十一(501)、 要義問答

よう問答もんどう だいじゅういち

ことにこのには、 道心どうしんのなきことと、 やまひばかりや、 なげきにてそうろうらん。 をいとなむことなければ、 ほうそうせず、 じきともにかけたりといへども、 しんみょうをおしむこころせつならねば、 あながちにうれへとするにおよばず。 こころをやすくせんためにも、 すてそうろうべきにこそそうろうめれ。

いはんや、 じょうのかなしみはのまえにみてり、 いづれの月日がつじつをかおはりのときせん。 さかへあるものもひさしからず、 いのちあるものもまたうれへあり。 すべていとふべきは六道ろくどうしょうのさかひ、 ねがふべき0502じょうだいなり

てんじょうにむまれてたのしみにほこるといへども、 すい退没たいもつのくるしみあり。 人間にんげんにむまれて国王こくおうをうけて、 いちてんをしたがふといへども、 しょうろうびょう愛別あいべつ離苦りく怨憎おんぞう会苦えくいちもまぬかるゝことなし。 たとひこれらのなからんすら、 さん悪道まくどうかえるおそれあり。 こころあらんひと、 いかゞいとはざるべき。

うけがたき人界にんがいしょうをうけて、 あひがたきぶっきょうにあふ。 このたびしゅつをもとめさせたまへ。

十一、 要義問答 一

とう。 おほかた、 さこそおもふことにてそうらへども、 かやうにおほせらるゝことばにつきて、 左右さうなくしゅっをしたりとも、 こころみょうをはなれたることもなく、 道心どうしんにてひとそしりをなされんこと、 いかゞとおぼへそうろうざいにありておほくのりんごうをまさんよりは、 よきことにてやそうろうべき。

こたう。 たわぶれにあまのころもをき、 さけにゑひてしゅっをしたるひと、 みな仏道ぶつどういんとなりきと、 ふるものにもかきつたへられてそうろう

¬おうじょうじゅういん¼ ともうふみには、 「しょうにょしょうにん父母ぶもともにしゅっせしとき、 おとこはとしじゅういちつまさんじゅうさんなり。 しゅぎょうそうをもてとしき。 ほめていはく、 衰老すいろうにもいたらず、 びょうげんにものぞまず、 いましゅっをもとむ、 これさいじょう善根ぜんごんなり」 とこそはいひけれ。

しゃ如来にょらい当来とうらいどうそんぞくたまふにも、 「かいじゅうあくのともがら0503なりといふとも、 あたまをそり、 ころもをそめ、 袈裟けさをかけたらんものをば、 みななんぢにつく」 とこそはおほせられてそうらへ。

さればかいなりといへども、 さん得脱とくだつなをたのみあり。 あるきょうもんには、 「ざいかいには、 しゅっかいはすぐれたり」 とこそはもうしそうらへ。

まことに仏法ぶっぽう流布るふにむまれて、 しゅつみちをしりて、 だつ幢相どうそうころもをかたにかけ、 しゃくにつらなりて、 仏法ぶっぽうしゅぎょうせざらんは、 まことにたからのやまりて、 をむなしくしてかえるためしなり

十一、 要義問答 二

とう。 まことにしゅっなんどしては、 さすがにしょうをはなれ、 だいにいたらんことをこそは、 いとなみそうらへ。 いかやうにかつとめ、 いかやうにかねがひそうろうべき。

こたう。 ¬安楽あんらくしゅう¼ (巻上意) にいはく、 「だいじょう聖教しょうぎょうによるに、 しゅしょうぼうあり。 いちにはしょうどうにはおうじょうじょうなり」。

穢土えどのなかにして、 やがてぶっをもとむるは、 みなしょうどうもんなり諸法しょほう実相じっそうかんじてさとりをえんとし、 ほっ三昧ざんまいぎょうじて六根ろっこん清浄しょうじょうをもとめ、 三密さんみつぎょうほうをこらして即身そくしんじょうぶつせんとおもひ、 あるいはどうのをもとめ、 またさんみょう六通ろくつうをねがふ、 これみななんぎょうどうなり

おうじょうじょうもんといふは、 まづじょうへむまれて、 かしこにてさとりをもひらき、 ぶつにもならんとおもうなり、 これはぎょうどうといふ。 しょうをはなるゝみちおほし、 いづれよりもいらせたまへ。

0504十一、 要義問答 三

とう。 これはわれらがごときのおろかなるものは、 じょうおうじょうをねがひそうろうべきか、 いかん。

こたう。 ¬安楽あんらくしゅう¼ (巻上意) にいはく、 「しょうどう一種いっしゅは、 いまのときにはしょうしがたし。 いちにはだいしょうをさることはるかにとをきによる。 にははふかくして、 さとりはすくなきによる。 このゆへに ¬だいじゅう月蔵がつぞうきょう¼ にいはく、 わが末法まっぽうときなか億々おくおくしゅじょうぎょうをおこしどうしゅするに、 いまだ一人いちにんもうるものはあらず。

