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▼そもそも十悪じふあく・五ご逆ぎやくといふつみふかき人ひとも、 また五ご障しやう・三さむ従しようの女人によにんも、 もろもろの雑ざふ行ぎやうをうちすてゝ、 一心ゐちしむに阿わあ弥陀みだ如来によらいにむかひたてまつりて今こむ度どの後ご生しやうをたすけたまへと、 ひしとたのみ申まうさん人ひとは、 十人じふにんも百ひやく人にんもみなことごとく極楽ごくらく浄じやう土どに往わう生じやうすべき事こと、 さらにうたがふこゝろつゆちりほどもあるべからず。

-このほかにはたゞねてもさめても南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちとまふすこゝろはなにとしたるこゝろぞといふに、 たとへば一念ゐちねむに阿わあ弥陀みだ仏ぶちをたのみたてまつるところに、 なにのわづらひもなくやすくたすけまします弥陀みだ如来によらいの御ご恩おんのありがたさたふとさをおもひまいらせて念仏ねむぶち申まうすべし。 これをすなはち弥陀みだ如来によらいの御ご恩おん報謝ほうしやの念仏ねむぶちとは申まうすこゝろなりとおもふべきものなり。

-あなかしこ、 あなかしこ。

明応七年極月上旬第八日書之