一六(1005)、正如房への御消息

しやうによばうの御事おむことこそ、 返々かへすがへすあさましくさふらへ。 そのゝちは、 こゝろならずうときやうになりまいらせさふらひて、 念仏ねむぶちしんもいかゞと、 ゆかしくはおもひまいらせさふらひつれども、 さしたることさふらはず。

またまふすべきたよりもさふらはぬやうにて、 おもひながら、 なにとなくて、 むなしくまかりすぎさふらひつるに、 たゞれいならぬ御事おむことだいになどばかりうけたまはりさふらはむ。 いまゐちどはみまいらせたく、 おはりまでのおむ念仏ねむぶちことも、 おぼつかなくこそおもひまいらせさふらふべきに、 ましておむこゝろにかけて、 つねにおむたづねさふらふらむこそ、 まことにあはれにもこゝろぐるしくも、 おもひまいらせさふらへ。

さうなくうけたまはりさふらふまゝに、 まいりさふらひてみまいらせたくさふらへども、 お1006もひきりてしばしいでありきさふらはで、 念仏ねむぶちまふしさふらはばやとおもひはじめたることさふらふを、 やうにこそよることにてさふらへ。

これおば退たいしてもまいるべきにてさふらふにまたおもひさふらへば、 せむじては、 このよの見参けんざむはとてもかくてもさふらふなむ。 かばねをしよするまどひにもなりさふらひぬべし。 たれとてもとまりはつべきみちもさふらはず、 われもひともたゞおくれさきだつかはりめばかりにてこそさふらへ。

そのたえまをおもひさふらふも、 またいつまでかとさだめなきうえに、 たとひひさしとまふすとも、 ゆめまぼろしいくほどかはさふらふべきなれば、 たゞかまへておなじほとけのくににまいりあひて、 はちすのうえにてこのよのいぶせさおもはるけ、 ともにくわ因縁いんねんおもかたり、 たがひにらい化道くゑだうおもたすけむことこそ、 返々かへすがへすせむにてさふらふべきと、 はじめよりまふしおきさふらひしが、 返々かへすがへすほんぐわんをとりつめまいらせて、 一念ゐちねむもうたがふおむこゝろなく、 ひとこゑも南无なも弥陀みだぶちまふせば、 わがみはたとひいかにつみふかくとも、 ほとけぐわんりきによりてゐちぢやうわうじやうするぞとおぼしめして、 よくよくひとすぢにおむ念仏ねむぶちさふらふべきなり。

われらがわうじやうはゆめゆめわがみのよきあしきにはよりさふらふまじ。 ひとへにほとけおむちからばかりにてさふらふべきなり。 わがちからばかりにてはいかにめでたくたうときひとまふすとも、 末法まちぽふのこのごろ、 たゞちにじやうにむまるゝほどのことはありがたくぞさふらふ1007べき。

またほとけおむちからにてさふらはむに、 いかにつみふかくおろかにつたなきみなりとも、 それにはよりさふらふまじ。 たゞほとけぐわんりきしんしんぜぬにぞよりさふらふべき。

されば ¬くわんりやう寿じゆきやう¼ にとかれてさふらふ。 むまれてよりこのかた、 念仏ねむぶち一遍ゐちぺんまふさず、 それならぬ善根ぜんごんもつやつやとなくて、 あさゆふものをころしぬすみし、 かくのごときのもろもろのつみをのみつくりて、 としつきをゆけども、 一念ゐちねむ懺悔さむぐゑのこゝろもなくて、 あかしくらしたるものゝ、 おはりのときぜんしきのすゝむるにあひて、 たゞひとこゑ南无なも弥陀みだぶちまふしたるによりて、 じふ億劫おくこふのあひだしやうにめぐるべきつみをめちして、 化仏くゑぶちさち三尊さんぞん来迎らいかうにあづかりて、 なんぢほとけのみなをとなふるがゆへにつみめちせり、 われきたりてなむぢをむかふとほめられまいらせて、 すなわちかのくににわうじやうすとさふらふ

