0735◎法然上人伝法絵 下巻

 

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七箇条起請文

○一一  あまねく予よが門人もんにん◗の念仏上人等とうに告つげ たまはく。

◇いまだ一句くの文もんをうかゞはず真言しんごん・止し観くわんを破はし、 余よ仏ぶち・菩ぼ薩さちを謗はうじ奉たてまつる事を停ちやう止じすべき事。

◇右みぎ、 道だうを立りふ破はするにいたては、 学がく生しやうのふるところ也、 愚ぐ人にんの境きやう界がいにあらず。 しかのみならず、 誹ひ謗はう正しやう法ぼふは弥陀の願に免除めんぢよせられたり。 その報ほうまさに那な落らくに堕だすべし。 豈あに痴ち闇あむのいたりにあらずや。

◇一二  无智むちの身みをもて有智うちの人にむかひ、 別べち行ぎやうのともがらにあふてこのみて諍じやう論ろんを致いたすことを停ちやう止じすべき事。

◇右みぎ、 論ろん義ぎは、 智ち者しやの有うなり、 さらに愚ぐ人にんの分ぶんにあらず。 又諍じやう論ろんのところはもろもろの煩悩ぼむなう起おこる。 智ち者しやこれを遠おん離りすること百由ゆ旬じゆんなり。 いはむや一向かう念仏ねむぶちの行人においておや。

◇一三  別べち解げ・別べち行ぎやうの人にむかふて、 愚痴ぐち偏執へんじふの心こゝろをもてまさに本業ほんごふを棄置きちし、 しゐてこれを嫌けむ喧くわんすべしといふことを停ちやう止じすべき事。

◇右みぎ、 修道しゆだうのならひ、 おのおのつとむるにあえて余よ行を遮しやせず。 ¬西方要えう決くゑち¼ (意) にいはく、 「別べち解げ・別べち行ぎやうのものには、 すべて敬きやう心しむをおこせ。 もし軽きやう慢まんを生しやうぜば、 つみをえむこときわまりなし」 と 云々。 何なんぞこの制せいをそむかむや。

◇一四  念仏門もんにおいて、 戒かい行ぎやうなしと号がうして専もはら淫酒いんしゆ食しよく肉にくをすゝめ、 たまたま律りち儀ぎをまもるものを雑ざふ行ぎやうとなづく、 弥陀の本願をたのむもの、 説といて造悪ざうあくをおそるゝことなかれといふ事を停ちやう止じすべきこと。

◇右みぎ、 戒かいはこれ仏法の大だい地ぢなり、 衆しゆ行ぎやうまちまちなりといゑどもおなじくこれをもはらにす。 これをもて善導ぜんだう和くわ尚しやう、 めをあげて女人をみず。 この行状ぎやうじやうのおもむき、 本律ほんりちの制せい浄じやう業ごふのたぐひにすぎたり。 これに順しゆんぜずは、 すべて如来の遺教ゆいけうをわすれたり、 別べちしては祖師そしの旧跡きうせきにそむく。 かたがた拠よ るところなきもの歟か。

一五  是非ぜひをわきまへざる痴ち人にん、 聖しやう教げうをはなれ師し説せちにあらず、 おそらくはわたくしの義ぎを述じゆちしみだりに諍じやう論ろんをくわだて、 智ち者しやにわらはれ愚ぐ人にんを迷乱めいらんする事を停ちやう止じすべき事。

◇右みぎ、 無智の大天魔ま、 この朝てうに再誕さいたんして、 みだりがわしく邪じや義ぎを述じゆちノブ す。 すでに九十五種しゆの異い道だうに同おなじドウジ 、 もともこれをかなしむべし。

◇一六  痴ち鈍どんのみをもて、 ことに唱しやう導だう オコナフ をこのみ、 正法をしらずして種種しゆじゆの邪じや法をとき、 無智むちの道俗だうぞくを教化けうくゑすることを停ちやう止じすべき事。

◇右、 さとりなくして師しとなるは、 これ ¬梵網ぼむまう¼ の制戒せいかいなり。 黒闇こくあむのたぐひ、 おのれが才さいをあらはさむとおもふて、 浄土の教けうをもて芸能げいのうとして、 名みやう利りを貪とむじ檀越だんおちをのぞむ。 おそらくは自由じゆの妄説まうせちをなして、 世せ間けんの人を狂惑わうわくせむ。 誑法わうぼふのとが、 ことにおもし。 このともがらは国賊こくぞくにクニノヌスビトあらずや。

◇一七  みづから仏教けうにあらざる邪じや法をときて正法とし、 師し範はんの説せちと号がうする事を停ちやう止じすべき事。

◇右、 おのおの一人なりといゑども、 つめるところ豫わが一身しんのためなりととく。 衆悪しゆあくをして弥陀の教文けうもんをけがし、 師し匠しやうの悪あく名みやうをあぐ、 不ふ善ぜんのはなはだしきこと、 これにすぎたる事なきもの也。

◇以い前ぜん七箇か条でう甄録けんろくかくのごとし。 一分ぶんも教文けうもんをまなばむ弟子でし等らは、 すこぶる旨し趣しゆを知しりて年来ねんらいのあひだ念仏を修しゆすといゑども、 聖しやう教げうに随ずい順じゆんして、 あえて人心ひとのこゝろにたがはず、 世よ聴きこへをおどろかすことなかれ。 これによて、 いま三十箇か年ねん无為ぶゐなり。 日にち月ぐゑちをわたりて近ちか◗き王わうにいたるまで、 この十箇か年ねんより以後いご、 無智むち不ふ善ぜんのともがら時時ときどき到来たうらいす。 たゞ弥陀の浄じやう業ごふを失しちするのみにあらず、 又釈しや迦かの遺法ゆいほふを汚穢わゑす。 何 なんぞ烱きやう誡かいをくわへざらむや。

