後世ごせものがたりの聞書ききがき

 

【1】 ちかごろ*じょうしゅう*めいをたづねて、 *洛陽らくようひんがしやまほとりにまします禅坊ぜんぼうにまゐりてみれば、 *いっきょうじゅう念仏ねんぶつしゃ*五畿ごき七道しちどう*後世ごせしゃたち、 おのおの*まめやかに、 ころもはこころとともにめ、 とともにすてたるよとみゆる*ひとびとのかぎり、 じゅう四五しごにんばかりならびて、 いかにしてかこのたび*おうじょうののぞみをとぐべきと、 これをわれもわれもとおもひおもひにたづねまうしし*ときしも、 まゐりあひて、 さいはひにごろのしんことごとく*あきらめたり。 そのおもむきたちどころにしるして、 ゐなかの*ざい無智むちのひとびとのためにくだすなり。 よくよくこころをしづめてらんずべし。

明師 智慧ちえのすぐれた師。 りゅうかんりっを指すか。
洛陽東山 洛陽は京都の別称。 東山は京都の鴨川以東に南北に連なる丘陵の総称。
一京九重 京都のこと。 街が一条から九条まで分れているので、 このようにいう。
五畿七道 日本全国の意。 五畿は大和やまと山城やましろ河内かわち和泉いずみせっの畿内五ヶ国、 七道は東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道。
まめやかに 心から。 真剣に。
ひとびとのかぎり 人々ばかり。
ときしも ちょうどその時。
あきらめたり 明らかにりょうできた。

【2】 あるひとうていはく、 かかるあさましき無智むちのものも、 *念仏ねんぶつすれば*極楽ごくらくしょうずとうけたまはりて、 そののちひとすぢに念仏ねんぶつすれども、 *まことしくさもありぬべしともおもひさだめたることもそうらはぬをば、 いかがつかまつるべき。

まことしく ほんとうに。

 こたへていはく、 *念仏ねんぶつおうじょうはもとより*かい無智むちのもののためなり。 もし智慧ちえもひろく*かいをも*まつたくたもつならば、 いづれのきょうぼうなりともしゅぎょうして、 *しょうをはなれ*だいべきなり。 それがわが*あたはねばこそ、 いま念仏ねんぶつしておうじょうをばねがへ。

まつたく 完全に。
あたはねばこそ できないからこそ。

【3】 またあるひとうていはく、 *いみじきひとのためにはきょうき、 *いやしきひとのためには念仏ねんぶつをすすめたらば、 *しょうどうもんしょきょう*めでたく*じょうもんいっきょうおとれるかともうせば、

いみじきひと 能力のすぐれた賢い者。
いやしきひと 能力の劣った愚かな者。
めでたく すばらしく。

 こたへていはく、 たとひかれはふかくこれはあさく、 かれはいみじくこれはいやしくとも、 わがぶんにしたがひて*てんをまぬかれて、 *退たいくらいては、 *さてこそあらめ。 ふかきあさきをろんじてなににかはせん。 いはんや、 かのいみじきひとびとの*めでたききょうぼうをさとりてぶつるといふも、 このあさましき念仏ねんぶつしておうじょうすといふも、 *しばらく*いりかどはまちまちなれども、 おちつくところはひとつなり。

*善導ぜんどうののたまはく、 「八万はちまんせんもん ˆありˇ門々もんもんどうにしてまたべつなるにあらず。 別々べつべつもんはかへりておなじ」 (*法事讃・下) といへり。 しかればすなはち、 みなこれおなじく*しゃ一仏いちぶつせつれば、 いづれをまされり、 いづれをおとれりといふべからず。

あやまりて ¬*ほっ¼ のしょきょうすぐれたりといふは、 *ぎゃくだっ八歳はっさいりゅうにょぶつるとくゆゑなり。

この念仏ねんぶつもまたしかなり。 しょきょうにきらはれ、 *諸仏しょぶつにすてらるる悪人あくにん女人にょにん、 すみやかにじょうおうじょうしてまよひをひるがへし、 さとりをひらくは、 いはばまことにこれこそしょきょうすぐれたりともいひつべけれ。

まさにるべし、 震旦しんたん (中国)*曇鸞どんらん*どうしゃくすら、 なほ利智りちしょうじんにたへざるなればとて、 *顕密けんみつほうをなげすててじょうをねがひ、 日本にっぽんしん (*源信)*永観ようかんも、 なほどん*だいなればとて、 ***業因ごういんをすてて*願力がんりき念仏ねんぶつしたまひき。

