一八(270)、諸方返報

諸方しょほう返報へんぽうだいじゅうはち つうあり

 

・遣兵部卿基親之返報

ひょうぶのきょう基親もとちかつかはす返報へんぽういち 基親もとちかじょうをつけたり

遣↢兵部卿基親↡之返報一 タリ基親

おおせのむねつつしみてうけたまはりそうらひおはりぬ。 ふかずいしたてまつるところなり。 信心しんじんらしめましますやうの、 折紙おりがみつぶさにこれを拝見はいけんせしめそうろふ。 一分いちぶんといへどもあん所存しょぞんたがはずそうろふ。

0271旨、謹承候畢。深↠奉↢随喜↡也。令↠取↢御信心マシマ之様、折紙具↣拝↢見之↡候。雖↢一分↡不↠違↢愚按之所存↡候。

しかるにちかごろ一念いちねんほか数遍しゅへんやくもうきたそうろふと、 ほぼうけたまはりそうろこと勿論もちろんなり。 いふにらずそうろふ、 もんはなれてもうともがらはもしすでにしょうそうろふか、 いかん。 もつともしんそうろふ。 またふか本願ほんがんしんぜんものは、 かいかえりみるべからざるよしこと、 これもまたもんおよぶべからずそうろことか。 仏法ぶっぽうどうは、 ほかもとむべからずそうろふ。

近来一念之外数遍無益出来候、粗承候事勿論也。不↠足↠言候、離↠文↠証候乎、如何。尤不審候。又深ゼン↢本願、不↠可↠顧↢破戒↡之由事、此又不↠可↠及↢御問↡候事歟。附仏法外道者、外不↠可↠求候。

およそちかごろの念仏ねんぶつしゃてんきおきたそうらひて、 かくのごときの誑言おうごんきたそうろふか。 なほなほ左右さふにあたはずそうろふ。 見参けんざんにあらずんばつくしがたくそうろふ。 恐々きょうきょう謹言きんげん

近来念仏者天魔競、如キノ↠此誑言出来候歟。猶々不↠能↢左右↡候。非ンバ↢見参↡者難↠尽候哉。恐々謹言。

八月はちがつじゅう七日しちにち  源空げんくう

八月十七日  源空

・基親卿状

基親もとちかきょうじょう

基親卿

そののち何事なにごとそうろふや。 そもそも念仏ねんぶつ数遍しゅへんならびに本願ほんがんしんずるやう、 基親もとちかあんかくのごとくにそうろふ。 難者なんじゃもうじょう、 いはれなくおぼそうろふ。 この折紙おりがみぞんむねひつをもつてきたまはるべくそうろふ。 これすなはち難者なんじゃやぶられざらんがゆゑなり。

後何事候哉。抑念仏数遍并信↢本願↡之様、基親愚案如クニ↠此候。難者申状、無↠謂候。此折紙御存知之旨、以↢御自筆↡可↠書給↡候。則難者不ンガ↠被↠破故ナリ也。

べつべつぎょうひともうそうろふは、 みみほかにすべくそうろふといへども、 おん弟子でしらのせつまでそうらへば、 しんをなしそうろふなり。 また念仏ねんぶつするものは、 女犯にょぼんはばかるべからずともうしあひてそうろふ、 ざい勿論もちろんそうろふ。 しゅっはあながちに本願ほんがんしんずればとて、 しゅっにんおんなちかづけとそうろじょう、 いはれなくそうろふか。 善導ぜんどうしょうげて女人にょにんたまはずそうろふ。 このことらあらあらおおせをこうむるべくそうろふ。 きょうこう謹言きんげん

別解・別行之人者、雖↧可↢耳外↡候↥、御弟子等マデヘバ者、作↢不審↡候也。又念仏スル、女犯不↠可↠憚候、在家勿論候。出家チニ信↢本願トテ、出家人近↠女条、無↠謂哉。善導和尚↠目不↠見0272タマハ↢女人↡候。此事等麁々アラアラ可↠蒙↠仰候。恐惶謹言。

八月はちがつじゅうにち  基親もとちか

八月十五日  基親

 折紙おりがみじょう

 

・基親取信信本願之様

基親もとちか取信しゅしんして本願ほんがんしんずるやう

基親取信信↢本願↡之様

¬双巻そうかんぎょう¼ (大経) じょうにいはく、 「もしわれぶつんに、 十方じっぽうしゅじょうしんしんぎょうして、 わがくにしょうぜんとほっして、 ないじゅうねんせんに、 もししょうぜずは、 しょうがくらじ」 と。

