十一(501)、 要義問答

▲要義ぎ問答もんどう 第だい十じゅう一いち

○ま事ことにこの身みには、 道心どうしんのなき事ことと、 やまひばかりや、 なげきにて候そうろうらん。 世よをいとなむ事ことなければ、 四し方ほうに馳ち走そうせず、 衣え食じきともにかけたりといへども、 身しん命みょうをおしむ心こころ切せつならねば、 あながちにうれへとするにおよばず。 心こころをやすくせんためにも、 すて候そうろうべき世よにこそ候そうろうめれ。

◇いはんや、 无む常じょうのかなしみは目めのまえにみてり、 いづれの月つき日ひをかおはりの時ときに期ごせん。 さかへあるものもひさしからず、 いのちあるものも又またうれへあり。 すべていとふべきは六道ろくどう生しょう死じのさかひ、 ねがふべき0502は浄じょう土ど菩ぼ提だい也なり。

◇天てん上じょうにむまれてたのしみにほこるといへども、 五ご衰すい退没たいもつのくるしみあり。 人間にんげんにむまれて国王こくおうの身みをうけて、 一いち天てん下げをしたがふといへども、 生しょう老ろう病びょう死し・愛別あいべつ離苦りく・怨憎おんぞう会苦えく、 一いち事じもまぬかるゝ事ことなし。 たとひこれらの苦くなからんすら、 三さん悪道まくどうに返かえるおそれあり。 心こころあらん人ひと、 いかゞいとはざるべき。

◇うけがたき人界にんがいの生しょうをうけて、 あひがたき仏ぶっ教きょうにあふ。 このたび出しゅつ離りをもとめさせ給たまへ。

一

◇問とう。 おほかた、 さこそおもふ事ことにて候そうらへども、 かやうにおほせらるゝことばにつきて、 左右さうなく出しゅっ家けをしたりとも、 心こころに名みょう利りをはなれたる事こともなく、 无む道心どうしんにて人ひとに謗そしりをなされん事こと、 いかゞとおぼへ候そうろう。 在ざい家けにありておほくの輪りん廻ねの業ごうをまさんよりは、 よき事ことにてや候そうろうべき。

◇答こたう。 たわぶれにあまのころもをき、 酒さけにゑひて出しゅっ家けをしたる人ひと、 みな仏道ぶつどうの因いんとなりきと、 旧ふるき物ものにもかきつたへられて候そうろう。

◇¬往おう生じょう十じゅう因いん¼ と申もうす文ふみには、 「勝しょう如にょ聖しょう人にんの父母ぶもともに出しゅっ家けせし時とき、 おとこはとし四し十じゅう一いち、 妻つまは三さん十じゅう三さんなり。 修しゅ行ぎょうの僧そうをもて師しとしき。 師しほめていはく、 衰老すいろうにもいたらず、 病びょう患げんにものぞまず、 いま出しゅっ家けをもとむ、 これ最さい上じょうの善根ぜんごん也なり」 とこそはいひけれ。

◇釈しゃ迦か如来にょらい、 当来とうらい導どう師しの慈じ尊そんに付ふ属ぞくし給たまふにも、 「破は戒かい・重じゅう悪あくのともがら0503なりといふとも、 頭あたまをそり、 衣ころもをそめ、 袈裟けさをかけたらんものをば、 みななんぢにつく」 とこそはおほせられて候そうらへ。

◇されば破は戒かいなりといへども、 三さん会ね得脱とくだつなをたのみあり。 ある経きょうの文もんには、 「在ざい家けの持じ戒かいには、 出しゅっ家けの破は戒かいはすぐれたり」 とこそは申もうして候そうらへ。

◇まことに仏法ぶっぽう流布るふの世よにむまれて、 出しゅつ離りの道みちをしりて、 解げ脱だつ幢相どうそうの衣ころもをかたにかけ、 釈しゃく氏しにつらなりて、 仏法ぶっぽう修しゅ行ぎょうせざらんは、 まことにたからの山やまに入いりて、 手てをむなしくして返かえるためし也なり。

二

◇問とう。 まことに出しゅっ家けなんどしては、 さすがに生しょう死じをはなれ、 菩ぼ提だいにいたらん事ことをこそは、 いとなみ候そうらへ。 いかやうにかつとめ、 いかやうにかねがひ候そうろうべき。

◇答こたう。 ¬安楽あんらく集しゅう¼ (巻上意) にいはく、 「大だい乗じょう聖教しょうぎょうによるに、 二に種しゅの勝しょう法ぼうあり。 一いちには聖しょう道どう、 二にには往おう生じょう浄じょう土ど也なり」。

◇穢土えどのなかにして、 やがて仏ぶっ果かをもとむるは、 みな聖しょう道どう門もん也なり。 諸法しょほうの実相じっそうを観かんじて証しょうをえんとし、 法ほっ華け三昧ざんまいを行ぎょうじて六根ろっこん清浄しょうじょうをもとめ、 三密さんみつの行ぎょう法ほうをこらして即身そくしんに成じょう仏ぶつせんとおもひ、 あるいは四し道どうの果かをもとめ、 又また三さん明みょう六通ろくつうをねがふ、 これみな難なん行ぎょう道どう也なり。

◇往おう生じょう浄じょう土ど門もんといふは、 まづ浄じょう土どへむまれて、 かしこにてさとりをもひらき、 仏ぶつにもならんとおもう也なり、 これは易い行ぎょう道どうといふ。 生しょう死じをはなるゝみちおほし、 いづれよりもいらせ給たまへ。

0504三

◇問とう。 これはわれらがごときのおろかなるものは、 浄じょう土どの往おう生じょうをねがひ候そうろうべきか、 いかん。

◇答こたう。 ¬安楽あんらく集しゅう¼ (巻上意) にいはく、 「聖しょう道どうの一種いっしゅは、 いまの時ときには証しょうしがたし。 一いちには大だい聖しょうをさる事ことはるかにとをきによる。 二にには理りはふかくして、 さとりはすくなきによる。 このゆへに ¬大だい集じゅう月蔵がつぞう経きょう¼ にいはく、 わが末法まっぽうの時ときのなかの億々おくおくの衆しゅ生じょう、 行ぎょうをおこし道どうを修しゅするに、 いまだ一人いちにんもうる物ものはあらず。