またぐゐやくざいまふしさふらひて、 現身げんしんにちゝをころし、 はゝをころし、 悪心あくしむをもてほとけをころしめ、 諸僧しよそうし、 かくのごとくおもきつみをつくり、 一念ゐちねむ懺悔さむぐゑのこゝろもなからむ、 そのつみによりてけんごくにおちて、 おほくのこふをおくりてをうくべからむものゝ、 おわりのときに、 ぜんしきのすゝめによりて、 南无なも弥陀みだぶちじふしやうとなふるに、 ひとこゑごとにおのおの八十はちじふ億劫おくこふのあひだしやうにめぐるべきつみをめちして、 わうじやうすととかれてさふらふめれ。 さほどの罪人ざいにんだにも1008じふしやうゐちしやう念仏ねむぶちにてわうじやうはしさふらへば、 まことにほとけほんぐわんのちからならでは、 いかでかさることさふらふべきとおぼへさふらひて、 ほんぐわんむなしからずといふことは、 これにてもしんじつべくこそさふらへ。

これまさしき仏説ぶちせちにてさふらふほとけののたまふみことばは、 一言ゐちごんもあやまたずとまふしさふらへば、 たゞあふぎてしんずべきにてさふらふ これをうたがはゞ、 ほとけおむそらごとゝまふすにもなりぬべく、 かへりてはまたそのつみさふらひぬべしとこそおぼえさふらへ。 ふかくしんぜさせたまふべくさふらふ

さてわうじやうはせさせおはしますまじきやうにのみまふしきかせまいらする人々ひとびとさふらふらむこそ、 返々かへすがへすあさましくこゝろぐるしくさふらへ。 いかなるしやめでたきひととおほせらるとも、 それになほおどろかされおはしましさふらふぞ。 おのおののみちにはめでたくたうときひとなりとも、 さとりあらずぎやうことなるひとまふしさふらふことは、 わうじやうじやうのためは、 中々なかなかゆゝしき退縁たいえんシリゾキスツルエントナリあくしきともまふしさふらひぬべきことどもにてさふらふ

たゞぼむのはからひおばきゝいれさせおはしまさで、 ひとすぢにほとけおむちかひをたのみまいらせさせたまふべくさふらふ

さとりことなるひとわうじやういひさまたげむによりて、 一念ゐちねむもうたがふこころあるべからずといふことわりは、 善導ぜんだうくわしやうのよくよくこまかにおほせられおきたることにてさふらふなり

「たとひおほくのほとけ、 そらのなかにみちみちて、 ひかりをはなちした1009をのべて、 あくをつくりたるぼむなりとも、 一念ゐちねむしてかならずわうじやうすといふことはひがごとぞ、 しんずべからずとのたまふとも、 それによりて一念ゐちねむもうたがふこゝろあるべからず。

そのゆへは、 弥陀みだぶちのいまだほとけになりたまはざりしむかし、 はじめて道心だうしむをおこしたまひしとき、 われほとけになりたらむに、 わがみやうがうをとなふることじふしやうゐちしやうまでせむもの、 わがくにゝむまれずは、 われほとけにならじとちかひたまひたりしそのぐわんむなしからず、 すでにほとけになりたまへり。

またしやぶち、 このしやかいにいでゝ、 一切ゐちさいしゆじやうのために、 かのほんぐわんをとき、 念仏ねむぶちわうじやうをすゝめたまへり。

また六方ろくぱう恒沙ごうじや諸仏しよぶち、 この念仏ねむぶちしてゐちぢやうわうじやうすとしやぶちのときたまへるは決定くゑちぢやうなり、 もろもろのしゆじやう一念ゐちねむもうたがふべからず。 ことごとく一仏ゐちぶちものこらず、 あらゆる諸仏しよぶちみなことごとく証誠しようじやうしたまへり。

すでに弥陀みだぶちぐわんにたて、 しやぶちそのぐわんをとき、 六方ろくぱう諸仏しよぶちそのせち証誠しようじやうしたまへるうえに、 このほかにはなにぶちの、 またこれらの諸仏しよぶちにたがひて、 ぼむわうじやうせずとはのたまふべきぞといふことわりをもて、 ほとけげんじてのたまふとも、 それにおどろきて信心しんじむをやぶりうたがふこゝろあるべからず。 いはむやさちたちののたまはむおや、 じやうびやくぶちおや」 と、 こまごまと善導ぜんだうしやくしたまひてさふらふなり