¬双巻経¼上云、「設ンニ↠仏、十方衆生、至心信楽シテ、欲シテ↠生ント↢我↡、乃至十念センニ、若↠生者、不↠取↢正覚↡。」

どう ¬きょう¼ (大経) にいはく、 「あらゆるしゅじょうそのみょうごうきて、 信心しんじんかんし、 ない一念いちねんしんこうして、 かのくにしょうぜんとがんずれば、 すなはちおうじょうて、 退転たいてんじゅうす」 と。

同¬経¼(大経) 下云、「諸有衆生聞↢其名号↡、信心歓喜、乃至一念至心回向シテ、願ズレバ↠生ント↢彼↡、即得↢往生↡、住↢不退転↡。」

¬おうじょう礼讃らいさん¼ にいはく、 「いま弥陀みだほんぜいがん、 および名号をしょうすることしもじっしょういっしょうとういたるまで、 さだめておうじょうしんして、 ない一念いちねんしんあることなし」 と。

¬往生礼讃¼云、「今信↧知シテ弥陀本弘誓願、及コト↢名号↡下至マデ↢十声一声等↡、定↦往生↥、乃至一念↠有コト↢疑心↡。」

¬かんぎょうしょ¼ (散善義) にいはく、 「いちにはけつじょうしてふかしんげんにこれ罪悪ざいあくしょうぼん広劫こうごうよりこのかたつねにもっしつねにてんして、 しゅつえんあることなしとしんず。 にはけつじょうしてふかくかの弥陀みだぶつじゅうはちがんしゅじょうしょうじゅして、 うたがいなくおもんぱかりなくかの願力がんりきじょうじてさだめておうじょうしんず」 と。

¬観経疏¼(散善義) 云、「一ニハ者決定深信↢自身罪悪生死凡夫、広劫ヨリ已来 タ没常流転シテ、無シト↟有コト↢出離之縁↡。二ニハ者決定シテ信↧彼阿弥陀仏四十八願摂↢受衆生↡、無↠疑無↠慮乗ジテ↢彼願力↡定↦往生↥。」

これらのもんぞんそうらひて、 基親もとちか罪悪ざいあくしょうぼんなりといへども、 一向いっこう本願ほんがんしんじ、 みょうごうとなそうろこと毎日まいにち万遍まんべんなり。 けつじょうして本願ほんがんりきじょうじてじょうぼんおうじょうすべきのよしふかぞんせしめそうろふところなり。 このほかべつりょうけんなくそうろふ。

0273↢此等↡候、基親雖↠為↢罪悪生死之凡夫↡、一向↢本願↡、唱↢名号↡候事、毎日五万遍也。決定シテジテ↢本願力↡可キノ↣往↢生上品↡之、深所↧令↢存知↡候↥也。此無↢料簡↡候。

しかるにあるひとのいはく、 本願ほんがんしんぜんひと一念いちねんなり。 しかれば万遍まんべんやくなり、 本願ほんがんしんぜざるなりともうす。 基親もとちかこたへていはく、 念仏ねんぶついっしょうほかひゃっぺんない万遍まんべんおよばんものは、 本願ほんがんしんぜざるなりといふもんそうろふやともうすに、 難者なんじゃのいはく、 りきにてはおうじょうかなひがたし、 ただ一念いちねんしんじょうじてのちは、 念仏ねんぶつ数遍しゅへんやくなりともうす。

或人云、信ゼン↢本願↡人一念也。然者五万遍無益也、不↠信↢本願↡也。基親答云、念仏一声之外↢百遍乃至万遍、不ナリト↠信↢本願↡云ヤト乎申スニ、難者、自力ニテハ往生難↠叶、只一念ジテ↠信、念仏数遍無益也

基親もとちかまたもうしていはく、 りきおうじょうとは、 ぞうぎょうとうをもつておうじょうねがふともうさばこそ、 りきとはもうそうらはめ。 善導ぜんどうしょうの ¬しょ¼ (散善義) に 「かみひゃくねんつくしも一日いちにち七日しちにちいたるまで、 一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんずれば、 さだめておうじょうすることを、 かならずうたがいなきなり」 といふにしたがそうらへば、 ひゃくねん念仏ねんぶつすべきとこそそうらへ。

基親又申、自力往生トハ者、以↢他雑行等↡願フト↢往生↡申サバコソ者、自力トハハメ。随↧善導和尚¬疏¼云フニ↦「↢百年↡下至マデ↢一日七日↡、一心専念レバ↢弥陀名号↡、定得↢往生コトヲ↡必無↠疑也」↥候ヘバ者、百年トコソ↢念仏↡候

またしょうにん御房おんぼう七万しちまんべんとなへしめまします。 基親もとちかおん弟子でし一分いちぶんたり、 よりて員数いんじゅおおとなへんとぞんそうろふなりともうすに、 難者なんじゃのいはく、 ねんよりは仏恩ぶっとんほうずる念仏ねんぶつなりともうす。 すなはち ¬礼讃らいさん¼ にいはく、 「相続そうぞくして仏恩ぶっとん念報ねんぽうせざるがゆゑに」 と。

