和語灯録(四)　大胡の太郎実秀が妻室のもとへつかはす御返事

0536十三､大胡の太郎実秀が妻室のもとへつかはす御返事

▲大だい胡この太た郎ろう実秀じつひでが妻室さいしつのもとへつかはす御お返へん事じ事じ第だい十じゅう三さん

●御文おんふみこまかにうけ給たまはり候そうらいぬ｡まづはるかなる程ほどに､念仏ねんぶつの事こときこしめさんがために､わざと御おんつかひあげさせ給たまひて候そうろう､念仏ねんぶつの御お心こころざしの程ほど､返々かえすがえすあはれに候そうろう｡

○さてたづねおほせられて候そうろう念仏ねんぶつの事ことは､往おう生じょう極楽ごくらくのためには､いづれの行ぎょうなりといへども､念仏ねんぶつにすぎたる事ことは候そうらはぬ也なり｡そのゆへは､念仏ねんぶつはこれ弥陀みだの本願ほんがんの行ぎょうなるがゆへ也なり｡

○本願ほんがんといふは､阿あ弥陀みだほとけ､いまだほとけになり給たまはざりしむかし､法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつと申もうしゝいにしへ､ほとけの国こく土どをきよめ､衆しゅ生じょうを成じょう就じゅせんがために､世せ自じ在ざい王おう如来にょらいと申もうしゝほとけの御みまえにして､四し十じゅう八はちの大願だいがんをおこし給たまひしその中なかに､一切いっさい衆しゅ生じょうの往おう生じょうのために､一ひとつの願がんをおこし給たまへる｡これを念仏ねんぶつ往おう生じょうの本願ほんがんと申もうす也なり｡

○すなはち ¬无む量りょう寿じゅ経きょう¼ の上じょう巻かんにいはく､｢設せつ我が得仏とくぶつ､十方じっぽう衆しゅ生じょう､至し心しん信しん楽ぎょう､欲よく生しょう我が国こく､乃ない至し十じゅう念ねん､若にゃく不ふ生しょう者じゃ､不ふ取しゅ正しょう覚がく｡｣^已_上

○善導ぜんどう和か尚しょうこの願がんを釈しゃくしての給たまはく､｢若にゃく我が成じょう仏ぶつ､十方じっぽう衆しゅ生じょう､称しょう我が名みょう号ごう下至げし十じっ声しょう､若にゃく不ふ生しょう者じゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく｡彼ひ仏ぶつ今こん現在げんざい世せ成じょう仏ぶつ｡当とう知ち､本誓ほんぜい重じゅう願がん不虚ふこ､衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう｡｣ (礼讃) ^已_上

○念仏ねんぶつといふは､仏ぶつの法身ほっしんを憶念おくねんするにもあらず､仏ぶつの相好そうごうを観念かんねんするにもあらず､たゞ心こころ0537をいたして､もはら阿あ弥陀みだほとけの名みょう号ごうを称しょう念ねんする､これを念仏ねんぶつとは申もうす也なり｡かるがゆへに｢称しょう我が名みょう号ごう｣とはいふ也なり｡

○念仏ねんぶつのほかの一切いっさいの行ぎょうは､これ弥陀みだの本願ほんがんにあらざるがゆへに､たとひめでたき行ぎょうなりといへども､念仏ねんぶつにはおよばざる也なり｡おほかたそのくにゝむまれんとおもはんものは､そのほとけのちかひにしたがふべき也なり｡されば弥陀みだの浄じょう土どにむまれんとおもはん物ものは､弥陀みだの誓願せいがんにしたがふべき也なり｡本願ほんがんの念仏ねんぶつと､本願ほんがんにあらざる余よ行ぎょうと､さらにたくらぶべからず｡かるがゆへに往おう生じょう極楽ごくらくのためには､念仏ねんぶつの行ぎょうにすぎたる事ことは候そうらはぬ也なりと申もうす也なり｡

