十二0522、 大胡太郎へつかはす御返事

○大おお胡ご太た郎ろう実秀じつひでへつかはす御ご返へん事じ 第だい十じゅう二に

◇さきの便びんにはさしあふ事こと候そうらいて、 御ご返へん事じこまかに申もうさず候そうらいき、 さだめて不ふ審しんのおぼしめし候そうろうらんと思おもい給たまい候そうろう。

◇さてはたづねおほせられ候そうらいし事ことども、 御文おんふみなんどにて、 たやすく申もうしひらきがたき事ことにて候そうろう。 あはれ京きょうにひ[さ]しく御ご逗とう留りゅう候そうらいし時とき、 こまかに御ご沙汰さた候そうらいましかばよく候そうらひなまし。

◇大方おおかたは念仏ねんぶつして往おう生じょうすと申もうす事ことばかり、 わづかにうけ給たまはりて候そうろう。 わが心こころ一ひとつにふかく信しんじたるばかりにてこそ候そうらへども、 人ひとまでつばひらかに申もうしきかせなんどする程ほどの身みにて候そうらはねば、 ましてたちいりたる事ことどもの不ふ審しんなんど、 御文おんふみにて申もうしひらくべしともおぼへ候そうらはねども、 わづかに見みおよび候そうらはん程ほどの事ことを、 はゞかりまいらせて、 ともかくも御ご返へん事じ申もうし候そうらはざらん事ことのおそれにて候そうらへば、 心こころのおよぶ程ほどは、 かたのごとく申もうし候そうらはんと存ぞんじ候そうろう也なり。

◇まづ三心さんしん具ぐ足そくして往おう生じょうすと申もうし候そうろう事ことは、 ま事ことにその名みょう目もくばかりをうちきく時ときには、 いかなる心こころを申もうすやらんと、 事々ことごとしくおぼへ候そうらひぬべけれども、 善導ぜんどうの御おん心こころにては、 心こころえや[す]き事ことにて候そうろう也なり。 かならずしもならひ沙汰さたせざらん无智むちの人ひとや、 さとりなからん女人にょにんなんどの、 え具ぐせぬ程ほどの心こころばへにては候そうらはぬ也なり。 たゞまめやかに往おう生じょう0523せんとおもひて念仏ねんぶつ申もうさん人ひとは、 自じ然ねんに具ぐ足そくしぬべき心こころにて候そうろう物ものを。

◇そのゆへは、 三心さんしんと申もうすは、 ¬観かん无む量りょう寿じゅ経きょう¼ にとかれて候そうろうやうは、 「もし衆しゅ生じょうありて、 かのくにゝむまれんとねがはんものは、 三種さんしゅの心こころをおこしてすなはち往おう生じょうすべし。 何なん等らをか三さんとする。 一いちには至し誠じょう心しん、 二にには深心じんしん、 三さんには廻え向こう発願ほつがん心しん也なり。 この三心さんしんを具ぐするものは、 かならずかのくにゝむまる」 とゝかれたり。

◇しかるに善導ぜんどう和か尚しょうの御おん心こころによらば、 はじめに 「至し誠じょう心しん」 といふは真実しんじつの心こころ也なり。 真実しんじつといふは、 いはく内うちはむなしくして、 外ほかをかざる心こころのなきを申もうす也なり。 すなはち ¬観かん経ぎょう疏しょ¼ (散善義) に釈しゃくしていはく、 「外ほかには賢善けんぜん精しょう進じんの相そうを現げんじ、 内うちには虚仮こけをいだく事ことをえざれ」 といへり。

◇この釈しゃくの心こころは、 内うちはおろかにして、 外ほかにはかしこき人ひととおもはれんとふるまひ、 内うちには悪あくをつくり、 外ほかには善人ぜんにんのよしをしめし、 内うちには懈け怠だいの心こころを懐いだきて、 外ほかには精しょう進じんの相そうを現げんずるを、 真実しんじつならぬ心こころとは申もうす也なり。 外ほかも内うちもありのまゝにてかざる心こころのなきを、 至し誠じょう心しんとなづくるにこそ候そうろうめれ。

