(659)七、 御消息

しょうそく 第三だいさん

七、 御消息 一

御文おんふみこまかにうけたまはりそうらいぬ。 かやうにもうしそうろうことの、 一分いちぶんさとりをもそへ、 おうじょうこころざしもつよくなりそうらひぬべからんには、 おそれをも、 はゞかりをも、 かへりみるべきにてそうらはず、 いくたびももうしたくこそそうらへ。

ことにわがのいやしく、 わがこころのつたなきをばかへりみそうらはず、 たれたれもみなひとの、 弥陀みだのちかひをたのみて、 けつじょうおうじょうのみちに、 おもむけかしとこそおもひそうらへども、 ひとこころさまざまにして、 たゞひとすぢにゆめまぼろしのうきばかりのたのしみ・さかへをもとめ0660て、 すべてのちのをもしらぬひとそうろう

また後世ごせをおそるべきことはりをおもひしりて、 つとめおこなふひとにつきても、 かれこれにこころをうごかして、 ひとすぢにいちぎょうをたのまぬひとそうろうまたいづれのぎょうにても、 もとよりしはじめ、 おもひそめつることをば、 いかなることはりきけども、 もとのしゅうしんをあらためぬひとそうろうまたけふはいみじくしんをおこして、 ひとす­ぢに½おもむきぬとみゆるほどに、 うちすつるひとそうろう

かくのみそうらいて、 まことしくじょう一門いちもんにいりて、 念仏ねんぶついちぎょうをもはらにするひとのありがたくそうろうことは、 わがひとつのなげきとこそはひとしれずおもひそうらへども、 ほうによりてひとによらぬことはりをうしなはぬほどひとも、 ありがたきにてそうろう

おのずからすゝめごころそうろうにも、 われからのあなづらはしさに、 もうしいづることはりすてらるゝにこそなんど、 おもひしらるゝことにてのみそうろうが、 こころうくかなしくそうらいて、 これゆへはいまひときは、 とくとくじょうにむまれてさとりをひらきてのち、 いそぎこのかいかえりきたりて、 神通じんずう方便ほうべんをもて、 結縁けちえんひとをもえんのものをも、 ほむるをもそしるをも、 みなことごとくじょうへむかへとらんとちかひをおこしてのみこそ、 とうこころをもなぐさむることにてそうろうに、 このおほせこそ、 わがこころざしもしるしあるここちして、 あまりにうれしくそうらへ。

そのにてそうらはゞ、 おなじくは、 まめやか0661にげにげにしくおん沙汰さたそうらひて、 ゆくすゑもあやうからず、 おうじょうもたのもしきほどに、 おぼしめしさだめおはしますべくそうろうせんじては、 ひとのはからひもうすべきことにてもそうらはず、 よくよくあんじてらんそうらへ。 このことにすぎたるおんだい何事なにごとかはそうろうべき。

このみょうもんようは、 中々なかなかもうしならぶるも、 いまいましくそうろう。 やがて昨日きのう今日きょう、 まなこにさへぎり、 みゝにみちたるはかなさにてそうろうめれば、 ことあたらしくもうしたつるにおよばず、 たゞ返々かえすがえすこころをしづめて、 おぼしめしはからふべくそうろう

さきにはしょうどうじょうもんこころえわきて、 じょう一門いちもんにいらせおはしますべきよしをもうしそうらいき。 いまはじょうもんにつきておこなふべきようもうしそうろうべし。

じょうおうじょうせんとおもはんひとは、 安心あんじんぎょうもうして、 こころぎょうとの相応そうおうすべきなり

そのこころといふは、 ¬かん寿じゅきょう>りょう寿じゅきょう¼ にしゃくしていはく、 「もししゅじょうありて、 かのくにゝむまれんとねがはんものは、 三種さんしゅこころをおこしてすなはちおうじょうすべし。 なにをかつとする。 いちにはじょうしんには深心じんしんさんにはこう発願ほつがんしんなり三心さんしんせるもの、 かならずかのくにゝむまる」 といへり。

善導ぜんどうしょうこの三心さんしんしゃくしていはく、 「いちじょうしんといは、 といはしんなりじょうといはじつなり一切いっさいしゅじょうしん口意くいごうしゅせんところのぎょう、 かならず真実しんじつしんなかになすべきことをあらはさんとおもふ。 ほかに0662賢善けんぜんしょうじんそうげんじて、 うちには虚仮こけをなすことなかれ。 ないみょうあんをえらばず、 かならず真実しんじつをもちゐよ。 かるがゆへにじょうしんとなづく」 (散善義意) といへり。