○往おう生じょうにあらざる道みちには､余よ行ぎょう又またおのおのつかさどれるかたあり｡しかるに衆しゅ生じょうの生しょう死じをはなるゝみち､ほとけのおしへさまざまにおほく候そうらへども､このごろの人ひとの三界さんがいをいで生しょう死じをはなるゝみちは､たゞ極楽ごくらくに往おう生じょうし候そうろうばかり也なり｡このむね聖教しょうぎょうのおほきなることわり也なり｡

○次つぎに極楽ごくらくに往おう生じょうするに､その行ぎょうさまざまにおほく候そうらへども､われらが往おう生じょうせん事こと､念仏ねんぶつにあらずはかなひがたく候そうろう也なり｡そのゆへは､念仏ねんぶつはこれほとけの本願ほんがんなるがゆへに､願力がんりきにすがりて往おう生じょうする事ことはやすし｡

○されば詮せんずるところは､極楽ごくらくにあらずは生しょう死じをはなるべからず､念仏ねんぶつにあらずは極楽ごくらくへむまるべからざる物もの也なり｡ふかくこのむねを信しんぜさせ給たまひて､一ひとすぢに極楽ごくらくをねがひ､一ひと0538すぢに念仏ねんぶつして､このたびかならず生しょう死じをはなれんとおぼしめすべき也なり｡

○又また一一いちいちの願がんのおはりに､｢若にゃく不ふ生しょう者じゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく｣とちかひ給たまへり｡しかるに阿あ弥陀みだほとけ､仏ぶつになり給たまひてよりこのかた､すでに十劫じっこうをへ給たまへり｡まさにしるべし､誓願せいがんむなしからず､みなことごとく成じょう就じゅし給たまへる也なり｡その中なかに念仏ねんぶつ往おう生じょうの願がん､ひとりむなしかるべからず｡しかれば､衆しゅ生じょう称しょう念ねんする物もの､一人いちにんもむなしからず､みなかならず往おう生じょうする事ことをう｡もししからずは､たれかほとけになり給たまへる事ことを信しんずべきや｡

○三宝さんぼう滅尽めつじんの時ときなりといへども､一念いちねんすればなを往おう生じょうす｡五ご逆ぎゃく重じゅう罪ざいの人ひとなりといえども､十じゅう念ねんすれば又また往おう生じょうす｡いかにいはんや､三宝さんぼうの世よにむまれて五ご逆ぎゃくをつくらざるわれら､弥陀みだの名みょう号ごうをとなえんに､往おう生じょううたがふべからず｡

○いまこの願がんにあへる事ことは､ま事ことにこれおぼろげの縁えんにあらず｡よくよくよろこびおぼしめすべし｡たとひ又またあふといふとも､もし信しんぜずはあはざるがごとし｡いまふかくこの願がんを信しんぜさせ給たまへり､往おう生じょううたがひおぼしめすべからず｡かならずかならずふた心ごころなくよくよく御お念仏ねんぶつ候そうらひて､このたび生しょう死じをはなれ極楽ごくらくにむまれさせ給たまふべし｡

○又また ¬観かん无む量りょう寿じゅ経きょう¼ にいはく､｢一一いちいち光こう明みょう､遍へん照じょう十方じっぽう世せ界かい念仏ねんぶつ衆しゅ生じょう､摂取せっしゅ不ふ捨しゃ｡｣^已_上これは弥陀みだの光こう明みょうたゞ念仏ねんぶつの衆しゅ生じょうをてらして､余よの一切いっさいの行ぎょう人にんをばてらさずといふ也なり0539｡たゞし､余よの行ぎょうをしても極楽ごくらくをねがはば､ほとけのひかりてらして摂取せっしゅし給たまふべし｡なんぞたゞ念仏ねんぶつのものばかりをえらびて､てらし給たまふや｡

○善導ぜんどう和か尚しょう釈しゃくしての給たまはく､｢弥陀みだ身色しんじき如にょ金山こんぜん､相好そうごう光こう明みょう照しょう十方じっぽう､唯ゆい有う念仏ねんぶつ蒙もう光こう摂しょう､当とう知ち本願ほんがん最さい為い強ごう｡｣ (礼讃) ^已_上

