十(495)、 鎌倉の二位の禅尼へ進ずる御返事

○鎌倉かまくらの二位にいの禅ぜん尼にへ進しんずる御ご返へん事じ 第だい十じゅう

◇御文おんふみくはしくうけ給たまはり候そうらいぬ。 さては、 念仏ねんぶつの功く徳どくは仏ぶつもときつくしがたしとの給たまへり。 又また智恵ちえ第一だいいちの舎しゃ利り弗ほつ、 多た聞もん第一だいいちの阿あ難なんも、 念仏ねんぶつの功く徳どくはしりがたしとの給たまひし広大こうだい善根ぜんごんにて候そうらへば、 まして源空げんくうなんどは申もうしつくすべくも候そうらはず。

◇源空げんくう、 この朝ちょうにわたりて候そうろう聖教しょうぎょうを随分ずいぶんにひらき見み候そうらへども、 浄じょう土どの教きょう文もんは、 この朝ちょうにわたらずとかんがへ候そうらいて、 わづかに震旦しんたんよりとりわたして候そうろう聖教しょうぎょうの心こころをだにも、 一年いちねん0496二に年ねんなんどには申もうしつくすべくもおぼへ候そうらはず。 さりながらも、 おほせかぶりて候そうらへば、 申もうしのべ候そうろうべし。

◇まづ念仏ねんぶつを信しんぜざる人々ひとびと候そうらひて申もうし候そうろうなる事ことは、 くまがやの入にゅう道どう・つのとの三郎さぶろうは无智むちのものなればこそ余よ行ぎょうをばせさせずして、 念仏ねんぶつばかりをば法然ほうねん房ぼうはすゝめたれと申もうし候そうろうなる事こと、 きわまりなきひが事ごとにて候そうろう。

◇そのゆへは、 念仏ねんぶつの行ぎょうは、 もとより有智うち・无智むちをえらばず。 弥陀みだのむかしちかひ給たまひし本願ほんがんは、 あまねく一切いっさいのためなり。 无智むちのためには念仏ねんぶつを願がんとし、 有智うちのためには余よ行ぎょうを願がんとし給たまふ事ことなし。

◇十方じっぽう世せ界かいの衆しゅ生じょうのため也なり、 有智うち・无智むち、 善人ぜんにん・悪人あくにん、 持じ戒かい・破は戒かい、 貴たっときも賎いやしきも、 男おとこも女おんなもへだてず。 もしは仏ぶつ在ざい世せの衆しゅ生じょう、 もしは仏ぶつの滅めつ後ごの衆しゅ生じょう、 もしは釈しゃ迦かの末法まっぽう万年まんねんのゝち三宝さんぼうみなうせてのちの衆しゅ生じょうまで、 たゞ念仏ねんぶつばかりこそ現当げんとうの祈き祷とうとはなり候そうらはめ。

◇善導ぜんどう和か尚しょうは弥陀みだの化け身しんにて、 ことに一切いっさい衆しゅ生じょうをあはれみ給たまひて、 一切いっさいの聖教しょうぎょうをかんがへて専修せんじゅ念仏ねんぶつをすゝめ給たまへるも、 ひろく一切いっさい衆しゅ生じょうのため也なり。 方便ほうべんの時じ節せつ末法まっぽうにあたりて、 いまの教きょうこれ也なり。

◇されば无智むちの人ひとのみにかぎらず、 ひろく弥陀みだの本願ほんがんをたのみて、 あまねく善導ぜんどうの御おん心こころにしたがひて、 念仏ねんぶつの一門いちもんをすゝめ候そうらはんに、 いかでか无智むちの人ひとのみにかぎりて、 有智うちの人ひとをへだてゝ往おう生じょうさせじとはし候そうらはんや。

◇もししからば、 弥陀みだの本願ほんがんにも0497そむき、 善導ぜんどうの御おん心こころにもかなふべからず。 しかれば、 この辺へんにまうできて往おう生じょうのみちをたづね候そうろうには、 有智うち・无智むちを論ろんぜず、 ひとへに専修せんじゅ念仏ねんぶつをすゝめ候そうろうなり。

◇さやうに専修せんじゅ念仏ねんぶつを申もうしとゞめんとつかまつる人ひとは、 さきの世よに念仏ねんぶつ三昧ざんまい得道とくどうの法門ほうもんをきかずして、 のちの世よに又またさだめて三さん悪道まくどうにかえるべきものゝ、 しかるべくてさやうに申もうし候そうろう也なり。 そのゆへは、 聖教しょうぎょうにひろく見みえて候そうろう也なり。