◇まさにいま末法まっぽう五ご濁じょく悪あく世せ也なり。 たゞ浄じょう土どの一門いちもんのみありて通つう入にゅうすべきみち也なり。 こゝをもて諸仏しょぶつの大だい悲ひ、 浄じょう土どに帰きせよとすゝめ給たまふ。 一いち形ぎょう悪あくをつくれども、 たゞよく心こころをかけて、 ま事ことをもはらにして、 つねによく念仏ねんぶつせよ。 一切いっさいのもろもろのさはり、 自じ然ねんにのぞこりて、 さだめて往おう生じょうをう。 なんぞ思おもひはからずして、 さる心こころなきや」 といへり。

◇永観ようかんのいはく、 「真言しんごん・止し観かんは、 理りふかくしてさとりがたく、 三論さんろん・法相ほっそうは、 道みちかすかにしてまどひやすし」 (往生拾因) なんど候そうろう。

◇まことに観念かんねんにもたへず、 行ぎょう法ほうにもいたらざらん人ひとは、 浄じょう土どの往おう生じょうをとげて、 一切いっさいの法門ほうもんをもやすくさとらせ給たまはんは、 よく候そうらひなんとおぼへ候そうろう。

四

◇十方じっぽうに浄じょう土どおほし、 いづれをかねがひ候そうろうべき。 兜と率そつの往おう生じょうをねがふ人ひともおほく候そうろう、 いかゞ思おもひさだめ候そうろうべき。

◇答こたう。 天臺てんだい大だい師し (輔行巻二) のゝ給たまはく、 「諸しょ教きょう所讃しょさん多た在ざい弥み0505陀だ故こ、 以い西方さいほう而為にい一いち順じゅん」 と。 又また顕密けんみつの教きょう法ぼうのなかに、 もはら極楽ごくらくをすゝむる事こと、 称しょう計げすべからず。

◇恵え心しんの ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ に、 十方じっぽうに対たいして西方さいほうをすゝめ、 兜と率そつに対たいしておほくの勝しょう劣れつをたて、 難なん易い相そう違いの証しょう拠こどもをひけり、 たづね御ごらんぜさせ給たまへ。

◇極楽ごくらくこの土どに縁えんふかし、 弥陀みだは有う縁えんの教きょう主しゅ也なり。 宿しゅく因いんのゆへ、 本願ほんがんのゆへ、 たゞ西方さいほうをねがはせ給たまふべきとぞおぼえ候そうろう。

五

◇まことにさては、 ひとすぢに極楽ごくらくをねがふべきにこそ候そうろうなれ、 極楽ごくらくをねがはんには、 いづれの行ぎょうかすぐれて候そうろうべき。

◇答こたう。 善導ぜんどう釈しゃくしての給たまはく、 「行ぎょうに二に種しゅあり。 一いちには正行しょうぎょう、 二にには雑ぞう行ぎょう。

◇正しょうのなかに五ご種しゅあり。 一いちには礼拝らいはいの正行しょうぎょう、 二にには讃嘆さんだん供く養ようの正行しょうぎょう、 三さんには読誦どくじゅの正行しょうぎょう、 四しには称名しょうみょうの正行しょうぎょう、 五ごには観察かんざつの正行しょうぎょう也なり。 一いちに礼拝らいはいの正行しょうぎょうといは、 礼らいせんには、 すなはちかのほとけを礼らいして余よ礼らいをまじへざれ。 二にに讃嘆さんだん供く養ようの正行しょうぎょうといは、 讃嘆さんだんせんには、 すなはちかのほとけを讃嘆さんだん供く養ようして余よの讃嘆さんだんをまじへざれ。 三さんに読誦どくじゅの正行しょうぎょうといは、 読誦どくじゅせんには、 ¬弥陀みだ経きょう¼ 等とうの 「三さん部ぶ経きょう」 を読誦どくじゅして余よの読誦どくじゅをまじへざれ。 四しに称名しょうみょうの正行しょうぎょうといは称しょうせんには、 すなはちかのほとけを称しょうして余よの称名しょうみょうをまじへざれ。 五ごに観察かんざつの正行しょうぎょうといは、 憶念おくねん観察かんざつせんには、 かの土どの二に報ほう荘しょう厳ごん等とうを観察かんざつして余よの観察かんざつをまじへざれ。

◇この五ご0506種しゅを往おう生じょうの正行しょうぎょうとす。この正行しょうぎょうのなかに又また二あり。 一いちには正しょう、 二にには助じょ也なり。 称名しょうみょうをもては正しょうとし、 礼らい誦じゅ等とうをもては助業じょごうとなづく。 この正しょう助じょ二に行ぎょうをのぞきて、 自余じよの修善しゅぜんはみな雑ぞう行ぎょうとなづく」 (散善義意)。

◇又また釈しゃくしていはく、 「自余じよの衆善しゅぜんは、 みな善ぜんとなづくといへども、 念仏ねんぶつにたくらぶれば、 またく比ひ挍きょうにあらず」 (定善義) との給たまへり。

◇浄じょう土どをねがはせ給たまはゞ、 一向いっこうに念仏ねんぶつをこそは申もうさせ給たまはめ。

六

◇問とう。 余よ行ぎょうを修しゅして往おう生じょうせん事ことは、 かなひ候そうろうまじや。 されども ¬法華ほけ経きょう¼ (巻六薬王品) に 「即往そくおう安楽あんらく世せ界かい阿あ弥陀みだ仏ぶつ所しょ」 といひ、 密みっ教きょうのなかにも、 決けつ定じょう往おう生じょうの真言しんごんあり。 諸しょ教きょうのなかに、 浄じょう土どに往おう生じょうすべき功く力りきをとけり、 又また穢土えどのなかにして仏ぶっ果かにいたるといふ。

◇かたき徳とくをだに具ぐせらん教きょうを修しゅ行ぎょうして、 やすき往おう生じょう極楽ごくらくに廻え向こうせば、 仏ぶっ果かにかなふまでこそかたくとも、 往おう生じょうはやすく候そうろうべきとこそおぼへ候そうらへ。 又またおのづから聴ちょう聞もんなんどにうけ給たまはるにも、 法ほっ華け・念仏ねんぶつひとつ物ものと釈しゃくせられ候そうろう。 ならべて修しゅせんに、 なにかくるしく候そうろうべき。