○念仏ねんぶつはこれ弥陀みだの本願ほんがんの行ぎょうなるがゆへに､成じょう仏ぶつの光こう明みょう返かえりて本ほん地じの誓願せいがんをてらし給たまふ也なり｡余よ行ぎょうはこれ本願ほんがんにあらざるがゆへに､弥陀みだの光こう明みょうきらひててらし給たまはざる也なり｡

○いま極楽ごくらくをもとめん人ひと､本願ほんがんの念仏ねんぶつを行ぎょうじて､摂取せっしゅのひかりにてら½されんとおぼしめすべし｡これにつけても念仏ねんぶつの大切たいせつに候そうろう､よくよく申もうさせ給たまふべし｡

○又また釈しゃ迦か如来にょらい､この ¬経きょう¼ の中なかに定じょう散さんのもろもろの行ぎょうをときおはりてのちに､まさしく阿あ難なんに付ふ嘱ぞくし給たまう時ときに､かみにとくところの定じょう散さんの三福さんぷく業ごう､定じょう善ぜんの十じゅう三観さんがんをば付ふ嘱ぞくせずして､たゞ念仏ねんぶつの一いち行ぎょうを付ふ嘱ぞくし給たまへり｡ ¬経きょう¼ (観経) にいはく､｢仏告ぶつごう阿あ難なん､汝好にょこう持じ是語ぜご｡持じ是語ぜご者しゃ､即そく是ぜ持じ无む量りょう寿仏じゅぶつ名みょう｡｣^已_上

○善導ぜんどう和か尚しょうこの文もんを釈しゃくしての給たまはく､｢従じゅう仏告ぶつごう阿あ難なん汝にょ持じ是語ぜご已下いげ､正明しょうみょう付ふ嘱ぞく弥陀みだ名みょう号ごう､流る通ずう於お遐か代だい｡上じょう来らい雖説すいせつ定じょう散さん両りょう門もん之し益やく､望もう仏ぶつ本願ほんがん､意い在ざい衆しゅ生じょう一向いっこう専せん称しょう弥陀みだ仏ぶつ名みょう｡｣^已_上

○これは定じょう散さんのもろもろの行ぎょうは､弥陀みだの本願ほんがんにあらず｡かるがゆへに釈しゃ迦か如来にょらいの､往おう生じょうの行ぎょうを付ふ嘱ぞくし給たまふに､余よの定じょう善ぜん・散善さんぜんをば付ふ嘱ぞくせずして､念仏ねんぶつはこれ弥陀みだの本願ほんがん0540なるがゆへに､まさしくえらびて本願ほんがんの行ぎょうを付ふ嘱ぞくし給たまへる也なり｡

○いま釈しゃ迦かのおしへにしたがひて往おう生じょうをもとめん物もの､付ふ嘱ぞくの念仏ねんぶつを修しゅして､釈しゃく尊そんの御お心こころにかなふべし｡これにつきても又またよくよく御お念仏ねんぶつ候そうらいて､ほとけの付ふ嘱ぞくにかなはせ給たまふべし｡

○又また六方ろっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつ､舌したをのべて､三千さんぜん大千だいせん世せ界かいにおほひて､もはらたゞ弥陀みだの名みょう号ごうをとなへて往おう生じょうすといふは､これ真実しんじつなりと証誠しょうじょうし給たまふ也なり｡これ又また念仏ねんぶつは弥陀みだの本願ほんがんなるゆへに､六方ろっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつ､これを証誠しょうじょうし給たまふ也なり｡余よの行ぎょうは本願ほんがんにあらざるがゆへに､諸仏しょぶつも証誠しょうじょうし給たまはざる也なり｡これにつけても又またよくよく御お念仏ねんぶつせさせ給たまひて､六方ろっぽうの諸仏しょぶつの護ご念ねんをかぶらせ給たまふべし｡

○弥陀みだの本願ほんがん､釈しゃく尊そんの付ふ嘱ぞく､六方ろっぽうの護ご念ねん､一一いちいちにむなしからず｡このゆへに､余よ仏ぶつの行ぎょうは諸しょ行ぎょうにはすぐれたる也なり｡