まさにいま末法まっぽうじょくあくなり。 たゞじょう一門いちもんのみありてつうにゅうすべきみちなり。 こゝをもて諸仏しょぶつだいじょうせよとすゝめたまふ。 いちぎょうあくをつくれども、 たゞよくこころをかけて、 まことをもはらにして、 つねによく念仏ねんぶつせよ。 一切いっさいのもろもろのさはり、 ねんにのぞこりて、 さだめておうじょうをう。 なんぞおもひはからずして、 さるこころなきや」 といへり。

永観ようかんのいはく、 「真言しんごんかんは、 ふかくしてさとりがたく、 三論さんろん法相ほっそうは、 みちかすかにしてまどひやすし」 (往生拾因) なんどそうろう

まことに観念かんねんにもたへず、 ぎょうほうにもいたらざらんひとは、 じょうおうじょうをとげて、 一切いっさい法門ほうもんをもやすくさとらせたまはんは、 よくそうらひなんとおぼへそうろう

十一、 要義問答 四

十方じっぽうじょうおほし、 いづれをかねがひそうろうべき。 そつおうじょうをねがふひともおほくそうろう、 いかゞおもひさだめそうろうべき。

こたう天臺てんだいだい (輔行巻二) のゝたまはく、 「しょきょう所讃しょさんざい0505西方さいほう而為にいいちじゅん」 と。 また顕密けんみつきょうぼうなかに、 もはら極楽ごくらくをすゝむることしょうすべからず。

しんの ¬おうじょうようしゅう¼ に、 十方じっぽうたいして西方さいほうをすゝめ、 そつたいしておほくのしょうれつをたて、 なんそうしょうどもをひけり、 たづねらんぜさせたまへ。

極楽ごくらくこのえんふかし、 弥陀みだえんきょうしゅなり宿しゅくいんのゆへ、 本願ほんがんのゆへ、 たゞ西方さいほうをねがはせたまふべきとぞおぼえそうろう

十一、 要義問答 五

まことにさては、 ひとすぢに極楽ごくらくをねがふべきにこそそうろうなれ、 極楽ごくらくをねがはんには、 いづれのぎょうかすぐれてそうろうべき。

こたう善導ぜんどうしゃくしてのたまはく、 「ぎょうしゅあり。 いちには正行しょうぎょうにはぞうぎょうしょうなかしゅあり。 いちには礼拝らいはい正行しょうぎょうには讃嘆さんだんよう正行しょうぎょうさんには読誦どくじゅ正行しょうぎょうには称名しょうみょう正行しょうぎょうには観察かんざつ正行しょうぎょうなり

いち礼拝らいはい正行しょうぎょうといは、 らいせんには、 すなはちかのほとけをらいしてらいをまじへざれ。

讃嘆さんだんよう正行しょうぎょうといは、 讃嘆さんだんせんには、 すなはちかのほとけを讃嘆さんだんようして讃嘆さんだんをまじへざれ。

さん読誦どくじゅ正行しょうぎょうといは、 読誦どくじゅせんには、 ¬弥陀みだきょう¼ とうの 「さんきょう」 を読誦どくじゅして読誦どくじゅをまじへざれ。

称名しょうみょう正行しょうぎょうといはしょうせんには、 すなはちかのほとけをしょうして称名しょうみょうをまじへざれ。

観察かんざつ正行しょうぎょうといは、 憶念おくねん観察かんざつせんには、 かのほうしょうごんとう観察かんざつして観察かんざつをまじへざれ。

この0506しゅおうじょう正行しょうぎょうとす。この正行しょうぎょうなかまた二あり。 いちにはしょうにはじょなり称名しょうみょうをもてはしょうとし、 らいじゅとうをもては助業じょごうとなづく。 このしょうじょぎょうをのぞきて、 自余じよ修善しゅぜんはみなぞうぎょうとなづく」 (散善義意)

またしゃくしていはく、 「自余じよ衆善しゅぜんは、 みなぜんとなづくといへども、 念仏ねんぶつにたくらぶれば、 またくきょうにあらず」 (定善義) とのたまへり。

じょうをねがはせたまはゞ、 一向いっこう念仏ねんぶつをこそはもうさせたまはめ。

十一、 要義問答 六

とうぎょうしゅしておうじょうせんことは、 かなひそうろうまじや。 されども ¬法華ほけきょう¼ (巻六薬王品) に 「即往そくおう安楽あんらくかい弥陀みだぶつしょ」 といひ、 みっきょうなかにも、 けつじょうおうじょう真言しんごんあり。 しょきょうなかに、 じょうおうじょうすべきりきをとけり、 また穢土えどなかにしてぶっにいたるといふ。

かたきとくをだにせらんおしえしゅぎょうして、 やすきおうじょう極楽ごくらくこうせば、 ぶっにかなふまでこそかたくとも、 おうじょうはやすくそうろうべきとこそおぼへそうらへ。 またおのづからちょうもんなんどにうけたまはるにも、 ほっ念仏ねんぶつひとつものしゃくせられそうろう。 ならべてしゅせんに、 なにかくるしくそうろうべき。