このしゃくこころは、 じょうしんといふは真実しんじつこころなり。 その真実しんじつといふは、 にふるまひ、 くちにいひ、 こころにおもはんこと、 みなまことこころすべきなり

すなはちうちはむなしくして、 ほかをかざるこころのなきをいふ。 このこころは、 うきをそむきてまことのみちにおもむくとおぼしき人々ひとびとなかに、 よくよくようすべきこころばへにてそうろうなり

われもひとも、 いふばかりなきゆめのしゅうするこころのふかゝりしなごりにて、 ほどほどにつけてみょうもんようをわづかにふりすてたるばかりを、 ありがたくいみじきことにして、 やがてそれを、 かえりてまたみょうもんにしなして、 このさまにもこころのたけのうるせきにとりなして、 さとりあさきけんひとこころなかをばしらず、 たっとがりいみじかるを、 これこそはほんなれ、 しえたるここちして、 みやこのほとりをかきはなれて、 かすかなるすみかをたづぬるまでも、 こころのしづまらんためをばつぎにして、 本尊ほんぞんどうじょうしょうごんや、 まがきのうちには、 だちなんどのこころぼそくも、 あはれならんことがらを、 ひとにみへきかれんことをのみしゅうするほどにつゆのことも、 ひとのそしりにならんことあらじと、 いとなむこころよりほかにおもひさすこともなきやうなるここちして、 ぶつのちかひ0663をたのみ、 おうじょうをねがはんなんどいふことをばおもひいれず、 沙汰さたもせぬことの、 やがてじょうしんかけておうじょうもえせぬ心ばへにてそうろうなり

またかくもうしそうらへば、 いちづにこのひとをばいかにもありなんとて、 ひとのそしりをかへりみぬがよきぞともうすべきにてはそうらはず。 たゞしときにのぞみたるげんのために、 けんひとをかへりみることそうろうとも、 それをのみおもひいれて、 おうじょうのさわりになるか­た½をばかへりみぬようにひきなされそうらはんことの、 返々かえすがえすもおろかにくちおしくそうらへば、 おんにあたりても、 こころえさせまいらせそうらはんためにもうしそうろう

このこころにつきて、 四句しくどうあるべし。 いちには、 そうたっとげにて、 内心ないしんたっとからぬひとあり。 には、 そう内心ないしんもともにたっとからぬひとあり。 さんには、 そうたっとげもなくて、 内心ないしんたっとひとあり。 には、 そう内心ないしんもともにたっとひとあり。

にんなかには、 さきのにんはいまきらふところのじょうしんかけたるひとなり、 これを虚仮こけひととなづくべし。 のちのにんじょうしんしたるひとなり、 これを真実しんじつぎょうじゃとなづくべし。

さればせんずるところは、 たゞ内心ないしんにまことこころをおこして、 そうはよくもあれあしくもあれ、 とてもかくてもあるべきにやとおぼへそうろうなり。 おほかたこのをいとはんことも、 極楽ごくらくをねがはんことも、 ひとばかりをおもはで、 まことのこころをおこすべきにてそうろうなり。 これをじょうしんもうしそうろうなり0664

深心じんしん」 といふは、 善導ぜんどうしゃくたまひていはく、 「これにしゅあり。 いちにはけつじょうして、 わがはこれ煩悩ぼんのうせる罪悪ざいあくしょうぼんなり善根ぜんごんうすくすくなくして、 曠劫こうごうよりこのかた、 つねに三界さんがいてんして、 しゅつえんなしとしんずべし。

には、 かの弥陀みだぶつじゅう八願はちがんをもてしゅじょう摂取せっしゅたまふ。 すなはちみょうごうしょうすることしもじっしょういっしょうにいたるまで、 かの願力がんりきじょうじて、 さだめておうじょうすることをうとしんじて、 ない一念いちねんもうたがふこころなきゆ­へ½に深心じんしんとなづく。

また深心じんしんといふは、 けつじょうしてこころをたてゝ、 ぶっきょうにしたがひてしゅぎょうして、 ながくうたがひをのぞき、 一切いっさいべつべつぎょうがくけんしゅうのために、 退失たいしつきょうどうせられざるなり (散善義意) といへり。