◇これはすなはち、 「修しゅ行ぎょうする事ことあるをみては毒心どくしんをおこして、 方便ほうべんしてきおひてあだをなす。 かくのごときの生しょう盲もう闡提せんだいのともがらは、 頓とん教ぎょうを毀き滅めつしてながく沈淪ちんりんす。 大だい地じ微み塵じん劫ごうを超ちょう過かすとも、 いまだ三さん塗ずの身みをはなれん事こと得うべからず」 (法事讃巻下) とゝき給たまへり。

◇この文もんの心こころは、 浄じょう土どをねがひ念仏ねんぶつを行ぎょうずる人ひとを見みては、 毒心どくしんをおこし、 ひが事ごとをたくみめぐらして、 様々さまざまの方便ほうべんをなして専修せんじゅ念仏ねんぶつの行ぎょうをやぶり、 あだをなして申もうしとゞむるに候そうろう也なり。 かくのごとくの人ひとは、 むまれてより仏法ぶっぽうのまなこしゐて、 善根ぜんごんのたねをうしなへる闡提せんだい人にんのともがらなり。 この弥陀みだの名みょう号ごうをとなへて、 ながき生しょう死じをはなれて常住じょうじゅうの極楽ごくらくに往おう生じょうすべけれども、 この教きょう法ぼうをそしりほろぼして、 このつみによりてながく三さん悪道まくどうにしづむ。 かくのごとくの人ひとは、 大だい地じ微み塵じん劫ごうをすぐれども、 ながく三さん塗ずの身みをはなれん事ことあるべからずという也なり。

◇しかればすなはち0498、 さやうにひが事ごとを申もうさん人ひとをば、 かへりてあはれみ給たまふべき也なり。 さ程ほどの罪人ざいにんの申もうさんによりて、 専修せんじゅ念仏ねんぶつに懈け怠だいをなし、 念仏ねんぶつ往おう生じょうにうたがひをなし不ふ審しんをいたさん人ひとは、 いふにかひなき事ことにこそ候そうらはめ。

◇およそ弥陀みだに縁えんあさく往おう生じょう時ときいたらぬ物ものは、 きけども信しんぜず、 念仏ねんぶつのものを見みてははらだち、 こゑをきゝてはいかりをなして、 あしき事こと也なりなんど申もうすは、 経きょう論ろんにも見みへざる事ことを申もうす也なり。 御おん心こころをえさせ給たまひて、 いかに申もうすとも御おん心こころばかりは御ご変改かいへん候そうろうべからず。

◇あながちに信しんぜざらん人ひとをば御おすゝめ候そうろうべからず。 ほとけ、 なをちからおよび給たまはず。 いかにいはんや、 凡ぼん夫ぶのちからはおよぶまじく候そうろう。

◇かゝる不ふ信しんの衆しゅ生じょうをおもへば、 過去かこの父母ぶも・兄きょう弟だい・親類しんるいなりとおぼしめし候そうらいて、 慈悲じひをおこして、 念仏ねんぶつ申もうして極楽ごくらくの上じょう品ぼん上生じょうしょうにまいりてさとりをひらきて、 生しょう死じに返かえりいりて誹ひ謗ほう不ふ信しんの人ひとをもむかえんと、 おぼしめすべき事ことにて候そうろう也なり。 このよしを御おん心こころえ候そうろうべきなり。

◇一 雑ぞう行ぎょうの人々ひとびと、 余よの功く徳どくを修しゅせんには、 財宝ざいほうをあひ助じょ成じょうしておぼしめすべきやうは、 これはこれ一向いっこう専修せんじゅにて決けつ定じょうして往おう生じょうすべき身み也なり、 他た人にんのとをきみちをわが近ちかき道みちに結縁けちえんせさせんとおぼしめすべき也なり。 そのうゑに専修せんじゅをさまたげ候そうらはざらんは、 結縁けちえんせんにとがなし。

◇一0499 人々ひとびとの堂どうをつくり、 仏ぶつをつくり、 経きょうをかき、 僧そうを供く養ようせんをば、 よくよく心こころをこたらずして信しんをおこして、 かくのごとくの雑ぞう善根ぜんごんをも修しゅせしめ給たまへと御おすゝめ候そうろうべし。

◇一 この世よのいのりに、 念仏ねんぶつの心こころをしらずして仏神ぶつしんにも申もうし、 経きょうをも誦じゅし書かき、 堂どうをもつくらば、 それもさきのごとく候そうろうべし。 せめては又また後世ごせのためにせばこそ候そうらはめ。 その要ようなしとおほせ候そうろうべからず。 専修せんじゅをさふる行ぎょうにもあらざりけりと、 おぼしめし候そうろうべし。