◇答こたう。 ¬双巻そうかん経ぎょう¼ (大経巻下) に三輩さんぱい往おう生じょうの業ごうをときて、 ともに 「一向いっこう専念せんねん无む量りょう壽じゅ仏ぶつ」 との給たまへり。

◇¬観かん无む量りょう寿じゅ経きょう¼ に、 もろもろの往おう生じょうの行ぎょうをあつめてとき給たまうに、 おはりに阿あ難なんに付ふ属ぞくし給たまふところには、 「なんぢこの語ごをたもて。 このことばをたもてといふは、 无む量りょう寿仏じゅぶつの名みなをたもつ也なり」 とゝき給たまふ。

◇善導ぜんどう ¬観かん経ぎょう0507¼ を釈しゃくしての給たまふに、 「定じょう散さん両りょう門もんの益やくをとくといへども、 仏ぶつの本願ほんがんにのぞむれば、 一向いっこうにもはら弥陀みだの名みょう号ごうを称しょうせしむるにあり」 (散善義) といふ。

◇おなじき ¬経きょう¼ (観経) の文もんに、 「一々いちいちの光こう明みょうは、 十方じっぽう世せ界かいの念仏ねんぶつの衆しゅ生じょうをてらして、 摂取せっしゅしてすて給たまはず」 とゝけり。

◇善導ぜんどう釈しゃくしての給たまはく、 「余よの雑業ぞうごうのものをてらし摂取せっしゅすといふ事ことをば論ろんぜず」 (観念法門) と候そうろう。

◇余よ行ぎょうのものはふつとむまれずといふにあらず、 善導ぜんどうも 「廻え向こうしてむまるべしといへども、 もろもろの疎そ雑ぞうの行ぎょうとなづく」 (散善義) とこそはおほせられたれ。

◇¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ (巻上) の序じょにも、 「顕密けんみつの教きょう法ぼう、 その文もんひとつにあらず。 事理じりの業因ごういん、 その行ぎょうこれおほし。 利智りち精しょう進じんの人ひとは、 いまだかたしとせず。 豫よがごときの頑がん魯ろの物もの、 あにたやすからんや。 このゆへに、 念仏ねんぶつの一門いちもんによりて、 経きょう論ろんの要文ようもんをあつむ。 これをひらき、 これを修しゅするに、 さとりやすく行ぎょうじやすし」 といふ。

◇これらの証しょう拠こをあきらめつべし。 教きょうをえらぶにはあらず、 機きをはからふ也なり。 わがちからにて生しょう死じをはなれん事こと、 はげみがたくして、 ひとへに他た力りきの弥陀みだの本願ほんがんをたのむ也なり。

◇先徳せんどくたちおもひはからひてこそは、 道どう綽しゃくは聖しょう道どうをすてゝ浄じょう土どの門もんにいり、 善導ぜんどうは雑ぞう行ぎょうをとゞめて一向いっこうに念仏ねんぶつして三昧さんまいをえ給たまひき。 浄じょう土ど宗しゅうの祖師そし、 次し第だいにあひつげり、 わづかに一いち両りょうをあぐ。

◇この朝ちょうにも恵え心しん・永観ようかんなんどいふ、 自じ宗しゅう0508・他た宗しゅう、 ひとへに念仏ねんぶつの一門いちもんをすゝめ給たまへり。

◇専雑せんぞう二に修しゅの義ぎ、 はじめて申もうすにおよばず。 浄じょう土ど宗しゅうの文もんおほし、 こまかに御ごらんずべし。

◇又また即身そくしん得道とくどうの行ぎょう、 往おう生じょう極楽ごくらくにおよばざらんやと候そうろうは、 ま事ことにいはれたるやうに候そうらへども、 なにとも宗しゅうと申もうす事ことの候そうろうぞかし。

◇善導ぜんどうの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼ (玄義分意) にいはく、 「般若はんにゃ経きょうのごときは、 空くう恵えをもて宗しゅうとす。 ¬維ゆい摩ま経きょう¼ のごときは、 不ふ思議しぎ解げ脱だつをもて宗しゅうとす。 いまこの ¬観かん経ぎょう¼ は、 観仏かんぶつ三昧ざんまいをもて宗しゅうとし、 念仏ねんぶつ三昧ざんまいをもて宗しゅうとす」 といふがごとき。

◇¬法ほっ華け¼ は、 真如しんにょ実相じっそう平びょう等どうの妙みょう理りを観かんじて証しょうをとる、 現身げんしんに五ご品ぼん・六根ろっこんの位くらいにもかなふ、 これらをもて宗しゅうとす。 又また真言しんごんには、 即身そくしん成じょう仏ぶつをもて宗しゅうとす。 ¬法ほっ華け¼ にもおほくの功く力りきをあげて経きょうをほむるついでに、 「即往そくおう安楽あんらく」 (法華経巻六薬王品) ともいひ、 又また 「即往そくおう兜と率そつ天てん上じょう」 (法華経巻七勧発品) ともいふ。 これは便びん宜ぎの説せつ也なり、 往おう生じょうをむねとするにはあらず。 真言しんごん又またかくのごとし。

◇法ほっ華け・念仏ねんぶつ一ひとつなりといひて、 ならべて修しゅせよといはば、 善導ぜんどう和か尚しょうは ¬法ほっ華け¼・¬維ゆい摩ま¼ 等とうを誦じゅしき。 浄じょう土どの一門いちもんにいりにしよりこのかた、 一向いっこうに念仏ねんぶつして、 あえて余よの行ぎょうをまじふる事ことなかりき。

◇しかのみならず、 浄じょう土ど宗しゅうの祖師そしあひついで、 みな一向いっこうに名みょう号ごうを称しょうして余よ業ごうをまじへざれとすゝむ。 これらを案あんじて専修せんじゅの一いち行ぎょうにいらせ給たまへと申もうすなり。

0509七

◇問とう。 浄じょう土どの法門ほうもんに、 まづなになにをみて心こころつき候そうらいなん。

◇答こたう。 経きょうには ¬双巻そうかん¼・¬観かん无む量りょう寿じゅ¼・¬小しょう阿あ弥陀みだ経きょう¼ 等とう、 これを 「浄じょう土ど三さん部ぶ経きょう」 となづく。 文もんには善導ぜんどうの ¬観かん経ぎょうの疏しょ¼・¬六ろく時じ礼讃らいさん¼・¬観念かんねん法門ぼうもん¼、 道どう綽しゃくの ¬安楽あんらく集しゅう¼、 慈じ恩おんの ¬西方さいほう要決ようけつ¼、 懐え感かんの ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼、 天臺てんだいの ¬十じゅう疑ぎ論ろん¼、 わが朝ちょうの人にん師しには恵え心しんの ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ なんどこそは、 つねに人ひとの見みるものにて候そうらへ。