このごろかのひとびとにまさりて智慧ちえもふかく、 *かいぎょう*いみじからんひとは、 いづれの法門ほうもんりてもしょうだつせよかし。 みなえんにしたがひてこころのひくかたなれば、 よしあしとひとのことをば沙汰さたすべからず、 ただわがぎょうをはからふべきなり。

さてこそあらめ それでこそよいのであろう。
めでたき教法 りっぱな教え。 ここではしょうどうもんの教えを指す。
しばらく 一時的には。
いりかど 入り口。
五逆の達多 ¬法華ほけきょう¼ の 「だいだっぼん」 には、 釈尊の殺害をはかった提婆達多が未来の世に成仏するとあり、 また八歳の竜女が男性に変じて成仏したとある。
諸仏にすてらるる悪人女人補註14
顕密の法 けんぎょうみっきょうのこと。 しょうどうもんの教えを指す。
いみじからんひと すぐれた人。

【4】 またあるひとうていはく、 念仏ねんぶつすとも*三心さんしんをしらではおうじょうすべからずとそうろふなるは、 いかがしそうろふべき。

 のいはく、 まことにしかなり。 ただし*法然ほうねんしょうにんおおせごとありしは、 「三心さんしんをしれりとも念仏ねんぶつせずはそのせんなし、 たとひ三心さんしんをしらずとも念仏ねんぶつだにもうさば、 *そらに三心さんしんそくして極楽ごくらくにはしょうずべし」 とおおせられしを、 まさしくうけたまはりしこと、 このごろこころえあはすれば、 まことに*さもとおぼえたるなり。 ただしおのおのぞんぜられんところのここちをあらはしたまへ。 それをききて三心さんしん*あたりあたらぬよしを分別せん。

そらに 自然に。
さも その通り。
あたりあたらぬよしを 意にかなうかどうかということを。

【5】 あるひといはく、 念仏ねんぶつすれどもこころに*妄念もうねんをおこせば、 そうはたふとくみえ内心ないしんはわろきゆゑに、 虚仮こけ念仏ねんぶつとなりて真実しんじつ念仏ねんぶつにあらずともうすこと、 まことにとおぼえて、 おもひしづめてこころをすましてもうさんとすれども、 おほかたわがこころの*つやつやととのへがたくそうろふをばいかがつかまつるべき。

つやつや 十分に。

 のいはく、 そのここちすなはち*りきにかかへられて*りきをしらず、 すでに*じょうしんのかけたりけるなり。 *くだんの、 くち念仏ねんぶつをとなふれどもこころに妄念もうねんのとどまらねば、 虚仮こけ念仏ねんぶつといひて、 こころをすましてもうすべしとすすめけるも、 *やがてじょうしんかけたる虚仮こけ念仏ねんぶつしゃにてありけりときこえたり。 そのこころに妄念もうねんをとどめて、 くち*みょうごうをとなへてない相応そうおうするを、 虚仮こけはなれたるじょうしん念仏ねんぶつなりともうすらんは、 このじょうしんをしらぬものなり。

*ぼん真実しんじつにしてぎょうずる念仏ねんぶつは、 ひとへにりきにして弥陀みだ本願ほんがんにたがへるこころなり。 すでにみづからそのこころをきよむといふならば、 しょうどうもんのこころなり、 じょうもんのこころにあらず、 *なんぎょうどうのこころにして*ぎょうどうのこころにあらず。

これをこころうべきやうは、 いまのぼんみづから*煩悩ぼんのうだんずることかたければ、 妄念もうねんまたとどめがたし。 しかるを弥陀みだぶつ、 これを*かがみて、 かねてかかる*しゅじょうのために、 りき本願ほんがんをたて、 みょうごう思議しぎにてしゅじょう*つみのぞかんとちかひたまへり。 さればこそりきともなづけたれ。

このことわりをこころえつれば、 わがこころにてものうるさく妄念もうねん妄想もうぞうをとどめんともたしなまず、 しづめがたきあしきこころ、 みだるこころをしづめんともたしなまず、 こらしがたき*観念かんねん*観法かんぼうをこらさんともはげまず、 ただぶつ*みょうがんねんずれば、 *本願ほんがんかぎりあるゆゑに、 *貪瞋とんじん煩悩ぼんのうをたたへたるなれども、 かならずおうじょうすとしんじたればこそ、 こころやすけれ。 さればこそぎょうどうとはなづけたれ。

