰おん陽みょう師じが申もうす念仏ねんぶつと、 源空げんくうが念仏ねんぶつと、 またくかわりめなしと。 ¬物もの語がたり集しゅう¼ にいでたり

一六

ある時とき問といていはく、 上しょう人にんの御おん念仏ねんぶつは、 智ち者しゃにてましませば、 われらが申もうす念仏ねんぶつにはまさりてぞおはしまし候そうろうらんとおもはれ候そうろうは、 ひが事ごとにて候そうろうやらん。

その時とき、 上しょう人にん気け色しきあしくなりておほせられていはく、 さばかり申もうす事ことを用もちゐ給たまはぬ事ことよ。 もしわれ申もうす念仏ねんぶつの様よう、 風ふ情ぜいありて申もうし候そうらはゞ、 毎日まいにち六万ろくまん遍べんのつとめむなしくなりて三さん悪道まくどうにおち候そうらはん。 またくさる事こと候そうらはずと、 まさしく御ご誓言せいごん候そうらいしかば、 それより辯べん阿あは、 いよいよ念仏ねんぶつの信心しんじんを思おもひさだめたりき。 同どう ¬集しゅう¼

一七

又また人ひとごとに、 上しょう人にんのつねにの給たまひしは、 一いち丈じょうのほりをこへんとおもはん人ひとは、 一いち丈じょう五ご尺しゃくをこへんとはげむべし。 往おう生じょうを期ごせん人ひとは、 決けつ定じょうの信しんをとりてあひはげむべき也なり。 ゆるくしてはかなふべからずと。 同どう ¬集しゅう¼

一八

○又また上しょう人にんのゝ給たまはく、 念仏ねんぶつ往おう生じょうと申もうす事ことは、 もろこし・わが朝ちょうの、 もろもろの智ち者しゃた0607ちの沙汰さたし申もうさるゝ観念かんねんの念仏ねんぶつにもあらず。 又また学問がくもんをして念仏ねんぶつの心こころをさとりとほして申もうす念仏ねんぶつにもあらず。 たゞ極楽ごくらくに往おう生じょうせんがために南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうして、 うたがひなく往おう生じょうするぞとおもひとりて申もうすほかに別べつの事ことなし。

○たゞし三心さんしんぞ四し修しゅぞなんど申もうす事ことの候そうろうは、 みな南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつは決けつ定じょうして往おう生じょうするぞとおもふうちにおさまれり。 たゞ南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうせば、 決けつ定じょうして往おう生じょうする事ことなりと信しんじとるべき也なり。

○念仏ねんぶつを信しんぜん人ひとは、 たとひ一代いちだいの御みのりをよくよく学がくしきはめたる人ひとなりとも、 文もん字じ一ひとつもしらぬ愚痴ぐち鈍根どんこんの不ふ覚かくの身みになして、 尼あま入にゅう道どうの无智むちのともがらにわが身みをおなじくなして、 智ち者しゃふるまひせずして、 たゞ一向いっこうに南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつと申もうしてぞかなはんずると。 同どう ¬集しゅう¼

一九

又また上しょう人にんのゝ給たまはく、 源空げんくうが目めには、 三心さんしんも南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 五ご念ねんも南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつ、 四し修しゅも南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつなりと。 ¬授手じゅしゅ印いん¼ にいでたり

二〇

又また上しょう人にんかたりての給たまはく、 世よの人ひとはみな因縁いんねんありて道心どうしんをばおこす也なり。 いはゆる父母ぶも・兄きょう弟だいにわかれ、 妻さい子し・朋ぼう友うはなるゝ等とう也なり。 しかるに源空げんくうは、 させる因縁いんねんもなくして、 法ほう爾に法然ほうねんと道心どうしんをおこすがゆへに、 師し匠しょう名なをさづけて、 法然ほうねんとなづけ給たまひし也なり。

されば出しゅつ離りの心こころざしいたりてふかゝりしあひだ、 もろもろの教きょう法ぼうを信しん0608じて、 もろもろの行ぎょう業ごうを修しゅす。 およそ仏ぶっ教きょうおほしといへども、 詮せんずるところ、 戒かい定じょう慧えの三学さんがくをばすぎず。 いはゆる小乗しょうじょうの戒かい定じょう慧え、 大だい乗じょうの戒かい定じょう慧え、 顕けん教ぎょうの戒かい定じょう慧え、 密みっ教きょうの戒かい定じょう慧えなり。