こたう。 ¬双巻そうかんぎょう¼ (大経巻下) 三輩さんぱいおうじょうごうをときて、 ともに 「一向いっこう専念せんねんりょうじゅぶつ」 とのたまへり。

¬かんりょう寿じゅきょう¼ に、 もろもろのおうじょうぎょうをあつめてときたまうに、 おはりになんぞくたまふところには、 「なんぢこのをたもて。 このことばをたもてといふは、 りょう寿仏じゅぶつみなをたもつなり」 とゝきたまふ。

善導ぜんどう ¬かんぎょう0507¼ をしゃくしてのたまふに、 「じょうさんりょうもんやくをとくといへども、 ぶつ本願ほんがんにのぞむれば、 一向いっこうにもはら弥陀みだみょうごうしょうせしむるにあり」 (散善義) といふ。

おなじき ¬きょう¼ (観経) もんに、 「一々いちいちこうみょうは、 十方じっぽうかい念仏ねんぶつしゅじょうをてらして、 摂取せっしゅしてすてたまはず」 とゝけり。

善導ぜんどうしゃくしてのたまはく、 「雑業ぞうごうのものをてらし摂取せっしゅすといふことをばろんぜず」 (観念法門) そうろう

ぎょうのものはふつとむまれずといふにあらず、 善導ぜんどうも 「こうしてむまるべしといへども、 もろもろのぞうぎょうとなづく」 (散善義) とこそはおほせられたれ。

¬おうじょうようしゅう¼ (巻上) じょにも、 「顕密けんみつきょうぼう、 そのもんひとつにあらず。 事理じり業因ごういん、 そのぎょうこれおほし。 利智りちしょうじんひとは、 いまだかたしとせず。 がごときのがんもの、 あにたやすからんや。 このゆへに、 念仏ねんぶつ一門いちもんによりて、 きょうろん要文ようもんをあつむ。 これをひらき、 これをしゅするに、 さとりやすくぎょうじやすし」 といふ。

これらのしょうをあきらめつべし。 きょうをえらぶにはあらず、 をはからふなり。 わがちからにてしょうをはなれんこと、 はげみがたくして、 ひとへにりき弥陀みだ本願ほんがんをたのむなり

先徳せんどくたちおもひはからひてこそは、 どうしゃくしょうどうをすてゝじょうもんにいり、 善導ぜんどうぞうぎょうをとゞめて一向いっこう念仏ねんぶつして三昧さんまいをえたまひき。 じょうしゅう祖師そしだいにあひつげり、 わづかにいちりょうをあぐ。

このちょうにもしん永観ようかんなんどいふ、 しゅう0508しゅう、 ひとへに念仏ねんぶつ一門いちもんをすゝめたまへり。

専雑せんぞうしゅ、 はじめてもうすにおよばず。 じょうしゅうもんおほし、 こまかにらんずべし。

また即身そくしん得道とくどうぎょうおうじょう極楽ごくらくにおよばざらんやとそうろうは、 まことにいはれたるやうにそうらへども、 なにともしゅうもうことそうろうぞかし。

善導ぜんどうの ¬かんぎょうしょ¼ (玄義分意) にいはく、 「般若はんにゃきょうのごときは、 くうをもてしゅうとす。 ¬ゆいきょう¼ のごときは、 思議しぎだつをもてしゅうとす。 いまこの ¬かんぎょう¼ は、 観仏かんぶつ三昧ざんまいをもてしゅうとし、 念仏ねんぶつ三昧ざんまいをもてしゅうとす」 といふがごとき。

¬ほっ¼ は、 真如しんにょ実相じっそうびょうどうみょうかんじてしょうをとる、 現身げんしんぼん六根ろっこんくらいにもかなふ、 これらをもてしゅうとす。 また真言しんごんには、 即身そくしんじょうぶつをもてしゅうとす。

¬ほっ¼ にもおほくのりきをあげてきょうをほむるついでに、 「即往そくおう安楽あんらく (法華経巻六薬王品) ともいひ、 また即往そくおうそつてんじょう (法華経巻七勧発品) ともいふ。 これは便びんせつなりおうじょうをむねとするにはあらず。 真言しんごんまたかくのごとし。

ほっ念仏ねんぶつひとつなりといひて、 ならべてしゅせよといはば、 善導ぜんどうしょうは ¬ほっ¼・¬ゆい¼ とうじゅしき。 じょう一門いちもんにいりにしよりこのかた、 一向いっこう念仏ねんぶつして、 あえてぎょうをまじふることなかりき。

しかのみならず、 じょうしゅう祖師そしあひついで、 みな一向いっこうみょうごうしょうしてごうをまじへざれとすゝむ。 これらをあんじて専修せんじゅいちぎょうにいらせたまへともうすなり。