このしゃくこころは、 はじめにはわがほどしんじ、 のちにはほとけのがんしんずるなり。 たゞし、 のちのしんけつじょうせんがために、 はじめの信心しんじんをばあぐるなり

そのゆへは、 もしはじめの信心しんじんをあげずして、 のちの信心しんじんいだしたらましかば、 もろもろのおうじょうをねがはんひと、 たとひ本願ほんがんみょうごうをばとなふとも、 みづからこころ貪欲とんよくしんとう煩悩ぼんのうをもおこし、 身にじゅうあくかいとう罪悪ざいあくをもつくりたることあらば、 みだりにみずかをひがめて、 かえり本願ほんがんをうたがひそうらひなまし。

いまこの本願ほんがんじっしょういっしょうまで0665おうじょうすといふは、 おぼろげのひとにはあらじ。 妄念もうねんもおこらず、 つみもつくらず、 めでたきひとにてぞあるらん。 わがごときのともがらの、 一念いちねんじゅうねんにてはよもあらじとおぼへまし。

しかるを善導ぜんどうしょうらいしゅじょうの、 このうたがひをのこさんことをかゞみて、 このしゅ信心しんじんをあげて、 われらごとき、 いまだ煩悩ぼんのうをもだんぜず、 つみをもつくれるぼんなりとも、 ふかく弥陀みだ本願ほんがんしんじて念仏ねんぶつすれば、 いっしょうにいたるまでけつじょうしておうじょうするむねをしゃくたまへり。

このしゃくのことにこころにそみて、 いみじくおぼへそうろうなり。 まことにかくだにもしゃくたまはざらましかば、 われらがおうじょうじょうにぞおぼへましと、 あやしくおぼへそうらいて、 さればこのこころえわかぬひとやらん、 わがこころのわろければおうじょうはかなはじなんどこそは、 もうしあひてそうろうめれ。

そのうたがひの、 やがておうじょうせぬこころにてそうらいけるものを、 たゞこころのよく・わろきをもかえりみず、 つみのかろき・おもきをも沙汰さたせず、 こころおうじょうせんとおもひて、 くち南無なも弥陀みだぶつととなへば、 こえにつきてけつじょうおうじょうのおもひをなすべし。

そのけつじょうこころによりて、 すなはちおうじょうごうはさだまるなり。 かくこころうればうたがひもなし。 じょうとおもへばやがてじょうなりいちじょうとおもへばいちじょうすることにてそうろうなり

さればせんじては、 ふかくしんずるこころもうしそうろうは、 南無なも弥陀みだぶつもうせば、 そのぶつのちかひにて、 いかなると0666がをもきらはず、 いちじょうむかへたまふぞと、 ふかくたのみて、 うたがふこころのすこしもなきをもうしそうらいけるにそうろう

またべつべつぎょうにやぶられざれともうしそうろうは、 さとりことに、 ぎょうことならんひとのいはんことについて、 念仏ねんぶつをもすて、 おうじょうをもうたがふことなかれともうしそうろうなり

さとりことなるひともうすは、 天臺てんだい法相ほっそうとうはっしゅうがくしょうこれなりぎょうことなるひともうすは、 真言しんごんかんとう一切いっさいぎょうじゃこれなり。 これらはみなしょうどうもんぎょうなりじょうもんぎょうにことなるがゆへに、 べつべつぎょうとなづくるなり

あらぬさとりのひとに、 いひやぶらるまじきことはりをば、 善導ぜんどうこまやかにしゃくたまひてそうらへども、 そのもんひろくして、 つぶさにひくにおよばず。

こころをとりてもうさば、 たとひぶつきたりてひかりをはなち、 したをいだして、 煩悩ぼんのう罪悪ざいあくぼん念仏ねんぶつしていちじょうおうじょうすといふことは、 ひがごとしんずべからずとのたまうとも、 それによりて一念いちねんもうたがふこころあるべからず。

そのゆへは、 一切いっさいぶつはみなおなじこころしゅじょうをばみちびきたまなり。 すなはちまづ弥陀みだ如来にょらいがんをおこしていはく、 「もしわれぶつになりたらんに、 十方じっぽうしゅじょう、 わがくにゝむまれんとねがひて、 みょうごうをとなふることしもじっしょういっしょうにいたらんに、 わが願力がんりきじょうじて、 もしむまれずんば、 しょうがくをとらじ」 (大経巻上意) とちかひたまひて、 そのがんじょうじゅしてすでにぶつになりたまへり。