◇たゞしなにを御ごらんぜずとも、 よく御おん心こころえて念仏ねんぶつ申もうさせ給たまひなんに、 往おう生じょうなに事ごとかうたがひ候そうろうべき。

八

◇問とう。 心こころをば、 いかやうにかつかひ候そうろうべき。

◇答こたう。 三心さんしんを具ぐ足そくさせ給たまへ。 その三心さんしんと申もうすは、 一いちには至し誠じょう心しん、 二にには深心じんしん、 三さんには廻え向こう発願ほつがん心しんなり。

◇一いちに至し誠じょう心しんといふは、 真実しんじつの心こころ也なり。 善導ぜんどう釈しゃくしての給たまはく、 「至しといふは真しんの義ぎ、 誠じょうといふは実じつの義ぎ。 真実しんじつの心こころのなかに、 この自他じたの依え正しょう二に報ほうをいとひすてゝ、 三業さんごうに修しゅするところの行ぎょう業ごうに、 かならず真実しんじつをもちゐよ。 ほかに賢善けんぜん精しょう進じんの相そうを現げんじて、 内うちに虚仮こけをいだく物ものは、 日にち夜や十じゅう二時にじにつとめおこなふ事こと、 かうべの火ひをはらふがごとくにすれども、 往おう生じょうをえずといふ。 たゞ内ない外げ明みょう闇あんをえらばず、 真実しんじつをもちゐるゆへに、 至し誠じょう心しんとなづく。

◇二にに深心じんしんといふは、 ふかき信しん也なり。 決けつ定じょうしてふかく信しんぜよ、 自じ身しんは現げんにこれ罪悪ざいあく生しょう死じの凡ぼん夫ぶ也なり。 広劫こうごうよりこのかた、 つねにしづみつねに流る転てんして、 出しゅつ0510離りの縁えんある事ことなし。

◇又また決けつ定じょうしてふかく信しんぜよ、 このあみだほとけ、 四し十じゅう八願はちがんをもて、 衆しゅ生じょうを摂しょう受じゅして、 うたがひなくうらもひなく、 かの願力がんりきにのりてさだめて往おう生じょうすと。

◇あふぎねがはくは、 ほとけのことばをば信しんぜよ。 もし一切いっさいの智ち者しゃ百ひゃく千せん万人まんにんきたりて、 経きょう論ろんの証しょうをひきて、 一切いっさいの凡ぼん夫ぶ念仏ねんぶつして往おう生じょうする事ことをえずといはんに、 一念いちねんの疑ぎ退たいの心こころをおこすべからず。 たゞこたへていふべし、 なんぢがひくところの経きょう論ろん信しんぜざるにはあらず。 なんぢが信しんずるところの経きょう論ろんは、 なんぢが有う縁えんの教きょう、 わが信しんずるところは、 わが有う縁えんの教きょう、 いまひくところの経きょう論ろんは、 菩ぼ薩さつ・人にん・天てん等とうに通つうじてとけり。

◇この ¬観かん経ぎょう¼ 等とうの三さん部ぶは、 濁じょく悪あく不ふ善ぜんの凡ぼん夫ぶのためにとき給たまふ。 しかれば、 かの ¬経きょう¼ をとき給たまふ時ときには、 対たい機きも別べつに、 所ところも別べつに、 利り益やくも別べつなりき。 いまきみ[が]うたがひをきくに、 いよいよ信心しんじんを増ぞう長じょうす。

◇もし羅ら漢かん・辟びゃく支し仏ぶつ、 初しょ地じ・十じゅう地じの菩ぼ薩さつ、 十方じっぽうにみち、 化け仏ぶつ・報仏ほうぶつひかりをかゞやかし、 虚こ空くうにしたをはきて、 むまれずとの給たまはゞ、 又またこたへていふべし、 一仏いちぶつの説せつは一切いっさい仏ぶつの説せつにおなじ、 釈しゃ迦か如来にょらいのとき給たまふ教きょうをあらためば、 制せいし給たまふところの殺せっ生しょう重じゅう悪あく等とうのつみをあらためて、 又またおかすべしや。

◇さきのほとけそら事ごとし給たまはゞ、 のちのほとけも又またそら事ごとし給たまふべし。 おなじ事ことならば、 たゞしそめたる法ほうをば、 あらため0511じといひて、 ながく退たいする事ことなかれ。 かるがゆへに深心じんしん也なり。

◇三さんに廻え向こう発願ほつがん心しんといふは、 一切いっさいの善根ぜんごんをことごとくみな廻え向こうして、 往おう生じょう極楽ごくらくのためとす。 決けつ定じょう真実しんじつの心こころのうちに廻え向こうして、 むまるゝおもひをなすなり。 この心こころ深信じんしんなる事こと、 金剛こんごうのごとくにして、 一切いっさいの異い見けん・異い学がく・別べつ行ぎょう人にん等とうに、 動乱どうらん破壊はえせられざれ。

◇いまさらに行ぎょう者じゃのために一ひとつのたとへをときて、 外げ邪じゃ・異い見けんの難なんをふせがん。 人ひとありて西にしにむかひて百ひゃく里り・千せん里りをゆくに、 忽然こつねんとして中ちゅう路ろに二ふたつの河かわあり。 一ひとつはこれ火ひのかわ、 みなみにあり。 二ふたつにはこれ水みずのかわ、 きたにあり。 おのおのひろさ百ひゃく歩ぶ、 ふかくしてそこなし。

◇まさに水すい火かの中ちゅう間げんに一ひとつの白しろき道みちあり、 ひろさ四五しご寸すんばかりなるべし。 このみちひんがしのきしより西にしの岸きしにいたるまで、 ながさ百ひゃく歩ぶ、 そのみづの波は浪ろう交きょう過かして道みちをうるをす、 火か焔えん又またきたりて道みちをやく。 水すい火かあひまじはりてつねにやむ事ごとなし。

◇この人ひとすでに空嚝くうこうのはるかなるところにいたるに、 人ひとなくして群賊ぐんぞく・悪あく獣じゅうあり。 この人ひとのひとりゆくを見みて、 きをひきたりてころさんとす。 この人ひと死しをおそれてたゞちにはしりて西にしにむかふ。