◇この七箇か条でうのうち、 不ふ当たうのあひだ巨こ細さいの事等じらおほし。 註ちゆ述じゆちしがたし。 すべてかくのごときらの無む方はう、 つゝしんでおかすべからず。 このうへなほ制法せいほふをそむくともがらは、 これ予よ◗が門人もんにんにあらず、 魔まの眷くゑん属ぞくなり。 さらに草庵さうあむにきたるべからず。

◇自じ今こむ以後いご、 おのおのきゝおよばむにしたがふて、 かならずこれをふれらるべし。 余よ人にんあひともなふことなかれ。 もししからずは、 これ同どう意いの人なり。 かのとがなすごときのものは、 同法どうほふをいかり師し匠しやうをうらむることあたはず。 自じ業ごふ自じ得とくのことはり、 たヾおのれが身みにありならくのみ。

◇このゆへに、 今日こむにち四方はうの行人をもよおして、 一室しちにあつめて告がう命みやうすらく、 風ふ聞ぶんありといゑども、 たしかにたれの人のとがとしらず、 沙汰さたによて愁歎しうたんす。 年序ねんじよをおくる、 とヾめもだすべきにあらず。 先まづちからのおよぶにしたがて、 禁遏きむあちのはかりごとをめぐらすところ也。 よてそのおもむきを録ろくして門葉もんえふ等らにしめす状じやう、 如↠ごとし件くだん。の

 ◇元ぐゑん久きう元ぐわん年ねん十一月七日        沙門しやもん源ぐゑん空く

◇見けん仏 聖しやう蓮れん 行ぎやう西さい 源ぐゑん智ち 証しよう空く 尊西そんせい 感かむ聖せい 善信ぜんしん 道だう亘くわん 導西だうさい 寂じやく西さいセイ 西縁さいえん 幸西かうせい 西さい意い 源ぐゑん蓮れん 行ぎやう空く 宗慶そうけい 親西しんさい 信蓮しんれん 仏心しむ 蓮生れんせい

元ぐゑん久きう二年四月五日、 九条でう殿どのにまいりて退たい出しゆつの時、 頭づ光くわうを現げんじ、 蓮華れんぐゑをふみて、 はるかに地ぢをはなれてあゆみ給ければ、 入道にふだう殿でん下か、 にわにおりて拝 おがみ奉たてまつり給けり。 さて人々にかゝる事ありつ、 おのおのおがみつるかと仰 おほせありければ、 隆信たかのぶ入道戒心かいしむ房ばう・中納言◗の阿あ闍じや梨り尋じむ玄ぐゑん、 おがまざるよし申けり。 これよりいよいよ御ご帰くゐ依えはなはだしかりけり。

元ぐゑん久きう三年正月四日、 三尊ぞん大身しんを現げんじ給ふ。 又五日、 おなじく現げんじ給ふと 云々。

元ぐゑん久きう三年七月に、 吉水よしみづをいでゝ小こ松まつ殿どのにおはしましける時とき、
  こまつとは たれかいひけむ おぼつかな くもをさゝふる たかまつのきを

権ごん律りち師し隆りう寛くわん、 こまつどのへまいられたりけるに、 御み堂だうのうしろどにて、 上人一巻くわんの書しよを持もちて、 隆りう寛くわんのふところにおし入いれ給たまふ。 月輪つきのわ殿どのの仰おおせによりてつくり給へる ¬選せん択ぢやく集しふ¼ これなり。

上じやう西門せいもんの女院によゐんにて、 上人七日◗の説戒せちかいありけるに、 からがきのうゑに一の蛇くちなはあり。 夏なつの事なれば目めおどろかずといゑども、 日ひごとにかくる事なくして、 わだかまりてすこぶる聴ちやう聞もんの気け色しきみへければ、 人々目めもあやにみけり。 第だい七日の結けち願ぐわんにあたりて、 このくちなわ、 からがきのうへにて死しにけるほどに、 そのかしら二ふたつにわれて、 中なかより蝶てうのやうなるものいづとみる人もあり。 又かしらばかりわれたりとみる人もありけり。 又天人ののぼるとみる人もありけり。 昔むかし遠おん行ぎやうするひじり、 その日くれにければ、 野の中なかにつかあなのありけるにとヾまりて、 よもすがら ¬無む量りやう義ぎ経きやう¼ をそらに誦じゆしけるほどに、 かのつかあなの中に五百の蝙蝠かはほりありけり。 この ¬経きやう¼ 聴ちやう聞もんしつる功徳によりて、 このかはほり、 五百の天人となりてたう利り天てんにむっまれぬといへり。 いまひとすぢのくちなはあり、 七日の説戒せちかいの功く力りきにこたへて、 雲くもをわけてのぼりぬるにやと、 人々随ずい喜きをなす。 かれは上じやう代だいなるうへに大国だいこくなり、 これは末代まちだいにして又小国せうごくなり。 希き代だいの勝しよう事しなり、 凡おほよそ人の所しよ為ゐにあらずとぞ、 ときの人々申ける。

「わざわい三女さむぢよよりおこる」 といふ本文ほんもんあり。 隠岐おきの法皇ほふわうの御おん熊くま野のまうでのひまに、 小御こご所 しよの女房によばう達たち、 つれづれをなぐさめむために、 上人の御おむ弟子でし蔵人くらむど入道安楽あんらく房ばうは、 日本にちぽん第だい一の美び僧そうなりければ、 これをめしよせて礼讃らいさんせさせて、 そのまぎれに灯とう明みやうをけしてこれをとらへて、 種々しゆじゆ不思議ふしぎの事どもありけり。 法皇ほふわう御下げ向かうののち、 これをきこしめして、 逆鱗げきりんのあまりに住蓮ぢゆれん・安楽あんらく二人おば、 やがて死し罪ざいにおこなはれにけり。 その余よ失しち、 なほやまずして上人のうゑにおよびて、 建永けんえい二年二月廿七日、 御年七十九、 おぼしめしもよらぬ遠おん流るの事あり。 権者ごんじやの凡ぼむ夫ぶに同どうずる時、 かくのごとくの事さだまれるならひなり。 唐たうには一行ぎやう阿あ闍じや梨り・白楽はくらく天てん、 わが朝てうには役えんの行者・北きた野のの天神じん、 おどろくべからずといゑども、 おろかなるわれらがごときは、 時ときにあたりては、 しのびがたきなげきなるべし。