◇二にに 「深心じんしん」 といふは、 すなはちこれ深ふかく信しんずる心こころ也なり。 何事なにごとをふかく信しんずるぞといふに、 まづもろもろの煩悩ぼんのうを具ぐ足そくし、 おほくのつみをつくりて、 余よの善根ぜんごんなんどなからん凡ぼん夫ぶ、 あみだほとけの大だい悲ひ本願ほんがんをあふぎて、 そのほとけの大だい悲ひの名みょう号ごうをと0524なへて、 もしは百ひゃく年ねんにても、 もしは四し、 五ご十じゅう年ねんにても、 もしは十じゅう、 二に十じゅう年ねんにても、 乃ない至し一いち、 二に年ねんにてもあれ、 すべて往おう生じょうせんとおもひはじめたらん時ときよりして、 最さい後ご臨りん終じゅうの時ときにいたるまで懈け怠だいせず。 もしは七日しちにち・一日いちにち、 十じっ声しょう・一いっ声しょうにても、 おほくもすくなくも、 称名しょうみょう念仏ねんぶつの人ひとは決けつ定じょうして往おう生じょうすべしと信しんじて、 乃ない至し一念いちねんもうたがふ心こころなきを、 深心じんしんとは申もうす也なり。

◇しかるにもろもろの往おう生じょうをねがふ人ひと、 本願ほんがんの名みょう号ごうをたもちながら、 なを内うちに妄念もうねんのおこるをおそれ、 外ほかに余よ善ぜんのすくなきによりても、 ひとへにわが身みをかろしめて往おう生じょうを不ふ定じょうにおもはゞ、 すでに本願ほんがんをうたがふ也なり。

◇されば善導ぜんどうは、 はるかに未み来らいの行ぎょう者じゃのこのうたがひをのこさん事ことをかゞみて、 その疑ぎ心しんをのぞきて決けつ定じょうの心こころをすゝめんがために、 煩悩ぼんのうを具ぐ足そくして罪業ざいごうをつくり、 善根ぜんごんすくなく智解ちげなからん凡ぼん夫ぶ、 十じっ声しょう・一いっ声しょうまでの念仏ねんぶつによりて、 決けつ定じょうして往おう生じょうすべきことはりを、 くはしく釈しゃくしおしへ給たまへる也なり。

◇たとひおほくのほとけ、 空そらのなかに充みち満みちて、 光ひかりをはなち舌したをのべて、 造罪ぞうざいの凡ぼん夫ぶ、 念仏ねんぶつして往おう生じょうすといふ事ことはひが事ごとなり、 信しんずべからずとの給たまふとも、 それによりて一念いちねんもおどろきうたがふ心こころあるべからず。

◇そのゆへは、 阿あ弥陀みだほとけいまだ仏ぶつになり給たまはざりしむかし、 もし我われ仏ぶつになりたらん時とき、 十方じっぽうの衆しゅ生じょうわが名みょう号ごうを十とたびとなへ、 一ひとこゑもとな0525へむ。 となふる事こと、 かみ百ひゃく年ねんよりしも十じっ声しょう・一いっ声しょうまでにせんに、 もしわがくにゝむまれずといはゞ、 われほとけにならじとちかひ給たまひたりしに、 その願がんむなしからずして、 ほとけになりてすでにひさしくなり給たまへり。 知しるべし、 その名みょう号ごうをとなへむ人ひとは、 かならず往おう生じょうすべしといふ事ことを。

◇又また釈しゃ迦かほとけ、 この娑しゃ婆ば世せ界かいにいで給たまひて、 一切いっさい衆しゅ生じょうのために、 かの弥陀みだの本願ほんがんをときて、 念仏ねんぶつ往おう生じょうをすゝめ給たまへり。

◇又また六方ろっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつ、 おのおの広こう長じょうの舌したをいだして、 釈しゃ迦かの念仏ねんぶつして往おう生じょうすとゝき給たまふは決けつ定じょう也なり。 もろもろの衆しゅ生じょう、 ふかく信しんじてすこしもうたがふ心こころあるべからずと、 爾しか許ばかりのほとけたちの一仏いちぶつものこらず一いち味み同心どうしんに証誠しょうじょうし給たまへり。