◇忽然こつねんとしてこの大たい河がを見みるに、 すなはち念言ねんごんすらく、 南北なんぼくにほとりなし、 中ちゅう間げんに一ひとつの白びゃく道どうを見みる、 きわめて狭少きょうしょう也なり。 二ふたつの岸きしあいさる事ことちかしといへども、 いかゞゆくべき。 今日こんにちさだめ0512て死しせん事ことうたがひなし。

◇まさしく返かえらんとおもへば、 群賊ぐんぞく・悪あく獣じゅうやうやくきたりてせむ。 南北なんぼくにさりはしらんとおもへば、 悪あく獣じゅう・毒どく虫ちゅうきおひきたりてわれにむかふ。 まさに西にしにむかひて道みちをたづねて、 しかもさらんとおもへば、 おそらくはこの二ふたつの河かわにおちぬべし。

◇この時ときおそるゝ事こといふべからず、 すなはち思し念ねんすらく、 返かえるとも死しし、 又またさるとも死しせん、 一種いっしゅとしても死しをまぬかれざるもの也なり。 われむしろこのみちをたづねて、 さきにむかひてさらん。 すでにこのみちあり、 かならずわたるべし。

◇このおもひをなす時ときに、 東ひがしの岸きしにたちまちに人ひとのすゝむるこゑをきく。 きみ決けつ定じょうしてこのみちをたづねてゆけ、 かならず死しの難なんなけん。 住じゅうせば、 すなはち死しなん。 西にしの岸きしのうゑに人ひとありてよばひていはく、 なんぢ一心いっしんにまさしく念ねんじて、 みちをたづねて直ただちにすゝみて、 疑怯ぎこ退心たいしんをなさゞれと。

◇あるいは一分いちぶん二に分ぶんゆくに、 群賊ぐんぞく等とうよばひていはく、 きみ返かえりきたれ、 かのみちははげしくあしきみち也なり、 すぐる事ことをうべからず、 死しなん事ことうたがひなし、 われらが衆しゅうは悪心あくしんなしと。

◇この人ひと、 よばふこゑをきくといへどもかえりみず。 直ただちにすゝみて道みちを念ねんじてしかもゆくに、 須しゅ臾ゆにすなはち西にしの岸きしにいたりて、 ながくもろもろの難なんをはなる。 善ぜん友ぬあひむかひてよろこびやむ事ごとなし。

◇これはたとへ也なり。 次つぎにたとへを0513合がっすといふは、 東ひがしの岸きしといふは、 すなはちこの娑しゃ婆ばの火か宅たくにたとふる也なり。

◇群賊ぐんぞく・悪あく獣じゅういつはりちかづくといふは、 すなはち衆しゅ生じょうの六根ろっこん・六識ろくしき・六塵ろくじん・五ご陰おん・四し大だい也なり。

◇人ひとなき空迥くうこうの沢さわといふは、 すなはち悪あく友うにしたがひて、 まことの善ぜん知ぢ識しきにあはざる也なり。

◇水すい火かの二河にがといふは、 すなはち衆しゅ生じょうの貪愛とんないは水みずのごとく、 瞋しん恚には火ひのごとくなるにたとふる也なり。

◇中ちゅう間げんの白びゃく道どう四五しご寸すんといふは、 衆しゅ生じょうの貪瞋とんじん煩悩ぼんのうのなかに、 よく清浄しょうじょうの願がん往おう生じょうの心こころをなす也なり。 貪瞋とんじんこわきによるがゆへに、 すなはち水すい火かのごとしとたとふる也なり。 願心がんしんすくなきがゆへに、 白びゃく道どうのごとしとたとふる也なり。

◇水すい波はつねにみちをうるおすといふは、 愛心あいしんつねにおこりて善信ぜんしんを染ぜん汚おする也なり。 又また火か焔えんつねに道みちをやくといふは、 瞋嫌しんけんの心こころよく功く徳どくの法財ほうざいをやく也なり。

◇人ひとみちをのぼるに直ただちに西にしにむかふといふは、 すなはちもろもろの行ぎょう業ごうをめぐらして、 直ただちに西にしにむかふにたとふる也なり。

◇東ひがしの岸きしに人ひとのこゑのすゝめやるをきゝて、 道みちをたづねて直ただちに西にしにすゝむといふは、 すなはち釈しゃ迦かはすでに滅めっし給たまひてのち、 人ひと見みたてまつらざれども、 なを教きょう法ぼうありてたづねつべし。 これをこゑのごとしとたとふる也なり。

◇あるいはゆく事こと一分いちぶん二に分ぶんするに群賊ぐんぞく等とうよび返かえすといふは、 別べつ解げ・別べつ行ぎょう・悪見あくけん人にん等とうみだりに見けん解げをときてあひ惑乱わくらんし、 およびみづから罪つみをつくりて退失たいしつするにたとふる也なり0514。

◇西にしの岸きしのうゑに人ひとありてよばふといふは、 すなはち弥陀みだの願がんの心こころにたとふる也なり。

◇須しゅ臾ゆににすなはちにしのきしにいたりて善ぜん友ぬあひ見みてよろこぶといふは、 すなはち衆しゅ生じょうひさしく生しょう死じにしづみて、 曠劫こうごうに輪りん廻ねし、 迷到めいとうし、 みづからまどひて解げ脱だつするによしなし。

◇あふぎて釈しゃ迦か発遣はっけんして、 西方さいほうにむかはしめ給たまふ。 弥陀みだの悲ひ心しんまねきよばひ給たまふによりて、 二に尊そんの心こころに信しん順じゅんして、 水すい火かの二河にがをかへりみず、 念々ねんねんにわするゝ事ことなく、 かの願力がんりきの道どうに乗じょうじて、 いのちをすておはりてのち、 かのくににむまるゝ事ことをえて、 ほとけを見みたてまつりて、 慶きょう喜きする事こときはまりなからん。

◇行ぎょう者じゃ、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがの三業さんごうに修しゅするところ、 昼ちゅう夜や時じ節せつを問とうことなく、 つねにこのさとりをなし、 このおもひをなすがゆへに廻え向こう発願ほつがん心しんといふ。

◇又また廻え向こうといふは、 かのくにゝむまれおはりて、 大だい悲ひをおこして生しょう死じに返かえりいりて、 衆しゅ生じょうを教きょう化けするを廻え向こうとなづく。

