二八(1064)、武蔵津戸三郎への御返事

おむふみくはしくうけたまはりさふらひぬ。 たづねおほせたびてさふらふことども、 おほやうしるしまふしさふらふ

くまがやの入道にふだう・つのとの三郎さぶらうは、 無智むちのものなればこそ、 念仏ねむぶちおばすゝめたれ、 有智うちひとにはかならずしも念仏ねむぶちにかぎるべからずとまふすよしきこえてさふらふらむ、 きわめたるひがごとさふらふ

そのゆへは、 念仏ねむぶちぎやうは、 もとより有智うち無智むちにか1065ぎらず、 弥陀みだのむかしちかひたまひしほんぐわんも、 あまねく一切ゐちさいしゆじやうのためなり無智むちのためには念仏ねむぶちぐわんじ、 有智うちのためにはのふかきぎやうぐわんじたまへることなし。

十方じふぱうしゆじやうのために、 ひろく有智うち无智むちざいざい善人ぜんにん悪人あくにんかいかい、 たふときもいやしきも、 おとこおむなも、 もしはぶちざい、 もしは仏滅ぶちめち近来きんらいしゆじやう、 もしはしや末法まちぽふ万年まんねんののち三宝さんぽうみなうせてのときしゆじやうまで、 みなこもりたるなり

また善導ぜんだうくわしやうの、 弥陀みだ化身くゑしんとして専修せんじゆ念仏ねむぶちをすゝめたまへるも、 ひろく一切ゐちさいしゆじやうのためにすゝめて、 无智むちのものにかぎることさふらはず。 ひろき弥陀みだぐわんをたのみ、 あまねき善導ぜんだうのすゝめをひろめむもの、 いかでか無智むちひとにかぎりて、 有智うちひとをへだてむや。 もししからば、 弥陀みだほんぐわんにもそむき、 善導ぜんだうおむこゝろにもかなふべからず。

さればこのへんにまうできて、 わうじやうのみちをとひたづねさふらふひとには、 有智うち無智むちろんぜず、 みな念仏ねむぶちぎやうばかりをまふしさふらふなり しかるにそらごとをかまへて、 さやうに念仏ねむぶちまふしとゞめむとするものは、 このさきのよに、 念仏ねむぶち三昧ざんまいじやう法門ほふもんをきかず、 後世ごせにまたさん悪道まくだうにかへるべきもの、 しかるべくして、 さやうのことおばたくみまふしさふらふことにてさふらふなり。 そのよししやうげうにみえてさふらふなり

しゆぎやうすることあるをては瞋毒しんどくおこし、 方便はうべんして破壊はゑきほふてあださむ。

1066かくのごときしやうまう闡提せんだいともがら頓教とんげう毀滅くゐめちしてながく沈淪ちむりむせむ。

だいぢんごふ超過てうくわすとも、 いまださんはなるゝことをべからず」 (法事讃巻下)

「見↠有↢修行↡起↢瞋毒↡方便破壊競生↠怨
如↠此生盲闡提輩ムマルヽヨリメシヒタルモノ毀↢滅頓教↡永沈シヅミシヅム
超↢過大地微塵劫↡未↠可↠得↠離↢三途身」

まふしたるなり

このもんのこゝろは、 じやうをねがひ念仏ねむぶちぎやうずるものをみては、 いかりをおこし毒心どくしむをふうみて、 はかりごとをめぐらし、 やうやうの方便はうべんをなして、 念仏ねむぶちぎやうやぶりて、 あらそひてあだをなし、 これをとゞめむとするなり。

かくのごときのひとは、 むまれてよりこのかた、 仏法ぶちぽふのまなこしひて、 ほとけたねをうしなへる闡提せんだいともがらなり。 この弥陀みだみやうがうをとなえて、 ながきしやうをたちまちにきりて、 じやうぢゆ極楽ごくらくわうじやうすといふ頓教とんげうほふをそしりほろぼして、 このつみによりて、 ながく三悪さんまくにしづむといえるなり。

かくのごときのひとは、 だいぢんごふをすぐとも、 むなしくさん悪道まくだうのみをはなるゝことをうべからずといえるなり。 さればさやうにまうをたくみてまふしさふらふらむひとは、 かへりてあはれむべきものなり。 さほどのものゝまふさむによりて、 念仏ねむぶちにうたがひをなし、 しむをおこさむものは、 いふにたらざるほどのことにてこそさふらはめ。

おほかた弥陀みだえんあさく、 わうじやうときいたらぬものは、 きけどもしんぜず、 ぎやうずるをみてははらをたて、 いかりをふうみて、 さまたげむとすることにてさふらふなり。 そのこゝろをえて、 いかにひとまふしさふらふとも、 おむこゝろばかりはゆるがせたまふべから1067ず。 あながちにしんぜざらむは、 ほとけなほちからおよびたまふまじ。 いかにいはむや、 ぼむちからおよぶまじきことなり

かゝるしんしゆじやうのために、 慈悲じひをおこしてやくせむとおもふにつけても、 とく極楽ごくらくへまいりてさとりひらきて、 しやうにかへりてはうしんのものをわたして、 一切ゐちさいしゆじやうあまねくやくせむとおもふべきことにてさふらふなり。 このよしをおむこゝろえておはしますべし。