すで[に]阿あ弥陀みだほとけは、 その願がんを立たて給たまふ。 釈しゃ迦かほとけは、 その願がんのむなしからざる事ことをときすゝめ給たまふ。 六方ろっぽう恒沙ごうじゃの諸仏しょぶつは、 その説せつの真実しんじつなる事ことを証誠しょうじょうし給たまへり。

○このほかいづれのほとけの、 又またこれらの諸仏しょぶつにたがひて、 凡ぼん夫ぶ念仏ねんぶつして往おう生じょうせずとはの給たまふべきぞといふことはりをもて、 おほくのほとけ現げんじての給たまふとも、 それにおどろきて、 さては念仏ねんぶつ往おう生じょうかなふまじきかと、 信心しんじんをやぶり疑ぎ心しんをおこすべからず。 いはんや、 菩ぼ薩さつたちのの給たまはんをや。 いはんや、 羅ら漢かん・辟びゃく支し仏ぶつ等とうをやと、 釈しゃくし給たまひて候そうろう也なり。

◇いかにいはんや、 近来このごろの凡ぼん夫ぶのいひさまたげんをや。 いか0526にめでたき人ひとと申もうすとも、 善導ぜんどう和か尚しょうにまさりたてまつりて往おう生じょうの道みちをしりたらん事こともありがたく候そうろう。

◇善導ぜんどうは又またたゞの凡ぼん夫ぶにはあらず、 すなはち阿あ弥陀みだ仏ぶつの化け身しん也なり。 かのほとけ、 わが本願ほんがんをひろめて、 あまねく一切いっさい衆しゅ生じょうにしらしめて、 決けつ定じょうして往おう生じょうせさせん料りょうに、 かりそめに凡ぼん夫ぶの人ひととむまれて善導ぜんどう和か尚しょうといはれ給たまふ也なり。 いはばその教おしえは仏説ぶっせつにてこそ候そうらへ。

◇いかにいはんや、 垂すい迹じゃくのかたにても現身げんしんに念仏ねんぶつ三昧ざんまいをえて、 まのあたり浄じょう土どの荘しょう厳ごんを見み、 仏ぶつにむかひたてまつりて、 たゞちにほとけのおしへをうけ給たまはりての給たまへる詞ことば共ども也なり。 本ほん地じをおもふにも垂すい迹じゃくをたづぬるにも、 かたがたあふいで信しんずべし。

◇されば、 たれもたれも煩悩ぼんのうのこきうすきをかへりみず、 罪ざい障しょうのかろきおもきをも沙汰さたせず、 たゞ口くちに南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつととなへむ[こ]ゑにつきて、 決けつ定じょう往おう生じょうのおもひをなすべし。 その決けつ定じょうの心こころを、 やがて深心じんしんとはなづくる也なり。 その深心じんしんを具ぐしぬれば、 決けつ定じょうして往おう生じょうする也なり。

◇詮せんずるところは、 とにもかくにも深心じんしん、 念仏ねんぶつして往おう生じょうすといふ事ことをふかく信しんじてうたがはぬを、 深心じんしんとはなづけて候そうろうなり。

◇三さんに 「廻え向こう発願ほつがん心しん」 といふは、 これ又また別べつの心こころには候そうらはず、 わが所修しょしゅの行ぎょう業ごうを、 一向いっこうに極楽ごくらくに廻え向こうして往おう生じょうをねがふ心こころ也なり。

◇「かくのごときの三心さんしんを具ぐしてかならず往おう生じょう0527すべし。 この心こころ一ひとつもかけぬれば、 往おう生じょうせず」 (礼讃意) と、 善導ぜんどうは釈しゃくし給たまへる也なり。

◇たとひ真実しんじつの心こころありて、 うゑをかざらずとも、 ほとけの本願ほんがんをうたがはゞ、 すでに深心じんしんかけたる念仏ねんぶつ也なり。 たとひ疑ぎ心しんなくともほかをかざりて、 内うちにま事ことの心こころなくは、 至し誠じょう心しんかけたる[心こころ]なるべし。 たとひこの二に心しんを具ぐして、 かざる心こころも疑ぎ心しんもなくとも、 極楽ごくらくにむまれんとおもふ心こころなくは、 廻え向こう発願ほつがん心しんかけぬべし。