しかるをしゃほとけ、 このかい0667にいでゝ、 しゅじょうのためにかのぶつ本願ほんがんをときたまへり。

また六方ろっぽうにおのおのごうしゃしゅ諸仏しょぶつましまして、 口々くちぐちしたをのべて三千さんぜんかいにおほふて、 もうそうげんじて、 しゃぶつ弥陀みだ本願ほんがんをほめて、 一切いっさいしゅじょうをすゝめて、 かのぶつみょうごうをとなふれば、 さだめておうじょうすとときたまへるは、 けつじょうしてうたがひなきことなり一切いっさいしゅじょうみなこのことしんずべしと証誠しょうじょうたまへり。

かくのごとき一切いっさい諸仏しょぶつ一仏いちぶつものこらず同心どうしんに、 一切いっさいぼん念仏ねんぶつしてけつじょうしておうじょうすべきむねを、 あるいはがんをたて、 あるいはそのがんをとき、 あるいはそのせつしょうして、 すゝめたまへるうゑには、 いかなるぶつまたきたりて、 おうじょうすべからずとはのたまうべきぞといふことはりのそうろうぞかし。

このゆへに、 ぶつきたりてのたまうともおどろくべからずとはもうしそうろうなりぶつなをしかり、 いはんやしょうもん縁覚えんがくをや、 いかにいはんやぼんをやとこころえつれば、 とたびもこの念仏ねんぶつおうじょう法門ほうもんをきゝひらきて、 しんをおこしてんのちは、 いかなるひととかくもうすとも、 ながくうたがふこころあるべからずとこそおぼへそうらへ。 これを深心じんしんもうしそうろうなり

さんこう発願ほつがんしん」 といふは、 善導ぜんどうしゃくしていはく、 「過去かこおよびこんじょうしん口意くいごうしゅするところのしゅっ善根ぜんごん、 および一切いっさいぼんしょうしん口意くいごうしゅせんところのしゅっ善根ぜんごんずいして、 この自他じた所修しょしゅ善根ぜんごんをもて、 ことごとくみな真実しんじつ深信じんしんこころ0668なかこうして、 かのくにゝむまれんとねがふなり

またこう発願ほつがんしんといふは、 かならずけつじょう真実しんじつこころなかこうしてむまるゝことをうるおもひをなせ。 このこころふかくしんじて、 なをし金剛こんごうのごとくして、 一切いっさいけんがくべつべつぎょうひとのために動乱どうらん破壊はえせられざれ」 (散善義意) といへり。

このしゃくこころは、 まづわがにつきて、 さきのおよびこのに、 にもくちにもこころにもつくりたらんどく、 っみなことごとく極楽ごくらくこうしておうじょうをねがふなり

つぎにはわがどくのみならず、 ことひとのなしたらんどくをも、 ぶつさつのつくらせたまひたらんどくをもずいすれば、 みなわがどくとなるをもて、 ことごとく極楽ごくらくこうしておうじょうをねがふなり

すべてわがことにても、 ひとことにても、 このほうをもいのり、 おなじくのちのことなれども、 極楽ごくらくならぬじょうにむまれんとも、 もしはそつにむまれんとも、 もしはにんちゅうてんじょうにむまれんとも、 たとひかくのごとく、 かれにてもこれにても、 ことごとこうすることなくして、 一向いっこう極楽ごくらくおうじょうせんとこうすべきなり

もしこのことはりをもおもひさだめざらんさきに、 このことをもいのり、 あらぬかたへもこうしたらんどくをもみなとりかえして、 おうじょうごうになさんとこうすべきなり

一切いっさい善根ぜんごんをみな極楽ごくらくこうすべしともうせばとて、 念仏ねんぶつして一向いっこう念仏ねんぶつもうさんひとの、 こ0669とさらにどくをつくりあつめてこうせよとにはそうらはず。 たゞすぎぬるかたにつくりおきたらんどくをも、 もしまたこのゝちなりとも、 おのづから便びんにしたがひて、 念仏ねんぶつのほかのぜんしゅすることのあらんをも、 しかしながらおうじょうごうこうすべしともうことにてそうろうなり

「このこころ金剛こんごうのごとくにして、 べつべつぎょうにやぶられざれ」 ともうしそうろうは、 さきにももうしそうらいつるように、 ことさとりのひとにおしへられて、 かれこれにこうすることなかれともうしそうろうこころなり金剛こんごうはやぶれぬものにてそうろうなれば、 たとへにとりて、 このこころやぶられぬこと金剛こんごうのごとくなれともうしそうろうにやとおぼへそうろう。 これをこう発願ほつがんしんとはもうしそうろうなり