もしをいましめ、 こころをととのへてしゅすべきならば、 なんぞ*行住ぎょうじゅう坐臥ざがろんぜず、 *しょ諸縁しょえんをきらはざれとすすめんや。 またもしみづからをととのへ、 こころをすましおほせてつとめば、 かならずしも仏力ぶつりきをたのまずともしょうをはなれん。

くだんの 前段の 「あるひといはく」 以下で述べられた内容を指す。
名願を念ずれば 名願は本願みょうごうのこと。 「名号を口にとなふれば」 とする異本がある。
本願かぎりあるゆゑに 本願で当然のこととして決っていることなので。

【6】 またあるひとのいはく、 念仏ねんぶつすれば声々こえごえりょうしょうつみえて、 ひかりにらされ、 こころもにゅうなんになるとかれたるとかや。 しかるに念仏ねんぶつしてとしひさしくなりゆけども、 *三毒さんどく煩悩ぼんのうもすこしもえず、 こころもいよいよわろくなる、 善心ぜんしん日々ひびにすすむこともなし。 *さるときには、 ぶつ本願ほんがんうたがふにはあらねども、 わがのわろきこころにては、 たやすくおうじょうほどのだいはとげがたくこそそうらへ。

さるときには そういう状態にある時には。

 のいはく、 このことひとごとになげくこころなり。 まことにまよへるこころなり。 これなんぞじょうしょうぜんといふみちならんや。 すべてつみめっすといふは、 さい一念いちねんにこそをすててかのおうじょうするをいふなり。 さればこそじょうしゅうとはづけたれ。 もしこのにおいてつみえば、 さとりひらけなん。 さとりひらけば、 いはゆるしょうどうもん*真言しんごん*仏心・*天台てんだい*ごんとう*断惑だんわくしょうもんのこころなるべし。

善導ぜんどうおんしゃくによりてこれをこころうるに、 *信心しんじんにふたつのしゃくあり。 ひとつには、 「*ふかくしんげんにこれ罪悪ざいあくしょうぼん煩悩ぼんのうそくし、 *善根ぜんごんはくしょうにして、 つねに*三界さんがいてんして、 *曠劫こうごうよりこのかた*しゅつえんなしとしんすべし」 とすすめて、 つぎに、 「*弥陀みだ誓願せいがんじんじゅうなるをもつて、 かかるしゅじょうをみちびきたまふとしんして、 一念いちねんうたがふこころなかれ」 とすすめたまへり。

このこころをつれば、 わがこころのわろきにつけても、 弥陀みだの大悲のちかひこそ、 あはれにめでたくたのもしけれとあおぐべきなり。 もとよりわがちからにてまゐらばこそ、 わがこころのわろからんによりて、 うたがふおもひをおこさめ。 ひとへにぶつおんちからにてすくひたまへば、 なんのうたがいかあらんとこころうるを*深心じんしんといふなり。 よくよくこころうべし。

信心 ¬しんしゅう法要ほうよう¼ 所収本には 「深心じんしん」 とある。
ふかく自身は… ¬礼讃らいさん¼ の 「自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、 善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す」 と 「さんぜん」 の 「決定して深く、 自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、 曠劫よりこのかたつねに没しつねに流転して、 出離の縁あることなしと信ず」 とを合わせた文。
弥陀の誓願… ¬礼讃らいさん¼ の 「弥陀の本弘誓願は、 みょうごうを称すること下十声・一声等に至るに及ぶまで、 さだめて往生を得と信知して、 すなわち一念に至るまで疑心あることなし」 と、 「散善義」 の 「決定して深く、 かの阿弥陀仏の、 四十八願は衆生を摂受したまうこと、 疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」 とを合せた文。

【7】 またあるひとのいはく、 曠劫こうごうよりこのかたない今日こんにちまで、 *じゅうあく*ぎゃく*じゅう*謗法ほうぼうとうのもろもろのつみをつくるゆゑに、 三界さんがいてんしていまに*しょうもりたり。 かかるのわづかに念仏ねんぶつすれども、 *愛欲あいよくのなみとこしなへにおこりて善心ぜんしんをけがし、 *しん*ほむらしきりにもえてどくく。 よきこころにてもう念仏ねんぶつまんいちなり。 そのはみなけがれたる念仏ねんぶつなり。 さればせつにねがふといふとも、 この念仏ねんぶつものになるべしともおぼえず。 ひとびともまたさるこころをなほさずはかなふまじともうすときに、 *げにもとおぼえて、 まよそうろふをば、 いかがしそうろふべき。