◇三心さんしんを心こころえわかつ時ときには、 かくのごとく別々べつべつなる様ようなれども、 詮せんずるところは、 真実しんじつの心こころをおこして、 ふかく本願ほんがんを信しんじて往おう生じょうをねがふ心こころを、 三心さんしん具ぐ足そくの心こころとは申もうす也なり。 ま事ことにこれほどの心こころだにも具ぐ足そくせずしては、 いかゞ往おう生じょうほどの大だい事じをばとげ給たまふべきや。

◇この心こころは申もうせば、 又またやすき事ことにて候そうろう也なり。 これをかやうに心こころえしらねばとて、 又またえ具ぐ足そくせぬ心こころにては候そうらはぬ也なり。 その名なをだにもしらぬものも、 この心こころをばそなへつべく候そうろう。 又またよくよくしりたらん人ひとのなかにも、 そのまゝに具ぐせぬも候そうらひぬべき心こころばへにて候そうろう也なり。

◇さればこそ、 いふに甲斐かいなき人ひとならぬものどものなかよりも、 たゞひらに念仏ねんぶつ申もうすばかりにて往おう生じょうしたりといふ事ことは、 むかしより申もうしつたへたる事ことにて候そうらへ。 それらはみなしらねども、 三心さんしんを具ぐしたる人ひとにてありけりと、 心こころえらるゝ事ことにて候そうろう也なり。

◇又また0528としごろ念仏ねんぶつ申もうしたる人ひとの、 臨りん終じゅうのわろき事ことの候そうろうは、 さきに申もうしつるやうに、 うゑばかりをかざりて、 たうとき念仏ねんぶつ者しゃと人ひとにいはれんとのみ思おもひて、 したにはふかく本願ほんがんをも信しんぜず、 まめやかに往おう生じょうをもねがはぬ人ひとにてこそは候そうろうらめと、 心こころえられ候そうろう也なり。

◇さればこの三心さんしんを具ぐせざるゆへに、 臨りん終じゅうもわろく、 往おう生じょうもせぬ事こと[に]て候そうろう也なりとしろしめすべき也なり。 かく申もうし候そうらへば、 さては往おう生じょうは大だい事じの事ことにこそとおぼしめす事こと、 ゆめゆめ候そうろうまじき也なり。 一いち定じょう往おう生じょうすべしと思おもひとらぬ心こころを、 やがて深心じんしんかけて往おう生じょうせぬ心こころとは申もうし候そうらへば、 いよいよ一いち定じょうの往おう生じょうとこそおぼしめすべき事ことにて候そうらへ。

◇まめやかに往おう生じょうの心こころざしありて、 弥陀みだの本願ほんがんをうたがはずして、 念仏ねんぶつを申もうさん人ひとは、 臨りん終じゅうのわろき事ことは大方おおかたは候そうろうまじき也なり。 そのゆへは、 ほとけの来迎らいこうし給たまふ事ことは、 もとより行ぎょう者じゃの臨りん終じゅう正しょう念ねんのためにて候そうろう也なり。 それを心こころえぬ人ひとは、 みなわが臨りん終じゅう正しょう念ねんにして念仏ねんぶつ申もうしたらん時ときに、 ほとけはむかへ給たまふべき也なりとのみ心こころえて候そうろうは、 仏ぶつの願がんをも信しんぜず、 経きょうの文もんをも心こころえぬ人ひとにて候そうろう也なり。

◇そのゆへは、 ¬称しょう讃さん浄じょう土ど経¼ にいはく、 「ほとけ慈悲じひをもて加くわへ助たすけて、 心こころをしてみだらしめ給たまはず」 とゝかれて候そうらへば、 たゞの時ときによくよく申もうしをきたる念仏ねんぶつによりて、 臨りん終じゅうにかならずほとけは来迎らいこうし給たまふべし。 ほとけの来迎らいこうし給たまふを見みたてまつりて、 行ぎょう者じゃ正しょう念ねんに住じゅうすと申もうす義ぎ0529にて候そうろう也なり。

◇しかるにさきの念仏ねんぶつを、 むなしくおもひなして、 よしなく臨りん終じゅう正しょう念ねんをのみいのる人ひとなんどの候そうろうは、 ゆゝしき僻胤ひがいんにいりたる事ことにて候そうろう也なり。 さればほとけの本願ほんがんを信しんぜん人ひとは、 かねて臨りん終じゅうをうたがふ心こころあるべからずとこそおぼへ候そうらへ。