同 おなじき日ひ、 大納言ごんの律りち師し公金こうきむ、 のちには嵯峨さがの正しやう信しん上人と申き。 ことにたふとき人にて、 慈じ覚かく大師しの御袈裟けさならびに天台てんだい大だい乗じよう戒かい等とう、 上人の一の御弟子でし信空しんくうにこれをつたへ給へり。 おなじく西国さいごくへながされ給とて、 御ふねにのりうつりて、 なごりをおしみ給けり。 いとあはれにぞおぼゆる。

摂津 つの国くに経きやうのしまにとまらせ給ければ、 村里むらざとの男女なむによ・大小・老らう若にやくジヤク、 まいりあつまりけり。 その時、 念仏の御すゝめいよいよひろく、 上下結縁けちえんかずをしらず。 この島しまは、 六波羅はらの大だい相しやう国こく、 一千部ぶの ¬法華ほふくゑ経きやう¼ を石いしのおもてにかきて、 おほくののぼりぶねをたすけ、 人のなげきをやすめむために、 つきはじめられけり。 いまにいたるまで、 くだるふねには、 かならず石をひろいておくならひなり。 利り益やくまことにかぎりなきところなり。

播はり磨まのむろにつき給ければ、 君きむだちまいりけり。 昔むかし小こ松まつの天皇わう、 八人の姫宮ひめみやを七道につかはして、 君きみの名なをとゞめ給中に、 天王寺じの別当べちたう僧そう正じやう行ぎやう尊そん、 拝堂はいだうのためにくだられける日、 江え口ぐち神崎かんざきの君きむだち、 御ふねちかくふねをよせける時、 僧そうのふねにみぐるしくやと申ければ、 神歌かみうたをうたい出いだし侍はんべりけり。
  うろぢより むろぢへかよふ しやかだにも らごらがはゝは ありとこそきけ
とうちいだし侍ければ、 さまざまの纏頭てんとうし給けり。 又おなじき宿しゆくの長ちやう者じや、 老らう病びやうにせまりて、 最さい後ごのいまやうに、 「なにしにわがみのおいぬらむ、 思へばいとこそかなしけれ。 いまは西方極楽の、 みだのちかひをたのむべし」 と、 うたひて往生しけるところなり。 よて上人をおがみたてまつりて、 縁えんをむすばむとて、 くもかすみのごとく、 まいりあつまりける中に、 げにげにしげなる修しゆ行ぎやう者しやとひ奉たてまつる。 至し誠じやう心しむ等とうの三心を具ぐし候べきやうおば、 いかゞ思ひさだめ候べき。 上人答こたへての給く、 三心を具ぐする事は、 たゞ別べちのやうなし。 阿弥陀仏の本願に、 わが名号を称しよう念ねんせば、 かならず来迎らいかうせむとおほせられたれば、 決定くゑちぢやうして引いん接ぜふせられまいらすべしとふかく信しんじて、 こゝろに念ねむじ口くちに称しようするにものうからず。 すでに往生したる心こゝ地ちして、 最さい後ごの一念にいたるまでおこたらざれば、 自じ然ねんに三心具ぐ足そくするなり。 又在ざい家けのものどもは、 さほどに思はねども、 念仏申すものは極楽にむまるゝなればとて、 つねに念仏をだに申せば、 三心は具ぐ足そくするなり。 さればこそ、 いふかひなきものどもの中にも、 神妙しんべうの往生はする事にてあれ。 たゞうらうらと本願をたのみて、 南无阿弥陀仏とおこたらずとなふべき也。

同三月廿六日、 讃岐さぬきの国くにしほあきの地ぢ頭とう、 駿河するがの権 ごんの守かみ高階たかしなの時遠ときとお入道西仁さいにんがたちにつき給ふ。 さまざまのきらめきにて美び膳ぜんを奉たてまつり、 湯ゆひかせなどして、 こゝろざしいとあはれなりけり。 これを御ご覧らむじて、 上人の御歌うた、
  ごくらくも かくやあるらむ あらたのし とくまいらばや 南無阿弥陀仏
  あみだぶと いふよりほかは つのくにの なにはの事も あしかりぬべし
又云、いはく 「名みやう利りは生死のきづな、 三途づの鉄網てちまうにかゝる。 称名しようみやうは往生のつばさ、 九品ぼむの蓮台れんだいにのぼる」。
時遠ときとお入道西仁さいにん、 問とい奉たてまつりて云いはく、 自じ力りき・他た力りきの事は、 いかゞこゝろえ候べき。 答こたへて云く、 源ぐゑん空くうは殿てん上じやうへまいるべききりやうにてはなけれども、 上かみよりめせば二度どまでまいりたりき。 これはわがまいるべきしきにてはなけれども、 上の御力ちからなり。 まして阿弥陀仏の御力ちからにて称名しようみやうの願にこたへて来迎らいかうせさせ給はむ事おば、 なにの不ふ審しむかあらむ。 自じ身しんのつみおもくして無智むちなれば、 仏もいかにしてすくひ給はむなど思はむは、 つやつや仏の願をしらざる人なり。 かゝる罪人ざいにんを、 やすやすとたすけむれうに、 おこし給へる本ほん願の名号をとなへながら、 ちりばかりもうたがふ心あるまじきなり。 十方衆生の願の中には、 有智うち・無智むち、 有う罪ざい・無む罪ざい、 善人ぜんにん・悪あく人、 持ぢ戒かい・破は戒かい、 男なむ子し・女人、 三宝ぼう滅尽めちじんののちの百歳さいまでの衆生、 みなこもれり。 かの三宝ぼう滅尽めちじんの時の念仏者しやと、 当たう時じのわ入道殿どのなどは仏のごとし。 かの時ときは人寿にんじゆ十歳さいとて、 戒かい定ぢやう慧ゑの三学がくの名なをだにもきかず、 いふばかりもなきものどもの来迎らいかうにあづかるべき道だう理りをしりながら、 わが身のすてられまいらすべきやうおば、 いかゞ案あんじいだすべき。 たゞ極楽のねがはしくもなく、 念仏の申されざらむ事のみこそ、 往生のさわりにてはあるべけれ。 かるがゆへに他た力りきの本願とも、 超てう世せの悲ひ願ぐわんとも申也。 時遠ときとお入道、 いまこそこゝろえ候ぬれとて、 てをあはせてよろこびけり。