◇三心さんしんすでに具ぐすれば、 行ぎょうとして成じょうぜずといふ事ことなし。 願がん行ぎょうすでに成じょうじて、 もしむまれずといはゞ、 このことはりある事ことなけん」 (散善義意) [と。] 已い上じょう善導ぜんどうの釈しゃくの文もんなり。

九

◇問とう。 ¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ のなかに、 「一心いっしん不ふ乱らん」 と候そうろうぞかしな。 これ阿あ弥陀みだ仏ぶつを申もうさん時とき、 余事よじをすこしもおもひまぜ候そうろうまじきにや。 一ひとこゑ念仏ねんぶつ申もうさん程ほど、 物ものをおもひまぜざら0515ん事ことはやすく候そうらへば、 一念いちねん往おう生じょうにもるゝ人ひと候そうらへじとおぼへ候そうろう。 又またいのちのおはるを期ごとして、 余よ念ねんなからん事ことは、 凡ぼん夫ぶの往おう生じょうすべき事ことにても候そうらはず。 この義ぎいかゞ心こころえ候そうろうべき。

◇答こたう。 善導ぜんどうこの事ことを釈しゃくしての給たまはく、 ひとたび三心さんしんを具ぐ足そくしてのち、 みだれやぶれざる事こと金剛こんごうのごとくにて、 いのちおはるを期ごとするを、 なづけて一心いっしんといふに候そうろう。

◇阿あ弥陀みだ仏ぶつの本願ほんがんの文もんに、 「設せつ我が得仏とくぶつ、 十方じっぽう衆しゅ生じょう、 至し心しん信しん楽ぎょう、 欲よく生しょう我が国こく、 乃ない至し十じゅう念ねん、 若にゃく不ふ生しょう者じゃ、 不ふ取しゅ正しょう覚がく」 (大経巻上) といふ。 この文もんに 「至し心しん」 といふは、 ¬観かん経ぎょう¼ にあかすところの三心さんしんのなかの至し誠じょう心しんにあたれり。 「信しん楽ぎょう」 といふは、 深心じんしんにあたれり。 「欲よく生しょう我が国こく」 は、 廻え向こう発願ほつがん心しんにあたれり。 これをふさねて、 いのちおはるを期ごとして、 みだれぬものを一心いっしんとは申もうす也なり。

◇この心こころを具ぐせんもの、 もしは一日いちにち・二に日にち、 乃ない至し十じっ声しょう・一いっ声しょうに、 かならず往おう生じょうする事ことをうといふ。 いかでか凡ぼん夫ぶの心こころに、 散乱さんらんなき事こと候そうろうべき。 さればこそ易い行ぎょう道どうとは申もうす事ことにて候そうらへ。

◇¬双巻そうかん経ぎょう¼ (大経巻下) の文もんには、 「横截おうぜつ五ご悪趣あくしゅ、 悪趣あくしゅ自じ然ねん閉ぺい、 昇しょう道どう无む窮極ぐうごく、 易い往おう而に无む人にん」 とゝけり。 ま事ことにゆきやすき事こと、 これにすぎたるや候そうろうべき。

◇劫こうをつみてむまるといはゞ、 いのちもみじかく、 身みもたへざらん人ひと、 いかゞとおもふべきに、 本願ほんがんに 「乃ない至し十じゅう念ねん」 (大経巻上) といふ、 願がん成じょう就じゅの文もんに 「乃ない至し一念いちねんもかのほとけを念ねんじて、 心こころをいたして廻え向こうす0516れば、 すなはちかの国くににむまるゝ事ことをう」 (大経巻下意) といふ。

◇造悪ぞうあくのものむまれずといはゞ、 ¬観かん経ぎょう¼ の文もんに、 「五ご逆ぎゃくの罪人ざいにんむまる」 とゝく。

◇もし世よもくだり、 人ひとの心こころもおろかなる時ときは、 信心しんじんうすくしてむまれがたしといはゞ、 ¬双巻そうかん経ぎょう¼ (大経巻下) の文もんに、 「当来とうらい之世しせ経きょう道どう滅尽めつじん、 我以がい慈悲じひ哀愍あいみん、 特どく留る此し経きょう止し住じゃうう百ひゃく歳さい。 其有ごう衆しゅ生じょう値ち此し経きょう者しゃ、 随ずい意い所願しょがん皆かい可か得とく度ど。云云

◇その時ときの衆しゅ生じょうは三宝さんぼうの名なをきく事ことなし、 もろもろの聖教しょうぎょうは竜りゅう宮ぐにかくれて一巻いっかんもとゞまる物ものなし。 たゞ邪悪じゃあく无む信しんのさかりなる衆しゅ生じょうのみあり、 みな悪道あくどうにおちぬべし。 弥陀みだの本願ほんがんをもて、 釈しゃ迦かの大だい悲ひふかきがゆへに、 この教きょうをとゞめ給たまへる事こと百ひゃく年ねん也なり。 いはんや、 このごろはこれ末法まっぽうのはじめ也なり。 万年まんねんのゝちの衆しゅ生じょうにおとらんや。

◇かるがゆへに 「易い往おう」 といふ。 しかりといへども、 この教きょうにあふ物ものはかたし。 又またおのづからきくといへども、 信しんずる事ことかたきがゆへに、 しかも 「无む人にん」 といふ、 ま事ことにことはりなるべし。

◇¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ (意) に、 「もしは一日いちにち、 もしは二に日にち、 乃ない至し七日しちにち、 名みょう号ごうを執しゅう持じして一心いっしん不ふ乱らんなれば、 その人ひと命終みょうじゅうの時ときに、 阿あ弥陀みだ仏ぶつもろもろの聖しょう衆じゅと現げんにその人ひとのまえにまします。 おはる時とき、 心しん顛倒てんどうせずして、 阿あ弥陀みだ仏ぶつの極楽ごくらく世せ界かいに往おう生じょうする事ことをう」 といふ。

◇この事ことをとき給たまふ時ときに、 釈しゃ迦か一仏いちぶつの所説しょせつを信しんぜざらん事ことをおそれて、 「六方ろっぽうの如来にょらい、 同心どうしん同どう時じにおのおの0517広こう長じょうの舌相ぜっそうをいだして、 あまねく三千さんぜん大千だいせん世せ界かいにおほひて、 もしこの事ことそら事ごとならば、 わがいだすところの広こう長じょうの舌したやぶれたゞれて、 口くちにいる事ことあらじ」 (観念法門) とちかひ給たまひき。

