嘆徳たんどくもん

 

【1】 それ*親鸞しんらんしょうにん浄教じょうきょう西方さいほう先達せんだつ*しんしゅう末代まつだいめいなり。 博覧はくらんないわたり、 修練しゅれん*顕密けんみつぬ。 はじめには俗典ぞくてんならひてせっす。 これはこれ、 *はくぎょうほう学窓がくそうにありて、 *聚螢じゅけい映雪えいせつせつぬきんづるところなり。 のちにはえんしゅう (*天台宗)たずさはりて研精けんせいす。 これはこれ、 貫首かんじゅちんしょう (*慈鎮)禅房ぜんぼうはべりて、 大才だいさい諸徳しょとくこうくところなり。 これによりて*十乗じゅうじょう三諦さんたいつき観念かんねんあきおくり、 *ひゃっかい千如せんにょはな薫修くんじゅとしかさぬ。

ここにつらつら*しゅつよううかがひて、 このゆいをなさく、 「じょうすいらすといへども識浪しきろうしきりにうごき、 心月しんがつかんずといへども妄雲もううんなほおおふ。 しかるに一息いっそくがざれば千載せんざいながく、 なんぞ*しょうきょうしゅむさぼりて、 *いたづらにみょう修学しゅがくつかれん。 すべからくせいなげうちてただちに*しゅつねがふべし」と。

しかれどもきょう相応そうおう凡慮ぼんりょあきらめがたく、 すなはちちかくは*根本こんぽんちゅうどう本尊ほんぞんたいし、 とおくはまつ諸方しょほう霊崛れいくつもうでて、 *だつけいいのり、 真実しんじつ*しきもとむ。 ことにあゆみを*六角ろっかくしょうじゃはこびて、 ひゃくにち懇念こんねんいたすところに、 まのあたげを*こうちんて、 こう感涙かんるいむせぶあひだ、 さいわひに*黒谷くろだにしょうにん (*源空) *吉水よしみず禅室ぜんしついたりて、 はじめて弥陀みだ覚王かくおう*じょうけいりたまひしよりこのかた、 *さんぎょうちゅう*五祖ごそおうさくいちりゅうしゅう相伝そうでんあやまつことなく、 もんきょうそうほんじょうよしあり。

ここをもつてあおぐところは「即得そくとくおうじょうじゅ退転たいてん(*大経・下)じょうせつ、 あたかも*平生へいぜいごうじょう安心あんじんじゅうし、 たのむところは「かんやくない一念いちねん(大経・下)ずう、 これすなはち*じょうだいしょうとくなり。 よりてしゅぎょうをもつてねて化他けたようじゅつとす。 ときそんおおらいきょうこうべかたぶけ、 *緇素しそこぞりてそうちょうこころざしひとしくす。

伯父業吏部 親鸞聖人の伯父、 日野ひの宗業むねなりのこと。 吏部は式部省のこと。 宗業が式部大輔であったことからいう。
聚螢映雪 勉学に専心すること。
十乗三諦 天台てんだいの観法を指す。 十乗は ¬摩訶まかかん¼ に説かれる十乗観法 (だつの境地に至るための十種の観法)、 三諦はくうちゅうの三諦のことで、 この三諦が究極において別々のものではなくてえんにゅうしているという道理を観ずる。
百界千如 天台の観心の対象。 千如是のこと。 仏界から地獄界までの十界がそれぞれに十界をそなえているので百界となり、 その百界にそれぞれ十如是 (諸法じっそうの十のありかた) があるので千如となる。
出要 しょうしゅつすること。 また、 生死を出離するためのかなめの道。 さとりへの道。
根本中堂 えいざんえんりゃくの本堂。
六角の精舎 六角ろっかくどうのこと。
五更 寅の刻。 午前四時頃。
浄土の秘扃 他力不思議の法門。
三経の冲微 ¬大経¼ ¬観経¼ ¬小経¼ の奥深い教え。
五祖の奥賾 五祖の奥深い教え。 ここでの五祖は曇鸞どんらんだいどうしゃくぜん善導ぜんどう大師・かん禅師・しょうこうほっをいう。

【2】 就中なかんずくに、 いちだいぞうひらきて*きょうりつろん*しゃく簡要かんようぬきんでて、 六巻ろっかんしょうして ¬*教行きょうぎょうしんしょう文類もんるい¼ とごうす。 かのしょぶるところの義理ぎり甚深じんじんなり。 いはゆる*ぼん*有漏うろ諸善しょぜん願力がんりきじょうじゅ*ほうらざることをけっし、 如来にょらい*利他りた*真心しんしん*あんにょう勝妙しょうみょう*楽邦らくほうしょうぜしむることをあらわす。 ことに*ぶっ*しん得失とくしつかし、 さかんにじょうほうおうじょうはんず。