又上人御房令↠唱↢七万遍↡御。基親↢御弟子之一分↡、仍員数多ントスニ、難者云、自リハ↢二念↡報ズル↢仏恩↡念仏也。即¬礼讃¼云、「不↣相続シテ念↢報仏恩↡故。」

基親もとちかこたへていはく、 仏恩ぶっとんほうずるにても、 念仏ねんぶつ数返しゅへんおおそうらはんになんなきかと。 わたくしにいはく、 難者なんじゃといふはじょうかくぼうなり

基親答云、報ズルニテモ↢仏恩↡、念仏数返ハンニ↠難歟云、難者成覚房ナリ

 

・遣或人之返報

あるひとつかはす返報へんぽう ¬なんしょう¼ にいはく、 *くう弥陀みだぶつつかはす」 と

おおせのむねくわしくもつてうけたまわそうらひおはりぬ。 まづ所労しょろうこと、 かへすがえへすたんたりたんたり。 ただししょうかつやまいは、 たとひだいそうろふといへども、 ぶんもんおよこときたらずそうろふか。 そもそもぼんしゅつしょうは、 おうじょうじょうにはしかず、 おうじょうごうおおしといへども、 称名しょうみょう念仏ねんぶつにはしかずそうろふ。 称名しょうみょうおうじょうは、 これかのぶつ本願ほんがんぎょうなり。

旨委以承候畢。先御所労事、返々タン為↠歎。但痟□者、設雖↢大0274↡、多分及↢死門↡事不↢出来↡候歟。抑凡夫出離生死、不↠如↢往生浄土ニハ↡、往生之業雖↠多シト、不↠如↢称名念仏ニハ↡候。称名往生、是彼本願行也。

ゆゑに善導ぜんどうしょう (礼讃) のいはく、 「¬りょう寿じゅきょう¼ にいふがごとし。 もしわれじょうぶつせんに、 十方じっぽうしゅじょう、 わがみょうごうしょうすることしもじっしょういたるに、 もししょうぜずはしょうがくらじと。 かのぶついまげんにましましてじょうぶつしたまふ。 まさにるべし、 本誓ほんぜいじゅうがんむなしからざることを、 しゅじょうしょうねんすればかならずおうじょう」 と。 ゆゑにりぬ称名しょうみょうおうじょうはこれ弥陀みだ本願ほんがんなり。 ゆゑに念仏ねんぶつときこのかんをなすべし。 本願ほんがんあやまらず、 かならずいんじょうれたまへと。 このほかにはべつかんぎょうそうろふべからざるか。

善導和尚云、「如↢¬無量寿経¼云↡。若成仏センニ、十方衆生、称↢我名号↡下至↢十声↡、若不↠生者不↠取↢正覚↡。彼仏今現在↠世成仏シタマフ。当↠知、本誓重願不コトヲ↠虚、衆生称念スレバ必得↢往生↡。」称名往生是弥陀本願也。故念仏之時可↠作↢是↡。本願不↠誤、必タマヘト↢引摂↡。此ニハ観行不↠可↠候歟。

また ¬おうじょうようしゅう¼ (巻中) りんじゅうぎょうにいはく、 「このねんをなすべし、 如来にょらい本誓ほんぜい一毫いちごうあやまることなし。 ぶつけつじょうしてわれをいんじょうしたまへ、 南無なも弥陀みだぶつ。 あるいは漸々ぜんぜんようりてねんずべし、 ぶつかならずいんじょうしたまへ、 南無なも弥陀みだぶつ」 と。 りんじゅう観念かんねんようるに、 これにぎずそうろふか。

又¬往生要集¼臨終行儀云、「応↠作↢是念↡、如来本誓一毫↠謬コト。仏決定シテ引↢摂シタマヘ↡、南無阿弥陀仏。或漸々取↠要応↠念、仏必引摂シタマヘ、南無阿弥陀仏。」 臨終観念取↠要、不↠過↠之候歟。

またしょうねんとき称名しょうみょうこうそうらひぬれば、 たとひりんじゅう称名しょうみょう念仏ねんぶつせずといへども、 けつじょうしておうじょうつかまつりそうろよし、 ¬ぐんろん¼ にえたり。 そのむねぞんせしめたまふべくそうろふ。 さいこの御房おんぼうもうそうらひおはりぬ。 謹言きんげん

又正念之時称名積↠功ヌレバ者、設臨終雖↠不↢称名念仏↡、決定往生仕候之、見タリ↢¬群疑論¼也。其旨可↧令↢存知↡給↥候。子細此御房候畢。謹言。

三月さんがつ十日とおか  源空げんくう

三月十日  源空

 

空阿弥陀仏 ¬西方指南抄¼には見あたらない。