◇たゞ当とう時じ申もうさん念仏ねんぶつをば、 いよいよも心こころを至いたして申もうすべきにて候そうろう。 いつかはほとけの本願ほんがんにも、 臨りん終じゅうの時とき念仏ねんぶつ申もうしたらん人ひとをのみ迎むかへんとはたて給たまひて候そうろう。

◇臨りん終じゅうの念仏ねんぶつにて往おう生じょうすと申もうす事ことは、 日ひ比ごろ往おう生じょうをもねがはず、 念仏ねんぶつをも申もうさずして、 ひとえにつみをのみつくりたる悪人あくにんの、 すでに死しなんとする時とき、 はじめて善ぜん知ぢ識しきのすゝめにあひて、 念仏ねんぶつして往おう生じょうすとこそ、 ¬観かん経ぎょう¼ にもとかれて候そうらへ。

◇もとよりの行ぎょう者じゃは、 臨りん終じゅうの沙汰さたをばあながちにすべき様ようは候そうらはぬ也なり。 仏ぶつの来迎らいこう一いち定じょうならば、 臨りん終じゅうの正しょう念ねんも又また一いち定じょうとおぼしめすべき也なり。 この大たい意いをもて、 よくよく御おん心こころをとゞめて、 心こころえさせ給たまふべく候そうろう。

◇又また罪つみをつくりたる人ひとだにも念仏ねんぶつして往おう生じょうす、 まして ¬法華ほけ経きょう¼ なんどうちよみて、 念仏ねんぶつ申もうさんは、 なにかはくるしかるべきと人々ひとびとの申もうし候そうろうらん事ことは、 京きょう辺へんにもさやうに申もうし候そうろう人々ひとびとおほく候そうらへば、 まことにさぞ候そうろうらん。 それは余よ宗しゅうの心こころにてこそ候そうろうらめ。 よしあしをさだめ申もうすべきに候そうらはず、 僻事ひがごとと申もうさば、 おそれあるかたおほく候そうろう。

◇た0530ゞし浄じょう土ど宗しゅうの心こころ、 善導ぜんどうの御おん釈しゃくには、 往おう生じょうの行ぎょうに大おおきにわかちて二ふたつとす。 一いちには正行しょうぎょう、 二にには雑ぞう行ぎょう也なり。

◇はじめに正行しょうぎょうといふは、 これにあまたの行ぎょうあり。 はじめに読誦どくじゅ正行しょうぎょうといふは、 これは ¬无む量りょう寿じゅ経きょう¼・¬観かん経ぎょう¼・¬阿あ弥陀みだ経きょう¼ 等とうの 「三さん部ぶ経きょう」 を読誦どくじゅする也なり。 つぎに観察かんざつ正行しょうぎょうといふは、 これはかのくにの依え正しょう二に報ほうのありさまを観かんずる也なり。 つぎに礼拝らいはい正行しょうぎょうといふは、 これは阿あ弥陀みだほとけを礼拝らいはいする也なり。 つぎに称名しょうみょう正行しょうぎょうといふは、 南無なも阿あ弥陀みだ仏ぶつとゝなふる也なり。 つぎに讃嘆さんだん供く養よう正行しょうぎょうといふは、 これは阿あ弥陀みだ仏ぶつを讃嘆さんだんしたてまつる也なり。 これをさして五ご種しゅの正行しょうぎょうとなづく。 讃嘆さんだんと供く養ようとを二ふたつの行ぎょうとする時ときは、 六種ろくしゅの正行しょうぎょうとも申もうす也なり。

◇「この正行しょうぎょうに付つきてふさねて二ふたつとす。 一いちには一心いっしんにもはら弥陀みだの名みょう号ごうをとなへたてまつりて、 立たち居い・起伏おきふし、 昼ちゅう夜やにわするゝ事ことなく、 念々ねんねんにすてざる物ものを、 これを正定しょうじょうの業ごうとなづく、 かのほとけの本願ほんがんに順じゅんずるがゆへに」 (散善義意) と申もうして、 念仏ねんぶつをもてまさしくさだめたる往おう生じょうの業ごうと立たてゝ、 「もし礼誦らいじゅ等とうにおるをばなづけて助業じょごうとす」 (散善義) と申もうして、 念仏ねんぶつのほかの礼拝らいはいや読誦どくじゅや讃嘆さんだん供く養ようなんどをば、 かの念仏ねんぶつをたすくる業ごうと申もうして候そうろう也なり。