◇経きょう文もん・釈しゃく文もんあらは也なり。 又また大だい事じを成なし給たまひし時ときは、 みな証明しょうみょうありき。 法ほっ華けをとき給たまひし時ときは、 多た宝ほう一仏いちぶつ証明しょうみょうし、 般若はんにゃをとき給たまひし時ときは、 四し方ほう四し仏ぶつ証明しょうみょうし給たまふ。 しかりといへども、 一日いちにち七日しちにちの念仏ねんぶつのごとく証誠しょうじょうのさかりなる事ことはなし。 ほとけもこの事ことをま事ことに大だい事じにおぼしめしたるにこそ候そうろうめれ。

十

◇問とう。 信心しんじんのやうはうけ給たまはりぬ、 行ぎょうの次し第だいいかゞ候そうろうべき。

◇答こたう。 四し修しゅをこそは本ほんとする事ことにて候そうらへ。 一いちには長じょう時じ修しゅ、 乃ない至し四しには无余むよ修しゅ也なり。

◇一いちに長じょう時じ修しゅといふは、 慈じ恩おんの ¬西方さいほう要決ようけつ¼ (意) にいはく、 「初しょ発心ほっしんよりこのかた、 つねに退転たいてんなき也なり」。 善導ぜんどうは、 「いのちのおはるを期ごとして、 誓ちかいて中ちゅう止しせざれ」 (礼讃) といふ。

◇二にに恭く敬ぎょう修しゅといは、 極楽ごくらくの仏法ぶっぽう僧宝そうほうにおいて、 つねに憶念おくねんして尊そん重じゅうをなす也なり。 ¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ にあり。

◇又また ¬要訣ようけつ¼ (西方要決意) にいはく、 「恭く敬ぎょう修しゅ、 これにつきて五ごあり。 一いちには有う縁えんの聖しょう人にんをうやまふ。 二にには有う縁えんの聖教しょうぎょうをうやまふ。 三さんには有う縁えんの善ぜん知ぢ識しきをうやまふ。 四しには同縁どうえんの伴ともをうやまふ。 五ごには三宝さんぼうをうやまふ。

◇一いちに有う縁えんの聖しょう人にんをうやまふといふは、 行住ぎょうじゅう坐臥ざがに西方さいほうをそむかず、 涕てい唾だ便べん利りに西方さいほうにむかはざれといふ。

◇二にに有う縁えん0518の像ぞうと教きょうとをうやまふといふは、 阿あ弥陀みだ仏ぶつの像ぞうをつくりもかきもせよ。 ひろくする事ことあたはずは、 一仏いちぶつ二に菩ぼ薩さつをつくれ。 又また教きょうをうやまふといふは、 ¬弥陀みだ経きょう¼ 等とうを五ご色しきのふくろにいれて、 みづからもよみ他たをおしへてもよませよ。 像ぞうと経きょうと室しつのうちに安あん置ちして、 六ろく時じに礼讃らいさんし、 香こう花げを供く養ようすべし。

◇三さんに有う縁えんの善ぜん知ぢ識しきをうやまふといふは、 浄じょう土どの教きょうをのべんものをば、 もしは千せん由ゆ旬じゅんよりこのかた、 ならびに敬重きょうじゅうし親近しんごん・供く養ようすべし。 別学べつがくのものをも総そうじてうやまふ心こころをおこすべし。 もし憍きょう慢まんをなさば、 罪つみをうる事こときわまりなし。 すゝみても衆しゅ生じょうのために善ぜん知ぢ識しきとなりて、 かならず西方さいほうに帰きするをもちゐよ。 この火か宅たくに住じゅうせば、 退没たいもつありていでがたきがゆへ也なり。 火か界かいの修道しゅどうはなはだかたかるべきがゆへに、 西方さいほうに帰きせしむ。 ひとたび往おう生じょうをえつれば、 三学さんがく自じ然ねんに勝しょう進しんして、 万まん行ぎょうならびにそなはるがゆへに、 弥陀みだの浄じょう国こくは造罪ぞうざいの地ちなし。

◇四しに同縁どうえんのともをうやまふといふは、 おなじく業ごうを修しゅする物もの也なり。 みづからはさはりおもくして独ひとり業ごう成じょうぜずといへども、 かならずよきともによりて、 まさに行ぎょうをなす。 あやうきをたすけ、 あやうきをすくふ事こと、 同伴どうはんの善縁ぜんえん也なり。 ふかくあひたのみておもくすべし。

◇五ごに三宝さんぼうをうやまふといふは、 絵え像ぞう・木仏もくぶつ、 三さん乗じょうの教きょう旨し、 聖しょう僧そう・破は戒かいのともがらまでうやまひをおこし、 慢まんを0519生しょうずる事ことなかれ。 木きのかたぶきたるは、 たうるゝに、 まがれるによるがごとし。 事ことのさはりありて、 西にしにむかふにおよばずは、 たゞ西にしにむかふおもひをなすべし」。

◇三さんに无む間けん修しゅといふは、 ¬要訣ようけつ¼ (西方要決意) にいはく、 「つねに念仏ねんぶつして往おう生じょうの心こころをなせ。 一切いっさいの時ときにおいて、 心こころにつねにおもひたくむべし。 たとへばもし人ひと他たに抄掠しょうりょうせられて、 身み下げ賎せんとなりて艱辛かんしんをうく。 たちまちに父母ぶもをおもひて、 本国ほんごくにはしり返かえらんと思おもふ。 ゆくべきはかり事こと、 いまだわきまへずして他た郷きょうにあり、 日にち夜やに思し惟ゆいする。 くるしみたへしのぶべからず、 時ときとして本国ほんごくをおもはずといふ事ことなし。 はかり事ごとをなす事ことをえて、 すでに返かえりて達たっする事ことをえて、 父母ぶもに親近しんごんし、 ほしきまゝに歓かん娯ごするがごとし。