讃岐さぬきの国くに小こ松まつの庄しやうは、 弘法こうぼふ大師しの建立こんりふ、 観くわん音おむの霊験れいげんのところ、 生しやう福ふく寺じにつき給ふ。

そもそも当国たうごくに、 同じき大師しの父ちゝのために名なをかりて、 善通ぜんつう寺じといふ伽が藍らんおはします。 記き文にいはく、 「これにまいらむ人は、 かならず一仏浄じやう土どのともたるべきよし侍はんべりければ、 このたびのよろこび、 これにあり」 とて、 すなわちまいり給けり。

同どう行ぎやうたち、 名なにきこへたるところ也。 いざや、 さぬきの松山まつやまみむといひければ、 われもゆかむとて上人もわたり給たりけるに、 人々おもしろさにたえずして、 一首しゆづゝあるべきよしいひければ、 上人、

  いかにして われごくらくに まいるべき みだのちかひの なきよなりせば
人々、 この御歌うた落題らくだいに候、 松山まつやま遠おん流るのけしき候はずとなんじ申ければ、 さりとては、 ところのおもしろくて、 こゝろのすめば、 かくいはるゝなりとおほせられければ、 みななみだおとしてけり。

建けん暦りやく元ぐわん年ねん八月、 かへりのぼり給べきよし、 中納言ごん光親みつちかの卿きやうのうけたまはりにてありけるに、 しばらく勝かち尾おの勝しよう如によ上しやう人にんの往生の地ぢ、 いみじくおぼへて御逗留とうりうありけるに、 道俗だうぞく男女なむによまいりあつまりけり。
かくて恒例こうれいの引声いんぜい念仏、 聴ちやう聞もんのおはりに、 僧そうの衣い装しやうことやうなりければ、 信空しんくう上しやう人にんのもとへこのやうをおほせられて、 装しやう束ぞく勧くわん進じんのありければ、 ほどなく法服ほふぶく十五具ぐすゝめ出いだしてもちてまいり給けり。 感かむにたへて住僧ぢゆそう等ら、 臨りむ時じの念仏七日七夜勤修ごんしゆする也。
当山たうざんに一切さい経きやうましまさゞりければ、 上人所しよ持ぢの経きやう論ろんをくだし給けるに、 寺じ僧そう七十人ばかり、 蓋がいをさし、 香かうをたき、 花はなをちらし、 おのおの歓くわん喜ぎして迎むかへ奉たてまつり、 あまさへ聖覚せいかく法印ほふいんを唱しやう道だうとして開題かいだい・讃嘆さんだんし奉たてまつりける。 その言ことばにいはく、 「夫それ以おもんみれば、 智慧ちゑは諸仏の万行の根本こんぽんなり。 これをもて、 六度どの中には般若はんにやを第だい一とす。 すでに往生をねがひ、 仏身しんをねがふ。 仏といふは即すなはち是これ智慧ちゑ究く竟きやうせる名ななり。 尤もともさとりを起おこして、 たえむにしたがひて、 弥陀の功く徳どく・極楽の荘しやう厳ごむおも観くわんずべし。 何なむぞたゞ無智むちの称名しようみやうをすゝむるや。 是これ大きに仏法の通つう道だう理りにそむけり。 何なむぞいはく、 仏法において智慧ちゑをもて最さい勝しようとする事勿論もちろんなり。 いま一代だいを分別ふんべちするに二種しゆあり。 一には聖しやう道だう、 二には浄土なり。 かの聖しやう道門だうもんといふは、 智慧ちゑをきわめて生死をはなる。 いま浄土門といふは、 愚痴ぐちにかへりて極楽にむまる。 二門もんともに一仏の所説しよせちなりといゑども、 廃立はいりふ参差しむしやし天地懸くゑん隔かくなり、 これすなわち大聖しやうの善巧ぜんげう利り生しやう方便はうべんなり。 常じやう途づの教けう義ぎをもて、 みだりがはしく難なんずべからず。 それ愚痴ぐちにかへるといふは、 法蔵ほふざう比丘びくの昔むかしの時、 成じやう就じゆ衆生の願をたて給しおり、 すべて罪ざい障しやう深重じむぢうのたぐひ、 濁ぢよく世せ末代まちだいの愚ぐ鈍どんのやから、 生しやう死じの尽じん期ごなからむ事をふかく悲かなしみて、 五劫こふ思し惟ゆいの室むろシチうちに観くわん念ねん・坐ざ禅ぜん・布施ふせ・持ぢ戒かい等とうのわづらはしき諸もろもろの行ぎやうをさしおきて、 易い行ぎやう易い修しゆの称名しようみやうをもて本願として、 普あまねく一切の下機げきに応おうじ給へり。 一念なほ得とく生しやうの業ごふ也なり、 況いはむや多た念ねむおや。 五ご逆ぐゐやくむねと正しやう機きなり、 況いはむや軽きやう罪ざいの人おや。 これによりて超てう世せの誓せい願ぐわんとなづけ、 又は不共ふぐの利り生しやうと称しようす。 ふかくその願を信しんじて名号を称しよう念ねんすれば、 愚痴ぐちを論ろんぜず、 持ぢ戒かい・破は戒かいを簡えらばず、 十は十ながらむまれ、 百は百ながらむまる。 しかのみならず、 釈しや迦か慇懃おむごむの付ふ属ぞく、 諸しよ仏一味みの証誠しようじやうは、 たゞ名号にかぎりて観くわん仏ぶちに通つうぜず。 