ましてこのごろのぼむのいかにも1010まふしさふらはむによりて、 げにいかゞあらむずらむなど、 ぢやうにおぼしめすおむこゝろ、 ゆめゆめあるまじくさふらふ。 よにめでたきひとまふすとも、 善導ぜんだうくわしやうにまさりてわうじやうのみちをしりたらむこともかたくさふらふ

善導ぜんだうまたぼむにはあらず、 弥陀みだぶち化身くゑしんなり。 弥陀みだぶちのわがほんぐわんひろくしゆじやうわうじやうせさせむれうに、 かりにひとにむまれて善導ぜんだうとはまふしさふらふなり。 そのおしへまふせば仏説ぶちせちにてこそさふらへ。 あなかしこ、 あなかしこ。 うたがひおぼしめすまじくさふらふ

またはじめよりほとけほんぐわんしんをおこさせおはしましてさふらひおむこゝろのほど、 みまいらせさふらひしに、 なにしにかはわうじやうはうたがひおぼしめしさふらふべき。 きやうにとかれてさふらふごとく、 いまだわうじやうのみちもしらぬひとにとりてのことにさふらふ もとよりよくよくきこしめししたゝめて、 そのうへおむ念仏ねむぶちこうつもりたることにてさふらはむには、 かならずまた臨終りむじゆぜんしきにあはせおはしまさずとも、 わうじやうゐちぢやうせさせおはしますべきことにてこそさふらへ。

中々なかなかあらぬすぢなるひとは、 あしくさふらひなむ。 たゞいかならむひとにても、 あま女房によばうなりとも、 つねにおむまへにさふらはむひとに、 念仏ねむぶちまうさせて、 きかせおはしまして、 おむこゝろひとつをつよくおぼしめして、 たゞ中々なかなか一向ゐちかうに、 ぼむぜんしきをおぼしめしすてゝ、 ほとけぜんしきにたのみまいらせさせたまふべくさふらふ

もとよりほとけ来迎らいかうは、 臨終りむじゆしやうねむのためにて1011さふらふなり。 それをひとの、 みなわが臨終りむじゆしやうねむにして念仏ねむぶちまふしたるに、 ほとけはむかへたまふとのみこゝろえてさふらふは、 ほとけぐわんしんぜず、 きやうもんしんぜぬにてさふらふなり。 ¬しようさんじやうきやう¼ のもんしんぜぬにてさふらふなり

¬しようさんじやうきやう¼ には 「慈悲じひをもてくわへたすけて、 こゝろをしてみだらしめたまはず」 ととかれてさふらふなり たゞのときによくよくまふしおきたる念仏ねむぶちによりて、 ほとけ来迎らいかうキタリムしたカフト まふときに、 しやうねむにはぢゆすとまふすべきにてさふらふなり

たれもほとけをたのむこゝろははすくなくして、 よしなきぼむぜんしきをたのみて、 さきの念仏ねむぶちおばむなしくおもひなして、 臨終りむじゆしやうねむをのみいのることどもにてのみさふらふが、 ゆゝしきひがゐむのことにてさふらふなり

これをよくよくおむこゝろえて、 つねにおむめをふさぎ、 たなごゝろをあはせて、 おむこゝろをしづめておぼしめすべくさふらふ ねがわくは弥陀みだぶちほんぐわんあやまたず、 臨終りむじゆときかならずわがまへにげんじて、 慈悲じひをくわえたすけて、 しやうねむぢゆせしめたまへと、 おむこゝろにもおぼしめして、 くちにも念仏ねむぶちまふさせたまふべくさふらふ。 これにすぎたることさふらふまじ。 こゝろよわくおぼしめすことの、 ゆめゆめさふらふまじきなり。