◇一 念仏ねんぶつを申もうす事こと、 様々ようようの義ぎ候そうらへども、 たゞ六ろく字じをとなふるばかりに一切いっさいはおさまりて候そうろう也なり。 心こころには願がんをたのみ、 口くちには名みょう号ごうをとなへて、 手てにはかずをとり、 つねに心こころにかくるが、 きわめたる決けつ定じょうの業ごうにて候そうろう也なり。 念仏ねんぶつの行ぎょうは、 もとより行住ぎょうじゅう坐臥ざが・時じ処しょ諸縁しょえんをえらばず、 身しん口くの不ふ浄じょうをもきらはぬ行ぎょうにて候そうらへば、 楽らく行ぎょう往おう生じょうとは申もうしつたへて候そうろう也なり。

◇たゞしそのなかにも心こころをきよくして申もうすをば、 第一だいいちの行ぎょうと申もうし候そうろう也なり。 たゞ浄じょう土どを心こころにかくれば、 心しん浄じょうの行ぎょう法ほうにて候そうろう也なり。 かやうに御おすゝめ候そうろうべし。 さやうにつねに申もうさせ給たまはんをば、 とかく申もうすべき様よう候そうらはず。 わが身みもしかるべくて、 往おう生じょうこのたびすべしとおぼしめし候そうろうべし。 ゆめゆめこの心こころよくよくつよくならせ給たまう0500べし。

◇一 念仏ねんぶつの行ぎょうを信しんぜぬ人ひとにあひて論ろんじ、 又またあらぬ行ぎょうの人々ひとびとにむかひて執しゅう論ろん候そうろうべか[ら]ず。 あながちに別べつ解げ・異い学がくの人々ひとびとを見みては、 あなづりそしる事こと候そうろうまじ。 いよいよ重じゅう罪ざいの人ひとにもなさん事こと、 不ふ便びんに候そうろう。

◇おなじ心こころに極楽ごくらくをねがひ念仏ねんぶつを申もうさん人ひとをば、 たとひ卑ひ賤せんの人ひとなりとも父母ぶも・師し匠しょうにもおとらずおぼしめすべし。 今こん生じょうの財宝ざいほうのともしからんにも、 ちからをくわへ給たまふべし。

◇さりながらも、 すこしも念仏ねんぶつに心こころをかけ候そうははんをば、 よくよくすゝめ給たまふべく候そうろう。 これも弥陀みだ如来にょらいの御おんみやづかへとおぼしめし候そうろうべし。

◇釈しゃ迦か如来にょらい滅めつ後ごよりこのかた、 次し第だいに小しょう智ち小行しょうぎょうにまかりなりて候そうろう。 われもわれもと智恵ちえありがほに申もうす人々ひとびとは、 過とがにて候そうろうべし。 せめては録内ろくないの経教きょうきょうをだにもきかず見みず、 いかにいはんや、 録ろくのほかの経教きょうきょうを見みざる人ひとの知恵ちえありがほに申もうすは、 井いのうちのかへるにゝたり。

◇随分ずいぶんに震旦しんたん・日本にっぽんの聖教しょうぎょうをとりあつめて、 ひらきかんがへて候そうろうに、 念仏ねんぶつを信しんぜぬ人ひとは、 さきの世よに重じゅう罪ざいをつくりて地じ獄ごくにひさしくありて、 又また地じ獄ごくへはやく返かえるべき人ひと也なり。 たとひ千仏せんぶつ世よにいでゝ、 念仏ねんぶつはまたく往おう生じょうの業ごうにあらずとおしへ給たまふとも信しんずべからず。

◇これは釈しゃ迦か如来にょらいよりはじめて、 恒ごう河が沙しゃの仏ぶつの証誠しょうじょうし給たまへる事ことなればとおぼしめして、 御おん心こころざ0501し金剛こんごうよりもかたくして、 一向いっこう専修せんじゅは御ご変改かいへん候そうろうべからず。

◇もし論ろんじ申もうさん人ひとをば、 これへつかはして、 たて申もうさんやうをきけとおほせ候そうろうべし。 様々ようようの要文ようもんをかきしるしてまいらすべく候そうらへども、 たゞこれにすぎ候そうろうまじ。

◇又また娑しゃ婆ば世せ界かいの人ひとは、 余よの浄じょう土どをねがはん事ことは、 弓ゆみなくして天てんの鳥とりをとり、 足あしなくしてたかき木こずゑのはなをゝらんとせんがごとし。

◇かならず専修せんじゅ念仏ねんぶつは現当げんとうのいのりとなり候そうろう也なり。 これも経きょうの説せつにて候そうろう也なり。 又また御みうちの人々ひとびとには九く品ぼんの業ごうを、 人ひとにしたがひて、 はじめおわりたへ候そうらひぬべきやうに御おすゝめ候そうろうべし。 あなかしこ、 あなかしこ。▽