0509十一、 要義問答 七

とうじょう法門ほうもんに、 まづなになにをみてこころつきそうらいなん。

こたうきょうには ¬双巻そうかん¼・¬かんりょう寿じゅ¼・¬しょう弥陀みだきょう¼ とう、 これを 「じょうさんきょう」 となづく。 もんには善導ぜんどうの ¬かんぎょうしょ¼・¬ろく礼讃らいさん¼・¬観念かんねん法門ぼうもん¼、 どうしゃくの ¬安楽あんらくしゅう¼、 おんの ¬西方さいほう要決ようけつ¼、 かんの ¬ぐんろん¼、 天臺てんだいの ¬じゅうろん¼、 わがちょうにんにはしんの ¬おうじょうようしゅう¼ なんどこそは、 つねにひとるものにてそうらへ。

たゞしなにをらんぜずとも、 よくこころえて念仏ねんぶつもうさせたまひなんに、 おうじょうなにごとかうたがひそうろうべき。

十一、 要義問答 八

とうこころをば、 いかやうにかつかひそうろうべき。

こたう三心さんしんそくさせたまへ。 その三心さんしんもうすは、 いちにはじょうしんには深心じんしんさんにはこう発願ほつがんしんなり。

いちじょうしんといふは、 真実しんじつこころなり善導ぜんどうしゃくしてのたまはく、 「といふはしんじょうといふはじつ真実しんじつこころなかに、 この自他じたしょうほうをいとひすてゝ、 三業さんごうしゅするところのぎょうごうに、 かならず真実しんじつをもちゐよ。 ほかに賢善けんぜんしょうじんそうげんじて、 うち虚仮こけをいだくものは、 にちじゅう二時にじにつとめおこなふこと、 かうべのをはらふがごとくにすれども、 おうじょうをえずといふ。 たゞないみょうあんをえらばず、 真実しんじつをもちゐるゆへに、 じょうしんとなづく。

深心じんしんといふは、 ふかきしんなりけつじょうしてふかくしんぜよ、 しんげんにこれ罪悪ざいあくしょうぼんなり広劫こうごうよりこのかた、 つねにしづみつねにてんして、 しゅつ0510えんあることなし。

またけつじょうしてふかくしんぜよ、 このあみだほとけ、 じゅう八願はちがんをもて、 しゅじょうしょうじゅして、 うたがひなくうらもひなく、 かの願力がんりきにのりてさだめておうじょうすと。

あふぎねがはくは、 ほとけのことばをばしんぜよ。 もし一切いっさいしゃひゃくせん万人まんにんきたりて、 きょうろんしょうをひきて、 一切いっさいぼん念仏ねんぶつしておうじょうすることをえずといはんに、 一念いちねん退たいこころをおこすべからず。 たゞこたへていふべし、 なんぢがひくところのきょうろんしんぜざるにはあらず。 なんぢがしんずるところのきょうろんは、 なんぢがえんおしえ、 わがしんずるところは、 わがえんおしえ、 いまひくところのきょうろんは、 さつにんてんとうつうじてとけり。

この ¬かんぎょう¼ とうさんは、 じょくあくぜんぼんのためにときたまふ。 しかれば、 かの ¬きょう¼ をときたまときには、 たいべつに、 ところもべつに、 やくべつなりき。 いまきみ­が½うたがひをきくに、 いよいよ信心しんじんぞうじょうす。

もしかんびゃくぶつしょじゅうさつ十方じっぽうにみち、 ぶつ報仏ほうぶつひかりをかゞやかし、 くうにしたをはきて、 むまれずとのたまはゞ、 またこたへていふべし、 一仏いちぶつせつ一切いっさいぶつせつにおなじ、 しゃ如来にょらいのときたまきょうをあらためば、 せいたまふところのせっしょうじゅうあくとうのつみをあらためて、 またおかすべしや。

さきのほとけそらごとたまはゞ、 のちのほとけもまたそらごとたまふべし。 おなじことならば、 たゞしそめたるほうをば、 あらため0511じといひて、 ながく退たいすることなかれ。 かるがゆへに深心じんしんなり

さんこう発願ほつがんしんといふは、 一切いっさい善根ぜんごんをことごとくみなこうして、 おうじょう極楽ごくらくのためとす。 けつじょう真実しんじつこころのうちにこうして、 むまるゝおもひをなすなり。 このこころ深信じんしんなること金剛こんごうのごとくにして、 一切いっさいけんがくべつぎょうにんとうに、 動乱どうらん破壊はえせられざれ。

いまさらにぎょうじゃのためにひとつのたとへをときて、 じゃけんなんをふせがん。 ひとありて西にしにむかひてひゃくせんをゆくに、 忽然こつねんとしてちゅうふたつのかわあり。 ひとつはこれのかわ、 みなみにあり。 ふたつにはこれみずのかわ、 きたにあり。 おのおのひろさひゃく、 ふかくしてそこなし。

まさにすいちゅうげんひとつのしろみちあり、 ひろさ四五しごすんばかりなるべし。 このみちひんがしのきしより西にしきしにいたるまで、 ながさひゃく、 そのみづのろうきょうしてみちをうるをす、 えんまたきたりてみちをやく。 すいあひまじはりてつねにやむごとなし。