指し方はう立相りふさうして、 あへてふかきことはりをあかさず、 無智むちの義ぎ文もんことわり必然ひちぜんなり。 たゞ信しんじて行ぎやうずるよりほかには義ぎなきをもては義ぎとす。 但たゞしもとより智慧ちゑありて弥陀の内ない証しよう外用ぐゑゆうの功く徳どく、 極楽の地下ぢげ・地ぢ上じやうの荘しやう厳ごむ等とうを、 是これを観くわんぜむおば、 必かならずしも遮しやせず。 いま論ろんずるところは、 義理ぎり観くわん念ねむをもて宗しゆとして、 但信たんしん称名しようみやうの行ぎやう者じやをかたくなはしくこれを非ひするを解げする也。 かの聖しやう道門だうもんの先徳せんどく・明哲めいてち、 浄土門もんに入て宗 しゆの意こゝろをあきらめて、 其その心をうれば、 本願の奥あう旨し、 往生の正しやう業ごふ、 併しかしながら口く称しよう念仏也と見みひらきぬる上うへは、 浄じやう土ど経きやうの所説しよせちの観くわん仏三昧まいすらなほもて廃はいす、 いかにいはむや他た宗しゆのふかき観くわんにおいてをや。 只たゞ称名しようみやうのほかにはその他事たじをわする。 かるがゆへに浄土の機きは、 愚痴ぐちにかえるとはいふ也。 夫それ八萬の法蔵ほふざうは八萬の衆類しゆるいをみちびき、 一実じち真如しんによは一向かう專せん称しようをあらはすところなり。 用明ようめい天王のまうけのきみ、 御ご誕たむ生じやうに南无仏と唱となへ給ふ。 その名なをあらはさずといゑども、 心は弥陀の名号なり。 慈じ覚かく大師の伝灯でんとうは経きやう文もんを引ひいて宝ほう池ちのなみに和わし、 空こう也や上しやう人にんの念仏常行じやうぎやうはこゑをたてゝ徳とくをあらはし、 永観ゐやうくわん律りち師しの往生の式しきは七門もんをひらいて一偏ぺんにつかず、 良りやう忍にん上人の融ゆ通づう念仏は神じん祇ぎ冥みやう道だうにはすゝめ給へども、 凡ぼむ夫ぶののぞみはうとうとし。 こゝにわが大師し法主ほふしゆ上しやう人にん、 行ぎやう年ねん四十三より念仏門もんに入て、 あまねくひろめ給に、 天子しのいつくしみ玉ぎよく冠くわんタマノカブリをにしに傾かたぶけ、 月ぐゑち卿けいの賢かしこき金剣きむけむをにしにたゞしくす。 皇くわう后ごくのこひたるは韋提だい希けのあとをおひ、 傾城けいせいのことんなき五百の侍じ女によをまなぶ。 而間しかるあひだ、 とめるはおごりてもてあそび、 まづしきものはなげきてともとす。 農のう夫ふは鋤すきをもてかずをしり、 駅えき路ろは念仏をもて馬むまに擬ぎしナゾラフ、 舷ふなばたをたゝく海かい上じやうには念仏をもて魚うおをつり、 鹿かせぎをまつ木本このもとには念仏をもてひづめをとる。 雪せちユキ月ぐゑちツキ 花くわハナをみる人は西楼せいろうに目めをかけ、 琴きむ詩し酒しゆに耽ふける輩ともがらはにしのえだの梨なしをおる。 弥陀をあがめる人をば瑕か瑾きむとし、 ずゞをくらざるときおばはぢとす。 花族くわぞく英才えいさいなりといゑども、 念仏せざるおばおとしめ、 乞丐こつがい非ひ人にんなりといゑども、 念仏するおばもてなす。 かるがゆへに八功く徳どく水しゐの上うへには念仏ねむぶちの蓮はちす池いけに満み◗ち、 三尊ぞん来迎らいかうのいとなみには紫し台だいをさしおくひまなし。 しかのみならず、 われらが念仏せざるはかの池いけの荒くわう廃はいなり、 われらが欣ごむ求ぐせざるはその国くにの愁しう訴そ也なり。 くにのにぎわひ、 仏のたのしみ、 称名しようみやうをもてさきとす。 人のねがひ、 わがねがひ、 念仏をもてもとゝす。 よて当たう座ざの愚ぐ昧まい、 公く請じやうにつかへてかへるよは念仏を唱となへて枕まくらとし、 私し宅たくをいでゝわしる日は極楽を念ねむじて車くるまをはす。 これみな上人の教誡けうかい、 過くわ去この宿善しうぜんにあらずや。 たづねみれば、 弥陀はすなわち応おう声しやう来現らいげんの如来、 受用じゆよう智慧ちゑの真身しんしん也なり。 名号は又五劫こふ思し惟ゆいの肝心かんじむ、 願行所しよ成じやうの総体そうたい也。 かるがゆへにこれを信じて称しよう念ねむすれば、 念々に八十億劫おくこふの生死の罪ざいけんを滅めちし、 こゑごゑに無上の大利りを獲ぎやく得とくす。 このゆへに念仏の衆生は、 一世せに即すなはち相好さうがうの業因ごふいんをうへ、 現身げんしんにあくまで福ふく智ちの資し糧りやうをたくわへて、 愚痴ぐち闇鈍あむどんの凡ぼむ夫ぶなれども、 うちには六度どの万行を修しゆする菩ぼ薩さちとおなじ。 もししからば、 いかで有漏うろの穢土ゑどをいでゝ無為むゐの報国ほうこくにまいりて、 凡ぼむ夫ぶの性しやうをすてゝ直ぢきに法ほふ性しやうの身しんミ を証しようせむや。 定さだめてしりぬ、 弥陀の本願といふは、 万ばん機きを名号の一願ぐわんにおさめ、 千品ぼむを口く称しようの十念にむかへ、 同じく宝ほう池ちの蓮はちすに託たく生しやうせしめ、 ともに無む生しやうの益やくを証しよう得とくす。 五逆ぐゐやくをもきらはず、 謗法ほうぼふおもすてず。 しりぬべし」 とて、 はなをかみとゞこほりなくの給ければ、 寺じ僧そう結衆けちしゆ、 戒成かいせい王わう子じの ¬大般若はんにや¼ 供く養やうには草木さうもくことごとくなびきけり。 いま上人、 念仏の勧くわん進じんには道俗だうぞくみな浄土をねがひけり。 ほどなく帰京くゐけいのよしきこへければ、 一山さんみなおくり奉たてまつる。