○又また善導ぜんどう和か尚しょうはこれ弥陀みだの化け身しん也なり｡浄じょう土どの祖師そしおほしといへども､たゞひとへに善導ぜんどうによる｡往おう生じょうの行ぎょうおほしといへどもおほきにわかちて二にとし給たまへり｡一いちには専修せんじゅ､いはゆる念仏ねんぶつ也なり｡二にには雑修ざっしゅ､いはゆる一切いっさいのもろもろの行ぎょう也なり｡上かみにいふところの定じょう散さん等とうこれ也なり｡

○¬往おう生じょう礼讃らいさん¼ に云いはく､｢若能にゃくのう如にょ上じょう念念ねんねん相続そうぞく､畢ひつ命みょう為期いご者しゃ､十即じっそく十じっ生しょう､百ひゃく即そく百生ひゃくしょう｡何以がい故こ｡无む外げ雑縁ぞうえん得とく正しょう念ねん故こ､与よ仏ぶつ本願ほんがん相応そうおう故こ､不違ふい教きょう故こ､随ずい順じゅん仏ぶつ語ご故こ｡若にゃく欲捨よくしゃ専修せんじゅ雑業ぞうごう者しゃ､百ひゃく時じ希け得とく一いち二に､千せん時じ希け得とく五ご三さん｡何以がい故こ｡由ゆ雑縁ぞうえん乱らん0541動どう失しつ正しょう念ねん故こ､与よ仏ぶつ本願ほんがん不ふ相応そうおう故こ､与よ教きょう相そう違い故こ､不ふ順じゅん仏ぶつ語ご故こ､係け念ねん不ふ相応そうおう故こ､憶想おくそう間断けんだん故こ｡｣文これは専修せんじゅと雑ぞう行ぎょうとの得失とくしつなり｡

○得とくといふは､往おう生じょうする事ことをう｡いはく念仏ねんぶつするものは､十じゅう人にんはすなはち十じゅう人にんながら往おう生じょうし､百ひゃく人にんはすなはち百ひゃく人にんながら往おう生じょうすといふ､これ也なり｡失しつといふは､いはく往おう生じょうの益やくをうしなへる也なり｡雑修ざっしゅのものは､百ひゃく人にんが中なかにまれに一いち､二に人にん往おう生じょうする事ことをえてその余よはむまれず｡千人せんにんが中なかにまれに五ご､三人さんにんむまれてその余よは又またむまれず｡

○専修せんじゅのものゝみみなむまるゝ事ことをうるは､なんのゆへぞ｡阿あ弥陀みだほとけの本願ほんがんに相応そうおうせるがゆへ也なり､釈しゃ迦か如来にょらいのおしへに随ずい順じゅんせるがゆへ也なり｡雑業ぞうごうのものゝむまるゝ事ことすくなきは､なんのゆへぞ｡弥陀みだの本願ほんがんにたがへるがゆへ也なり､釈しゃ迦かのおしへにしたがはざるがゆへ也なり｡念仏ねんぶつして浄じょう土どをもとむるものは､二に尊そんの御お心こころにふかくかなへり｡雑ぞうを修しゅして浄じょう土どをもとむるものは､二に仏ぶつの御お心こころにそむけり｡

○善導ぜんどう和か尚しょう､二に行ぎょうの得失とくしつを判はんぜる事こと､これのみにあらず｡ ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ と申もうすふみの中なかに､おほくの得失とくしつをあげたり｡しげきがゆへにいださず｡これをもてしりぬべし｡

○およそこの念仏ねんぶつは､そしる物ものは地じ獄ごくにおちて五ご劫こう苦くをうくる事こときわまりなし､信しんずる物ものは浄じょう土どにむまれて永劫ようごう楽らくをうくる事こときわまりまし｡なをなをいよいよ信心しんじんをふかくして､ふた心ごころなく念仏ねんぶつせ0542させ給たまふべし｡

くはしき事ことは､御文おんふみにはつくしがたく候そうろう｡この御おんつかひ申もうし候そうろうべし｡

正しょう月がつ廿にじゅう八日はちにち　　源空げんくう

わたくしにいはく､この御文おんふみは正しょう治じ元年がんねん己つちのとの未ひつじ､御おんつかひは蓮れん上じょう房ぼう尊覚そんかくなり｡▽