このひとすでに空嚝くうこうのはるかなるところにいたるに、 ひとなくして群賊ぐんぞくあくじゅうあり。 このひとのひとりゆくをて、 きをひきたりてころさんとす。 このひとをおそれてたゞちにはしりて西にしにむかふ。

忽然こつねんとしてこのたいるに、 すなはち念言ねんごんすらく、 南北なんぼくにほとりなし、 ちゅうげんひとつのびゃくどうる、 きわめて狭少きょうしょうなりふたつのきしあいさることちかしといへども、 いかゞゆくべき。 今日こんにちさだめ0512せんことうたがひなし。

まさしくかえらんとおもへば、 群賊ぐんぞくあくじゅうやうやくきたりてせむ。 南北なんぼくにさりはしらんとおもへば、 あくじゅうどくちゅうきおひきたりてわれにむかふ。 まさに西にしにむかひてみちをたづねて、 しかもさらんとおもへば、 おそらくはこのふたつのかわにおちぬべし。

このときおそるゝこといふべからず、 すなはちねんすらく、 かえるともし、 またさるともせん、 一種いっしゅとしてもをまぬかれざるものなり。 われむしろこのみちをたづねて、 さきにむかひてさらん。 すでにこのみちあり、 かならずわたるべし。

このおもひをなすときに、 ひがしきしにたちまちにひとのすゝむるこゑをきく。 きみけつじょうしてこのみちをたづねてゆけ、 かならずなんなけん。 じゅうせば、 すなはちなん。 西にしきしのうゑにひとありてよばひていはく、 なんぢ一心いっしんにまさしくねんじて、 みちをたづねてただちにすゝみて、 疑怯ぎこ退心たいしんをなさゞれと。

あるいは一分いちぶんぶんゆくに、 群賊ぐんぞくとうよばひていはく、 きみかえりきたれ、 かのみちははげしくあしきみちなり、 すぐることをうべからず、 なんことうたがひなし、 われらがしゅう悪心あくしんなしと。

このひと、 よばふこゑをきくといへどもかえりみず。 ただちにすゝみてみちねんじてしかもゆくに、 しゅにすなはち西にしきしにいたりて、 ながくもろもろのなんをはなる。 ぜんあひむかひてよろこびやむごとなし。

これはたとへなりつぎにたとへを0513がっすといふは、 ひがしきしといふは、 すなはちこのしゃたくにたとふるなり

群賊ぐんぞくあくじゅういつはりちかづくといふは、 すなはちしゅじょう六根ろっこん六識ろくしき六塵ろくじんおんだいなり

ひとなき空迥くうこうさわといふは、 すなはちあくにしたがひて、 まことのぜんしきにあはざるなり

すい二河にがといふは、 すなはちしゅじょう貪愛とんないみずのごとく、 しんのごとくなるにたとふるなり

ちゅうげんびゃくどう四五しごすんといふは、 しゅじょう貪瞋とんじん煩悩ぼんのうなかに、 よく清浄しょうじょうがんおうじょうこころをなすなり貪瞋とんじんこわきによるがゆへに、 すなはちすいのごとしとたとふるなり願心がんしんすくなきがゆへに、 びゃくどうのごとしとたとふるなり

すいつねにみちをうるおすといふは、 愛心あいしんつねにおこりて善信ぜんしんぜんするなりまたえんつねにみちをやくといふは、 瞋嫌しんけんこころよくどく法財ほうざいをやくなり

ひとみちをのぼるにただち西にしにむかふといふは、 すなはちもろもろのぎょうごうをめぐらして、 ただち西にしにむかふにたとふるなり

ひがしきしひとのこゑのすゝめやるをきゝて、 みちをたづねてただち西にしにすゝむといふは、 すなはちしゃはすでにめったまひてのち、 ひとたてまつらざれども、 なをきょうぼうありてたづねつべし。 これをこゑのごとしとたとふるなり

あるいはゆくこと一分いちぶんぶんするに群賊ぐんぞくとうよびかえすといふは、 べつべつぎょう悪見あくけんにんとうみだりにけんをときてあひ惑乱わくらんし、 およびみづからつみをつくりて退失たいしつするにたとふるなり0514

西にしきしのうゑにひとありてよばふといふは、 すなはち弥陀みだがんこころにたとふるなり

しゅににすなはちにしのきしにいたりてぜんあひてよろこぶといふは、 すなはちしゅじょうひさしくしょうにしづみて、 曠劫こうごうりんし、 迷到めいとうし、 みづからまどひてだつするによしなし。

あふぎてしゃ発遣はっけんして、 西方さいほうにむかはしめたまふ。 弥陀みだしんまねきよばひたまふによりて、 そんこころしんじゅんして、 すい二河にがをかへりみず、 念々ねんねんにわするゝことなく、 かの願力がんりきどうじょうじて、 いのちをすておはりてのち、 かのくににむまるゝことをえて、 ほとけをたてまつりて、 きょうすることきはまりなからん。