ねてはまた*ちゃくえいほっしゃくについて*横竪おうしゅしゅつすといへども、 *しゅうだい (*善導)祖意そいさぐりて、 たくみに*横竪おうじゅちょう 彼此ひしじょじょうして*権実ごんじつきょうひょうし、 *漸頓ぜんとん分別ふんべつしてちょうたんしゅぎょうべんず。 にんいまだこれをだんぜず、 わが (親鸞) ひとりこれをそんす。

また ¬*禿とくしょう¼ とだいするのせんあり、 おなじく自解じげぶるのたり。 かのもんにいはく、 「賢者けんじゃしんきて禿とくしんあらわす。 賢者けんじゃしんは、 ないけんにしてなり。 禿とく*しんは、 ないにしてけんなり」と云々うんぬん

このしゃくけんごんりて、 その翻対ほんたいしゅそんす。 うちこうとくそなふといへども、 碩才せきさい道人どうにんきにてらはんことをいたみ、 ほかにただ至愚しぐそうげんじて、 でんそうたぐいひとしくせんとほっす。 これすなはちひそかにまつぼん行状ぎょうじょうしめし、 もつぱら*こんおうじょうじっひょうするものか。 しかのみならず、 あるいは*きょう相望そうもうしてじゅうたいかし、 あるいは*きょうしていちじゅうはったいべつあらわす。 おほむねりょうてんさいつぶさにぶべからず。

横竪二出 おうしゅつしゅしゅつのこと。 ただし、 択瑛の 「弁横竪二出」 では出はしゅつ生死の意。 親鸞聖人の二双四重の判釈ではこの出を漸教の意とする。
横竪二超 →おうしょうしゅちょう
 ¬愚禿鈔¼ の原文では 「心」 の字。

【3】 そもそも、 くうしょうにん (源空) とうきょうちゅうこうへんによりてことせしのきざみらんしょうにんほっしょうじょうそくのうちとしてどうのゆゑに、 たちまちにじょう幽棲ゆうせいでてはるかに北陸ほくりく遠境えんけいはいす。 しかるあひだ*居諸きょしょしきりにてんじ、 *りょういくしばしばあらたまる。

そのとき*きょうまんこうともがら*邪見じゃけんひるがえしてもつてしょうけんおもむき、 儜弱にょうにゃくれつたぐい怯退こうたいいてもつて*ぜいたくす。 せんとう*遐邇かじがっしょうし、 都鄙とひどうしゅ満足まんぞくす。 つひにすなはち*蓬闕ほうけつちょくめんおんあらたにくわはりしとき*らく帰歟きようんふたたびひらけしののちじゅう有回ゆうかいしょうがいおわりをむかへて、 じゅう万億まんおく西さいはんしょうしたまひしよりこのかた、 星霜せいそうつもりていくそばくのとしぞ。

ねんがっ本所ほんじょ報恩ほうおんつとおこたることなく、 山川さんせんへだたりてひゃく遠国えんごく近国きんごく後弟こうてい参詣さんけいなほさかりなり。 これ*しかしながら、 しょうにん (親鸞)ずう*みょうかなふがいたすところなり。 むしろしゅじょうかいこんじゅくのしからしむるによるにあらずや。

居諸 日月。 歳月。
涼燠 寒と暑。 転じて歳月。
遐邇 遠近。
蓬闕 ここでは禁庭(宮中)の意。
華洛 花の都、 京都のこと。
冥意 仏意。 仏のおぼしめし。

【4】 おほよそ三段さんだんの ¬*式文しきもん¼ 、 しょうようりぬといへども、 *二世にせ*益物やくもつ讃嘆さんだんいまだまず。 このゆゑに一千いっせんげんほうくわへて、 かさねてひゃくばんたん報謝ほうしゃす。

しかればすなはち、 れんぞうかいのうちにしていま*こうしょうけんし、 *檀林だんりんほううえよりこの*梵筵ぼんてい*影向ようごうしたまふらん。 ないしょうゆうさだめて果地かじしょうごん*じょう下化げけよろしくだい*だんきわめましますべし。 かさねてふ、 仏閣ぶっかくもとかたくして、 はるかにばい怛利たり (*弥勒)*さんおよび、 法水ほうすいながれとおくして、 あまねく*六趣ろくしゅ*しょう*群萌ぐんもううるおさん。 うやまひてまうす。

二世 現在世と当来世の二世。
益物 物とはしゅじょうを指し、 仏が衆生をやくすることをいう。
講肆 報恩講の法座。
梵筵 清浄しょうじょうな法座。
上求下化 じょうだい下化げけしゅじょうの略。
智断 知徳 (智慧ちえを得る徳) と断徳 (煩悩ぼんのうを断じ尽す徳) のこと。