昔むかし釈しや迦か仏ほとけ、 たう利りの雲くもよりくだり給ければ、 人にん天大会ゑよろこびしがごとく、 いま上人、 南海なんかいよりのぼり給へば、 人々面々めんめんに供く養やうし奉たてまつる。 一夜やのうちに一千余よ人にんと云。いへり あけゝれば、 上下くもかすみのごとくあつまりて、 御物もの語がたりありけるに仰おほせられけるは、 決定くゑちぢやう往生の人に二人のしなあるべし。 一には、 威儀ゐぎをそなへ、 口くちには念仏を相続さうぞくし、 心には本誓ほんぜいをあおぎて四し威儀ゐぎのふるまひにつけて遁世とむせいの相さうをあらはし、 三業ごふの所しよ作さ出しゆつ要えうにそなへたり。 ほかに賢善けんぜん精しやう進じんの相さうあれども、 うちに愚痴ぐち・懈け怠だいの心なく、 行ぎやう儀ぎおもかゝず、 渡と世せいおもうかゞはず、 心かだましくして利り養やうをへつらふ事もなく、 名みやう聞もんの思もなく、 貪瞋とむじん・邪偽じやぐゐもなく、 奸かむ詐さ百端たんもなく、 雑毒ざふどくのけがれもなく、 不可ふかの失しちもなく、 まことに外ぐゑ儀ぎも精しやう進じんに内心ないしむも賢善けんぜんに、 内外ないぐゑ相応さうおうして一向に往生をねがふ人もあり。 これ決定くゑちぢやう往生の人なり。 かゝる上じやう根こんの後世ごせ者しやは末代まちだいにまれなるべし。 二には、 ほかにたふとくいみじき相さうおもほどこさず、 うちに名みやう利りの心もなく、 三界がいをふかくうとみていとふ心 ろ肝きもにそみ、 浄土をこひねがふ心 ろ髄ずいにとほり、 本願を信しん知ちしてむねのうちに歓くわん喜ぎし、 往生をねがひて念仏をおこたらず。 ほかには世せ間けんにまじはりて世せい路ろをわしり、 在ざい家けにともなひて利り養やうにかたどり、 妻さい子しに随逐ずいちくして行ぎやう儀ぎ更さらに遁世とむせいのふるまひならず。 しかりといゑども、 心中しむちうには往生の心ざし片時かたときもわすれがたく、 身しん口くの二に業ごふを意い業ごふにゆづり、 世せい路ろのいとなみを往生の資し糧りやうとあてがひ、 妻さい子し眷くゑん属ぞくを知ち識しき同どう行ぎやうとたのみて、 よはひの日々にかたぶくおば往生のやうやくちかづくぞとよろこび、 命いのちの夜々ややにおとろふるおば穢土ゑどのやうやくとおざかるぞと心 ろえ、 命いのちのおはらむ時を生しやう死じのおはりとあてがひ、 かたちをすてむ時を苦く悩なうのおはりと期ごし、 仏はこの時に現前げんぜんせむとちかひて影向やうかうを柴しばのとぼそにたれ、 行ぎやう者じやはこの時ゆかむと期ごして、 結けち跏かを観音の蓮台れんだいの上うへにまつ。 このゆへに、 いそがしきかな往生、 とくこの命いのちのはてねかし。 こひしきかな極楽ごくらく、 はやくこの命いのちたへねかし。 くやしきかなわが心 ろ、 生死の人やをすみかとして悪業あくごふのためにつかはるゝ事。 うれしきかなわが心こゝろ、 無為むゐのみやこにかへりゆきて四し生しやうのあるじとあおがれむ事。 かやうに心のうちにすまして廃忘はいまうする事なく、 たとひ縁えんにあへばよろこびもあり、 うれへもあり、 おしき事もあり、 うとましき事もあり、 はづかしき事もあり、 いとおしき事もあり、 ねたき事もあり。 かやうの事あれども、 これは一旦たんのゆめのあひだの穢土ゑどのならひぐせと心えて、 これがためにまぎらはかされず、 いよいよいとはしく、 たびのみちにあれたるやどにとゞまりてあかしかねたる心こゝ地ちして、 よそめはとりわき後世ごせ者しやともしられず、 よの中にまぎれて、 たゞ弥陀の本願にのりて、 ひそかに往生する人あり。 これはまことの後世ごせ者しやなるべし。 時機じき相応さうおうしたる決定くゑちぢやう往生の人なり。 この二人の心だてを弥陀は 「至し心しむ」 (大経巻上) とおしへ、 釈しや迦かは 「至し誠じやう心しむ」 (観経) と説と、き 善導ぜんだうは 「真実しんじち心しむ」 (散善義) と釈しやくし給へり。