◇さてこの正定しょうじょう業ごうと助業じょごうとをのぞきて、 そのほかのもろもろの業ごうをば、 みな雑ぞう行ぎょうとなづく。 布施ふせ・持じ戒かい・忍辱にんにく・精しょう進じん等とうの六ろく度ど万まん行ぎょうも、 ¬法華ほけ経きょう¼ をもよみ、 真言しんごんをもおこ0531なひ、 かくのごとくのもろもろの行ぎょうをば、 みなことごとく雑ぞう行ぎょうとなづく。 さきの正行しょうぎょうを修しゅするをば、 専修せんじゅの行ぎょう者じゃといひ、 のちの雑ぞう行ぎょうを修しゅするをば、 雑修ざっしゅの行ぎょう者じゃと申もうして候そうろう也なり。

◇この二に行ぎょうの得失とくしつを判はんずるに、 「さきの正行しょうぎょうを修しゅするには、 心こころつねにかのくにゝ親近しんごんして憶念おくねんひまなし。 のちの雑ぞう行ぎょうを行ぎょうずるには、 心こころつねに間断けんだんす、 廻え向こうしてむまるゝ事ことをうべしといへども、 すべて疎そ雑ぞうの行ぎょうとなづく」 (散善義意) といひて、 極楽ごくらくにうとき行ぎょうといへり。

◇又また専修せんじゅのものは、 十じゅう人にんは十じゅう人にんながらむまれ、 百ひゃく人にんは百ひゃく人にんながらむまる。 なにをもてのゆへに。 外げの雑縁ぞうえんなくして、 正しょう念ねんをうるがゆへに、 弥陀みだの本願ほんがんとあひ叶かなふるゆへに、 釈しゃ迦かのおしへにたがはざるがゆへに。

◇雑ぞう行ぎょうのものは、 百ひゃく人にんがなかに一いち、 二に人にんむまれ、 千人せんにんがなかに四し、 五ご人にんむまる。 なにをもてのゆへに。 雑縁ぞうえん乱動らんどうして、 正しょう念ねんをうしなふがゆへに、 弥陀みだの本願ほんがんと相応そうおうせざるがゆへに、 釈しゃ迦かのおしへにしたがはざるがゆへに、 係け念ねん相続そうぞくせざるがゆへに、 憶念おくねん間断けんだんするがゆへに、 みづからも往おう生じょうの業ごうをさへ、 仏ぶつの往おう生じょうをもさふるがゆへに」 (礼讃意) なんど釈しゃくせられて候そうろうめれば、 善導ぜんどう和か尚しょうをふかく信しんじて、 浄じょう土ど宗しゅうにいらん人ひとは、 一向いっこうに正行しょうぎょうを修しゅすべしと申もうす事ことにてこそ候そうらへ。

◇そのうゑは善導ぜんどうのおしへをそむきて、 余よ行ぎょうをくわへんと思おもはん人ひとは、 おのおのならひたる様ようどもこそ候そうろうらめ。 そ0532れをよしあしとはいかゞ申もうし候そうろうべき。 善導ぜんどうの御おん心こころにて、 すゝめ給たまへる行ぎょうどもをおきながら、 すゝめ給たまはぬ行ぎょうをすこしにてもくはふべき様ようなしと申もうす事ことにてこそ候そうらへ。 すゝめ給たまへる正行しょうぎょうばかりだにもなを物ものうき身みにて、 いまだすゝめ給たまはぬ雑ぞう行ぎょうを加くわえん事ことは、 ま事ことしからぬかたも候そうろうぞかし。

◇又またつみをつくる人ひとだにも念仏ねんぶつして往おう生じょうす。 まして善ぜんなれば、 ¬法華ほけ経きょう¼ なんどをよまんは、 なにかくるしからんなんど申もうし候そうろうらんこそ、 无下むげにけぎたなくおぼへ候そうらへ。 往おう生じょうをたすけばこそ、 いみじくも候そうらはめ。 さまたげにならぬばかりを、 いみじき事こととてくわへおこなはん事ことは、 なにかは詮せんにて候そうろうべき。