ぎょうじゃ行住ぎょうじゅう坐臥ざが三業さんごうしゅするところ、 ちゅうせつとうことなく、 つねにこのさとりをなし、 このおもひをなすがゆへにこう発願ほつがんしんといふ。

またこうといふは、 かのくにゝむまれおはりて、 だいをおこしてしょうかえりいりて、 しゅじょうきょうするをこうとなづく。

三心さんしんすでにすれば、 ぎょうとしてじょうぜずといふことなし。 がんぎょうすでにじょうじて、 もしむまれずといはゞ、 このことはりあることなけん」 (散善義意) ­と。½ じょう善導ぜんどうしゃくもんなり。

十一、 要義問答 九

とう。 ¬弥陀みだきょう¼ のなかに、 「一心いっしんらん」 とそうろうぞかしな。 これ弥陀みだぶつもうさんとき余事よじをすこしもおもひまぜそうろうまじきにや。 ひとこゑ念仏ねんぶつもうさんほどものをおもひまぜざら0515ことはやすくそうらへば、 一念いちねんおうじょうにもるゝひとそうらへじとおぼへそうろうまたいのちのおはるをとして、 ねんなからんことは、 ぼんおうじょうすべきことにてもそうらはず。 このいかゞこころそうろうべき。

こたう善導ぜんどうこのことしゃくしてのたまはく、 ひとたび三心さんしんそくしてのち、 みだれやぶれざること金剛こんごうのごとくにて、 いのちおはるをとするを、 なづけて一心いっしんといふにそうろう

弥陀みだぶつ本願ほんがんもんに、 「せつ得仏とくぶつ十方じっぽうしゅじょうしんしんぎょうよくしょうこくないじゅうねんにゃくしょうじゃしゅしょうがく (大経巻上) といふ。 このもんに 「しん」 といふは、 ¬かんぎょう¼ にあかすところの三心さんしんなかじょうしんにあたれり。 「しんぎょう」 といふは、 深心じんしんにあたれり。 「よくしょうこく」 は、 こう発願ほつがんしんにあたれり。 これをふさねて、 いのちおはるをとして、 みだれぬものを一心いっしんとはもうなり

このこころせんもの、 もしは一日いちにちにちないじっしょういっしょうに、 かならずおうじょうすることをうといふ。 いかでかぼんこころに、 散乱さんらんなきことそうろうべき。 さればこそぎょうどうとはもうことにてそうらへ。

¬双巻そうかんぎょう¼ (大経巻下) もんには、 「横截おうぜつ悪趣あくしゅ悪趣あくしゅねんぺいしょうどう窮極ぐうごくおうにん」 とゝけり。 まことにゆきやすきこと、 これにすぎたるやそうろうべき。

こうをつみてむまるといはゞ、 いのちもみじかく、 もたへざらんひと、 いかゞとおもふべきに、 本願ほんがんに 「ないじゅうねん (大経巻上) といふ、 がんじょうじゅもんに 「ない一念いちねんもかのほとけをねんじて、 こころをいたしてこう0516れば、 すなはちかのくににむまるゝことをう」 (大経巻下意) といふ。

造悪ぞうあくのものむまれずといはゞ、 ¬かんぎょう¼ のもんに、 「ぎゃく罪人ざいにんむまる」 とゝく。

もしもくだり、 ひとこころもおろかなるときは、 信心しんじんうすくしてむまれがたしといはゞ、 ¬双巻そうかんぎょう¼ (大経巻下) もんに、 「当来とうらい之世しせきょうどう滅尽めつじん我以がい慈悲じひ哀愍あいみんどくきょうじゃううひゃくさい其有ごうしゅじょうきょうしゃずい所願しょがんかいとく

そのときしゅじょう三宝さんぼうをきくことなし、 もろもろの聖教しょうぎょうりゅうにかくれて一巻いっかんもとゞまるものなし。 たゞ邪悪じゃあくしんのさかりなるしゅじょうのみあり、 みな悪道あくどうにおちぬべし。 弥陀みだ本願ほんがんをもて、 しゃだいふかきがゆへに、 このきょうをとゞめたまへることひゃくねんなり。 いはんや、 このごろはこれ末法まっぽうのはじめなり万年まんねんのゝちのしゅじょうにおとらんや。 かるがゆへに 「おう」 といふ。

しかりといへども、 このきょうにあふものはかたし。 またおのづからきくといへども、 しんずることかたきがゆへに、 しかも 「にん」 といふ、 まことにことはりなるべし。

¬弥陀みだきょう¼ (意) に、 「もしは一日いちにち、 もしはにちない七日しちにちみょうごうしゅうして一心いっしんらんなれば、 そのひと命終みょうじゅうときに、 弥陀みだぶつもろもろのしょうじゅげんにそのひとのまえにまします。 おはるとき、 心顛倒てんどうせずして、 弥陀みだぶつ極楽ごくらくかいおうじょうすることをう」 といふ。