しかるにわがこの身みは、 戒かい行ぎょうにおいて一戒いっかいをもたもたず、 禅ぜん定じょうにおいて一ひとつもこれをえず、 智慧ちえにおいて断惑だんわく証しょう果かの正しょう智ちをえず。 これによて戒かい行ぎょうの人にん師し釈しゃくしていはく、 「尸羅しら清浄しょうじょうならざれば、 三昧さんまい現前げんぜんせず」 といへり。

又また凡ぼん夫ぶの心こころは、 物ものにしたがひてうつりやすし。 たとふるに、 さるのごとし。 ま事ことに散乱さんらんしてうごきやすく、 一心いっしんしづまりがたし。

无漏むろの正しょう智ち、 なにゝよりてかおこらんや。 もし无漏むろの智ち剣けんなくは、 いかでか悪業あくごう煩悩ぼんのうのきづなをたゝむや。

かなしきかなかなしきかな、 いかゞせんいかゞせん。 こゝにわがごときは、 すでに戒かい定じょう慧えの三学さんがくのうつわ物ものにあらず。

この三学さんがくのほかに、 わが心こころに相応そうおうする法門ほうもんありや、 わが身みにたへたる修しゅ行ぎょうやあると、 よろづの智ち者しゃにもとめ、 もろもろの学者がくしゃにとぶらふしに、 おしふる人ひともなく、 しめすともがらもなし。

しかるあひだ、 なげきなげき経きょう藏ぞうにいり、 かなしみかなしみ聖教しょうぎょうにむかひて、 てづからみづからひらきて見みしに、 善導ぜんどう和か尚しょうの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ (散善義) にいはく、 「一心いっしん専念せんねん弥陀みだ名みょう号ごう、 行住ぎょうじゅう坐臥ざが不ふ問もん時じ節せつ久く近ごん0609念念ねんねん不ふ捨しゃ者しゃ、 是ぜ名みょう正定しょうじょう之し業ごう、 順じゅん彼ぴ仏願ぶつがん故こ」 といふ文もんを見みえてのち、 われらがごとくの无智むちの身みは、 ひとへにこの文もんをあふぎ、 もはらこのことはりをたのみて、 念念ねんねん不ふ捨しゃの称名しょうみょうを修しゅして、 決けつ定じょう往おう生じょうの業因ごういんにそなふべし。

たゞ善導ぜんどうの遺ゆい教きょうを信しんずるのみにあらず、 又またあつく弥陀みだの弘ぐ願がんに順じゅんぜり。 「順じゅん彼ぴ仏願ぶつがん故こ」 の文もんふかくたましゐにそみ、 心こころにとゞめたる也なり。

そのゝち、 恵え心しんの先徳せんどくの ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ (巻中) の文もんをひらくに、 「往おう生じょう之し業ごう念仏ねんぶつ為い本ほん」 といひ、 又また恵え心しんの ¬妙みょう行ぎょう業ごう記き¼ の文もんを見みるに、 「往おう生じょう之し業ごう念仏ねんぶつ為い先せん」 といへり。

覚かく超ちょう僧そう都ず、 恵え心しん僧そう都ずにとひての給たまはく、 なんぢが諸しょ行ぎょうの念仏ねんぶつは、 これ事じを行ぎょうずとやせん、 これ理りを行ぎょうずとやせんと。

恵え心しん僧そう都ずこたへての給たまはく、 心こころ万まん境きょうにさへぎる。 こゝをもて、 われたゞ称名しょうみょうを行ぎょうずる也なり。 往おう生じょうの業ごうには称名しょうみょうもともたれり。 これによて、 一いっ生しょう中ちゅうの念仏ねんぶつそのかずをかんがへたるに、 二に十じゅう倶く胝てい遍へん也なりとの給たまへり。