つぎのとし、 上人満まん八十、 正月二日より老らう病びやうの上うへに不ふ食しよくことに増ぞうして、 おほよそ両りやう三年、 耳みゝもきゝ給はず、 心も耄もうじ給へり。 しかるをいまさらに昔むかしのごとく明々めいめいとして、 念仏つねよりも熾し盛じやうなり。 仁にん和わ寺じに侍はんべりけるあま、 御往生をゆめにみてまいり侍はんべりけり。

ある時つげての給く、 この十余よ年ねん念仏功こうつもりて、 仏ぶち・菩ぼ薩さち・極楽の荘しやう厳ごむをおがむ事これつねなり。 末ばつ座ざの僧そうとひ奉たてまつりていはく、 このたびの御ご往生は決定くゑちぢやうなりや。 答 こたへての給はく、 極楽にありし身なれば、 かへりゆくべし。 観くわん音おむ・勢せい至し等とうの聖しやう衆じゆ、 まなこのまへにましますよしをたびたびの給ふ。 紫し雲うんの現げんずるをきゝ給て、 即すなはちかたりての給はく、 わが往生は、 もろもろの衆しゆ生じやうのため也。 又その期ごにのぞみて、 三日三夜や、 或あるひは一時じ、 或 あるひは半はん時じ、 高かう声しやうの念仏きくものみなおどろく。 廿四日とりの剋こくより以去いこ、 称名しようみやう体たいをせめて無む間けんなり、 無余むよ也なり。 助音じよいんの人々は窮崛きうくつにおよぶといゑども、 暮ぼ齢れい病びやう悩なうの身み、 勇ゆ猛みやうにしてこゑをたゝざる事、 未み曾ぞう有うの事なり。 明みやう日にち往生のよしを、 夢む想さうのつげによておどろききたりて終焉しゆえんにあふもの、 五ご六許輩きよはいなり。 かねて往生の告つげをかぶる人々、 前さきの権ごんの右う大辨だいべん藤ふじ原はらの兼かね隆たかの朝臣あそん・権ごん律りち師し隆りう寛くわん・白しら河かはの准じゆん后こうの宮みやの女房によばう・別当べちたう入道なをしらず・尼念あまねむ阿弥陀仏・板ばん東どうの尼あま・侍じ従じゆ信賢のぶたかカタ・祇陀ぎだ林りむの経きやう師し・一切さい経きやうの谷たにの住侶ぢゆりよ大だい進しんの公きみ・薄はく師し真清さねきよ・水尾みづのおの山やまの樵せう夫ふキコリ 、 紫し雲うんをみたるものどもあり。 弥陀の三尊ぞん、 紫し雲うんに乗じようじて来迎らいかうし給をみる人々、 信空しんくう上人・隆りう寛くわん律りち師し・証しよう空くう上人・空くう阿弥陀仏・定生ぢやうしやう房ばう・勢せい観くわん房ばう。

廿五日の最さい後ごには、 慈じ覚かく大師の袈裟けさをかけて、 四句くの文を唱 となへたまふ。 「光明遍照、 十方世界、 念仏衆生、 摂取不捨」 (観経) これなり。 頭づ北ほく面西めんさいにしておはり給ぬ。 音おむ声じやうコヱ  とゞまりてのち、 なほ唇舌しむぜちをうごかす事十余よ反へんばかりなり。 面色めんじきことにあざやかにして、 形ぎやう容ようゑめるににたり。 時ときに建けん暦りやく二年正月廿五日午むまの正しやう中ちうなり。 春しゆん秋じう八十にみつ。 釈しやく尊そんの在ざい世せにおなじ。 ひとりの雲客うんかくありて七、 八年のさきにゆめにみて、 上人の臨終りむじゆに 「光明くわうみやう遍照へんぜう」 (観経) の文もんを誦じゆし給べしと。 往日わうじちムカシ のゆめいまに符ふ合がふす、 たれか帰信くゐしんせざらむや。 命いのちつき、 魂たましゐさりぬれば、 むなしく名みやう字じをとゞめて、 自じのため、 他たのため、 なんの益やくかあるや。 しかるに浄土の宗しゆ義ぎにつきて、 凡ぼむ夫ぶ直ぢき往わうの経けい路ろをしめし、 選せん択ぢやく本願をあらはして、 念仏の行者の亀鏡くゐけいにそなふ。 余よ恩おん没もち後ごにあたりていよいよさかりに、 遺徳ゆいとく在ざい世せにひとしくして変へんずる事なし。 朝てう野や遠近おんごん、 おなじく宝刹ほうせちの月をのぞみ、 貴賤くゐせん男女なんによ、 ともに檀林だんりむのくせをねがふ。 このゆへに、 あるいは紫し雲うんに乗じようじ、 あるいは蓮台れんだいに坐ざし、 あるいは異い香きやうをかぎ、 或あるいは光明をみ、 或あるいは化仏を拝はいし、 或あるいは聖しやう衆じゆにまじはりてながく娑しや婆ばをいでゝ、 たちまちに浄土にうつる事、 親聴しんていチヤウにふるゝところ、 目めにみち、 耳みゝにみてり。 ながれをくみて、 みなもとをたづぬるに、 先せん師しの恩徳おんどくなり。 すゑのよのわれらが大師し、 この人にあり。 恩おむやまよりもたかく、 徳とくうみよりもふかし。 万劫ごふ・億劫おくこふにも謝しやしがたく、 報ほうじがたし。 しかしつねに名号をとなえて、 かの本ほん懐ぐわいに順じゆんぜむにはしかじ 云々。