三心さんしんのありさま、 おろおろもうしひらきそうらいぬ。 「この三心さんしんしてかならずおうじょうす。 ひとつこころもかけぬれば、 むまるゝことをえず」 (礼讃) 善導ぜんどうしゃくたまひたれば、 おうじょうをねがはんひともっともこの三心さんしんすべきなり

しかるにかやうにもうしたるには、 別々べつべつにて事々ことごとしきやうなれども、 こころえとくには、 さすがにやすくしぬべきこころにてそうろうなり

せんじては、 たゞまことこころありて、 ふかくぶつのちかひをたのみて、 おうじょうをねがはんずるにてそうろうぞかし。 さればあさくふかくのかはりめこそそうらへども、 さほどのこころはなにかおこさゞらんとこそはおぼへそうらへ。

かやうのことは、 うとくおもふおりに0670は、 だいにおぼへそうろう。 とりよりて沙汰さたすれば、 さすがにやすきことにてそうろうなり。 よくよくこころえとかせおはしますべくそうろう

たゞしこの三心さんしん­は、½ そのをだにもしらぬひともそらにしておうじょうし、 またこまかにならひ沙汰さたするひとかえりてかくことそうろうなり

これにつきても四句しくどうそうろうべし。 さはそうらへども、 またこれをこころえて、 わがこころには三心さんしんしたりとおぼへば、 こころづよくもおぼへ、 またせずとおぼへば、 こころをもはげまして、 かまへてせんとおもひしりそうらはんは、 よくこそはそうらひぬべければ、 こころのおよぶほどもうしそうろうそうろう

このうゑ、 さのみはつくしがたくそうらへば、 とゞめそうらいぬ。 またこのなかにおぼつかなくおぼしめすことそうらはんをば、 おのづから見参けんざんにいりそうらはんときもうしひらくべくそうろう。 これぞおうじょうすべき心ばへの沙汰さたにてそうろう。 これを安心あんじんとはなづけてそうろうなり

わたくしにいはく、 じょうもんいるべきしょうそくありけりとえたり。 いまだたづねえず。

七、 御消息 二

あるひとのもとへつかはすしょうそく

念仏ねんぶつおうじょうは、 いかにもしてさはりをいだし、 なんぜんとすれども、 おうじょうすまじきどう0671おほかたそうらはぬなり

善根ぜんごんすくなしといはんとすれば、 一念いちねんじゅうねんもるゝことなし。 ざいしょうおもしといはんとすれば、 じゅうあくぎゃくおうじょうをとぐ。 ひとをきらはんといはんとすれば、 じょうもつてんぼんをまさしきうつはものとせり。 ときくだれるといはんとすれば、 末法まっぽう万年まんねんのすゑ、 法滅ほうめつ已後いごさかりなるべし。

このほうはいかにきらはんとすれども、 もるゝことなし。 たゞちからおよばざることは、 悪人あくにんをもときをもえらばず、 摂取せっしゅたまぶつなりとふかくたのみて、 わがをかへりみず、 ひとすぢにぶつ大願だいがん業力ごうりきによりて、 善悪ぜんあくぼんおうじょうをうとしんぜずして本願ほんがんをうたがふばかりこそ、 おうじょうにはおほきなるさはりにてそうらへ。

一 いかさまにもそうらへ、 末代まつだいしゅじょうこんじょうのいのりにもなり、 ましてしょうおうじょう念仏ねんぶつのほかにはかなふまじくそうろう源空げんくうがわたくしにもうことにてはあらず、 聖教しょうぎょうのおもてにかゞみをかけたることにてそうらへば、 らんあるべくそうろうなり

七、 御消息 三

熊谷くまがやにゅうどうへつかはすへん

御文おんふみよろこびてうけたまはりそうらいぬ。 まことにそのゝちおぼつかなくそうらいつるに、 うれしくおほせられてそうろう。 たんねんぶつのもんかきてまいらせそうろうらんそうろうべし。

念仏ねんぶつ0672ぎょうは、 かのぶつ本願ほんがんぎょうにてそうろうかいじゅきょう誦呪じゅじゅかんとうぎょうは、 かのぶつ本願ほんがんにあらぬおこなひにてそうらへば、 極楽ごくらくをねがはんひとは、 まづかならず本願ほんがん念仏ねんぶつぎょうをつとめてのうゑに、 もしことおこなひをも念仏ねんぶつにしくわへそうらはんとおもひそうらはゞ、 さもつかまつりそうろう