◇行ぎょう者じゃも又またしか也なり。 往因おういんの煩悩ぼんのうに善心ぜんしんを壊え乱らんせられて、 福ふく智ちの珍財ちんざいならびに散失さんしつして、 ひさしく生しょう死じにしづみて、 六道ろくどうに駆ち馳そうし、 くるしみ身心しんしんをせむ。 いま善縁ぜんえんにあひて、 弥陀みだの慈父じふをきゝて、 まさに仏恩ぶっとんを念ねんじて、 報尽ほうじんを期ごとして、 心こころにつねにおもふべし。 心々しんしん相続そうぞくして余よ業ごうをまじへざれ」。

◇四しに无余むよ修しゅといふは、 ¬要決ようけつ¼ (西方要決) にいはく、 「もはら極楽ごくらくをもとめて礼念らいねんする也なり。 諸しょ余よの行ぎょう業ごうを雑ぞう起きせざれ。 所しょ作さの業ごうは日別にちべつに念仏ねんぶつすべし」。 善導ぜんどうのゝ給たまはく、 「もはらかのほとけの名みょう号ごうを念ねんじ、 もはらかのほとけおよびかの土どの一切いっさいの聖しょう衆じゅ等とうをほ0520めて、 余よ業ごうをまじへざれ。 専修せんじゅのものは百ひゃくはすなはち百ひゃくながらむまれ、 雑修ざっしゅのものは百ひゃくがなかにわづかに一いち二に也なり。 雑縁ぞうえんにちかづきぬれば、 みづからもさへ、 他たの往おう生じょうの正行しょうぎょうをもさふる也なり。 われみづから諸方しょほうを見みきくに、 道俗どうぞくの解げ行ぎょう不ふ同どうにして、 専雑せんぞうこと也なり。 たゞ心こころをもはらになすは、 十じゅうは十じゅうながらむまる。 雑修ざっしゅのものは、 千せんがなかに一ひとつもえず」 (礼讃意) といふ。

◇又また善導ぜんどうの御おん弟子でし釈しゃくしての給たまはく、 「西方さいほう浄じょう土どの業ごうを修しゅせんとおもはん物ものは、 四し修しゅおつる事ことなく、 三業さんごうまじわる事ことなくして、 一切いっさいの諸願しょがん・諸しょ行ぎょうを廃はいして、 たゞ西方さいほうの一いち行ぎょう・一願いちがんを修しゅせよ」 (群疑論巻四意) とこそ候そうらへ。

十一

◇問とう。 一切いっさいの善根ぜんごんは魔ま王おうのためにさまたげらる。 これはいかゞして退たい治じし候そうろうべき。

◇答こたう。 魔ま界かいといふ物ものは、 衆しゅ生じょうをたぶろかす物もの也なり。 一切いっさいの行ぎょう業ごうは、 自じ力りきをたのむゆへ也なり。 念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃは、 身みをば罪悪ざいあく生しょう死じの凡ぼん夫ぶとおもへば、 自じ力りきをたのむ事ことなくして、 たゞ弥陀みだの願力がんりきにのりて往おう生じょうせんとねがふに、 魔ま縁えんたよりをうる事ことなし。

◇観かん恵えをこらす人ひとにも、 なを九く境きょうの魔事まじありといふ。 弥陀みだの一いち事じには、 もとより魔事まじなし、 果か人にん清浄しょうじょうなるがゆへにといへり。 仏ぶつをたぶろかす魔ま縁えんなければ、 念仏ねんぶつのものをばさまたぐべからず、 他た力りきをたのむによるがゆへ也なり。 百丈ひゃくじょうの石いしを船ふねにおきつれば、 万ばん0521里りの大海たいかいをすぐるがごとし。

◇又また念仏ねんぶつの行ぎょう者じゃのまへには、 弥陀みだ・観音かんのんつねにきたり給たまふ。 二に十じゅう五ごの菩ぼ薩さつ、 百重ひゃくじゅう千せん重じゅうに囲い繞にょう護ご念ねんし給たまふに、 たよりをうべからず。

十二

◇問とう。 阿あ弥陀みだ仏ぶつを念ねんずるに、 いかばかりのつみをか滅めっし候そうろう。

◇答こたう。 「一念いちねんによく八はち十じゅう億劫おくこうの生しょう死じの罪つみを滅めっす」 (観経意) といひ、 又また 「但聞たんもん仏ぶつ名みょう二に菩ぼ薩さつ名みょう、 除じょ无む量りょう劫こう生しょう死じ之し罪ざい」 (観経) なんど申もうし候そうろうぞかし。

十三

◇問とう。 念仏ねんぶつと申もうし候そうろうは、 仏ぶつの色相しきそうを念ねんじ候そうろうか。

◇答こたう。 仏ぶつの色相しきそう・光こう明みょうを念ねんずるは、 観仏かんぶつ三昧ざんまいなり。 報身ほうじんを念ねんじ同体どうたいの仏ぶっ性しょうを観かんずるは、 智ちあさく心こころすくなきわれらは境きょう界がいにあらず。

◇善導ぜんどうの給たまはく、 「相そうを観かんぜずして、 たゞ名みょう字じを称しょうせよ。 衆しゅ生じょうさはりおもくして、 観かん成じょうずる事ことかたし。 このゆへに大だい聖しょうあはれみをたれて、 称名しょうみょうをもはらにすゝめ給たまへり。 心こころかすかにして、 たましゐ十方じっぽうにとびちるがゆへ也なり」 (礼讃意) といへり。

◇又また本願ほんがんの文もんを、 善導ぜんどう釈しゃくしての給たまはく、 「若にゃく我が成じょう仏ぶつ、 十方じっぽう衆しゅ生じょう願がん生しょう我が国こく、 称しょう我が名みょう号ごう、 下至げし十じっ声しょう、 乗じょう我が願力がんりき、 若にゃく不ふ生しょう者じゃ不ふ取しゅ正しょう覚がく。 彼ひ仏ぶつ今こん現在げんざい世せ成じょう仏ぶつ。 当とう知ち、 本誓ほんぜい重じゅう願がん不虚ふこ、 衆しゅ生じょう称しょう念ねん必得ひっとく往おう生じょう」 (礼讃) とおほせられて候そうろう。

◇とくとく安楽あんらく浄じょう土どに往おう生じょうせさせおはしまして、 弥陀みだ・観音かんのんを師しとして、 法ほっ華けの真如しんにょ実相じっそう平びょう等どうの妙みょう理り、 般若はんにゃの第一だいいち義ぎ空くう、 真言しんごんの即身そくしん成じょう仏ぶつ、 心こころのまゝにさとらせおはしますべし 云云。