このことをときたまときに、 しゃ一仏いちぶつ所説しょせつしんぜざらんことをおそれて、 「六方ろっぽう如来にょらい同心どうしんどうにおのおの0517こうじょう舌相ぜっそうをいだして、 あまねく三千さんぜん大千だいせんかいにおほひて、 もしこのことそらごとならば、 わがいだすところのこうじょうしたやぶれたゞれて、 くちにいることあらじ」 (観念法門) とちかひたまひき。

きょうもんしゃくもんあらはなりまただいたまひしときは、 みな証明しょうみょうありき。 ほっをときたまひしときは、 ほう一仏いちぶつ証明しょうみょうし、 般若はんにゃをときたまひしときは、 ほうぶつ証明しょうみょうたまふ。 しかりといへども、 一日いちにち七日しちにち念仏ねんぶつのごとく証誠しょうじょうのさかりなることはなし。 ほとけもこのことをまことだいにおぼしめしたるにこそそうろうめれ。

十一、 要義問答 十

とう信心しんじんのやうはうけたまはりぬ、 ぎょうだいいかゞそうろうべき。

こたうしゅをこそはほんとすることにてそうらへ。 いちにはじょうしゅないには无余むよしゅなり

いちじょうしゅといふは、 おんの ¬西方さいほう要決ようけつ¼ (意) にいはく、 「しょ発心ほっしんよりこのかた、 つねに退転たいてんなきなり」。 善導ぜんどうは、 「いのちのおはるをとして、 ちかいちゅうせざれ」 (礼讃) といふ。

ぎょうしゅといは、 極楽ごくらく仏法ぶっぽう僧宝そうほうにおいて、 つねに憶念おくねんしてそんじゅうをなすなり。 ¬おうじょうようしゅう¼ にあり。

また ¬要訣ようけつ¼ (西方要決意) にいはく、 「ぎょうしゅ、 これにつきてあり。 いちにはえんしょうにんをうやまふ。 にはえん聖教しょうぎょうをうやまふ。 さんにはえんぜんしきをうやまふ。 には同縁どうえんともをうやまふ。 には三宝さんぼうをうやまふ。

いちえんしょうにんをうやまふといふは、 行住ぎょうじゅう坐臥ざが西方さいほうをそむかず、 てい便べん西方さいほうにむかはざれといふ。

えん0518ぞうきょうとをうやまふといふは、 弥陀みだぶつぞうをつくりもかきもせよ。 ひろくすることあたはずは、 一仏いちぶつさつをつくれ。 またきょうをうやまふといふは、 ¬弥陀みだきょう¼ とうしきのふくろにいれて、 みづからもよみをおしへてもよませよ。 ぞうきょうしつのうちにあんして、 ろく礼讃らいさんし、 こうようすべし。

さんえんぜんしきをうやまふといふは、 じょうきょうをのべんものをば、 もしはせんじゅんよりこのかた、 ならびに敬重きょうじゅう親近しんごんようすべし。 別学べつがくのものをもそうじてうやまふこころをおこすべし。 もしきょうまんをなさば、 つみをうることきわまりなし。 すゝみてもしゅじょうのためにぜんしきとなりて、 かならず西方さいほうするをもちゐよ。 このたくじゅうせば、 退没たいもつありていでがたきがゆへなりかい修道しゅどうはなはだかたかるべきがゆへに、 西方さいほうせしむ。 ひとたびおうじょうをえつれば、 三学さんがくねんしょうしんして、 まんぎょうならびにそなはるがゆへに、 弥陀みだじょうこく造罪ぞうざいなし。

同縁どうえんのともをうやまふといふは、 おなじくごうしゅするものなり。 みづからはさはりおもくしてひとりごうじょうぜずといへども、 かならずよきともによりて、 まさにぎょうをなす。 あやうきをたすけ、 あやうきをすくふこと同伴どうはん善縁ぜんえんなり。 ふかくあひたのみておもくすべし。

三宝さんぼうをうやまふといふは、 ぞう木仏もくぶつさんじょうきょうしょうそうかいのともがらまでうやまひをおこし、 まん0519しょうずることなかれ。 のかたぶきたるは、 たうるゝに、 まがれるによるがごとし。 ことのさはりありて、 西にしにむかふにおよばずは、 たゞ西にしにむかふおもひをなすべし」。

さんけんしゅといふは、 ¬要訣ようけつ¼ (西方要決意) にいはく、 「つねに念仏ねんぶつしておうじょうこころをなせ。 一切いっさいときにおいて、 こころにつねにおもひたくむべし。 たとへばもしひと抄掠しょうりょうせられて、 せんとなりて艱辛かんしんをうく。 たちまちに父母ぶもをおもひて、 本国ほんごくにはしりかえらんとおもふ。 ゆくべきはかりこと、 いまだわきまへずしてきょうにあり、 にちゆいする。 くるしみたへしのぶべからず、 ときとして本国ほんごくをおもはずといふことなし。 はかりごとをなすことをえて、 すでにかえりてたっすることをえて、 父母ぶも親近しんごんし、 ほしきまゝにかんするがごとし。 ぎょうじゃまたしかなり往因おういん煩悩ぼんのう善心ぜんしんらんせられて、 ふく珍財ちんざいならびに散失さんしつして、 ひさしくしょうにしづみて、 六道ろくどうそうし、 くるしみ身心しんしんをせむ。 いま善縁ぜんえんにあひて、 弥陀みだ慈父じふをきゝて、 まさに仏恩ぶっとんねんじて、 報尽ほうじんとして、 こころにつねにおもふべし。 心々相続そうぞくしてごうをまじへざれ」。