またたゞ本願ほんがん念仏ねんぶつばかりにてもそうろうべし。 念仏ねんぶつをつかまつりそうらはで、 たゞことおこなひばかりをして極楽ごくらくをねがひそうろうひとは、 極楽ごくらくへもえむまれそうらはぬことにてそうろうよし、 善導ぜんどうしょうのおほせられてそうらへば、 たん念仏ねんぶつけつじょうおうじょうごうにてはそうろうなり善導ぜんどうしょう弥陀みだしんにておはしましそうらへば、 それこそはいちじょうにてそうらへともうしそうろうそうろう

また女犯にょぼんそうろういんかいことにこそそうろうなれ。 またおんきうだちどものかんだうとそうろうは、 しんかいのことにこそそうろうなれ。 さればかいぎょうは、 ぶつ本願ほんがんにあらぬぎょうなれば、 たへらんにしたがひて、 たもたせたまうべくそうろう。 けうやうのぎょうぶつ本願ほんがんにあらず、 たへんにしたがひて、 つとめさせおはしますべくそうろうまたあかゞねの阿字あじことも、 おなじことにそうろう

またさくぢやうのことも、 ぶつ本願ほんがんにあらぬつとめにてそうろう。 とてもかくてもそうらいなん。 またかうせうのまんだらは、 たいせちにおはしましそうろう。 それもつぎのことそうろう。 たゞ念仏ねんぶつ三万さんまん、 もしはまん、 もしは六万ろくまん一心いっしんもうさせおはしましそうらはんぞ、 けつじょうおうじょうのおこなひにてはそうろう。 こと善根ぜんごん0673念仏ねんぶつのいとまあらばのことそうろう

六万ろくまんべんをだにもうさせたまはゞ、 そのほかにはなにごとをかはせさせおはしますべき。 まめやかに一心いっしんに、 三万さんまんまん念仏ねんぶつをつとめさせたまはゞ、 せうせうかいぎょうやぶれさせおはしましそうろうとも、 おうじょうはそれにはよりそうろうまじきことにそうろう

たゞしこのなかにけうやうのぎょうは、 ぶつ本願ほんがんぎょうにてはそうらはねども、 はちじゅうにておはしましそうろうなり。 あひかまへてことしなんどをば、 まちまいらせさせおはしませかしとおぼへそうろう。 あなかしこ、 あなかしこ。

 がつ二日ふつか  源空げんくう ひつなり

七、 御消息 四

あるときへん

およそこのじょうこそ、 とかくもうすにおよびそうらはず、 めでたくそうらへ。 おうじょうをせさせたまひたらんには、 すぐれておぼへそうろう死期しごしりておうじょうする人々ひとびとは、 にゅうどうどのにかぎらずおほくそうろう

かやうにもくおどろかすことは、 末代まつだいにはよもそうらはじ。 むかしもどうしゃくぜんばかりこそおはしましそうらへ、 返々かえすがえすもうすばかりなくそうろう

たゞしなにごとにつけても、 仏道ぶつどうには魔事まじもうことの、 ゆゝしきだいにてそうろうなり。 よくよく用心ようじんそうろうべきなり。 かやうに思議しぎをしめすにつけても、 たよりをうかゞふことそうらひぬべきなり。 め0674でたくそうろうにしたがひて、 いたはしくおぼえさせそうらいて、 かやうにもうしそうろうなり。 よくよくおんつゝしみそうらいて、 ほとけにもいのりまいらせさせたまふべくそうろう

いつかのぼりそうろうべき、 かまえてかまえて、 のぼらせおはしませかし。 きょう人々ひとびとおほやうは、 みなしんじて念仏ねんぶつをもいますこしいさみあひてそうろう。 これにつけても、 いよいよすゝませたまふべくそうろう。 あしざまにおぼしめすべからずそうろう。 なをなをめでたくそうろう。 あなかしこ、 あなかしこ。

がつ三日みっか     源空げんくう

 熊谷くまがやにゅうどう殿どの

わたくしにいはく、 これは熊谷くまがやにゅうどう念仏ねんぶつして、 やうやうの現瑞げんずいかんじたりけるを、 しょうにんもうしあげたりけるときへんなり。