しかればすなはち源空げんくうは、 大唐だいとうの善導ぜんどう和か尚しょうのおしへにしたがひ、 本ほん朝ちょうの恵え心しんの先徳せんどくのすゝめにまかせて、 称名しょうみょう念仏ねんぶつのつとめ、 長じょう日じつ六万ろくまん遍べん也なり。 死期しごやうやくちかづくによて、 又また一万いちまん遍べんをくわえて、 長じょう日じつ七万しちまん遍べんの行ぎょう者じゃなりと。 ¬徹てつ選せん択じゃく¼ にいでたり

二一

禅ぜん勝しょう房ぼうのいはく、 上しょう人にんおほせられていはく、 今度このたびの生しょうに念仏ねんぶつして来迎らいこうにあづからん0610うれしさよとおもひて、 踊ゆ躍やく歓かん喜ぎの心こころのおこりたらん人ひとは、 自じ然ねんに三心さんしんは具ぐ足そくしたりとしるべし。 念仏ねんぶつ申もうしながら後世ごせをなげく程ほどの人ひとは、 三心さんしん不具ふぐの人ひと也なり。 もし歓かん喜ぎする心こころいまだおこらずは、 漸漸ぜんぜんによろこびならふべし。 又また念仏ねんぶつの相続そうぞくせられん人ひとは、 われ三心さんしん具ぐしたりとしるべし。 ¬念仏ねんぶつ問答もんどう集しゅう¼ にいでたり

二二

又またいはく、 往おう生じょうの得とく否ひはわが心こころにうらなへ。 その占うらないの様ようは、 念仏ねんぶつだにもひまなく申もうされば、 往おう生じょうは決けつ定じょうとしれ。 もし疎そ相そうにならば、 順じゅん次じの往おう生じょうはかなふまじとしれ。 この占うらないをしてわが心こころをはげまし、 三心さんしんの具ぐすると具ぐせざるとをもしるべし。 同どう ¬集しゅう¼

二三

又またいはく、 たとひ念仏ねんぶつせん物もの、 十じゅう人にんあらんがなかに九く人にんは往おう生じょうあしくて往おう生じょうせずとも、 われ一人ひとり決けつ定じょうして念仏ねんぶつ往おう生じょうせんとおもふべし。 同どう ¬集しゅう¼

二四

又またいはく、 自じ身しんの罪悪ざいあくをうたがひて往おう生じょうを不ふ定じょうに思おもはんは、 おほきなるあやまり也なり。 さればとて、 ふ[て]かゝりてわろからんとにはあらず。 本願ほんがんの手てひろく、 不ふ思議しぎなる道どう理りを心こころえんがため也なり。 されば、 念仏ねんぶつ往おう生じょうの義ぎをふかくもかたくも申もうさん人ひとは、 つやつや本願ほんがんの義ぎをしらざる人ひとと心こころうべし。

源空げんくうが身みも、 検けん校きょう・別当べっとうどもが位くらいにてぞ往おう生じょうはせんずる、 もとの法然ほうねん房ぼうにては往おう生じょうはえせじ。 されば、 としご0611ろならひあつめたる智慧ちえは、 往おう生じょうのためには要ようにもたつべからず。 されども、 ならひたりしかひには、 かくのごとくしりたれば、 はかりなき事こと也なり。 同どう ¬集しゅう¼

二五

又またいはく、 本願ほんがんの念仏ねんぶつには、 ひとりだちをせさせて助すけをさゝぬ也なり。 助すけさす程ほどの人ひとは、 極楽ごくらくの辺へん地じにむまる。 すけと申もうすは、 智慧ちえをも助すけにさし、 持じ戒かいをもすけにさし、 道心どうしんをも助すけにさし、 慈悲じひをもすけにさす也なり。 それに善人ぜんにんは善人ぜんにんながら念仏ねんぶつし、 悪人あくにんは悪人あくにんながら念仏ねんぶつして、 たゞむまれつきのまゝにて念仏ねんぶつする人ひとを、 念仏ねんぶつにすけさゝぬとは申もうす也なり。

さりながらも、 悪あくをあらためて善人ぜんにんとなりて念仏ねんぶつせん人ひとは、 ほとけの御おん心こころにかなふべし。 かなはぬ物ものゆへにと、 あらんかゝらんとおもひて決けつ定じょう心しんおこらぬ人ひとは、 往おう生じょう不ふ定じょうの人ひとなるべし。 同どう ¬集しゅう¼