生死の巣守 巣守はあとにとり残される者。 生死てんの迷いの世界からのがれられない者をいう。
ほむら ほのお。 火炎。
げにも なるほど。

 のいはく、 これはさきの信心しんじんをいまだこころえず。 かるがゆゑに、 おもひわづらひてねがふこころも*ゆるになるといふは、 *こう発願ほつがんしんのかけたるなり。

善導ぜんどうおんこころによるに、 「しゃのをしへにしたがひ、 弥陀みだ願力がんりきをたのみなば、 愛欲あいよくしんのおこりまじはるといふとも、 さらにかへりみることなかれ」 (*散善義・意) といへり。 まことに本願ほんがん*びゃくどう、 あに愛欲あいよくのなみにけがされんや。 りきどく、 むしろしんのほむらにくべけんや。

たとひよくもおこりはらもたつとも、 しづめがたく*しのびがたくは、 ただぶつたすけたまへとおもへば、 かならず弥陀みだだい慈悲じひにてたすけたまふこと、 *本願ほんがんりきなるゆゑに*摂取せっしゅけつじょうなり。 摂取せっしゅけつじょうなるがゆゑにおうじょうけつじょうなりとおもひさだめて、 いかなるひときたりていひさまたぐとも、 すこしもかはらざるこころを*金剛こんごうしんといふ。 しかるゆゑは如来にょらい摂取せっしゅせられたてまつればなり。 これをこう発願ほつがんしんといふなり。 これをよくよくこころうべし。

ゆるになる 疎かになる。 往生を願う心がおとろえることをいう。
しのびがたくは こらえられないなら。

【8】 またあるひといはく、 簡要かんようをとりて三心さんしんほんをうけたまはりそうらはん。

 のいはく、 まことにしかるべし。 まづ*一心いっしん一向いっこうなる、 これじょうしんたいなり。 わがぶんをはからひて、 りきをすててりきにつくこころのただひとすぢなるを真実しんじつしんといふなり。 りきをたのまぬこころを虚仮こけのこころといふなり。

つぎにりきをたのみたるこころのふかくなりて、 うたがいなきを*信心しんじんほんとす。 いはゆる弥陀みだ本願ほんがんは、 すべてもとより罪悪ざいあくぼんのためにして、 しょうにん賢人けんじんのためにあらずとこころえつれば、 わがのわろきにつけても、 さらにうたがふおもひのなきを信心しんじんといふなり。

つぎに本願ほんがんりき真実しんじつなるにりぬるなれば、 おうじょうけつじょうなりとおもひさだめてねがひゐたるこころをこう発願ほつがんしんといふなり。

【9】 またあるひともうさく、 念仏ねんぶつすれば、 しらざれども三心さんしんはそらにそくせらるるとそうろふは、 そのやうはいかにそうろふやらん。

 こたへていはく、 ぎょうをすてて念仏ねんぶつをするは、 弥陀みだぶつをたのむこころのひとすぢなるゆゑなり。 これじょうしんなり。 みょうごうをとなふるは、 おうじょうをねがふこころのおこるゆゑなり。 これこう発願ほつがんしんなり。 これらほどのこころえは、 いかなるものも念仏ねんぶつして極楽ごくらくおうじょうせんとおもふほどのひとはしたるゆゑに、 無智むちのものも念仏ねんぶつだにすれば、 三心さんしんそくしておうじょうするなり。

ただ*せんずるところは、 煩悩ぼんのうそくぼんなれば、 はじめてこころのあしともよしとも沙汰さたすべからず。 ひとすぢに弥陀みだをたのみたてまつりてうたがはず、 おうじょうけつじょうとねがうてもう念仏ねんぶつは、 すなはち三心さんしんそくぎょうじゃとするなり。 「しらねどもとなふればねんせらるる」 としょうにん (*源空)おおせごとありしは、 このいはれのありけるゆゑなり。

詮ずるところは つまるところは。

【10】またあるひとのいはく、 みょうごうをとなふるときに、 念々ねんねんごとにこの三心さんしんぞんじてもうすべくそうろふやらん。

 のいはく、 そのまたあるべからず。 ひとたびこころえつるのちには、 ただ*南無なも弥陀みだぶつととなふるばかりなり。 三心さんしんすなはち*称名しょうみょうこえにあらはれぬるのちには、 三心さんしんをこころのそこにもとむべからず。

 

後世ごせものがたりの聞書ききがき