◇されば悪あくをば、 仏ぶつの心こころに、 つくれとやすゝめさせ給たまふ。 かまへてとゞめよとこそいましめ給たまへども、 凡ぼん夫ぶのならひ、 当とう時じのまよひにひかれて、 罪つみをつくるはちからおよばぬ事ことにてこそ候そうらへ。 ま事ことに悪あくをつくる人ひとの様ように、 しかるべく経きょうもよみたく、 余よ行ぎょうもくわへたからん事ことは、 ちからおよばず。

◇たゞし ¬法華ほけ経きょう¼ なんどをよまん事ことを、 一ひと言ことばなりとも悪あくをつくらん事ことにいひならべて、 それもくるしからねば、 ましてこれはなんど申もうすらん事ことこそ、 不ふ便びんの事ことにて候そうらへ。 ふかき御みのりもあしく心こころうる人ひとにあひぬれば、 返かえりて物ものならずきこへ候そうろう事ことこそ、 あさましくおぼへ候そうらへ。

◇これをかやうに申もうし候そうらへば、 余よ行ぎょうの人々ひとびとは腹はらたつ事ことにて候そうろうに0533、 御おん心こころ一ひとつに心こころえて、 ひろくちらさせ給たまうまじく候そうろう。 あらぬさとりの人ひとのともかくも申もうし候そうらはん事ことをば、 耳みみにきゝいれさせ給たまはで、 たゞ一筋ひとすじに善導ぜんどうの御おんすゝめにしたがひて、 いますこしも一いち定じょう往おう生じょうする念仏ねんぶつの数遍しゅへんを申もうしそえんとおぼしめすべき事ことにて候そうろう也なり。

◇たとひ往おう生じょうのさわりとこそならずとも、 不ふ定じょうの往おう生じょうとはきこへて候そうろうめれば、 一いち定じょう往おう生じょうの正行しょうぎょうを修しゅすべき。 行ぎょうのいとまをいれて、 不ふ定じょうの往おう生じょうの業ごうをくわへん事ことは、 且かつうは損そんにては候そうらはずや。 よくよく心こころえさせ給たまふべき事ことにて候そうろう也なり。

◇たゞし、 かく申もうし候そうらへば、 雑ぞう行ぎょうをくわへん人ひとは、 ながく往おう生じょうすまじなんど申もうす事ことにては候そうらはず。 いかさまにも余よ行ぎょうの人ひとなりとも、 すべて人ひとをくだし人ひとをそしる事ことは、 ゆゝしきとがおもき事ことにて候そうろう也なり。 よくよく御おんつゝしみ候そうらいて、 雑ぞう行ぎょうの人ひとなればとて、 あなづる御おん心こころの候そうろうまじく候そうろう也なり。 よかれあしかれ、 人ひとのうゑのよしあしをおもひいれぬが吉き事ことにて候そうろう也なり。

◇又また心こころざしもとよりこの門もんにありて、 進すすみぬべからんをば、 こしらへ、 すゝめさせ給たまふべく候そうろう。 さとりたがひて、 あらぬさまならん人ひと々なんどに論ろんじあはせ給たまふ事ことは、 あるまじき事ことにて候そうろう。

◇よくよくならひしり給たまひたる聖ひじりたちだにも、 さやうの事ことをばつゝしみておはしましあひて候そうろうぞ。 まして殿原とのばらなんどの御おん身みにては、 一いち定じょう僻事ひがごとにて候そうらはんずるに候そうろう。

◇たゞ御おん身み一ひとつに、 まづよくよく往おう0534生じょうをねがひて、 念仏ねんぶつをはげませ給たまひて、 位くらいたかき往おう生じょうをとげて、 いそぎ娑しゃ婆ばに返かえりて、 人ひとをばみちびかせ給たまへ。 かやうにくはしくかきつけて申もうし候そうろう事ことも、 返々かえすがえすはゞかりおもふ事ことにて候そうろう也なり。 あなかしこ、 あなかしこ。

◇御おん披ひ露ろう候そうろうまじく候そうろう。 あなかしこ、 あなかしこ。

◇三月さんがつ十じゅう四し日にち  源空げんくう