二六

又またいはく、 法ほう爾に道どう理りといふ事ことあり。 ほのをはそらにのぼり、 みづはくだりさまにながる。 菓子かしのなかにすき物ものあり、 あまき物ものあり。 これらはみな法ほう爾に道どう理り也なり。 阿あ弥陀みだほとけの本願ほんがんは、 名みょう号ごうをもて罪悪ざいあくの衆しゅ生じょうをみちびかんとちかひ給たまいたれば、 たゞ一向いっこうに念仏ねんぶつだにも申もうせば、 仏ぶつの来迎らいこうは法ほう爾に道どう理りにてそなはるべき也なり。 同どう ¬集しゅう¼

二七

又またいはく、 現げん世ぜをすぐべき様ようは、 念仏ねんぶつの申もうされん様ようにすぐべし。 念仏ねんぶつのさまたげになりぬべくは、 なになりともよろづをいとひすてゝ、 これをとゞむべし。

いは0612く、 ひじりて申もうされずは、 めをまうけて申もうすべし。 妻めをまうけて申もうされずは、 ひじりにて申もうすべし。 住じゅう所しょにて申もうされずは、 流る行ぎょうして申もうすべし。 流る行ぎょうして申もうされずは、 家いえにゐて申もうすべし。 自じ力りきの衣え食じきにて申もうされずは、 他た人にんにたすけられて申もうすべし。 他た人にんにたすけられて申もうされずは、 自じ力りきの衣え食じきにて申もうすべし。 一人いちにんして申もうされずは、 同朋どうぼうとともに申もうすべし。 共ぐ行ぎょうして申もうされずは、 一人いちにん篭ろう居こして申もうすべし。

衣え食じき住じゅうの三みつは、 念仏ねんぶつの助業じょごう也なり。 これすなはち、 自じ身しん安穏あんのんにして念仏ねんぶつ往おう生じょうをとげんがためには、 何事なにごともみな念仏ねんぶつの助業じょごう也なり。 三さん途ずへ帰かえるべき事ことをする身みをだにもすてがたければ、 かへりみはぐゝむぞかし。 まして往おう生じょう程ほどの大だい事じをはげみて念仏ねんぶつ申もうさん身みをば、 いかにもいかにもはぐゝみたすくべし。

もし念仏ねんぶつの助業じょごうとおもはずして身みを貪とん求ぐするは、 三さん悪道まくどうの業ごうとなる。 極楽ごくらく往おう生じょうの念仏ねんぶつ申もうさんがために自じ身しんを貪とん求ぐするは、 往おう生じょうの助業じょごうとなるべき也なり。 万ばん事じかくのごとしと。 同どう ¬集しゅう¼

二八

沙しゃ弥み道遍どうへんかたりていはく、 故こ上しょう人にんおほせられていはく、 往おう生じょうのためには念仏ねんぶつ第一だいいちなり、 学問がくもんすべからず。 たゞし念仏ねんぶつ往おう生じょうを信しんぜん程ほどは、 これを学がくすべしと。 ¬宗しゅう要よう集しゅう¼ にいでたり

付御歌

 御歌

阿あ弥陀みだ仏ぶつと いふよりほかは つのくにの なにはの事ことも あしかりぬべし

0613ちとせふる こまつのもとを すみかにて あみだほとけの むかへをぞまつ

いけのみづ 人ひとの心こころに にたりけり にごりすむ事こと さだめなければ

むまれては まづおもひてん ふるさとに ちぎりしともの ふかきま事ことを

あみだぶつと 申もうすばかりを つとめにて 浄じょう土どの荘しょう厳ごん 見みるぞうれしき

しばのとに あけくれかゝる しらくもを いつむらさきの いろと見みなさん

つゆの身みは こゝかしこにて きへぬとも こゝろはおなじ はなのうてなぞ

阿あ弥陀みだ仏ぶつと 十とこゑとなへて まどろまん ながきめぶりに なりもこそすれ

▼月つきかげの いたらぬさとは なけれども ながむる人ひとの こゝろにぞすむ