无余むよしゅといふは、 ¬要決ようけつ¼ (西方要決) にいはく、 「もはら極楽ごくらくをもとめて礼念らいねんするなりしょぎょうごうぞうせざれ。 しょごう日別にちべつ念仏ねんぶつすべし」。 善導ぜんどうのゝたまはく、 「もはらかのほとけのみょうごうねんじ、 もはらかのほとけおよびかの一切いっさいしょうじゅとうをほ0520めて、 ごうをまじへざれ。 専修せんじゅのものはひゃくはすなはちひゃくながらむまれ、 雑修ざっしゅのものはひゃくなかにわづかにいちなり雑縁ぞうえんにちかづきぬれば、 みづからもさへ、 おうじょう正行しょうぎょうをもさふるなり。 われみづから諸方しょほうきくに、 道俗どうぞくぎょうどうにして、 専雑せんぞうことなり。 たゞこころをもはらになすは、 じゅうじゅうながらむまる。 雑修ざっしゅのものは、 せんなかひとつもえず」 (礼讃意) といふ。

また善導ぜんどう弟子でししゃくしてのたまはく、 「西方さいほうじょうごうしゅせんとおもはんものは、 しゅおつることなく、 三業さんごうまじわることなくして、 一切いっさい諸願しょがんしょぎょうはいして、 たゞ西方さいほういちぎょう一願いちがんしゅせよ」 (群疑論巻四意) とこそそうらへ。

十一、 要義問答 十一

とう一切いっさい善根ぜんごんおうのためにさまたげらる。 これはいかゞして退たいそうろうべき。

こたうかいといふものは、 しゅじょうをたぶろかすものなり一切いっさいぎょうごうは、 りきをたのむゆへなり念仏ねんぶつぎょうじゃは、 をば罪悪ざいあくしょうぼんとおもへば、 りきをたのむことなくして、 たゞ弥陀みだ願力がんりきにのりておうじょうせんとねがふに、 えんたよりをうることなし。

かんをこらすひとにも、 なをきょう魔事まじありといふ。 弥陀みだいちには、 もとより魔事まじなし、 にん清浄しょうじょうなるがゆへにといへり。 ぶつをたぶろかすえんなければ、 念仏ねんぶつのものをばさまたぐべからず、 りきをたのむによるがゆへなり百丈ひゃくじょういしふねにおきつれば、 ばん0521大海たいかいをすぐるがごとし。

また念仏ねんぶつぎょうじゃのまへには、 弥陀みだ観音かんのんつねにきたりたまふ。 じゅうさつ百重ひゃくじゅうせんじゅうにょうねんたまふに、 たよりをうべからず。

十一、 要義問答 十二

とう弥陀みだぶつねんずるに、 いかばかりのつみをかめっそうろう

こたう。 「一念いちねんによくはちじゅう億劫おくこうしょうつみめっす」 (観経意) といひ、 また但聞たんもんぶつみょうさつみょうじょりょうこうしょうざい (観経) なんどもうしそうろうぞかし。

十一、 要義問答 十三

とう念仏ねんぶつもうしそうろうは、 ぶつ色相しきそうねんそうろうか。

こたうぶつ色相しきそうこうみょうねんずるは、 観仏かんぶつ三昧ざんまいなり。 報身ほうじんねん同体どうたいぶっしょうかんずるは、 あさくこころすくなきわれらはきょうがいにあらず。

善導ぜんどうたまはく、 「そうかんぜずして、 たゞみょうしょうせよ。 しゅじょうさはりおもくして、 かんじょうずることかたし。 このゆへにだいしょうあはれみをたれて、 称名しょうみょうをもはらにすゝめたまへり。 こころかすかにして、 たましゐ十方じっぽうにとびちるがゆへなり (礼讃意) といへり。

また本願ほんがんもんを、 善導ぜんどうしゃくしてのたまはく、 「にゃくじょうぶつ十方じっぽうしゅじょうがんしょうこくしょうみょうごう下至げしじっしょうじょう願力がんりきにゃくしょうじゃしゅしょうがくぶつこん現在げんざいじょうぶつとう本誓ほんぜいじゅうがん不虚ふこしゅじょうしょうねん必得ひっとくおうじょう (礼讃) とおほせられてそうろう

とくとく安楽あんらくじょうおうじょうせさせおはしまして、 弥陀みだ観音かんのんとして、 ほっ真如しんにょ実相じっそうびょうどうみょう般若はんにゃ第一だいいちくう真言しんごん即身そくしんじょうぶつこころのまゝにさとらせおはしますべし 云云