 一 ゐち人々ひとびとぜんぐわん結縁けちえんじよじやうせむこと、 このでう左右さうにおよびさふらはず、 もともしかるべくさふらふ念仏ねむぶちぎやうをさまたぐることをこそ、 専修せんじゆぎやうせいしたることにてさふらへ。 人々ひとびとのあるいはだうおもつくり、 ほとけおもつくり、 きやうおもかき、 そうおもやうせむには、 ちからをくわへえんをむすばむが、 念仏ねむぶちをさまたげ、 専修せんじゆをさふるほどのことさふらふまじ。

 一 こののいのりに、 ほとけにもかみにもまふさむことは、 そもくるしみさふらふまじ。 後世ごせわうじやう念仏ねむぶちのほかにあらず、 ぎやうをするこそ念仏ねむぶちをさまたぐれば、 あしきことにてさふらへ。 こののためにすることは、 わうじやうのためにてはさふらはねば、 ぶちしんカミのいのり、 さらにくるしかるまじくさふらふなり

 一 念仏ねむぶちまふさせたまはむには、 こゝろをつねにかけて、 くちにわすれずとなふ1068るが、 めでたきことにてはさふらふなり。 念仏ねむぶちぎやうは、 もとよりぎやうぢゆぐわしよ諸縁しよえんをきらわざるぎやうにてさふらへば、 たとひみもきたなく、 くちもきたなくとも、 こゝろをきよくして、 わすれずまふさせたまはむこと返々かへすがへす神妙しんべうさふらふ。 ひまなくさやうにまふさせたまはむこそ、 返々かへすがへすありがたくめでたくさふらへ。

いかならむところ、 いかならむときなりとも、 わすれずまふさせたまはゞ、 わうじやうごふにはかならずなりさふらはむずるなり。 そのよしをおむこゝろえて、 おなじこゝろならむひとには、 おしえさせたまふべし。 いかなるときにもまふさざらむをこそ、 ねうじてまふさばやとおもひさふらふべきに、 まふされむをねうじてまふさせたまはぬことは、 いかでかさふらふべき、 ゆめゆめさふらふまじ。 たゞいかなるおりもきらはずまふさせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。

 一 おむぶちおほせにしたがひて、 開眼かいげんしてくだしまいらせさふらふ弥陀みだ三尊さんぞんつくりまいらせさせたまひてさふらふなる、 返々かへすがへす神妙しんべうさふらふ。 いかさまにも、 仏像ぶちざうをつくりまいらせたるは、 めでたきどくにてさふらふなり

 一 いまひとついふべきことのあるとおほせられてさふらふは、 なにごとにかさふらふらむ。 なむでうはゞかりかさふらふべき。 おほせさふらふべし。

 一 念仏ねむぶちぎやうあながちにしんぜざるひとろんじあひ、 またあらぬぎやうことさとりのひと1069にむかひて、 いたくしゐておほせらるゝことさふらふまじ。 がく異解いげひとをえては、 これをぎやうしてかなしめ、 あなづることなかれとまふしたることにてさふらふなり

されば同心どうしん極楽ごくらくをねがひ、 念仏ねむぶちまふさむひとに、 たとひ塵刹ぢんせちヨノクニのほトイフ かのひとなりとも、 どうぎやうのおもひをなして、 一仏ゐちぶちじやうにむまれむとおもふべきにてさふらふなり。

弥陀みだぶちえんなくて、 じやうにちぎりなくさふらはむひとの、 しんもおこらす、 ねがはしくもなくさふらはむには、 ちからおよばず。 たゞこゝろにまかせて、 いかなるぎやうおもして、 しやうたすかりて、 さん悪道まくだうをはなるゝことを、 ひとのこゝろにしたがひて、 すゝめさふらふべきなり。

またさわさふらへども、 ちりばかりもかなひさふらひぬべからむひとには、 弥陀みだぶちをすゝめ、 極楽ごくらくをねがふべきにてさふらふぞ。 いかにまふしさふらふとも、 このよのひと極楽ごくらくにむまれぬことさふらふまじきことにてさふらふなり。 このあひだのことおば、 ひとのこゝろにしたがひて、 はからふべくさふらふなり。

いかさまにもひととあらそふことは、 ゆめゆめさふらふまじ。 もしはそしり、 もしはしんぜざらむものをば、 ひさしくごくにありて、 またごくへかへるべきものなりとよくよくこゝろえて、 こわがらで、 こしらふべきにてさふらふか。

またよもとはおもひまいらせさふらへども、 いかなるひとまふしさふらふとも、 念仏ねむぶちおむこゝろなむど、 たぢろぎおぼしめすことあるまじくさふらふ たとひせんほとけにいでゝ、 まのあたりおしえさせたまふと1070も、 これはしや弥陀みだよりはじめて、 恒沙ごうじやほとけ証誠しようじやうせさせたまふことなればとおぼしめして、 こゝろざしを金剛こむがうよりもかたくして、 このたびかならず弥陀みだぶちおむまへにまいりてむとおぼしめすべくさふらふなり

かくのごときのこと、 かたはしまふさむに、 おむこゝろえて、 わがためひとのためにおこなはせたまふべし。 あなかしこ、 あなかしこ。

ぐわち十八じふはちにち

ぐゑん

 つのとの三郎さぶらう殿どのおむかへりごと

つのとの三郎さぶらうといふは、 武蔵むさしくに住人ぢゆにんなり。 おほご・しのや・つのと、 この三人さんにんしやうにん根本こんぽん弟子でしなり。 つのとはしやうねんはちじふゐちにてがいして、 めでたくわうじやうをとげたりけり。 しやうにんわうじやうのとしとてしたりける。 もし正月しやうぐわち廿にじふにちなどにてやありけむ、 こまかにたづねすべシルスベシ し。