かやうに念仏ねむぶちをかきこもりてまふしさふらはむなどおもひさふらふも、 ひとへにわがみひとつのためとのみは、 もとよりおもひさふらはず。 おりしもこのおむことをかくうけたまはりさふらひぬれば、 いまよりは一念ゐちねむものこさす、 ことごと1012くそのわうじやうおむたすけになさむとかうしまいらせさふらはむずれば、 かまへてかまへておぼしめすさまにとげさせまいらせさふらはゞやとこそは、 ふかくねんじまいらせさふらへ。

もしこのこゝろざしまことならば、 いかでかおむたすけにもならでさふらふべき、 たのみおぼしめさるべきにてさふらふ

おほかたはまふしいでさふらひしひとことばにおむこゝろをとゞめさせおはしますことも、 このよひとつのことにてはさふらはじと、 さきのよもゆかしくあはれにこそおもひしらるゝことにてさふらへば、 うけたまはりさふらふごとく、 このたびまことにさきだゝせおはしますにても、 またおもはずにさきだちまいらせさふらふことになるさだめなさにてさふらふとも、 ついに一仏ゐちぶちじやうにまいりあひまいらせさふらはむことは、 うたがひなくおぼえさふらふ

ゆめまぼろしのこのよにて、 いまゐちどなどおもひまふしさふらふことは、 とてもかくてもさふらふなむ。 これおばひとすぢにおぼしめしすてゝ、 いよいよもふかくねがふおむこゝろおもまし、 おむ念仏ねむぶちおもはげませおはしまして、 かしこにてまたむとおぼしめすべくさふらふ

返々かへすがへすもなほなほわうじやうをうたがふおむこゝろさふらふまじきなり。 ぐゐやく十悪じふあくのおもきつみつくりたる悪人あくにん、 なをじふしやうゐちしやう念仏ねむぶちによりて、 わうじやうをしさふらはむに、 ましてつみつくらせおはします御事おむことは、 なにごとにかはさふらふべき。 たとひさふらふべきにても、 いくほどのことかはさふらふべき。 このきやう1013にとかれてさふらふ罪人ざいにんには、 いひくらぶべくやはさふらふ

それにまづこゝろをおこし、 しゆつをとげさせおはしまして、 めでたきみのりにもえんをむすび、 ときにしたがひにそえて、 善根ぜんごんのみこそはつもらせおはしますことにてさふらはめ。 そのうへふかく決定くゑちぢやうわうじやう法文ほふもんしんじて、 一向ゐちかう専修せんじゆ念仏ねむぶちにいりて、 ひとすぢに弥陀みだほんぐわんをたのみて、 ひさしくならせおはしましてさふらふ。 なにごとにかは、 ひとこともわうじやうをうたがひおぼしめしさふらふべき。

専修せんじゆひとひやくにんひやくにんながら、 十人じふにん十人じふにんながらわうじやうす」 (礼讃)善導ぜんだうのたまひてさふらへば、 ひとりそのかずにもれさせおはしますべきかはとこそはおぼえさふらへ。 善導ぜんだうおもかこち、 ほとけほんぐわんおもせめまいらせさせたまふべくさふらふ。 こゝろよはくは、 ゆめゆめおぼしめすまじくさふらふ あなかしこ、 あなかしこ。

ことわりをやまふしひらきさふらふとおもひさふらふほどに、 よくおほくなりさふらひぬる。 さやうのおりふし、 こちなくやとおぼえさふらへども、 もしさすがのびたるおむことにてもまたさふらふらむ。 えしりさふらはねば、 このたびまふしさふらはでは、 いつおかはまちさふらふべき。 もしのどかにきかせおはしまして、 一念ゐちねむおむこゝろをすゝむるたよりにやなりさふらふと、 おもひさふらふばかりに、 とゞめえさふらはで、 これほどもこまかになりさふらひぬ。

シユジヤウげんキラフトしりさふら1014ぬは、 はからひがたくてわびしくこそさふらへ。 もしむげによはくならせおはしましたる御事おむことにてさふらはゞ、 これはことながくさふらふべきなり。 えうをとりてつたえまいらせさせおはしますべくさふらふ

うけたまはりさふらふままに、 なにとなくあはれにおぼえさふらひて、 おしかへしまたまふしさふらふなり