御ご中ちう陰いむの御おむ仏ぶち事じの事。
初しよ七日 不ふ動尊どうそん  御おむ導だう師し 信蓮しんれん房ばう
二七日 普ふ賢げん菩ぼ薩さち 御導師 求ぐ仏房
三七日 弥み勒ろく菩薩 御導師 住信ぢゆしん房ばう
四七日 正しやう観くわん音おむ 御導師 法連ほふれん坊ばう
五七日 地ぢ蔵ざう菩薩 御導師 権ごん律りち師し隆りう寛くわん
六七日 釈しや迦か如来によらい 御導師 法印ほふいん大僧そう都づ聖覚せいかく
七七日 両界りやうかいの曼まん荼羅だら・阿弥陀如来によらい 御おむ導だう師し 三み井ゐの僧そう正じやう公胤こういん

法ほふ地ち房ばうの法印ほふいん在ざい世せのあひだは、 若わか大衆だいしゆたびたびおこるといゑども、 証しよう真しん法印ほふいん、 上人の徳とくに帰くゐして奏そう状じやうをかゝざるあひだ、 ちからおよばずしてすぐるほどに、 後ご高たか倉くらの院ゐんの御ぎよ宇うに、 僧そう正じやう円えん基き持ぢ山さんセンの時、 嘉か禄ろく三年 丁ひのとの亥ゐ 六月廿一日、 山の所しよ司し・専当せんたうくだりて、 上人の墓む所しよをほりすつべきよしきこゆ。 こゝに京きやう師し守しゆ護ご修しゆ理りの亮すけ平たいらの時氏ときうじ、 内藤ないとう五郎兵ひやう衛ゑ入道盛政もりまさ法ほふ師しをさしつかはして、 子し細さいをたづねらるゝあひだ、 問答もんだう往復わうふくして晩陰ばんいむにおよぶによりて、 使つかひ等らかへりおはりぬ。 よりて信空しんくう上人・弟子でしならびに念仏に心 ろざしある道俗だうぞく等ら、 棺くわんをになひて嵯峨さがの二に尊院そんゐんにかくしおきて、 つぎのとし火葬くわさうしておのおの御ご骨こちをえ、 くびにかけて、 如来の舎しや利りをうやまうがごとし。 こゝにしりぬ、 これ聖しやう人にんの大悲ひの方便はうべんなり、 またく邪じや魔ま・外道ぐゑだうの障しやう難なんにあらざる也。

入道随蓮ずいれんといふものありけり、 四し条でうまでのこうぢはいゑなり。 出しゆつ家けののち、 つねに上人にまいりて念仏の事をうけ給けり。 上人仰おほせられて云、いはく 念仏はやうなきをやうとす。 たゞつねに念仏すれば、 臨終しむじゆにはかならず仏きたりてむかへて、 極楽にはまいるなりとの給、 ひごろこの御ことばを信しんじて余よ念ねむなきところに、 ある人の云いはく、 念仏申て往生するには、 かならず三心といふ事あり、 これをしらでは往生かなはずといふ。 随蓮ずいれん申すやう、 上人の御房ばうはたゞやうなしとこそ候しかと申すところに、 かの御房ばういはく、 それは心うまじきものゝためには、 さおほせられけるなりと申けり。 まことにさる事もあるらむと思て、 この事おぼつかなくて心 ろみだれておぼへけるに、 ある時ゆめにみるやう。 法ほふ勝しよう寺じの阿弥陀堂だうに、 人々あまた法門ほふもんさたあるとおぼへてまいりてみれば、 上人みなみむきにきたの座ざにおはします。 ちかくまいりて候へば、 随蓮ずいれんを御ご覧らむじて仰おほせられての給はく、 汝なんぢこのほど心におぼつかなく思ひつる事あり、 それはおぼつかなく思ふべからず。 たとへばこの池いけに蓮花れんぐゑあり。 この蓮華れんぐゑをひが事いふ人ありて、 これは蓮華にはあらず、 むめなり、 さくらなりといはむおば、 汝なむぢはいかゞ思べき。 答こたへ申ていはく、 現げんに蓮花れんぐゑにて候はむおば、 いかに人むめ・さくらと申候とも、 いかゞむめ・さくらとは思ひ候べき。 その時上人の給はく、 いかに人いふとも、 それは蓮華れんぐゑをむめ・さくらといはむがごとし、 信しんずべからず。 わがやうなきをやうとす、 たゞ念仏すれば往わう生じやうすといひしを信しんじて、 念仏申すべしとの給へり。 そのゝち不ふ審しむことごとくはれて、 心あきらかになりぬといへり。 されば、 たれたれもこの定ぢやうに心えて、 やうもなき念仏して、 往生すべき也。

建永けんえい二年の春はる、 上人配所はいしよにおもむき給ふ時、 信しん空くひそかに申ていはく、 御年としたかくなりて、 とおきさかひにおもむき給事、 いたはしく、 かなしくこそと申されければ、 上人無む実じちにてとおきさかひにおもむく事、 そのたぐひおほし。 われこれをなげきとせず。 たゞしおそらくは天衆じゆ地ぢ類るい知ち見けんあらば、 もし天下のため大事じやいできたらむずらむとの給へり。 又もし因縁いんえんつきずは、 又あひあふ事もなどかなからむとの給ふ。 信空しんくうのの給はく、 先せん師しのことばたがはず、 承じよう久きう三年に君きみはおきの国にとしをへて御なげき、 臣しんは東とう土どのみちに命いのちをうしなふ。 又おほかた念仏沙汰さたある事に、 必かならず世せ間けんおだしからず、 因果いんぐわの道だう理りむなしからず。 たれかこれをおそれざるべきといへり。

 

底本は高田派専修寺蔵永仁四年顕智上人書写本(下巻)。